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眼球を摘出した眼窩頭蓋底腫瘍の1例

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(135)707《原著》あたらしい眼科27(5):707.709,2010cはじめに髄膜腫はくも膜細胞由来の腫瘍であり,全頭蓋内腫瘍の約20%を占める1).一方で,眼窩におけるその発生頻度は,全眼窩内腫瘍の3.10%と比較的少ない2).一般に,進行の緩徐な良性腫瘍であることから,無症候性に経過し,画像検査で偶然に発見されることもあり,ときとして医療機関受診時には巨大化しており,治療に難渋することもある3).髄膜腫の発生原因は,男女比で2対1と女性に多く発症すること,くも膜細胞に黄体ホルモンレセプター,エストロゲンレセプターの発現率が高いことから女性ホルモンの関与が考えられている1).他の危険因子として,放射線,頭部外傷,ウイルス,22番染色体異常,2型神経線維腫症があげられる1).かつて行われていた頭部白癬に対する放射線治療後に髄膜腫を発症したとの報告を基に,多数の検討により放射線は髄膜腫の危険因子であることが認められている4.6).放射線を誘因とした髄膜腫の特徴として,約80%が頭蓋円蓋部より上方に発生し,放射線の照射部位に一致した大脳鎌や矢状部〔別刷請求先〕上田幸典:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学Reprintrequests:KosukeUeda,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Hirokoji-agaru,Kawaramachi-dori,Kamigyo-ku,Kyoto602-0841,JAPAN眼球を摘出した眼窩頭蓋底腫瘍の1例上田幸典渡辺彰英木村直子木下茂京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学ACaseofOrbitalandSkullBaseTumorResultinginEnucleationKosukeUeda,AkihideWatanabe,NaokoKimuraandShigeruKinoshitaDepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine今回筆者らは手術時に眼球も摘出した眼窩頭蓋底腫瘍の1例を経験したので報告する.症例は61歳,女性.幼少時に右眼窩内腫瘍に対してコバルト治療を受けたと家族より伝えられていたが,詳細は不明であった.2008年5月頃から右眼球突出,眼痛の増悪を認め当科へ紹介された.眼球は眼窩内より逸脱し,角膜混濁を認め光覚は消失していた.Magneticresonanceimaging(MRI)で眼窩内から中頭蓋窩,頭蓋内および海綿静脈洞内に腫瘍の浸潤を認めた.疼痛管理と診断目的に眼球摘出および腫瘍の生検を施行した.病理組織検査で髄膜腫と診断され,これまでの経過と,眼窩のみならず頭蓋内にも多発していることからradiation-inducedmeningiomaと診断した.放射線治療後の髄膜腫では長期間経過してから急激な増大をきたすことがあり,注意が必要であると考えられた.Wereportacaseoforbitalandskullbasetumorresultedinenucleationoftheeyeball.Thepatient,a61-yearoldfemalewhohadreceivedradiotherapyforarightorbitaltumorinchildhood,wasreferredtoourhospitalonJune,2008withcomplaintsofprogressiveproptosisandpaininherrighteye.Onherfirstvisittoourhospital,wefoundthatherrighteyeballhadprolapsedfromtheorbit,andlightperceptionhadalreadybeenlost.Magneticresonanceimaging(MRI)disclosedanintenselyenhancingmassintherightorbit,middlecranialfossaandcavernoussinus.Enucleationoftheeyeballandbiopsyforthetumorwereperformed.Thetumorwasdiagnosedasmeningiomaonthebasisofhistologicalexamination.Inconsiderationofpreviousirradiationandmultipletumorsinvolvingtheorbitandthecranialcavity,itwasthoughtthatradiotherapyhadinducedthemeningioma.Radiation-inducedmeningiomasmayappearandprogressaggressivelymanyyearsafterradiotherapy.Carefulfollow-upisnecessaryafterradiotherapyfortheorbit.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):707.709,2010〕Keywords:眼窩頭蓋底腫瘍,眼球摘出,放射線,髄膜腫.orbitalandskullbasetumor,enucleation,radiation,meningioma.708あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(136)に好発するとされ,頭蓋底に生じることはまれである5).また,通常の髄膜腫と比較して細胞増殖能が高いとされる1).今回,筆者らは放射線治療の長期間経過後に急激な増大をきたし,眼球摘出を要した眼窩頭蓋底髄膜腫の1例を経験したので報告する.I症例患者:61歳,女性.主訴:右眼球突出の増大と眼痛.既往歴:3歳の頃に右眼窩内腫瘍に対してコバルト治療を受けていたと家族から聞いていたが詳細は不明であった.コバルト治療後の右眼視力はなかったが,眼球運動は可能であったとのことである.現病歴:2005年から右眼の疼痛のため前医で経過観察をされていた.右眼球突出を認めるも変化なく,積極的治療の希望はなかった.2008年5月頃から,右眼球突出の増大と眼痛の増悪を認めたため,2008年6月26日に京都府立医科大学附属病院眼科へ紹介受診した.初診時所見:視力は,右眼光覚なし,左眼0.3(0.9×.2.0D),眼圧は,右眼測定不能,左眼15mmHg,右眼球は眼窩内から脱出し,角膜は乾燥し混濁,著明な球結膜充血,結膜浮腫を認めた(図1).左眼に特記すべき異常はなかった.眼窩computedtomography(CT)では,右眼窩,鼻腔,副鼻腔の変形と,右眼窩内には大脳実質と等吸収域の充満した腫瘤を認めた.眼窩magneticresonanceimaging(MRI)では,T1強調画像で大脳実質とほぼ等信号,T2強調画像で高信号の眼窩から中頭蓋底へ進展する眼窩頭蓋底腫瘍を認めた.腫瘍は非常によく造影され,境界明瞭であり,眼内も多様な信号の異常所見を呈していた(図2).また,大脳鎌に2つの腫瘤を併発していた.治療と経過:初診時からすでに右眼の視機能は廃絶しており,疼痛管理と診断目的に,本人の同意を得て,2008年7月18日に右眼球摘出術および眼窩内腫瘍生検を施行した.電気メスを用いてわずかに残存した瞼結膜から切開し,視神経まで展開,視神経を切断した.眼球摘出後,上方の腫瘍の一部を生検した.腫瘍は被膜に包まれており,被膜の内部は柔らかい易出血性の腫瘍であった.残存した結膜がわずかであること,眼窩内に腫瘍が残存していることから義眼床作製は困難と判断し,結膜を縫合した後,瞼板縫合を行い,手術を終了した.眼窩内腫瘍の病理組織検索の結果,紡錘形細胞の増生,と図1術前の顔面写真右眼球は眼窩内から脱出し,角膜は乾燥し混濁,球結膜の著明な充血・浮腫を認めた.図2術前MRIa:T1強調画像(軸位断).眼窩から中頭蓋底へ進展する,脳実質とほぼ等信号の腫瘍を認める.b:T2強調画像(軸位断).眼窩から中頭蓋底へ進展する,高信号の腫瘍を認める.c:造影画像(軸位断).非常によく造影される,境界明瞭な腫瘍を認める.d:造影画像(矢状断).眼内は正常構造を保っていない.acbd図3病理組織像(ヘマトキシン・エオシン染色,×200)紡錘形細胞の増生と,ところどころに渦巻形成を認め,髄膜腫と診断した.(137)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010709ころどころに渦巻形成を認め,髄膜腫と診断された(図3).細胞増殖能の指標であるMIB-1陽性率は1%未満であった.これまでの経過と,眼窩のみならず頭蓋内にも多発していることからradiation-inducedmeningiomaと診断した.眼球内および視神経には腫瘍性所見を認めなかった.眼窩内の残存腫瘍および,頭蓋内腫瘍に対して,脳神経外科へ照会を行った.眼窩内から頭蓋内へ腫瘍の進展を認め,増大に伴い脳機能障害や感染症の危険性が高い状態であるため,2009年5月18日に右前頭側頭開頭経由で眼窩頭蓋底腫瘍摘出術が行われた.摘出腔は腹部脂肪と有茎骨膜弁を用いて充.し,眼窩外壁はチタンメッシュで再建された.脳外科での手術摘出標本の病理診断の結果もradiation-inducedmeningiomaを示唆するtransitionalmeningiomaであり,MIB-1陽性率は5%未満であった.その後の経過観察期間中,眼窩内腫瘍の再発は認めていない.今後,頭蓋内の残存腫瘍に対しては,定位放射線治療を予定されている.II考按一般に,放射線は腫瘍性病変の誘発因子として知られる.1.2Gyと低線量であっても髄膜腫を含めた神経系腫瘍発症の危険性が増加する6).1953年にMannらが放射線と髄膜腫の関連を初めて報告し,以降,多数の検討により頭部への放射線照射は髄膜腫の発生因子として認められている.放射線治療後の小児をレトロスペクティブに調査した検討では,放射線治療群は非放射線治療群と比較して発生率が4倍であると報告している7).放射線誘発性髄膜腫は通常の髄膜腫と特徴が異なる.放射線誘発性髄膜腫の発生部位は,通常,放射線照射部位に一致しており,86.95%が大脳鎌,傍矢状洞,頭蓋円蓋部といった頭蓋冠部に発生し,通常の髄膜腫の同部位における発生頻度が53.70%であることと比較して頭蓋冠部に好発する5).多発する割合は5.29%5)と,通常の髄膜腫が1.2%8)であるのに対して高頻度である.髄膜腫は通常,50.60年の経過で発育する4)一方で,放射線誘発性髄膜腫は,放射線照射から発症までに低線量で36.38年,高線量で24年と比較的早期に発症し,線量と発症までの期間の相関もあるとされる9).組織像は,高い細胞充実性,細胞多形性,巨大細胞出現率の増加,高い細胞増殖能を特徴としている5).放射線誘発性髄膜腫は多発性や組織学的特徴などから摘出後の再発率は19.26%と,通常の髄膜腫の再発率が3.11%であるのと比較して高い5).本症例は,放射線治療を受けた既往があること,眼窩内から中頭蓋底へ進展している腫瘍のほかに,大脳鎌,海綿静脈洞内に多発して腫瘍を認めたことから,放射線誘発性髄膜腫と考えられた.前述の好発部位とは異なるが,眼窩内腫瘍に対し放射線治療を受けたことによると考えられた.一般に,眼窩原発の髄膜腫は視神経管周囲のくも膜や,眼球後局部周囲のくも膜などから発生する2).今回の症例では,眼窩内から中頭蓋底にわたる巨大な腫瘤であり,原発部位は不明であった.本症例は,初診時にすでに視機能は廃絶した状態であり,眼球摘出術を行った.一般に,髄膜腫は良性腫瘍であり,成長が非常に緩徐であることから,腫瘍の大きさが小さく無症候性である場合は経過観察を行うが,本症例のように,頭蓋内に進展し拡大傾向を認める場合は腫瘍切除を要する.頭蓋底に進展した症例や前方からのアプローチが困難な症例であれば,確実かつ安全な腫瘍切除を行うため前頭側頭開頭アプローチを選択する10).本症例では,残存腫瘍に対して定位放射線治療を予定されているが,再発の危険性は通常の場合と比べ高いため,今後慎重な経過観察を要すると考えられる.以上,放射線治療後に,50年以上経過して急速に増大した髄膜腫の1例を報告した.腫瘍が眼窩内に及び急速に増大した結果,眼窩内からの眼球の逸脱,視機能の廃絶のため眼球摘出を要した.放射線治療後の髄膜腫では長期間経過してから急激な増大をきたすことがあり,注意が必要であると考えられた.文献1)BondyM,LigonBL:Epidemiologyandetiologyofintracranialmeningiomas:areview.JNeurooncol29:197-205,19962)ReeseAB:Expandinglesionsoftheorbit.TransOphthalmolSocUK91:85-104,19713)鈴木悦子,後藤浩,臼井正彦:眼窩に発生した巨大な髄膜腫の3症例.眼臨93:1718-1723,19994)MunkJ,PeyserE,GruszkiewiczJ:Radiationinducedintracranialmeningiomas.ClinRadiol20:90-94,19695)RubinsteinAB,ShalitMN,CohenMLetal:Radiationinducedcerebralmeningioma:arecognizableentity.JNeurosurg61:966-971,19846)RonE,ModanB,BoiceJDJretal:Tumorsofthebrainandnervoussystemafterradiotherapyinchildhood.NEnglJMed319:1033-1039,19887)ModanB,BaidatzD,MartHetal:Radiation-inducedheadandnecktumours.Lancet1:277-279,19748)IaconoRP,ApuzzoML,DavisRLetal:Multiplemeningiomasfollowingradiationtherapyformedulloblastoma.Casereport.JNeurosurg55:282-286,19819)MackEE,WilsonCB:Meningiomasinducedbyhighdosecranialirradiation.JNeurosurg79:28-31,199310)嘉鳥信忠:【眼科臨床医のための眼形成・眼窩外科】眼窩腫瘍─眼窩悪性腫瘍,眼窩頭蓋底腫瘍.あたらしい眼科24:571-577,2007

急性視力低下を示した神経サルコイドーシスの1例

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(131)703《原著》あたらしい眼科27(5):703.706,2010cはじめに神経サルコイドーシスはサルコイドーシスの約5%にみられる中枢神経疾患であり,脳神経障害では顔面神経麻痺が代表的である1.4).サルコイドーシスにおける視神経障害としては視神経乳頭の結節型腫脹が知られているが,視交叉病変も神経サルコイドーシスの約10%を占め,好発部位にあげられる5).今回筆者らは片眼の急性視力低下で発症し,MRI(磁気共鳴画像)において視交叉部圧迫病変を示した神経サルコイドーシスの1例を経験したので報告する.I症例患者:21歳,男性.主訴:左眼視力低下.全身既往歴・家族歴:特になし.〔別刷請求先〕松尾祥代:〒080-0016帯広市西6条南8丁目1JA北海道厚生連帯広厚生病院眼科Reprintrequests:SachiyoMatsuo,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ObihiroKouseiHospital,1West6South8ObihiroCity080-0016,JAPAN急性視力低下を示した神経サルコイドーシスの1例松尾祥代*1橋本雅人*2小原裕一郎*2大黒浩*2保月隆良*3木村早百合*4*1JA北海道厚生連帯広厚生病院眼科*2札幌医科大学眼科学講座*3札幌医科大学神経内科学講座*4西岡眼科クリニックACaseofNeurosarcoidosiswithAcuteVisualLossSachiyoMatsuo1),MasatoHashimoto2),YuichiroObara2),HiroshiOhguro2),TakayoshiHozuki3)andSayuriKimura4)1)DepartmentofOphthalmology,ObihiroKouseiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedicine,3)DepartmentofNeurologiccalInternalMedicine,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedicine,4)NishiokaEyeClinic急性視力低下を示した神経サルコイドーシスの1例を経験した.症例は21歳,男性.視野検査では部分的両耳側半盲を示したため,視交叉病変を疑いMRI(磁気共鳴画像)施行した.造影MRIでは,大脳鎌より前頭蓋底にかけて硬膜に沿って広がる造影効果を有する腫瘍陰影を認め,さらに薄いスライスFIESTA(FastImagingEmployingSteady-stateAcquisition)では腫瘤が視交叉を圧迫している所見がみられた.脳外科的に部分的腫瘍摘出術が施行され,迅速病理診断では結核が疑われたが,永久病理所見およびガリウムシンチグラフィーなどの全身検索の結果,サルコイドーシスと診断された.本症例はMRI所見および迅速病理所見から,脳内結核腫や結核性髄膜炎の際にみられるoptochiasmaticarachnoiditis類似の臨床像を呈したため,サルコイドーシスとの鑑別が困難であった.また,本症例における視力低下の原因は,臨床経過および画像所見より肉芽腫による視交叉への直接圧迫が原因と考えられた.Wedescribeacasewithneurosarcoidosispresentingasacutevisualloss.Thepatient,a21-year-oldmale,hadacutepartialbitemporalhemianopiasuggestingchiasmallesion.Post-contrastmagneticresonanceimaging(MRI)oftheheadshowedanenhancedmassextendingfromthefalxcerebrialongtheduraofthefrontalskullbase.Moreover,thin-sliceMRIofthechiasmwithFIESTA(FastImagingEmployingSteady-stateAcquisition)showedthatthemassdirectlycompressedthepre-chiasmfromtheanteromedialside.Althoughtuberculosiswassuspectedonthebasisofquickpathologicalfindingsafterpartialresectionofthetumor,sarcoidosiswasfinallydiagnosedonthebasisofpathologicalandsystemicfindings,suchasfromgalliumscintigraphy.Inthiscaseitwasverydifficulttodistinguishsarcoidosisfromtuberculosis,becausetheclinicalmanifestationissimilartooptochiasmaticarachnoiditis,whichissometimesseeninpatientswithcranialtuberculumortuberculousmeningitis.Theseclinicalandneurologicalfindingssuggestthatthevisuallossinthiscasemayhavebeencausedbydirectcompressiontothechiasm,ratherthanbyinflammationfromsarcoidosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):703.706,2010〕Keywords:神経サルコイドーシス,FIESTA法,視交叉病変,結核.neurosarcoidosis,FIESTA,optochiasmaticarachnoiditis,tuberculosis.704あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(132)現病歴:平成19年3月中旬ごろより頭痛が出現し,その後左眼の見え方の異常に気付いた.近医眼科を受診し,精査目的のために4月初旬札幌医科大学附属病院(以下,当院)眼科紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.06(1.0×.4.5D(cyl.2.5DAx180°),左眼0.03(0.09×.5.0D)であった.眼圧は右眼17mmHg,左眼16mmHgであり,前眼部,中間透光体,眼底は特に異常を認めなかった.また,左眼に相対的求心性瞳孔異常(RAPD)がみられた.初診時に行った静的量的視野検査では左眼上方に垂直子午線に沿った耳側欠損を有する中心暗点を,右眼はわずかではあるが,上耳側欠損がみられ(図1),視交叉病変を疑った.4月16日のMRI検査では造影T1強調画像において大脳鎌から前頭蓋底にかけて硬膜に沿うように伸展する実質外腫瘍陰影がみられた(図2).また,造影FIESTA(FastImagingEmployingSteady-stateAcquisition)水平断(0.4mm厚)ではchiasmaticcisternに存在する腫瘤が両視交叉前部を内側から圧排している所見がみられた(図3).以上の臨床所見より視力低下の原因は前頭蓋底腫瘤によることが示唆され,平成19年5月当院脳神経外科にて部分的腫瘍摘出術が施行された.術中迅速病理では,肉芽腫の中に乾酪壊死層様所見があり,結節が少ないことより結核が示唆された(図4).しかし永久標本では多数の小結節と,ところどころにラングハンス(Langhans)巨細胞を認め,ラングハンス巨細胞内にはカルシウムの沈着物であるasteroidbodyが確認された(図5).さらに結核菌が赤く染色されるZiel-Neelsen染色にても染色されなかったことより,病理学的には結核が否定され,サルコイドーシスが疑われた.全身検索では,ツベルクリン反応テストは陰性,胸部X線にて肺門部リンパ節腫脹を認め,ガリウムシンチグラフィーでも肺門部に集積像を認めた.しかし,アンギオテ左眼右眼図1静的量的視野検査(初診時)左眼は上方に垂直子午線に沿った耳側欠損を有する中心暗点を,右眼はわずかではあるが,上耳側欠損がみられる(矢印).冠状断矢状断図2造影MRIT1強調画像大脳鎌から前頭蓋底にかけて硬膜に沿うように伸展する実質外腫瘍陰影を認める.(133)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010705ンシン変換酵素(ACE),リゾチームは正常であった.最終的には経気管支的生検にてサルコイドーシスと診断された.経過:脳神経外科による頭蓋内腫瘍部分摘出後,視力は右眼(1.25×.4.5D(cyl.2.5DAx180°),左眼(1.0×.5.0D)と改善し,視野検査においても初診時にみられた左眼の中心暗点および,右眼上耳側欠損ともに改善された(図6).腫瘍摘出後,ステロイドパルス療法および漸減により外来にて経過観察中であるが,現時点では頭蓋内病変の拡大などは認めず,経過は良好である.II考按本症例は,MRI画像所見より,視交叉前部から前頭蓋底にかけて硬膜に沿って伸びる腫瘍性病変を示し,迅速病理所見から結核が疑われたことから,当初optochiasmatic図3造影FIESTA法水平断(0.4mm厚)Chiasmaticcisternに存在する腫瘤が両視交叉前部を内側から圧排している(丸印).図4迅速病理所見(HE染色,×40倍)乾酪壊死様所見を認め(丸印),結節が少ない.100μm50μm図5永久標本(HE染色,×100倍)ラングハンス巨細胞内にasteroidbody(Caの沈着物)(丸印)を認める.図6静的量的視野検査(頭蓋内腫瘍摘出術後)両眼ともに初診時(図1)に認めた視野欠損は改善した.左眼右眼706あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(134)arachnoiditisのような病態を考えた.Optochiasmaticarachnoiditisは1947年にFeldらが提唱した疾患概念であり6),結核性髄膜炎や脳内結核腫の際にみられることがあるくも膜の炎症性肥厚である.最近ではこのような病態をoptochiasmaticarachnoiditisという用語は使わず,慢性肥厚性脳硬膜炎(chronichypertropicpachymeningitis)という範疇で捉えるのが一般的となっている.神経サルコイドーシスによる視神経障害は,視神経乳頭上の結節型腫脹や後部ぶどう膜炎波及による乳頭発赤腫脹のほかに視交叉病変があげられる7.9).神経サルコイドーシスは頭蓋底の髄膜に好発するため,視交叉への直接浸潤や炎症性波及が生じやすい.したがって視交叉部視神経炎や,視神経由来の腫瘍など,MRI上視交叉部の腫大を示す疾患との鑑別が重要である.これまでに報告されている神経サルコイドーシスによる視交叉障害例では,ステロイド治療によって視力が回復した症例がほとんどである.また,Aszkanazy10)は,剖検例において神経サルコイドーシスによる肉芽腫の視交叉への浸潤を報告している.しかしながら本症例においては,ステロイド療法前の腫瘍摘出後に視野が改善していることから,視交叉への炎症波及や浸潤は考えにくく,むしろ肉芽腫による視交叉への直接圧迫が視力障害の原因と考えられた.今回筆者らは,MR脳槽撮影(MRcisternography)の一つであり,優れたコントラスト,高分解能を有するFIESTAを用いて視交叉部の圧迫所見を捉えることが可能であった.FIESTAは,0.4mm厚という薄いスライスでもノイズが少なく,脳槽内を走行する脳神経や血管が明瞭に描出できるため,近年広く臨床応用されている11,12).一般に,視交叉病変では下垂体腫瘍や内頸動脈瘤など,視交叉を下から圧迫し上方へ偏位させる病変が大部分であるため,冠状断撮影が最も有用な撮影角度である.しかしながら,本症例のように視交叉の前方から圧迫する病変を描出するには冠状断の撮影角度では困難であり,FIESTAを用いた薄いスライス厚での水平断撮影がきわめて有用と思われた.本症例は,最終的には永久病理所見および全身ガリウムシンチグラフィーによる肺所見からサルコイドーシスの確定診断に至ったが,結核との鑑別に苦慮した症例であった.診断結果次第によっては,当然のことながら治療方針は異なり,感染などの治療管理の慎重性も考慮しなければならないため,確定診断には細心の注意を払って行うことが重要であることを再認識した.文献1)SternBJ,KrumholzA,JohnsCetal:Sarcoidosisanditsneurologicalmanifestation.ArchNeurol42:909-917,19852)DelaneyP:Neurologicmanifestationsofsarcoidosis:reviewoftheliterature,withareportof23cases.AnnInternMed87:336-346,19773)DuboisPJ,BeeardsleyT,KlomtworthGetal:Computedtomographyofsarcoidosisoftheopticnerve.AmJNeuroradiology24:179-182,19834)RickerW,ClarkM:Sarcoidosis:Aclinicopathologicalreviewofthreehundredcases,includingtwenty-twoautopsies.AmJClinPathol19:725-749,19495)ReisW,RotbfeldJ:TuberkulidedesSehnervenalsKomplikationvonHautsarkoidenvomTypusDarier-Roussy.GrafesArchClinExpOphthalmol126:24,19316)FeldR,SicardJ:Surdeuxcasdetuberculeduchiasrma.RevNeurol79:664-666,19477)IngestadR,StigmarG:Sarcoidosiswithocularandhypothalamic-pituitarymanifestation.Auniquetherapeuticresponsetoinfliximab.ActaOphthalmol49:1-10,19718)BeardsleyTL,BrownSV,SydnorCFetal:Elevencasesofsarcoidosisofopticnerve.AmJOphthalmol97:62-77,19849)KatzJM,BrunoMK,WinterkornJMetal:Thepathogenesisandtreatmentofopticdiscswellinginneurosarcoidosis.ArchNeurol60:426-430,200310)AszkanazyCL:Sarcoidosisofthecentralnervoussystem.JNeuropatholExpNeurol11:392-400,195211)金沢勉,岩崎友也,笠原哲郎ほか:3D-CISS法による外転神経同定方法の撮像手技の検討.日本放射線学会雑誌59:958-964,200312)奥村悠祐,鈴木正行,武村哲浩ほか:3D-FIESTAによる下位脳神経の描出.日本放射線学会雑誌61:291-297,2004***

