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写真:慢性移植片対宿主病

2012年12月31日 月曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦343.慢性移植片対宿主病熊谷京子京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学③②①図2図1のシェーマ①:角膜潰瘍.②:点状表層角膜症.③:結膜充血.図1慢性移植片対宿主病(GVHD)によるドライアイから角膜潰瘍をきたした症例(51歳,男性)再生不良性貧血に対して骨髄移植を受けた.免疫抑制薬の減量時に,慢性GVHDとして多発筋炎も発症した.図3図1のフルオレセイン染色像図4慢性GVHDによるドライアイから糸状角膜炎をきたした症例(42歳,女性)骨髄異形成症候群に対して骨髄移植を受けた.皮膚慢性GVHDも発症した.(49)あたらしい眼科Vol.29,No.12,201216390910-1810/12/\100/頁/JCOPY 移植片対宿主病(graftversushostdisease:GVHD)は,造血幹細胞移植後にドナー由来の免疫担当細胞がホストの組織抗原を非自己と認識して多臓器を障害するものである.以前は発症時期により,移植後100日未満に発症する急性GVHDと,100日以降に発症する慢性GVHDとに分類されてきたが,現在は2005年にアメリカ国立衛生研究所(NIH)により提唱された新たな診断基準に基づいて分類される1).その新しい診断基準によると,急性GVHDは皮疹,黄疸,下痢を特徴とする症候群で,移植後100日以内に発症する古典的急性GVHDと,移植後100日以降に持続,再燃,遅発して生じる非古典的急性GVHDに分類される.一方,慢性GVHDの診断には発症の時期は問われない.慢性GVHDの臨床症状は単独で慢性GVHDと診断できるdiagnosticclinicalsignと,慢性GVHDに特徴的であるが,慢性GVHDと診断するにはさらに組織検査などの結果と他疾患を否定できることが必要なdistinctiveclinicalsignとに分類される.眼慢性GVHDはdistinctiveclinicalsignとされており,①Schirmertest陽性(≦5mm,5分),あるいは②Schirmertest弱陽性(6.10mm,5分)でかつ細隙灯顕微鏡による乾性角結膜炎の診断がなされ,さらに③他の臓器のdistinctiveな所見が存在する場合(①+③or②+③)に診断される.眼慢性GVHDでは,おもに角結膜や涙腺などの前眼部が障害されることが多い.なかでもドライアイは最も頻度が高く,造血幹細胞移植後半年で約50%に生じるとの報告がある2).慢性GVHDの病態はまだ不明な点が多いが,涙腺機能不全とマイボーム腺機能不全がGVHDによるドライアイの発症に強く関与する.涙腺においてT細胞や線維芽細胞を主体とした炎症が生じ,過剰な線維化によって涙腺機能不全が生じることがわかってきている3).臨床症状としては点状表層角膜症,糸状角膜炎が生じ,重症になると角膜上皮欠損から潰瘍,穿孔に至る場合もある.角膜潰瘍は角膜中央部に生じやすい.GVHD予防のために通常大量の免疫抑制薬を使用するので,感染が生じやすく注意を要する.慢性GVHDによるドライアイの治療は,防腐剤フリーの人工涙液の頻回点眼と角膜保護剤の点眼を行う.ドライアイ重症例では早期に涙点プラグを併用する.GVHDによる涙腺機能不全は不可逆性と考えてよい.シクロスポリン点眼やビタミンA点眼,血清点眼も有効性が報告されている.治療用コンタクトレンズは難治性の重症ドライアイには有効であるが,感染に注意を要する.結膜にもGVHDが生じうる,結膜充血や浮腫,漿液性眼脂,偽膜の形成が認められる.最重症では広範な角膜上皮欠損を生じる場合もある.結膜の瘢痕性変化も生じる.結膜GVHDが全身の急性GVHDに併発する症例は予後不良であることが多く,全身の重症度の指標となるといわれている4).ステロイド点眼が有効であると報告されている.文献1)FilipovichAH,WeisdorfD,PavleticSetal:NationalInstitutesofHealthconsensusdevelopmentprojectoncriteriaforclinicaltrialsinchronicgraft-versus-hostdis-ease:I.Diagnosisandstagingworkinggroupreport.BiolBloodMarrowTransplant11:945-956,20052)OgawaY,OkamotoS,WakuiMetal:Dryeyeafterhaematopoieticstemcelltransplantation.BrJOphthalmol83:1125-1130,19993)OgawaY,YamazakiK,KuwanaMetal:AsignificantroleofstromalfibroblastsinrapidlyprogressivedryeyeinpatientswithchronicGVHD.InvestOphthalmolVisSci42:111-119,20014)VogelsangGB,FarmerER,HessADetal:Thalidomideforthetreatmentofchronicgraft-versus-hostdisease.NEnglJMed326:1055-1058,19921640あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(00)

後眼部編:眼科生体染色の安全性

2012年12月31日 月曜日

特集●眼科生体染色のアップデートあたらしい眼科29(12):1635.1638,2012特集●眼科生体染色のアップデートあたらしい眼科29(12):1635.1638,2012後眼部編眼科生体染色の安全性SafetyofViralDyesforVitreoretinalSurgery入山彩*はじめに硝子体手術において生体染色剤を用いることにより,元来手術中に視認が困難である組織の可視化が可能となった.そのため確実かつ安全な手術が実施されることとなり,多くの網膜硝子体疾患の治療成績の向上に寄与している.現在,硝子体手術時に使用されているおもな生体染色剤はインドシアニングリーン(ICG),ブリリアントブルーG(BBG)とトリパンブルー(TB)である.しかしながら,薬剤による網膜傷害が報告されており,安全に手術を行うためにはこれらの薬剤には特徴があることを理解して使用する必要がある.本稿では,筆者らが行ったICGおよびBBGの安全性の評価の検討を中心としてそれぞれの染色剤の特徴について紹介する.Iインドシアニングリーン(ICG)ICGは分子量774.96の緑色の親水性と疎水性の両方の性質を合わせ持つ両親媒性のtricarbocyanin系の染色剤で,もともと肝機能検査ならびにICG蛍光眼底検査のために静脈内投与で使用されていた薬剤である.2000年にKadonosonoらによって黄斑円孔の手術時の内境界膜の染色のための臨床応用が発表され,硝子体手術時の生体染色剤として広く普及した1).ICGは従来,生体にとって安全だと考えられており,硝子体内投与による安全性の評価としては組織学的検討や電気生理学的検討が行われており,いずれも網膜傷害をきたすことはないとされていた.しかしながら,一方でICGの使用によると考えられる網膜色素上皮萎縮や視野障害が散見されるようになり,安全性が議論されはじめた2).特に,硝子体手術後に近赤外光を用いた眼底観察によりICGの残存を観察した結果,観察硝子体内に投与されたICGは網膜に残存し,数カ月以上視神経に残存することがあると報告されるようになり,残存したICGによる網膜傷害が懸念されはじめた.実際に,ICGの細胞への接着を検討した筆者らの実験ではICGを臨床使用濃度でヒト網膜色素上皮細胞の細胞株(ARPE-19)に曝露すると15秒や30秒という非常に短時間の接触でも細胞に接着し細胞内に濃度依存的に取り込まれることが判明しており,細胞への接着性が高いことが示唆される3).また,摘出眼球を用いた実験ではICGの投与のみで内境界膜の.離が生じ形態学的異常が生じることが報告されている.このようなICGの組織傷害作用は,臨床使用しているICG溶液の浸透圧が低いことにも起因すると考えられている.また,網膜色素上皮細胞やMuller細胞に対する細胞傷害性はinvitroの実験でいくつかの検討がなされており,使用した細胞の種類や曝露方法で多少結果は異なるもののICGは網膜色素上皮細胞に細胞傷害性を示しうることが示されはじめた2).しかしながら,ICGが直接曝露される網膜神経節細胞(RGC)に対する効果はいまだに明らかではなかった.RGCに対する影響は通常の組織学的検討や,網膜電図(ERG)では検討が不可能で*AyaIriyama:東京都健康長寿医療センター眼科〔別刷請求先〕入山彩:〒173-0015東京都板橋区栄町35-2東京都健康長寿医療センター眼科0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(45)1635 生存RGC死亡RGC図1カルセインAMを用い染色したRGC細胞体がカルセインAMで染色され,軸索の長さが細胞体の2倍以上のものを生存RGCとして計測している.10.60.40.25000*Control0.25mg/l2.5mg/l図2bInvivoにおけるICGのRGCに与える影響0.25mg/lICG付加では有意なRGCの減少を認めなかったが,2.5mg/lICG付加で有意なRGCの減少を認めた.*p<0.05.(文献4より)100,および250mg/l濃度のICGを付加したところ濃度依存性に細胞傷害が認められ,IC50(50%の細胞を傷害する濃度)は4.2×10.5M(31mg/l)であった(図2a).また,invivoの検討においてラットを用い0.25および2.5mg/lのICGを硝子体注入し2週間後に蛍光色素DiIによる逆行性ラベル法を用いて,RGC数を計測したところ0.25mg/lICG付加では有意なRGCの減少を認めなかったが2.5mg/lICG付加で有意なRGCの減少を認(46)RGC数/mm22,0001,5001,0003,000細胞生存率(vscontrol)0.82,5000ICG濃度(mg/l)図2aInvitroにおけるICGの培養RGCに与える影響濃度依存性に細胞傷害が認められIC50は4.2×10.5M(31mg/l)であった.(文献4より)ある.このため,従来の検討方法ではRGCに対する影響が見過ごされてきた可能性がある.したがって,筆者らは,RGCに対する影響を実験的に検討した.まず,invitroの実験ではtwo-stepimmunopanning法でラットのRGCを取得し,さまざまな濃度のICGに15分および3日間,曝露しその後生存RGCを計測した(図1).15分の短時間のICG曝露ではRGCへの傷害を認めなかった.3日間培養ラットRGCに2,10,25,50,1636あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121101001,000 めた(図2b).これらの結果より臨床使用濃度よりも低い濃度でRGC細胞傷害が生じる可能性が示唆された4).したがって,臨床上もICGが硝子体術後に長期に残存すると神経節細胞に傷害をきたす可能性があると考えられる.筆者らの行った検討ではICGが短波長の光線を吸収し光感受性物質として作用する可能性は低いと考えられたが,残存するICGに対する光傷害についても注意する必要があると指摘されている.したがって,ICGの使用にあたってはそのメリットとリスクについて勘案し,臨床使用にあたってはなるべく低い濃度で,さらに網膜に接触する時間をなるべく短くして用いるのが好ましい.IIブリリアントブルーG(BBG)BBGは蛋白質の染色や定量分析に用いられる水溶性の染色剤である.2006年にEnaidaらによって初めて黄斑円孔の手術時の内境界膜の染色のために応用され研究の結果(IC50=31mg/l)と比較するとinvitroの実験ではBBGはICGよりも細胞傷害性が弱いことが判明した.さらに,invivoの実験で,ラットを用い0.25および2.5mg/lのBBGおよび2.5mg/lのICGを硝子体注入し2週間後にDiIによる逆行性ラベル法を用いてRGC数を調べたところ,0.25および2.5mg/lのBBG投与群では有意なRGCの減少を認めなかったが2.5mg/lICG付加で有意なRGCの減少を認めた(図3b).BBGにおいて臨床に用いる濃度では有意な細胞傷害は観察されずICGと比べて細胞傷害性が低いことが示唆された8).また,ICGと異なって水溶性であるために細胞への接着性は弱いことが予想される.実際に筆者らが網膜色素上皮細胞を用いて行った検討では短時間の接触では細胞内に取り込まれることはなかった.したがって,120100細胞生存率(%)(vscontrol)た5).臨床的には最終濃度0.25mg/ml(ICGの1/10の濃度)で使用されている.BBG製剤はEU(EuropeanUnion)では手術器機としての認可をうけて実際に使用806040200されている.臨床使用前のEnaidaらのinvivoの実験1101001,000では,高濃度では網膜の内層の細胞に空胞化を認めるとBBG濃度(mg/l)しているが,アポトーシスは認めず,また,電気生理学図3aInvitroにおけるBBGの培養RGCに対する影響濃度依存性に細胞傷害が認められIC50は266mg/lであった.的検査でも異常は認めず,網膜毒性は低いとされている6).網膜色素上皮細胞に対する影響もinvitroで検討(文献4より)されており,直接BBGを網膜色素上皮細胞に曝露して*も形態学的な異常は認めず,網膜色素上皮のバリア機能3,000に対する影響は低く可逆性であるとされている7).しかControl0.25mg/l2.5mg/lRGC数/mm22,000ICGしながら,BBGのRGCに対する影響は詳細には検討されていなかった.筆者らは,ICGと同様にBBGが最も高濃度で接触す1,000ると考えられRGCに対する影響を検討した.まず,invitroにおいてラットRGCを0.25mg/mlのBBGに曝0露し15分間眼内照明を用いて光線照射を行い,その後生存RGC数を計測したところ細胞傷害を認めなかった.しかしながら,3日間培養ラットRGCに2.5,10,25,50,100,および250mg/l濃度のICGを付加したところ濃度依存性に細胞傷害が認められIC50は266mg/lであった(図3a).前述のICGのRGCに対する影響を調べた(47)図3bInvivoにおけるBBGおよびICGのRGCに与える影響0.25および2.5mg/lのBBG投与群では有意なRGCの減少を認めなかったが,2.5mg/lICG付加で有意なRGCの減少を認めた.*p<0.05.あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121637 ICGと違って一旦細胞に接触してもすぐに細胞に取り込まれることは少なく,実際の硝子体術中にも十分洗浄を行うことで残存するBBGの量を少なくすることができると考えられる.これらの実験結果から,BBGはICGよりより網膜傷害をきたす可能性は少ないと考えられ,比較的安全に使用できると考えられる.しかしながら,内境界膜を染色した際にBBGはICGと比べて染色していない網膜とのコントラストが認識しづらいとの報告もある9).ICGとBBGはともに内境界膜の染色性が良好であり,染色性は類似している.しかし,疾患や眼底の状態により,染色された内境界膜の色の違いで視認性に差が生じる場合があるため,適宜術者の判断により使用することが望ましい.IIIトリパンブルー(TB)TBは深青色の色素であり,蛋白質に強く結合する.死細胞は細胞膜死の透過性が高いため,TBにより染色されるという特性をもつことより,死細胞のカウントなどに使用されている.眼科領域では広く使われており,白内障手術時に前.染色などにも用いられている.内境界膜の染色剤として使用する頻度が高くないため網膜細胞傷害性などを検討した研究は少ないが,いくつかの臨床研究ではTBを用いて内境界膜の染色を行ったところ,視野欠損などの明らかな副作用は認めず,またICG使用時と比較して術後視力予後が良好であると報告されており,実験的には神経節細胞および網膜色素上皮細胞に対してTBは細胞傷害性がICGより弱いと報告されている10).文献1)KadonosonoK,ItohN,UchioEetal:Stainingofinternallimitingmembraneinmacularholesurgery.ArchOphthalmol118:1116-1182,20002)Stanescu-SegallD,JacksonTL:Vitalstainingwithindocyaninegreen:areviewoftheclinicalandexperimentalstudiesrelatingtosafety.Eye23:504-518,20093)HirasawaH,YanagiY,TamakiYetal:Indocyaninegreenandtrypanblue:intracellularuptakeandextracellularbindingbyhumanretinalpigmentepithelialcells.Retina27:375-378,20074)IriyamaA,UchidaS,YanagiYetal:Effectsofindocyaninegreenonretinalganglioncells.InvestOphthalmolVisSci45:943-947,20045)EnaidaH,HisatomiT,HataYetal:BrilliantblueGselectivelystainstheinternallimitingmembrane/brilliantblueG-assistedmembranespeeling.Retina26:631-636,20066)EnaidaH,HisatomiT,GotoYetal:PreclinicalinvestigationofinternallimitingmembranestainingandpeelingusingintravitrealbrilliantblueG.Retina26:623-630,20067)UenoA,HisatomiT,EnaidaHetal:BiocompatibilityofbrilliantblueGinaratmodelofsubretinalinjection.Retina27:499-504,20078)IriyamaA,KadonosonoK,TamakiYetal:EffectsofBrilliantBlueGontheretinalganglioncellsofrats.Retina32:613-616,20129)HenrichPB,PriglingerSG,HaritoglouCetal:QuantificationofcontrastrecognizabilityduringbrilliantblueG-andindocyaninegreen-assistedchromovitrectomy.InvestOphthalmolVisSci52:4345-4349,201110)JinY,UchidaS,YanagiYetal:Neurotoxiceffectsoftrypanblueonratretinalganglioncells.ExpEyeRes81:395-400,20051638あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(48)

