0910-1810/10/\100/頁/JCLS管を経て,眼外に流出する房水の流路である.線維柱帯は,形態的にぶどう膜網,角強膜網,傍Schlemm管結合組織の3つの部分に分けられる(図1).ぶどう膜網は,最も前房側に位置する2~3層の紐状の線維柱索が交錯する組織である.角強膜網は,多層の板状の線維柱層板で構成される.線維柱索,線維柱層板は似た構造を示し,中央部に存在する細胞外マトリックスの表面を,1層の扁平な線維柱帯細胞が被う.ぶどう膜網,角強膜網には線維柱間隙とよばれる比較的大きな孔が存在する(図1).傍Schlemm管結合組織は,Schlemm管のすぐ前房側に存在する組織で,2~4層の線維柱帯細胞が細胞外マトリックス中に包埋された構造を示す.傍Schlemm管はじめに緑内障は何らかの形で眼圧が関係した視神経障害と考えられており,眼圧調節と関係が深い前房隅角を知ることは緑内障を理解する第一歩である.臨床的に前房隅角を観察する方法としては古くから隅角鏡検査が行われてきた.また近年,超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscope:UBM)や前眼部光干渉断層計などが開発されている.基礎研究の分野では,房水の産生や流出機構に関する形態学的,生理学的,薬理学的,分子生物学的研究が行われ,房水動態や眼圧調整のメカニズムが徐々に明らかにされている.本総説では,前房隅角の形態と隅角鏡による臨床所見との関係を中心に述べる.まず①前房隅角の正常構造,②酸化ストレスの線維柱帯細胞への影響,③細胞外マトリックスと緑内障の関係を記載する.その後,隅角鏡検査と前房隅角組織との関係を示し,④各種緑内障の隅角組織所見と隅角鏡所見とを記述する.I房水流出路の正常構造房水の流出路には,経Schlemm管流出路と経ぶどう膜強膜流出路との2つの経路が存在する.ヒトでは,全流出量の80~95%が経Schlemm管流出路から,残りの5~20%が経ぶどう膜強膜流出路から流出すると考えられている1).1.経Schlemm管流出路a.線維柱帯の構造経Schlemm管流出路は,前房から線維柱帯,Schlemm(55)1067*AkihikoTawara:産業医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕田原昭彦:〒807-8555北九州市八幡西区医生ヶ丘1-1産業医科大学眼科学教室あたらしい眼科27(8):1067.1076,2010c第20回日本緑内障学会須田記念講演緑内障と前房隅角GlaucomaandAnteriorChamberAngle田原昭彦*総説Schlemm管傍Schlemm管結合組織前房線維柱帯線維柱間隙強膜岬ぶどう膜網角強膜網図1正常隅角のSchlemm管および線維柱帯の光学顕微鏡写真線維柱帯は,ぶどう膜網,角強膜網,傍Schlemm管結合組織で構成される.ぶどう膜網と角強膜網には線維柱間隙が存在する.1068あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(56)結合組織には線維柱間隙は存在しない.Schlemm管は1層の内皮細胞で被われている.傍Schlemm管結合組織に接する内壁には,内皮細胞の細胞壁がSchlemm管内に突出した巨大空胞が存在する.巨大空胞内は房水で満たされており,房水のSchlemm管への通路となる2)(図2).b.線維柱帯の細胞外マトリックス線維柱帯の細胞外マトリックスは線維成分と細胞外高分子とからなる.線維成分には線維性コラーゲンや弾性線維などがある.細胞外高分子は細胞や線維成分の間を満たすゲル状の無構造物質で,プロテオグリカン(図3),ヒアルロン酸,糖蛋白などがある.これらの細胞外マトリックスは細胞間隙で単独に存在するのではなく,集合し,接着して,無定形物質を形成する.電子顕微鏡による観察で,線維柱帯の無定形物質には基底板,基底板様物質,細線維物質,細顆粒物質などが存在する3).c.房水流出抵抗ぶどう膜網および角強膜網では,房水は線維柱間隙を通って抵抗を受けずに流れる.眼圧調整に関与する房水流出抵抗は,房水が傍Schlemm管結合組織およびSchlemm管内皮細胞を通過する際4),特に傍Schlemm管結合組織の細胞外マトリックスの間を通過するときに生じると考えられている5).2.経ぶどう膜強膜流出路経ぶどう膜強膜流出路は,隅角底から毛様体実質に入り,上毛様体腔,上脈絡膜腔を経て眼外に流出する房水の流路である.