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さまざまな基礎疾患を有した肥厚性硬膜炎の5例

2014年8月31日 日曜日

1232あたらしい眼科Vol.4108,21,No.3(00)1232(152)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(8):1232.1238,2014cはじめに肥厚性硬膜炎(hypertrophicpachymeningitis)は,硬膜の肥厚により頭痛・脳神経麻痺・失調などさまざまな神経症状を呈する頭蓋底を好発部とする炎症性疾患である.近年の画像診断の進歩により報告数は増加している.原因としては従来,結核・梅毒などの感染症に続発するものの報告が多くみられていた1,2)が,近年膠原病や血管炎などの慢性炎症性疾患に続発する症例の報告が増加している3.10).今までに筆者らは肥厚性硬膜炎の5例を経験し,うち3例が自己免疫疾患の合併例であった.今回これら5症例を報告し,既報も加え検討した.I症例〔症例1〕57歳,男性.主訴:右眼のかすみ・頭痛.家族歴・既往歴:特記事項なし.現病歴:2カ月前より前頭部を中心とした頭痛が出現した.その後,右眼のかすみ・右眼下方の視野欠損に気づき,脳外〔別刷請求先〕持原健勝:〒889-1692宮崎市清武町木原5200宮崎大学感覚運動医学講座眼科学分野Reprintrequests:KenshoMochihara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityofMiyazaki,5200Kihara,Kiyotake,Miyazaki889-1692,JAPANさまざまな基礎疾患を有した肥厚性硬膜炎の5例持原健勝前久保知行西田智美中馬秀樹直井信久宮崎大学感覚運動医学講座眼科学分野HypertrophicCranialPachymeningitisAssociatedwithVariousDiseasesKenshoMochihara,TomoyukiMaekubo,TomomiNishida,HidekiChumanandNobuhisaNao-iDepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityofMiyazaki近年,画像診断の進歩により肥厚性硬膜炎と診断される症例が増加している.今回筆者らは,さまざまな基礎疾患を有した肥厚性硬膜炎の5例を経験したので報告する.症例1は,Wegener肉芽腫症の合併例でFosterKennedy症候群を呈し,造影MRIにて前頭蓋底に硬膜肥厚を認めた.症例2は,P-ANCA陽性アレルギー性血管炎を合併し,前.中頭蓋底の硬膜肥厚と眼窩内外上方の炎症像を認めた.症例3は,混合性結合組織病を合併し,反復する視神経炎があり,前.中頭蓋底の硬膜の肥厚を認めた.症例4は16歳と若年で,反復する頭痛・視神経障害があり,前頭蓋底の硬膜の肥厚を認めた.症例5は,眼窩先端部腫瘍から前頭蓋窩へと連続する硬膜の肥厚を認めた.基礎疾患をもつ,頭痛・多発性脳神経障害患者は肥厚性硬膜炎を考慮する必要があると考えられた.Casesofhypertrophicpachymeningitishaveincreasedrecently,asaresultofprogressinneuroradiologicaldiagnosis.Weexperienced5casesofhypertrophicpachymeningitiscomplicatedwithvariousdiseases,andherereporttheclinicalfeatures,neuroimagingfindings,histopathologicalfeaturesandtreatmentoutcomesforthesepatients.Case1:57-year-oldmalewhopresentedwithFosterKennedysyndromeinacaseofWegener’sgranulo-matosisandexhibitedthickeningoftheduraoftheanteriorcranialfossa.Case2:66-year-oldmalediagnosedwithP-ANCA-positivevasculitiswhodemonstratedinflammatoryorbitalpseudotumorinvolvingtheanteriorcra-nialfossadura.Case3:51-year-oldfemalewithrelapsingopticalneuritisandmixedconnectivetissuediseasewhoshowedthickeningoftheduraoftheanterior.middlecranialfossa.Case4:16-year-oldfemalewithrepeat-edheadacheandopticneuritiswhodemonstratedthickeningoftheduraofthetentoriumandanteriorcranialfos-sa.Case5:77-year-oldmalewithheadacheanddiplopiawhoshowedthickeningofthedurafromanorbitalapextumortotheanteriorcranialfossa.Itisthoughtnecessary,inpatientswhohaveheadacheandcranialneuropathy,toconsiderthepossibilityofhypertrophicpachymeningitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1232.1238,2014〕Keywords:肥厚性硬膜炎,視神経炎,Wegener肉芽腫症,混合性結合組織病,眼窩先端部腫瘍.hypertropicpachymeningitis,opticneuritis,Wegener’sgranulomatosis,mixedconnectivetissuedisease,orbitalapextumor.(00)1232(152)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(8):1232.1238,2014cはじめに肥厚性硬膜炎(hypertrophicpachymeningitis)は,硬膜の肥厚により頭痛・脳神経麻痺・失調などさまざまな神経症状を呈する頭蓋底を好発部とする炎症性疾患である.近年の画像診断の進歩により報告数は増加している.原因としては従来,結核・梅毒などの感染症に続発するものの報告が多くみられていた1,2)が,近年膠原病や血管炎などの慢性炎症性疾患に続発する症例の報告が増加している3.10).今までに筆者らは肥厚性硬膜炎の5例を経験し,うち3例が自己免疫疾患の合併例であった.今回これら5症例を報告し,既報も加え検討した.I症例〔症例1〕57歳,男性.主訴:右眼のかすみ・頭痛.家族歴・既往歴:特記事項なし.現病歴:2カ月前より前頭部を中心とした頭痛が出現した.その後,右眼のかすみ・右眼下方の視野欠損に気づき,脳外〔別刷請求先〕持原健勝:〒889-1692宮崎市清武町木原5200宮崎大学感覚運動医学講座眼科学分野Reprintrequests:KenshoMochihara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityofMiyazaki,5200Kihara,Kiyotake,Miyazaki889-1692,JAPANさまざまな基礎疾患を有した肥厚性硬膜炎の5例持原健勝前久保知行西田智美中馬秀樹直井信久宮崎大学感覚運動医学講座眼科学分野HypertrophicCranialPachymeningitisAssociatedwithVariousDiseasesKenshoMochihara,TomoyukiMaekubo,TomomiNishida,HidekiChumanandNobuhisaNao-iDepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityofMiyazaki近年,画像診断の進歩により肥厚性硬膜炎と診断される症例が増加している.今回筆者らは,さまざまな基礎疾患を有した肥厚性硬膜炎の5例を経験したので報告する.症例1は,Wegener肉芽腫症の合併例でFosterKennedy症候群を呈し,造影MRIにて前頭蓋底に硬膜肥厚を認めた.症例2は,P-ANCA陽性アレルギー性血管炎を合併し,前.中頭蓋底の硬膜肥厚と眼窩内外上方の炎症像を認めた.症例3は,混合性結合組織病を合併し,反復する視神経炎があり,前.中頭蓋底の硬膜の肥厚を認めた.症例4は16歳と若年で,反復する頭痛・視神経障害があり,前頭蓋底の硬膜の肥厚を認めた.症例5は,眼窩先端部腫瘍から前頭蓋窩へと連続する硬膜の肥厚を認めた.基礎疾患をもつ,頭痛・多発性脳神経障害患者は肥厚性硬膜炎を考慮する必要があると考えられた.Casesofhypertrophicpachymeningitishaveincreasedrecently,asaresultofprogressinneuroradiologicaldiagnosis.Weexperienced5casesofhypertrophicpachymeningitiscomplicatedwithvariousdiseases,andherereporttheclinicalfeatures,neuroimagingfindings,histopathologicalfeaturesandtreatmentoutcomesforthesepatients.Case1:57-year-oldmalewhopresentedwithFosterKennedysyndromeinacaseofWegener’sgranulo-matosisandexhibitedthickeningoftheduraoftheanteriorcranialfossa.Case2:66-year-oldmalediagnosedwithP-ANCA-positivevasculitiswhodemonstratedinflammatoryorbitalpseudotumorinvolvingtheanteriorcra-nialfossadura.Case3:51-year-oldfemalewithrelapsingopticalneuritisandmixedconnectivetissuediseasewhoshowedthickeningoftheduraoftheanterior.middlecranialfossa.Case4:16-year-oldfemalewithrepeat-edheadacheandopticneuritiswhodemonstratedthickeningoftheduraofthetentoriumandanteriorcranialfos-sa.Case5:77-year-oldmalewithheadacheanddiplopiawhoshowedthickeningofthedurafromanorbitalapextumortotheanteriorcranialfossa.Itisthoughtnecessary,inpatientswhohaveheadacheandcranialneuropathy,toconsiderthepossibilityofhypertrophicpachymeningitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1232.1238,2014〕Keywords:肥厚性硬膜炎,視神経炎,Wegener肉芽腫症,混合性結合組織病,眼窩先端部腫瘍.hypertropicpachymeningitis,opticneuritis,Wegener’sgranulomatosis,mixedconnectivetissuedisease,orbitalapextumor. 図1症例1:入院時頭部MRI所見大脳鎌・両側頭部の硬膜肥厚を認める(→).Gd造影にて強く増強された.科にて頭部単純コンピュータ断層撮影(CT)を撮影されたが異常は認められなかった.そのため,緑内障の疑いにて当科紹介受診となった.眼科的所見:視力は,右眼視力(VD)=指数弁/30cm,左眼視力(VS)=0.8(1.0),眼圧は,右眼16mmHg,左眼16mmHg,瞳孔は正円かつ同大で,対光反応は右眼遅鈍かつ不完全であり,相対的求心性瞳孔反応(RAPD)は,右眼陽性であった.動的視野検査は,右眼では下方視野欠損,左眼ではMariotte盲点拡大を認めた.眼球運動には異常なく,前眼部・中間透光体にも異常を認めなかった.眼底は,右眼に視神経萎縮,左眼に視神経乳頭腫脹があり,FosterKennedy症候群と考えられた.神経学的所見:意識清明で,視神経障害以外に明らかな神経脱落所見はみられなかった.検査所見:C反応性蛋白(CRP)7.6mg/dl,白血球数(WBC)7,500/μl,赤血球沈降速度(ESR)45mm/時,ツベルクリン反応は陰性,抗体検査において抗好中球細胞質抗体(C-ANCA)20EUと上昇を認めた.髄液所見は初圧47cmH2Oと著明な脳圧の亢進を認めた.また,髄液細胞24個/3μl,髄液蛋白116mg/dlと増加がみられた.放射線学的所見(図1):頭部MRIにおいて,ガドリニウム(Gd)造影にて強く増強される大脳鎌・両前頭蓋窩・側頭部の硬膜肥厚を認めた.また,脳溝が消失しており,脳圧の亢進が示唆された.経過:肥厚性硬膜炎と診断し,原疾患の検索を行った.C-ANCA陽性のため,耳鼻咽喉科にて精査したところ鼻中隔穿孔が認められ,生検を施行した結果,Wegener肉芽腫症と診断された.プレドニゾロン(PSL)45mg/日より内服を開始し,脳圧亢進に対してグリセオール点滴を行った.その後,頭痛が増悪し,誇大発言や行為心迫などの精神障害が出現したため,抗躁薬の内服・シクロホスファミド(CPA)100mg/日の内服を追加した.それ以降症状軽減し,脳圧の下降とともに頭痛症状も消失した.その後,緩徐にPSL・CPAを減量していったが,症状の再発はみられなかった.〔症例2〕66歳,男性.主訴:頭痛.家族歴:妹関節リウマチ.既往歴:リケッチア症.現病歴:半年前に不明熱が続き,精査をしたところ尿蛋白陽性・抗好中球細胞質ミエロペルオキシダーゼ抗体(P-ANCA)陽性であり,アレルギー性血管炎症候群と診断されていた.2週間前より右前頭部痛が起こり,複視・左聴力低下も同時期に出現した.内科入院となり,複視に対する精査目的にて当科紹介受診となった.原疾患に対してPSL20mg内服を行われていた.眼科的所見:視力は,VD=(1.2),VS=(1.2),眼圧は,右眼13mmHg左眼16mmHg,瞳孔は正円かつ同大で,対光反応は迅速かつ完全,RAPD陰性であった.眼位は,右眼上斜視・外斜視で,Bielschowsky頭部傾斜試験は右眼陽性であった.視野検査は正常,前眼部・中間透光体および眼底には異常を認めなかった.神経学的所見:意識清明で,右角膜知覚低下・左聴力低下を認めた.その他,明らかな神経脱落所見はみられなかった.検査所見:CRP6.9mg/dl,WBC9,500/μl,ESR46mm/時と炎症所見がみられた.ツベルクリン反応は陰性,抗体検査においてリウマトイド因子定量139IU/ml,P-ANCA19EUと上昇を認めた.髄液所見は正常であった.放射線学的所見:単純頭部MRIにおいて海綿静脈洞・眼窩先端部に異常を認めなかった.経過:現疾患による血管炎の増悪を疑い,PSL20mgより50mgに増量し経過観察した.1カ月後より頭痛・眼痛が増悪し,CRPも25.2mg/dlと上昇,眼球運動障害の増悪,右眼瞼下垂が出現した.VD=(0.8)と低下し,右眼散瞳,対光反応遅鈍かつ不完全となった.眼球運動も全方向性に不良となった.造影頭部MRI(図2)では,前.中頭蓋窩の硬膜肥厚と眼窩内外上側の炎症像が認められた.眼窩内炎症性偽腫瘍の頭蓋内浸潤に伴い肥厚性硬膜炎を呈しているものと考えた.