後眼部編:トリアムシノロンによる硝子体の可視化

2012年12月31日 月曜日

特集●眼科生体染色のアップデートあたらしい眼科29(12):1629.1633,2012特集●眼科生体染色のアップデートあたらしい眼科29(12):1629.1633,2012後眼部編トリアムシノロンによる硝子体の可視化VisualizingVitreousUsingTriamcinoloneAcetonide山切啓太*坂本泰二*はじめに近年,硝子体手術の進歩のスピードがめざましく感じられる.経結膜小切開硝子体手術の普及など理由は多岐にわたるであろうが,しかしやはり眼内組織の可視化ができるようになったことをあげる術者は多いのではないだろうか.現在硝子体手術には必要不可欠といっても過言ではないツールであり,Peymanら1),Sakamotoら2)が提唱したトリアムシノロンアセトニド(triamcinoloneacetonide:TA)による硝子体の可視化は,硝子体手術の進歩にとって大きなブレイクスルーとなったことは間違いない.当初わが国ではケナコルトARが使用されていた.硝子体手術での安全性,有用性の証明を経て,現在ではマキュエイドRの保険適用が承認され,硝子体手術時の可視化剤として使用されている.Iトリアムシノロンアセトニド(TA)TAは非水溶性のステロイド薬である.白色の細かい粒子状になっていて,眼内灌流液に混ぜると白色の懸濁液となる.硝子体ゲルにまとわりつくように付着する性質をもっているため可視化目的の補助薬剤として硝子体手術で使用されるようになった.ケナコルトARとマキュエイドRはどちらも同じTA製剤であるが,ケナコルトARが懸濁液の状態で製品化されているのに対し,マキュエイドRは粉末の状態で製品化されている3).ケナコルトARを使用する際には,添加物を可及的に除くために上澄を除去したのちに眼内灌流液に溶解して用いていたが,マキュエイドRは洗浄の手間はなく,直接眼内灌流液を用いることができ,また添加物を含まないために後述する術後の無菌性眼内炎の危険性も少ないとされている.実際の使用については,マキュエイドR1バイアルに4mlの生理食塩液または眼内灌流液を注入してTA濃度が10mg/mlになるように懸濁する.当科では2.5mlのシリンジに27ゲージの鈍針を装着し,使用直前にしっかり撹拌したうえで硝子体内に注入している.使用の印象としては,どの程度使用前に撹拌するかということにも左右されるが,発売当初と比較すると,マキュエイドRは粒子を途中から小さくなった影響か均一に撒くことができるようになり,針の中で詰まり気味になることもなくなった.眼底でも塊になりにくく,現在は特に使いづらさは感じなくなった.ケナコルトARは比較的安定性が高いが,現在では硝子体手術では使用できない.硝子体手術中に後極部に散布したそれぞれの写真を示すが,いずれも視認性という意味で手術を行う環境を良くしてくれていることには違いはない(図1,2).IITA併用硝子体手術の安全性と有用性に関する多施設研究4,5)1.概要硝子体手術におけるTA併用の安全性と有効性を確認するために,2004年1月から2005年8月に鹿児島大学をはじめとする全国8施設で行われた.硝子体手術*KeitaYamagiri&TaijiSakamoto:鹿児島大学大学院医歯学総合研究科眼科学〔別刷請求先〕山切啓太:〒890-8520鹿児島市桜ヶ丘8-35-1鹿児島大学大学院医歯学総合研究科眼科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(39)1629 図1マキュエイドRによる後極部の硝子体皮質の可視化マキュエイドRによる後極部の硝子体皮質の染色は,粒子が小さく,比較的均一に可視化できる.図2ケナコルトARによる後極部の硝子体皮質の可視化ケナコルトARによる後極部の硝子体皮質の染色も視認性に遜色はない.の適応となる種々の疾患を対象としてTA併用群と非併用群に振り分けて術後1年間経過を観察したものであり,硝子体手術を対象とした多施設前向き試験としてはわが国初のものである.有水晶体眼に対しては,必要に応じて白内障手術を併施した.フローチャートを図3に示す.対象症例920眼のうち適格基準,除外基準を満たす症例は774眼であった.これらをTAの使用の有無で2群に分け,術中合併症,術後合併症を調査した.1630あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012登録査定症例920例組み入れランダム化適格症例774眼TA併用群391眼手術施行391眼脱落症例9眼脱落症例52眼脱落症例25眼完了303眼3カ月6カ月1年TA非併用群383眼手術施行364眼TA使用へ変更19眼脱落症例12眼脱落症例52眼脱落症例20眼完了295眼図3トリアムシノロン併用硝子体手術に関する多施設・前向き・ランダム化試験のフローチャート全体で740例が基準を満たし,術後1年時点まで観察を行った.追跡率は77.5%であった.中間評価の段階で一部脱落症例がみられたが,最終的には両群合計で600眼が調査を完了し,追跡率は77.5%であった.期間中細菌感染症や視神経萎縮などの重症有害事象はなかった.2.TA併用硝子体手術に関する多施設・前向き・ランダム化試験の結果a.術中合併症術中合併症として,網膜出血,網膜裂孔,網膜.離など表1に示すものがみられた.サブグループ解析の結果,TA併用群では術中の網膜裂孔(p=0.024)ならびに網膜.離(p=0.013)の発生が有意に低いことがわかった(表1).そこで網膜裂孔,網膜.離の術中発生要因について年齢,性,疾患で調整して多変量解析を行ったところ,TA併用群は有意に術中の網膜裂孔形成(p=0.031),網膜.離(p=0.014)の発生を抑制しているという結果となった.すなわち,TAを併用することで,手術の安全性が高まるということが示された.(40) 表1術中合併症に関するサブグループ解析の結果術中合併症TA併用群(眼)TA非併用群(眼)p値網膜出血18220.58網膜裂孔34540.024網膜.離3140.013TA併用群では術中の網膜裂孔ならびに網膜.離の発生が有意に低いという結果が得られた.b.術後合併症術後3カ月までの眼圧上昇に関しては,TA併用群が術後78眼に眼圧下降薬を使用したのに対し非併用群では63眼で使用しており,TA併用群のほうが有意に術後眼圧下降薬を使用する症例が多かった(p=0.011)が,コントロールは可能であった.術後視力転帰に関しては,TA併用群と非併用群で改善の割合に差はなく,再手術症例の割合についても両群の差はなかった.以上の結果から,TA併用硝子体手術は従来の手術と比べ術中の裂孔形成や網膜.離の発症を抑制するという点で安全であり,術後早期には眼圧が上昇しやすいという問題はあるもののコントロール可能であり,術後1年時の合併症や治療転帰は従来の方法と同等である.すなわち,TA併用硝子体手術時の安全性,有用性を示すことができた.IIITA併用硝子体手術のメリット1.後部硝子体.離作製可視化によるメリットの端的な例としては,「後部硝子体.離作製」という概念が「残存硝子体皮質の除去」を含んでいるという考え方があげられるが,現在ではすでに通常の手技となってしまった.これは硝子体の可視化の当然の帰結ということができる.後部硝子体.離(図4)の作製は,大きく分けると視神経乳頭直上から作製する方法と,後部硝子体皮質前ポケットから作製する方法がある6).いずれの方法を選択する場合でも,TAによる可視化を行うと,操作の無駄を省くことができる.現在主流となっている経結膜小切開硝子体手術では,従来の20ゲージ手術と比較して硝子体カッターの吸引口で硝子体ゲルをきちんと捉え,完全に閉塞することが比較的容易である.(41)図4トリアムシノロンを用いた後部硝子体.離いわゆるWeiss’ringと後部硝子体皮質前ポケットの後壁が確認できる.作製のポイントは,いわゆるcorevitrectomyの際に後部硝子体皮質前ポケットの前壁まで切除し,後壁と硝子体腔に立ち上がる部分までを残す.ポケット内にTAをやさしく振りかけることが大切で,硝子体腔内を舞わないようにする.確実に見たい領域のみにTAをまとわりつかせることができれば,時間も短縮できる.ポケットのどこかを可視化するというよりは,この部分はポケットの後壁の内側のはずだから,きっかけをつかまえることができる程度にまとわらせる,という意識で操作するのがよい.少なくともポケット後壁内側の上方もしくは下方半分を可視化できれば,通常の症例では対処可能である.ただし,強度近視など硝子体ゲルの液化が進行した症例ではすぐに硝子体皮質がちぎれてしまうため,乳頭周囲とポケット全体を可視化したうえで丁寧に作製するほうが確実である.2.残存硝子体皮質の検出と除去残存硝子体皮質を除去するには,後部硝子体.離作製とは異なり,後極部を中心に軽く吹き付けるようにする.筆者は吹き付けたのちに硝子体腔内を舞っているTAをカッターである程度吸引したのちに,バックフラッシュニードルで網膜面のすれすれのところを軽く擦過するようにしながら受動吸引で皮質を除去していくあたらしい眼科Vol.29,No.12,20121631 図5残存硝子体皮質の除去バックフラッシュニードルで網膜面のすれすれのところを軽く擦過するようにしながら受動吸引で皮質を除去していく.網膜への器械的ストレスを抑えることができる.(図5).やや時間のかかる作業ではあるが,おそらく網膜へのストレスを最も抑えうる.IVTA使用に関する問題点1.眼内炎使用に際し最も注意しなければならないのは眼内炎である.Moshfeghiらは,TA硝子体注射を施行した922眼中8眼(0.87%)と高頻度に感染性眼内炎が発症し,そのうち3眼は光覚を失ったと報告した7).その後もう一つの重要な問題として,ケナコルトAR硝子体注射後の無菌性眼内炎の報告も出現した.懸濁液の液性成分が原因ともされるが,証明はされていない.しかし,正しく使用することで感染性眼内炎の頻度を低下しうるというコンセンサスは得られた.2009年に施行された,ケナコルトARを対象とした調査によると,硝子体注射562眼中の9眼(1.6%),手術時の可視化目的に使用された6,973眼中7眼(0.1%)で無菌性眼内炎が発症した(表2).そのうち14眼は翌日には霧視などの症状が出現したが,幸いすべての症例で,治療により後遺症を残すことなく視力が回復した8).1632あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012表2トリアムシノロンによる無菌性眼内炎調査の結果用途症例数無菌性眼内炎%硝子体内注射56291.6硝子体可視化6,97370.1硝子体注射562眼中の9眼(1.6%),手術時の可視化目的に使用された6,973眼中7眼(0.1%)で無菌性眼内炎が発症した.2.白内障TA硝子体注射後に高率で白内障が生じるのはよく知られているが,硝子体手術の際の生体染色として用いる場合は,たいていの症例では白内障手術を併施するため白内障が問題となることは実際には少ない.水晶体を温存して手術を施行する場合であっても,使用を極力控えるか,もしくは使用しても術中にTAはほとんど除去するため,むしろ術後の核白内障が問題となることのほうが多いと思われる.3.眼圧上昇ステロイド薬により眼圧上昇をきたすことはよく知られている.ところがTA併用硝子体手術における眼圧変化に関する報告は少ない.Yamashitaらは,黄斑浮腫に対して硝子体手術を行い,終了時にケナコルトARを5mg投与した群と10mg投与した群を比較した結果,用量依存性に術後7日以内に眼圧上昇が最大になるが,数カ月で正常域に回復すると報告した9).現在,マキュエイドRは術中の使用に際し,終了時に取り除くこととしているため,実際にはTAによる眼圧上昇の程度は不明である.しかし臨床的な感覚では,コントロールできない眼圧上昇になることはそれほどないと思われる.おわりにTAを硝子体手術の可視化剤として使用することで,より安全に,より確実に硝子体処理を行うことができるようになった.また,かつては硝子体切除量に目を奪われがちだった硝子体処理に対する考え方が,後部硝子体.離の概念とともに変化したことは間違いない.現在ではマキュエイドRが保険適用となり,より安全性に配慮できる形で使用できることは患者のみならず術者にとっても福音であると確信している.(42) 文献1)PeymanGA,CheemaR,ConwayMDetal:Triamcinoloneasanaidtovisualizationofthevitreousandtheposteriorhyaloidsduringparsplanavitrectomy.Retina20:554555,20002)SakamotoT,MiyazakiM,HisatomiTetal:Triamcinolone-assistedparsplanavitrectomyimprovesthesurgicalproceduresanddecreasesthepostoperativeblood-ocularbarrierbreakdown.GraefesArchClinExpOphthalmol240:423-429,20023)吉田宗徳:硝子体手術補助剤マキュエイドR─ケナコルトARに代わる硝子体可視化剤─.眼科手術24:461-464,20114)YamakiriK,SakamotoT,NodaYetal:Reducedincidenceofintraoperativecomplicationsinamulticentercontrolledclinicaltrialoftriamcinoloneacetonideinvitrectomy.Ophthalmology114:289-296,20075)YamakiriK,SakamotoT,NodaYetal:One-yearresultsofamulticentercontrolledclinicaltrialoftriamcinoloneinparsplanavitrectomy.GraefesArchClinExpOphthalmol24:959-966,20086)山切啓太,坂本泰二:IV網膜硝子体手術の基本手技F.硝子体手術手技1.後部硝子体.離.眼手術学7.網膜・硝子体I,p200-205,文光堂,20127)MoshfeghiDM,KaiserPK,ScottIUetal:Acuteendophthalmitisfollowingintravitrealtriamcinoloneacetonideinjection.AmJOphthalmol136:791-796,20038)坂本泰二,石橋達朗,小椋祐一郎ほか:トリアムシノロンによる無菌性眼内炎調査.日眼会誌115:523-528,20119)YamashitaT,UemuraA,KitaHetal:Intraocularpressureafterintravitrealinjectionoftriamcinoloneacetonidefollowingvitrectomyformacularedema.JGlaucoma16:220-224,2007(43)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121633

