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網膜動脈分枝閉塞症を発症後に血管新生緑内障を併発し予後不良であった眼虚血症候群の1 例

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(135)1617《原著》あたらしい眼科27(11):1617.1620,2010cはじめに血管新生緑内障(NVG)は網膜中心静脈閉塞症(CRVO)や糖尿病網膜症などの網膜の虚血により血管内皮増殖因子が産生されて虹彩や隅角に新生血管が生じ発症する緑内障であり,視力予後不良の難治性の緑内障である1).一方,眼虚血症候群は内頸動脈狭窄症などにより慢性に眼循環が障害されると発症する疾患で2),NVGの主要な原因の一つである1).他方,網膜動脈分枝閉塞症(BRAO)は網膜動脈の塞栓症で,根幹部の塞栓症である網膜中心動脈閉塞症(CRAO)に比べ,視力予後が良好であることが多いとされる3).今回,筆者らは非典型的な上方2象限の広範囲なBRAOが発症し,その約1.2カ月後にNVGを併発した眼虚血症候群の1例を経験した.眼虚血症候群にBRAOやNVGが続発した1例と考えられたが,その特徴や経過について報告する.〔別刷請求先〕奥野高司:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:TakashiOkuno,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki,Osaka569-8686,JAPAN網膜動脈分枝閉塞症を発症後に血管新生緑内障を併発し予後不良であった眼虚血症候群の1例奥野高司*1,2長野陽子*1池田佳美*1菅澤淳*1,2奥英弘*2池田恒彦*2*1香里ヶ丘有恵会病院眼科*2大阪医科大学眼科学教室ACaseofNeovascularGlaucomaTriggeredbyBranchRetinalArteryOcclusionPossiblyResultingfromOcularIschemicSyndromeTakashiOkuno1,2),YokoNagano1),YoshimiIkeda1),JunSugasawa1,2),HidehiroOku2)andTsunehikoIkeda2)1)DepartmentofOphthalmology,Korigaoka-YukeikaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege比較的広範囲な網膜動脈分枝閉塞症(BRAO)を発症後に血管新生緑内障(NVG)を併発した眼虚血症候群の1例について報告する.症例は,慢性腎不全や弁膜症による慢性心不全で経過観察中であった69歳,女性.右眼中心視力の急激な低下(0.01)を自覚した.右眼の上方網膜は浮腫状で下方の網膜動静脈は狭細化し,フルオレセイン蛍光眼底造影検査では腕網膜時間の遅延とともに右眼の上方の2象限の網膜動脈への造影剤の流入遅延があり,右眼の眼虚血症候群に比較的広範囲なBRAOが併発したと考えられた.BRAO発症の1.2カ月後に右眼にNVGが発症し,4カ月後に残存視野も障害され,右眼視力は手動弁となった.眼虚血症候群や心不全で眼灌流圧が低いため,非典型的な広範囲のBRAOが発症し,その後眼虚血症候群によるNVGを併発した可能性が考えられた.Wereportacaseofocularischemicsyndromefollowedbyneovascularglaucoma(NVG)thatdevelopedafterrelativelybroadbranchretinalarteryocclusion(BRAO).Thepatient,a69-year-oldfemalesufferingfromchronicrenalandcardiacfailureduetovalvulardisorder,presentedatourhospitalcomplainingofarapiddecreaseofvisualacuityinherrighteye(0.01).Examinationdisclosedthatthesuperiorpartoftheretinaintheeyewasedematous.Fluoresceinangiographyshoweddelayedfillingtotheupper-halfretinalartery,aswellasdelayedarm-retinaltime.Onthebasisofthesefindings,wediagnosedherrighteyeasrelativelybroadBRAOoccurringwithocularischemicsyndrome.NVGdeveloped1-2monthslater;theremainingvisualfielddisappearedandvisualacuitydecreasetohandmotioninherrighteyeat4months.LowerocularperfusionpressureduetoocularischemicsyndromeandcardiacfailureprobablycausedatypicalbroadBRAO;theNVGthenoccurredsecondarytoocularischemicsyndrome.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1617.1620,2010〕Keywords:網膜動脈分枝閉塞症,血管新生緑内障,眼虚血症候群,半側網膜中心動脈閉塞症.branchretinalarteryocclusion,neovascularglaucoma,ocularischemicsyndrome,hemi-centralretinalarteryocclusion.1618あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(136)I症例呈示患者:69歳,女性.主訴:右眼の急激な視力低下.現病歴:平成20年4月初め頃に急激な視力低下を自覚したが自力で外出困難な全身状態であったため,平成20年4月10日になって香里ヶ丘有恵会病院(当院)眼科を再受診した.既往歴:5年前より中等度の白内障,網膜動脈硬化症,20mmHg台前半の高眼圧症などにて当院眼科で経過観察中であった.視野は,平成18年(急激な視力低下を自覚する以前の最終検査)時点では緑内障性の視野異常はなかった.また,慢性腎不全のため当院で透析中であり,僧帽弁狭窄症と大動脈弁狭窄症を伴う慢性心不全があり,しばしば低血圧となった.弁膜症手術は全身状態より不適応のため,当院内科で保存的に経過観察中であった.平成20年3月31日に右眼の違和感を自覚して時間外に当院の眼科受診をしているが,視力や眼圧は以前の受診時と変化がなく,中等度の白内障があるものの,前眼部,中間透光体,眼底に異常なく,血管閉塞や網膜浮腫などの所見もなかった.初診時所見(平成20年4月10日):視力は右眼(0.01×sph+0.5D),左眼(0.9×sph+1.0D).眼圧は右眼27mmHg,左眼15mmHg.前眼部,中間透光体には中等度白内障を認めた.写真ではやや不明瞭であるものの検眼鏡的には右眼の上方に網膜の浮腫があり(図1の矢印),一部は軟性白斑様になっていた(図1).さらに,網膜下方の動脈は白線化し,静脈が狭細化していた.右眼上方のBRAOが発症したことが疑われたため,フルオレセイン蛍光眼底造影検査(FA)を行い,上方2象限の網膜動脈の循環障害を確認した(図2).以上より,右眼上方の比較的広範囲なBRAOが数日前に発症したと考えた.一方,FA検査の直前の血圧は172/90mmHgで,検査後の血圧は180/86mmHgと比較的高血圧であったが,右眼の腕網膜時間は32秒と遅延しており,脈絡膜毛細血管への蛍光流入によるいわゆる脈絡膜フラッシュも32秒程度であった.後期像は,右眼下方の周辺部に透過性亢進があった.左眼には初期,後期ともに特に異常を認めなかった.Goldmann動的視野検査では,BRAOの発症部に対応する部位の一部に視野が残存し,それ以外の部位に逆に視野障害がみられた.治療:視野が残存していることより,ある程度の視機能改図2右眼フルオレセイン蛍光眼底造影A:39秒,B:6分56秒.腕網膜時間は32秒で,脈絡膜毛細血管への蛍光流入は遅延していた.Aの39秒では脈絡膜や下方の網膜動脈への蛍光は流入したが,上方の2象限の網膜動脈への蛍光流入は遅延していた.B:下方網膜に無灌流領域様の網膜毛細血管からの蛍光が低蛍光となっている領域があった.AB図1網膜動脈分枝閉塞症発症時(平成20年4月10日)眼底A:右眼,B:左眼.右眼の上方に網膜の浮腫(矢印の部位)があり,一部は軟性白斑様になっていた.視神経乳頭の耳上側に線状出血があった.一方,下方の網膜血管も動脈が白線化するとともに静脈が狭細化していた.AB(137)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101619善が得られる可能性も考えたが,すでに発症して数日が経過していること,毛様動脈に血流回復がみられたこと,抗凝固療法による脳出血のリスクが考えられること,本人も積極的な治療を望まれないことなどから経過観察とした.経過:右眼の眼圧は次第に上昇し,4月21日には眼圧は右眼28mmHg,左眼13mmHgとなった.NVGを疑い隅角や虹彩を確認したが新生血管はみられなかった.高眼圧症の増悪と考えラタノプロスト(キサラタンR)とブリンゾラミド(エイゾプトR)を処方した.独り暮らしであり体調不良時には点眼を行うことができないこともあり眼圧は変動したが,5月8日には眼圧は右眼18mmHg,左眼15mmHgとなっていた.しかし,その後,僧帽弁狭窄症と大動脈弁狭窄症を伴う慢性心不全は次第に悪化したため,眼科受診と点眼を自己中断した.6月3日に心不全の保存的加療目的にて内科に入院となったため,6月12日に眼科を約1カ月ぶりに受診したが,眼圧は右眼42mmHg,左眼15mmHgとなっており,中断されていたラタノプロストとブリンゾラミドの点眼を再開した.しかし,6月17日の受診時,点眼を行っても眼圧は右眼44mmHg,左眼13mmHgであり,隅角および虹彩の新生血管を認めたため,NVGが発症したと診断した.眼痛がごく軽度であったことと,全身状態が不良で独力で離床が困難となったことから積極的な治療は行わずに経過観察とした.視力は眼圧上昇後もしばらくの間変化せず,6月12日,視力は右眼(0.01×sph+0.5D),左眼(0.5×sph+1.0D),7月4日,右眼(0.01×sph+0.5D),左眼(0.5×sph+1.0D)であったが,全身状態が改善しないため積極的な治療ができないまま,8月21日には右眼の残存視野が消失した.視力も,右眼30cm手動弁,左眼(0.6×sph+1.0D)となり,その後,右眼の視力と視野は回復しなかった.右眼の視神経乳頭の陥凹は次第に拡大し(図3矢印),網膜血管は狭細化したが,BRAOを発症した部位の静脈径は比較的保たれていた(図3).右眼のNVG発症後1年以上経過観察したが,左眼に変化はなかった.僧帽弁狭窄症と大動脈弁狭窄症を伴う慢性心不全は平成21年4月頃に一時軽快したものの次第に悪化し,平成21年6月17日に死去された.II考按本例では,FA検査時には高血圧であったにもかかわらず腕網膜時間が遅延していたことより右側の内頸動脈狭窄症などの循環障害があると推測されるうえに,日常的に心臓弁膜症による心不全のため低血圧となることが多く,右眼の眼灌流圧が低い状態で慢性的な眼虚血状態にあったと考えられる.さらにBRAO発症時の眼底で右眼のBRAO領域以外の網膜動脈も白線化するとともに網膜静脈が狭細化していることや,FAでBRAO領域以外にも無灌流領域様の領域や静脈壁からの蛍光漏出があるなどの眼虚血症候群の特徴2)がみられたこと,視野検査でBRAOによる視野障害部位以外の視野も障害されていたことより,今回のBRAO発症以前に右眼に眼虚血症候群が発症しており,これによる視野障害があったと考えられた.眼虚血症候群はNVGの主要な原因である1)ため,本例でも眼虚血症候群が増悪し,NVGが続発した可能性が最も高いと考えられた.一方,左眼には同様の所見がなかったことより,眼虚血症候群は右眼のみと考えられた.一般にBRAOでは視力予後は良好なことが多いとされている3)が,今回,BRAOで急激な視力低下をきたした.さらに,FAで上方2象限の網膜動脈分枝で充盈が遅延しており,本例はhemi-CRAOと分類されることもある広範囲なBRAOを発症したと考えた.検眼鏡的には確認できる網膜浮腫の範囲は比較的狭い範囲で,写真ではさらに不鮮明であったが,これはBRAO発症後数日経過しているため,発症直後に比べ網膜浮腫が軽減したためと推測した.網膜動脈閉塞症をCRAO,BRAO,hemi-CRAOに分類した報告4)では,hemi-CRAOは網膜動脈閉塞症のうち約7%程度に発症すると報告されており,14%程度のBRAOに比べまれな網膜動脈閉塞症と考えた.ところで,hemi-CRVOはよく用いられる表現であるが,網膜動脈閉塞症ではCRAOとBRAOとに分類する報告5)が多く,hemi-CRAOは一般的な表現ではないようであるため,今回は非典型的ではあるがBRAOと表現することとした.BRAOによりNVGが発症したとする報告6)やCRAOの図3右眼眼底(網膜動脈分枝閉塞症発症の約1年後,平成21年4月7日)約1年前の図1に比べ視神経乳頭の陥凹(血管の屈曲部を矢印で示す)は拡大していた.網膜動脈は狭細化していたが,上方の網膜動脈分枝閉塞症の部位に相当する網膜静脈の血流は比較的保たれていた.1620あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(138)15.16%にNVGが発症するとの報告7,8)もあるが,CRAOの2.5%のみにNVGが発症するとの報告5)もあり,NVGの原因としてBRAOは比較的稀と考えられる.今回,BRAO発症後にNVGを発症したため,当初,広範囲なBRAOに続発したNVGとも考えたが,FAなどについて再度検討した結果,眼虚血症候群の発症が確認され,眼虚血症候群に続発したNVGと結論できた.一方,頸動脈病変が網膜動脈閉塞症の原因として最も多い4)とされており,眼虚血症候群とCRAOとの合併は多く報告2,9,10)されている.さらに,眼虚血症候群6例の検討で1例にBRAOを発症したとする報告11)もあり,本例のBRAOも眼虚血症候群に続発した可能性が考えられた.また,眼虚血症候群により眼灌流圧が低下するなど網膜動脈閉塞症の発症しやすい状態であったため,今回のような非典型的な広範囲のBRAOが発症した可能性が考えられた.これまでの網膜動脈閉塞症によるNVGの報告によると,BRAOによる視覚障害の約6週後にNVGが発症しており9),CRAOでも発症の約1カ月後にNVGが発症することが多いとされる12,13).今回,広範囲なBRAOが発症した約1.2カ月後にNVGが発症しており,BRAOが眼虚血症候群によるNVG発症を促進した可能性もあると考えた.CRAOにおける検討で,網膜の虚血が急速に生じた場合は血管新生が起こらず,緩徐に進行した場合に血管新生が生ずるとされている14).今回のBRAOは広範囲であり,閉塞部位の視野の一部が発症後も数カ月間にわたり残存していたうえに,1年以上にわたりBRAOで閉塞した部位の静脈の血管径も保たれていたため,再疎通後の血流が比較的保たれていたと考えられる.このため,通常のBRAOに比べ比較的広範囲の網膜虚血が緩徐に進行して緩やかに網膜の壊死が起こり,NVGで増加することが報告されているvascularendothelialgrowthfactor(VEGF)などの血管新生因子15,16)が比較的多く産生された可能性が考えられる.通常のBRAOにおいても硝子体中でVEGFが増加することが報告17)されているが,今回の症例でも以上のような機序により血管新生因子が比較的多く産生されNVGの発症を促進した可能性が考えられた.文献1)Sivak-CallcottJA,O’DayDM,GassJDetal:Evidencebasedrecommendationsforthediagnosisandtreatmentofneovascularglaucoma.Ophthalmology108:1767-1776,20012)MendrinosE,MachinisTG,PournarasCJ:Ocularischemicsyndrome.SurvOphthalmol55:32-34,20103)飯島裕幸:網脈絡膜循環障害の機能と形態.眼臨紀2:812-819,20094)SchmidtD,SchumacherM,FeltgenN:Circadianincidenceofnon-inflammatoryretinalarteryocclusions.GraefesArchClinExpOphthalmol247:491-494,20095)HayrehSS,PodhajskyPA,ZimmermanMB:Retinalarteryocclusion:associatedsystemicandophthalmicabnormalities.Ophthalmology116:1928-1936,20096)YamamotoK,TsujikawaA,HangaiMetal:Neovascularglaucomaafterbranchretinalarteryocclusion.JpnJOphthalmol49:388-390,20057)HayrehSS,PodhajskyP:Ocularneovascularizationwithretinalvascularocclusion.II.Occurrenceincentralandbranchretinalarteryocclusion.ArchOphthalmol100:1585-1596,19828)DukerJS,SivalingamA,BrownGCetal:Aprospectivestudyofacutecentralretinalarteryobstruction.Theincidenceofsecondaryocularneovascularization.ArchOphthalmol109:339-342,19919)安積淳,梶浦祐子,井上正則:内頸動脈循環不全にみられる眼所見の検討.神経眼科9:189-195,199210)田宮良司,内田璞,岡田守生ほか:網膜血管閉塞症と閉塞性頸動脈疾患との関係について.日眼会誌100:863-867,199611)JacobsNA,RidgwayAE:Syndromeofischaemicocularinflammation:sixcasesandareview.BrJOphthalmol69:681-687,198512)小島啓彰,増田光司,加藤勝:網膜中心動脈閉塞症に続発した血管新生緑内障の1例.眼臨94:1233-1237,200013)大井智恵,福地健郎,渡辺穣爾ほか:血管新生緑内障を併発した網膜中心動脈閉塞症の1例.眼紀43:1303-1309,199214)向野利寛,魚住博彦,中村孝一ほか:網膜中心動脈閉塞症の病理組織学的研究.臨眼42:1221-1226,198815)TripathiRC,LiJ,TripathiBJetal:Increasedlevelofvascularendothelialgrowthfactorinaqueoushumorofpatientswithneovascularglaucoma.Ophthalmology105:232-237,199816)SoneH,OkudaY,KawakamiYetal:Vascularendothelialgrowthfactorlevelinaqueoushumorofdiabeticpatientswithrubeoticglaucomaismarkedlyelevated.DiabetesCare19:1306-1307,199617)NomaH,MinamotoA,FunatsuHetal:Intravitreallevelsofvascularendothelialgrowthfactorandinterleukin-6arecorrelatedwithmacularedemainbranchretinalveinocclusion.GraefesArchClinExpOphthalmol244:309-315,2006***