ステロイドパルス療法〔メチルプレドニゾロン(mPSL)1g×3日〕1クール・CPAパルス(CPA500mgを4週間毎)を3クール施行するも,その後に視力障害が急速に進み右眼手動弁まで低下した.MRI所見では眼窩内炎症・硬膜肥厚の改善を認め,眼球運動・聴力障害も改善したものの,頭痛症状・視力障害の改善は得られなかった.(153)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141233 水平断冠状断図2症例2:頭部MRI所見(Gd造影)中頭蓋窩の硬膜肥厚と眼窩内外上側の炎症像が認められた(→).眼窩内炎症性偽腫療が頭蓋内に浸潤している所見であった.〔症例3〕51歳,女性.主訴:左眼のかすみ.既往歴:混合性結合組織病(MCTD).現病歴:2カ月前より左眼のかすみに気づいた.次第に増強してきたため近医を受診し,左視神経症の疑いにて単純頭部MRIを撮影されたが明らかな異常なく,精査目的にて当院初診となった.眼科的所見:視力はVD=(1.5),VS=(0.06),眼圧は右眼18mmHg,左眼19mmHg,瞳孔は正円かつ同大で,対光反応は左眼遅鈍かつ不完全,RAPDは左眼陽性であった.動的視野検査では左眼下方視野障害を認めた.眼球運動に異常なく,眼球運動痛も認めなかった.前眼部・中間透光体に異常なく,眼底は視神経乳頭に異常を認めなかった.神経学的所見:意識清明で視神経障害以外に明らかな神経脱落所見はみられなかった.検査所見:CRP1.6mg/dl,WBC6,700/μl,ESR102mm/時と炎症所見を示した.抗体検査において抗リボヌクレオチド蛋白(RNP)抗体高値であった.放射線学的所見:初診時造影頭部MRIにおいて異常は認められなかった.経過:抗RNP抗体高値から自己免疫性の視神経炎と診断しステロイドパルス療法を施行した.投与後早期から視力の改善がみられ,VS=(1.5)まで改善した.パルス療法以降のステロイド投与は1カ月につきPSL5mgのペースで漸減した.4カ月後に再増悪し,造影頭部MRI(図3)にて,前.中頭蓋窩・大脳鎌・側頭部に硬膜肥厚を認め,肥厚性硬膜炎と診断した.ステロイドの漸減に伴い症状の増悪を繰り返すため,CPAパルス(CPA500mgを4週間毎に投与)を6クール施行した.頭痛症状も軽快し,経過良好であったが,1年後に再び両眼の視神経障害をきたした.ステロイドパル図3症例3:増悪時頭部MRI所見(Gd造影)前.中頭蓋窩・大脳鎌・側頭部に硬膜肥厚(→)を認める.スを行い,視力は1.2まで改善し,頭痛症状も軽快した.再発に注意しながら現在はCPA100mg内服・PSL20mg内服にて経過は良好である.〔症例4〕16歳,女性.(154) 図4症例4:頭部MRI所見(Gd造影)Gd造影において造影効果を示し,右小脳テント・中頭蓋窩・後頭蓋窩に肥厚(→)を認めた.主訴:複視.家族歴・既往歴:特記事項なし.現病歴:5年前より近医で間欠性外斜視にて経過観察されていた.今回,右眼周囲の痛み・複視が出現した.近医受診し,内斜視を認めたため当院へ紹介受診となった.眼科的所見:視力はVD=(1.2),VS=(1.2),瞳孔は正円かつ同大,対光反応は迅速かつ不完全,RAPDは陰性であった.眼位は20プリズムディオプター(PD)の間欠性外斜視,眼球運動には異常を認めず,前眼部・中間透光体および眼底にも異常を認めなかった.神経学的所見:意識清明,右三叉神経第一枝領域痛があった.検査所見:CRP1.6mg/dl,WBC7,600/μl,ESR35mm/時と軽度の炎症所見を示した.ツベルクリン反応は陰性であった.単純頭部MRI:異常を認めなかった.経過:頭痛が持続し,1カ月後より右眼に眼前暗黒感が出現した.右眼RAPD陽性を認め,視神経症が疑われたため,造影頭部MRI(図4)を撮影したところ,右小脳テント・中頭蓋窩・後頭蓋窩に造影効果を示す硬膜の肥厚を認めた.肥厚性硬膜炎と診断し,ステロイドパルスを施行したところ早期より視神経障害は改善した.しかし,頭痛症状は持続した.その後,ステロイド内服の増減をしながら経過をみているが再発はみられていない.〔症例5〕77歳,男性.主訴:頭痛.既往歴:高血圧.家族歴:姉,母;高血圧,姉;脳出血,母;脳梗塞.現病歴:52歳頃より右半側の頭痛を自覚.集中すると感じない程度の痛みであった.62歳頃より頭痛に対して市販の鎮痛薬の内服を開始した.同時期より左難聴が出現した.3年前より頭痛が左半分に移るようになった.その約2年後に頭痛は消失したが,さらに1年後左頭痛が再発・増悪し,幻視・左耳痛が出現するようになった.さらに左方視時に複視を自覚するようになり近医を受診した.精査加療目的で当科紹介初診となった.眼科的所見:視力はVD=(0.9),VS=(0.8),瞳孔は正円かつ同大で,対光反応は迅速かつ完全,RAPDは左眼陽性であった.眼位は正位,左外転障害が認められた.視野には異常がなかった.前眼部・中間透光体および眼底には異常を認めなかった.神経学的所見:意識清明,左三叉神経第一枝領域に感覚異(155)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141235 図5症例5:頭部MRI所見(Gd造影)Gd造影において造影効果を示し,左眼窩先端部腫瘍から連続する左側優位の硬膜肥厚(→)を認めた.常があった.検査所見:CRP1.3mg/dl,WBC7,100/μl,ESR53mm/時と炎症所見を示した.ツベルクリン反応は陰性,梅毒抗体陰性,b-Dグルカン陰性,P-ANCA陰性であった.髄液検査は髄液細胞数3/3μl,髄液蛋白70mg/dl,髄液グルコース63mg/dlと正常であった.経過:入院後,眼窩部CTにて左眼窩先端部腫瘤を認めた.症状,経過より側頭動脈炎が否定できないため,左浅側頭動脈生検を施行した.同日施行した頭部造影MRI(図5)にて,左眼窩先端部腫瘍から連続する左側優位の硬膜肥厚と造影効果を認め,左眼窩先端部腫瘤を伴う肥厚性硬膜炎と考えられた.眼窩先端部腫瘤に関して,悪性腫瘍を疑ってポジトロン断層法(PET-CT),胸部CTによる他病巣の検索を行ったが特に異常はみられなかった.他の炎症性疾患は否定的であったため,特発性肥厚性硬膜炎との診断を下し,mPSL1,000mg/日にてパルス療法を開始した.開始同日より左眼の視力改善の自覚あり.その後は,PSL60mg内服を開始し,以後漸減した.視力はVD=(1.0),VS=(0.7p)となり退院となった.その後,ステロイド薬の漸減をしながら経過をみているが再発はみられていない.II考按肥厚性硬膜炎は頭蓋底に好発するリンパ球や形質細胞などの炎症細胞の浸潤を伴う硬膜肥厚を特徴とするとされている.以前は結核1)・梅毒2)などの感染性疾患が多く報告されていたが,現在では膠原病や血管炎などの慢性炎症性疾患に続発するものが多く報告されている3.10).筆者らもWegener肉芽腫症,P-ANCA陽性アレルギー性血管炎症候群,MCTDの3例を経験した.報告例は多くないものの今までにも同疾患との合併報告がなされている3.5).さらにOlmosら11)は,multifocalfibrosisに肥厚性硬膜炎が高頻度で合併していることを報告している.Multifocalfibrosisは後腹膜線維症,縦隔線維症,硬化性胆管炎,Riedel甲状腺炎,眼窩内偽腫瘍などがさまざまな組み合わせで生じる原因不明の疾患であるが,ステロイドが奏効するため自己免疫疾患であることが推定されている10,11).症例2において眼窩内に生じた偽腫瘍が頭蓋内に進展し,硬膜肥厚を呈した症例を経験したが,他の疾患の合併は認めなかった.また,症例5においても,眼窩先端部腫瘤へと続く前頭蓋窩の硬膜肥厚を認めていたが,他の炎症性疾患の合併を認めなかった.宮田ら12)は,自験例とそれまでに報告された22例の日本での報告例を以下のようにまとめている.性別は男性9例,女性13例でやや女性が多く,年代的には50歳代・70歳代が多かった.19例(87%)に脳神経障害がみられ,11例(50%)に頭痛,4例(18%)に失調症状が認められた.検査結果においてCRPの上昇が71%にみられ,血沈が76%で亢進していた.また,髄液検査において細胞数増多かつ蛋白上昇が66%,蛋白のみ上昇が23%にみられた.Parneyら13)は頭痛,脳神経麻痺,失調がそれぞれ88%,62%,32%であったと報告している.また,脳神経障害の頻度は,内耳神経,三叉神経,顔面神経,舌咽神経,迷走神経,視神経の順であったと報告している.筆者らの自験例5例の特徴を表1に示す.年齢は慢性炎症性疾患の合併例3例においては50.60歳代であった.また,全例で頑固な頭痛症状を認め,炎症反応も上昇していた.Rikuら14)は,硬膜肥厚部を海綿静脈洞・上眼窩裂を巻き込んだものと,小脳テント・後頭蓋窩の肥厚例の2つのパターンに分類し,それに伴った神経症状をまとめている.彼らによると前者は脳神経II.VII麻痺を生じるとされている.今までの報告例のなかでTolosa-Hunt症候群とされてきた症例のなかに肥厚性硬膜炎であった可能性や,2つの疾患の関連性が考えられる.自験例においては5例ともに前頭蓋窩の肥厚を認め,前者のパターンに分類されるが,症例4では小脳テントの肥厚・後頭蓋窩の肥厚も合併していた.また,(156) 表1各症例の所見と治療年齢性別基礎疾患症状脳神経症状CRP(mg/dl)赤沈(mm/時)髄液MRI所見治療症例157男性Wegener肉芽腫症頭痛・II7.645細胞数8/μl蛋白116mg/dl大脳鎌・両前頭蓋窩・側頭部の硬膜肥厚ステロイドCPAグリセオール症例266男性アレルギ―性血管炎頭痛・II・III・IV・V1・VII6.946細胞数1/μl蛋白23mg/dl前.中頭蓋窩の硬膜肥厚と眼窩内外上側の炎症像ステロイドCPAパルス症例351女性混合性結合組織病頭痛・II1.6102未施行前頭蓋窩.中頭蓋窩,大脳鎌の硬膜肥厚ステロイドCPAパルス症例416女性(間欠性外斜視)頭痛・IIV11.635未施行右小脳テント・中.後頭蓋窩の硬膜肥厚ステロイド症例577男性(眼窩先端部腫瘤)頭痛・IIV1・VI1.353細胞数1/μl蛋白70mg/dl左眼窩先端部腫瘤から連続する左前頭蓋窩の硬膜肥厚ステロイドMckinneyら15)は,頭蓋内進展と虚血性視神経症との関係にも言及している.自験例のうち,症例2も急激な視力低下があり,ステロイド・CPAの投与により眼窩内偽腫瘍の縮小・硬膜肥厚の改善が早期よりみられたにもかかわらず視力の改善が得られておらず,虚血性変化の関連が示唆される.肥厚性硬膜炎の治療には原疾患の治療が第一であるが,症状に応じて種々の方法が行われている.一般的には副腎皮質ステロイドが治療の第一選択とされている.しかし,ステロイドが有効な症例であっても,中止や減量により再燃することが多いことが問題である16).治療期間の明確なエビデンスは示されていないが,数カ月から数年の少量投与を必要とすることが多い.Bosmanら17)は,1990年以降に行われた治療法をまとめた結果を報告している.それによると60例中56例(93%)でステロイド治療が施行されている.そのなかでステロイド単独が65%であり,そのうち46%で再発を認めている.10%でアザチオプリン,3.3%でメソトレキセート,1.6%でCPA,1.6%で外科的手術が併用されていた.自己免疫疾患に関連する症例においては,ステロイドに反応しない,もしくは再燃する場合,アザチオプリンやCPAなどの免疫抑制薬の併用が検討される.自験例においても再燃例が多く,病状のコントロールのためCPAのパルス療法を併用した.血漿交換療法が有効であったとの報告もあるが,報告例はまだ少ない.肥厚性硬膜炎は難治性であり,治療に苦慮するケースが多くみられる.自己免疫疾患に有効な治療が肥厚性硬膜炎に有効であり,硬膜に対する自己免疫反応が大きくかかわっていることが示唆される.硬膜への特異的な自己抗体の解明や,肥厚性硬膜炎で認められるリンパ球のサブタイプの解明により,より有効な治療法の発見が期待される.(157)文献1)YamashitaK,SuzukiY,YoshizumiH:Tuberculouspachymeningitisinvolvingtheposteriorfossaandhighcervicalregion.NeurolMedChir34:100-103,19942)MooreAP,RolfeEB,JonesEL:Pachymeningitiscranialishypertrophica.JNeurolNeurosurgPsychiatry48:942944,19853)KashiyamaT,SuzukiA,MizuguchiKetal:Wegener’sgranulomatosiswithmultiplecranialnerveinvolvementsastheinitialclinicalmanifestation.InternMed34:11101113,19954)金田康秀,高井佳子,寺崎浩子ほか:P-ANCA陽性肥厚性硬膜炎に合併した視神経炎の経過.神経眼科23(増補):38,20065)FujimotoM,KiraJ,MuraiHetal:Hypertrophiccranialpachymeningitisassociatedwithmixedconnectivetissuedisease;acomparisonwithidiopathicandinfectiouspachymeningitis.InternMed32:510-512,19936)日野英忠,青戸和子:Reumatoidmeningitis.神経内科42:70-72,19957)西川節,坂本博昭,岸廣成ほか:リュウマチ因子陽性の肥厚性硬膜炎の一例.脳神経48:735-739,19968)MayerSA,YimGK,OnestiSTetal:Biopsy-provenisolatedsarcoidmeningitis.Acasereport.JNeurosurg78:994-996,19939)伊藤恒,仲下まゆみ,松本禎之ほか:Sjogren症候群に合併した肥厚性硬膜炎の1例.神経内科52:117-119,200010)AstromKE,LidholmSO:Extensiveintracraniallesioninacaseoforbitalnon-specificgranulomacombinedwithpolyarteritisnodosa.JClinPathol16:137-143,196311)OlmosPR,FalkoJM,ReaGLetal:Fibrosingpseudotumorofthesellaandparasellarareaproducinghypopituitarismandmultiplecranialnervepalsies.Neurosurgery32:1015-1021,199312)宮田和子,藤井滋樹,高橋昭ほか:肥厚性脳硬膜炎の臨床特徴.神経内科55:216-224,2001あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141237 13)ParneyIF,JohnsonES,AllenPBetal:Idiopathiccranialhypertrophicpachymeningitisresponsivetoantituberculoustherapy:acasereport.Neurosurgery41:965-971,199714)RikuS,KatoS:Idiopathichypertrophicpachymeningitis:Neuropathology23:335-344,200315)McKinneyAM,ShortJ,LucatoLetal:Inflammatorymyofibroblastictumoroftheorbitwithassociatedenhancementofthemeningesandmultiplecranialnerves.AmJNeuroradiol27:2217-2220,200616)KupersmithMJ,MartinV,HellerGetal:Idiopathichypertrophicpachymeningitis.Neurology62:686-694,200417)BosmanT,SimoninC,LaunayDetal:Idiopathichypertrophiccranialpachymeningitistreatedbyoralmethotrexate:acasereportandreviewofliterature.RhermatolInt28:713-718,2008***(158)

