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硝子体手術の位置づけ

2014年9月30日 火曜日

特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1303.1309,2014特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1303.1309,2014硝子体手術の位置づけTheRoleofParsPlanaVitrectomyinUveitis永田健児*丸山和一**はじめにぶどう膜炎に対する硝子体手術は副腎皮質ステロイドや免疫抑制薬による内科的治療への治療抵抗性のある硝子体混濁や黄斑上膜,黄斑浮腫に対して施行されてきた.硝子体手術が必要のない症例もあるが,一方で手術のタイミングを逸すると不可逆性の変化をきたし,その後に手術を行っても視力改善の得られない場合がある.また,内科的治療に抵抗性のある疾患のなかには眼内リンパ腫が存在し,診断が遅れることで病態が進行してしまうことがある(図1).近年,硝子体手術は可視化剤,小切開化,高速回転カッターや広角観察システムの登場といった進化により安全性が向上し,低侵襲化が得られてきた.また,手術中に得られたサンプルの解析が進み,診断と治療を目的としてこれまでより早期に硝子体手術に踏み切る症例も増加し,ぶどう膜炎における硝子体手術の位置づけは変化しつつある.そこで本稿では,硝子体手術の適応から意義,硝子体の解析で得られる結果について解説する.I手術目的・適応ぶどう膜炎とはいっても,そのなかには感染症や,炎症と紛らわしい疾患として眼内リンパ腫やアミロイドーシスなどもあり,原因疾患により手術の目的,適応は大きく異なる.筆者が近年施行したぶどう膜炎に対する硝図1軽度の硝子体混濁を認める症例ステロイドTenon.下注射で経過観察したところ,1カ月後に中枢神経系病変を発症した.*KenjiNagata:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学**KazuichiMaruyama:東北大学大学院医学系研究科神経・感覚器病態学講座眼科・視覚科学分野〔別刷請求先〕永田健児:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(55)1303 表1ぶどう膜炎に対する硝子体手術の内訳(2010年4月から2014年5月に筆者が施行)原因疾患症例数(眼)割合(%)サルコイドーシス3027.5サルコイドーシス疑い2522.9原因不明2220.2眼内リンパ腫1110.1内因性眼内炎65.5CMV網膜炎54.6急性網膜壊死21.8トキソカラ症21.8Vogt-小柳-原田病21.8Behcet病10.9アミロイドーシス10.9HTLV-1関連ぶどう膜炎10.9強膜炎に合併した黄斑上膜10.9サルコイドーシスあるいはその疑いで半数を占めるが,眼内リンパ腫も10%に及び注意が必要である.CMV:サイトメガロウイルス,HTLV:ヒトT細胞白血病ウイルス.子体手術の内訳を表に示す(表1).サルコイドーシスとその疑い症例で約半数を占める.このなかで治療法に悩むのはおそらくサルコイドーシスあるいはその疑い症例,さらには原因不明症例であろう.また,特筆すべきは眼内リンパ腫が10%を占めることである.原因不明症例のなかには眼内リンパ腫も疑って手術を施行したが,手術で得られた検体の検査結果により否定された症例も含まれ,リンパ腫の検査目的の症例はぶどう膜炎に対する手術症例のうち筆者らの結果では10%を超えることになる.日本における大学病院を受診したぶどう膜炎患者の疫学調査では,2.5%が眼内リンパ腫であったことが報告されており1),ぶどう膜炎患者をみたときには鑑別が重要な疾患である.手術の目的は大きく診断と治療に分けられる.原因疾患のなかで,診断目的のものはおもに眼内リンパ腫やアミロイドーシスである.治療を目的としたものは内因性眼内炎や急性網膜壊死のほか,診断がすでについたうえでの黄斑上膜や黄斑浮腫,治療抵抗性の硝子体混濁などが含まれる.さらに最近多くなってきているのが,診断と治療を兼ねた目的の手術であり,後述するように手術時に得られる硝子体のさまざまな解析が行われるようになったことによりその意義が高まってきている.研究レ1304あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014ベルでの検査も多く,その手術適応は施設ごとに考慮する必要がある.また,術前には眼底透見性が不良な症例もあり,手術中に眼底を観察することで疑うべき疾患を検討して必要な検査を行わなければならない.1.眼内リンパ腫眼内リンパ腫は仮面症候群の一つとされ,特に網膜下浸潤病巣を伴わない硝子体混濁がみられる症例では,しばしばぶどう膜炎と鑑別が困難なことがある.こういった症例では診断目的に硝子体手術を行い,細胞診,フローサイトメトリー解析,サイトカイン解析,免疫グロブリンの遺伝子再構成といった検査を行う必要がある.眼内リンパ腫は中枢神経系に病変が出現することが多く,少なくとも高齢者の原因不明の硝子体混濁でステロイドに反応の乏しい症例はリンパ腫を疑って積極的に手術を行う必要がある.ただし,一時的にはステロイドに反応する症例もあり,治療後も再燃する症例では注意すべきである.2.内因性眼内炎内因性眼内炎では,他臓器に感染した細菌あるいは真菌が血流によって眼に感染する.術後眼内炎と異なり感染が後眼部から始まり,特に細菌性ではきわめて急速に進行する.細菌性では抗菌薬の全身投与や硝子体注射では奏効しないことが多く,ドレナージを目的として早急に手術を行うことが必要である.前房蓄膿がみられ,眼底透見は不能なことが多く,急性前部ぶどう膜炎やBehcet病を鑑別する必要があるが,特に急性前部ぶどう膜炎との鑑別には迷うことがある(図2).超音波検査に加えて,血液検査での白血球数やC反応性蛋白(CRP),血沈などの炎症反応が参考になる.手術の際には眼内液から原因菌の検索,薬剤感受性検査を行い,さらに他臓器の原因病巣の検索を行うことが重要である.3.急性網膜壊死急性網膜壊死では,主に周辺部網膜から壊死が始まり徐々に拡大する.近年,単純ヘルペスウイルス(HSV)や水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)が患者の眼内から検出されることが判明し,その原因と考えられている.特(56) 図2内因性眼内炎の代表症例前房蓄膿を認め,虹彩後癒着のため眼底透見は不能であったが,超音波B-modeにて硝子体混濁を認めたため手術を行った.急性前部ぶどう膜炎と比較すると瞳孔領のフィブリンもやや毛羽立った印象である. abab図3黄斑浮腫に対しステロイド投与を繰り返された症例a:術前,b:術後.ステロイド投与でも黄斑浮腫を繰り返すため硝子体手術を行い浮腫は改善したが,IS/OSラインは不明瞭であり,視力は不良である.サルコイドーシス,原因不明リンパ腫を疑うか種々の原因検索目的noyes硝子体手術全身症状があるかyesnoステロイド内服黄斑上膜があるかnoyes硝子体手術ステロイド局所注射効果があるかyesno硝子体手術硝子体手術経過観察図4サルコイドーシスや原因不明のぶどう膜炎において硝子体手術を検討するタイミング全身検査や前房水の検査,その他の背景因子などを考慮して選択する. あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141307(59)2.フローサイトメトリーぶどう膜炎に対し原因検索を目的とした硝子体手術では,非灌流下で採取した硝子体は細胞診やPCR,サイトカイン測定などに使用する.一方,灌流下で採取した硝子体サンプルに関してはフローサイトメトリー解析が有用である.眼内リンパ腫の多くはB細胞性であり,CD19やCD20といった細胞表面マーカーを用いて解析を行う.通常のぶどう膜炎であれば硝子体中にみられる炎症細胞のほとんどはT細胞であるが,リンパ腫であればB細胞の割合が増加する.さらにリンパ腫では免疫グロブリン軽鎖の発現を解析しk鎖あるいはl鎖のどちらかに偏りがあればB細胞のモノクロナリティを示すことになる.また,ぶどう膜炎においてはCD3陽性のTリンパ球に対するCD4,CD8による解析が非常に有用である.や変視をきたすことがあり,このような症例には硝子体手術が必要である.可能な限り投薬で原因疾患の活動性を抑えた状態で手術することが望ましい.II手術方法硝子体手術は近年,結膜切開を必要としない極小切開硝子体切除術が可能となり,手術侵襲が軽減してきた(図5a).緑内障を合併しやすいぶどう膜炎においては可能な限り小さな切開で瘢痕を残さないことが望ましい.また,広角観察系を併用することで術中に生じうる合併症を最小限とし,術中操作による手術侵襲を最小限に抑えるよう努める必要がある(図5b).手術の開始時には非灌流下,灌流下でサンプルを採取し,後述する検査を行うことが望ましい.ぶどう膜炎では術後の合併症を最小限にするため,広角観察系のもとで最周辺部まで処理を行うようにしている.そのうえで黄斑部の処理を行う.III硝子体解析ぶどう膜炎に対し硝子体手術を行う場合,手術中に硝子体サンプルを採取し,さまざまな検査を行うことで,原因疾患の検索から術後炎症のコントロール,さらには炎症再燃時の治療法検討に非常に有用である.筆者らの施設では,フローサイトメトリー解析を必ず行い,サイトスピン標本で細胞を観察している.その他PCR(polymerasechainreaction)やサイトカインの解析は手術中の所見により必要性を判断することとしている.1.細胞診眼内リンパ腫を疑う症例に対しては必須の検査項目である.おもには異型細胞の有無から腫瘍か否かの判定を行うことを目的としている.しかしながら,硝子体は安全に採取できる量が限られており,その判定のみでは診断できないことも多い.つまり悪性腫瘍が否定的なclassⅠから悪性腫瘍のclassⅤまでの5段階で判定されるが,眼内リンパ腫ではclassⅢなどと判定されることも多い.したがって後述する検査と組み合わせて,診断する必要がある.図5硝子体手術のセッティングa:現在日本において広く使用されている25G硝子体手術.結膜切開は必要なく,ぶどう膜炎の硝子体手術に適している.b:広角観察系を使用したサルコイドーシス症例の術中写真.かなり周辺部まで観察できる.ab図5硝子体手術のセッティングa:現在日本において広く使用されている25G硝子体手術.結膜切開は必要なく,ぶどう膜炎の硝子体手術に適している.b:広角観察系を使用したサルコイドーシス症例の術中写真.かなり周辺部まで観察できる.ab ぶどう膜炎に対する硝子体手術の効果硝子体混濁の除去黄斑上膜の除去内境界膜.離による黄斑浮腫浮腫改善効果サイトカイン除去炎症細胞の除去クリアランスの改善硝子体解析物理的な効果炎症への効果原因検索ぶどう膜炎に対する硝子体手術の効果硝子体混濁の除去黄斑上膜の除去内境界膜.離による黄斑浮腫浮腫改善効果サイトカイン除去炎症細胞の除去クリアランスの改善硝子体解析物理的な効果炎症への効果原因検索図6ぶどう膜炎に対する硝子体手術により期待される効果 -

