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序説:加齢黄斑変性の治療指針-アルゴリズムは何をあらわすか-

2013年12月31日 火曜日

特集●加齢黄斑変性診療ガイド:序説あたらしい眼科30(12):1649.1650,2013特集●加齢黄斑変性診療ガイド:序説あたらしい眼科30(12):1649.1650,2013加齢黄斑変性の治療指針─アルゴリズムは何をあらわすか─TreatmentGuidelineforAMDinJapan─SignificanceofTreatmentAlgorithm─髙橋寛二*石橋達朗**高齢化社会を迎え,加齢黄斑変性患者はわが国でも増加の一途をたどり,決して珍しい疾患ではなくなった.一般診療のなかでも遭遇することが多くなり,この疾患の取り扱いについては,専門外の眼科医も避けて通ることができなくなった.また,従来治療に用いられていた光線力学的療法(PDT),ペガプタニブ・ナトリウムやラニビズマブに加えて,昨年末からアフリベルセプトという選択肢が増え,うまく使い分けを行って効率的に治療効果を生み出すことが求められている.加齢黄斑変性には,さまざまな危険因子が挙げられているが,加齢が最大の因子として発症することから,眼の成人病ともいえる眼疾患である.そのため,さまざまなアプローチをもって疾患全般にわたるケアを行う必要がある.厚生労働省網膜脈絡膜・視神経萎縮調査研究班によって,昨年ガイドライン化された加齢黄斑変性の治療指針(図1)では,2008年に発表されたわが国の加齢黄斑変性の分類に基づいて,ひとつのアルゴリズム内に推奨治療が示されている.前駆病変,萎縮型加齢黄斑変性に対しては予防的治療,滲出型加齢黄斑変性については病型に応じた治療方法を示し,維持期の管理についても触れられている.成人病といわれる疾患群には,まず一次予防が重要であることが知られている.一次予防とは疾患の発生を未然に防ぐ行為であり,健康増進と特異的予防に分けられる.加齢黄斑変性では,食生活の改善,禁煙などの生活習慣の改善による健康増進と,高いエビデンスをもって証明されている特異的予防法としてのAREDS処方のサプリメントの内服が考えられ,近年,前駆病変と萎縮型加齢黄斑変性の治療ではこの考えが取り入れられている.一方,滲出型加齢黄斑変性には,通常型として典型加齢黄斑変性(典型AMD),特殊型としてポリープ状脈絡膜血管症(PCV),網膜血管腫状増殖(RAP)が分類されているが,それぞれ病態が異なり,また治療反応性も異なる.典型AMDの2型脈絡膜新生血管は網膜下に新生血管が発育しており,抗血管内皮増殖因子薬(抗VEGF薬)が奏効しやすい病態である.一方,1型脈絡膜新生血管は,網膜色素上皮下に新生血管が発育し,抗VEGF薬への無反応例,耐性例など,治療抵抗性を示す症例が一定比率で存在するため,抗VEGF薬をいかにうまく使い分けるかが重要である.また,網膜色素上皮下に異常な血管網と血管塊を持つPCVは,臨床的に急性の出血(黄斑下血腫形成)と慢性的な滲出が問題となる.前者にはガス注入による血腫移動術が試みられるが,特に症例数が多い後者に対しては,抗VEGF薬による滲出*KanjiTakahashi:関西医科大学医学部眼科学教室**TatsuroIshibashi:九州大学大学院医学研究院眼科学分野0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(1)1649 抗VEGF薬規定の間隔で経過観察(最高矯正視力,眼底検査,OCT)/維持期の追加治療レーザー光凝固PDT-抗VEGF薬併用療法*3前駆病変RAPPCV萎縮型AMD典型AMD滲出型AMD中心窩を含まないCNV*1中心窩を含むCNV加齢黄斑変性(AMD)・経過観察・ライフスタイルと食生活の改善・AREDSに基づくサプリメント摂取PDTあるいは抗VEGF薬または併用療法*2抗VEGF薬規定の間隔で経過観察(最高矯正視力,眼底検査,OCT)/維持期の追加治療レーザー光凝固PDT-抗VEGF薬併用療法*3前駆病変RAPPCV萎縮型AMD典型AMD滲出型AMD中心窩を含まないCNV*1中心窩を含むCNV加齢黄斑変性(AMD)・経過観察・ライフスタイルと食生活の改善・AREDSに基づくサプリメント摂取PDTあるいは抗VEGF薬または併用療法*2図1加齢黄斑変性の治療指針*1:特に中心窩外CNVのことを指す.傍中心窩CNVに対しては,治療者自身の判断で中心窩を含むCNVに準じて治療を適宜選択する.*2:視力0.5以下の症例では,PDTを含む治療法(PDT単独またはPDT-抗VEGF薬併用療法)が推奨される.視力0.6以上の症例では抗VEGF薬単独療法を考慮する.*3:治療回数の少ないPDT-抗VEGF療法が主として推奨される.視力良好眼では抗VEGF薬単独療法も考慮してよい.(厚生労働省網膜脈絡膜・視神経萎縮症調査研究班加齢黄斑変性治療指針作成ワーキンググループ.日眼会誌116:1150-1155,2012より引用)抑制のほかに,各種治療でのポリープ状病巣の退縮長期間にわたって保てるかが重要課題であり,最近率が最近注目されており,わが国の臨床試験では抗VEGF薬の投与方法について,従来の必要時PCVにおいて視力改善効果が証明されたPDTをい投与(PRN投与)からTreatandExtend法を含めかにうまく組み合わせて行うかが治療のキーポインた計画的投与への流れが生まれている.トとなる.さらにRAPは網膜内新生血管から網膜この特集企画では,臨床の第一線で加齢黄斑変性血管との吻合,網膜下への進展,脈絡膜新生血管との治療を多数例に行っておられる専門家に,現時点の吻合など,特異な病態を示す病型であり,初期のでのAMDの各病型,病態の管理方法について,実網膜内新生血管の時期には抗VEGF薬が奏効する情に即して詳しく述べていただいた.この特集が,が,進行すると再発を繰り返すため,いかにうまく加齢黄斑変性の診療を行われている多くの先生方にPDTを併用して治療回数を減少させるかが課題ととって,広くガイドとなることを期待している.なる.また,維持期の長期管理は,視力をどれだけ1650あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(2)

抗VEGF治療:再発例への抗VEGF薬の使用方法

2013年12月27日 金曜日

●連載⑲抗VEGF治療セミナー─使用方法─監修=安川力髙橋寛二9.再発例への抗VEGF薬の使用方法齋藤昌晃福島県立医科大学医学部眼科学講座滲出型加齢黄斑変性(AMD)の治療は,現在,抗VEGF薬硝子体内注射が主流であるが,長期経過中には再発例や,抗VEGF薬の無効例がみられる.本稿では,再発例に対する抗VEGF薬の使用方法をAMDの病型別に概説する.はじめに加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)は欧米での中途失明の主要原因であるが,近年わが国でも急増している眼科領域における最重要疾患の一つである.AMDは脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)を伴う滲出型AMDと,萎縮型AMDに分類され,現在,治療の対象になるのは滲出型である.CNVの発生には血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が深くかかわっている.2013年10月現在のわが国におけるAMDの治療には,光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)と,3種類の抗VEGF薬,すなわちペガプタニブ(マクジェンR),ラニビズマブ(ルセンティスR),そしてアフリベルセプト(アイリーアR)の硝子体内注射を使うことが可能である.欧米での大規模臨床試験の結果から,実際の臨床の場では,ラニビズマブやアフリベルセプトを用いた治療が滲出型AMD治療の主流になっている.滲出型AMDの病型2012年にわが国からAMDの治療指針が発表された1).このガイドラインでも示されているように,滲出型AMDはその病型を3つに分類することが重要である.すなわち,1)典型AMD2)ポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)3)網膜血管腫状増殖(retinalangiomatousproliferation:RAP)に分けることである.その理由は,病型により治療の反応が異なるからである.以下にそれぞれの病型に対する治療,再発時への対応について記述する.典型AMD典型AMDに対しては抗VEGF薬の単独治療がガイドラインで推奨されている.とくに網膜色素上皮.離を伴った典型AMDでは,PDTでの治療成績が悪いことも報告されていることから2),再発例に対してもラニビズマブやアフリベルセプトを用いた抗VEGF薬の単独療法が勧められる.PCVPCVに対しては,抗VEGF薬であるラニビズマブ単独ではポリープ状病巣の閉塞効果は低いことが報告されている.そこで筆者らはPDTのガイドラインでの推奨視力を考慮し,初回治療のPCVに対しては,小数視力abcd図1ポリープ状脈絡膜血管症(PCV)の再発例70歳,男性.初回PDTでポリープ状病巣は閉塞したが,a:18カ月後には,インドシアニングリーン蛍光眼底造影(IA)でポリープ状病巣は閉塞したままであるが,b:OCTで漿液性網膜.離(SRD)がみられる.残存異常血管網からの滲出が再発と診断し,ラニビズマブを用いた抗VEGF単独療法を施行.c,d:治療3カ月後にはIAでポリープ状病巣は閉塞したままで,OCTでみられたSRDも消失し,矯正視力は0.6から0.7に改善した.(59)あたらしい眼科Vol.30,No.12,201317070910-1810/13/\100/頁/JCOPY abcdefabcdef0.5以下の症例には抗VEGF薬併用PDTを,視力0.5より良い症例には抗VEGF薬単独治療を行ってきた3).再発例に対しても,ポリープ状病巣がある場合は初回治療と同様な考えで行う.しかし,ポリープ状病巣がない場合,すなわち残存異常血管網からの滲出に対しては,視力に関係なく抗VEGF薬治療が勧められる4)(図1).RAPRAPに対しては,初回,再発時,いずれも抗VEGF薬併用PDTを基本として治療を行っている.RAPは滲出型AMDのなかでは予後がもっとも悪い病型として知られている.RAPの病態は,網膜内に生じた新生血管が,網膜下に伸展するとともに,網膜表層にも伸びて網膜血管との吻合(retinal-retinalanastomosis:RRA)を形成する.このRRAの存在の有無はRAP治療には重要な所見であり,RRAの閉塞をめざすことが治療の目的になる5)(図2).ラニビズマブ抵抗例ラニビズマブは大規模臨床試験で,滲出型AMDでは初めて視力改善効果を示し,世界的に広まった.しかし,長期経過では治療に抵抗性を示す症例もみられる.近年このような症例にはアフリベルセプトへ変更することで滲出が減ることが海外で報告され話題になっている.ラニビズマブ抵抗例の定義,変更時期,変更後の投与方法など,まだ議論を要する点も多く,今後のさらなる報告が期待される.1708あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013図2網膜血管腫状増殖(RAP)の再発例86歳,女性.前医でラニビズマブを用いた抗VEGF単独療法を毎月連続3回施行後,早期に再発がみられた.当科初診時,右眼矯正視力は0.24.a:カラー眼底写真で軟性ドルーゼンの多発と網膜浮腫,網膜前出血,網膜内出血がみられる.b:IA初期像では網膜血管(矢印)が新生血管(矢頭)と吻合を形成(RRA)している.c:OCTは著明な網膜浮腫と,網膜色素上皮.離(PED)を示している.d:ラニビズマブを用いた抗VEGF療法併用PDTに変更し,治療3カ月後には網膜出血は消失し,矯正視力は0.4に改善した.e:IA初期像では吻合血管は消失し,f:治療前にみられたOCTでの著明な網膜浮腫,PEDも消失した.おわりに2004年5月にわが国でPDTが使用可能になると,AMDに対する注目度は急速に高まった.さらに2009年3月に,滲出型AMDで初めて治療後有意な視力改善を示したラニビズマブが使用可能になると,初期の視力良好例にも良好な成績が得られている.長期経過時には再発することは多くなるが,滲出型AMDはその病型によって再発時にも対応が異なるため,滲出型AMDに対する適切な治療は,滲出型AMDの正確な診断があってこそ初めて可能になる.文献1)高橋寛二,小椋祐一郎,石橋達朗ほか(厚生労働省網膜脈絡膜・視神経萎縮症調査研究班加齢黄斑変性診断基準作成ワーキンググループ):加齢黄斑変性の治療指針.日眼会誌116:1150-1155,20122)SaitoM,IidaT,NagayamaD:Photodynamictherapywithverteporfinforage-relatedmaculardegenerationorpolypoidalchoroidalvasculopathy:comparisonofthepresenceofserousretinalpigmentepithelialdetachment.BrJOphthalmol92:1642-1647,20083)SaitoM,IidaT,KanoM:Combinedintravitrealranibizumabandphotodynamictherapyforpolypoidalchoroidalvasculopathy.Retina32:1272-1279,20124)SaitoM,IidaT,KanoM:Intravitrealranibizumabforpolypoidalchoroidalvasculopathywithrecurrentorresidualexudation.Retina31:1589-1597,20115)SaitoM,IidaT,KanoM:Combinedintravitrealranibizumabandphotodynamictherapyforretinalangiomatousproliferation.AmJOphthalmol153:504-514,2012(60)