慎重な鑑別を要したLeber遺伝性視神経症の1例

2014年8月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(8):1227.1231,2014c慎重な鑑別を要したLeber遺伝性視神経症の1例青木優典*1竹内篤*1田口朗*2*1関西電力病院眼科*2大阪赤十字病院眼科AnAtypicalCaseofLeber’sHereditaryOpticNeuropathyMasanoriAoki1),AtushiTakeuchi1)andHogaraTaguchi2)DepartmentofOphthalmology,1)KansaiElectricPowerHospital,2)DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossOsakaHospital症例は家族歴のない47歳,男性.急激な両眼視力低下を主訴に関西電力病院眼科を受診.30歳代に手足が2度にわたって動きにくくなるという全身の既往から多発性硬化症による視神経炎を,一時的な光視症の訴えから急性帯状潜在性網膜外層症(AZOOR)を鑑別する必要があったが,最終的に遺伝子検査にてミトコンドリアDNA11778変異が見つかり,Leber遺伝性視神経症(LHON)の診断が確定した.LHONの確定診断は遺伝子検査によってなされ確度の高いものである.しかし,そこに至るまでの各種検査,すなわち瞳孔検査,眼底検査,蛍光眼底造影検査,光干渉断層法(OCT),磁気共鳴画像法(MRI),多局所網膜電図(ERG)などはいずれも決定的なものではなく,これらを総合して鑑別を進め,慎重かつ円滑に診断すべきであると思われた.A47-year-oldmalewithnofamilyhistorycomplainedofsubacutevisualdisturbance.Best-correctedvisualacuity(BCVA)was0.6and0.6pinhisrightandlefteye.Hehadpathologicalevents,hislimbmovementsbecomingpoortwiceinhisthirties;thecauseswereunknown.Theinitialdiagnosiswasopticneuritisassociatedwithmultiplesclerosis.Theseconddiagnosiswasacutezonaloccultouterretinopathy(AZOOR),basedonacomplaintoftemporaryphotopsia.MitochondrialDNAanalysisrevealedpointmutationat11778,leadingtoadefinitediagnosisofLeber’shereditaryopticneuropathy(LHON).NumeroustypesofexaminationsaredonebeforeDNAanalysis:pupillaryreaction,funduscopy,fluoresceinangiography,opticalcoherecetomography(OCT),magneticresonanceimaging(MRI)andmultifocalelectroretinogram(ERG);however,theseexaminationsdonotnecessarilyclearlyrevealcharacteristicfindingsofLHON.LHONshouldbediagnosed,exclusiveofotherdisorders,consideringallexaminationfindingscarefullyandcomprehensively.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1227.1231,2014〕Keywords:Leber遺伝性視神経症,視神経炎,急性帯状潜在性網膜外層症,眼窩MRI,多局所網膜電図.Leber’shereditaryopticneuropathy,opticneuropathy,AZOOR,orbitalMRI,multifocalERG.はじめにLeber遺伝性視神経症(Leber’shereditaryopticneuropathy:LHON)は,10.30歳代の男性に好発し,両眼性に急性あるいは亜急性の視力低下をきたす遺伝性疾患である.やや稀な疾患であるために,一般眼科医が確定診断を下すまでにはさまざまな迷いが生じる場合も多いと考えられる.今回筆者らは,家族歴のはっきりしない47歳発症の1症例を経験したので,多少の文献的考察を加えて報告する.I症例患者:47歳,男性.主訴:両眼視力低下.既往歴:30歳代に2回手足が動きにくくなった(原因不明),外傷の既往なし.生活歴:喫煙1日20本,飲酒:1日にビール大ビン5本と焼酎ロック数杯.中毒歴はなく,栄養状態も良好.家族歴:特記すべき事項なし.現病歴:2012年12月頃より両眼の視力低下を自覚.翌〔別刷請求先〕青木優典:〒553-0003大阪市福島区福島2-1-7関西電力病院眼科Reprintrequests:MasanoriAoki,DepartmentofOphthalmology,KansaiElectricPowerHospital,2-1-7Hukushima,Hukushima-ku,Osaka553-0003,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(147)1227 2013年1月10日関西電力病院眼科初診.初診時視力は右眼0.6,左眼0.6pで眼圧は右眼20mmHg,左眼18mmHg.眼位・眼球運動に異常なく,眼球運動痛もなかった.瞳孔・対光反応に異常なく,RAPD(relariveafferentpupillarydefect)は陰性であった.中心フリッカ値は右眼25Hz,左眼21Hz.前眼部・中間透光体にも異常を認めなかった.眼底は視神経に明らかな発赤・腫脹を認めず,黄斑部および周辺網膜にも明らかな異常はなかった(図1).Goldmann視野計では両眼の比較中心暗点と左眼のMariotte盲点の拡大を認めた(図2).特徴的な全身の既往から,まずは多発性硬化症による視神経炎の可能性を考えたが,全身の神経学的検査では特に異常を認めず,頭部および脊髄の磁気共鳴画像(MRI)も正常であった.同年1月29日,視力は右眼0.4,図1初診時の眼底写真左眼の視神経は軽度発赤し,下耳側血管アーケードに沿って神経線維層の混濁も認められる.しかし,初診時にこれらを有意な所見と捉えることは困難であった.左眼0.2と低下しており,蛍光眼底造影検査(FA)と眼窩MRIを施行した.FAでは両眼とも腕─網膜時間の延長はなく,視神経乳頭からの蛍光漏出も認められなかった.眼窩MRIでは,右副鼻腔に炎症所見を認めたが,視神経に炎症所見はなかった(図3).視神経炎を積極的に考えることはむずかしい検査結果であった.続いて問診上,モニター画面を見ると光っており文字が見えにくいという訴えが1月下旬頃にあったため,急性帯状潜在性網膜外層症(AZOOR)の可能性も考慮し,多局所網膜電図(ERG)を施行した.中心固視がやや悪く,ノイズの多い波形ではあったが,視野の中心暗点に一致する中心部波形の振幅の低下は認められなかった(図4).網膜疾患であるAZOORは一応否定してよいと思われた.また,SRLに提出していた抗AQP4抗体の結果が陰性と判明した.以上の経過や検査結果だけでは,少なくとも視神経炎は完全には否定できないことと,患者の希望があったことから,同年2月20日入院のうえ,ステロイドパルス(1g×3日間)を1クール施行したが,反応はなかった.そこで改めて眼底をよく見ると,両眼とも上下の乳頭黄斑線維束の腫脹を認めた(図5).これがLHONに特有の所見1)であることと,経過・問診などから他の視神経症や視神経炎お図2Goldmann視野検査両眼の比較中心暗点と左眼のMariotte盲点の拡大を認める.1228あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(148) よび網膜疾患がおおむね否定的であることから,患者に遺伝子検査を勧めたが,患者は他の医師の診察を希望された.そこで神経眼科を専門にしている医師を紹介し,遺伝子検査を施行していただいた結果,同年3月27日ミトコンドリアDNA11778変異が見つかり,LHONと確定診断した.同医師に指摘され,FA写真を拡大して見ると,LHONに特徴的とされる乳頭周囲の毛細血管拡張所見を認めた(図6).また,初診時の眼底写真においても,特に血管アーケード下方の神経線維層の混濁を指摘された(図1).II考按LHONについては,本症例のように,発症年齢や眼底所見(特に視神経乳頭の発赤)が典型的でない症例や家族歴がはっきりしない症例も多い.さらに,本症の確定診断に必要な遺伝子検査は,料金面(SRLに依頼する場合,11778変異だけで実費2.5万円)からも気軽に実施できるものではないため,スムーズに本症の確定診断をすることは,一般眼科医にとって必ずしも容易ではないかもしれない.遺伝子検査に持ち込むまでの各種検査について,今回の症例を通して留意図3眼窩MRISTIR冠状断にて視神経内に高信号を認めなかった.検査データ右眼検査データ左眼鼻側耳側耳側鼻側視野視野視野視野図4多局所ERG中心固視が悪いためノイズの多い波形であるが,視野の暗点に一致した中心部の振幅の低下は認めない.(149)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141229 図5光干渉断層計LHONの急性期においては,まず下耳側のRNFLの肥厚が顕著となる1).図6蛍光眼底造影検査強拡大にして初めて,乳頭周囲の毛細血管の拡張所見を確認できた.特に下方に顕著である.すべき点がいくつかあると感じられたので,つぎに記したい.まず一つは,初診の段階で想定されることが最も多いと考えられる視神経炎2)を鑑別・除外する場合に必要となる眼窩MRIについてである.造影MRI脂肪抑制の冠状断と水平断において高信号がないことを確認して活動性のある視神経炎を否定したうえで,STIRにおいても高信号がないことが,LHONの診断を支持する所見となる3).しかしながらLHONであっても,剖検にて視交叉部を含む視神経に炎症所見を認1230あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014めた報告4)や造影効果が認められた症例5,6),T2での増強効果が視神経から視索に至るまで認められた症例7),さらには多発性硬化症(MS)による視神経炎に引き続いてLHONを発症したと思われる症例8)も存在するため,本症が疑われる場合の眼窩MRI所見については,慎重な解釈が必要な場合もあると思われる.LHONとMSの合併したものは,Leber’s‘plus’ssyndromeなどともよば(disease)あるいはHarding’れ,Harding9)以来,数多くの報告がなされている.本症例のようにMS様の神経学的症状の既往がある場合は特に,頭部および視神経脊髄における脱髄の有無については,今後の合併の可能性も含め,より厳密に評価すべきであろうと思われる.また,視神経炎とまぎらわしい疾患として言及されることの多い網膜疾患AZOOR10)についても,本症例のように鑑別しておくほうが好ましい場合もあるかもしれない.この場合,網膜疾患の除外目的で多局所ERGや高解像度の光干渉断層法(OCT)などを施行することになる.本症例において多局所ERGを施行したのは初診より36日後で,中心固視が悪いため良好な波形が得られなかった.もう少し早期に施行しないと信頼度の高い結果は得られないと考えられる.その一方で,急性期を過ぎて以降のLHONの多局所ERG所見について,中村らの報告11)によると,視野の中心暗点に一致して最中心領域の応答密度が低下し,周辺部の応答密度は正常範囲となるようである.網膜疾患を鑑別する際,発症より数カ月以上経過した症例の多局所ERG所見については慎重な解釈が必要となるであろう.また,OCT所見については,RNFL(網膜神経線維層)が肥厚を示し,まだ減少に(150) 転じていない発症早期においてもganglioncell(GCIPL厚)は経時的に減少を示す12)ことが判明し,LHONの早期診断および病態生理の解明に向けて有力な情報が得られるものと期待される.詳細な問診に加えて,視力の経過や視野,瞳孔反応に着目しつつ,OCT,MRI,眼底写真やFA写真の精緻な読み取り,多局所ERGなど,各種検査所見を総合的に判断したうえで,遺伝子検査へと進み,LHONの確定診断を円滑に行いたいものと反省させられた1症例であった.文献1)BarboniP,CarbonelliM,SaviniGetal:NaturalhistoryofLeber’shereditaryopticneuropathy:longitudinalanalysisoftheretinalnervefiberlayerbyopticalcoherencetomography.Ophthalmology117:623-627,20102)設楽幸治,村上晶,金井淳:視神経炎と考えステロイドパルス療法を施行した21例31眼の検討.臨眼56:1563-1566,20023)中尾雄三:視神経疾患の画像診断─撮像法の工夫と臨床応用.臨眼61:1624-1633,20074)井街譲:レーベル氏病.日眼会誌77:1658-1735,19735)VaphiadesMS,NewmannNJ:OpticnerveenhancementonorbitalmagneticresonanceimaginginLeber’shereditaryopticneuropathy.JNeuroophthalmol19:238-239,19996)OngE,BiottiD,AbouafLetal:Teachingneuroimages:chiasmalenlargementinLeberhereditaryopticneuropathy.Neurology81:126-127,20137)vanWestenD,HammarB,BynkeG:MagneticresonancefindingsinthepregeniculatevisualpathwaysinLeberhereditaryopticneuropathy.JNeuroophthalmol31:48-51,20118)坂本英久,西岡木綿子,山本正洋ほか:レーベル病と多発性硬化症が合併した1例.臨眼53:167-171,19999)HardingAE,SweeneyMG,MillerDHetal:Occurrenceofamultiplesclerosis-likeillnessinwomenwhohaveaLeber’shereditaryopticneuropathymitochondrialDNAmutation.Brain115:979-989,199210)大出尚郎:視神経炎と誤りやすい網膜症・視神経網膜症.あたらしい眼科20:1069-1074,200311)中村誠,妹尾健治,田口浩司ほか:視神経疾患の多局所網膜電図.眼紀48:845-850,199712)AkiyamaH,KashimaT,LiDetal:RetinalganglioncellanalysisinLeber’shereditaryopticneuropathy.Ophthalmology120:1943-1944,2013***(151)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141231