特殊ケース:妊婦,小児,高齢者

2014年9月30日 火曜日

特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1295~1301,2014特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1295~1301,2014特殊ケース:妊婦,小児,高齢者SpecialCases:PregnantWomen,Children,andtheElderly中尾久美子*はじめに眼炎症の治療に用いられる薬を点眼や局所注射する場合,妊婦,小児,高齢者でもほぼ安全で問題はないと考えられるが,全身投与する場合には注意が必要である.妊婦では胎児の存在と妊婦特有の代謝の変化,小児では成長・発達の過程にあること,高齢者では身体諸機能の低下などを考慮し,これらの特性に関連した特有の副作用に留意して薬剤を使用することが重要である.妊婦,小児,高齢者に,眼炎症の治療として消炎を目的とした薬や感染に対する薬を全身投与する場合の注意事項について概説する.I妊婦における眼炎症の治療妊婦の眼炎症を治療する際に最も注意すべきことは,妊娠中の投薬は胎児へ影響する可能性があるということである.全身投与した薬剤は一部の例外を除いて胎盤を通過して胎児へ到達する.薬の胎児への影響には催奇形性と胎児毒性とがあるが,催奇形性という点からは,特に妊娠4~7週末の絶対過敏期の投薬に注意が必要である.また,妊娠中や出産後は,内因性のステロイドを含むホルモンや免疫の変化により眼炎症が軽快または悪化する可能性があるので,妊婦の眼炎症の治療に際してはこのことにも留意する.1.妊娠による薬物動態の変化表1に示すような妊娠期の薬物動態の変化により,妊娠中は薬物血中濃度が通常より低下する傾向にある.これを考慮して妊婦には薬を処方する必要がある.2.薬剤の胎盤通過性薬剤の胎盤通過性は妊婦へ投与する薬を選択するうえで重要な因子である.胎盤通過性を規定する因子として,薬剤の分子量,蛋白結合率,脂溶性などの物理化学的な特性や,胎盤の血流,胎盤における薬剤の代謝などがあげられる.1)分子量:分子量が300~600程度の薬剤は比較的容易に胎盤を通過し,1,000以上になると通過しにくい.2)脂溶性:脂溶性の薬剤は,水溶性の薬剤より容易に胎盤を通過する.3)蛋白結合率:蛋白結合率が高いほど通過しにくい.4)イオン化の程度:イオン化が強いほど通過しにくい.5)胎盤による薬物代謝:胎盤では11b-hydroxysteroiddehydrogenaseの活性が高く,母体血中のヒドロコルチゾンやプレドニゾロンは胎児に移行する前に不活性型に代謝され,活性型として胎児に到達するのは母体血中の10%以下とされる.一方,ベタメタゾンやデキサメタゾンはほとんど代謝されずに胎盤を通過して胎児に移行する.3.妊娠中に使用する薬剤の胎児への危険度妊娠中に使用する薬剤の安全性に関する基準には米国*KumikoNakao:鹿児島大学大学院医歯学総合研究科先進治療科学専攻感覚器病学講座眼科学分野〔別刷請求先〕中尾久美子:〒890-8544鹿児島市桜ヶ丘8-35-1鹿児島大学大学院医歯学総合研究科先進治療科学専攻感覚器病学講座眼科学分野0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(47)1295 表1妊婦・小児・高齢者における薬物動態妊婦小児高齢者吸収変化なし消化管通過時間が短く,薬物が吸収されにくいことがあるあまり変化なし分布血漿容積が50%,心泊出量が30%増加し,体水分量が平均8リットル増加するため,多くの薬物の血中濃度が低下体重あたりの水分量(特に細胞外液)が多く,体内の薬物の分布容積が大きくなり,血中濃度のピークは低くなる傾向細胞内水分が減少し,水溶性薬物の血中濃度が上昇しやすい脂肪量が増加するため脂溶性薬物は血中濃度が低下するが,蓄積効果がでやすい血清アルブミンの低下により薬物の蛋白結合率が減少し,遊離型薬物が増加代謝変化なし新生児期の肝臓における薬物代謝酵素活性は低く,薬物代謝速度は遅い肝血流,肝機能の低下により薬物代謝は低下排泄腎血流量が増えて腎排泄が増大腎臓の糸球体機能,尿細管機能は新生児から乳幼児は低く,腎排泄型の薬剤の半減期は延長腎血流量が低下するため腎排泄が低下 表2眼炎症治療に使われる薬の胎児への危険度区分一般名FDA分類妊婦への投与消炎鎮痛薬非ステロイド性抗炎症薬全般初期:B~C末期:D慎重~禁忌(後期~全期)コルチゾンD有益性投与ヒドロコルチゾンC有益性投与プレドニゾロンC有益性投与副腎皮質ホルモンメチルプレドニゾロンC有益性投与トリアムシノロンC有益性投与デキサメタゾンC有益性投与ベタメタゾンC有益性投与シクロスポリンC禁忌タクロリムスC禁忌免疫抑制薬タクロリムス(点眼液)禁忌アザチオプリンD禁忌ミゾリビンX禁忌モフェチルD禁忌葉酸代謝拮抗薬メトトレキサートD禁忌痛風治療薬コルヒチンD禁忌生物学的製剤抗TNFa抗体B有益性投与ペニシリン系全般B有益性投与セフェム系全般B有益性投与エリスロマイシンB有益性投与マクロライド系クラリスロマイシンC有益性投与アジスロマイシンB有益性投与抗生物質アセチルスピラマイシン有益性投与テトラサイクリン系全般D投与禁希望アミノグリコシド系全般C~D有益性投与クリンダマイシンB投与禁希望その他ホスホマイシンB投与禁希望バンコマイシンC有益性投与抗菌薬ニューキノロン系全般C禁忌その他ST合剤C禁忌抗結核薬リファンピシンC投与禁希望イソニアジドC投与禁希望エタンブトールB有益性投与イトラコナゾールC禁忌抗真菌薬フルコナゾールC禁忌アムホテリシンBB有益性投与フルシトシンC禁忌抗ヘルペスウィルス薬アシクロビルB有益性投与バラシクロビルB有益性投与抗サイトメガロウィルス薬ガンシクロビルC禁忌バルガンシクロビルC禁忌FDA分類:米国食品医薬品局の薬剤胎児危険度分類.A:ヒト対照試験で危険性がみいだされない,B:ヒトでの危険性の証拠はない,C:危険性を否定することができない,D:危険性を示す確かな証拠がある,X:妊娠中は禁忌.禁忌:投与しないこと,投与禁希望:投与しないことが望ましい,有益性投与:治療上の有益性が危険を上回ると判断される場合にのみ投与すること,慎重:慎重に投与すること.(49)あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141297 1298あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(50)乳へ移行し,母体への投与が80mg/日の場合でも,新生児が母乳から摂取するのは新生児の生理的分泌量の10%以下と報告されている.プレドニゾロン内服が1回20mg以下で1日1~2回投与なら新生児や乳児への影響はほとんどない.また,1回20mg以上内服する場合は,内服4時間後に1回搾乳廃棄し,その後の母乳を与えることが勧められる.II小児における眼炎症の治療小児は発育の過程にあって身体能力が未熟であり,薬剤の副作用が発現しやすい.小児に特有の副作用や投与禁忌・注意薬剤を認識し,薬物動態や薬剤感受性の年齢による変化を考慮し,副作用が極力抑えられる治療をすることが大切である.1.小児における薬物動態消化吸収機能,細胞外液量,肝機能,腎機能などが年齢により変化するため,薬剤の吸収,分布,代謝,排泄が年齢により異なることに留意する.吸収不良や分布容積が大きいために血中濃度が低くなる傾向がある一方,代謝や排泄は遅い傾向がある(表1).2.小児の薬用量小児の薬物療法において重要な点は,投与量が年齢や体重の増加に伴い変動することである.小児薬用量算出には体表面積に基づく方法が優れているとされ,2歳以上では年齢から算出できる体表面積比に近似したAugs-berger式(II):成人用量×(年齢×4+20)/100がよく用いられる.Augsberger式から求めた小児薬用量を近似したvonHarnackの表も簡便でよく用いられている(表3).抗菌薬の投与量は体重当たり(/kg)の投与量から薬用量を計算する方法がよく用いられるが,年長児や過体重児では投与量が成人量を超えないよう注意する.循環血液量や腎機能に大きく影響される薬物などでは体表面積当たり(/m2)の投与量が提示されている場合がある.3.小児に特別な注意を要する抗菌薬テトラサイクリン系の抗生物質は8歳未満の小児に投はカテゴリーCで,催奇形性の報告はないが,妊娠中の安全性が確立していないということで禁忌になっている.抗真菌薬のうちアンホテリシンBはカテゴリーBで比較的安全であるが,アゾール系とピリミジン系の抗真菌薬はカテゴリーCで,催奇形性を疑う報告があり禁忌となっている.抗ヘルペスウイルス薬はカテゴリーBで妊婦にも投与可能であるが,抗サイトメガロウイルス薬はカテゴリーCで禁忌である.4.妊婦へのステロイド大量全身投与Vogt-小柳-原田病のように基本的にステロイドの大量全身投与が必要となる眼炎症が妊婦に発症した場合,どのように治療するかが問題となる.妊娠中の全身性エリテマトーデスのステロイド療法では,病状の悪化がなければ妊娠前の投与量がそのまま維持されるのが原則であり,病状の悪化により30~60mg/日に増量することも可能で,また,ステロイドの増量で対処できなければ,ステロイドパルス療法の適応となる.これを参考にすると,必要があれば妊婦にステロイドを大量全身投与することは可能である.これまでに報告されている妊婦に発症した原田病では,妊娠初期は催奇形性の問題からステロイド局所投与で治療している症例が多く,妊娠中期から後期では全身投与している症例が多い.ステロイド大量全身投与してもほとんどの症例が有害事象を生じていないが,因果関係は不明であるものの,妊娠30週で原田病を発症し,ステロイド大量点滴治療中に突然の胎児死亡をきたした症例が報告されている.これらを踏まえて,まずトリアムシノロンのTenon.下注射による治療を試みて,改善がみられなければステロイド大量全身投与を検討するのが安全と考えられる.最終的には,局所投与と全身投与の利点と問題点を患者に説明し,産婦人科にもよく相談したうえで治療法を決めるべきであろう.5.授乳による新生児・乳児への影響出産後も引き続いて薬剤を全身投与する場合,母乳を介する新生児や乳児への影響が懸念されるが,一般に,表2で妊婦に投与可能な薬剤は授乳時も安全に使用可能である.プレドニゾロンは母体血中濃度の5~25%が母 あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141299(51)1.加齢による薬物動態・薬物反応性の変化加齢による薬物動態の変化(表1)により,若年成人ではみられない薬物有害反応が発現しやすい.さらに,恒常性維持機構の加齢による低下があり,薬剤の生体内における作用は若年成人より強く現れ,若年成人と比較して薬物有害反応の頻度は高く,程度もより強い.このため高齢者に薬物投与する場合は,腎機能や体重などから投与量を設定するとともに,急性期に十分量を投与する必要がある場合を除き,少量(成人常用量の1/3~1/2程度)から開始して,効果と有害反応をチェックしながら増量することが重要である.薬剤によっては血中濃度をモニターしながら投与量を決定する.高齢者に対して特に慎重な投与を要する薬物のリストのなかに,消化性潰瘍や腎障害が出やすいということでCOX(シクロオキシゲナーゼ)阻害薬以外の長時間作用型非ステロイド性抗炎症薬(常用量)が含まれている.2.多剤服用の問題高齢者では合併疾患の増加に伴って服用薬剤数が増加する.なかにはびっくりするくらい多種類の薬を内服している症例もある.多剤服用している症例に眼炎症に対する治療薬を投与する場合,薬物相互作用による有害反応がでる可能性に注意する必要がある.すなわち,自分が投与した薬剤の副作用に注意するだけでなく,すでに処方されている薬剤の副作用がでる可能性にも注意しなくてはなららない.おもな全身疾患治療薬に眼炎症治療に使われる薬が加わるとどのような相互作用がみられるかを表4にあげた.多くの薬物は肝細胞に存在するチトクロームP450(CYP)やその他の酵素の働きによって代謝されるが,CYPのなかでも特に重要なCYP3Aを阻害するアゾール系抗真菌薬やマクロライド系抗菌薬を併用すると,CYP3Aで代謝される薬物の血中濃度が上昇して有害反応が出現する可能性が大きくなる.逆に与した場合,歯牙の着色,エナメル質形成不全などを起こすことがあるので使用しない.クロラムフェニコールは嘔吐,下痢,皮膚蒼白,虚脱,呼吸停止などが現れるGray症候群を発症する恐れがあり,新生児には投与禁忌である.ST(スルファメトキサゾール・トリメトプリム)合剤はサルファ剤を含有するため,低出生体重児,新生児には,高ビリルビン血症を起こすことがあり投与禁忌である.小児用ノルフロキサシン以外のニューキノロン系抗菌薬は15歳未満の小児には使用しない.4.小児で特に注意すべきステロイドの副作用成長障害(低身長)は小児に特有の副作用の一つであり,プレドニゾロン3~5mg/m2/日の連日長期投与で低身長をまねく危険がある.ステロイド緑内障は成人よりも発症しやすいので注意する必要がある.低年齢児では協力が得られずに眼圧を正確に測定できないことが多いが,根気よく何度も眼圧測定を試みて検査に少しずつ慣れさせて,必ず眼圧をチェックすることが大事である.満月様顔貌,中心性肥満,.瘡などの容姿に関する副作用は,大人が考える以上に小児にとっては重大な問題であり,心理的ストレスが大きい.特に思春期ではこれらの副作用のために勝手に内服を中断する場合もあるので,心理的ケアを含めた注意深い観察が必要である.III高齢者における眼炎症の治療高齢者では加齢による薬物の代謝・排泄能の低下,全身合併症とそれに伴う多剤服用,薬の飲み忘れ・飲み間違いの発生率増加を背景とする薬物有害反応が出現しやすいことに留意して薬物治療を行うことが大切である.表3vonHarnackの換算表年齢未熟児新生児6カ月1歳3歳7.5歳12歳対成人薬用量1/101/81/51/41/31/22/3vonHarnackGA.MonatsschrKinderheilkd,1956表3vonHarnackの換算表年齢未熟児新生児6カ月1歳3歳7.5歳12歳対成人薬用量1/101/81/51/41/31/22/3vonHarnackGA.MonatsschrKinderheilkd,1956 表4全身疾患治療薬と眼炎症治療薬の相互作用全身疾患治療薬眼炎症の治療に使う薬剤相互作用降圧薬Ca拮抗薬イトラコナゾールリファンピシンシクロスポリンCa拮抗薬の代謝を抑制し,下肢浮腫を増強Ca拮抗薬の代謝を促進し,効果を減弱両薬物の代謝が競合的に阻害され,血中薬物濃度が上昇ACE阻害薬非ステロイド性抗炎症薬尿中K排泄量が減少し,高カリウム血症をきたす危険性直接的レニン阻害薬シクロスポリンイトラコナゾール直接的レニン阻害薬の血中濃度が著しく上昇する危険性高脂血症治療薬HMG-CoA還元酵素阻害薬アゾール系抗真菌薬シクロスポリン血中HMG-CoA還元酵素阻害薬濃度が上昇し,横紋筋融解症をきたしやすい血中HMG-CoA還元酵素阻害薬濃度が上昇し,横紋筋融解症をきたしやすいエゼチミブシクロスポリンエゼチミブの吸収が増加し,有害反応がでやすい血液凝固阻害薬ワルファリン非ステロイド性抗炎症薬抗菌薬選択的COX-2阻害薬遊離型ワルファリン量を増やし,ワルファリンの作用を増大させる体内のビタミンKを減少させ,ワルファリンによる出血のリスクを増大させる.非結合型ワルファリン濃度を増加させ,代謝を阻害し,効果を増強CYP2C9を阻害することによりワルファリンの作用を増強強心薬ジゴキシンマクロライド系抗菌薬アジド系抗菌薬イトラコナゾールジゴキシンの消化管内での不活化を阻害し,ジゴキシンの作用を増強ジゴキシンの尿細管分泌を阻害し,血中濃度が上昇して中毒症状がでやすい不整脈治療薬ジソピラミドマクロライド系抗菌薬ジソピラミドの代謝を阻害して血中濃度を上昇させ,心室性不整脈や低血糖を誘発する可能性抗不整脈薬リファンピシン抗不整脈薬の代謝を亢進し,吸収量を低下させ,抗不整脈薬の効果が減弱気管支喘息治療薬テオフィリンフルオロキノロン系抗菌薬マクロライド系抗菌薬リファンピシンテオフィリンの代謝を阻害し,血中濃度を上昇させ,中毒症状が出現しやすいテオフィリンの代謝を促進し,血中濃度を低下させ,気管支拡張作用減弱抗菌薬ニューキノロン系抗菌薬非ステロイド性抗炎症薬GABAA受容体に対するニューキノロン系抗菌薬の阻害作用を増強し,痙攣発作を生じやすい抗うつ薬アミトリプチリンフルコナゾール血中濃度を上昇させ,有害反応が出現する可能性催眠鎮静薬トリアゾラムアゾール系抗真菌薬血中濃度が上昇し,作用の増強および作用時間の延長が起こる危険性抗精神病薬クロザピンマクロライド系抗菌薬アゾール系抗真菌薬血中濃度を上昇させ副作用を増強抗てんかん薬バルプロ酸ナトリウムカルバペネム系抗菌薬血中濃度を低下副腎皮質ホルモンメチルプレドニゾロンアゾール系抗真菌薬マクロライド系抗菌薬リファンピシンメチルプレドニゾロンの代謝を阻害し,血中濃度を上昇メチルプレドニゾロンの代謝を亢進し,血中濃度を減少免疫抑制薬シクロスポリンリファンピシン非ステロイド性抗炎症薬シクロスポリンの代謝を促進し,血中濃度が低下併用により腎血流量が減少し,腎機能低下を惹起タクロリムスマクロライド系抗菌薬アゾール系抗真菌薬タクロリムスの代謝が阻害され,血中濃度が上昇抗悪性腫瘍薬エベロリムスアゾール系抗真菌薬マクロライド系抗菌薬エベロリムスの代謝が阻害され,血中濃度が上昇メトトレキサート非ステロイド性抗炎症薬メトトレキサートの腎からの排泄遅延Ca:カルシウム,ACE:アンジオテンシン変換酵素,HMG-CoA:3-hydroxy-3-methylglutarylcoenzymeA,COX:シクロオキシゲナーゼ,GABA:g-アミノ酪酸. あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141301(53)CYP3Aを誘導するリファンピシンやデキサメタゾンを併用すると,血中濃度が低下して薬効が減弱する場合がある.さらに毒性の代謝物が生成されて有害反応をきたす原因にもなる.3.服薬管理能力の低下高齢者では服薬管理能力の低下を認めることが多い.多剤服用している場合にはさらに服薬管理能力が低下しやすい.期待した薬効が得られない場合は,薬剤を変更または追加する前にアドヒアランスが保たれているかどうかを確認する必要がある4.高齢者特有の薬の副作用―薬剤起因性老年症候群老年症候群は,加齢に伴う心身の機能の衰えによって現れる身体的および精神的諸症状・疾患の総称で,おもな症状は,認知症,せん妄,うつ,めまい,骨粗鬆症,転倒,尿失禁,食欲不振などであるが,薬の副作用により薬剤起因性老年症候群を呈することに注意する必要がある.特に多剤服用している場合,薬剤起因性老年症候群を惹起しやすい.薬剤起因性老年症候群のおもな原因薬剤のなかには眼炎症治療に用いる薬剤も含まれており,副腎皮質ステロイドではせん妄,非ステロイド性抗炎症薬,抗菌薬では食欲低下をきたす可能性がある.薬剤起因性老年症候群を発症していても,病気や年齢のせいと思われて,薬の副作用であることが見過ごされていることも多いので注意が必要である.5.高齢者で特に注意すべきステロイドの副作用高齢者は骨粗鬆症,糖尿病,高血圧,循環器系および呼吸器系の全身合併症を有していることが多いので,ステロイドの投与量や投与期間について十分検討し,投与中の副作用の出現に注意をはらう必要がある.高齢者における特に重要な副作用は,骨粗鬆症と感染症である.骨粗鬆症とそれによる脊椎圧迫骨折や大腿骨骨折は,患者の日常生活の活動性を著しく低下させてしまう.65歳以上の高齢者では,潜在的に骨脆弱性があると考え,ステロイド治療早期からビスフォスフォネートを投与することが望ましい.感染症は高齢者では致命的になる可能性があるが,高齢者では感染症の特徴〔発熱・CRP(C反応性蛋白)上昇など〕を必ずしも示さない症例もあるので注意が必要である.文献1)山下晋:妊婦・授乳婦への薬物投与時の注意改訂6版.p111-313,医療ジャーナル社,20072)石川睦男,柳沼裕二:自己免疫疾患をもつ妊婦の管理2SLE.臨婦産50:774-776,19963)穂苅量太,高本俊介,渡邊知佳子ほか:妊娠・出産と炎症性腸疾患.診断と治療100:1007-1012,20124)横田俊平:小児例への投与.ステロイドの使い方コツと落とし穴(水島裕編),p130-131,中山書店,20065)藤村昭夫,熊崎雅史,小林瑛子ほか:絶対覚えておきたい疾患別薬物相互作用(藤村昭夫編),p19-356,日本医事新報社,20136)秋下雅弘:高齢者に対する薬物療法の考え方.診断と治療102:185-191,2014

