0910-1810/11/\100/頁/JCOPYすなわち,ドライアイの女性に共通するホルモンの状態は血清エストロゲンの減少ではなく,実は血清アンドロゲンの減少である.閉経後の女性では卵巣の機能低下によって,妊娠中あるいは経口避妊薬を使用している女性では性ホルモン結合蛋白の産生の増加によって,血中を循環するアンドロゲンが減少しているのである.アンドロゲンは涙腺やマイボーム腺の機能に対して正の作用をつかさどっており,アンドロゲンのサポートがなくなるとオキュラーサーフェスが環境の変化に適応できなくなると考えられている.マイボーム腺は,毛包をもたない大型の皮脂腺である.皮脂腺は全身に存在し,その制御に性ホルモンが深く関与していることが古くから知られてきた.このため,各種性ホルモンによる皮脂腺の制御メカニズムを知ることが,マイボーム腺の制御を知るうえでも重要である.はじめにドライアイは女性に多くみられる.涙液減少型ドライアイのおもな原因であるSjogren症候群では,患者の90%以上が女性である.非Sjogren型のドライアイは,閉経後の女性,妊婦,経口避妊薬を使用している女性に圧倒的に多く認められる.このように,ドライアイは性差が顕著にみられる疾患であり,「女性であること」そのものがリスクファクターとも考えられている.また,男性,女性ともに加齢に伴ってドライアイの罹患率が増加する(図1).閉経後の女性は血清エストロゲンのレベルが低下しているのに対して,妊婦や経口避妊薬を使用している女性ではエストロゲンレベルは上昇している.さらに,ホルモン補充療法がドライアイに与える影響についての疫学調査では,エストロゲンのみのホルモン補充療法を受けている女性では,補充療法を受けていない女性に比べてドライアイのリスクが上昇することが報告されている1).(39)1099*TomoSuzuki:京都市立病院眼科〔別刷請求先〕鈴木智:〒604-8845京都市中京区壬生東高田町1の2京都市立病院眼科特集●マイボーム腺研究,臨床の最前線あたらしい眼科28(8):1099?1102,2011マイボーム腺への性ホルモンの影響HormonalRegulationofMeibomianGland鈴木智*0510<5050~5455~5960~6465~6970~7475+55~5960~6465~6970~7475+女性男性年齢(歳)年齢(歳)罹患率(%)0510罹患率(%)■:症状■:診断■:症状・診断■:症状■:診断■:症状・診断5.716.026.696.898.219.089.802.832.53.54.816.54図1年齢別のドライアイ罹患率1100あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(40)発現を調節し,脂質の産生をコントロールしていると考えられている4).マイボーム腺にも,ステロイドホルモンの産生と代謝に関連する重要な酵素が発現しており,副腎から分泌された性ステロイドの前駆物質がマイボーム腺内で性ホルモンに合成され,マイボーム腺を制御していると考えられている2).アンドロゲンの一つであるtestosteroneは,雄マウスのマイボーム腺において1,580個以上の遺伝子発現に影響を及ぼし,脂質の代謝や輸送,ステロール生合成,脂肪酸代謝などに関与する遺伝子の発現を増加させる一方,角化に関連する遺伝子の発現を減少させる5).雌マウスにtestosteroneを投与すると,1,000個を超える遺伝子の発現が変化するが,これらの遺伝子のほとんどが雄マウスにおいてtestosteroneによって影響を受ける遺伝子と同じである.しかし,雌マウスのみにtestosteroneによって影響を受ける遺伝子も存在し,性差が認められる5).閉経(卵巣や副腎からのアンドロゲン分泌の低下),自己免疫疾患(Sjogren症候群,全身性エリテマトーデス,関節リウマチなど),アンドロゲン不応症候群(completeandrogeninsensitivitysyndrome:CAIS,アンドロゲンレセプター機能不全)の女性,前立腺肥大や前立腺癌患者に対する抗アンドロゲン療法などでは,meibumの脂質組成が変化し,すべてマイボーム腺機能不全(meibomianglanddysfunction:MGD)をきたす.結果として,涙液層が不安定化して涙液の蒸発亢進が生じる.通常の加齢の過程でも,アンドロゲンの減少とともにmeibumの質的変化(たとえば,極性脂質と中性脂質のIアンドロゲンによる制御アンドロゲンは全身の皮脂腺の発達,分化,脂質分泌を制御している.皮脂腺の活性および分泌は,加齢とともに減少する.男性では思春期から80歳ごろまで皮脂の分泌が続くが,女性では50歳以降は減少する傾向にある.この加齢に伴う皮脂腺の機能不全には,腺房細胞の萎縮と血清アンドロゲン濃度の減少の両方が関連している.図2に性ホルモンの生合成経路を示す2).