後極白内障における白内障手術の成績

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(131)1613《原著》あたらしい眼科27(11):1613.1616,2010cはじめに後極白内障は常染色体優性遺伝の形式をとる先天性の白内障で,水晶体後.下,中央瞳孔領域に,円形・皿状の境界明瞭な混濁を生じる疾患である.混濁は白色・同心円状の渦巻き様の構造を呈し(図1),混濁部は水晶体線維が破綻して無構造となっている.両眼性,対称性のものが多く,弱視はないかあっても軽度のことが多い.そのまま進行しない停止型と徐々に進行する進行型があり,進行時期はさまざまであるが,30歳代で進行することが多く,30~40歳代で視力低下をきたし,手術に至ることが多いとされている1~3).後極白内障の手術時の問題点として,後極の混濁部が菲薄化していたり,混濁部が後.と癒着していたりすることが多く,後.破損の発生率が7~36%と高いことが報告されている4~8).またその報告の多くは海外のもので,わが国での報告は筆者らが検索した限りではHayashiら6)のものだけであった.今回筆者らは茅ヶ崎中央病院眼科(以下,当院)で白内障手術を施行した後極白内障の症例の特徴および手術成績につき,レトロスペクティブに検討したので報告する.〔別刷請求先〕野澤亜紀子:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病学講座眼科学分野Reprintrequests:AkikoNozawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversitySchoolofMedicine,Nisi-7Kita-15,Kita-ku,Sapporo-shi,Hokkaido060-8638,JAPAN後極白内障における白内障手術の成績野澤亜紀子*1松本年弘*2吉川麻里*2佐藤真由美*2新井江里子*2榎本由紀子*2小野範子*2三松美香*2仙田由宇子*2呉竹容子*2*1藤沢市民病院眼科*2茅ケ崎中央病院眼科ResultsofCataractSurgeryinPosteriorPolarCataractAkikoNozawa1),ToshihiroMatsumoto2),MariYoshikawa2),MayumiSato2),ErikoArai2),YukikoEnomoto2),NorikoOno2),MikaMimatsu2),YukoSenda2)andYokoKuretake2)1)DepartmentofOphthalmology,FujisawaMunicipalHospital,2)DepartmentofOphthalmology,ChigasakiCentralHospital目的:後.破損が起こりやすいことが報告されている後極白内障に対する白内障手術成績を検討すること.対象および方法:対象は2001年4月から2009年3月の間に,茅ヶ崎中央病院にて白内障手術を受け,術後1カ月以上経過観察が可能であった後極白内障の9例9眼とした.男性5例5眼,女性は4例4眼,平均年齢は61.4歳であった.手術方法は全例,超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術で,同一術者が行った.結果:手術時間は平均18.9分であった.術後視力は改善が7眼,不変が2眼で,1眼は弱視であった.術中合併症は後.破損が1眼(11%),術後合併症は眼内レンズ偏位による再手術が1眼と後発白内障によりYAGレーザーを施行した症例が1眼であった.結論:後極白内障における白内障手術では,後.破損の危険性を常に念頭に置き,ゆっくりとした慎重な手術を心掛けることが大切である.Purpose:Toevaluatetheoutcomeofposteriorpolarcataractsurgery,predictingtorupturetheposteriorlenscapsule.CasesandMethod:Thisretrospectivestudyinvolved9eyesof9patients(5males,4females;averageage:61.4years)whounderwentphacoemulsificationandaspirationwithintraocularlens(IOL)-implantationforcataractbetweenApril2001andMarch2009byonesurgeon.Result:Surgerydurationaveraged18.9minutes.Postoperativevisualacuitywasimprovedin7eyesandunchangedin2eyes;amblyopiawasseeninoneeye.Intraoperativeposteriorcapsularruptureoccurredinoneeye(11%);postoperativeIOL-dislocationduetoreoperation,andaftercataractduetoYAG-laserwereseeninoneeyeeach.Conclusion:Wealwaysgiveseriousconsiderationinposteriorpolarcataractsurgerybyslowdegreetopreventposteriorcapsularrupture.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1613.1616,2010〕Keywords:後極白内障,白内障手術,後.破損.posteriorpolarcataract,cataractsurgery,posteriorcapsulerupture.1614あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(132)I対象および方法1.対象(表1)2001年4月から2009年3月の8年間に当院で,超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsificationandaspiration:PEA)+眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術を施行された4,857例6,505眼のうち,後極白内障と診断され,術後1カ月以上経過観察可能であった9例9眼(0.14%)を対象とした.症例の内訳は,男性5例5眼,女性4例4眼で,手術時年齢は61.4±15.1歳(33~80歳),両眼性6例6眼,片眼性3例3眼で,家族歴が確認できたものは1例のみであった.弱視の既往が1例にみられた.渦巻き状混濁部の大きさは直径でおよそ1.8~3.0mmで,水晶体核硬度はEmery-Little分類でgradeが7眼,gradeIが2眼であった.後極白内障の診断は,混濁の形状,部位,既往歴,家族歴,年齢および両眼性か片眼性かなどを総合して診断した.2.手術方法手術方法は全例PEA+IOL挿入術で,同一術者が行った.ハイドロダイセクションは行わず,ハイドロデリニエーションのみを行い(図2a),核分割は避け,できる限り混濁部近くまで核を削り(図2b),エピヌクレウスを残すようにした.残ったエピヌクレウスと皮質は,眼粘弾性物質を使用したドライテクニックにより中央部に寄せて(図2c),低吸引圧(100mmHg),低吸引流量(20ml/min)で,ときにはバイマニュアルI/A(irrigationandaspiration)法も駆使して,ゆっくりと混濁部が自然に後.から.がれてくるように吸引除去した(図2d).IOLは後.破損した症例では.外に,後.破損のなかった症例では.内に挿入した.II結果(表2)1.手術成績手術時間は平均18.9分であった(12~43分).術後視力は最終観察時,矯正視力が視力表で2段階以上改ab図1症例9の後極白内障(a:弱拡大,b:強拡大)後極部の混濁は円盤状で渦を巻き,厚く濃い混濁を呈している.表1対象の一覧症例年齢(歳)性別左/右片/両眼性術前矯正視力混濁の直径(mm)核硬度既往歴家族歴157女性右眼両眼0.23.0IIなしなし280男性右眼片眼0.12.2II若年時に白内障の診断なし333女性左眼両眼0.12.5Iなしなし455男性右眼両眼0.72.8IIなしなし569男性左眼両眼1.22.5IIなし兄・妹669女性左眼両眼1.01.8IIなしなし747男性左眼両眼1.02.0Iなしなし865男性左眼片眼0.72.3II若年時より左視力不良なし978女性左眼片眼0.12.8II弱視の診断なし(133)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101615善したものを改善,1段階以内の変化を不変とすると,改善が7眼,不変が2眼であった.片眼例で1眼が矯正視力0.5と弱視であった.2.術中・術後合併症術中合併症は後.破損の1眼(11%)のみであった.55歳の男性で,周辺部のエピヌクレウスをフックで中央へ寄せる際,後.と癒着していた混濁部が回転して後.破損が発生した.術後早期の合併症はIOL偏位による再手術が1眼(11%)で,これは後.破損を生じた症例で,capsulecaptureにし図2後極白内障の手術手技a:ハイドロ針を核内に挿入し,ハイドロデリニエーションを行い,核とエピヌクレウスを分離する.b:核をできる限り大きく混濁部近くまで削る.c:高分子粘弾性物質を水晶体.と皮質の間に注入し,エピヌクレウスと皮質を中央に寄せる.d:混濁部分が自然に後.から.がれてくるようにゆっくりと皮質を吸引する.acbd表2手術結果の一覧症例手術日手術時間(分)術後観察期間(月)術中合併症術後早期合併症術後矯正視力術後後期合併症101/6/191229なしなし1.0なし202/5/71460なしなし1.2なし304/8/51723なしなし1.5後.混濁406/7/264335後.破損IOL偏位1.2なし506/2/141312なしなし1.5なし606/2/71232なしなし1.2なし706/11/7291なしなし1.5なし807/11/131713なしなし1.5なし908/6/51311なしなし0.5なし1616あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(134)ておいたIOLのループが硝子体腔に脱臼したため,翌日IOLを整復した.術後長期の合併症としては,術後22カ月に後発白内障でNd:YAGレーザーによる後.切開を施行したものが1眼(11%)あった.III考按後極白内障は通常両眼性,対称性に後極部に円盤状・渦巻き状の厚い混濁を生じるが,混濁が小さいため弱視はないか,もしくは軽度のことが多いとされている2).両眼性の割合は39~80%4~6,9)と報告によりさまざまで,かなり幅広くなっていた.筆者らの症例は67%(6例/9例)が両眼性で,比較的割合が高かった.筆者らは後極白内障の診断の際,混濁の形状だけではなく,家族歴および既往歴も含めて総合的に診断したため,片眼例で混濁の形状が似ている症例のうち,家族歴や既往歴がなく,手術時に後.との癒着もみられなかった2眼を今回の検討から除外した.そのため両眼性の割合が高くなったのかもしれない.また,弱視は片眼例の10~57%4~6,9)にみられたと報告されている.筆者らの症例でも同様に片眼例の33%(1眼/3眼)で弱視がみられた.手術時の年齢は30~40歳代で手術を受けることが多いと教科書的にはされているが,過去の報告では19~81歳4~9)とかなり年齢層が幅広くなっていた.筆者らの症例も平均61.4歳と年齢層が高くなっており,これはおそらく混濁部分が比較的小さかった症例が多く含まれていたため,混濁はあっても本人はあまり不自由さを感じず,加齢による白内障の進行とともに視力障害が強くなって,手術を受けた症例が多かったためと考えた.また,後極白内障の症例は若いころから混濁が中心付近にあるためか,両眼に対称性に混濁が存在する症例でも,片眼の手術だけで満足してしまい,もう1眼の手術を希望しないことが多かったことから,あまり視力に対する要求度が高くなく,不自由さを感じにくいことも一因になっているのかもしれないと思われた.筆者らの症例で家族歴があったものは,兄と妹が50歳代に白内障手術を受けたという69歳の症例1例(11%)のみであった.過去の報告でVasavadaら5)は55%に何らかの家族歴があったと報告していることから,詳細な調査を実施すればさらに家族歴のある症例を発見できたのかもしれない.後極白内障は,後極の混濁部の後.が菲薄化または混濁部と後.が強く癒着しているため,手術時に後.破損の発生率が高いことが報告されている.1990年代にOsherら4)が24%で,Vasavadarら5)が36%で後.破損が発生したと報告している.しかし2000年代になると破.率は0~16.7%6~9)とかなり低減しており,手術成績の向上がみられている.筆者らの破.率は11%で,やはり近年の報告と同様,比較的良好な破.率になっていた.その要因として,核硬度がEmery-Little分類gradeI~IIの柔らかい症例が多かったこと,後極の混濁が小さい症例が多かったこと,後.と混濁部の癒着が軽度であった症例が多かったことがあげられる.また,手術マシンの進化および手術創の小切開化により,サージなどの前房圧の急激な変化が減ったこと,バイマニュアル法や眼粘弾性物質を利用したドライテクニックなどの手術手技を駆使したことにより,混濁部と後.を比較的少ない負荷で分離できたことが大きな要因になっていると思われた.しかし,後極白内障の手術は通常の白内障手術に比べ(当院での昨年の破.率0.17%),後.破損の危険性が高いことは確かで,常に後.破損の危険性を念頭に置き,ゆっくりとした慎重な手術を心掛けることが大切であると思われた.また,混濁部と後.の癒着が強い症例では,無理に混濁を.がそうとせず,混濁を残して手術を終了し,術後Nd:YAGレーザーで後.切開を行うことをHayashiら6)やSiatiriら9)は推奨している.さらに核が硬くて大きな症例や混濁部が大きな症例では,後.破損の確率が高く,水晶体核落下の危険性が高くなるので,林ら1)が推奨しているように計画的.外摘出術も選択肢の一つとして考えておくことが必要であると思われた.本論文の要旨は第33回日本眼科手術学会総会(2010年)で発表した.文献1)林研:後極白内障と後部円錐水晶体.IOL&RS15:304-308,20012)渡辺交世,永本敏之:スリットランプを使った前・後.下白内障の術前診断.IOL&RS23:3-7,20093)NagataM,MatsuuraH,FujinagaY:Ultrastructureofposteriorsubcapsularcataractinhumanlens.OphthalmicRes18:180-184,19864)OsherRH,YuBCY,KochDD:Posteriorpolarcataracts:Apredispositiontointraoperativeposteriorcapsularrupture.JCataractRefractSurg16:157-162,19905)VasavadaA,SinghR:Phacoemulsificationineyeswithposteriorpolarcataract.JCataractRefractSurg25:238-245,19996)HayashiK,HayashiH,NakaoFetal:Outcomesofsurgeryforposteriorpolarcataract.JCataractRefractSurg29:45-49,20037)LeeMW,LeeYC:Phacoemulsificationofposteriorpolarcataracts:asurgicalchallenge.BrJOphthalmol87:1426-1427,20038)HaripriyaA,AravindS,VadiKetal:Bimanualmicrophacoforposteriorpolarcataracts.JCataractRefractSurg32:914-917,20069)SiatiriH,MoghimiS:Posteriorpolarcataract:minimizingriskofposteriorcapsulerupture.Eye20:814-816,2006

Nd-YAG レーザー照射による穿孔外傷ラット白内障モデルの創傷治癒メカニズムの検討

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(125)1607《原著》あたらしい眼科27(11):1607.1612,2010cはじめに白内障の予防,治療のためにさまざまな白内障動物実験モデルが研究されている.これまで実験モデルには,酸化障害,代謝障害,水晶体膜機能障害,放射線照射,外傷モデルなど多数報告されている1).マウスやラットを用いた穿孔性外傷白内障モデルも白内障研究のために使用され,針刺入やNd-YAGレーザー照射により水晶体前.を破.させると,組織学的には水晶体線維細胞群(もしくは水晶体皮質)が前面に突出した後に水晶体上皮細胞が著しく増殖,重層化して損傷部を被覆することが報告2~10)されている.しかしNd-YAGレーザー穿孔外傷白内障モデルを用いた創傷治癒過程での免疫組織学的検討および細隙灯顕微鏡による前眼部所見の経時的な変化を併せて観察した報告は見当たらない.今回筆者らは,Nd-YAGレーザー照射によるラット外傷白内障モデルを作製して,白内障水晶体の経時的変化と創傷治癒メカニズムの免疫組織学的な検討を行った.〔別刷請求先〕綿引聡:〒321-0293栃木県下都賀郡壬生町北小林880獨協医科大学眼科学教室Reprintrequests:SatoshiWatabiki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversity,880Kitakobayashi,Mibumachi,Shimotsuga-gun,Tochigi321-0293,JAPANNd-YAGレーザー照射による穿孔外傷ラット白内障モデルの創傷治癒メカニズムの検討綿引聡*1松島博之*1向井公一郎*1寺内渉*1妹尾正*1小原喜隆*2*1獨協医科大学眼科学教室*2国際医療福祉大学MechanismsofWoundHealinginExperimentalCataractModelInducedbyNeodymium-YAGLaserSatoshiWatabiki1),HiroyukiMatsushima1),KoichiroMukai1),WataruTerauchi1),TadashiSenoo1)andYoshitakaObara2)1)DepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversity,2)InternationalUniversityofHealthandWelfareSprague-Dawleyラットを用い,Nd-YAGレーザー照射により水晶体前.を切開し,可逆性の外傷白内障モデルを作製した.この水晶体の混濁変化を細隙灯顕微鏡で経時的(2,4,7,14日後)に観察し,組織学的に解析することで創傷治癒メカニズムの解明を試みた.細隙灯で観察すると,前.下混濁がレーザー照射2日後にピークに達し,その後徐々に減少した.組織学的に解析すると,創傷部位で水晶体上皮細胞が増殖,重層化して破.部が被覆され,水晶体線維細胞に形態変化した.免疫組織染色を行うと,創傷部位に一致してPCNA(proliferatingcellnuclearantigen),抗Hsp70(heatshockprotein70)抗体,抗細胞骨格蛋白質抗体に陽性であった.Nd-YAGレーザー穿孔外傷白内障モデルの混濁減少と創傷治癒は,ストレス蛋白質と細胞骨格蛋白質が関与する可能性が示唆された.TheanteriorcapsuleoftheSprague-DawleyratlenswasinjuredusingNd-YAGlasertoobservethereversibletraumaticcataractmodel.Afterthecataractgradewasobservedattheselectedtimeperiods(2,4,7and14days)viaslitlamp,histologicalanalysiswasperformed.Cataractgradepeakedafter2days,thenimmediatelydecreased.Histologicalanalysisdisclosedproliferationandstratificationoflensepithelialcells(LEC)aroundtherupturedcapsule.TheproliferatingLECbegantoelongateaftertheyhadcoveredtherupturedcapsule.TheproliferatedLECreactedtoantibodiesincludedwithPCNA(proliferatingcellnuclearantigen),Hsp70(heatshockprotein70)andvimentin.TheresultssuggestthatwoundhealingintheNd-YAGlasercataractmodeliscontrolledwithheatshockproteinandcytoskeletalprotein.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1607.1612,2010〕Keywords:白内障,Nd-YAGレーザー,創傷治癒,水晶体上皮細胞,細胞骨格蛋白質.cataract,Nd-YAGlaser,woundhealing,lensepithelialcells,cytoskeletalprotein.1608あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(126)I実験方法1.Nd-YAGレーザー外傷白内障モデルの前眼部観察実験には生後14日齢のSprague-Dawley(SD)ラット3匹6眼を使用した.ラットの実験に関しては,動物実験の飼養および保管に対する基準(NationalInstitutesofHealthGuidelinesontheCareandUseofLaboratoryAnimalsinResearchおよびARVO(TheAssociationforResearchinVisionandOphthalmology)StatementfortheUseofAnimalsinOphthalmicandVisionResearch)に基づいて行った.SDラットを散瞳した後,Nd-YAGレーザー(Aura,日本ルミナス)を水晶体前.中央部に照射して前.を切開した(設定条件:1.5mJ×4-5shots,切開の大きさ直径約500μm).前.を切開してから,2日後,4日後,7日後,14日後に細隙灯顕微鏡カメラ(SC-6,Kowa)を用いて前眼部を観察,撮影した.撮影した徹照像から,混濁なしをグレード0とし,後.面が透見できる軽度の混濁をグレード1,混濁面積が全水晶体面積の30%以下の場合をグレード2,混濁面積が全水晶体面積の30%以上の場合をグレード3として,水晶体の混濁状態を4段階にグレード分類して経時的変化を解析した.2.組織学的検討Nd-YAGレーザーでSDラット9匹18眼を前.切開してから,2日後,7日後,14日後に眼球摘出して,摘出眼をカルノア固定液に4時間浸漬固定した.パラフィン包埋した後に4μmで薄切してパラフィン組織切片を作製した.切片は,ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色または免疫組織染色した.免疫組織染色は,切片を3%過酸化水素によって内因性ペルオキシダーゼ処理を20分間行った後にストレプトアビジン-ビオチン(SAB)法により免疫組織染色をヒストファインSAB-PO(M)キットR(ニチレイ)を用いて行い,発色には3,3¢-ジアミノベンチジンを用いた.これらの組織学的変化は光学顕微鏡(BX51,OLYMPUS)を用いて観察した.一次抗体として,proliferatingcellnuclearantigen(PCNA,ニチレイ),heatshockprotein70(Hsp70,Stressgen),ビメンチン(Sigma)の3種類を用いた.II結果1.Nd-YAGレーザー外傷白内障モデルの前眼部観察(図1)Nd-YAGレーザー照射直後から混濁および皮質の一部が前房内に認められた.2日後に水晶体.および破.部皮質付近の混濁はピークに達した.4日,7日と徐々に混濁は減少し,14日後ではほぼ透明となった.白内障のグレードを4段階に程度分類すると(図2),レーザー照射2日後に高度混濁状態であるグレード2.5±0.5に達するが,以降徐々に混濁は減少して4日後ではグレード1.75±0.75,7日後ではグレード1.25±0.5,14日後ではグレード0.75±0.25に減少した.2.組織学的検討図3にNd-YAGレーザーを照射した水晶体前極部の破.部付近のHE染色の結果を示す.前眼部徹照像で混濁がグレード3まで増加したレーザー照射2日後での組織像は,破.部位で水晶体上皮細胞の増殖および伸展がみられた.混濁がグレード1に減少した7日後で,水晶体.は破.したままで2日後4日後7日後14日後図1Nd-YAGレーザーを照射したSDラット前眼部徹照像Nd-YAGレーザー照射2日後,4日後,7日後および14日後のSDラットの前眼部徹照像を示す.レーザー照射直後から混濁が生じ,2日後に混濁はピークに達するが,それ以降徐々に減少している.黒点は前房中に飛散した水晶体皮質の一部.247経過日数グレード143210図2白内障グレード分類X軸にレーザー照射後の経過日数,Y軸に混濁のグレード分類を示す(n=6).2日後に混濁がピークとなり,その後徐々に減少した.(127)あたらしい眼科Vol.27,No.11,201016092日後7日後14日後図3Nd-YAGレーザー照射群前.部―HE染色上段はNd-YAGレーザー照射したラット水晶体前極部の破.部付近の低倍率,下段は破.部付近の高倍率の組織写真を示す(Bar=100μm).レーザー照射により前.部が破.し,破.したところから水晶体上皮細胞が増殖および伸展している.7日後で前.は破.したままだが,上皮細胞は破.部分の皮質を覆って重層化している.14日後では重層化した細胞の層は薄くなっており,上皮細胞が水晶体線維細胞に形態変化している.2日後7日後14日後図4Nd-YAGレーザー照射群前.部―免疫組織染色(PCNA)Nd-YAGレーザー照射部付近における抗PCNA抗体を使用した免疫組織染色の結果を示す(Bar=100μm).矢印は抗PCNA抗体反応陽性の部分を示す.2日後の破.部付近の水晶体上皮細胞の細胞核に,7日後では重層化した上皮細胞の表層と深層の細胞核に,14日後では表層の細胞核および水晶体線維細胞様に形態変化しつつある細胞の細胞核に陽性所見がみられる.2日後7日後14日後図5Nd-YAGレーザー照射群前.部―免疫組織染色(Hsp70)抗Hsp70抗体を使用した免疫組織染色の結果を示す(Bar=100μm).矢印は抗Hsp70抗体反応陽性の部分を示す.特に2日後での破.した前.直下の水晶体線維細胞の細胞質に陽性所見がみられる.1610あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(128)はあるが,増殖した水晶体上皮細胞が損傷部の皮質を覆って重層化していた.重層化した上皮細胞はHE染色より扁平化を呈している.混濁がグレード1以下に減少した14日後では,重層化した細胞の層は菲薄化し,立方状の上皮形態を呈している.上皮下の皮質付近は無核の水晶体線維細胞の形態を認めた.免疫組織染色を行うと,PCNAは2日後の破.部付近の水晶体上皮細胞の細胞核,7日後では重層化した上皮細胞の表層と深層にある細胞核,14日後では表層の細胞核と水晶体線維細胞様に形態変化しつつある細胞の細胞核に陽性所見がみられた(図4).Hsp70は2日後では破.した前.直下の水晶体線維細胞の細胞質,7日後では重層化した上皮細胞直下の線維細胞の細胞質,14日後には上皮細胞が水晶体線維細胞様に形態変化しているとみられる細胞の細胞質に陽性所見がみられた(図5).ビメンチンは,すべての時期で増殖,重層化した水晶体上皮細胞の細胞質で陽性であった(図6).III考按穿孔性外傷白内障モデルはラット,ウサギやマウスの水晶体.に針2~4)やNd-YAGレーザー5~10)で穿孔することで再現性のよい白内障が発症するモデルである.水晶体前.を破.させると,水晶体線維細胞群(もしくは水晶体皮質)が前面に突出した後に水晶体上皮細胞が著しく増殖,重層化して損傷部を被覆する2~10).Nd-YAGレーザーの発振波長は1,064nmの近赤外領域であり,イオン化したガスのプラズマの発生により,組織を加熱せずに照射部位を機械的に破壊する11).そのためNd-YAGレーザー照射による前.切開は,針刺入による経角膜的な方法とは異なり,水晶体以外の眼組織への影響を最小限に留めて12,13)白内障を生じさせることが可能である.岡本ら8~10)はSDラットNd-YAGレーザー白内障モデルの水晶体を摘出して実体顕微鏡下で混濁変化を観察しており,レーザー照射14日後まで混濁が増強したと報告している.Gonaら7)はレーザー照射15日で水晶体損傷部の瘢痕は残存するものの,肉眼的な観察で混濁は消失していたと報告している.今回筆者らは,過去の報告10,12)を基に水晶体前.中央部にレーザーを照射し,前.および皮質表層を中心に創傷の修復経過を観察した.レーザー照射14日後まで細隙灯顕微鏡を用いて経時的に水晶体の混濁を観察したところ,一過性に増加した後に減少していた.外傷白内障モデルの組織学的解析はこれまでも行われており,筆者らの観察でも早期の水晶体前面の混濁時期に,混濁部位に一致した前.破.部での水晶体上皮細胞の著しい増殖を認めた.その後,増殖した水晶体上皮細胞が重層化して損傷部を被覆するという,過去の報告2~10)と同様の組織修復行程がみられた.筆者らの観察ではさらに,水晶体混濁の減少に伴い,重層化していた水晶体上皮細胞が菲薄化して水晶体線維細胞に形態変化していくことが観察できた.過去には3H-サイミジンオートラジオグラフィー法8,10)を用いて外傷白内障モデルの破壊部位別(前.,赤道部,後.破壊)の水晶体上皮細胞の増殖能を観察し,水晶体増殖帯以外の各破壊部位でも水晶体上皮細胞の増殖が認められたと報告されている.筆者らは,抗PCNA抗体を用いた免疫組織染色法14~16)を用いて経時的に増殖能の観察を行った.その結果,修復過程で重層化した上皮細胞の細胞核や,菲薄化して水晶体線維細胞様に形態変化している細胞の細胞核にPCNAの発現がみられ,免疫組織学的手法でも水晶体増殖帯ではなく前.損傷部付近での水晶体上皮細胞の増殖を確認できた.ストレス反応時に産生される分子シャペロンHsp7017)の発現が重層化した上皮細胞直下の水晶体線維細胞や,水晶体線維芽細胞に形態変化している細胞にみられることから,水晶体前.が損傷されると,破.部位でストレス反応が生じて水晶体上皮細胞の増殖能が亢進することが示唆された.同様のストレス反応は穿刺性外傷モデルでも擦過によりひき起こされる可能性があるが,これらのストレス反応による分子シャペロンの報告はなく,今後両モデルにおいて比較検討する必要がある.細胞骨格蛋白質はラット亜セレン酸白内障モデルを用いた実験から,水晶体の透明性維持に関連することが報告18~20)されている.2日後7日後14日後図6Nd-YAGレーザー照射群前.部―免疫組織染色(ビメンチン)抗ビメンチン抗体を使用した免疫組織染色の結果を示す(Bar=100μm).矢印は抗ビメンチン抗体反応陽性の部分を示す.水晶体上皮細胞の増殖,重層化に伴って陽性反応がみられ,特に7日後の上皮細胞が重層化している部位で強い陽性反応がみられる.(129)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101611Wisterラットでは可逆性の白内障が発生し,透明治癒過程に細胞骨格蛋白質が発現している20).今回,外傷後の創傷治癒反応の部位に一致して細胞骨格蛋白質であるビメンチン発現の増強が免疫組織学的に認められた.これらの強陽性の不均一な蛋白質の確認は,蛋白質が凝集した可能性があることが示唆される.外傷白内障においても組織修復過程に細胞骨格蛋白質が関連している可能性がある.混濁の再透明化については,マウス外傷白内障モデルで,創傷後水晶体線維が再生することで混濁水晶体が再透明化したと報告している21).今後14日以降の変化を観察する必要がある.以上の考察より,Nd-YAGレーザー白内障モデルの混濁出現および減少についての機序を推察した(図7).通常の水晶体では増殖帯周辺部の水晶体上皮細胞のみが増殖,分裂をくり返し,赤道部に移動して水晶体線維細胞へと分化する.しかし,Nd-YAGレーザー照射により水晶体前.が破.すると創傷治癒反応としてストレス応答が生じ,増殖帯ではなく前.損傷部周辺での水晶体上皮細胞の増殖能亢進と,ビメンチンを含んだ細胞骨格蛋白質の発現の増強が生じる.この損傷部周辺での水晶体上皮細胞の増殖,重層化が生じることで水晶体が混濁する.しかし,水晶体上皮細胞層により損傷部が被覆されると,水晶体上皮細胞の重層化が抑制され,次第に細胞層が菲薄化して水晶体線維細胞に形態変化し,水晶体線維を再生することで混濁が減少すると考えた.しかしながら,水晶体混濁減少と再生の機序は水晶体上皮細胞が産生する基底膜やコラーゲン,細胞が前房内の前房水やマクロファージなどの貪食細胞による影響が関与している可能性があり,今後長期間のさらなる検討が必要である.本稿の要旨は第47回日本白内障学会において発表した.本研究のためにご指導を頂いたニュービジョン眼科研究所石井康雄先生に感謝の意を表します.文献1)岩田修造:水晶体その生化学的機構.p311-360,メディカル葵出版,19862)FagerholmPP,PhilipsonBT:Experimentaltraumaticcataract.I.Aquantitativemicroradiographicstudy.InvestOphthalmolVisSci18:1151-1159,19793)UgaS:Woundhealinginthemouselens.ExpEyeRes32:175-186,19814)雑賀司珠也:後発白内障でのTGFbシグナル伝達.日本白内障学会誌16:41-44,20045)CampbellCJ,RittlerMC,InnisREetal:Oculareffectsproducedbyexperimentallasers.III.Neodymiumlaser.AmJOphthalmol66:614-632,19686)PauH,WeberU,KernWetal:LesionandregenerationoftheanteriorandposteriorlenscapsuleandcortexinrabbitsNd:YAGlaser.GraefesArchClinExpOphthalmol227:392-400,19897)GonaO,WhiteJH,ObenauerL:Woundhealingbytheratlensafterneodymium-YAGlaserinjury.ExpEyeRes40:251-261,19858)岡本庄之助,照林宏文,堤元信ほか:Nd-YAGレーザー照射による白内障モデル─1.照射部位による上皮細胞増殖能と進展形式の変化─.眼紀42:1863-1868,19919)照林宏文,岡本庄之助,池部均ほか:QスイッチNd-YAGレーザー照射による白内障モデル─2.照射部位による白内障進展形式の差異─.日眼会誌96:440-446,199210)照林宏文,岡本庄之助,池部均ほか:QスイッチNd-YAGレーザー照射による白内障モデル─3.照射部位による上皮細胞増殖能の変化─.眼紀43:679-687,199211)Aron-RosaD,GriesemannJC,AronJJ:Useofpulsedneodymiumyaglaser(picosecond)toopentheposteriorlenscapsuleintraumaticcataract:Apreliminaryreport.OphthalmicSurg12:496-499,198112)矢部京子:Nd-YAGレーザーによる水晶体前.切開について─基礎実験および臨床成績─.埼玉医科大学雑誌13:131-138,198613)余敏子:パルス型Nd-YAGレーザー照射の網脈絡膜に対……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………図7仮説:混濁水晶体の再透明化Nd-YAGレーザー照射により前.が破.すると,創傷治癒反応として損傷部周辺での細胞増殖因子や細胞骨格蛋白質,熱ショック蛋白質の発現が増強して水晶体上皮細胞の異所性増殖が生じ,上皮細胞が重層化することで水晶体混濁が生じる.しかし,損傷部を被覆した後に水晶体上皮細胞の重層化が調節されて細胞層が菲薄化し,水晶体線維細胞様に形態変化することで混濁部位の再透明化を生じる.1612あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(130)する影響.特に硝子体内照射時の傷害について.埼玉医科大学雑誌12:267-275,198514)加藤良平:免疫組織化学を用いた細胞増殖能の解析.組織細胞化学,p47-50,学際企画,199415)山口慶子,庄司昭世,加藤圭一ほか:ProliferatingCellNuclearAntigenによるラット水晶体上皮細胞増殖能の検討.あたらしい眼科8:1935-1938,199116)久保江理,高柳克典,都筑昌哉ほか:抗PCNA免疫組織化学法による水晶体上皮細胞の増殖動態の研究.あたらしい眼科12:1745-1749,199517)永田和宏:ストレス蛋白質─基礎と臨床─.p100-114,中外医学社,199418)MatsushimaH,DavidLL,HiraokaTetal:Lossofcytoskeletalproteinsandlenscellopacificationintheselenitecataractmodel.ExpEyeRes64:387-395,199719)松島博之:白内障・後発白内障と細胞骨格蛋白質─分子生物学的解析─.日本白内障学会誌15:5-20,200320)松島博之,向井公一郎,小原喜隆ほか:亜セレン酸白内障モデルにおける水晶体混濁減少に関する蛋白質の変動.日眼会誌104:377-383,200021)HirayamaS,WakasugiA,MoritaTetal:Repairandreconstructionofthemouselensafterperforatinginjury.JpnJOphthalmol47:338-346,2003***

