●連載◯281監修=稗田牧神谷和孝281.上方角膜切開によるICL手術神谷和孝北里大学医療衛生学部視覚生理学通常,手術適応となる若年者は直乱視を有することがほとんどであり,上方切開アプローチによるCICL手術は一定の乱視矯正効果を有する.また,それに続くCICLの垂直固定は手術手技がシンプルであり,ややCvault量は低くなるが,平均裸眼視力C1.58,矯正視力C1.78であり,重篤な合併症もなく,とくにノントーリックモデルを選択する際に有用と考えられる.C●はじめに後房型有水晶体眼内レンズ(implantableCcollamerlens:ICL)手術では,通常,耳側角膜切開から水平方向にレンズが固定される.実際にメーカーが推奨するオーダリングシステムでは,水平固定が前提となっている.しかし,ICL手術を希望する若年者ではそのほとんどが直乱視であり1,2),耳側切開によって乱視を惹起する可能性が高い.とくにノントーリックCICLを選択する際は,自覚乱視度数がわずかであっても一定の角膜乱視が存在することが多く2),上方切開によるアプローチはさらなる術後アウトカムの向上が期待できる.さらに,ホールCICLの導入によって虹彩切開術が不要となり,レンズが任意の方向に固定可能となった背景から,上方切開からそのまま垂直方向に固定できれば,レンズをC90°回転させる操作が不要となり,手術操作がよりシンプルとなることから,術者の負担も軽減しうる.これまで上方角膜切開によるアプローチやそれに続くICLの垂直固定については,一部の術者が経験的な観点から限定的に施行している現状があるが,実際の手術成績についての詳細な検討はなされていない.本稿では,自験例における上方切開による角膜乱視変化,惹起乱視2)や上方切開・垂直固定によるCICL手術成績3,4)について概説し,実際の上方切開によるCICL手術やレンズ選択における注意点5)についても紹介する.C●上方切開による角膜乱視変化・惹起乱視3.0Cmm耳側切開および上方切開によるCICL挿入術を施行したC121例C121眼を対象として,術前,術後C3カ月の時点で,オートケラトメータによる角膜乱視量と乱視軸を検討した2).その結果,耳側切開群では角膜乱視が有意に増加し,上方切開群では角膜乱視が有意に減少した(図1).耳側切開では,算術平均値ではC0.48Dの直乱視化を生じたのに対し,セントロイド値ではC0.23D(61)の直乱視化であった.上方切開でも算術平均値では0.57Dの倒乱視化を生じたのに対し,セントロイド値ではC0.47Dの倒乱視化であった(図2).以上より,ICL手術は算術平均としては約C0.5Dの惹起乱視を生じるが1,2),セントロイド値としては,耳側切開で約C50%,上方切開で約C80%と減少する.とくに通常行う耳側切開では,白内障手術の惹起乱視ほどではないものの,算術平均とセントロイド値の乖離は少なくない.個々の術者によって手術手技がそれぞれ異なることから,術者特有の惹起乱視については個々で把握しておくことが望ましい.本来乱視はベクトル量であり,セントロイド値は手術全体のトレンドを理解するうえで重要であり,メーカーのオンラインカリキュレーターには,各術者の惹起乱視の算術平均値よりセントロイド値を組み込むべきであろう.現状ではCICLカリキュレーターには惹起乱視は一切考慮されておらず,実際にそのような対応が困難であり,レンズを発注する際に微調整することも考慮したい.C●上方切開・垂直固定による手術アウトカムICL挿入術を施行したC43例C71眼(年齢C30.3±6.3歳,術前屈折度数.6.20±2.60D)を対象として術後成績について検討した.その結果,術後C1年の時点における裸眼視力(logMAR)は.0.20±0.10(平均小数視力C1.58)矯正視力(logMAR)は.0.25±0.07(平均小数視力C1.78),と良好であった3,4).裸眼視力C1.2以上がC100%(図3),矯正視力不変がC29眼(58%),1段階向上C18眼(36%),1段階悪化C3眼(6%)であり,2段階以上低下した症例を認めなかった.目標矯正度数に対して±0.5,1.0D以内の割合が,それぞれC98,100%,術後C1週からの屈折変化は.0.04±0.18Dであった(図6).術後C1週,1,3,12カ月の時点におけるCvault量は,それぞれC456±197,C465±192,435±193,382±171Cμmと通常の水平固定と比較してやや低めであった.