‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

0.0015%タフルプロスト/0.5%チモロール配合点眼液(DE-111点眼液)の製剤処方設計とラット眼内移行性

2013年12月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(12):1761.1766,2013c0.0015%タフルプロスト/0.5%チモロール配合点眼液(DE111点眼液)の製剤処方設計とラット眼内移行性上田健治殿内麻花深野泰史浅田博之河津剛一参天製薬株式会社研究開発本部Tafluprost0.0015%/Timolol0.5%CombinationOphthalmicSolution(DE-111OphthalmicSolution)FormulationDesignandIntraocularPenetrationinRatsKenjiUeda,AsakaTonouchi,YasufumiFukano,HiroyukiAsadaandKouichiKawazuResearch&DevelopmentDivision,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.0.0015%タフルプロストと0.5%チモロールの配合点眼液(DE-111)で,チモロールが1日2回から1回点眼となっても眼圧下降効果を最大限維持するための処方設計を行い,ラットを用いて眼内移行および全身曝露を調べた.チモロールの眼内移行は点眼液のpHの上昇に伴い増加したがタフルプロストは影響されなかったことおよび点眼液の室温保存可能性の観点から,DE-111のpHを7.0に設定した.DE-111点眼時の房水中チモロールは,チモロール単剤よりも高濃度で推移し,1日1回点眼のチモロールのゲル製剤よりCmaxはやや低くAUCはほぼ同じであった.房水中タフルプロストカルボン酸濃度は,単剤と同様であった.一方,DE-111点眼後の全身曝露は,チモロールおよびタフルプロストカルボン酸とも単剤のCmaxやAUCを上回らなかった.以上より,DE-111は,1日1回点眼で高い有用性を示すことが期待される.Thetafluprost0.0015%/timolol0.5%combinationophthalmicsolution(DE-111)formulationwasdesignedtomaintainIOP-loweringeffectwhentimololinstillationischangedfromtwicetooncedaily.ThisstudyexaminedDE-111ocularpenetrationandsystemicexposure.InconsiderationofdataindicatingthatpHaffectsboththeocularpenetrationoftimolol(butnottafluprost)andthestabilityoftafluprostinophthalmicsolution,thepHofDE-111wassetat7.0.Timololconcentrationsinaqueoushumor(AH)afterDE-111instillationwerehigherthanafterinstillationoftimololalone,andCmaxandAUCwerelowandsimilar,respectively,incomparisontotimololgelformulationusedinonce-dailyinstillation.PharmacokineticparametersoftafluprostacidinAHafterDE-111instillationweresimilartothoseseenaftertafluprostinstillation.Forsystemicexposure,theCmaxandAUCoftimololandtafluprostacidinplasmaafterDE-111instillationdidnotexceedthelevelsseenafterinstillationoftafluprostandtimolol.Once-dailyinstillationofDE-111isthereforeexpectedtobeuseful.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(12):1761.1766,2013〕Keywords:緑内障,DE-111配合点眼液,タフルプロスト,チモロール,眼内移行性.glaucoma,DE-111combinationophthalmicsolution,tafluprost,timolol,ocularpenetration.はじめにDE-111点眼液は,タフルプロストを0.0015%およびチモロール0.5%相当量のチモロールマレイン酸塩を含有する1日1回点眼の配合点眼液であり,作用機序が異なり,かつ,臨床での使用頻度が最も高いプロスタグランジン(PG)関連薬とb遮断薬の組み合わせである.2剤の点眼剤を同一時間帯に併用する場合には,先に点眼した薬剤が後に点眼した薬剤によって眼表面から洗い流され(洗い流し効果),薬効が減弱することが懸念されるため,5分以上点眼間隔をあけることが推奨されている.