———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLSの結果から,炎症性疾患や眼循環障害の評価におけるサーモグラフィーの将来性が期待されたが,その後はドライアイなどの眼表面疾患の病態解析の検討3,4)が散見されるにとどまっている.III通常のサーモグラフィーによる測定経験眼科臨床の現場では,サーモグラフィーはほとんど馴染みがない.この理由として,正確な測定に室内環境が一定に保たれた専用のスペースが必要なため,心電図やX線検査あるいはCT(コンピュータ断層撮影)検査などと同程度のややハードルの高い検査とみなされている点があげられる.しかし,サーモグラフィー装置(NECSanei社製サーモトレーサー:TH1106)(図1)を実際に使用してみると,機器の扱いは簡単で,画質も眼表面の解剖が十分にわかる解像度(図2)を有しており,使Iサーモグラフィーとは?サーモグラフィーとは,物体から放射されている電磁波の一種である赤外線を検知し,それを温度に変換することにより,物体の表面温度を測定できる装置である.近年,機器の改良に伴い医療用としても普及し,末?循環障害の診断などに広く利用されている.撮影は非接触のまま数秒以内に行えるほか,特殊な技術は不要で,人体に有害な副作用もない.測定結果は簡便なカラーマップとして表示されるため理解しやすく,きわめて有用な生理学的検査の一つといえる.II眼科領域でのサーモグラフィー研究表1に示すように,1957年にサーモグラフィー機器が開発され,1970年ごろから本格的に眼科領域で応用されはじめ,1980年代には蒲山ら1)が精力的な研究を行っている.その一部を紹介すると,正常者120眼の検討から角膜中央温度は平均34.6±0.5℃であること,さらに持続開瞼では,角膜中央温度は開瞼開始後40秒で0.5℃下降し,120秒後には約0.7℃下降する一定のパターンをとるという基礎データを示している1).また,冷却負荷試験を用いた検討で,白内障術後の炎症は術後13日目で術前状態に回復することや開放隅角緑内障眼の飲水負荷後(平均5mmHg上昇)は飲水前に比べて温度回復が著しく遅れることなども示している2).これら(41)???*ShiroKawasaki,MasahikoYamaguchi,ShiroMizoue,TakashiSuzuki&YuichiOhashi:愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学分野〔別刷請求先〕川﨑史朗:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学分野特集●前眼部四次元検査(前眼部キネティックアナリシス)あたらしい眼科24(4):439~446,2007眼表面サーモグラフィー???????????????????????????川?史朗*山口昌彦*溝上志朗*鈴木崇*大橋裕一*表1眼科領域へのサーモグラフィーの応用1957年1960年↓1970年↓1980年↓1990年↓サーモグラフィーが開発される眼科領域への応用が始まるわが国でも眼科応用が始まる1,2)・正常者の研究(角膜中央温度:34.6±0.5℃)・眼疾患の研究(炎症性疾患の温度上昇など)ドライアイなどの眼表面疾患の病態解析の検討3,4)———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.24,No.4,2007用感は,眼科での検査にたとえれば,角膜トポグラフィーの撮影に近いものである.試しに,持続開瞼のまま,健常者とドライアイ患者の眼表面を連続撮影すると,健常者では開瞼後も表面温度は下がりにくい(図3上)が,ドライアイ患者では開瞼後から徐々に角膜表面が冷却されていく様子がわかる(図3下).これはMorganらの報告3)と一致した所見であり,眼表面疾患,特にドライアイの病態解析に今後応用できる可能性を示唆している.(42)図1一般医療用サーモグラフィー装置(NECSanei社製サーモトレーサー:TH1106)図2一般医療用サーモグラフィー装置で得られた眼部サーモグラフィー15101510図3一般医療用サーモグラフィー装置で撮影した健常者(上)とドライアイ患者(下)の持続開瞼のサーモグラフィー健常者に比べて,ドライアイ患者は時間経過とともに冷却されやすい.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.4,2007???また,最近,筆者らはトラベクレクトミー術後の濾過胞の機能評価にサーモグラフィーを応用し,興味深い知見を得ている5).