皮脂腺内のアンドロゲンの活性は,特に5a-reductase(testosteroneを活性の強いdihydrotestosteroneに変換する酵素),aromatase(testosteroneを17b-estradiolに,androstenedioneをestroneに変換する酵素)および17b-hydroxysteroiddehydrogenase(HSD:17-ketrosteroidsを17b-hydroxysteroidsに変換する酵素)といった酵素に大きく影響を受けている.ヒトでは,これらの酵素は,副腎で産生されたdehydroepiandrosterone(DHEA)やDHEA-sulfateなどの性ホルモンの前駆物質から,末梢組織である皮脂腺でアンドロゲンやエストロゲンを合成するために不可欠である.これらの酵素の活性は,性別や皮脂腺が存在する組織の部位,皮脂腺内での細胞の位置によっても異なる.さらに,アンドロゲンは皮脂腺における脂質代謝のさまざまな経路も制御している.マイボーム腺の腺細胞では核内にアンドロゲンレセプターが存在しており3),アンドロゲンは少なくともその古典的レセプターを介してマイボーム腺における遺伝子図2性ホルモンの生合成経路DHEA-sulfate①Pregnenolone17OH-Pregnenolone17OH-ProgesteroneDehydroepiandrosterone(DHEA)②③④⑤②ProgesteroneDihydrotestosterone(DHT)EstroneEstradiolEstriol①:P450scc②:3b-HSD③:17a-hydroxylase④:17,20-lyase⑤:17b-HSD⑥:5a-reductase⑦:aromatase②②③④⑤⑥⑤⑦⑦CholestreolAndrostendioneAndrostendiolTestosterone(41)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111101とになる.逆に,アンドロゲンを投与すると,皮脂腺におけるestradiol結合部位が有意に減少する.このように,エストロゲンとアンドロゲンは拮抗する作用を有している.マイボーム腺細胞にはエストロゲンのレセプターが存在する3).卵巣摘出後のマウスにエストロゲンを投与するとマイボーム腺の形態が変化する7).また,17b-estradiolはtestosteroneよりは少ないが,マウスのマイボーム腺において,チロシンキナーゼや免疫因子,ステロイド生合成などに関連する200以上の遺伝子発現を制御している8).エストロゲンは,脂質や脂肪酸の異化に関連する遺伝子の発現を促進する一方で,脂質産生や代謝に関連する遺伝子の発現を抑制する.このことから,エストロゲンを投与するとマイボーム腺における脂質産生が低下し,MGDと蒸発亢進型ドライアイを生じると考えられる.エストロゲン補充療法を受けている患者に圧倒的にドライアイやコンタクトレンズ不耐症が多いこともエストロゲンのマイボーム腺に対する作用の結果と考えられる1).IIIプロゲステロンによる制御皮脂腺に対するプロゲステロンの作用は,いまだ明らかではない.かつては,プロゲステロンを投与することにより皮脂産生が有意に増加したという報告から,プロゲステロンは女性における皮脂腺を制御するホルモンであり,男性におけるアンドロゲンと類似であると信じられていた.しかしながら,プロゲステロンを投与しても皮脂分泌はまったく変化しないという報告もあれば,プロゲステロンは局所でのアンドロゲンの活性や代謝を阻害して皮脂腺の機能を低下させるという報告もある.ヒトでは,プロゲステロンによって高齢の女性の皮脂分泌が増加するという報告がある一方で,若年者にはまったく効果がないという報告がある.プロゲステロンは,雌ラットの皮脂分泌は促進するが,雄ラットの分泌は促進しない.雄ラットでは,去勢した場合のみプロゲステロンは皮脂分泌を促進する.この機序については,正常の雄ラットではプロゲステロンは抗アンドロゲン作用によって皮脂分泌を抑制するのであろうと考えられている.また,5a-reductase(図2の⑥)は,testosteroneと同割合など)および量的な減少,およびマイボーム腺開口部の角化が生じる.要約すると,マイボーム腺はアンドロゲンの標的器官であり,アンドロゲンによって脂質産生が促進され,角化が抑制される.このため,アンドロゲンが不足すると,MGDや蒸発亢進型ドライアイが生じるのである.実際,局所あるいは全身的なアンドロゲンの投与により,ドライアイの症状が軽減されるとの報告がみられる6).IIエストロゲンによる制御エストロゲンは,女性では卵巣がおもな産生の場である.男性では,少量(1日産生量の15?20%)のエストラジオールが精巣から直接分泌されているが,多くは末梢組織(おもに脂肪組織)に存在するaromatase(図2の⑦)によって産生されている.Testosteroneがestradiolに代謝されるか,それともDHT(ジヒドロテストステロン)に代謝されるかを制御している因子についてはいまだほとんど解明されていない.アンドロゲンとは対照的に,エストロゲンは皮脂腺のサイズ,活性,脂質産生を抑制する.