網膜色素変性症患者にみられた眼内レンズ前房内脱臼の1例

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(127)699《原著》あたらしい眼科27(5):699.702,2010cはじめに網膜色素変性症は,原発性,びまん性に網膜視細胞と色素上皮の機能が障害される進行性で遺伝性の疾患である.代表的な症状は夜盲,視野狭窄,視力低下,羞明,光視症,飛蚊症,色覚異常などがあり,合併症として白内障や緑内障の合併が多いほか,屈折異常,硝子体異常などがみられる1).特に白内障は後.下混濁を瞳孔領の中央に認めることが多く(成人網膜色素変性症患者の35.51%)2.4),およそ35歳前後と比較的若年のうちに白内障手術が行われることがある5).網膜色素変性症を有していても,白内障手術を行うことによって視力の改善を得られることは多い6,7).ただし,白内障術後には,高度な水晶体.の前.収縮や後.混濁,.胞様黄斑浮腫が生じることが知られており6,8),ときに水晶体偏位9)や白内障術後に眼内レンズの偏位を認めることがある7,10,11).Leeらは網膜色素変性症患者で特に問題なく白内障手術が行われたが,術後に両眼とも眼内レンズが脱臼した例を報告している10).今回,筆者らは網膜色素変性症患者の白内障術後に,片眼は眼内レンズが水晶体.に包〔別刷請求先〕松村健大:〒910-1193福井県吉田郡永平寺町松岡下合月23-3福井大学医学部感覚運動医学講座眼科学Reprintrequests:TakehiroMatsumura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicalScience,UniversityofFukui,23-3Shimoaizuki,Matsuoka,Eiheiji,Yoshida-gun,Fukui910-1193,JAPAN網膜色素変性症患者にみられた眼内レンズ前房内脱臼の1例松村健大高村佳弘久保江理赤木好男福井大学医学部感覚運動医学講座眼科学IntraocularLensDislocationtotheAnteriorChamberinaCaseofRetinitisPigmentosaTakehiroMatsumura,YoshihiroTakamura,EriKuboandYoshioAkagiDepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicalScience,UniversityofFukui緒言:網膜色素変性症においては,水晶体もしくは眼内レンズが硝子体側に脱臼する場合がときにみられる.今回筆者らは,網膜色素変性症患者において両眼の眼内レンズが偏位し,特に片眼は前房内へ脱臼していた症例を経験したので報告する.症例:58歳,男性.12年前に当院にて網膜色素変性症と両眼の白内障を指摘され,超音波水晶体乳化吸引術と眼内レンズ挿入術を施行された.術後12年経過し,両眼の視力低下を主訴に当院再受診.視力は両眼とも光覚弁であり,右眼は眼内レンズが前房内へ脱臼し,左眼は亜脱臼している状態であった.硝子体手術を併用して,両眼内レンズ摘出および縫着術を施行した.摘出した水晶体.の光学顕微鏡組織切片像では,高度な前.収縮と.内にa平滑筋アクチンを発現する平滑筋様の伸長した線維細胞が充満した像が観察された.結論:網膜色素変性症元来のZinn小帯の脆弱性に加えて,白内障術後の前.収縮が眼内レンズ脱臼の一因と思われた.脱臼した眼内レンズの摘出および縫着において硝子体手術の併用は有用であった.Wereportacaseofbilateralintraocularlens(IOL)spontaneousdislocationassociatedwithretinitispigmentosa(RP),inwhichtheIOLoftherighteyedislocatedintotheanteriorchamber.Thepatient,a58-year-oldmalediagnosedRPandcataract,receiveduneventfulcataractsurgery.Twelveyearslater,hecomplainedofdiminishedvisualacuityinbotheyes.Intherighteye,theIOLwithcapsularbaghaddislocatedintotheanteriorchamber;inthelefteye,theIOLhaddislocatedintotheanteriorvitreouscavity.ThesurgicalprocedureperformedincludedIOLremoval,vitrectomyandsecondaryIOLscleralfixation.Histologicalmicroscopicexaminationrevealedsevereanteriorcapsularcontractionandfibrocytesfillingthecapsularbagappearinga-smoothmuscleactin.ProgressedanteriorcontractioncombinedwithzonularfiberfragilitymightcauseIOLdislocationintheeyeofRPpatient.ThesurgicalcombinationwithvitrectomywasbeneficialfortheIOLremovalandfixationprocedure.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):699.702,2010〕Keywords:眼内レンズ脱臼,網膜色素変性症,前房,Zinn小帯の脆弱性.intraocularlensdislocation,retinitispigmentosa,anteriorchamber,zonularweakness.700あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(128)まれたまま前房内へ脱臼し,他眼は硝子体腔に亜脱臼した1例を経験したので報告し,その成因を摘出した水晶体.の組織標本より検討した.I症例患者:58歳,男性.主訴:両眼視力低下.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:1996年8月に両眼の視力低下を主訴に近医を受診し,眼底に骨小体様色素沈着,網膜血管の狭細化,視神経乳頭の蒼白化といった所見を認め,網膜色素変性症と診断された.両眼の白内障も認め,精査・加療目的で当科へ紹介受診となった.受診時の視力は右眼0.02(矯正不能),左眼0.02(矯正不能)であった.同月,浅前房のため,両眼ともレーザー虹彩切開術を施行された.同年10月に両眼における超音波水晶体乳化吸引術と眼内レンズ挿入術が施行された.術中・術後の合併症はなく,術後視力は右眼0.04(矯正不能),左眼0.03(0.06×.2.0D(cyl.1.0DAx30°)であった.退院後は外来にて経過観察していたが,同年12月に前.収縮と後発白内障を認め,Nd:YAGレーザーにて,右眼は前.切開を,左眼は前.切開と後.切開が施行された.以後,近医にて経過観察を続けていた.現病歴:2008年2月頃からの両眼視力低下を主訴に,手術から12年経過した2008年4月8日に当科を再受診した.再診時眼科所見:視力は両眼ともに光覚弁(矯正不能),眼圧は右眼17mmHg,左眼16mmHgであった.細隙灯顕微鏡による前眼部観察にて,右眼は眼内レンズおよび水晶体.が前房内へ脱臼しており(図1a),左眼においては硝子体腔に亜脱臼していた(図1b).また,左眼の眼内レンズは耳側が水晶体.から脱出している状態であった.両眼とも瞳孔不整は認めず,角膜内皮細胞密度は右眼2,770/mm2,左眼1,517/mm2であった.経過:2008年4月28日に右眼に対し20ゲージ硝子体切除術を併用して眼内レンズ摘出および縫着術を施行した.同様の手術を左眼に対し5月2日に施行した.術後2週間において視力は右眼0.01(矯正不能),左眼手動弁(矯正不能)と改善した(図1c,d).術後3カ月の角膜内皮細胞密度は右眼2,342/mm2,左眼1,653/mm2であったが,術後1年2カ月経過して,左眼は1,600/mm2とほぼ変化はなかったが,右眼は2,053/mm2と減少していた.摘出した水晶体.から眼内レンズを外し,パラフィン切片作製の後,ヘマトキシリン-エオジン染色を施行した(図2).光学顕微鏡で組織切片を観察すると,前.が高度に収縮し,acbd図1術前後の前眼部写真術前:右眼(a)は眼内レンズおよび水晶体.が前房内へ脱臼しており,左眼(b)は亜脱臼していた.術後:右眼(c),左眼(d)それぞれ眼内レンズを縫着した.(129)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010701.内が平滑筋様の伸長した線維細胞で充満していた.これらは後発白内障で発現がみられる水晶体上皮細胞の線維化マーカーである抗a平滑筋アクチン(a-smoothmuscleactin:a-sma)抗体で陽性であった.II考按網膜色素変性症では,白内障術後に高度な前.収縮や後.混濁,眼内レンズの偏位などを認めることがある6.8,10).今回,筆者らは網膜色素変性症患者に超音波乳化吸引術と眼内レンズ挿入術が問題なく行われたが,術後12年経過して,両眼とも眼内レンズが脱臼した例を報告した.過去に,網膜色素変性症患者の白内障術後に,眼内レンズが両眼とも硝子体腔で脱臼した例は報告されている10)が,本症例では右眼の眼内レンズが水晶体.ごと前房内へ脱臼している状態であった.このような例は筆者らの知る限り報告がない.眼内レンズ脱臼の原因として,第一にZinn小帯の脆弱性が影響していると考えられる8,10.13).網膜色素変性症では水晶体自体が脱臼する症例もみられる14)ので,特異的なZinn小帯の脆弱性があるものと考えられる.本症例では白内障手術前に浅前房がみられ,術前からZinn小帯の切裂が一部あった可能性もある.ただし,術前に水晶体振盪や手術中にZinn小帯の異常は確認されなかった.今回,摘出した水晶体.の標本において,高度の前.収縮が組織学的に認められた.a平滑筋アクチンを発現する線維細胞が水晶体.内に充満していたことから,水晶体上皮細胞から線維性の変化が強く起きていたことが示唆され,前.収縮が助長されたものと推測される.Zinn小帯の脆弱性と前.収縮が互いにどのように関連しているかは不明であるが,Zinn小帯が脆弱であるが故に,前.収縮が高度に起こる可能性がある.逆に前.切開面の収縮が,さらにZinn小帯へ負荷を与えることで脆弱性を助長し,脱臼に至った可能性も考えられる.第二に脱臼の原因として,レーザー虹彩切開術を施行したことが影響している可能性も考えられる.レーザー虹彩切開術を施行した後,水晶体が自然に前房内へ脱臼した例は数例報告されており15,16),網膜色素変性症患者においても,高眼圧後にレーザー虹彩切開術を施行した後,両眼水晶体の前房内脱臼を認めた例が報告されている14).レーザー虹彩切開術後眼に対する白内障手術において,Zinn小帯の脆弱性は臨床的によく経験されるが,本症例ではレーザー虹彩切開術を施行されて12年が経過しており,脱臼との関連性がどこまであるのか明らかではない.SeongらはZinn小帯が緩んでいるため,水晶体が虹彩裏面へ付着し,硝子体圧が一気に上昇したことで,水晶体が前房内へ押し出されたという仮説をたてている15)が,本症例においても同様の機序が起こったのではないかと予想される.白内障手術の前.収縮と後.混濁に対し,Nd:YAGレーザーで前.切開と後.切開を施行していることも,Zinn小帯に負荷を与えることとなり,眼内レンズの脱臼に影響していると推測される10,14).また,角膜内皮細胞密度に関しては,左眼は術前後にほとんど変化を認めなかったが,右眼は術直後に2,342/mm2と軽度の減少を認め,術後1年2カ月経過して,2,053/mm2とさらに減少していた.右眼は眼内レンズが前房内へ脱臼していたため,角膜内皮細胞への影響が左眼よりも大きかったのではないかと推測され,今後もさらなる減少が生じないか,注意深い経過観察が必要であると考えられる.今回,脱臼した眼内レンズの摘出および縫着において硝子体手術を併用した.持続灌流によって硝子体腔の安定性を高め,眼内レンズの摘出および縫着を容易に行うことが可能であった.さらに十分な硝子体切除を行うことで,術後網膜.離の危険性を低下させることができると思われ,硝子体手術の併用は有用であったと考えられる.文献1)BersonEL,RosnerB,SandbergMAetal:Ocularfindingsinpatientswithautosomaldominantretinitispigmentosaandrhodopsin,proline-347-leucine.AmJOphthalmol111:614-623,19912)HeckenlivelyJ:Thefrequencyofposteriorsubcapsularcataractinthehereditaryretinaldegenerations.AmJOphthalmol93:733-738,19823)BastekJV,HeckenlivelyJR,StraatsmaBRetal:Cataractsurgeryinretinitispigmentosapatients.Ophthalmology89:880-884,19824)FishmanGA,AndersonRJ,LourencoP:Prevalenceofposteriorsubcapsularlensopacitiesinpatientswithretinitispigmentosa.BrJOphthalmol69:263-266,19855)NewsomeDA,StarkWJ,MaumeneeIH:Cataractextrac-ヘマトキシリン-エオジン染色,×200抗a-sma抗体による免疫染色(DAB発色),×200(前.側)(後.側)(前.側)(後.側)図2摘出した水晶体.の組織切片像高度の前.収縮が認められ,水晶体.内は線維性物質で充満している.線維性物質は抗a-sma抗体陽性である.702あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(130)tionandintraocularlensimplantationinpatientwithretinitispigmentosaorUsher’ssyndrome.ArchOphthalmol104:852-854,19866)JacksonH,Garway-HeathD,RosenPetal:Outcomeofcataractsurgeryinpatientwithretinitispigmentosa.BrJOphthalmol85:936-938,20017)DelBeatoP,TanzilliP,GrengaRetal:Isitusefultoperformcataractsurgeryinretinitispigmentosapatient?InvestOphthalmolVisSci38:868,19978)HayashiK,HayashiH,MatsuoKetal:Anteriorcapsulecontractionandintraocularlensdislocationafterimplantsurgeryineyeswithretinitispigmentosa.Ophthalmology105:1239-1243,19989)SatoH,WadaY,AbeYetal:Retinitispigmentosaassociatedwithectopialentis.ArchOphthalmol120:852-854,200210)LeeHJ,MinSH,KimTY:Bilateralspontaneousdislocationofintraocularlenseswithinthecapsularbaginaretinitispigmentosapatient.KoreanJOphthalmol18:52-57,200411)GrossJG,KokameGT,WeinbergDV:In-the-bagintraocularlensdislocation.AmJOphthalmol137:630-635,200412)RachipalliR,SrinivasK:Capsulorhexisphimosisinretinitispigmentosadespitecapsulartentionringimplantation.JCataractRefractSurg27:1691-1694,200113)並木真理,田上勇作,森野以知朗ほか:眼内レンズ移植後の高度の前.収縮・混濁についての毛様体鏡所見と前.組織所見.日眼会誌97:716-720,199314)KwonYA,BaeSH,SohnYH:Bilateralspontaneousanteriorlensdislocationinaretinitispigmentosapatient.KoreanJOphthalmol21:124-126,200715)SeongM,KimMJ,TchanH:Argonlaseriridotomyasapossiblecauseofdislocationofacrystallinelens.JCataractRefractSurg35:190-192,200916)KawashimaM,KawakitaT,ShimazakiJ:Completespontaneouscrystallinelensdislocationintotheanteriorchamberwithsevercornealendothelialcellloss.Cornea26:487-489,2007***