涙囊鼻腔吻合術後,経鼻的持続陽圧呼吸療法により慢性 涙囊炎が遷延したと思われる1例

2013年11月30日 土曜日

《第1回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科30(11):1611.1614,2013c涙.鼻腔吻合術後,経鼻的持続陽圧呼吸療法により慢性涙.炎が遷延したと思われる1例藤田恭史*1三村真士*1今川幸宏*1布谷健太郎*1佐藤文平*1植木麻理*2池田恒彦*2*1大阪回生病院眼科*2大阪医科大学眼科学教室ACaseofProlongedChronicDacryocystitisafterEndonasalDacryocystorhinostomybecauseofObstructiveSleepApneaSyndromewithUseofContinuousPositiveAirwayPressureYasushiFujita1),MasashiMimura1),YukihiroImagawa1),KentarouNunotani1),BunpeiSato1),MariUeki2)andTunehikoIkeda2)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaKaiseiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,OsakaMedicalCollege目的:涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)後,経鼻的持続陽圧呼吸療法(nasalcontinuouspositiveairwaypressure:CPAP)により慢性涙.炎が遷延したと考えられる,閉塞性睡眠時無呼吸症候群(obstructivesleepapneasyndrome:OSAS)を合併した慢性涙.炎の1例を報告する.症例:64歳,男性.10年前からのOSASに対してCPAPを使用,半年前からの左眼流涙,眼脂で大阪回生病院眼科初診.慢性涙.炎を認め,DCRを施行し涙道チューブを挿入した.経過良好であったが,CPAP再開とともに涙.炎が再発し,4カ月後涙道チューブを抜去した結果,1カ月で吻合部が閉塞した.再手術としてCPAPを中止し,涙道内視鏡下で涙道再建術を施行し,涙道チューブを挿入した.術後2カ月で涙道チューブを抜去した結果,CPAPを再開しても涙.炎の再発は認めない.結論:DCR術後,CPAPにより吻合部で鼻汁が逆流し,炎症が遷延化する可能性がある.CPAPを併用する場合は,鼻涙管開口部の形状,Hasner弁の逆流防止効果を期待した,涙道チューブ挿入術のほうが良いと思われる.Purpose:Wereportaprolongedcaseofchronicdacryocystitiscomplicatedwithobstructivesleepapneasyndrome(OSAS)withuseofcontinuouspositiveairwaypressure(CPAP)afterendonasaldacryocystorhinostomy(DCR).Case:Thepatient,attheageof64,hadbeenusingCPAPfor10years.Hevisiteduswithcontinuousepiphoraandmucoidfluiddischargeof6months’duration.WediagnosedchronicdacryocystitisandperformedDCR.WithresumptionofCPAP,however,thechronicdacryocystitisrecurred.Althoughweremovedthesiliconestentafter4months,theanastomosisbecameobstructedwithin1month.Wereoperated,usingsiliconeintubationtoreconstructtheoriginalnasolacrimalduct.Sincesiliconestentremovalwithin2monthsaftersurgerytherehasbeennorecurrence,evenwithCPAPuse.Conclusion:WesuggestthatCPAPpressurecausedretro-flowofnasalmucusintothelacrimalsac,prolonginginflammationandresultinginreccurrenceofchronicdacryocystitis.WerecommendreconstructivesurgerywithsiliconeintubationincasesofCPAPuse,anticipatingefficacyofthevalveofHasnerandapertureofnasolacrimalduct.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(11):1611.1614,2013〕Keywords:涙.鼻腔吻合術,経鼻的持続陽圧呼吸療法,睡眠時無呼吸症候群,Hasner弁,慢性副鼻腔炎.dacryocystorhinostomy,nasalcontinuouspositiveairwaypressure,obstructivesleepapneasyndrome,valveofHasner,chronicsinusitis.〔別刷請求先〕藤田恭史:〒532-0003大阪市淀川区宮原1-6-10大阪回生病院眼科Reprintrequests:YasushiFujita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaKaiseiHospital,1-6-10Miyahara,Yodogawa-ku,Osaka532-0003,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(119)1611 はじめに慢性涙.炎に対する治療は,大きく涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)と涙道チューブ挿入術に分けられる.特にDCRは慢性涙.炎に対して有効な治療であるが,DCR術後の吻合部は,涙.と鼻腔が直接交通してしまい,いきみ,Valsalva法などにより容易に空気の逆流が生じる1).一方,経鼻的持続陽圧呼吸療法(nasalcontinuouspositiveairwaypressure:CPAP)は,重症の閉塞性睡眠時無呼吸症候群(obstructivesleepapneasyndrome:OSAS)に対する治療であり,マスクを介して上気道への陽圧換気を行うことによって,就寝中の気道閉塞を防ぐことができる.Cannonらによると,DCR術後のCPAP装用者においては,CPAP圧設定が8.10mmHgで吻合部からの空気の逆流が生じると報告されている2).今回筆者らはCPAP使用中の慢性副鼻腔炎合併,慢性涙.炎患者に対して,DCR鼻内法を行い,術後CPAPを使用した結果,慢性涙.炎が遷延化,吻合部の閉塞をきたした症例を経験した.この症例に対して涙管チューブ挿入術による涙道再建術を施行した結果,良好な経過を得たので,若干の文献的考察を加えて報告する.I症例患者:64歳,男性,身長167cm,体重67.9kg,BMI(bodymassindex)24.35.主訴:半年前からの左眼流涙,眼脂.既往歴:OSAS,慢性副鼻腔炎.初診時所見:右眼は涙液メニスカスやや上昇,涙液層破壊時間4sec,涙道閉塞はなかった.左眼の涙液メニスカスの上昇を認め,涙液層破壊時間4sec,視力,眼圧,前眼部,中間透光体,眼底に異常はなかった.また両眼にfloppyeyelidを認めた.左涙道内視鏡検査の結果,上下涙小管は問題なかったが,多量の白色粘性膿を涙.内に認め,鼻涙管開口部は閉塞しており,慢性涙.炎と診断した.眼脂,鼻腔細菌培養検査からは,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)が検出された.またOSASで10年来CPAP(RESMED社,オートセットCR)を使用しており,初診時のCPAP圧のmaximumpressuresettingは8.0cmH2O,minimumpressuresettingは4.0cmH2Oであった.II経過MRSAを起因菌とする慢性涙.炎に対して,週1回の64倍希釈ポビドンヨードによる涙.洗浄,MRSAに対しては,鼻腔内ムピロシンカルシウム水和物(バクトロバン軟膏R)を使用した.6週間後,全身麻酔下で鼻内法によるDCRを施行した.DCR鼻内法は,上涙点から挿入した涙道内視鏡(FiberTech社製)の光をメルクマールに,硬性鼻内視鏡(STORTZ社製)下に鑿,鎚を使用して涙.中部.下部に7mm程度の骨窓を作製し,涙.粘膜を切開,涙道チューブ2セットを留置した(図1).術中,鼻中隔弯曲による中鼻道狭窄を認めたが,手術は問題なく終了した.術後,患者の自覚症状は改善,通水良好となり慢性涙.炎は治癒した(図2左).しかし,DCR術後2週でCPAPを再開すると同時に,起床時の術眼の眼脂が増加し,自覚症状の悪化を認めた.涙道内視鏡検査の結果,涙道チューブは問題なく留置され,骨窓は大きく開いていたが,吻合部は充血,腫脹し,白色.透明粘性内容物が涙.内に貯留していた(図2中央).CPAPの影響による,吻合部を介した鼻汁の逆流が原因と考えたが,CPAPは中止することが不可能であったため,週1回の64倍希釈ポビドンヨードによる涙.洗浄で経過観察とした.その後,涙.洗浄で眼脂,涙.内の粘性物質は増減寛解を繰り返していたが,長期留置による合併症も危惧し,術後4カ月で涙道チューブを抜去した.吻合部には充血,腫脹,線維化を認めた.結果,抜去後1カ月で吻合部の再閉塞を認めた(図2右).涙道チューブ抜去後1カ月に再手術を計画した.前回の経験から,CPAPによる涙.炎の遷延化が再発の主原因であると判断し,今回は鼻涙管元来の逆流防止機構の作用を期待して,涙道内視鏡下で涙道再建術を選択した.鼻涙管上部で粘膜は高度線維化をきたしていたが,涙道内視鏡下にdirectendoscopicprobing(DEP)で閉塞を開放し,涙道チューブを1セット留置した.また睡眠科との協議の結果,涙道内へ*図1術中DCR吻合部中鼻甲介(*)の付け根あたりで涙.腔吻合(両矢印:約7mm)を行い,涙点から挿入した涙道内視鏡が鼻内に突き出している.鼻粘膜は全体的に充血腫脹し,慢性鼻炎をきたしている.1612あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(120) ************図2術後経過中の涙道内視鏡所見左から術後3日(CPAP再開前),術後2週(CPAP再開時),術後5カ月(涙道チューブ抜去後1カ月,吻合部再閉塞時).涙道チューブ(*)が挿入された吻合部(矢印)は,CPAP再開後は充血,腫脹した.の鼻汁の逆流を予防するためCPAPを中止し,上気道に圧力のかからない睡眠時無呼吸用口腔内装具(oralapplianceまたはマウスピース)に変更した.涙道チューブ挿入術後,流涙,眼脂は軽快し,涙.炎は改善した.涙道チューブは2カ月間留置後に抜去,術後1カ月半でCPAPを再開したが,術後12カ月の現在まで慢性涙.炎の再発を認めていない.III考察CPAPは,OSASの重症例に対する重要な治療法であり,機械的に上気道に持続陽圧をかけることにより,就寝中の気道閉塞を防ぐ働きがある.一方でCPAP装用による一般的な合併症には,口や鼻の乾燥,ドライアイ,細菌性角結膜炎,floppyeyelidsyndromeなどが報告されている2).今回の症例ではfloppyeyelidsyndromeを合併しており,floppyeyelidsyndromeは眼瞼組織が脆弱化することによって涙液排泄が十分に行えない導涙機能低下性流涙や,それに伴い自浄作用が低下し,起床時に増悪する眼脂,慢性結膜炎の原因となる可能性が指摘されている.他にも肥満,円錐角膜,機械的刺激,高血糖などに合併するとされている3).また過去の報告では,DCR術後にCPAP(圧設定8.10mmHg)を装用することにより吻合部からの空気の逆流が起こり,15mm以上の吻合部作製例では,いきみや鼻かみでも内眼角への空気の逆流を自覚するとしている2,4).今回の症例の特徴は,(1)慢性涙.炎の発症にCPAPの使用,慢性副鼻腔炎,floppyeyelidsyndromeによる涙液排泄障害が関与している可能性があること,(2)DCR術後に再開したCPAPに連動して慢性涙.炎の再発を認めたこと,(3)Hasner弁の効果を期待して行った涙道チューブ挿入術での再手術が有効であったことが挙げられる.まず,本症例の慢性涙.炎発症関連因子であるが,両眼瞼の所見,右眼の涙液メニスカスが若干高いことより両眼ともfloppyeyelidsyndromeによる導涙機能障害があったと考えられた.また(121)Paulsenらによると慢性涙.炎の起因菌は結膜.だけでなく鼻腔内からも供給されるとされ5),慢性副鼻腔炎による多量の鼻汁を伴った鼻粘膜の炎症が,涙道へ波及した可能性もある.さらにCPAPの使用による鼻汁の涙道への逆流および涙道開口部を含む鼻粘膜の乾燥性鼻粘膜障害なども本症例の慢性涙.炎発症に関わった可能性がある.つまり,慢性副鼻腔炎とCPAP使用による涙道への炎症波及と,floppyeyelidsyndromeによる自浄作用の低下が当患者の涙.炎の発症因子となりえた可能性が考えられた.続いてDCR後の慢性副鼻腔炎の再発であるが,DCRの術後となるとさらにCPAPの影響は顕著となる可能性が考えられる.吻合部を介して鼻汁の逆流が容易となることが予想され,さらに鼻内の乾燥は涙.粘膜にも直接影響することが考えられる.実際本症例において,DCR術後特に内眼角からの空気の逆流を自覚し,CPAP装用に連動して起床時の粘液の逆流が増減した.また,涙道内視鏡所見より吻合部の粘膜が長期間にわたって充血,腫脹していたことから,CPAPによる粘膜の乾燥と鼻汁の逆流による涙道粘膜の炎症が遷延していた可能性があり,吻合部の線維性閉塞につながったことが示唆された.さらに再手術においてはこの考察に基づき,できるだけ鼻汁,空気の逆流を避けるためにDEP+涙道チューブ挿入による涙道再建術を行った結果,良好な経過を得た.鼻涙管開口部上部に存在するHasner弁は,鼻腔内圧の上昇に応じて鼻腔側壁に密着し,薄い弁として作用する逆流防止機構があるとされている6).また,鼻涙管開口部自体の形状も涙道を鼻内の環境から守る仕組みがあるとされている.ヒトの鼻道には呼吸時に強い気流が生じ,この一部が下鼻道内を通過し,吸気時に開口部は下鼻甲介により外鼻孔からの強い気流から庇護される.田中らによると,日本人の鼻涙管開口部は裂孔状で,後下方ないし後内下方を向く型が多いとされ,これにより吸気時の気流を避けることが可能であり,涙道内感染を予防できる巧妙な形態構築があるとしている6).本症例あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131613 において,DCRでは鼻汁,空気の逆流の結果,慢性涙.炎が再発したが,涙道再建術を行うことで,できるだけ逆流を防止し,また今回は鼻涙管開口部を観察することはできなかったが,鼻涙管開口部の形状による逆流防止作用も働いていた可能性がある.現在のところ再発なく良好な結果を得ていることから,鼻涙管の逆流防止機構を生かすことができたのではないかと考えられた.以上より今後のさらなる検討が必要ではあるが,CPAPを装用し,慢性副鼻腔炎を合併した慢性涙.炎に対しては,鼻涙管本来の逆流防止作用を期待し,DCRよりも涙道再建術を選択することで良好な経過を得ることができる可能性があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)孫裕権,大西貴子,原吉幸ほか:涙.鼻腔吻合症例における眼脂培養および鼻腔内メチシリン耐性黄色ぶどう球菌(MRSA)簡易スクリーニングの検討,眼紀56:809812,20052)CannonPS,MadgeSN,SelvaD:Airregurgitationinpatientsoncontinuouspositiveairwaypressure(CPAP)therapyfollowingdacrocystorhinostomywithorwithoutLester-Jonestubeinsertion.BrJOphthalmol94:891893,20103)SowkaJW,GurwoodAS,KabatAG:ReviewofOptometry.Eyelid&adnexa,floppyeyelidsyndrome,p6,JobsonMedicalInformation,NewYork,20104)HerbertHM,RoseGE:Airrefluxafterexternaldacryocystorhinostomy.ArchOphthalmol125:1674-1676,20075)PaulsenFP,ThaleAB,MauneSetal:Newinsightsintothepathophysiologyofprimaryacquireddacryostenosis.Ophthalmology108:2329-2336,20016)田中謙剛:ヒト鼻涙管開口部の位置と形状に関する解剖学的研究.久留米医会誌71:38-52,2008***1614あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(122)

