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CIELABを用いた白内障手術におけるブリリアントブルーG前囊染色の視認性評価

2020年7月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科37(7):883.890,2020cCIELABを用いた白内障手術におけるブリリアントブルーG前.染色の視認性評価柴宮浩希*1,2寒竹大地*1石川慎一郎*1中尾功*1樋田太郎*3西村知久*3江内田寛*1*1佐賀大学医学部眼科学教室*2高邦会高木病院眼科*3美川眼科医院CVisibilityEvaluationofBrilliantBlueGCapsuleStaininginCataractSurgeryusingCIELABHirokiShibamiya1,2)C,DaichiKantake1),ShinichiroIshikawa1),IsaoNakao1),TarouHida3),TomohisaNishimura3)CHiroshiEnaida1)Cand1)DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,2)CHospital,3)MikawaEyeClinicCDepartmentofOphthalmology,KouhoukaiTakagi目的:白内障手術において水晶体前.を染色するために投与されたブリリアントブルーCG(BBG)の有効性を確認し,染色領域と前.切除領域の色差をCCIE1976L*a*b*色空間(CIELAB)を用いて定量的に評価し,CIELABの評価指標としての妥当性を検討する.対象および方法:2014年C1月.2018年C2月に佐賀大学医学部附属病院眼科で施行した白内障手術のうち,前.の視認性が不良であり,視認性改善のためにCBBGを使用し前.切開を行ったC76例C85眼を後ろ向きに検討した.まず術者および第三者によって,5段階(レベルC0.4:5段階レベルでC2以上を有効と判定)でBBG投与後の可視化の程度・前.切開の容易性を評価した.さらに手術中の静止画像を用いて染色領域と前.切除領域の色差をCCIELABを用いて数値化し,第三者による評価との間に相関があるかを検討した.結果:第三者と術者による可視化の程度および手術容易性の評価は,平均でいずれも前.の視認性が明瞭なレベルC3以上であり,第三者評価ではC98.8%の症例で有効,術者評価では全例が有効と判定された.CIELABを用いた染色領域と前.切除領域の色差の検討では,色差に相当するユークリッド距離ΔEと第三者による評価とのCSpearmanの順位相関係数はC0.66であり,両者には正の相関があると示された.結論:BBG染色は白内障手術時の前.の可視化に有効であり,さらに前.染色の視認性の定量的評価指標としてCCIELABは有用であった.CPurpose:Toevaluatethee.cacyofbrilliantblueG(BBG)dyeinjectedforvisualizationoftheanteriorcap-suleofthelensandquantitativelyevaluateitsvisibilityintheanteriorcapsuleusingCIE1976L*a*b*Ccolorspace(CIELAB)C,CandCtoCexamineCtheCuseCofCCIELABCasCanCevaluationCindex.CSubjectsandMethods:WeCevaluatedC85Ceyesof76patientswhounderwentBBGcapsulestainingfromJanuary2014toFebruary2018atSagaUniversityHospital.CTheCsurgeonCandCaCthirdCpartyCevaluatedCtheCstainingCgradeCandCeaseCofCanteriorCcapsulotomyCinC.vesteps(level0to4,withalevelhigherthan2beingjudgede.ective)C.Inaddition,thecolordi.erenceofthestain-ingregionandanteriorcapsuleremovalregionwasquanti.edusingCIELAB.Wealsoinvestigatedwhetherornottherewasanassociationbetweenthecolordi.erenceofCIELABandevaluationbythethirdparty.Results:Theprocedurewasjudgede.ectivein98.8%ofthecasesbythirdpartyevaluationandin100%ofthecasesbysur-geonevaluation.Inexaminingcolordi.erenceusingCIELAB,theSpearman’srankcorrelationcoe.cientbetweenCΔEandthirdpartyevaluationwas0.66,indicatingthatbothhadpositivecorrelation.Conclusions:BBGstainingwase.ectiveforvisualizationoftheanteriorcapsuleofthelens,andCIELABwasfoundtobeusefulasaquantita-tiveevaluationindexofvisibility.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(7):883.890,C2020〕〔別刷請求先〕柴宮浩希:〒849-8501佐賀県佐賀市鍋島C5-1-1佐賀大学医学部眼科学教室Reprintrequests:HirokiShibamiya,DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,5-1-1Nabeshima,SagaCity,SagaPrefecture849-8501,JAPANCKeywords:CIELAB,BBG,前.染色,前.切開,白内障手術.CIELAB,BBG,anteriorcapsulestaining,anteriorcapsulotomy,cataractsurgery.Cはじめに白内障手術において,連続円形切.(continuouscurvilin-earcapsulorrhexis:CCC)は,重要な要素である.不完全なCCCCは術後の眼内レンズの安定性を欠くのみならず,術中の後.破損などにつながり,手術の安全性を損なう要因になりえる.しかし,成熟・過熟白内障の症例や皮質・後.下混濁の強い症例,角膜の透見不良な症例,硝子体出血を有する症例では白内障手術時に徹照光が不良となり,CCCの作製が困難となる.そのような症例では,前.の視認性を高めるため染色剤を使用した前.染色が行われており,以前よりインドシアニングリーン(indocyaninegreen:ICG)やトリパンブルー(trypanblue:TB)などが用いられている1,2).その有用性が報告されている一方で,角膜内皮や網膜への毒性に関する報告がなされ,安全性への懸念があるとされている3.6).今回前.染色に使用したブリリアントブルーCG(brilliantCblueG:BBG)は,もともとは硝子体手術において,ICGやTBに代わる内境界膜の染色剤として開発され,その安全性と良好な染色性から広く用いられているものである7,8).今回筆者らはCBBGを用いた水晶体前.染色での視認性を術者および第三者により評価することで染色の有効性を確認し,加えて国際照明委員会(CommissionCInternationaleCdeCl’Eclairage:CIE)が策定した色空間であるCCIELAB9)を用いて前.染色領域と切除領域の色差を定量化し,加えて,第三者評価との相関をみることで,CIELABが視認性の評価指標として妥当であるか検討を行った.CI対象および方法1.対象2014年C1月.2018年C2月に佐賀大学医学部附属病院眼科にて白内障手術を行った症例のうち,前.の可視化のためにBBGを用いて前.染色を行ったC76例C85眼を対象とした(表1).年齢はC32.94歳(平均C73.6C±12.3歳,平均値C±標準偏差)であった.性別は男性C29例(38%)32眼,女性C47例(62%)53眼であった.白内障の原因別分類としては大部分が加齢性であり,それ以外はアトピー性白内障C3例C3眼,外傷性白内障C1例C1眼の他,急性原発閉塞隅角緑内障C7例C7眼が含まれていた.染色を要した理由としては,成熟または過熟白内障がC35例C38眼(45%),皮質・後.下混濁がC28例C32眼(38%),角膜透見不良(急性原発閉塞隅角緑内障による角膜浮腫を含む)がC13例C15眼(18%)であった.本研究はヘルシンキ宣言を遵守し,佐賀大学医学部附属病院医学倫理審査委員会の承認(承認番号C2013-11-01)を受け,研究参加および未承認薬品使用に関するインフォームド・コンセントを十分に行い書面による同意を得て行った.また,本研究はC2018年C3月C31日をもってすべてを終了している.C2.手.術.方.法BBGは,CoomassieCBrilliantCblueCG250(シグマアルドリッチ社製)を眼内灌流液(オペガード)に溶解し,最終濃度をC0.25Cmg/mlに調整して使用した.薬剤の調整は当院薬剤部に依頼し,調整された院内製剤は滅菌さらにバイアル化され供給された.サイドポート作製後,上記のように調整したCBBGを注入し前房内を全置換した.置換後にC30秒程度経過したあと,眼内灌流液(BSSplus)にて前房を洗浄した.その後,粘弾性物質(ビスコートもしくはシェルガン)で前房内を置換し,2.4Cmm強角膜創もしくは角膜切開創を作製,チストトーム・前.切開鑷子を用いてCCCCを作製した.その後は通常の方法で手術を行い,全例に眼内レンズを挿入した.また,手術顕微鏡にはCOPMILumeraT(CarlZeiss)またはCOPMIVISU210(CarlZeiss)を用い,いずれもハロゲン光源を使用し,手術開始時には毎回必ず手術用ガーゼでホワイトバランスを調整して手術を行った.また,術中の動画は色彩設定などの編集を行わずに用いた.C3.評.価.方.法本研究における主要評価項目は第三者による視認性の評価とし,副次評価項目を術者による視認性の評価とした.術者による評価は,手術終了後に染色による視認性を評価した.第三者による評価では,手術開始時から終了時までを動画で記録し,その動画より前.染色後,CCC施行中,CCC終了後のC3枚の静止画像を加工しない状態で抽出し,評価の資料とした.評価基準は,術者・第三者ともにCBBGによる前.染色の視認性をレベルC0.4のC5段階(表2)で評価した.評価指標には本研究と同時期に試行していた「A0001(ブリリアントブルーCG250)の内境界膜染色と.離に対する有効性と安全性の検討─多施設共同第CIII相医師主導治験7」」の評価指標を一部改変し,白内障用の評価指標を新たに構築して使用した.第三者による評価は前述の手術動画より抽出した静止画像を用いて,院外の熟練した白内障術者C2名に評価を依頼した.術者評価および第三者による評価は,それぞれにおいて5段階の評価でレベルC2以上を有効と定義した.また,第三表1被験者背景項目区分割合(眼数%)解析対象76例85眼性別年齢男性女性平均値C標準偏差C最小値C中央値C最大値C29例32眼C47例53眼C73.612.332759437.662.4対象眼右眼左眼42眼(内両眼943眼C)C49.450.6病型加齢性白内障アトピー性白内障急性原発閉塞隅角緑水晶体異物65例74眼C3例3眼C内障7例7眼C1例1眼C87.13.58.21.2染色理由成熟・過熟白内障皮質・後.下混濁角膜透見不良35例38眼C28例32眼C13例15眼C44.737.617.6表2術者および第三者による可視化の程度の評価および手術容易性の評価に用いた指標指標※指標の詳細レベルC0※※前.の染色は確認できず,手術の操作は困難である(と考えられる)CレベルC1前.の染色はレベルC0に比して明瞭であるが,手術の操作は困難である(と考えられる)レベルC2前.の染色は不十分であるが,手術操作可能なレベルである(と考えられる)レベルC3前.の染色はレベルC2に比して明瞭であり,手術の操作は問題なく行える(と考えられる)レベルC4前.の視認性は十分であり,手術操作にまったく問題のない状態である(と考えられる)C※A0001(ブリリアントブルーCG250)の内境界膜染色と.離に対する有効性と安全性の検討─多施設共同第CIII相医師主導治験(文献C7より引用)C※※括弧内は第三者評価時の指標者による評価と術者による評価の評価指標レベルC0.4をそれぞれC0.4のスコアに置き換え,第三者評価ではC2評価者の平均値をとり,それぞれ第三者評価スコア,術者評価スコアとした.さらに,第三者評価スコアで視認性不良群:スコアC1.5.2,視認性中等度群:2.5.3,視認性良好群:3.5.4のC3群に分けた.さらに探索的評価項目として視認性の定量的な評価を目的とし,染色領域と前.切除領域の色差の定量的な評価を行い主要評価項目の妥当性を検討した.主要評価項目評価に用いたCCCC終了後の静止画像から前.の切開線を挟むCBBG染色領域と前.切除領域で関心領域をC6セット抽出した(図1a).この関心領域間でのコントラストを定量的に評価するため,CIELABを用いた.これは人間の視覚による知覚に近似するように作られた三次元の色空間であり,この色空間内の座標間の距離が大きいほど,大きな色差として知覚される10,11)という特性がある.そこで測定したC2領域間の色差をCIELAB色空間内での距離(CΔE)として定量的に評価した.画像からC6セット,計C12カ所の関心領域のCCIELAB色空間内での座標を画像処理ソフトCImageJを用いて抽出し,座標間の距離(CΔE)を以下の式にて計算した.CΔE=√(ΔL*)2+(Δa*)2+(Δb*)2CΔL*=L*染色領域.L*前.切除領域CΔa*=a*染色領域.a*前.切除領域CΔb*=b*染色領域.b*前.切除領域6セット分のCΔEを算出し,平均化した.また,CΔEと第三者評価スコアの相関をみた.さらに,第三者評価スコアで分けたC3群(視認性不良群,視認性中等度群,視認性良好群)それぞれのΔEの平均を比較した.今回直接的な評価項目とはしていないが,手術における有害事象についても併せて検討を行った.a14b12108データの分析に関してCWelchのCt検定およびCSpearmanの順位相関係数を用いた.患者属性や病型,染色理由,有害事象については診療録の記録をもとに集計を行った.CII結果1.有効性の評価主要評価項目である第三者による前.染色の有効性の評価に関しては,2人の評価者の間で軽微な差異はあるものの,レベルC3とレベルC4が約C80%を占める結果となった.各評価者ともC1眼のみレベルC1との評価であった(表3).有効(レベルC2以上)または,無効(レベルC2未満)の割合を表4に示す.2評価者とも有効がC84眼(98.8%),無効がC1眼(1.2%)であった.第三者評価において視認性不良群(第三者評価スコアC1.5.2),視認性中等度群(スコアC2.5.3),視認性良好群(スコアC3.5.4)それぞれの代表症例を図2に示す.視認性不良群や視認性中等度群には角膜透見不良な症例や皮質・後.下混濁の症例が多く,視認性良好群には成熟・過熟白内障の症例が多く含まれた.副次評価項目である術者による前.染色の有効性の評価に関しては,レベルC4がもっとも多くC44眼(51.8%)を占め,ついでレベルC3がC31眼(36.5%)を占めた(表3).有効または,無効の割合を表4に示す.有効と判定された症例はC856420第三者評価スコア*11.522.533.54DE11*眼(100%)であった.第三者による評価と同様に,視認性が不十分から中等度で109あった症例(術者評価スコアC2,3)には角膜透見不良な症例87や皮質・後.下混濁の症例が多く,視認性が良好であった症6543210第三者評価スコア例(スコア4)には成熟・過熟白内障の症例が多く含まれた.C2.CIELABを用いた定量的評価と第三者による評価の比較各症例で,CIELAB空間内での染色領域・前.切除領域それぞれのCL*,a*,b*座標間の距離ΔEを求めた.CΔEの平均はC6.15C±2.32(平均値C±標準偏差)であった.CΔEと第三者評価スコアの分布は図1bのようになった.SpearmanのDE1.5~22.5~33.5~4*:p<0.05図1関心領域の抽出および第三者評価とΔEの相関a:関心領域の抽出.CCC終了後の静止画像から前.の切開線を挟むようにBBG染色領域(赤丸)と前.切除領域(緑丸)をC6セット抽出.Cb:第三者評価スコアとCΔEの分布.第三者評価スコアとCΔEには正の相関を認めた.Cc:第三者評価スコア毎のΔE.視認性不良群(第三者評価スコアC1.5.2)ではCΔEの平均はC4.23C±1.49,視認性中等度群(スコアC2.5.3)ではC5.09C±1.34,視認性良好群(スコアC3.5.4)ではC7.67C±2.28となり,各群間でCΔEの平均値は有意差を認めた.CΔE:BBG染色領域と前.切除領域のCCIELAB色空間内の距離.C886あたらしい眼科Vol.37,No.7,2020順位相関係数はC0.66であり,両者には正の相関があると示された.また,第三者評価スコアごとにCΔEの平均を比較すると図1cのようになった.それぞれの群間でCΔEの平均値は有意差を認め,第三者評価において視認性が良い症例ほど有意にΔEの値が大きくなった.これにより,客観的な評価であるCCIELABを用いて色差を定量化したCΔEは,主観的な評価である第三者評価と同様に前.染色の視認性の評価指標となりうることが示唆された.また,白内障のタイプすなわち前.染色を要した理由ごとに解析を行うと,第三者評価では成熟・過熟白内障でもっとも評価が良好であり,第三者評価スコアは平均C3.38C±0.57(112)表3術者および第三者による可視化の程度の評価および手術容易性の評価の結果第三者評価者C1第三者評価者C2術者評価指標指標の詳細眼数割合(%)眼数割合(%)眼数割合(%)レベルC0前.の染色は確認できず,手術の操作は困難である(と考えられる)C0C0.0C0C0.0C0C0.0レベルC1前.の染色はレベルC0に比して明瞭であるが,手術の操作は困難である(と考えられる)C1C1.2C1C1.2C0C0.0レベルC2前.の染色は不十分であるが,手術操作可能なレベルである(と考えられる)C18C21.2C16C18.8C10C11.8レベルC3前.の染色はレベルC2に比して明瞭であり,手術の操作は問題なく行える(と考えられる)C29C34.1C46C54.1C31C36.5レベルC4前.の視認性は十分であり,手術操作にまったく問題のない状態である(と考えられる)C37C43.5C22C25.9C44C51.8表4術者および第三者による可視化の程度の評価および手術容易性の評価のまとめ第三者評価者C1第三者評価者C2術者眼数割合(%)眼数割合(%)眼数割合(%)解析対象C85C85C85有効※C84C98.8C84C98.8C85C100.0無効※※C1C1.2C1C1.2C0C0.0C※有効はレベルC2以上をさす.C※※無効はレベルC2未満をさす.図2第三者評価におけるスコアごとの代表例a:視認性不良群(第三者評価スコアC1.5.2)全周にわたってCCCCの境界線がほとんど視認できない.角膜透見不良症例.Cb:視認性中等度群(スコアC2.5.3)部分的にCCCCの境界線が確認できるが,一部は視認性が不良.皮質・後.下混濁症例.Cc:視認性良好群(スコアC3.5.4)全周にわたってCCCCの境界線が明瞭に観察できる.成熟白内障症例.(平均値C±標準偏差)であった.皮質・後.下混濁の症例はC±標準偏差),ついで,皮質・後.下混濁の症例C5.81C±2.13C2.97±0.75(平均値C±標準偏差),角膜透見不良な症例がもっ(平均値C±標準偏差),角膜透見不良な症例C4.22C±1.18(平均とも評価が低く,第三者評価スコアはC2.80C±0.68(平均値C±値±標準偏差)の順となった.CΔEの平均値は,それぞれの標準偏差)であった.それぞれの症例でのCΔEの平均値を図群間で有意差を認めた.C3に示す.CΔEも第三者評価スコアと同様に,成熟・過熟白C3.有害事象の検討内障の症例でΔEがもっとも大きく平均C7.20C±2.28(平均値安全性に関して今回筆者らの調査では,有害事象はC85眼*11109876543210角膜透見不良DE皮質・後.下混濁成熟・過熟白内障*:p<0.05図3染色理由ごとのΔE角膜透見不良な症例ではΔEの平均値はC4.22C±1.18(平均値C±標準偏差),皮質・後.下混濁の症例ではC5.81C±2.13(平均値C±標準偏差),成熟・過熟白内障の症例ではC7.20C±2.28(平均値C±標準偏差)となり,それぞれの群間でCΔEの平均値は有意差を認めた.CΔE:BBG染色領域と前.切除領域のCCIELAB色空間内の距離.中C75眼(88.2%)報告された.表5に認められた有害事象を示した.発現割合がもっとも高かったものは結膜充血でC50眼(58.8%),ついで角膜浮腫C35眼(41.2%),点状表層角膜炎C15眼(17.6%),結膜下出血C14眼(16.5%)と続いた.追加での処置を要した有害事象として後.破損をC2眼(2.4%)に認めたが,いずれもCCCC作製は問題なく行われ,その後の手術操作のなかで生じたものであった.両症例とも硝子体切除を追加し,1例は眼内レンズを.内固定,もうC1例は.外固定を行いいずれも術中に対応を完了した.また,角膜内皮細胞密度に関しては,術前の平均がC2,556個/mmC2,術後の平均がC2,031個/mmC2であった.CIII考按白内障手術において,成熟・過熟白内障や皮質・後.下混濁が強い症例,角膜透見不良な症例,硝子体出血の症例では網膜からの反射光である徹照光が得られにくく,前.の視認性が不良となり,CCCの施行が困難となる.前.の視認性を改善するために染色剤として以前よりCICGやCTBが使用され,その有用性が報告されてきた1,10.13).一方で,前.染色は症例により術中の視認性にかなりの差異を生じるため,染色の有効性を確認し,さらに今後,染色の特性や観察手技の検討をするには定量的かつ客観的な評価指標が必要と考えられた.今回CBBGを前.に対する染色剤としていくつかの検討を表5有害事象合併症眼数頻度(%)結膜充血C50C58.8角膜浮腫C35C41.2点状表層角膜炎C15C17.6結膜下出血C14C16.5眼圧上昇C3C3.5後.破損C2C2.4角膜混濁C1C1.2結膜浮腫C1C1.2C行ったが,主要評価項目とした第三者による前.染色の視認性の評価では,98.8%の症例で染色の有効性を認め,さらに副次評価項目である術者の評価ではC100%の症例で有効と判定され,BBGによる前.染色の有効性を確認した.今回,ほかの染色剤のとの比較は行っていないが,既報ではCBBGとCTBによる前.染色の有効性としてCCCCの成功率を比較しており,両者ともCCCC成功率C100%で同等の有効性を認めたとされている5).今回筆者らは前.染色の視認性の定量的評価のためCIELABを用いた.色空間にはさまざまなものがあるが,一般に,色空間内でのC2点間距離は視覚による色差の感覚とは一致していない.色空間内での距離と肉眼での感覚の不一致を減らすことを目的に作製されたのが,CIELABである.CIELAB色空間は色の明度(L*=0は黒,L*=100は白の拡散色),マゼンタと緑の間の位置(a*:負の値は緑寄りで,正の値はマゼンタ寄り),黄色と青の間の位置(b*:負の値は青寄り,正の値は黄色寄り)の座標で定義される.CIELABは完全な均等色差空間ではないものの,色空間内での距離はある程度視覚による色差の大きさを反映する.すなわちCCIELAB色空間内の座標間の距離が大きいほど,大きな色差として知覚される14,15).CIELABは日本産業規格(JIS)にも採用され,一般に産業分野での色差を表す標準規格として用いられているが,眼科領域の使用例としては内境界膜染色の評価16,17)や内境界膜染色における染色剤ごとの染色性の比較18),染色手技の検討19)で用いられており,前.染色においても染色に用いるCTBの至適濃度の検討20)で用いられている.このように染色性を主観的な評価ではなく,客観的な評価とすることで,染色剤ごとの違いや染色方法,観察方法の比較・検討を可能としている.主要評価項目である第三者による評価とCCIELAB座標内の距離ΔEを用いた染色領域と前.切除領域の色差の評価ではCSpearmanの順位相関係数でC0.67と正の相関を認めた.第三者評価において視認性不良群(第三者評価スコアC1.5.2)と,視認性良好群(第三者評価スコアC3.5.4)では,CΔEの平均値に約C1.81倍のスコア差を認め,視認性の評価において,CIELABを用いた定量的な評価の有用性が示された.ΔEの値ごとに第三者評価の評価指標をみると,CΔEが4以上となれば全症例で有効な視認性が得られており,さらにC5以上となれば多くの症例で視認性は十分で手術操作に問題ないレベルとなっていた.また,今回筆者らの調査では,CCCの成功率はC100%と既報と同様に高い数値であったが,染色の有効性をC5段階で評価することで,CCCは成功しているものの,その染色の程度や手術の容易性に症例間で差があることがわかった.その一因としては,染色を行った症例による染色後の視認性の違いが考えられた.CIELABを用いて染色理由ごとのCΔEの平均値を比較すると,成熟・過熟白内障の症例ではC7.20ともっとも大きく,ついで皮質・後.下混濁の症例でC5.81,角膜透見不良な症例はC4.22ともっとも小さい値であった.このような症例によってΔEに差が生じた原因として,成熟・過熟白内障や皮質・後.下混濁の症例では水晶体前.下の色調が白色となっているものが多く含まれ,白色の水晶体と染色された前.の間でコントラスト差が大きいのに対し,角膜透見性が不良な症例では水晶体は必ずしも白色ではないため,染色した前.との間にコントラスト差が生じにくい点や,角膜混濁のために染色で生じたコントラスト差が不明瞭化している可能性が考えられた.したがって,染色後の視認性不良となりやすい角膜透見不良な症例において前.染色を行う際には,染色性・視認性を高める手技の検討が必要と考えられた.染色による視認性の改善が得られにくい角膜透見不良例などにおいては,レトロイルミネーション21,22)やフィルター23)の使用,染色時間を長くとるなどの観察方法や染色手技の検討が必要と考えられた.その際,今回の検討で視認性や手術容易性が担保された染色領域と前.切除領域での色差ΔEがC4.5以上とすることが一つの基準になるのではないかと考えている.前.染色の安全性に関して,ICGやCTBは臨床的利用においては安全に使用できるとの報告24)がなされているが,久富らの電子顕微鏡を用いた前.染色後の角膜内皮細胞への影響を調べた研究では,ICGやCTBは内皮細胞の構造的な変化を認めたのに対し,BBGではそのような変化を認めなかった点から,BBGはより安全に使用できると報告6)している.また,長島らはCTBとCBBGによる前.染色を行い,両者とも同等の染色性と安全性を示したが,Zinn小帯が脆弱な症例や硝子体手術を併施する症例では染色剤が硝子体腔へ流入し,網膜毒性を生じる可能性から,BBGがより安全であるとの報告5)をしている.今回の筆者らの調査では,結膜充血(58.8%)や角膜浮腫(41.2%)など,有害事象の発生頻度が多く,角膜内皮細胞密度の減少量も大きかったが,これは通常の白内障手術でも起こりうる軽微な有害事象もすべて含まれており,加えて,急性原発閉塞隅角緑内障の症例では,白内障手術の施行の有無にかかわらず充血や角膜浮腫を生じていたことや核硬化度が高い症例が多く含まれていたために,角膜内皮細胞密度の減少が大きかったと考えられた.また,角膜染色や硝子体染色といったCBBG投与によると考えられる有害事象は認めなかったが,適切な使用方法を遵守するべきであることはいうまでもない.今回の研究で,BBGによる水晶体前.染色の有用性が確認され,CIELABを用いて色差を定量化したCΔEは視認性の定量的な評価指標となりうることが示唆された.また,染色に至る理由によって染色で得られる視認性に差が生じることが証明された.本研究の課題としては,後ろ向き研究であること,手術顕微鏡の照度や染色時間などが一定ではなかったことがあげられる.より正確性を期すためには統一条件下での検討が望まれた.本論文の一部の内容は第C122回日本眼科学会総会にて発表した.利益相反:江内田寛(カテゴリーP)文献1)HoriguchiM,MiyakeK,OhtaIetal:Stainingofthelenscapsuleforcircularcontinuouscapsulorrhexisineyeswithwhitecataract.ArchOphthalmolC116:535-537,C19982)MellesGR,deWaardPW,PameyerJHetal:Trypanbluecapsulestainingtovisualizethecapsulorhexisincataractsurgery.JCataractRefractSurgC25:7-9,C19993)VeckeneerM,OverdamK,vanMonzerJetal:Oculartox-icityCstudyoftrypanblueinjectedintothevitreouscavityofCrabbitCeyes.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC239:C698-704,C20014)JacksonTL,HillenkampJ,KnightBCetal:Safetytest-ingCofCindocyanineCgreenCandCtrypanCblueCusingCretinalCpigmentepitheliumandglialcellcultures.InvestOphthal-molVisSciC45:2778-2785,C20045)NagashimaT,YudaK,HayashiT:ComparisonoftrypanblueCandCbrilliantCblueCGCforCstainingCofCtheCanteriorClensCcapsuleCduringCcataractsurgery:short-termCresults.CIntCOphthalmolC39:33-39,C20196)HisatomiT,EnaidaH,MatsumotoHetal:StainingabilityandCbiocompatibilityCofCbrilliantCblueG:PreclinicalCstudyCofCbrilliantCblueCGCasCanCadjunctCforCcapsularCstaining.CArchOphthalmolC124:514-519,C20067)江内田寛,平形明人,大路正人ほか:A0001(ブリリアントブルーCG250)の内境界膜染色と.離に対する有効性と安全性の検討─多施設共同第CIII相医師主導治験.日眼会誌C120:439-448,C20168)BabaT,HagiwaraA,SatoEetal:Comparisonofvitrec-tomywithbrilliantblueGorindocyaninegreenonretinalmicrostructureCandCfunctionCofCeyesCwithCmacularChole.COphthalmologyC119:2609-2615,C20129)SchandaJ:ColorimetryCUnderstandingCtheCCIECSystem.CJohnWiley&Sons,NewYork,p58-64,200710)木内貴博,石井晃太郎,矢部文顕ほか:成熟白内障手術におけるインドシアニングリーン前.染色の有効性と限界.あたらしい眼科C20:1159-1162,C200311)中野敦雄,永本敏之,浜由起子ほか:トリパンブルー前.染色を用いた白色白内障の手術成績.日眼会誌C108:283-290,C200412)二井宏紀,亀井千夏,小沢信介:トリパンブルー前.染色を行った白内障手術成績.臨眼C57:325-328,C200313)高原眞理子,土居亮博:トリパンブルー前.染色施行,Tor-sionalCphaco使用白内障手術による角膜内皮への影響.臨眼C69:1475-1479,C201514)KuehniRG:Colour-toleranceCdataCandCtheCtentativeCCIEC1976Labformula.JOptSocAmC66:497-500,C197615)LogvinenkoAD:Anobject-colorspace.JVisC5:1-23,C200916)SteelDH,KarimiAA,WhiteK:Anevaluationoftwoheavi-er-than-waterCinternalClimitingCmembrane-speci.cCdyesCduringmacularholesurgery.GraefesArchClinExpOph-thalmolC254:1289-1295,C201617)HenrichCPB,CValmaggiaCC,CLangCCCetal:ContrastCrecog-nizabilityduringbrilliantblueG-andheavier-than-waterbrilliantCblueCG-assistedchromovitrectomy:aCquantita-tiveanalysis.ActaOphthalmolC91:120-124,C201318)HenrichPB,PriglingerSG,HaritoglouCetal:Quanti.ca-tionCofcontrastrecognizabilityduringbrilliantblueG-andindocyanineCgreen-assistedCchromovitrectomy.CInvestCOph-thalmolVisSciC52:4345-4349,C201119)TotanY,GulerE,Gura.acFBetal:BrilliantblueGassist-edCmacularsurgery:thee.ectofairinfusiononcontrastrecognisabilityininternallimitingmembranepeeling.BrJOphthalmolC99:75-80,C201520)YetikH,DevranogluK,OzkanS:Determiningthelowesttrypanblueconcentrationthatsatisfactorilystainstheante-riorCcapsule.JCataractRefractSurgC28:988-991,C200221)BilginCS,CKayikciogluO:ChandelierCretroillumination-assistedcataractsurgeryduringvitrectomy.EyeC30:1123-1125,C201622)NagpalCMP,CMahuvakarCSA,CChaudharyCPPCetal:Chan-delier-assistedretroilluminationforphacoemulsi.cationinphacovitrectomy.IndianJOphthalmolC66:1094-1097,C201823)EnaidaH,HachisukaY,YoshinagaYetal:Developmentandpreclinicalevaluationofanewviewing.ltersystemtocontrolre.ectionandenhancedyestainingduringvitrec-tomy.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC251:441-451,C201324)ChungCCF,CLiangCCC,CLaiCJSCetal:SafetyCofCtrypanCblue1%andindocyaninegreen0.5%inassistingvisualizationofCanteriorCcapsuleCduringCphacoemulsi.cationCinCmatureCcataract.JCataractRefractSurgC31:938-942,C2005***

