特集●最先端の硝子体手術あたらしい眼科32(2):189.195,2015特集●最先端の硝子体手術あたらしい眼科32(2):189.195,2015内境界膜自家移植による難治性黄斑円孔の治療AutologousTransplantationoftheInternalLimitingMembraneforRefractoryMacularHoles森實祐基*白神史雄*はじめに1990年代に,KellyとWendel,そしてBrooksによって,“硝子体切除+内境界膜.離+ガスタンポナーデ+術後の伏臥位”が黄斑円孔の閉鎖に有効であることが明らかにされた1,2).現在この術式は,黄斑円孔に対する標準術式として確立され,世界的に普及している.一方で,標準術式の普及とともに,この術式では閉鎖しない黄斑円孔,すなわち難治性黄斑円孔の存在も明らかになった.これまでに難治性黄斑円孔の治療を目的としてさまざまな試みがなされてきたが,有効な術式の確立には至らなかった.近年,「.離除去するものとされてきた内境界膜を意図的に残し,円孔の閉鎖に利用する」という新しい概念に基づいた術式が考案されており,本稿で取り上げる内境界膜自家移植もその一つである3).本稿では,内境界膜自家移植の術式や治療成績,今後の課題について解説する.I難治性黄斑円孔に対する従来の試み一般に難治性と考えられている黄斑円孔を表1にあげる.これらの難治性黄斑円孔に対しては,標準術式(硝子体切除+内境界膜.離+ガスタンポナーデ+術後の伏臥位)では円孔を閉鎖させることがむずかしい.また,たとえ閉鎖したとしても,黄斑円孔内の網膜色素上皮細胞(retinalpigmentepithelium:RPE)が露出した黄斑形態,いわゆる“Wタイプ,flat-openmacularhole”となることが多く,この場合,視力の大幅な改善は期待表1難治性黄斑円孔巨大黄斑円孔(円孔径>400μm)陳旧性黄斑円孔近視性黄斑円孔外傷性黄斑円孔増殖性網膜病変に合併ぶどう膜炎,網膜色素変性に合併黄斑分離症に対する硝子体術後網膜黄斑円孔UタイプVタイプWタイプFlat-openmacularhole図1黄斑円孔術後の黄斑形態の分類図に示すようにUタイプ,Vタイプ,Wタイプに分類される.Uタイプは正常な黄斑形態に近く視力改善が期待される.Wタイプは”Flat-openmacularhole”とも呼ばれる.黄斑円孔の縁は網膜色素上皮細胞と接着しているが,黄斑円孔内に網膜組織は存在せず,網膜色素上皮細胞が露出している.このような閉鎖形態を示すときは,術後視力は不良となる.できない(図1).そこで,難治性黄斑円孔の閉鎖率の改善を目的としてさまざまな方法が試みられてきた(表2).主に試みられたのは,黄斑円孔に何らかの生理活性物質をアジュバン*YukiMorizane&*FumioShiraga:岡山大学大学院医歯薬学総合研究科機能再生・再建科学専攻生体機能再生・再建学講座眼科学分野〔別刷請求先〕森實祐基:〒700-8558岡山市北区鹿田町2-5-1岡山大学大学院医歯薬学総合研究科機能再生・再建科学専攻生体機能再生・再建学講座眼科学分野0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(17)189表2難治性黄斑円孔に対する従来の試み方法評価アジュバントTGFb-2無効自己血清無効自己血小板無効レーザーRPEのレーザー凝固無効手術黄斑円孔の辺縁を寄せる網膜や網膜色素上皮の障害確実性に乏しい強膜半層切除/強膜内陥有効,眼球の変形を伴う黄斑バックル有効,眼球の変形を伴う内境界膜翻転法有効,内境界膜を.離した症例に対しては適応なしトとして作用させ,グリア細胞の増殖を中心とした創傷治癒機転を促し,黄斑円孔を閉鎖するという方法である.アジュバントとしては,TGFb-24),自己血清5),自己血小板6)などが用いられた.また,RPEをレーザー照射することによって,RPEからのTGFb-2の産生を促す方法も試みられた7,8).