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網膜血管腫状増殖の治療と管理

2013年12月31日 火曜日

特集●加齢黄斑変性診療ガイドあたらしい眼科30(12):1681.1688,2013特集●加齢黄斑変性診療ガイドあたらしい眼科30(12):1681.1688,2013網膜血管腫状増殖の治療と管理TreatmentandManagementofRetinalAngiomatousProliferation白潟ゆかり*白神千恵子*はじめに網膜血管腫状増殖(retinalangiomatousproliferation:RAP)は,滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)の一病型で,2001年Yannuzziらにより提唱された疾患概念1)である.RAPは,網膜血管由来の網膜内新生血管を起源とし,網膜下へ進展して脈絡膜新生血管と吻合する.RAPは日本人の滲出型AMDのうち,5%程度と少ないものの,他のAMDと比較して予後は不良で,レーザー凝固や光線力学的療法(PDT)に抵抗性を示す.抗血管内皮増殖因子(VEGF)療法でも単独ではRAPの病変の完全閉塞は困難で,再発が多く,治療回数が多くなりがちである.またRAPでは,早期から網膜内病変が出現するため,初期から著しい視力低下をきたしやすく,より早期からの治療が望まれる.RAPは両眼発症も多く,フォローアップ中は僚眼の傍中心窩の毛細血管の拡張や網膜内出血,軟性ドルーゼンなどの初期病変にも注意する必要がある.このように,RAPの管理では,治療抵抗性で両眼発症が多いことが問題となる.RAPの管理の概要を,診断,治療,治療後のフォローアップという流れで説明する.I診断拡張した網膜血管と網膜内新生血管との吻合retinal-retinalanastomosis(RRA)やretinal-choroidalanastomosis(RCA)が最も重要なRAPの所見である.フルオレセイン蛍光眼底造影検査(FA)やインドシアニングリーン蛍光眼底造影検査(IA)にてRAP病巣に血流を供給している所見があり,RRAが確認できればRAPと確定できる.IA造影晩期にはRAP病巣はhotspotとして認められる.StageIの症例はFAのみで診断できることもあるが,FAのみでは周囲の滲出性変化や出血による蛍光ブロックのために新生血管がわかりにくいことも多い.IAのほうが明瞭にRRAや網膜内新生血管(IRN)を検出できるので,可能であればIAも施行したほうが治療前に正確な評価ができる.RAPは垂直方向に進展するため,光干渉断層計(OCT)の所見も診断,ステージ分類に非常に有用となる.また,フォロー中においても,OCTではわずかな滲出性変化をとらえることができるため,早期診断や再発の早期発見につながる.1.ステージ分類Yannuzziのステージ分類に沿って各ステージにおける所見を解説する.StageI網膜内新生血管(intraretinalneovascularization:IRN):拡張蛇行した網膜微小血管がみられ,網膜内に網膜血管由来の微小な異常血管が生じる.ごく初期の病変をみつけることはむずかしいが,注意深く観察すると,拡張した網膜毛細血管や網膜内の小出*YukariShirakata&ChiekoShiragami:香川大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕白潟ゆかり:〒761-0793香川県木田郡三木町大字池戸1750-1香川大学医学部眼科学講座0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(33)1681 血,IRNの赤いRAP病巣が検眼鏡で検出できることがある.IRNはOCTでは網膜内の中等度.高反射の病変として検出され,その周囲に.胞様黄斑浮腫(CME)を伴うと視力が低下する.造影検査では拡張した網膜血管,IRNを検出できる.IRNにつながるRRAが造影で確認できれば確定診断となる.傍中心窩毛細血管拡張症でも同様に傍中心窩に毛細血管の拡張や黄斑浮腫を認めるため,鑑別に苦慮することがあるが,色素上皮の異常所見やドルーゼンの沈着があればRAPの初期病変の可能性が高く,参考になる.StageII網膜下新生血管(subretinalneovascularization:SRN):IRNが網膜内から感覚網膜下まで進展し,網膜全層に新生血管が及ぶ.漿液性網膜.離(SRD)や漿液性網膜色素上皮.離(PED)を伴うこともある.新生血管の垂直方向への進展は,検眼鏡や造影所見,OCTで判定するが,OCTで見ると最もわかりやすい.新生血管が色素上皮と接すると漿液性PEDを生じることがある.StageIII脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV):SRNの色素上皮下への進展とともにCNVを伴い,吻合してRCAを形成する.OCTでPEDの内部にも中等度.高反射を認め,網膜色素上皮(RPE)の上下に新生血管が存在していることがわかる.IRNの進展方向(IRNの下)にRPEの断裂があり,断裂部分の上下に連続して新生血管を示す反射を検出できることもある.PEDの内部に新生血管を確認できればstageIIIということになるが,PEDを伴うstageIIの症例では,OCTや造影検査でもstageIIIと見分けがつかないことがある.RCAもstageIIIのRAPの重要な所見であるが,RCAの存在が造影所見で明瞭に確認できる症例は少ない.また,AMDの経過でdisciformscarとなったものには網膜血管とCNVの吻合がみられることもあるので注意が必要である.2.RAPの前駆病変軟性ドルーゼンの併発が多い.最近では,他のAMD1682あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013と比較し,reticularpseudodrusenを併発することが多いという報告があり2),両眼にドルーゼンが多発している所見は診断の参考所見となる.II治療RAPの治療の概要以前は,RRA切断術,PDT単独療法,トリアムシノロン硝子体内注射併用PDTが行われてきたが,再発が多く,いずれも長期的には高いエビデンスは得られなかった.VEGFを標的とする薬剤が使用可能となり,治療の中心となってからは,RAPの治療成績は大きく改善した.AMDの3病型のうち,RAPではVEGFの関与が特に大きいと考えられていること3),網膜内病変には硝子体内に注入した抗VEGF薬が到達しやすいことも有利な点である.現在日本でおもに使用されている抗VEGF抗体はpegaptanibsodium(MacugenR),ranibizumab(Lucen-tisR),aflibercept(EYLEAR)である.これらが使用可能となる前はbevacizumab(AvastinR)をオフラベルで使用していた.これまでの報告では,bevacizumab,ranibizumabが用いられているものが多く,両薬剤は分子量が異なるが,両方ともすべてのアイソフォームのVEGF-Aを阻害する薬剤であり,良好な治療成績が示されている.しかし,抗VEGF療法単独ではRRAが完全に閉塞しにくく,硝子体内注射の回数が多くなりがちということが問題となる.注射に伴う合併症のリスク増加を考慮することはもちろんであるが,RAPは高齢者に多く,治療回数の増加による患者負担も考慮しなければならない.Afliberceptは2012年11月に国内で使用可能となった最も新しい抗VEGF薬で,VEGF-Aのみでなく,VEGF-B,胎盤増殖因子(PlGF)も阻害する.この点において他の抗VEGF薬よりも有利な治療が可能かどうかはまだ不明だが,今後の治療成績の評価に期待したい.PDT-抗VEGF薬併用療法では,抗VEGF療法単独よりRRAの閉塞率が高く,治療回数が少なくてすむことが期待できる.Saitoらによる,日本人のRAPの症例に対するPDT-抗VEGF薬併用療法の2年成績の報(34) 告では,日本人のRAPの症例13眼に対し,抗VEGF薬硝子体内注射後PDTを施行し,平均PDT回数2.8回,平均抗VEGF薬投与回数は3.4回と良好な成績であった4).PDTの問題点としては,PDTによるphotochemicalstressや照射領域の脈絡膜循環障害が,長期的な視力低下や,さらなるVEGFの発現に伴うCNV再発につながることが指摘されている.PDTは必要最小限におさえなければならず,視力良好例には抗VEGF薬単独療法を選択するのがよいと考える.また,PDTの侵襲を軽減するために,通常のPDTではなく,照射エネルギーを半分にした低照射エネルギーPDT(reduced-fluencePDT:RFPDT)を用いる場合もある.他には,トリアムシノロンを併用したPDTを行う場合がある.抗VEGF薬が使用可能になる以前にはトリアムシノロン硝子体内注射を併用したPDTが行われ,良好な成績を得ていたが,抗血管新生作用は抗VEGF薬のほうが優れることや,長期的には白内障の併発によって視力が低下すること,さらに高眼圧の問題から,あまり行われなくなった.抗VEGF薬併用PDTのほうがトリアムシノロン併用PDTよりも再発が少ないという報告も示されている5).しかしながら,ステロイドは抗VEGF薬とは作用機序が異なるため,場合によってはトリアムシノロンの硝子体内注射やTenon.下注射を併用してPDTを行う場合もある.日本眼科学会が推奨するAMD治療指針のガイドライabcdefg図1症例1:89歳,男性初診時の矯正視力は(0.3),インドシアニングリーン眼底造影写真(IA)(a)にて新生血管(矢頭)に連なる流出入血管(矢印)を認め,光干渉断層計(OCT)(b)で新生血管が網膜下に進展し,網膜色素上皮(RPE)と接しているのがわかる.StageIIのRAPと診断し,ラニビズマブ硝子体内注射を併用した低照射エネルギー光線力学的療法(RFPDT)を行った.治療後3カ月のIA(c)で流出入血管の閉塞と新生血管の退縮が確認でき,OCT(d)にて滲出性変化は消失しており,矯正視力は(0.3)を維持していた.治療後6カ月(e)でも再発はなかったが,治療後9カ月(f)で網膜の.胞様変化を認めた.矯正視力は(0.3)で,造影検査にて明らかな新生血管の再発はなく,ラニビズマブ硝子体内注射を行った.以後2カ月に1回のラニビズマブ硝子体内注射を継続している.網膜の.胞様変化は変わらないが,増悪はなく,視力治療後15カ月(g)が経過しているが矯正視力(0.3)のまま維持できている.(35)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131683 ン6)では,RAPに対しては初回治療からPDT-抗VEGF薬併用療法が推奨されている.また,視力0.6以上の視力良好例においては抗VEGF療法の単独療法の選択もありうると付記されている.筆者らの施設では,網膜内病変のみにとどまるstageIの症例や視力良好例には抗VEGF薬単独療法を,stageII以上の症例にはRFPDT-抗VEGF薬併用療法を行うことを基本としている.症例1(図1)は,RFPDT-抗VEGF薬併用にて治療したstageIIの症例である.1回の併用療法でRRAの完全閉塞を確認し,以後9カ月まで滲出性変化の再発はなく,少ない治療回数でコントロールできた症例である.また,afliberceptが使用可能になってからは,stageII以上の症例にもafliberceptの硝子体内注射単独を試みている.前述したが,VEGF-AだけでなくVEGF-B,PlGFも阻害するafliberceptが,RRAの閉塞率や治療回数で他の抗VEGF薬よりも有利な治療が可能か,まだ結果は出ていない.Afliberceptの硝子体内注射単独にて治療した例を症例2(図2),症例3(図3)に示す.両症例ともstageIIの症例であるが,1カ月ごとに3回の連続投与終了時に症例2では流入血管が完全閉塞せず残存し,症例3では完全なRRAの閉塞を認めた.治療後早期の重篤な合併症として,RPE裂孔があり,著明な視力低下に至ることがある.治療による新生血管の収縮に伴い,RPEに裂孔が生じると考えられる.丈の高いPED,面積の大きなPED,RPEに皺襞のある症abcdefg図2症例2:84歳,男性初診時,矯正視力は(0.2)で,カラー眼底写真(a)で網膜出血,ドルーゼンの沈着を認める.IA(b)では,新生血管(矢頭)に連なる流出入血管(矢印)を認める.OCT(c)では,新生血管が網膜下まで進展し,SRDと色素上皮の隆起を認める.StageIIのRAPと診断し,アフリベルセプト硝子体内注射の単独療法を行った.アフリベルセプト硝子体内注射は,1カ月ごとに3回の導入期治療と,その後2カ月ごとの維持投与を施行している.初回3回治療後,カラー眼底写真(d)で網膜出血はわずかに残存している.本症例ではIA(e)で新生血管は不明瞭となり閉塞してると考えられるが,流入血管(矢印)は完全閉塞せず残存している.OCT(f)にて,滲出性変化は完全に消失している.初回治療後6カ月が経過しているが,滲出性変化は再発していない(g).1684あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(36) defghijabcdefghijabc図3症例3:82歳,女性初診時の矯正視力は(0.2)で,カラー眼底写真(a)で網膜出血を認め,IA(b)にて新生血管(矢頭)とそれに連なる流入血管(矢印)を認める.OCT(c)では新生血管が網膜下まで達しているのがわかり,SRDを認める.StageIIのRAPと診断し,アフリベルセプト硝子体内単独療法を計画した.1回目のアフリベルセプト硝子体内投与より1カ月で,滲出が減少してきているのがわかる(d).同日,2回目の注射を行った.初回投与から2カ月で,滲出性変化は完全に消失し(e),同日,3回目の投与を行った.初回投与から3カ月(f),4カ月(g)では,滲出性変化の再発はなく,新生血管が徐々に収縮してきているのがわかる.4カ月目では,矯正視力(0.5)と改善し,維持のため4回目の注射を施行した.初回投与より6カ月の矯正視力は(0.5),カラー眼底写真(h)で出血は完全に吸収されており,IA(i)で新生血管,流入血管ともに閉塞していることがわかる.OCT(j)でも,滲出性変化の再発を認めない.維持のため5回目の注射を施行した.例ではリスクが高いといわれており7,8),特に注意が必要である.RAPでは,stageの進行とともに新生血管が網膜下に達し,RPEに接してPEDを生じるため,治療後にRPE裂孔を生じやすいと考えられる.症例4(図4,5)はstageIIIのRAPの症例で,治療前に丈の高く,面積の大きいPEDを伴っており,RFPDT-抗VEGF薬併用療法後早期にRPE裂孔をきたした.IIIフォローアップのポイントRAPは,再発・再燃が多く,網膜浮腫などの網膜内病変が初期に出現するため,早期から著しく視力が低下する.早期発見に努めること,再発のサインを見逃さないこと,僚眼の初期病変を見逃さない工夫が必要である.維持期には,おもに視力とOCTの所見を基本としてフォローを続ける.最も鋭敏に滲出性変化の再発を検出できるのはOCTであるが,中心窩を通るクロススキャンだけでなく,病変全体のボリュームスキャンを撮らなければ,わずかな所見を見逃してしまいやすい.また,必ず検眼鏡で眼底をよく観察することも重要である.滲出性変化の再発がなくても,わずかな網膜出血が再発のサインとなることがある.併用療法による初回治療後,再発が疑われたときは,造影検査にて新生血管の有無と進展の度合いを確認する.当院では,明らかな新生血管がない場合や,網膜内病変のみの場合は抗VEGF薬単独の追加,新生血管が網膜下まで進展している場合にはRFPDT-抗VEGF薬(37)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131685 acdbacdb図4症例4:77歳,男性初診時の矯正視力は(0.1),カラー眼底写真(a)にて硬性白斑,ドルーゼンを認める.IA(b)にて新生血管(矢頭)に連なる流出入血管(矢印)を認める.水平断のOCT(c)で網膜内新生血管が網膜下へ進展し,RPEと接しているのがわかり(矢印),網膜色素上皮.離(PED)を認める.新生血管を通る垂直断のOCT(d)にて,RPEが断裂し,新生血管がRPE下へ進展しているように見える(矢頭).StageIIIのRAPと診断し,ルセンティス硝子体内注射と低照射エネルギー量PDTの併用を行った.→図5症例4(2)症例4の治療後1カ月のカラー眼底写真(a),眼底自発蛍光(FAF)(b),OCT(c)にて,滲出性変化は消失したが,RPEtear(矢印)をきたしていることがわかる.矯正視力は(0.09)となった.治療後のRPEtearは,治療前に大きなPEDを認めていた症例でリスクが高いといわれている.治療後3カ月では,カラー眼底写真(d),FAF(e)でRPE欠損部(矢印)が自然経過にて拡大している.矯正視力は(0.1)であった.OCT(f)にてrollingしたRPEが重責した所見(矢印)を認める.併用療法を再度行う.抗VEGF薬単独療法の場合,通常のAMDの場合と同様,1カ月ごとに3回の連続投与後,維持期に定期的に抗VEGF薬投与を継続する方法,滲出性変化の再発が認められた時点で再投与する方法(prorenata:PRN),維持のための投与を継続しながら滲出性変化の再発がなければ投与間隔を延ばすというTreat&abcExtendという方法があるが,欧米ではTreat&Extenddef1686あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(38) efgabchdefgabchd図6症例5:80歳,女性初診時,右眼の矯正視力は(0.4),カラー眼底写真(a)では,ドルーゼンの沈着を認める.検眼鏡的には網膜内の異常血管は検出できなかったが,IA(b)にて網膜内新生血管(IRN)を認めた.IRNを通る垂直断のOCT(c)では,IRNが網膜下まで達しているように見える(矢印).滲出性変化がないため当初は経過観察とした.経過中白内障手術を行い,矯正視力は(1.0)となったが,初診時より12カ月で網膜浮腫が出現し(d),ラニビズマブ硝子体内注射の単独療法を行った.初診時の左眼の矯正視力は(1.0),カラー眼底写真(e)にて網膜内出血,ドルーゼンの沈着を認める.IA(f)で新生血管と連なる流出入血管が確認できる.新生血管を通る垂直断のOCT(g)では,網膜浮腫を認め,新生血管が網膜下まで進展しているのがわかる.StageIIのRAPと診断したが,視力が良好なため,ラニビズマブ硝子体内注射の単独療法を3回施行後,滲出性変化は消失した(h).が主流になりつつある.前述のように,RAPは両眼発症も多いので,患眼のフォローの際,時々僚眼も散瞳してチェックしておく.特に,造影検査をするときには,僚眼も必ず撮影しておく.検眼鏡やOCTで異常を検出できなかった場合でも,網膜内の異常血管がみつかることもある.特に,軟性ドルーゼンやreticularpseudodrusenなどの前駆病変があ(39)abc図7症例5(2)症例5の初診時の眼底自発蛍光(FAF)写真(a)では,右眼で色素上皮が萎縮した部分が低蛍光となっている.左眼では,出血の部位が蛍光のブロックとなっているが,RPEが萎縮して低蛍光となっている部分もある.初診時より24カ月間で,右眼は計6回,左眼は計8回のラニビズマブ硝子体内注射を施行しており,24カ月後の右眼矯正視力は(0.07),左眼矯正視力は(0.2)であった.FAF(b)では,左右眼とも低蛍光の面積が広がっており,経過に伴って地図状萎縮が進行していることがわかる.同日のOCT(c)では,滲出性変化は完全に消失している.る症例では要注意である.実際,当院で治療したstageIの症例のほとんどがstageII以上のRAP症例のフォロー中,僚眼に認めたものであった.僚眼をきちんとフォローすることで早期発見,早期治療ができ,良好な視力を維持できる症例がある.初診時に僚眼にもIRNを認めた例として,症例5(図6,図7)を示す.この症例は,初診時に検眼鏡にて左眼に網膜浮腫と網膜出血,両眼にドルーゼンの沈着を認めた.検眼鏡では左眼のみRAPを発症していると思われたが,造影検査をすると滲出性変化のない右眼にもIRNを認めた.左眼のフォロー中,右眼の観察も続けたが,初診時より12カ月で網膜浮腫が出現し治療を開始した.AMDでは,治療後,地図状萎縮(geographicatrophy:GA)がみられることが知られており,滲出消失後もGAは経時的に拡大する.RAPでは,GAの発生率あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131687 が高いという報告9)がある.滲出性変化の再発がなく,追加治療が不要であってもGAは拡大し,視機能の低下につながると考えられるが,現在,GAの進行に対する治療は確立されていない.おわりに現在日本では,RAPの治療のメインはPDT-抗VEGF薬併用療法である.Afliberceptが使用可能となり,抗VEGF薬の選択肢が増えた.難治性で再発の多いRAPに対し,再治療回数などの点でより有利な治療法が確立されていくことが期待される.文献1)YannuzziLA,NegraoS,IidaTetal:Retinalangiomatousproliferationinage-relatedmaculardegeneration.Retina21:416-434,20012)Ueda-ArakawaN,OotoS,NakataIetal:Prevalenceandgenomicassociationofreticularpseudodruseninage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol155:260-269.e2,20133)OkamotoN,TobeT,HackettSFetal:Transgenicmicewithincreasedexpressionofvascularendothelialgrowthfactorintheretina:anewmodelofintraretinalandsub-retinalneovascularization.AmJPathol151:281-291,19974)SaitoM,IidaT,KanoM:Two-yearresultsofcombinedintravitrealanti-VEGFagentsandphotodynamictherapyforretinalangiomatousproliferation.JpnJOphthalmol57:211-220,20135)SaitoM,ShiragamiC,ShiragaFetal:Comparisonofintravitrealtriamcinoloneacetonidewithphotodynamictherapyandintravitrealbevacizumabwithphotodynamictherapyforretinalangiomatousproliferation.AmJOphthalmol149:472-481.e1,20106)髙橋寛二,小椋祐一郎,石橋達朗ほか:加齢黄斑変性の治療方針.日眼会誌116:1150-1155,20127)ChiangA,ChangLK,YuF,SarrafD:PredictorsofantiVEGF-associatedretinalpigmentepithelialtearusingFAandOCTanalysis.Retina28:1265-1269,20088)NagielA,FreundKB,SpaideRFetal:Mechanismofretinalpigmentepitheliumtearformationfollowingintravitrealanti-vascularendothelialgrowthfactortherapyrevealedbyspectral-domainopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol156:981-988.e1,20139)McBainVA,KumariR,TownendJetal:Geographicatrophyinretinalangiomatousproliferation.Retina31:1043-1052,20111688あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(40)