白内障術後に遅発性Descemet膜剝離を生じたSchnyder角膜ジストロフィの1例

2019年12月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科36(12):1579.1583,2019c白内障術後に遅発性Descemet膜.離を生じたSchnyder角膜ジストロフィの1例勝部志郎*1,2安田明弘*1舟木俊成*3大越貴志子*1門之園一明*2*1聖路加国際病院眼科*2横浜市立大学附属市民総合医療センター眼科*3順天堂大学医学部附属病院眼科CSpontaneousDetachmentoftheDescemetMembraneafterPhototherapeuticKeratectomyandCataractSurgeryinanElderlyPatientwithSchnyderCrystallineCornealDystrophyShiroKatsube1,2)C,AkihiroYasuda1),ToshinariFunaki3),KishikoOhkoshi1)andKazuakiKadonosono2)1)DepartmentofOphthalmology,St.Luke’sInternationalHospital,2)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversityMedicalCenter,3)DepartmentofOpthalmology,JuntendoUniversityHospitalCレーザー治療的角膜切除術(phototherapeuticCkeratectomy:PTK)と白内障術後に遅発性CDescemet膜.離を生じステロイド点眼で治癒したCSchnyder角膜ジストロフィのC1例を報告する.症例はC80歳,男性.前医にて両眼角膜混濁と白内障の診断で,白内障手術前処置としてのCPTK目的に聖路加国際病院(以下,当院)を紹介受診.両眼CPTKを施行後C3カ月に前医にて右眼白内障手術を施行されたが,1カ月を経ても角膜実質浮腫が改善せず,ステロイド点眼で術後C3カ月に浮腫は消失した.その後当院にて左眼白内障手術を施行し順調な経過だったが,3週後に突如CDes-cemet膜.離を伴う角膜実質浮腫を生じた.前房空気タンポナーデは効果なく,ステロイド点眼で発症C12日後にCDes-cemet膜は接着し,角膜浮腫が消失した.遺伝子検査でCUBIAD1遺伝子CP128L変異を認めた.臨床経過より,Schny-der角膜ジストロフィはCDescemet膜と内皮細胞にも脂肪が沈着しており,Descemet膜の接着が脆弱なため術後炎症による内皮機能低下からCDescemet膜.離を生じる病態があるのではないかと考按した.CAn80-year-oldmalewithbilateraldensecornealopacitiesatthestromalsurfacewasclinicallydiagnosedasSchnydercrystallinecornealdystrophy(SCCD)C,andsubsequentlyunderwentphototherapeutickeratectomy(PTK)ConCbothCeyes,CfollowedCbyCcataractCsurgeries.CAfterCcataractCsurgery,CcornealCstromalCedemaCwasCobservedCinCtheCpatient’sCrightCeye,CyetCdisappearedCbyC3-monthsCpostoperativeCviaCtreatmentCwithCtopicalCdexamethasone.CThreeCweeksaftercataractsurgeryonhislefteye,spontaneousdetachmentoftheDescemetmembrane(DM)andcorne-alstromaledemaoccurred.AnteriorsegmentopticalcoherencetomographydetectedahigherdensityC.uidundertheCDM.CAirCtamponadeCinCtheCanteriorCchamberCwasCine.ective,Chowever,CtopicalCdexamethasoneCadministrationCledCtoCtheCcorneaCbeingCcompletelyCcured.CGenotypicCanalysisCdetectedCaCmutationCofCtheCUBIAD1gene(P128L)C,andthepatientwasgeneticallydiagnosedasSCCD.Inthisrareclinicalcourse,SCCDcausedspontaneousdetach-mentoftheDMafterPTKandcataractsurgery.Inthispresentcase,wetheorizethatpathologiesofthecorneaandpostoperativein.ammationcausedadysfunctionofthecornealendotheliumthatledtotheDMbeingsponta-neouslydetached.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(12):1579.1583,C2019〕Keywords:Schnyder角膜ジストロフィ,角膜変性症,治療的角膜切除術,Descemet膜.離,白内障手術.Schny-derCcornealdystrophy,cornealendothelium,phototherapeutickeratectomy,Descemetmembrane,cataractsurgery.Cはじめに幼少時に発症し緩徐に進行するとされ,壮年になり両眼の角Schnyder角膜ジストロフィは常染色体優性遺伝で両眼の膜中央部に円盤状またはリング状の混濁を呈し,進行すると角膜実質に脂質沈着による混濁を生じるまれな疾患である1,2).角膜全体が混濁する.混濁部に針状結晶を生じ,角膜周辺部〔別刷請求先〕勝部志郎:〒104-8560東京都中央区明石町C9-1聖路加国際病院眼科Reprintrequests:ShiroKatsube,DepartmentofOphthalmology,St.Luke’sInternationalHospital,9-1Akashicho,Chuo-ku,Tokyo104-8560,JAPANC右眼右眼右眼左眼図1初診時所見上段:細隙灯顕微鏡所見では,両眼ともにCBowman層.角膜実質浅層にびまん性混濁と微小びらんの既往を疑う上皮下瘢痕,老人環様の周辺部混濁を認めた.虹彩異常なし.白内障(Emery-Littele分類C2度)を認める.下段:前眼部COCTでは実質全層に淡く高輝度であり,とくにCBowman層に強い高輝度層を認めた.に老人環様の混濁を認めることがある.全身合併症として高脂血症,脊椎・手指奇形,外反膝などが知られている.遺伝子検査ではCUBIAD1遺伝子の変異が報告されている4,5).今回,治療的レーザー角膜切除術(phototherapeutickera-tectomy:PTK)と白内障術後に遅発性CDescemet膜.離を生じ,ステロイド点眼により治癒したCSchnyder角膜ジストロフィのC1例を経験したので報告する.CI症例患者:80歳,男性.初診時主訴(2014年C8月):まぶしい,見えにくい.現病歴:60歳頃より家族が角膜混濁に気づいていたが,5年前から通院していた近医より,白内障手術目的に前医を紹介されたところ角膜混濁を指摘され,白内障手術の前処置としてのCPTK目的に聖路加国際病院(以下,当院)を紹介受診となった.既往歴:74歳糖尿病(HbA1c7.4%),75歳胆.手術後の腸閉塞,脂質異常症なし.家族歴:父が徴兵検査で視力不良で不合格.同胞,子は異常なし.初診時所見:遠方視力:VD=0.1(0.3C×sph+2.00(cyl.4.00DAx70°)VS=0.3(0.8C×sph+0.75(cyl.2.00DAx90°)眼圧:右眼C11CmmHg,左眼C11CmmHg.細隙灯顕微鏡所見:角膜CBowman層.実質浅層全体にCcombpatternの密な混濁のため実質深層の混濁の状態は視認が困難だった.角膜上皮の微小びらんの既往を疑う瘢痕と老人環様の周辺部混濁を認めた.前房と虹彩に異常なし.水晶体は白内障CEmery-Little分類C2度(図1)を認め,眼底は透見困難だった.II治.療.経.過1.PTKSchnyder角膜ジストロフィまたはCReis-Bucklers角膜ジストロフィを疑い,当院にてC2014年C8月に右眼CPTK(切除深度C109Cμm/含上皮),2014年C10月に左眼CPTK(切除深度68Cμm/含上皮)を施行した.PTKによりCBowman層.実質浅層の混濁は除去され視力は改善し,実質深層に至る淡い実質混濁が確認された(図2).その後,白内障手術までのCPTK術後最高視力は,VD=0.3(0.4C×S+0.75C.5.00Ax95°),VS=0.6(0.9C×S+3.50CC.2.00Ax80°)に改善した.C2.右眼白内障手術と右眼の経過PTK術後C3カ月で,前医にて右眼白内障手術が施行された.術後C1カ月を経ても角膜実質浮腫が遷延しているとのことで,精査加療目的に再び当院を紹介受診となった.受診時視力はCVD=0.02(n.c.)で,術後炎症による角膜内皮機能不全による角膜実質浮腫を考え,デキサメタゾン点眼C1日C4回を開始,治療開始C4週後には角膜浮腫は消失し,デキサメタゾン点眼を中止した(図3).視力はCFRV=0.09(0.3C×S.2.00)に回復し,さらにC6カ月後にはCVD=0.2(0.7C×S+0.50C.2.0Ax85°)に改善した.C3.左眼黄斑牽引症候群PTK術後C1年C5カ月(2016年C5月)に左眼黄斑牽引症候群を発症し視力はCVS=0.1(0.4pC×S+2.50C.2.50Ax90°)に低下したが,1カ月後には後部硝子体.離により自然治癒した(図4).しかしながら視力はCVS=0.2(0.4C×S+2.0C.2.50Ax90°)に低下したままだった.C4.左眼白内障手術PTK術後C1年C9カ月(2016年C7月)に,当院にて左眼白右眼左眼図2PTK術後所見PTKによりCBowman層.実質浅層の混濁は除去され視力は改善したが,実質全体の淡い混濁も確認された.発症時白内障術後1カ月白内障術後2カ月図3右眼白内障術後前医での術後C1カ月を経ても実質浮腫が遷延していたため,再び当院を紹介受診.デキサメタゾン点眼C1日C4回を開始し,術後C2カ月で実質浮腫は消失した.自然治癒時図4左眼黄斑牽引症候群の経過左:PTK術後C1年C5カ月で左眼に黄斑牽引症候群を発症した.発症時に,中心窩が後部硝子体膜により牽引され,中心窩.離と.胞様所見を認めた.右:1カ月後の時点では中心窩の牽引がとれ,黄斑形態が改善していた.内障手術が施行された.術前の角膜内皮細胞密度はC2,681個C/mm2で,術式は点眼麻酔下耳側角膜切開にて超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術で,合併症なく終了した.術後経過も順調で,術後C11日目の視力はCVS=0.1(0.3C×S.3.00CC.2.00Ax90°)であったが,術後C3週目に突然CDescemet膜.離と角膜実質浮腫を認め(図5),前眼部光干渉断層計(OCT)(CASIA,トーメーコーポレーション)で耳側角膜切開の創口に連続しないCDescemet膜.離を認め,Descemet膜下の貯留液は高輝度を呈していた.左眼視力はC0.03(n.c.)に低下していた.30ゲージ針で角膜上皮側から穿刺し,Descemet膜下貯留液の排液を試みたが微量しか排液できなかった.なお,Descemet膜下貯留液の内容については詳細な検査を行っていない.前房内に空気を注入し空気タンポナーデ(仰臥位)を施行したが著効なく,翌日以降もCDes-cemet膜.離は残存していた.ベタメタゾン点眼C1日C4回で経過をみていたところ,12日後にCDescemet膜は接着し角膜浮腫は消失した(図6).最終診察時(2018年C8月),両眼ともに角膜浮腫を認めず,視力はCVD=0.4(0.6pC×S+1.50C.2.50Ax83°),VS=0.3(0.6C×S.1.25C.2.50Ax85°)で,自覚的にも安定している.C5.遺伝子検査まれな経過であったため,順天堂大学医学部眼科に遺伝子検査を依頼した結果,UBIAD1遺伝子CP128L変異を認め,図5Descemet膜.離と角膜浮腫出現時の細隙灯顕微鏡所見左白内障術後C3週目に突然CDescemet膜.離と角膜実質浮腫を認めた.Schnyder角膜ジストロフィの確定診断を得た.CIII考按Schnyder角膜ジストロフィは角膜の脂質沈着による角膜実質混濁を生じる比較的まれな疾患である.1924年にCvanWentとCWibautら1)が,続いてC1929年にCSchnyder2)が臨床所見を詳細に報告した.角膜混濁のタイプは円盤状.びまん性,結晶の沈着の有無などバリエーションが多い.本症例には結晶の沈着はなく,Bowman層に強い混濁を認めたことから当初CReis-Bucklers角膜ジストロフィも鑑別にCPTKを施行したが,PTK術後の臨床像がCSchnyder角膜ジストロフィに一致していたことや,遺伝子検査からCSchnyder角abcd図6前眼部OCTでの左眼Descemet膜.離と角膜浮腫の治療経過a:発症時,耳側角膜切開の創口に連続しないCDescemet膜.離を認め,Descemet膜下の貯留液は高輝度を呈していた.Descemet膜.離部に角膜実質浮腫を認めた.Cb:発症C5日目,Descemet膜.離は認めるが,貯留液の輝度は低下してきた.Cc:発症C12日目,Descemet膜は接着し,角膜実質浮腫もほぼ消失した.Cd:発症C7週目,Descemet膜.離の再発はなく,角膜実質浮腫は完全に消失している.膜ジストロフィの確定診断に至った.Schnyder角膜ジストロフィは第C1染色体短腕に存在するUBIAD1蛋白の構造異常3)により,apoEを介したコレステロールの細胞内濃度の安定化や細胞内からの除去に異常をきたし,コレステロールなどの脂質が沈着する可能性が示唆されている4).遺伝子変異では複数の変異が報告されている5).本症例でのCP128L変異には既報がなく,Bowman層から実質浅層に密な混濁が特徴のまれな変異である可能性がある.Schnyder角膜ジストロフィでは角膜混濁部位にリン脂質が沈着しており,角膜局所での脂質代謝異常による脂質沈着から角膜混濁に至る病態と考えられている.Schnyder角膜ジストロフィは角膜実質内の脂質沈着が本態であり,Des-cemet膜や内皮細胞は影響を受けないとされてきたが,Freddoら6)はCSchnyder角膜ジストロフィの角膜切片を電子顕微鏡で調べた結果,実質とCDescemet膜の間にも脂質沈着を疑う多数の空間が存在することや,角膜内皮細胞の変性を確認している.山本ら7)はCSchnyder角膜ジストロフィに全層角膜移植を施行後に病理組織学的検討を行った結果,角膜実質のコラーゲン線維間に多数の空胞があり,その中に脂質と思われる電子密度の高い物質が沈着していること,また,実質細胞内と内皮細胞内に微細な空胞を電子顕微鏡で確認している.Arnold-Wornerら8)は,角膜実質と内皮細胞に脂質沈着を確認している.白内障術後に遅発性CDescemet膜.離が生じた報告を調べたところ,Schnyder角膜ジストロフィやCFuchs角膜ジストロフィを有する症例の白内障術後に遅発性CDescemet膜.離を生じた報告は確認できなかった.一方,梅毒性角膜白斑合併白内障症例で術中および術後C3週間後にCDescemet膜.離を生じた報告9)では,Descemet膜と角膜実質間の接着異常が原因と考按されている.また,顆粒状角膜ジストロフィに対するCPTK後の白内障術後に生じた合併症について検討した報告10)には,術後合併症にCDescemet膜.離はなかった.これらの既報をまとめると,PTK施行の有無にかかわらず,白内障術後に遅発性CDescemet膜.離を生じることはきわめてまれであると考えられた.本症例のCDescemet膜.離時に前眼部COCTで確認されたDescemet膜下の貯留液は高輝度を呈しており,前房水とは交通していない脂質を含む貯留液であった可能性を考えた.すなわち,通常の白内障手術時に器械的に生じうる創口と連続したCDescemet膜.離ではなく,何らかの機序により遅発性にCDescemet膜下に貯留液を生じていたと考える.なお,前医で行われた右眼白内障術後に遷延した実質浮腫に対しては前眼部COCTでの確認を行っていなかったが,左眼と同様の臨床像を呈していた可能性も疑われた.Descemet膜.離は自然治癒した可能性もあるが,ステロイド点眼による抗炎症治療が奏効した可能性もあると思われた.以上の経過やデキサメタゾン点眼での抗炎症治療後に治癒した経過から考え,本症例で白内障術後にCDescemet膜.離が生じた背景として①CDescemet膜に脂肪が沈着しており角膜実質とCDes-cemet膜の接着が脆弱であったこと,②術後内眼炎症により角膜内皮細胞の機能が低下していたことのC2点を考えた.CIV結語PTK後の白内障術後に遅発性CDescemet膜.離を生じたSchnyder角膜ジストロフィのC1例を経験した.Schnyder角膜ジストロフィの白内障手術後に遅発性CDescemet膜.離の合併に留意する必要がある.このCDescemet膜.離に空気タンポナーデは著効ないが,自然経過あるいはステロイド点眼により治癒する視力予後良好な病態と考えた.文献1)VanWentJM,WibautF:EenzyeldzameerfelijkeHornv-liesaandoening.CNedCTydschrCGeneesksC68:2996-2997,C19242)Schnyder,WF:MitteilungCuberCeinenCneuenCTypusCvonCfamiliarerCHornhauterkrankung.CScweizCMedCWochenschrC59:559-571,C19293)WeissCJS,CKruthCHS,CKuivaniemiH:MutationsCinCtheCUBIAD1geneConCchromosomeCshortCarmC1,CregionC36,CcauseSchnydercrystallinecornealdystrophy.InvestOph-thalmolVisSciC48:5007-5012,C20074)WeissJS,KruthHS,KuivaniemiHetal:Geneticanalysisof14familieswithSchnydercrystallinecornealdystrophyrevealscluestoUBIAD1proteinfunction.AmJMedGenetA146A(3):271-283,C20085)小林顕:シュナイダー角膜ジストロフィの原因遺伝子UBIAD1(解説).あたらしい眼科C27:337-339,C20106)FreddoCTF,CPolackCFM,CLeibowitzHM:UltrastructuralCchangesintheposteriorlayersofthecorneainSchnyder’scrystallinedystrophy.CorneaC8:170-177,C19897)山本純子,日比野剛,福田昌彦ほか:全層角膜移植術を行ったシュナイダー角膜ジストロフィのC1例.眼紀C51:C643-647,C20008)Arnold-WornerCN,CGoldblumCD,CMiserezCARCetal:Clini-calCandCpathologicalCfeaturesCofCaCnon-crystallineCformCofCSchnydercornealdystrophy.GraefesArchClinExpOph-thalmolC250:1241-1243,C20129)西村栄一,谷口重雄,石田千晶:両眼性デスメ膜.離を繰り返した梅毒性角膜白斑合併白内障症例.IOLC&RS24:C100-106,C201010)沼慎一郎:角膜ジストロフィのレーザー角膜切除術(PTK)と白内障手術の視力向上への有効性の検討.山口医学C61:C23-29,C2012C***