毛様体の前端から毛様体実質に入った房水は,組織液と混じりながら毛様体筋束間を通過して眼球の後方へ向かい,脈絡膜と強膜との間隙に達する.その後,強膜の実質,あるいは強膜を貫く血管や神経の周囲の間隙を通って強膜の外へ流出し,眼窩内の組織に吸収される2,6,7).プロスタグランジン関連薬が,毛様体の細胞外マトリックスの代謝を促進させることで眼圧を下降させるとの報告などから,経ぶどう膜流出路からの房水流出抵抗に,毛様体筋束間の細胞外マトリックスが関与すると考えられている8~11)(図4).図3クプロメロニックブルーで染色したヒトの正常隅角線維柱帯の線維型コラーゲンプロテオグリカンを示す高電子密度の染色物(矢印)が,コラーゲンに多数分布している.一部の染色物は,コラーゲンの表面に規則正しく配列している(矢尻).図4毛様体の細胞外マトリックス(IV型コラーゲン)を示す光学顕微鏡写真免疫組織染色で,毛様体に細胞外マトリックスの一種であるIV型コラーゲンが存在する(濃い茶褐色の染色部).巨大空胞角強膜網Schlemm管傍Schlemm管結合組織図2Schlemm管内壁と傍Schlemm管結合組織の拡大写真Schlemm管の管腔は1層の内皮細胞で被われ,その内壁には巨大空胞が存在する.傍Schlemm管結合組織は細胞が細胞外マトリックスに包埋された構造を示す.(57)あたらしい眼科Vol.27,No.8,20101069II酸化ストレスと緑内障1.酸化ストレスとは生体では,呼吸して得る酸素の95%以上はミトコンドリアやミクロソームの電子伝達系などにより還元され,最終的には水になる.しかし,残りの数%は完全には還元されず活性酸素種が生成される12).通常,生成された活性酸素は,抗酸化機序によって速やかに除去される.しかし,さまざまな外因性,内因性の原因で,生成された活性酸素種が処理(還元)しきれなくなる.この状態を酸化ストレスという.活性酸素種にはスーパーオキシド(O2.),過酸化水素(H2O2),ヒドロキシラジカル(・OH),一重項酸素(1O2)などがある.一方,抗酸化作用を有するものには,スーパーオキシドジスムターゼ,グルタチオンペルオキシダーゼ,カタラーゼなどの抗酸化酵素,さらにグルタチオン,ビタミンA,ビタミンEなどの抗酸化物質,また,セルロプラスミン,フェリチン,アルブミンなどの蛋白質がある.2.酸化ストレスと房水流出酸化ストレスは,線維柱帯細胞の細胞骨格の再編成を誘発することで,細胞と細胞外マトリックスとの接着を脆弱化させる.その結果,線維柱帯細胞が減少し,線維柱帯の房水流出路としての機能が障害される可能性がある13).また,酸化ストレスが房水流出抵抗を増加させることが報告されている14).以上のことから,酸化ストレスの増強は線維柱帯構造に変化をきたし,房水流出抵抗を増大させて緑内障を起こすと考えられる.一方,抗酸化酵素であるスーパーオキシドジスムターゼの活性は加齢とともに下降することが知られており,加齢は緑内障を起こす危険因子となる15).3.酸化ストレスと線維柱帯細胞筆者らは,抗酸化酵素の一つであるペルオキシレドキシン(PRDX)を指標として酸化ストレスが線維柱帯細胞に与える影響を調べた16).a.線維柱帯細胞における抗酸化酵素の発現PRDXは5つのアイソフォームを有しており,その培養線維柱帯細胞における発現をWesternblot法を用いて調べた.その結果,正常眼,緑内障眼いずれの線維柱帯細胞でもPRDX2,3,4,5が発現していて,PRDX1は発現していなかった(図5).このことは,線維柱帯細胞が抗酸化酵素PRDXによる抗酸化作用を有することを示す.b.PRDXの発現メカニズムDNAからmRNA(messengerRNA)への転写の促進や抑制に関係する転写因子の一種であるFoxo3aが,培養線維柱帯細胞のPRDX2の発現に与える影響を調べた.その結果,Foxo3aを高発現させるとPRDX2の活性は高くなり,Foxo3aの発現を抑制すると低くなった.このことは,転写因子Foxo3aがPRDX2の発現を制御していることを示す.c.PRDXおよびFoxo3aの酸化ストレス抑制効果siRNA(smallinterferingRNA)を用いてPRDX2あるいはFoxo3aの発現を抑制した培養線維柱帯細胞に,酸化ストレスとして過酸化水素を負荷した.