———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLS一人当たりのアルコール消費量は近年はほぼ横ばいで,世界第29位の水準にあり,米国と同等で,ドイツ,フランスなど欧州諸国の約6割程度となっている2).しかし,わが国においてはアルデヒド脱水素酵素(ALDL)II型の活性欠損者が4割程度いることを考えると,依然としてアルコール消費量は高い水準にあり,現代生活では飲酒は日常的行為で,個人の生活習慣を形成している重要な因子の一つである.特に近年は女性の飲酒者の増加が著しく,昭和43年には19.2%であった飲酒率は76.7%とかつての男性の水準に達した3).男性の飲酒率は90.8%に達し,ALDHII型活性の完全欠損者以外は,ほぼ全員が飲酒している計算となる.大量飲酒者(1日平均アルコール摂取量として純エタノール換算150ml以上,日本酒換算5合半以上)の数は,約240万人いるものと推測されていたが,2003年度の調査では,CAGE,はじめにわが国におけるアルコールの総消費量は,戦後著明な増加を示し,飲酒者数の増加のみならず,成人一人当たりのアルコール消費量も増加してきた(図1)1,2).1990年代に入り総消費量の増加は横ばい傾向になったものの,ワインや発泡酒ブームも手伝って微増傾向を示していたが,1999年度をピークに減少傾向を示している.国民(39)39*YoshinoriHorie:永寿総合病院消化器科/慶應義塾大学医学部消化器内科〔別刷請求先〕堀江義則:〒110-8645東京都台東区東上野2-23-16(財)ライフ・エクステンション研究所付属永寿総合病院内科(消化器科)特集眼の病い─生活習慣病が原因あたらしい眼科25(1):3946,2008アルコールはやめなくても大丈夫か?ShouldIStopDrinkingAlcoholicBeverages堀江義則*表1スクリーニングテスト,ICD10によるアルコール依存症者数の推計性アルコール依存症推計()推計()推計()推計()性性計いアルコール症のスクリーニングテストのみ生「成の飲酒態と関のに関る」(者),成図1わが国におけるアルコール消費量の推移(酒類別)11,00010,0009,0008,0007,0006,0005,0004,0003,0002,0001,0000(千KL)昭45505560平2712151617(年度):ビール:リキュール類:清酒:焼酎:ウイスキー類:雑酒:その他———————————————————————-Page240あたらしい眼科Vol.25,No.1,2008(40)を与え,基本的には後述するような多くの生活習慣病同様に適正飲酒が推奨される.実際の眼科診療の場で最も飲酒継続が問題となるのは,慢性的な大量飲酒習慣により発生した,高血圧,高脂血症,糖尿病といった生活習慣病を介した眼への影響である.大量飲酒は糖尿病や高血圧を増悪させ眼底変化を起こす一方で,適正飲酒は増殖糖尿病網膜症発症率を低下させるとの報告もある.適正量の急性エタノール投与は,網膜血流量や血管径,眼動脈や網膜中心動脈の血流速度に影響しないが,視神経乳頭血流は増やすことが報告されている8).生活習慣病と眼病変の関係の詳細は,本号の他稿を参照してもらうこととし,本稿では,飲酒の生活習慣病への影響と,その発生機序としてのアルコールによる血管障害のメカニズムを概説し,適正飲酒の重要性について説明する.IIアルコールと生活習慣病1.アルコールと栄養(栄養状態と肥満,脂肪肝)アルコール性肝疾患患者の栄養状態を正確に把握するのは,アルコール摂取量を把握するのに比して,大変困難である.アルコール依存症患者に対して積算飲酒量は定量的に解析するが,栄養状態は食事摂取の不良であるとか,酒肴しか摂取していないなどの定性的,抽象的な表現でしか病歴を聴取していないことが多い.しかし,アルコール依存症患者には,中等度飲酒者に比して栄養不良の状態が多く観察される9).その程度,割合は慢性肝疾患のために入院してきたアルコール依存症患者に多い.わが国における報告でも,大酒家肝疾患患者の食生活調査にて,食事摂取量は国民栄養調査平均値や栄養所要量に比して著明な低下を示し,低蛋白質,低糖質食という特徴的パターンであった10).エネルギー比をみてもアルコールに由来するエネルギー比がきわめて高く,40%以上を占めており,その結果,蛋白質比,糖質比は著しく低下していた.