‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

糖尿病網膜症・黄斑症の病態:血流動態の面から

2010年9月30日 木曜日

1194あたらしい眼科Vol.27,No.9,20100910-1810/10/\100/頁/JC(O0P0Y)予防」(疾病が発症した後,必要な治療を受け,機能の維持・回復を図ること)に留まることなく,「一次予防」(生活習慣を改善して健康を増進し,生活習慣病などを予防すること)に重点を置いた対策が強力に推進されている(厚生労働省・健康日本21).予防医学の観点から糖尿病網膜症を考えるうえで,網膜症発症前からすでにひき起こされている網膜血管障害を鋭敏に捉え,それを診断・治療に生かすうえでは,非侵襲的かつ定量的に病変を捉えることのできる眼循環測定の果たす役割は大きいと考えられ得る.そこで本稿では,現在臨床に応用されている眼循環測定法を解説し,それを用いて行われた臨床研究の成果をまとめながら,糖尿病網膜症・黄斑症の病態を,眼血流動態の面から考えてみたい.I眼血流の評価法現在までに臨床応用されている眼血流動態を評価する方法について,その特徴を簡潔に述べる.1.網膜血流の評価a.レーザードップラー速度計(laserDopplervelocimeter:LDV)網膜動静脈の血管径と血流速度を測定して血流量の絶対値を算出できる,唯一の非侵襲的眼循環測定法である.絶対値を測定できるため,個体間すなわち正常者と糖尿病網膜症患者の結果を比較することも可能である1).はじめにわが国の糖尿病人口は増加の一途をたどり,今後もさらに増えることが予想されている.糖尿病慢性合併症の一つである糖尿病網膜症はわが国における成人の失明原因の主因であり,社会経済的損失も計り知れず,その予防法と治療法の確立,特に網膜症発症早期から鋭敏に異常を検出する検査法の確立は,われわれ眼科医にとって急務である.糖尿病網膜症は腎症・神経症と並びいわゆる三大糖尿病細小血管合併症の一つであり,その病態は長期間にわたる高血糖や酸化ストレス,慢性炎症などによる網膜血管障害が本態である.壁細胞の消失,毛細血管瘤形成から始まる病理学的変化が生じれば,検眼鏡的にも網膜症を検出することができるようになり,蛍光眼底造影検査で無灌流領域・新生血管の有無を評価し,光凝固や薬物療法,場合によっては硝子体手術などの治療が行われる.しかしながら,未治療のまま増殖性変化や牽引性黄斑.離をきたした症例や,びまん性の黄斑浮腫症例などはいまだに難治であり,糖尿病人口の爆発的増加と相まって,糖尿病網膜症で失明に至る糖尿病患者数は,当分の間は増えこそすれ減りはしないと予想される.わが国の糖尿病患者の大部分を占める2型糖尿病は,生活習慣病の一つであり,現在国を挙げてその予防に取り組んでいるところである.国民総医療費の抑制という観点からも,従来の疾病予防の中心であった「二次予防」(健康診査などによる早期発見・早期治療)や「三次(28)*TaijiNagaoka&AkitoshiYoshida:旭川医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕長岡泰司:〒078-8510旭川市緑が丘東2条1丁目旭川医科大学眼科学教室特集●糖尿病と糖尿病網膜症あたらしい眼科27(9):1194.1200,2010糖尿病網膜症・黄斑症の病態:血流動態の面からRoleofOcularCirculationinPathogenesisofDiabeticRetinopathyandMaculopathy長岡泰司*吉田晃敏*(29)あたらしい眼科Vol.27,No.9,201011953.眼動脈血流の評価a.超音波カラードップラー法(colorDopplerimaging:CDI)血流速度測定法として広く普及しているカラードップラー法を眼科に応用したもので,超音波BモードとPulseDoppler法を組み合わせて眼窩内深部の網膜動静脈の血管の血流動態を測定する.網膜中心動脈,短長後毛様動脈,眼動脈などの血流速度,さらに収縮期と拡張期の最高速度から血管抵抗指数などを求め,眼循環を大まかに評価することができる6).b.レーザースペックル血流計(laserspeckleflowgraphy:LSFG)生体組織にレーザーを照射すると,移動する血球により散乱されたレーザー光に干渉が生じることによってスペックルパターンとよばれるランダムな模様が形成される.このスペックルパターンのぶれ(bluring)を求めることで,血流速度を解析することができる.視神経乳頭,脈絡膜の末梢血流速度,網膜内血流速度の測定が可能となっている7).II糖尿病網膜症と血流1.網膜症の病期と眼循環糖尿病網膜症の病態生理を眼循環の観点から考えるうえで,網膜症の病期と眼循環との関係は非常に重要であり,欧米を中心にこれまで数多くの報告がなされてきたが,その報告の大部分は,他に全身合併症を有さない1型糖尿病患者を対象としており,罹病期間が短ければ網膜血流量は減少し,長くなるにつれて増加に転じるとされている8)が,反対に早期には網膜血流は増加しているという報告もある9).おそらく,測定法の違いに加えて,以下に述べるとおり眼循環はさまざまな因子に影響されるため,対象のばらつきもその一因と考えられる.一方,日本人の糖尿病患者の大部分を占める2型糖尿病患者は,高血圧など他の全身合併症を有することが多く,これまで眼循環の詳しい検討がなされていなかった.最近筆者らの施設では,2型糖尿病患者を対象にしてLDV法を用いて網膜動脈血流量を測定し,網膜症のない,あるいは単純網膜症を有する糖尿病患者では正常対照群に比べ網膜動脈血流量が低下しており,網膜症発b.走査レーザー検眼鏡(SLO)を用いたフルオレセイン蛍光眼底造影検査(FA)SLOを用いてFAを行うと,白血球もしくは血小板と考えられる蛍光点が観察される.これをデジタル画像に取り込んで解析し,蛍光点の移動速度を測定し,中心窩近傍の網膜毛細血管レベルでの血流速度を定量的に測定できる2).c.ScanninglaserDopplerflowmeter(Heidelbergretinaflowmeter:HRF)SLOとlaserDopplerflowmeter(LDF)を組み合わせ,網膜および視神経乳頭の組織血流を測定することのできる装置である.視神経乳頭および黄斑領域の網膜組織血流を評価できる.d.内視現象を用いた方法(ブルーフィールドシミュレーション:BF)内視現象とは,青い空を見上げた際に無数の細かい透明な点が見える現象で,これを利用して黄斑周囲毛細血管を流れる白血球を内視させ,この内視白血球像をコンピュータでシミュレートし,被検者自身が内視像と一致させることにより,毛細血管の血流速度計測が客観的に可能であるe.網膜血管解析装置(retinalvesselanalyzer:RVA)網膜血管の血管径を連続して計測できる唯一の測定機器である.眼底カメラから取り込んだ網膜血管像を画像処理して血管径を算出する.15分まで連続して血管径を測定し,網膜血管の動的反応を捉えることができる3).2.脈絡膜血流の評価a.レーザードップラー血流計(laserDopplerflowmeter:LDF)おもに視神経あるいは中心窩の脈絡膜の毛細血管の組織血流量を測定できる4).b.拍動性眼血流計(pulsatileocularbloodflowmeter:POBF)眼球の拍動による脈波を測定・解析し,全眼球血流量を算出する.大部分は脈絡膜全体の血流量を反映すると考えられる5).1196あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(30)andComplicationsTrial),2型糖尿病患者を対象としたUKPDS(UnitedKingdomProspectiveDiabetesStudy)などの大規模臨床試験の結果から,糖尿病罹病期間以外では,血糖コントロールが最も強いリスクファクターであることが示されている.眼循環の観点から考えると,血糖コントロールの良し悪しが網膜循環に影響を与え,それが網膜症発症・進展に関与している可能性がある.これについては,LDV法を用いて多くの検討がなされている.まず,網膜症のみられない1型糖尿病患者ではHbA1Cと網膜血流量の間には負の相関関係が認められ,血糖コントロールが悪いと網膜血流量はより低下している13).さらに最近では,HbA1Cが平均7.5%程度の比較的血糖コントロールが良好な1型糖尿病患者では,正常対照群との網膜血流量は変わらないが,体位変換に伴う全身血圧の変化に対する網膜血管の収縮反応(網膜血流自己調節機構)が早期に障害されていることが報告されている14).急激な血糖コントロールにより網膜症が悪化することが報告されているが,その詳しいメカニズムはわかっていない.Grunwaldらは,厳格な血糖コントロールを行った1型糖尿病患者を対象にしてコントロール開始後の網膜血流変化と網膜症の進行の有無について検討し,コントロール開始5日後に網膜血流量が増加した群では網膜症が進行し,反対に網膜血流量が低下した群では網膜症前・発症早期からの網膜血流低下は1型・2型糖尿病に共通の病態であることを明らかにした10)(図1).この研究では,血中のLDL値と網膜血流が負の相関関係にあり,重回帰分析でも有意な関連を認めた.LDLそのものの直接作用により網膜血管を障害・収縮させる作用があるとされ,この結果はLDLによる血管障害の可能性を示唆している.2型糖尿病患者では半数近くが脂質異常を合併しており,厳格な血糖コントロールに加えて,網膜循環改善作用をもつシンバスタチン11)などを使った適切な脂質のコントロールも糖尿病による網膜血管障害を予防するうえで重要と考えられる.糖尿病網膜症早期の網膜血流減少の機序については,白血球の血管内皮への接着が関与するという報告もあるが,血流には影響しないという報告もあり,結果は一致していない.糖尿病ラットでの検討では糖尿病発症早期から強力な血管収縮物質エンドセリン-1が増加しており,これが血流低下に関与すると考えられる12).一方,網膜症の進行に従って網膜血流が増加に転じるとされているが,糖尿病網膜で産生が増加する血管内皮増殖因子(VEGF)が網膜血流を増加させており,血流低下による組織低酸素に反応して網膜でのVEGF産生が増え,その結果として網膜血流が増加に転じるものと推測される13)(図2).2.血糖コントロールの影響1型糖尿病を対象としたDCCT(DiabetesControl中心窩脈絡膜血流↓網膜血流↓網膜組織低酸素VEGFなど血管増殖因子↑網膜症発症・進展黄斑浮腫酸化ストレス亢進血管収縮物質(ET-1)増加血管拡張物質(NO)低下図22型糖尿病患者の網膜症・黄斑浮腫の発症・進展における眼循環動態(仮説)(n=79)健常人網膜動脈血流量(μl/min)12111098765網膜症なし(n=160)単純網膜症(n=49)11.49.39.6図12型糖尿病患者の網膜血流LDV法を用いた測定による.(文献10より改変)(31)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101197る22).このように,内服薬による網膜症治療の効果判定にも網膜循環の評価は有用であると考えられる.最近,多施設ランダム化比較試験による内服薬による糖尿病網膜症抑制の可能性を示す興味深い報告が相ついでなされている.DIRECT(DiabeticRetinopathyCandesartanTrials)研究ではアンジオテンシンI受容体阻害薬(ARB)カンデサルタンが1型糖尿病網膜症の発症を抑制すること23),FIELD研究ではフェノフィブラートが2型糖尿病網膜症のレーザー治療の必要性を減らすことが明らかとなった24).これら臨床結果の具体的な奏効機序は明らかではないが,網膜血管への保護的効果がその一因である可能性も考えられる.特にARBに関しては,糖尿病網膜症への有効性について,基礎研究で多くの検討がなされている.複数のARBが用いられているが,糖尿病ラットでは,ARBは網膜血流障害と血管内皮機能を改善させうること25),白血球の網膜血管内皮への接着を抑制すること26),さらに糖尿病マウスでは,網膜の炎症反応を抑制することが報告されている27).筆者らの検討では,正常人ではARBによる網膜循環への影響は認めなかった28)が,レニン-アンジオテンシン系は糖尿病状態で亢進するため,今後は糖尿病患者におけるARBの網膜循環への影響を検討する必要がある.さらに筆者らは網膜摘出血管を用いた実験から,シンバスタチン29)や赤ワイン含有ポリフェノールのレスベラトロール30)は網膜血管拡張作用を有することも見いだしており,これら「網膜血管保護作用」を有する内服薬の網膜循環への影響を糖尿病患者で評価し,今後の臨床研究を発展させたいと考えている.III糖尿病黄斑症と血流黄斑浮腫は重篤な視力障害をひき起こすが,その発生機序は明らかではない.VFA(videofluoresceinangiography)法を用いた検討では,黄斑浮腫では傍中心窩の網膜毛細血管血流は低下し,それは中心窩網膜厚と負の相関があり,この部位の網膜毛細血管の血流障害が黄斑浮腫の発症に関与すると考えられている31).筆者らもLDF法を用いて糖尿病患者の中心窩の脈絡膜血流について検討し,網膜症のない病期からすでに低下し,黄斑浮腫が生じるとさらに低症の進行がみられなかったと報告した15).網膜血流の変化を評価することでその後の網膜症の進展がある程度予知しうる可能性を示したものであり重要な知見である.最近の報告では,血糖コントロール開始5日後に眼血流が増加し,これは血中エンドセリン-1の減少に関連するとされている16).短時間での血糖値の変動と眼循環との関連については,1型糖尿病患者においては,グルコースクランプにより血糖を徐々に上げていくと,低下していた網膜血流が増加し,正常人と同じレベルに戻るが,インスリン投与により急激に血糖を降下させると網膜血流が減少するとの報告もある17).さらに,糖尿病患者では急激な血糖増加あるいは朝食後の経時的な血糖変動の網膜血流への影響はみられないが,一方で高血糖時にはフリッカー刺激に対する網膜血流増加反応が減弱しているという報告もある18).実際,糖尿病患者では血糖値の変動が大きいほど網膜症の発症頻度が増加するとの報告もあり,HbA1C値による血糖コントロール評価に加えて,血糖値の短期的な変動が網膜循環動態にどのように影響しているか,今後検討されねばならない.3.喫煙の影響喫煙は高血圧,高脂血症,肥満などと並び代表的な糖尿病細小血管障害の危険因子であると考えられている.喫煙の眼循環への影響に関しては,喫煙により酸素吸入に対する網膜血管の反応性が減弱すると報告されている.糖尿病患者では喫煙により網膜血流の自己調節機構が障害され,それが糖尿病網膜症の発症・進展に影響を与える可能性がある19).4.内服薬による網膜循環への影響網膜症発症前に網膜血流が低下しており,これが網膜症の発症・進展に関与しているならば,網膜血流を改善させる治療薬が有効であると考えられる.これまでアスピリン内服20)あるいはビタミンE大量投与21)により,糖尿病患者の低下していた網膜血流を正常化したと報告されている.新しい糖尿病治療薬として期待されながらも現在開発が中止されているPKC-b阻害薬ruboxistaurinの内服でも網膜循環を改善させると報告されてい1198あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(32)な循環動態の変化が関与しているかはわからないが,適切な光凝固により黄斑部の脈絡膜循環を改善しうると考えている.2.硝子体手術糖尿病網膜症や黄斑浮腫に対して施行される硝子体手術の眼循環への影響も考慮されねばならない.Kadonosonoらは.胞様黄斑浮腫(CME)を有する糖尿病患者に対する硝子体手術を施行しSLOによるFAで黄斑部毛細血管血流速度を測定し,術後6カ月で約20%増加すると報告した37).一方,HRFを用いた検討では,術後浮腫が消失した症例では黄斑血流が低下したとの報告もある38).さらに増殖糖尿病網膜症(PDR)症例に対する硝子体手術の眼循環への影響については,前田らがLSFGを用いてPDR眼に対する硝子体術後に網膜中心動脈の血流速度が増加すると報告した39)が,CDIを用いた検討では,眼動脈や網膜中心動脈では反対に減少するとの報告がある40).以上述べたように,硝子体手術の眼循環に及ぼす影響については,測定部位,測定方法,対象とする症例にばらつきがあり,一定の見解が得られていない.おわりに本稿で紹介した糖尿病患者の網膜循環動態を検討した報告は,いずれも単施設・少数例での検討であり,エビデンスとしての質は決して高いとはいえない.今後は,多施設ランダム化比較試験による多数例での臨床試験が必要である.そのためには,誰もが手軽に,そして信頼性と再現性をもった非侵襲的眼循環測定法の開発が必要不可欠である.しかしながら,本稿で述べたように,これまでの眼循環測定装置にはそれぞれに長所・短所があり,眼循環測定のgoldenstandardは確立されていないのが現状である.近年の眼科領域での画像解析装置の進歩には目を見張るものがあり,このテクノロジーを応用した新しい網膜循環測定装置の開発も行われており,その登場が待たれるところである.下していることを報告した32)(図3).これより,黄斑浮腫の発生に中心窩近傍の脈絡膜の循環障害も関与していると考えられる.増殖糖尿病網膜症でも中心窩脈絡膜血流は低下していることが報告され33),糖尿病網膜症のすべての病期において中心窩脈絡膜血流は低下すると考えられている.IV糖尿病網膜症・黄斑症の治療と血流1.網膜光凝固現在糖尿病網膜症の増殖性変化を抑制する唯一の治療法は光凝固術であるが,その網膜循環への影響も検討されており,LDVを用いた検討では汎網膜光凝固後に網膜動脈血流量が約50%も低下した34).光凝固後の網膜血流低下に関してはその後同様の報告がなされており,特に光凝固を行った領域に限局して血流量が低下する35).その機序としては,光凝固による網膜酸素分圧の上昇により網膜血管が収縮するという,一種の網膜血流自己調節機構が働くためと考えられている.また,PRP(汎網膜光凝固)施行後には,高酸素負荷に対する網膜循環の反応性は改善しており,適切な光凝固により減弱した網膜血管の反応性を改善することが可能であると考えられている34).筆者らはPRPの脈絡膜循環への影響についても検討を行ったところ,前述のように中心窩脈絡膜血流は糖尿病早期から低下するが,PRPによりこの部位の血流は増加することが明らかとなった36).全症例にPRP後の黄斑浮腫が生じなかったため黄斑浮腫の成因にこのよう(n=36)健常人20100中心窩脈絡膜血流量(a.u.)網膜症なし(n=33)非増殖網膜症黄斑浮腫なし(n=20)非増殖網膜症黄斑浮腫あり(n=17)図32型糖尿病患者における中心窩脈絡膜血流LDF法を用いた測定による.(文献32より改変)(33)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101199607,199016)Fuchsjager-MayrlG,Kautzky-WillerA,KissBetal:Ocularhyperperfusionfollowingonsetofintensifiedinsulintherapyisinverselycorrelatedwithplasmaendothelin-1intypeIdiabetes.Diabetologia45:883-889,200217)BursellSE,ClermontAC,KinsleyBTetal:Retinalbloodflowchangesinpatientswithinsulin-dependentdiabetesmellitusandnodiabeticretinopathy.InvestOphthalmolVisSci37:886-897,199618)MandeckaA,DawczynskiJ,BlumMetal:Influenceofflickeringlightontheretinalvesselsindiabeticpatients.DiabetesCare30:3048-3052,200719)MorgadoPB,ChenHC,PatelVetal:Theacuteeffectofsmokingonretinalbloodflowinsubjectswithandwithoutdiabetes.Ophthalmology101:1220-1226,199420)FekeGT,YoshidaA,OgasawaraHetal:Retinalbloodflowincreasesfollowingshort-termaspirinusageintypeIdiabeticswithnoorminimalretinopathy.OphthalmicRes28:108-116,199621)BursellSE,ClermontAC,AielloLPetal:High-dosevitaminEsupplementationnormalizesretinalbloodflowandcreatinineclearanceinpatientswithtype1diabetes.DiabetesCare22:1245-1251,199922)AielloLP,ClermontA,AroraVetal:InhibitionofPKCbetabyoraladministrationofruboxistauriniswelltoleratedandamelioratesdiabetes-inducedretinalhemodynamicabnormalitiesinpatients.InvestOphthalmolVisSci47:86-92,200623)ChaturvediN,PortaM,KleinRetal:Effectofcandesartanonprevention(DIRECT-Prevent1)andprogression(DIRECT-Protect1)ofretinopathyintype1diabetes:randomised,placebo-controlledtrials.Lancet372:1394-1402,200824)KeechAC,MitchellP,SummanenPAetal:Effectoffenofibrateontheneedforlasertreatmentfordiabeticretinopathy(FIELDstudy):arandomisedcontrolledtrial.Lancet370:1687-1697,200725)HorioN,ClermontAC,AbikoAetal:AngiotensinAT(1)receptorantagonismnormalizesretinalbloodflowandacetylcholine-inducedvasodilatationinnormotensivediabeticrats.Diabetologia47:113-123,200426)MoriF,HikichiT,NagaokaTetal:Inhibitoryeffectoflosartan,anAT1angiotensinreceptorantagonist,onincreasedleucocyteentrapmentinretinalmicrocirculationofdiabeticrats.BrJOphthalmol86:1172-1174,200227)KuriharaT,OzawaY,NagaiNetal:Angiotensintype1receptorsignalingcontributestosynaptophysindegradationandneuronaldysfunctioninthediabeticretina.Diabetes57:2191-2198,200828)NagaokaT,TakahashiA,SatoEetal:Effectofsystemicadministrationofvalsartan,anangiotensintype1receptorblocker,onretinalcirculationinhealthyhumans.Eye(Lond)23:1491-1492,2009文献1)YoshidaA,FekeGT,MoriFetal:ReproducibilityandclinicalapplicationofanewlydevelopedstabilizedretinallaserDopplerinstrument.AmJOphthalmol135:356-361,20032)SakataK,FunatsuH,HarinoSetal:Relationshipbetweenmacularmicrocirculationandprogressionofdiabeticmacularedema.Ophthalmology113:1385-1391,20063)MichelsonG,LanghansMJ,GrohMJ:ClinicalinvestigationofthecombinationofascanninglaserophthalmoscopeandlaserDopplerflowmeter.GerJOphthalmol4:342-349,19954)RivaCE,CranstounSD,GrunwaldJEetal:Choroidalbloodflowinthefovealregionofthehumanocularfundus.InvestOphthalmolVisSci35:4273-4281,19945)TrewDR,SmithSE:Posturalstudiesinpulsatileocularbloodflow:I.Ocularhypertensionandnormotension.BrJOphthalmol75:66-70,19916)KagemannL,HarrisA:TheclinicalutilityofcolourDopplerimaging.Eye21:1015;authorreply1015-1016,20077)SugiyamaT,AraieM,RivaCEetal:Useoflaserspeckleflowgraphyinocularbloodflowresearch.ActaOphthalmol,2009[Epubaheadofprint]8)KonnoS,FekeGT,YoshidaAetal:RetinalbloodflowchangesintypeIdiabetes.Along-termfollow-upstudy.InvestOphthalmolVisSci37:1140-1148,19969)PatelV,RassamS,NewsomRetal:Retinalbloodflowindiabeticretinopathy.BMJ305:678-683,199210)NagaokaT,SatoE,TakahashiAetal:Impairedretinalcirculationinpatientswithtype2diabetesmellitus:RetinalLaserDopplerVelocimetryStudy.InvestOphthalmolVisSci,2010(inpress)11)NagaokaT,TakahashiA,SatoEetal:Effectofsystemicadministrationofsimvastatinonretinalcirculation.ArchOphthalmol124:665-670,200612)TakagiC,BursellSE,LinYWetal:Regulationofretinalhemodynamicsindiabeticratsbyincreasedexpressionandactionofendothelin-1.InvestOphthalmolVisSci37:2504-2518,199613)ClermontAC,AielloLP,MoriFetal:Vascularendothelialgrowthfactorandseverityofnonproliferativediabeticretinopathymediateretinalhemodynamicsinvivo:apotentialroleforvascularendothelialgrowthfactorintheprogressionofnonproliferativediabeticretinopathy.AmJOphthalmol124:433-446,199714)LorenziM,FekeGT,PitlerLetal:Defectivemyogenicresponsetoposturechangeinretinalvesselsofwell-controlledtype1diabeticpatientswithnoretinopathy.InvestOphthalmolVisSci,2010[Epubaheadofprint]15)GrunwaldJE,BruckerAJ,SchwartzSSetal:Diabeticglycemiccontrolandretinalbloodflow.Diabetes39:602-1200あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(34)29)NagaokaT,HeinTW,YoshidaAetal:Simvastatinelicitsdilationofisolatedporcineretinalarterioles:roleofnitricoxideandmevalonate-rhokinasepathways.InvestOphthalmolVisSci48:825-832,200730)NagaokaT,HeinTW,YoshidaAetal:Resveratrol,acomponentofredwine,elicitsdilationofisolatedporcineretinalarterioles:roleofnitricoxideandpotassiumchannels.InvestOphthalmolVisSci48:4232-4239,200731)SakataK,FunatsuH,HarinoSetal:Relationshipofmacularmicrocirculationandretinalthicknesswithvisualacuityindiabeticmacularedema.Ophthalmology114:2061-2069,200732)NagaokaT,KitayaN,SugawaraRetal:Alterationofchoroidalcirculationinthefovealregioninpatientswithtype2diabetes.BrJOphthalmol88:1060-1063,200433)SchocketLS,BruckerAJ,NiknamRMetal:Foveolarchoroidalhemodynamicsinproliferativediabeticretinopathy.IntOphthalmol25:89-94,200434)GrunwaldJE,BruckerAJ,PetrigBLetal:Retinalbloodflowregulationandtheclinicalresponsetopanretinalphotocoagulationinproliferativediabeticretinopathy.Ophthalmology96:1518-1522,198935)FujioN,FekeGT,GogerDGetal:Regionalretinalbloodflowreductionfollowinghalffundusphotocoagulationtreatment.BrJOphthalmol78:335-338,199436)TakahashiA,NagaokaT,SatoEetal:Effectofpanretinalphotocoagulationonchoroidalcirculationinthefovealregioninpatientswithseverediabeticretinopathy.BrJOphthalmol92:1369-1373,200837)KadonosonoK,ItohN,OhnoS:Perifovealmicrocirculationbeforeandaftervitrectomyfordiabeticcystoidmacularedema.AmJOphthalmol130:740-744,200038)ParkJH,WooSJ,HaYJetal:Effectofvitrectomyonmacularmicrocirculationinpatientswithdiffusediabeticmacularedema.GraefesArchClinExpOphthalmol247:1009-1017,200939)前田貴美人,石川太,小林和夫ほか:増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術前後の視神経乳頭血流の検討.日眼会誌113:1132-1138,200940)SulluY,HamidovaR,BedenUetal:Effectsofparsplanavitrectomyonretrobulbarhaemodynamicsindiabeticretinopathy.ClinExperimentOphthalmol33:246-251,2005