その後に細胞の生存度を調べた結果,PRDX2あるいはFoxo3aのいずれを抑制しても,生存細胞数は過酸化水素の濃度に依存して減少した(図6).以上の結果は,線維柱帯細胞の酸化ストレスの処理にPRDX2とPRDX3とが関与しており,さらにPRDX2ペルオキシレドキシン1ペルオキシレドキシン2ペルオキシレドキシン3ペルオキシレドキシン4ペルオキシレドキシン5b-actin(コントロール)正常眼緑内障眼図5正常ヒトおよび緑内障由来線維柱帯細胞のペルオキシレドキシン(PRDX)アイソフォームの発現いずれの線維柱帯細胞ともPRDX1は発現していないが,PRDX2~PRDX5は発現している.(文献16より引用,改変)1070あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(58)の発現を転写因子Foxo3aが制御していることを示す.4.緑内障治療点眼薬の抗酸化ストレス作用16)正常由来の培養線維柱帯細胞にニプラジロールあるいはチモロールを添加すると,転写因子Foxo3aおよび抗酸化酵素PRDX2の発現が上昇した.しかし,ラタノプロストを添加してもFoxo3aやPRDX2の発現は変化しなかった.さらに,培養線維柱帯細胞を,上記3種類の点眼薬を添加した後に過酸化水素で処理すると,ニプラジロールとチモロールを添加した場合には,添加しなかった場合に比較して生存細胞数が多かった(図7).ラタノプロストを添加した場合の生存細胞数は,添加しなかった場合と差がなかった.以上のことは,ニプラジロールとチモロールは転写因子Foxo3aを増加させることで抗酸化酵素PRDX2の発現を誘導して,線維柱帯細胞の抗酸化作用を増強させることを示す.III細胞外マトリックスと緑内障原発開放隅角緑内障17,18)や発達緑内障19~21),ステロイド緑内障の眼圧上昇機序は,線維柱帯に細胞外マトリックスが蓄積して房水の流出が障害されるためとの説22~24)がある.本章ではステロイド緑内障の線維柱帯における細胞外マトリックスの分布について記述する.ステロイド緑内障の線維柱帯では,傍Schlemm管結合組織や角強膜線維柱帯の線維柱間隙に細胞外マトリックスが多量に蓄積している.電子顕微鏡で観察すると,蓄積している物質は,おもに基底板様物質(細胞壁から離れて分布している電子顕微鏡で基底板と同様の構造を示す無定型物質)や細線維物質である.一般に基底板には,IV型コラーゲン,ヘパラン硫酸系のプロテオグリカン,また糖蛋白としてフィブロネクチンやラミニンが存在することが知られている.そこで,ステロイド緑内障眼の線維柱帯切除術の際に得られた線維柱帯組織について,分布する高分子化合物を免疫組織学的に調べた.その結果,無定型物質が蓄積しているSchlemm管に近い強角膜網や傍Schlemm管結合組織に一致して,IV型コラーゲン,ヘパラン硫酸系プロテオグリカン,フィブロネクチンが他の部位に比べて強く染色され,これらの細胞外マトリックスが多く分布することが示された(図8).腎尿細管では,IV型コラーゲンやヘパラン硫酸系プロテオグリカン,さらに基底板が水分や巨大分子の関門になることが報告されている25,26).したがって,ステロイド緑内障の線維柱帯で,IV型コラーゲンやヘパラン硫酸系プロテオグリカンが分布する基底板様物質が多量に蓄積することが,眼圧上昇と密接に関係すると考えられる27).細胞生存率(%)12510075502500.11101001,000:ControlsiRNA:PRDX2siRNAH2O2(μM)図6PRDX2の発現を抑制したときの正常ヒト由来線維柱帯細胞の酸化ストレス(H2O2)に対する感受性PRDX2の発現を抑制すると,コントロールに比べて生存細胞が減少し,PRDX2が線維柱帯細胞の抗酸化ストレスに関係することがわかる.siRNA:smallinterferingRNA.(文献16より引用,改変)H2O2(μM)細胞生存率(%):Control:0.01μMNipradilol:0.1μMNipradilol:1μMNipradilol12510075502501101001,000図7ニプラジロールを添加したときの正常ヒト由来線維柱帯細胞の酸化ストレス(H2O2)に対する感受性酸化ストレス(H2O2)を加えた線維柱帯細胞にニプラジロールを添加すると,ニプラジロールの濃度依存性に生存細胞が増加し,ニプラジロールが抗酸化ストレス作用を有することがわかる.