ポリープ状脈絡膜血管症の管理

2013年12月31日 火曜日

特集●加齢黄斑変性診療ガイドあたらしい眼科30(12):1669.1680,2013特集●加齢黄斑変性診療ガイドあたらしい眼科30(12):1669.1680,2013ポリープ状脈絡膜血管症の管理ManagementofPolypoidalChoroidalVasculopathy森隆三郎*はじめにポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)は網膜色素上皮レベルの橙赤色隆起病巣を特徴とし,再発性の漿液性,出血性網膜色素上皮.離を生じ,インドシアニングリーン蛍光眼底検査(indocyaninegreenangiography:IA)では,特徴的なポリープ状病巣を認めるYannuzziらが提唱した疾患概念で1),わが国では滲出型加齢黄斑変性の特殊型に分類されている2).PCVの頻度は,日本PCV研究会の診断基準3)が発表された以降のMarukoらの報告では,日本人の加齢黄斑変性の54.7%がPCVである4).Uyamaらの自然経過の報告では,33カ月の経過観察中,視力の維持,改善率は約半数であるが,35%で重篤な視力低下をきたしており5),PCVの自然経過が良好であるとは言えない.PCVの黄斑部の滲出性変化は,不可逆性の視力低下の原因ともなり,大量の網膜下出血や硝子体出血を生じ重篤な視力低下をきたす症例もある.PCVを管理するために必要な診断と治療について述べる.I診断2005年に日本PCV研究会によりポリープ状脈絡膜血管症の診断基準が作成された3)(表1).IAを行わなくても眼底検査で橙赤色隆起病巣を認めた場合には確実例として診断が可能である.PCVの病巣はIAで異常血管網とポリープ状病巣から成るが,異常血管網は判別できない場合もあり,特徴的なポリープ状病巣を認めれば確実例となる.IAで異常血管網のみを認めた場合と眼底検査で再発性の出血性,漿液性網膜色素上皮.離を認めた場合は不確実例となる.また,わが国の加齢黄斑変性の診断基準では,50歳以上と明記されているが,PCVの診断基準では年齢の記載はなく,40歳代のPCVも稀ではない.筆者の施設ではPCVを脈絡膜血管異常である狭義PCVと網膜色素上皮下脈絡膜新生血管(Gass分類Type1CNV)にポリープ状病巣を伴うpolypoidalCNVの2つに分類している6,7).1.眼底検査後極部を超える網膜下出血や漿液性網膜.離を認めることもあり,倒像鏡で眼底全体を観察して,ついで,前置レンズを用いて黄斑部の詳細を観察する.診断基準にある橙赤色隆起病巣は,PCVの病巣の本体であり,網膜色素上皮が限局性に隆起している(図1).網膜下出血を伴う場合や出血性網膜色素上皮.離の辺縁に存在する場合は検出できないこともある.また,橙赤色隆起病巣がフィブリンに覆われると辺縁が不整な灰白色隆起病巣として認められる.辺縁が明瞭で小さい網膜色素上皮の丈の低い白色隆起病巣は,橙赤色隆起病巣が退縮した状態で,さらに,時間が経過し,色素沈着を伴い茶褐色になる場合もある.異常血管網の範囲に一致して網膜色素上皮の萎縮がみられる場合があるが,異常血管網自体による網膜色素上皮の変化によるものか異常血管網の滲出性変化に伴う2次的な変化によるものかは鑑別できな*RyusaburoMori:日本大学医学部視覚科学系眼科学分野〔別刷請求先〕森隆三郎:〒101-8309東京都千代田区神田駿河台1-8-13駿河台日本大学病院眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(21)1669 表1PCVの診断基準確実例以下のいずれかの1項目を満たすものとする.1.眼底検査で橙赤色隆起病巣*を認める.2.インドシアニングリーン蛍光造影検査で,特徴的なポリープ状病巣**を認める.不確実例以下のいずれかの1項目を満たすものとする.1.インドシアニングリーン蛍光造影検査で異常血管網***のみを認める.2.再発性の出血性,漿液性網膜色素上皮.離を認める.*:.橙赤色隆起病巣は,網膜色素上皮レベルの境界明瞭な隆起病巣であり,充実性で,漿液性あるいは出血性網膜色素上皮.離とは区別できる.**:.ポリープ状病巣は,インドシアニングリーン蛍光造影で瘤状あるいはぶどうの房状の病巣である..造影時間の経過とともに大きくなり,ある時点から形,大きさは変わらない..早期には,内部に小さな過蛍光を認めることもある..後期に輪状の過蛍光を示すことがある.***:.異常血管網は,インドシアニングリーン蛍光造影で早期に分枝した脈絡膜内層の血管として造影され,血管の走行,口径から正常の脈絡膜血管と区別できる..異常血管網の範囲は後期に面状の過蛍光を示すことが多い.〔日本ポリープ状脈絡膜血管症研究会:ポリープ状脈絡膜血管症の診断基準.文献4)より〕い.2.インドシアニングリーン蛍光眼底造影(IA)PCVは,網膜色素上皮下の病変であるのでIA所見が重要となる.ポリープ状病巣はIAでみられる瘤状病巣であり,造影の始まりは脈絡膜動脈と同時であったり,やや遅れて脈絡膜静脈と同時であったりとさまざまであるが,いずれも造影時間の経過とともに大きくなり,ある時点から形,大きさは変わらない.早期には,細血管の形態を示すもの(図1)や内部に小さな過蛍光点を認めることもある.後期にポリープ状病巣は均一な過蛍光を示すものが多いが(図2),輪状の過蛍光を示すものもある.異常血管網のIA早期所見は,PCVを狭義PCVとpolypoidalCNVに分類する際に重要である.狭義PCVでは栄養血管がなく,血管の数は少なく,拡張,蛇行などの走行異常を示すが(図1),polypoidalCNVでは,栄養血管が検出され,起始部から放射状に血管が広がり血管の数が多い(図2).いずれも造影後期像は面状の過蛍光を示すものが多い(図1,2).3.光干渉断層検査(opticalcoherencetomograph:OCT)ポリープ状病巣や異常血管網の特徴的な3次元的構造と網膜.離,網膜色素上皮.離,黄斑浮腫の有無と範囲や高さが確認できるが,PCVの診断基準にはOCT所見は含まれていない.ポリープ状病巣はポリープ状病巣が網膜色素上皮を押し上げることによって,網膜色素上皮が急峻な立ち上がりを示す隆起性高反射として認められる8,9)(図1).網膜色素上皮.離の辺縁に連なる不正な網膜色素上皮の隆起として認める場合もあり10)tomographicnotchsignとよばれる11)(図3).ポリープ内の瘤状の血管も確認できることがある(図1).ポリープ状病巣がフィブリンに覆われる場合には網膜色素上皮の隆起性高反射の上に厚い高反射の所見がみられる.また,網膜下出血によりIAでポリープ状病巣が検出できない場合でも,出血下の網膜色素上皮の急峻な立ち上がりを示すポリープ状病巣を捉えることができることもある.異常血管網の範囲は網膜色素上皮を示す高反射帯とそれより外層にみられる高反射帯の間に間隙が認められる場合があり,その所見はdouble-layersignとよばれる(図1670あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(22) abcdabcd図1狭義PCVa:カラー眼底写真.黄斑部に橙赤色隆起病巣(矢印)を認める.耳側の病巣は白色化している.b:OCT.ポリープ状病巣は,網膜色素上皮が急峻な立ち上がりを示す隆起性高反射として認められる(矢印).鼻側の病巣は内部の血管構造が確認できる.異常血管網の範囲は網膜色素上皮を示す高反射帯とそれより外層にみられる高反射帯の間に間隙(double-layersign)が認められる(矢頭).c:インドシアニングリーン蛍光造影(IA)早期.ポリープ状病巣は細血管の形態を示し(矢印),異常血管網は拡張,蛇行などの走行異常が認められる(矢頭).d:IA後期.ポリープ状病巣は瘤状の過蛍光を示し(矢印),異常血管網は面状の過蛍光を示す(矢頭).ab図2PolypoidalCNVa:IA早期.ポリープ状病巣は異常血管網の辺縁血管の拡張蛇行部に認め(矢印),異常血管網は起始部から放射状に血管が出て血管の数が多い(矢頭).b:IA後期.ポリープ状病巣は瘤状の過蛍光を示し(矢印),異常血管網は面状の過蛍光を示す(矢頭).(23)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131671 abab図3PCVのOCT(tomographicnotchsignとdouble.layersign)a:IA5分.ポリープ状病巣の矢印と異常血管網の2点の矢頭を結ぶラインはOCTと一致した部位.b:OCT.ポリープ状病巣は,網膜色素上皮.離の辺縁に連なる不正な網膜色素上皮の隆起として認めtomographicnotchsignとよばれる(矢頭).異常血管網の範囲は網膜色素上皮を示す高反射帯とそれより外層にみられる高反射帯の間に間隙が認められ,その所見はdouble-layersignとよばれる(2点の矢印を結ぶライン).→図4再発と緊急治療:レーザー光凝固(大出血の原因となるポリープ状病巣が中心窩外に検出)(54歳,女性)初診時.矯正視力0.7.a:カラー眼底写真.黄斑部橙赤色隆起病巣(矢印)と出血性色素上皮.離を認める(矢頭).b:IA後期.ポリープ状病巣(矢印)を認める.c:OCT.網膜色素上皮.離を認める(※).Ranibizumab硝子体注射(IVR)単独療法7回後にIVRと光線力学的療法(PDT)併用療法の変更3カ月後.矯正視力0.7.d:カラー眼底写真.e:OCT.黄斑部に認めた橙赤色隆起病巣と網膜色素上皮.離は消失している.併用療法1年後に突然の大出血が生じる.矯正視力0.2.f:カラー眼底写真.黄斑部に橙赤色隆起病巣(矢印)と出血性網膜色素上皮.離(大矢頭),網膜下出血(小矢頭)を認める.g:IA後期.中心窩外のポリープ状病巣からの蛍光色素の漏出を強く認める(矢印).ポリープ状病巣に対する直接レーザー光凝固直後.翌日IVRを行う.h:カラー眼底写真.凝固部位は灰白色となっている(矢印).2カ月後.i:カラー眼底写真.出血の拡大は防止でき,出血は器質化し,吸収傾向にある.1年後.矯正視力0.5.j:カラー眼底写真.出血の再発はない.凝固瘢痕病巣を認める(矢印).1672あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(24) abcdefghij※abcdefghij※図4(図説明は前ページ)(25)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131673 1,3)12).II治療1.治療の適応PCVと診断したら,治療するのか経過観察とするのかを判断する.治療の適応となるのは,出血,漿液性網膜.離,網膜色素上皮.離,網膜浮腫などの滲出性所見を認める活動性のあるPCVである.活動性の所見がなければその時点では適応とならないが,視力にかかわらず,また加療後に活動性がなくなり安定した場合も含め,後に活動性の所見が出現することがあるため(図4),定期的な経過観察は必要となる.黄斑部がすでに線維性瘢痕病巣になり高度の視力低下を生じていても,視野の残存により,患者は読み書き以外のことができ,安定している患者も多い.しかし,病巣の再発により,周辺の視機能に影響を及ぼすこともある.定期的な診察で黄斑部とその周辺部を確認することで患者の失明への不安を軽減することができる.さらに自覚的な変化が生じた場合にすぐに迅速な診察ができるような受診態勢にしておくことが,治療の遅れを防ぐのに必要である.2.治療指針活動性のあるPCVは,上記のわが国の加齢黄斑変性の治療指針に沿って13),図5のアルゴリスムで示す治療を行う.抗血管内皮増殖因子(anti-vascularendothelialgrowthfacter:VEGF)硝子体注射で使用する薬剤は,ranibizumabあるいは,afriberceptである(afriberceptは,わが国で保険収載されたのは2012年11月であり,未治療のPCVに対する効果については,現時点では明らかになっていない).光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)は,通常の設定で行う.〔図5のアルゴニズムは,筆者の施設で行われているものである.図,本文の治療内容は文献14)から引用〕3.緊急治療PCVは,突然の出血を生じることがある.その出血により視機能のさらなる低下を早急に防ぐ必要がある場合が緊急治療の適応となる.つぎの2つのケースがある.1674あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013PCVの治療適応;滲出性所見を伴う活動性のあるPCV病巣の位置(異常血管網とポリープ状病巣)緊急治療の必要(出血に伴う視機能の低下を早急に防ぐ必要)有り無し光凝固大出血をきたす可能性が高い黄斑下血腫0.6以上視力良好0.5以下視力不良出血原因病巣光凝固中心窩外中心窩中心窩外中心窩抗VEGF注射※抗VEGF注射※ガス硝子体注入抗VEGF注射※黄斑下血腫移動術あるいは(抗VEGF注射※併用)PDT併用※※図5ポリープ状脈絡膜血管症(PCV)の治療アルゴリズム(文献14図1と同一)※抗VEGF注射:抗血管内皮増殖因子(VEGF)硝子体注射.※※PDT:光線力学的療法.a.大出血を生じる可能性が高い緊急に治療しないと広範囲に網膜下出血が拡大あるいは硝子体出血となる可能性が高い場合は,ただちにIAを行い,IAで出血の原因となるポリープ状病巣を検出する.ポリープ状病巣を中心窩外に認めれば,レーザー光凝固を行い(図4),中心窩に認めた場合や出血によるブロックでポリープ状病巣が検出できない場合には抗VEGF硝子体注射を行う(図6).b.黄斑下血腫(中心窩下網膜下出血)中心窩の網膜下出血は,早期に視細胞に不可逆性変化を生じさせるため,緊急性が高い.発症から2週間以内,2乳頭径以上,脈絡膜中大血管が透見できない程度の厚い出血の場合は,ガス硝子体注入による黄斑下血腫移動術を行う15,16).ガス注入後は,うつ伏せ姿勢が必須となるため,うつ伏せ姿勢ができることも治療条件となる.ガス注入と同時にあるいは前・後数日以内に抗VEGF硝子体注射を行うことも多い(図7).発症から2週間以上経過して,出血の器質化が生じ始めている場合は,血腫が移動しにくく,またすでに視細胞の障害が不可逆性となっている場合もあり,中心視力の低下を防ぐことができないため適応とならない.(26) abc※abc※defg図6緊急治療:抗VEGF硝子体注射(大出血の原因となるポリープ状病巣が検出されない)(66歳,女性:文献14図3と同一症例).経過観察中に突然の網膜下出血と出血性網膜色素上皮.離が生じた.即日ranibizumab硝子体注射を行う.矯正視力1.2.a:カラー眼底写真.黄斑部耳側に網膜下出血と出血性網膜色素上皮.離を認める.b:IA後期,異常血管網は中心窩を含めて検出されるが(矢頭),ポリープ状病巣は確認できない.c:OCT.中心窩に網膜下出血は及んでいない(※).3週間後.矯正視力1.2.d:カラー眼底写真.e:OCT.軽度の硝子体出血は生じたが,出血の拡大は防止でき,出血は器質化している.6カ月後.矯正視力1.2.f:カラー眼底写真.g:OCT.出血は吸収している.III緊急治療とならない通常の治療治療方針が異なる.IAで認める病巣(異常血管網とポリープ状病巣)が中1.病巣が中心窩を含まない場合心窩を含まない場合(中心窩外)と中心窩を含む場合で病巣全体へのレーザー光凝固の適応となる.異常血管(27)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131675 abcde※abcde※図7緊急治療:ガス硝子体注入による黄斑下血腫移動術(中心窩下網膜下出血)(68歳,女性:文献14図3と同一症例).初診日即日にranibizumab硝子体注射(IVR)を行い,翌日SF6ガス硝子体注入を行う.矯正視力0.4.a:カラー眼底写真.黄斑部鼻側に橙赤色隆起病巣(小矢頭)と出血性網膜色素上皮.離(大矢頭),2乳頭系以上の大きさの脈絡膜の中大血管が透見できない程度の網膜下出血(矢印)を認める.b:OCT.中心窩を含む網膜下出血と出血性網膜色素上皮.離(※)を認める.SF6ガス硝子体注入1日後.c:カラー眼底写真.中心窩の血腫は下方にシフトしている.上方に硝子体内のガスが確認できる(矢頭).3カ月後.IVRは計3回行っている.矯正視力1.0.d:カラー眼底写真.e:OCT.出血は吸収している.網が中心窩に存在する中心窩外のポリープ状病巣のみの本版眼科PDTガイドライン」18)ではPCVはPDTの良レーザー光凝固は,ポリープ状病巣の再発も多いため推い適応にされている.それは,PCVが治療前と比較し奨されない17).治療後は,レーザー光凝固部位に一致して1年後視力が有意に改善し,PCVなし(通常の滲出た暗点が生じるため,特にレーザー光凝固部位が中心窩型加齢黄斑変性)の群に比べ,PDT後3カ月の時点でに近い場合は,術後の暗点についてのインフォームド・有意に平均視力が良く,12カ月後まで継続していたたコンセントが必須となる(図8).めである.他の報告でも同様に,初回PDT後1年の成績は80.95%の症例で視力の維持・改善が得られてい2.病巣が中心窩に存在した場合る.しかし,視力良好例のPCVは,視力が低下するこ抗VEGF硝子体注射単独療法,PDT単独療法,PDTともあり推奨されていない.そこで,0.6以上と0.5以と抗VEGF硝子体注射併用療法の治療方法がある.「日下に分けてから治療方法を決定する.1676あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(28) abcdefabcdef図8病巣が中心窩外に存在した場合(病巣全体へのレーザー光凝固)(68歳,男性)治療前.矯正視力0.4.病巣(異常血管網とポリープ状病巣)を中心窩外に認めたため,レーザー光凝固を行う.a:カラー眼底写真.黄斑部に橙赤色隆起病巣(矢印)と網膜色素上皮.離(矢頭)を認める.b:OCT.ポリープ状病巣を示唆するtomographicnotchsignを認め,中心窩に病巣は及んでいないのが確認できる(矢頭).c:IA後期:異常血管網(矢印)とポリープ状病巣(矢頭)を認める.3カ月後.矯正視力0.8.d:カラー眼底写真.病巣の再発はなく,凝固瘢痕病巣(矢頭)が確認できる.e:OCT.網膜色素上皮.離は消失し,中心窩の陥凹を認める.凝固部位(2点の矢印を結ぶライン)の視細胞内節外節接合部のラインは消失している(矢頭).f:Humphrey視野検査10-2凝固部位に一致した暗点を認める.a.矯正視力が0.6以上の視力良好例なる.筆者らのIVRの検討では,IVRの単独療法は,抗VEGF硝子体注射単独療法の適応となる(図9).中心窩網膜厚は有意に減少し,視力は改善されるが,経視力不良例も含め,Hikichiらは,PCVに対する過観察中に再発やIVRに対して無反応となる症例もあranibizumabの硝子体注射(intravitrealinjectionofり,afriberceptへの変更や0.5以下になった時点でranibizumab:IVR)単独療法の2年の効果は良好であPDTとの併用も検討する必要があると考える(図10).ると報告しているが19),視力良好なPCVに限定したb.矯正視力が0.5以下の視力不良例IVRの単独療法の1年の効果について,Saitoらの18抗VEGF硝子体注射単独療法あるいはPDTと抗眼20),筆者らの50眼21)の検討では,いずれも視力は有VEGF硝子体注射併用療法の適応となる.PDTは,ポ意に改善している.導入期以後の維持期は,毎月診察リープ状病巣が閉塞しても長期経過となると治療前よりし,再治療の適応があれば,IVRを行うprorenata:も視力が悪化する症例が増えることから,PDT単独療(PRN)で行うことが原則必要である.Afriberceptを選法の選択がされなくなっている.併用療法の利点とし択した場合は,導入期以後は2カ月ごとの計画的投与とて,血栓形成によるCNVに対する選択的血管閉塞作用(29)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131677 ※abcd※abcd図9病巣が中心窩に存在した場合〔afribercept硝子体注射(IVA)単独療法〕(67歳,男性)治療前.矯正視力0.9であったためIVA単独療法を開始する.a:IA後期.異常血管網とポリープ状病巣(矢頭)を認める.b:OCT.ポリープ状病巣を示唆する内部に血管構造を伴う網膜色素上皮の急峻な隆起(矢印)と漿液性網膜.離を認める(※).3カ月後.計3回のIVAを行う.矯正視力1.5.c:IA後期.異常血管網は残存するが(小矢頭),ポリープ状病巣は確認できない(大矢頭).d:OCT.ポリープ状病巣を示唆する網膜色素上皮の急峻な隆起は縮小し(矢印),漿液性網膜.離は消失している.であるPDTと新生血管の血管内皮増殖阻害作用,血管上述したHikichiらの報告ではIVRの単独療法も,ポ透過性の抑制作用である抗VEGF薬の異なる奏効機序リープ状病巣の消失は25%,異常血管網は残存・拡大により治療効果を高められることと,抗VEGF薬によするが,2年間の長期期間で視力の観点からは有効でありPDTによるVEGFの増加,PDT後早期の血管外漏ることから19)IVRの単独療法も適応となる.出などの副反応を抑制できることが挙げられ,さらに治今後,afriberceptがranibizumabと異なる治療成績療回数の減少が期待できる.治療回数が減ることによりが報告される可能性もあり,抗VEGF硝子体注射に対患者の経済的負担を減らすこととなる.わが国の加齢黄してPDTの併用の可否は,現時点で結論はだせない.斑変性の治療指針では,PDTと抗VEGF薬併用療法は,しかし,抗VEGF硝子体注射単独療法で,無効例や薬PDT単独療法よりも視力成績が良好で,PDTの合併症剤耐性例に関しては,上述した理由でPDTを併用するとしての出血の頻度を低下させるという報告があることことにより,治療効果が期待できる可能性もある.から22.25),併用療法も適応になるとしている13).併用療法の方法としてIVRをPDTの7日前に行うよりも2おわりに日前に行ったほうが有意に視力の改善が得られるとの報PCVにはさまざまな所見があり,さまざまな経過を告もある23).たどるので,完全に予後をコントロールできる管理方法1678あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(30) abcdabcd図10病巣が中心窩に存在した場合〔ranibizumab硝子体注射(IVR)単独療法から光線力学的療法(PDT)併用に変更〕(63歳,男性)計8回のIVRを行うも漿液性網膜.離の消失と再発を繰り返し,矯正視力0.5となったため,PDTとの併用療法を行う.a:IA後期.異常血管網(矢頭)とポリープ状病巣(矢印)を認める.b:OCT.ポリープ状病巣を示唆するtomographicnotchsignを認める(矢頭).12カ月後.PDTとの併用療法後再発は認めず追加治療は行っていない.矯正視力1.0.c:IA後期.異常血管網は残存するが(矢頭),ポリープ状病巣の過蛍光は減弱している(矢印).d:OCT.網膜色素上皮.離は平坦化している(矢頭).はない.PCVと診断したら,生涯にわたり治療を含めた定期診察と自覚的な変化が生じた場合の迅速な診察,迅速な治療がPCVの管理の基本となる.文献1)YannuzziLA,CiardellaA,SpaideRFetal:Theexpandingclinicalspectrumofidiopathicpolypoidalchoroidalvasculopathy.ArchOphthalmol115:478-485,19972)髙橋寛二,石橋達朗,小椋祐一郎ほか(厚生労働省網膜脈絡膜・視神経萎縮症調査研究班加齢黄斑変性診断基準作成ワーキンググループ):加齢黄斑変性の分類と診断基準.日眼会誌112:1076-1084,20083)日本ポリープ状脈絡膜血管症研究会:ポリープ状脈絡膜血管症の診断基準.日眼会誌109:417-427,20054)MarukoI,IidaT,SaitoMetal:Clinicalcharacteristicsofexudativeage-relatedmaculardegenerationinJapanesepatients.AmJOphthalmol144:15-22,20075)UyamaM,WadaM,NagaiYetal:Polypoidalchoroidal(31)vasculopathy.Naturalhistory.AmJOphthalmol133:639-648,20026)湯澤美都子:ポリープ状脈絡膜血管症.日眼会誌116:200-232,20127)KawamuraA,YuzawaM,MoriRetal:Indocyaninegreenangiographicandopticalcoherencetomographicfindingssupportclassificationofpolypoidalchoroidalvasculopathyintotwotypes.ActaOphthalmol91:e474e481,20138)IijimaH,ImaiM,GohdoTetal:Opticalcoherencetomographyofidiopathicpolypoidalchoroidalvasculopathy.AmJOphthalmol127:301-305,19999)IijimaH,IidaT,ImaiMetal:Opticalcoherencetomographyoforange-redsubretinallesionineyeswithidiopathicpolypoidalchoroidalvasculopathy.AmJOphthalmol129:21-26,200010)TsujikawaA,SasaharaM,OtaniAetal:Pigmentepithelialdetachmentinpolypoidalchoroidalvasculopathy.AmJOphthalmol143:102-111,200711)Sato,KishiS,WatanabeGetal:Tomographicfeaturesofあたらしい眼科Vol.30,No.12,20131679 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典型加齢黄斑変性の管理

