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透析患者における眼科的自覚症状および視力の比較

2012年12月31日 月曜日

《第17回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科29(12):1673.1676,2012c透析患者における眼科的自覚症状および視力の比較松浦豊明岡本全弘辻中大生後岡克典下山季美恵緒方奈保子奈良県立医科大学眼科学教室ComparisonofOcularSubjectiveSymptomsandVisualAcuityinHemodialysisPatientsToyoakiMatsuura,MasahiroOkamoto,HirokiTsujinaka,KatsunoriNotioka,KimieShimoyamaandNahokoOgataDepartmentofOphthalmology,NaraMedicalUniversity目的:透析導入の原因疾患が糖尿病(DM)と慢性糸球体腎炎(CGN)の患者の透析時自覚症状,視力を比較する.対象および方法:2009.2010年の間に維持血液透析患者のなかで眼科通院歴のあるDM症例120名(男性65名,女性55名:60.1±9.8歳),CGN症例128名(男性70名,女性58名:62.5±11.2歳)が対象である.透析中,直後の眼科的自覚症状,視力を検討した.さらに眼科的所見も検査を行った.結果:自覚症状を訴える患者はDM症例30名(25%),CGN症例32名(25%)で差は認めなかった.一過性の視力低下も両症例とも24名で差は認めなかった.また,視力の程度や黄斑部の異常との関連も少ないようであった.両眼とも視力1.0以上の症例はDM症例27名(23%),CGN症例31名(24%)とほぼ同数であったが,良いほうの眼が1.0以上の視力の症例の割合はそれぞれ50名(42%)と74名(58%)であった.また,良いほうの眼の視力0.5から0.3の症例の割合はそれぞれ20名(17%)と13名(10%)である.視力0.2以下の症例の割合はそれぞれ15名(13%)と8名(6%)であった.これらは統計的に有意であった.結論:DM症例のほうがCGN症例よりもlowvisionの範疇にある比率が高いことがわかった.良いほうの視力の差は眼科的所見がDM群で悪いことに起因すると考えられた.しかし,一過性視力低下や自覚症状の程度には両群に明確な差を認めなかった.Purpose:Toevaluatesubjectiveocularsymptoms(duringandsoonafterhemodialysis)andvisualacuityinpatientswithhemodialysiscausedbydiabetesmellitus(DM)orchronicglomerulonephritis(CGN).Methods:WeconductedasurveyinNaraPrefecture,between2009and2010,of120DMpatients(65males,55females;meanage:60.1±9.8years)and128CGNpatients(70males,58females;meanage:62.5±11.2years).Weconsideredtheocularsymptomsduringandsoonafterhemodialysis,andexaminedtheophthalmologicalfindings.Results:Symptomswerecomplainedofin25%ofDMcases(30patients)and25%ofCGNcases(32patients).Temporarydeteriorationofvisualacuity(24patients)showednodifferencebetweenthegroups,andlittleconnectionwithvisualacuityandmacularabnormality.DMandCGNgroupshadalmostthesamepercentageofpatientswithbilateralvisualacuity(≧1.0):23%and24%,respectively.Thepercentagesofpatientswithbest-correctedvisualacuityof≧1.0were42%(50/120)and58%(74/128),respectively,thepercentagesofpatientswithbest-correctedvisualacuityof0.5.0.3being17%(20/120)and10%(13/128),respectively.Thepercentagesofpatientswithbest-correctedvisualacuityof≦0.2were13%(15/120)and6%(8/128),respectively.Thesedifferencesweresignificant.Conclusion:ThepercentageofpatientswithlowvisionwasrelativelyhighinDMcases.Thedifferenceinbest-correctedvisualacuitywasduetobadophthalmologicalfindings.However,temporarydeteriorationofvisualacuityandocularsymptomswerenotsignificantineithergroup.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(12):1673.1676,2012〕Keywords:血液透析,眼自覚症状,糖尿病,慢性腎不全.hemodialysis,ocularsubjectivesymptoms,diabetesmellitus,chronicglomerulonephritis.〔別刷請求先〕松浦豊明:〒634-8522橿原市四条町840奈良県立医科大学眼科学教室Reprintrequests:ToyoakiMatsuura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NaraMedicalUniversity,840Shijo-cho,Kashihara,Nara634-8522,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(83)1673 はじめに近年,長期透析患者が増加している.日本透析学会統計調査1)によると,2000年には20万人を超え,2005年には25万人,そして2010年12月現在で約30万人の慢性透析患者がいると考えられる.さらに,透析導入患者の主要原疾患の推移をみると,常に糖尿病腎症と慢性糸球体腎炎が上位を占めている.1998年糖尿病腎症が一位になってから現在に至るまでその順位は変わっておらず,ますますその差が開いている.2010年現在では糖尿病腎症が約45%,慢性糸球体腎炎が約22%である.また,患者の増加とともに透析療法の合併症が増加している.なかでも眼障害は患者のQOL(qualityoflife)を著しく低下させ,大きな問題となっている.さらに,糖尿病のある透析患者は認知症の発症割合が高いことも報告されている1).以前に筆者らは維持血液透析患者の眼症状を報告2)した際に,糖尿病の患者の視力がそれ以外の患者と比べて比較的悪いのではないかという印象を受けた.さらに患者から,透析時,直後の眼科的自覚症状を訴えられることを臨床の場で感じた.そのため,今回,透析導入の原因疾患が糖尿病(DM症例)と慢性糸球体腎炎(CGN症例)の患者を選んで,眼障害の把握を目的に,透析時自覚症状,視力を比較した.I対象および方法2009.2010年の間に維持血液透析患者のなかで眼科通院歴のあるDM症例120名(男性65名,女性55名:60.1±9.8歳),CGN症例128名(男性70名,女性58名:62.5±11.2歳)を対象とした症例対照研究である.さらに,選択バイアスを減らすために奈良県立医科大学,および4施設で眼科受診歴のあるほぼすべての患者を対象とした.対象2群の性別,年齢,そして透析期間に有意差を認めていない(表1).透析中,直後の眼科的自覚症状は眼科診察時に眼科専門医が口頭で確認した.確認したおもな自覚症状,以前の報告を参考2)にして,一過性の視力低下(見えにくい,霞む,焦点が合いにくい),飛蚊症,眼痛,そして充血をおもに聞くことにした.視力(最良矯正視力),白内障の有無,白内障術後かどうか,緑内障の有無,そして眼底所見をカルテから確認し比較検討した.統計学的にはp<0.05をもって有意差ありとし,検定にはStudent’st-testを用いた.II結果自覚症状を訴える患者はDM症例30名(25%),CGN症例32名(25%)で差は認めなかった.飛蚊症と眼痛がそれぞれ約3%である.結膜充血がDM症例2%に自覚された.乾燥感,流涙,そして青く見えるという訴えがDM症例各1名にあった(表2).一過性の視力低下がそれぞれ24名(20%),24名(19%)であった.