生物学製剤の使い方の基本

2014年9月30日 火曜日

特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1287.1294,2014特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1287.1294,2014生物学製剤の使い方の基本BasicConceptsofBiologicDrugTherapy蕪城俊克*田中理恵*I生物学製剤とは生物学製剤とは,バイオテクノロジーを用いて生物から産生させた物質を利用した薬剤と定義される.古くは,微生物ワクチン,トキソイド,抗血清,血液製剤などがそれに当たるが,最近では分子生物学的手法を用いて細胞にサイトカイン,細胞表面分子,あるいはそれらに対するモノクローナル抗体などを産生させ,薬剤として用いるものを指すことが多い.後者は分子標的治療ともよばれる.具体的には,肝炎に対するインターフェロン製剤,腫瘍に対するインターロイキン(IL)-2製剤,サイトカインに対するモノクローナル抗体製剤,サイトカイン受容体に対するアンタゴニストとして作用する可溶性受容体製剤などがある.眼科領域で用いられている生物学製剤には,眼瞼痙攣に対するボツリヌス毒素製剤,加齢黄斑変性・糖尿病黄斑浮腫に対する抗vascularendothelialgrowthfactor(VEGF)抗体製剤のほか,Behcet病ぶどう膜炎に対する抗tumornecrosisfactor-a(TNFa)抗体製剤であるインフリキシマブ(レミケードR)がある.生物学製剤の特性は,疾患の増悪の機序に関与するサイトカインなどを直接ブロックするため有効性が高いこと,薬剤の投与間隔が長いこと,ステロイド全身投与などと比べ長期間継続しても副作用が少ないことがあげられる.その反面,薬剤が非常に高価であることから患者の金銭的負担を考慮する必要があること,生物学製剤独特の副作用(日和見感染,結核,投与時反応など)に注意する必要がある.幸いBehcet病に関しては,特定疾患の医療費の助成制度があり,これを申請してから導入するのが通常である.本稿では,現在ぶどう膜炎に対して唯一保険適用のあるBehcet病ぶどう膜炎に対するインフリキシマブ治療の使用法と注意点について述べる.IIBehcet病ぶどう膜炎とインフリキシマブインフリキシマブはTNF-aに対するキメラ型モノクローナル抗体製剤で,2007年1月にBehcet病による難治性網膜ぶどう膜炎に対して保険適用となった.Behcet病ぶどう膜炎に対するインフリキシマブの臨床治験(第2相前期試験)は,シクロスポリン,ステロイド投与を中止し,インフリキシマブと切り替えるプロトコールで行われた.インフリキシマブ投与は5mg/kgと10mg/kg投与の2群で行われたが,いずれの群も著明な眼発作回数の減少がみられた1)(図1).この結果から,従来の治療法では眼発作のコントロールが困難なBehcet病ぶどう膜炎の難治例に対してもインフリキシマブが著明な眼発作抑制効果を示すことが明らかとなり,わが国で世界に先駆けて認可された.インフリキシマブは,現在までにCrohn病,関節リウマチ,Behcet病による難治性網膜ぶどう膜炎のほか,乾癬,潰瘍性大腸炎,強直性脊椎炎に対して保険適用が認められている.本剤は点滴による全身投与であるため,全身的な副*ToshikatuKaburaki&RieTanaka:東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学〔別刷請求先〕蕪城俊克:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(39)1287 5mg/kg投与群(n=7)910mg/kg投与群(n=6)4.0±2.2p=0.031*1.0±2.23.8±1.90.2±0.4p=0.031*8眼発作回数(回/14週)432眼発作回数(回/14週)7654321観察期間有効性0観察期間有効性評価期間評価期間眼発作回数は,14週間当たりの回数として換算(*:Wilcoxon’sranktest)図1Behcet病ぶどう膜炎におけるインフリキシマブの眼発作抑制効果Behcet病ぶどう膜炎に対するインフリキシマブの臨床試験の成績.5mg/kg投与群(7例),10mg/kg投与群(6例)におけるインフリキシマブ開始前後の14週間当たりの眼発作回数の変化を示す. 表1インフリキシマブのおもな副作用〈おもな副作用〉鼻咽頭炎(23.4%),発熱(10.7%),発疹(9.0%),頭痛(5.1%),血圧上昇(5.0%),ALT(GPT)増加(9.6%),AST(GOT)増加(7.4%),LDH増加(6.7%),血尿(尿潜血)(5.7%),白血球数増加(5.4%),尿沈渣(5.3%),g-GTP増加(5.2%)など〈重篤な副作用(頻度不明)〉1.敗血症,肺炎(カリニ肺炎を含む),真菌感染症などの日和見感染症2.結核3.重篤な投与時反応(ショック,アナフィラキシー様症状)4.脱髄疾患(多発性硬化症,視神経炎,Guillain-Barre症候群など)5.間質性肺炎6.肝機能障害7.遅発性過敏症8.抗dsDNA抗体の陽性化を伴うループス様症候群9.重篤な血液障害(汎血球減少,血小板減少,白血球減少など)ALT(GPT):alanineaminotransferase(glutamicpyruvictransaminase),AST(GOT):aspartateaminotransferase(glutamicoxaloacetictransaminase),LDH:lacticaciddehydrogenase,g-GTP:gamma-glutamyl-transpeptidase,dsDNA:double-strandeddeoxyribonucleicadid.表2インフリキシマブ導入時のスクリーニング検査と投与の是非①問診急性期の感染症の有無.結核感染の既往.結核患者への接触歴.ウイルス性肝炎の既往.うっ血性心不全.悪性腫瘍.脱髄性疾患.間質性肺炎.妊娠中・授乳中ではないか.②血液検査血算,血液生化学(GOT,GPT,gGTP,CRP,BUN,クレアチニン,CPKなど)Quantiferon-TbまたはT-SPOT(結核のスクリーニング)HBs抗原,HBc抗体,HBs抗体,HCV抗体(ウイルス性肝炎のスクリーニング)b-Dグルカン(真菌感染症のスクリーニング)③ツベルクリン反応④胸部レントゲン撮影(または胸部CT)⑤内科医への受診(インフリキシマブ導入について全身状態の確認)投与禁忌*慎重投与*活動性結核を含む感染症を有している患者非定型抗酸菌感染症の患者B型肝炎ウイルス感染者NYHA分類III度以上のうっ血性心不全を有する患者悪性腫瘍を有する患者脱髄疾患を有する患者陳旧性結核の患者(本剤による利益が危険性を上回ると判断された場合)C型肝炎ウイルス感染者NYHA分類II度以上のうっ血性心不全を有する患者悪性腫瘍の既-往歴・治療歴を有する患者前癌病変(食道,子宮頸部,大腸)を有する患者高齢者,小児*関節リウマチに対するTNF阻害療法ガイドライン(日本リウマチ学会)GOT:glutamicoxaloacetictransaminase,GPT:glutamicpyruvictransaminase,gGTP:gammaglutamyl-transpeptidase,CRP:C-reactiveprotein,BUN:bloodureanitrogen,CPK:creatinephosphokinase. 性心不全,悪性腫瘍の既往歴・治療歴,前癌病変(食道,子宮頸部,大腸)を有する患者,高齢者,小児は慎重投与となっている3).また,TNF阻害薬の胎盤,乳汁への移行が確認されており,胎児あるいは乳児に対する安全性は確立されていないため,妊娠中,授乳中の患者には投与しないことが望ましい.IVインフリキシマブ投与の実際Behcet病に対するインフリキシマブの1回の投与量は5mg/kgで,0,2,6週目,それ以降は8週間ごとに点滴により投与する2).具体的な薬剤の調整方法および投与方法は以下のとおりである.本剤1バイアル(100mg)当たり10mlの日局注射用水で溶解し,患者の体重に応じて必要本数を調整する.溶解の際には失活を防ぐためになるべく泡立てないようにし,バイアルを転がすようにして溶解する.患者の体重から換算した必要量の薬剤を約250mlの日局生理食塩液に希釈する.他の注射剤,輸液などとは混合しない.1.2ミクロン以下のメンブランフィルターを用いたインラインフィルターを通して点滴ラインにより2時間以上をかけて緩徐に点滴軽度充血,動悸,発汗,頭痛,めまい,悪心点滴遅くする中等度血圧上昇/低下(SBP20mmHg以上),悪寒を伴う体温上昇,胸部不快感,,胸部不快感,息切れ,息切れ,喘鳴体温上昇,動悸,蕁麻疹点滴中断点滴遅くまたは500~1,000ml/hrで生食点滴点滴一時中断気道確保:可能なら酸素吸入静注する.なお,本剤を3回投与して投与時反応がみられかった患者に対しては,4回目以降の投与は1時間当たり5mg/kgを超えない範囲で時間を短縮して投与することが可能である2).投与中または投与終了後2時間以内に起こりうる副作用として,投与時反応(アナフィラキシー様症状,蕁麻疹,血圧の上昇または低下,呼吸困難など)がある.したがって,点滴中は血圧,脈拍をモニタリングする必要があり,点滴終了後も2時間くらいは体調の変化に注意するように患者に周知しておく.V投与時反応への対応投与時反応はインフリキシマブ投与後0.2.2%の症例に起きるとされており,初回投与時よりも2.3回目の投与時に起こりやすいとされている.投与時反応は,ほとんどの場合インフリキシマブ点滴中か点滴終了後2時間以内に起き,動悸,発汗,頭痛,めまい,悪心,蕁麻疹,重篤な場合は,血圧の急激な変動や息切れ,喘鳴などを起こす.ほとんどは軽度か中等度の投与時反応で,重篤なものは全投与時反応の5%程度とされている.重度(5%)血圧上昇/低下(SBP40mmHg以上)・ジフェンヒドラミン(レスタミンR)(25~50mg点滴)・アセトアミノフェン(リピナジンR)(650mg内服)・WNLまで10分間隔・WNLまで5分間隔でVSのモニター・エピネフリン(1:1,000/0.1~0.5ml皮下でVSのモニター・20分待機し,その後に点滴ス投与:5分間隔で3回まで).2回目を・20分待機し,その後ピードを上げるする場合には,救急医を呼ぶに点滴スピードを上・ヒドロコルチゾン(100mgiv)またはげるメチルプレドニゾロン(20~40mgiv)・WNLまで2分間隔でVSモニターSBP:収縮期血圧,WNL:正常範囲,VS:バイタルサイン図2投与時反応発生時の対応投与時反応の重症度に応じて,インフリキシマブ点滴を遅くする,または一時中断する.重症の際は,気道確保,輸液を行う.ジフェンヒドラミンなどの薬剤投与を行い,経過をみながら徐々にインフリキシマブ点滴を再開する.1290あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(42) あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141291(43)は両眼とも眼発作の頻度は明らかに減少した.同じ患者の導入前と導入後の眼発作時の眼底写真を図4に示す.この患者のようにインフリキシマブ導入前と比べ,導入後では眼発作が起きても軽症であることが多い.Behcet病ぶどう膜炎に対するインフリキシマブ治療の成績についていくつかの報告がなされている.Yamadaらは,Behcet病ぶどう膜炎患者に対してシクロスポリン治療(20例)またはインフリキシマブ治療(17例)を半年間以上行った症例について,治療成績を後ろ向きに解析した6).シクロスポリンでは半年間の眼発作回数が3.3±2.4回から1.2±1.2回に減少したのに対し,インフリキシマブでは3.1±2.7回から0.4±1.0回に大きく減少した.この結果は,インフリキシマブ治療がシクロスポリン治療よりも眼発作抑制効果が高いことを示唆している.Okadaらは,わが国の8大学病院でのインフリキシマブ治療の成績を報告した7).臨床効果については50症例を対象として検討が行われ,半年間における眼発作回数はインフリキシマブ導入前には平均2.66回であったのに対し,導入後には0.44回に減少していた.44%の症例では導入後1年の間に眼発作を起こさなかった.眼発作の重症度についても,インフリキシマブ導入前には72%の眼発作が中等度から高度であったのに対し,導入後には68%が軽度となり,眼発作の軽症化がみられた.さらに,インフリキシマブ治療の有効性を規定する因子についての研究もなされている.Sugitaらは,インフリキシマブの血液中濃度と臨床効果の関連性を報告した8).インフリキシマブを8週ごとに投与している患者20例について,インフリキシマブ投与直前と投与直後に血液を採取し,インフリキシマブの濃度を測定した.その結果,投与直前の血清中インフリキシマブ濃度が1.0μg/ml以上の症例では,16例中14例で経過中に眼発作は起こらなかったのに対し,インフリキシマブ濃度が1.0μg/ml未満の症例では,4例中3例で眼発作が起きていた.この結果から,次回のインフリキシマブ投与直前における血液中インフリキシマブ濃度(トラフレベル)が1.0μg/ml以上に保たれているかどうかが,ぶどう膜炎のコントロールと関連すると結論づけている.投与時反応の対処法を図2に示す.①点滴遅くする,または一時点滴を中断する,②準備しておいたジフェンヒドラミン(レスタミンコーワR)25.50mg点滴とアセトアミノフェン(ピリナジンR末)650mg内服を行う,③血圧・脈拍をモニターしながら症状の消失を待つ,④点滴の速度を徐々に上げていく,という順に対応することで,ほとんどの場合最後までインフリキシマブを投与することこが可能である(図2)5).一度投与時反応を起こした場合,次回の投与でも起こす可能性が高く,さらに反応が強まる可能性もある.一度投与時反応を起こした患者には,筆者らの病院では,投与時反応の予防として,①抗ヒスタミン薬(ポララミンR(2)1錠内服など)を投与日の朝に内服する.②インフリキシマブ点滴前のプレメジとして,生理食塩水50mlにプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム(水溶性プレドニンR)20mg,クロルフェニラミンマレイン酸塩(クロール・トリメトン注R)10mg,ファモチジン(ガスター注R)20mgを溶解し,15分程度で点滴静注する,ことを行っている.これは,クロルトリメトンR(H1-blocker)とガスターR(H2-blocker)との併用によって,蕁麻疹などの1型アレルギー予防になるのではないかと考えての処方である.このような予防策を行っても投与時反応を繰り返す症例では,インフリキシマブの投与中止を検討する必要がある.VIインフリキシマブの有効性インフリキシマブを導入した実際の患者(37歳,男性)の経過図を図3に示す.この患者は2001年発症の両眼ぶどう膜炎で,口腔内アフタ,毛.炎,結節性紅斑,陰部潰瘍がみられることから完全型Behcet病と診断された.しかし,シクロスポリン(ネオーラルR)250mg/日内服を行っても年4.5回眼発作を繰り返すため,2004年3月に東京大学医学部付属病院眼科を初診した.コルヒチン0.5mg/日,シクロスポリン300mg/日,プレドニゾロン(プレドニンR)内服を併用しても両眼に網膜ぶどう膜炎の眼発作を繰り返したため,2005年11月11日よりインフリキシマブ治療を開始,開始後はコルヒチン,シクロスポリン,プレドニゾロン内服は中止している.図3に示すとおり,インフリキシマブ導入後 右眼発作左眼発作コルヒチン0.5mgインフリキシマブ210.1ネオーラル300mgプレドニン20mg→10mg→5mg→10mg:右眼視力:左眼視力図3インフリキシマブ導入例の眼発作の経過(37歳,男性)経過中の右眼の眼発作を赤矢印,左眼の眼発作を青矢印で示す.インフリキシマブ(黄色三角)の導入後には,眼発作の頻度は減少している.レミケード使用前の眼発作.(2004/7/15)レミケード使用後の眼発作.(2006/3/25)図4インフリキシマブ導入前後の眼発作(37歳,男性)インフリキシマブ導入前と比べ,導入後には眼発作を起きても軽症であることが多い. あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141293(45)Iwataらは,Behcet病ぶどう膜炎に対しインフリキシマブ治療と血液中の抗核抗体の関連性を報告した9).17例の患者のうちインフリキシマブ治療開始前には抗核抗体陽性は1例(6%)のみであったが,治療開始後6カ月で新たに11例(65%)が抗核抗体陽性となり,徐々に抗体価の上昇がみられた.さらにインフリキシマブ治療開始後に眼発作がみられた5例は全例が抗核抗体陽性患者であった.このことから,血清中の抗核抗体価がインフリキシマブ治療開始後の眼発作の予測マーカーとなりうる可能性を指摘している.Yoshidaらは,Behcet病ぶどう膜炎に対しインフリキシマブ治療を開始した後に,眼発作が消失した群と眼発作が残存した群に分けて患者背景の違いを比較検討した10).その結果,インフリキシマブ治療開始後に眼発作が消失する症例は,ぶどう膜炎発症からインフリキシマブ開始までの期間が長い症例が多く,開始前の眼発作回数(特に眼底型の眼発作回数)も少ない症例に多かった.このことから,インフリキシマブ治療により眼発作が消失する症例は,治療開始前から活動性の低いことが原因ではないかと推測している.筆者らは,Behcet病ぶどう膜炎の活動性の新しい指標Behcetdiseaseocularattackscore24(BOS24)を考案し,国内10施設でインフリキシマブ治療を導入した150症例についてインフリキシマブ開始前後のぶどう膜炎の活動性をBOS24でスコア化して比較した11).その結果,6カ月間の眼発作回数は,インフリキシマブ導入前3.2±2.0回から導入後1.6カ月では0.5±1.1回,導入後7.12カ月では0.7±1.1回に減少した.6カ月間のBOS24の積算値は,導入前19.7±17.4から導入後1.6カ月には2.7±6.9,7.12カ月には2.9±5.7に減少した.眼発作1回当たりのBOS24も,導入前5.8±3.7から導入後1.6カ月には4.8±3.4,7.12カ月には4.2±2.6に減少した.BOS24の各パラメータのうち,インフリキシマブ導入後,特に後極部と中心窩病変のスコアの低下が著明であった.以上の結果は,インフリキシマブ導入により眼発作回数のみならず1回当たりの眼発作の大きさも軽症化すること,インフリキシマブは特に眼底後極部のぶどう膜炎の活動性を強く抑制し,視機能の維持に有用である可能性が示唆された.VII併用薬,効果不十分例への対応などインフリキシマブを開始する際に,それまで使っていた治療薬(コルヒチン,シクロスポリン,ステロイド内服など)を中止するかどうかについては,現在のところ一定の見解はない.筆者らは,コルヒチンは原則として中止し,シクロスポリンは低用量(2mg/kg程度)を残して眼症状の推移をみながらゆっくり減量することを原則としているが,シクロスポリンを中止しても構わないとする考えもある.一方,ステロイド内服は急に中止すると,眼を含めた全身の炎症所見の増悪や副腎クリーゼなどの危険があるため,0.5.2mg/月程度ずつ,数カ月.1年以上かけてゆっくり減量することを原則とする.神経Behcetや腸管Behcetなど特殊型Behcetを合併しているためにステロイド内服を行っている症例では,ステロイドの減量法は内科医の判断に委ねているが,ステロイド内服を完全には中止できない場合が多い.インフリキシマブはメトトレキサート療法で効果不十分な関節リウマチ症例の約80%に有効であるが,効果不十分例が約20%存在するとされている.Behcet病ぶどう膜炎についても,市販後調査の中間報告(2007年1月.2009年6月)から,インフリキシマブの効果不十分例が15%程度存在すると考えられる.関節リウマチでは,インフリキシマブ不十分例への対処法12)として,①体重換算で余剰となって投与しない分の薬剤を捨てずにすべてのバイアル分を投与する(残量投与),②6.7週程度の間隔で投与することを考慮する,③インフリキシマブ投与直前に水溶性プレドニン20.40mgを静注する,④投与間隔を8週ごとから若干短縮する,⑤他の生物学製剤への切り替え,などの方法がある.また,関節リウマチについては,インフリキシマブの効果不十分例に対する増量試験がすでに行われ,インフリキシマブの増量(3.10mg/kgまで増量可),あるいは投与間隔の短縮(8週ごとを4週ごとまで短縮可)が保険診療で認められている.一方,Behcet病においては,いまだ効果不十分例に対する増量や投与間隔の短縮は正式には認められていない.そのため,現状では従来の治療薬(コルヒチン,シクロスポリンなど)の 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免疫抑制薬の使い方の基本