2013年12月31日 火曜日

特集●加齢黄斑変性診療ガイドあたらしい眼科30(12):1661.1668,2013特集●加齢黄斑変性診療ガイドあたらしい眼科30(12):1661.1668,2013典型加齢黄斑変性の管理ManagementofTypicalAge-RelatedMacularDegeneration大島裕司*はじめに加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)は,欧米をはじめとした先進国において成人の失明や視力低下の主原因となっており,近年ますます増加傾向が認められている.米国における視覚障害の検討では40歳以上の白人において視力0.01未満の視力障害の原因疾患の第1位が加齢黄斑変性で54.4%と最も多く,白内障,緑内障,糖尿病網膜症による視力障害の合計よりも多いと報告されている1).わが国においても,2006年の岐阜県多治見市における多治見スタディの報告で,加齢黄斑変性は視力0.05から0.3までの視力不良者の原因疾患の第4位と報告され,厚生労働省の網膜・脈絡膜・視神経萎縮調査研究班の報告では,わが国における身体障害者視覚障害の原因疾患の第4位となっている.福岡県久山町の地域住民を対象に行われている久山町スタディでは,その有病率は1998年からの9年間で0.9%から1.3%に増加していた.9年間でのAMD発症率は1.4%(男性2.6%,女性0.8%)で,特に男性においては欧米並みの発症率で,今後もさらに患者数の増加が危惧されるところである2,3).AMDは滲出型と萎縮型に大別されるが,滲出型は脈絡膜より発生する脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)が網膜下,および神経網膜に伸展し,CNVからの出血や滲出によって視力低下を招く予後不良のタイプである.萎縮型は脈絡膜血管が透見できる円形および楕円形の網膜色素上皮の低色素,無色素および欠損部位が認められるもので,緩徐に進行し網膜萎縮に至る.現在,萎縮病巣に対する治療法はない.滲出型AMDには典型加齢黄斑変性とその特殊型であるポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)と網膜血管腫状増殖(retinalangiomatousproliferation:RAP)が含まれる.わが国を含むアジア人では欧米人に比べてPCVが多いことがよく知られているが,2007年の久山町スタディでは典型AMDの有病率は0.8%,PCVは0.4%であった.このことからも,典型AMDはやはり滲出型AMDのなかで一番多く占めていると言える.そこで,本稿では滲出型AMDのなかでも典型加齢黄斑変性の病型診断,および現在おもに行われている治療に関して述べる.I典型加齢黄斑変性の診断滲出型AMDは,脈絡膜より発生する脈絡膜新生血管(CNV)が網膜下,および神経網膜に伸展し,CNVからの出血や滲出によって視力低下を招く.典型AMDはそのなかで特殊型であるPCVやRAPを除いたものである.滲出型AMDはいくつかの病型分類があるが,その病態を蛍光眼底造影,光干渉断層計(OCT)を含めた種々の検査結果より総合的に判断して理解し,より良い治療へ結びつける必要がある.AMDの病型分類にはCNVの位置,および性状によっていくつかの臨床的分類がある.一つの病型分類としてCNVの部位による分類がある.CNVが色素上皮よ*YujiOshima:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕大島裕司:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(13)1661 り外側,脈絡膜側にのみ存在する場合,これはI型CNVとよばれている.これに反して,CNVが色素上皮よりも神経網膜側にまで達しているものはII型CNVとよばれている.Greenらは,剖検眼を用いた検討で,I型単独が15%,II型単独は30%,I+II型の混合型が50%と報告している.フルオレセイン蛍光眼底造影の所見を基にした分類では,初期から網目状過蛍光を示し後期に旺盛な蛍光漏出を示すCNVをclassicCNV,初期には蛍光が不明瞭で後期に漏出が拡大を示すCNVをoccultCNVと分類している.おもにclassicCNVは色素上皮を超えて神経網膜内にCNVが存在するもの(いわゆるII型CNV)に多く,occultCNVはCNVが色素上皮下(I型CNV)に存在するものが多い.そのclassicCNVが病変の50%以上を占めるものをpredominantlyclassicCNV,50%未満のものをminimallyclassicCNV,まったく認めないものをoccultwithnoclassicCNVと分類する.II典型加齢黄斑変性の治療滲出型AMDのみならず,眼内血管新生には血管内皮細胞の分裂・増殖に大きな役割を果たす血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が重要な働きをしていることが知られている.滲出型AMDの治療はその原因となっているCNVを閉塞,消退させることが目標となる.現在,わが国でおもに用いられている加齢黄斑変性の治療法は,光凝固療法,光線力学的療法(PDT)と抗VEGF療法である.光凝固療法はCNV全体を凝固する有効な治療法である.しかし正常組織にも影響がでるため,中心窩を含まないCNVが治療の適応となる.そのため適応となる症例が多くはない.PDTは,抗VEGF療法が登場するまでは,滲出型AMD治療の主流であった.PCVに対してはその有効性が知られているが,典型AMDに対しては数々の臨床研究の結果,その有効性が抗VEGF療法に劣ることが報告されており,そのため現在では抗VEGF療法が主流となっている.わが国の治療指針においても中心窩を含むCNVを伴う典型AMDは抗VEGF療法が推奨されている4).1662あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013III抗VEGF療法血管内皮増殖因子(VEGF)は,分子量約20kDaのサブユニットが結合した2量体構造の蛋白質で,その働きは正常血管の発育や病的血管新生,血管透過性亢進に大きく関与している.VEGFにはその分子量の違いから5つのアイソフォームが存在し,眼内ではVEGF121とVEGF165がおもに産生されている.血管内皮細胞にはVEGFの受容体であるVEGFR-1とVEGFR-2が発現しているが,血管内皮細胞増殖や血管透過性亢進作用はおもにVEGFR-2を介している.VEGF165がVEGFR2とその補助受容体であるneuropilin-1と結合し,共発現させるとVEGF165によるVEGFR-2のシグナルがさらに増強し,血管内皮細胞分裂が亢進する.このため,VEGF165はVEGF121よりも強力な病的新生血管に関与していると考えられている.AMDにおいては網膜色素上皮(RPE)および周辺組織,さらにはCNVから高濃度のVEGFが分泌されていることが知られており,AMD患者の硝子体液,血清中,そして手術で摘出した網膜下新生血管膜にもVEGFが有意に多く認められている5).そこで,その血管新生の主役をなすVEGFを標的とした薬物療法が抗VEGF療法である.AMDの本態であるCNVの進行,活動性を低下させるために,そのVEGFを抑える抗VEGF薬を眼内に注射(硝子体内注射)して治療する.現在,わが国でAMDに対して用いられている抗VEGF薬はペガプタニブ(マクジェンR),ラニビズマブ(ルセンティスR),アフリベルセプト(アイリーアR)の3種である.それぞれの薬剤に対して今まで多数の臨床試験が行われ,すべてのCNVタイプでその有効性が示されている(表1).そのため,現在では典型AMDに対する初回治療では抗VEGF療法が第1選択となっている.1.ラニビズマブ(ルセンティスR)ラニビズマブは,分子量約50kDa,VEGFの中和抗体のFab断片で,ヒトVEGFに親和性を高めて創薬されている.中和抗体全長であるベバシズマブ(アバスチンR,分子量約150kDa)に比べて,分子量が小さいこ(14) 表1大規模臨床研究と対象病型臨床研究名薬剤名病変CNVタイプ〔PC/MC/ONCの割合(%)〕MARINA(n=716)ラニビズマブMCおよびONC(0.1/36.9/63.0)ANCHOR(n=423)ラニビズマブPC(96.9/2.8/0.2)PIER(n=184)ラニビズマブすべてのCNVタイプ(18.0/38.6/43.0)EXTENDI(n=76)ラニビズマブすべてのCNVタイプ(24.4/41.5/34.1:0.5mggroup)ペガプタニブ国内臨床試験(n=95)ペガプタニブすべてのCNVタイプ(27.7/42.6/29.8:0.3mggroup)VIEW1&2(n=2457)アフリベルセプトすべてのCNVタイプ(26.2/35.6/37.6:2mg8週毎group)PC:predominantlyclassicCNV,MC:minimallyclassicCNV,ONC:occultwithnoclassicCNV.ともあり組織親和性が高いが,眼内半減期が短い特徴がある.わが国では2009年に認可され,臨床使用が可能となった薬剤である.使用方法は1回0.5mgを1カ月に1回,硝子体内に毎月投与する.数々の臨床試験にて最も効果が得られた初回から連続3回投与までの3カ月間を導入期とよび,その後を維持期とよぶ.海外で行われた大規模臨床試験である,MARINA試験やANCHOR試験では,毎月投与を24カ月間行い,無治療群(sham群)やPDT単独治療群に比べて有意に視力が維持され,しかも治療前のベースラインより視力改善が得られたと報告している6,7).わが国で行われたEXTEND-Iとよばれる臨床試験でも連続12カ月の投与を行い,治療前に比べて有意な視力改善が認められている8).これらの臨床試験ではラニビズマブを毎月固定投与する方法をとられているが,実際の臨床の現場では毎月投与し続けることは,患者側にも医療者側にも負担が多く,現実的には不可能に近い.そのため,3カ月ごとの固定投与が試みられた.PIER試験やEXCITE試験では導入期3回連続の後,3カ月ごとの投与を行い,無治療群や毎月治療を行った群と比較しているが,3カ月ごとの投与では無治療に比しては良好であるが導入期の視力改善効果は維持できていない9).これにより,維持期の3カ月ごとの固定投与では効果が維持できないことが示された.そこで3カ月間の導入期投与の後,維持期に毎月経過観察を行い,視力やOCT,眼底所見の変化にある一定の基準を設け悪化が認められれば投与を行うという必要時投与(prorenata:PRN)という方法がとられるようになった.この方法を用いると導入期後に得られた視力を比較的維持できたという報告が多い.よく知られている臨床研究としてPrONTO試験やSUSTAIN試験があるが,わが国でも多くの施設で用いられている手法である10,11).ラニビズマブ治療指針策定委員会により維持期における追加投与基準が作成されており,これもPRNの手法が用いられている.その基準によると,前回来院時の視力を基準としてETDRS視力検査表の文字数に換算してほぼ5文字超の悪化に相当する少数視力の視標が判別できない場合,出血あるいは滲出性変化がある場合,追加投与が推奨されるが,最終的には眼科医が総合的に判断して追加投与を決定する.わが国のラニビズマブ市販後調査における平均投与回数は治療開始1年目,年間4.5回で他の臨床研究に比べて少ないものであった.山本らは,日本人に対してもこの手法で経過観察・加療を行うと良好な経過をたどると報告している12).図1に自験例を示す.またDENALI試験やMONTBLANC試験などのラニビズマブ単独治療とラニビズマブ,PDT併用療法を比較した大規模スタディが行われているが,両試験とも併用療法の大きな有用性(治療効果および治療回数)が示されなかった13,14).よって現在は典型AMDに対しての第1選択は抗VEGF療法が推奨されている.2.ペガプタニブ(マクジェンR)ペガプタニブはVEGF165のみを選択的に阻害するアプタマー製剤で,わが国では2008年に臨床使用が可能となった,初めての加齢黄斑変性に対する抗VEGF治療薬である.使用方法は1回0.3mgを6週間に1回,(15)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131663 治療前3カ月後11カ月後FAIAFAIAFAIA(0.3)(0.6)(0.5)51カ月後(0.5)図1典型AMDに対してラニビズマブ硝子体内投与(IVR)を行った症例82歳,男性.左)典型AMD(predominantlyclassicCNV).治療前視力は0.3,IVR3回後視力は0.6,滲出性変化は消失した.治療開始11カ月後に再発がみられ,追加投与開始.その後PRNで合計8回のIVRを施行.治療開始51カ月後に視力0.5,滲出性変化は認められていない.硝子体内投与を行う.ラニビズマブに比べて投与間隔が長く,導入期3カ月では2回の注射を行う.ペガプタニブはVEGF121には結合せず,病的血管新生を司ると言われているVEGF165のみを選択的に阻害するため,生体に対する安全性が高いと推察されていた.欧米で行われた大規模臨床試験であるVISION試験では,ペガプタニブ投与量を0.3mg,1.0mg,3.0mgと無治療(sham群)に分け1年間投与を行った.1年後に視力が維持されたのは0.3mg群で無治療に比べて有意に高かったとしている15).わが国での臨床試験の結果でも0.3mg投与で視力変化は治療前と比べて維持が認められ,その維1664あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013持効果はほぼPDTと同等であったと推測されている.しかし,視力改善効果は認められず,治療の目標としては視力が低下するリスクを下げ,視力を維持することにとどまる16).そのため,典型AMDのすべての患者に対して初期治療第1選択となることは多くなく,心血管・脳血管イベント既往のある患者に対して第1選択となることが多い.またその安全性,視力維持効果に着目して近年では,病態が安定している患者の維持療法として用いられている.この手法の代表的な臨床研究はLEVEL試験であり,わが国でも同様の研究が行われ,LEVELJ試験とよばれている17,18).これは導入期にラニビズマ(16) FAIA8カ月後(0.5)ブ,ベバシズマブ,PDTなどにより得られた視力改善効果を維持期に6週間ごとペガプタニブを投与し視力を維持するというものである.6週ごとの投与により,合併症のリスクを減らし,安全に視力を維持することが目0.0導入維持期0.20.40.60.81.0ベースライン経過時間(週)図2ペガプタニブを用いたLEVEL.J試験での視力変化54週終了時には治療開始前に対して有意に視力改善し,比較的ベースライン視力を維持できている.p<0.001治療前に対して(pairedt-test).(文献18より)治療前(0.6)3カ月後FA(0.4)0.290.610.26*n=75平均±SElogMARW6W18W30W42W54標である.このスタディによると導入期で得られた視力が1年後に維持することが可能だったと報告している(平均logMAR視力でベースライン視力0.26が1年後に0.29)(図2).3.アフリベルセプト(アイリーアR)アフリベルセプトはVEGFの受容体(VEGFR-1およびVEGFR-2)とIg(免疫グロブリン)GのFcの融合蛋白でVEGFのすべてのアイソフォームのみならず胎盤成長因子をも抑制する.アフリベルセプトは,VEGFおよび胎盤成長因子と強固に結合し,硝子体内半減期もラニビズマブより長いことが推定されている(ラニビズマブ3.2日,アフリベルセプト4.8日).アフリベルセプトはわが国でも2012年に認可されたばかりで大規模臨床試験であるVIEW試験以外の報告はまだ少ない.VIEW試験は世界規模で2,400名以上の登録患者で行われた臨床試験で,わが国も参加している.この試験ではIA図3典型AMDに対してアフリベルセプト硝子体内投与(IVA)を行った症例59歳,男性.右)典型AMD(occultwithnoclassicCNV).治療前視力は0.6,病変は一部器質化し広範な網膜下出血を認めていた.IVA3回施行後視力は0.4,出血は消失し,滲出性変化も減少.IVA開始8カ月後視力0.5,網膜内.胞が認められる.(17)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131665 IAIVA6カ月後(IVA4投与)(0.3)図4ラニビズマブ無反応例に対してアフリベルセプトに切り替えた症例60歳,男性.右)典型AMD(occultwithnoclassicCNV).治療前視力0.5,IVR3回終了後視力0.3,漿液性色素上皮.離(PED)はほぼ変化なかった.PRNにて維持期にIVR10回施行するも視力およびPEDはほぼ変わらず.IVR14カ月後視力0.3,IVAに切り替IVR治療前IVR3カ月後IVR14カ月後(IVR10投与)IVA切り替え時(0.5)FA(0.3)FAIA(0.3)FAIAえ,IVA4回施行後PEDは消失,視力0.3であった.アフリベルセプト(0.5mg,2mg)の効果が,ラニビズマブを対照薬として検討されている.また毎月固定投与群と,維持期に2mgアフリベルセプトを2カ月毎固定投与する群の比較も行われている.その結果,維持期におけるアフリベルセプト(2mg)の2カ月毎投与は,ラニビズマブ毎月投与に比して非劣勢が示された19).アフリベルセプトの効果に関しては今後種々の報告,研究がさらに行われると予想されるが,現時点では,ラニビズマブ同様に典型AMDに対して有効である印象である.1666あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013また,他剤に対して耐性のために他剤が無効になった症例や他剤無反応例,特にoccultCNVに対してその有効性が報告されている20).図3,4に自験例を示す.IV維持期における管理前項でも述べたが,数々の臨床研究結果より,病状を安定させ,良好な視力を維持するためには,毎月来院,毎月固定投与が一番の方法であると推察される.しかし,これは患者側および医療者側にも負担が大きく,実(18) 臨床では不可能に近い.わが国では実際にはPRNによる追加投与が主流である.PRNでは,毎月投与に比べて治療成績が劣ることはよく知られている.しかし,CATT試験やHARBOR試験のようなPRNと毎月投与を比較した臨床試験では,経過観察時に厳密な管理を行えばPRNでもやや劣るものの比較的良好な結果を得ている.そのためには必然的に投与回数は増加する傾向がある.実際,これらの試験での投与回数はわが国の実臨床PRNに比べて多数回必要であった(初年度年間投与回数,CATT:PRN6.9回,毎月投与11.7回,HARBOR:PRN7.7回,毎月投与11.3回)21,22).アフリベルセプトに関しては,VIEW試験で維持期における2カ月毎の固定投与が毎月投与に比べて非劣勢が示されているが,実臨床での維持期の経過や治療方針に関してはまだ不明な点も多く,今後の研究結果が待たれるところである.近年,欧米ではTreatandExtendという管理を行う施設が増えてきている.これは,初期治療にて滲出性変化の改善が得られた後,来院間隔を少しずつ延長し,滲出性変化がない状態でも投与を行い,さらに来院間隔を延ばすという方法である.もし,滲出性変化が認められたときには投与を行うのはもちろんであるが,来院間隔の延長は行わない.これは滲出性変化が出る前に投与を行うという,病態がproactiveな状態で投与・管理を行う方法で,この手法を用いると良好な結果を維持できると報告されている23,24).しかし,一定のプロトコールなどがなく,今後の結果が待たれるところである.おわりに加齢黄斑変性は,抗VEGF薬の登場により視力維持が可能な疾患となってきている.特に典型AMDに対しての治療は,抗VEGF療法が第1選択である.視力予後を考えると定期的にproactiveな状態で投与するほうが良好な結果が得られる可能性が高いが,投与回数の増加に伴い,局所的および全身的合併症のリスクが増加することも懸念しなければならない.われわれ眼科医は,患者個々人の病態を適切に把握し,治療タイミングの選択,および治療のベネフィットと合併症などのリスクや経済的背景を考慮し治療を行わなければならない.(19)文献1)CongdonN,O’ColmainB,KlaverCCWetal:CausesandprevalenceofvisualimpairmentamongadultsintheUnitedStates.ArchOphthalmol122:477-485,20042)OshimaY,IshibashiT,MurataTetal:PrevalenceofagerelatedmaculopathyinarepresentativeJapanesepopulation:theHisayamastudy.BrJOphthalmol85:11531157,20013)MiyazakiM,KiyoharaY,YoshidaAetal:The5-yearincidenceandriskfactorsforage-relatedmaculopathyinageneralJapanesepopulation:theHisayamastudy.InvestOphthalmolVisSci46:1907-1910,20054)髙橋寛二,小椋祐一郎,石橋達朗ほか:加齢黄斑変性の治療方針.日眼会誌116:1150-1155,20125)KliffenM,SharmaHS,MooyCMetal:Increasedexpressionofangiogenicgrowthfactorsinage-relatedmaculopathy.BrJOphthalmol81:154-162,19976)RosenfeldPJ,BrownDM,HeierJSetal:Ranibizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed355:1419-1431,20067)KaiserPK,BrownDM,ZhangKetal:Ranibizumabforpredominantlyclassicneovascularage-relatedmaculardegeneration:subgroupanalysisoffirst-yearANCHORresults.AmJOphthalmol144:850-857,20078)TanoY,OhjiM,EXTEND-IStudyGroup:EXTEND-I:safetyandefficacyofranibizumabinJapanesepatientswithsubfovealchoroidalneovascularizationsecondarytoage-relatedmaculardegeneration.ActaOphthalmol88:309-316,20109)AbrahamP,YueH,WilsonL:Randomized,double-masked,sham-controlledtrialofranibizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration:PIERstudyyear2.AmJOphthalmol150:315-324.el,201010)LalwaniGA,RosenfeldPJ,FungAEetal:Avariable-dosingregimenwithintravitrealranibizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration:year2ofthePrONTOStudy.AmJOphthalmol148:43-58.el,200911)HolzFG,KorobelnikJ-F,LanzettaPetal:Theeffectsofaflexiblevisualacuity-drivenranibizumabtreatmentregimeninage-relatedmaculardegeneration:outcomesofadruganddiseasemodel.InvestOphthalmolVisSci51:405-412,201012)YamamotoA,OkadaAA,SugitaniAetal:Two-yearoutcomesofprorenataranibizumabmonotherapyforexudativeage-relatedmaculardegenerationinJapanesepatients.ClinOphthalmol7:757-763,201313)KaiserPK,BoyerDS,CruessAFetal:Verteporfinplusranibizumabforchoroidalneovascularizationinage-relatedmaculardegeneration:twelve-monthresultsoftheDENALIStudy.Ophthalmology119:1001-1010,201214)LarsenM,Schmidt-ErfurthU,LanzettaPetal:Verteporfinplusranibizumabforchoroidalneovascularizationinあたらしい眼科Vol.30,No.12,20131667 age-relatedmaculardegeneration:twelve-monthMONTBLANCstudyresults.Ophthalmology119:992-1000,15)VEGFInhibitionStudyinOcularNeovascularization(V.I.S.I.O.N.)ClinicalTrialGroup,ChakravarthyU,AdamisAPetal:Year2efficacyresultsof2randomizedcontrolledclinicaltrialsofpegaptanibforneovascularage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology113:1508.e1-25,200616)ペガプタニブナトリウム共同試験グループ(代表者:田野保雄):脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性を対象としたペガプタニブナトリウム1年間投与試験.日眼会誌112:590600,200817)FribergTR,TolentinoM,LEVELStudyGroupetal:Pegaptanibsodiumasmaintenancetherapyinneovascularage-relatedmaculardegeneration:theLEVELstudy.BrJOphthalmol94:1611-1617,201018)IshibashiT,LEVEL-JStudyGroup:Maintenancetherapywithpegaptanibsodiumforneovascularage-relatedmaculardegeneration:anexploratorystudyinJapanesepatients(LEVEL-Jstudy).JpnJOphthalmol57:417423,201319)HeierJS,BrownDM,ChongVetal:Intravitrealaflibercept(VEGFtrap-eye)inwetage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology119:2537-2548,201220)YonekawaY,AndreoliC,MillerJBetal:Conversiontoafliberceptforchronicrefractoryorrecurrentneovascularage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol156:29-35.e2,201321)CATTResearchGroup,MartinDF,MaguireMGetal:Ranibizumabandbevacizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed364:1897-1908,201122)BusbeeBG,HoAC,BrownDMetal:Twelve-monthefficacyandsafetyof0.5mgor2.0mgranibizumabinpatientswithsubfovealneovascularage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology120:1046-1056,201323)OubrahamH,CohenSY,SamimiSetal:Injectandextenddosingversusdosingasneeded:acomparativeretrospectivestudyofranibizumabinexudativeage-relatedmaculardegeneration.Retina31:26-30,201124)ToalsterN,RussellM,NgP:A12-monthprospectivetrialofinjectandextendregimenforranibizumabtreatmentofage-relatedmaculardegeneration.Retina33:1351-1358,20131668あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(20)