さらに,一過性の視力低下を自覚した症例と良いほうの視力との関連を調べた(表3).症例数が比較的少ないが,両者に有意の差を認めなかった.DM症例の良いほうの視力が0.3以下の4症例はそのうち2例が黄斑部の浮腫,2例が黄斑部の萎縮所見が認められた.GCN症例で良いほうの視力が0.3以下の症例はすべて黄斑部の萎縮,1例で視神経の萎縮所見を認めた.視力の低下した症例は全例,何かしらの黄斑部異常を伴っていたが,そのことと一過性の視力低下は関連が少ないようであった.視力を比較してみると,両眼とも視力1.0以上の症例はDM症例27名(23%),CGN症例31名(24%)とほぼ同数で有意差を認めなかった.さらに,良いほうの眼が1.0以上の視力の症例の割合はそれぞれ50名(42%)と74名(58%)であった.また,0.6以上0.9以下の視力の症例の割合はそれぞれ35名(29%)と33名(26%)である.0.3以上0.5以下の視力の症例の割合はそれぞれ20名(17%)と13名(10%)である.視力0.01以上0.2以下の症例の割合はそれぞれ12名(10%)と8名(6%)である.さらに,視力0.01以下の症例の割合はそれぞれ3名(3%)と0名(0%)であった(図1).前眼部の所見として水晶体の混濁が散瞳状態で細隙表2透析中,直後の眼科的自覚症状(複数回答)糖尿病症例慢性糸球体腎炎症例(30症例)(32症例)視力低下24(20%)24(19%)飛蚊症4(3%)5(4%)眼痛5(4%)4(3%)充血2(2%)2(2%)目ヤニ2(2%)2(2%)乾燥感1(1%)0(0%)流涙1(1%)0(0%)青く見える1(1%)0(0%)表1対象糖尿病症例(120症例)慢性糸球体腎炎症例(128症例)p値Student’st-test男性女性年齢(平均±標準偏差)(歳)透析期間(平均±標準偏差)(月)655560.1±9.848.1±39.2705862.5±11.255.2±41.20.6870.4650.3420.5541674あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(84) 表3一過性の視力低下を生じた症例の良いほうの視力との関連良いほうの視力糖尿病症例(24症例)黄斑部異常慢性糸球体腎炎症例(24症例)黄斑部異常p値Student’st-test1.0以上0.6.0.90.3.0.50.01.0.20.01以下16(67%)4(17%)2(8%)2(8%)0(0%)5(21%)2(8%)2(8%)2(8%)15(63%)6(25%)2(8%)1(4%)0(0%)4(17%)2(8%)2(8%)1(4%)0.250.150.880.2表4糖尿病症例と慢性糸球体腎炎症例の眼科的所見の割合(複数回答)眼科的所見(複数回答)糖尿病症例(120症例)慢性糸球体腎炎症例(128症例)p値Student’st-test白内障36(30%)34(27%)0.222両眼白内障術後54(45%)56(44%)0.682緑内障12(10%)6(5%)<0.05眼底所見網膜出血76(63%)36(28%)<0.05黄斑部異常43(36%)10(8%)<0.05網脈絡膜萎縮32(27%)11(9%)<0.05視神経萎縮18(15%)6(5%)<0.05010203040506070症例数(%)■:慢性糸球体腎炎症例:糖尿病症例****p<0.05*1.00.6~0.3~0.01~0.01以上0.90.50.2以下良いほうの眼の視力図1糖尿病症例と慢性糸球体腎炎症例の良いほうの眼の視力の割合灯顕微鏡下に確認できるとき白内障があるとした.両眼とも白内障術後の症例はそれを記載した.白内障の頻度,両眼白内障術後の頻度は変わらなかった.また,緑内障と診断されている症例はDM症例に多く認められた.さらに,視機能にかかわると考えられる,網膜出血(糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症,高血圧性変化などを含む),黄斑部異常(黄斑浮腫,黄斑部萎縮,黄斑変性ほか),脈絡膜萎縮,さらに視神経萎縮の所見はすべてDM症例で多く認められた(表4).III考按自覚症状は頻度に両者で差を認めなかった.自覚症状では透析直後に約20%で一過性の視力低下を訴えているが,良いほうの視力の程度との関連は両者ともないようであった.視力が低下している症例はほとんど黄斑部の異常を認めてい(85)るので一過性の視力低下と眼底の所見も関連が少ないと考えている.しかし,透析後の眼血流を測定した報告3)では後局部網膜の血流が一過性に低下していることが示されているので,症例よっては視力に影響する可能性もあると考えている.さらに,今回は透析前後の眼圧また血漿浸透圧を測定していないので明確にはできないが,不均一症候群による眼圧の上昇4)も一過性の視力低下の原因として考えられる.また,青く見えるという訴え(cyanopsia)がみられた原因は明らかだが,ほぼ毎回一過性に透析直後から症状が生じ,2.3時間で回復するとのことである.この症例は白内障の術後でないことから,透析の前後に眼球光学系の透過特性が変化している可能性もあり,現在精査中である.ほかの報告によると,アンケート調査対象331名中,眼に何らかの症状がある患者は60%に近いにもかかわらず,そのうち日常生活に支障を感じている患者は半数に満たなかったとのことである.このことは多様な合併症,障害をもつ透析患者では眼以外の合併症への関心が高いのではないかという記述4)がある.今回の結果もこのような眼症状以外に関心があり,どちらかというと眼症状は関心がもたれていないのかもしれない.眼症状の変化に患者自身が気を配ることは今後の視機能を保つうえでの眼科の早期受診,早期発見による,適切な加療を受ける可能性を高めることになる.そのため眼症状に対する意識を高めてもらうように指導することは今後も必要なことと考えられる.視機能の大きな指標である視力をみてみると,DM症例では視力良好な眼が1.0以上の視力のものが少なく,0.2以下の視力の症例が比較的多かった.このことからDM症例のあたらしい眼科Vol.29,No.12,20121675 ほうがCGN症例よりもlowvisionの範疇にある比率が高い.今回その原因を検索するために,視力障害をひき起こすような眼科疾患を簡単ではあるが調査した.白内障に関してはその程度がまちまちであること,術後には視力が改善することが多いため評価がむずかしかったが,症例数は両症例で差を認めなかった.今後この点についても検討を加える予定である.緑内障に関して,DM症例で頻度が高かった.この点についても,その病型,病態について詳細な検討が今後の課題であると考えている.眼底の状況は,たとえば眼底出血をみてもそれが糖尿病によるものか,高血圧によるものか,網膜静脈の閉塞によるものか厳密な判断がむずかしい.さらに,今回は両眼の良いほうの視力を生活に必要な視力として比較検討しており,視力の悪いほうの眼の眼科的所見と直接に因果関係がない場合があると考えている.こちらも今後の検討課題としている.ただし,全体として眼科的所見はDM症例で視力低下をひき起こす可能性のある所見は高いと考えられる.今後糖尿病を原因疾患とする血液透析患者がさらに増加することが予想される現状を考えると,眼科的合併症もますます深刻なものになると考えられる.患者のQOLを高めるためには,日常生活に必要な視機能を維持することが今後の課題である.最後に日本透析学会統計調査によると糖尿病の透析患者は老齢になると認知症の発症率が高いことが報告されている.60歳以上では非糖尿病群で1.8%,糖尿病群で3.3%,75歳以上では非糖尿病群で9.9%,糖尿病群で11.7%,そして90歳以上では非糖尿病群で23.0%,糖尿病群で33.6%と有意の差が認められている1).別の報告では視力低下は老齢期の認知症を進行させるという報告がある5).このことを考えると,特に糖尿病の透析患者は眼科,内科だけでなく精神科との連携を保って診察を続けることが必要と考えている.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)社団法人日本透析医学会ホームページ,http://www.jsdt.or.jp,図説わが国の慢性透析療法の現況,2010年末の慢性透析患者に関する基礎集計,p3-39,20122)松浦豊明,湯川英一,原嘉昭ほか:奈良県における維持血液透析患者の眼合併症.眼臨紀3:1154-1158,20103)永井紀博,篠田啓,木村至ほか:血液透析による後局部網膜の血流変化.眼紀52:557-559,20014)RamsellJT,EllisPP,PatersonCA:Intraocularpressurechangesduringhemodialysis.AmJOphthalmol72:926930,19715)原鮎美,松原こずえ,田海美子ほか:透析室における視覚障害者へのケア─眼科的愁訴とそのケア:ロービジョンケア─.臨床透析21:719-724,20056)RogersMA,LangaKM:Untreatedpoorvision:Acontributingfactortolate-lifedementia.AmJEpidemiol171:728-735,2010***1676あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(86)