円蓋部基底トラベクレクトミー術後におけるレーザー切糸術のタイミングと眼圧

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(123)695《原著》あたらしい眼科27(5):695.698,2010cはじめに保存的療法では十分な眼圧下降が得られない緑内障症例に対する観血的治療の一つとしてトラベクレクトミー(trabeculectomy:TLE)が選択されるが,TLEの術後早期合併症1,2)として術後の低眼圧,浅前房に伴う脈絡膜.離,低眼圧黄斑症などがある.近年,これらの合併症を防止する目的で,強膜弁をタイトに縫合し適当な時期に縫合糸をレーザーで切糸することにより眼圧調整を行う方法が広く用いられている4.7).また,TLEの際の結膜弁作製方法も従来の輪部基底から円蓋部基底へと変化してきているため,レーザー切糸の順序やタイミングもそれに合わせて変化してきていると思われる.今回,京都府立医科大学附属病院(以下,当施設)で行った円蓋部基底トラベクレクトミー術後のレーザー切糸術(lasersuturelysis:LSL)のタイミングと眼圧経過について調査し,LSLの有効性を左右する要因の有無についても検討した.〔別刷請求先〕南泰明:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学Reprintrequests:YasuakiMinami,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Hirokouji-agaru,Kawaramachi-dori,Kamigyo-ku,Kyoto602-0841,JAPAN円蓋部基底トラベクレクトミー術後におけるレーザー切糸術のタイミングと眼圧南泰明池田陽子森和彦成瀬繁太今井浩二郎小林ルミ木村健一木下茂京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学EvaluationofLaserSuturelysisafterFornix-basedTrabeculectomyYasuakiMinami,YokoIkeda,KazuhikoMori,ShigetaNaruse,KojiroImai,LumiKobayashi,KenichiKimuraandShigeruKinoshitaDepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine京都府立医科大学附属病院において2007年1月からの6カ月間に円蓋部基底トラベクレクトミー(trabeculectomy:TLE)を施行した50例60眼(男性27例33眼,女性23例27眼,平均年齢65.9±14.5歳)を対象とし,術後早期に施行されたレーザー切糸術(lasersuturelysis:LSL)のタイミングと眼圧変化ならびにLSLの有効性を左右する要因についてレトロスペクティブに検討した.LSLは39眼(65%)で施行しており,平均施行回数は1.4±1.2回,眼圧下降値と下降率はそれぞれ,初回1.5±6.5mmHg,3.0±33.8%,2回目(30眼)7.6±8.2mmHg,31.1±37.7%(うち2眼は転院などで2回目のLSL後眼圧が不明のため28眼での値),3回目(10眼)6.1±12.8mmHg,20.0±29.1%であった.年齢,性別,術式,糖尿病の有無はLSLのタイミングや回数には影響を与えなかった.Weevaluatedtheintraocularpressure(IOP)-reductioneffectsof,andclinicalfactorsassociatedwith,lasersuturelysis(LSL)intheearlypostoperativephaseoffornix-basedtrabeculectomy(f-TLE).Subjectscomprised50glaucomapatients(60eyes,meanage65.9±14.5yrs.)whounderwentf-TLEatKyotoPrefecturalUniversityofMedicinefromJanuarytoJuly2007.LSLwasperformedin39eyes(65.0%);secondandthirdLSLwereperformedin30eyes(50.0%)and10eyes(16.7%),respectively.IOPreductionratesforfirst,secondandthirdLSLwere3.0±33.8%,31.1±37.7%,and20.0±29.1%,respectively.LSLwasperformedameanof1.4±1.2times.Asclinicalfactors,age,gender,surgerytype(TLEwithorwithoutcataractoperation),anddiabetesmellituswerenotsignificantlyassociatedwiththeIOPreductionrateornumberofLSLprocedures.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):695.698,2010〕Keywords:レーザー切糸,トラベクレクトミー,緑内障,強膜弁.trabeculectomy,lasersuturelysis,glaucoma,scleralflap.696あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(124)I対象および方法対象は2007年1月1日から6月30日までの6カ月間に当施設においてマイトマイシンC(MMC)併用円蓋部基底トラベクレクトミーを施行された50例60眼(男性27例33眼,女性23例27眼,平均年齢65.9±14.5歳)である.術式は全例とも耳上側もしくは鼻上側の結膜輪部切開,3×3mmの二重強膜弁を1層目は強膜の1/2層,2層目は強膜の4/5層を目処に作製し,内方弁ごと線維柱帯を切除,周辺虹彩切除後,10-0ナイロン糸で5針縫合した(縫合糸の位置を図1に示す).結膜縫合は2本のテンションをかけた輪部端々縫合,子午線切開部位の強膜結膜端々縫合,輪部の水平マットレス縫合を行った.術後の強膜弁縫合糸のLSLは,アルゴンレーザーでBlumenthalレンズを用い,50μm,0.2秒,100mWの条件で行った.濾過胞形状,目標眼圧と眼圧経過,眼球マッサージ時の反応から術者が必要と判断した時点で,図1に示す順に行った.術後早期(3週間以内)に行ったLSLに関して,切糸時期,LSL前後の眼圧変化,合併症の有無についてレトロスペクティブに検討した.また,術後早期における眼圧コントロール状態に対するLSLの効果をみるために,15mmHg未満とそれ以上のそれぞれ2群に分けて検討した.なお,術後早期の眼圧は複数回測定したものの平均から算出(平均術後72.9±43.6日)し,両群間で初回LSLまでの日数と総LSL回数の有意差を調べた.なお,統計学的検討は条件に応じて,Spearman順位検定,Mann-WhitneyU検定,Studentt検定,Kruskal-Wallis検定を用いて行った.II結果緑内障病型の内訳は原発緑内障(閉塞隅角緑内障5例5眼を含む)が35例43眼,続発緑内障が13例14眼,発達緑内障が2例3眼であった.術式の内訳は白内障同時手術が23例29眼,TLE単独手術が27例31眼であった.全60眼中39眼(65%)に少なくとも1回以上のLSLが施行され,そのうち2回以上のLSLを要したものは30眼(初回LSL施行群のうち77%)であり,さらに3回目のLSLを要したものは10眼(2回目LSL施行群のうち33%)であった.全症例の平均LSLの施行回数は1.4±1.2回であった.初回LSLは術後5.2±4.1日に施行され,眼圧下降値は1.5±6.5mmHg(施行前21.4±9.5mmHg:8.50mmHg,施行後19.9±9.9mmHg:8.56mmHg),眼圧下降率は3.0±33.8%であった.2回目LSLは術後平均10.3±7.8日で施行され,眼圧下降値は7.6±8.2mmHg(施行前23.3±10.0mmHg:14.62mmHg,施行後16.1±11.1mmHg:3.57mmHg),眼圧下降率は31.1±37.7%,3回目LSLは術後9.7±2.8日で施行され,眼圧下降値は6.1±12.8mmHg(施行前17.4±8.3mmHg:10.57mmHg,施行後13.2±8.1mmHg:8.32mmHg),眼圧下降率は20.0±29.1%であった(図2).各回のLSLによる眼圧下降率の比較では,2回目のLSLの眼圧下降率が最大であった.LSL後に過剰濾過から低眼圧をきたした症LSLの順番数字の順に切糸①②③④⑤①②④③⑤図1強膜弁縫合とLSLの順序LSLを施行する際には,できるだけ後方への房水流出を促すため,図の数字の順に切糸を行っている.全TLE60眼LSL未施行群21眼35%術後平均:5.2±4.1日眼圧下降値:1.5±6.5mmHg眼圧下降率:3.0±33.8%合併症:なし23%術後平均:10.3±7.8日眼圧下降値:7.6±8.2mmHg眼圧下降率:31.1±37.7%合併症:なし67%平均総LSL回数1.4±1.2回術後平均:9.7±2.8日眼圧下降値:6.1±12.8mmHg眼圧下降率:20.0±29.1%合併症:なし初回LSL施行群39眼総LSL回数1回群10眼総LSL回数2回群19眼2回目LSL施行群30眼3回目LSL施行群10眼65%77%33%図2全症例におけるLSL施行の流れ(125)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010697例はなく,LSLに伴う合併症はみられなかった.つぎにLSL施行回数に影響を与えた要因に関する結果を表1に示す.初回LSLの施行時期ならびに総LSL回数に関しては年齢,性別,術式,緑内障病型,術者,糖尿病の有無,眼軸の違いといった要因によっては有意な差はみられなかった.また,初回LSLが早期に施行されても最終的なLSL回数が少ないわけではなかった.術後早期における眼圧コントロール状態に対するLSLの効果の検討では,15mmHg未満とそれ以上のいずれにおいても,初回LSLまでの日数と総LSL回数において有意差を認めなかった(表2).III考按TLE術後のLSLに関してはこれまでにも多数の報告がある5,8.10)が,その内容については必ずしも一致しているとはいえない.Ralliらの報告ではPOAG(原発開放隅角緑内障)に対する初回TLE(MMC使用)全146眼中95眼(65.1%)にLSLが必要であったとしており8),Morinelliらは手術から初回LSLまでの期間が2日から65日(平均17.9±14.9日)であったとしている9).一方,Fontanaらは偽水晶体眼の開放隅角緑内障を対象としたTLE(MMC使用)術後において89眼中30眼(33.7%)に10),MelamedらはTLE術後30眼の22眼(73.3%)にLSLを要し,眼圧下降値は6.6±7.0mmHgであったと報告している5).今回の結果では65%の症例にLSLを要した.従来の報告においてもLSLを要した症例の割合に大きく差があることから,LSLの要否に関しては結膜切開部位,結膜縫合法,強膜弁の形状や縫合糸数,縫合強度などの術式の微妙な差が影響している可能性が高いと考えられた.すなわち,実際には医療施設ごとにトラベクレクトミーの術式に異なる点があることから,LSLの要否ならびに成績にも差が生じているものと思われる.TLEの術式としては結膜の切開部位の差から輪部基底結膜弁と円蓋部基底結膜弁の2法に大別される.輪部基底結膜弁では強膜弁より離れた円蓋部結膜を切開するため房水漏出の危険性は少ない.一方,当施設で採用している円蓋部基底結膜弁では強膜弁近傍の輪部において結膜切開を行うため,術後早期に眼球マッサージやLSLを行うと輪部結膜縫合部からの房水漏出の危険性が高い.当施設ではハの字型のタイ表2術後早期における眼圧コントロール状態に対するLSLの効果の検討15mmHg未満群15mmHg以上群p値初回LSLまでの日数(日)4.7±1.9(n=24)7.3±4.3(n=9)0.17LSL総回数(回)1.3±1.0(n=37)1.9±0.8(n=10)0.09(Mann-Whitney検定順位補正後)表1LSLの時期・回数と各種要因との関連性初回LSLまでの日数LSL総回数年齢相関なしp=0.18(Spearman順位検定順位補正後)相関なしp=0.79(Spearman順位検定順位補正後)性別男性(22眼):4.5±2.9日女性(17眼):6.1±5.4日有意差なしp=0.24(Mann-Whitney検定順位補正後)男性(33眼):1.4±1.2回女性(27眼):1.4±1.2回有意差なしp=0.98(Studentt検定)白内障同時手術の有無同時(21眼):4.6±2.0日単独(18眼):5.9±5.6日有意差なしp=0.82(Mann-Whitney検定順位補正後)施行(29眼):1.5±1.1回単独(31眼):1.2±1.3回有意差なしp=0.35(Studentt検定)白内障手術同時/既/未施行同時(21眼):4.6±2.0日既施行(12眼):6.2±6.5日未施行(6眼):5.3±3.4日有意差なしp=0.98(Kruskal-Wallis検定順位補正後)同時(29眼):1.5±1.1回既施行(18眼):1.5±1.3回未施行(13眼):0.9±1.1回有意差なしp=0.22(一元配置分散分析法)緑内障病型原発(28眼):5.4±4.5日続発(9眼):4.1±2.2日有意差なしp=0.43(Studentt検定)原発(43眼):1.4±1.2回続発(14眼):1.2±1.3回有意差なしp=0.51(Studentt検定)術者術者A(32眼):4.9±2.3日術者B(3眼):11.0±13.0日術者C(4眼):3.3±1.0日有意差なしp=0.25(Kruskal-Wallis検定順位補正後)術者A(46眼):1.4±1.2回術者B(10眼):0.7±1.2回術者C(4眼):2.3±1.0回有意差なしp=0.06(Kruskal-Wallis検定)糖尿病有無あり(8眼):4.4±1.6日なし(31眼):5.4±4.5日有意差なしp=0.74(Mann-Whitney検定順位補正後)あり(13眼):1.5±1.6回なし(47眼):1.3±1.1回有意差なしp=0.57(Studentt検定)眼軸長相関なしp=0.41(Spearman順位検定順位補正後)相関なしp=0.46(Spearman順位検定順位補正後)初回LSLまでの日数初回LSLまでのTLE術後日数(LSL施行39眼):5.2±4.1日相関なしp=0.12(Spearman順位検定順位補正後)698あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(126)トな結膜輪部端々縫合と水平マットレス縫合を置くことで房水漏出を抑制しており,輪部基底結膜弁の際と同様,術後早期から眼球マッサージやLSLを行うことが可能となっている.さらに強膜弁の形状もLSLのタイミングや切糸順序に影響を及ぼす要因である.当施設では二重強膜弁の内層弁ごと線維柱帯を切除することで,トンネルを作製し後方への房水流出を促す方法を採用している.すなわち,結膜切開方法や強膜弁の種類,さらに房水の流出方向の違いにより,LSLを行う際の強膜弁縫合糸の切糸順序が異なっており,輪部に沿った方向に房水を流す輪部基底結膜弁では図1の④や⑤の糸をまず切るのに対して,より後方へ房水を流すことを意図した二重強膜弁併用円蓋部基底結膜弁では図1の①から⑤の順に切糸を行っている.当施設での初回LSLは従来の報告と比べて比較的早期に施行している傾向にあったが,これは術後の低眼圧による合併症を予防する目的で強膜創を強めに縫合し,早期にLSLを施行することで眼圧コントロールを行っていく方針を取っていることによるものと思われた.今回,TLE施行例の6割以上の症例において平均術後5日程度で初回LSLが施行されたことから,当施設で用いている術式ではTLE術後には早期から常にLSLの必要性を意識しながら経過観察を行うべきであると思われた.一方,術者間,白内障同時手術の有無などの術式間,患者側要因によってLSLの時期や回数に一定の傾向が認められなかった.また,術後早期の眼圧コントロール状態の良好群と不良群の間には,LSLの時期や回数に差が認められなかった.すなわちLSLのタイミングや切糸数については,あらかじめ予想できるような定型的なパターンが存在するわけではなく,各症例の濾過胞形状や眼圧経過に応じた緻密な術後管理が重要であることがわかった.IV結論LSL後には重篤な合併症なく眼圧下降させることができたことから,TLE術後管理としてLSLは安全に眼圧をコントロールしてゆくための有効な手段と考えられた.LSLのタイミングや切糸数については症例に応じた緻密な術後経過観察のもとに行う必要がある.文献1)ShiratoS,KitazawaY,MishimaS:Acriticalanalysisofthetrabeculectomyresultsbyaprospectivefollow-updesign.JpnJOphthalmol26:468-480,19822)YamashitaH,EguchiS,YamamotoTetal:Trabeculectomy:aprospectivestudyofcomplicationsandresultsoflong-termfollow-up.JpnJOphthalmol29:250-262,19853)SavageJA,CondonGP,LytleRAetal:Lasersuturelysisaftertrabeculectomy.Ophthalmology95:1631-1638,19884)PappaKS,DerickRJ,WeberPAetal:LateargonlasersuturelysisaftermitomycinCtrabeculectomy.Ophthalmology100:1268-1271,19935)MelamedS,AshkenaziI,GlovinskiJetal:Tightscleralflaptrabeculectomywithpostoperativelasersuturelysis.AmJOphthalmol109:303-309,19906)FukuchiT,UedaJ,YaoedaKetal:TheoutcomeofmitomycinCtrabeculectomyandlasersuturelysisdependsonpostoperativemanagement.JpnJOphthalmology50:455-459,20067)KapetanskyFM:Lasersuturelysisaftertrabeculectomy.JGlaucoma12:316-320,20038)RalliM,Nouri-MahdaviK,CaprioliJ:OutcomesoflasersuturelysisafterinitialtrabeculectomywithadjunctivemitomycinC.JGlaucoma15:60-67,20069)MorinelliEN,SidotiPA,HeuerDKetal:LasersuturelysisaftermitomycinCtrabeculectomy.Ophthalmology103:306-314,199610)FontanaH,Nouri-MahdaviK,CaprioliJ:TrabeculectomywithmitomycinCinpseudophakicpatientswithopenangleglaucoma:outcomesandriskfactorsforfailure.AmJOphthalmol141:652-659,2006***

