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スペキュラーマイクロスコピーの読影

2014年3月31日 月曜日

特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):353.358,2014特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):353.358,2014スペキュラーマイクロスコピーの読影InterpretingSpecularMicroscopy羽藤晋*Iスペキュラーマイクロスコピーの原理スペキュラーマイクロスコピーとは,鏡面反射の原理を用いて,おもに角膜内皮を観察する顕微鏡検査である.原理的には,角膜内皮面だけでなく,角膜上皮や実質の観察も可能なはずであるが,画像解像度の点,および臨床面で最も検査としての意義が高いという点から,現在臨床の現場で使われているスペキュラーマイクロスコープは角膜内皮面の観察用にデザインされている(図1).1918年にVogtがこの原理を用いて初めて角膜内皮面の観察を行い,1968年になってMauriceが最初のスペキュラーマイクロスコープの試作機を発表したとされる1).その後,Laing,Bourne,Kaufmanらによって改良がなされ1),今日のように日常診療で角膜内皮の写真が撮影できるようになり,広く普及している.鏡面反射で観察する際,スリット光の幅が広いと実質や上皮からの散乱光が強くなってしまい,角膜内皮のコントラストが低下して観察しにくくなってしまう.そのため,初期のスペキュラーマイクロスコピーでは,狭いスリット光を用いて撮影されていた.この方式では内皮面の撮影範囲が狭くなってしまい,初期のころのスペキュラーマイクロスコピーによる解析はせいぜい角膜内皮細胞密度くらいに限られていた2).最近は光の干渉を抑え解像度を上げる技術の進歩とともにスリット光の幅も広がり,より広範囲の角膜内皮面の観察が可能となったため,解析できるパラメータも増えている.上皮のスペキュラー像内皮のスペキュラー像入射スリット光上皮実質内皮IIスペキュラーマイクロスコピーでみる角膜内皮所見スペキュラーマイクロスコピーでの正常角膜内皮所見を図2A,Bに示す.時おりスペキュラーマイクロスコピーの写真で片側に黒いバンドが現れたり,その反対側の輝度が高かったりするが,黒いバンドは角膜内皮と前房水との境界面によるものであり,輝度の高い部分は実質と角膜内皮の境界面の散乱光によるもので,I項で説図1スペキュラーマイクロスコピー撮影原理の概念図臨床で用いられる機器では角膜内皮像のみを取得するようにデザインされている.*ShinHatou:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕羽藤晋:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(49)353 A図2スペキュラーマイクロスコピー撮影像A:正常角膜内皮スペキュラーマイクロスコピー像所見.B:このスペキュラーマイクロスコピー像も正常であるが,撮影条件によっては片側に暗いバンドが出現し(黒矢印),もう片側の輝度がB黒いバンドが出現輝度が高い高くなる(白矢印).明したスリット光での鏡面反射という観察方法上,(特に狭いスリット光で)起こりやすい現象である(図2B)1).スペキュラーマイクロスコピーでの角膜内皮所見では,さまざまな形状の黒い陰影がみられることがあり,こうした構造物は生理的なものもあれば病的なものもある.図3Aのように内皮細胞内にごく小さく境界のはっきりした黒点がみられることがあるが,これは内皮細胞の微絨毛を表しているといわれ,生理的な所見である1).内皮細胞内にもう少し大きく境界のぼんやりした黒点がみられる場合もあるが,こうしたものは内皮細胞内の空胞やblebを表しているといわれている(図3B)1).虹彩炎の既往のある症例などで,細胞と細胞の間隙に,サイズの小さい暗い構造物がみられる場合もあるが,これらは侵潤した白血球と考えられている(図3C)3).こうした構造物と異なり,Fuchs角膜内皮ジストロフィにおける滴状角膜(guttatacornea)では大きく斑上に散在するdarkareaとして観察される(図3D).354あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014IIIスペキュラーマイクロスコピーの各種パラメータスペキュラーマイクロスコピーにおける各パラメータの意義を理解し,適切な評価をするうえで,角膜内皮細胞の生理的機能と特徴の理解は欠かせないので,簡単に確認しておきたい.角膜内皮細胞の重要な役割は角膜の含水率を一定に保ち透明性を維持することにあり,これはイオン能動輸送によるポンプ機能と,細胞間接着分子からなるバリア機能に担われている.また,ヒトでは角膜内皮細胞の増殖能がきわめて乏しく,角膜内皮細胞がなんらかの影響で障害された場合,内皮細胞の増殖ではなく障害部周囲の内皮細胞の拡大,伸展により代償されるという特徴がある.角膜内皮細胞の密度という「量」的観点と,形態異常の割合という「質」的観点から,組織としての角膜内皮の機能を推測するのがスペキュラーマイクロスコピーである.ここで注意しなければならないのは,これまでの一般的なスペキュラーマイクロスコピーで得られる画像は角膜内皮全体のうちごく一部,そ(50) ABCDABCD図3スペキュラーマイクロスコピーのいろいろな所見A:角膜内皮細胞内の微絨毛と思われる黒点(黒矢印).B:角膜内皮細胞内の,Aよりもう少し大きく境界のぼんやりした暗い構造物(破線矢印).内皮細胞内の空胞かblebと思われる.C:内皮の細胞と細胞との間隙にみられる暗い構造物(白矢印).侵入した白血球と思われる.D:Fuchs角膜内皮変性症のguttatacorneaにみられるdarkarea.してほとんどの場合角膜中央部にすぎず,少ないサンプルから全体を推測しているということである.より詳細に評価したい場合は,上下左右に振って撮影したり,経時的な経過を追ったりする工夫が有用である.最新型のスペキュラーマイクロスコープでは,より広範囲を撮影できるもの,中心部だけでなく傍周辺部数カ所を同時撮影できるもの,あるいは狙った任意の箇所を撮影できるもの等々が各社から販売されている.パラメータとして臨床で用いられるおもなものについて以下に概説しておく.1.角膜内皮細胞密度・平均細胞面積角膜内皮を内皮細胞数という「量」的観点から評価するパラメータである.単位面積当たり,密度が減れば当然ながら個々の細胞の面積は増えるという逆数の関係になっている.角膜内皮細胞密度は出生時において5,500cells/mm2以上あるが,生後1.2歳までの間に,眼球の成長に伴う角膜径の増加とともに細胞密度は急激に減少する.3.4歳以降からは減少率はゆるやかになり,健常者でおおむね0.56%/year程度の減少率で年齢とともに漸減するといわれている4).図4に慶應義塾大学病院を含めた多施設共同研究で,眼科外来を受診した正常角膜症例(1,971例)の年齢-角膜内皮細胞密度の散布図を示す.この散布図から数理計算を用いて導き出される理論上の内皮細胞密度減少率は平均0.44%/yearであり,ほとんどの症例で内皮細胞密度減少率は2.0%/year以下におさまるということが示され5),いままでの報告を裏付けするものであった.この図をみてもわかるように,成人健常者の内皮細胞密度はおおむね2,000.3,500cells/mm2くらいの幅がある.一方,明らかな角(51)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014355 減少率0.44%/yearの内皮細胞減少曲線4,0004,000))角膜内皮細胞密度(cells/mm2角膜内皮細胞密度(cells/mm23,0002,0001,00003,0002,0001,0000020406080100020406080100年齢(歳)年齢(歳)減少率2.0%/yearの内皮細胞減少曲線図4角膜正常者の年齢.角膜内皮細胞密度散布図1,971例の角膜正常所見患者における,年齢と,スペキュラーマイクロスコピーで計測した角膜内皮細胞密度との散布図(左図)と,この分布を等高線で表示したもの(右図).曲線は数理処理により導かれた角膜内皮細胞減少曲線である.分布の平均の角膜内皮細胞減少率は約0.44%/yearと計算された.また,ほとんどの症例が角膜内皮細胞減少率2.0%以下の範囲におさまる(2.0%減少曲線よりも上に位置する)ことが示された(文献5より許可を得て転載).減少率2.0%/yearの内皮細胞減少曲線020406080100020406080100年齢(歳)年齢(歳)4,0004,000))角膜内皮細胞密度(cells/mm2角膜内皮細胞密度(cells/mm23,0003,0002,0001,00002,0001,0000減少率2.7%/yearの内皮細胞減少曲線図5Fuchs角膜内皮ジストロフィ患者の年齢.角膜内皮細胞密度散布図41例のFuchs角膜内皮ジストロフィ患者における,年齢と,スペキュラーマイクロスコピーで計測した角膜内皮細胞密度との散布図(左図)と,この分布を等高線で表示したもの(右図).ほとんどの症例が角膜内皮細胞減少率2.0%以上である(2.0%減少曲線よりも下に位置する)ことが示された(文献5より許可を得て転載).膜浮腫が認められた中等度以上のFuchs角膜内皮ジス2.変動係数トロフィ患者では,理論上の内皮細胞密度減少率は2.0正常機能を有する角膜内皮細胞は総じて均一なサイズ%/year以上であった(図5).と形状を有している.角膜内皮細胞になんらかのストレスが加わると,サイズの恒常性維持ができなくなり,あ356あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(52) るいは細胞骨格の異常を生じるため,細胞の大きさと形状は不均一さを呈してくる2).変動係数(coefficientvariation:CV)とは統計学的用語でCV=(標準偏差)/(平均)であり,スペキュラーマイクロスコピーの場合「角膜内皮細胞面積の標準偏差」を「内皮細胞面積の平均値」で割ったものである.正常の角膜内皮での変動係数は約0.25である.変動係数の上昇は細胞サイズのばらつきが多いことを意味し,polymegathismと表現される1,2).変動係数は角膜内皮細胞の「質」的観点から評価するパラメータであり,細胞数の減少が大きくない時期でも変動係数の増大として角膜内皮障害の存在の可能性を示すことがある.3.六角形細胞出現率これも角膜内皮細胞の「質」的観点から評価するパラメータである.角膜内皮細胞は安定した状態では六角形の形状でモザイク状に配列している.六角形細胞出現率の減少は,角膜内皮にストレスが加わる,あるいは脱落した細胞が増えることによって,変形した角膜内皮細胞が増えてきていることを意味し,pleomorphismと表現される1,2).健常な角膜では六角形細胞出現率は55%以上であることが多く,特に健常若年者では70.80%程度である2).IV臨床でのパラメータ評価以上述べたパラメータを臨床の場面でうまく活用するのには,目的によって使い分けるのがよいと思う.スペキュラーマイクロスコピーが臨床の場面で一番多く活躍するのは,まずなんといっても内眼手術の術前検査であろう.この場合手術侵襲によって角膜内皮細胞数が減少したときに,水疱性角膜症に至らないかどうか,を予測するのが目的なので,角膜内皮細胞密度が一番重要な観点となる.角膜浮腫をきたす角膜内皮細胞密度には症例によってかなりのばらつきがあるが,おおよそ300.700cells/mm2以下である1).症例の年齢の影響も大きいが,行おうとする内眼手術による角膜内皮細胞数の減少率が0.30%と仮定すると,術後の水疱性角膜症を避けるには,少なくとも術前の角膜内皮細胞密度は1,000.1,200cells/mm2くらいほしいところである1).これ以(53)下であれば,術後に水疱性角膜症に至る可能性があることを,術前に患者によく説明しておくべきである.術前検査をさらに慎重に行いたい場合は,変動係数と六角形細胞出現率にも注意を払うとよい.変動係数0.4以上,あるいは六角形細胞出現率50%以下は,内眼手術による内皮細胞数減少が高くなるリスクがあるとされる1).つぎに,疾患を有する角膜の経過観察としてもスペキュラーマイクロスコピーは重要な検査である.この場合も将来水疱性角膜症に至る可能性を見きわめたいので,角膜内皮細胞密度の変化を経時的に追跡することが重要な観点である.先に述べたとおり,健常者の角膜内皮細胞減少率は0.4.0.6%/year程度だが,たとえばFuchs角膜内皮変性症では約3%/yearの割合で減少していくと考えられている5).また,たとえば虹彩炎や緑内障のレーザー虹彩切開術後の患者の経過観察などで,内皮細胞密度が正常な場合でも,変動係数と六角形細胞出現率の変化や,内皮面の白血球細胞浸潤の所見などに注意することはとても有用で,変化がみられる患者には,たとえば虹彩炎の治療を強化する,コンタクトレンズ装用者であれば装用を控えさせる,などといった,きめ細やかな対処をするのに活用できる.最後に,忘れてならないのは,健常者でコンタクトレンズ装用者の経過観察にもスペキュラーマイクロスコピーは有用であることである.この場合,対象となるのはもともと健常者であり予防医学的側面が強い(現在のところ保険収斂はされていない).変動係数と六角形細胞出現率は,角膜内皮のストレスに対し,早期でも鋭敏に反応するパラメータである.コンタクトレンズの長期装用者に対して,内皮細胞密度が正常でも変動係数と六角形細胞出現率の変化に注意し,subclinicalな変化を見逃さず,適切な装用指導に活用したい.おわりにスペキュラーマイクロスコピーからは,生体における角膜内皮の形態変化所見や,質的,量的変化を表す各種パラメータを情報として得ることができる.検査を受ける患者がsubclinicalな状態なのか,進行性の疾患を有するのか,内眼手術の術前検査なのか,など患者の状態に応じてこれらの情報をうまく活用することによって,あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014357 角膜内皮に対する適切な評価に役立てたい.文献1)PhillipsC,LaingR,YeeR:Specularmicroscopy.Cornea.2nded(KrachmerJH,MannisMJ,HollandEJeds),260274,ElsevierMosby,London,20052)EdelhauserHF,UbelsJL:Corneaandsclera.Adler’PhysiologyoftheEye.10thed.(KaufmanPL,AimA,(s)eds),p47-116,ElsevierMosby,London,20023)KoesterC:Comparisonofopticalsectioningmethods.Thescanningslitconfocalmicroscope.TheHandbookofBiologicalConfocalMicroscopy(PawleyJ,ed),p189-194,IMRPress,Madison,19894)MurphyC,AlvaradoJ,JusterRetal:Prenatalandpostnatalcellularityofthehumancornealendothelium.Aquantitativehistologicstudy.InvestOphthalmolVisSci25:312-322,19845)HatouS,ShimmuraS,TsubotaKetal:MathematicalprojectionmodelofvisuallossduetoFuchscornealdystrophy.InvestOphthalmolVisSci52:7888-7893,2011358あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(54)

