0910-1810/10/\100/頁/JCOPYを軽減するために,複視が消失または軽減する眼位を正面にもってこようとして,異常な頭位をとることがある(代償頭位).II麻痺性斜視の原因と予後眼運動神経麻痺の頻度は報告によりさまざまであるが,最近の報告では,滑車神経麻痺,外転神経麻痺,動眼神経麻痺の順で高いとされている1.3).しかし,小児のみで検討した報告では,外転神経麻痺,動眼神経麻痺,滑車神経麻痺の順で頻度が高いとされる4,5).原因としては,高血圧や糖尿病による虚血などの脳血管障害,脳腫瘍,外傷,Tolosa-Hunt症候群注2やウイルスはじめに麻痺性斜視には先天性と後天性がある.先天性には,Duane症候群,Brown症候群,外眼筋線維症,doubleelevatorpalsy,上斜筋麻痺や動眼神経麻痺などの眼運動神経麻痺があるが,先天性の特殊な麻痺性斜視は,大学病院などの斜視専門外来にゆだねることが多い.一方,日常臨床のなかで,後天性の麻痺性斜視に遭遇する機会は多い.本稿では,後天性の麻痺性斜視のなかでも最も頻度の高い眼運動神経麻痺について,外来診療のなかでどのように治療方針を決定していくのかを述べる.I麻痺性斜視の特徴麻痺性斜視の特徴は,眼球運動が非共同性であるということである.麻痺筋の作用方向では,斜視角が最大になり,麻痺筋を使わない方向では斜視は消失するか減少する.Heringの法則注1に従い,非麻痺眼で固視したときの斜視角(第1偏位)よりも,麻痺眼で固視したときの斜視角(第2偏位)のほうが大きい(図1).つまり,麻痺眼の固視努力による麻痺筋への大きなインパルスが,健眼の非麻痺筋に伝わるからである.注1Heringの法則:等量神経支配の法則である.同一の作用方向をもった両眼の外眼筋はそれぞれ中枢から同量のインパルスを受ける.後天性の場合は,たいてい両眼視機能を獲得した後に発症しており,麻痺筋の作用方向で複視が増強し,麻痺筋を使わない方向では複視は消失するか軽減する.複視(39)1671*SanaeMuraki:滋賀医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕村木早苗:〒520-2192大津市瀬田月輪町滋賀医科大学眼科学講座特集●弱視斜視診療のトレンドあたらしい眼科27(12):1671.1675,2010麻痺性斜視の治療方針TreatmentforParalyticStrabismus村木早苗*×非麻痺眼で固視したときの斜視角第1偏位(a)a<bab×麻痺眼で固視したときの斜視角第2偏位(b)図1外転神経麻痺の場合第1偏位よりも,第2偏位のほうが大きい.1672あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(40)に残存した複視や斜視に対して治療を行う.自然回復の可能性を念頭に入れ何カ月も経過観察するので,経過観察中の複視で日常生活に支障をきたしている場合は,複視を改善する目的でプリズム眼鏡で対応することもある.IV麻痺性斜視の検査経過観察中の病態評価はHesschartが簡便で有用である.軽度の麻痺性斜視の場合は,Hesschartの中心から15°とともに30°の測定も実施すべきである6).麻痺性斜視では回旋偏位を生じていることが多く,回旋偏位はHesschartでは検出できないので,大型弱視鏡を用いての検査を行う.共同筋注3同士の麻痺もHesschartでは検出できないので注意を要する.注3共同筋:ともむき筋のこと.むき眼位のときに両眼で同時に働く外眼筋.V麻痺性斜視へのプリズム治療プリズム治療の目的は,複視の軽減を図ることである.また,代償頭位をとることによる疲労も軽減できる.麻痺性斜視は非共同性斜視であるため,注視方向によって斜視角が異なり,すべての方向で複視を消失させることは困難である.したがって,プリズムカバーテストの値をもとに,日常生活で最も重要である第一眼位から下方視の複視が消失する最小のプリズム度数を装用させる.感染などの炎症,脱髄などがあげられる.原因が不明の場合もある.そして,後天性の眼運動神経麻痺は自然回復する症例が多くみられ,自然回復する割合は約80%にもなる.原因別でみると,脳血管障害,炎症,脱髄疾患が原因のものでは80%以上の自然回復率を示すのに対し,外傷によるものでは自然回復を示すのが約半数にとどまる1).麻痺が自然回復する例では,発症後1~2カ月の間に少なくとも何らかの軽快傾向を示すことが多い6).多くの場合,自然回復に至るまでの期間は3.6カ月である.