頭蓋咽頭腫術後にHemifield Slide現象を示した1例

2014年8月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(8):1224.1226,2014c(00)1224(144)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(8):1224.1226,2014cはじめにHemifieldslide現象とは,眼球運動障害のない網膜正常対応の両耳側半盲患者において斜位または斜視が存在する場合,単眼の鼻側半視野間にずれが生じ,視界の中心部に生じる視覚異常をさす1).眼位が外斜の場合は,単眼の半視野が重複するため視野の中心部に水平性複視を起こし,また内斜の場合は半視野間に解離が生じるため,視野中心部に欠損を生じる臨床上まれな現象である.今回,筆者らは頭蓋咽頭腫術後にhemifieldslide現象を呈した1例を経験したので報告する.I症例患者:23歳,男性.主訴:水平性複視.既往歴,家族歴:特記すべきことなし.現病歴:平成25年春頃より両側視野狭窄に気づき,8月近医眼科を受診.両耳側半盲を指摘され,近医脳神経外科を紹介された.精査の結果,下垂体腫瘍を指摘され,精査加療目的にて当院脳神経外科入院となり,術前の視機能評価のため,同月当科初診となった.〔別刷請求先〕王瑜:〒060-8543札幌市中央区南1条西16丁目札幌医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:YuWang,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversity,SchoolofMedicine,S1W16Chuo-ku,Sapporo,Hokkaido060-8543,JAPAN頭蓋咽頭腫術後にHemifieldSlide現象を示した1例王瑜橋本雅人川田浩克錦織奈美大黒浩札幌医科大学医学部眼科学講座ACaseofHemifieldSlidePhenomenonafterNeurosurgeryforCraniopharyngiomaYuWang,MasahitoHashimoto,HirokatsuKawata,NamiNishikioriandHiroshiOhguroDepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversity,SchoolofMedicine今回,筆者らは頭蓋咽頭腫術後にhemifieldslide現象を呈した1例を経験した.患者は23歳,男性.視野狭窄を自覚し近医を受診したところ,部分型両耳側半盲を認め,画像検査で直径2.5cmの鞍上部腫瘍を認めた.当院脳神経外科で腫瘍摘出され,病理診断は頭蓋咽頭腫であった.術後視野中心部の水平性複視を自覚.眼位検査では近方14プリズム,遠方10プリズムの外斜位を認め,眼球運動制限はみられなかった.Goldmann視野検査では,両眼ともに垂直子午線に沿った完全型両耳側半盲を認めた.プリズムレンズで斜位矯正したところ,複視は消失した.以上の臨床所見より視野中心部の水平性複視は外斜位と完全型両耳側半盲の合併による,単眼鼻側半視野間の重複(hemifieldslide現象)が原因と考えられた.両耳側半盲患者において,眼球運動障害のない視野中心部の複視がある場合,hemifieldslide現象を念頭に入れておく必要があると思われた.Wereportacasewithhemifieldslidephenomenonafterneurosurgeryforcraniopharyngioma.A23-year-oldmalenoticedvisualfielddefects.Ophthalmologicexaminationdisclosedpartialbitemporalhemianopia;magneticresonanceimaging(MRI)revealeda2.5cm-diametersuprasellarmass,whichwasdiagnosedascraniopharyngiomaafterresectionbyneurosurgery.Afterthesurgery,thepatientnoticedhorizontaldoublevisioninthecentralbin-ocularvisualfields.Ophthalmologicexaminationdisclosedexophoriaatnear(14prism)anddistant(10prism),withnormalocularmotility.Visualfieldexaminationrevealedcompletebitemporalhemianopia.Thediplopiadisap-pearedafterexophoriawascorrectedbyprismlens.Theseclinicalfindingssuggestthatthecentralhorizontaldou-blevisionmayhavebeencausedbytheoverlappingofthetwohalvesofthenasalfieldwithexophoria,theso-called“hemifieldslidephenomenon”.Itshouldbenotedthatsomeexophoricpatientswithbitemporalhemianopiamayexperiencebinoculardiplopiawithoutocularmotorparesis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1224.1226,2014〕Keywords:hemifieldslide現象,両耳側半盲,外斜位,頭蓋咽頭腫,複視.hemifieldslidephenomenon,bitempo-ralhemianopia,exophoria,craniopharyngioma,diplopia. 左眼右眼図1術前の動的視野検査所見左眼は部分的な耳側半盲を示し,右眼は完全耳側半盲を認める.図2術前の中頭蓋窩造影MRI冠状断像辺縁に造影効果を有する鞍上部腫瘍(白矢印)を認める.初診時眼科所見:視力は右眼0.03(0.2×Sph.7.0D),左眼0.05(0.5×.5.75D(cyl-0.5DAx180°)で,眼圧は右眼12mmHg,左眼15mmHg,眼球運動は正常で,瞳孔反応に異常はなかった.前眼部,中間透光体に異常はなく,眼底も正常であった.Goldmann動的視野検査で,右眼は垂直子午線に沿った完全型の耳側半盲を示し,一方,左眼は中心約30°に限局した部分的な耳側半盲を認めた(図1).頭部造影MRI(磁気共鳴画像)検査では,中頭蓋窩部の冠状断像において,辺縁に造影効果を有する直径2.5cm大の鞍上部腫瘤陰影を認めた(図2).同月,経鼻的腫瘍摘出術が施行され,病理診断は頭蓋咽頭腫であった.術後数日後に両眼の焦点が合わないことに気づき,当院神経眼科外来受診となった.視力は右眼が矯正0.3,左眼が矯正1.0で,眼科初診時よりも左眼に改善傾向を認めた.眼位は,近方視で14プリズム,遠方視で10プリズムの外斜位を認め,red-glass試験で網膜異常対応はなかった.Goldmann視野検査で,術前左眼に残存していた耳側視野は消失し,両眼ともに垂直子午線に沿った完全な両耳側半盲を認めた(図3).治療としてプリズム眼鏡装用を行ったところ,複視は消失し,現在経過観察中である.II考按Hemifieldslide現象は,1972年にKirkhamが初めて提唱した概念で1),眼球運動障害のない網膜正常対応の両耳側半盲患者に,斜位または斜視が存在する場合,残存する単眼の鼻側半視野の重複あるいは解離によって生じる視覚異常をいう.両耳側半盲,特に完全型の両耳側半盲では,両眼の視野は単眼の鼻側半視野で構成されているため融像範囲がない.したがって,もともと外斜位または外斜視が存在すると視野が重複し,視界の中心付近に限局した水平性複視を自覚する.一方,内斜位あるいは内斜視が存在する場合は半視野間の解離が生じるため,垂直性暗点が生じる(図4).本症例においては,もともと外斜位に加え頭蓋咽頭腫摘出後に完全な両耳側半盲となったことでhemifieldslide現象を呈したと思われた.一般に,頭蓋咽頭腫は小児から若年者に多くみられる脳腫瘍で鞍上部に発症する.頭蓋咽頭腫の大部分は,周辺の神経組織との癒着が強く,摘出後に視覚障害などの合併症が多いとされている2).本症例における術後視野が悪化した原因として,腫瘍の癒着.離時に生じた視交叉部神経組織への侵襲(145)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141225 (146)あるいは視交叉部への栄養血管の破綻,虚血などが関与したのではないかと推察された.これまでにhemifieldslide現象についての報告は,筆者らが調べた限りいくつか散見するにすぎない.O’Neillらは下垂体腺腫の患者で両耳側半盲に外斜位と上斜位を伴った眼球運動障害のない両眼性複視の症例を報告し3),また,vanWaverenらは,外傷による両耳側半盲(外傷性視交叉症候群)の2例について,1例は外斜視を,もう1例は内斜視を伴ったhemifieldslide現象を呈したと報告している4).さらにBorchetらは,両眼の正常眼圧緑内障患者で片眼が下方視野欠損,他眼が上方視野欠損をきたした症例と,両眼の前部虚血性視神経症による上方水平半盲と他眼の下方水平半盲をきたした症例において,垂直方向のhemifieldslide現象を示したと述べている.これら2例はともに,両眼の視野中心部に視野水平線に沿った上半盲,下半盲が各片眼に生じ,斜位を合併していたために起こったのではないかと推察している5).完全両耳側半盲は,両鼻側半視野だけで両眼視野が構成されているため,注視点の奥側は完全な盲区となり深径覚異常を起こす.そのため,両眼対応による融像性輻湊の連動性調整ができにくく,眼位は不安定で斜位が恒常化しやすくなるといわれている1,4).したがって,両耳側半盲患者の長期経過をみていくうえで,視野検査に加え眼位検査も重要な検査であると思われる.さらに,hemifieldslide現象を呈する患者においては,眼位ずれによる中心部の複視,あるいは中心部の視矇感を自覚することも念頭に入れておく必要があると思われる.文献1)KirkhamTH:Theocularsymptomologyofpituitarytumors.ProcRSocMed65:517-518,19722)西村雅史,三村治:中枢性の視野異常.あたらしい眼科26:1627-1633,20093)O’NeillE,ConnellP,RawlukDetal:Delayeddiagnosisinasight-threateninglesion.IrJMedSci178:215-217,20094)vanWaverenM,JagleH,BeschD:Managementofstra-bismuswithhemianopicvisualfielddefects.GraefesArchClinExpOphthalmol251:575-584,20135)BorchetMS,LessellS,HoytWF:Hemifieldslidediplopiafromaltitudinalvisualfielddefects.JNeuroophthalmol16:107-109,1996右眼鼻側視野左眼鼻側視野外斜内斜図4Hemifieldslide現象のシェーマ両眼の視野は単眼鼻側半視野で構成されているため,外斜が存在すると半視野は重複し,内斜がある場合視野は分割され垂直性暗点が生じる.図3術後の動的視野検査所見完全型の両耳側半盲を認める.右眼左眼

特異な部位に病変を呈したIgG4関連眼疾患の2例

2014年8月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(8):1219.1223,2014c特異な部位に病変を呈したIgG4関連眼疾患の2例中埜君彦*1,2渡辺彰英*2上田幸典*2木村直子*2木下茂*2*1町田病院眼科*2京都府立医科大学視覚機能再生外科学TwoCasesofIgG4-RelatedOphthalmicDiseasewithUnusualLesionsKimihikoNakano1,2),AkihideWatanabe2),KosukeUeda2),NaokoKimura2)andShigeruKinoshita2)1)DepartmentofOphthalmology,MachidaHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine背景:IgG4(免疫グロブリンG4)関連眼疾患では,一般的に涙腺部分が大多数を占めるといわれている.今回,涙腺以外の病変を呈した2症例(筋円錐内腫瘤,眼瞼腫瘍の眼窩内浸潤様腫瘤)を経験したので報告する.症例:症例1は69歳,女性,左上眼瞼の腫瘤を主訴に受診.左上眼瞼悪性腫瘍の眼窩内浸潤様の腫瘤を認めた.症例2は73歳,男性,右眼瞼腫脹,眼球突出を主訴に受診.右眼窩の筋円錐内に腫瘤を認めた.症例1では眼瞼部および眼窩内腫瘤の生検を施行し,症例2では眼窩内腫瘤摘出術を施行した.血液検査および病理組織診断結果よりIgG4関連眼疾患が疑われ,IgG4関連疾患包括診断基準に従い症例1は「疑診群」,症例2は「準確診群」と診断した.症例1はステロイド内服加療にて軽快し,症例2は術後腫瘤が消失したためステロイド治療は施行しなかった.両症例とも画像検査にて全身検査施行したが,他臓器に病変を認めなかった.結論:IgG4関連眼疾患はさまざまな部位にみられる可能性がある.涙腺部以外の眼窩内腫瘤であっても,IgG4関連眼疾患も念頭におく必要がある.Background:ThoughlacrimalglandlesionsofIgG4(immunogloblinG4)-relatedophthalmicdiseasearecommon,eyelidandorbitallesionselsewherethanthelacrimalglandarerare.WereporttwocasesofIgG4-relatedophthalmicdiseasewithorbitallesionsotherthanonthelacrimalgland(onelesionwasinthemusclecone,theotherwasaneyelid-to-orbitlesion).Cases:Case1,a69-year-oldfemale,showedaleftuppereyelid-to-orbitlesionlikeorbitalinfiltrationofmalignanteyelidtumor;case2,a73-year-oldmale,showedrighteyelidswellingandproptosis.Therewasanorbitalmassinthemusclecone.WesuspectedIgG4-relatedophthalmicdisease,basedonbloodtestandbiopsyoftheorbitalandeyelidlesions.OnthebasisofcomprehensivediagnosticcriteriaforIgG4-relateddisease,wediagnosedcase1aspossible,andcase2asprobable.Case1improvedafteroralcorticosteroidadministration,case2improvedwithoutoralcorticosteroid,becausethelesiondisappearedfollowingsurgery.Inbothcases,therewasnoIgG4-relatedlesionotherthaninorbitandeyelid.Conclusion:IgG4-relatedophthalmicdiseasecanarisefromvariousareas.Weshouldsuspectorbitallesions,exceptingthoseofthelacrimalgrand,ofbeingIgG4-relatedophthalmicdisease.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1219.1223,2014〕Keywords:IgG4関連眼疾患,眼窩内腫瘤,涙腺,生検.IgG4-relatedophthalmicdisease,orbitalmass,lacrimalgland,biopsy.はじめにIgG4(免疫グロブリンG4)関連疾患とは,血清IgG4高値ならびに病変組織へのIgG4陽性形質細胞浸潤を特徴とする慢性の全身性疾患である1).全身諸臓器に慢性炎症や線維化がみられ,しばしば腫瘤性病変を形成する.眼科領域に発生した場合,IgG4関連眼疾患といわれている.IgG4関連眼疾患では,一般的に涙腺部分が大多数を占めるといわれている2).今回,筆者らは,涙腺以外の病変を呈した2症例(筋円錐,眼瞼腫瘍からの眼窩内浸潤)を経験したので若干の文献的考察を加えて報告する.〔別刷請求先〕中埜君彦:〒780-0935高知市旭1丁目104町田病院眼科Reprintrequests:KimihikoNakano,M.D.,DepartmentofOphthalmology,MachidaHospital,104Asahi1Chome,Kochi780-0935,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(139)1219 I症例〔症例1〕69歳,女性.2012年3月頃から左上眼瞼に腫瘤を認め,前医にて霰粒腫が疑われ一部切除されたが,徐々に拡大してきたため2013年3月7日に京都府立医科大学病院眼科を紹介受診した.初診時,視力は右眼0.4(1.0×sph.0.50D),左眼0.15(0.5×sph.1.75D),眼圧は右眼17mmHg,左眼12mmHg.前眼部と眼底は特に異常なく,中間透光体では左眼に白内障を認めた.Hess試験では軽度の左眼上下転制限を認めた.左上眼瞼皮膚の炎症性・壊死性変化および上眼瞼内上側の皮下に触れる可動性のない腫瘤を認めた(図1).眼窩magneticresonanceimaging(MRI)では左上眼瞼から眼窩へ進展した18mm×8mmの,境界は前方で不明瞭,内部均一な腫aabb図2症例1の眼窩部MRI左眼窩内に眼瞼から連続した腫瘤性病変を認める.a:T2強調矢状断像,b:造影水平断像.図3症例1の病理生検所見:左上眼瞼部位a:ヘマトキシリンン・エオジン(HE)染色(400倍).線維化,形質細胞,リンパ球浸潤を伴う.b:IgG4免疫染色(400倍).IgG4陽性形質細胞の浸潤を認める.図1症例1の前眼部写真左上眼瞼に炎症性・壊死性変化を認める.1220あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(140) 瘤性病変を認め,涙腺には病変を認めなかった(図2).左上眼瞼悪性腫瘍の眼窩内浸潤を疑い,当日に左眼窩内腫瘤生検を施行した.病理組織学的所見は,軽度の線維化と形質細胞,リンパ球,好中球浸潤を示し,IgG4/IgG陽性細胞比:38%IgG4陽性形質細胞:>10/HPFであった(図3).生検結果よりIgG4関連眼疾患が疑われ,血液・尿検査を追加した.その結果,IgG:2,139mg/dl,IgG4;172mg/dlで高値であるも,血中gグロブリンは異常なく,抗SS-A抗体,抗SS-B抗体は陰性,甲状腺ホルモン値は正常,甲状腺自己抗体は陰性だった.生検・血液検査より表1にあるIgG4関連疾患包括診断基準に従い1.腫瘤性病変,2.血清IgG4値(172mg/dl),3.病理所見は線維化を伴うも形質細胞,リンパ球,好中球浸潤を認められ,IgG4陽性形質細胞:>10/HPFであるもIgG4/IgG陽性細胞比が40%未満だったため1.2.を満たし「IgG4関連眼疾患の疑診群」と診断した.画像検査にて全身検査を施行したが,他臓器に病変を認められなかった.治療はプレドニゾロンR40mgから内服開始し,テーパリング治療にて腫瘤の著明な縮小,眼球運動障害の改善を認め,ステロイド治療開始後40日目に投与中止した.〔症例2〕73歳,男性.2012年2月頃,その約1年前から右眼瞼腫脹,眼球突出,流涙症を認めていた.2013年2月18日,前医での眼窩単純computedtomography(CT)検査にて右眼窩内に腫瘤を認め,2月28日に京都府立医科大学病院眼科を紹介受診した.初診時,視力は右眼0.1(1.2×sph+3.00D(cyl.0.25D),左眼0.08(1.0×sph+2.75D),眼圧は右眼14mmHg,左眼17mmHgで右眼瞼腫脹,眼球突出を認めた(図4).前眼部,中間透光体,眼底に特記すべき異常はなかった.Hess試験で右眼に全方向での制限を認めた.眼窩単純CTにて右眼に23mm大の眼窩筋円錐内から眼窩上内側に及ぶ内部均一で境界明瞭な腫瘤を認めた.眼窩MRIでは眼球後方内上側に境界明瞭,内部に均一した腫瘤病変を認め,腫瘤は均一に造影され,内部に血管陰影を認めた(図5).涙腺には病変を認めなかった.2013年3月29日に全身麻酔下に経眼窩縁アプローチにて右眼窩内腫瘤摘出術を施行し,腫瘤を全摘出した.病理組織学的所見は,線維化,形質細胞,リンパ球浸潤を伴い,IgG4/IgG陽性細胞比:47%>10/HPF,IgG4陽性形質細胞:>10/HPFであった(図6).血液・尿検査ではIgE:2,925mg/dlで高値であるも,IgG4:89.9mg/dlで正常,血中gグロブリンも異常なく,抗SS-A抗体,抗SS-B抗体は陰性,甲状腺ホルモン値は正常,甲状腺自己抗体も陰性だった.生検,血液検査より,表1にあるIgG4関連疾患包括診断基準に従い1.腫瘤性病変,2.血清IgG4値(89.9mg/dl):正常範囲内,3.病理組織学的所見①リンパ球,形質細胞浸潤と線維化,②IgG4/IgG陽性形質細胞比:47%,③IgG4陽(141)性形質細胞:>10/HPFにて,1.3.を満たし,「IgG4関連眼疾患の準確診群」と診断した.画像検査にて全身検査を施行したが,他臓器に病変を認められなかった.術後,眼球突出,眼球運動障害が改善したのでステロイド治療は施行せずに経過観察中である.II考按IgG4関連疾患は,同時性あるいは異時性に全身諸臓器に腫大や結節・肥厚性病変が出現し,血清IgG4高値ならびに組織中へのIgG4陽性形質細胞浸潤を伴う原因不明の疾患である.2001年,Hamanoら3)が血清IgG4高値を示す自己免疫性膵炎をIgG4関連疾患として報告して以来,全身のさまざまな臓器において血清IgG4の関与が示唆された症例の報告が相次いだ1,4).2010年にわが国では,これらをまとめてIgG4関連疾患と病名を統一することで合意がなされた.さらにIgG4関連疾患の診断において,2006年に自己免疫性膵炎,2008年にMikulicz病など各々で診断基準が作成されていたが,2011年梅原班・岡崎班らによるIgG4関連疾患包括診断基準(comprehensivediagnosticcriteriaforIgG4relateddisease(IgG-RD),2011)が表1のごとく公表された1).診断基準は,生検による病理組織検査,血清IgG4などの血液検査,画像検査(CT・MRI)の3つである.3つのなかでもIgG4関連疾患包括診断基準では病理組織を重視している.そのため,臨床的に生検材料が得られにくい臓器病変の感度が必ずしも高くない.たとえばMikulicz病やIgG4関連腎症で感度が70.87%,十分な生検組織が得られない自己免疫性膵炎ではほぼ全例が準確診群または疑診群との報告がある5).本症例においても,症例1が疑診群,症例2が準確診群であった.ゆえに涙腺以外の感度についてはさらなる症例の蓄積が必要であると思われる.IgG4関連眼疾患は一般的に涙腺に病変を認めることが多いが2),今回のように涙腺以外の外眼筋6),眼窩7.9),三叉神経9,10)などに認められた報告がある.症例2では眼球突出を主訴にIgG4関連眼窩病変を筋円錐内に認めたが,Wallaceらが,本症例と同様に眼球突出を主訴に筋円錐内にIgG4関連眼窩病変を認めた報告をしている10).しかし,症例1のように眼瞼悪性腫瘍の眼窩内浸潤を疑うような,眼瞼から眼窩に及ぶIgG4関連眼疾患に関する報告は現時点ではなかった.症例1,2のような涙腺部以外であっても,眼窩内に腫瘤性病変があれば,IgG4関連眼疾患の可能性も考慮して,画像検査,生検や摘出による病理検査,血清IgG4などの血液検査を必要に応じて施行すべきであると考えられた.IgG4関連眼疾患の治療は,他の臓器と同様にステロイド全身投与であり比較的良好に反応するといわれている11).症例1でもステロイド内服加療による反応は良好だった.しかあたらしい眼科Vol.31,No.8,20141221 bb図4症例2の前眼部写真右眼の眼瞼腫脹,眼球突出を認める.a図5症例2の眼窩部MRIa:T1強調冠状断像,b:造影水平断像.し,漸減中や投与中止にて再燃することがあり,注意深い経過観察が必要である12).また,症例2のように病変摘出後に病状の再燃なくステロイド治療が不要な場合もある13).ステロイド治療の有無にかかわらず経過観察は必要と思われる.今回,涙腺以外に病変を呈したIgG4関連眼疾患の2症例1222あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014ab図6症例2の病理生検所見:右眼窩内a:ヘマトキシリンン・エオジン(HE)染色(400倍).線維化,形質細胞,リンパ球浸潤を伴う.b:IgG4免疫染色(400倍).IgG4陽性形質細胞の浸潤を認める.表1IgG4関連疾患包括診断基準2011(厚生労働省岡崎班・梅原班)【臨床診断基準】1.臨床的に単一または複数臓器に特徴的なびまん性あるいは限局性腫大,腫瘤,結節,肥厚性病変を認める.2.血液学的に高IgG4血症(135mg/dl以上)を認める.3.病理組織学的に以下の2つを認める.①組織所見:著明なリンパ球,形質細胞の浸潤と線維化を認める.②IgG4陽性形質細胞浸潤:IgG4/IgG陽性細胞比40%以上,かつIgG4陽性形質細胞が10/HPFを超える.上記のうち,1)+2)+3)を満たすものを確定診断群(definite)1)+3)を満たすものを準確診群(probable),1)+2)のみをたすものを疑診群(possible)とする.ただし,できる限り組織診断を加えて,各臓器の悪性腫瘍(癌,悪性リンパ腫など)や類似疾患(Sjogren症候群,原発性硬化性胆管炎,Castleman病,満(,)二次性後腹膜線維症,Wegener肉芽腫,サルコイドーシス,Churg-Strauss症候群など)と鑑別することが重要である.(142) を経験した.IgG4関連眼疾患は涙腺部に病変が多いと報告されているが,筋円錐内や眼瞼悪性腫瘍の眼窩内浸潤様の腫瘤など,さまざまな部位にみられる可能性がある.涙腺部以外の眼窩内腫瘤を認めた場合,IgG4関連眼疾患も念頭において,生検が可能であれば積極的に施行する必要があると考えられた.文献1)「IgG4関連全身硬化性疾患の診断法の確立と治療方法の開発に関する研究班」「新規疾患,IgG4関連多臓器リンパ増殖性疾患(IgG4+MOLPS)の確立のための研究班」:IgG4関連疾患包括診断基準2011.日内会誌101:795-804,20122)TakahiraM,OzawaY,KawanoMetal:ClinicalaspectsofIgG4-relatedinflammationinacaseseriesofocularadnexallymphoproferativedisorders.IntJRheumatol2012:635473,20123)HamanoH,KawaS,HoriuchiAetal:HighserumIgG4concentrationinpatientswithsclerosingpancreatitis.NEnglJMed344:732-738,20014)UmeharaH,OkazakiK,MasakiYetal:Anovelclinicalentity,IgG4-relateddisease(IgG4RD):generalconceptanddetails.ModRheumatol22:1-14,20125)UmeharaH,OkazakiK,MasakiYetal:ComprehensivediagnosticcriteriaforIgG4-relateddisease(IgG4-RD),2011.ModRheumatol22:21-30,20126)HigashiyamaT,NishidaY,UgiSetal:AcaseofextraocularmuscleswellingduetoIgG4-relatedsclerosingdisease.JpnJOphthalmol55:315-317,20117)曽我部由香,小野葵,藤井一弘ほか:眼窩内病変を呈したIgG4関連疾患の2例.眼紀4:675-681,20118)SogabeY,MiyataniK,GotoRetal:PathologicalfindingsofinfraorbitalnerveenlargementinIgG4-relatedophthalmicdesease.JpnJOphthalmol56:511-514,20129)大原有紗,豊田圭子,土屋一洋ほか;当施設で経験した頭頸部領域のIgG4関連疾患.臨床放射線57:442.447,201210)WallaceZS,KhosroshahiA,JakobiecFAetal:IgG4relatedsystemicdiseaseasacauseof“idiopathic”orbitalinflammation,includingorbitalmyositis,andtrigeminalnerveinvolvement.SurvOphthalmol57:26-33,201211)KamisawaT,YoshiikeM,EgawaMetal:Treatingpatientswithautoimmunepancreatitis:resultsfromalong-termfollow-upstudy.Pancreatology5:234-238,200512)YamamotoM,TakahashiH,OharaMetal:AnewconceptualizationforMikulicz’sdiseaseasanIgG4-relatedplasmacyticdisease.ModRheumatol16:335-340,200613)中村洋介,武田憲夫,八代成子ほか:両側涙腺腫脹を生じたIgG4関連涙腺炎の2例.臨眼65:1493-1499,2011***(143)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141223