角膜浮腫をみたら

2014年3月31日 月曜日

特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):347.352,2014特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):347.352,2014角膜浮腫をみたらDiagnosticandTherapeuticStrategyforCornealEdema小泉範子*I角膜浮腫とは角膜全体の厚みのおよそ90%を占める角膜実質は,コラーゲンとプロテオグリカンからなる組織であり,水分を吸収して膨潤しやすい性質を持つ.角膜内皮細胞はイオンの能動輸送によるポンプ機能と,タイトジャンクションやギャップジャンクションによるバリア機能を持つことによって,角膜実質の含水率を一定に保つ役割を果たしている(図1).正常角膜では,角膜実質の膨潤圧と眼圧の差(吸水圧)を角膜内皮機能によって補うことができるため,角膜厚が一定に保たれ,角膜の透明性を維持することができる.このバランスが崩れて,角膜実質層あるいは上皮層に過剰な水分がたまり,組織の肥厚と透明性の低下を生じた状態が角膜浮腫である.II角膜浮腫の種類角膜浮腫には,上皮浮腫と実質浮腫がある.上皮浮腫では,角膜上皮細胞間や細胞内,上皮細胞の下に水疱が認められる.細隙灯顕微鏡による観察では,徹照法やスクレラル・スキャタリングなどの手法を用いると角膜上皮浮腫の範囲を明瞭に捉えることができる(図2左).角膜上皮内の小水疱はフルオレセイン染色で点状の染色パターンを示すため点状表層角膜症との鑑別が必要である(図2右).Microcystが癒合すると水疱(bulla)を形成する.水疱を伴う上皮浮腫では,上皮びらんを生じて眼表面の炎症や痛みを伴うことが多い.実質浮腫では角角膜上皮角膜実質角膜内皮バリアポンプ図1角膜内皮細胞の機能膜実質が膨潤して厚くなり,Descemet膜皺襞を伴う(図3).円板状角膜炎や角膜内皮炎などの炎症性疾患による角膜浮腫では,細隙灯顕微鏡で角膜後面沈着物や前房内炎症細胞を認めることがある.実質浮腫の診断と定量には,超音波パキメータや前眼部光干渉断層計(前眼部OCT)などを用いて角膜厚を測定する.角膜内皮機能を評価するために角膜内皮スペキュラー検査が有用であるが,すでに角膜浮腫を生じている症例では撮影できないことが多い.III角膜浮腫と眼圧一般的に眼圧が正常で角膜内皮機能が障害された水疱性角膜症では,実質浮腫と上皮浮腫の両方が認められる.一方,角膜内皮機能が正常であっても,眼圧が極端に高くなると上皮浮腫を生じる.急性緑内障発作ではび*NorikoKoizumi:同志社大学生命医科学部医工学科〔別刷請求先〕小泉範子:〒610-0321京田辺市多々羅都谷1-3同志社大学生命医科学部医工学科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(43)347 ★★★★★★★★図2角膜上皮浮腫角膜上皮浮腫のため角膜がすりガラス状に混濁している(左).フルオレセイン染色では小水疱(矢印)や,水疱(星印)に特有の染色パターンが認められる(右).図3角膜実質浮腫角膜実質の肥厚によるDescemet膜皺襞を認める.まん性の角膜上皮浮腫を生じて角膜が混濁するが,実質浮腫は伴わないことが特徴である.眼球癆による低眼圧では上皮浮腫は生じず,実質浮腫のみを生じる.IV角膜浮腫をきたす代表的な疾患1.急性緑内障発作角膜内皮機能が正常でも,約50mmHgを超える高眼圧では前房からの水圧が高いために角膜組織に水分が移動する.上皮バリアがあるために角膜上皮層内に水が貯留して上皮浮腫を生じるが,前房からの水圧が実質の膨潤圧よりも高くなるために実質浮腫は生じない.速やかに眼圧下降のための治療を行う.2.コンタクトレンズによる急性上皮浮腫酸素透過性の低いハードレンズやソフトレンズの長時間装用や固着により,急激な酸素不足による角膜上皮浮腫を生じることがある.激しい疼痛や羞明,流涙,視力低下を生じ,スリットランプでは上皮浮腫と上皮細胞のタイトジャンクションの障害によるフルオレセインの透過性亢進を認める.角膜全体がフルオレセインに染色されるため,全上皮欠損と見間違うことがあるが上皮は脱落していない.コンタクトレンズの装用中止により数日間で改善する場合が多い.低濃度ステロイド薬を使用すると速やかに浮腫と自覚症状の改善が得られるが,角膜感染症を合併している場合にはステロイド薬の使用は禁忌であり見きわめが重要である.3.水疱性角膜症角膜内皮障害による角膜浮腫を水疱性角膜症とよぶ.上皮浮腫と実質浮腫の両方を認める.原因は多岐にわたるが,ジストロフィ,内眼手術や外傷,炎症によるものがあり,代表的な疾患を以下に説明する.根本的な治療法はドナー角膜を用いるDSAEK(Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty)などの角膜内皮移植術である.実質混濁を伴う水疱性角膜症では全層角膜移植術を行う.348あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(44) 図4Fuchs角膜内皮ジストロフィ角膜中央部に実質および上皮浮腫を生じている.4.Fuchs角膜内皮ジストロフィFuchs角膜内皮ジストロフィは角膜内皮細胞が異常コラーゲンなどからなる細胞外マトリクスを過剰に産生し,Descemet膜の肥厚と滴状角膜(guttata)を生じる疾患である.Guttataは角膜内皮細胞にストレスがかかったときに生じる所見といわれており,健常眼や外傷後の角膜内皮障害などで認められることがある.Fuchs角膜内皮ジストロフィでは,両眼性にguttataを認め,進行すると角膜浮腫を生じて視力低下をきたす(図4,5).初期には朝方の視力低下を自覚し,上皮浮腫,実質浮腫を生じると急激な視力低下を自覚する.進行すると角膜上皮下,表層実質に瘢痕性の角膜混濁を生じることがある.欧米では40歳以上の3.5%が罹患していると報告されており,DSAEKやDMEK(Descemet’smembraneendothelialkeratoplasty)などの角膜内皮移植術の主要な原因疾患である.COL8A2,SLC4A11,ZEB1,TCF4などの遺伝子変異が関与することが報告されている.欧米に比べると頻度は低いが,日本でもかなりの患者数がいると推測されている.5.レーザー虹彩切開術後緑内障発作の解除あるいは予防を目的としたレーザー虹彩切開術(LI)の晩期合併症として角膜内皮障害を生じることがあり,角膜実質および上皮浮腫を生じる(図6).日本における全国調査では,角膜移植を行った水疱(45)図5滴状角膜(guttata)Fuchs角膜内皮ジストロフィ患者のスリットランプ所見とスペキュラーマイクロスコープ写真.図6レーザー虹彩切開術後の角膜浮腫上方に虹彩切開がされているが下方から角膜浮腫が進行し,Descemet膜皺襞を認める.性角膜症のなかで,LI後の水疱性角膜症は23.4%を占めることが報告されている1).また本疾患は,欧米では問題になることは少なく,アジア,なかでも日本で特に多い疾患であるとされる2).LI施行後6.7年で角膜浮腫を生じる症例が多いとされる.角膜浮腫のパターンはさまざまで,LI施行部位の角膜上方から,あるいは下方から局所的に浮腫が発症し,経過とともに角膜全体に及ぶ場合が多い.治療はDSAEKなどの角膜内皮移植を行う.6.内眼手術後白内障などの内眼手術によって角膜内皮細胞が障害さあたらしい眼科Vol.31,No.3,2014349 れることがある.通常の手術では術中に多少の角膜内皮細胞が脱落しても問題となることはないが,角膜内皮疾患や多重手術の既往により,術前から角膜内皮細胞が減少している症例では術後に角膜浮腫を生じることがある.角膜内皮細胞が手術によって部分的に欠損すると周囲の内皮細胞が拡大,伸展して欠損部を修復するため,角膜内皮密度が保たれれば角膜浮腫は消失する.一方で,角膜内皮密度が約500個/mm2以下になると,不可逆性の角膜内皮機能不全となり水疱性角膜症となる.治療はDSAEKなどの角膜内皮移植を行う.白内障手術後の水疱性角膜症は日本における水疱性角膜症の4割以上を占め,原因疾患の第一位であると報告されている1).7.後部多形性角膜ジストロフィ後部多形性角膜ジストロフィ(posteriorpolymorphouscornealdystrophy:PPCD)は,角膜内皮細胞が分化異常により上皮細胞様に変化し,帯状や水疱様,あるいはびまん性の角膜内皮面の混濁を生じる疾患である.症例の多くは両眼性であり,内皮細胞密度が正常のものから低下するものもある.通常は無症状であり進行もきわめて緩徐であるが,変性が高度な場合には角膜浮腫による視力低下を自覚する.周辺虹彩前癒着や眼圧上昇をきたす場合があり,緑内障に注意する.無症状の場合は経過観察でよいが,角膜浮腫が進行して水疱性角膜症となった場合には角膜内皮移植の適応がある.常染色体優性遺伝であり,原因遺伝子としてVSX-1,COL8LA2,TCF8が同定されている.8.先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィ生下時から両眼性の水疱性角膜症を生じる疾患として,先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィ(congenitalhereditaryendothelialdystrophy:CHED)がある.胎生期の角膜内皮の変性あるいは欠損によるとされ,Descemet膜の肥厚と角膜内皮機能不全による実質浮腫,上皮浮腫を生じる.血管侵入はなく眼圧は正常である.生後2,3年以内に発症し,ゆっくり進行する常染色体優性遺伝のタイプ(CHED1)と,生下時より角膜混濁があり視力予後が不良な常染色体劣性遺伝のタイプ(CHED2)があり,CHED2ではSLC4A11遺伝子の変350あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014異が報告されている.また近年,CHED1とPPCDの相同性が議論されている.9.円板状角膜炎単純ヘルペスウイルスによる角膜実質炎でみられる.表層から中層に及ぶ角膜実質の浮腫と細胞浸潤,混濁を生じる.また病変部に一致して角膜後面沈着物を生じることが特徴である.immunering(免疫輪)を伴うことがある(図7).上皮型ヘルペスの経過中に発症する場合と,実質病変のみを生じる場合がある.表層実質へのウイルス抗原の沈着に対するIV型アレルギー反応と考えられており,抗ヘルペスウイルス薬とステロイド薬を併用した治療が必要である.進行すると角膜組織の壊死による強い混濁と,血管侵入を伴う壊死性角膜炎に移行することがある.壊死性角膜炎の治療後の瘢痕性角膜混濁に対しては,全層角膜移植術が行われるが,移植後のヘルペス性角膜炎の再燃に注意が必要である.10.ウイルス性角膜内皮炎角膜内皮炎は,角膜内皮をターゲットとした炎症により,限局性の角膜浮腫と角膜後面沈着物を生じる疾患であり,進行性の角膜内皮障害を生じる(図8).単純ヘルペスウイルスがおもな原因とされているが,水痘・帯状疱疹ウイルスやムンプス感染症でも生じることがある.近年,サイトメガロウイルスによる角膜内皮炎が日本やシンガポールなどのアジア諸国から報告され注目されている3).角膜内皮炎では,円板状角膜炎とは異なり角膜実質への細胞浸潤を伴わない.円形に配列する角膜後面沈着物様の病変(コインリージョン)や拒絶反応線様の角膜後面沈着物が特徴的であり,再発性の虹彩毛様体炎,眼圧上昇を伴う症例では,サイトメガロウイルス角膜内皮炎が疑われる.診断には前房水を用いたウイルスPCR(polymerasechainreaction)が有用で,抗ウイルス薬とステロイド薬の併用療法を行う.11.急性水腫円錐角膜の進行により,角膜中央からやや下方が突出してDescemet膜が断裂することがある.Descemet膜の断裂部位から流入した前房水が角膜実質に貯留するこ(46) 図7円板状角膜炎実質浮腫と上皮浮腫を認め,実質内に細胞浸潤が認められる.免疫輪(immunering)を伴う.図8ウイルス性角膜内皮炎周辺部から角膜中央へ向かう進行性の実質浮腫と上皮浮腫,コインリージョンを伴う角膜後面沈着物を認める.眼圧上昇,再発性虹彩毛様体炎の既往があり,前房水からサイトメガロウイルスDNAが検出された.とにより著明な角膜実質浮腫と,急激な視力低下を生じる(図9).圧迫眼帯と感染予防のための抗菌薬眼軟膏の点入を行う.数カ月で徐々に浮腫の軽減が得られる.瘢痕性の角膜混濁が残る場合が多いが,混濁が瞳孔領にかからなければハードコンタクトレンズの装用により良好な視力が得られる.下方周辺部の角膜が菲薄化するペルーシド角膜変性でも急性水腫を生じることがある.12.内皮型拒絶反応角膜移植後の拒絶反応で臨床的に最も重要なものは,角膜内皮細胞に対する拒絶反応である.再移植眼や血管(47)図9急性角膜水腫Descemet膜断裂により著明な実質浮腫と上皮浮腫を生じる.侵入を伴う症例などは拒絶反応を生じやすい.臨床的には拒絶反応線(Khodadoust線)とよばれる線状に配列する角膜後面沈着物を伴って周辺部から角膜中央に向かう角膜浮腫を伴う典型例と,多数の角膜後面沈着物がびまん性に生じる例がある.早期にステロイド薬および免疫抑制薬による集中的な治療を行うことにより角膜内皮細胞障害の拡大を防ぐことができれば,移植片の透明性を維持することができるが,角膜内皮細胞の脱落が広範囲に及んだ場合には不可逆性の角膜浮腫と混濁を伴う移植片不全となる.あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014351 13.分娩時外傷鉗子分娩などにより出生時にDescemet膜破裂を生じることがある.片眼性で左眼に多く,垂直からやや斜め方向に走行する帯状のDescemet膜破裂と病変部に一致した角膜浮腫を認める.軽症の場合は出生後しばらくの間に浮腫が消失することもあるが,浮腫が遷延し水疱性角膜症となる症例もある.V治療円板状角膜炎や角膜内皮炎などのウイルス感染症による角膜浮腫に対しては,抗ヘルペスウイルス薬とステロイド薬を併用した治療を行う.角膜内皮炎では原因ウイルスの同定に前房水を用いたウイルスPCRが有用である.治療が奏効すれば角膜浮腫は消失するが,角膜内皮障害が高度な場合には不可逆性の水疱性角膜症となる.水疱性角膜症に対する根本治療はドナー角膜を用いた角膜移植であり,実質混濁のない症例ではDSAEKやDMEKなどの角膜内皮移植の適応である.初期の角膜内皮障害では,朝方に角膜浮腫が強くかすみや視力低下を自覚することがある.対症療法として5%食塩軟膏の眠前使用や,日中に5%食塩水を点眼することにより浮腫が軽減して自覚症状が改善されることがある.水疱性角膜症による上皮接着不良を伴う症例では,抗菌薬の眼軟膏と低濃度ステロイド点眼薬を使用することにより上皮びらんによる疼痛と炎症を予防する.近年,角膜内皮細胞を増殖させる点眼治療や培養角膜内皮細胞移植による再生医療の研究が行われており,角膜浮腫に対する新しい治療法の開発が期待される4).文献1)ShimazakiJ,AmanoS,UnoTetal:NationalsurveyonbullouskeratopathyinJapan.Cornea26:274-278,20072)AngLP,HigashiharaH,SotozonoCetal:Argonlaseriridotomy-inducedbullouskeratopathyagrowingprobleminJapan.BrJOphthalmol91:1613-1615,20073)*KoizumiN,*SuzukiT,UnoTetal(*co-firstauthors):Cytomegalovirusasanetiologicfactorincornealendotheliitis.Ophthalmology115:292-297,20084)KoizumiN,OkumuraN,UenoMetal:Rho-associatedkinaseinhibitoreyedroptreatmentasapossiblemedicaltreatmentforFuchscornealdystrophy.Cornea32:11671170,20135)OkumuraN,KoizumiN,KayPEetal:TheROCKinhibitoreyedropacceleratescornealendotheliumwoundhealing.InvestOphthalmolVisSci54:2439-2502,2013352あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(48)