両眼先天性鼻側視神経低形成の2例

2013年11月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科30(11):1639.1643,2013c両眼先天性鼻側視神経低形成の2例山下真理子*1湯川英一*1,2西智*1大萩豊*3,4緒方奈保子*1*1奈良県立医科大学眼科学教室*2ゆかわ眼科クリニック*3西の京病院眼科*4おおはぎ眼科クリニックTwoPatientswithCongenitalBilateralNasalOpticNerveHypoplasiaMarikoYamashita1),EiichiYukawa1,2),TomoNishi1),YutakaOhagi3,4)andNahokoOgata1)1)DepartmentofOphthalmology,NaraMedicalUniversity,2)YukawaEyeClinic,3)DepartmentofOphthalmology,NishinokyoHospital,4)OhagiEyeClinic両眼先天性鼻側視神経低形成の2例を経験した.これまでにわが国において松本らが視神経小乳頭の先天性鼻側視神経低形成を報告しているが,今回の症例は2例4眼中3眼で視神経乳頭サイズは正常であり,動的視野検査では両眼とも光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)で得られた鼻側網膜神経線維層の菲薄化に一致して,Mariotte盲点に向かう楔形の耳側視野欠損がみられた.2症例とも数年にわたり視野に変化はなく,OCTが本症の補助診断に有用であった.視神経低形成は元来,視神経線維数が減少しているため,将来緑内障を合併しやすいことも考えられる.わが国では正常眼圧緑内障の有病率が高いことも考え合わせると今後も定期的な観察が必要と思われた.Weencountered2patientswithbilateralnasalopticnervehypoplasia.Matsumotoetal.reportedcongenitalnasalopticnervehypoplasiawithsmallopticdiscinJapan,butdiscsizewasnormalin3ofthe4eyesofourpatients.Moreover,dynamicperimetrydisclosedawedge-shapeddefectofthetemporalvisualfieldtowardtheMariotteblindspot,bilaterally,thatcorrespondedtonasalretinalnervefiberlayerthinningobservedonopticalcoherencetomography(OCT).Thevisualfieldsofthepatientshadnotchangedforseveralyears,andOCTwasusefulintheauxiliarydiagnosisofthisdisease.Sincethenumberofopticnervefibersisoriginallydecreasedinopticnervehypoplasia,thecomplicationofglaucomaislikelytooccurinthefuture.Periodicexaminationmaybenecessaryinthesecases,sincetheprevalenceofnormal-pressureglaucomaishighinJapan.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(11):1639.1643,2013〕Keywords:先天性鼻側視神経低形成,楔状耳側視野欠損,乳頭サイズ,網膜神経線維層厚,光干渉断層計.congenitalbilateralnasalopticnervehypoplasia,wedge-shapedtemporalvisualfielddefect,opticdiscsize,retinalnervefiberlayerthickness,opticalcoherencetomography.はじめに視神経低形成は網膜神経節細胞と視神経線維が正常人より減少していることで生じる先天異常であるが1),視神経部分低形成では一般に視力は良好であり,局在的な視野欠損が認められる2,3).そしてこれまでにMariotte盲点に向かう楔状下方視野欠損を示す上方視神経低形成については比較的多くの報告がなされているものの4.7),先天性鼻側視神経低形成についての報告は少ない8.10).今回筆者らは両耳側視野欠損を示し,乳頭サイズが正常な先天性鼻側視神経低形成の2例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕31歳,女性.主訴:視神経乳頭の精査希望.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.現病歴:コンタクトレンズ作製時に視神経乳頭の腫れを指摘されたため,精査目的にて平成21年7月に奈良県立医科大学眼科外来を受診した.初診時所見:矯正視力は右眼(1.5×sph.3.00D),左眼(1.2×sph.2.25D)であり,眼圧は右眼18mmHg,左眼16mmHgであった.前眼部,中間透光体に異常は認められ〔別刷請求先〕湯川英一:〒635-0825奈良県北葛城郡広陵町安部236-1-1ゆかわ眼科クリニックReprintrequests:EiichiYukawa,M.D.,YukawaEyeClinic,236-1-1Abe,Koryo-cho,Kitakatsuragi-gun,Nara635-0825,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(147)1639 ab右眼左眼右眼左眼c左眼右眼図1症例1a:眼底写真.DM/DD比は右眼2.8,左眼2.8であり,右眼の視神経乳頭鼻側は軽度の偽乳頭浮腫を呈している.b:光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)所見.両眼ともに鼻側網膜神経線維層の菲薄化が認められる.c:動的視野結果.両眼ともにMariotte盲点に向かう楔形の耳側視野欠損が認められる.なかった.眼底所見では右眼の視神経乳頭鼻側は軽度の偽乳として測定するDM/DD(distancebetweenthecentersof頭浮腫を呈していた(図1a).視神経乳頭サイズの評価法とthediscandthemacula/discdiameter)比については,右してWakakuraら11)の提唱した乳頭径を横径と縦径の平均眼2.8,左眼2.8であった.光干渉断層計(opticalcoherence1640あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(148) ab右眼左眼右眼左眼c左眼右眼図2症例2a:眼底写真.DM/DD比は右眼3.0,左眼3.4であり,両眼の視神経乳頭鼻側は軽度の偽乳頭浮腫を呈している.b:光干渉断層計(OCT)所見.両眼ともに鼻側網膜神経線維層の菲薄化が認められる.c:動的視野結果.両眼ともにMariotte盲点に向かう楔形の耳側視野欠損が認められる.tomography:OCT)にて視神経乳頭周囲の網膜神経線維層は両眼ともOCTで得られた網膜神経線維層の菲薄化に一致厚を測定したところ,両眼ともに鼻側網膜神経線維層の菲薄して,Mariotte盲点に向かう楔形の耳側視野欠損がみられ化が認められた(図1b).同時期に施行した動的視野検査でた(図1c).頭部磁気共鳴画像(magneticresonanceimag(149)あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131641 ing:MRI)では視交叉の低形成や透明中隔欠損は認めなかった.経過:その後,約4年にわたって経過観察しているが,初診時と比較して視野に変化はなく,これらの所見から先天性鼻側視神経低形成と診断した.〔症例2〕52歳,女性.主訴:眼圧の精査希望.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.現病歴:検診にて眼圧が高いことを指摘され,精査目的にて平成20年1月に西の京病院眼科外来を受診した.初診時所見:矯正視力は右眼(1.2×sph.5.00D(cyl.1.00DAx180°)左眼(1.2×sph.5.75D(cyl.1.00DAx10°)であり圧は右眼20mmHg,左眼21mmHgであった.前眼部,中間透光体に異常は認められなかった.眼底所見では両眼の視神経乳頭鼻側は軽度の偽乳頭浮腫を呈していた(図2a).DM/DD比は右眼3.0,左眼3.4であった.OCTにて視神経乳頭周囲の網膜神経線維層厚を測定したところ,両眼ともに鼻側網膜神経線維層の菲薄化が認められた(図2b).同時期に施行した動的視野検査では両眼ともOCTで得られた網膜神経線維層の菲薄化に一致して,Mariotte盲点に向かう楔形の耳側視野欠損がみられた(図2c).頭部MRIでは視交叉の低形成や透明中隔欠損は認めなかった.経過:その後,5年にわたって経過観察しているが,初診,眼(,)時と比較して視野に変化はなく,これらの所見から先天性鼻側視神経低形成と診断した.II考按視神経低形成は先天的に網膜神経節細胞と視神経線維が減少しており1),小乳頭と高度な視機能障害を示す先天異常とされ,小児の視力障害となる原因疾患の一つではあるが,なかには視力が良好で視野が局在的に欠損する視神経部分低形成が存在する.視力が良好な先天性視神経乳頭鼻側低形成についてはBuchananら8)が耳側視野欠損を示す先天性視神経乳頭低形成として報告し,さらに松本ら9)は視神経乳頭サイズが小さな3症例を報告している.今回,筆者らが示した症例は,Wakakuraらが提唱するDM/DD比をみると3.2以上を小乳頭,2.2以下を巨大乳頭としており,2例4眼中3眼で視神経乳頭サイズは正常であった.そして高木ら12)は視神経低形成と乳頭低形成は異なる疾患単位であることを強調している.すなわち前者は視神経軸索が生来欠落し,その部位が視野検査にて視野欠損として検出される一方で,後者は検眼鏡的に小乳頭など視神経乳頭の形成不全として観察される.そのため両者は合併することも単独で生じることもあると述べている.今回筆者らが提示した2例でも乳頭サイズが正常であった3眼中2眼で軽度ではあるが鼻側に偽乳頭浮腫がみられた.このことはたとえ乳頭サイズが正常であったと1642あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013しても網膜神経節細胞や視神経線維の先天的な形成異常が生じている結果であるとも考えられる.今回の2例はともに両耳側視野欠損が認められた.鑑別診断として視交叉付近の病変が考えられたが,動的視野検査からはMariotte盲点に向かう視野欠損であり,OCTで得られた鼻側網膜神経線維層の菲薄化所見が補助診断に有用であった.また橋本ら13)は両耳側視野欠損を示し,頭部MRIにて著明に菲薄化した視交叉と透明中隔欠損がみられたseptoopticdysplasiaを先天性視交叉低形成として報告しているが,筆者らの症例ではともにそれらの所見は認めなかった.ただし症例1では左後頭葉白質に頭部MRIにて高信号領域を認めており,神経内科にて膠原病,代謝性疾患,ミトコンドリア関連疾患などが疑われ,精査されるも現在のところ明らかな異常は認めず,経過観察中である.視神経部分低形成の一つである上方視神経低形成についてはわが国では正常眼圧緑内障の有病率が高いことから,緑内障検診の普及とともにその鑑別が重要となっている.さらに視神経低形成は元来,視神経線維数が減少しているため,将来緑内障を合併しやすいことも考えられる14).またOhguroら10)は鼻側視神経低形成症例,緑内障を伴った鼻側視神経低形成症例,および耳側視野欠損を示す緑内障症例を詳細に検討した結果,鼻側視神経低形成症例では緑内障合併の有無にかかわらず,12眼中11眼で小乳頭が認められた一方で,耳側視野欠損を示す緑内障症例では3眼すべてで乳頭サイズは正常であったことを報告している.このことを考えると,耳側視野欠損を示す症例に対しては乳頭サイズが鼻側視神経低形成なのかあるいは緑内障であるのかを判断する一つの指標となりうるのかもしれない.そして今回の症例1では緑内障性乳頭陥凹は認められないものの,両眼とも乳頭サイズは正常であることから,さらなる長期経過により耳側視野欠損が進行する可能性も否定できない.さらに症例2において初診時眼圧はGoldmann圧平眼圧計にて右眼20mmHg,左眼21mmHgであり,その後は両眼とも17mmHgから22mmHgにて推移している.現在のところ先天性鼻側視神経低形成に高眼圧症が合併しているということになるが,両症例とも今後も定期的に動的視野検査とHumphrey視野検査を組み合わせて測定することで緑内障の発症につき十分に注意を払っていく必要があると思われた.文献1)WhineryR,BlodiF:Hypoplasiaoftheopticnerve:Aclinicalandhistopathologicalcorrelation.TransAmAcadOphthalmolOtolaryngol67:733-738,19632)GardnerHB,IrvineA:Opticnervehypoplasiawithgoodvisualacuity.ArchOphthalmol88:255-258,19723)BjorkA,LaurellC,LaurellU:Bilateralopticnervehypoplasiawithnormalvisualacuity.AmJOphthalmol86:(150) 524-529,19784)PurvinVA:Superiorsegmentalopticnervehypoplasia.JNeuro-Ophthalmol22:116-117,20025)UnokiK,OhbaN,HoytWF:Opticalcoherencetomographyofsuperiorsegmentaloptichypoplasia.BrJOphthalmol86:910-914,20026)YamamotoT,SatoM,IwaseA:SuperiorsegmentaloptichypoplasiawithfoundinTajimiEyeHealthCareProjectparticipants.JpnJOphthalmol48:578-583,20047)小澤摩記,平野晋司,藤津揚一朗ほか:上方視神経低形成の5例.あたらしい眼科24:115-120,20078)BuchananTAS,HoytWF:Temporalvisualfielddefectsassociatedwithnasalhypoplasiaoftheopticdisc.BrJOphthalmol65:636-640,19819)松本奈緒美,橋本雅人,今野伸介ほか:先天性視神経乳頭鼻側低形成の3例.あたらしい眼科22:1009-1012,200510)OhguroH,OhguroI,TsurutaMetal:Clinicaldistinctionbetweennasalopticdischypoplasia(NOH)andglaucomawithNOH-liketemporalvisualfielddefects.ClinOphthalmol4:547-555,201011)WakakuraM,AlvarezE:Asimpleclinicalmethodofassessingpatientswithopticnervehypoplasia.Thedisc-maculadistancetodiscdiameterratio(DM/DD).ActaOphthalmolScand65:612-617,198712)高木峰夫,阿部春樹:視神経部分低形成の概念.神眼24:379-388,200713)橋本雅人,鈴木康夫,大塚賢二:先天性視交叉低形成の1例.あたらしい眼科19:249-251,200514)藤本尚也:視神経低形成と緑内障との鑑別と合併.神眼24:426-432,2007***(151)あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131643

MIRAgel®除去を必要とした強膜内陥術後の1例

2013年11月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科30(11):1633.1638,2013cMIRAgelR除去を必要とした強膜内陥術後の1例江.雄也加藤亜紀水谷武史小椋俊太郎森田裕吉田宗徳小椋祐一郎名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学ExtractionofMIRAgelRExplantl8YearsafterScleralBucklingSurgeryYuyaEsaki,AkiKato,TakeshiMizutani,ShuntaroOgura,HiroshiMorita,MunenoriYoshidaandYuichiroOguraDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences背景:MIRAgelR(マイラゲル)は強膜内陥術に用いられたバックル素材であるが術後に高率に変性・膨化を起こし,合併症の原因となる.今回18年後に眼球運動障害をきたし,バックル除去に至った症例を経験した.症例:32歳,男性.14歳のとき,左眼強膜内陥術を受け,その後長期にわたり無症状であった.2009年頃から左耳側下方眼瞼隆起を生じ,2011年1月近医を受診,同月当院を受診.初診時,左下眼瞼耳側と球結膜下耳側の隆起を認め,左眼はバックルのためと思われる著しい眼球運動障害があったが,除去希望なく経過観察とした.しかし自覚症状が悪化し,術前のMRI(磁気共鳴画像)でマイラゲルが疑われたため,2011年12月に除去手術を施行.局所麻酔下にて斜視鈎および鋭匙でマイラゲルを除去した.術後MRIにて少量のマイラゲル残存を認めたが,自覚症状および眼球運動障害は著明に改善した.結論:MRIはバックルの種類,位置,残留物の確認に有用であった.膨化したマイラゲルは摘出が困難であるが斜視鈎や鋭匙は除去に有用であった.Purpose:ToreportasuccessfulcaseofMIRAgelRremoval18yearsafterscleralbuckling.Patient:A32-year-oldmalenoticedleftlowereyelidmassin2009.Scleralbucklingprocedurehadbeendoneforretinaldetachmentinhislefteyein1993;therehadbeennosymptomsovertheyears.HewasreferredtoNagoyaCityUniversityhospitalin2011.Highprotrusionwasobservedintheleftlowereyelidandbulbarconjunctiva.Themovementofthelefteyewashighlylimitedbyexplantedscleralbuckle.However,thepatientpreferredobservation.Oneyearlater,hevisitedusagain,seekingremovalsurgery.Magneticresonanceimaging(MRI)suggestedMIRAgelexplants.TheMIRAgelwasextractedcarefullyusingacuretteandastrabismushook.Aftertheoperation,eyemovementwasdramaticallyimprovedinalldirections.Conclusion:MRIwasusefulforidentifyingthematerialandbucklelocation.ItwaspossibletoremovethedegradedMIRAgelsmoothlyandsafely,usingsuchinstrumentsasacuretteandastrabismushook.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(11):1633.1638,2013〕Keywords:マイラゲル,強膜内陥術,晩期合併症,magneticresonanceimaging(MRI).MIRAgelR,scleralbuckling,latecomplication,magneticresonanceimaging(MRI).はじめにMIRAgelR(以下,マイラゲル)は強膜内陥術に用いられたハイドロゲルのバックル素材で,1980年頃から米国で使用され始めた1,2).異物反応が起こりにくいこと,化学的な安定性が高いこと,強膜びらんを形成しにくい適度な弾力性があること,その保水性により抗生物質を吸収して術後に徐放するためシリコーンスポンジよりも感染の危険が少ないと考えられたことなどから,理想的なバックル素材とみなされた.そのためわが国でも1980年代後半から2000年頃まで強膜内陥術に用いられた3.6).当初Tolentinoら7)は術後6.53カ月までの経過観察では特に問題となる合併症はないと報告していたが,Hwangら8)によってマイラゲル使用10年後に起きた合併症の1例が1997年に報告されてから晩期合併症の報告が散見されるようになった9,10).おもな症状は眼瞼皮膚の腫脹あるいは結膜の隆起,異物感,眼球運動障害,複視,充血などであり,これはマイラゲルの膨化変性,脆弱化することによるものであり3,11),改善のためにはマイラゲルの除去が必要となる.しかし摘出の際に,変性・脆弱化し〔別刷請求先〕加藤亜紀:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:AkiKato,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,1Kawasumi,Mizuho-cho,Mizuho-ku,Nagoya467-8601,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(141)1633 たマイラゲルが断片化し,取り出すことが困難であることが知られている.今回筆者らは,強膜内陥術から18年後に眼球運動障害をきたし,バックル除去に至った症例を経験したので報告する.I症例患者:32歳,男性.主訴:左眼下眼瞼耳側の腫脹と左眼眼球運動障害.既往歴:1993年(14歳)に左眼の裂孔原性網膜.離に対し,他院で強膜内陥術を受けた.網膜は復位し,その後長期にわたり無症状であったため眼科を受診していなかった.現病歴:2009年8月頃に左眼下眼瞼耳側の腫脹と左眼眼球運動障害を自覚するようになったが放置していた.しかし症状が悪化したため2011年1月8日近医を受診した.精査・加療目的で2011年1月24日名古屋市立大学病院眼科(以下,当科)紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.1(1.2×sph.7.00D),左眼0.06(0.3×sph.6.50D(cyl.4.00DAx135°).眼圧は右眼11mmHg,左眼12mmHg.前眼部,中間透光体は特記する異常はなかった.左眼下眼瞼耳側に腫瘤を触れ,耳側下方球AB結膜下にバックル素材と思われる灰色透明な隆起物がみられた.左眼の眼底検査では,耳上側から耳下側にかけて著しく高いバックル隆起を認めたが,眼内へのバックルの脱出はなかった.また左眼の眼球運動は全方向において著しく障害されていた(図1A).経過:強膜内陥術に使用されたバックル材料による左眼耳側下方腫瘤と左眼眼球運動障害と考え,バックル除去を勧めたが,本人の手術希望がなく経過観察となった.2011年11月28日に自覚症状が悪化したため再び当科を受診した.左眼下眼瞼耳側の腫瘤(図2A),耳側下方球結膜下のバックル材料による隆起(図2B)は初診時と著変はなく,視力も変化なかった.眼底検査では初診時同様,著しいバックル隆起を認めた(図3A).バックル除去手術を予定したが,異常な隆起性病変からマイラゲル膨隆を疑い,術前にMRI(磁気共鳴画像法)を施行したところT2強調画像において直径8mmを超える帯状の境界明瞭な高信号領域が眼球耳側半球に沿って描出され(図4A.C),縫合部位と思われるところのみ極端に狭まっていた.強い蛇行と変形を認め,マイラゲルであることが示唆された.2011年12月15日左眼バックル除去手術を施行した.局所麻酔下で結膜およびTenon.を注意深く切開し,線維被膜に覆われ膨隆したマイラゲルを露出し右眼左眼上上下下外外内右眼左眼上下上下外外内図1Hess赤緑試験A:初診時.左眼は全方向で眼球運動が障害されている.B:摘出術後.わずかに内転・上転の制限があるが全方向で改善している.1634あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(142) ABAB図2左眼細隙灯顕微鏡所見(2011年受診時)A:下眼瞼皮膚および眼瞼耳側下方に腫瘤がみられる.B:結膜.耳側下方結膜下にバックル素材による隆起を認める(矢印).AB図3左眼眼底所見(OptosR200Txを用いた広角眼底撮影)A:術前.耳上側から耳下側にかけて著しく高く隆起している.B:術後.バックル除去により隆起が軽減している.た(図5A).マイラゲルは下方から耳側,上方にかけて半周以上存在していたため,半分に切断し,被膜が薄く石灰化がない部分については斜視鈎で圧出し除去した(図5B).マイラゲルの変性が強く被膜の一部が石灰化し,強膜と強く癒着している部分は鋭匙で,強膜穿孔に細心の注意を払いながら除去(図5C)していった.術中に採取され摘出したバックル材料(図5D)の一部を,付着組織を含めて病理組織診断を施行した.術後経過:術翌日より左下眼瞼隆起は改善し,眼球運動はわずかに内転・上転の制限を認めるものの全方向で改善していた(図1B).左眼矯正視力は0.3と術前から改善はなかったが眼底検査ではバックルによる隆起は著明に軽減していた(図3B).術後のMRIでは下部から耳側,上方にかけて少量のマイラゲルの残存がみられたが,大きな断片は認めなかった(図4D,E).摘出標本の病理組織像では,細胞成分に乏しい線維性組織の他,一部に石灰化がみられ,マイラゲル周囲に形成された線維性の被膜と思われた(図6).術後6カ月(143)後までの視力・眼圧,その他の所見は著変なく経過良好であった.II考按今回筆者らはマイラゲルを使用した強膜内陥術から18年後に眼球運動障害をきたし,バックル除去に至った症例を経験した.ハイドロゲルを原材料としたマイラゲルは,化学的な安定性・弾力性から理想的なバックル素材とみなされていたが,術後の膨化変性によりさまざまな合併症が生じて除去が必要となることから2003年には樋田らの報告3)を受けて厚生労働省からは注意喚起の通達が出ており,現在は販売中止になっている.樋田らの報告以外でも2000年前半までは,おもにマイラゲルを用いて強膜内陥術を施行していた医療機関からの合併症の報告が多くみられたが4,6,9.11),近年では報告されることが少なくなった.そのためマイラゲルの販売開始後も従来どおりシリコーンスポンジを使用しマイラゲルを使用していなかった地域・医療機関ではバックル素材としてあたらしい眼科Vol.30,No.11,20131635 AABCDE図4MRIT2強調画像A~C:術前MRI.A)前額断,B)矢状断,C)水平断.境界明瞭な高信号領域が眼球上方から耳側および下方に沿って描出されており,バックル素材はマイラゲルであることが示唆された.D,E:術後MRI.D)前額断,E)多断面再構成画像.下部から耳側,そして上方にかけて少量のマイラゲルの残存を認める.ABCD図5術中写真A:線維被膜に覆われ膨隆したマイラゲルと,圧排され薄くなった下直筋が観察できる.B:斜視鈎によりマイラゲルを圧出した.C:圧出できない部分は鋭匙で摘出.菲薄化した強膜から脈絡膜が透けている(矢印).D:摘出したマイラゲル.強い変性,膨隆を認める.斜視鈎で圧出された断片は比較的形状を保っているが,鋭匙で摘出された部分は細かく断片化している.1636あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(144) 図6摘出標本の病理組織像(HE染色)細胞成分に乏しい線維性組織の他,一部(矢印)石灰化を認めた.マイラゲル周囲に形成された線維性の被膜と思われた.のマイラゲルに対する認知度が低い.手術後長期経過例では診療録が残っていないことも多く,バックルの膨化に伴い徐々に症状が増悪するような場合には,その経過により眼窩腫瘍と間違われたという報告もある12).今後さらに時間が経過し,若い医師では知らない者がさらに多くなると予側されるため,引き続きマイラゲルの晩期合併症に対する注意喚起が必要であると思われる.強膜内陥術の既往のある患者でマイラゲルに特徴的な所見であるバックルのextrusion(バックルが結膜下に突出ないし結膜を破って露出する)や眼瞼皮膚の腫脹,あるいは眼球運動障害などの症状がみられたときにはマイラゲルによる合併症を疑い,診断・位置把握のため積極的にMRIを施行することが望ましい.膨化変性したマイラゲルは水分を多く含んでいるのでMRIT2強調画像において,境界明瞭な高信号としてバックルが描出される.一方,シリコーンスポンジでは低信号を示す13).MRIからマイラゲルによる合併症と診断された場合は早期の摘出が望ましいが,術後長期を経たマイラゲルは変質してもろくなり,鑷子などで把持して除去しようとしても,断片化してしまい取り出すことが困難である.このように変性したマイラゲルの摘出方法として忍足4)は術野を大きく広げたうえで,斜視鈎などで少しずつ押し出すようにして除去することを推奨している.斜視鈎などによる圧出は手技が簡便であり,時間がかかる点や強膜を損傷する可能性はあるものの代表的な手技と言える.手術用の吸引管を用いた方法も効率が良く比較的強膜損傷の危険が少ないため広く行われているが13),マイラゲルの変性が強く,被膜の一部が石灰化し強膜と強く癒着している症例では吸引のみでは摘出は困難である.いずれの方法でも強膜穿孔は最大の合併症であり,マイ(145)ラゲルと接触していた強膜が菲薄化していたり,マイラゲルを覆う被膜が強膜と強く癒着している場合では,少しずつ強膜を確認しながら時間をかけて摘出を進める必要がある.今回の症例においても,術前に施行したMRIでマイラゲルは左眼球耳側半球に沿ってかなり広範囲に存在しているだけでなく,一部線維性被膜の石灰化所見もみられ,被膜を介して強膜とマイラゲルが癒着している可能性が示唆された.そのためこの症例においては,術野を大きく露出した後,長いマイラゲルを半分に切断し,被膜が薄く石灰化がない半分は斜視鈎でゆっくり圧出し,マイラゲルの変性が強く被膜の一部が石灰化し,強膜と強く癒着している残りの半分は鋭匙を用いて,強膜穿孔に細心の注意を払いながら少しずつ,ゆっくりとマイラゲルを摘出した.途中菲薄化した強膜から脈絡膜が透けている箇所を一部認め,強膜穿孔は容易に起こりうると思われた.時間がややかかる手技ではあったが,マイラゲルの大きな断片の残存はなく,全方向で,眼球運動の改善を得られた.今回の症例をまとめると,1)18年間無症状であったのちにマイラゲルの膨化を示した.2)術前の検査としてMRIが有用であった.3)マイラゲルの除去には斜視鈎と鋭匙を用い,比較的スムーズに除去が可能であった.4)術後に症状の改善がみられた.マイラゲルの膨化は長期間無症状であっても生じうるため,強膜内陥術の既往のある患者には注意が必要であると考えられた.文献1)RefojoMF,NatchiarG,LiuHSetal:Newhydrophilicimplantforscleralbuckling.AnnOphthalmol12:88-92,19802)HoPC,ChanIM,RefojoMFetal:TheMAIhydrophilicimplantforscleralbuckling:areview.OphthalmicSurg15:511-515,19843)樋田哲夫,忍足和浩:マイラゲルを用いた強膜バックリング術後長期の合併症について.日眼会誌107:71-75,20034)忍足和浩:マイラゲルの合併症.眼科手術17:45-48,20045)今井雅仁:ハイドロゲルバックル材料マイラゲルと晩期合併症.眼科53;1:103-111,20116)佐々木康,緒方正史,辻明ほか:強膜バックル素材MIRAgel(マイラゲル)を使用した強膜内陥術々後長期に発症する合併症および治療方法の検討.眼臨紀3:12411244,20107)TolentinoFI,RoldanM,NassifJetal:Hydrogelimplantforscleralbuckling.Longtermobservations.Retina5:38-41,19858)HwangKI,LimJI:Hydrogelexoplantfragmentation10yearsafterscleralbucklingsurgery.ArchOphthalmol115:1205-1206,19979)LaneJI,RandallJG,CampeauNGetal:Imagingofhydrogelepiscleralbucklefragmentationasalatecompliあたらしい眼科Vol.30,No.11,20131637 cationafterretinalreattachmentsurgery.AJNRAmJMIRAgelRの長期の合併症について.臨眼100:577-579,Neuroradiol22:1199-1202,2001200610)KawanoT,DoiM,MiyamuraMetal:Extrusionand12)古谷達之,堀貞夫:MIRAgelRを用いた網膜.離手術後,fragmentationofhydrogelexoplant11yearsafterscleral眼球摘出に至った一例.東女医大誌82:198-201,2012bucklingsurgery.OphthalmicSurgLasers33:240-242,13)荒木陽子,梅田尚靖,ファン・ジェーンほか:手術用汎用吸引管を用いた膨潤マイラゲルの除去.眼臨紀4:79611)本多宏典,増田光司,矢田清身ほか:強膜バックル素材800,2011***1638あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(146)