Soemmering 輪による続発閉塞隅角緑内障の1 例

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(121)1603《原著》あたらしい眼科27(11):1603.1606,2010cはじめに後発白内障は白内障術後の視力低下,グレア,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)の偏位などを起こす原因となり,白内障手術に残された課題である.後発白内障は形態的に線維性混濁,Elschnig’spearl,Soemmering輪,lentoidofThielの4つに分類される1).Soemmering輪は水晶体.の赤道部に残存した水晶体上皮細胞が形成するリング状の白色組織であり2~6),近年では超音波水晶体乳化吸引術の普及に伴い発生頻度は少なくなっている.水晶体.外摘出術後にはより高頻度にみられていたが,Soemmering輪が単体で閉塞隅角緑内障を誘発したという報告はない.筆者らは毛様体ブロック発生の主因となりうる小眼球7)や緑内障手術の既往8,9)がなく,治療経過から高度なSoemmering輪が毛様体ブロック発生の主因となったと考えられる続発閉塞隅角緑内障の1例を経験したので報告する.I症例患者:88歳,女性.〔別刷請求先〕松山加耶子:〒570-8507守口市文園町10-15関西医科大学附属滝井病院眼科Reprintrequests:KayakoMatsuyama,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,10-15Fumizono-cho,Moriguchi,Osaka570-8507,JAPANSoemmering輪による続発閉塞隅角緑内障の1例松山加耶子*1南野桂三*1安藤彰*1竹内正光*1和田光正*1嶋千絵子*1松岡雅人*1福井智恵子*1桑原敦子*1松山英子*2西村哲哉*1*1関西医科大学附属滝井病院眼科*2荒川眼科Angle-ClosureGlaucomaInducedbySoemmering’sRings─CaseReportKayakoMatsuyama1),KeizoMinamino1),AkiraAndo1),MasamitsuTakeuchi1),MitsumasaWada1),ChiekoShima1),MasatoMatsuoka1),ChiekoFukui1),AtsukoKuwahara1),EikoMatsuyama2)andTetsuyaNishimura1)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,2)ArakawaEyeClinic白内障術後10年以上経過してから発症した高度なSoemmering輪を伴う続発閉塞隅角緑内障の1例を経験した.隅角癒着解離術と硝子体切除術では改善せずSoemmering輪を摘出した.本症例は小眼球や緑内障の既往はないが浅前房を呈し,治療経過と術前後の超音波生体顕微鏡所見からSoemmering輪が主因である毛様体ブロック緑内障と診断した.Soemmering輪のみで毛様体ブロックが起こった可能性は低く,本症例ではSoemmering輪に毛様体の前方移動が重なって毛様体ブロックが発生したと考えられた.Soemmering輪に閉塞隅角緑内障を合併する症例では毛様体ブロックを疑いレーザー虹彩切開術とYAGレーザーによるSoemmering輪の破砕術を考慮し,不可能であればSoemmering輪の摘出を行う必要がある.Wereportacaseofangle-closureglaucomawithanextensiveSoemmering’sring,observedmorethan10yearsaftercataractsurgery.Soemmering’sringwasremovedbecausecombinedsurgeryofanteriorvitrectomyandgoniosynechialysiswasnoteffective.Thepatienthadneithernanophthalmosnorahistoryofglaucomasurgery.Onthebasisofthemedicalcourseandresultsofultrasoundbiomicroscopicexaminationbeforeandaftersurgery,wediagnosedthiscaseasciliaryblockglaucomainducedbySoemmering’sring.However,sinceciliaryblockisrarelyinducedbySoemmering’sringalone,weassumethatthecombinationofSoemmering’sringandanteriorrotationoftheciliaryprocesspromotedtheciliaryblock.Whenangle-closureglaucomaisaccompaniedbySoemmering’sring,andcombinedtreatmentoflaseriridotomyandYAGlaserphotodisruptionisimpossible,theringshouldberemoved.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1603.1606,2010〕Keywords:Soemmering輪,毛様体ブロック緑内障,超音波生体顕微鏡(UBM),毛様体の前方移動,硝子体手術.Soemmering’sring,ciliaryblockglaucoma,ultrasoundbiomicroscopy(UBM),anteriorrotationoftheciliaryprocess,parsplanavitrectomy.1604あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(122)主訴:右眼痛.現病歴:平成20年末頃から右眼痛を自覚して近医を受診.右眼眼圧が50mmHgと高く眼圧降下剤の点眼および内服を使用するも眼圧コントロールが不良なため,平成21年1月29日当科を紹介された.既往歴:10年以上前に両眼白内障手術施行(術式不明).家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼0.5(1.0×sph.2.75D(cyl.0.5DAx145°),左眼0.4(0.9×sph+1.0D(cyl.0.5DAx180°)で,眼圧は近医からのアセタゾラミドの内服および右眼にラタノプロストとチモロールの点眼を使用して右眼32mmHg,左眼16mmHgであった.両眼ともIOL挿入眼で,炎症所見や後.破損はなくIOLは.内固定であったが,光学部のエッジは散瞳が不良なため観察できなかった.右眼の中央前房深度がやや浅くIOLが前方に押し出され虹彩裏面に接していた(図1).虹彩のforwardbowingはなく前房深度はvanHerick法で1/3から1/4であった.右眼の隅角は約270°閉塞しており(図2),中央前房深度は超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscopy:UBM)で2.3mmとIOL挿入眼としては浅かった.毛様体の前方移動と毛様溝の閉塞が全周でみられたが,毛様体の扁平化はみられなかった.毛様体突起部が前方に強く牽引,あるいは後方から圧排されて図1右眼前眼部IOLは.内固定であるが虹彩の直後に光学部がみられ,前房深度はやや浅い.………………..図3術前の右眼UBM像中央前房深度は2.3mm.白矢印:前方移動している毛様体.緑矢印:虹彩下の高反射領域(Soemmering輪).図2右眼隅角緑矢印の部位のみ開放している.………………..図4初回手術後の右眼UBM像中央前房深度は2.37mm.図3と比較して隅角の形態に変化はない.(123)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101605いるために毛様溝が閉塞しているようであった.IOL光学部と毛様体の間で虹彩のすぐ後方に虹彩根部を前房側へ圧迫するように存在する,虹彩および毛様体とほぼ同輝度のmasslesionが全周にみられ,白内障手術後であることや存在部位よりSoemmering輪と考えられた(図3).左眼の毛様体は位置や形態の異常はなかった.眼軸長は右眼21.82mm,左眼21.74mmであり,眼底は両眼とも異常なかった.経過:毛様体ブロック緑内障(悪性緑内障)に対しては硝子体切除術が有効であるため10,11),硝子体の完全切除とSoemmering輪の摘出ならびにIOL縫着術の併用を予定した.しかし3月9日の術中に硝子体を後部まで完全に切除したところ前房が深くなり,房水のmisdirectionが改善したと判断してSoemmering輪を摘出しなかった.硝子体切除と同時に周辺虹彩前癒着に対して隅角癒着解離術ならびに25ゲージ硝子体カッターを用いた周辺部虹彩切除術を併用した.しかし浅前房が持続して眼圧も25~30mmHgと高く,隅角は下方以外閉塞していたためレーザー隅角形成術を行うも無効であった.虹彩切除部から観察できたSoemmering輪は高度に肥厚しておりYAGレーザーは不可能と判断した.術後のUBM検査では中央前房深度が2.37mmで隅角の形態にも変化はなかった(図4)ため,単なる毛様体ブロック緑内障ではなくSoemmering輪が隅角の閉塞に関与していると判断し,3月16日にSoemmering輪ならびに水晶体.切除とIOL縫着術を施行した.術後に隅角は全周開放されており(図5),眼圧も10mmHg前後に低下した.UBM検査では中央前房深度は3.73mmと深くなり,隅角は全周開大していたが毛様体の前方移動は残存していた(図6).II考按本症例は浅前房,閉塞隅角,高眼圧がみられるが虹彩後癒着や瞳孔ブロックがなく,UBM検査にて高度なSoemmering輪がみられたため,白内障術後10年以上経過しているがSoemmering輪による虹彩根部の圧迫や毛様体ブロックが原因であると考えた.毛様体ブロック緑内障(悪性緑内障)はaqueousmisdirectionglaucomaともよばれ,原発閉塞隅角緑内障の手術後に生じた前房消失と高眼圧を伴う,治療に抵抗する重篤な合併症としてvonGraefeが最初に報告した12).おもに狭隅角眼の内眼手術後に起こる合併症と考えられていた13)が,白内障術後14)やレーザー虹彩切開術後15)などの症例も報告されている.毛様体ブロックの解除には硝子体切除が有効であるが,前部硝子体切除のみでは解除できないという報告10,11)もあるため,硝子体全切除とSoemmering輪の摘出,IOL縫着術の併用を予定した.しかし術中に硝子体を後部まで完全に切除したところ前房が深くなり,房水のmisdirectionが改善したと判断してSoemmering輪を摘出しなかった.その結果術後に病態が改善せず,再手術でSoemmering輪を摘出したところ改善した.このことからもSoemmering輪が本症例における毛様体ブロックの主因であることが示唆される.毛様体ブロックでは毛様体突起部と水晶体赤道部が接して房水の流れが阻止されると説明されているが,毛様体の前方移動が起これば毛様体突起部と水晶体赤道部の間隙は狭くなり硝子体から後房への房水の流れが阻害される16).現在までにSoemmering輪だけで毛様体ブロックが発生したという報告はないため,本症例ではSoemmering輪が高度に発達してきたことで水晶体.と毛様体の間隙が狭小化しているところに毛様体の前方移動が合併して毛様体ブロックを生じた可能性が考えられる.IOL挿入眼でSoemmering輪により図5再手術後の右眼隅角隅角は全周広く開放している.………………..図6再手術後の右眼UBM像中央前房深度は3.73mm.隅角は全周広く開大しているが毛様体の前方移動は残存している(矢印).1606あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(124)瞳孔ブロックと毛様体-水晶体.(Soemmering輪)ブロックを合併し,レーザー虹彩切開術とYAGレーザーによるSoemmering輪の破砕術の併用にて治癒した症例の報告がある17)が,この症例では房水は硝子体内にmisdirectionせず前部硝子体膜が硝子体側に押し下げられ完全な毛様体ブロック緑内障にはなっていなかったことが考えられる.本症例の毛様体の前方移動の原因には4つの可能性が考えられる.1つはもともと毛様体の前方回転を伴うプラトー虹彩形状で,白内障手術後にプラトー虹彩形状は改善したが毛様体の前方回転は残存しているところにSoemmering輪の発生が重なって毛様体ブロックを発生したことがあげられる.しかし,左眼の毛様体に位置や形態の異常がなかったことから,この可能性は低い.2つめは原発閉塞隅角緑内障のUBM検査所見で微小な毛様体,脈絡膜.離が観察されたとの報告があり18,19),毛様体の前方移動の原因になりうる.初診時のUBM検査(図3)ではそれらの所見はみられず,本症例ではこのことが毛様体の前方移動の原因である可能性は低い.3つめはSoemmering輪が高度に増大してきたことでZinn小帯を介して,二次的に毛様体が前方移動したことである.つまりSoemmering輪が眼の前後軸方向にIOLを挟むように増大し,水晶体.が前方に移動したという病態である.上記2つの可能性が低いことから,本症例はSoemmering輪の高度な増大による毛様体の前方移動したことが最も考えられる.以上の3つの病態は毛様体ブロック発症前に生じるもので,毛様体ブロックの発症を助長する可能性がある.4つめはSoemmering輪が発達してきたことで後房が狭くなり毛様体ブロックが発生した後,二次的に毛様体の前方移動が生じたことが考えられる.この病態は毛様体ブロックの発症には関与しないが毛様体ブロックをさらに悪化させる原因となりうる.毛様体ブロック緑内障の報告では毛様体の前方移動が高度になり毛様体が扁平化していることが多いが,本症例は毛様体が前方回転している程度の異常であり,さらに前房が消失するほどの浅前房でないことからも硝子体腔と前後房の圧較差は高度ではないと考えられた.つまりSoemmering輪の増大に伴って慢性的な経過で徐々に毛様体ブロックが生じたものと推察される.したがって本症例における閉塞隅角緑内障の発症機序として毛様体ブロックから房水のmisdirectionが生じることにより水晶体.(Soemmering輪)が前方移動し,増大したSoemmering輪が直接虹彩裏面から虹彩根部を圧迫することで隅角閉塞機序が生じたこと,全周にわたりSoemmering輪が高度に発達していたため二次的に虹彩-Soemmering輪ブロックを生じて房水のmisdirectionが増悪したこと,この2点が考えられた.これらの病態から最終的に,IOLとSoemmering輪,毛様体が一体となって,前方に押され隅角閉塞の病態を呈したと推察した.Soemmering輪に毛様体ブロック緑内障(悪性緑内障)を合併した症例にはレーザー虹彩切開術とSoemmering輪肥厚の程度によってはYAGレーザーによるSoemmering輪の破砕を試みて,不可能であればSoemmering輪の摘出を考慮する必要があると思われた.文献1)永本敏之:後発白内障.眼の細胞生物学,p160-167,中山書店,20002)KappenlhofJP,VrensenGFJM,DeJongPTVMetal:TheringofSoemmeringinman.GraefesArchClinExpOphthalmol225:77-83,19873)GuhaGS:Soemmeringringanditsdislocations.BrJOphthalmol35:226-231,19514)林研:後発白内障の成因と対策.臨眼55:129-133,20015)綾木雅彦,邸信雄,鈴木純:超音波乳化吸引術後の水晶体上皮細胞の動態.あたらしい眼科5:1651-1653,19886)渡名喜勝,平岡利彦,小暮文雄:白色野兎水晶体における超音波乳化吸引術後の上皮細胞の変化─眼内レンズ挿入眼と非挿入眼の比較.日眼会誌97:1027-1033,19937)森實祐基,永山幹夫,高須逸平ほか:悪性緑内障を生じた小眼球症の1例.臨眼54:1230-1234,20008)上田潤,沢口昭一,金澤朗子ほか:悪性緑内障とplateauirisconfiguration.日眼会誌101:723-729,19979)谷原秀信,永田誠,奥平晃久:後.切開により治癒した悪性緑内障の2例.日眼会誌92:285-290,198810)奈良部典子,飯島建之,朝蔭博司ほか:後.切開・前部硝子体切除後に発症した両眼悪性緑内障.あたらしい眼科16:720-722,199911)宮代美樹,尾辻剛,畑埜浩子:肥厚した前部硝子体膜を切除することにより毛様体ブロックが解除された悪性緑内障の1例.眼科手術19:101-104,200612)vonGraefeA:BeitragezurPathologieundTherapiedesGlaucoms.GraefesArchClinExpOphthalmol15:108-252,186913)SimmonsRJ:Malignantglaucoma.BrJOphthalmol56:263-272,197214)ReedJE,ThomasJV,LytleRAetal:Malignantglaucomainducedbyanintraocularlens.OphthalmicSurg21:177-180,199015)CashwellLF,MartinTJ:Malignantglaucomaafterlaseriridotomy.Ophthalmology99:651-659,199216)EpsteinDL,HashimotoJM,AndersonPJetal:Experimentalperfusionsthroughtheanteriorandvitreouschamberswithpossiblerelationshipstomalignantglaucoma.AmJOphthalmol88:1078-1086,197917)KobayashiH,HiroseM,KobayashiK:UltrasoundbiomicroscopicanalysisofpseudophakicpupillaryblockglaucomainducedbySoemmering’sring.BrJOphthalmol84:1142-1146,200018)LiebmannJM,WeinrebRN,RitchR:Angle-closureglaucomaassociatedwithoccultannularciliarybodydetachment.ArchOphthalmol116:731-735,199819)SakaiH,Morine-ShinjyoS,ShinzatoMetal:Uvealeffusioninprimaryangle-closureglaucoma.Ophthalmology112:413-419,2005