前駆病変と委縮型加齢黄斑変性の管理と予防的治療

2013年12月31日 火曜日

特集●加齢黄斑変性診療ガイドあたらしい眼科30(12):1651.1660,2013特集●加齢黄斑変性診療ガイドあたらしい眼科30(12):1651.1660,2013前駆病変と萎縮型加齢黄斑変性の管理と予防的治療ManagementandProphylacticTreatmentsforEarlyStageandAdvancedDryFormofAge-RelatedMacularDegeneration安川力*はじめに加齢黄斑変性(AMD)は,脈絡膜新生血管(CNV)の発生を主病態とする滲出型AMDと,視細胞,網膜色素上皮(RPE),脈絡膜毛細血管が徐々に萎縮(地図状萎縮)に至る萎縮型AMDに分類される.欧米では萎縮型AMDの割合が多いのに対し,わが国では滲出型AMDがほとんどで萎縮型AMDは少ない.滲出型AMDは発症すると数カ月で視力低下し放置すると約6.7割の症例で矯正視力が悪化し,しばしば0.1未満となってしまうが,最近は,抗血管内皮増殖因子(VEGF)療法と光線力学的療法(PDT)により長期的に視力維持できる症例も多くなった.一方,萎縮型AMDは国内には少ないが海外では罹病率は高く,徐々に視力低下してしまうが,有効な治療法がない.また,最近の海外の報告によると,滲出型AMDにおいても抗VEGF療法で治療している症例のほとんどで地図状萎縮が発生し,中心窩下に及ぶと不可逆的視力低下の原因となり,CNV由来の線維性瘢痕と並んで重要である.萎縮型AMDは,滲出型AMDにおけるCNV発生という比較的急性の病態を伴わず,ドルーゼンや色素上皮異常などの前駆病変が増悪していき,徐々に地図状萎縮の発生,拡大を認め,持続的な光線曝露の環境下にある眼の加齢変化の病的段階と考えられる.眼の最初の加齢変化は,RPE細胞内へのリポフスチン蓄積である1).光を感受する視細胞外節は光線曝露の環境下で酸化変性して傷むため,皮膚と同様,常に内節側から再生して,古くなった先端をRPE細胞が日常的に貪食しているが,酸化変性した物質はライソゾーム内での消化処理や物質輸送に抵抗しがちで,その溶け残りがリポフスチンとして蓄積してくる.リポフスチンは自発蛍光を有することから,近年,蛍光眼底造影機器で観察が可能となっている.特に,眼底自発蛍光の特徴的な異常所見はAMDの発症や増悪を予見する前駆所見であり,臨床上,重要である2,3).リポフスチンの蓄積は生後から始まり徐々に進行して細胞質内をおよそ満たす30代ぐらいになると,つぎの加齢変化として,RPE直下に脂質沈着を認めるようになり,Bruch膜は徐々に肥厚し,水の透過率が低下してくる4).滞留した脂質は酸化して,フリーラジカルの発生源となりRPEの細胞膜を障害したり接着障害を引き起こしたりする5,6).また,補体の活性化やマクロファージが受容体を介して過酸化脂質を認識することでVEGFなどの炎症性サイトカインを産生して慢性炎症が持続することとなる.リポフスチンを蓄えたRPEは光障害を受けやすく,このような状況で,RPEの色素異常やドルーゼンが臨床上,観察されるようになり,これらは統計上,AMDの危険因子であることから,「AMDの前駆病変」とよばれる7.9)(図1,表1).このような眼の加齢変化を抑えることは,AMD発症予防につながりうる.光線曝露による脂質沈着と酸化ストレスによる慢性炎症が病態背景にあるため,酸化ストレスを助長していると考える喫煙は明らかな危険因子で*TsutomuYasukawa:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学〔別刷請求先〕安川力:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(3)1651 若年時30歳代40歳代メラニン頼粒Bruch膜網膜網膜色素上皮(RPE)脈絡膜毛細血管視細胞外節RPE脈絡膜毛細血管リポフスチン蓄積リポフスチン蓄積脂質沈着眼底自発蛍光(リポフスチンに由来)異常眼底自発蛍光(加齢黄斑変性前駆所見)小型(硬性)ドルーゼン50歳代以降:加齢黄斑変性前駆病変RPE色素異常(脱色素/色素沈着)大型(軟性)ドルーゼン網膜色素上皮.離図1黄斑部の加齢現象と前駆病変網膜の外層にある視細胞の外節が光線を感受して電気信号に変換している.光線曝露と脈絡膜からの酸素曝露による酸化ストレス環境下で,変性した視細胞外節を網膜色素上皮(RPE)が貪食してメンテナンスしているが,消化しきれないものが難溶性で自発蛍光を有するリポフスチンとして蓄積し始める.30歳代以降,RPE下に脂質沈着が始まり,時に,小型ドルーゼンが観察されるようになる.50歳代以降,加齢黄斑変性の前駆病変が出現すると加齢黄斑変性の発症に注意が必要である.(文献9より)1652あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(4) 表1加齢黄斑変性の国内診断基準とAREDSカテゴリーと診療方針国内診断基準前駆病変萎縮型AMD滲出型AMDドルーゼン(サイズ:μm)中.大(63≦)1個≦PED(サイズ:乳頭径)漿液性(<1乳頭径)漿液性(≧1乳頭径)出血性その他の病態RPE色素異常中心窩外GA中心窩下GACNVAREDSカテゴリー12(早期AMD)3(中期AMD)4(晩期AMD)ドルーゼン*(サイズ:μm)小(<63)<5個5個≦中(63≦,<125)1個≦<20個20個≦大(125≦)1個≦AREDSサプリメント推奨診療方針生活スタイルの改善**CNVの治療*AREDSでは,ドルーゼンのサイズと総面積でカテゴリー分類されている.個数は総面積の目安.**生活スタイルの改善:①禁煙,②緑黄色野菜摂取,③血圧コントロール,④肥満解消.AMD:age-relatedmaculardegeneration(加齢黄斑変性),CNV:choroidalneovascularization(脈絡膜新生血管),GA:geographicatrophy(地図状萎縮),PED:pigmentepithelialdetachment(色素上皮.離).あり禁煙が推奨され,また,抗酸化物質と光毒性の強い青色光を遮断する黄色色素(ルテインやゼアキサンチン)が予防効果を発揮しうる7).ただし,サプリメントは確かなエビデンスがなく販売されているものも多く,現在のところ,米国NIH(NationalInstituteofHealth)のNationalEyeInstitute(NEI)主導の大規模臨床試験Age-RelatedEyeDiseaseStudy(AREDS)の2001年の報告と,2013年のAREDS2の報告に基づき,AMDの前駆病変に対してと,片眼ですでにAMDを罹患している患者に対して,ビタミンC,E,亜鉛,ルテイン/ゼアキサンチンを含有するサプリメントを推奨すべきである10,11).その他,高血圧のコントロールや肥満の解消など生活スタイルの改善も間接的に重要であるとされている12,13).I加齢黄斑変性の前駆病変(図1,表1)1.ドルーゼン成人の検診で実施されることが多い眼底カメラによる眼底検査でしばしば認めるのが,山吹色の顆粒状の沈着物であるドルーゼンである.40歳ぐらいから直径63μm(網膜中心静脈の起始部の直径125μmの半分が目安)未満の境界明瞭な小型(硬性)ドルーゼンが眼底にみられるようになる.さらに,50歳以上の7人に1人に,やや境界不鮮明で直径63μm以上の中型.大型(軟性)ドルーゼンやRPEの色素異常を認めるようになる.大型ドルーゼンが中心窩から2乳頭径以内に1個でも存在すると,AMD発症率が有意に高く7),わが国の診断基準の「前駆病変」の一つである8).ドルーゼンが存在するだけの段階では自覚症状がない場合が多いが,網膜感度を調べるとドルーゼンの直上や近傍の網膜感度が低下している.便宜上,サイズでドルーゼンは分けられることが多いが,小型と大型では性状が異なる.小型(硬性)ドルーゼンは,組織学的にはPAS(過ヨウ素酸Schiff)染色陽性でヒアリン質の均一内容物の風船様の沈着物で,びまん性にRPEと基底膜の間に蓄積してくるbasallaminardepositと似ていて,リポフスチン蓄積と脂質沈着による酸化ストレス下で,RPEが基底部側で障害を受け,細胞質がちぎれて(segmentation,budding,shedding)形成され,RPEのストレスの状況を反映していると考えられる.小型ドルーゼンの直上のRPE細胞は細胞質を失いドルーゼンに押しやられて伸展して,おそらく前述の貪食機能などが障害され,(5)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131653 視細胞外節が処理されずに,限局性に,徐々に萎縮してくるものと考えられる14).したがって,単発の小型ドルーゼンは視機能に影響を与えないが,多発している部位では,時に,RPE/視細胞の萎縮が融合して地図状萎縮(萎縮型AMD)に進展する.最近,偽ドルーゼン(網膜下ドルーゼン様沈着物)とよばれる網膜下の顆粒状沈着物の存在が光干渉断層計(OCT)で確認されるようになった.ドルーゼンと内容物は近似していて,異所性に発生した小型ドルーゼンと考えられる.一方,大型(軟性)ドルーゼンは,組織学的にはRPEの基底膜とBruch膜の内膠原線維層の間にびまん性に蓄積してくるbasallineardepositと同様に膜性沈着物と脂質に富んだ内容物であったり,小さな網膜色素上皮.離(PED)であったりする.大型ドルーゼンが1つでも存在する状況は,前述の加齢変化としてのBruch膜への脂質沈着が高度であることを示唆していて,大型ドルーゼン自体よりも,むしろ,このような背景がAMD発症に密接に関与していると考えられる.軟性ドルーゼンが黄斑部に多発している場合,偽ドルーゼンや後述の異常眼底自発蛍光の網状パターンをしばしば併発し,網膜血管腫状増殖(RAP)と萎縮型AMDの発症率が高い.2.RPEの色素異常(色素沈着・脱色素)ドルーゼンと比べると,見逃されがちであるが,中心窩から2乳頭径以内のRPEの色素異常も統計的にAMDの危険因子であり,前駆病変と診断される重要な所見である7,8).色素沈着や脱色素斑,または色素むらとして観察される.眼底写真ではっきりしない場合でも,蛍光眼底造影上,色素沈着はインドシアニングリーン蛍光眼底造影で低蛍光,脱色素斑はフルオレセイン蛍光眼底造影でwindowdefectによる過蛍光として確認できる.ドルーゼンは加齢変化として出現する沈着物であるのに対し,RPEの色素異常はそういった加齢変化を背景に実際にRPE細胞が局所性に器質的障害を受けた状態であり,喫煙が密接に関与しているため,わが国では喫煙率の男女差を反映して男性に多い.外側血液網膜関門が破綻しやすい状況であり,AMDや中心性漿液性脈絡網膜症の病態に関与しうる.やはり自覚症状を認めない場合が多いが,色素沈着や脱色素の部位も網膜感1654あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013度の低下がみられ,中心窩下に認めると視力低下の原因となりうる.萎縮が進行してRPE細胞の欠損が生じた状態が地図状萎縮であり,徐々に拡大傾向を認める場合が多い.3.1乳頭径未満の漿液性網膜色素上皮.離直径1,500μm(視神経乳頭の直径が目安)未満の小さな漿液性PEDを認め,CNVが明らかでない場合,国内の診断基準でAMDの前駆病変と診断される8).前述のように,大型ドルーゼンの一部は組織的には小さな漿液性PEDであることからわかるように,PEDは,蛍光眼底造影上,CNVを認めない場合も多い.Bruch膜への脂質沈着とRPEの基底部側の障害により,加齢眼のRPEは接着障害を起こしやすく,いったんPEDが生じるとRPEとBruch膜に囲まれた空間内の膠質浸透圧により,緊満な.離状態になり改善のきっかけが得られにくい.蛍光眼底造影で後期に過蛍光になってくるPEDでは抗VEGF薬や光線力学的療法が奏効する場合がある.おそらく,このような症例では,CNVやポリープ血管が潜在していて,Bruch膜を破壊して侵入した透過性亢進血管からの滲出圧がPED発生のおもな駆動力であるためと考えられる.一方で,Bruch膜が保存されているPEDの発生には閉鎖空間内の膠質浸透圧の要因が強くなり,治療に反応しないことが多いのではないかと推測する.PEDの存在は,滲出型AMDの発症や増悪の温床となり,また,CNVに起因する色素上皮裂孔は併発しにくいとしても,徐々に.離したRPEは萎縮してくるので厄介な病態である.黄斑下に存在すると,軽度の遠視化や変視症の原因となるがPEDのみでは矯正視力は良好であるため治療開始の決断がむずかしい.中心窩下に漿液性網膜.離を併発し遷延したり,RPEが萎縮したりしてくると視力低下してくる.数カ月.数年後に自然消失する場合もあれば,さらに拡大する場合もある.4.異常眼底自発蛍光近年の画像機器の進歩により,微弱な眼底自発蛍光を加算平均することによりノイズを減らして測定することが可能となり,2012年に眼底自発蛍光検査は保険収載(6) された.低侵襲で簡便な検査であり,加齢黄斑変性や網膜色素変性の診断,病状の把握に有用である.前述のごとく,生後より蓄積してくるRPE内のリポフスチンがおもな過蛍光物質であり,生理的な加齢変化として均一な背景蛍光として観察される(図1)1,15).しかし,ドルーゼンなどを認める時期以降に,minimal,focalincrease,patchy,focalplaque-like,linear,lace-like,reticular,speckledなど,特徴的なパターンを示す異常な眼底自発蛍光(過蛍光)を認める場合があり,このような眼では後に滲出型AMDや地図状萎縮を発症したり,既存の病変が拡大したりすることが明らかになっている2,3).つまり,異常眼底自発蛍光はAMDの前駆所見として重要である.たとえば,patchy,focalplaque-likeを認める眼は高率に滲出型AMDを発症し,linear,lace-likeは地図状萎縮に進展する可能性があり,reticularパターンはRAPと萎縮型AMDのリスクである3,16).異常眼底自発蛍光を示す部位にはドルーゼンが存在する場合としない場合がある.Patchyパターンは大型ドルーゼンと同じ局在を示す場合が多く,またreticularパターンもRAP特有の集簇性の大型ドルーゼンを伴う場合が多いが,一方,linear,lace-likeパターンは眼底所見に乏しい場合があり,地図状萎縮の前駆所見として重要である.II地図状萎縮(図2)RPEの萎縮が進行するともはや細胞間の接着が保てabcd図2地図状萎縮と眼底自発蛍光77歳,男性.両眼性に黄斑部に集簇する軟性ドルーゼンを認め,萎縮型AMDと網膜血管腫状増殖の発症に注意すべき症例である.a,b:右眼の眼底写真と眼底自発蛍光.眼底写真上は軟性ドルーゼンを多数認め,一部,融合している.地図状萎縮ははっきりしないが,眼底自発蛍光では斑状の低蛍光領域として地図状萎縮を確認できる.低蛍光領域の周囲には軟性ドルーゼンと一致して,patchyパターンの異常眼底自発蛍光(過蛍光)を認める.c,d:3年後の同一眼.ドルーゼンは消退傾向であるが,異常眼底自発蛍光を認めた部位に向かって地図状萎縮の拡大を認める.(7)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131655 なくなり,円形.地図状の欠損が生じる.RPEは生理的にVEGFを分泌し脈絡膜毛細血管を保持しているので,RPE欠損部位では脈絡膜毛細血管は萎縮していく.視細胞はしばらく生存している可能性があるが,脈絡膜毛細血管の萎縮による酸素,栄養補給の枯渇により,またRPEに貪食されるべき外節の停滞により,徐々に萎縮していく.最終的には,Bruch膜の加齢性沈着物も排除され,網膜のグリア細胞が瘢痕形成に動員されて網膜と脈絡膜組織は癒着し,時に,網膜内に.胞を形成することとなるが,大抵,視細胞萎縮が先行していて暗点内の病変につき治療意義は乏しくなる.前述の自発蛍光検査は過蛍光異常所見をとらえるだけでなく,低蛍光所見を観察するのに有用である.萎縮型AMDの地図状萎縮部位や網膜色素変性で視野欠損部位などに一致して,RPEの欠損,リポフスチンの消失による低蛍光を認める(図2)17).視野欠損など視機能の低下部位と一致し,これらは徐々に拡大傾向を示し,病気の進行の把握,視野欠損などの視機能の状態に対する客観的評価のために有用である.ただし,RPEの欠損だけでなく,キサントフィル,新鮮な網膜.離,色素沈着,硬性白斑,フィブリンや,新鮮出血などでも蛍光ブロックによる低蛍光所見を呈するので注意を要する.IIIAREDS推奨サプリメント(表2)1.AREDSによるAMD病期カテゴリーAMDに対する抗酸化サプリメントの有効性を調べるために,AREDSでは,被験者のAMDの発症リスクの高さを,前駆病変の有無などをもとにカテゴリー1.4に分類している(表1)10).カテゴリー2を早期AMD,カテゴリー3を中期AMD,カテゴリー4を晩期AMDとよぶ場合があり,国内では独自にカテゴリー2と3のドルーゼンの所見を認めれば「AMD前駆病変」,地図状萎縮を認める場合,中心窩下を含むかを問わず「萎縮型AMD」,脈絡膜新生血管を認める場合と1乳頭径以上の漿液性色素上皮.離,大きさを問わず出血性色素上皮.離を認める場合,「滲出型AMD」と分類している8).AREDSでの結果では,5年間のAMDの発症率はカテゴリー1.4でそれぞれ0.4%,1.3%,18%,43%であり,カテゴリー3,4のAMD発症率が高い.すなわち,大型ドルーゼンを認める場合と地図状萎縮を認める場合,特にAMD発症眼の僚眼においてAMD発症率は高く,抗酸化サプリメント摂取が推奨される.表2AREDS,AREDS2推奨サプリメントと国内製品の成分表スタディ名AREDSAREDS2製品名プリザービジョンプリザービジョン+ルテインオキュバイト+ルテインルタックス15販売会社わかもとわかもとわかもと参天ビタミンCビタミンEb-カロテン亜鉛銅500mg400IU15mg80mg2mg500mg400IU─25mg2mg408mg241.6mg15.75mg30mg1.5mg408mg241.6mg─30mg1.5mg300mg60mg1.2mg9mg0.6mg288mg150mg─9mg1.2mgルテインゼアキサンチンDHAEPA10mg2mg(350mg)*(650mg)*9mg6mg15mgその他ビタミンB2ナイアシンセレンマンガンDHA:docosahexaenoicacid(ドコサヘキサエン酸),EPA:eicosapentaenoicacid(エイコサペンタエン酸).*DHA,EPAの追加効果は認められなかった.1656あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(8) 2.AREDSとAREDS2AMD予防にサプリメントを推奨する根拠として,2001年に報告されたAREDSと2013年に追試されたAREDS2の報告が重要である10,11).AREDSの多施設無作為臨床試験により,抗酸化物質としてビタミンC,ビタミンE,およびb-カロテン,抗酸化ミネラルとして亜鉛(貧血予防に銅も摂取)の効果が調査された10).AMD発症率の高いカテゴリー3と4,つまり大型のドルーゼンを認める眼や片眼がAMDを発症している僚眼においては,5年間のAMD発症率はプラセボ群で28%に対して,抗酸化物質群23%,亜鉛群22%,抗酸化物質+亜鉛群20%で,プラセボ群に対するオッズ比は,抗酸化物質投与群0.71(p=0.03),亜鉛群0.70(p=0.005),抗酸化物質+亜鉛群0.66(p=0.001)で,亜鉛投与群と抗酸化物質+亜鉛群で有意にAMDの発症予防効果を認めた.一方で,AREDSの調査中に,調査成分であるb-カロテン摂取が喫煙者の肺癌のリスクを高めると他の臨床研究で報告され18,19),また,同類のカロテノイドである黄斑色素(ルテイン・ゼアキサンチン)と競合して取り込みを阻害している可能性が示唆された20).その他,高用量の亜鉛は胃炎,貧血,地図状萎縮の助長などの可能性が懸念された.そこで,AREDS2として,AREDSで推奨されているサプリメント摂取を基本として,黄斑色素であるルテイン・ゼアキサンチンと,近年,有効性が報告されているw-3多価不飽和脂肪酸(ドコサヘキサエン酸,エイコサペンタエン酸)の追加効果と,b-カロテン削除と亜鉛減量の可能性について検討された11).結果,5年のAMD発症率へのルテイン・ゼアキサンチンやw-3脂肪酸追加効果は認めなかった.ただ,サブ解析で,b-カロテンの代わりにルテイン・ゼアキサンチンを加えることの意義は示唆された.b-カロテン削除と亜鉛の減量はどちらもAMD発症率の結果に影響しなかった.このように,w-3脂肪酸に関しては,AREDSが推奨する従来のサプリメントに追加する意義が示されない結果となった.亜鉛に関してはもともと国内で販売されているサプリメントは含有量が低く設定されているが,今回の結果から判断すると問題ないと考えられる.よって,現時点では,ビタミンC,E,亜鉛に,(9)b-カロテンの代わりにルテイン・ゼアキサンチンを含むサプリメントが推奨される.国内で販売されている商品のなかでは,オキュバイトプリザービジョン+ルテイン(わかもと製薬)とサンテルタックス15+ビタミン&ミネラル(参天製薬)が適切なものと考えられる(表2).IVその他の生活指導(図3,表3)海外の治療指針に基づき,生活様式の改善として,禁煙,緑黄色野菜の摂取,血圧コントロール,体脂肪率の改善が,前駆病変.AMD発症患者(カテゴリー2.4)に推奨される12,13).喫煙はAMD発症リスクを3.4倍高めると報告されているので,できる限り禁煙指導に努めるべきである21,22).カテゴリー2,すなわち中型ドルーゼンや色素異常のみの患者に対しては,厳密にはサプリメントを推奨する必要はないが,5年間で約30%の患者がカテゴリー3,4に移行することがわかっている10).したがって,より早期からの予防の試みとして,食生活改善,すなわち肉食よりw-3脂肪酸を含む魚の摂取,抗酸化ビタミンを含む緑黄色野菜摂取などを推奨すると良いと考える.高血圧と肥満はAMD発症率を少し高める可能性がある22,23).AMD患者の約半数以上は高血圧の治療を行っており,抗VEGF薬硝子体内注射で血圧上昇するという報告もある.また,PCVの患者において高血圧は網膜下出血のリスクとなりうる.このように,高血圧の病態への関与は不明な点が多いがコントロールすべきであろう.高脂血症はBruch膜に蓄積した脂質の排除を間接的に妨げる要因となりうる.脂質関連遺伝子の遺伝子多型がAMDに関与すると,最近,報告されている24,25).肥満とAMDの関係は海外を中心に報告されている.スタチンがAMDに有効である可能性が以前報告されたこともあり,体脂肪率の改善に努めるのが無難であろう.その他,アルコール摂取に関しては,ビールの大量摂取は萎縮型AMDのリスクであるという報告がある.一方,赤ワインはポリフェノールの影響か予防効果が報告されている.飲酒は過剰摂取でなければそれほど問題でないと説明すると良い26).滲出型AMDは高齢者の疾患であるので,白内障手術を検討すべき状況をしばしば経験するが,滲出型AMDあたらしい眼科Vol.30,No.12,20131657 (50歳以上,)中心窩から2乳頭径の範囲に:前駆病変a)軟性(中型・大型)ドルーゼン:直径63μm以上,1個以上b)網膜色素上皮(RPE)異常:色素沈着,脱色素,色素むらc)1乳頭径未満の漿液性網膜色素上皮.離(PED)前駆病変関連所見d)異常眼底自発蛍光(minimal,focal,patchy,plaque-like,linear,lace-like,reticular,speckled)萎縮型AMDe)地図状萎縮(geographicatrophy:GA)診療方針/生活指導.4~6カ月ごとに経過観察(視力,OCT,眼底カメラ).AREDSサプリメント推奨〔特に大型ドルーゼン(125μm以上),PED,異常眼底自発蛍光,GAを認める場合〕.禁煙~無理ならできるだけ減煙(特に重要).緑黄色野菜摂取/血圧コントロール/肥満解消.光線曝露避ける(サングラス着用/暗所でのテレビ鑑賞,スマートフォン使用を控える)注意所見/方針白内障手術方針.OCTのRPEの凹凸の変化.生活(運転免許)に支障認める場合のみ検討.眼底カメラでドルーゼンの増加.ハイリスク眼(両眼の多数大型ドルーゼン,PED,.眼底自発蛍光の変化reticular)は片眼のみまず手術.診察間隔を1~3カ月ごとに短縮.着色眼内レンズ挿入.適宜,蛍光眼底造影検査.術後消炎徹底(適宜,抗VEGF薬使用).術後6~12カ月はAMD発症注意図3前駆病変と萎縮型AMDの診療方針表3AMDの危険因子とおよそのオッズ比因子オッズ比現在の喫煙3.4過去の喫煙2.3高血圧.3高コレステロール血症/高BMI.4ビール摂取.3赤ワイン摂取0.7.アウトドア活動.2偽水晶体眼2.4AREDSサプリメント0.7BMI:bodymassindex.をすでに発症している眼において,白内障手術は病態を悪化させたり,再燃させたりすることがあるので注意が必要である.滲出型AMD眼で白内障手術を計画する具体的なタイミングは,まず,運転免許が更新できないなど生活に支障がでる状況で,白内障手術が視力改善の可1658あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013能性がある場合である.それ以外は,白内障のためOCT測定が困難になってきた場合や,体調不良が危惧される80歳以上の患者,両眼AMDの末期で視力改善は困難であるが視野が明るくなることが期待できる場合などである.それ以外は手術を控えるべきであろう.眼底が落ち着いていても,白内障手術と抗VEGF薬硝子体内注射を併用するのが無難であろう.また,術後6.12カ月ほどはOCTによる注意深い観察が必要である.エビデンスがないが透明眼内レンズよりも着色(黄色)眼内レンズを挿入しておくと術後のbluelighthazardを軽減できて無難であろう.では,前駆病変,萎縮型AMDの眼に対してはどうするべきか?過去の疫学調査で,眼内レンズ挿入眼は,有水晶体眼に比べ,AMDの発症リスクが約3倍上昇することがわかっている27,28).したがって,もともとカテゴリー3や4のハイリスク眼,すなわち,大型ドルーゼンや色素上皮.離を認める眼や,AMD発症眼の僚眼に対しては,運転免許更新に関わるか,生活に支障をきたしていない限りは,できる(10) だけ白内障手術は急がないほうが無難である.また,RAPのリスクである多数の大型ドルーゼンやreticularパターンの眼底自発蛍光を両眼に認めるような眼では,不同視の問題がなければ,両眼同時期に白内障手術をしてしまわないで,術後の反応を見きわめるため半年以上の間隔を開けるのも無難である.その他,術前眼底透見不可であった白内障の術後は必ず眼底病変の有無を確認し,前駆病変を認める場合はしばらく注意深い経過観察を行うべきであろう.また,白内障手術時の後.破損は,それに伴う前部硝子体切除が抗VEGF薬の眼内滞留期間を短縮させて,抗VEGF療法が効きにくくなる場合があるので,前駆病変,CNV,糖尿病網膜症,黄斑浮腫の眼に対しては後.破損しないようくれぐれも注意が必要である.おわりにAMDの前駆病変は50歳以上の7人に1人の割合で認めるもので,視機能に影響していないため,日常診療では軽視しがちである.しかし,AMD発症リスクの高い状態で,眼底からの警告シグナルであることを忘れてはならない.AMDは,PDTや抗VEGF薬をもってしても,長期的には視力維持が困難であり,地図状萎縮に対しては治療法がない現状であるので,予防に努めるべきであろう.特に,わが国のAMDは喫煙が関与している場合が多く,禁煙指導は重要である.AMDの患者に禁煙指導を行わないのは,糖尿病網膜症の患者に血糖コントロールを促さないのと同じことであろう.サプリメントで推奨できるのはAREDS,AREDS2の報告に基づく製品のみであるが,その他の抗酸化作用を有するものは数多く存在する.それらの単独効果は否定できないが,AREDS2でw-3多価不飽和脂肪酸の追加効果がなかったという結果が出たように,推奨されるサプリメントを服用している人に対しては追加摂取する必要はない可能性が高い.逆に,経済事情で推奨サプリメントの購入も困難な場合は,緑黄色野菜の摂取で十分補えることも説明すべきである.文献1)OkuboA,RosaRHJr,BunceCVetal:Therelationships(11)ofagechangesinretinalpigmentepitheliumandBruch’smembrane.InvestOphthalmolVisSci40:443-449,19992)BindewaldA,BirdAC,DandekarSSetal:Classificationoffundusautofluorescencepatternsinearlyage-relatedmaculardisease.InvestOphthalmolVisSci46:33093314,20053)EinbockW,MoessnerA,SchnurrbuschUEetal;FAMStudyGroup:Changesinfundusautofluorescenceinpatientsage-relatedmaculopathy.Correlationtovisualfunction:aprospectivestudy.GraefesArchClinExpOphthalmol243:300-305,20054)MooreDJ,HussainAA,MarshallJ:Age-relatedvariationinthehydraulicconductivityofBruch’smembrane.InvestOphthalmolVisSci36:1290-1297,19955)WeismannD,HartvigsenK,LauerNetal:ComplementfactorHbindsmalondialdehydeepitopesandprotectsfromoxidativestress.Nature478:76-81,20116)Espinosa-HeidmannDG,SunerIJ,CatanutoPetal:Cigarettesmoke-relatedoxidantsandthedevelopmentofsub-RPEdepositsinanexperimentalanimalmodelofdryAMD.InvestOphthalmolVisSci47:729-737,20067)EvansJR:Riskfactorsforage-relatedmaculardegeneration.ProgRetinEyeRes20:227-253,20018)髙橋寛二,石橋達朗,小椋祐一郎ほか:加齢黄斑変性の分類と診断基準.日眼会誌112:1076-1084,20089)安川力:加齢黄斑変性の前駆病変とその症状.老年医学49:409-412,201110)Age-RelatedEyeDiseaseStudyResearchGroup:Arandomized,placebo-controlled,clinicaltrialofhigh-dosesupplementationwithvitaminsCandE,betacarotene,andzincforage-relatedmaculardegenerationandvisionloss.ArchOphthalmol119:1417-1436,200111)TheAge-RelatedEyeDiseaseStudy2ResearchGroup:Lutein+zeaxanthinandomega-3fattyacidsforage-relatedmaculardegeneration.TheAge-RelatedEyeDiseaseStudy2(AREDS2)randomizedclinicaltrial.JAMA309:2005-2015,201312)髙橋寛二,小椋祐一郎,石橋達朗ほか:加齢黄斑変性の治療指針.日眼会誌116:1150-1155,201213)JagerRD,MielerWF,MillerJW:Age-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed358:2606-2617,200814)JohnsonPT,LewisGP,TalagaKCetal:Drusen-associateddegenerationintheretina.InvestOphthalmolVisSci44:4481-4488,200315)YasukawaT:Inflammationinage-relatedmaculardegeneration:pathologicalorphysiological?ExpertRevOphthalmol4:107-112,200916)Ueda-ArakawaN,OotoS,NakataIetal:Prevalenceandgenomicassociationofreticularpseudodruseninage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol155:260-269,201317)OishiA,OginoK,MakiyamaYetal:Wide-fieldfundusautofluorescenceimagingofretinitispigmentosa.Ophthalあたらしい眼科Vol.30,No.12,20131659 mology120:1827-1834,201318)OmennGS,GoodmanGE,ThornquistMDetal:EffectsofacombinationofbetacaroteneandvitaminAonlungcancerandcardiovasculardisease.NEnglJMed334:1150-1155,199619)TheAlpha-Tocopherol,BetaCaroteneCancerPreventionStudyGroup:TheeffectofvitaminEandbetacaroteneontheincidenceoflungcancerandothercancersinmalesmokers.NEnglJMed330:1029-1035,199420)ReboulE,AbouL,MikailCetal:LuteintransportbyCaco-2TC-7cellsoccurspartlybyafacilitatedprocessinvolvingthescavengerreceptorclassBtypeI(SR-BI).BiochemJ387:455-461,200521)YasudaM,KiyoharaY,HataYetal:Nine-yearincidenceandriskfactorsforage-relatedmaculardegenerationinadefinedJapanesepopulationtheHisayamastudy.Ophthalmology116:2135-2140,200922)KabasawaS,MoriK,Horie-InoueKetal:Associationsofcigarettesmokingbutnotserumfattyacidswithage-relatedmaculardegenerationinaJapanesepopulation.Ophthalmology118:1082-1088,201123)HoggRE,WoodsideJV,GilchristSEetal:Cardiovasculardiseaseandhypertensionarestrongriskfactorsforchoroidalneovascularization.Ophthalmology115:1046-1052,200824)FritscheLG,Freitag-WolfS,BetteckenTetal:AgerelatedmaculardegenerationandfunctionalpromoterandcodingvariantsoftheapolipoproteinEgene.HumMutat30:1048-1053,200925)FritscheLG,ChenW,SchuMetal:Sevennewlociassociatedwithage-relatedmaculardegeneration.NatGenet45:433-439,201326)Fraser-BellS,WuJ,KleinRetal:Smoking,alcoholintake,estrogenuse,andage-relatedmaculardegenerationinLatinos:theLosAngelesLatinoEyeStudy.AmJOphthalmol141:79-87,200627)KleinR,KleinBE,WongTYetal:Theassociationofcataractandcataractsurgerywiththelong-termincidenceofage-relatedmaculopathy:theBeaverDameyestudy.ArchOphthalmol120:1551-1558,200228)CugatiS,MitchellP,RochtchinaEetal:Cataractsurgeryandthe10-yearincidenceofage-relatedmaculopathy:theBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology113:20202025,20061660あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(12)