ビタミン摂取量においても,ビタミンAは所要量の38%,B1は62%,B2は55%とそれぞれ著しく低ビタミン摂取となっており,カルシウムも所要量の61%と低下していた20)(表2).一方,依存症まで至らない症例では,肥満や脂肪肝との合併が問題となる.アルコール1gに7kcalのカロリAUDIT,KASTなどのスクリーニングテストで問題飲酒者と判定される人数が300400万人超と推計されている(表1)3).慢性的な多量の飲酒は肝機能障害はもとより,膵臓,脳,心臓をはじめとする全身の臓器障害を惹起し,栄養障害,代謝障害,免疫能低下をひき起こすが,このような飲酒に伴う臓器障害,代謝障害などは,現代日本の飲酒状況をみると生活習慣病とよぶにふさわしく,その中の重要な位置を占めていると考えられる.しかし,これに対して古くから酒は百薬の長といわれており,適度のアルコール摂取がむしろ健康にプラスに働くことは,疫学的研究からも広く認められている.本稿では,生活習慣としての飲酒に伴う疾患について述べるとともに,アルコールの健康に対する影響を,眼に対する影響も含めて,功と罪の両面から考察し,適正飲酒の重要性について述べる.Iアルコールと眼疾患アルコールによる直接的な眼病変としては,慢性アルコール中毒に伴う中毒性弱視で,アルコール性霧視から始まり,視神経周囲組織間隙の炎症,黄斑乳頭線維束の変性から視神経乳頭耳側の蒼白化がみられる.中心暗点を呈するが,周辺視野は正常である.視神経炎の一つと考えられ,ビタミンB1の不足も原因の一つと考えられる.治療には,ビタミンBの補充が重要である4).同じく,アルコール依存症者にみられ,チアミン(ビタミンB1)の欠乏がおもな原因と考えられる疾患に,Wer-nicke-Korsako脳症がある.アルコール依存症の310%に認める.意識障害,運動失調,眼球運動障害が認められ,眼球運動障害は96%に出現し,眼振(外側視の水平性眼振),外直筋麻痺(内斜視),共同注視麻痺が多い5).疾患頻度の高い緑内障や白内障への飲酒の影響では,緑内障への影響は,関連あるとする報告とないとする報告がある.アルコールの急性投与は眼圧を下げるという報告があり,慢性投与は,用量依存性に上げるという報告が多い6).白内障への影響は,U字型パターン,つまり過剰の飲酒者でリスク上昇し,適正飲酒でリスク低下するとの報告が多い.特にワインでリスク低下するとの報告が多い7).このように飲酒は直接的に眼疾患に影響———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.1,200841(41)とや,夜の吸収効率が最も良い時間の前に食べることなども一因と考えられる.しかし,飲めば飲むほど体重が増えるかというと,図2に示すように,飲酒量に伴って摂取カロリーは増えるが,表4に示すように,飲酒量とbodymassindex(BMI)の間に有意な相関関係は認めない11).この原因は,体重が喫煙などの飲酒以外の影響を受けるため統計学的に差が出ないものと考えられる.欧米での研究でもチョコレートを追加摂取すると体重が増加するが,アルコールを追加摂取しても体重が増えなーがあり,炭水化物や蛋白質の単位当たりのカロリーより高い.さらに,ビールや日本酒には糖質などが含まれ,ビール大瓶1本で247kcalを有し,茶碗1杯のご飯が160kcalであることを考えると決して少ないものではない(表3).しかし,アルコールそのもののカロリーより,むしろ一緒に食べる食事やおつまみによるカロリー超過が原因ともいわれている.アルコールのもつ胃酸分泌増加(特にビールで強い)の作用で食欲が進むこ表2大酒家肝臓病患者の飲酒量と食事摂取量肝非肝栄養量にる()肝非肝平均年齢(歳)52.947.6飲酒量飲酒開始年齢21.819.9習慣飲酒期間(年)24.021.4アルコール摂取量(純アルコールg/日)162.0131.8(日本酒換算合/日)7.46.0積算飲酒量(純アルコールkg)1,5281,107栄養素摂取量蛋白質(g/日)50.550.77272脂質(g/日)35.939.0糖質(g/日)188.8207.1ビタミンA(IU/日)759.5755.53838B1(mg/日)0.560.566262B2(mg/日)0.670.645653C(mg/日)68.675.6137151エネルギー摂取量(kcal/日)食事エネルギー1,3261,4076264アルコールエネルギー1,149929合計2,4752,336116107表3アルコール飲料の成分(1単位)量(ml)総カロリー(kcal)アルコール(g)蛋白質(g)脂質(g)糖質(g)清酒180193230.9*7ビール(大)633247223.2*20ビール(小)350135121.8*11焼酎(25度)18025236***ウイスキー(ダブル)6013419***ワイン12092120.4*2.4*:微量.