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ゲフィチニブが著効した転移性脈絡膜腫瘍の1例

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(137)851《原著》あたらしい眼科27(6):851.855,2010cはじめに近年,癌患者の生命予後は改善し,転移性眼腫瘍の頻度は増加し従来にも増して眼科臨床の場で転移性眼腫瘍に遭遇する機会が増えてきている.悪性腫瘍による眼内への転移性腫瘍好発部位は,血管の豊富なぶどう膜,そのなかでも脈絡膜腫瘍が79.5.88%と大部分を占めている.その原発巣としては男性では肺癌,女性では乳癌が多いといわれて特に肺癌が原発巣の場合には,無症状である症例もあり,眼科受診をきっかけに原発巣が発見されることも少なくない1).肺癌脈絡膜転移の治療法としては放射線療法,光凝固療法,眼球摘出術,全身化学療法のほか,最近ではphotodynamictherapy(PDT)などがあるが,患者の予後やqualityoflife(QOL)を熟慮した選択が望まれる.今回筆者らは,眼症状を初発症状し発見された肺癌を原発とした転移性脈絡膜腫瘍に対して保存的療法の有力なオプションとなりうるゲフィチニブ(イレッサR)を主体とした化学療法を行い,原発巣とともに脈絡膜の転移病変が色素上皮萎縮を伴い瘢痕化した1例を経験したので報告する.I症例患者:69歳,女性.主訴:右眼視野欠損.現病歴:平成18年7月中旬より,右眼視野欠損を自覚し近医受診.脈絡膜隆起性病変を認めたため,当科紹介受診となった.既往歴:特記すべきことなし.家族歴:特記すべきことなし.喫煙歴:なし.初診時所見:VD=0.2(0.7×+1.5D),VS=0.3(0.9×+1.75D(cyl.0.75DAx100°).眼圧は右眼14mmHg,左眼20mmHg.前眼部に異常所見なく,中間透光体は両眼とも軽度白内障,眼底は右眼黄斑部耳側上方に5乳頭径大の隆起〔別刷請求先〕有村哲:〒143-8541東京都大田区大森西7-5-23東邦大学医学部眼科学講座Reprintrequests:TetsushiArimura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine,7-5-23Omorinishi,Ota-ku,Tokyo143-8541,JAPANゲフィチニブが著効した転移性脈絡膜腫瘍の1例有村哲松本直飯野直樹杤久保哲男東邦大学医学部眼科学講座ACaseofMetastaticChoroidalTumorEffectivelyTreatedwithGefitinibTetsushiArimura,TadashiMatsumoto,NaokiIinoandTetsuoTochikuboDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine69歳,女性.右眼視野異常にて当科紹介受診.右眼黄斑部耳側上方に5乳頭径の脈絡膜腫瘍とその周囲に漿液性網膜.離認め,全身検索の結果,肺腺癌を認め,患者の希望もありゲフィチニブをfirstlineで投与したところ奏効し,腫瘍部は周囲に色素沈着を伴い,縮小・瘢痕化した.肺癌脈絡膜転移に対し,ゲフィチニブの有用性を認めた1例を経験した.A69-year-oldfemalevisitedanearbyhospitalforabnormalvisualfieldinherrighteye.Abnormalocularfunduswasdetected,andshewasreferredtoourdepartment.Sizeofthechoroidaltumorwasapproximately5timesasmuchasopticnerve.Thetumorappearedintheupperlateralrightareaofthemacula,withserousretinaldetachmentaroundit.Systemicexaminationrevealedadenocarcinomaofthelung;Gefitinibwasusedasthefirstlineoftreatment,thepatientreadilyagreeing.Themedicationwashighlyeffective,thetumorareadecreasing/cicatrizing,withaccompanyingpigmentationinthesurroundingarea.Thiscaseconfirmstheeffectivenessofgefitinibinthetreatmentoflungcancermetastasistothechoroid.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(6):851.855,2010〕Keywords:転移性脈絡膜腫瘍,肺癌,ゲフィチニブ,上皮成長因子「受容体」.metastaticchoroidaltumor,lungcancer,gefitinib,epidermalgrowthfactorreceptor.852あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(138)AB図1初診時眼底所見(A:右眼,B:左眼)右眼に5乳頭径大の無色素性で黄色調の周囲に漿液性網膜.離を伴う腫瘤性病変を認めた.AB図2蛍光眼底造影写真A:右眼蛍光眼底造影写真においては,続発性網膜.離(矢印)に一致したフルオレセインの漏出と脈絡膜腫瘍を認めた.B:治療開始4カ月後においては,漏出は減少し腫瘍も瘢痕化し縮小傾向.AB図3超音波検査右眼の超音波検査においては,丈のある脈絡膜腫瘍(矢印)を認め(A),治療開始後4カ月においては消失していた(B).(139)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010853性病変とその周囲に漿液性網膜.離がみられた(図1).フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)では造影早期に腫瘍に一致した低蛍光を認め,後期には輪状の低蛍光のなかに斑状の過蛍光を認めた(図2).超音波Bモードにて腫瘤は実質性,内部反射は中等度,構造はやや不規則で高さは約2mm程度であった(図3).II全身所見胸部X線写真では左中肺野に約30mm大の結節影を認め(図4),胸部CT(コンピュータ断層撮影)では左肺S3領域に24.9×17.0mm大の胸膜陥入像を伴う結節影と両肺野に肺内転移が疑われる小結節影を伴っていた.採血にて腫瘍マーカーはCEA(癌胎児性抗原)4.7ng/ml,シフラ2.6ng/ml,NSE(神経特異エノラーゼ)8.9ng/ml,ProGRP(ガストリン放出ペプチド前駆体)20.9pg/mlであり血清KL-6高値であったが,間質性肺炎は認めなかった(図5).骨シンチでは左頭頂骨および,左第5肋骨に異常集積を認めた.肺生検組織所見では巣状ないし腺管状の異型細胞を認め(図6),中分化型腺癌と診断されその組織標本を用いた上皮成長因子受容体(EGFR)遺伝子検査(ダイレクトシークエンス法)ではexon21codon858CTG(Leu)からCGG(Arg)への遺伝子図4胸部X線写真入院時,胸部X線写真において左中肺野に腫瘤陰影(矢印)を認めた.ACBD図5胸部CTA,B:胸部CTでは左S3領域に胸膜嵌入像を認め,両肺野に散在する転移性小結節を認めた.C,D:ゲフィチニブ投与後,1カ月後の胸部CTでは転移性小結節は消失し,一次病巣は縮小傾向.854あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(140)変異を認めた.III経過左肺S3原発の肺腺癌(T4N0M1)で,EGFR遺伝子変異が同定されていることなどから通常の化学療法よりゲフィチニブが強い抗腫瘍作用を期待されることや,間質性肺炎などの重篤な副作用などについてのインフォームド・コンセントを十分に行ったうえで,本人・家族の強い希望および呼吸器内科医の判断にてfirstlineでゲフィチニブ投与を行った.2006年9月上旬よりゲフィチニブ250mg/日投与を開始され,視野異常はゲフィチニブ投与後数日で改善傾向を示し,脈絡膜腫瘍に伴う漿液性網膜.離は縮小傾向を認めた.1カ月後の胸部CTでは左肺S3の原発巣も32%の縮小を認め,肺内転移もほぼ消失していた.投与4カ月後のFA所見では脈絡膜転移の造影効果と,色素漏出が消失していた.また,Goldmann視野検査においても感度低下は残存するも暗点は改善しており(図7),超音波検査においても腫瘍の縮小が認められた.2009年3月当科最終受診時において,右眼矯正視力は0.7,視野検査においても暗点の改善を認めた.現在,眼症状としては明らかな症状はなく,原発巣もさらに縮小し外来経過観察中である.IV考按本症例は前眼部に異常所見なく,眼底において右眼黄斑部耳側上方に5乳頭径大の隆起性病変とその周囲に漿液性網膜.離を伴っており,FA所見として造影早期に腫瘍に一致した低蛍光を認め,後期には輪状の低蛍光内に腫瘍血管によると思われる斑状過蛍光を認めた点や,超音波検査においても実質性の隆起性病変を認めたため,転移性脈絡膜腫瘍,無色素性脈絡膜悪性黒色腫,脈絡膜母斑などの脈絡膜腫瘍が疑われた.全身検索を行いその結果,胸部X線写真,採血,胸部CT,肺生検において肺癌と診断されたことから転移性脈絡膜腫瘍と考えられた.転移性脈絡膜腫瘍の症状は視野異常,視力低下,眼痛,飛蚊症などがあるが,眼症状が出現せずに死亡する患者も多いため,剖検して初めて発見される症例も少なくない.Blochら2)は230例の剖検で12%に眼転移を認めたと報告しており,また転移性肺癌も含む肺癌症例では7.1%に脈絡膜転移を認めたとする報告もある.転移性脈絡膜腫瘍の原発巣としてはShieldsら3)の報告では乳癌が47%,ついで肺癌は21%,矢野ら9)の報告では乳癌が64%,肺癌が13%と報告している.そのほかは消化器系,腎細胞癌などが数%ずつの頻度で,原因不明癌も約17%認めている.原発巣と転移巣の発見の時間的関係は肺癌,乳癌で異なり,乳癌は原発巣発見図6病理組織所見経気管支生検においては,中分化型腺癌を認めた(ヘマトキシリン・エオジン染色,×400).HE,×400AB図7Goldmann視野計A:眼底所見に一致した視野欠損を認めた.B:ゲフィチニブ治療開始後4カ月では視野改善傾向.(141)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010855から1.5年未満のことが多く,肺癌の場合は1年未満,もしくは本症例のように転移性脈絡膜腫瘍を契機として原発巣が発見されることも少なくない.肺癌脈絡膜転移の治療法としては放射線療法,光凝固療法,眼球摘出術,全身化学療法のほか,最近ではPDTなどがあるが,患者の予後やQOLを熟慮した選択が望まれる.一般に眼球摘出術が施行されることは少ないが,耐えがたい眼痛をきたした症例や二次性緑内障予防のために選択されることもある7).発癌メカニズムとして,EGFRの構造がレトロウイルスの影響や突然変異などで変化すると強いチロシンキナーゼ活性を示し,常に増殖のシグナルを送り続けて癌化することがあると考えられている13).ゲフィチニブはEGFRチロシンキナーゼを選択的に阻害し腫瘍細胞の増殖能生を低下させる.EGFRの遺伝子変異は本症例同様,女性,非喫煙者,東洋人,腺癌に多く認められることが知られている.現在,ゲフィチニブは非小細胞癌においてfirstlineにおける有用性および安全性は確立されていないため,secondline以降の既治療患者に投与されている.しかし実地医療においては,全身状態不良の理由から従来の化学療法が困難な症例や,患者本人・家族の希望によりゲフィチニブが投与され改善する症例も経験されている.本症例も,前述したようにEGFR遺伝子変異が同定されており通常の化学療法より強い抗腫瘍作用が期待されることや,間質性肺炎など重篤な副作用などのインフォームド・コンセントを十分に行ったうえで,本人・家族および呼吸器内科医の協議によりfirstlineでゲフィチニブ投与を行った.肺癌脈絡膜転移例は,2009年までの過去12年間で,本症例を含め19例報告されており6,7,11,12),ゲフィチニブ投与は2例のみと眼科領域におけるゲフィチニブの知見はいまだ乏しく,firstlineでゲフィチニブを投与した例およびEGFR遺伝子変異を同定しえたものは本症例が初めてあった.本症例ではゲフィチニブ投与後,原発巣および脈絡膜転移の改善を認めたが,ゲフィチニブを含む化学療法のみ脈絡膜転移の改善を認めたものは7例中6例であった.本症例を含めたゲフィチニブ投与2例はともに原発巣,脈絡膜転移に対して奏効した.本症例において視野異常がゲフィチニブ投与数日で改善を認めたことは,脈絡膜へ転移した腫瘍細胞にもEGFRが発現しており,その腫瘍の縮小とともに網膜.離が改善したためと思われる.また,19症例の生存期間中央値をみても12カ月とStephensら5)の5.2カ月より長く,これは新規抗癌剤やゲフィチニブなどの効果によるものと考えられる.転移性脈絡膜腫瘍に関して内科医との十分な連携を行い症例によっては今後,肺癌患者の増加や遺伝子変異検索の普及などに伴いその結果次第で,ゲフィチニブ投与は保存的療法の有力な選択肢となると考えられ,適切な投与法が確立されることで眼底所見の改善などにおいて治療効果を推定でき,そうすることにより精神的不安の多い肺癌患者の心的ストレスを少しでも軽減できるのはないかと考えられる.本論文における症例は,文献14)と同症例であり,多大なご協力をいただいた坂口真之先生,磯部和順先生らに感謝するとともに,ゲフィチニブの眼科領域における知見がいまだに乏しく長期経過例の報告も少ないことや,また呼吸器内科との連携の重要性にご考慮いただき眼科臨床の立場から同症例を報告させていただいたことに深謝いたします.文献1)石川徹,今澤光宏,塚原康司ほか:化学療法により他萎縮した転移性脈絡膜腫瘍の1例.眼科44:97-101,20022)BlochRS,GartnerS:Theincidenceofocularmetastaticcarcinoma.ArchOphthalmol85:673-675,19713)ShieldsCL,ShieldsJA,GrossNEetal:Surveyof520eyeswithuvealmetastasis.Ophthalmology104:1265-1276,19974)KreuselKM,WiegelT,StangeMetal:Choroidalmetastasisindisseminatedlungcancer:frequencyandriskfactors.AmJOphthalmol134:445-447,20025)StephensRF,ShieldsJA:Diagnosisandmanagementofcancermetastatictotheuvea:astudyof70cases.Ophthalmology86:1336-1349,19796)ChongJT,MickA:Choroidalmetastasis:casereportsandreviewoftheliterature.Optometry76:293-301,20057)AbundoRE,OrenicCJ,AndersonSFetal:Choroidalmetastasesresultingfromcarcinomaofthelung.JAmOptomAssoc68:95-108,19978)折居美波,中川純一,江原正恵ほか:血清KL-6高値を示し,Gefinibが著効した肺腺癌の4例.肺癌44:644,20049)矢野真知子,小田逸夫ほか:転移性脈絡膜腫瘍53例の検討.臨眼45:1347-1350,199110)ShieldsJA,ShieldsCL,EagleRCJr:Choroidalmetastasisfromlungcancermasqueradingassarcoidosis.Retina25:367-370,200511)木村格,児玉俊夫,大橋裕一ほか:肺癌を原発とした脈絡膜転移癌にゲフィチニブが奏効した1例.眼紀56:360-367,200512)金谷靖仁,吉澤豊久,鈴木恵子ほか:肺癌の脈絡膜転移1症例と文献的考察.眼紀48:1216-1224,199713)門脇孝,戸辺一之:チロシンキナーゼ1.チロシンキナーゼ癌遺伝子産物と増殖因子受容体.豊島久眞男,秋山徹編:癌化のシグナル伝達機構,p26-40,中外医学社,199414)坂口真之,磯部和順,浜中伸介ほか:ゲフィチニブが奏効した肺癌脈絡膜転移の1例.肺癌48:123-129,2008