回折型多焦点眼内レンズ挿入後不満例の検討

2013年11月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科30(11):1629.1632,2013c回折型多焦点眼内レンズ挿入後不満例の検討ビッセン宮島弘子*1吉野真未*1大木伸一*1南慶一郎*1平容子*2*1東京歯科大学水道橋病院眼科*2眼科龍雲堂醫院EvaluationofUnsatisfiedPatientsfollowingDiffractiveMultifocalIntraocularLensImplantationHirokoBissen-Miyajima1),MamiYoshino1),ShinichiOki1),KeiichiroMinami1)andYokoTaira2)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2)RyuundoEyeClinic目的:回折型多焦点眼内レンズ(IOL)挿入後の不満例の割合と要因を検討した.対象および方法:東京歯科大学水道橋病院および眼科龍雲堂醫院において白内障手術時に回折型多焦点IOLが挿入された252例464眼のうち,挿入後3カ月以上経過しても見え方に不都合を訴える例を不満群,それ以外をコントロール群とし,不満群の割合,不満の原因および術前後の患者背景を検討した.結果:不満群は全体の6.7%で,コントラスト感度低下が原因と思われる自覚的な見え方への訴えが多かった.不満群はコントロール群と比較して,術前矯正視力が良好,術後裸眼・矯正近方視力が不良,コントラスト感度が低下していた.年齢,性別,術後屈折および裸眼・矯正遠方視力,残余屈折矯正目的にて施行のLASIK(laserinsitukeratomileusis),眼鏡装用率には有意差を認めなかった.結論:多焦点IOL挿入後の不満例の頻度は低いが,術前の期待度に比べコントラスト感度低下に起因する見え方や近方視力不良が原因となっていることが示唆された.Itiswellknownthatsomepatientscomplainaboutvisualqualityfollowingimplantationofthediffractivemultifocalintraocularlens(IOL).Of252patients(464eyes)whoreceiveddiffractivemultifocalIOLs,the6.7%whocomplainedaboutvisualqualityat3monthspostoperatively(dissatisfiedgroup)werecomparedtotheotherpatients(controlgroup).Higherriskofdissatisfactionwasfoundinpatientswithbetterpreoperativecorrectedvisualacuity,lowerpostoperativecontrastsensitivityanduncorrected/correctednearvisualacuities.Therewerenogroupdifferencesinpatientage,gender,postoperativerefraction,uncorrected/correcteddistancevisualacuities,LASIK(laserinsitukeratomileusis)forresidualrefractiveerrororspectacleusage.Althoughtherateofdissatisfiedpatientswaslow,visualsymptomsbasedonlowercontrastsensitivityandpoornearvisualacuityseemtobethemainreasonsfordissatisfaction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(11):1629.1632,2013〕Keywords:多焦点レンズ,回折,不満,裸眼視力,コントラスト感度.multifocallens,diffraction,dissatisfaction,uncorrectedvision,contrastsensitivity.はじめに白内障手術時において,多焦点眼内レンズ(IOL)を用いた水晶体再建術が2008年に先進医療として認められ,施設基準を満たした医療機関は260施設以上(2013年時点,厚生労働省のウェブサイトによる)となっている.しかし,症例数は,2012年度で約4,000件と白内障手術の年間100.120万件の0.5%にも満たない数である.回折型多焦点IOLは,挿入後,良好な遠方と近方裸眼視力が得られ,日常生活における眼鏡依存度を減らすことができることから1.4),患者のQOL(qualityoflife)の向上が期待できる.一方,このような利点があるにもかかわらず症例数が少ないのは,手術費が単焦点IOLを用いた水晶体再建術と同じ保険適用でなく全額患者負担になること,多焦点IOL挿入後の不満例があることが考えられる5,6).今後,多焦点IOLが普及していくなか,不満例の割合および原因を知ることが重要と考え,回折型多焦点IOLが挿入された症例に対して後ろ向きに調〔別刷請求先〕ビッセン宮島弘子:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科Reprintrequests:HirokoBissen-Miyajima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2-9-18Misaki-cho,Chiyoda-ku,Tokyo101-0061,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(137)1629 査を行った.I対象および方法対象は2003年10月から2009年1月までに,東京歯科大学水道橋病院,および眼科龍雲堂醫院にて白内障手術時に回折型多焦点IOLが挿入された252例464眼である.挿入されたIOLはSA60D3,SN60D3,SN6AD3(アルコン社,274眼),および,ZM900(AMO社,190眼)で,手術は同じ術者が両施設で行った.術後3カ月以降の診察時に満足度を①非常に不満,②不満,③不満なくまあまあ,④満足,⑤非常に満足の5段階に分け聞き取り調査し,①および②を不満群,③から⑤をコントロール群とした.なお,多焦点IOL挿入後の屈折誤差に対しては希望があればLASIK(laserinsitukeratomileusis)による屈折矯正手術を施行し,後発白内障による視力障害がある場合はYAGレーザー後.切開を行った.これらの症例では,LASIKあるいはYAGレーザー後.切開後に満足度を調査した.不満例となった要因としては,年齢,性別,多焦点IOL挿入前の視力と屈折(等価球面度数,角膜乱視度数),挿入後の追加手術の有無(LASIK,YAGレーザー後.切開術),および挿入後の裸眼および矯正視力(遠方,近方),屈折(等価球面度数,自覚乱視度数),コントラスト感度,および,眼鏡装用状況を検討した.コントラスト感度は,CSV-1000(VectorVision社)を用いて遠方矯正下で測定した.各要因について不満群とコントロール群で統計学的に検定し,p<0.05を有意差ありとした.II結果1.不満例の割合と理由不満群は252例464眼中,17例31眼と全症例の6.7%で,5.6%は両眼挿入例(14眼),1.2%は片眼挿入例(3眼)であった.不満の理由は,“膜がかかったように見える”,“全体がかすむ”といったコントラスト感度低下に起因する視機能低下が62.5%と最も多く,“近くが見えない”(12.5%)“遠くも近くも見えない”(2.5%)と裸眼視力が期待以下であ(,)った例が15%,視力の左右差が2.5%の割合であった.2.不満例の要因a.術前の年齢,性別多焦点IOL挿入時の平均年齢は,不満群が64.8±8.2歳,コントロール群が65.0±11.0歳で両群間に有意差はなかった(p=0.90,対応のないt検定).両群の年齢分布を図1に示す.不満群は60代が47%で最も多かった.性別は不満群の88.2%が女性,11.8%が男性,コントロール群の69.4%が女性,30.6%が男性と女性が多かったが有意1630あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013不満群コントロール群50歳未満60~69歳47%70~79歳29%50~59歳80~89歳9%50~59歳24%5%15%60~69歳35%70~79歳36%図1術前の年齢分布表1術後処置不満群コントロール群眼数(不満群内での割合)眼数(コントロール群内での割合)YAGレーザ1(3.2%)13(3.0%)LASIK5(16.1%)29(6.7%)LASIKのみ有意差あり(p<0.05.c2検定).表2術後視力および屈折値不満群コントロール群遠方裸眼視力0.980.94矯正視力1.191.20近方裸眼視力0.610.72矯正視力0.780.95屈折等価球面(D)自覚乱視(D).0.06±0.45.0.39±0.56.0.05±0.46.0.57±0.52差はなかった(p=0.10,c2検定).b.術前視力および屈折遠方矯正小数視力の平均は不満群が0.97,コントロール群が0.61と,不満群のほうが良好であった(p=0.0005,Mann-Whitney検定).等価球面度数は不満群が.2.9±4.6D,コントロール群が.1.1±4.0Dと不満群で術後屈折が有意に近視寄りであった(p=0.046,t検定).角膜乱視は不満群が.0.8±0.4D,コントロール群が.0.8±0.6Dと両群とも1D以下であった.c.術後処置(表1)多焦点IOL挿入後に残余屈折異常の矯正目的でLASIKが施行された34眼のうち不満群は5眼,YAGレーザー後.切開が施行された14眼のうち不満群は1眼で,コントロール群で同処置を行った割合と比べて有意差はなかった(p=0.052,0.94,c2検定).d.挿入後の視力および屈折遠方視力(裸眼および矯正),近方視力(裸眼,遠方矯正下,および矯正),屈折値(等価球面度数,自覚円柱度数)の(138) CSV-1000ContrastSensitivityコントロール群不満群SpatialFrequency(CyclesPerDegree)12,18cpdで有意差あり(p=0.025,t検定)図2装用眼鏡の種類結果を表2に示す.近方視力は,裸眼,遠方矯正下,矯正とも不満群は有意に低下していた(p=0.011).それ以外の項目では両群間に有意差を認めなかった.e.コントラスト感度両群とも60.69歳の正常範囲に入っていたが(図2),不満群が12,18cpdにてコントロール群に比較して有意に低下していた(p=0.025,t検定).f.眼鏡装用状況不満群が16.2%,コントロール群が9.4%で両群に有意差はなかった(p=0.24,c2検定).装用眼鏡の種類は不満群で遠用40%,中間用20%,近方40%,コントロール群で遠用41%,中間用21%,近用38%と両群とも類似した傾向であった.III考按多焦点IOL挿入後は,単焦点IOL挿入後より不満を訴える例が多く,その程度が重篤な場合が多いことが危惧されている.すでに多焦点IOL挿入後の不満例について報告があるが,後発白内障,残余屈折,瞳孔径により視機能障害があり,これらの問題に対して処置を行うことで改善したというものである5,6).しかし,改善しない場合は多焦点IOLの摘出となり,回折型のみならず屈折型でも報告されている7,8).今回は,多焦点IOLのなかで挿入頻度が高い回折型における不満を訴える割合,術前あるいは術後の要因を検討した.(139)まず,不満例の割合だが,今までの報告は不満を訴えた症例が32例43眼5),49例76眼6)と複数施設における結果のため症例数は多いが,挿入された施設での不満例の割合は不明である.今回の6.7%という不満例の割合から,術前に適応を検討し,術後に何らかの処置をしても多焦点IOL挿入後に10%以下の割合で不満を訴える可能性があることを術者が知っておくことは重要と考える.今回の症例はLASIKやYAGレーザー後の不満例としたが,海外の不満例の報告と同様に術後屈折誤差や後発白内障例をすべて含めると全体の10.4%となり,不満を訴える例でも適切な処置を行うことで一部の症例では解決できることがわかる.不満の理由として全体の半数以上を占めた“膜がかかったよう”,“全体がかすむ”というのは,海外の報告で“blurredvision”が最も多かった結果と一致していた5.7).しかし,海外の報告では,これらの症例で後発白内障例にはYAGレーザー,不同視や乱視例には屈折矯正手術を施行し症状が改善しているが,本報告はこれらの処置を行っても不満を訴える例で,別の要因を考える必要がある.年齢,性別については不満例とコントロール群で有意差を認めなかったが,術前矯正視力が良好な例ほど不満を訴える可能性が高いことがわかった.術前に視力が低下している症例ほど術後の改善度が明らかに認識されるが,術前の視力が良好な症例は,術後に視力が改善しても見え方の質,すなわちコントラスト感度の低下をより自覚しやすく,そのため満足度が低い可能性がある9).欧米で白内障による視力低下がない場合でも,老眼への対処として多焦点IOLを挿入する際,不満を訴えやすい結果と類似する10).術後処置について,今回の検討は,視力に影響すると思われる屈折誤差,後発白内障がある場合,LASIKやYAGレーザー後.切開術を行ってからの満足度とした.施行率は両群で差がなかったが,これらの処置を施しても不満が残る例があることに注意すべきである.YAGレーザーは,多焦点IOLを摘出して単焦点IOLに交換する可能性を念頭におき安易に施行すべきでないとされている5).術後裸眼および矯正視力は,一般的に最も不満の原因につながる要素である.挿入されたIOLは近方加入度数が+4.0D,光学部全体が回折型,中央3.6mm径がアポダイズ回折型の2種類だが,明室における視力検査結果に差はでにくいと考えた.遠方視力は裸眼および矯正とも両群で有意差を認めなかったが,近方視力は裸眼,遠方矯正下,矯正とも不満群で有意に低下していた.挿入した不満群に近視眼が多かったことから,近方視力への期待度が高く,視力が出にくかったことが不満の原因につながっていた可能性は否定できない.術後コントラスト感度は不満例において中から高周波数領域で低下しており,これは自覚的な見え方に対する不満と一あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131631 致する.回折型デザインの欠点はコントラスト感度の低下であるが,多くの症例は両眼挿入で比較的良好なコントラスト感度が保たれている.事前にどのような症例でコントラスト感度低下を自覚するのか予測できないため,不満例をできるだけ少なくするには術前に十分な説明をし,患者の十分な理解を得て挿入することが重要である.眼鏡装用率は不満例のほうが高かったが,統計学的な有意差はなかった.見え方に不満がある場合,多少の屈折矯正でも自覚的な見え方が改善することに期待し,眼鏡装用を試みる場合が多いためと思われる.その他,不満の訴えとして,夜間のグレア・ハローがあるが,本症例における不満例でこれらの症状を訴える例はなかった.近年,高次収差が測定できるようになり,視機能を検討するうえで有用な検査法とされている.回折型IOL挿入眼では測定が困難な場合があり,本症例群で信頼できる結果が得られた症例数が限られたため,不満の要因としての検討は行わなかった.装置の測定ポイント数が増え,以前より測定可能な症例が増えているので,今後,高次収差と不満例についても検討していきたい.不満の要因として,その他にドライアイやIOL偏位があげられるが,本症例の不満例には人工涙液点眼を処方し,何らかの改善がみられるか確認している.IOL位置については,普通瞳孔で回折リングの位置で偏位が確認できるが,視機能に影響を及ぼすような偏位例はなかった.これらのことから,不満例の要因は,回折型デザイン特有のコントラスト感度低下に起因する見え方の不都合,あるいは近方視力が期待度以下であったことが考えられる.不満例をゼロにすることは不可能だが,術前にコントラスト感度低下に伴う見え方および現実的な近方の見え方を説明し,理解が得られなかったり,不安がある場合には多焦点IOLの挿入を見合わせることを考慮すべきである.特に術前視力が良好な症例ではこれらの点に留意すべきと考えられた.文献1)ビッセン宮島弘子,林研,平容子:アクリソフRApodized回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較.あたらしい眼科24:1099-1103,20072)AlfonsoJF,Fernandez-VegaL,AmhazHetal:Visualfunctionafterimplantationofanasphericbifocalintraocularlens.JCataractRefractSurg35:885-892,20093)KohnenT,NuijtsR,LevyPetal:Visualfunctionafterbilateralimplantationofapodizeddiffractiveasphericmultifocalintraocularlenseswitha+3.0Daddition.JCataractRefractSurg35:2062-2068,20094)ビッセン宮島弘子,林研,吉野真未ほか:近方加入+3D多焦点眼内レンズSN6AD1の白内障摘出眼を対象とした臨床試験成績.あたらしい眼科27:1737-1742,20105)WoodwardMA,RandlemanJB,StultingRD:Dissatisfactionaftermultifocalintraocularlensimplantation.JCataractRefractSurg35:992-997,20096)DeVriesNE,WebersCA,TouwslagerWRetal:Dissatisfactionafterimplantationofmultifocalintraocularlenses.JCataractRefractSurg37:859-865,20117)GalorA,GonzalezM,GoldmanDetal:Intraocularlensexchangesurgeryindissatisfiedpatientswithrefractiveintraocularlenses.JCataractRefractSurg35:1706-1710,20098)鳥居秀成,根岸一乃,村戸ドールほか:羞明感と眼精疲労により多焦点眼内レンズを交換した2例.臨眼64:459463,20109)鳥居秀成:多焦点眼内レンズのコントラスト感度とグレア・ハロー症状.眼科手術26:419-425,201310)PeposeJS:Maximizingsatisfactionwithpresbyopia-correctingintraocularlenses.Themissinglinks.AmJOphthalmol146:641-648,2008***1632あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(140)