これらのうち,TGFb-2と自己血小板については,通常の特発性黄斑円孔を対象に前向き無作為化臨床試験が行われ,有意な視力改善効果がみられなかった.そして,この結果を受けて特発性黄斑円孔のみならず難治性黄斑円孔に対してもこれらの方法は使用されなくなった9,10).つぎに,網膜の伸展性を高める目的で,術中にバックフラッシュニードルなどを用いて,黄斑円孔の辺縁を円孔中央に物理的に寄せる術式が試みられた11,12).この術式は,網膜やRPEに機械的損傷を与えてしまうこと,また,確実性に乏しいことが問題である.難治性黄斑円孔の中でもっとも難治といえる,近視性黄斑円孔網膜.離に対しては,強膜半層の部分切除もしくは強膜を内陥することで,強膜に対して余剰な網膜を生み出し,黄斑円孔を閉鎖させる術式や黄斑バックルが考案された.これらの術式は眼球の変形を伴う術式であり,術後視力への影響が避けられないため,最終的な手段として用いられる13,14).このような状況の中,2010年に,Nawrockiらのグループは内境界膜翻転法を考案した15).黄斑円孔を閉鎖するために,意図的に内境界膜を残し,活用した最初の術式である.近年この術式の術後成績が複数の施設から相190あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015次いで報告されている(詳細については本特集の別稿を参照していただきたい).しかし,この術式には,“過去の手術で内境界膜がすでに.離除去されている症例に対しては適応がない”,という問題がある.そのため,初回手術時に標準術式を選択し内境界膜を.離除去するか,それとも内境界膜翻転法を行うかを十分に検討する必要がある.また,内境界膜翻転法を行う予定であっても,術中の手術操作の問題などで,残すべき内境界膜を完全に.離してしまった場合には,翻転すべき内境界膜が存在しなくなるため本術式を完遂することができない.なお,実臨床においては,難治性黄斑円孔の症例は,すでに内境界膜.離が施行され,それでも円孔が閉鎖しないために紹介されてくる場合が多い.そのような場合には内境界膜翻転法の適応はない.II内境界膜自家移植の実際Michalewskaらは,難治性黄斑円孔に対する内境界膜翻転法の奏効機序について,翻転した内境界膜が網膜グリア細胞の増殖や遊走の足場となりこれらを促進したため,と考察している15).そこで筆者らは,内境界膜を翻転する代わりに,他の部位から黄斑円孔へ内境界膜を移植しても同様の結果が得られるのではないかと着想した.もし同様の結果が得られるのであれば,すでに内境界膜が.離除去された難治性黄斑円孔を治療することが可能となる.以下に内境界膜自家移植の術式を解説する.(18)ABCDEFGHIJABCDEFGHIJ図2内境界膜自家移植の術式A,B:硝子体切除後に内境界膜をブリリアントブルーGで染色する.すでに内境界膜が.離除去されている部分は染色されないため,その境界が可視化される(A,Bともに矢印).Aの矢頭:黄斑円孔.C~F:内境界膜を一部切り取り,黄斑円孔内に移植する.D:内境界膜鑷子で内境界膜を切り取っている.E:黄斑円孔内に移植.F:硝子体ピックで位置を微調整する.G~J:低分子量の0.1%ヒアルロン酸(GおよびIの矢頭,なお,Iの*は網膜)で内境界膜移植片(IおよびJの矢印)を固定する.G,H,I:低分子量の0.1%ヒアルロン酸(GおよびIの矢頭,Hの白線内)を移植片の上に塗布して固定する.J:OCT付き顕微鏡によって,移植片(矢印)が黄斑円孔内に位置していることがわかる.術後logMAR視力~~1.401.050.700.35000.350.701.051.40術前logMAR視力図3術前後の視力変化あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015193(21)けるOCT).そのため,内境界膜自家移植を行い,術後3日間伏臥位を保った.術後5日目の時点で,黄斑円孔はわずかに開存していた.