1050あたらしい眼科Vol.27,No.8,20100910-1810/10/\100/頁/JC(O0P0Y)倒的にNTGにおいて多かったことがその裏づけといえる4).それではこれほどまでに日本ではなぜNTGが多いのであろうか.これまでの臨床研究や疫学調査の結果から開放隅角緑内障における危険因子がいくつかあげられている.まず,先般行われた多治見スタディの結果からも加齢による罹患率の変化,つまり加齢とともに有病率が上昇することがわかっていることから,わが国が少子高齢化の道をたどっていることもその一端を担っていると考えられる.さらに,開放隅角緑内障に共通しているが近視が発症および進行に関わっていることも示唆されており,日本人は世界的にも近視の割合が多いことからも有病率に影響を及ぼしていることが窺える5).また,高眼圧はもとより,片頭痛・性差(女性)・低眼灌流圧および乳頭出血の有無である(表1)6~8).なかでも乳頭出血はNTGの進行に特に関与があるとされており,これまでの数多くの調査研究の結果からも重要視されている(図1)9,10).はじめに緑内障診療ガイドライン(第2版)1)によると「緑内障は,視神経と視野に特徴的変化を有し,通常,眼圧を十分に下降させることにより視神経障害を改善もしくは抑制しうる眼の機能的構造的異常を特徴とする疾患である.」と定義されており,その原因はまだ十分に解明されていない部分が多い.また,緑内障はその病型ごとに治療戦略が変わってくる.2000~2001年に行われた疫学調査の多治見スタディの結果から,日本人の緑内障の有病率が算出され,全緑内障は人口の約5.0%,そのうち広義開放隅角緑内障(POAG)は約3.9%であった.さらに開放隅角緑内障のうちの実に92%において眼圧が正常範囲であり,約3.6%が正常眼圧緑内障(NTG)であることが判明した2).鈴木らの報告3)によると,世界の緑内障に関する疫学調査などの比較からも,わが国の開放隅角緑内障の有病率は高く,特にNTGの有病率は世界第2位に位置していることが明らかとなった.NTGは高眼圧という要素を除いた部分ではPOAGと同じであるとされている.NTGは眼圧の点から考慮しても,POAGと同じく慢性の経過を取り,視野欠損が進行しないと自覚症状が現れない.そのため自覚症状を訴えて受診された際は,病期が中期以降のことが多い.また,自覚症状に乏しいため他の疾患のために受診した際に偶然発見されたり,住民検診や人間ドックなどで診断されることも珍しくない.これらは,1988~1989年に行われた7地区共同緑内障疫学調査でも新規に発見患者が圧(38)*HisashiTakeda&KazuhisaSugiyama:金沢大学医薬保健研究域視覚科学(眼科学)〔別刷請求先〕武田久:〒920-8641金沢市宝町13-1金沢大学医薬保健研究域視覚科学(眼科学)特集●原発開放隅角緑内障(広義)―私の管理法あたらしい眼科27(8):1050.1054,2010正常眼圧緑内障の治療戦略:私の場合OurTreatmentStrategyforNormal-TensionGlaucoma武田久*杉山和久*表1POAGの危険因子発症と進行の危険因子.年齢,近視,高眼圧*.片頭痛,乳頭出血,女性**.落屑,lowocularperfusionpressure****TheTajimiStudy,Ophthalmolgy,113,2006.**CNTG(CollaborativeNormal-TensionGlaucoma)Study.***EMGT(EarlyManifestGlaucomaTrial).(39)あたらしい眼科Vol.27,No.8,20101051位を築き上げつつある各種画像診断(opticalcoherencetomography:OCT,HeidelbergRetinaTomograph:HRT,GDx)を初診時に施行する.ステレオ眼底写真ではあまりに明るすぎて視神経乳頭がわかりづらくならないように気をつける.また,広角の眼底写真では神経線維層欠損(NFLD)が明瞭にわかるように撮影を心がける.つぎに視野検査である.視野のベースラインの確立は大きく2つの要素を含む.1つ目は現在の状態の把握,2つ目は今後の経過観察のためのベースラインの確立である.視野検査は患者にとって各種検査のなかでも負担が大きい検査であるため,注意する点が多々ある.まず少なくとも2回のベースライン視野が必要と考える.初回視野検査の後ほどなく再診して2回目の視野検査を行う.この1回目と2回目の視野結果が一致していない場合はさらに3回目の視野検査を行う.また,同時に取得した眼底所見と得られた視野検査所見が対応していることを確認することも重要である.つぎにベースライン眼圧である.一口に眼圧のベースラインデータを得るというのはいろいろと大変である.