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複視と全身疾患

2010年7月30日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY害を,神経麻痺による麻痺性眼球運動障害と対比して,拘束性眼球運動障害という.甲状腺機能亢進症(Basedow病)に合併するBasedow眼症がよく知られているが,甲状腺機能低下症(橋本病など)や甲状腺ホルモン値に異常がない状態(euthyroidという)でも発症する.甲状腺ホルモンそのものが外眼筋に異常をひき起こしているわけではないので,内科における甲状腺機能異常の病状と眼症状は必ずしも一致しないという点は注意したい.もちろん内科的な状態を改善させる必要があるが,そうすれば必ず眼もよくなるわけではない.そのぶん診療におけるわれわれ眼科医の役割が重要になってくる.2.臨床診断のポイント.内転/上転障害が多い.Forced-ductiontestで拘束性障害を確認.眼球突出や瞼裂開大を伴うことが多い眼球突出や瞼裂開大を伴う無痛性の眼球運動障害が最も特徴的な所見である.すべての外眼筋が障害されうるが,頻度として内直筋>下直筋>上直筋≫外直筋の順に障害されやすいため,それらの筋が伸びにくい状態,すなわち外転および上転障害が多くなる.水平性だけでなく垂直性の複視も訴える場合はまず鑑別するべき疾患である.通常痛みを伴うことはない.眼窩深部痛や眼球運動痛を伴う場合は外眼筋炎を鑑別する必要がある.病態は拘束性障害(筋肉の伸展障害)なので,診断にはforced-ductiontestが重要である.たとえば,右眼はじめにさまざまな全身疾患によって多様な眼底所見が生じるように,さまざまな全身疾患によって多様な眼球運動障害がひき起こされ,複視として自覚される.一方,特徴的な眼底所見を端緒にしてその背景にある全身疾患が診断されるように,複視を主訴とした特徴的な眼球運動障害をきっかけにして,全身疾患が診断されることもある.疾患によっては,診断の遅れが予後を左右することもあるので,たとえ治療はそれぞれの専門診療科に委ねるとしても,ある特定の全身疾患に特徴的な複視の症状や眼球運動障害を理解し的確な診断を下せるようにしておくことは,日常臨床においても大変重要と考えられる.本稿では,特徴的な複視・眼球運動障害をきたす全身疾患として,比較的遭遇する頻度の高いと思われる甲状腺機能異常(甲状腺眼症)と眼筋型筋無力症について,また頻度は少ないものの臨床医としてぜひ知っておきたいフィッシャー(Fisher)症候群とウェルニッケ(Wernicke)脳症について,その特徴と通常診療における診断のポイントについて解説したいと思う.I甲状腺眼症1.どんな病態?甲状腺機能異常に伴って産生される何らかの抗体により外眼筋に自己免疫反応による炎症を起こし,外眼筋が腫脹,後に線維化することで,筋が伸展しなくなり眼球が動きにくくなる.外眼筋の伸展障害による眼球運動障(57)917*HogaraTaguchi:大阪赤十字病院眼科〔別刷請求先〕田口朗:〒543-0027大阪市天王寺区筆ヶ崎町5-53大阪赤十字病院眼科特集●物が二重に見えるあたらしい眼科27(7):917.923,2010複視と全身疾患DiplopiaCausedbyGeneralDisorders田口朗*918あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(58)後退することにより露出しやすくなる(Darlymple’ssign).また,下方視させると,上眼瞼が下がりにくいために上方強膜の露出が顕正化する(vonGraefe’ssign,lidlagともいう)(図2).眼球突出がはっきりしない症例においても,しばしばlidlagは陽性になるので,眼球運動障害の症例をみたら,下方視をさせて上方の強膜露出が誘発されないか確認するのがよいだろう.もちろん,体重減少・発汗過多・心悸亢進・甲状腺腫大・手のふるえなどの内科症状の有無を確認することも(機能亢進症の場合は)診断の一助となる.3.検査では何を調べる?上記の診察所見で甲状腺眼症が疑われる場合は,(もちろんその時点で専門医に紹介する方針でよいと思うが),血液検査や画像診断で診断を確定する.血液検査では,遊離トリヨードサイロニン(fT3),遊離サイロキシン(fT4),甲状腺刺激ホルモン(TSH)にて甲状腺機能をチェックするとともに,外眼筋腫大と関連が強いと考えられているTSAb(thyroidstimulatingantibody)をチェックする.画像診断は,眼窩部MRI(磁気共鳴画像)の水平断・冠状断および矢状断を行う.頭部ではなく眼窩部を,かつ水平断だけではなく必ず冠状断と矢状断を依頼するこに外転障害がある場合,麻痺性(外転神経麻痺など)の場合は右方視を指示した場合(随意的外転)よりも内直筋付着部を有鈎鑷子で外側に牽引した場合(徒手的外転)のほうがよく動く(拘束なし)ことになるが,甲状腺眼症の場合は徒手的に牽引しても動かないことになる(拘束性あり).眼球運動制限が顕著であるときは,クリニックでは有鈎鑷子の代わりに綿棒で押して評価してもよいだろう(図1).甲状腺眼症を疑う場合は,まず眼球運動障害が拘束性であることを確認することが最も大切である.眼球運動だけではなく,眼球突出や眼瞼の異常の有無にも注意して診察することも重要である.もともと眼窩内の容積は決まっているので,その中の構造物である外眼筋や眼窩脂肪の容積が増せば,当然眼球は前に押し出されて眼球突出を呈しやすくなる.眼瞼のMuller筋も異常収縮するため上下の眼瞼は後退し瞼裂は開大する.通常は露出することのない角膜上方の強膜が,上眼瞼が図1細隙灯顕微鏡下で綿棒を用いたforced.ductiontest随意的外転(上)よりも綿棒を用いた徒手的外転(下)のほうがよく動く場合は,forcedductiontest陰性(抵抗なし)と判断できる(写真は右外転神経麻痺の症例).判断がつきにくい場合は開瞼器をかけて有鈎鑷子で筋肉の付着部をつかんで牽引し抵抗の有無を確認する.図2甲状腺眼症の眼瞼所見正面視左固視で25Δ右下斜視を認め,左上眼瞼は挙上し12時の角膜輪部が露出(Darlymple徴候)している(上).下方視すると左上眼瞼にlidlagsignを認める(下).(59)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010919大する点が鑑別のポイントになる.外眼筋の炎症の活動性についてはMRIT2強調画像や脂肪抑制法であるSTIR(shortT1inversionrecovery)法での画像信号強度が参考になる1)(図4).4.治療は?厳密な適応基準はないが,炎症の活動性が強い場合,とがポイントである.水平断と冠状断を見比べながら評価することで,初めて外眼筋の腫大を3次元的に評価することができる.甲状腺眼症での外眼筋腫大の特徴は,眼球との付着部では筋の腫大は少なく,筋腹で腫大が顕著である点である.すなわち,水平断でみると,ちょうどコカコーラ瓶のような形状を呈する(図3).同じ外眼筋が腫大する外眼筋炎では,筋腹も付着部も棍棒状に腫図3甲状腺眼症における外眼筋肥大の特徴(眼窩部CT水平断)甲状腺眼症(左)では外眼筋の肥厚は眼球との付着部には認められず,筋腹に顕著となり,コカコーラ瓶様の肥大を呈する.一方,外眼筋炎(右)では付着部を含め棍棒状に肥大する.図4甲状腺眼症―外眼筋の炎症活動性の評価眼窩部MRI冠状断STIR法で評価すると,外眼筋の筋腹断面部の信号強度は治療前(左)に比べ,ステロイドパルス治療後(右)では減少していることがわかる.920あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(60)は眼症状で初発するため,眼科を初診する可能性が高い疾患である.眼瞼下垂がよく知られているが,眼瞼下垂のない眼球運動障害のみで発症する症例もあり注意が必要である.易疲労性であることと,休養により回復することが特徴的である.すべての年齢層に発症しうるが,特に眼筋型は5歳以下の小児に発症しやすいことは留意しておくべきポイントである.全身的には胸腺腫の合併や,ごくまれに悪性腫瘍(肺小細胞癌)が異所性に抗体を産生する腫瘍随伴神経症として発症することが知られている(Eaton-Lambert症候群).2.臨床診断のポイント.日内変動のある複視,眼瞼下垂.疲労と,休息による回復.とにかく疑ってかかるべし筋無力症ではあらゆるパターンの眼球運動障害を起こしうるので,両眼性複視や眼球運動障害の症例に遭遇した場合は,まず筋無力症を念頭において,アナムネーゼを聴取することが大切である.その際重要なキーワードは,日内変動,そして疲労と休息による回復の有無である.1日のなかで朝と夜では違いがあるか?寝て起きた後は調子がよくなるか?などポイントを絞って質問してみよう.明確な回答が得られなくても,「日内変動(+/.)?はっきりしない」など聴取したという事実をカルテに記載しておくことが大切である.あるいは外眼筋肥大による圧迫性視神経症や著明な眼球突出を呈する場合は,ステロイドパルス治療の適応となる.メチルプレドニゾロン換算で1g点滴静注を3日間施行し,その後プレドニゾロン30mg内服を4日間行う.これを1クールとし,治療効果をみながら,3クール行う.治療効果は,臨床所見およびMRIでの信号強度で判定する(図4).ステロイド全身投与に際しては,急性期には心停止や消化管出血,血糖値の急激な上昇,精神疾患の増悪,肝不全,慢性期には骨粗鬆症などさまざまな合併症に対する配慮・対応が必要なので,基本的には経験のある内科医に管理を依頼し,眼科では臨床症状をモニターする方針が推奨される.残念ながら薬物治療だけで眼球運動障害が改善することは少なく,パルス治療の後,放射線治療を行い筋の炎症を抑制したうえで,正面視で複視が残る場合は,プリズム眼鏡装用による複視の軽減や,斜視手術(伸展障害のある筋の後転術)を行うことが多いのが現状である.II筋無力症1.どんな病態?横紋筋のニコチン性アセチルコリン受容体に対する自己抗体が産生されることによって,横紋筋の神経筋接合部での伝達が障害され,筋麻痺が起きる病態である.外眼筋や眼瞼挙筋,眼輪筋が障害される眼筋型と,骨格筋も障害される全身型がある.全身型の場合でも約90%正面視上方視上方視2分後図5筋無力症の眼瞼所見(疲労現象)9歳,男児.正面視で右眼瞼下垂を認め(左),上方注視(中)を持続すると2分後には右眼瞼下垂が増悪し(右),疲労現象陽性と判断できる.(61)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010921テンシロンテストは,エドロホニウム(アンチレックスR)を静注し,アセチルコリンを分解するコリンエステラーゼを阻害して,アセチルコリンを飽和させた状態にして症状の改善をみる検査法である.全身的には徐脈,失神など誘発されうるので,基本的には硫酸アトロピンをすぐ静注できるように用意しておく必要があるし,それらの対応が可能な(神経)内科医や小児科医の管理下で施行することが望ましい.ただし,その評価についてはわれわれ眼科医の積極的な関与が必要である.劇的に症状が改善する場合は誰が評価しても問題はないが,眼球運動障害の場合,肉眼的な評価では今ひとつ改善の有無がはっきりしないことがある(図6).また,テンシロンテストによる症状の改善は静注後1.2分で出疲労現象,特に眼瞼下垂については,診察室で比較的容易に確認することができる.眼瞼下垂がある場合は,上方注視を持続するよう命じて,眼瞼の状態を観察する.1.2分で下垂がひどくなる場合は,疲労現象陽性とみなす(図5).暗室で30分閉瞼して休んでもらい下垂の回復を評価するsleeptestや,10秒程度下方視させた後に急に正面を見させると眼瞼が一瞬挙がってピクピクと痙攣するlidtwitch現象も診断の補助となる.3.検査では何を調べる?以上の臨床所見で筋無力症が疑われるときは,テンシロンテスト,抗アセチルコリン受容体抗体,筋電図などで診断を確定する.正面視下方視テンシロンテスト前下方視テンシロンテスト後図6筋無力症に対するテンシロンの評価(眼球運動の肉眼的観察)図5の症例の1年後,複視を主訴に再診.正面視で右固視左眼30Δ外斜25Δ上斜している(左).下方視時左眼の下転障害を認めるが,テンシロンテスト前後(中・右)では,著明な改善は認められないようにみえる.テンシロンテスト前テンシロンテスト後図7筋無力症に対するテンシロンの評価(眼位検査での評価)テンシロンテスト後で正面視の眼位ずれは右固視で左眼12Δ外斜10Δ上斜に改善している(右)ことから,テンシロンテスト陽性と判断できる.922あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(62)検出される.全身疾患であるギラン・バレー(Guillain-Barre)症候群の亜型と考えられている.複視を初発症状とすることが多いので,頻度はまれであるが,眼科を初診することが多いと考えられ,注意が必要である.2.臨床診断のポイントと治療複視を主訴に受診し,外眼筋麻痺が急速に進行する.眼球運動障害はある程度進行すると両眼性で左右対称性になるが,初診時には外転神経麻痺と診断されていることも多いようである.よくわからない眼球運動障害が急速に悪化する場合は,まず疑ってみるべき疾患の一つである.その際,歩行時のふらつきがあるかどうか,あれば,継ぎ足歩行や片脚立ちができるかどうかを検査室で確認してみよう.また,先行感染として風邪の症状(胃腸炎や上気道炎)がなかったか確認することがポイントである.診断にはIgG抗GQ1b抗体や脳脊髄液検査での蛋白細胞解離が有用であるが,これらは神経眼科専門医や神経内科医に任せてよいと考える.治療は,免疫吸着療法による抗体の除去が推奨されているが,進行例では神経線維自体が変性してしまい予後不良になることがある.早期診断と治療開始が大切な疾患である.IVウェルニッケ脳症1.どんな病態?ビタミンB1の欠乏による急性の栄養障害性脳症で,眼球運動障害,小脳失調,意識障害を三徴とする.古典的にはアルコール依存症に多いとされたが,最近は胃癌術後,経静脈栄養,妊娠悪阻,吸収不良症候群などによる報告が増えている.放置すれば17%は死に至るきわめて重要な救急疾患であるが,眼球運動障害による複視を主訴に眼科を初診することがあるため注意が必要である.2.臨床診断のポイント複視や霧視を主訴に眼科を受診し,水平注視障害(特に外転障害)や左右注視時の水平性眼振を指摘されることが多い.進行すると多彩な眼球運動障害を呈するので,やはりよくわからない眼球運動障害に遭遇したとき現し,5分.10分程度で消失してしまうため,評価の仕方に慣れていないとせっかくの検査をしても,偽陰性と判断されてしまうこともあるからである.正面視で複視がある症例では,テンシロンテスト前後に眼位検査を行うとよいだろう.テンシロテスト前後で水平ずれなら5Δ以上,上下ずれなら3Δ以上改善が認められる場合は,陽性と判断できる(図7).血液検査では,抗アセチルコリン受容体抗体を検査する.ただし,筋無力症の患者の約20%は抗アセチルコリン受容体抗体が陰性であると報告されており2),抗アセチルコリン受容体抗体以外の自己抗体3)による筋無力症が存在することを知っておく必要がある.小児の眼筋型筋無力症の抗アセチルコリン受容体抗体陽性率は64%と報告されている4).また,筋無力症の約10%に甲状腺機能亢進症を合併することも念頭におき,血液検査のみならず,眼瞼や眼球運動障害の評価を進めていくことが望ましいと考える.その他,生理検査として誘発筋電図検査,全身検査として胸腺腫の有無や肺小細胞癌の有無などは,内科医に依頼するのがよいだろう.4.治療は抗コリンエステラーゼ薬の内服,ステロイド内服,大量点滴静注療法などであるが,全身管理ができる神経内科医に治療を依頼して,眼科医は治療効果の眼科的判定に専念すべきであると考える.IIIフィッシャー症候群1.どんな病態?急性発症の外眼筋麻痺,小脳性運動失調,腱反射の消失を三徴とする自己免疫性の神経疾患である.発症の1.2週間前に先行感染として,80%に上気道炎,20%に胃腸炎に罹患する.その際の病原体(おもにCampylobacterjejuni:カンピロバクター・ジェジュニ)の菌体外膜の構成成分と,眼運動神経や小脳への入力神経線維の糖鎖(ガングリオシド,GQ1bなど)構造の一部が一致するために,病原体に対する抗体が神経を交差反応性に障害して発症すると考えられている5).患者の血清中には高頻度にIgG(免疫グロブリンG)抗GQ1b抗体があたらしい眼科Vol.27,No.7,2010923には念頭におくべき疾患である.ふらつきや,何となくぼんやりとした意識障害がある場合はなおさら疑わしくなる.アルコール依存症や前述した栄養吸収障害の有無を確認することが大切である.早急なビタミンB1の投与により,数時間で劇的に症状の改善徴候が現れるので,疑わしい場合はまずビタミンB1100mgを静注し,その反応性で診断する治療的診断が望ましい6).血中のビタミンB1値測定には通常数日かかる(が,その結果を待っていられない)こと,ビタミンB1投与により血中濃度が上がっても中毒症状はでないことより,早期に本疾患を疑ってビタミンB1投与を躊躇しないことが大切と考えられる.診断前のブドウ糖輸液やステロイド投与は,逆にビタミンB1を消費させ欠乏症状を急速に悪化させるため禁忌である.MRIでは第3脳室周囲にT2強調画像やDWI(拡散強調画像)で高信号を認めることが特徴で,急性の浮腫や微小出血性壊死を反映していると考えられている.おわりに以上,比較的遭遇する機会の多い甲状腺眼症から,救急救命疾患でもあるウェルニッケ症候群まで取り上げた.外来で遭遇するほとんどの眼科疾患と異なり,診断から外科的治療までをすべて眼科だけで完結させることができる疾患は一つもない.「じゃあ,どうせ眼科では治せないんでしょ」と思われるかもしれないが,病初期に的確な診断を下し原因である全身疾患を突き止めることができれば,患者さんに多大な利益を与えることができる.特徴的なアナムネーゼ,臨床所見を見逃さないよう,診療に役立てていくことが重要と考えられる.文献1)LaittRD,HohB,WakeleyCetal:Thevalueoftheshorttauinversionrecoverysequenceinmagneticresonanceimagingofthyroideyedisease.BrJRadiol67:244-247,19942)SolivenBC,LangeDJ,PennASetal:Seronegativemyastheniagravis.Neurology38:514-517,19883)HochW,McConvilleJ,HelmsSetal:Auto-antibodiestothereceptortyrosinekinaseMuSKinpatientswithmyastheniagraviswithoutacetylcholinereceptorantibodies.NatMed7:365-368,20014)KimJH,HwangJM,HwangYSetal:Childhoodocularmyastheniagravis.Ophthalmology110:1458-1462,20035)YukiN:Gangliosidemimicryandperipheralnervedisease.MuscleNerve35:691-711,20076)SquirrellD,ShipmanT,RennieI:Wernickeencephalopathy.ArchOphthalmol122:418-419,2004(63)

