特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):637~641,2015特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):637~641,2015ウイルス編-1:CMV角膜内皮炎の診断基準DiagnosticCriteriaforCMVCornealEndotheliitis小泉範子*はじめにウイルス性角膜内皮炎は眼感染症のなかではあまり知名度の高くない疾患ではないだろうか.しかし,角膜内皮炎によって角膜内皮細胞が広範囲に脱落すると,水疱性角膜症となって高度の視力障害を生じる重症疾患であり,原因不明の角膜浮腫や角膜内皮障害の症例では鑑別疾患のひとつとして思い浮かべていただきたい.本稿では,2006年に日本から初めて報告され,近年とくに注目されているサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)角膜内皮炎について,その臨床的特徴と診断,治療を概説する.ICMV角膜内皮炎とは角膜内皮炎は角膜内皮細胞に特異的な炎症を生じる疾患で,1982年にKhodadoustらによって初めて報告された.当時は自己免疫が関与する病態と考えられていたが1),その後,PCR(polymerasechainreaction)などの分子生物学的な検査によって原因が明らかになり,単純ヘルペスウイルス2~3),水痘帯状疱疹ウイルス4),サイトメガロウイルス,ムンプスウイルス5)などのウイルスが原因となることが知られている.なかでもCMV角膜内皮炎は,2006年に日本から初めて報告された新しい疾患概念であり6),その後,日本やシンガポール,台湾などのアジアの国々から相次いで報告されている7~11).CMV角膜内皮炎は,進行すると水疱性角膜症に至る重症疾患であるにもかかわらず,新しく認識された疾患概念であるため,診断や治療法が確立されていないことが問題であった.近年,特発性角膜内皮炎研究班によってCMV角膜内皮炎診断基準が提唱され(表1),日本におけるレトロスペクティブな全国調査の結果が報告されるなど,その実態把握に関する研究が進められている11).抗ヘルペスウイルス薬が奏効しない難治な角膜内皮炎や,角膜移植を繰り返す原因不明の水疱性角膜症のなかに,少なからずCMV角膜内皮炎の症例が含まれることから,角膜内皮障害の原因疾患の一つとして念頭に置いていただきたい疾患である.II臨床所見の特徴角膜内皮炎では,角膜後面沈着物(keraticprecipitates:KPs)を伴った限局性の角膜浮腫が認められる.円板状角膜炎などの角膜実質炎でも角膜浮腫を生じるが,角膜内皮炎では細胞浸潤や血管侵入を伴わないことが特徴で,半透明な“すりガラス”のような角膜浮腫が認められる.角膜内皮炎の臨床病型には大橋らの臨床分類が広く用いられており,角膜浮腫の分布パターンによって周辺部型2つと中央部型3つの計4つ(あるいは5つ)の型に分類される12,13).CMV角膜内皮炎では,1型角膜内皮炎とよばれる周辺部から中央部に向かって角膜浮腫が進行するパターンをとることが多く,拒絶反応線に類似した線状のKPsや,円形に配列したKPsからなる衛星病巣(コインリージョン)を伴う症例が多い(図1,2).線状のKPsやコインリージョンはとくにCMV*NorikoKoizumi:同志社大学生命医科学部医工学科〔別刷請求先〕小泉範子:〒610-0321京都府京田辺市多々羅都谷1-3同志社大学生命医科学部医工学科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(27)637表1サイトメガロウイルス角膜内皮炎診断基準(平成24年度特発性角膜内皮炎研究班)I.前房水PCR検査所見①cytomegalovirusDNAが陽性②herpessimplexvirusDNAおよびvaricella-zostervirusDNAが陰性II.臨床所見①小円形に配列する白色の角膜後面沈着物様病変(コインリージョン)あるいは拒絶反応線様の角膜後面沈着物を認めるもの②角膜後面沈着物を伴う角膜浮腫があり,かつ下記のうち2項目に該当するもの・角膜内皮細胞密度の減少・再発性・慢性虹彩毛様体炎・眼圧上昇もしくはその既往<注釈>1.角膜移植術後の場合は拒絶反応との鑑別が必要であり,次のような症例ではサイトメガロウイルス角膜内皮炎が疑われる.①副腎皮質ステロイド薬あるいは免疫抑制薬による治療効果が乏しい.②host側にも角膜浮腫がある.2.治療に対する反応も参考所見となる.①ガンシクロビルあるいはバルガンシクロビルにより臨床所見の改善が認められる.②アシクロビル・バラシクロビルにより臨床所見の改善が認められない.<診断基準>典型例Iおよび,II-①に該当するもの.非典型例Iおよび,II-②に該当するもの.角膜内皮炎に特徴的な所見と考えられており,診断基準にも含まれている(表1).