後期臨床研修医日記 20.順天堂大学医学部眼科学教室

2012年12月31日 月曜日

●シリーズ⑳後期臨床研修医日記順天堂大学医学部眼科学教室杉田丈夫長谷川瞳林雄介順天堂大学医学部眼科学教室の後期研修医は医局の先輩である指導医の先生方のもと,日々医療に邁進しています.当教室では本院,附属病院,関連病院を定期的にローテートし,さまざまな環境下で医療を学ぶことができます.そんな後期研修医の研修プログラムを,それぞれの代表的な病院での生活を中心にご紹介します.本院(順天堂医院)での生活病棟での1週間の流れをご紹介します.基本的には火・木曜日が手術日,前日の月・水曜日が入院日となり,水曜日は総回診です.本院ではグループ制をとり,グループ(G)は専門医以上の上級医2人程度と,まだ専門医の資格を持たない後期研修医の計3人前後の医師で構成され,基本的には硝子体G,緑内障G,角膜G,小児眼科Gに分かれます.最初は各グループをローテートし,幅広く勉強できるよう配慮されています.月曜日と水曜日は術前診察が中心です.診察,検査が終わると各グループで手術に関して相談しますが,少人数で行うため私たちも質問や発言をしやすい環境となっています.たとえば,白内障では眼内レンズの度数の決め方や,狭隅角や成熟白内障といった比較的手術の難しい症例の注意点を教わったりします.水曜日は総回診ですが,事前のカンファレンスが午前7時半に始まるのでそれまでに回診の準備をしなくてはなりません.寝る前は目覚ましを確実にセットし,当日はまだ眠っていたい気持ちを抑えつけ病院へ….カンファレンスでは外来・入院の難治症例などをプレゼンテーションし,上級医からのアドバイスをもとに治療方針・術式などの決定をします.時々先生方のするどい質問もあり,しどろもどろになりながらも何とか答えています….その後,教授診察が始まり回診後は術後診察,(73)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY▲医局会カンファレンスルームにて(向かって左奥筆者の杉田,右奥筆者の長谷川,左手前後期研修医取出,右手前後期研修医鈴木)術前診察と続きそこで一段落となります.金曜日は術後診察がメインです.また,翌週入院となる患者さんのカルテを予習し,グループごとに術式や治療方針に関して相談など行います.(林雄介)手術室にて毎週火曜日と木曜日は手術日です.まず病棟へ向かい大量の点滴を患者さんに入れることから1日が始まります.手術が始まるまでに終わらせなくてはならず,そのあと手術室の準備も控えているため,ここはチームワークが大切です!皆で分担し片っ端から入れていきます.点滴が難しい方がいると何とか入れないといけないため総力戦になります.ここで失敗すると手術が遅れ後で病棟医長から大目玉をくらうので….点滴が終わるとすかさず手術室へ,急いで手術器具をセットしていきます.セットが終わるや否やすぐに患者さんの入室です.流れるように患者さんを手術台まで誘導し4%キシロカインR点眼液を頻回点眼します.局所あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121663 ▲診察をする筆者の林麻酔が十分に効いたところで洗眼,手術と続きます.私たちはおもに助手として手術に入りますが,最初は水かけすらままならない状態でした.うまく角膜を濡らせず逆に手術を遅らせてしまう有様です.最近はようやく慣れてきましたが,まだまだ上の先生のスピードにはついていけず苦戦する日々です.手術がすべて終わると患者さんたちのもとへ駆けつけ術後回診です.なにも変わりないことを確認するとようやく1日が終わります.明るかった空もすでに暗くなっておりどっと疲労感が….でも翌日患者さんが喜んだ顔を見せてくれれば疲れも吹き飛んでしまうのですが.(杉田丈夫)附属病院(順天堂静岡病院)での生活順天堂静岡病院は伊豆半島を含む静岡東部地区の拠点病院の一つです.また,ドクターヘリの基地病院にもなっており,多くの緊急患者さんに対応している施設でもあります.このため眼科にも多くの方が受診され,数多くの症例を経験することができます.また,眼科は手術件数が多いことも特徴で,専用の手術室を持っているほどです.手術はほぼ毎日行われ,太田俊彦先生をはじめとした先生方が日々切磋琢磨して腕を磨いています.余談ですが今の手術室がなかったときは手術を週2日でやりくりしていたとのことです.「昔は終わる時間が当然のように深夜だったんだよ」と医局1664あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012〈プロフィール〉(50音順)杉田丈夫(すぎたじょうぶ)平成21年金沢医科大学卒業,順天堂大学浦安病院にて初期臨床研修,平成23年4月より順天堂大学医学部眼科学教室後期研修医.長谷川瞳(はせがわひとみ)平成21年杏林大学医学部卒業,順天堂医院にて初期臨床研修,平成23年4月より順天堂大学医学部眼科学教室後期研修医.林雄介(はやしゆうすけ)平成22年順天堂大学医学部卒業,順天堂医院にて初期臨床研修,平成24年4月より順天堂大学医学部眼科学教室後期研修医.員の先生が遠い目をして話してくれました.「今は恵まれているんだなぁ」と胸をなでおろしたことは今でも鮮明に覚えています.さて,静岡病院では数多くの手術を経験させていただきました.特に印象深かったのは初めて白内障手術をやり遂げたときです.達成感よりも疲労感が強く,術後本当に視力が良くなるか心配でたまりませんでした.しかし,退院後外来で視力が(1.0)まで改善し「ありがとう」と言われたときは本当に嬉しかったです.私はあまり手術が得意でないほうですが,あきらめずに手取り足取り教えてくださったオーベンの先生方に感謝の気持ちでいっぱいです!(杉田丈夫)関連病院(埼玉小児医療センター)での生活埼玉小児医療センターでは,おもに小児眼科を専門に学ぶことができます.外来,手術室,未熟児網膜症の診察をおもに行っていますが,それまで小児眼科の経験が少なかった私にはすべてが新鮮でした.では小児医療センターで学んだことをご紹介します.外来では幅広い小児疾患の診察や,乳幼児の診察技法を学ぶことができます.斜視,弱視の診察・眼鏡処方,Down症児と接する機会が多いですが,ときに先天白内障や神経線維腫などあまり経験のできない疾患も診察することができます.また,院内には義眼師が常駐しており患児さんに接しオーダーメイドで義眼を作製しているのもこの病院の特徴です.手術はおもに斜視手術や睫毛内反症の手術を行っていますが,ときに先天緑内障に対するトラベクロトミー手術などを行うこともありました.私も研修期間中に斜視(74) 手術(前後転術)とHotz変法術を執刀させていただきましたが,強膜通糸を行ったときの緊張感はいまだに忘れられません.未熟児網膜症の診察はスピードが命です.点眼,開瞼の刺激だけでバイタルに変動をきたす未熟児に対しゆっくりと眼底を診ている余裕はありません!!最初のうちはその速さについていけず満足に眼底を診ることができませんでしたが,徐々に慣れていきしっかりと眼底を診察できたときは本当に嬉しかったです!(長谷川瞳)おわりにまだ眼科に足を踏み入れて日の浅い私たちですが,色々な環境の下たくさんの先生方に支えられ少しずつ成長しています.後輩にもこれまで教わったことをしっかり伝えていきたいです.少しでも早く一人前になるため今後も努力していきたいと思います.(杉田丈夫)指導医からのメッセージ代は,長期記憶が働くことが多くなるのは必然と思われます.そのため,眼科医として生涯忘れることのない沢山の記憶を作り,さらに一社会人としての心得も学ぶことにもなる研修医時代は非常に重要な時期と言えます.今後の眼科医療を支えていく新入局員により良い研修を送ってもらえるよう,後期研修プラグラムを充実させることは医局としての重要な責務だと感じています.(順天堂大学医学部眼科・講師中谷智)「研修医時代の記憶」研修医時代に体験した経験の記憶には,その後ずっと忘れずに憶えている記憶が沢山あります.研修医時代の記憶は,ほぼ永久に覚えていると言われる長期記憶にインプットされやすいためと考えられます.長期記憶を作るには主に2つの方法があると言われ,地道に毎日積み重ねること,相当インパクトが強いことを行うなどがそれにあたります.何事も目新しく新鮮に感じ,しかも毎日の地道な下働きも多くなる研修医時☆☆☆(75)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121665

My boom 11.

2012年12月31日 月曜日

監修=大橋裕一連載⑪MyboomMyboom第11回「小國務」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す連載⑪MyboomMyboom第11回「小國務」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す自己紹介小國務(おぐに・つとむ)私は,平成14年浜松医科大学を卒業し,同年に岐阜大学眼科に入局.近年は「網膜硝子体疾患」を主とした臨床を行ってきました.岐阜大学で2年,大垣市民病院で2年,再び岐阜大学で4年,再び大垣市民病院で2年と症例数の多い病院で臨床経験を積ませていただきました.とにかく手術のことで頭が一杯で,残念ながら研究に関しては岐阜大学に全く貢献できませんでした.平成24年12月現在,平成25年3月の開業に向けて目下準備中です.プライベートでは,物心ついた頃から車が大好きで,特に自動車競技を学生時代から嗜んできました.手術のmyboom;網膜鉗子とカーブ剪刀3年くらい前から広角観察システムを用いて硝子体手術を行っていますが,最近はシャンデリア照明を併用し全例4ポートで,周辺部の処理の際も広角観察システムを使用しています.増殖膜の処理はシャンデリア照明を用いた双手法により格段に手技が容易になりました.カーブ剪刀(アルコン社・25ゲージ)は,閉じるとピックのように使え,先端はメスのように切れるので面状に癒着した増殖膜と網膜の分離に使え,索状のものは直接切ることができ,まさに3役をこなしてしまう優れものです.網膜鉗子は,アルコン社のマックスグリップ(25ゲージ)を愛用しています.マックスグリップは先端が先行して閉じてくれるので内境界膜.離や網膜前膜の処理に(71)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY〔写真1〕アルコン社製25ゲージの網膜鉗子とカーブ剪刃使いやすく,加えて面で把持するので増殖膜処理にも対応でき大変気に入っています.ただ一体型のディスポ鉗子(レボリューション)は操作が固く,私のような若輩者はどうしても力を入れたときに手が震えてしまいます.そこで,コンステレーションのニューマチックに使用するディスポの先端部分を昔ながらの形状のハンドルに付けて使っています.操作は非常に軽く手は震えなくなりますし,レボリューションの360°には適わないものの300°くらいは回転させても操作性は落ちません.ちなみにハンドルは共通なので先端を付け替えるだけで,カーブ剪刀にも網膜鉗子にも早変わりします.これらを使うようになって非常にストレスが少なく,後極部の網膜処理が行えるようになりました.臨床のmyboom;開業に向けて今までは地方の拠点病院で診療をしてきましたので,インフォームド・コンセントは厳しめでした.後から話していないと言われると困りますので….しかしながら今後,開業するにあたって同じスタンスでは患者に逃げられてしまうのではないかと考え,必要なことは話しつあたらしい眼科Vol.29,No.12,20121661 〔写真2〕建設中のクリニックつも何とか不安にはさせず,むしろ手術への不安を取り除いて患者が手術を迎えるような説明ができないかと思案しています.本当は今まででも考えないといけないことであったとは思いますが,なかなかそこまでの余裕がなかったというのが本音です.また,診療所の外観や内装の色なども,どうしたら入りやすく落ち着いた雰囲気になるか考えています.すると車に乗ったり歩いたりしているときも,そういう考えで景色を見るようになり,それはそれで楽しく新鮮な気持ちになります.病院や診療所の外観はもちろん気にして見ているのですが,一般の住宅や店舗の色使いのセンスの良さに感心してみたり,少し感受性が豊かになったような錯覚を覚えてしまいます.交流のmyboom;手術勉強会これは,3年くらい前から始まり最近ますます盛んになってきています.自分が苦手なこと,困ったことを曝け出すような会なのですが,今まで悩んでいたことが他の先生からちょっとしたアドバイスをもらうだけで嘘のように解決してしまったりします.何より,頑張っている人たちとの交流は,僕にやる気と勇気を与えてくれます.今後も続けて行きたいですし,新しい形での勉強会も模索していきたいと考えています.プライベートのmyboom;サーキット走行会・レース大きな声では言えませんが,学生時代は車で夜な夜な1662あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012〔写真3〕4時間耐久レースのスタート前峠に通っていました.仕事をするようになってからは流石に事故や警察のお世話になるといけないので,サーキットを走るようにしました.ただし,定期的に参加できたのは結婚する前までで,ここ5年くらい遠のいていました.しかし,明らかに運転技術が落ちてきましたし,年齢的にもここらで本格的に鍛えないと一生上手にはなれないと一念発起.再開いたしました.先日,ノーマルカー4時間耐久レースにも参加,生憎の雨ではありましたが非常に楽しめました.目の前のことにあそこまで集中するというシチュエーションは日常生活ではまずありません.ほどよい緊張感と忘れていた闘争本能が自分に戻ってくるのを感じることができました.耐久レースはシリーズ戦なので来年からはフル参戦したいと意気込んでおります.自分のイメージと技術を重ね合わせるという点で運転と手術は非常に似ていると思います.走行会やレースへの参加が手術にも生きてくると言い訳して自分の趣味を正当化しています.最後まで読んでいただき有難うございました.次回のプレゼンターは福井の小堀朗先生(福井赤十字病院)です.小堀先生は豊富な経験からわれわれを助けてくださり,特に勉強会で大変お世話になっています.よろしくお願いします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.(72)