2014年9月30日 火曜日

特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1279~1286,2014特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1279~1286,2014免疫抑制薬の使い方の基本BasicConceptsofImmunosuppressiveDrugTherapy慶野博*はじめに局所治療に抵抗性を示す非感染性ぶどう膜炎に対して副腎皮質ステロイド(以下,ステロイド)による免疫抑制療法は一般臨床で広く行われているが,ステロイド以外の免疫抑制薬はsecondlineの薬剤として用いられることが多い.わが国でのぶどう膜炎領域における免疫抑制薬の使用については1987年にBehcet病網膜ぶどう膜炎に対してシクロスポリンのみが保険適用となっていたが,2013年3月,公知申請によりBehcet以外の非感染性ぶどう膜炎に対しても適用が拡大された.本稿では非感染性ぶどう膜炎や強膜炎などの炎症性眼疾患に対する免疫抑制薬の適応,免疫抑制薬導入前のスクリーニング,シクロスポリンを中心に眼科領域で使用頻度の高い免疫抑制薬の作用機序・投与法・副作用,導入後の注意点について述べる.さらに免疫抑制薬の具体的な使用法について実際の症例を示しながら概説する.I眼炎症性疾患に対する免疫抑制薬の種類・適応局所治療に抵抗する非感染性ぶどう膜炎や壊死性強膜炎などの眼炎症性疾患に用いられる代表的な免疫抑制薬にはT細胞阻害薬であるシクロスポリン,タクロリムス,代謝拮抗剤であるアザチオプリン,ミコフェノール酸モフェチル,メトトレキセート,アルキル化剤であるシクロフォスファミドなどがある(表1)1~3).これらの薬剤は長期間にわたるステロイド全身投与による副作用の軽減(steroidsparingeffect)を目的として使用される.眼炎症性疾患に対する免疫抑制薬導入の適応として,つぎの1)~4)が挙げられる.1)ステロイド全身投与の離脱が困難な症例,2)副作用でステロイド全身投与の継続が困難な症例,3)ステロイド局所療法に抵抗性を示す小児の慢性ぶどう膜炎,4)全身性炎症性疾患の合併例1~3)(表2).表1免疫抑制薬の分類分類薬剤アルキル化剤シクロフォスファミド(CPA)代謝拮抗剤プリン拮抗剤アザチオプリン(AZP),ミコフェノール酸モフェチル(MMF)葉酸拮抗剤メトトレキセート(MTX)カルシニューリン阻害剤シクロスポリン(CyA),タクロリムス(TAC)*HiroshiKeino:杏林大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕慶野博:〒181-8611東京都三鷹市新川6-20-2杏林大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(31)1279 表2免疫抑制薬の適応ステロイドの離脱が困難な症例(ステロイド漸減中に再燃をきたす症例)全身の副作用でステロイドの継続投与が困難な症例ステロイド局所療法に抵抗性を示す小児の慢性ぶどう膜炎全身性炎症性疾患を合併した症例表3免疫抑制薬導入前のスクリーニング全身疾患の有無(高血圧,糖尿病,肺炎,肝・腎機能障害の有無など)血液(CBC,生化学一般)・尿検査胸部X線,心電図感染症の確認(特に結核,梅毒,B型・C型肝炎ウイルス,ヘルペスウイルスなど)小児ぶどう膜炎では小児科との連携 代謝拮抗剤(MTX,MMF,AZP)アルキル化剤(CPA)アルキル化剤(CPA)B細胞核内T細胞阻害剤(CyA)T細胞核内IL-2産生を抑制CPA:シクロフォスファミド,MTX:メトトレキセートMMF:ミコフェノール酸モフェチル,AZP:アザチオプリンCyA:シクロスポリン図1免疫抑制薬の作用部位アザチオプリン,ミコフェノール酸モフェチル,メトトレキセートなどの代謝拮抗剤,アルキル化剤であるシクロフォスファミドはおもに核酸合成を抑制する.シクロスポリンなどのカルシニューリン阻害剤はIL-2産生を抑えT細胞の増殖を選択的に抑制する. 1282あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(34)代謝経路のなかでdihydrofolatereductaseを競合的に阻害し,還元型葉酸への変換を抑制することでプリン合成を抑制する.また,ピリミジン合成に必要なdUTPからdTMPへの変換を阻害することでDNA合成を抑制する1,2).b.投与法と副作用週1回の経口投与1,2).2~4mgを12時間ごとに内服し,週2日以内で投与する.たとえば月曜日朝1回2mg,夕方1回2mg,翌日(火曜日)朝1回2mgの計6mg/週などである.効果発現までの期間は2~4週間と比較的短い.欧米からの報告では7.5~22.5mg/週が通常量とされるが,わが国では関節リウマチの患者に対して,平成23年2月より16mg/週までの使用が認可されている.副作用は軽症なものとして胃腸障害,口内炎,肝機能傷害があり,MTX併用中のアルコール摂取は減量・中止することが望ましい.重篤なものとして間質性肺炎,骨髄障害(腎機能低下例では要注意)などがある.特に高齢者にMTXを投与する場合,間質性肺炎を誘発する恐れがあり注意を要する.HBVキャリアの場合,劇症肝炎の報告があり投与禁忌である.催奇形性がある.葉酸の併用はMTXの副作用を軽減させるので副作用発現例やハイリスクの患者に対して葉酸5mgの週1回投与(MTX投与後24~48時間)を行う.c.効果ぶどう膜炎や強膜炎に対するMTXの有効性はShahらによって初めて報告され,その後も多数報告されている25~29).特にSamsonらは慢性非感染性ぶどう膜炎160例にMTXを投与したところ,全体の56%でステロイド投与量の減量が可能であったと報告している26).さらに最近の米国多施設共同研究の報告では1979~2007年までのステロイド治療に抵抗性のぶどう膜炎・強膜炎症例384例についてMTXの有効性を検討したところ,治療開始後1年の時点で全体の66%で寛解を維持,また全体の58%の症例でプレドニゾロン10mg/日以下への減量が可能であった30).また,副作用のため最初の1年間で全体の16%でMTXの投与が中止されたと報告している30).当院においてMTXの併用療法を行った強膜炎患者13例中12例で寛解が維持され,ステロイド3.ミコフェノール酸モフェチル(薬剤名:セルセプトR)ミコフェノール酸モフェチル(MMF)もAZPと同様,プリン拮抗薬である.MMFは腎移植においてステロイド,シクロスポリンとの併用で高い効果をあげている.a.作用機序MMFはプリン合成経路のうち,inosinemonophos-phatedehydrogenase(IMP)を抑制することでプリン体のdenovo合成が阻害される.Denovo経路のみに作用し,salvage経路には影響を与えないため活発に増殖しているリンパ球を選択的に抑制する1,2).b.投与法と副作用1~3g/日の経口投与1,2).3g/日まで増量すると副作用の発生率が上昇する.おもに白血球減少,高尿酸血症,嘔気,下痢,悪性リンパ腫などの悪性腫瘍,血栓症などの副作用が報告されているが頻度は高くない.催奇形性がある.c.効果ぶどう膜炎に対しては1998~1999年にかけて英国を中心にMMFの有効性が初めて報告され,その後米国からも多数例での有効性が示された19~22).ついでSobrinらは,メトトレキセート抵抗性のぶどう膜炎・強膜炎の約50%でMMFを導入することで寛解に至ったことを示した23).さらに2010年に米国から報告された多施設共同研究の報告によれば,1995~2007年までのステロイド治療に抵抗性のぶどう膜炎・強膜炎症例236例についてMMFの有効性を検討したところ,治療開始後1年の時点で全体の73%で寛解を維持,また全体の55%の症例でプレドニゾロン10mg/日以下への減量が可能であった24).副作用のため最初の1年間で全体の12%でMMFの投与が中止された24).4.メトトレキセート(薬剤名:リウマトレックスR)メトトレキセート(MTX)は高用量では抗悪性腫瘍薬として使用されるが,低容量ではその抗炎症作用,免疫抑制作用から免疫抑制薬としてリウマチ関連疾患や膠原病の治療などに広く用いられている.a.作用機序MTXは腸管から速やかに吸収され,内服後1~2時間で最高血中濃度に到達する.MTXは葉酸依存性核酸 投与量を5mg/日以下まで減量することが可能であった31).5.シクロフォスファミド(薬剤名:エンドキサンR)シクロフォスファミド(CPA)はアルキル化剤に分類され,DNA合成を阻害し細胞死を誘導する.特にB細胞に対する効果が大きい.抗悪性腫瘍薬として使用されるが,全身性エリテマトーデスや血管炎症候群,特にWegener肉芽腫症に対して高い有効性が報告されている.a.作用機序CPAは肝臓において,強いアルキル化能をもつ活性体(phosphoramidemustard)と膀胱毒性をもつ活性体(acrolein)に変換される.DNAのグアニン基と結合し水素をアルキル基に置換し核酸合成を阻害する.アルキル化剤は細胞毒性がありT細胞,B細胞の増殖抑制,抗体産生抑制を誘導する1,2).b.投与法と副作用1~3mg/kg/日で連日経口投与1,2).Wegener肉芽腫では寛解導入にCPAのパルス投与を施行する32).腎機能低下時には25~50%の減量が必要である.また,骨髄抑制と治療効果により投与量を調整する.注意すべき副作用として骨髄抑制(血球減少),日和見感染,出血性膀胱炎,性腺機能障害,催奇形性,長期使用により膀胱癌などの悪性腫瘍の発生が懸念される1,2,32).メスナは2次代謝産物のacroleinに結合して反応基を中和するので,CPA静注時に同時投与することで出血性膀胱炎の発症を抑制することができる.投与開始1カ月は毎週血液,尿検査を行い,寛解導入後は月1回のモニタリングを継続する.c.効果以前から難治性ぶどう膜炎や強膜炎に対する有効性について欧米を中心にいくつかの報告があるが33~35),2009年の米国の多施設研究によると215例のぶどう膜炎・強膜炎などにしてCPAが経口投与され治療開始12カ月では全体の76%で寛解が維持され,さらに併用ステロイド量を10mg/日以下まで減量できた割合が61%であったと報告している36).また,副作用のため1年以内に33%の症例で投与が中止された36).V各種免疫抑制薬の有効性・副作用・継続率の比較Galorらは眼炎症性疾患に対して使用される頻度の高い代謝拮抗薬であるMTX,AZP,MMFの有効性,副作用について比較検討を行った.その結果,寛解導入までの期間はMMFが最も短く,かつ導入できた割合もMMFが最も高かった37).副作用の発現率,投与中止率についてはAZPが最も高く,MTXとMMFはほぼ同様であった.一方,Nguyenらは非感染性ぶどう膜炎580例について免疫抑制薬の使用頻度を調査したところ,汎ぶどう膜炎(122例)ではMTXが16%と最も高く,MMF6%,AZP4%であった38).さらに上述した2009~2010年にかけて米国から報告された多施設共同研究による各種免疫抑制薬の有効性(治療開始1年以内にプレドニゾロン内服量が10mg/日以下まで減量できた割合),1年以内の副作用による中止率を比較すると(表4),有効性はCPAが最も高く,以下MTX,MMF,AZP,CyAの順であった.一方,中止率についてはCPAが33%で最も高く,以下AZP,MTX,MMF,CyAの順であった.VI症例提示症例は44歳,男性.両眼の視力低下にて当院受診.難聴などの眼外症状を認め眼底検査にて両眼の漿液性網表4各種免疫抑制薬の有効性,継続率の比較CPAMTXMMFAZPCyAステロイド減量効果*(%)61585547361年以内の投与中止例(%)3316122410CPA:シクロフォスファミド,MTX:メトトレキセート,MMF:ミコフェノール酸モフェチル,AZP:アザチオプリン,CyA:シクロスポリン.*1年以内にステロイド(プレドニゾロン)の投与量が10mg/日以下まで減量できた割合.(35)あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141283 ABAB図2初診時の眼底写真,OCT画像A:初診時の右眼眼底写真.後極部を主体に漿液性網膜.離を認める.B:右眼OCT画像.黄斑部に著明な網膜下液を認める.寛解導入寛解再導入寛解維持ステロイドパルスステロイドパルスシクロスポリン内服PSL漸減療法PSL漸減療法シクロスポリン150mg/日PSL50再燃25PSLを漸減初診時6カ月後12カ月後18カ月後24カ月後図3治療経過(ステロイドと免疫抑制薬の投与量の推移)原田病の再燃時(眼底型)にはステロイドを用いて早期に寛解導入し,その後はシクロスポリンを併用することで寛解を維持する.所見を確認しながらシクロスポリン導入1カ月を目安にステロイドの減量を開始する.PSL:プレドニゾロン膜.離,視神経乳頭の発赤,髄液検査にて細胞増多を認めたことから原田病と診断(図2).ステロイドパルス療法を2回施行,その後プレドニゾロン(PSL)内服に切り替え漸減したが,25mg/日まで漸減したところで再度両眼の漿液性網膜.離を認めたため,寛解導入目的でステロイドパルス療法を2回施行,その後PSL50mg/日より漸減し,PSL40mg/日へと減量したのと同時にシクロスポリン(ネオーラルR:150mg/日)の併用を開始した(図3).その後PSLを漸減,シクロスポリン併用後は再燃を認めず初診から2年の時点でシクロスポリン内服のみで経過観察を行っている.上記のようなステロイドの漸減に伴い再燃を生じるような症例では寛解へと導入できた時点で免疫抑制薬を併用していくことで,再燃の予防・ステロイド総投与量の減量(steroidsparingeffect)が期待できる39).免疫抑制薬の使用中は定期的な問診,血液検査などを行い副作用の早期発見に努める.さらに免疫抑制薬導入の時点ですでに肝・腎機能低下や肺炎の合併など全身状態が不良1284あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(36) あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141285(37)の場合,他科と連携をとりながら治療方針を決定することが望まれる.また挙児希望のある場合,免疫抑制薬のもつ催奇形性のリスクについて使用前に十分に説明する.おわりに難治性ぶどう膜炎や強膜炎に対して免疫抑制薬を併用することで寛解の維持,ステロイドによる副作用の軽減,ステロイドの減量・離脱が期待できる反面,さまざまな全身の副作用が生じる可能性がある.使用に際しては免疫抑制薬の投与方法,副作用について患者に十分に説明を行い,各専門科と密に連携を取りながら治療を継続していく必要がある.文献1)JabsDA,RosenbaumJT,FosterCSetal:Guidelinesfortheuseofimmunosuppressivedrugsinpatientswithocu-larinflammatorydisorders:recommendationsofanexpertpanel.AmJOphthalmol130:492-513,20002)OkadaAA:Immunomodulatorytherapyforocularinflammatorydisease:Abasicmanualandreviewoftheliterature.OculImmunolInflamm13:335-351,20053)KimEC,FosterCS:Immunomodulatorytherapyforthetreatmentofocularinflammatorydisease:Evidence-basedmedicinerecommendationsforuse.IntOphthalmolClin46:141-164,20064)日本リウマチ学会:B型肝炎ウイルス感染リウマチ性疾患患者への免疫抑制療法に関する提言(改訂)http://www.ryumachi-jp.com/info/news110906_new.pdf5)望月學ほか:非感染性ぶどう膜炎におけるネオーラルRの安全使用マニュアル2013年版.ノバルティスファーマ6)BenEzraD,CohenE,ChajekTetal:Evaluationofcon-ventionaltherapyversuscyclosporineAinBehcetsyn-drome.TransplantProc20(Suppl):136-143,19887)MasudaK,NakajimaA,UrayamaAetal:Double-maskedtrialofcyclosporineversuscolchicineandlong-termopenstudyofcyclosporineinBehcetdisease.Lancet1:1093-1096,19898)MichelSS,EkongA,BaltatzisSetal:Multifocalchoroidi-tisandpanuveitis:immunomodulatorytherapy.Ophthal-mology109:378-383,20029)MurphyCC,GreinerK,PlskovaJetal:Cyclosporinevstacrolimustherapyforposteriorandintermediateuveitis.ArchOphthalmol123:634-641,200510)NussenblattRB,PalestineAG,ChanCCetal:Random-ized,double-maskedstudyofcyclosporinecomparedtoprednisoloneinthetreatmentodendogenousuveitis.AmJOphthalmol112:138-146,199111)WakefieldD,McCluskeyP:Cyclosporinetherapyforseverescleritis.BrJOphthalmol73:743-746,198912)McCarthyJM,DubordPJ,ChalmersAetal:Cyclospo-rineAforthetreatmentofnecrotizingscleritisandcorne-almeltinginpatientwithrheumatoidarthritis.JRheuma-tol19:1358-1361,199213)後藤浩,横井秀俊,臼井正彦:強膜炎に対するシクロスポリン療法.眼臨90:132-136,199614)KacmazRO,KempenJH,NewcombCWetal:Cyclospo-rineforocularinflammatorydisease.Ophthalmology117:576-584,201015)YaziciH,PazarliH,BarnesCGetal:AcontrolledtrialofazathiopurineinBehcet’ssyndrome.NEnglJMed322:281-285,199016)HooperPL,KaplanHJ:Tripleagentimmunosuppressioninserpiginouschoroiditis.Ophthalmology98:944-951,199117)MichelSS,EkongA,BaltatzisSetal:Multifocalchoroidi-tisandpanuveitis.Ophthalmology109:378-383,200218)PasadhikaS,KempenJH,NewcombCWetal:Azathiopu-rineforocularinflammatorydisease.AmJOphthalmol148:500-509,200919)KilmartinDJ,ForresterJV,DickAD:Rescuetherapywithmycophenolatemofetilinrefractoryuveitis.Lancet352:35-36,199820)LarkinG,LightmanS:Mycophenolatemofetil.Ausefulimmunosuppressiveininflammatoryeyedisease.Ophthal-mology106:370-374,199921)BaltatzisS,TufailF,YuENetal:Mycophenolatemofetilasanimmunomodulatoryagentinthetreatmentofchron-icocularinflammatorydisease.Ophthalmology110:1061-1065,200322)SenHN,SuhlerEB,Al-KhatibSQetal:Mycophenolatemofetilforthetreatmentofscleritis.Ophthalmology110:1750-1755,200323)SobrinL,ChristenW,FosterCS:Mycophenolatemofetilaftermethotrexatefailureorintoleranceinthetreatmentofscleritisanduveitis.Ophthalmology115:1416-1421,200824)DanielE,ThroneJE,NewcombCWetal:Mycophenolatemofetilforocularinflammation.AmJOphthalmol149:423-432,201025)ShahSS,LowderCY,SchmittMAetal:Low-dosemeth-otrexatetherapyforocularinflammatorydisease.Oph-thalmlogy99:1419-1423,199226)SamsonCM,WaheedN,BaltatzisSetal:Methotrexatetherapyforchronicnoninfectiousuveitis.Analysisofacaseseriesof160patients.Ophthalmology108:1134-1139,200127)Kaplan-MessasA,BarkanaY,AvniIetal:Methotrexateasafirst-linecorticosteroid-sparingtherapyinacohortofuveitisandscleritis.OculImmunolInflamm11:131- 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ステロイド薬の使い方の基本