糖尿病網膜症・黄斑症の分子病態:血管症の特性から

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYintercellularadhesionmolecule(ICAM)-1の発現誘導を促進することで炎症細胞のリクルートや血管内皮への接着を促進する(図1).このように,VEGFの炎症性サイトカインとしての生物活性は,VEGFがそもそも血管透過性因子(vascularpermeabilityfactor:VPF)として発見(1983年)された経緯からも納得できるが,糖尿病網膜症でみられる浮腫性・滲出性病変を説明しうる重要な性質なのである.したがって糖尿病網膜症は炎症性疾患と捉えられ,従来のレーザー網膜光凝固術や硝子体手術に加えて,黄斑浮腫による視力低下例に対してはじめに―VEGFを中心とした分子病態と抗VEGF療法の登場―糖尿病網膜症の進行期(増殖期)に合併する血管新生は難治病態であり,その病態解明は中途失明の撲滅のために急務であった.糖尿病網膜症に限らず,病理的血管新生をきたす疾患に関する研究の大きな突破口は,血管内皮細胞の分裂・増殖に中心的な役割を担う血管内皮増殖因子(VEGF)が1989年に報告されたことによる.血管内皮細胞には,VEGF受容体VEGFR-1とVEGFR-2が発現しており,血管内皮細胞の分裂を担うシグナルはVEGFR-2を介する.VEGFR-1はマクロファージ系の炎症細胞にも発現しておりVEGFは白血球走化因子として機能し炎症細胞をリクルートする.さらにVEGFは,血管内皮細胞のVEGFR-2を介して強力な走化因子monocytechemotacticprotein(MCP)-1や接着分子(19)1185*SusumuIshida:北海道大学大学院医学研究科眼科学分野〔別刷請求先〕石田晋:〒060-8648札幌市北区北14条西5丁目北海道大学大学院医学研究科眼科学分野特集●糖尿病と糖尿病網膜症あたらしい眼科27(9):1185.1193,2010糖尿病網膜症・黄斑症の分子病態:血管症の特性からMolecularPathogenesisofDiabeticRetinopathyandMaculopathy:VascularComplications石田晋*CCR2MCP-1VEGFR-2血管内皮細胞CD18ICAM-1VEGFR-1炎症細胞内皮細胞分裂白血球浸潤炎症血管新生VEGF図1VEGFによる炎症性血管新生AT1-RAT2-RAngIV(3-8)AminopeptidaseNAngIII(2-8)AminopeptidaseAChymaseACE2ACEReninAngII(1-8)AngI(1-10)AngiotensinogenAng-(1-7)InactivefragmentBradykininProrenin血圧上昇血管収縮細胞増殖炎症血管新生血圧降下血管拡張細胞増殖抑制アポトーシス図2レニン.アンジオテンシン系(RAS)1186あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(20)を集めた.細胞生物学的手法が大きく進歩を遂げた1990年代には,網膜血管新生疾患におけるVEGF研究は飛躍的に展開した.そしてついに2004年にはVEGF分子を標的とした新薬が網膜症に臨床応用され,糖尿病黄斑浮腫に対する第II相臨床試験では浮腫の軽減と視力の向上をもたらした2).一方,VEGF研究とは独立して白血球・炎症との関連を解析する一連の研究により,糖尿病網膜症における網膜浮腫は白血球が関与する炎症の結果であることが指摘されるようになった3,4).そして最近では,VEGFが白血球を誘導して網膜の炎症を惹起させる炎症性サイトカインとして捉えられるようになり4,5),VEGFによる血管透過性亢進もその一部は炎症であると考えられるようになった.まずここで,糖尿病網膜症の3大病態の分子細胞メカニズムについて,「炎症」という観点から各論を概説する.1.網膜浮腫のメカニズム糖尿病患者の眼内VEGF濃度は,増殖期ほどではないが単純期からも上昇している.VEGFは低酸素によって誘導されることは周知であるが,黄斑浮腫をきたす単純期には低酸素を示唆する所見は血管造影上も病理組織学的にも認められない.糖尿病網膜症における低酸素以外の誘導因子の一つとして,持続する高血糖によって生成される最終糖化産物(advancedglycationendproduct)が網膜グリア細胞でVEGF発現を誘導することが確認されている6).では,VEGFはどのようにして糖尿病網膜症の血管透過性を亢進させるのであろうか?VEGFは血管内皮VEGF阻害薬や抗炎症ステロイド薬がオフラベルながら臨床応用されているのである.さらに,早期から積極的に行える安全かつ有効な治療戦略として,生活習慣病における臓器障害の鍵因子レニン-アンジオテンシン系(RAS)(図2)への介入が考えられる.筆者らは網膜症動物モデルにおいてRAS活性化の下流でVEGFなど主要な炎症関連分子が誘導されることを明らかにしてきたが,実際に海外の大規模臨床試験の結果から,RAS抑制薬の網膜症への適応拡大は有望視されている.近年の細胞生物学的研究の進歩によりさまざまなサイトカインの網膜症病態への関与が示唆されているが,紙面の限られた本稿では,VEGFやRAS関連分子を中心に臨床応用に直結する分子病態に絞って解説したい.I網膜症の3大血管病態における分子細胞メカニズム糖尿病網膜症のおもな病態は浮腫・虚血・血管新生の3つであり,すべて血管障害に起因する.各病態は臨床病期の単純期・前増殖期・増殖期に対応しており,浮腫・虚血・血管新生という順序で進行し,この順序が逆転することは臨床経験上ありえない.眼底所見ではまったく独立した3つの病態が,なぜ常に順を追って出現するのか?規則正しい進行の順序は偶然の結果ではなく,必然的な何らかのメカニズムが存在するはずである.また,これら3つの病態に対するもっと根元的な疑問がある.なぜ血漿成分が漏出するのか?なぜ血管が閉塞・消失するのか?なぜ血管は虚血網膜内でなく硝子体へ向かうのか?これらの問いに対して,最近の細胞生物学的研究から少なくとも答えの一部が得られるようになった.近年の細胞生物学的研究の進歩は,血管新生の責任分子がVEGFであることを明らかにしたが,VEGFはそもそもVPFとしてすでに報告されていた分子と同一であることが判明した.すなわちこのサイトカインは,血管内皮細胞を分裂させるだけでなく,血管透過性を亢進させる.単純期の網膜浮腫にはVPFとして,増殖期の網膜血管新生にはVEGFとして関与する1)ため,網膜症の初期から後期まで病態を進行させる分子として注目正常糖尿病図3ストレプトゾトシン誘導糖尿病モデル糖尿病網膜では,網膜血管に白血球接着(矢印)が認められる.(21)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101187る前に白血球が網膜血管に接着する(図4).内皮細胞ICAM-1と結合する白血球の接着分子CD18を中和抗体で阻害して白血球の接着を抑制すると無血管野形成が軽度となったなどの実験結果から,白血球が網膜血管へ接着することが血管内皮細胞のアポトーシスをひき起こし無血管野形成に関与することがわかった9).糖尿病動物モデルにおいても,網膜血管に接着した白血球が血管内皮細胞にアポトーシスを誘導し,これが透過性亢進の原因の一つとなることが示されている10).さらに,CD18欠損マウスおよびICAM-1欠損マウスを用いた糖尿病モデルを長期観察すると,糖尿病野生型マウスと比較して網膜毛細血管の内皮細胞消失が著明に抑制された11).これらのことから白血球を介するメカニズムは,糖尿病網膜症が単純期から前増殖期へと増悪する過程において継続的に働いていると考えられる.網膜浮腫と網膜虚血は,血管造影上はまったく異なる所見を示すが,細胞生物学的に捉えれば,同一のメカニズムを共有しながら進んでいく一連の現象であるのかもしれない.3.網膜血管新生のメカニズム網膜血管新生は網膜虚血により誘導される.すなわち,正常網膜発生における生理的血管新生も,増殖糖尿病網膜症や虚血網膜症モデルでみられる病理的血管新生細胞における接着分子ICAM-1の発現を誘導することが知られている4,5).糖尿病患者の剖検眼7)でも糖尿病モデル動物(図3)でも網膜血管におけるICAM-1発現が亢進しており,網膜へ白血球が浸潤していることが指摘されている.白血球がICAM-1を介して血管内皮細胞に接着すると,タイトジャンクション構成蛋白の変化をひき起こし,血管透過性の亢進につながると考えられている.このように,VEGFは網膜において白血球を伴う炎症性サイトカインとして機能し,透過性亢進の一役を担っていると考えられる.2.網膜虚血のメカニズム糖尿病網膜症において網膜血管が消失する機序については,適切な動物モデルがないことから不明な点が多く残されている.少なくとも糖尿病患者の剖検眼網膜では,血管内皮細胞アポトーシスが進行していることがわかっている8).網膜虚血の病態モデルとしては,未熟児網膜症を模倣した虚血網膜症モデルがある.虚血網膜症モデルにおける無血管野形成は,網膜血管内皮細胞のアポトーシスによる血管退縮であることがわかっている.さらに,この血管内皮細胞アポトーシスに白血球が関与するメカニズムが最近になってわかってきた.すなわち,虚血網膜症モデルにみられる血管退縮の過程では,経時的にICAM-1発現が上昇し,無血管野が形成され図4虚血網膜症モデル(血管退縮期)血管退縮に先行して白血球接着(矢印)が認められる.1188あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(22)炎症性疾患と理解されるようになった.糖尿病では網膜血管への白血球接着が早期から亢進しており,白血球接着は網膜血管の透過性亢進4)や網膜病理的血管新生12)のトリガーとなる重要な病態である.最近,生活習慣病における臓器障害でRASが亢進しており,血管新生・炎症などの多様な作用を有することが注目されている.1.RASに関する基礎知識RASは,生物が海から陸へと進化する過程で塩分と水を体内に保持するために発達した循環ホルモンシステムであるが,臓器局所では細胞の分化・増殖,炎症,線維化など組織修復やホメオスタシス維持などの役割を担ってきたと考えられる.前者は循環RAS,後者は組織も,虚血に陥った網膜細胞から低酸素誘導されるVEGFにより推進される.生理的・病理的網膜血管新生は両者とも網膜虚血により誘導されるにもかかわらず,根本的な相違点がある.前者では,新生血管は網膜内を無血管野(正しい方向)へ秩序正しく進展する.これに対し,後者では,新生血管は虚血網膜を補.せずに網膜から硝子体(誤った方向)へ侵入してしまう.なぜ網膜血管が硝子体へ向かうのであろうか?動物モデルの観察から,病理的網膜血管新生では生理的血管新生と異なり血管新生先端部の血管に白血球が接着していることが明らかになった(図5)12).また,増殖糖尿病網膜症患者から摘出した線維血管組織に白血球の浸潤がみられることは以前より指摘されていた.動物実験の結果から病理的網膜血管新生は,マクロファージ系炎症細胞に依存して進行することが明らかとなり12),虚血とともに炎症の性質を併せもつと考えられるようになってきた.マクロファージはVEGFを産生することが知られている.これらのことから病理的血管新生とは,VEGFによって誘導された炎症細胞がさらにVEGFを分泌しながら硝子体に遊走することにより,網膜血管新生を網膜内ではなく硝子体へと方向転換させた悪循環の結果であると考えられる.II網膜症病態におけるRASの関与以上のように,網膜における浮腫・虚血・血管新生などの病態形成は白血球接着などの炎症メカニズムによって促進されることが明らかになり4,9,12),糖尿病網膜症は生理的血管新生病理的血管新生図5虚血網膜症モデル(血管新生期)病理的血管新生では,血管新生に先行・随伴して白血球接着(矢印)が認められるが,生理的血管新生では認められない.血圧調整高血圧AngIIAngIACEReninAngiotensinogen(全身性)循環RASリモデリング臓器障害AngIIAngIIAngIACEChymaseActivatedproreninAngiotensinogen(臓器局所)組織RAS図6循環RASと組織RAS(23)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101189convertingenzyme(ACE)などによってアンジオテンシン(Ang)に変換される.AngはRASの主要なエフェクター分子であり,7回膜貫通型受容体であるアンジオテンシン1型受容体(AT1-R),AT2-Rに結合して多彩な作用を発揮する.AT1-Rは血管平滑筋,心臓,腎臓,脳,眼などに発現している.主要なAngの作用はAT1受容体を介しており,循環血液量を増RASとよばれる(図6).飢餓の時代に塩分保持など生命維持に必須の役割を担ってきたRASは,皮肉にも飽食の現在では生活習慣病の進行因子となっている.RASはアンジオテンシノーゲンを基質とする酵素カスケードである.アンジオテンシノーゲンから酵素レニンがアンジオテンシンI(angiotensinI:AngI)を産生し,さらにAngIがアンジオテンシン変換酵素angiotensin-AT1-RNegativecontrolAT1-RNegativecontrolA,B:増殖糖尿病網膜症新生血管組織C,D:マウス網膜(切片)E,F,G:マウス網膜(wholemount)Scalebar=25μmScalebar=80μm図7網膜血管,新生血管におけるAT1.Rの発現増殖糖尿病網膜症患者から摘出した線維血管組織の新生血管(A)やマウス網膜の血管内皮細胞(C,F)にAT1-R(黒矢印)が発現していた.B,D:Negativecontrol.E:血管内皮細胞マーカーPECAM-1染色.G:PECAM-1(E)とAT1-R(F)の重ね合わせ.1190あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(24)点も多い.2.網膜症の血管病態におけるRASの関与眼局所においてもRAS関連分子は網膜や毛様体などに発現しており13),興味深いことに増殖糖尿病網膜症14)や糖尿病黄斑浮腫15)の硝子体中でAngは糖尿病網膜症の病態形成に重要なVEGFと相関して上昇することし,血管平滑筋を収縮させ血圧を上昇させるほか,細胞増殖作用,炎症作用などを示す.AT2-Rは心筋,子宮筋,網膜などに分布し,血圧降下作用,アポトーシス促進作用などを有し,AT1-Rの作用と拮抗するが不明のRT-PCRNormalDMNormalDMWesternblottingNormalAngiotensinogenAT1-RAT2-Rb-actinAngiotensinIIAT1-RAT2-Ra-tubulinDMAngII/a-tubulin2.01.51.00.50†NormalDMAT1-R/a-tubulin2.01.51.00.50†NormalDMAT2-R/a-tubulin2.01.51.00.50†図8糖尿病網膜におけるRAS分子の発現誘導STZによる高血糖誘導後2カ月の時点で,網膜におけるAngII,AT1-R,AT2-Rの発現はmRNA,蛋白レベルいずれも亢進しており,組織RASが活性化されている.†:p<0.05.0.5NormalVehicleNormalABCDE5Leukocytecounts(cells/retina)TelmisartanDM+Telmisartan(5mg/kg)PosteriorretinaPeripheralretinaDM+VehicleValsartanDM+Valsartan(10mg/kg)PD123319DM+PD123319(20mg/kg)13020100DM10220(mg/kg)**††**図9AT1.R阻害による網膜血管白血球接着の抑制糖尿病マウスにAT1-R拮抗薬telmisartan(C)またはvalsartan(D)を投与すると,Vehicle投与群(B)と比べて網膜血管への白血球接着(白矢印)は有意に抑制された.AT2-R拮抗薬PD123319(E)の投与では,抑制効果はみられなかった.†:p<0.05,*:p<0.01,**:p<0.001.あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101191が示された.AngはVEGF・VEGF受容体・接着分子・走化因子・サイトカインなどの血管新生・炎症関連分子を誘導し,血管新生に関与する.たとえば,Angは培養網膜血管内皮細胞においてAT1-Rを介し,VEGFR-2の発現を増加させ,VEGFによる血管新生作用を促進する16).そこで筆者らは,増殖糖尿病網膜症患者から摘出した線維血管組織の新生血管やマウス網膜の血管内皮細胞にAT1-Rが発現していることを示した(図7)17).さらに糖尿病網膜症とRASの関係を明らかにするために,ストレプトゾトシン(streptozotocin:STZ)誘導糖尿病モデルを用いて検討を行った.これはSTZにより膵臓のb細胞が特異的に破壊されるために高血糖が誘導される1型糖尿病モデルである.高血糖誘導後2カ月の時点では,網膜におけるAng,AT1-R,AT2-Rの発現はいずれも亢進しており,RASが活性化されていることがわかった(図8)18).ここにAT1-R拮抗薬(ARB;telmisartanまたはvalsartan)を投与すると,高血糖により亢進していた網膜血管への接着白血球数は有意に抑制され(図9)18),さらに網膜におけるVEGFやICAM-1の発現も有意に抑制された(図10)18).しかし,AT2-R拮抗薬(PD123319)の投与では,網膜血管への接着白血球数は抑制されず,VEGFやICAM-1の発現も変化がみられなかった18).これらのことから,糖尿病網膜症ではRASが活性化されており,AT1-Rを介するシグナルが病態に大きく関与している可能性が示唆された.3.糖尿病網膜症に対するRAS抑制薬介入試験の結果実際に臨床では,EURODIABControlledTrialofLisinoprilinInsulin-DependentDiabetesMellitus(EUCLID)により,高血圧のない1型糖尿病患者に対するアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬(lisinopril)がプラセボ群と比較して糖尿病網膜症の進行を50%抑制することが報告されている19).また,UKProspectiveDiabetesStudy(UKPDS)ではACE阻害薬(captopril)やb遮断薬(atenolol)による厳格な血圧コントロールによって糖尿病網膜症の発症・進行が有意に抑制されたため20),高血圧は糖尿病網膜症の発症・進行のリスクファクターとみなされている.このようにRASの抑制は,糖尿病網膜症のリスクファクターである高血圧の改善のみならず,血圧に依存しない網膜症の進行メカニズムを制御することが示唆されている.さ(25)VehicleNormal***NSTelmisartanICAM-1expression(ng/mgtotalretinalprotein)ValsartanDM121086420VehicleNormal†††NSTelmisartanVEGFexpression(pg/mgtotalretinalprotein)ValsartanDM403020100VehicleNormalb-actinVEGFICAM-1164120TelmisartanValsartanDMRT-PCRELISA図10AT1.R阻害による網膜ICAM.1,VEGFの発現抑制AT1-R拮抗薬(telmisartanまたはvalsartan)を投与すると,網膜におけるVEGFやICAM-1の発現は,mRNA,蛋白レベルいずれも有意に抑制されることから,糖尿病網膜症の病態責任分子はRASの下流で制御されていることがわかる.*:p<0.01,†:p<0.05.1192あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010らずその全身背景をも是正する予防医学的な側面ももった新しい治療戦略の一つと考えられる.文献1)IshidaS,ShinodaK,KawashimaSetal:CoexpressionofVEGFreceptorsVEGF-R2andneuropilin-1inproliferativediabeticretinopathy.InvestOphthalmolVisSci41:1649-1656,20002)CunninghamETJr,AdamisAP,AltaweelMetal;MacugenDiabeticRetinopathyStudyGroup:AphaseIIrandomizeddouble-maskedtrialofpegaptanib,ananti-vascularendothelialgrowthfactoraptamer,fordiabeticmacularedema.Ophthalmology112:1747-1757,20053)MiyamotoK,KhosrofS,BursellSEetal:Preventionofleukostasisandvascularleakageinstreptozotocininduceddiabeticretinopathyviaintercellularadhesionmolecule-1inhibition.ProcNatlAcadSciUSA96:10836-10841,19994)IshidaS,UsuiT,YamashiroKetal:VEGF164isproinflammatoryinthediabeticretina.InvestOphthalmolVisSci44:2155-2162,20035)MiyamotoK,KhosrofS,BursellSEetal:Vascularendothelialgrowthfactor(VEGF)-inducedretinalvascularpermeabilityismediatedbyintercellularadhesionmolecule-1(ICAM-1).AmJPathol156:1733-1739,20006)LuM,KurokiM,AmanoSetal:Advancedglycationendproductsincreaseretinalvascularendothelialgrowthfactorexpression.JClinInvest101:1219-1224,19987)McLeodDS,LeferDJ,MergesCetal:Enhancedexpressionofintracellularadhesionmolecule-1andP-selectininthediabetichumanretinaandchoroid.AmJPathol147:642-653,19958)MizutaniM,KernTS,LorenziM:Accelerateddeathofretinalmicrovascularcellsinhumanandexperimentaldiabeticretinopathy.JClinInvest97:2883-2890,19969)IshidaS,YamashiroK,UsuiTetal:Leukocytesmediateretinalvascularremodelingduringdevelopmentandvaso-obliterationindisease.NatMed9:781-788,200310)JoussenAM,PoulakiV,MitsiadesNetal:SuppressionofFas-FasL-inducedendothelialcellapoptosispreventsdiabeticblood-retinalbarrierbreakdowninamodelofstreptozotocin-induceddiabetes.FASEBJ17:76-78,200311)JoussenAM,PoulakiV,LeMLetal:Acentralroleforinflammationinthepathogenesisofdiabeticretinopathy.FASEBJ18:1450-1452,200412)IshidaS,UsuiT,YamashiroKetal:VEGF164-mediatedinflammationisrequiredforpathological,butnotphysiological,ischemia-inducedretinalneovascularization.JExpMed198:483-489,200313)NagaiN,OikeY,NodaKetal:Suppressionofocularinflammationinendotoxin-induceduveitisbyblockingtheらに最近DiabeticRetinopathyCandesartanTrials(DIRECT)において,高血圧のない1型糖尿病21)および高血圧をコントロールされた2型糖尿病患者22)では,ARB(candesartan)の網膜症に対する発症予防効果および進行抑制効果が報告され,糖尿病におけるARBの網膜保護効果に大きな関心が集まっている.その後あいついで,1型糖尿病患者を対象としたRASStudy(RASS)でもACE阻害薬(enalapril)またはARB(losartan)による網膜症抑制効果が報告され23),RAS抑制薬のクラスエフェクトであることが決定的となった(表1).筆者らが示したRAS抑制による網膜症の病態制御17,18,24,25)は,これら大規模臨床試験の生物学的根拠となると考えられる.おわりに―糖尿病網膜症の分子病態からみた新規治療戦略の展望―現在,糖尿病網膜症の治療としては,レーザー網膜光凝固術や硝子体手術が一般的に行われる.これらの治療法は有効であるが,網膜症が進行してから行う治療法であり,しかも組織破壊を伴うという欠点がある.その結果,視機能は不良のままであるということも経験される.また,抗VEGF療法も網膜症に対しては未認可ながら臨床応用されているが,この治療法も浮腫性病変などにより視機能が障害されてから行う治療法であり,早期から積極的に行える安全かつ有効な治療法が望まれる.RASは,生活習慣病が関与する糖尿病網膜症の上流に位置する病態システムであることから,予防医学的に介入できる新たな治療標的と考えられる.AT1-R拮抗薬をはじめとするRAS抑制薬は,世界中で広く使用されている安全性の高い治療薬であり,高血圧のみならず糖尿病腎症など臓器保護にも有用と考えられる.RASの抑制は,糖尿病網膜症に対して,眼局所のみな(26)表1RAS抑制薬の糖尿病網膜症に対する抑制効果ClinicalTrialsTypeofDMARBACE-IEUCLID(1998)19)DIRECT(2008)21)DIRECT(2008)22)RASS(2009)23)Type1Type1Type2Type1─CandesartanCandesartanLosartanLisinopril──Enalaprilあたらしい眼科Vol.27,No.9,20101193angiotensintype1receptor.InvestOphthalmolVisSci46:2925-2931,200514)FunatsuH,YamashitaH,NakanishiY,HoriS:Angiotensinandvascularendothelialgrowthfactorinthevitreousfluidofpatientswithproliferativediabeticretinopathy.BrJOphthalmol86:311-315,200215)FunatsuH,YamashitaH,IkedaTetal:AngiotensinIIandvascularendothelialgrowthfactorinthevitreousfluidofpatientswithdiabeticmacularedemaandotherretinaldisorders.AmJOphthalmol133:537-543,200216)OtaniA,TakagiH,SuzumaKetal:Angiotensinpotentiatesvascularendothelialgrowthfactor-inducedangiogenicactivityinretinalmicrocapillaryendothelialcells.CircRes82:619-628,199817)NagaiN,NodaK,UranoTetal:Selectivesuppressionofpathologic,butnotphysiologic,retinalneovascularizationbyblockingtheangiotensintype1receptor.InvestOphthalmolVisSci46:1078-1084,200518)NagaiN,Izumi-NagaiK,OikeYetal:Suppressionofdiabetes-inducedretinalinflammationbyblockingtheangiotensintype1receptororitsdownstreamnuclearfactor-kappaBpathway.InvestOphthalmolVisSci48:4342-4350,200719)ChaturvediN,SjolieAK,StephensonJMetal:Effectoflisinoprilonprogressionofretinopathyinnormotensivepeoplewithtype1diabetes.TheEUCLIDStudyGroup.EURODIABControlledTrialofLisinoprilinInsulin-DependentDiabetesMellitus.Lancet351:28-31,199820)Efficacyofatenololandcaptoprilinreducingriskofmacrovascularandmicrovascularcomplicationsintype2diabetes:UKPDS39.UKProspectiveDiabetesStudyGroup.BMJ317:713-720,199821)ChaturvediN,PortaM,KleinRetal:Effectofcandesartanonprevention(DIRECT-Prevent1)andprogression(DIRECT-Protect1)ofretinopathyintype1diabetes:randomised,placebo-controlledtrials.Lancet372:1394-1402,200822)SjolieAK,KleinR,PortaMetal:Effectofcandesartanonprogressionandregressionofretinopathyintype2diabetes(DIRECT-Protect2):arandomisedplacebo-controlledtrial.Lancet372:1385-1393,200823)MauerM,ZinmanB,GardinerRetal:Renalandretinaleffectsofenalaprilandlosartanintype1diabetes.NEnglJMed361:40-51,200924)SatofukaS,IchiharaA,NagaiNetal:(Pro)reninreceptor-mediatedsignaltransductionandtissuerenin-angiotensinsystemcontributetodiabetes-inducedretinalinflammation.Diabetes58:1625-1633,200925)KuriharaT,OzawaY,NagaiNetal:Angiotensintype1receptorsignalingcontributestosynaptophysindegradationandneuronaldysfunctioninthediabeticretina.Diabetes57:2191-2198,2008(27)