ベンザルコニウム塩化物を低減した新処方タフルプロスト点眼液の眼内移行性および眼圧下降作用

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(119)691《原著》あたらしい眼科27(5):691.694,2010cはじめに0.0015%タフルプロスト点眼液(タプロスR点眼液0.0015%,以下タフルプロスト)は,旭硝子株式会社と参天製薬株式会社の共同で開発された日本発のプロスタグランジンF2a誘導体を含有する点眼剤で,緑内障・高眼圧症治療剤として良好な眼圧下降効果だけでなく,眼血流改善効果が期待されている薬剤として2008年12月に発売された.緑内障は視野異常が生じる視神経の疾患であるが,眼圧下降が唯一エビデンスのある治療方法であり,眼圧下降剤の点眼と手術によって治療される1).眼圧下降剤の点眼は長期にわたること,また眼圧をコントロールするために多剤併用される傾向にあることから,各点眼液に含まれる添加物による角膜上皮の障害が問題とされることがある.点眼液の代表的な添加剤であるベンザルコニウム塩化物(BAK)は,角膜状〔別刷請求先〕深野泰史:〒630-0101生駒市高山町8916-16参天製薬株式会社研究開発センターReprintrequests:YasufumiFukano,Research&DevelopmentCenter,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.,8916-16Takayama-cho,Ikoma,Nara630-0101,JAPANベンザルコニウム塩化物を低減した新処方タフルプロスト点眼液の眼内移行性および眼圧下降作用深野泰史小谷敬子中村雅胤河津剛一参天製薬株式会社研究開発センターIntraocularPenetrationandIntraocularPressure-LoweringEffectofNewFormulation0.0015%TafluprostOphthalmicSolutionwithReducedBenzalkoniumChlorideYasufumiFukano,NorikoOdani-Kawabata,MasatsuguNakamuraandKouichiKawazuResearch&DevelopmentCenter,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.目的:ベンザルコニウム塩化物(BAK)濃度を低減した新処方タフルプロスト点眼液を点眼したときのタフルプロストの眼内移行性および眼圧下降作用を,現処方と比較検討した.方法:タフルプロスト点眼後の眼内移行性は,雄性日本白色ウサギを用いて角膜,房水および虹彩毛様体中のタフルプロストカルボン酸体(タフルプロストの活性本体)濃度を測定し評価した.眼圧下降作用の評価は雄性正常眼圧サルを用いて実施した.結果:タフルプロスト点眼後の角膜,房水および虹彩毛様体中タフルプロストカルボン酸体濃度の最高濃度(Cmax),消失半減期(T1/2)および組織中濃度-時間下曲線面積(AUC)は処方間でほぼ同じであり,房水移行性も同等であった.眼圧下降作用も強度,経時変化ともに処方間に違いはみられなかった.結論:タフルプロストの眼内移行性および眼圧下降作用は,BAK濃度の影響を受けることなく,現処方と新処方でほぼ同じであった.Thepurposeofthisstudywastoevaluatetheinfluenceofbenzalkoniumchloride(BAK)concentrationin0.0015%tafluprostophthalmicsolution(TaprosR0.0015%)onthepenetrationoftafluprostacid,thepharmacologicalactivemetabolite,intoeyetissuesinrabbits,andtoassessitsintraocularpressure(IOP)-loweringeffectinmonkeys.Currentandnew(reducedBAKconcentration)formulationsweretopicallydosedontorabbitormonkeyeyes.Pharmacokineticprofilesoftafluprostacidinrabbitcornea,aqueoushumorandiris-ciliarybodydidnotshowanysignificantdifferencebetweenthetwoformulations.Themaximumconcentrationoftheacidinrabbitaqueoushumorforthenewformulationwasstatisticallyequivalenttothatforthecurrentformulation.ComparisonoftheformulationsastotheireffectonIOPinmonkeysdemonstratedsimilarresultsforbothdiurnalIOPandmaximumIOPreduction.Inconclusion,thenewformulationoftafluprostophthalmicsolutionwithreducedBAKisequivalenttothecurrentformulationintermsofbothpharmacokineticsandefficacy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):691.694,2010〕Keywords:タフルプロスト,ベンザルコニウム塩化物,眼内移行性,眼圧下降作用.tafluprost,benzalkoniumchloride,intraocularpenetration,intraocularpressureloweringeffect.692あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(120)態の変化や炎症などの角膜上皮障害を誘発するポテンシャルを有することが多数報告されている2.5).一方,点眼剤の品質保持のためには,容器などで工夫された製剤でない限り防腐剤は必要である.そこで,角膜への安全性と防腐効力のバランスがとれた防腐剤と防腐剤濃度を設定する処方が必要とされる.今回,タフルプロスト点眼液中に含有されるBAK濃度を見直し,防腐効果と角膜安全性の両面からバランスのとれた濃度6)に低減する新処方を見出した.本研究では,眼内移行動態,眼圧下降作用の両観点より,現処方と新処方の比較検討を行った.I実験材料1.点眼液試験には,参天製薬で製造された現処方タフルプロスト(タフルプロスト0.0015%含有)およびBAK濃度を現処方の1/10に低減した新処方タフルプロスト(タフルプロスト0.0015%含有)を用いた.2.測定用標準物質測定用標準物質として使用したタフルプロストカルボン酸体および内標準物質は,旭硝子株式会社にて合成された.3.実験動物眼内移行動態試験には,日本白色ウサギ(雄性)を使用した.眼圧試験には,正常眼圧カニクイザル(Macacafascicularis,雄性)を使用した.本研究は,「動物実験倫理規程」,「参天製薬(株)の動物実験における倫理の原則」,「動物の苦痛に関する基準」などの参天製薬株式会社社内規程を遵守し,実施した.II実験方法1.眼内移行性評価日本白色ウサギ(雄性)の同一個体の左眼に現処方,右眼に新処方タフルプロストをそれぞれ50μlずつ単回点眼し,点眼後15,30分,1,2,4および8時間に角膜,房水および虹彩毛様体を採取した(各時点4例).点眼後のタフルプロストは速やかにタフルプロストカルボン酸体(タフルプロストの活性本体)に代謝される7)ことから,眼内移行性評価には眼組織中タフルプロストカルボン酸体濃度を液体クロマトグラフ-タンデム型質量分析計(LC-MS/MS)を用いて測定した.組織中タフルプロストカルボン酸体濃度の薬物動態パラメータは,平均組織中濃度より算出した.房水移行の同等性は,点眼後30分における房水中タフルプロストカルボン酸体濃度について,90%信頼区間法により確認した(各処方14例).生物学的同等性は,房水中タフルプロストカルボン酸体濃度の対数値について二元配置分散分析を行い,残差の平均平方を用いて算出した現処方点眼時に対する新処方点眼時の差の90%信頼区間がlog(0.80).log(1.25)を満たすとき,同等と判断した.2.現処方あるいは新処方タフルプロスト点眼後の眼圧測定試験には,無麻酔下での眼圧測定に対し十分馴化されたことを確認した正常眼圧の雄性カニクイザルを使用した.現処方タフルプロスト,新処方タフルプロスト,現処方基剤,あるいは新処方基剤を1群8例の雄性正常眼圧サルの片眼に20μl単回点眼し眼圧を測定した.眼圧は,点眼直前ならびに点眼後2,4,6および8時間に,圧平式眼圧計を使用して盲検下で測定した.眼圧下降作用は,点眼後の各眼圧測定時間の眼圧値から点眼直前の眼圧値を引いた眼圧下降幅のなかの最大値である最大眼圧下降幅で評価した.III結果1.眼内移行性現処方および新処方タフルプロスト点眼後の角膜,房水および虹彩毛様体中タフルプロストカルボン酸体濃度推移および薬物動態パラメータを,図1および表1に示す.タフルプロストカルボン酸体は,角膜および虹彩毛様体では点眼後1または2時間まで,房水では点眼後4時間まで定量可能であった.タフルプロストカルボン酸体濃度は角膜では点眼後15分,房水および虹彩毛様体では点眼後30分に最高となり,その後時間経過に従って消失し,いずれの処方でもほぼ同様な推移を示した.また,薬物動態パラメータである最高濃度(Cmax),消失半減期(T1/2)および組織中濃度-時間下曲線面積(AUC)も処方間でほぼ同じであった.点眼後30分における房水中タフルプロストカルボン酸体濃度により,房水移行の同等性を確認したところ,房水中タフルプロストカルボン酸体濃度は,現処方で6.10±2.38ng/ml,新処方で5.52±1.13ng/mlであった(平均値±標準偏差).これら房水中タフルプロストカルボン酸体濃度の対数値について,処方および個体を要因とする二元配置分散分析を行った.現処方点眼時に対する新処方点眼時の差の90%信頼区間はlog(0.829).log(1.096)であり,生物学的同等性の基準〔log(0.80).log(1.25)〕を満たし,両処方のタフルプロストカルボン酸体房水移行性は同等であると判断できた.2.眼圧下降作用正常眼圧サルにおける各点眼群の最大眼圧下降幅(点眼前後の眼圧差の最大値)を図2に,眼圧実測値の経時変化を図3に示す.現処方タフルプロスト点眼群は,正常眼圧サルに対して眼圧下降作用を示し,その最大眼圧下降幅は2.2±0.5mmHg(平均値±標準誤差)で,現処方基剤群(0.6±0.1mmHg)に比し有意であった.新処方タフルプロスト点眼群は,新処方基剤群(0.5±0.1mmHg)に比し有意な眼圧下降作用を認め,その最大眼圧下降幅は2.5±0.7mmHgであった.現処方タフルプロスト点眼群と新処方タフルプロスト点眼群の最大眼圧下降幅は,2群間で統計学的な有意差は認められなかった.また,眼圧実測値の経時変化においても処方間で明確な違いはみられなかった.(121)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010693以上の結果から,タフルプロスト点眼液の現処方と新処方の眼圧下降作用に明確な差は認められなかった.IV考按本研究において,タフルプロスト点眼液中のBAK濃度の低減化は,タフルプロストカルボン酸体の眼内移行性に影響を与えなかった.この結果は,両処方間で眼圧下降作用に差がなかったことによっても裏付けられた.一般にBAKは,それ自身の界面活性作用や角膜上皮細胞表1タフルプロスト点眼液現処方および新処方単回点眼後のウサギ眼組織中タフルプロストカルボン酸体濃度の薬物動態パラメータ組織処方Cmax(ng/mlまたはng/g)Tmax(時間)T1/2(時間)AUC0-8hr(ng・hr/mlまたはng/g)AUC0-inf(ng・hr/mlまたはng/g)角膜現処方3070.250.30193189新処方3180.250.54236229房水現処方7.630.50.6712.912.6新処方8.750.50.7714.814.5虹彩毛様体現処方3.070.50.673.673.65新処方5.990.50.866.336.68各値は4例の平均組織中濃度より算出.0A45040035030025020015010050012投与後時間(時間):現処方:新処方角膜中濃度(ng/g)340B12108642012投与後時間(時間):現処方:新処方房水中濃度(ng/ml)340C12108642012投与後時間(時間):現処方:新処方虹彩毛様体中濃度(ng/g)34図1タフルプロスト点眼液現処方および新処方単回点眼後のウサギ眼組織中タフルプロストカルボン酸体濃度推移A:角膜,B:房水,C:虹彩毛様体.各値は4例の平均値±標準偏差を示す.43210現処方基剤新処方基剤NS**現処方タフルプロスト新処方タフルプロスト最大眼圧下降幅(mmHg)図2正常眼圧サルにおけるタフルプロスト点眼液現処方および新処方の単回点眼時の最大眼圧下降幅各値は8例の平均値±標準誤差を示す.*:p<0.05(Aspin-Welchのt検定),NS:有意差なし(Studentのt検定).2019181716150眼圧(mmHg)024点眼からの時間(hr)68:現処方基剤:現処方タフルプロスト:新処方基剤:新処方タフルプロスト図3正常眼圧サルにおけるタフルプロスト点眼液現処方および新処方の単回点眼時の眼圧の経時変化各値は8例の平均値±標準誤差を示す.694あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(122)間隙の拡張作用によって,薬物の角膜透過性を亢進する場合があることが報告されており8.10),タフルプロストと同じプロスタグランジンF2a誘導体であるトラボプロストについても,トラボプロストカルボン酸体のウサギ眼内移行性がBAK含有点眼液に比べて非含有点眼液で低下したことが知られている.しかしながら,トラボプロストのBAK非含有点眼液にはBAKに代えてホウ酸や塩化亜鉛などが添加されており,それによる薬物の眼内移行性への影響は不明であるため,一概にBAK濃度による眼内移行性の変化とは考えられない.筆者らはすでに,ラタノプロスト点眼液点眼後のラタノプロストカルボン酸体のウサギ房水移行性が,BAK0.02%含有および非含有処方間で違いがないことを報告している11).さらに今回の検討により,タフルプロストについてもタフルプロストカルボン酸体のウサギ房水移行性が,BAKの濃度によらず変化しないことが確認できた.BAKによる角膜透過性亢進の感受性はヒトではウサギよりも低いことが示唆されている12)ことから,プロスタグランジン系点眼液中のBAK濃度は,臨床適用範囲では,活性本体のヒト眼内移行性に影響しないと考える.プロスタグランジンF2a誘導体の眼圧下降反応性は,ウサギでは低くサルで高いことが知られており13),タフルプロストでは正常眼圧サルにおいて点眼液濃度0.0002%.0.005%で,高眼圧サルにおいて点眼液濃度0.0002%.0.0025%で濃度依存的な眼圧下降作用の増強が認められている14).また,健常人に対して,タフルプロストは0.0025%.0.005%で濃度依存的に眼圧下降作用を示す15).これらの結果から,サルにおいてはヒトとほぼ同じ濃度範囲で濃度依存的な眼圧下降作用を示すと考えられ,サルはヒトの有効性を比較的よく反映していると考える.本研究において,正常眼圧サルの眼圧下降作用はタフルプロストの現処方と新処方で明確な差はなかった.このことから,ヒトにおいてもタフルプロストの眼圧下降作用に点眼液中BAK濃度は影響せず,タフルプロストの現処方と新処方の眼圧下降作用に差はないと考えられる.以上,現処方とBAK濃度を低減した新処方のタフルプロストを用いて眼内移行動態,眼圧下降作用の両点を比較検討した結果,薬物動態面,薬効面ともにBAK濃度が影響を与えることはなかった.点眼液に含有されるBAKは,炎症や点状角膜表層症などの症状を誘発する原因とも考えられることから,BAK濃度を低減した新処方タフルプロストは,今までと変わらない薬効のうえに,角膜上皮細胞の安全性にも配慮された点眼液6)となることが期待される.謝辞:本研究にご協力をいただいた石田成弘氏,倉島宏明氏,三枝祐史氏,後藤干城氏,寺嶋達雄氏に感謝いたします.文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:777-814,20062)BaudouinC,LiangH,HamardPetal:TheocularsurfaceofglaucomapatientstreatedoverthelongtermexpressesinflammatorymarkersrelatedtobothT-helper1andT-helper2pathways.Ophthalmology115:109-115,20083)PisellaPJ,PouliquenP,BaudouinC:Prevalenceofocularsymptomsandsignswithpreservedandpreservativefreeglaucomamedication.BrJOphthalmol86:418-423,20024)JaenenN,BaudouinC,PouliquenPetal:Ocularsymptomsandsignswithpreservedandpreservative-freeglaucomamedications.EurJOphthalmol17:341-349,20075)LeungEW,MedeirosFA,WeinrebRN:Prevalenceofocularsurfacediseaseinglaucomapatients.JGlaucoma17:350-355,20086)AsadaH,Takaoka-ShichijoY,NakamuraMetal:Optimizationofbenzalkoniumchlorideconcentrationin0.0015%tafluprostophthalmicsolutionfrompointsofocularsurfacesafetyandpreservativeefficacy.YakugakuZasshi130(6),20107)FukanoY,KawazuK:Dispositionandmetabolismofanovelprostanoidantiglaucomamedication,tafluprost,followingocularadministrationtorats.DrugMetabDispos37:1622-1634,20098)SasakiH,NaganoT,YamamuraKetal:Ophthalmicpreservativesasabsorptionpromotersforoculardrugdelivery.JPharmPharmacol47:703-707,19959)SasakiH,YamamuraK,MukaiTetal:Enhancementofoculardrugpenetration.CritRevTherDrugCarrierSyst16:85-149,199910)McCareyB,EdelhauserH:Invitrocornealepithelialpermeabilityfollowingtreatmentwithprostaglandinanalogswithorwithoutbenzalkoniumchloride.JOculPharmTher23:445-451,200711)FukanoY,AsadaH,KimuraAetal:Influenceofbenzalkoniumchlorideonthepenetrationoflatanoprostintorabbitaqueoushumorafterocularinstillations.AAPSJ8(S2),200612)BursteinNL:Preservativealterationofcornealpermeabilityinhumansandrabbits.InvestOphthalmolVisSci25:1453-1457,198513)StjernschantzJW:FromPGF2a-isopropylestertolatanoprost:AreviewofthedevelopmentofXalatan:theProctorLecture.InvestOphthalmolVisSci42:1134-1145,200114)TakagiY,NakajimaT,ShimazakiAetal:PharmacologicalcharacteristicsofAFP-168(tafluprost),anewprostanoidFPreceptoragonist,asanocularhypotensivedrug.ExpEyeRes78:767-776,200415)SuttonA,GilvarryA,RopoA:Acomparative,placebocontrolledstudyofprostanoidfluoroprostaglandinreceptoragoniststafluprostandlatanoprostinhealthymales.JOculPharmacolTher23:359-365,2007***