序説:加齢黄斑変性の治療指針-アルゴリズムは何をあらわすか-

2013年12月31日 火曜日

特集●加齢黄斑変性診療ガイド:序説あたらしい眼科30(12):1649.1650,2013特集●加齢黄斑変性診療ガイド:序説あたらしい眼科30(12):1649.1650,2013加齢黄斑変性の治療指針─アルゴリズムは何をあらわすか─TreatmentGuidelineforAMDinJapan─SignificanceofTreatmentAlgorithm─髙橋寛二*石橋達朗**高齢化社会を迎え,加齢黄斑変性患者はわが国でも増加の一途をたどり,決して珍しい疾患ではなくなった.一般診療のなかでも遭遇することが多くなり,この疾患の取り扱いについては,専門外の眼科医も避けて通ることができなくなった.また,従来治療に用いられていた光線力学的療法(PDT),ペガプタニブ・ナトリウムやラニビズマブに加えて,昨年末からアフリベルセプトという選択肢が増え,うまく使い分けを行って効率的に治療効果を生み出すことが求められている.加齢黄斑変性には,さまざまな危険因子が挙げられているが,加齢が最大の因子として発症することから,眼の成人病ともいえる眼疾患である.そのため,さまざまなアプローチをもって疾患全般にわたるケアを行う必要がある.厚生労働省網膜脈絡膜・視神経萎縮調査研究班によって,昨年ガイドライン化された加齢黄斑変性の治療指針(図1)では,2008年に発表されたわが国の加齢黄斑変性の分類に基づいて,ひとつのアルゴリズム内に推奨治療が示されている.前駆病変,萎縮型加齢黄斑変性に対しては予防的治療,滲出型加齢黄斑変性については病型に応じた治療方法を示し,維持期の管理についても触れられている.成人病といわれる疾患群には,まず一次予防が重要であることが知られている.一次予防とは疾患の発生を未然に防ぐ行為であり,健康増進と特異的予防に分けられる.加齢黄斑変性では,食生活の改善,禁煙などの生活習慣の改善による健康増進と,高いエビデンスをもって証明されている特異的予防法としてのAREDS処方のサプリメントの内服が考えられ,近年,前駆病変と萎縮型加齢黄斑変性の治療ではこの考えが取り入れられている.一方,滲出型加齢黄斑変性には,通常型として典型加齢黄斑変性(典型AMD),特殊型としてポリープ状脈絡膜血管症(PCV),網膜血管腫状増殖(RAP)が分類されているが,それぞれ病態が異なり,また治療反応性も異なる.典型AMDの2型脈絡膜新生血管は網膜下に新生血管が発育しており,抗血管内皮増殖因子薬(抗VEGF薬)が奏効しやすい病態である.一方,1型脈絡膜新生血管は,網膜色素上皮下に新生血管が発育し,抗VEGF薬への無反応例,耐性例など,治療抵抗性を示す症例が一定比率で存在するため,抗VEGF薬をいかにうまく使い分けるかが重要である.また,網膜色素上皮下に異常な血管網と血管塊を持つPCVは,臨床的に急性の出血(黄斑下血腫形成)と慢性的な滲出が問題となる.前者にはガス注入による血腫移動術が試みられるが,特に症例数が多い後者に対しては,抗VEGF薬による滲出*KanjiTakahashi:関西医科大学医学部眼科学教室**TatsuroIshibashi:九州大学大学院医学研究院眼科学分野0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(1)1649 抗VEGF薬規定の間隔で経過観察(最高矯正視力,眼底検査,OCT)/維持期の追加治療レーザー光凝固PDT-抗VEGF薬併用療法*3前駆病変RAPPCV萎縮型AMD典型AMD滲出型AMD中心窩を含まないCNV*1中心窩を含むCNV加齢黄斑変性(AMD)・経過観察・ライフスタイルと食生活の改善・AREDSに基づくサプリメント摂取PDTあるいは抗VEGF薬または併用療法*2抗VEGF薬規定の間隔で経過観察(最高矯正視力,眼底検査,OCT)/維持期の追加治療レーザー光凝固PDT-抗VEGF薬併用療法*3前駆病変RAPPCV萎縮型AMD典型AMD滲出型AMD中心窩を含まないCNV*1中心窩を含むCNV加齢黄斑変性(AMD)・経過観察・ライフスタイルと食生活の改善・AREDSに基づくサプリメント摂取PDTあるいは抗VEGF薬または併用療法*2図1加齢黄斑変性の治療指針*1:特に中心窩外CNVのことを指す.傍中心窩CNVに対しては,治療者自身の判断で中心窩を含むCNVに準じて治療を適宜選択する.*2:視力0.5以下の症例では,PDTを含む治療法(PDT単独またはPDT-抗VEGF薬併用療法)が推奨される.視力0.6以上の症例では抗VEGF薬単独療法を考慮する.*3:治療回数の少ないPDT-抗VEGF療法が主として推奨される.視力良好眼では抗VEGF薬単独療法も考慮してよい.(厚生労働省網膜脈絡膜・視神経萎縮症調査研究班加齢黄斑変性治療指針作成ワーキンググループ.日眼会誌116:1150-1155,2012より引用)抑制のほかに,各種治療でのポリープ状病巣の退縮長期間にわたって保てるかが重要課題であり,最近率が最近注目されており,わが国の臨床試験では抗VEGF薬の投与方法について,従来の必要時PCVにおいて視力改善効果が証明されたPDTをい投与(PRN投与)からTreatandExtend法を含めかにうまく組み合わせて行うかが治療のキーポインた計画的投与への流れが生まれている.トとなる.さらにRAPは網膜内新生血管から網膜この特集企画では,臨床の第一線で加齢黄斑変性血管との吻合,網膜下への進展,脈絡膜新生血管との治療を多数例に行っておられる専門家に,現時点の吻合など,特異な病態を示す病型であり,初期のでのAMDの各病型,病態の管理方法について,実網膜内新生血管の時期には抗VEGF薬が奏効する情に即して詳しく述べていただいた.この特集が,が,進行すると再発を繰り返すため,いかにうまく加齢黄斑変性の診療を行われている多くの先生方にPDTを併用して治療回数を減少させるかが課題ととって,広くガイドとなることを期待している.なる.また,維持期の長期管理は,視力をどれだけ1650あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(2)

