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序説:眼科薬物療法の新たな展開

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY眼内移行の改善と炭酸脱水酵素阻害能の向上が不可欠であると考えられるようになる.その後,trifluoromethazolamide,aminozolamide,sezolamideなどの改良された炭酸脱水酵素阻害薬が,動物実験においては局所投与で眼圧を有意に下降させうることが証明される.ここに至るのは1980年代の前半である.その後,薬物の研究が進み,1987年以降dorzolamide,brinzolamideが登場することになる.臨床応用の過程で,綿密に計画された臨床試験が実施され,その有効性と安全性が確認されたことは言うまでもない.ここまで来るのに,実に,アセタゾラミドの登場から30年余が経過している.こうして年代を追うと,薬物の開発には,発想と技術,時間と資金が潤沢に要ることが理解できる.現代に診療していると,進歩した治療法を使用できることが当たり前のように思えるが,実際にはその陰にどのような動きがあったのか思い巡らせてみることも有益であろう.さて,今回の“眼科薬物療法の新たな展開”では,広範な領域にわたる進歩を取り上げさせていただいた.対象疾患も多岐にわたり,進歩の内容も,新規薬物,製剤の進歩から投与法の改良まで及んでいる.具体的に述べることとする.抗VEGF(血管内皮増殖因子)剤に関して辻川明今月の特集では眼科薬物療法の進歩を取り上げる.眼科学の進歩は診断と治療にまたがる広い分野で生じているが,薬物療法もその素晴らしい恩恵を受けている一つである.各論の前に,新しい治療法(薬物,手術,他)が臨床に応用されるまでの過程を考えてみたい.眼科あるいは関連分野の研究者の卓越した着想がまず初めにある.当初は必ずしも正確な理論的裏付けがなくてもよい.次いで,その着想が,理論や実験に裏付けされ,周辺技術の支えにより,具体的な薬物・剤型・術式などとなる.そのうえで,動物実験,臨床試験による検証を経てヒトに応用されるのである.一例として,点眼用炭酸脱水酵素阻害薬の開発過程を振り返ってみたい.アセタゾラミド(DiamoxR)内服で眼圧下降が起こることは1954年,BernardBecker氏により報告されている.氏の緑内障臨床医としての優れた着想が重要な薬物を世に送り出すことに成功したのである.ほぼ同時にアセタゾラミドの点眼薬としての可能性が検討されたが,翌1955年には無効であることが明確となる.その後の基礎研究により,アセタゾラミドなどの炭酸脱水酵素阻害薬の局所投与無効の理由が,薬物が毛様体上皮の炭酸脱水酵素の活性部位に到達しないためであることが判明する.したがって,点眼用炭酸脱水酵素阻害薬の開発には,薬物の(1)1323*TetsuyaYamamoto:岐阜大学大学院医学系研究科眼科学**YuichiroOgura:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学●序説あたらしい眼科27(10):1323.1324,2010眼科薬物療法の新たな展開NewDevelopmentsinOphthalmicMedicalTherapy山本哲也*小椋祐一郎**1324あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(2)孝氏(京都大学)に述べていただいた.抗VEGF剤は糖尿病網膜症,加齢黄斑変性症などの血管新生を基盤として発症する病態に対して有効な薬物である.モノクローナル抗体製剤は,現在,癌,自己免疫疾患を中心に多数の製剤が使用され,または開発途上にある.その眼科疾患への応用の代表薬として,ラニビズマブ(LucentisR)やペガプタニブ(MacugenR)がすでに上市されているが,それ以外の薬物を含めてご紹介いただいた.網膜疾患に対するもう一つの新しい薬物治療として,黄斑浮腫に対する局所ステロイド薬治療に関して,坂本泰二氏(鹿児島大学)に豊富な研究業績,臨床経験を元に,読み応えのある総説をご執筆いただいた.インフリキシマブ(RemicadeR)のBehcet病などへの応用に関して,毛塚剛司氏(東京医科大学)に述べていただいた.この薬物に関しては実際の投与例のご経験のない先生方がいまだに多いと思われるので,実際の投与に関しても十分にご配慮いただいた.緑内障治療薬はここ数年でさらに数を増している.新しい薬物としては,プロスタグランジン関連薬があり,また,既存薬物を2種類配合した点眼薬が今年から臨床使用できることとなった.プロスタグランジン関連薬物について相原一氏(東京大学)に,緑内障配合剤に関して石川誠氏と吉冨健志氏(秋田大学)に執筆していただいた.抗微生物薬の進歩も著しい.この分野に関して,望月清文氏(岐阜大学)に依頼し,内容の濃い原稿をいただくことができた.さらに,抗アレルギー薬点眼薬に関して,海老原伸行氏(順天堂大学)に現状をきちんとおまとめいただいた.最後に,今後の応用のうえで期待の大きい,新しい眼科ドラッグデリバリーシステムに関して,安川力氏(名古屋市立大学)に眼科疾患への応用を念頭に総論と各論をまとめていただいた.特集原稿8本,いずれも力作であり,読者諸氏の現代における眼科薬物療法の理解に資すること疑いない.編者として嬉しく思うとともに,本誌編集部ともども,積極的な活用を願っている.

シリコーンハイドロゲルレンズに対するポビドンヨード消毒剤OPL78 の臨床試験

2010年9月30日 木曜日

1310(14あ4)たらしい眼科Vol.27,No.9,20100910-1810/10/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》あたらしい眼科27(9):1310.1317,2010cはじめにコンタクトレンズ(CL)による眼障害で最も問題視されるのは角膜感染症であるが,近年,とりわけ2週間頻回交換ソフトコンタクトレンズ(SCL)使用者に感染例が増えており,SCLの消毒に関心が集まっている1,2).現在,SCLの化学消毒剤として,塩化ポリドロニウムやポリヘキサメチレンビグアニド(PHMB)を消毒成分とする1液型のマルチパーパスソリューション(MPS),および過酸化水素消毒剤やポビドンヨード消毒剤が使用されている.これらの消毒剤のうち,MPSを使用する者が大多数を占めるが,MPSは他の消毒剤に比べ消毒効果が弱いことが難点である3).過酸化水素消毒剤は過酸化水素の中和が不十分だとその細胞毒性によって眼〔別刷請求先〕植田喜一:〒751-0872下関市秋根南町1-1-15ウエダ眼科Reprintrequests:KiichiUeda,M.D.,UedaEyeClinic.1-1-15Akineminami,Shimonoseki751-0872,JAPANシリコーンハイドロゲルレンズに対するポビドンヨード消毒剤OPL78の臨床試験植田喜一*1稲葉昌丸*2宮本裕子*3久保田泰隆*4岩崎直樹*4山崎勝秀*5斉藤文郎*5*1ウエダ眼科*2稲葉眼科*3アイアイ眼科医院*4イワサキ眼科医院*5株式会社オフテクスClinicalEvaluationofOPL78,aPovidon-IodineDisinfectionSystem,withSiliconeHydrogelLensesKiichiUeda1),MasamaruInaba2),YukoMiyamoto3),YasutakaKubota4),NaokiIwasaki4),KatsuhideYamasaki5)andFumioSaitoh5)1)UedaEyeClinic,2)InabaEyeClinic,3)Ai-aiEyeClinic,4)IWASAKIEYECLINIC,5)OphtecsCorporationソフトコンタクトレンズ用ポビドンヨード消毒剤OPL78の有用性を評価するために臨床試験を行った.65名(男性16名,女性49名,平均年齢33.0±9.8歳)を対象に,2週間頻回交換のシリコーンハイドロゲルレンズ(SHCL)4種にOPL78を使用して12週間の経過観察を行った.調査項目は,細隙灯顕微鏡による前眼部所見,レンズの状態,装用後レンズの微生物学的検査,被験者へのアンケート(自覚症状)であった.その結果,OPL78の使用期間中に前眼部所見はほとんど変化しなかった.レンズの傷,汚れを認める症例はあったが,レンズ装用に影響はなかった.微生物学的検査からは問題を認めず,自覚症状についてはほぼ良好にレンズが使用できるという回答が大多数であった.これらの結果から,OPL78はSHCLの消毒剤として有用であるといえる.OPL78,achemicaldisinfectionsystemforsoftcontactlensesthatcontainspovidone-iodineastheactiveingredient,wasclinicallyevaluatedwithsiliconehydrogellenses(SHCL).Thestudyincluded65patients(49females,16males;meanage:33.0±9.8years),whousedOPL78todisinfecta2weeksfrequentreplacementSHCLfor12weeks,thenratedtheusefulnessofOPL78.Weconductedslit-lampexamination,observationofSHCLwornoneyesandmicrobiologicalexaminationafterpatientshadcompletedadisinfectingprocedure.Finally,weconductedaquestionnairesurvey.Anterioreyefindingsbyslit-lampexaminationdidnotchangemuchduringtheclinicalevaluation.ThoughscratchesanddepositswerefoundonSHCLinsomecases,thesedidnotaffectthewearingoftheSHCL.Themicrobiologicalexaminationdisclosednoproblems.Furthermore,thequestionnairesurveyshowedthatthemajorityofrespondentsexperiencednoproblemswhileusingOPL78withSHCL.Onthebasisoftheseresults,itisconcludedthatOPL78isusefulfordisinfectingSHCL.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(9):1310.1317,2010〕Keywords:OPL78,ポビドンヨード,シリコーンハイドロゲル,消毒剤,臨床試験.OPL78,povidone-iodine,disinfection,siliconehydrogel,clinicalevaluation.(145)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101311障害が生じるという問題がある.一方,ポビドンヨード消毒剤は,細菌,真菌,ウイルスおよびアメーバなどに対して広い抗菌スペクトルを有しており,角膜への安全性が高いと報告されている4~11).最近のCL市場は,2週間頻回交換SCLや1日使い捨てSCLの使用者が増えているが,素材の面では新素材であるシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(SHCL)が急増している.従来のポビドンヨード消毒剤は,消毒顆粒,中和錠,溶解・すすぎ液の3剤で構成されていたが,最近,顆粒と錠剤を1錠タイプとした2剤タイプのOPL78が開発された.そこで2週間頻回交換SHCLを試験レンズとして,OPL78の有用性を評価するための臨床試験を実施したので,その結果を報告する.I対象および方法1.対象2009年1月26日~2009年6月30日に,試験の目的と内容の説明を受け,自らの意思で文書による同意を示した被験者65人(男性16名,女性49名,平均年齢33.0±9.8歳)を対象とした.被験者の背景を図1に示す.2.方法a.使用レンズおよび使用化学消毒剤使用した4種類の2週間頻回交換SHCLとその症例数は,アキュビューRオアシスTMが20例40眼,エアオプティクスRが15例30眼,メダリストRプレミアが15例30眼,メニコン2WEEKプレミオが15例30眼であった.これらのSHCLの種類と仕様を表1に示す.各SHCLは原則として2週間ごとに交換した.被験者に対しては,レンズの取り扱い時には手洗いを徹底するよう指導した.使用したポビドンヨード消毒剤OPL78の構成を図2に,使用方法を図3に示す.OPL78-Iは消毒成分と中和・洗浄成分を1つの錠剤としたもので,これを溶解・すすぎ液であるOPL78-IIに溶かして使用した.OPL78の使用説明書によるとこすり洗いの必要はないが,レンズの汚れが多いと認められた被験者には,溶解・すすぎ液(OPL78-II)によるレンズのこすり洗いを指導した.b.観察時期・調査項目と内容OPL78は各SHCLに対して12週間使用させた.調査する項目と内容は,細隙灯顕微鏡による前眼部所見,装用後のレンズ状態,微生物学的検査,被験者へのアンケートである(表2).前眼部所見およびアンケートによる自覚症状は表3表1使用レンズの種類と仕様レンズ名アキュビューRオアシスTMエアオプティクスRメダリストRプレミアメニコン2WEEKプレミオメーカージョンソン&ジョンソンチバビジョンボシュロムメニコンポリマーSenofilconALotrafilconBBalafilconAAsmofilconADk/L値*147138101161含水率(%)38333640ベースカーブ(mm)8.48.68.68.3,8.6装用方法2週間終日装用2週間終日装用2週間終日装用1週間連続装用2週間終日装用*酸素透過率=×10.(9cm/sec)・(mlO2/〔ml×mmHg〕).レンズの種類ケア用品の種類(n=65人)(n=65人)1カ月定期交換SCL*10%1日ディスポーザブルSCL*11%従来型SCL*1%装用経験なし1%77%2週間頻回交換SCL*過酸化水素消毒剤9%使用経験なし5%無記入6%80%MPS**図1被験者背景*SCL:ソフトコンタクトレンズ,**MPS:マルチパーパスソリューション.1312あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(146)の判定基準に従って評価した.装用後のレンズ状態は細隙灯顕微鏡で,汚れと傷の有無を観察した.また,12週間後にOPL78の使いやすさ,SHCLの汚れ落ち,SHCLの装用感についてアンケートを行い,被験者からの評価を得た.試験開始から2週間後にSHCLを回収し,表4に示す手順,方法および判定基準12)で微生物学的評価を行った.眼科領域で臨床的に問題となることの多いStaphylococcusaureus,Pseudomonasaeruginosa,Escherichiacoli,Serratiaspp.を特定菌としこれらが検出された場合は有効性なしとした.なお,増菌培養でのみ検出された菌については陰性として扱った12).c.統計解析手法前眼部所見,自覚症状の評価について試験開始時と12週間後でWilcoxonの符号付順位検定により有意差検定を行った.有意水準は5%とした.II結果1.前眼部所見試験開始時に角膜上皮ステイニング,角膜血管新生,球結膜充血,上眼瞼乳頭増殖,pigmentedslide,dimpleveil,角膜瘢痕を認めた被験者がいたが,すべて軽度であったため表2調査項目と内容調査項目内容開始時2週間後4週間後8週間後12週間後前眼部所見角膜上皮ステイニング,SEALs*,角膜浮腫,角膜浸潤,角膜潰瘍,血管新生,球結膜充血,乳頭増殖●●●●●装用後のレンズ状態傷,汚れ,変形,変色●●●●微生物学的検査表4参照●被験者へのアンケート調査異物感,乾燥感,かゆみ,くもり,その他●●●●●***SEALs:superiorepithelialarcuatelesions.**12週目には被験者に対しアンケートによるOPL78の総合評価も行った.OPL78-I(有核錠)外側:・ポビドンヨード(消毒剤)内側:・亜硫酸ナトリウム(中和剤)・蛋白分解酵素(洗浄剤)OPL78.II(溶解・すすぎ液)・塩化ナトリウム,ホウ酸レンズケース消毒剤OPL78-I中和剤・洗浄剤OPL78-Ⅱレンズケース図2OPL78の構成OPL78-IOPL78-IIOPL78-IIケースにIとIIを入れ,レンズをセットする.4時間以上放置する.装用IIを入れ替え,すすぎ操作をする.色が消える消毒中(オレンジ色)消毒完了(無色)左右に振る図3OPL78の使用方法(147)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101313試験を行った.これらの所見の程度は,試験開始時と12週間後に差を認めなかった.試験中に,superiorepithelialarcuatelesions(SEALs)が1眼,球結膜充血が2眼認めたが,いずれも軽度であった(表5).2.装用後のレンズ状態SHCLの汚れは2週間後では22眼(16.9%)に観察されたが,12週間後には9眼(6.9%)と減少した.汚れを認めたSHCLを装用していた被験者のうち,汚れが多いためこすり操作を指示した者は2週間後の観察時で4名,4週間後で7名,8週間後で4名であった.SHCLの傷を2週間後以降2~7眼(1.5~5.4%)に認めたが,すべて軽度で,装用中止に至る例はなかった.金属の付着を1眼と塗料の付着を1眼認めた(図4).試験期間中に変形などの異常を認めなかった.3.微生物学的検査今回,検査を行った130検体中,すべての症例で特定菌(S.aureus,P.aeruginosa,E.coli,Serratiaspp.)は検出されなかった.130検体中128検体で総検出菌数が0~103(cfu/ml)未満,2検体が103~105(cfu/ml)未満であり,解析対象症例の98.5%がきわめて有効,1.5%が有効であった(表6).有効2検体から検出された菌は,Staphylococcus属とCorynebacterium属であった.4.被験者へのアンケート調査自覚症状については,ほぼ良好にレンズが使用できるといった回答がほとんどであった.自覚症状として乾燥感(発現率20.8~34.6%),異物感(発現率3.9~15.4%),かゆみ(発現率0.8~11.5%)の順で多かった.なお,試験開始時と12表3前眼部所見と自覚症状の判定基準1)前眼部所見判定基準A)角膜所見角膜ステイニング(範囲)0:ステイニングなし1:角膜表面の1.25%のステイニング2:角膜表面の26.50%のステイニング3:角膜表面の51.75%のステイニング4:角膜表面の76.100%のステイニング(密度)0:ステイニングなし1:密度が低いステイニング2:密度が中等度のステイニング3:密度が高いステイニングSEALs0:なし1:軽度2:中度3:重度角膜実質の細胞浸潤・潰瘍0:なし1:細胞浸潤2:潰瘍角膜浮腫0:なし1:上皮の浮腫2:実質の浮腫(Descemet膜皺襞を含む)3:角膜全体の浮腫角膜血管新生0:なし1:角膜輪部から2mm未満2:角膜輪部から2mm以上3:角膜輪部から2mm以上多方向または実質内血管新生B)結膜所見球結膜充血0:なし1:1/2未満2:1/2以上3:全周上眼瞼乳頭増殖0:なし1:円蓋部結膜のみ2:円蓋部結膜+瞼結膜1/2未満3:円蓋部結膜+瞼結膜1/2以上その他0:なし1:軽度2:中度3:重度2)自覚症状判定基準0:なし(気になる自覚症状なし)1:軽度(時々気になる自覚症状はあるが,ほぼ良好)2:中度(常時気になる自覚症状はあるが,休止なし)3:重度(常時強い自覚症状があり,装用できない)1314あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(148)週間後のかゆみには,有意差を認めた(p=0.0128)が,他の症状については認めなかった(図5).レンズの装用感や汚れ落ち,OPL78の使いやすさについては非常に良いあるいは良いと回答した被験者が77~80%で,被験者のOPL78の継続使用意向は68%であった(図6).III考按新素材のSHCLの消毒剤としてOPL78を用いて,65例130眼を対象に12週間の経過観察を行い,OPL78の臨床上の有用性について検討した.OPL78の消毒成分であるポビドンヨードは,水溶液中で有効ヨウ素(I2,I3.)を遊離する.この有効ヨウ素は細胞に対して高い浸透性を有し,膜蛋白質,酵素蛋白質,核蛋白質のチオール基を酸化することにより殺菌作用を発揮する.ポビドンヨードは広い範囲の微生物に有効でありながら,皮膚刺激性がほとんどないため,粘膜面や手指,皮膚の消毒など臨床的に広く利用されている.ポビドンヨードはSCL用化学消毒剤としても開発されたが,細菌,真菌,アカントアメーバ,ウイルスに対する消毒効果が高いだけでなく,安全性も高いことが報告されている4,5).今回の臨床試験では130検体中すべての症例で,臨床で問題となることの多いS.aureus,P.aeruginosa,E.coli,Serratiaspp.が検出されなかった.128検体がきわめて有効,2検体が有効で,この2検体から検出された菌はおもに結膜.や皮膚の常在菌と考えられるStaphylococcus属とCorynebacterium属で,これらを分離培養したのちOPL78の消毒液に105~6cfu/mlを負荷したところ,すべての菌が死滅した.被験者が自らケアを行ったレンズを中和後の液が入ったケースごと回収して微生物学的検査を行ったが,レンズケースに消毒液が充満していなかったので,消毒液が接触しなかったケース内面に付着した菌が検出された可能性がある.微生物学的検査の結果と試験期間中に被験者に感染症を疑う症状や所見がなかったことから,OPL78はSHCLの消毒剤として有効だと評価する.試験期間中の細隙灯顕微鏡で観察された前眼部所見は,SCLやSHCL装用者に比較的多く認められる所見であるが,これらはすべて軽度なものであった.SHCLとPHMBを含むMPSの組み合わせで,角膜ステイニングを発生することがある13,14).これはレンズに含有する消毒剤の成分が角膜上皮細胞に影響するためで,硬めのSHCLが機械的に角膜を刺激することも影響していると考えられている13).今回の試験では,角膜ステイニングは範囲・密度とも試験開始時と12週間後で変化がなかったが,OPL78は消毒成分を中和し,かつ装用前にすすぎを行うため,消毒剤の成分がレンズに含有することは少ないためと考える.日本で最初にポビドンヨード消毒剤として製品化されたクレンサイドRは,従来素材のSCL使用者に遅発性の薬剤アレルギー様所見を認めることがあった15).OPL78はクレンサイドRと消毒成分や中和成分,洗浄成分が同一であるが,SHCLを対象とした今回の試験においては同様の所見は確認されなかった.従来素材のSCLとSHCLの素材の違いはあるが,遅発性のアレルギー所見については12週間という短期間では評価できない.したがって,長期間の使用にあたっては注意が必要である.なお,本試験期間中に,有害事象として麦粒腫を1眼に認めたが,OPL78との因果関係は明らかでないため,副作用と判定しなかった.表4微生物学的検査の手順,方法,判定基準検査手順①ケア後,レンズケース内のレンズを採取する②各レンズを2mlDPBS入り滅菌PPtubeに移す③Vortex-mixerで1分攪拌する④攪拌後,レンズおよび攪拌液を検体として培養する検体培養方法①トリプチケースソイ5%羊血液寒天培地35℃,24~48時間培養②チョコレートII寒天培地37℃,5%CO2,24~48時間培養③チオグリコレート培地35℃,7日間増菌培養④SCD寒天培地35℃,5日間培養(CL埋没)①②は攪拌後液200μlを使用,③は残液全量を使用.判定基準12)OPL78消毒後CLの微生物学的検査結果特定菌*の検出総検出菌数(cfu/ml)極めて有効検出せず0~103未満有効検出せず103~105未満有効性なし検出105以上*特定菌:S.aureus,P.aeruginosa,E.coli,Serratiaspp.(149)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101315表5前眼部所見症状程度*1観察時期p値*2開始時2週間後4週間後8週間後12週間後角膜ステイニング範囲0123105眼223097眼276094眼3600104眼2600103眼25200.9094角膜ステイニング密度01231052230973210943240104224010325200.8832SEALs0123130000129100130000130000129100─角膜浸潤・潰瘍0123130000130000130000130000130000─角膜浮腫0123130000130000130000130000130000─角膜血管新生01231263101281101281101281101281100.1797球結膜充血0123130000130000129100130000130000─上眼瞼乳頭増殖01231264001264001272101264001282000.1797その他*30123124600124600124600123700124600─*1:程度の判定は表3を参照.*2:検定方法:Wilcoxonの符号付順位検定(開始時と12週間後),─:開始時と12週間後ともに程度が0,または症例数などから検定不可であったもの.*3:その他の内訳:pigmentedslide,dimpleveil,角膜瘢痕.レンズ枚数(枚)*※重複あり2211758822296353025201510502週間後4週間後8週間後12週間後観察時期付着物金属付着物塗料■:汚れ■:傷■:その他図4装用後のレンズ状態*各時期全130枚中汚れ,傷などが認められたレンズの枚数.1316あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010装用後のレンズ状態について,汚れが認められる例があった.OPL78は洗浄剤として蛋白分解酵素などを含むが,脂質汚れが付着しやすいSHCLに対しては洗浄力が十分ではない場合がある.この場合には,OPL78の溶解・すすぎ液によるこすり洗いを行うよう指導する必要がある.他の観察時期と比較して2週後にレンズの汚れが多く観察されたが,その原因は明らかではなかった.今回の試験で初めてSHCLを装用する被験者が多かったため,慣れるまでに眼の分泌物(150)表6微生物学的検査総検出菌数(cfu/ml)項目0~103未満103~105未満105以上検体数*12820特定菌検出せず検出せず─判定極めて有効有効─*増菌培養によってのみ検出された菌は陰性として扱った.(n=130枚)140120100806040200眼数(眼)開始時2週4週8週12週観察時期(n=130眼)140120100806040200眼数(眼)開始時2週4週8週12週観察時期(n=130眼)140120100806040200眼数(眼)開始時2週4週8週12週観察時期(n=130眼)140120100806040200眼数(眼)開始時2週4週8週12週観察時期(n=130眼)*:p≦0.05■程度0:なし■程度1:軽度■程度2:中度■程度3:重度103p=0.4024p=0.0128*p=0.5862p=0.463187402385989339283644541乾燥感かゆみ異物感くもり12011011412512217138233571129116115122120112142188112212112312412586352425図5被験者へのアンケート調査(自覚症状)レンズの装用感レンズの汚れ落ちOPL78の使いやすさ■:非常に良い■:良い■:普通■:悪い■:非常に悪い使用感継続使用意向使いたくない1%0%20%40%60%80%100%(n=65人)(n=65人)1720262412332133513どちらでもよい31%使いたい68%図6被験者へのアンケート調査(総合評価)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101317が増加した可能性も考えられる.自覚症状の訴えは,乾燥感,異物感,かゆみの順に多かった.試験開始時と12週間後のかゆみの程度については有意差があったが,自覚症状はほとんどが軽度で,SHCLの装用を中止するものではなかった.これらの自覚症状は,他のSHCLの臨床報告でもみられるもので,忍田らは1カ月交換SHCLを過酸化水素剤で消毒して3カ月間経過観察した試験結果を報告しているが,自覚症状は乾燥感(発現率10.3~33.3%),異物感(10.3~20.5%),かゆみ(5.1~7.7%)の順に多く,発現率も同様であった16).今回の異物感についても前述したSHCLの汚れや,SHCLの機械的刺激が主とした原因であったと考える.CLのケアは定められた方法を遵守することが求められるが,ポビドンヨード消毒剤についても3剤の添加が必要な従来の消毒操作の簡便化が望まれていた4).OPL78の使用法はOPL78-IをOPL78-IIに溶かして使用するが,今回の試験のアンケート調査で使いやすさは77%の被験者が非常に良いあるいは良いと回答した.レンズの汚れ落ちや装用感については被験者の80%が非常に良いあるいは良いと回答した.これらのことから被験者の68%がOPL78の継続使用の意向を示し,総合的に高い評価を得た.以上のことから,OPL78はSHCL消毒剤として有効性が高く,安全で,操作性も良く,有用であると考える.文献1)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス.日眼会誌110:961-972,20062)福田昌彦:コンタクトレンズ関連角膜感染症全国調査.あたらしい眼科26:1167-1171,20093)植田喜一,柳井亮二:コンタクトレンズケアの現状と問題点.あたらしい眼科26:1179-1186,20094)柳井亮二,植田喜一,田尻大治ほか:細菌・真菌に対するポビドンヨード製剤の有効性.日コレ誌47:32-36,20055)柳井亮二,植田喜一,田尻大治ほか:アカントアメーバおよびウィルスに対するポビドンヨード製剤の有効性.日コレ誌47:37-41,20056)柳井亮二,植田喜一,戸村淳二ほか:家兎角膜に対するポビドンヨード製剤の安全性.日コレ誌47:120-123,20057)YanaiR,YamadaN,UedaKetal:EvaluationofPovidone-iodineasadisinfectantsolutionforcontactlenses:Antimicrobialactivityandcytotoxicityforcornealepithelialcells.ContactLensAntEye29:85-91,20068)KilvingtonS:Antimicrobialefficacyofapovidoneiodine(PI)andaone-stephydrogenperoxidecontactlensdisinfectionsystem.ContactLensAntEye27:209-212,20049)松田賢昌,杉江祐子,塚本光雄ほか:新しいソフトコンタクトレンズ消毒システムOPL7の臨床評価~第1報グループIレンズを用いた試験~.眼紀52:687-701,200110)杉江祐子,松田賢昌,塚本光雄ほか:新しいソフトコンタクトレンズ消毒システムOPL7の臨床評価~第2報グループIVレンズを用いた試験~.眼紀52:702-713,200111)稲葉昌丸,西川博彰,岩崎和佳子ほか:OPL7のソフトコンタクトレンズ装用者に対する使用経験.あたらしい眼科15:295-305,199812)宮永嘉隆:ソフトコンタクトレンズ用化学消毒液BL-49の臨床評価.日コレ誌38:258-273,199613)植田喜一,稲垣恭子,柳井亮二:化学消毒剤による角膜ステイニングの発生.日コレ誌49:187-191,200714)糸井素純:マルチパーパスソリューションとシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズとの組み合わせで見られる角膜ステイニングの評価.あたらしい眼科26:93-99,200915)植田喜一:ポビドンヨード製剤(クレンサイド)による角結膜障害が疑われた4例.日コレ誌47:193-196,200516)忍田太紀,伏見典子,澤充ほか:シリコーンハイドロゲルレンズ(HiDk)の臨床試験報告.日コレ誌49:35-43,2007(151)***