小児の眼筋麻痺

2010年7月30日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY動(むき運動・ひき運動・輻湊),眼振の有無を観察する.特に外転神経麻痺の鑑別には,片眼ずつ遮閉して十分外転するか確認することが大切である.乳幼児では人形の目現象を利用して核・核下性障害の有無を判別する.年長児では滑動性追従眼球運動,衝動性眼球運動の異常を注意深く検出する.赤外カメラでビデオ撮影して観察すると,眼球運動や瞳孔反応の軽微な異常をとらえやすい.家庭で撮影した写真や動画を持参してもらうことも診断のきっかけになる.大型弱視鏡は3歳以降であれば可能であるが,Hess赤緑試験は検査の説明が理解できるようになる小学校中学年ほどまではむずかしい.機械的障害を鑑別するためにはForcedductiontestが必須であるが,小児では全身麻酔下で行うこととなる.眼位・眼球運動の所見が得られたら,細隙灯顕微鏡で前眼部を検査するが,このときに回旋性眼振などの眼球運動異常にも注意して観察する.最後に調節麻痺下屈折検査と散瞳下眼底検査を必ず行う.つぎのステップとして,外傷歴のある患児はもちろんのこと,突発した眼位異常・眼筋麻痺や視神経乳頭に異常を認める例(図1),顔面神経麻痺や運動失調などの随伴症状を伴う眼球運動異常では速やかに頭蓋内の精査を行うべきである.画像検査ではMRI(磁気共鳴画像)がCT(コンピュータ断層撮影)よりも解像度に優れているが,撮影に時間がかかり,CTに比べて深い鎮静を要する.個人差はあるものの,体重が10kgを超える小児ではじめに日常診療において,小児,特に年少児が複視を訴えることは少ない.両眼視機能が未発達な段階での眼位ずれは,斜視眼からの入力を抑制し,複視を自覚することがほとんどないからである.眼筋麻痺の診断に際し,他覚的な所見の評価が重要であることは成人も小児も同じであるが,小児では簡単な所見をとることすらむずかしく,最初の一歩につまずいてしまうことも珍しくない.しかし,後天性眼筋麻痺の背景には,脳腫瘍などの重篤な疾患が潜んでいることがある.迅速な診断のためには,小児に特有な原因疾患を念頭において,異常を的確にとらえる必要がある.本稿では,複視をきたしうる小児の眼筋麻痺の診察・評価の仕方と治療法,代表的な疾患について述べる.1.小児の診察・評価をどのように行うか1,2)患児を飽きさせずに,要領よくポイントをつかんで異常の有無を判定する.はじめに行うのは家族からの問診と患児の視診である.患児に話しかけながら,まず明室で児の頭位,外眼部,全身所見を観察する.著しい異常頭位をとっていれば眼筋麻痺が疑われる.問診では,頭位・眼位・眼球運動の異常がいつからみられたか,変動はないか,随伴した症状はないか,外傷や頭痛などの既往はないかを詳しく聴き出し,出生時の異常の有無,発達の状況,家族歴についても聴取する.つぎに,興味をひくおもちゃを見せて,眼位と眼球運(49)909*MichikoTanaka&SachikoNishina:国立成育医療研究センター眼科〔別刷請求先〕田中三知子:〒157-8535東京都世田谷区大蔵2-10-1国立成育医療研究センター眼科特集●物が二重に見えるあたらしい眼科27(7):909.915,2010小児の眼筋麻痺OphthalmoplegiainChildren田中三知子*仁科幸子*910あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(50)各論小児の眼球運動障害の原因としては,核・核下性麻痺が最も多く,ついでDuane症候群,重症筋無力症,核上性麻痺(Parinaud症候群をきたす松果体部腫瘍など)の頻度が高い4).本稿では,小児の眼筋麻痺のうち,後天性に発症し,複視を訴えることの多い代表的な疾患を取り上げ解説する.1.脳神経麻痺1,5)小児の脳神経麻痺の原因は成人と異なった特徴がある.先天性上斜筋麻痺を除き,小児の脳神経麻痺の最も多い原因は外傷6,7)であり,成人のように動脈瘤や糖尿病が原因になることは少ない.外傷によって複数の神経麻痺を示す例(複合神経麻痺)もみられる(図2a).その他小児では,感染・炎症,腫瘍が原因の頻度として高く,診断に際して留意すべきである4,8,9).a.動眼神経麻痺5,6,10,11)後天性の動眼神経麻痺のおもな原因は外傷であり,ついで多いのは感染である.神経核・神経根付近の病変は小児では少ないが,脳幹部のFisher症候群や急性脱髄性脳脊髄炎などの脱髄性疾患,グリオーマ,血管奇形などが原因となる.核性麻痺では両眼の眼瞼下垂がみられる.Weber症候群(動眼神経麻痺+対側片麻痺)は,小児では血友病に伴ってみられることがある.くも膜下腔での障害は最も多くみられ,硬膜下血腫,海馬回鈎ヘルニアなどの大きな外傷,急性細菌性髄膜炎が麻痺の原因となり,動脈瘤は少ない.その他,少数ではあるが,悪性リンパ腫や白血病の髄膜浸潤も麻痺の原因となることがある.海綿静脈洞以降では,眼窩骨折などの外傷,Tolosa-Hunt症候群などの肉芽腫性炎症,下垂体腫瘍,頭蓋咽頭腫,リンパ腫,横紋筋肉腫,デルモイドなどが原因となる.片頭痛後の一過性の動眼神経麻痺(ophthalmoplegicmigraine)も小児に比較的多く報告されている.先行する眼窩から前頭部にかけての頭痛後に,数時間から数週間の片側動眼神経麻痺がみられる.ときに滑車神経麻痺と外転神経麻痺を合併していることもある.頭痛の原因は不明であり,診断には画像に占拠性病は経口や注腸の鎮静薬が効きにくく,過度の鎮静は呼吸循環抑制の危険を伴うため,静脈内麻酔や全身麻酔下での撮影を余儀なくされることも多い.必要と思われる場合には小児科医からのアドバイスをうけながら,可能な方法を選択するのがベストである.また小児では,脳動脈瘤などの頻度はきわめて少ないため,脳血管造影を早急に行う必要はない.2.小児の眼筋麻痺をどのように治療するか複視をきたす眼筋麻痺に対しては,まず脳腫瘍などの緊急性のある疾患を否定し,さらに原因検索を十分に行うことが肝要である.その後,原因疾患の治療と連携して,眼位異常の管理として,適切な屈折矯正を行い,弱視の予防または治療を行う.診察では常に,眼位・眼球運動障害の経過とともに患眼の弱視化に注意し,必要に応じ健眼遮閉を行う.また,異常頭位による代償が不能な例では,両眼視機能の低下を防ぐためにプリズム治療を行う.しかし,12Δを超える膜プリズムは視力に影響するため,弱視治療との兼ね合いがむずかしい.プリズム装用後に視力・両眼視機能検査を行うようにする.小児の後天性眼筋麻痺には,外傷,感染など自然治癒傾向の強い疾患が多いため,手術治療の時期や適応は慎重に決定する3).図111歳,男児に認めたうっ血乳頭Parinaud症候群を呈し,松果体部腫瘍と診断された.(51)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010911では健眼遮閉を行う.麻痺と眼位異常が恒常性となれば斜視手術を検討する.ついで,必要に応じて眼瞼下垂の手術を行う.b.滑車神経麻痺5,7)上斜筋腱の解剖学的異常に起因する先天性が最も多く,平均18.20PD(prismdiopter)の垂直偏位がみられるが,頭位の代償により両眼視機能が保たれることが多い.垂直融像幅は二次的に拡大していて,20PDを超えるものもある.ゆえに,おおむね立体視は良好で,小児期に回旋複視や上下複視を訴えることはほとんどな変や血管障害などの病的所見がないことが求められる.近年,ophthalmoplegicmigraineは片頭痛ではなく,頭部神経痛に分類されるようになった.急性期にはステロイドの全身投与によって発作時間を短縮できることが明らかにされているが,有効な予防法はない12).動眼神経麻痺による眼位異常が恒常性となる例も存在する(図3).後天性の動眼神経麻痺の経過として異常神経支配,周期性麻痺への移行がみられることがある.原因疾患に対する治療を進めるとともに,弱視発症の危険性がある例図2a交通外傷による複合神経麻痺(5歳,男児)図2b同症例の経過(7歳,術前所見)3カ月後に自然軽快したが,右外転神経麻痺のみ残存し,複視を訴えた.右眼内直筋後転術+上下直筋移動術(西田法)によって複視が解消した.912あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(52)神経核・神経根付近では脳幹部のFisher症候群や急性脱髄性脳脊髄炎などの脱髄性疾患,グリオーマ,血管奇形などが原因となる.くも膜下腔では外傷,髄膜炎が原因となる.海綿静脈洞以降では,眼窩骨折などの外傷,Tolosa-Hunt症候群などの肉芽腫性炎症,下垂体腫瘍,頭蓋咽頭腫,リンパ腫,横紋筋肉腫,デルモイドなどがい.しかしながら,年齢が上がり,不適切な屈折矯正,頭位の矯正などによって,融像できなくなると複視を訴えることがある(図4).後天性滑車神経麻痺は,その原因のほとんどが閉鎖性の頭部外傷で,片側または両側性に麻痺がみられる.感染,腫瘍,頭蓋内圧亢進が原因となるのは少数である.図3Ophthalmoplegicmigraine(9歳,女児)くり返す頭痛と右動眼神経麻痺がみられ,麻痺が恒常性となった.図4先天性上斜筋麻痺(18歳,男子)代償頭位をとっているが,正面位と左方視での複視を訴え,手術治療を行った.(53)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010913よそ50%,全身型ではおよそ85%である.外来で簡便に行える検査として,眼瞼上を2分間アイスパックで冷却し,2mm以上の眼瞼の挙上がみられないかどうか確認するアイステストや,患児の眼前約45°上方に視標を1分間提示し,眼瞼下垂や上下斜視の増強がないか検査する上方注視負荷試験が有用である17).テンシロンテストはアンチレックスR(塩化エドロフォニウム)0.2mg/kg(1歳未満は0.15mg/kg)を生理食塩水で10倍希釈し,まず1/10を静注して異常がみられなければ残りを30秒かけてゆっくりと静注する.副作用で徐脈・悪心・唾液分泌低下がみられる可能性があるので,十分な観察と対処ができる準備をしておく必要がある.眼筋型は自然寛解することもあるので,治療は最小限の抗コリンエステラーゼ薬から始められる.無効例にはステロイドの全身投与が行われる.弱視や両眼視機能の低下を防ぐため,小児科医との連携を密にし,治療目標を共有する.3.慢性進行性外眼筋麻痺5)広義の慢性進行性外眼筋麻痺は,眼瞼下垂・外眼筋麻痺が主徴となる疾患群である.ミトコンドリアDNAの異常が80%にみられる.眼瞼下垂で初発することが多く,眼球運動は上転から障害され,外斜視の発症が多い.緩徐な進行を示す例では複視を訴えないこともある.最終的には外眼筋の収縮と伸展の両方が障害される.発症年齢は幼児から成人までと幅広いが,Keans-Sayer症候群は,15歳以前に眼瞼下垂・外眼筋麻痺で発症し,20歳までに無色素性網膜色素変性を発症する.原因となる.後天性麻痺の発症初期では特に,患側の垂直偏位に加えて,回旋偏位が複視・不快感の中心となっていることが多い.代償不全をきたした先天性,および後天性麻痺の遷延例では,プリズムや手術の適応になる.c.外転神経麻痺5,7,13)後天性の外転神経麻痺では,最も多い原因は頭蓋骨折や硬膜外血腫などの外傷(図2b)と,脳腫瘍である.神経核・神経根付近では,小児では血管性病変は少なく,腫瘍,脱髄性疾患,脳動静脈奇形による神経麻痺が多い.腫瘍による外転神経麻痺では,同側の側方注視麻痺,顔面の痛覚消失,Horner症候群,対側のMLF(内束縦束)症候群またはone-and-a-half症候群,難聴,片麻痺などの随伴疾患を伴うことがある.くも膜下腔,蝶形骨斜台,Doello管にかけては,シルビウス(Sylvius)裂の脊索腫,好酸球性肉芽腫,ランゲルハンス(Langerhans)細胞組織球症,軟骨肉腫,頭蓋内圧の亢進,減少,感染などが神経麻痺の原因となる.海綿静脈洞内では下垂体腫瘍,鞍上部の頭蓋咽頭腫,未分化胚細胞腫瘍,肉芽腫性炎症で障害される.小児では,可及的早期に脳腫瘍などの原因疾患を診断することが重要である7).原因疾患を治療した後,視力・両眼視の管理を行い,内斜視が残存した場合には斜視手術を行う.代償頭位をとる例は,比較的両眼視機能が良好に維持できる.2.重症筋無力症14)症状が変動する眼瞼下垂・斜視がみられる場合には,重症筋無力症を考えなければならない.睡眠後に眼瞼下垂や斜視の改善がないか,問診でよく聴いておく必要がある.重症筋無力症のうち,1/3は小児期に発症するといわれ,女児に多い.小児では眼筋型が多いが,後に全身型に移行する例もある.1歳未満と18歳以上を除いた,若年型の発症年齢は平均3.4歳で,高率に眼瞼下垂がみられる(図5).初発症状に斜視がみられるものは少ないが,経過とともに合併する頻度は高くなる.斜視のタイプは外斜視に上下斜視を合併したものが多く,ついで外斜視単独,上下斜視単独,内斜視の順である15,16).抗アセチルコリン受容体抗体の陽性率は,眼筋型ではお図5重症筋無力症(4歳,女児)初発症状は左眼瞼下垂.その後,斜視をきたした.914あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(54)る.特徴として,中等度の未矯正または低矯正の近視を伴い,思春期から成人における長時間の勉強,読書,裁縫後などの近業後の発症が多く,遠見と近見の内斜視角が同程度であることがあげられる.内直筋のトーヌス上昇や開散不全に,器質的な変化が加わった結果と推察されているが,正確な病態は不明である20,21).おわりに小児の診察では,自覚的な検査は困難であり,十分な所見を得ることは期待できない.しかし「子供が騒いで何もわからない」という態度では,家族との信頼関係を損ない,重篤な原因疾患を見逃すおそれがある.家族の話によく耳を傾け,患児を観察することによって麻痺の存在と随伴症状を捉えることが大切である.また,最後に必ず眼底まで検査して,軽度のうっ血乳頭や視神経萎縮などがないか確認する.あわてずに疾患を類推し,緊急度と検査の優先度を決めることが診断のポイントである.文献1)BrodskyMC,BakerRS,HamedLM:Ocularmotornervepalsiesinchildren.PediatricNeuro-ophthalmology,p201-250,Springer-Verlag,NewYork,19962)三村治:眼球運動異常.あたらしい眼科15:1541-1547,19983)三村治:小児の眼球運動異常.あたらしい眼科6:1771-1777,19894)内野泰,鈴木利根,西尾正哉ほか:小児の眼球運動障害例の検討.神経眼科19:318-323,20025)TaylorD,HoytCS:Cranialnerveandeyemusclediseases.PediatricOphthalmologyandStrabismus,3rded,p942-955,Elsevier,Philadelphia,20056)KadsiSR,YoungeBR:Acquiredoculomotor,trochlearandabducentcranialnervepalsiesinpediatricpatients.AmJOphthalmol114:568-574,19927)HolmesJM,MutyalaS,MausTLetal:Pediatric,third,fourth,andsixthnervepalsies:apopuration-basedstudy.AmJOphthalmol127:388-392,19998)木村久:小児の神経眼科.斜視と外眼筋麻痺.神経眼科19:286-291,20029)向野和雄:小児神経眼科.末梢性眼筋麻痺.あたらしい眼科19:1247-1255,200210)HarleyRD:Paralyticstrabismusinchildren.Ophthalmology87:24-43,198011)IngEB,SullivanTJ,ClarkeMPetal:Oculomotornerve心筋伝達障害,脳脊髄液の蛋白質が1g/1mlを超える脳症の併発もみられる.その他,聴覚障害,認知症,心筋症,内分泌異常を伴うことがある.ほかのミトコンドリア脳筋症のうち,MELAS症候群(mitochondrialencephalomypathy,lacticacidosis,andstrok-likesyndrome)とMERPF(myoclonicepilepsywithraggedredfiberssyndrome)では外眼筋麻痺がみられる例は少ない.4.急性内斜視小児の複視の原因として,後天性内斜視の頻度も高い.発症は比較的急性で,まず器質的な異常がないことを確認し,脱髄性疾患やその他の内斜視を発症する原因がないことを十分検索したうえで初めて診断できる.治療として,適切な屈折矯正が重要であり,発症早期からプリズム治療を試みる.しかし,内斜視角が固定し,手術治療が必要となることが多い.a.後天性非調節性内斜視5)年長児や若い成人に後天性にみられる内斜視である.特徴としては,視力の左右差がなく,遠見・近見・側方視で変化がない中等度の内斜視で,遠視はなく,AC/A比(調節性輻湊対調節比)は正常,眼球運動が正常の共同性斜視である.正確な病態は不明であるが,患者はもともと小角度の内斜視や内斜位であることが多く,周辺融像までは獲得しているが,片眼の抑制などで融像が妨げられると,内斜視角が大きくなり急性内斜視が発症すると考えられている.b.開散麻痺・開散不全18)開散の異常によって急性内斜視をきたすことがある.外傷や感染に伴って起こる開散麻痺と,原因疾患のない開散不全に分けられるが,いずれも病態は不明である.特徴として,突発する遠見での同側性複視であり,遠見内斜視角が近見内斜視角よりも大きく,近見では融像可能である.内斜視角が側方視で変化がないか,やや減少することもあり,両側性の外転神経麻痺と明確に区別することはむずかしい.c.不適切な近視矯正と近業による内斜視19)低矯正,または未矯正の近視眼で,勉強や裁縫などの近業を長時間行うことが誘因とされる急性内斜視でああたらしい眼科Vol.27,No.7,2010915palsiesinchildren.JPediatrOphthalmolStrabismus29:331-336,199212)MenkesJH,SarnatHB,MariaBL:Headacheandnonepilepticepisodicdisorders.ChildNeurology,7thed,p951,LippincottWilliamsandWilkins,Philadelphia,200613)AfifiAK,BellWE,MenzesAH:Etiologyoflateralrectuspalsyininfancyandchildhood.JChildNeurol7:295-299,199214)白石一浩:重症筋無力症.小児科診療73:766-769,201015)KimJH,HwangJM,HwangYSetal:Childhoodocularmystheniagravis.AmJOphthalmol110:1458-1462,200316)籠谷保明,本田茂,関谷善文ほか:小児重症筋無力症の臨床的検討.眼臨88:454-457,199417)鈴木聡,駒井潔,三村治ほか:小児の重症筋無力症について.眼臨88:458-460,199418)VonNoodenGK,CamposEC:Clinicalcharacteristicsofneuromuscularanomaliesoftheeye.BinocularVisionandOcularMotility,6thed,p505-506,Mosby,StLouis,200219)川村真理,田中靖彦,植村恭夫:近視を伴う後天性内斜視の5例.眼臨81:1257-1260,198720)BielschowskyA:DasEinwartsscheinderMyopen.BerDeutscheOphthGesell43:245-248,192221)Duke-ElderS,WyberK:Concomitantstrabismus.OcularMotilityandStrabismusinSystemofOphthalmology,p605-609,HenryKimpton,London,1973(55)