後眼部編:新しい内境界膜染色剤:ブリリアントブルーG

2012年12月31日 月曜日

特集●眼科生体染色のアップデートあたらしい眼科29(12):1623.1627,2012特集●眼科生体染色のアップデートあたらしい眼科29(12):1623.1627,2012後眼部編新しい内境界膜染色剤:ブリリアントブルーGNewDyeforStainingofInternalLimitingMembrane:BrilliantBlueG福田恒輝*はじめに2000年にKadonosonoら1)によって報告された内境界膜(ILM)の染色・可視化,.離法が報告されてからはや10数年,いまやILM.離は黄斑疾患の基本手技となっている.筆者らの施設で使用してきた染色・可視化剤はインドシアニングリーン(ICG)からトリアムシノロン・アセトニド(TA)を経て,今日では全例ブリリアントブルーG(BBG)となっている.2006年にEnaidaらによって報告されたBBGは,染色の良好さと網膜毒性の低さから国内外の術者に広がり,従来の可視化剤に対する優位性を示す報告がなされている.筆者らは2011年に,黄斑円孔症例に対してILM染色剤としてICGとBBGを用いた2群間で,術後の視細胞内節/外節接合部(IS/OSjunction)の再構築の時期に関する検討を行い,BBGの優位性について報告した.本稿ではその報告を含め,現在までに報告されているBBGの臨床成績について紹介し,その有用性と安全性について再確認していきたい.I初期の臨床評価EnaidaらによるBBGの初めての臨床報告の翌年,2007年にCerveraらによって6例の黄斑円孔症例に対してのBBG(0.5mg/ml)染色ILM.離が行われ,その結果について報告されている.結果は黄斑円孔は全例で閉鎖し,術後の網膜電図(ERG)でも網膜の機能的悪化の兆候は認められなかったとしている.また,ILMの染色性については「optimal(最上の)」という表現で,きわめて良好であるという評価を下している.2008年にはRemyらによって術前後の視野,多局所ERG,光干渉断層計(OCT)を含む,多角的な検証が行われている2).15例の黄斑円孔,3例の黄斑前膜に対して0.25mg/mlの,原法と同じ濃度でILM.離を行い前述の項目を術前後で比較している.ICGの使用で認められた術後視野異常を踏まえて検討されたと思われる視野については,術前後で悪化した症例はなく,機能的な観点から評価された多局所ERGも異常を示した症例はなかったとしている.視力の改善については黄斑円孔症例でやや乏しい結果となったが,その理由として半数弱に強度近視例が含まれていたためであるとしている.OCTを用いた解剖学的検討によると円孔は全例で閉鎖したものの,黄斑前膜症例で一時的な浮腫の悪化を認めたが,これもステロイド製剤による消炎で改善している.同報告は術者によるILMの染色性の評価も行っており,15例の黄斑円孔症例のうち14例が染色性良好との結果であった.黄斑前膜症例は3例とも「variable」との評価であったが,もともと黄斑前膜自体は染色されないため,このような評価となったものと推測できる.II他の染色剤との比較2009年になるとBBGと他の染色剤を比較する論文が報告されるようになる.Schumannらは黄斑円孔,黄斑前膜96症例をトリパンブルー(TB),BBG,ICGほか*KokiFukuda:香川大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕福田恒輝:〒761-0793香川県木田郡三木町大字池戸1750-1香川大学医学部眼科学講座0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(33)1623 2種類の染色剤を用いてILMを染色・.離し,そのILMに付着している細胞debrisの量について詳細に比較している.この研究によれば,ICGで染色したILMには他の染色剤で染色した場合に比べて有意に細胞debrisが多かったとしており,それがICGの網膜毒性と何らかの関連があることを示唆しているが,推測の域をでていない.BBGに関しては他の染色剤と同様,特別にdebrisが多かったわけではないようである.臨床報告ではなくinvitroの研究で,ヒトの培養網膜色素上皮細胞と培養神経節細胞をICG,BBG,TB,エバンスブルーの各染色剤に曝露し,その生存率を検討した報告も同年Yuenらによってなされている.各染色液のなかでもBBGは量-時間依存性に培養細胞の生存率を低下させ,毒性を認めたとしているが,同時に実際の手術における濃度と曝露時間での安全性は確認できたとしている.III黄斑上膜(ERM)症例に対するBBGの使用基本的にERMは染色されず,ILMだけが染色される.ERM症例に使用すると,ILMのブルーを背景として明瞭に区別できる透明なERMが観察できる(図1).国内からはERM.離後にILMがどの程度残存しているかをBBGを用いたdoublestaining法で調べている報告がある3,4).両報告ともにILMの残存率はおよそ4割図1ERMに対してBBGを使用した症例ERMに対してBBGを吹きかけ,ただちに吸引除去すると,明瞭にERMの分布が観察できる.から5割程度で,残存したILMを.離し顕微鏡下に観察したところ,ERMの原因となる線維芽細胞や神経膠細胞などが認められたと報告している.驚くべきことにILM.離を加えたERM手術後には再発・再手術は0%ときわめて良好な術後成績を報告しており,ERM手術にはILM.離が必須手技といっても過言ではなくなっている.実際に筆者らも同様の方法でERM.離後にdoublestaining法を行っているが,ERM.離で裂隙が図2DMEに対するILM.離時に網膜内もしくは,網膜下に迷入したBBG―術翌日と術1週間後の眼底写真術後1週間の時点で消失し,確認できなくなっている.術後3カ月の時点で網膜の菲薄化などの明らかな異常を認めていない.1624あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(34) できたILMにBBGを吹きかけると,きわめて明瞭にそのedgeが確認でき,容易に.離できる.IVBBGの網膜下迷入ILM染色剤に必要な安全性は網膜表面のみで認められるだけでなく,万一,網膜下に迷入した際にも確保されるべきものである.たとえば,黄斑円孔網膜.離などでILM.離の必要があるときや,高度近視で黄斑部網膜が菲薄化し,染色剤の噴射で迷入したときなどは術後の視機能への影響が懸念される.BBGはラットに対する基礎実験で,ICGやTBと違い,網膜下へ注入された際にも網膜色素上皮(RPE)の変性などの障害を認めないことが確認されている.筆者らは糖尿病黄斑浮腫(DME)症例にBBGを使用した際に,網膜内もしくは網膜下迷入(術中にはどのレベルに迷入したかわからない)を経験した(図2)が,BBGの色素自体は1週間程度で消退し,術後3カ月の時点で明らかな網膜の萎縮を認めていない.V黄斑円孔症例に対するBBGの使用黄斑円孔はその名のとおり黄斑部網膜に円孔を形成しており,RPEが露出しているため,RPEへの毒性が懸念されている染色剤は使用を控えるべきと考えられる.筆者らは2011年に黄斑円孔症例に対して,ICGを使用してILM.離を行った群(n=22)とBBGを使用して行った群(n=31;図3)で,視力を含む術後成績と術後黄斑円孔の経時的な解剖学的変化について検討を行い報告した5).Spectraldomain(SD)-OCTの普及により網膜の解剖学的変化を詳細に検討することが可能となり(図4),黄斑円孔術後の視力の改善度合いと関連づけて検討できるようになった.SD-OCTで網膜外層に2本のラインとして観察することのできる外境界膜(ELM),IS/OSjunctionは視細胞の存在を示す重要なラインとして知られている.黄斑円孔のみならず他の疾患でも視機能との関連についての報告が相次いでおり,一般的にこれらのラインの欠損は視機能の障害を意味している.黄斑円孔では硝子体腔方向へ盛り上がるように分断された円孔縁に沿ってこれら2本のラインが確認しづらくなるが,術後は網膜内層から円孔閉鎖が始まり次第に(35)図3黄斑円孔症例に対してのBBGを用いてのILM染色・.離ILMはきわめて良好に染色され,.離・非.離領域が明瞭に区別される.図4黄斑円孔術後1カ月時点でのOCT画像ELMは連続しているが,IS/OSjunctionの再構築はまだ認められていない.ELM,IS/OSjunctionが再形成されてくる(図5).筆者らの検討では黄斑円孔の閉鎖率や視力の改善程度には両群で有意差は認めなかったが,これらの視機能にとって重要とされるラインのうちIS/OSjunctionの再形成の時期に差がみられた.具体的には,術後1カ月の時点でICG群では22例中1例(5%)にとどまっていた再形成例が,BBG群では31例中10例(32%)と有意に多い結果になった(図6).すなわちICG群よりもBBG群でのIS/OSjunctionの再形成が早く行われていることがわかり,染色剤としてあたらしい眼科Vol.29,No.12,20121625 100100Dye■:BBG:ICGDye■:BBG:ICG*80604020再形成の割合(%)80604020再形成の割合(%)001M3M6M図5黄斑円孔術後のELMの再形成の割合図6黄斑円孔術後のIS/OSjunctionの再形成の割合ELMの再形成の割合は,術後いずれの時点でも両群間術後1カ月の時点ではBBG群のほうが,ICG群より有意に有意差を認めなかった.にIS/OSjunctionが再形成している割合が高かった.*p=0.02,Fisher’sexactprobabilitytest.1.41M3M6MDye■:BBG:ICG2°の網膜感度が術後3カ月時点から有意にBBG群で改善していることがわかっており,こちらもBBGの優位1.21.0性を支持する結果となっている.また,IS/OSjunction0.8の回復もやはりBBG群で有意に早いとしており,筆者0.6らの結果とおおむね合致している.0.4VIBBGの網膜神経保護効果0.20.0これまで述べてきたとおりBBGは2006年の報告以LogMAR-0.2-0.4図7黄斑円孔術後の視力推移両群間でいずれの時点においても,視力に有意差を認めなかった.のBBGの優位性が再確認された.ただ,IS/OSjunctionの再形成が早期に起こっていれば,その分視力の改善も早くなると考えたくなるが,視力結果はいずれの受診時でも両群間に差を認めず,その原因は不明のままである(図7).ただ,最終視力で20/20以上を達成した割合はBBG群に有意に多く,早い時期でのIS/OSjunctionの再形成が最終的に有利な視力成績をもたらしているものと推測できる.このようにBBGはICGに比べて,RPEがbareな黄斑円孔症例でのILM.離手技には特に有用であると考えられる.同様の検討に微小視野計を加えた報告がBabaらによってなされており,それによると中心1626あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012来,数々の臨床報告で安全性を確認されてきた染色剤であるが,ここ数年マウスを用いた基礎研究で網膜細胞死を抑制する効果を有することがわかってきている.それら一連の報告によると,BBGは細胞膜に発現するP2X7受容体に対する選択的阻害作用をもち,その受容体を介してひき起こされる細胞死に対して抑制効果があるという.このP2X7受容体の特異的アゴニストBzATPを投与した培養視細胞は細胞死に至るが,同時にBBGを加えることにより,細胞の生存率が有意に上昇すると報告している.これらの神経保護効果が明らかになり,染色剤としての役割以外にもその有用性が発揮されることが期待される6).以上のようにBBGは2006年の報告以来国内はもとより,国外でも臨床使用され,その染色性の良好さ,安全性の高さが確立されてきている.ただ,現時点では未認可薬剤であり,国内での使用には各施設での倫理委員会の承認および患者に対する十分なインフォームド・コンセントが必要である.実際の使用にはBBG粉末を入(36)Pre1M3M6M 図8ILM.BlueR(DORC社)海外で販売されているBBG製剤で,ポリエチレングリコールが添加されており溶液の拡散防止に有効.(九州大学江内田寛先生よりご提供)手し灌流液で自家調整する方法と,海外で製剤化されているILM-BlueR(DORC社)を個人輸入し使用する方法がある(図8).同製剤はポリエチレングリコールが添加されており,溶液の拡散防止に有用であるとされている.このBBG製剤はわが国でも現在医師主導治験の準備中とのことで,より多くの術者がより簡便にこの優れた染色剤の効果を実感できる日が近づいている.文献1)KadonosonoK,ItohN,UchioEetal:Stainingofinternallimitingmembraneinmacularholesurgery.ArchOphthalmol118:1116-1118,20002)RemyM,ThalerS,SchumannRGetal:AninvivoevaluationofBrilliantBlueGinanimalsandhumans.BrJOphthalmol92:1142-1147,20083)KifukuK,HataY,KohnoRIetal:Residualinternallimitingmembraneinepiretinalmembranesurgery.BrJOphthalmol93:1016-1019,2009,Epub2009Feb114)ShimadaH,NakashizukaH,HattoriTetal:DoublestainingwithbrilliantblueGanddoublepeelingforepiretinalmembranes.Ophthalmology116:1370-1376,2009,Epub2009May85)FukudaK,ShiragaF,YamajiHetal:MorphologicandfunctionaladvantagesofmacularholesurgerywithbrilliantblueG-assistedinternallimitingmembranepeeling.Retina31:1720-2015,20116)NotomiS,HisatomiT,KanemaruTetal:CriticalinvolvementofextracellularATPactingonP2RX7purinergicreceptorsinphotoreceptorcelldeath.AmJPathol179:2798-2809,2011(37)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121627