たとえば,細隙灯顕微鏡所見上ではほぼ同様の形態を示す無血管性濾過胞を対象に,眼圧コントロール良好例(無治療で13mmHg)と眼圧コントロール不良例(眼圧下降薬を使用して24mmHg)のサーモグラフィー所見を比較したところ,図4(上)に示すように,前者の濾過胞表面温度は周辺結膜に比べて低い,低温エリアとして表示されるのに対し,図4(下)のように,後者の濾過胞表面温度は周辺結膜とほぼ同程度であった.この温度差は,おそらく濾過胞における房水の灌流効率を表していると筆者らは考えている.すなわち,図5のように,毛様体の無色素上皮細胞で産生された房水は,後房から前房へ移動し,前房に留まる間に角膜面より冷却され低下していく.よって,機能良好な濾過胞においては,冷却された房水が結膜下を常に灌流しているため,周辺結膜温度よりも相対的に低温となる勘定である.サーモグラフィーで捉えられた濾過胞の低温エリアは実際の房水灌流域を反映しており,生理学的な意味での濾過胞と考えている.このようにサーモグラフィーは,細隙灯顕微鏡では捉えることのできない生理学的所見をわれわれに提供してくれる有用なツールである.新たな視点からの機能評価法として眼科領域における価値が再評価されるべきであるが,それには,より精度が高く,効率的に測定可能な‘眼科用サーモグラフィー装置’の開発が必要であろう.(43)図4眼圧コントロール良好例(上)と不良例(下)の濾過胞サーモグラフィー良好例の濾過胞は周辺結膜と比べて低温となり,不良例は差がない.図5機能良好な濾過胞眼での房水動態の考察濾過胞には冷却された房水が灌流する.冷却角膜濾過胞外気温体温———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.24,No.4,2007IVOcularSurfaceThermographer?の開発そこで,愛媛大学は,株式会社トーメーコーポレーションと共同で,眼部に特化した眼表面サーモグラフィー装置(図6)の開発に取り組んでいる.本装置は角膜トポグラフィーの撮影と同じような感覚で使用できるように設計されているため,眼科医にも馴染みやすいと思われる.開発上特記すべき点として,第一に,同じ角度のサーモグラフィーと前眼部写真をほぼ同時に記録できるようになった点があげられる.従来は,サーモグラフィーと前眼部写真を別々に記録し,後にパソコン上で重ね合わせることにより位置情報を得ていたが,回転ミラーを用いて0.25秒ごとにカメラを切り替え,サーモグラフィーと前眼部写真を同軸で記録撮(44)図7可視光観察時(A)と温度観察時(B)のサーモグラフィー装置の光学配置状態(回転ミラー方式)可視光検出器赤外線検出器赤外線検出器赤外線レンズ赤外線レンズ可視光反射ミラー被写体AB被写体可視光反射ミラー可視光レンズ回転図8OcularSurfaceThermographer?で撮影した前眼部写真とサーモグラフィー前眼部写真・サーモグラフィーともに精度の高い画像が同時に撮影され,位置情報のリンクも容易かつ正確である.図6OcularSurfaceThermographer?愛媛大学と(株)トーメーで共同開発中の眼表面サーモグラフィー装置.角膜トポグラフィーを撮る要領で,眼表面サーモグラフィーの撮影ができる.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.4,2007???(45)影することで(図7),位置情報へのリンクが容易かつ正確となった.光学系も眼球接写の位置で最高の解像度が得られるように設計している.図8は実際にOcularSurfaceThermographerTMで撮影した翼状片症例であるが,前眼部写真・サーモグラフィーともに精度の高い画像を同時に得ることができる.そのほか,計測開始直前に装置内での熱放射の影響を特製のシャッターで自動的に温度補正できるシステムも備えている.持続開瞼負荷試験に対応できるように,時系列に並べたデータをリアルタイムで供覧(図9)・解析(図10上)できるソフトウェアや,サーモグラフィーの3D表示(図10下),角膜部分の平均温度の経時的変化の表示機能も開発中である.VOcularSurfaceThermographer?の実際ここで,現在までに得られている臨床データの一部を紹介し,今後の応用の可能性について解説したい.1.角膜表面温度ドライアイに対する有用性の検討を,健常者およびSj?gren症候群患者を対象に行った5).開瞼直後では両群の眼表面温度に差はみられなかったが,10秒間持続開瞼させると,健常者(図11上)に比較しSj?gren症候群患者(図11下)では,角膜中央の表面温度が有意図9OcularSurfaceThermographer?