糖尿病網膜症の分子病態学:代謝異常を中心に

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY体高分子の長期変化の蓄積が原因と考えられており,そのほかに遺伝因子,血管因子,サイトカインや高血圧,脂質異常症といった他の危険因子が関与していると報告されている.細胞内での急性変化としては①ポリオール経路の亢進,②プロテインキナーゼC(PKC)活性化,あるいは③活性酸素種(reactiveoxygenspecies:ROS)の増加などによる酸化ストレスの亢進,などがある.また,長期変化の蓄積としては,④非酵素的糖化後期反応生成物(advancedglycationendproducts:AGEs)の蓄積が提唱されている(図1).はじめに糖尿病研究の急速な進歩にもかかわらず,糖尿病患者は増え続けており,糖尿病網膜症などの慢性血管合併症に苦しむ患者も後を絶たない.これまでの研究により,高血糖に長期間曝露されることにより網膜症,腎症,神経障害などの糖尿病特有の細小血管合併症が発症すること,糖尿病発症早期から血糖コントロールを改善することにより細小血管合併症の発症・進展を阻止できることが明らかになった.しかしながら,高血糖による細小血管合併症の詳細な発症機序には不明な点も多く,この機序解明は新たな合併症治療薬の開発ともつながることから,精力的な研究が進められている.現在の糖尿病網膜症の治療には,血糖,血圧,血清脂質などの管理といった内科的治療と,網膜光凝固療法や硝子体手術などの眼科的治療が行われている.いずれも有効な治療法であるが,進行した網膜症ではその効果は限定的である.網膜症発症機序が明らかにされれば,網膜症の直接的な治療薬剤の開発につながることが期待できる.ここでは,糖尿病網膜症の発症メカニズムについて,おもに全身的な代謝異常の側面からこれまでの知見について述べたい.I高血糖による代謝異常高血糖による糖尿病合併症発症は,ブドウ糖の過剰な流入によって起こる細胞内での急性変化のくり返しや生(9)1175*EiichiAraki,HideoGoto&TakeshiNishikawa:熊本大学大学院生命科学研究部代謝内科学分野〔別刷請求先〕荒木栄一:〒860-8556熊本市本荘1-1-1熊本大学大学院生命科学研究部代謝内科学分野特集●糖尿病と糖尿病網膜症あたらしい眼科27(9):1175.1184,2010糖尿病網膜症の分子病態:代謝異常を中心にMolecularMechanismsofDiabeticRetinopathy:ImpactofMetabolicDisordersonRetinopathy荒木栄一*後藤秀生*西川武志*糖尿病合併症生体高分子での長期変化の蓄積ポリオール経路亢進PKC活性化酸化ストレス亢進(ミトコンドリア由来活性酸素)高血糖糖化蛋白他の危険因子(血圧,脂質異常症など)細胞内での急性変化のくり返し遺伝因子図1高血糖による合併症発症の機序高血糖による細胞内での急性変化と長期変化の蓄積,さらには他の遺伝因子や危険因子により糖尿病合併症が発症してくると報告されている.1176あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(10)ル経路の代謝が亢進することとなる.この経路が亢進することによって,いくつかの細胞障害機序が考えられている.アルドース還元酵素によるソルビトールの蓄積がソルビトール脱水素酵素によるソルビトールのフルクトースへの変換を上回ると,細胞内への蓄積が促進されることとなる.ソルビトールなどのポリオールは高い極性をもつため,これが細胞膜に働くと,細胞外へのソルビトール拡散を阻害しソルビトールは細胞膜を通過しにくくなり,細胞内浸透圧の上昇,水分貯留,浮腫状態をひき起こすといわれている.ソルビトールの蓄積はミオイノシトール(環状の糖アルコールであるイノシトールの9種ある立体異性体の1つで,細胞内に多量に存在する)の細胞内への取り込みを減少させる.ミオイノシトールはリン脂質の1つであるホスファチジルイノシトールの前駆体であり,ホスファチジルイノシトールはジアシルグリセロールを介し,PKCを活性化させ,細胞膜のNa+/K+ATPaseを活性化させることから,ミオイノシトールの取り込み減以下におもな高血糖による代謝異常について概説する.1.ポリオール代謝経路の亢進ポリオール代謝経路は糖代謝経路の副経路として知られている.ポリオール経路ではグルコースはアルドース還元酵素(aldosereductase:AR)によりソルビトールに代謝され,アルドース還元酵素は還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)を補酵素としてグルコースをソルビトール(ポリオールの一種)に変換する.ソルビトールはNAD+を補酵素としてソルビトール脱水素酵素(sorbitoldehydrogenese:SDH)によりフルクトースに変換される(図2).網膜などの細胞ではインスリンに依存しないグルコース取り込みが行われるため,血糖値に応じて細胞内のグルコースは増加することとなる.通常はグルコースはほとんどが解糖系で処理されるが,細胞内のグルコース濃度が上昇すると,アルドース還元酵素を介するポリオー…………………………………………………………………………………………….1,3………………………………………………………………………………….6…………….TCA……………………..3……NADHNAD+FADH2FADH+H+H+H+O2O2–e-O2H2Oee-CoQCyt.ce-ADPATP………………………………………………………………..図2細胞内代謝異常と糖尿病合併症発症仮説(11)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101177DAGによるPKC活性化機構以外にもangiotensinIIやPG(プロスタグランジン)E2,VEGF(血管内皮増殖因子)などの因子がPKCを活性化したり8),高濃度グルコースやAGEs付加の細胞培養下においてROSが生成され,それがPKCを活性化するという報告もある7).PKCが活性化すると,網膜血管においてendothelin-1(ET-1)の発現が誘導され,血流低下,血流異常が起きる機序が想定されている4).網膜の虚血では,おもに脈管形成,血管新生に関わる糖蛋白であるVEGFが増加し,血管透過性亢進や新生血管誘導作用を示す.PKC-b活性を抑制するとVEGFによるこれらの作用を阻害もしくは抑制することが動物実験などにより報告されており9),VEGF発現の上流シグナルとしてもPKCの関与が示唆される.3.酸化ストレスの増加酸化ストレスはROSの過剰産生や局所における活性酸素種の消去が障害された状態である.このような状況は,酸化物質が過剰に産生されて還元しきれなかった場合と,抗酸化物質の産生が不足している状態で生じるといえる.抗酸化物質とはsuperoxidedismutase(SOD),カタラーゼなどの酵素,SH基を含むグルタチオンなどのアミノ酸,フラボノイドやビタミンC,Eなどの還元物質の総称である.ROSは生体の構成成分である蛋白質,脂質,糖質と反応し断裂,変性させるとともに,過酸化物を産生することで反応を拡大させる.さらにDNAとも反応し修飾する.これらの反応の結果,細胞や遺伝子が障害され,各種疾患が誘発される.高血糖に曝露されることにより代謝異常がひき起こされた状態においては,正常と比して酸化ストレスが多く生じると考えられる.糖尿病合併症を有する患者において,ROSが増加しているとする報告は,これまでにいくつかなされている.ROSは代謝が速く,そのものの測定は非常に困難であるため,活性酸素により生じた生体内産物が酸化ストレスマーカーとして測定されている.糖尿病合併症を有する患者と酸化ストレスマーカーとの関連を調べた研究では,DNA酸化的障害産物(8-ハイドロキシデオキシグアノシン:8-OHdG)の増加が網膜症などの重症度少は神経細胞膜のNa+/K+ATPaseの活性の低下を招き,細胞内部のNa+濃度が上昇し神経の伝導障害が起こるとされている1).また,アミノ酸であるL-アルギニン(L-Arg)からL-シトルリン(L-Cit)とNO(一酸化窒素)を合成する代謝反応に関与する酵素としてNOS(亜酸化窒素)が知られるが,その補酵素としてカルモジュリンやNADPHが働いているため,NADPHの低下によりNOの合成が低下し,神経組織の血流低下,還流障害をひき起こす可能性もある.これらAGEsは組織内の蛋白質を架橋し沈着することで障害を起こすとされる.また,AGE受容体(receptorforAGE:RAGE)を介する情報伝達の異常による血管細胞障害を惹起したり,AGEsの生成過程で生じる多くの酸化ストレスの関与も示されている2,3).2.プロテインキナーゼC(PKC)の活性化PKCファミリーはセリンスレオニンキナーゼの1つで,多くのアイソフォームがあり,構造や活性化機構の異なるいくつかのグループに分けられるが,ジアシルグリセロール(DAG)により活性化を受けるものが多く存在する.網膜由来血管内皮細胞の培養実験において,高濃度グルコース存在下でPKC活性化が亢進するとの報告があるが,このPKCの活性化亢進と並行し,細胞内のDAGの増加が報告されている4).高血糖に伴うジアシルグリセロールの産生経路は通常のホスホリパーゼによる経路と異なる.細胞内のグルコース増加により解糖系経路において,グリセルアルデヒド3-リン酸(G3P)が増加する.ポリオール経路におけるソルビトールからフルクトースへの代謝の過程でNAD+からNADHへの変換が亢進しNADH/NAD+比が増加するが,本来G3Pからピルビン酸への代謝の過程でNAD+からNADHへの変換が必要であるため,解糖系の進行が障害される.このためG3Pからジヒドロキシアセトンリン酸の産生増加を経て,a-グリセロール3-リン酸の産生が過剰となり,それがパルミチン酸などの脂肪酸と反応することによりジアシルグリセロールの過剰産生が起こるとされる(図2)5.7).1178あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(12)キシダーゼ(glutathioneperoxidase:GSHPx)による触媒反応により細胞内で発生した過酸化水素(H2O2)と反応しこれを還元して水に変えている.このため還元型グルタチオンの減少により過酸化水素は増加し,細胞内の酸化ストレスが増加する(図4)13,14).さらに,糖尿病ではNADPHの産生系であるペントースリン酸経路の異常がみられ,そのためNADPHが減少することもさらに上述の酸化ストレスの消去系であるグルタチオンサイクルの障害を促進することとなり,酸化ストレスは増加する(図4)1,15).c.アマドリ化合物および非酵素的糖化後期反応生成物(AGEs)糖尿病状態ではAGEs生成が亢進するが,その過程で多くの酸化ストレスを生じることも示されている.AGEsの中間産物であるアマドリ化合物が自動酸化によりスーパーオキサイドを生じるとする報告がある.また,抗酸化酵素であるカタラーゼ,GSHPx,SODなどは細胞内でAGE化され活性低下することで酸化ストレスが増加するという報告がある(図4)16).さらに血管内皮細胞表面のAGE受容体(receptorforAGE:RAGE)を介し,細胞外で生成されたAGEが細胞内に取り込まれNADPHオキシダーゼを活性化させることにより活性酸素産生を誘導することも報告されている.d.プロテインキナーゼC(PKC)の活性化PKCの活性化はホスホリパーゼA2(PLA2)の活性化を誘導し,アラキドン酸カスケードを促進することでPGへの代謝亢進により活性酸素が産生増加するとの報告がある.また,活性酸素を産生する酵素であるNADPHオキシダーゼがPKC活性化を介して活性化され酸化ストレスを増加させることも報告されている(図4)17).e.ミトコンドリア由来活性酸素ミトコンドリアは真核細胞の細胞内小器官の1つであり,酸化的リン酸化を行うことで生命維持に必要なエネルギー源であるATP(アデノシン三リン酸)産生を行っている.好気的生物が呼吸して取り入れている酸素の95%以上は生体の中のミトコンドリア電子伝達系で酸化され,水にまで還元される.しかし常に3.5%は水や水酸化物まで還元されない中間体であるROSへと代と一致することが示されている10).筆者らの研究室においても,2型糖尿病患者において,網膜症のない患者に比べて単純網膜症,前増殖/増殖網膜症を有する患者のほうが尿中8-OHdG排泄量が有意に多いことなどを報告した(図3)11).このように酸化ストレスが網膜症発症に関与することは十分考えられるが,どの程度進展に関与しているかは明らかではない.酸化ストレス増加の原因としては,以下のような報告がある.a.グルコースの自動酸化高濃度グルコース下ではFe3+やCu2+などの遷移金属の存在下に,グルコース自体が非酵素的に自動酸化されスーパーオキサイドを生成するとする報告がある12).この反応はグルコースからのエネジオールの生成速度が律速であると考えられる.b.グルタチオンサイクル障害高血糖状態においては前述のようにポリオール経路が亢進する.アルドース還元酵素は補酵素として細胞内のNADPHを消費するが,これが過剰となれば,同様にNADPHを消費するグルタチオン還元酵素(glutathionereductase:GR)の活性が阻害され,酸化型グルタチオン(GSSG)の蓄積と還元型グルタチオン(GSH)の減少を起こす.還元型グルタチオンは,グルタチオンペルオNormal尿中8-OHdG(ng/mgcreatinine)200150100500Simplep<0.05p<0.01網膜症の重症度Pre/Proliferative図32型糖尿病患者における尿中8.OHdGと糖尿病網膜症との関連8-ハイドロキシデオキシグアノシン(8-OHdG)は酸化によるDNA障害指標である.8-OHdGは糖尿病網膜症の進展した患者で増加していた.(文献11より改変)(13)あたらしい眼科Vol.27,No.9,201011791)ミトコンドリアでの活性酸素産生過程ミトコンドリアはその重要な働きの1つとして酸化的リン酸化を行っている.酸化的リン酸化はTCA(クエン酸)サイクルなどにより供給されたNADH(ニコチンアミドアデニンジヌクオレチド)およびFADH2(還元型フラビンアデニンジヌクレオチド)を基質として,複合体I〔NADH-CoQ(ユビキノン)還元酵素〕,複合体(コハク酸-CoQ還元酵素),複合体(CoQ-シトクロムc還元酵素),複合体IV(シトクロムc酸化酵素)という4つの複合酵素群(ミトコンドリア電子伝達系)に電子を順次受け渡し,このときの酸化還元エネルギー差を利用して水素イオンの電気化学的ポテンシャル差をエネルギー源として複合体V(ATP合成酵素)がATPを合成する一連の反応経路である(図4).謝される.生理的条件下では生体の消去系システムによって酸素代謝の副産物であるROSは通常は水まで還元され,生体にとって必ずしも有害なものではないが,ROSの産生と,抗酸化物質のバランスが崩れると,酸化ストレス負荷の状態となる.これまでに筆者らの研究室では西川らが,糖尿病において解糖系が亢進した結果,ミトコンドリア電子伝達系への電子の流れが増加し活性酸素の増加をひき起こすことを証明した18).また,ミトコンドリア由来活性酸素を抑制すると高グルコースによるソルビトール蓄積,膜分画PKCの活性化,細胞内AGE増加のいずれもが抑制されることも報告しており18),ミトコンドリア由来活性酸素が高グルコースによる代謝異常のなかでも大きな影響をもつ可能性が示唆されている.グルコースソルビトールフルクトースグルコース6リン酸ジヒドロキシアセトンリン酸a-グリセロールリン酸グルタチオンサイクルプロスタグランジン合成系NAD(P)Hオキシダーゼグルタチオンサイクルペントースリン酸経路1,3ジホスホグリセリン酸ジアシルグリセロールプロテインキナーゼC活性化フルクトース6リン酸ピルビン酸TCAサイクルグリセルアルデヒド3リン酸ミトコンドリア電子伝達系NADHNADHNADHNADNADGSSGGSSGGSHGSHNADPNADPNAD(P)HNAD(P)HNAD+FADH2FADH2OH2O2H2O2H2O2H2OH2OO2ADPATPⅠⅡⅢⅣⅤポリオール経路ジアシルグリセロール経路CoQCytc解糖系糖化SOD細胞内糖化蛋白糖化蛋白メチルグリオキサールO2-O2-O2-O2-ee-H+e-H+e-H+H+図4糖尿病における活性酸素の産生細胞内に取り込まれたグルコースは解糖系でピルビン酸まで代謝され,ミトコンドリアに送られる.この過程においてポリオール経路におけるグルタチオンサイクル障害,糖化蛋白蓄積増加,プロテインキナーゼC(PKC)活性化,ミトコンドリア由来活性酸素,により活性酸素が発生する.(文献4より改変)1180あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(14)物にはcopper/zincSOD(Cu/ZnSOD),extracellularSOD(ECSOD),MnSODの3種類が報告されている.Cu/ZnSODは細胞質に大量に存在している.ECSODは細胞外の血清,リンパ液など種々の体液に存在し,肺,膵,甲状腺などの組織にも微量ながら存在する.MnSODはMnを活性中心とし,サイトゾールで合成されるが,ミトコンドリア外膜への結合に必要なシグナルペプチドを有しており,シグナルペプチドの働きによりミトコンドリアに取り込まれ,ミトコンドリア内での活性酸素の消去に働く.細胞質内のスーパーオキシドは,細胞質型のSODであるCu/ZnSODによって過酸化水素に代謝され,その後GSHPx,catalase,peroxiredoxinによって水分子まで代謝される.これに対し,ミトコンドリア内のスーパーオキシドはミトコンドリア型のSODであるMnSODによって過酸化水素に代謝され,さらにGSHPx,peroxiredoxinIIIによって水分子まで代謝される.このよ酸化的リン酸化では生命維持に必要なエネルギー源であるATPを産生しているが,その過程において,生理的条件下においても常に副産物として複合体I,およびユビキノンと複合体IIIの間の2カ所で細胞を障害するスーパーオキシドが産生されることが知られる.2)ミトコンドリア由来活性酸素の抑制効果筆者らの研究室においては,高血糖によるPKCの活性化,糖化蛋白の蓄積増加,ポリオール経路へのグルコース流入増加のいずれもが,ミトコンドリア由来ROSを抑制することができる複合体II阻害薬添加,またはUCP(褐色脂肪組織)-1,MnSOD(マンガンスーパーオキサイドディスムターゼ)の細胞への過剰発現により正常化することを示している18).