後眼部編:インドシアニングリーンによる内境界膜染色と剝離

2012年12月31日 月曜日

特集●眼科生体染色のアップデートあたらしい眼科29(12):1619.1622,2012特集●眼科生体染色のアップデートあたらしい眼科29(12):1619.1622,2012後眼部編インドシアニングリーンによる内境界膜染色と.離StainingandPeelingofInternalLimitingMembranewithIndocyanineGreen山根真*はじめに内境界膜(internallimitingmembrane:ILM).離は硝子体手術において最もむずかしい手技の一つである.内境界膜染色は内境界膜の視認性を大幅に向上させ,内境界膜.離を安全,確実に行うことを可能にする.最初に内境界膜の染色剤として用いられたのはインドシアニングリーン(indocyaninegreen:ICG)で,染色性の高さから長年使用されている.本稿では,ICGの適切な使用方法と治療成績,他の染色剤との染色性の違いについて紹介する.IICGの使用方法ICGの使用方法はいくつかあるが,染色性や安全性の面からKadonosonoらの原法が推奨される1).低粘度の粘弾性物質にICGを希釈する方法であり,低濃度で十分な染色が得られ,必要な部位のみを染色することができるメリットがある.調剤方法はICG25mgを添付された蒸留水10mlで希釈し,希釈したICG0.2mlを低分子粘弾性物質0.6mlと混ぜ合わせる(図1).この調剤方法で濃度が約0.06%のICG-viscoができる.調剤したICG-viscoは接続した25ゲージ鈍針からゆっくりと黄斑部へ注入する.この際灌流を止めていても,網膜へ近づけて注入しないと硝子体腔へ拡散するため(図2),アーケード血管付近から一塊になるように注入する(図3).内境界膜.離を行う範囲のみにICGを注入し,黄斑円孔底や視神経乳頭へ接触しないように注図1ICG.viscoの作製三方活栓でシリンジを接続して粘弾性物質とICGを均一になるまで混ぜ合わせる.意する.染色には時間がかからないので,注入したICG-viscoは硝子体カッターの吸引モードで速やかに吸引除去する.ICGを粘弾性物質に溶解しない方法もあるが,この場合には0.1%程度に希釈して直接網膜に吹き付ける(図4).最近の小切開硝子体手術システムでは吸引していない状態での眼内の水流はほとんどないので,灌流ラインを止めなくてもあまり拡散しない.前述のICG-viscoを用いた方法に比べ簡便であるが,染色具合や範囲のコン*ShinYamane:横浜市立大学附属市民総合医療センター眼科〔別刷請求先〕山根真:〒232-0024横浜市南区浦舟町4-57横浜市立大学附属市民総合医療センター眼科0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(29)1619 図2ICG.visco注入の失敗例針先が網膜から遠いためICG-viscoが硝子体腔へ拡散してしまっている.図4ICGの吹き付け眼灌流液で希釈したICGを黄斑部へ2,3回吹き付ける.図3ICG.viscoの正しい注入方法注入針を網膜に近づけるとICG-viscoは一塊となり染色範囲のコントロールが容易である.図5内境界膜.離63歳,男性.染色された内境界膜が除去されると染色部とのコントラストが際立ち,残存している内境界膜がよく把握できる.図6黄斑円孔に合併した黄斑上膜75歳,女性.黄斑上膜はICGにて染色されないので染色された周囲の内境界膜との境界がはっきりする(negativestaining).1620あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(30) トロールがむずかしく,黄斑円孔底などにICGが接触するリスクがある.染色されると内境界膜の視認性は大幅に向上し,内境界膜.離を開始すると.離部と非.離部の境界がはっきりとわかるようになる(図5).また,黄斑上膜はICGにより染色されないため,薄く散在したERM(網膜上膜)の存在も確認できる(図6).IIICGを用いた硝子体手術の臨床成績ICGを用いた内境界膜の染色は確実な内境界膜.離を可能とし,黄斑円孔の閉鎖率向上などに大きく貢献した.一方でICGが原因と思われる視野欠損や網膜色素上皮萎縮も報告されている.黄斑円孔術後の視野欠損はICGを用いない場合でも報告されており,液-空気置換時の空気打撲や網膜乾燥も原因として考えられている2)が,基礎実験の結果から濃度依存性にICGの細胞毒性があると考えられている3).臨床報告でも0.5%程度の高濃度ICGを用いた場合の合併症報告が多い.0.05%ICGおよび0.1%ICGを用いた特発性黄斑円孔手術では視野障害などの合併症は両群にみられないものの視力改善度は0.05%ICGを用いたほうが良好であったとの報告があり4),低濃度のICGを用いたほうが術後視機能が良い可能性がある.術後にICGが眼内に残留することが近赤外光撮影によりわかっており(図7),21カ月以上観察されたとの報告もある5).当科の検討では視力成績には差がないも図7術後のICG残留59歳,男性.黄斑円孔術後2週間.内境界膜非.離部に残留しているICGが近赤外光に励起されて発光する.(31)のの,ICG-viscoを用いると3.6カ月,吹き付けでは7.6カ月の残留がみられた6).残留したICGによる眼組織への影響は明らかになっていない.以上から,ICGによる内境界膜染色は手術成績を向上させるが,合併症の可能性を考慮して調剤方法や使用方法には注意が必要であると思われる.III染色性の定量的評価内境界膜の染色剤としてICG以外にもインフラシアニングリーン(infracyaninegreen:IfCG),トリパンブルー(trypanblue:TB),ブリリアントブルーG(brilliantblueG:BBG)などが用いられる.染色剤により内境界膜の染色性が異なるが,その客観的評価はむずかしい.手術画像からカラーコントラストを算出した研究では内境界膜.離部と非.離部のコントラスト差はBBGに比べICGで大きかったと報告されている7).照明光によりカラーコントラストが変化することも指摘されており,染色剤に合わせた照明やカットフィルターを用いることで視認性向上の可能性がある.おわりにICGによる内境界膜の染色はその高い有用性から急速に普及したが,その速度が速かったためにさまざまな濃度や使用方法が試みられ,結果的に合併症を起こすこともあったと考えられる.新たな薬剤や手術方法はそのメリットばかりに目を向けるのではなく,必ず副作用の可能性を考慮し,推奨される方法を守って慎重に使用する必要がある.文献1)KadonosonoK,ItoN,UchioEetal:Stainingofinternallimitingmembraneinmacularholesurgery.ArchOphthalmol118:1116-1118,20002)WelchJC:Dehydrationinjuryasapossiblecauseofvisualfielddefectafterparsplanavitrectomyformacularhole.AmJOphthalmol124:698-699,19973)SippyBD,EngelbrechtNE,HubbardGBetal:Indocyaninegreeneffectonculturedhumanretinalpigmentepithelialcells:implicationformacularholesurgery.AmJOphthalmol132:433-435,20014)安藤文隆,笹野久美子,鈴木福江:網膜内境界膜.離に用あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121621 いるインドシアニングリーン溶液の安全濃度.眼臨紀1:1176-1178,20085)藤原貴光,町田繁樹,後藤寿裕ほか:網膜硝子体手術に用いたインドシアニングリーンの眼内残存期間.臨眼58:283-288,20046)山根真,大野智子,佐藤貴之ほか:ヒアルロン酸ナトリウム溶解ICGとBSS溶解ICGでの黄斑円孔手術成績.臨眼59:619-623,20057)HenrichPB,PriglingerSG,HaritoglouCetal:QuantificationofcontrastrecognizabilityduringbrilliantblueG-andindocyaninegreen-assistedchromovitrectomy.InvestOphthalmolVisSci52:4345-4349,20111622あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(32)

前眼部編:白内障手術の生体染色

2012年12月31日 月曜日

特集●眼科生体染色のアップデートあたらしい眼科29(12):1613.1618,2012特集●眼科生体染色のアップデートあたらしい眼科29(12):1613.1618,2012前眼部編白内障手術の生体染色VitalStaininginCataractSurgery永本敏之*はじめに白内障手術において生体染色が利用されるのはおもに前.染色と硝子体可視化(Zinn小帯断裂時・破.時)である.本稿では,その2点について解説するとともに最もよく利用されるトリパンブルーについて述べる.I前.染色前.染色は,おもに白色白内障で用いられ,透明である前.を染色して色を付けることによって見やすくする手技である.前.染色によりCCC(continuouscurvilinearcapsulorrhexis)の切開線が見やすくなり,格段にやりやすくなる(図1).また,CCC後も前.切開縁図1成熟白内障の症例でのTB前.染色をした場合のCCCが認識しやすく,フェイコ操作もやりやすくなる.1.染色液の種類染色に用いる液は,これまで種々なものが試されている.たとえば,インドシアニングリーン(ICG),トリパンブルー(TB),フルオレセイン(FS),ブリリアントブルーG(BBG),メチレンブルー(MB),アニリンブルー,パテントブルー,ジェンチアンバイオレット(GV)などであるが,このなかで現在TBが最もよく利用されており,つぎにICGが利用されている.その理由は,以下に示す各種染色液の比較結果に基づいている.2.各種染色液の比較a.染色性ブタの前.を用いたThalerらの実験では,4種の染色液を比較し,染色性はTB>Patentblue>MB>Anilineblueの順であったと報告している1).また,Changらの実験では,ウサギの前.染色を行い,十分な視認性が得られる各種染色液の濃度を比較するとともに,ウサギ角膜内皮細胞に対する毒性も比較している2,3).その結果,十分な染色に必要な濃度と毒性を示す濃度は,それぞれICG0.25%以上で染色,0.5%以上で毒性,MB0.1%,0.5%,GV0.01%,0.1%,TB0.1%,0.4%(原液)でも毒性なし,FS1.25%,10%でも毒性なし.以上の結果からICG,MB,GVは毒性が危惧される.ま*ToshiyukiNagamoto:杏林大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕永本敏之:〒181-8611三鷹市新川6-20-2杏林大学医学部眼科学教室0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(23)1613 表1TBとICGの比較色素ICGTB分類診断用医薬品研究用試薬(欧米では市販医薬品)形状粉末0.4%溶液値段25mg/A,727円/A100ml,1,900円(200.400眼分)溶解注射用蒸留水(BSS溶解難)不要(生理食塩水溶液)希釈溶解後にBSSなどで希釈BSS,オペガードRで希釈フィルター凝固塊除去(0.8mm)濾過滅菌(0.22mm)安定性BSS中で凝固しやすい室温で長期間安定染色性良好,即時染色非常に良好,即時染色染色好性血清蛋白(a-,b-リポ蛋白,HDL,LDL),Bruch膜,血管内皮,ドルーゼンなど細胞外基質,血清蛋白,死細胞核蛋白など(創口と前.をおもに染色)細胞毒性高濃度,長時間作用で(+)高濃度,長時間作用で(+)BSS:平衡食塩液,HDL:高密度リポ蛋白,LDL:低密度リポ蛋白.た,ヒト眼で臨床上早くから応用されているのは,ICGとTBであるが,Xiaoらの報告では白色白内障の前.を濃く染めてくれるのは0.5%ICGよりも0.1%TBであったと述べている4).b.染色性以外の比較TBとICGについて比較したのが表1である.染色性の良さ,扱いやすさ,安全性などの面からTBが最も使用されている.このため以降は,TBについて詳しく述べる.IIトリパンブルー(TB)前.染色TBによる前.染色は,Mellesが1999年に最初に報告し5),その後急速に世界的に普及した.TBが前.のどの部分を染色するのかというと,上皮細胞側の前.を染色することがわかっている6).また,前.だけでなく角膜切開創とZinn小帯も染色される7)が,水晶体皮質は染まらないことが報告されている8).したがって,前.切開の途中で染色しても前.は染色され,皮質は染色されないので切開線の確認に十分役立つ.TB前.染色の有用性については,種々の報告があり,白色白内障5)を筆頭に角膜混濁7,9,10)(図2),硝子体出血・混濁(徹照不良時)7),網膜.離(徹照不良時)7),小児白内障(後.CCC)7),線維性後.混濁7),外傷性白内障(前.穿孔創の認識)11),混濁眼内レンズ(IOL)交換図2角膜混濁例でのTB染色を用いたCCC手術時の再CCC12),真性落屑13),CCCを見失ったとき8),初心者のCCC(非白色白内障)14),研修医教育(非白色白内障,WetLabo)15.17)などで役立つとされている.TB染色の必要最低限の濃度について,Yetikらは0.0125%であると報告している18).臨床で通常使用する濃度は,0.02.0.1%であり,市販されている研究用試薬の濃度は0.4%,医薬品として欧米で市販されているVisionBlueRの濃度は0.06%である.また,染色のための必要最低限の時間に関する実験的報告はなく不明であ1614あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(24) るが,臨床上10秒で染まることは確実である.IIITBによる非意図的染色TB前.染色の合併症として,染めようとした前.以外のものが染まってしまう非意図的染色がある.まずIOLの染色がある.ただし,材質によって染色されるかどうかが決まる.Hydrogel,hydrophilicacrylicIOLは染まる(半永久的)が,通常よく用いられているhydrophobicacrylic,silicone,PMMA(ポリメチルメタクリレート)は染まらない19,20).つぎに硝子体・網膜(internallimitingmembrane:ILM)の染色がある(図3).おもにZinn小帯脆弱や断裂がある症例では硝子体中に染色液が回って硝子体・網膜の染色が起きてしまう21.25).つまり術中にinfusionmisdirectionsyndrome(IMS)が起きてしまう症例や,PE(肺血栓塞栓症)症例で起きやすい.染色されると数日.数カ月で自然吸収され消失するが,それまでは視機能に影響を及ぼすことになる.これの予防策として,TBを粘弾性物質と混合してから使用することが推奨されている21,23).そうすることでZinn小帯・前部硝子体膜隔壁を通過しにくくなるので,硝子体染色が起きにくくなる.その他に角膜実質染色(切開創の染色ではない)も報告されているが,実質内に誤注入しなければ起きないの図3TBによる非意図的硝子体染色白内障除去後であるが,硝子体が青く染色されている.で,臨床上問題となることはほとんどない.また,起きたとしても約2週間で自然に消失すると報告されている26).IVTBによる硝子体の可視化これは,後.破損時やZinn小帯断裂例の前部硝子体処理時に硝子体を染色し,可視化するというものでCacciatoriらによって報告されている27).TB以外にもトリアムシノロン(マキュエイドR,ケナコルトR)がすでに臨床応用されており,むしろ一般的である.その他に最近estriol(エストロゲンの一種)が報告されている28).この物質による可視化はトリアムシノロンと同等で,コルチコイド活性がないためテロイドリスポンダーに使用しても眼圧上昇の危険性はなく,ウサギ眼実験では,眼圧上昇作用も角膜内皮への影響もなかったと報告されている.VTBの水晶体上皮細胞への影響培養ヒト水晶体上皮(LEC)細胞を用いた実験でTBは0.4%でも細胞障害性がないが,ICGは0.25%以上で細胞障害性があると報告されている29).しかし臨床例では,白色白内障症例に対して0.0125%TBを30秒作用させ,前.切開で得られた前.を調べた結果では,LEC細胞密度はTBvscontrol=3,533vs4,235cells/mm2であり,LEC生存率はTBvscontrol=51.7vs68.7%であったため,TBはLECに細胞毒性があると結論づけられている30).また,後.白内障症例に対して0.1%TBを使用し,前.を透過型電子顕微鏡で調べた結果でも,TB使用群では核膜の乱れ,ミトコンドリアの破壊,小胞体の破壊が認められ,LECに細胞毒性があると報告されている31).もしTBにヒトのLECへの細胞毒性がある場合は,後発白内障が少なくなってかえって臨床的には良い結果をもたらすことも考えられる.VITBの水晶体.への影響LECではなく前.そのものへのTBの影響については,.