日本人正常眼圧緑内障眼に対するラタノプロストからトラボプロスト点眼液への切り替え試験による長期眼圧下降効果

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(115)687《原著》あたらしい眼科27(5):687.690,2010cはじめにプロスト系プロスタグランジン関連薬(以下,プロスト系薬剤)は現在眼圧下降治療薬のなかで最大の眼圧下降効果を有し,終日にわたる眼圧下降作用と眼圧変動幅抑制効果の点でも優れている.さらに,1回点眼であることと局所のみの副作用により,良いアドヒアランスが見込まれ,第一選択薬としての地位を確立している.すでに4種類のプロスト系薬剤が発売されているが,ラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロストは海外での臨床データが蓄積し,最近のメタアナリシス解析でもほぼ同様な25.30%の眼圧下降効果を有することが判明している1).日本で発売されて10年になるラタノプロストは,日本人正常眼圧緑内障(NTG)を対象〔別刷請求先〕相原一:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MakotoAihara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityofTokyoGraduateSchoolofMedicine,7-3-1Hongo,Bunkyo-ku,Tokyo113-8655,JAPAN日本人正常眼圧緑内障眼に対するラタノプロストからトラボプロスト点眼液への切り替え試験による長期眼圧下降効果大谷伸一郎*1湖.淳*2鵜木一彦*3竹内正光*4宮田和典*1相原一*5*1宮田眼科病院*2湖崎眼科*3うのき眼科*4竹内眼科医院*5東京大学大学院医学系外科学専攻感覚運動機能医学講座眼科学IntraocularPressure-ReductionEffectofSwitchingfromLatanoprosttoTravoprostinJapaneseNormal-TensionGlaucomaPatientsShin-ichiroOtani1),JunKozaki2),KazuhikoUnoki3),MasamitsuTakeuchi4),KazunoriMiyata1)andMakotoAihara5)1)MiyataEyeHospital,2)KozakiEyeClinic,3)UnokiEyeClinic,4)TakeuchiEyeClinic,5)DepartmentofOphthalmology,UniversityofTokyoGraduateSchoolofMedicine日本人正常眼圧緑内障(NTG)眼におけるトラボプロスト0.004%(トラバタンズR)点眼による眼圧下降効果をラタノプロスト0.005%(キサラタンR)点眼液からの前向き切り替え試験で検討した.4施設において日本人NTG眼57例57眼をエントリーし前向きに眼圧,視力,充血,角膜上皮障害を,切り替え後1,3カ月後に評価し,エントリー時と比較検討した.3カ月間持続点眼できた38例のエントリー時,1,3カ月の眼圧はそれぞれ13.4±2.3,12.8±2.0,12.7±1.8mmHg(平均±標準偏差)であり有意な眼圧下降効果が得られた(paired-ttest,p<0.05).視力,充血には変化がなかったが,角膜上皮障害は1カ月で著明に改善し,その後3カ月間悪化しなかった.トラボプロスト点眼液は,日本人正常眼圧緑内障眼に対してラタノプロストと同様な眼圧下降効果が期待でき,また角膜上皮障害を惹起しにくいことが示された.Theintraocularpressure(IOP)-loweringeffectoftravoprost0.004%inJapanesenormal-tensionglaucoma(NTG)patientswasprospectivelyassessedbyreplacinglatanoprost0.005%withtravoprostat4eyecenters.Inthe57NTGpatientsenrolled,IOP,visualacuity,hyperemiaandocularsurfacedamagewereevaluatedat1and3months.In38patientsthatcompletedtheprotocol,IOPatentry,1and3monthswas13.4±2.3mmHg,12.8±2.0mmHgand12.7±1.8mmHg,respectively.IOPat1and3monthswassignificantlyreducedcomparedtothevalueatentry(p<0.05).Therewasnosignificantdifferenceinvisualacuityorhyperemiaamongthe3timepoints,whereascornealepitheliopathywassignificantlyimprovedat1monthandwasnotworsenedat3months.TravoprosthasanIOP-loweringeffectsimilartothatoflatanoprostinJapaneseNTGpatients,andhaslessdetrimentaleffectonthecornealsurfacethandoeslatanoprost.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):687.690,2010〕Keywords:緑内障,眼圧,ラタノプロスト,トラボプロスト,塩化ベンザルコニウム.glaucoma,intraocularpressure,latanoprost,travoprost,benzalkoniumchloride.688あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(116)とした研究においても,約10.20%の眼圧下降効果を示し,さらにベースライン眼圧が15mmHg以下の場合でも1mmHg以上の有意な眼圧下降効果が得られており2.5),特に低眼圧で眼圧下降効果が得られにくい患者には,確実な眼圧下降効果を示しアドヒアランスを向上させるために重要な薬物である.しかし,ラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロストは15mmHg以上の緑内障患者を対象に治験が行われており,純粋にNTGを対象とした治験や報告はない.一方,国内開発のタフルプロストは臨床開発治験において原発開放隅角緑内障(OAG)を対象にラタノプロストに対して非劣勢の眼圧下降効果を示し,またNTG眼を対象に4週間で.4mmHgの有意な眼圧下降を有していることが第三相試験で判明している(タフルプロストインタビューフォーム).しかし,NTGを対象にラタノプロストと比較した報告はなく,長期使用における眼圧下降効果も不明である.プロスト系関連薬トラボプロストのトラバタンズR0.004%点眼液は,防腐剤として塩化ベンザルコニウム(benzalkoniumchloride:BAC)を含有せず,SofZiaRというZn(亜鉛)を用いたイオン緩衝系システムを導入している.日本でのトラボプロスト点眼液導入に際し,臨床治験では,BAC含有0.004%トラボプロスト(トラバタンR)を用いたNTGを含むOAGを対象にしていたため,SofZiaR含有0.004%トラボプロスト(トラバタンズR)の日本人NTGにおける眼圧下降効果の報告はない.BACは界面活性剤であるため,細胞膜の透過性を亢進させ細胞を破壊することによる抗菌作用をもつ一方,薬剤透過性を亢進する可能性があるため,BACの有無は薬効に影響することが懸念される.そこで,日本人NTG患者におけるキサラタンRからの切り替えによる眼圧下降効果を多施設で前向きに3カ月にわたり検討した.I対象および方法1.対象参加4施設(宮田眼科病院,うのき眼科,湖崎眼科,竹内眼科医院)に2008年1月から2月にかけて通院中の患者のうち,すでにNTGと診断された患者で,3カ月以上ラタノプロスト(キサラタンR)点眼液を単剤投与されている57例57眼を対象にした.評価対象眼は両眼NTGの場合は眼圧が高いほうもしくは同じ場合は右眼とした.なお,本研究はヘルシンキ宣言の趣旨に則し,共同設置の倫理委員会の承認を経て,患者からの同意を得たうえで実施された.2.方法エントリー時にラタノプロスト点眼液をトラボプロスト点眼液に切り替え,変更前および変更後1および3カ月の午前もしくは午後の同一時間帯に受診後,視力を測定,結膜充血の観察,さらにフルオレセイン染色による角膜病変をコバルトブルーフィルターもしくはブルーフリーフィルターを用いて細隙灯顕微鏡で観察,眼圧をGoldmann圧平眼圧計にて測定した.主要評価項目は眼圧であり,変更前エントリー時の眼圧測定値と,変更後1および3カ月の測定値とをpairedt-testにて比較した.副次的評価項目である角膜病変は点状表層角膜症(SPK)をAD分類6)を用いて評価し,結膜充血は4施設共通の標準写真を用いて,正常範囲,軽度,中等度,重度の4段階に分類した.II結果試験期間中の1カ月以内に14例脱落があった.内訳は,充血6例,眼圧上昇2例(16から17mmHg,16から19mmHg),他は表1のとおりであり,少なくとも主剤に関係ある重大な副作用は認められなかった.さらに3カ月までに5例の脱落があり,その内訳は,理由不明の中止例が3例,来院しなかった2例であった.最終的に38例38眼(エントリー中67.2%)が3カ月間持続点眼可能であった.38例は男性8例,女性30例,平均年齢68.2±10.7歳(34.82歳)であった.エントリー時,変更後1,3カ月の視力は,logMAR視力で0.89,0.86,0.84と有意差がなかった.眼圧は図1のとおり,エントリー時13.4±2.3mmHgに対し,変更後1カ月で12.8±2.0mmHg,3カ月で12.7±1.8mmHgと有意に切り替え眼圧(mmHg)20151050*p=0.02*p=0.03エントリー時(ラタノプロスト)トラボプロスト変更1カ月後継続期間(月)トラボプロスト変更3カ月後13.4±2.312.8±2.012.7±1.8図1ラタノプロストからトラボプロストへの切り替えによる眼圧の推移n=38,paired-ttest,p=0.01(1カ月),p=0.03(3カ月).表13カ月経過観察中の脱落理由1カ月以内脱落理由充血異物感不快感頭痛,めまい眼圧上昇眼圧変化がないため6例131213カ月以内脱落理由原因不明通院せず32(117)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010689下降した(paired-ttest,p=0.02,0.03).SPKのAD分類の変化を表2に示す.エントリー時にSPKを認めた症例は38例中18例(47.4%)であった.A1D1が13例(34.2%),A1D2が1例(2.6%),A2D1が3例(7.9%),A2D2が1例(2.6%)であったが,変更後1,3カ月でA1D1が2例(5.3%)ずつと著明に改善した(c2検定,p<0.01).結膜充血はエントリー時に軽度充血が5例,変更後1カ月で8例,3カ月で0例であった.III考按今回の検討は,同系統のプロスト系薬剤であるラタノプロストからトラボプロストへの切り替えによる日本人NTG眼に対する長期眼圧下降効果であるが,BAC含有ラタノプロストから,BAC非含有トラボプロストに切り替えたことにより,BACによるオキュラーサーフェスへの影響と主剤のプロスト系の効果とがともに影響した結果であり,単純に主剤の効果を比較検討したものではない.過去のBAC含有点眼液トラボプロストとラタノプロストの緑内障および高眼圧症患者を対象にした眼圧下降効果を比較したメタアナリシスの報告7)では,ともに点眼後のトラフ値,ピーク値でラタノプロストが28%,31%,トラボプロストが29%,31%と同様な眼圧下降を呈することがわかっている.ただし,これらのメタアナリシスの解析に用いられた報告はトラボプロストについてはBAC含有点眼液であり,最近わが国で発売されたBAC非含有,SofZiaR含有点眼液での報告ではない.筆者らはすでに,BAC非含有トラボプロスト0.004%点眼液(トラバタンズR0.004%点眼液)の日本人健常眼に対する単回点眼による眼圧下降効果を,前日同時刻と比較することにより日内変動の影響を抑えた評価方法により評価した.その結果,BAC非含有トラボプロスト点眼は,正常眼に点眼後12時間で3.5mmHg(26.9%)の眼圧下降を呈した8).したがって,防腐剤が代わりBAC非含有となっても,眼圧下降には影響しないと考えられた.さらに,海外欧米人におけるOAGおよび高眼圧症(OH)を対象とした,BAC含有および非含有トラボプロスト点眼による眼圧下降効果には差がないことが報告されており9),日本人緑内障患者においてもBACの有無にかかわらず,トラバタンズR0.004%による眼圧下降効果が期待できると考え,今回日本人NTG対象にBAC含有キサラタンR単独投与症例に対して切り替え試験により前向き研究を行った.海外のラタノプロストからトラボプロスト(ともにBAC含有)切り替え試験では,眼圧はより下降もしくは同等であったと報告されている10.12).今回は日本人NTGを対象として3カ月でキサラタンRと比較し,約1mmHgの眼圧下降効果が有意に得られたことは,海外のNTGを含む早期緑内障を対象にした大規模試験であるEarlyManifestTrialでも示されているように1mmHgの眼圧下降は進行のリスクを約10%軽減させる13)ということからも,十分意義あるものと考える.今回のスタディではNTGと診断された症例ですでに3カ月ラタノプロストを投与された症例を対象にしたが,ベースライン眼圧の測定が必ずしも同一施設でなされていないため,純粋にNTGに対する眼圧下降効果を測定できていないが,ラタノプロストと同等以上の効果を有する結果となり,過去の切り替え試験での有効症例の存在に関する報告10)も合わせて考えれば,NTGを対象にしてもある種類のプロスト系薬剤に低反応性であれば切り替える意義は十分あることを裏付けている.ただし,今回はラタノプロスト点眼時の眼圧をエントリー時1回で評価している点が眼圧下降評価研究計画上の問題である.結果として切り替えにより有意差が得られたものの,この点を考慮して少なくともラタノプロストからトラボプロストへの切り替え試験により同等な結果,眼圧下降効果を有すると結論づけた.また,ベースライン眼圧が不明であるため,本対象症例のなかでラタノプロストに対する反応性とトラボプロストに対する反応性の相関を比較できなかった.今後は無治療NTGを対象に無作為平行群間比較試験かつ薬剤のクロスオーバーを行って,個々の症例でのプロスト系薬剤への反応性の相違を検討すべきであると考える.今回眼圧が切り替えにより平均で有意に下降した理由は,主剤自体の特徴と対象眼の感受性の問題が第一にあると考えられる.トラボプロストはラタノプロストに比べ,末端フェニル基にフッ素が付き化学構造を安定化させることにより効果を持続させている可能性があり,他のプロスト系薬剤と比べ細胞内シグナルのイノシトール代謝物を最大限惹起できること14)や,最終点眼後の眼圧下降持続効果が高いこと15)が報告されている.また,作用点であるFP受容体の遺伝的多型や発現分布なども薬理効果の相違につながると考えられるが確証は得られておらず,今後の課題である.第二の理由として,切り替えによるアドヒアランスの改善が考えられる.今回は初回エントリー57症例中1カ月で14例,3カ月で5例の症例が脱落した(表1).脱落理由に眼圧下降不良が2例あるが1回の測定による軽微な変化であり持続的変化であるかは判定していない.切り替え試験も含め眼圧下降作用を確表2AD分類によるSPKの推移A0A1A2A3D020→36→36D113→2→23→0→00D21→0→001→0→0D3000数字はエントリー時→1カ月後→3カ月後の症例数を示す.690あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(118)認する研究では,脱落例が生じることは否めず,脱落例に眼圧上昇例が多く含まれていれば結果に影響するが,今回19例の脱落中,眼圧下降不良という理由であった例はわずか2例であり,16から17mmHg,16から19mmHgへ上昇した例であった.残り17例は眼圧上昇以外の理由であり表1に示したとおりで,眼圧も変化がなかったか下降した例であるため,これら脱落例を含めても少なくとも今回の切り替え試験により眼圧が悪化したことにはならないと考える.むしろ主剤そのものに対して眼圧下降反応が低いというよりも,表1にあるような,持続的に起こる充血やしみるといった製剤の特徴により,脱落することが多いことがわかる.たとえば充血を理由にした脱落は6例(10%)存在する.また,不快感や異物感に関連するオキュラーサーフェスへの影響も重要なアドヒアランス良否に関わる因子である.今回3カ月継続可能であった38例の角膜障害は1カ月後著明に改善し,さらに3カ月までその改善効果が持続した.これは,すでに筆者らが報告したOAG,OH患者114例を対象にラタノプロストからトラボプロストに切り替えた試験と同様,有意な角膜上皮障害改善を示す結果であった16).したがってBAC非含有製剤であるトラバタンズRはオキュラーサーフェスへの影響が少ないことが示唆された.このような主剤の効果以外のアドヒアランスの影響を考えると,今回3カ月持続点眼可能であった症例は,実はアドヒアランスが不良であったが,トラバタンズRへの切り替えにより角膜障害が改善して,点眼アドヒアランスが良好となり,眼圧がより下降した可能性がある.患者によって副作用はかなり異なるが,少なくとも個々の患者にとってアドヒアランスが良い点眼,すなわち副作用が少なく,差し心地が良い点眼は,主剤の眼圧下降効果以上に重要な因子であると考える.緑内障患者は点眼薬を長期にわたり多剤併用することが多く,点眼液の主剤のみならず防腐剤を含めた基剤も複雑に影響して眼表面への副作用を惹起しやすい状況にあり,点眼に対するアドヒアランスが眼圧下降効果に大きく影響すると考えられる.したがって,眼圧のみにとらわれず,患者の生活環境や性格と眼表面への副作用,点眼時の印象も加味して治療効果を評価する姿勢が重要である.その点でトラバタンズR点眼液のように主剤としてNTGを対象にしても十分な眼圧下降効果が得られ,かつ防腐剤を改良したオキュラーサーフェスに優しい点眼液は,今後の点眼治療薬としての理想的な方向性を示している.今回は3カ月間の経過を追った研究であるが緑内障の長期管理は年単位であり,今後はさらに1年以上の長期点眼による影響を再評価する必要がある.文献1)AptelF,CucheratM,DenisP:Efficacyandtolerabilityofprostaglandinanalogs:ameta-analysisofrandomizedcontrolledclinicaltrials.JGlaucoma17:667-673,20082)岩田慎子,遠藤要子,斉藤秀典ほか:正常眼圧緑内障に対するラタノプロストの眼圧下降効果.あたらしい眼科20:709-711,20033)木村英也,野崎実穂,小椋祐一郎ほか:未治療緑内障眼におけるラタノプロスト単剤投与による眼圧下降効果.臨眼57:700-704,20034)椿井尚子,安藤彰,福井智恵子ほか:投与前眼圧16mmHg以上と15mmHg以下の正常眼圧緑内障に対するラタノプロストの眼圧下降効果の比較.あたらしい眼科20:813-815,20035)緒方博子,庄司信行,清水公也ほか:正常眼圧緑内障におけるラタノプロスト単剤変更1年後の眼圧,視野,視神経乳頭形状の検討.臨眼59:943-947,20056)MiyataK,AmanoS,SawaMetal:Anovelgradingmethodforsuperficialpunctatekeratopathymagnitudeanditscorrelationwithcornealepithelialpermeability.ArchOphthalmol121:1537-1539,20037)vanderValkR,WebersCA,SchoutenJSetal:Intraocularpressure-loweringeffectsofallcommonlyusedglaucomadrugs:ameta-analysisofrandomizedclinicaltrials.Ophthalmology112:1177-1185,20058)大島博美,新卓也,相原一ほか:日本人健常眼に対する塩化ベンザルコニウム非含有トラボプロスト無作為単盲検単回点眼試験による眼圧下降効果の検討.あたらしい眼科26:966-968,20099)LewisRA,KatzGJ,WeissMJetal:Travoprost0.004%withandwithoutbenzalkoniumchloride:acomparisonofsafetyandefficacy.JGlaucoma16:98-103,200710)KabackM,GeanonJ,KatzGetal:Ocularhypotensiveefficacyoftravoprostinpatientsunsuccessfullytreatedwithlatanoprost.CurrMedResOpin20:1341-1345,200411)NetlandPA,LandryT,SullivanEKetal:Travoprostcomparedwithlatanoprostandtimololinpatientswithopen-angleglaucomaorocularhypertension.AmJOphthalmol132:472-484,200112)ParrishRK,PalmbergP,SheuWP:Acomparisonoflatanoprost,bimatoprost,andtravoprostinpatientswithelevatedintraocularpressure:a12-week,randomized,masked-evaluatormulticenterstudy.AmJOphthalmol135:688-703,200313)LeskeMC,HeijlA,HusseinMetal:Factorsforglaucomaprogressionandtheeffectoftreatment:theearlymanifestglaucomatrial.ArchOphthalmol121:48-56,200314)SharifNA,KellyCR,CriderJY:Humantrabecularmeshworkcellresponsesinducedbybimatoprost,travoprost,unoprostone,andotherFPprostaglandinreceptoragonistanalogues.InvestOphthalmolVisSci44:715-721,200315)SitAJ,WeinrebRN,CrowstonJGetal:Sustainedeffectoftravoprostondiurnalandnocturnalintraocularpressure.AmJOphthalmol141:1131-1133,200616)湖.淳,大谷伸一郎,鵜木一彦ほか:トラボプロスト点眼液の臨床使用成績─眼表面への影響─.あたらしい眼科26:101-104,2009