網膜下に遊走滲出塊を伴った特異なUveal Effusion の1例

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(131)845《原著》あたらしい眼科27(6):845.849,2010cはじめにUvealeffusionは1963年にSchepensら1)によって報告された疾患で,多くは中年男性に非裂孔原性の胞状網膜.離を認め,頭位により網膜下液が移動する特徴がある.ステロイドを含む薬物療法には反応せず,強膜弁下強膜切除術2.4)や渦静脈の減圧術5)が有効であると報告されている.小眼球症および強膜の肥厚の有無により分類6)されており,病型により治療法が異なっている.今回筆者らは,網膜下に大きな滲出塊を伴った特異なuvealeffusionが,3カ月の間隔で両眼に発症した1例を経験し,強膜弁下強膜切除術によって良好な結果を得たので報告する.I症例患者:68歳,男性.初診日:2006年1月20日.主訴:右眼視力低下.現病歴:2006年1月8日,起床時に右眼がほとんど見え〔別刷請求先〕佐々木慎一:〒683-8504米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学Reprintrequests:Shin-ichiSasaki,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishi-cho,Yonago-shi683-8504,JAPAN網膜下に遊走滲出塊を伴った特異なUvealEffusionの1例佐々木慎一*1佐々木勇二*2小松直樹*1井上幸次*1*1鳥取大学医学部視覚病態学*2公立八鹿病院眼科ACaseofUnusualUvealEffusionwithSubretinalFloatingExudatesShin-ichiSasaki1),YujiSasaki2),NaokiKomatsu1)andYoshitsuguInoue1)1)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,PublicYokaHospital網膜下を遊走する滲出塊を伴った特異なuvealeffusionの1例を経験したので報告する.症例は68歳,男性.右眼の視力低下を主訴に近医を受診し網膜.離と診断され,鳥取大学眼科を紹介受診.右眼に胞状網膜.離を認め,.離の範囲は頭位によって変化し,網膜下液内に遊走する滲出塊がみられた.裂孔を認めず眼軸長も正常のため,小眼球を伴わないuvealeffusionと診断し強膜弁下強膜切除術を施行した.術後右眼の網膜.離は徐々に消退し,滲出塊も吸収消失した.1カ月後左眼にも同様のuvealeffusionが生じたが,強膜弁下強膜切除術により同様の経過をたどった.最終矯正視力は両眼1.5と良好であった.滲出塊を伴う特異なuvealeffusionが,強膜弁下強膜切除術によって治癒した.手術により脈絡膜から眼外への流出抵抗が低下したため,網膜下液の蛋白濃度が低下し,滲出塊の融解が促進されたものと推察した.Thepatient,a68-year-oldmalewhocomplainedofreducedvisualacuityinhisrighteye,wasreferredtousforretinaldetachment(RD).BullousRDwasobservedinhisrighteye,theRDareaalteringdependingonthepositionofthepatient’shead.Subretinalfloatingexudateswerealsoobserved.Thediagnosiswasuvealeffusionwithoutnanophthalmos,sinceaxiallengthwasnormalandtherewerenotears.Subscleralsclerectomywereperformed.Aftertheoperation,RDintherighteyegraduallyreduced,withabsorptionofthefloatingexudates.Onemonthlater,asimilartypeofuvealeffusionoccurredinthelefteye,whichhadagoodclinicalcourseaftersubscleralsclerectomy.Thusinthiscase,unusualuvealeffusionwithfloatingexudateswashealedbysubscleralsclerectomy.Thusinthiscase,unusualuvealeffusionwithfloatingexudateswashealedybysubscleralsclerectomy.Presumably,reducedoutflowresistancefromthechoroidresultedindecreasedproteinconcentrationofthesubretinalfluid,promptingthemeltingoffloatingexudates.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(6):845.849,2010〕Keywords:uvealeffusion,遊走滲出塊,強膜弁下強膜切除術.uvealeffusion,floatingexudates,subscleralsclerectomy.846あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(132)ないことを自覚したが放置していた.1月20日,山陰労災病院神経内科受診時に右眼視力低下を訴え,同院眼科にて右眼網膜.離と診断され,同日治療目的で鳥取大学医学部附属病院眼科(以下,当科)を紹介受診した.既往歴:脳梗塞(66歳),左尿管狭窄(66歳),左膿腎症(68歳).家族歴:特記事項なし.初診時眼所見:視力は右眼0.2(0.3×+1.00D(cyl.1.00DAx90°),左眼0.7(1.2×+1.00D(cyl.1.00DAx90°)で,眼圧は右眼7mmHg,左眼9mmHgであった.右眼前房に軽度の細胞浮遊がみられた.右眼眼底の下方に広範な非裂孔原性の胞状網膜.離を認め,さらにアーケード血管の後面に3乳頭径に及ぶ大きな滲出塊が存在し(図1),頭位の変化により網膜下を移動した.滲出塊は境界明瞭で黄白色,移動による形状の変化はみられなかった.この時点で左眼眼底には特に異常を認めなかった.蛍光眼底造影では右眼眼底全体にleopardspotpatternとよばれるびまん性の低蛍光と点状過蛍光の混在所見を呈した(図2).眼軸長は右眼22.8mm,左眼23.0mmで,小眼球症は認めなかった.視野検査では右眼で上方に広範な視野欠損を認めた.Bモードエコー検査では座位では下方に限局した胞状網膜.離,仰臥位ではほぼ全.離となった.また,通常よりも強膜の輝度が高く,強膜肥厚が疑われた(図3).20JシングルフラッシュERG(網膜電図)では,右眼にa波,b波の著明な減弱と律動様小波の消失を認めた.全身的には尿路系機能障害に伴う遷延性の軽度腎機能障害と炎症反応を認めたが,各種ウイルス抗体価,血圧,心電図は正常であった.経過:入院後の諸検査の結果,小眼球症を伴わないuvealeffusionと診断し,しばらく経過観察を行ったが,右眼網膜.離は消退せず,視力改善は得られなかった.網膜.離の遷ab図1術前の両眼眼底写真a:右眼.下方に胞状網膜.離を認め,アーケード血管後面に遊走する滲出塊がみられる.b:左眼.異常なし.図2右眼の蛍光眼底造影写真Leopardspotpatternとよばれるびまん性の低蛍光と点状過蛍光の混在所見がみられる.図3右眼のエコー写真網膜.離および肥厚した強膜の高輝度像を認める.(133)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010847延による黄斑機能の低下に加え,移動する滲出塊によって網膜が障害される可能性も考慮し手術療法を選択した.2006年2月6日,全身麻酔下に右眼強膜弁下強膜切除術を施行した.全周の結膜を切開した後,4直筋に制御糸を掛け,赤道部に4×5mmの後方を基底とした厚さ約0.3mm程度の強膜弁を作製した.その強膜弁下に2×3mmの切開を加え,残りの強膜層を切除し脈絡膜を露出した.この際,露出した脈絡膜よりゆっくりと脈絡膜上液が滲み出ることを確認した.また,切開時に強膜の肥厚を認めると同時に,強膜と脈絡膜の境界が不明瞭であることを確認した.脈絡膜や強膜弁下に熱凝固は行わず,強膜弁を元に戻して9-0ナイロン糸で2針縫合した.同様の操作を4象限に行った(図4).術後1週間は網膜.離は不変であったが,その後網膜下液は徐々に減少し,視力改善が得られた.滲出塊は耳側網膜下に存在し,その後徐々に吸収された.経過良好にて以後外来経過観察を行った.退院時の視力は,右眼0.2(0.4),左眼0.7(1.2)であった.右眼手術の約2カ月後,2006年4月7日,左眼の視力低下を訴え当科再診時,視力は,右眼0.6(矯正不能),左眼0.02(0.03)であった.左眼下方に胞状網膜.離を認めたため入院となった(図5).しばらく入院のまま経過観察を行っ図4術中所見および模式図右:術中所見.強膜弁下で強膜ブロックを切除したところ.左:模式図.①:強膜弁作製,②:強膜ブロック切除,③:滲出液確認,④:強膜弁縫合.図5左眼発症時の術前眼底写真左眼下方に胞状網膜.離がみられる.ab図6術後2年半の両眼眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼とも網膜.離の再発は認めず,視力は両眼(1.5).848あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(134)たが網膜.離は消退せず,網膜下液中に小滲出塊の出現を認めたため,右眼と同様の病態と判断し,4月17日全身麻酔下に右眼と同様の強膜弁下強膜切除術を施行した.術後左眼の網膜.離も徐々に消退し,視力改善が得られたため(視力:右眼矯正0.6,左眼矯正0.2)退院した.その後両眼の網膜.離は完全に消失し,術後2年6カ月の時点までの経過中,網膜.離の再発は認めず,視力は右眼(1.5),左眼(1.5)と良好に保たれている(図6).その間両眼の眼圧は6.8mmHgと低眼圧であった.II考按漿液性網膜.離の原因としては他に原田病など炎症性疾患も考慮する必要があるが,初めは片眼性であったこと,充血や疼痛など特徴的な炎症所見がなかったこと,さらに蛍光眼底造影の所見より,本症例を特発性uvealeffusionと診断した.田上ら6)はuvealeffusionを小眼球および強膜肥厚の有無によってI.型に分類し,組織学的に検討している.すなわち,小眼球と強膜肥厚の両者を伴うものをI型,小眼球ではないが強膜肥厚を認める型,両方とも伴わないものを型と分類し,Ⅰ型と型では強膜の組織学的異常が高度であることを示している.型に関しては裂孔が発見されない裂孔原性網膜.離の可能性から真のuvealeffusionではないとの意見7)もある.本症例に関しては,眼軸長が正常であることと,Bモードエコーと手術中の所見で強膜肥厚を認めたことにより型uvealeffusionと診断した.Gass3),高橋7)により推察されているuvealeffusionの発症機序をまとめるとつぎのようになる.通常の組織であれば血管外に漏出した蛋白成分はリンパ組織によって運搬されるが,眼球にはリンパ組織がないため,脈絡膜の血管外蛋白成分はSchlemm管や強膜を直接透過することによって眼外のリンパ組織に流れる.しかし,強膜肥厚が存在すると強膜の蛋白透過性が低下すると同時に,肥厚強膜の圧迫による渦静脈のうっ滞が生じることによって脈絡膜組織液が貯留する.その結果,網膜色素上皮細胞による網膜下液のポンプ作用に機能異常をきたし,網膜下液が貯留しuvealeffusionが生じるというものである.さらに網膜色素上皮バリア機能に言及すると,漿液性網膜.離の発症には,①脈絡膜からの滲出液およびその液圧,②網膜色素上皮バリア機能の破綻,③網膜色素上皮ポンプ機能の低下,の3つの条件が関与するともいわれている8).本症例においても何らかの先天強膜異常が存在していた可能性は高いが,68歳までまったく無症状であったにもかかわらず,突如3カ月の間隔で両眼に発症したことは非常に興味深い.ウイルス感染,アレルギー反応,外傷,血圧上昇などが直接の発症原因である可能性も示唆されており3),先天的な強膜異常という局所の要因を背景に,発症時期における全身状態の変化が発症の引き金になったのではないかと推察される.Uvealeffusionにおける網膜下液では血清ならびにアルブミン濃度が高いことが知られており9),本症例では両眼とも網膜下液中に蛋白成分が析出したとみられる大きな滲出塊が出現し,網膜下を遊走するかのように移動するという特異な所見を呈していた.これは下液の蛋白濃度が上昇した結果ではないかと思われる.発症前に全身状態が変化したことは明らかではないが,患者には尿管狭窄の既往があり,uvealeffusion発症の4カ月前に左の膿腎症をきたし尿管ステントの留置処置を受けている.因果関係は不明であるが,尿路系感染と機能異常が契機になった可能性は否定できないと考える.本症例の全身経過のなかにuvealeffusionの発症原因を特定する鍵が隠されているのかもしれない.Uvealeffusionの治療に関しては,原則として強膜肥厚を伴うI型と型には強膜弁下強膜切除術が適応とされている10.14)が,硝子体手術によって復位が得られた報告9,15.18)も近年多数みられる.強膜弁下強膜切除術に関しては,筆者らのように4象限に行った例と下方の2象限のみに行った報告があるが,後者において非復位や再発例が多いように見受けられる.Uvealeffusionのインドシアニングリーン蛍光眼底造影所見では,広範な脈絡膜血管の異常が指摘されており10),また,先天性の強膜組織異常が根底にあるのであれば,特に高度の網膜.離を伴う例では,再発予防のためにはバランスよく4象限に強膜弁下強膜切除術を行う必要があるのかもしれない.本症例に関しては強膜肥厚が原因と推察されたため,まずは強膜弁下強膜切除術を第一選択とし,改善が得られない場合に硝子体手術を選択とした.強膜弁下強膜切除術により脈絡膜組織液の貯留が軽減されたことで,まず①脈絡膜上腔の圧が減少,それによって②網膜色素上皮バリア機能が改善し,蛋白成分の持続的な漏出が低下して網膜下液の蛋白濃度上昇が抑制,さらに③網膜色素上皮ポンプ機能が改善し,高濃度の蛋白成分に伴う網膜下への水分移動を,網膜色素上皮による網膜下液のくみ出しが上回り,網膜下液は希釈しながら徐々に吸収されたのではないかと推察した.その過程で,網膜下液の蛋白濃度が低下し滲出塊の融解が促進されたものと考えた.その結果,やや時間はかかったが網膜の復位と良好な視力回復が得られた.網膜.離が長期に及んでもuvealeffusionの視力予後は比較的良好といわれている.本症例でもほぼ2カ月間,網膜が.離していたにもかかわらず最終矯正視力は1.5であった.これは,座位においては下液の移動により黄斑部網膜が一時的に復位していたことで,黄斑部網膜の障害が最小限にとどまったためと考える.本症例は両眼に網膜下液中を移動する滲出塊を伴う特異なuvealeffusionであったが,強膜弁下強膜切除術が奏効し,(135)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010849滲出塊の吸収消失が得られた.しかし再発の報告もみられるため,今後も注意深い経過観察が必要であり,再発時には硝子体手術を考慮する必要もあると考える.文献1)SchepensCL,BrockhurstRJ:Uvealeffusion,I.Clinicalpicture.ArchOphthalmol70:189-201,19632)GassJDM,JallowS:Idiopathicseriousdetachmentofthechoroid,ciliarybodyandretina(uvealeffusionsyndrome).Ophthalmology89:1018-1032,19823)GassJDM:Uvealeffusionsyndrome:Anewhypothesisconcerningpathogenesisandtechniqueofsurgicaltreatment.Retina3:159-163,19834)JohnsonMW,GassJDM:Surgicalmanagementoftheidiopathicuvealeffusionsyndrome.Ophthalmology97:778-785,19905)BrockhurstRJ:Vortexveindecompressionfornanophthalmicuvealeffusion.ArchOphthalmol98:1987-1990,19806)田上伸子,宇山昌延,山田佳苗ほか:Uvealeffusion,強膜の組織学的所見.日眼会誌97:268-274,19937)高橋寛二:Uvealeffusionsyndromeの病態,診断と治療.臨眼53:119-127,19998)MarmorMF,YaoXY:Conditionsnecessaryfortheformationofserousdetachment.Experimentalevidencefromthecat.ArchOphthalmol112:830-838,19949)村口玲子,難波美江,蔭山誠ほか:硝子体手術が奏効したUvealEffusionの1例.あたらしい眼科17:897-900,200010)町田繁樹,林一彦,長谷川豊ほか:Bullousretinaldetachmentの脈絡膜病変とその外科的治療法.日眼会誌101:481-486,199711)佐藤智樹,平田憲,武藤知之ほか:強膜開窓術を施行したUvealEffusionの臨床経過.眼紀52:409-414,200112)東雅美,忍足和浩,三木大二郎ほか:Uvealeffusionを発症した小眼球強膜の組織学的検討.眼科手術15:399-402,200213)細田ひろみ,野田徹:真性小眼球に伴うuvealeffusionに対するマイトマイシンC併用強膜開窓術.臨眼56:613-616,200214)武蔵トゥリーン,加藤整,中川夏司ほか:真性小眼球を伴わないUvealEffusionに対する強膜開窓術前後の超音波生体顕微鏡(UBM)の検討.眼臨97:730-733,200315)京兼郁江,安藤文隆,笹野久美子ほか:特発性uvealeffusionに対する硝子体手術.臨眼53:1351-1353,199916)島智子,濱田潤,岡村展明ほか:硝子体手術により網膜復位を得たUvealEffusionの1例.眼臨94:1177-1181,200017)藤関義人,高橋寛二,山田晴彦ほか:硝子体手術を行ったnanophthalmosを伴うuvealeffusionsyndromeの2症例.臨眼55:787-791,200118)大喜多隆秀,恵美和幸,豊田恵理子ほか:特発性uvealeffusionsyndromeに対する硝子体手術の有効性.日眼会誌112:472-475,2008***

放射状角膜切開後の白内障に回折型多焦点眼内レンズを挿入した1例

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(125)839《原著》あたらしい眼科27(6):839.843,2010cはじめに回折型多焦点眼内レンズ(intraocularlens:IOL)は,欧米のみならずわが国でも良好な術後遠方および近方裸眼視力が報告され1.3),今後,今まで適応とされなかった症例にも挿入が検討されることが予想される.そのなかで,屈折矯正手術を受けた症例は,正確なIOL度数と術後コントラスト感度の低下,グレア,ハローといった視機能の面から,慎重に適応が判断される必要がある.すでに,laserinsitukeratomileusis(LASIK)後に回折型多焦点IOLを挿入した報告4),放射状角膜切開術(radialkeratotomy:RK)に単焦点IOLを挿入した報告5,6)はあるが,今回,老視経験のない年齢で,RK施行15年後に片眼のみ白内障による視力低下をきたし,回折型多焦点IOLを挿入し,1年の経過観察ができた症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕西村麻理子:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科Reprintrequests:MarikoNishimura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2-9-18Misaki-cho,Chiyoda-ku,Tokyo101-0061,JAPAN放射状角膜切開後の白内障に回折型多焦点眼内レンズを挿入した1例西村麻理子ビッセン宮島弘子吉野真未中村邦彦東京歯科大学水道橋病院眼科ACaseofCataractSurgerywithDiffractiveMultifocalIntraocularLensImplantationfollowingRadialKeratotomyMarikoNishimura,HirokoBissen-Miyajima,MamiYoshinoandKunihikoNakamuraDepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital症例は放射状角膜切開術(RK)後,片眼のみ白内障による視力低下をきたした43歳,男性,眼鏡依存度を減らすため多焦点眼内レンズ(IOL)挿入を希望し,回折型IOLを挿入,術後1年経過観察できたので術後経過を報告する.術前視力は右眼0.02(矯正不能),左眼1.2(矯正不能),右眼は水晶体混濁のため光干渉法で眼軸測定できず超音波法を用い,屈折力は屈折矯正手術後に推奨される方法で決定し,SRK/T式で度数計算した.白内障摘出後,回折型IOLは.内固定され,術後視力は翌日から1年まで遠方裸眼1.2,近方0.4と安定,角膜内皮細胞数の減少はなく,コントラスト感度は全周波数領域で正常範囲内だが左眼より低下していた.自覚的な視力の日内変動,夜間グレア,ハローはなく,眼鏡を必要とせず満足度は高かった.RKを含む屈折矯正手術後は,正確なIOL度数決定および視機能面で多焦点IOL挿入が危惧されているが,症例によって慎重な検討を行うことで適応拡大が可能と思われた.Wereporttheclinicalresultsfor1yearfollowingtheimplantationofamultifocalintraocularlens(IOL)ina43-year-oldmalewhohadpreviouslyreceivedradialkeratotomy.Weemployedbiometry,whichisrecommendedforeyesthathaveundergonerefractivesurgery.CataractsurgerywasperformedontherighteyeandadiffractivemultifocalIOLwasimplanted.Postoperativeuncorrectedvisualacuityimprovedfrom0.02to1.2fordistanceand0.4fornear,withnosignificantendothelialcelllossobservedforupto1year.Contrastsensitivitywaslowerthanthatofthefelloweye,butremainedwithinthenormalrange.Thepatientdidnotcomplainofglareornighthalos,andwasverysatisfiedwiththeoutcome.Inaneyethathasundergonerefractivesurgery,multifocalIOLimplantationisamatterofconcern;however,favorableresultscanbeobtainedifcareistakeninselectingthepatient.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(6):839.843,2010〕Keywords:回折型多焦点眼内レンズ,白内障,放射状角膜切開術,裸眼視力,コントラスト感度.diffractivemultifocalintraocularlens,cataract,radialkeratotomy,uncorrectedvisualacuity,contrastsensitivity.840あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(126)I症例患者:43歳,男性.主訴:右眼の視力障害.既往歴:15年前に,近視矯正目的で国内で両眼にRKを受けた.現病歴:1年前から右眼の視力低下を自覚し近医受診,白内障の診断を受けた.術後にできるだけ眼鏡装用したくない希望があり,多焦点IOL挿入の可能性につき,平成20年7月に当院を紹介された.初診時所見:視力は右眼0.02(矯正不能),左眼1.2(矯正不能),眼圧は両眼とも12mmHg,細隙灯顕微鏡検査にて,角膜に光学径3mm,角膜輪部近くまで12本のRKが両眼に施行されており,右眼水晶体は前.下と皮質混濁が主体で成熟白内障に近い状態であったが,左眼は透明であった.眼底検査は右眼が水晶体混濁のため透見できなかったが,超音波エコーにて網膜.離を示唆する所見はなく,左眼は正常であった.角膜内皮細胞密度数はノンコンロボ(コーナン社)にて右眼2,801個/mm2,左眼2,433個/mm2,角膜厚はオーブスキャンにて中央が右眼560μm,左眼559μmであった.経過:白内障手術適応のため,多焦点IOLに関して,屈折型と回折型の違い,RK後のためIOL度数ずれ,視力の日内変動,コントラスト感度低下,夜間グレア,ハローなどが起こりうることを説明し,職業はタクシー運転手だが,眼鏡依存度を減らすことを優先し,回折型多焦点IOL挿入を希望した.IOL度数決定は,眼軸長は光干渉法のIOLマスター(Zeiss社)で測定困難なため,Aモード(Alcon社)を用い27.81mmであった.角膜屈折力(K値)はオートケラトメータARK700A(NIDEK社)にて40.04D,角膜形状解析装置TMS4(TOMEY社)のリング3で39.29D,ハードコンタクトレンズ装用前後の屈折力から計算するハードコンタクトレンズ法7)で39.27Dであった.IOL度数計算はSRK/T式を用い,屈折矯正手術後に用いる角膜形状解析およびハードコンタクトレンズ法で得られたK値を用い,両者ともZM900(AMO社)の場合13.5Dとなり,この度数を選択した.白内障手術は,点眼麻酔下,RK切開の間で耳側やや下方の角膜2.0mm切開から行った.手術までに水晶体混濁が急速に進行し,成熟白内障となり水晶体が膨隆しているため,前.をトレパンブルーにて染色,ヒーロンRV(AMO社)で水晶体前面を十分に平坦にしてチストトームで前.切開を開始したが,水晶体穿刺と同時に一部前.に亀裂が入った.角膜内皮保護目的で,分散型と凝集型の粘弾性物質を用いたソ術後観察期間1日1週1カ月3カ月6カ月1年遠方視力裸眼1.21.21.21.01.01.2矯正1.51.21.21.21.21.5近方視力裸眼0.40.30.50.40.50.4遠方矯正下0.60.30.60.70.70.9矯正0.70.70.70.80.81.0012等価球面度数3(D)図1等価球面度数および視力の経時的変化ab図2術後細隙灯顕微鏡写真a:RK切開線,白内障に用いた耳側角膜切開(8時から9時の位置)が観察できる.b:眼内に挿入された多焦点IOLの回折リングが観察される.(127)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010841フトシェル法を用い,超音波乳化吸引術を行った.水晶体前.の亀裂はあるが,IOLの.内固定は問題ないので,切開創をRK切開線と交差しないよう注意しながら3.0mmに広げ,専用インジェクターでIOLを挿入した.術中,RK切開創の穿孔,離解はなく,角膜切開創の自己閉鎖が良好であったため,無縫合で手術を終了した.術後の屈折(等価球面度数)と遠方および近方視力の経時的変化を図1に示す.等価球面度数は術後3カ月まで遠視化傾向を認めたが,遠方裸眼視力は,術翌日から1年まで1.0以上で安定していた.近方裸眼視力は0.3から0.5で,術後1週以外,遠方矯正により向上していた.経過観察期間中,自覚的な視力の日内変動は認めなかった.術後細隙灯顕微鏡写真を図2に示す.角膜に焦点を合わせた図2aで角膜切開がRK切開の間となる8時から9時に観察され,IOL面に焦点を合わせた図2bで瞳孔領に回折リングが観察される.角膜形状解析では,術前と同様に,RKによると思われる中央の平担化が認められるが,切開創部分の変化はなかった(図3).CSV-1000(VectorVision社)によるコントラスト感度測定を術6カ月後に行い,右眼は白内障手術を受けていない左眼に比べ全周波数領域で低下していたが,正常範囲内であった(図4).グレア,ハローの訴えはなく,夜間もタクシーの運転を行っており,日常生活に問題はなく,術後の満足度は高かった.II考按わが国においてRKの症例数が限られているため,RK後の白内障手術については1例報告のみである5,6).近年,多焦点IOLが普及し,眼鏡依存度が減ることが報告されるなか,RKを受けた症例が白内障手術を受ける際,もともと眼鏡やコンタクトレンズ装用を好まないで屈折矯正手術を受けた背景から,多焦点IOLを希望する確率が高いことが予想される.本症例も,近医で多焦点IOLの説明を受けたところ興味をもち,当院を紹介され,いくつか起こりうる問題点を理解したうえで,眼鏡依存度を減らす多焦点IOLを選択した.RK後の白内障手術においては,エキシマレーザーを用いた屈折矯正手術同様,正確なIOL度数決定がむずかしいことと,術後に起こりうる視機能の問題を十分に理解してIOLの種類を検討すべきである.まず,IOL度数決定についてであるが,RK後に加え8,9),近年,エキシマレーザーが急速に普及したため,PRK(レーザー屈折矯正角膜切除術)やLASIK後に関する報告が増えている10,11).どの屈折矯正手術後においても共通している問題点は,通常,角膜の前後面の曲率半径比が一定とされているが,近視矯正後は角膜前面のみ中央が平坦化して曲率が変化している12).このため,一般に使用されているオートケラトメータの値をそのまま使ってIOL度数計算すると,術後図3術後の角膜形状解析中央にRKによると思われる平坦化(色の濃い部分)が認められる.耳側切開位置での変化はほとんど認められない.:右眼(術眼):左眼:両眼図4術6カ月後のコントラスト感度右眼(術眼),左眼とも全周波数領域で年齢の正常範囲内であるが,右眼のコントラスト感度はやや低下していた.842あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(128)予想外の遠視になる危険性がある.特に,術後良好な遠方のみならず近方裸眼視力を期待して,欧米では自費手術,わが国では先進医療で多焦点IOL挿入を希望した患者にとって,術後屈折がずれると,遠方のみでなく近方視力も落ちるため,高額な医療費を支払ったのに結果が期待はずれのため不満の原因となる.屈折矯正手術後のIOL度数計算は,屈折矯正手術を受ける前の角膜屈折力,屈折矯正度数があらかじめわかっている場合と,これらの情報がない場合によって種々の方法が紹介され,術後成績もさまざまである.筆者らの施設では,以前より屈折矯正手術後の単焦点IOL挿入に対し,コンタクトレンズ法を用い,術後に良好な成績が得られていることから,多焦点IOL挿入に対しても,同様の方法を用いた.近年,角膜形状解析のリング3の値,あるいは3mm径の平均値も推奨されており,これらの方法も導入して角膜屈折力を確認しているが,本症例では,コンタクトレンズ法と角膜形状解析のリング3で近似した値が得られた.IOL度数計算に関して,筆者らの施設では,単焦点および多焦点IOLともSRK/T法で安定した結果が得られていることと,屈折矯正手術後眼は長眼軸例が多いためSRK/T法が推奨されている13)2つの理由からSRK/Tを用いた.現在,屈折矯正手術後眼の角膜屈折力測定の研究が進んでいるが,将来,さらに精度の高いIOL度数決定が可能になると思われる.つぎに術式であるが,RK後の白内障手術において,RK切開の深さにもよるが,創の離解に注意すべきである.筆者らの施設ではRK後の単焦点IOL挿入,この症例後にも多焦点IOL挿入例を経験しているが,1例のみRK切開創が超音波乳化吸引術中に離解し縫合を要した例を経験している.強角膜切開を選択する方法もあるが,術者が慣れている角膜切開を用いる場合,RK切開と白内障の切開が交差しないよう注意すべきである.本症例では,2本のRKの間,すなわち8時から9時の位置で2mm切開を行い,IOL挿入時に3mmに切開創を注意深く広げ,創に圧力をかけないようにIOL挿入を行い,術中合併症はなかった.IOL挿入に必要な切開創が今後さらに小さくなることで,この問題は少なくなることが予想される.またRK後における白内障手術例の眼内炎の報告があり14),屈折矯正手術後は角膜形状が変化しているため,角膜切開を用いる場合,創閉鎖に何らかの疑問があれば,縫合すべきである.本症例では,縫合の準備もしておいたが,IOL挿入後に粘弾性物質を吸引除去し,灌流液を前房内に注入し,切開創からの漏れがなく十分に閉鎖していることが確認できたため無縫合とした.IOL挿入に関して,多焦点IOLでは計算された度数がずれないよう,水晶体.内固定が基本である.本症例は水晶体がかなり膨隆していたため,前.染色と粘弾性物質を十分用いて前.切開を開始したが,最初の穿孔部位から周辺に向かって亀裂が入った.水晶体核が比較的軟らかく,超音波乳化吸引が容易であったため,亀裂がさらに広がることなく水晶体摘出が可能であった.このため,IOLは予定どおり.内固定し,術終了時のセンタリングは良好であった.近年,超音波乳化吸引装置および手術手技の進歩で白内障手術中の破.が非常に少なくなっているが,IOLが水晶体.内固定できない状況,センタリングが困難な状況では,予定したIOLの挿入を断念し単焦点IOLに変更,あるいは日を改めて毛様溝用IOL挿入を検討すべきと思われる.術後視力について,裸眼視力は術翌日から1年後まで遠方は1.0以上,近方は術1週後を除き0.4以上と,眼鏡に依存しない視力として良好な結果で,自覚的にも,タクシーの運転手ということで領収書を見たり,日常生活の読書では問題なく,満足度が高かった.しかし,矯正に用いた等価球面度数は,術1週から6カ月まで遠視化傾向がみられ,遠方矯正下で近方視力がほぼ2段階向上していることから,今後,症例を増やし,長期の経時的変化を確認したうえで,この変化をIOL度数決定に反映すべきか検討することが望まれる.コントラスト感度は,両眼にRKを受けているが,低周波数から高周波数領域まで年齢の正常範囲内で良好な結果であった.しかし,自覚的に差はないものの,測定値では回折型IOL挿入眼のほうがやや低下していたことから,今後,RKに限らず,屈折矯正手術を受けた症例では,起こりうる可能性として十分に説明しておく必要があると思われる.グレア,ハローは,RKやPRK後15),さらに多焦点IOLそのものもグレア,ハローの原因となりうるため,本症例のように職業がタクシー運転手では,夜間運転時の対向車のライトが心配された.RKは光学径3mm,輪部近くまで12本切開されているが,RK後に夜間グレア,ハローは自覚していず,多焦点IOL挿入後に出現する可能性は説明したが,術後も同様に自覚していない.回折型は屈折型に比べグレア,ハローの出現は少ないが,RK後にグレアやハローを自覚している症例では増悪する可能性があることを考慮して,適応判断は慎重にすべきと思われる.角膜内皮細胞に関して,RK後の白内障手術で著明に減少した例があり5),本症例では,角膜内皮細胞への影響をできるだけ少なくするようソフトシェル法を用い注意深く行った.術後1年で減少傾向はなかったが,今後さらに経過観察を続ける予定である.RK後の単焦点IOL挿入ないしは屈折矯正手術後の多焦点IOL挿入の報告はあるが,RK後に多焦点IOLを挿入し,1年間経過観察された報告は,筆者らが調べた範囲ではなかった.わが国においてRKが積極的に施行されていなかったため,RK後の白内障例は少なく,かつ,多焦点IOL挿入となると,かなり症例が限定される.今回の症例は,術前に十分な説明を行い,術後の見え方への満足度は非常に高いが,術(129)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010843後屈折に遠視化が認められ,コントラスト感度が多焦点IOL挿入眼で低下していることから,今後,症例を増やし,長期の経過観察が必要と思われた.文献1)ビッセン宮島弘子,林研,平容子:シングルピースアクリソフapodized回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較.あたらしい眼科24:1099-1103,20072)HayashiK,ManabeS,HayashiH:Visualacuityfromfartonearandcontrastsensitivityineyeswithadiffractivemultifocalintraocularlenswithalowadditionpower.JCataractRefractSurg35:2070-2076,20093)YoshinoM,Bissen-MiyajimaH,OokiSetal:Two-yearfollow-upafterimplantationofdiffractiveasphericsiliconemultifocalintraocularlenses.ActaOphtalmologica,2010,AprilE-pub4)JoseFA,DavidMC,AranchaPL:Visualqualityafterdiffractiveintraocularlensimplantationineyesmyopiclaserinsitukeratomileusis.JCataractRefractSurg34:1848-1854,20085)塙本宰,川上勉,林大助:放射状角膜切開後の白内障手術の1例.眼科手術13:451-455,20076)須藤史子,赤羽信雄:放射状角膜切開後の超音波白内障手術の1例.IOL&RS12:160-164,19987)HofferKJ:Intraocularlenspowercalculationforeyesafterrefractivekeratotomy.JRefractSurg11:490-493,19958)ChenL,MannisMJ,SalzJJetal:Analysisfointraocularlenspowercalculationinpost-radialkeratotomyeyes.JCataractRefractSurg29:65-70,20039)AwwadST,DwarakanathanS,BowmanRWetal:Intraocularlenspowercalculationafterradialkeratotomy:Estimatingtherefractivecornealpower.JCataractRefractSurg33:1045-1050,200710)FeizV,MoshirfaM,MannisMJetal:Nomogram-basedintraocularlenspoweradjustmentaftermyopicphotorefractivekeratectomyandLASIK.Anewapproach.Ophthalmology112:1381-1387,200511)MackoolRJ,KoW,MackoolR:Intraocularlenspowercalculationafterlaserinsitukeratomileusis:theaphakicrefractiontechnique.JCataractRefractSurg32:435-437,200612)飯田嘉彦:屈折矯正手術後の白内障手術.IOL&RS22:39-44,200813)HofferKJ:IOLcalculationafterpriorrefractivesurgery.MasteringrefractiveIOLs(ChangDF),546-553,SLACK,Thorofare,NJ,200814)長野悦子,忍足和浩,平形明人:放射状角膜切開術施行眼に生じた白内障手術後眼内炎の1症例.眼臨101:902-904,200015)ChaithAA,DanielJ,StultingDetal:Contrastsensitivityandglaredisabilityafterradialkeratotomyandphotorefractivekeratectomy.ArchOphthalmol116:12-18,1998***