ラタノプロスト点眼単剤治療とチモロール・ドルゾラミド点眼併用治療の比較

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(117)1599《原著》あたらしい眼科27(11):1599.1602,2010cはじめにエビデンスに基づいた唯一の緑内障治療は眼圧下降であることが大規模臨床試験で確認されており1,2),多くの症例では最初に点眼治療が行われる.点眼治療は,まず単剤を使用し,眼圧下降不十分ならば,他剤に変更するか多剤併用となる.多剤併用とする場合には,選択薬剤の副作用の発現やコンプライアンスの低下に十分に注意を払う必要がある.現在,緑内障治療点眼薬の第一選択は眼圧下降作用の強いプロスタグランジン関連点眼薬(以下,PG薬)か交感神経b遮断薬(以下,b遮断薬)であるが,PG薬が選択されることが多いと思われる.PG薬は眼圧下降作用が強くて全身的副作用が少ないため,高齢者や全身合併症を有する場合は使用しやすいものの,局所的副作用である睫毛成長促進や眼瞼色素沈着など3)美容的な問題のため使用しにくい場合もある.〔別刷請求先〕加畑好章:〒125-8506東京都葛飾区青戸6-41-2東京慈恵会医科大学附属青戸病院眼科Reprintrequests:YoshiakiKabata,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicine,AotoHospital,6-41-2Aoto,Katsushika-ku,Tokyo125-8506,JAPANラタノプロスト点眼単剤治療とチモロール・ドルゾラミド点眼併用治療の比較加畑好章*1中島未央*1後藤聡*1久米川浩一*1高橋現一郎*1常岡寛*2*1東京慈恵会医科大学附属青戸病院眼科*2東京慈恵会医科大学眼科学講座AComparisonofLatanoprostMonotherapywithTimolol-DorzolamideCombinedTherapyYoshiakiKabata1),MioNakajima1),SatoshiGoto1),KoichiKumegawa1),GenichiroTakahashi1)andHiroshiTsuneoka2)1)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicine,AotoHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicine目的:0.5%チモロール点眼薬(T)を使用して効果不十分な緑内障症例に対して,ラタノプロスト点眼(L)単剤療法への切り替え群(A群):(T→L)と1%ドルゾラミド点眼(D)を追加した併用療法群(B群):(T+D)とに分け,両群の眼圧,中心角膜厚,血圧,脈拍を測定し比較した.対象および方法:A群13例13眼,B群13例13眼で,眼圧・中心角膜厚・血圧・脈拍を変更前,変更後3カ月,6カ月で測定し比較した.結果:変更後6カ月の眼圧低下率は,A群:.14.1±9.9%,B群:.14.1±20.4%,A,B群ともに変更後6カ月で有意に低下しており,A,B群間で有意差はなかった.中心角膜厚・血圧・脈拍については,変更前後で有意な変化はなかった.結論:T→LとT+Dでは同等の眼圧下降効果が認められた.中心角膜厚,血圧,脈拍に変化はなかった.Purpose:Tocomparelatanoprostmonotherapywithtimolol-dorzolamidecombinedtherapy.Methods:Patientsreceivinginadequatetreatmentwithtimolol0.5%(T)wererandomlyassignedtoAorBgroup.Agroup(13eyesof13patients)wasswitchedtolatanoprost(L)only;thiswasthemonotherapygroup(T→L).Bgroup(13eyesof13patients)wasswitchedtoacombinationofdorzolamide1%(D)and(T);thiswasthecombinedtherapygroup(T+D).Wemeasuredintraocularpressure(IOP),visualfield,centralcornealthickness,bloodpressureandheartratebeforeandat3and6monthsaftertheswitch,andcomparedtheresults.Results:ThepercentageofIOPreductionat6monthsaftertheswitchwas.14.1±9.9%inAgroupand.14.1±20.4%inBgroup.Inbothgroups,IOPhaddecreasedsignificantlyat6monthsafterswitching.TherewerenosignificantdifferencesbetweenAandBgroupsintermsofcentralcornealthickness,bloodpressure,heartrateorvisualfield.Conclusion:(T→L)and(T+D)exhibitedsimilareffectsintermsofIOPreduction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1599.1602,2010〕Keywords:ラタノプロスト,チモロール,ドルゾラミド,単剤療法,併用療法.latanoprost,timolol,dorzolamide,monotherapy,combinedtherapy.1600あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(118)一方,b遮断薬は第一選択薬としての歴史が長く,眼圧下降効果も比較的強いが,局所的副作用は少ないものの全身的副作用が懸念され,また長期の使用で効果が減弱する傾向がみられる4),という問題点を有している.単剤で効果が不十分な場合は,他剤へ切り替えるか併用療法となるが,炭酸脱水酵素阻害点眼薬(以下,CAI点眼薬)は,他の点眼薬と作用機序が異なり,しかも全身的・局所的な副作用が比較的少ないため,併用薬としてよく使用されている5,6).いままで,PG薬,b遮断薬,CAI点眼薬のさまざまな組み合わせの比較検討が報告7,8)されているが,PG薬単剤療法とb遮断薬・CAI点眼薬併用療法を比較した報告はわが国では少ない9,10).今回筆者らは,b遮断薬である0.5%チモロール点眼薬(0.5%チモプトールR点眼液)を使用して眼圧下降効果不十分な症例に対して,0.5%チモロール点眼薬からラタノプロスト点眼薬(キサラタンR点眼液)単剤療法への切り替え群と0.5%チモロール点眼薬にCAI点眼薬である1%ドルゾラミド点眼薬(1%トルソプトR点眼液)を追加した併用療法群とに分け,両群での眼圧,視野,中心角膜厚,血圧,脈拍の経過を測定し比較検討した.I対象および方法2007年9月~2009年3月に東京慈恵会医科大学附属青戸病院を受診した原発開放隅角緑内障,正常眼圧緑内障,高眼圧症の患者で,1カ月以上0.5%チモロール点眼薬(1日2回)を使用したが,効果不十分(視野の悪化が認められる症例,または原発開放隅角緑内障眼圧・高眼圧症の患者では眼圧18mmHg以上の症例,正常眼圧緑内障の患者では目標眼圧に達成しない症例)と判断された症例を対象とした.休止期間を設けず,封筒法を使用して無作為にA群:0.5%チモロール点眼薬からラタノプロスト点眼薬(1日1回)へ切り替えた単剤療法群,B群:0.5%チモロール点眼薬に1%ドルゾラミド点眼薬(1日3回)を追加した併用療法群の2群に分け,両群の眼圧,中心角膜厚,血圧,脈拍について比較検討した.両眼ともに治療している患者は,両眼とも点眼薬を変更し,右眼を解析対象とした.眼圧測定には,非接触型眼圧計(RTK-7700,ニデック社)を使用し,3回測定した平均値を測定値とした.測定時刻は症例ごとに一定とした.変更前,変更後3カ月目,6カ月目に測定し比較した.視野は変更前,変更後6カ月目に測定し,Humphrey静的視野計を使用したA群8例,B群5例のmeandeviation(MD)値,patternstandarddeviation(PSD)値を比較した.Humphrey静的視野計にて信頼度の低いA群5例,B群8例にはGoldmann動的視野計を使用して測定した.点眼薬による角膜厚への影響を検討するため,中心角膜厚を超音波パキメーター(AL-3000,トーメー社)を用いて,変更前,変更後3カ月目,6カ月目に測定し比較した.全身への影響のなかで,最も重要と考えられる循環器系への影響を検討するため,30分以上安静後の血圧(収縮期,拡張期),脈拍を変更前,変更後3カ月目,6カ月目に測定し比較した.統計学的処理は,群内比較にはpairedt検定,群間比較にはunpairedt検定を行い,有意水準をp<0.05として解析した.本研究は,ヘルシンキ宣言を遵守しており,東京慈恵会医科大学での倫理委員会の承認を得た後に,患者から文書でのインフォームド・コンセントを得て,その書面を保存した.II結果6カ月以上経過観察を行えた26例26眼(男性12例,女性14例)で,A群:13例13眼(男性7例,女性6例),B群:13例13眼(男性5例,女性8例)を解析対象とした.平均年齢は67.8±11.7歳(42~84歳)であった.緑内障の病型は,A群:原発開放隅角緑内障6例,正常眼圧緑内障7例,高眼圧症0例,B群:原発開放隅角緑内障4例,正常眼圧緑内障7例,高眼圧症2例であった.平均年齢はA群70.6±10.4歳,B群64.7±13.0歳で,A,B群間に有意差はなかった(p=0.22).屈折は,等価球面度数でA群.1.53±1.93D,B群.0.23±3.26Dで,A,B群間に有意差はなかった(p=0.11).眼圧値の経過は,A群:変更前16.9±3.6mmHg,変更後3カ月目15.5±3.1mmHg(p=0.088),6カ月目14.5±3.3mmHg(p<0.001),B群:変更前18.2±5.5mmHg,変更後3カ月目15.5±4.9mmHg(p<0.05),6カ月目15.5±5.1mmHg(p<0.05)であり,変更前と比較してA群では変更後6カ月目に,B群では変更後3カ月目,6カ月目で有意に下降していた(図1).眼圧下降率は,A群:変更後3カ月目で.7.0±14.1%,6図1点眼変更前後の眼圧値○:A群(n=12),●:B群(n=12).*p<0.05,**p<0.001(pairedt-test).252015105変更前眼圧(mmHg)6カ月後*3カ月後***(119)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101601カ月目で.14.1±9.9%であるのに対して,B群:変更後3カ月目で.13.8±15.2%,6カ月目.14.1±20.4%であり,両群とも,ほぼ同様の眼圧下降を認めた.A群とB群との比較では,変更後3カ月目(p=0.25),6カ月目(p=0.99)で有意差はなかった.静的視野については,A群:MD値は変更前.6.06±9.19dB,変更後6カ月目.5.73±8.30dB(p=0.57),PSD値は変更前5.53±4.78dB,変更後6カ月目6.06±4.71dB(p=0.35)であるのに対して,B群:MD値は変更前.2.72±2.88dB,変更後6カ月目.1.42±2.65dB(p=0.07),PSD値は変更前4.27±2.06dB,変更後6カ月目3.25±2.43dB(p=0.15)であり,両群ともに変更前と比較して変更後6カ月目で有意差はなかった.Goldmann動的視野計を使用したA群5例,B群8例では,変更前,変更後6カ月目で変化は認めなかった.中心角膜厚,血圧,脈拍については,両群ともに変更前と比較して変更後3カ月目,6カ月目でいずれも有意差を認めなかった(表1).中心角膜厚は,A群とB群との比較では変更前(p=0.06),変更後3カ月目(p=0.09),6カ月目(p=0.08)で有意差を認めなかった.III考按欧米ではチモロール点眼薬とドルゾラミド点眼薬の配合剤(CosoptR)がすでに使用可能であり,ラタノプロスト点眼薬単剤投与との比較は多数報告されていて,ほぼ同等の眼圧下降といわれている11,12).本研究において,チモロール点眼薬からラタノプロスト点眼薬へ変更したときの眼圧下降率は変更後6カ月で.14.1±9.9%,チモロールにドルゾラミドを追加したときの眼圧下降率は.14.1±20.4%であった.両群ともに,ベースライン時と比較し同程度の有意な眼圧下降を認め,両群間は同程度の眼圧下降であり,過去の報告11,12)と同じであった.眼圧測定には,非接触型眼圧計を使用した.当院では普段の診療において非接触型眼圧計を使用しており,本研究での対象患者も日常診療では非接触型眼圧計での測定値で経過観察していた.本研究では,得られた眼圧値や中心角膜厚の値に,正常値からの大幅な逸脱がなかったため,非接触型眼圧計での測定値を採用した.静的視野検査においても両群間で有意な変化を認めなかったが,今回は症例数が少なく,観察期間も短かった.さらに,静的視野検査の信頼度が低く,動的視野検査を行っている症例もあるため,今回の結果は参考値として検討した.今後長期にわたる検討が必要であると思われた.中心角膜厚によって,眼圧値や薬剤浸透に影響を及ぼすと報告されている13).本研究では,両群ともに点眼変更前と比較して有意差を認めず,A群とB群との比較でも有意差を認めなかった.したがって,本研究の結果に対する中心角膜厚の影響は少ないと考えられた.CAI点眼薬は毛様体に存在する炭酸脱水酵素II型を阻害し房水産生を抑制する14)が,炭酸脱水酵素II型は角膜内皮にも存在するため,角膜にも影響を与える可能性がある.同じCAI点眼薬であるブリンゾラミド点眼薬での報告では,角膜内皮への影響があるとは結論されていない15)が,内皮細胞数の減少した症例にドルゾラミド点眼薬やブリンゾラミド点眼薬を投与し,角膜浮腫をきたした報告16)があるため,使用に際しては注意が必要である.今回は角膜内皮数の検討は行っていないが,CAI点眼薬が原因と思われる角膜浮腫などの合併症はみられなかった.CAI点眼薬は,古くより経口・点滴投与も行われてきた薬剤であり,現在もアセタゾラミドが使用されている.しかし経口・点滴投与はさまざまな全身的副作用があり,長期連用が困難である17).CAI点眼薬は,内服での副作用を軽減するため開発された薬剤であり,PG薬とともに重篤な全身的副作用の報告は少ない.本研究でも循環器系に対する影響は両群とも認めなかった.本研究の結果,チモロール点眼薬からラタノプロスト点眼薬への変更,チモロール点眼薬にドルゾラミド点眼薬の追加では同等の眼圧下降を認め,角膜や循環器系への影響も差がなかった.このことから,b遮断薬で効果不十分な症例にお表1点眼変更前後の血圧,脈拍,中心角膜厚(平均値±標準偏差)A群B群点眼変更前変更後3カ月変更後6カ月点眼変更前変更後3カ月変更後6カ月収縮期血圧(mmHg)131.5±16.7132.5±20.0(p=0.85)134.5±19.2(p=0.62)133.3±12.9133.8±16.2(p=0.89)134.8±13.8(p=0.67)拡張期血圧(mmHg)75.5±10.480.0±9.4(p=0.22)80.3±11.9(p=0.18)79.8±12.577.9±13.6(p=0.46)78.8±11.0(p=0.67)脈拍数(回/分)70.1±9.674.1±12.4(p=0.11)71.5±12.1(p=0.45)72.7±11.068.0±8.0(p=0.17)69.2±7.8(p=0.27)中心角膜厚(μm)567.9±42.7567.4±41.8(p=0.85)562.4±40.6(p=0.08)539.2±38.4536.2±34.7(p=0.23)536.6±34.5(p=0.34)1602あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(120)いては,PG薬へ変更するかわりに,CAI点眼薬を追加する手段も選択肢の一つになりうると考えられた.CAI点眼薬の追加は,PG薬への変更より美容的副作用の点で利点があり,有用である.しかし,点眼回数が多くなるため,コンプライアンスの低下には十分に注意を払う必要がある.点眼薬の効果を保ちつつコンプライアンスを低下させないためにも,わが国での配合剤導入が待たれる.文献1)TheAdvancedGlaucomaInterventionStudy(AGIS)7:Therelationshipbetweencontrolofintraocularpressureandvisualfielddeterioration.AmJOphthalmol130:429-440,20002)KassMA,HeuerDK,HigginbothamEJ:TheOcularHypertensionTreatmentStudy:Arandomizedtrialdeterminesthattopicalocularhypotensivemedicationdelaysorpreventstheonsetofprimaryopen-angleglaucoma.ArchOphthalmol120:701-713,20023)北澤克明:ラタノプロスト点眼液156週間長期投与による有効性および安全性に関する多施設共同オープン試験.臨眼60:2047-2054,20064)徳岡覚:b遮断薬:新図説臨床眼科講座,第4巻緑内障(新家眞編),p214-216,メジカルビュー社,19985)柴田真帆,湯川英一,新田進人ほか:混合型緑内障患者に対する1%ドルゾラミド点眼追加投与の眼圧下降効果.臨眼59:1999-2001,20056)緒方博子,庄司信行,陶山秀夫ほか:ラタノプロスト単剤使用例へのブリンゾラミド追加による1年間の眼圧下降効果.あたらしい眼科23:1369-1371,20067)廣岡一行,馬場哲也,竹中宏和ほか:開放隅角緑内障におけるラタノプロストへのチモロールあるいはブリンゾラミド追加による眼圧下降効果.あたらしい眼科22:809-811,20058)ItoK,GotoR,MatsunagaKetal:Switchtolatanoprostmonotherapyfromcombinedtreatmentwithb-antagonistandotherantiglaucomaagentsinpatientswithglaucomaorocularhypertension.JpnJOphthalmol48:276-280,20049)小嶌祥太,杉山哲也,柴田真帆ほか:ラタノプロスト単独点眼からチモロール・ドルゾラミド併用点眼へ切り替え時の眼圧,視神経乳頭血流の変化.あたらしい眼科26:1122-1125,200910)SakaiH,ShinjyoS,NakamuraYetal:Comparisonoflatanoprostmonotherapyandcombinedtherapyof0.5%timololand1%dorzolamideinchronicprimaryangleglaucoma(CACG)inJapanesepatients.JOculPharmacolTher21:483-489,200511)FechtnerRD,McCarrollKA,LinesCRetal:Efficacyofthedorzolamide/timololfixedcombinationversuslatanoprostinthetreatmentofocularhypertensionorglaucoma:combinedanalysisofpooleddatafromtwolargerandomizedobserverandpatient-maskedstudies.JOculPharmacolTher21:242-249,200512)KonstasAG,KozobolisVP,TsironiSetal:Comparisonofthe24-hourintraocularpressure-loweringeffectsoflatanoprostanddorzolamide/timololfixedcombinationafter2and6monthsoftreatment.Ophthalmology115:99-103,200813)BrandtJD,BeiserJA,GordonMOetal:CentralcornealthicknessandmeasuredIOPresponsetotopicalocularhypotensivemedicationintheOcularHypertensionTreatmentStudy.AmJOphthalmol138:717-722,200414)MarenTH:Carbonicanhydrase:Generalperspectivesandadvancesinglaucomaresearch.DrugDevRes10:255-276,198715)井上賢治,庄司治代,若倉雅登ほか:ブリンゾラミドの角膜内皮への影響.臨眼60:183-187,200616)安藤彰,宮崎秀行,福井智恵子ほか:炭酸脱水酵素阻害薬点眼後に不可逆的な角膜浮腫をきたした1例.臨眼59:1571-1573,200517)KonowalA,MorrisonJC,BrownSVetal:Irreversiblecornealdecompensationinpatientstreatedwithtopicaldorzolamide.AmJOphthalmol127:403-406,199918)安田典子:炭酸脱水酵素阻害剤長期使用上の注意.眼科29:405-412,1981***