現場発,病院と患者のためのシステム 11.システムの品質とは?

2012年12月31日 月曜日

連載⑪現場発,病院と患者のためのシステム連載⑪現場発,病院と患者のためのシステムわかりやすい品質の評価基準はダウンしないことですが,それは開発するベンダ(システム開発会社)の力量に左右され,病院側は関与できません.われわれが関与できるのは,仕様の品質です.細部にわたって考慮された仕様もあれば,表面的にしか考えられていない仕様もあります.後システムの品質とは?杉浦和史*家を建てる場合には,土地の形,方角,家族数(世代,現在,将来),年齢構成,間取り,構造,好み,年収などさまざまな要素を勘案します.注文住宅か建て売りかも考慮する重要な要素です.システムも同様に考慮すべきことがあります.しかし,家を建てるほど身近に感じないためか,十分検討せず,安易に建て売りに相当するパッケージ(システム)を選んでしまう傾向にあります.住宅の場合,建て売りでも,家としての基本機能は揃っ者の場合,手作業が介在する可能性があり,他のシステムとの機能,情報連携が十分考慮されていないおそれがあります.もちろん,頻度的にまれな業務,作業は,システムに載せず,BPR(原点に立ち返って見直す)の対象として削除すべきでしょう.病院が関与できるシステムの品質につき説明します.ているので,時間の経過とともに慣れ,納得して住んでいる場合がほとんどです.一方,毎日の仕事に直結するパッケージの場合はどうでしょう.パッケージはその性格上,平均的な仕様(機能,機能間の連携,操作性など)で作らざるを得ず,現場の作業実態に合うことはないでしょう.パッケージではなくオーダメイドのシステムでも,おざなりのヒアリングと机上から現場を想像して作られた仕様では,現場から使い勝手の悪さを指摘されるのは目に見えています.それまでの仕様の延長線上に屋上屋を重ねる形で機能が追加され続け,スクラップ&ビルドの時期を逸した古い構造になっているケースもあります.いずれも“使えない”システムとなってしまいますが,見過ごされがちなのがシステム化するための仕様の品質が揃っているか否かです.本誌10月号連載⑨「自動計算機が機能するには」でリービッヒの最小律,ドベネックの桶の話をしましたが,各部門システムの仕様の品質が揃っている必要性につき,ダムの放水ゲートに例えて説明します.ダムの水位をシステム全体の仕様の品質とし,放水ゲート(図1a,b,c)を各部門システムの仕様の品質とします.a,b,c3つの放水ゲートのうち,bゲートを開くと,そのゲートの高さまで落ちてしまいます.cゲートの高さまで放水すると,さらに下がってしまいます.複数の部品,機能で構成される機械やシステムの品質はこれと同じです.すなわち,最も低いものに合わせられてしまうということです.言い換えると,機械,システムの中に高品質な部品,完成度の高い仕様の機能があっても,低いものに合わせられてしまい,高品質なものがあっても意味をなさないということです.医事会計システムを始めとして,検査データファイリング,オーダリング,予約,看護記録などのパッケージを必要に応じて別々に導入し,横の連携を図るようなシステム整備はこれと同じです.その部門,業務では期待した機能を発揮し,効果のあるシステムがあったとしても,部門間,業務間の情報授受,機能の連携に問題を抱えることは明abcabcabc図1全体の品質は最も低い部品・機能に合わせられてしまうRゲートの高さまでダムの水は放水され続けます(図1).放水はbゲートの高さまで来ると止まりますが,ダムの水位,すなわちシステム全体の仕様の品質は,このb*KazushiSugiura:宮田眼科病院CIO/技術士(情報工学部門)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(69)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121659 カ図2手間のかかる仕様作成図4院内全部門,全業務の仕様の品質を揃えるR医事会計外来検査手術室病棟CS……治験・臨検らかで,効果は最も使い勝手の悪いシステムに抑えられてしまいます.業務種類毎に,それを得意とするベンダのパッケージを集めて院内のシステム整備を図る場合,それらは,各社各様の設計思想で作られたもので,全体としてみた場合,仕様の一貫性がないのはやむを得ないところです.中には,病院向けERP(統合情報システム)を提供していると主張するベンダもいます.しかしそれは,将来像,全体像を描いて順次整備したものではなく,ニーズが出て来たものを,その時利用可能な技術で作ったもので,一般的に一気通貫性がありません.どこかに“ほころび”があり,余分なソフトウェアが介在したり,手作業が発生したりで,期待した効果は得られません.では,どうすれば良いのでしょう.仕様の全体最適を保証する品質を保つには,病院業務全体を俯瞰し,BPR(業務改革)を行い,機能,情報が相互に連携し合う,筋の通った設計方針で順次整備する1660あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012CSコンタクト医局医事会計外来管理栄養士検査事務センタ治験・臨検手術病棟薬局図3仕様作成担当部門しかありません.手間のかかるこの仕様の決め方をパッケージに求めるのは無理かも知れませんが,パッケージを導入する際には,少しでもそのようなことに気をつけて作られたかをベンダに確認しても無駄にはなりません.院内総合電子化計画Hayabusaを開発中の当院では,仕様を病院スタッフが決め,仕様書を書いていますが,多大な手間を要しています.例えば,入院患者の点眼作業の仕様作成に約5カ月を要しました(図2).業務の細部に入り込んでのBPRとそれをふまえた仕様の作成は,このように時間と手間を要します.しかしながら,システムの使い勝手,効果を左右する品質を決める最も重要なプロセスなので妥協せず,各部門(図3)が仕様作成に取り組んでいます.この部門のプロジェクトメンバーが作る仕様の品質が,放水ゲートに相当し(図4),凹凸がないよう仕様の完成度を高めているところです.どのようなシステムを整備しようか思案中の病院の皆さまには,以下の手順で検討することをお勧めします.①院内すべての業務を洗い出す,②業務の作業手順を確認する,③②の中に無駄はないかを精査する,④③の結果を勘案し,ストレスのない作業手順を新たに作る.すべての業務につき,②~④の作業を行います.以上の結果をふまえ,合格点の多いパッケージを選ぶか,意図をくんで協力してくれるベンダを選び,そこに開発を任せれば,導入したシステムに失望する割合は少なくなるでしょう.(70)