選択的レーザー線維柱帯形成術の治療成績

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(121)835《原著》あたらしい眼科27(6):835.838,2010cはじめに1979年にWiseらは,隅角全周の線維柱帯色素帯にアルゴンレーザーを照射するレーザー線維柱帯形成術(argonlasertrabeculoplasty:ALT)によって,眼圧下降が得られることを報告した1).しかし,その後の報告で術後,周辺虹彩前癒着(PAS)が生じたり,線維柱帯の器質的変化が生じ眼圧が上昇するなどの問題点が指摘された2,3).選択的レーザー線維柱帯形成術(selectivelasertrabeculoplasty:SLT)は線維柱帯の有色素細胞を選択的に破砕し,線維柱帯細胞を活性化して房水流出を改善し,眼圧を下降させる方法4)で,照射するエネルギーが少なく,反復照射可能で合併症も少ないことから薬物療法と観血的手術治療の中間の治療として期待されている5,6).SLTを全周照射した治療成績の文献は散見される7.12)が,観察期間が1.3カ月間と短期間のものが多く,国内では菅野らの報告10)の6カ月間が最長であるが,症例数が10例と少ない.そこで今回井上眼科病院においてSLTを施行し,3カ月間以上経過観察ができた39例47眼の治療成績をレトロスペクティブに検討した.〔別刷請求先〕菅原道孝:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3医療法人社団済安堂井上眼科病院Reprintrequests:MichitakaSugahara,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN選択的レーザー線維柱帯形成術の治療成績菅原道孝*1井上賢治*1若倉雅登*1富田剛司*2*1井上眼科病院*2東邦大学医療センター大橋病院EfficacyofSelectiveLaserTrabeculoplastyMichitakaSugahara1),KenjiInoue1),MasatoWakakura1)andGojiTomita2)1)InouyeEyeHospital,2)2ndDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine目的:当院における選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)の治療成績を検討した.対象および方法:2006年11月から2008年2月までにSLTが施行され,3カ月以上経過観察ができた39例47眼を対象とした.病型は原発開放隅角緑内障が33眼,落屑緑内障が12眼,続発緑内障が1眼,高眼圧症が1眼であった.平均年齢は68.3歳,平均経過観察期間は10.9カ月間,術前平均投薬数は3.7剤であった.結果:SLT術前の眼圧は22.1±5.6mmHg,術6カ月後の眼圧は17.2±4.6mmHgで,有意に下降した(p<0.0001).術6カ月後に3mmHg以上眼圧が下降したものは62.9%,同様に20%以上眼圧が下降したものは48.6%であった.重篤な副作用の出現はなかった.結論:SLTは安全で眼圧下降効果が強力で,短期的には有用性が高かったが長期に経過をみる必要がある.Purpose:Weinvestigatedtheeffectivenessofselectivelasertrabeculoplasty(SLT).Methods:FromNovember2006toFebruary2008,weinvestigated47eyesof39patientsinwhomSLTwasappliedto360degreesofthetrabecularmeshwork,withfollow-upformorethan3months.Theseriescomprised33eyeswithprimaryopen-angleglaucoma,12eyeswithexfoliationglaucoma,1eyewithsecondaryglaucomaand1eyewithocularhypertension.Results:Meanpatientagewas68.3yearsandmeanfollow-upperiodwas10.9months;theaveragenumberofanti-glaucomatouseyedropstakenbeforeSLTwas3.7.IOPdecreasedsignificantlyinalleyes,fromapreoperativemeanof22.1±5.6mmHgtoameanof17.2±4.6mmHgat6monthspostoperatively.After6months,IOPreduction≧3mmHgwasseenin62.9%ofeyes,andIOPreductionrate>20%wasseenin48.6%ofeyes.Noseriouscomplicationsoccurredinanyeyes.Conclusion:SLTisasafeandeffectivealternativeforreducingIOPforashorttime.Long-termoutcomesofSLTshouldalsobeevaluated.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(6):835.838,2010〕Keywords:選択的レーザー線維柱帯形成術,緑内障,レーザー治療.selectivelasertrabeculoplasty,glaucoma,lasertherapy.836あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(122)I対象および方法対象は39例47眼(男性20例24眼,女性19例23眼),年齢は68.3±10.5歳(平均±標準偏差)(40.86歳),観察期間は最低3カ月以上とし,10.9±4.7カ月(3.20カ月)であった.術前投薬数3.7±1.2剤で,内訳は点眼薬・内服未使用が2眼,1剤が1眼,2剤が2眼,3剤が13眼,4剤が17眼,5剤が12眼であった.異なる日に計測した連続する術前2回もしくは3回の眼圧の平均値は22.1±5.6mmHg(12.44mmHg)であった.手術既往は線維柱帯切除術が4眼,線維柱帯切開術が3眼,ALTが4眼,白内障手術が6眼であった.緑内障の病型分類は,原発開放隅角緑内障が33眼,落屑緑内障が12眼,ステロイド緑内障が1眼,高眼圧症が1眼であった.SLTの適応は点眼・内服治療を行っている,もしくは点眼・内服治療にアレルギーがあり使用できない患者で,視野障害の進行を認め,さらなる眼圧下降が必要な症例とした.患者にはインフォームド・コンセントをとり,文書にて同意を得た.SLTのレーザー装置は,ルミナス社製SelectduetRを使用した.照射条件は0.4mJより開始し,気泡が生じる最小エネルギーとした.全例隅角全周に照射した.術前眼圧と術1カ月後,3カ月後,6カ月後の眼圧を比較した(対応のあるt検定).レーザー照射後眼圧が3mmHg以上下降,または眼圧下降率が20%以上を有効例とした.また,眼圧下降率とSLTの治療成績に影響を与える因子(術前眼圧,術前投薬数,総照射エネルギー)とに相関があるか回帰分析で検討した.SLT後に投薬数を増加,緑内障観血的手術施行,SLTを再度施行,あるいは眼圧下降率10%未満が3回続いた場合を死亡と定義し,生存率を検討した.II結果1照射エネルギーは0.78±0.14mJ(0.4.1.0mJ),照射数は103.1±14.1発(75.135発),平均総エネルギーは80.5±17.2mJ(36.4.112mJ)であった.術後眼圧の推移を図1に示す.術前眼圧は22.1±5.6mmHgから1カ月後には18.7±6.5mmHg,3カ月後には16.6±3.1mmHg,6カ月後には17.2±4.6mmHgと眼圧は術前と比較し,どの時期においても有意に下降していた(p<0.0001,t検定).眼圧下降率の推移を図2に示す.眼圧下降率は1カ月後14.6±18.7%,3カ月後17.6±16.6%,6カ月後15.4±19.2%で差がなかった.SLT後の有効率を図3に示す.レーザー照射1カ月後に*:p<0.0001***051015202530術前眼圧(n=47)1カ月(n=47)3カ月(n=39)6カ月(n=35)眼圧(mmHg)観察期間図1術後平均眼圧の推移術前と比較し,どの時期においても眼圧は有意に下降していた.-10-505101520253035401カ月(n=47)3カ月(n=39)6カ月(n=35)眼圧下降率(%)経過観察期間図2眼圧下降率の推移010203040506070有効率(%)観察期間:3mmHg下降:20%下降55.364.162.942.653.848.61カ月(n=47)3カ月(n=39)6カ月(n=35)図3SLT後の有効率術前と比較し3mmHg以上下降したものは6カ月で62.9%,眼圧下降率20%以上のものは6カ月で48.6%であった.00.20.40.60.811.2術前n=47n=39n=39n=351カ月後2カ月後3カ月後6カ月後:累積生存率:発生例図4生存曲線Kaplan-Meier法による累積生存率は3カ月で0.83,6カ月で0.74であった.(123)あたらしい眼科Vol.27,No.6,20108373mmHg以上下降した症例は55.3%,3カ月後は64.1%,6カ月後は62.9%であった.下降率20%以上の症例は1カ月後42.6%,3カ月後は53.8%,6カ月後は48.6%であった.術前眼圧と眼圧下降率(r=0.045,p=0.77),術前投薬数と眼圧下降率(r=0.04,p=0.788),総照射エネルギー量と眼圧下降率(r=0.045,p=0.764)ともに,相関はなかった.SLT6カ月後の転帰は,薬物療法追加3眼,SLT追加が4眼,線維柱帯切除術施行が5眼,ニードリング施行が1眼であった.Kaplan-Meier法による累積生存率は3カ月後で0.83,6カ月後で0.74であった(図4).47眼中12眼でSLT後軽度の虹彩炎を認めたが,術1週間後には全例で消失しており,重篤な合併症はなかった.III考按ALTでは半周照射が一般的であったことからSLTも半周照射で当初は行われていた.最近は全周照射のほうが眼圧下降効果が高いこと10,11)から当院では全例全周照射を行っている.過去の報告からSLTを全周照射したものを抜粋し,眼数,観察期間,術前投薬数,術前眼圧,眼圧下降幅,眼圧下降率をまとめた7.12)(表1).海外の2報告7,8)は眼圧下降率が30%以上である.Lanzettaら7)は術前投薬2.1剤でSLTを全周に照射した6例8眼で6週間後に眼圧は平均10.6mmHg下降し,眼圧下降率は平均39.9%と報告した.Laiら8)は29例の中国人の術前点眼なしの症例で,同一症例の片眼にSLTの全周照射を施行し,僚眼にラタノプロストを使用した.眼圧はSLT眼で平均8.6mmHg下降し,眼圧下降率は平均32.1%で,僚眼との比較で有意差はなかった.これらの報告は,経過観察期間が短いが,SLT半周照射で長期経過をみたものにJuzychらの報告13)がある.術前投薬平均2.5剤でSLTを半周照射した41眼の成績をみたところ5年後の眼圧下降率は27.1%と報告した.人種差も眼圧下降効果に関与していると考えた.一方,国内の報告は成績がばらばらであるが,眼圧下降率は10%台後半から30%台が多い.最も眼圧下降率が低い田中らの報告9)では隅角半周照射33眼と全周照射34眼を比較している.術前投薬数は半周照射群は平均2.7剤,全周照射群は平均3.0剤であった.眼圧下降率は,半周照射群は平均16.1%,全周照射群は11.2%で両者に差はなかった.ただ術前平均眼圧が半周群17.4mmHg,全周群16.1mmHgで他の文献に比べ低いことも関与していると考え,術前眼圧18mmHg以上の症例で検討したところ両者に差はなかった.最も眼圧下降率が高い菅野らの報告10)では隅角半周照射10眼と全周照射10眼を比較している.術前投薬数は半周照射群は平均2.2剤,全周照射群は平均1.8剤であった.6カ月後の眼圧下降率は半周照射群は平均7.9%,全周照射群は31.9%であった.森藤らの報告11)では半周照射44眼と全周照射45眼を比較している.術前投薬数は半周照射群は平均2.5剤,全周照射群は平均2.3剤であった.1カ月後の眼圧下降率は半周照射群は平均10.9%,全周照射群は18.3%であった.眼圧下降率20%以上の症例は半周群18.2%,全周群40.0%と全周群が有意に多かった.Kaplan-Meier生存分析による1年生存率は半周群57.4%,全周群82.2%,2年生存率は半周群44.0%,全周群58.0%と全周群が高かった.山崎らの報告12)では全周照射した20眼の成績を検討している.術前投薬数は2.6剤で,眼圧下降率は平均15.1%であった.本報告でのSLTの眼圧下降率は15.4%と他の文献よりやや低いと思われるが,その理由として術前投薬数が3.7剤と多いため,眼圧下降効果が弱まったのではないかと考えた.実際術前投薬数と眼圧下降率に相関はなかったが,今後は術前投薬数が2剤もしくは3剤の段階でSLTを施行し眼圧の変動をみるとともに,SLTの有効性を推測する予測因子を検討する必要があると考えた.SLTは点眼・内服でコントロール不良の症例に行うことが多いと思うが,点眼で2剤もしくは3剤使用後でまだ眼圧コントロール不良例に使用する頻度が高い塩酸ブナゾシン点眼薬と今回の筆者らの症例とを比較検討してみた.花輪ら14)はプロスタグランジン関連薬およびb遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬の点眼を投与している緑内障患者39例59眼に塩酸ブナゾシン点眼薬を追加し,6カ月後の成績を検討した.塩酸ブナゾシン点眼24週後の平均眼圧下降値は4.3mmHgで有意(p<0.01)に眼圧下降を示した.全体の約70%の症例で眼圧下降を認めた.岩切ら15)はプロスタグランジン関連薬,b遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬を点眼している原発開放隅角緑内障25眼に塩酸ブナゾシン点眼薬を追加投与したところ12週後で平均2.0mmHgと有意に眼圧が下降し,また治療前眼圧に比し,2mmHg以上下降した割合は12週後で塩酸ブナゾシン点眼薬投与群は60%であった.徳田ら16)は原発開放隅角緑内障患者で点眼中の患者に塩酸ブナゾシン点眼薬追加投与による眼圧下降効果を検討しており,3剤併表1SLT全周照射の成績著者眼数観察期間(月)術前投薬数術前眼圧(mmHg)眼圧下降幅(mmHg)眼圧下降率(%)Lanzettaら7)81.52.126.610.638.0Laiら8)2960026.88.632.1田中ら9)3413.016.11.911.2菅野ら10)1061.822.67.631.9森藤ら11)4512.319.13.718.3山崎ら12)2032.621.23.215.1本報告4763.722.13.415.4838あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(124)用症例は平均約0.8mmHgの下降にとどまった.館野ら17)は塩酸ブナゾシン点眼薬を併用した緑内障患者の併用薬剤数と眼圧下降効果について検討したところ,点眼開始6カ月後の眼圧下降率は併用前3剤使用の患者で7.8%であった.以上の結果よりSLTは塩酸ブナゾシン点眼薬に比し,多剤併用時は同等もしくはそれ以上の眼圧下降を有するものと考えた.また,SLTの合併症は軽度の虹彩炎以外認めなかった.森藤らは2眼に一過性眼圧上昇,1眼に隅角出血がみられたが虹彩前癒着などの器質的な変化を生じたものは認めなかった.他の文献でも軽度の虹彩炎,軽微な眼圧上昇は認めたが,重篤な合併症はなかったことから,SLTは薬物治療で十分な眼圧下降が得られない症例に対し,観血的治療の前段階の治療として効果も安全性も期待できる治療と考えた.今回SLTを全周照射した47眼について治療成績を検討した.術前の眼圧は22.1±5.6mmHgで,術後6カ月で17.2±4.6mmHgと有意に眼圧は下降していた.また,術6カ月後に3mmHg以上眼圧が下降した症例は62.9%,同様に20%以上眼圧が下降した症例は48.6%であった.経過中重篤な副作用の発現もみられなかった.SLTは安全で眼圧下降効果が強力であり,6カ月間という短期的には有用性が高かったが,今後はさらに長期に経過をみる必要がある.文献1)WiseJB,WitterSL:Argonlasertherapyforopen-angleglaucoma:Apilotstudy.ArchOphthalmol97:319-322,19792)HoskinsHDJr,HetheringtonJJr,MincklerDSetal:Complicationsoflasertrabeculoplasty.Ophthalmology90:796-799,19833)LeveneR:Majorearlycomplicationsoflasertrabeculoplasty.OphthalmicSurg14:947-953,19834)LatinaMA,ParkC:Selectivetargetingoflasermeshworkcells:invitrostudiesofpulsedandCWlaserinteractions.ExpEyeRes60:359-371,19955)KramerTR,NoeckerRJ:Comparisonofthemorphologicchangesafterselectivelasertrabeculoplastyandargonlasertrabeculoplastyinhumaneyebankeyes.Ophthalmology108:773-779,20016)LatinaMA,SibayanSA,ShinDHetal:Q-switched532-nmNd:YAGlasertrabeculoplasty(selectivelasertrabeculoplasty):amulticenter,pilot,clinicalstudy.Ophthalmology105:2082-2088,19987)LanzettaP,MenchiniU,VirgiliG:Immediateintraocularpressureresponsetoselectivelasertrabeculoplasty.BrJOphthalmol83:29-32,19998)LaiJS,ChuaJK,ThamCCetal:Five-yearfollowupofselectivelasertrabeculoplastyinChineseeyes.ClinExpOphthalmol32:368-372,20049)田中祥恵,今野伸介,大黒浩:選択的レーザー線維柱帯形成術における180°照射と360°照射の比較.あたらしい眼科24:527-530,200710)菅野誠,永沢倫,鈴木理郎ほか:照射範囲の違いによる選択的レーザー線維柱帯形成術の術後成績.臨眼61:1033-1037,200711)森藤寛子,狩野廉,桑山泰明ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の照射範囲による治療成績の違い.眼臨紀1:573-577,200812)山崎裕子,三木篤也,大鳥安正ほか:大阪大学眼科における選択的レーザー線維柱帯形成術の成績.眼紀58:493-498,200713)JuzychMS,ChopraV,BanittMRetal:Comparisonoflong-termoutcomesofselectivelasertrabeculoplastyversusargonlasertrabeculoplastyinopen-angleglaucoma.Ophthalmology111:1853-1859,200414)花輪宏美,佐藤由紀,末野利治ほか:抗緑内障点眼薬多剤併用患者に対する塩酸ブナゾシン点眼薬の効果.あたらしい眼科22:525-528,200515)岩切亮,小林博,小林かおりほか:多剤併用におけるブナゾシンのラタノプロストへの併用効果.臨眼58:359-362,200416)徳田直人,井上順,青山裕美子:塩酸ブナゾシンの降圧効果と角膜に及ぼす影響.PharmaMedica22:129-134,200417)館野泰,柏木賢治:塩酸ブナゾシン点眼薬の併用眼圧下降効果.あたらしい眼科25:99-101,2008***