複視とプリー

2010年7月30日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYIプリーの位置異常(heterotophy)プリーの位置異常が原因と考えられるものには,直筋プリーの位置異常4),上斜筋萎縮を伴う上斜筋麻痺における内直筋プリーの上方偏位5),水平直筋プリーの加齢による下方偏位6),高度近視に伴う固定斜視の外直筋下方偏位および内直筋の鼻側偏位7)などがある.症例1:偽上斜筋麻痺8)83歳の男性.8年前に左眼の白内障手術を施行.4年前から上下・回旋複視を自覚するようになった.最近では常時,複視を自覚するようになり,当科を紹介され受診した.視力:右眼(0.6),左眼(0.8).既往歴:心疾患,糖尿病.現症:正面視で1-2Δ左上斜視,右傾斜時に1-2Δ,左傾斜時に2-3Δの左上斜視を認めたが,明らかな眼球運動異常を認めなかった.診断的9方向むき眼位検査,Hess赤緑試験(図1)から左眼・代償不全型上斜筋麻痺と診断した.眼窩MRI検査では明らかな上斜筋萎縮は認められず,同筋の収縮性にも異常を認めなかった(図2).眼窩MRI冠状断画像をもとに眼球中心から約9mm後方の4直筋の重心に近似した4直筋のプリーの二次元座標位置を解析した.正常者の平均の2SDを超えるものを異常と判定したところ,両側の水平直筋,特に外直筋の下方偏位を認めた(図3,4).はじめにMilller&Demerらの組織学的,あるいはMRI(磁気共鳴画像)画像解析により,眼球赤道部のTenon.内に存在するスリーブ様の結合組織(プリー)が,外眼筋の機能的起始部としての役割を担い,さらには外眼筋の走行や眼球運動を制御する働きのあることが明らかにされている1.3).このプリーが,眼位異常や複視の原因となる場合がある.Demerは眼位異常の原因として,プリーの位置異常,プリーの不安定性,可動性の障害,プリーの加齢性変化の4つをあげている2).複視の原因がはっきりしない症例ではプリーの位置異常や可動性の障害を疑うことの大切さを指摘している.プリーの異常判定にはMRIなどの画像検査が必須である.MRI撮像では,サーフェイスコイルを使用して撮像条件を工夫し,いろいろなむき眼位をとらせて外眼筋を撮像する.MRI画像からは直接にはプリーを読み取れないので,つぎのような方法で間接的にプリーを評価する.一つは,冠状断画像を用いて眼球中心から約9mm後方の4直筋の重心位置(図3,6)を二次元的に解析し,上下・水平方向への位置偏位をみる.もう一つは,軸位断画像を用いて上下・左右方向のむき眼位における筋の走行が屈曲する部位をプリーの付着位置とみなして(図9:矢頭)解析し,屈曲部位の移動距離とむき眼位との関係をみる.以下にプリーの位置異常と可動性の障害により生じたと推察される斜視症例について述べる.(43)903*ReikaKono:岡山大学大学院医歯薬学総合研究科眼科学〔別刷請求先〕河野玲華:〒700-8558岡山市北区鹿田町2-5-1岡山大学大学院医歯薬学総合研究科眼科学特集●物が二重に見えるあたらしい眼科27(7):903.908,2010複視とプリーDiplopiaandthePulley河野玲華*904あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(44)図1症例1:Hess赤緑試験正面視で1-2Δ左上斜視,右方視で左上斜視の増強,右Bielschowsky頭部傾斜試験陽性であった.眼球運動検査では明らかな異常はないが,Hess赤緑試験では軽度の左下斜筋過動を認める.右上斜筋左図2症例1:眼窩MRI(冠状断)上斜筋最大筋腹断面積は,右17.2mm2,左15.2mm2であり(正常18.1±3.2mm2),明らかな上斜筋萎縮を認めなかった.右上斜筋眼球外直筋内直筋左図3症例1:眼窩MRI(冠状断)正常者では内直筋と外直筋の重心の垂直方向の位置はほぼ一致するが,本症例の外直筋は内直筋よりも下方に偏位している.(45)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010905年齢と直筋プリーの二次元座標位置との関係を解析し,水平直筋のプリー位置が加齢の影響を受けて有意に偏位することを報告6)している.すなわち,加齢に伴って下方へ偏位し,特に内直筋プリーよりも外直筋プリーのほうが影響をより強く受けやすいと述べている.代償不全型上斜筋麻痺には上斜筋萎縮を認めない症例の割合が比較的多く(自験例で8例中5例,63%),非萎縮例には症例1のようにプリーの位置異常が原因と考えられるものも存在する.Demerは,上斜筋麻痺を上斜筋萎縮の収縮力が低下したtruetypeと上斜筋萎縮がなく,収縮力の低下もないものをsimulatedtypeとして2型に分類する方法を提唱している.さらに,Demer9)は,MRI撮像は外眼筋の形態や機能評価に最も有用な検査手段であるので,斜視の原因を検索するうえでMRI検査が重要であることを強調している.症例2:V型外斜視33歳の女性.子供のころから斜視があったが放置していた.2年前から眼精疲労と頭痛を自覚するようになった.頭痛がひどくなったため,近医の眼科を受診したところ,外斜視を指摘された.頭部MRIでは異常は検出されなかった.精査・加療を目的に当科を紹介され受診した.視力:右眼(1.2),左眼(1.5).診断:プリーの位置異常による非共同性斜視(偽上斜筋麻痺)と診断した.なぜプリーの位置偏位が上斜筋麻痺様の上下偏位を生じさせたのか?内直筋と外直筋それぞれに付着するプリーの位置(プリー組織が最も発達した部位)が非対称性に下方へ偏位することによって,視線変化に対する筋の作用方向(ベクトル変化)が変化し,上下偏位が生じたと推察される.この直筋プリーの下方への位置偏位は,病歴などから,加齢変化と考えられる.Clarkは,図55方向むき眼位V型外斜視と右下斜筋過動を認める.-20-15-10-5051015Horizontalpulleylocation(mm)Verticalpulleylocation(mm)151050-5-10-15-20内直筋上直筋下直筋外直筋:右眼:左眼:正常者(平均±2SD)図4症例1:直筋プリーの位置両側の水平直筋,特に外直筋の下方偏位を認める.水平は正が耳側,負が鼻側,垂直は正が上方,負が下方を示す.906あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(46)の直筋の外方回旋の報告2)がある.このように,水平斜視でもプリーの異常が原因で眼位異常を生じさせることを念頭におく必要がある.IIプリーの可動性の障害正常者や共同性の斜視を対象に行った冠状断撮像画像の解析では,プリーの位置変動が小さく,いろいろなむき眼位をとらせたときの変動幅は±2mm(95%信頼区間)である.一方,軸位断撮像画像の解析では,プリーの位置は前後方向に,最大14mm程度の大きさで移動する.さらに,輻湊時には外方回旋することが報告されている2).眼瞼形成術,内視鏡下鼻内副鼻腔手術,眼窩壁骨折既往歴:金属アレルギー,卵巣膿腫.家族歴:近親者に斜視なし.現症:正面視で14Δ外斜視,6Δ右上斜視,上方視で25Δ外斜視,8Δ右上斜視,下方視で8Δ外斜視,5Δ右上斜視,右下斜筋過動を認めた(図5).眼窩MRI冠状断画像で,左側の上直筋プリーの耳側偏位と両側の外直筋プリーの下方偏位を認めた(図6,7).治療:眼精疲労が強いため,近用眼鏡にプリズムを処方し,その後,右眼外直筋後転5mm(半筋腹上方移動),内直筋切除5mm(1筋腹下方移動)を施行した.手術後1年の遠見,近見眼位は,ともに右上斜視5Δで,問題のあるときには処方されたプリズム眼鏡を装用している.A-V型斜視は,プリーの位置異常が原因と考えられる斜視の一つである2).V型では,片眼あるいは両眼の外直筋が下方へ偏位し,ときに,下直筋の鼻側偏位あるいは上直筋の耳側偏位を伴う.一方,A型では,V型の鏡面像であり,片眼あるいは両眼の外直筋が内直筋よりも上方へ偏位し,ときに,下直筋の耳側偏位あるいは上直筋の鼻側偏位を伴う2).プリーの位置異常に加えてプリーの不安定性も合併する症例もある.プリーの不安定性の報告には,高度近視,X型外斜視,V型外斜視におけるプリーの不安定性,Y型外斜視におけるプリーの不安定性によると考えられる上方視で-20-15-10-5051015Horizontalpulleylocation(mm)Verticalpulleylocation(mm)151050-5-10-15-20内直筋上直筋下直筋外直筋:右眼:左眼:正常者(平均±2SD)図7症例2:直筋プリーの位置左上直筋の耳側偏位,両外直筋の下方偏位を認める.水平は正が耳側,負が鼻側,垂直は正が上方,負が下方を示す.右上直筋外直筋左図6症例2:眼窩MRI(冠状断)正常者では内直筋と外直筋の重心の垂直方向の位置はほぼ一致するが,本症例の外直筋は内直筋より下方に偏位している.また,左上直筋の耳側偏位も認める.(47)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010907らかな外眼筋の損傷を疑わせる所見はなかった.診断:複視発症の病歴より,プリーの可動性障害による輻湊障害が疑われた.で,プリーの可動性が障害される場合がある.障害されると,眼球運動制限(機械的斜視)や非共同性斜視が生じる.下眼窩や下眼瞼手術による瘢痕が,下直筋プリーの後方への移動を障害し,非共同性の上下斜視を生じさせた症例が紹介されている2).外傷や手術後に生じた複視では画像診断で筋に直接の障害が及んでいないようにみえても,プリーの可動性が障害されることがあるので注意が必要である.症例3:輻湊障害,間欠性外斜視56歳の女性.1年前右副鼻腔炎の手術後から上下複視を自覚するようになった.その後複視は軽減したが,近見時に複視が残存した.下方視や近見時に複視を自覚するため,精査目的で当科を紹介され受診した.視力:右眼(1.5),左眼(1.5).既往歴:特記すべきことなし.現症:正面視遠見で6Δ外斜位,近見で20-25Δ間欠性外斜視を認めた.明らかな眼球運動異常はないが,輻湊障害を認めた(図8).眼窩MRI軸位断画像で,右側内直筋の作用方向(内転)とその逆方向(外転)の2つのむき眼位から内直筋の収縮・弛緩を確認した(図9).冠状断画像では,右内直筋と眼窩内壁の距離が左側と比較して短く,右内直筋の下端が内側へ牽引され(図10),CT(コンピュータ断層撮影)の眼窩内壁骨折の位置と一致した.しかし,明図8症例3:Hess赤緑試験正面視遠見で6Δ外斜位,近見で20-25Δ間欠性外斜視,明らかな眼球運動異常はないが輻湊障害を認めた.右左図9症例3:眼窩MRI(矢状断)外転時に右眼の内直筋が屈曲(矢頭)する所見がみられる.内直筋の収縮・弛緩は画像から正常と判断され,明らかな左右差は認めない.908あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(48)本稿は,第30回日本眼科手術学会インストラクションコース(2007)で講演した内容を一部修正・追加したものであり,文部科学省科学研究費助成金(20592044,22591964)の補助を受けた.文献1)MillerJM,DemerJL:Clinicalapplicationofcomputermodelsforstrabismus.In:RosenbaumAL,SantiagoAP,eds.ClinicalStrabismusManagement.Chapter7,p99-113,Saunders,Philadelphia,19992)DemerJL:Pivotalroleoforbitalconnectivetissuesinbinocularalignmentandstrabismus.TheFriedenwaldlecture.InvestOphthalmolVisSci:45:729-738,20043)MillerJM:Understandingandmisunderstandingextraocularmusclepulleys.JournalofVision7(11):10.1-15,20074)ClarkRA,MillerJM,RosenbaumALetal:Heterotopicrectusmusclepulleysorobliquemuscledysfunction?JAAPOS2:17-25,19985)ClarkRA,MillerJM,DemerJL:Displacementofthemedialrectuspulleyinsuperiorobliquepalsy.InvestOphthalmolVisSci39:207-212,19986)ClarkRA,DemerJL:Effectofagingonhumanrectusextraocularmusclepathsdemonstratedbymagneticresonanceimaging.AmJOphthalmol134:872-878,20027)KrzizokTH,SchroederBU:Measurementofrectieyemusclepathsbymagneticresonanceimaginginhighlymyopicandnormalsubjects.InvestOphthalmolVisSci40:2554-2560,19998)KonoR,OkanobuH,OhtsukiHetal:Displacementoftherectusmusclepulleyssimulatingsuperiorobliquepalsy.JpnJOphthalmol52:36-43,20089)DemerJL:GilliesLecture:ocularmotilityinatimeofparadigmshift.ClinExpOphthalmol34:822-826,200610)OrtubeMC,RosenbaumAL,GoldbergRAetal:Orbitalimagingdemonstratesocularblowoutfractureincomplexstrabismus.JAAPOS8:264-2732004Demerらは読書時の眼精疲労を主訴とする症例に,陳旧性眼窩壁骨折による両側の内直筋プリーとその周辺結合組織が牽引される所見を報告し,筋性眼精疲労の原因は,内直筋プリー組織の牽引が輻湊時の外眼筋への機能的負荷を生じたためと推察している10).すなわち,正常者では輻湊時には内直筋に付着するプリー組織が上方へ移動するので,プリーに余分な負荷がかかり輻輳障害をひき起こすことを指摘している.症例3は眼窩内壁骨折が内直筋プリーの可動性を障害し,輻湊障害を生じさせたと推察される.このように明らかな外眼筋への直接侵襲がなくても,筋の走行の異常や筋周囲のプリーおよび結合組織の異常所見にも注意する必要がある.それには外傷などの受傷時期と複視の発症時期との関係について詳細な問診が欠かせない.内直筋図10症例3:眼窩MRI(冠状断)右内直筋と眼窩内壁の距離が左側に比べて短く,右内直筋の下端が内側へ牽引されている(矢印).

