あたらしい眼科Vol.27,No.12,201016990910-1810/10/\100/頁/JCOPY時間の共有インターネットがもたらす情報革命のなかで,情報発信源が企業から個人に移行した大きなパラダイムシフトをWeb2.0と表現します.インターネットは繋ぐ達人です.地域を越えて,個人と個人を無限の組み合わせで双方向性に繋ぎます.パソコンや携帯端末からブログや動画,写真などをインターネット上で共有し,コミュニケーションすることが可能になりました.インターネット上で情報が共有され,経験が共有され,時間が共有されます.前章までに,医療知識・医療情報がインターネット上で共有される事例を数多く紹介してきました.「時間の共有」は,インターネットの最も今日的な利用方法です.その,「時間の共有」というインターネットの進化と,医療がどのように関係するのか,実例を交えながら紹介したいと思います.インターネットは人と人を繋ぐツールです.どんな方法で,「時間を共有」して繋がるのでしょうか.インターネットのツールとして,チャット,スカイプ,テレビ会議,ツイッター,Ustreamなどがあげられます.ツイッターとUstreamは,対象が不特定になる点で,他のツールとは大きく異なります.ツイッターというツールの特徴と,医療応用の可能性については,前章で紹介しました.本章は,Ustreamというツールについて紹介したいと思います.Ustream(ユーストリーム)とは2006年に設立され,2007年3月に開始された動画共有サービスです.初期のUstream.tvは,3人のアメリカ軍人によって創られました.イラクに派兵された彼らの友人たちのコミュニケーションツールとして開発されました.Ustream.tvの試作品により,彼らは遠く離れた親族と会話をすることが可能になりました.サービスが開始されてから数年で,ライブビデオサービスの先駆けとなり,政界やエンターテイメント業界を中心に普及しました.2010年1月には,ソフトバンクから約2,000万ドル(約18億円,出資比率13.7%)の出資を受け入れ,日本・中国を中心としたアジア事業を本格化しました.4月には,日本語版サービスが提供されるようになりました1).Ustreamが「共有」するものは動画情報だけではありません.視聴者同士で時間と経験を共有します.たとえば,動画の視聴者同士のチャット機能や,視聴者からの投票機能などが可能です.Ustreamは,リアルタイムの情報を集約するプラットフォームといえます.距離を隔てた人に講義内容を伝える手段は過去にもありました.衛星放送を使って,大学の講義をリアルタイムで発信した事例も多く存在します.ですが,この形式の講義は普及しませんでした.設備投資がかさむこと,大学や企業が魅力あるコンテンツを作り続けることに限界があるのでしょう.テレビ電話はどうでしょう.低価格の機材で,距離を隔てた人に動画情報を伝えますが,「OnetoOne」のコミュニケーションしかとれません.「OnetoMass」や「MasstoMass」のコミュニケーションツールとしては不向きです.ひとつ,面白い考察があります.イギリス科学協会所属の委員会が選んだ,「最もエキサイティングでありながら期待に応えられなかった10大発明」というものがあります.その第7位として,テレビ電話が紹介されています2).テレビ電話は,残念ながら人々の行動様式を変えるまでには至りませんでした.テレビ電話や衛星放送と違い,Ustreamが脚光を浴びる理由は何でしょう.理由が二つあります.一つは,運営にかかる費用です.非常に低価格で実現できるようになりました.講義を衛星放送するためにはアンテナが必要でした.今の時代は,ウェブカメラさえあれば,誰でも放送局を持つことができる,驚くべき時代です.ウェブカメラでなくても,パソコンに内蔵されたカメラ(67)インターネットの眼科応用第23章インターネットで時間の共有②武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科シリーズ1700あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010でもほとんどの場合,対応可能です.もう一つの理由は,「知性の差」です.知性の差が,情報の発信源と受診側で大きすぎると,講演は,完全に一方向性となり,テレビと同じメディアになります.インターネットの偉大性は,繋ぐ力です.講師と聴衆を一方向性に繋ぐだけでなく,聴衆が短いコメントを残すことで,講演に参加することができます.聴衆同士が,バーチャルな空間で,「私はこんな感想をもっている」「この人の意見は参考にならないな」など,リアルの講演で体感できない一体感を感じることができます.Ustreamは,情報と経験を同時に共有できるコミュニケーションツールです.講演会場では,時間と空間を共有できても,経験と感想を共有することはできません.Ustreamという技術を用いると,空間は共有できませんが,時間と経験と感想を共有することができます.それぞれに長所と短所がありますが,効率性を考えると,Ustreamを併用した講演・学会・研究会が増えてくるでしょう.優れた新しい技術が普及するには,必ず意識の変容が伴います.われわれの意識が変わる瞬間に,新しい慣習が一気に普及し,古い慣習は過去に追いやられます.インターネット上での学会が開催される日は遠くありません.インターネットでできないことは,飲食をともにしながら得られる温度感です.皆さんが,学会期間中に開催する食事会は,インターネット上で決して代替できません.しかし,食事会以外はインターネット上で完結できます.Ustreamの問題点Ustreamの問題点は,著作権です.これは,インターネット上の動画に共通することですが,一朝一夕には解決できない大きな問題です.インターネット上の著作物の著作権は,完全には保護できません.それは,周知の通りと思います.コピーができないようにいくら技術的な制限をかけても,パソコン上で放送する画面を撮影すれば,簡単にコピーが作成できます.医療を扱う動画の場合,演者の著作権だけでなく患者の個人情報が絡む点で,他の動画よりも問題点は深刻です.動画の著作権やプライバシーを保護するために,で(68)きるだけリスクを下げる方法が,二つあります.医師限定の会員制のサイト内で放送することで,空間的な広がりを制限します.また,放送された講演データをサーバー上に残さないことで時間的に制限します.われわれが扱う医療情報は慎重な対応が求められます.私が有志と共に運営しています,医師・歯科医師限定のインターネット会議室「MVC-online」では,10月30日に鹿児島で行われた鹿児島集中治療研究会をUstreamで放送しました(図1).地方で開催された研究会が,世界的な広がりで放送されます.離れた地域にいる人も,新しい知識を獲得することが可能です.今後,このような形態の研究会が普及するでしょう.【追記】NPO法人MVC(http://mvc-japan.org)では,医療というアナログな行為と眼科という職人的な業を,インターネットでどう補完するか,さまざまな試みを実践中です.MVCの活動に興味をもっていただきましたら,k.musashi@mvcjapan.orgまでご連絡ください.MVC-onlineからの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.文献1)http://ja.wikipedia.org/wiki/Ustream2)http://www.telegraph.co.uk/technology/4985234/Top-10-innovations-that-should-have-changed-the-world-butdidnt-manage-it.html図1Ustreamで開催されるインターネット上の学会・研究会☆☆☆