アルコール飲料に含まれるカロリーは異なる.図2飲酒量と総摂取カロリーの関係2,5002,0001,5001,000500023g未満23~46g46g以上:アルコール:非アルコール摂取カロリー(kcal/日)———————————————————————-Page442あたらしい眼科Vol.25,No.1,2008(42)れと同時に飲酒に伴う生活習慣病として,虚血性心疾患が注目を集めている.これは,乳脂肪摂取量と虚血性心疾患の発生率は相関するが,フランスにおいてのみ回帰直線から偏位しており,赤ワイン消費量の解析を加えると回帰直線の相関はさらに良好となり,さらにフランスの回帰直線からの偏位も消失するという,Renaudらのいわゆる“フレンチパラドックス”に端を発している14).しかし,赤ワインに限らず適正飲酒が虚血性疾患を予防するとの報告も多い.図3に示したように,アルコール摂取量が1日に34g以下の適度な飲酒者は,総死亡率,心血管系疾患による死亡率ともに非飲酒者よりも低い.また,脳梗塞においても,男性180g/週以下,女性120g/週以下の飲酒は脳梗塞の発症頻度を低下させ,わが国での検討でも,140g/週以下の飲酒は脳梗塞の発症頻度を低下させるとの報告がある14).こうした適正飲酒による血管障害の予防の機序としては,アルコールによる(1)血小板凝集抑制作用,(2)血管内皮からのプラスミノーゲン活性化因子分泌増加による線溶系亢進,(3)虚血性心疾患の発症頻度と逆相関する血中HDL(高比重リポ蛋白)コレステロールの上昇などが考えられる.一方,習慣的な多量飲酒は高血圧症,特に収縮期圧の上昇の原因となることが,多くの疫学調査により実証されており,これは他の高血圧症の危険因子とは独立したものである14).また,過度の飲酒は,適正飲酒とは逆に虚血性心疾患の危険因子ともなる.大量の習慣飲酒は脳血管障害の危険因子でもある.大量の習慣飲酒は,血管障害のほかに,心筋症や不整脈といったいという研究12)もあり,飲酒と体重の関係については今後の研究が待たれる.アルコール性脂肪肝は,ほとんどの大酒家にみられ,中心静脈域への脂肪蓄積が特徴的である.エタノール代謝の際に細胞内還元型nicotinamidadeninedinucleotid/酸化型nicotinamidadeninedinucleotide(NADH/NAD)比が上昇し,クエン酸回路が障害され,acetyl-CoAが増加して脂肪酸合成が増加する13).また,エタノールによるミトコンドリア外膜にあるacyl-CoA合成酵素活性抑制が,ミトコンドリア内への取り込みを抑制して脂肪酸のb酸化を抑制する機序もアルコール性脂肪肝の発症機序の一因と考えられる.エタノールによる血中adi-ponectin値の減少が,肝臓内のperoxisomeproliferat-ed-activatedactivatedreceptor(PPAR)-aの発現やAMP-activatedproteinkinase活性を抑制し,脂肪酸合成の増加や脂肪酸の酸化抑制を惹起して,中性脂肪合成の増加をきたし,アルコール性脂肪肝に至る機序が考えられている.女性においては,男性より少量(積算飲酒量にして男性の約3分の2)かつ短期間(常習飲酒期間は約10年)で種々の程度の肝障害をきたし,また,治療後に再燃も起こしやすい.近年,女性の飲酒率が上昇しているが,居酒屋や屋台といったおもに中年男性の飲酒場所への女性進出のほかに,ワインバーやイタリアンレストランの増加,既成のカクテルの販売など,アルコールを提供する側の変化も関与していると思われる.女性の社会進出に伴う飲酒機会の増加と女性に好まれる食・飲酒習慣への変化により,今後女性のアルコール性肝障害患者の増加が予想される.2.