脳神経外科医からみた「見逃してはいけない複視」

2010年7月30日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYI症例呈示【症例1】78歳,女性.数日前より急に右眼の眼瞼下垂と複視が発症し,総合病院眼科を受診.眼科診察では右眼瞼下垂と瞳孔の散大傾向,対光反射がやや遅延しており,右眼位も外転位を呈していた.1.症例検討これは実際にある総合病院で筆者が脳外科研修中に経験した症例である.この後経過はつぎのとおりであった.初診を担当した眼科医は頭部CTの撮影をオーダーしたが,画像上に異常を認めなかったために,帰宅のうえ経過観察とした.患者は,翌深夜,急激な頭痛と嘔吐を自覚したために初診の病院へ救急搬送された.頭部CT検査でくも膜下出血(図1)を認めるとのことで,脳外科コンサルテーションとなった.本症例は脳動脈瘤の急速増大による右動眼神経障害であったが,診断が遅れ,動脈瘤が破裂し,くも膜下出血を生じてしまった症例である.以下に詳細を述べるが,動眼神経障害では必ず脳動脈瘤の存在を念頭において診断を進めなければならない.なぜならば,くも膜下出血は早期に発見されたものであれば,適切な治療ののちに社会復帰が高率に望める疾患であり,逆に,もしも発見が遅れれば致命的な結果に終わってしまう可能性が高いはじめに眼球運動,視野異常など眼球より得られる情報は脳神経外科診療においてきわめて重要な位置を占めている.12本ある脳神経のうち,眼球運動ならびに視覚に関与しているものは,視神経,動眼神経,滑車神経,外転神経と実に1/3を占めている.眼位や瞳孔状態,視野異常のパターンから中枢神経系病変の高位診断が可能となり,CT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)を撮影する前から,「考えられる可能性」が絞られ,診断を順次進めるとともに並行してつぎに行うべき治療の準備にとりかかることができるのである.これは特に脳外科救急では重要視され,意識障害患者が搬入されたときは意識状態とともに瞳孔や眼位は必須の診察項目となっている.さて,一般眼科医がこのような脳外科救急患者と関わるケースはまれであると考えられるが,複視を含めた眼科的問題が脳外科疾患と直結しており,一歩間違えばとんでもない誤診や診断の遅れ,それに伴う患者の不利益へと発展するケースは決してまれでないと考えられる.本稿では,脳神経外科医からみた,眼科医として「見逃してはいけない」代表的なパターンを検討してみたい.以下,代表的な3症例を提示してみるので,外来でこのようなケースに遭遇した場合を考えながら読み進んでいただきたい.(37)897*ManabuKinoshita&ToshikiYoshimine:大阪大学医学部脳神経外科学教室〔別刷請求先〕木下学:〒565-0871吹田市山田丘2-2大阪大学医学部脳神経外科学教室特集●物が二重に見えるあたらしい眼科27(7):897.901,2010脳神経外科医からみた「見逃してはいけない複視」NeurosurgicallySignificantDiplopias木下学*吉峰俊樹*898あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(38)神経組織となっている.特に脳槽部では脳幹を出発してすぐに上下から後大脳動脈と上小脳動脈に挟まれ(図2),海綿静脈洞に侵入するやや手前で内頸動脈の外側壁とほとんど距離を空けることなく並走する.このように血管構造と解剖学的に近接していることから,これらの部位で血管異常があった場合「動眼神経麻痺」として症状を呈することがある.本症例の術中写真を図4に提示するが,内頸動脈瘤の場合,いかに動脈瘤と動眼神経が近接しているかがわかっていただけると思う.3.機能解剖:動眼神経脳槽部での動眼神経には副交感神経要素と運動神経要からである.2.微小解剖:動眼神経動眼神経は脳幹の中脳橋移行部前面より発生し,前方へと進展,海綿静脈洞外側壁から上眼窩裂を通って眼窩内へ到達する(図2,3).したがって,動眼神経は①脳幹から海綿静脈洞までの脳槽部,②海綿静脈洞内部,そして③眼窩内と大きく3つのセグメントに分けて考えることができる.眼窩内ではそれぞれの外眼筋や内眼筋へ分枝をだしていくが,脳槽部,海綿静脈洞部では1本の図1症例1の頭部CTおよび脳血管撮影左:頭部CT.くも膜下出血を認める(矢印).右:脳血管撮影.右内頸動脈瘤を認める(矢印).図2頭蓋底を後上方より観察した際の解剖所見動眼神経は後大脳動脈と上小脳動脈に挟まれるように位置し,その前方で内頸動脈に近接しながら海綿静脈洞へと侵入する.その一方,外転神経は動眼神経,滑車神経と比較して低位から海綿静脈洞へと到達する.図3頭蓋底を側方から観察した際の解剖所見外転神経は橋延髄移行部より発生し,前方の斜台部へと進展する.脳槽内の走行距離が長いのが特徴である.(39)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010899【症例2】58歳,男性.既往に糖尿病,高血圧症がある.朝道を歩いていて車線が二重に見えることに気がついたため,眼科を受診した.Hess検査で右外転神経麻痺が確認された.初診時頭部CT検査で左視床に低吸収域を認め,脳梗塞疑いで眼科より神経内科へコンサルトとなった.1.症例検討これも実際にあった症例である.外転神経麻痺をどのようにして診断するか…がポイントである.後日談は以下のとおり.頭部CTで左視床に低吸収域を認め,陳旧性脳梗塞は確認できるものの,外転神経麻痺を説明する病変となりえないが,とりあえず脳梗塞疑いで検査入院となった.しかしながら,初診時CTをよく読影すると斜台部に腫瘍性病変があり(図5),斜台部腫瘍による外転神経麻痺と診断,放射線治療となった.本症例は少し高度なケースであるが斜台部腫瘍による外転神経麻痺を脳梗塞によるものと誤診し,初動を脳梗塞と誤ったケースである.2.微小解剖:外転神経外転神経は脳幹の橋延髄移行部前面より発生し,前方へと進展,斜台部のドレロー管から海綿静脈洞へ侵入,素が混在している.しかしながら,動眼神経の外側周囲は副交感神経線維が多数を占めているため,動眼神経に外的損傷が加わった際には眼球運動異常よりも内眼筋障害が先行するといわれている.本症例のように脳動脈瘤増大による動眼神経圧迫から動眼神経障害が誘起された場合には「瞳孔散大」や「対光反射消失」といった内眼筋障害はほぼ必ずみられる.その一方で糖尿病性神経症による動眼神経障害では必ずしも内眼筋障害がみられないケースが多々あり,内眼筋障害の有無は動眼神経障害を伴う病態理解の一助になると考えられる.4.動眼神経障害:何をすべきか?動眼神経障害,特に内眼筋障害を伴う急速発症ケースでは早急な脳外科へのコンサルトが必要である.上記で提示した症例では初診眼科医は頭部CTまで撮るという「惜しい」ところまで診察を行っていた.しかしながら,頭部CTでは出血しない限り特殊ケースを除いて動脈瘤の診断は不可能である.脳動脈瘤の存在を否定するにはMRA(磁気共鳴血管撮影)などによる直接的な脳血管撮影が必要であり,救急疾患であることを考えると初診日中に評価を終える必要がある.「MRIの予約が詰まっており翌週にしか検査ができなかった」では決して済まされないことを肝に銘じておく必要がある.図4症例1の術中画像動脈瘤クリップで処置された動脈瘤の外側に動眼神経が位置している.図5症例2のMRI画像大きな斜台部腫瘍(矢印)を認める.900あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(40)れ(図6),脳外科病院で頸動脈の血栓内膜.離術を施行された.本症例は厳密な意味では「複視」ではないが,高齢者では訴えが曖昧で黒内障などの視覚異常を「ボケて見える」とか「二重に見える」と訴える方に遭遇することがある.それを真に受け,眼球運動検査をするも異常を認めないためそのまま経過観察されているケースを時折見かけることがある.上記症例も黒内障が放置されており,ひとつ間違えば脳梗塞を発症していた可能性がある.2.内頸動脈狭窄症生活の欧米化とともに本疾患は増加傾向にあるといわれている.初発症状としては一時的な運動障害,構音障害といった一過性脳虚血発作(TIA),一過性の視覚異常(黒内障)がある.総頸動脈から内頸動脈が分岐する部位での狭窄が多く,血栓が比較的軟らかいsoftplaqueは脳梗塞を高率にひき起こすとされている.診断には頸動脈エコーやMRAが有用であるが,なにより上眼窩裂を通って眼窩内へ到達する(図2,3).したがって,外転神経も①脳幹から海綿静脈洞までの脳槽部,②海綿静脈洞内部,そして③眼窩内と大きく3つのセグメントに分けて考えることができる.外転神経は橋延髄移行部という比較的解剖学的に低位な部位より斜台上部を通って海綿静脈洞という高位構造物へと到達するため(図3),その走行距離が12本の脳神経のなかで最も長いという特徴をもつ.また,海綿静脈洞内を走行する脳神経(動眼神経,滑車神経,外転神経,三叉神経)のなかで,唯一海綿静脈洞外側壁ではなく,海綿静脈洞内を走行するという特徴をもつ.外転神経はまた,脳槽内の走行距離が長距離であるという特徴から頭蓋内圧上昇に呼応して麻痺を起こすことが知られており,両側外転神経麻痺は頭蓋内圧亢進のサインとして知られている.3.外転神経麻痺:何をすべきか?外転神経は上記のとおり,走行距離が非常に長いため,種々の理由で障害を受ける可能性がある.外転神経核は橋背面に位置し,同部位での出血,梗塞,腫瘍性病変による障害,つぎに脳幹前面から海綿静脈洞までの走行中に動脈瘤や腫瘍性病変による障害,さらに斜台部から海綿静脈洞付近での腫瘍性病変とその障害要因は多岐にわたりうることを熟知しておく必要がある.もちろん,脳外科,神経内科へのコンサルトは必要であるが,上記の知識を併せ持って,高位診断や検査手配ができれば,見落としや誤診の可能性はかなり低くなると思われる.【症例3】75歳,男性.既往に糖尿病がある.最近になり右眼が時折ボケて二重に見えたり,視界が悪くなるとの訴えで眼科受診.眼球運動障害ならびに眼底異常を認めず,経過観察となった.1.症例検討これも実際にあった例である.その後経過は以下のとおり.たまたま神経内科の知人がおり相談され,精査を勧められ,頸動脈エコーで両側内頸動脈の高度狭窄が確認さ図6症例3の血管撮影像右内頸動脈分岐部での潰瘍性変化を伴う狭窄病変(矢印)を確認できる.(41)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010901スはある一定の頻度で発生しているものと推測する.「複視」という眼科領域と脳外科・神経内科領域の境界領域で患者が発生したときに双方の分野にわたる知識を備えておくことが誤診や診断の遅れを防ぎ,患者にとって最も適切な治療を一刻も早く受けさせることができる必須条件であると考える.表1に脳神経外科医が日常診療で気にかけている複視となる原因疾患をまとめた.本稿をきっかけに眼科諸先生方にとって脳外科救急疾患や脳神経の微小解剖が少しでも馴染みあるものになり,眼科領域で活躍される先生方の一助となれば幸いである.文献1)田崎義昭,齋藤佳雄:ベッドサイドの神経の診かた改訂17版,南山堂,20102)太田富雄,松谷雅生:脳神経外科改訂10版.金芳堂,20083)後藤文男,天野隆弘:臨床のための神経機能解剖学.中外医学社,19924)宜保浩彦,小林茂昭:臨床のための脳局所解剖学.中外医学社,2000もまず本疾患を疑うことが必須である.II滑車神経麻痺についてさて,これまで滑車神経麻痺について述べていないが,脳外科領域では滑車神経の単独麻痺を経験することは非常にまれである.これはある程度,解剖学的理由によると思われる.滑車神経は中脳背面を出た後小脳テントの下面に沿って海綿静脈洞へと進展する.海綿静脈洞では三叉神経や動眼神経とともに海綿静脈洞外側壁に位置し,その後眼窩内へと到達する.滑車神経が脳槽部では小脳テントに守られるため,同部位での障害は少なく,また海綿静脈洞では三叉神経,動眼神経と近接して走行しているため,海綿静脈洞内での病変による障害がひき起こされる場合は,動眼神経麻痺を伴うことが多い.おわりに以上,駆け足で「複視」を中心に日常診療で陥る可能性のある問題症例を提示させていただいた.上記症例はいずれも実際に筆者が経験したものであり,類似のケー表1脳外科医が気にする複視動眼神経麻痺脳動脈瘤,糖尿病性神経症,海綿静脈洞部占拠性病変(腫瘍,大型動脈瘤)外転神経斜台部腫瘍,海綿静脈洞腫瘍滑車神経麻痺脳腫瘍上記,3神経障害では説明のつかない眼球運動障害核間部の障害(脳幹部腫瘍,血管障害)

複視の手術治療

2010年7月30日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY1.外転神経麻痺外転神経麻痺を軽度・中等度・高度の3段階に分け,筆者は軽度(図1a)は眼球運動制限が軽く多くは近見内斜位(以下,EP)であり,交代プリズム遮閉試験(alternateprismcovertest:APCT)で遠見眼位が20PD以下のもの,中等度(図1b)は眼球運動制限はあるが正中を超え,近見・遠見ともに内斜視(以下,ET)でAPCTで25PD以上のもの,高度(図1c)は眼球運動制限が最大外転努力によっても正中を超えないものと分類している.a.軽度な場合図2に示すように術式を決定する際,外眼筋のバランスを考えると3種類が考えられる.健眼の内直筋後転,患眼の内直筋後転,患眼の外直筋短縮である.どの術式を選択するかであるが,筆者は患眼手術を第一選択とし,12PD以下は患眼内直筋後転を,12.20PDでは患眼外直筋短縮としている.軽度な症例で患眼の外転方向への複視が強い場合,健眼の内直筋Faden手術により複視消失範囲を広げることができる1).b.中等度の場合患眼の内外直筋前後転を施行する.この場合,外直筋短縮は通常の場合より効果が弱いことを想定したうえで術量を決定する.外転神経麻痺の軽度.中等度では術量の決定はAPCTでの健眼固視眼位と患眼固視眼位,近見眼位と遠見眼位のデータを用い,遠見眼位が正位となるようにはじめに複視に対する手術治療は,術式と術量を決定する段階がきわめて重要である.術式が決定してしまえば,斜視手術自体はそれほど手技的にむずかしいものではない.今回は,筆者が行っている手術治療と術式決定のうえで注意していることを中心に述べたい.斜視手術の目的は正面視と読書眼位での複視消失であり,急性内斜視などを除いては後天発症の斜視は眼球運動制限を伴っており,手術治療によっても全方向での複視消失を得ることは現時点では不可能であり,正面視以外のどこかの方向では複視が残存する.また,術前複視のない斜視,間欠性外斜視や小児期からの斜視の放置例,片眼の視力不良例などでは,術後に眼位が改善される,あるいは眼位が逆転することにより,複視を自覚することがあり注意を要する.それらの対処法についても述べたい.I術式の決定と手技の実際術眼は必ずしも患眼とは限らない.同じ外転制限でも外転神経麻痺と甲状腺眼症では原因筋が異なり(外転神経麻痺の場合は外直筋,甲状腺眼症の場合は内直筋),術式も術量も異なる.臨床で遭遇することの多い外転神経麻痺から基本的な考え方を示し,滑車神経麻痺,動眼神経麻痺,甲状腺眼症,その他(外斜視術後,再手術例)につき解説する.(29)889*AkikoKimura:兵庫医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕木村亜紀子:〒663-8501西宮市武庫川町1-1兵庫医科大学眼科学教室特集●物が二重に見えるあたらしい眼科27(7):889.896,2010複視の手術治療SurgicalTreatmentforDiplopia木村亜紀子*890あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(30)は術後新たな上下偏位をきたす危険性があり,当院では,全身麻酔で西田法を施行した2.3日後に,局所麻酔で微調整を行う方法をとっている.術前は眼位が正位まで達しないことから斜視角の測定はKrimsky法とな計算する.c.高度な場合外直筋短縮は効果が期待できないことから眼筋移動術の適応となる.現在では上下直筋外方移動術(西田法,図3)が前眼部虚血などの合併症の危険が少なく術後成績も安定している2).しかし,上下直筋を用いた手術で図1外転神経麻痺上段:軽度,中段:中等度,下段:高度.右外転神経麻痺患眼外直筋短縮患眼内直筋後転健眼(左)内直筋後転図2右外転神経麻痺の術式LRSRIRL図3上下直筋外方移動術(西田法)図1の高度例の術後,眼位はほぼ正位となった.(31)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010891自覚していることは少ない.a.後天性滑車神経麻痺(図4)回旋偏位の矯正には,かつては上斜筋前部前転術など斜筋手術が主流であったが,現在では上下直筋を用いた上下直筋水平移動術が第一選択となっている(図5).上直筋には内方回旋作用が,下直筋には外方回旋作用があり,上下直筋はともに鼻側へ移動させると弱化,耳側へ移動させると強化作用が得られる.外方回旋偏位の矯正るが,術後はdiplopiatest(複視試験:複視が消失する範囲をプリズムバーを用いて検査する)やprismadaptationtest(PAT)を施行することができ,微調整の術式を検討する.2.滑車神経麻痺滑車神経麻痺には後天性滑車神経麻痺と代償不全性上斜筋麻痺が含まれる.後天性では上下偏位量が少なく,外方回旋偏位を5.8°で認めることが多く,回旋複視の自覚を伴う.しかし,代償不全性では上下偏位がきわめて大きく,他覚的に外方回旋偏位を認めても患者自身がSRMRIRLR内方回旋を弱化外方回旋を弱化RSRLRIRMR内方回旋を強化外方回旋を強化L図5上下直筋水平移動術右眼:鼻側水平移動,左眼:耳側水平移動.SOIRSRSRIRSRMRIRLRR内方回旋強化SRMRIRLLR外方回旋弱化図6右滑車神経麻痺の場合右眼:上直筋後転+耳側水平移動,左眼:下直筋後転+鼻側水平移動.SRR-fixMRIRLRR外方回旋弱化R-fix+4R/L0.5E×11+3R/L0.5E×11+5R/L1E×16+1E×11+4L/R0.5E×12+7L/R1E×15+3L/R1E×13+3L/R0.5E×15+5L/R6E×16+5L/R0.5E×4+3L/R1E×7図4両滑車神経麻痺症例上段:正面視では眼位はほぼ正位であるが,9方向シノプトフォアでは外方回旋偏位を正面視で12°,下方視で15°と高度に認めた.下段:下直筋鼻側水平移動を1筋腹施行し,術後外方回旋偏位は正面視で4°,下方視で7°と改善した.892あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(32)転+鼻側水平移動術を第一選択としている.患者が患眼手術を希望した場合,下直筋短縮+鼻側水平移動,または上直筋後転+耳側水平移動術となるが,短縮術は術効果にばらつきがでやすく,上下偏位が微量の場合は後転術を選択するほうが正確性に優れることから,上直筋後転+耳側水平移動術を行うことが多い.しかし,局所麻酔下での上直筋手術は慣れた術者でなければ操作は難しい(付着部が角膜輪部から約8mmと距離があるため).b.代償不全性上斜筋麻痺(図8)回旋偏位の自覚はない場合が多いが,続発性の下斜筋過動はきわめて高度である.術式は患眼の上直筋後転+下斜筋後転か,患眼の下斜筋後転+健眼の下直筋後転を施行する.筆者は下直筋後転にみられる合併症としての下眼瞼後退を避けるため患眼上直筋後転を選択している.上下直筋手術では眼瞼に対する影響も考慮する.特に6mmを超える後転・短縮の場合は注意を要する.上直筋短縮は上眼瞼下降を,下直筋短縮は下眼瞼上昇を,逆に下直筋後転術は下眼瞼下降をきたすなど,術式を考えるうえで参考にする.のためには,内方回旋を強化させるか,外方回旋を弱化させるかであり,下直筋であれば鼻側水平移動,上直筋であれば耳側水平移動させ(図6),上下偏位は同時に後転,短縮の併用で調整する.上下直筋の水平移動の際には外眼筋がTillauxのらせんに沿って位置していることを想定し,Tillauxのらせん上に新たな付着部を作る(図7).当院では,安定した効果が得られる健眼の下直筋後図8右代償不全性上斜筋麻痺上段:術前,Hess赤緑試験で右上斜視を16°認めた.下段:術後,上下偏位は右上斜視2°と改善した.上直筋幅10.8mm内直筋幅10.3mm外直筋幅8.8mm下直筋幅9.8mmSRMRIRLRR図7Tillauxのらせん4直筋の付着部位はらせん状に付着している.(33)あたらしい眼科Vol.27,No.7,20108933.動眼神経麻痺眼球運動障害の程度によるが,一般に難治性であり,完全麻痺の場合では広範囲での複視消失はまず無理である.術後,プリズムやFresnel膜など保存的治療を要することも多い.a.不全麻痺の場合(図9)症例は71歳,男性.朝,起床時左眼の眼瞼下垂を認め,眼球運動では,外転以外の眼球運動制限を認めた.翌日には眼瞼下垂は軽快し,複視を自覚した.瞳孔不同は認めず,精査するも原因は不明で循環障害が疑われた.半年経過しても,左眼軽度内転・下転制限を認めたため,左眼斜視手術を施行した.術前,左上斜視を約15°と外方回旋偏位を4°,APCTでは近見30ΔXT,14ΔL/RHT,遠見16ΔXT,14ΔL/RHTであった.左下直筋短縮(3mm)+鼻側水平移動1/2筋腹+外直筋後転(3mm)を施行した.術後眼位はほぼ良好であり,両眼図10両眼単一視野斜線部分が複視(+)を示す.正面視では複視を認めないが,20°以上の下方視で複視が出現するのがわかる.14XT14L/RHT4XT2L/RHTΔΔΔΔ図9左動眼神経不全麻痺上段:術前,左外斜視を14PD認め,Hess赤緑試験では左上斜視を11°認めた.下段:術後,Hess赤緑試験で左上斜視は1°と改善した.894あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(34)が多い(図12).4.甲状腺眼症術式の第一選択は罹患筋の後転である.罹患筋としては下直筋が最も多く患眼の下斜視を呈する(図13).回旋偏位を伴っている場合も多く,下直筋後転の際,癒着をしっかり外すことで回旋偏位が矯正されることも期待できるが,当院では下直筋後転の際,水平移動術を併用することで回旋偏位の矯正を行い良好な成績を得ている(図14).罹患筋の拘縮が強いほど,1mm後転に対する矯正効果が大きくでることに注意を払う.上下の融像域は広いことが多く,正面と下方視での上下偏位は少ないほうに合わせて術量を決定する.特に下方視で逆転しないように設定する.単一視野では正面視で複視消失を得たが,下方視では残存している(図10).b.完全麻痺の場合(図11)手術の目的は整容目的となることが多い.眼瞼下垂も伴っている場合は眼瞼手術も必要である.患眼の内外直筋前後転を施行するが,内直筋短縮は約10mm,外直筋後転は12.14mmと大量に行う.上下偏位を高度に認める場合は,内外直筋前後転を施行したのち,3カ月以上間隔をあけて上下偏位の矯正を上下直筋を用いて施行するか,あるいは初回手術として内外直筋前後転時に上方移動または下方移動を併用する.上斜筋移動術は同時に施行せず,必要があれば内外直筋前後転ののちに追加するとする意見と,同時に施行するとする意見とがある1,3).筆者はまず,内外直筋の大量前後転を施行し,回旋複視に対しては内外直筋の水平移動を併用することSRMRLRRIR図11左完全動眼神経麻痺上段:左;術前,右;術後.下段:1回目,内外直筋の大量前後転を施行した.術後回旋複視を自覚したため,内直筋を1筋腹下方移動し,複視消失を得た.内方回旋強化外方回旋を弱化外方回旋を強化弱化SRMRLRIRRSRMRIRLRL図12内外直筋の上下移動術内直筋も外直筋も下方移動すると弱化,上方移動すると強化となる.あたらしい眼科Vol.27,No.7,20108955.斜視術後の複視内斜視も外斜視も成人の斜視手術では,低矯正が基本である.特に注意が要るのは間欠性外斜視術後のわずかな内斜視である.間欠性外斜視では術前は斜視眼へ積極的な抑制がかかるため,複視を自覚していない.ところが,術後,遠見で少しでも内斜視に入ると強い複視を訴える.特に輻湊不全型には注意が必要で,術前のAPCTで近見の偏位量が大きいと過矯正になりやすい.片眼の内外直筋前後転術の場合,若干の戻りは期待できるが,術後遠見で15PDを超える場合は,戻りを期待するより早期に再手術を施行するほうがよい.その場合の術式は,たとえば,内直筋短縮を6mm以上施行しており外転制限が強い場合は内直筋後転を,内直筋短縮は(35)APCT20R/LHT左眼外上転制限Δ図13甲状腺眼症上段:MRIT1強調画像冠状断;左眼内直筋,下直筋の肥大を認める.下段:術前眼位;左眼外上転制限>内上転制限を認め,左下斜視を呈していた.SRMRLRIRLAPCT5ΔR/LHP図14症例の手術方法と術後眼位手術は左下直筋後転(2.5mm)+鼻側水平移動1/2筋腹を施行した.術後眼位は5PD右上斜位となった.896あたらしい眼科Vol.27,No.7,20106mm未満で外転制限が強い場合は外直筋前転を施行する.正面視で複視がなくとも,斜視手術により外眼筋を大きく操作することで術後外転制限をきたした場合は,外転方向で複視を自覚する.これが右方視の場合では車の運転で支障をきたし不満を訴える.しかし,術前から正面視での改善を得るために,術後早期は複視が出現することを前もって知らせておく,または術眼を決定する際にどちらの眼を手術するか相談する際にあらかじめ知らせておくことで患者の不満は解消される.数週間,多くは1カ月以内に改善することがほとんどである.II術後斜視が残存した場合プリズム眼鏡は最大では15PDまで処方したことがあるが,通常できれば8PDまでに抑えたい.水平偏位は融像できる範囲が比較的広いが,上下偏位は融像域が小さく,わずかな上下偏位もプリズム眼鏡の助けを必要とする場合も多い.斜視手術により少なくとも,Fresnel膜プリズムではなくプリズム眼鏡で矯正可能な範囲へ眼位を持ち込みたい.III手術治療の注意点斜視手術では,術前に全方向で複視が消失するわけではないこと,斜視術後,術前と異なる範囲で複視を認める可能性があることなどをあらかじめ説明しておく必要がある.麻痺性斜視の難治例では,2回以上の手術を予定し,1回目術後にわずかな上下偏位の逆転や水平偏位の残存を認めた場合は追加手術で補うのがよいと考える.文献1)PlagerDA:StrabismusSurgery-BasicandAdvancedStrategies,1sted.Oxford,20042)NishidaY,HayashiO,OdaSetal:Asimplemuscletranspositionprocedureforabducenspalsywithouttenotomyorsplittingmuscles.JpnJOphthalmol49:179-180,20053)HelvestonEM:SurgicalManagementofStrabismus,5thed.CVMosby,StLouis,2005(36)