視野検査後に確認された両眼同時発症の急性原発閉塞隅角緑内障の1例

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(117)831《原著》あたらしい眼科27(6):831.834,2010cはじめに東洋人における慢性閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)の発症は,相対的瞳孔ブロック,プラトー虹彩形状,水晶体因子,虹彩水晶体隔膜の前進と隅角閉塞など,眼球内部の構造的な問題が複雑に関与して発症すると考えられている1,2).また急性原発閉塞隅角症(acuteprimaryangle-closure:APAC)あるいは急性原発閉塞隅角緑内障(acuteprimaryangleclosure-glaucoma:APACG)〔以下両者を合わせてAPAC(G)と略す〕は,さらに何らかの要因が加わり急速に眼圧が上昇した状態である.原発である以上明らかな誘因がないことが条件となり,薬物や疾患などが眼圧上昇の候補と考えられる続発の場合3.8)とは区別される.しかしながら実際に何らかの誘因があるにもかかわらず,それが何であるか明らかでない症例をAPAC(G)と診断される場合もあると考えられ,原発であるか続発であるかの境界線は不明瞭である.今回筆者らは,視野検査後に両眼同時に発症していることが確認されたAPAC(G)を経験した.筆者らの知る限りにおいては「視野検査が誘因となり続発的に急性閉塞隅角緑内障が発症した」とする報告がないことなどから,視野検査を唯一の誘因と断定することはむずかしく,本症を基本的には原発のAPAC(G)としながらも,視野検査が要因の一つになった可能性のある症例として報告〔別刷請求先〕西野和明:〒062-0020札幌市豊平区月寒中央通10-4-1医療法人社団ひとみ会回明堂眼科・歯科Reprintrequests:KazuakiNishino,M.D.,KaimeidohOphthalmic&DentalClinic,10-4-1Tsukisamuchu-o-dori,Toyohira-ku,Sapporo062-0020,JAPAN視野検査後に確認された両眼同時発症の急性原発閉塞隅角緑内障の1例西野和明吉田富士子新田朱里齋藤三恵子齋藤一宇医療法人社団ひとみ会回明堂眼科・歯科ACaseofSimultaneousBilateralAcutePrimaryAngle-ClosureGlaucomaafterVisualFieldTestKazuakiNishino,FujikoYoshida,AkariNitta,MiekoSaitoandKazuuchiSaitoKaimeidohOphthalmic&DentalClinic目的:視野検査後に両眼同時に発症していたことが確認された急性原発閉塞隅角緑内障の1例を報告する.症例および所見:67歳,女性.右眼の視野検査(Humphrey30-2)の後,眼圧が右眼44mmHg,左眼42mmHgと上昇.頭痛や吐き気などの自覚症状や充血,角膜浮腫などの細隙灯顕微鏡検査所見がみられなかったものの,周辺前房がvanHerick1/4以下と極端に狭かったため,両眼同時に発症した急性原発閉塞隅角緑内障と診断.同日虹彩レーザー切開術を施行.翌日には眼圧が右眼23mmHg,左眼17mmHgと安定した.結論:眼圧が高く隅角が閉塞している症例では,視野検査後に眼圧を再検する必要がある.Purpose:Toreportacaseofsimultaneousbilateralacuteprimaryangle-closureglaucomaaftervisualfieldtest.CaseandFindings:Ina67-year-oldfemale,intraocularpressure(IOP)inbotheyeselevatedafterHumphrey30-2visualfieldtestingoftherighteye;therightIOPwas44mmHgandtheleftwas42mmHg.Wediagnosedtheimmediateoccurrenceofsimultaneousbilateralacuteprimaryangle-closureglaucoma.Laseriridotomywaspromptlyperformedonbotheyes.Thenextday,bothIOPswerestable,at23mmHgintherighteyeand17mmHginthelefteye.Conclusion:AttentionmustbepaidtoIOPaftervisualfieldtestingincasesofangleclosurewithhighIOP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(6):831.834,2010〕Keywords:視野検査,誘発要因,両眼同時発症,急性原発閉塞隅角緑内障.visualfieldtest,inducingfactor,simultaneousbilateral,acuteprimaryangle-closureglaucoma.832あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(118)する.I症例患者:67歳,女性.初診日:2003年2月21日.主訴:健康診断にて緑内障を指摘されたため,精査を希望.既往歴:2003年1月6日健康診断にて上部消化管内視鏡検査を受けた.その際前処置として臭化ブチルスコポラミン(ブスコパンR)20mgが筋注された.家族歴:特記すべきことはなし.初診時所見:視力は右眼=0.6(0.8×+0.75D(cyl.0.5DAx20°),左眼=0.6(0.7×+0.5D(cyl.0.5DAx20°).細隙灯顕微鏡検査では周辺前房がvanHerick1/4以下とかなり狭く,眼圧は非接触型の眼圧計で3回測定し平均が右眼28.7mmHg,左眼22.3mmHgであった.未散瞳ながら右眼C/D(陥凹乳頭)比0.9,左眼C/D比0.8と視神経乳頭陥凹が大きく,さらに右眼の耳上側の網膜神経線維欠損を認めたため,すぐに右眼のみの視野検査(Humphrey30-2)を行った(図1a).検査後に患者は眼痛,頭痛や吐き気などの自覚症状はなかったものの,視野検査時に記録された瞳孔径が6.6mmと中等度に散大していたことや,検査前に眼圧が高く浅前房であったことなどから,念のためGoldmannの圧平眼圧計で眼圧測定したところ,右眼44mmHg,左眼42mmHgと上昇していた.さらに同時刻に非接触型の眼圧計でも3回測定し平均が右眼48.0mmHg,左眼42.3mmHgと上昇していた.細隙灯顕微鏡では,周辺前房深度がほとんどvanHerick0/4と視野検査前より狭くなっていたことから,結膜充血,角膜浮腫などはみられなかったものの,発症して間もない両眼のAPAC(G)〔右眼はAPACG,左眼はAPAC〕と診断し,同日両眼にレーザー虹彩切開術を施行した.隅角検査では,両眼ともにSchlemm管レベルまでの周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechiae:PAS)が約50%みられた.翌日には眼圧が右眼23mmHg,左眼17mmHgと安定し,翌日以降は2%ピロカルピンを使用しながら眼圧が両眼とも20mmHg以下で推移した.2003年2月21日に左眼の視野検査(Humphrey30-2)を行った(図1b).経過:APAC(G)の発症から約1年後,点眼をラタノプロスト1剤に切り替え,眼圧は両眼ともに11.17mmHgと安定して推移したが,白内障の進行により視力が右眼=0.3(0.6×.1.0D(cyl.0.75DAx40°),左眼=0.4(0.6×.1.5D(cyl.1.0DAx20°)と低下し,しかもやや近視化したため,2006年10月25日に左眼,10月31日に右眼の超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を施行した.術前の眼圧はラタノプロスト単剤の使用で右眼15mmHg,左眼13mmHgと安定,角膜内皮細胞密度(TOPCONスペキュラーマイクロスコープSP-3000P)は右眼2,906/mm2,左眼3,103/mm2と手術を施行するには十分であった.ちなみに同時に測定した角膜厚は右眼0.476mm,左眼0.486mmで図1a初診日2003年2月21日に行った右眼の視野検査(Humphrey30-2)検査のため暗室にいた時間は約15分.検査中は吐き気や頭痛などの自覚症状はなく,特に問題なく検査を終了したが,検査中の瞳孔径は6.6mmと中等散大していた.上下ともに鼻側に穿破する視野欠損が認められ,検査終了の時点では進行したPACGと診断したが,検査ののち右眼の眼圧が44mmHg,左眼の眼圧が42mmHgと上昇していることが確認されたため右眼の診断をAPAC(G)に変更した.図1b2003年2月28日に行った左眼の視野検査(Humphrey30-2)鼻側などに孤立暗点が認められるが,視神経乳頭には緑内障による変化がはっきりせず,暗点は緑内障によるものと判断せず,発作当日の診断をAPACとした.この検査の7日前にはすでにレーザー虹彩切開術が施行されており(2003年2月21日),さらに2%ピロカルピンを使用しながら眼圧は両眼ともに20mmHg以下に落ちついている.(119)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010833あった.眼軸長角膜厚測定装置(TOMEY,AL-1000)による測定で,眼軸長(角膜厚を含む)は右眼23.03mm,左眼23.25mm,中心前房深度(角膜厚を含む)は右眼2.38mm,左眼2.23mm,水晶体厚は右眼5.41mm,左眼5.44mmであった.手術は前房深度が浅いことやZinn小体が弱いなどの難点はあったものの,大きな問題もなく終了した.最終診察日である2009年11月27日現在の視力は,右眼=0.4(1.0×.0.5D(cyl.0.5DAx165°),左眼=0.8(1.0×.0.25D(cyl.0.75DAx180°)と良好,眼圧はラタノプロスト単剤の使用で右眼16mmHg,左眼15mmHgと安定,角膜内皮細胞密度は右眼2,811/mm2,左眼2,909/mm2と減少がみられない.視神経乳頭所見(図2a,b)や,視野欠損も7年間でほとんど進行がみられない(図3a,b).II考按原発閉塞隅角症(primaryangle-closure:PAC)あるいは原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)の背景となる危険因子としては,女性,高齢者,東アジアなどの民族,浅前房,短い眼軸長,遺伝などがあげられる2).眼球内部の問題としては相対的瞳孔ブロック,プラトー虹彩形状,水晶体因子,虹彩水晶体隔膜の前進と隅角閉塞などがあげられ,それらのメカニズムが複雑に関与し発症すると考えられている1).本症は遺伝を除けば,その他の危図2a2009年2月27日に行った左眼の視野検査(Humphrey30-2)図1bにみられた孤立暗点はみられず,6年間の経過で悪化は認められない.図2b2009年9月4日に行った右眼の視野検査(Humphrey30-2)初診時と比較し大きな変化は認められない.図3b2009年11月27日の左眼の眼底写真C/D比は約0.8で上方のrim幅は下方に比べ狭いが,耳側のrim幅は十分である.経過中,視神経乳頭出血は認められなかった.図3a2009年11月27日の右眼の眼底写真C/D比は約0.9で上下のrim幅は狭い.経過中,視神経乳頭出血は認められなかった.834あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(120)険因子をすべて有し,レーザー虹彩切開術が奏効したことから相対的瞳孔ブロックのメカニズム,さらに白内障手術により眼圧が安定したことから虹彩水晶体隔膜の前進と隅角閉塞のメカニズムも有していたと考えられる.さらにAPAC(G)はPACあるいはPACGの危険因子やメカニズムのほか,何らかの要因が加わり発症すると考えられ,本症の場合も45日前に内視鏡検査が施行され,その前処置として臭化ブチルスコポラミンが使用されていたことから,この薬剤の抗コリン作用が,PACGとして緩やかに進行してきた本症を急性化させる要因の一つになったと考えられる.実際初診日にはすでに細隙灯顕微鏡検査で周辺前房がvanHerick1/4以下と極端に狭く,両眼の眼圧が25mmHg前後と上昇がみられ,さらに視野検査のあと周辺前房深度はvanHerick0/4と狭くなり,瞳孔は中等度に散大し,眼圧は45mmHg近くまで上昇したことから,本症を視野検査が最終的な誘因になったAPAC(G)と診断して問題ないと思われる.筆者らの知る限りにおいて「視野検査がAPAC(G)の発症要因になった」とする報告はないが,「開放隅角緑内障の患者に対して視野検査を行った直後に有意な眼圧上昇がみられた」とする報告はある9).その報告によれば緑内障眼の約半数で視野検査直後に2mmHg以上,平均で5.5mmHgの眼圧上昇がみられたが,健常者ではそのような眼圧変動はみられなかったという.その眼圧変動のメカニズムは不明であるが,緑内障患者にとって視野検査が何らかの眼圧上昇の要因になる可能性があることを示唆する興味深い報告である.一方,閉塞隅角緑内障に対する同様の研究報告はあまりみられないが,眼圧上昇の誘発試験としては,暗室試験,(暗室)うつむき試験,散瞳試験が知られている.ちなみに暗室試験は患者が眠らないように注意をしながら,60.90分間暗室にいて眼圧上昇を確認するもので,8mmHg以上の上昇をもって陽性としている10).本症では患者が視野検査のため暗室の中にいた時間は約15分間(視野検査自体は12分58秒)と暗室検査に比べれば短時間ではあったものの,視野検査は緊張を強いられるものであり,交感神経が優位な状態であったと考えられることから,結果的に視野検査は短時間ながら暗室試験と同等な誘発試験になり,APAC(G)をひき起こしたのではないかと考えている.本症ではたまたま初診時に眼底検査より視野検査を優先したが,もし仮にこの患者に通常どおり散瞳して眼底検査をしていたら,やはり同様に急性緑内障発作を発症していたであろう.むしろその場合,縮瞳処置や眼圧対策がより困難になっていたと考えられる.ちなみに当院で経過観察中のAPAC(G)は63例75眼で11),ほとんどの症例で誘因は明らかではないが,本症のように少数ながら最終的な誘因の候補がある.具体的には視野検査が本症を含めると2例3眼,白内障手術前の散瞳処置が1例1眼,また統合失調症の薬物治療が1例2眼である.いずれにしても本症は7年間という長期の経過にもかかわらず,視力,眼圧が良好なうえ,角膜内皮細胞密度の減少や視野の悪化が認められないなど,発症して間もない時期に適正な初期処置を行うことがいかに重要であるかを改めて痛感する症例であった.APAC(G)の発症直後あるいは発症しつつあるときの眼症状は本症のように眼痛,視力低下などの自覚症状が乏しく,充血,角膜浮腫などの客観的な所見も乏しいと考えられる.患者の帰宅後に眼圧がさらに上昇し,自覚症状を伴うAPAC(G)へと悪化するのを避ける意味でも,とりわけ初診時に眼圧が高い閉塞隅角の症例では,眼底検査後はもちろんのこと視野検査後にも眼圧測定を行うことが望ましいと考えた.内科的なコメントを下さった北海道社会保険病院の定岡邦昌先生に深謝いたします.文献1)WangN,WuH,FanZ:PrimaryangleclosureglaucomainChineseandWesternpopulations.ChiMedJ115:1706-1715,20022)AmerasingheN,AungT:Angle-closure:riskfactors,diagnosisandtreatment.ProgBrainRes173:31-45,20083)SbeityZ,GvozdyukN,AmdeWetal:Argonlaserperipheraliridoplastyfortopiramate-inducedbilateralacuteangleclosure.JGlaucoma18:269-271,20094)ZaltaAH,SmithRT.:Peripheraliridoplastyefficacyinrefractorytopiramate-associatedbilateralacuteangle-closureglaucoma.ArchOphthalmol126:1603-1605,20085)MohammedZS,SimiZU,TariqSMetal:Bilateralacuteangleclosureglaucomaina50yearoldfemaleafteroraladministrationofflavoxate.BrJClinPharmacol66:726-727,20086)PandyVA,RheeDJ:Reviewofsulfonamide-inducedacutemyopiaandacutebilateralangle-closureglaucoma.ComprOphthalmolUpdate8:271-276,20077)CerutiP,MorbioR,MarraffaMetal:Simultaneousbilateralacuteangle-closureglaucomainapatientwithsubarachnoidhemorrhage.JGlaucoma17:62-66,20088)KumarRS,GriggJ,FarinelliAC:Ecstacyinducedacutebilateralangleclosureandtransientmyopia.BrJOphthalmol91:693-695,20079)RecuperoSM,ContestabileMT,TavernitiLetal:Openangleglaucoma:variationsintheintraocularpressureaftervisualfieldexamination.JGlaucoma12:114-118,200310)栗本康夫:誘発試験の有用性.眼科プラクティス11,緑内障診療の進め方.p138-139,文光堂,200611)西野和明,吉田富士子,新田朱里ほか:急性原発閉塞隅角症または急性原発閉塞隅角緑内障の両眼同時発症例と片眼発症例の比較.臨眼64,2010,印刷中

