———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.24,No.3,2007???0910-1810/07/\100/頁/JCLSこの連載で意外と科学関係の書籍が紹介されていないようなので,今回は科学の面白さ,そして科学研究の面白さを教えてくれる本を紹介したいと思う.本書は講談社科学出版賞を受賞した作品であり,科学読み物のなかでは珍しく一般の読者にも広く読まれている本であると聞く.最近ではスローライフなどの言葉も聞かれるが,逆にいえば私たち現代人は時間に縛られて生活しているということを誰しも強く感じている.時には時間の束縛から逃げ出したくもなろうか.ところが,よく考えればそもそも生物にとって時間とはとても重要なものであって,むしろ現代人以上に昔の人類にとって,あるいは人類以外の生物にとっても,時間や季節とともに生活することが必要であったはずである.なぜなら地球上には昼と夜があり,春夏秋冬の季節がある.生物が生きてゆくうえで昼と夜の生活リズムをつくり,自分に有利な時間帯で休んだりエサを探したりの行動をし,季節に合わせて活発に活動したり冬眠をしたり,特定の季節に生殖活動を行うなど,その重要性は説明するまでもないだろう.それゆえ生物にとって時間を知ることはとても重要なことであるのは間違いない.それでは,生物はどのようにして時間を知ることができるのだろうか.時間を知る方法としてはもちろん太陽が昇ったり沈んだりということが最も考えられるが,実はそれだけではない.生物は自らの体内で時間を正確に知る体内時計(生物時計)を備えているのである.その証拠にマウスなどをまったくの暗闇で生活させてもマウスはほぼ一日のリズムを守って生活することがわかっている.その他の例として,セミなどはまだ暗いうちに土の中から這い出し,明け方には羽化している.私たち自身も時差ぼけというようなことで昼夜とは関係なしに体のリズムができているということは実感しているはずである.これらはすべて生物時計の働きで行われている.生物時計がどれほど重要かということは,地球上のほとんどあらゆる生物が生物時計の仕組みをもっていることからもうかがうことができる.しかも驚くべきことにその仕組みはヒトとショウジョウバエとでほとんど変わることがないという.ショウジョウバエとヒトが進化のうえで別れたのは7億年以上前とされているので,生物時計は7億年以上の進化の壁を越えて受け継がれているわけである.また,生物時計は体内で起こる多くのことを制御しているが,私たち人間にとって最も生物時計との関連を感じることができるものは睡眠であろう.睡眠もまた身近でありながら多くの謎に満ちた行動であり,大変魅力的な研究分野である.誰もが興味をもつであろう生物時計と睡眠という2つが本書のテーマである.著者である粂和彦氏は東京大学医学部を卒業後,分子生物学の分野で第一線の研究を続ける医学研究者であり,そのかたわら内科の診療を行う医師でもある.最近では「眠らないハエの研究」でメディアにも登場しているのでご存知の読者もあるかもしれない.本書のなかで粂氏は生物時計,睡眠に関する研究の最近の進歩を非常にわかりやすく,かつ面白く説き明かしてくれる.粂氏自身がそれらの研究に参加し,多くのすばらしい業績をあげた経験を織り込んでの話だけに,その語りは臨場感にあふれている.そういうとノーベル賞学者のワトソン博士の著書「二重らせん」にあるような研究者同士の熾烈な競争を描いたものを想像されそうだが,本書では研究者間の競争を描いているわけではなく,それぞれの研究者の業績を公平に,わかりやすく述べていて,その視(75)■3月の推薦図書■時間の分子生物学─時計と睡眠の遺伝子─粂和彦著(講談社現代新書)シリーズ─71◆吉田宗徳名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.24,No.3,2007点はあくまでも純粋に研究を楽しむ者のそれであると感じられるのも好感がもてる.あまり内容を詳しく紹介してしまうと実際に本書を手にとられてからの楽しみを損なう恐れがあるが,ごく一部を以下に紹介させていただく.まず生物時計をつかさどる仕組みであるが,驚くべきことにこの十数年ほどの間に生物時計の仕組みはほぼ完全に解明されてしまった.それも,その仕組みとは次のように非常に単純なものであった.ある種の蛋白質が細胞内で産生され,その産生にネガティブフィードバックがかかることによって,蛋白質の量がある周期で増減する.つまり,振り子時計の振り子と同じように一定周期を刻む役をするのである.この周期がちょうど地球の自転と同じ24時間周期になっているのである.しかし,一つひとつの細胞が勝手に時を刻んでいては全体の調和が取れない.これをつかさどり全体をまとめている部署が人間では視交差上核という脳のちょうど視交差の上の部分にある.生物時計は朝の光の刺激によってリセットされるので,ここにあることは都合が良いのだろう.ちなみに本書のなかには生活リズムが狂ってしまったような場合にどのようにすれば狂ってしまった生物時計をもとに戻すことができるかとか,どうすれば時差ボケを最低限に済ませられるか,といったことのヒントが示されているので,興味のある読者はぜひ試してみていただきたい.睡眠に関しても大変面白いことがたくさん学ばせてもらえるが,一つ紹介するとすればナルコレプシーに関する記述だろう.ナルコレプシーは日中などに突然睡眠の発作を起こしてしまう病気として知られる.ナルコレプシーの原因としてオレキシンという神経伝達物質の受容体に異常を起こしていることが1999年に突き止められた.これはそもそも遺伝的にナルコレプシーを起こすイヌを用いて10年かかって見つけられたものである.一方,別のグループではオレキシンのノックアウトマウス(オレキシンが体内で働かなくなるように遺伝子を操作されたマウス)を用いて,オレキシンが働かないとナルコレプシーを起こすことをほぼ同時期に発見した.このように科学の大発見というものはしばしばまったく別のアプローチから同じ結果を得ることがあり,また,偶然にも同時にゴールにたどり着くことがあるのは不思議である.先にも述べたようにあまり内容を詳しく紹介したくはない.あとは読者の皆さんがご自分でこの奥深い世界を自由に楽しんでいただきたい.内容の面白さは保証する.また,現在研究に励んでいる眼科医,あるいは今後研究を志す眼科医にはぜひ本書を手に取っていただきたい.実は粂氏は私の古い友人でもある.その人柄どおり,あくなき科学への興味を素直に研究にぶつけている粂氏の姿勢は本書から十分感じ取っていただけるものと思う.同時に本書を通じて研究のすばらしさ,研究の楽しさに触れることができるものと確信する.(76)☆☆☆