高度の高眼圧を示す症例に対する線維柱帯切除術併用チューブシャント手術─病理学的検査から判明したChandler症候群─

2014年8月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(8):1215.1218,2014c高度の高眼圧を示す症例に対する線維柱帯切除術併用チューブシャント手術─病理学的検査から判明したChandler症候群─川守田珠里*1濱中輝彦*1百野伊恵*2*1日本赤十字社医療センター眼科*2多摩南部地域病院眼科BaerveldtSurgeryCombinedwithTrabeculectomyforRefractoryGlaucoma:CaseDiagnosedasChandlerSyndromefromPathologicalExaminationShuriKawamorita1),TeruhikoHamanaka1)andIeByakuno2)1)DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,Tama-NambuChiikiHospital背景:チューブシャント手術は難治緑内障に用いられる術式であるが,術前眼圧が40mmHgを超えるような症例では,チューブシャント手術単独では眼圧コントロールが困難であることが多く経験される.今回このような症例に対して線維柱帯切除術併用バルベルトチューブ挿入手術を施行したので報告する.症例報告:症例は80歳,女性.右眼は2回の線維柱帯切除術にもかかわらず40mmHg以上の高眼圧と視野障害の進行を示したため,線維柱帯切除術併用チューブシャント手術を施行した.術後レーザー切糸とレーザーによる前房内のチューブ閉塞解除後3カ月間,眼圧は良好に保たれている.また,線維柱帯切除組織の病理学的検査からChandler症候群と診断した.結論:40mmHgを超えるような難治緑内障には線維柱帯切除術併用バルベルトチューブ挿入手術が有効であり,線維柱帯切除標本の病理学的検査は今後の治療方針決定にきわめて有用である.Background:Glaucomatubesurgeryisbelievedeffectiveforrefractoryglaucoma.However,sofarasourexperienceisconcerned,achievementofgoodintraocularpressure(IOP)controlisfrequentlydifficultwhenthepre-surgicalIOPexceeds40mmHg.WereporthereacaseofglaucomathatunderwentBaerveldttubesurgerycombinedwithtrabeculectomy(TLE).Casereport:Thepatient,an80-year-oldfemale,hadtwiceundergoneTLEinherrighteye,butthoseprocedureshadbeenineffectiveandrightvisualfieldwasseverelydeterioratedafterthosesurgeries.BecauseofhighIOP(48mmHg)despitemaximummedication,Baerveldt250surgerycombinedwithTLEwasperformed.GoodIOPcontrolwasobtainedinthreemonthsaftersurgery.HerglaucomawasdiagnosedasChandlersyndromeonthebasisofpathologicalexaminationofTLEspecimens.Conclusions:BaerveldttubesurgerycombinedwithTLEseemstobeeffectiveinrefractoryglaucomawithhighIOP(morethan40mmHg);also,pathologicalexaminationofTLEsamplesisimportantforplanningglaucomatreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1215.1218,2014〕Keywords:バルベルトチューブシャント手術,Chandler症候群,ICE症候群(虹彩角膜内皮症候群).Baerveldttubeshuntsurgery,Chandlersyndrome,ICEsyndrome.はじめに圧コントロールが困難であることが多く経験される.今回こチューブシャント手術は難治緑内障に用いられる術式であのような症例に対して線維柱帯切除術併用バルベルトチューるが,許容最大治療にもかかわらず術前の眼圧が40mmHgブ手術を施行し,切除標本からChandler症候群と診断したを超えるような症例では,チューブシャント手術単独では眼症例を報告する.〔別刷請求先〕川守田珠里:〒150-0012東京都渋谷区広尾4-1-22日本赤十字社医療センター眼科Reprintrequests:ShuriKawamorita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossMedicalCenter4-1-22,Hiroo,Shibuya-kuTOKYO150-0012,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(135)1215 図1右眼白内障手術前の中央角膜内皮スペキュラー検査所見右眼は六角細胞の形態は比較的保たれているが,内皮細胞境界が白く縁取りされ,核の部分を除いて暗く描出されている.I症例症例は80歳,女性.糖尿病,高血圧で治療中.2007年12月右眼の白内障,高眼圧にて近医より某病院眼科を紹介された.2007年12月の右眼眼圧は34mmHg.隅角は3.5時に局所的な周辺部虹彩前癒着が認められた.2008年1月右眼超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術施行.白内障術前のスペキュラー検査所見では,角膜内皮細胞数は右左眼それぞれ1,232,2,933個と右眼が左眼に比べて少なかった.右眼の内皮形状所見として核は白く,細胞膜も白く縁取りされ,暗い細胞質が認められた(図1).白内障術後一時的な眼圧コントロールは得られたものの再上昇したため,上耳側と上鼻側にそれぞれマイトマイシンC(MMC)併用線維柱帯切除術,続いてブレブ消失のためMMC併用濾過胞再建術が施行された.その後眼圧コントロールは得られていたが,2012年6月には眼圧が30.40mmHgに再上昇.Needlingが試みられたが眼圧コントロールは不良で,視野障害も進行したため,2012年7月13日日本赤十字社医療センター眼科紹介となった.初診時右眼眼圧48mmHg,左眼眼圧18mmHg.視力は右眼矯正視力30cm指数弁,左眼矯正視力1.2.視野はAulhorn-Greve分類で右眼stageVI,左眼stage0であった.右眼虹彩がプロスタグランジン(PG)製剤点眼のためか濃い色調であったが,虹彩萎縮やルベオーシスは認められなかった.右眼眼底は緑内障性視神経陥凹以外に異常所見は認められなかった.II経過眼圧が40mmHg以上ときわめて高いため,2102年7月18日右眼耳下側にバルベルトチューブ250を挿入,8.9時方向に線維柱帯切除術を併用した(図2).チューブの先端は1216あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014図2術後前眼部スリット写真チューブの位置は良好で8から9時方向に今回の線維柱帯切除術による虹彩切除痕がみられる.瞳孔は軽度散瞳を認めるが,瞳孔の変形,虹彩の萎縮,欠損などの異常所見は認めない.7-0ナイロン糸で結紮後前房内へ挿入し,チューブは保存強膜で被覆した.術後3日目に眼圧34mmHgと再上昇したためフラップのレーザー切糸を施行した.大きな濾過胞が形成され,PG製剤点眼下で眼圧11.16mmHgにコントロールされた.ブレブ形成は維持されていたが,術後6週目に眼圧24mmHgと上昇したため,アルゴンレーザーによるチューブ結紮の開放を行った.2012年12月現在,チューブの位置は良好で(図2),緑内障点眼なしで右眼眼圧は3カ月間11.14mmHgと良好に維持されている.III隅角の病理所見線維柱帯切除術併用チューブシャント手術によって得られた標本をパラフィン包埋してヘマトキシリン・エオジン(HE)染色をし,トロンボモジュリン免疫染色をして光学顕微鏡観察,エポン包埋したものは電子染色後超透過型電子顕微鏡観察を行った.線維柱帯は癒合し間隙はまったく認められず,Schlemm管に関しては管腔構造は認められるもののSchlemm管内皮細胞は脱落していた(図3).トロンボモジュリン染色でもSchlemm管に相当する部位では陽性所見は認められなかった(図3).線維柱帯前房側では1層の細胞が線維柱帯表面を覆っていた(図4).IV考按チューブシャント手術は複数回の緑内障手術でも眼圧コントロールが得られない難治緑内障に有効とされ,今までにも多くの報告がなされてきた.また,近年報告されたTVT(tubeversustrabeculectomy)研究では,線維柱帯切除術と同等またはそれ以上の眼圧下降が得られたと報告され1),チューブシャント手術に対する期待が高まっている.一般に(136) 図3光学顕微鏡所見(トルイジンブルー染色)線維柱帯は癒合して間隙はほぼ完全に消失している.Schlemm管の管腔は認めるもののSchlemm管内皮細胞は消失し,トロンボモジュリン免疫染色でもSchlemm管内皮細胞に相当する部位に陽性像は認めない.線維柱帯前房側に一層の角膜内皮が進展している(矢頭).難治緑内障とは複数回の既存緑内障手術に対して効果を示さなかったもの,血管新生緑内障など線維柱帯切除術で効果が期待できないもの,あるいはバックリング手術既往など高度の結膜瘢痕を有するものと理解されている.しかし近年,欧米ではチューブシャント手術が一般化したことや,抗血管内皮増殖因子(VEGF)薬の出現により初期,中期の血管新生緑内障に関しては難治緑内障ではなくなってきていることから,真の難治緑内障とはどのような症例なのかを見直す時期に来ていると思われる.TVT研究ではチューブシャント手術と線維柱帯切除術とを同等に比較するため,症例の条件として眼圧40mmHg以下であること,活動性の血管新生緑内障,あるいはICE症候群(虹彩角膜内皮症候群)などの特殊な緑内障を除外するという制限を設けている.したがって,TVT研究には難治緑内障は含まれておらず,チューブシャント手術が難治緑内障に有効であるとは結論づけられない.一つのチューブシャント手術が失敗した場合,もう一つチューブシャント手術を追加するべきかという議論もされているが2),筆者らの経験でもチューブシャント手術がきわめて高い眼圧症例に対して有効であるとはいえない.このようなチューブシャント手術によっても手に負えない難治緑内障には,線維柱帯切除術との併用手術が報告されている3.5).本症例の隅角病理学的検査所見では,線維柱帯間隙がまったく認められず,Schlemm管も管腔は認められるもののトロンボモジュリン染色で内皮細胞がほとんど脱落していた.これは40mmHg以上というきわめて高い眼圧を保持している隅角所見であり,本症例の房水流出機能はほとんどないと(137)図4電子顕微鏡所見線維柱帯の最前房側に角膜内皮細胞の進展を認める(☆).角膜内皮細胞下にはDescemet膜様組織(DM)が形成されている.TB:線維柱帯beam.考えられる.また,白内障手術前から特有な角膜内皮細胞所見を示していること,片眼性の非遺伝性の高眼圧所見,病理検査から線維柱帯前房側表面への角膜内皮細胞の進展所見から,ICE症候群の中でも虹彩にほとんど異常所見を示さないChandler症候群と診断された6).ICE症候群のうち,Cogan-Reese症候群では虹彩表面の結節を伴い,進行性虹彩萎縮では虹彩萎縮が強く,孔形成を伴う.鑑別疾患としては,後部多形性角膜ジストロフィとFuchs角膜内皮ジストロフィがあげられる.両者とも両眼性で,常染色体優性遺伝形式をとる.Fuchs角膜内皮ジストロフィでは周辺虹彩前癒着や眼圧上昇は認めない.本症例のような房水流出路にきわめて強い荒廃を認め,眼圧が40mmHgを示す症例は真の難治緑内障の一つとしてよいと考えられ,視野障害の進行を予防する意味でも初回から本術式を選択しても良かったのではないかと考えられる.本症例は線維柱帯・Schlemm管が高度に荒廃していることから,許容最大治療にもかかわらず眼圧が40mmHgを超えていた事実を裏付けている.このような難治症例には線維柱帯併用チューブシャント手術が有効であり,また,線維柱帯切除標本の病理学的検索は今後の治療方針決定に関してきわめて有用と思われる.文献1)GeddeSJ,SchiffmanJC,FeuerWJetal;TubeversusTrabeculectomyStudyGroup:TreatmentoutcomesintheTubeVersusTrabeculectomy(TVT)studyafterfiveyearsoffollow-up.AmJOphthalmol153:789-803,20122)HeuerDK,LloydMA,BerveldtGetal:Whichisbetter?Oneortwo?Arandomizedclinicaltrialofsingle-plateversusdouble-plateMoltenoimplantationforglaucomasinaphakiaandpseudophakia.Ophthalmology99:15121519,19923)HillRA,NguyenQH,BaerveldtGetal:TrabeculectomyandMoltenoimplantationforglaucomasassociatedwithあたらしい眼科Vol.31,No.8,20141217 uveitis.Ophthalmology100:903-908,1993tiveIOPcontrolandcomplicationswithamodifiedsurgi4)BudenzDL,ScottIU,NguyenQHetal:CombinedBaer-calprocedure.JFrOphthalmol26:15-23,2003veldtglaucomadrainageimplantandtrabeculectomywith6)ShieldsMB,BourgeoisJE:GlaucomaassociatedwithprimitomycinCforrefractoryglaucoma.JGlaucoma11:marydisordersofthecornealendothelium.Chapter45,439-445,2002RitchR,ShieldsMB,KrupinT(eds):TheGlaucomas,5)HamardP,Loison-DaymaK,KopelJetal:MoltenoBasicsciecesecondedition,Mosbyimplantandrefractoryglaucoma.Evaluationofpostopera***1218あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(138)