しかし,点眼間隔をあけることは患者にとって煩雑であり,間隔をあけずに点眼したり,間隔をあけようとしたものの点眼忘れにつながったりする可能性がある.配合点眼液であるDE-111点眼液は,洗い流し効果による薬効の減弱の懸念がなく,〔別刷請求先〕上田健治:〒630-0101生駒市高山町8916-16参天製薬株式会社奈良研究開発センターReprintrequests:KenjiUeda,NaraResearch&DevelopmentCenter,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.,8916-16Takayama-cho,Ikoma630-0101,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(113)1761 PG関連薬とb遮断薬の両剤の併用が必要な患者にとって利便性が改善し,アドヒアランスの向上が期待される.一方で,b遮断薬(チモロール)点眼液の点眼回数は1日2回であることから,PG関連薬との1日1回点眼の配合点眼液では,b遮断薬の点眼回数が減少することによる効果減弱が懸念される.そこで,DE-111点眼液の処方設計においては,タフルプロストの眼内移行が減少もしくは増加して眼圧下降効果が減弱したり副作用が増強したりすることなく,チモロールによる眼圧下降作用を併用点眼並みに維持することを目指して検討を行ったので,その結果を報告する.I実験材料1.点眼液検討には,有効成分としてタフルプロストを0.0015%,チモロール0.5%相当量のチモロールマレイン酸塩を含有し,緩衝剤を含有せず,pHを6.0,7.0および7.5に調整した配合点眼液(タフルプロスト/チモロール配合点眼液),同様な有効成分含量でpHを7.0とし緩衝能を付加した点眼液(DE-111点眼液),タフルプロスト点眼液(タプロスR点眼液0.0015%,参天製薬,pH5.7.6.3),チモロール点眼液(チモプトールR点眼液0.5%,参天製薬,pH6.5.7.5)およびゲル化剤を加えたチモロール製剤であるチモロールGS点眼液(チモプトールRXE点眼液0.5%,参天製薬,pH6.5.7.5)を用いた.2.実験動物眼内移行性および全身曝露の検討には,6.7週齢の雌性SDラット(日本チャールス・リバー株式会社)を使用した.本研究は,「動物実験倫理規定」,「参天製薬の動物実験における倫理の原則」「動物の苦痛に関する基準」の参天製薬株式会社社内規定を遵(,)守し,実施した.II実験方法1.点眼ラットの両眼に,タフルプロスト/チモロール配合点眼液,DE-111点眼液,タフルプロスト点眼液,チモロール点眼液,チモロールGS点眼液を5μLずつ単独で単回点眼もしくはタフルプロスト点眼液とチモロール点眼液をそれぞれ5μLずつ単回併用点眼した.併用点眼は,チモロール点眼液を点眼後5分にタフルプロスト点眼液を点眼した.2.房水の採取眼内移行性に及ぼす点眼液pHの影響の検討では点眼後30分に,各点眼液の眼内移行性の比較検討では点眼後5,15,30分,1,2および4時間(ただし,併用点眼の場合は,チモロール点眼液点眼後7,15,30分,1,2および4時間)に,イソフルラン麻酔下でラットの大動脈より全量採血して致死させ,房水を採取した.血漿中濃度と同じ方法で定量す1762あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013るため,採取した房水1眼分ごとに薬剤未投与のラット血漿200μLを添加・混和し,房水の測定試料とした.3.血漿の採取各点眼液の全身曝露の比較検討では,眼内移行性の比較検討と同様,点眼後5,15,30分,1,2および4時間(ただし,併用点眼の場合は,チモロール点眼液点眼後7,15,30分,1,2および4時間)に,ラット頸静脈よりヘパリンナトリウム処理したシリンジで血液(約0.3mL)を採取した(各群4例).採取した血液は,遠心分離して血漿を採取し,血漿の測定試料とした.4.タフルプロストカルボン酸およびチモロールの定量タフルプロストは点眼後,活性本体であるタフルプロストカルボン酸に速やかに代謝される1)ことから,タフルプロストの眼内移行および全身曝露はタフルプロストカルボン酸を定量して評価した.血漿および房水中タフルプロストカルボン酸およびチモロールの定量は,測定対象化合物をtert-ブチルメチルエーテルを用いた液-液抽出により精製後,LCMS/MSにより分析して行った.装置は,オートサンプラにHTCPAL(CTCAnalytics),HPLCにAgilent1100(Agilent),分析カラムにYMC-PackODS-AQS-3μm,50×3.0mmI.D.(YMC),質量分析計にAPI5000(ABSciex)を用いた.移動相は,流量0.5mL/minで0.1%酢酸/メタノール(80/20)→(25/75)のグラジェントとし,カラム温度を40°C,イオン化法をelectrosprayionization(タフルプロストカルボン酸:negativemode,チモロール:positivemode),モニタリングイオンをm/z409→93(タフルプロストカルボン酸)およびm/z317→74(チモロール)とした.