の弾性を低下させることが報告されている32,33).臨床的には,TBにより.が硬くなることでCCCがさらに容易になると考えられ,これも良い効果と考えら(25)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121615 れる.VIITBの角膜内皮への影響角膜内皮への影響については,臨床的に最も危惧される点である.Thalerらの報告では,培養したヒト眼角膜内皮細胞への影響について0.0025.0.5%TBを24時間作用させ,MTT試験で細胞毒性(生存率)を検討している.その結果,0.25%以上の濃度で細胞毒性があると報告している1).臨床で使う通常濃度は0.1%以下なので,この濃度では影響がないと考えられる.また,培養したウサギ角膜内皮細胞を用いたChangらの実験では,0.01.0.4%TBを1分間作用させ,TB核染色で死細胞を検出し,0.4%でも細胞毒性はなかったとしている2).作用時間が1分間と非常に短時間であるが,臨床で用いる際も非常に短時間しか用いないので,0.1%以下の濃度で短時間使用するのであれば,角膜内皮への細胞毒性はないと考えられる.VIIITBの眼圧への影響眼圧には影響しないと報告されている34,35).IXTBとCME(.胞様黄斑浮腫)TB前.染色例で術後CMEが多い〔4/75(5.3%)vs0/94(0%),p=0.037〕ことがGouwsらにより報告されている36).しかしレトロスペクティブな報告で,その後の追試報告はなく,これまでの臨床経験を考えてみても1例も経験していないことから信頼性に乏しいと考える.XTBによるTASS(toxicanteriorsegmentsyndrome)TBによるTASSの報告が2つあるが,いずれもジェネリック製品を使用して起きたものである37,38).一つの報告では製品を分析し,不純物が含まれていたことと,培養大動脈内皮細胞を用いてMTT試験を行い,細胞毒性(生存率)を検討し,毒性があることを示している37).XITBの実際の使用方法医療用のTBは日本では市販されていないため,研究用試薬から自分で作製するか,またはVisionBlueRを個人輸入する必要がある.研究用試薬から前.染色用の染色液を作製するには,原液(0.4%)をBSS(平衡食塩液)(+)で4倍希釈して0.1%(1mg/ml)としてから,ミリポアフィルター(0.22μm)にて濾過滅菌して使用する.杏林アイセンターではBSS(.)4倍希釈液を滅菌しアンプルに保存している.実際の前房内注入は,Mellesが最初に報告した空気下での注入と,空気を入れることなくそのまま注入する方法,粘弾性物質を注入してからその下に注入する3種類がある.その比較を表2に示した.この比較からわかるように粘弾性物質下が望ましい.注入のコツとして前.上に直接,塗り広げるように注入することと,非意図的硝子体染色に注意することで,表2TB注入方法の比較注入方法前房保持内皮障害の危険性硝子体染色の危険性そのまま不良(+)(+)空気下(Mellesの原法)不良(+)(+)粘弾性物質下良好(+/.)(+)図4TB.粘弾性物質混合液の作り方等量の高分子量粘弾性物質と0.1%TBを三方活栓でつなぎ,何回か行き来させて混合する.1616あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(26) Zinn小帯脆弱・断裂が疑われる症例ではあらかじめTBを高分子量粘弾性物質と等量混合(0.1%溶液を使用すると混合液は0.05%となる)してから使用することである(図4).TB-粘弾性物質混合液のメリットとしては,非意図的硝子体染色の可能性を減らすだけでなく,染めたい部分のみを限局的に染色することが可能であるという点もあげられる.また,混合に使用する粘弾性物質として低分子量やビスコートRを使用した場合は,拡散性が大きくなり非意図的硝子体染色の可能性も増大してしまうので望ましくない.また,ヒーロンRVを用いると逆に拡散性が低くなり過ぎて前.全体に塗り広げるのがむずかしくなってしまう.このため筆者らは0.1%TBと等量の高分子量粘弾性物質を三方活栓でつないで混合している.染色液の除去法としては2種類あるが,一つはI/A(irrigation/aspiration)で吸引除去する方法で,もう一つはviscoextractionの要領で粘弾性物質を用いて圧出除去する方法である.I/Aでの吸引除去は簡単であるが粘弾性物質も一緒に除去されてしまうため,CCCの前に粘弾性物質を再注入しなければならないのが欠点である.粘弾性物質での除去は高分子量のものを用いてviscoextractionの要領で行うため粘弾性物質の再注入は不要であるが,viscoextractionのテクニックをマスターしていないと大量の粘弾性物質が必要な結果になりかねない.ただし,ソフトシェル下やヒーロンRV下でも可能であり,ぜひマスターしておきたいテクニックである.文献1)ThalerS,HofmannJ,Bartz-SchmidtKUetal:Methylblueandanilineblueversuspatentblueandtrypanblueasvitaldyesincataractsurgery:Capsulestainingpropertiesandcytotoxicitytohumanculturedcornealendothelialcells.JCataractRefractSurg37:1147-1153,20112)ChangYS,TsengSY,TsengSHetal:Comparisonofdyesforcataractsurgery.Part1:cytotoxicitytocornealendothelialcellsinarabbitmodel.JCataractRefractSurg31:792-798,20053)ChangYS,TsengSY,TsengSH:Comparisonofdyesforcataractsurgery.Part2:efficacyofcapsulestaininginarabbitmodel.JCataractRefractSurg31:799-804,20054)XiaoY,WangYH,FuZYetal:Stainingtheanteriorcapsulewithindocyaninegreenortrypanblueforcapsulorhexisineyeswithwhitecataract.IntOphthalmol25:273-276,20045)MellesGR,deWaardPW,PameyerJHetal:Trypanbluecapsulestainingtovisualizethecapsulorhexisincataractsurgery.JCataractRefractSurg25:7-9,19996)SinghAJ,SarodiaUA,BrownLetal:Ahistologicalanalysisoflenscapsulesstainedwithtrypanblueforcapsulorrhexisinphacoemulsificationcataractsurgery.Eye(Lond)17:567-570,20037)DadaT,SethiHS,SharmaNetal:Additionalusesoftrypanbluestainingduringcataractsurgery.JCataractRefractSurg31:1842,20058)deWaardPW,BudoCJ,MellesGR:Trypanbluecapsularstainingto“find”theleadingedgeofa“lost”capsulorhexis.AmJOphthalmol134:271-272,20029)KuchenbeckerJ,VorwerkC,MawrinCetal:Trypanblue-assistedanteriorcontinuouscurvilinearcapsulorhexisinacaseofocularpemphigoid.OculImmunolInflamm14:313-315,200610)GregoryME,BibbyK:Dye-assistedsmallincisioncataractsurgeryinaneyewithcataractandcoexistingcornealscarringandepithelialdisease.Eye(Lond)21:299300,2007;authorreply300-30111)KazemMA,BehbehaniJH,UbowejaAKetal:Traumaticcataractsurgeryassistedbytrypanblue.OphthalmicSurgLasersImaging38:160-163,200712)AroraR,ShroffD,ChauhanDetal:Trypan-blue-assisted“re-rhexis”forsmoothin-the-bagexchangeofacalcifiedintraocularlens.JCataractRefractSurg32:2154-2155,200613)RossiterJ,MorrisA:Trypanbluevitalstainingoftheanteriorlenscapsuleinthemanagementofcataractintrueexfoliationofthelenscapsule.Eye(Lond)19:809810,200514)AkmanA,AkovaYA:Trypan-blue-assistedcapsulorhexisfortraineephacoemulsificationsurgeons.JCataractRefractSurg29:861-862,200315)WernerL,PandeySK,Escobar-GomezMetal:Dyeenhancedcataractsurgery.Part2:learningcriticalstepsofphacoemulsification.JCataractRefractSurg26:10601065,200016)PandeySK,WernerL,Escobar-GomezMetal:Dyeenhancedcataractsurgery.Part3:posteriorcapsulestainingtolearnposteriorcontinuouscurvilinearcapsulorhexis.JCataractRefractSurg26:1066-1071,200017)SmithEF,DesaiRU,SchrierAetal:Trypanbluecapsulorhexis.Ophthalmology117:1462,201018)YetikH,DevranogluK,OzkanS:Determiningthelowesttrypanblueconcentrationthatsatisfactorilystainstheanteriorcapsule.JCataractRefractSurg28:988-991,2002(27)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121617 19)WernerL,AppleDJ,CremaASetal:Permanentbluediscolorationofahydrogelintraocularlensbyintraoperativetrypanblue.JCataractRefractSurg28:1279-1286,20)FritzWL:Digitalimageanalysisoftrypanblueandfluoresceinstainingofanteriorlenscapsulesandintraocularlenses.JCataractRefractSurg28:1034-1038,200221)ChowdhuryPK,RajSM,VasavadaAR:Inadvertentstainingofthevitreouswithtrypanblue.JCataractRefractSurg30:274-276,200422)GaurA,KayarkarVV:Inadvertentvitreousstaining.JCataractRefractSurg31:649,200523)工藤かんな,永本敏之,渡辺交世ほか:トリパンブルー前.染色の合併症─硝子体染色─.眼紀56:168-171,200524)TsuiI,TsuiIK,AuranJDetal:Ceruleanfundus:anunexpectedcomplicationofcataractsurgeryinaneyewithaqueousmisdirection.BrJOphthalmol94:11051106,201025)KheirkhahA,NazariR,RoohipourR:Inadvertentvitreousstainingwithtrypanblueinpseudoexfoliationsyndrome.ArchOphthalmol128:1372-1373,201026)JhanjiV,AgarwalT,TitiyalJS:Inadvertentcornealstromalstainingbytrypanblueduringcataractsurgery.JCataractRefractSurg34:161-162,200827)CacciatoriM,ChadhaV,BennettHGetal:Trypanbluetoaidvisualizationofthevitreousduringanteriorsegmentsurgery.JCataractRefractSurg32:389-391,200628)HuangR,KajiY,FukudaSetal:Experimentaluseofestriolforvisualizingthevitreousbodyintheanteriorchamberafterposteriorcapsuleruptureinanimalmodels.JCataractRefractSurg35:1260-1265,200929)MelendezRF,KumarN,MaswadiSMetal:Photodynamicactionsofindocyaninegreenandtrypanblueonhumanlensepithelialcellsinvitro.AmJOphthalmol140:132134,200530)NanavatyMA,JoharK,SivasankaranMAetal:Effectoftrypanbluestainingonthedensityandviabilityoflensepithelialcellsinwhitecataract.JCataractRefractSurg32:1483-1488,200631)PortesAL,AlmeidaAC,AllodiSetal:Trypanbluestainingforcapsulorhexis:ultrastructuraleffectonlensepithelialcellsandcapsules.JCataractRefractSurg36:582-587,201032)DickHB,AliyevaSE,HengererF:Effectoftrypanblueontheelasticityofthehumananteriorlenscapsule.JCataractRefractSurg34:1367-1373,200833)JardelezaMS,DalyMK,KaufmanJDetal:Effectoftrypanbluestainingontheelasticmodulusofanteriorlenscapsulesofdiabeticandnondiabeticpatients.JCataractRefractSurg35:318-323,200934)ZiakasNG,BoboridisK,NakosEetal:Doestheuseoftrypanblueduringphacoemulsificationaffecttheintraocularpressure?CanJOphthalmol44:293-296,200935)ChungCF,LiangCC,LaiJSetal:Safetyoftrypanblue1%andindocyaninegreen0.5%inassistingvisualizationofanteriorcapsuleduringphacoemulsificationinmaturecataract.JCataractRefractSurg31:938-942,200536)GouwsP,MerrimanM,GoethalsSetal:Cystoidmacularoedemawithtrypanblueuse.BrJOphthalmol88:13481349,200437)BuzardK,ZhangJR,ThumannGetal:Twocasesoftoxicanteriorsegmentsyndromefromgenerictrypanblue.JCataractRefractSurg36:2195-2199,201038)WuL,VelasquezR,MontoyaO:Non-infectiousendophthalmitisassociatedwithtrypanblueuseincataractsurgery.IntOphthalmol28:89-93,20081618あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(28)