正常眼圧緑内障に対するラタノプロストからタフルプロストへの切り替え効果

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(113)827《原著》あたらしい眼科27(6):827.830,2010cはじめに正常眼圧緑内障(NTG)の治療方法については,CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudy(CNTGS)1,2)の大規模臨床試験結果によっても眼圧下降が有効であると報告されている.日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン3)においても,原発開放隅角緑内障と同様に眼圧下降がエビデンスに基〔別刷請求先〕湖.淳:〒545-0021大阪市阿倍野区阪南町1-51-10湖崎眼科Reprintrequests:JunKozaki,M.D.,KozakiEyeClinic,1-51-10Hannan-cho,Abeno-ku,OsakaCity545-0021,JAPAN正常眼圧緑内障に対するラタノプロストからタフルプロストへの切り替え効果湖.淳*1鵜木一彦*2安達京*3稲本裕一*4岩崎直樹*5尾上晋吾*6杉浦寅男*7平山容子*8大谷伸一郎*9宮田和典*9*1湖崎眼科*2うのき眼科*3アイ・ローズクリニック*4稲本眼科医院*5イワサキ眼科医院*6尾上眼科*7杉浦眼科*8平山眼科*9宮田眼科病院EfficacyofSwitchingfromLatanoprosttoTafluprostinPatientswithNormal-TensionGlaucomaJunKozaki1),KazuhikoUnoki2),MisatoAdachi3),YuichiInamoto4),NaokiIwasaki5),ShingoOnoue6),ToraoSugiura7),YokoHirayama8),ShinichiroOhtani9)andKazunoriMiyata9)1)KozakiEyeClinic,2)UnokiEyeClinic,3)EyeroseClinic,4)InamotoEyeClinic,5)IwasakiEyeClinic,6)OnoueEyeClinic,7)SugiuraEyeClinic,8)HirayamaEyeClinic,9)MiyataEyeHospital目的:正常眼圧緑内障(NTG)眼における,ラタノプロスト(LAT)点眼からタフルプロスト(TAF)点眼への変更による効果を検討する.対象および方法:対象は,9施設においてLAT単剤点眼治療で3カ月以上眼圧が安定していたNTG眼で,TAFに変更し3カ月間経過観察できた101例である.眼圧,点状表層角膜症(SPK)の程度を,変更前と,変更後1,3カ月で比較した.検討は1症例1眼に対して行った.結果:眼圧は,変更前14.7±2.6mmHgから,1カ月14.2±2.5mmHg(p=0.003),3カ月14.0±2.6mmHg(p<0.001)と有意に下降した.変更時16mmHg以上の症例では17.5±1.6mmHgから,1カ月16.4±1.8mmHg,3カ月16.0±2.3mmHgと有意に眼圧下降効果がみられた(p<0.001).SPKの程度は,A1D1は,34眼から,1,3カ月で25眼,18眼に減少した.A1D1を超える症例数はほぼ変化はなかった.結論:正常眼圧緑内障において,LATからTAFへの変更により眼圧下降効果は維持し,角膜障害は減少した.Purpose:Toassesstheefficacyofswitchingfromlatanoprosttotafluprostinpatientswithnormal-tensionglaucoma(NTG).SubjectsandMethods:Thisstudy,conductedat9affiliates,comprised101NTGpatientswhohadhadstableintraocularpressure(IOP)forover3monthswithlatanoprostmonotherapy,andwerethenswitchedtotafluprost.WeinvestigatedtheeffectonIOPandcorneaat3monthsaftertheswitch.Results:MeanIOPbeforeswitching(14.7±2.6mmHg)wassignificantlyreducedto14.0±2.6mmHgat3monthsafterswitching(p<0.001).InpatientswithIOP≧16mmHgbeforeswitching,themeanIOP(17.5±1.6mmHg)wassignificantlyreducedto16.0±2.3mmHgat3monthsafterswitching(p<0.001).Beforeswitching,therewere34patientswithA1D1superficialpunctuatekeratopathy(SPK)scores;thisnumberhaddecreased18patientsat3monthsafterswitching.TherewasnochangeinthenumberofpatientswithSPKscoreshigherthanA1D1.Conclusion:TafluprostmaintainedtheefficacyoflatanoprostandimprovedSPKinNTG.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(6):827.830,2010〕Keywords:正常眼圧緑内障,ラタノプロスト,タフルプロスト,単剤点眼治療,点状表層角膜症.normal-tensionglaucoma,latanoprost,tafluprost,monotherapy,superficialpunctuatekeratopathy.828あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(114)づいた唯一の治療法であると推奨されている.NTGを含む緑内障治療薬としては,現在,プロスタグランジン(PG)関連薬が第一選択薬として使用されることが多い.タフルプロスト点眼液(タプロスR点眼液0.0015%)(以下TAF)は,2008年に発売された新しいPG関連薬,タフルプロストを有効成分とした眼圧下降点眼薬である4).タフルプロストのプロスタノイドFP受容体親和性は,同じPGF2a誘導体であるラタノプロスト点眼液(キサラタンR点眼液)(以下LAT)より約12倍高いことが確認されている5).また,TAFは,原発開放隅角緑内障および高眼圧症を対象としたLATとの第III相比較試験6)において,眼圧下降効果と安全性がLATと同等であることが確認された.しかし,NTGに対するLATとTAFの眼圧下降効果の比較に関する報告はない.今回,筆者らは,LATによる単剤治療を3カ月以上継続しているNTGに対し,TAFに変更し眼圧下降効果を検討したので報告する.I対象および方法1.対象参加9施設で通院中の,眼圧変動がおおむね2mmHg以内と眼圧が安定しているNTG患者で,3カ月以上LATを単剤で投与されている101例(年齢64.4±13.5歳),男性42例,女性59例を対象とした.評価対象眼は,両眼点眼の場合,TAFに変更時の眼圧の高いほうの眼とし,同じ場合は右眼を対象とした.本試験はヘルシンキ宣言の趣旨に則り,共同設置の倫理委員会の承認を得,患者から文書による同意を取得したうえで実施した.2.方法エントリー時にLATをTAFに変更し,変更前および変更1カ月後,3カ月後に,視力検査と眼圧測定を行い,角結膜所見を観察した.眼圧は,Goldmann圧平眼圧計により同一被検者に対して同一検者が測定した.角膜所見は,フルオレセイン染色による点状表層角膜症(SPK)をAD分類7)を用いて評価した.結膜所見は,日本眼科学会アレルギー性結膜炎ガイドライン8)に準じ,眼球結膜充血を,正常範囲,軽度,中等度,重度の4段階で評価した.また,変更後3カ月時に患者アンケート調査を行った.注し心地に関しては,刺激感,ゴロゴロ感,掻痒感,霧視,乾燥感,充血を,使いやすさに関しては,保存性,持ちやすさ,点眼しやすさ,開封しやすさ,デザイン性を,変更前の点眼液と比較して質問した.II結果眼圧は,変更前14.7±2.6mmHgに対し,変更1カ月後14.2±2.5mmHg,3カ月後14.0±2.6mmHg,と有意に眼圧が下降した(いずれもp<0.005,対応のあるt検定).変更時眼圧を15mmHg以下(65例)と16mmHg以上(36例)に分けても集計した.その結果,変更前15mmHg以下では,変更前13.2±1.5mmHgに対し,変更1カ月後12.9±1.9mmHg,3カ月後12.9±2.2mmHgとTAF点眼液への変更によって眼圧はほとんど変わらなかった.一方,変更前16mmHg以上では,変更前17.5±1.6mmHgに対し,変更1カ月後16.4±1.8mmHg,3カ月後16.0±2.3mmHgと有p=0.003a:全体での眼圧変化(n=101)眼圧(mmHg)1816141210p<0.001変更前~3カ月後の眼圧変化10(10%)59(58%)32(32%)2mmHg以上上昇±2mmHg未満2mmHg以上下降b:変更時16mmHg以上症例の眼圧変化(n=36)眼圧(mmHg)2018161412p<0.001p<0.001変更前~3カ月後の眼圧変化1(3%)18(50%)17(47%)2mmHg以上上昇±2mmHg未満2mmHg以上下降NS変更前1カ月後3カ月後NS例数(%)眼圧(mmHg)161412108変更前~3カ月後の眼圧変化9(14%)41(63%)15(23%)2mmHg以上上昇±2mmHg未満2mmHg以上下降c:変更時15mmHg以下症例の眼圧変化(n=65)図1点眼変更前後の眼圧変化(115)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010829意に下降した(いずれもp<0.005,対応のあるt検定).また,変更前から変更3カ月後への眼圧変化値を,2mmHg以上上昇,±2mmHg未満,2mmHg以上下降の3つに分類し,症例全体,変更時16mmHg以上の症例および変更時15mmHg以下の症例について集計した.その結果,症例全体と変更時15mmHg以下の症例では,2mmHg以上上昇が各々10,14%,±2mmHg未満が各々58,63%,2mmHg以上下降が各々23,32%とほぼ同様の割合であったが,変更前16mmHg以上の症例では,それぞれ3%,50%,47%と眼圧下降の割合が高かった(図1).結膜充血は,変更前:軽度5例,5.0%であった.変更後は1カ月:軽度6例,5.9%,3カ月:軽度7例,6.9%であり,変化はなかった(表1).SPKは,変更前にA1D1:34例,A1D2:1例,A2D1:2例と36.6%にみられた.変更後には,1カ月にA1D1:25例,A1D2:3例と27.7%にみられた.3カ月にはA1D1:18例,A1D2:1例,A2D1:1例,A3D2:1例と20.8%にみられた(表2).結膜充血およびSPKで問題となる所見は認められず,これら副作用による中止例はなかった.使用感アンケートについて,注し心地は,刺激感,ゴロゴロ感,掻痒感,霧視,乾燥感,充血の項目に関する質問の結果,LATに比べTAFが良い事例もみられるが,大きな違いはなかった.使いやすさは,保存性,持ちやすさ,点眼しやすさ,開封しやすさ,デザイン性のよさの項目に関する質問の結果,総じてTAFのほうが使いやすかった(表3).特にTAFの便利な点の問い(複数回答可)に対し,保存のしやすさ,点眼しやすさ,持ちやすさ,開封しやすさ,デザイン性の順に印象が良かった.III考按LATから他のPG関連薬への切り替えによる報告はいくつかある9.13)が,今回のようにLATからTAFへ切り替えた場合の報告はない.本試験は,正常眼圧緑内障を対象としたLATからTAFへの切り替え試験である.本試験の結果,眼圧は,変更前に対し,変更1カ月後および3カ月後に有意に下降した.変更前眼圧が15mmHg以下と16mmHg以上に分けた場合,15mmHg以下では眼圧はほとんど変わらなかったのに対し,16mmHg以上では眼圧は,変更前に比べ有意に下降した.変更前の眼圧が15mmHg以下の場合,LATにより十分な眼圧下降が得られている患者が多いと考えられ,その結果,TAFに変更しても眼圧下降が得られなかった可能性が推察される.一方,変更前の眼圧が16mmHg以上の場合,LATによる眼圧下降が十分でない,あるいはさらに眼圧が下降する患者が含まれる可能性があり,その結果,TAFへの変更によって眼圧が下降した可能性が考えられる.安全性として,結膜充血およびSPKについて評価したが,SPKの認める症例が減少傾向であった以外に変化はなかった.SPKの減少が認められた理由として,LATに比べて主薬の濃度が低いことや,ベンザルコニウム塩化物の濃度がLATは0.02%,TAFが0.01%と低いことなどが考えられる.使用感について,注し心地はTAFとLATで大きな違いはなかったが,TAFの保存性の良さが患者にとって最も印象が良く,ついで点眼しやすさや容器の持ちやすさが良かった.昨今,アドヒアランスに配慮した治療の必要性が求められているが,長期管理を必要とする緑内障治療においても例外ではない.患者の点眼液に対する使用感は,緑内障治療への表3注し心地と利便性のアンケート結果(変更後3カ月時)(LATと比べたTAFについての結果)注し心地少ない同じ多い刺激感41%49%11%ゴロゴロ感40%55%5%掻痒感33%63%4%霧視31%59%10%乾燥感26%70%4%充血29%64%7%利便性そう思うわからない思わない保存しやすい83%6%11%持ちやすい68%18%14%点眼しやすい69%17%14%開封しやすい81%11%8%デザインが良い53%30%17%表1変更前から変更後1,3カ月での視力,角結膜所見(n=101)変更前1カ月3カ月矯正視力1.101.111.06点状表層角膜炎(SPK)37例37%28例28%21例21%結膜充血なし96例95%95例94%94例93%軽度5例5%6例6%7例7%中等度から重度0例0例0例表2点状表層角膜症(SPK)の変化(変更前→変更後1カ月→3カ月)A0A1A2A3D064→73→80D134→25→182→0→10→0→0D21→3→10→0→00→0→1D30→0→00→0→00→0→0(数値:各時期の例数)830あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(116)患者の積極的な参加が重要な要素と考えられることから,TAFの使用感の良さがアドヒアランスの向上や維持に期待できるものと考えられる.今回の検討は,TAFの点眼期間が3カ月と短期間の成績であるが,その眼圧下降効果は,LATと同等かそれ以上であることが確認できたと思われる.今後,長期的な経過観察やTAFとLATとの直接比較,LATで効果不十分例へのTAFの効果などの検討が必要である.文献1)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallyreducedintraocularpressures.AmJOphthalmol126:487-497,19982)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Theeffectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,19983)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン(第2版):日眼会誌110:777-814,20064)NakajimaT,MatsugiT,GotoWetal:NewfluoroprostaglandinF2aderivativeswithprostanoidFP-receptoragonisticactivityaspotentocular-hypotensiveagents.BiolPharmBull26:1691-1695,20035)TakagiY,NakajimaT,ShimazakiAetal:PharmacologicalcharacteristicsofAFP-168(tafluprost),anewprostanoidFPreceptoragonist,asanocularhypotensivedrug.ExpEyeRes78:767-776,20046)桑山泰明,米虫節夫:0.0015%DE-085(タフルプロスト)の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした0.005%ラタノプロストとの第III相検証的試験.あたらしい眼科25:1595-1602,20087)MiyataK,AmanoS,SawaMetal:Anovelgradingmethodforsuperficialpunctuatekeratopathymagnitudeanditscorrectionwithcornealepithelialpermeability.ArchOphthalmol121:1537-1539,20038)日本眼科学会アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン.日眼会誌110:100-140,20069)BourniasTE,LeeD,GrossRetal:Ocularhypotensiveefficacyofbimatoprostwhenusedasareplacementforlatanoprostinthetreatmentofglaucomaandocularhypertension.JOculPharmacolTher19:193-203,200310)KumarRS,IstiantoroVW,HohSTetal:Efficacyandsafetyofasystematicswitchfromlatanoprosttotravoprostinpatientswithglaucoma.JGlaucoma16:606-609,200711)SontyS,DonthamsettiV,VangipuramGetal:LongtermIOPloweringwithbimatoprostinopen-angleglaucomapatientspoorlyresponsivetolatanoprost.JOculPharmacolTher24:517-520,200812)湖.淳,大谷伸一郎,鵜木一彦ほか:トラボプロスト点眼液の臨床使用成績─眼表面への影響─.あたらしい眼科26:101-104,200913)McKinleySH,SinghR,ChangPTetal:IntraocularpressurecontrolamongpatientstransitionedfromlatanoprosttotravoprostataVeteransAffairsMedicalCenterEyeClinic.JOculPharmacolTher25:153-157,2009***