アルコールと心臓,血管障害近年,赤ワイン中に含まれる虚血性心疾患予防因子(抗酸化物質,血小板凝集抑制物質)が注目を浴び,そ表4アルコール摂取量とBMIの関係飲酒量満図3アルコール摂取量にみた総死亡率,心血管系死亡率,非心血管系死亡率●●●●■■■■総死亡率非心血管系疾患心血管系疾患34<<34<90121086420年齢補正死亡率(%)アルコール摂取量(g/日)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.1,200843(43)の糖尿病患者においてはアルコール摂取により低血糖を生じやすく,適切な治療がなされなければ致命的となりうるため,アルコールを糖質と交換することは危険である.また,グリコーゲンの貯蔵能力が低下している肝硬変患者でも,食事を取らずに飲酒することは低血糖をひき起こす可能性がある.一方,同じ代謝障害でも高尿酸血症では,飲酒により血清尿酸値が下がるという報告も痛風,高尿酸血症罹患の危険を低下させるという報告もなく,飲酒は一義的に血清尿酸値を上昇させると考えられる.山中ら16)の報告によると,日本酒換算で12合の適正飲酒者でも高尿酸血症患者の頻度は非飲酒者に比して多く,3合以上の飲酒者と差がない.アルコール飲料中に含まれるプリン体が高尿酸血症をもたらすだけではなく,NADH/NAD比の上昇による高乳酸血症により尿酸の腎排泄が乳酸と拮抗し低下したり,酢酸代謝によるプリン代謝の亢進により尿酸の産生が増加することなども関与している.しかし,高尿酸血症は,飲酒以外に食事性の生活習慣病としての側面ももっており,大量習慣飲酒者の禁酒または節酒の指導は重要であるが,高尿酸血症を合併した飲酒者においては,禁酒を指導する前に,食事や酒肴の種類としてプリン体の多い肉などの摂取を控えることや,酒類としてプリン体の多いもの(特にビールは他のアルコール飲料に比し際立って多い)を控えることを,まず指導すべきと思われる.高脂血症については,長期にわたる飲酒は血清コレステロール,トリグリセライドの上昇を惹起する14).また,アルコール依存症患者の多く(34%)に高脂血症を認める.しかし,これらの高脂血症は,断酒により速やかに改善され,一般的には抗高脂血症剤の投与を必要としないことが多い.一方,1日エタノールとして30g程度の習慣飲酒時には血清コレステロール,トリグリセライドの上昇は認められず,さらに,虚血性心疾患の発症頻度と逆相関する血中HDLコレステロールの上昇が認められるとの報告が多い.IIIアルコールと炎症,微小循環障害生活習慣病に伴う眼病変の進展には,微小循環障害や活性酸素産生が関与している(詳細は他稿を参照)が,心臓病の危険因子ともなる.3.アルコールと代謝異常アルコール依存症患者に高血糖を合併することは臨床的にしばしば経験され,飲酒は生活習慣病として代表的な糖尿病の増悪因子になりうる.アルコール慢性摂取による膵臓障害は,インスリンの産生を低下させ,糖尿病を悪化すると考えられるが,末梢でのインスリン抵抗性増加に伴う糖の利用低下もその悪化の原因としてあげられる14,15).その他にも肝のグリコーゲン分解亢進,副腎髄質や交感神経末端からアドレナリンの分泌亢進などがアルコール慢性ならびに大量摂取による糖尿病の悪化に関与している可能性がある.肝硬変まで至ると肝でのグリコーゲンの貯蔵能力が低下し,食後の高血糖を生じる.このように飲酒は糖尿病の悪化の原因となりうるが,疫学的に飲酒が糖尿病を悪化させるという明確なデータは意外に少ない.また,適正飲酒は糖尿病罹患の危険を低下させるとの報告もある.この機序としてインスリン抵抗性が改善されることや,エタノールがエネルギー効率の悪い,いわゆる“emptycalory”であることがその理由として考えられる.さらに,アルコールがアルコール脱水素酵素(ADH),アルデヒド脱水素酵素(ALDH)を介して酢酸に代謝される際NADがNADHに変換されることにより生じるNADH/NAD比の上昇が,ピルビン酸の乳酸への還元を促進し酸糖新生を抑制することも原因の一つと考えられる.このように,糖尿病において軽度飲酒(適正飲酒)を禁止する医学的根拠は確立されていない.合併症のない血糖安定時には適正飲酒を容認し,血糖調節がつくまで禁酒するという姿勢のほうが患者によっては受け入れられやすく,治療への協力が得られ,結果的に短期間で良い血糖調節ができる場合もありうる.