抗VEGF治療:再発例への抗VEGF薬の使用方法

2013年12月27日 金曜日

●連載⑲抗VEGF治療セミナー─使用方法─監修=安川力髙橋寛二9.再発例への抗VEGF薬の使用方法齋藤昌晃福島県立医科大学医学部眼科学講座滲出型加齢黄斑変性(AMD)の治療は,現在,抗VEGF薬硝子体内注射が主流であるが,長期経過中には再発例や,抗VEGF薬の無効例がみられる.本稿では,再発例に対する抗VEGF薬の使用方法をAMDの病型別に概説する.はじめに加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)は欧米での中途失明の主要原因であるが,近年わが国でも急増している眼科領域における最重要疾患の一つである.AMDは脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)を伴う滲出型AMDと,萎縮型AMDに分類され,現在,治療の対象になるのは滲出型である.CNVの発生には血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が深くかかわっている.2013年10月現在のわが国におけるAMDの治療には,光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)と,3種類の抗VEGF薬,すなわちペガプタニブ(マクジェンR),ラニビズマブ(ルセンティスR),そしてアフリベルセプト(アイリーアR)の硝子体内注射を使うことが可能である.欧米での大規模臨床試験の結果から,実際の臨床の場では,ラニビズマブやアフリベルセプトを用いた治療が滲出型AMD治療の主流になっている.滲出型AMDの病型2012年にわが国からAMDの治療指針が発表された1).このガイドラインでも示されているように,滲出型AMDはその病型を3つに分類することが重要である.すなわち,1)典型AMD2)ポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)3)網膜血管腫状増殖(retinalangiomatousproliferation:RAP)に分けることである.その理由は,病型により治療の反応が異なるからである.以下にそれぞれの病型に対する治療,再発時への対応について記述する.典型AMD典型AMDに対しては抗VEGF薬の単独治療がガイドラインで推奨されている.とくに網膜色素上皮.離を伴った典型AMDでは,PDTでの治療成績が悪いことも報告されていることから2),再発例に対してもラニビズマブやアフリベルセプトを用いた抗VEGF薬の単独療法が勧められる.PCVPCVに対しては,抗VEGF薬であるラニビズマブ単独ではポリープ状病巣の閉塞効果は低いことが報告されている.そこで筆者らはPDTのガイドラインでの推奨視力を考慮し,初回治療のPCVに対しては,小数視力abcd図1ポリープ状脈絡膜血管症(PCV)の再発例70歳,男性.初回PDTでポリープ状病巣は閉塞したが,a:18カ月後には,インドシアニングリーン蛍光眼底造影(IA)でポリープ状病巣は閉塞したままであるが,b:OCTで漿液性網膜.離(SRD)がみられる.残存異常血管網からの滲出が再発と診断し,ラニビズマブを用いた抗VEGF単独療法を施行.c,d:治療3カ月後にはIAでポリープ状病巣は閉塞したままで,OCTでみられたSRDも消失し,矯正視力は0.6から0.7に改善した.(59)あたらしい眼科Vol.30,No.12,201317070910-1810/13/\100/頁/JCOPY abcdefabcdef0.5以下の症例には抗VEGF薬併用PDTを,視力0.5より良い症例には抗VEGF薬単独治療を行ってきた3).再発例に対しても,ポリープ状病巣がある場合は初回治療と同様な考えで行う.しかし,ポリープ状病巣がない場合,すなわち残存異常血管網からの滲出に対しては,視力に関係なく抗VEGF薬治療が勧められる4)(図1).RAPRAPに対しては,初回,再発時,いずれも抗VEGF薬併用PDTを基本として治療を行っている.RAPは滲出型AMDのなかでは予後がもっとも悪い病型として知られている.RAPの病態は,網膜内に生じた新生血管が,網膜下に伸展するとともに,網膜表層にも伸びて網膜血管との吻合(retinal-retinalanastomosis:RRA)を形成する.このRRAの存在の有無はRAP治療には重要な所見であり,RRAの閉塞をめざすことが治療の目的になる5)(図2).ラニビズマブ抵抗例ラニビズマブは大規模臨床試験で,滲出型AMDでは初めて視力改善効果を示し,世界的に広まった.しかし,長期経過では治療に抵抗性を示す症例もみられる.近年このような症例にはアフリベルセプトへ変更することで滲出が減ることが海外で報告され話題になっている.ラニビズマブ抵抗例の定義,変更時期,変更後の投与方法など,まだ議論を要する点も多く,今後のさらなる報告が期待される.1708あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013図2網膜血管腫状増殖(RAP)の再発例86歳,女性.前医でラニビズマブを用いた抗VEGF単独療法を毎月連続3回施行後,早期に再発がみられた.当科初診時,右眼矯正視力は0.24.a:カラー眼底写真で軟性ドルーゼンの多発と網膜浮腫,網膜前出血,網膜内出血がみられる.b:IA初期像では網膜血管(矢印)が新生血管(矢頭)と吻合を形成(RRA)している.c:OCTは著明な網膜浮腫と,網膜色素上皮.離(PED)を示している.d:ラニビズマブを用いた抗VEGF療法併用PDTに変更し,治療3カ月後には網膜出血は消失し,矯正視力は0.4に改善した.e:IA初期像では吻合血管は消失し,f:治療前にみられたOCTでの著明な網膜浮腫,PEDも消失した.おわりに2004年5月にわが国でPDTが使用可能になると,AMDに対する注目度は急速に高まった.さらに2009年3月に,滲出型AMDで初めて治療後有意な視力改善を示したラニビズマブが使用可能になると,初期の視力良好例にも良好な成績が得られている.長期経過時には再発することは多くなるが,滲出型AMDはその病型によって再発時にも対応が異なるため,滲出型AMDに対する適切な治療は,滲出型AMDの正確な診断があってこそ初めて可能になる.文献1)高橋寛二,小椋祐一郎,石橋達朗ほか(厚生労働省網膜脈絡膜・視神経萎縮症調査研究班加齢黄斑変性診断基準作成ワーキンググループ):加齢黄斑変性の治療指針.日眼会誌116:1150-1155,20122)SaitoM,IidaT,NagayamaD:Photodynamictherapywithverteporfinforage-relatedmaculardegenerationorpolypoidalchoroidalvasculopathy:comparisonofthepresenceofserousretinalpigmentepithelialdetachment.BrJOphthalmol92:1642-1647,20083)SaitoM,IidaT,KanoM:Combinedintravitrealranibizumabandphotodynamictherapyforpolypoidalchoroidalvasculopathy.Retina32:1272-1279,20124)SaitoM,IidaT,KanoM:Intravitrealranibizumabforpolypoidalchoroidalvasculopathywithrecurrentorresidualexudation.Retina31:1589-1597,20115)SaitoM,IidaT,KanoM:Combinedintravitrealranibizumabandphotodynamictherapyforretinalangiomatousproliferation.AmJOphthalmol153:504-514,2012(60)

涙囊鼻腔吻合術後,経鼻的持続陽圧呼吸療法により慢性 涙囊炎が遷延したと思われる1例

2013年11月30日 土曜日

《第1回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科30(11):1611.1614,2013c涙.鼻腔吻合術後,経鼻的持続陽圧呼吸療法により慢性涙.炎が遷延したと思われる1例藤田恭史*1三村真士*1今川幸宏*1布谷健太郎*1佐藤文平*1植木麻理*2池田恒彦*2*1大阪回生病院眼科*2大阪医科大学眼科学教室ACaseofProlongedChronicDacryocystitisafterEndonasalDacryocystorhinostomybecauseofObstructiveSleepApneaSyndromewithUseofContinuousPositiveAirwayPressureYasushiFujita1),MasashiMimura1),YukihiroImagawa1),KentarouNunotani1),BunpeiSato1),MariUeki2)andTunehikoIkeda2)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaKaiseiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,OsakaMedicalCollege目的:涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)後,経鼻的持続陽圧呼吸療法(nasalcontinuouspositiveairwaypressure:CPAP)により慢性涙.炎が遷延したと考えられる,閉塞性睡眠時無呼吸症候群(obstructivesleepapneasyndrome:OSAS)を合併した慢性涙.炎の1例を報告する.症例:64歳,男性.10年前からのOSASに対してCPAPを使用,半年前からの左眼流涙,眼脂で大阪回生病院眼科初診.慢性涙.炎を認め,DCRを施行し涙道チューブを挿入した.経過良好であったが,CPAP再開とともに涙.炎が再発し,4カ月後涙道チューブを抜去した結果,1カ月で吻合部が閉塞した.再手術としてCPAPを中止し,涙道内視鏡下で涙道再建術を施行し,涙道チューブを挿入した.術後2カ月で涙道チューブを抜去した結果,CPAPを再開しても涙.炎の再発は認めない.結論:DCR術後,CPAPにより吻合部で鼻汁が逆流し,炎症が遷延化する可能性がある.CPAPを併用する場合は,鼻涙管開口部の形状,Hasner弁の逆流防止効果を期待した,涙道チューブ挿入術のほうが良いと思われる.Purpose:Wereportaprolongedcaseofchronicdacryocystitiscomplicatedwithobstructivesleepapneasyndrome(OSAS)withuseofcontinuouspositiveairwaypressure(CPAP)afterendonasaldacryocystorhinostomy(DCR).Case:Thepatient,attheageof64,hadbeenusingCPAPfor10years.Hevisiteduswithcontinuousepiphoraandmucoidfluiddischargeof6months’duration.WediagnosedchronicdacryocystitisandperformedDCR.WithresumptionofCPAP,however,thechronicdacryocystitisrecurred.Althoughweremovedthesiliconestentafter4months,theanastomosisbecameobstructedwithin1month.Wereoperated,usingsiliconeintubationtoreconstructtheoriginalnasolacrimalduct.Sincesiliconestentremovalwithin2monthsaftersurgerytherehasbeennorecurrence,evenwithCPAPuse.Conclusion:WesuggestthatCPAPpressurecausedretro-flowofnasalmucusintothelacrimalsac,prolonginginflammationandresultinginreccurrenceofchronicdacryocystitis.WerecommendreconstructivesurgerywithsiliconeintubationincasesofCPAPuse,anticipatingefficacyofthevalveofHasnerandapertureofnasolacrimalduct.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(11):1611.1614,2013〕Keywords:涙.鼻腔吻合術,経鼻的持続陽圧呼吸療法,睡眠時無呼吸症候群,Hasner弁,慢性副鼻腔炎.dacryocystorhinostomy,nasalcontinuouspositiveairwaypressure,obstructivesleepapneasyndrome,valveofHasner,chronicsinusitis.〔別刷請求先〕藤田恭史:〒532-0003大阪市淀川区宮原1-6-10大阪回生病院眼科Reprintrequests:YasushiFujita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaKaiseiHospital,1-6-10Miyahara,Yodogawa-ku,Osaka532-0003,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(119)1611 はじめに慢性涙.炎に対する治療は,大きく涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)と涙道チューブ挿入術に分けられる.特にDCRは慢性涙.炎に対して有効な治療であるが,DCR術後の吻合部は,涙.と鼻腔が直接交通してしまい,いきみ,Valsalva法などにより容易に空気の逆流が生じる1).一方,経鼻的持続陽圧呼吸療法(nasalcontinuouspositiveairwaypressure:CPAP)は,重症の閉塞性睡眠時無呼吸症候群(obstructivesleepapneasyndrome:OSAS)に対する治療であり,マスクを介して上気道への陽圧換気を行うことによって,就寝中の気道閉塞を防ぐことができる.Cannonらによると,DCR術後のCPAP装用者においては,CPAP圧設定が8.10mmHgで吻合部からの空気の逆流が生じると報告されている2).今回筆者らはCPAP使用中の慢性副鼻腔炎合併,慢性涙.炎患者に対して,DCR鼻内法を行い,術後CPAPを使用した結果,慢性涙.炎が遷延化,吻合部の閉塞をきたした症例を経験した.この症例に対して涙管チューブ挿入術による涙道再建術を施行した結果,良好な経過を得たので,若干の文献的考察を加えて報告する.I症例患者:64歳,男性,身長167cm,体重67.9kg,BMI(bodymassindex)24.35.主訴:半年前からの左眼流涙,眼脂.既往歴:OSAS,慢性副鼻腔炎.初診時所見:右眼は涙液メニスカスやや上昇,涙液層破壊時間4sec,涙道閉塞はなかった.左眼の涙液メニスカスの上昇を認め,涙液層破壊時間4sec,視力,眼圧,前眼部,中間透光体,眼底に異常はなかった.また両眼にfloppyeyelidを認めた.左涙道内視鏡検査の結果,上下涙小管は問題なかったが,多量の白色粘性膿を涙.内に認め,鼻涙管開口部は閉塞しており,慢性涙.炎と診断した.眼脂,鼻腔細菌培養検査からは,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)が検出された.またOSASで10年来CPAP(RESMED社,オートセットCR)を使用しており,初診時のCPAP圧のmaximumpressuresettingは8.0cmH2O,minimumpressuresettingは4.0cmH2Oであった.II経過MRSAを起因菌とする慢性涙.炎に対して,週1回の64倍希釈ポビドンヨードによる涙.洗浄,MRSAに対しては,鼻腔内ムピロシンカルシウム水和物(バクトロバン軟膏R)を使用した.6週間後,全身麻酔下で鼻内法によるDCRを施行した.DCR鼻内法は,上涙点から挿入した涙道内視鏡(FiberTech社製)の光をメルクマールに,硬性鼻内視鏡(STORTZ社製)下に鑿,鎚を使用して涙.中部.下部に7mm程度の骨窓を作製し,涙.粘膜を切開,涙道チューブ2セットを留置した(図1).術中,鼻中隔弯曲による中鼻道狭窄を認めたが,手術は問題なく終了した.術後,患者の自覚症状は改善,通水良好となり慢性涙.炎は治癒した(図2左).しかし,DCR術後2週でCPAPを再開すると同時に,起床時の術眼の眼脂が増加し,自覚症状の悪化を認めた.涙道内視鏡検査の結果,涙道チューブは問題なく留置され,骨窓は大きく開いていたが,吻合部は充血,腫脹し,白色.透明粘性内容物が涙.内に貯留していた(図2中央).CPAPの影響による,吻合部を介した鼻汁の逆流が原因と考えたが,CPAPは中止することが不可能であったため,週1回の64倍希釈ポビドンヨードによる涙.洗浄で経過観察とした.その後,涙.洗浄で眼脂,涙.内の粘性物質は増減寛解を繰り返していたが,長期留置による合併症も危惧し,術後4カ月で涙道チューブを抜去した.吻合部には充血,腫脹,線維化を認めた.結果,抜去後1カ月で吻合部の再閉塞を認めた(図2右).涙道チューブ抜去後1カ月に再手術を計画した.前回の経験から,CPAPによる涙.炎の遷延化が再発の主原因であると判断し,今回は鼻涙管元来の逆流防止機構の作用を期待して,涙道内視鏡下で涙道再建術を選択した.鼻涙管上部で粘膜は高度線維化をきたしていたが,涙道内視鏡下にdirectendoscopicprobing(DEP)で閉塞を開放し,涙道チューブを1セット留置した.また睡眠科との協議の結果,涙道内へ*図1術中DCR吻合部中鼻甲介(*)の付け根あたりで涙.腔吻合(両矢印:約7mm)を行い,涙点から挿入した涙道内視鏡が鼻内に突き出している.鼻粘膜は全体的に充血腫脹し,慢性鼻炎をきたしている.1612あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(120) ************図2術後経過中の涙道内視鏡所見左から術後3日(CPAP再開前),術後2週(CPAP再開時),術後5カ月(涙道チューブ抜去後1カ月,吻合部再閉塞時).涙道チューブ(*)が挿入された吻合部(矢印)は,CPAP再開後は充血,腫脹した.の鼻汁の逆流を予防するためCPAPを中止し,上気道に圧力のかからない睡眠時無呼吸用口腔内装具(oralapplianceまたはマウスピース)に変更した.涙道チューブ挿入術後,流涙,眼脂は軽快し,涙.炎は改善した.涙道チューブは2カ月間留置後に抜去,術後1カ月半でCPAPを再開したが,術後12カ月の現在まで慢性涙.炎の再発を認めていない.III考察CPAPは,OSASの重症例に対する重要な治療法であり,機械的に上気道に持続陽圧をかけることにより,就寝中の気道閉塞を防ぐ働きがある.一方でCPAP装用による一般的な合併症には,口や鼻の乾燥,ドライアイ,細菌性角結膜炎,floppyeyelidsyndromeなどが報告されている2).今回の症例ではfloppyeyelidsyndromeを合併しており,floppyeyelidsyndromeは眼瞼組織が脆弱化することによって涙液排泄が十分に行えない導涙機能低下性流涙や,それに伴い自浄作用が低下し,起床時に増悪する眼脂,慢性結膜炎の原因となる可能性が指摘されている.他にも肥満,円錐角膜,機械的刺激,高血糖などに合併するとされている3).また過去の報告では,DCR術後にCPAP(圧設定8.10mmHg)を装用することにより吻合部からの空気の逆流が起こり,15mm以上の吻合部作製例では,いきみや鼻かみでも内眼角への空気の逆流を自覚するとしている2,4).今回の症例の特徴は,(1)慢性涙.炎の発症にCPAPの使用,慢性副鼻腔炎,floppyeyelidsyndromeによる涙液排泄障害が関与している可能性があること,(2)DCR術後に再開したCPAPに連動して慢性涙.炎の再発を認めたこと,(3)Hasner弁の効果を期待して行った涙道チューブ挿入術での再手術が有効であったことが挙げられる.まず,本症例の慢性涙.炎発症関連因子であるが,両眼瞼の所見,右眼の涙液メニスカスが若干高いことより両眼ともfloppyeyelidsyndromeによる導涙機能障害があったと考えられた.また(121)Paulsenらによると慢性涙.炎の起因菌は結膜.だけでなく鼻腔内からも供給されるとされ5),慢性副鼻腔炎による多量の鼻汁を伴った鼻粘膜の炎症が,涙道へ波及した可能性もある.さらにCPAPの使用による鼻汁の涙道への逆流および涙道開口部を含む鼻粘膜の乾燥性鼻粘膜障害なども本症例の慢性涙.炎発症に関わった可能性がある.つまり,慢性副鼻腔炎とCPAP使用による涙道への炎症波及と,floppyeyelidsyndromeによる自浄作用の低下が当患者の涙.炎の発症因子となりえた可能性が考えられた.続いてDCR後の慢性副鼻腔炎の再発であるが,DCRの術後となるとさらにCPAPの影響は顕著となる可能性が考えられる.吻合部を介して鼻汁の逆流が容易となることが予想され,さらに鼻内の乾燥は涙.粘膜にも直接影響することが考えられる.実際本症例において,DCR術後特に内眼角からの空気の逆流を自覚し,CPAP装用に連動して起床時の粘液の逆流が増減した.また,涙道内視鏡所見より吻合部の粘膜が長期間にわたって充血,腫脹していたことから,CPAPによる粘膜の乾燥と鼻汁の逆流による涙道粘膜の炎症が遷延していた可能性があり,吻合部の線維性閉塞につながったことが示唆された.さらに再手術においてはこの考察に基づき,できるだけ鼻汁,空気の逆流を避けるためにDEP+涙道チューブ挿入による涙道再建術を行った結果,良好な経過を得た.鼻涙管開口部上部に存在するHasner弁は,鼻腔内圧の上昇に応じて鼻腔側壁に密着し,薄い弁として作用する逆流防止機構があるとされている6).また,鼻涙管開口部自体の形状も涙道を鼻内の環境から守る仕組みがあるとされている.ヒトの鼻道には呼吸時に強い気流が生じ,この一部が下鼻道内を通過し,吸気時に開口部は下鼻甲介により外鼻孔からの強い気流から庇護される.田中らによると,日本人の鼻涙管開口部は裂孔状で,後下方ないし後内下方を向く型が多いとされ,これにより吸気時の気流を避けることが可能であり,涙道内感染を予防できる巧妙な形態構築があるとしている6).本症例あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131613 において,DCRでは鼻汁,空気の逆流の結果,慢性涙.炎が再発したが,涙道再建術を行うことで,できるだけ逆流を防止し,また今回は鼻涙管開口部を観察することはできなかったが,鼻涙管開口部の形状による逆流防止作用も働いていた可能性がある.現在のところ再発なく良好な結果を得ていることから,鼻涙管の逆流防止機構を生かすことができたのではないかと考えられた.以上より今後のさらなる検討が必要ではあるが,CPAPを装用し,慢性副鼻腔炎を合併した慢性涙.炎に対しては,鼻涙管本来の逆流防止作用を期待し,DCRよりも涙道再建術を選択することで良好な経過を得ることができる可能性があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)孫裕権,大西貴子,原吉幸ほか:涙.鼻腔吻合症例における眼脂培養および鼻腔内メチシリン耐性黄色ぶどう球菌(MRSA)簡易スクリーニングの検討,眼紀56:809812,20052)CannonPS,MadgeSN,SelvaD:Airregurgitationinpatientsoncontinuouspositiveairwaypressure(CPAP)therapyfollowingdacrocystorhinostomywithorwithoutLester-Jonestubeinsertion.BrJOphthalmol94:891893,20103)SowkaJW,GurwoodAS,KabatAG:ReviewofOptometry.Eyelid&adnexa,floppyeyelidsyndrome,p6,JobsonMedicalInformation,NewYork,20104)HerbertHM,RoseGE:Airrefluxafterexternaldacryocystorhinostomy.ArchOphthalmol125:1674-1676,20075)PaulsenFP,ThaleAB,MauneSetal:Newinsightsintothepathophysiologyofprimaryacquireddacryostenosis.Ophthalmology108:2329-2336,20016)田中謙剛:ヒト鼻涙管開口部の位置と形状に関する解剖学的研究.久留米医会誌71:38-52,2008***1614あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(122)