Dynamic Contour Tonometer を用いた緑内障視野障害様式の検討

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(107)821《原著》あたらしい眼科27(6):821.825,2010cはじめに特徴的な視神経萎縮と視野欠損を生じ,他の疾患や先天異常が否定される開放隅角緑内障は,眼圧の測定値から一般的に20mmHg程度を境界として,正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)と原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG,狭義の開放隅角緑内障)として,これまで便宜的に区別されてきた1).眼圧の程度と視野障害様式の違いについて,いくつかの検討がなされている.堀ら2)は,NTGは下方Bjerrum領域に,POAGは上方視野に障害が強いことを示した.Caprioliら3),Chausenら4)はPOAGに比べ,NTGはより局所性の障害であると報告をしている.しかし両疾患の差異,すなわち眼圧の程度と視野障害様式の関係についての明らかな結論は得られていない.そもそも眼圧には日内変動や季節変動なども知られており5,6),このように変動のある眼圧を,ある時点で計測した測定値を基準にして緑内障の分類を行うことに正当性がある〔別刷請求先〕山口泰孝:〒526-8580長浜市大戌亥町313市立長浜病院眼科Reprintrequests:YasutakaYamaguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NagahamaCityHospital,313Ohinui-cho,Nagahama526-8580,JAPANDynamicContourTonometerを用いた緑内障視野障害様式の検討山口泰孝*1白木幸彦*1梅基光良*1木村忠貴*2植田良樹*1*1市立長浜病院眼科*2北野病院眼科DynamicContourTonometerUseinComparingVisualFieldDefectsinGlaucomaYasutakaYamaguchi1),YukihikoShiraki1),MitsuyoshiUmemoto1),TadakiKimura2)andYoshikiUeda1)1)DepartmentofOphthalmology,NagahamaCityHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KitanoHospital視野障害様式が上方と下方で異なる広義開放隅角緑内障眼について,眼圧,眼球脈波(OPA),中心角膜厚,眼圧下降剤(ラタノプロスト,チモロール)への反応性を比較した.眼圧測定には,Goldmann圧平眼圧計(GAT)とdynamiccontourtonometer(DCT)を用いた.対象は上半視野障害を有する緑内障眼114例142眼,下半視野障害を有する緑内障眼75例93眼と健常眼50例100眼である.視野障害様式によるGAT測定眼圧,DCT測定眼圧,OPAおよび中心角膜厚の有意差は認めなかった.両群ともチモロールはラタノプロストより眼圧下降効果が弱かった.チモロールのDCT測定による収縮期眼圧(DCT測定眼圧+OPA)下降率は,上方視野障害群が下方視野障害群より有意に低値であった.また,上方視野障害群はチモロールによるOPA下降が得られなかった.Toinvestigatethedifferenceofthenatureoftheeyesbetweenthevisualfielddefectsbroughtonbyprimaryopen-angleglaucoma,defectlocalizationwasclassifiedinto2groups:upperdefectpatternandlowerdefectpattern.Weanalyzedintraocularpressure(IOP),ocularpulseamplitude(OPA),centralcornealthickness,andtheeffectofeitherlatanoprostortimolol.IOPwasmeasuredusingtheGoldmannapplanationtonometer(GAT)andthedynamiccontourtonometer(DCT),whichalsogavetheOPAmeasurement.Thesubjectscomprised142eyesof114patientsthathadupperdefectpattern,93eyesof75patientsthatshowedlowerdefectpattern,and100eyesof50patientswithnosignsofglaucomaasnormalcontrol.DifferencebetweenthetwopatternswasnotsignificantforIOP,OPAorcentralcornealthickness.TimololwaslesseffectiveinreducingIOPthanwaslatanoprost,foreitherpattern.Timololwaslesseffectivefortheupperdefectpatterneyes;thesystolicIOPdecrease(DCT-IOP+OPA)waslessprominentthaninthelowerdefectpatterneyes,andOPAreductionwasnotsignificant.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(6):821.825,2010〕Keywords:ダイナミックカンタートノメーター,視野障害,眼圧,眼球脈波.dynamiccontourtonometer,visualfielddefect,intraocularpressure,ocularpulseamplitude.822あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(108)かは疑問のあるところである.加えて近年,緑内障視神経障害の機序について,眼圧のほかに眼循環の要素も提唱されている7)が,疫学的な結論が得られているとはいえない.いずれにしても,高眼圧は緑内障視神経障害の進行因子の一つであり8,9),眼圧の程度が緑内障による視神経障害の性質に関与するかは興味のあるところである.今回筆者らは,緑内障を視野障害様式の面から上半視野障害群と下半視野障害群に分類し,各症例の眼圧,眼球脈波(ocularpulseamplitude:OPA),中心角膜厚,眼圧下降剤への反応性について,比較検討した.眼圧測定には,Goldmann圧平眼圧計(GAT)とともにdynamiccontourtonometer(DCT)を用いた.DCTはセンサーによる測定装置であり,角膜剛性の影響を受けることなく眼圧を測定することができ,その値は小数点以下第1位まで表示される.筆者らは,緑内障治療においてDCTが眼圧の相対的変動の指標を測定する装置として,GATと同様に用いることができることを報告している10).また,DCTでは収縮期眼圧と拡張期眼圧の差であるOPAを同時に測定される11,12).OPAは脈絡膜循環に関与しているといわれている13)が,GATでは測定不可能である.眼圧降下剤は,眼圧下降機序が異なるとされるラタノプロストとチモロールの2剤の効果について,視野障害様式による差異を検討した.I対象および方法対象は,上半視野障害を有する緑内障眼114例142眼(男性57例,女性57例),平均年齢67.9±1.0(30.92)歳と,下半視野障害を有する緑内障眼75例93眼(男性43例,女性32例),平均年齢67.1±1.3(29.90)歳である.正常対照群として,白内障以外の内眼疾患を有さない健常眼50例100眼(男性22例,女性28例),平均年齢72.8±0.9(33.87)歳を用いた.対象から屈折度(等価球面度数)が.6D未満または眼軸長が26mmを超える強度近視眼は除外した.測定値は個人情報とまったく分離してデータ解析に用いられ,点眼薬の処方や変更については患者の同意のうえで行うなど,すべての手順はヘルシンキ宣言の指針に基づいて行われた.緑内障眼は視神経乳頭所見および視野異常から診断され,Goldmann視野計で上方または下方に限局もしくは明らかにより進行した半視野障害を認め,湖崎分類a.bに相当する初期から中期の視野障害を有するものを対象とした.さらに光干渉断層計OCT3000(Zeiss社)を用いて視神経乳頭周囲の網膜神経線維層(RNFL)厚を測定し,RNFLthicknessaverageanalysisを用いて解析,上方下方それぞれの平均RNFL厚を求めた.黄斑部網膜厚も同時に測定し,網膜厚の局所的な菲薄化を認め過去の網膜局所循環障害(網膜分枝動脈閉塞など)が疑われる症例は除外した.また,各症例についてHumphrey視野計で得られた結果をHfaFilesVer.5(Beeline社)で解析し,上下視野別に感度閾値と年代別正常値との差であるtotaldeviation(TD)を求め,対応するRNFL厚との解析を行った.GAT(Haag-Streit社)とDCT(ZeimerOphthalmic社,PascalR)を用いて,GAT測定眼圧(GAT値),DCT測定眼圧(DCT値)とOPAを測定した.DCTの測定値はQ=1.5のうち精度が上位の1,2,3を用いた.中心角膜厚は超音波角膜厚測定装置(TOMEY社,AL-1000)を用いて測定した.DCT値を「DCT拡張期眼圧」,DCT値+OPAを「DCT収縮期眼圧」としても扱った.対象症例のうち,上方視野障害群91眼,下方視野障害群58眼について,ラタノプロスト点眼とチモロール点眼の点眼効果を調べた.効果の比較の際にはwashout後2.4週間の点眼期間を設け,その前後にGAT値,DCT値,OPAを測定した.比較検討にはt検定,ノンパラメトリック検定を用い,p<0.05を有意とした.II結果まず上方視野障害群,下方視野障害群について,上方視野,下方視野別のTDを求め図1に示した.Goldmann視野計で半視野障害の判定を行っているため,Humphrey視野計の結果と必ずしも一致しない症例も認めたが,図の分布からはおおむね半視野障害の選別は適切であったと考えられた.つぎに両群の上下視野別の視神経乳頭周囲平均RNFL厚とTDの関係を図2に示した.両群とも視野障害側に相当する視神経周囲RNFL厚が菲薄化しており,Ajtonyら14)の報告同様,RNFL厚とTDには正の相関があることが確認できた.GAT値(健常眼13.9±0.3mmHg,上方視野障害群16.4○:上半視野障害群+:下半視野障害群上半視野TD(dB)下半視野TD(dB)-5-15-25-35-35-25-15-5図1上方視野障害群と下方視野障害群の上下半視野別TD(109)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010823±0.3mmHg,下方視野障害群17.8±0.6mmHg),DCT値(健常眼18.9±0.3mmHg,上方視野障害群21.7±0.4mmHg,下方視野障害群23.2±0.7mmHg),OPA(健常眼2.4±0.1mmHg,上方視野障害群2.9±0.1mmHg,下方視野障害群2.8±0.1mmHg)はいずれも緑内障眼が健常眼より有意に高値であったが,視野障害様式による眼圧の有意差はなかった(表1).健常眼について,DCT拡張期眼圧とDCT収縮期眼圧の各値と,GAT値との関係を図3に示した.ともにGAT値と強い相関があり,その相関係数は近似していた(DCT拡張期眼圧r=0.61,DCT収縮期眼圧r=0.63).中心角膜厚は上方視野障害群(524.6±3.5μm),下方視野障害群(530.3±5.3μm)ともに健常眼(536.0±3.4μm)より表1対象症例の平均GAT値,DCT値,OPA,中心角膜厚健常眼上方視野障害群下方視野障害群2群間の有意差GAT値(mmHg)13.9±0.316.4±0.3*17.8±0.6*NSDCT値(mmHg)18.9±0.321.7±0.4*23.2±0.7*NSOPA(mmHg)2.4±0.12.9±0.1*2.8±0.1*NS中心角膜厚(μm)536.0±3.4524.6±3.5*530.3±5.3NS*健常眼との有意差あり(p<0.05).050100RNFL厚(μm)a:上方視野障害群○,太線:上方視野+,細線:下方視野○,太線:上方視野+,細線:下方視野TD(dB)150050100RNFL厚(μm)b:下方視野障害群1505-5-15-25-35TD(dB)5-5-15-25-35図2RNFL厚とTD+,細線:DCT収縮期眼圧○,太線:DCT収張期眼圧25155515GAT値(mmHg)DCT拡張期,収縮期眼圧(mmHg)25図3健常眼のGAT値とDCT拡張期眼圧,収縮期眼圧5040302010001020304050点眼後DCT値(mmHg)点眼前DCT値(mmHg)a:上方視野障害群5040302010001020304050点眼後DCT値(mmHg)点眼前DCT値(mmHg)b:下方視野障害群○,太線:ラタノプロスト+,細線:チモロール○,太線:ラタノプロスト+,細線:チモロール図4点眼前後のDCT値824あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(110)薄い傾向にあり,特に上方視野障害群は健常眼より有意に低値であった.視野障害様式による有意差はなかった(表1).上下視野障害別に緑内障点眼前後のDCT値を図4に示した.上方視野障害群の無点眼下での平均DCT値は21.6±0.4mmHgであり,ラタノプロスト点眼後は18.3±0.4mmHg,チモロール点眼後は20.1±0.4mmHgに有意に下降した(2剤間の有意差あり).下方視野障害群の無点眼下での平均DCT値は23.2±0.8mmHgであり,ラタノプロスト点眼後は19.2±0.5mmHg,チモロール点眼後は20.4±0.7mmHgに有意に下降した(2剤間の有意差あり).上方視野障害群で,ラタノプロストは点眼前DCT値が18mmHg以下,チモロールは22mmHg以下の症例において,点眼前後のDCT値に有意差はなかった.対して下方視野障害群では,ラタノプロストは点眼前DCT値が17mmHg以下,チモロールは18mmHg以下の症例において,点眼前後のDCT値に有意差はなかった.さらにDCT拡張期眼圧とDCT収縮期眼圧について,平均眼圧下降率を検討した.DCT拡張期眼圧は,上方視野障害群でラタノプロスト14.3±1.5%,チモロール5.8±1.7%(2剤間の有意差あり),下方視野障害群でラタノプロスト15.7±1.9%,チモロール11.1±1.6%(2剤間の有意差あり)であった.DCT収縮期眼圧は,上方視野障害群でラタノプロスト14.1±1.4%,チモロール5.6±1.7%(2剤間の有意差あり),下方視野障害群でラタノプロスト15.7±1.8%,チモロール11.1±1.5%(2剤間の有意差あり)であった.特にチモロール点眼によるDCT収縮期眼圧の下降率は,上方視野障害群よりも下方視野障害群で有意に高かった.点眼前後のOPAを図5に示した.無点眼下での平均値は2.8±0.1mmHgであったが,上方視野障害群のラタノプロスト点眼後は2.5±0.1mmHg,チモロール点眼後は2.8±0.1mmHg(2剤間の有意差あり)に,下方視野障害群のラタノプロスト点眼後は2.4±0.1mmHg,チモロール点眼後は2.5±0.1mmHg(2剤間の有意差なし)に変動を認めた.上方視野障害群のチモロール点眼後のみ,点眼前後の有意差を認めなかった.図6に,対象となった症例について,左右眼の視野障害様式を示した.同一症例でも左右眼で視野障害様式が上方視野障害と下方視野障害の異なるものが6%存在した.III考按健常眼の検討でGAT値はDCT拡張期眼圧ともDCT収縮期眼圧とも同程度に強く相関した.すなわち,通常得られるGAT値は,DCTから得られる細分化された値のいずれをもより反映することはないようである.これは,実際の計測手順を考慮すれば仕方のないことであろう.上下の視野障害様式によるGAT値,DCT値,OPAおよび中心角膜厚の有意差は認めなかった.症例の除外診断においては,視野欠損の自覚を得やすいと思われる下方視野に相当する上方の黄斑部網膜が明らかに局所性の循環障害で菲薄化した症例があり,過去においてNTGとされた症例にこのような症例が混在することで解析を混乱させた可能性があ点眼後OPA(mmHg)点眼前OPA(mmHg)64200246a:上方視野障害群点眼後OPA(mmHg)点眼前OPA(mmHg)64200246b:下方視野障害群○,太線:ラタノプロスト+,細線:チモロール○,太線:ラタノプロスト+,細線:チモロール図5点眼前後のOPA39%上-健下-健上:上方視野障害眼健:健常眼下:下方視野障害眼進:視野障害進行眼上-上上-進上-下下-進下-下25%15%6%6%2%7%図6対象緑内障眼の左右視野障害様式の内訳(111)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010825る.いまや緑内障の解析に網膜三次元画像診断は必須といえる.視野障害様式に関わりなく,DCT値下降作用ならびにOPA下降作用はチモロールよりラタノプロストが優位であった.特に上方視野障害群においては,ラタノプロストに比べてチモロールの効果が得られにくく,点眼前DCT値が22mmHg以下の症例(GAT値平均14.8mmHg以下)でよりその効果は認められなかった.下方視野障害群に関しては,下降度の有意差を示す作用点としてのDCT値は,ラタノプロストとチモロールにそれほどの違いはなかった.眼圧下降のみを主眼とするなら,上方視野障害を有する正常眼圧緑内障眼には,問題なくラタノプロストが第一選択といえる.ただし,実際の視野障害進行防止効果については長期的な解析が必要である.このように,視野障害様式によりb遮断薬に対する反応性が異なることが明らかになった.Nicolelaら15)は緑内障および高眼圧症患者にラタノプロストとチモロールを各々投与し,カラードップラーを用いて点眼後の球後血流への影響を比較している.そこでラタノプロストは球後血流に変化を及ぼさなかったが,チモロールは血流速度の低下を認めたと報告している.今後同様の検討を視野障害様式ごとに分類して行うことで,網膜血流と視野障害の関連について新たな考察が可能となるかもしれない.筆者らは以前に,OPAとDCT値の相関は決して高くないこと(健常眼r=0.31,緑内障眼r=0.26)を明らかにした10).すなわちDCT値に伴いOPAも変動するが,必ずしもその程度は同様ではない.眼圧下降によって緑内障の視野障害進行を阻止できることは示されている8,9).OPAは眼圧の一部である一方で,脈絡膜循環を反映するともいわれている13).OPAの低下が視野に関して与える影響については,今後OPAの値自体を分類の指標とし解析する必要がある.同一症例で視野障害様式が左右異なる場合があった.視野障害様式の決定は,眼球自体の要素がより強く関わるのかもしれない.文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン第2版.日眼会誌110:777-814,20062)堀純子,相原一,鈴木康之ほか:正常眼圧緑内障と原発開放隅角緑内障の中.末期における視野障害様式の比較.日眼会誌98:968-973,19943)CaprioliJ,SearsM,MillerJM:Patternsofearlyvisualfieldlossinopenangleglaucoma.AmJOphthalmol103:512-517,19874)ChausenBC,DranceSM,DouglasGRetal:Visualfielddamageinnormal-tensionandhigh-tensionglaucoma.AmJOphthalmol108:636-642,19895)LiuJH,KripkeDF,TwaMDetal:Twenty-four-hourpatternofintraocularpressureintheagingpopulation.InvestOphthalmolVisSci40:2912-2917,19996)BlumenthalM,BlumenthalR,PeritzEetal:Seasonalvariationinintraocularpressure.AmJOphthalmol69:608-610,19707)HarringtonDO:Thepathogenesisoftheglaucomafield:Clinicalevidencethatcirculatoryinsufficiencyintheopticnerveistheprimarycauseofvisualfieldlossinglaucoma.AmJOphthalmol47:477-482,19598)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudy:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallyreducedintraocularpressures.AmJOphthalmol126:487-497,19989)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudy:Theeffectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,199810)山口泰孝,梅基光良,木村忠貴ほか:DynamicContourTonometerによる眼圧測定と緑内障治療.あたらしい眼科26:695-699,200911)KaufmannC,BachmannLM,ThielMA:ComparisonofdynamiccontourtonometrywithGoldmannapplanationtonometry.InvestOphthalmolVisSci45:3118-3121,200412)冨山浩志,石川修作,新垣淑邦ほか:DynamicContourTonometer(DCT)とGoldmann圧平眼圧計,非接触型眼圧計の比較.あたらしい眼科25:1022-1026,200813)TrewDR,SmithSE:Postualstudiesinpulsatileocularbloodflow:II.Chronicopenangleglaucoma.BrJOphthalmol75:71-75,199114)AjtonyC,BallaZ,SomoskeoySetal:Relationshipbetweenvisualfieldsensitivityandretinalnervefiberlayerthicknessasmeasuredbyopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci48:258-263,200715)NicolelaMT,BuckleyAR,WalmanBEetal:Acomparativestudyoftheeffectsoftimololandlatanoprostonbloodflowvelocityoftheretrobulbarvessels.AmJOphthalmol122:784-789,1996***