TorsionalモードPEAにおいてキャビテーションを抑制する新形状チップの開発

2017年2月28日 火曜日

《原著》あたらしい眼科34(2):296.301,2017cTorsionalモードPEAにおいてキャビテーションを抑制する新形状チップの開発岸本眞人岸本眼科医院NewlyDevelopedTipInhibitsCavitationduringPhacoemulsi.cationandAspirationinTorsionalModeMakotoKishimotoKishimotoEyeClinic目的:白内障手術中に超音波を発振すると前房内にキャビテーションが発生する.今回,開発したキャビテーションを抑制できる新型チップ(MKチップ)とそれ以外のチップを比較しながら,キャビテーションにより起こりうる問題点をinvitroで検討した.方法:インフィニティとOZIL用ハンドピースを用い,チーズ片をチップの先端に付け,超音波発振を行った.また,試験管の内側にインクを塗布し超音波発振を行った.さらに,灌流液にルミノール溶液を加え超高感度カメラで撮影を行った.結果:従来の超音波チップでは,チーズ片は水晶体乳化吸引術(PEA)中にキャビテーション発生方向へ弾かれたが,MKチップではそれらが認められなかった.また,試験管内側に塗布されたインクは,超音波発振することにより発生したキャビテーションによって.離された.ルミノール溶液を加えた灌流液中では,キャビテーション発生部分が青く発光するソノルミネッセンスが認められた.結論:新形状のMKチップは,invitroでもキャビテーションの抑制が確認され,preliminarilyな臨床評価でも十分なPEAを施行することができた.キャビテーションを抑制するMKチップは臨床上有用と考えられた.Objectives:Ultrasoundduringcataractsurgeryresultsincavitationintheanteriorchamber.WeexaminedpossibleissuesassociatedwithcavitationbycomparingthenewlydevelopedMKtip,whichinhibitscavitation,withothertips.Methods:Apieceofcheesewasattachedtothetips,andultrasoundwasperformedwithINFINITYandtheOZILhandpiece.Ultrasoundwasalsoperformedwithinkappliedinsidethemock-up.Further,luminolwasaddedtotheirrigatingsolution,andimageswereobtainedusingahigh-sensitivitycamera.Results:Withconventionalultrasoundtips,thepieceofcheesewas.ipped,whereaswiththeMKtipitwasnot.Theinkappliedinsidethemock-upbecamedetachedbythecavitation.Sonoluminescence,i.e.,bluelightemissionfromcavitation,wasobservedintheirrigatingsolutionwithluminoladded.Conclusion:TheMKtipinhibitedcavitationinvitro,ensuringsu.cientPEAinapreliminaryclinicalevaluation.TheMKtipisconsideredclinicallyusefulbecauseitinhibitscavitation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(2):296.301,2017〕Keywords:白内障手術,トーショナルモード,キャビテーション,ヒドロキシラジカル,ソノルミネッセンス,MKチップ.cataractsurgery,torsionalmode,cavitation,hydoroxylradical,sonoluminescence,MKtip.はじめによって起こる発泡現象であり,いまだに未解明な部分も多水中で超音波(ultrasound:US)を発振するとキャビテーい.ションが発生することは古くから知られている.キャビテー水晶体乳化吸引術(phacoemulsi.cationandaspiration:ションとは液体中の限局した空間において急激な圧力低下にPEA)による白内障手術でも,同じようにUSを発振すると〔別刷請求先〕岸本眞人:〒524-0022滋賀県守山市守山1-10-8岸本眼科医院Reprintrequests:MakotoKishimoto,M.D.,KishimotoEyeClinic,1-10-8Moriyama,Moriyama-shi,Shiga524-0022,JAPAN296(154)前房内にキャビテーションが発生する.しかし,キャビテーションが生体組織へ与える影響については,ラジカルの発生1,2)やその組織毒性についていくつかの報告3.5)はあるものの,筆者が知る限り多くの術者は特段の関心を有しているとは言いがたい.今回,torsionalmode(反復回転振動)でのキャビテーションを抑制できる新型チップ(以下,MKチップ)を開発し,キャビテーションにより起こりうる問題点をinvitroで検討したので報告する.I対象および方法MKチップ(シャルマン製:福井県鯖江市)を図1に示す.チップ先端断面は楕円形状を呈しており,寸法は縦1.6mm,横0.6mmのストレートチップである.ストレート部の軸径は1.1mm(19G),0.9mm(20G),0.8mm(21G)が製品化されている.本報告では軸径1.1mmチップを用いた.MKチップがTorsionalmodeにおけるキャビテーションを抑制できる理由は後述する.対照としてアルコン製TurboSonicTip(30°RoundTip:以下,ストレートチップ)および同TurboSonicMini-.aredTip30°(Kelman0.9mm:以下,ケルマンチップ)を用いた.以上のチップをアルコン製OZIL用ハンドピースに接合し,アルコン製PEA機器インフィニティを用いて実験を行った(方法1および2).またキャビテーションによる発光現象の観察(方法3)では,上記に加えAMO製PEA機器シグネチャーおよび20Gチップも用いた.【方法1:キャビテーションによるチーズ片の弾き飛ばし】PEAの設定値を吸引圧300mmHg,吸引流量30ml/mとし,スリーブを装着せず,核に見立てた一辺2mmのチーズ片*をチップの先端に付け,灌流遮断条件下にて灌流液(BSSプラス,アルコン)中で3種のチップ(MKチップ,ストレートチップ,ケルマンチップ)を用いてUS発振を行った.*:筆者のこれまでの経験より水晶体核硬度2.3程度の図1シャルマン製19GのMKチップ(15°)表1試用チップおよびUS発振条件チップUS発振条件Traditionalmode(前後振動)Torsionalmode(反復回転振動)ストレートチップ(アルコン)TurboSonicTip(30°RoundTip)70%0%ケルマンチップ(アルコン)TurboSonicMini-.aredTip30°(Kelman0.9mm)0%70%MKチップ(シャルマン)1.1mm(スタンダードタイプ)ベベルアングル15°0%70%表2試用PEA機器およびチップならびにUS発振条件PEA機器およびチップUS発振条件PEA機器チップTraditionalmode(前後振動)Torsionalmode(反復回転振動)シグネチャー(AMO)20Gチップ(AMO)80%.インフィニティ(アルコン)ケルマンチップ(アルコン)TurboSonicMini-.aredTip30°(Kelman0.9mm)0%70%インフィニティ(アルコン)MKチップ(シャルマン)1.1mm(スタンダードタイプ)ベベルアングル15°0%70%核にもっとも近似すると考えることから,本報告ではNCL製オランダ産ゴーダチーズを用いた.US発振条件を表1に示す(traditionalmodeとは従来の前後振動のことである).US発振時のチップ先端から発生するキャビテーションの状態と乳化吸引されるチーズ片の動向をカシオ製デジタルカメラ(HIGHSPEEDEXILIMEX-FH20)にて撮影した.【方法2:キャビテーションの多寡による油性インクへの衝撃】試験管の内側に油性インク(三菱ペイントマーカーPX-20)を約1.5mm四方に塗布した.PEAのUS発振をtor-sionalmodeのみ70%と設定し,MKチップおよびケルマンチップを用いてチップ先端がインクの塗布部分の近傍(目安として1mm程度)となるようにしてUS発振を行った.US発振時,油性インクの塗布部分の変化について目視にて観察した.Torsionalmodeのみで実験を実施した理由は,MKチップはtorsionalmode時のキャビテーション抑制を目的に開発されているためである.【方法3:キャビテーションによる発光現象(ソノルミネッセンス)】試験管に20mlの灌流液および1mlのヒアルロン酸製剤ビスコート0.5眼粘弾剤(アルコン)を入れて,灌流液と粘弾性物質が混ざらないように注意し,試験管底部に粘弾性物質が貯留するようにした後,ルミノール溶液(和光純薬工業ルミノール試薬混合品)を2滴加え,灌流および吸引のいずれも遮断した状態で,暗室下にて表2に示す条件でUS発振を行い,ソニー製a7S,超高感度カメラで撮影を行った.撮影条件はシャッタースピード10秒,F2.8,ISO409600とした.II結果【方法1:キャビテーションによるチーズ片の弾き飛ばし】ストレートチップ(アルコン)でのtraditionalmode発振ではチップ先端から前方へキャビテーションが観察され,チーズ片はPEA中にキャビテーション発生方向へ弾かれた(図2).またケルマンチップ(アルコン)でのtorsionalmode発振ではチップ先端の両側面にキャビテーションが観察され,チーズ片はキャビテーション発生方向に弾かれた(図3a,b).MKチップでのtorsionalmode発振ではキャビテーションを認めず,チーズ片を弾くことなくスムーズに吸引した(図4).図2ストレートチップ(アルコン)でのtraditionalmodeでの発振チップ前方にキャビテーションを認め,チーズ片が(前方へ)弾き飛ばされている図3aケルマンチップ(アルコン)でのtorsionalmodeでの発振チップ側方にキャビテーションを認め,チーズ片が(側方へ)弾き飛ばされている.図3bケルマンチップ(アルコン)でのtraditionalmodeでの発振チップ前方にキャビテーションを認め,チーズ片が(前方へ)弾き飛ばされている.図4MKチップ(シャルマン)でのtraditionalmodeでの発振図5ケルマンチップ(アルコン)でのtorsionalmodeでの発振安定してチーズ片がスムーズに乳化吸引されている.キャビテーションにより油性インクが試験管壁より.離した.図6MKチップ(シャルマン)でのtorsionalmodeでの発振油性インクに変化は認められなかった.図7AMO製チップのUS発振によるソノルミネッセンス現象キャビテーションが発生している方向に大きく青く発光している.図8ケルマンチップ(アルコン)でのtorsionalmodeでの発振チップ側方の数カ所にキャビテーションを認め,発光現象が観察される.図9MKチップ(シャルマン)でのtorsionalmodeでの発振発光現象は観察されなかった.【方法2:キャビテーションによる油性インクへの衝撃】ケルマンチップ(アルコン)でのtorsionalmode発振では,発生したキャビテーションにより試験管内側に塗布された油性インクの.離が認められた(図5).MKチップでのtor-sionalmode発振ではキャビテーションは発生せず,油性インクの.離は認められなかった(図6).【方法3:キャビテーションによる発光現象(ソノルミネッセンス)】シグネチャー/20Gチップ(AMO)およびインフィニティ/ケルマンチップ(アルコン)でのUS発振では,いずれもキャビテーション発生部分が青く発光していることが認められた(図7,8).MKチップでは明らかな発光はみられなかった(図9).III考按キャビテーションは液体中の圧力差によりごく短時間で気泡の発生と消滅を繰り返す現象であり,100年以上前,船舶用のスクリューの回転数を上げても推進力が思うように上がらない原因を追究するなかで発見された.超高速でスクリューが液体中を回転した際,その付近では一時的な圧低下が誘発されて部分的な沸騰状態となり無数の気泡が発生する.この気泡が消滅する瞬間には大きな衝撃波が発生し,その衝撃波による物理的な力がスクリューの破損などのさまざまな問題を引き起こすことがわかっている.白内障手術におけるPEAにおいても,チップの先端でキャビテーションが発生する6).たとえばtraditionalmodeでチップをUS発振した場合,超高速の前後振動によりチップ先端が手前に引かれた瞬間には,その部分の圧が急激に低下し気泡(キャビテーション)が発生する.発生したキャビテーションは周囲の高い圧力に晒されると,大抵はごく短い時間で消滅する.US発振時に発生したキャビテーションは,その飛び散るエネルギーにより周辺組織に対してさまざまな影響を与えていることが知られている6.11).今回の試験条件では灌流を行っていないなかで,キャビテーションの発生方向とチーズ片がチップの先端から弾き飛ばされた方向が一致していた.このことからキャビテーションにはチーズ片を直接または間接的(例:水流の発生)に弾く力を惹起することが示唆され,キャビテーションによってPEA中の核処理の効率が低下する可能性も考えられた.試験管内側に塗布された油性インクが近傍で発生したキャビテーションによって.離されたことから,キャビテーションは大きな衝撃力を有することも示唆された.ケルマンチップでのtorsionalmodeにおいて起こりやすいとされる虹彩色素脱出7)は,チップの弯曲によりスリーブが虹彩に強く接触するために起こるという報告8)もあるが,今般の結果からキャビテーションも原因の一つではないかと示唆された.また,キャビテーションの発生方向によっては角膜内皮に障害陰圧陰圧陽圧陽圧図10MKチップのキャビテーション抑制原理Torsionalmodeで発生する陽圧および陰圧がきわめて短時間に相殺され,キャビテーションが抑制される.を与える可能性も考えられる.以上より,キャビテーションは核処理効率の低下や虹彩色素脱出,角膜内皮障害の原因になるため,抑制すべきであると考えられる.本報告で示された試験官内で青く発光する現象はソノルミネッセンス(sonoluminescence)12)とよばれ,液中においてキャビテーションが圧壊する際に起こる発光現象である.すなわち,US振動によって発生したキャビテーションの気泡は膨張収縮を繰り返し,もっとも収縮したときの気泡内の温度は数千から数万度,気圧は数百気圧となる.このとき,水はHラジカル(水素ラジカル)とOHラジカル(ヒドロキシルラジカル)に分解されるといわれている.発光はルミノールがラジカルと反応し生じるものであることから,本報告の結果からOHラジカルも発生している可能性が強く示唆された.したがって本報告で認められたキャビテーションの発生状況から,OHラジカルはtraditionalmodeではチップ前方に大きく遠くまで,またtorsionalmodeの発振ではチップ両側面方向に短距離に多数発生していると推察される.眼内で実際にOHラジカルの発生程度や,臨床上の侵襲程度については今後さらなる検討が必要であるが,本報告の発光範囲からすると,毒性が強いとされているOHラジカルが角膜内皮に到達している可能性は否定できない.MKチップではキャビテーションを抑制するためチップの先端形状を前述のようにしており,torsionalmodeにおいて図10のように両側の上部と下部に陰圧と陽圧が常に交代しながら,同時に,しかも近傍に存在することになる.この隣り合う陽圧から陰圧に向けて瞬時に動く液体の流れが作られることによって,きわめて短時間に圧力差が相殺され,結果的にキャビテーション発生が抑制される.Torsionalmodeは32KHzの発振で「往復」のアタックがあるため,traditionalmodeでの40KHzよりも効率がよいとされている.しかし,チップ先端部の断面が円形のストレート型チップでは破砕効果が得られないので,屈曲チップ(ケルマン型チップ)が用いられてきた.MKチップはストレート型チップながら,ユニークな先端形状を有していることからtorsionalmodeを用いることができる.MKチップはtorsionalmodeでのキャビテーションを抑制することで,核を弾くことなく効率よい乳化吸引ができ,なおかつ虹彩色素脱出のリスクや角膜内皮細胞の減少も抑制できるのではないかと考えられる.IV結語Torsionalmodeでキャビテーションの発生を抑制する新形状チップ(MKチップ)を開発した.MKチップはinvitroにおいてキャビテーションの抑制が確認された.PEA中に発生するキャビテーションは手術効率の低減や眼内組織への侵襲も危惧されるため,キャビテーションを抑制するMKチップは臨床上の有用性が期待できる可能性があるものと考えられた.文献1)安田啓司:超音波による化学物質の分解と超音波反応器の開発.TheChemicalTimes212:2-7,20002)RieszP,KondoT:Freeradicalformationinducedbyultrasoundanditsbiologicalimplications.FreeRadicBiolMed13:247-270,19943)高橋浩:PEAにおけるフリーラジカル発生と粘弾性物質の効果.IOL&RS18:448-449,20044)TakahashiH,SakamotoA,TakahashiRetal:Freeradi-calsinphacoemulsi.cationandaspirationprocedures.ArchOphthalmol120:1348-1352,20025)MuranoN,IshizakiM,SatoSetal:Cornealendothelialcelldamagebyfreeradicalsassociatedwithultrasoundoscillation.ArchOphthalmol126:816-821,20086)MiyoshiT,YoshidaN:Ultra-high-speeddigitalvideoimagesofvibrationsofanultrasonictipandphacoemulsi-.cation.JCataractRefractSurg134:1024-1028,20087)杉浦毅,下分章裕:新しい超音波白内障乳化吸引方式OZilTortionalPhacoの合併症の検討.眼科手術21:513-517,20088)大木孝太郎:EllipsFX.IOL&RS25:254-256,20119)辰巳郁子:TorsionalPhacoemulsi.cationと虹彩色素脱出の関係.あたらしい眼科28:531-535,201110)鈴木久晴:SignatureEllipsFXによる虹彩色素脱出の頻度と原因の検討.眼科手術26:99-102,201311)高橋和久:SignatureEllipsの虹彩色素脱出の予防におけるCurvedTipの効果.IOL&RS28:180-183,201412)安井久一:ソノルミネセンスとソノケミストリー.ながれ24:413-420,2005***

原発閉塞隅角合併白内障に対する水晶体再建術の術前,術中,術後合併症

2017年2月28日 火曜日

《原著》あたらしい眼科34(2):292.295,2017c原発閉塞隅角合併白内障に対する水晶体再建術の術前,術中,術後合併症酒井寛與那原理子新垣淑邦力石洋平玉城環琉球大学大学院医学研究科・医科学専攻眼科学講座Preoperative,IntraoperativeandPostoperativeComplicationsofSmallIncisionCataractSurgeryforCataractandPrimaryAngle-closureDiseasesHiroshiSakai,MichikoYonahara,YoshikuniArakaki,YoheiChikaraishiandTamakiTamashiroDepartmentofOphthalmology,UniversityoftheRyukyus目的:原発閉塞隅角眼の白内障手術合併症の検討.対象:原発閉塞隅角合併白内障に対する小切開白内障手術の連続症例121例184眼.内訳は原発閉塞隅角緑内障(PACG)98眼,急性原発閉塞隅角症および緑内障(APAC)20眼,原発閉塞隅角症(PAC)40眼,原発閉塞隅角症疑い(PACS)26眼.方法:術前,術中,術後3カ月までの合併症,眼圧,角膜内皮細胞密度(CD),毛様小帯の脆弱の有無を検討した.結果:術前高眼圧22mmHg以上32眼(17%),同30mHg以上8眼,CD1,500未満20眼(10%),同1,000未満5眼,3mm以下の散瞳不良8眼,毛様小帯の脆弱10眼(5.4%).術中合併症は,術中悪性緑内障で硝子体切除を施行1眼,術中フロッピーアイリス症候群1眼で,後.破損例はなく,毛様小帯の脆弱から眼内レンズ(IOL)毛様溝縫着となった1眼を除く全例でIOL.内固定された.術後高眼圧22mmHg以上36眼(20%),同30mHg以上6眼,術後新たにCD1,500/mm2未満9眼.術後眼内炎の発症,水疱性角膜症など重篤な合併症はなかった.Subjects:184eyesof121primaryangle-closurediseasesunderwentsmallincisioncataractsurgeries.Mainoutcomemeasures:Preoperative,intraoperativeandpostoperativecomplicationsuntil3monthaftersurgeries,intraocularpressure(IOP),cornealendothelialcelldensity(CD)andweakenedzonules.Results:Preoperatively,ocularhypertensionequaltoormorethan22mmHgin32eyes,CDlessthan1500/mm2in19eyes,smallpupildiameterlessthan3mmin8eyesandweakenedzonulesin10eyeswererecorded.Intraoperatively,apatientwithmalignantglaucomaunderwentcorevitrectomy,andintraoperative.oppyirissyndromeoccurredinoneeye.IOLwasimplantedinthebaginallcases,exceptingoneinwhichweakenedzonulesrequiredIOLsuture.xation.Postoperativeocularhypertensionequaltoormorethan22mmHgwasnotedin36eyes.CDlessthan1500/mm2wasnewlydiagnosedin9eyes.Therewerenoinstancesofpostoperativeendophthalmitisorbullouskeratopathy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(2):292.295,2017〕Keywords:原発閉塞隅角,白内障手術,術後合併症,高眼圧,角膜内皮細胞密度.primaryangleclosuredisease,cataractsurgery,postoperativecomplications,ocularhypertension,cornealendothelialcelldensity.はじめに原発閉塞隅角緑内障(primaryangleclosureglaucoma:PACG)は沖縄に多く,失明しやすい緑内障病型である1.3)が,手術により予防または治療が可能であり,レーザー虹彩切開術,周辺虹彩切除術または白内障手術が選択肢となる4).PACGの前段階であり緑内障性視神経症を伴わない原発閉塞隅角症(primaryangleclosure:PAC),さらに眼圧上昇や周辺虹彩前癒着も伴わない原発閉塞隅角症疑い(PACS)に対しても予防的に手術加療が行われるが,その適応や合併症の発症率は明らかではない4).PACG,PACおよびPACSを包括した原発閉塞隅角(primaryangleclosuredesease:PACD)眼に対する白内障手術では,浅前房,角膜内皮細胞〔別刷請求先〕酒井寛:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町字上原207琉球大学医学部眼科医局Reprintrequests:HiroshiSakai,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityoftheRyukyus,207Uehara,Nishihara-cho,Nakagami-gun,Okinawa903-0215,JAPAN292(150)密度の減少,毛様小帯の脆弱など術前から存在する合併症も存在し,術中,術後合併症の発症に影響を与えると考えられる.今回,筆者らはPAC眼に対する白内障手術の術前,術中,術後合併症について検討した.I対象琉球大学医学部附属病院眼科において,2010年の1年間に同一術者(H.S.)により施行された原発閉塞隅角合併白内障に対する小切開白内障手術の連続症例121例184眼.内訳は,PACG98眼,急性原発閉塞隅角症および緑内障(APAC)20眼,PAC40眼,PACS26眼.男性76眼,女性108眼,年齢は70±8.9歳(49.89歳)であった.対象の内訳を表1に示す.眼内レンズ(intraocularlens:IOL)縫着を前提として手術を予定した,術前から明らかな水晶体動揺がある症例は今回の検討には含んでいない.全例に緑内障専門医による隅角鏡検査,超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscope:UBM)検査を行い診断した.PACSでは,UBMで4象限の閉塞がある場合,または3象限以上の閉塞があり,残る一象限も狭い場合を手術適応の基準とし,PACおよびPACGは,基本的に手術適応とし,いずれも本人への詳細な説明と同意のもとに手術を施行した.すでに,レーザー虹彩切開術(LI)が43眼(23%)に,周辺虹彩切除術が20眼(11%)に施行されていた.121眼(66%)では2.4mm耳側角膜切開による超音波乳化吸引術+IOL挿入術(PEA+IOL)を初回手術として施行した.麻酔は全例点眼麻酔で行った.II方法術前,術中,術後3カ月までの合併症,眼圧,角膜内皮細胞密度(CD),毛様小帯の脆弱の有無をカルテの記載より記録し検討した.術前に外来において手術の危険因子となりうるもの,および,手術開始後明らかになった合併症で手術前から存在したと考えられるものを術前合併症とした.前.切開(continuouscurvicularcapslotomy:CCC)開始時に明らかになった毛様小帯脆弱も術前合併症に分類した.術後合併症は術後3カ月までの早期合併症を検討した.III結果1.術前合併症緑内障点眼薬やアセタゾラミド内服を用いてもコントロールできない高眼圧(22mmHg以上)が32眼(17%)に,同30mHg以上が8眼にあった.術前スペキュラマイクロスコープにより測定されたCD値2,000/mm2未満が28眼(15%),1,500/mm2未満19眼(11%),1,000/mm2未満5眼(2.7%)に存在した.瞳孔径は,術前散瞳で手術開始時に3mm以下の散瞳不良で瞳孔拡張を必要とするものが8眼(4.3%),毛様小帯の脆弱が10眼(5.4%)であった.2.術中合併症1例で,超音波乳化吸引中に前房形成不良となり,術中悪性緑内障と診断した.硝子体切除を施行し前房形成が得られたため手術を完遂可能であった.1例で,術中フロッピーアイリス症候群を発症したが,低灌流設定で手術完遂した.CCCの亀裂や後.破損例はなかった.毛様小帯の脆弱から皮質吸引終了後IOLを毛様溝縫着した1眼を除く全例でIOLは.内固定された.3.術後合併症術後1週間以内の高眼圧22mmHg以上36眼(20%),同30mHg以上が6眼(3.8%)にあったが,1眼を除く全例で1カ月以内に緑内障点眼併用下に眼圧は21mmHg以下にコントロールされた.1眼では術後1週間で線維柱帯切除術を追加した.PACSの眼圧上昇はすべて術翌日のみで,点眼なしで1週間以内に眼圧は21mmHg以下にコントロールされた.術後初回外来受診時の測定で新たにCDが1,500/mm2未満となったものが9眼あった.この9眼のうち4眼ではCDは術後1カ月までに1,500/mm2以上となった.減少が持続した5眼のうち2眼にはLIの既往があり,1例はIOL縫着となった症例だった.術後1週の時点で,CD2,000/mm2未満は41眼(22%),1,500/mm2未満は17眼,1,000/mm2未満は3眼に確認された.術後2段階以上の矯正視力の低下した症例はなく,術後眼内炎の発症,水疱性角膜症などの重篤な合併症もなかった.4.病型別の合併症PACG,APAC,PAC,PACSの病型別の術前,術後合併症を表1に示す.術前高眼圧を除いて,病型間に術前,術後合併症の頻度の統計的な差はなかった(p>0.05,c2検定).IV考察2016年に眼圧30mmHg以上のPACおよびPACGを対象とした前向きのランダム化比較試験が示されPEA+IOLがLIよりも眼圧コントロール,QOL(qualityoflife),費用対効果の点で優れていることがLancet誌に報告された5).PEA+IOLがPACD眼の眼圧コントロールに優れていることも多くの報告があり,米国眼科アカデミーの報告と題したレビューも2015年にOphthalmology誌に掲載された6).PACG,PACに対するPEA+IOLの有効性は世界的に確認されたと考えられる.一方,PACD眼は浅前房であり,術前から眼圧が高いPAC,PACGが含まれ,LI,周辺虹彩切除術,APACの既往眼があり,CD減少や毛様小帯の脆弱を伴う症例が存在することが知られている.久米島で行われた疫学調査から,正常対象のCDは2,943±387/mm2で,CD2,000/mm2未満は.2S.D.未満と非常に稀であることが明らかになった.今回の症例では,CD2,000/mm2未満は術前に表1病型別の術前,術後合併症n性別n術前高眼圧術前高眼圧術前内皮散瞳不良術前毛様小帯術後高眼圧術後高眼圧術後内皮病型(症例)(男:女)(眼)年齢(*)(22mmHg以上)(30mmHg以上)1,500未満(3mm以下)の脆弱(22mmHg以上)(30mmHg以上)1,500未満PACG7131:419870±8.420(20.4%)5(5.1%)12(12%)5(5.4%)4(4.1%)22(22%)5(5.1%)12(12%)APAC196:132065±7.95(25%)3(15%)3(15%)1(5%)2(10%)2(10%)01(5%)PAC3411:234073±9.95(12.5%)02(5%)2(5%)1(2.5%)8(20%)1(2.5%)4(10%)PACS195:142671±9.2──2(7.7%)03(12%)4(15%)00±標準信差*平均PACG:原発閉塞隅角緑内障,APAC:急性原発閉塞隅角症,PAC:原発閉塞隅角症,PACS:原発閉塞隅角症疑い,内皮:角膜内皮細胞密度(/mm2).※術後高眼圧,術後内皮は術後1週間での頻度.※診断は眼単位で行われており両眼の病型が異なる症例が含まれているため,性別の合計症例数は全体よりも多い.15%,術後に22%と高い頻度であった.筆者らは,沖縄における原発閉塞眼の白内障手術の特徴として浅前房,短眼軸があり,術前からCDが少なく,術後CD減少は術前の浅前房と関連することを過去に報告している7,8).浅前房で前房内操作スペースが狭いことが術後CD減少の原因と考えられる.PAC眼のPEA+IOLの施行例の早期術後合併症としての角膜内皮障害の多さは術前から内皮障害が存在し,浅前房であることが原因になっていると考えられた.一方,眼圧は緑内障点眼薬やアセタゾラミド内服を用いてもコントロールできない22mmHg以上の高眼圧が17%,30mHg以上でも4%にあったが,術後は線維柱帯切除術を要した1眼を除き点眼にて眼圧コントロールが得られた.数多くの既報のとおり,PEA+IOLはPACD眼の眼圧コントロールにおいて優れている.角膜内皮減少にも注意が必要であるが,CD1,500/mm2未満は術前19眼に対して,術後1週で17眼と測定誤差による変動の範囲であった.今回の研究は後ろ向きの症例研究であり,無作為化されていない.また,患者の多くを紹介先病院へ逆紹介しているため経過観察期間が短いという限界がある.対象が沖縄という島嶼県の大学病院という重症例を中心とした紹介患者が中心となり,術者も熟練した単一術者によるものであり,結果を一般化することができない点も限界である.しかしながら,今回の研究の意義の一つは,現在の沖縄県における閉塞隅角緑内障診療の一面を合併症に焦点を当てて記録することである.また,相対的に一般化されうる事実としてPACD眼に術前の高眼圧,角膜内皮障害,毛様小帯の脆弱などが存在すること,こうした術前合併症に対して注意深い診察が必要なことをあげたい.事実,筆者らは術前に全例にUBMを行い,毛様小帯脆弱が著明な症例などには硝子体手術の併用など術式変更を考慮して適応を決定している.また,今回の症例には含まれなかったが角膜内皮移植を前提に手術を行うこともある.こうした条件のもとではPACD眼に対するPEA+IOLは安全で効果的であることが確認された.もしも,高リスク症例を厳密に区別することなく同様の検討を行えば,術後成績は低下すると考えられる.PACD眼の手術選択においては合併症を,術前,術中,術後の総合的な局面から考慮して決定することが望まれる.文献1)NakamuraY,TomidokoroA,SawaguchiSetal:Preva-lenceandcausesoflowvisionandblindnessinaruralSouthwestIslandofJapan:theKumejimastudy.Ophthal-mology117:2315-2321,20102)SawaguchiS,SakaiH,IwaseAetal:Prevalenceofpri-maryangleclosureandprimaryangle-closureglaucomainasouthwesternruralpopulationofJapan:theKumeji-maStudy.Ophthalmology119:1134-1142,20123)YamamotoS,SawaguchiS,IwaseAetal:Primaryopen-angleglaucomainapopulationassociatedwithhighprev-alenceofprimaryangle-closureglaucoma:theKumejimaStudy.Ophthalmology121:1558-1565,20144)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第3版)第4章緑内障の治療総論.日眼会誌116:22-29,20125)Azuara-BlancoA,BurrJ,RamsayCetal:E.ectivenessofearlylensextractionforthetreatmentofprimaryangle-closureglaucoma(EAGLE):arandomisedcon-trolledtrial.Lancet388:1389-1397,20166)ChenPP,LinSC,JunkAKetal:Thee.ectofphaco-emulsi.cationonintraocularpressureinglaucomapatients:AReportbytheAmericanAcademyofOph-thalmology.Ophthalmology122:1294-1307,20157)早川和久,酒井寛,仲村佳巳ほか:沖縄の白内障手術症例の特徴.臨眼56:789-793,20028)上門千時,酒井寛,早川和久ほか:超音波乳化吸引術後早期の角膜内皮細胞密度と前房深度との関係.臨眼56:1103-1106,2002.***

