あたらしい眼科Vol.27,No.7,20109370910-1810/10/\100/頁/JCOPYはじめに免疫反応において補助的役割を担っていると考えられてきた自然免疫が,近年見直されて脚光を浴びています.本稿では,見直されている自然免疫の新しい知見ならびに眼表面炎症疾患とのかかわりについて筆者の知見をまじえてお伝えします.感染防御機構:自然免疫と獲得免疫細菌や真菌,ウイルスなどの病原微生物の侵入に対する感染防御機構は,自然免疫と獲得免疫に分類されます.獲得免疫は,抗原特異的Tリンパ球とBリンパ球によって誘導されますが,クローン増殖する必要があるために,機能するまでに数日を要します.これに対して自然免疫は,獲得免疫が働く前の感染早期に働く防御機構です.従来,この自然免疫は,抗菌物質,補体,好中球やマクロファージなどの貪食細胞などを中心とした非特異的防衛機構であると考えられてきました.しかし,1966年にショウジョウバエで,Toll受容体が真菌感染に対する生体防御において必須の役割を果たすことが明らかとなりました1).このことは,獲得免疫が存在しない昆虫でToll受容体という自然免疫系が病原微生物を特異的に認識していることを示し,自然免疫は非特異的防衛機構であるという従来の概念を大きく翻しました.続いて1997年に哺乳類のToll受容体のホモログが発見され,Toll-likereceptor(TLR)と名付けられました2).現在,ヒトでは10種類(TLR1-10)まで報告されています.Toll.likereceptor(TLR)の働きToll-likereceptor(TLR)は,細菌,真菌,ウイルスといったさまざまな病原微生物の構成成分を認識する受容体です.TLR2は,グラム陽性菌の細胞壁に多量に含まれるペプチドグリカン(PGN)の一成分であるリポペプチドを認識します.TLR1とTLR6は,TLR2と共役してそれぞれTLR1は細菌由来のトリアシル基をもつリポペプチドを,TLR6は,マイコプラズマ由来のジアシル基をもつリポペプチドを認識します.さらにTLR2とTLR6は,真菌の細胞壁成分であるチモザンを認識します.TLR4はグラム陰性菌の細胞壁成分であるリポ多糖(LPS)を認識し,TLR5は,細菌が遊走する際に使用する鞭毛の構成成分であるフラジェリンを認識します.また,TLRsは,細菌や真菌だけでなくウイルスも認識します.ウイルスが多く有する非メチル化CpGDNAは,TLR9によって認識されます.RNAウイルスが有する一本鎖RNAは,TLR7とTLR8により認識されます.ウイルスの生活環中に宿主細胞質中で生じ何らかの形で細胞外に放出された二重鎖RNAは,TLR3によって認識されます.これらのTLRsは病原微生物を認識し宿主自然免疫応答を惹起することで,獲得免疫系を活性化することもわかってきました3).筆者は,眼表面にもTLRsは発現していますが,その機能は,単球などの免疫担当細胞とは異なり,容易に細菌などの菌体成分に対して炎症を惹起しない機構を保持していることを報告してきました.たとえば,白血球がTLR4のリガンドであるLPSに対して著明に炎症性サイトカインを産生するのと対照的に,角膜上皮細胞や結膜上皮細胞は,LPSに対して炎症性サイトカインを産生しません4.6).また,眼表面上皮層は緑膿菌などの病原菌由来のフラジェリンを認識し炎症性サイトカインを産生するTLR5を発現していますが,その局在は基底細胞層に限局していました5.8).TLR5の上皮基底層に限局した発現は,眼表面にたとえ緑膿菌が存在しても,上皮基底層にまで到達しない限りTLR5は機能しないことを示しており,眼表面が容易に炎症を生じない機構に大きく関与していると考えられます(図1).(77)◆シリーズ第115回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊上田真由美(京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学)自然免疫と眼表面炎症疾患①②図1眼表面におけるTLR5の発現①:角膜上皮層,②:結膜上皮層.眼表面上皮層にはTLR5(緑)が発現しているが,その局在は基底層に限局している.938あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010眼表面炎症への自然免疫応答異常の関与TLRを代表とする自然免疫系は感染防御の意味で重要なばかりではなく,種々の免疫疾患にも深く関与することがわかってきています.全身性エリテマトーデスなどでは,自己のDNAに対する抗体の出現に自然免疫応答の異常が関与していることが示唆されており9),炎症性腸疾患では,腸内常在細菌の異常な自然免疫応答が炎症反応を惹起していると考えられています10).筆者らは,眼表面においても,自然免疫応答の異常が眼表面炎症に関与しうると考え解析を行ってきました.TLRのシグナル因子であり,NF-kBのregulatorの一つであるIkBzのノックアウトマウスでは,杯細胞の消失を伴う眼表面炎症を自然発症します6,11,12).このことは,眼表面炎症制御にIkBzが深くかかわっていることを示唆するものであり,自然免疫応答異常が眼表面炎症を惹起することを示しています(図2).さらに,TLR3も,眼表面炎症制御に大きく関与していることがわかりました.アレルギー性結膜炎マウスモデルを用いて,眼表面炎症におけるTLR3の役割を解析しました.その結果,TLR3欠損マウスでは,抗原点眼24時間後の結膜好酸球浸潤が野生型マウスと比較して有意に減少し,一方,TLR3過剰発現マウスでは,有意に増加していました13).常在細菌の存在する眼表面においては,自然免疫応答を感染防御の視点のみならず,常在細菌に対して炎症を生じにくい機構の存在に着目し,その破綻と関連付けて眼表面炎症性疾患を模索する必要があります.