ソフトコンタクトレンズ装用で生じた難治性点状表層角膜症の2症例

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(101)815《原著》あたらしい眼科27(6):815.820,2010cはじめにソフトコンタクトレンズ(SCL)装用に起因する合併症のなかで点状表層角膜症(SPK)は最もよく遭遇するものの一つであり1),通常SCL装用の中止または人工涙液点眼によって治癒する2).しかしながら,SCL装用の中止や人工涙液点眼でも改善しないSPKも散見され,治療に難渋することがある.筆者らはこのようなSCL装用に伴う“難治性”SPKに対して,治療的SCLの装用と人工涙液点眼を行い治癒せしめた2例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕(図1):22歳,女性.主訴:視力低下.既往歴:特記事項なし.〔別刷請求先〕横井則彦:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学Reprintrequests:NorihikoYokoi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajiicho,Hirokouji-agaru,Kawaramachi-dori,Kamigyou-ku,Kyoto602-0841,JAPANソフトコンタクトレンズ装用で生じた難治性点状表層角膜症の2症例松本慎司横井則彦川崎諭木下茂京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学TwoCasesofProlongedSuperficialPunctateKeratopathyResultingfromWearofSoftContactLensShinjiMatsumoto,NorihikoYokoi,SatoshiKawasakiandShigeruKinoshitaDepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine背景:ソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)の装用で生じた点状表層角膜症(superficialpunctatekeratopathy:SPK)は,通常SCL装用の中止や人工涙液の点眼によって治癒が得られるが,しばしばそれらの治療では治癒困難な症例が存在する.このようなSPKに対しSCLの治療的装用と人工涙液の頻回点眼を併用することでその完全な消失を得たので報告する.症例:症例1は28歳,女性.SCL装用で生じた慢性のSPKに対しSCL装用中止や涙点プラグの挿入などを試みるもSPKは改善しなかった.症例2は18歳,女性.SCL装用で生じた両眼の強いSPKに対しSCL装用中止や抗菌薬,低力価ステロイドおよび人工涙液の点眼を行うもSPKは遷延した.これらの難治性SPKに対しSCLの治療的装用と人工涙液頻回点眼を行ったところ,SPKの完全な消失を得ることができた.結論:SCLの合併症の一つである“難治性”SPKにはSCLの装用と人工涙液の頻回点眼の併用が効果的であると考えられる.Superficialpunctatekeratopathy(SPK)resultingfromthewearingofasoftcontactlens(SCL)isusuallysuccessfullytreatedbythefrequentinstillationofartificialtearsincombinationwithremovaloftheresponsibleSCL.WeexperiencedtwocasesofSPKthatwereunresponsivetothattypeoftraditionaltreatmentregimen.Case1wasa28-year-oldfemaleandCase2wasan18-year-oldfemale,bothsufferingfromSCL-inducedSPKthathadprolongedformorethanacoupleofmonths.DespitethefactthattheSPKinbothcaseswasinitiallycausedbytheSCLwear,reductionoftheSPKwasnotachievedthroughourprescribedtreatmentregimenofremovaloftheSCLscombinedwiththefrequentinstillationofartificialtears.Inbothcases,adifferenttreatmentregimeninvolvingtheuseoftherapeuticSCLscombinedwiththefrequentinstillationofartificialtearssuccessfullyresultedinthenearlycompleteeliminationoftheprolongedSPK.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(6):815.820,2010〕Keywords:ソフトコンタクトレンズ,点状表層角膜症,人工涙液点眼.softcontactlens,superficialpunctatekeratopathy,artificialtears.816あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(102)現病歴:2年間のSCLの装用歴があり,近医にてSCL装用の中止とともに,SPKに対して人工涙液点眼とヒアルロン酸ナトリウム点眼で治療されていたが,SPKが改善しないため,平成16年3月26日当科へ紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.07(1.0p×sph.8.0D(cyl.0.50DAx180°),左眼0.07(0.8×sph.7.0D(cyl.2.0DAx180°)と比較的良好であった.前眼部所見としては,両眼にSPKを認め,右眼は角膜上皮障害のA(area:範囲)D(density:密度)分類にて3)A3D2,左眼はA3D2の状態であった(図2).涙液分泌については,SchirmerI法にて右眼は25mm,左眼は34mmと異常を認めなかった.両眼に軽度のマイボーム腺炎を認めた.経過:SCLについては装用中止の状態を継続し,マイボーム腺炎に対しクラリスロマイシン(クラリスR)内服視力低下角膜浸潤流涙充血羞明眼痛人工涙液レボフロキサシン点セフメノキシム点0.1%フルオロメトロン点オフロキサシン点クラリスロマイシン錠右眼涙点プラグ左眼涙点プラグH16/4/138/68/20H17/8/271/112/256/289/30H18/2/77/288/18H21/7/28A1D3A0D0SCL装用SCL装用人工涙液クラリスロマイシン錠7/1通院中断人工涙液左眼SPKA3D3A3D3A2D3A2D2A1D2A2D3A2D2A2D2A1D2A1D1A1D2A1D3A0D0右眼SPKA3D3A3D3A3D2A2D2A2D3A2D3A1D2A2D2A1D1A0D0A1D2(自然脱落)(自然脱落)図1症例1の治療経過図2症例1の初診時の前眼部所見左:右眼前眼部写真.マイボーム腺炎を認める.右:右眼フルオレセイン染色写真.点状表層角膜症(A3D3)を認める.(103)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010817(400mg)を,また水分補充のため1日7.10回の人工涙液(ソフトサンティアR)点眼を行った.しかし4カ月経過(平成16年8月20日)後にもSPKは改善せず,また左眼に角膜浸潤を認めたため,抗菌薬(クラビットRおよびベストロンR)点眼,低力価ステロイド(フルメトロン0.1R)点眼を追加した.1週間で角膜浸潤は治癒し,視力は右眼0.03(1.0×sph.9.5(cyl.1.0DAx10°),左眼0.04(1.2×sph.9.0)に改善したが,SPKの消失は得られなかった.その後両眼の上・下涙点に涙点プラグの挿入や,抗菌薬点眼,低力価ステロイド点眼の投与などを試みたが,10カ月経過後にもSPKの消失には至らなかった.そこで平成17年7月1日より治療目的にて両眼にSCL(O2オプティクス)の連続装用を開始したところ,11日後には右眼のSPKは消失し,左眼のSPKの状態はA1D2へと劇的に改善し,7カ月後にはA1D1となった.その後SCLを他の種類(ワンデーアキュビューモイストR)に変更し,装用時間を1日5時間に短縮したが著明な悪化はみられなかった.平成18年7月28日より通院を自己中断し,SCL装用も自己判断で中止していたが,約1年4カ月後に眼痛と羞明にて来院し両眼のSPKの悪化が認められた.再度人工涙液点眼を処方し治療的SCL(プロクリ眼痛視力低下眼脂角膜浸潤充血羞明ガチフロキサシン点0.1%フルオロメトロン点人工涙液PHMB点セフメノキシム点ベタメタゾン錠H21/5/155/225/265/296/96/166/237/38/11SCL装用右眼SPKA3D2A3D2A3D2A3D2A3D2A3D1A2D2A3D2A0D0左眼SPKA3D3A3D2A3D2A3D3A3D2A3D2A3D1A3D2A0D0図4症例2の治療経過図3症例1のSCL装用治療前後の前眼部写真左:SCL装用治療前の右眼のフルオレセイン染色写真.A1D2の点状表層角膜症を認める.右:SCL装用治療後の右眼のフルオレセイン染色写真.点状表層角膜症は消失している.818あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(104)アワンデーR)の1日5時間装用を行ったところ,3週間後には両眼ともにSPKは消失した(図3).〔症例2〕(図4):18歳,女性.主訴:両眼の充血,羞明,疼痛および開瞼困難.既往歴:流行性角結膜炎,喘息.現病歴:2年間のSCLの装用歴があり,充血,羞明,SPKが著明であったため,平成21年4月13日よりSCL装用を中止していた.近医で抗アレルギー薬点眼,ヒアルロン酸ナトリウム点眼,人工涙液点眼を投与されていたが,症状は改善せず平成21年5月15日当院紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.3(矯正不能),左眼は0.2(矯正不能)であった.眼圧は右眼が15mmHg,左眼は測定不能であった.両上眼瞼結膜に乳頭増殖を認め,両角膜周辺部の10時から2時にかけて5個の小円形角膜浸潤を認めた.また,両眼ともに上方輪部は肥厚し,両眼中央部に強いSPKが認められた(図5).両眼の球結膜は充血し,白色の眼脂が認められ,また,涙液メニスカスの低下も認められた.偽樹枝状病変や放射状角膜神経炎は認めなかった.経過:角膜浸潤の原因として常在細菌による感染アレルギーを疑い,抗菌薬(ガチフロR)点眼,低力価ステロイド(フルメトロン0.1R)点眼,人工涙液(ソフトサンティアR)点眼,ステロイド内服(リンデロンR,1mg)を投与した.治療に対する反応が得られなかったため,アカントアメーバ角膜炎を疑い低力価ステロイド点眼を中止し,塩酸ポリヘキサニド(PHMB)点眼と抗菌薬点眼に切り替えたが,角膜浸潤の改善は得られなかった.そこで再度上記治療に戻したところ,2週間後には眼痛,眼脂,充血,羞明,角膜浸潤は消失した.しかしながらSPKの消失は得られず,さらに人工涙液点眼の追加投与を行ったが,1カ月経過後にもSPKの消失は得られなかった.そこで,治療目的にてSCL(プロクリアワン図5症例2の初診時の前眼部写真左:右眼前眼部写真.角膜周辺部の10時から2時にかけて5個の小円形角膜浸潤,上方輪部の肥厚所見を認める.右:右眼フルオレセイン染色写真.中央部に強い点状表層角膜症(A3D2)を認める.図6症例2のSCL装用治療前後の前眼部写真左:SCL装用治療前の右眼のフルオレセイン染色写真.A3D2の点状表層角膜症を認める.右:SCL装用治療後の右眼のフルオレセイン染色写真.点状表層角膜症は消失している.(105)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010819デーR)の1日5時間装用と人工涙液点眼,抗菌薬点眼,低力価ステロイド点眼を投与したところ,1カ月後には両眼ともに点状表層角膜症の完全消失が得られた(図6).なお,症例2では症例1で涙点プラグの効果が得られなかった経験から涙点プラグの挿入を行わなかった.II考按症例1ではSCL装用を中止し,抗菌薬点眼,低力価ステロイド点眼の投与により比較的速やかに眼表面の消炎が得られたが,SPKは消失せず,さらに人工涙液点眼の投与や涙点プラグの挿入を行ったにもかかわらず約10カ月間SPKが遷延した.また,治療的SCL装用によりSPKが改善した後にも,SCL装用を自己中断したためにSPKが再燃したことから,むしろSCLを装用しているほうが眼表面の健全な状態を保つことができていたのではないかと考えられる.症例2でもSCL装用の中止に加え,抗菌薬点眼,低力価ステロイド点眼,ステロイド内服の投与によって眼表面の消炎が得られたが,SPKは消失せず,さらに人工涙液点眼を追加した後にも約1カ月間SPKが遷延した.SCL装用で生じるこのような“難治性”SPKについてはこれまで報告はなく,その発症メカニズムと治療について確立したものはない.眼表面の知覚神経である三叉神経が障害されると神経麻痺性角膜症を生じることは広く知られている4).角膜知覚が低下すると瞬目回数が減少し5),反射性に分泌される涙液量も低下する6).また角膜上皮細胞の分裂,分化,伸展に促進的に働いているサブスタンスPやIGF-1(インスリン様成長因子-1)3)などの三叉神経由来の栄養物質の量が低下することが知られており7),これら3つの理由から角膜上皮障害が遷延するものと考えられている.SCL長期装用者においては角膜上皮下の神経線維密度低下8)ならびに角膜知覚低下が報告されており9),三叉神経麻痺と類似のメカニズムでSPKが遷延しやすい状況にあるのかもしれない.実際,症例1では涙点プラグの挿入により十分に眼表面に涙液が満たされていたにもかかわらずSPKが遷延したことから,少なくともこの症例については涙液不足がSPKの遷延化の主原因とは考えにくく,上記の三叉神経に関連した要素などが強く関与していた可能性が推察される.今回筆者らの経験した2症例ではSCL装用が遷延化したSPKの治療に有効であった.SCL装用で生じたSPKに対しSCLを装用することは一見矛盾しており,一般的には勧められない治療と考える向きもある.しかし,SCL装用には涙液の眼表面への保持と眼瞼の機械的刺激からの保護,角膜上皮の脱落抑制ならびに角膜上皮の接着促進などの治療的メリットが認められ10),デメリットを最小化することができれば治療効果を得られる可能性がある.SCL装用に伴うデメリットとしては,酸素不足,ドライアイの悪化,SCL自体の機械的刺激ならびにレンズ表面への汚れの蓄積による角膜障害などがあげられ,これらを最小化するにはSCLの選択が重要であると考えられる.治療的SCLとして広く使用されているプラノB4Rは酸素透過性が低いためあまり勧められず,酸素透過性の高いものが望ましい.また,ドライアイの悪化については人工涙液の頻回点眼である程度緩和できる可能性が高い.今回症例1では,酸素透過性が非常に高く連続装用可能なシリコーンハイドロゲルレンズ(O2オプティクス)を使用した.その後,酸素透過性が高く,保湿効果が高い1日使い捨てSCLのワンデーアキュビューモイストRに変更したが,こちらでも十分な治療効果が得られた.症例2では1日使い捨てでかつ,材質に濡れ性の良い保水成分MPC(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)を含むとされるプロクリアワンデーRを使用し,SPKの治癒が得られた.レンズ表面の特に脂質についての汚れという観点からは,ワンデーアキュビューモイストRやプロクリアワンデーRのほうが他のタイプのSCLよりも優れていると考えられる.一方でSCLの取り扱いに不安のある患者の場合は,連続装用可能なシリコーンハイドロゲルレンズが適していると思われる.SCL自体による機械的刺激に対しては,装用方法の指導を徹底的に行うとともにフィッティングを最適化することが重要である.また,レンズ表面の汚れの蓄積は治療効果も減弱させる可能性が高いため,1日使い捨てタイプのSCLを必ず毎日交換するように指導する必要がある.以上のようにSCL装用によるデメリットを最小化し,メリットを最大化することで今回SPKの消失が得られたのではないかと推察される.今回筆者らはSCL装用中止,人工涙液点眼や涙点プラグでも治癒しない難治性のSPKを経験した.これまで治療的SCLの装用の適応疾患とされているものには,遷延性上皮欠損,再発性角膜上皮びらん,水疱性角膜症,角膜上皮形成術後,角膜熱傷・化学外傷後,神経麻痺性角膜炎,上輪部角結膜炎などがある11.13).今回,SCLの装用を中止ならびに人工点眼による点眼治療や涙点プラグの挿入に抵抗する難治性SPKを経験し,その存在を報告するとともに,このようなSCL装用で生じる難治性SPKにもSCLの治療的使用が効果的である可能性を本報告で示唆した.今回の治療方法が真に妥当で,有用であるかどうかは,今回の2症例のみで断定はできない.その治療メカニズムの詳細な解明も含め,今後多症例での検討が必要と考えられる.文献1)HamanoH,WatanabeK,HamanoTetal:Astudyofthecomplicationsinducedbyconventionalanddisposablecontactlenses.CLAOJ20:103-108,19942)WatanabeK,HamanoH:Thetypicalpatternofsuper820あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(106)ficialpunctatekeratopathyinwearersofextendedweardisposablecontactlenses.CLAOJ23:134-137,19973)MiyataK,AmanoS,SawaMetal:Anovelgradingmethodforsuperficialpunctatekeratopathymagnitudeanditscorrelationwithcornealepithelialpermeability.ArchOphthalmol121:1537-1539,20034)PushkerN,DadaT,VajpayeeRBetal:Neurotrophickeratopathy.CLAOJ27:100-107,20015)CollinsM,SeetoR,CampbellLetal:Blinkingandcornealsensitivity.ActaOphthalmol(Copenh)67:525-531,19896)XuKP,YagiY,TsubotaK:Decreaseincornealsensitivityandchangeintearfunctionindryeye.Cornea15:235-239,19967)MullerLJ,MarfurtCF,KruseFetal:Cornealnerves:structure,contentsandfunction.ExpEyeRes76:521-542,20038)LiuQ,McDermottAM,MillerWL:Elevatednervegrowthfactorindryeyeassociatedwithestablishedcontactlenswear.EyeContactLens35:232-237,20099)PatelSV,McLarenJW,HodgeDOetal:Confocalmicroscopyinvivoincorneasoflong-termcontactlenswearers.InvestOphthalmolVisSci43:995-1003,200210)Coral-GhanemC,GhanemVC,GhanemRC:TherapeuticcontactlensesandtheadvantagesofhighDkmaterials.ArqBrasOftalmol71:19-22,200811)AquavellaJV:Newaspectsofcontactlensesinophthalmology.AdvOphthalmol32:2-34,197612)McDermottML,ChandlerJW:Therapeuticusesofcontactlenses.SurvOphthalmol33:381-394,198913)MondinoBJ,ZaidmanGW,SalamonSW:Useofpressurepatchingandsoftcontactlensesinsuperiorlimbickeratoconjunctivitis.ArchOphthalmol100:1932-1934,1982***

難治性とされたフリクテン性角結膜炎,カタル性角膜潰瘍の要因

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(95)809《第46回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科27(6):809.813,2010cはじめにフリクテン性角結膜炎は細菌蛋白に対するIV型アレルギー反応によって角膜や球結膜に生じる結節性隆起性病変とされている1).カタル性角膜潰瘍は眼局所の細菌によって合成される菌体外毒素に対して周辺部角膜実質で生じるIII型アレルギー反応が関与するとされている2).両者は病態や臨床所見に違いはあるものの,いずれもマイボーム腺など眼局所に存在する細菌に対する免疫反応が原因と考えられている.〔別刷請求先〕窪野裕久:〒152-8902東京都目黒区東が丘2-5-1国立病院機構東京医療センター眼科Reprintrequests:HirohisaKubono,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NationalHospitalOrganizationTokyoMedicalCenter,2-5-1Higashigaoka,Meguro-ku,Tokyo152-8902,JAPAN難治性とされたフリクテン性角結膜炎,カタル性角膜潰瘍の要因窪野裕久水野嘉信重安千花山田昌和国立病院機構東京医療センター眼科ClinicalFactorsAssociatedwithRefractoryPhlyctenularKeratoconjunctivitisandCatarrhalCornealUlcerHirohisaKubono,YoshinobuMizuno,ChikaShigeyasuandMasakazuYamadaDepartmentofOphthalmology,NationalHospitalOrganizationTokyoMedicalCenterフリクテン性角結膜炎,カタル性角膜潰瘍はマイボーム腺に存在する細菌に対する免疫反応により生じるとされているが,その主要な原因であるブドウ球菌は薬剤耐性菌の増加が懸念されている.今回,難治性として他院から紹介されたフリクテン性角結膜炎8例,カタル性角膜潰瘍3例の計11例を対象とし,前医での診断や治療内容,当院での臨床所見や細菌学的検査結果,治療内容とその効果についてretrospectiveに検討した.前医ではニューキノロン(NQ)点眼とステロイド点眼薬が併用されていたのは2例のみであり,感染性角膜炎や角膜ヘルペスとして治療されていた症例が5例みられた.結膜.の細菌培養では表皮ブドウ球菌6株,黄色ブドウ球菌1株が検出され,このうちNQ低感受性株が4株あった.当院での治療はクロラムフェニコール点眼薬とステロイド点眼薬に変更し,全例で軽快あるいは治癒した.フリクテン性角結膜炎,カタル性角膜潰瘍が難治性とされる場合,診断や治療が不十分である例も少なくなかったが,NQ耐性菌が関与する例もみられ,適切な診断を行うとともに適切な抗菌薬を使用することが必要と考えられた.Immunologicresponsesagainstbacteria-mainlyStaphylococci-thatresideinmeibomianglandsarethoughttobeinvolvedinthepathogenesisofphlyctenularkeratoconjunctivitis(PKC)andcatarrhalcornealulcers(CCU).TheissueofemergingdrugresistanceinStaphylococci,however,mightbeaconcernintreatingthesediseases.Includedinthisstudywere11cases,comprising8casesofPKCand3casesofCCU,thathadbeenreferredtoourinstitutebecauseofprimarytreatmentfailure.MedicalrecordsofthesecaseswereretrospectivelyreviewedtoanalyzetheclinicalfactorsassociatedwithrefractoryPKCandCCU;5caseshadbeentreatedasinfectiouskeratitisandherpetickeratitis.Antibacterialeyedropsandsteroidaleyedropshadnotbeenusedconcurrentlyin9cases.Microbiologicalexaminationsisolated6strainsofStaphylococcusepidermidisand1strainofStaphylococcusaureus.Ofthese,4strainsshowedreducedsusceptibilitiestonewquinolones(NQ).All11casesrespondedwelltoconcurrenttopicaladministrationofchloramphenicolandsteroids.Inappropriatediagnosis,insufficienttreatmentregimenandthepresenceofdrug-resistantStaphylococciarethoughttobeclinicalfactorsthatmakePKCandCCUrefractory.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(6):809.813,2010〕Keywords:フリクテン性角結膜炎,カタル性角膜潰瘍,ニューキノロン,クロラムフェニコール,薬剤耐性.phlyctenularkeratoconjunctivitis,catarrhalcornealulcer,newquinolone,chloramphenicol,drugresistance.810あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(96)その主要原因とされるブドウ球菌では抗菌薬の普及や乱用に伴い,薬剤耐性菌の増加が懸念されている.国立病院機構東京医療センター(以下,当院)では内眼手術の術前患者の結膜.常在菌検査を継続的に行っているが,結膜.分離菌のニューキノロン(NQ)耐性率が経年的に増加していることを報告してきた3,4).今回筆者らは,難治性として紹介受診となったフリクテン性角結膜炎,カタル性角膜潰瘍の細菌培養結果,薬剤感受性,臨床経過について検討し,前医での治療に抵抗性を示した要因について検討したので報告する.I対象および方法2004年から2008年の間に,難治性として他院から当院に紹介されたフリクテン性角結膜炎またはカタル性角膜潰瘍11例を対象とした.前医での診断,治療内容,当院での臨床所見や細菌学的検査結果,治療内容とその効果について診療録から調査し,前医での治療に抵抗性を示した要因について検討した.II結果対象とした11例の年齢は11.89歳,平均56.5±24.1歳であり,性別は男性1例,女性10例であった.対象のうち8例がフリクテン性角結膜炎(角膜フリクテン4例,結膜フリクテン4例),3例がカタル性角膜潰瘍であった.全11症例の当院での診断,性別,年齢,前医での診断,前医での治療内容,治療期間をまとめて表1に示す.当院でカタル性角膜潰瘍と診断した3例(症例1.3)は,前医ではいずれも感染性角膜炎として抗菌薬による治療が行われており,ステロイド薬の点眼が用いられていた症例はなかった.また,当院で角膜フリクテンと診断した4例のうち,前医で角膜フリクテンと診断されていたのは1例(症例4)のみで,2例(症例5,6)は角膜ヘルペスとして治療を受けていた.結膜フリクテンの4例中2例は前医でも結膜フリクテンと診断され,1例は瞼裂斑炎,残る1例は上強膜炎と診断されていた.前医での治療期間は7日から6カ月,平均36.5±56.0日であったが,疾患別ではカタル性角膜潰瘍で14.7±6.5日,角膜フリクテンで65.3±92.3日,結膜フリクテンで24.0±11.3日となり,カタル性角膜潰瘍では早期に紹介受診されていた.治療内容に関しては,さまざまな点眼薬や眼軟膏が表2細菌培養の結果と薬剤感受性試験の結果当院の診断と症例番号細菌培養結果MPIPC感受性LVFX感受性CCU1S.epidermidis(MRSE)RR2S.aureusSS3陰性──PK4S.epidermidis(MRSE)RR5S.epidermidisSS6陰性──7S.epidermidisSSPC8S.epidermidisSI9S.epidermidisSI10陰性──11陰性──S.epidermidis:Staphylococcusepidermidis,S.aureus:Staphylococcusaureus,MRSE:メチシリン耐性表皮ブドウ球菌,MPIPC:オキサシリン,LVFX:レボフロキサシン,S:Susceptible,R:Resistant,I:Intermediate.判定基準:MPIPC感受性(S≦2,2<I<4,R≧4;μg/ml),LVFX感受性(S≦1,1<I<4,R≧4;μg/ml).表1症例の概要─当院での診断,性別と年齢,前医での診断と治療内容を示す─当院の診断と症例番号性別年齢(歳)前医での診断前医での治療内容CCU1女性69角膜炎LVFX,CMX,OFLX,NSAIDs2女性76角膜潰瘍CMX3女性89角膜潰瘍LVFXPK4女性11PKLVFX5男性35角膜ヘルペス不明(ヘルペス治療)6女性78角膜ヘルペスLVFX,ACV7女性76角膜炎ステロイド薬PC8女性58瞼裂斑炎ステロイド薬,NSAIDs9女性58PCLVFX,ステロイド薬10女性27上強膜炎ステロイド薬11女性57PCLVFX,ステロイド薬CCU:カタル性角膜潰瘍,PK:角膜フリクテン,PC:結膜フリクテン,LVFX:0.5%レボフロキサシン点眼液,CMX:0.5%セフメノキシム点眼液,OFLX:0.3%オフロキサシン眼軟膏,NSAIDs:非ステロイド系抗炎症薬点眼,ACV:3%アシクロビル眼軟膏.(97)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010811用いられていたが,抗菌薬とステロイド薬の点眼を併用していた例は結膜フリクテンの2例(症例9,11)のみであった.当院で行った眼瞼縁の細菌培養結果,オキサシリン(MPIPC),レボフロキサシン(LVFX)薬剤感受性試験結果について表2に示す.細菌培養検査では,表皮ブドウ球菌6株,黄色ブドウ球菌1株が検出され,4例は細菌培養で陰性であった.表皮ブドウ球菌6株中,MPIPC耐性のメチシリン耐性表皮ブドウ球菌(MRSE)が2株あり,LVFX感受性についてはresistantが2株,intermediateが2株とNQ低感受性株が4株あった.当院での治療は全例でクロラムフェニコール(CP)点眼薬とステロイド点眼薬を併用した.CP点眼薬としては0.25%CPと10万単位/mlコリスチンメタンスルホン酸ナトリウムの合剤(コリマイCR点眼液,科研製薬,東京)を用い,ステロイド点眼薬は0.1%フルオロメトロン(フルメトロンR点眼液0.1%,参天製薬,大阪)もしくは0.1%リン酸ベタメタゾン(リンデロンR点眼液0.1%,シオノギ製薬,大阪)を用いた.全例が治療に反応し,平均36.5±56.0日(7日から6カ月22日)で軽快または治癒となった.CP点眼薬とステロイド点眼薬の併用治療が奏効した代表的な症例を以下に示す.症例1は69歳,女性.当院初診時には前房細胞は認めず左眼11時の角膜周辺部に白色円形の実質浸潤がみられた(図1a).前医では感染性角膜炎として抗菌薬点眼を主体とした治療がなされていたが,角膜所見とマイボーム腺炎を合併していることからカタル性角膜潰瘍と診断した.当院では,抗菌薬をCP点眼薬に変更し,0.1%フルオロメトロン点眼薬と併用した.細菌培養結果ではMRSEが検出され,LVFXも耐性であった.点眼変更後は病変は速やかに改善し,2週間後には実質浸潤病変は消失した(図1b).症例9は58歳,女性.当院初診時には右眼耳側球結膜に充血を伴う結節性病変がみられ,結膜フリクテンと診断した(図2a).前医でも結膜フリクテンの診断がなされていたが,4カ月にわたりさまざまな点眼治療が行われ,最終的には0.5%LVFX点眼薬と0.1%リン酸ベタメタゾン点眼薬が処方されていた.当院では,抗菌薬をCP点眼薬に変更し,0.1%リン酸ベタメタゾンと併用した.細菌培養結果では表皮ブドウ球菌が検出され,LVFX低感受性であった.点眼変更ab図1カタル性角膜潰瘍(表1中の症例1)a:当院初診時.11時の角膜周辺部に白色円形の実質浸潤がみられる.b:治療開始2週間後.病変は速やかに改善し,角膜浸潤病変は消失している.ab図2結膜フリクテン(表1中の症例9)a:当院初診時.耳側球結膜に充血を伴った結節性病巣がみられる.b:治療開始2週間後.病変は改善し,若干の結膜充血を残すのみとなった.812あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(98)後2週間には長期にわたっていた結膜フリクテンが改善し,若干の結膜充血を残すのみとなった(図2b).III考按難治性として他院から紹介されたフリクテン性角結膜炎またはカタル性角膜潰瘍11例について検討した.フリクテン性角結膜炎,カタル性角膜潰瘍の治療は,過剰な免疫反応を抑制することと病態に関係する細菌の量を減少させることが基本であり1),当院では抗菌薬とステロイド薬の点眼の併用を基本としている.両疾患ともに自然治癒傾向を示す場合があり,抗菌薬単独またはステロイド薬単独で治癒や鎮静化する例もみられるのは事実であるが,病態を考慮すると速やかな治癒を促すためには抗菌薬とステロイド薬の併用が望ましいと考えている.今回の症例は難治性として紹介されているが,角膜フリクテンとカタル性潰瘍では,感染性角膜炎や角膜ヘルペスの診断で治療されていた症例も少なくなかった.これらの疾患とカタル性潰瘍,角膜フリクテンとの鑑別は必ずしも容易ではなく,重篤な疾患を念頭に置いて治療を行うことは間違いではないと考えられる.しかし,治療に反応しない場合には,診断や治療法の見直しを行うことが重要と考えられた.フリクテン性角結膜炎,カタル性角膜潰瘍の発症に関与する細菌としては,表皮ブドウ球菌が主要なものとされているが,若年女性に生じるフリクテン性角結膜炎ではPropionibacteriumacnesがおもに関与するという報告もある5).今回の症例では細菌培養で検出された7株すべてがブドウ球菌で,このうち表皮ブドウ球菌は6株と主要なものであることが確認された.ただし,今回の症例は中高年の女性が多くを占めていること,当院では嫌気培養をルーチンに行っていないのでPropionibacteriumacnesを検出できないことから,Propionibacteriumacnesの関与については検討の余地があるものと思われる.抗菌薬として眼科領域ではNQ点眼薬が頻用されており,眼表面の常在細菌のNQ耐性化が問題となっている6.8).NQ耐性化にはさまざまな機序が提唱されているが,その主要なものは細菌のDNA合成酵素であるDNAgyraseとtopoisomeraseIVのキノロン耐性決定領域(quinoloneresistancedeterminingregion:QRDR)の遺伝子変異である.黄色ブドウ球菌についてはIiharaらが,コリネバクテリウムについてはEguchiらがQRDR領域の遺伝子変異とNQ感受性の関係について報告している6,7).筆者らも最近,内眼手術術前患者の結膜.から分離された表皮ブドウ球菌138株のQRDR領域の遺伝子変異と各種NQ感受性について検討した.その結果,表皮ブドウ球菌138株のうち70株,50.7%にQRDR領域の変異を認め,DNAgyraseとtopoisomeraseの両方に変異を有する株は53株38.4%であり,QRDR領域の変異とNQ感受性が強く相関することを示した8).今回の症例でも検出された表皮ブドウ球菌6株中4株がLVFX低感受性であり,NQ耐性菌の広がりを示すものと考えられる.このような背景から,今回のように難治性として紹介されたフリクテン性角膜炎,カタル性角膜潰瘍の治療には,当院では点眼抗菌薬としてNQではなく,CPを使用している.これはメチシリン耐性黄色ブドウ球菌やMRSEによる前眼部感染症にはCP点眼薬が有用というFukudaら9)や大.10)の報告に基づくものである.当院ではCPの薬剤感受性検査は行うことができないために,今回の検出菌のCP感受性は不明であるが,臨床経過からはすべての症例でCPとステロイド薬の併用が有効であった.薬剤感受性試験の結果から検出菌はLVFX感受性であり,臨床経過からみるとCPというよりステロイド薬を加えたことで奏効したと考えられる症例もあるが,症例9と11の2例は前医での治療でNQ薬とステロイド薬を併用しているにもかかわらず治療抵抗性であった症例で,CPが奏効したと確実に考えられる症例である.このことは,フリクテン性角結膜炎,カタル性角膜潰瘍の治療上,NQよりもCPが優れているということを示すわけではない.ただし,NQによる治療が奏効しない場合にはNQ耐性菌の存在を考慮して,CPなど他の抗菌薬を用いてみることが重要と考えられた.なお,CPがメチシリン耐性黄色ブドウ球菌,メチシリン耐性表皮ブドウ球菌を含めたブドウ球菌に有効であるのは,抗菌薬として内服薬としても点眼薬としても使用頻度がきわめて少ないためであり,頻用されれば急速に薬剤耐性化が進むことが予測される.したがって,当院ではフリクテン性角結膜炎,カタル性角膜潰瘍の初期治療の第一選択はNQ点眼薬とステロイド点眼薬の併用としており,これが奏効しない場合のみCPを用いるように努めている.今回の検討から,フリクテン性角結膜炎,カタル性角膜潰瘍が難治性とされる場合,診断や治療が不十分であったことが治療抵抗性と判断された要因の一つであったが,NQ耐性菌の増加も重要な要因であると考えられた.このことを踏まえ,抗菌薬の適切な使用には今後も十分注意していく必要があり,漫然とした抗菌薬使用は慎み,適切な抗菌薬の使用を心がけるべきであると考えられた.文献1)RezaMM,LamS:Phlyctenularkeratoconjunctivitisandmarginalstaphylococcalkeratitis.Cornea2ndedition,p1235-1240,ElsevierInc,USA,20052)MondinoBJ,KowalskiR,RatajczakHVetal:Rabbitmodelofphlyctenulosisandcatarrhalinfiltrates.ArchOphthalmol99:891-895,1981(99)あたらしい眼科Vol.27,No.6,20108133)KurokawaN,HayashiK,KonishiMetal:IncreasingofloxacinresistanceofbacterialflorafromconjunctivalsacofpreoperativeophthalmicpatientsinJapan.JpnJOphthalmol46:586-589,20024)櫻井美晴,林康司,尾羽澤実ほか:内眼手術術前患者の結膜.細菌叢のレボフロキサシン耐性率.あたらしい眼科22:97-100,20055)SuzukiT,MitsuishiY,SanoYetal:Phlyctenularkeratitisassociatedwithmeibomitisinyoungpatients.AmJOphthalmol140:77-82,20056)IiharaH,SuzukiT,KawamuraYetal:Emergingmultiplemutationsandhigh-levelfluoroquinoloneresistanceinmethicillin-resistantStaphylococcusaureusisolatedfromocularinfections.DiagnMicrobiolInfectDis56:297-303,20067)EguchiH,KuwaharaT,MiyamotoTetal:High-levelfluoroquinoloneresistanceinophthalmicclinicalisolatesbelongingtothespeciesCorynebacteriummacginleyi.JClinMicrobiol46:527-532,20088)YamadaM,YoshidaJ,HatouSetal:MutationsinthequinoloneresistancedeterminingregioninStaphylococcusepidermidisrecoveredfromconjunctivaandtheirassociationwithsusceptibilitytovariousfluoroquinolones.BrJOphthalmol92:848-851,20089)FukudaM,OhashiH,MatsumotoCetal:MethicillinresistantStaphylococcusaureusandmethicillin-resistantcoagulase-negativeStaphylococcusocularsurfaceinfectionefficacyofchloramphenicoleyedrops.Cornea21:S86-89,200210)大.秀行:高齢者のMRSA結膜炎80例の臨床的検討.眼科43:403-406,2001***