複視のプリズム療法

2010年7月30日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYわせるほうが良い.一旦処方してもその症状の改善により,処方したプリズムが短期間のうちに必要でなくなったり,症状の変化はないが抑制がかかり複視を自覚しなくなったり,あるいは逆に症状の悪化により,プリズム度数を強めなくてはいけない場合もあることを処方時に十分説明する必要がある.II適応症例プリズム療法は,疾患により適応が振り分けられるわけではなく,プリズムを装用することにより,複視が軽減あるいは消失し,自覚的に満足度が高くなる人すべてが対象となる.そのなかでも適応しやすいタイプとしては偏位量が小さく,いろいろなむき眼位で偏位量がほぼ一定で,回旋偏位が小さい症例である.臨床的に最も適応しやすいのは,経験的には高齢者に多くみられるわずかな偏位の核上性上下斜視で,つぎに外転神経麻痺や上斜筋麻痺などの症例が多い.眼位が変動したり,回旋偏位が大きい症例や頭位異常をとることで,両眼単一視することが可能となる場合にはプリズムは適応しにくい.しかし,理論的に適応しにくいと考えられる症例でも,複視や頭位異常の辛さが軽減しないか試みることは価値があると思われる.回旋偏位がある程度大きくても垂直や水平の偏位を矯正することにより複視が軽減できる例や,頭位異常で両眼単一視できる症例でも,プリズムで頭位異常を軽減することで首の疲れが楽になり,プはじめに物が二重に見えるという訴えは臨床的によく経験する.そこでまず,その訴えが両眼性のものか,片眼性のものかをしっかり判定してつぎへ進まなければならない.意外に単なる乱視などの未矯正や不十分な矯正が原因している場合もある.白内障は軽度の濁りであっても二重視を訴える人は多い.光学的な原因で起こる単眼複視では,ピンホール試験で複視は消失することが多いので確認が必要である.実際,臨床では片眼性の複視と両眼性の複視が合併している症例もあり,対応がむずかしいこともある.そこで両眼性の複視と判定できた場合はその偏位の状態を詳しく検査して,複視を軽減するため,おもに核上性上下斜視や眼筋麻痺などにプリズムを試みることが多い.術後内斜視による複視や輻湊不全にもプリズムが適応になる場合もある.Iプリズム処方の基本的な考え方プリズム療法は複視の辛さを軽減するための対症療法として行っている.偏位量が安定して,むき眼位による変化が少ない症例が最も適応となりやすい.眼位が変化する症例に処方するのはなかなかむずかしい.処方に際して大切なことは患者本人がそのプリズムを入れることにより,快適な両眼単一視の領域を正面視付近の一部分でも獲得できて,楽に感じるかどうかであり,本人の自覚が一番重要となる.複視を解消するためのプリズムを装用してもその良さがはっきりしない場合,処方は見合(21)881*KeikoNakamura:大阪医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕中村桂子:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室特集●物が二重に見えるあたらしい眼科27(7):881.887,2010複視のプリズム療法TreatmentofPrismsforDiplopia中村桂子*882あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(22)最も大切な検査はカバーテストで,特殊な機器がない施設でも十分検査は可能と思われる.1.赤フィルター試験診察室で両眼性複視の診断を行うときの簡便な方法で,赤フィルターを左右眼のどちらかの眼前に交互に置いて検査する.水平の複視なのか,あるいは上下の複視なのか確認しやすく,カバーテストで動きが確認しにくいような小さな上下偏位も検出できる.2.カバーテスト最も中心となる検査法で,特殊な機器がなくてもカバリズムが適応となる場合もある.筆者らが過去に処方した症例の原因疾患を表1に示す.対象となった疾患はかなり幅広い1,2).実際に処方数の多い3疾患で処方したプリズム度数や,処方後,どのくらいの期間でプリズムを外すことができたかについて調べた結果を表2に示す.高齢者に多くみられる核上性上下斜視は半年後でも改善がみられる数は少なく,2割を下回っていた.外転神経麻痺や上斜筋麻痺などは装用後3カ月で約3.4割の症例がプリズムを外すことができ,装用後6カ月で約半数の症例がプリズムを外すことができた.臨床的には偏位量やその予後に合わせて,短期間の装用に向いている膜プリズムにするか,長期間の装用を考えて組み込み式のプリズムにするかなど,臨機応変に対応する必要があると思われる.IIIプリズムを処方する前の検査法プリズムを処方する前の基本的な検査内容をあげてみる.症例によって必要な検査は異なるが,そのなかでも表1原因疾患の内訳外転神経麻痺Skewdeviation滑車神経麻痺後天性斜視輻湊不全網膜.離手術後甲状腺眼症眼窩底骨折斜視手術後38名37名32名17名9名8名7名4名4名MLF症候群4名動眼神経麻痺3名重症筋無力症3名Fisher症候群2名その他の麻痺性斜視2名開散麻痺1名中脳水道症候群1名原因不明8名合計180名MLF:mediallongitudinalfasciculus(内側縦束).(文献2より)表23疾患の眼位が改善してプリズムを外した割合疾患名症例数処方度数(平均Δ)プリズムを外せた割合3カ月後6カ月後核上性上下斜視372.12Δ(平均4.8Δ)16.2%18.9%外転神経麻痺382.40Δ(平均11.9Δ)39.5%44.7%滑車神経麻痺322.20Δ(平均6.2Δ)34.4%56.3%(文献2より改変)図15方向カバーテストの測定カバーテスト時,固視目標は遠見5mのところに,目の高さに置いた調節視標(たとえば:十字のマークなど)を使い,正面,上方視,下方視,右方視,左方視を患者の顔の向きを変えながら測定する.測定時は視線がプリズムバーから外れないように,側方視時のプリズムバーの当て方に注意.シングルプリズムでも可能.プリズムバーでは1つのプリズムの幅が狭いので視線が必ずその位置を通っているかどうか気をつけながらカバーをする.(23)あたらしい眼科Vol.27,No.7,20108836.大型弱視鏡による9方向眼位(回旋偏位の測定)上斜筋麻痺などの回旋偏位を定量的に測定できるので有用である.しかし回旋偏位は臨床的には自覚的な検査でしか測定できないので,両眼視時に同時視ができない症例には検査を行うことができない.IVプリズム対応の3つの選択肢プリズムを処方する場合,以下のようにいくつかの方法がある.症状により適するプリズムの選択が必要だが,眼筋麻痺など病状が変化する可能性が高い疾患には膜プリズムの処方が一般的である.1.眼鏡レンズにプリズムを組み込む2.Fresnel膜プリズムを眼鏡レンズに貼る3.眼鏡レンズを偏心させてプリズム効果を出す組み込み式プリズムと膜プリズムの利点と欠点プリズムの種類としては,組み込みレンズとFresnel膜プリズムとに大きく分けられる.2種類のプリズムにはそれぞれ特徴があるので適応を見きわめて対応する必ーテストで眼の見直しの動きを見るだけで検査は十分にできる.カバーテストのテクニックを身につければ,わずかな偏位でも検出できる最も精度の高い検査といえる.偏位が遠見と近見で違い,いろいろなむき眼位によっても偏位量が変化することが多いので,検査にあたっては正面だけではなく,いろいろなむき眼位での測定が必要で,遠見での上下,左右の5方向でのカバーテストを健眼固視で行う(図1).麻痺性の偏位の場合は固視眼を決めて偏位量を測定しないと麻痺眼固視となった場合に二次偏位を測定し,偏位量を大きく検出してしまうことがあるので注意が必要である.3.Hessコージメータ眼球運動障害の症例での動きのパターンを確認するのに役立ち,麻痺眼,麻痺筋の判定に有用である.しかし発症して間もない例は判定しやすいが,発症から長く経過している症例は感覚適応しており,本来の純粋な筋肉のバランスを表さないことがあるのでその場合は参考程度にする.この検査は両眼性の麻痺例には適さない検査である.4.Bielschowsky頭部傾斜試験上下偏位がある場合に行う.回旋偏位はプリズム対応がむずかしい場合が多いため,頭を傾けることで複視が解消できないかなど確認する.遠見にて検査を行うほうが偏位を検出しやすい.また定性だけでなく,プリズムを用いて定量も行うと経過観察するときに役立つ.5.DiplopiafieldGoldmann視野計を用いて二重に見える範囲を定量的に測定する.患者の自覚的な複視の領域が記録できるので非常に有用であり,経過観察に役立つ.しかし,近見での検査なので患者自身の複視の訴えとは少し異なる結果となることもある.重要なこととして問題にしなくてはいけないのは複視領域の広さだけではなく,固視している中心付近や日常生活に重要な下方視の領域にどの程度複視が影響しているかを知ることである.図3Fresnel膜プリズムの貼付例図2組み込み式プリズム6Δをbaseoutに組み込んだ眼鏡.この例では基底が耳側で8mmと厚くなり,重くなっている.884あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(24)い.屈折異常が軽度の場合は有効なプリズム作用を期待できない.強度の屈折異常のある場合に故意にレンズの光学中心を本人の瞳孔間距離より広くしたり,狭くしたりすることでのプリズム効果を利用する.Prenticeの公式(表3)により,レンズ度数と偏心量を掛けるとそのプリズム効果の量が計算できる3).しかし,屈折異常が軽度の場合は本人の瞳孔間距離とレンズの光学中心からのずれが大きいとレンズの収差が大きくなり,見にくくなるのであまり,実用的ではない.Vプリズム度数と基底の決定,貼り方プリズムカバーテストなどの検査結果を基に,日常生活において最も重要である第一眼位から下方視の複視が消失するプリズム度数を予測する.眼筋麻痺の症例に膜プリズムを貼る場合は訓練効果を期待して優位眼に貼るという考え方もある.しかし,筆者らは患者の二重にみえるという辛さを少しでも解消する目的でプリズムは原則として非優位眼(麻痺眼,視力の悪いほうの眼)に貼っている.プリズムを優位眼に貼ると膜プリズムにより視力が低下し,不快感があるが,非優位眼に貼るとあまり気にならずに日常生活を送ることができることが多い.しかし麻痺眼が優位眼という場合もあるので,装用テストで自覚的にどちらの眼に貼るほうがよいかを必ず確認する.水平と垂直の偏位が合併している場合は左右の眼に水平方向と垂直方向に分けて貼る場合もあるが,通常は片眼に水平と垂直のプリズムを合成した斜めの角度で貼ることが多い.プリズムの合成は方眼紙を利用したり,換算表を利用すれば簡単に求めることができる4).しかし,実際にプリズム角度を決定するときには,プリズムカバーテストで測定した正面視と下方視の偏位を重視しながら,トライアルのプリズムを装用して自覚を聞き,最適な度数と基底を微調整することが大切である.臨床的には膜プリズムトライアルセットが非常に有用で検査時には欠かせない(図4).トライアルセットには大きな度数と小さな度数の2セットあり,どちらも必要である.検眼枠は角度が360°回転できるタイプのものを使用する.まず検眼枠にトライアルのプリズムを入れて,複視の解消する度数と角度を決め,その後本人の眼要がある.組み込み式プリズムは通常の眼鏡レンズと同じ透明で,光学的に視力低下はきたさないが,眼鏡レンズとして作製するため固定のプリズム度数となり,症状の変化に柔軟に対応することができない.また,基底方向にかなり厚みがあるため,軽度の偏位量の症例に処方するのが原則で,片眼に通常は5Δが限度となる.それ以上の度数の場合は特別注文での作製となる.プリズム度数が大きい場合には外見上も厚みが目立ち(図2),重くなるため装用感も悪い.一般的には偏位量が少なく,安定している場合は組み込み式のプリズムがよく,偏位量が大きい場合や,変動がある場合は取り外し可能な膜プリズムが適応となる(図3).膜プリズムは組み込み式プリズムに比べて安価で,レンズの厚さも薄くて軽いという利点がある.度数範囲も1.40Δまであり,大きな偏位にも対応が可能で,取り外しが手軽にできるために,症状の変化に対応して度数を変えることもできる.また,どのような形にも自由にカットできるので,軽度の外転神経麻痺などで遠見では複視があり,近見では複視がない症例には上方(遠用部)のみに貼ることも可能である.しかし,膜プリズムは度数が強くなるとプリズムの線が目立ち,視力も低下し色収差も生じるという欠点もある.耐久性の面では組み込み式レンズには劣り,長期間装用すると黄変してくるので交換が必要となる.レンズの偏心によるプリズム効果を利用する場合この方法を利用できるのは必要なプリズム度数が軽度で,本人の屈折異常がある程度以上強くなければならな表3Prenticeの公式Prenticeの公式:P=h・D/10P(単位Δ):プリズム度数h(単位mm):偏心量D(単位D):レンズ度数例:両眼.7.0Dの強度近視で輻湊不全があり,デスクワーク時に複視がある症例の場合近用眼鏡の光学中心の偏心によってbaseinのプリズム効果を期待したいとき,レンズの光学中心を耳側に3mmずらすとP=7×3/10=2.1両眼では2.1×2=4.2Δのプリズム効果を出すことができる.(25)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010885やすく,埃もつきにくい.膜プリズムの場合は外見的にプリズムの線が目立つので,抵抗がある場合は色つきの眼鏡であればプリズムの線が目立ちにくい.フレームの形も図7のようにレンズのカーブ面の違いで,膜プリズムが貼りにくい場合もあるので,新たに膜プリズム貼付用に眼鏡を購入する場合は注意が必要である.組み込み式のプリズムを作製する場合はフレームの形があまり大きいと周辺の収差が強く,眼鏡本体が重くなるので,できるだけ小さめのフレームが収差も少なく違和感が少ない.フレームの天地サイズの狭い若者向きのフレームでも水平のレンズが横長になる場合は周辺の違和感が生じやすくなるので注意が必要となる.VI具体例1.外転神経麻痺外転神経麻痺の場合は麻痺眼の外転時に内斜偏位量がかなり大きくなり,反対方向の外転時は偏位量が減るので,麻痺の程度が軽い場合には顔の向きを麻痺眼のほうに回転させるだけで複視を解消することもできる.しかし,麻痺の程度が強くなったり,軽度であっても頭位異常による疲労がある場合にはプリズム処方の適応とな鏡に実際の膜プリズムを貼りつけ装用テストを行い,最終の装用感を確認して処方する(図5,6).膜プリズムは基本的には眼鏡レンズの内側(眼に近い面)に貼るが,強度の屈折異常があり,レンズのカーブが大きい場合はフラットに近い面に貼ることもある.内面に貼るメリットとしては,もし.がれた場合に気づき図4Fresnel膜プリズムのトライアルセットFresnel膜検眼セット4000(2.10Δ)とFresnel膜検眼セット5000(12.40Δ)の2セットがある.検眼枠はレンズ受けの角度が360°回転できるものが必要である.図5トライアルレンズでチェック図7フレームの種類によるレンズのカーブ面の違いカーブの強いフレームには膜プリズムが貼りにくくプリズム収差も感じやすいので,これから眼鏡を購入する場合には注意が必要である.図6本人の眼鏡に実際の膜プリズムを貼る図8上半分だけに膜プリズムを貼付886あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(26)る頭位をとっていた.水平3方向カバーテストで偏位の傾向は顕著に示されており(図9),Hessコージメータでも右の外転障害が明らかである(図10).DiplopiafieldはGoldmann視野計にて測定しているため,近見での測定となり,遠見で複視が強くなる外転神経麻痺では,本人の複視の状態を十分に評価することはできないる.また,軽度の場合は近見では複視はなく,遠見でのみ複視を訴える症例も多いので,遠見用にレンズの上部だけ膜プリズムを貼ることもある(図8).経過観察中に症状の悪化や改善による偏位量の変動が多いので,その症状に合わせて膜プリズムは度数を容易に変更することができる利点がある.以下症例を紹介する.右外転神経麻痺の77歳の女性.甲状腺癌の手術後,複視が出現し,眼科受診.視力,眼位は表4のとおりである.右の外転が悪く,右方視で複視が強くなり,少し右へfaceturnをして複視を解消す表4外転神経麻痺例の視力とカバーテストの結果症例1:77歳,女性RV=0.35(1.0×sph+2.75D(cyl.1.25DAx90°)LV=0.2(1.2×sph+3.25D(cyl.2.5DAx100°)APCT(c.c.)(L-FIX)30cm6ΔE¢RLGLLG5m45ΔET20ΔET4ΔERLG:右方視(rightlateralgaze).LLG:左方視(leftlateralgaze).図9外転神経麻痺例の3方向の眼位写真図10外転神経麻痺例のHessコージメータの結果図12右外転神経麻痺例に膜プリズム貼付右眼に膜プリズム25Δ貼付.正面からは膜プリズムはあまり目立たない.図11外転神経麻痺例のdiplopiafieldの結果図13膜プリズム25Δbasein貼付側方から見るとプリズムが目立つ.あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010887が,右方視で複視があることがわかった(図11).プリズム度数は遠見時,正面で20ΔETであるが,側方視での見え方など確認しながら装用テストを行うと25Δbaseoutがベストとなり麻痺眼である右眼に膜プリズムを貼りつけた(図12).これまでは歩くのが怖かったが,これで歩きやすくなりテレビも見られるようになったと喜ばれた.膜プリズムは側方から見ると白っぽく見えて,プリズムの線が目立つ(図13)が,この症例では複視が解消できるのならそのくらいはまったく問題ないとの感想だった.2.輻湊不全輻湊不全はその症状により輻湊訓練や手術,プリズム眼鏡など治療法はさまざまで,プリズムによる治療が第一選択となる疾患ではない.その点,眼球運動障害のプリズム処方と異なり,慎重な対応が必要となる.複視を解消するためにプリズムを処方する場合は近見の偏位量をすべて矯正するのではなく,実際に処方するのは各自の融像力との関係から偏位量より小さなプリズム度数で複視が解消される例がほとんどで,偏位量の半分以下のプリズム度数で満足が得られている.プリズムを装用することにより,本来もっている輻湊力が働きやすい条件にして融像を助けていると思われる.プリズムの種類は眼鏡に組み込むタイプのプリズムが一般的で,両眼等量に分けて処方する.実際にはプリズムの基底は内方で片眼に各々3Δ前後の処方例が多い.試験的に膜プリズムを用いて,安定すれば組み込み式のプリズムに移行する場合もある.その場合には膜プリズムを片眼に貼ったり,両眼に貼ったり,本人の自覚を確認しながら臨機応変に対応できる.おわりに複視に対するプリズム療法は対症療法であるが,複視で悩む患者にとって,満足度の高いものである.治療中は症状の変化に対応しやすい膜プリズムが用いやすく,症状に合わせて度数を変更することも可能である.偏位量が軽度で,症状が固定している場合は組み込み式プリズムへと移行するなどの配慮も必要である.臨床的には適応範囲をあまり限定することなく,複視で悩む症例に試みる価値があると思われる.文献1)清水みはる,菅澤淳,中村桂子ほか:成人の複視に対するフレネル膜プリズムの処方.眼臨96:420-423,20022)筒井亜由美,中村桂子,澤ふみ子:成人の複視に対するフレネル膜プリズムの装用状況.眼臨紀1:233-239,20083)澤ふみ子:プリズム眼鏡のこんなときどうしよう?眼鏡調整の達人─困ったときに役立つ25事例.メディカ出版,p121-135,20104)濱村美恵子:麻痺性斜視に対するプリズム療法.眼臨紀3:43-51,2008(27)