卵巣摘出ラットへの低カルシウム食投与による角膜上皮傷害治癒速度の遅延

2013年11月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科30(11):1623.1627,2013c卵巣摘出ラットへの低カルシウム食投与による角膜上皮傷害治癒速度の遅延長井紀章緒方文彦船上仁範伊藤吉將川﨑直人近畿大学薬学部CornealWoundHealingRateDelayinOvariectomizedRatsReceivingLow-calciumDietNoriakiNagai,FumihikoOgata,YoshinoriFunakami,YoshimasaItoandNaohitoKawasakiFacultyofPharmacy,KinkiUniversity加齢に伴う全身性機能の変化が視覚(眼領域)へ及ぼす影響を明確にすることは,超高齢化社会を迎えるわが国において非常に重要である.本研究では,閉経後のカルシウム不足と角膜上皮傷害の自己修復機能の関係を明らかとすべく,卵巣摘出ラットへの低カルシウム食投与時における角膜上皮傷害治癒速度について検討を行った.1カ月間の低カルシウム食(低カルシウム飼料および精製水)投与は体重,飼料摂取量および飲水量に影響を与えなかったが,血中および骨中カルシウム量の低下がみられた.また,これらカルシウム欠乏ラットの角膜上皮を.離し,一次速度式にて角膜傷害治癒速度定数を算出したところ,正常ラットと比較し,角膜傷害治癒速度定数が有意に低値を示した.以上,本研究では卵巣摘出モデルを用いたinvivo実験において,低カルシウム食摂取時には角膜傷害治癒速度が低下することを明らかとした.InJapan,anagingsociety,itisimportanttoclarifyage-relatedfunctionaldisordersorchangesinophthalmology.Inthisstudy,weinvestigatedtherelationshipbetweencalciumdeficiencyandcornealwoundhealing,usingovariectomizedratsthatreceivedalow-calciumdiet.Thelow-calciumdietdidnotaffecttherats’bodyweight,butthecalciumcontentoftheirserumandboneclearlydecreasedafter1monthofthelow-calciumdiet.Inaddition,thecornealwoundhealingratewassignificantlylowerintheovariectomizedratonthelow-calciumdietthaninnormalrat.Inadditiontosuggestingthatcalciumdeficiencyinmenopausecancausedelayincornealwoundhealing,thesefindingprovidesignificantinformationforuseindesigningfurtherstudiesaimedatremainingthequalityofvision.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(11):1623.1627,2013〕Keywords:低カルシウム食,角膜傷害治癒,卵巣摘出ラット,カルシウム量,コントレックス.low-calciumdiet,cornealwoundhealing,ovariectomizedrat,calciumcontent,contrex.はじめに眼はヒトが外界の情報を得るうえで最も活躍する器官であり(その割合は80%以上),qualityofvision(QOV)の保証はqualityoflife(QOL)の向上・維持において不可欠である.角膜はこの眼組織の中で最も外側に位置し,涙液を介して外界と直接接する部位であることから,外傷や感染症をはじめとする種々の外的要因により傷害を受けやすい部位でもある.正常な角膜上皮細胞は細胞伸展能や細胞増殖能を有しており,軽度な上皮傷害は速やかに自己修復される.しかし,重篤な上皮傷害で上皮細胞の機能が低下している場合や涙液に異常のある場合(ドライアイ)などでは,しばしば遷延化して点眼療法による回復が困難となる.また,長期点眼療法も,角膜の障害をひき起こす大きな要因(薬剤性角膜症)である.これら薬剤性角膜症は,患者からのしみる,かすむ,眼が充血するといった訴えで点眼薬の中止および変更を余儀なくされるとともに,重篤な角膜傷害による視力低下につながる.一方,角膜は外部の情報を取り込むという性質上透明であり,栄養を得るための血管を有しておらず,涙液および〔別刷請求先〕長井紀章:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:NoriakiNagai,Ph.D.,FacultyofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(131)1623 房水から栄養が供給される.このような背景から,加齢に伴う全身性の身体変化や機能変化は,角膜治癒能や傷害能にも影響を与えることが予想されるが,これらの検討については十分になされていないのが現状である.閉経は,40.50歳代以降に女性にみられる加齢に伴う代表的な身体変化であり,閉経後にはホルモンバランスの崩壊による基礎代謝機能の低下がみられる.また,エストロゲン欠乏により破骨細胞の骨吸収が亢進されるなど,閉経前とは体内のカルシウム制御が異なることが知られている.さらに,国民健康・栄養調査の結果では,閉経後女性の平均カルシウム摂取量は平均必要推奨量に達していない1,2).これらの背景から,超高齢化社会に突入しているわが国では,カルシウム不足と健康の関係について社会的関心が高まりつつある.本研究では,この加齢に伴う代表的身体および機能変化を伴う閉経後のカルシウム不足と角膜上皮傷害の自己修復機能の関係を明らかとすべく,卵巣摘出ラットへの低カルシウム食投与による角膜上皮傷害治癒速度の変化について検討を行った.I対象および方法1.実験動物卵巣を摘出した5週齢Wistar雌性ラット(清水実験材料,京都)を購入し,飼育繁殖固形飼料CE-2(日本クレア,大阪)および水道水により1週間順化させた後,6週齢(対象群,Control群)で実験に用いた.動物は,順化後無作為に2群に分け,低カルシウム飼料および精製水(PW群),または低カルシウム飼料および市販コントレックスR(Contrex群)を1カ月間給餌した.低カルシウム飼料はAUN-93G組成を基本として調製し,その組成は51.9%コーンスターチ,20%ミルクカゼイン,10%グラニュー糖,7%精製大豆油,5%結晶セルロース,3.5%ミネラルMix,1%aコーンスターチ,1%ビタミンMix(AIN-93VX),0.3%L-シスチン,0.25%重酒石酸コリンおよび0.0014%第3ブチルヒドロキノン(最終Ca含有濃度0.006%)であり,コントレックスRの組成はカルシウム0.0468%,ナトリウム0.00094%,マグネシウム0.00745%,サルフェート0.1121%,熱量0kcal,蛋白質・脂質・炭水化物0%のものを用いた.これらラットは25℃に保たれた環境下で飼育し,飼料および水は自由に摂取させた.動物実験は,近畿大学実験動物規定に従い行った.2.試薬生検トレパンはカイインダストリーズ,ブレード(BDMicro-SharpTM,Blade3.5mm,30°)はBectonDickinson,塩酸オキシブプロカイン(ベノキシールR)は参天製薬,フルオレセインは日本アルコンから購入したものを用いた.1624あたらしい眼科Vol.30,No.11,20133.血中および骨中カルシウム量の測定ペントバルビタールナトリウム(30mg/kg,i.p.,東京化成株式会社,東京)投与にて全身麻酔後,ラット大静脈から採血し,その後,さらにペントバルビタールナトリウムを過剰投与することで安楽死させ,大腿骨の採取を行った.血清は,得られた血液をヘパリンとともに遠心分離(15,000rpm,4oC,15min)することで得た.血清中カルシウム濃度は,得られた血清を1%硝酸で適宜希釈し,誘導結合プラズマ発光分光分析装置(ICP-AES,株式会社島津製作所,京都)においてカルシウム濃度を測定した.ラット大腿骨は2時間煮沸後,自然乾燥した.その後,マッフル炉において2時間昇温,48時間保持(550oC),自然冷却することにより実験に供した.収率は,灰化前後における重量差から算出した(Control群59.6±0.3,PW群50.1±0.9,Contrex群55.4±0.6%,平均値±標準誤差,n=3).灰化後の大腿骨は,1%硝酸50mlに完全溶解し,適宜希釈し,ICP-AESにおいてカルシウム濃度を測定した.4.ラット角膜上皮.離モデルを用いた角膜傷害治癒解析ラットをペントバルビタールナトリウム(30mg/kg,i.p.)にて全身麻酔後,生検トレパンで直径2.5mmの円形に角膜をマーキングした.その後,ブレードで角膜上皮を円形に.離した.角膜上皮欠損部分は角膜.離後0,12,24,36時間後に,1%フルオレセイン含有0.4%ベノキシール点眼液にて染色し,トプコン社製眼底カメラ装置TRC-50Xにデジタルカメラを装着したものを用いて撮影を行い,画像解析ソフトImageJにて角膜上皮欠損部分の面積の推移を数値化することで表した.角膜傷害治癒率(%)は,次式(1)にて算出した3).角膜傷害治癒率(%)=(面積.離直後.面積.離0.36時間後)/面積.離直後×100(1)角膜傷害治癒速度は,角膜傷害治癒速度定数(kH,hr.1)として表した.角膜上皮.離0.36時間後のkHは,次式(2)および非線形最小二乗法プログラムMULTIにて計算した3).Ht=H∞・(1.e.kH・t)(2)tは角膜上皮.離後の時間(0.36時間),H∞およびHtは角膜上皮.離∞およびt時間後の角膜傷害治癒率を示す.これら式(2)は単位時間当たりの「角膜傷害治癒率」の改善率(=kH,kH>0)が一定であるという仮定の下に成立する式であり,本研究結果は式(2)に適応可能であった.5.統計解析データは,平均±標準誤差として表した.有意差はStudent’st-testにて解析し,0.05未満のp値を有意な差として示した.II結果表1には実験開始前(順化後)の卵巣摘出ラット(Control(132) 群)における体重,血中,骨中カルシウム量および角膜傷害群ではControl群およびContrex群と比較し,血中および骨治癒速度(kH)を,表2には低カルシウム食(低カルシウム中カルシウム量が有意に低値を示した.図1には低カルシウ飼料および精製水または市販コントレックスR)摂取時におム食摂取ラットにおける角膜上皮.離後の代表的写真(A)けるラット体重,飼料摂取量,飲水量,血中・骨中カルシウおよび角膜傷害治癒率(B)を示す.Control群の角膜傷害治ム量およびkHを示す.PWおよびContrex群いずれにおい癒率は,.離12時間後において52.1±3.6%であり,.離ても体重,飼料摂取量および飲水量に差はみられなく,対象36時間後ではほぼ完全に治癒した(平均値±標準誤差,n=としたControl群と比較しその値は高まっていた.また,3).またContrex群の角膜傷害治癒率は,Control群と類似Contrex群の血中および骨中カルシウム量もControl群と同しており,kHも同程度であった(表2).一方,PW群では程度であった.これらContrex群の結果とは異なり,PW角膜傷害治癒が有意に遅延し,.離12時間後における角膜表16週齢卵巣摘出ラット(Control群)における体重,血中・骨中カルシウム量および角膜傷害治癒速度BodyweightFoodintakeWaterconsumedSerumCaBoneCakH(g)(g/day/rat)(ml/day/rat)(mg/l)(g/g)(×10.2/hr)Control群253.3±3.320.4±0.623.3±1.7145.2±3.00.54±0.015.30±1.49平均値±標準誤差,n=3.表2低カルシウム食摂取が血中・骨中カルシウム量および角膜傷害治癒速度へ与える影響Bodyweight(g)Foodintake(g/day/rat)Waterconsumed(ml/day/rat)SerumCa(mg/l)BoneCa(g/g)kH(×10.2/hr)276.7±14.521.1±4.824.4±0.6131.6±6.70.46±0.010.91±1.13276.7±12.021.7±2.524.4±1.1165.8±6.4*0.53±0.01*5.26±1.41*PW:低Ca飼料およびPW摂取ラット,Contrex:低Ca飼料およびコントレックスR摂取ラット.平均値±標準誤差,n=3.*p<0.05,vs.PW.図1低カルシウム食投与が角膜上皮傷害治癒へ与える影響低カルシウム飼料およびPW(PW群)またはコントレックスR(Contrex群)は卵巣摘出後,1カ月間自由摂取により与えた.また,角膜傷害治癒率は式(1)を用いて算出した.A:代表的画像(点線内は傷害部をContrex群12h24h36h0h122436時間(h)020406080100:PW群:Contrex群***BPW群Contrex群APW群角膜傷害治癒率(%)示す),B:角膜上皮傷害治癒率.平均値±標準誤差.n=3,*p<0.05,vs.PW群.(133)あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131625 傷害治癒率はContrex群の約63%であり,.離36時間後においても傷害が認められた.PW群およびContrex群のH∞は類似しており,それぞれ100.2±4.9%,101.4±6.7(平均値±標準誤差,n=3)であった.III考按角膜は視覚に関わる器官であり,この角膜の状態を維持することは,QOLの向上に必須である.一方,加齢に伴い多くの器官はその機能の低下がみられ,これら機能低下とその因子を明確とすることは,超高齢者社会を迎えるわが国において非常に重要である.加齢に伴う全身性機能の変化の一つとして,閉経およびそれに伴う骨量低下があげられる.この骨量低下は,男性と比較し,閉経後の高齢の女性で特に多くみられ,閉経後早期の骨減少は内分泌学的な宿主因子以外に危険因子が関係し骨減少を助長させる4).これら閉経に伴う骨量低下の危険因子の一つとしてカルシウム不足が知られている.Cummingsはカルシウム摂取と骨量との関連について,閉経後早期の骨量はカルシウム摂取量が大きいほど高いと報告している5).しかし,日常食品から十分なカルシウム量を摂取することはなかなかむずかしく,わが国において慢性的なカルシウム摂取不足が問題視されている.このように閉経後は,骨量低下を初めとした全身性の影響が現れることが知られている.本研究では,これら閉経後の骨量,カルシウム不足といった変化が角膜上皮の創傷治癒へ及ぼす影響について検討を行った.ラットのカルシウム欠乏による骨強度の低下実験では,卵巣摘出ラットへの低カルシウム飼料(0.01.0.3%の濃度6,7))摂取が行われ,開始週齢として3.16週齢8,9)と種々の病態が報告されている.一方,加齢ラットを用いカルシウムの欠乏状態を作製するためには長期間を要し,病態の程度も軽度である.そこで本研究では,短期間にカルシウム欠乏状態を作る目的で成長期の6週齢ラットへの低カルシウム飼料(0.006%)の摂取を行った.また,筆者らはこれまでの研究で,カルシウムの腸吸収にはイオン化したカルシウム(Ca2+)含有濃度が重要であり,飼料中のカルシウム量増減よりも,飲料水によるCa2+投与がカルシウム吸収において効果的であることを明らかとしている10).本結果を基に,飲料水として精製水および市販ContrexRを用い,カルシウム摂取が非常に低い状態(PW群)と卵巣摘出により閉経状態に近い状態であるが,十分なカルシウム摂取を行った群(Contrex群)の2群について比較検討した.PWおよびContrex群いずれにおいても体重,飼料摂取量,飲水量に差はみられず,対象としたControl群と比較しその値は高まっていた.この結果から,食事摂取に関しては同程度の状態で飼育できたことがわかる(表1).また,Contrex群の血中および骨中カルシウム量もControl群と同1626あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013程度であり,コントレックスR飲水により,閉経後においても十分なカルシウム摂取が可能であった.一方,PW群ではControlおよびContrex群と比較し,血中および骨中カルシウム量が有意に低値を示した(表2).したがってこの実験系を用いることにより,カルシウムの欠乏が十分にみられるPW群および一定のカルシウム供給が行われたContrex群間における,角膜上皮傷害治癒速度について比較検討が可能となった.角膜上皮は5.6層の細胞層から構成され,基底細胞と表層細胞に大きく分けられる.このうち基底細胞は分裂増殖機能と接着機能を,表層細胞はバリア機能および涙液保持機能を担っている.この4つの機能のどれか一つでも破綻した際角膜上皮傷害が認められる11).角膜上皮の創傷治癒は,細胞の分裂・増殖,伸展・移動によって行われており,Thoft&Friendはこの角膜上皮の修復機構をXYZ理論(X:細胞分裂,Y:細胞移動,Z:細胞脱落)として,健常な角膜上皮では上記の3つの間にX+Y=Zの公式が成立することを提唱した11).本研究で用いた角膜上皮.離モデルは,角膜上皮を.離することによって人工的にZを増大させた状態(X+Y<Z)である.筆者らを含むこれまでの研究で,角膜上皮傷害後の治癒過程として,.離18時間までは細胞接着を介した移動が優位に働き,傷害部を覆うことで,その傷害治癒が進み,.離18時間以降ではじめて細胞増殖が動くことが報告されている12.14).今回の結果ではPW群で.離12,24時間における角膜傷害治癒率が,いずれもContrex群と比較し低値であったため(図1および表2),これら角膜上皮治癒遅延の主因として細胞接着の低下が関与するものと考えられた.Nagafuchiら15)はカルシウム濃度が細胞接着に関わり,このカルシウム低下は細胞接着能を低下させることを報告している.したがって,PW群でみられた血中カルシウム量の低下が,角膜の細胞接着能低下をひき起こし,これにより角膜上皮治癒遅延が起こったものと示唆された.今後,カルシウム欠乏と角膜傷害治癒速度の関係を明らかとするためには,さらなる研究が必要であり,現在筆者らは骨中,血中カルシウム濃度と角膜傷害治癒速度の相関性について明確にすべく,卵巣摘出および角膜上皮.離モデルを組み合わせ相関性の評価および低カルシウム状態下における角膜細胞接着,増殖能の検討を行っているところである.以上,本研究では卵巣摘出モデルを用いたinvivo実験において,低カルシウム食摂取時には角膜傷害治癒速度が低下することを明らかとした.これら全身の状態と角膜傷害治癒率の関係を把握することは,QOVおよびQOL向上を有する医療提供へ繋がるものと考えられる.文献1)厚生労働省:日本人の食事摂取基準2010年版.第一出版,(134) 20102)健康・栄養情報研究会:平成22年国民健康・栄養調査報告.第一出版,20063)NagaiN,MuraoT,OkamotoNetal:Comparisonofcornealwoundhealingratesafterinstillationofcommerciallyavailablelatanoprostandtravoprostinratdebridedcornealepithelium.JOleoSci59:135-141,20104)TakadaM,EngelkeK,HagiwaraSetal:Accuracyandprecisionstudyinvitroforperiopheralquantitativecomputedtomography.OsteoporosisInt6:207-212,19965)CummingsRG:Calciumintakeandbonemass:aquantitativereviewoftheevidence.CalcifTissueInt47:194201,19946)SternLS,MatkovicV,WeisbrodeSEetal:Theeffectsofgalliumnitrateonosteopeniainducedbyovariectomyandalow-calciumdietinrats.BoneMiner25:59-69,19947)HughesMR,BrumbaughPF,HausslerMRetal:Regulationofserum1a,25-dihydroxyvitaminD3bycalciumandphosphateintherat.Science190:578-580,19758)SvanbergM,KnuuttilaM:Theeffectofdietaryxylitolonrecalcifyingandnewlyformedcorticallongboneinrats.CalcifTissueInt53:135-138,19939)JiangY,ZhaoJ,GenantHKetal:Long-termchangesinbonemineralandbiochemicalpropertiesofvertebraeandfemurinaging,dietarycalciumrestricted,and/orestrogen-deprived/-replacedrats.JBoneMinerRes12:820831,199710)NagaiN,ItoY:DelayofcataractdevelopmentintheShumiyacataractratbywatercontainingenhancedconcentrationsofmagnesiumandcalcium.CurrEyeRes32:439-445,200711)ThoftRA,FriendJ:TheX,Y,Zhypothesisofcornealepithelialmaintenance.InvestOphthalmolVisSci24:1442-1443,198312)NagaiN,MuraoT,OkamotoNetal:KineticanalysisoftherateofcornealwoundhealinginOtsukaLong-EvansTokushimaFattyrats,amodeloftype2diabetesmellitus.JOleoSci59:441-449,201013)ZagonIS,SassaniJW,RuthTBetal:Cellulardynamicsofcornealwoundre-epithelializationintherat.III.Mitoticactivity.BrainRes882:169-179,200014)ZieskeJD,GipsonIK:“Agentsthataffectcornealwoundhealing:modulationofstructureandfunction.”edsbyAlbertDM,JakobiecFA,PrinciplesandPracticeofOphthalomology,p1093-1109,SaundersPress,Philadelphia,199415)NagafuchiA,ShirayoshiY,OkazakiKetal:TransformationofcelladhesionpropertiesbyexogenouslyintroducedE-cadherincDNA.Nature329:341-343,1987***(135)あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131627

