———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.1,2008630910-1810/08/\100/頁/JCLS1966年,Noellらはラットへの可視光照射によって視細胞が不可逆的に傷害されるという現象を報告しました1).以後の研究により,可視光による網膜傷害(網膜光傷害)が,ビタミンCやE,グルタチオン前駆物質,フリーラジカルトラップ剤などの抗酸化剤で効果的に抑制されることが報告されました.そのため,網膜光傷害は酸化ストレスによる細胞傷害機構解析の良いモデルとして用いられてきました.また,網膜光傷害による細胞死が網膜色素変性症における細胞死と同じくアポトーシスの形態をとる2)ことから,網膜変性症のモデルとしても利用されています.一方,光に対する網膜傷害の感受性が,ラットの飼育条件によって異なることが,初期の頃から知られていました3).その後,1980年代になって,Andersonらにより,通常の飼育環境の光照度(50100ルクス)よりも明るい環境光(400600ルクス)で数週間飼育した動物では,3,000ルクス・24時間照射による網膜光傷害がほぼ完全に抑制されること,暗い環境光(510ルクス)で飼育した動物では,同条件の光照射で非常に強い網膜傷害が惹起されることが報告されました4).このことは,網膜内に光によって惹起される内因性の生体防御機構が備わっていることを示唆する実験的事実ですが,長い間その分子機構については不明のままでした.酸化ストレスのキー分子Nrf2生体がミトコンドリア呼吸鎖を通じて,酸素からエネルギーを産生する過程では,常に一定の割合で不完全燃焼した不安定な酸素(活性酸素種)が漏れ出てきます.また,炎症や免疫細胞の貪食に関連しても種々の酸化酵素が働き,活性酸素種が生成されます.これらの活性酸素種や活性窒素種,X線,紫外線,金属,化学物質などの酸化ストレス要因に曝されると,生体は,グルタチオン,チオレドキシンやそれらの関連酵素などの生体防御因子の発現を誘導することで,細胞を守ろうとします.この,生体防御因子の誘導に転写因子nuclearfactorerythroid2-relatedfactor2(Nrf2)が重要な役割をもつことが明らかとなってきました5).図1に現在提唱されている,Nrf2による転写調節機構の模式図を示しま(63)シリーズ第85回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊(島根大学医学部眼科学)「見る」ことで網膜は強くなる!?─ ラット明環境飼育による網膜保護効果とNrf2-ARE経路の関わり─図 1Nrf2-AREによる転写調節機構の模式図Nrf2:nuclearfactorerythroid2-relatedfactor2,Keap1:Kelch-likeECH-associatedprotein1,ARE:antioxidant-responsiveelement,Ub:ユビキチン,Cys:蛋白質上のシステイン残基.Keap1Nrf2UbNrf2小MafUbCysCysKeap1Nrf2Nrf2Nrf2の寿命延長Cys-酸化Cys-酸化酸化ストレス~可視光(活性酸素種・活性窒素種)プロテアソームによる分解アクチン細胞膜細胞質核DNA転写第2相解毒酵素↑抗酸化酵素↑ARE———————————————————————-Page264あたらしい眼科Vol.25,No.1,2008す.Nrf2は,細胞質内でKelch-likeECH-associatedprotein1(Keap1)というアクチン結合蛋白と結合しています.非酸化ストレス下では,Keap1のユビキチンライゲース活性によりユビキチン化されたNrf2は,プロテアソームによる分解を受けます.そのため,非酸化ストレス下でのNrf2の寿命は非常に短いと考えられています.一方,細胞が酸化ストレスを受けると,その酸化ストレスは,Keap1内のシステイン残基の酸化という形で感知され,Nrf2のユビキチン化が抑制されます.その結果,細胞質内でのNrf2の寿命が延長し,核に移行するNrf2の量が増加します.Nrf2は,小Maf分子群とヘテロダイマーを形成し,DNAプロモーター領域のantioxidant-responsiveelement(ARE)配列に結合して,転写活性を発揮します.Nrf2-ARE経路によって転写活性化が亢進する分子として,グルタチオン-S-トランスフェラーゼなどの第2相解毒酵素やヘムオキシゲナーゼ1やチオレドキシン還元酵素などの抗酸化酵素が誘導され,細胞を酸化ストレスから守ります.網膜保護機構としてのNrf2-ARE経路前述の明環境飼育による網膜保護現象の系で,明るい環境光で飼育したラットの網膜では,暗い環境光で飼育したラットの網膜と比較して,4ヒドロキシノネナール(4HNE)という脂質過酸化マーカーの発現が上昇し,Nrf2-ARE経路による転写活性が亢進します6).