複視の薬物治療

2010年7月30日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYウム(ATP)製剤などが用いられる.おもな処方例は以下のとおりである.<処方例1>ビタミンB12製剤(メチコバールR500μg)3錠/日分3カリジノゲナーゼ(カルナクリンR25IU)3.6錠/日分3<処方例2>ビタミンB12製剤(メチコバールR500μg)3錠/日分3カリジノゲナーゼ(カルナクリンR25IU)3.6錠/日分3ATP製剤(アデホスコーワ腸溶錠R20mg)6.9錠/日分3カリジノゲナーゼ,ATP製剤の使用は,脳出血直後などの新鮮出血時には禁忌である.また,基礎疾患に糖尿病や高血圧を有する場合は,それに対する治療を並行して行う.自験例1,2)では,血管性眼球運動神経麻痺の約7.8割は発症後4カ月以内に完全に治癒し,9割以上は6カ月後までに完全治癒するので,その時期ぐらいをめどに投薬中止を考慮する.発症後4カ月経っても治癒傾向がみられない場合は,画像診断による器質性疾患の除外を考慮する必要がある.はじめに両眼性複視を生じる疾患は,基本的には眼位の安定を待って,眼位矯正眼鏡の処方(プリズム療法)や斜視手術(手術治療)などの治療を行うが,薬物によって治癒または症状の改善が期待できるものもある.そのなかで,眼科主導で治療を行う可能性がある代表的な疾患に,眼球運動神経麻痺,特発性眼窩炎症,眼窩蜂巣炎,甲状腺眼症,眼筋型重症筋無力症などがあげられる.本稿では,それら薬物による治療の対象となる疾患を概説し,その具体的な治療法について述べる.なお,本稿で記述する薬物には,確立した治療効果のエビデンスがないものの,副作用が少ないなどの理由で,慣習的に使用されているものも含まれていることを申し添えておく.I眼球運動神経麻痺眼球運動神経とは,動眼神経(第III脳神経),滑車神経(第IV脳神経),外転神経(第VI脳神経)の3つを指し,これらの単独または複合麻痺によって複視が生じる.眼球運動神経麻痺のおもな原因は,血管性(神経栄養血管の微小循環障害を意味し,脳幹梗塞などの脳幹部の循環障害は含まない),動脈瘤,外傷,腫瘍,先天性であり,これらを合わせて原因全体の約8割を占める.これらの原因のうち薬物治療の対象となるのは,血管性と外傷である.薬物投与の目的は,神経修復・保護,神経細胞の循環・代謝改善であり,補酵素型ビタミンB12製剤,カリジノゲナーゼ,アデノシン三リン酸二ナトリ(15)875*KazuakiMiyamoto:京都大学大学院医学研究科眼科学〔別刷請求先〕宮本和明:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54京都大学大学院医学研究科眼科学特集●物が二重に見えるあたらしい眼科27(7):875.879,2010複視の薬物治療MedicalTherapyforDiplopia宮本和明*876あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(16)MRI(磁気共鳴画像)検査を行う.画像検査上,生検できるような腫瘤を形成している場合は,可能な限り生検を行い,病理組織学的に診断を確定する.薬物治療の目的は消炎であり,ステロイド薬による治療を行うが,治療は必ず,次項で述べる眼窩蜂巣炎を除外してから始める.まず試験的に抗菌薬を投与して,その反応が乏しいと判断されれば,ステロイド治療を開始する.ステロイド薬の初期量は,病状に応じて判断する.プレドニゾロン換算量で1mg/体重1kg/日の経口投与を基本とするが,高度な眼球運動障害を伴っていたり,視神経症状を伴う場合にはステロイドパルス療法を行う3).II特発性眼窩炎症(図1)特発性眼窩炎症とは,局所的および全身的に炎症の原因を特定できない特発性の非特異的な炎症による眼窩部の塊状病変をいい,眼窩偽腫瘍ともよばれる.病変は眼窩部組織のどこにでも生じ得,おもに涙腺,外眼筋,強膜周囲,視神経周囲,眼窩先端部が病変の主座となる.このうち,外眼筋または眼窩先端部に巣中心をもつ場合に複視を生じる.眼窩先端部が病変の主座のものは,Tolosa-Hunt症候群とほぼ同義である.診断には画像検査が重要である.外眼筋の腫脹を容易に検出する手段として,また病変と眼窩骨との関係を知るためにCT(コンピュータ断層撮影)検査を行い,さらに軟部組織の炎症とその広がりを評価するためにabcde図1特発性眼窩炎症(55歳,男性)a,b:初診時の外眼部写真.患眼に眼瞼の発赤・腫脹,球結膜の充血・浮腫がみられる.患眼は上転が著明に障害され,下斜視となっている.c,d:初診時のCT画像.患眼の上直筋前方ほぼ正中に造影効果を伴う軟部腫瘤影がみられ,眼球を上後方から圧排している.e:プレドニゾロン(プレドニンR)1mg/体重1kg/日の内服治療開始2週間後の外眼部写真.患眼の眼瞼・球結膜所見は消失し,眼球運動もほぼ正常となった.(17)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010877る加療がすすめられる.他に,眼瞼の発赤・腫脹・圧痛,結膜充血,眼球突出がみられ,全身的に体温と血中白血球数の上昇がみられる.原因は,隣接する眼窩周囲皮膚,副鼻腔,涙道,歯牙疾患から波及した二次感染が最も多く,画像検査にて眼窩部および眼窩周囲の状態を精査し,原因検索に努める.病歴不明の眼窩内異物が原因のこともあり,また骨の状態を把握するため,まずCT検査を行い,並行して培養検査による起炎菌の同定を行う.治療は薬物治療が基本であり,起炎菌が同定されるまでは,幅広いスペクトルをもつ抗菌薬の投与を行う.起炎菌は,黄色ブドウ球菌や肺炎球菌などのグラム陽性菌が多いので,まず広範囲ペニシリン系製剤と第一世代セフェム系製剤の併用静注を行う.投与は症状の改善をみながら4.7日間行い,眼球運動障害などの機能回復が得られれば,同一系統薬物の内服治療への変更を検討する.効果判定は治療開始後3日目に行い,症状の軽快がみられなければ,投与薬物の変更または追加を行うか,前項で述べた特発性眼窩炎症も考える.起炎菌が同定されれば,より感受性の強い薬物に適宜変更する.<処方例1>アンピシリン(ビクシリンR)1g/回を4回/日点滴静注,4.7日間+セファゾリン(セファメジンaR)1g/回を2回/日点滴静注,4.7日間<処方例2:副鼻腔疾患が関与しており,嫌気性菌感染が疑われる場合>クリンダマイシン(ダラシンSR)600mg/回を2回/日点滴静注,4.7日間膿瘍を形成している場合(特に骨膜下膿瘍)や副鼻腔炎,眼窩内異物などが原因である場合は,薬物治療のみでは不十分であるので,切開排膿などの外科的治療を考慮する.IV甲状腺眼症(図2)甲状腺眼症は,おもにBasedow病にみられる眼病変であるが,必ずしも甲状腺機能異常と並行しない臓器特<処方例1:ステロイド薬内服治療>プレドニゾロン(プレドニンR)1mg/体重1kg/日内服,1週間↓臨床症状と血沈,CRP値を指標にして1週間ごとに10mgずつ漸減↓プレドニゾロン(プレドニンR)30mg/日となった時点で1.2週間ごとに5mgずつ漸減↓プレドニゾロン(プレドニンR)20mg/日となった時点で2.4週間ごとに5mgずつ漸減<処方例2:ステロイドパルス療法>メチルプレドニゾロン(ソル・メドロールR)1g/日点滴静注,3.5日間↓プレドニゾロン(プレドニンR)30mg/日内服,2.3週間↓以後,処方例1と同様の方法で漸減病状が高度でない場合,患者が高齢であったり,外来での通院治療を強く希望するなど,患者の状態を考慮して,ステロイド薬の初期量を少なめから開始してもよい.<処方例3>プレドニゾロン(プレドニンR)30mg/日内服,1.2週間↓十分消炎効果が出たと判断されれば,1.2週間ごとに5mgずつ漸減↓以後,処方例1と同様の方法で漸減ステロイド薬に対する反応が悪かったり,再発をくり返したりする難治症例には,アザチオプリン(イムランR),シクロホスファミド(エンドキサンR),シクロスポリン(サンディミュンR,ネオーラルR),メトトレキサート(メソトレキセートR)などの免疫抑制薬を併用する.III眼窩蜂巣炎眼窩蜂巣炎とは,眼瞼および眼窩内の軟部組織への感染による化膿性炎症疾患である.複視を訴える場合は,外眼筋麻痺による眼球運動障害が原因で,病変が眼窩隔膜よりも深部に存在することを意味するため,入院によ878あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(18)以後漸減する.以下に処方例を示す.<処方例>メチルプレドニゾロン(ソル・メドロールR)1g/日点滴静注を3日間,その後4日間休薬これを1クールとして,3クール施行↓プレドニゾロン(プレドニンR)30mg/日内服,2週間↓以後,漸減パルス療法は,外眼筋腫大の軽減には有効であるが,それが原因で生じた複視に対しては効果が限定的で,斜視手術などの薬物以外の治療を考慮しなければならないことが多い5).V重症筋無力症重症筋無力症は,運動神経終末にある神経筋接合部の後シナプス膜に存在するアセチルコリン受容体に対する自己抗体により,神経筋伝達が障害され筋力低下が生じる自己免疫疾患である.全身の筋肉のなかで特に眼筋が障害されやすく,患者の約7割が眼症状(眼瞼下垂,複視,斜視)で発症し,ほとんどの症例で全経過中に眼症状を呈する.複視は,外眼筋の筋力低下による眼球運動障害が原因で生じる.眼症状の特徴は,筋肉を使うほど症状が悪化し(易疲労性),休息により改善すること,夕方にかけて症状が増悪すること(日内変動),日によって症状が変動すること(日間変動)である.診断は,血中の抗アセチルコリン受容体抗体の陽性所見,テンシロンテスト(抗コリンエステラーゼ薬の静注により症状改善),筋電図検査(反復神経刺激試験で振幅の漸減現象)などで行う.筋力低下が眼筋のみにみられる眼筋型と筋力低下が全身に生じる全身型に分類さ異的自己免疫疾患である.甲状腺眼症における複視は,病期としては中期から後期にかけてみられ,そのメカニズムは,外眼筋の炎症性腫大と線維化による拘縮が原因の外眼筋伸展障害である.甲状腺眼症の複視に対する薬物治療は,外眼筋炎症の鎮静化が目的であり,ステロイド薬の全身投与が行われるが,この治療は外眼筋炎症の活動性の高い時期に行う必要があり,炎症が慢性化した時期に行うのはあまり意味がない.その評価にはMRI検査が有用で,必ず冠状断撮影を行い,外眼筋の腫大の程度を評価するとともに,T2強調画像またはSTIR(shortT1inversionrecovery)画像で,外眼筋内の高信号領域の有無を確認する.外眼筋の高信号は高い活動性を意味することが多く,他に臨床経過と血液所見から総合的に判断し,治療に踏み切る.治療はステロイドパルス療法を行い,メチルプレドニゾロン(ソル・メドロールR)を1日当たり1gの点滴静注を3日間,その後4日間休薬を1クールとして,これを最低3クール行うことが一般的である4).パルス療法終了後,プレドニゾロン(プレドニンR)を1日当たり30mgの経口投与とし,abc図2甲状腺眼症(75歳,女性)a,b:初診時の外眼部写真.左眼球結膜に充血がみられ,上斜視となっている.左眼は下転が著明に障害されている.c:初診時のMRI画像(冠状断,STIR).左眼外眼筋に著明な腫大と高信号変化がみられる.(19)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010879<処方例2:ステロイド薬>プレドニゾロン(プレドニンR)20.40mg/日内服↓以後,ゆっくり漸減おわりに複視をきたす疾患のうち,薬物治療を眼科主導で行う代表的な疾患について述べた.使用薬物には,ステロイド薬や免疫抑制薬など,高い治療効果をもつ反面,多様な副作用を併わせ持つものもあり,糖尿病や感染症などの基礎疾患を有する患者への使用には十分に注意する必要がある.一般に眼科医は,その使用に慣れていないことが多いので,不安なときは躊躇することなく,他科専門医と密に連携を取って治療に当たるべきである.文献1)AkagiT,MiyamotoK,KashiiSetal:Causeandprognosisofneurologicallyisolatedthird,fourth,orsixthcranialnervedysfunctionincasesofoculomotorpalsy.JpnJOphthalmol52:32-35,20082)宮本和明:眼球運動神経麻痺.眼科52:789-796,20103)JacobsD,GalettaS:Diagnosisandmanagementoforbitalpseudotumor.CurrOpinOphthalmol13:347-351,20024)BartalenaL,BaldeschiL,DickinsonAetal:ConsensusstatementoftheEuropeanGrouponGraves’orbitopathy(EUGOGO)onmanagementofGO.EurJEndocrinol158:273-285,20085)三村治:甲状腺眼症.日眼会誌113:1015-1030,20096)MeriggioliMN,SandersDB:Autoimmunemyastheniagravis:emergingclinicalandbiologicalheterogeneity.LancetNeurol8:475-490,2009れ,このうち眼科主導で治療する可能性があるのは眼筋型筋無力症である.眼筋型筋無力症の治療には,まず抗コリンエステラーゼ薬の投与を行う.投与の目的は,神経終末から放出されるアセチルコリンの分解を抑制し,シナプス間のアセチルコリン濃度を高めることによる筋収縮力の増強である.抗コリンエステラーゼ薬による治療は根治療法ではなく,あくまでも対症療法である.通常,ピリドスチグミン臭化物(メスチノンR60mg)を1錠/日または2錠/日から開始し,効果と副作用の発現をみながら3錠/日程度まで増量する.作用時間の長いアンベノニウム塩化物(マイテラーゼR)やジスチグミン臭化物(ウブレチドR)を使用することもあるが,コリン作動性クリーゼに十分注意する必要がある.抗コリンエステラーゼ薬の投与で改善がみられない場合は,免疫抑制効果を期待してステロイド治療を行う6).眼筋型筋無力症に対するステロイド治療は,7.9割の症例で有効とされる.中等量のステロイド薬で開始し,再燃に注意してゆっくりと減量する.重症例や全身型に対するステロイド治療では,初期に急激な増悪がみられることがあるので,治療は神経内科医に委ねるか,必ず神経内科医と緊密な連携を取りながら行う.<処方例1:抗コリンエステラーゼ薬>ピリドスチグミン臭化物(メスチノンR60mg)1錠/日分1または2錠/日分2↓副作用がみられなければピリドスチグミン臭化物(メスチノンR60mg)3錠/日分3