前眼部編:ドライアイの生体染色

2012年12月31日 月曜日

特集●眼科生体染色のアップデートあたらしい眼科29(12):1607.1612,2012特集●眼科生体染色のアップデートあたらしい眼科29(12):1607.1612,2012前眼部編ドライアイの生体染色VitalStaininginDryEye鎌尾知行*山口昌彦**はじめに生体染色検査は前眼部検査の基本中の基本である.この検査の目的は通常の細隙灯顕微鏡検査で観察できないもの,もしくは観察が困難なものを可視化することにある.使用する染色色素としてはフルオレセイン,ローズベンガル,リサミングリーンの3種類が代表的である.最初に染色色素について解説する.I染色色素の比較フルオレセインは帯黄赤色の化合物で,透明な涙液を可視化し,眼表面のバリア機能が低下した部位を染色すると考えられていて,安価で刺激や細胞毒性が少ないたa.BFFなしめ,臨床で広く用いられている.約490nmの波長の青色光を吸収し,約530nmの波長の黄緑色の蛍光を発する色素で,従来はコバルト励起フィルターを通して作られた青色光を眼表面に当てて,その青色背景の中に見える黄緑色の蛍光を観察していた(図1a)が,わずか40nmの波長差を見分けることは困難であった.ブルーフリーフィルター(BFF)は530nm付近の光を選択的に透過させるバリアフィルターで,このフィルターを通して観察すると反射してくる青色光がカットされ,フルオレセインの黄緑色の蛍光をクリアに観察できるため,眼表面の涙液の分布や角結膜上皮障害の状態を詳細に評価することが可能である(図1b).BFFなしでも涙液層b.BFFあり図1ブルーフリーフィルター(BFF)の有無によるフルオレセイン染色検査の見え方の違いコバルト励起フィルターを通して作られた青色光でも角膜上皮障害の程度は評価可能であるが,結膜上皮障害は観察が困難である.BFFを用いると,角膜上皮障害の流れなど微細な染色像の観察が可能である.また,隠れていた結膜上皮障害が明瞭に観察できることにも注目していただきたい.*TomoyukiKamao:南松山病院眼科**MasahikoYamaguchi:愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学分野〔別刷請求先〕鎌尾知行:〒790-8534松山市朝生田町1-3-10南松山病院眼科0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(17)1607 破壊時間(BUT)の測定や角膜上皮障害の評価は可能であるが,結膜上皮障害の評価はむずかしく,BFFを用いて結膜上皮障害のスコアリングを行うとBFFなしのスコアより70%で増加したと報告されている1).ドライアイの診断に角結膜上皮障害の程度を正確に評価することが必要なため(表1),可能であればBFFを使用することが望ましい.ローズベンガルは紫赤色の色素で,ムチンで被覆されていない角結膜上皮を染色すると考えられている(図2b).欠点として点眼時の刺激や細胞毒性,光毒性がある.以前はフルオレセインでは結膜上皮障害の評価が困難であったためローズベンガルが用いられていたが,BFFが上市されてからはフルオレセインによる結膜上表12006年ドライアイ診断基準1.自覚症状2.涙液の異常i.シルマー試験Ⅰ法5mm以下ii.涙液層破壊時間(BUT)5秒以下i,iiのいずれかを満たすものを陽性とする3.角結膜上皮障害i.フルオレセイン染色スコア3点以上(9点未満)ii.ローズベンガル染色スコア3点以上(9点未満)iii.リサミングリーン染色スコア3点以上(9点未満)i,ii,iiiのいずれかを満たすものを陽性とする上記の1,2,3,の項目全てを満たしたものは,ドライアイと確定診断される(文献2より)皮障害の正確な評価が可能となったため,使用する機会が減少している.リサミングリーンは緑色の色素で,変性した上皮を染色するとされていて,ローズベンガルと同様の染色像が得られると考えられている(図2c).点眼時の刺激が少なくローズベンガルより使いやすいが,染色が数時間にわたり残存するため外見上の問題があり,特に女性に敬遠される傾向にある.また,入手がむずかしく,一般的な検査ではない.ドライアイの診断においては①自覚症状,②涙液の異常,③角結膜上皮障害のすべての項目を満たす必要があり(表1),問診,シルマー試験,BUT測定,角結膜上皮障害の評価と4つの検査が必要であるが,その内2つはフルオレセイン染色のみで検査可能であり,また一般的な生体染色検査であることから,本項ではフルオレセイン染色を用いたドライアイ診療に絞って解説する.IIフルオレセイン染色の方法ドライアイ診療において最も注意すべきポイントは,侵襲をなるべく小さくすることである.その理由は,診察時のさまざまな操作により涙液や角結膜が修飾を受けるためである.涙液量を変化させてしまうと,涙液メニスカス高やBUT,角結膜上皮障害の程度が変化して,正確なドライアイ診断ができなくなる.そのためフルオレセイン染色においても,投与する色素を最小量に抑え,投与時の侵襲も最小限になるよう工夫する必要があa.フルオレセイン(ブルーフリーフィルター使用)b.ローズベンガルc.リサミングリーン図2各染色像の比較同症例の同部位の比較写真である.フルオレセインとローズベンガル,リサミングリーンで染色するものは厳密には異なるが,臨床的には3つともほぼ同様の染色所見であり,BFFを用いればフルオレセイン染色でも十分に結膜上皮障害の評価が可能である.1608あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(18) a.最小量のフルオレセイン染色b.過剰のフルオレセイン染色図3フルオレセイン染色の投与量による比較角結膜上皮障害のないドライアイ疑い症例(BUT3秒,シルマー試験4mm)のフルオレセイン染色写真である.フルオレセイン染色の投与量を最小限にすると涙液メニスカス高が低いと判断できるが,投与量が過剰になると涙液メニスカス高が高くなり,涙液貯留量の判定を誤らせる可能性がある.る(図3).染色方法は,フルオレセイン試験紙,マイクロピペット,硝子棒の3つの方法が代表的であるが,筆者らはフルオレセイン試験紙を用いる方法を推奨したい.その最大の理由は,特別に用意するものがなく,どこでも同じ方法で検査可能だからである.マイクロピペットを用いる方法は,色素投与量を一定にすることが可能で非常に優れた方法であるが,マイクロピペットを準備する必要があり,すべてのクリニックで行うのはむずかしい.硝子棒を用いる方法は色素投与量を最小限にコントロールするのがむずかしいという欠点がある.具体的な方法は,フルオレセイン試験紙に生理食塩水または防腐剤フリーの人工涙液などの点眼液を1.2滴滴下し,試験紙をよく振って水分を十分に除去する.これはフルオレセイン投与量を最小量にするためである.つぎに,下眼瞼を軽く翻転した後,下眼瞼縁に試験紙を軽く接触させて投与する.これは接眼による刺激を最小限にして涙液量を変化させないためである.また,試験紙の接触させる場所は耳側の下眼瞼縁が望ましい.鼻側に接触させた場合,耳側の角結膜の染色が不十分になるためである.ただ,必ずしも紹介した方法どおりにする必要はなく,非侵襲的,効率的,そして安定した結果が得られるような方法を選択すると良い.IIIフルオレセイン染色の診察手順つぎに,フルオレセイン染色後にみるべきポイントを解説する.前項で解説したように,診察は侵襲性の低いものから順に行う.1.瞬目状態の確認フルオレセイン染色直後は,瞬目による涙液動態を調べる最大のチャンスである.フルオレセイン染色後,数回瞬目させたあとに観察すると,通常眼表面の涙液が均一に染色されるが,フルオレセインが一様に分布されないことがある.これは瞬目不全が存在することを意味している.顔面神経麻痺やコンタクトレンズ装用者にみられることがあり,ドライアイの原因検索に役立つ.2.涙液貯留量の把握涙液メニスカスには眼表面の75.90%の涙液が貯留していると報告されており3),その高さから涙液貯留量を推測することができる.涙液メニスカスの高さは正常者で約0.2mmであり(図4a),涙液メニスカスが低いと涙液減少型ドライアイが疑われる(図4b).白色光では観察困難な結膜弛緩もフルオレセイン染色すると容易に観察可能で,涙液メニスカス観察時にチェックしておくと良い(図4c).下眼瞼の翻転操作や細隙灯顕微鏡の光刺激による反射性涙液分泌や,フルオレセイン染色に(19)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121609 a.正常者b.涙液減少型ドライアイc.結膜弛緩症図4涙液メニスカスの比較正常者,涙液減少型ドライアイ,結膜弛緩症のフルオレセイン染色写真である.正常者の涙液メニスカスは約0.2mmで,涙液減少型ドライアイでは涙液メニスカスが正常者より明らかに低い.結膜弛緩が存在すると,結膜上に異所性メニスカスが形成される.角膜下方には弛緩した結膜の摩擦により点状表層角膜症を認める.よる涙液量増加の可能性があるため,染色する前に涙液メニスカスの高さを評価し,染色後と比較して涙液量が修飾されていないかチェックすると,涙液貯留量の評価の精度が向上する.3.涙液安定性の評価涙液安定性を評価する指標としてBUTを測定する.フルオレセイン染色後,開瞼の維持によって角膜全体のいずれかに涙液層の破綻が生じる(ダークスポット)までの時間をBUTといい,5秒以下を異常とする.ドライアイ研究会では,BUT検査の推奨する方法について紹介しているので参考にしていただきたい(表2).a.線状のbreakup涙液のbreakupの様子を詳細に観察すると,形状には大きく分けて2つのパターンがある.一つは涙液量が少ないために生じる線状のbreakupである(図5a).涙液減少型ドライアイで角膜下方から線状にbreakupするのが典型的である.もう一つは開瞼直後から生じる表2涙液層破壊時間(BUT)検査の方法1.点眼するフルオレセイン溶液の量は最小限にする2.時間の測定はストップウォッチやメトロノームで正確に行う3.検査は3回行って,その平均を取る4.涙液層の破綻は,角膜全体のどこかに生じたときに陽性とする(文献2より)b.丸型のbreakup図5涙液のbreakupパターン涙液のbreakupの2つのパターンの写真.フルオレセイン染色された涙液層が破綻すると,角膜上に涙液がない場所が観察される.その部位はフルオレセインの色素がないため,ダークスポットとして観察される.1610あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(20) 丸型のbreakupである(図5b).これは瞬目直後からの涙液の不安定性を示している.角膜上皮表層に発現している膜型ムチンの低下による角膜の水濡れ性の低下が関与していると考えられているが詳細は不明である.開瞼直後から生じる丸型のbreakupはBUT短縮型ドライアイで観察されることが多い.4.角結膜上皮障害の評価最後に角結膜上皮障害の程度や分布を詳細に観察する.角結膜上皮障害の程度はドライアイの重症度や治療効果判定に,分布はドライアイの病態の推測に有用である.表3AD分類A(Area):病変が及んでいる範囲(面積の合計)A0:点状染色がないA1:角膜全体の面積の1/3以下に点状のフルオレセイン染色を認めるA2:角膜全体の面積の1/3から2/3に点状のフルオレセイン染色を認めるA3:角膜全体の面積の2/3以上に点状のフルオレセイン染色を認めるD(Density):点状染色の密度D0:点状染色がないD1:疎(点状のフルオレセイン染色が離れている)D2:中間(D1とD3の中間)D3:密(点状のフルオレセイン染色のほとんどが隣接している)(文献4より)フルオレセイン染色による角結膜上皮障害の程度判定にはいくつかの方法があるが,ドライアイ診断基準では鼻側結膜,角膜,耳側結膜それぞれを0.3点,合計9点満点で評価する方法が採択され,3点以上を陽性とする2).その他にも角膜のフルオレセイン染色について染色面積をA(area),染色密度をD(density)として,それぞれを0.3点で評価するAD分類4)という方法もある(表3).また,米国国立眼研究所(NationalEyeInstitute)で提唱されている方法は角膜を中央,上方,下方,鼻側,耳側の5つ,結膜を上方,下方,鼻側,耳側の4つに分け,それぞれを0.4点で評価する(図6)5).角結膜上皮障害のスコアリングの方法は使いやすいものを選択すればよいが,評価方法は統一しておくこ0~4点0~4点0~4点0~4点0~4点0~4点0~4点0~4点0~4点図6角膜5領域,結膜4領域による評価角膜を中央,上方,下方,鼻側,耳側の5つ,結膜を上方,下方,鼻側,耳側の4つに分け,それぞれを0.4点(0.5点間隔)で評価する.a.上方b.中央c.下方図7角膜上皮障害の分布角膜上皮障害の分布は,上方,中央,下方の3つに分類される.角膜上方に上皮障害を認めるのは,上輪部角結膜炎の症例である.下方視させると上方の球結膜にも上皮障害を認めた.角膜中央に上皮障害を著明に認めるのは,糖尿病に伴う神経麻痺性角膜症の症例である.角膜知覚は20mmと低下していた.角膜下方に上皮障害がpatchypatternで分布しているのは,涙液減少型ドライアイの症例である.(21)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121611 とが望ましい.角膜上皮障害の分布は上方,中央,下方に分類できるが,この分布からドライアイの病態が推測できる.角膜上方に上皮障害が多い場合,上輪部角結膜炎(図7a),lid-wiperepitheliopathy,アレルギー性結膜炎などの瞬目時の摩擦の増強が関与している可能性がある.角膜上方は上眼瞼に隠れていることもあり,一見上皮障害が観察されない場合がある.ドライアイが疑われた場合,面倒でも診察時に必ず上眼瞼を挙上し上方の角膜と,眼球を下転させて上方の瞼球結膜を診察し,瞬目時の摩擦増強をひき起こす所見を確認することが重要である.角膜中央に上皮障害が目立つ場合,神経麻痺性角膜症(図7b),マイボーム腺機能不全(MGD)の関与を考える必要がある.神経麻痺性角膜症は糖尿病やNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬),bブロッカー点眼薬による角膜の知覚低下で生じる.そのため,角膜中央に上皮障害を認めた場合,知覚が低下しているか検査し,患者の病歴や点眼歴を確認すると良い.MGDについては他項を参照していただきたい.■用語解説■BUT短縮型ドライアイ:BUT短縮型ドライアイの特徴は,涙液量は正常であるにもかかわらずBUTが極端に短く,角結膜上皮障害はないかあってもごく軽度で,他覚所見に比較して強い自覚症状を訴えるという疾患で6),現在のドライアイの診断基準では疑い例にあたる.自覚症状が強いため治療すべき疾患であるが,BUT短縮以外の他覚所見に乏しく,見逃さないように注意が必要である.角膜下方に上皮障害が集簇している場合,涙液減少型ドライアイ(図7c),顔面神経麻痺による閉瞼不全,瞬目不全,結膜弛緩症が関与している可能性がある.上皮障害が角膜下方にpatchypatternで分布している場合,涙液減少型ドライアイの可能性が高い(図7c).また,ドライアイでは角膜より結膜障害が先行することが多いので,結膜上皮障害の程度を必ず確認しておく.以上,ドライアイに対するフルオレセイン染色法の有用性やテクニックを紹介した.今回紹介した方法を参考にして自分なりの染色方法を確立し,一人でも多くの患者にフルオレセイン染色を行っていただければ幸いである.文献1)KohS,WatanabeH,HosohataJetal:Diagnosingdryeyeusingablue-freebarrierfilter.AmJOphthalmol136:513-519,20032)島﨑潤(ドライアイ研究会):2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科24:181-184,20073)McDonaldJE,BrubakerS:Meniscus-inducedthinningoftearfilms.AmJOphthalmol72:139-146,19714)宮田和典,澤充,西田輝夫ほか:びまん性表層角膜炎の重症度の分類.臨眼48:183-188,19945)BarrJT,SchechtmanKB,FinkBAetal:CornealscarringintheCollaborativeLongitudinalEvaluationofKeratoconus(CLEK)Study:baselineprevalenceandrepeatabilityofdetection.Cornea18:34-46,19996)TodaI,FumishimaH,TsubotaK:Ocularfatigueisamajorsymptomofdryeye.ActaOphthalmol71:347352,19931612あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(22)