回折型三重焦点眼内レンズの臨床成績

2017年1月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科34(1):127.131,2017c回折型三重焦点眼内レンズの臨床成績伊東和香子*1鈴木久晴*1仲野裕一郎*1芹澤元子*1佐藤景子*1伊藤由紀子*1高橋浩*2*1日本医科大学武蔵小杉病院眼科*2日本医科大学眼科学教室ClinicalOutcomesofaTrifocalDi.ractiveIOLWakakoIto1),HisaharuSuzuki1),YuichiroNakano1),MotokoSerizawa1),KeikoSato1),YukikoIto1)andHiroshiTakahashi2)1)DepartmentofOphthalmologyNipponMedicalSchoolMusashikosugiHospital,2)DepartmentofOphthalmologyNipponMedicalSchool方法:白内障以外眼疾患のない12症例21眼に三重焦点眼内レンズであるFINEVISIONR(角膜乱視1.25D以上にはトーリックタイプ)を挿入した.角膜上方2.4mm経結膜強角膜切開で超音波乳化吸引術を行い,インジェクターを用いた.術後1週間の視力,術後1カ月の視力,焦点深度,コントラスト感度,アンケート評価を行った.結果:裸眼視力平均値は術後1週間で遠方0.03(以下,logMAR),中間0.12,近方0.21,術後1カ月で遠方.0.01,中間0.12,近方0.16,遠方矯正下視力平均値は術後1週間で遠方.0.04,中間0.03,近方0.08,術後1カ月で遠方.0.11,中間0.02,近方0.07だった.焦点深度曲線はすべての加入度数で視力0.1以上,コントラスト感度は正常範囲内だった.アンケートの平均満足度4.5/5,眼鏡装用率0%,高度のハローグレアを訴える症例はなかった.TheFINEVISIONtrifocalintraocularlenswasimplantedin21eyes.Visualacuity(VA)wasassessedat1weekpost-operation(post-op);VA,defocuscurve,contrastsensitivitymeasurementandasatisfactionquestion-nairewerecarriedoutat1monthpost-op.MeanuncorrectedVA(logMAR)was0.03fordistance,0.12forinter-mediateand0.21fornearat1weekpost-op,and.0.01fordistance,0.12forintermediateand0.16fornearat1monthpost-op.Meandistance-correctedVAwas.0.04fordistance,0.03forintermediateand0.08fornearat1weekpost-op,and.0.11fordistance,0.02forintermediateand0.07fornearat1monthpost-op.Thedefocuscurvewasover0.1atallranges.Contrastsensitivitywaswithinthenormalrange.Averagesatisfactionratewas4.45/5andspectacles-wearingratewas0%.Nopatientscomplainedofseverehaloorglare.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(1):127.131,2017〕Keywords:三重焦点眼内レンズ,回折型眼内レンズ,白内障手術,視力,視機能.trifocalintraocularlens,di.ractiveintraocularlens,cataractsurgery,visualacuity,visualfunction.はじめに近年の白内障手術は屈折矯正術としての役割が大きく,なかでも多焦点眼内レンズ(intraocularlens:IOL)は老視矯正を可能とするため,広く関心を集めている.国内では二重焦点IOLが先進医療として認可されており,さまざまな使用成績が報告されている1.3)が,中間距離の見え方が課題となっていた.これまでも二重焦点IOLを組み合わせることで,中間距離の見え方の質を向上させようとさまざまな方法が試みられてきており,遠方.中間距離に強い屈折型を片眼に,近方距離に強い回折型を僚眼に挿入するMixandMatch法や,左右で異なる焦点距離のレンズを挿入するモノビジョン法などがとられてきた.Lubi.skiら4)の研究ではMixandMatch法では中間距離の視力が術後3カ月に比べ6カ月で有意に上昇を認め,術後の順応に少なくとも半年かかることが示唆されている.また,モノビジョン法においては,伊藤5)によって両眼視機能の低下とそれに伴う眼精疲労や満足度の低下が指摘されており,これらの手法では術後の中枢性順応や両眼視機能の低下が問題となっていた.〔別刷請求先〕伊東和香子:〒211-8533神奈川県川崎市中原区小杉町1-396日本医科大学武蔵小杉病院眼科Reprintrequests:WakakoIto,M.D.,DepartmentofOphthalmologyNipponMedicalSchoolMusashikosugiHospital,1-396Kosugi-cho,Nakahara-ku,KawasakiCity,Kanagawa211-8533,JAPAN図1PhysIOL社のFINEVISIONR(PhysIOL社より提供)MicroFRとPodFRの2タイプがあり,ともに親水性のアクリル素材.そこで中間距離の改善を求めた三重焦点IOLが開発され,海外の論文で良好な成績が報告されている6.11).三重焦点IOLのなかでも広く使用されているPhysIOL社(ベルギー)のFINEVISIONRは,二つの回折構造を組み合わせることにより,光のエネルギーロスを少なくするとともに,遠方,中間,近方の3点に焦点を合わせることができる.今回筆者らはFINEVISIONRを使用し,術後成績を検討した.I対象および方法白内障以外に眼疾患のない12症例21眼(平均年齢61歳,43.80歳)を対象とした.三重焦点IOLであるFINEVISIONRを使用し,角膜乱視1.000ジオプトリー(D)以下で通常タイプ,1.25D以上でトーリックタイプを選択した.このIOLは親水性のアクリル素材で,MicroFRとPodFRという形状が異なる二つのタイプがある(図1).MicroFRは全長10.75mm,光学径6.15mm,パワー+1D.+35Dの0.5D刻み,PodFRは全長11.40mm,光学径6.0mm,パワー+6D.+35Dの0.5D刻みであり,強度近視の症例にも十分対応可能である.また,PodFRにはトーリックタイプもあり,円柱レンズ度数は1.6Dまでの広い範囲をカバーする12).術式は,角膜上方2.4mmの経結膜強角膜切開で超音波乳化吸引術を行い,インジェクター(スイスMedicel社のAccuject2.0R)を用い,切開創2.4mmからIOLを挿入した.術後1週間の視力,術後1カ月の視力,焦点深度,コントラスト感度および患者アンケート評価を行った.視力は遠方(5m),中間(60cm),近方(33cm)それぞれを裸眼と遠方矯正下で測定した.中間視力は近見視力表(半田屋商店の石原忍撰近見視力表R)にて測定し,視力表示は,中間距離=視力×60cm/33cmの式で換算した.焦点深度は両眼手術した9症例を対象とし,遠方完全矯正後,+2D..4Dを0.5D刻みで加入し,両眼の視力を測定した.視力と焦点深度は,それぞれ一度logMAR視力に変換し,平均値として算出した.コントラスト感度は,CSV-1000R(VectorVision社)を用いて遠方矯正下でグレアon,o.の両条件下で測定した.患者アンケートでは,満足度(1:大変不満,2:不満,3:普通,4:満足,5:大変満足),ハローグレアの自覚(.:なし,±:言われてみれば気になる,+:少し気になる,++:気になる,+++:大変気になる)をスケールで評価し,また眼鏡装用の有無も調査した.なお,このIOLは日本国内では認可されていないレンズであるため,今回の研究を実施するにあたり日本医科大学武蔵小杉病院倫理審査委員会より使用の承認を受けた.また,被験者に対してはこのIOLに関して十分な説明をしたうえで事前に同意を得て,手術,調査を実施した.II結果挿入したIOLの内訳は,MicroFR:8人14眼,PodFR:3人5眼,PodFToricR:1人2眼であった.それぞれのIOLを使用した被験者の術前矯正視力,屈折(等価球面度数),角膜乱視度数を表1に示す.裸眼視力の平均値は術後1週間(図2)では遠方0.03±0.12logMAR,中間0.12±0.16logMAR,近方0.21±0.17logMAR,術後1カ月(図3)では遠方.0.01±0.09logMAR,中間0.12±0.16logMAR,近方0.16±0.13logMARであった.遠方矯正下視力の平均値は術後1週間(図4)では遠方.0.04±0.05logMAR,中間0.03±0.17logMAR,近方0.08±0.08logMAR,術後1カ月(図5)では遠方.0.11±0.05logMAR,中間0.02±0.09logMAR,近方0.07±0.08logMARであった.3種類のIOLごとの術後視力(裸眼,遠方矯正下),屈折(等価球面度数)について,術後1週間の結果を表2に,1カ月の結果を表3に示す.焦点深度曲線(図6)は,+1..3.5加入まで視力0.1logMAR以上であり,.2.5D..1.0Dの中間ゾーンでのグラフ変化は認めなかった.コントラスト感度(図7)は60歳以上の健常者の平均値13)と比較し,正常範囲であった.患者アンケート結果(n=11人,途中脱落1人)は,平均満足度は4.45,眼鏡装用率は0%であった.ハローグレアの自覚は,「なし」.「少し気になる」の回答のみで(.:5人,±:3人,+:3人),「気になる」「かなり気になる」との回答はなかった.III考察術後1週間,1カ月とも裸眼視力は0.0logMAR前後の良好な値であったが,中間・近方距離は0.1logMAR以上と,遠方視力に比べて低値であった.海外の報告では,遠方表1術前矯正視力,屈折,角膜乱視度数平均値±標準偏差MicroFR(n=14)PodFR(n=5)PodFToricR(n=2)矯正視力(logMAR)0.46±0.540.17±0.190.42±0.38屈折(等価球面度数:D)0.25±2.37.9.95±5.10.10.43±2.73角膜乱視(D).0.49±0.21.0.84±0.36..1.36±0.09視力(logMAR)視力(logMAR)0.30.20.100.30.2-0.2遠方中間近方図2裸眼視力(術後1週間)()は少数視力,エラーバーは標準偏差を示す.遠図3裸眼視力(術後1カ月)方は5m,中間は60cm,近方は33cmの距離を示す.()は少数視力,エラーバーは標準偏差を示す.遠方は5m,中間は60cm,近方は33cmの距離を示す.0.50.5遠方中間近方視力(logMAR)0.40.30.20.10-0.1視力(logMAR)0.40.30.20.10-0.1-0.2-0.2遠方中間近方遠方中間近方図4遠方矯正下視力(術後1週間)図5遠方矯正下視力(術後1カ月)()は少数視力,エラーバーは標準偏差を示す.遠()は少数視力,エラーバーは標準偏差を示す.遠方は5m,中間は60cm,近方は33cmの距離を示す..近方すべてで0.1logMAR以下の良好な裸眼視力を得られていたものもあるが6),Marquesら7)の研究では,遠方平均0.00logMAR,中間0.02logMARに対し近方0.20logMAR,Jonkerら8)の研究では,遠方平均0.01logMARに対し中間0.32logMAR,近方0.15logMARと報告されており,本報告と同様,遠方に比べ中間・近方で術後裸眼視力が低い結果となっていたものもあった.FINEVISIONRでは瞳孔径が3mmのとき,光エネルギーは遠方42%,中間15%,近方29%に分散されることがGatinelら9)によって示されており,瞳孔径によって光のエネルギー配分が変化する際,中間・近方は遠方に比べて振り分けられるエネルギー量が少ないため,0.1logMAR以上の視力が得られなかったと考えられる.ただし,焦点深度曲線では.2.5D..1.0Dの中間ゾーンにおいても,0.1logMAR以上の視力を保てていた.この結果が,患者アンケートの満足度の高さや眼鏡装用率0%へつながっていると考えられる.Cochenerら6)の報告でも,焦点深度曲線では0..3DまでlogMAR視力0.1以(129)方は5m,中間は60cm,近方は33cmの距離を示す.上を示していた.近方+3.0加入の二重焦点レンズ(AcrysofIQRestorR)とFINEVISIONRの術後視機能を比較したJonkerら8)によると,遠方(0D),近方(.2.5D)においてはAcrysofIQRestorR,FINEVISIONRともに0.0logMAR以上の良好な焦点深度を保っていたものの,中間距離(.1.0D)ではAcrysofIQRestorRで0.2logMAR以下,FINEVISIONRで0.1logMAR以上と,FINEVISIONRのほうが有意に良好な焦点深度を示しており,術後の満足度の高さに寄与していると考えられる.また,わが国での回折型二重焦点レンズの使用報告でも,中間距離での焦点深度曲線の落ち込みが認められているが1,3),本研究では中間距離でも良好な焦点深度を保てていた.遠方矯正下視力も裸眼視力と同様,術後1週間,1カ月ともに遠方は0.0logMAR以下,中間・近方距離は0.0logMAR以上と遠方に比べ中間・近方距離では低値を示した.FINEVISIONMicroFRと,FINEVISIONRと同様の回折型三重焦点眼内レンズであるZEISS社のATLISAtriあたらしい眼科Vol.34,No.1,2017129表2術後1週間視力,屈折平均値±標準偏差MicroFR(n=14)PodFR(n=5)PodFToricR(n=2)裸眼視力(logMAR)遠方0.06±0.13.0.01±0.10.0.03±0.05中間0.10±0.160.13±0.190.20±0.08近方0.24±0.200.16±0.090.12±0.04遠方矯正下視力(logMAR)遠方.0.04±0.04.0.04±0.07.0.03±0.05中間0.07±0.190.00±0.110.20±0.08近方0.12±0.070.07±0.100.12±0.04屈折(等価球面度数:D).0.22±0.50.0.01±0.320.25±0.35平均値±標準偏差MicroFR(n=14)PodFR(n=5)PodFToricR(n=2)裸眼視力(logMAR)遠方.0.07±0.10.00±0.16.0.12±0.06中間0.16±0.160.02±0.100.08±0.06近方0.14±0.110.26±0.170.12±0.04遠方矯正下視力(logMAR)遠方.0.07±0.05.0.08±0.06.0.12±0.06中間0.07±0.100.03±0.080.08±0.06近方0.09±0.070.12±0.100.09±0.00屈折(等価球面度数:D)0.54±0.76.0.17±0.280.00±0.00(1.35)(1.06)n=90.00-0.20.05-0.100.10図6焦点深度曲線視力(logMAR)コントラスト域値0.10.150.20.200.30.40.50.250.300.60.70.350.8付加球面度数(D)0.406.342.51.610.7+1..3.5加入まで視力0.1logMAR以上であり,.2.5D..1.0Dの中間ゾーンでのグラフ変化は認めなかった.()は少数視力,エラーバーは標準偏差を示す.839MPRを比較したMarquesら10)によると,裸眼視力は差が出なかったものの,遠方矯正下の中間,近方視力においてはMicroFRのほうが高い結果を示したと報告されている.また,Cochenerら6)によると,中間・近方視力は遠方矯正下でも裸眼と同等の視力を示したと報告されている.術後遠方矯正眼鏡を使用した際にも,良好な中間,近方視力が得られるものと考えられる.コントラスト感度はグレアon,o.どちらの状況下でも,全周波領域において正常範囲内であった.佐藤ら13)によっ図7コントラスト感度グレアon,o.両条件下ともに,正常範囲内であった.灰色部分は正常範囲を示す.て示された60歳以上の健常者の平均値と比較して,大差のない結果となった.従来の回折型多焦点IOL挿入後の不満の要因として,光を分散する構造上生じやすいコントラスト感度の低下が指摘されていたが14),今回は良好な結果となっており,光エネルギーの適切な分配によると考えられる.しかし前出のJonkerら8)の報告では二重焦点レンズに比べFINEVISIONRでコントラスト感度が劣る結果となっていた.また,Marquesら7)によると明所視より薄明視でコントラスト感度の低下が認められている.日常生活では低.中コントラスト状況下での視力も必要であり,術後の良好なコントラスト感度は患者満足度の高さに関係していると考察され,薄暮下での比較などさらなる検討が求められる.患者アンケートの満足度は4.6/5と非常に高く,不満症例はなかった.また,重篤なハローグレアを訴える症例もなかった.FINEVISIONRでは4.5mmの瞳孔径において,中間距離への光エネルギーの振り分けが9%まで抑えられ,このため夜間のハローグレアが低減することが示されており9),光エネルギーの配分を最適化することで薄暗い状況下でも良好な見え方が確保できていると考えられる.Marquesら7)もFINEVISIONR挿入眼の術後1年までの追跡調査で,視力やコントラスト感度,グレアテストなどにおいて術直後との有意な変化はなかったと報告しているが,一方,Cochenerら6)の報告では,FINEVISIONR挿入後1年の患者のうち31%がグレアを,40%が残像効果を,49%がハローを訴え,80%が夜間の運転の際に支障があることが示されている.また,眼鏡装用率についても,同報告では,術後1年で4%の症例で遠用.中間距離の眼鏡を,20%の症例で近用眼鏡を必要としたとされている.今回の調査では術後1カ月の眼鏡装用率は0%であったが,今後より多くの症例で長期間にわたっての検討が望まれる.またRuiz-Alcocerら11)はFINEVISIONRは瞳孔径の大きな症例でより遠方視機能がよかったものの,ATLISAtri839MPR(ZEISS社)はより瞳孔径の影響を受けにくく,近方・中間距離に強かったと報告しており,今後瞳孔径にも着目し調査を進めていく必要がある.FINEVISIONRは,遠方に比べ中間近方視力は低下するものの,眼鏡を必要としない良好な裸眼視力を得ることができ,患者の満足度も非常に高かった.老視治療に有効な眼内レンズであると考えられ,またレンズラインナップから強度近視や角膜乱視の症例であっても十分対応できると考えられるが,今後さらなる症例検討の必要がある.文献1)ビッセン宮島弘子,林研,平沢学ほか:着色非球面+2.5D近方加入多焦点眼内レンズSN6AD2(SV25T0)の臨床試験成績.日眼会誌119:511-520,20152)ビッセン宮島弘子,吉野真未,平沢学,ほか:テクニスR1ピース回折型多焦点眼内レンズ挿入後1年の成績.あたらしい眼科32:894-897,20153)中村邦彦,ビッセン宮島弘子,林研ほか:着色非球面多焦点乱視矯正眼内レンズ(SND1T4,SND1T5,SND1T6)の白内障摘出眼を対象とした臨床試験成績.日眼会誌119:7-15,20154)Lubi.skiW,Podboraczy.ska-JodkoK,Gronkowska-Sera-.nJetal:VisualoutcomethreeandsixmonthsafterimplantationofAcri.LISA366Dlenses.KlinOczna113:209-215,20135)伊藤美佐絵:眼内レンズによるモノビジョン法.眼科グラフィック4:494-499,20056)CochenerB,VryghemJ,RozotPetal:Clinicaloutcomeswithatrifocalintraocularlens:amulticenterstudy.JRefractSurg30:762-768,20147)MarquesJP,RosaAM,QuenderaBetal:Quantitativeevaluationofvisualfunction12monthsafterbilateralimplantationofadi.ractivetrifocalIOL.EurJOphthal-mol25:516-524,20158)JonkerSM,BauerNJ,MakhotkinaNYetal:Comparisonofatrifocalintraocularlenswitha+3.0DbifocalIOL:Resultsofaprospectiverandomizedclinicaltrial.JCata-ractRefractSurg41:1631-1640,20159)GatinelD,PagnoulleC,HoubrechtsYetal:Designandquali.cationofadi.ractivetrifocalopticalpro.leforintraocularlenses.JCataractRefractSurg37:2060-2067,201110)MarquesEF,FerreiraTB:Comparisonofvisualout-comesof2di.ractivetrifocalintraocularlenses.JCataractRefractSurg41:354-363,201511)Ruiz-AlcocerJ,Madrid-CostaD,Garcia-LazaroSetal:Opticalperformanceoftwonewtrifocalintraocularlens-es:through-focusmodulationtransferfunctionandin.u-enceofpupilsize.ClinExperimentOphthalmol42:271-276,201412)鈴木久晴:三重焦点眼内レンズ.IOL&RS29:524-527,201513)佐藤宏,代田幸彦,川島千鶴子ほか:新しいコントラストグレアテスターの臨床応用─後発白内障切開前後の比較─.IOL&RS14:148-153,200014)ビッセン宮島弘子,吉野真未,大木伸一ほか:回折型多焦点眼内レンズ挿入後不満例の検討.あたらしい眼科30:1629-1632,2013***