味覚センサを用いたムコスタ®点眼液UD2%に含有されるレバミピドの苦味評価と飲食物による苦味抑制評価

2013年11月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科30(11):1619.1622,2013c味覚センサを用いたムコスタR点眼液UD2%に含有されるレバミピドの苦味評価と飲食物による苦味抑制評価原口珠実宮崎愛里吉田都内田享弘武庫川女子大学薬学部臨床製剤学研究室TasteSensorEvaluationofBitternessofRebamipideContainedinMucostaROphthalmicSuspensionUD2%andBitternessSuppressionbyRefreshmentsTamamiHaraguchi,AiriMiyazaki,MiyakoYoshidaandTakahiroUchidaDepartmentofClinicalPharmaceutics,FacultyofPharmaceuticalSciences,MukogawaWomen’sUniversityムコスタR点眼液UD2%は,点眼後に主薬のレバミピドの苦味を呈することが知られている.本研究では味覚センサを用いてレバミピドの苦味を効果的に抑制しうる飲食物を探索することを目的とした.高速液体クロマトグラフィーを用いた測定により,ムコスタR点眼液UD2%に溶解しているレバミピドは約300μg/mLであった.レバミピドの濃度依存的に応答する脂質膜味覚センサAE1を用いてレバミピドの苦味を定量的に評価した.レバミピド溶液300μg/mLの膜応答値に及ぼす飲食物の影響を検討したところ,コーヒー,味噌汁,ココアの順にレバミピド溶液の膜応答を抑制した.味覚センサ測定結果とヒト官能試験結果には高い相関があり,レバミピドの苦味抑制に効果的な飲食物を探索する方法として味覚センサの有用性が示唆された.ムコスタR点眼液UD2%点眼後の苦味を抑制する飲食物として,コーヒーが最も有効であることが示唆された.TheinstillationofMucostaRophthalmicsuspensionUD2%totheeyesisknowntocauseabittertastederivingfromitsactiveingredient,rebamipide.Thepurposeofthisstudy,usingatastesensor,wastoscreenrefreshmentsthatcouldhaveapositiveeffectonsuppressingthebitternessofrebamipide.Wedeterminedviahigh-performanceliquidchromatography(HPLC)thattheconcentrationofrebamipidedissolvedinMucostaRophthalmicsuspensionUD2%wasapproximately300μg/mL.Wethenevaluatedthebitternessusingatastesensoroflipid/polymermembraneAE1,whichrespondstorebamipideinadose-dependentmanner.Thetastesensoroutputof300μg/mLrebamipidewasdecreasedbycoffee,cocoaandmisosoup,inthatorder.Therewasgoodcorrelationbetweenresultsoftastesensoroutputandhumansensationtest.Itissuggestedthatthetastesensorisusefulinscreeningrefreshmentsthatsuppressthebitternessofrebamipide.CoffeeisjudgedtobeagoodbeverageforsuppressingthebitternesscausedbyinstillingMucostaRophthalmicsuspensionUD2%totheeyes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(11):1619.1622,2013〕Keywords:ムコスタR点眼液UD2%,レバミピド,苦味,味覚センサ,飲食物.MucostaRophthalmicsuspensionUD2%,rebamipide,bitterness,tastesensor,refreshments.はじめに涙液層,表層上皮細胞層におけるムチン増加作用などが期待される,レバミピドを有効成分とするムコスタR点眼液UD2%1)は,ドライアイ治療の新しい治療コンセプトTearFilmOrientedTherapy(TFOT)2)を踏まえた重要な点眼薬であるといえる.しかし,ムコスタR点眼液UD2%のおもな副作用として苦味があり,臨床試験で670例中105例(15.7%)が苦味を示したことが添付文書に記されている.これは,点眼液の主成分であるレバミピドが鼻涙管を通過して咽頭部で発生する苦味であるが,この苦味に対する有効な抑制方法についての報告は現在ない.そこで本研究では,これまでに当研究室で経口製剤の苦味予測に利用してきた味覚センサ3)を用いて,レバミピドの苦味を効果的に抑制しうる飲食物を探索することを目的とし〔別刷請求先〕内田享弘:〒663-8179兵庫県西宮市甲子園九番町11-68武庫川女子大学薬学部臨床製剤学研究室Reprintrequests:TakahiroUchida,Ph.D.,DepartmentofClinicalPharmaceutics,FacultyofPharmaceuticalSciences,MukogawaWomen’sUniversity,11-68,9-Bancho,Koshien,Nishinomiya-shi,Hyogo663-8179,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(127)1619 た.まず初めに,高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いてムコスタR点眼液UD2%に溶解しているレバミピドの濃度を測定した.つぎに,レバミピド溶液の苦味に及ぼす飲食物(緑茶,ココア,コーヒー,味噌汁)の影響について,味覚センサを用いて評価した.最後にヒト官能試験を行い,味覚センサ測定から得られた結果との相関性を確認した.I試薬と試験方法1.HPLCを用いたムコスタR点眼液UD2%に溶解しているレバミピドの濃度測定ムコスタR点眼液UD2%(大塚製薬株式会社)1mLを遠心分離(4℃,13×103rpm,15min)した上清を0.2μmフィルターで濾過した試料をHPLCで測定した.検量線作成にはN,Nジメチルホルムアミドを1.2%含むメタノールに溶解したレバミピド(LKTLabs,Inc)を用いた.pH6.2リン酸塩緩衝液(300→1,000)とアセトニトリルを体積比79:21で混合した試料を移動相とした.4.6mm×250mmのカラム(CAPCELLPAKC18UG120:資生堂)でカラム温度40℃,流速1.2mL/min,測定波長254nmに設定して測定した.2.味覚センサを用いたレバミピド溶液300μg.mLの苦味評価と飲食物の影響インテリジェントセンサーテクノロジー社の味認識装置SA402Bを使用した.舌を模倣した脂質膜センサを基準液に浸して膜電位(Vr)を測定後,センサをサンプルに浸して膜電位(Vs)を測定し,膜電位変化(Vs.Vr)をセンサ出力値とした.レバミピドの濃度依存的に応答が認められた脂質膜センサAE1を用い,レバミピド溶液のセンサ出力値に及ぼす各飲食物の影響について評価した.レバミピドの溶媒にはリン酸緩衝生理食塩水(phosphatebuffersaline:PBS)を用いた.レバミピド溶液に混合する飲食物として,市販の緑茶(キリン生茶),ココア(バンホーテンココアクオリティーテイスト),コーヒー(サントリーBOSS),味噌汁(永谷園あさげ)を用いた.600μg/mLのレバミピド溶液と各飲食物10,5,1倍希釈液を体積比1:1の割合で混合した試料(最終濃度:レバミピド300μg/mL,各飲食物5%,10%,50%)について,味覚センサ測定を行った.苦味抑制評価には,飲食物(希釈なし)を体積比1:1で混合した試料(最終濃度:レバミピド300μg/mL,各飲食物50%)とした.(武庫川女子大学倫理委員会承認日:平成24年12月19日,受付番号12-37)II結果HPLCによる測定の結果,ムコスタR点眼液UD2%に溶解しているレバミピドの濃度は300.85±41.93μg/mL(n=12)であった.味覚センサ測定では,レバミピド溶液125,250,500μg/mLは,濃度依存的に脂質膜センサAE1に応答した(図1).味強度は濃度の対数に比例するというウェーバー・フェヒナー(Weber-Fechner)の法則に基づき4),レバミピドの濃度の対数とAE1センサ出力値が相関することを確認した〔ピアソン(Pearson)の相関係数r=.0.9981〕.その他の苦味応答膜AC0,AN0,C00では応答が小さく濃度依存性の確認も困難であったため,本検討ではAE1センサを用いてレバミピドの苦味を評価した.ムコスタR点眼液UD2%に溶解している濃度である300μg/mLのレバミピド溶液のセンサ出力値に及ぼす飲食物の影響を検討したところ,緑茶を混合したレバミピド溶液の補間差分値はレバミピド溶液のセンサ出力値とほぼ同等の値を示したが,味噌汁,ココア,コーヒーをそれぞれ混合したレバミピド溶液の補間差分値はレバミピド溶液のセンサ出力値と比較して有意に低い値を示した(図2).2倍希釈(50%)の各飲食物を混合したレバミピド溶液の補間差分値とレバミピド溶液のセンサ出力値を比較すると,コーヒー,味噌汁,ココア,緑茶の順にレバミピド溶液のセンサ出力値を抑制することが明らかとなった(図3).ヒト官能試験では,300μg/mLのレバミピド溶液の苦味強度はt2.0±0.7であった.各飲食物を混合したレバミピド溶液の苦味強度は,緑茶混合液ではt2.5±0.41,ココア混レバミピド濃度(μg/mL)01002003004005006000-5センサ出力値(mV)食物単独での出力値を基準とした補間差分値を用いた.3.ヒト官能試験によるレバミピド溶液300μg.mLの苦-10-15味評価と飲食物の影響苦味の標準物質であるキニーネ塩酸塩水溶液0.01,0.03,0.1,0.3mMの苦味をそれぞれ苦味強度t0,1,2,3とした.熟練したパネラー4名は,苦味強度t0.3のキニーネ塩酸-20-25塩水溶液を各2mL口に5秒間含み,苦味を記憶した.つぎ-30Mean±SDn=3に,試験サンプルを各2mL口に含み,苦味強度を評価した.図1味覚センサ脂質膜AE1に対するレバミピドのセンサ試験サンプルは,レバミピドの水懸濁液600μg/mLと各飲出力値1620あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(128) A:レバミピド300μg/mLB:レバミピド300μg/mLC:レバミピド300μg/mLD:レバミピド300μg/mLB:レバミピド300μg/mLC:レバミピド300μg/mLD:レバミピド300μg/mL+緑茶+ココア+コーヒー+味噌汁00%5%10%50%00%5%10%50%0%5%10%50%0%5%10%50%00***-10-10-10-10**補間差分値(mV)-20-30-40-50-20-30-40-50**-20-30-40-50***††-20-30-40-50n=3Mean±SD**p<0.01,***p<0.001vs.control(0%),††p<0.001(Tukeytest)図2飲食物(0,5,10,50%)を混合したレバミピド溶液(300μg.mL)の補間差分値飲食物:緑茶(A),ココア(B),コーヒー(C),味噌汁(D).レバミピド300μg/mL苦味強度(t)の差〔(レバミピド+飲食物)-(飲食物のみ)〕3210n=4Mean±SE*p<0.05vs.control(水)(Dunnettest)*水緑茶ココアコーヒー味噌汁レバミピド300μg/mLの溶媒図4ヒト官能試験によるレバミピドの苦味抑制評価0水緑茶ココアコーヒー味噌汁(50%)図3各飲食物(50%)を混合したレバミピド溶液(300μg.mL)の補間差分値n=3Mean±SD*p<0.05,**p<0.01,***p<0.001vs.control(水),††p<0.01(Tukeytest)******††-5補間差分値(mV)-10-15-20-25-30〔(レバミピド+飲食物)-(飲食物のみ)〕苦味強度(t)の差321Mean±SEr=-0.989(Pearson’scorrelationtest)合液ではt2.0±0,コーヒー混合液ではt1.88±0.25,味噌汁混合液ではt1.25±0.65であった.また,飲食物のみ(2倍希釈)の苦味強度は,緑茶はt0.88±0.63,ココアはt0.5±0.58,コーヒーはt1.13±0.25,味噌汁はt0.13±0.25であった.各飲食物を混合したレバミピド溶液の苦味強度と各飲食物のみの苦味強度の差は,飲食物が緑茶の場合1.63±0.48,ココアの場合1.5±0.58,味噌汁の場合1.25±0.65と低くなり,コーヒーの場合0.75±0.87と水と比較して有意-025-15-5に低値を示した(図4).味覚センサから得られた各飲食物を混合したレバミピド溶液の補間差分値と,官能試験による苦味強度(t)の差〔飲食物を混合したレバミピド溶液の苦味強度(t).飲食物のみ(2倍希釈)の苦味強度(t)〕には高い相関が認められた(**p<0.01,ピアソンの相関係数r=.0.989)(図5).III考察苦味は基本的に忌避されるが,カフェインの苦味は適度な(129)飲食物混合レバミピド溶液の補間差分値(mV)図5味覚センサによる評価とヒト官能試験結果の相関性濃度であればヒトに嗜好されるという性質をもつ5).カフェインを含むコーヒーについて,本検討におけるヒト官能試験の結果,コーヒー自体が苦味を有し,コーヒーと混合したレバミピド溶液の苦味強度とコーヒー単独の苦味強度の差が1未満であったことから,レバミピドの忌避される苦味はコーあたらしい眼科Vol.30,No.11,20131621 ヒーの嗜好される苦味により効果的にマスキングされる可能性が考えられた.口腔内に広がった匂い分子が揮発して鼻腔に達したものは味覚に大きく関与すると言われており6),ココアパウダーの匂い分子がレバミピドの苦味を抑制すること7),コーヒーの揮発性成分が,ヒトでのリラックス効果,マウスでのストレス緩和作用を示したこと8)が報告されている.本検討で,ココアの苦味抑制効果はヒト官能試験においてもほとんどなかった原因として,希釈によりココアの香りが減弱した可能性が考えられる.一方,コーヒーは,本検討での味評価において,レバミピドの苦味抑制に効果的であることが示唆された.この理由としては,コーヒーに含まれる苦味成分に加えてコーヒーの香りも味覚に重要な影響を与える可能性があり,コーヒーには味と香りの両面からの相加的なレバミピドの苦味抑制効果が期待される.ムコスタR点眼液UD2%点眼後には,苦味を抑制するために飲食物を摂取することが推奨されるが,本検討では,レバミピド溶液と混合する飲食物として,緑茶,ココア,コーヒー,味噌汁の4種類を用いた.これらのなかではコーヒー,味噌汁,ココア,緑茶の順にレバミピドの苦味を抑制する結果を得た.特にコーヒーでは,それ自身の嗜好的な苦味がレバミピドの忌避される苦味をマスキングする可能性が考えられた.すなわち,コーヒーとしての苦味を意識し許容するため,実質的には薬として感じる苦味が軽減してしまうことが考えられる.コーヒーを飲むことでムコスタR点眼液UD2%点眼後に発現する苦味を軽減でき,患者のQOL(qualityoflife)を向上させることができると期待される.文献1)UrashimaH,TakejiY,OkamotoTetal:Rebamipideincreasesmucin-likesubstancecontentsandperiodicacidShiffregent-positivecellsdensityinnormalrabbits.JOculPharmacolTher28:264-270,20122)横井則彦,坪田一男:ドライアイのコア・メカニズム─涙液安定性仮説の考え方─.あたらしい眼科29:291-297,20123)内田享弘:味覚センサを用いた医薬品の味評価.日本味と匂学会誌19:133-138,20124)DehaeneS:TheneuralbasisoftheWeber-Fechnerlaw:alogarithmicmentalnumberline.TrendsCognSci7:145-147,20035)北田亮,藤戸洋聡,呉性姫ほか:味細胞タイプ別のカフェイン味刺激伝達経路の解析.日本味と匂学会誌17:237-240,20106)HeilmannS,HummelT:Anewmethodforcomparingorthonasalandretronasalolfaction.BehavNeurosci118:412-419,20047)近藤千聡,福岡悦子,佐々木忠徳ほか:チョコレート風味の口腔内崩壊錠(チョコレット)の開発に関する研究(第3報)─患者ベネフィットの向上を目指したレバミピドチョコレット調製条件の最適化─.薬剤学67:347-355,20078)HayashiY,SogabeS,HattoriY:Behavioralanalysisofthestress-reducingeffectofcoffeevolatilesinmice.JJpnSocNutrFoodSci64:323-327,2011***1622あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(130)