活性酸素除去作用のあるSODの一種でありミトコンドリア内で発現するMnSODの重要性が示唆される.SODはCu(銅),Zn(亜鉛),Mn(マンガン)などの金属原子を反応中心としたメタロプロテインで,哺乳動H2O2H2OH2O2H2OO2-O2-NADP+GSHreductaseGSH(reducedform)GSH(oxidisedform)GSH(reducedform)GSH(oxidisedform)Trx(reducedform)Trx(oxidisedform)Trx2(reducedform)Trx2(oxidisedform)GSHPxCatalasePeroxiredoxinTrxreductaseGSHreductaseGSHPxPeroxiredoxinⅢTrxreductase2Cu/ZnSODMnSODCytosolMitochondria--++NADPHNADP+NADPHNADP+NADPHNADP+NADPHΔyp30-60mVΔym150-180mV図5細胞内でのROS消去系細胞質内のスーパーオキシド(O2.)はCu/ZnSODによって過酸化水素(H2O2)に代謝され,その後glutathioneperoxidase(GSHPx),catalase,peroxiredoxinによって水分子まで代謝される.一方,ミトコンドリア内のO2.はMnSODによってH2O2に代謝され,さらにGSHPx,peroxiredoxinIIIによって水分子まで代謝される.(15)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101181うに細胞質とミトコンドリアでは異なる酵素系によってROSが消去されている(図5).酸化ストレスが血管内皮細胞に加わるとDNA鎖の切断が起こり,その修復のためにNADを器質として,poly(ADP-ribose)polymeraseが活性化される,その結果NADが欠乏し,ATP産生が抑制され,血管内皮細胞障害が促進されるとされている19).また,酸化ストレスはミトコンドリアDNAを障害することが知られている.核のDNAのクロマチン構造は酸化ストレスに対する抵抗性をもつが,ミトコンドリアDNAはヒストンに保護されず,活性酸素による障害を受けやすい.このことは糖尿病モデル動物や2型糖尿病患者における報告からも裏付けられている.ミトコンドリアDNAの障害がミトコンドリアの機能障害やATP産生障害を惹起し細胞障害を誘導することで網膜症などの合併症に関与する可能性が示唆される.最近筆者らはMnSODを血管内皮特異的に過剰発現する遺伝子改変マウス(eMnSOD-Tgマウス)を作製し,これを薬剤により糖尿病化することで網膜症の影響を解析した.糖尿病網膜症の発症や進展に重要な役割をもつVEGFおよび,細胞外基質構成成分の1つであり,腎症や網膜症に共通した組織学的変化としてその増加が報告されているfibronectinのmRNAが,正常対照糖尿病マウスの網膜では発現上昇するのに対し,eMnSOD-Tgマウスでは糖尿病導入後にもこのような変化を認めなかった(図6)20).この結果より,血管内皮細胞におけるMnSODの発現増加はミトコンドリアにおける酸化ストレスを抑制すると考えられ,その作用は糖尿病網膜症の病態に大きな影響をもつ可能性が示唆されている.残念ながら,ミトコンドリア由来ROSがVEGFやfibronectinの発現に関与する詳細なメカニズムはまだ解明できていない.これまでの報告では当研究室の研究結果に一致して,酸化ストレスが糖尿病によるVEGF21)やfibronectin22)の発現増加23)に関連することが報告されている.また,糖尿病ラットにおいて,網膜での周皮細胞の喪失(pericyteloss)24),網膜でのVEGF濃度の増加,脂質の過酸化25)などの糖尿病による網膜血管の機能不全が抗酸化薬により抑制されたことや,同様にfibronectin発現増加への関与が示唆されるtransforminggrowthfactor-b(TGF-b)の発現増加が抗酸化薬により抑制されたことも報告されている26).しかし,低酸素状態で誘導されるとされ,VEGFプロモーターに結合しVEGF発現に関与するとされるhypoxia-inducibleCont12p<0.011086420p<0.01p<0.05eMnSOD-TgConteMnSOD-Tg非糖尿病群糖尿病群ACont12p<0.011086420p<0.01p<0.01eMnSOD-TgConteMnSOD-Tg非糖尿病群糖尿病群BVEGF/betaactinmRNAratiofibronectin/betaactinmRNAratio図6コントロールおよびeMnSOD.TgマウスにおけるVEGF(A)およびfibronectin(B)のmRNAの発現eMnSOD-Tgマウスとコントロールのマウスに対し薬剤の腹腔内注射により糖尿病を導入した.網膜組織でのVEGF(A)およびfibronectin(B)mRNAの発現をリアルタイムRT-PCR法を使用し評価した.データは平均±標準誤差で表した.糖尿病群のeMnSOD-Tgマウスではコントロールに比し,VEGF,fibronectinのmRNA発現は抑制された.(文献20より改変)1182あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010factor-1(HIF-1)27),signaltransducerandactivatoroftranscriptionfactor3(STAT3)21),activatingtranscriptionfactor4(ATF4)28)などの転写因子と酸化ストレスとの関係や糖尿病網膜症との関連は十分にはわかっていない.今後ミトコンドリア由来ROS産生とこれら転写因子との関係を明らかにすることが重要だと考えられる.4.蛋白質の非酵素的糖化後期反応生成物(AGEs)の増加グルコースのアルデヒド基は蛋白質のアミノ基と反応するが,この反応には酵素が介在せず非酵素的糖化とよばれる.グルコースのアルデヒド基は蛋白質のリジン残基と結合するが,アマドリ反応(転位反応)により水素原子が転位し,より安定的な構造であるアマドリ化合物に変わる.このアマドリ化合物が分子間反応や,遷移金属などを触媒とした酸化反応を受け,不可逆的構造であるAGEsが生じるとされている(図2).また,フルクトースは強力に細胞内蛋白を糖化することが知られるが,これはグルコースの数倍強い反応を示すことが知られている.それに加え,ポリオール代謝経路の亢進により生成するフルクトースの濃度上昇により,酵素的リン酸化反応によるフルクトースのフルクトース3-リン酸(F3P)への変換が促進され,さらに3-デオキシグルコソン(3DG)やメチルグリオキサールの生成が促進され,これらがAGEsの前駆体となることが知られている.II糖尿病網膜症の病態と代謝異常これまで述べたように糖尿病網膜症の病態には高血糖によるさまざまな代謝異常が影響していると考えられる.それぞれの代謝異常が組み合わさり網膜症の病態は進展すると考えられるが,なかでも筆者らの研究室ではミトコンドリア由来ROSなどの酸化ストレスを中心とした網膜症発症,進展の仮説を提唱している.この仮説を含めた網膜症の病態と臨床所見の関係について図7に示した.それぞれの代謝異常が網膜の細小血管損傷や,細胞や組織の障害,血流低下,血液還流異常などを惹起し,網膜の毛細血管の変形や閉塞,組織の虚血や酸素不足,網(16)(出血)結合組織性増殖膜(牽引性網膜.離)びまん性網膜浮腫静脈形態異常病態眼底所見国際(Davis)分類周皮細胞壊死血流障害内皮細胞増殖基底膜肥厚血流障害点状,斑状出血硬性白斑網膜浮腫軟性白斑増殖前網膜症単純網膜症増殖網膜症血管透過性亢進血管閉塞血管変形異常血管眼内増殖促進高血糖ポリオール経路亢進PKC活性化糖化蛋白TGF-bFibronectincollagenⅣApoptosisVEGF微小血管瘤無血管領域新生血管MnSOD酸化ストレス図7高血糖による代謝異常と網膜症の病態酸化ストレスを中心とした網膜症の病態の仮説を示した.さまざまな代謝異常などにより,網膜の血管,組織の障害が起こり,網膜症は進展していくと考えられる.これらに対し,ミトコンドリア由来ROS産生の抑制により一定の病態抑制効果が期待できると予想される.あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101183膜血管発育の未熟性といった病態を現す.血管壁の脆弱化は血液成分漏出や点状・しみ状の小出血をひき起こしたり,さらに網膜に無血流領域や微小血管瘤が出現し,これらの酸素不足の領域に血液を供給するために新生血管が発生するなどの症状を示す.ここで形成された新生血管は脆弱であり,容易に出血することに加え,硝子体内部や隅角などに形成されれば,硝子体混濁による視力低下や閉塞隅角緑内障の原因となり,網膜上の新生血管からの出血は網膜に線維増殖膜を形成し,硝子体牽引による網膜.離を起こし,失明の原因となりうる.これらのさまざまな症状の発現に対して,筆者らの研究室では相対的低酸素を用いた糖尿病網膜症モデルによる動物実験において,血管内皮特異的なMnSOD発現誘導を行い,ミトコンドリア由来ROS産生を抑制することにより,微小血管瘤の減少や無血管領域の縮小などの病態抑制効果を示した.しかしこれまで述べてきた高血糖によるさまざまな代謝異常やROSのみならず,各種のサイトカインや液性因子など他の因子も網膜症の病態に複雑に影響していると考えられ,これらの因子の相互関係を明らかにすることが正確な病態解明に必要である.おわりに本稿においては糖尿病網膜症の病態における代謝異常について主なものを述べたが,現時点ではまだ,網膜症発症におけるそれぞれの代謝異常の関連や影響の程度など不明な点は多い.また,現時点では実地臨床において糖尿病患者に対して酸化ストレスを抑制することにより糖尿病網膜症発症を抑制することは十分可能とはなっていない.今後,酸化ストレスのみならず,糖尿病に関連する代謝異常や各種因子の研究により網膜症発症のメカニズムの解明が進展し,効果的な発症予防や治療につながることが期待される.文献1)黒木昌寿ほか:糖尿病細小血管症─成因解明と進展阻止.糖尿病学2000(小坂樹徳編),p128-136,診断と治療社,20002)VlassaraH:TheAGE-receptorinthepathogenesisofdiabeticcomplications.DiabetesMetabResRev17:436-443,20013)VlassaraH,PalaceMR:Diabetesandadvancedglycationendproducts.JInternMed251:87-101,20024)KoyaD,KingGL:ProteinkinaseCactivationandthedevelopmentofdiabeticcomplications.Diabetes47:859-866,19985)西尾善彦,柏木厚典:糖尿病における血管内皮細胞障害形成の分子機構.日本臨牀59:2451-2459,20016)YamagishiS,UeharaK,OtsukiSetal:DifferentialinfluenceofincreasedpolyolpathwayonproteinkinaseCexpressionsbetweenendoneuralandepineuraltissuesindiabeticmice.JNeurochem87:497-507,20037)WhitesideCI,DlugoszJA:MesangialcellproteinkinaseCisozymeactivationinthediabeticmilieu.AmJPhysiolRenalPhysiol282:F975-980,20028)XiaP,AielloLP,IshiiHetal:Characterizationofvascularendotherialcellgrowthfactor’seffectontheactivationofproteinkinaseC,itsisoforms,andendothelialcellgrowth.JClinInvest98:2018-2026,19969)KoyaD,JirousekMR,LinYWetal:CharacterizationofproteinkinaseCbetaisoformactivationonthegeneexpressionoftransforminggrowthfactor-beta,extracellularmatrixcomponents,andprostanoidsintheglomeruliofdiabeticrats.JClinInvest100:115-126,199710)SuzukiS,HinokioY,KomatuKetal:OxidativedamagetomitochondrialDNAanditsrelationshiptodiabeticcomplications.DiabetesResClinPract45:161-168,199911)NishikawaT,SasaharaT,KiritoshiSetal:Evaluationofurinary8-hydroxydeoxy-guanosineasanovelbiomarkerofmacrovascularcomplicationsintype2diabetes.DiabetesCare26:1507-1512,200312)HuntJV,SmithCC,WolffSP:AutoxidativeglycosylationandpossibleinvolvementofperoxidesandfreeradicalsinLDLmodificationbyglucose.Diabetes39:1420-1424,199013)荒木栄一,西川武志:酸化ストレス.日本臨牀66(増刊号9):99-104,200814)WilliamsonJR,ChangK,FrangosMetal:Hyperglycemicpseudohypoxiaanddiabeticcomplications.Diabetes42:801-813,199315)中村二郎:アルドース還元酵素阻害薬.ビオクリニカ16:1302-1307,200116)OokawaraT,KawamuraN,KitagawaYetal:SitespechicandrandomfragmentationofCu,Zn-superoxidedismutasebyglycationreaction.Implicationofreactiveoxygenspecies.JBiolChem267:18505-18510,l99217)InoguchiT,LiP,UmedaFetal:HighglucoselevelandfreefattyacidstimulatereactiveoxygenspeciesproductionthroughproteinkinaseC-dependentactivationofNAD(P)Hoxidaseinculturedvascularcells.Diabetes49:1939-1945,200018)NishikawaT,EdelsteinD,DuXLetal:Normalizingmitochondrialsuperoxideproductionblocksthreepathwaysof(17)1184あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010hyperglycaemicdamage.Nature404:787-790,200019)HammesHP,DuX,EdelsteinDetal:Benfotiamineblocksthreemajorpathwaysofhyperglycemiadamageandpreventsexperimentalnephropathy.NatMed9:294-299,200320)GotoH,NishikawaT,SonodaKetal:EndothelialMnSODoverexpressionpreventsretinalVEGFexpressionindiabeticmice.BiochemBiophysResCommun366:814-820,200821)CaldwellRB,BartoliM,BehzadianMAetal:Vascularendothelialgrowthfactoranddiabeticretinopathy:pathophysiologicalmechanismsandtreatmentperspectives.DiabetesMetabResRev19:442-455,200322)YanSD,SchmidtAM,AndersonGMetal:Enhancedcellularoxidantstressbytheinteractionofadvancedglycationendproductswiththeirreceptors/bindingproteins.JBiolChem269:9889-9897,199423)LinCL,SchmidtAM,AndersonGMetal:RasmodulationofsuperoxideactivatesERK-dependentfibronectinexpressionindiabetes-inducedrenalinjuries.KidneyInternational69:1593-1600,200624)KowluruRA,TangJ,KernTS:Abnormalitiesofretinalmetabolismindiabetesandexperimentalgalactosemia.VII.Effectoflong-termadministrationofantioxidantsonthedevelopmentofretinopathy.Diabetes50:1938-1942,200125)ObrosovaIG,MinchenkoAG,MarinescuVetal:Antioxidantsattenuateearlyupregulationofretinalvascularendothelialgrowthfactorinstreptozotocin-diabeticrats.Diabetologia44:1102-1110,200126)HaH,YuMR,KimKH:Melatoninandtaurinereduceearlyglomerulopathyindiabeticrats.FreeRadicBiolMed26:944-950,199927)DuyndamMC,HulscherTM,FontijnDetal:Inductionofvascularendothelialgrowthfactorexpressionandhypoxia-induciblefactor1alphaproteinbytheoxidativestressorarsenite.JBiolChem276:48066-48076,200128)RoybalCN,HunsakerLA,BarbashOetal:TheoxidativestressorarseniteactivatesvascularendothelialgrowthfactormRNAtranscriptionbyanATF4-dependentmechanism.JBiolChem280:20331-20339,2005(18)