ドライアイ症例に対する白内障周術期におけるムコスタ®点眼液UD2%の効果

2016年9月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科33(9):1363?1368,2016cドライアイ症例に対する白内障周術期におけるムコスタR点眼液UD2%の効果井上康*1越智進太郎*1高静花*2*1井上眼科*2大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室Effectsof2%RebamipideOphthalmicSuspensiononPerioperativePeriodofCataractSurgeryinDryEyePatientsYasushiInoue1),ShintaroOchi1)andShizukaKoh2)1)InoueEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:ドライアイ(DE)症例に対するレバミピド懸濁点眼液(ムコスタR点眼液UD2%:大塚製薬,以下レバミピド)の白内障周術期における投与の有効性を評価した.方法:2014年12月17日?2015年6月17日に両眼の白内障手術目的で井上眼科を受診した症例のうち,2006年DE診断基準においてDE確定およびDE疑いと診断され,術後8週まで経過観察できた男性4名8眼,女性26名52眼,計30名60眼(72.1±7.3歳)を対象とした.術前4週の時点で無作為に片眼にレバミピド(REBA群),他眼にソフトサンティア(AT群)を割り付け,1日4回の点眼を開始した.点眼は術後8週まで継続し,DE自覚症状評価,SchirmertestI法,BUT,角結膜フルオレセイン染色スコア,光干渉断層計によるTMH,角膜高次収差の連続測定の結果を比較した.結果:REBA群ではAT群に比べ,角結膜フルオレセイン染色スコアが術前2週および術後4?8週にかけて有意に減少し,BUTは術前2週以降延長していた.角膜高次収差の連続測定の結果から算出したFluctuationIndexおよびStabilityIndexはそれぞれ術前2週から術後6週まで,手術当日から術後6週までの間REBA群ではAT群に比べ有意に低下していた(p<0.05).結論:DE症例に対する白内障周術期におけるレバミピドの投与により早期の涙液層の安定化が得られた.Purpose:Toevaluatetheeffectsof2%Rebamipideophthalmicsuspension(rebamipide)ontheperioperativeperiodofcataractsurgeryindryeyepatients.Method:Enrolledwere60eyesof30dryeyepatientswhohadundergonecataractsurgeryinbotheyesbetweenDecember17,2014andJune17,2015andbeenfollowedupfor8weeks(8w)aftersurgery.Artificialtearswererandomlyappliedtooneeye(ATgroup)and2%rebamipideophthalmicsuspensiontothefelloweye(REBAgroup)at4weeksbeforecataractsurgery(?4W).Eachgroupwasinstructedtostarttheophthalmicsuspensions4timesadayfrom?4wto8w.Subjectivesymptomassessment,SchirmertestI,tearfilmbreakuptime(BUT),fluoresceinstainingscore,tearmeniscusheightobtainedbyopticalcoherencetomographyandserialcornealhigh-orderaberration(HOAs)wereexaminedat?4w,?2w,dayofsurgery(0w),2w,4w,6wand8w.Twoquantitativeindices,thefluctuationindex(FI)andthestabilityindex(SI)oftotalHOAs,wereusedtoindicatesequentialchangeinHOAsovertime.Result:BUTat?2w,0w,2w,4w,6wand8wwereextended,fluoresceinstainingscoreat?2w,4w,6wand8wweredecreased,FIat?2w,0w,2w,4wand6wweredecreasedandSIat0w,2w,4wand6wweredecreasedsignificantlyintheREBAgroup,comparedwiththeATgroup(p<0.05).Conclusion:Rebamipidewaseffectiveduringtheperioperativeperiodofcataractsurgeryindryeyepatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(9):1363?1368,2016〕Keywords:レバミピド懸濁点眼液,白内障手術,ドライアイ.rebamipideophthalmicsuspension,cataractsurgery,dryeye.〔別刷請求先〕井上康:〒706-0011岡山県玉野市宇野1-14-31井上眼科Reprintrequests:YasushiInoueM.D.,InoueEyeClinic,1-14-31Uno,TamanoCity,Okayama706-0011,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(121)1363はじめに近年,白内障手術は小切開化などさまざまな改良により術後早期から良好な視力が得られるようになるとともに,トーリック眼内レンズなどの導入により屈折矯正手術としての完成度も高まってきている.しかし,手術中の強制開瞼,眼内灌流液の滴下,顕微鏡光,局所麻酔および消毒液などによる角結膜,涙液層への障害は,角膜知覚低下,眼表面のムチン,ゴブレット細胞の減少を通して角結膜上皮障害,涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT)の短縮を引き起こす術後ドライアイとして報告されている1?3).臨床現場において術後経過が良好であるにもかかわらず,異物感,乾燥感や霧視を訴える症例を経験することは少なくない.現在国内のドライアイ症例数は800?2,000万人と考えられており,白内障手術において良好な結果を得るためには術前にドライアイの診断を適確に行うこと,ドライアイと診断された場合には周術期のドライアイ治療を効率的に行うことが欠かせないと考えられる.ドライアイの治療薬であるレバミピド懸濁点眼液(ムコスタR点眼液UD2%:大塚製薬,以下レバミピド)は角結膜ムチン産生促進,角結膜上皮障害改善,ゴブレット細胞数増加作用などを有することが報告されており4?8),白内障周術期におけるドライアイ治療薬としても有効である可能性がある.今回,白内障周術期のドライアイ症例に対してレバミピドを使用し,人工涙液使用眼との比較からレバミピドの有効性について検討を行った.I対象および方法本研究は眼科康誠会倫理審査委員会にて前向き無作為化比較試験として承認を受け,ヘルシンキ宣言に基づく倫理的原則および「臨床研究に関する倫理指針(平成20年7月改正,厚生労働省告示)」を遵守して実施された.対象は2014年12月17日?2015年6月17日まで間の井上眼科における両眼白内障手術予定症例の内,第1眼の手術より4週前(?4w)の時点で,2006年ドライアイ診断基準9)におけるドライアイ確定およびドライアイ疑いに該当し,文書による同意を得ることができた41名82眼(男性5名10眼,女性36名72眼,年齢72.5±8.1歳)である.除外基準はドライアイ,結膜弛緩症以外の前眼部疾患(眼瞼炎,兎眼,眼瞼痙攣および虹彩炎を含む),コンタクトレンズ装用,涙点プラグを挿入中もしくは本研究参加前3カ月以内の涙点プラグ装用,本研究開始前12カ月以内の眼科的手術歴とし,マーキングによる眼表面への影響を排除するためにトーリック眼内レンズ挿入予定眼も除外基準に含めた.対象症例には?4wの時点で無作為に割り付けられた片眼にレバミピドを(レバミピド群),他眼には人工涙液(ソフトサンティアR:参天製薬,AT群)を?4wから術後8週(8w)まで1回1滴,1日4回点眼した.臨床評価は?4w,?2w,手術当日の手術前(0週),術後2週(2w),術後4週(4w),術後6週(6w),術後8週(8w)に行った.評価項目はドライアイ自覚症状(異物感,眼痛,乾燥感,霧視,羞明,疲労,流涙)をVisualAnalogueScaleにて評価,BUT,角結膜フルオレセイン染色スコア(9点満点),SchirmertestI法,前眼部アダプタを装着した後眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomography,RS-3000,NIDEK)による下方の涙液メニスカス高(tearmeniscusheight:TMH),波面センサー(Wave-FrontAnalyzer,KR-1W:TOPCON)による高次収差の10秒間連続撮影とした.波面センサーによる高次収差測定は白内障の影響を除外するため測定直径4mmの角膜高次収差を評価した.測定された10秒間の高次収差の変化からFluctuationIndex(FI),StabilityIndex(SI)を求めた10).今回の研究では,レバミピドは特徴的な白色懸濁性点眼液であるため二重盲検化は行えなかった.検者の主観を排除するためBUTの測定は左右の点眼薬を確認する前に行った.また,第三者機関による登録データの監査,モニタリングにより透明性を確保した.統計解析はJMPバージョン10.0.2(SASInstitute,Cary,NorthCarolina,USA)で行い,群間比較はpairedt-test,群内比較はKruskal-Wallis,多重比較はSteelを用い,有意水準p<0.05で検定した.白内障手術は全症例ともオキシブプロカイン塩酸塩(ベノキシールR点眼液0.4%:参天製薬,以下ベノキシール)とリドカイン塩酸塩(キシロカインR点眼液4%:アストラゼネカ)による点眼麻酔下で施行し,第1眼手術の2週間後に第2眼の手術を施行した.切開創は2.2mm耳側強角膜とし,前例とも無縫合で終了した.眼内レンズは1例2眼にSN60WF(ALCON),29例58眼にZCB00V(AMO)を使用した.全症例とも術前3日前より術当日までガチフロキサシン点眼液(ガチフロR点眼液0.3%:千寿製薬)を,術後はレボフロキサシン点眼液(クラビットR点眼液1.5%:参天製薬)を術後4週まで1回1滴,1日4回使用した.ブロムフェナクナトリウム水和物点眼液(ブロナックR点眼液0.1%:千寿製薬)は術翌日より術後8週まで1回1滴,1日2回併用した.II結果対象症例のうち,本人の希望により8例,コンプライアンス不良により2例,点眼による苦味のために1例が中止・脱落となったため,30名60眼(男性4名8眼,女性26名52眼,年齢72.1±7.3歳)について解析を行った.本研究中に苦味以外の有害事象は認めなかった.?4wの時点でのBUT,角結膜フルオレセイン染色スコア,SchirmertestI法,TMH,高次収差変化のパターン,1364あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(122)FI,SI,ドライアイ自覚症状はレバミピド群とAT群の間に有意差を認めなかった(表1).BUTは全症例で5秒以下,SchirmertestI法は5mm以上が60眼中56眼,10mm以上が60眼中30眼であった.白内障手術における術中合併症はなく,眼内レンズは全症例で?内に固定され,手術時間,術後矯正視力には両群間の有意差を認めなかった.レバミピド群ではAT群に比べ,BUTが?2wから8wまで有意に延長し,角結膜フルオレセイン染色スコアが?2wおよび4wから8wまで有意に減少していた(p<0.05).群内比較ではAT群はBUT,角結膜フルオレセイン染色スコアともにすべての時点において有意差はなかったが,レバミピド群では?4wと比較して,BUTは手術当日から8wにおいて延長し,角結膜フルオレセイン染色スコアは0w,4w,8wで有意な減少を認めた(p<0.05,図1).SchirmertestI法とTMHは両群間に有意差はなく,群内比較でも両群ともにすべての時点で有意差を認めなかった(図2).波面センサーによる角膜全高次収差の10秒間連続測定の経時変化を図3に示す.AT群では全経過を通してBUT短縮型の特徴である開瞼後徐々に高次収差が増加する「のこぎり型」を示していたのに対し,レバミピド群では?4wでは「のこぎり型」を示していたが,それ以外では高次収差の変化が少ない「安定型」を示していた10).レバミピド群ではAT群に比べ,FIは?2w,0w,2wから6wまで,SIは0wから6wまで有意に低下していた(p<0.05).群内比較では,AT群ではFI,SIともにすべての時点において有意差はなかったが,レバミピド群では?4wに比べFIが?2wで,SIは?2wから8wまで有意に低下していた(p<0.05,図4).ドライアイの自覚症状評価は?4wと各測定点でのスコアの差から行った.すべての測定点において両群間に有意差を認めなかったが,眼痛や乾燥感の項目ではレバミピド群がAT群より改善している傾向が認められた.(図5)III考察LASIK(laser-assistedinsitukeratomileusis)では広範囲にわたり角膜知覚神経が切断されるために角膜知覚が低下し,涙液の反射分泌が減少することによりドライアイを発症することが広く知られている11).また,術中術後に使用する非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)ブロムフェナクナトリウム水和物点眼液の鎮痛作用も角膜知覚低下の原因となる可能性がある12).ただし,今回の結果ではAT群とレバミピド群ともに?4wから8wまでの間涙液の反射性分泌を反映するとされているSchirmertestI法,TMHには変化が認められず,涙液の反射分泌の減少を惹起するほどの角膜知覚の低下は生じていなかったと考えられる.NSAIDsなどに防腐剤として配合されているベンザルコニウム塩化物(benzalkoniumchloride)の細胞毒性による角結膜表面のmicrovilli(微絨毛,微ひだ)への障害はmicrovilli先端の膜結合型ムチンの減少につながる13).また,強制開瞼に伴う乾燥と頻回に行われる眼内灌流液の滴下によっても膜結合型ムチンおよび分泌型ムチンが減少すると考えられる14).レバミピドには前述のように角結膜ムチン産生促進,角結膜上皮障害改善,ゴブレット細胞数増加作用があり4?8),BUT延長および涙液層の安定による高次収差の改善が報告されている15).今回の検討においても,レバミピド群ではBUTの延長,角結膜フルオレセイン染色スコアの改善,高次収差変化パターンの「安定型」への移行,FIおよびSIの低下が?2wから認められ,白内障手術の施行前に涙液層の安定化が得られていたと考えられる.一方,AT群ではBUT,角結膜フルオレセイン染色スコア,高次収差変化のパターン,FI,SIには全経過を通じて有意な変化はなく,ドライアイの改善および増悪ともに認められなかった.今回対象となった症例の約半数はBUT短縮型ドライアイであり,涙液量が正常範囲に保たれていたこと,人工涙液や抗菌薬点眼による水分量の増加により増悪が生じなかったのではないかと考えられる.術後矯正視力については両群間に有意な差はなく,自覚症状評価においても同様に有意差は認められなかったが,レバミピドにより涙液層の安定化が得られることが確認できた.今後,実用視力16)などで時間軸を考慮した視力評価を行い,視機能に対する効果を検証する必要がある.本研究は大塚製薬株式会社から助成を受けて行われた.文献1)OhT,JungY,ChangDetal:Changesinthetearfilmandocularsurfaceaftercataractsurgery.JpnJOphthalmol56:113-118,20122)KasetsuwanN,SatitpitakulV,ChangulTetal:Incidenceandpatternofdryeyeaftercataractsurgery.PLoSOne8:e78657,20133)ChoYK,KimMS:Dryeyeaftercataractsurgeryandassociatedintraoperativeriskfactors.KoreanJOphthalmol23:65-73,20094)KinoshitaS,AwamuraS,OshidenKetal:Rebamipide(OPC-12759)inthetreatmentofdryeye:arandomized,double-masked,multicenter,placebo-controlledphaseIIstudy.Ophthalmology119:2471-2478,20125)UrashimaH,TakejiY,OkamotoTetal:Rebamipideincreasesmucin-likesubstancecontentsandperiodicacidSchiffreagent-positivecellsdensityinnormalrabbits.JOculPharmacolTher28:264-270,20126)RiosJD,ShatosM,UrashimaHetal:OPC-12759increasesproliferationofculturedratconjunctivalgobletcells.Cornea25:573-581,20067)RiosJD,ShatosMA,UrashimaHetal:EffectofOPC-12759onEGFreceptoractivation,p44/p42MAPKactivity,andsecretioninconjunctivalgobletcells.ExpEyeRes86:629-636,20088)OhguchiT,KojimaT,IbrahimOMetal:Theeffectsof2%rebamipideophthalmicsolutiononthetearfunctionsandocularsurfaceofthesuperoxidedismutase-1(sod1)knockoutmice.InvestOphthalmolVisSci54:7793-7802,20139)島﨑潤:2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科24:181-184,200710)KohS,MaedaN,HiroharaYetal:Serialmeasurementsofhigher-orderaberrationsafterblinkinginnormalsubjects.InvestOphthalmolVisSci47:3318-3324,200611)LiM,ZhaoJ,ShenYetal:ComparisonofdryeyeandcornealsensitivitybetweensmallincisionlenticuleextractionandfemtosecondLASIKformyopia.PLoSOne8:e77797,201312)DonnenfeldED,HollandEJ,StewartRHetal:Bromfenacophthalmicsolution0.09%(Xibrom)forpostoperativeocularpainandinflammation.Ophthalmology114:1653-1662,200713)高橋信夫:点眼剤用防腐剤塩化ベンザルコニウムの細胞毒性とその作用機序─細胞培養学的検討─.日本の眼科58:945-950,198714)中島英夫,浦島博樹,竹治康広ほか:ウサギ眼表面ムチン被覆障害モデルにおける角結膜障害に対するレバミピド点眼液の効果.あたらしい眼科29:1147-1151,201215)KohS,InoueY,SugimotoTetal:Effectofrebamipideophthalmicsuspensiononopticalqualityintheshortbreak-uptimetypeofdryeye.Cornea32:1219-1223,201316)KaidoM,IshidaR,MuratDetal:Therelationoffunctionalvisualacuitymeasurementmethodologytotearfunctionsandocularsurfacestatus.JpnJOphthalmol55:451-459,20111364あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(122)表1術後8週まで経過観察できた症例の背景(123)あたらしい眼科Vol.33,No.9,20161365図1Tearfilmbreakuptime(BUT)と角結膜フルオレセイン染色スコアの経時変化グラフは平均値±標準偏差を示す.群間比較:対応のあるt検定(AT群vsREBA群)(**p<0.01,*p<0.05)群内比較:Kruskal-Wallis検定多重比較Steel(††p<0.01,†p<0.05)図2SchirmertestI法と下方涙液メニスカス高(TMH)の経時変化グラフは平均値±標準偏差を示す.群間比較:対応のあるt検定(AT群vsREBA群)(**p<0.01,*p<0.05)群内比較:Kruskal-Wallis検定多重比較Steel(††p<0.01,†p<0.05)図3角膜全高次収差の10秒間連続測定の経時変化平均値の変化を示す.1366あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(124)図4FluctuationIndexとStabilityIndexの経時変化グラフは平均値±標準偏差を示す.群間比較:対応のあるt検定(AT群vsREBA群)(**p<0.01,*p<0.05)群内比較:Kruskal-Wallis検定多重比較Steel(††p<0.01,†p<0.05)図5自覚症状の経時変化?4wと各測定点でのスコアの差を求め,+:改善,?:増悪とした.グラフは平均値±標準偏差を示す.群間比較:対応のあるt検定(AT群vsREBA群)(**p<0.01,*p<0.05)群内比較:Kruskal-Wallis検定多重比較Steel(††p<0.01,†p<0.05)(125)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201613671368あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(126)

