0910-1810/10/\100/頁/JCOPY膜上に止まり,正視は維持される.しかし,屈折系の成長に比べて眼軸長の成長が過剰になると(excessiveaxialelongation),焦点は網膜より前方に偏位し,近視が進行する.すなわち,小児の近視進行はおもに軸性近視であり,調節系の病的緊張や一過性の順応による屈折力の変動は,一時的に視力に影響を与える可能性があるが,近視進行に本質的に関与するものではないと思われる.眼軸長の伸展速度は網膜に与えられた像のぼけ(または後方への焦点ずれ)によって促進されること(眼軸長の視覚制御)が複数の動物実験により明らかになっており1),世界の近視研究者の多くは現在,いかに眼軸長の伸展を抑制するかの一点を目標に研究を重ねているといっても過言でない.はじめにEarlSmithは1990年代にサルを用いた一連の動物実験を行い,眼軸長の視覚制御(visualregulationofaxiallength)のしくみを発見した1).その結果,近視進行のメカニズムや予防法に関する研究は急速に進歩している.今世紀になるとevidencebasedmedicine(EBM)の理念がすべての医療分野に普及し,近視予防研究においても,科学的エビデンスの創造という視点から研究形態はより精密かつ大規模なものに様変わりしている.また最近では,CarlZeissVision社が,こうした研究結果に基づいて,近視予防を目的とする累進屈折力レンズ(MyovisionTMLens)を発売するなど,医療産業においても変化の兆しがみられる.本稿では,近視予防法のパラダイム・シフトについて,過去10年間に報告された臨床研究を基に解説したい.I学童期の近視はなぜ進むのか?約40年前には国内でも,小児期に近視が進む原因として,水晶体の屈折力増大による屈折説と,眼軸長の伸展による眼軸説の間で,盛んな議論がみられた.しかしその後,眼軸長計測をはじめとする眼球のバイオメトリー技術が進歩した結果,現在では近視進行の原因はつぎのように考えられている(図1).新生児から成人に至るまで,眼球は徐々に成長していく.もし角膜や水晶体などの屈折系と眼軸長が調和を保って成長すれば(proportionaldevelopment),焦点は網(43)757*SatoshiHasebe:岡山大学大学院医歯薬学総合研究科眼科学〔別刷請求先〕長谷部聡:〒700-0914岡山市北区鹿田町2-5-1岡山大学大学院医歯薬学総合研究科眼科学特集●屈折矯正における基本あたらしい眼科27(6):757.761,2010小児の近視予防ControlofMyopiaProgressioninClildren長谷部聡*Proportionaldevelopment正視近視化Excessiveaxialelongation図1小児期に近視が進むしくみ758あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(44)に対し,数年.数十年の経過観察を行い,疾患の発症または進行にかかわる危険因子を探る研究である.最も有名なコホート研究は虚血性心疾患の危険因子を解明したFramingham研究であろう.研究費用が莫大になるが,前向き研究であるため信頼性が高く,エビデンスのレベルでは第3位にランクされる.小児の近視進行に関するコホート研究としては,1)OrindaStudy(米国)4,5),2)SingaporeCohortStudyoftheRiskFactorsforMyopia(シンガポール)6),3)SydneyMyopiaStudy(オーストラリア)7,8)が代表である(表2).ここでは,小児期の近視進行は1)遺伝の影響が強く,2)都市部で速く,3)近業の程度が強いほど速く,4)戸外活動(outdooractivity)により抑制され,5)I.Q.や学歴が高いほど速いことなどが明らかになっている.コホート研究の結論は,従来の経験則(たとえば1939年に政府が通達した近視予防法)の一部を裏付けII近視予防研究とエビデンスのレベル近視予防法については150年以上の研究の歴史がある(表1).しかし科学的エビデンスのレベル(図2)からみれば,2000年以前に報告された臨床試験のほとんどは比較対照試験以下のレベルに止まっている.現在も多くの診療施設で実施されているであろうトロピカミド点眼や調節緩和訓練などは,エビデンスのレベルとしては低位である.ところが21世紀になると,近視予防研究においてもおもに海外を中心として,より信頼性の高いエビデンスであるコホート研究やランダム化比較試験(RCT:randomizedcontrolledtrial)が続々と報告されるようになり,さらに近年では複数のRCTに基づいたメタ解析(システマティック・レビュー)が報告されている2,3).III近視予防のコホート研究コホート研究とは,ある地区の住民(数千.数万人)表2小児の近視進行に関するおもなコホート研究名称実施国n(人)期間(年)OrindaStudyII米国3,8891989.2001SingaporeCohortStudyoftheRiskFactorsforMyopiaシンガポール5,0941999.2002SydneyMyopiaStudyオーストラリア2,3532003.2005表1英文で報告されたおもな近視予防法(.2000年)訓練Ewalt(1849)Kin(1988)BiofeedbackBalliet(1982)Berman(1978)Gallaway(1987)Koslowe(1991)Angi(1996)低周波刺激超音波刺激低矯正眼鏡Tokoro(1965)Robert(1963)過矯正眼鏡Goss(1984)二重焦点眼鏡Mandell(1959)Miles(1969)Robert(1967)Oakley(1975)Neetens(1985)Goss(1986)Grosvenor(1987)Parsinnen(1989)Jansen(1991)TropicamideTokoro(1965)Abraham(1966)Schwaltz(1981)AtropineGimbel(1973)Gruber(1979)Bedrossian(1979)Brodstein(1984)LavetrolHosaka(1988)TimololHosaka(1988)Jensen(1991)2000年までの近視予防研究2000年からの近視予防研究……………………………………………………………………………………..