先天鼻涙管閉塞の自然治癒について

2013年11月30日 土曜日

《第1回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科30(11):1615.1617,2013c先天鼻涙管閉塞の自然治癒について手島靖夫笠岡政孝岩田健作大野克彦鶴丸修士山川良治久留米大学医学部眼科学講座SpontaneousResolutionofCongenitalNasolacrimalObstructionYasuoTeshima,MasatakaKasaoka,KensakuIwata,YoshihikoOhno,NaoshiTsurumaruandRyojiYamakawaDepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,KurumeUniversity目的:先天鼻涙管閉塞が自然治癒する時期を明らかにする.対象および方法:久留米大学病院眼科を受診した先天鼻涙管閉塞168例のうち,自然治癒した症例について検討した.おもな検討項目は,性別,初診時の月齢,自然治癒の時期,涙.炎の有無,皮膚症状の有無とした.結果:先天鼻涙管閉塞が自然治癒した症例は68例79側で男児が44例,女児が24例であった.初診時の月齢は平均5.4カ月で,自然治癒が確認できた時期は平均8.2カ月であった.涙.炎の発生は48側,びらんなどの皮膚症状が14側あったが,自然治癒した.結論:先天鼻涙管閉塞は生後9カ月前後で自然治癒する場合が多いと考えられた.Purpose:Toestimatetheageatspontaneousresolutionofcongenitalnasolacrimalductobstruction(CNLDO).Materialsandmethods:Thisstudyincluded168childrenwithCNLDOwhowerereferredtoKurumeUniversityHospital.Outcomemeasuresweresex,ageatinitialpresentation,ageatspontaneousresolutionofCNLDO,presenceofdacryocystitisandpresenceofdermatitis.Results:SpontaneousresolutionofCNLDOwasseenin79sidesof68children(44males,24females).Themeanageatinitialpresentationwas5.4months.Themeanageatspontaneousresolutionwas8.2months.Dacryocystitiswasobserervedin48sides.Dermatitiswasnotedin14sides.Conclusion:CNLDOspontaneouslyresolvesby9monthsofageinmostcases.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(11):1615.1617,2013〕Keywords:先天鼻涙管閉塞,自然緩解,年齢,涙.炎,皮膚炎,涙道ブジー.congenitalnasolacrimalobstruction,spontaneousresolution,age,dacryocystitis,dermatitis,probing.はじめに先天鼻涙管閉塞は1歳までに90%以上が自然治癒する疾患と言われている1.3).近年は積極的なprobingは行わずに,できるだけ経過観察で自然治癒を待つことを勧められることが多い4)が,日本人での自然治癒の時期の多数例での報告は少ない2,3).患児家族の負担や長期に続く炎症により増悪することなどを考えて,早期にprobingをするべきとの意見5)もあるので,自然治癒する時期がいつごろなのかを明らかにする必要がある.今回,久留米大学眼科の涙道外来で経過観察中に自然治癒した先天鼻涙管閉塞の患児を,retrospectiveに検討したので報告する.I対象および方法2001年1月から2012年3月までに久留米大学眼科外来を受診した先天鼻涙管閉塞の患児は168例で,患側は198側であった.このうち自然治癒したと考えられた症例で,性別,患側,出生週数,出生時体重,初診時の月齢,自然治癒の時期,涙.炎の有無,皮膚症状の有無についてretrospectiveに検討した.なお自然治癒は,金属ブジーによるprobingを行わずに通水が確認できるようになったもの,他院でprobingを行ったものの2カ月以上治癒しなかったがその後probingを追加せずに通水が確認できたものとした.先天鼻涙管閉塞と診断した場合,家族に自然治癒の可能性,治療方法(probing),治療による合併症,治療しない場合の合併症などを説明したうえで,自然治癒を待つか,〔別刷請求先〕手島靖夫:〒830-0011久留米市旭町67久留米大学医学部眼科学講座Reprintrequests:YasuoTeshima,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,KurumeUniversity,67Asahi-machi,Kurume,Fukuoka830-0011,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(123)1615 probingを行うかは家族に判断を委ね同意を得た.積極的にprobingの施行はしなかったものの,涙道通水試験を兼ねた涙道洗浄は毎回行った.外来での管理は,基本的に4週間に一度受診することとし,涙道洗浄は点眼麻酔下に,一段の涙洗針を用いてゆっくりと涙.まで進め,確実に洗浄を行った.II結果保存的療法を選択した症例は全198側中127側であった.そのなかで自然治癒した症例は68例79側であり,62%が自然治癒した.68例のうち性別の内訳は男児44例,女児24例であった.両側が11例あり,右側は28例,左側は29例であった.出生週数は聴取できた50例で,28週の未熟児から41週,平均は39.1±2週であった.出生時の体重を聴取できたものは35例で,1,130gの未熟児から3,800g,平均2,993±490gであった.これらのなかで,眼科疾患以外の先天異常を有したものは,Down症候群が1例,心房中隔欠損症が1例あった.妊娠・出産の異常としては,未熟児が3例,妊娠糖尿,妊娠中毒がそれぞれ1例あった.鼻涙管閉塞以外の涙道異常の合併は3例にみられた.涙点閉鎖2例,副涙点が1例であった.9876例数5初診時の月齢は生後1週間から16カ月で,平均は生後5.9±3.6カ月であった(図1).自然治癒した時期は平均で生後8.2±3.4カ月であった.自然治癒した時期の分布を図2に示す.生後0から3カ月の間に自然治癒したものが7側9%,生後4.6カ月で治癒したものが18側23%,7.9カ月で治癒したものが28側35%,10.12カ月で治癒したものが19側24%であり,1歳を超えて治癒したものが7側で9%であった.保存的治療を選択した症例では,1歳になる前に91%の症例が自然治癒していた.また,治癒までの経過観察期間は平均3カ月間であった.涙道洗浄の際に,眼脂の訴えはないものの,涙.内に膿貯留を認めたものも含めて,涙.炎であると判断したものは48側(61%)であった.皮膚症状は,眼脂の付着部や涙でぬれる部分が発赤したり,眼瞼周囲がびらんになったりしたものと定義した.軽い発赤から出血を伴うびらんまで程度はさまざまであったが,14側(18%)に認めた.これには涙.炎による皮膚の膨隆,皮膚の自壊は含んでいない.これらは閉塞が治癒すると消失した.III考按今回,保存的療法を選択した症例群で自然治癒が得られたものは62%にすぎなかった.しかし,当初は保存的治療を希望されたものの,受診後2,3カ月でやはりprobingを希望された症例も少なくないことから,もう少し長い期間にわたりprobingを施行しなければ,自然治癒率が上昇していた可能性はある.自然治癒した症例の91%は1歳以内に治癒が生じており,これは過去の報告と一致している1.3).そして,その時期は生後8カ月以降で数が増え,生後9カ月をピークとした分布がみられた.表1は自然治癒が得られた群を自然治癒群,probingを施行した群を加療群とし,出生週数,出生時体重,涙.炎の有無,皮膚症状の有無,初診時の月齢について比較検討したも43210月齢図1初診時の月齢01234567891011121歳生後1週間から16カ月で,平均は生後5.9±3.6カ月であった.のである.出生週数・体重,涙.炎の有無,皮膚症状の有無14は,両群間に有意差がなく,自然治癒に影響する因子ではないと思われた.ただ,初診時の月齢は自然治癒群のほうが有12意に低かった.これはある程度経過観察したものの自然治癒10例数8表1自然治癒群と加療群の比較6自然治癒群加療群n=79n=11942出生週数39.1週38.8週出生時体重2,993g2,941g0涙.炎の発症率61%72%月齢皮膚症状の発症率18%27%図2自然治癒した時期の分布初診時月齢5.4カ月8.0カ月*平均で生後8.2±3.4カ月であった.Man-WhitneyのU検定*:p<0.001.01234567891011121歳1616あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(124) が得られないために,probing目的に紹介された症例が多かったためと思われる.通水試験時に逆流物に膿が含まれているものを涙.炎ありとしたところ涙.炎は48側,60%以上の症例にみられた.1例は涙.炎が強く,小児科入院で抗生物質点滴注射での加療を行ったが,生後1カ月未満であったため,probing,涙.鼻腔吻合術は行わなかった.このように,涙.炎があるためにprobingを急いだという症例はなかったが,涙.洗浄時に排膿が多い例では受診間隔を短くして管理した.圧をかけながら涙.洗浄することによって加療する方法もある6)が,涙.洗浄の翌日から症状が消失したという症例はなかったので,今回はその方法による治癒はないと考えた.皮膚症状が14側,18%にみられたが,これは保護者が自然治癒を望まない理由になるので,管理が必要であると思われる.皮膚症状の成因は,涙.炎による眼脂を保護者が強く拭いて眼瞼周囲が発赤する場合と,流涙が続くため外眼角から耳の間の皮膚が発赤する場合があると思われる.前者の場合は,涙道洗浄によって涙.炎を改善させることで皮膚症状も改善することが多いので,涙.洗浄は必須の手技と思われる.後者の場合は,仰臥位の多い4.6カ月時まではよくみられるが,座位がとれるようになれば少なくなると説明し,また涙を強く拭きとらないように指導し,経過観察を行った.ただし,出血を伴うような場合に,抗生剤軟膏塗布を併用した症例もあった.では,一体いつ頃probingすべきなのだろうか.Katowitzらはprobingの初回成功率は6カ月以内では98%で,6カ月以降1歳以内では96%,それ以降は77%以下にまで成功率が落ち,チューブ留置や涙.鼻腔吻合術になったとしている7).また大野木は生後3.6カ月を目安に行い,96%の成功率を得ている5).また,安全に患児を固定できるのは6カ月まで8)などの意見がある.患児の固定にはいろいろな方法があるが,現在ではよい固定具もあるので,固定を理由に6カ月以内に施行する必要はないと考えている.むしろ,3カ月程度では,まだ涙点は小さく,涙道も細い.そのうえ内眼角は未発達で,贅皮は涙点を探すことの邪魔になりやすいうえに,しっかり顎を固定していても皮膚と骨の癒合が緩いので,涙.壁に当てたブジーは,鼻涙管方向に向ける際に,皮膚によってずらされやすい.つまり,安全に施行できるとは言い難いと思われる.実際,probingを施行したものの通過が得られないということで紹介される症例のなかには,総涙小管近傍の変形,異常を認め,仮道形成があったと思われる例が散見される.今回検討した,自然治癒症例の91%は1歳以内に治癒していた.しかし治癒の時期は9.10カ月にピークがあり,それを過ぎると減少していた.そのため,先天鼻涙管閉塞に対するprobingは10カ月以降に施行するのがよいと思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)MacEwenCJ,YoungJD:Epiphoraduringthefirstyearoflife.Eye5:596-600,19912)NodaS,HayasakaS,SetogawaT:CongenitalnasolacrimalductobstructioninJapaneseinfants:itsincidenceandtreatmentwithmassage.JPediatrOphthalmolStrabismus28:20-22,19913)KakizakiH,TakahashiY,KinoshitaSetal:TherateofsymptomaticimprovementofcongenitalnasolacrimalductobstructioninJapaneseinfantstreatedwithconservativemanagementduringthe1styearofage.ClinOphthalmol2:291-294,20084)TakahashiY,KakizakiH,ChanWOetal:Managementofcongenitalnasolacrimalductobstruction.ActaOphthalmol88:506-513,20105)大野木淳二:先天性鼻涙管閉塞の臨床報告.眼科手術24:101-103,20116)小出美穂子:直一段針による水圧式先天性鼻涙管閉塞穿破法.眼臨98:1085-1087,20047)KatowitzJA,WelshMG:Timingofinitialprobingandirrigationincongenitalnasolacrimalductobstruction.Ophthalmology94:698-705,19878)永原幸:先天性鼻涙管閉塞,涙.炎.眼科52:10071018,2010***(125)あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131617