糖尿病網膜症の疫学:糖尿病網膜症と大血管症

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY性視力障害の原因の上位にあり,今後もその発症予防,進展抑制,早期治療が求められている疾患である.糖尿病患者における糖尿病網膜症の存在は“視力低下の原因疾患”として重要なだけではなく,細小血管合併症や大血管症の存在を示唆する指標として重要である.実際に,複数の大規模疫学研究で糖尿病網膜症を有する糖尿病患者では将来の大血管症の発症の危険が高いことが示されている.これは糖尿病患者の生命予後に関わる大血管症の発症予防対策を考えるうえで重要な指標ともなりうる.現在,脳卒中や虚血性心疾患などの大血管症の発症予測には一般的にフラミンガムスコアのような年齢,性別,血圧,コレステロールなどに基づいたモデルが用いられているが,その精度は十分とはいえず,今なお新たな危険因子の探索は続けられている.そこで,フラミンガムスコアに“糖尿病網膜症の存在”(すなわち細小血管系における血管破綻の結果としての網膜出血や硬性白斑,軟性白斑などの所見)を加えて大血管症の発症予測を行うことで精度を向上させる可能性がある.本稿ではこのような観点から,糖尿病網膜症の存在が網膜症以外の糖尿病血管合併症とどのように関連しているのか,また,どの程度関連しているのかなど最近の疫学研究の結果を中心に概説する.I糖尿病網膜症とその他の細小血管合併症糖尿病網膜症を細小血管の代表として全身の末梢血管系の異常を反映する指標として考えれば8,9),非侵襲的はじめに糖尿病網膜症は糖尿病腎症,糖尿病性神経障害と並ぶ糖尿病の3大合併症であり,そのなかでも最も頻度が高い合併症といわれている1).WisconsinEpidemiologicofDiabeticRetinopathy(WESDR)では,1型糖尿病患者では罹病期間20年でほぼ全例に2),2型糖尿病患者では罹病期間15年で約8割に糖尿病網膜症が認められたと報告されている3).また,2004年に報告された米国を中心としたメタ研究では糖尿病患者のうち何らかの糖尿病網膜症を有する患者の割合は約40%,増殖糖尿病網膜症や黄斑症など視力障害を起こしうる網膜症を有する患者の割合は約8%と報告されている4).現在わが国の推計糖尿病患者数(疑い含む)は約820万人(厚生労働省2006年11月時点)であり,これをもとに考えると少なくとも網膜症をもつ患者は約330万人,網膜症により視力障害を起こしうる網膜症を有する患者は約66万人に及ぶと推定できる.近年では血糖コントロールの重要性が広く受け入れられ,重症の糖尿病網膜症を有する患者数あるいはその割合が減少しつつあるという報告がある5~7).わが国ではこれまでにそのような現象を報告した研究はないが,同様に重症例の割合は減少の傾向にあると考えられる.しかしながら糖尿病患者数そのものの増加には歯止めがかかっておらず,糖尿病患者数が増加し続ければ重症の糖尿病網膜症患者の割合が減少したとしても,患者絶対数が減少するとは限らない5).糖尿病網膜症は現在も後天(3)1169*1KeiHonma:山形大学医学部眼科学講座*2RyoKawasaki:山形大学医学部眼科学講座/CentreforEyeResearchAustralia,RoyalVictorianEyeandEarHospital,UniversityofMelbourne,Australia/大阪府立健康科学センター〔別刷請求先〕本間慶:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学医学部眼科学講座特集●糖尿病と糖尿病網膜症あたらしい眼科27(9):1169.1174,2010糖尿病網膜症の疫学:糖尿病網膜症と大血管症EpidemiologyofDiabeticRetinopathy:DiabeticRetionopathyandCardiovascularDiseases本間慶*1川崎良*21170あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(4)た,糖尿病網膜症は網膜血管系における毛細血管レベルでの血管内皮障害,炎症,毛細血管閉塞などを背景とすることから,心血管合併症に重要な動脈硬化とも共通する発症機序がある16).さらに糖尿病網膜症の存在は動脈硬化と関連しているだけでなく,独立した大血管症の危険因子となっていることもわかっており大血管症のリスク層別化,予防や治療の必要性の判断などに有用な情報となる可能性がある.1.糖尿病網膜症と動脈硬化2型糖尿病患者において,増殖糖尿病網膜症の存在は冠動脈石灰化の存在と関連していることが報告されている17).また,CardiovascularHealthStudyでは,糖尿病網膜症の患者は頸動脈における内膜中膜複合体厚の肥厚の危険が約3倍であった18).ARICStudyでは糖尿病網膜症があると,内膜中膜複合体厚の肥厚のほかに,末梢動脈閉塞性疾患の指標である足関節/上腕血圧比(AnkleBrachialIndex:ABI)の低値(<0.9)が有意に多くみられた19).Multi-EthnicStudyofAtherosclerosis(MESA)では増殖糖尿病網膜症,糖尿病黄斑症の存在が冠動脈石灰化やABI低値のリスクが2.5倍程度上昇することが報告されている20).2.糖尿病網膜症と脳卒中(表1)以前から糖尿病網膜症を有する患者は脳卒中の発症のリスクが高いことが知られていたが,近年その関連がフラミンガムスコアに代表される古典的な脳卒中の危険因子で調整を行った後でも有意であることが大規模疫学研究で確認されている.糖尿病患者における大血管症の発症率について調査した国際共同研究であるWorldHealthOrganization-MultinationalStudyofVascularDiseaseinDiabetes(WHO-MSVDD)では,2型糖尿病患者において糖尿病網膜症の存在が脳卒中の発症に強く関連していることが報告されている21).ARICStudyでは増殖糖尿病網膜症に至らない軽度の糖尿病網膜症であっても脳卒中の発症の危険が2倍から3倍程度上昇することが報告されている22).糖尿病網膜症と脳白質病変が同時に存在すると,脳卒中の発症のリスクはどちらの所見も有しない人に比に直接観察することができることは大きな利点である.糖尿病網膜症とそれ以外の細小血管合併症,すなわち糖尿病腎症,糖尿病性神経障害には関連があることが示されている.1.糖尿病網膜症と糖尿病腎症糖尿病腎症において急速なアルブミン尿の増加は糖尿病腎症進展の発症予測因子となることが知られているが,WESDRでは微量アルブミン尿を呈する1型糖尿病患者で糖尿病網膜症の有病率が高いことが報告されている10).AtherosclerosisRiskInCommunitiesStudy(ARICStudy)では,糖尿病網膜症をもつ2型糖尿病患者で,6年後に腎機能障害発症リスクが網膜症をもたない患者に比べて約2.5倍高いことと,血清クレアチニン値が有意に高くなることが報告されている11).Renin-AngiotensinSystemStudyでは,1型糖尿病患者において糖尿病網膜症の重症度が腎機能障害の程度や腎組織形態異常と有意な相関があることが報告されている12).このように糖尿病網膜症を有する患者では糖尿病腎症の存在や発症の危険を常に考慮する必要がある.2.糖尿病網膜症と糖尿病性神経障害糖尿病網膜症と糖尿病性神経障害の関連については糖尿病腎症ほど明らかになっていない.RochesterDiabeticNeuropathyStudyでは2型糖尿病患者において,糖尿病網膜症と糖尿病性神経障害それぞれの重症度の間に有意な相関があったと報告されている13).II糖尿病網膜症と大血管症糖尿病網膜症は細小血管障害だけでなく,脳卒中・虚血性心疾患などの大血管症の存在や発症のリスクとなっていることが報告されている.糖尿病網膜症と大血管症の関連の土台となる仮説は「網膜血管系と心血管系とくに脳血管系が発生学的,解剖学的,機能的に共通点を有する」ことに基づく.そもそも網膜血管系は脳血管系や心血管系と解剖学的,血管生理学的な特徴を共有していることが知られている14,15).よって糖尿病網膜症を有する患者では同時に脳血管系あるいは心血管系の細動脈レベルの血管にも病的変化が認められる可能性が高い.ま(5)あたらしい眼科Vol.27,No.9,201011713.糖尿病網膜症と虚血性心疾患(表2)糖尿病網膜症と虚血性心疾患の関連をはじめて示唆したのはフラミンガム研究だと思われるが,そこで非侵襲的に外部から直接観察できる網膜血管系の所見が心筋を含む全身の細小血管異常を反映しているだろうという考え方が提唱された26).その後この関連は大規模疫学研究において多く報告されている.ARICStudyでは糖尿病網膜症を有する2型糖尿病患者では心筋梗塞などの虚血性心疾患の発症の危険27),うっ血性心不全の危険28)がそれぞれ2倍と上昇することが報告されている.同様に1型糖尿病患者についてはWHO-MSVDD21)とWESDR25)べて18倍にまで上昇するとの報告もある23).WESDRは1型および2型糖尿病患者を20年追跡調査し,増殖糖尿病網膜症の存在は視力低下だけではなく大血管症の発症,脳卒中関連死亡の危険と関連していることが明らかとなった24).また,1型糖尿病患者においては,糖尿病網膜症の重症度が脳卒中発症の危険と有意に関連していることがわかった25).このように糖尿病網膜症の存在およびその重症度は脳卒中の発症の危険と関連していることが複数の研究から支持されている.表1糖尿病網膜症と脳卒中の発症研究名対象者数追跡期間網膜症の程度関連の強さ*1型糖尿病WESDR24,25)9964年増殖糖尿病網膜症+++20年糖尿病網膜症の重症度++WHO-MSVDD21)1,12612年糖尿病網膜症+/.2型糖尿病WESDR24,25)1,3704年増殖糖尿病網膜症+++16年軽症非増殖糖尿病網膜症+/.WHO-MSVDD21)3,17912年糖尿病網膜症+++ARICStudy22,23)1,6178年糖尿病網膜症++*関連の強さ:関連因子で調整した相対危険度あるいはハザード比で,有意差なし(+/.),<1.5(+),1.5.2.0(++),>2.0(+++).WESDR:WisconsinEpidemiologicStudyofDiabeticRetinopathy,WHOMSVDD:WorldHealthOrganization-MultinationalStudyofVascularDiseaseinDiabetes,ARIC:AtherosclerosisRiskInCommunitiesStudy.表2糖尿病網膜症と虚血性心疾患の関連研究名対象者数追跡期間網膜症の程度関連の強さ*1型糖尿病WESDR25)99620年糖尿病網膜症の存在あるいは重症度+WHO-MSVDD21)1,12612年糖尿病網膜症++.+++2型糖尿病Juutilainenら29)82418年非増殖糖尿病網膜症+.++増殖糖尿病網膜症+++Miettinenら30)1,0407年非増殖糖尿病網膜症+増殖糖尿病網膜症+++WHO-MSVDD21)3,17912年糖尿病網膜症++ARICStudy27)1,5248年糖尿病網膜症++(虚血性心疾患)ARICStudy28)6277年糖尿病網膜症+++(心不全)*関連の強さ:関連因子で調整した相対危険度あるいはハザード比で,有意差なし(+/.),<1.5(+),1.5.2.0(++),>2.0(+++).WESDR:WisconsinEpidemiologicStudyofDiabeticRetinopathy,WHOMSVDD:WorldHealthOrganization-MultinationalStudyofVascularDiseaseinDiabetes,ARIC:AtherosclerosisRiskInCommunitiesStudy.1172あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(6)患者は16年の累積死亡率が高かった34).さらにその関連は中等度非増殖糖尿病網膜症患者であっても有意だが,増殖網膜症ではより強い関連が認められた.同研究の1型糖尿病患者では糖尿病網膜症と死亡率の間に有意な関連は認められなかった.EURODIABProspectiveComplicationsStudyでは1型糖尿病約2,000名を8年間追跡したが,増殖糖尿病網膜症の存在と死亡率の関連は認められなかった35).網膜光凝固治療の効果を検討したEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)では本来の研究の目的と同時にその対象者を追跡し糖尿病網膜症の重症度と死亡率の関連を調査したが,WESDR同様に中等度非増殖網膜症であっても5年死亡率の有意な上昇が認められ,増殖網膜症で関連がより強かった36).これらのことから,2型糖尿病網膜症患者において,糖尿病網膜症を有すると死亡率を有意に高め,特に増殖糖尿病網膜症を有する場合には関連が強いこと,逆に1型糖尿病患者ではこのような関連が認められないなど興味深い.今後は糖尿病網膜症の発症予防,進展抑制により死亡率が低下するのかといったことが大血管症の予防を考えるうえで重要な研究課題となる.IV非糖尿病者における網膜症糖尿病患者だけではなく耐糖能異常をもつ人においても,網膜出血や毛細血管瘤などの所見が有意に多く認められることが報告されている37,38).このような非糖尿病で,2型糖尿病患者についてはJuutilainenら29)やMiettinenら30)による研究において糖尿病網膜症が虚血性心疾患の発症と関連していることが報告されている.Targherら31)は2型糖尿病患者において糖尿病網膜症の重症度が虚血性心疾患による死亡の危険を高めることを報告している.Tongら32)は2型糖尿病患者において糖尿病網膜症と微量アルブミン尿,マクロアルブミン尿がそれぞれ心血管疾患の発症や死亡に独立して関連しているだけでなく,網膜症とアルブミン尿の両者が同時に存在すると交互作用をもって危険を高めることを報告している.糖尿病網膜症は虚血性心疾患の発症に関連するだけでなく,冠動脈バイパス手術などの治療予後を予測する因子となるかを研究した報告もある.Onoら33)は冠動脈バイパス手術を受けた糖尿病患者において,糖尿病網膜症を有する場合には術後の死亡の危険が約4倍と上昇し,再発の可能性も約3倍上昇することを報告し糖尿病網膜症の有無が虚血性心疾患に対する治療後の予後予測にも有用な指標となる可能性があると報告している.III糖尿病網膜症と死亡率(表3)Juutilainenら29)は2型糖尿病患者を18年間追跡し,糖尿病網膜症を有すると死亡率が有意に上昇し,さらに重症度に相関することを報告している.WESDRにおいても2型糖尿病患者において糖尿病網膜症が認められた表3糖尿病網膜症と死亡率の関連研究名対象者数追跡期間網膜症の程度関連の強さ*1型糖尿病WESDR34)99616年中等症非増殖糖尿病網膜症より重症+/.ETDRS36)1,4446年重症非増殖糖尿病網膜症+/.EURODIAB35)2,2378年増殖糖尿病網膜症+/.2型糖尿病WESDR34)1,37016年非増殖糖尿病網膜症+/++増殖糖尿病網膜症++ETDRS36)2,2675年中等症から重症非増殖糖尿病網膜症+増殖糖尿病網膜症+++Juutilainenら29)82418年非増殖糖尿病網膜症+増殖糖尿病網膜症+++*関連の強さ:関連因子で調整した相対危険度あるいはハザード比で,有意差なし(+/.),<1.5(+),1.5.2.0(++),>2.0(+++).WESDR:WisconsinEpidemiologicStudyofDiabeticRetinopathy,ETDRS:EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy,EURODIAB:EURODIABprospectivecomplicationsStudy.(7)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101173sionindiabeticretinopathyduringdifferenttimeperiods:Asystematicreviewandmeta-analysis.DiabetesCare32:2307-2313,20098)NagS,RobertsonDM,DinsdaleHB:Morphologicalchangesinspontaneouslyhypertensiverats.ActaNeuropathol52:27-34,19809)ChaversBM,MauerSM,RamsayRCetal:RelationshipbetweenretinalandglomerularlesionsinIDDMpatients.Diabetes43:441-446,199410)CruickshanksKJ,RitterLL,KleinRetal:Theassociationofmicroalbuminuriawithdiabeticretinopathy.TheWisconsinEpidemiologicStudyofDiabeticRetinopathy.Ophthalmology100:862-867,199311)WongTY,CoreshJ,KleinRetal:Retinalmicrovascularabnormalitiesandrenaldysfunction:theatherosclerosisriskincommunitiesstudy.JAmSocNephrol15:2469-2476,200412)KleinR,ZinmanB,GardinerRetal:Therelationshipofdiabeticretinopathytopreclinicaldiabeticglomerulopathylesionsintype1diabeticpatients:theRenin-AngiotensinSystemStudy.Diabetes54:527-533,200513)DyckPJ,DaviesJL,WilsonDMetal:Riskfactorsforseverityofdiabeticpolyneuropathy:intensivelongitudinalassessmentoftheRochesterDiabeticNeuropathyStudycohort.DiabetesCare22:1479-1486,199914)HoganMJ,FeeneyL:TheUltrastructureoftheRetinalBloodVessels:I.TheLargeVessels.JUltrastructRes9:10-28,196315)HoganMJ,FeeneyL:TheUltrastructureoftheRetinalVessels:II.TheSmallVessels.JUltrastructRes9:29-46,196316)GoldbergRB:Cytokineandcytokine-likeinflammationmarkers,endothelialdysfunction,andimbalancedcoagulationindevelopmentofdiabetesanditscomplications.JClinEndocrinolMetab94:3171-3182,200917)ReavenPD,EmanueleN,MoritzTetal:Proliferativediabeticretinopathyintype2diabetesisrelatedtocoronaryarterycalciumintheVeteransAffairsDiabetesTrial(VADT).DiabetesCare31:952-957,200818)KleinR,MarinoEK,KullerLHetal:TherelationofatheroscleroticcardiovasculardiseasetoretinopathyinpeoplewithdiabetesintheCardiovascularHealthStudy.BrJOphthalmol86:84-90,200219)KleinR,SharrettAR,KleinBEetal:Theassociationofatherosclerosis,vascularriskfactors,andretinopathyinadultswithdiabetes:theatherosclerosisriskincommunitiesstudy.Ophthalmology109:1225-1234,200220)KawasakiR,CheungN,IslamAFMetal:Diabeticretinopathyandmarkersofsubclinicalcardiovasculardisease:TheMulti-EthnicStudyofAtherosclerosis.Ophthalmology,2010,inpress21)FullerJH,StevensLK,WangSL:Riskfactorsforcardiovascularmortalityandmorbidity:theWHOMutinational者にみられる網膜症も糖尿病網膜症と同様に脳卒中や虚血性心疾患の発症の危険との関連が報告されている.おわりに糖尿病網膜症の存在あるいは重症度は脳卒中や虚血性心疾患などの大血管症の発症の危険の指標として大きな可能性をもっている.脳卒中や虚血性心疾患などの大血管症も脳血管,冠血管系の微小循環障害の関与がある可能性も示されている.CT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)検査など大血管症の画像評価法には著しい発展があるものの脳血管や冠動脈を直接観察することはいまだに困難である.簡便な眼底写真で糖尿病網膜症をはじめとする網膜血管系の評価が可能であり,これが大血管症の発症予測の指標となれば臨床的に有用である.一方で,これまでわが国では糖尿病網膜症と大血管症の関連を長期にわたって調査した研究はほとんどない.糖尿病や大血管症の疫学に人種差があることも報告されており,今後はわが国において糖尿病網膜症と大血管症の関連を検証していくことは非常に重要であると考えている.文献1)MohamedQ,GilliesMC,WongTY:Managementofdiabeticretinopathy:asystematicreview.JAMA298:902-916,20072)KleinR,KleinBE,MossSEetal:TheWisconsinepidemiologicstudyofdiabeticretinopathy.II.Prevalenceandriskofdiabeticretinopathywhenageatdiagnosisislessthan30years.ArchOphthalmol102:520-526,19843)KleinR,KleinBE,MossSEetal:TheWisconsinepidemiologicstudyofdiabeticretinopathy.III.Prevalenceandriskofdiabeticretinopathywhenageatdiagnosisis30ormoreyears.ArchOphthalmol102:527-532,19844)KempenJH,O’ColmainBJ,LeskeMCetal:TheprevalenceofdiabeticretinopathyamongadultsintheUnitedStates.ArchOphthalmol122:552-563,20045)VallanceJH,WilsonPJ,LeeseGPetal:Diabeticretinopathy:morepatients,lesslaser:alongitudinalpopulationbasedstudyinTayside,Scotland.DiabetesCare31:1126-1131,20086)MisraA,BachmannMO,GreenwoodRHetal:Trendsinyieldandeffectsofscreeningintervalsduring17yearsofalargeUKcommunity-baseddiabeticretinopathyscreeningprogramme.DiabetMed26:1040-1047,20097)WongTY,MwamburiM,KleinRetal:Ratesofprogres1174あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(8)31)TargherG,BertoliniL,ZenariLetal:DiabeticretinopathyisassociatedwithanincreasedincidenceofcardiovasculareventsinType2diabeticpatients.DiabetMed25:45-50,200832)TongPC,KongAP,SoWYetal:Interactiveeffectofretinopathyandmacroalbuminuriaonall-causemortality,cardiovascularandrenalendpointsinChinesepatientswithType2diabetesmellitus.DiabetMed24:741-746,200733)OnoT,KobayashiJ,SasakoYetal:Theimpactofdiabeticretinopathyonlong-termoutcomefollowingcoronaryarterybypassgraftsurgery.JAmCollCardiol40:428-436,200234)KleinR,KleinBE,MossSEetal:Associationofoculardiseaseandmortalityinadiabeticpopulation.ArchOphthalmol117:1487-1495,199935)vanHeckeMV,DekkerJM,StehouwerCDetal:Diabeticretinopathyisassociatedwithmortalityandcardiovasculardiseaseincidence:theEURODIABprospectivecomplicationsstudy.DiabetesCare28:1383-1389,200536)CusickM,MelethAD,AgronEetal:Associationsofmortalityanddiabetescomplicationsinpatientswithtype1andtype2diabetes:earlytreatmentdiabeticretinopathystudyreportno.27.DiabetesCare28:617-625,200537)WongTY,LiewG,TappRJetal:Relationbetweenfastingglucoseandretinopathyfordiagnosisofdiabetes:threepopulation-basedcross-sectionalstudies.Lancet371:736-743,200838)KawasakiR,WangJJ,WongTYetal:Impairedglucosetolerance,butnotimpairedfastingglucose,isassociatedwithretinopathyinJapanesepopulation:theFunagatastudy.DiabetesObesMetab10:514-515,2008StudyofVascularDiseaseinDiabetes.Diabetologia44(Suppl2):S54-64,200122)CheungN,RogersS,CouperDJetal:Isdiabeticretinopathyanindependentriskfactorforischemicstroke?Stroke38:398-401,200723)WongTY,KleinR,SharrettARetal:Cerebralwhitematterlesions,retinopathy,andincidentclinicalstroke.JAMA288:67-74,200724)KleinR,KleinBEK,MossSE:Epidemiologyofproliferativediabeticretinopathy.DiabetesCare15:1875-1891,199225)KleinBE,KleinR,McBridePEetal:Cardiovasculardisease,mortality,andretinalmicrovascularcharacteristicsintype1diabetes:Wisconsinepidemiologicstudyofdiabeticretinopathy.ArchInternMed164:1917-1924,200426)HillerR,SperdutoRD,PodgorMJetal:DiabeticretinopathyandcardiovasculardiseaseintypeIIdiabetics.TheFraminghamHeartStudyandtheFraminghamEyeStudy.AmJEpidemiol128:402-409,198827)CheungN,WangJJ,KleinRetal:Diabeticretinopathyandtheriskofcoronaryheartdisease:theAtherosclerosisRiskinCommunitiesStudy.DiabetesCare30:1742-1746,200728)CheungN,WangJJ,RogersSLetal:Diabeticretinopathyandriskofheartfailure.JAmCollCardiol51:1573-1578,200829)JuutilainenA,LehtoS,RonnemaaTetal:Retinopathypredictscardiovascularmortalityintype2diabeticmenandwomen.DiabetesCare30:292-299,200730)MiettinenH,HaffnerSM,LehtoSetal:RetinopathypredictscoronaryheartdiseaseeventsinNIDDMpatients.DiabetesCare19:1445-1448,1996

序説:糖尿病と糖尿病網膜症

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY分子病態研究の面から,熊本大学荒木栄一教授・後藤秀生先生・西川武志先生,北海道大学石田晋教授に最新の知見をわかりやすく解説していただいた.今後の合併症治療薬の開発の方向性を加味した内容となっている.診断法としてOCT(光干渉断層計)などの3次元構造解析が精密にできるようになった現在,機能検査として血流動態の把握は多くの眼科医の悲願となっている.この分野で世界をリードしている旭川医科大学長岡泰司先生・吉田晃敏学長に最新の進歩を解説いただいた.本特集のアピールポイントは糖尿病網膜症を糖尿病という全身疾患としてとらえる観点からの解説を入れたことである.上記の分子病態研究に加えて,全身管理について兵庫医科大学難波光義教授とグループの先生方に解説いただき,網膜症が大血管合併症(脳卒中,心筋梗塞)のリスク評価に役立つという全身状態管理との関連を本間慶先生(山形大学)・川崎良先生(メルボルン大学)に解説をいただいた.また,リスク評価として遺伝子型による方法について岐阜大学塩谷真由美先生・堀川幸男先生・武田純教授にその最新の成果をわかりやすく解説いただいた.糖尿病という全身疾患のなかでの網膜症の位置づけを考える内容となっている.糖尿病患者数は世界中で急増しつつある.あるメタアナリシスによると,世界における糖尿病患者数の推計では2000年に約1億7千万人で,2030年にはこの患者数が約2倍になると予測している.日本でも厚生労働省の国民栄養調査によると,平成9年690万人,平成14年740万人,平成19年890万人と急激に増加している.これに伴い糖尿病網膜症を合併している糖尿病患者数も増加していると考えられる.糖尿病患者の約4割が網膜症を発症していると考えると,300万人以上の有病者数となり膨大な数となる.その結果,糖尿病網膜症は後天性視力障害の原因の約5分の1を占め,大きな社会問題にもなっている.若年者での糖尿病発症は糖尿病網膜症の発症および重症化のリスクが,より高齢で発症した糖尿病患者に比較して大きい.若年での糖尿病発症の増加は,医療経済としても患者本人およびその家族に大きな影響が波及する.今後,このような状態に対応するためには,失明を抑制する治療戦略ではなく,より高い視力予後を目指した予防医学的な戦略が必要とされ,近年の診断,治療法の急速な進歩はこの目的を見据えたものとなって成果を上げつつある.本特集は糖尿病網膜症診療の進歩を解説し,日常の診療に役立てていただくとともに,今後の新しい発展を考える企画となっている.(1)1167*HidetoshiYamashita&TeikoYamamoto:山形大学医学部眼科学講座●序説あたらしい眼科27(9):1167.1168,2010糖尿病と糖尿病網膜症RecentAdvancesinDiabetesMellitusandDiabeticRetinopathy山下英俊*山本禎子*1168あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(2)最後に眼科治療の最先端を,眼科治療の最前線で診療を行っておられるactiveな臨床医に解説をお願いした.網膜光凝固について東京大学加藤聡先生,硝子体手術と薬物治療について名古屋市立大学吉田宗徳先生,糖尿病黄斑浮腫の治療について山形大学後藤早紀子先生に執筆していただいたた.いずれも最近の進歩をエビデンスに基づいて整理していただき,診療の流れを整理して理解し,あすの診療に役立てるわかりやすい総説となっている.以上のように糖尿病網膜症の臨床は,基礎医学研究,社会医学研究の進歩をこっちへ取り込むことで,その幅と深みを大きくしてきている.しかし,患者数の増加,若年化などに十分に対応しきれているとは言い難い.これから,本特集でご紹介した多くの進歩が網膜症診療現場で有効に機能して網膜症による視力障害者が減少していくことを祈念している.写真展示作品募集The2ndAsiaCorneaSocietyBiennialScientificMeeting第2回アジア角膜学会〔The2ndAsiaCorneaSocietyBiennialScientificMeeting,2010年12月1日(水)~3日(金),ウェスティン都ホテル京都〕で開催される写真展示の作品を募集します.■募集内容角膜を対象として撮影した前眼部写真(珍しい症例や撮影に創意工夫をしたもの等).■応募締め切り2010年10月31日必着■作品の送付先とお問い合わせ先第2回アジア角膜学会総会登録事務局〒530-0001大阪市北区梅田3-3-10梅田ダイビル4F株式会社JTBコミュニケーションズコンベンション事業局内TEL:06-6348-1391FAX:06-6456-4105E-mail:2acs@jtbcom.co.jp