図4Eに示すように黄斑円孔内に内境界膜移植片がみられた.その後,黄斑円孔は徐々に縮小し閉鎖した.術後3カ月におけるカラー眼底写真とOCTから,黄斑円孔が閉鎖し,ellipsoidzoneが回復していることがわかる(図4D,F).術後視力(0.7).V内境界膜自家移植の問題点1.手術手技に習熟を要する本術式のもっとももむずかしい点は,作製した内境界膜移植片の取り扱いである.内境界膜鑷子で把持した移0.36)は有意に改善した(p=0.007)(図3).術後視力が術前視力と比較して,logMAR0.2よりも大きく改善したのは8眼(80%),不変が2眼(20%)であった.なお,術中および術後経過観察中に明らかな合併症はみられなかった.IV代表症例65歳,女性.左眼巨大黄斑円孔,術前視力(0.1).OCTにて直径592μmの黄斑円孔を認めた(図4A,B).初回手術として標準術式(水晶体乳化吸引+眼内レンズ挿入+硝子体切除+内境界膜.離+20%SF6ガスタンポナーデ+伏臥位3日間)を施行した.しかし,黄斑円孔は閉鎖しなかった(図4C:初回術後1週間におEFCBDA図4代表症例A,B:65歳,女性,視力(0.1).網膜光干渉断層計(OCT)にて直径592μmの黄斑円孔を認めた.C:初回手術として標準術式(内境界膜.離)を施行したが,黄斑円孔は閉鎖しなかった.E:再手術として内境界膜自家移植を行った.内境界膜自家移植後5日のOCT.黄斑円孔はわずかに開存している.黄斑円孔内に内境界膜移植片がみられる(矢印).D,F:内境界膜自家移植後3カ月.視力(0.7).閉鎖した黄斑円孔(Dの矢印).OCTにおいて黄斑円孔は閉鎖し,視細胞内節ellipsoidzoneが回復している(F).36)は有意に改善した(p=0.007)(図3).術後視力が術前視力と比較して,logMAR0.2よりも大きく改善したのは8眼(80%),不変が2眼(20%)であった.なお,術中および術後経過観察中に明らかな合併症はみられなかった.IV代表症例65歳,女性.左眼巨大黄斑円孔,術前視力(0.1).OCTにて直径592μmの黄斑円孔を認めた(図4A,B).初回手術として標準術式(水晶体乳化吸引+眼内レンズ挿入+硝子体切除+内境界膜.離+20%SF6ガスタンポナーデ+伏臥位3日間)を施行した.しかし,黄斑円孔は閉鎖しなかった(図4C:初回術後1週間におけるOCT).そのため,内境界膜自家移植を行い,術後3日間伏臥位を保った.術後5日目の時点で,黄斑円孔はわずかに開存していた.図4Eに示すように黄斑円孔内に内境界膜移植片がみられた.その後,黄斑円孔は徐々に縮小し閉鎖した.術後3カ月におけるカラー眼底写真とOCTから,黄斑円孔が閉鎖し,ellipsoidzoneが回復していることがわかる(図4D,F).術後視力(0.7).V内境界膜自家移植の問題点1.手術手技に習熟を要する本術式のもっとももむずかしい点は,作製した内境界膜移植片の取り扱いである.内境界膜鑷子で把持した移EFCBDA図4代表症例A,B:65歳,女性,視力(0.1).網膜光干渉断層計(OCT)にて直径592μmの黄斑円孔を認めた.C:初回手術として標準術式(内境界膜.離)を施行したが,黄斑円孔は閉鎖しなかった.E:再手術として内境界膜自家移植を行った.内境界膜自家移植後5日のOCT.黄斑円孔はわずかに開存している.黄斑円孔内に内境界膜移植片がみられる(矢印).D,F:内境界膜自家移植後3カ月.視力(0.7).閉鎖した黄斑円孔(Dの矢印).OCTにおいて黄斑円孔は閉鎖し,視細胞内節ellipsoidzoneが回復している(F).(21)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015193194あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(22)されることを考えると,極性にかかわらず機能するのではないかと考える.Q2:移植片が1枚で足りない場合は複数枚を移植しても構わないか?