ただ,6カ月を超えるまで回復の兆しがなく,6カ月を過ぎてから急激に回復するものはめったにない1).注2Tolosa.Hunt症候群:上眼窩裂付近の炎症性病変で,第III,IV,V1,VI脳神経の単独または複合障害を示す.III麻痺性斜視の治療方針患者は複視と整容上の問題に苦しむことになる.また,複視を避けるための頭位を保つことで疲労を訴えることもある.これらの苦痛を軽減することが,麻痺性斜視治療の目的である.まず,後天性の麻痺性斜視をはじめに診た場合,脳血管障害,脳腫瘍,外傷,炎症,脱髄などの可能性を念頭に入れて原因精査を行う.可能であれば頭部MRI(磁気共鳴画像法)を施行し,結果によっては専門家へコンサルトする.原因によっては,薬剤による症状の改善がみられる可能性がある.たとえば,重症筋無力症の場合は,薬物療法が第一選択となり,鑑別しなければならない疾患の一つである.眼科的治療としては,プリズム眼鏡の処方や外眼筋手術を行う.しかし,後天性の麻痺性斜視は自然回復する割合が高く,それゆえ観血的治療はすぐには行わない.多くの場合,自然回復に至るまでの期間は3.6カ月であるので,最低3カ月は経過観察を行い,それらの時期が来ても,少なくとも軽快傾向にある場合はさらに経過観察を行う.発症から6カ月以上麻痺がまったく軽快しない,麻痺の軽快が停止してその後3カ月以上不変であることを目安に手術を考慮する6).発症から6カ月間は1.2カ月に1回程度の検査を行う.他科での治療が行われるときは,治療の効果の判定を待ってから,その後プリズムレンズFresnel膜プリズム図2同度数のプリズムレンズとFresnel膜プリズム図3右眼にFresnel膜プリズムを装用(41)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101673VII眼運動神経別の治療方針1.滑車神経麻痺a.病態他の眼運動神経麻痺に比べ,外傷が原因で起こりやすく,後天性の眼運動神経麻痺のなかで最も多くみられる.外傷により滑車神経麻痺が多いのは,その解剖学的特徴,すなわちこの神経は脳幹の背側から出る唯一の脳神経で,走行が長く細いため外傷の影響を受けやすいからと考えられている.麻痺眼は,上斜視で外方回旋斜視となる.回旋斜視のための複視を軽減するために,首を傾ける代償頭位をとることもある.b.治療方針上下複視の程度,あるいは下方での回旋偏位の量,回旋複視の自覚で方針が異なる.回旋斜視が大きい場合はプリズムは役に立たない.回旋の角度が小さい場合,上下ずれをプリズムで矯正することにより回旋偏位に対する融像が成立し,複視が解消する可能性がある10).手術は,後天性の場合,上斜筋短縮または上斜筋前部前転ともに上下偏位の矯正には効果がなく,直筋手術が必要である.したがって,上下斜視には患眼の拮抗筋である上直筋の弱化,ともむき筋である健眼の下直筋の弱化を行う.一方,回旋偏位の矯正には,上斜筋短縮および上斜筋前部前転が効果があり,特に後者の矯正効果が大きい.先天性では上斜筋強化は術後医原性Brown症候群注5をひき起こしやすいといわれているが,後天性では,回旋偏位の矯正には上斜筋強化手術は積極的に行うべきである.特に,上斜筋前部前転術は上下偏位に影響を与えることなく回旋偏位を矯正する点で優れている11).また,直筋を利用する方法もある.滑車神経麻痺では外方回旋斜視になるので,上直筋には付着部の耳側水平移動,下直筋には付着部の鼻側水平移動を行う.注5Brown症候群:眼球の内上転障害を起こしている症候群.先天性は上斜筋腱が短いために起こり,後天性では外傷や炎症が原因で起こる.手術筋の選択は,上下偏位が大きく,回旋偏位が小さい場合は直筋手術のみ,すなわち,患眼の上直筋の後転もしくは健眼の下直筋の後転を行う.上下偏位が小さく回旋偏位が大きい場合は下直筋鼻側水平移動を行う.上プリズムは眼鏡に組み込めるのは各眼につき5Δ位までであること,暫定的処方になる可能性があることなどより,眼鏡に貼るタイプのFresnel膜プリズム(図2)が使いやすい.ただ,Fresnel膜プリズムを貼ると,縦じまにより装用眼に視力低下が生じる(図3).健眼にFresnel膜プリズムを貼ることで視力が低下し,固視眼が麻痺眼に交代すると,Heringの法則注1により偏位が大きくなり,安定した結果が得られないことが多い.上下斜視と水平斜視を合併している場合で,上下斜視の角度が小さい場合は,水平プリズムと垂直プリズムを片眼ずつ分けて装用させるが,上下斜視が大きい場合は水平プリズムと垂直プリズムをベクトル合成し装用させる7).