角膜混濁をみたら

2014年3月31日 月曜日

特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):339.345,2014特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):339.345,2014角膜混濁をみたらDifferentialDiagnosisofCornealOpacities臼井智彦*はじめに角膜混濁の有無は細隙灯検査で容易に同定することができる.しかし混濁の原因は,となると,その要因は多岐にわたるため,診断に苦慮することも多々ある.角膜に生じる混濁には浮腫,浸潤,瘢痕,沈着に大別され,角膜に生じるさまざまな病理的イベントの結果発症する.浮腫と浸潤については他項に譲り,本稿では瘢痕,沈着による角膜混濁について述べる.I瘢痕性混濁(図1)瘢痕性混濁は外傷,創傷,感染,角膜実質炎などが生じた際,(過剰な)生体反応の結果,角膜実質のコラーゲン構造を破壊し生じたものである.細隙灯顕微鏡で,不規則な混濁が角膜実質にみられる.実質のコラーゲン構造の乱れによる白色の混濁に加えて,血管新生や形骸血管(ゴーストベッセル;角膜新生血管の名残),脂肪変性がみられることもある.瘢痕化した角膜では瘢痕収縮や角膜菲薄化がたびたびみられ,その部位の角膜はフラット化する.実質の瘢痕性混濁をみた場合,それが両眼性か片眼性かが診断の重要な手がかりとなる.両眼性であれば梅毒,結核などによる角膜実質炎後をまず考える.もちろん,他の感染症や外傷などが両眼に生じる可能性もあるが,頻度的には梅毒による角膜実質炎後が多い.梅毒性角膜実質炎では多くの症例で角膜深層,特にDescemet膜に沿った血管新生や形骸血管をみることがあり,その周囲はウミウチワ状に混濁が広がる.一方,片眼性であれば,ヘルペスの実質炎後,その他種々の感染症の既往,外傷の既往などを考える.II沈着性混濁沈着性混濁は,発生部位,形状,数などによって鑑別診断を行うとよい.多くの症例で,特徴的な混濁パターンを示すので,それを頭に入れておく.1.上皮内沈着性混濁a.渦状上皮内沈着性混濁(図2)渦状を呈する疾患として,Fabry病,薬剤による沈着がある.時にらせん状や車軸状のこともある.Fabry病は全身性代謝異常であるsphingolipidosisの一種であり,alphagalactosidaseが先天的に欠損する結果生じる.特徴的な渦状混濁を上皮に起こし,この角膜所見は発症しない女性保因者にも認めるといわれている.薬剤による渦状,らせん状沈着をきたすものとしては,抗不整脈薬のアミオダロン(アンカロンR),向精神薬であるフェノチアジン(コントミンRなど)が代表例であり,よって基礎疾患として不整脈や統合失調症などがないか,病歴聴取が診断の鍵となる.視力に影響を及ぼすことはなく,また休薬によりこれらの沈着は次第に消失する.*TomohikoUsui:東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学〔別刷請求先〕臼井智彦:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(35)339 図1瘢痕性混濁左上:梅毒性角膜実質炎後.角膜白斑とよばれるもの.右上:角膜実質炎後の表層移植後に生じた血管新生と脂肪変性.左下:MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)感染後.中央部は菲薄化を認める.右下:ヘルペスによる実質炎後.血管新生が顕著.図2渦状角膜本症例はテノーミン内服中に認められた.図3円錐角膜にみられるFleischerring(ヘモジデリンの沈着)b.線状上皮内沈着性混濁(図3)るが,その他にも翼状片のcap近傍(Stockerline),線線状沈着として,鉄(ヘモジデリン)沈着線が代表的維柱帯切除後の濾過胞近傍(Ferryline)に好発する.である.円錐角膜でみられるFleisherringが有名であまた高齢者角膜の瞼裂部下縁にも線状のヘモジデリン沈340あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(36) 図4帯状角膜変性症角膜輪部と石灰化病変との間に透明帯を認める.右はPTK術後.着を認めることもあり,Hudson-Stahlilineとよばれている.これらに共通するのは,涙液層がbreakしやすい部位であり,涙液内のヘモジデリン成分がこれらの部位に残存沈着を起こすと考えられる.いずれも視力に影響を及ぼすことはない.2.上皮下沈着性混濁a.周辺部上皮下沈着性混濁輪部血管からの脂質成分の漏出〔LDL(低比重リポ蛋白)コレステロールといわれている〕によって生じる老人環が代表例である.若年者にみられることもあり,その際は若年性高コレステロール血症の有無に注意する.その他よく遭遇する周辺部上皮下沈着性混濁にlimbalgirdleofVogtがある.透明帯を伴う白色の上皮下沈着であり,高齢者に多い.病理的にはBowman膜を破壊した弾性線維の変性とカルシウムの沈着がみられ,初期の帯状角膜変性症とみる向きもある.b.瞼裂部上皮下沈着性混濁(図4)カルシウム沈着によって生じる帯状角膜変性症が代表例である.通常3.9時方向周辺部から発症し,白色または灰白色の石灰化病変が徐々に中央へと広がる.角膜輪部と石灰化病変との間に透明帯(lucidinterval)が存在する.ところどころ円形に混濁が抜けている部位があり,これは神経の走行部位であるといわれている.視力低下例や異物感が強い症例ではPTK(治療的レーザー角膜除去)またはEDTA(エチレンジアミン四酢酸)や1%塩酸を用いて石灰化物を除去する.帯状角膜変性に類似しているが,瞼裂部位に認める黄色から茶色がかった混濁はspheroiddegeneration(別名climaticdropletkeratopathy)である.太陽光線や眼表面の乾燥との関連が指摘されており,砂漠地方に多いとされている.c.びまん性上皮下沈着性混濁(図5)角膜全体に上皮下沈着性混濁を生じる代表例はReisBuckler角膜ジストロフィや膠様滴状角膜ジストロフィなど,両眼性の遺伝性疾患があげられる.Reis-Buckler角膜ジストロフィはanteriormembranedystrophyに分類され,Bowman膜から実質浅層に混濁を生じる.TGFBI遺伝子の変異を原因とし,常染色体優性遺伝形式をとる.Honeycombpatternとよばれる蜂の巣状の網目状混濁を呈することが特徴である.学童期から再発性角膜びらんを呈することが多いことから,若年者の角膜びらんを呈する疾患として記憶にとどめておく必要がある.PTKや角膜移植を行っても,その後徐々に再発する.膠様滴状角膜ジストロフィは上皮下にアミロイドが沈着する疾患で,常染色体劣性遺伝形式をとる.上皮のバリアが障害され,涙液成分であるラクトフェリンがアミロイド化して上皮下に沈着するためと考えられている.進行例では角膜はゼラチン状となり,また血管新生を生じることが多い.本疾患も,keratectomy,PTKや角膜移植を行っても再発するが,術後medicaluseSCL(ソフトコンタクトレンズ)の装用により,再発を遅らせることが可能である.(37)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014341 図5左Reis.Buckler角膜ジストロフィ(左),および膠様滴状角膜ジストロフィ(右)図6Salzman結節変性d.結節性上皮下沈着性混濁(図6)隆起を伴う結節性の上皮下沈着性混濁に,Salzman結節変性(Salzmannodulardegeneration)がある.さまざまな角膜炎後に生じ,白色結節状混濁を示す.通常無症状だが,異物感,流涙,羞明などを呈することがあり,結節の頂点では上皮欠損を生じやすい.視軸にかかる部位に発症したときは,keratectomyやPTKを行うこともある.III実質沈着性混濁遺伝性疾患である角膜ジストロフィが代表例である.その他,全身疾患(多発性骨髄腫,Tangier病,代謝異常など)に伴うものに留意する.1.角膜ジストロフィ遺伝性角膜疾患である角膜ジストロフィでは両眼性に特徴的な沈着性混濁を呈する.顆粒状角膜ジストロフィ,格子状角膜ジストロフィ,Reis-Buckler角膜ジストロフィなどのTGFBI遺伝子を原因とするジストロフィは常染色体優性遺伝形式をとる.斑状角膜ジストロフィや膠様滴状角膜ジストロフィは常染色体劣性遺伝のため,近親婚の有無が手がかりとなることもある.a.顆粒状角膜ジストロフィ(図7)わが国で最も多く遭遇するのはII型の顆粒状変性(アベリノ型)といわれている.小円形,楕円形の白色沈着物(ヒアリン)に加え,棍棒状や星状のアミロイド沈着が実質浅層から中層に混在してみられるものである.I型の顆粒状角膜変性(狭義の顆粒状角膜変性)はこのアミロイドによる棍棒状混濁がない病型で,II型と原因遺伝子は同じものの,その変異部位は異なる.視力低下例ではPTKや角膜移植〔DALK(深層層状角膜移植)〕を行う.しかし術後の再発が問題になることが多い.b.格子状角膜ジストロフィ(図8)格子状角膜ジストロフィ(LCD)は,線状の格子状混濁とアミロイドの沈着がみられる.LCDは,4つに分類されている.LCDIは常染色体優性遺伝で,学童期より発症する.再発性角膜びらんを繰り返すことが多く,そのためびらんによる2次的な瘢痕性混濁も加わることも多々ある.LCDIIIは40歳以降の晩期発症で,342あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(38) 図7顆粒状角膜ジストロフィII型左:顆粒状混濁(ヒアリン)が角膜中央で癒合している.一部棒状のアミロイドの沈着を認める.右:PTK後.深層に混濁が残る.図8格子状角膜ジストロフィ左:I型.角膜中央部に混濁を認める.中:II型.全身性アミロイドーシス(gelsolin遺伝子異常)にみられた格子状混濁.右:III型(IIIa).格子状混濁が太い.格子状線状混濁がLCDIより太いのが特徴である.なおLCDIIIでも角膜上皮びらんを生じるものはLCDIIIaに分類されている.LCDIVも晩期発症であるが,線状混濁は角膜深層にみられ,わが国からの報告しかない.LCDI,III,IVはTGFBI遺伝子の異常であるが,LCDIIはgelsolin遺伝子異常による全身性アミロイドーシスに合併するもので,頻度は圧倒的に少ないとされるが,他の格子状変性同様の混濁を生じる.視力低下例では角膜移植(DALK)を行う.c.斑状角膜ジストロフィ(図9)斑状角膜ジストロフィは灰白色の円形,不整楕円形の沈着物が多発してみられ,混濁間の角膜実質も淡い混濁を呈する.糖鎖硫酸転移酵素遺伝子であるCHST6の遺伝子異常により,異常なケラタン硫酸の蓄積によって生じると考えられている.視力低下以外に大きな症状はなく,再発性角膜びらんなどの上皮障害は通常みられない.混濁は角膜全層に及び,視力低下例では角膜移植〔DALKまたはPKP(全層角膜移植)〕を行う.d.Schnyderクリスタリン角膜ジストロフィ(図10)稀な遺伝性疾患である.角膜中央部実質浅層に楕円形の白色結晶状の実質沈着をきたす.この沈着は脂肪やコレステロールによる.発症は早くても20代からで,多くの症例は40代以降である.進行した視力低下例では角膜移植を行う.2.全身疾患に伴う実質の沈着性混濁(図11)いくつかの全身性疾患で,実質混濁を呈することがある.ムコ多糖の代謝異常であるmucopollysacharidosis(Hurler病やScheie病など)では,灰白色の混濁が生後より徐々に進行する.また脂質代謝異常である,apoA1(39)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014343 図9斑状角膜ジストロフィ図10Schnyderクリスタリン角膜ジストロフィ角膜中央部に灰白色の円形混濁とクリスタリン沈着を認める.まだ40代であるが,周辺角膜に若年環も認める.図11全身疾患に伴う沈着性混濁左:ApoA1欠損症にみられた角膜実質のびまん性混濁.脂質の沈着といわれている.右:多発性骨髄腫にみられたM蛋白の結晶状沈着.欠損症でも脂質の沈着による角膜実質のびまん性混濁を認める.多発性骨髄腫では,形質細胞が産生するM蛋IV実質深層,前Descemet膜の沈着性混濁白が結晶状に角膜実質全層に沈着することがある.その1.Francois角膜ジストロフィ(図12)他の結晶状実質沈着をきたす疾患として,シスチン血症角膜実質深層部中央に,灰白色の“crackedice”とや痛風があげられる.表現される斑状の混濁を示す.この混濁は浅層や周辺部に伸展することはなく,上皮びらんなども生じない.常染色体優性遺伝といわれているが,遺伝形式が不明なことも多い.視力低下をきたすことはほとんどなく,通常344あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(40) 図12Francois角膜ジストロフィ(上段)と周辺部角膜実質深層にみられるposterior(crocodile)shagreen(下段)上段のFrancois角膜ジストロフィでは角膜中央部実質深層にcrackediceとよばれる灰白色の斑状混濁を認める.図13周辺部角膜実質深層にみられたKayser.Fleischerring(Wilson病)治療は行わない.類似した混濁を呈する疾患にposterior(crocodile)shagreenがあるが,これは角膜周辺部に混濁を生じ,遺伝性はなく,加齢性変化といわれている.(41)2.pre.DescemetcornealdystrophyDescemet膜前の実質深層に,びまん性に細かな線状の沈着性混濁を呈する疾患で,通常30代以降に発症する.粉状,点状,樹枝状なこともあり,その混濁の正体はリン脂質や中性脂肪の沈着といわれている.遺伝形式ははっきりせず,加齢による変性として同様の沈着を示すfarinataとの区別はむずかしい.なおpre-Descemetcornealdystrophyには魚鱗癬を伴うこともある.本混濁により視力低下をきたすことはなく,治療は必要としない.3.Kayser.Fleischerring(角膜銅症)(図13)銅代謝異常疾患であるWilson病患者でみられる.周辺部角膜深層に茶色がかった沈着物を認めるが,角膜中央部には及ばず,通常周辺部3.4mm程度の幅である.あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014345