ただしこれらの所見は,発症後の時間経過やステロイド薬による治療によって非典型的な形態を示すようになるため,コインリージョンなどがなくてもCMV角膜内皮炎を否定できるわけではない.CMV角膜内皮炎をはじめとするウイルス性角膜内皮炎では,角膜内皮細胞の脱落による角膜内皮細胞密度の低下を生じることが特徴であり,進行すると不可逆性の角膜内皮障害によって水疱性角膜症となる.虹彩毛様体炎や眼圧上昇,続発緑内障を伴う症例も多い.PosnerSchlossman症候群やFuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎においてもHSVやCMVなどのウイルスの関与が報告されていることから,一部の症例ではこれらの前眼部炎症性疾患と角膜内皮炎は同一のウイルスによる一連の疾患の異なる病期をとらえている可能性がある.Suzukiらはこれらの前眼部炎症性疾患をanteriorchamber-associatedimmunedeviation(ACAID)-relatedsyndrome638あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015として包括的にとらえる新しい概念を提唱しており13),今後,これらの疾患の病態解明に役立つ可能性がある.また,CMV角膜内皮炎は,CMV網膜炎とは異なり全身的な免疫不全のない患者に発症することが特徴である.III検査角膜内皮炎では病巣部からのウイルス分離は困難であり,前房水を用いたPCRによるウイルスDNA検査が行われる.PCRは非常に感度が高いため,病態とは無関係のウイルスDNAを検出する偽陽性を生じる可能性があることに注意しなくてはならない.とくにCMVは,正常人の前房水からも検出されることがあるため,検査のタイミングやPCRの感度によっては,病態とは関係のないウイルスDNAを検出することがある.ウイルスPCRの結果と臨床所見,抗ウイルス治療に対する反応などを総合的に判断してウイルス性角膜内皮炎と診断する必要がある.ヘルペス属ウイルスは成人の多くが既感(28)あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015639(29)合には,CMV角膜内皮炎を強く疑わせる所見の組み合わせ,すなわち角膜内皮細胞密度の減少,再発性・慢性虹彩毛様体炎,眼圧上昇またはその既往のうちの2項目以上を満たした症例で,かつ前房水を用いたPCRでCMVが陽性,HSVやVZVが陰性を確認できれば,CMV角膜内皮の非典型例と診断される.代表的な典型例,非典型例の前眼部写真を図1~3に示す.染であるため,血清抗体価の上昇をもって原因ウイルスを特定することはできない.抗体陰性の場合は,原因ウイルスとして否定できるので診断の参考になる.最近では,リアルタイムPCRによって前房水中のウイルスDNA量の定量を行うことが可能になっており,病態の解明や治療効果の判定に有用な情報が得られることが期待される14~16).また,CMV角膜内皮炎ではコンフォーカル顕微鏡によってコインリージョンの部分の角膜内皮細胞にCMV感染細胞で特徴的なOwl’seye(ふくろうの目)所見が認められることが報告されており17,18),角膜内皮細胞へのCMV感染を示唆する所見として注目されている.IVCMV角膜内皮炎の診断基準平成22年~24年度の厚生労働科学研究費の補助を受けて,特発性角膜内皮炎研究班が作成したCMV角膜内皮炎診断基準を表1に示す.線状のKPsや,コインリージョンとよばれる円形に配列するKP様病変は本疾患に特徴的であるため,これらが認められて,かつ前房水を用いたPCRによってCMVDNAが陽性,HSVやVZVが陰性であった場合には,CMV角膜内皮炎の典型例と診断される.一方,遷延した症例やステロイドによる治療が行われている症例では,コインリージョンなどの特徴的なKPsが認められないこともある.その場図1CMV角膜内皮炎の典型例(文献11より引用)限局性の角膜実質浮腫,上皮浮腫を認め,上方の透明角膜部分に円形に配列する角膜後面沈着物からなる衛星病巣(コインリージョン)が認められる().前房水からCMVDNAが検出され,CMV角膜内皮炎の典型例と診断された.図2CMV角膜内皮炎の典型例(角膜移植後眼)(文献11より引用)DSAEK術後に発症した角膜内皮炎.術後の定期受診の際に多発するコインリージョン()が認められ,前房水からCMVDNAが検出された.図3CMV角膜内皮炎の非典型例(文献11より引用)前房水CMV陽性,角膜内皮障害,再発性虹彩毛様体炎,続発緑内障の既往よりCMV角膜内皮炎の非典型例と診断された症例.図1CMV角膜内皮炎の典型例(文献11より引用)限局性の角膜実質浮腫,上皮浮腫を認め,上方の透明角膜部分に円形に配列する角膜後面沈着物からなる衛星病巣(コインリージョン)が認められる().前房水からCMVDNAが検出され,CMV角膜内皮炎の典型例と診断された.図2CMV角膜内皮炎の典型例(角膜移植後眼)(文献11より引用)DSAEK術後に発症した角膜内皮炎.術後の定期受診の際に多発するコインリージョン()が認められ,前房水からCMVDNAが検出された.