眼窩蜂巣炎様症状を併発した桐沢型ぶどう膜炎の1 例

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(141)1307《原著》あたらしい眼科27(9):1307.1309,2010cはじめに桐沢型ぶどう膜炎(acuteretinalnecrosis:ARN)は視力予後のきわめて不良な難治性疾患であり,病因として単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)1)と帯状疱疹ウイルス2)の関与が明らかにされている.進行が急激であることから早期に発見,診断し,抗ウイルス薬を中心とした内科的治療と,時期を逃さずに硝子体手術を中心とした外科的治療を行うことが視力予後を左右する.ARNの臨床所見は角膜後面沈着物や前房内,硝子体に炎症細胞,周辺網膜に網膜壊死病巣や動脈を含む閉塞性血管炎を認めるなどの眼内病変が主であるため3),外眼部病変を伴うARNでは診断が遅れる可能性があり,予後に悪影響を及ぼしかねない.今回筆者らは,眼窩蜂巣炎様症状を併発したARNの1例を経験したので報告する.I症例患者:34歳,男性.主訴:左眼視力低下.〔別刷請求先〕鈴木潤:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室Reprintrequests:JunSuzuki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversityHospital,6-7-1Nishishinjuku,Shinjuku-ku,Tokyo160-0023,JAPAN眼窩蜂巣炎様症状を併発した桐沢型ぶどう膜炎の1例鈴木潤臼井嘉彦坂井潤一後藤浩東京医科大学眼科学教室ACaseofAcuteRetinalNecrosisPresentingwithInflammatoryOrbitalCellulitisJunSuzuki,YoshihikoUsui,Jun-ichiSakaiandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversitySchoolofMedicine目的:初発症状として眼窩蜂巣炎様症状を併発した桐沢型ぶどう膜炎(acuteretinalnecrosis:ARN)の1例を報告する.症例:34歳,男性.左眼に眼瞼腫脹と高度な結膜浮腫がみられ,眼底に視神経乳頭の腫脹と鼻側周辺部に黄白色病変,動脈炎が観察された.全身検査では白血球数の上昇はなく,赤沈とCRP(C反応性蛋白)の軽度上昇を認めた.ARNを疑いアシクロビル,ステロイド薬の全身投与を開始したが,眼窩CT(コンピュータ断層撮影)で左眼の眼瞼皮下に炎症を疑わせる陰影が認められたため,眼窩蜂巣炎や眼内炎の可能性も考え,抗生物質の点滴静注を併用した.眼瞼腫脹は改善したが,眼底の黄白色病変は全周に癒合しながら広がり,前房水中より単純ヘルペスウイルス(HSV)-2型が検出されたためARNと診断した.結論:ARNでは眼窩蜂巣炎様症状を併発することがあり,過去の報告と本症例の検討から病因ウイルスがいずれもHSVであること,全身検査では炎症所見が軽度という共通点がみられた.Wereportacaseofacuteretinalnecrosis(ARN)initiallypresentingwithinflammatoryorbitalcellulitis.Thepatient,a34-year-oldmale,hadeyelidedemaandchemosisinhislefteye.Fundusexaminationrevealedopticedema,whitedotsontheperipheralretina,andretinalarteritis.LaboratoryexaminationrevealedslightlyincreasederythrocytesedimentationandC-reactiveprotein,withnoincreaseinwhitebloodcellcount.ARNwasinitiallysuspected;intravenousacyclovirandsteroidwasinitiated.Computerizedtomographyoftheorbitrevealedsofttissueswellingoftheeyelid.Orbitalcellulitisorendophthalmitiswerealsoconsidered.Theorbitalinflammationresolvedrapidly,whereastheyellowish-whitelesionbecameconfluent.ARNwasdiagnosedfromthepresenceofherpessimplexvirus(HSV)type2DNAintheaqueoushumor.ARNmaybeassociatedwithorbitalinvolvementandtheyhavetwocommonfeaturesaspreviouslyreported:1)HSVaspathogen,and2)mildsystemicinflammation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(9):1307.1309,2010〕Keywords:桐沢型ぶどう膜炎,眼窩蜂巣炎,単純ヘルペスウイルス.acuteretinalnecrosis,orbitalcellulitis,herpessimplexvirus.1308あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(142)既往歴・家族歴:特記事項なし.現病歴:平成21年3月10日に左眼流涙,結膜充血,浮腫を自覚し近医眼科を受診.左眼の視力低下,高眼圧,角膜浮腫と前房炎症細胞を認め,虹彩炎,続発緑内障と診断され,3月12日東京医科大学病院眼科を紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼1.2(矯正不能),左眼0.08(0.2×sph.4.0D),眼圧は右眼16mmHg,左眼33mmHgであった.左眼の上下眼瞼は腫脹し(図1),結膜充血と浮腫が著明であった(図2).前眼部,中間透光体所見は左眼に前房炎症細胞(1+),中.小型の角膜後面沈着物を認めた.左眼眼底は後極部に視神経乳頭の腫脹を認め,周辺部には顆粒状の黄白色病変と網膜動静脈炎がみられた(図3).右眼には特記すべき所見を認めなかった.全身検査所見:末梢血液像では白血球数7,500/μl,赤血球数515万/μl,血小板27.6万/μlと異常なく,赤沈が16mm(正常範囲15未満)とわずかに亢進していた.生化学検査ではCRP(C反応性蛋白)0.8mg/dl(正常範囲0.3以下)と軽度上昇を認めるも,その他に異常値を認めなかった.ツベルクリン反応は陰性(3mm×5mm)で,結膜擦過物を用いた細菌培養検査は陰性であった.経過:外眼部および前眼部所見は非典型的であったが眼底所見よりARNを疑い,当院受診日にただちに入院,右眼前房水を採取しpolymerasechainreaction(PCR)法によるウイルスDNAの検索を行い,同時にリン酸ベタメタゾンの点眼のほかアシクロビル2,250mg/日とリン酸ベタメタゾン6mg/日の全身投与を開始した.翌日に眼窩CT(コンピュータ断層撮影)を行ったところ,左眼は眼瞼と眼球周囲に高反射領域が認められたため(図4),眼窩蜂巣炎や感染性眼内炎の可能性も考慮し,セファゾリンナトリウム1g/日の点滴静注も併用した.治療開始後2日目には眼瞼腫脹は改善したが,眼底の黄白色病変は全周に癒合しながら拡大していった.初診時に行ったPCR検査の結果から前房水中にHSV-2型が検出されたため,眼窩蜂巣炎様所見を伴ったARNと診図1当科初診時の顔面写真左眼瞼腫脹を認める.図3当科初診時の左眼眼底写真周辺部に網膜動静脈炎,顆粒状黄白色病変がみられる.図2当科初診時の左眼前眼部写真著しい結膜充血,浮腫を認める.図4眼窩CT写真左眼眼瞼および眼球周囲の軟部組織にhighdensityareaがみられる.(143)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101309断し,抗菌薬の投与はまもなく中止した.眼瞼腫脹は軽快したが網膜壊死が進行したため,治療開始後9日目に左眼の水晶体摘出,硝子体切除術,輪状締結術を行った.術後は眼瞼腫脹の再発もみられず,網膜.離を生じることなく推移し,平成22年8月に至る現在まで経過観察中である.II考按眼窩内病変を伴うARNはこれまでに少数例ながら報告されており4.9),その発症機序についてさまざまな考察がなされている.藤井ら5)は,三叉神経第1枝が眼窩や上眼瞼,涙腺に分布していることから,ヘルペスウイルスが眼内病変と同様に眼窩蜂巣炎様所見の原因となりうるとしている.しかし,涙腺の生検を行った2例の報告7,8)ではヘルペスウイルスは検出されていない.また,抗ウイルス薬のみでは眼瞼腫脹が改善しなかった例4)やステロイド薬のみで眼瞼腫脹が軽快する例7,9)もあることから,ARNに伴う眼窩内病変におけるヘルペスウイルスの関与については結論が出ていない.本症例では結膜擦過物に対して細菌培養検査のみ行ったが,涙液も含めてPCR検査を行うことでヘルペスウイルスの関与を証明できた可能性も考えられた.一方で抗生物質の全身投与のみで眼瞼腫脹が改善した例はなく,自験例も含めて全身検査でも白血球数の上昇やCRPの異常高値を示した報告がないことから,眼窩内病変は細菌感染によるものではないことが推測される.今回の症例では抗ウイルス薬とステロイド薬,抗生物質がほとんど同時に投与されたため,眼窩蜂巣炎様症状の消退に何が効果を示したのかは不明であるが,全身的な炎症反応がほとんどみられなかったことから,少なくとも細菌感染の関与はなかったものと思われる.初発症状についても眼窩内病変を認めるARNでは通常のARNとは異なった特徴がみられる.ARNの初発症状として最も一般的なのものは充血,霧視,視力低下などである10)が,眼窩内病変を認めるARNでは眼痛や眼瞼腫脹,結膜浮腫,眼瞼下垂といったものが多い.本症例においても初発症状は流涙,結膜充血,浮腫であり,その後に視力低下を自覚したことから,典型的なARNの初発症状とは異なっていた.初発症状が非典型的であることや外眼部病変を認めることに加え,眼窩内病変が眼底病変に先行する場合や,硝子体混濁などのために眼底病変が確認できない場合,ARNの診断が困難となる可能性がある.しかし,眼窩内病変についてはステロイド薬のみで軽快する可能性があるものの,眼内病変についてはやはり抗ウイルス薬による治療が必須であり,治療の遅れにより不可逆的な視機能障害が残った症例4,7)や,僚眼にARNが発症した報告6)もみられる.幸い本症例では眼底病変が初診時より確認可能であったため,初診時に前房水を用いたウイルスDNAの検索を行い,比較的早期に抗ウイルス療法を行うことができた.本症例と過去の報告とを比較するといくつかの共通点がみられる.これまで眼窩内病変を認めるARNとして報告されたもののうち,眼内液の検索が行われた症例では検出されたウイルスはいずれもHSV(1型もしくは2型)であった.本症例においても前房水からHSV-2型が検出されたことから,HSVが眼窩内病変を伴うARNの病態に関与していることが推察される.また,眼窩蜂巣炎様の所見を呈するものの,白血球数などの全身の炎症マーカーの異常値は軽度であり,いずれも本症例に認められたように赤沈のわずかな亢進とCRPの軽度上昇を認めるのみであった.これらの事実からHSVによるARNであること,全身の炎症マーカーの異常値が軽度であることは,特殊な病態を呈するARNの診断を誤らないための重要な点と考えられた.ARNの1病型として眼窩蜂巣炎様の眼付属器病変がみられることを認識しておくことが早期診断,治療のために最も重要ではあるが,同時にこのような病態にはいくつかの共通項目があることが判明した.本論文の要旨は第43回日本眼炎症学会で発表した.文献1)LewisML,CulbertsonWW,PostJDetal:Herpessimplexvirustype1.Acauseoftheacuteretinalnecrosissyndrome.Ophthalmology96:875-878,19892)CulbertsonWW,BlumenkranzMS,PeposeJSetal:Varicellazostervirusisacauseoftheacuteretinalnecrosissyndrome.Ophthalmology93:559-569,19863)HollandGNandtheExecutiveCommitteeoftheAmericanUveitisSociety:Standarddiagnosticcriteriafortheacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol117:663-667,19944)TornerupNR,FomsgaardA,NielsenNV:HSV-1-inducedacuteretinalnecrosissyndromepresentingwithsevereinflammatoryorbitopathy,proptosis,andopticnerveinvolvement.Ophthalmology107:397-401,20005)藤井清美,中山智寛,猪原博之ほか:眼窩蜂巣炎症状を伴った桐沢型ブドウ膜炎の1例.臨眼55:1211-1215,20016)松尾真理,丸山耕一,国吉一樹ほか:眼窩内病変を合併した急性網膜壊死の1例.眼臨97:449-452,20037)FooK,SmallK,AlexanderDetal:Acuteretinalnecrosisassociatedwithpainfulorbitopathy.ClinExperimentOphthalmol31:270-272,20038)RozenbaumO,RozenbergF,CharlotteFetal:Catastrophicacuteretinalnecrosissyndromeassociatedwithdiffuseorbitalcellulitis:acasereport.GraefesArchClinExpOphthalmol245:161-163,20079)YamanA,OzbekZ,SaatciAOetal:Unilateralacuteretinalnecrosisinitiallypresentingwithpainfulorbitopathy.AnnOphthalmol40:180-182,200810)臼井嘉彦,竹内大,毛塚剛司ほか:東京医科大学における急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)の統計的観察.眼臨101:61-64,2007