角膜浸潤をみたら

2014年3月31日 月曜日

特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):331~337,2014特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):331~337,2014角膜浸潤をみたらPerspectivesonCornealInfiltration佐々木香る*I角膜浸潤と混濁の違い角膜浸潤を考える前に,まず浸潤と混濁を明確に鑑別することが大切である.いずれも角膜の薄い白色の濁りとして捉えられるが,浸潤は角膜実質に炎症細胞が侵入している状態で,混濁は角膜実質の線維の走行が乱れた状態である.つまり,角膜浸潤には消炎が必要であるが,角膜混濁は消炎の必要ない瘢痕といえる(図1a,b).なお,実質型ヘルペスや移行期アメーバのように円板状の実質浮腫を伴うもの,角膜フリクテンや壊死性ヘルペスなど血管侵入を伴うもの,細菌・真菌感染など膿瘍を伴ったものは,この項では角膜浸潤から外して考える.他書を参考にされたい.日常臨床でよく遭遇する,比較的小さな円形,不整形の角膜浸潤に的を絞って解説する.角膜浸潤は炎症細胞が集積しているため,境界は比較的不明瞭であるが,一方,角膜混濁は境界鮮明である.また浸潤は炎症を伴うため,軽度の毛様充血を伴うことが多いが,混濁は瘢痕であるので,基本的には充血は認めない(ただし,二次的に上皮欠損などをきたして充血を生じる場合もある).つまり,本項での角膜浸潤のイメージは,円形~不整形の小さめで,辺縁不明瞭な,充血を伴う薄い角膜白濁と捉えてほしい.II浸潤の部位角膜浸潤は周辺部に認められる疾患と中央部に認められる疾患に分類される.周辺部の角膜浸潤として具体的に考えられる疾患は,多い順に1)カタル性角膜浸潤,2)自己免疫疾患(膠原病やMooren潰瘍)である.中間周辺部にみられる角膜浸潤としては,1)ブドウ球菌性角膜浸潤,2)ソフトコンタクトレンズによる角膜浸潤,3)角膜縫合糸による角膜浸潤などがある.そして中央部もしくは全体に広がる角膜浸潤としては,ウイルス性角膜炎(アデノウイルス感染後多発性上皮下浸潤,Thygeson表層角膜炎,単純ヘルペス角膜炎,帯状ヘルペス角膜炎)が多い.上記のように,周辺部のものは好中球の浸潤によるものが多く,中央部のものはリンパ球の浸潤によることが多い.III各論1.周辺部の角膜浸潤a.カタル性角膜浸潤眼瞼に常在するブドウ球菌に対するアレルギー反応であるため,眼瞼が汚れる年齢つまり中年の女性に多い.菌に対する抗原抗体複合物により,好中球が浸潤する.そのため,以下の特徴を呈する.①眼瞼に存在する菌に対する反応であるので,眼瞼と角膜が接触する2時,4時,8時,10時の角膜に好発し,輪部と病変部に連続性はなく,透明帯とよばれる部分が存在する(図2a).②輪部血管から炎症細胞が浸潤するため,輪部に平行*KaoruSasaki:星ヶ丘厚生年金病院眼科〔別刷請求先〕佐々木香る:〒573-0013枚方市星丘4-8-1星ヶ丘厚生年金病院眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(27)331 図1a浸潤.ブドウ球菌による角膜浸潤.小円形の濃い浸潤を認め,充血を伴う.図2aカタル性角膜浸潤.4時方向に輪部に平行な浸潤を認める.輪部と病変部には透明帯が存在する.の形状を呈する(図2a).高度になれば弧状につながった形状を示す(図3).③炎症細胞浸潤が主体で上皮破壊は生じにくいため,浸潤病巣に比して上皮欠損が非常に細い,あるいは小さいという特徴がある(図2b).これはカタル性角膜浸潤の一番大きな特徴であり,細菌性角膜炎との鑑別となる.ただし,逆にそのフルオレセイン所見の形状からヘルペスとの鑑別がむずかしい.ヘルペスに特徴的なterminalbulbの有無と,浸潤と上皮欠損の大きさの比率により判断する.b.自己免疫疾患Mooren潰瘍や関節リウマチのような自己免疫疾患で332あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014図1b混濁.図1aの治癒後.小円形の均一な薄い濁りとなり,充血を認めない.図2b図2aのフルオレセイン所見.浸潤に比較して上皮欠損(フルオレセイン陽性部分)が小さい.は,周辺部角膜潰瘍を認める.初期には浸潤から発症し,炎症の増悪とともに潰瘍へと進行する.Mooren潰瘍では,角膜上皮の基底膜に対する抗体が輪部から供給され,抗原抗体反応をきたす.また関節リウマチでは高度の強膜炎に伴って免疫複合体が輪部から角膜に沈着し,好中球が浸潤する(これを硬化性角膜炎とよぶこともある).そのため,以下の特徴を呈する.①カタル性角膜潰瘍と同様に輪部に平行に弧状の病変を呈するが,輪部血管から直接角膜に免疫複合体が沈着するため,カタル性角膜潰瘍でみられる透明帯が存在せず,角膜が存在する輪部に接して,病変が発症する(図(28) 4a).②免疫複合体が沈着し,好中球を遊走させるため,進行すると角膜実質が融解し,深掘れの潰瘍を呈する(図4b).2.中間周辺部の角膜浸潤a.ブドウ球菌性角膜浸潤基本的には,カタル性角膜浸潤と同じ機序で発症し,同義と捉えられる.ただし,眼表面に存在する常在菌(ブドウ球菌)に対するアレルギー反応のため,必ずしも眼瞼と接する部位に生じるとは限らない.通常,中間周辺部に多く,正円形の角膜浸潤を呈する(図5a).DSCL(disposablesoftcontactlens)に付着したブドウ球菌によって生じることも多く,次項のソフトコンタクトレンズ装用に伴う角膜浸潤とも一部重なる.注意すべきは,DSCL装用下に発生した緑膿菌による角膜感染症との鑑別である.従来の緑膿菌に典型的とされる輪状膿瘍と異なり,小円形あるいは小さな不整形で,ブドウ球菌性角膜浸潤に類似した所見を呈する(図5b).b.ソフトコンタクトレンズ装用に伴う角膜浸潤コールド滅菌を施行しているソフトコンタクトレンズ装用者に認められる浸潤である.コンタクトレンズに使用されるmultiplepurposesolution(MPS)に対してアレルギー反応が生じる場合と,前項のようにソフトコンタクトレンズに付着したブドウ球菌のような常在菌に対してアレルギー反応が生じる場合がある.MPSに対するものは,角膜の全面あるいは周辺に点状の染色として観察される(図6).またブドウ球菌に対するものは,通常のブドウ球菌性角膜浸潤と同様に,境界明瞭な円形の細胞浸潤として,部位に限らず生じる.いずれも免疫反応が主体であり,カタル性角膜浸潤と同じく,上皮欠損は少なく,浸潤が主体となる.c.角膜縫合糸の無菌性角膜浸潤白内障術後や角膜移植後の角膜縫合糸の周囲に,一時的に浸潤を生じる場合がある.感染症の初期や弱毒常在菌による感染もあるが,糸に対する反応性の無菌性浸潤図3カタル性角膜浸潤.高度な場合は輪部に沿って弧状を呈する.図4aMooren潰瘍.輪部と病変の間には透明帯は存在しない.図4bMooren潰瘍.Underminedとよばれる深掘れした潰瘍を呈する.(29)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014333 図5aブドウ球菌性角膜浸潤.中間周辺部に小円形の病巣を呈する.図6MPSアレルギー.輪部にそった点状の浸潤を認める.である場合も多い.判断がむずかしいので,無治療あるいは抗菌薬点眼のみで経過観察し,その進行具合で鑑別する.3.中央部の角膜浸潤主としてウイルスによるものを考える.いずれも浸潤主体で,その浸潤の大きさに比して小さな上皮欠損をきたすか,あるいは上皮欠損を認めない.単純ヘルペス角膜炎.典型的な上皮型角膜ヘルペスでは樹枝状角膜炎とよばれるterminalbulbを有する特徴的な上皮障害を生じるが,その辺縁部に上皮下浸潤が認められる.細隙灯顕微鏡所見では角膜浸潤と捉えられる334あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014図5bDSCL装用者の緑膿菌による角膜感染症.ブ菌性角膜浸潤に似ているが,やや大きめの不整形の浸潤,潰瘍を呈する.が,フルオレセイン染色を行うと鑑別は容易である(図7a,b).なお,実質型の円板状角膜炎は浸潤とともに実質浮腫を伴うので,「浮腫」の項を参照されたい.なお,上皮型や実質型が治癒した後も,多発性斑状の上皮下浸潤が生じることがある.帯状ヘルペス角膜炎では,三叉神経第1枝領域の皮疹が特徴的で,皮疹は2週間以内に鎮静化するが,その後,長期にわたり,角膜上皮下浸潤が持続することがある.単純ヘルペス角膜炎と違い,偽樹枝状病変発症時の上皮下の浸潤は少ない.しかし,帯状ヘルペス治癒後も,季節や体調によって,多発性斑状の上皮下浸潤が,しばしば再発する(図8a,b).Thygeson点状表層角膜炎は,いまだ原因ウイルスは特定されていないが,何らかのウイルス感染が原因で,両眼性に角膜上皮に多発する点状浸潤を特徴とする.小さい点状病変が集合したような白灰色の上皮内浸潤が散在性に角膜全体に認められる.病巣はフルオレセインで点状に染色される.アデノウイルスによる結膜炎に続発するものは,発症約1週間後に小さめの円形,角膜上皮下浸潤で,角膜の全面にわたって生じる(図9).さらに,数カ月たっても,再燃することがある.(30) 図7a単純ヘルペスウイルス角膜炎.樹枝状病変の辺縁に上皮下浸潤を伴う.図8a帯状ヘルペス角膜炎.多発性斑状の上皮下浸潤を認める.IV注意本項でとりあげた角膜浸潤は,上記のとおり免疫反応が主体となっていることが多く,その治療はステロイド主体となる.しかし,注意をしておかなければならないものは,アカントアメーバ角膜炎である.初期に,不均一な浸潤を認めることがあり(図10),これに対してステロイドは禁忌である.1)偽樹枝状病変はないか,2)神経炎は存在しないか,3)浸潤が不均一でないか,そして4)コンタクトレンズ装用の既往はないか,などに注意して鑑別する.(31)図7b図7aのフルオレセイン所見.Terminalbulb(末端肥大部)を認める.図8b図8aのフルオレセイン所見.多発性星芒状の染色所見を認める.前述の角膜浸潤をきたす疾患のイメージ図を図11に示す.V治療1.角膜浸潤の治療の基本上記のように,角膜浸潤は,好中球やリンパ球が主体の病態であるため,治療の基本はステロイドが主体となる.程度に応じて,0.1%フルメトロン点眼~0.1%リンデロン点眼を選択する.何度も繰り返すが,本項でとり扱ったような角膜浸潤において,ステロイドが禁忌であるのは,上皮型の単純ヘルペス角膜炎と初期のアカントあたらしい眼科Vol.31,No.3,2014335 図9アデノウイルス結膜炎.角膜全面にわたって,多発性角膜上皮下浸潤を認める.図10アカントアメーバ角膜炎(初期).偽樹枝状病変を認め,不均一な浸潤を伴う.3時方向には神経炎も観察される.アメーバ角膜炎である.これだけはまずはしっかりと鑑別して治療を開始する.なお,免疫反応が高度の場合,また薬剤毒性やステロイド性眼圧上昇などでステロイド点眼が困難な場合には,ステロイド内服も考慮する.2.治療の補足・ステロイド点眼の漸減は急激に行うと,再発することが多い.2週間ごとに1回ずつ回数を減らすペースで漸減する.・菌がアレルギーの原因であるものは抗菌薬点眼を,336あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014カタル性角膜浸潤Mooren潰瘍による浸潤ブドウ球菌性角膜浸潤ソフトコンタクトレンズ装用に伴うMPSによる角膜浸潤帯状ヘルペス治癒後の多発性角膜浸潤アデノウイルス結膜炎後の多発性角膜上皮下浸潤図11角膜浸潤をきたす疾患のイメージ一覧ヘルペスが原因であるものは,抗ウイルス薬を予防投与する.ただし,アシクロビル眼軟膏は毒性も生じやすいため,症例によっては,回数を減らすことも考慮する.・カタル性角膜浸潤などで,マイボーム腺炎を認めるものは,ミノサイクリン内服を投与する・ブドウ球菌性角膜浸潤とコンタクトレンズによる緑膿菌性角膜炎の鑑別が困難なときには,まず抗菌薬点眼を処方して経過観察したのち,ステロイド点眼の必要性を検討するという時間差投与が好ましい.・ステロイド点眼中止に伴い,どうしても再発するア(32) デノウイルス結膜炎後の多発性上皮下浸潤に対しては,オフラベルになるがシクロスポリン点眼も奏効する.以下にカタル性角膜浸潤と帯状ヘルペスによる角膜浸潤の処方例を示す.VI処方例カタル性角膜浸潤(図2)に対し以下の処方で治癒した.0.1%フルオロメトロン点×4セフメノキシム点×4帯状ヘルペスによる多発性斑状角膜浸潤(図8)に対し,以下の処方で治癒した.0.1%フルオロメトロン点×4ゾビラックス眼軟膏×1(あるいはバルトレックス1錠内服継続)文献1)井上幸次:角膜浸潤.眼感染症の謎を解く(大橋裕一編),p35-37,文光堂,20092)岡本茂樹,大橋裕一,井上幸次:角膜浸潤.角膜クリニック第二版(真鍋禮三,木下茂,大橋裕一編),p65-70,医学書院,20033)中澤徹,西田幸二:角膜浸潤,前眼部アトラス(大鹿哲郎編),p127-128,文光堂,20074)岡本茂樹:角膜浸潤.月刊眼科診療プラクテイス,前眼部疾患のトラブルシューテイング,p52-56,文光堂,20035)高村悦子:眼部帯状ヘルペス.月刊眼科診療プラクテイス,ウイルス性眼疾患の診療,p32-34,文光堂,2003(33)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014337

