———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSいったメタボリックシンドロームの基礎病態への関与や,眼などの各組織における炎症や血管新生にも関与していることが明らかとなってきた.つまり,メタボリックシンドロームと糖尿病網膜症・加齢黄斑変性の病態には,RASが共通して関与している可能性があることが推測される.本稿では,メタボリックドミノというメタボリックシンドロームに関連する新しい概念を紹介したうえで,この2つの代表的な眼内血管新生疾患はRASの影響を受けながらメタボリックドミノの下流に位置することを,筆者らの最近の知見を交えて解説する.はじめに近年,メタボリックシンドロームはマスコミにしばしば取り上げられ,非常に注目を浴びている.これまでに複数の診断基準が提唱され多少混乱を招いてはいるものの,メタボリックシンドロームとは,生活習慣の乱れに基づく内臓肥満やインスリン抵抗性を共通の基礎病態として高血圧,脂質代謝異常,高血糖などの危険因子が重積すると,心筋梗塞や脳卒中などの動脈硬化性疾患の発症頻度がきわめて高率になるという疾患である.眼科領域において,メタボリックシンドロームが大きな問題となる代表的な疾患としては,糖尿病網膜症と加齢黄斑変性の2つが考えられる.これらはわが国における主要な失明原因疾患であり,眼内血管新生という共通の中心病態を有する.レニン・アンジオテンシン系(renin-angiotensinsys-tem:RAS)は,アンジオテンシノーゲンがレニンによりアンジオテンシン(angiotensin:Ang)Ⅰとなり,さらにアンジオテンシン変換酵素(angiotensin-convert-ingenzyme:ACE)によりAngⅡに変換されて,最終活性ペプチドであるこのAngⅡが1型受容体(angio-tensinIItype1receptor:AT1-R)と2型受容体(angiotensinIItype2receptor:AT2-R)という2つのAngⅡ受容体に作用するホルモンシステムである.RASは全身の血圧調節系として広く知られている循環RASと組織障害に関与する組織RASの2種類に大別される(図1).近年,RASは肥満やインスリン抵抗性と(15)15図1レニン・アンジオテンシン系(RAS)アンジオテンシノーゲンアンジオテンシンⅠアンジオテンシンⅡAT1-受容体(AT1-R)AT2-受容体(AT2-R)レニンアンジオテンシン変換酵素(ACE)循環RAS:全身の血圧調節組織RAS:組織障害(網膜,腎臓など)〔*ShingoSatofuka&SusumuIshida:慶應義塾大学医学部眼科学教室・網膜細胞生物学研究室〔別刷請求先〕石田晋:〒160-0016東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室・網膜細胞生物学研究室特集●眼の病い─生活習慣病が原因あたらしい眼科25(1):1521,2008メタボリックシンドロームと眼疾患─レニン・アンジオテンシン系の関与─MetabolicSyndromeandEyeDiseases─InvolvementoftheRenin-AngiotensinSystem─里深信吾*石田晋*———————————————————————-Page216あたらしい眼科Vol.25,No.1,2008(16)いことが近年明らかになってきた1).II糖尿病網膜症メタボリックシンドロームの存在は,糖尿病網膜症の有病率を上昇させることがこれまでにいくつか報告されている35).糖代謝異常,高血圧,脂質代謝異常などは,それぞれ単独でも糖尿病網膜症の発症・進展の危険因子であることが多くの疫学研究により明らかであったが,Costaら5)はメタボリックシンドロームの構成要素であるこれらの危険因子が単独で存在するよりも重複するほど,糖尿病網膜症の有病率が上昇することを報告した.それによると,糖尿病網膜症の有病率は,高血圧,脂質代謝異常,肥満,尿中微量アルブミンの4項目中,01項目を有していると20%,2項目だと38%,3項目で42%,4項目だと64%というように項目数が重複するほど増加した.Steno-2study6)では,早期腎症を有する糖尿病患者を無作為に強化治療群と通常治療群に分け,前者に対しては生活習慣改善(食事・運動・喫煙など)に加えて,高血糖,高血圧,高脂血症のすべてに対して積極的に薬物治療を行い,後者と比較した.すると強化療法群では通常治療群に比較して糖尿病網膜症の発症あるいは進行が有意に抑制された.糖尿病患者を診察する際には,高血圧や脂質代謝異常など血糖値以外の全身状態にも注意しなければならないことが,これらのことからも再認識できる.近年の研究により,糖尿病網膜症における浮腫,虚血,血管新生などの病態は,白血球接着などの炎症を介することが明らかになり,糖尿病網膜症は炎症性疾患と認識されるようになってきた79).糖尿病では早期から網膜血管への白血球接着が亢進しており,白血球接着は網膜血管の透過性亢進7)や病理的網膜血管新生8)の引き金となる重要な病態である.RASはこのような白血球接着などの炎症メカニズムに関与しており,実際,非糖尿病患者や網膜症のない糖尿病患者と比較すると,増殖糖尿病網膜症10)や糖尿病黄斑浮腫11)の患者における硝子体中のAngⅡの濃度は有意に上昇していることが報告されている.さらに,AngⅡの濃度は,糖尿病網膜症の病態形成に重要な血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)と相関して上昇しIメタボリックドミノとRAS最近,メタボリックシンドロームの病因,病態およびその合併症を一連の流れとしてとらえるメタボリックドミノという概念が提唱されている1)(図2).