文献1)LemaitreB,NicolasE,MichautLetal:Thedorsoventralregulatorygenecassettespatzle/Toll/cactuscontrolsthepotentantifungalresponseinDrosophilaadults.Cell86:973-983,19962)MedzhitovR,Preston-HurlburtP,JanewayCAJr:AhumanhomologueoftheDrosophilaTollproteinsignalsactivationofadaptiveimmunity.Nature388:394-397,19973)AkiraS,TakedaK,KaishoT:Toll-likereceptors:criticalproteinslinkinginnateandacquiredimmunity.NatImmunol2:675-680,20014)UetaM,NochiT,JangMHetal:IntracellularlyexpressedTLR2sandTLR4scontributiontoanimmunosilentenvironmentattheocularmucosalepithelium.JImmunol173:3337-3347,20045)UetaM:Innateimmunityoftheocularsurfaceandocularsurfaceinflammatorydisorders.Cornea27(Suppl1):S31-40,20086)UetaM,KinoshitaS:Innateimmunityoftheocularsurface.BrainResBull81:219-228,20107)HozonoY,UetaM,HamuroJetal:Humancornealepithelialcellsrespondtoocular-pathogenic,butnottononpathogenic-flagellin.BiochemBiophysResCommun347:238-247,20068)KojimaK,UetaM,HamuroJetal:HumanconjunctivalepithelialcellsexpressfunctionalToll-likereceptor5.BrJOphthalmol92:411-416,20089)MeansTK,LatzE,HayashiFetal:Thumanlupusautoantibody-DNAcomplexesactivateDCsthroughcooperationofCD32andTLR9.JClinInvest115:407-417,200510)StroberW,MurrayPJ,KitaniAetal:SignallingpathwaysandmolecularinteractionsofNOD1andNOD2.NatRevImmunol6:9-20,200611)UetaM,HamuroJ,YamamotoMetal:SpontaneousocularsurfaceinflammationandgobletcelldisappearanceinIkappaBzetagene-disruptedmice.InvestOphthalmolVisSci46:579-588,200512)UetaM,HamuroJ,UedaEetal:Stat6-independenttissueinflammationoccursselectivelyontheocularsurfaceandperioralskinofIkappaBzeta-/-mice.InvestOphthalmolVisSci49:3387-3394,200813)UetaM,UematsuS,AkiraSetal:Toll-likereceptor3enhanceslate-phasereactionofexperimentalallergicconjunctivitis.JAllergyClinImmunol123:1187-1189,2009(78)野生型マウスIkBz欠損マウス図2自然発症眼表面炎症モデルマウスIkBz欠損マウスIkBz欠損マウス(左)では著明な眼表面炎症を自然発症する.***(79)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010939☆☆☆■「自然免疫と眼表面炎症疾患」を読んで■感染防御の中心を担う免疫系は,自然免疫系(InnateImmunity)と獲得免疫系(AcquiredImmunity)から成り立っています.20世紀の免疫学は,獲得免疫学による非自己認識に研究の力点が置かれていました.信じられないでしょうが,自然免疫系が非自己を認識するシステムには,獲得免疫系のような特異性は存在しないと説明された時代すらあったほどです.しかし,Toll-likereceptor(TLR)の発見以来,自然免疫系にも,非自己の認識機構に特異性が存在すること,さらにはTLRによる病原体認識が自然免疫系の活性化のみならず獲得免疫系の活性化をも誘導することが明らかになってきました.眼表面は,常にさまざまな病原体に曝されており,それらから眼球を守るために,強力な防御(免疫)機構が必要です.ですから,眼表面にTLRを中心とする自然免疫システムが存在することは,当然予想されたことです.その意味では,眼表面にTLRが存在するという報告は,驚くにはあたりません.しかし,上田真由美先生の研究の素晴らしい点は,眼表面のTLRによる自然免疫機構の存在を明らかにしただけでなく,その抑制について新知見を得た点にあります.常在細菌などの無害な病原体にまで免疫機構が過剰に働くと,自己免疫疾患などの有害事象が惹起されるので,免疫にはそれを活性化するだけでなく,制御・抑制する仕組みが必要です.たとえば,眼表面と同じように,常に外界の病原体と接する消化管には,TLRによる自然免疫機構が存在しますが,消化管においても免疫が過剰に働くと,慢性下痢,消化管出血などの深刻な病態をひき起こします.そこで,自然免疫を抑制するシステムとして,消化管には免疫抑制性サイトカインinterleukin-10を産生する仕組みが存在します.このような免疫抑制の仕組みは,眼表面においてはわかっていませんでしたが,上田先生は,TLRを結膜基底細胞側にのみ発現することで,過剰な免疫反応を制御することを発見しました.つまり,結膜表面を傷害しない程度の細菌には免疫を活性化させないが,いったんそこを越えるものがあれば免疫を活性化させるというものです.きわめてシンプルではありますが,合目的的かつ効果的な仕組みであるといえます.この発見は,アレルギーの制御など疾患治療につながる重要なものですが,それだけでなく生体の不思議さや精緻さを教えてくれるものであり,科学のロマンを感じさせてくれるものと言っても言い過ぎではないでしょう.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二