正常眼圧緑内障に対するイソプロピル ウノプロストン3 年間点眼の眼圧およびセクター別の視野に及ぼす効果

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(111)1593《原著》あたらしい眼科27(11):1593.1597,2010cはじめに緑内障治療の最終目標は視野障害の進行を停止または遅延させ,残存視野を維持することで,そのために唯一高いエビデンスが得られている治療が眼圧下降である1,2).眼圧下降治療の第一選択は通常点眼薬治療である.イソプロピルウノプロストン(以下,ウノプロストン)はプロスタグランジンF2a代謝型化合物で,ぶどう膜強膜流出路経由の房水流出を増加させることで眼圧を下降させる.ウノプロストンはその他に血管弛緩による微小循環血流の改善作用,線維柱帯細胞の弛緩によるconventionaloutflowの増加作用,神経系の細胞膜の過分極による神経保護作用を有し,眼圧下降以外にこれらの作用が視野維持に寄与していると考えられている3~10).点眼薬の評価は単剤投与での眼圧下降と,視野検査による視野障害の確認で行われるが,特に正常眼圧緑内障の視野障害進行は通常緩徐で,その判定には長期的な経過観察が必要である.さらに視野障害進行の判定法は多数あり,判〔別刷請求先〕井上賢治:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:KenjiInoue,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN正常眼圧緑内障に対するイソプロピルウノプロストン3年間点眼の眼圧およびセクター別の視野に及ぼす効果井上賢治*1澤田英子*1増本美枝子*1若倉雅登*1富田剛司*2*1井上眼科病院*2東邦大学医学部眼科学第二講座EffectofIntraocularPressureandVisualFieldsDividedinto6SectorsforNormal-TensionGlaucomaPatientsTreatedwithIsopropylUnoprostonefor3YearsKenjiInoue1),HidekoSawada1),MiekoMasumoto1),MasatoWakakura1)andGojiTomita2)1)InouyeEyeHospital,2)2ndDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicineイソプロピルウノプロストンを正常眼圧緑内障患者に3年間以上単剤投与した際の眼圧や視野に及ぼす影響を検討した.イソプロピルウノプロストンを単剤で新規に投与し,3年間以上継続して使用でき,上方のみに視野障害を有する正常眼圧緑内障患者20例20眼を対象とした.眼圧,視野検査におけるmeandeviation(MD)値を1年ごとに比較した.視野障害はトレンド解析,イベント解析でも評価した.視野を6セクターに分類して1年ごとに各セクターのtotaldeviation(TD)値を比較した.眼圧は3年間にわたり有意に下降した.MD値は投与前後で同等であった.トレンド解析,イベント解析ともに3年間で各2例が視野障害進行と判定された.TD値は6セクターとも投与前後で変化なかった.イソプロピルウノプロストンは正常眼圧緑内障に対して,3年間持続的な眼圧下降作用をもち,視野維持におおむね有用である.Wereporttheeffectof3yearsoftreatmentwithisopropylunoprostoneineyeswithnormal-tensionglaucoma.Thisstudyinvolved20eyesof20patientswithnormal-tensionglaucomawhoreceivedisopropylunoprostoneformorethanthreeyears.Intraocularpressure(IOP)andmeandeviationofHumphreyvisualfieldtestweremonitoredandevaluatedevery6months.Humphreyvisualfieldtesttrendsandeventswerealsoanalyzed.Visualfieldsweredividedinto6sectorsandthetotaldeviation(TD)ofeachsectorwascomparedbetweenbeforeandaftertreatment.MeanIOPdecreasedsignificantlyaftertreatment.Meandeviationdidnotchangesignificantlyduringthethreeyears.Visualfieldperformanceworsenedfor2patientsintrendanalysis,andforanother2patientsineventanalysis.TheTDforeachsectorwassimilarbetweenbeforeandaftertreatment.IsopropylunoprostoneshowedIOPreductionandanearlystabilizedvisualfieldfor3years.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1593.1597,2010〕Keywords:正常眼圧緑内障,イソプロピルウノプロストン,眼圧,視野,セクター.normal-tensionglaucoma,isopropylunoprostone,intraocularpressure,visualfield,sector.1594あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(112)定基準法,ステージ分類法,直線回帰解析(トレンド解析),イベント解析などがあげられる.このように多数の判定法が存在し,同一患者でも判定法により評価が異なることもあり,点眼薬の視野に対する治療効果の評価は困難である.ウノプロストンの単剤投与による長期治療成績は多数報告されている11~16)が,視野障害の進行をmeandeviation(MD)値やmeandefect値以外で検討した報告は少ない11,12).そこで今回,ウノプロストン点眼薬の正常眼圧緑内障に対する眼圧および視野への長期間投与の効果を,視野障害についてはさまざまな評価法を用いてレトロスペクティブに検討した.I対象および方法2003年8月から2006年7月の間に井上眼科病院で0.12%ウノプロストン点眼薬を単剤で投与し,3年間以上継続して使用でき,投与開始時に上方のみに視野障害を有する正常眼圧緑内障患者20例20眼(男性13例13眼,女性7例7眼)を対象とした.平均年齢は58.9±10.1歳(平均±標準偏差)(28~75歳)であった.投与前眼圧は15.1±2.1mmHg,Humphery視野プログラム中心30-2SITA-StandardのMD値は.5.4±3.7dBであった.正常眼圧緑内障の診断基準は1)日内変動を含む,無治療時および経過中に測定した眼圧が21mmHg以下であり,2)視神経乳頭と網膜神経線維層に緑内障性変化を有し,それに対応する視野異常を認め,3)視野異常をきたしうる緑内障以外の眼疾患や先天異常,全身疾患を認めず,4)隅角検査で正常開放隅角を示すものとした.過去に内眼手術やレーザー治療,局所的あるいは全身的ステロイド治療歴を有するものは除外した.ウノプロストン点眼(1日2回朝夜点眼)を開始した.眼圧は1~3カ月ごとにGoldmann圧平眼圧計を用いて,患者ごとに同一検者が測定した.視野検査は6カ月ごとにHumphery視野プログラム中心30-2SITA-Standardを行った.投与前と投与1,2,3年後の眼圧を比較した〔ANOVA(Analysisofvariance)およびBonferroni/Dunnet〕.投与前と投与1,2,3年後の視野検査におけるMD値を比較した(ANOVAおよびBonferroni/Dunnet).視野障害進行の判定はトレンド解析とイベント解析を行った.トレンド解析はMD値の経時的変化を直線回帰分析したもので,これにより算出された年単位のMD値の変化量(dB/年)を統計学的有意性とともに表した指標である.イベント解析は経過観察当初の2回の検査結果をベースラインとして,その後の検査でベースラインと比較して一定以上の悪化が認められた時点で進行と判定する.GlaucomaProgressionAnalysisを使用し,2回連続して同一の3点以上の隣接測定点に有意な低下を認めれば「進行の可能性あり」,3回連続して同一の3点以上の隣接測定点に有意な低下を認めれば「進行の傾向あり」とする.今回は「進行の傾向あり」となった時点を視野障害の進行とした.さらに視野検査結果はGarway-Heathら17)の分類に従い,図1に示す6セクターに分類し,各視野検査結果についてセクターごとのtotaldeviation(TD)値の平均値を算出し,投与前と投与1,2,3年後で比較した(ANOVAおよびBonferroni/Dunnet).有意水準は,p<0.05とした.II結果眼圧は,投与1年後は14.0±1.4mmHg,2年後は14.1±2.0mmHg,3年後は14.2±1.9mmHgであった(図2).投与前(15.1±2.1mmHg)に比べ各観察時点で眼圧は有意に下降した(p<0.05).視野のMD値は,投与1年後は.5.0±3.5dB,2年後は.5.1±3.2dB,3年後は.5.1±3.5dBで,投与前(.5.4±3.7dB)と同等であった(図3).トレンド解析で有意な悪化を示したのは2例(10%),イベント解析で「進行の傾向あり」を示したのは2例(10%)であった.トレンド解析,イベント解析ともに視野障害の進行を示していた症例はなかった.注:左眼は反転となるエリア1エリア4エリア2エリア5エリア3エリア6図1視野の6セクターによる分類投与前眼圧(mmHg)20181614121086420投与1年後投与2年後投与3年後***図2ウノプロストン投与前後の眼圧(平均±標準偏差)(*p<0.05,ANOVAおよびBonferroni/Dunnet)(113)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101595TD値はすべてのセクターにおいて投与前と投与1,2,3年後で変化なかった(図4).セクター1は投与前.4.0±4.5dB,投与1年後.3.6±4.8dB,2年後.3.5±4.0dB,3年後.3.3±4.7dBであった.セクター2は投与前.1.8±1.6dB,投与1年後.1.9±1.8dB,2年後.1.7±1.4dB,3年後.1.6±1.6dBであった.セクター3は投与前.1.8±1.7dB,投与1年後.1.5±1.8dB,2年後.1.0±1.9dB,3年後.1.2±1.7dBであった.セクター4は投与前.2.4±3.1dB,投与1年後.2.0±2.9dB,2年後.1.6±2.7dB,3年後.1.4±2.8dBであった.セクター5は投与前.7.7±8.5dB,投与1年後.7.7±8.8dB,2年後.7.8±9.1dB,3年後.7.8±9.4dBであった.セクター6は投与前.13.4±9.9dB,投与1年後.12.6±10.1dB,2年後.13.0±9.5dB,3年後.13.6±9.6dBであった.III考按原発開放隅角緑内障や正常眼圧緑内障に対するウノプロストンの単剤長期投与の眼圧下降効果については多くの報告11~16)があり,その眼圧下降幅は0.5~2.8mmHg,眼圧下降率は3.1~17.7%であった.小川ら11)は投与前眼圧が13.7±3.0mmHgの正常眼圧緑内障48例に6年間投与したところ,眼圧下降幅は1.7mmHg,眼圧下降率は12.4%であったと報告した.新田ら12)は投与前眼圧が16.3±2.4mmHgの正常眼圧緑内障37例に24カ月間以上投与したところ,眼圧下降幅は0.5~1.0mmHg,眼圧下降率は3.1~6.1%であったと報告した.石田ら13)は投与前眼圧が15.1±2.2mmHgの正常眼圧緑内障49眼に24カ月間投与したところ,眼圧下降幅は1.4mmHg,眼圧下降率は9.3%であったと報告した.筆者ら14)は正常眼圧緑内障患者を投与前眼圧によりHighteen群(16mmHg以上,30眼)とLow-teen群(16mmHg未満,22眼)に分けて24カ月間投与したところ,眼圧下降幅はHigh-teen群で2.5~2.8mmHg,Low-teen群で1.1~1.7mmHg,眼圧下降率はHigh-teen群で14.2~15.8%,Low-teen群で7.1~11.5%であったと報告した.飯田ら15)は投与前眼圧が17.7±2.8mmHgの(広義)原発開放隅角緑内障19例に2年間投与したところ,投与8カ月後と12カ月後に有意な眼圧下降を示したと報告した.斎藤ら16)は投与前眼圧が14.7±4.3mmHgの(広義)原発開放隅角緑内障32例に4年間投与したところ,眼圧下降幅は1.4~2.6mmHg,眼圧下降率は9.5~17.7%であったと報告した.今回の眼圧下降幅(0.9~1.1mmHg)と眼圧下降率(4.7~6.0%)は過去の報告11~16)に比べやや低値だったが,その原因として緑内障病型が異なることや投与前眼圧が今回(15.1±2.1mmHg)より高値の報告が多いためと考えられる.原発開放隅角緑内障や正常眼圧緑内障に対するウノプロストンの単剤長期投与の視野維持効果についても多くの報告11~16)がある.飯田ら15)は24カ月間投与によりHumphrey視野のMD値,correctedpatternstandarddeviation(CPSD)値に有意な進行はなく,MD値は投与8カ月後,CPSD値は投与8カ月後,12カ月後に有意に改善し,視野維持効果を示したと報告した.石田ら13)は投与24カ月後のMD値(.4.9±4.6dB)は投与前(.5.7±4.4dB)に比べ有意に改善していたが,CPSD値は投与24カ月後(4.8±3.9dB)と投与前(5.0±4.1dB)で変わらなかったと報告した.MD値が3dB以上悪化した症例は6.3%であった.筆者ら14)は24カ月間投与でMD値はHigh-teen群で投与前(.4.5±3.2dB)と投与24カ月後(.3.8±4.3dB),Low-teen群で投与前(.4.8±3.8dB)と投与24カ月後(.4.9±4.3dB)で同等で,MD値が2dB以上悪化した症例はなかったと報告した.齋藤ら16)は4年間投与で無治療時よりmeandefect値が4dB以上悪化したときをendpointとした場合の視野障害の非進行率は88.0±8.5%であったと報告した.小川ら11)は投与6年間で視野をトレンド解析で評価し,MDスロープが悪化していたのが18.8%(9眼/48眼)であったと報告した.今回はウノプロストン投与により視野のMD値は維持されたが,トレンド解析による評価では小川ら11)の報告(18.8%)と同様に今回も10.0%の症例で視野障害進行を認めた.一方,過去にウノプロストンのイベント解析による視投与前0.0-5.0-10.0-15.0TD値(dB)投与1年後投与2年後投与3年後:セクター1:セクター4:セクター2:セクター5:セクター3:セクター6図4ウノプロストン投与前後の各セクターのTD値(平均±標準偏差)(ANOVAおよびBonferroni/Dunnet)投与前0-5-10-15MD値(dB)投与1年後投与2年後投与3年後図3ウノプロストン投与前後の視野のMD値(平均±標準偏差)(ANOVAおよびBonferroni/Dunnet)1596あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(114)野の報告は1報12)しかない.新田ら12)はウノプロストンとチモロールとの24カ月間以上の投与の比較で,ウノプロストンは有意な眼圧下降(眼圧下降幅0.5~1.0mmHg)を示さなかったと報告した.視野進行の定義を個別点の進行とし,イベント解析を行った.2回連続して10dB以上の進行が隣接する2点で認められる,あるいは隣接する3点で5dB以上進行していて,そのうち1カ所では10dB以上の悪化をしている時点を視野障害進行とした.その結果,投与48カ月後の視野維持率はウノプロストン(73.2%)とチモロール(64.9%)で同等であった.今回のイベント解析では10.0%の症例で「視野障害進行の傾向あり」であったが,この違いは評価法や投与期間が異なることが考えられる.いずれにしろ視野の評価を平均MD値やTD値を用いて全症例で評価すると変化ないが,トレンド解析やイベント解析で個々の症例を評価すると視野進行例が存在するので,個々の症例について注意深い経過観察が必要である.一方,今回の20例のうちウノプロストン投与前に視野検査を1回以上経験していた症例は15例,はじめての経験だった症例が5例であった.視野検査には学習効果がみられることもあるが,これら5例においては経過観察中に学習効果と思われる視野の改善は認めなかった.また,視野進行例(トレンド解析2例+イベント解析2例)と視野維持例(16例)の眼圧は,視野進行例では投与前15.3±1.5mmHg,投与1年後13.3±2.2mmHg,2年後14.3±3.4mmHg,3年後13.5±2.5mmHg,視野維持例では投与前15.4±2.0mmHg,投与1年後14.0±1.3mmHg,2年後14.0±1.6mmHg,3年後14.3±1.6mmHgであった.各群の投与1年後,2年後,3年後における眼圧下降幅および眼圧下降率に差はなかった.つまり,視野維持例では眼圧下降に加えて脈絡膜循環改善作用や神経保護作用がより強力であった可能性が考えられる.視野をセクターに分類して解析した報告もある15,18).飯田ら15)は視野をWirtschafter分類に従い,10セクターに分類し,それぞれのセクターのTD値を比較した.耳側330~30度のセクターで投与24カ月後に有意な視野改善効果を認めた.このセクターはBjerrum領域とその鼻側領域にあたり早期緑内障性視野障害の出現しやすい領域でウノプロストンの治療効果が高いと報告している.高橋ら18)は原発開放隅角緑内障および正常眼圧緑内障11例22眼にウノプロストンを52週間投与した.視野を白色背景野に白色検査視標を呈示する通常の視野検査であるwhite-on-whiteperimetry(W/W)と黄色背景野に青色検査視標を呈示し青錐体系反応を測定するblue-on-yellowperimetry(B/Y)で測定し,上方視野を5つのゾーン,下方もミラーイメージで同様に5つのゾーンに分割し解析した.MD値はW/Wでは原発開放隅角緑内障および正常眼圧緑内障ともに変化なく,B/Yでは原発開放隅角緑内障および正常眼圧緑内障ともに投与52週後に有意に改善した.さらにB/Yの網膜感度は原発開放隅角緑内障では上側1,2ゾーン(比較的中心部),正常眼圧緑内障では上側4,5ゾーン(Bjerrum領域近傍)で改善を認めた.今回はW/Wを用いて解析を行ったが,分類した6つのセクターすべてで平均TD値は改善しなかったが,悪化もしなかった.今回のイベント解析で視野の進行がみられた2例では,それぞれセクター1とセクター5で視野障害が進行していた.セクター1は中心部付近なので今後注意深い経過観察が必要であると考える.今回,ウノプロストンの正常眼圧緑内障に対する長期的な眼圧あるいは視野に及ぼす効果を検討した.眼圧は3年間にわたり有意に下降した.視野は平均MD値やセクターに分類したときの平均TD値においては3年間にわたり維持されていたが,トレンド解析あるいはイベント解析では10%の症例で視野障害が進行していた.ウノプロストンは正常眼圧緑内障に対して3年間持続的な眼圧下降作用をもち,視野維持効果はおおむね良好である.文献1)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallyreducedintraocularpressure.AmJOphthalmol126:487-497,19982)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Theeffectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,19983)ThiemeH,StumpffF,OttleczAetal:Mechanismsofactionofunoprostoneontrabecularmeshworkcontractility.InvestOphthalmolVisSci42:3193-3201,20014)HayashiE,YoshitomiT,IshikawaHetal:Effectofisopropylunoprostoneonrabbitciliaryartery.JpnJOphthalmol44:214-220,20005)YoshitomiT,YamajiK,IshikawaHetal:Vasodilatorymechanismofunoprostoneisopropylonisolatedrabbitciliaryartery.CurrEyeRes28:167-174,20046)MelamedS:Neuroprotectivepropertiesofasyntheticdocosanoid,unoprostoneisopropyl:clinicalbenefitsinthetreatmentofglaucoma.DrugsExpClinRes28:63-72,20027)SugiyamaT,AzumaI:EffectofUF-021onopticnerveheadcirculationinrabbits.JpnJOphthalmol39:124-129,19958)PolakaE,DoelemeyerA,LukschAetal:Partialantagonismofendothelin1-inducedvasoconstrictioninthehumanchoroidbytopicalunoprostoneisopropyl.ArchOphthalmol120:348-352,20019)HayamiK,UnokiK:Photoreceptorprotectionagainstconstantlight-induceddamagebyisopropylunoprostone,aprostaglandinF2ametabolite-relatedcompound.OphthalmicRes33:203-209,2001(115)あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010159710)西篤美,江見和雄,伊藤良和ほか:レスキュラR点眼が眼循環に及ぼす影響.あたらしい眼科13:1422-1424,199611)小川一郎,今井一美:ウノプロストンによる正常眼圧緑内障の長期視野─6年後の成績─.眼紀54:571-577,200312)新田進人,湯川英一,峯正志ほか:正常眼圧緑内障患者に対する0.12%イソプロピルウノプロストン点眼単独投与の臨床効果.あたらしい眼科23:401-404,200613)石田俊郎,山田祐司,片山寿夫ほか:正常眼圧緑内障に対する単独点眼治療効果─視野維持効果に対する長期単独投与の比較─.眼科47:1107-1112,200514)増本美枝子,井上賢治,若倉雅登ほか:正常眼圧緑内障に対するイソプロピルウノプロストンの2年間投与.あたらしい眼科26:1245-1248,200915)飯田伸子,山崎芳夫,伊藤玲ほか:開放隅角緑内障の視野変化に対するイソプロピルウノプロストン単独点眼効果.眼臨99:707-709,200516)斎藤代志明,佐伯智幸,杉山和久:広義原発開放隅角緑内障に対するイソプロピルウノプロストン単独投与による眼圧および視野の長期経過.日眼会誌110:717-722,200617)Garway-HeathDF,PoinoosawmyD,FitzkeFWetal:Mappingthevisualfieldtotheopticdiscinnormaltensionglaucomaeyes.Ophthalmology107:1809-1815,200018)高橋現一郎,青木容子,小池健ほか:イソプロピルウノプロストン投与後のblue-on-yellowperimetryの変動.眼臨96:657-662,2002***