2014年9月30日 火曜日

特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1273.1277,2014特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1273.1277,2014ステロイド薬の使い方の基本BasicConceptsofCorticosteroidDrugTherapy水内一臣*北市伸義**はじめにぶどう膜炎や強膜炎の原因は多岐にわたるが,感染によるものを除き,内因性のものの治療ではステロイド薬(副腎皮質ステロイド薬)は現在も中心的な薬剤である.しかし,その使用する薬剤の選択,投与法,適応,副作用などを正確に理解して用いなければ十分な効果が得られないばかりか,かえって病状を悪化させることにもなりかねない.本稿ではステロイド薬の使用について,その投与方法ごとに分けて解説したい.I局所療法ステロイド薬の局所療法としては点眼が最も多く用いられる.炎症が強い場合や全身状態などによりステロイド薬の全身投与がむずかしい場合,眼局所注射も行われる.1.点眼薬炎症が前眼部にある場合にはステロイド点眼薬を使用する(表1).強膜炎では通常0.1%ベタメタゾン(リンデロンR)を1日3.4回から開始する.ぶどう膜炎でも前房内の炎症の程度により0.1%ベタメタゾン(リンデロンR)を1日3.4回で開始し,消炎とともに漸減する.短期間で完全に消炎していれば中止してかまわないが,炎症を繰り返す場合は消炎していても0.1%ベタメタゾン1日1回で継続投与,あるいはぶどう膜炎では0.01%ベタメタゾン,強膜炎ではフルオロメトロン(フルメトロンR)への切り替えを考慮しても良い.サルコイドーシスは前房内に炎症細胞がみられなくても隅角結節を生じて続発緑内障を合併することがあるため,維持量として0.1%ベタメタゾン1日1回を継続投与する場合もある.HLA(humanleukocyteantigen)-B27関連ぶどう膜炎など前房内にフィブリンが析出するほどに前眼部炎症が強い場合は,0.1%ベタメタゾン頻回(1.2時間ごと)点眼に加えて虹彩後癒着を防ぐために散瞳薬点眼,場合によっては後述するステロイド薬の眼局所注射を併用する1).初診時,すでに虹彩後癒着がみられても,夜間就寝時に硫酸アトロピン眼軟膏を点入することで解除できることが多く,試みるべきである(表1)2).糖尿病虹彩炎でもときに前房蓄膿やフィブリン析出,Descemet膜皺襞を伴う強い前眼部炎症をみる.しかし,糖尿病虹彩炎は点眼と糖尿病の内科的治療が基本であり,ステロイド薬は原則として内服しない3).ステロイド薬点眼の副作用には,おもに眼圧上昇や白内障の進行がある.フルオロメトロンのような比較的弱いステロイド薬でも,その使用中は定期的に眼圧を測定する必要がある.小児では白内障・緑内障を予防するためにもその使用は最小限にするよう心がける.2.眼局所注射点眼のみでコントロールがむずかしい激しい炎症や後眼部の炎症の場合,ステロイド薬の眼局所注射を行う.急性前部ぶどう膜炎や前房蓄膿を伴うBehcet病の発*KazuomiMizuuchi:北海道大学大学院医学研究科眼科学分野**NobuyoshiKitaichi:北海道大学大学院医学研究科眼科学分野/北海道医療大学個体差医療科学センター眼科学系〔別刷請求先〕北市伸義:〒002-8072札幌市北区あいの里2条5丁目北海道医療大学個体差医療科学センター眼科学系0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(25)1273 表1急性前部ぶどう膜炎に対する処方例<軽症例>0.1%リンデロン液R1日3回ミドリンPR1日1回就寝時<中等度例>0.1%リンデロン液R1日6回ミドリンPR1日3回<重症例で虹彩後癒着を伴う場合>0.1%リンデロン液R1日6回ミドリンPR1日6回サイプレジンR1日6回ネオシネジンR1日6回リュウアト眼軟膏R1日1回就寝時デカドロンR2mgを連日結膜下注射これらで改善が不十分な場合はさらに下記内服を追加するプレドニン錠(5mg)R6錠分2朝4錠昼2錠2.4週ごとに5.10mg漸減表2後部Tenon.下注射の実施手順<鈍針を用いる場合>1.仰臥位で4%キシロカインなどを点眼後16倍イソジンなどで消毒する2.シリンジに23G針を接続(2%キシロカインを0.1ml程度混注してもよい)する3.開瞼器をかけ患者に上鼻側を注視させる4.角膜輪部から5.6mm後方下耳側スプリング剪刀で結膜・Tenon.を切開する5.鈍針の先端を強膜に沿わせながら挿入6.Tenon.下に達したら血液の逆流がないことを確認して薬液を注入する7.1週間程度の抗生物質点眼を指示する<鋭針を用いる場合>1.仰臥位で4%キシロカインなどを点眼する(通常消毒は不要)2.シリンジに25G鋭針を接続する3.患者に上鼻側を注視させる(開瞼器は不要)4.下耳側の結膜円蓋部から鋭針をベベルダウンで刺入し,刺入点を支点にして左右に針の先端を大きく振りながら強膜に沿わせ挿入する5.ほぼ垂直位でTenon.下に達したら薬液を注入する6.冷蔵庫で冷やした清浄綿(冷リント)を5分程度眼瞼上に載せて安静にする(抗生物質の点眼は不要)2 3表3ステロイド薬大量療法とパルス療法の投与例<大量療法>・プレドニゾロン(水溶性プレドニンR)200mg+生理食塩水250ml※点滴静注で治療を開始し,2日間.以後2日ごとに150,100,80mgと漸減↓・プレドニゾロン(プレドニンR)60mg+グラケーR1カプセル1日3回※内服4日間.以後40mgを7日間,30mを14日間と漸減↓・プレドニゾロン(プレドニンR)20mg+グラケーR1カプセル1日3回※内服28日間.以後28日ごとに15mg,10mg,10/5mg,5mg,5/0mgと漸減して中止<パルス療法>・メチルプレドニゾロン(ソル・メドロールR)1,000mg+生理食塩水250ml※点滴静注で治療を開始し,3日間↓・プレドニゾロン(プレドニンR)40mg+グラケーR1カプセル1日3回※内服14日間.以後30mgを14日間と漸減↓・プレドニゾロン(プレドニンR)20mg+グラケーR1カプセル1日3回※内服28日間.以後28日ごとに15mg,10mg,10/5mg,5mg,5/0mgと漸減して中止 表4ステロイド薬で予想されるおもな副作用や注意点a.眼圧上昇b.白内障の進行c.免疫力の低下d.消化性潰瘍e.血糖値の悪化f.骨粗鬆症g.精神変調h.満月様顔貌(ムーンフェイス),肥満i.離脱症候群(副腎不全)j.妊婦および授乳婦への投与k.小児の成長障害l.骨壊死(大腿骨頭壊死など)m.その他血圧の上昇,肝機能障害,腎機能障害,血栓症,動脈硬化,脂質異常症,むくみ,便秘,ステロイド.創,増毛,脱毛,生理不順,不整脈,ステロイド筋症(ミオパチー),創傷治癒遷延など= あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141277(29)理解し,適切に管理して使用すれば大変有効な薬であり,今後もなお眼炎症治療の中心となるであろう.本稿が眼炎症にステロイド薬治療を行う際の一助になれば幸いである.文献1)北市伸義:急性前部ぶどう膜炎.眼科薬物療法.眼科54(臨増):1358-1361,20122)北市伸義:急性前部ぶどう膜炎.外傷以外で救急処置が必要な眼疾患.専門医のための眼科クオリファイ21眼救急疾患スクランブル.p316-319,中山書店,20143)北市伸義:糖尿病虹彩炎.専門医のための眼科クオリファイ16糖尿病眼合併症の新展開.p158-162-319,中山書店,20134)北市伸義:CQ眼内注射法の実際について教えてください.専門医のための眼科クオリファイ13ぶどう膜炎を斬る.p119-121,中山書店,20125)北市伸義:Vogt-小柳-原田病・交感性眼炎.眼科プラクティス23眼科薬物療法AtoZ.p136-138,文光堂,20086)KitaichiN,HorieY,OhnoS:PrompttherapyreducesthedurationofsystemiccorticosteroidsinVogt-Koyanagi-Haradadisease.GraefesArchClinExpOphthalmol246:1641-1642,2008k.小児の成長障害小児にステロイド薬を長期間投与すると低身長など成長障害を起こす可能性がある.小児科と連携しながらその必要性や投与量や投与期間を十分検討する.l.骨壊死(大腿骨頭壊死など)頻度は多くないが,ステロイド薬の投与期間が長くなると大腿骨や下腿などの骨端が壊死することがある.早期発見が大切であるが痛みを伴わないことも多く,発見が遅れることがある.m.その他血圧の上昇,肝機能障害,腎機能障害,血栓症,動脈硬化,脂質異常症,むくみ,便秘,ステロイド.創,増毛,脱毛,生理不順,不整脈,ステロイド筋症(ミオパチー),創傷治癒遷延など.おわりにぶどう膜炎や強膜炎の重要な治療薬の一つとして,ステロイド薬の選択,適応,投与法,副作用などについて解説した.ステロイド薬は局所投与・全身投与いずれの場合も,その効果と予想しうる副作用を事前にしっかり

抗真菌薬の使い方の基本

2014年9月30日 火曜日

特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1267.1271,2014特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1267.1271,2014抗真菌薬の使い方の基本BasicConceptsofAnti-fungalDrugTherapy橋田徳康*はじめに感染性眼内炎はぶどう膜炎のなかでも病原体感染が原因となって起こる炎症疾患で,なかでも原因としての真菌性眼内炎は大学附属病院を対象としたぶどう膜炎の疫学調査によれば,ぶどう膜炎全体に占める割合は1.0%と報告されている1,2).真菌性眼内炎は,外傷や眼内手術創からの感染が原因となって起こる外因性眼内炎と,体内にもともと真菌の感染病巣があり血行性に真菌が移行して起こる内因性眼内炎がある.もちろん,内因性のものが多い.内因性のものは,悪性腫瘍・移植後・AIDS(後天性免疫不全症候群)など免疫抑制状態・ステロイド薬全身投与が長期にわたる場合や,経中心静脈高カロリー輸液(intravenoushyperalimentation:IVH),血管内留置カテーテルの挿入および維持やバルーン留置に関連して生じる場合が多い.眼科手術後の真菌性眼内炎は非常にまれで発症を完全に予防することはむずかしく,場合によっては術後半年から1年以上経過してから発症することもある.真菌自体は,角膜および眼内に病変を作りさまざまな病態を呈するが,本稿では角膜の真菌感染症ではなく,眼内に播種した真菌感染による感染性ぶどう膜炎の一つとしての真菌性眼内炎について,その診断と治療について述べる.I病原体について真菌は形態学的に糸状菌と酵母菌の2つに分類される.糸状菌は分岐性フィラメント状の多胞性構造体をもち,Fusariumsolaniなどのフサリウム属が多く,他にアスペルキルス属・ペニシリウム属などがある.一方,単細胞性の栄養体で球形もしくは楕円形をしているものを酵母菌とよぶ.感染菌種の同定はとても大切であり,過去の報告によるとほとんどの起因菌はカンジダ属である3,4).特にCandidaalbicansは代表菌種で,角膜真菌感染症と合わせて他にC.tropicaris,C.parapsilosis,C.glabrata,C.kruseiなどが報告されている5).真菌性眼内炎の起因菌としてはカンジダがほとんどであるため,菌が証明されるまではカンジダ症を想定しながら対処して良いと思われる.II臨床症状・眼科的所見眼症状の初発症状として,まず飛蚊症・霧視から始まりしばらくして充血・視力低下を自覚してくることが多い.真菌血症に引き続いて起こるので,発熱の既往があることが多いが,高齢者の場合は発熱もないこともあり(本人が気づかない場合も)特異性が高いわけではない.他覚的所見な眼科所見に関して,前眼部所見として軽度の虹彩炎や角膜後面沈着物があり(図1),前房内に非常に炎症細胞の浸潤を認めたり虹彩後癒着を生じたりすることがある(図2,3).炎症は硝子体全体に及ぶので,細隙灯顕微鏡で観察すると硝子体への炎症波及を反映して前部硝子体付近に強い細胞浸潤が認められるのがわかる.真菌はまず血管内に侵入して血行性に脈絡膜毛細血*NoriyasuHashida:大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室〔別刷請求先〕橋田徳康:〒160-0023大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(19)1267 図175歳,女性の真菌性眼内炎患者の前眼部所見図264歳,男性の真菌性眼内炎患者の前眼部所見大小不同な角膜後面沈着物を認める.強い毛様充血と虹彩後癒着を認める.図3図2と同一症例の前眼部所見前房内に強い炎症細胞浸潤を認める.図470歳,男性患者のパノラマ眼底所見視神経乳頭付近に比較的大きな病巣があるほか,散在性に感染病巣を認める.硝子体混濁はまだ強くない. 図5図2と同一症例のパノラマ眼底所見白色滲出病巣は黄斑部にあり,一部周囲に出血を伴っている.周辺網膜にも斑状出血が認められる.図672歳,男性患者の眼底所見病期が進行すると雪玉状や羽毛状のフォーカス(病巣)が認められるようになり,強い硝子体混濁により眼底が透見不能になってくる.表1抗真菌薬の分類ポリエン系アゾール系フロロピリミジン系キャンディン系フルコナゾールアムホテリシンBピマリシンミコナゾールイトラコナゾールフルシトシンミカファンギンナトリウムボリコナゾール 表2抗真菌薬の点滴・経口使用量と硝子体内投与量フルコナゾール(ジフルカンR)イトラコナゾール(イトリゾールR)ボリコナゾール(ブイフェンドR)ミコナゾール(フロリードR)ミカファンギン(ファンガードR)アムホテリシンB(ファンギゾン)通常投与量50.400mg1日1回(点滴・内服)100.200mg1日1回(内服)200.400mg1日2回(点滴・内服)600.1,200mg1日3回(点滴)50.150mg1日1回(点滴)0.5.1.0mg/kg/日1日2回(点滴)硝子体内投与量(μg/0.1mL)100101004055硝子体内灌流液添加量(μg/mL)201010図7図2と同一症例.硝子体手術1年後の眼底所見黄斑部に周囲に網膜出血を伴う隆起性の脈絡膜新生血管を認める.1,200mg/日3回投与に変更する.1.2週間ごとに漸減しながら3週間から3カ月投与する7).症状が進行した状態で治療を開始する場合は,フルコナゾール400mg/日を2週間使用して効果判定する.硝子体混濁や網脈絡膜白斑の消失の程度をもって効果判断を行う.フルコナゾールは点滴静注と内服の2種類の服用形態があるので,点滴静注で網脈絡膜滲出斑がある程度,瘢痕化し病変の消退をみることができた後には,内服に切り替え少なくとも2カ月は経過観察をする.b-D-グルカンが正常になり,網脈絡膜滲出斑が消失あるいは瘢痕化するまで投与を行う.急速な薬物投与の中止は病変の再発につながるからである.フルコナゾールを第一選択にしていることが多い理由として,眼組織への移行の良さと副作用の少なさ,1日1回で済む点があげられるが,最近ではフルコナゾール耐性のカンジダも増えてきており,ボリコナゾール(ブイフェンドR)200.400mg/日を第一選択とすることも多い8).もちろん,1270あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014図8図7と同時期のOCT所見OCTにて脈絡膜新生血管を認める.培養結果に基づいた薬剤感受性試験結果を踏まえて,最終的に薬剤を決定する.眼底が透見できないほどの高度な硝子体混濁がある場合,病変が黄斑に及んで視力予後を脅かす場合・抗真菌薬の全身投与が無効な場合,副作用などで治療ができない場合は,視力予後のことも考えて硝子体手術の適応となる.石橋分類の病期9)は抗真菌薬の効果や硝子体手術後の予後を反映しており,治療方針決定に有用である.特に硝子体手術に関しては,感受性のある抗真菌薬を十分に全身投与したうえで,石橋分類のIII期bが適応時期とされている10).硝子体手術の利点は,原因となった真菌の除去と同時に,投与薬物の眼内移行性を高めよりよい治療効果をもたらすことである.その場合,硝子体術中の灌流液中にフルコナゾール(ジフルカンR)10μg/mLを混入する9).硝子体内注射の有用性についても報告がなされており7),全身状態が悪く点滴静注や内服ができない場合,筆者らの施設では病院薬剤部に依頼して(22) あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141271(23)なく,他科との連携も大切である.文献1)GotoH,MochizukiM,YamakiKetal:EpidemiologicalsurveyofintraocularinflammationinJapan.JpnJOph-thalmol51:41-44,20072)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:The2009pro-spectivemulti-centerepidemiologicsurveyofuveitisinJapan.JpnJOphthalmol56:432-435,20123)石橋康久,木村幸子,渡辺享子ほか:本邦における内因性真菌性眼内炎─1986年末までの報告例の集計─.日眼会誌92:952-958,19884)大西克尚:1.真菌性眼内炎.眼科プラクティス47:臼井正彦編,p32-35,文光堂,19995)木下茂,塩田洋,浅利誠志ほか:感染症角膜炎ガイドライン第二版.日眼会誌117:467-509,20136)難波研一:真菌性眼内炎・細菌性眼内炎.眼科プラクティス12眼底アトラス:田野保雄編,p255-256,文光堂,20067)喜多美登里:特集:眼感染症治療戦略アップデート2011転移性眼内炎.あたらしい眼科28:351-356,20118)BreitSM,HariprasadSM,MielerWFetal:Managementofendogenousfungalendophthalmitiswithvoriconazoleandcaspofungin.AmJOphthalmol139:135-140,20059)石橋康久:内因性真菌性眼内炎の病期分類の提案.臨眼47:845-849,199310)佐藤幸裕ほか:内因性真菌性眼内炎の治療成績と石橋分類の有用性.日眼会誌105:37-41,200111)SchulmanJA,PeymanG,FiscellaRetal:Toxicityofintravitrealinjectionoffluconazoleintherabbits.CanJOphthalmol22:304-306,1987フルコナゾール(ジフルカンR)を無菌的にバイアルに分注してもらい,必要時使用として,1週間に1回100μg/0.1mL硝子体内投与している.表2に,抗真菌薬の点滴・経口投与量および,硝子体内投与量の概略について示す.前述したが,抗真菌薬服用に伴う副作用発現には十分留意する必要があり,副作用が少ないとされているフルコナゾールでも長期に使用した場合,肝障害・腎臓機能障害が出ることもあるので,定期的な機能検査は行う必要がある.治療に成功して感染コントロールができても後に,経過中に脈絡膜新生血管を生じて瘢痕化し(図7,8),視力低下の原因になることもあるので,定期的な経過観察が必要である.おわりに移植医療の発達とそれに伴った免疫抑制治療がもたらす恩恵は計り知れないところがある.しかしながら,同時に発がんや感染症の問題は避けて通れない問題になってきており,真菌感染症を含めた免疫抑制患者における感染症・IVH患者は近年増加傾向にある.全身状態が悪い場合,全身治療を優先させるために眼の治療が遅れて進行する場合もあり,できるだけ早く発見して,外科的治療を含めた治療を開始する必要がある.眼科だけで