網膜静脈分枝閉塞症のレーザー治療25 年後のAtrophic Creep

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(137)1303《原著》あたらしい眼科27(9):1303.1306,2010cはじめに網膜静脈分枝閉塞症(branchretinalveinocclusion:BRVO)の治療には確実なものはなく,これまでレーザー光凝固1,2),硝子体腔内トリアムシノロン注入3)やsheathotomyを併用した硝子体手術4)が行われてきていた.本症の自然経過では,BRVO全体で50~60%の症例で1年後に0.5以上の視力を維持することができるという報告1)の半面,進行例に対して行われてきた上記の治療においては治療効果が確実ではないため5),最近では抗VEGF(血管内皮細胞増殖因子)による治療も試みられてきている6)のが現状である.本症による無血管野に発症した新生血管や黄斑浮腫の治療目的で,後極黄斑部に特に網膜アーケード血管内の領域に網膜光凝固を行うことが以前から行われてきているが,本治療法の長期の合併症の報告はない.筆者らは今回BRVOに対して網膜光凝固治療を施行した後,徐々に凝固斑が拡大し(クリーピング),融合し,25年後に重度の視力障害をきたした症例を経験したので報告する.I症例患者:60歳,男性,初診は昭和60年5月10日.主訴:右眼視力低下.現病歴:昭和55年右眼の網膜中心静脈分枝閉塞症にて関西の某大学病院で網膜光凝固を受けた.その後都内の某大学病院で経過観察されていたが,右眼の網膜.離を併発したため,手術目的で当科紹介初診となった.全身既往歴:高血圧,高脂血症で内服治療中,糖尿病治療中.初診時所見:視力はVD=0.2(n.c.),VS=1.2(1.5×+0.75).〔別刷請求先〕井上順治:〒279-0021浦安市富岡2-1-1順天堂大学医学部附属浦安病院眼科Reprintrequests:JunjiInoue,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversityUrayasuHospital,2-1-1Tomioka,Urayasu-shi279-0021,JAPAN網膜静脈分枝閉塞症のレーザー治療25年後のAtrophicCreep井上順治伊藤玲佐久間俊郎溝田淳田中稔順天堂大学医学部附属浦安病院眼科ACaseofAtrophicCreepDevelopedduring25YearsafterLaserPhotocoagulationforBranchRetinalVeinOcclusionJunjiInoue,ReiIto,ToshiroSakuma,AtsushiMizotaandMinoruTanakaDepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversityUrayasuHospital網膜静脈分枝閉塞症による後極の無血管野および黄斑浮腫に対し格子状光凝固を行い25年間経過を観察した.条件は,200μm/0.2秒/0.14W/66発で照射した.徐々に光凝固斑が拡大融合し網脈絡膜萎縮となり視力は0.1である.糖尿病黄斑浮腫に対する格子状光凝固後のatrophiccreepと同様,黄斑部に凝固を行った場合は長期の経過観察が必要である.Acaseofprogressiveatrophiccreepafterlaserphotocoagulationforbranchretinalveinocclusion(BRVO)isreported.Thepatient,a60-year-oldmale,hadundergonelasertherapytreatmentofnon-perfusionareaandmacularedemaduetoBRVO.Thegradualprogressoftheatrophiccreephasbeenobservedfor25yearsfollowingthetreatment.Carefulobservationsarenecessary,ifthemaculahasundergonephotocoagulation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(9):1303.1306,2010〕Keywords:網膜静脈分枝閉塞症,網膜レーザー光凝固,格子状光凝固,アトロフィッククリープ,網脈絡膜萎縮.branchretinalveinocclusion,retinalphotocoagulation,gridpatternphotocoagulation,atrophiccreep,chorioretinalatrophy.1304あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(138)前眼部には両眼とも異常なく,眼圧は右眼12mmHg,左眼13mmHg.眼底は右眼耳上側のBRVOで黄斑部中心窩には網膜下に結合織の増生を認め,アーケード内には斑状出血が散在し,白線化血管も認めた.中心窩から2乳頭径耳側および上方アーケード血管より周辺側にまばらにレーザー光凝固がなされていた(図1).9°方向最周辺部に馬蹄型裂孔がみられ,扁平な網膜.離を認めた.蛍光眼底検査(fluoresceinangiography:FA)にて中心小窩外上方に無灌流域を,また中心窩には黄斑浮腫を認めた.左眼眼底は正常であった.経過:昭和60年5月13日入院し,右外方に部分バックリングを施行し,網膜は復位した.FAにて認められた無血管野に対して,また中心窩黄斑浮腫治療のため,格子状に昭和60年5月28日,網膜光凝固を追加した.照射条件は,アルゴングリーン200μm,0.2秒,0.14W,66発であった(図2).用いたレンズはGoldmann三面鏡で,倍率は0.17倍程度と思われる.無灌流域は減少し黄斑浮腫も軽減した.視力は0.2を維持していた.以後徐々に凝固斑が拡大し,一時視力はVD=(0.08)までに低下した.平成7年11月17日の眼底写真とFA写真を図3に示す.中心小窩の線維性瘢痕の増加および色素沈着がみられ,凝固斑は拡大のみならず融図1初診時の右眼眼底写真(昭和60年5月)図2無血管野へのレーザー光凝固の追加図4格子状光凝固から20年後の眼底写真拡大融合に加え網脈絡膜萎縮もみられる(平成21年6月).ab図3平成7年11月7日における眼底写真(a)とFA写真(b)a:徐々に凝固斑の拡大融合がみられる(平成7年11月7日).b:黄斑浮腫は消失しているが,黄斑部は萎縮している.(139)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101305合し中心窩まで進展してきた.白内障が進行してきたため,平成10年2月13日,右眼に超音波水晶体乳化吸引術(PEA)+眼内レンズ(IOL)手術を施行した.視力はVD=(0.2)で経過していたが,凝固から25年後の平成21年6月には,図4に示すように凝固斑拡大,融合,網脈絡膜萎縮が認められ視力は徐々に低下した.以後VD=(0.1)のままであるが,視野は徐々に中心暗点が拡大し(図5a,b),視機能全体は低下の一途をたどっている.光干渉断層計(OCT)所見を図6に示す.中心窩は菲薄化し萎縮している.左眼は特に変化なくVS=(1.5)を維持している.II考按BRVOの症例に対して,一般的には広い無血管野の存在や新生血管を発症した場合には網膜レーザー光凝固を行うが,黄斑浮腫を有する症例に対しての凝固についてはいまだ定説はない.TheBranchVeinOcclusionStudyGroupは,発症から3カ月以上たったBRVOによる黄斑浮腫の症例群を2群に分け,コントロールスタディを行った.視力が0.5以下の症例では,格子状光凝固を行った群での2段階以上の視力改善率は65%で,コントロール群は37%であり,BRVOによる格子状光凝固治療は有効であると報告している2).視力が0.5以上の症例は,進行例,たとえば本症例のように陳旧となった網膜の肥厚した黄斑浮腫や.胞様黄斑浮腫(CME)に格子状光凝固を行うよりも,レーザーの照射条件が軽度で済むことが多いため,難症への過度となりがちなレーザー照射とは異なる.今回の筆者らの経験した症例は,格子状光凝固を施行した時期にはOCTがなかったため,黄斑部の病理や網膜厚は不明であった.また,BRVOの発症から長年経過しており,陳旧性の黄斑浮腫であった.レーザーの照射条件は200μm,0.2sec,0.14W,66発と,グリーンレーザーを用いての格子状光凝固としては,25年前の当時は一般的に行われていた条件であったが,今日では過剰と考えられている条件で施行されていた.前医での格子状光凝固の既往については不明であるが,光凝固前の写真では黄斑部にすでにレーザー照射によると推定される瘢痕が観察された.したがって,反復照射されていた可能性が考えられる.その結果,7年後には図3のようになり,25年たった現在では凝固斑は拡大融合し,網膜は菲薄化し,回復困難な状態に陥ってしまっている.凝固拡大は13年前と比較すると拡大率は3倍となっていた.FAでも,クリープの発症したところでは網膜萎縮となっている.視力の回復が困難になっている理由として,atrophiccreepによるものが主体と思われるが,BRVOによる長年の黄斑浮腫,黄斑下にみられた線維性増殖変化にも視力低下の原因は考えられる.Atrophiccreepについては,これまで糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)についていくつかの報告がなされてきている.TheEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)やOlkによれば,DMEに対しても格子状光凝固は有用であるとしている7,8).しかし,格子状光図5a視野の変化(昭和60年5月)図5b視野の変化(平成22年2月)図6OCT所見1306あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(140)凝固治療後の長期合併症,特にatrophiccreepについては注意すべきとの報告も散見されるようになってきている9,10).これらの報告によれば,DMEに対して格子状光凝固を施行した症例の5.4.22.8%にatrophiccreepを発症しているという.そしてatrophiccreepの発症は,周辺部網膜よりもアーケード血管内の網膜により起こりやすい10)との報告もある.クリーピングの発症は波長の差によることはなく10)多くは過剰凝固が原因であろうと思われるが,理由はまったく不明である.後極にはより多くの錐体細胞があり,血流も周辺と異なる部位にレーザーで損傷を与えることで,より多くの視細胞が変性脱落していくことが考えられる11).したがって,後極,なかでも黄斑部にレーザーを照射する場合は,長期にわたって経過観察が必要で,また過剰なレーザー照射は黄斑部にはすべきではないと思われる.再度今回の症例においてatrophiccreepをきたした理由をあげてみると,1)昭和60年当時一般的であった凝固条件(0.2秒,200μm,出力0.16W),2)隙間のない凝固,3)重ねて行った凝固,4)陳旧例のため過剰となった凝固などがあげられる.今日ではこのような凝固が行われることがないが,行う場合には間隔を開け,なるべく少ないエネルギーで行うことが重要と思われた.また,乳頭黄斑線維束の部位への凝固も避けるべきと思われる.Atrophiccreepの発症は,DMEのみならず今回のようなBRVOによる黄斑浮腫の症例でも同様,黄斑浮腫,特に浮腫が強く陳旧化した症例では凝固斑が出るまで照射しがちなため過剰になりやすく,くり返し照射することもあり,ある一定の照射条件を超えるときはレーザー治療は行わず,他の治療方法に変更することが望ましいと思われた.文献1)BranchVeinOcclusionStudyGroup:Argonlaserscatterphotocoagulationforpreventionofneovascularizationandvitreoushemorrhageinbranchveinocclusion.Arandomizedclinicaltrial.BranchVeinOcclusionStudyGroup.ArchOphthalmol104:34-41,19862)BranchVeinOcclusionStudyGroup:Argonlaserphotocoagulationformacularedemainbranchveinocclusion.TheBranchVeinOcclusionStudyGroup.AmJOphthalmol98:271-282,19843)CakirM,DoganM,BayraktarZetal:Efficacyofintravitrealtriamcinoloneforthetreatmentofmacularedemasecondarytobranchretinalveinocclusionineyeswithorwithoutgridlaserphotocoagulation.Retina28:465-472,20084)YamamotoS,SaitoW,YagiFetal:Vitrectomywithorwithoutarteriovenousadventitialsheathotomyformacularedemaassociatedwithbranchretinalveinocclusion.AmJOphthalmol138:907-914,20045)HayrehSS,RojasP,PodhajskyPetal:Ocularneovascularizationwithretinalvascularocclusion-III.Incidenceofocularneovascularizationwithretinalveinocclusion.Ophthalmology90:488-506,19836)WroblewskiJJ,WellsJA3rd,GonzalesCR:Pegaptanibsodiumformacularedemasecondarytobranchretinalveinocclusion.AmJOphthalmol148:1-8,20097)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyGroup:Photocoagulationfordiabeticmacularedema.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyreportnumber1.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyresearchgroup.ArchOphthalmol103:1796-1806,19858)OlkRJ:Modifiedgridargon(blue-green)laserphotocoagulationfordiffusediabeticmacularedema.Ophthalmology93:938-950,19869)SchatzH,MadeiraD,McDonaldHRetal:Progressiveenlargementoflaserscarsfollowinggridlaserphotocoagulationfordiffusediabeticmacularedema.ArchOphthalmol109:1549-1551,199110)MaeshimaK,Utsugi-SutohN,OtaniTetal:Progressiveenlargementofscatteredphotocoagulationscarsindiabeticretinopathy.Retina24:507-511,200411)CurcioCA,SloanKR,KalinaREetal:Humanphotoreceptortopography.JCompNeurol292:497-523,1990***