涙点プラグ留置後2年で太鼓締め様脱出をきたした1例の臨床経過と組織学的検討

2014年8月31日 日曜日

《第2回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科31(8):1211.1214,2014c涙点プラグ留置後2年で太鼓締め様脱出をきたした1例の臨床経過と組織学的検討五嶋摩理近藤亜紀亀井裕子三村達哉松原正男東京女子医科大学東医療センター眼科Two-YearClinicalCourseandHistopathologicalInvestigationofaCaseofExtrudedPunctalPlugEncircledwithMucosalLoopExtendingfromthePunctumMariGoto,AkiKondo,YukoKamei,TatsuyaMimuraandMasaoMatsubaraDepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast目的:涙点プラグ挿入後から太鼓締め様脱出をきたすまでの2年間の経過を観察し,組織学的検討を行った症例を報告する.症例:70代,女性.ドライアイに対して涙点プラグ挿入後,1年10カ月で,プラグ留置中の2涙点が突出してきた.2年8カ月後,右上のプラグが涙点から脱出して涙点を覆うように横向きに位置し,涙点内腔と連絡した軟部組織がプラグ頸部を帯状に覆っていた.軟部組織を涙点近傍で切断し,組織学的検討を行ったところ,断裂した涙小管粘膜と考えられた.結果:涙点プラグの太鼓締め様脱出は,涙小管粘膜の断裂が原因で,涙点の突出が先行する可能性が示唆された.Purpose:Toreportonthetwo-yearclinicalcoursefollowingpunctalplugimplantationandthehistopathologicaloutcomeofacasepresentingextrudedplugencircledwithsofttissueextendingfromthepunctum.Case:Afemaleinher70sunderwentpunctalpluginsertionfordryeye.Oneyearand10monthslater,twopunctashowedprotrusion.Twoyearsand8monthslater,oneoftheplugs,havingbeenextruded,layoverthepunctumwithaloopofsofttissue,extendingfromthepunctum,firmlyencirclingtheplug.Thetissuewasdissectedandhistologicallysuggestedlaceratedmucosaofthecanalicularlumen.Findings:Itishypothesizedthatplugextrusionaccompaniedbyamucosalloopresultsfromlacerationofthecanalicularmucosa.Punctalprotrusionmayprecedeplugextrusion.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1211.1214,2014〕Keywords:涙点プラグ,太鼓締め様脱出,合併症,涙点突出,組織病理.punctalplug,plugextrusionaccompaniedbymucosalloop,complication,punctalprotrusion,histopathology.はじめに点眼治療のみでは効果不十分なドライアイに対し,涙点プラグは簡便に挿入や抜去ができ,有効性も高いことから,わが国でも1998年の発売以来広く普及している.ゲージを用いたプラグサイズの測定や,プラグ形状の改良などとともに,脱落,陥入,肉芽などの合併症は少なくなっているとされるが1.5),一部では,プラグの脱落や脱出時に,涙小管内に肉芽が発生する可能性が指摘されている6.8).筆者らは,涙点プラグ留置後定期受診中に太鼓締め様の涙点プラグ脱出をきたし,プラグ除去後涙点閉塞した症例を経験し,挿入から脱出までの2年間の経過観察と,摘出組織の病理組織学的検討を行ったので報告する.I症例患者:70代,女性.既往歴:右角膜変性症に対して2005年に全層角膜移植術を施行した.家族歴:特記すべきことはない.現病歴:両眼のドライアイに対して2010年2月に右上下と左下に涙点プラグ(いずれもスーパーイーグルRプラグ,〔別刷請求先〕五嶋摩理:〒116-8567東京都荒川区西尾久2-1-10東京女子医科大学東医療センター眼科Reprintrequests:MariGoto,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast,2-1-10Nishi-ogu,Arakawa,Tokyo116-8567,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(131)1211 acdbacdb図1涙点部の突出プラグ留置後1年10カ月:右上涙点(a)と左下涙点(b)が突出してきた.プラグ留置後2年半:右上涙点(c)と左下涙点(d)の突出がやや進行していた.(点線部円内,いずれもフルオレセイン染色後)*a*b図2右上涙点におけるプラグ脱出と太鼓締め様現象プラグ留置2年8カ月後,プラグが涙点から脱出し(点線部円内),涙点と連絡した軟部組織(*)がプラグ頸部を覆っていた.a:上眼瞼反転前,b:上眼瞼反転後.1212あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(132) ×20×40vvv*図3太鼓締めをきたした組織の病理標本(ヘマトキシリン・エオジン染色)重層扁平上皮層(*)において角化は認めず,結合組織内に多数のリンパ球と少数の好中球の浸潤を認めた.上皮下には,新生血管(v)も認めた.×20×40vvv*図3太鼓締めをきたした組織の病理標本(ヘマトキシリン・エオジン染色)重層扁平上皮層(*)において角化は認めず,結合組織内に多数のリンパ球と少数の好中球の浸潤を認めた.上皮下には,新生血管(v)も認めた.イーグルビジョン社,米国)を挿入した.プラグサイズはいずれもゲージ測定で決定した.右下のプラグは半年で脱落した.経過1:2カ月ごとの診察中,プラグ挿入後1年10カ月で右上と左下の涙点が突出してきた(図1a,b).挿入後2年半で,両涙点突出に若干の進行がみられたが(図1c,d),この時点まで自覚症状はなかった.プラグ挿入から2年8カ月後,右眼の異物感と眼脂を訴えて受診した.右上涙点のプラグが涙点から脱出して涙点を覆うように横向きに位置し,プラグの頸部に,涙点内腔と連絡した軟部組織が強固に巻きついていた(図2).涙点近傍で軟部組織を切断し,プラグと軟部組織を摘出した.組織学的検討:摘出した軟部組織を,ヘマトキシリン・エオジン染色後,病理組織学的に検討した.角化を認めない重層扁平上皮で覆われた結合組織内に,多数のリンパ球と少数の好中球の浸潤を認めた.上皮下には新生血管も認めた(図3).摘出部位と組織学的特徴から涙小管粘膜と考えられた.経過2:プラグ留置後2年9カ月で,今度は左下涙点の突出がさらに進行し(図4),異物感が出現したため,プラグを抜去した.抜去時抵抗はなかった.プラグ抜去後,2涙点は,いずれも完全閉鎖した(図5).(133)ab図4左下涙点部の突出進行プラグ留置2年9カ月後,左下の涙点突出が進行し(a),涙点周囲粘膜が浮腫状となり(b),異物感が出現した.直後にプラグを抜去した.II考按西井・横井6)が,涙点プラグの特異な脱出様式として,“太鼓締め”様脱出と形容したように,本例は,涙点プラグの頸部に涙点内腔とつながった粘膜が強固に巻きついた状態になっていた.太鼓締め様脱出は,プラグによる機械的刺激が続いた結果,涙小管粘膜が断裂をきたし,肉芽形成も起こって,断裂部より近位の涙小管垂直部がプラグに巻きついたままプラグが脱出した状態と考えられるが,パンクタルプラグR(FCI社,フランス)7)以外での詳細な報告はみられない.このような特徴的なプラグ脱出の発生には,プラグの形状やサイズの不適合が関係していると推測されている7).本例で使用したスーパーイーグルRプラグは,パンクタルプラグRと同様に,プラグのノーズ径がシャフト幅と比べて幅広くなっているという特徴がある4).このため,プラグが脱落しにくい反面,ノーズが瞬目などのたびに涙小管粘膜を刺激する可能性があり,こうしたプラグの形状が涙小管粘膜の断裂に関与したと考えられる8).一方,サイズに関しては,本あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141213 ab図5プラグ抜去後の涙点右上涙点(a),左下涙点(b)ともにプラグ抜去後閉鎖した(点線部円内).ab図5プラグ抜去後の涙点右上涙点(a),左下涙点(b)ともにプラグ抜去後閉鎖した(点線部円内).例では,ゲージによるプラグサイズの選択を行っており,挿入後2年間プラグが安定していたことからも,挿入時にサイズの不適合はなかったといえる.太鼓締め様脱出出現時の自覚症状として,本例では異物感や眼脂が出現しており,無症状,ないしは軽度の掻痒感のみであったパンクタルプラグR留置例7)と対照的であった.スーパーイーグルRプラグは,パンクタルプラグRと比べてノーズ先端の角度がやや鋭角であるため,瞬目や眼球運動に伴い,脱出プラグのノーズ先端が球結膜や涙丘を刺激しやすかった可能性がある.本例においては,右上涙点からのプラグ脱出から1カ月後に左下涙点部の異物感と涙点の突出進行がみられ,右上プラグ脱出時と同様の症状であったことから,プラグ脱出の前駆症状である可能性を考えてプラグを抜去した.過去の報告でも,プラグが脱出した部位は,上涙点が4例,下涙点が2例で7),上下涙点いずれでも起こりうる合併症といえる.プラグ脱出に先行してみられた涙点部の突出は,涙小管粘膜の断裂に伴う内腔の収縮を示唆している可能性がある.また,プラグ除去後,両涙点は閉鎖したため,涙小管内に肉芽を形成していたと考える.涙点の完全閉鎖では,プラグと同等の効果を維持することができるため,患者にとっては有益な面があるといえる.本例は,涙点プラグ留置後,定期受診中に,涙点突出が徐々に進行し,留置後2年でプラグの太鼓締め様脱出をきたすまでの経過を観察できた初めての報告である.プラグ脱落の過程で太鼓締め様脱出が生じた可能性が考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)Horwath-WinterJ,ThaciA,GruberAetal:Long-termretentionratesandcomplicationsofsiliconepunctalplugsindryeye.AmJOphthalmol144:441-444,20072)西井正和,横井則彦,小室青ほか:新しい涙点プラグ(フレックスプラグR)の脱落についての検討.日眼会誌108:139-143,20043)SakamotoA,KitagawaK,TatamiA:EfficacyandretentionrateoftwotypesofsiliconepunctalplugsinpatientswithandwithoutSjogrensyndrome.Cornea23:249-254,20044)五嶋摩理:涙点プラグ挿入・抜去のトラブルと対策.若倉雅登監修,宮永嘉隆・中村敏編,眼科小手術と処置,p98104,金原出版,20125)海道美奈子:BUT短縮型タイプのドライアイに対する治療法.あたらしい眼科53:1575-1579,20116)西井正和,横井則彦:肉芽に対する処置.あたらしい眼科23:1189-1190,20067)FayetB,AssoulineM,HanushSetal:Siliconepunctalplugextrusionresultingfromspontaneousdissectionofcanalicularmucosa.Ophthalmology108:405-409,20018)薗村有紀子,横井則彦,小室青ほか:スーパーイーグルRプラグにおける脱落率と合併症の検討.日眼会誌117:126-131,2013***1214あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(134)