(文献16より引用,改変)(59)あたらしい眼科Vol.27,No.8,20101071IV各種緑内障の隅角組織所見と隅角鏡所見1.前房隅角の形態と隅角鏡所見との関係(図9)隅角鏡検査でのSchwalbe線は,解剖学的にはほぼDescemet膜の終端に相当する.隅角鏡で線維柱帯はSchwalbe線と強膜岬との間の帯状の部分で,後方約1/2は色素が沈着して淡褐色に見えることが多い.解剖学的に線維柱帯は角膜のDescemet膜終端から強膜岬を被って,虹彩根部に及ぶ.強膜岬は,解剖学的には強膜がSchlemm管の毛様体側端を囲むように前房側に突出した部で,隅角鏡では線維柱帯と毛様体帯との間に白い線として観察される.毛様体帯は隅角鏡で角膜と虹彩とが交わる部分に観察される青色から黒褐色の帯で,解剖学的には毛様体筋の前端部に相当する.虹彩根部は虹彩の最周辺部で,毛様体帯と接する部位である.2.発達緑内障(developmentalglaucoma)発達緑内障は前房隅角の発育異常が基で起こる緑内障で,早発型発達緑内障と遅発型発達緑内障とに分けられる.早発型発達緑内障は3歳以前に発症する緑内障で,まだ眼球壁が軟らかいため眼圧上昇で角膜径が拡大する.遅発型は眼球壁が硬くなる4歳以降に発症するので角膜径は拡大しない.両タイプの緑内障の臨床症状は大きく異なるが,眼圧上昇機序は同じで,線維柱帯の発達が未熟なためと考えられている.a.前房隅角の発達未熟児眼で前房隅角の発達を調べた結果28),胎生期の隅角では,Schlemm管や毛様体は隅角底の後方に位置し,毛様体は隅角底に現れていない.発達とともに隅角底は外後方に移動して,隅角は開大する.そして,出生時にSchlemm管全体が隅角底よりも前方に位置し,毛様体の前端は隅角底に現れて隅角の一部を構成するようになる.b.発達緑内障の隅角組織所見光学顕微鏡で,発達緑内障眼の隅角は線維柱帯と虹彩の前面とで構成されていて,毛様体の前面はほとんど隅角底に現れていないか,わずかに現れている29).c.発達緑内障の隅角鏡所見発達緑内障の隅角鏡所見は,毛様体帯の幅を基準にするとわかりやすく,かつ正確でもある.上記の前房隅角Schlemm管前房図8抗ヘパラン硫酸系プロテオグリカン抗体で染色したステロイド緑内障の線維柱帯組織傍Schlemm管結合組織から外側角強膜網にヘパラン硫酸系プロテオグリカンが分布することがわかる(濃い褐色の部分).(文献27より引用,改変)Schwalbe線線維柱帯前部後部強膜岬毛様体帯隅角底虹彩根部図9正常隅角の隅角検査所見と組織所見との対比1072あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(60)の発達や発達緑内障の隅角組織所見からもわかるように,毛様体帯がまったく透見できない,あるいは強膜岬の幅より狭い所見は隅角発育異常と判断する(図10).虹彩突起の数が多い,Schwalbe線が肥厚しているなどの所見を伴う症例もあるが,基本的には毛様体帯の幅で判定する30).3.線維柱帯の色素沈着線維柱帯の色素沈着の程度には個人差がある.また,部位による差もあり,下方隅角は他の部よりも色素沈着が強い.色素沈着が強い場合,落屑症候群,色素性緑内障,虹彩毛様体炎,レーザー虹彩切開術後などを考える.今回は,比較的珍しい色素性緑内障と眼鉄錆症に続発する緑内障の前房隅角所見を記載する.a.色素性緑内障(pigmentaryglaucoma)色素性緑内障は,前眼部の色素散布に伴う続発緑内障である.後方に膨隆した虹彩の後面がZinn小帯と接触し,虹彩の色素上皮が障害されて色素顆粒が遊出する31).遊出した色素顆粒は角膜後面や線維柱帯,さらに水晶体の赤道部やZinn小帯にも沈着して,色素散布症候群(pigmentdispersionsyndrome),さらに色素性緑内障をきたす.1)色素性緑内障の隅角組織所見色素性緑内障では,線維柱帯細胞が多数の色素顆粒を貪食している.さらに,線維柱帯細胞が減少し,線維柱層板が癒着している(図11).また,細胞外マトリックスも増加している32,33).色素性緑内障の眼圧上昇機序はつぎのように考えられている.大量の色素を貪食した線維柱帯細胞が崩壊,あるいは遊走する.そのために線維柱帯の正常構造が破壊されて房水流出障害を生じ,眼圧が上昇する32,33).2)色素性緑内障の隅角鏡所見隅角は開放している.特徴的な所見は線維柱帯の部に強い黒褐色の色素沈着がみられることである(図12).