実際この作用を利用して,ヒトでは皮脂腺の機能を低下させ,皮脂分泌を抑制する治療に用いられていた.この皮脂腺に対する抑制効果は,エストロゲンとしての作用の強さとは関係がない.すなわち,最も作用の強いエストラジオールでなくとも,ラットやマウスの皮脂腺の大きさを減少させると報告されている.一方で,エストロゲンは腺房細胞の増殖には影響しないと考えられている.これは,ラットにtestosteroneとestradiolを同時に投与すると,腺房細胞の大きさは減少し皮脂分泌は抑制されるが,逆に細胞分裂は増加するという報告によるものである.このため,エストロゲンの皮脂腺に対する抑制作用は,皮脂合成のレベルであると推測されている.エストロゲンは,皮脂腺細胞においてライソソーム酵素の活性を誘導するため,細胞が未成熟な状態で崩壊し,結果として皮脂分泌の減少をもたらす.また,エストロゲンは皮脂腺細胞におけるtestosteroneの取り込みを抑制し,testosteroneがより強力なDHTに変換されるのを抑制するため,アンドロゲンの作用と拮抗するこ1102あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(42)発亢進型ドライアイを改善することもあれば悪化させることもある.MGDの新しい治療を考える場合,性ホルモンによるマイボーム腺の制御はきわめて興味深い.文献1)SchaumbergDA,BuringJE,SullivanDAetal:Hormonereplacementtherapyanddryeyesyndrome.JAMA286:2114-2119,20012)SchirraF,SuzukiT,DickinsonDPetal:IdentificationofsteroidgenicenzymemRNAsinthehumanlacrimalgland,meibomiangland,cornea,andconjunctiva.Cornea25:438-442,20063)WickhamLA,GaoJ,TodalIetal:Identificationofandrogen,estrogen,andprogesteronereceptormRNAsintheeye.ActaOphthalmolScand78:146-153,20004)SchirraF,RichardsSM,LiuMetal:Androgenregulationoflipogenicpathwaysinthemousemeibomiangland.ExpEyeRes83:291-296,20065)SchirraF,SuzukiT,RichardsSMetal:Androgencontrolofgeneexpressioninthemousemeibomiangland.InvestOphthalmolVisSci46:3666-3675,20056)WordaC,NeppJ,HuberJCetal:Treatmentofkeratoconjunctivitissiccawithtopicalandrogen.Maturitas37:209-212,20017)SuzukiT,SullivanBD,LiuMetal:Estrogenandprogesteroneeffectsonthemorphologyofthemousemeibomiangland.AdvExpMedBiol506:483-488,20028)SuzukiT,SchirraF,RichardsSMetal:Estrogenandprogesteronecontrolofgeneexpressioninthemousemeibomiangland.InvestOphthalmolVisSci49:1797-1808,2008様にプロゲステロンにも作用するので,プロゲステロンはtestosteroneからDHTへの変換に競合的に作用するとも考えられる.このような研究から,プロゲステロンに対する皮脂腺の反応は,性別および個体の内分泌環境に依存して変化すると考えられる.マイボーム腺には,プロゲステロンレセプターも発現しており3),プロゲステロンの投与によりマウスマイボーム腺の形態が変化することも報告されている7).ヒトでは,エストロゲン+プロゲステロンを用いたホルモン補充療法では,エストロゲンによるドライアイの症状を有意に減少させるため1),プロゲステロンがマイボーム腺に対して正の作用を有していることを示唆しているのかもしれない.プロゲステロンはマウスのマイボーム腺における遺伝子発現を制御している8).免疫因子や,糖新生やエネルギー変換に関与するほとんどの遺伝子の発現がプロゲステロンによって低下する.特に,リボゾームの生合成,集合,構造に関与するすべての遺伝子の発現が低下する.このようなことから,マウスではプロゲステロンはマイボーム腺に対して総じて負の作用を有していると考えられる.性ホルモンはマイボーム腺の機能に多大な影響を与えており,マイボーム腺の形態,遺伝子発現,脂質の組成,脂質分泌などにおける性差を生み出していると考えられる.このため,性ホルモンの投与によりMGDや蒸