細菌性角膜炎からアカントアメーバ角膜炎に移行したと考えられる1例

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(91)805《第46回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科27(6):805.808,2010cはじめにアカントアメーバは淡水や土壌に広く分布する原生動物であり,アカントアメーバがひき起こす角膜炎は1974年に英国1),1975年に米国2)において相ついで報告され,わが国では1988年に石橋ら3)によって初めて報告された.本来は外傷に伴い,非常にまれに認められる疾患であったが,近年コンタクトレンズ(CL)装用者の重症角膜感染症として広く認められるようになり,特にここ数年わが国ではmultipur-〔別刷請求先〕大谷史江:〒683-8504米子市西町86鳥取大学医学部視覚病態学Reprintrequests:FumieOtani,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FactoryofMedicine,TottoriUniversity,86Nishimachi,Yonago683-8504,JAPAN細菌性角膜炎からアカントアメーバ角膜炎に移行したと考えられる1例大谷史江*1宮.大*1池田欣史*1矢倉慶子*1井上幸次*1八木田健司*2大山奈美*3*1鳥取大学医学部視覚病態学*2国立感染症研究所寄生動物部*3倉敷中央病院眼科ACaseofAcanthamoebaKeratitisfollowingBacterialKeratitisFumieOtani1),DaiMiyazaki1),KeikoYakura1),YoshitsuguInoue1),KenjiYagita2)andNamiOyama3)1)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FactoryofMedicine,TottoriUniversity,2)ParasitismZoology,InstituteforNationalInfectiousDisease,3)DivisionofOphthalmology,KurashikiCentralHospital症例は35歳,男性で,2週間頻回交換ソフトコンタクトレンズを使用していた.左眼痛と視力低下に対し,近医眼科で抗菌薬,抗ウイルス薬を処方されたが軽快しないので鳥取大学眼科を紹介受診した.角膜中央に小円形の浸潤巣を認め,アカントアメーバ角膜炎と特定できる所見を認めず,まず細菌性角膜炎を疑い治療を開始したが,角膜擦過物のファンギフローラYR染色でアカントアメーバcystを検出したため,アカントアメーバ角膜炎と診断し治療を変更した.角膜擦過物のreal-timePCR(polymerasechainreaction)でもアメーバDNAが検出され,後にアカントアメーバが分離培養された.抗真菌薬の点眼および内服,クロルヘキシジン点眼ならびに病巣掻爬にて病巣は軽快したが,治癒過程では病巣の中央が陥凹した.これはアカントアメーバ角膜炎の瘢痕期には通常認めず,細菌性角膜炎における瘢痕期の所見に一致すると考えられた.細菌感染がアカントアメーバ感染の温床となるといわれているが,本症例は角膜上でそれが生じていることを示唆する症例と考えられた.Thepatient,a35-year-oldmalewhowasa2-weektypefrequent-replacementsoftcontactlensuser,complainedofpainanddecreasedvisualacuityinhislefteye.Sincetopicalantibacterialandantiviraladministrationhadresultedinnotherapeuticresponse,hewasreferredtoTottoriUniversityHospital.Initially,bacterialkeratitiswassuspectedbecauseofthepresenceofsmall,roundinfiltratesinthecenterofthecorneaandnocharacteristicfindingsofacanthamoebakeratitis.Thediagnosis,however,wassubsequentlychangedtoacanthamoebakeratitis,sinceacanthamoebacystsweredetectedfromtheFungifloraYRstainingofcornealscrapings.Later,acanthamoebaDNAwasdetectedbyreal-timepolymerasechainreactionofthecornealscrapings,andacanthamoebawasisolatedbyculturing.Thelesionimprovedfollowingtheadministrationoftopicalandoralantifungals,topicalchlorhexidineandepithelialdebridement.Theresultantscarformedadent,whichischaracteristicofbacterialkeratitis,butnotofacanthamoebakeratitis.Thefindingsinthiscaseindicatethatbacterialinfectioncanbeabaseforacanthamoebainfectionofthecornea.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(6):805.808,2010〕Keywords:アカントアメーバ角膜炎,細菌性角膜炎,ファンギフローラYR染色.acanthamoebakeratitis,bacterialkeratitis,FungifloraYRstainig.806あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(92)posesolution(MPS)を使用した頻回交換CLの使用者での発症が急激に増加している4).石橋ら3,5)は,その臨床経過を初期,移行期,完成期の3期に分類し,病期による臨床像の違いを明確にした.一方,塩田ら6)もアカントアメーバ角膜炎の病期分類を行っており,臨床経過を1.初期,2.成長期,3.完成期,4a.消退期,4b.穿孔期,5.瘢痕期と5つに分類している.これは石橋ら3,5)の分類に末期像を追加した分類となっている.アカントアメーバ角膜炎の初期の臨床所見は非常に多彩で,特徴的な所見がみられないと的確な診断をするのは困難であると思われる.今回筆者らは細菌性角膜炎の所見を呈した病巣から早期にアカントアメーバを検出し,治療し得た症例を経験したので報告する.I症例患者:35歳,男性.主訴:左眼痛,視力低下現病歴:2週間頻回交換ソフトコンタクトレンズを使用していた.2週間で交換するものを,期限を超えて3週間程度装用することが多かった.洗浄保存にはMPSを使用していたが,こすり洗いはほとんど行っていなかった.平成20年9月8日より左眼痛と視力低下を自覚し,9月11日に近医受診し,左眼角膜炎の診断でレボフロキサシン点眼,プラノプラフェン点眼,ヒアルロン酸点眼を処方された.9月22日には羞明と眼痛が悪化したため倉敷中央病院眼科へ紹介された.左眼に角膜混濁を認め,レボフロキサシン点眼継続にて経過をみられるも,軽快しなかった.9月24日よりヘルペス感染を疑い,アシクロビル眼軟膏を追加された.9月29日には混濁部に潰瘍を生じ,前房内に炎症細胞が出現した.アシクロビル眼軟膏は中止し,10月1日にアカントアメーバ感染疑いにて鳥取大学眼科(以下,当科)紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.1(1.2×sph.7.0D),左眼0.3(0.6×sph.6.5D)であった.左眼結膜にはほぼ全周に強い毛様充血を認めた.角膜は全体に軽度の浮腫があり,瞳孔領9時の位置に辺縁不明瞭な白色浸潤を認め,混濁の周辺から角膜中央にかけて淡いびまん性の表層混濁を呈していた(図1).下方に強い輪部浮腫を伴っていたが,放射状角膜神経炎は認めなかった.角膜後面には多数の微細な角膜後面沈着物を認め,前房内には軽度の炎症細胞を認めた.経過:白い円形の浸潤巣より,レボフロキサシン耐性菌による細菌感染を最も疑い,入院のうえ,モキシフロキサシン,ミクロノマイシンの頻回点眼,オフロキサシン眼軟膏,セファゾリン点滴を開始した.また,病巣の擦過を行い,細菌・真菌培養へ提出するとともにグラム染色,ファンギフローラ図1初診時の前眼部写真瞳孔領9時の位置に辺縁不明瞭な白色混濁を認め,混濁の周辺から角膜中央にかけてびまん性の表層混濁を呈していた.図2入院翌日のフルオレセイン染色写真9時の浸潤はやや拡大し,耳下側に向かって上皮の淡い混濁と不整が出現した.図3治癒期の前眼部写真病巣は全体に淡くなるとともに,中央が陥凹してきた.(93)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010807YR染色を行いreal-timePCR(polymerasechainreaction)でHSV(herpessimplexvirus)とVZV(varicella-zostervirus)のスクリーニングを行った.入院翌日,初診時の角膜擦過物の検鏡を行ったところ,グラム染色ではグラム陽性球菌を検出した.ファンギフローラYR染色ではアメーバcystと考えられる像が認められた.HSV,VZVのDNAは陰性であった.細菌に対する治療開始後,微細な角膜後面沈着物は著明に減少したが,毛様充血は依然強く,下方の輪部浮腫はむしろ増強していた.9時の浸潤はやや拡大し,病巣から耳下側へ向かって上皮の淡い混濁と不整が出現した(図2).そこでアカントアメーバに対する治療に変更し,0.05%クロルヘキシジン液と0.2%フルコナゾールの頻回点眼,イトラコナゾールの内服,週2回の病巣掻爬を開始した.抗菌薬の使用はモキシフロキサシン点眼とオフロキサシン眼軟膏のみとした.また,再度確認のため混濁部の擦過を行い,real-timePCRにてアカントアメーバDNAの検索を行い,国立感染症研究所へアメーバの分離培養を依頼した.その結果,real-timePCRでは6.5×103コピーのアカントアメーバDNAが検出され,培養検査でも後にアカントアメーバが分離培養された.細菌,真菌培養は最終的に陰性であった.治療変更後,充血,輪部浮腫は徐々に軽快した.9時の病巣は全体に淡くなるとともに,中央が陥凹し,細菌性角膜炎における瘢痕期と矛盾しない所見を呈してきた(図3).10月21日(治療変更後18日目)には毛様充血,輪部浮腫も大きく改善した.混濁はさらに淡くなり,この日の混濁部の角膜擦過物のPCRからはアメーバDNAは検出されなかった.10月24日の擦過でもアメーバDNAは検出されず,2回連続で陰性となったため,10月30日に当科退院となった.退院時視力は矯正0.7であった.退院後は紹介もとの倉敷中央病院にて通院加療中であり,発症約3カ月後の平成20年12月受診時の矯正視力は1.2と良好であった.II考按アカントアメーバは広く土壌や淡水などに分布し,周囲の環境に応じて栄養型(trophozoite)と.子型(cyst)に変化するという特徴をもつ.栄養型は周囲の環境が好条件のときにみられ,細菌などの蛋白源を捕食し,増殖していく..子型は周囲の環境が悪化したときにみられ,堅固なセルロース様構造をした二重壁に囲まれており,薬剤に抵抗性を示す7).アカントアメーバ角膜炎は外傷やCL装用に伴う角膜障害からアカントアメーバが角膜内に侵入増殖して発症するといわれている.Jonesら2)の予備実験では,動物モデルを使って傷害角膜にアカントアメーバを感染させても,単独ではなかなか感染が成立せず,アカントアメーバと細菌を同時に接種すると感染が成立するとしている.アカントアメーバ属の大半は他の細菌類を捕食して増殖することがよく知られているが,本症の患者のレンズケースからはアカントアメーバと同時に高頻度に細菌が分離培養されており8),レンズケース内でのアカントアメーバの増殖に細菌が関与し,さらには本症発症に関連していると推測される.アカントアメーバ角膜炎の初期病変は非常に多彩で,上皮型角膜ヘルペスによく似た偽樹枝状病変,放射状角膜神経炎,点状・線状・斑状の角膜上皮下混濁,角膜輪部の充血および浮腫,強い結膜毛様充血,前房内の炎症細胞の出現などが特徴であるといわれている5).本症例においては,初診時から強い毛様充血と角膜輪部浮腫を認めていたが,アカントアメーバに特徴的とされる偽樹枝状病変,放射状角膜神経炎,斑状上皮下混濁は認めなかった.一方,本症例では初診時より白い小円形の表層浸潤巣を呈しており,治癒過程においては浸潤巣の中央が陥凹してきた.これらの所見は細菌性角膜炎を示唆するものであり,特に瘢痕期に平坦化や陥凹を示すことはアカントアメーバではあまりなく,形状変化が少ないことがアカントアメーバ角膜炎の一つの特徴であるといわれている.本症例では,誤ったCL使用法により角膜上皮が障害を受け,そこにケース内で増殖した細菌とアメーバが付着し,まず増殖しやすい細菌が増え,細菌性角膜炎を起こしたと推測された.この時点で抗菌薬が投与され細菌は死滅し,この死滅した細菌を捕食してアメーバが増殖して,アカントアメーバ角膜炎を続発してきたと思われた.細菌感染がアカントアメーバ感染の温床となるといわれているが,本症例は角膜上でそれが生じていることを示唆する症例であると考えられた.アカントアメーバ角膜炎の確定診断には病変部にアカントアメーバの寄生を証明する必要があり,角膜の病巣部から得られた擦過標本もしくは生検材料を用いて直接検鏡,分離培養でアメーバの検出を行う必要がある.しかしながら,病巣擦過物の直接検鏡はサンプルの採取に技術を要し病初期には検出されにくく,分離培養においては検出までに時間を要し,量的に少ないとうまく検出できないという欠点がある.現在ではconfocalmicroscopy,HRA(HeidelbergRetinaAngiograph)cornealmoduleやPCRによる補助診断の併用も早期診断に有用であると報告されている.PCRにより培養検査でアカントアメーバが検出できなかった症例に対し,アカントアメーバ角膜炎の診断が可能であったとの報告9,10),培養検査よりPCRのほうがアカントアメーバの検出感度が高いとの報告11)がなされている.本症例では病巣擦過物のreal-timePCRを行い,初診時の診断の一助としただけでなく,入院中は治療効果判定の指標としてもPCRを利用した.PCRは検体が微量でも検出可能であり,短時間で結果が得られることから,早期診断,早期治療が望まれるアカントアメーバ角膜炎において非常に有808あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(94)用な検査であると考えられた.文献1)NagingtonJ,WatsonPG,PlayfairTJetal:Amoebicinfectionoftheeye.Lancet28:1537-1540,19742)JonesDB,VisvesvaraGS,RobinsonNMetal:AcanthamoebapolyphagakeratitisandAcanthamoebauveitisassociatedwithfatalmeningoencephalitis.TransOphthalmolSocUK95:221-232,19753)石橋康久,松本雄二郎,渡辺亮子ほか:Acanthamoebakeratitisの一例─臨床像,病原体検査法および治療についての検討.日眼会誌92:963-972,19884)福田昌彦:コンタクトレンズ関連角膜感染症の実体と疫学.日本の眼科80:693-698,20095)石橋康久,本村幸子:アカントアメーバ角膜炎の診断と治療.眼科33:1355-1361,19916)塩田洋,矢野雅彦,鎌田泰夫ほか:アカントアメーバ角膜炎の臨床経過の病期分類.臨眼48:1149-1154,19947)山浦常,中川尚,木全奈都子:アカントアメーバ.大橋裕一,望月學編,眼微生物事典,p260-267,メジカルビュー社,19968)JonesDB:Acanthamoeba─Theultimateopportunist?AmJOphthalmol102:527-530,19869)ZamfirO,YeraH,BourcierTetal:DiagnosisofAcanthamoebaspp.keratitiswithPCR.JFrOphtalmol29:1034-1040,200610)並木美夏,増田洋一郎,浦島容子ほか:Polymerasechainreaction法で診断されたアカントアメーバ角膜炎の1例.臨眼57:777-780,200311)OrdanJ,SteveM,NigelMetal:PolymerasechainreactionanalysisofcornealepithelialandtearsamplesinthediagnosisofAcanthamoebakeratitis.InvestOphthalmolVisSci39:1261-1265,1998***