タブレット型PCの眼科領域での応用 7.タブレット型PCのロービジョンエイドとしての活用-その4-

2012年12月31日 月曜日

シリーズ⑦シリーズ⑦タブレット型PCの眼科領域での応用三宅琢(TakuMiyake)永田眼科クリニック第7章タブレット型PCのロービジョンエイドとしての活用─その4─■デザインにみるタブレット型PCのロービジョンエイドとしての意義第7章では,私が代表を務めるGiftHandsでの活動や外来業務で扱っているタブレット型PCである“新しいiPadR(米国AppleInc)”とスマートフォンの“iPhone5R(米国AppleInc)”,iOSバージョン6.01について,デザインからみたロービジョンエイドとしての意義について説明していきます.多くのタブレット型PCやスマートフォンの中でも米国Apple社製のiPadRやiPhoneRが教育や医療を始め多くの分野で普及している理由の一つは,米国Apple社の製品が標準的にUniversalDesign(以下,UD)を備えていることです.UDとは,文化や言語,年齢や性別といった差異や障害の有無の如何を問わずに利用することができる施設や製品の設計(デザイン)を意味します.また,米国アップル社製の製品上で動作するアプリケーションソフトウェア(以下,アプリ)は,「使いやすさ」や「楽しさ」を第一として認知心理学に基づき策定された「ヒューマン・インターフェイス・ガイドライン」を基準に,すべてのアプリがデザインされています.以下に米国Apple社製品をロービジョンエイドとして活用する際のUDの存在の重要性と意義について,実際に使われている患者たちの生の声とともに紹介していきます.■私のロービジョンエイド活用法「構造的UD編」デバイスの本体前面の液晶画面の中央下方に液晶画面とは独立して存在する,唯一の物理的な入力ボタンであるホームボタン,その主な機能は起動中のアプリからの離脱です.すなわち,アプリを操作中にホームボタンを(67)押すことで,アプリを中断して即座にホーム画面と言われる初期画面にタブレットの表示画面を戻すことが可能です.ある患者は『操作がわからなくなってもホームボタンを押せば,とりあえず見慣れた画面に戻るから一人で使う時も安心だね.液晶画面上の他のアイコンは小さくて僕には見えないけど,ホームボタンは触ればわかるからとても使いやすいよ』と言っていました.デジタル製品に不慣れな高齢者やロービジョンの患者にとっては,ホームボタンの存在はアプリの挙動の把握が困難になった際の緊急回避としての意味をもち,すべてのユーザーに長く使っていける安心感を与えます.ホームボタンが液晶画面のタッチパネル方式の入力系統とは独立して存在することは,目の不自由な患者にとってホームボタンを感覚的に認識できるためとても大切です.また,頻回に使用するホームボタンを,劣化させないための対応策として基本設定の中にマルチタスク用ジェスチャ操作というものが存在します.この機能を有効にすることでホームボタンの使用回数を減少させ,デバイス本体の物理的な操作による劣化を最小限にすることができます.また,最新の機種に関しては,電源コネクタは表裏の区別がなくリバーシブルに挿入が可能となり,目の不自由な方でも安心してコネクタと本体の接続を行うことが可能です(図1).多くの患者から『電源コネクタの裏表の表記が非常に小さいから見て確認するのが大変で,毎日盲目的にコネクタを挿入している.高価なものだし,毎日の生活に欠かせない存在だから,コネクタが壊れないか不安だ』という意見がありました.高価なタブレット型PCやスマートフォン用を長く使っていく上で毎日の日常作業である充電という行為がより快適かつ安心に行えることは,実際にエイドとして勧める上でもとても大切だと思います(2012年10月30日現在).あたらしい眼科Vol.29,No.12,201216570910-1810/12/\100/頁/JCOPY 図1リバーシブルな電源コードと触知可能なホームボタン■私のロービジョンエイド活用法「心理的UD編」UDとは,すべての人が利用可能なデザインにすることが基本コンセプトであり,障害者用に対して用いられることの多いバリアフリーという言葉とは概念が少し異なります.タブレット型PCやスマートフォンが視覚障害者専用のデバイスでないことは,屋外や人前で使用する際の抵抗感が少なく精神的な面からも一種のUDであるともいえます.このことは弱視教育の分野を始め,屋外や集団の中でロービジョンエイドとしてタブレット型PCやスマートフォンを活用していくうえで一番大切な要素であるといえます.最新のiOSバージョン6.0では,FaceTimeなどのインターネットテレビ電話が携帯電話の回線を利用して使用することができるようになりました.すなわち,携帯電話のエリア内であれば場所を問わずタブレット型PCやPC,スマートフォン間でテレビ電話を使用することが可能です.これにより例えば屋外で道に迷った視覚障害者が待ち合わせをしている知人に,テレビ電話を使って道案内をしてもらうなどの活用法も可能になります図2インターネットテレビ電話を使って道を誘導しているイメージ(図2).このような活用法は,タブレット型PCやスマートフォンが広く一般に普及したとても汎用性の高いデバイスであるから成立するのです.タブレット型PCが視覚障害者のすべての問題を解消することは不可能ですが,そのデバイスの先にいる人とのつながりを,活用する前よりもより快適な形へと変化させると私は信じています.テクノロジーがいかに進歩しても,最も大切なエイドは人の存在とそこに存在する人と人の絆であることは変わらないと思うのです.本文中に紹介しているアプリなどはすべてGiftHandsのホームページ内の「新・活用法のページ」に掲載されていますので,ご活用いただけたら幸いです.http://www.gifthands.jp/service/appli/また,本文の内容に関する質問などはGiftHandsのホームページ「問い合わせのページ」にていつでも受けつけていますので,お気軽にご連絡ください.GiftHands:http://www.gifthands.jp/☆☆☆1658あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(68)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 115.網膜硝子体癒着の強固なぶどう膜炎に対する硝子体手術(中級編)

2012年12月31日 月曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載115115網膜硝子体癒着の強固なぶどう膜炎に対する硝子体手術(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図1術中所見(1)●ぶどう膜炎に対する硝子体手術眼底の中間周辺部から赤道部にかけて著明な網膜静脈の白鞘化および多数の陳旧性滲出斑を認める症例で硝子体手術の適応となるぶどう膜炎の病態には,硝子は,肥厚した後部硝子体膜が面状に網膜と癒着してい体混濁,続発黄斑上膜,.胞様黄斑浮腫,網膜.離などることがある.がある.このなかで硝子体混濁は通常,単純硝子体切除のみで視力の改善が得られることが多く,硝子体手術の難易度としては比較的低いと考えられがちであるが,なかには面状の網膜硝子体癒着を有する症例があり,その対処に苦慮することがある.●網膜硝子体癒着が強固な症例の臨床的特徴一般にサルコイドーシスなどの慢性ぶどう膜炎では,しばしば肥厚した後部硝子体膜が網膜と面状に癒着していることがある.このような症例は,硝子体混濁が長期間持続し,眼底の中間周辺部から赤道部にかけて著明な網膜静脈の白鞘化および多数の陳旧性滲出斑を認める症例に多いといった印象がある(図1).●硝子体手術時の注意点肥厚した後部硝子体膜を後極部から周辺部に向かって.離していくが,通常後極部は癒着の程度が緩い.しかし,中間赤道部から周辺側は後部硝子体膜が網膜と面状に癒着し,硝子体カッターの吸引のみでは人工的後部硝子体.離作製が困難である(図2).過度の牽引をかけると癒着の境界部位に医原性裂孔を形成することがあり(図3),場合によっては術中に網膜.離をきたしてしまうこともある.双手法により丁寧に癒着を解離することで,周辺部まで人工的後部硝子体.離を作製することも可能であるが,一旦,医原性裂孔や網膜.離が生じると,その周辺部の硝子体処理がさらに困難となる.結果として医原性裂孔周辺側の硝子体牽引が残存することにでバックル設置もむずかしい.よってこのような症例でなり,術後に網膜.離をきたすリスクが高くなる.医原は,面状の網膜硝子体癒着部位に対して過度の牽引をか性裂孔の形成部位は赤道部より後極寄りのことが多いのけずにvitreousshavingに留めるほうが無難である.(65)あたらしい眼科Vol.29,No.12,201216550910-1810/12/\100/頁/JCOPY図2術中所見(2)人工的後部硝子体.離は中間赤道部までは容易に作製できることが多いが,さらに周辺側は硝子体カッターの吸引のみでの癒着解離が困難である.図3術中所見(3)過度の牽引をかけると癒着の境界部位に医原性裂孔を形成することがある.