この概念では,最上流に生活習慣の乱れが存在し,その乱れがドミノ倒しの駒を倒す引き金となって肥満やインスリン抵抗性などの共通の基礎病態を惹起し,その結果として高血圧,高脂血症,食後高血糖などがほぼ同じ時期に生じてくる.この段階がメタボリックシンドロームである.この段階になると,眼では網膜症(微小血管瘤,網膜出血,軟性白斑など),細動脈狭細化,動静脈交叉現象,網膜静脈拡張などの網膜血管の異常所見が有意にみられるようになり,しかもメタボリックシンドロームの構成要素の該当項目数が多いほどいずれの異常所見も有病率が上昇することがAtherosclerosisRiskInCommunitiesstudy(ARICstudy)2)で報告されている.全身では,メタボリックシンドロームが発症した時点から動脈硬化症が進行して,虚血性心疾患,脳虚血,閉塞性動脈硬化症などの大血管障害が発症する.さらにこれらと並行して糖尿病が生じて高血糖になると,細小血管障害が進行して,腎症,網膜症,神経障害を合併し,最後にメタボリックドミノが総崩れになると,心不全,痴呆,脳卒中,下肢切断,腎透析や失明に至る.このメタボリックドミノにおいて,最上流に位置する肥満から最下流の心血管イベント,血管合併症の発症に至るまで,そのすべての段階でRASが連続的に関与しており,しかもその関与の程度はメタボリックドミノの下流になるほど大き図2メタボリックドミノ生活習慣ンスリン抗性の活性・症網膜症症糖尿病血血糖性血ミクアンオー血性患血症脈血管———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.1,200817(17)筆者らは,増殖糖尿病網膜症患者の病理的網膜新生血管である線維血管組織やマウス網膜の血管内皮細胞にAT1-Rが発現していることを示した(図3)13).さらに糖尿病網膜症とRASの関係について明らかにするために,マウスストレプトゾトシン誘導糖尿病モデルを用いて検討を行った.これはストレプトゾトシンにより膵臓のb細胞が特異的に破壊されるために高血糖が誘導される1型糖尿病モデルである.高血糖誘導後2カ月の時ており,しかも活動性が強いほど両者の濃度は有意に高いことが明らかとなっている.これらのことから,糖尿病網膜症が進行するほど,RASが活性化されていることがわかる.培養網膜血管内皮細胞を用いたinvitroの検討では,AngⅡはAT1-Rを介してvascularendo-thelialgrowthfactorreceptor2(VEGFR-2)の発現を増加させ,VEGFによる血管新生作用を促進することも明らかとなっている12).図3増殖糖尿病網膜症患者の線維血管組織(A,B)とマウス網膜の血管内皮細胞(C~G)におけるAT1R(矢印)の発現(文献13より改変)AT1-RNegativecontrol増殖糖尿病網膜症線維血管組織マウス網膜———————————————————————-Page418あたらしい眼科Vol.25,No.1,2008(18)らの報告以外でも,ラット糖尿病モデルにAT1-R拮抗薬を投与すると網膜の血流が改善することが明らかとなっている15).以上のことから,糖尿病網膜症の発症から進展まで,RASが病態に深く関わっていることが考えられる.実際に臨床でも,UKPDS(UKProspectiveDiabetesStudy)によりACE阻害薬による厳格な血圧コントロールによって,糖尿病網膜症の発症・進行が有意に抑制されること16)や,さらに,TheEURODIABControlledTrialofLisinoprilinInsulin-DependentDiabetesMellitus(EUCLID)により,高血圧のない1型糖尿病患者に対するACE阻害薬lisinoprilがplacebo群と比較して糖尿病網膜症の進行を抑制することが報告されている17).現在,AT1-R拮抗薬candesartanの1型および2型糖尿病患者における糖尿病網膜症への効果についての検討〔TheDiabeticRetinopathyCandesartanTrials(DIRECT)〕が行われており,結果が待たれている18).III加齢黄斑変性加齢黄斑変性の分子メカニズムは完全に解明されてはいないが,その病因に酸化ストレスや慢性炎症が関与するとされている.筆者らは加齢黄斑変性患者の硝子体手術時に採取したヒト脈絡膜新生血管に,RASの構成要素であるAngⅡ,AT1-R,AT2-Rが発現していることを示した(図5)19).加齢黄斑変性とRASの関係を明らかにするために,マウスレーザー誘導脈絡膜血管新生モデルを用いて筆者らはさらなる検討を行った.まずレーザー照射により脈絡膜血管新生を誘導するとRASが活性化されることが,mRNA,蛋白質レベルで明らかとなった.この脈絡膜新生血管は,AT1-R拮抗薬を投与すると有意に抑制された(図6).そのメカニズムとしては,AT1-Rシグナルの阻害により脈絡膜新生血管へのマクロファージの浸潤が抑制され,脈絡膜におけるVEGF,ICAM-1,白血球の遊走因子であるmonocytechemotacticprotein(MCP)-1などの発現が抑制されたことから,炎症機転の軽減が考えられた.AT2-R拮抗薬の投与では,このような脈絡膜血管新生の抑制はみられなかった19).加齢黄斑変性の危険因子としては,メタボリックシン点では,網膜におけるAngⅡ,AT1-R,AT2-Rの発現はいずれも亢進しており,RASが活性化されていることがわかった.ここにAT1-R拮抗薬を投与すると,高血糖により亢進していた網膜血管への接着白血球数は有意に抑制され(図4),さらに網膜におけるVEGFや白血球の接着因子であるintercellularadhesionmole-cule(ICAM)-1の発現も有意に抑制された.