色素沈着はおおむね線維柱帯に一致しており,濃さは全周でほぼ同程度である.b.眼鉄錆症に続発した緑内障(glaucomasecondarytoocularsiderosis)眼球内に飛入した鉄性異物が放置されると,その異物から遊出した鉄成分によって眼球の各組織が障害される.この状態は眼鉄錆症とよばれる.眼鉄錆症では,角膜,虹彩,水晶体,網膜などとともに線維柱帯も障害され,続発緑内障を起こすことがある.図10遅発型発達緑内障の隅角鏡所見毛様体帯はほとんど観察されない.Schlemm管前房図11色素性緑内障の線維柱帯の光学顕微鏡写真線維柱帯細胞内に多数の色素顆粒が存在する(矢印).毛様体帯図12色素性緑内障の隅角鏡写真線維柱帯に強い色素沈着(矢印)がみられる.(61)あたらしい眼科Vol.25,No.7,200810731)線維柱帯の組織所見光学顕微鏡で観察すると,線維柱帯細胞内に黒色の色素が沈着していて,一部の細胞は空胞変性している.また,線維柱帯細胞は減少し,線維柱帯の正常構造が破壊されている(図13).電子顕微鏡で観察すると,線維柱帯細胞の細胞質内には水酸化第二鉄がアポフェリチンと結合したフェリチンが多量に存在している.さらにフェリチンがライソゾーム内に蓄積したと思われるジデロゾーム(siderosome)が観察される.大量のフェリチンが蓄積した細胞のなかには,変性したものがある(図14).したがって,眼鉄錆症では鉄成分はフェリチンとして,線維柱帯細胞の細胞質に蓄積し,大量のフェリチンが蓄積するとその細胞は変性,崩壊をきたす.このために線維柱帯の構造が破壊されて房水の流出が障害され,眼圧が上昇すると考えられる34).2)隅角鏡所見眼鉄錆症による続発緑内障の隅角は,通常開放隅角であるが,線維柱帯の部に褐色の強い色素沈着がみられる.これは,線維柱帯細胞に蓄積した鉄成分が観察されていると考えられる.色素性緑内障では,色素沈着の色は濃い黒色であるが,眼鉄錆症では褐色に近い(図15).4.血管新生緑内障血管新生緑内障は,虹彩および前房隅角の血管新生に続発する難治性の緑内障で,糖尿病網膜症,網膜中心静脈閉塞症,頸動脈閉塞性疾患など眼組織の虚血が原因で発症することが知られている.血管新生緑内障は,隅角鏡検査所見および臨床所見から3期に分けられる35).1期は,虹彩や前房隅角に血管新生が起こっているが,眼圧は正常で緑内障は発症していない時期である.まだ緑内障を発症していないが,緑内障を発症する可能性が高い病的な状態であることから1期とする.2期は虹彩や前房隅角の血管新生のために緑内障を起こしているが,隅角は開放している時期である.この時期の眼圧上昇は可逆性で,適切な治療で前眼Schlemm管図13眼鉄錆症に続発した緑内障の線維柱帯の光学顕微鏡写真線維柱帯細胞内に黒色の沈着物が存在する(矢印).線維柱層板が密着して,線維柱間隙が存在しない.図14眼鉄錆症に続発した緑内障の線維柱帯の電子顕微鏡写真線維柱帯細胞の細胞質内には,多量のフェリチンが蓄積したジデロゾームが存在する(矢尻).ジデロゾームが多数存在する細胞が空胞変性している(矢印).図15眼鉄錆症に続発した緑内障の隅角鏡写真線維柱帯に一致して褐色の色素沈着がみられる(矢印).1074あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(62)部の新生血管が消退すれば眼圧が正常化する例がある.第3期はさらに進行して,隅角は閉塞し閉塞隅角緑内障を起こした時期である.眼圧上昇は不可逆性となる.a.線維柱帯の組織所見現在,2期(開放隅角緑内障期)の眼圧上昇のメカニズムは明らかではない.新生血管膜が線維柱帯の前房側を被うために,房水の流出が障害されて緑内障が発症するとの説36)がある.しかし,組織学的に連続した血管膜が観察されない症例が多く37),現在は否定的である.新生血管には正常な虹彩血管と違って血液房水関門がなく,血漿蛋白が房水中に容易に流出する.Johnsonら38)は線維柱帯における房水中の血漿濃度が房水流出抵抗に関与すると報告している.したがって,開放隅角期の血管新生緑内障の眼圧上昇に,房水中の血漿成分の増加が関係している可能性がある39).ヒトの開放隅角期の血管新生緑内障眼を光学顕微鏡,電子顕微鏡,さらに血管内皮細胞のマーカーである抗CD34モノクローナル抗体を使用して免疫組織化学染色で検索すると,線維柱帯の線維柱間隙には新生血管が侵入している(図16).