回旋斜視は角度が大きい場合,プリズム眼鏡で矯正することはできない.VI麻痺性斜視への手術治療麻痺性斜視では,何らかの麻痺筋強化が必要となる.麻痺筋の強化手術としては,不全麻痺の場合は麻痺筋短縮術もしくは前転術,完全麻痺の場合は筋移動術を行う.そして,麻痺筋の拮抗筋の弱化手術の併用もしばしば必要である.麻痺性斜視は水平斜視に上下斜視を合併していることも多く,手術筋数が多くなることで前眼部虚血注48,9)が問題となる.前眼部虚血のリスクファクターとしては,甲状腺眼症,血液疾患や心血管異常などの全身疾患があること,一度の手術で3直筋以上の操作を行うことなどがあげられる.そこで,健眼手術を考慮することで患眼の手術筋数を減らすことができる.たとえば,患眼の上斜視を軽減したい場合で考えてみると,患眼で固視したときには健眼は下斜視になるので,健眼の下直筋を弱化すればいいことになる.注4前眼部虚血:前眼部への血流供給は,4直筋に沿って前毛様体動脈,長後毛様体動脈よりなされている.直筋の切腱を行うと,その血液供給が絶たれることとなり,特に片眼3直筋以上の切腱で発症のリスクが高まるとされている.角膜浮腫,虹彩萎縮などさまざまな壊死性変化を生じる.1674あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(42)b.治療方針外直筋の麻痺が軽度で正中を超える場合は外直筋短縮,正中は超えないが,正中まで可能なものは前後転術,麻痺が重度で正中まで来ないものは筋移動術を行う.筋移動術の選択の根拠は,15°以上の内斜視があり,しかも外ひきで眼球が正中を超えない例としている.発症後1年以上経過したような完全神経麻痺例では麻痺筋の萎縮があるので筋移動がよい.麻痺筋の萎縮はMRIで観察できる(図4)ので適応の根拠となる.そして,長期の外転神経麻痺により拮抗筋である内直筋の拘縮が著しい例では筋移動術とともに内直筋の後転術も併施する6).前眼部虚血のリスクを下げるために,上下直筋の切腱を行わず,全筋腹を移動する西田法13)が推奨される(図5).全方向で複視がみられる場合,Fresnel膜プリズム(30Δ以内)を麻痺眼の眼鏡の上に外方基底で貼り付ける10).3.動眼神経麻痺a.病態原因は,糖尿病や高血圧などでの虚血と考えられるものや,脳血管障害が多く,次いで外傷,脳腫瘍,IC-PC(内頸動脈・後交通動脈分岐部)動脈瘤による圧迫などがある14).完全麻痺では,麻痺眼の眼位は外斜視または,外下斜視となり,眼瞼下垂がある.外傷による麻痺では異常連合運動注7もみられる.異常連合運動で最も多くみられるのは,上眼瞼挙筋と内直筋との間の異常神経再生である.注7異常連合運動:神経が本来支配するべき筋肉ではなく,他の筋肉を支配する異常神経再生が起こることにより生じる.神経麻痺後の再生時にみられ,本来動くはずのない筋肉が連動して動くこと.虚血性のものは自然軽快する傾向が強く,外傷や腫瘍,脳動脈瘤が原因のものは自然軽快傾向が少なく,手術を必要とする場合が多い14).b.治療動眼神経麻痺では健常な外眼筋は外直筋と上斜筋のみである.手術術式の選択は,内直筋麻痺の程度で異な下偏位と回旋偏位のどちらも大きい場合は,患眼の上直筋後転と上斜筋前部前転,もしくは健眼の下直筋後転および鼻側水平移動を行う.手術眼として患眼と健眼のどちらを選択するかについては,健眼の下直筋操作が手術手技的に容易で疼痛の訴えも少なく定量性も良好である12).ただし,下直筋弱化手術は,術後下眼瞼下垂,進行性過矯正,maskedbilateralpalsy注6などが問題になる11).注6Maskedbilateralpalsy:両眼の麻痺で偏位が相殺されること.むしろ自覚症状は軽く,見落とされがちである.両眼の麻痺があっても左右差がみられる場合,片眼手術を行うと僚眼の麻痺が顕性化する.2.外転神経麻痺a.病態基礎疾患として高血圧や糖尿病を合併していることが多い.眼位は内斜視となる.複視を避けるために,軽度の麻痺の場合は頭部を回転して単一視する代償頭位をとることもある.図4両側外転神経麻痺MRIで両外直筋の萎縮と弛緩がみられる.図5外転神経麻痺に対する上下直筋全幅移動術(西田法)SR:上直筋IR:下直筋LR:外直筋MR:内直筋(43)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101675文献1)三村治,内海隆生,木村亜紀子ほか:眼運動神経麻痺の予後─薬物療法でどこまで治るか?─.