———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006????0910-1810/06/\100/頁/JCLS高脂血症治療薬スタチンとは?スタチン(正式名称:3-hydroxy-3-methylglutarylcoenzymeAinhibitor)は優れた血中コレステロールおよび低比重リポ蛋白(LDL)値低下作用をもつ高脂血症治療薬として現在広く用いられています.高脂血症は生活習慣病の一つであり,動脈硬化の進展などを介してさまざまな病態に深く関わっているため,コレステロールを下げること自体が健康に良いのはいうまでもありませんが,近年のめざましい研究成果から,このスタチンにはコレステロール低下に依存せずに血管を保護する作用など,生体に有益な効果を有することが知れられています.これはスタチンの多面的作用(pleiotropice?ect)とよばれ,循環研究の大きな話題の一つとなっています.スタチンの多面的作用スタチンはもともと肝臓でのLDLの取り込みを亢進させることにより高脂血症を改善させることを目的として開発された薬物です.しかしながら,欧米を中心とした大規模な臨床・疫学的検討によって,冠動脈疾患の発症進展を低下させることがLancet誌に報告され1),スタチンの心血管保護作用が俄然注目を浴びるようになりました.それ以降たくさんの基礎・臨床研究がなされ,スタチンによる心血管保護作用のメカニズムが徐々に解明されつつあります.スタチンの血管に対する作用のメカニズムに関しては,抗凝固・血栓作用や単球の血管内皮への接着抑制作用に加え,血管内皮細胞における一酸化窒素合成の促進,エンドセリン発現の抑制,酸化ストレスの軽減2),あるいは低分子量G蛋白???の活性化を抑制する3)ことなどが考えられています.眼科疾患へのスタチン治療の応用眼科領域でもスタチンの有用性が示され始めています.1990年代初めにすでにスタチン投与によって糖尿病網膜症が改善したとの症例報告があります4).最近になりラットの虚血再灌流モデル5),糖尿病誘発モデル6)でスタチンが白血球の血管内皮への接着を抑制する,あるいは血液網膜柵の透過性亢進を抑制する7)という報告がなされ,スタチンの網膜循環障害疾患への応用の可能性が示されました.筆者らもこのスタチンの血管保護作用に注目し,まず正常人にスタチンを投与した際の網膜循環動態を評価しました.するとスタチン内服後1週間で網膜血流は約20%増加しました8).糖尿病網膜症などは発症早期から網膜血流が減少することが知られています9)ので,スタチン投与によって網膜血流を改善させることができれば,網膜症の発症進展を抑制できるのではないかと期待しております.さらに筆者はこのスタチンの網膜血管への直接作用を,網膜摘出血管を用いた実験系で評価し,スタチンによる血管拡張作用は血管内皮からの一酸化窒素が重要な役割を果たしていることを明らかにしました10).糖尿病や高血圧などではその早期から血管内皮の機能異常,すなわち内皮からの一酸化窒素放出能の低下がひき起こされていることから,スタチンが網膜血管内皮保護作用を有し,糖尿病網膜症の発症進展予防に有効であるというエビデンスの一つになると考えています.さらに大規模臨床試験による検討から,スタチンが加齢黄斑変性11,12)や緑内障13)にも有効であるという興味深(67)◆シリーズ第70回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊長岡泰司(テキサスA&M大学/旭川医科大学眼科)高脂血症治療薬で眼疾患を治療できる?図1血管に対するスタチンの作用(仮説)スタチンはeNOSの活性化およびHMG-CoA抑制を介した???????-kinase経路の抑制により結果的にNO産生を促進させ,血管拡張,血管内皮保護作用を有すると考えられている.HMG-CoA:3-hydroxy-3-methylglutarylcoenzymeA,NO:nitricoxide(一酸化窒素),eNOS:血管内皮型NO合成酵素,???:低分子量G蛋白,Farnesyl-PP:ファルネシルピロリン酸.HMG-CoAメバロン酸???/???-kinaseeNOSNOFarnesyl-PPコレステロール-+-++血管拡張血流増加血管内皮保護スタチン———————————————————————-Page2????あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006い結果が報告されました.特に緑内障に関しては,スタチンを23カ月以上内服している群で開放隅角緑内障発症率が有意に低かったと報告されています.また培養線維柱帯細胞を用いた実験から,スタチンは細胞の形態を変化させミオシン軽鎖のリン酸化を抑制することにより眼圧下降させるというメカニズムが提唱されています14).実際筆者らの行ったスタディでも,スタチン内服により眼圧は2mmHgほど有意に低下しておりました.少数例での検討ではありますが,スタチンが眼循環改善効果と眼圧下降作用の両方を有するのであれば,新しい緑内障治療薬となる可能性もあると思われます.今後の展望実際に眼科疾患に応用するためには,解決しなければならない問題が数多く残されています.スタチンの血管新生への作用については,ウサギの虚血肢モデルで血管新生を増加させるという報告があり15),すでに血管新生が進行している増殖糖尿病網膜症への投与は慎重にすべきかも知れません.しかしながら今年のARVOでは,レーザー誘導脈絡膜新生血管モデルや糖尿病ラットなどで,スタチンのVEGF(血管内皮増殖因子)抑制を介した新生血管抑制効果が報告されており,臓器によりスタチンの新生血管への効果は異なるのかもしれません.また,血管さらに動物実験で効果が得られるスタチンの濃度は,実際の内服によって得られる血中濃度よりも高濃度で用いられていることがほとんどです.これを克服するには眼局所に高濃度に投与できるドラッグデリバリーシステムの開発が必要です.脂溶性,水溶性などいくつかのタイプのスタチンが存在しますが,眼組織,特に後眼部への移行性に優れたスタチンの点眼をつくることができれば,われわれ眼科医も手軽にこの薬剤を眼科疾患に応用できる日がくるかもしれません.いずれにしても眼科領域でのスタチンの研究はまだ始まったばかりで,今後エビデンスを積み重ねていくことでこの薬剤の眼科疾患への応用の可能性が評価されていくものと思われます.