図3CMV角膜内皮炎の非典型例(文献11より引用)前房水CMV陽性,角膜内皮障害,再発性虹彩毛様体炎,続発緑内障の既往よりCMV角膜内皮炎の非典型例と診断された症例.V鑑別疾患診断基準には,注釈として角膜移植後眼における拒絶反応との鑑別のポイントが記載されている.拒絶反応ではKPsが移植片内に限局するのに対して,角膜内皮炎では移植片のみならずホスト角膜側にも角膜浮腫やKPsが存在することが特徴であるが,周辺部に角膜混濁がある症例では観察が困難なこともある.ステロイド点眼薬を使用している角膜移植後眼では,角膜浮腫がごく軽度でコインリージョンのみが認められる場合もある(図2).ステロイド薬や免疫抑制薬による拒絶反応に対する治療を行っても角膜浮腫が改善しない場合には,ウイルス性角膜内皮炎を疑って前房水を用いたウイルスPCRを行う必要がある.原因不明の水疱性角膜症や,角膜移植後に拒絶反応様の炎症を繰り返し,複数回の角膜移植を繰り返しているような症例でも,ウイルス性角膜内皮炎,とくにCMV角膜内皮炎を念頭においてウイルス検索を行うことが望ましい.VI治療CMV角膜内皮炎は新しく報告された疾患概念であり,保険適用のある薬剤を用いた標準治療は確立されていない.しかし,放置すれば水疱性角膜症に至ることもあり,実際には大学病院などの倫理委員会の承認と患者からの同意を得て,抗CMV治療薬を用いた研究的治療が行われている.具体的な治療プロトコールの例を表2に示す.CMV角膜内皮炎と診断された症例では,CMV網膜炎に準じた方法により抗CMV薬の全身投与を行う.局所治療として自家調整の0.5%ガンシクロビル点眼と混合感染予防のために抗菌薬点眼を併用する.角膜内皮密度が1,000個/mm2以下の症例では,水疱性角膜症となるリ表2CMV角膜内皮炎に対する初期治療の例①ガンシクロビル5mg/kgを1日2回点滴投与,2週間(保険適用外)あるいはバルガンシクロビル900mg,1日2回内服,4~12週間(保険適用外)②0.5%ガンシクロビル点眼液(自家調整)1日4~8回(保険適用外)③0.1%フルオロメトロン点眼1日4回スクが高いため,急性期の炎症が沈静化された後も,ガンシクロビル点眼を1日2~4回で継続しながら定期的な経過観察を行う必要がある.ウイルス性角膜内皮炎では,角膜内皮細胞へのウイルス感染とともに,炎症によって角膜内皮細胞が脱落すると考えられる.そのため0.1%フルオロメトロンなどの副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)を用いた消炎治療を併用する.ウイルス感染症に対するベタメタゾン点眼薬の使用については意見が分かれるところであるが,筆者らは局所のベタメタゾン点眼薬は極力,使用しないようにしている.炎症による角膜浮腫が高度な症例では,テロイド薬の内服(ベタメタゾン0.5~1mgあるいはプレドニゾロン5~10mg)を併用することがある.VII予後発症後早期に診断と治療が行われ,抗ウイルス治療に良好な反応を示す症例では,十分な角膜内皮細胞密度が維持され,良好な長期予後が得られることが多い.一方で,治療開始時にすでに角膜内皮障害が進行していた症例では,治療によって角膜の透明性が回復しても,長期的には水疱性角膜症となる場合がある.角膜内皮移植後にも再発を生じると移植片不全となることから,再発予防のための治療を継続することが重要である.文献1)KhodadoustAA,AttarzadehA:Presumedautoimmunecornealendotheliopathy.AmJOphthalmol93:718-722,19822)OhashiY,KinoshitaS,ManoTetal:DemonstrationofherpessimplexvirusDNAinidiopathiccornealendotheliopathy.AmJOphthalmol112:419-423,19913)AmanoS,OshikaT,KajiYetal:Herpessimplexvirusinthetrabeculumofaneyewithcornealendotheliitis.AmJOphthalmol127:721-722,19994)MaudgalPC,MissottenL,DeClercqEetal:Varicellazostervirusinthehumancornealendothelium:acasereport.BullSocBelgeOphtalmol190:71-86,19805)SinghK,SodhiPK:Mumps-inducedcornealendotheliitis.Cornea23:400-402,20046)KoizumiN,YamasakiK,KawasakiSetal:Cytomegalovirusinaqueoushumorfromaneyewithcornealendotheliitis.AmJOphthalmol141:564-565,20067)KoizumiN*,SuzukiT*,UnoTetal:Cytomegalovirusas640あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(30)-’