白内障手術により進行が遅延したレーザー虹彩切開術後の角膜内皮障害の2 例

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(105)1587《原著》あたらしい眼科27(11):1587.1591,2010cはじめにレーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI)は,閉塞隅角緑内障の治療,あるいは狭隅角眼の緑内障発作の予防的治療として広く用いられてきた.しかし1984年にPollack1)によりLI後水疱性角膜症が紹介されて以来,今日に至るまでLIにより角膜内皮障害が発生した症例の報告2~4)が多数なされている.特にわが国における発生数は突出しており,LI後水疱性角膜症は角膜移植患者の24.2%を占め5),原因疾患の第2位となっている.LI後の角膜内皮障害の機序については諸説あげられているが,明確な病態の解明にはいまだ至っていない.園田ら6)は予防的LI後に角膜内皮障害が発生した症例が,白内障手〔別刷請求先〕永瀬聡子:〒305-0821つくば市春日3-18-1高田眼科Reprintrequests:SatokoNagase,M.D.,TakadaEyeClinic,3-18-1Kasuga,TsukubaCity305-0821,JAPAN白内障手術により進行が遅延したレーザー虹彩切開術後の角膜内皮障害の2例永瀬聡子*1松本年弘*2吉川麻里*2佐藤真由美*2新井江里子*2榎本由紀子*2三松美香*2仙田由宇子*2呉竹容子*2*1高田眼科*2茅ヶ崎中央病院眼科CataractSurgery-inducedStabilizationofCornealEndotheliumDecompensationfollowingLaserIridotomySatokoNagase1),ToshihiroMatsumoto2),MariYoshikawa2),MayumiSato2),ErikoArai2),YukikoEnomoto2),MikaMimatsu2),YukoSenda2)andYokoKuretake2)1)TakadaEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,ChigasakiCentralHospital目的:予防的レーザー虹彩切開術(LI)後に角膜内皮障害が発生した症例に,白内障手術を施行したところ内皮障害の進行が遅延した2例の報告.症例:症例1は76歳,女性.平成11年7月両眼に予防的LIを施行.術後,角膜内皮細胞密度は5年後より急激に減少し始め,8年後の時点で,両眼の角膜内皮細胞密度は下方・中央・上方の順で著しく減少していた.平成20年3月に左眼,平成21年5月に右眼の白内障手術を施行.平成22年2月の時点で,両眼とも角膜内皮細胞密度の急激な減少は停止している.症例2は69歳,女性.平成13年6月近医で予防的LIを施行され,同年7月茅ヶ崎中央病院を受診した.このとき角膜内皮細胞に異常所見はなかった.しかしLI施行4年半後内皮細胞は著明に減少していた.平成18年2月両眼の白内障手術を施行.平成21年10月の時点で角膜内皮細胞密度の減少は停止している.結論:白内障手術による房水循環の変化は,下方型LI後角膜内皮細胞障害の進行を遅延させる可能性がある.Wereporttwocasesinwhichcataractsurgerymayhaveinducedstabilizationofcornealendotheliallosssecondarytoprophylacticlaseriridotomy.Laseriridotomyhadbeenperformedfornarrowangleinbotheyesoftwofemales(78and69yearsofage).Cornealendothelialcellsoppositetheiridotomysitedecreasedafterseveralyears,thelowersectionmostrapidlyandthecentermoreslowly;theslowestrateofdecreasewasobservedintheuppersectionofthecornealendothelialcells.Wesubsequentlyperformedthecataractsurgery,withintraocularlensimplantation.Inbothcases,thecornealendothelialcellpopulationhasremainedstablethusfar.Theseresultssuggestthattheaqueousflowisreturningintotheanteriorchambernotviatheiridotomysite,butthroughthepupil.Thisstabilizescornealendothelialcelllossduetoprophylacticlaseriridotomy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1587.1591,2010〕Keywords:角膜内皮細胞障害,レーザー虹彩切開術,白内障手術.cornealdecompensation,laseriridotomy,cataractsurgery.1588あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(106)術の施行により内皮障害の進行が停止したと報告している.今回筆者らも園田らと同様に白内障手術によりLI後内皮障害の進行が遅延したと思われる2症例を経験した.これらの症例から水晶体再建術が下方型LI後内皮障害の進行を予防する機序についても考察したので報告する.I症例〔症例1〕76歳,女性.初診:平成11年5月24日.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.現病歴:半年前からの流涙を主訴に茅ヶ崎中央病院眼科(以下,当科)を受診.初診時所見:視力は右眼0.8(1.0×.0.25D(cyl.0.75DAx60°),左眼0.4(1.0×+1.25D(cyl.0.75DAx90°),眼圧は両眼9mmHgであった.隅角は両眼Shaffer分類1~2度で,周辺部虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechia:PAS)が右眼に2カ所,左眼に1カ所みられた.中間透光体では両眼に皮質白内障がみられた.角膜内皮細胞密度は角膜中央で右眼2,652/mm2,左眼2,463/mm2で,変動係数(coefficientofvalue:CV)値および六角形細胞率とも正常範囲内であった.眼軸長は両眼22.68mmとやや短く,前房深度は右眼2.09mm,左眼2.10mmと浅前房であった.経過:平成11年7月12日閉塞隅角緑内障発作の可能性が高いと考え,右眼に対し耳上側にLI(アルゴンレーザー使用・総エネルギー量10.7J)を施行した.ついで7月26日左眼に対し耳上側にLI(総エネルギー量8.3J)を施行した.LI後の消炎には0.1%フルオロメトロン点眼Rおよびプラノプロフェン点眼を1日4回2週間投与した.その後数カ月ごとに眼圧や視野などを定期的に観察し,角膜内皮細胞については1,2年ごとに角膜中央の角膜内皮細胞密度の検査を実施していた.角膜内皮細胞密度はLI施行後,数年は緩徐な減少を示し,その後は加速度的に減少していた(図1).右眼の角膜内皮細胞密度はLI後9年の時点で,上方が2,358,中央が1,328,下方が602/mm2,左眼の角膜内皮細胞密度はLI後8年8カ月の時点で,上方が2,325,中央が666,下方が615/mm2で,両眼とも角膜下方が最も強く障害されていた(図2).このとき隅角は両眼Shaffer分類2度でPASが右眼に6カ所,左眼に5カ所みられ,隅角の閉塞が進行していた.角膜後面色素沈着は両眼の角膜中央やや下方に散在し01224角膜内皮細胞密度(/mm2)362,6522,6522,1881,9921,9481,5771,7001,3289937136662,1002,1642,4752,4634860経過月数両眼LI7284961081203,0002,5002,0001,5001,0005000左眼白内障手術:右眼:左眼図1症例1:角膜中央部の角膜内皮細胞密度の経過LI~白内障手術直前まで.図2症例1:LI後約9年の部位別角膜内皮細胞写真上段が右眼(LI後9年),下段が左眼(LI後8年8カ月)で,左から角膜上方・中央・下方.(107)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101589てみられ,Emery-Little分類grade2の核白内障が両眼にみられた.視力は右眼が1.0(1.2),左眼が1.0(1.2)と良好であったが,LI後の角膜内皮障害が白内障手術により進行が停止した症例の報告6)があること,角膜内皮細胞密度が加速度的に減少してきていること,特に角膜下方に強い障害がみられていることなどから,白内障手術による房水循環の変化が有効な治療になるかもしれないと考え,まず角膜内皮細胞密度のより悪い左眼に対し平成20年3月4日超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsificationandaspiration:PEA)および眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術を耳側強角膜3mm切開で,ソフトシェル法(ビスコートRとヒーロンVRを使用)にて施行した.白内障手術後は,0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム液を1日4回1カ月間,0.1%ジクロフェナクナトリウム点眼液を3カ月間投与し,消炎を十分に行った.白内障手術後,角膜中央および下方の角膜内皮細胞密度は減少が停止した(図3).左眼の経過から白内障手術により角膜内皮細胞障害が緩和される可能性が高いと考え,平成21年5月12日右眼のPEA+IOL挿入術を左眼と同様の方法で耳側強角膜3mm切開にて施行した.白内障手術後,左眼と同様に角膜内皮細胞密度の減少はほぼ停止している(図4).〔症例2〕69歳,女性.初診:平成13年7月17日.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:平成13年5月29日右眼に,6月12日左眼に近医で予防的LIを施行(施行条件の詳細は不明).現病歴:両眼の網膜裂孔に対する網膜光凝固術を目的に,近医より当科を紹介され受診.初診時所見:視力は右眼0.4(1.0×.1.00D(cyl.1.25DAx110°),左眼0.9(1.0×+0.25D(cyl.1.00DAx90°),眼圧は右眼が16mmHg,左眼が14mmHgであった.隅角は両眼ともShaffer分類3度でPASはみられなかった.両眼底に網膜裂孔がみられた.角膜中央の角膜内皮細胞密度は右眼が2,673/mm2,左眼が2,631/mm2で,CV値および六角形細胞率とも正常範囲内であった.眼軸長は右眼23.08mm,左眼22.79mmで,前房深度は右眼2.97mm,左眼3.04mmであった.経過:初診日(LI後約1カ月)に両眼の網膜裂孔に網膜光凝固術を施行した.以降,年に1回程度の経過観察をしていたが,角膜内皮細胞の検査はしていなかった.平成17年12月15日(LI後4年半)右眼0.4(0.5×.3.25D(cyl.1.25DAx105°),左眼0.3(0.4×+0.50D(cyl.1.75DAx100°)と核白内障(Emery-Little分類grade3)による視力低下がみられ,白内障手術を希望したため,角膜中央の角膜内皮細胞密度を検査したところ右眼が498/mm2,左眼が1,587/mm2と著明な減少がみられた.このとき隅角は両眼Shaffer分類3度でPASはなかった.また角膜後面色素沈着もみられなかった.白内障手術により右眼は角膜移植が必要になる可能性が高いことを説明したうえで,平成18年2月21日左眼に,続いて2月23日右眼に白内障手術を症例1と同様の方法で施行し,術後の点眼も同様に行い,十分に消炎を行った.白内障手術後,視力は右眼0.7(1.0),左眼0.5(1.0)と改善し,角膜中央の角膜内皮細胞密度の減少もほぼ停止した036912経過月数15182124角膜内皮細胞密度(/mm2)2,3256665886391,6866156364976071,0185831,5179707988257126653,0002,5002,0001,5001,0005000左眼白内障手術:上方:中央:下方647図3症例1:左眼の白内障術後部位別角膜内皮細胞密度の経過経過月数:上方:中央:下方036912角膜内皮細胞密度(/mm2)2,3412,5122,1052,3252,0202,2179937016676336677186166636936046226193,0002,5002,0001,5001,0005000右眼白内障手術図4症例1:右眼の白内障術後部位別角膜内皮細胞密度の経過経過月数:右眼:左眼01224364860728496108120角膜内皮細胞密度(/mm2)2,6311,5871,0441,1241,0201,1002,6784984965167378063,0002,5002,0001,5001,0005000両眼LI施行両眼白内障手術図5症例2:角膜中央部の内皮細胞密度の経過1590あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(108)(図5).白内障術後3年8カ月(LI後8年)の時点で角膜内皮細胞密度は右眼が上方で964,中央で806,下方で781/mm2,左眼が上方で1,760,中央で1,100,下方で894/mm2で,両眼とも角膜下方で最も角膜細胞密度は減少していた(図6).II考按今回の筆者らが経験した2例はいずれも狭隅角眼に対し施行された予防的LIで,長い経過を経て,両眼性に内皮障害が発生していた.まだ水疱性角膜症には至っていないが,角膜の上方・中央・下方における角膜内皮細胞密度を比較したところ,LI施行部位から離れた下方の角膜内皮細胞が最も強く障害されていた.よってこれらは下方型水疱性角膜症に進展する可能性があった症例だと考えた.下方型LI後水疱性角膜症の特徴として,京都府立医科大学は角膜移植を目的に紹介された症例91眼のうち14.3%を占め,その原疾患として狭隅角が84.6%で,予防的LIの症例が多く含まれていたと報告している7).LI後の角膜内皮障害の発生メカニズムにはいくつかの説が報告されている.まず第1はLI施行前から存在する角膜内皮細胞の異常である.糖尿病・滴状角膜・Fuchs角膜変性症・偽落屑症候群などがあげられている2,3,8).第2が術直前および術直後の要因で,急性緑内障発作に伴う低酸素環境やレーザーの過剰照射などで,術後に角膜内皮細胞密度を急激に減少させると考えられている9).第3はLI後も持続する要因に基づくもので,慢性の炎症に由来する「血液・房水柵破綻説」7)や「マクロファージ説」10)と房水動態の異常に由来する「房水ジェット噴流説」11)や「内皮創傷治癒説」12)があげられている.角膜内皮障害はそれらの病態がいくつか複合して発症していると考えられている.症例1の角膜中央の角膜内皮細胞密度はLI後5年くらいまでは緩徐な減少傾向を示し,その後加速度的に減少していた.そして白内障手術後は減少が停止し,むしろ改善傾向がみられた.症例2ではLI後4年半で大きく減少していた角膜中央の角膜内皮細胞密度が,白内障手術後は減少が停止し,白内障術後3年では角膜内皮細胞密度はやや改善した状態で安定していた.これらのことからつぎのような仮説を考えた.浅前房による房水の温流速度の低下による前房全体の房水循環不全(房水対流の減弱または消失)とLI切開窓からの房水の噴出と流入による局所の房水循環不全(房水乱流の発生)が生じているため,房水に淀みが生じ,LIにより産生された何らかの化学物質が前房内からうまく排出されず,前房内の局所(今回の症例では下方)に少しずつ蓄積され,年数を経るごとに強くなる角膜下方の角膜内皮障害を発生させた.そしてさらに障害を受けて脱落した角膜内皮細胞を補償しようと,角膜中央の内皮細胞が遊走を始めるが,遊走中の内皮細胞は脱落しやすいため,内皮細胞の減少が早まるといった悪循環が形成されたのではないかと推測した.この結果,角膜上方は比較的角膜内皮細胞が温存され,中央,下方と行くに従って,障害が強くなったのではないかと考えた.白内障手術は前房内に蓄積していた化学物質を洗浄し,瞳孔を介する生理的な房水循環を復活させ6),かつLI切開窓を図6症例2:白内障術後3年8カ月の部位別角膜内皮細胞写真上段が右眼,下段が左眼で,左から角膜上方・中央・下方.(109)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101591介した房水の流れを減少させることで,房水の淀みを解消する.そして深前房になることで房水の対流が復活し,化学物質の蓄積が解消されることで,下方の角膜内皮細胞密度の減少が停止し,上方から中央へ,さらに下方へと数年の時間を経て角膜内皮細胞が移動・伸展して安定した状態になったものと考えた.加えていずれの症例も両眼性であったことや同じような症例でもまったく角膜内皮細胞障害をきたさない症例も多数存在することから,既存の角膜内皮細胞の易障害性の存在も推定された.陳ら3)の報告にあるような角膜の脆弱性をきたす原因とされる糖尿病,滴状角膜,Fuchs角膜変性などがないのに,通常のまったく問題のなかった白内障手術で,大きく角膜内皮細胞が減少する症例をわれわれはときに経験することがあることからも,原因不明の角膜内皮細胞易障害性をもつ症例が存在する可能性があり,今回の症例もそれに当たるものと考えた.今回筆者らはLIによる下方型の角膜内皮細胞障害が,白内障手術により停止または遅延した2例を経験した.LIを施行した症例では角膜内皮細胞密度を定期的(年1回程度)に観察し,減少傾向がみられたときには,どの部位からの角膜内皮細胞減少かを検討し,その結果下方型の角膜内皮細胞障害が疑われる症例では,上方の角膜内皮細胞が健全なうちに房水循環を改善させる水晶体再建術を施行することが,LI後水疱性角膜症の発症を予防する重要なポイントになると思われた.本論文の要旨は第34回角膜カンファランス(2010年)で発表した.文献1)PollackIP:Currentconseptinlaseriridotomy.IntOphthalmolClin24:153-180,19842)SchwartzAL,MartinNF,WeberPA:Cornealdecompensationafterargonlaseriridotomy.ArchOphthalmol106:1572-1574,19883)陳栄家,百瀬皓,沖坂重邦ほか:レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症の組織病理学的観察.日眼会誌103:19-136,19994)金井尚代,外園千恵,小室青ほか:レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症に関する検討.あたらしい眼科20:245-249,20035)島.潤:レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症─国内外の状況─.あたらしい眼科24:851-853,20076)園田日出男,中枝智子,根本大志:白内障手術により進行が停止したレーザー虹彩切開術後の角膜内皮減少症の1例.臨眼58:325-328,20047)東原尚代:レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症─血液・房水棚破綻説─.あたらしい眼科24:871-878,20078)大橋裕一:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症を解剖する!.あたらしい眼科24:849-850,20079)妹尾正,高山良,千葉桂三:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症─過剰凝固説─.あたらしい眼科24:863-869,200710)山本聡,鈴木真理子,横尾誠一ほか:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症の発症機序─マクロファージ説─.あたらしい眼科24:885-890,200711)山本康明:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症の病態─房水ジェット噴流説─.あたらしい眼科24:879-883,200712)加治優一,榊原潤,大鹿哲郎:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症の発症機序─角膜内皮創傷治癒説─.あたらしい眼科24:891-895,2007***