点眼薬含有添加剤であるポリソルベート80 およびEDTA点眼が角膜上皮傷害治癒へ与える影響

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(133)1299《原著》あたらしい眼科27(9):1299.1302,2010cはじめに眼科領域における薬物療法の中心は点眼薬である.この点眼薬の多くは,全身投与薬としてすでに開発されている薬剤を点眼薬として製剤化することで開発されてきた.しかし点眼剤の主成分となる薬剤(主剤)のみでは点眼剤は製剤として成り立たず,これに製剤設計上必要な薬剤(添加剤)が加えられ初めて製剤となる1).したがって製剤学的観点から点眼薬について考える際には,その点眼薬に含まれる添加剤の種類,添加目的(効果),傷害性(副作用)についても常に考慮しなければならない.角膜は,眼組織の中で最も外側に位置し,涙液を介して外界と直接接する部位である.そのため角膜は,外傷や感染症をはじめとする種々の外的要因により傷害を受けやすい部位でもある.正常な角膜上皮細胞は細胞伸展能や細胞増殖能を有しており,軽度な上皮傷害は速やかに自己修復される.しかし,重篤な上皮傷害で上皮細胞の機能が低下している場合〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,FacultyofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPAN点眼薬含有添加剤であるポリソルベート80およびEDTA点眼が角膜上皮傷害治癒へ与える影響長井紀章*1村尾卓俊*1伊藤吉將*1,2岡本紀夫*3*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2同薬学総合研究所*3兵庫医科大学眼科学教室EffectofPolysorbate80andEthylenediaminetetraaceticAcid(EDTA)InstillationonCornealWoundHealinginRatDebridedCornealEpitheliumNoriakiNagai1),TakatoshiMurao1),YoshimasaIto1,2)andNorioOkamoto3)1)FacultyofPharmacy,2)PharmaceutialResearchandTechnologyInstitute,KinkiUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicine近年臨床現場において,長期にわたる点眼薬使用などによる角膜傷害が問題視されている.そこで今回,角膜上皮.離ラットを用い,点眼薬中に含まれる添加剤ポリソルベート80およびエチレンジアミン四酢酸(EDTA)が角膜傷害治癒へ与える影響について検討を行った.角膜上皮傷害は麻酔下にて,ブレード(BDMicro-SharpTM)を用いラット角膜上皮を.離することで作製した.添加剤点眼液の点眼はラット角膜.離後3時間間隔で1日5回(5μl)行った.生理食塩水点眼群では角膜上皮.離12時間後で約51%,24時間後で約83%の角膜傷害治癒が認められた.一方,ポリソルベート80およびEDTA点眼群いずれにおいても角膜上皮の創傷治癒の遅延が認められ,その角膜傷害治癒遅延は,点眼液の濃度に比例した.これら添加剤の角膜傷害性を明らかとしていくことは,角膜上皮傷害を有する患者への点眼薬選択を決定するうえで一つの指標となるものと考えられる.Itisknownthatlong-termuseoftheeyedropscancausecornealepithelialcelldamage.Inthisstudy,weinvestigatedtheeffectofpolysorbate80andethylenediaminetetraaceticacid(EDTA),eyedropadditives,oncornealwoundhealinginrats.Theeyedropswereinstilledintorateyes5timesperdayaftercornealepithelialabrasion.Thecornealwoundsintherateyesreceivingsalineonlyshowedapproximately51%healingat12hrand83%healingat24hrafterabrasion.Thecornealwoundhealingrateintherateyesreceivingpolysorbate80andEDTAwaslowerthanthatintheeyesinstilledwithsaline,thecornealwoundhealingratedecreasingwithincreaseinconcentration.Thesefindingsprovidesignificantinformationforuseindesigningfurtherstudiesaimedatreducingcornealdamagecausedbyeyedrops.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(9):1299.1302,2010〕Keywords:ポリソルベート80,エチレンジアミン四酢酸,角膜傷害治癒,細胞増殖,細胞移動.polysorbate80,ethylenediaminetetraaceticacid,cornealwoundhealing,cellproliferation,cellmigration.1300あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(134)や涙液に異常のある場合(ドライアイ)などでは,しばしば遷延化して治療が困難となる.一般的に点眼剤には保存剤〔ベンザルコニウム塩化物(BAC)など〕,等張化剤(塩化ナトリウム,ホウ酸,グリセリンなど),緩衝剤(リン酸緩衝液,ホウ酸など),必要であれば,界面活性剤(ポリソルベート80など),安定化剤〔エチレンジアミン四酢酸(EDTA)など〕,粘稠化剤〔ポリビニルアルコール(PVA),ヒドロキシプロピルメチルセルロース,ヒドロキシエチルセルロースなど〕などが含まれる1).臨床では,添加剤の一つである保存剤BACの角膜傷害性が問題視されており,BAC非含有の点眼薬(トラバタンズR)なども注目されている.しかし,その他の添加剤についてはほとんど検討されておらず,界面活性剤や安定化剤などの角膜傷害性についても明らかとすることは非常に重要と考えられる.筆者らはこれまで,添加物の角膜傷害性比較を目的とした基礎(invivo)実験系を確立し,BACに強い角膜傷害性が認められることを報告してきた2).今回,このinvivo角膜傷害性比較実験系を用い,代表的な添加剤であるポリソルベート80およびEDTAの角膜傷害性について検討を行った.I対象および方法1.実験動物実験には7週齢のWistarラットを用いた.これらラットは25℃に保たれた環境下で飼育し,飼料(飼育繁殖固形飼料CE-2,日本クレア)および水は自由に摂取させた.動物実験は,近畿大学実験動物規定に従い行った.2.試薬ポリソルベート80およびEDTAは和光純薬,生検トレパンはカイインダストリーズ,ブレード(BDMicro-SharpTM,Blade3.5mm,30°)はBectonDickinson,塩酸オキシブプロカイン(ベノキシールR)は参天製薬,フルオレセインは日本アルコンから購入したものを用いた.3.ポリソルベート80およびEDTA点眼液の調製と点眼法ポリソルベート80およびEDTA点眼液の濃度は臨床にて用いられる濃度を参照し決定した.すべての点眼液は0.2μmのメンブランフィルター(Sartorius社)を用いて滅菌濾過を行い,調製した点眼液は滅菌済みの点眼用容器に充.し,使用時まで遮光して保存した.実験時にはこの点眼溶液を,角膜.離直後から3時間間隔(9:00,12:00,15:00,18:00,21:00)で1日5回,実験終了まで点眼(1回50μl)した.対照(Control群)には生理食塩液(大塚製薬)を用いた.4.ラット角膜上皮.離モデルを用いた角膜傷害治癒解析ラットをペントバルビタールナトリウム(30mg/kg,ソムノペンチルR,共立製薬)にて全身麻酔後,生検トレパンで直径2.5mmの円形に角膜をマーキングした.その後,ブレードで角膜上皮を円形に.離した.角膜上皮欠損部分は角膜.離後0,12,24,36時間後に,1%フルオレセイン含有0.4%ベノキシール点眼液にて染色し,トプコン社製眼底カメラ装置TRC-50Xにデジタルカメラを装着したものを用いて撮影を行い2),画像解析ソフトImageJにて角膜上皮欠損部分の面積の推移を数値化することで表した.角膜傷害治癒率(%)は,次式(1)にて算出した2).角膜傷害治癒率(%)=(面積.離直後.面積.離0.36時間後)/面積.離直後×100(1)角膜傷害治癒速度は,角膜傷害治癒速度定数(kH,k.1)として表した.角膜上皮.離0.36時間後のkHは,次式(2)で計算した2).Ht=H∞・(1.e.kHt)(2)tは角膜上皮.離後の時間(0.36時間),H∞およびHtは角膜上皮.離∞およびt時間後の角膜傷害治癒率を示す.5.統計解析データは,平均±標準誤差として表した.有意差はStudent’st-testにて解析し,0.05未満のp値を有意な差として示した.II結果図1および2は角膜.離モデルへのポリソルベート80(図1),EDTA(図2)点眼群における角膜傷害治癒率を示す.122436Time(hr)020406080100Cornealwoundhealing(%)*******:0.0%(Saline):0.5%:1.0%:2.0%図2EDTA点眼液点眼が角膜上皮傷害治癒に与える影響平均値±標準誤差,n=4~11,*p<0.05,vs生理食塩水点眼群.122436Time(hr)020406080100Cornealwoundhealing(%):0.0%(Saline):0.5%:1.0%:5.0%図1ポリソルベート80点眼液点眼が角膜上皮傷害治癒に与える影響平均値±標準誤差,n=4~11.(135)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101301また,表1はポリソルベート80およびEDTA点眼群における角膜傷害治癒速度を示す.ポリソルベート80およびEDTA点眼群いずれにおいても角膜上皮治癒の遅延が認められ,その角膜傷害治癒遅延は,点眼薬の濃度に比例した.ポリソルベート80点眼群の治癒率は,12時間後において0.5%および1%ポリソルベート80点眼群ではControl群の約95%,5%ポリソルベート80点眼群ではControl群の73%程度であった.36時間後ではいずれの濃度においてもほぼ完全に治癒した.一方,EDTAを点眼することで角膜傷害治癒速度は有意に低値を示し,0.5%EDTA点眼群の.離12時間後における治癒率はControl(Saline点眼)群の約75%であり,2.0%EDTA点眼群の治癒率は,24時間後ではControl群の37%であり,36時間後でもControl群の58%であった.III考按近年の眼科領域では,点眼薬の使用による点状表層角膜症や眼瞼炎といった眼局所への副作用,患者からのしみる,かすむ,眼が充血するといった訴えが問題視されている.これらの問題解決のためには臨床と基礎研究の両方面からの観察が重要とされ,実験動物および角膜培養細胞を用い,点眼薬中の主薬や保存剤であるBACが角膜傷害へ与える影響についての研究が多数行われている.一方で,点眼薬には主薬や保存剤のほかに,界面活性剤,安定化剤などの添加剤も含まれているが,他の添加剤についてはほとんど検討されておらず,界面活性剤や安定化剤などの角膜傷害性についても明らかにする必要があると考えられる.界面活性剤や安定化剤など添加物の角膜傷害性について評価を行ううえで,試験系の選択は非常に重要である.角膜上皮は5~6層の細胞層から構成され,基底細胞と表層細胞に大きく分けられる.このうち基底細胞は分裂増殖機能と接着機能を,表層細胞はバリア機能および涙液保持機能を担っている.この4つの機能のどれか1つでも破綻した際角膜上皮傷害が認められるが,なかでも薬剤の影響を特に受けやすいとされているのが分裂機能とバリア機能である3).角膜上皮の損傷治癒は,細胞の分裂・増殖,伸展・移動によって行われており,Thoft&Friendはこの角膜上皮の修復機構をXYZ理論(X:細胞分裂,Y:細胞移動,Z:細胞脱落)として,健常な角膜上皮では上記の3つの間にX+Y=Zの公式が成立することを提唱した4).本実験で用いた角膜上皮.離モデルは,角膜上皮を.離することによって人工的にZを増大させた状態(X+Y<Z)である.この角膜上皮.離モデルを用いた点眼薬や添加剤の角膜傷害性試験はX:細胞分裂およびY:細胞移動へ与える影響について評価を行うものであり,オキュラーサーフェスの状態を維持しつつ,添加剤が角膜上皮細胞分裂および移動機能へ与える影響を検討するのに適している.本研究ではこれら角膜上皮.離モデルを用いた点眼薬の傷害性比較試験法を用い,代表的な添加剤であるポリソルベート80およびEDTAの角膜傷害性について検討を行った.ポリソルベート80は,主薬の溶解性向上のために多用される界面活性剤であり,皮膚に対する局所刺激性が報告されている5).今回のラット角膜上皮.離モデルを用いた実験系においても,角膜治癒遅延をひき起こしたが,その影響は臨床で問題視されているBACと比較すると軽度であった(表1).EDTAはおもに安定化剤として点眼液に使用されている.またGrantは角膜へのカルシウム沈着に対してキレート作用を有するEDTAが有用であると報告しており6),日本でも帯状角膜変性を中心にEDTAを使用した治療例が報告されている7).今回用いたEDTAは0.5%,1.0%および2.0%であり,臨床で使用実績がある濃度内であるにもかかわらず,いずれの濃度でも対照(生理食塩液)と比較し,有意な角膜傷害治癒率の低下が認められた.さらに,使用濃度によってはBACと同程度の重度の角膜損傷治癒遅延作用が認められた.これらの結果から,点眼液添加剤として現在まで特に問題視されていなかった界面活性剤および安定化剤の濃度にも注意を有する必要性が明らかとなった.今後,角膜傷害性の少ない点眼薬を調製するためには,さらなる研究が必要であり,現在筆者らは等張化剤,緩衝剤,粘稠化剤など,点眼薬調製に用いられる他の添加物が角膜傷害性へ与える影響についても明確にすべく,角膜上皮.離モデルを用い比較検討を行っているところである.以上,本研究で角膜上皮.離モデルを用いたinvivo実験において,代表的な添加剤であるポリソルベート80およびEDTAの角膜傷害性について明らかとした.これら添加剤の角膜傷害性を把握し,過度の添加剤含有を減らすことは点眼薬が角膜へ与える影響の減少へつながるものと考えられ表1ポリソルベート80およびEDTAの角膜傷害治癒速度定数Concentration(%)Cornealwoundhealingrateconstant(×10.2/hr)Saline5.36±1.29BAC0.0053.33±0.740.0101.54±1.06*0.0200.03±0.01*Polysorbate800.53.93±0.031.03.39±0.255.01.63±0.49*EDTA0.52.46±1.251.00.95±0.43*2.00.07±0.03*BACのデータは点眼薬含有添加剤刺激による角膜上皮傷害程度の指標とするため文献2から引用.平均値±標準誤差,n=4~11.*p<0.05,vs生理食塩水点眼群.1302あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(136)る.また,臨床においての添加剤による角膜傷害性は,多種の添加剤との相乗作用により角膜傷害性をひき起こす可能性を明らかとした.本報告は,今後点眼薬調製および選択の一つの指標になるものと考えられる.文献1)川嶋洋一:点眼薬の設計思想.眼科NewInsight,第2巻,点眼薬─常識と非常識─,メジカルビュー社,19942)NagaiN,MuraoT,OkamotoNetal:Comparisonofcornealwoundhealingratesafterinstillationofcommerciallyavailablelatanoprostandtravoprostinratdebridedcornealepithelium.JOleoSci59:135-141,20103)俊野敦子,岡本茂樹,島村一郎ほか:プロスタグランディンF2aイソプロピルウノプロストン点眼液による角膜上皮障害の発症メカニズム.日眼会誌102:101-105,19984)ThoftRA,FriendJ:TheX,Y,Zhypothesisofcornealepithelialmaintenance.InvestOphthalmolVisSci24:1442-1443,19835)MezeiM,SagerRW,StewartWDetal:Dermatiticeffectofnonionicsurfactants.I.Gross,microscopic,andmetabolicchangesinrabbitskintreatedwithnonionicsurfaceactiveagents.JPharmSci55:584-590,19666)GrantWM:Newtreatmentforcalcificcornealopacity.ArchOphthalmol46:681-685,19897)HoshiaiS,KogaT,NishimuraT:AcaseofcorneoscleralcalcificdepositsfollowingpterygiumsurgeryeffectivelytreatedwithEDTAeyedrops.FoliaOphthalmolJpn51:37-39,2000***

セリシン添加抗緑内障薬がSV40 不死化ヒト角膜上皮細胞増殖作用へ与える影響

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(129)1295《原著》あたらしい眼科27(9):1295.1298,2010cはじめに現在の臨床における治療法としては,抗緑内障点眼薬による薬物療法が第一選択とされている.一方,点状表層角膜症や眼瞼炎といった眼局所の副作用や,患者からのしみる,かすむ,眼が充血するといった訴えで点眼薬の中止および変更を余儀なくされ,薬剤選択が困難なことや眼圧コントロールが問題視されている.これら抗緑内障薬の角膜傷害には,点眼薬中に含まれる主薬,保存剤だけでなく,角膜知覚,涙液動態および結膜といったオキュラーサーフェス(眼表面)の生理状態が関与することが明らかとされ,臨床と基礎研究の両方面からの観察が抗緑内障薬の低角膜傷害性療法開発には重要である1).カイコ繭は絹糸になるフィブロイン(70~80%)とそれを包むセリシン(20~30%)から構成されている.従来,この〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,FacultyofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPANセリシン添加抗緑内障薬がSV40不死化ヒト角膜上皮細胞増殖作用へ与える影響長井紀章*1村尾卓俊*1伊藤吉將*1,2岡本紀夫*3*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2同薬学総合研究所*3兵庫医科大学眼科学教室SericinAdditiontoAnti-glaucomaEyeDrops:EffectonProliferationofCornealEpithelialCellLineSV40(HCE-T)NoriakiNagai1),TakatoshiMurao1),YoshimasaIto1,2)andNorioOkamoto3)1)FacultyofPharmacy,2)PharmaceutialResearchandTechnologyInstitute,KinkiUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicine抗緑内障薬は臨床にて多用されているが,長期にわたる使用は角膜傷害をひき起こすことが知られている.本研究ではSV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用い,角膜傷害治癒作用を有するセリシンを抗緑内障薬へ添加することによる角膜上皮細胞増殖抑制作用への影響について検討を行った.抗緑内障薬は市販製剤であるb遮断薬(チモプトールR),プロスタグランジン製剤(レスキュラR,キサラタンR),炭酸脱水酵素阻害薬(トルソプトR),選択的交感神経a1遮断薬(デタントールR),a,b受容体遮断薬(ハイパジールR),副交感神経作動薬(サンピロR)の7種を用いた.本研究の結果,抗緑内障薬へセリシンを添加することにより,角膜上皮細胞増殖抑制作用の強さは各種単剤処理時と比較し軽減した.このセリシンによる軽減効果は,今回用いたすべての点眼薬において認められた.本知見は,低刺激点眼薬開発を目指すうえできわめて有用であると考えられる.Anti-glaucomaeyedropsarefrequentlyusedinclinicaltreatment,anditisknownthattheirlong-termusecancausecornealepithelialcelldamage.Inthisstudy,weinvestigatedtheeffectofthesericinadditiontovariousanti-glaucomaeyedropsoncornealepithelialcelllineSV40(HCE-T)proliferation.Usedinthisstudywere7eyedroppreparations:b-blocker(TimoptolR),prostaglandinagent(ResculaR,XalatanR),topicalcarbonicanhydraseinhibitor(TrusoptR),a1-blocker(DetantolR),a,b-blocker(HypadilR)andparasympathomimeticagent(SanpiloR).Withthecombinationofsericinandanti-glaucomaeyedrops,cellproliferationinhibitiondecreasedincomparisonwithuseofasingletypeofconventionalanti-glaucomaeyedrops.Theresultsofcombiningsericinandanti-glaucomaeyedropsprovideusefulinformationfordevelopmentofanti-glaucomaeyedropsthatdonotcausecornealepithelialcellsdamage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(9):1295.1298,2010〕Keywords:セリシン,抗緑内障薬,SV40不死化ヒト角膜上皮細胞,緑内障,細胞増殖.sericin,anti-glaucomaeyedrops,humancorneaepithelialcelllineSV40,glaucoma,cellproliferation.1296あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(130)カイコ繭由来の絹蛋白質であるセリシンは,生糸から絹糸への精錬の過程において除去され廃棄物として扱われていた.しかし近年,細胞死抑制作用など生物化学領域においてその活性が認められ注目されている2).筆者らもこれまで,このセリシンに角膜傷害治癒促進効果があることを見出し,眼科領域におけるセリシンの有効利用の可能性を報告してきた3).さらに筆者らは以前に,抗緑内障点眼薬の角膜傷害におけるinvitroスクリーニング試験として,抗緑内障点眼薬の角膜傷害性比較を目的とした基礎(invitro)実験系「ヒト角膜上皮細胞を用いたinvitro角膜傷害試験」を確立し報告してきた4).そこで今回,現在臨床現場で多用されているb遮断薬(チモプトールR),プロスタグランジン製剤(レスキュラR,キサラタンR),炭酸脱水酵素阻害薬(トルソプトR),選択的交感神経a1遮断薬(デタントールR),a,b受容体遮断薬(ハイパジールR),副交感神経作動薬(サンピロR)の異なる抗緑内障点眼薬7種へセリシンを添加することで,角膜傷害性がどのように変化するのかを明らかにすべく,このinvitro角膜傷害試験法4)を用いて検討を行った.I対象および方法1.使用細胞培養細胞は理化学研究所より供与されたSV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T,RCBNo.1384)を用い,100IU/mlペニシリン(GIBCO社製),100μg/mlストレプトマイシン(GIBCO社製)および5%ウシ胎児血清(FBS,GIBCO社製)を含むDMEM/F12培地(GIBCO社製)にて培養した.2.使用薬物抗緑内障点眼薬は市販製剤であるb遮断薬(0.5%チモプトールR),プロスタグランジン製剤(0.12%レスキュラR,0.005%キサラタンR),炭酸脱水酵素阻害薬(1%トルソプトR),選択的交感神経a1遮断薬(0.01%デタントールR),a,b受容体遮断薬(0.25%ハイパジールR),副交感神経作動薬(1%サンピロR)の7剤を用いた.セリシン(30kDa)はセイレーン株式会社より供与されたものを用いた.3.抗緑内障点眼薬による細胞処理法HCE-T(50×104個)をフラスコ(75cm2)内に播種し,HCE-Tがフラスコ中に80%存在するようになるまで培養した5,6).この細胞を,0.05%トリプシンにて.離し,細胞数を計測後,96穴プレートに100μl(10×104個)ずつ播種し,37℃,5%CO2インキュベーター内で24時間培養したものを実験に用いた.表1には今回用いた抗緑内障薬に含まれる添加物を,表2にはセリシンおよび抗緑内障点眼薬の添加量を示す〔抗緑内障薬はPBS(リン酸緩衝生理食塩水)にて希釈を行った〕.表2に示した添加量にて24時間培養後,各wellにTetraColorONE(生化学社製)20μlを加え,37℃,5%CO2インキュベーター内で1時間処理を行い,マイクロプレートリーダー(BIO-RAD社製)にて490nmの吸光度(Abs)を測定することで細胞増殖抑制を表した.各処理とも培地中に含まれるpHインジケーターのフェノールレッドが中性を示すことを確認し,同実験を3.7回くり返した.本研究では,細胞増殖抑制率は下記の計算式により算出した4).細胞増殖抑制率(%)=(Abs未処理.Abs薬剤処理)/Abs未処理×100筆者らはすでに,今回用いた抗緑内障には細胞増殖抑制率の変動が認められ,その細胞増殖抑制率が約50%となる薬剤希釈率はレスキュラR(98)>キサラタンR(70)>チモプトールR(30)>デタントールR(22)>ハイパジールR(22)>トルソプトR(18)>サンピロR(6)であることを報告している.この結果を基に本実験では,細胞増殖抑制率の変動が認められる薬剤希釈率を用いた4).また,セリシン(pH7)は終濃度0.1%となるように設定し行った.II結果図1には,細胞増殖抑制率が約50%となる薬剤希釈率付表1各種抗緑内障点眼薬に含まれる添加物抗緑内障点眼薬添加物チモプトールRベンザルコニウム塩化物,リン酸二水素Na,水酸化Na,リン酸水素NaレスキュラRベンザルコニウム塩化物,ポリソルベート80,等張化剤,pH調節剤キサラタンRベンザルコニウム塩化物,リン酸二水素Na,等張化剤,リン酸水素Na,トルソプトRベンザルコニウム塩化物,ヒドロキシエチルセルロース,D-マンニトール,クエン酸Na,塩酸デタントールRベンザルコニウム塩化物,濃グリセリン,ホウ酸,pH調節剤ハイパジールRベンザルコニウム塩化物,リン酸二水素K,リン酸水素Na,塩酸,塩化NaサンピロRパラオキシ安息香酸プロピル,パラオキシ安息香酸メチル,クロロブタノール,酢酸Na,ホウ酸,ホウ砂,pH調節剤表2抗緑内障点眼薬の添加量培地PBS薬剤セリシン未処理50μl50μl0μl0μl単剤処理50μl25μl25μl0μlセリシン添加薬剤処理50μl0μl25μl25μlPBS:リン酸緩衝生理食塩水.(131)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101297近における角膜上皮細胞増殖抑制効果と,これら薬剤処理群にセリシンを添加した際の角膜上皮細胞増殖抑制率の変化を示す.薬剤のみの刺激ではいずれの処理群においても30~80%程度の細胞増殖抑制効果であった.この希釈率における抗緑内障に0.1%セリシンを添加したところ,本実験で用いたすべての抗緑内障点眼薬群において有意な細胞増殖抑制効果の低下が認められた.III考按抗緑内障薬による角膜傷害性の程度を検討するにあたり,その評価法の選択は非常に重要である.角膜上皮は5~6層の細胞層から構成され,基底細胞と表層細胞に大きく分けられる.このうち基底細胞は分裂増殖機能と接着機能を,表層細胞はバリア機能および涙液保持機能を担っている.この4つの機能のどれか1つでも破綻した際角膜上皮傷害が認められるが,なかでも薬剤の影響を特に受けやすいとされているのが分裂機能とバリア機能である7).筆者らは以前に,抗緑内障点眼薬の角膜傷害におけるinvitroスクリーニング試験として,抗緑内障点眼薬の傷害性比較を目的としたinvitro角膜実験を確立し報告してきた4).このHCE-Tによるinvitro角膜実験は,個体差やオキュラーサーフェスの状態の要因をすべて同一条件の状態で評価することが可能なため,薬剤自身が有する角膜上皮細胞分裂機能への影響を検討するのに適している.そこで本研究では,臨床現場で多用されている7種の異なる抗緑内障点眼薬の角膜傷害性が,セリシンと併用することでどのように変化するのかについてこのinvitro角膜実験を用いて検討した.HCE-Tを用いた結果において,抗緑内障点眼薬の細胞増殖抑制作用はレスキュラR>キサラタンR≫チモプトールR>デタントールR>ハイパジールR>トルソプトR≫サンピロRの順であった4).この結果は,実際の臨床現場における抗緑内障点眼薬による角膜上皮傷害の頻度と類似していた.一方,いずれの抗緑内障薬もセリシンを組み合わせることで抗緑内障薬単剤処理と比較し細胞増殖抑制率が有意に軽減された.セリシンは細胞増殖促進作用を有することが知られており,筆者らもまたこのHCE-T細胞へのセリシン処理により細胞増殖が増大することを報告している3).したがって,このセリシンの細胞増殖促進作用が抗緑内障薬による角膜上皮細胞増殖傷害の軽減をもたらすものと示唆された.一方で,点眼薬調製には主薬以外にもさまざまな添加物が用いられている(表1).添加物は点眼薬の種類において異なっており,その濃度も均一ではない.なかでも品質の劣化を防ぐ目的で用いられる保存剤ベンザルコニウム塩化物は細胞増殖抑制をひき起こす主要な要因とされている.今回用いた7種の抗緑内障薬においても細胞傷害性を示すと考えられる添加物であるベンザルコニウム塩化物,ポリソルベート80,パラベン類,ホウ酸をはじめ多くの添加物が用いられていた.これら多くの異なる添加物を含む抗緑内障薬7種すべてにおいて,セリシンが有意にその角膜上皮細胞増殖傷害の軽減を示したという結果は,セリシンの角膜上皮細胞増殖促進効果が現在点眼薬調製に用いられている添加物においてほとんど影響を受けないことを意味し,点眼製剤への新規添加物としてセリシンの応用が期待された.現在,筆者らはこのセリシンと抗緑内障薬との合剤が角膜傷害性へ与える影響を明確にすべく角膜上皮.離モデルを用いたinvivo実験において,セリシン含有抗緑内障薬の角膜サンピロR48希釈倍率細胞増殖抑制率(%)020406080100*チモプトールR希釈倍率細胞増殖抑制率(%)0204060801002832*レスキュラR希釈倍率96100細胞増殖抑制率(%)020406080100*細胞増殖抑制率(%)020406080100キサラタンR6872希釈倍率*トルソプトR1620希釈倍率細胞増殖抑制率(%)020406080100*2024希釈倍率細胞増殖抑制率(%)020406080100デタントールR**2024希釈倍率ハイパジールR細胞増殖抑制率(%)020406080100**図1セリシン添加抗緑内障薬が角膜上皮細胞増殖抑制率へ与える影響□:単剤処理,■:セリシン添加薬剤処理.平均値±標準誤差.n=3.7*p<0.05vs対応する単剤処理群(Student’st検定).1298あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(132)傷害性について解析を行っているところである.加えて,セリシンを添加することにより,従来の添加剤自身の役割にどのような影響を及ぼすのかを明らかにすることは非常に重要である.したがって,セリシンが保存剤として知られるベンザルコニウム塩化物の保存性作用に対しどのような影響を与えるのかについても検討を行っているところである.以上,本研究では同一条件下において,抗緑内障点眼薬自身が有する細胞増殖抑制作用に対するセリシンの保護効果を明らかとした.これら細胞増殖抑制作用は,臨床においては涙液能低下などの他の作用により相乗的に角膜上皮細胞増殖抑制作用をひき起こすと考えられることから8),今回のinvitroの結果を基盤とした臨床結果のさらなる解析を行うことで,抗緑内障薬による角膜傷害性とセリシンの保護効果がより明確になるものと考えられた.文献1)徳田直人,青山裕美子,井上順ほか:抗緑内障薬が角膜に及ぼす影響:臨床とinvitroでの検討.聖マリアンナ医科大学雑誌32:339-356,20042)寺田聡:セリシンを利用した無血清培地の開発とその応用.生物工学会誌86:387-389,20083)NagaiN,MuraoT,ItoYetal:Enhancingeffectofsericinoncornealwoundhealinginratdebridedcornealepithelium.BiolPharmBul32:933-936,20094)長井紀章,伊藤吉將,岡本紀夫ほか:抗緑内障点眼薬の角膜障害におけるinvitroスクリーニング試験:SV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた細胞増殖抑制作用の比較.あたらしい眼科25:553-556,20085)ToropainenE,RantaVP,TalvitieAetal:Culturemodelofhumancornealepitheliumforpredictionofoculardrugabsorption.InvestOphthalmolVisSci42:2942-2948,20016)TalianaL,EvansMD,DimitrijevichSDetal:Theinfluenceofstromalcontractioninawoundmodelsystemoncornealepithelialstratification.InvestOphthalmolVisSci42:81-89,20017)俊野敦子,岡本茂樹,島村一郎ほか:プロスタグランディンF2aイソプロピルウノプロストン点眼液による角膜上皮障害の発症メカニズム.日眼会誌102:101-105,19988)大規勝紀,横井則彦,森和彦ほか:b遮断剤の点眼が眼表面に及ぼす影響.日眼会誌102:149-154,2001***