原発開放隅角緑内障(広義)に対する白内障単独手術

2016年7月31日 日曜日

《第26回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科33(7):1057〜1061,2016©原発開放隅角緑内障(広義)に対する白内障単独手術狩野廉桑山泰明岡崎訓子桑村里佳福島アイクリニックClinicalResultsofCataractSurgeryinPatientswithPrimaryOpen-AngleGlaucomaKiyoshiKano,YasuakiKuwayama,NorikoOkazakiandRikaKuwamuraFukushimaEyeClinic目的:原発開放隅角緑内障(広義)眼に対する白内障単独手術後の眼圧変化と,術後眼圧上昇に関連する因子について検討した.対象および方法:2014年8〜10月に当院で白内障単独手術を施行し,術後1カ月以上経過観察した原発開放隅角緑内障(広義)38例38眼を対象として後ろ向きに調査した.結果:術前,術翌日,1,3,6カ月後の眼圧(平均±標準偏差mmHg)はそれぞれ13.7±2.7,18.0±6.4(p<0.01),15.1±5.1(p<0.05),14.5±3.8(n.s.),13.8±3.3(n.s.)だった.点眼スコアは術前2.1±1.5から術6カ月後1.0±1.2に有意に減少した(p<0.05).術翌日10mmHg以上眼圧上昇したものが5眼(13.2%)あり,術前高眼圧が有意な関連因子だった(p<0.05).結論:原発開放隅角緑内障(広義)眼に対する白内障単独手術は,短期的に点眼1剤分の眼圧下降効果が期待できるが,一過性眼圧上昇に注意が必要である.Purpose:Toevaluatechangesinintraocularpressure(IOP)followingcataractsurgeryinpatientswithprimaryopen-angleglaucoma(POAG).Patientsandmethods:TheauthorsretrospectivelyreviewedpreoperativeandpostoperativeIOPin38consecutivePOAGpatientswhohadundergonecataractsurgerybetweenAugustandOctoberof2014andhadbeenfollowedupatleast1monthaftersurgery.Results:PreoperativeIOPwas13.7±2.7;meanIOPat1day,1month,3monthsand6monthsaftersurgerywas18.0±6.4(p<0.01),15.1±5.1(p<0.05),14.5±3.8(n.s.)and13.8±3.3(n.s.),respectively.Thenumberofglaucomamedicationsbeforeandat6monthsaftersurgerydecreasedto2.1±1.5and1.0±1.2,respectively(p<0.05).Fiveeyes(13.2%)werefoundtohaveanIOPincreaseof≧10mmHgonthedayaftersurgery,higherpreoperativeIOPshowingstatisticallysignificantcorrelationwiththeIOPspike(p<0.05).Conclusions:Theefficacyofcataractsurgeryseemstobealmostthesameasthatofonebottleofglaucomamedication,atleastintheshortterm.WehavetobewareoftransientincreaseinIOPfollowingcataractsurgeryoneyeswithPOAG.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(7):1057〜1061,2016〕Keywords:原発開放隅角緑内障,白内障手術,眼圧,点眼数,一過性眼圧上昇.primaryopen-angleglaucoma,cataractsurgery,intraocularpressure,numberofglaucomamedications,transientincreaseinintraocularpressure.はじめに緑内障の有病率は年齢とともに上昇し,白内障手術適応となることの多い70歳以上では10%にのぼると推測される1,2).緑内障を合併した白内障患者の頻度は多く,その術式の選択肢としては白内障単独手術と緑内障同時手術の2つが考えられる.白内障単独手術は手術時間が短く侵襲が少ないため,早期に視力回復が得られる一方で,術後眼圧コントロール悪化に伴う視野障害進行のリスクがある.緑内障同時手術は視力改善と眼圧下降の両方が一度の手術で得られ,点眼数減量などによるqualityoflife(QOL)の改善が期待できる反面,惹起乱視や収差増加など視機能に対する悪影響3,4)や眼内レンズの度数ずれが多いことが知られている5).以前わが国では,眼圧コントロール良好な原発開放隅角緑内障(広義)(primaryopen-angleglaucoma:POAG)眼に白内障単独手術(phacoemulsificationandaspiration:PEA)を施行すると,15.5〜26.6%の眼圧下降が得られると報告されてきた6,7)が,プロスタグランジン(PG)関連薬使用が緑内障治療の第一選択となった最近のわが国の報告では下降率−2.6〜9.9%と低い8〜11).術後の眼圧変化を予測することは,緑内障を合併した白内障眼の手術術式決定のうえで重要であり,今回筆者らはPOAGに対するPEA後の眼圧変化と,術後眼圧上昇に関連する因子について検討した.I対象および方法2014年8〜10月に当院でPEAを施行し,術後1カ月以上経過観察したPOAG38例38眼(両眼手術症例では先行眼のみ)を対象に,術前後の眼圧,点眼スコアを後ろ向きに調査した.PEAは全例耳側3mm切開で,角膜切開または強角膜切開で施行した.術中後囊破損した症例が1例あったが,硝子体脱出はなく眼内レンズは囊内固定であった.その他の症例は術中合併症もなく,全例眼内レンズは囊内固定だった.眼圧はGoldmann圧平眼圧計を用いて日中外来時間帯に測定し,術前眼圧は手術直近1回の値を用いた.患者背景を表1に示す.点眼スコアは配合剤を2,他の点眼と内服薬を1とした.術前に使用していた緑内障治療薬は術後いったんすべて中止し,経過に応じて再開した.術前後の眼圧を対応のあるt検定で,点眼スコアをWilcoxon符号順位検定で比較し,術翌日の5mmHgまたは10mmHg以上の眼圧上昇に関連する因子についてロジスティック回帰分析を用いて調べた.視野検査はHumphrey視野計のプログラムC30-2またはC10-2を用い,固視不良20%以上,偽陽性20%以上,偽陰性33%以上のいずれかに該当する信頼性の低い検査結果は除外した.II結果眼圧は術翌日から術1カ月後まで術前より有意に上昇していたが,以後は術前と同等のレベルに下降し,有意差はなかった(図1).点眼スコアは術後有意に減少し,経過とともに徐々に増加したが,術6カ月後の時点で術前より約1剤分有意に減少していた(図1).術前に炭酸脱水酵素阻害薬(carbonicanhydraseinhibitor:CAI)内服を使用していたものはなく,術後CAI内服を必要としたものが4眼あったが,術2カ月以降に使用していたものはなかった.術翌日の眼圧上昇は5mmHg以上が13眼(34.2%),10mmHg以上が5眼(13.2%)あった(図2).術翌日5mmHg以上の眼圧上昇と眼軸長には有意な関連があり(表2),長眼軸眼ほど眼圧上昇のリスクが高かった.また,若年齢ほど眼圧上昇しやすい傾向があったが,有意水準には達しなかった.術翌日10mmHg以上の眼圧上昇と術前眼圧には有意な関連があり(表2),術前眼圧が16mmHg以上のものは15mmHg以下のものに比較して有意に眼圧上昇をきたした(Fisher直接確率検定,p<0.05)(表3).術後2段階以上視力改善したものは16眼(42.1%)で,2段階以上視力低下したものはなかった.PEA前後で同一プログラムの検査結果がある15眼について,術後1dB以上MD値が改善したものは7眼(46.7%),3dB以上MD値が低下したものは2眼(6.7%)あった.感度低下した2眼はいずれも術後一過性に30mmHg以上の眼圧上昇をきたした症例であった.III考察POAGに対するPEA後の眼圧変化については,これまでの報告で−2.6〜26.6%と幅があるが,術前平均眼圧が18〜22mmHgの比較的高いものは下降率が15.5〜26.6%と大きい6,7,12,13)のに対し,15〜18mmHgの比較的低いものは−2.6〜11.2%と下降率が小さい8〜11,14,15).散布図で確認すると,術前眼圧に関係なく術後眼圧は15〜16mmHg,術後点眼スコアは1程度になることが多いことがわかる(図3).狭義POAGのなかでも術前眼圧が21mmHg以上のものは20mmHg以下のものより眼圧下降幅が大きいとの報告があるが6),わが国では1999年以降PG関連薬使用により眼圧コントロールがそれ以前より改善したため,術前眼圧が15〜17mmHgと低くなり,術後眼圧下降が得られにくくなったと考えられる.当院では術前眼圧が高めのものに対しては積極的に緑内障同時手術を選択しているため,本研究の症例群は過去の報告に比較して眼圧レベルがさらに低く,術前後の平均眼圧に差が出なかったものと思われる.また,多くの症例で緑内障第一選択薬であるPG関連薬が術前に投与されているのに対し,術直後には囊胞様黄斑浮腫のリスクを考慮して少なくとも1〜2カ月は投与を控える傾向にあり,眼圧下降が得られなかったもう一つの原因と考えられる.しかしながら点眼数は減少しており,眼圧コントロールとしては短期的には点眼1剤分の改善が得られていると思われた.白内障手術後の眼圧下降機序について,PEAが行われる以前の文献では房水産生低下16)や血液房水柵の変化17)などが考察されている.手術侵襲が少ないPEAについては,術前に房水流量が低下している症例は房水流出率が改善し,低下していない症例では変化がない18)ことから,PEA時の人工房水灌流による線維柱帯に沈着したグリコサミノグリカンの洗い流し効果や,線維柱帯障害による貪食細胞増加などが考えられている12)が,手術侵襲に伴う内因性PGF2放出によるぶどう膜強膜流出増加の可能性も推測されている15).PEAと同様に軽度の炎症惹起による眼圧下降効果が得られるものとしてレーザー線維柱帯形成術(lasertrabeculoplasty:LTP)があるが,LTPの眼圧下降率は20%前後19〜21),点眼数にして1剤程度と,PEA後と同等の下降効果が報告されている21,22).LTPの作用機序としては,細胞内メラニン顆粒破壊に伴うフリーラジカルや各種インターロイキン放出により,マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)活性上昇,マクロファージの細胞外物質貪食増加,Schlemm管内皮細胞有孔性増加などを通じて線維柱帯の房水流出抵抗が減少することが知られており23,24),PEAも手術侵襲によって同様の経路が活性化し,房水流出抵抗が減じている可能性が考えられる.PEA後に危惧される眼圧上昇の割合は,術翌日5mmHg以上上昇したものが34.2%と高頻度で,眼軸長が長いほど有意にリスクが大きく,若年齢ほど眼圧上昇しやすい傾向があった.術翌日10mmHg以上と著明に上昇したものは13.2%あり,術後28mmHg以上が13%10),30mmHg以上が23%25)などの過去の報告と同様の結果であった.とくに術前眼圧が16mmHg以上のものは10mmHg以上上昇するリスクが有意に大きく,視野悪化の要因となりうるため,周術期の管理に十分に注意が必要と思われる.術後眼圧上昇の原因としては術後炎症,粘弾性物質残留,ステロイド薬などが考えられるが,より侵襲の少ない手術,眼内レンズ挿入後の十分な前房灌流,ステロイド薬の必要最小限の投与などに注意をしていても,予想以上に眼圧上昇が生じることが明らかとなった.術後眼圧上昇の予防には,術後CAI内服26,27)や,術前あるいは術直後のb遮断薬28),a2刺激薬29),PG関連薬30)などの点眼が有効であるとされており,眼圧上昇や視野悪化のリスクが高い症例では予防投与を考慮する必要があると思われる.また,追加治療の必要性をより早く判断するため,術後眼圧が最高となる4〜6時間後28〜30)に眼圧測定を行うことも有用と考えられる.POAGを合併した白内障患者では,眼圧コントロールが良好であれば白内障単独手術,不良であれば緑内障同時手術を選択することに異論はないと思われるが,その具体的な境界は明確ではない.当院では眼圧レベルが高いものや病期が進行したものは積極的に緑内障同時手術を選択しているが,適応を限定した症例群においても白内障単独手術では術後10mmHg以上の一過性眼圧上昇をきたすものが1割以上あった.とくに術前眼圧16mmHg以上の症例では4割にのぼり,視野悪化の原因となった可能性のある症例もあった.今後そのような症例はより積極的に緑内障同時手術を選択するか,術後眼圧上昇に対する点眼・内服予防投与を考慮する必要があると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese.Ophthalmology111:1641-1648,20042)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal:TheTajimistudyreport2:PrevalenceofprimaryangleclosureandsecondaryglaucomainaJapanesepopulation.Ophthalmology112:1661-1669,20053)豊川紀子,宮田三菜子,木村英也ほか:緑内障手術の視機能への影響.臨眼62:461-165,20084)松葉卓郎,狩野廉,桑山泰明:IOLマスターを用いた線維柱帯切除術後の眼軸長測定.臨眼65:387-391,20115)有本剛,丸山勝彦,菅野敦子:白内障緑内障同時手術時の光学式ならびに超音波眼軸長測定装置による屈折誤差の比較.臨眼67:1525-1531,20136)松村美代,溝口尚則,黒田真一郎ほか:原発開放隅角緑内障における超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術の眼圧経過への影響.日眼会誌100:885-889,19967)HayashiK,HayashiH,NakaoFetal:Effectofcataractsurgeryonintraocularpressurecontrolinglaucomapatients.JCataractRefractSurg27:1779-1786,20018)藤本裕子,黒田真一郎,永田誠:開放隅角緑内障に対するPEA+IOL後の長期経過.眼科手術16:571-575,20039)加賀郁子,稲谷大,柏井聡:緑内障眼の白内障手術術後眼圧変化.臨眼59:1131-1133,200510)尾島知成,田辺晶代,板谷正紀ほか:白内障単独手術を施行した原発開放隅角緑内障,正常眼圧緑内障,偽落屑緑内障眼の術後経過.臨眼56:1993-1997,200511)庄司信行:緑内障眼と眼内レンズ挿入術.あたらしい眼科23:153-158,200612)KimDD,DoyleJW,SmithMF:Intraocularpressurereductionfollowingphacoemulsificationcataractextractionwithposteriorchamberlensimplantationinglaucomapatients.OphthalmicSurgLasers30:37-40,199913)LeeYH,YunYM,KimSHetal:Factorsthatinfluenceintraocularpressureaftercataractsurgeryinprimaryglaucoma.CanJOphthalmol44:705-710,200914)MerkurA,DamjiKF,MintsioulisGetal:Intraocularpressuredecreaseafterphacoemulsificationinpatientswithpseudoexfoliationsyndrome.JCataractRefractSurg27:528-562,200115)MathaloneN,HyamsM,NermanSetal:Long-termintraocularpressurecontrolafterclearcornealphacoemulsificationinglaucomapatients.JCataractRefractSurg31:479-483,200516)BiggerJF,BeckerB:Cataractsandprimaryopen-angleglaucoma:theeffectofuncomplicatedcataractextractiononglaucomacontrol.Ophthalmology75:260-272,197117)HandaJ,HenryJC,KrupinTetal:Extracapsularcataractextractionwithposteriorchamberlensimplantationinpatientswithglaucoma.ArchOphthalmol105:765-769,198718)MeyerMA,SavittML,KopitasE:Theeffectofphacoemulsificationonaqueousoutflowfacility.Ophthalmology104:1221-1227,199719)LatinaMA,SibayanSA,ShinDHetal:Q-switched532-nmNd:YAGlasertrabeculoplasty(selectivelasertrabeculoplasty):amulticenter,pilot,clinicalstudy.Ophthalmology105:2082-2090,199820)狩野廉,桑山泰明,溝上志朗ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の術後成績.日眼会誌103:612-616,199921)FrancisBA,IanchulevT,SchofieldJKetal:Selectivelasertrabeculoplastyasareplacementformedicaltherapyinopen-angleglaucoma.AmJOphthalmol140:524-525,200522)NagarM,OgunyomadeA,O’BrartDPetal:Arandomized,prospectivestudycomparingselectivelasertrabeculoplastywithlatanoprostforthecontrolofintraocularpressureinocularhypertensionandopenangleglaucoma.BrJOphthalmol89:1413-1417,200523)GuzeyM,VuralH,SaticiAetal:IncreaseoffreeoxygenradicalsinaqueoushumourinducedbyselectiveNd:YAGlasertrabeculoplastyintherabbit.EurJOphthalmol11:47-52,200124)AlvaradoJA,AlvaradoRG,YehRFetal:Anewinsightintothecellularregulationofaqueousoutflow:howtrabecularmeshworkendothelialcellsdriveamechanismthatregulatesthepermeabilityofSchelemm’scanalendothelialcells.BrJOphthalmol89:1500-1505,200525)丸山幾代,勝島晴美,鎌田昌俊ほか:緑内障眼に対する白内障手術.眼科手術8:313-318,199526)RichWJ:Furtherstudiesonearlypostoperativeocularhypertensionfollowingcataractsurgery.TransOphthalmolSocUK89:639-647,196927)LewenR,InslerMS:TheeffectofprophylacticacetazolamideontheintraocularpressureriseassociatedwithHealon-aidedintraocularlenssurgery.AnnOphthalmol17:315-318,198528)Levkovitch-VerbinH,Habot-Wilner,BurlaNetal:Intraocularpressureelevationwithinthefirst24hoursaftercataractsurgeryinpatientswithglaucomaorexfoliationsyndrome.Ophthalmology115:104-108,200829)KatsimprisJM,SiganosD,KonstasAGPetal:Efficacyofbrimonidine0.2%incontrollingacutepostoperativeintraocularpressureelevationafterphacoemulsification.JCataractRefractSurg29:2288-2294,200330)AriciMK,ErdoganH,TokerIetal:Theeffectoflatanoprost,bimatoprost,andtravoprostonintraocularpressureaftercataractsurgery.JOculPharmacolTher22:34-40,2006表1背景因子因子性別男性17眼,女性21眼年齢68.2±8.5歳眼圧13.7±2.7mmHg点眼スコア2.1±1.5眼軸長24.8±1.9mmHumphrey視野MD値*−10.0±8.4dB無治療時最高眼圧**18.5±3.7mmHg内眼手術既往5眼(13.2%)レーザー線維柱帯形成術既往7眼(18.4%)濾過胞眼4眼(10.5%)*術前に測定していた28眼,**術前に測定していた21眼.図1眼圧・点眼スコア各時点の眼圧(mmHg),点眼数はそれぞれ術前13.7±2.7,2.1±1.5,術翌日18.0±6.4,0.0±0.0,1週後16.5±5.9,0.1±0.4,2週後14.6±3.6,0.3±0.7,1カ月後15.1±5.1,0.4±0.8,2カ月後13.8±3.3,0.6±0.9,3カ月後14.5±3.8,0.9±1.1,6カ月後13.8±3.3,1.0±1.2だった(*p<0.05,**p<0.01;対応のあるt検定).図2術翌日の眼圧変化:y=x,:回帰直線y=1.6276x−4.2028(相関係数r2=0.46874),:y=x+10(術前より10mmHg眼圧上昇)を示す.表2術翌日の眼圧上昇に関連する因子5mmHg以上上昇10mmHg以上上昇年齢0.05750.7718性別0.41740.8194術前眼圧0.28720.0255術前点眼スコア0.68790.2843術前MD*0.90080.4672無治療時最高眼圧**0.14760.9920眼軸長0.01660.9656左右0.92670.9785術者0.92670.9794術中合併症0.97930.9815手術既往0.48180.6312SLT既往0.16960.9782Bleb眼0.68380.4711*術前に測定していた28眼,**術前に測定していた21眼.表3術前眼圧と術翌日10mmHg以上の眼圧上昇眼圧上昇なし眼圧上昇あり術前眼圧≦15mmHg27(96.4%)1(3.6%)術前眼圧≧16mmHg6(60.0%)4(40.0%)Fisher直接確率検定,p<0.05.図3白内障手術前後の眼圧・点眼スコア文献6〜15の術前後眼圧および点眼スコアをプロットした.:y=x,左グラフの:y=0.8x(20%眼圧下降線),右グラフの:y=x−1,→:本報告.〔別刷請求先〕狩野廉:〒553-0003大阪市福島区福島5-6-16福島アイクリニックReprintrequests:KiyoshiKano,M.D.,FukushimaEyeClinic,5-6-16Fukushima,Fukushima-ku,Osaka553-0003,JAPAN0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(131)10571058あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(132)(133)あたらしい眼科Vol.33,No.7,201610591060あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(134)(135)あたらしい眼科Vol.33,No.7,20161061