術後早期の軽度グレア・あたらしい眼科Vol.40,No.10,202313190910-1810/23/\100/頁/JCOPY耳側切開上方切開45°45°角膜乱視(D)2.01.51.00.50,0,90°90°180°180°135°135°重心値0.23D@82°±0.52D重心値0.47D@1°±0.45D算術平均値0.48D±0.30D算術平均値0.57D±0.30D重心値重心値の95%信頼区間図1上方切開・耳側切開による角膜乱視量変化全データの95%信頼区間同心円=0.5D刻み上方切開では有意に減少する一方,耳側切開では有意に角図2上方切開・耳側切開による惹起乱視の倍角座標表示膜乱視が増加した.(文献C2より改変引用)耳側切開の算術平均値ではC0.48D,重心値ではC0.23Dの直乱視化,上方切開の算術平均値ではC0.57D,重心値では術前術後術前術後耳側切開情報切開100%98%100%100%80%0.47Dの倒乱視化を生じた.(文献C2より改変引用)累積眼数(%)ではC1サイズ大きくするなど,適宜対処する必要がある.60%もちろんトーリックCICLでも垂直固定することは可能で40%あるが,自覚屈折乱視軸・角膜乱視軸をC90°逆転させたレンズをオーダーする必要があり,レンズ回転指示シートもC90°異なるため,乱視軸の間違いに細心の注意を払20%0%20/12.520/1620/2020/25累積Snellen視力(20/×以上)図3上方切開・垂直固定によるICL手術前後の裸眼視力平均裸眼視力はC1.58,全例裸眼視力C1.2以上と良好であった.(文献C3より改変引用)ハローをC4眼(6%)認めたが,重篤な合併症は生じなかった.C●手術やレンズ選択における注意点手術全体の流れは,耳側切開によるCICL手術とほぼ同様であり,特殊な手術器具を必要としない.しかし,上方切開によるCICL手術はワーキングスペースが狭く,やや手術操作が行いにくい印象を受ける.とくに上眼瞼の影響から角膜表面に粘弾性物質が貯留し,上方のハプティクスを虹彩下に入れる手術操作の視認性が低下しやすい.創口閉鎖の際もスペースが狭ければ,少しだけ下方視してもらうなどの工夫も必要であろう.したがって,すぐに初心者が飛びつくのではなく,ある程度習熟してから検討すべきである.その後,そのままCICLを垂直固定する場合は,毛様溝は水平径より垂直径が長いことから,通常のCICLサイズを選択すると,vault量がやや低くなる傾向がある.前眼部光干渉断層計の垂直方向の撮影像を用いることで,従来とほぼ同様の予測性が得られるが,一部の患者C1320あたらしい眼科Vol.40,No.10,2023わなければならない.ただし,前述の通り,解剖学的に垂直径が長いことからトーリックレンズの軸回旋が生じにくい可能性もあり,さらなる検証が必要であろう.その一方で,水平固定を行う場合はサイズ選択に困ることはないが,垂直方向に入ったレンズをC90°回転させる必要がある.回転操作自体はそれほどむずかしくないが,一部の患者では回転させにくい場合があり,その際は逆方向に回転させるか,ノントーリックレンズでサイズ選択に大きな問題がなければ,そのまま固定してもかまわない.文献1)KamiyaCK,CShimizuCK,CIgarashiCACetal:SurgicallyCinducedastigmatismafterposteriorchamberphakicintra-ocularlensimplantation.BrJOphthalmol93:1648-1651,C20092)KamiyaCK,CAndoCW,CTakahashiCMCetal:ComparisonCofCmagnitudeCandCsummatedCvectorCmeanCofCsurgicallyCinducedastigmatismvectoraccordingtoincisionsiteafterphakicCintraocularClensCimplantation.CEyeVis(Lond)C8:C32,C20213)KamiyaK,AndoW,HayakawaHetal:Vertically.xatedposteriorCchamberCphakicCintraocularClensCimplantationCthroughasuperiorcornealincision.OphthalmolTher11:C701-710,C20224)神谷和孝:ICLの上方切開・垂直固定.有水晶体眼内レンズ手術(神谷和孝,清水公也編),p91-96,医学書院,20225)神谷和孝:ICL上方切開のコツと問題点.IOL&CRSC36:C559-566,C2022(62)