眼科医のための先端医療 144.眼科における個別化医療(オーダーメイド医療)導入の可能性 -ゲノム医学が臨床現場にもたらしうるもの-

2012年12月31日 月曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第144回◆眼科医のための先端医療山下英俊眼科における個別化医療(オーダーメイド医療)導入の可能性―ゲノム医学が臨床現場にもたらしうるもの―中西秀雄(京都大学/日本赤十字社和歌山医療センター眼科)はじめに近年のヒトゲノム計画およびそれに関連する研究の進展は目覚ましく,その成果として,単一遺伝子疾患(メンデル遺伝疾患)ではない各診療科の「ありふれた疾患」についても,発症や進行に関係する遺伝子がつぎつぎと同定・報告されています.眼科領域も例外ではなく,加齢黄斑変性,偽落屑症候群,緑内障,近視などの疾患について,その発症に関係する遺伝子領域が日本人症例を用いた検討でも報告されています.たとえば,加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)を例にあげますと,AMD発症に確実に関与する遺伝因子として,ARMS2/HTRA1遺伝子領域やCFH遺伝子などが同定されています.これらの遺伝子には「AMDになりやすい型」と「AMDになりにくい型」があり,「AMDになりやすい型」の遺伝子を持って生まれた人は,「AMDになりにくい型」を持って生まれた人に比べて,数倍.十数倍AMDを発症しやすいことがわかっています1).このようなゲノム医学研究の成果がもたらしうるものは,大きく分けて2通りあります.ひとつは,同定された遺伝子がどのようなメカニズムで疾患の発症・進展にかかわっているかが明らかになれば,その疾患の病態解明に結びつくというものです.その疾患の病態が解明されれば,その発症経路をターゲットとした疾患予防・治療方法の開発の足掛かりになります.そしてもうひとつが,個別化医療あるいはオーダーメイド医療とよばれるものの臨床現場への導入です.個別化医療(オーダーメイド医療)とは個別化医療の普遍的な定義はありませんが,「ある疾患についてすべての患者に画一的な治療を行うのではなく,各患者の持つ体質の違いに合わせて,患者ごとに診(61)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY療方針を調整すること」とまとめることができます.個人の体質は,持って生まれた遺伝因子によってその多くを規定されますから,個別化医療とは「各患者が持って生まれた遺伝因子に合わせて疾患の診療方針をたてること」と言い換えることができます.具体的に述べますと,ある疾患の自然経過・治療予後などに確実に関係する遺伝因子があれば,患者ごとにそのような遺伝因子を調べることで,自然経過や治療効果を予想することができます.そうして予想された自然経過や治療効果に基づいて,患者ごとに最適な予防・治療戦略を立てるというものです.個別化医療実現のために必要なもの個別化医療を実現するためには,その型の違いによって疾患の自然経過や治療効果などが異なる遺伝子の同定が必要です.現時点では,眼科疾患の自然予後や各種治療の治療効果に確実に関連する遺伝子は,残念ながら同定されていません.しかし,広義AMDにつきましては,そのような遺伝子の存在を示唆する報告が,日本人を用いた検討でもなされつつあります.たとえば,先に述べましたARMS2/HTRA1遺伝子領域の型が「AMDになりやすい型」である患者では,「AMDになりにくい型」である患者に比べて,より早期に両眼性になりやすいという報告がされました2).また,同じくARMS2/HTRA1遺伝子領域が「AMDになりやすい型」の患者と「AMDになりにくい型」の患者では,光線力学的療法の治療効果に差がみられるという報告もなされています3.5).自施設例では,PEDF遺伝子の型によって光線力学的療法の治療効果に差がみられ6),またVEGF遺伝子の型によってベバシズマブ硝子体注射単独あるいは光線力学的療法併用後の治療効果に差がみられました7)(図1).現時点ではいずれも比較的少数例での報告ですが,今後多数例での追試によってこれらの結果が確定すれば,このような遺伝子の型を調べることで患者ごとに僚眼発症のリスクや治療効果を予想し,それに基づいた個別化医療を行うことが可能となります.個別化医療実現のための環境整備ただし,個別化医療実現のために必要なものは,疾患の自然予後・治療効果に関連する遺伝子の同定だけではありません.まず,多忙な臨床現場において,対象とすあたらしい眼科Vol.29,No.12,20121651 初回治療後の視力改善量(logMAR)0.200.150.100.050.00-0.05-0.10024681012初回治療からの期間(月)VEGF遺伝子rs699946多型:AA型:AG型:GG型図1患者の持つVEGF遺伝子型の違いよって,加齢黄斑変性に対するベバシズマブ硝子体注射後の視力改善効果に差がみられた(文献7より改変)治療開始後12カ月時点での平均視力改善効果を比較すると,VEGF遺伝子の一塩基多型であるrs699946多型がGG型の患者群ではより良好な視力改善が得られており,一方この多型がAA型の患者群では視力改善・維持効果に乏しかった.る遺伝子の型判定をできるだけ簡便な操作で短時間に行うことができるシステムの構築が必要です.自施設ではこの観点から,純国産の技術であるSmartAmp法8)を用いたARMS2遺伝子型判定キットを作製しました.このキットを使えば,わずか1滴の静脈血液から30分ほどの時間で,既存のリアルタイムPCR装置を用いてARMS2遺伝子が「AMDになりやすい型」かそうでないかを判定することができます.自施設では倫理委員会の承認の下,希望する患者に対して実際に外来でARMS2遺伝子の型判定を行っています.そして最後にもうひとつ忘れてならないもとのとして,医師が遺伝医学についての知識を深めると共に,遺伝カウンセリングなどの患者支援体制を整備することがあげられます.患者の遺伝情報を扱っているのだという自覚は,決して失ってはならないものだと考えます.文献1)HayashiH,YamashiroK,GotohNetal:CFHandARMS2variationsinage-relatedmaculardegeneration,polypoidalchoroidalvasculopathy,andretinalangiomatousproliferation.InvestOphthalmolVisSci51:5914-5919,20102)TamuraH,TsujikawaA,YamashiroKetal:AssociationofARMS2GenotypeWithBilateralInvolvementofExudativeAge-RelatedMacularDegeneration.AmJOphthalmol154:542-548,20123)SakuradaY,KubotaT,ImasawaMetal:AssociationofLOC387715A69Sgenotypewithvisualprognosisafterphotodynamictherapyforpolypoidalchoroidalvasculopathy.Retina30:1616-1621,20104)BesshoH,HondaS,KondoNetal:Theassociationofage-relatedmaculopathysusceptibility2polymorphismswithphenotypeintypicalneovascularage-relatedmaculardegenerationandpolypoidalchoroidalvasculopathy.MolVis17:977-982,20115)TsuchihashiT,MoriK,Horie-InoueKetal:ComplementfactorHandhigh-temperaturerequirementA-1genotypesandtreatmentresponseofage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology118:93-100,20116)NakataI,YamashiroK,YamadaRetal:Geneticvariantsinpigmentepithelium-derivedfactorinfluenceresponseofpolypoidalchoroidalvasculopathytophotodynamictherapy.Ophthalmology118:1408-1415,20117)NakataI,YamashiroK,NakanishiHetal:VEGFgenepolymorphismandresponsetointravitrealbevacizumabandtripletherapyinage-relatedmaculardegeneration.JpnJOphthalmol55:435-443,20118)MitaniY,LezhavaA,KawaiYetal:RapidSNPdiagnosticsusingasymmetricisothermalamplificationandanewmismatch-suppressiontechnology.NatMethods4:257262,2007■「眼科における個別化医療(オーダーメイド医療)導入の可能性-ゲノム医学が臨床現場にもたらしうるもの-」を読んで■医療の目的は,個人の疾患を予防,治療することでれていなかった.ところが,ヒトゲノム計画が達成さある.本来,個人の特性はおのおの異なるので,それれ,個体の生体反応のかなりの部分が予想され得るよぞれに最適な医療を選択すべきであるが,これまで医うになると,この困難な問題に立ち向かう動きが出て療は疾患中心であり,疾患の原因探索や治療法開発をきた.これがオーダーメード医療である.この概念をすることがおもな目的であった.オーダーメード医療提唱することは簡単であるが,現実化するには多くのを行おうにも,予防効果や治療効果の個人差は,結局問題があった.対象疾患は,希少疾患ではなく一般疾は疾患の帰結を個人ごとに観察するしかなく,現実的患であることが望ましいが,一般疾患は環境からの影には困難であったためである.結果的に,体格,年響も大きく,個別化医療といえるだけの因子を発見す齢,性別,全身状態を超えるきめ細やかな対応はなさることが難しい.また,Huntigton舞踏病のように,1652あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(62) 遺伝子診断をすることが可能であっても,予後が悲惨あることに,おそらく早くから気が付いて研究を開始で治療不能なものであれば,オーダーメード医療の現したと推測される.実際,その通りに,遺伝子診断,実的対象にはなりえない.少なくとも,オーダーメー効果的薬物の開発が進み,今回の栄光に到達したのでド医療を行うことで,恩恵を受けるグループが存在すある.この大事業をなしとげた実行力を賞賛するととる必要があるのである.そのなかで,眼科領域の加齢もに,この疾患を選択した慧眼に深く敬意を表さざる黄斑変性についてオーダーメード医療が確立されたこを得ない.とは,大変に素晴らしい.京都大学のグループは,本鹿児島大学医学部眼科坂本泰二疾患が持つ特性がオーダーメード医療に最適な疾患で☆☆☆(63)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121653

