あたらしい眼科Vol.27,No.6,20107910910-1810/10/\100/頁/JCOPY加齢黄斑変性病巣組織からみえること加齢黄斑変性は,高齢者の黄斑部に生じる疾患です.滲出型と非滲出型に分類され,滲出型では新生血管が感覚網膜下あるいは網膜色素上皮下に発生し,急激な視力低下や中心暗点,変視を自覚します.加齢黄斑変性の分子メカニズムは,完全に解明されてはいませんが,遺伝子変異,酸化ストレス,喫煙などの因子が相互に影響し合いながら発症,進展していくと考えられています.ヒト加齢黄斑変性病巣(脈絡膜新生血管)を摘出し,組織観察を行うと,血管内皮増殖因子(vascularendotherialgrowthfactor:VEGF),マクロファージの集積がみられます(図1)1).現在の加齢黄斑変性治療の中心を抗VEGF療法が担っていることを考えると,つぎの治療戦略のターゲットがマクロファージになる可能性は十分にあると思われます.マクロファージは何をしているのか?マクロファージの加齢黄斑変性の病態への関与は,1990年代から提唱されています.しかしながら,なぜ脈絡膜新生血管にマクロファージが集積するかということは不明でした.他疾患を見渡すと,加齢黄斑変性と同様に加齢とともに発症が増加し,病巣にマクロファージが集積する疾患に動脈硬化があります.動脈硬化のマクロファージは,酸化脂質(酸化LDL)を貪食していることがわかっています2).では,加齢黄斑変性病巣のマク(77)◆シリーズ第114回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊鈴木三保子瓶井資弘(大阪大学大学院医学系研究科眼科学)加齢黄斑変性の新たな治療戦略に向けてmacrophage図1加齢黄斑変性患者の摘出脈絡膜新生血管マクロファージの集積がみられる(赤:マクロファージ).図2加齢黄斑変性患者の摘出脈絡膜新生血管左:マクロファージに酸化リン脂質を認識するscavengerreceptorが発現〔緑:マクロファージ(CD68),赤:scavengerreceptor(LOX-1)〕.右:酸化リン脂質が存在する(矢頭)(赤:酸化リン脂質).CD68LOX-1…………792あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010ロファージは,何をしているのか?筆者らは,加齢黄斑変性病巣に集積しているマクロファージには,酸化リン脂質を認識するscavengerreceptorが発現していて,かつ,酸化リン脂質が加齢黄斑変性病巣に存在していることを確認しました(図2)3).それでは,酸化リン脂質はどこからきているのか?という疑問がでてきます.筆者らは米国のドナーバンクの正常ヒト眼を用いて実験を行い,ヒト網膜において酸化リン脂質はおもに視細胞外節に存在し,それは加齢とともに増加すること,正常眼と加齢黄斑変性眼を比較すると,同年齢にもかかわらず,加齢黄斑変性眼の視細胞外節にはより多くの酸化リン脂質が含まれるという結果を得ました(図3)4).この結果から以下の流れが推測されます.ヒト網膜において,リン脂質が最も多く含まれる部位は,畳積した細胞膜構造をもつ視細胞外節であり,そこに何らかの酸化ストレスが加わり,酸化リン脂質になることが予想されます.加齢黄斑変性病巣のマクロファージは,この酸化リン脂質をターゲットにしている可能性があると考えられるのです.加齢黄斑変性の新たな治療戦略に向けて―抗炎症薬と抗酸化薬の可能性―現在の加齢黄斑変性に対する治療法としては,おもに抗VEGF療法,光線力学的療法があげられますが,残念ながら複数回の治療を要するなど課題が多いのが現状です.今回紹介した筆者らの研究は,慢性炎症につながる可能性のあるマクロファージが治療のターゲットとなる可能性を示唆したものとなります.そして,そのマクロファージが酸化リン脂質という酸化物質を標的としているということは,この酸化リン脂質の生成を阻止することも新たな治療戦略として考えられるということになります.今後,抗炎症薬,抗酸化薬という切り口から新しいアプローチが期待されます.