したがって,開放隅角緑内障期では線維柱帯に新生血管が侵入して線維柱間隙を閉塞し,房水の流出を妨げるために眼圧が上昇する可能性があるが,詳細は不明である40).b.隅角鏡所見隅角鏡検査で,新生血管は1~数本の幹として毛様体帯の前面を通過し,線維柱帯部で細かく分かれて網目状に分布する(図17).しかし,網目状の新生血管が確認できないことがあり,正確な鑑別にはフルオレセイン隅角造影検査が必要である41,42).血管新生の初期では隅角は開放しているが,進行すると周辺虹彩前癒着が起こり,末期には隅角は完全に閉塞する35).c.抗VEGF(vascularendothelialgrowthfactor)療法と前眼部の新生血管抗VEGF抗体であるbevacizumabの硝子体内投与で,前眼部の新生血管が消退し,眼圧が正常化するとの報告がある43).ただ,多くの例で薬効は一時的で,数カ月で眼圧は再上昇する.FAIA注入前注入後図18血管新生緑内障で,bevacizumab注入前後の前眼部造影写真(造影剤注入1分後)フルオレセイン蛍光造影(FA)で,虹彩からの色素漏出はbevacizumab注入後著明に減少している.インドシアニングリーン蛍光造影(IA)では,bevacizumab注入前後で虹彩血管の構築に変化はない.(文献44より引用,改変)前房Schlemm管図16血管新生緑内障2期(開放隅角緑内障期)の線維柱帯の光学顕微鏡写真線維柱帯には新生血管の管腔が多数観察される(矢印).毛様体帯図17血管新生緑内障2期(開放隅角緑内障期)の隅角鏡写真隅角は開放している.線維柱帯の部に多数の新生血管が分布する(矢印).あたらしい眼科Vol.27,No.8,201010751)Bevacizumabの硝子体内注入による前眼部血管造影所見の変化Bevacizumabの硝子体内投与による抗VEGF療法の前後で,虹彩および前房隅角の新生血管を前眼部造影検査で調べた.その結果,bevacizumabの硝子体内注入(1.25mg)3~6日後,注入前にみられた虹彩面上および隅角の新生血管は細隙灯顕微鏡では観察されなくなった.しかし,インドシアニングリーンを使用した造影検査では,注入前後の血管分布のパターンに差はなかった.フルオレセインを使用した造影検査では,bevacizumab注入前には,虹彩面上および隅角の新生血管から蛍光色素が盛んに漏出したが,注入後は漏出が著明に減少した(図18).新生血管は窓(fenestration)を有していて,フルオレセインはこの窓を通過できるがインドシアニングリーンは通過できない.したがって上記の結果は,bevacizumabの硝子体内注入で新生血管が消退するのではなく,新生血管からの漏出が減少することを示す44).2)Bevacizumab硝子体内注入眼の線維柱帯組織所見血管新生緑内障で,bevacizumabを硝子体内注入(1.25mg)し,2.3週間後にマイトマイシンC併用線維柱帯切除術を行った3例の線維柱帯組織を光学顕微鏡および電子顕微鏡で観察した.対照として血管新生緑内障で眼球摘出した1眼と,線維柱帯切除術を行った1眼を使用した.血管内皮細胞の同定には,抗CD34モノクローナル抗体を使用して免疫染色を行った.また,電子顕微鏡で撮影した写真上で,新生血管の窓構造の数を調べた.その結果,bevacizumab注入群,非注入群ともに線維柱帯に新生血管が存在していた.また,血管の窓の数はbevacizumab注入群で減少していた45).3)Bevacizumab硝子体内注入の前眼部新生血管に及ぼす影響網膜色素上皮からのVEGFの分泌がなくなると,脈絡膜毛細血管板の内皮細胞の窓構造が消失する46,47),あるいはサル眼48)やラット眼49)の硝子体中にbevacizumabを注入すると脈絡膜毛細血管板の内皮細胞の窓構造が減少するとの報告がある.上記の報告と,今回の造影所見,線維柱帯の組織所見とからは,bevacizumabの硝子体内注入により前眼部の新生血管の分布に変化はないが,新生血管の窓の数が減少して新生血管からの血液成分の漏出が減少すると考えられる.おわりに緑内障は,遺伝的素因と環境因子の双方が発症に関係する多因子疾患で,何らかの形で「眼圧」が関与する「網膜視神経障害」と考えられる.このような多様性を示す緑内障に対して,臨床面および基礎研究面からのアプローチが確実に進行している.今後,緑内障の原因遺伝子発見による遺伝子診断の発展,眼圧上昇機序の解明に基づく新たな緑内障治療薬の開発,さらに網膜視神経障害の基礎研究から網膜,視神経の再生への発展が期待される.