→複数枚を移植した経験はあるが,現在のところ問題は起こっていない.Q3:移植された内境界膜は術後にどのような経過をたどるのか?→不明である.しかし,内境界膜がⅣ型コラーゲンやラミニンから構成されることを考えると,一般的な細胞外基質と同様に組織の再構築(リモデリング)に利用,代謝されると考えられる.Q4:移植片をICGやBBGで染色することによる悪影響(網膜毒性)はないか?→不明である.本術式で内境界膜の可視化は重要である.そこで,現在のところ意図的にBBGを使用している.ICGを使用する場合は濃度に配慮が必要であると考える.おわりに:今後の課題内境界膜自家移植について概説した.本術式は考案されてからまだ時間が経過していない.今後,難治性黄斑円孔に対する治療選択肢として普及するためには,さらなる術式の改良や手術器具の開発が必要である.また同時に,移植された内境界膜による黄斑円孔の閉鎖機序を明らかにすることも重要である.閉鎖機序の詳細が明らかになれば,たとえば内境界膜に代わるアジュバントの開発のように,さらに有効かつ容易な術式の開発につながり,より安全確実に難治性黄斑円孔を治療することが可能になると期待される.文献1)KellyNE,WendelRT:Vitreoussurgeryforidiopathicmacularholes.Resultsofapilotstudy.ArchOphthalmol109:654-659,19912)ILMpeelinginfullthicknessmacularholesurgery.4:1-1,20143)MorizaneY,ShiragaF,KimuraSetal:Autologoustrans-plantationoftheinternallimitingmembraneforrefractorymacularholes.AJOPHT157:861-869.e1,20144)SmiddyWE,SjaardaRN,GlaserBMetal:Reoperation植片を内境界膜鑷子から外すこと,また,内境界膜鑷子から外した移植片を黄斑円孔内に移植することに手間取ることがある.これらに対しては,術式の項で述べたように,移植片を作製した後は眼内灌流を止めること(眼内灌流圧を下げるのではなく,灌流ルートを直接クランプで閉塞し眼内灌流を完全に止める),内境界膜鑷子から移植片を外すときは硝子体ピックなどを用いて双手法で操作すること,移植片の移動は硝子体ピックなどを用いて網膜やRPEを障害しないようにすることが解決策になる.一度移植片が黄斑円孔内に移植され,その上から粘弾性物質を塗布して移植片が固定されれば,その後の手技で移植片が移動してしまうことは稀である.移植片の固定後に眼内灌流を再開する際には,インフュージョンカニューラの方向に気をつけたい.また,液.空気置換時には粘弾性物質を完全に吸引せずに残すこと,そして,術直後から伏臥位を開始することが重要である.2.長期経過が不明本術式の奏効機序は,内境界膜翻転法と同様に,移植した内境界膜がMuller細胞を中心とした網膜グリア細胞の増殖,遊走を促進して黄斑円孔を閉鎖すると考えられる.一般に神経組織の障害時にみられるグリア細胞の増生はグリオーシスと呼ばれる16).グリオーシスは神経細胞を保護する役割を担う一方で,過剰なグリオーシスは長期的には瘢痕を形成し(グリア性瘢痕),組織の構造やその生理機能を障害する.網膜においても同様のグリオーシスが起こりうるが,内境界膜の移植後に明らかな瘢痕形成をきたした症例は現在のところみられていない.今後症例数を増やし長期的に検討する必要がある.3.その他これまでに,筆者のもとに寄せられた質問としてはつぎのようなものがある.いずれの回答も推測の域を出ないが,現時点での私見を記す.Q1:移植する際に内境界膜の表裏(硝子体側と網膜側)の極性は考慮すべきか?→検討できていない.しかし,内境界膜がMuller細胞の基底膜であり,IV型コラーゲンやラミニンから構成–