しかし,AT2-Rの拮抗薬の投与では,網膜血管への接着白血球数は抑制されず,VEGFやICAM-1の発現も変化がみられなかった.これらのことから,糖尿病網膜症ではRASが活性化されており,AT1-Rを介するシグナルが病態に大きく関与している可能性が示唆された14).筆者視神経乳頭部正常糖尿病モデル+Vehicle糖尿病モデル+テルミサルタンAB周辺部p<0.01p<0.00135302520151050正常網膜血管接着白血球数Vehicleテルミサルタン糖尿病モデル図4糖尿病モデルにおけるAT1R拮抗薬(テルミサルタン)による網膜炎症の抑制糖尿病モデルで亢進していた白血球接着(矢印)は,AT1-R拮抗薬の投与により抑制される.Bar=50μm.(文献14より改変)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.1,200819(19)図5加齢黄斑変性の患者の脈絡膜新生血管におけるRASの構成要素(矢印)の発現(文献19より改変)NegativecontrolAT1-RAT2-RAngⅡBAp<0.001700,000600,000500,000400,000300,000200,000100,00000.55脈絡膜新生血管(μm3)Vehicleテルミサルタン(mg/kg)Vehicleテルミサルタン図6AT1R拮抗薬(テルミサルタン)によるレーザー誘導脈絡膜新生血管の抑制(文献19より改変)———————————————————————-Page620あたらしい眼科Vol.25,No.1,2008(20)4)Abdul-GhaniM,NawafG,NawafFetal:Increasedprev-alenceofmicrovascularcomplicationsintype2diabetespatientswiththemetabolicsyndrome.IsrMedAssocJ8:378-382,20065)CostaLA,CananiLH,LisboaHRetal:AggregationoffeaturesofthemetabolicsyndromeisassociatedwithincreasedprevalenceofchroniccomplicationsinType2diabetes.DiabetMed21:252-255,20046)GaedeP,VedelP,LarsenNetal:Multifactorialinterven-tionandcardiovasculardiseaseinpatientswithtype2diabetes.NEnglJMed348:383-393,20037)IshidaS,UsuiT,YamashiroKetal:VEGF164ispro-inammatoryinthediabeticretina.InvestOphthalmolVisSci44:2155-2162,20038)IshidaS,UsuiT,YamashiroKetal:VEGF164-mediatedinammationisrequiredforpathological,butnotphysio-logical,ischemia-inducedretinalneovascularization.JExpMed198:483-489,20039)IshidaS,YamashiroK,UsuiTetal:Leukocytesmediateretinalvascularremodelingduringdevelopmentandvaso-obliterationindisease.NatMed9:781-788,200310)FunatsuH,YamashitaH,NakanishiYetal:AngiotensinIIandvascularendothelialgrowthfactorinthevitreousuidofpatientswithproliferativediabeticretinopathy.BrJOphthalmol86:311-315,200211)FunatsuH,YamashitaH,IkedaTetal:AngiotensinIIandvascularendothelialgrowthfactorinthevitreousuidofpatientswithdiabeticmacularedemaandotherretinaldisorders.AmJOphthalmol133:537-543,200212)OtaniA,TakagiH,SuzumaKetal:AngiotensinIIpoten-tiatesvascularendothelialgrowthfactor-inducedangio-genicactivityinretinalmicrocapillaryendothelialcells.CircRes82:619-628,199813)NagaiN,NodaK,UranoTetal:Selectivesuppressionofpathologic,butnotphysiologic,retinalneovascularizationbyblockingtheangiotensinIItype1receptor.InvestOph-thalmolVisSci46:1078-1084,200514)NagaiN,Izumi-NagaiK,OikeYetal:Suppressionofdia-betes-inducedretinalinammationbyblockingtheangio-tensinIItype1receptororitsdownstreamnuclearfac-tor-kBpathway.InvestOphthalmolVisSci48:4342-4350,200715)HorioN,ClermontAC,AbikoAetal:AngiotensinAT(1)receptorantagonismnormalizesretinalbloodowandacetylcholine-inducedvasodilatationinnormotensivedia-beticrats.Diabetologia47:113-123,200416)UKProspectiveDiabetesStudyGroup:Ecacyofatenololandcaptoprilinreducingriskofmacrovascularandmicrovascularcomplicationsintype2diabetes:UKPDS39.BMJ317:713-720,199817)ChaturvediN,SjolieAK,StephensonJMetal:Eectoflisinoprilonprogressionofretinopathyinnormotensivepeoplewithtype1diabetes.TheEUCLIDStudyGroup.ドロームと関連のある高血圧20),脂質異常20),粥状硬化21)などがこれまでに報告されており,加齢黄斑変性にメタボリックシンドロームが関与していることが強く示唆される.AT1-R拮抗薬がこれらの病態の治療薬として有効であることは臨床研究や動物モデルで示されていることから,AT1-R拮抗薬の投与は脈絡膜新生血管だけでなく加齢黄斑変性の全身的背景も改善する可能性があり,加齢黄斑変性の治療薬として今後の臨床試験が期待される.おわりに現在,糖尿病網膜症の治療としては,レーザー網膜光凝固術,硝子体手術が一般的に行われる.これらの治療法は有効であるが,網膜症が進行してから行う治療法であり,しかも組織破壊を伴うという側面がある.その結果,視機能は不良のままであるということも経験される.また加齢黄斑変性に対する治療として,わが国では光線力学療法が行われており,抗VEGF療法も臨床試験が行われているが,これらの治療法も脈絡膜新生血管により視機能が障害されてから行う治療法であり,早期から積極的に行える安全かつ有効な治療法が望まれる.AT1-R拮抗薬をはじめとするRAS抑制薬は,世界中で広く使用されている安全性の高い治療薬であり,高血圧のみならず糖尿病腎症など臓器保護にも用いられている.RASの抑制は,メタボリックシンドロームが関連する糖尿病網膜症や加齢黄斑変性に対して,眼局所のみならずその全身背景をも是正する予防医学的な側面ももった新しい治療戦略の一つと考えられる.文献1)伊藤裕:メタボリックドミノとは─生活習慣病の新しいとらえ方─.日本臨牀61:1837-1843,20032)WongTY,DuncanBB,GoldenSHetal:Associationsbetweenthemetabolicsyndromeandretinalmicrovascu-larsigns:theAtherosclerosisRiskInCommunitiesstudy.InvestOphthalmolVisSci45:2949-2954,20043)BonadonnaRC,CucinottaD,FedeleDetal:Themetabol-icsyndromeisariskindicatorofmicrovascularandmac-rovascularcomplicationsindiabetes:resultsfromMetascreen,amulticenterdiabetesclinic-basedsurvey.DiabetesCare29:2701-2707,2006———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.25,No.1,200821Biol26:2252-2259,200620)KleinR,KleinBE,TomanySCetal:Theassociationofcardiovasculardiseasewiththelong-termincidenceofage-relatedmaculopathy:theBeaverDamEyeStudy.Ophthalmology110:1273-1280,200321)vanLeeuwenR,IkramMK,VingerlingJRetal:Bloodpressure,atherosclerosis,andtheincidenceofage-relatedmaculopathy:theRotterdamStudy.InvestOphthalmolVisSci44:3771-3777,2003EURODIABControlledTrialofLisinoprilinInsulin-DependentDiabetesMellitus.Lancet351:28-31,199818)SjolieAK,PortaM,ParvingHHetal:TheDIabeticREtinopathyCandesartanTrials(DIRECT)Programme:baselinecharacteristics.JReninAngiotensinAldosteroneSyst6:25-32,200519)NagaiN,OikeY,Izumi-NagaiKetal:AngiotensinIItype1receptor-mediatedinammationisrequiredforchoroidalneovascularization.ArteriosclerThrombVasc(21)