撮影のモニター画面健常者の持続開瞼での前眼部写真とサーモグラフィーを10秒間連続記録した結果がリアルタイムで表示され,記録される.———————————————————————-Page6???あたらしい眼科Vol.24,No.4,2007(46)に低下していた.OcularSurfaceThermographerTMによる測定と記録は簡便であり,今後,スクリーニング検査として期待できるのではないかと思われた.細菌性角膜炎の1例(図12)では,炎症期の感染巣が周辺の角膜に比べてやや高温となり(図12上),持続開瞼しても冷却されにくく,炎症の消退とともに周辺角膜と同様の温度となった(図12下).虹彩炎症例を対象とした過去の報告2)でも,角膜中央は冷却されにくく,正常者と比べて高温を示しており,炎症という観点からは傾向は合致していた.角膜感染症などの炎症性疾患の臨床経過を細隙灯顕微鏡所見だけから判断するには,相当の知識や経験を要するが,サーモグラフィーを使用することで,客観的に炎症の程度を評価できる可能性がある.2.濾過胞表面温度OcularSurfaceThermographerTMによる測定を濾過胞についても試みた.たとえば,同一症例において,眼圧コントロール良好時と眼圧が再上昇して再手術を受ける直前を比較すると,眼圧コントロール良好時の濾過胞の表面温度は開瞼直後から低温であり,持続開瞼にてさらに冷えていくが,再上昇時には開瞼直後は低温ではな図10OcularSurfaceThermographer?で撮影した図9の症例の解析サーモグラフィー上をマウスで指した点での10秒間の経時的温度変化が表示できる(上).サーモグラフィーの3D画像も容易に作製できる(低温が凸で高温が凹と設定)(下).———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.24,No.4,2007???(47)543210109876543210109876図11健常者例(上)とSj?gren症候群患者例(下)の10秒間持続開瞼サーモグラフィー健常者では眼表面の温度低下はほとんどないが,Sj?gren症候群例では約1.1℃低下した.0011223300112233図12細菌性角膜炎症例:炎症期(上)と終息期(下)炎症期には感染巣が周辺の角膜に比べてやや高温となり,持続開瞼しても冷却されにくく,炎症の消退とともに周辺角膜と同様の温度となった.4321043210図13同一症例における眼圧コントロール良好時(上)と再上昇時(下)の持続開瞼による濾過胞表面温度の比較眼圧良好時は濾過胞は低温エリアで,持続開瞼により冷却されやすいが,再上昇時は開瞼直後からは低温とならず,冷却されにくい傾向がみられた.———————————————————————-Page8???あたらしい眼科Vol.24,No.4,2007(48)く,持続開瞼にても冷えにくい傾向がみられた(図13).別の眼圧コントロール良好例の濾過胞のサーモグラフィーを3D表示(図14)でみると,細隙灯顕微鏡所見とは違った形態の濾過胞が見える.このように,時間要素や温度域の概念が加われば,より詳細な濾過胞機能評価ができる可能性がある.おわりにOcularSurfaceThermographerTMを用いれば,簡便に眼表面の温度変化を捉えることができる.今後,多くの症例を積み重ねれば,種々の疾患の病態理解に有用な情報が得られると期待される.文献1)蒲山俊夫:眼科サーモグラフィの研究(第2報).日眼会誌84:375-382,19802)蒲山俊夫,大木孝太郎:眼科サーモグラフィの研究(第3報・その2).日眼会誌86:116-126,19823)MorganPB,TulloAB,EfronN:Infraredthermographyofthetear?lmindryeye.???9:615-618,19954)MoriA,OguchiY,OkusawaYetal:Useofhigh-speed,high-resolutionthermographytoevaluatethetear?lmlayer.???????????????124:729-735,19975)川﨑史朗,溝上志朗,山口昌彦ほか:サーモグラフィーによる濾過胞機能評価.第60回日本臨床眼科学会,20066)山口昌彦,川﨑史朗,溝上志朗ほか:オキュラーサーモグラフィーTMを用いたドライアイにおける経時的な眼表面温度変化の解析.第60回日本臨床眼科学会,2006図14眼圧コントロール良好例の細隙灯顕微鏡所見と濾過胞のサーモグラフィー3D画像