文献1)GrantWM:Tonographicmethodformeasuringthefacilityandrateofaqueousflowinhumaneyes.ArchOphthalmol44:204-214,19502)InomataH,BillA,SmelserGK:AqueoushumorpathwaysthroughthetrabecularmeshworkandintoSchlemm’scanalinthecynomolgusmonkey(Macacairus):Anelectronmicroscopicstudy.AmJOphthalmol73:760-789,19723)TawaraA,VarnerHH,HollyfieldJG:Distributionandcharacterizationofsulfatedproteoglycansinthehumantrabeculartissue.InvestOphthalmolVisSci30:2215-2231,19894)OverbyDR,StamerWD,JohnsonM:Thechangingparadigmofoutflowresistancegeneration:towardssynergisticmodelsoftheJCTandinnerwallendothelium.ExpEyeRes88:656-670,20095)EthierCR,KammRD,PalaszewskiBAetal:Calculationsofflowresistanceinthejuxtacanalicularmeshwork.InvestOphthalmolVisSci27:1741-1750,19866)InomataH,BillA:Exitsitesofuveoscleralflowofaqueoushumorincynomolgusmonkeyeyes.ExpEyeRes25:113-118,19777)ShermanSH,GreenK,LatiesAM:Thefateofanteriorchamberfluoresceininthemonkeyeye.1.Theanteriorchamberoutflowpathways.ExpEyeRes27:159-173,19788)LindseyJD,KashiwagiK,KashiwagiFetal:Prostaglandinactiononciliarysmoothmuscleextracellularmatrixmetabolism:implicationsforuveoscleraloutflow.SurvOphthalmol41(Suppl2):S53-59,19979)WeinrebRN,KashiwagiK,KashiwagiFetal:Prostaglandinsincreasematrixmetalloproteinasereleasefromhumanciliarysmoothmusclecells[seecomments].InvestOphthalmolVisSci38:2772-1780,199710)KashiwagiK,JinM,SuzukiMetal:Isopropylunoprostoneincreasestheactivitiesofmatrixmetalloproteinasesinculturedmonkeyciliarymusclecells.JGlaucoma10:271-276,200111)WeinrebRN,LindseyJD:Metalloproteinasegenetranscriptioninhumanciliarymusclecellswithlatanoprost.