前眼部編:結膜・眼瞼疾患の生体染色

2012年12月31日 月曜日

特集●眼科生体染色のアップデートあたらしい眼科29(12):1599.1605,2012特集●眼科生体染色のアップデートあたらしい眼科29(12):1599.1605,2012前眼部編結膜・眼瞼疾患の生体染色VitalStainingforDisordersofConjunctivaandLids横井則彦*はじめに眼表面では,涙液層と表層上皮が1つのユニットを形成しており,一方が他方の健常性を保つ関係にある.そのため,涙液層と表層上皮のいずれかに障害が生じると眼表面に悪循環が生じうる.また,眼表面は,眼瞼と動的に緊密な関係をもっており,瞬目時の眼瞼の働きによって,涙道に向かう涙液動態や眼表面における涙液層の形成が制御され,かつ,眼表面上皮のターンオーバがなされる.そのため,眼瞼の障害は,眼表面に異常をもたらし,眼表面の異常は,眼瞼に異常をきたす要因となる.このような眼瞼と眼表面との関係を理解するうえで,生体染色は,きわめて有用であり,涙液,涙液層,上皮の正常と異常についての情報を与えてくれる.本稿では,結膜と眼瞼(特に眼瞼縁や眼瞼結膜)を対象に,生体染色の染色特性を紹介しながら,それによって検出される異常所見を紹介してみたい.日常臨床の参考になれば幸いである.I結膜,眼瞼を評価するための染色法日常診療で,結膜や眼瞼を評価するための色素として,フルオレセイン,ローズベンガル,リサミングリーンの3種類が代表的であり,本稿では,それらを紹介するが,鑑別診断や病態の把握を的確に行うためには,それぞれの色素の特性(表1)1)を理解して使用し,目的に応じて使い分ける必要がある.IIフルオレセインの特性とフルオレセイン染色所見の観察法フルオレセインは,そのナトリウム塩(分子式C20H10Na2O5,分子量376.275)が臨床に用いられる.フルオレセインの最大吸収波長は494nm(青色光),最大放出蛍光波長は521nm(緑色光)であるが,十分な蛍光強度を得るための至適濃度(0.2%程度)が存在し,濃度が高いと蛍光強度が逆に弱まってしまうという特性〔クエン表1フルオレセイン,ローズベンガル,リサミングリーンの特性と染色性特徴色素フルオレセインローズベンガルリサミングリーン光毒性(.)(+)(.)健常細胞の染色性(.)(+)(.)死細胞,変性細胞の染色性(.)(+)(+)ムチンによるブロック(.)(+)*(.)細胞間接着の破綻死細胞,変性細胞染色性が増加する病態上皮バリアの障害膜型ムチン(.)の細胞死細胞,変性細胞*ムチン(.)なら正常細胞も染色.(文献1より改変)*NorihikoYokoi:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕横井則彦:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(9)1599 図1フルオレセインの蛍光特性―クエンチング(quenching)同一の眼にフルオレセインを過剰に投与した場合(上図)と涙液量を増やさないように投与した場合(下図)を比較すると,過剰投与では,蛍光強度が弱いばかりか涙液層の破壊や上皮障害が非常に観察しづらくなっていることがわかる.チング(quenching,図1)〕があり,観察対象のコントラストが減弱する.そのため,良好なコントラストを得るためのコツがある.すなわち,実際の臨床使用では,できるだけ蛍光強度を高め,かつ,涙液量を変化させないために,自家調整の滅菌溶液を用いる場合には,1%,1μl程度をマイクロピペットにて点眼し,専用の試験紙を用いる場合には,生理食塩水などを2滴程度試験紙に滴下し,よく水分を振り切って,下眼瞼縁の涙液メニスカスの水際に触れるだけの操作で染色するのがポイントである(図2).結膜の診察にフルオレセインを用いる場合,上記のようなフルオレセイン固有の蛍光特性に加えて,角膜組織とは異なる結膜組織としての特性があるため,そこにも観察上のいくつかのポイントがある.1600あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012図2フルオレセイン試験紙を用いた染色法よく水分を振り切った試験紙を,眼瞼縁に平行に,メニスカスの水際を想定しながら,その中央に軽く当てるだけの操作で投与するとよい.図3フルオレセインの透過性亢進を伴う角膜上皮障害(点眼毒性)フルオレセイン染色後5分程度経過したのち再び観察すると,フルオレセインの透過性亢進から上皮のバリア機能の障害を定性的に評価することができる.まず,球結膜は,本来,組織的に柔軟であるうえに加齢性に皺襞を伴いやすく,皺襞にフルオレセインが貯留すると結膜上皮障害を観察する際に妨げとなりやすい.また,フルオレセインの励起光であるコバルトブルーの反射光やそれによって励起された強膜の自発蛍光が,観察時のコントラストを低下させる要因になる.さらに,角膜上皮は強いバリア機能をもつため,高いコントラストをもって上皮障害を観察することができる〔そのことを逆利用して,角膜上皮のバリア機能を定性的に評価することも可能(図3)〕が,結膜上皮は角膜上皮に比べて(10) バリア機能が弱いため,上皮下にフルオレセインが拡散しやすく,それによる背景蛍光の増加のために,時間を置くと上皮障害を観察しづらくなる.以上のことから,結膜上皮障害の観察においては,染色直後に観察するように心がけ,角膜の前に結膜の観察を終えておくのがよい.一方,高いコントラストをもって結膜上皮障害を観察するために,最大放出蛍光波長の緑色光を選択的に透過させるフィルター(ブルーフリーフィルター2):530nm付近)や眼表面での反射光をカットするフィルター(イエローフィルター:580nm付近)を用いることもできる.しかし,より明瞭に結膜上皮障害の範囲を把握するには,臨床的には,後述するローズベンガル,あるいはリサミングリーン染色が有用である.IIIフルオレセイン染色を用いた結膜および眼瞼の異常の観察の実際フルオレセインで涙液を染色すると,涙液メニスカスに貯留した涙液と結膜の皺襞間に貯留した涙液が観察される.この皺襞間の色素の貯留は,逆に結膜の皺襞を浮き彫りにしてくれるため,結膜弛緩症の評価にフルオレセイン染色は非常に有用である(図4).また,角膜と結膜の両方に上皮障害を伴う疾患の観察においては,フルオレセイン染色とブルーフリーフィルターを用いると,両方の上皮障害を同程度のコントラストで観察できるた図4フルオレセインとブルーフリーフィルターを用いた結膜皺襞の観察結膜皺襞に貯留するフルオレセインは,上皮障害の観察の妨げにはなるが,結膜弛緩症の観察には有用である.ブルーフリーフィルターを用いると高いコントラストで観察が可能である.め,非常に有用である(図5).一方,流涙症の鑑別診断において,適切に染色されたメニスカスの高さが高い場合,一度,しっかりと瞬目させて観察することで,眼瞼の機能を介した涙小管ポンプの機能を評価することができる.すなわち,強く瞬目させて十分に涙小管ポンプを働かせた場合にメニスカスが低くなれば,涙道閉塞(狭窄を含む)の関与はあるとしても少ないということになる.実際このテストは,結膜弛緩症と涙道狭窄のどちらが流涙症の原因になっているのかを鑑別するうえで役立図5フルオレセインとブルーフリーフィルターを用いた輪部近傍の上皮障害の観察角膜と結膜の両方にまたがって上皮障害が存在する眼表面疾患の観察にフルオレセインとブルーフリーフィルターの併用はきわめて有用である.図6Sjogren症候群における球結膜の上皮障害の観察Sjogren症候群では,角膜にほとんど上皮障害を認めない場合でも球結膜に高度の結膜上皮障害がみられる場合がよくあり,フルオレセインとブルーフリーフィルターを用いた観察で結膜上皮障害をコントラストよく観察できる.(11)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121601 つ.また,結膜上皮障害の観察は,涙液減少型ドライアイ(特にSjogren症候群)と薬剤性角膜上皮障害の鑑別に非常に有用であり,前者では,角膜に比べて結膜の上皮障害が強く(図6),後者では,結膜に比べて角膜の上皮障害が高度になりやすいという特徴がある3).眼瞼結膜についていえば,フルオレセイン染色を用いると,濾胞や乳頭を観察しやすい.さらに結膜結石もよく染色されるため,フルオレセインとブルーフリーフィルターで観察しながら,結石を除去すると出血に邪魔されずに結石除去を行いやすい.さらに,眼瞼結膜のlidwiper領域(異物溝前方の眼瞼縁の眼瞼結膜領域)は,眼表面と摩擦を生じうる部位であるが,この部の上皮障害(lid-wiperepitheliopathy4))はフルオレセインとブルーフリーフィルターを用いることでより明瞭に観察することができ,同様に,マイボーム腺機能不全でみられうる皮膚-粘膜移行部の乱れも明瞭に観察できる.さらに,この方法で涙腺の導管の開口部からの涙液分泌をSeidelテストのごとくに観察することも可能である.IVローズベンガルの特性とローズベンガル染色所見の観察法ローズベンガル〔フルオレセインの誘導体,食品添加物(食紅)の1つ,分子式C20H2Cl4Na2O5,分子量1017.64〕は,1%の自家調整溶液,あるいは,日本では市販されていないが,ローズベンガル試験紙が臨床に用いられる.試験紙を用いた場合,フルオレセイン試験紙の場合と異なり生理食塩水などを多めに(数滴以上)滴下しないと色素が試験紙から離れにくい.また,十分に涙液中に投与しないと染色が薄く高いコントラストが得られにくい.一方,染色後は,すぐさま洗い流さないと結膜や眼瞼の染色が抜けにくいという難点がある.ローズベンガルは光照射により一重項酸素を発生し光毒性をもつ(表1).刺激性が強いため染色前に点眼麻酔を必要とし,この刺激性や染色範囲が濃度依存性に広がることのため,近年,同様の染色特性を示す(表1)リサミングリーン染色に取って代わられ,使用されなくなってきている.しかし,近年,表層上皮の微絨毛に発現する膜型ムチンの1つ(MUC16)とガレクチン3のクロスリンクがバリア機能を有し,ローズベンガルの透過を制限することが明らかにされ5),MUC16-ガレクチン3のバリア機能の障害を検出する色素としてローズベンガルが注目されているVローズベンガル染色を用いた結膜および眼瞼の異常の観察の実際ローズベンガルはフルオレセインと同様に正常の細胞を染色しないが,理論的には膜型ムチンの発現を欠く正常細胞は染色するため(しかし,このような細胞が実際の眼で存在するのかどうか疑問がもたれる),ムチンの被覆を欠く表層上皮,死細胞や変性細胞を染色する(表図7Sjogren症候群でみられた上方球結膜の上皮障害所見涙液減少のため瞬目時の摩擦によって生じたものと考えられる.フルオレセインを用いた観察(ブルーフリーフィルターなし)では,観察しづらい上皮の障害領域をローズベンガルを用いることで明瞭に観察することができる.1602あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(12) 図8Lid.wiperepitheliopathyにおけるフルオレセイン染色(左)とローズベンガル染色(右)の比較同様の部位が染色されているのがわかるが,ローズベンガル染色のほうが病変の広がりが明瞭である.1).ただし,フルオレセインと異なり点状表層角膜症は染色しない.したがって,Sjogrenによって初めて紹介されたように,Sjogren症候群の診断における球結膜の上皮障害(ムチンの被覆を欠く領域)の検出に優れ,一般的にもドライアイにおける結膜上皮障害の観察や上輪部角結膜炎の診断に用いられてきた(図7).また,下方円蓋部の粘糸や角膜糸状物,lid-wiperepitheliopathy4)(図8),ソフトコンタクトレンズで生じる球結膜染色6)の観察にも役立つ.健常眼でも,Marx’sline(眼瞼縁の皮膚粘膜移行部にほぼ一致)7.9)が染色される.球結膜上皮の障害部位では,ローズベンガルに染色された上皮細胞は,赤い斑点として観察される(図9)が,詳細に見ると,色素は上皮細胞内に取り込まれており,特に,核において濃度が高いとされる.ローズベンガル染色は,ドライアイ研究会によるドライアイの診断基準に採用されてはいるが,近年,刺激性の少ないリサミングリーンに取って代わられつつある.VIリサミングリーンの特性とリサミングリーン染色所見の観察法リサミングリーンB(アシッドグリーン50,分子式C27H25N2NaO7S2,分子量576.61)は,1%のリサミングリーン自家調整溶液,あるいは,日本では市販されていないが,専用の試験紙が臨床に用いられる.試験紙を用いる場合,ローズベンガルの場合と同様,生理食塩水などを多め(5滴程度)に滴下しないと色素が離れにくく,十分に投与しないと染色が薄くなりやすい.また,染色(13)図9上輪部角結膜炎の症例に対するローズベンガル染色の高倍率での観察所見高倍率で,上皮細胞が赤い斑点として染色されているのがわかる.後は,すぐさま洗い流さないと眼瞼皮膚や結膜の染色が抜けにくいという難点があり,これもローズベンガルの場合と同様である.臨床的には,リサミングリーンの染色性はローズベンガルと同様〔細胞レベルではリサミングリーンは,ムチンのバリアにその透過を妨げられない(表1).しかし,ムチンのバリアが健常な変性細胞や死細胞は存在しないと思われるため,変性細胞や死細胞の染色性は,ローズベンガルと同様と考えられる〕と考えられるが,ローズベンガルのような眼表面に対する刺激性がないため,近年,ローズベンガルに代わって好んで用いられるようになってきている.あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121603 VIIリサミングリーン染色を用いた結膜および眼瞼の異常の観察の実際リサミングリーンもドライアイの結膜上皮障害の検出にすぐれ,Sjogren症候群を初めとする涙液減少型ドライアイや上輪部角結膜炎の診断に非常に有用である.特に充血などの赤色病変の影響を受けにくいため,ローズベンガルよりも結膜病変の観察に優れる.ドライアイ研図10リサミングリーンによるMarx'slineの染色所見角膜上方に上皮欠損(その部にリサミングリーンが貯留し基底部を染色している)を認める症例でのMarx’slineの染色所見(白入り▽).ところどころ乱れはあるが,Marx’slineが明瞭に染色されている.図12乾燥感を訴えるハードコンタクトレンズ装用眼でみられたBitot斑Bitot斑部の上皮は病的角化を伴っているため,その表面が疎水性を示して染色されず,その周りを取り囲むように,ムチンの被覆を失った変性細胞が染色されていると考えられる(矢印).究会のドライアイの診断基準における角結膜上皮障害の検査に本検査も採用されており,近年,ドライアイ用の点眼薬の臨床治験が本色素を用いて行われることもある.正常でもMarx’sline7.9)(図10)が染色される.ドライアイを訴えるソフトコンタクトレンズ装用眼のlid-wiperepitheliopathyや球結膜ステイニング(図11)やハードコンタクトレンズ装用眼のビトー斑10)(Bitot’sspot)(図12)の検出にも優れるため,コンタクトレン図11乾燥感を訴えるソフトコンタクトレンズ装用眼にみられたlid.wiper部と球結膜の障害部のリサミングリーンによる染色所見Lid-wiperepitheliopathy(白抜き▽)と球結膜染色が明瞭に認められる.図13リサミングリーンによる結膜縫合に用いたシルク糸の可視化手術後2週間の所見.自然脱落していないシルク糸がリサミングリーン染色されている(白入り▽).取り残しのない抜糸に糸の可視化は有用である.1604あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(14) ズ装用眼のドライアイ検査としても有用である.また,眼瞼下垂術後にみられる眼瞼と上方球結膜の摩擦11)による上皮病変の検出や,結膜をシルク糸で縫合した場合に,抜糸前の糸の可視化(図13)にも有用である.おわりに角膜に比べ,結膜や眼瞼(眼瞼縁や眼瞼結膜)の病変は,積極的に意識して観察しないと情報が得られない.そのため,これらの病変はともすれば見落とされやすい.また,ローズベンガル染色やリサミングリーン染色は,国内で入手できる試験紙がないために,海外から輸入したり,自己調整しなければならないという煩雑さがあり,このことも眼表面の診察におけるハードルとなっている.しかしながら,ローズベンガルと同様の染色性を有しながら刺激性のないリサミングリーン染色やフィルターを併用したフルオレセイン染色を駆使することにより,眼表面と眼瞼がかかわる異常を看破でき,眼表面の鑑別診断や治療が大幅にグレードアップすることは事実である.そして,それは,角膜観察だけでは得られないさまざまな病態への洞察を生む契機ともなる.眼表面の治療の進歩とともに,的確な診断が求められている.そのためにも,染色色素の特性をよく理解したうえでそれらを最大限に活用し,病態把握と診断につなげていただきたい.文献1)ChodoshJ,DixRD,HowellRCetal:StainingcharacteristicsandantiviralactivityofsulforhodamineBandlissaminegreenB.InvestOphthalmolVisSci35:1046-1058,19942)KohS,WatanabeH,HosohataJetal:Diagnosingdryeyeusingablue-freebarrierfilter.AmJOphthalmol136:513-519,20033)YokoiN,KinoshitaS:Importanceofconjunctivalepithelialevaluationinthediagnosticdifferentiationofdryeyefromdrug-inducedepithelialkeratopathy.AdExpMedBiol438:827-830,19984)KorbDR,GreinerJV,HermanJPetal:Lid-wiperepitheliopathyanddry-eyesymptomsincontactlenswearers.CLAOJ28:211-216,20025)ArguesoP,Guzman-AranguezA,MantelliFetal:Associationofcellsurfacemucinswithgalectin-3contributestotheocularsurfaceepithelialbarrier.JBiolChem284:23037-23045,20096)LakkisC,BrennanNA:Bulbarconjunctivalfluoresceinstaininginhydrogelcontactlenswearers.CLAOJ22:189-194,19967)YamaguchiM,KutsunaM,UnoTetal:Marxline:fluoresceinstaininglineontheinnerlidasindicatorofmeibomianglandfunction.AmJOphthalmol141:669675,20068)BronAJ,YokoiN,GaffneyEAetal:Asolutegradientinthetearmeniscus.I.AhypothesistoexplainMarx’sline.OculSurf9:70-91,20119)BronAJ,YokoiN,GaffneyEAetal:Asolutegradientinthetearmeniscus.II.Implicationsforlidmargindisease,includingmeibomianglanddysfunction.OculSurf9:92-97,201110)東原尚代,横井則彦:ビトー斑(Bitot’sspot).日コレ誌48:171-172,200611)横井則彦,加藤浩晃,渡辺彰英:眼瞼下垂手術と角膜上皮障害.眼科手術25:387-389,2012(15)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121605