上皮欠損をみたら

2014年3月31日 月曜日

特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):325.329,2014特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):325.329,2014上皮欠損をみたらCornealEpithelialDefects相馬剛至*はじめに上皮欠損とは角膜の最表層に位置する角膜上皮層全層が障害された状態であり,フルオレセインをはじめとした生体染色によって検出が可能である.角膜上皮欠損は日常臨床で遭遇する機会が多い角膜所見の一つであるが,背景に存在する疾患が多岐にわたるため,その原因の特定に苦慮する場合も少なくない.本項では上皮欠損の観察に欠かせないフルオレセイン生体染色法について解説したのち,上皮欠損の鑑別診断を行う際のポイントについて述べる.Iフルオレセイン生体染色法1.フルオレセインとは角膜疾患の診察の際に最も有用な生体染色法がフルオレセインである.フルオレセインは分子式C20H12O5で示される分子量332.31の物質で(図1),水に不溶のため,臨床的には水溶性のフルオレセインナトリウム(C20H12O5Na,分子量376.26)が用いられる.アルカリ溶液中で強い緑色の蛍光を発する.490nm(青色光)付近に最大吸収波長を有し,最大蛍光波長は520.530nm(緑色光)である.臨床では,スリットランプに設置された励起フィルターを通した青色光を当てて,励起された緑色蛍光色を観察する.さらに,530nm付近の緑色光を選択的に透過させるBlueFreeFilter(ブルーフリーフィルター)を用いて観察することで,より鮮明な観察像を得ることができる1).HOOOCOOH図1フルオレセインの構造式フルオレセイン:C20H12O52.フルオレセインの優位性フルオレセインが眼表面の観察に用いられるにはいくつか理由がある.第一に分子量が比較的小さいため,眼表面の細かな病変にまで浸透することが可能である.第二に点眼時の刺激が少なく,細胞毒性も低い.また,検査後容易に洗い流せる.第三に検査が簡便であり,安価であることも挙げられる.3.フルオレセイン染色の方法大きくフルオレセイン試験紙を用いる方法,マイクロピペットを用いてフルオレセイン染色液を点眼する方法,硝子棒などに染色液を付着させて用いる方法が挙げられるが,一般的にはフルオレセイン試験紙法が清潔かつ簡便であり推奨される.治験などの厳密な評価を要する場合にマイクロピペット法が用いられる.フルオレセイン試験紙を用いる方法について説明する.*TakeshiSouma:大阪大学大学院医学系研究科眼科〔別刷請求先〕相馬剛至:〒565-0871吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(21)325 フルオレセイン試験紙(フローレスR眼検査用試験紙0.7mg)に生理食塩水を1.2滴,滴下したのち,試験紙を振って水分を十分に切る.試験紙に水分が多量に残存している場合,涙液量を誤って評価する原因になるとともに,眼表面の涙液量が増大することによって観察に支障をきたすので注意が必要である.つぎに,試験紙の一角の先端のみを下眼瞼結膜の周辺部に接触させる.少量で十分であり,フルオレセインを浸透させた部位すべてを付着させる必要はない.また,眼球結膜に直接つけることがないようにする.染色後は十分に瞬目させて眼表面全体にフルオレセインが分布するようにする.II上皮欠損の鑑別角膜上皮欠損とは,上皮層全層が欠損した状態であり角膜びらんともよばれる.表層のみが障害される点状表層角膜症とは異なる.角膜びらんに角膜実質障害を伴うと角膜潰瘍という状態になる.角膜びらんは大きく単純びらんと再発性角膜びらんに分けられる.一方,角膜潰瘍には遷延性上皮欠損,周辺部角膜潰瘍などが含まれる.1.角膜びらんa.単純びらん角膜上皮が全層にわたって欠損した状態で角膜実質障図2単純びらん眼鏡の柄の飛入により生じた単純びらん.図3再発性角膜びらんびらんに一致した染色を認め,周囲の接着不良部位は淡く染色される.326あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(22) 害は伴わない.異物の飛入や打撲などにより生じる.びらん部位に一致してフルオレセインの染色を認める(図2).b.再発性角膜びらん同一部位に,数週間.数カ月間隔で角膜上皮.離を繰り返す..離部位の角膜上皮の接着不良が原因であり,びらんに一致した染色を認め,周囲の接着不良部位は淡く染色される.(1)外傷性再発性角膜びらん爪や紙片による軽微な外傷を契機に角膜上皮びらんを繰り返す(図3).(2)格子状角膜ジストロフィ格子状の沈着性角膜実質混濁を示す角膜ジストロフィでI型,II型,III型,IIIA型,IV型が報告されている.このうちI型では,実質浅層,Bowman層に二重の輪郭を持った細かい線状の混濁を認め,瞳孔領から周辺部へ拡大するとともに,中央部の混濁は強くなり卵黄型を呈する(図4).同時に角膜表面に隆起をきたすようになり,再発性角膜びらんを生じることが多い.(3)上皮基底膜ジストロフィMap-dot-fingerprintcornealdystrophyともよばれ,角膜上皮基底膜に地図状,点状,指紋状の病変を認める(図5).上皮基底細胞と基底膜の間にヘミデスモゾーム図4格子状ジストロフィI型角膜中央の円形の混濁と周辺の細かい線状の沈着を認める.図5Map.dot.fingerprintcornealdystrophy徹照法による観察.瞳孔領の下方に小.胞状,指紋状の混濁を認める.図6神経麻痺性角膜症脳外科手術後の神経麻痺性角膜症.(23)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014327 による接着を認めず,再発性角膜びらんを発症する.(4)Reis-Bucklers角膜ジストロフィ幼少期より両眼にびらん発作を繰り返す家族性角膜ジストロフィ.Bowman膜の消失とその深さでの沈着性実質混濁による視力低下をきたす.(5)糖尿病角膜症角膜知覚の低下ならびに上皮基底膜の接着不良が背景にあり,硝子体手術や光凝固などを施行した場合に再発性角膜びらんや後述する遷延性上皮欠損を発症する.図7全層角膜移植後全層角膜移植後の神経麻痺性角膜症.2.角膜潰瘍a.遷延性上皮欠損(1)神経麻痺性角膜症角膜知覚を支配する三叉神経が種々の原因で低下した場合に発症する.具体的には三叉神経が物理的に切断される脳外科手術後(図6)や角膜移植後(図7),LASIK(laserinsitukeratomileusis)後,知覚が低下する角膜ヘルペス後や糖尿病性角膜症があげられる.また,NSAIDs(non-steroidanti-inflamatorydrugs)や眼圧下降薬であるbブロッカーの一部は表面麻酔作用を有するため角膜知覚低下の原因となる.重症化するとepithelialcracklineを形成し遷延性上皮欠損に至る.(2)薬剤毒性角膜症投与している点眼薬によって生じる上皮障害である.防腐剤(塩化ベンザルコニウム)が代表であるが,緑内障点眼(bブロッカー,プロスタグランジン製剤)や非ステロイド抗炎症薬,アミノグリコシド抗生剤,抗ウイルス薬などによって起こりうる.薬剤による角膜上皮の脱落亢進もしくは基底細胞の分裂抑制が原因と考えられる.検眼鏡的にSPK(点状表層角膜症)が角膜全面に認められ,進行するとハリケーン状のSPKやepithelialcracklineを呈し,フルオレセイン染色後のdelayedstainに代表される.さらに進行すると遷延性上皮欠損にまで及ぶ(図8).b.周辺部角膜潰瘍角膜周辺部に細胞浸潤にはじまる上皮びらん,潰瘍が図8薬剤毒性角膜症角膜下1/3の位置にびらんを認め,その周囲はハリケーン状の点状表層角膜症が生じている.328あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(24) 図9Mooren潰瘍3時.7時の輪部に沿った孤状の潰瘍を認める.生じ輪部に沿って拡大する.免疫反応が原因であり,関文献節リウマチに伴う潰瘍やMooren潰瘍が挙げられる.1)KohS,WatanabeH,HosohataJetal:DiagnosingdryeyeMooren潰瘍では,潰瘍は中心部に向かって坑道状にえusingablue-freebarrierfilter.AmJOphthalmol136:513-519,2003ぐれて進行し(undermined),潰瘍縁がせり出すのが特徴である(overhanging)(図9).(25)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014329

樹枝状病変をみたら

2014年3月31日 月曜日

特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):319.324,2014特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):319.324,2014樹枝状病変をみたらDiagnosisandTreatmentofDendriticLesion井上智之*I樹枝状病変とは樹枝状病変とは,木の枝分かれに類似した形態を示す角膜上皮欠損を示す.樹枝状病変として,最も代表的なものが,単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)による樹枝状角膜炎であり,それに対して,形態は類似するが,原因がHSVでないものは偽樹枝状角膜炎である.II樹枝状角膜炎樹枝状角膜炎とは,HSVによって角膜上皮に引き起こされる線状病変と定義される.典型例においては,その形態は特徴的で,あたかも木々の枝分かれのような形態を呈する角膜上皮障害である.HSVによる角膜炎は単純ヘルペス角膜炎,または角膜ヘルペスとよばれる.HSVはaヘルペス属のDNAウイルスで,1型(HSV1)と2型(HSV-2)があり,角膜病変の関与は1型が多く,その角膜病変は,臨床的に,上皮型,実質型,内皮型を呈して,病変の首座の存在する部位によって臨床病態が異なることが知られている.樹枝状病変は,角膜ヘルペス上皮型の代表的な病型である.幼児期にほとんどの人が,口腔・上気道および眼においてHSVに初感染し,眼症状なく三叉神経軸索を介して三叉神経節領域に潜伏感染する.その後,成人期に,ストレス,発熱,紫外線曝露など種々の原因が契機となり,潜伏感染ウイルスが再活性化して,三叉神経節から軸索を介して角膜上皮に到達して,HSVが増殖して上皮型角膜ヘルペスが生じる.本症は再発性であることが特徴で,われわれが日々の診療で出会うのは,ヘルペス初感染例でなくヘルペス再発例である.再発が繰り返されると,上皮型から実質型に移行する場合もある.症状は片眼性の異物感,充血,異物感である.上皮型角膜ヘルペスの臨床病型において,HSVによる角膜上皮病変が線状形態を呈するのが樹枝状角膜炎である.樹枝状角膜炎では,スリット所見にて特徴的な樹の枝のような角膜びらん,すなわち樹枝状病変を示す(図1.3).図1.3の写真症例の角膜上皮擦過物から,後述するreal-timepolymerasechainreaction(real-timePCR)法にて,HSV-DNAが6.8×107copies/sample(図1),9.1×106copies/sample(図2),3.1×106copies/sample(図3)同定された.樹枝状病変自体も混濁を伴うため,通常スリット光でも識別は可能であるが(図2),フルオレセイン染色でよく染まり,染色下にて詳細な観察が可能になる(図1,3).枝の先端部が瘤状のterminalbulbを伴うのが特徴的である.また,樹枝状病変には幅があり,病変縁は濃いフルオレセイン染色性を示す.上皮欠損部位は,HSVウイルス増殖により宿主角膜上皮細胞が脱落した結果生じており,病変辺縁部にてウイルスが活発に増殖を行っている.病変は一症例において,一つから複数,大きさも症例によりさまざまである.樹枝状病変の前駆状態として,星芒状病変を示す.星芒状病変は特異的病変でなく,Thygeson点状表*TomoyukiInoue:愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学分野〔別刷請求先〕井上智之:〒791-0295愛知県東温市志津川愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学分野0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(15)319 図1樹枝状病変HSVによるterminalbulbをもつ枝分かれ状の上皮病変.辺縁のフルオレセイン染色性が強い.図3樹枝状病変上皮欠損部と浮腫状病変が混在.層角膜炎などでも認められる.樹枝状病変における線状びらんが面状に拡大すると地図状角膜炎となる.単純性の機械的角膜びらんと異なり,部分的に角膜びらんの辺縁が不規則な凹凸を示すdendritictailを呈するのが特徴的で,ここからも樹枝状病変が拡大した病態であるこ320あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014図2樹枝状病変辺縁が白濁して,スリット光下でも観察可能である.とが示唆され,鑑別のポイントとなる.角膜実質まで病変が及び潰瘍を形成することもある.片眼性の濾胞性結膜炎を伴う場合もある.臨床所見が存在すれば診断に至りやすいが,非典型病変が存在しうるので注意が必要である.樹枝状病変は,角膜中央から傍中心部にかけて病変が現れることが多いが,輪部近傍の角膜周辺部のみに病変を呈する場合も存在する.診断は,視力低下や眼異物感を訴える症例の片眼性の特徴的な形態を呈する角膜上皮病変から,典型例は細隙灯顕微鏡検査にて診断可能である.ただ,繰り返すが,病変は典型的形態を示すものばかりではなく,治療の方向性の異なる鑑別疾患が多数存在することから,非典型例においては特に,さまざまな情報から複合的に判断することになる.角膜ヘルペスが再発性病態であることから,過去における同様の既往の存在の聴取が重要である.特に,再発性の充血や結膜炎という認識で,患者本人が,ヘルペスを自覚していない場合もありうるので,ヘルペス治療歴の有無だけでなく,悪化時にどのような症状が出現したかを詳細に確認する.治療歴に関しても,使用した薬剤の種類や使用期間は,病態の理解の参考になる.ヘルペスに関する治療薬,抗ウイルス薬やステロイド点眼の長期使用は,HSV自体の薬剤耐性化や他病態の誘発を起こしうる.病変は基本的に片眼性に存(16) 在するが,糖尿病や免疫抑制状態に関連する病態やアトピー性病変をもつ症例には,両眼性に樹枝状病変が存在しうるので,全身状態の聴取や精査を怠ってはならない.また角膜知覚の低下を呈するのが特徴的なので,Cochet-Bonnet角膜知覚計にて,角膜知覚を計測する.糖尿病などの基礎疾患が存在したり,コンタクトレンズ装用などにより,両眼の角膜知覚が低下している場合があるので,患眼と瞭眼の両眼を測定して,絶対値でなく相対的に差が存在することを確認する.痛みを訴えない場合もあるが,有痛性知覚障害で,痛みや異物感の程度はさまざまなので,自覚的痛みの有無だけで判断してはならない.また,臨床所見に加えて,病変の角膜上皮擦過物からのHSV分離が確定診断である.しかし,ウイルス分離は検査上煩雑で実際に施行している施設は限られているのが現状であるので,分子細胞生物学的に微量ウイルスDNAを検出するPCR法により,上皮病変におけるHSV-DNAの同定が非常に有効な検査手段である.近年では,PCR法のなかでも,real-timePCR法にて,さらに鋭敏に定量的にウイルスDNAを同定することができる.上述のように図1.3写真症例においても,角膜上皮擦過物からHSV-DNAが同定され,治療方針の決定に役立っている.角膜上皮擦過物に対してキット(ヘルペスアイ;わかもと製薬)を使用して,イムノクロマト法によって角膜上皮細胞中のHSV抗原を定性的に同定できる.樹枝状角膜炎の治療は,上皮細胞におけるHSV増殖を抑制するために,抗ウイルス薬としてアシクロビルまたはバラシクロビル内服を使用する.アシクロビルはHSVまたは帯状疱疹ウイルスがもつチミジンキナーゼの存在下で活性型となりウイルス合成を特異的に阻害する.上皮型病変には,アシクロビル眼軟膏を1日5回点入し,症状に合わせて数週で漸減する.細菌混合感染の予防に抗菌薬点眼,虹彩炎合併例にアトロピン点眼を併用する.アシクロビル眼軟膏による広範囲の点状表層角膜症が起こりうるので,高度な場合はバラクシロビル内服への切り替えなどを検討する.早期に正確に診断して,アシクロビル製剤にて治療すると予後は良い.再発を繰り返す場合は,実質炎に移行して,予後不良に陥ることがある.(17)III偽樹枝状角膜炎の鑑別診断臨床的には,非典型例の樹枝状病変がHSVによるものか,別の病態生理により発生している線状の上皮障害である偽樹枝状角膜炎なのかを見きわめて適切な治療を選択することが重要なので,偽樹枝状角膜炎の鑑別病態を図写真で示しつつ概説する.偽樹枝状角膜炎は,樹枝状角膜炎と同じく,木の枝分かれ状の角膜上皮欠損を示すが,偽樹枝状病変は,樹枝状病変に比較して,フルオレセイン染色性も弱く,terminalbulbをもたない線状病変である.しかし,典型例を除いて,見かけのみではっきりと区別するのがむずかしい場合がある.まず,大きくは偽樹枝状角膜炎の鑑別として,水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)やアカントアメーバなどの感染に起因する場合,または角膜上皮の創傷治癒の過程において生じる場合を検討する必要がある.VZV偽樹枝状角膜炎は,VZV感染による上皮病変で,角膜の周辺部に,HSVと異なり浅く小さな線状上皮びらんを呈する(図4).Real-timePCR法にて,VZVDNAが8.1×108copies/sample同定された.眼部帯状疱疹の部分症状として,三叉神経節第1枝領域に特徴的は皮疹に続発的に起こる.鼻毛様体神経が侵されると,鼻先端に皮疹が起こり眼病変を伴う場合が多く,これをHutchinson微候とよぶ.皮疹発症前に,眼痛(頭痛)を主訴に眼科受診する場合もありうるので注意を要する.また,皮疹を伴わないVZV眼病変のzostersineherpeteは診断がむずかしい.治療は,アシクロビル眼軟膏1日5回,皮膚科的に治療が行われていなければ,バラシクロビル内服なども併用する.角膜実質病変や虹彩毛様体炎に対しては,上皮病変が消失したらステロイド点眼による消炎を行う.HSVによる樹枝状角膜炎に対しては,上述の特効薬であるアシクロビル眼軟膏を使用するが,HSVが同定されているにもかかわらず,治療抵抗性を示す症例が存在する.これらは,アシクロビルやステロイド点眼を不十分に長期にわたって使用するとウイルス遺伝子が変異して,アシクロビル耐性HSV株が生じて起こりうる.アシクロビル耐性HSVによる樹枝状病変は,HSV耐性株自体の増殖が弱いため,樹枝状病変は偽樹枝状病変にあたらしい眼科Vol.31,No.3,2014321 図4VZV角膜炎における偽樹枝状病変図6アカントアメーバ角膜炎における偽樹枝状病変近く,病変も小さめである(図5).治療は,アシクロビルと作用機序の異なる抗ヘルペス薬であるトリフルオロチミジンを点眼として使用する.アカントアメーバ角膜炎は,おもにコンタクトレンズ装用者におけるアカントアメーバの角膜感染にて生じる.病初期の上皮病変として,偽樹枝状病変を呈することがある(図6).Real-timePCR法にて,アカントアメーバ-DNAが6.4×106copies/sample同定された.塑雑な角膜上皮混濁,放射状角膜炎などに着目して,アカ322あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014図5耐性HSVによる樹枝状病変図7兎眼による角膜上皮障害における増悪過程における線状病変ントアメーバを考えるが,樹枝状病変との鑑別がむずかしいものの1つである.診断は病巣擦過を行い,塗抹検査,培養,PCR法などで病原体を同定する.治療は,アメーバ特異的治療薬が存在しないので,病巣擦過,抗真菌薬点眼(ボリコナゾール点眼)・内服(イトラコナゾール),消毒薬点眼(クロルヘキシジン点眼)を用いる.ドライアイによる慢性角膜上皮障害や薬剤毒性角膜症などにおいて,角膜上皮障害が悪化していく過程で,点状病変が融合して線状病変へ進展する場合に偽樹枝状病(18) 図8外傷による単純性角膜上皮びらんの修復過程における線状病変変を呈しうる(図7).さらに悪化すると,面状の角膜上皮びらんへと進展する.逆に,面状の角膜上皮びらんが修復,治癒しつつある過程においても,同様の線状の偽樹枝状病変を呈しうる(図8)ので,病態がどの段階にあるか把握して,眼表面管理を適切に行うことが重要である.特に再発性上皮びらんは,臨床経過のなかで類似形態を示し,再発性に起こるため,ヘルペスと混同されやすく,注意を要する(図9).写真のように,欠損上皮の周辺上皮が,わずかに実質から浮いているのが特徴的である.治療は眼軟膏塗布で圧迫眼帯を行うか,治療用ソフトコンタクトレンズの装用である.緑内障点眼やNSAID(非ステロイド性抗炎症薬)点眼など刺激の強い種類の点眼の使用や,種類に限らず,点眼回数の増加に伴う防腐剤などの点眼基剤の影響によって薬剤毒性による上皮障害で線状の上皮断裂を示す(epithelialcrackline).適切に点眼の種類の変更,使用回数の管理を行いつつ,上皮保護を行う.病変が視力検査表のLandolt環に酷似した形態を呈するLandolt環型角膜上皮症において,Landolt型病変が連続して線状の形態を呈することがある(図10).冬場に多く,両眼性に増悪に続いて自然寛解傾向を示す.これも再発傾向が顕著なので鑑別に注意を要する.コンタクトレンズ装用に伴う上皮障害や外傷による線状病変も(19)図9再発性角膜上皮びらんにおける線状病変図10Landolt環型角膜上皮症における線状病変鑑別となりうるので,コンタクトレンズ装用歴や使用状況,外傷既往などの確認は必要である.2型チロジン血症は,常染色体劣性遺伝のアミノ酸代謝異常で,血中・尿中のチロジンが上昇して,角膜病変において偽樹枝状病変を起こす.ステロイド点眼で混濁を防止しつつ,食事療法を行う.ワクシニア角膜炎などでも,ヘルペス性角膜炎様の偽樹枝状病変を認めることがある.現在は実験室感染以外では発生はない.治療はIDU(idoxuridin)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014323 が有効である.このように,偽樹枝状角膜炎は,上述の鑑別にしたがって,病態に適切な治療選択を行うことによって対処することが重要である.文献1)井上幸次,大橋裕一:ウイルス性眼疾患へのアプローチ3:単純ヘルペスウイルス.眼紀39:1938-1939,19882)井上幸次,大橋裕一:ウイルス性眼疾患へのアプローチ4:帯状ヘルペスウイルス.眼紀39:2126-2127,19883)大橋裕一,木下茂,細谷比左志ほか:角膜上皮の新しい病態─epithelialcrackline.臨眼46:1539-1543,19924)InoueT,KawashimaR,SuzukiTetal:Real-timepolymerasechainreactionfordiagnosingacyclovir-resistantherpetickeratitisbasedonchangesinviralDNAcopynumberbeforeandaftertreatment.ArchOphthalmol130:1462-1464,20125)KandoriM,InoueT,TakamatsuFetal:Twocasesofvaricellazosterviruskeratitiswithatypicalextensivepseudodendrites.JpnJOphthalmol53:548-549,20096)KandoriM,InoueT,TakamatsuFetal:TwocasesofAcanthamoebakeratitisdiagnosedonlybyreal-timepolymerasechainreaction.Cornea29:228-231,2010324あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(20)