抗VEGF治療:糖尿病黄斑浮腫と抗VEGF薬

2012年12月31日 月曜日

●連載⑦抗VEGF治療セミナー─病態─監修=安川力髙橋寛二5.糖尿病黄斑浮腫と抗VEGF薬杉本昌彦近藤峰生三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学糖尿病網膜症は,先進国における主要な失明原因のひとつとされ,わが国でも失明原因の第2位となっている1).特に糖尿病黄斑症(diabeticmacularedema:DME)は網膜症すべてのステージに出現し,中心視力の喪失を呈する.1985年にTheEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)により,黄斑光凝固の有用性が報告され,視力低下を阻止しうる唯一エビデンスのある治療とされていた2).その後,種々の治療が報告されていたが,いずれにも反応せず難渋する症例が多い.近年薬物治療が注目をあびている.特に血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)をターゲットにした薬物は国内外で4種類が現在市販されている(表1).各薬剤の特性や治療成績については総説を参照されたい3,4).2012年10月の時点で,わが国でDMEに対して使用可能な薬剤はこのなかでもbevacizumab(AvastinR)のみである.本稿では,実際にわが国でDMEに対し唯一用いられているbevacizumabについて述べる.Bevacizumabは,VEGF-Aのアイソフォームすべてに結合するヒトとマウスのキメラモノクローナル抗体で,分子量は149kDaと大きく,半減期が長い.2004年に大腸癌などへの適用がFDAから認可されている.表1に示した抗VEGF製剤のなかでも,網脈絡膜血管新生疾患に対して最初に用いられた薬剤であるが,DMEを含む眼疾患への使用は,国内外ともに未認可である.Bevacizumabが奏効した自験例を示す(図1).BevacizumabによるDMEの治療成績BevacizumabによるDMEの治療成績については,多数の報告がある.しかし,EBMとして信頼に足るものは少ない.ここでは代表的な2つの報告を述べる.1.DRCRNet5)DRCRNetworkによってデザインされた,PhaseIIスタディであり,短期成績を検討している.121眼をDMEに対するA)初回黄斑光凝固レーザー群,B)bevacizumab1.25mg硝子体内注射群(初回と6週),C)bevacizumab2.5mg硝子体内注射群(初回と6週),D)bevacizumab1.25mg硝子体内注射(初回のみ)+6週時のsham注射群,E)bevacizumab1.25mg硝子体内注射(初回と6週)+3週時の黄斑光凝固レーザー群の5群に分けて24週の観察期間で検討した.3週でA群に比しB・C群では有意なcentralsubfieldthickness(CST)の減少を認め,1ライン以上の有意な視力改善を12週まで認めた.B群とC群との間では視力・CSTともに差を認めず,また光凝固の併用(E群)は特に有効ではなかった.2.BevacizumaborLaserTherapy(BOLT)study6)DMEに対するA)頻回bevacizumab1.25mg硝子体内注射群とB)黄斑光凝固レーザー群の比較である.1表1抗VEGF製剤の一覧一般名(商品名)種類日本での販売糖尿病黄斑症に対する認可Pegaptanib(Macugen)Ranibizumab(Lucentis)Bevacizumab(Avastin)Aflibercept(VEGFTrap-Eye,EYLEA)抗VEGFアプタマー抗VEGF抗体(断片)抗VEGF抗体(全長)受容体デコイファイザーノバルティス中外製薬バイエル・参天製薬(市販予定)オフラベル○(予定)オフラベル未定0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(59)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121649 ABAB図1Bevacizumab1.25mg硝子体内注射が奏効した1例投与前(A),投与後(B)の光干渉断層計画像を示す.施設からのもので,症例数も80名80眼であるが経過観察期間は24カ月と長期である.A群は初回・6週・12週の計3回の注射を行い,その後,視力・中心窩網膜厚が安定するまで6週毎に再注射を行う.24カ月の時点でA群では9文字,B群で2.5文字とbevacizumab群で有意な視力改善が得られた.平均投与回数は13回であった.中心網膜厚は12カ月においてA群で有意な改善があったが,24カ月ではこの差はみられなかった.今後の展望米国では,すでに2012年8月ranibizumab(LucentisR)が糖尿病黄斑症に対して認可されている.Ranibizumabはbevacizumabと同様,抗VEGF抗体であり,そのフラグメントである.分子量は48kDaと小さく,bevacizumabに比し3.6倍強いVEGFへの親和性をもち,網膜への浸透性も高いとされている.Bevacizumabと異なり,当初から眼疾患を対象に開発が進められた薬剤であり,臨床成績もほかの抗VEGF製剤に比し,EBMとして信頼に足るものが多数報告されている.今後,本剤も欧米に準じて糖尿病黄斑症に対して認可されると思われる.世界的にbevacizumabの眼疾患への認可が降りていないことを鑑みても,ranibizumabなど他剤を用いた治療に移行してゆくことが予想される.上述の2つの臨床研究をはじめ,bevacizumabのDMEに対する治療成績は本剤の有効性を示唆している.しかし,たとえばBOLTstudyでは2年間に平均13回の硝子体内注射が必要であった.また,DMEに対するranibizumabの効果を調べたRISE/RIDEtrialも24カ月の間毎月投与することで効果を得ている.このことからbevacizumabもranibizumabも,単回ではなく,複数回投与ではじめて安定した効果が得られる可能性がある.加齢黄斑変性に対するranibizumab硝子体内注射の有効性はよく知られているが,その反面,外来での頻回注射が医療スタッフや医療資源,そして患者への負担を生じている.今後,DMEに対する頻回注射がさらにこれに拍車をかけることが予想される.そして頻回投与が望ましいのか,だとするとそれはどのような形で行うべきなのか,また,増悪時の適宜投与でよいのかなど効率的な投与方法の検討も今後必要である.文献1)KleinR,KleinBE:Areindividualswithdiabetesseeingbetter?:along-termepidemiologicalperspective.Diabetes59:1853-1860,20102)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Photocoagulationfordiabeticmacularedema:EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyreportnumber1.ArchOphthalmol103:1796-1806,19853)HoAC,ScottIU,KimSJetal:Anti-VascularEndothelialGrowthFactorPharmacotherapyforDiabeticMacularEdema-AReportbytheAmericanAcademyofOphthalmology.Ophthalmology119:2179-2188,20124)古泉英貴:糖尿病黄斑浮腫に対する抗VEGF治療.あたらしい眼科29:19-26,20125)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:AphaseIIrandomizedclinicaltrialofintravitrealbevacizumabfordiabeticmacularedema.Ophthalmology114:1860-1867,20076)RajendramR,Fraser-BellS,KainesAetal:A2-yearprospectiverandomizedcontrolledtrialofintravitrealbevacizumaborlasertherapy(BOLT)inthemanagementofdiabeticmacularedema.24-monthdata:report3.ArchOphthalmol130:972-979,2012☆☆☆1650あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(60)

緑内障:緑内障に間違われやすい中枢性疾患

2012年12月31日 月曜日

●連載150緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也150.緑内障に間違われやすい中枢性疾患中馬秀樹宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学緑内障と中枢性疾患との鑑別において,視神経乳頭陥凹の拡大がみられても垂直経線を境界とする視野欠損であれば中枢性疾患の可能性があり,また逆に後頭葉の1/4半盲が両側に発症すれば緑内障様視野欠損を呈することがあり,頭蓋内圧亢進が急性の眼圧上昇と同様の頭痛,眼痛として現れることがあることを認識し,注意深く診療する必要がある.緑内障は発症頻度が高く,病型が多彩であり,急性発症で眼痛,頭痛を自覚するものもあれば,自覚症状なく視野欠損をきたすものまでさまざまである.したがって,緑内障に間違われやすい中枢性疾患は,さまざまな臨床状況のうえで現れる.今回はそれらを紹介する.最初の症例は,実際,正常眼圧緑内障として眼圧下降薬にて点眼加療されていたものである.確かに視神経乳頭陥凹の拡大(図1a)と視野欠損(図1b)をきたしている.しかし,視野に注目すると,垂直経線を境界とする視野欠損を呈している.これは緑内障には非典型的で,中枢性の視野欠損の特徴である.緑内障は,原則として水平経線を境界とする1).したがって,この症例は緑内障と考えられない.この症例は,頭部外傷の既往があabり,外傷性の脳挫傷による視野欠損である(図1c).生理的に陥凹の大きな視神経乳頭もあり,視野欠損があったからといって安易に緑内障と診断してはならない.乳頭のneuroretinalrimが欠損しており,乳頭所見と視野が一致して水平経線で境界されていなければならない.つぎの症例は,上半分が見えないとして受診した症例である.視野検査を図2aに供覧する.視野だけを見ると,水平経線で境界されており,緑内障様である.しかし,視神経乳頭を観察するとC/D(陥凹乳頭径)比の拡大は呈しておらず,上方の水平視野に対応する下方のrimの欠損が見られなかった(図2d).したがって,この症例は緑内障と考えられない.本症例は,左後頭葉の脳梗塞の既往が以前にあり(図2b),今回右の後頭葉の脳梗塞が起こったために水平性の視野欠損を呈したものc図1a:症例1の視神経乳頭,b:症例1の視野,c:症例1の頭部CT.脳挫傷が見られる.(57)あたらしい眼科Vol.29,No.12,201216470910-1810/12/\100/頁/JCOPY acacbd図2a:症例2の視野,b:症例2の過去の視野,c:症例2の頭部MRI,d:症例2の視神経乳頭.ab図3a:症例3の頭部MRV,b:症例3の視神経乳頭.である(図2c).緑内障では,視神経乳頭所見と視野が一致していなければならない1).別の意味で緑内障に間違われやすい症例を供覧する.この症例は,8歳の男児である.3歳でネフローゼ症候群を発症した.ステロイド内服で治療し,眼圧も10mmHg台で落ち着いていた.しかし,全身状態が悪化したため,ステロイドを増量したところ,頭痛,吐気が出現した.眼圧上昇が疑われ,眼科を受診した.眼圧が両眼29mmHgであったため,高浸透圧利尿薬,炭酸脱水酵素阻害薬内服,b遮断薬で点眼の眼圧下降薬を投与し,眼圧は16mmHgに下がり,頭痛も消失した.しかし,翌日再び頭痛が生じ,再診となったが,眼圧は16mmHgであり眼底に異常をみなかった.結局本症例は,ネフローゼ症候群に合併した静脈洞血栓症による頭蓋内圧亢進が原因であった(図3a).治療を開始し,数日後1648あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012にうっ血乳頭が生じた(図3b).小児の血栓症は,ネフローゼ症候群の2.5%に合併するとされ2),致死的合併症になりうる.本症例は,高眼圧にマスクされた頭蓋内圧亢進症であった.高眼圧も頭蓋内圧上昇も共通の治療となるため,一時的に改善したと思われる.しかし,高浸透圧利尿薬はさらなる脱水をひき起こし,静脈洞血栓症を悪化させたかもしれない.また,うっ血乳頭は遅れて現れることを知っていることも大切である.文献1)PaneA,BurdonM,MillerNR:Blurredvisionorfieldloss.THENEURO-OPHTHALMOLOGYSURVIVALGUIDE.p27-112,MosbyELSEVIER,20072)河合利尚,坂口直哉,及川剛ほか:ネフローゼ症候群の長期ステロイド治療中に併発した脳静脈洞血栓症の1例.小児科診療65:1150-1154,2002(58)