抗ウイルス薬の使い方の基本

2014年9月30日 火曜日

特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1259.1265,2014特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1259.1265,2014抗ウイルス薬の使い方の基本BasicConceptsofAnti-viralDrugTherapy竹内大*はじめにウイルスがぶどう膜炎,強膜炎の病因として知られているのはDNAウイルスであるヒトヘルペスウイルス(humanherpesvirus:HHV),およびRNAウイルス(レトロウイルス科)のヒトTリンパ好性ウイルス1型(humanT-lymphotropicvirus-1:HTLV-1),ヒト免疫不全ウイルス(humanimmunodeficiencyvirus:HIV)である.この他にも,風疹ウイルス,麻疹ウイルス,ムンプスウイルス,インフルエンザウイルス,コクサッキーウイルスなどがウイルス性ぶどう膜炎の病因として報告されているが,ウイルスによる直接の組織障害が発症要因になっているか否かは不明である.I眼科領域で用いられている抗ウイルス薬ウイルスは遺伝子からなり細胞をもたないため,細胞に寄生し,宿主細胞を介して増殖する.細胞内に侵入したウイルスは脱殻し,核酸,蛋白合成により新たなウイルス粒子を形成し,宿主細胞から脱出する.このサイクルの一部のプロセスを薬剤により阻害すること,またはウイルスに対する免疫機構の活性化によりウイルスの増殖を抑制することがウイルス感染症の治療であり,その治療薬を総称して抗ウイルス薬という.そのため,細菌など病原体の細胞を直接破壊する抗生物質とは薬理作用が異なる.細菌は,分子生物学的に共通な形質を有しているため,複数の菌種に対して抗菌活性をもつ(スペクトラムが広い)薬剤があるが,ウイルスは個々で分子生物学的形質の多様性が著しく高いため,それぞれに対する治療薬が必要となることが多い.ぶどう膜炎をきたすウイルスのなかでもHHVは,いったん感染すると終生体内に持続・潜伏して存続し,免疫能が低下すると再発を繰り返す.現在使用されている抗ヘルペスウイルス薬はいずれもウイルスの増殖を抑制するためのものであり,潜伏感染しているウイルスを除外することはできない.眼科領域で使用されている抗ヘルペスウイルス薬には,アシクロビル,ガンシクロビルなどのヌクレオシド類似体,フォスカルネットのピロリン酸類似体がある.ヌクレオシド類似体は,感染細胞内で三リン酸化され活性型となり,ウイルスDNApolymeraseの基質として三リン酸化核酸と競合しDNA合成を阻害する.しかし,アシクロビル,ガンシクロビルは経口吸収が悪いため,経口吸収を改善したこれらの薬剤のプロドラッグであるバラシクロビル,バルガンシクロビルがある.易感染性宿主では長期間薬剤を使用する必要があるため,必然的に薬剤耐性ウイルスが出現する.薬剤耐性ウイルスに対しては,リン酸化などの過程を経ずに直接DNApolymeraseを抑制することができるフォスカルネットが用いられる.しかし,フォスカルネットも経口吸収がきわめて悪く静注薬として使用され,腎臓で直接代謝されるために腎毒性が強いことが問題である.B型肝炎,C型肝炎の治療に用いられているインターフェロンは,ウイルスに対する免疫作用を促進することによりウイルス増殖,あるいはウイルス感染細胞の増殖を抑制*MasaruTakeuchi:防衛医科大学校眼科学講座〔別刷請求先〕竹内大:〒359-0042埼玉県所沢市並木3-2防衛医科大学校眼科学講座0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(11)1259 ====図1実質型角膜炎領域に一致して色素を伴ってみられた豚脂様角膜後面沈着 あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141261(13)では,続発緑内障による視神経乳頭所見以外の後眼部所見を呈することはない.〈治療〉重症度に応じて副腎皮質ステロイド(リンデロンR)点眼1日3.6回,散瞳薬(ミドリンPR)点眼1日1.3回,混合感染予防に抗生物質の点眼1日3回,眼圧下降目的の抗緑内障点眼を処方するとともに,バルガンシクロビルの内服(バリキサR)またはその点滴(デノシンR)を行う.HSV,VZVによる虹彩毛様体炎と比較して難治性であり,抗ウイルス薬投与は数カ月以上継続投与することが多く,また再発を繰り返す.b.急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)HSV-1,HSV-2,VZV感染による汎ぶどう膜炎であ毛様体炎を生じることが前房水を用いたPCR(poly-merasechainreaction)法検査により明らかとなった3).角膜内皮炎を伴う症例が多く,眼圧上昇は40mmHg以上のことも少なくない.炎症は軽度から中等度で,フィブリン析出や虹彩結節などをきたすことはない.角膜後面沈着物は角膜病変に一致してみられ,白色微塵なものからPosner-Schlossman症候群にみられるような類円形で灰白色なもの,coinlesionとよばれる所見を呈するものまでさまざまであるが,持続する炎症により角膜内皮細胞が減少し,水疱性角膜症をきたすこともある(図3).HSV,VZVによる虹彩毛様体炎と同様に虹彩萎縮を呈し,その形状は斑状,扇状,区画性,びまん性とさまざまである.正常免疫能保持者のCMV虹彩毛様体炎図2VZV虹彩毛様体炎にみられる濃密でほぼ一様な類円形の豚脂様角膜後面沈着物(A)および扇状の虹彩萎縮(B)AB図3CMV虹彩毛様体炎にみられる白色微細な角膜後面沈着物(A)および角膜内皮炎による角膜浮腫(B)AB図2VZV虹彩毛様体炎にみられる濃密でほぼ一様な類円形の豚脂様角膜後面沈着物(A)および扇状の虹彩萎縮(B)AB図3CMV虹彩毛様体炎にみられる白色微細な角膜後面沈着物(A)および角膜内皮炎による角膜浮腫(B)AB 1262あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(14)継続療法(2週間):表2に示す.両眼発症の急性網膜壊死では,先行眼発症後1カ月以内に後発眼に発症する確率が70%程度あるため,両眼発症予防のためにも1カ月以上抗ウイルス療法を行う必要がある.また,胃薬,抗骨粗鬆症薬を併用する.り,原因ウイルスに関係なく豚脂様角膜後面沈着物を伴う急性虹彩毛様体炎を呈する.多くの例で眼圧上昇がみられる.病初期は軽度の硝子体混濁,網膜周辺部に散在する黄白色小滲出斑,視神経乳頭の発赤腫脹,および網膜動脈周囲炎を呈する4)(図4A).経過とともに滲出斑は拡大癒合し,病変部は周辺部網膜のほぼ全周および後極に向かって進展する.網膜血管から染み出るような出血が滲出斑に混在してみられ(図4B),視神経乳頭炎も呈する.前眼部炎症は徐々に沈静化するが,硝子体混濁は経過とともに増悪し,眼底の透見性はさらに悪くなる.しかし,発症後3週間程度経過すると病変の拡大は停止し,網膜滲出斑は徐々に萎縮病巣となる.この間,硝子体混濁も軽快し眼底の透見性が一時的に良くなるが,後部硝子体.離の発生とともに硝子体混濁が増悪し,網膜.離を生じる.なお,網膜滲出斑が急速に後極部に向かって進展し,網膜全体が障害される劇症型があり,予後はきわめて不良である.HSV-ARNとVZV-ARNでは病像が多少異なり,HSV-ARNのほうが発症年齢が低く,抗ウイルス薬に対する感受性が高いこともあり軽症例が多い.しかし,臨床所見に相違はなく,臨床所見から鑑別することは困難である.〈治療〉a.局所療法はVZV虹彩毛様体炎の治療に準ずるが,同時に以下の全身治療を開始する.初期療法(2週間):表1に示す.表1急性網膜壊死に対する全身治療:初期療法(2週間)療法薬剤用法用量抗ウイルスアシクロビル(ビクロックスR)点滴3回/日30mg/kg/日抗炎症副腎皮質ステロイド(プレドニゾロンR)点滴1回/日(朝)30.40mg/日抗血小板アスピリン(バイアスピリンR)内服1回/日100mg/日表2急性網膜壊死に対する全身治療:継続療法(2週間)療法薬剤用法用量抗ウイルスアシクロビル(ビクロックスR)点滴3回/日30mg/kg/日抗炎症副腎皮質ステロイド(プレドニゾロンR)点滴1回/日(朝)20.30mg/日(10mg/週で漸減)抗血小板アスピリン(バイアスピリンR)内服1回/日100mg/日*継続療法ではバラシクロビル(バルトレックスR)3,000mg/日,3回/日の内服とともにすべての投薬を内服に変更することも可能である.図4ARNの病初期における軽度の硝子体混濁,視神経乳頭の腫脹,網膜動脈周囲炎(A)およびに散在する黄白色小滲出斑AB表1急性網膜壊死に対する全身治療:初期療法(2週間)療法薬剤用法用量抗ウイルスアシクロビル(ビクロックスR)点滴3回/日30mg/kg/日抗炎症副腎皮質ステロイド(プレドニゾロンR)点滴1回/日(朝)30.40mg/日抗血小板アスピリン(バイアスピリンR)内服1回/日100mg/日表2急性網膜壊死に対する全身治療:継続療法(2週間)療法薬剤用法用量抗ウイルスアシクロビル(ビクロックスR)点滴3回/日30mg/kg/日抗炎症副腎皮質ステロイド(プレドニゾロンR)点滴1回/日(朝)20.30mg/日(10mg/週で漸減)抗血小板アスピリン(バイアスピリンR)内服1回/日100mg/日*継続療法ではバラシクロビル(バルトレックスR)3,000mg/日,3回/日の内服とともにすべての投薬を内服に変更することも可能である.図4ARNの病初期における軽度の硝子体混濁,視神経乳頭の腫脹,網膜動脈周囲炎(A)およびに散在する黄白色小滲出斑AB あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141263(15)1)後極部劇症型:網膜血管アーケードに沿って出血を伴った黄白色滲出斑が出現し,速やかに拡大する.2)周辺部腫瘤型:眼底周辺部に顆粒状の小滲出斑が集積した所見を呈し,網膜出血がみられないこともある.病巣は必ずしも網膜血管の走行に伴わなく,病巣の拡大も後極部劇症型よりも緩徐である.いずれのタイプも病巣と正常網膜の境界部分に顆粒状の滲出病変が認められ,granularborderとよばれている.滲出斑は徐々に拡大するが,病巣の中心部は萎縮傾向を示し,約20%の症例で網膜.離を併発する.通常は片眼性で発症するが,未治療または治療が奏効しない症例では両眼性になることが多い.〈治療〉全身治療:ガンシクロビルの点滴,バルガンシクロビル内服,ホスカルネットの点滴,または全身的な副作用を考慮しなければならない症例に対してはガンシクロビルの硝子体内投与を行う.CMV網膜炎は免疫不全者に生じる疾患であることから原疾患の治療はもとより,ガンシクロビルには骨髄抑制,ホルカルネットには腎障害の副作用があることから全身状態のモニタリングが必要であり,内科医との連携を密にして治療を継続していくことが大切である.以下に各治療の投与方法を示す.a)ガンシクロビル(デノシンR)の点滴初期療法:5mg/kg/日,2回/日,3週間維持療法:5mg/kg/日,1回/日,5日/週c.サイトメガロウイルス(CMV)網膜炎免疫力低下状態にあるものに発症し(日和見感染),発病者では末梢血CD4+T細胞数が50個/μl以下に減少していることが多い.CMV網膜炎の原因となる疾患を表3に示すが,これらのなかでもHIV感染による後天性免疫不全症候群(acquiredimmunodeficiencysyn-drome:AIDS)患者に最も頻度が高くみられる.1996年以降,HIV感染者に対するHAART(highlyactiveanti-retroviraltreatment)療法によりCMV網膜炎は激減し,今日はHAART導入後に惹起される免疫回復ぶどう膜炎(immunerecoveryuveitis:IRU)がAIDS患者における新たな問題となっているが,CMV網膜炎がAIDS患者の代表的眼合併症であることには変わりはない5).成人のCMV網膜炎は,ウイルスによる直接的な網膜浸潤であるため,前眼部炎症や硝子体炎などの炎症所見に乏しく,基本的な臨床所見は網膜血管病変,網膜滲出斑,網膜出血からなり,以下の2つのタイプに大別される(図5).表3サイトメガロウイルス網膜炎の原因となる免疫力低下をきたす疾患1)後天性免疫不全症候群(acuiredimmunodeficiencysyndrome:AIDS)2)白血病,悪性リンパ腫3)後天性成人型T細胞白血病4)臓器移植後の免疫抑制薬治療図5CMV網膜炎眼所見により後極部劇症型(A)と周辺部腫瘤型(B)に分類される.AB表3サイトメガロウイルス網膜炎の原因となる免疫力低下をきたす疾患1)後天性免疫不全症候群(acuiredimmunodeficiencysyndrome:AIDS)2)白血病,悪性リンパ腫3)後天性成人型T細胞白血病4)臓器移植後の免疫抑制薬治療図5CMV網膜炎眼所見により後極部劇症型(A)と周辺部腫瘤型(B)に分類される.AB 図6PORNの眼底写真周辺部網膜に“cracked-mudappearance”とよばれる所見が図7HTLV.1ぶどう膜炎にみられたヴェール状の硝子みられる.体混濁 図8HIV網膜症にみられる綿花状白斑および網膜出血