当科に紹介されてくる患者でもその多くは前医で何らかの薬物をすでに投与されていることが多く,初診時において無治療時の眼圧を知ることは困難である.そのため,視野障害の程度が中等度までの症例や,初診時の眼圧がmiddleteenまでの場合はすべての薬剤を中断したうえで来院してもらい無治療時の眼圧を把握する.いろいろな種類の薬剤があるため中断する間隔は約1カ月(4週)を目安にする.その際に患者への十分な説明が必要となる.紹介元で緑内障と診断され治療としての点眼薬が使用されている場合は患者が治療を中断することに不安と不満を感じることが十分予想される.しかし,これからの長きにわたる治療に際してベースラインデータがどれほど重要であるかを十分に説明し理解をしてもらうことがポイントであしかし,これらのファクターが揃うだけでは発症の原因にはならず,結局のところ個々人の眼圧値がその人にとって視神経を侵す程度の眼圧であるか否かがポイントと考えられている.つまり,個々人の視神経乳頭,特に篩板部の強度(言い換えると脆弱性)が異なることが問題かもしれない.そこでNTGの治療には,個々人での目標眼圧の設定が必要となる.治療前の眼圧が高い群(16~21mmHg)と低い群(15mmHg以下)に分け,さらに病期によって目標眼圧の設定は異なってくる.目標眼圧の設定に関してはまず患者ごとに正確な治療前の眼圧値,いわゆる眼圧のベースラインデータが必要である.これは特にNTGの治療戦略を立てるうえでも非常に重要なポイントである.NTGは眼圧が正常な点からも治療の中心は薬物治療となると考えられる.そのため,治療戦略を立てるうえで重要なポイントがいくつかある.当科におけるNTG治療の実際について以下に述べる.I治療前のベースラインデータの収集(表2)一口にベースラインデータといってもその検査の種類は多い.まず,隅角検査である.病型の把握および診断確定には不可欠である.POAGと思って確認すると閉塞隅角緑内障であったり,結節などの所見から続発緑内障と判明することもある.この場合できれば隅角写真を撮影する.つぎに,視神経乳頭所見の把握である.これは眼底写真(当科では広角の眼底写真とともにルーチンで視神経乳頭のステレオ眼底写真を撮影している)のみならず,最近の緑内障診断において不可欠ともいえる地図1乳頭出血のステレオ眼底写真表2治療前のベースラインデータの収集1)隅角検査2)視神経乳頭所見の把握(眼底写真,その他画像検査)3)視野検査(ベースラインデータ)4)ベースライン眼圧把握(日内,日々変動)特にNTGはすぐに治療を始めない.治療前の諸検査が大切.1052あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(40)b)神経線維層欠損拡大の評価c)画像解析d)視野の経過観察と解析(初診時から最初の2年までは年3~4回測定,以後は年2回測定)e)乳頭出血の有無の確認これらのポイントを過去のものと比較検討し,進行を疑った場合は患者に治療の必要性を説明したうえで治療開始となる.また,先に述べた入院で日内変動を測定した場合は,最終日に2日間の眼圧経過と視野結果を踏まえて治療開始となる.両眼ともに緑内障性の視野異常がある場合は,より病期が進行していると思われる側に点眼を開始し,薬効評価をしたうえで両眼に開始する.III薬剤選択・薬効効果判定・薬剤の変更追加緑内障の治療に関してここ数年でいろんな種類の製剤が使えるようになり,2010年には合剤も登場してきてある意味治療の選択肢が広がったともいえるが,治療薬剤が多すぎて治療開始に際してどの薬剤を最初に使うか迷うこともある.緑内障において,これまでの海外も含めた臨床研究の結果から眼圧下降がエビデンスに基づいた効果的な治療と考えられる.NTGでは目標眼圧の設定が必要となる.目標眼圧はlowteensの患者とhighteensの患者での違い,同じ治療前眼圧でも病期で設定は異なる.治療開始にあたって,まず第一選択の薬としてあげられるのはプロスタグランジン製剤であろう.なかでもプロスト系は,点眼回数も1日1回で24時間の眼圧を制御可能と考えられており,コンプライアンスの点からも良いと考えられる.ただ,副作用の面(比較的安全といわれるプロスタグランジン製剤も睫毛の変化,眼瞼皮膚への色素沈着・多毛をひき起こす)を注意するる.近年緑内障のみならずいろいろな方面で治療への取り組み方で注目されるアドヒアランスの確立にも最初の説明が肝心である.患者に十分理解してもらい薬物の影響を除外するのだが眼圧には日内変動および日々変動があることが知られており,薬物を中止したあとの1回の計測では明確にわかりにくい.少なくとも治療を中断して最低3回の無治療時眼圧を測定することにしている.ベースライン眼圧が低いにもかかわらず進行性の視野障害で紹介受診された患者や,低い眼圧レベルにもかかわらず視野がきわめて悪化している場合は,眼圧の日内変動・日々変動を把握するために入院してもらい2日間の眼圧測定をする.