最近11年間に経験したアカントアメーバ角膜炎の28例の臨床的検討

2010年5月31日 月曜日

680あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(00)《原著》あたらしい眼科27(5):680.686,2010cはじめにアカントアメーバ角膜炎(AK)は,1974年Nagingtonら1)によって初めて報告され,わが国では1988年石橋ら2)がソフィーナRの装用者に初めて報告した比較的新しい角膜感染症である.病原体に対する特異的治療法がないために,罹病すると長期間の加療を要するほか,高度の視機能低下をきたす例も少なくない.アカントアメーバは土壌,砂場,室内の塵,淡水など自然界に広く生息し,栄養体あるいはシストとして存在する.栄養体は細菌や酵母を餌として増殖するが,貧栄養・乾燥などの悪条件下ではシスト化する.シストは強靱な耐乾性・耐薬品性をもっており,AKが難治性である理由の一つとされている3).〔別刷請求先〕篠崎友治:〒793-0027西条市朔日市269番地1済生会西条病院眼科Reprintrequests:TomoharuShinozaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SaiseikaiSaijouHospital,269-1Tsuitachi,Saijou-shi,Ehime793-0027,JAPAN最近11年間に経験したアカントアメーバ角膜炎28例の臨床的検討篠崎友治*1宇野敏彦*2原祐子*3山口昌彦*4白石敦*3大橋裕一*3*1済生会西条病院眼科*2松山赤十字病院眼科*3愛媛大学医学部眼科学教室*4愛媛県立中央病院眼科ClinicalFeaturesof28CasesofAcanthamoebaKeratitisduringaRecent11-YearPeriodTomoharuShinozaki1),ToshihikoUno2),YukoHara3),MasahikoYamaguchi4),AtsushiShiraishi3)andYuichiOhashi3)1)DepartmentofOphthalmology,SaiseikaiSaijouHospital,2)MatsuyamaRedCrossHospital,3)DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicineEhimeUniversity,4)DepartmentofOphthalmology,EhimePrefecturalCentralHospital目的:近年アカントアメーバ角膜炎(AK)の増加が問題となっている.今回,筆者らは最近11年間の愛媛大学眼科(以下,当科)にて加療したAK症例の臨床像を検討したので報告する.対象および方法:対象は1998年から2008年の間に当科を受診,加療したAK28例(男性14例,女性14例,平均年齢33.4±14.2歳)で,経年的な症例数の変化,初診時の病期と臨床所見,当科受診前の診断と治療内容,コンタクトレンズ(CL)の使用状況,当科における治療内容,視力予後などを診療録から調査,検討した.結果:近年症例数は増加傾向で2007年発症例は8例,2008年は6例であった.28例中,初期は20例であり,角膜上皮・上皮下混濁は全例に,放射状角膜神経炎,偽樹枝状角膜炎も高頻度に認めた.完成期は8例であり,このうち輪状浸潤は4例,円板状浸潤は4例であった.当科加療前に角膜ヘルペスが疑われた症例は10例あった.前医の治療でステロイド点眼薬が使用された症例は19例あった.28例中25例がCL装用者であり,うち16例は頻回交換型ソフトCLを使用していた.視力予後は初期の症例で良好であった.完成期のうち5例は治療的角膜移植を必要とした.結論:AKの症例は近年増加傾向にあるが,特徴的な臨床所見,患者背景をもとに初期例を検出し,早期に治療を行うことが視力予後の観点から重要である.ToelucidatetheclinicalfeaturesofAcanthamoebakeratitis(AK),wereportoncasesofAKdiagnosedandtreatedatEhimeUniversitybetween1998and2008.The28patientsinthisstudyaveraged33.4yearsofage.As8and6caseswereexperiencedin2007and2008respectively,theincreasingtendencyinthenumberofcaseswasconfirmed.Ofthe28patients,20werediagnosedasearlystage,8aslatestage.Epithelialand/orsubepithelialopacity,radialkeratoneuritisandpseudodendriticlesionwerecommonintheearlystage.Ultimately,10patientswerediagnosedwithherpetickeratitis;19hadusedtopicalsteroidbeforevisitingourfacilityand25werecontactlensusers.Visualprognosisisfairintheearlystagecases;5casesinthelatestageunderwenttherapeuticcornealtransplantation.EarlydiagnosisofAKiscriticalforabetterprognosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):680.686,2010〕Keywords:アカントアメーバ角膜炎,コンタクトレンズ,角膜ヘルペス,放射状角膜神経炎.Acanthamoebakeratitis,contactlens,herpetickeratitis,radialkeratoneuritis.(108)0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(109)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010681米国WillsEyeHospitalは2004年以降,急激にAK症例数が増加していることを報告4)しているが,コンタクトレンズ(CL)および眼感染症学会が共同で行った全国アンケート調査結果や学会における報告数が示すように,わが国でも増加傾向にあると推定される.AKがCL装用者に圧倒的に多いことはよく知られているが,先のWillsの報告によれば,米国でのCL使用者は2003年の3,500万人から,2006年には4,500万人を超えたとされており5),CL装用者の増加がAK症例数の増加の一因としてあげられている.これはわが国においても同様で,現在,1,700万人程度の装用者が存在し,経年的に増加している.現時点におけるユーザーのトレンドはソフトコンタクトレンズ(SCL)にあり,2週間を代表とする頻回交換型と1日使い捨てのSCLがシェアを二分している.このうち,前者の頻回交換型SCLでは,毎日のレンズケアが安全な装用に不可欠であるが,こすり洗いなどが十分に実施されていない状況が種々のアンケート調査で浮き彫りとなっている.また,ケア用品の主流である多目的用剤(MPS)の消毒効果が従来の煮沸消毒あるいは過酸化水素に比べて弱いことがAK増加の要因の一つとなっている可能性が指摘されている.愛媛大学医学部附属病院眼科(以下,当科)においても,近年AKの診断治療を行う機会が多くなった.今回筆者らは,過去11年間に経験したAK症例について,その臨床像・発症の契機・視力予後などをレトロスペクティブに検討したので報告する.I対象および方法対象は1998年から2008年の間に当科において加療を行ったAK28例(男性14例,女性14例,平均年齢33.4±14.2歳)である.各年における症例数,初診時の病期分類と臨床所見,当科受診前の前医における診断と治療内容,CL装用の有無とその使用状況,当科における治療内容,視力予後について診療録内容を調査した.なお,病型分類および臨床所見は日眼会誌111巻10号「感染性角膜炎診療ガイドライン」6)に準じた.また,前医における診断と治療内容は紹介状における記載内容に従った.角膜上皮擦過物から検鏡あるいは培養にてアカントアメーバを検出された症例を診断確定例とした.検鏡は擦過物をスライドグラスに塗抹後KOHパーカーインク染色,グラム染色,ファンギフローラYR染色などを用いて観察した.培養は大腸菌の死菌〔マクファーランド(Mcfarland)5以上の新鮮大腸菌懸濁液を60℃1時間加熱処理〕をNN寒天培地に塗布したものを用い,25℃2週間を目処に観察を行った.なお今回,検鏡,培養がともに陰性であっても特徴的な臨床所見を有し,その治療経過がAKに矛盾しなかった症例も推定例として検討に含めた.II結果1.検鏡・培養によるアカントアメーバの検出対象となった28例のうち検鏡にてアカントアメーバを検出した症例は14例(50%),培養で同定された症例は検鏡でも検出されている3例を含め6例(21%)であった.検鏡,培養ともに陰性の症例は11例(39%)であった.2.経年的な症例数変化および病期分類対象28例の概要を表1に示した.1998年から2002年までは,年間1.2例程度で推移している.その後,年によるばらつきはあるが,2005年は4例,2007年は8例,2008年は6例とAK症例は次第に増加傾向を示している(図1).病期別では,初期が20例(20/28,71%),完成期が8例(8/28,29%)であったが,特に,2005年以降は初期の症例数の増加傾向が著しい.3.初診時臨床所見初期の症例における初診時所見を図2に示す.角膜上皮・上皮下混濁は全例(20/20,100%)に認められた.このほか,放射状角膜神経炎は16例(16/20,80%),偽樹枝状角膜炎は12例(16/20,60%)と高頻度にみられた.一方,完成期は輪状浸潤が認められたもの4例(4/8,50%),円板状浸潤1998年1999年2000年2001年2002年2003年2004年2005年2006年2007年2008年9876543210症例数■:初期■:完成期図1アカントアメーバ角膜炎症例数および病期分類60%05101520症例数偽樹枝状角膜炎放射状角膜神経炎80%角膜上皮・上皮下混濁100%図2初期20症例の初診時臨床所見682あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(110)が認められたもの4例(4/8,50%)であった.なお,今回の検討対象において,移行期7)あるいは成長期8)に相当するものはみられなかった.4.前医における診断および治療前医における診断(疑いを含む)を表2に示す.アカントアメーバ角膜炎の診断(疑いを含む)で紹介されたものが10例(10/28,36%),ヘルペス性角膜炎の診断で紹介されたものも同じく10例であった.角膜浮腫の3例はいずれもその原因がCL装用に起因するものと判断されて紹介受診されたものである.一方,前医においてステロイド点眼薬が使用されていた症例は19例(19/28,68%)であった.発症から当科初診までの期間(表1)は調査期間の後半で短くなってい表2前医の診断前医の診断(疑いを含む)症例数*アカントアメーバ角膜炎10ヘルペス性角膜炎10角膜浮腫3角膜炎3真菌感染1角膜外傷1不明1*重複あり.表1当院におけるアカントアメーバ角膜炎の28症例症例番号初診年年齢(歳)性別病期初診時矯正視力発症から当院初診までの日数発症時装用していたコンタクトレンズ点眼薬,眼軟膏1199853男性完成期0.0240HCLペンタ,FLCZ,MCZ,CHX2199841女性完成期光覚弁52HCLペンタ,FLCZ,MCZ,CHX3199949女性完成期0.47使用なしペンタ,FLCZ,MCZ,CHX,PMR-oint4200070男性完成期0.15138使用なしFLCZ,MCZ,PHMB,IPM,AMK5200040女性初期1.28HCLFLCZ,MCZ,PHMB,OFLX-oint6200119女性初期0.0619従来型SCLFLCZ,MCZ,CHX,PMR-oint7200228男性初期0.216HCLFLCZ,MCZ,CHX,PMR-oint8200358男性完成期指数弁32不明FLCZ,MCZ,LVFX9200356女性完成期手動弁210HCLMCFG,MCZ,PMR-oint10200319男性完成期手動弁13FRSCLMCZ,FLCZ,LVFX,PMR-oint11200517男性初期1.239FRSCLGFLX,MCZ,CHX,PMR-oint,ACV-oint12200536女性完成期指数弁11FRSCLGFLX,FLCZ,MCZ,CHX,PMR-oint13200519女性初期0.412FRSCLGFLX,FLCZ,MCZ,CHX,VRCZ,PMR-oint14200526男性初期0.4524FRSCLGFLX,FLCZ,MCZ,CHX,VRCZ,PMR-oint,LVFX,Rd15200758女性完成期0.0590FRSCLMCZ,CHX,VRCZ,PMR-oint16200725女性初期0.9514FRSCLGFLX,MCZ,CHX,VRCZ,PMR-oint17200723男性初期0.427FRSCLMCZ,CHX,VRCZ,PMR-oint18200736男性初期0.1590従来型SCLMCZ,CHX,VRCZ,PMR-oint19200718女性初期0.0314FRSCLGFLX,CHX,VRCZ,PMR-oint20200725女性初期0.520FRSCLMCZ,CHX,VRCZ,PMR-oint21200724男性初期0.516定期交換SCLGFLX,CHX,VRCZ,PMR-oint22200735男性初期0.6141daydisposableGFLX,CHX,VRCZ,PMR-oint23200819男性初期0.665FRSCL加療なし(前医でAK加療後)24200825女性初期0.227FRSCLCHX,VRCZ,PMR-oint25200825女性初期0.64FRSCLLVFX,CHX,VRCZ,PMR-oint,PHMB26200833男性初期手動弁32FRSCLGFLX,CHX,VRCZ,AMPH,PMR-oint,PHMB27200828女性初期1.260FRSCLCHX,VRCZ,PMR-oint28200830男性初期0.416FRSCLGFLX,CHX,VRCZ,PMR-ointペンタ:イセチオン酸ペンタミジン(ベナンバックスR),FLCZ:フルコナゾール(ジフルカンR),MCZ:ミコナゾール(フロリードR),CHX:グルコン酸クロルヘキジン(ステリクロンR),PMR-oint:ピマリシン眼軟膏(ピマリシンR眼軟膏),OFLX-oint:オフサロキサシン眼軟膏(タリビッドR眼軟膏),LVFX:レボフロキサシン(クラビットR),GFLX:ガチフロキサシン水和物(ガチフロR),VRCZ:ボリコナゾール(ブイフェンドR),AMPH:アムホテリシンB(ファンギゾンR),PHMB:ポリヘキサメチレンビグアニジン,MCFG:ミカファンギン(ファンガードR),IPM:イミペネム水和物(チエナムR),AMK:硫酸アミカシン(アミカシンR),Rd:合成副腎皮質ホルモン,ITCZ:イトラコナゾール(イトリゾールR),ACV:アシクロビル(ゾビラックスR),カルバ:クエン酸ジエチルカルバマジン(スパトニンR),-oint:眼軟膏,-po:内服,-div:点滴,PKP:全層角膜移植,LKP:表層角膜移植,TR:トラベクレクトミー,HCL:ハードコンタクトレンズ,FRSCL:頻回交換型ソフトコンタクトレンズ.(111)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010683る傾向が認められた.5.患者の背景因子とCLの使用状況(表3)CL装用者は25例(25/28,89%)であり,装用歴のない症例が2例(2/28,7%),不明が1例(1/28,4%)であった.CL装用者では,頻回交換ソフトコンタクトレンズ(SCL)装用者が16例と最も多く,続いてハードコンタクトレンズ(HCL)5例,使い捨てSCL2例,従来型SCL2例であった.CLのケア状況については診療録に記載があった範表1つづき症例番号結膜下注射全身投与薬外科的治療角膜擦過回数入院日数最終観察時矯正視力1MCZ,FLCZカルバ-po61401.22MCZ,FLCZITCZ-poPKP1118指数弁3MCZ,FLCZITCZ-po,ACV-po121151.24MCZ,FLCZITCZ-po,IPM-divPKP22061.25MCZ,FLCZITCZ-po2441.26MCZITCZ-po,MCZ-div3771.27MCZITCZ-po,FLCZ-div78418MCZ,FLCZMCZ-divPKP0580.89MCFGMCFG-divPKP,TR0590.0510MCZMCZ-div3380.811ITCZ-po5431.212MCZITCZ-poLKP1901.513ITCZ-po6330.614ITCZ-po5951.215VRCZ-po8671165291.2179371.5185590.41911510.8202121.22113680.8227321.223001241101.2252181.226VRCZ-po1580.02271111.228101表3AK発症の契機となったCLの種類と使用状況発症時使用していたCL症例数(%)こすり洗いをしなかったケアに水道水を使用CLケースをまったく交換したことがない頻回交換ソフトコンタクトレンズ(SCL)16(57%)942ハードコンタクトレンズ(HCL)5(18%)使い捨てSCL2(7%)11従来型SCL2(7%)1装用なし2(7%)不明1(4%)合計28(100%)1053表4使用されていた保存液の種類使用されたCL洗浄保存液症例数ロートCキューブR7レニューR2アイネスR2コンプリートR2オプティ・フリーR1684あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(112)囲に限られるが,「こすり洗いをしなかった」が10例,「SCLのケアに水道水を使用」が5例,「レンズケースの交換をまったくしたことがない」が4例あった.SCL装用者のなかで使用していたケア用品について記載があったものが14例あった.この14例はすべてMPSを使用していた.その内訳を表4に示す.6.治療内容とその経年的変遷初期の一部症例を除いて,アゾール系薬剤および消毒剤であるpolyhexamethylenebiguanide(PHMB,0.02%に調整)を,あるいはchlorhexidinedigluconate(CHX,0.02%に調整),ピマリシン眼軟膏が治療の主体であった(表1).アゾール系薬剤の結膜下注射および全身投与は2005年頃まで行っていたが,2007年頃からは施行していない.角膜病巣部掻爬については症例ごとのばらつきが大きいが,近年は初期例の紹介が増えたこともあって,その施行回数は減少傾向であり,診断目的を含めた初診時の1回のみで治癒できた症例も少なくなかった.7.視力予後初診時および最終観察時点での矯正視力を図3に示す.初期症例のうち17例(17/20,85%)は最終矯正視力0.8以上が得られた.完成期8症例のうち点眼など,内科的治療のみで比較的良好な視機能を確保した症例は3例(3/8,38%)あり,いずれも最終矯正視力0.8以上であった(表1).角膜移植を施行したのは5症例(5/8,63%)で,そのうち3症例は最終矯正視力0.8以上を得た.残りの2症例は矯正視力0.05および指数弁であった.III考按近年,日本コンタクトレンズ学会および日本眼感染症学会の主導でコンタクトレンズ装用が原因と考えられる角膜感染症で入院治療をした症例を対象とする全国調査が行われた.平成19年4月からの1年間の中間報告9)では,233例のうち,角膜擦過物の塗抹検鏡にて40例,分離培養では32例でアカントアメーバが検出されている.これはCL関連角膜感染症の代表的な起炎菌である緑膿菌が角膜病巣より分離された47例に匹敵する症例数であり,AKがわが国においてすでに普遍的な感染症になっていることを物語っている.AK症例の増加についてはこれまでにもいくつかの指摘4,10)があるが,中四国地域から紹介を受けることの多い当院においても,2007年以降同様の増加傾向がみられることが確認できた.AKの確定診断は患者の角膜擦過物からアカントアメーバを同定することによりなされるべきである.当院では前医においてアカントアメーバが同定されている症例,あるいは前医での治療ですでに瘢痕化しつつあるような症例を除き,全例で角膜病巣部を擦過しファンギフローラYR染色などののち検鏡を行っている.検鏡にてアカントアメーバが確認できない場合,複数回角膜擦過をくり返す症例を中心に一部の症例で培養検査も行っている.今回対象となった症例で培養陽性は6例と少なかったが,これは培養検査に供した検体数が限定されていた要因が大きく,培養陽性率についての検討はできなかった.一方,AKにおいてはきわめて特徴的な臨床所見がみられることが多く,典型例ではかなりの確度で臨床診断することも可能である.筆者らの検討においても,AK初期症例の80%に放射状角膜神経炎が認められたほか,角膜上皮・上皮下混濁,偽樹枝状角膜炎の所見を呈する頻度も高いため,これらの所見を把握しておくことはAKの早期診断に最も重要なことと考えられる.AKの病期に着目すると,完成期の症例は減少傾向だが,初期の症例が増加傾向であった.これにはさまざまな要因が考えられるが,AKに対する眼科医の認知度が近年非常に高まり,比較的早期に診断あるいは疑いをもたれて専門の医療機関に紹介される症例が増加していることの結果と推察される.筆者らの検討においても前医にてAKの診断をうけていたものが10例もあり,第一線における眼科医の診断レベルの向上がうかがわれる.AKでは,特にヘルペス性角膜炎との鑑別が問題となることが多い1,11,12).筆者らの検討においても10例(36%)がAK診断前にヘルペス性角膜炎が疑われていた.円板状角膜炎など実質型のヘルペス性角膜炎が疑われれば抗ウイルス薬のほかにステロイド点眼あるいは内服が使用されることが多い.このほか,角膜上皮の混濁がアデノウイルス感染の混濁と類似していることも多く13,14),抗菌薬とステロイド点眼が使用されている場合もある.AKにおいてステロイド点眼が使用されると一時的に結膜充血や角膜浸潤が軽減し,AKの診断が遅れて病状を悪化させることになるので注意が必要である1,12).また,ステロイド存在下においてアカントアメー0.010.1初診時矯正視力最終矯正視力10.01◆:初期0.1■:完成期1図3初診時視力と最終視力(ただし,視力0.01以下はすべて0.01としてグラフに示した)(113)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010685バのシスト,栄養体ともに増加し,症状が進行するといった動物モデルでの報告もある15).AKの症例の多くがCL装用者である4,10,11,16).これは,言い換えれば,CL装用がAK発症の最大の危険因子であることを意味している.しかし,最近におけるAK症例の増加はCL装用者人口の増加のみで単純に説明しえるものではない.今回対象となった症例のなかにも,発症前にCLを不適切に使用されている例が多く認められ,極端な例では,使い捨てCLでありながら保存して再使用し,かつ不適切に保存していた.CLの不適切な管理はAK発症の契機であり,これが昨今のAK症例の増加の一因であることが考えられる.CLケースは洗面所など水回りに保管されることがほとんどのため,環境菌に汚染されやすいが,アメーバはそれらの細菌を栄養源にして生息している.このように,汚染したCLケースがアメーバや緑膿菌などの感染の温床となっていると考えられる16,17).レンズケースの洗浄,乾燥と定期的な交換,こすり洗いやすすぎなど,レンズケアの重要性について広く啓発していく必要がある.レンズ消毒の主流であるMPSのアメーバに対する消毒効果については議論の多いところである.基本的に,MPSのシストへの有効性は栄養体に比べてはるかに劣る.MPSへの浸漬時間を8時間と仮定したとき,アメーバシストに対して有効とされるMPSはいくつかあるが,多くのMPSでは十分な効果は期待できない18).また,たとえアカントアメーバ自体に対して有効であったとしても,CLに付着しているアメーバに対しMPSが有効に機能しない可能性はある16).結論として,MPSのアカントアメーバに対する消毒効果は不十分と考えるべきであり19),確実な消毒剤の開発は今後の大きな課題と思われる.AKの治療としては,いわゆる“三者併用療法”が従来から提唱されている6,20).これは,①フルコナゾール,ピマリシンなどの抗真菌薬の点眼または軟膏塗布,②イトラコナゾール,ミコナゾールなどの抗真菌薬の内服または経静脈投与,③外科的病巣掻爬を並行して行うものである.抗真菌薬は栄養体に対して一定の効果が確認されているが,シストにはほぼ無力であり21),その分,病巣掻爬を含めた外科的治療に依存する部分が多かったと考えられる.最近では,抗シスト薬として,消毒薬であるPHMBまたはCHXを0.02%に調整のうえで点眼投与することが一般的となり,当科においても今回対象となった症例のほとんどでCHXを,一部の症例でPHMBの点眼を使用している.AKに対するPHMB,CHXの治療効果は同等であるとされ22),治療にPHMBやCHXが用いられるようになってから治療成績が向上しているとの報告もある11,23,24).どのような治療の組み合わせが最も効果的か,今後の検討が望まれるところである.視力予後については,初期の症例で比較的良好な結果であった.完成期においても最終視力が良好であった症例が多くを占めたが,その過半数において治療的角膜移植が施行されていた.AKに対して角膜移植を行った症例数については,米国のWillsEyeHospitalは31症例中2症例(6%)4),英国のMoorfieldsEyeHospitalは56症例中5症例(9%)22)と報告している.診断の遅れにより重症化し,角膜移植などの外科的治療の必要性が高まることはこれまでにもしばしば指摘されているところである12,25)が,当科において角膜移植症例が多いのは今回の調査期間の前半に完成期の症例が多かったためと考えられる.今後,AKの早期診断率がさらに向上し,角膜移植を必要とする割合は減少することが大いに期待される.文献1)NagingtonJ,WatsonPG,PlayfairTJetal:Amoebicinfectionoftheeye.Lancet2:1537-1540,19742)石橋康久,松本雄二郎,渡辺亮ほか:Acanthamoebakeratitisの1例.日眼会誌92:963-972,19883)大橋裕一,望月學:アカントアメーバ.眼微生物事典.p260-267,メジカルビュー社,19964)ThebpatiphatN,HammersmithKM,RochaFNetal:Acanthamoebakeratitis:Aparasiteontherize.Cornea26:701-706,20075)FoulksGN:Acanthamoebakeratitisandcontactlenswear.EyeContactLens33:412-414,20076)日本眼感染症学会感染性角膜炎診療ガイドライン作成委員会:感染性角膜炎診療ガイドライン.日眼会誌111:770-809,20077)石橋康久,本村幸子:アカントアメーバ角膜炎の臨床所見─初期から完成期まで─.日本の眼科62:893-896,19918)塩田洋,矢野雅彦,鎌田泰夫ほか:アカントアメーバ角膜炎の臨床経過の病期分類.臨眼48:1149-1154,19949)福田昌彦:コンタクトレンズ関連角膜感染症全国調査委員会コンタクトレンズ関連角膜感染症の実態と疫学.日本の眼科80:693-698,200910)AwwadST,PetrollWM,McCulleyJPetal:UpdatesinAcanthamoebakeratitis.EyeContactLens33:1-8,200711)ButlerKH,MalesJJ,RobinsonLPetal:Six-yearreviewofAcanthamoebakeratitisinNewSouthWales,Australia1997-2002.ClinExperimentOphthalmol33:41-46,200512)太刀川貴子,石橋康久,藤沢佐代子ほか:アメーバ角膜炎.日眼会誌99:68-75,199513)GoodallK,BrahmaA,RidgwayA:Acanthamoebakeratitis:Masqueradingasadenoviralkeratitis.Eye10:643-644,199614)TabinG,TaylorH,SnibsonGetal:AtypicalpresentationofAcanthamoebakeratitis.Cornea20:757-759,200115)McClellanK,HowardK,NiederkornJYetal:EffectofsteroidsonAcanthamoebacystsandtrophozoites.InvestOphthalmolVisSci42:2885-2893,200116)IllingworthCD,StuartD,CookSD:Acanthamoebakeratitis.SurveyOphthalmol42:493-508,199817)LarkinDFP,KilvingtonS,EastyDL:Contaminationof686あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010contactlensstoragecasesbyAcanthamoebaandbacteria.BrJOphthalmol74:133-135,199018)HitiK,WalochnikJ,MariaHallerSchoberEetal:EfficacyofcontactlensstoragesolutionsagainstdifferentAcanthamoebastrains.Cornea25:423-427,200619)KilvingtonS,HeaselgraveW,LallyJMetal:EncystmentofAcanthamoebaduringincubationinmultipurposecontactlensdisinfectantsolutionsandexperimentalformulations.EyeContactLens34:133-139,200820)石橋康久:アカントアメーバ角膜炎の治療─トリアゾール系抗真菌剤の内服,ミコナゾール点眼,病巣掻爬の3者併用療法.あたらしい眼科8:1405-1406,199121)ElderMJ,KilvingtonS,DartJK:AclinicopathologicstudyofinvitrosensitivitytestingandAcanthamoebakeratitis.InvestOphthalmolVisSci35:1059-1064,199422)LimN,GohD,BunceCetal:ComparisonofpolyhexamethylenebiguanideandchlorhexidineasmonotherapyagentsinthetreatmentofAcanthamoebakeratitis.AmJOphthalmol145:130-135,200823)BaconAS,FrazerDG,DartJKetal:Areviewof72consecutivecasesofAcanthamoebakeratitis1984-1992.Eye7:719-725,199324)DuguidIG,DartJK,MorletNetal:OutcomeofAcanthamoebakeratitistreatedwithpolyhexamethylbiguanideandpropamidine.Ophthalmology104:1587-1592,199725)Perez-SantonJJ,KilvingtonS,HughesRetal:PersistentlyculturepositiveAcanthamoebakeratitis.Ophthalmology110:1593-1600,2003(114)***