アレンドロネートを内服したステロイド薬全身投与ぶどう膜炎患者の骨密度変化

2013年11月30日 土曜日

《第46回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科30(11):1605.1609,2013cアレンドロネートを内服したステロイド薬全身投与ぶどう膜炎患者の骨密度変化八幡健児大黒伸行大阪厚生年金病院眼科ChangeinBoneDensityafterAlendronateAdministrationinUveitisPatientsReceivingSystemicSteroidKenjiYawataandNobuyukiOguroDepartmentofOphthalmology,OsakaKoseinenkinHospital目的:ステロイド薬全身投与を行ったぶどう膜炎患者へのアレンドロネートの骨密度への効果を検討する.対象および方法:対象はステロイド薬全身療法とアレンドロネート投与が同時期に開始されていたぶどう膜炎患者19例.治療期間中に腰椎・大腿骨頸部の骨密度を計測し変化率を調べ,さらに性別・ステロイド薬1日平均投与量・ステロイドパルス治療の有無と骨密度変化率の関連を後ろ向きに検討した.結果:約半年間の経過観察期間では骨密度はほぼ維持されていた.骨密度変化率への上記各検討項目の影響はみられなかった.結論:アレンドロネート投与により短期的にはステロイド薬投与ぶどう膜炎患者の骨密度は維持された.眼科領域においてもステロイド薬全身投与症例には骨粗鬆症の定期精査と治療が必要である.Purpose:Toestimatetheinfluenceofalendronateonbonedensitiesofuveitispatientsconcomitantlyreceivingsystemicsteroid.Subjectsandmethods:Reviewdwere19uveitispatientsconcurrentlyreceivingbothsystemicsteroidandalendronate.Duringthetreatmentperiod,lumbarandfemoralheadbonedensitiesweremeasuredandfollowedperiodically.Therelevanceofsex,meandoseofdailysteroid,andpresenceofpulsetherapytorateofchangewascheckedretrospectively.Results:During6monthsofobservation,patients’bonedensitieswerevirtuallymaintained.Rateofchangewasnotinfluencedundertheestimationitemsinthisstudy.Conclusions:Onashort-termbasis,alendronateadministrationmaintainedthebonedensitiesofpatientswithuveitiswhowerebeingtreatedwithsystemicsteroid.Ophthalmologistsmustbeawareoftheneedforroutinebonedensitychecksandpremedicationbeforeandduringsystemicsteroidadministration.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(11):1605.1609,2013〕Keywords:ステロイド性骨粗鬆症,ぶどう膜炎,アレンドロネート.glucocorticoid-inducedosteoporosis,uveitis,alendronate.はじめにステロイド薬はその強力な抗炎症抗免疫作用のためさまざまな疾患の治療に用いられ,眼疾患においても時にステロイド薬全身療法が選択される.特にぶどう膜炎疾患においてはしばしば長期にわたっての使用が必要な場合があり,骨粗鬆症と骨粗鬆症に起因する骨折は看過できない重大な副作用の一つである.報告によるとステロイド薬長期使用者の50%に骨粗鬆症が発症し1),約25%が骨折するとされる2).ステロイド性骨粗鬆症への対応の重要性から欧米では1996年にステロイド性骨粗鬆症管理ガイドラインが公表され,わが国でも1998年に骨粗鬆症の治療(薬物療法)に関する指針3),ついで2004年にステロイド性骨粗鬆症の管理と治療のガイドライン4)が作成された.ガイドラインにおいてはステロイド性骨粗鬆症の治療開始基準と治療法が骨粗鬆症専門医以外にも理解しやすいようにフローチャート式で明快に記されている.〔別刷請求先〕八幡健児:〒553-0003大阪市福島区福島4-2-78大阪厚生年金病院眼科Reprintrequests:KenjiYawata,DepartmentofOphthalmology,OsakaKoseinenkinHospital,4-2-78Fukushima,Fukushima-ku,Osaka553-0003,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(113)1605 ステロイド性骨粗鬆症への薬物療法はビスフォスフォネー1.5p=0.03ト剤が第一選択薬として推奨されているが,その効果に関する報告は膠原病など他科疾患では多数みられるが眼科疾患においては筆者らが調べた限りで1報5)のみである.本研究で1.3)は大阪厚生年金病院にてステロイド薬全身投与を行ったぶど骨密度(g/cm21.1う膜炎患者への第二世代ビスフォスフォネート剤アレンドロネートの骨密度への効果を検討した.0.9I対象および方法2010年7月1日から2012年1月30日に大阪厚生年金病0.7院眼科でステロイド薬全身投与とアレンドロネート35mg/週が同時期に開始されていた19例,男性10例,女性9例,年齢23.70歳(平均42歳)を対象とした.原因疾患の内訳は,汎ぶどう膜炎9例,原田病5例,急性前部ぶどう膜炎1例,サルコイドーシス1例,眼トキソプラズマ症1例,Behcet病類縁疾患1例,punctateinnerchoroidopathy1例であった.骨密度は腰椎・大腿骨頸部に躯幹骨二重エックス線吸収法(dualenergyX-rayabsorptiometry:DXA法)で計測し,初回計測はステロイド投与開始から平均22.8±15.9日後,0.5初回計測第2回計測図1アレンドロネート投与下の腰椎骨密度変化1.2NS1)の管理と治療ガイドラインに従い,アレンドロネート35mg/週を全身ステロイド投与と同時期に開始し継続した.補助療法としての活性型ビタミンD3,K2などの投与は行って0.4いない.初回計測第2回計測統計解析は初回から第2回の骨密度の変化率については図2アレンドロネート投与下の大腿骨頸部骨密度変化pairedt-test,骨密度変化率の群別比較ではunpairedt-testを用い検討した.本研究において患者データの使用については患者本人に文2.0第2回計測は初回から平均185.7±49.3日後に行われた.初回から第2回計測の骨密度変化率と,それに対する性別・ステロイド薬1日平均投与量・ステロイドパルス治療の有無との関連を後ろ向きに検討した.ステロイド薬1日平均投与量については10mgで2群に分け比較した.アレンドロネート投与の適応基準はステロイド性骨粗鬆症骨密度(g/cm20.80.6書での同意を得ている.II結果初回から第2回骨密度計測の期間に使用されていた1日平骨密度変化率(%)1.0均ステロイド薬投与量は6.8.55.9mg/日(平均14.78mg/日),ステロイド薬投与総量は980.3,647.5mg(平均2,475.6mg)であった(いずれもプレドニゾロン換算).そのうち,ステロイドパルス施行例が4例含まれている.また,アレンドロネートの投与はステロイド薬全身療法開始日から2±3.5日後に開始されていた.0.0腰椎+1.2+0.2(Mean±SE)大腿骨ステロイド薬投与患者におけるアレンドロネート投与下の図3アレンドロネート投与6カ月後の腰椎および骨密度の初回計測と第2回計測の平均値はそれぞれ腰椎で大腿骨頸部骨密度変化率1606あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(114) 表1アレンドロネート投与6カ月後の骨密度変化率への各項目の影響腰椎変化率大腿骨変化率nMean±SE(%)p値Mean±SE(%)p値性別女性男性9101.48±0.811.04±0.980.740.71±1.75.0.33±1.510.66ステロイド1日平均投与量10mg未満10mg以上514.0.04±0.95.2.15±0.740.231.70±0.760.99±1.450.23ステロイドパルスパルス無パルス有1540.96±0.732.33±1.190.39.0.29±1.221.87±2.940.45いずれの項目においても有意差はみられなかった.0.99±0.03g/cm2,1.01±0.03g/cm2(p=0.03),大腿骨頸部で0.73±0.03g/cm2,0.73±0.03g/cm2(p=0.46)と腰椎において有意な増加,大腿骨では有意差がみられなかった(図1,2).これを変化率で表すと腰椎がプラス1.2±2.7%,大腿骨がプラス0.2±4.9%と約半年間の経過観察期間では骨密度はほぼ維持されていた(図3).アレンドロネート投与下の骨密度変化率と性別,ステロイド薬1日平均投与量(<10mg≦),ステロイドパルス治療の有無の関連について検討したが,それぞれ有意な差はみられなかった(表1).また,ステロイド薬1日平均投与量については15mg,20mgで2群に割り付けた場合も調べたが,いずれの場合においても有意差はみられなかった(非表示データ).III考按ステロイド性骨粗鬆症へのビスフォスフォネートの骨折抑制効果は無作為対象比較試験でのエビデンスによると椎体骨折を40.90%抑制するとされている6.8).また,骨密度変化では12カ月後の腰椎骨密度変化率はSaagら7)がプラセボ+0.2%,治療群+2.5%,Adachiら8)がプラセボ.0.77%,治療群+2.8.+3.7%と,ビスフォスフォネートによるステロイド性骨粗鬆症への骨量減少阻止効果が確認されている.眼科領域でのステロイド性骨粗鬆症へのビスフォスフォネートの効果の報告は池田らの報告5)があり,全身ステロイド薬投与の25例(ぶどう膜炎24名,視神経炎1名)をアレンドロネート投与群,活性型ビタミンD3製剤アルファカルシドール投与群の2群に無作為割り付けし,アレンドロネート群は9カ月後の骨密度はほぼ維持,アルファカルシドール群では骨密度減少がみられている.今回の研究においてもステロイド薬全身投与ぶどう膜炎患者におけるアレンドロネート使用6カ月後の骨密度量は腰椎+1.2%,大腿骨+0.2%と薬剤投与前後でほぼ同等量に維持され,既報と同様の結果が得られた.本研究は後ろ向き研究であるためステロイド薬使用の自(115)然経過との骨密度変化の差は不明だが,少なくとも骨密度減少はみられなかった.ステロイド性骨粗鬆症における新規脊椎圧迫骨折に及ぼす有意な因子は年齢の増加,既骨折の存在,骨塩量の低値,男性であるとされる9).また,ステロイド薬の1日の投与量は骨折リスクと相関する10).このような骨折リスクの高いケースでは予防治療の必要性がより高まると考えられる.本研究においてアレンドロネート投与下の骨密度変化率と性別・ステロイド薬1日平均投与量・ステロイドパルス治療の有無の各項との関連についてはいずれにおいても差はみられず,高骨折リスク症例に対しても骨密度に関してはアレンドロネートによる減少抑制効果がみられた可能性がある.骨粗鬆症は骨強度の低下を特徴とし骨折のリスクが増大した病態である.また,骨強度は骨密度に加えて骨質により決定される.概念的に骨強度は骨密度70%,骨質30%で構成されると定義され,骨密度は骨粗鬆症における骨折リスクの主要な因子である.ステロイド薬は骨形成の低下と骨吸収の亢進によって骨密度と骨質を低下させ,結果としてステロイド性骨粗鬆症が生じる.ただし,骨密度は骨塩量として測定可能だが,骨質は骨の微細構造,代謝回転,石灰化度,マトリックスの質などの総和と考えられており,これを臨床の場で評価するのはむずかしい.今回のステロイド薬投与ぶどう膜炎患者へのアレンドロネートの効果の検討は,ステロイド性骨粗鬆症の骨強度における骨密度のみを評価したものと位置づけられる.わが国のステロイド性骨粗鬆症の管理と治療のガイドライン4)では骨折リスクへの影響の大きい順に治療開始の基準が規定されている.経口ステロイド薬を3カ月以上使用する患者が対象とされ,①すでに脆弱性骨折があるまたは治療中に骨折がある,②骨密度が低下している,③5mg/日以上のステロイド薬投与がある,のいずれかに該当する場合一般的指導と薬物治療が推奨されている.一般的指導とは,生活指導,栄養指導,運動療法を指し,経過観察は骨密度測定と胸あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131607 腰椎X線撮影を定期的(6カ月.1年ごと)に行うとされる.薬物治療はビスフォスフォネートが第一選択薬,活性型ビタミンD3,K2が第2選択薬にあげられている(上記ガイドライン4)は医療情報サービスMindshttp://minds.jcqhc.or.jp/n/med/4/med0046/G0000129/0046で確認できる).ただし,ステロイド性骨粗鬆症は骨折リスクが高く,治療が行われ骨密度が維持されていても将来の骨折発生を完全に予防できるわけではないことに注意が必要である.また,ステロイド薬の骨への影響は投与開始後3カ月以内に始まり6カ月でピークとなる1)ため,ビスフォスフォネートの治療開始時期はステロイド薬開始後早期が望ましい.ビスフォスフォネート剤の副作用として顎骨壊死が近年注目されている.その発症頻度は低いながらも重篤で,現在のところ病態が十分解明されておらず予防法についても十分な知見が集積されていない.ビスフォスフォネート製剤に関連した顎骨壊死に関するポジションペーパー11)によれば,データベースに基づく推計で経口ビスフォスフォネート服用者における発生頻度は0.85/10万人/年である.一方,ステロイド薬長期投与患者の約25%が骨折2)の不利益を被り,リスクベネフィットの観点からはベネフィットが勝り現時点では骨折リスクの高い症例では積極的なビスフォスフォネート剤の使用が推奨されるという整形外科領域からの意見12)もある.現時点では高齢者が骨折した場合に臥床からの回復が困難であることも考え合わせると副作用の説明を十分にしたうえでビスフォスフォネート剤を投与するほうが望ましいと思われる.前述のようにステロイド性骨粗鬆症はステロイド薬使用における頻度の高い副作用であるが,残念ながら他の副作用に比べると注意が払われていないケースが散見される.紅林らが2003年に大学病院の全診療科に行ったステロイド薬合併症のアンケート調査13)では糖尿病のスクリーニング検査は92.5%が行われていたものの,骨粗鬆症の検査は47.8%のみの施行であった.こういった情勢に対し2004年に策定されたステロイド性骨粗鬆症の管理と治療のガイドラインはステロイド性骨粗鬆症の予防と治療の啓蒙に重要な役割を果たしており,その例として皮膚科領域でのステロイド薬投与患者に対しての骨粗鬆症治療のアンケート調査がある.2001年の皮膚科医218名へのアンケート14)では,ステロイド性骨粗鬆症の定期精査が14.2%に行われていたが,2005年のガイドライン公表を経て,第2報として2007年の皮膚科医211名へのアンケート15)では定期精査が21.8%と大幅な上昇がみられた.これに類した眼科領域での調査はなされておらず現況は不明だが,一部を除き多くの眼科医のステロイド性骨粗鬆症への意識はおそらく低いと思われる.眼科領域においてもステロイド薬投与患者にはガイドラインに準じた骨密度の定期的な測定と骨粗鬆症予防治療が推奨される.1608あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013おわりに半年間の経過観察期間ではアレンドロネート投与によりステロイド薬投与ぶどう膜炎患者の骨密度は維持されていた.ただし,本研究では対照群をおいていないためにその臨床的有効性についてはさらなる検討が必要である.眼科領域においてもステロイド薬全身投与症例にはステロイド性骨粗鬆症ガイドラインに準じた定期精査と治療が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)LaneNE,LukertB:Thescienceandtherapyofglucocorticoid-inducedboneloss.EndocrinolMetabClinNorthAm27:465-483,19982)ACRtaskforceonosteoporosisguidelines:Recommendationsforthepreventionandtreatmentofglucocorticoidinducedosteoporosis.ArthritisRheum39:1791-1801,19963)折茂肇,山本逸雄,太田博明ほか:骨粗鬆症の治療(薬物療法)に関するガイドライン.OsteoporosisJpn6:205253,19984)TheSubcommitteetoStudyDiagnosticCriteriaforGlucocorticoid-InducedOsteoporosis:Guidelinesonthemanagementandtreatmentofglucocorticoid-inducedosteoporosisoftheJapaneseSocietyforBoneandMineralRe-search(2004).JBoneMinerMetab23:105-109,20055)池田光正,福田寛二,浜西千秋ほか:ステロイド性骨粗鬆症への取り組み.OsteoporosisJpn14:558-561,20066)SatoS,OhosoneY,SuwaAetal:EffectofintermittentcyclicaletidronatetherapyoncorticosteroidinducedosteoporosisinJapanesepatientswithconnectivetissuedisease:3yearfollowup.JRheumatol30:2673-2679,20037)SaagKG,EmkeyR,SchnitzerTJetal:Alendronateforthepreventionandtreatmentofglucocorticoid-inducedosteoporosis.NEnglJMed339:292-299,19988)AdachiJD,SaagKG,DelmasPDetal:Two-yeareffectsofalendronateonbonemineraldensityandvertebralfractureinpatientsreceivingglucocorticoids.ArthritisRheum44:202-211,20019)田中郁子,大島久二:ステロイド性骨粗鬆症の診断と治療に関する縦断研究.OsteoporosisJpn11:11-14,200310)VanStaaTP,LeufkensHG,CooperC:Theepidemiologyofcorticosteroid-inducedosteoporosis:ameta-analysis.OsteoporosInt13:777-787,200211)YonedaT,HaginoH,SugimotoTetal:Bisphosphonaterelatedosteonecrosisofthejaw:positionpaperfromtheAlliedTaskForceCommitteeofJapaneseSocietyforBoneandMineralResearch,JapanOsteoporosisSociety,JapaneseSocietyofPeriodontology,JapaneseSocietyforOralandMaxillofacialRadiology,andJapaneseSocietyofOralandMaxillofacialSurgeons.JBoneMinerMetab28:(116) 365-383,201014)古川福実,池田高治,瀧川雅浩ほか:皮膚科領域における12)宗圓聰:ビスフォスフォネート製剤の功罪.骨粗鬆症治ステロイド使用とステロイド骨粗鬆症に対する予防的治療療10:186-191,2011の実態.西日本皮膚64:742-746,200213)紅林昌吾,合屋佳世子,北村哲宏ほか:ステロイド療法の15)古川福実,池田高治,佐藤伸一ほか:皮膚科領域における合併症に関する医師の意識と管理状況.OsteoporosisJpnステロイド使用に伴うステロイド骨粗鬆症に対する予防的12:377-383,2004治療の実態(第二報).西日本皮膚71:209-215,2009***(117)あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131609