鼻涙管閉塞症に対する涙道内視鏡下チューブ挿入術の長期成績

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(125)1291《原著》あたらしい眼科27(9):1291.1294,2010cはじめに鼻涙管閉塞症に対する涙道内視鏡併用シリコーンチューブ留置術のチューブ抜去後1カ月の成績は88%であった1).このときの手技は内視鏡直接穿破法(directendoscopicprobing:DEP)2)か,涙道内視鏡を用いた双手法によるブジーであった.仮道形成が見つかった場合は,仮道に挿入されているチューブを挿入しなおして修正した3).その後シースを使ったシース誘導内視鏡下穿破法(sheathguidedendoscopicprobing:SEP)4),シース誘導チューブ挿入法(sheathguidedintubation:SGI)5)が開発され,難易度の高い双手法から解放された.DEP,SEPに代表される涙道内視鏡下チューブ挿入術後3年以上の長期成績を解析できたので報告する.〔別刷請求先〕杉本学:〒719-1134総社市真壁158-5すぎもと眼科医院Reprintrequests:ManabuSugimoto,M.D.,SugimotoEyeClinic,158-5Makabe,Soujya719-1134,JAPAN鼻涙管閉塞症に対する涙道内視鏡下チューブ挿入術の長期成績杉本学*1井上康*2*1医療法人すぎもと眼科医院*2医療法人康誠会井上眼科Long-termOutcomeofDacryoendoscope-assistedIntubationforNasolacrimalDuctObstructionManabuSugimoto1)andYasushiInoue2)1)SugimotoEyeClinic,2)InoueEyeClinic2000年12月.2009年10月に行った,初回涙道内視鏡下チューブ挿入術548例639側.男性100側,女性539側.涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症156側,鼻涙管閉塞症単独483側.閉塞部の開放は,シース誘導内視鏡下穿破法(SEP)293側,内視鏡直接穿破法(DEP)346側.術後通水試験で通水のないもの,膿・粘稠な液体の逆流のあるものを死亡と定義し,Kaplan-Meier法による生存分析を行った.チューブ抜去後1,000日の生存率は,DEP82%,SEP81%で有意差はなかった.DEP+SEPでの3,000日の生存率は涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症90%,鼻涙管閉塞症単独64%,で有意差(p<0.05)があった.鼻涙管閉塞症単独で,推定罹病期間別の生存率には有意差はなく,男女別では2,500日の生存率は女性66%,男性49%で統計学的な有意差はなかったが,男性が低い傾向にあった.Dec.2000.Oct.2009,thefirstdacryoendoscope-assistedintubationin548cases(639sides;male:100sides,female:539sides)comprisingnasolacrimalductobstructioncomplicatedwithlacrimalcanaliculusatresia(156sides)andnasolacrimalobstructionalone(483sides).Opentechniqueforatresia,sheath-guidedendoscopicprobing(SEP)293sides;directendoscopicprobing(DEP),346sides.Aftercatheterremoval,nopassageorpus/mucoussecretionreflowcasesaredefineddeath,asanalyzedbytheKaplan-Meiermethod.At1,000days,survivalprobabilitieswere82%byDEPand81%bySEP,withnosignificantdifference.WithDEP+SEP,3,000-daysurvivalprobabilitiesofnasolacrimalductobstructioncomplicatedwithlacrimalcanaliculusatresia,andnasolacrimalobstructionalone,comprised90%and64%,respectively,asignificantdifference(p<0.05).Inthecaseswithnasolacrimalobstructionalone,theestimatedmorbidityperiodwasnotsignificantofsurvivalprobability.Inthesamecases,at2,500-daysurvivalprobabilitieswere66%forfemalesand49%formales,notasignificantdifference,butmalecaseshadlowersurvivalprobability.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(9):1291.1294,2010〕Keywords:鼻涙管閉塞症,シース誘導内視鏡下穿破法,シース誘導チューブ挿入術法,内視鏡直接穿破法.nasolacrimalductobstruction,sheathguidedendoscopicprobing(SEP),sheathguidedintubation(SGI),directendoscopicprobing(DEP).1292あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(126)I対象および方法2000年12月.2009年10月に3施設(すぎもと眼科・井上眼科・岡山南眼科)にて行った,鼻涙管閉塞症に対する初回涙道内視鏡下チューブ挿入術548例639側(涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症例156側,鼻涙管閉塞症単独例483側).術者は筆者ら2名.男性90例100側,女性458例539側.年齢36.93歳(平均69.3±12.5歳).明らかに涙.の拡大したものを拡大涙.,そうでないものを非拡大涙.,涙.・鼻涙管に結石を伴うものを有結石とし,639側の内訳を表1に示す.鈴木らが行ったように,流涙症発現時期の問診をもとに,手術までの罹病期間を推定し,推定罹病期間が1年以下のものをStage1,1年超3年以下のものをStage2,3年超のものをStage3と分類した6).推定罹病期間がはっきりしない例は分類不能とし,Stage別の解析からは除外した.手術方法は,点眼用4%塩酸リドカインを涙点より逆流するまで注入し5分後,拡張針を用いて涙点を拡張した.涙道内視鏡(ファイバーテック社:涙道ファイバースコープRベントタイプ)を涙点より挿入し閉塞部位を確認した.閉塞部の開放はSEP(293側),DEP(346側)で行った.チューブの挿入方法はSGIあるいは,SGIを行う以前や行えない例では,盲目的にチューブを挿入後チューブが単一管腔内に留置されていることを涙道内視鏡と硬性鼻内視鏡(視野角30°:NISCO社,視野角70°:町田社)で確認して終了した.単一管腔内に留置されていない場合は,単一管腔内に留置されるように修正した3).留置チューブはカネカメディックス社シラスコンRN-Sチューブスタンダードタイプまたは,東レ社・ワック社PFカテーテルRSoft&Short11cmを用いた.留置期間は2カ月を目安に抜去した.術後は抗菌薬点眼(レボフロキサシンまたはガチフロキサシン)と0.1%フルオロメトロン点眼液の1日4回点眼を行い,1.2週に1回の涙道洗浄を行った.術後通水試験で通水のないもの,または,膿・粘稠な液体の逆流のあるものを死亡と定義し,統計解析ソフトJMP(SAS社,Ver,7.0.2,2007年)でKaplan-Meier法による生存分析を行った.分析項目は,SEPとDEPの生存率の比較,涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症と鼻涙管閉塞症単独の生存率の比較,涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症と鼻涙管閉塞症単独それぞれにおける男女の生存率,結石の有無の生存率の比較,鼻涙管閉塞症単独における各Stageの生存率の比較とした.拡大涙.症例が少ないため拡大・非拡大涙.の比較は行わなかった.II結果SEPとDEPの生存率の比較結果を図1に示す.チューブ抜去後1,000日の生存率はDEP82%,SEP81%で,有意差はなかった.SEPは2006年2月から開始したのでDEPより観察期間が短くなっている.SEPとDEPで生存率に差がないことより以下の検討をSEPとDEPをあわせて行った.涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症と鼻涙管閉塞症単独の,生存率の比較を図2に示す.3,000日の生存率は,涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症90%,鼻涙管閉塞症単独64%でログランク表1症例の内訳涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症鼻涙管閉塞症単独拡大涙.非拡大涙.拡大涙.非拡大涙.結石あり0結石なし0結石あり12結石なし144結石あり0結石なし8結石あり34結石なし441計639側05001,0001,5002,0002,5003,0001009080706050403020100生存率(%)チューブ抜去後の観察日数(日)SEPn=293DEPn=346図1開放方法別の生存率05001,0001,5002,0002,5003,0001009080706050403020100生存率(%)チューブ抜去後の観察日数(日)涙小管閉塞合併例n=156鼻涙管閉塞単独例n=483p<0.05図2涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症と鼻涙管閉塞症単独の生存率(127)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101293検定(p<0.05)にて有意差があった.涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症の生存率がよいことより,男女,結石の有無の比較を,涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症と鼻涙管閉塞症単独に分けて解析を行った.涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症における男女の生存率の比較,結石の有無の生存率の比較をそれぞれ図3,4に示す.1,500日の生存率は,男性68%,女性93%;有結石75%,無結石91%でログランク検定(p<0.05)にて有意差があった.鼻涙管閉塞症単独における男女の生存率の比較,結石の有無の生存率の比較,Stage別の生存率の比較をそれぞれ図5.7に示す.2,500日の生存率は女性66%,男性49%でログランク検定では有意差はなかったが,男性の生存率が低い傾向にあった.2,200日の生存率は有結石65%,無結石64%;Stage168%,Stage252%,Stage366%で有意差はなかった.III考按チューブ抜去後1,000日ではSEPとDEPの生存率に差がなかったことから,患者・術者ともに負担が少ないSEP&SGIで手術を行うほうが望ましいと考えられる.涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症のほうが鼻涙管閉塞症単独より生存率が良かったことは,両者の鼻涙管閉塞の病態が異なることを示唆していると考えられる.鼻涙管閉塞症単独は,Linbergらが病理組織で炎症性反応による閉塞と報告している病態と考えられる7).それに対し,涙小管閉塞合併例では,涙小管閉塞のためそれより下流に涙液が流れなくなることによる鼻涙管内腔の虚脱に伴う閉塞であり,炎症反応の関与が少ないことが予想される.涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症でも,炎症の関与が推定される有結石例では,生存率が悪くなり,鼻涙管閉塞症単独では結石の有無による差がなかったことは,この仮説を肯定する結果と考えられる.また,涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症では,DEP+SEPによるチューブ抜去後3,000日の生存率が90%なので,第一選択治療法を涙.鼻腔吻合術にしなくても,涙道内視鏡下チューブ挿入術を05001,0001,5002,0002,5003,0001009080706050403020100生存率(%)チューブ抜去後の観察日数(日)女性n=403男性n=80図5鼻涙管閉塞症単独における男女別の生存率05001,0001,5002,0002,5001009080706050403020100生存率(%)チューブ抜去後の観察日数(日)女性n=136男性n=20p<0.05図3涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症における男女別の生存率05001,0001,5002,0002,5003,0001009080706050403020100生存率(%)チューブ抜去後の観察日数(日)結石なしn=449結石ありn=34図6鼻涙管閉塞症単独における結石の有無別生存率05001,0001,5002,0002,5001009080706050403020100生存率(%)チューブ抜去後の観察日数(日)結石なしn=144結石ありn=12p<0.05図4涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症における結石の有無別生存率05001,0001,5002,0002,5003,0001009080706050403020100生存率(%)チューブ抜去後の観察日数(日)Stage3n=203Stage1n=166Stage2n=98図7鼻涙管閉塞症単独における罹病歴別の生存率1294あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(128)施行するほうが低侵襲でよいのではないだろうか.鼻涙管閉塞症単独のチューブ抜去後3,000日の生存率は64%であるが,365日では87%であることより,内眼手術の周術期の減菌には寄与しうると考えられる.Linbergらは病理組織から鼻涙管閉塞症の病期を,炎症細胞の浸潤がみられるearlyphase,線維化の進行したlatephase,両者の混在するintermediatephaseに分類した7).これをもとに鈴木はStage分類を行い,Stageが進むほど再閉塞のリスクが上昇すると報告している6).鼻涙管閉塞を開放後チューブ留置して鼻涙管粘膜が再生する過程を考えてみると,鼻涙管粘膜最表層の重層円柱上皮が再生伸展してくることが理想的である.再閉塞した症例を涙道内視鏡で観察してみると,白いもやもやした物質が鼻涙管管腔内を埋めており,シースの先端で簡単に削りとって再開通させることができる(scraping).白いもやもやした物質はあたかも重層扁平上皮の角化層を思わせる.最表層が重層円柱上皮である結膜は,瞼裂斑などにみられるように,種々の病的状態で容易に扁平上皮化生することが知られている8).鼻涙管再建後再閉塞する例は重層円柱上皮の再生ではなく,扁平上皮化生した鼻涙管粘膜上皮再生になっている可能性が考えられる.病理組織による検討が必要である.今回Stage分類で生存率に有意差が出なかったのは,鼻涙管粘膜の再生は粘膜上皮下の線維化の程度にはあまり関係しない別の要因があることを示唆しているのかもしれない.男女別の比較では,涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症でも,鼻涙管閉塞症単独でも男性の生存率が低くなる傾向にあった.鈴木らの解析でも女性で再発リスクが低かったと述べている6).骨性鼻涙管中部の太さは平均で男性5.5mm,女性3.9mmで男性のほうが太いため,生存率も良くなることが予想されたが結果は逆であった.先に述べた鼻涙管粘膜の再生が扁平上皮化生しやすいのは男性のほうなのかもしれない.涙道内視鏡を用いることにより,鼻涙管閉塞症を涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症と鼻涙管閉塞症単独に区別して解析することができ,長期成績に差があることがわかった.鼻涙管閉塞症単独の長期成績を向上させるためにさらなる術式の改良が必要である.文献1)藤井一弘,井上康,杉本学ほか:鼻涙管閉塞症に対する涙道内視鏡併用シリコーンチューブ留置術の成績.臨眼58:731-733,20042)鈴木亨:内視鏡を用いた涙道手術(涙道内視鏡手術).眼科手術16:485-491,20033)藤井一弘,井上康,杉本学ほか:シリコーンチューブ挿入術による仮道形成とその対策.臨眼59:635-637,20054)杉本学:シースを用いた新しい涙道内視鏡下手術.あたらしい眼科24:1219-1222,20075)井上康:テフロン製シースでガイドする新しい涙管チューブ挿入術.あたらしい眼科25:1131-1133,20086)鈴木亨,野田佳宏:鼻涙管閉塞症のシリコンチューブ留置術の手術時期.眼科手術20:305-309,20077)McCormickSA,LinbergJV:Pathologyofnasolacrimalductobstruction.LacrimalSurgery(LinbergJV),p169-202,ChurchillLivingstone,NewYork,19888)小幡博人:球結膜・強膜の正常組織.眼科プラクティス8,いますぐ役立つ眼病理(石橋達朗編),p102-103,文光堂,2006***