角膜抵抗測定装置によるプロスタグランジン関連点眼薬の角膜障害の評価

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(99)1581《原著》あたらしい眼科27(11):1581.1585,2010c〔別刷請求先〕福田正道:〒920-0293石川県河北郡内灘町大学1-1金沢医科大学眼科学Reprintrequests:MasamichiFukuda,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity,1-1Daigaku,Uchinadamachi,Kahoku-gun,Ishikawa-ken920-0293,JAPAN角膜抵抗測定装置によるプロスタグランジン関連点眼薬の角膜障害の評価福田正道*1佐々木洋*1高橋信夫*1吉川眞男*4北川和子*1佐々木一之*1,2,3*1金沢医科大学眼科学*2金沢医科大学総合医学研究所環境原性視覚病態研究部門*3東北文化学園大学医療福祉学部リハビリテーション学科視覚機能学*(4有)メイヨーEvaluationofCornealDisordersCausedbyProstaglandinDerivativeOphthalmicSolutionsUsingaCornealResistanceMeasuringDeviceMasamichiFukuda1),HiroshiSasaki1),NobuoTakahashi1),MasaoYoshikawa4),KazukoKitagawa1)andKazuyukiSasaki1,2,3)1)DepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity,2)DivisionofVisionResearchforEnvironmentalHealth,MedicalResearchInstitute,KanazawaMedicalUniversity,3)VisualScienceCourse,DepartmentofRehabilitation,FacultyofMedicalScienceandWelfare,TohokuBunkaGakuenUniversity,4)MayoCorporation目的:角膜抵抗測定装置を用いて,4種類のプロスタグランジン関連薬の家兎眼の角膜上皮に対する安全性(invivo)を評価し,さらに培養兎由来角膜細胞障害性(invitro)との相関性を検討した.方法:培養兎由来角膜細胞株にキサラタンR点眼液(以下,キサラタン),ルミガンR点眼液(以下,ルミガン),トラバタンズR点眼液(以下,トラバタンズ)あるいはトラバタンR点眼液(以下,トラバタン)を0~60分間接触後の生存細胞数を測定し,各点眼薬の50%細胞致死時間(CDT50)を算出した.角膜抵抗測定法では,家兎の結膜.内に各点眼液を15分ごと3回点眼し,点眼終了2分,30分,60分後の角膜抵抗(CR)を測定した.結果:各点眼薬のCDT50(分)はトラバタンズ51.0分,ルミガン50.5分,トラバタン25.3分,およびキサラタン11.6分の順であった.CR測定ではトラバタンの[点眼後CR×100/点眼前CR](CR比)は点眼終了で30分後81.0%,キサラタンは点眼終了2分後で82.0%でいずれも有意に低下した(p<0.05).一方,トラバタンズおよびルミガンではCR比の低下はみられなかった.結論:角膜抵抗測定装置で得た結果は培養角膜細胞による結果と相関性がみられ,生体眼でのプロスタグランジン関連薬の角膜障害性を評価するうえで有用であった.また,いずれの方法においても,角膜障害は,キサラタン>トラバタン>トラバタンズ=ルミガンであった.Objectives:Safetyof4prostaglandinderivativepreparationsforrabbitcornealepitheliumwasevaluatedinvivo,usingacornealresistancemeasuringdevice.Correlationwithcytotoxicityagainstculturedrabbitcornealcellsevaluatedinvitrowasalsoanalyzed.Methods:Culturedcellsofarabbit-derivedcornealcelllinewereexposedtotheophthalmicsolutionsXalatanR,LumiganR,TravatanzRorTravatanRfor0-60minutesandviablecellswerecounted,followedbycalculationofexposuretimecausing50%celldamage(CDT50)foreachsolution.Cornealresistance(CR)wasmeasuredat2,30and60minutesaftercompletionof3eyedropdoses(instilledatintervalsof15minutes)totheconjunctivalsacofeachrabbit.Results:CDT50was51.0minuteswithTravatanzR,50.5minuteswithLumiganR,25.3minuteswithTravatanRand11.6minuteswithXalatanR.CRratio(post-treatmentCR×100/pre-treatmentCR)was81.0%withTravatanR(30minutesafterendoftreatment)and82.0%withXalatanR(2minutesafterendoftreatment),indicatingsignificantreductionofCRtreatmentwiththesetwopreparations(p<0.05).CRdidnotdecreaseaftertreatmentwithTravatanzRorLumiganR.Conclusion:Theseresultssuggestthatthecytotoxiceffectswere:XalatanRophthalmicsolution>TravatanRophthalmicsolution>TravatanzRophthalmicsolution=LumiganRophthalmicsolution.Thedataoncornealresistancecorrelatedwiththedatafromculturedcornealcells,reflectingtheusefulnessofcornealresistanceasanindicatorofcornealinjurybyprostaglandinderivativesinvivo.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1581.1585,2010〕1582あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(100)はじめに一般に点眼薬には,有効性,安全性,安定性,さし心地という4つの条件が求められ,そのために主薬のほか種々の添加剤が加えられている.抗菌薬,抗ウイルス薬,抗真菌薬,非ステロイド薬,抗緑内障薬および表面麻酔薬などさまざまな点眼薬で比較的高頻度に発現する副作用である角膜上皮障害は,頻回点眼,多剤併用および長期連用ではさらにその発症頻度が高くなる.角膜上皮障害の原因として,添加剤である防腐剤が注目されている.筆者らはこれまでに,培養兎由来角膜細胞による評価法(invitro)や角膜抵抗測定装置による評価法(invivo)を用いて,種々の点眼薬の角膜上皮細胞に対する安全性を評価している1,2).本研究では4種類のプロスタグランジン関連薬の角膜上皮への影響を,invitroおよびinvivoの実験系で評価し,薬剤により異なる原因,および評価系の相関について検討した.I実験材料1.試験薬剤つぎの点眼薬について検討した.また,これらの製剤のおもな成分については表1に示した.・キサラタンR点眼液0.005%(ファイザー):主成分ラタノプロスト(プロスタグランジンF2a誘導体)(以下,キサラタンと略す)・トラバタンズR点眼液0.004%(日本アルコン):主成分トラボプロスト(プロスタグランジンF2a誘導体)(以下,トラバタンズと略す)・トラバタンR点眼液(アルコン):主成分トラボプロスト(プロスタグランジンF2a誘導体)(以下,トラバタンと略す)・ルミガン点眼液0.03%(千寿製薬):主成分ビマトプロスト(プロスタマイド誘導体)(以下,ルミガンと略す)を用いた.2.使用動物ニュージーランド成熟白色家兎(NZW;体重3.0~3.5kg)(雄性,16羽)を本実験に使用した.動物の使用にあたり,金沢医科大学の動物使用倫理委員会の使用基準に従い,そのうえ,実験はARVO(TheAssociationforResearchinVisionandOphthalmology)のガイドラインに従って,動物に負担が掛らないように,配慮して行った.3.使用細胞株細胞株は家兎由来角膜細胞(ATCCCCL60)(以下,SIRCと略す)を使用し,10%fetalbovineserum(FBS)添加Dulbecco’smodifiedEagle(DME)培地で37℃,5%CO2下で培養した.4.角膜抵抗測定装置角膜電極は湾曲凹面に関電極および不関電極を同心円状に配設し,両電極が測定時に家兎の角膜表面に接するようにした.さらに,電気抵抗計装置から関電極および不関電極間に電流を通電し,その電気抵抗を測定することで角膜の電気抵抗を測定する3).角膜抵抗値(以下,CRと略す)の測定には図1に示した角膜抵抗測定装置(Cornealresistancedevice,CRDFukudamodel2007)を用いた.本装置は角膜CL電極(メイヨー製)とファンクション・ジェネレータ(Dagatron,Seoul,Korea),アイソレーター(BSI-2;BAKElectronics,Inc.USA),およびPowerLabシステム(ADInstruments,Australia)から構成されている.角膜CL電極はアクリル樹脂製でウサギ角〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1579.1583,2010〕Keywords:角膜抵抗,培養角膜細胞株,プロスタグランジン関連薬,角膜上皮障害,生体眼.cornealresistance,culturedcornealcellline,prostaglandinderivatives,cornealepithelialinjury,eyeinvivo.表14種のプロスタグランジン系緑内障点眼剤の組成点眼液トラバタンR点眼液0.004%トラバタンズR点眼液0.004%キサラタンR点眼液ルミガンR点眼液0.03%有効成分トラボプロスト40μg(1ml中)トラボプロスト40μg(1ml中)ラタノプロスト50μg(1ml中)ビマトプロスト300μg(1ml中)添加物ベンザルコニウム塩化物ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油40,トロメタノール,ホウ酸,マンニトール,pH調整剤2成分,EDTA(エチレンジアミン四酢酸)ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油40,プロピレングリコール,ホウ酸,D-ソルビトール,塩化亜鉛,pH調整剤2成分ベンザルコニウム塩化物リン酸水素二ナトリウム,リン酸二水素ナトリウム,等張化剤ベンザルコニウム塩化物リン酸水素ナトリウム水和物,塩化ナトリウム,クエン酸水和物,塩酸,水酸化ナトリウム(101)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101583膜形状に対応する直径とベースカーブとを有している.湾曲凹面に設けられた関電極および不関電極の材質はいずれも金で,その外径(直径)は,それぞれ,12mm,4.8mmおよび,幅が0.8mm,0.6mmである.測定条件は交流,周波数:1,000Hz,波形:矩形波,duration:5ms,電流:±50μAで設定した.II実験方法1.培養兎由来角膜細胞による評価(invitro)SIRC(2×105cells)を10%FBS添加DME培地37℃,5%CO25日間培養後,各点眼液(200μl)を0~60分間接触後,細胞数をコールターカウンター法で測定した.薬剤非接触細胞での細胞数を100として,細胞生存率(%)を算出した.その後,各種点眼薬の50%細胞致死時間(以下,CDT50)を算出した.CDT50(分)は生存率(%)をもとにして,2次方程式の解の公式,aX2+bX+c=0(≠0),X=.b±b2-4ac/2aにより求めた.Y軸に値が50%となるときのX軸値を2次方程式から求め,これをCDT50(分)値とした.2.角膜抵抗測定法による評価(invivo)成熟白色家兎の結膜.内にキサラタン,ルミガン,トラバタンズあるいはトラバタンを15分ごと3回(1回50μl)点眼し,点眼終了2分,30分,60分後のCRを測定した.家兎を4群に分けて,1群に4眼を使用した.CRの測定法には角膜抵抗測定装置を用い,CR値(W)とCR比(%)の算出はつぎのように行った.CR(W)=電圧(V)/電流(A)=(mV×10.3)/100μA×10.6CR比(%)=点眼後のCR×100/点眼前のCR3.フルオレセイン染色法による角膜障害の評価各点眼薬による角膜上皮障害の有無は点眼終了2分,30分,60分後に1%fluoresceinsodium2μlを結膜.内に点眼し,細隙灯顕微鏡下で観察した.染色の程度はAD分類5)により評価した.4.統計学的処理検定はStudent’st-testを行い,有意水準は0.05%とした.III結果1.培養兎由来角膜細胞による評価(invitro)SIRCに対する評価では,トラバタンの生存率は接触30分後まではトラバタンズとほぼ同程度の生存率を示したが,接触60分時点では50.0%にまで減少しトラバタンズに比べて有意に減少した(p<0.05).ルミガンでは接触時間の経過とともに,徐々に生存率は減少した.一方,キサラタンでは接触時間とともに生存率は減少し,接触8分後では17.1%にまで減少した(図2).各種点眼薬のCDT50はトラバタンズ51.0分,ルミガン50.5分,トラバタン25.3分,キサラタン11.6分の順であった.2.角膜抵抗測定法による評価(invivo)角膜抵抗測定法によるCR比は,トラバタン81.0%(点眼終了30分後),キサラタン82.0%(点眼終了2分後)とそれぞれ有意に低下した(p<0.05)が,その後,時間の経過とともに回復した.一方,トラバタンズではどの時点もほとんど低下はみられなかった.ルミガンにおいても,CR(%)の低Trigger(Functiongenerator)IsolatorPowerLab(current=±50μA,frequency=1,000Hz)ComputerContactlenselectrodes図1角膜抵抗測定装置の図0生存率(%)10203040時間(分)50607080**p<0.001:トラバタン120100806040200:トラバタンズ:キサラタン:ルミガン図2培養兎由来角膜細胞による評価(invitro)010203040506070CR(%)時間(分)140120100806040200:トラバタン:トラバタンズ:キサラタン:ルミガン図3角膜抵抗測定法による評価(invivo)1584あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(102)下はみられず,むしろ,わずかに高い値を示す傾向がみられた(図3).3.フルオレセイン染色法による角膜障害の評価(invivo)フルオレセイン染色によるAD分類では,トラバタンはA1D1(点眼終了30分後)(4眼中4眼),キサラタンはA1D2(点眼終了2分後)(4眼中4眼)であった.トラバタンズとルミガンでは各時点においてもA0D0(各4眼中4眼)であった(図4).IV考按今回,実験に用いた角膜抵抗測定装置は,これまでにいくつかの改良を加えて,得られる値の信頼性,生体に対する安全性を確立した筆者らが開発した装置であり,薬剤の角膜上皮障害の評価方法として有用性が高いことを報告している3).すなわち,本測定装置は,家兎眼の角膜上に電極を埋め込んだコンタクトレンズを装着して,交流電流を通電し,コンピュータ上に電圧を表示させ,電流と電圧の関係から抵抗値を算出するシステムで,invitroの実験系ではみることのできない角膜上皮バリア機能の回復過程を家兎眼でリアルタイムに定量的に確認することができる.培養角膜細胞(invitro)による実験系はSIRC細胞に各点眼薬を接触し,経時的に細胞数を測定して,CDT50(分)を算出するもので,筆者らはこれまでに,数多くの点眼薬の安全性の評価にこの方法を用いて行ってきた.この評価方法は測定感度が高いこと,データの再現性が良いこと,実験操作が簡便であることなどの長所を有する.一方,短所としては単層細胞系で生体眼での生理学的な現象と異なる環境であるため,得られたデータがどの程度,生体眼での影響を反映しているか不明の点がある.そこで,これらの異なる評価方法により,4種のプロスタグランジン系関連薬の角膜上皮細胞への影響の比較と合わせて,評価方法から得られた結果の相関性を明らかにする目的で検討を行った.その結果,CR比では,ベンザルコニウム塩化物(以下,BAKと略す)0.015%含有のトラバタンは81.0%(点眼終了30分後),BAK0.02%含有のキサラタンは82.0%(点眼終了2分後)にそれぞれ低下したが,時間の経過とともにいずれもCR値は上昇した.BAKを含まないトラバタンズとBAK0.005%含有のルミガンはいずれの時点でもCR比の低下はほとんどみられなかった.ルミガンでは点眼前に比べて,点眼後はわずかではあるが高値を示す傾向がみられたが,この原因は点眼薬中の添加剤であるクエン酸などが影響しているのではないかと考えている.このときの角膜上皮のフルオレセイン染色による評価ではキサラタンが最も障害がA1D2A0D0A0D0A1D1トラバタントラバタンズルミガン点眼終了30分後点眼終了30分後点眼終了30分後点眼終了2分後キサラタン図4フルオレセイン染色法による角膜障害例(103)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101585強く,ついでトラバタンで,トラバタンズとルミガンでは明らかな障害はみられず,角膜抵抗の結果と一致した.Invitro試験としてのSIRC細胞の60分接触の生存率では,トラバタンがトラバタンズに比べ有意に低下した(p<0.05%).また,CDT50についてもトラバタンズとルミガンに比べてキサラタンとトラバタンは短く,細胞障害を起こしやすい傾向がみられた.このようなトラバタンとトラバタンズの角膜障害の差は,おそらくBAKの有無によるものと考えられ,過去にもいくつかの報告がある5,6).BAKを含まないトラバタンズでもinvitroの実験では細胞生存率が薬剤接触直後から30~40%の減少がみられたが,この原因は細胞死によるものではなく,点眼薬中のポリオキシエチレン硬化ヒマシ油40による細胞間の密着性の低下による細胞脱落が原因である可能性が高いと考えている.しかしinvivoの実験においては,涙液の存在のために角膜上のポリオキシエチレン硬化ヒマシ油40が希釈され,角膜上皮の構造が密で重層であることから影響が生じにくかったものと思われる.角膜上皮バリア機能の回復に関しては,Wolasinの家兎角膜細胞での報告によると,最表層1層のみの.離なら健常レベルに回復するまで1時間程度で,この程度では蛋白合成阻害の影響を受けない.一方,翼状細胞までの.離では健常レベルに回復するまでに8~10時間を要し,この過程では蛋白合成阻害の影響を受けることが知られている7).今回の実験で得られた生体眼でのCR値はおそらく,角膜上皮障害の程度と回復状態を反映していると考える.以上の結果はinvitro(培養兎由来角膜細胞)とinvivo(角膜抵抗測定およびフルオレセイン染色)による評価法はよく相関していることを示したものと考えてよい.したがって,生理的条件が異なるため培養細胞での細胞障害の結果をそのまま臨床評価に結び付けることはできないが,培養細胞の評価は生体眼での成績を予測する有用な検討方法と考える.本研究から4種類のプロスタグランジン関連薬で角膜上皮への影響に差があることを改めて確認できた.ただし,正常な角膜に対する1日1回の単剤点眼であれば,BAK含有点眼薬であっても,細胞障害をひき起こすことはほとんどないと考えられる.しかし,角膜が脆弱なあるいは他の点眼薬の併用が必要な緑内障患者では,できる限り角膜障害の少ない点眼薬を使用したい.最近,配合剤が点眼コンプライアンスの向上および角膜上皮障害の低減の面から注目されているが,最適な薬剤の選択には十分な眼圧下降効果を有することも考慮することが重要である.文献1)福田正道,佐々木洋:オフロキサシン点眼薬とマレイン酸チモロール点眼薬の培養角膜細胞に対する影響と家兎眼内移行動態.あたらしい眼科26:977-981,20092)福田正道,佐々木洋:ニューキノロン系抗菌点眼薬と非ステロイド抗炎症点眼薬の培養家兎由来角膜細胞に対する影響.あたらしい眼科26:399-403,20093)福田正道,山本佳代,高橋信夫ほか:角膜抵抗測定装置による角膜障害の定量化の検討.あたらしい眼科24:521-525,20074)MiyataK,AmanoS,SawaMetal:Anovelgradingmethodforsuperficialpunctatekeratopathymagnitudeanditscorrelationwithcornealepithelialpermeability.ArchOphthalmol121:1537-1539,20035)PellinenP,LokkilaJ:Cornealpenetrationintorabbitaqueoushumoriscomparablebetweenpreservedandpreservative-freetafluprost.OphthalmicResearch4:118-122,20096)YeeRW,NorcomEG,ZhaoXC:Comparisonoftherelativetoxicityoftravoprost0.004%withoutbenzalkoniumchlorideandlatanoprost0.005%inanimmortalizedhumancorneaepithelialcellculturesystem.AdvTher23:511-518,20067)WolosinJM:Regenerationofresistanceandiontransportinrabbitcornealepitheliumafterinducedsurfacecellexfoliation.JMembrBiol104:45-55,1988***