しかし,経口血糖降下薬を服用している患者や膵炎などの合併症では,飲酒の容認は服用薬の効果を妨げたり,膵炎の増悪につながるため禁酒が望ましい.しかし,既述のとおり,アルコールはインスリン抵抗性の改善,NADH/NAD比の上昇による糖新生の抑制などを介した血糖低下作用を有している.アルコールによる低血糖発作は多数報告されており,特に薬物治療中———————————————————————-Page644あたらしい眼科Vol.25,No.1,2008(44)してNADを必要とし,基質を代謝すると同時にNADをNADHに変換する.したがってアルコールを摂取すると肝細胞内でNADH/NAD+の比が上昇する.NADH/NAD+比の上昇した状況ではミトコンドリア呼吸鎖が過剰に回転し,結果として酸化ストレスを増悪させることが示唆されている.また,アルコール性肝障害実験モデルにおいて,炎症細胞由来のNADPH酸化酵素,キサンチン酸化酵素(XO)やミエロペルオキシダーゼ(MPO)をはじめとする酵素群が,活性酸素の産生源として重要な役割を担うことが示唆されている(図5).IVいわゆる適正飲酒と「健康日本21」21世紀のわが国を,すべての国民が健やかで心豊かに生活できる活力ある社会とするために厚生労働省は,「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」を展開し,国民各層の自由な意思決定に基づく健康づくりに関する意識の向上および取り組みを促そうとする運アルコールはこれらに対し大きく影響することが知られている.動物実験における炎症性の反応において,慢性エタノール投与は,血中サイトカイン増加を介して接着因子の発現を増強し,腸間膜微小血管や肝類洞における白血球膠着を増強することが報告されており,アルコール性臓器障害の進展に白血球を介した微小循環障害の関与が示唆される17).酸化ストレスも臓器障害の大きな因子であるが,アルコールは酸化ストレスを増強する.アルコールは,サイトゾールに存在するADH,ミクロソームに存在するチトクロームP4502E1(CYP2E1)を中心とするミクロソームエタノール酸化系(MEOS),およびペルオキシソーム内に存在するカタラーゼによって代謝され,アセトアルデヒドに変えられる(図4)18,19).産生されたアセトアルデヒドはALDHによって酢酸に代謝される.慢性的にエタノールを摂取するとCYP2E1が誘導され,CYP2E1で代謝されるエタノールが相対的に増加するようになる.ADHとALDHは補酵素と図4アルコール代謝経路と活性酸素産生経路EthanolMicrosomeMitochondriaCytosolPeroxisomeMEOSO2O2-O2O2-EthanolAcetaldehydeNADPHNADP+EthanolAcetaldehydeRespiratoryChain2H2OO2+4H+etatecAedyhedlatecANADHNAD+edyhedlatecAlonahtENADPHOxidase+CatalaseHypoxanthineXanthineXanthineUricAcidNADPHNADP+H2O2+O2-H2O+O2H2O+O2XOXOATPADP+PiNADHNAD+ADHALDHNADH/NAD+H2O2+O2———————————————————————–Page7あたらしい眼科Vol.25,No.1,200845(45)おわりにアルコールは,種々の臓器に障害を生じうる.いずれの障害においてもそれぞれの疾患に対応した治療を行うのは当然のことであるが,唯一,確実な治療法は断酒であり,断酒なくしては他の治療法を行う意義も低いことを明記すべきである.また,これらアルコールによる臓器障害をきたす多くの症例においては,アルコール依存症である場合も多く,早期からのこれら依存症患者の精神科との関わりが断酒の継続に有効であることがあり,飲酒が原因の眼病変の場合,内科だけではなく精神科への紹介も積極的に考慮されるべきである.しかし,高尿酸血症などの一部の疾患を除いて少量(1030g)の飲酒が疾患を誘発,増悪させるとの報告はなく,むしろ健康にプラスに働くことが疫学的研究からも広く認められてきている.