医療連携でロービジョンケアを進めることができた緑内障の2 例

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(121)1287《第20回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科27(9):1287.1290,2010cはじめに緑内障は現在の本邦視覚障害原因疾患の首位である.2000年から2001年に日本緑内障学会が実施した大規模な緑内障疫学調査(多治見スタディ)によれば,40歳以上の日本人の緑内障の有病率は5.0%であることが報告されている1).緑内障は,無症状のまま病状が進行することが多いという特徴を有し,多治見スタディでも緑内障と診断された人のほとんどは自覚症状がみられなかった1).実際には,自覚症状が現れたときにはかなり病状が進行している症例を経験することも少なくない.近年の緑内障治療の進歩は目覚ましく,治療の第一目標は一生涯の有効な視機能の温存であり,そのためには早期発見,早期治療で眼圧,視野の管理に努めることが一段と推奨,啓発されている.しかし,かなり病状が進行するまでまったく眼科受診をしていなかった症例もある.このような症例は決して少なくはなく,見えにくさを自覚し不便を感じていることが多い.当然,緑内障治療が最優先であるが,症例によっては並行してロービジョンケアを行うことで患者本人が困っている見えに〔別刷請求先〕西田朋美:〒359-8555所沢市並木4-1国立障害者リハビリテーションセンター病院眼科Reprintrequests:TomomiNishida,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,HospitalofNationalRehabilitationCenterforPersonswithDisabilities,4-1Namiki,Tokorozawa359-8555,JAPAN医療連携でロービジョンケアを進めることができた緑内障の2例西田朋美*1三輪まり枝*1,2山田明子*1,2関口愛*1,2中西勉*2久保明夫*2仲泊聡*1,2*1国立障害者リハビリテーションセンター病院眼科*2国立障害者リハビリテーションセンター病院第三機能回復訓練部TwoCaseswithGlaucomacouldAdvanceLowVisionCarethroughMedicalCooperationTomomiNishida1),MarieMiwa1,2),AkikoYamada1,2),MeguSekiguchi1,2),TsutomuNakanishi2),AkioKubo2)andSatoshiNakadomari1,2)1)DepartmentofOphthalmology,HospitalofNationalRehabilitationCenterforPersonswithDisabilities,2)DepartmentforVisualImpairment,HospitalofNationalRehabilitationCenterforPersonswithDisabilities緑内障はわが国の視覚障害原因の首位を占め,ロービジョン(LV)ケアが必要となる患者も多い.今回筆者らは緑内障治療を他院で継続中に国立障害者リハビリテーションセンター病院(以下,当院)LVクリニックを紹介受診され,医療連携で治療とLVケアを円滑に進めることができた緑内障患者2例を経験した.2例とも緑内障治療とLVケアを異なる眼科にて行っているが,情報提供書の活用により医療連携で治療と並行したLVケアへの導入が円滑であった.治療とLVケアを行う眼科は同一である必要はなく,医療連携を密に行うことで別々の眼科で担当することも可能であると考えられた.LVケアができる体制がない医療機関であっても,LVケアが必要な緑内障患者にとって医療連携によりLVケアを受けやすくなる可能性が示唆された.今後,より簡便な情報提供書のあり方や情報ネットワークの構築などが望まれる.GlaucomaistheleadingcauseofvisualimpairmentinJapan,andmanyglaucomapatientsrequirelowvisioncare.Twopatientswhoseglaucomawasfollowedupatanotherhospitalwereabletosmoothlyprogresstolowvisioncareatourhospital.Inthesetwocases,themedicalinformationletterwasusefulinthistransition.It’snotnecessarytousethesamehospitalforbothtreatmentandlowvisioncare.Evenifthehospitalisnotpreparedtoprovidelowvisioncare,glaucomapatientsrequiringsuchcarecanreceiveitwithsufficientmedicalcooperationandnetworking.Toadvancelowvisioncaremoresmoothly,greatercooperationandnetworkingsystemsamonghospitalsarerequired.Moreover,moreconvenientmethods,includingmedicalinformationletters,aredesirableforsmootherdevelopmentoflowvisioncare.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(9):1287.1290,2010〕Keywords:緑内障,ロービジョンケア,医療機関,連携.glaucoma,lowvisioncare,medicalcooperation,network.1288あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(122)くさを改善することが可能である2).しかし,医療機関によってはロービジョンケアにまで手が回らないという実情に直面しているところも多い3).逆にいまだ少数ではあるが,筆者らの施設(国立障害者リハビリテーションセンター病院;以下当院)のようにロービジョンケアを主なる専門領域とした医療機関も存在する.今回筆者らは,他院と当院との医療連携を利用することで緑内障治療とロービジョンケアを円滑に進めることができた緑内障患者の2例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕80歳,男性.原発開放隅角緑内障.以前よりT院にて緑内障加療中であったが,1994年7月14日(61歳時)にロービジョンケア目的にて当院を紹介され受診した(表1).初診時視力は,右眼0.03(0.3×.9.5D(cyl.3.0DAx15°),左眼0.03(0.05×.10.5D)で,視野は両眼ともに湖崎分類IVであった.患者本人の困っていることは,読み書き困難,羞明であり,これらを改善したいということがおもなニーズであった(表2).初診から19年経過した現在,視力は右眼0.01(n.c.),左眼手動弁(n.c.)で,視野は両眼ともに湖崎分類bであった.眼圧コントロールのため,これまで緑内障手術を右眼計1回,左眼計8回,白内障手術を両眼ともに受けていた.現在も点眼と内服加療継続中であった.緑内障の治療は一貫してT院へ継続通院しており,T院と当院との連絡はロービジョンケア内容を含んだ情報提供書を用いていた(表3).この間,検査と評価の結果,3.5倍から7倍の拡大鏡を計3個,遮光眼鏡を計8個,矯正眼鏡を計7個処方した.表2症例1と2の治療とロービジョンケアの経過症例1症例2治療経過観血的・非観血的緑内障手術(右計1回,左計8回)点眼・内服加療継続中点眼・内服加療継続中ニーズ読み書き困難,羞明読み書き困難,階段歩行(下り),買い物LVケア拡大鏡,遮光眼鏡,白杖,歩行近用眼鏡,拡大鏡,タイポスコープLVケア経過.当科初診から計26回LVケア実施.この間,T院には毎月通院加療.現在も年に数回のLVケア実施.当科初診時のLVケアでニーズ改善あり.この間,U院で再経過観察.67歳時に拡大鏡の再評価希望でU院より再紹介.LVケア2回を行い,U院で再経過観察表1症例1と2の視力,視野検査結果症例1:80歳,男性.原発開放隅角緑内障症例2:67歳,男性.正常眼圧緑内障.T院にて継続加療中.61歳時にLVケア目的で当院へ紹介初診.U院にて継続加療中.64歳時にLVケア目的で当院へ紹介初診初診時視力RV=0.03(0.3×.9.5D(cyl.3.0DAx15°)LV=0.03(0.05×.10.5D)RV=0.6(0.9×.0.5D(cyl.1.0DAx100°)LV=0.05(0.1×.2.25D(cyl.0.75DAx100°)視野初診から19年後初診から2年後視力RV=0.01(n.c.)LV=手動弁(n.c.)RV=0.3(0.8×.0.75D(cyl.0.75DAx130°)LV=0.05(0.1×.2.25D(cyl.0.75DAx100°)視野(123)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101289〔症例2〕67歳,男性.正常眼圧緑内障.以前よりU院にて緑内障加療中であったが,2005年9月29日(61歳時)にロービジョンケア目的にて当院を紹介され受診した(表1).初診時視力は右眼0.6(0.9×.0.5D(cyl.1.0DAx100°),左眼0.05(0.1×.2.25D(cyl.0.75DAx100°)で,視野は両眼ともに湖崎分類IIIbであった.患者本人は読み書きに最も困っており,その改善がおもなニーズであった(表2).矯正眼鏡とタイポスコープを処方し,ニーズ改善がみられたためいったんロービジョンケア終了とした.その後,U院のみで経過観察をされていたが,ロービジョンケア希望で再度2009年5月28日(67歳時)にU院より当院を紹介され受診した.そのときの視力は,右眼0.3(0.8×.0.75D(cyl.0.75DAx130°),左眼0.05(0.1×.2.25D(cyl.0.75DAx100°)で,視野は両眼ともに湖崎分類IIIbで視野は2年前の初診時と比べて大きな変化はなかった.眼圧コントロールは点眼治療のみを継続されていた.ロービジョンケアでは,すでに自分で持っていた拡大鏡の再評価を行い,その結果をU院に報告し,再度U院での経過観察を継続している.U院と当院との連絡はロービジョン内容を含んだ情報提供書で行った(表3).II考按近年,眼科領域におけるロービジョンケアに対する認識や関心は増加傾向にある3,4).しかし,いまだ十分に普及しているとはいえない.2008年の田淵らの全国の眼科教育機関を対象として行った調査報告によれば,ロービジョン外来開設率は58.7%であった5).2009年に筆者らは,眼科教育機関の長である教授自らのロービジョンケアに対する意識調査を行った.その結果,97%の教授がロービジョンケアへの関心があると回答し,80%の教授がロービジョンケアの教育指導は必要であると感じていた.一方,近年の緑内障治療は飛躍的に進歩し,緑内障患者の一生涯の有効な視機能保存が大きな治療目標となっている.急性期の病院には見え方に不便を感じ始めている緑内障患者も数多く通院していると考えられる.そのような症例のなかには,ロービジョンケアを受けることで少しでも見やすくなる症例が相当数含まれている可能性が高い2).しかし,同じ医療機関内でロービジョンケア対応が不可,あるいは仮に可でもより高い専門性を求められるようなロービジョンケアを要する症例の場合,その症例のロービジョンケアが滞ることも予想される.そのような場合,必ずしも緑内障治療とロービジョンケアを行う医療機関が同一である必要はない.たとえば,見えにくさの状態によっては仕事を継続することが困難で休職している場合がある.それまで従事していた職種によっては,退職前にケースワーカーなどの専門職のロービジョンケア介入によって退職せずに復職可能な場合もある.双方の医療連携を利用することで患者本人が困っていることを改善しながら緑内障治療を継続できる可能性がある.症例1は,緑内障治療はT院で継続し,当院へはロービジョンケア目的で61歳時にT院より紹介され受診した.治療は一貫してT院に通院され,当院ではロービジョンケアを主目的に19年間,現在に至るまで不定期に通院している.初診時から羞明と読み書き困難の改善が主訴であり,特に羞明に困っていた.その改善のために複数の遮光眼鏡を試し,実際に患者の日常生活上で使用可能かを確認しながら19年間のうち計8個の遮光眼鏡処方を行った.読み書き困難に対しては,3.5倍から7倍の拡大鏡を3個処方し,自覚的な改善が得られた.また,矯正眼鏡として遠用,中間用,近用を合わせて計7個の眼鏡を作製した.各種光学的補助具の用途に応じた使い分けの希望が強く,処方数の多い結果となった.症例2は,緑内障治療はU院で継続し,当院へはロービジョンケア目的で64歳時にU院より紹介され受診した.読み書き困難が主訴でタイポスコープと近見眼鏡処方で改善し,再びU院へ戻り通院加療を受けていた.その後,再度読み書き困難を自覚し,2009年5月,U院より当科を再紹介され受診した.すでに拡大鏡を持っており,各倍率の拡大鏡を試したが,結局はすでに持っていた近見眼鏡と拡大鏡を組み合わせることで読み書き困難が改善された.現在は再びU院で継続して経過観察を受けている.表3情報提供書………………………………….1290あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(124)一般的にロービジョンケアを進めるなかで,遮光眼鏡,拡大鏡,眼鏡などの処方は高頻度に行われる3,4).実際に,患者本人の日常生活で使用可能か否かを試しながら最終的に処方を行うことが望ましい.症例1のように処方数,種類などが多い場合,患者ニーズ改善に対して選定する補助具を数多くくり返し試す必要がある.このように時間がかかる対応を急性期病院で行うことは現実的には困難な状況であることが多いであろう.症例2では,結果的にはすでに患者本人が所有していたものを組み合わせることで見やすい環境を作ることが可能であったが,それを検証するのに時間が必要であり,症例1と同様に急性期病院で対応することがむずかしいことも想定される.緑内障は継続した治療と経過観察が重要であるが,病状の進行とともに患者のqualityoflife(QOL)が下がることもこれまでの研究で明らかとなっている.緑内障患者を対象にした視覚関連QOL研究において,25-itemNationalEyeInstituteFunctioningQuestionnaire(NEIVFQ-25)日本語版を用いた調査で,視力0.7以上の群と比べ,0.6以下,0.3以下とそれぞれ有意にQOLが下がり,視野ではHumphrey自動視野計30-2プログラムのMD(標準偏差)値が.5dB未満になると,.5dB以上の軽度視野障害群に比べて有意にQOLが下がっていた7).今回の2症例とも,視野結果から推測する限り,かなり視覚的に低いQOLであったことが考えられる.緑内障患者におけるQOL低下の原因は,読み書き困難,羞明,歩行困難が代表的である.今回の2症例のニーズも同様であった.緑内障のロービジョンケアでは,眼圧と視野の管理に気を取られてロービジョンケア導入のタイミングを逸してしまいやすいことがある8).見えにくさを患者が訴えたとしても,忙しい眼科臨床の場で,しかも自院でロービジョンケア対応不可であれば,見え方に不自由さを感じている緑内障患者にロービジョンケアを行うのは現実的に困難であることが多いことが予測される.しかし,医療連携を用いてロービジョン対応可能な他の医療機関につなぐことでロービジョンケアを行うことが可能になる.ロービジョンケアはさまざまな施設の複数の職種が医療,福祉,教育などで関わり合うことが大切であり,連携の必要性が以前より謳われている9,10).しかし,その前に今回の2症例のように最初に患者に関わる眼科医として患者の見え方に関心をもち,患者自身が不自由さを自覚しているようであれば,近隣のロービジョンケア対応可能な医療機関へつなぐことが大切なのではないだろうか.特に緑内障患者が見えにくさを訴えた場合には,ロービジョンケア導入の好機を逃がさないためにも重要である.そのためには普段から情報を入手する必要があり,またロービジョンケアを行う側も提供している情報を常にアップデートしながら各医療機関へ情報を提供する体制を整えていくことが必要である.また.今回の2症例は,いずれも情報提供書を用いて医療機関の相互連絡を図ったが,より簡便で的確な方法を今後確立することでお互いに紹介しやすくなり,患者自身もロービジョンケアをより受けやすくなるのではないかと考えられる.ロービジョンケアが眼科臨床に根付きにくい理由として,保険点数化,費やされる時間,人手の問題などがよくあげられる.そのようななかでも,ロービジョンケアに取り組んでいる医療機関は徐々に増加傾向にある.今のロービジョンケア情報ネットワークには課題が多いのも事実であるが,今回の2症例のように緑内障治療を継続しながらであっても,医療連携を利用し治療とロービジョンケアを並行して行うことが可能である.同じ医療機関内で治療とロービジョンケアを行えれば患者にとってなお理想的だと考えられるが,それが困難な場合はロービジョンケアを行わないのではなく,別の医療機関と連携しロービジョンケアを行うことができる.今後,このような方法でも見えにくさで困っている緑内障患者のロービジョンケアをより進めやすくするために,眼科医に対するロービジョンケアの必要性の啓発,さらにはより簡便な手段での情報網整備の検討などが早急に求められ,必要とする患者がどのような形でも確実にロービジョンケアを受けられるような体制作りが望まれる.文献1)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese:theTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,20042)中村秋穂,細野佳津子,石井祐子ほか:井上眼科病院緑内障外来におけるロービジョンケア.あたらしい眼科22:821-825,20053)江口万祐子,中村昌弘,杉谷邦子ほか:獨協医科大学越谷病院におけるロービジョン外来の現状.眼紀56:434-439,20054)川崎知子,国松志保,牧野伸二ほか:自治医科大学附属病院におけるロービジョンケア.日本ロービジョン学会誌8:173-176,20085)田淵昭雄,藤原篤史:全国大学医学部附属病院眼科におけるロービジョンクリニックの現状.日眼会誌112:1096,20086)鶴岡三惠子,安藤伸朗,白木邦彦ほか:全国の眼科教授におけるロービジョンに対する意識調査.眼臨紀,印刷中7)浅野紀美江,川瀬和秀,山本哲也:緑内障患者のQualityofLifeの評価.あたらしい眼科23:655-659,20068)張替涼子:4)緑内障IV.年齢と疾患によるケアの特徴/3.疾患別特徴.眼科プラクティス14巻,ロービジョンケアガイド(樋田哲夫編),文光堂,20079)山縣祥隆:ロービジョンケアにおける連携.日本の眼科77:1123,200610)簗島謙次:ロービジョンケアにおけるチームアプローチの重要性.眼紀57:245-250,2006