SPKをみたら

2014年3月31日 月曜日

特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):313.318,2014特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):313.318,2014SPKをみたらSuperficialPunctateKeratopathy(SPK)田聖花*はじめに日常診療においてSPK(superficialpunctatekeratopathy,点状表層角膜症)は非常に身近な角膜障害の一つであり,外来を1日行ってSPKをみないことはまずない.SPKにはさまざまな表情があり,原因は多岐にわたる.本稿では多彩なパターンのSPKを呈示し,診断のコツについて述べる.SPKは生じている場所によって,かなりの確率で診断がつくことが多い.I上方のSPK1.異物突発的な異物感や疼痛があれば,異物によるSPKであることが多い.そしてその多くは上眼瞼に存在する.異物感を訴え,かつ上方にSPKを認める場合は,必ず上眼瞼を翻転して診察する.瞬目によって上下方向の擦過傷を呈することもある.結膜結石は,瞼結膜から表出すると大きさにかかわらず,異物感とSPKの原因となる.点眼麻酔を行って27G針で簡単に取ることができる.原発性と流行性角結膜炎後などの続発性の場合があり,繰り返すことが多い.上眼瞼に多いが,下眼瞼にできたものでもSPKを引き起こすことがある(図1,2).飛入・混入による異物も臨床の場でしばしば遭遇する.鉄粉の頻度が高いが,洗顔料に含まれるスクラブ粒子や虫などの場合もある.重瞼術の縫合糸露出によるものも散見される.2.炎症性のもの瞼結膜の炎症が強いと,炎症性サイトカインなどによる攻撃によって,接触する角膜上皮に障害が出ることがある.a.アトピー性角結膜炎アトピー性角結膜炎で上眼瞼の乳頭増殖など炎症性変化が強い場合,角膜上皮障害を生じることがある.シールド潰瘍がよく知られているが,それほど重症でない場合は落屑状のSPK(図3)を呈することもある.ヒアルロン酸などドライアイに準じた点眼治療だけでは改善せず,ステロイド点眼やタクロリムス点眼など免疫抑制薬が必要である.b.流行性角結膜炎(epidemickeratoconjunctivitis:EKC)EKCによる角膜障害としては角膜上皮下混濁がよく知られているが,SPKも高い頻度でみられ(図4),重症例では上皮欠損を生じることもある.EKCが疑われる場合,院内感染を恐れて細隙灯顕微鏡による診察を行わない場合もあるようだが,上皮障害を伴う場合は疼痛が強く,ステロイド点眼の力価を上げるなど抗炎症治療を強めたほうがいいこともあり,なるべく細隙灯顕微鏡下でフルオレセイン染色を行って診察を行うべきである.*SeikaDen:東京歯科大学市川総合病院眼科〔別刷請求先〕田聖花:〒272-8513千葉県市川市菅野5-11-13東京歯科大学市川総合病院眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(9)313 図1下眼瞼にできた結膜結石図3アトピー性角結膜炎でみられた落屑状のSPK3.ドライアイ関連疾患a.上輪部角結膜炎(superiorlimbickeratoconjunctivitis:SLK)SLKは上方の球結膜と角膜に上皮障害を生じる原因不明の眼表面疾患である(図5).異物感,眼不快感を訴え,中高年の女性に多い.眼瞼と眼表面との摩擦が悪化要因と考えられており,涙液減少型ドライアイを合併すると,上皮障害は強くなる.SLKの上皮障害は図5のごとく特徴的で,上方角膜にSPKを認めれば,隣接する球結膜にも上皮障害がないか下方視させるなどして確認する.球結膜の上皮障害は,リサミングリーン染色を行うとより明瞭になる(図6).しばしば上皮障害部位は充血し,結膜上皮の角化傾向によってやや白っぽく鈍い314あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014図2図1の結膜結石によって生じたSPK図4流行性角結膜炎でみられた角膜上皮障害反射を呈する.診断はたやすいが治療に難渋することが多い.標準的なドライアイ点眼や保護用ソフトコンタクトレンズ装用に加えて,角化し上皮障害を認める部分の結膜切除が行われることもある1).II中央のSPK1.ドライアイ中央にびまん性にSPKを認める場合,耳側・鼻側の球結膜上皮障害の有無が原因の鑑別に有用である.球結膜上皮障害を伴う場合,涙液減少型ドライアイを疑う(図7).フルオレセイン染色で観察される涙液メニスカスの低さも,診断の一助となる.特に中高年の女性ではSjogren症候群を疑って,診断基準に基づいて血清中の(10) 図5上輪部角結膜炎における角結膜上皮障害図7Sjogren症候群の角結膜上皮障害球結膜にも上皮障害を認める.SS-AおよびSS-B抗体価の検査や,耳鼻科あるいは口腔外科に唾液腺機能をチェックしてもらう.糖尿病角膜症でも角膜の比較的中央にSPKが散在することが多い.2.薬剤障害性角膜上皮障害球結膜上皮障害がみられないときは,薬剤障害性上皮障害を強く疑う(図8).日常臨床では点眼薬による外因性のことが多く,市販の点眼薬の乱用,b-ブロッカーの眼圧下降薬,非ステロイド系抗炎症薬などが原因となることが多い.ただし,ヒアルロン酸点眼薬をはじめど(11)図6図5のリサミングリーン染色所見結膜上皮障害がより明瞭になる.図8ジクロフェナク点眼薬によると思われる薬剤障害性角膜上皮障害結膜上皮障害を認めないのが特徴である.んな点眼薬によっても生じる可能性があり,特に防腐剤として塩化ベンザルコニウムが含まれている点眼には注意する.臓器癌に対する経口抗癌薬の一つであるテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム(商品名TS-1)内服による内因性の場合もある(図9).涙液中に含まれるTS-1が眼表面を攻撃すると考えられており,角膜上皮障害のほかに,涙点閉鎖やマイボーム腺機能不全も生じる2,3).涙点閉鎖によって涙液中のTS-1の濃度はさらに濃くなり,上皮障害の悪循環が形成される.治療は休薬しかないが,重症例では不可逆性の上皮障害となることもあり,該当科の主治医との連携が重要である.薬剤障害性角膜上皮障害ではSPKが集簇してひび割あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014315 図9TS.1R内服による角膜上皮障害図11膠様滴状角膜ジストロフィでみられる角膜上皮障害れ状(あるいはcrackline状)を呈することがあり,ヘルペスウイルスによる樹枝状角膜炎との鑑別を要する.樹枝状角膜炎の場合は潰瘍部以外の角膜は障害されていないことが多く鑑別は比較的容易だが,特に,ドライアイとの鑑別には球結膜上皮障害の存在が,薬剤障害性との鑑別には問診がそれぞれ有用である.3.変性症いくつかの角膜変性症では角膜上皮障害を生じる.a.Meesmann角膜ジストロフィMeesmann角膜ジストロフィはKeratin3あるいはKeratin12遺伝子の変異による角膜上皮変性症で,常316あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014図10Meesman角膜ジストロフィの角膜所見角膜上皮内に微少な.疱形成を生じる.図12格子状角膜ジストロフィ1型でみられる角膜上皮障害偽樹枝状を呈することがある.染色体優性遺伝の遺伝形式をとる(図10).幼少時より上皮内に微少なcystが形成され,成年になってcyst形成が広がると異物感や羞明の原因となる.SPKとしばしば間違われるが,細隙灯顕微鏡の倍率を上げてよく観察すると,その違いがよくわかる.疼痛が強い場合は保護用ソフトコンタクトレンズの装用やエキシマレーザーによる治療的角膜表層切除(phototherapeutickeratectomy:PTK)が行われる.b.膠様滴状角膜ジストロフィ(gelatinousdrop.likecornealdystrophy:GDLD)膠様滴状角膜ジストロフィはTACSTD2遺伝子の変異による角膜上皮変性症で,常染色体劣性遺伝の遺伝形(12) 図13軽度涙液減少型ドライアイでみられる下方のSPK涙液メニスカスも低い.図15瞬目不全でみられるSPK式をとる.欧米人では非常にまれである.典型例では,幼少時より角膜表面に乳白色の突起物が生じ,進行するにつれてびまん性に広がり,視力も比較的早期から障害され,弱視例も多い.病理学的には突起物は角膜上皮のバリア機能の破綻により上皮下にアミロイドの沈着を生じたものである.表層角膜移植を行っても再発が多く,難治性である.非典型例では発症初期にはごく小さな上皮の凹凸として観察されることがあり,難治性のSPKと診断されることがある(図11).c.格子状角膜ジストロフィ(latticecornealdystrophy)格子状角膜ジストロフィは1型,2型,3型の3つのタイプが報告されているが,1型では角膜上皮障害を生(13)図14高度の結膜弛緩症高度の結膜弛緩症では異所性涙液メニスカスの隣接部に角膜上皮障害を生じることがある.じることがある.1型はTGF(変換成長因子)-b1の変異による変性症で,常染色体優性遺伝の遺伝形式をとる.角膜実質浅層に線状の混濁を生じ,再発性角膜びらんを繰り返す.日常臨床では偽樹枝状に集簇したSPKを呈することもあり,角膜ヘルペスなどとの鑑別を要する(図12).保護用ソフトコンタクトレンズなど再発性角膜びらんに準じた治療を行うが,PTKを行う場合もある.点眼や涙点プラグなど標準的なドライアイ治療に抵抗するSPK(様の所見)の場合はこのような変性症の可能性があり,遺伝子検査を検討する.III下方のSPK角膜下方の軽度のSPKは日常臨床で頻繁にみられる.中央のSPKに比べると疼痛などの強い自覚症状に乏しいかわりに,慢性眼不快感の原因となっていることもあり,見過ごさないことで患者のqualityoflifeを上げることができる.1.ドライアイ軽度の涙液減少型ドライアイでは,角膜下方から涙液層の破綻が生じ,SPKの好発部位となる(図13).涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT)も5秒以下に短縮していることが多い.加齢とともに涙液分泌量あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014317 は低下するため,中高年の下方のSPKの主要原因となる.結膜弛緩症があり結膜が角膜下方に接触していると,異所性メニスカスが角膜上に形成され,角膜下方のSPKの原因となることがある(図14)4).難治性の下方の上皮障害では強い瞬目によって顕在化する結膜弛緩症の場合があり,中高年の下方のSPKをみたときには細隙灯顕微鏡での診察時に強制瞬目をさせる習慣をもつとよい.2.兎眼,瞬目不全特発性や脳外科手術後合併症などの顔面神経麻痺によって兎眼となった場合,露出した下方角膜にSPKが遷延する.このような兎眼は診断が容易であるが,一見健常眼にみえても就寝時のみ兎眼(閉瞼不全)となっている例もある.また,日常的に瞬目が浅い瞬目不全も下方のSPKを生じる(図15).若年者にもみられ,女性に多い印象である.細隙灯顕微鏡下での瞬目を動画に記録し,スロー再生できれば診断しやすい.あるいは,フルオレセイン染色を行うと,瞬目不全例では瞬目による涙液層の広がりが角膜下方でみられないことがわかる.過剰な眼瞼下垂術後にも瞬目不全をきたすことがある.文献1)YokoiN,KomuroA,MaruyamaKetal:Newsurgicaltreatmentforsuperiorlimbickeratoconjunctivitisanditsassociationwithconjunctivochalasis.AmJOphthalmol135:303-308,20032)EsmaeliB,GolioD,LubeckiLetal:Canalicularandnasolacrimalductblockage:anocularsideeffectassociatedwiththeantineoplasticdrugS-1.AmJOphthalmol140:325-327,20053)MatsumotoY,DogruM,SatoEAetal:S-1inducesmeibomianglanddysfunction.Ophthalmology117:1275.e4-e7,2010.doi:10.1016/j.ophtha.2010.01.0484)YokoiN,KomuroA,NishiiMetal:Clinicalimpactofconjunctivochalasisontheocularsurface.Cornea24(8Suppl):S24-S31,2005318あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(14)