図2科学的エビデンスのレベル(MAHolmes,2008)と近視予防研究(45)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010759ン眼軟膏は,アトロピンに比べると散瞳や調節麻痺など副作用が少ない.2つのRCT18,19)は,いずれも統計学的に有意な近視抑制効果を報告している(図4).しかし報告された抑制効果はアトロピン点眼液の約50%であり,また現時点では市販される予定はない.V光学的予防法とメタ解析EarlSmithの研究1)をはじめ複数の動物実験が,眼鏡処方矯正のやり方は,少なくともある程度は将来の屈折異常を左右することを示唆している.小児の屈折矯正を行う際には,この点について認識しておくべきである.累進屈折力レンズの作用機序は,眼軸長の制御機転のトリガー信号と考えられる近業時にみられる網膜後方への焦点ずれ(調節ラグ)を軽減し,眼軸長の過伸展を抑制することにある22).問題となる副作用の報告はこれまで皆無であり,またレンズの外観は単焦点レンズとほとんど差がないことから,臨床応用しやすい.しかしメタ解析によって明らかとなった近視抑制効果は,統計学的には有意であるものの,平均0.14D/年(単焦点眼鏡にる科学的エビデンスとみることができる.たとえば,両親とも近視の子供は,両親いずれも近視でない子供に比べて,近視になるリスクが8倍高く,片親のみが近視の子供は,両親いずれも近視でない子供に比べて,近視になるリスクは2倍高いことが明らかになった5).戸外活動による近視抑制効果は,従来予想されてきたような調節の緩和のみによるものではなく,強力な太陽光線を浴びることによりドパミン分泌が増えること,縮瞳により高次収差が減り,よりクリアな網膜像が得られることによって,眼軸長の伸展が抑制された結果であろうと推定されている9,10).IV薬物的予防法とメタ解析メタ解析とは,すでに実施された複数のRCTをまとめ,標本数やデータのばらつきから重み付けを行い,それらを統合することによりただ一つの結論を得ようとする研究である.エビデンスのレベルにおいては最高位にランクされ,メタ解析の結果を基に診療上のガイドラインが作られることが多い.メタ解析により近視抑制効果や眼軸長伸展抑制効果が確認された(確認される予定の)方法論としては,アトロピン点眼11.17),ピレンゼピン眼軟膏18,19),累進屈折力レンズ20.25)の三者があげられる.図3が示すように,ムスカリン受容体拮抗薬であるアトロピン点眼液(0.05.1%,1回/日点眼)の近視抑制効果は平均0.65D/年と強力である(筆者らのRCT23)における対照群でみられた平均近視進行速度0.7D/年と比較).治療機転としては,従来考えられてきたような調節系を介するものではなく,網膜,脈絡膜,強膜に分布するムスカリン受容体に直接作用し,眼軸の伸展を抑制するものと考えられている26).しかしアトロピン点眼液には局所的,全身的な副作用の問題があり,適用には慎重論が多い.散瞳作用による羞明には調光眼鏡を,調節麻痺による近見障害には累進屈折力レンズや二重焦点レンズ眼鏡が必要となる.これに加えて,報告されているRCTの経過観察期間は1.2年と限られており,長期的な予後について十分検証されていない.M1選択的ムスカリン受容体拮抗薬であるピレンゼピ統合平均値差屈折度(D/年)Yen(1989)Shih(1999)Shih(2001)Syniuta(2001)Chua(2006)Lee(2006)-1.50-1.00-0.500.00-0.65眼軸長(mm/年)-0.50-0.250.000.25-0.21対照群に対する平均抑制効果NANANANA図30.05~1%アトロピン点眼による臨床試験(メタ解析)平均値とその95%信頼区間を示す.左側に行くほど抑制効果が強い.NA:データなし.屈折度(D/年)-1.50-1.00-0.500.00眼軸長(mm/年)-0.50-0.250.000.25対照群に対する平均抑制効果統合平均値差-0.31-0.073Tan(2005)Siatkowski(2004)図42%ピレンゼピン眼軟膏による臨床試験(メタ解析)760あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(46)果が期待されている.おわりに結論として,複数のコホート研究は,近視進行は遺伝的に定められたものであるにせよ,生活習慣について適切な指導を与えること(環境因子の制御)により,一定範囲で進行速度をコントロールできることを示している.一方,複数のRCTに基づくメタ解析は,アトロピン点眼や累進屈折力レンズは確かに近視進行を抑制するものの,臨床応用するにはなお解決すべき問題が残されていることを示している.こうした臨床研究の進歩と同時進行で,新しいコンセプトに基づく近視予防法が,医療として積極的に取り入れられつつあるのが現状である.