眼瞼腫瘤にて発見された成人T細胞白血病リンパ腫の1例

2010年8月31日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(145)1157《原著》あたらしい眼科27(8):1157.1160,2010cはじめに成人T細胞白血病/リンパ腫(adultT-cellleukemia/lymphoma:ATL/L)は,humanT-lymphotropicvirustype-1(HTLV-1)感染によりひき起こされるT細胞のリンパ腫であり,臨床像は多彩で予後きわめて不良な疾患である1~3).患者の発生は日本の南西部が多く,なかでも南九州は多発地域とされている.その初発症状のほとんどはリンパ節腫大や皮膚症状などであり,眼瞼の腫瘤が生じることはきわめてまれとされている.また,眼付属器に発生するリンパ性増殖病変のほとんどはMALTリンパ腫(mucosaassociatedlymphoidtissuelymphoma)(86%)で予後良好であり,ATL/Lの報告は少ない4,5).今回筆者らは眼瞼腫脹を初発症状として発見されたATL/Lの1例を経験したので報告する.I症例患者:56歳,男性.主訴:左眼の上眼瞼腫瘤.出身地:福岡県.既往歴:高脂血症.家族歴:特記事項なし.〔別刷請求先〕山口晃生:〒814-0180福岡市城南区七隈7-45-1福岡大学医学部眼科学教室Reprintrequests:AkioYamaguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,FukuokaUniversity,7-45-1Nanakuma,Jonan-ku,Fukuoka814-0180,JAPAN眼瞼腫瘤にて発見された成人T細胞白血病リンパ腫の1例山口晃生*1尾崎弘明*1原潤*1内尾英一*1竹下盛重*2*1福岡大学医学部眼科学教室*2同病理学教室CaseReportofAdultT-CellLeukemiawithLacrimalGlandInvasionAkioYamaguchi1),HiroakiOzaki1),JunHara1),EiichiUchio1)andMorishigeTakeshita2)1)DepartmentofOphthalmology,2)DepartmentofPathology,FacultyofMedicine,FukuokaUniversity成人T細胞白血病リンパ腫(ATL/L)は表在リンパ節腫大,全身倦怠感などを初発症状とすることが多く,眼瞼腫瘤で発見されることはまれである.今回筆者らは眼瞼腫瘤を主訴として発見されたATL/Lの1例を経験したので報告する.56歳の男性が左眼の眼瞼腫脹を主訴に受診.磁気共鳴画像(MRI)にて涙腺腫瘍の疑いで左眼眼瞼腫瘤摘出術を施行した.病理組織学的検査の結果,異型リンパ球の増加を認め,免疫組織学的検査ではT細胞の膜表面マーカーであるCD3,CD4,CD25が陽性かつ抗humanT-lymphotropicvirustype1(HTLV-1)抗体も陽性であり,ATL/Lと確定診断した.血液腫瘍内科へ転科後,顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)を併用した化学療法を施行し,全経過24カ月で現在寛解が得られている.ATL/Lでは眼瞼に初発の腫瘤として発見されることがまれにあり注意を要する.AdultT-cellleukemia/lymphoma(ATL/L)oftenshowsofsuperficiallymphnodeswellingandgeneralfatigue.WeexperiencedararecaseofATL/Linthelacrimalglandofapatientinwhommultiplesystemicinvasionswerelatersuspected.Thepatient,a56-yearoldmale,hadswellingintheupperlefteyelid.Amasslesioninthelacrimalglandwasdetectedbymagneticresonanceimagingandremovedsurgically.Routinehistologicandimmunohistochemicalanalyses,andthepresenceofhumanT-celllymphotropicvirustype1(HTLV-1),revealedATL/L.Oneyearlater,paininthelowerextremetiesappearedandsystemicinvasionofATL/Lwassuspected.Thepatientunderwentcombinationchemotherapyandbonemarrowtransplant,andhasnowbeeninremissionfor24months,withnorecurrenceinthelacrimalgland.InfiltrationofATL/Ltothelacrimalglandisrare,andswellingastheinitialsymptomisevenmoreobscure.SincetheincidenceofHTLV-1infectionisespeciallyhighinJapan,itisanurgenttaskforphysicianstoeliminateHTLV-1infectionatanearlystage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(8):1157.1160,2010〕Keywords:成人T細胞白血病リンパ腫,眼瞼腫瘤,ヒトTリンパ球好性ウイルス1型.adultT-cellleukemia/lymphoma(ATL/L),lacrimalgland,humanT-lymphotropictype1(HTLV-1).1158あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(146)現病歴:平成19年8月より左眼の眼瞼腫脹を自覚し,近医にてアレルギー性結膜炎と診断され点眼薬にて加療されるも軽快せず,同年9月10日精査加療目的で福岡大学眼科(以下,当科)外来を受診となった.初診時所見:視力は両眼とも矯正1.2,眼圧は右眼10mmHg,左眼14mmHg.外眼部所見は右眼は異常なく,左眼に上眼瞼の腫脹を認めた.角膜は両眼とも透明で,前房は両眼とも正常深度,透明,水晶体は両眼ともほぼ透明であった.眼底には両眼とも異常は認められなかった.全身所見ではリンパ節腫脹や皮膚症状などの異常は認めなかった.血液生化学所見:血液検査および血液生化学検査結果を表1に示した.白血球数4,700/μl,白血球分画でリンパ球46%と軽度上昇を認めたが,異型リンパ球はみられなかった.磁気共鳴画像(MRI):平成19年9月15日のMRIT2画像で,左眼涙腺に相当する部分は腫大し,境界明瞭で均一なlowintensityareaとして認められた(図1A,B).II経過以上の所見から左)涙腺腫瘍と診断し,平成19年10月31日に腫瘍の生検目的で入院するも左上眼瞼の腫瘤は縮小しており触知されず,左眼瞼腫脹も改善していたために生検は行わずに退院となった.しかし平成20年3月に左上眼瞼の腫瘤が再び増大したため,同年4月9日に当科に入院し,翌日経結膜より生検を行った.しかし,検体量が不十分であったためこの時点では病理学的には確定診断には至らなかった.その2カ月後に左上眼瞼の腫瘤が再び増大したため当科再入院した.7月1日に経眼瞼皮膚より左上眼瞼涙腺腫瘍摘出術を施行した(図2).病理組織学的所見:ヘマトキシリン-エオジン染色で涙腺の正常な構築がみられず,腫瘍細胞がびまん性に増殖してい表1初診時の血液生化学所見WBC4,700/μlNa142mEq/lRBC466万/μlK4.6mEq/lHb14.2g/dlCl103mEq/lHt41.0%BUN23mg/dlPlt22.7万/μlCr0.9mg/dlBand0%AST30IU/lSeg51.0%ALT29IU/lEosino0%Ca9.5mg/dlBaso0%LDH219IU/lLympho46.0%Mono3.0%血液生化学検査では,白血球分画でリンパ球の軽度上昇を認めるのみでその他異常はみられなかった.WBC:白血球,RBC:赤血球,Hb:ヘモグロビン,Ht:ヘマトクリット,Plt:血小板,Band:桿状好中球,Seg:分葉核好中球,Eosino:好酸球,Baso:好塩基球,Lympho:リンパ球,Mono:単球,Na:ナトリウム,K:カリウム,Cl:塩素,BUN:血中尿素窒素,Cr:クレアチニン,AST:アスパラギン酸・アミノ基転移酵素,ALT:アラニン・アミノ基転移酵素,Ca:カルシウム,LDH:乳酸脱水素酵素.A図1平成19年9月15日のMRI所見T2画像で左眼涙腺の部位に腫大を認め,境界明瞭で均一なlowintensityareaが認められた(A,B).B図2平成20年7月1日,左上眼瞼涙腺腫瘍摘出術術中写真(147)あたらしい眼科Vol.27,No.8,20101159た.異型リンパ球のびまん性の増殖を認め,細胞の核の大小不同および粗.なクロマチンがみられた(図3A).免疫組織染色ではTリンパ系に特徴的なマーカーであるCD3,CD4,CD25が陽性であり(図3B),一方,Bリンパ系に特徴的なマーカーであるCD20は陰性であった(図3C).さらに,平成20年7月12日の採血でHTLV-1抗体が陽性であり,また,ATL/Lの診断基準の一つである可溶性インターロイキン-2レセプターが6,052U/mlと高値であったため,これらの以上の結果と病理組織学的所見および免疫組織学的所見よりATL/Lであると確定診断した.その後平成20年7月に下肢の疼痛出現したためpositronemissiontomography(PET)を施行したところ,全身に転移性骨腫瘍が疑われた.なお,表在リンパ節腫脹および深部のリンパ節腫脹は認めていない.同年7月12日より当院血液腫瘍内科へ転科となった.病型分類ではリンパ腫型と診断され,化学療法〔modified-LSG(LymphomaStudyGroup)15療法〕を施行し,顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)を併用した.その後は平成21年2月に骨髄移植が行われ,現在も治療中であるが眼瞼腫瘤の再発はみられていない.III考察ATL/Lはレトロウイルスの一種であるHTLV-1が原因で発症する予後不良の血液疾患であり,疫学は日本では沖縄,九州を中心とした日本の南西部に多い.キャリアの0.1%から1%が30年から50年経過して成人T細胞白血病を発症するといわれている1,2).ATLの初発症状としては皮疹が23.6%と最も多く,その他は全身倦怠感(21.8%),食欲不振(20.0%),発熱(16.4%),リンパ節腫脹(10.9%),感冒様症状(10.9%),白血球増多(10.9%)などがある3).ATLは一般的に眼症状で発見されることはまれである.Moriらは眼瞼腫脹で発見されたATLの1例を報告しているが,腫瘍が眼窩内に浸潤している進行した症例であった6).本症例は初診時の所見は眼瞼腫瘤のみであり,筆者らが検索した限りではATLの初発症状としての眼瞼腫瘤の報告は認められなかった.一方でATLの患者における眼症状の報告では上強膜炎,ぶどう膜炎,視神経乳頭炎,壊死性網膜炎,眼窩腫瘍などさまざまなものが報告されている7~12).眼科領域におけるATLの腫瘤形成例の報告は少なく,眼瞼腫瘍の報告は大庭らの1例のみであり,眼窩内腫瘤の形成例もまれであった.本症例は初診時にはATL/Lに特徴的な末梢血の異常リンパ球の増加,皮疹,リンパ節腫脹はみられず,腫瘍摘出による病理組織学的所見よりT細胞系のリンパ腫を疑い,採血図3C免疫組織染色Bリンパ系に特徴的なマーカーであるCD20は陰性であった.図3A腫瘤摘出時のヘマトキシリン.エオジン染色の病理写真異型リンパ球のびまん性の増殖を認め,細胞の核の大小不同および粗.なクロマチンがみられる.図3B免疫組織染色Tリンパ系に特徴的な腫瘍マーカーであるCD3がびまん性に陽性を認めた.1160あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(148)にてHTLV-1抗体が陽性,可溶性インターロイキン-2レセプター値の著明な上昇を認めた.武本らはATL/Lの診断基準として,①成人での発症,②抗HTLV-1抗体陽性,③T細胞性悪性リンパ腫,④腫瘍細胞の表面マーカー,⑤HTLV-1プロウイルスの単クローン性組み込み,⑥可溶性インターロイキンレセプター高値(1,000U/ml以上)をあげている13).本症例はそのうちの⑤以外のすべてを満たしており総合的に確定診断に至った.筆者らが最初に行った生検では腫瘤が結膜側寄りに存在すると判断し,眼瞼結膜からのアプローチを行った.その結果,生検が困難でありかつ得られた検体が小さいために診断確定には至らなかった.後に腫瘍全摘出を行った際にはより多くの検体採取のために眼瞼皮膚よりのアプローチを選択した.本症例のように腫瘤のサイズの変化を認める場合には,確実な病理診断を目的として皮膚側からのアプローチによる腫瘍の全摘出が望ましいと思われた.ATL/Lは病型により治療法が異なるため病型診断が重要である.病型は急性型(60.2%),リンパ腫型(23.7%),慢性型(9.1%),くすぶり型(7.0%)の4つに分類され生存率期間の中央値はそれぞれ1年未満,1年未満,2.3年,5年以上である.本症例は特に予後不良とされるリンパ腫型と診断され,従来の化学療法であるmodifiedLSG療法(VCAP/AMP/VECP療法)に加え,白血球減少期間の短縮目的のためG-CSFを併用した.しかし,リンパ腫型は他の悪性リンパ腫に比較して薬剤の効果持続が短く,再燃がきわめて早く起こるのが特徴で急性型と同様に予後不良である.したがって,腫瘍細胞を完全に消滅させる目的での骨髄移植が行われている.本症例はATL/Lの確定診断から1年以上が経過した時点で骨髄移植を行い寛解が得られた.全経過は24カ月である.ATL/Lに伴う眼症状は,①ATL/L細胞の直接浸潤によるもの,②免疫不全状態に関連した日和見感染によるもの,③白血球の増加や骨髄浸潤に伴う貧血や血小板減少によるものの3つに大別される.本症例の眼瞼腫瘍の場合は初発症状であること,患者の血液学的検査結果から日和見感染や白血病状態は否定的であり,ATL/L細胞による限局的な腫瘤形成と考えられる.ATL/Lの診断は一般的に容易であるが,本症例のようにATL/Lの限局的病変として眼瞼腫瘤で発症する症例もまれにあり,ATL/Lも念頭におき,適切な時期での血清HTLV-1の検討,病理組織学的検査を主体とした鑑別が重要と思われた.本論文の要旨は第43回日本眼炎症学会で発表した.文献1)高月清,山口一成,河野文夫:成人T細胞白血病の臨床.日本臨牀41:2659-2673,19832)田島和夫:成人T細胞白血病/リンパ腫の疫学.綜合臨床53:2083-2045,20043)柚木一雄,松元実:ATLの臨床像─診断のこつ.ATL(成人T細胞白血病),p17-24,メジカルビュー社,19864)MannamiT,YoshinoT,OshimaKetal:Clinical,histopathological,andimmunogeneticanalysisofocularadnexallymphoproliferativedisorders:characterizationofMALTlymphomaandreactivelymphoidhyperplasia.ModPathol14:641-649,20015)安積淳:リンパ性腫瘍の診断と治療.臨眼59:249-256,20056)MoriA,DeguchiE,MishimaKetal:Acaseofuveal,palpebral,andorbitalinvasionsinadultT-cellleukemia.JpnJOphthalmol47:599-602,20037)樺山八千代,伊佐敷誠,上原文行ほか:成人T細胞白血病における眼症状.臨眼42:139-141,19888)大庭紀雄,鮫島宗文,上原文行ほか:HTLV-1ウイルス感染の眼科的検討.あたらしい眼科5:265-267,19889)OhbaN,MatsumotoM,SameshimaMetal:OcularmanifestationsinpatientsinfectedwithhumanT-lymphotrophicvirustype1.JpnJOphthalmol33:1-12,198910)河野高伸,有田達生,岡村良一:HumanT-lymphotropicVirusType1感染者にみられた眼症状について.眼紀41:2182-2188,199011)KonoT,UchidaH,InomataHetal:OcularmanifestationsofadultT-cellleukemia/lymphoma.Ophthalmology100:1794-1799,199312)HirataA,MiyazakiT,TaniharaH:IntraocularinfiltrationofadultT-cellleukemia.AmJOphthalmol134:616-618,200213)武本重毅,田口博國:成人T細胞白血病の診断基準・病型分類.内科85:1679-1682,2000***

血管新生緑内障に対する一眼Bevacizumab硝子体内投与の両眼への効果

2010年8月31日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(141)1153《原著》あたらしい眼科27(8):1153.1156,2010cはじめに抗VEGF(血管内皮増殖因子)抗体bevacizumab(AvastinR)は米国において結腸および直腸への転移性腫瘍に対する癌治療薬としてFDA(食品医薬品局)により認可された薬剤である1).眼科領域で2005年にRosenfeldらがbevacizumab硝子体注入によって,加齢黄斑変性や網膜中心静脈閉塞症による黄斑浮腫の治療に有効であることを報告して以来2,3),同様の報告が相ついでおり4,5),近年わが国でも眼内新生血管や網膜浮腫の治療に使用されている4).Bevacizumabの局所投与による重篤な副作用の報告は少ない6)が,女〔別刷請求先〕菅原道孝:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3医療法人社団済安堂井上眼科病院Reprintrequests:MichitakaSugahara,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN血管新生緑内障に対する一眼Bevacizumab硝子体内投与の両眼への効果菅原道孝大野尚登森山涼井上賢治若倉雅登井上眼科病院UnexpectedEffectsintheUntreatedFellowEyeFollowingIntravitrealInjectionofBevacizumabasTreatmentforFundusNeovascularizationMichitakaSugahara,HisatoOhno,RyoMoriyama,KenjiInoueandMasatoWakakuraInouyeEyeHospital緒言:血管新生緑内障の患者に抗VEGF(血管内皮増殖因子)抗体bevacizumab(AvastinR)硝子体内投与を施行し,注入眼のみならず,他眼に対しても効果のあった症例を経験した.症例:患者は59歳の男性.2年前近医で増殖糖尿病網膜症にて両眼汎網膜光凝固術を施行された.その後両眼視力低下し当院初診.初診時視力は右眼(0.2),左眼(0.2),眼圧は右眼30mmHg,左眼26mmHg.両眼ともに隅角に新生血管,漿液性網膜.離,視神経乳頭上に増殖膜を認めた.右眼は視神経乳頭上に新生血管を認めた.両眼に網膜光凝固の追加を行うとともに,右眼に対しbevacizumab1.0mg/40μlを右眼に硝子体内投与した.1週後には光干渉断層計で右眼のみならず左眼の漿液性網膜.離も軽快し,蛍光眼底造影でも両眼とも蛍光の漏出が減少した.結論:Bevacizumabは注入眼から,血流を介して血液房水関門破綻を有すると考えられる他眼へも移行し,効果が波及した可能性がある.Background:Toreporttreatmenteffectintheuntreatedfelloweyeafterintravitrealinjectionofbevacizumab(AvastinR)inapatientwithneovascularglaucoma.Case:A59-year-oldmalewhocomplainedofbilateralblurredvisionhadatwoyears-agohistoryoftreatmentforproliferativediabeticretinopathy,withlaserpanretinalphotocoagulationinbotheyes.Hisbest-correctedvisualacuitywas20/100bilaterally.Intraocularpressurevalueswere30mmHgrighteyeand26mmHglefteye.Gonioscopydisclosedneovascularizationattheanteriorchamberangleinbotheyes.Fundusexaminationshowedsignificantserousretinaldetachmentandproliferationofthediscinbotheyesandneovascularizationofthediscinrighteye.Additionallasertreatmentwasgivenandbevacizumab(1.0mg/40μl)wasintravitreallyinjectedintotherighteye.Oneweekafterinjection,opticalcoherencetomographyclearlyshowedimprovementoftheserousretinaldetachmentinboththeinjectedeyeandtheuntreatedfelloweye.Theleakageoffluorescentdyefromtheareaofneovascularizationinthefundusalsodecreasedsubstantiallyinbotheyes.Conclusions:Wespeculatethatthebevacizumabmigratedtotheuntreatedfelloweyeviathesystemiccirculation,followingbreakdownoftheblood-aqueousbarrier.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(8):1153.1156,2010〕Keywords:bevacizumab,僚眼,増殖糖尿病網膜症,網膜血管新生,血管新生緑内障.bevacizumab,felloweye,proliferativediabeticretinopathy,retinalneovascularization,neovascularglaucoma.1154あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(142)性患者における月経異常の報告7)もあり,局所投与ながら全身に対しても少なからず影響を及ぼす可能性がある.今回筆者らは両眼の血管新生緑内障の患者にbevacizumab硝子体内投与を施行し,投与眼のみならず,非投与眼に対してもbevacizumabの作用が認められた症例を経験したので報告する.I症例患者は59歳,男性で,両眼視力低下を主訴に平成19年4月井上眼科病院(以下,当院)を受診した.30年前より糖尿病,高血圧があり,糖尿病網膜症が進行したため,平成17年10月近医にて両眼汎網膜光凝固術を施行した.その後自己判断で通院中断していた.視力が徐々に低下したため精査目的で当院を受診した.家族歴は特記すべきことはなかった.当院初診時所見:視力は右眼0.06(0.2×sph.1.0D(cyl.2.0DAx80°),左眼0.05(0.2×cyl.3.0DAx80°),眼圧は右眼30mmHg,左眼26mmHgであった.虹彩上には新生血管は認めなかったが,両眼隅角に新生血管を認めた.眼底は右眼視神経乳頭上に新生血管・増殖膜を認めた.左眼も図2蛍光眼底造影所見Bevacizumab投与前は右眼(A),左眼(B)ともに後期相で著明な蛍光漏出がみられた.投与後1週間で右眼(C),左眼(D)とも蛍光漏出は後期相でも減少した.投与前投与後1週521μm263μm282μm263μm右眼(投与眼)左眼(非投与眼)投与前投与後1週中心窩網膜厚図1OCT所見投与前は両眼とも漿液性網膜.離を認めたが,投与1週間後両眼とも漿液性網膜.離は改善し,中心窩網膜厚も減少した.(143)あたらしい眼科Vol.27,No.8,20101155視神経乳頭上に増殖膜を認めた.両眼ともに汎網膜光凝固後であったが,全体的に光凝固が不十分であった.光干渉断層計(OCT)で右眼は黄斑下方に漿液性網膜.離を,左眼は黄斑浮腫と漿液性網膜.離を認めた(図1).中心窩網膜厚は右眼521μm,左眼282μmであった.蛍光眼底造影(FA)で,右眼は視神経乳頭からの蛍光漏出を(図2A),左眼は増殖組織,周辺新生血管からの旺盛な蛍光漏出を認めた(図2B).以上の所見から両眼増殖糖尿病網膜症・血管新生緑内障と診断した.経過:両眼に網膜光凝固の追加をし,カルテオロール,ブリンゾラミド,ラタノプロスト点眼を開始し,1週間後の眼圧は両眼16mmHgに下降した.新生血管の範囲が左眼に比べ右眼が広いため,bevacizumab1.0mg/40μlを右眼に硝子体内投与した.投与翌日右眼眼圧は28mmHgと上昇したが,2日目以降は12mmHgと下降し,以後眼圧上昇は認めていない.投与翌日眼底所見に変化はなかったが,投与1週間後には隅角の新生血管が消退し,漿液性網膜.離も軽減しており(図1),中心窩網膜厚は263μmと減少し,FAでも蛍光漏出が改善していることが確認できた(図2C).さらにbevacizumabを投与していない左眼でも隅角新生血管が消退し,漿液性網膜.離が軽減し,中心窩網膜厚は263μmと減少し,蛍光漏出の改善が認められた(図1,2D).経過観察中両眼視力は(0.2)のままで不変である.II考按血管新生緑内障は,眼内虚血を基盤とし,虹彩表面および前房隅角に新生血管が発生する難治性の緑内障である.本症は眼内虚血が生じると血管内皮増殖因子(VEGF)に代表される血管新生因子が産生され,新生血管が惹起される.虹彩,隅角,線維柱帯に生じた新生血管が房水流出路を閉塞するために眼圧上昇をきたし,治療に難渋することが多い.糖尿病網膜症はVEGFなどの作用により血液眼関門の破綻をきたし,破綻の程度は糖尿病の病期に相関があるため,増殖糖尿病網膜症では血液眼関門の破綻が有意に顕著であるとされる8).Bevacizumabは眼科領域では眼内新生血管と黄斑浮腫の治療に使用されている.Bevacizumabを硝子体内に投与する量は癌治療の数百分の一とごく微量であるが,Fungらの合併症の報告によると,局所投与における全身合併症には血圧上昇,深部静脈塞栓,脳梗塞などの合併症もあり,死亡例も報告されている6).Averyらの文献によれば,糖尿病網膜症で網膜もしくは虹彩に新生血管を伴う32例45眼に対しbevacizumab(6.2μg.1.25mg)を硝子体注射したところ,bevacizumab1.25mgを投与した2例で非投与眼の網膜新生血管や虹彩新生血管が減少していた.そのうち1例は2週間で新生血管が再発したが,もう1例では11週間経ても再発を認めていない9).Bakriらはbevacizumab1.25mgを20匹の健常家兎に硝子体注射し,投与眼で硝子体中の半減期が4.32日,30日後に10μg/ml以上認め,非投与眼でも硝子体中で4週間後に11.17μg/ml,前房中では1週間後29.4μg/ml,4週間後には4.56μg/ml認めたと報告している.非投与眼での濃度は前房水のほうが硝子体より高く,bevacizumabが脈絡膜循環より前房へ入ると考えている10).以上から,今回の症例では増殖糖尿病網膜症により,VEGFなどの作用で血管の透過性が亢進し,さらに血管新生緑内障も合併していたことから,血液眼関門が高度に破綻していたと思われる.そのため体循環を介して,僚眼へ到達したbevacizumabが透過性亢進により僚眼の眼内に移行しやすくなり,隅角新生血管ならびに網膜からの蛍光漏出を軽減させたと考えた.網膜光凝固も追加しており,その影響も考えられるが,一般に網膜光凝固による効果の発現には一定期間を要すること,bevacizumabはAveryらの報告9)では投与後1週間以内で全例FAでの蛍光漏出が消失もしくは減少したことから,bevacizumabのほうが効果発現に即効性があると考え,投与後の浮腫の改善の経過からbevacizumabの影響が強いと判断した.今後bevacizumab硝子体内投与後は両眼の注意深い経過観察が必要と考えた.文献1)YangJC,HaworthL,SherryRMetal:Arandomizedtrialofbevacizumab,ananti-vascularendothelialgrowthfactorantibodyformetastaticrenalcancer.NEnglJMed349:427-434,20032)RosenfeldPJ,MoshfeghiAA,PuliafitoCAetal:Opticalcoherencetomographyfindingsafteranintravitrealinjectionofbevacizumab(AvastinR)forneovascularage-relatedmaculardegeneration.OphthalmicSurgLasersImaging36:331-335,20053)RosenfeldPJ,FungAE,PuliafitoCAetal:Opticalcoherencetomographyfindingsafteranintravitrealinjectionofbevacizumab(AvastinR)formacularedemafromcentralretinalveinocclusion.OphthalmicSurgLasersImaging36:336-339,20054)OshimaY,SakaguchiH,GomiFetal:Regressionofirisneovascularizationinjectionofbevacizumabinpatientswithproliferativediabeticretinopathy.AmJOphthalmol142:155-158,20065)IlievME,DomigD,Worf-SchnurrburschUetal:Intravitrealbevacizumab(AvastinR)inthetreatmentofneovascularglaucoma.AmJOphthalmol142:1054-1056,20066)FungAE,RosenfeldPJ,ReichelE:TheInternationalIntravitrealBevacizumabSafetySurvey:usingtheinternettoassessdrugsafetyworldwide.BrJOphthalmol90:1344-1349,20067)ShimaC,SakaguchiH,GomiFetal:Complicationsin1156あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(144)patientsafterintravitrealinjectionofbevacizumab.ActaOphthalmol86:372-376,20088)WaltmanSR:Quantitativevitreousfluorophotometry.Asensitivetechniqueformeasuringearlybreakdownoftheblood-retinalbarrierinyoungdiabeticpatient.Diabetes27:85-87,19789)AveryRL,PearlmanJ,PieramiciMDetal:Intravitrealbevacizumab(AvastinR)inthetreatmentofproliferativediabeticretinopathy.Ophthalmology113:1695-1705,200610)BakriSJ,SnyderMR,ReidJMetal:Pharmacokineticsofintravitrealbevacizumab(AvastinR).Ophthalmology114:855-859,2007***