細隙灯顕微鏡の使い方と角膜診療の手順

2014年3月31日 月曜日

特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):307.312,2014特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):307.312,2014細隙灯顕微鏡の使い方と角膜診療の手順HowtoUseaSlitLampMicroscopeforOcularSurfaceExamination鈴木智*はじめに日常診療において,細隙灯顕微鏡(以下,スリットランプ)を用いた検査は不可欠である.スリットランプを用いることで,前眼部.中間透光体.眼底まで診察が可能である.スリットランプを用いた観察において,的確に,かつ見落としなく所見を捉えることができれば,「眼表面において何が起こっているのか」を把握し,「何が原因となっているのか」を推測し,「どのように治療すればいいのか」を決定することができる.しかしながら,ただ漫然とスリットランプを覗いているだけでは所見を捉えきることはできない.所見が捉えられなければ,原因はわからないし,治療も上手くいかず,慢性化すればますます所見が複雑になる,といった悪循環に陥ることもある.そこで,本稿では基本的なスリットランプの使い方について解説し,角膜診療を行う際に眼瞼を含めた眼表面およびの所見を確実に捉える手順について述べたい.Iスリットランプの使い方と手順1.Step0診察は患者が診察室に入室して来たときに始まっている.スリットランプで角膜を観察する以前に,肉眼で患者の眼部.顔面.前頭部に異常がないかをまず確認しておく必要がある(図1a,b).ついで,問診をしている際に眼表面の異常に伴う症状ab図1蜂窩織炎疑いで紹介された症例a:上眼瞼の発赤・腫脹が著しい.b:肉眼で,右前額部.前頭部の発赤が明らかである.眼部帯状疱疹であった.があるかを確認する.すなわち,「眼が痛い」,「かゆい」,「ごろごろする」,「涙が出る」,「眼が開きにくい」,「目やにが出る」,「眼が赤い」,「まぶしい」,「かすんで見にくい」等々.2.Step1スリットランプによる眼表面の診察は,最初から角膜の病変部位を強拡大・スリット光で観察するのではなく(図2a),必ず弱拡大で拡散光を用いてスタートする.スリットランプの光源の前にスリガラスのフィルターをセットすることにより,照射光を散乱させる(拡散光をつくる)ことができる(図2b).*TomoSuzuki:京都市立病院眼科〔別刷請求先〕鈴木智:〒604-8845京都市中京区壬生東高田町1番地の2京都市立病院眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(3)307 abab図2角膜周辺部の細胞浸潤を強拡大・スリット光で観察した場合(a)とその同一症例を弱拡大・拡散光で観察した場合(b)涙液に混在する化粧品の粉角膜実質混濁角膜上皮下混濁角膜表層血管侵入図3スリット光による涙液層の観察スリット光で最初に切り出せる切片は涙液層である.ここでは,涙液に化粧品の粉が混在していることが捉えられる.こうすることで,眼表面の炎症(球結膜充血)の程度を捉え,眼瞼と眼表面の異常とその位置関係が大まかに把握できる.特に眼瞼や眼瞼結膜の観察はスリット光では詳細な観察が困難であり所見を見落としやすいので,拡散光を用いる観察をルーチン化する必要がある.また,患者の訴えが片眼のみである場合,最初に僚眼から診察をスタートすると患眼の異常を捉えやすい.308あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014図4スリット光による角膜の観察スリット光による観察で角膜混濁が角膜のどの層に存在するかを捉えることができる.また,侵入している血管が角膜内のどの層かを捉えることもできる.3.Step2眼表面を診察する際,スリット光を用いて異常がどの部位に,角膜であればどのような深さで存在しているかを確認する.すなわち,スリット光を斜め方向から眼表面に照射してできた光学切片を生体顕微鏡で観察する,いわゆる「直接観察法」を行うのである.スリット光で観察できる一番手前の層は涙液である.涙液メニスカスの確認,および涙液の厚みや異物の混在(4) 図5角膜に細胞浸潤をほとんど伴わない潰瘍×25倍.スリット光で観察すると,潰瘍底の厚みは角膜厚の1/4くらいしかないことがわかる.図6図2と同一症例のフルオレセイン染色所見拡散光で観察した際の細胞浸潤に一致した染色所見の他に点状染色も認められる.ab図7角膜輪部に浮腫と上皮下浸潤を認める症例(a)とその同一症例のフルオレセイン染色所見(b)フルオレセイン染色では角膜輪部の浮腫に一致して樹枝状病変を認める.単純ヘルペスウィルスによる結膜炎であった.などの確認が可能である(図3).ついで,角膜の観察は,スリット光の当て方(幅や明るさ)を変化させ,ピントの位置を徐々に奥へと進めていくことで,角膜の異常が,上皮(あるいは上皮下)Bowman膜,実質(浅層か深層か),Descemet膜,内(,)皮のどこに異常があるのかを的確に捉えることができる(図4).また,角膜の厚みを捉えることもできる(図5).さらに,熟練すれば,鏡面法により角膜内皮細胞の大きさを,徹照法により角膜内皮面や上皮面の微細な異常を把握することができる.前房では,前房内の炎症細胞の有無や温流の状態を捉(5)えることができる.スリット光を短くすることで(1.2mm)前房内のフレアを捉えることも可能である.眼表面の炎症所見の重症度の判定にも重要なのが前房の観察である.4.Step3フルオレセイン染色を用いて,眼表面上皮の異常の部位や重症度を確認する.以前はブルーフィルターを用いて行う観察が主流であり,角膜障害を確認することは可能であったが,球結膜障害の観察はその自発蛍光と強い反射のため困難であった.現在はブルーフリーフィルタあたらしい眼科Vol.31,No.3,2014309 abab図8図2と同一症例の上眼瞼縁例(a)と上眼結膜(b)a:マイボーム腺開口部の閉塞,開口部周囲の発赤・腫脹を認める.b:眼瞼を翻転することで,マイボーム腺に沿った炎症の有無やその範囲を捉えることができる.図102,4,8,10時の角膜輪部にフリクテンを認めた症例図9図2と同一症例角膜の病変とその延長線上のマイボーム腺炎が対応していることが明らかである.つまり,この症例では,角膜の病変を治療するにはマイボーム腺の治療も同時に行わなければならない.ーを用いることで,球結膜からの自発蛍光を抑制し,角膜のみならず球結膜の異常も詳細に観察できるようになってきた.そのため,フルオレセイン染色によって角膜上皮障害の重症度判定が可能であるだけでなく(図6),球結膜の異常を捉えることも可能である(図7a,b).5.Step4眼瞼縁(特に睫毛根部やマイボーム腺開口部)の詳細な観察と,眼瞼を翻転して眼瞼結膜側からマイボーム腺310あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014を含めた炎症所見の有無を確認しておくことが重要である(図8a,b).6.Step5最後にもう一度,眼表面の病変部と眼瞼の病変との関連について確認する(図9).なお,Step0.5のいずれにおいても際立った異常がないにもかかわらず,不正乱視が存在すると考えられる場合(たとえば,円錐角膜疑いや屈折矯正術後),角膜形状解析を念頭において検査を進める.II眼表面と眼瞼縁眼表面の病変と眼瞼,特に眼瞼縁の病変は密接に関連(6) abab図113~4時の上皮下細胞浸潤(a)と2時の上皮下細胞浸潤(b)aは,角膜輪部に平行な透明帯(lucidinterval)を認めることから感染アレルギーによるものと推測できる(カタル性角膜潰瘍).bは,浸潤巣が円形で,スリット光で観察すると上皮下細胞浸潤は円形に拡大していく傾向が捉えられることから感染症であることが推測できる(CNS感染症).a,bともに眼瞼縁に存在するブドウ球菌が原因となっている可能性を推測し,治療する.abc図12霰粒腫(a)とマイボーム腺梗塞(b),および脂腺癌(c)している.特に,眼瞼縁が角膜と接触する,2時,4時,8時,10時の位置の角膜に異常を認めたら,眼瞼縁の異常を確認することは必須である.図10は,まさにこの4カ所の角膜輪部にフリクテンを認めた症例である.図11のように,角膜の4時(a),2時(b)に上皮下細胞浸潤を認める場合でも,aは,角膜輪部に平行な透明帯(lucidinterval)を認めることから感染アレルギーによるものと推測できるのに対し,bは,浸潤が円形でスリット光による観察では上皮下細胞浸潤は放射状に拡大していく様子が捉えられることから感染症であることが推測できる.a,bともに眼瞼縁に存在するブドウ球菌が原因となっている可能性を推測し治療を行う.感染アレルギーと考えれば抗菌薬とともに低濃度ステロイドを併用し,感染と考えればまずは抗菌薬中心の治療を行う,という具合に治療方針は少し異なるが,重要なこと(7)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014311 ①⑥①⑥②③⑤④図13眼瞼および眼表面の観察の手順①弱拡大・拡散光で観察をスタート〔眼表面の炎症の程度,角膜病変の部位,眼瞼(縁)の炎症の有無などの確認〕.②角膜病変の深さ,程度をスリット光で観察.③フルオレセイン染色で角膜病変の位置,重症度の確認.④眼瞼(縁),特にマイボーム腺開口部周囲の観察.⑤眼瞼結膜を翻転して炎症の部位,広がり,程度を確認.⑥角膜病変と眼瞼縁の異常(この場合はマイボーム腺炎)の関連を確認.は眼瞼縁に存在するブドウ球菌をきっちりと減菌するた能性も考え,注意深い観察が必要である.めに抗菌薬中心の治療を行うことである.図13にスリットランプを用いた眼表面の観察の手順図2のような症例は,図8のように所見を捉えれば,をまとめた.眼表面の異常は,近接しているマイボーム角膜病変はマイボーム腺炎と密接に関連していると考え腺を含めた眼瞼縁の異常と密接に関連していることが多られる.すなわち,マイボーム腺内で増殖しているであく,本稿が日常診療の一助となれば幸いである.ろうと考えられる細菌をターゲットとした抗菌薬治療を行うことが,角膜病変の治療につながるという考え方が文献重要である.このように治療すれば再発を免れることも1)眞鍋禮三,木下茂,大橋裕一(編集):角膜クリニック(初できる.版),医学書院,1990また,眼瞼縁の隆起性病変をみた場合,若年者であれ2)木下茂,外園千恵,小泉範子(編集):スリット所見で診る角膜疾患80,メディカルビュー,2008ば霰粒腫(図12a)やマイボーム腺梗塞(図12b)が原因であることが多いが,高齢者では脂腺癌(図12c)の可312あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(8)

序説:角膜診療 Minimum Requirements

2014年3月31日 月曜日

●序説あたらしい眼科31(3):305.306,2014●序説あたらしい眼科31(3):305.306,2014角膜診療MinimumRequirementsInvitationtoCorneaPractice大橋裕一*木下茂**はじめに直径約12mm,中央部の厚みが0.5mmの角膜は光学機能と粘膜機能とが共存するとても不思議な組織です.上皮,実質,内皮からなる一見単純な三層構造の中で複雑で多様な機能が包含されています.角膜上皮は涙液層とともに外界に対するバリア機能を司り,角膜実質はコラーゲン線維の規則的な配列のもと精緻な光学系を形成し,そして角膜内皮はポンプ機能とバリア機能により角膜内の水分量を調節しています.角膜疾患の診療の魅力は,細隙灯顕微鏡を通じてさまざまな病態を直接に見ることができる点にあります.ただし,診療にあたっては,細隙灯顕微鏡の使い方はもとより,代表的異常所見の鑑別診断などの基本的事項を習得しておく必要があります.そこで今回は,新人研修医あるいは専門医志向者の入門編として,あるいは開業されている先生方の振り返り編として『角膜診療MinimumRequirements』と題した特集を企画しました.本企画を通じて角膜診療に必要な最低限の知識とスキルを習得していただければ幸いです.■細隙灯顕微鏡の使い方と角膜診療の手順鈴木智先生(京都市立病院)には,診療の基本である細隙灯顕微鏡による角膜所見の見方を手順とともに解説していただきました.肉眼での視診→拡散光による弱拡大での観察→スリット光による観察→染色下の観察→角膜周囲の観察の順にステップ・バイ・ステップで診察を進めるのが王道とのことです.まずは正しい手順を身につけましょう.■SPKをみたらSPK(superficialpunctatekeratopathy),すなわち点状表層角膜症は最もポピュラーな角膜所見の一つです.田聖花先生(東京歯科大学)もおっしゃるように,SPKには実にさまざまな表情があり,その原因も多岐にわたります.ポイントはSPKの部位特異性とのこと.呈示されている多くの症例の中で診断のコツを学んでください.■樹枝状病変をみたら井上智之先生(愛媛大学)には樹枝状病変の見分け方を解説いただきました.まずは,最も代表的な樹枝状角膜炎(単純ヘルペスウイルス)の細隙灯顕微鏡所見の特徴を理解したうえで,他の樹枝状病変をマスターしましょう.中でも,細胞毒性による角膜上皮障害(crackline),アカントアメーバ角膜炎,帯状ヘルペス角膜炎,再発性角膜びらんなどが重要*YuichiOhashi:愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学分野**ShigeruKinoshita:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(1)305 です.■上皮欠損をみたら相馬剛至先生(大阪大学)には,単純性上皮欠損から遷延性上皮欠損までさまざまなタイプの上皮欠損を解説いただきました.上皮欠損の周辺あるいは上皮の先進部に病態を見分けるポイントがあります.合わせて,フルオレセイン染色の正しい手順についてもしっかりと身につけておきましょう.■角膜浸潤をみたら角膜浸潤は周辺部に生じるもの(好中球が主体)と中央部に生じるもの(リンパ球が主体)に分けて考えるのが良いというのが佐々木香る先生(星ヶ丘厚生年金病院)からのメッセージです.前者の代表としては,カタル性角膜浸潤や自己免疫疾患(膠原病やMooren潰瘍)を,後者の代表としては,アデノウイルス感染後の多発性上皮下浸潤,Tygeson点状表層角膜炎を覚えておきましょう.■角膜混濁をみたら角膜混濁は,浮腫,浸潤,瘢痕,沈着に大別されます.臼井智彦先生(東京大学)には,このうちの瘢痕,沈着による角膜混濁について解説いただきました.瘢痕性混濁では,両眼性か(梅毒,結核などによる角膜実質炎後),片眼性か(ヘルペスによる実質炎をはじめとする種々の感染症の既往,外傷の既往)が診断のポイントです.他方,沈着性混濁では発生部位,形状などから特徴的な混濁パターンを示すものが多いので,ビジュアルに把握しましょう.■角膜浮腫をみたら小泉範子先生(同志社大学)が解説されているように,角膜浮腫には上皮浮腫と実質浮腫の二つがあります.このうちの上皮浮腫は角膜上皮細胞間や細胞内の水分貯留で点状のフルオレセイン染色パターンを示しますが,点状表層角膜症との区別はできないといけません.角膜ジストロフィ,内眼手術後,ウイルス感染症など角膜浮腫を起こす疾患は実に多様で,しっかりとした鑑別診断リストを持っておくことが重要です.■スペキュラーマイクロスコピーの読影角膜内皮の異常を的確に評価するうえでスペキュラーマイクロスコープ所見の読影力は必須です.羽藤晋先生(慶応大学)には,検査の原理に始まって,細胞密度,六角形細胞率,変動係数などを中心に,検査所見の読み方をわかりやすく解説していただきました.Corneaguttataに代表されるdark所見を鑑別できる能力を養いましょう.■前眼部OCT所見の読み方前眼部光干渉断層計(anteriorsegmentopticalcoherencetomography),すなわち前眼部OCTはもはや角膜領域の診療になくてはならない存在となっています.屈折矯正手術前後,角膜移植後,角膜変性症,円錐角膜などが良い適応ですが,特に細隙灯顕微鏡で観察困難な角膜混濁の診断に大きな威力を発揮します.若江春花,小林顕の両先生(金沢大学)には前眼部OCT検査の有用性を解説いただきました.306あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(2)