両眼先天性鼻側視神経低形成の2例

2013年11月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科30(11):1639.1643,2013c両眼先天性鼻側視神経低形成の2例山下真理子*1湯川英一*1,2西智*1大萩豊*3,4緒方奈保子*1*1奈良県立医科大学眼科学教室*2ゆかわ眼科クリニック*3西の京病院眼科*4おおはぎ眼科クリニックTwoPatientswithCongenitalBilateralNasalOpticNerveHypoplasiaMarikoYamashita1),EiichiYukawa1,2),TomoNishi1),YutakaOhagi3,4)andNahokoOgata1)1)DepartmentofOphthalmology,NaraMedicalUniversity,2)YukawaEyeClinic,3)DepartmentofOphthalmology,NishinokyoHospital,4)OhagiEyeClinic両眼先天性鼻側視神経低形成の2例を経験した.これまでにわが国において松本らが視神経小乳頭の先天性鼻側視神経低形成を報告しているが,今回の症例は2例4眼中3眼で視神経乳頭サイズは正常であり,動的視野検査では両眼とも光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)で得られた鼻側網膜神経線維層の菲薄化に一致して,Mariotte盲点に向かう楔形の耳側視野欠損がみられた.2症例とも数年にわたり視野に変化はなく,OCTが本症の補助診断に有用であった.視神経低形成は元来,視神経線維数が減少しているため,将来緑内障を合併しやすいことも考えられる.わが国では正常眼圧緑内障の有病率が高いことも考え合わせると今後も定期的な観察が必要と思われた.Weencountered2patientswithbilateralnasalopticnervehypoplasia.Matsumotoetal.reportedcongenitalnasalopticnervehypoplasiawithsmallopticdiscinJapan,butdiscsizewasnormalin3ofthe4eyesofourpatients.Moreover,dynamicperimetrydisclosedawedge-shapeddefectofthetemporalvisualfieldtowardtheMariotteblindspot,bilaterally,thatcorrespondedtonasalretinalnervefiberlayerthinningobservedonopticalcoherencetomography(OCT).Thevisualfieldsofthepatientshadnotchangedforseveralyears,andOCTwasusefulintheauxiliarydiagnosisofthisdisease.Sincethenumberofopticnervefibersisoriginallydecreasedinopticnervehypoplasia,thecomplicationofglaucomaislikelytooccurinthefuture.Periodicexaminationmaybenecessaryinthesecases,sincetheprevalenceofnormal-pressureglaucomaishighinJapan.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(11):1639.1643,2013〕Keywords:先天性鼻側視神経低形成,楔状耳側視野欠損,乳頭サイズ,網膜神経線維層厚,光干渉断層計.congenitalbilateralnasalopticnervehypoplasia,wedge-shapedtemporalvisualfielddefect,opticdiscsize,retinalnervefiberlayerthickness,opticalcoherencetomography.はじめに視神経低形成は網膜神経節細胞と視神経線維が正常人より減少していることで生じる先天異常であるが1),視神経部分低形成では一般に視力は良好であり,局在的な視野欠損が認められる2,3).そしてこれまでにMariotte盲点に向かう楔状下方視野欠損を示す上方視神経低形成については比較的多くの報告がなされているものの4.7),先天性鼻側視神経低形成についての報告は少ない8.10).今回筆者らは両耳側視野欠損を示し,乳頭サイズが正常な先天性鼻側視神経低形成の2例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕31歳,女性.主訴:視神経乳頭の精査希望.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.現病歴:コンタクトレンズ作製時に視神経乳頭の腫れを指摘されたため,精査目的にて平成21年7月に奈良県立医科大学眼科外来を受診した.初診時所見:矯正視力は右眼(1.5×sph.3.00D),左眼(1.2×sph.2.25D)であり,眼圧は右眼18mmHg,左眼16mmHgであった.前眼部,中間透光体に異常は認められ〔別刷請求先〕湯川英一:〒635-0825奈良県北葛城郡広陵町安部236-1-1ゆかわ眼科クリニックReprintrequests:EiichiYukawa,M.D.,YukawaEyeClinic,236-1-1Abe,Koryo-cho,Kitakatsuragi-gun,Nara635-0825,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(147)1639 ab右眼左眼右眼左眼c左眼右眼図1症例1a:眼底写真.DM/DD比は右眼2.8,左眼2.8であり,右眼の視神経乳頭鼻側は軽度の偽乳頭浮腫を呈している.b:光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)所見.両眼ともに鼻側網膜神経線維層の菲薄化が認められる.c:動的視野結果.両眼ともにMariotte盲点に向かう楔形の耳側視野欠損が認められる.なかった.眼底所見では右眼の視神経乳頭鼻側は軽度の偽乳として測定するDM/DD(distancebetweenthecentersof頭浮腫を呈していた(図1a).視神経乳頭サイズの評価法とthediscandthemacula/discdiameter)比については,右してWakakuraら11)の提唱した乳頭径を横径と縦径の平均眼2.8,左眼2.8であった.光干渉断層計(opticalcoherence1640あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(148) ab右眼左眼右眼左眼c左眼右眼図2症例2a:眼底写真.DM/DD比は右眼3.0,左眼3.4であり,両眼の視神経乳頭鼻側は軽度の偽乳頭浮腫を呈している.b:光干渉断層計(OCT)所見.両眼ともに鼻側網膜神経線維層の菲薄化が認められる.c:動的視野結果.両眼ともにMariotte盲点に向かう楔形の耳側視野欠損が認められる.tomography:OCT)にて視神経乳頭周囲の網膜神経線維層は両眼ともOCTで得られた網膜神経線維層の菲薄化に一致厚を測定したところ,両眼ともに鼻側網膜神経線維層の菲薄して,Mariotte盲点に向かう楔形の耳側視野欠損がみられ化が認められた(図1b).同時期に施行した動的視野検査でた(図1c).頭部磁気共鳴画像(magneticresonanceimag(149)あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131641 ing:MRI)では視交叉の低形成や透明中隔欠損は認めなかった.経過:その後,約4年にわたって経過観察しているが,初診時と比較して視野に変化はなく,これらの所見から先天性鼻側視神経低形成と診断した.〔症例2〕52歳,女性.主訴:眼圧の精査希望.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.現病歴:検診にて眼圧が高いことを指摘され,精査目的にて平成20年1月に西の京病院眼科外来を受診した.初診時所見:矯正視力は右眼(1.2×sph.5.00D(cyl.1.00DAx180°)左眼(1.2×sph.5.75D(cyl.1.00DAx10°)であり圧は右眼20mmHg,左眼21mmHgであった.前眼部,中間透光体に異常は認められなかった.眼底所見では両眼の視神経乳頭鼻側は軽度の偽乳頭浮腫を呈していた(図2a).DM/DD比は右眼3.0,左眼3.4であった.OCTにて視神経乳頭周囲の網膜神経線維層厚を測定したところ,両眼ともに鼻側網膜神経線維層の菲薄化が認められた(図2b).同時期に施行した動的視野検査では両眼ともOCTで得られた網膜神経線維層の菲薄化に一致して,Mariotte盲点に向かう楔形の耳側視野欠損がみられた(図2c).頭部MRIでは視交叉の低形成や透明中隔欠損は認めなかった.経過:その後,5年にわたって経過観察しているが,初診,眼(,)時と比較して視野に変化はなく,これらの所見から先天性鼻側視神経低形成と診断した.II考按視神経低形成は先天的に網膜神経節細胞と視神経線維が減少しており1),小乳頭と高度な視機能障害を示す先天異常とされ,小児の視力障害となる原因疾患の一つではあるが,なかには視力が良好で視野が局在的に欠損する視神経部分低形成が存在する.視力が良好な先天性視神経乳頭鼻側低形成についてはBuchananら8)が耳側視野欠損を示す先天性視神経乳頭低形成として報告し,さらに松本ら9)は視神経乳頭サイズが小さな3症例を報告している.今回,筆者らが示した症例は,Wakakuraらが提唱するDM/DD比をみると3.2以上を小乳頭,2.2以下を巨大乳頭としており,2例4眼中3眼で視神経乳頭サイズは正常であった.そして高木ら12)は視神経低形成と乳頭低形成は異なる疾患単位であることを強調している.すなわち前者は視神経軸索が生来欠落し,その部位が視野検査にて視野欠損として検出される一方で,後者は検眼鏡的に小乳頭など視神経乳頭の形成不全として観察される.そのため両者は合併することも単独で生じることもあると述べている.今回筆者らが提示した2例でも乳頭サイズが正常であった3眼中2眼で軽度ではあるが鼻側に偽乳頭浮腫がみられた.このことはたとえ乳頭サイズが正常であったと1642あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013しても網膜神経節細胞や視神経線維の先天的な形成異常が生じている結果であるとも考えられる.今回の2例はともに両耳側視野欠損が認められた.鑑別診断として視交叉付近の病変が考えられたが,動的視野検査からはMariotte盲点に向かう視野欠損であり,OCTで得られた鼻側網膜神経線維層の菲薄化所見が補助診断に有用であった.また橋本ら13)は両耳側視野欠損を示し,頭部MRIにて著明に菲薄化した視交叉と透明中隔欠損がみられたseptoopticdysplasiaを先天性視交叉低形成として報告しているが,筆者らの症例ではともにそれらの所見は認めなかった.ただし症例1では左後頭葉白質に頭部MRIにて高信号領域を認めており,神経内科にて膠原病,代謝性疾患,ミトコンドリア関連疾患などが疑われ,精査されるも現在のところ明らかな異常は認めず,経過観察中である.視神経部分低形成の一つである上方視神経低形成についてはわが国では正常眼圧緑内障の有病率が高いことから,緑内障検診の普及とともにその鑑別が重要となっている.さらに視神経低形成は元来,視神経線維数が減少しているため,将来緑内障を合併しやすいことも考えられる14).またOhguroら10)は鼻側視神経低形成症例,緑内障を伴った鼻側視神経低形成症例,および耳側視野欠損を示す緑内障症例を詳細に検討した結果,鼻側視神経低形成症例では緑内障合併の有無にかかわらず,12眼中11眼で小乳頭が認められた一方で,耳側視野欠損を示す緑内障症例では3眼すべてで乳頭サイズは正常であったことを報告している.このことを考えると,耳側視野欠損を示す症例に対しては乳頭サイズが鼻側視神経低形成なのかあるいは緑内障であるのかを判断する一つの指標となりうるのかもしれない.そして今回の症例1では緑内障性乳頭陥凹は認められないものの,両眼とも乳頭サイズは正常であることから,さらなる長期経過により耳側視野欠損が進行する可能性も否定できない.さらに症例2において初診時眼圧はGoldmann圧平眼圧計にて右眼20mmHg,左眼21mmHgであり,その後は両眼とも17mmHgから22mmHgにて推移している.現在のところ先天性鼻側視神経低形成に高眼圧症が合併しているということになるが,両症例とも今後も定期的に動的視野検査とHumphrey視野検査を組み合わせて測定することで緑内障の発症につき十分に注意を払っていく必要があると思われた.文献1)WhineryR,BlodiF:Hypoplasiaoftheopticnerve:Aclinicalandhistopathologicalcorrelation.TransAmAcadOphthalmolOtolaryngol67:733-738,19632)GardnerHB,IrvineA:Opticnervehypoplasiawithgoodvisualacuity.ArchOphthalmol88:255-258,19723)BjorkA,LaurellC,LaurellU:Bilateralopticnervehypoplasiawithnormalvisualacuity.AmJOphthalmol86:(150) 524-529,19784)PurvinVA:Superiorsegmentalopticnervehypoplasia.JNeuro-Ophthalmol22:116-117,20025)UnokiK,OhbaN,HoytWF:Opticalcoherencetomographyofsuperiorsegmentaloptichypoplasia.BrJOphthalmol86:910-914,20026)YamamotoT,SatoM,IwaseA:SuperiorsegmentaloptichypoplasiawithfoundinTajimiEyeHealthCareProjectparticipants.JpnJOphthalmol48:578-583,20047)小澤摩記,平野晋司,藤津揚一朗ほか:上方視神経低形成の5例.あたらしい眼科24:115-120,20078)BuchananTAS,HoytWF:Temporalvisualfielddefectsassociatedwithnasalhypoplasiaoftheopticdisc.BrJOphthalmol65:636-640,19819)松本奈緒美,橋本雅人,今野伸介ほか:先天性視神経乳頭鼻側低形成の3例.あたらしい眼科22:1009-1012,200510)OhguroH,OhguroI,TsurutaMetal:Clinicaldistinctionbetweennasalopticdischypoplasia(NOH)andglaucomawithNOH-liketemporalvisualfielddefects.ClinOphthalmol4:547-555,201011)WakakuraM,AlvarezE:Asimpleclinicalmethodofassessingpatientswithopticnervehypoplasia.Thedisc-maculadistancetodiscdiameterratio(DM/DD).ActaOphthalmolScand65:612-617,198712)高木峰夫,阿部春樹:視神経部分低形成の概念.神眼24:379-388,200713)橋本雅人,鈴木康夫,大塚賢二:先天性視交叉低形成の1例.あたらしい眼科19:249-251,200514)藤本尚也:視神経低形成と緑内障との鑑別と合併.神眼24:426-432,2007***(151)あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131643

MIRAgel®除去を必要とした強膜内陥術後の1例

2013年11月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科30(11):1633.1638,2013cMIRAgelR除去を必要とした強膜内陥術後の1例江.雄也加藤亜紀水谷武史小椋俊太郎森田裕吉田宗徳小椋祐一郎名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学ExtractionofMIRAgelRExplantl8YearsafterScleralBucklingSurgeryYuyaEsaki,AkiKato,TakeshiMizutani,ShuntaroOgura,HiroshiMorita,MunenoriYoshidaandYuichiroOguraDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences背景:MIRAgelR(マイラゲル)は強膜内陥術に用いられたバックル素材であるが術後に高率に変性・膨化を起こし,合併症の原因となる.今回18年後に眼球運動障害をきたし,バックル除去に至った症例を経験した.症例:32歳,男性.14歳のとき,左眼強膜内陥術を受け,その後長期にわたり無症状であった.2009年頃から左耳側下方眼瞼隆起を生じ,2011年1月近医を受診,同月当院を受診.初診時,左下眼瞼耳側と球結膜下耳側の隆起を認め,左眼はバックルのためと思われる著しい眼球運動障害があったが,除去希望なく経過観察とした.しかし自覚症状が悪化し,術前のMRI(磁気共鳴画像)でマイラゲルが疑われたため,2011年12月に除去手術を施行.局所麻酔下にて斜視鈎および鋭匙でマイラゲルを除去した.術後MRIにて少量のマイラゲル残存を認めたが,自覚症状および眼球運動障害は著明に改善した.結論:MRIはバックルの種類,位置,残留物の確認に有用であった.膨化したマイラゲルは摘出が困難であるが斜視鈎や鋭匙は除去に有用であった.Purpose:ToreportasuccessfulcaseofMIRAgelRremoval18yearsafterscleralbuckling.Patient:A32-year-oldmalenoticedleftlowereyelidmassin2009.Scleralbucklingprocedurehadbeendoneforretinaldetachmentinhislefteyein1993;therehadbeennosymptomsovertheyears.HewasreferredtoNagoyaCityUniversityhospitalin2011.Highprotrusionwasobservedintheleftlowereyelidandbulbarconjunctiva.Themovementofthelefteyewashighlylimitedbyexplantedscleralbuckle.However,thepatientpreferredobservation.Oneyearlater,hevisitedusagain,seekingremovalsurgery.Magneticresonanceimaging(MRI)suggestedMIRAgelexplants.TheMIRAgelwasextractedcarefullyusingacuretteandastrabismushook.Aftertheoperation,eyemovementwasdramaticallyimprovedinalldirections.Conclusion:MRIwasusefulforidentifyingthematerialandbucklelocation.ItwaspossibletoremovethedegradedMIRAgelsmoothlyandsafely,usingsuchinstrumentsasacuretteandastrabismushook.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(11):1633.1638,2013〕Keywords:マイラゲル,強膜内陥術,晩期合併症,magneticresonanceimaging(MRI).MIRAgelR,scleralbuckling,latecomplication,magneticresonanceimaging(MRI).はじめにMIRAgelR(以下,マイラゲル)は強膜内陥術に用いられたハイドロゲルのバックル素材で,1980年頃から米国で使用され始めた1,2).異物反応が起こりにくいこと,化学的な安定性が高いこと,強膜びらんを形成しにくい適度な弾力性があること,その保水性により抗生物質を吸収して術後に徐放するためシリコーンスポンジよりも感染の危険が少ないと考えられたことなどから,理想的なバックル素材とみなされた.そのためわが国でも1980年代後半から2000年頃まで強膜内陥術に用いられた3.6).当初Tolentinoら7)は術後6.53カ月までの経過観察では特に問題となる合併症はないと報告していたが,Hwangら8)によってマイラゲル使用10年後に起きた合併症の1例が1997年に報告されてから晩期合併症の報告が散見されるようになった9,10).おもな症状は眼瞼皮膚の腫脹あるいは結膜の隆起,異物感,眼球運動障害,複視,充血などであり,これはマイラゲルの膨化変性,脆弱化することによるものであり3,11),改善のためにはマイラゲルの除去が必要となる.しかし摘出の際に,変性・脆弱化し〔別刷請求先〕加藤亜紀:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:AkiKato,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,1Kawasumi,Mizuho-cho,Mizuho-ku,Nagoya467-8601,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(141)1633 たマイラゲルが断片化し,取り出すことが困難であることが知られている.今回筆者らは,強膜内陥術から18年後に眼球運動障害をきたし,バックル除去に至った症例を経験したので報告する.I症例患者:32歳,男性.主訴:左眼下眼瞼耳側の腫脹と左眼眼球運動障害.既往歴:1993年(14歳)に左眼の裂孔原性網膜.離に対し,他院で強膜内陥術を受けた.網膜は復位し,その後長期にわたり無症状であったため眼科を受診していなかった.現病歴:2009年8月頃に左眼下眼瞼耳側の腫脹と左眼眼球運動障害を自覚するようになったが放置していた.しかし症状が悪化したため2011年1月8日近医を受診した.精査・加療目的で2011年1月24日名古屋市立大学病院眼科(以下,当科)紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.1(1.2×sph.7.00D),左眼0.06(0.3×sph.6.50D(cyl.4.00DAx135°).眼圧は右眼11mmHg,左眼12mmHg.前眼部,中間透光体は特記する異常はなかった.左眼下眼瞼耳側に腫瘤を触れ,耳側下方球AB結膜下にバックル素材と思われる灰色透明な隆起物がみられた.左眼の眼底検査では,耳上側から耳下側にかけて著しく高いバックル隆起を認めたが,眼内へのバックルの脱出はなかった.また左眼の眼球運動は全方向において著しく障害されていた(図1A).経過:強膜内陥術に使用されたバックル材料による左眼耳側下方腫瘤と左眼眼球運動障害と考え,バックル除去を勧めたが,本人の手術希望がなく経過観察となった.2011年11月28日に自覚症状が悪化したため再び当科を受診した.左眼下眼瞼耳側の腫瘤(図2A),耳側下方球結膜下のバックル材料による隆起(図2B)は初診時と著変はなく,視力も変化なかった.眼底検査では初診時同様,著しいバックル隆起を認めた(図3A).バックル除去手術を予定したが,異常な隆起性病変からマイラゲル膨隆を疑い,術前にMRI(磁気共鳴画像法)を施行したところT2強調画像において直径8mmを超える帯状の境界明瞭な高信号領域が眼球耳側半球に沿って描出され(図4A.C),縫合部位と思われるところのみ極端に狭まっていた.強い蛇行と変形を認め,マイラゲルであることが示唆された.2011年12月15日左眼バックル除去手術を施行した.局所麻酔下で結膜およびTenon.を注意深く切開し,線維被膜に覆われ膨隆したマイラゲルを露出し右眼左眼上上下下外外内右眼左眼上下上下外外内図1Hess赤緑試験A:初診時.左眼は全方向で眼球運動が障害されている.B:摘出術後.わずかに内転・上転の制限があるが全方向で改善している.1634あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(142) ABAB図2左眼細隙灯顕微鏡所見(2011年受診時)A:下眼瞼皮膚および眼瞼耳側下方に腫瘤がみられる.B:結膜.耳側下方結膜下にバックル素材による隆起を認める(矢印).AB図3左眼眼底所見(OptosR200Txを用いた広角眼底撮影)A:術前.耳上側から耳下側にかけて著しく高く隆起している.B:術後.バックル除去により隆起が軽減している.た(図5A).マイラゲルは下方から耳側,上方にかけて半周以上存在していたため,半分に切断し,被膜が薄く石灰化がない部分については斜視鈎で圧出し除去した(図5B).マイラゲルの変性が強く被膜の一部が石灰化し,強膜と強く癒着している部分は鋭匙で,強膜穿孔に細心の注意を払いながら除去(図5C)していった.術中に採取され摘出したバックル材料(図5D)の一部を,付着組織を含めて病理組織診断を施行した.術後経過:術翌日より左下眼瞼隆起は改善し,眼球運動はわずかに内転・上転の制限を認めるものの全方向で改善していた(図1B).左眼矯正視力は0.3と術前から改善はなかったが眼底検査ではバックルによる隆起は著明に軽減していた(図3B).術後のMRIでは下部から耳側,上方にかけて少量のマイラゲルの残存がみられたが,大きな断片は認めなかった(図4D,E).摘出標本の病理組織像では,細胞成分に乏しい線維性組織の他,一部に石灰化がみられ,マイラゲル周囲に形成された線維性の被膜と思われた(図6).術後6カ月(143)後までの視力・眼圧,その他の所見は著変なく経過良好であった.II考按今回筆者らはマイラゲルを使用した強膜内陥術から18年後に眼球運動障害をきたし,バックル除去に至った症例を経験した.ハイドロゲルを原材料としたマイラゲルは,化学的な安定性・弾力性から理想的なバックル素材とみなされていたが,術後の膨化変性によりさまざまな合併症が生じて除去が必要となることから2003年には樋田らの報告3)を受けて厚生労働省からは注意喚起の通達が出ており,現在は販売中止になっている.樋田らの報告以外でも2000年前半までは,おもにマイラゲルを用いて強膜内陥術を施行していた医療機関からの合併症の報告が多くみられたが4,6,9.11),近年では報告されることが少なくなった.そのためマイラゲルの販売開始後も従来どおりシリコーンスポンジを使用しマイラゲルを使用していなかった地域・医療機関ではバックル素材としてあたらしい眼科Vol.30,No.11,20131635 AABCDE図4MRIT2強調画像A~C:術前MRI.A)前額断,B)矢状断,C)水平断.境界明瞭な高信号領域が眼球上方から耳側および下方に沿って描出されており,バックル素材はマイラゲルであることが示唆された.D,E:術後MRI.D)前額断,E)多断面再構成画像.下部から耳側,そして上方にかけて少量のマイラゲルの残存を認める.ABCD図5術中写真A:線維被膜に覆われ膨隆したマイラゲルと,圧排され薄くなった下直筋が観察できる.B:斜視鈎によりマイラゲルを圧出した.C:圧出できない部分は鋭匙で摘出.菲薄化した強膜から脈絡膜が透けている(矢印).D:摘出したマイラゲル.強い変性,膨隆を認める.斜視鈎で圧出された断片は比較的形状を保っているが,鋭匙で摘出された部分は細かく断片化している.1636あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(144) 図6摘出標本の病理組織像(HE染色)細胞成分に乏しい線維性組織の他,一部(矢印)石灰化を認めた.マイラゲル周囲に形成された線維性の被膜と思われた.のマイラゲルに対する認知度が低い.手術後長期経過例では診療録が残っていないことも多く,バックルの膨化に伴い徐々に症状が増悪するような場合には,その経過により眼窩腫瘍と間違われたという報告もある12).今後さらに時間が経過し,若い医師では知らない者がさらに多くなると予側されるため,引き続きマイラゲルの晩期合併症に対する注意喚起が必要であると思われる.強膜内陥術の既往のある患者でマイラゲルに特徴的な所見であるバックルのextrusion(バックルが結膜下に突出ないし結膜を破って露出する)や眼瞼皮膚の腫脹,あるいは眼球運動障害などの症状がみられたときにはマイラゲルによる合併症を疑い,診断・位置把握のため積極的にMRIを施行することが望ましい.膨化変性したマイラゲルは水分を多く含んでいるのでMRIT2強調画像において,境界明瞭な高信号としてバックルが描出される.一方,シリコーンスポンジでは低信号を示す13).MRIからマイラゲルによる合併症と診断された場合は早期の摘出が望ましいが,術後長期を経たマイラゲルは変質してもろくなり,鑷子などで把持して除去しようとしても,断片化してしまい取り出すことが困難である.このように変性したマイラゲルの摘出方法として忍足4)は術野を大きく広げたうえで,斜視鈎などで少しずつ押し出すようにして除去することを推奨している.斜視鈎などによる圧出は手技が簡便であり,時間がかかる点や強膜を損傷する可能性はあるものの代表的な手技と言える.手術用の吸引管を用いた方法も効率が良く比較的強膜損傷の危険が少ないため広く行われているが13),マイラゲルの変性が強く,被膜の一部が石灰化し強膜と強く癒着している症例では吸引のみでは摘出は困難である.いずれの方法でも強膜穿孔は最大の合併症であり,マイ(145)ラゲルと接触していた強膜が菲薄化していたり,マイラゲルを覆う被膜が強膜と強く癒着している場合では,少しずつ強膜を確認しながら時間をかけて摘出を進める必要がある.今回の症例においても,術前に施行したMRIでマイラゲルは左眼球耳側半球に沿ってかなり広範囲に存在しているだけでなく,一部線維性被膜の石灰化所見もみられ,被膜を介して強膜とマイラゲルが癒着している可能性が示唆された.そのためこの症例においては,術野を大きく露出した後,長いマイラゲルを半分に切断し,被膜が薄く石灰化がない半分は斜視鈎でゆっくり圧出し,マイラゲルの変性が強く被膜の一部が石灰化し,強膜と強く癒着している残りの半分は鋭匙を用いて,強膜穿孔に細心の注意を払いながら少しずつ,ゆっくりとマイラゲルを摘出した.途中菲薄化した強膜から脈絡膜が透けている箇所を一部認め,強膜穿孔は容易に起こりうると思われた.時間がややかかる手技ではあったが,マイラゲルの大きな断片の残存はなく,全方向で,眼球運動の改善を得られた.今回の症例をまとめると,1)18年間無症状であったのちにマイラゲルの膨化を示した.2)術前の検査としてMRIが有用であった.3)マイラゲルの除去には斜視鈎と鋭匙を用い,比較的スムーズに除去が可能であった.4)術後に症状の改善がみられた.マイラゲルの膨化は長期間無症状であっても生じうるため,強膜内陥術の既往のある患者には注意が必要であると考えられた.文献1)RefojoMF,NatchiarG,LiuHSetal:Newhydrophilicimplantforscleralbuckling.AnnOphthalmol12:88-92,19802)HoPC,ChanIM,RefojoMFetal:TheMAIhydrophilicimplantforscleralbuckling:areview.OphthalmicSurg15:511-515,19843)樋田哲夫,忍足和浩:マイラゲルを用いた強膜バックリング術後長期の合併症について.日眼会誌107:71-75,20034)忍足和浩:マイラゲルの合併症.眼科手術17:45-48,20045)今井雅仁:ハイドロゲルバックル材料マイラゲルと晩期合併症.眼科53;1:103-111,20116)佐々木康,緒方正史,辻明ほか:強膜バックル素材MIRAgel(マイラゲル)を使用した強膜内陥術々後長期に発症する合併症および治療方法の検討.眼臨紀3:12411244,20107)TolentinoFI,RoldanM,NassifJetal:Hydrogelimplantforscleralbuckling.Longtermobservations.Retina5:38-41,19858)HwangKI,LimJI:Hydrogelexoplantfragmentation10yearsafterscleralbucklingsurgery.ArchOphthalmol115:1205-1206,19979)LaneJI,RandallJG,CampeauNGetal:Imagingofhydrogelepiscleralbucklefragmentationasalatecompliあたらしい眼科Vol.30,No.11,20131637 cationafterretinalreattachmentsurgery.AJNRAmJMIRAgelRの長期の合併症について.臨眼100:577-579,Neuroradiol22:1199-1202,2001200610)KawanoT,DoiM,MiyamuraMetal:Extrusionand12)古谷達之,堀貞夫:MIRAgelRを用いた網膜.離手術後,fragmentationofhydrogelexoplant11yearsafterscleral眼球摘出に至った一例.東女医大誌82:198-201,2012bucklingsurgery.OphthalmicSurgLasers33:240-242,13)荒木陽子,梅田尚靖,ファン・ジェーンほか:手術用汎用吸引管を用いた膨潤マイラゲルの除去.眼臨紀4:79611)本多宏典,増田光司,矢田清身ほか:強膜バックル素材800,2011***1638あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(146)