開放隅角緑内障に対する360°スーチャートラベクロトミー眼内法の術後1年成績

2016年7月31日 日曜日

《第26回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科33(7):1037〜1043,2016©開放隅角緑内障に対する360°スーチャートラベクロトミー眼内法の術後1年成績佐藤智樹*1平田憲*2川路隆博*1溝口尚則*3*1佐藤眼科・内科*2林眼科病院*3溝口眼科SurgicalOutcomesof360°SutureTrabeculotomyAbInternoforOpen-angleGlaucomawithOne-yearFollow-upTomokiSato1),AkiraHirata2),TakahiroKawaji1)andTakanoriMizoguchi3)1)SatoEye&InternalMedicineClinic,2)HayashiEyeHospital,3)MizoguchiEyeClinic360°スーチャートラベクロトミー眼内法(以下,360°LOTabinterno)の術後1年成績について検討した.対象は,2014年2〜8月に開放隅角緑内障に対し,佐藤眼科・内科で360°LOTabinternoを施行した13例13眼で,術後12カ月の眼圧経過,緑内障点眼数,合併症を前向きに検討した.術前の平均眼圧は19.2±2.0mmHgで術12カ月後は13.5±2.4mmHgへ有意に下降した(pairedt検定にてp<0.0001).術前の緑内障点眼数は3.1±0.9で,術12カ月後は1.2±1.2へ減少した.(Wilcoxon符号順位検定にてp=0.0002).術後合併症は,一過性高眼圧が5眼,前房出血が7眼にみられたものの自然軽快し,2例は白内障の進行により白内障手術を施行した.360°LOTabinternoは開放隅角緑内障に対して,結膜と強膜を温存でき,短期的には有効と考えられる.Toinvestigatethesurgicalresultsof360°suturetrabeculotomyabinterno(360°LOTabinterno)withoneyearfollow-up.360°LOTabinternowasperformedon13eyesof13patientswithopen-angleglaucomaatSatoEyeandInternalMedicineClinicbetweenFebruaryandAugust2014.Time-courseofintraocularpressure(IOP),changesinnumberofanti-glaucomamedicationsandfrequencyofcomplicationswereprospectivelyevaluated.PreoperativeIOPdecreasedsignificantlyfrom19.2±2.0mmHgto13.5±2.4mmHgat12monthspostoperatively(p<0.0001,pairedt-test).Thenumberofanti-glaucomamedicationsreducedsignificantlyfrom3.1±0.9atbaselineto1.2±1.2at12monthspostoperatively(p=0.0002,Wilcoxonsigned-ranktest).PostoperativecomplicationsincludedtransientelevationofIOPtoabove30mmHgin5eyesandspontaneouslyresolvedhyphemain7eyes.Twoeyesshowedcataractprogressionrequiringcataractsurgery.360°LOTabinternoappearstobeavaluableoptionforthesurgicaltreatmentofopen-angleglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(7):1037〜1043,2016〕Keywords:360°スーチャートラベクロトミー,眼内法,開放隅角緑内障,白内障手術.360°suturetrabeculotomy,abinterno,openangle-glaucoma,cataractsurgery.はじめにトラベクロトミーは,Schlemm管内壁の眼外への房水流出抵抗を減らすことで,眼圧を下降させる手術であり,成人の開放隅角緑内障に対してその有効性が報告されている1,2).トラベクロトミー術後の眼圧は10台後半であり,トラベクレクトミーに比べ眼圧下降効果では劣るものの,トラベクレクトミーにみられる濾過胞からの漏れや感染,浅前房,低眼圧に伴う脈絡膜剝離や黄斑症などの重篤な合併症は認めない.Chinらは,1995年にBeckら3)が先天緑内障に対して報告した360°スーチャートラベクロトミーを改良し,360°スーチャートラベクロトミー変法を考案した4).成人の開放隅角緑内障に対して施行,術後12カ月の眼圧は13.1mmHgであり,従来の金属トラベクロトームを用いた120°トラベクロトミーより良好な成績を示したが,予定どおりに360°のSchlemm管を切開できた完遂率は75%であったと報告している4).筆者らも,強膜深層弁切除術を併用した360°スーチャートラベクロトミー変法を開放隅角緑内障に対して施行したが,Chinら4)の報告と同等の眼圧下降効果と完遂率であった5,6).360°スーチャートラベクロトミー変法は,濾過胞を作製することなく13〜14mmHgの眼圧が得られるが,問題点として,手技的な困難さから完遂率がやや制限される点,眼外からアプローチしてSchlemm管を露出させるために結膜および強膜切開が必要であり,そのため将来の濾過手術に不利な影響を及ぼす可能性がある点などがある7).筆者らは,結膜と強膜を温存したうえで,より簡便で確実な手術を施行するため,角膜切開にて前房側より手術を行う360°スーチャートラベクロトミー眼内法(360°suturetrabecultotomyabinterno,以下360°LOTabinterno)を考案した8).開放隅角緑内障に対する術後6カ月の眼圧は13.8mmHg,完遂率は92%であり,360°スーチャートラベクロトミー変法の完遂率75%前後4,5)より高く,短期においては開放隅角緑内障に対して有効と思われた.今回は,開放隅角緑内障に対する360°LOTabinternoの術後1年の眼圧経過,投薬数の変化,術後合併症,完遂率について前向きに検討したので報告する.I対象および方法1.対象佐藤眼科・内科内に設置された倫理委員会の承認を得,ヘルシンキ宣言に基づき,前向き,無比較,非無作為試験を行った.対象は,2014年2〜8月に佐藤眼科・内科で360°LOTabinternoを施行した開放隅角緑内障13例13眼である.病型は,原発開放隅角緑内障または落屑緑内障で,緑内障点眼薬にて加療するも視野狭窄の進行がみられた症例に手術を施行した.すべての手術は当施設で同一術者が施行した.手術に際し,すべての患者本人と家族にて効果と危険性,この研究の目的を説明し,文書にて同意を得た.本研究の対象は1例1眼とし,両眼施行した場合は,先行眼を用いた.また,眼圧測定の支障となる前眼部病変眼,ぶどう膜炎,強膜炎,外傷や緑内障手術既往眼は除外した.すべての患者に,視力検査,細隙灯顕微鏡検査,隅角鏡検査,角膜内皮密度検査(SP-3000P,トプコン社),Goldmann圧平眼圧計による眼圧測定,Humphrey視野検査(HFAII740i,カールツァイス社),眼底検査,病歴聴取を行った.2.術式手術の1時間前から,2%ピロカルピン,4%リドカイン,モキシフロキサシンを5分ごとに点眼した.下鼻側に2%リドカイン2mlにてTenon囊下注射を行い,1.7mmの耳側角膜切開を行った(図1a).1%リドカインにて前房麻酔を行い,患者の頭を切開部の対側に傾け,Swan-Jacob隅角鏡をSchlemm管が見えるように設置し,前房内を粘弾性物質(ディスコビスク®,日本アルコン)で満たした.隅角鏡で観察しながらトラベクトームにて鼻側Schlemm管を15°ほど切開し(図1b),熱加工して先端を丸くした5-0ナイロン糸を23G鉗子(DSPforceps®,日本アルコン)を用いて耳側角膜創から前房内へ挿入し,内腔が露出されたSchlemm管内に糸の先端を挿入した(図1c,2a).Schlemm管に挿入した糸は,全周通糸できた場合は,糸の先端がSchlemm管切開部から出てくるので(図1d),その糸の先端を把持し(図1e,f),そのまま耳側角膜創から引き抜くことで(図1g,h),全周のSchlemm管を切開した.Schlemm管に挿入した糸は,糸の先端が半周以上挿入したところで動かなくなる場合がある.糸の先行部はその膨大部のため容易に逆行せずその場所で固定されているため,まずSchlemm管挿入部位(23ゲージ鉗子の把持部位)の糸を耳側角膜創から引き抜くことで,通糸できた半周のSchlemm管を切開した(図2b,c).続いて,Schlemm管切開部から最初と反対方向に糸を挿入し(図2d),同様の操作を行い,半周のSchlemm管を切開した(図2e,f).2例2眼において白内障手術も希望されたため同時手術を行った.上方に2.4mm角膜切開を作製し,超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術(phacoemulsificationandaspirationandintraocularlensimplantation:PEA+IOL)を施行した.最後に前房洗浄し,0.4%ベタメタゾンを結膜下に注射して手術を終了した.3.術後治療と観察期間術後2週間はモキシフロキサシン,0.1%ベタメタゾンと2%ピロカルピンを点眼し,PEA+IOLを併用施行した眼はブロムフェナクを術後3カ月間点眼した.術後の診察は,術1,2,3日後,術後1カ月以内は1週間ごと,術6カ月までは1カ月ごと,それ以降は1.5カ月ごとに行った.術後2週間までは,30mmHg以上の眼圧上昇時には炭酸脱水酵素阻害薬内服を適宜使用し,術2週間以降1カ月までは20mmHgを超えた場合,術1カ月以降は15mmHgを超えた場合に緑内障点眼を1剤ずつ追加した.前眼部検査,眼圧測定は毎回行い,視力検査,隅角検査,角膜内皮密度検査,Humphrey視野検査は適宜行った.4.検討項目,統計学的評価眼圧,ベースラインからの眼圧下降率,緑内障点眼数の経時変化,術中および術後合併症の種類と頻度,手術の完遂率について検討した.眼圧のベースラインは術前1カ月以内に日時を変えて3回測定した.術後眼圧は術後1日,1週間,2週間,1,3,6,9,12カ月の眼圧を用いた.緑内障点眼数は,通常の点眼は1,合剤は2,炭酸脱水酵素阻害薬内服は2とした.術後2週間使用した2%ピロカルピンは術後虹彩前癒着防止のために使用したもので,緑内障点眼数としては含めなかった.合併症は,術1カ月以内に30mmHg以上になった場合を一過性高眼圧とし,隅角鏡にて線維柱帯に及ぶ虹彩の癒着を虹彩前癒着とした.視力は少数視力をlogMAR(logarithmoftheminimumangleofresolution)視力に変換した値を用い,視力低下は0.2logMAR以上悪化した場合とした.手術の完遂率は,予定どおりに360°Schlemm管を切開することができた場合とした.統計学的評価は,Graph-PadPrism6.01(エムデーエフ)を用いて,連続するデータは平均値±標準偏差で表し,術前後の眼圧比較にはpairedt検定を,緑内障点眼数の比較にはWilcoxon符号順位検定を用いた.p<0.05を有意とした.II結果術前の患者背景を表1に示す.1.眼圧経過術後眼圧の経時変化を図3に示す.術前眼圧は19.2±2.0mmHg,術後12カ月の平均眼圧は13.5±2.4mmHgで29.7%の眼圧下降率であった.術1,3,6,9,12カ月の眼圧は,術前眼圧に比べて有意に低かった(それぞれpairedt検定にてp=0.0002,0.0010,<0.0001,0.0002,<0.0001).2.緑内障点眼数緑内障点眼数を図4に示す.術前の緑内障点眼数は3.1±0.9,術12カ月後は1.2±1.2で,術1,3,6,9,12カ月の緑内障点眼数は,術前眼圧に比べて有意に低かった(それぞれWilcoxon符号順位検定にてp=0.0005,0.0002,0.0002,0.0002,0.0002).3.術中および術後合併症と完遂率術中および術後合併症を表2に示す.術後7眼(54%)に前房出血を認めたが,前房洗浄を要したものはなく,術後平均4.3日で吸収された.5眼(38%)に30mmHg以上の一過性高眼圧を認め,炭酸脱水酵素阻害薬内服にて平均3.8日で30mmHg以下に下降した.術後2カ月時の隅角検査にて4眼(31%)に虹彩前癒着を認め,その範囲は平均21.3%であった.有水晶体眼10眼のうち2眼(20%)に白内障進行を認め,1眼は術2カ月後に,もう1眼は術10カ月後に白内障手術を追加した.術12カ月後の平均視力は0.09±0.10logMARで,術前に比べ0.2logMAR以上視力低下したものはなかった.角膜内皮細胞密度は2,479.3±248.0/mm2で,術前に比べて0.8%の減少率であった.Schlemm管切開は,3眼では単回の全周通糸による切開が可能であった.9眼では上下半周ずつの通糸により全周切開を完成させた.1眼は上方90°のSchlemm管に通糸できずに切開範囲が270°にとどまった.完遂率は92.3%であった.III考按筆者らは以前に開放隅角緑内障に対する360°LOTabinternoの術後6カ月の成績を報告したが8),今回の調査で,術後1年時点においても引き続き有意な眼圧下降効果と緑内障点眼薬の減少効果を認めた.原発開放隅角緑内障における房水流出抵抗は,集合管よりもSchlemm管内壁におもに存在するといわれており9〜11),落屑緑内障では,落屑物質や色素細胞がSchlemm管や細胞外マトリックスに蓄積していくことで房水流出抵抗が増すといわれている12,13).したがって,360°スーチャートラベクロトミー変法や360°LOTabinternoはこれらの病型に対して理にかなった手術と思われる.Chinらや筆者らが報告しているように,眼外から施行する360°スーチャートラベクロトミー変法は開放隅角緑内障において,通常の金属トラベクロトームを使用する120°トラベクロトミーよりも低い術後眼圧を得ているが4〜6),その理由として,集合管は不規則に分布し,その多くは金属トラベクロトームでは切開しづらい鼻側や下方に多く存在している14,15)こと,全周のSchlemm管を切開することで直接全周の集合管に房水が最短で流れる16)ことが考えられる.しかしながら,Hepsenら17)が指摘しているように,眼外から施行する360°スーチャートラベクロトミー変法は結膜および強膜切開が必要であるため,その瘢痕化が将来の濾過手術に悪影響を及ぼす可能性があり7),また,手技がやや煩雑なため完遂率が75%前後に制限されるという欠点がある4,5).筆者らが報告した360°LOTabinternoは,結膜および強膜を切開しないため将来の濾過手術への影響が少なく,さらに手技の簡略化や改良によって,より高い完遂率で360°Schlemm管を切開できた8).完遂率が高かった理由としては,1)トラベクトームを用いて鼻側のSchlemm管を切開することで,Schlemm管外壁を損傷させずにSchlemm管内腔を大きく開放でき18),糸の挿入が容易であったこと,2)隅角鏡下でSchlemm管への糸の挿入の様子が直接確認できるため,360°スーチャートラベクロトミー変法でときに起こりうる前房内や脈絡膜下腔への糸の迷入がなく,正確にSchlemm管内に糸を挿入することができたこと,3)Schlemm管の太さは不均一である19)ため,今回の症例でも単回での全周通糸が困難な眼が多かったが,上下方向それぞれに切開し全周切開を完成させることにより,通糸率が向上したこと,などが考えられる.筆者らの報告した術式は,鼻側のSchlemm管切開にトラベクトームを使用するため,Groverらが報告した,針を用いたSchlemm管切開20)に比してコスト面で劣る.しかし,筆者らの経験では,トラベクトームによるSchlemm管の切開幅は針によるそれと比べ広いため,糸を挿入するうえではより簡便に遂行できる点では大いに有用であると考えた.また,本研究と同様の20mmHg前後の術前眼圧に対するトラベクトーム手術の過去の報告21)をみると,術後眼圧が12mmHgと低い報告もあるが22),15〜17mmHgの報告が多い23〜25).本研究と直接比較することはできないものの,術12カ月後の眼圧が13.5mmHgという結果からは,より有効な眼圧下降効果が期待できそうである.術後合併症は,前房出血が7眼(54%),30mmHg以上の一過性高眼圧が5眼(38%)にみられたが,ともに保存的加療により眼圧は下降した.虹彩前癒着は4眼(31%)に認めたが,その範囲は平均21%で後眼圧経過も良好であったため,眼圧への影響はないと考えられた.これらの合併症の頻度は,360°スーチャートラベクロトミー変法の報告と同等であったが4〜6,17),それらの報告では認められなかった術後白内障を2眼に認めた.術中の鉗子や糸の水晶体への接触による可能性もあるが,術中所見として,接触とは関係なく前囊下に軽度の水滴状の混濁を認める症例があり,今後も注意して観察を続けていく予定である.また,本研究では,360°LOTabinternoに白内障手術を併用した眼が2眼含まれている.白内障手術自体に眼圧下降効果があることは知られているが26),今回は症例も少ないため眼圧下降効果の相互作用の有無に関しては不明であり,360°LOTabinternoに白内障手術を併用した際の眼圧下降効果や合併症に関しては現在検討中である.今回の検討にて,開放隅角緑内障に対する360°LOTabinternoは,術後12カ月においても眼圧下降作用が維持されていることが確認され,結膜と強膜を温存できる有効な術式になる可能性がある.しかしながら,重篤ではないものの合併症の問題も残されており,今後もより多くの症例で長期的な検討が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ChiharaE,NishidaA,KodoMetal:Trabeculotomyabexterno:analternativetreatmentinadultpatientswithprimaryopen-angleglaucoma.OphthalmicSurg24:735-739,19932)WadaY,NakatsuA,KondoT:Long-termresultsoftrabeculotomyabexterno.OphthalmicSurg25:317-320,19943)BeckAD,LynchMG:360degreestrabeculotomyforprimarycongenitalglaucoma.ArchOphthalmol113:1200-1202,19954)ChinS,NittaT,ShinmeiYetal:Reductionofintraocularpressureusingamodified360-degreesuturetrabeculotomytechniqueinprimaryandsecondaryopen-angleglaucoma:apilotstudy.JGlaucoma21:401-407,20125)佐藤智樹,平田憲:原発開放隅角緑内障に対する強膜深層弁切除併用360°スーチャートラベクロトミー変法の治療成績.あたらしい眼科31:271-276,20146)SatoT,HirataA,MizoguchiT:Outcomesof360degreessuturetrabeculotomywithdeepsclerectomycombinedwithcataractsurgeryforprimaryopenangleglaucomaandcoexistingcataract.ClinOphthalmol8:1301-1310,20147)BroadwayDC,GriersonI,HitchingsRA:Localeffectsofpreviousconjunctivalincisionalsurgeryandthesubsequentoutcomeoffiltrationsurgery.AmJOphthalmol125:805-818,19988)SatoT,HirataA,MizoguchiT:Prospective,noncomparative,nonrandomizedcasestudyofshort-termoutcomesof360degreessuturetrabeculotomyabinternoinpatientswithopen-angleglaucoma.ClinOphthalmol9:63-68,20159)EthierCR,KammRD,PalaszewskiBAetal:Calculationsofflowresistanceinthejuxtacanalicularmeshwork.InvestOphthalmolVisSci27:1741-1750,198610)TammER:Functionalmorphologyoftheoutflowpathwaysofaqueoushumorandtheirchangesinopenangleglaucoma.Ophthalmologe110:1026-1035,201311)RosenquistR,EpsteinD,MelamedSetal:Outflowresistanceofenucleatedhumaneyesattwodifferentperfusionpressuresanddifferentextentsoftrabeculotomy.CurrEyeRes8:1233-1240,198912)KonstasAG,JayJL,MarshallGEetal:Prevalence,diagnosticfeatures,andresponsetotrabeculectomyinexfoliationglaucoma.Ophthalmology100:619-627,199313)RitchR,Schlotzer-SchrehardtU:Exfoliationsyndrome.SurvOphthalmol45:265-315,200114)Dvorak-TheobaldG:FurtherstudiesonthecanalofSchlemm;itsanastomosesandanatomicrelations.AmJOphthalmol39:65-89,195515)HannCR,BentleyMD,VercnockeAetal:Imagingtheaqueoushumoroutflowpathwayinhumaneyesbythreedimensionalmicro-computedtomography(3Dmicro-CT).ExpEyeRes92:104-111,201116)HannCR,FautschMP:Preferentialfluidflowinthehumantrabecularmeshworknearcollectorchannels.InvestOphthalmolVisSci50:1692-1697,200917)HepsenIF,GulerE,KumovaDetal:Efficacyofmodified360-degreesuturetrabeculotomyforpseudoexfoliationglaucoma.JGlaucoma25:e29-e34,201618)SeiboldLK,SoohooJR,AmmarDAetal:Preclinicalinvestigationofabinternotrabeculectomyusinganoveldual-bladedevice.AmJOphthalmol155:524-529.e522,201319)KagemannL,NevinsJE,JanNJetal:CharacterisationofSchlemm’scanalcross-sectionalarea.BrJOphthalmol98(Suppl2):ii10-ii14,201420)GroverDS,SmithO,FellmanRLetal:Gonioscopyassistedtransluminaltrabeculotomy:anabinternocircumferentialtrabeculotomyforthetreatmentofprimarycongenitalglaucomaandjuvenileopenangleglaucoma.BrJOphthalmol99:1092-1096,201521)KaplowitzK,BusselII,HonkanenR:Reviewandmetaanalysisofab-internotrabeculectomyoutcomes.BrJOphthalmol100:594-600,201622)AhujaY,MaKhinPyiS,MalihiMetal:Clinicalresultsofabinternotrabeculotomyusingthetrabectomeforopen-angleglaucoma:theMayoClinicseriesinRochester,Minnesota.AmJOphthalmol35:927-935,201323)WerthJP,GesserC,KlemmM:Diverseeffectivenessofthetrabectomefordifferenttypesofglaucoma.KlinMonblAugenheilkd232:72-78,201524)FrancisBA,MincklerD,DustinLetal:Combinedcataractextractionandtrabeculotomybytheinternalapproachforcoexistingcataractandopen-angleglaucoma:initialresults.JCataractRefractSurg34:1096-1103,2008.25)TingJ,DamjiK,StilesMC:Abinternotrabeculectomy:Outcomesinexfoliationversusprimaryopen-angleglaucoma.JCataractRefractSurg38:315-323,2012.26)MansbergerSL,GordonMO,JampelHetal:Reductioninintraocularpressureaftercataractextraction:theOcularHypertensionTreatmentStudy.Ophthalmology119:1826-1831,2012図1360°スーチャートラベクロトミー眼内法の手術手技と模式図:全周通糸できた場合(左眼)a:1.7mm耳側角膜切開.b:トラベクトームを用いて鼻側Schlemm管切開.c:糸を鼻側上方のSchlemm管に挿入.d:鼻側下方のSchlemm管から出てきた糸の先端を確認.e,f:糸の先端を23G鉗子を用いて把持.g,h:糸を耳側角膜創から引き抜いて全周のSchlemm管を切開.図2360°スーチャートラベクロトミー眼内法の手術手技と模式図:半周以上通糸できた場合(左眼)a:糸を鼻側上方のSchlemm管に挿入.b,c:糸を耳側角膜創から引き抜いてSchlemm管上半周切開.d:糸を鼻側下方のSchlemm管に挿入.e,f:糸を耳側角膜創から引き抜いてSchlemm管下半周切開.表1患者背景症例数13例13眼性別(男/女)4/9名平均年齢72.1±8.4(60〜89)歳病型(POAG/XFG)9/4眼術前平均眼圧19.2±2.0(15〜22)mmHg術前緑内障点眼数3.1±0.9(2〜4)剤HumphreyMD値−12.0±6.6(−26.4,−2.7)dB術前平均矯正視力0.01±0.07(−0.08,0.15)logMAR術前角膜内皮細胞密度2,498.4±265.4(2,201〜2,995)mm2白内障手術歴2眼平均観察期間12.0月POAG:原発開放隅角緑内障,XFG:落屑緑内障.MD:meandeviation,logMAR:logarithmoftheminimumangleofresolution.図3術後12カ月までの眼圧変化図4術後12カ月までの緑内障点眼数の変化表2術中および術後合併症眼数(%)術中前房出血13(100)前房消失0(0)Descemet膜剝離0(0)毛様体根部離断0(0)虹彩損傷0(0)術後前房出血7(54)一過性高眼圧(≧30mmHg)5(38)低眼圧(<5mmHg)0(0)虹彩前癒着4(31)内皮減少(≧10%)0(0)感染0(0)創からの漏れ0(0)手術を要した白内障2(20)〔別刷請求先〕佐藤智樹:〒864-0041熊本県荒尾市荒尾4160-270佐藤眼科・内科Reprintrequests:TomokiSato,M.D.,SatoEyeandInternalMedicineClinic,4160-270Arao,AraoCity,Kumamoto864-0041,JAPAN0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(111)10371038あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(112)(113)あたらしい眼科Vol.33,No.7,201610391040あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(114)(115)あたらしい眼科Vol.33,No.7,201610411042あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(116)(117)あたらしい眼科Vol.33,No.7,20161043

手稲渓仁会病院における鈍的外傷による眼球破裂の治療成績

2016年2月29日 月曜日

《原著》あたらしい眼科33(2):313.318,2016c手稲渓仁会病院における鈍的外傷による眼球破裂の治療成績高橋光生*1勝田聡*1横井匡彦*2加瀬諭*3加瀬学*1*1手稲渓仁会病院眼科*2手稲よこい眼科*3北海道大学大学院医学研究科眼科学分野TherapeuticOutcomeofEyeglobeRupturebyBluntInjuryatTeineKeijinkaiHospitalMitsuoTakahashi1),SatoshiKatsuta1),MasahikoYokoi2),SatoruKase3)andManabuKase1)1)DepartmentofOphthalmology,TeineKeijinkaiHospital,2)TeineYokoiEyeClinic,3)DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:鈍的外傷による眼球破裂の臨床像,治療方法,視力予後の報告.対象および方法:手稲渓仁会病院眼科で加療した鈍的外傷による眼球破裂33例34眼について,患者背景,白内障手術既往との関連,治療方法と成績,予後不良例の特徴などにつき,診療録からretrospectiveに調査した.結果:原因は転倒がもっとも多く,女性では発症年齢が男性よりも高かった.白内障手術の既往を有した16眼(47%)のうち,14眼で破裂創が切開創に一致しており,網膜.離の合併は切開創が一致しない1眼のみで認めた.ほぼ半数の症例で初回の縫合術の際に硝子体手術を併用したが,二次的に硝子体手術を追加した症例と経過や予後に明らかな差異はなく,手術回数は少なかった.視力の平均logMAR値は初診時2.51から最終1.43に改善した.11眼(36%)に網膜.離を認め,最終的に4眼で復位を得られなかったが,これらはすべて白内障手術の既往がなく,初診時の視力が光覚なしであった.結論:眼球破裂においては,術前の視力や白内障手術既往の有無が治療方針や予後の参考となる.また,初回から硝子体手術を併用する有用性が示唆された.Weretrospectivelyinvestigatedpatients’backgrounds,includinghistoryofcataractsurgery,locationofruptureandvisionprognosis,fromthemedicalrecordsof34eyesof33patientswhohadsufferedeyegloberupturebybluntinjuryandwereimmediatelytreatedatTeineKeijinkaiHospital.Patientagewashigherinfemalesthaninmales.In14ofthe16eyeswithexperienceofcataractsurgery,therupturewoundswerelocatedclosetothepreviouslyincisedline;however,theyshowednoretinaldetachmentexceptinonecase.Inabout50%oftherupturepatients,vitrectomywasdoneinthefirstoperation,aswellassuturingofrupturedwounds.FinallogMARvisualacuityimprovedto1.43from2.51initially.Retinaldetachmentoccurredin11eyes(36%),4ofwhichshowednoresolutionofretinaldetachment,all4havingexperiencednocataractsurgeryandpreoperativelyexhibitingnolightperception.Thisstudysuggestedthatvitrectomyismoreusefulinthefirstoperation,inadditiontomanagementofrupturedwounds.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(2):313.318,2016〕Keywords:鈍的外傷,眼球破裂,網膜.離,白内障手術,硝子体手術.bluntinjury,eyegloberupture,retinaldetachment,cataractsurgery,vitreoussurgery.はじめに鈍的外傷による眼球破裂は患者背景や臨床像が非常に多彩であり,眼組織の脱出や網膜.離を複雑に伴う難治性疾患である.治療の進歩にもかかわらず視力予後はいまだに不良であり,高齢者に長期の入院生活や体位制限,複数回の手術を要したにもかかわらず,最終的に光覚を保存できないこともある.また,硝子体手術の時期に関しては,術者や施設により見解が異なる.すべての症例に良好な視機能を残すことは困難であるが,術前に得られた問診や診察所見から予後を推測することがで〔別刷請求先〕高橋光生:〒006-0811札幌市手稲区前田1条12丁目手稲渓仁会病院眼科Reprintrequests:MitsuoTakahashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TeineKeijinkaiHospital,Maeda1-12,Teine-ku,Sapporo-shi,Hokkaido006-0811,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(153)313 きれば,個々の症例に応じた治療計画を立て,患者の心身の負担を軽減させることが可能である.今回,一地方に位置する手稲渓仁会病院(以下,当院)において眼球破裂34眼の治療を経験した.今後の治療に役立てるため,患者背景や手術既往,術前の所見,治療方針が,視力予後とどのように関連したのかを調査したので報告する.I対象および方法2004年4月.2013年3月の10年間に,鈍的外傷による眼球破裂で当院を受診した連続症例33例34眼について,患者の性別や年齢,受傷原因,治療方法,最終視力,白内障手術既往の有無による臨床像や予後の相違,初回の術式による治療成績の相違,視力予後不良例の特徴について,診療録からretrospectiveに調査した.視力を統計学的に解析する目的で小数視力を対数変換したが,大半が指数弁以下であったため,Schulze-Bonselら1)の報告に基づき,光覚なしはlogMAR値2.9,光覚弁は同2.8,手動弁は同2.3,指数弁は同1.85として計算した.II結果全症例の概要を表1に示した.性別および年齢(図1)は,男性が15例15眼で24.87歳(平均59.1±17.7歳),女性が18例19眼で56.96歳(平均77.4±9.0歳),合計33例34眼で24.96歳(平均69.1±16.5歳)であった.受傷眼の左右の別は右眼が7眼,左眼が27眼.観察期間は14日.7.5年(平均24.7カ月)であった.受傷原因(図2)は転倒18眼,打撲14眼(庭仕事4眼,労働災害4眼,スポーツ2眼,表1全症例の概要年齢白内障手術の網膜.離症例性別(歳)左右受傷の原因既往他の既往脱出した組織・物質の有無初診時視力1女79左打撲(棒)+(ECCE)虹彩,眼内レンズ.手動弁2女74左転倒+(ECCE)虹彩,硝子体.光覚なし3男70左転倒+(ICCE)角膜混濁虹彩?手動弁4男51左打撲(石).硝子体+指数弁5男87左転倒+(PEA)虹彩,眼内レンズ.手動弁6男51右打撲(金具).虹彩,硝子体+光覚なし7女74左打撲(木).虹彩,水晶体,硝子体.光覚弁8男40左転倒.硝子体+光覚弁9女74左転倒+(PEA)虹彩.手動弁10女77左転倒+(ECCE?)虹彩,硝子体.指数弁11男57左打撲(金具).なし.0.0112男87左転倒.虹彩,水晶体,脈絡膜+光覚弁13女70左転倒+(ECCE)角膜混濁,緑内障虹彩,脈絡膜,眼内レンズ+0.01〃〃〃右転倒+(ECCE)角膜混濁,緑内障なし.光覚なし14男43左打撲(殴打).虹彩,硝子体+光覚弁15女69左転倒.角膜混濁,緑内障なし?光覚なし16女81左打撲(棒)+(ICCE)虹彩.光覚弁17女56左打撲(玩具).虹彩,水晶体,硝子体.光覚弁18女82左転倒+(術式不明)虹彩.光覚弁19男43右打撲(バール).虹彩,硝子体.手動弁20女86左転倒+(術式不明)虹彩.光覚弁21女89左転倒+(術式不明)虹彩.手動弁22女96左転倒+(術式不明)角膜混濁虹彩?測定不能23男63左打撲(ゴルフボール).脈絡膜+光覚なし24女69右打撲(木).虹彩.手動弁25男24左交通事故.なし+光覚弁26女69左転倒.虹彩,水晶体.手動弁27男69右打撲(ドア)+(PEA)虹彩.0.0728女84右転倒+(術式不明)虹彩.手動弁29女85左転倒.虹彩+手動弁30男60左打撲(ルアー).水晶体,硝子体+光覚なし31男85右打撲(落雪).硝子体,網脈絡膜+光覚なし32女80左交通事故.虹彩.光覚弁33男56左転倒+(術式不明)虹彩,眼内レンズ.光覚弁ECCE:白内障.外摘出術,ICCE:白内障.内摘出術,PEA:水晶体乳化吸引術,PVR:増殖硝子体網膜症.314あたらしい眼科Vol.33,No.2,2016(154) ドア,落雪,玩具,殴打が各1眼),交通事故2眼であった.当院受診から初回手術までの期間は,同日21眼,翌日6眼,2.5日後7眼であり,平均0.85日であった.当院受診から1日以内に約80%の症例で初回手術を施行できた.手術回数は1.6回であり,平均1.88回であった.初回手術において,破裂創の縫合に加えて硝子体手術を併用(以下,一期的手術)した18眼の平均手術回数は1.67回であった.初回手術は破裂創の縫合のみで二次的に硝子体手術を計画(以下,二期的手術)した症例が16眼あったが,年齢や既往疾患などを理由に追加手術を希望しなかったり,硝子体出血が吸収されて追加手術が不要となった症例が8眼あった.実際に二期的手術にて治療した8眼の平均手術回数は3.25回であった.硝子体手術においては,硝子体出血や網膜.離などの症状に応じて適宜必要な処置(ガスやシリコーンオイル注入など)を施した.初回手術の34眼の麻酔方法の内訳は,局所麻酔が23眼,全身麻酔が11眼であった.34眼中16眼に白内障手術の既往があり,そのうち14眼(88%)は白内障手術の切開創と受傷による破裂創が一致していた.角膜混濁により眼底検査が不能であった2眼を除き,検査が可能であった12眼では網膜.離は認めなかった.切開創と破裂創が一致しなかった2眼では1眼が網膜.離であった.白内障手術の既往がない18眼では,眼球の上方2象限に破裂創が集中しており,下方半周において破裂したのは2眼のみであった(図3).角膜混濁により眼底検査が不能であった1眼を除く17眼のうち,10眼(59%)に網膜.離を認めた.結局,眼底検査が可能であった31眼中11眼に網膜.離を認めた(36%)が,この11眼の内訳は白内障手術の既往初回術式手術回数観察期間(月)最終視力転帰縫合+硝子体手術10.70.3経過良好縫合+硝子体手術10.70.15経過良好縫合10.7光覚弁元々視力不良につき追加治療を希望せず縫合+硝子体手術2691.2網膜は復位.経過良好縫合+硝子体手術10.7手動弁認知症.希望で治療終了縫合+硝子体手術10.5光覚なし顔面骨折治療あり受傷12日後に受診.復位せず縫合3240.6経過良好縫合6900.2PVRとなりオイル注入.復位しオイル抜去.経過良好縫合+硝子体手術21.5手動弁角膜染血にて視力不良縫合120.07硝子体出血吸収され硝子体手術不要.経過良好縫合1901.2硝子体出血吸収され硝子体手術不要.経過良好縫合+硝子体手術3180.3網膜は復位.経過良好縫合2120.01経過良好.元々角膜混濁で視力不良縫合220.01経過良好.元々角膜混濁で視力不良縫合4340.1PVRとなりオイル注入.復位しオイル抜去.経過良好縫合10.5光覚なし元々視力不良につき追加治療を希望せず縫合460.04経過良好縫合390.6経過良好縫合278手動弁経過良好.視神経萎縮にて視力不良縫合1200.01経過良好.角膜障害で視力不良縫合1670.01水疱性角膜症にて視力不良縫合1150.06認知症につき追加治療を希望せず縫合111測定不能認知症,高齢,心疾患につき追加治療を希望せず縫合+硝子体手術258光覚なし受傷7日後に受診.復位せず眼球萎縮縫合+硝子体手術2601.0経過良好縫合+硝子体手術5330.15網膜は復位.経過良好縫合+硝子体手術144手動弁統合失調症.角膜混濁で視力不良縫合+硝子体手術1171.2経過良好縫合+硝子体手術130.7経過良好縫合+硝子体手術1240.06網膜は復位.経過良好縫合+硝子体手術143光覚弁復位せず.難治につき治療終了縫合+硝子体手術11.5光覚なし網膜が著明に脱出し復位せず.難治につき治療終了縫合+硝子体手術22光覚弁受傷20日後に受診.角膜混濁で視力不良.縫合+硝子体手術230.3経過良好(155)あたらしい眼科Vol.33,No.2,2016315 年齢(歳20代30代40代50代60代70代80代90代■:男性:女性024681012症例数(例)図1年齢分布と性別上直筋外直筋内直筋下直筋図3破裂創の中心部の分布×印は破裂創の中心部を示す.のあった14眼中1眼(6.7%)と既往のなかった17眼中10眼(59%)であり,Fisherの正確確率検定にて有意差があった(表2,p=0.007).視力測定が可能であった33眼の平均logMAR値は初診時2.51から最終1.43に有意に改善していた(paired-t検定,p<0.001).白内障手術の既往の有無と,最終視力との関連について調べた.角膜混濁や緑内障の既往があり,元々視力が不良であると推測された4症例5眼(症例3,13,15,22)を除外した29眼を対象とした.白内障手術の既往がある群12眼の初診時の平均logMAR値は2.38であり,最終の平均logMAR値は1.21であった.既往がない群17眼の初診時の平均logMAR値は2.60であり,最終の平均logMAR値は1.35であった.初診時視力,最終視力,および視力改善(初診時と最終の差)の3項目のt-検定で2群間に有意差はなかった(表3,それぞれp=0.18,p=0.72,p=0.84).また,初回の術式と最終視力との関連について調べた.同様に眼科既往のない29眼において,一期的手術群18眼では初診時の平均logMAR値は2.49であり,最終の平均316あたらしい眼科Vol.33,No.2,2016転倒53%打撲41%交通事故6%図2受傷原因の内訳表2白内障手術既往と網膜.離の関連白内障手術既往+.網膜.離+.110137白内障手術既往のある症例では網膜.離の併発が有意に少なかった.(p=0.007)表3白内障手術既往の有無と視力の関連白内障手術既往p値有無初診時視力2.38±0.482.60±0.340.18最終視力1.21±0.821.35±1.160.72視力改善1.18±0.771.25±1.050.84白内障手術の既往の有無による2群間で,初診時視力,最終視力,視力改善に有意差はなかった.logMAR値は1.41であった.二期的手術群11眼中,実際に硝子体手術を施行した6眼では初診時の平均logMAR値は2.8であり,最終の平均logMAR値は0.97であった.初診時視力,最終視力,および視力改善(初診時と最終の差)の3項目のt-検定で2群間に有意差はなかった(それぞれp=0.12,p=0.41,p=0.12).網膜.離を認めた11眼中,4眼で復位を得られなかった.いずれも初診時の視力が光覚なしで受傷原因は打撲(ルアー,ゴルフボール,落雪,金具)であり,白内障手術の既往がなく破裂創から網膜や脈絡膜が脱出していた.4眼中3眼は術中に視機能の保存は困難と判断されたため,手術は1回のみで治療を終了した.経過観察中,感染性眼内炎や交感性眼炎の発症は認めなかった.III考察鈍的外傷による眼球破裂は,平均発症年齢が50.60歳代(156) で男性に多く,転倒が主要な原因であるとする報告が多い2.4).また,一般的に男性の場合,若年者では肉体労働やスポーツ,暴力が原因となりやすいことが特徴であるといわれる.今回の結果は上述の報告と比較して,男性の発症平均年齢が女性よりも低く,転倒に多くみられたことは一致したが,性別で男性よりもやや女性に多く,全体の平均年齢もより高齢であった.その差異として当院の立地条件が関与したと思われる.僻地在住の高齢者や認知症患者が転倒により発症した例が多く,スポーツや暴力による発症者は2例と少数であった.右眼よりも左眼に多く発症していたが,眼球破裂に関する過去の報告で左右の発症比率にとくに言及しているものはなく,外傷性網膜.離5)やスポーツ眼外傷6)では右眼により多く発症している報告もあり,明らかな要因は不明であった.眼科手術の既往を有する眼球破裂症例では,破裂創が手術の切開創に一致しやすいことが報告されている7,8)が,今回の筆者らの検討結果も同様であった.受傷の瞬間には反射的な閉瞼によりベル現象で眼球が上転し,外力により眼球が前後方向に短縮すると同時に,これと直交する方向では眼球がもっとも伸展する.結果として,上方では角膜輪部から上直筋付着部の範囲が強く伸展するが,白内障手術の強角膜創はちょうどこの位置に作製されるため,離開しやすいと推測されている.下方では赤道部後方の強膜が伸展するが,上方の伸展部位に比べると強膜は厚いため,今回の結果でも下方に破裂創が形成される例が少なかったと考えられる.白内障の術創は,坂本ら9)は4年5カ月後,立脇ら3)は10年後でも離開したと報告しているが,当院の結果では最長21年後でも離開していた.Simonsenら10)は摘出眼球を用いた実験において,白内障手術の輪部付近における術創の抗張力は術後4年で最大となるが非手術眼の64%であったとしており,今回の結果はその報告を立証していた.眼球破裂はほとんどの症例で著明な結膜下出血を伴うため,術前には破裂創の有無や部位が不明であることが多いが,白内障手術の既往がある症例においては手術の切開創が破裂創となっていることを想定して手術を開始することができる.この場合,破裂創が眼球の後方深部に及ぶことはほとんどなく,夜間の緊急手術で助手を確保できない場合であっても,術者一人で執刀することが可能である.また,今回の検討では,白内障手術の既往がある症例では既往がない症例と比較して,網膜.離を併発する率が有意に低かった.白内障手術の術創は角膜輪部付近に輪部に平行に作製されるため,外力により術創が離開・拡大しても,網膜への直接的な影響は虹彩や眼内レンズに比べて解剖学的に小さい.白内障手術の既往がある場合は,より軽微な外力で術創が離開して眼球破裂に至っている可能性があるが,結果として圧の変動や眼球壁の変形が軽減されることで網膜.離の(157)発症が抑制されていると推測される.白内障手術の既往の有無と視力予後については意見が分かれており,坂東ら11)は線維柱帯切除術や全層角膜移植術も含めての検討であるが手術既往のない症例に比べて最終視力は有意に低いと報告し,立脇ら3)は逆に比較的良いと報告している.筆者らの検討結果では,手術既往の有無により網膜.離の併発率に有意差があるにもかかわらず最終視力には有意差がなく,一見矛盾する結果となった.これは早期に硝子体手術を施行することで黄斑部の復位を得ていた可能性のほかに,白内障手術の既往のない群に網膜.離を併発せず視力が著明に改善した症例が多く含まれていたことが影響したと考えられる.最終的に4眼で網膜の復位を得られなかった.いずれも白内障手術の既往がなく初診時の視力が光覚なしであり,破裂創は長大で輪部に垂直な例が多く,網膜や脈絡膜が脱出していた.4眼中2眼は受傷後1週間以上経過してから受診していた.これらは過去の報告2.4)で指摘された予後不良因子の多くと合致した.また,4眼ともに受傷原因は打撲であり,転倒では認めなかった.転倒の場合,眼球への外力はおもに患者の身長と体重に起因する位置エネルギーと歩行時では運動エネルギーの総和となり,これはおよそ一定と考えられるが,たとえばスポーツや落下物による打撲の場合では,より大きなエネルギーが眼球に加わる症例があるためと推測された.手術方法が一期的か二期的かについては明確な指針はなく,それぞれに長所があるが,以前と比べて一期的に手術を施行する報告が増えた印象がある9,12).一期的手術の長所としては,①網膜.離併発の際の早期復位,②眼内の増殖性変化の防止,③感染性眼内炎の防止があげられ,二期的手術の長所としては,①角膜の透明性回復による視認性の向上,②網脈絡膜血管の怒張の軽減,③出血の溶解,④後部硝子体.離の進行があげられるが,筆者は一期的手術がより有用と考える.二期的手術の群では,患者や家族が年齢などを理由に治療を途中で断念し,硝子体手術を施行できないまま退院となった症例(症例3,15,21,22)が多くみられた.手術回数の軽減や入院期間の短縮が期待できる一期的手術を施行していれば,途中で治療を終了させることなく,より良い視力を得られていた可能性があった.近年の硝子体手術が小切開で低侵襲に進歩したことを考えると,眼内の状態を早期に把握する診断学的な観点からも,初回の硝子体手術は高齢者においても有益な操作と思われる.さらに一期的手術の群で初回手術時に硝子体手術が技術的に不可能であった症例はなく,また結果的に予後を悪化させたと思われる症例もなかった.眼内照明機器の進歩により多少角膜の透明性が不良であっても硝子体手術が可能となったこと,高齢者では最初から後部硝子体.離が完成している例が多いこと,もっとも難治あたらしい眼科Vol.33,No.2,2016317 性と思われる増殖硝子体網膜症や感染性眼内炎の発症を避ける意味などからも,とくに高齢者では積極的に一期的手術を選択する意義があると考えられた.なお,今回の調査において一期的手術と二期的手術の2群間で視力に有意差はなかったが,症例数が少なく観察期間が短い症例もあり,統計学的に結論を出すにはさらなる症例数の蓄積と検討が必要と考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)Schulze-BonselK,FeltgenN,BurauHetal:Visualacuities“handmotion”and“countingfingers”canbequantifiedwiththeFreiburgVisualAcuityTest.InvestOphthalmolVisSci47:1236-1240,20062)樋口暁子,喜多美穂里,有澤章子ほか:鈍的外傷による眼球破裂の検討.臨眼56:1121-1125,20023)立脇祐子,前野貴俊,南政宏ほか:眼球破裂症例の予後に関連する術前因子の検討.臨眼60:989-993,20064)尾崎弘明,ファン・ジェーン,梅田尚靖ほか:外傷性眼球破裂の治療成績.臨眼61:1045-1048,20075)中西秀雄,喜多美穂里,大津弥生ほか:外傷に伴う網膜.離の臨床像と手術成績の検討.臨眼60:959-965,20066)笠置裕子:最近4年間におけるスポーツ眼外傷の統計的観察.東女医大誌51:868-869,19817)高山玲子,中山登茂子,妹尾正ほか:眼科手術後の外傷による眼球破裂症例の検討.眼科手術11:283-286,19988)相馬利香,森田啓文,久保田敏昭ほか:高齢者における鈍的眼外傷の検討.臨眼63:93-97,20099)坂本英久,馬場恵子,小野英樹ほか:眼内レンズ挿入術後の眼球破裂に対し一期的に硝子体手術を行った2症例.臨眼57:49-54,200310)SimonsenAH,AndereassenTT,BendixK:Thehealingstrengthofcornealwoundsinthehumaneye.ExpEyeRes35:287-292,198211)坂東誠,後藤憲仁,青瀬雅資ほか:眼外傷症例の視力予後不良因子の検討.臨眼67:947-952,201312)西出忠之,早川夏貴,加藤徹朗ほか:眼球破裂眼の術後視力に対する術前因子の重回帰分析.臨眼65:1455-1458,2011***318あたらしい眼科Vol.33,No.2,2016(158)