抗菌薬の使い方の基本

2014年9月30日 火曜日

特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1251.1258,2014特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1251.1258,2014抗菌薬の使い方の基本BasicConceptsofAntibacterialDrugTherapy山田直之*園田康平*はじめに眼球においては,血液眼関門の存在により全身投与された抗菌薬が他臓器に比して届きにくいという特徴がある.われわれ眼科医はこの特徴を理解したうえで眼感染症に対して抗菌薬の選択と投与方法,投与量を決めていかなければならない.抗菌薬とは一般的に細菌に対する治療薬のことである.抗菌薬のうち微生物が作った天然のものを抗生物質,人工的に合成したものを合成抗菌薬という.抗菌薬はbラクタム系,アミノグリコシド系,マクロライド系,リンコマイシン系,ニューキノロン系,テトラサイクリン系,グリコペプチド系,オキサゾリジノン系などに分類される(表1).bラクタム系とは炭素3つと窒素1つからなる環状構造物であるbラクタム環(図1)構造をもつもので,ペニシリン系,セフェム系,カルバペネム系などが含まれる.bラクタム系抗菌薬は細菌の細胞壁の合成に必要な酵素に結合して阻害することで細胞壁合成を妨げ,溶菌することで殺菌的に作用する.一方,細菌の側はbラクタム環を破壊する酵素であるbラクタマーゼを産生して抗菌薬による殺菌を免れようとする(図1).これに対してわれわれ人類は,bラクタマーゼ阻害薬を含む抗菌薬(例:スルバクタム・アンピシリン,タゾバクタム・ピペラシリン)を開発してきた.これにより,細菌が産生するbラクタマーゼによるbラクタム環の破壊を阻害し,抗菌作用を保っている.抗菌薬はbラクタマーゼ阻害薬を配合することでブドウHNRHONSOOHbラクタマーゼO図1bラクタム系であるペニシリンの化学構造式赤色の部分がbラクタム環である.bラクタマーゼがbラクタム環を分解し,薬剤耐性を獲得する.球菌,大腸菌,嫌気性菌に対するスペクトラムを広げてきたが,使用に当たっては漫然と使用せず耐性化や菌交代に留意が必要である.I抗菌薬各系のスペクトラム概要まずポピュラーで常在菌も多いグラム陽性球菌に対する抗菌薬としてペニシリンが開発された.ペニシリン系はグラム陽性球菌,特にStreptococcus属(レンサ球菌,肺炎球菌)に有効である.近年は緑膿菌にまでスペクトラムが広げたものが開発されているが,グラム陽性菌に対する効力は相対的に落ちると考えられているので注意が必要である.一方で,ペニシリンが効きにくい菌も増えてきたためセフェム系が開発された.セフェム系は世代にかかわらずグラム陰性桿菌,特に大腸菌に有効な抗菌薬といえる.第1世代はグラム陽性*NaoyukiYamada&Koh-HeiSonoda:山口大学大学院医学系研究科眼科学〔別刷請求先〕山田直之:〒755-8505宇部市南小串1-1-1山口大学大学院医学系研究科眼科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(3)1251 表1スペクbラクタム系ペニシリン系細胞壁合成阻害殺菌性ベンジルペニシリンベンジルペニシリン(ペニシリンGカリウム,PCG)アンピシリンアンピシリン(ビクシリンR,ABPC)アモキシシリン(サワシリンR,AMPC)スルバクタム・アンピシン(ユナシンR-S,SBT/ABPC)ピペラシリンピペラシリン(ペントシリンR,PIPC)タゾバクタム・ピペラシリン(ゾシンR,TAZ/PIPC)セフェム系第1世代セファゾリン(セファメジンR,CEZ)第2世代セフォチアム(パンスポリンR,CTM)セフメタゾール(セフメタゾンR,CMZ)第3世代セフトリアキソン(ロセフィンR,CTRX)セフォタキシム(セフォタックスR,CTX)セフタジジム(モダシンR,CAZ)第4世代セフェピム(マキシピームR,CFPM)カルバペネム系イミペネム・シラスタチン(チエナムR,IPM/CS)メロペネム(メロペンR,MEPM)bラクタム系以外アミノグリコシド系蛋白質合成阻害殺菌性ゲンタマイシン(ゲンタシンR,GM)トブラマイシン(トブラシンR,TOB)アミカシン(硫酸アミカシンR,AMK)ストレプトマイシン(硫酸ストレプトマイシンR,SM)マクロライド系静菌性エリスロマイシン(エリスロシンR,EM)クラリスロマイシン(クラリスR,CAM)アジスロマイシン(ジスロマックR,AZM)リンコマイシン系クリンダマイシン(ダラシンR,CLDM)ニューキノロン系DNA複製阻害殺菌性シプロフロキサシン(シプロキサンR,CPFX)レボフロキサシン(クラビットR,LVFX)テトラサイクリン系蛋白質合成阻害静菌性ミノサイクリン(ミノマイシンR,MINO)グリコペプチド系細胞壁合成阻害バンコマイシン(バンコマイシンR,VCM)テイコプラニン(タゴシッドR,TEIC)ダプトマイシン(キュビシンR,DAP)オキサゾリジノン系蛋白質合成阻害静菌性リネゾリド(ザイボックスR,LZD)その他ST合剤スルファメトキサゾール・トリメトプリム(バクタR,ST)メトロニダゾールメトロニダゾール(フラジールR,MNZ,MTZ)代表的な抗菌薬代表的な抗菌薬とおもなスペクトラム,関連するぶどう膜炎疾患を記した.連鎖球菌には連鎖球菌,肺炎球菌など,大腸菌には大腸菌,肺炎桿菌,インフルエンザ桿菌など,緑膿菌にはセラ(S.P.A.C.E.)などを含む.1252あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(4) トル表おもなスペクトラム関連するぶどう膜炎疾患連鎖球菌,梅毒トレポネーマ梅毒連鎖球菌,腸球菌,リステリア,梅毒トレポネーマ連鎖球菌,黄色ブドウ球菌,大腸菌,嫌気性菌連鎖球菌,大腸菌,緑膿菌連鎖球菌,黄色ブドウ球菌,大腸菌,緑膿菌,嫌気性菌黄色ブドウ球菌,大腸菌大腸菌(セフメタゾールは嫌気性菌も)大腸菌(セフトリアキソンは肺炎球菌,淋菌,セフタジジムは緑膿菌も)内因性眼内炎(細菌性)広域広域グラム陰性桿菌結核(ストレプトマイシン)マイコプラズマ,クラミジア猫ひっかき病嫌気性菌グラム陰性桿菌,最近はより広域に猫ひっかき病マイコプラズマ,クラミジア,リケッチア,レジオネラ猫ひっかき病MRSA内因性眼内炎(細菌性)バンコマイシン耐性腸球菌黄色ブドウ球菌,大腸菌,原虫(トキソプラズマ,カリニ)原虫,嫌気性菌チア,緑膿菌,アシネトバクター,シトロバクタ―,エンテロバクター(5)あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141253 1254あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(6)そこから眼球に感染が波及しているのかなども検討する.感染している臓器,部位が定まれば,臓器,部位ごとに微生物種による特異的な親和性もあるため,原因微生物の同定につながる有益な情報が得られる.一方,感染部位が同定できないと原因微生物の推測がむずかしい.また,感染臓器,部位が定まれば,今後何をアウトプットとして治療効果を評価していけば良いのか自ずとわかるといえる.III感染微生物の同定感染症治療の原則として必ず治療開始前に検体を採ることが望ましい.いったん,抗菌薬を投与すれば原因微生物の同定は困難となる.結膜炎や感染性角膜潰瘍といった前眼部疾患であれば検体採取も容易である.一方,ぶどう膜炎では検体採取には一定の侵襲も伴うが,積極的に前房水や硝子体を採取すべきと考える.検体採取後にまず行いたいのはグラム染色である.簡便に行え,すぐに結果がわかるという利点がある.グラム陽性菌は細胞壁が厚く,グラム陰性菌は細胞壁が薄い.グラム染色の過程で加えるエタノール(脱色液)により陰性菌は容易に細胞壁が傷害され,クリスタルバイオレット液により染色された紫色が漏出し,最終的にフクシン液により赤色に染まる.たとえば肺炎球菌であればグラム陽性の莢膜を伴った双球菌として観察されるので,グラム染色のみでほぼ原因菌の同定が可能である.感染症に対する抗菌薬の治療としては,最初にempirictherapy(初期治療,経験的治療)を行う.これは感染微生物の同定がなされるまでの間,予想される微生物を想定し,そこにターゲットを絞った抗菌薬を投与する治療である.このとき,市中感染なのか院内感染なのか,患者背景,感染部位などから微生物を推定する.患者背景としては,年齢,性別,基礎疾患(糖尿病,悪性腫瘍,リウマチなど),ステロイド投与(局所,全身)の有無,免疫抑制薬・抗癌剤・抗菌薬などの使用歴,眼科手術歴,眼外傷歴,動物との接触歴,旅行歴,職業,過去の培養結果などを確認する.また,角膜後面沈着物の性状や眼底所見などの臨床所見そのものも,当然原因微生物の推測に有益である.他に,抗体価など血液検査も活用していく.原因微生物が同定できると疾患の重症菌に強いが陰性菌には弱い一方,第3世代はグラム陰性菌には強いが陽性菌には弱くなる傾向がある.特に,第1世代は黄色ブドウ球菌に,第2世代はグラム陰性桿菌と嫌気性菌に,第3世代のうちセフタジジムは緑膿菌もカバーする.第4世代は広いスペクトラムをもつ.カルバペネム系は広いスペクトラムをもつが,第一選択にはなりにくい.アミノグリコシド系はグラム陰性桿菌に有効な抗菌薬である.また,抗結核作用のあるストレプトマイシン,カナマイシンはこの系統に属する.マクロライド系はマイコプラズマ,クラミジアなどに有効な抗菌薬である.ペニシリンアレルギーのある患者のレンサ球菌,肺炎球菌の治療に使用できる.リンコマイシン系は嫌気性菌に有効な抗菌薬である.ニューキノロン系はグラム陰性桿菌に有効であるが,徐々に広いスペクトラムをもつ抗菌薬が開発されてきている.テトラサイクリン系はマイコプラズマ,クラミジア,リケッチア,レジオネラなどに有効な抗菌薬である.グリコペプチド系はMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)などに有効な抗菌薬である一方,MSSA(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌)に対してはセファゾリンなどに劣る.bラクタム系,アミノグリコシド系,ニューキノロン系は殺菌的に,マクロライド系,リンコマイシン系,テトラサイクリン系,オキサゾリジノン系は静菌的に作用する.アミノグリコシド系とニューキノロン系はPAE(postantibioticeffect)があるため1日1回の投与でも有効である.マクロライド系やテトラサイクリン系はマイコプラズマや細胞内に寄生する菌に有効である.マイコプラズマは細胞壁をもたないため,細胞壁合成阻害がその作用機序であるbラクタム系は無効である.各種抗菌薬について表1に簡潔に示しているが,詳細は各種スペクトラム表や参考となる図書1,2)などで確認してもらいたい.II抗菌薬の使い方の基本われわれが扱う疾患は眼科疾患であるので眼球および付属器のどの部位の感染であるのか,特にぶどう膜炎であれば,片眼性なのか両眼性なのか,肉芽腫性なのか非肉芽腫性なのか,炎症の部位とその広がりを検討する.また,全身性の感染症なのか,他臓器に感染巣があり, あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141255(7)テトラサイクリン,ニューキノロン系,アミノグリコシド系(ストレプトマイシン,カナマイシンなど),ST(スルファメトキサゾール・トリメトプリム)合剤などは禁忌であるため使用を避ける.以下に抗菌薬で加療する細菌(表2)の関与するぶどう膜炎について述べていく.IV抗菌薬で加療する細菌性ぶどう膜炎治療の実際(表2)1.内因性眼内炎(細菌性)内因性眼内炎とは細菌や真菌が眼球以外の感染巣から血行性に眼内に転移して起こる眼内炎である.本稿では細菌性のものを中心に述べる.内因性の細菌性眼内炎の原因菌としては肺炎桿菌(Klebsiellapneumoniae),大腸菌(Escherichiacoli)といったグラム陰性桿菌が多く,グラム陽性菌は少ない4).グラム陰性桿菌では視力予後が悪い5).真菌性のものにはカンジダが多い.対照的に外因性のものではグラム陽性菌が多い.本疾患を発症する患者には糖尿病などの基礎疾患があることが多い.本疾患を疑えば感染源を同定するために速やかにCTなどで全身検索を行う.原発巣としては肝膿瘍,尿路感染症,細菌性心内膜炎,皮膚膿瘍などがある.原発巣が判明すれば速やかに当該科にも原発巣の治療を依頼する.また,前房水や硝子体液,血液培養を積極的に行う.細菌性のものは通常,片眼性の非肉芽腫性ぶどう膜炎を呈し,急激に進行するため硝子体手術が必要になることが多い.第3世代セフェム系で緑膿菌にも有効なセフタジジム(2mg/0.1mL)とバンコマイシン(1mg/度や自然経過(naturalcourse)がわかり,使用すべき抗菌薬の選定などに役立つ.まさに,原因微生物の同定なくして感染症の治療なしといえる.推定した微生物に感受性のある抗菌薬を選定することになるが,この際参考となるものとして「サンフォード感染症治療ガイド」3)がある.この本に記載されている投与量も参考となる.つぎに利用可能であればlocalfactor(各医療機関での抗菌薬感受性パターン)も参考にする.検体を培養検査に提出後は毎日,検査結果が更新されていないかを確認し,必要な折には検査室に足を運ぶことも重要である.数日後,培養検査の結果(原因微生物の同定や感受性)が出ればそれを参考にして,広域から狭域に抗菌薬を変える(de-escalation)ことでdefinitivetherapy(最適治療)へと切り替える.抗菌薬の使い方の基本として,盲目的に広域スペクトラムのものを選ぶことは避けたい.必ず原因微生物の推定もしくは同定をしたうえで感受性のある抗菌薬のなかからできるだけ狭域スペクトラムのものを選ぶべきである.たとえば耐性のない肺炎球菌であればベンジルペニシリンやアンピシリン,黄色ブドウ球菌であればセファゾリンなどである.この姿勢は,耐性化や菌交代を避ける目的もあるが,一般的に狭域ほど感受性のある菌に対する抗菌力は強いためでもある.感染症治療における治療の原則は,早期に積極的な抗菌薬投与を行うことである.抗菌薬が効いてないと判断する前に投与量,投与間隔についても再考する.日本における投与量は米国におけるものより少ないケースがあるので注意が必要である.投与薬剤を変更する前に現在の投与量が十分であるのか,投与間隔は適切であるのか再考の余地がある.一般には炎症が起こっているときは薬剤の移行性も高まるが,眼は前立腺とともに薬剤の移行性が悪い代表的な臓器でもある.一方で,副作用についても留意が必要である.特に,過去の薬剤アレルギーについての問診はしっかりと行い,アレルギーを起こした薬剤は基本的には投与しない.たとえばペニシリン系でアレルギー反応を起こしたことがある症例では同じbラクタム系であるセフェム系やカルバペネム系は避けたほうが良い.また,使用する抗菌薬の代謝経路もしっかり理解し,肝機能や腎機能の経時的変化も追っていく.妊娠の有無も確認し,特に表2細菌の分類グラム陽性球菌黄色ブドウ球菌(Staphylococcusaureus)桿菌グラム陰性球菌桿菌バルトネラ・ヘンセラ菌(Bartonellahenselae)大腸菌(Escherichiacoli)肺炎桿菌(Klebsiellapneumoniae)緑膿菌(Pseudomonasaeruginosa)その他結核菌(Mycobacteriumtuberculosis)梅毒トレポネーマ(Treponemapallidum)特に抗菌薬を用いて治療するぶどう膜炎疾患に関与する細菌について示した.表2細菌の分類グラム陽性球菌黄色ブドウ球菌(Staphylococcusaureus)桿菌グラム陰性球菌桿菌バルトネラ・ヘンセラ菌(Bartonellahenselae)大腸菌(Escherichiacoli)肺炎桿菌(Klebsiellapneumoniae)緑膿菌(Pseudomonasaeruginosa)その他結核菌(Mycobacteriumtuberculosis)梅毒トレポネーマ(Treponemapallidum)特に抗菌薬を用いて治療するぶどう膜炎疾患に関与する細菌について示した. 図2内因性眼内炎の眼底写真硝子体混濁のため透見不良である.原因菌はMSSA(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌).図3図2の内因性眼内炎の症例のCT椎体周囲に低吸収軟部影(赤丸内)を認め,化膿性脊椎炎と診断された.抗体量IgGIgM約1週間日数抗原感染図4感染後の抗体価の推移感染が起こるとまずIgMが出現し,1.2週間でピークとなり次第に減少し,数カ月で消失する.一方,IgGはIgM抗体に引き続き出現し,1.2カ月でプラトーに達する. 初診時1週間後初診時1週間後図5猫ひっかき病の眼底写真乳頭浮腫と黄斑部に放射状の星状斑(macularstar)を認める.徐々に星状斑が目立ってきている.図7梅毒性角膜実質炎後の角膜白斑の前眼部写真図6結核の眼底写真内皮側の輝度が高いことが特徴である.網膜静脈の白鞘形成と周囲に点状・斑状の網膜出血を認める.(近藤由樹子:所見から考えるぶどう膜炎.p.222:結核性ぶどう膜炎,医学書院,2013より)図8梅毒性ぶどう膜炎の前眼部写真角膜後面沈着物を認める. -