複視の画像診断

2010年7月30日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYII眼窩MRIの具体的な条件設定MRIは多くの種類の画像が得られる反面,その条件設定はCTに比較して複雑である.このため,外眼筋画像に適した条件を選択する必要がある.1.撮像法MRIでは観察目的に応じて,さまざまな撮像法が考案されているが,スピンエコー法はMRIが臨床応用された当時から汎用されている基本的な撮像法である.図1のスピンエコー法のT1強調像(左写真)とT2強調像(右写真)では,眼窩内では高信号の脂肪組織の中に低から中等度信号の外眼筋が,高いコントラストで描出されている.また,T2強調像では硝子体・前房が白く描出されているように,水により高信号となるため,炎症による外眼筋浮腫の把握が可能となる.一方,脂肪抑制画像の一つであるSTIR(shortTIinversionrecovery)法は,眼窩内で最も高い脂肪組織の信号を選択的に抑制する撮像法である.そして,脂肪組織以外の外眼筋,視神経の信号亢進を強調するSTIR法では図2の写真の矢印で示すように,炎症による外眼筋浮腫で信号強度が上昇する.ただし,脂肪抑制画像は外眼筋炎症の評価には非常に有用だが,外眼筋と脂肪組織のコントラストは低いため形態観察には不向きである.形態観察目的でオーダーしたはずのスピンエコー画像が,すべて脂肪抑制された画像で送られてくることもはじめに複視は眼位,眼球運動の異常により生じ,その多くは後天性である.このため,複視を自覚する患者が来院した場合,まず原因を精査することが重要となる.その原因のなかには,眼窩内の外眼筋自体に病変が存在することがしばしばある.しかし,外眼筋は通常の眼科検査機器では観察できず,CT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)の画像診断が重要となり,その有用性が報告されている1.6).本稿では,外眼筋の画像診断のために眼科医自らが適切なMRI検査のオーダーが行えるよう,撮像条件のポイントを具体的に解説する.さらに,代表的な外眼筋病変を呈示し,外眼筋画像診断でのMRIの有用性について述べたい.I外眼筋をMRIで観察する際の留意点画像診断で外眼筋の形態観察をする場合の留意点は以下のとおりである.1)外眼筋の周囲は眼窩脂肪組織であるため,両組織に良好なコントラストが必要となる.2)外眼筋は1cm3以下の小さい組織2)であるため,関心領域の十分な絞り込みが必要となる.3)各外眼筋の走行は異なるため,各筋に応じたスライス方向の設定が必要となる.以上のようなことを留意し,MRIによる眼窩画像診断を行わなければならない.(9)869*YasuhiroNishida:滋賀医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕西田保裕:〒520-2192大津市瀬田月輪町滋賀医科大学眼科学講座特集●物が二重に見えるあたらしい眼科27(7):869.874,2010複視の画像診断ImagingDiagnosisforDiplopia西田保裕*870あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(10)noise(S/N)比の低い粗い画像となる.体格なども考慮すると,眼窩ではFOV120mm前後が適切と考える.3.マトリックス数マトリックス数は画像を構成している画素の縦と横の数で表し,これも解像度を決定する要素の一つとなる.図4は左から右へとマトリックス数が,256×256,256×128,128×128と少なくなり,左の写真に比べ右の写真は解像度が低く,組織の辺縁が不鮮明である.いずれもFOVは120mmで,FOVをマトリックス数で割れば,マトリックスサイズが求められる.左写真ではマトリックス数が256×256のため1辺0.5mmの正方形あり,注意が必要である.2.撮像範囲撮像範囲は解像度を決定する要素の一つで,正方形の観察範囲の一辺の長さであるFieldofView(FOV)で表す.図3は左から,FOV100,120,200mmで撮像した写真である.時折,右のFOV200mmの写真のように頭蓋内検索のプロトコールで眼窩を撮像したのを見かけるが,これでは眼窩内の組織が小さく表現され,詳細が不良となる.このため,観察したい眼窩領域に応じたFOVにすべきである.ただし,非常に小さいFOVの設定は,マトリックス内の信号が低下するため,signal/図1スピンエコー画像左がT1強調画像,右がT2強調画像である.図3FOVの設定FOVは左から100,120,200mmである.図2甲状腺眼症のSTIR画像矢印の左下直筋の腫大とともに,著しく信号が亢進している.(11)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010871volumeeffectが生じ,外眼筋などの小さい組織の描出能が低下する.実際,軸位断で撮像すると1.5mmスライスでは水平筋が8枚のスライスに描出され,2.5mmスライスでは5枚に描出されるのに対し,5.0mmスライスではわずか3枚程度にしか外眼筋が描出されず,partialvolumeeffectにより外眼筋だけでなく視神経の描出能も低下する.一方,0.5mm,1.0mmのような薄切スライスでは,組織の信号強度の低下により,S/N比の低い粗い画像となる.しかも関心領域を多数のスライスでカバーしなければならず,撮像時間も長くなる.以上のことから,1.5.3.0mm程度のスライス厚を観察目的に応じて選択すればよい.マトリックス,右写真ではマトリックス数が128×128のため1辺1.0mmの正方形マトリックスとなる.眼窩内の観察には,1辺約0.5mm以下のマトリックスが必要である.ただし,マトリックス数の増加は撮像時間の延長につながるので,マトリックス数は256×256くらいが適切である.4.スライス厚スライス厚はZ軸方向の解像度を決定する要素となる.図5は左からスライス厚1.5mm,2.5mm,5.0mmのスライスである.スライスが厚くなるにつれ,小さい組織が他の大きい組織の信号に埋もれてしまうpartial図4マトリックス数の設定マトリックス数は左から256×256,256×128,128×128である.図5スライス厚の設定スライス厚は左から1.5,2.5,5.0mmである.872あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(12)図6の軸位断は,左写真のように水平筋である内直筋と外直筋の走行を観察するのに適切なスライスである.また,右写真のように上方のスライスでは上斜筋とその腱の観察も可能である.そして,軸位断の撮像の際には,左右の眼窩の高さが同じになるよう設定することが重要で,左右の外眼筋の比較が容易となる.図7の冠状断は,他のスライスよりも多くの情報が得られる必須スライスである.すなわち,左写真の眼窩前部では下斜筋が観察でき,右写真の球後部では他のすべての外眼筋が左右同時に観察できる.しかし,冠状断には,頭部に対する冠状断と,眼窩軸に対する冠状断がある.頭部に対する冠状断のほうが,1回の撮像で両側の眼窩組織が観察できることから一般的である.ただし,5.スライス方向スライス方向は観察したい外眼筋によって選択する必要があり,代表的なスライス方向として,軸位断,冠状断,矢状断がある.そして,撮像条件のなかでも,適切なスライスの選択は最も重要な要素である.図6軸位断左写真では水平筋が観察でき,上方スライスである右写真では矢印の上斜筋が観察できる.図7冠状断写真は頭部に対する冠状断である.左写真では矢印の下斜筋が観察でき,後方スライスである右写真では他の外眼筋が視神経とともに観察できる.図8矢状断写真は眼窩軸に平行な矢状断である.上眼瞼挙筋,上直筋,下直筋が視神経とともに観察できる.(13)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010873ある.2.外眼筋の腫大甲状腺眼症に代表される外眼筋の腫大症例では,画像診断が最も有力な検査となる6).図10は甲状腺眼症の症例で,左のスピンエコー画像で外眼筋の腫大が確認でき,STIR画像で炎症による信号の亢進が確認できる.このように,スピンエコー法とSTIR法を組み合わせることにより,甲状腺眼症では外眼筋の腫大程度と,その原因である炎症による浮腫の評価が可能となる.3.強度近視性内斜視強度近視性内斜視は眼位が内下斜視になるとともに,眼球運動が不良となり,いわゆる固定内斜視となる特殊な斜視である.以前は原因不明の難治性斜視とされていたが,最近Yokoyamaらが画像診断により原因を明らかにした7).図11は左片眼性の強度近視性内斜視のMRI画像である.写真上段の冠状断で,長眼軸の左眼球後部が上直筋と外直筋の間から筋円錐外に脱臼している.下段のさらに後方の冠状断では,左の上直筋は鼻側に,外直筋は下方に偏位しているのが明らかである.すなわち,長眼軸の眼球後部の脱臼とそれに伴う外眼筋の偏位がこの斜視の原因とされている7,8).正常である右眼と比較すると,左眼の異常は明らかである.本症例の手術治療としては,上外直筋縫着術(横山法)が有効である9).頭部に対する冠状断では内直筋,上斜筋が,ほぼ直角の断面となるため鮮明であるが,外直筋は約45°の断面となり他の筋より幅広く描出され輪郭も不鮮明となる.矢状断も眼窩軸に対する矢状断と,頭部に対する矢状断があるが,垂直筋の走行は眼窩軸に一致しているため,図8のような各眼窩軸に対する矢状断を選択すべきで,上直筋,上眼瞼挙筋,下直筋の観察に有用である.III代表症例1.外眼筋の萎縮図9は両側の完全外転神経麻痺に対し,筋移動術を行い眼位が正位となった症例である.両外直筋は明らかに萎縮しており,しかも筋の走行が耳側に大きく弛んでいるのが観察される.完全神経麻痺では筋萎縮が生じる例が多く,筋移動術の適応決定の際にも参考となる所見で図9両外転神経麻痺筋移動術で眼位は矯正されているが,両外直筋は萎縮し,耳側に弛んでいる.図10甲状腺眼症左がスピンエコー画像,右がSTIR画像である.スピンエコー画像で外眼筋の腫大が明瞭に観察でき,STIR画像で腫大筋の信号強度の亢進が観察できる.874あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(14)で,「眼窩画像診断」についての共通の知識が必要となる.そのためには,眼科医自らが足を運び,放射線科と十分にディスカッションを行い,各施設で適切なプロトコールを構築すべきである.本稿がその参考になれば幸いである.文献1)MillerJM:Functionalanatomyofnormalhumanrectusmuscles.VisionRes29:223-240,19892)NishidaY,AokiY,HayashiOetal:Volumemeasurementofhorizontalextraocularmuscleswithmagneticresonanceimaging.JpnJOphthalmol40:439-446,19963)西田保裕,井藤隆太,高橋雅士ほか:MRI,CTの適応と評価.臨眼52(増刊号):37-41,19984)山田泰生:眼窩の正常画像.眼科プラクティス5,これならわかる神経眼科(根木昭編),p112-116,文光堂,20055)西田保裕:MRIの撮像法.眼臨紀2:18-22,20096)木村亜紀子:甲状腺眼症の画像診断.眼臨紀2:33-38,20097)YokoyamaT,TabuchiH,AtakaSetal:Themechanismofdevelopmentinprogressiveesotropiawithhighmyopia.Transactionsofthe26thMeetingofEuropeanStrabismologicalAssociation(deFaberJTed),p218-221,Swets&Zeitlinger,Netherlands,20008)AokiY,NishidaY,HayashiOetal:MRImeasurementsofextraocularmusclepathshiftandposterioreyeballprolapsefromthemuscleconeinacquiredesotropiawithhighmyopia.AmJOphthalmol136:482-489,20039)YamaguchiM,YokoyamaT,ShirakiK:Surgicalprocedureforcorrectingglobedislocationinhighlymyopicstrabismus.AmJOphthalmol149:341-346,2010おわりに複視による眼位や眼球運動障害の原因が外眼筋である場合,そのための画像診断は眼科医が主体でなければならない.しかし,眼科医がMRIやCTを用いての画像診断を行う機会はまれで,具体的なオーダー法がわからないことが多い.一方,MRIやCTを運用している放射線科でも,眼窩の特殊性に必ずしも精通しているわけでなく,眼科医がどのような画像を必要としているかわからないという問題がある.このため,眼科と放射線科図11左強度近視性内斜視上段の写真では左眼球後部が上耳側方向に筋円錐から脱臼している.下段の後方スライスでは左上直筋が鼻側へ,左外直筋が下方へ偏位している.一方,右眼窩内には異常は認められない.