LSFG-NAVITM を用いた視神経乳頭辺縁部組織血流の領域別評価

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(113)1279《第20回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科27(9):1279.1285,2010cはじめに眼循環障害と緑内障性視神経障害との関連を示唆する報告は比較的多く,視神経乳頭(乳頭)近傍の循環動態は緑内障の進行に関与する因子の一つと考えられている.しかし,その報告は傍証的で,血流障害と視神経障害との関連を直接的に証明した報告は少なく,その原因として眼底血流測定法が十分に確立されていないことがあると考えられる.今回の研究ではLSFG-NAVITM(ソフトケア,福岡)により乳頭辺縁部組織血流を測定した.LSFG-NAVITMはレーザースペックル法1)を応用した血流測定装置であり,2008〔別刷請求先〕柴田真帆:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:MahoShibata,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki-shi,Osaka569-8686,JAPANLSFG-NAVITMを用いた視神経乳頭辺縁部組織血流の領域別評価柴田真帆*1杉山哲也*1小嶌祥太*1岡本兼児*2高橋則善*2池田恒彦*1*1大阪医科大学眼科学教室*2(有)ソフトケアSectoralAnalysisofOpticNerveHeadRimBloodFlowUsingLaserSpeckleFlowgraphyMahoShibata1),TetsuyaSugiyama1),ShotaKojima1),KenjiOkamoto2),NoriyoshiTakahashi2)andTsunehikoIkeda1)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)SoftcareLtd.目的:視神経乳頭辺縁部の領域別組織血流を緑内障眼と正常眼で比較し,緑内障眼において視野障害の程度との関連を検討した.対象および方法:対象は広義の原発開放隅角緑内障31例54眼,preperimetricglaucoma13例18眼,正常対照21例39眼.レーザースペックルフローグラフィー(LSFG)-NAVITMで測定した乳頭4分割のMBR(meanblurrate)値の変動係数を比較した.また乳頭8分割領域の血流比(相対的MBR)を比較し,緑内障群では病期別に比較した.緑内障群でHumphrey視野パターン偏差の上下比と血流の上下比との相関を検討した.結果:MBR値の変動係数はいずれも10%未満で,3群とも再現性が良好であった.乳頭8分割血流比ではpreperimetricglaucoma群でおもに下方の有意な低下を認めた.緑内障群では病期の進行に伴い上耳側から耳側でより低下した.緑内障群でパターン偏差上下比と血流の上下比に有意な相関を認めた.結論:LSFG-NAVITMによる視神経乳頭辺縁部組織血流の領域別評価は再現性が良好であり,緑内障眼での血流低下と視野障害の進行に関連性が示唆された.Purpose:Toinvestigatesectoralbloodflowintheopticnervehead(ONH)rimineyeswithprimaryopenangleglaucoma(POAG)andtoevaluatethecorrelationbetweenimpairedONHbloodflowandvisualfielddefect.SubjectsandMethods:In54eyesof31POAGpatients,18eyesof13preperimetricglaucomapatientsand39eyesof21normalsubjects,opticnerveheadbloodflowwasmeasuredusinglaserspeckleflowgraphy(LSFG)-NAVITM.Results:Meanblurrate(MBR)measurementsshowedgoodreproducibility,aseverycoefficientvariationwasbelow10%.Analysisof8divisionsofsectoralbloodflowoftheONHrimshowedtheMBRvaluesofthepreperimetricglaucomagrouptobesignificantlylowerintheinferiorregion,comparedtothenormalsubjects.InthePOAGgroup,theMBRvaluesdecreasedmoreinthetemporalrimasthestageprogressed.Therewassignificantcorrelationbetweentheratioofsuperiorsumagainstinferiorsumofpatterndeviations,andthatofMBRvalues.Conclusion:TheseresultssuggestarelationshipbetweenimpairedONHrimbloodflowandvisualfielddefectinPOAG.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(9):1279.1285,2010〕Keywords:レーザースペックルフローグラフィー,視神経乳頭血流,乳頭辺縁部,preperimetricglaucoma.laserspeckleflowgraphy,opticnerveheadbloodflow,rim,preperimetricglaucoma.1280あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(114)年1月に医療機器認証を取得している.これまでレーザースペックルフローグラフィー(LSFG)による眼血流研究では,乳頭上の同一部位における経時的な血流変化を比較している.しかし,今回の筆者らの研究のように乳頭を分割して領域別に血流測定し,解析したものは過去に報告がない.今回は陥凹部を除いた乳頭辺縁部における組織血流を測定・解析し,視野異常のないpreperimetircglaucoma眼と正常眼とで比較し,緑内障眼においては病期別に比較した.さらに緑内障眼については血流低下と視野の感度低下との関連を検討した.I方法1.対象対象は大阪医科大学附属病院緑内障外来に通院中の患者で2009年5月から2009年7月までに外来受診した広義の原発開放隅角緑内障(POAG)31例54眼,preperimetricglaucoma13例18眼(いずれも連続症例)と,正常対照21例39眼である.POAG群は乳頭陥凹拡大や乳頭辺縁部の狭小化,神経線維層欠損など緑内障性視神経障害があり,隅角鏡検査で正常開放隅角であり,Humphrey自動視野計(Carl-ZeissMeditec,Dublin,CA)による視野検査(プログラム30-2SITAスタンダード)で以下の基準を連続する2回の検査で認めるものとした.(1)緑内障半視野テストで正常範囲外,もしくはパターン標準偏差でp<5%であること,もしくは(2)パターン偏差確率プロットでp<5%の点が,最も周辺でない検査点に3つ以上かたまって存在し,かつそのうち1点がp<1%であること.乳頭辺縁部の血流測定を目的とするため,乳頭辺縁部を認めないほど陥凹が拡大した末期緑内障は除外した.Preperimetricglaucoma群は乳頭辺縁部の狭小化や神経線維層欠損など緑内障性視神経障害を認めるが,Humphrey視野検査において上記の基準を満たさないものとした.またPOAG群,preperimetricglaucoma群ではLSFG-NAVITMによる血流測定日3カ月前から点眼や内服内容に変更のないものとした.正常対照群は,正常眼圧・正常開放隅角であり,精密眼底検査にて緑内障性視神経障害を認めないものを対象とした.POAG群についてはmeandeviation(MD)値による病期分類を用い,.6dB以上を初期,.6dBから.12dBを中期,.12dB以下を末期とした.本研究においてはすべての対象について,高血圧症・糖尿病を含む重篤な全身合併症の既往,年齢が40歳以下,矯正視力が0.5以下のもの,.7D以下の近視,+3D以上の遠視,軽度白内障以外の眼疾患の既往,白内障手術以外の眼内手術の既往,Humphrey視野検査において固視不良>20%,偽陰性>25%,偽陽性>33%のものを除外した.本研究はヘルシンキ宣言に基づいて行われ,本学倫理委員会の承認を得ており,すべての対象について本研究に関する目的と方法について十分な説明の後,文書で同意を得ている.2.血流測定と解析すべての対象において0.5%トロピカミド(ミドリンMR,参天製薬)で散瞳後に,同一検者がLSFG-NAVITMによる乳頭辺縁部組織血流を測定した.血流測定日はHumphrey視野検査日と同日,もしくは視野検査日から3カ月以内とした.今回使用したLSFG-NAVITMは毎秒30フレームの連続したスペックル画像を取り込むことができ,測定4秒間で連続した血流マップ120枚が得られ,そこから合成血流マップが作成される.得られた合成血流マップ上で,マウスカーソルを使って自由に解析領域を矩形や楕円形に描くことができ,血流解析する領域を指定するとmeanblurrate(MBR)値が表示される.MBR値はSBR(squareblurrate)値に比例する値であり2),SBR値はNB(normalblur)値に相関する値である3).NB値は元来,血流速度の指標であるが,表在血管を避けた部位では組織血流量をも反映すると報告されている4).本研究では血流解析部位として乳頭陥凹部を除いた辺縁部のみとしたため,LSFG解析ソフトversion3,プラグインLayerViewer(いずれもソフトケア)を用いて合成血流マップを作成し,まずその合成血流マップ上で乳頭周囲境界線に沿って楕円の血流解析領域を設定し,内部の乳頭分割数(4分割または8分割)を指定した(図1).つぎに血流解析から除外する乳頭陥凹部を合成血流マップ上でマウスカーソルを使って指定した.乳頭陥凹部はHeidelbergRetinaTomographII(HeidelbergEngineering,Heidelberg,Germany)の結果から同一検者が判定した.そのうえで乳頭陥凹部を除図1LSFG-NAVITMの血流マップ上の乳頭4分割表示(左眼)合成血流マップ上で乳頭周囲境界線に沿って楕円の血流解析領域を設定し,内部の乳頭分割数(4分割または8分割)を指定した.(115)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101281き4分割または8分割した辺縁部を血流解析し,組織血流に対応する領域別MBR値(TM)を得た(図2,3).解析時には,組織血流値を得るため解析領域の主要血管血流を除外して解析したが,岡本らの報告のように,プラグインLayerViewerでは指定した領域に対して閾値を定めることにより,血管領域と組織領域を区分することができる5).今回の研究では,すべての症例において閾値0.5として解析し,組織血流値を得た.図2,3に示すVM,TM,AMは,それぞれの領域内の血管領域平均血流値(VesselMean),血管部分を除いた組織領域平均血流値(TissueMean),および領域内全域の平均血流値(AllMean)を示している.VM,TM,AMの各値は,各領域内のMBR値の総和を各領域の面積で除した平均血流値である.図2LSFG-NAVITMの乳頭辺縁部4分割領域別解析表示(典型例)VM:血管領域平均血流値,TM:組織領域平均血流値,AM:領域内全域平均血流値,S:上方,T:耳側,I:下方,N:鼻側.図3LSFG-NAVITMの乳頭辺縁部8分割領域別解析表示(典型例)VM:血管領域平均血流値,TM:組織領域平均血流値,AM:領域内前領域平均血流値,Sn:上鼻側,St:上耳側,Ts:耳上側,Ti:耳下側,It:下耳側,In:下鼻側,Ni:鼻下側,Ns:鼻上側.1282あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(116)3.評価方法まず,LSFG-NAVITMによる血流測定結果の再現性について評価するために,乳頭辺縁部を4分割(S:上方,T:耳側,I:下方,N:鼻側)して領域別にMBR値を算出し,3回測定した変動係数〔(標準偏差/平均値)×100〕(%)を算出して3群で比較検討した.つづいて乳頭辺縁部を8分割(Sn:上鼻側,St:上耳側,Ts:耳上側,Ti:耳下側,It:下耳側,In:下鼻側,Ni:鼻下側,Ns:鼻上側)して領域別にMBR値を算出し,鼻下側(Ni)に対する比を算出した.それをpreperimetricglaucoma群と正常対照群で比較検討した.さらにPOAG群においては下鼻側(In)に対する比をpreperimetricglaucoma群と病期別に比較検討した.つぎに乳頭血流変化と視野における感度閾値の低下との関連を調べた.POAG群においてHumphrey視野検査におけるパターン偏差値の合計の上下比と,乳頭辺縁部MBR値の合計の上下比との相関をみた.統計にはunpairedt-test,chi-squaretest,onewayanalysisofvariance(ANOVA),twowayANOVAを用い,ANOVAで群間に有意差がみられた場合はTukeyの多重比較,もしくはDunnettの多重比較を行った.なお,p値が0.05未満を統計学的に有意であるとした.乳頭血流変化と視野感度閾値の低下との関連についてはPearsonの相関係数を求め,有意性を検定した.II結果対象患者の内訳を表1に示した.POAG群,preperimetricglaucoma群,正常対照群の年齢,男女比に有意差はなかった(それぞれp=0.35,onewayANOVA,p=0.80,chisquaretest).正常対照群とpreperimetricglaucoma群の眼圧に有意差を認めなかった(p=0.37,unpairedt-test).正常対照群とPOAG群における初期,中期,末期群の眼圧に有意差を認めなかった(p=0.089,onewayANOVA).POAG群における初期,中期,末期群とpreperimetricglaucoma群の眼圧に有意差を認めなかった(p=0.41,onewayANOVA).POAG群における初期,中期,末期群とpreperimetricglaucoma群の緑内障点眼薬の内訳に有意差を認めなかった(p=0.052,chi-squaretest).LSFG-NAVITMによる乳頭辺縁部組織血流測定結果の再現性についての結果を図4に示した.乳頭を4分割したどの領域においても変動係数はほぼ10%未満であった.3群間(POAG:p=0.878,preperimetricglaucoma:p=0.416,正常対照:p=0.691,onewayANOVA),4分割した領域間(N:p=0.347,S:p=0.792,T:p=0.546,I:p=0.502,onewayANOVA)にも有意差を認めなかった.正常対照群とpreperimetricglaucoma群との乳頭辺縁部8分割組織血流のNiに対する比の比較結果を図5に示した.Preperimetricglaucoma群では正常対照群に比べてIt,In,Sn領域で有意に低い血流比を認めた(それぞれp<0.01,0.05,0.001,unpairedt-test).POAG群における病期別の乳頭辺縁部8分割組織血流のInに対する比の比較結果を図6に示した.病期の進行とともに血流比が低下する傾向があり,中期・末期緑内障群ではpreperimetricglaucoma群に比べて有意な血流比の低下を表1患者内訳と背景正常対照Preperimetricglaucoma原発開放隅角緑内障眼数391854年齢(歳)57.6±13.561.2±9.562.4±11.4性別(男/女)8/136/711/20病期初期中期末期(眼)26217眼圧(mmHg)13.9±1.6213.2±2.812.1±2.312.2±2.711.5±2.8MD値(dB).0.02±0.90.0.49±1.27.3.09±1.51.8.81±2.76.14.70±1.49緑内障点眼の内訳(眼)PG614124CAI0312b遮断薬4861a遮断薬0101ab遮断薬1232なし14651PG:プロスタグランジン製剤,CAI:炭酸脱水酵素阻害薬.(Mean±SD)(117)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101283認め(それぞれp<0.01,p<0.001,twowayANOVATukeytest),特にSt,Ts,Ti領域において,末期緑内障群ではpreperimetricglaucoma群に比べて有意な血流比の低下を認めた(それぞれp<0.01,p<0.01,p<0.05,onewayANOVADunnett’stest).乳頭辺縁部組織血流と視野における感度低下との関連をみた結果を図7に示した.POAG群において,パターン偏差の上下比と乳頭辺縁部MBR値の上下比に正の相関を認めた(r=0.289,p=0.03,Pearson’scorrelationcoefficient).III考按循環異常と緑内障の関連を示唆する報告は多く,特に正常眼圧緑内障で乳頭出血の頻度が高く6),視野進行に関与し7),乳頭周囲網脈絡膜萎縮が視野障害と関連している8)ことなど,乳頭循環障害が緑内障の進展に関与している可能性が考えられている.そのためこれまでにも,緑内障眼における視神経近傍の血流を測定する方法は多数報告されている.蛍光眼底造影法9),レーザードップラ法10,11),走査レーザー顕微鏡,超音波カラードップラ法12)などによる報告があるが,それぞれ全身副作用の可能性のあることや眼球運動に影響されること,微細な血管描出に問題があり同一部位反復測定が困難であることなどの問題点があった.今回の研究ではレーザースペックル法を用いたLSFG-NAVITMにより乳頭組織血流を測定した.LSFGでは乳頭,脈絡膜,網膜,虹彩などの末梢循環の測定が可能であり,その正確さや高い再現性からこれまでにもさまざまな眼血流研究に応用されてきた3).今回のLSFG-NAVITMによる乳頭辺縁部血流の測定結果においても,病期や乳頭測定部位にかかわらず比較的高い再現性が得られた.NST乳頭分割領域20151050変動係数(%)(Mean±SE)■:正常対照■:Preperimetricglaucoma■:POAGI図4変動係数N:鼻側,S:上方,T:耳側,I:下方,POAG:原発開放隅角緑内障(広義).NiNsSn1.210.80.60.40.20St乳頭分割領域MBR値(下鼻側に対する比)(Mean±SE):Preperimetricglaucoma:初期:中期:末期Ts*******TiItIn図6緑内障病期別の視神経乳頭辺縁・各部位における相対的血流(下鼻側に対する比)Sn:上鼻側,St:上耳側,Ts:耳上側,Ti:耳下側,It:下耳側,In:下鼻側,Ni:鼻下側,Ns:鼻上側,**:p<0.01,*:p<0.05vspreperimetricglaucoma,onewayANOVADunnett’stest.†***NiNsSnSt乳頭分割領域MBR値(鼻下側に対する比)TsTiItIn:正常対照:Preperimetricglaucoma1.4(Mean±SE)1.210.80.60.40.20図5Preperimetricglaucomaにおける視神経乳頭辺縁・各部位の相対的血流(鼻下側に対する比)Sn:上鼻側,St:上耳側,Ts:耳上側,Ti:耳下側,It:下耳側,In:下鼻側,Ni:鼻下側,Ns:鼻上側.*:p<0.01,†:p<0.05,**p<0.001,unpairedt-test.0510PDsuperior/inferiorSBRsuperior/inferior1520251.61.41.210.80.60.4図7乳頭辺縁部血流上下比とpatterndeviationの上下比の相関PD:patterndeviation.r=0.289,p=0.03,Pearson’scorrelationcoefficient.1284あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(118)しかしLSFGで得られるSBR値は相対値であり,同一部位における経時的変化を比較することはできるが,異なる部位の血流を数値で直接比較したり,異なる個体間で数値を直接比較したりすることには無理があるとされており3),今回用いたMBR値も同様と考えられる.そのため今回の研究では得られた血流値を個体間で比較するために,分割した乳頭辺縁部の一領域に対する血流比として比較した.算出された血流比を実測値と同様に比較するために,実測血流値の平均が比較する病期・群間で最も差の少なくなる領域を血流比の基準となる一領域として選択した.緑内障性変化の進行において,自動視野計における視野障害出現よりも先に,乳頭や神経線維層の変化が起こるといわれている13).視野に異常のない症例であっても画像診断で乳頭や神経線維層に変化のあることは,過去にも報告が多い14,15).また,緑内障性乳頭変化は上方よりも下方乳頭辺縁部の欠損からが多いことが報告されている16).今回の筆者らの結果では,正常対照眼に比較してpreperimetricglaucoma群においておもに乳頭下方辺縁部の組織血流比が低下していた.視野障害の出現よりも前に乳頭循環障害が存在し,循環障害も乳頭の形態変化と同様に下方から起こる可能性が示唆された.Piltzら11)は視神経乳頭辺縁部に局所的狭小化などがなく,眼圧が高く視野障害のないPOAG疑いの症例にも耳側乳頭辺縁部の血流低下を認めることをレーザードップラ法で証明したが,彼らの報告は高眼圧症例であり,眼圧の関与が考えられる.今回の研究では正常対照群とpreperimetricglaucoma群との間に眼圧の有意差はなく,血流減少の一因に眼圧は関与していないと考えた.しかし今回のpreperimetricglaucomaの症例は,乳頭もしくは神経線維束に緑内障性変化を認めるものを対象としているため,緑内障性変化による乳頭辺縁部の構造変化がレーザースペックルによる測定結果に影響した可能性も否定できない.また,今回の検討では緑内障病期の進行とともに耳側血流比の減少がみられた.これは過去の報告にあるGrunwaldら10,17)のレーザードップラ法を用いた研究で緑内障眼に耳側血流の低下を認め,その視野障害が進行するほど乳頭血流が低下したとする報告と一致するものであり,乳頭組織血流低下と緑内障性視野障害の進行とに関連性のあることが示唆された.しかし上述のように緑内障性変化による乳頭辺縁部の構造変化がレーザースペックルによる測定結果に影響した可能性も否定できないと考えられる.筆者らは視野障害のあるPOAG群において,乳頭辺縁部組織血流と視野における感度低下との関連をみたが,得られた血流値を実測値として直接比較できないため,得られたMBR値の上下比を算出し,その結果,パターン偏差の上下比と乳頭辺縁部MBR値の上下比に正の相関を認めた.今回の上下比の検討では,POAG群における血流値の低下と視野感度閾値の低下に関連があるとはいえないが,LSFGによる血流値の上下比が閾値低下の上下比を反映している可能性があると考えられた.今回の対象においてpreperimetricglaucoma群とPOAG群で緑内障点眼の内訳には有意差を認めなかったが,preperimetricglaucoma群に緑内障点眼使用が少ない一方で,ほとんどのPOAG患者は緑内障点眼加療を受けているため,点眼が血流測定結果に影響した可能性は否定できない.しかし,点眼加療は血流測定日前3カ月間変更がなかったこと,POAG群とpreperimetricglaucoma群で眼圧に有意差がなかったことから,点眼と眼圧による影響は少ないと考えた.また,今回の研究では同一眼において求めた各領域の相対値の比較であることからも,点眼による血流変動の影響はほぼ相殺されていると考えた.今回の研究では血流低下と血圧の関与を検討していない.全身血圧と緑内障性視神経障害との関連については意見の分かれるところである18,19)が,持続する高血圧は微小血管の障害による乳頭循環への影響があると考え,高血圧治療薬が多種にわたるような重篤な症例は今回の研究から除外したため,全身性高血圧による影響は少ないと考えた.しかし,眼灌流圧の低下と緑内障の進行には有意な関連があること18,19),夜間の低血圧は乳頭血流を減少させ,特に正常眼圧緑内障では乳頭循環障害の原因とする報告20)があること,緑内障眼において高血圧治療はさらなる乳頭血流の低下を招く可能性のあることが報告17)されていることから,今回の対象には夜間低血圧や拡張期眼灌流圧低下のある症例も含まれると考えられ,結果に影響した可能性も否定できない.今回の解析方法では乳頭辺縁部の血流解析を目的とし,強度近視眼やそれによる小乳頭,乳頭辺縁部を認めないほど陥凹が拡大した末期緑内障を除外したため,乳頭形状や乳頭周囲網脈絡膜萎縮の乳頭辺縁部血流への関与を検討していない.しかし今後は傾斜乳頭や小乳頭,循環障害と緑内障進行に関係があるとの報告がある乳頭周囲網脈絡膜萎縮21)などの症例において乳頭血流測定部位や方法,緑内障病期との関連などさらなる研究が必要であると考えられる.今回の結果から,LSFG-NAVITMによる乳頭辺縁部組織血流測定は再現性が高く,乳頭辺縁部の血流低下が緑内障の原因と関係するものか,緑内障性視神経障害の結果によるものかは明らかではないが,乳頭血流障害は緑内障の病期とともに進行し,緑内障眼での血流低下と視野障害の進行に関連性のあることが示唆された.文献1)TamakiY,AraieM,KawamotoEetal:Noncontact,twodimensionalmeasurementofretinalmicrocirculationusinglaserspecklephenomenon.InvestOphthalmolVisSci35:あたらしい眼科Vol.27,No.9,201012853825-3834,19942)KonishiN,TokimotoY,KohraKetal:NewlaserspeckleflowgraphysystemusingCCDcamera.OpticalReview9:163-169,20023)SugiyamaT,AraieM,RivaCEetal:Useoflaserspeckleflowgraphyinocularbloodflowresearch.ActaOphthalmol,inpress4)SugiyamaT,UtsumiT,AzumaIetal:Measurementofopticnerveheadcirculation:comparisonoflaserspeckleandhydrogenclearancemethods.JpnJOphthalmol40:339-343,19965)岡本兼児,レーフントゥイ,高橋則善ほか:LaserSpeckleFlowgraphyによる網膜血管血流量解析.あたらしい眼科27:256-259,20106)KitazawaY,ShiratoS,YamamotoT:Opticdischemorrhageinlow-tensionglaucoma.Ophthalmology93:853-857,19867)DranceSM,FaircloughM,ButlerDMetal:Theimportanceofdischemorrhageintheprognosisofchronicopenangleglaucoma.ArchOphthalmol95:226-228,19778)RockwoodEJ,AndersonDR:Acquiredperipapillarychangesandprogressioninglaucoma.GraefesArchClinExpOphthalmol226:510-515,19889)SugiyamaT,SchwartzB,TakamotoTetal:Evaluationofthecirculationintheretina,peripapillarychoroidandopticdiskinnormaltensionglaucoma.OphthalmicRes32:79-86,200010)GrunwaldJE,PiltzJR,HariprasadSMetal:Opticnerveandchoroidalcirculationinglaucoma.InvestOphthalmolVisSci39:2329-2336,199811)PiltzJR,GrunwaldJE,HariprasadSMetal:Opticnervebloodflowisdiminishedineyesofprimaryopen-angleglaucomasuspects.AmJOphthalomol132:63-69,200112)ZeitzO,GalambosP,WagenfeldLetal:Glaucomaprogressionisassociatedwithdecreasedbloodflowvelocitiesintheshortposteriorciliaryartery.BrJOphthalmol90:1245-1248,200613)GardinerSK,JohnsonCA,CioffiGA:Evaluationofthestructure-functionrelationshipinglaucoma.InvestOphthalmolVisSci46:3712-3717,200514)ChoplinN,LundyD,DreherA:Differentiatingpatientswithglaucomafromglaucomasuspectsandnormalsubjectsbynervefiberlayerassessmentwithscanninglaserpolarimetry.Ophthalmology105:2068-2076,199815)Sanchez-CanoA,BaraibarB,PabloLEetal:Scanninglaserpolarimetrywithvariablecornealcompensationtodetectpreperimetricglaucomausinglogisticregressionanalysis.Ophthalmologica223:256-262,200916)JonasJB,FernandezMC,SturmerJ:Patternofglaucomatousneuroretinalrimloss.Ophthalmology100:63-68,199317)GrunwaldJE,PiltzJ,HariprasadSMetal:Opticnervebloodflowinglaucoma:effectofsystemichypertension.AmJOphthalmol127:516-522,199918)BonomiL,MarchiniG,MarrafaMetal:Vascularriskfactorsforprimaryopenangleglaucoma:theEgna-NeumarktStudy.Ophthalmology107:1287-1293,200019)LeskeMC,ConnellAM,WuSYetal:Riskfactorsforopenangleglaucoma.TheBarbadosEyeStudy.ArchOphthalmol113:918-924,199520)HayehSS,ZimmermanMB,PodlhajskiPetal:Nocturnalarterialhypotensionanditsroleinopticnerveandocularischemicdisorders.AmJOphthalmol117:603-624,199421)JonasJB,MartusP,BuddleWMetal:Smallneuroretinalrimandlargeparapapillaryatrophyaspredictivefactorsforprogressionofglaucomatousopticneuropathy.Ophthalmology109:1561-1567,2002(119)***