前眼部編:角膜疾患の生体染色

2012年12月31日 月曜日

特集●眼科生体染色のアップデートあたらしい眼科29(12):1593.1598,2012特集●眼科生体染色のアップデートあたらしい眼科29(12):1593.1598,2012前眼部編角膜疾患の生体染色VitalStainingoftheCornea相馬剛至*はじめに眼表面疾患の診察の際に用いられる生体染色としてフルオレセイン,ローズベンガル,リサミングリーンがあげられる.このうち角膜疾患の診断に有用な生体染色はフルオレセインである.一方,ローズベンガルやリサミングリーンは結膜病変の描出に優れている.フルオレセイン染色は一般的に角膜上皮障害を検出する検査法と捉えられているが,それ以外にもバリア機能の評価や涙液の可視化など種々の用途がある.本稿では,フルオレセインの特徴およびフルオレセイン染色が診断に有効な角膜病変について,臨床例をあげながら紹介したい.なお,ドライアイならびに一部の結膜・眼瞼疾患に伴う角膜病変については次項以降に譲る.Iフルオレセインの特徴1.フルオレセインとは?フルオレセインは分子式C20H12O5で示され,分子量は332.31である(図1).水に不溶のため,臨床的には水溶性のフルオレセインナトリウム(C20H12O5Na,分子量376.26)が用いられる.アルカリ溶液中で強い緑色の蛍光を発する.490nm(青色光)付近に最大吸収波長を有し,最大蛍光波長は520.530nm(緑色光)である.臨床では,スリットランプに設置された励起フィルターを通した青色光を当てて,励起された緑色蛍光色を観察する.さらに,530nm付近の緑色光を選択的に透過させるBlueFreeFilter(ブルーフリーフィルター)を用HOOOCOOH図1フルオレセインの構造式いて観察することで,より鮮明な観察像を得ることができる1).2.フルオレセインの優位性フルオレセインが眼表面の観察に用いられるにはいくつか理由がある.第一に分子量が比較的小さいため,眼表面の細かな病変にまで浸透することが可能である.第二に点眼時の刺激が少なく,細胞毒性も低い.また,検査後容易に洗い流せる.第三に検査が簡便であり,安価であることもあげられる.IIフルオレセイン染色の方法大きくフルオレセイン試験紙を用いる方法,マイクロピペットを用いてフルオレセイン染色液を点眼する方法,硝子棒などに染色液を付着させて用いる方法があげられるが,一般的にはフルオレセイン試験紙法が清潔かつ簡便であり推奨される.治験などの厳密な評価を要する場合にマイクロピペット法が用いられる.*TakeshiSoma:大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室〔別刷請求先〕相馬剛至:〒565-0871吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(3)1593 1.フルオレセイン試験紙を用いる方法フルオレセイン試験紙(フローレスR眼検査用試験紙0.7mg)に生理食塩水を1.2滴,摘下したのち,試験紙を振って水分を十分に切る.試験紙に水分が多量に残存している場合,涙液量を誤って評価する原因になるとともに,眼表面の涙液量が増大することによって観察に支障をきたすので注意が必要である.つぎに,試験紙の一角の先端のみを下眼瞼結膜の周辺部に接触させる.少量で十分であり,フルオレセインを浸透させた部位すべてを付着させる必要はない.また,眼球結膜に直接つけることがないようにする.染色後は十分に瞬目させて眼表面全体にフルオレセインが分布するようにする.2.マイクロピペットを用いる方法0.5.1%のフルオレセイン溶液を準備し,マイクロピペットを用いて1.2μlを涙液メニスカスのエッジに滴下する.症例ごとに一定量のフルオレセインで染色することが可能であり,治験などの厳密な観察が必要な場合に有用である.IIIフルオレセイン染色による観察フルオレセイン染色が診断に有用な角膜病変として角膜上皮障害,バリア機能障害,他の上皮の侵入,涙液の可視化(隆起病変,Seidel試験など)があげられる.1.角膜上皮障害角膜上皮は重層扁平上皮5.6層の細胞からなり,何らかの原因で細胞が脱落した場合を角膜上皮障害とよぶ.フルオセイン染色を施すと,欠損した部位にフルオレセインが貯留することにより病変を容易に観察することができる.一口に角膜上皮障害といっても表層の細胞のみが脱落する点状表層角膜症から,上皮全層が脱落する角膜びらん,角膜実質障害を伴う角膜潰瘍まで程度はさまざまであるが,すべてフルオレセイン陽性所見をとる.上皮障害はその有無だけでなく,分布が診断に重要である.たとえば,点状表層角膜症の発生部位は大別すると上方,中央,下方,びまん性の4パターンに分けられ,原因ごとに分布がある程度きまっているため,どのパターンにあてはまるかが診断するうえで大きな手がか1594あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012りになる.2.バリア機能障害角膜上皮の表層細胞間には密着結合(tightjunction)が密に発達しており,外来物質に対する強固なバリアとなっている.また,上皮細胞間には接着結合(adherensjunction)や,デスモソーム(desmosome)が,基底細胞間にはギャップジャンクション(gapjunction)が存在する.そのため,角膜上皮細胞の脱落がなくても,細胞障害に伴い細胞間結合に異常が生じバリア機能が傷害されると,フルオレセインが実質内へ浸透していく像が観察される.薬剤毒性角膜症や膠様滴状角膜ジストロフィで典型的である.3.他の上皮の侵入角膜上を被覆した結膜などの上皮は,フルオレセインの浸透度の違いにより描出することができる.これは前項で解説したバリア機能の違いを利用している.たとえば,角膜上皮幹細胞疲弊症では結膜上皮が侵入してくるが,血管を伴わず透明上皮であればスリットランプでは観察が困難である.この場合に,フルオレセイン染色が侵入結膜の観察に有効である.4.涙液の可視化a.隆起病変軽微な隆起病変はスリットランプのみでは観察が困難である.このような場合,フルオレセイン染色により涙液を可視化すると,隆起性病変上の涙液分布が不整になり,その描出が容易になる.b.角膜穿孔角膜が穿孔した場合,前房水が眼表面に流れ出すが,透明な前房水は観察が困難であり,また穿孔部位の同定は容易ではない.フルオレセインにより涙液を染色すると,Seidel部位から漏出された染色されていない前房水の流れを観察することができる.(4) IV角膜上皮障害1.角膜びらん,角膜潰瘍(非感染性)a.単純びらん角膜上皮が全層にわたって欠損した状態で角膜実質障害は伴わない.異物の飛入や打撲により生じる.びらん部位に一致してフルオレセインの染色を認める(図2).b.再発性角膜びらん同一部位に,数週間.数カ月間隔で角膜上皮.離を繰り返す..離部位の角膜上皮の接着不良が原因であり,びらんに一致した染色を認め,周囲の接着不良部位は淡く染色される(図3).原因は外傷性単純びらんや角膜ジストロフィ,糖尿病などがあげれられる.c.神経麻痺性角膜症角膜知覚低下や消失により点状表層角膜症,角膜びらんが生じる.重症例では,遷延性上皮欠損に至り,潰瘍底の実質が混濁,浮腫をきたし,びらんに一致したフルオレセイン染色および周囲の接着不良部位は淡く染色される(図4).角膜の知覚神経を司る三叉神経が傷害された場合に生じ,角膜ヘルペス後や全層角膜移植後,脳外科手術後などで起こりうる.d.周辺部角膜潰瘍角膜周辺部に細胞浸潤にはじまる上皮びらん,潰瘍が生じ輪部に沿って拡大する.免疫反応が原因であり,関節リウマチに伴う潰瘍やMooren潰瘍があげられる.Mooren潰瘍では,潰瘍は中心部に向かって坑道状にえぐれて進行し(undermined),潰瘍縁がせり出すのが特徴である(overhanging)(図5).e.カタル性潰瘍細胞浸潤を伴う角膜潰瘍を角膜周辺部に認める.ブドウ球菌および産生毒素に対するアレルギー反応が原因であり,眼瞼と接する部位に生じやすい.病変と角膜輪部の間には透明帯(lucidinterval)とよばれる浸潤を伴わない部位が存在する(図6).f.Meesmann角膜上皮ジストロフィ本疾患は角膜上皮内に微小.胞を認める非常にまれな遺伝性疾患3,4)で,ケラチン312(KRT12)が責任遺伝子である.両眼の角膜上皮内に無数の点状混濁として観察される円形の微小.胞が特徴的である.上皮基底部で図2単純びらん眼鏡の柄の飛入により生じた単純びらん.図3再発性角膜びらんびらんに一致した染色を認め,周囲の接着不良部位は淡く染色される.図4神経麻痺性角膜症脳外科手術後の神経麻痺性角膜症.ドライアイも合併している.図5Mooren潰瘍3時.7時の輪部に沿った孤状の潰瘍を認める.生じた.胞は上皮のturnoverに伴って表層へ移動し,表面に達すると破裂して角膜びらんとなり,点状表層角膜症様の所見を呈する(図7).(5)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121595 図6カタル性潰瘍周辺角膜に細胞浸潤を伴う病変が多発している.図7Meesmann角膜上皮ジストロフィScleralscatter法で無数の点状混濁が観察され,点状表層角膜症様に染色される.図8樹枝状角膜炎Terminalbulbを伴う樹枝状角膜炎.潰瘍周囲の上皮は盛り上がった形状を呈する.2.角膜感染症a.樹枝状角膜炎単純ヘルペスウイルスによって生じる上皮病変である.末端にterminalbulbを伴い,潰瘍周辺の上皮は盛り上がっているのが樹枝状角膜炎の特徴である(図8).b.細菌性角膜炎細菌による感染性角膜炎であり,ブドウ球菌や緑膿菌,肺炎球菌などが原因としてあげられる.菌種により病変は異なるが,一般的には角膜中央部に細胞浸潤を伴った円形の潰瘍を呈する(図9:緑膿菌による角膜炎).潰瘍部がフルオレセインにて染色される.1596あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012図9細菌性角膜炎角膜中央に円形の潰瘍を認める.前房蓄膿を伴っている.図10真菌性角膜炎Stevens-Johnson症候群,角膜移植後に発症したカンジダ感染.2時.3時のグラフト内に病巣を認めるが,上皮欠損は病巣よりも小さい範囲である.図11アカントアメーバ角膜炎角膜中央に楕円形の浸潤病変を認める.放射状角膜炎が特徴的である.c.真菌性角膜炎起炎菌としては糸状菌であるフザリウム属および酵母菌であるカンジダ属が多い.糸状菌は境界不明瞭な羽毛状の病変を呈し,endothelialplaqueを伴う場合が多い.土壌中に存在し,植物による外傷などが契機になる.一方,酵母菌感染では病変の境界は比較的明瞭で,角膜実(6) 質の浅層に限局することが多い(図10).角膜移植後など易感染状態で発症しやすい.フルオレセイン染色は病巣と同じもしくは小さく,上皮欠損が修復しても感染が治癒していない場合があるので注意が必要である.d.アカントアメーバ角膜炎初期は,角膜中央に楕円形の混濁,浸潤病変を認める.偽樹枝状角膜炎を伴う場合があり,角膜ヘルペスなどとの鑑別が重要である.放射状角膜神経炎は本疾患に特徴的である(図11).移行期.完成期になると,角膜浸潤が進行し輪状,円板状の病変(しばしば潰瘍)を呈する.Vバリア機能障害薬剤毒性などにより上皮のバリア機能が傷害され,透過性が亢進した結果フルオレセインが上皮内に浸透する.薬剤毒性角膜症では上皮細胞の脱落の亢進および基底細胞の分裂低下が生じるため,角膜上皮が正常にメンテナンスされず,点状表層角膜症やハリケーン角膜症とよばれる状態になる.さらに進行するとepithelialcracklineを認め,最終的に遷延性角膜上皮欠損に至る(図12).VI他の上皮の侵入a.角膜上皮幹細胞疲弊症角膜上皮幹細胞が種々の原因で傷害されると角膜内に結膜が侵入する.角膜上を被覆した結膜上皮は,フルオレセインの浸透度の違いにより角膜上皮と区別できる(図13).原因はさまざまで先天性の無虹彩症や後天性のStevens-Johnson症候群,眼類天疱瘡,熱・化学腐蝕などがあげられる.b.角結膜上皮内癌(CIN:cornealandconjunctivalintraepithelialneoplasia)隆起状病変が輪部周辺から発生し,角膜上へ進展していく.フルオレセイン染色を施すと,角膜上皮とは明らかに区別ができるため進展範囲の同定が可能である.また,花火状の血管を伴っており,結膜とは区別できる(図14).図12薬剤毒性角膜症角膜下1/3の位置にびらんを認め,その周囲はハリケーン状の点状表層角膜症が生じている.図13角膜上皮幹細胞疲弊症結膜が侵入した部位は,フルオレセインの浸透性が高く,また凹凸があるため表面に濃淡が生じる.図14角結膜上皮内癌フルオレセイン染色にて,角膜上皮とは染色パターンが異なる病変が確認できる.VII隆起病変a.Thygeson点状表層角膜炎両眼性に角膜上皮内に灰白色の点状混濁病変を認める.病変はやや隆起していることが多い.フルオレセイン染色陽性で,隆起しているため周囲はやや黒く抜ける(図15).b.水疱性角膜症角膜内皮障害に伴い,角膜実質に浮腫をきたした状態.上皮下にbullaとよばれる水疱が生じる場合がある.フルオレセイン染色で不正な角膜表面を描出できる(図16).(7)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121597 図15Thygeson角膜炎角膜上皮内に灰白色の点状混濁病変を認める.フルオレセイン染色陽性で,隆起しているため周囲はやや黒く抜ける.図16水疱性角膜症内皮細胞障害により角膜実質に浮腫をきたしている.フルオレセイン染色にて不整が眼表面を描出できる.VIII角膜穿孔前房水は透明であり,通常のスリットランプでは穿孔の有無の観察は困難である.フルオセインにて涙液を染色することにより,穿孔の有無および穿孔創の位置の描出が可能になる(図17).図17角膜穿孔(Seidel試験)フルオセイン染色にて,穿孔の有無および穿孔創の位置を描出できる.文献1)KohS,WatanabeH,HosohataJetal:Diagnosingdryeyeusingablue-freebarrierfilter.AmJOphthalmol136:513-519,20032)IdeT,NishidaK,MaedaNetal:Aspectrumofclinicalmanifestationsofgelatinousdrop-likecornealdystrophyinJapan.AmJOphthalmol137:1081-1084,20043)IrvineAD,CordenLD,SwenssonOetal:Mutationsincornea-specifickeratinK3orK12genescauseMeesmann’scornealdystrophy.NatGenet16:184-187,19974)NishidaK,HonmaY,DotaAetal:Isolationandchromosomallocalizationofacornea-specifichumankeratin12geneanddetectionoffourmutationsinMeesmanncornealepithelialdystrophy.AmJHumGenet61:1268-1275,19971598あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(8)

序説:眼科生体染色のアップデート

2012年12月31日 月曜日

●序説あたらしい眼科29(12):1591.1592,2012●序説あたらしい眼科29(12):1591.1592,2012眼科生体染色のアップデートUpdate:VitalStaininginOphthalmology江内田寛*白石敦**生体染色は古くから前眼部の診断に使用されており,近年では手術中に用いられるようになり,眼科領域では広く用いられている方法である.眼球は透明な組織が多いゆえ生体染色によって得られる知見も数多く存在し,その方法は少しずつ進歩を遂げている.今回の特集では,前眼部および後眼部における生体染色法についてそれぞれの分野における専門家の先生方に最新の知見を交え解説をお願いした.眼科領域における生体染色は1880年代にはすでにフルオレセイン染色が角膜上皮障害の診断に用いられている.また,1930年にはSjogrenが眼乾燥感と口渇を訴える患者の眼表面をフルオレセイン染色とローズベンガル染色を用いて染色し,角結膜の上皮障害を認めたことからSjogren症候群の診断基準の一つとなっている.このように前眼部の生体染色法は細隙灯顕微鏡による通常光での観察所見と合わせて多くの疾患の診断に重要な役割を果たしてきており,現在においても重要な診断方法である.近年では,ブルーフリーフィルターを用いてフルオレセイン染色の感度を上げることにより詳細な観察が可能となり,ローズベンガルは刺激性が強いことが難点であったが,同様の染色効果をもつリサミングリーン染色の登場により,患者に対して容易に染色が可能となった.本特集「前眼部編」では,眼表面を角膜,結膜・眼瞼,ドライアイの3つのパートに分け,角膜に関しては,通常光での観察と合わせた補助診断としてフルオレセイン染色の重要性について,さまざまな疾患の染色パターンを相馬剛至先生に,結膜・眼瞼に関しては古くからの疾患に新しい考え方が登場してきており横井則彦先生に,ドライアイ診療において生体染色は必須の検査法であり,染色のテクニックと新しい考え方について鎌尾知行先生と山口昌彦先生に解説していただいた.また,白内障手術時の前.染色は手術における生体染色の先駆けであり,本特集ではトリパンブルー染色を中心に染色方法,他の染色方法との違いについて永本敏之先生に解説していただいた.「後眼部編」についての生体染色はおもに硝子体手術中に行われる.元来透明であったり,きわめて薄く視認性が不良な組織,たとえば内境界膜や硝子体を生体染色を用いて視認性を向上させる手術法はchromovitrectomyとよばれる.特に硝子体術中の内境界膜.離術は,現在の硝子体手術において必要不可欠でかつ一般的な手技となったが,かつてはその.離は視認性の問題から難易*HiroshiEnaida:九州大学大学院医学研究院眼科学分野**AtsushiShiraishi:愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学分野0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(1)1591 度の高い手技で,その実施には高度の熟練を要した.ところが現在のように広く術者に浸透した理由の一つとして,2000年にKadonosonoらにより報告されたインドシアニングリーン(ICG)による内境界膜染色と.離法の全世界的な普及があげられる.また,硝子体手術における術中の生体染色の試みは,1978年Abramsらによりフルオレセインを使用した硝子体染色の可能性が報告されたが,当時は臨床応用には至らなかった.その後自己血を用いた後部硝子体の染色などが報告されたが,広く実用化されるに至らなかった.そして2002年Sakamotoらによりトリアムシノロン(TA)による硝子体の可視化が報告され,近年手術補助剤として承認されることで,広く普及することとなった.現在では適切な手術補助剤の組み合わせにより,元来手術中に視認が困難な組織を選択的に可視化することできめ細やかな手術の実現が可能になるだけでなく,病態を形成している組織の状態の術中把握が視覚的に可能になった.本特集では,内境界膜の染色に関しICGによる内境界膜染色についてはオリジナルの原法を含み臨床成績を中心に山根真先生に,新しい内境界膜の染色剤であるブリリアントブルーG(BBG)については最新の情報を踏まえ福田恒輝先生に詳しく解説いただいた.TAによる硝子体の可視化については山切啓太先生と坂本泰二先生に多施設共同研究の結果や合併症も踏まえ担当していただいた.また,これら補助剤を使用する際必ず問題となる安全性の問題について,ICG,BBGとトリパンブルー(TB)に関し入山彩先生にお願いした.最後に,今回特集した情報が明日からの診療や手術技術のアップデートにつながることを切望し序言にかえる.1592あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(2)