生活習慣という見地からすると,ストレスの減少といった精神的な有効性だけではなく,直接的な身体的有効性の面からも適正飲酒が推奨される.今後は,アルコール関連障害の一次予防の確立のためには,普遍性があるとともに個人の体質,さらには遺伝的特異性に従った原則を確立する必要がある.いわばオーダーメイドの健康維持,そして医療が必要とされる時代が遠動を推進する方針を明らかにした.厚生労働省「健康日本21」のアルコール分科会では,アルコールによる死亡および疾患を減少させるための対策を講ずることを基本方針とし,「多量飲酒問題」「未成人の飲酒」「節度ある飲酒」についての知識の普及について下記のごとき3つの目標を設定した.1)1日に平均3合を超え多量に飲酒する者の減少2)未成年の飲酒をなくす3)「適度な飲酒」として「1日1合程度」であることの知識を普及Moderatedrinking,lowriskdrinkingなどを適正飲酒と邦訳し,その解釈,特に適正飲酒量の設定については以前より議論があったが,今回の目標設定として1日平均純アルコールで約20g程度の飲酒が「節度ある適度な飲酒」として設定された.壮年から中年期の男性における虚血性心疾患や脳血管障害の発症予防の観点から,1日2合以下を適正量とする考えが多い.肝障害についても1日40g以下が安全域とする考え方が比較的普及しているが,厳密な科学的根拠はなく,すべて経験的・疫学的データからの推測である.生活習慣病という見地からも,同様の量が適正と推察される.図5肝における活性酸素産生細胞と肝細胞障害肝細胞Kup?er細胞白血球内皮細胞星細胞———————————————————————-Page846あたらしい眼科Vol.25,No.1,2008(46)10)山内浩,石井裕正:食事療法シリーズ;肝疾患.MedicalPractice4:1913-1920,198711)足達寿,今泉勉ほか:中年男性におけるアルコール摂取と身体指標や食生活との関係.日本公衆衛生学会雑誌47:879-886,200012)PirolaRC,LieberCS:Theenergycostofthemetabolismofdrugs,includingethanol.Pharmacology7:185-196,197213)堀江義則,石井裕正:特集:肝の脂質代謝異常の臨床─最新の知見.アルコール性脂肪肝.TheLipid17:44-49,200614)堀江義則,石井裕正:アルコールと生活習慣病.臨床検査47:589-597,200315)山岸由幸,堀江義則,加藤眞三:アルコールと糖・脂質代謝.肝胆膵54:581-585,200716)山中寿,鎌谷直之:尿酸代謝異常.日本臨牀(特別号)55:200-204,199717)堀江義則,石井裕正:肝・消化管障害と微小循環.特集「微小循環障害と消化器疾患」.細胞32:20-24,200018)堀江義則,石井裕正:アルコール性肝障害と酸化ストレス.臨床消化器内科20:469-476,200519)堀江義則,石井裕正,日比紀文:肝疾患と酸化ストレス.日本消化器病学会雑誌103:789-796,2006からず到来すると思われる.文献1)堀江義則,石井裕正,日比紀文:わが国のアルコール性肝障害の現状についての検討.日本アルコール・薬物依存医学会雑誌39:505-510,20042)国税庁課税部酒税課:平成19年度酒のしおり.20073)尾崎米厚,松下幸生,白坂知信ほか:わが国の成人飲酒行動およびアルコール症に関する全国調査.日本アルコール・薬物依存医学会雑誌40:455-470,20054)高橋信夫:栄養障害,タバコ,エタノール,メタノール,シンナーと眼.眼科47:161-166,20055)吉本博昭:チアミン(ビタミンB1)欠乏(ウェルニッケ・コルサコフ脳症).精神科治療学21:195-198,20066)中元兼二:眼圧に影響する諸因子.眼科プラクティス11:136,20067)佐々木洋:白内障疫学におけるデータマイニング─飲酒習慣とポリフェノール類の関与について.あたらしい眼科21:1213-1216,20048)小嶌祥太:飲酒と眼循環.眼紀57:336-341,20069)GabuzdaGJ:Nutritionandliverdisease.Practicalconsid-erations.MedClinNorthAm54:1455-1472,1970