眼内レンズ縫着術後に再縫着を要した症例の検討

2015年11月30日 月曜日

した.I対象および方法対象は京都市立病院において2004年4月.2014年12月に白内障手術後のIOL脱臼に対して,IOL縫着術を行った46例52眼とした.そのうち,IOL縫着術後にIOL位置不良とならずに単回の縫着術のみで経過している45眼(単回縫着眼)と,IOL縫着術後にIOL位置不良となり,再度IOL縫着術が施行された7眼(再縫着眼)の2郡に分けて検討を行った.IOL縫着術は初回縫着,再縫着ともすべて同一術者によって,同一術式で施行されており,各症例で術式の差異による影響はないものとして検討した.縫着糸はすべて10-0ポリプロピレン糸を使用し,10-0ポリプロピレンのloop糸,直針を用いて,対面通糸(abexterno法)を行った.眼内レンズとの結紮は,IOLのハプティクスを角膜切開創から眼外に出してcowhitch縫合で行った.強膜通糸位置は2-8時または4-10時で輪部から2mmとし,縫着糸の強膜結紮固定は,強膜半層縦切開をし,そこからクレッセントナイフで水平に強膜ポケットを作製して埋没させた(図1).IOLは基本的には7mmのfoldable1ピースレンズ[VA-70ADR(HOYA,東京)]を使用し,もともと径7mmのfoldable1ピースレンズが使用されていた場合はそのまま入れ替えをせずに縫着し,それ以外のIOLの場合は切断して取り出して入れ替えを行った.これら単回縫着45眼と再縫着7眼について,①性別,②術眼,③白内障手術時年齢,④縫着術時年齢,⑤白内障手術から縫着術までの期間,⑥眼軸長,⑦患者因子として基礎疾患と眼手術既往などについて比較検討した.また,⑧白内障術後のIOL脱臼の状態について調べ,⑨再縫着眼について,白内障手術から初回縫着術までの期間と初回縫着術から再縫着術までの期間を比較検討した.II結果①性別は単回縫着眼が男性41人に対し,女性は4人であり,再縫着眼では男性6人に対し,女性は1人であった.②術眼は単回縫着眼では右眼が22眼,左眼が23眼で,再縫着眼では右眼が2眼,左眼が5眼であった.③白内障手術時年齢は単回縫着眼では49.7±15.9歳(平均値±標準偏差),再縫着眼では44.4±10.5歳(平均値±標準偏差)となり有意差は認めなかった.ただ,当院で2007年10月.12月の3カ月間に白内障手術を施行した228眼の平均年齢は73.6±9.9歳(平均値±標準偏差)であり,これと比較すると単回縫着眼と再縫着眼のどちらも白内障手術を受ける年齢としては有意に若年であった(p<0.01).④縫着時の平均年齢は単回縫着眼では58.0±14.7歳(平均cb値±標準偏差),再縫着眼では初回縫着時の年齢として55.4±12.3歳(平均値±標準偏差)となり有意差は認めなかった.⑤白内障手術から縫着術までの期間は単回縫着眼では8.4±5.2年(平均値±標準偏差),再縫着眼では白内障手術から初回縫着時までの期間として11.0±5.1年(平均値±標準偏差)で有意差は認めなかった.⑥眼軸長は単回縫着眼では24.8±1.8mm(平均値±標準偏差)で再縫着眼では26.4±3.4mm(平均値±標準偏差)であり,有意差は認めなかった(表1).⑦患者因子については,単回縫着眼ではアトピー性皮膚炎のみが5眼(11.1%),アトピー性皮膚炎と網膜.離で硝子体手術の既往が5眼(11.1%),網膜.離で硝子体手術の既往のみが4眼(8.8%),PE症候群のみが3眼(6.7%),PE症候群と網膜.離で硝子体手術の既往が2眼(4.4%),外傷の既往のみが2眼(4.4%),網膜.離以外での硝子体手術の既往と外傷の既往が2眼(4.4%),網膜.離で硝子体手術以外の治療を受けた既往のみが2眼(4.4%),眼軸長27mm以上が1眼(2.2%),外傷の既往と眼軸長27mm以上が1眼(2.2%),網膜.離で硝子体手術の既往と眼軸長27mm以上が1眼(2.2%),アトピー性皮膚炎と網膜.離で硝子体手術の既往と外傷の既往が1眼,今回調査した因子をもたない明らかな因子なしの眼は16眼(35.6%)であった.再縫着眼では,アトピー性皮膚炎のみが3眼(42.9%),網膜.離で硝子体手術の既往のみが2眼(28.6%),眼軸長27mm以上のみが1眼,今回調査した因子をもたない明らかな因子なしは1眼(14.3%)であった(表2).⑧白内障術後のIOL脱臼の状態は,単回縫着眼と再縫着眼を合わせた52眼のうち,水晶体.は固定されたままIOLが.外に脱臼したものが1眼で,その他の51眼はすべて水晶体.ごとの脱臼であった.⑨再縫着眼における白内障手術から初回縫着術までの期間は11.0±5.1年(平均値±標準偏差)に対して,初回縫着術から再縫着術までの期間は1.7±1.3年(平均値±標準偏差)と有意に短くなっていた(p<0.01).(103)あたらしい眼科Vol.32,No.11,20151615表1単回縫着眼と再縫着眼の患者背景の比較単回縫着眼再縫着眼p値眼球数457─性別(男性/女性)41/46/1─右/左22/232/5─白内障手術時平均年齢(歳)49.7±15.944.4±10.50.40§初回縫着平均年齢(歳)58.0±14.755.4±12.30.66§白内障手術から初回縫着までの期間(年)8.4±5.211.0±5.10.23§眼軸長(mm)24.8±1.826.4±3.40.29§§統計的に有意差なし(t-検定)III考按わが国ではIOL縫着術の手術手技や使用器具は施設,あるいは術者によって異なるが,過去の報告によると,使用する糸は10-0ポリプロピレン糸がもっとも多く,通糸方法はabexterno法がもっとも多く,眼内レンズとの結紮はcowhitch法がもっとも多く,強膜ポケット作製は三角フラップ作製についで2番目に多い4)とのことであり,当施設でのIOL縫着術はわが国で多く行われている術式から大きく逸脱するものではないと考えられる.本調査結果での白内障手術後のIOL脱臼の状態としては,.外へのIOL脱臼眼よりも水晶体.ごとのIOL脱臼眼のほうが多かった.過去の報告でも近年は.外への脱臼の症例数が減ってきているとの報告があり2,5),.外への脱臼の場合,そのリスクとしては破.などの術中合併症や,成熟白内障であることが報告されている2).実際,当院での.外へのIOL脱臼眼も,成熟白内障で超音波乳化吸引術予定であったが.外摘出術へ変更された症例であった.本調査を行った動機の一つとして,京都市立病院での白内障手術後のIOL脱臼による縫着術症例は,高齢者よりも比較的若年者が多い印象があり,そしてPE症候群についてはそれほど多い印象はなかったことがある.PE症候群については他の患者因子との重複も含めると単回縫着眼では5眼で11.1%(5/45眼),再縫着眼では0眼であった.本調査対象はPE症候群の既往のない単回縫着眼1眼を除いて,すべて水晶体.ごとのIOL脱臼眼であり,水晶体.ごとの脱臼眼に限ったとしてもPE症候群は単回縫着眼で11.3%(5/44眼)となり,過去の,水晶体.ごとのIOL脱臼で約40%がPE症候群との報告2)と比べると,やはり少なかった.また,単回縫着眼と再縫着眼とでは,両者とも京都市立病院でのある一定期間に白内障手術を施行した患者全体の平均年齢よりも有意に若かった.このことは,再縫着眼については,アトピー性皮膚炎の既往が3眼(3/7,42.9%)ともっとも多い患者因子であることが一因と思われた.アトピー性皮膚炎は,慢性のあるいは慢性的に増悪を繰り返す掻痒感を伴った皮膚表2単回縫着眼と再縫着眼の患者因子(既往歴)の比較単回縫着眼再縫着眼患者因子(既往歴)(n=45)(n=7)AD5(11.1%)3(42.9%)AD,RD,PPV5(11.1%)0RD,PPV4(8.8%)2(28.6%)PE3(6.7%)0PE,RD,PPV2(4.4%)0trauma2(4.4%)0PPV,trauma2(4.4%)0RD2(4.4%)0myopia1(2.2%)1(14.3%)trauma,myopia1(2.2%)0RD,PPV,myopia1(2.2%)0AD,RD,PPV,trauma1(2.2%)0明らかな因子なし16(35.6%)1(14.3%)AD:アトピー性皮膚炎,RD:網膜.離の既往,PPV:硝子体手術既往,PE:偽落屑症候群,trauma:外傷の既往,myo-pia:眼軸長≧27mm炎であり,近年その有病率は上昇傾向で,治療による掻痒感のコントロールが十分でないと顔面や眼周囲の掻痒感で,繰り返し眼周囲を掻いたり,叩いたりすることにより,アトピー性白内障や網膜.離につながると考えられている6).アトピー性皮膚炎で顔面に湿疹があること,眼周囲をこすることが白内障の進行を早める7)との報告もある.アトピー性皮膚炎の有病率は小児期に高く,年齢が高くなると少なくなってくる6).単回縫着眼と再縫着眼では白内障手術後からIOL脱臼までの期間には有意差はなかった.しかし,再縫着眼における初回縫着術後から再縫着術までの期間は白内障手術後から初回縫着術までの期間より有意に短かった.再縫着眼の縫合糸の断裂の原因として外力によるものと,そして経年劣化も考慮される.過去の報告では10-0ポリプロピレン糸の劣化によるIOL脱臼は縫着術後4,5年で起こってくる8)とのことだが,今回の検討結果からは初回縫着術から再縫着術までは1.7±1.3年(平均値±標準偏差)という短期間であり,経年劣化の影響はそれほど大きくないように思われる.再縫着眼は女性よりも男性のほうが多く,また再縫着眼では単回縫着眼よりもアトピー性皮膚炎が多かったことは,アトピー性皮膚炎による掻痒感で眼窩部を叩くなどの行為が,縫合糸の断裂の原因として大きい可能性も考えられる.再縫着眼ではPE症候群や外傷の既往をもつ眼はなかった.これは当然ではあるがZinn小帯の脆弱性は初回縫着後にはもはや影響がなくなるため,再縫着のリスク因子とはならないからだと考えられる.つまりこれまで報告されてきた白内障術後にIOL脱臼に至るリスク因子と,縫着術後に縫着糸が断裂するリスク因子とは異なるといえる.(104)以上より今回の結果からは,IOL縫着術後にIOL位置不良となり再縫着を要するリスク因子としては,これまで白内障術後にIOL脱臼を起こしやすいといわれていたリスク因子とは異なり,アトピー性皮膚炎の既往をもち,若年で白内障手術を施行され,その後IOL脱臼に至りIOL縫着術を施行された男性患者であることと考えられた.そして,そのような症例に対してIOL縫着術を施行する際は10-0ポリプロピレン糸では強度不足である可能性が高い.強度の点においては縫着糸として10-0糸よりも9-0糸,8-0糸が優れている9)との報告があり,実際に10-0以上の太さのポリプロピレン糸を使用したIOL縫着術は施行されている.ただし,糸が太くなると,より縫合部分が大きくなり強結膜を突き破らないようにするための工夫がそれだけ必要になる8).強膜ポケットをより強膜深層に作製するなどの工夫を行う必要があると思われる.また,最近ではIOL強膜内固定術も施行され始めている.IOL強膜内固定術の一番の利点としてIOL支持部が強膜内に固定されるために,IOLの眼内での固定はより強固であるとともに,IOLの偏心や傾斜をほとんど認めないことがあげられる.もう一つの大きな利点として,術後に打撲などによりIOL偏位を認めても,容易に整復可能なことがあげられる10).眼内レンズ強膜内固定術は2007年に初めて報告され10),長期予後はまだ明らかでない部分もあるが,とくに上記の特徴をもつ患者については現段階で有効な手術法の一つであると考えられる.白内障手術は各種手術機器が進歩し,術中合併症の可能性も少なくなっているため,若年であっても施行されることも多いが,上記の特徴をもつ患者についてはIOL脱臼のリスクについて考慮し,またそのリスクについて術前の十分な説明が重要と考えられる.文献1)PueringerSL,HodgeDO,ErieJC:Riskoflateintraocularlensdislocationaftercataractsurgery,1980-2009:Apopulation-basedstudy.AmJOphthalmol152:618-623,20112)HayashiK,HirataA,HayashiH:Possiblepredisposingfactorsforin-the-bagandout-of-the-bagintraocularlensdislocationandoutcomesofintraocularlensexchangesur-gery.Ophthalmology114:969-975,20073)Fernandes-BuenagaR,AlioJL,Perez-ArdoyALetal:Latein-the-bagintraocularlensdislocationrequiringexplantation:riskfactorsandoutcomes.Eye27:795-802,20134)一色佳彦,森哲,大久保朋美ほか:北九州市における眼内レンズ縫着術の実態調査.あたらしい眼科29:391-394,20125)田中最高,吉永和歌子,喜井裕哉ほか:眼内レンズ脱臼の原因と臨床所見.あたらしい眼科27:391-394,20106)FukueM,ChibaT,TakeuchiS:CurrentstatusofatopicdermatitisinJapan.AsiaPacAllergy1:64-72,20117)NagakiY,HayasakaS,KadoiC:Cataractprogressioninpatientswithatopicdermatitis.JCataractRefractSurg25:96-99,19998)BuckleyEG:Long-terme.cacyandsafetyoftranss-cleralsuturedintraocularlensesinchildren.TransAmOphthalmolSoc105:294-311,20079)秋山奈津子,西村栄一,薄井隆宏ほか:縫着糸の強膜床結紮部の強度測定.IOL&RS25:217-222,201110)太田俊彦:眼内レンズ強膜内固定術.日本の眼科6:783-784,2014***(105)あたらしい眼科Vol.32,No.11,20151617