さらに,チオレドキシンやチオレドキシン還元酵素の発現も亢進します.培養視細胞の系では,4HNEの前処置により,チオレドキシンやチオレドキシン還元酵素の発現が亢進し,過酸化水素による細胞傷害が抑制されます.この細胞傷害抑制効果は,Nrf2の発現をノックダウンすることでキャンセルされます.これらの実験的事実から,Nrf2-ARE経路活性化による生体防御因子の増強が,明環境飼育による網膜保護現象の分子機構として重要であると考えられます.網膜は,光を視覚情報として利用する(見る)という本来の目的と並行して,適度な光刺激によって網膜を保護する機構を誘導するという非常に巧妙なシステムを有していることが示唆されます.このような細胞保護機構が加齢などにより減弱することが,加齢黄斑変性などの何らかの網膜疾患の発症・増悪に関わる可能性について,今後検討が進むと予測されます.文献1)NoellWK,WalkerVS,KangBSetal:Retinaldamagebylightinrats.InvestOphthalmol5:450-473,19662)HafeziF,SteinbachJP,MartiAetal:Theabsenceofc-fospreventslight-inducedapoptoticcelldeathofphoto-receptorsinretinaldegenerationinvivo.NatMed3:346-349,19973)NoellWK,AlbrechtR:Irreversibleeectsonvisiblelightontheretina:roleofvitaminA.Science172:76-79,19714)PennJS,NaashMI,AndersonRE:Eectoflighthistoryonretinalantioxidantsandlightdamagesusceptibilityintherat.ExpEyeRes44:779-788,19875)ItohK,WakabayashiN,KatohYetal:Keap1repressesnuclearactivationofantioxidantresponsiveelementsbyNrf2throughbindingtotheamino-terminalNeh2domain.GenesDev13:76-86,19996)TanitoM,AgbagaMP,AndersonRE:UpregulationofthioredoxinsystemviaNrf2-antioxidantresponsiveele-mentpathwayinadaptive-retinalneuroprotectioninvivoandinvitro.FreeRadicBiolMed42:1838-1850,2007(64)■「「見る」ことで網膜は強くなる!?」を読んで─ラット明環境飼育による網膜保護効果とNrf2-ARE経路の関わり─今回は光による網膜障害のモデルから出発して網膜を保護する分子メカニズムをNrf2分子の働きを通して検討したお仕事を紹介していただきました.網膜疾患の治療戦略は,いろいろの疾患の病態を明らかにしてその原因を除くという治療が主流です.というより,種々の原因により網膜細胞が障害されるのを抑制して網膜細胞を保護する治療が確立していないのです.これが現在の網膜疾患の治療成績を上昇させるためにはボトルネックになっています.疾患の病態研究に基づき導入された抗VEGF(血管内皮増殖因子)抗体などや硝子体手術を用いた治療によっても糖尿病網膜症の治療成績はまだまだ満足できるものではありません.視力が最も大切な眼科医療の成否を示す指標ですが,視力は必ずしも現在の治療で上昇しません.網膜の細胞が破壊されて本来のものを見る機能が低下していることによります.今後は網膜神経細胞が破壊されないような新しい観点からの治療が大切です.今回の谷戸正樹先生の解説は,網膜光障害は単に光———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.1,200865(65)☆☆☆による障害を検討するのみでなく,活性酸素が各種疾患に対する影響を明らかにすることにより,光障害を分子レベルでわかりやすく説き起こしています.いわば神経保護治療についての基礎エビデンスを示されたと考えられます.医学的なこのようなしっかりした分子レベルでの研究成果があがっていると,その成果は活性酸素により網膜が障害される糖尿病網膜症,網膜分枝閉塞症,加齢黄斑変性など多くの疾患の病態解明,治療法開発に資することがきわめて大です.今後,まずは効果がはっきりと示せる疾患に対する治療薬が開発され,それが峰から裾野に広がっていくというのがとてもいい戦略的な研究ではないでしょうか?今後もこのような光による網膜障害を基にした多くの臨床研究,基礎研究が強力に推進されると考えております.山形大学医学部情報構造制御学講座視覚病態学分野山下英俊