複視を自覚して来院してきたら(診察法)

2010年7月30日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY性の可能性が高い..痛みはあるか?→炎症性,動脈瘤を考える.しかし,虚血性でも痛みを伴うことがあることに注意..日内変動はあるか?朝起きたときは悪いが活動するにつれて良くなる→甲状腺眼症の特徴.朝起きたときは良いが,夕方悪い→重症筋無力症の特徴..片眼で見ても2つに見えるか→単眼複視で,斜視ではない!屈折異常,白内障をチェック..上下に2つに見えるか,横に2つに見えるか→垂直斜視か水平斜視か..悪性腫瘍の既往を聞こう!→眼窩,海綿静脈洞は,悪性腫瘍転移の好発部位である.重要ポイントその3:神経眼科スクリーニング検査をしよう!.視力.瞳孔不同の有無,対光反射,RAPD(relativeafferentpupillarydefect).視野(対座法なら時間がかからない).眼球運動.眼位.外眼部,細隙灯顕微鏡検査.眼底はじめに複視を生ずる疾患は,多種多彩である.危険な全身疾患が背後に隠れていることもある.そうではなくても,ものが常に2つに見えるのは,とても困るものである.きちんと診断して,困った患者さんを救おう.ポイントは,1.危険か否か,2.どこに異常があるかである.重要ポイントその1:複視を自覚する患者さんが来たら,まず診察室に入ってくる様子を観察しよう!.吐き気がある,しゃっくりがとまらない,気分が悪そうにしていたら→脳幹部疾患に注意..独りで歩けない,ふらふらしていたら→Fisher症候群かWernicke脳症を考える.つまり,危険な背景疾患がないかをこの時点で疑うこと..顔の位置にも注意!→滑車神経麻痺の患者さんは,首を傾けて入ってくる.重要ポイントその2:病歴をしっかりとろう!.年齢を必ずチェック→年齢により原因が変わることに注目..いつ,どういう状況で発症したか?朝起きて気付いた急性発症の複視→虚血性の可能性が高い.数年前から続いている複視→非代償性あるいは圧迫(3)863*HidekiChuman:宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野〔別刷請求先〕中馬秀樹:〒889-1692宮崎県宮崎郡清武町大字木原5200宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野特集●物が二重に見えるあたらしい眼科27(7):863.868,2010複視を自覚して来院してきたら(診察法)HowtoConsultwithDiplopiaPatient中馬秀樹*864あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(4)がないか調べよう!重要ポイントその4:複合麻痺の公式を覚えよう!.外転神経麻痺+同側のHorner症候群=海綿静脈洞病変(図1).複合神経麻痺(外転,動眼,滑車)+同側RAPD陽性=眼窩先端部病変.外転神経麻痺+乳頭浮腫=頭蓋内圧亢進(図2).滑車神経麻痺+Horner症候群=脳幹部(中脳)病変.滑車神経麻痺+RAPD陽性=脳幹部(中脳)病変.外転神経麻痺+顔面神経麻痺=脳幹部(橋)病変.複合神経麻痺(外転,動眼,滑車)+両耳側半盲(+頭痛)=下垂体病変(卒中).動眼神経麻痺+同側のRAPD陽性=蝶形骨縁髄膜腫,脳動脈瘤その複視が危険か否かを見分けるときに大切なポイントは,単独麻痺か,複合麻痺かである.複視があったとき,眼球運動だけを診ては危険な疾患を見落としてしまう.すべての複視の患者さんに上記を施行し,複合麻痺a.コカイン点眼前b.コカイン点眼後図1a,b外転神経麻痺とHorner症候群合併例のコカイン点眼前後の赤外線前眼部写真左眼外転神経麻痺(内斜視である)にHorner症候群(右眼に比べて左眼が縮瞳しており,コカイン点眼後も瞳孔不同が残存)を合併しており,海綿静脈洞に乳癌がみつかった症例.右方視正面視左方視図2外転神経麻痺に乳頭浮腫をみた症例の水平むき眼位写真と両眼底写真頭蓋内圧亢進を考え,緊急CTで異常はなかった.その後頭蓋内圧を測定し,約300mmH2Oと上昇を確認,結局中耳炎からの横静脈洞血栓症が判明した症例.上段:右方視時に右眼に外転制限を認める(矢印).下段:両眼に乳頭腫脹を認める.右方視正面視左方視図3典型的な外転神経麻痺の水平むき眼位写真左方視時に左眼に外転制限を認める(矢印).(5)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010865また,このような複合麻痺をきたしていなければ,単独神経麻痺となる.重要ポイントその5:単独神経麻痺をきちんと診断しよう!.まず,両眼性複視であることを確認する..複合神経麻痺+独りで歩けない,ふらふら=Fisher症候群かWernicke脳症など,すべて危険な背景疾患である.すぐに神経眼科医に紹介を.表2重症筋無力症を疑う症状,兆候・とても強い頭痛,拍動性耳鳴りまたは神経学的症状がない・痛みなし・角膜知覚,顔面知覚正常・瞳孔正常(不同なし,迅速な対光反射,RAPDなし)・対座法視野検査にて異常なし・(50歳以上であれば)巨細胞性動脈炎の症状なしプラス1つ以上の以下の項目がみられる・複視が一定せず,日によって変化する・複視が有意に夜間や疲労時に悪化する・かすれ声や嚥下困難・呼吸困難・眼瞼下垂,または上方視2分間継続させて悪化する・閉瞼力の低下・顔面筋の筋力低下・Lidtwitchsign・Enhancedptosis・アイステスト陽性表1眼窩病変を疑う症状,兆候以下が否定的・とても強い痛み,拍動性耳鳴りまたは神経学的症状(もしあれば,原発的には頭蓋内疾患かつ眼窩的兆候を生ずる疾患,たとえば,海綿静脈洞血栓症,内頸動脈海綿静脈洞瘻を考える)・(50歳以上であれば)巨細胞性動脈炎の症状プラス1つ以上の以下の項目がみられる・眼球運動痛・片眼,あるいは両眼性眼球突出・片眼,あるいは両眼性眼球充血や浮腫・Lidlag(図4)赤外線上方視右方視正面視下方視図5典型的な右眼動眼神経麻痺の左方視5方向眼位と赤外線眼位写真赤外線で右眼散瞳,正面視時に右眼眼瞼下垂,左方視時に右眼内転制限,上方視時に右眼上転制限,下方視時に右眼下転制限がみられる.図4甲状腺眼症に特徴的なlidlagsign下方視させると,眼瞼が遅れて下りてくる.866あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(6)ことを確認してかつ重症筋無力症を否定する(表2)..滑車神経麻痺の場合たとえば,右滑車神経麻痺の場合,正面視で右上斜視が,左方視で増強,右斜頸で増強する,いわゆる右─左─右の法則に従い(図6),かつ眼振がない(skewdeviationを否定する).Skewdeviationでは,ほとんど眼振があるか,キコキコした(専門用語で表現するとsaccadicな)滑動性追従運動になる..注意事項:麻痺が軽い場合,眼球運動は正常に見える.でも複視は訴える.→見た目ではなく,9方向眼位で判断することが重要である(図7).→上下斜視にはしばしば水平ずれが合併する(融像がくずれるため).交代遮閉試験を行えば,斜めに眼球が動き,評価しにくい.その際,上下ずれと水平ずれを分離して検査すれば評価が容易になる.そのために便利なものが,Maddoxrodである(図8).どちらを優先的に検査するかは,病歴で,主訴が上下複視か水平複視かによる(病歴の項参照)..外転神経麻痺の場合(図3)眼球運動,および眼位検査で外転制限があることを確認してかつ甲状腺眼症,眼窩筋炎,重症筋無力症,Duane症候群を否定する(表1,2)..動眼神経麻痺の場合(図5)瞳孔,対光反射で瞳孔括約筋の麻痺がある(必須ではない),眼瞼下垂がある(必須ではない),眼球運動,および眼位検査で上転,下転,内転制限がある赤外線上方視右方視a正面視下方視左方視……………………………………..b図7軽度の動眼神経麻痺の5方向眼位,赤外線眼位写真と測定眼位a:赤外線で瞳孔不同なく,正面視時に眼瞼下垂なし.左方視,上方視,下方視でも眼球運動はほとんど正常に見えるが,b:眼位を測定すると右眼の内転,上転,下転制限を認め,動眼神経麻痺と診断できる.…………………………………………………………図6典型的な滑車神経麻痺の眼位記載方法眼球運動自体は注意しないと正常にみえることが多い.眼位検査で右滑車神経麻痺の場合,正面視で右上斜視が,左方視で増強,右斜頸で増強する.(7)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010867小児では,腫瘍によるものが多いことに注意する.外傷を除けば最多である.したがって,小児の非外傷性の外転神経麻痺には,すべての例にMRI(磁気共鳴画像法)を施行しよう(ガドリニウム造影も)..成人の動眼神経麻痺虚血性(表4)脳動脈瘤による圧迫性外傷性その他成人の動眼神経麻痺では,何といっても脳動脈瘤によるものを見逃さないことである.すぐに(その日のうちに)一度脳神経外科医に紹介して診てもらおう..小児の動眼神経麻痺先天性外傷性重要ポイントその6:単独神経麻痺の原因を考えよう!.成人の外転神経麻痺虚血性(表3)圧迫性炎症性頭蓋内圧亢進外傷性ちなみに乳癌や前立腺癌は,眼窩や海綿静脈洞に転移して,単独外転神経麻痺を生ずることで有名である.病歴の項でも述べたが,悪性腫瘍の既往があればすべての例にMRIを施行しよう(ガドリニウム造影も)..小児の外転神経麻痺外傷性圧迫性ウイルス感染後表3虚血性外転神経麻痺の診断以下のすべてを満たす・40歳以上・1つ以上の血管病変の危険因子(高血圧,高脂血症,糖尿病,喫煙)・悪性腫瘍,血管炎または自己免疫疾患なし・急性発症の複視で,起床時に気づく,または起床後に初めて気づく・複視の型,程度に1日のうちで変化なし・眼窩痛,顔面痛,頭痛なし,しびれなし・耳鳴り,難聴,顔面神経麻痺なし・全身神経症状なし・側頭動脈炎の症状なし・内斜視・片眼のみ外転制限がある・ほかの動きは異常なし(上転,下転,内転),眼振なし・僚眼の眼球運動に異常なし・両眼ともに,以下が正常視力対座法視野検査瞳孔(不同なし,迅速な対光反射,RAPDなし)眼瞼(下垂なし)外眼部(redeye,眼球突出,浮腫なし)角膜,顔面知覚眼輪筋力,顔面筋力眼球自体(虹彩炎,ぶどう膜炎,視神経乳頭異常なし)(50歳以上であれば)側頭動脈の怒張なし,圧痛なし・経過中にほかの異常が出現してこない・複視が3カ月以内に軽減し始めるba図8MaddoxRod(a)と使用法(b)垂直性複視を自覚する症例には,Rodを縦に片眼前におき,ペンライトを注視してもらう(左上写真).右上図のように見える症例にはプリズムの基底を下方にしてプリズムの度数を上げる(左下写真.右下図のようにペンライトと赤い線が一致するまで移動し,一致したプリズムの度数を斜視角として記録する.868あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(8)2)BurdeRM,SavinoPJ,TrobeJD:Diplopia,ClinicalDecisionsinNeuro-Ophthalmology3rded,p158-197,Mosby,StLouis,20023)SargentJC:Nuclearandinfranuclearocularmotilitydisorders.Walsh&Hoyt’sClinicalNeuro-Ophthalmology6thed(edsMillerNR,NewmanNJ),p1041-1084,LippincottWilliams&Wilkins,Philadelphia,2005腫瘍による圧迫性片頭痛10歳未満の小児の動眼神経麻痺では脳動脈瘤によるものは少ない(約7%).しかし,すべての症例にMRIとMRA(磁気共鳴血管撮影)を施行しよう..滑車神経麻痺外傷性虚血性(表5)非代償性炎症性頭蓋内圧亢進文献1)PaneA,BurdonM,MillerNR:DoubleVisionTheNeuro-OphthalmologySurvivalGuide,p179-257,MosbyElsevier,2007■用語解説■Fisher症候群:上気道感染や,消化管感染後,外眼筋麻痺,小脳失調,腱反射消失を主症状とし発症する症候群である.Wernicke脳症:失調性歩行,眼筋麻痺,せん妄を特徴とする症候群.ビタミンB1欠乏が原因である.Skewdeviation:斜偏位.両眼が反対方向に向く斜視.一方が上外斜視となる.中枢性の上下斜視である.表5虚血性滑車神経麻痺の診断以下のすべてを満たす・40歳以上・1つ以上の血管病変の危険因子(高血圧,高脂血症,糖尿病,喫煙)・悪性腫瘍,血管炎または自己免疫疾患なし・急性発症の複視で,起床時に気づく,または起床後に初めて気づく・複視の型,程度に1日のうちで変化なし・眼窩痛,顔面痛,頭痛なし,しびれなし・耳鳴り,難聴,顔面神経麻痺なし・全身神経症状なし・側頭動脈炎の症状なし・正面視で垂直偏位がみられる・正面視で上斜視眼が,内転時に増加,上斜視側への斜頸で増加する・正面視で上斜視眼が,以下の眼球運動の特徴を合併する下斜筋過動症上斜筋のunderaction・僚眼の眼球運動に異常なし・両眼ともに,以下が正常視力対座法視野検査瞳孔(不同なし,迅速な対光反射,RAPDなし)眼瞼(下垂なし)外眼部(redeye,眼球突出,浮腫なし)角膜,顔面知覚眼輪筋力,顔面筋力眼球自体(虹彩炎,ぶどう膜炎,視神経乳頭異常なし)(50歳以上であれば)側頭動脈の怒張なし,圧痛なし・経過中にほかの異常が出現してこない・複視が3カ月以内に軽減し始める表4虚血性動眼神経麻痺の診断以下のすべてを満たす・40歳以上・1つ以上の血管病変の危険因子(高血圧,高脂血症,糖尿病,喫煙)・悪性腫瘍,血管炎または自己免疫疾患なし・急性発症の複視または眼瞼下垂で,起床時に気づく,または起床後に初めて気づく・24時間以内に下垂が完全になる・眼窩痛,顔面痛,頭痛なし,しびれなし・全身神経症状なし・側頭動脈炎の症状なし・片眼のみ完全な眼瞼下垂,上転,下転,内転制限がある・瞳孔が完全に正常(瞳孔不同なし,対光反射正常)・滑車神経,外転神経麻痺なし・異所性再生なし・僚眼の眼球運動に異常なし・両眼ともに,以下が正常視力対座法視野検査RAPDなし外眼部(redeye,眼球突出,浮腫なし)角膜,顔面知覚眼輪筋力,顔面筋力眼球自体(虹彩炎,ぶどう膜炎,視神経乳頭異常なし)(50歳以上であれば)側頭動脈の怒張なし,圧痛なし・経過中にほかの異常が出現してこない・下垂および複視が3カ月以内に軽減し始める

序説:複視をきたす疾患

2010年7月30日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYり入れた.まず,神経眼科疾患の臨床経験豊富な宮崎大学の中馬秀樹先生には,複視を自覚した患者が受診した際の診察法のポイントを箇条書きと表に8例の代表例とともに示していただいた.つぎに,MRI(磁気共鳴画像)での画像診断には定評のある滋賀医科大学の西田保裕先生には,特に外眼筋のMRIによる撮像の仕方とその評価に的を絞ってわかりやすい解説をお願いし,外眼筋の形態的異常を示す代表的な3疾患についても例示していただいた.また,京都大学で神経眼科外来を担当されている宮本和明先生には,自験例に基づく複視の薬物治療を具体的な薬剤処方例10パターンとともに解説していただいた.眼運動神経麻痺が保存的にこれだけ治るというのは患者へのインフォームド・コンセントの際の重要な情報であろう.さらに,薬物治療で治らなかった際にもいきなり斜視手術を選択するのではない.あるいは複視をとりあえず軽減して欲しいと訴える患者も多い.そのような患者にはまずプリズム眼鏡を選択するが,その実際について関西で最もプリズム眼鏡の処方実績の多い大阪医科大学の中村桂子先生に外転神経麻痺での実例も含めて詳しく説明していただいた.そのようなプリズムが処方できない最近では緑内障や加齢黄斑変性,角膜疾患などに関する最新の情報や文献が数多く提供されており,一般眼科医が日常臨床の場面においてこれらの疾患に接しても診療に困ることは少なくなりつつある.しかし,「物が二重に見える」という「両眼複視」を訴えて患者が受診した際に十分対応できるだけの神経眼科的知識をもつ眼科医はそれほど多くはないのではないだろうか?つい先日ベルリンで行われた2010年度国際眼科学会(WOC)で欧米の教授たちと雑談をする機会があったが,その際にやはり他の国々でも神経眼科を標榜する眼科医の減少傾向が話題になった.しかし,その一方で特に複視をメインに取り上げた「Neuro-OphthalmicEmergencies」のシンポジウムでは,会場が満席になり立ち見もでる大人気で,世界の眼科医の複視をきたす疾患への関心の高さの一端が示されているように感じられた.今回の特集では,神経眼科医向けではなく,一般眼科医が日常臨床で複視を訴える患者を診療する手助けになるような,わかりやすい症例(自験例)を呈示しての解説をしていただく企画を行った.ただ画像診断や治療技術の進歩については,従来の成書には記載されていない最新の情報も取(1)861*OsamuMimura:兵庫医科大学眼科学教室●序説あたらしい眼科27(7):861.862,2010複視をきたす疾患DiseasesCausingDiplopia三村治*862あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(2)場合には手術療法が選択されるべきであるが,その手術治療ではさまざまな手技を経験している兵庫医科大学の木村亜紀子先生にどのように手術眼,手術筋,手術方法を選択すべきか軽症例から重症例まで分けて解説していただいた.また,WOCの「Neuro-OphthalmicEmergencies」シンポジウムでも強調されていた眼科領域でも最も警戒すべき疾患の徴候としての複視について,大阪大学脳神経外科の木下学先生・吉峰俊樹先生に自験例3例から私たち眼科医の日常臨床に潜む誤診や診断の遅れにつながる危険性について,脳神経外科医の立場から総括していただいた.さらに,複視はこれまで神経麻痺や外眼筋の異常のみで起こると考えられていたが,Tenon.内の結合組織であるプリーの異常でも起こることを,この分野の第一人者である岡山大学の河野玲華先生に代表例3例のきれいなMRI画像とともに示していただいた.また成人では複視を訴える疾患でも,小児では成人とは明らかに異なった病因,病像を呈する.この解説は日本で小児患者が最も集中する国立成育医療研究センターの田中三知子先生・仁科幸子先生に担当していただいた.最後に,複視はさまざまな全身疾患の初発症状として,また経過中の部分症状として現れることがある.したがって,眼科単独で経過をみていると思わぬ疾患を見逃したり,不十分な治療しかできないこともある.そのような全身疾患については大阪赤十字病院の田口朗先生に教えていただいた.この特集企画が「物が二重に見える」患者を診た際の私たちの誤診や診断の遅れ,ひいては患者の不利益を防ぐだけでなく,複視患者の診療の手助けとなり患者のqualityofvision,qualityoflifeを高める一助になれば幸いである.