具体的には金曜日に入院してもらい,外来で施行されている視野測定などで再検の必要なものを検査し,土曜日および日曜日に担当者が朝9時からその日の24時まで3時間おきにGoldmann圧平眼圧計と非接触型眼圧計で眼圧を計測.同時に血圧も計測する.これにより日々変動および日内変動だけでなく,眼灌流圧もわかる.また,無治療時の眼圧が紹介状に数回計測されておりかつ視野が進行期である場合は,薬剤を継続したままでの眼圧測定を入院してもらい2日間計測する.II治療開始のタイミングベースラインデータが得られたら,治療を考慮することになる.検診などで発見されることが多いのであるが眼底には緑内障性変化がみられるものの通常の視野検査(たとえばHumphreyの中心30-2もしくは24-2など)で異常が検出できない症例(=preperimetoricglaucoma)が散見される.POAGと考えられる場合は(一般に眼圧が高い場合),積極的に眼圧下降に取り組めるのであるが,NTGと考えられる場合も少なくなく,治療を開始するタイミングを考慮する必要がある.治療を開始するか,もしくは無治療で経過観察するかである.つまり,視野が非進行性なのか進行性なのかの判別が重要になってくる.当科外来ではpreperimetoricglaucomaについては原則無治療で経過観察する.ただし,外来での眼圧のみならず以下のポイントを押さえたうえで行う(表3).a)視神経乳頭写真撮影(来院ごとに毎回撮影)表3視野進行性と非進行性の判別a)視神経乳頭の写真(毎回撮影)b)神経線維層欠損の拡大の評価c)画像解析(年1回は撮影)d)視野の経過観察と解析(視野は最初2年は年3~4回,以後年2回)e)乳頭出血の有無過去の視野・眼底写真は重要(41)あたらしい眼科Vol.27,No.8,20101053面や効果を十分に考慮する必要がある.プロスタグランジン系がまったくノンレスポンダーのときは,b遮断薬+炭酸脱水酵素阻害薬の合剤への変更も有用であろう.比較的治療前の眼圧が高いNTGの場合は点眼開始後に十分な眼圧下降効果が得られる印象が明確であることが多いが,15mmHg以下のlowteensのNTGでは薬物治療を開始してもその眼圧下降効果が見えにくい場合が散見される.日内変動が大きい症例では通常外来時間での眼圧値がそれほど高くなく夕方から夜間にかけて上昇する傾向のあることもある.このような症例は点眼を数カ月継続したうえで,再度日内変動を計測することもある.しかし,時間と労力が医師側・患者側双方にかなりの負担となりうることから,より効果的な判定方法の模索が必要と感じている.NTGの原因は不明であるが,乳頭出血の有無がかなり視野進行に関与していることはよく知られており,眼循環がひとつの鍵と考えられている.その点からも血圧の変動・低血圧の存在を初診時に問診で確認すること,および日内変動の際に血圧の変動を測定し確認している.夜間の低血圧にも十分注意する.点眼が十分に使用されており,眼圧も10~12mmHg前後で推移しているが徐々に視野進行が確認されるようなケースでは,カルシウムブロッカーやビタミン剤の内服も点眼水に加えて処方する.IV手術加療・レーザー治療点眼を数種類併用しているにもかかわらず視野進行のレベルが顕著である場合には手術加療も考慮する.当然眼圧を低いレベルに設定することが必要であることから選択肢は限られてくる.安全性の面からまずはレーザー必要があることと,薬剤効果の点でノンレスポンダーが存在することも念頭に置く必要がある(図2).プロスタグランジン製剤は非点眼側には影響が及びにくいとされるため,治療開始時において両眼に緑内障性視野障害が認められる場合で,眼圧値がほぼ同等であると判断される場合には,より病期が進行している側にのみ点眼を開始したうえで,1カ月後に再診させ両眼の眼圧値を比較することで治療効果の判定を行う(図3).このときに,1回の治療後眼圧のみで眼圧抑制効果を判断せず,2回以上の眼圧下降効果をみて薬効を判断する.また,片眼トライアルでは必ず他眼の眼圧変動分を差し引いて真の眼圧下降作用を判定する.ノンレスポンダーと考えられる場合は安易に追加投与(bブロッカーなど)をする前に,プロスタグランジン製剤のなかで薬剤を変更することをまず考える.この場合はプロスタグランジン(ラタノプロスト)からプロスタマイド系(ビマトプロスト)への変更が有用との報告もある.プロスタグランジン系の薬剤はここ数年で4種類に増え,さらに今年から日本でも合剤が認可され選択肢の幅が増えつつある.