眼臨101:178-181,20072)KobashiR,OhtsukiH,HasebeS:Clinicalstudiesofocularmotilitydisturbances:Part2.Riskfactorsforischemicocularmotornervepalsy[corrected].JpnJOphthalmol41:115-119,19973)藤井雅彦,来栖昭博,三村治:眼運動神経単独麻痺211例の検討.眼臨95:750-753,20014)HarleyRD:Paralyticstrabismusinchildren.Etiologicincidenceandmanagementofthethird,fourth,andsixthnervepalsies.Ophthalmology87:24-43,19805)KodsiSR,YoungeBR:Acquiredoculomotor,trochlear,andabducentcranialnervepalsiesinpediatricpatients.AmJOphthalmol114:568-574,19926)西田保裕,柿木雅志,小田早苗:麻痺性斜視の手術.眼科手術17:489-493,20047)矢ヶ.悌司:プリズム処方のための検査.眼科診療プラクティス86,眼科医と視能訓練士のためのスキルアップ,p190-194,文光堂,20028)SaundersRA,SandallGS:Anteriorsegmentischemiasyndromefollowingrectusmuscletransposition.AmJOphthalmol93:34-38,19829)ReizmanMB,BeckRW:Irisischemiafollowingsurgeryontworectusmuscles.ArchOphthalmol103:1783-1787,198510)不二門尚:プリズム眼鏡の処方.眼科診療プラクティス49,眼鏡処方,p60-64,文光堂,199911)丸尾敏夫:麻痺性斜視の治療.日眼会誌98:1161-1179,199412)三村治:麻痺性斜視.眼科プラクティス29,これでいいのだ斜視診療,p110-118,文光堂,200913)NishidaY,HayashiO,OdaSetal:Asimplemuscletranspositionprocedureforabducenspalsywithouttenotomyorsplittingmuscles.JpnJOphthalmol49:179-180,200514)周允元,木村亜紀子,三上裕子ほか:動眼神経麻痺による麻痺性斜視手術の検討.眼臨99:303-306,200515)丸尾敏夫,久保田伸枝,岩重博康:動眼神経麻痺の手術.臨眼37:65-71,1983る.内直筋の不全麻痺では水平筋の前後転術のみでかなりの改善が期待できる.内直筋の完全麻痺では外直筋大量後転術および内直筋短縮術に加えて上斜筋移動が必要になってくる.上斜筋移動を行う際には,新たに上斜筋不全の症状,すなわち上斜視,下転障害,V型斜視が問題となってくる.したがって,もともと上下偏位のないものには,新たに生じる上斜視に備えて,上斜筋移動に上直筋後転を併用するとよい15).上下斜視を合併している場合は,上下偏位が10Δ以内であれば上下直筋の併用を加えなくても,水平筋の単独手術,もしくは水平筋の手術の際に上方移動を加えることで正面視での複視消失を得ることが可能である14).水平斜視手術後に,上下斜視が残り,複視を訴えるような場合はプリズム眼鏡で対応する.しかし,初回術後に上下偏位が大きく残っている場合は,術後眼位が落ち着くまで最低3カ月は待ってから上下直筋の手術を追加する.回旋偏位を有するものでは上下筋の水平移動術を行う.動眼神経麻痺では内方回旋斜視があるため,上直筋は鼻側移動,下直筋は耳側移動すればよい.いずれにしろ,複数回,複数筋の手術に至ることが多く,前眼部虚血注4には十分気をつけなければならない.動眼神経麻痺では,麻痺が強く偏位が大きい場合(40Δ以上),プリズム眼鏡は役立たない10).眼瞼下垂が強度であれば,眼瞼下垂手術も必要である.おわりに以上,麻痺性斜視,なかでも後天性の眼運動神経麻痺について述べた.麻痺性斜視の場合,手術やプリズムで矯正しても複視が消失しない症例も存在する.患者は,治療すれば完治すると思いがちだが,共同性斜視と異なり,いかなる治療法でもすべての方向で眼球運動や複視が完治することはむずかしく,治療を行うにあたり,患者とのインフォームド・コンセントが重要である.