角膜輪部デルモイドの屈折異常と弱視に関する検討

2010年8月31日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(137)1149《原著》あたらしい眼科27(8):1149.1152,2010cはじめに輪部デルモイドは角膜輪部に発生する先天性の良性腫瘍で,発生異常により皮膚組織が角結膜に迷入して異所性に増殖した分離腫(choristoma)の一種である1,2).生後に角膜径に対する相対的な大きさは変化しないが,その発生部位の特徴により角膜乱視をひき起こし,弱視を生じやすいために,整容的な面のみならず視機能の発達についても注意を払う必要がある2~7).治療に関しても,腫瘍切除術や表層角膜移植を行うことで整容面の改善が得られることはよく知られているが,視機能の発達や弱視治療との兼ね合いからその手術時期については議論がある2~8).しかし,わが国では多数例で輪部デルモイドの屈折異常や弱視の頻度を調査した報告は少ない.今回,筆者らが経験した輪部デルモイド42例を対象とし,輪部デルモイドに伴う〔別刷請求先〕谷井啓一:〒152-8902東京都目黒区東が丘2-5-1国立病院機構東京医療センター・感覚器センターReprintrequests:KeiichiYatsui,M.D.,NationalInstituteofSensoryOrgans,NationalHospitalOrganizationTokyoMedicalCenter,2-5-1Higashigaoka,Meguro-ku,Tokyo152-8902,JAPAN角膜輪部デルモイドの屈折異常と弱視に関する検討谷井啓一*1羽藤晋*1,2横井匡*3東範行*3山田昌和*1*1国立病院機構東京医療センター・感覚器センター*2慶應義塾大学医学部眼科学教室*3国立成育医療研究センター眼科RefractionandAmblyopiainPatientswithLimbalDermoidKeiichiYatsui1),ShinHatou1,2),TadashiYokoi3),NoriyukiAzuma3)andMasakazuYamada1)1)NationalInstituteofSensoryOrgans,NationalHospitalOrganizationTokyoMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,3)DepartmentofOphthalmology,NationalCenterforChildHealthandDevelopment目的:輪部デルモイドは角膜乱視や弱視を合併しやすいことが知られているが,多数例でその屈折状態や視機能を調査した報告は少ない.今回輪部デルモイド42例の屈折異常と弱視の有無について検討したので報告する.方法:対象は国立成育医療研究センターと東京医療センターを受診中の輪部デルモイド症例42例42眼である.デルモイドの位置,大きさと等価球面度数,乱視度数,乱視軸,視力,弱視の有無の関係についてレトロスペクティブに調査した.結果:デルモイドの位置は下耳側が83%(35/42例)を占め,セントラルデルモイドの1眼を除いて瞳孔領を覆うものはなかった.デルモイドを大きさで3段階に分けると,斜乱視の程度,等価球面度数は大きさの程度と相関した.弱視を合併した例は59%(17/29例)であり,斜乱視と遠視の程度は弱視の有無と相関した.結論:デルモイドは大きいものほど屈折への影響が大きく,約6割の症例で不同視弱視を合併していた.デルモイドでは大きさの評価と屈折検査が視力予後の判定に重要な要素と思われた.Itisknownthatpatientswithlimbaldermoidtendtohaveastigmatismand/oramblyopia,althoughfewstudieshaveexaminedalargenumberofcases.In42eyesof42patientswithlimbaldermoididentifiedatourinstitutions,weretrospectivelyreviewedthelocationandsizeofthelimbaldermoids,theirsphericalequivalent,thedegreeofastigmatism,axisofastigmatism,visualacuityandpresenceofamblyopia.Mostpatients(35/42)hadlimbaldermoidintheinferotemporalregion.Nodermoid,exceptingonecentraldermoid,coveredthepupillaryarea.Whendermoidswereclassifiedinto3gradesbysize,positivecorrelationswerefoundbetweendermoidgradeanddegreeofastigmatismandsphericalequivalent(p<0.05,Kruskal-Wallistest).Amblyopiaoftheaffectedeyewasfoundin59%(17/29)ofpatients.Correlationswereobservedbetweentheiramblyopia,degreeofastigmatismanddegreeofhyperopia(p<0.05,Mann-Whitney’sUtest).Ourresultsshowthatlargerdermoidsarelikelyassociatedwithgreaterrefractiveerror,whichmayresultinanisometropicamblyopia.Sinceanisometricamblyopiaoftheaffectedeyewasfoundinabout60%ofourpatients,wesuggestthatdermoidsizeandrefractionareimportantinvisualprognosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(8):1149.1152,2010〕Keywords:輪部デルモイド,屈折,弱視,乱視.limbaldermoid,refraction,amblyopia,astigmatism.1150あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(138)屈折異常と弱視について検討したので報告する.I対象および方法対象は2002年4月から2007年5月までに国立成育医療研究センターまたは国立病院機構東京医療センターを受診した輪部デルモイド42例42眼である.初診時年齢は生後1日~19歳(平均3.6±4.4歳)で,性別は男児が17例,女児が25例であった.罹患眼は右眼が23例,左眼が19例で,全例片眼性であった.このうち屈折検査ができた症例は34例で,屈折検査の時期は6カ月~19歳(平均6.3±4.9歳)であった.屈折検査は調節麻痺剤としてミドリンPRまたはサイプレジンR点眼後にオートレフラクトメータとスキアスコープで行うことを基本とし,初診時または最初に屈折検査を行った日のデータを用いた.レチノマックスRを含むオートレフラクトメータで再現性があり,スキアスコピーとも整合性のある値が測定できたものが30例あり,これらではオートレフラクトメータの値を用いた.オートレフラクトメータで計測不能であった例は4例あり,これらではスキアスコピーの値を用いた.視力検査ができた症例は29例で,初診時または最初に信頼性のある視力測定ができた日のデータを用い,測定時期は2歳4カ月~19歳(平均7.2±4.7歳)であった.弱視の判定は視力の数値だけではなく年齢も考慮し,健眼との視力差が明らかなものや健眼遮閉などの弱視治療を経過中に行った例は弱視ありと判定した.対象症例について診療録中のシェーマや写真を基にし,輪部デルモイドの発生部位を上下耳鼻側に分類し,大きさについてはGrade1(角膜半径の1/4までを覆うもの),Grade2(角膜半径の1/4~1/2までを覆うもの),Grade3(角膜半径の1/2以上を覆うもの)の3つに分類した(図1).なお,1例のみ角膜中央部を覆うようなデルモイド(セントラルデルモイド)の例があり,この症例は大きさの分類から除外した.デルモイドの大きさ,部位を検討するとともに,これらと等価球面度数,乱視度数と乱視軸,視力,弱視の有無の関係について検討した.II結果1.輪部デルモイドの大きさと発生部位輪部デルモイドの発生部位は下耳側が35例(83.3%),下鼻側が3例(7.1%),上耳側が2例(4.8%),下耳側と上耳側の両方に認めたものが1例(2.4%),中央部(セントラルデルモイド)が1例(2.4%)であり,ほとんどが下耳側に発生していた.輪部デルモイドの大きさの分類では,前述したようにセントラルデルモイドの1例を対象から除外した.この1例を除いた41例中,Grade1(角膜半径の1/4までを覆うもの)が20例(48.7%),Grade2(角膜半径の1/4~1/2までを覆うもの)が15例(36.6%),Grade3(角膜半径の1/2以上を覆うもの)が6例(14.6%)であった.2.輪部デルモイドの屈折異常屈折検査を行うことができた34例を対象とした.輪部デルモイドの大きさと乱視の度数を検討すると,Grade1では1.3±1.3D(範囲0.4.75D),Grade2では4.8±2.3D(範囲0.5.8.0D),Grade3では8.4±1.4D(範囲7.25.10.0D),Grade1Grade2Grade3セントラルデルモイド図1デルモイドの大きさの分類Grade1を角膜半径の1/4までを覆うものとし,Grade2を角膜半径の1/4~1/2までを覆うもの,Grade3を角膜半径の1/2以上を覆うものとした.セントラルデルモイドの1例は分類から除外した.Grade11.3±1.3DGrade38.4±1.4DGrade24.8±2.3D0123456789乱視(D)図2デルモイドの大きさと乱視の度数デルモイドの大きさのGradeが高いほど乱視度数が強い傾向にあり,統計学的にも有意であった(p<0.05,Kruskal-Wallistest).(139)あたらしい眼科Vol.27,No.8,20101151であった(図2).デルモイドの大きさのGradeが高いほど乱視度数が強い傾向にあり,統計学的にも有意であった(p<0.05,Kruskal-Wallistest).なお,今回の症例はすべて片眼性であり,僚眼の乱視は平均0.8±0.8Dであった.乱視の軸は,弱主経線上にデルモイドを含むものが21例(61.8%),強主経線上にあるものが2例(5.9%),デルモイドの位置と関係のない軽度の直乱視が9例(26.5%),乱視のないものが2例(5.9%)であった(表1).Grade別にみるとGrade2またはGrade3の大きなデルモイドほど弱主経線上にデルモイドを含む強い乱視を示す傾向があった.一方で,Grade1の小さなデルモイドでは,デルモイドの位置に関係しない軽度の直乱視や乱視のない例がみられた.等価球面度数についてデルモイドの大きさとの関係を検討すると,Grade1では+0.4±1.2D,Grade2では+1.5±3.2D,Grade3では+3.8±1.6Dであり,僚眼の等価球面度数は平均.0.1±1.6Dであった.デルモイドの大きさのGradeが大きいほど遠視が大きい傾向にあり,統計学的にも有意であった(p<0.05,Kruskal-Wallistest)(図3).3.輪部デルモイドの視力視力が測定できたのは29例であり,このうち17例(58.6%)が弱視を合併していた.弱視の有無と乱視の度数を検討すると,弱視のある症例では5.3±2.8D,弱視のない症例では2.3±2.2Dとなり,弱視のある症例のほうは乱視度数が有意に大きかった(p<0.05,Mann-Whitney’sUtest)(図4).弱視の有無と等価球面度数を検討すると,弱視のある症例では+1.8±3.1D,弱視のない症例では+0.5±1.8Dとなり,弱視のある症例のほうが有意に遠視の度数が強かった(p<0.05,Mann-Whitney’sUtest)(図5).III考按今回筆者らは,輪部デルモイド42例を対象とし,その臨床像を検討するとともに,輪部デルモイドの大きさと屈折異常,弱視の有無について検討した.輪部デルモイドの発生部位は,下耳側に認めたものが83.3%と圧倒的に多く,これ表1乱視の軸とデルモイドの位置,大きさの関係GradeTotal平均乱視度数123弱主経線上にデルモイドを含む強主経線上にデルモイドを含むデルモイドの位置と関係しない直乱視乱視なし716211130300021例2例9例2例4.7±3.0D(0.5.10.0D)1.6±0.5D(1.3.2.0D)1.8±1.3D(0.3.3.8D)弱主経線上にデルモイドを含むものが多く,Grade2またはGrade3の大きなデルモイドほど弱主経線上にデルモイドを含む強い乱視を示す傾向があった.Grade1の小さなデルモイドでは,デルモイドの位置に関係しない軽度の直乱視や乱視のない例がみられた.-10-8-6-4-20246等価球面度数(D)Grade1+0.4±1.2DGrade2+1.5±3.2DGrade3+3.8±1.6D8図3デルモイドの大きさと等価球面度数デルモイドの大きさのGradeが高いほど遠視が強い傾向にあり,統計学的にも有意であった(p<0.05,Kruskal-Wallistest).弱視なし2.3±2.2D弱視あり5.3±2.8D024681012乱視(D)図4弱視の有無と乱視の度数弱視のある例は乱視度数が有意に大きかった(p<0.05,Mann-Whitney’sUtest).図5弱視の有無と等価球面度数弱視のある症例のほうが有意に遠視の度数が強かった(p<0.05,Mann-Whitney’sUtest).-10-8-6-4-202468等価球面度数(D)弱視なし+0.5±1.8D弱視あり+1.8±3.1D1152あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(140)は今までの報告を裏付けるものであった2,3,9~12).デルモイドの大きさはGrade1が48.7%と約半数であったが,Grade2が36.6%,Grade3が14.6%とかなり大きなものもみられた.しかし,瞳孔領を覆う大きさのデルモイドはセントラルデルモイドの1例のみであった.セントラルデルモイドの存在は視力の発達を妨げ弱視を招くため3),早期の表層角膜移植による透明化が必要であると考えられた.輪部デルモイドの屈折異常は遠視が多く,弱主経線上にデルモイドを含む乱視が多かった.これはデルモイドを含む経線が平坦化し,乱視と遠視化を形成するものと考えられた.ただし,堀田ら12)が報告したような強主経線上にデルモイドを含む乱視を示す症例も2例あり,デルモイドを含む経線が急峻化する症例もあることが示された.また,輪部デルモイドの大きさと乱視の程度,遠視の程度は相関し,大きいものほど屈折への影響が大きい結果となった.輪部デルモイドでは弱主経線上にデルモイドを含む乱視が多いことは従来から報告2,9,13)されているが,今回の検討で多数例でこのことを裏付けるとともに,デルモイドの大きさが乱視や遠視の程度と相関することを示すことができた.輪部デルモイドの58.6%の症例では弱視を合併しており,弱視の有無は乱視の程度,遠視の程度と相関することが示された.瞳孔領を覆うほどの輪部デルモイドは1例のみであったことから,弱視は遠視または乱視による不同視弱視と考えられた.ただし,4D以上の乱視と等価球面度数で+4D以上の遠視を有する3例では弱視を合併しておらず,逆に乱視が1.5D以内で等価球面度数が+1.0D以内であっても弱視を合併した例が2例みられた.したがって,単純に屈折異常の程度からだけでは弱視の有無の判定は困難な場合もあると思われた.器質的疾患によらない屈折異常でも,屈折異常の程度と弱視の有無は必ずしも一致しないことは従来から報告14,15)されており,輪部デルモイドの場合も同様であると考えられた.輪部デルモイドでは保護者らは整容的な問題に注目しがちであるが,半数以上の症例で弱視を合併することから,屈折検査を必ず行い,乱視や遠視が強い症例では早期から弱視治療に努める必要があると考えられた.東京医療センター・感覚器センターでは,乳幼児で視力が測定できない年齢であっても4D以上の不同視や4D以上の角膜乱視がある症例では1日2~3時間程度の健眼遮閉を指示し,視力が測定可能な年齢になったら左右差を中心に弱視の有無を判定して健眼遮閉の時間を増減し,眼鏡による屈折矯正を可能な限り行うようにしている.このような弱視治療の効果や予後に関しては,長期間の経過観察が可能であった症例を対象にして改めて評価する必要があると考えている.デルモイドの手術に関しては,表層角膜移植を行っても乱視の軽減効果はほとんどないことが報告4~6,10~11,13)されている.このことから真島ら4)は手術時期として,まず弱視治療を行って,ある程度の視力向上が得られてから,5.6歳前後で手術を行うのが良いと述べている.今回の検討でも,輪部デルモイドに伴う弱視は基本的に不同視弱視と考えられ,多くの症例ではこの方針に従って,まず屈折矯正と健眼遮閉による弱視治療を行ってから手術を考慮するのが良いと考えられた.しかし,輪部デルモイドで乱視の強い症例では,眼鏡による屈折矯正が困難と思われる症例も存在する.乱視が強く,Grade2以上の大きなデルモイドでは,早期に手術を行い,術後にハードコンタクトレンズによる屈折矯正を試みる方法も試される価値があると思われた.今回の検討の結果を踏まえると,デルモイドの大きさとともに屈折検査を行うことで,視力予後を判定することが可能であると考えられた.輪部デルモイドは整容面だけでなく,視機能の発達に影響を与えることが多いので,早期に屈折検査を行い,必要があれば屈折矯正,健眼遮閉などの弱視治療を早めに開始する必要がある.どのような弱視治療を行うかは,手術時期を含めて今後の検討が必要と考えられた.文献1)MansourAM,BarberJC,ReineckeRDetal:Ocularchoristomas.SurvOphthalmol33:339-358,19892)PantonRW,SugerJ:Excisionoflimbaldermoids.OphthalmicSurg22:85-89,19913)MohanM,MukherjeeG,PandaA:Clinicalevaluationandsurgicalinterventionoflimbaldermoid.IndJOphthalmol29:69-73,19814)真島行彦,村田博之,植村恭夫ほか:角膜輪部デルモイド手術例の視力予後.臨眼43:755-758,19895)奥村直毅,外園千恵,横井則彦ほか:表層角膜移植術を行った輪部デルモイド21例.眼紀54:425-428,20036)野呂充:角膜輪部デルモイドにおける弱視治療.眼臨91:490-491,19977)古城美奈,外園千恵:小児のデルモイド.あたらしい眼科23:43-46,20068)PandaA,GhoseS,KhokharSetal:Surgicaloutcomesofepibulbardermoids.JPediatrOphthalmolStrabismus39:20-25,20029)BaumJL,FeingoldM:OcularaspectsofGoldnhar’ssyndrome.AmJOphthalmol75:250-257,198310)ScottJA,TanDTH:Therapeuticlamellarkeratoplastyforlimbaldermoids.Ophthalmology108:1858-1867,200111)外園千恵,井田直子,西田幸二ほか:冷凍保存角膜を用いた輪部デルモイドと弱視の治療.臨眼51:179-182,199712)堀田喜裕,馬場順子,金井淳ほか:輪部デルモイド手術後の長期予後について.眼臨80:106-110,198613)堀純子,鈴木雅信,宮田和典ほか:角膜輪部デルモイドに対する表層角膜移植後の角膜形状解析.臨眼47:1173-1175,199314)大平明彦:最近の弱視の治療.臨眼41:1303-1306,198715)八子恵子:不同視弱視の治療.あたらしい眼科8:1557-1563,1991