健康な女性に発症した両眼性の真菌性眼内炎の1例

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(103)675《第43回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科27(5):675.678,2010cはじめに真菌性眼内炎は,外科手術や悪性疾患など全身的な重症疾患があり,その管理のために経中心静脈高カロリー輸液(intravenoushyperalimentation:IVH)や,静脈カテーテルなどが挿入されている患者(compromisedhost)にみられることが多い.しかし今回,このような臨床経過がない健康な中年女性に両眼性の真菌性眼内炎が発症し,原因不明のぶどう膜炎として副腎皮質ステロイド薬の投与が行われ,急速に炎症の増悪をひき起こす結果となった症例を経験したので報告する.I症例患者:56歳,女性.主訴:右眼視力低下,左眼霧視.現病歴:平成20年7月22日から24日にかけて38.5℃の発熱と頭痛が出現.28日右眼視力低下,29日左眼霧視を自〔別刷請求先〕岩瀬由紀:〒238-8558横須賀市米が浜通1-16横須賀共済病院眼科Reprintrequests:YukiIwase,M.D.,DepartmentofOphthalmology,YokosukaKyousaiHospital,1-16Yonegahamadouri,YokosukaCity,Kanagawa238-8558,JAPAN健康な女性に発症した両眼性の真菌性眼内炎の1例岩瀬由紀*1竹内聡*1竹内正樹*2野村英一*2西出忠之*2石原麻美*2林清文*2中村聡*2水木信久*2*1国家公務員共済組合連合会横須賀共済病院眼科*2横浜市立大学医学部眼科学教室EndogenousFungalEndophthalmitisinaFemalewithNoPriorHistoryYukiIwase1),SatoshiTakeuchi1),MasakiTakeuchi2),EiichiNomura2),TadayukiNishide2),MamiIshihara2),KiyofumiHayashi2),SatoshiNakamura2)andNobuhisaMizuki2)1)DepartmentofOphthalmology,YokosukaKyousaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine症例は56歳の健康な女性.平成20年7月22日,発熱,頭痛出現.28日右眼視力低下,29日左眼霧視を自覚し,30日前医受診.VD=(0.01),VS=(0.6),両眼前房内炎症細胞,角膜後面沈着物,雪玉状硝子体混濁,網脈絡膜滲出斑を認めた.サルコイドーシスを疑い副腎皮質ステロイド薬の内服を開始したが改善せず,両眼ステロイド薬のTenon.下注射が追加された.しかし前房内炎症,硝子体混濁は改善せず,むしろ増悪が認められたため,8月19日横浜市立大学附属病院(以下,当院)紹介受診となった.当院初診時,視力は両眼手動弁.両眼底に網脈絡膜滲出斑と濃厚な羽毛状硝子体混濁を認めた.両眼性の真菌性眼内炎を疑い抗真菌薬を開始したが,硝子体混濁の改善を得られず両眼硝子体手術に至った.硝子体液よりScedosporiumapiospermumが分離培養された.A56-years-oldfemalewithnopriorhistorydevelopedacutefeverandheadache.Aboutoneweeklatershenotedblurringinbotheyesandconsultedadoctor.Hercorrectedvisualacuitywas0.01rightand0.6left.Shepresentedwithanteriorgranulomatousuveitis,vitreousopacityandretinochoroidalexudatesinbotheyes.Becauseshewasdiagnosedwithsarcoid,shewastreatedwithtopical,oralandperiocularsteroids.Shealsoreceivedsub-Tenonsteroidinjection.Shetookaturnfortheworse,however,sowasreferredtoourhospital.Visualacuitywashandmotion.Fundusexaminationshowedfluffyopacitiesinthevitreousandretinalgranulomasinbotheyes.Shewastreatedwithintravenousantifungalagentsontheassumeddiagnosisoffungalendophthalmitis.Wecouldobtainnoimprovementofvitreousopacity,sosheunderwentvitrectomy.VitreousculturewaspositiveforScedosporiumapiospermum.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):675.678,2010〕Keywords:健常人,真菌性眼内炎,Scedosporiumapiospermum.healthywomen,fungalendophthalmitis,Scedosporiumapiospermum.676あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(104)覚し近医受診,両眼性のぶどう膜炎と診断.30日に前医受診.視力は右眼矯正0.01,左眼矯正0.6.両眼に前房内炎症,角膜後面沈着物,雪玉状硝子体混濁,網脈絡膜滲出斑が認められた.サルコイドーシスを疑われ,リン酸ベタメタゾンの点眼および副腎皮質ステロイド薬(プレドニゾロン30mg/日)の内服が開始されたが改善せず,トリアムシノロンアセトニドTenon.下注射が追加された.しかし症状は増悪し8月19日,横浜市立大学附属病院(以下,当院)紹介受診となった.既往歴:平成3年肺結核,平成6年胸膜炎.ペット飼育歴:なし.渡航歴:16回の海外渡航歴があるが,森林地帯など動植物との濃厚な接触はなし.初診時眼科所見:視力は両眼手動弁.両眼に微塵様角膜後面沈着物,前房内炎症細胞3.4+,隅角に前房蓄膿がみられた.両眼底には網脈絡膜滲出斑と濃厚な硝子体混濁があり,一部羽毛状であった.網膜電図は両眼とも減弱型,Bモードエコーでは,混濁した硝子体の陰影と後部硝子体.離がみられたが網膜.離はなかった.検査所見:血液検査では白血球の軽度の上昇があったが,C反応性蛋白は正常範囲内であった.肝機能,腎機能,耐糖能に異常はなかった.ACE(アンジオテンシン変換酵素)8.1U/l,Ca(カルシウム)10.0mg/dl,b2-ミクログロブリン1.10mg/lとサルコイドーシスを疑う所見は得られなかった.b-d-グルカンは基準値以下,感染症はHBs(B型肝炎表面)抗原,HCV(C型肝炎ウイルス)抗体,HIV(ヒト免疫不全ウイルス)抗体とも陰性.腫瘍マーカーはCEA(癌胎児性抗原),CA(糖鎖抗原)19-9ともに基準値内であった.胸部CT(コンピュータ断層撮影)では,右肺底部に空洞性病変がみられ,陳旧性の炎症病変と考えられた.両側肺門リンパ節腫脹は認めなかった.腹部CTでは,肝臓,胆.,膵臓に異常所見はみられなかった.左腎盂から腎盂尿管移行部に結石を認めた.頭部MRI(磁気共鳴画像)では,慢性虚血性変化と考えられる右頭頂葉にT2,FLAIRで点状の異常高信号域を認めたが,悪性リンパ腫など腫瘍を疑う所見はなかった.PET(ポジトロン断層撮影法)では,両眼部,右肩関節,肝臓に限局性の集積を認めた.経過:全身的に真菌血症を示唆する所見がなく,末梢血中b-d-グルカンは陰性であったが,副腎皮質ステロイド薬に対する反応が乏しいこと,および眼底所見より,両眼性の真菌性眼内炎を疑い,8月22日よりホスフルコナゾール400mg/日の点滴を開始した.10日間抗真菌薬を投与したが硝子体混濁の改善はみられず,診断および加療目的から9月1日右眼,4日左眼の硝子体手術を施行した.硝子体は高度に混濁しており,後極部の網膜血管の狭細化,網膜浮腫がみられた.網膜表面には白色膿が広範囲に付着しており,網膜内から硝子体へ播種している病巣もみられた.手術時に採取した硝子体液中のb-d-グルカンは右眼361.4pg/ml,左眼127.7pg/mlと高値であった.異型細胞や結核PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)は陰性.ウイルス抗体率(Q値)は,HSV(単純ヘルペスウイルス):右眼0.41,左眼0.36,VZV(水痘帯状疱疹ウイルス):右眼0.56,左眼0.40,CMV(サイトメガロウイルス):右眼1.40,左眼0.98といずれも有意な上昇はみられなかった.硝子体病理組織で,PAS(過ヨウ素酸シッフ)染色とGrocott染色に陽性の真菌様構造物が認められ,硝子体灌流液の培養検査にてSporothrixschenkiiと形態学的に同定されたため,9月23日よりイトラコナゾール200mg/日内服へ変更した.その後,両眼とも増殖硝子体網膜症に進行し,9月27日図1網膜から硝子体に立ち上がる羽毛状硝子体混濁図2硝子体灌流液の培養分生子柄から球形の分生子が生じている.ラクトフェノールコットン青染色,400倍.(105)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010677左眼,10月9日右眼の増殖硝子体網膜症手術(シリコーンオイル全置換)を施行した.10月1日,左尿管結石症を発症し,排尿時に約5.0×2.5mm大の組織片を排出した.病理,培養検査にて形態学的にSporothrixschenkiiの菌塊と診断された.その後,硝子体より分離された真菌の分子生物学的同定を千葉大学真核微生物研究センターへ依頼したところ,Sporothrixschenkiiではなく,Scedosporiumapiospermumと同定された.さらなる全身的な精査,加療目的のために10月23日当院感染症内科に転科し,現在まで真菌性眼内炎の再発はない.視力は術後9カ月時点において,両眼矯正0.07まで回復している.II考按副腎皮質ステロイド薬の投与により悪化した本症例では細菌性眼内炎や結核性ぶどう膜炎の可能性も考えられたが,比較的緩徐な経過であること,ツベルクリン反応は陰性であったこと,胸部CT所見において活動性のある結核病変はみられないこと,および眼底所見を総合し,筆者らは真菌性眼内炎を疑い治療を開始した.真菌性眼内炎には外因性と内因性がある.外傷などにより発症する外因性真菌性眼内炎は減少傾向にあるが,IVHの普及に伴い内因性真菌性眼内炎は近年増加している.本症例は,眼外傷や手術,処置の既往はなく,両眼性に発症しており,内因性真菌性眼内炎と考えられた.病期は両眼とも石橋分類のⅢbであった.抗真菌薬による治療を開始したが,硝子体混濁の改善はみられず,硝子体手術に至った.術中所見は濃厚な硝子体混濁に加え,網膜血管の狭細化,網膜浮腫などがみられ網膜の傷害が大きかった.手術時に採取した硝子体液中のb-d-グルカンは高値を示し,硝子体灌流液の分離培養検査で最終的にScedosporiumapiospermumが同定されたことにより,真菌性眼内炎の確定診断を得た.硝子体中のb-d-グルカンの正常値は,真保らによると,10pg/ml以下と報告されている1).本症例の原因菌となったScedosporiumapiospermumは真菌類,子.菌門,ミクロアスクス目,ミクロアスクス科の1菌種で,無性世代である.本菌は土壌など自然界に生息し,空中に浮遊する分生子の吸入,または貫通性外傷を受けた局所への真菌要素の直接接種により生体に侵入し病変を生じると考えられている.この菌による感染症は一般にシュードアレシェリア症と総称されており,菌腫症(mycetoma)の一病型である深在性皮膚真菌症の起因菌の一つとして知られていた2).近年は,日和見真菌感染として注目されている3.6).しかし,Scedosporiumapiospermumによる内因性眼内炎の報告はわが国ではなく,全世界においても十数例ときわめてまれである7).しかしこれらの症例は,臓器移植後や大動脈弁置換術後,膠原病に対し免疫抑制薬や副腎皮質ステロイド薬の全身投与患者,急性リンパ性白血病など免疫機能の低下した患者,気管支拡張症など呼吸器疾患が背景にあった.一方本症例では,軽度の白血球の上昇以外,肝機能,腎機能,耐糖能に異常はなく,感染症や腫瘍マーカーは陰性であった.CTでも肺結核後の空洞性病変および左腎結石以外に明らかな腫瘍や炎症性病変は認めなかった.PETでは両眼部,右肩関節,肝臓に限局性の集積を認めたが,整形外科で右肩関節周囲炎として加療され,肝臓への集積に関しては,腹部エコー,腹部CTでは異常所見は認めなかった.健常成人に播種性に,全身へ感染巣を形成した報告はまれであり貴重な症例といえる.本症例における感染経路であるが,多くの海外渡航歴があるも動植物との濃厚な接触はない.明らかな皮膚病変は認められなかったが,本人も気づかない小外傷から本菌が侵入し,真菌血症となり,眼内や尿管へ病巣を形成した可能性があるかもしれない.あるいはシュードアレシェリア症による肺感染症は,気管支拡張病変や.胞,肺結核後の空洞病変に本菌が吸入され感染するとされており,肺結核後の空洞性病変に本菌が吸入感染し,肺病変から全身へ播種し,眼内炎,尿管結石症を発症した可能性も考えられる.しかし気管支鏡検査にて施行した生検からは本菌は分離されていない.これまで報告された症例での視力予後は不良であり,眼症状発現後数カ月で敗血症や多臓器不全となり死亡している7).Maertensらは,本菌による死亡率は90%と報告している8).生命に関わる全身性の真菌感染症の再発を予防するため,本疾患では抗真菌療法の継続が必要であると考え,Scedosporiumapiospermumに有効とされるボリコナゾールの内服を現在も継続している.一般に内因性真菌性眼内炎の背景には,全身的な重症疾患があり,IVHや静脈カテーテルなどが挿入されていることが多い.このよう経緯があれば,特徴的な臨床所見とあわせて診断は比較的容易である.しかし本症例は健康な女性であり,原因不明のぶどう膜炎として,副腎皮質ステロイド薬の局所および全身投与が行われ,急速に炎症の増悪をひき起こす結果となった.原因不明の内眼炎では,真菌性眼内炎の可能性も考慮し,副腎皮質ステロイド薬の全身投与は十分慎重に検討しなくてはならないと考えられた.文献1)真保雅乃,伊藤典彦,門之園一明:硝子体液中b-D-グルカン値の臨床的意義の検討.日眼会誌106:579-582,20022)伊藤章:アレシュリオーシス.日本臨牀領域別症候群別冊24:384-386,19993)CohenJ,PowderlyWG:InfectionsDisease.2ndedition,p1162,Mosby,Edinburgh,2004678あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(106)4)MandellGL,BennettJE,DolinR:Principlesandpracticeofinfectiousdisease.5thedition,p2772-2780,ChurchillLivingstone,Philadelphia,20005)RajR,FrostAE:Scedosporiumapiospermuminalongtransplantrecipient.Chest121:1714-1716,20026)渡辺健寛,小池輝元,今給黎尚幸ほか:Scedosporiumapiospermumによる肺感染症の2症例.日呼外会誌20:620-624,20067)LaroccoAJr,BarronJB:EndogenousScedosporiumapiospermumendophtalmitis.Retina25:1090-1093,20058)MaertensJ,LagrouK,DeweerdtHetal:DisseminatedinfectionbyScedosporiumprolificans:anemergingfatalityamonghaematologypatients:casereportandreview.AnnHematol79:340-344,2000***

後部強膜炎に視神経周囲炎を合併した若年者の1例

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(99)671《第43回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科27(5):671.674,2010cはじめに後部強膜炎は疼痛,視力低下を主症状とし,眼底に網脈絡膜皺襞や滲出性網膜.離など多彩な症状を呈する疾患である.特に初期の原田病と鑑別困難な場合があり,超音波検査,CT(コンピュータ断層撮影),MRI(磁気共鳴画像)などの画像検査で後部強膜の肥厚所見を得ることが診断の決め手となることがある.原疾患として関節リウマチや全身性エリテマトーデス(SLE)といった膠原病や,結核・梅毒などの感染症を合併することも多いといわれている1).視神経周囲炎は視神経鞘に炎症の首座があるものをいい,脱髄性視神経炎とはまったく異なる病態で,眼窩内炎症の一つと位置付けられる.急性または亜急性の片眼または両眼の霧視,眼痛で発症する比較的まれな疾患である.乳頭腫脹は初発時,ほぼ全例にみられるが中心視力は保たれることがあり,その場合盲点の拡大,傍中心暗点または弓状暗点のみがみられることがある.MRI所見が重要で,視神経周囲がT2強調画像で高信号を呈する.ステロイド薬は著効するが,漸減または中止後しばしば再燃しやすい2).両疾患とも小児や若年者での報告が少なく,特発性眼窩炎症の一型として考えられている.以前林らが成人例の後部強〔別刷請求先〕菅原道孝:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3医療法人社団済安堂井上眼科病院Reprintrequests:MichitakaSugahara,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN後部強膜炎に視神経周囲炎を合併した若年者の1例菅原道孝藤本隆志井上賢治若倉雅登井上眼科病院ACaseofPosteriorScleritiswithOpticPerineuritisMichitakaSugahara,TakashiFujimoto,KenjiInoueandMasatoWakakuraInouyeEyeHospital緒言:後部強膜炎,視神経周囲炎ともに別々の独立した疾患概念で分類されている.今回両者が連続すると思われる症例を経験したので報告する.症例:16歳,男性.両眼球運動痛と上眼瞼腫脹,複視を自覚し,近医を受診.眼窩内炎症を考え加療するも,前房内炎症,視神経乳頭腫脹が出現したため当院紹介受診となった.当院初診時視力は両眼とも(1.2),RAPD(相対性求心路瞳孔異常)(.),両眼の強膜炎,前房内炎症,視神経乳頭発赤腫脹,黄斑に網脈絡膜皺襞があった.フルオレセイン蛍光眼底造影で両眼視神経乳頭過蛍光を示した.MRI(磁気共鳴画像)で両眼とも眼球後壁から視神経にかけての肥厚と造影剤による増強効果を認め,後部強膜炎と視神経周囲炎の合併例と診断し,ステロイドパルス療法を施行した.再発例が多いことから免疫抑制薬を併用しステロイド薬内服を漸減中である.結論:本例は後部強膜炎も視神経周囲炎も解剖学的に連続性があり,特発性眼窩炎症の一型と解釈した.A16-year-oldmale,whenfirstseenbyhisophthalmologist,complainedofocularpain,eyelidswellinganddiplopia.Hewasinitiallytreatedwithanon-steroidalanti-inflammatorydrug,butwasfoundtohaveiritisanddiscswelling,andwasrefferedtoourclinic.Onadmission,hisbestvisualacuitywas20/16inbotheyes.Examinationofbotheyesshowedanteriorscleritis,iritis,hyperemicdisc,andretinalfold.Fundusfluoresceinangiographydisclosedpersistentdyeleakagefrombothdiscs.MRIrevealedahigh-signal-intensityareaaroundtheposteriorscleraandtheadjacentopticnervesheath.Wediagnosedposteriorscleritiswithopticperineuritis,andadministeredpulsedcorticosteroidtherapy.Thesteroidsweretaperedoffincombinationwithimmunosuppressantdrugs.Posteriorscleritiswithopticperineuritisshouldberegardedasamanifestationofidiopathicorbitalinflammatorysyndromes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):671.674,2010〕Keywords:後部強膜炎,視神経周囲炎,特発性眼窩炎症.posteriorscleritis,opticperineuritis,idiopathicorbitalinflammatorysyndromes.672あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(100)膜炎と視神経周囲炎の合併例を報告した3)が,今回筆者らは両者を合併した若年者の1症例を経験したので報告する.I症例患者:16歳,男性.初診:2008年5月10日.主訴:眼痛,視野異常.現病歴:平成20年4月中旬に発熱,咽頭痛出現.4月下旬頃より両眼球運動痛,上眼瞼腫脹,複視を自覚し近医受診.上記症状に加え,右眼下転障害,採血で炎症反応を認めたため,眼窩内炎症を考え非ステロイド系抗炎症薬,抗生物質内服投与された.眼瞼腫脹・複視は改善するも,眼痛が軽減せず,さらに前房内炎症・視神経乳頭腫脹が出現し,傍中心暗点も認めたため当院紹介受診となった.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼0.15(1.2×sph.2.25D),左眼0.1(1.2×sph.2.25D(cyl.0.5DAx180°),眼圧は右眼15mmHg,左眼14mmHgであった.中心フリッカー値(CFF)は左右とも48Hzであった.眼位は正位,眼球運動は異常なく,前医でみられた下転障害は改善していた.瞳孔は正円,左右同大,RAPD(相対性求心路瞳孔異常)(.)であった.両眼に微細な角膜後面沈着物,両眼前房内に2+.3+の炎症細胞,両眼耳側強膜充血がみられた.眼底は両眼とも視神経乳頭の発赤・腫脹,両眼黄斑部の網脈絡膜皺襞を認めた(図1).蛍光眼底造影(FA)では両眼視神経乳頭からの蛍光漏出と右眼耳側網膜血管からの漏出がみられた(図2).視野検査では両眼Mariotte盲点の拡大と左眼の傍中心暗点が検出された(図3).造影MRIでは両眼とも眼球後壁から視神経にかけての肥厚と造影剤による増強効果を認めた(図4).血液検査では血沈が軽度亢進(14mm/h)していたが,抗核抗体などは陰性であった.甲状腺機能は遊離サイロキシンFT3,FT4は正常であったが,TSH(甲状腺刺激ホルモン)が0.17と低下していた.抗サイログロブリン抗体は正常であった.経過:眼痛,視神経乳頭浮腫,網脈絡膜皺襞,MRIで眼球後壁の肥厚がみられたことから後部強膜炎,視神経乳頭浮腫と視野検査でMariotte盲点の拡大,MRIで視神経周囲の増強効果を示したことから視神経周囲炎と診断した.FAで視神経乳頭からの蛍光漏出を認め,視神経炎も鑑別として考えたが,視力低下がみられないこと,CFFの低下がみられ図1初診時眼底写真両眼の視神経乳頭の発赤・腫脹,両眼黄斑部の網脈絡膜皺襞を認めた.図2初診時蛍光眼底造影写真a:右眼耳側網膜血管からの漏出,b:両眼視神経乳頭からの蛍光漏出を認めた.ab(101)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010673ないこと,MRI所見では視神経実質の炎症というより視神経周囲に炎症がみられたことから視神経炎より視神経周囲炎と考え,後部強膜炎と視神経周囲炎の合併例として治療を開始した.治療は16歳という年齢を考慮して,当初メチルプレドニゾロン500mgのセミパルス療法を5日間,後療法としてメチルプレドニゾロン125mgの点滴を2日間施行したが消炎が不十分であった.ついで,メチルプレドニゾロン1,000mgのパルス療法を3日間行い,以後プレドニゾロン30mgとし漸減していった.両疾患とも再発が多いことからこのときよりアザチオプリン50mgも併用した.前房内炎症・網脈絡膜皺襞も軽減し,視神経乳頭腫脹は軽減した.アザチオプリンを100mgに増量し,プレドニゾロン漸減を計画し,治療開始後18週目にプレドニゾロン15mgに減量したところで炎症が再燃した.このため,プレドニゾロンを30mgに再増量し,免疫抑制薬もシクロスポリン35mgに変更した.その後治療開始26週目に炎症が再燃したが,シクロスポリンを75mgに増量し現在活動性は,ほぼ消失している(図5).CFFは経過中低下はみられなかった.II考按後部強膜炎と視神経周囲炎を合併した過去の報告を調べると,林ら3)は4例報告している.発症年齢は40.50歳代と視神経炎の好発年齢より高齢で,眼痛や頭痛が4例中3例に認められた.視力低下は軽度であったが全例にRAPDが陽図3初診時Goldmann視野検査両眼Mariotte盲点の拡大と左眼の傍中心暗点を認めた.LR図5治療経過プレドニゾロン換算量(mg/日)(週数)炎症再燃101506251,250302010203040炎症再燃アザチオプリン50mg100mgシクロスポリン35mg50mg75mg図4造影MRI両眼とも球後軟部組織の炎症性浮腫(黒矢印)と視神経鞘に炎症所見(白矢印)を認めた.674あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(102)性で,視神経萎縮が進んでいた1例以外は乳頭浮腫を伴っていた.視野はMariotte盲点拡大または弓状暗点を呈していた.副腎皮質ステロイド薬(以下,ステロイド)が著効するが,いずれも再発性であった.4例とも視力低下は後部強膜炎とほぼ同時期に認められたが,強膜の炎症が視神経鞘に波及し,視神経周囲炎を合併したために視力低下をきたした.後部強膜炎または視神経周囲炎は広義の眼窩炎性偽腫瘍の一型と考えるべきで,眼窩内外組織の検索と経過観察が望まれるとしている.Ohtsukaら4)は合併例1例を報告している.40歳の女性で,左眼痛,視力低下を主訴に受診した.左眼の視神経乳頭は腫脹し,発赤・線状出血があった.左眼は散瞳しており,0.125%ピロカルピンに過敏性があった.MRIT2強調画像で視神経鞘に隣接した後部強膜は高信号で,造影後脂肪抑制MRIT1で後部強膜と視神経鞘の周囲に造影効果を示した.解剖学的に強膜と視神経鞘とは連続性があり,これらの関係を示すのに造影後脂肪抑制MRIが有用であったとしている.特発性眼窩炎症は眼窩内のさまざまな場所にできる原因不明の非肉芽腫性炎症で,小児を含むあらゆる年齢に発症する.従来眼窩炎性偽腫瘍とよばれていたが,そのうち,解明されてきたリンパ増殖性疾患などを除いたものを,英文文献では「idiopathicorbitalinflammation」と記している.症状は病変の部位によって決まり,典型的な症例では急性の経過を示し,疼痛,眼瞼腫脹,眼球突出,結膜充血,結膜浮腫,眼球運動障害,複視,視力低下,眼瞼下垂などの症状が突然出現する.病変の主座により強膜炎型,外眼筋炎型,涙腺炎型,視神経周囲炎型,びまん型に分類されるが,ときに複数の型にまたがって病変が多重することがあったり,両側の眼窩に病変が生じることもあるといわれている5,6).今回の筆者らの症例も単一の疾患では説明できず,MRIの結果からも特発性眼窩炎症の強膜炎型と視神経周囲炎型の重複したものと考えた.後部強膜炎と視神経周囲炎を合併した過去の報告で,若年者の症例はない.後部強膜炎は若年者で少数例の報告がある7,8)が,確定診断のため超音波Bモード検査やCTが施行されてはいるものの,眼窩MRIを施行された症例は少ないため,視神経病変の検討は不十分であった可能性がある.強膜肥厚はCTで描出可能であるが,視神経鞘や眼窩内脂肪組織の炎症を捉えるには脂肪抑制MRIが適しているため,今後は可能であればMRIを施行し眼窩内外の検索を行う必要があると考えた.治療の第一選択はステロイドの大量点滴で,多くの場合数日のうちに改善を認める.減量中再燃をきたした場合免疫抑制薬を併用したり,放射線を使用する.今回の症例では治療にステロイドと免疫抑制薬のアザチオプリン,シクロスポリンを併用したが,Swamyら9)は24名の特発性眼窩炎症の患者の治療で19名にステロイドの内服を,1名にステロイドの点滴を,7名に免疫抑制薬としてメトトレキセート,アザチオプリン,シクロスポリン,ミコフェノール酸などを併用したとしている.経過観察期間中42%の患者が再発し,29%は2剤以上の薬剤で寛解を維持できたとしている.この論文では免疫抑制薬使用者の詳しい記載はなく,どの薬剤を選択するかの基準もないとしている.Smithら10)は14名の特発性眼窩炎症の患者の治療でステロイドの補助療法としてメトトレキセートを使用し約90%の患者に効果があり,併用が必要であった患者の2/3の症例はメトトレキセートを中止することができたと報告している.当院でも再発性眼窩炎性疾患にアザチオプリン,シクロスポリン,メトトレキセート,エンドキサンを用いているが,その反応性は症例により異なり,どれが優位とはいえない.本例ではシクロスポリンの効果があるようにみえたが,どの症例にも共通して奏効するとは結論できないと考える.文献1)McCluskeyPJ,WatsonPG,LightmanSetal:Posteriorscleritis:clinicalfeatures,systemicassociations,andoutcomeinalargeseriesofpatients.Ophthalmology106:2380-2386,19992)PurvinV,KawasakiA,JacobsonDM:Opticperineuritis:clinicalandradiographicfeatures.ArchOphthalmol119:1299-1306,20013)林恵子,藤江和貴,善本三和子ほか:後部強膜炎に合併したと考えられた視神経周囲炎の4例.臨眼60:279-284,20064)OhtsukaK,HashimotoM,MiuraMetal:Posteriorscleritiswithopticperineuritisandinternalophthalmoplegia.BrJOphthalmol81:514,19975)KennerdellJS,DresnerSC:Thenonspecificorbitalinflammatorysyndromes.SurvOphthalmol29:93-103,19846)RootmanJ,NugentR:Theclassificationandmanagementofacuteorbitalpseudotumors.Ophthalmology89:1040-1048,19827)有馬由里子,河原澄枝,松岡雅人ほか:著明な乳頭浮腫を伴った小児の強膜炎.眼紀55:465-470,20048)柴田邦子,竹田宗泰:片眼の漿液性網膜.離を呈した小児の後部強膜炎の1例.眼紀45:189-192,19949)SwamyBN,McCluskyP,NemetAetal:Idiopathicorbitalinflammatorysyndrome:Clinicalfeaturesandtreatmentoutcomes.BrJOphthalmol91:1667-1670,200710)SmithJR,RosenbaumJT:Aroleformethotrexateinthemanagementofnon-infectiousorbitalinflammatorydisease.BrJOphthalmol85:1220-1224,2001***