文献1)GrossniklausHE,LingJX,WallaceTMetal:Macrophageandretinalpigmentepitheliumexpressionofangiogeniccytokinesinchoroidalneovascularization.MolecularVision8:119-126,20022)BochkovVN,PhilippovaM,OskolkovaOetal:Oxidizedphospholipidsstimulateangiogenesisviaautocrinemechanisms,implicatinganovelroleforlipidoxidationintheevolutionofatheroscleroticlesions.CircRes99:900-908,20063)KameiM,YonedaK,KumeNetal:Scavengerreceptorsforoxidizedlipoproteininage-relatedmaculardegeneration.InvestOphthalmolVisSci48:1801-1807,20074)Suzuki,M,KameiM,ItabeHetal:Oxidizedphospholipidsinthemaculaincreasewithageandineyeswithagerelatedmaculardegeneration.MolecularVision13:772-778,2007(78)POSPOS図3正常眼(左:75歳)と加齢黄斑変性眼(右:70歳)の視細胞外節加齢黄斑変性眼には酸化リン脂質(赤)が多く存在する.■「加齢黄斑変性の新たな治療戦略に向けて」を読んで■今回は大阪大学眼科の鈴木三保子先生,瓶井資弘先生による加齢黄斑変性の病態についての研究のご紹介です.加齢黄斑変性は,その臨床所見と診断・治療戦略は,画像診断の研究を推進してきた多くの日本人研究者が世界をリードしています.黄斑下血管新生の分子(79)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010793病態の全体像はまだ解明されていませんが,病態の基礎研究においても,病理組織学的な研究,疾患モデルを用いての分子病理学的な研究,そして遺伝子レベルでのリスク因子の解明と病態の研究など,わが国の多くのトップ研究者はこの分野の研究で世界的な業績をあげて病態解明に大きな貢献をしています.治療として血管内皮増殖因子(VEGF)の作用を抑制することにより加齢黄斑変性に治療効果がみられることから,黄斑下血管新生の分子病態に重要な働きをしている因子の一つとしてVEGFが確認されています.しかし,黄斑下に血管新生をひき起こすほどVEGFの作用が過剰になるのはなぜか?まだ明確な答えはありません.炎症のメカニズムが加齢黄斑変性に関連している可能性が考えられますが,細胞生物学レベルでマクロファージの関与,そのマクロファージが酸化リン脂質という酸化物質を標的として活性化されていることなどが瓶井資弘先生の研究グループにより明らかにされつつあります.本来,血管のない網膜の下,網膜色素上皮の上のスペースに血管新生をひき起こすにはいくつものステップの病的な状態が積み重なること,それが長期にわたるゆっくりとした変化として起こることが臨床的にみられる加齢黄斑変性ですが,この考えでみれば不思議な病態を説明するためには複雑な生命現象の解明が必要になりそうです.関与する細胞を同定し,その機能異常,その関与する炎症や創傷治癒といった大きな流れを明らかにしていくことは,このような複雑な病態を解きほぐすのに本当に有効と考えられます.鈴木先生,瓶井先生が本総説のなかで述べておられるように,病態の解明は新しい発想での治療薬の開発につながります.臨床に導入された上記の抗VEGF薬は有効ではありますが,現時点では完璧な治療法ではありません.なによりも血管新生を抑制し病態の進展抑制の効果はありますが,発症の予防(一次予防),軽症例の進展の予防(二次予防)には適応できません.これからの高度高齢化社会を目前にし,ますます加齢黄斑変性患者数が激増することが予想される現在,血管新生をひき起こす前段階としての病態の解明,それに伴う予防薬,治療薬の開発には大きな期待がかかっています.山形大学医学部眼科山下英俊☆☆☆