文献1)Randomisedtrialofcholesterolloweringin4444patientswithcoronaryheartdisease:theScandinavianSimvas-tatinSurvivalStudy(4S).??????344:1383-1389,19942)Hernandez-PereraO,Perez-SalaD,Navarro-AntolinJetal:E?ectsofthe3-hydroxy-3-methylglutaryl-CoAreductaseinhibitors,atorvastatinandsimvastatin,ontheexpressionofendothelin-1andendothelialnitricoxidesynthaseinvascularendothelialcells.?????????????101:2711-2719,19983)RikitakeY,LiaoJK:RhoGTPases,statins,andnitricoxide.????????97:1232-1235,20054)GordonB,ChangS,KavanaghMetal:Thee?ectsoflipidloweringondiabeticretinopathy.???????????????112:385-391,19915)HonjoM,TaniharaH,NishijimaKetal:Statininhibitsleukocyte-endothelialinteractionandpreventsneuronaldeathinducedbyischemia-reperfusioninjuryintheratretina.???????????????120:1707-1713,20026)MiyaharaS,KiryuJ,YamashiroKetal:Simvastatininhibitsleukocyteaccumulationandvascularpermeabilityintheretinasofratswithstreptozotocin-induceddiabetes.???????????164:1697-1706,20047)MooradianAD,HaasMJ,BatejkoOetal:Statinsamelio-rateendothelialbarrierpermeabilitychangesinthecere-braltissueofstreptozotocin-induceddiabeticrats.?????????54:2977-2982,20058)NagaokaT,TakahashiA,SatoEetal:E?ectofsystemicadministrationofstatinonretinalcirculation.????????????????124:665-670,20069)KonnoS,FekeGT,YoshidaAetal:RetinalbloodflowchangesintypeIdiabetes.Along-termfollow-upstudy.?????????????????????????37:1140-1148,199610)NagaokaT,HeinT,YoshidaAetal:Simvastatinelicitsdilationofisolatedporcineretinalarterioles:Roleofnitricoxideandmevalonate-Rhokinasepathway.??????????????????????????(inpress)11)McGwinGJr,OwsleyC,CurcioCAetal:Theassociationbetweenstatinuseandagerelatedmaculopathy.???????????????87:1121-1125,200312)WilsonHL,SchwartzDM,BhattHRetal:Statinandaspirintherapyareassociatedwithdecreasedratesofchoroidalneovascularizationamongpatientswithage-relatedmaculardegeneration.???????????????137:615-624,200413)McGwinGJr,McNealS,OwsleyCetal:Statinsandothercholesterol-loweringmedicationsandthepresenceofglaucoma.???????????????122:822-826,200414)SongJ,DengPF,StinnettSSetal:E?ectsofcholesterol-loweringstatinsontheaqueoushumorout?owpathway.?????????????????????????46:2424-2432,200515)KureishiY,LuoZ,ShiojimaIetal:TheHMG-CoAreductaseinhibitorsimvastatinactivatestheproteinkinaseAktandpromotesangiogenesisinnormocholester-olemicanimals.???????6:1004-1010,2000(68)***———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006????(69)■「高脂血症治療薬で眼疾患を治療できる?」を読んで■現在,眼疾患のなかでも糖尿病網膜症,加齢黄斑変性など網脈絡膜血管疾患に有効性,安全性が確立された治療薬はまだありません.その病態の研究から,血管新生促進因子である血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)の抑制を目的とした治療薬の開発治験が日本でも行われています.これは発症した上記疾患の特に新生血管そのものを治療のターゲットとしたもので,副作用を回避しつつ積極的な治療を目指すものです.今回,長岡泰司先生が詳細に,そしてわかりやすくまとめてくださったスタチンは同様に,網膜血管疾患の治療を目指すものですが,使い方として長期に内服することができ,全身疾患としての動脈硬化性血管病態を改善することを目的として使用することができます.スタチンを治療薬として使う際に考える必要があるのは近年,予防医学の枠組みのなかで研究が急速に進行しているメタボリックシンドロームと眼疾患の関連と考えられます.眼科医としては,まず,眼疾患にメタボリックシンドロームがどのように関連しているかを知りたいところです.さらに内科医に対しては,身体のなかで唯一生きた血管の状態を観察,評価できる網膜血管の所見,網膜血管疾患の病態の情報を全身の動脈硬化症の重要なリスクファクターとして検討することが有意義であることをアピールする必要があります.このような検討に関連して介入試験としてスタチン治療はまさにぴったりの薬物ということになります.眼科医がいかに全身疾患の治療に有意義な情報を提供し,かつ,眼科疾患の治療法開発に内科をはじめとした他科の先生の協力を得るかという重要な接点について,長岡先生に解説していただきました.今後の眼科研究の大きな方向性を示していただいたと考えられます.山形大学医学部視覚病態学山下英俊☆☆☆