緑内障患者におけるNEI VFQ-25を用いたQuality of Lifeの評価

2010年8月31日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(133)1145《第20回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科27(8):1145.1147,2010cはじめに近年,qualityoflife(QOL)の改善を目指した医療が注目されている.特に緑内障では慢性進行性疾患であり,長期予後を推定しながら治療計画を立てる必要があるため,緑内障による視機能がQOLに与える影響を知ることは大変重要である.the25-itemNationalEyeInstituteVisualFunctionQuestionnaire(VFQ-25)は眼疾患患者のQOLを測定する尺度として開発され,その信頼性,妥当性が検証され,確立されている1).日本語版VFQ-25を用いて,緑内障患者の視機能の質と視機能障害の程度における関係を検討した.I対象および方法対象は2008年12月から2009年8月までの間に苫小牧市立病院眼科で通院加療していた両眼に緑内障性視野異常がみられる83例(表1).男性41名,女性42名,年齢は30~84歳,平均年齢66.9歳.両眼ともに矯正視力が0.5以上で,過去に白内障手術,緑内障手術以外の内眼手術の既往がない症例を対象とした.病型は正常眼圧緑内障55例,原発開放隅角緑内障28例であった.緑内障以外に視力,視野に影響を及ぼす眼疾患のある患者は対象から除外した.視機能評価〔別刷請求先〕中村聡:〒053-8567苫小牧市清水町1-5-20苫小牧市立病院眼科Reprintrequests:SatoshiNakamura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,Tomakomai-City-Hospital,1-5-20Shimizu-cho,Tomakomai-shi053-8567,JAPAN緑内障患者におけるNEIVFQ-25を用いたQualityofLifeの評価中村聡*1日景史人*1大黒浩*2田中尚美*1近藤隆徳*1*1苫小牧市立病院眼科*2札幌医科大学眼科学講座EvaluatingQualityofLifeinGlaucomaPatients,Usingthe25-itemNationalEyeInstituteVisualFunctionQuestionnaireSatoshiNakamura1),FumihitoHikage1),HiroshiOoguro2),NaomiTanaka1)andTakanoriKondo1)1)DepartmentofOphthalmology,Tomakomai-City-Hospital,2)DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedicine方法:対象は緑内障患者83症例,視機能の質は日本語版the25-itemNationalEyeInstituteVisualFunctionQuestionnaire(VFQ-25)を用いて調査した.視力良好眼および不良眼の矯正視力,MD(標準偏差)値良好眼および不良眼のMD値,およびエスターマン(Esterman)による両眼視野のスコアとVFQ-25の各項目の関係について比較検討した.結果:視力不良眼の矯正視力と「見え方」「心の健康」「役割制限」「自立」,MD値良好眼と「自立」,MD値不良眼と「心の健康」「自立」の間に相関関係がみられた(p<0.01).一方,日常視を重視したエスターマン両眼視野によるスコアとVFQ-25スコアの間には相関関係を認めなかった.結論:VFQ-25スコアは視力不良眼の矯正視力およびMD良好眼とMD不良眼のMD値と有意な相関を認めた.Weusedthe25-itemNationalEyeInstituteVisualFunctionQuestionnaire(VFQ-25)toevaluatefeaturesofthequalityoflife(QOL)in83glaucomapatients.Questionsstronglyassociatedwithcorrectedvisualacuityinthebettereyerelatedto[generalvision],[mentalhealth],[rolelimitation]and[depend].Themeandeviation(MD)inthebettereyecorrelatedwith[depend]andtheMDintheworseeyecorrelatedwith[mentalhealth]and[depend](p<0.01).TherewaslittlecorrelationbetweenVFQ-25scoreandEstermanbinocularscore,whichwasweightedfordailylife.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(8):1145.1147,2010〕Keywords:緑内障,視覚関連VFQ-25,生活の質,エスターマン両眼視野検査.glaucoma,the25-itemNationalEyeInstituteVisualFunctionQuestionnaire,qualityoflife,Estermanbinocularvisualfieldtest.1146あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(134)は矯正視力およびHumphrey自動視野計(HFA)中心30-2のプログラムによるMD(標準偏差)値と両眼視野検査であるEstermanvisualfieldtest(以下,エスターマン視野)によるスコア値を用いた.エスターマン視野はHFA内に内蔵されたアルゴリズムを使用し,両眼開放下で矯正レンズを使用せず施行した(合計120カ所の測定点からなり,0~100点で算出される).視機能の質はVFQ-25のアンケート用紙を用いて自己記入式で調査を行った.今回の研究では緑内障に関連があると考えられる7つの下位尺度「全体的見え方」,「近見視力による行動」,「遠見視力による行動」,「見え方による社会生活機能」,「見え方による心の健康」,「見え方による役割制限」,「見え方による自立」を用いた.これらの7つの下位尺度とエスターマンスコア,良いほうの眼の視力(矯正視力良好眼),悪いほうの眼の視力(矯正視力不良眼),良いほうのMD値(MD値良好眼),悪いほうのMD値(MD値不良眼)の相関関係を検討した.相関関係の解析にはPearsoncorrelationtestを用い,p<0.01を有意差ありとした.II結果VFQ-25による平均スコアは「全体的見え方」75.7±23.7,「近見視力による行動」77.3±20.1,「遠見視力による行動」74.4±17.0,「見え方による社会生活機能」71.2±19.2,「見え方による心の健康」70.9±22.6,「見え方による役割制限」69.3±27.5,「見え方による自立」84.7±17.5であった(図1).エスターマンスコアは94.5±9.9(23.3.100)であった.7つの下位尺度とエスターマンスコア,矯正視力良好眼,矯正視力不良眼,MD値良好眼,MD値不良眼の間の関係を表2に示す.エスターマンスコア,矯正視力良好眼とVFQ-25の7つの下位尺度の間には有意な相関関係がなかった.矯正視力不良眼と「見え方」「心の健康」「役割制限」「自立」の間には有意な相関関係がみられた(それぞれp<0.01,p<0.01,p<0.001,p<0.01).また,MD値良好眼と「自立」(p<0.01),MD値不良眼と「心の健康」「自立」の間に相関関係がみられた(p<0.01,p<0.001).III考按Millsら2)は重症な緑内障患者においてVFQ-25とエスターマンスコアの間に中等度の相関関係がみられたと述べている.一方,Jampelら3)の調査ではエスターマンスコアの平均値は89.7±13.4点で,VFQ-25のスコアと有意な相関関係がなかったと述べている.Harrisら4)はエスターマン視野は指標輝度が高いために,ほとんどの症例で80点以上となってしまうことが問題点であり,重症ではない緑内障患者の評価にはあまり適していないと指摘している.本症例でもエスターマンスコアとVFQ-25の各下位尺度には有意な相関関係はみられなかった.その理由として,本研究の対象である矯正視力が0.5以上の緑内障患者でも,エスターマンスコアが高得点に集中してしまい,差がつかなかったことが一つの理由であると考えた.Jampelら5)はこれらの問題点を解決するため指標輝度をより低くした両眼視野検査を考案し,QOLとの関係を調べたが,それでも単眼視野のMD値のほうがQOLとより強く相関していたと結論づけている.またNelson-Quiggら6)は単眼ずつの視野を数学的に重ね合わせて両眼視野を推測する方法を提案し,BINOCULARSUMMATION(左右眼の閾値の二乗和の平方根),BESTLOCA-表2VFQ-25スコアと視機能の相関関係エスターマンスコア矯正視力良好眼矯正視力不良眼MD値良好眼MD値不良眼見え方0.170.140.29*0.180.26近見0.000.140.120.130.09遠見0.000.220.170.130.13社会生活0.020.030.180.210.10心の健康0.160.120.33*0.260.29*役割制限0.090.150.39**0.230.19自立0.200.150.29*0.33*0.37**(Pearsoncorrelationtest*:p<0.01,**:p<0.001)表1患者背景対象:男性41名,女性42名年齢:平均66.9±11.2歳(30~84歳)緑内障病型:原発開放隅角緑内障28例正常眼圧緑内障55例視野MD(dB):MD値良好眼.3.45±5.97(1.9~.27.82)MD値不良眼.8.28±7.58(1.15~.30.18)エスターマンスコア:94.5±9.9(23.3~100)屈折異常:右眼.2.67±3.15D(+4.0~.11.0D)左眼.2.47±2.95D(+3.0~.11.0D)100806040200自立役割制限心の健康社会生活遠見近見見え方スコア図1VFQ-25の各下位尺度の結果(135)あたらしい眼科Vol.27,No.8,20101147TION(左右いずれかの高いほうの閾値をその検査点の閾値として採用)が実際の両眼開放視野によく相関したと報告している.どのような症例にどのような両眼視野が適しているのか,今後のさらなる検討が必要であると考えられた.またViswanathanら7)は緑内障に特異的な質問票を用いたところエスターマンスコアとよく相関したと述べている.VFQ-25は眼疾患関連のQOLを評価する方法として確立されているが,中心視力が保たれて視野障害をもつ緑内障患者に対しての特異的な質問票でないことがエスターマンスコアとVFQ-25が相関しなかった2つ目の理由として考えられた.緑内障患者のQOLは良いほうの眼と悪いほうの眼のどちらがより関係しているかということについて,Magioneら8)は視力良好眼と視力不良眼,MD値良好眼とMD値不良眼とQOLの関係には大きな差がないと述べている.また山岸ら9)は視野の悪い眼が進行しても,視野の良い眼が進行してもその程度に比例してQOLは低下すると述べている.これに対してJampelら5)は緑内障患者のQOLはMD値良好眼より,MD値不良眼と強く相関していたと述べ,Turanoら10)は緑内障患者が障害物をよけて歩く速度は,MD値良好眼よりもMD値不良眼とより強い相関関係がみられたと報告している.浅野ら11)は視力良好眼のMD値が悪化するに従ってVFQ-25スコアが悪化するが,.20dBより悪い視野ではQOLに差がなくなると述べている.今回の筆者らの調査では矯正視力については視力良好眼よりも視力不良眼がQOLと強く相関し,視野については良いほうの視野よりも悪いほうの視野がVFQ-25の1項目だけより多く有意な相関関係がみられた.この結果は緑内障疾患がQOLに与える影響として特徴的であると考えられ,大変興味深い結果であった.VFQ-25の各下位尺度に関して,今回の研究では「近見」「遠見」のVFQ-25スコアと,エスターマンスコア,視力,視野の間に有意な相関関係はなかった.これは矯正視力0.5以上を調査対象としたため,中心視力が比較的良好であるために,「近見」「遠見」が損なわれていないと考えられた.文献1)SuzukamoY,OshikaT,YuzawaMetal:Psychometricpropertiesofthe25-itemNationalEyeInstituteVisualFunctionQuestionnaire(NEIVFQ-25),JapaneseVersion.HealthQualLifeOutcomes3:65,20052)MillsRP:Correlationofqualityoflifewithclinicalsymptomsandsignsatthetimeofglaucomadiagnosis.TransAmOphthalmolSoc96:753-812,19983)JampelHD:Glaucomapatients’assessmentoftheirvisualfunctionandqualityoflife.TransAmOphthalmolSoc99:301-317,20014)HarrisML,JacobsNA:IstheEstermanbinocularfieldsensitiveenough?PerimetryUpdate1995:403-404,19955)JampelHD,FriedmanDS,QuigleyHAetal:Correlationofthebinocularvisualfieldwithpatientassessmentofvision.InvestOphthalmolVisSci43:1059-1067,20026)Nelson-QuiggJM,CelloK,JohnsonCAetal:Predictingbinocularvisualfieldsensitivityfrommonocularvisualfieldresults.InvestOphthalmolVisSci41:2212-2221,20007)ViswanathanAC,McNaughtAI,PoinoosawmyD:Severityandstabilityofglaucoma:patientperceptioncomparedwithobjectivemeasurement.ArchOphthalmol117:450-454,19998)MagioneCM,LeePP,GutierrezPRetal:Developmentofthe25-itemNationalEyeInstituteVisualFunctionQuestionnaire.ArchOphthalmol119:1050-1058,20019)山岸和矢,吉川啓司,木村泰朗ほか:日本語版VFQ-25による高齢者正常眼圧緑内障患者のqualityoflife評価.日眼会誌113:964-971,200910)TuranoKA,RubinGS,QuigleyHAetal:Mobilityperformanceinglaucoma.InvestOphthalmolVisSci40:2803-2809,199911)浅野紀美江,川瀬和秀,山本哲也:緑内障患者のQualityofLifeの評価.あたらしい眼科23:655-659,2006***

隅角に不可逆的変化をきたした原発閉塞隅角緑内障の1例

2010年8月31日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(129)1141《第20回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科27(8):1141.1144,2010cはじめに瞳孔ブロックタイプの閉塞隅角緑内障は,虹彩切開術がスタンダードな治療法である.今回筆者らは,レーザー虹彩切開術治療に同意されず慢性的な隅角閉塞をきたし,のちに手術加療が必要となった症例を経験し,線維柱帯切除の際に得られた線維柱帯組織を観察したので報告する.I症例患者:79歳,女性.主訴:右眼眼痛,視力低下.既往歴:13年前に脳腫瘍(良性)手術.10年前より糖尿病,慢性腎不全,4年前に乳癌で手術.また脂質異常症,高血圧,難聴がある.独り暮らしで内科通院も不定期であった.現病歴:2008年5月1日夜,右眼眼痛,右眼視力低下を〔別刷請求先〕甘利葉子:〒150-8935東京都渋谷区広尾4-1-22日本赤十字社医療センター眼科Reprintrequests:YokoAmari,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossMedicalCenter,4-1-22Hiroo,Shibuya-ku,Tokyo150-8935,JAPAN隅角に不可逆的変化をきたした原発閉塞隅角緑内障の1例甘利葉子*1濱中輝彦*1尾羽澤英子*2高桑加苗*2村上晶*3*1日本赤十字社医療センター眼科*2越谷市立病院眼科*3順天堂大学医学部眼科学教室ACaseofChronicAngle-ClosureGlaucomaShowingIrreversibleChangesinOutflowRoutesYokoAmari1),TeruhikoHamanaka1),HanakoObazawa2),KanaeTakakuwa2)andAkiraMurakami3)1)DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,KoshigayaMunicipalHospital,3)DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversitySchoolofMedicine症例は79歳,女性.右眼眼痛,視力低下を自覚し受診した.両眼浅前房,右眼眼圧33mmHgと高値を示し,レーザー虹彩切開術を試みるも,照射時の眼痛強く治療困難であった.約3カ月後に眼痛で再診した.右眼眼圧36mmHg,前房は消失,隅角は全周閉塞し,眼底は透見不能であった.再度レーザー虹彩切開術を試み成功したが,眼圧は一時低下したものの34mmHgに再上昇した.長期の閉塞隅角により隅角に不可逆的変化が生じている可能性と,術後悪性緑内障のリスクも考慮し,右超音波水晶体乳化吸引+眼内レンズ挿入+隅角癒着解離術+計画的後.切開+前部硝子体切除術+線維柱帯切除術+マイトマイシンC塗布を全身麻酔下で施行した.線維柱帯の病理学的所見では,色素を有した細胞が線維柱帯間隙を占有し,Schlemm管は完全に閉塞していた.長期慢性閉塞隅角緑内障では隅角の不可逆的変化を起こすことがあり,これを念頭においた治療を考えるべきである.A79-year-oldfemaleconsultedahospitalwithcomplaintofpainandlossofvisionintherighteye,whichexhibitedashallowanteriorchamberandelevatedintraocularpressure(IOP)of33mmHg.Laseriridotomycouldnotbesuccessfullycompletedbecauseofseverepain.Afteranabsenceof3months,sheconsultedthehospitalonceagain.Laseriridotomywasoncemoreattempted,andsucceededineffectinganopeningofsufficientsize.However,IOPagainincreased,to34mmHg.Inviewoftheriskofpostoperativemalignantglaucomaandirreversiblechangesintheoutflowroutes,cataractsurgery,goniosynechialysis,intentionalposteriorcapusulotomy,anteriorvitrectomyandtrabeculectomy(mitomycinC)wereperformedundergeneralanesthesia.HistologicalexaminationofthetrabeculectomyspecimendemonstractedocclusionoftheSchlemm’scanalandthetrabecularmeshworkspace.Physiciansshouldkeepinmindthatinchronicangle-closureglaucomaeyeswithlongstandinghighIOP,irreversiblechangesinoutflowroutesmayoccur.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(8):1141.1144,2010〕Keywords:慢性閉塞隅角緑内障,Schlemm管,前眼部光干渉断層計(OCT).chronicangle-closureglaucoma,Schlemm’scanal,anteriorsegmentopticalcoherencetomography(OCT).1142あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(130)自覚し,5月7日越谷市立病院受診.両眼浅前房,右眼眼圧=33mmHgと高値を示し,急性緑内障発作と診断した.右眼に対してレーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI)を試みるも,途中で疼痛を理由に本人の要望で治療が中止となった.その後,レーザー治療の恐怖心のため通院が途絶えていた.2008年8月22日眼痛で再診.右眼眼圧=36mmHg,薬物療法で右眼眼圧=25mmHg前後まで眼圧降下はみられたがコントロール不良であり,2008年9月16日,日本赤十字社医療センター眼科へ紹介となった.検査所見:視力は右眼=0.2(矯正不能),左眼=0.7(0.8×+2.50D(cyl.1.50DAx160°).前眼部・中間透光体はvanHerick法にて右眼grade0,左眼grade2と浅前房であった.白内障はEmery-Little分類で右眼grade3,左眼grade2.隅角は,右眼は全周閉塞していた.眼圧は右眼=36mmHg,左眼=10mmHg.眼底は右眼透見不能,左眼は糖尿病網膜症を認めなかった.Amodeでの眼軸長測定では右眼22.01mm,左眼22.31mmと短眼軸長であった.スペキュラマイクロスコープによる角膜内皮細胞密度測定では右眼3,278個/mm2,左眼2,976個/mm2,中央角膜厚は右眼622μm,左眼562μmであった.前眼部光干渉断層計(以下,前眼部OCT,VisanteTM:CarlZeissMeditec)では,右眼前房深度1.22mmときわめて浅く(図1),4象限の隅角撮影では4象限とも隅角閉塞しており(図2),虹彩形状より瞳孔ブロックタイプの慢性閉塞隅角緑内障と診断した.同様に左眼も前房深度1.62mmと浅前房であった(図3).II経過全周にわたる隅角閉塞を認めているため,全身麻酔下で右白内障+隅角癒着解離術(goniosynechialysis:GSL)を予定した.しかし本人は手術に同意せず,そのためまずはレーザー治療の必要性を説得して了承され,2008年10月3日LIを施行した.その結果,右眼眼圧34mmHgから25mmHgと下降した.その後薬物療法(2%サンピロR,チモプトールRXE0.5%,トルソプトR点眼,ダイアモックスR内服)で経過をみていたが,右眼眼圧34mmHgと高値を示したため,手術加療が必要であることを再度説明し,手術の同意を得られた.手術計画としては,①今までの経緯から複数回の手術は避ける必要があり,②長期の閉塞隅角では隅角に不可逆的変化が生じている可能性が示唆され,③慢性閉塞隅角緑内障の手術では悪性緑内障のリスクが高いという3点を踏まえ,考えられるリスクを考慮して1回で手術を終えることを目標とした.まず,浅前房,虹彩前癒着解除のために白内障手術とGSLが必要と考えた.また,長期未治療の慢性閉塞隅角緑内障では隅角に不可逆的変化が生じている可能性が高く,白内障手術とGSLのみでは十分な眼圧下降が得られない可能性が高いと考え,線維柱帯切除術の必要性もあると考えた.そして慢性閉塞隅角緑内障における線維柱帯切除術は術後悪性緑内障のリスクが高いため,このリスク回避のため計画的後.切開+前部硝子体切除術を加えた.2008年12月4日全身麻酔下で右超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術(.外固定)+GSL(1°~8°)+意図的後.切開+前部硝子体切除術+線維柱帯切除術(11°)+マイト18.3°11.4°10.05mm1.22mm1080μm550μm図1右眼術前前眼部OCT(2008年9月16日)右眼前房深度1.22mmときわめて浅い.8.8°11.1°11.42mm1.62mm1040μm550μm図3左眼前眼部OCT(2008年9月16日)前房深度1.62mmと浅前房である.12時6時9時3時全周にわたる隅角閉塞図2右眼術前前眼部OCT(2008年9月16日)4象限において全周にわたる隅角閉塞を認める.(131)あたらしい眼科Vol.27,No.8,20101143マイシンC塗布を施行した.術中は超音波乳化吸引術のあと硝子体圧が高く水晶体後.が角膜まで上昇した.この後計画したように前部硝子体切除術を行った.GSLでは癒着解離針は使用せず,ヒーロンVRのみを使用した.術後,中間周辺部に散在性の網膜出血を5.6カ所に認めたが,6カ月後に消退した.視神経乳頭は緑内障性視神経陥凹は認められなかったが,耳側全体が蒼白であった.術後の経過としては術翌日の右眼眼圧は20mmHg.その後眼圧は点眼使用下(キサラタンR・チモプトールR0.5%)であるが12.14mmHg程度と落ち着いており再上昇を認めず,大きな合併症も認めていない.術後右前眼部OCTでは前房深度2.92mmと前房が深くなり(図4),隅角の開大も認めている(図5).術後視力は2009年9月7日右眼=0.2(0.2×+0.50D(cyl.1.25DAx60°)である.左眼も浅前房眼であり,こちらに対しては2009年7月1日に全身麻酔下で左超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を行った.III病理学的所見線維柱帯切除手術で得られた標本を3分割して2つのブロックをエポン包埋,中央のブロックをパラフィン包埋して病理学的検討を行った.エポン包埋トルイジンブルー染色標本では線維柱帯に多くの色素を有した細胞が線維柱帯間隙を占有しており,Schlemm管は完全に閉塞していた(図6).正常眼でのパラフィン包埋のトロンボモジュリン免疫染色ではSchlemm管と集合管の内皮細胞が陽性像を示す1)が,本症例ではSchlemm管に相当する部位には陽性像は認められず,Schlemm管の内皮細胞は消失していた(図7).線維柱帯では,線維柱帯細胞の消失,線維柱帯の癒合,色素細胞の遊出,線維柱帯細胞の色素貪食により線維柱帯間隙は消失していた.IV考按瞳孔ブロックタイプにおける慢性閉塞隅角緑内障の眼圧上昇機序は,まず短眼軸眼に加齢による水晶体厚の増加が加わ33.2°25.3°10.57mm2.92mm230μm650μm図4右眼術後前眼部OCT(2008年12月10日)手術により前房深度2.92mmと前房が深くなっている.12時6時9時3時全周にわたる隅角開大図5右眼術後前眼部OCT(2009年7月2日)隅角の開大を認める.前房100μm図6エポン包埋(トルイジンブルー染色)前房集合管100μm図7パラフィン包埋(トロンボモジュリン免疫染色)集合管は陽性を示すが,Schlemm管内皮細胞に相当する部位(楕円)は消失していて陽性所見はない.1144あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(132)ると前房が浅くなり,虹彩後面と水晶体前面の間の房水通過障害(相対的瞳孔ブロック)が起こる.これにより後房圧が前房圧より高くなり,虹彩が前方に押され虹彩周辺部の前彎が起こり,虹彩による隅角閉塞をきたして眼圧が上昇すると考えられている.本症例では短眼軸眼であり,前眼部OCTでも虹彩が前彎している形状が確認できた.原発閉塞隅角緑内障は,原発開放隅角緑内障での点眼治療と異なり原則的にレーザー治療を含めた外科的治療を要する疾患である2).まず最初に試みられる外科的治療として,瞳孔ブロック解除のためにLIやプラトー虹彩に有効といわれるレーザー隅角形成(lasergonioplasty:LGP)があり,観血的治療としては水晶体摘出,GSLが推奨されている3).本症例は前眼部OCT所見より瞳孔ブロックタイプの緑内障が疑われ,2回目のLIで十分な虹彩の穿孔が得られたにもかかわらず隅角閉塞が解除されないこと,視野障害が中等度に進行していることから,2008年5月より眼痛を訴えているもののさらなる長期の閉塞隅角が存在している可能性が高いと考えた.また,本症例では手術による疼痛に対してきわめて強い恐怖感があり,再手術は不可能であり全身麻酔下で一期的に手術を完成する必要があることを念頭においた.したがって水晶体摘出とともに,長期の隅角閉塞により隅角に器質的変化4,5)が生じていると考え,濾過手術は必要と判断した.しかし,慢性隅角閉塞緑内障における線維柱帯切除術は悪性緑内障のリスクが高く,本症例の状況を考えると,この悪性緑内障の予防も考えた前部硝子体切除術の追加も必要と判断した.悪性緑内障のトリガーとして水晶体虹彩隔壁の前方移動は線維柱帯切除術後に容易に起こることが予想される.この現象が,隅角閉塞,房水の硝子体腔への流入貯留,そして硝子体圧の上昇へと連鎖して水晶体虹彩隔壁の前方移動をさらに強めるという悪循環を生じる6).このようなリスクを避けるためには硝子体のボリュームを減少させることが必要で7,8),これが実際に悪性緑内障の手術治療となっている.本症例で筆者らが手術中に経験したように,水晶体乳化吸引のあと硝子体圧が高く水晶体後.が角膜まで上昇したことは術後に悪性緑内障をひき起こすリスクの高いことを示唆する所見であり,前部硝子体切除術は本症例に妥当な術式であると考えられた.慢性閉塞隅角緑内障に関する組織学的検索は臨床報告に比べるときわめて少ない.本症例もSchlemm管の閉塞,線維柱帯間隙の消失4,5),線維柱帯細胞の消失と癒合が認められた4).このような変化は不可逆な変化と考えられ,もし隅角全周にこの変化が生じていれば,たとえ白内障手術やGSLによって隅角が広くなっても術後高眼圧は免れないと考えられる.本症例のような隅角組織学的変化は,長期にわたって虹彩根部線維柱帯組織の接触によって生じた不可逆的変化と考えられる.疼痛に対する恐怖心が強くLIのみでは十分な眼圧下降の得られない慢性閉塞隅角緑内障症例では,全身麻酔下で前部硝子体切除術も含めた手術治療が必要な症例もあると考えられた.本症例にはGSLを併用したが,その意図は,線維柱帯と虹彩根部の接触が術後も存続することは好ましいことではなく,前述したように隅角にさらなる不可逆的変化を生じるリスクが高いと考えたためである.硝子体切除も併用した理由の一つも,硝子体を介して後方から前方への線維柱帯-虹彩接触力を弱め,GSLを効果的ならしめたと考えられることにある.文献1)WatanabeY,HamanakaT,TakemuraTetal:InvolvementofplateletcoagulationandinflammationintheendotheliumofSchlemm’scanal.InvestOphthalmolVisSci51:277-283,20102)永田誠:わが国における原発閉塞隅角緑内障診療についての考察.あたらしい眼科18:753-765,20013)大鳥安正:慢性閉塞隅角緑内障の診断と治療.あたらしい眼科22:1193-1196,20054)SihotaR,LakshmaiahNC,WaliaKBetal:Thetrabecularmeshworkinacuteandchronicangleclosureglaucoma.IndianJOphthalmol49:255-259,20015)LeeWR:Doynelecture.Thepathologyoftheoutflowsysteminprimaryandsecondaryglaucoma.Eye9:1-23,19956)栗本康夫:原発閉塞隅角緑内障治療の論点.眼科50:279-288,20087)三宅豪一郎,小池伸子,五十川博士ほか:白内障・眼内レンズ・隅角癒着解離同時手術後に生じた悪性緑内障の1例.あたらしい眼科23:821-824,20068)HabourJW,RubsamenPE,PalmP:Parsplanavitrectomyinthemanagementofphakicandpseudophakicmalignantglaucoma.ArchOphthalmol114:1073-1078,1996***