早発型発達緑内障の兄妹発症例

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(95)1577《第20回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科27(11):1577.1580,2010cはじめに早発型発達緑内障は,先天的隅角形成異常に起因する疾患である.発症頻度はわが国での全国調査によると10万人に1人である1).約10%の症例で常染色体劣性遺伝形式をとるが,ほとんどが孤発例であり2),同胞発症は非常に珍しいと考えられる.今回早発型発達緑内障の兄妹発症例にトラベクロトミーを行い,眼圧は下降したものの角膜の改善に時間を要した症例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕生後3日目の男児.現病歴:他院産婦人科にて在胎38週6日,出生時体重3,000g,正常分娩にて出生した翌日,看護師が両眼の角膜混濁に気づき,生後3日目の2002年7月18日,他院小児科より関西医科大学滝井病院眼科を紹介受診した.両眼とも角膜は混濁し,横径11mmであったが,それ以上の詳細な検査は行えなかったため,精査,加療目的で入院となった.なお,母親の妊娠中は特に異常はみられず,また生後小児科〔別刷請求先〕田中春花:〒573-1191枚方市新町2-3-1関西医科大学枚方病院眼科Reprintrequests:HarukaTanaka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversityHirakataHospital,2-3-1Shinmachi,Hirakata-shi,Osaka573-1191,JAPAN早発型発達緑内障の兄妹発症例田中春花*1南部裕之*1,3城信雄*1二階堂潤*1西川真生*1加賀郁子*1安藤彰*2松村美代*1,3髙橋寛二*1*1関西医科大学枚方病院眼科*2関西医科大学滝井病院眼科*3永田眼科SiblingCaseofDevelopmentalGlaucomaHarukaTanaka1),HiroyukiNambu1,3),NobuoJo1),JunNikaido1),MakiNishikawa1),IkukoKaga1),AkiraAndo2),MiyoMatsumura1,3)andKanjiTakahashi1)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversityHirakataHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversityTakiiHospital,3)NagataEyeClinic早発型発達緑内障の兄妹発症例を経験した.症例1は生後3日目の男児で,生後1日目に両眼に角膜混濁がみられた.症例2は生後19日目の女児,症例1の妹で,生後6日目に右眼に同様の角膜混濁がみられた.両者とも眼圧上昇,角膜径の増大および虹彩高位付着がみられ早発型発達緑内障と診断した.トラベクロトミー施行後眼圧は下降したが,角膜混濁が残存し当初は先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィ(CHED)の合併も疑った.しかし両者とも術後1~2カ月で角膜は透明になり,のちに症例1の右眼で測定できた角膜内皮撮影によりCHEDの合併は否定された.わが国での早発型発達緑内障の同胞発症の確かな報告は筆者らが調べた限り初めてである.非常にまれなケースと考えられるが,このような症例もあることを念頭におく必要があると思われる.ThisisthefirstreportinJapanofsiblingearlyonsetdevelopmentalglaucoma.Case1,a3-day-oldmale,presentedcornealopacityinbotheyes.Case2,a19-day-oldfemale,theyoungersisterofcase1,presentedcornealopacityintherighteye.Developmentalglaucomawasdiagnosedonthebasisofelevatedintraocularpressure(IOP),buphthalmosandhighirisrootinsertions.AlthoughIOPdecreasedaftertrabeculotomyinbothcases,thecornealopacitiesremained.Congenitalhereditarycornealendothelialdystrophy(CHED)combinedwithdevelopmentalglaucomawasinitiallysuspected,butwasnotsustained,becausetheopacitiesreturnedatseveralweeksafterthesurgery.Intherighteyeofcase1thecornealendothelialcells,whichcouldbecountedaftersurgery,numberedabout2,600/mm2.Siblingcasesofdevelopmentalglaucomaarerare,butaresometimesencountered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1577.1580,2010〕Keywords:発達緑内障,同胞発症,トラベクロトミー,先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィ.developmentalglaucoma,siblingonset,trabeculotomy,congenitalhereditarycornealendothelialdystrophy.1578あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(96)にて精査されたが,全身的な異常はみられなかった.家族歴(図1):聴取可能であった家系内で,兄妹以外に緑内障の症例は認めず,血族結婚もなかった.なお,図1にある家系への病歴聴取は両親によって行われたもので,両親以外に眼科検診にて緑内障を含む眼疾患がないことを確認できた者はなかった.両親には関西医科大学枚方病院眼科(以下,当科)で診察を行ったが,隅角・眼底を含め異常はみられなかった.全身麻酔下での所見(生後14日):眼圧は右眼20mmHg,左眼20mmHg(Perkins眼圧計),角膜径(縦×横)右眼11.0×11.0mm,左眼11.0×11.0mmで,両眼とも著明な角膜上皮浮腫がみられた(図2).前房深度は正常で,中間透光体には異常はみられなかった.隅角には虹彩高位付着がみられた.視神経乳頭は蒼白であったが明らかな乳頭陥凹拡大はみられなかった.網膜には異常はみられなかった.経過:眼圧値,角膜および隅角所見より早発型発達緑内障と診断し,同日(生後14日)両眼にトラベクロトミーを12時方向で施行した.術後7日目にトリクロホスナトリウム(10%トリクロリールシロップR)とジアゼパム(ダイアップR)座薬下にて,眼圧は両眼とも15mmHgであった.以後,両眼とも眼圧は14~15mmHgで経過した.角膜上皮浮腫は,右眼は術後1カ月,左眼は術後2カ月で消失した.角膜上皮浮腫消失後に精査したが,Haab’sstriaeはみられなかった.以後5歳まで両眼とも眼圧は14~15mmHgで経過した.2007年10月(生後5歳3カ月),当科受診時,眼圧は両眼とも20mmHgを示した.同年12月に全身麻酔下で再検したところ,右眼28mmHg,左眼22mmHgであったので,両眼にトラベクロトミーを8時方向で再度施行した.なお,再手術時には角膜上皮浮腫はみられなかった.以後眼圧は16mmHg前後で経過し,2009年12月24日(生後7歳5カ月)再来時,ラタノプロスト(キサラタンR)点眼下にて右眼15mmHg,左眼16mmHg(局所麻酔下,Goldmann眼圧計),視力は右眼(0.6×sph.4.5D(cyl.2.75DAx180°),左眼(0.5×sph.2.75D(cyl.0.75DAx180°)であった.なお,角膜内皮細胞数は右眼のみしか測定できなかったが2,666/mm2であった(図3).〔症例2〕生後19日目の女児(症例1の妹).現病歴:関西医科大学枚方病院産婦人科にて在胎40週3日,出生時体重3,320g,正常分娩にて出生した.生後6日目に母親が右眼の角膜混濁に気づき,生後19日目の2008年6月26日,当院小児科より当科紹介受診した.右眼に角膜混濁がみられ,両眼とも角膜横径11mmであったが,それ以上の詳細な検査は行えなかったため,精査,加療目的で入院となった.なお,母親の妊娠中は特に異常はみられず,生後小児科にて精査されたが,全身的な異常はみられなかった.全身麻酔下での所見(生後22日):眼圧は右眼22mmHg,左眼16mmHg(Perkins眼圧計),角膜径(縦×横)右眼11.0×10.5mm,左眼10.5×10.0mmで両眼とも症例1と同様の角膜上皮浮腫がみられたが右眼のほうが著明であった(図4).前房深度は正常で,中間透光体には異常はみられなかった.隅角には虹彩高位付着がみられた.視神経乳頭はC/D比(陥凹乳頭比)(縦)右眼0.7,左眼0.6で網膜には異常は:男:女:緑内障:眼科検診を受けた者症例1症例2図1症例1,症例2の家系図症例1,2の兄妹以外に緑内障の症例はなかった.両親に対しては眼科検診を行ったが異常はなかった.図2症例1の前眼部写真両眼とも角膜径の増大と角膜上皮浮腫がみられる.図3症例1の右眼角膜内皮細胞写真角膜内皮細胞数は2,666/mm2であった.(97)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101579みられなかった.経過:眼圧値,角膜,隅角および視神経乳頭陥凹拡大所見より早発型発達緑内障と診断し,同日(生後22日)両眼にトラベクロトミーを12時方向で施行した.術後7日目に全身麻酔下にて眼圧は右眼10mmHg,左眼12mmHgであった.以後,トリクロホスナトリウム(10%トリクロリールシロップR)とジアゼパム(ダイアップR)座薬下にて眼圧測定を行っているが,10mmHg台前半で経過し,2009年12月24日(生後1歳6カ月)再来時,眼圧は両眼とも13mmHgであった.角膜上皮浮腫は両眼とも術後3週で消失した.なお,Haab’sstriaeは症例1と同様みられなかった.II考按最初にも述べたように,早発型発達緑内障はわが国では10万人に1人の頻度である1).約10%の症例で常染色体劣性遺伝形式をとるほかは孤発例であり2),さらに第一子が早発型発達緑内障であった場合,第二子が緑内障になる確率は3%との報告がある3).よって発達緑内障の同胞発症はまれであると考えられる.1992年のわが国の全国調査1)でも同胞発症に関しての記述はなく,新潟大学での臨床研究では対象となった53例のなかに同胞発症例はなかったと記載されている4).わが国での発達緑内障の同胞発症の報告は,晩発型では報告されている5)が,早発型に関しては兄が発達緑内障であったため受診したという一文の記載がある1例のみ6)で,早発型発達緑内障における同胞発症のわが国での確かな報告は筆者らが調べた限り初めてで非常にまれなケースと考えられる.本報告のみで遺伝相談に生かせるとまでは言えないが,少なくともこのような症例もあることを念頭におく必要がある.最近,早発型発達緑内障の原因遺伝子として,前房隅角の発達に関与するCYP1B1遺伝子の変異が報告されている7~9).一般的に発達緑内障では男児の患者が多いとされている1)が,CYP1B1遺伝子変異群は,非変異群と比べて,女児の占める割合が有意に多く,発症時期は,変異群では非変異群と比べて有意に早期に発症すると報告されている7).今回の症例では遺伝子検査は行っていないが,男児と女児の同胞発症であること,発症時期は男児が生後1日,女児が生後6日と早期の発症であった.既報7)のCYP1B1遺伝子変異群の臨床的特徴を示すものと考えるが,今後患者家族の同意が得られれば,遺伝子検査を行い,CYP1B1をはじめとする既知の緑内障関連遺伝子に関してスクリーニングを行いたい.今回報告した2症例の臨床的特徴として,両者とも生後早期の角膜混濁で発見され,術後に眼圧が下降したにもかかわらず角膜上皮浮腫が1~2カ月残存したことがあげられる.新生児にみられる角膜混濁の原因としては,強膜化角膜やPeters奇形などの先天的奇形,角膜ジストロフィ,先天風疹症候群などに伴う角膜炎,ムコ多糖症などの代謝異常などがあげられる10)が,角膜に血管進入がみられなかったこと,虹彩前癒着がなかったこと,妊娠中に異常がなかったこと,出生後の全身検索で異常がみられなかったことより,角膜ジストロフィの可能性が疑われた.特に角膜全体の上皮浮腫がみられたことから,先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィ(congenitalhereditarycornealendothelialdystrophy:CHED)の合併を疑った.1995年MullaneyらはCHEDと早発型発達緑内障の合併例について報告し,眼圧下降したのにもかかわらず角膜混濁が残存すれば両者の合併を考慮する必要があるとしている11).症例1の初回の術直後はCHEDの合併を疑ったが,その後患児が成長してのちの角膜内皮撮影では右眼角膜内皮細胞数が約2,600/mm2であった.2症例とも現在も角膜は透明性を維持しておりCHEDの合併例とは考えにくい.通常発達緑内障では眼圧が下降すると速やかに角膜上皮浮腫も消失する.この兄妹例で眼圧下降後も角図4症例2の前眼部写真左:右眼,右:左眼.右眼のほうが角膜上皮浮腫が著明であった.1580あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(98)膜上皮浮腫が遷延した原因は不明だが,角膜内皮に関しては今後も注意深く経過をみる予定である.文献1)滝沢麻里,白土城照,東郁郎:先天緑内障全国調査結果(1992年度).あたらしい眼科12:811-813,19952)DeluiseVP,AndersonDR:Primaryinfantileglaucoma(Congenitalglaucoma).SurvOphthalmol28:1-19,19833)JayMR,PhilM,RiceNSC:Geneticimplicationsofcongenitalglaucoma.MetabOphthalmol2:257-258,19784)今井晃:小児先天緑内障に関する臨床的研究第1報統計的観察.日眼会誌87:456-463,19835)中瀬佳子,吉川啓司,井上洋一:Developmentalglaucoma晩発型の1家系.眼臨86:650-655,19926)森俊樹,加宅田匡子,八子恵子:小児緑内障の手術予後.眼臨92:1236-1238,19987)OhtakeY,TaninoT,SuzukiYetal:PhenotypeofcytochromeP4501B1gene(CYP1B1)mutationsinJapanesepatientswithprimarycongenitalglaucoma.BrJOphthalmol87:302-304,20038)SuriF,YazdaniS,Narooie-NejhadMetal:VariableexpressivityandhighpenetranceofCYP1B1mutationsassociatedwithprimarycongenitalglaucoma.Ophthalmology116:2101-2109,20099)FuseN,MiyazawaA,TakahashiKetal:MutationspectrumoftheCYP1B1geneforcongenitalglaucomaintheJapanesepopulation.JpnJOphthalmol54:1-6,201010)AllinghamR,DamjiK,FreedmanSetal:Congenitalglaucoma.Shield’stextbookofglaucoma.5thedition,p244-246,LippincottWilliams&Wilkins,Philadelphia,200511)MullaneyPB,RiscoJM,TeichmannKetal:Congenitalhereditaryendothelialdystrophyassociatedwithglaucoma.Ophthalmology102:186-192,1995***

2 剤併用投与をタフルプロスト単独投与に変更した場合の眼圧下降効果

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(91)1573《第20回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科27(11):1573.1575,2010cはじめに2008年12月,緑内障および高眼圧症治療薬剤として新しいプロスタグランジン(PG)F2a誘導体であるタフルプロスト(タプロスR)0.0015%が参天製薬より発売された.タフルプロストはプロスト系PG製剤であり,プロスタノイドFP受容体に高い親和性をもつため強力な眼圧下降効果が期待できる点眼液である.また,他のプロスト系PG製剤と違い,わが国で初めて創製されたプロスト系PG製剤である.既存のPGF2a誘導体1剤とタフルプロストとの眼圧下降効果の比較はなされているが,2剤併用とタフルプロスト1剤単独使用の眼圧下降効果の評価はあまりなされていない.今回,筆者らは既存のプロスト系PG製剤,つまり,ラタノプロスト(キサラタンR:ファイザー社製)もしくはトラボプロスト(トラバタンズR:日本アルコン社製)とブリンゾラミド(エイゾプトR:日本アルコン社製)との2剤併用点眼していた症例をタフルプロストの単独投与に変更した場合の眼圧下降効果を比較検討した.I対象および方法対象は当院において既存のプロスト系PG製剤とブリンゾ〔別刷請求先〕小林茂樹:〒981-0913仙台市青葉区昭和町1-28小林眼科医院Reprintrequests:ShigekiKobayashi,M.D.,KobayashiEyeClinic,1-28Showamachi,Aoba-ku,Sendai981-0913,JAPAN2剤併用投与をタフルプロスト単独投与に変更した場合の眼圧下降効果小林茂樹小林守治小林眼科医院IntraocularPressure-ReducingEffectsofShiftfromProstaglandinFormulation-BrinzolamideCombinationtoTafluprostMonotherapyShigekiKobayashiandMoriharuKobayashiKobayashiEyeClinic目的:既存のプロスタグランジン(PG)製剤と新しく開発されたタフルプロストとの比較はなされているが,2剤併用点眼とタフルプロスト単独点眼との比較検討はあまりなされていない.今回,PG製剤とブリンゾラミドの2剤を併用点眼していた症例をタフルプロストの単独点眼に変更した場合の眼圧下降効果を比較検討した.対象および方法:対象は2剤併用していた広義の開放隅角緑内障および高眼圧症の症例23例42眼.方法は2剤併用点眼時とタフルプロスト単独点眼変更後の眼圧を比較し,解析には受診時眼圧の平均値を用いた.結果:2剤併用点眼時の平均眼圧は10.9mmHg,タフルプロスト単独点眼後の平均眼圧は11.3mmHg(p=0.0013)であった.変更前と比較して眼圧が不変であったのは32眼(76%)であった.結論:タフルプロストの単独投与に変更後も眼圧は維持され,点眼の簡便性においても好評であった.Purpose:Toinvestigatetheintraocularpressure(IOP)-reducingeffectsofshiftingfromprostaglandinformulation-brinzolamidecombination(combinationtherapy)totafluprostmonotherapy.Subjects:Subjectscomprised23patients(42eyes)thathadbeenreceivingthecombinationtherapy.Methods:MeanIOPonreceivingthecombinationtherapywascomparedwiththataftershiftingtotafluprostmonotherapy.Results:IOPdidnotchangein32eyes(76%),demonstratingtheeffectivenessoftafluprostmonotherapy.Conclusions:IOPdidnotchange,andinstillationconveniencewasgood.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1573.1575,2010〕Keywords:緑内障,タフルプロスト,ラタノプロスト,トラボプロスト,ブリンゾラミド.glaucoma,tafluprost,latanoprost,travoprost,brinzolamide.1574あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(92)ラミドの2剤併用した正常眼圧緑内障(NTG)15例28眼,原発開放隅角緑内障(POAG)6例11眼および高眼圧症2例3眼,合計23例42眼(男性13例23眼,女性10例19眼)であり,年齢は76.0±9.7歳であった.3例5眼は当院初診時より人工水晶体眼であったが,その他の対象症例すべてに内眼手術の既往はなく,特に全例において,緑内障手術の既往はなかった.対象である患者には今回,タフルプロスト単独投与に変更することに対する意義を十分に説明し,インフォームド・コンセントを得たが従来の2剤併用点眼治療を要望した症例は対象症例より除外した.方法は外来受診時眼圧をノンコンタクトレンズトノメーターで3回測定し,その平均値を受診時眼圧値とし,解析には,各治療期間中に得られたすべての外来受診時眼圧の平均値を用いた.II結果対象症例のうち1症例2眼がタフルプロスト単独点眼に変更後,眼圧が1カ月で2mmHg以上,上昇した.この症例に関してはブリンゾラミドを追加投与し,経過観察としたため対象症例より除外した.既存のプロスト系PG製剤とブリンゾラミドの2剤併用点眼していた治療期間は1.9±1.0年間(平均値±標準偏差)であり,タフルプロスト単独点眼投与に変更してからの治療期間は4.2±1.2カ月間(平均値±標準偏差)であった.既存のプロスト系PG製剤とブリンゾラミドの2剤の併用点眼時の平均眼圧は10.9mmHg,タフルプロスト単独点眼後の平均眼圧は11.3mmHgと有意に0.4mmHgの上昇を認めた(p=0.0013,Wilcoxon符号付順位検定).しかし,変更前と比較して,変更後1mmHg以内の眼圧変動を臨床的に不変と定義すると,32眼(76%)の変更後の眼圧は不変であり,1mmHgを超えた眼数は10眼(24%)であった(図1).変更前眼圧が12mmHg以上の症例11眼は図1上,変更後,眼圧が下降傾向にあるが,変更前平均眼圧は13.5mmHg,変更後平均眼圧13.7mmHgと有意な差を認めなかった(p>0.62,Wilcoxonの符号付順位検定).眼圧は変更前,変更後において同等と考えられる.III考按プロスト系PG製剤として1999年,ラタノプロスト(キサラタンR)が発売された.ラタノプロストはPGF2aの17位にフェニル基を導入した誘導体を開発することで,PGのプロスタノイドFP受容体への選択性が向上し,房水のぶどう膜強膜流出のみを増加させ眼圧下降を示す1).もともとPGF2aの骨格である15位の水酸基は眼圧下降などのPGF2aの生理活性に必須であると考えられていたため2),その後,開発されたトラボプロスト(トラバタンズR)も基本骨格はラタノプロストと同様であり,17位にフェニル基,15位に水酸基をもつ15位ヒドロキシ型PG誘導体である.今回,開発されたタフルプロストは従来開発されたプロスト系PG製剤と異なり,PGF2aの骨格である15位の水酸基と水素基を2つのフッ素に置換した15位ジフルオロ型PG誘導体であるため,従来のプロスト系PG製剤よりもプロスタノイドFP受容体に対する親和性が高まったと考える3,4)(図2a.d).特に実験的にはプロスタノイドFP受容体に対する親和性はタフルプロストとラタノプロストを比較すると,タフルプロストはラタノプロストの12倍4),トラボプロストとラタノプロストを比較すると,トラボプロストの親和性はラタノプロストの2.8倍であると推定されるため3),現在発売されているプロスト系PG製剤のプロスタノイドFP受容体に対すHOHOOOOFFd:タフルプロストHOHOa:天然型PGF2ab:ラタノプロストc:トラボプロストHOHOOOHH10155120HOOOHOHHOHOCF3OOOHOH図2天然型PGF2aおよび既存のプロスト系製剤とタフルプロストの構造46810121416184681012141618変更後眼圧(mmHg)変更前眼圧(mmHg)a517b図12剤併用時(変更前)とタフルプロスト単独点眼に変更後の眼圧変化a:変更前眼圧と変更後眼圧が同値であるライン.b:変更後1mmHgの眼圧上昇ライン.bの対角線以下の変更後眼圧値を変更前と比較して不変と考えると32眼(76%)の眼圧は不変であり,眼圧値が変更後1mmHgを超えた眼数は10眼(24%)であった.(93)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101575る親和性はタフルプロスト>トラボプロスト>ラタノプロストの順と考えられ5),眼圧下降効果と相関があると思われる.今回,筆者らはこのタフルプロストの強力な眼圧下降効果を期待し,プロスト系PG製剤であるラタノプロストもしくはトラボプロストとブリンゾラミドの2剤併用していた症例をタフルプロスト1剤のみに変更し,眼圧下降効果を比較検討した.その結果,2剤併用時より平均0.4mmHgと有意に眼圧上昇を認めたが,1mmHg以内の眼圧上昇であり,変更前後の眼圧は不変と考えられる.しかし,変更前眼圧測定期間は変更後の眼圧測定期間に比べ長期であり,今後,変更後の眼圧測定を継続することは重要と思われる.これらのタフルプロストの眼圧下降効果の有効性は他のプロスト系PG製剤とは違う物理化学的,薬理学的特性によるものと思われる.つまり,タフルプロストのフッ素導入の効果はプロスタノイドFP受容体以外にほとんど作用しない高い選択性4)により活性が増強され,フッ素の物理化学的特性により生体内でも化学的においても代謝,分解は非常に受けにくく,薬剤としての安定性に優れている.その物理化学的メカニズムは以下の3つの特性によると考えられる6)(図3).1)フッ素(F)原子は立体的に水素(H)原子についで小さい原子である.2)フッ素(F)原子は電気陰性度が最も大きく,次が酸素(O)原子であり,しかも両原子は結合距離がきわめて近い.3)フッ素(F)原子は結合解離エネルギーが最も大きく,炭素,フッ素(C-F)結合は非常に切れにくいが,炭素,酸素(C-O)結合は切れ易い.つまり,切れ易いということは代謝を含め反応を受け易いと考えられる.したがって,フッ素は水素のように作用し,酸素のようにも作用する.前述したようにタフルプロストはPGF2aの骨格である15位の水酸基と水素基を2つのフッ素に置換したことで,タフルプロストが他のプロスト系PG製剤よりも活性,安定性,薬物動態が優れていると推定される.タフルプロスト点眼液は1日1回の点眼投与で十分であるだけでなく室温保存が可能であり,遮光の必要もないことからタフルプロスト単独点眼投与変更後の患者の評価は23症例全例で点眼の簡便性において好評であった.このように点眼遵守(コンプライアンス)や自発的点眼(アドヒアランス)7)においてもタフルプロスト単独点眼投与の有効性が示唆された.IV結論タフルプロストの単独投与に変更後も眼圧は維持され,また,点眼の簡便性においても好評であったことから,タフルプロストは既存のPG製剤とブリンゾラミド併用療法からの変更薬剤として有用であると思われる.なお,当院と参天製薬株式会社との間に利益相反の関係はない.文献1)野村俊治,橋本宗弘:新規緑内障治療薬ラタノプロスト(キサラタンR)の薬理作用.薬理誌115:280-286,20002)ResulB,StjernschantzJ:Structure-activityrelationshipsofprostaglandinanaloguesasocularhypotensiveagents.CurrOpinTherPat82:781-795,19933)SherifNA,KellyCR,CriderJYetal:OcularhypotensiveFPprostaglandin(PG)analogs:PGreceptorsubtypebindingaffinitiesandselectivities,andagonistpotenciesatFPandotherPGreceptorsinculturedcells.JOculPharmacolTher19:501-515,20034)TakagiY,NakajimaT,ShimazakiAetal:PharmacologicalcharacteristicsofAFP-168(tafluprost),anewprostanoidFPreceptoragonist,asanocularhypotensivedrug.ExpEyeRes78:767-776,20045)OtaT,MurataH,SugimotoEetal:Prostaglandinanaloguesandmouseintraocularpressure:Effectsoftafluprost,latanoprost,travoprost,andunoprostone,considering24-hourvariation.InvestOphthalmolVisSci46:2006-2011,20056)熊懐稜丸:フッ素の特性と生理活性.フッ素薬学─基礎と実験─(小林義郎,熊懐稜丸,田口武夫),続医薬品の開発・臨時増刊,p7-11,廣川書店,19937)TsaiJC:Medicationadherenceinglaucoma:approachesforoptimizingpatientcompliance.CurrOpinOphthalmol17:190-195,2006***元素(X)HFOC電気陰性度2.24.03.52.5結合距離(CH3-X,Å)1.091.391.431.54v.d.Waals(半径,Å)1.201.351.401.85abc結合解離エネルギー(CH3-X,kcal/mol)991168683図3フッ素の物理化学的特性(文献6より一部改変)a:フッ素(F)は電気陰性度が最も大きく,つぎが酸素(O)であり,結合距離も近い.b:フッ素(F)は立体的には水素(H)についで小さな原子である.c:フッ素(F)は結合解離エネルギーが最も大きく,C-F結合は非常に切れにくいがC-O結合は切れやすい(反応を受け易い).