屈折矯正手術:クロスリンキングと角膜厚

2012年12月31日 月曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂●連載151大橋裕一坪田一男151.クロスリンキングと角膜厚加藤直子防衛医科大学校眼科学角膜クロスリンキングで現在標準的に用いられているドレスデンプロトコールでは,紫外線による角膜内皮細胞障害を防ぐために,紫外線照射時に角膜厚(実質厚)を400μm以上確保することが推奨されている.施術時,角膜上皮を.離した後リボフラビンを点眼している間に角膜厚が薄くなるので,注意が必要である.角膜クロスリンキングは円錐角膜の進行を停止させる治療法で,2003年にWollensakらにより初めて報告されて以来,世界中に急速に普及しつつある.手術原理は,リボフラビン(ビタミンB)を角膜実質に浸透させたうえで超波長紫外線を照射する(2)ことにより,リボフラビンから発生した一重項酸素の作用で実質のコラーゲン線維間の架橋構造が増強されると考えられている.クロスリンキングを施した角膜は,圧や熱,酵素による変形・融解に対して強くなる.これにより,脆弱な角膜中央部の突出・菲薄化が抑えられる1).現在用いられている角膜クロスリンキングは,超波長紫外線の照射によりリボフラビンが光感受性物質として作用し活性酸素を産生することを利用しているため,紫外線が強く照射される角膜実質表面近くではケラトサイトが細胞死に陥る.そのため,施術後1.3カ月は角膜の前面1/2層は細胞がない状態になるが,術後3カ月を過ぎるとケラトサイトが再び増加する.一方,内皮細胞は生体眼では増殖しないために,紫外線による内皮細胞障害は避ける必要がある.内皮細胞障害の紫外線閾値は,0.3mW/cm2とされており,これは通常の角膜クロスリンキングのプロトコール(ドレスデンプロトコール)で紫外線を照射した場合(3.0mW/cm2),角膜表面から340μm付近の紫外線強度に相当する.したがって,若干の安全域を加味し,角膜クロスリンキングを行う場合には紫外線照射時に400μmの角膜厚を確保すべきであると考えられている(図1).円錐角膜眼では角膜厚は元来薄い症例が多く,診断された時点ですでに角膜厚が400μm未満に減少している症例も稀ではない.特に,若年発症で急速に進行してくるような症例では,初診時にすでに300μm台になってしまっていることもある.このような症例に角膜クロスリンキングを行うために,リボフラビン低浸透圧液を用(55)0910-1810/12/\100/頁/JCOPYいて角膜厚を膨張させる方法が考案された2).この方法は,通常のリボフラビン等浸透圧液を点眼した後,紫外線照射前に角膜厚を測定し,400μmを下回っていた時点で低浸透圧液を集中的に点眼することで角膜を一時的に膨張させ,400μmを確保したうえで紫外線照射を行うというものである.筆者らの経験によれば,この方法で,一時的に角膜厚を1.2割は増加させることができる.さらに,リボフラビン等浸透圧液を点眼している間にも,角膜厚は減少する.たとえば,術前の角膜厚(上皮も含む)が450μmの角膜に角膜クロスリンキングを施す場合,上皮を.離した時点で角膜厚は約50μm減少する.その後30分間のリボフラビン等浸透圧液点眼を行って再度角膜を測定すると,350μm前後に減少していることが多い.これは,角膜上皮を.離したために上図1角膜クロスリンキングにおける紫外線到達度と内皮細胞障害閾値の関係ドレスデンプロトコールによる角膜クロスリンキングで使用されている紫外線強度(3.0mW/cm2)では,角膜表面より330.340μm付近までは内皮細胞障害閾値(0.3mW/cm2)を超える強度の紫外線が到達すると考えられている.そのため,紫外線照射時には400μm以上の角膜厚を確保することが推奨されている.あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121645 皮のバリア機能が失われ,角膜実質表面から水分が連続的に蒸発してしまうことと,リボフラビン等浸透圧液の溶解剤であるデキストランに水を吸収する働きがあるからとされている.したがって,術前に十分な角膜厚があると思われた症例でも,紫外線照射前に角膜厚を測定すると予想以上に減少していて低浸透圧液により膨張させる必要があるということが起こりうる.筆者らが術中に測定したデータでは,30分間のリボフラビン点眼の前後で平均で45μm,最大で100μm近い減少が生じるケースもある.このような工夫により角膜厚が多少薄い症例でも内皮機能不全の危険を避けて安全に角膜クロスリンキングが行われると当初は考えられていた.しかしながら,近年角膜クロスリンキングの術後数カ月してから実質深層混濁が出現する症例があることが報告された3).この混濁は,術直後は透明だった角膜に,術後2.3カ月経過した頃から角膜の最も薄い部分付近の中層.深層にかけて強い混濁が生じるものであり,発生機序についてはまだ明らかにされていない.しかし,Vinciguerraらは薄い角膜で起きやすいと報告しており4),薄い角膜にリボフラビン低浸透圧液を用いて角膜クロスリンキングを行ってもよいかどうかについては,まだはっきりとした結論が得られていないともいえる.角膜クロスリンキング後の長期的な角膜厚の変化に関しては,施術直後は角膜厚が減少していくと報告されている.筆者らの経験でも,施術から数カ月間は角膜が平坦化するのに平行して角膜厚も術前から数十μmのオー1646あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012図2角膜クロスリンキング前後の角膜厚施術前の角膜厚は397μmである(B)が,術後3カ月では341μmに減少しており(A),3カ月間で57μm減少していることがわかる.角膜形状は角膜厚の減少と平行して,中央付近がやや平坦化している.ダーで減少する(図2).これは,架橋により角膜実質のコラーゲン線維間の距離が縮まることを勘案すれば自明の理のように思われる.さらに長期的な角膜厚の変化については,半年を過ぎると再び増加に転じるという報告もある5).角膜厚の増加に伴って再び角膜の急峻化が進行するのかどうかについては,明らかな知見はない.いずれにせよ,角膜クロスリンキングは,まだ黎明期の治療法であり,角膜厚の変化ひとつをとってみても,上記のようにまだわかっていないことが数多くあり,慎重な適応選択と術後の注意深い経過観察が求められる.しかし,角膜クロスリンキングが円錐角膜治療に大きな変革をもたらしている治療法であることは疑う余地がない.文献1)WollensakG,SpoerlE,SeilerT:Riboflavin/ultraviolet-ainducedcollagencrosslinkingforthetreatmentofkeratoconus.AmJOphthalmol135:620-627,20032)HafeziF,MrochenM,IseliHPetal:Collagencrosslinkingwithultraviolet-Aandhypoosmolarriboflavinsolutioninthincorneas.JCataractRefractSurg33:2035-2040,20073)MazzottaC,BalestrazziA,BaiocchiSetal:Stromalhazeaftercombinedriboflavin-UVAcornealcollagencross-linkinginkeratoconus:invivoconfocalmicroscopicevaluation.ClinExperimentOphthalmol35:580-582,20074)VinciguerraP,AlbeE,RomanoMRetal:Stromalopacityaftercross-linking.JRefractSurg28:165,20125)GreensteinSA,ShahVP,FryKLetal:Cornealthicknesschangesaftercornealcollagencrosslinkingforkeratoconusandcornealectasia:one-yearresults.JCataractRefractSurg37:691-700,2011(56)