血管新生緑内障におけるベバシズマブ併用線維柱帯切除術の予後不良因子の検討

2014年8月31日 日曜日

《第24回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科31(8):1207.1210,2014c血管新生緑内障におけるベバシズマブ併用線維柱帯切除術の予後不良因子の検討上乃功*1廣岡一行*2馬場哲也*2天雲香里*2新田恵里*2*1香川県立中央病院*2香川大学医学部眼科学講座PrognosticFactorsofPreoperativeIntravitrealBevacizumabRegardingTrabeculectomyOutcomesinNeovascularGlaucomaIsaoUeno1),KazuyukiHirooka2),TetsuyaBaba2),KaoriTenkumo2)andEriNitta2)1)DepartmentofOphthalmology,KagawaPrefecturalCentralHospital,2)KagawaUniversity目的:血管新生緑内障(neovascularglaucoma:NVG)に対するベバシズマブ硝子体内注射(intravitrealbevacizumab:IVB)後,線維柱帯切除術(trabeculectomy:LET)の予後不良因子について検討する.対象および方法:2006年9月から2013年3月の間に香川大学医学部付属病院眼科にてIVB後LETを行ったNVG患者80例80眼の連続症例.平均年齢63.9±12.7歳(平均値±標準偏差,以下同様).2回連続して眼圧が21mmHgを超えるものと光覚なしを死亡と定義した.Cox回帰分析を用い予後不良因子を検討した.結果:経過観察期間は,27.0±33.0月であった.術後12カ月および24カ月の生存率はそれぞれ87.5%,81.1%であった.IVB併用後LETの予後不良因子は,年齢,基礎疾患,術前眼圧,周辺虹彩前癒着,白内障手術既往,硝子体手術既往について解析を行ったが,有意に予後不良となる因子は認めなかった.結論:NVGにおけるIVB後LETの予後不良因子は同定できなかった.Purpose:Toevaluatetheprognosticfactorsforsurgicaloutcomesofintravitrealbevacizumab(IVB)beforemitomycinCtrabeculectomy(LET)forneovascularglaucoma(NVG).SubjectsandMethods:Wereviewedthemedicalrecordsof80patients(80eyes)withNVGtreatedatKagawaUniversityHospitalbetweenSeptember2006andMarch2013.Theprimaryendpointwaspersistentintraocularpressure(IOP)>21mmHg,deteriorationofvisualacuitytonolightperception,andadditionalglaucomasurgeries.Thefollowingvariableswereassessedaspotentialprognosticfactorsforsurgicalfailure:age,etiologyofNVG,preoperativeIOP,peripheralanteriorsynechiae(PAS),previousvitrectomyandpreviouscataractsurgery.MultivariateanalysiswasperformedusingtheCoxproportionalhazardmodel.Result:Patientmeanfollow-upwas27.0±33.0months.Theprobabilityofsuccessat1and2yearsafterLETwas87.5%and81.1%,respectively.ThemultivariatemodelshowednoprognosticfactorsforsurgicalfailureamongtheNVGpatients.Conclusion:BeforemitomycinCLETforNVG,therewerenoprognosticfactorsforsurgicalfailureofIVBinanyNVGpatient.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1207.1210,2014〕Keywords:血管新生緑内障,ベバシズマブ硝子体内注射,線維柱帯切除術,予後不良因子.neovascularglaucoma,intravitrealbevacizumab,trabeculectomy,prognosticfactor.はじめに血管新生緑内障(neovascularglaucoma:NVG)は糖尿病網膜症や,網膜静脈閉塞症などの眼虚血に起因して発症する難治性の緑内障であり,血管内皮細胞増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が血管内皮細胞に作用することで虹彩・隅角の新生血管が形成され,房水流出路を閉塞させるために眼圧上昇をきたす1).眼圧が上昇すると,それに伴い眼虚血が増悪,新生血管が増加,さらに眼圧が上昇するという悪循環に陥るため,早急に眼内虚血に対する網膜光凝固術や眼圧上昇に対する薬物治療,線維柱帯切除術(trabeculectomy:LET)が施行されてきた.しかし,新生血管の活動性が高い状態での外科的治療は合併症も多く,術〔別刷請求先〕上乃功:〒760-8557香川県高松市番町5-4-16香川県立中央病院眼科Reprintrequests:IsaoUeno,DepartmentofOphthalmology,KagawaPrefecturalCentralHospital,5-4-16Ban-cho,Takamatsu,Kagawa760-8557,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(127)1207 後成績にも影響を及ぼしてきた.新生血管に直接作用する抗VEGF薬であるbevacizumabが臨床的に使用されるようになり,NVGに対するLETの周術期管理に変化がもたらされた.ベバシズマブ硝子体内注射(intravitrealbevacizumab:IVB)は,新生血管の消退に有効であり2),IVBを施行することで眼圧が下降し,薬物のみで眼圧がコントロールできる症例が増加してきている3).また,手術が必要になった症例でも,IVB併用によりLETの術後成績が向上するといった報告がある4,5)一方で,IVB併用の有無がLETの術後成績に影響を及ぼさないという報告もあり6),見解の一致は得られていない.また,NVGに対してIVBが行われていなかったときのNVGに対するLETの予後不良因子は,50歳以下の若年例,硝子体手術既往眼,原因疾患が糖尿病網膜症の症例における僚眼発症であり7),硝子体手術後のLETに対する予後不良因子は術前高眼圧,NVGと報告されている8).しかし,これまでにNVGに対するIVB併用LETの予後不良因子に関しては報告がなされていない.そこで今回筆者らは,NVGに対するIVB併用LETの術後成績を改めて検討するとともに,予後不良因子についても検討したので報告する.I対象および方法対象は2006年9月から2013年3月までの間に香川大学医学部附属病院眼科にてIVB後にLETを行ったNVG患者で6カ月以上経過観察できた80例80眼をレトロスペクティブに検討した.両眼LETを施行した症例は,最初にLETを行った眼を対象とした.IVBは当院倫理委員会の承認を得て行い,すべての患者に書面による同意を得た.1.25mg/0.05mlIVBはLET施行3.7日前に行った.LETは円蓋部基底結膜切開で行い,白内障手術同時施行例は全例同一創で行った.IVB併用LETの術後成績はKaplan-Meier生存曲線を用いて評価し,2回連続して眼圧が21mmHgを超えるものと光覚なしを死亡と定義した.眼圧下降薬の使用は可とした.薬剤スコアはアセタゾラミドの内服が2点,点眼薬は1剤につき1点とした.予後不良因子に関しては年齢(50歳以上,50歳未満),性別,基礎疾患(眼虚血の有無),術前眼圧(31mmHg以上,31mmHg未満),周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechia:PAS)(100%またはそれ未満),白内障手術既往,硝子体手術既往の有無についてそれぞれc2検定にて単変量解析を行った.さらにCox回帰分析を用い多変量解析を行った.II結果患者背景を表1に示す.平均年齢63.9±12.7歳,男性601208あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014眼,女性20眼であった.NVGの病因は糖尿病が57眼,眼虚血12眼,網膜中心静脈閉塞症8眼,網膜静脈分枝閉塞症1眼,網膜中心動脈閉塞症1眼,ぶどう膜炎が1眼であった.平均経過観察期間は27.0±33.0カ月,術前眼圧は32.1±7.8mmHgであった.IVB併用後LETの術後生存率は,術後12カ月が87.5%(n=54),24カ月が81.1%(n=31)であった(図1).死亡の定義を満たした症例の内訳は,2回連続して眼圧が21mmHgを超えたものが13眼,術後に光覚を失ったのは2眼であった.術前および術後6,12,18,24,30,36カ月後の平均眼圧はそれぞれ31.6±6.9mmHg,11.9±4.9mmHg,12.3±4.7mmHg,11.9±4.2mmHg,11.8±4.7mmHg,11.1±4.7mmHg,9.9±4.4mmHgであり,いずれの時点においても有意な眼圧の低下を認めた(図2).術前および術後6,12,18,24,30,36カ月後の薬剤スコアはそれぞれ3.82±0.97,0.30±0.79,0.20±0.65,0.32±0.92,0.31±0.95,0.27±0.68,0.30±0.81であり,術後有意な薬剤スコアの低下を認めた(図3).また,術後予後不良因子として,年齢,性別,基礎疾患,術前眼圧,PAS,白内障手術既往,硝子体手術既往をそれぞれ単変量解析を用いて行ったが,いずれの因子も有意差を認めなかった(表2).さらに,Cox回帰分析でも有意に予後不良となるものは認めなかった(表3).さらにPASの範囲が50%以上と50%未満,あるいは基礎疾患を糖尿病とそれ以外に分けて検討してみたが,いずれにおいても有意差は認めなかった.糖尿病網膜症が原因のNVGについて,LETを施行した僚眼にNVGがある場合とない場合で単変量解析を行ったが,これに関しても有意差は認めなかった(p=0.18).また,年齢,硝子体手術既往,僚眼にNVGありの計3項目を説明変数としてCox回帰分析を行ったが,有意に予後不良となるものは認めなかった(表4,5).III考按今回筆者らの検討では,IVB併用後LETの予後不良因子は,年齢,性別,基礎疾患,術前眼圧,PAS,白内障手術既往,硝子体手術既往のどの因子でも有意差を認めなかった.今回の結果は,過去に報告されたNVGに対してIVB非併用時のNVGに対するLETの予後不良因子(50歳以下の若年例,硝子体手術既往眼,原因疾患が糖尿病網膜症の症例における僚眼発症)7)とは異なっていた.この理由として,今回年齢に関して有意差が出なかったのは,50歳未満の症例数が少なかったため,統計的に有意差が出にくくなった可能性がある.また,硝子体手術既往に関しては,硝子体手術が現在の小切開硝子体手術で行われるようになり,以前のように大きく結膜を切開しなくなったため,濾過胞の形成維持が阻(128) 表1症例背景年齢(歳)63.9±12.7(17.92)性別(男/女)60/20原因疾患糖尿病57眼虚血12網膜中心静脈閉塞症8網膜静脈分枝閉塞症1網膜中心動脈閉塞症1ぶどう膜炎1経過観察期間(月)27.0±23.0(2.77)術前眼圧(mmHg)32.1±7.8(21.61)100生存率曲線806040200生存率(%)010203040506040観察期間(月)図1生命表法30術後12カ月および24カ月の生存率はそれぞれ87.5%,20******81.1%であった.10(80)(73)(48)(34)(29)(27)(24)50術前61218243036経過観察(月)4眼圧(mmHg)******薬剤スコア図2眼圧の推移術前に比べ術後は有意に眼圧の下降がみられた.()内は眼数.*:p<0.05.3210術前61218243036表2術後成績に影響を及ぼす因子の単変量解析結果経過観察(月)生存死亡p値図3薬剤スコアの推移年齢50歳以上59110.54術前に比べ,術後有意に薬剤スコアは減少した.*:p<50歳未満910.05.性別男50100.38女182基礎疾患眼虚血930.26眼虚血以外599表3Cox回帰分析結果術前眼圧31mmHg以上3480.2995%信頼区間31mmHg未満344オッズ比下限上限p値周辺虹彩前癒着100%710.66100%未満6111年齢0.9680.9251.0120.15白内障手術既往あり5080.43硝子体手術既往0.7830.2825.3700.78なし184白内障手術既往0.9290.2213.9650.93硝子体手術既往あり2240.59周辺虹彩前癒着<0.001<0.0010.98なし468基礎疾患2.4810.6259.8470.20術前眼圧1.0500.9921.1110.09表4Cox回帰分析結果表5Cox回帰分析結果(術後因子)オッズ比95%信頼区間p値下限上限オッズ比95%信頼区間p値年齢0.3910.0285.4750.49下限上限硝子体手術既往0.4370.0962.3370.36前房出血1.5700.4755.1870.46僚眼にNVG3.6800.66120.4980.14房水漏出2.3570.47811.6140.29(129)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141209 害されにくく硝子体手術既往の有無がLETの術後成績に及ぼす影響が小さくなってきたためと考えた.さらに,硝子体手術が必要な症例や若年者では,病態の活動性が高いと考えられるが,IVBを使用することにより,病態の活動性が低下したことで,症例間の活動性の差が小さくなってきたことも,予後不良因子が同定できなかった原因と考えた.Takiharaらは,NVG眼にLET前にIVBを行った場合は,行わない場合に比べ術後前房出血が減少し眼圧も下降するが,生存率では有意差は認めらなかったと報告している6).この報告によるIVB群の生存率は,4カ月で87.5%,8カ月で79.2%,12カ月で65.2%,IVB非併用群の生存率は,術後4カ月で75.0%,8カ月で79.1%,12カ月で65.3%であった.しかし,SaitoらのNVGに対するIVB後LETでは,術後6カ月の生存率はIVB使用では95%,IVB非使用では50%(p<0.001)と,IVB使用により有意に良好な生存率が得られている4).今回の生存率も12カ月が87.5%,24カ月が81.1%であり,IVB使用により術後生存率は改善していると考えられた.IVBはNVGの治療に不可欠なものになりつつあり,IVB併用後LETの予後不良因子については多数例のより長期での臨床研究が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)AielloLP,AveryRL,ArriggPGetal:Vascularendothelialgrowthfactorinocularfluidofpatientswithdiabeticretinopathyandotherretinaldisorders.NEnglJMed331:1480-1487,19942)DavidorfFH,MouserJG,DerickRJ:Rapidimprovementofrubeosisiridisfromasinglebevacizumab(Avastin)injection.Retina26:354-356,20063)WakabayashiT,OshimaY,SakaguchiHetal:Intravitrealbevacizumabtotreatirisneovascularizationandneovascularglaucomasecondarytoischemicretinaldiseasesin41consecutivecases.Ophthalmology115:1571-1580,1580,20084)SaitoY,HigashideT,TakedaHetal:Beneficialeffectsofpreoperativeintravitrealbevacizumabontrabeculectomyoutcomesinneovascularglaucoma.ActaOphthalmol88:96-102,20105)SaitoY,HigashideT,TakedaHetal:Clinicalfactorsrelatedtorecurrenceofanteriorsegmentneovascularizationaftertreatmentincludingintravitrealbevacizumab.AmJOphthalmol149:964-972,20106)TakiharaY,InataniM,KawajiTetal:CombinedintravitrealbevacizumabandtrabeculectomywithmitomycinCversustrabeculectomywithmitomycinCaloneforneovascularglaucoma.JGlaucoma20:196-201,20117)TakiharaY,InataniM,FukushimaMetal:TrabeculectomywithmitomycinCforneovascularglaucoma:prognosticfactorsforsurgicalfailure.AmJOphthalmol147:912-918,918,20098)InoueT,InataniM,TakiharaYetal:PrognosticriskfactorsforfailureoftrabeculectomywithmitomycinCaftervitrectomy.JpnJOphthalmol56:464-469,2012***1210あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(130)