回折型多焦点眼内レンズ挿入後不満例の検討

2013年11月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科30(11):1629.1632,2013c回折型多焦点眼内レンズ挿入後不満例の検討ビッセン宮島弘子*1吉野真未*1大木伸一*1南慶一郎*1平容子*2*1東京歯科大学水道橋病院眼科*2眼科龍雲堂醫院EvaluationofUnsatisfiedPatientsfollowingDiffractiveMultifocalIntraocularLensImplantationHirokoBissen-Miyajima1),MamiYoshino1),ShinichiOki1),KeiichiroMinami1)andYokoTaira2)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2)RyuundoEyeClinic目的:回折型多焦点眼内レンズ(IOL)挿入後の不満例の割合と要因を検討した.対象および方法:東京歯科大学水道橋病院および眼科龍雲堂醫院において白内障手術時に回折型多焦点IOLが挿入された252例464眼のうち,挿入後3カ月以上経過しても見え方に不都合を訴える例を不満群,それ以外をコントロール群とし,不満群の割合,不満の原因および術前後の患者背景を検討した.結果:不満群は全体の6.7%で,コントラスト感度低下が原因と思われる自覚的な見え方への訴えが多かった.不満群はコントロール群と比較して,術前矯正視力が良好,術後裸眼・矯正近方視力が不良,コントラスト感度が低下していた.年齢,性別,術後屈折および裸眼・矯正遠方視力,残余屈折矯正目的にて施行のLASIK(laserinsitukeratomileusis),眼鏡装用率には有意差を認めなかった.結論:多焦点IOL挿入後の不満例の頻度は低いが,術前の期待度に比べコントラスト感度低下に起因する見え方や近方視力不良が原因となっていることが示唆された.Itiswellknownthatsomepatientscomplainaboutvisualqualityfollowingimplantationofthediffractivemultifocalintraocularlens(IOL).Of252patients(464eyes)whoreceiveddiffractivemultifocalIOLs,the6.7%whocomplainedaboutvisualqualityat3monthspostoperatively(dissatisfiedgroup)werecomparedtotheotherpatients(controlgroup).Higherriskofdissatisfactionwasfoundinpatientswithbetterpreoperativecorrectedvisualacuity,lowerpostoperativecontrastsensitivityanduncorrected/correctednearvisualacuities.Therewerenogroupdifferencesinpatientage,gender,postoperativerefraction,uncorrected/correcteddistancevisualacuities,LASIK(laserinsitukeratomileusis)forresidualrefractiveerrororspectacleusage.Althoughtherateofdissatisfiedpatientswaslow,visualsymptomsbasedonlowercontrastsensitivityandpoornearvisualacuityseemtobethemainreasonsfordissatisfaction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(11):1629.1632,2013〕Keywords:多焦点レンズ,回折,不満,裸眼視力,コントラスト感度.multifocallens,diffraction,dissatisfaction,uncorrectedvision,contrastsensitivity.はじめに白内障手術時において,多焦点眼内レンズ(IOL)を用いた水晶体再建術が2008年に先進医療として認められ,施設基準を満たした医療機関は260施設以上(2013年時点,厚生労働省のウェブサイトによる)となっている.しかし,症例数は,2012年度で約4,000件と白内障手術の年間100.120万件の0.5%にも満たない数である.回折型多焦点IOLは,挿入後,良好な遠方と近方裸眼視力が得られ,日常生活における眼鏡依存度を減らすことができることから1.4),患者のQOL(qualityoflife)の向上が期待できる.一方,このような利点があるにもかかわらず症例数が少ないのは,手術費が単焦点IOLを用いた水晶体再建術と同じ保険適用でなく全額患者負担になること,多焦点IOL挿入後の不満例があることが考えられる5,6).今後,多焦点IOLが普及していくなか,不満例の割合および原因を知ることが重要と考え,回折型多焦点IOLが挿入された症例に対して後ろ向きに調〔別刷請求先〕ビッセン宮島弘子:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科Reprintrequests:HirokoBissen-Miyajima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2-9-18Misaki-cho,Chiyoda-ku,Tokyo101-0061,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(137)1629 査を行った.I対象および方法対象は2003年10月から2009年1月までに,東京歯科大学水道橋病院,および眼科龍雲堂醫院にて白内障手術時に回折型多焦点IOLが挿入された252例464眼である.挿入されたIOLはSA60D3,SN60D3,SN6AD3(アルコン社,274眼),および,ZM900(AMO社,190眼)で,手術は同じ術者が両施設で行った.術後3カ月以降の診察時に満足度を①非常に不満,②不満,③不満なくまあまあ,④満足,⑤非常に満足の5段階に分け聞き取り調査し,①および②を不満群,③から⑤をコントロール群とした.なお,多焦点IOL挿入後の屈折誤差に対しては希望があればLASIK(laserinsitukeratomileusis)による屈折矯正手術を施行し,後発白内障による視力障害がある場合はYAGレーザー後.切開を行った.これらの症例では,LASIKあるいはYAGレーザー後.切開後に満足度を調査した.不満例となった要因としては,年齢,性別,多焦点IOL挿入前の視力と屈折(等価球面度数,角膜乱視度数),挿入後の追加手術の有無(LASIK,YAGレーザー後.切開術),および挿入後の裸眼および矯正視力(遠方,近方),屈折(等価球面度数,自覚乱視度数),コントラスト感度,および,眼鏡装用状況を検討した.コントラスト感度は,CSV-1000(VectorVision社)を用いて遠方矯正下で測定した.各要因について不満群とコントロール群で統計学的に検定し,p<0.05を有意差ありとした.II結果1.不満例の割合と理由不満群は252例464眼中,17例31眼と全症例の6.7%で,5.6%は両眼挿入例(14眼),1.2%は片眼挿入例(3眼)であった.不満の理由は,“膜がかかったように見える”,“全体がかすむ”といったコントラスト感度低下に起因する視機能低下が62.5%と最も多く,“近くが見えない”(12.5%)“遠くも近くも見えない”(2.5%)と裸眼視力が期待以下であ(,)った例が15%,視力の左右差が2.5%の割合であった.2.不満例の要因a.術前の年齢,性別多焦点IOL挿入時の平均年齢は,不満群が64.8±8.2歳,コントロール群が65.0±11.0歳で両群間に有意差はなかった(p=0.90,対応のないt検定).両群の年齢分布を図1に示す.不満群は60代が47%で最も多かった.性別は不満群の88.2%が女性,11.8%が男性,コントロール群の69.4%が女性,30.6%が男性と女性が多かったが有意1630あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013不満群コントロール群50歳未満60~69歳47%70~79歳29%50~59歳80~89歳9%50~59歳24%5%15%60~69歳35%70~79歳36%図1術前の年齢分布表1術後処置不満群コントロール群眼数(不満群内での割合)眼数(コントロール群内での割合)YAGレーザ1(3.2%)13(3.0%)LASIK5(16.1%)29(6.7%)LASIKのみ有意差あり(p<0.05.c2検定).表2術後視力および屈折値不満群コントロール群遠方裸眼視力0.980.94矯正視力1.191.20近方裸眼視力0.610.72矯正視力0.780.95屈折等価球面(D)自覚乱視(D).0.06±0.45.0.39±0.56.0.05±0.46.0.57±0.52差はなかった(p=0.10,c2検定).b.術前視力および屈折遠方矯正小数視力の平均は不満群が0.97,コントロール群が0.61と,不満群のほうが良好であった(p=0.0005,Mann-Whitney検定).等価球面度数は不満群が.2.9±4.6D,コントロール群が.1.1±4.0Dと不満群で術後屈折が有意に近視寄りであった(p=0.046,t検定).角膜乱視は不満群が.0.8±0.4D,コントロール群が.0.8±0.6Dと両群とも1D以下であった.c.術後処置(表1)多焦点IOL挿入後に残余屈折異常の矯正目的でLASIKが施行された34眼のうち不満群は5眼,YAGレーザー後.切開が施行された14眼のうち不満群は1眼で,コントロール群で同処置を行った割合と比べて有意差はなかった(p=0.052,0.94,c2検定).d.挿入後の視力および屈折遠方視力(裸眼および矯正),近方視力(裸眼,遠方矯正下,および矯正),屈折値(等価球面度数,自覚円柱度数)の(138) CSV-1000ContrastSensitivityコントロール群不満群SpatialFrequency(CyclesPerDegree)12,18cpdで有意差あり(p=0.025,t検定)図2装用眼鏡の種類結果を表2に示す.近方視力は,裸眼,遠方矯正下,矯正とも不満群は有意に低下していた(p=0.011).それ以外の項目では両群間に有意差を認めなかった.e.コントラスト感度両群とも60.69歳の正常範囲に入っていたが(図2),不満群が12,18cpdにてコントロール群に比較して有意に低下していた(p=0.025,t検定).f.眼鏡装用状況不満群が16.2%,コントロール群が9.4%で両群に有意差はなかった(p=0.24,c2検定).装用眼鏡の種類は不満群で遠用40%,中間用20%,近方40%,コントロール群で遠用41%,中間用21%,近用38%と両群とも類似した傾向であった.III考按多焦点IOL挿入後は,単焦点IOL挿入後より不満を訴える例が多く,その程度が重篤な場合が多いことが危惧されている.すでに多焦点IOL挿入後の不満例について報告があるが,後発白内障,残余屈折,瞳孔径により視機能障害があり,これらの問題に対して処置を行うことで改善したというものである5,6).しかし,改善しない場合は多焦点IOLの摘出となり,回折型のみならず屈折型でも報告されている7,8).今回は,多焦点IOLのなかで挿入頻度が高い回折型における不満を訴える割合,術前あるいは術後の要因を検討した.(139)まず,不満例の割合だが,今までの報告は不満を訴えた症例が32例43眼5),49例76眼6)と複数施設における結果のため症例数は多いが,挿入された施設での不満例の割合は不明である.今回の6.7%という不満例の割合から,術前に適応を検討し,術後に何らかの処置をしても多焦点IOL挿入後に10%以下の割合で不満を訴える可能性があることを術者が知っておくことは重要と考える.今回の症例はLASIKやYAGレーザー後の不満例としたが,海外の不満例の報告と同様に術後屈折誤差や後発白内障例をすべて含めると全体の10.4%となり,不満を訴える例でも適切な処置を行うことで一部の症例では解決できることがわかる.不満の理由として全体の半数以上を占めた“膜がかかったよう”,“全体がかすむ”というのは,海外の報告で“blurredvision”が最も多かった結果と一致していた5.7).しかし,海外の報告では,これらの症例で後発白内障例にはYAGレーザー,不同視や乱視例には屈折矯正手術を施行し症状が改善しているが,本報告はこれらの処置を行っても不満を訴える例で,別の要因を考える必要がある.年齢,性別については不満例とコントロール群で有意差を認めなかったが,術前矯正視力が良好な例ほど不満を訴える可能性が高いことがわかった.術前に視力が低下している症例ほど術後の改善度が明らかに認識されるが,術前の視力が良好な症例は,術後に視力が改善しても見え方の質,すなわちコントラスト感度の低下をより自覚しやすく,そのため満足度が低い可能性がある9).欧米で白内障による視力低下がない場合でも,老眼への対処として多焦点IOLを挿入する際,不満を訴えやすい結果と類似する10).術後処置について,今回の検討は,視力に影響すると思われる屈折誤差,後発白内障がある場合,LASIKやYAGレーザー後.切開術を行ってからの満足度とした.施行率は両群で差がなかったが,これらの処置を施しても不満が残る例があることに注意すべきである.YAGレーザーは,多焦点IOLを摘出して単焦点IOLに交換する可能性を念頭におき安易に施行すべきでないとされている5).術後裸眼および矯正視力は,一般的に最も不満の原因につながる要素である.挿入されたIOLは近方加入度数が+4.0D,光学部全体が回折型,中央3.6mm径がアポダイズ回折型の2種類だが,明室における視力検査結果に差はでにくいと考えた.遠方視力は裸眼および矯正とも両群で有意差を認めなかったが,近方視力は裸眼,遠方矯正下,矯正とも不満群で有意に低下していた.挿入した不満群に近視眼が多かったことから,近方視力への期待度が高く,視力が出にくかったことが不満の原因につながっていた可能性は否定できない.術後コントラスト感度は不満例において中から高周波数領域で低下しており,これは自覚的な見え方に対する不満と一あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131631 致する.回折型デザインの欠点はコントラスト感度の低下であるが,多くの症例は両眼挿入で比較的良好なコントラスト感度が保たれている.事前にどのような症例でコントラスト感度低下を自覚するのか予測できないため,不満例をできるだけ少なくするには術前に十分な説明をし,患者の十分な理解を得て挿入することが重要である.眼鏡装用率は不満例のほうが高かったが,統計学的な有意差はなかった.見え方に不満がある場合,多少の屈折矯正でも自覚的な見え方が改善することに期待し,眼鏡装用を試みる場合が多いためと思われる.その他,不満の訴えとして,夜間のグレア・ハローがあるが,本症例における不満例でこれらの症状を訴える例はなかった.近年,高次収差が測定できるようになり,視機能を検討するうえで有用な検査法とされている.回折型IOL挿入眼では測定が困難な場合があり,本症例群で信頼できる結果が得られた症例数が限られたため,不満の要因としての検討は行わなかった.装置の測定ポイント数が増え,以前より測定可能な症例が増えているので,今後,高次収差と不満例についても検討していきたい.不満の要因として,その他にドライアイやIOL偏位があげられるが,本症例の不満例には人工涙液点眼を処方し,何らかの改善がみられるか確認している.IOL位置については,普通瞳孔で回折リングの位置で偏位が確認できるが,視機能に影響を及ぼすような偏位例はなかった.これらのことから,不満例の要因は,回折型デザイン特有のコントラスト感度低下に起因する見え方の不都合,あるいは近方視力が期待度以下であったことが考えられる.不満例をゼロにすることは不可能だが,術前にコントラスト感度低下に伴う見え方および現実的な近方の見え方を説明し,理解が得られなかったり,不安がある場合には多焦点IOLの挿入を見合わせることを考慮すべきである.特に術前視力が良好な症例ではこれらの点に留意すべきと考えられた.文献1)ビッセン宮島弘子,林研,平容子:アクリソフRApodized回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較.あたらしい眼科24:1099-1103,20072)AlfonsoJF,Fernandez-VegaL,AmhazHetal:Visualfunctionafterimplantationofanasphericbifocalintraocularlens.JCataractRefractSurg35:885-892,20093)KohnenT,NuijtsR,LevyPetal:Visualfunctionafterbilateralimplantationofapodizeddiffractiveasphericmultifocalintraocularlenseswitha+3.0Daddition.JCataractRefractSurg35:2062-2068,20094)ビッセン宮島弘子,林研,吉野真未ほか:近方加入+3D多焦点眼内レンズSN6AD1の白内障摘出眼を対象とした臨床試験成績.あたらしい眼科27:1737-1742,20105)WoodwardMA,RandlemanJB,StultingRD:Dissatisfactionaftermultifocalintraocularlensimplantation.JCataractRefractSurg35:992-997,20096)DeVriesNE,WebersCA,TouwslagerWRetal:Dissatisfactionafterimplantationofmultifocalintraocularlenses.JCataractRefractSurg37:859-865,20117)GalorA,GonzalezM,GoldmanDetal:Intraocularlensexchangesurgeryindissatisfiedpatientswithrefractiveintraocularlenses.JCataractRefractSurg35:1706-1710,20098)鳥居秀成,根岸一乃,村戸ドールほか:羞明感と眼精疲労により多焦点眼内レンズを交換した2例.臨眼64:459463,20109)鳥居秀成:多焦点眼内レンズのコントラスト感度とグレア・ハロー症状.眼科手術26:419-425,201310)PeposeJS:Maximizingsatisfactionwithpresbyopia-correctingintraocularlenses.Themissinglinks.AmJOphthalmol146:641-648,2008***1632あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(140)