序説:眼炎症(ぶどう膜炎,胸膜炎)の治療方針

2014年9月30日 火曜日

●序説あたらしい眼科31(9):1249.1250,2014●序説あたらしい眼科31(9):1249.1250,2014眼炎症(ぶどう膜炎,強膜炎)の治療方針Introduction:TherapyofOcularInflammation(Uveitis,Scleritis)大黒伸行*岡田アナベルあやめ**本誌では,定期的に眼炎症(ぶどう膜炎,強膜炎)の診断および治療の基本についての特集を組んでいる.その理由としては,眼炎症診療には眼科研修だけではなかなか学ぶチャンスのない内科的な知識も必要だからである.また,眼科における他の領域同様,一人前の眼炎症専門家になるためには経験豊富な先輩から教わる必要がある.しかし,残念ながら眼炎症診療について経験豊富な医師が在籍する医療機関はそれほど多くない.そこで,その先輩に代わるものとして本特集の存在意義がある.眼炎症診療が他の眼科領域と異なる点は,診断の遅れや治療の選択により生命予後が変わる可能性があることである.極端な例かもしれないが,網膜.離に対して正確な手術をすれば,良好な視力を維持できるかもしれない.一方,再発性多発軟骨炎による強膜炎を正確に診断し適切な治療を行えば,強膜炎が鎮静化するだけでなく,再発性多発軟骨炎により生じる気道虚脱(それにより患者の1割が命を落とす可能性がある)が防げるかもしれない.したがって,眼炎症専門家の責任は重大である.しかし,これを読んでいる読者諸氏は,自分自身が多数の症例を経験しないと,眼底所見の見方,全身状態の判断,治療の選択,他科との連携などは上手にできない,と諦めているかもしれない.繰り返しになるが,だからこそ本誌の存在意義があるのである.さて今回の特集は,眼炎症疾患に使用する薬剤の使い方をまとめて説明する企画である.しかし,薬に関してはすべてここに書くことは不可能であり,本特集ではその「基本の考え方」をお伝えする.教師のラインアップは現在わが国における眼炎症領域の指導者ばかりである.抗菌薬を担当してくださったのは山田直之先生と園田康平先生,抗ウイルス薬は竹内大先生,抗真菌薬は橋田徳康先生,ステロイド薬は水内一臣先生と北市伸義先生,免疫抑制薬は慶野博先生,生物学製剤は蕪城俊克先生と田中理恵先生である.また,特殊ケースの妊婦,小児および高齢者を担当してくださったのは中尾久美子先生,それから治療における手術の位置づけについて担当してくださったのは永田健児先生と丸山和一先生である.各項を熟読することで,読者諸氏の眼炎症疾患に対する経験値もおのずと向上するものと確信している.ところで,誌面の都合上本特集で取り上げることができなかった項目がある.それは各薬剤の併用療法,通常は抗微生物薬とステロイド薬の併用,に関する項目である.実際の臨床では単剤のみで治療を行うということはなく,複数の薬剤(そこには副作用予防として使用されるものも含まれる)が併用さ*NobuyukiOhguro:地域医療機能推進機構大阪病院眼科**AnnabelleAyameOkada:杏林大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(1)1249 1250あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(2)れる.そして薬剤の組み合わせを病態に応じて微調整していくことが眼炎症専門医としての一番の腕の見せ所である.これについては機会があればぜひ取り上げたいと思っている.少しだけ紹介すると,急性網膜壊死や眼トキソプラズマ症のように著しい炎症により組織破壊が急速に進行する感染症がある.このような疾患に対する基本的考えは,病巣の広がりの程度や病巣と黄斑部との位置関係により,抗ウイルス薬・抗菌薬にステロイド薬を併用するかどうかを決定するということである.感染症の基本は抗微生物薬による治療である.網膜病巣が小さく,黄斑部から離れていれば抗微生物薬だけで数日間経過を見るという選択肢もある.しかし,病巣が広範囲かつ後極部に近ければ,炎症による組織破壊から黄斑機能を守らなければならない.ゆえにそのような場合にはステロイド薬は最初から十分量併用するという判断もありうる.しかも感染性疾患などでは病勢は1日で急変することも稀ではない.重要なのは,病状の変化をきめ細かく観察し,変化に応じて治療内容を修正していくことである.ただ,どのような場合においても,各項目を担当していただいた先生方がまとめてくださった内容が基本となることはいうまでもない.基本ができて初めて応用が可能となるのである.最後になるが,薬の処方は当然,各自で用量や副作用を添付文書や薬剤師などに確認したうえ,主治医である眼科医から患者に説明するのが義務である.また,使い慣れない薬剤を使用する場合には,それを使い慣れている内科医の意見を求めることも主治医の義務である.本特集が,読者諸氏の眼炎症疾患治療の手助けになればと執筆者一同願っている.

眼窩膿瘍をきたした眼窩底骨折の1例

2014年8月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(8):1239.1242,2014c眼窩膿瘍をきたした眼窩底骨折の1例玉井一司*1山田麻里*1高野晶子*2間宮紳一郎*3*1名古屋市立東部医療センター眼科*2名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学*3間宮耳鼻咽喉科ACaseofOrbitalAbscessafterOrbitalBlowoutFractureKazushiTamai1),MariYamada1),ShokoTakano2)andShinichiroMamiya3)1)DepartmentofOphthalmology,NagoyaCityEastMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,3)MamiyaENTClinic目的:眼窩吹き抜け骨折後に眼窩膿瘍を生じた1例を報告する.症例:21歳,男性でラグビーの練習中に右眼部を打撲した.上方視で複視があり,CT(コンピューター断層撮影)で右眼窩底骨折がみられた.複視は上方視のみであったため無治療で経過観察していたが,受傷10日後に右眼球の突出と全方向の運動制限が出現した.CTでは右眼窩下方に異常陰影があり,眼球は上方へ圧排され,上顎洞および篩骨洞に混濁がみられた.急性副鼻腔炎に伴う眼窩膿瘍と診断し,内視鏡下副鼻腔手術により膿汁をドレナージした.術後眼球運動は著明に改善した.結論:眼窩吹き抜け骨折後の副鼻腔炎による眼窩膿瘍は稀な合併症である.内視鏡下副鼻腔手術により眼窩内および副鼻腔の膿汁をドレナージすることが有効と考える.Purpose:Toreportacaseoforbitalabscessafterorbitalblowoutfracture.Case:A21-year-oldmalesufferedblunttraumatohisrightorbitwhileplayingrugby.Hehaddoublevisionatuppergaze.Computedtomography(CT)showedfractureoftherightorbitalfloor.Hewasfollowedwithouttreatmentbecausedoublevisionoccurredonlywithuppergaze.Tendayslater,hereturnedwithexophthalmosandlimitedocularmotilityatallgazesintherighteye.CTdisclosedanabnormalshadowdisplacingtheglobesuperiorlyintheinferiorpartoftherightorbit,andopaquemaxillaryandethmoidalsinuses.Hewasdiagnosedwithacuteparanasalsinusitiswithorbitalabscess.Endoscopicsinussurgerywasperformed,withdrainageofpurulentfluid.Postoperatively,heshowedmarkedimprovement,withincreasedocularmotility.Conclusion:Orbitalabscesswithparanasalsinusitisisararecomplicationoforbitalblowoutfracture.Endoscopicsinussurgerytodrainorbitalandparanasalabscessappearstobeeffective.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1239.1242,2014〕Keywords:眼窩膿瘍,眼窩吹き抜け骨折,副鼻腔炎,内視鏡下副鼻腔手術.orbitalabscess,orbitalblowoutfracture,paranasalsinusitis,endoscopicsinussurgery.はじめに眼窩底骨折は,眼部鈍的外傷により,急激な眼窩内圧の上昇をきたし,最も脆弱な眼窩下壁に骨折が生じるものである.受傷後に眼球運動障害,複視,眼球運動痛などを呈することが多いが,眼窩内膿瘍をきたすことは稀である1,2).今回,筆者らは,受傷10日後に眼窩内膿瘍を形成し,内視鏡下副鼻腔手術により良好な経過をたどった1例を経験したので報告する.I症例患者:21歳,男性.主訴:両眼複視.現病歴:2010年11月14日,ラグビーの練習中に右眼を他選手の頭部で打撲した.受傷直後から両眼複視があり,11月16日に近医眼科を受診した.右眼窩吹き抜け骨折を疑われ,11月17日に名古屋市立東部医療センター眼科(以下,当科)を紹介され受診した.既往歴,家族歴:特記する所見はない.〔別刷請求先〕玉井一司:〒464-8547名古屋市千種区若水1-2-23名古屋市立東部医療センター眼科Reprintrequests:KazushiTamai,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,NagoyaCityEastMedicalCenter,1-2-23Wakamizu,Chikusa-ku,Nagoya464-8547,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(159)1239 図1初診時頭部CT右眼窩下壁骨折があり,眼窩内の軟部組織が上顎洞内に陥入している.ab図3頭部MR眼窩,上顎洞,篩骨洞内の異常陰影は,T1強調像(a)で低信号,T2強調像(b)で高信号を示した.初診時所見:視力は,右眼0.04(1.5×.8.0D(cyl.3.0DAx170°),左眼0.05(1.5×.8.0D(cyl.2.75DAx175°)で,眼圧は右眼15mmHg,左眼14mmHgであった.眼位は正面視では正位であったが,右眼上転制限があり,上方視で両眼複視がみられた.前眼部・中間透光体,眼底には両眼とも特記する異常はなかった.頭部CT(コンピュータ断層撮影)で,右眼窩下壁骨折が認められ,眼窩軟部組織が上顎洞内に陥入しており,眼窩内に数カ所気腫がみられた(図1).複視は上方視のみで出現し,自覚的に軽減傾向があったため無治療で経過観察していた.11月24日朝から右眼瞼腫脹が生じ,1240あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014acb図2再診時所見右眼瞼腫脹,眼球突出があり,眼球は上方に偏位している(a).頭部CTでは,眼窩内下方に異常陰影があり,眼球は上方へ圧排されている.右上顎洞,篩骨洞に異常陰影の充満がみられる(b,c).次第に増強した.11月26日からは正面視でも複視が出現するようになったため11月27日当科を再診した.再診時,右上下眼瞼は腫脹し,右眼球の突出,結膜充血がみられ,全方向で運動制限を示した(図2a).右眼視力は矯正1.0,眼圧は22mmHgで眼内に炎症所見はなかった.頭部CTでは,右眼窩内の下方に異常陰影を認め,眼球は上方へ圧排され,下直筋の同定が困難であった.右上顎洞,篩骨洞にも異常陰影の充満がみられた(図2b,c).頭部MRI(核磁気共鳴画像)では異常陰影はT1強調像で低信号,T2強調像で高信号を呈した(図3).採血検査では,CRP(C反応性蛋白)6.4,(160) WBC(白血球)8,490であった.副鼻腔および眼窩内の膿瘍が疑われるため,当院耳鼻咽喉科に依頼し,同日内視鏡下で右上顎洞および篩骨洞開放術を施行し,多量の膿汁をドレナージした.術後はセフトリアキソンナトリウム点滴(2g/日)を5日間投与した.その後,術中に採取した膿汁の細菌培養検査で化膿レンサ球菌が検出されたため,同菌に感受性のあったクラリスロマイシン内服(400m/日)を投与した.右眼瞼腫脹,眼球突出は,手術翌日から速やかに軽快し,12月17日には上方視でわずかに複視が出現する程度に眼球運動も改善した(図4a).同日の頭部CTでは,右眼窩内の異常陰影は消失し,右上顎洞の粘膜肥厚が残存するものの副鼻腔の含気は良好となった(図4b,c).12月24日には上方視での複視は消失した.抗菌薬の投与は12月24日で終了し,その後再燃はみられていない.II考按眼窩蜂巣炎や眼窩膿瘍は,副鼻腔炎,歯性感染,血行感染などによって引き起こされることが多く3,4),眼窩外傷により生じることは稀である1,2).眼窩壁骨折後に眼窩内炎症を生じる頻度については,Simonらが眼窩骨折497例について検討し,4例(0.8%)に眼窩蜂巣炎がみられ,そのうち2例(0.4%)で眼窩膿瘍に進展したと報告している2).これら4例はいずれも上顎洞や篩骨洞から眼窩に炎症が波及し,蜂巣炎に至っている,受傷から眼窩内炎症が出現するまでの期間については受傷後7日以内の場合が多いが,受傷から5.6週経過して生じた症例もみられる2,5.9).本症例では,受傷後10日後から眼瞼腫脹を自覚しており,その頃には眼窩内に炎症が波及していたことが推定される.受傷前の既往について,Simonらの報告では受傷前から上気道感染の既往があったものが4例中2例あり2),Silverらは3例中2例で副鼻腔炎,他の1例で上気道感染を繰り返していたと述べている6).平田らの症例では,3例中2例で慢性副鼻腔炎を合併していた9).受傷前に上顎洞や篩骨洞の炎症があれば,骨折後に眼窩との間に交通が生じることにより,炎症が眼窩内に波及しやすくなる.したがって,副鼻腔炎の既往がある場合は,骨折後の感染拡大に特に留意が必要である.しかし,本症例のように副鼻腔炎や上気道感染の既往がなくても,受傷後に生じた副鼻腔の炎症が眼窩炎症に進展した報告例がみられる5,8,9).機序として,眼窩壁骨折後は,骨片や浮腫,出血などにより,副鼻腔の開口部が閉鎖されてドレナージ効果が失われるため洞内に感染が生じやすくなり,さらに貯留した血液が細菌の繁殖を促す培地として作用し,感染拡大を助長することが考えられる4,6).眼窩感染の誘引として,受傷後に強く鼻をかむことを指摘した報告がみられる2,6,8,9).Simonらの症例2)では,4例中2例で,福田らの報告9)では,3例すべてで外傷後に強く鼻を(161)abc図4内視鏡下副鼻腔手術3週間後の所見右眼瞼腫脹,眼球突出は消失し,眼位は正位となった(a).頭部CTでは,眼窩内の異常陰影は消失し,下直筋が同定される.右上顎洞の粘膜肥厚がみられるが,含気は良好である(b,c).かんだ既往があった.これらのなかには受傷後5週経過して眼窩感染を生じた症例も含まれており2),受傷後はやや長期にわたって,鼻を強くかまないように指導することが望ましいと考える.受傷後に感染予防の目的で,抗菌薬を投与することについては議論がある2,6.8).予防投与を推奨する報告6,8)もみられるが,Simonらは,4例中3例で受傷直後から経口抗菌薬が投与されていたにもかかわらず眼窩蜂巣炎を発症したことから感染予防効果を疑問としており2),今後さらに多数の症例で比較検討することが必要と思われる.あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141241 治療については,抗菌薬全身投与による保存的治療で軽快した例もみられるが2,5),ほとんどの場合はドレナージや副鼻腔手術を必要とする2,4,6.9).特に眼窩膿瘍を形成した場合は,視神経障害や頭蓋内へ感染進展の可能性があるため速やかな対応が必要である.本症例ではCTおよびMRIで膿瘍性病変が眼窩下方に充満し,視神経への炎症波及が危惧されたため,緊急で耳鼻咽喉科医による内視鏡下副鼻腔手術を行った.眼窩下壁骨折部を介して眼窩内膿瘍の吸引除去が可能であった.起炎菌としては,黄色ブドウ球菌,レンサ球菌,表皮ブドウ球菌などのグラム陽性菌が報告されているが5.9),嫌気性菌も指摘されており2),嫌気性培養も必須である.本症例では,膿瘍の細菌培養から化膿連鎖球菌が検出され,感受性のある抗菌薬の使用により再燃なく良好な経過が得られた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)BurmJS,ChungCH,OhSJ:Pureorbitalblowoutfracture:newconceptsandimportanceofmedialorbitalblowoutfracture.PlastReconstrSurg103:1839-1849,19992)SimonGJB,BushS,SelvaDetal:Orbitalcellulitis:ararecomplicationafterorbitalblowoutfracture.Ophthalmology112:2030-2034,20053)O’RyanF,DiloretoD,BarderDetal:Orbitalinfections:clinical&radiographicdiagnosisandsurgicaltreatment.JOralMaxillofacSurg46:991-992,19884)HarrisGJ:Subperiostealabscessoftheorbit.ArchOphthalmol101:751-757,19835)GoldfarbMS,HoffmanDS,RosenbergS:Orbitalcellulitisandorbitalfracture.AnnOphthalmol19:97-99,19876)SilverHS,FucciMJ,FlanaganJCetal:Severeorbitalinfectionasacomplicationoforbitalfracture.ArchOtolaryngolHeadNeckSurg118:845-848,19927)PatersonAW,BarnardNA,IrvineGH:Naso-orbitalfractureleadingtoorbitalcellulitis,andvisuallossasacomplicationofchronicsinusitis.BrJOralMaxillofacSurg32:80-82,19948)DhariwalDK,KitturMA,FarrierJNetal:Post-traumaticorbitalcellulitis.BrJOralMaxillofacSurg41:21-28,20039)平田佳史,角谷徳芳,伊藤芳憲ほか:眼窩骨折後に眼窩膿瘍を発症した3例.日形会誌29:12-18,2009***1242あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(162)