文献1)SmithER3rd:Environmentallyinducedrefractiveerrorsinanimal.In:Myopiaandnearworked:RosenfieldM,GilmartinB,p57-90,ButtweworthHeinemenn,Oxford,19982)SawSM,Shih-YenEC,KohAetal:Interventionstoretardmyopiaprogressioninchildren:anevidence-basedupdate.Ophthalmology109:415-421,20023)長谷部聡:今月の話題近視進行予防のEBM.臨眼60:1873-1877,20084)MuttiDO,MitchellGL,JonesLAetal:Parentalmyopia,nearwork,schoolachievement,andchildren’srefractiveerror.InvestOphthalmolVisSci43:3633-3640,20025)JonesLA,SinnottLT,MuttiDOetal:Parentalhistoryofmyopia,sportsandoutdooractivities,andfuturemyopia.InvestOphthalmolVisSci48:3524-3532,20076)SawSM,ShankarA,TanSBetal:AcohortstudyofincidentmyopiainSingaporeanchildren.InvestOphthalmolVisSci47:1839-1844,2006対する抑制率:12%)にすぎず(図5),近視予防法として推奨するには不十分であるというのが一般的な見方である.しかし他に科学的エビデンスのある方法論がない現状を考えたとき,インフォームド・コンセントを前提に累進屈折力レンズを処方することが,道義的に問題となるとは思えない.事実,近視予防用の累進屈折力レンズ(MC-lensTM,Sola社)の需要は増大しており,現在中国では月に1万枚が販売されているという.1965年Tokoroらは,低矯正眼鏡を装用した群と(過矯正眼鏡を含めた)完全矯正眼鏡を装用した群を比較して,前者では近視進行や眼軸長の伸展が遅くなることを報告した27).しかし最新のRCTによれば,予想とは逆に,低矯正眼鏡の装用群で近視進行や眼軸長の伸展が速くなる傾向が示された28,29).メタ解析で統合すると,両群間に有意差はみられず(図6),低矯正眼鏡を処方する(あるいは軽度近視を眼鏡矯正せずに経過をみる)ことには,少なくとも近視抑制効果は期待できないと考えられる.近年,眼軸長の視覚制御機点のトリガー信号として,近業時にみられる調節ラグとともに,周辺部網膜における後方への焦点ずれ(relativehyperopicdefocus)の存在が注目されている.従来の矯正(単焦点)レンズが軸上での(つまり中心窩における)屈折矯正を意図していたのに対し,同時に周辺部網膜における屈折矯正を意図する眼鏡レンズが発売された(MyovisionTMLens,CarlZeissVision).現在,こうした新世代の累進屈折力レンズを用いたRCTが進んでおり,より強力な近視抑制効屈折度(D/年)-1.50-1.00-0.500.00-0.14眼軸長(mm/年)-0.50-0.250.000.25-0.054対照群(単焦点レンズ)に対する平均抑制効果NALeung(1999)Shih(2001)Edwards(2002)COMET(2004)Hasebe(2008)Yang(2009)Cheng(2010)*統合平均値差図5累進屈折力レンズによる臨床試験(メタ解析)*二重焦点眼鏡による報告.NA:データなし.Tokoro(1965)Chung(2002)Adler(2006)統合平均値差屈折度(D/年)-1.50-1.00-0.500.00+0.11眼軸長(mm/年)-0.50-0.250.000.25対照群(完全矯正)に対する平均抑制効果NANA図6低矯正眼鏡による臨床試験(メタ解析)NA:データなし.(47)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010761double-masked,placebo-controlled,parallelsafetyandefficacystudyof2%pirenzepineophthalmicgelinchildrenwithmyopia.Ophthalmology112:84-91,200520)LeungJT,BrownB:ProgressionofmyopiainHongKongChineseschoolchildrenisslowedbywearingprogressivelenses.OptomVisSci76:346-354,199921)EdwardsMH,LiRW,LamCSetal:TheHongKongprogressivelensmyopiacontrolstudy:studydesignandmainfindings.InvestOphthalmolVisSci43:2852-2858,200222)GwiazdaJ,HymanL,HusseinMetal:Arandomizedclinicaltrialofprogressiveadditionlensesversussinglevisionlensesontheprogressionofmyopiainchildren.InvestOphthalmolVisSci44:1492-1500,200323)HasebeS,OhtsukiH,NonakaTetal:EffectofprogressiveadditionlensesonmyopiaprogressioninJapanesechildren:aprospective,randomized,double-masked,crossovertrial.InvestOphthalmolVisSci49:2781-2789,200824)YangZ,LanW,GeJetal:TheeffectivenessofprogressiveadditionlensesontheprogressionofmyopiainChinesechildren.OphthalmicPhysiolOpt29:41-48,200925)ChengD,SchmidKL,WooJCetal:Randomizedtrialofeffectofbifocalandprismaticbifocalspectaclesonmyopicprogression:two-yearresults.ArchOphthalmol128:12-19,201026)McBrienNA,MoghaddamHO,ReederAP:Atropinereducesexperimentalmyopiaandeyeenlargementviaanonaccommodativemechanism.InvestOphthalmolVisSci34:205-215,199327)TokoroT,KabeS:Treatmentofthemyopiaandthechangesinopticalcomponents.ReportII.Full-orundercorrectionofmyopiabyglasses.NipponGankaGakkaiZasshi69:140-144,196528)ChungK,MohidinN,O’LearyDJ:Undercorrectionofmyopiaenhancesratherthaninhibitsmyopiaprogression.VisionRes42:2555-2559,200229)AdlerD,MillodotM:Thepossibleeffectofundercorrectiononmyopicprogressioninchildren.ClinExpOptom89:315-321,20067)IpJM,SawSM,RoseKAetal:Roleofnearworkinmyopia:findingsinasampleofAustralianschoolchildren.InvestOphthalmolVisSci49:2903-2910,20088)RoseKA,MorganIG,IpJetal:Outdooractivityreducestheprevalenceofmyopiainchildren.Ophthalmology115:1279-1285,20089)RoseKA,MorganIG,SmithWetal:Myopia,lifestyle,andschoolinginstudentsofChineseethnicityinSingaporeandSydney.ArchOphthalmol126:527-530,200810)DiraniM,TongL,GazzardGetal:OutdooractivityandmyopiainSingaporeteenagechildren.BrJOphthalmol93:997-1000,200911)YenMY,LiuJH,KaoSCetal:Comparisonoftheeffectofatropineandcyclopentolateonmyopia.AnnOphthalmol21:180-182,198912)ShihYF,ChenCH,ChouACetal:Effectsofdifferentconcentrationsofatropineoncontrollingmyopiainmyopicchildren.JOculPharmacolTher15:85-90,199913)ShihYF,HsiaoCK,ChenCJetal:Aninterventiontrialonefficacyofatropineandmulti-focalglassesincontrollingmyopicprogression.ActaOphthalmolScand79:233-236,200114)SyniutaLA,IsenbergSJ:Atropineandbifocalscanslowtheprogressionofmyopiainchildren.BinoculVisStrabismusQ16:203-208,200115)LeeJJ,FangPC,YangIHetal:Preventionofmyopiaprogressionwith0.05%atropinesolution.JOculPharmacolTher22:41-46,200616)ChuaWH,BalakrishnanV,ChanYHetal:Atropineforthetreatmentofchildhoodmyopia.Ophthalmology113:2285-2291,200617)FanDS,LamDS,ChanCKetal:Topicalatropineinretardingmyopicprogressionandaxiallengthgrowthinchildrenwithmoderatetoseveremyopia:apilotstudy.JpnJOphthalmol51:27-33,200718)SiatkowskiRM,CotterS,MillerJMetal:Safetyandefficacyof2%pirenzepineophthalmicgelinchildrenwithmyopia:a1-year,multicenter,double-masked,placebocontrolledparallelstudy.ArchOphthalmol122:1667-1674,200419)TanDT,LamDS,ChuaWHetal:One-yearmulticenter,