片眼投与によるラタノプロストからタフルプロストへの切り替え効果の検討

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(107)1273《第20回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科27(9):1273.1278,2010c〔別刷請求先〕山林茂樹:〒464-0075名古屋市千種区内山3丁目31-23医療法人碧樹会山林眼科Reprintrequests:ShigekiYamabayashi,M.D.,Ph.D.,YamabayashiEyeClinic,31-23,Uchiyama-3,Chigusa-ku,Nagoya464-0075,JAPAN片眼投与によるラタノプロストからタフルプロストへの切り替え効果の検討山林茂樹*1石垣純子*2加藤基寛*3近藤順子*4杉田元太郎*4冨田直樹*5三宅三平*2安間正子*6*1山林眼科*2眼科三宅病院*3かとう眼科クリニック*4眼科杉田病院*5尾張眼科*6安間眼科OcularHypotensiveEffectandSafetyofTafluprostvs.LatanoprostinOpen-AngleGlaucomaandOcularHypertensionwithUnilateralSwitchtoTafluprost:12-WeekMulticenterParallel-GroupComparativeTrialShigekiYamabayashi1),JunkoIshigaki2),MotohiroKato3),JunkoKondo4),GentaroSugita4),NaokiTomida5),SampeiMiyake2)andMasakoYasuma6)1)YamabayashiEyeClinic,2)MiyakeEyeHospital,3)KatoEyeClinic,4)SUGITAEYEHOSPITAL,5)OwariGanka,6)YasumaEyeClinic原発開放隅角緑内障および高眼圧症患者におけるラタノプロストからタフルプロストへの切り替え効果を片眼投与による多施設共同並行群間比較試験にて検討した.両眼ラタノプロスト単剤使用例で,直近3回の眼圧左右差がいずれも3mmHg以下かつ3回の眼圧左右差の平均が2mmHg以下の患者48例を対象とした.無作為に片眼をタフルプロスト切り替え眼,僚眼をラタノプロスト継続眼へ割り付け,休薬期間を設けずに切り替えを行い,12週間にわたって眼圧下降効果および安全性を検討した.眼瞼色素沈着,睫毛変化および充血については,写真撮影し比較検討した.タフルプロスト切り替え群およびラタノプロスト継続群の開始時眼圧はそれぞれ16.7±3.1mmHg,16.4±3.0mmHg,点眼12週間後の眼圧はそれぞれ15.9±2.9mmHg,15.3±2.8mmHgであった.点眼12週間後の眼圧と安全性について両群間に有意な差を認めなかったが,タフルプロスト切り替え群で2例の眼瞼色素沈着の軽減例がみられた.タフルプロストはラタノプロストと同等の眼圧下降効果および安全性を有することが確認された.Theobjectiveofthisstudywastocomparetheefficacyandsafetyof0.0015%tafluprostophthalmicsolutiontothatoflatanoprostophthalmicsolutioninprimaryopen-angleglaucomaorocularhypertensionviaunilateralswitchingtrialinamulticenterparallel-groupstudy.Studysubjectscomprised48patientswhoreceivedlatanoprostophthalmicsolutiononlybeforethestudyandwhoseinter-eyeintraocularpressure(IOP)differentialwaswithin3mmHg-andremainedwithin2mmHgoftheaverage-in3examinations.TheIOPatbaselineaveraged16.7±3.1mmHginthetafluprostgroupand16.4±3.0mmHginthelatanoprostgroup.AverageIOPat12weekswas15.9±2.9mmHgand15.3±2.8mmHg,respectively.Adverseeventswererecordedandocularsafetywasevaluated.Twocasesinthetafluprostgroupshoweddecreasedlidhyperpigmentation.TheIOP-loweringeffectoftafluprostwasequivalenttothatoflatanoprost.Thepresentdataindicatethattafluprostisclinicallyusefulinthetreatmentofprimaryopen-angleglaucomaandocularhypertension.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(9):1273.1278,2010〕Keywords:原発開放隅角緑内障,高眼圧症,正常眼圧緑内障,タフルプロスト,眼瞼色素沈着.primaryopenangleglaucoma,ocularhypertension,normal-tensionglaucoma,tafluprost,eyelidpigmentation.1274あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(108)はじめにb遮断点眼液は1980年代に登場して以来,緑内障治療薬の主流であったが,1990年代の終わりに強力な眼圧下降効果を有するプロスタグランジン(PG)系眼圧下降薬であるラタノプロスト点眼液が登場し,現在ではPG系眼圧下降薬が緑内障の薬物療法の主たる治療薬となった.2010年2月までにトラボプロスト,タフルプロスト,ビマトプロストが市場に加わり,ラタノプロストを含め4種類のプロスト系のPG製剤が第一選択薬の座を占めるようになった.しかし,日常診療上の選択肢は増えたものの,各点眼薬の薬理学的特徴ならびに臨床的特徴などは,治験のデータをみる限り大きな差を見いだせず,薬剤選択における指標が定まっていないのが実情である.今回の研究の対象となるタフルプロストは他のプロスト系の点眼薬と異なり,C-15の位置にフッ素原子を2つ有することが特徴のPGF2a誘導体である1).フッ素の数と付加位置に関する研究の結果,この構造が分子の安定性,角膜移行性に寄与していることが示唆された2,3).新薬開発における臨床試験では,安全性の面から高齢者や併用薬使用者が治験対象から除外されることや,眼圧下降作用を限られた例数で統計学的に検出する目的で対象者の眼圧が比較的高めに設定される傾向があり1),それらの結果を実際の日常診療にそのまま適用することには慎重になるべきと考える.ゆえに,市販後の臨床研究の果たす責任は重大と考える.本研究の目的は,新しく開発されたタフルプロストの有効性と安全性について市販後臨床研究により比較検討することである.I対象および方法1.実施医療機関本試験は,2009年2月から2009年8月の間に実施した.本試験に先立ち,医療法人湘山会眼科三宅病院内倫理審査委員会で上記6参加施設の本研究の倫理的および科学的妥当性が審議され承認を得た.2.対象対象は,両眼ともラタノプロスト単剤を4週間以上使用継続し,直近3回の眼圧左右差がいずれも3mmHg以下で,3回の眼圧左右差の平均が,2mmHg以下であった広義の原発開放隅角緑内障または高眼圧症患者とした.試験開始前に,すべての患者に対して研究内容およびタフルプロストに関する情報を十分に説明し,理解を得たうえで,文書による同意を取得した.表1観察・測定スケジュール同意取得開始日(0週)4週8週12週来院許容範囲──±2週±2週±2週文書同意(開始日までに取得)←●→───患者背景─●───自覚症状─●●●●他覚所見─●●●●角膜所見(AD分類)─●●●●視力検査(矯正)─●──●点眼遵守状況──●●●眼圧測定(Goldmann圧平式眼圧計)*右眼から測定─●●●●眼底検査─●●●●写真撮影(充血)─●●●●写真撮影(眼瞼色素沈着,睫毛変化)─●──●有害事象─●●(発症時)同意取得1日1回夜点眼ラタノプロスト(両眼)(片眼)ラタノプロスト(片眼)タフルプロスト多施設共同平行群間比較試験4週以上12週0週4週8週12週図1試験デザイン(109)あたらしい眼科Vol.27,No.9,201012753.試験方法と観察評価項目本研究のデザインを図1に,観察・測定スケジュールを表1に示す.本研究は多施設共同並行群間比較試験として実施した.両眼とも4週間以上ラタノプロスト単剤を使用継続している患者に対し,片眼をラタノプロスト継続眼,もう片眼をタフルプロスト切り替え眼に乱数表にて無作為に割りつけた.各薬剤とも1日1回夜に1滴,12週間の点眼とし,開始後4,8および12週時点の来院で観察した.ラタノプロスト使用時に洗顔などの処置を行っている症例は,処置を変更せずそのまま続けさせた.眼圧は,Goldmann型圧平式眼圧計で右眼から測定し,試験期間を通して同一症例に対しては同一検者がほぼ同じ時間帯に測定した.自覚症状は問診にて確認し,眼科検査として視力検査,細隙灯顕微鏡検査,眼底検査を実施した.角膜所見については,フルオレセイン染色を行い,宮田ら4)の報告に基づきAD分類を行った.すなわち点状表層角膜症(SPK)の重症度を範囲(area)と密度(density)に分け,それぞれをA0(正常)からA3(角膜全体の面積の2/3以上に点状のフルオレセインの染色を認める),D0(正常)からD3(点状のフルオレセイン染色のほとんどが隣接している)の4段階で評価し,A+Dのスコアの推移について検討した.充血,眼瞼色素沈着,睫毛変化については,各施設で撮影条件を一定にして両眼同時にデジタルカメラで撮影した.充血所見については,充血の程度を「(.)なし」,「(+)軽度充血」,「(++)顕著な充血」の3段階で判定した.眼瞼色素沈着および睫毛変化については,0週と12週の写真を比較し,左右眼の差を「(.)なし」,「(+)わずかに左右差あり」,「(++)顕著な左右差あり」の3段階で判定した.写真判定は割り付け薬剤をマスクした状態で,2人の検者が判定し,2人の意見が一致したものを最終判定とした.試験期間中に観察された患者にとって好ましくない,あるいは有害・不快な症状や所見については薬剤との因果関係を問わず有害事象として収集した.有効性の評価は,各薬剤の点眼12週後の点眼0週眼圧に対する眼圧下降値とした.また,各薬剤の点眼12週後の実測値および点眼0週眼圧に対する眼圧下降率についても検討した.本試験結果の統計解析として,点眼12週の眼圧値,点眼12週の点眼0週眼圧に対する下降値および下降率に対し,各薬剤間のStudent-t検定を行った.また,点眼12週での両眼の眼圧下降率の回帰分析を行った.角膜所見ではA+Dのスコアについて,各薬剤の0週と12週の比較をWilcoxonの符号付順位検定,12週の各薬剤間の比較をWilcoxonの順位和検定で検定した.各薬剤の有害事象発現件数について,c2検定を実施した.有意水準は,両側5%とした.II結果1.症例の内訳本試験には49例(男性20例,女性29例)が参加した.うち1例が,文書同意後,投与開始までに「新しい薬は心配なため」脱落し,投与開始した症例は48例であった.うち4例が有害事象の発現のため中止,1例が脱落,1例が12週時の来院が許容範囲外(17週+3日)であったため,12週のデータが得られた症例は42例であった.2.患者背景患者背景は,表2に示すとおりであり,年齢65.8±12.6歳(平均±標準偏差),ラタノプロスト使用期間29.2±26.8月(平均±標準偏差),原発開放隅角緑内障22例(44.9%),正常眼圧緑内障20例(40.8%)および高眼圧症7例(14.3%)であった.3.有効性眼圧値は点眼0週(開始時)において,ラタノプロスト継続群16.4±3.0mmHg,タフルプロスト切り替え群16.7±3.1mmHgであった.点眼12週での眼圧値は,ラタノプロスト継続群15.0±3.0mmHg(p<0.0001),タフルプロスト切り表2患者背景ラタノプロストタフルプロスト年齢(歳)65.8±12.6性別男性(%)20(40.8)女性(%)29(59.2)ラタノプロスト使用期間(月)29.2±26.8診断名原発開放隅角緑内障(%)22(44.9)正常眼圧緑内障(%)20(40.8)高眼圧症(%)7(14.3)0週視力1.1±0.21.0±0.30週眼圧(mmHg)16.4±3.016.7±3.10週角膜スコア(mmHg)0.7±1.00.7±1.10W(49)4W(46)8W(47)12W(42)22201816141210(病例数):ラタノプロスト:タフルプロスト眼圧値(mmHg)図2眼圧(実測値)1276あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(110)替え群15.6±3.4mmHg(p=0.0028)で有意差があった(図2).点眼0週から点眼12週にかけての眼圧変化値は,ラタノプロスト継続群.1.57±2.1mmHg,タフルプロスト切り替え群.1.24±2.5mmHgで,眼圧変化率は,ラタノプロスト継続群.8.8±13.5%,タフルプロスト切り替え群.6.8±15.7%であった.試験期間中を通して両薬剤間の眼圧値,眼圧変化値および眼圧変化率に有意差はなかった.また,個々の症例の点眼12週における眼圧下降率について,ラタノプロスト点眼眼とタフルプロスト点眼眼との間に強い相関がみられた(r=0.74,p<0.001)(図3).4.安全性試験期間中に認められた有害事象は,ラタノプロスト継続群20例(41.7%)およびタフルプロスト切り替え群25例(52.1%)であった.両群間の有害事象発現例数に有意差は認められなかった.おもな有害事象は,ラタノプロスト継続群で刺激感9例(18.8%),掻痒感7例(14.6%),タフルプロスト切り替え群で,掻痒感11例(22.9%),刺激感8例(16.7%)であった.試験中止に至った症例は,タフルプロスト切り替え群の4例(8.2%)であり,刺激感,異物感,掻痒感,眼痛,頭痛,鈍痛,眼脂などが認められたが,すべて軽度であり,問題となる他覚所見は認めなかった.眼瞼色素沈着について,タフルプロスト切り替え群の4例(9.8%)の患者から点眼液の切り替えで軽減が認められたとの申告があった.点眼0週と点眼12週とで写真の比較が可能であった症例は41例であり,うち2例(4.9%)でラタノプロスト点眼眼とタフルプロスト点眼眼の間の左右差が認められ,いずれもタフルプロスト点眼眼の眼瞼色素沈着が薄かった.眼瞼色素沈着の左右差について,自覚症状のみが3例,他覚所見のみが1例,自覚症状と他覚所見の一致が認められたのは1例であった.他覚所見で左右差が認められた2症例の写真を図4に示す.睫毛変化について,患者からの訴えはなかった.点眼0週と点眼12週とで写真の比較が可能であった症例は41例であり,うち2例(4.9%)でラタノプロスト点眼眼とタフルプロスト点眼眼の間に左右差が認められ,いずれもタフルプロスト点眼眼の睫毛が長い傾向が認められたが,顕著な差とはいえなかった.充血について写真判定を行った結果,点眼0週よりラタノプロスト点眼眼とタフルプロスト点眼眼で同様のスコア推移を示し,片眼のみスコアの悪化もしくは改善が認められた症例はなかった.角膜所見について,A+Dスコアの推移を検討した結果,両薬剤とも点眼0週と点眼12週の間に有意な差はなかった.また,点眼0週および点眼12週において,両薬剤間に有意な差を認めなかった.その他,眼科検査において変動を認めなかった.-40-20020406080806040200-20-4012週眼圧下降率(%)ラタノプロストタフルプロスト図3点眼12週における眼圧下降率にみるラタノプロストとタフルプロストの相関ラタノプロストとタフルプロストの眼圧下降率は強く相関している.相関係数0.74,p<0.001.12週症例A症例Bラタノプロストタフルプロストラタノプロストタフルプロスト0週図4眼瞼色素沈着に左右差がみられた2例(111)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101277III考察本研究において,タフルプロスト点眼液はラタノプロスト点眼液と同等の眼圧下降を示した.タフルプロスト点眼薬の第III相臨床試験におけるキサラタンRとの比較でも両点眼薬とも同等の有効性を示していた1).さらに,個々の症例に注目すると,点眼12週におけるタフルプロスト点眼眼とラタノプロスト点眼眼の眼圧下降率が強く相関したことから,多くの症例では両点眼薬がともに有効であることが示唆された.その一方で,タフルプロスト点眼がラタノプロスト点眼よりも有効な眼圧下降作用を示した症例があり,逆に,ラタノプロスト点眼がタフルプロスト点眼よりも有効性を示した症例もみられた(図3).このことからPG関連点眼薬における有効性にはノンレスポンダーを含めて個人差があると考えられる.PG系の点眼薬が緑内障薬物治療における第一選択薬になってから久しく,現在でも効果不十分な場合は,異なる機序の緑内障治療薬を2剤目,3剤目と加えていくことが治療戦略としてよく採られている.しかし,本研究の結果から,1剤目で効果不十分な場合に,まず他のPG関連点眼薬に変更する意義はあると考えられた.本研究では,少なくとも1カ月以上のラタノプロスト単剤使用例が対象であり,ラタノプロスト継続群においては研究開始以前と比較して眼圧下降は認められないと予想したにもかかわらず有意な眼圧下降が認められた.この原因としては,「新たな研究への参加」ということで患者のコンプライアンスが向上したためと考えられた.本研究では片眼投与を採用した.その理由として,対象がすでにラタノプロスト点眼液を使用していることから,タフルプロスト点眼液に変更することによる眼圧変化がほとんどないか,非常に小さいことが予想されたために,眼圧日内変動や日日変動などの要因を除く必要があったためである.また,b遮断点眼薬の場合は,片眼投与により他眼にも影響を与える可能性があるが,少なくともラタノプロスト点眼薬が他眼には影響を与えないとされている6)ため,他眼への影響はないと考えた.ラタノプロスト点眼薬は防腐剤として塩化ベンザルコニウムが含有されており,緑内障治療薬が非常に長期に使用されることも相まって角膜上皮障害の発現が危惧される.今回の研究では両薬剤群ともに,点眼0週と点眼12週との間には有意な差がなく,角膜への影響はラタノプロスト点眼薬と同等と考えた.タフルプロスト点眼薬については,2010年より点眼液中の塩化ベンザルコニウム含有量が大幅に低減されていることから,防腐剤による角膜への影響はさらに減少するものと考える.睫毛の伸長については,すでにラタノプロスト点眼薬の使用によって両眼とも変化をきたしており,新たにタフルプロスト点眼薬に変更しても変化は認められなかった.今回は点眼0週と点眼12週時点の写真の比較判定により変化を検討したが,両眼とも同じ条件での撮影ではあるものの,睫毛の本来の長さや伸びる角度にばらつきがあって正確な判定が困難であった.睫毛への影響に関する詳細な評価については今後の研究を待ちたい.緑内障点眼薬においてPG関連製剤は強力な眼圧下降作用を有しており,b遮断点眼薬でみられるような全身性の副作用は少ないが,眼瞼色素沈着は頻度の高い副作用と考えなければならない.日本人においては虹彩色素沈着が発症しても細隙灯顕微鏡での観察以外では判別しにくいが,下眼瞼の色素沈着は美容的な見地から見逃すことができず,患者によっては精神的なダメージを与える可能性がある.臨床試験の結果を考慮すると,当初,本研究ではタフルプロスト点眼薬への切り替えによっても,眼瞼色素の変化はまず変わらないものと予想したが,患者からの「眼瞼の黒さが減少した」という自覚の訴えが4例あった.そのなかの1例と自覚がなかった1例の計2例について,2人の医師による写真判定の結果,明らかにタフルプロスト点眼眼でラタノプロスト点眼眼と比較して色素沈着が少ないことが判明した.培養メラノーマ細胞を使用したinvitro試験の結果,タフルプロストのメラニン合成能をラタノプロストと比較した結果,ラタノプロストが用量依存性にメラニン合成を増加させるのに対して,タフルプロストではほとんど変化がみられなかったこと2)から,タフルプロストのメラニン合成能が臨床でも低い可能性は十分考えられた.臨床では,ラタノプロスト中止により約7週間で消失するか減弱し8),ラタノプロストから他の薬剤に変更後6カ月で約30%の症例で眼瞼色素沈着が軽減したという報告9)や,またラタノプロストによる眼瞼色素沈着がワセリン塗布後の点眼指導によって3カ月後に色素軽減を認めた報告6)から,本研究においても,タフルプロスト点眼液へ変更して12週間が経過することによりラタノプロスト点眼薬の影響が減少したことも考えられる.しかし一方で,タフルプロスト点眼薬単剤使用例でも眼瞼色素沈着がみられた文献報告がある7).また,タフルプロスト点眼薬の眼内移行に関する研究はすでに行われているが,眼瞼皮膚への移行や皮膚での代謝に関する研究は存在しないことから,薬物動態面を含めて考察するに際しては,今後の研究成果を待たなければならないと考える.なお,PG系緑内障点眼薬の色素沈着の研究調査としては,24カ月の長期使用によるタフルプロストとラタノプロストの無作為割り付け二重盲検比較試験においては,写真による判定で,虹彩色素沈着についてタフルプロストのほうが若干少ない傾向を示したものの統計学的有意差はなかったという報告7)や,皮膚科領域で使用されている装置を使用して皮膚の色素量を定量化して検討したところ,ウノプロストン,ラ1278あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(112)タノプロスト,チモロールのいずれの点眼液の使用によっても下眼瞼の色素沈着は同等であったという報告10)があり,対象とする組織や色素沈着の判定方法などによって結果が異なる.本研究においても他の報告と同様に写真判定を採用しているが,同じ条件で両眼を同一写真で撮影することによって片眼のみの切り替え効果を観察したために,眼瞼色素沈着の非常に小さい変化を左右差として示した症例を検出することができたと考える.以上より,タフルプロスト点眼液では眼瞼色素沈着が少ない可能性があるものの,いまだ症例数が少ないため,眼圧下降作用でも明らかになったように個体差による可能性があり,今後の研究成果を待ちたい.今回の研究によって,タフルプロスト点眼液はラタノプロスト点眼液と同等の眼圧下降効果ならびに安全性を有することが確認された.眼圧下降効果においてはラタノプロスト点眼液と同様に効果不十分の症例が少数みられた.安全性は同等であったが,眼瞼色素沈着はラタノプロスト点眼剤よりも少ない可能性も示唆された.タフルプロストはラタノプロストと同等に臨床使用できる有用性のある薬剤と考えられる.文献1)桑山泰明,米虫節夫:0.0015%DE-085(タフルプロスト)の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした0.005%ラタノプロストとの第III相検証的試験.あたらしい眼科25:1595-1602,20082)NakajimaT,Matsugi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