合剤のなかにも含まれるb遮断薬は心不全の人や喘息の既往のある人には禁忌とされ,他の製剤に関しても副作用の0510152025点眼前眼圧123点眼前眼圧右眼点眼開始点眼後経過月数mmHg0510152025123点眼後経過月数mmHg右眼点眼開始a:ラタノプロストノンレスポンダー(45歳,女性)b:ラタノプロストレスポンダー(40歳,男性):R:L:R:L図2片眼トライアルで確認された実例……………………..FirstEyeSecondEye眼圧測定地点FirstEye点眼開始SecondEye点眼開始片眼トライアル期両眼点眼期図3片眼トライアルの模式図1054あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(42)イン(第2版).日眼会誌110:777-814,20062)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal;TajimiStudyGroup,JapanGlaucomaSociety:TheTajimiStudyReport2,PrevalenceofprimaryangleclosureandsecondaryglaucomainaJapanesepopulation.Ophthalmology112:1661-1669,20053)鈴木康之,山本哲也,新家眞ほか:日本緑内障学会多治見疫学調査(多治見スタディ)総括報告.日眼会誌112:1039-1058,20084)ShioseY,KitazawaY,TsukaharaSetal:EpidemiologyofglaucomainJapan.Anationwideglaucomasurvey.JpnJOphthalmol35:133-155,19915)SuzukiY,IwaseA,AraieMetal:RiskfactorsforopenangleglaucomainaJapanesepopulation.TheTajimiStudy.Ophthalmology113:1613-1617,20066)PiltzJ,GrossR,ShinDHetal:Contralateraleffectoftopicalbeta-adrenergicantagonistsininitialone-eyedtrialsintheocularhypertensiontreatmentstudy.AmJOphthalmol130:441-453,20007)ChoiJ,KimKH,JeongJetal:Circadianfluctuationofmeanocularperfusionpressureisaconsistentriskfactorfornormal-tensionglaucoma.InvestOphthalmolVisSci48:104-111,20078)LeskeMC,HeijlA,HymanLetal:Predictorsoflongtermprogressionintheearlymanifestglaucomatrial.Ophthalmology114:1965-1972,20079)IshidaK,YamamotoT,SugiyamaKetal:Diskhemorrhageisasignificantlynegativeprognosticfactorinnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol129:707-714,200010)DranceS,AndersonDR,SchulzerM,fortheCollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Riskfactorsforprogressionofvisualfieldabnormalitiesinnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol131:699-708,2001治療,なかでも選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)を選択する.入院の必要もなくくり返して施行することも可能という点が良いのではあるが,眼圧下降率が小さいと施行後の治療効果の判定がNTGではむずかしいとも考えられる.眼圧を10mmHg以下を目標としてかつ日内変動をなくす目的に行われるとしたら,マイトマイシンC併用線維柱帯切除術(MMC併用トラベクレクトミー)が選択される.しかし,無血管濾過胞の形成に伴う感染症やより低眼圧を目的とするため,かえって低眼圧になりすぎることによる低眼圧黄斑症をひき起こし,術前の視力よりも低下する危険が伴う.これらのリスクも念頭に置くと進行症例すべてにおいてMMC併用トラベクレクトミーは適応とは限らない.おわりにNTGの診断は各種の検査を駆使すればある意味容易に成しうると考えるが,眼圧が低いからといって管理がたやすいわけではない.患者さん一人ひとりに視神経の脆弱性の違いがあるように,管理も千差万別であることを考慮して,検査および治療の方針を立てることが重要であろう.文献1)阿部春樹,北澤克明,桑山泰明ほか:緑内障診療ガイドラ