閉塞隅角眼の眼表面温度に影響する解剖学的因子の多変量解析

2014年8月31日 日曜日

《第24回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科31(8):1203.1206,2014c閉塞隅角眼の眼表面温度に影響する解剖学的因子の多変量解析河嶋瑠美松下賢治西田幸二大阪大学大学院医学系研究科脳神経感覚器外科学眼科学教室EffectofAnatomicFactorsonOcularSurfaceTemperatureinEyeswithAngleClosureRumiKawashima,KenjiMatsushitaandKohjiNishidaDepartmentofOphthalmology,OsakaUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:閉塞隅角眼の眼表面温度に影響を与える解剖学的因子を検討する.対象および方法:無治療閉塞隅角眼13名,18眼を対象に赤外線サーモグラフィー(TOMEY社製)にて眼表面温度を,Pentacam(Ocular社)とIOLマスター(Zeiss社製)にて形態計測を行った.眼表面温度は開瞼後10秒間毎秒ごとに測定した.開瞼直後と10秒後の眼表面温度とその変化量および10秒間の最大変化量を従属変数,室温,体温,年齢,角膜厚,瞳孔径,前房深度,前房容積,眼軸長を独立変数として多変量解析を行った.結果:閉塞隅角眼の眼表面温度は開瞼10秒後に有意に低下した.開瞼直後および10秒後の眼表面温度の有意な説明因子は認めなかった.一方,変化量は室温,前房容積,体温が説明変数として選択され(r2=0.70),室温および前房容積が有意であった(p<0.01).また,最大変化量は眼軸長,体温,年齢,瞳孔径が説明変数として選択され(r2=0.80),眼軸長および体温が有意であった(p<0.05).考察:閉塞隅角眼における眼表面温度には解剖学的因子が関与している可能性が示唆された.Purpose:Toevaluatetheeffectofanatomicfactorsonocularsurfacetemperatureineyeswithangleclosure.Methods:Weinvestigated18eyesofangle-closurepatientswhohadnohistoryofintervention.Theocularsurfacetemperaturewasmeasuredimmediatelyaftereyeopeningandeverysecondduring10secondsofopeneye,usinganocularsurfacethermographer.AnatomicfactorsweremeasuredusingaScheimpflug-basedcornealtopographer.MultipleregressionanalysiswasperformedusingJMP9.0software.Results:Inangle-closureeyes,theocularsurfacetemperaturedecreasedsignificantlyduringthe10secondsaftereyeopening.Temperaturesimmediatelyandat10secondsaftereyeopeningwerenotdeterminedbyroomtemperature,bodytemperature,ageoranyanatomicalparameters(r2=0.29,p=0.50/r2=0.33,p=0.60).However,thechangeinocularsurfacetemperatureduringthe10secondswasdeterminedpredominantlybyroomtemperatureandanteriorchambervolume(r2=0.70,p<0.01);maximalchangeduring10secondswasdeterminedpredominantlybyaxiallengthandbodytemperature(r2=0.80,p<0.05).Conclusion:Wefoundthatocularsurfacetemperaturemightbeaffectedbyanatomicfactorsinangle-closureeyes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1203.1206,2014〕Keywords:閉塞隅角眼,赤外線サーモグラフィー,眼表面温度.angleclosure,ocularsurfacethermographer,ocularsurfacetemperature.はじめに閉塞隅角緑内障は全世界に1,600万人存在し,そのうち400万人が両眼失明していると報告されている1,2).閉塞隅角緑内障の危険因子として短眼軸長,浅前房,相対的な水晶体肥厚といった解剖学的因子に加え,虹彩性状,虹彩体積変化,脈絡膜肥厚などの生理学的因子があげられるが3),そのなかで共通した因子は浅前房であり,それは年齢,性別のほかに人種の影響も受けていると報告されている4).実際に世界の人種における原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)と原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)の割合をみたところ,アラスカではPOAGの21倍,モンゴルでは2.8倍のPACGが〔別刷請求先〕河嶋瑠美:〒565-0871吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科脳神経感覚器外科学眼科学教室Reprintrequests:RumiKawashima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaUniversityGraduateSchoolofMedicine,2-2Yamadaoka,Suita,Osaka565-0871,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(123)1203 存在している一方,ブルーマウンテンやアリゾナではPOAGがPACGの10.20倍存在しているとの報告がある4).この人種による病型の違いをCassonらは人類の進化から考察しており,閉塞隅角緑内障が多い人種の起源は氷河期である4万年前から1万5千年前の北東アジアにあり,眼表面からの冷却に対して形態学的に適応を果たすために浅前房になったと推察している4).そこで筆者らは今回,閉塞隅角眼において眼表面温度に影響を与える形態学的因子について検討した.なお,本研究は大阪大学医学部附属病院倫理委員会の承認を得て行った.I対象および方法対象は当院に通院している無治療にて経過観察中の狭隅角眼,計13例18眼である.その内訳は閉塞隅角症疑い(PACS)眼(女性5例6眼,年齢67.8±6.9歳),閉塞隅角症(PAC)眼(男性1例,女性7例,計12眼,年齢65.0±13.4歳)である.対象症例に対して,眼表面温度はTOMEY社製の赤外線サーモグラフィーを用い,自然瞬目後,5秒間閉瞼した後10秒間開瞼を持続し,その間毎秒ごとに角膜中心温度を測定した.形態学的因子として角膜厚,瞳孔径,前房深度,前房容積はPentacam(Ocular社),眼軸長はIOLマスター(Zeiss社)を用いて測定した.統計学的解析はJMP9.0を用いて開瞼直後および開瞼10秒後の角膜中心温度さらにその温度変化および温度変化の最大値を従属変数,室温,体温,年齢,角膜厚,瞳孔径,前房深度,前房容積,眼軸長を説明変数としてステップワイズ法にて多変量解析を行った.II結果対象症例における説明変数の実際の測定結果を表1に示す.PACSとPAC眼ともに,開瞼10秒後の角膜中心温度は有意に低下していた(図1).つぎに多変量解析の結果を示す.まず開瞼直後の角膜中心温度には有意な説明因子は認めなかった(r2=0.29,p=0.50)(表2).さらに開瞼10秒後の温度に関しても有意な説明因子は認めなかった(r2=0.33,p=0.60)(表3).つぎに10秒間の温度変化に関して検討したところ,室温,前房容積,体温が説明変数として選択され(r2=0.70),そのなかで前房容積と室温が有意な説明因子としてあげられた(p<0.01)(表4).また,10秒間の温度変化は眼表面の影響を受けて一定の変動を示さない個体があるため,温度変化の最大値も解析項目にあげた.その結果,眼軸長,体温,年齢,瞳孔径が説明変数として選択され(r2=0.80),眼軸長と体温が有意な説明因子としてあげられた(p<0.01)(表5).さらに左右を説明変数に追加して解析を行っても同様の結果であった.以上の結果より,閉塞隅角眼において10秒間の開瞼で角膜中心温度は有意に低下することが示された.さらに10秒表1測定結果室温(℃)体温(℃)角膜厚(μm)瞳孔径(mm)前房深度(mm)前房容積(mm3)眼軸長(mm)PACS24.2±0.5636.2±0.10541.5±23.22.36±0.321.92±0.2367.5±19.222.4±0.42PAC24.1±0.4636.2±0.30552.1±39.82.33±0.551.95±0.2566.2±12.822.4±0.42全体24.0±0.4836.5±0.10542.7±23.22.59±0.531.90±0.2366.0±14.922.1±0.50温度(℃)34.634.434.234.033.833.633.4***34.434.034.333.934.233.8PACSPAC:開瞼直後:開瞼10秒後*:paeredt-testp<0.01PACSPAC全体温度変化(開瞼直後.開瞼10秒後)(℃)0.45±0.180.44±0.380.42±0.33最大温度変化0.62±0.170.62±0.350.51±0.31(℃)全体図1開瞼直後と開瞼10秒後における角膜中心温度変化1204あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(124) 表2開瞼直後の角膜中心温度におけるステップワイズ法による表3開瞼10秒後の角膜中心温度におけるステップワイズ法に多変量解析よる多変量解析開瞳直後標準偏回帰係数,bt値p値年齢0.150.280.79前房深度0.380.610.56前房審積.0.26.0.470.65眼軸長0.280.640.54開瞼10秒後標準偏回帰係数,bt値p値年齢.0.57.0.510.63体温.0.31.0.860.42前房深度0.560.510.63室温0.691.040.34r2=0.29;p=0.50表4開瞼直後と開瞼10秒後の角膜中心温度変化におけるステップワイズ法による多変量解析温度変化(開瞼直後.開瞼10秒後)標準偏回帰係数,bt値p値体温0.582.530.05前房容積*1.574.750.01*室温*1.924.610.01*r2=0.70;p=0.04*後の温度変化の有意な説明因子は室温および前房容積であり,室温が低いほど,前房容積が小さいほど変化量が小さくなっていた.また,温度変化の最大値の有意な説明因子は眼軸長および体温であり,体温が低いほど,眼軸長が小さいほど温度変化の最大値が小さくなっていた.III考按赤外線サーモグラフィーが初めて眼に応用されたのは1968年であり,その後1995年にMorganらがドライアイ患者に対する眼表面温度の測定を行ったのを皮切りに多くの報告がされているが,閉塞隅角眼を用いた報告はない.また,当時の装置は,厳密な温度,湿度管理および習熟した測定技術が必要であり,さらにデータ解析に長時間を要すなどの欠点があった.そこでこれらの問題点を改善した新しい眼表面サーモグフラフィーが開発された.この機種にはオートアライメント機能が搭載されており,一定の距離を保ちながら測定できる.また,機械内部の温度補正を行うことで温度や湿度の影響を最小限に抑えることが可能であり,測定結果が即座に解析できることも特徴である5).冒頭で述べたように,人類が生存していくためには氷河期のより北方の地域では寒冷に打ち勝ち視力を維持する必要があった.具体的には表面積を小さくするために丸顔に,さらに外部への曝露部分を少なくするために平坦に,さらに脂肪を厚くすることで眼瞼は一重になったといわれている.さらに,眼球は角膜の凍傷を防ぐために前房を浅くして虹彩と近接することにより,血流や房水の影響を受けて温度低下を防(125)r2=0.33;p=0.60表5角膜中心温度の最大温度変化におけるステップワイズ法による多変量解析最大温度変化標準偏回帰係数,bt値p値年齢.3.10.2.150.07体温*3.012.980.02*眼軸長*4.173.380.01*瞳孔径.1.62.1.800.12r2=0.80:p<0.01*ぐことが可能になったと考えられている4).前房水による熱伝達をシミュレーションの技術を使った報告では血流が豊富に存在する眼窩内に位置する後眼部ほど温媒体の影響を受けやすく温度が高く,外部に最も曝されている角膜中心の温度は冷媒体である角膜の影響を受けて約34℃と一番低くなっている6).今回の筆者らの系では,狭隅角眼において開瞼10秒後の角膜中心温度は冷媒体である角膜の影響を反映し有意に低下し(図1),前房容積が小さいほど,さらに眼軸が短いほどその低下量は小さい結果となった(表4,5).つまり温媒体の影響が強い条件では温度変化は小さくなり,過去のシミュレーション結果と矛盾がなかった.しかし,室温や体温が高いほど眼表面温度が低下するという結果が得られた(表4,5).これは外部温度や体温の影響を受けた眼瞼などの外眼部の温度が高くなるほど涙液の蒸散が大きくなり,それに伴う気化熱により眼表面温度が低下した可能性が考えられる.つまり,眼瞼の形態も眼表面温度に関与している可能性があるため今後検討が必要であると思われる.これらの結果と先ほどの仮説を考え併せると,氷河期では外気温が低いため,眼瞼は冷却され,外部環境に伴った眼表面における涙液蒸散の影響が非常に少ない状態にあると思われる.その結果,眼表面温度には解剖学的因子の影響が強く関与し角膜表面温度の低下を防いでいる可能性が示唆された.今後,外部環境因子を含めた解析を行うことにより,より正確に解剖学的因子の影響を解明できると思われ,本研究により得られたパラメータはそのような解析に必要な基礎的あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141205 データを供給できたと思われる.また,微小環境の測定で測定量が小さいことから,角膜表面温度そのものよりもその温度変化が解析の対象として適切であったと考えられた(表2,3).今回の研究では閉塞隅角眼症例のなかで,前房深度の差異が眼表面温度に変化を与える可能性を検討することを目的としたため,解析方法および結果は限定的と考えられる.よって今後は正常前房深度症例を対象コントロールとした比較が必要であると思われる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)FosterPJ,JohnsonGJ:GlaucomainChina:howbigistheproblem?BrJOphthalmol85:1277-1282,20012)QuigleyHA,BromanA:Thenumberofpersonswithglaucomaworldwidein2010and2020.BrJOphthalmol90:151-156,20063)QuigleyHA:Angle-closureglaucoma-simpleranswerstocomplexmechanisms:LXVIEdwardJacksonMemorialLecture.AmJOphthalmol148:657-669,20094)CassonRJ:Anteriorchamberdepthandprimaryangle-closureglaucoma:anevolutionaryperspective.ClinExperimentOphthalmol36:70-77,20085)KamaoT,YamaguchiM,KawasakiSetal:Screeningfordryeyewithnewlydevelopedocularsurfacethermographer.AmJOphthalmol151:782-791,20116)OoiEH,NgE:Simulationofaqueoushumorhydrodynamicsinhumaneyeheattransfer.ComputinBiolMed38:252-262,2008***1206あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(126)

時の人 辻川 明孝 先生

2014年8月31日 日曜日

人人の時香川大学眼科学講座教授つじかわあきたか辻川明孝先生香川大学医学部眼科学講座の前身は,旧香川医科大学に1983年に開設された眼科学講座である.2003年,旧香川大学と旧香川医科大学が統合して現・香川大学となり,医学部眼科学講座も新組織の中で再スタートを切った.所在地は旧香川医科大学時代から変わらず,高松市に隣接する三木町にある.*2014年3月に白神史雄前教授の後任として着任された辻川明孝先生は,大阪出身の47歳.京都大学医学部時代はラグビーに打ち込んだスポーツマンである.辻川先生に香川大学医学部眼科の印象を伺った.「香川大学眼科は医師スタッフ十数人と少数ですが,各人がプロフェッショナルであり,少数精鋭だと感じました.この少ない人数で,平成25年度には硝子体手術665例,緑内障手術206例を含めて,1年間に2,230例の手術を施行しています.手術症例が多いことは知っていましたが…」「着任して一番驚いたことは,外来受診されている患者さんが比較的少ないことです.これをみて,大学と近隣の先生方との連携がうまくいっているのを感じました.硝子体注入は週に60.70件程度行っていますが,今後一層増加することが予測されますので,これからも連携して治療を行っていく必要を強く感じています」.白神前教授が培ってきた,地域の医師との連携,医療スタッフ・事務スタッフのチームワークの良さ,臨床力をさらに発展させ,地域医療に貢献できるように努めたい,というのが辻川先生の現在の抱負である.*それでは,辻川先生のめざす眼科医療とはどのようなものだろうか.就任に当たり,辻川先生は眼科学講座のホームページに次のように記している.「最新のエビデンスに基づいた標準化された治療を行うとともに,患者さん一人ひとりに最適の治療(個別化医療)を提供する1184あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014ことを目指します.患者さんを中心とした医療を実践し,患者さんに喜ばれる医療を提供していきたいと考えています」.より具体的に,先生が専門とする加齢黄斑変性について伺ってみた.「私も臨床研究に加わった抗VEGF薬が一般診療に導入されてから,視力予後が格段によくなり,患者さんに喜んでいただけるようになりました.しかし,新たな問題も発生しています.加齢黄斑変性は再発を繰り返すことが多い疾患で,再発後は早急な再治療が必要になりますので,こまめな定期受診が必要ですし,薬剤も高額ですので,医療経済に与える影響も小さくはありません.より少ない負担で効率のよい治療を確立する必要があります.近年,加齢黄斑変性の発症にかかわる遺伝子が次々と報告されています.今後の研究で,遺伝的な要因による治療反応性の違いが解明されれば,個別化医療につながっていくでしょう.私はこのような加齢黄斑変性の病態解明・個別化治療の確立を目指して研究を行ってきましたが,これを香川県の患者さんのために生かしていきたいと考えています」.*最後に辻川先生の人となりを紹介しよう.大阪府立三国丘高等学校を卒業後,京都大学医学部に入学.実習以外の時間は「ラグビー・筋トレの毎日」だったそうである.大学時代の最大の思い出は「6回生のときの西医体(西日本医科学生総合体育大会)でラグビー部が準優勝できたことです.しかし,私自身は準決勝の試合中に骨折・途中退場したため,決勝はプレーできず,不完全燃焼気味でした」.現在の趣味は「寺社巡り」とのこと.研究テーマである「加齢性黄斑変性の病態解明・新規治療法の開発」「網膜循環疾患の病態解明」と,香川大学医学部眼科を率いての医療提供,さらには後進の育成(教室員を増やすことが目下の課題とか)と,辻川先生の一層の活躍が期待される.(104)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY

後期臨床研修医日記 33.岡山大学病院眼科学研究室

2014年8月31日 日曜日