(63)1076あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010InvestOphthalmolVisSci43:716-722,200212)TrounceI,ByrneE,MarzukiS:Declineinskeletalmusclemitochondrialrespiratorychainfunction:possiblefactorinageing.Lancet1:637-639,198913)ZhouL,LiY,YueBY:Oxidativestressaffectscytoskeletalstructureandcell-matrixinteractionsincellsfromanoculartissue:thetrabecularmeshwork.JCellPhysiol180:182-189,199914)KahnMG,GiblinFJ,EpsteinDL:Glutathioneincalftrabecularmeshworkanditsrelationtoaqueoushumoroutflowfacility.InvestOphthalmolVisSci24:1283-1287,198315)DeLaPazMA,EpsteinDL:Effectofageonsuperoxidedismutaseactivityofhumantrabecularmeshwork.InvestOphthalmolVisSci37:1849-1853,199616)MiyamotoN,IzumiH,MiyamotoRetal:NipradilolandtimololinduceFoxo3aandperoxiredoxin2expressionandprotecttrabecularmeshworkcellsfromoxidativestress.InvestOphthalmolVisSci50:2777-2784,200917)KnepperPA,GoossensW,HvizdMetal:Glycosaminoglycansofthehumantrabecularmeshworkinprimaryopen-angleglaucoma.InvestOphthalmolVisSci37:1360-1367,199618)RohenJW,Lutjen-DrecollE,FugelCetal:Ultrastructureofthetrabecularmeshworkinuntreatedcasesofprimaryopen-angleglaucoma(POAG).ExpEyeRes56:683-692,199319)TawaraA,InomataH:Developmentalimmaturityofthetrabecularmeshworkincongenitalglaucoma.AmJOphthalmol92:508-525,198120)TawaraA,InomataH:Developmentalimmaturityofthetrabecularmeshworkinjuvenileglaucoma.AmJOphthalmol98:82-97,198421)TawaraA,InomataH:Distributionandcharacterizationofsulfatedproteoglycansinthetrabeculartissueofgoniodysgeneticglaucoma.AmJOphthalmol117:741-755,199422)RohenJW,LinnerE,WitmerR:Electronmicroscopicstudiesonthetrabecularmeshworkintwocasesofcorticosteroid-glaucoma.ExpEyeRes17:19-31,197323)田原昭彦,高比良健市,山名敏子ほか:内服によるステロイド緑内障隅角組織の形態学的および組織化学的検索.あたらしい眼科10:1181-1187,199324)JohnsonD,GottankaJ,FlugelCetal:Ultrastructuralchangesinthetrabecularmeshworkofhumaneyestreatedwithcorticosteroids.ArchOphthalmol115:375-383,199725)DanielsBS,HauserEB,DeenWMetal:Glomerularbasementmembrane:invitrostudiesofwaterandproteinpermeability.AmJPhysiol262:F919-926,199226)DeenWM,LazzaraMJ,MyersBD:Structuraldeterminantsofglomerularpermeability.AmJPhysiolRenalPhysiol281:F579-596,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