雲井弥生連載.二次元から三次元を作り出す脳と眼淀川キリスト教病院眼科はじめに三次元空間を脳内に再現し,物の位置を定めるには,安定した固視が必要である.眼や頭が動いても視野が揺れず安定するように,脳は入ってくる情報を補正し,環境の変化に応じて補正方法を変える.視覚の空間的恒常性部屋で本を読んでいるとき,視野の左端に動きを感じて目を向ける.ネコがボールにじゃれている.動くのはネコだけ,目の前の本も景色も静止している.両眼を左に動かすとき景色は実際には右に同じ速さで同じ量だけ流れるが,私たちの眼には静止して見える.網膜上で景色は左に流れるが,脳は「両眼を左へ動かしている」という情報をもち,網膜上の像の動きから眼の動きを差し引いて補正する.今度は指で片眼を押して動かすと,景色は動いて見える.たとえば,右眼を指で耳側から鼻側に押して回転さ図1前庭眼反射(vestibuloocularre.ex:VOR)鉛筆を見ながら頭を左に回転するとき,両眼は右に回転し,眼の位置は変わらない.網膜上の像がぶれないよう頭の動きを眼の動きで補正する反射である.人形の眼試験として眼球運動異常が核上性かどうかの判定に使われる.FR:右中心窩,FL:左中心窩.(69)せると,景色は正面から右に流れる.網膜上を像が左に流れるのは先ほどと同じだが,自発的に眼を動かしていないので脳が補正を行わなかったのだ.このような現象を視覚の空間的恒常性とよぶ1).前庭眼反射(vestibuloocularre.ex:VOR)次に眼前の鉛筆を固視したまま,頭を左右に振ってみる(図1).鉛筆は静止して見える.頭の回転分だけ両眼は反対方向に回転して,眼の位置が変わらないからである.これは網膜上の像が動かないよう,頭の動きを眼の動きで補正する反射である.これにより電車のなかで頭が揺れても本を読めたり,歩きながら看板の字を読んだりできる.この反射は,頭が動くときに加わる重力・直線および回転方向の速度を前庭器官が感じ,視野を安定させ平衡感覚を保つためのしくみである.前庭器官は三半規管と耳石器(卵形.と球形.)からなる.前者は回転加速度を,後者は重力と直線加速度を検出する.水平面の回転では,三半規管のうち水平半規管が反応し,前庭神経核を介して動眼神経核・外転神経核に信号を送り,反対側に両眼を回転させる.おもな神経回路を図2に示す.頭を左に回転させたとき(①),左水平半規管には興奮信号(+)が,右の半規管には抑制信号(.)が発生する(②).興奮信号(+)は前庭神経核外側核と内側核に伝わる.外側核からは左動眼神経核(③)を経て左眼内直筋に伝わる.内側核からは右外転神経核(④)を経て右眼外直筋に伝わる.抑制信号(.)は左外転神経核(④)を経て左眼外直筋と右内側縦束(⑤),右動眼神経を経て右眼内直筋に伝わる.右外直筋・左内直筋は収縮し,右内直筋と左外直筋は弛緩し,眼球は右に回転する(⑥).これが前庭眼反射であり,垂直・回旋方向にも同様のしくみが存在する.VORが正常であれば,眼球運動神経核から眼筋までの経路には異常がないといえる.この現象は人形の眼試験(doll’seyephenomenon)として眼球運動異常が核上性かどうかの判定に使われる.Sac-cade,persuit,視運動性眼振(optokineticnystag-mus:OKN,連載⑱参照),VORはすべて両眼共同運動であり,眼球運動神経核より末梢の眼筋に至る経路はあたらしい眼科Vol.35,No.2,20182290910-1810/18/\100/頁/JCOPY左眼⑥右眼①頭が左に回転↓②左水平半規管に+の情報,右水平半規管には-の情報左前庭神経核外側核→③左動眼神経核に+→左眼内直筋に+→右動眼神経核に-→右眼内直筋に-↓⑥両眼が右に回転興奮性信号抑制性信号図2前庭眼反射のしくみ内側縦束(mediallongitudinalfasciculus:MLF)共通である.乳児内斜視ではVORは正常だが,頭を固定した状態での自発的な外転運動は不良であり,「見かけ上の外転不良」とよばれる(連載⑦参照).前庭眼反射の適応性VORの恩恵を感じることはふだんほとんどないが,両側の前庭障害を起こして激しい動揺視に襲われると存在を実感する.また,宇宙飛行士が帰還後に動揺視を訴えるのは,宇宙でのVORの変化による.無重力では前庭器官への入力が変わる.視野の安定のため,前庭入力への依存が減り,視覚入力への依存が高まる.地球に帰還直後は動揺視を感じるが,地球環境で過ごすと元に戻る.同じ理由から,動きながら見る力が落ち,歩きながら看板や標識の字を読むのに困難を覚えるが,これも回復する.斜視の患者が同様のことを訴える場合があり,VORがうまく機能していない可能性が考えられる.このような環境の変化への適応には小脳片葉がかかわる.逆さめがねをかけると当初視野全体が大きく揺れて見える(連載⑳参照).景色が逆さまに見えるせいもあるが,本来視野を安定させるしくみであるVORが逆に不安定さを増幅させるからでもある.頭の左回転で視野は右に流れるが,逆さめがね下では左に流れる.両眼が右へ回転する反射は,それをさらに強め,激しいめまいや悪心を引き起こす.しかし時間とともに,頭を回転時の両眼の逆方向への回転量は減少していく.網膜像の揺れが小さくなるような補正方法を脳が探っているのだ.もっともよい補正方法を見つけだし,2週間ほどで視野は安定する.サルに特殊なレンズを装用させ,視野を2倍に拡大したり,1/2に縮小したりすると,それに応じて眼球の回転量が2倍あるいは1/2に変化することも示された.環境の変化に合わせて脳の神経細胞が信号の出し方を変えること,これに小脳のPurkinje細胞がかかわることを初めて示唆したのが日本の伊藤である2).外側膝状体系のM系は脳内に三次元空間を再現し,物の位置を定め,自分との位置関係をつかむ.動く物体の方向と速さを見きわめ,追視する.それを上丘を含む膝状体外系,OKN,VORなどの機能が補完する.正常人ではこれらの連携がスムーズであり,その恩恵を意識しないが,斜視患者では連携がうまくいかないために問題が起こる.走りながら飛んでくるボールを受けたり蹴ったり,多くの車の走る中で進路変更したり,ふだん意識せずにしている動作がとても高度でむずかしいものだとわかる.文献1)篠田義一:眼球運動の生理学.眼球運動の神経学(小松崎篤,篠田義一,丸尾敏夫),p1-146,医学書院,19852)甘利俊一:脳は理論がわかるか─学習,記憶,認識の仕組み.脳研究の最前線下(理化学研究所脳科学総合研究センター編),p300-364,講談社,2007230あたらしい眼科Vol.35,No.2,2018(70)