Q値により確定診断された後天性眼トキソプラズマ症の2例

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(95)667《第43回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科27(5):667.670,2010cはじめに眼トキソプラズマ症はネコ科の動物を終宿主とするトキソプラズマ原虫(Toxoplasmagondii)による網脈絡膜炎である.眼トキソプラズマ症は先天性感染と後天性感染に区別される.後天性感染では不顕性感染となることが多く,日本人成人の20.30%が感染していると報告されている.確定診断には血清と眼内液それぞれのtotalIg(免疫グロブリン)Gに占める抗原特異的IgGの割合の比をとった抗体率(Q値)が用いられる1).今回,Q値により確定診断された後天性眼トキソプラズマ症の2症例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕62歳,日本人男性.主訴:右眼視力低下,霧視.現病歴:以前に視力低下を指摘されたことはなかった.半年前より右眼視力低下,霧視を自覚し近医受診.視力は右眼矯正(0.15)であり,角膜後面沈着物,硝子体混濁,および網膜滲出斑を指摘され,精査加療目的にて当科紹介受診となった.既往歴:特記すべき事項なし.患者背景:生肉摂取歴なし,ネコ接触歴なし.〔別刷請求先〕竹内正樹:〒236-0009横浜市金沢区福浦3-9横浜市立大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MasakiTakeuchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,YokohamaCity,Kanagawa236-0009,JAPANQ値により確定診断された後天性眼トキソプラズマ症の2例竹内正樹澁谷悦子飛鳥田有里西田朋美石原麻美林清文中村聡水木信久横浜市立大学医学部眼科学教室TwoCasesofAcquiredToxoplasmosisDiagnosedbyCalculatingtheGoldmann-WitmerCoefficientMasakiTakeuchi,EtsukoShibuya,YuriAsukata,TomomiNishida,MamiIshihara,KiyofumiHayashi,SatoshiNakamuraandNobuhisaMizukiDepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine症例:症例1は62歳,日本人男性,症例2は22歳,ブラジル人女性.2例とも片眼の視力低下と霧視を自覚し精査加療目的にて当科紹介受診.片眼の周辺網膜に硝子体混濁を伴った限局性滲出斑がみられ,その周囲には瘢痕病巣が存在した.2例とも血清および眼内液より計算されたトキソプラズマQ値の上昇を認め,後天性眼トキソプラズマ症の再発と診断した.アセチルスピラマイシンおよびプレドニゾロンの併用療法を開始し,症例2では病巣の瘢痕化を得た.症例1ではアセチルスピラマイシンの効果が乏しく,クリンダマイシン投与に変更したところ,病巣の瘢痕化を得た.結論:Q値により確定診断された後天性眼トキソプラズマ症の2例を経験した.WereporttwocasesofacquiredtoxoplasmosisdiagnosedbycalculatingoftheGoldmann-Witmercoefficient(GWC).Case1wasa62-year-oldJapanesemale;andcase2wasa22-year-oldBrazilianfemale.Eachwassufferingfromvisuallossandblurringinoneeye.Fundusexaminationdisclosedunilateralvitreousopacityandcircumscribedactiveexudates,withadjacentscarringlesionsintheperipheralretina.BothpatientswerediagnosedashavingrecurrentacquiredtoxoplasmosisonthebasisofGWCelevation.Theyweretreatedwithacombinationoforalacetylspiramycinandprednisolone.Incase1,clindamycinwasadministeredbecauseofpoorsusceptibilitytoacetylspiramycin.Theexudateswerecuredwithscarformationinbothcases.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):667.670,2010〕Keywords:眼トキソプラズマ症,後天性,Q値,ブラジル人.oculartoxoplasmosis,acquired,Goldmann-Witmercoefficient,Brazilian.668あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(96)経過:初診時視力は右眼矯正(0.3).右眼前眼部では角膜後面沈着物,前房内炎症細胞1+程度がみられた.中間透光体には特記すべき所見はなかった.後眼部に強い硝子体混濁,および上方網膜に限局性滲出斑と隣接する瘢痕化病巣がみられた(図1a,b).左眼に特記すべき所見はみられなかった.左眼ぶどう膜炎に対して,全身検索を行った.胸部単純写真では異常はなく,ツベルクリン反応は弱陽性であった.血清検査,および前房水検査より計算されたヘルペスウイルス,水痘帯状疱疹ウイルス,サイトメガロウイルスのQ値は基準値以下であった.診断および治療目的にて右眼の硝子体手術を施行し,硝子体液を採取,解析したところ,硝子体中のトキソプラズマのIgG抗体が200IU/ml以上〔ELISA(酵素免疫測定法),正常6未満〕と高値で,Q値も16.1と高値であった.硝子体液では抗トキソプラズマIgM抗体は0.50(ELISA,正常0.8未満)であった.硝子体液の真菌塗抹培養検査は陰性,IL(インターロイキン)-6,IL-10は基準値以下であった.細胞診では異型細胞はみられなかった.以上より,後天性眼トキソプラズマ症の再発と診断し,アセチルスピラマイシン(1,200mg/日,6週間)とプレドニゾロン(プレドニンR30mg漸減療法)の内服を開始した.1クール終了後に硝子体混濁が増悪し,視力は右眼矯正0.1に低下したため,クリンダマイシン(ダラシンR600mg/日)とプレドニゾロン(プレドニンR30mg漸減療法)の内服を開始した.1クール施行し硝子体混濁の改善と網膜滲出斑の瘢痕化が得られた.初診時より9カ月の時点において視力は右眼矯正(0.5)まで改善した(図1d).〔症例2〕22歳,ブラジル人女性.主訴:右眼視力低下,霧視.現病歴:2カ月前より右眼視力低下,霧視を自覚し近医受診.虹彩炎,網膜滲出斑を指摘され精査加療目的にて当科紹介受診となった.既往歴:特記すべき事項なし.患者背景:生肉摂取歴なし,幼少時にネコ飼育歴あり.経過:初診時視力は右眼矯正(1.0)であった.右眼前眼部では角膜後面沈着物,前房内炎症細胞1+,フレア1+がみられた.中間透光体には特記すべき所見はなかった.網膜鼻下側に限局性滲出斑と隣接する瘢痕化病巣がみられた(図2a,b).左眼に特記すべき所見はみられなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影では瘢痕病巣は早期から後期にかけて低蛍光であり,滲出斑は中期より辺縁部の過蛍光を呈した.右眼感染性ぶどう膜炎を疑い全身検索を施行した.血清検査,および右眼前房水検査でトキソプラズマのIgG抗体が13IU/ml(ELISA,正常6未満)と高値で,計算されたQ値は126.4と著しく高値であった.抗トキソプラズマIgM抗体は0.10(ELISA,正常0.8未満)であった.以上の所見より,後天性眼トキソプラズマ症の再発と診断し,アセチルスピラマイシン(1,200mg/日,6週間)とプレドニゾロン(プレドニンR30mg漸減療法)の内服を開始した.1クール終了し炎症所見の改善と滲出斑の瘢痕化が得らacbd図1症例1a:初診時眼底写真.黄斑部に瘢痕病巣はみられない.b:初診時眼底写真.上方周辺部に滲出斑と瘢痕病巣を認める.c:蛍光眼底造影検査(中期像).滲出斑に一致した輪状の過蛍光と蛍光漏出を認める.d:治療後眼底写真.病巣の瘢痕化を認めた.(97)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010669れた.初診時より6カ月の時点で視力は右眼矯正(1.2)に改善した(図2d).II考按トキソプラズマ症はネコ科の動物を終宿主とするトキソプラズマ原虫(Toxoplasmagondii)による人畜共通感染症である.多くは不顕性感染となり,トキソプラズマ抗体価の陽性率は日本人で30%とされている.欧米,特にフランス,ドイツ,オランダ,ブラジルでは抗体陽性率が高いことが知られており,わが国でも,近年,在日ブラジル人において眼トキソプラズマ症の報告が目立っている2.4).当院においても,2009年に経験した眼トキソプラズマ症3例のうち,症例2を含めて2例が在日ブラジル人であった.症例2ではネコ飼育歴があり,感染経路としてネコの排泄物を介しての経口感染や経皮感染が考えられた.症例1では感染原因として特記すべきことはなかった.眼トキソプラズマ症は先天性感染と後天性感染に区別される.先天性眼トキソプラズマ症は一般に両眼性で,両眼の黄斑部にみられる境界鮮明な壊死性瘢痕病巣が特徴とされる.黄斑部病巣により出生時より視力障害をきたす.再発病巣では瘢痕病巣に隣接または離れた部位に限局性滲出性網脈絡膜炎としてみられる.一方,後天性眼トキソプラズマ症は,先天性眼トキソプラズマ症の再発病巣と同様に限局性滲出性網脈絡膜炎が,通常,片眼性にみられる.今回の2症例でもいずれも幼少時に視力低下はなく,片眼性で,周辺網膜の限局性滲出性網脈絡膜炎を呈し,また,それに隣接した壊死性瘢痕病巣がみられた.検査所見では眼内液と血清のIgG抗体の比であるQ値の上昇がみられたが,IgM抗体の上昇はみられなかった.以上のことより,2症例ともに後天性眼トキソプラズマ症を以前に発症しており,今回はその再発と考えられた.ただし,以前の後天性眼トキソプラズマ症の発症に対する病識ははっきりしなかった.眼トキソプラズマ症では過去の報告では先天性が74%を占めると報告され5),一般に先天性感染が多いとされていた.しかし,近年,後天性感染の症例が多数報告されており,後天性感染の増加が示唆されている6,7).後天性眼トキソプラズマ症の診断にはいくつかの検査法が用いられる.血清中および眼内液中のそれぞれで,全IgG量に対する抗原特異的IgG量の抗体率を眼内液と血清で比較した値(Q値)では1.0以上で眼トキソプラズマ症の可能性が高くなり,8.0以上で確定診断となるとされている1).その他,原虫の分離,3週間の間隔で採取したペア血清での抗トキソプラズマ抗体の陽転あるいは4倍以上の抗体価上昇,PCR(polymerasechainreaction)法を用いた眼内液中のトキソプラズマゲノムの検出なども診断に有用である8).しかし,原虫の分離には眼球摘出が必要であり,臨床において通常行われることはない.ペア血清測定は簡便にできる検査ではあるが,診断までに3週間の期間が必要であり,眼局所のみのトキソプラズマ症では血清の抗トキソプラズマ抗体価が上昇しないこともある.Q値,PCR法では眼内液を採acbd図2症例2a:初診時眼底写真.黄斑部に瘢痕病巣はみられない.硝子体混濁を伴っている.b:初診時眼底写真.上方周辺部に滲出斑と瘢痕病巣を認める.c:蛍光眼底造影検査(中期像).滲出斑に一致した過蛍光を認める.d:治療後眼底写真.病巣の瘢痕化を認めた.670あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(98)取しなければならないが,Fekkarらは眼トキソプラズマ症におけるQ値の感度は81%,特異度は98.7%であり,PCR法の感度は38%,特異度は100%であると報告しており,眼トキソプラズマ症におけるQ値の臨床的意義はきわめて大きい9).本症例ではいずれもQ値が8.0以上であり,眼トキソプラズマ症の確定診断に至った.眼トキソプラズマ症の治療には,アセチルスピラマイシン(1,200mg/日)およびプレドニゾロン(30.40mg/日,漸減療法)の併用が一般的である.6週間を1クールとし,効果があればさらに1クール投与する.アセチルスピラマイシンに反応しない症例では,クリンダマイシンが用いられる.症例1では,アセチルスピラマイシンに反応がみられず,クリンダマイシンに変更したところ,硝子体混濁の改善と網膜滲出斑の瘢痕化が得られた.国際眼炎症学会の治療指針では,ピリメサミン,サルファジアジン,プレドニゾロンの3剤併用療法が推奨されている.ピリメサミン,サルファジアジンは栄養型の増殖は抑制するが,.子に対しては無効である.瘢痕化病巣ではトキソプラズマは.子の状態で存在しているため,いずれの薬剤による再発予防は不可能であり,妊娠や免疫力低下を契機に再発する可能性がある.アトバコンは.子に対しても有効であることが報告されている10)が,わが国では未承認である.眼トキソプラズマ症の日本での感染率は近年低下傾向にあるといわれている.しかし,AIDS(後天性免疫不全症候群),臓器移植後,血液腫瘍などで免疫力が低下したcompromisedhostにおいての日和見感染として増加してきている.また,近年の国際化に伴って,本症例のようなブラジル人のほか,多くの欧米人がわが国に在住しており眼トキソプラズマ症の発症が報告されている.さらにわが国では,近年,生肉食を好む文化やペットブームもあり,今後もますます注意しなければならない疾患である.片眼の硝子体混濁を伴った限局性滲出性網脈絡膜炎の患者をみたら,まず,後天性眼トキソプラズマ症を念頭において診療にあたることが大切である.文献1)DesmontsG,BaronA,OffretGetal:Laproductionlocaled’anticorpsaucoursdestoxoplasmosisoculaires.ArchOphthalmolRevGenOphthalmol20:134-145,19602)大井桂子,酒井潤一,薄井紀夫ほか:再燃を繰り返した眼トキソプラズマ症の2例.眼臨101:322-326,20073)八木淳子,石川裕人,池田誠宏ほか:網膜新生血管を生じた眼トキソプラズマ症.あたらしい眼科24:961-964,20074)菊池豊彦,神部孝,石嶋清隆ほか:トキソプラズマによる乳頭隣接網脈絡膜炎の1例.眼科42:189-192,20005)AtmacaLS,SimsekT,BatiogluF:Clinicalfeaturesandprognosisinoculartoxoplasmosis.JpnJOphthalmol48:386-391,20046)大黒伸行:眼トキソプラズマ感染症.あたらしい眼科17:190-192,20007)ForresterJV,OkadaAA,BenezraDetal:Toxoplasmosis.PosteriorSegmentIntraocularInflammationGuidelines(edbyOhnoS),p43-48,KuglerPublications,Hague,19988)春田恭照:トキソプラズマ網脈絡膜炎.眼科41:1427-1433,19999)FekkarA,BodaghiB,TouafekFetal:Comparisonofimmunoblotting,calculationoftheGoldmann-Witmercoefficient,andreal-timePCRusingaqueoushumorsamplesfordiagnosisofoculartoxoplasmosis.JClinMicrobiol46:1965-1967,200810)SchimkatM,AlthausC,ArmbrechtCetal:TreatmentoftoxoplasmosisretinochoroiditiswithatovaquoneinanAIDSpatient.KlinMonatsblAugenheilkd206:173-177,1995***