上斜筋萎縮の定量的判定基準値の検討

2014年2月28日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(2):295.298,2014c上斜筋萎縮の定量的判定基準値の検討河野玲華*1,2大月洋*3*1岡山大学医学部眼科学*2河野眼科*3岡山済生会総合病院眼科EvaluatingQuantitativeAssesment,viaMagneticResonanceImaging,ofSuperiorObliqueMuscleAtrophyReikaKono1,2)andHiroshiOhtsuki3)1)DepartmentofOphthalmology,OkayamaUniversityMedicalSchool,2)KonoEyeClinic,3)DivisionofOphthalmology,OkayamaSaiseikaiGeneralHospital目的:上斜筋萎縮・低形成(萎縮)の判定基準を定量化し,上斜筋麻痺に占める上斜筋萎縮の割合を解析する.対象および方法:片眼上斜筋麻痺17例と正常被験者14例を対象に磁気共鳴画像から上斜筋筋腹の最大断面積を算出し,正常被験者の上斜筋筋腹の最大断面積の二変量正規楕円(95%)から逸脱する症例を上斜筋萎縮と判定した.健側に対する患側上斜筋の断面積比を求め,上斜筋萎縮(+)と判定する基準断面積比を算出した.結果:8例(47%)に萎縮を認めた.萎縮(+)の平均(レンジ)断面積比は,0.49(0.0.75)であった.一方,萎縮(.)では,0.98(0.86.1.14)で,正常被験者と有意差がなかった.結論:断面積比(患側/健側)が0.75以下は,萎縮(+)と判定され,片眼性の上斜筋麻痺の約50%に上斜筋の萎縮を認めた.Purpose:Toevaluatethequantitativeassessment,viamagneticresonanceimaging(MRI),ofsuperiorobliquemuscle(SO)atrophy/hypoplasia(abbreviateatrophy)andthefrequencyofSOatrophyinpatientswithunilateralSOpalsy.SubjectsandMethods:Weexamined17patientswithunilateralSOpalsyand14normalsubjects,usingorbitalMRI.Maximumcross-sectionsofbilateralSO(SOareas)weremeasuredontheimages.SOatrophywasdeterminedwhenSOareasdeviatedfromthe95%bi-variantnormalellipse,ascomputedfromnormalsubjectSOareas.SOatrophywasdefinedintermsofipsilesional/contralesionalSOarearatio.Results:SOatrophywasdeterminedin8patients(47%).Themeanratiowas0.49(range,0.0.75)inpatientswithSOatrophy.Conclusions:SOatrophycouldbedefinedquantitativelyasaratioof0.75orless.Approximately50%ofpatientsexhibitedSOatrophyintheimages.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(2):295.298,2014〕Keywords:上斜筋麻痺,磁気共鳴画像,上斜筋萎縮,上斜筋低形成,断面積比.superiorobliquepalsy,magneticresonanceimaging,superiorobliquemuscleatrophy,superiorobliquemusclehypoplasia.はじめに9方向むき眼位の眼球偏位に加えて頭部傾斜試験の結果を参考にするのが上斜筋麻痺の標準的な診断方法である.しかし,磁気共鳴画像(magneticresonanceimaging:MRI)をはじめとする画像検査の導入は診断レベルをより正確なものに変えつつあり,画像検査により上斜筋麻痺の病態が次第に明らかにされてきている.具体的には上斜筋の筋腹萎縮や低形成(萎縮),上斜筋腱・滑車の形態異常の症例が報告されるようになり,画像検査の重要性が増している.Hortonらによって,MRI画像を用いた上斜筋萎縮の報告1)をはじめとして,上斜筋はおもに定性的に評価されてきた.そこで,上斜筋萎縮を定量化する方法を確立し,上斜筋麻痺に占める萎縮の頻度を検討したので報告する.I対象および方法岡山大学病院眼科外来を受診し,インフォームド・コンセントが得られた30例の片眼性上斜筋麻痺を対象に,眼窩MRIを撮像し,上斜筋萎縮の定量的評価法と上斜筋麻痺に占める上斜筋の萎縮の割合を病型別に検討した.撮像にはMRI(GeneralElectricSignaHorizon1.5T,〔別刷請求先〕河野玲華:〒700-8558岡山市北区鹿田町2-5-1岡山大学医学部眼科学Reprintrequests:ReikaKono,DepartmentofOphthalmology,OkayamaUniversityMedicalSchool,2-5-1Shikata-cho,Kita-ku,Okayama700-8558,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(135)295 SignaExcite3T)を使用した.T1強調像で,1.5Tの使用では検査眼の眼前にサーフェイスコイルを装着させ,3Tの使用時にはヘッドコイルを用いて撮像した.解剖学的眼窩軸と直交する冠状断撮像を,1.5T使用時は,スライス厚2mm,マトリックスサイズ256×256,撮像領域80×80mm,撮像時間211秒,繰り返し時間400msec,エコー時間13msec,加算回数2の撮像条件で,3T使用時は,スライス厚3mm,マトリックスサイズ256×256,撮像領域120×120mm,撮像時間104秒,繰り返し時間750msec,エコー時間11.6msec,加算回数1の撮像条件でそれぞれ撮像した.病歴から先天性,あるいは遅発性(代償不全型)の片眼性上斜筋麻痺と臨床診断した17例を対象2)に,MRI撮像画像をNIHImage(RasbandWS,U.S.NationalInstituteofHealth,Bethesda,MD,http://rsb.info.nih.gov/ij/)を用いて,両側上斜筋最大断面積を計測2.4)し,正常被験者(正常群)14例3)の左右の上斜筋最大断面積の二変量正規楕円(95%)から逸脱する症例を上斜筋萎縮と規定した.つぎに,健側に対する患側の上斜筋最大断面積の比(正常群については,右側に対する左側の上斜筋最大断面積比)を計算し,最大断面積比を上斜筋萎縮,非萎縮,正常の3群間で比較した.このような手順を踏んで上斜筋萎縮と判定する上斜筋最大面積比(患側/健側)の基準値を算出した.基準値の算出に用いた17例とは別に,13例の片眼性上斜筋麻痺を対象に,ImageJ(RasbandWS,U.S.NationalInstituteofHealth,Bethesda,MD,http://rsb.info.nih.gov/ij/)を用いて,上斜筋最大面積比(患側/健側)から,先に算出した基準に従い上斜筋萎縮の有無を判別した.そののち,30y=1.00x+0.01,r2=0.892520151050051015202530右側上斜筋最大面積(mm2)図1左右の上斜筋最大断面積の関係実線楕円は14例の正常被験者の上斜筋最大面積(×)における95%二変量正規楕円,点線は直線回帰(p<0.0001)を示す.上斜筋麻痺(●)は,二変量正規楕円(95%)にほぼ含まれる9例を上斜筋非萎縮群,二変量正規楕円(95%)を明らかにはずれる8例を上斜筋萎縮群に分類した.左側上斜筋最大面積(mm2)13例に先の17例を加えた片眼性上斜筋麻痺30例を対象に,病歴から先天性,遅発性(代償不全型),後天性の3群に病型を分類して,各病型における上斜筋萎縮の占める割合を解析した.具体的には,病歴を参考に幼少期から頭位異常や眼位異常を認めるものを先天性,発症時期や病因が明確に特定できず複視や眼精疲労などの代償不全症状が出現した時点で診断されるものを遅発性(代償不全型),外傷など原因が特定できるものを後天性として分類した.II結果図1に,17例の片眼性上斜筋麻痺と14例の正常被験者の両側の上斜筋最大断面積を示す.正常被験者の平均年齢(標準偏差)は,34.3(15.4)歳(レンジ,21.73歳),上斜筋麻痺のそれは46.4(17.9)歳(レンジ,17.83歳)であった3).正常被験者(正常群)の両側の上斜筋最大断面積の二変量正規楕円(95%)から逸脱する症例を上斜筋萎縮と規定したところ,17例中8例を萎縮あり(上斜筋萎縮群),9例を萎縮なし(上斜筋非萎縮群)と判定した.17例の両側上斜筋最大断面積をもとに患側/健側上斜筋最大面積の比を計算し,前述の判定に基づいて分類された萎縮群,非萎縮群,正常被験者の各群間における,上斜筋最大断面積比の平均,95%信頼区間,中央値,最小値,最大値を求めた(表1).萎縮群の8例の患側の上斜筋最大断面積比は,平均で0.49であり,最大で0.75であった.一方,非萎縮群の9例の上斜筋最大断面積比は,正常被験者のそれと平均値,最大値,最小値は類似し,統計学的にも両者の間には有意差を認めなかった.以上より,片眼性上斜筋麻痺における萎縮の判定基準を,健表1患側.健側上斜筋最大面積の比上斜筋萎縮群上斜筋非萎縮群正常群患側/健側(8例)患側/健側(9例)左側/右側(14例)平均(標準偏差)0.49(0.24)0.98(0.09)1.00(0.07)95%信頼区間0.28.0.690.90.1.050.96.1.04中央値0.580.980.99最小値.最大値0.0.750.86.1.140.86.1.12上斜筋萎縮群vs上斜筋非萎縮群,p<0.0001;上斜筋萎縮群vs正常群,p<0.0001;上斜筋非萎縮群vs正常群,p=0.98(Tukey-KramerのHSD検定,a=0.05).表2片眼性上斜筋麻痺の病型別の上斜筋萎縮の頻度病型上斜筋萎縮例(%)先天性(7例)5(71.4%)遅発性(代償不全型)(16例)7(43.8%)後天性(7例)3(42.9%)計(30例)15(50.0%)296あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(136) 右左上斜筋上斜筋図2眼窩MRI冠状断:左眼遅発性上斜筋麻痺(52歳,女性)左眼の上斜筋萎縮を認める.健側に対する患側の上斜筋最大断面積比は約50%.側に対する患側の上斜筋最大断面積比(患側/健眼)が0.75以下とした.先の17例を含む30例の片眼性上斜筋麻痺を病歴から3病型に分類したところ,先天性7例,遅発性16例,後天性7例であった.各症例の上斜筋最大断面積比を算出し,萎縮の判定基準を上斜筋最大断面積比0.75以下として,萎縮の有無を判定した.表2に,片眼性上斜筋麻痺の病型別の上斜筋萎縮の頻度を示す.3病型に占める萎縮の頻度は,それぞれ先天性71.4%,遅発性43.8%,後天性42.9%,全体では50.0%であった.病型別の萎縮の頻度には統計学的に有意差を認めなかった.III考按Satoら5)は,上斜筋麻痺の上斜筋体積の左右の比を計測し,75%以上を非萎縮,50.75%を軽度,25.50%を中等度,25%以下を重度と分類して,萎縮度を評価している.正常コントロールを用いず,一個体内で上斜筋体積の左右の比を計測するこの方法は比較的簡便であり臨床で用いやすいという利点があるものの,両側性の症例には応用できないという欠点がある.筆者らは2,3),正常者の左右の上斜筋最大断面積の二変量正規楕円(95%)を外れるものを上斜筋萎縮と規定し,片眼性上斜筋麻痺と臨床診断された症例の上斜筋萎縮の判定を行った結果をこれまで報告している.この解析方法は,症例によっては両側性の萎縮の判定も可能であるものの,解析が煩雑であるという欠点があった.他方,今回採用した解析方法は上斜筋最大面積の測定のみであり上斜筋体積の測定と比較しても簡便であり,片眼性のみに限られるが,臨床上有用と思われる.加えて,Clarkら6)は,上斜筋萎縮を認めた上斜筋麻痺の上斜筋最大面積と上斜筋体積を計(137)測し,いずれも正常者の約50%であることを報告しており,このことからも上斜筋萎縮の判定は上斜筋最大面積,上斜筋体積のいずれにも応用が可能と思われる.今回の検討結果を含めた,これまでの解析結果を総合的に考慮すれば,健側に対する患側の上斜筋の最大断面積,あるいは体積が75%以下であれば,上斜筋萎縮と判定するのが妥当と判断される.臨床経験からも,軽度の萎縮と判定できる症例,明らかな萎縮と判定できる症例(図2)では,それぞれ75%,50%程度の萎縮があると推察される.今回,新たに採用した解析方法で上斜筋麻痺の50%に上斜筋萎縮を認めた.Demerら7)も,臨床診断された上斜筋麻痺の47%に上斜筋萎縮と収縮力の低下を認めたと報告している.逆にいえば上斜筋麻痺と臨床診断されるものの上斜筋形態異常を認めない症例が半数あるということであり,これらの症例においては,上斜筋異常以外の病因も探る必要があるのではないだろうか.筆者らの解析では,上斜筋萎縮の占める割合は先天性が最も多かったが,病型の間には有意差はなかった.他方,Ozkanら8)は,先天性と後天性の間に上斜筋萎縮の程度には差がないことを報告している.しかし,今回の解析とSatoら5)が行った病型分類(遅発性を後天性に含める)の方法は異なるものの,Satoらも,先天性の75.9%,後天性の55.6%に萎縮を認めたと報告し,今回の解析結果と同様,上斜筋萎縮の割合が病型で異なることを指摘している.Ozkanらは上斜筋萎縮の明らかな症例を対象としており,上斜筋萎縮を認める症例であればその程度には病因による差を認めないのかもしれない.上斜筋形態異常の評価については,患側の上斜筋最大面積あるいは体積が健側の75%以下で上斜筋萎縮と判定するのあたらしい眼科Vol.31,No.2,2014297 が適当と思われる.今回採用した判定基準では,上斜筋麻痺と臨床診断された約50%に上斜筋形態異常を認めたことを報告した.この論文は,第66回日本臨床眼科学会(2012)で発表した内容を一部修正・追加したものであり,文部科学省科学研究費補助金(20592044,22591964)の援助を受けた.文献1)HortonJC,TsaiRK,TruwitCLetal:Magneticresonanceimagingofsuperiorobliquemuscleatrophyinacquiredtrochlearnervepalsy.AmJOphthalmol110:315-316,19902)KonoR,OkanobuH,OhtsukiHetal:AbsenceofrelationshipbetweenobliquemusclesizeandBielschowskyheadtiltphenomenoninclinicallydiagnosedsuperiorobliquepalsy.InvestOphthalmolVisSci50:175-179,20093)KonoR,OkanobuH,OhtsukiHetal:Displacementoftherectusmusclepulleyssimulationgsuperiorobliquepalsy.JpnJOphthalmol52:36-43,20084)KonoR,DemerJL:Magneticresonanceimagingofthefunctionalanatomyoftheinferiorobliquemuscleinsuperiorobliquepalsy.Ophthalmology110:1219-1229,20035)SatoM,YagasakiT,KoraTetal:Comparisonofmusclevolumebetweencongenitalandacquiredsuperiorobliquepalsiesbymagneticresonanceimaging.JpnJOphthalmol42:466-470,19986)ClarkRA,DemerJL:Enhancedverticalcontractilitymagneticresonanceimaginginsuperiorobliquepalsy.ArchOphthalmol129:904-908,20117)DemerJL,MillerMJ,KooEYetal:Trueversusmasqueradingsuperiorobliquepalsies:Musclemechanismsrevealedbymagneticresonanceimaging.UpdateonStrabismus&PediatricOphthalmology(LennerstrandG),p303-306,CRCPress,BocaRaton,19958)OzkanS,AribalME,SenerECetal:Magneticresonanceimaginginevaluationofcongenitalandacquiredsuperiorobliquepalsy.JPediatrOphthalmolStrabismus34:29-34,1997***298あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(138)