なお,房水中薬物濃度は,測定試料中薬物濃度を房水採取量で補正して算出した.本法の定量下限は,血漿中タフルプロストカルボン酸およびチモロール濃度でいずれも0.1ng/mL,房水中タフルプロストカルボン酸濃度で0.764.10.2ng/mL,房水中チモロール濃度で0.822.2.14ng/mLであった(房水中濃度については,定量下限未満であった房水試料における値).5.薬物動態パラメータ血漿および房水中のタフルプロストカルボン酸およびチモロールについて,血漿は個体ごとの濃度値,房水は各測定時点における平均値を用いて,薬物動態パラメータを算出した.Cmax(最高血中濃度)は観測された値の最大値,Tmax(最高血中濃度到達時間)はCmaxに到達する時間とした.消失半減期(T1/2)は,横軸が点眼後時間,縦軸が濃度の対数のグラフにプロットして観測された消失相の傾き(ke)で,2の自然対数を除することにより算出した.濃度-時間曲線下面積(AUC)は線形台形法により算出し,無限大時間までのAUC(AUCinf)は,濃度が得られた最終時点の濃度値をkeで除した値と,その時点までのAUCの和として算出した.(114) III結果1.眼内移行性に及ぼす点眼液pHの影響3,0002,000房水中チモロール濃度(ng/mL)0チモロールpH6.0pH7.0pH7.5タフルプロスト/チモロール配合点眼液(pHは6.0,7.0および7.5),タフルプロスト点眼液およびチモロール点眼液を,それぞれラットに点眼したときの点眼後30分の房水中チモロールおよびタフルプロストカルボン酸濃度をそれぞれ図1および図2に示す.配合点眼液点眼後の房水中タフルプ1,000ロストカルボン酸濃度は,点眼液のpH変動により変化せず,タフルプロスト/チモロールまた,タフルプロスト点眼液点眼時とほぼ同様の値であっ配合点眼液た.一方,チモロールに関しては,配合点眼液のpHが高くなるに従って房水中チモロール濃度が高くなる傾向が認めら図1チモロールのラット房水移行性に及ぼす点眼液pHの影響(点眼後30分)れ,pH7.5の配合点眼液では,チモロール点眼液に比べて各値は8眼の平均値+標準偏差.約2倍の値となった.2.各点眼液点眼後の眼内移行性の比較DE-111点眼液,タフルプロスト点眼液,チモロール点眼液,チモロールGS点眼液を単独点眼したとき,ならびにチモロール点眼液を点眼後5分にタフルプロスト点眼液を併用点眼したときの眼内移行性を比較するため,房水中薬物濃度推移を調べた.房水中チモロールおよびタフルプロストカルボン酸濃度推移をそれぞれ図3および図4に,房水中チモロールおよびタフルプロストカルボン酸の薬物動態パラメータ房水中タフルプロストカルボン酸濃度(ng/mL)1000タフルプロストpH6.0pH7.0pH7.580604020をそれぞれ表1に示す.房水中チモロール濃度は,各点眼液単独および併用点眼のいずれにおいても,点眼後0.25時間までにCmaxに達した後,タフルプロスト/チモロール配合点眼液速やかに消失した.DE-111点眼液点眼時の房水中チモロール濃度は,チモロール点眼液0.5%よりも高い濃度推移を示した.また,チモロールGS点眼液0.5%と比較すると,Cmaxは低く,点眼後2時間以降は高い濃度推移を示し,AUCはほぼ同じであった.さらに,タフルプロスト点眼液0.0015%およびチモロール点眼液0.5%の5分間隔での併用点眼時と同様の濃度推移を示した.房水中タフルプロストカルボン酸濃度は,各点眼液単独および併用点眼のいずれにおいても点眼後約0.5時間にCmaxに達し,その後T1/2約0.3.0.4時間で消失して,点眼後約4時間にはいずれの点眼液,個体においても定量下限未満となった.DE-111点眼液点眼時の房水中タフルプロストカルボン酸濃度は,タフルプロスト点眼液0.0015%に比べて点眼後5分では低く,点眼後2時間では高い濃度を示したが,薬物動態パラメータに差はみられなかった.また,タフルプロスト点眼液0.0015%とチモロール点眼液0.5%の5分間隔での併用点眼と同様の濃度推移を示した.3.各点眼液点眼後の全身曝露の比較DE-111点眼液,タフルプロスト点眼液,チモロール点眼液,チモロールGS点眼液を単独点眼したとき,ならびにチモロール点眼液を点眼後5分にタフルプロスト点眼液を併用図2タフルプロストの房水移行性に及ぼす点眼液pHの影響(点眼後30分)各値は8眼の平均値+標準偏差(タフルプロストは7眼).点眼したときの全身曝露を比較するため,血漿中薬物濃度推移を調べた.血漿中チモロールおよびタフルプロストカルボン酸濃度の推移をそれぞれ図5および図6に,血漿中チモロールおよびタフルプロストカルボン酸の薬物動態パラメータを表2に示す.血漿中チモロール濃度は,チモロール点眼液,チモロールGS点眼液およびチモロール点眼液とタフルプロスト点眼液の併用においては点眼後0.25時間までに,DE-111点眼液では,点眼後0.25.0.55時間にCに達し,その後T1/2約max0.7.0.9時間で消失した.CmaxおよびAUCともに個体間でバラツキがあり,点眼群間に明確な差はみられなかった.血漿中タフルプロストカルボン酸濃度は,DE-111点眼液,タフルプロスト点眼液およびチモロール点眼液とタフルプロスト点眼液の併用のいずれにおいても,点眼後0.167時間(10分)までにCmaxに達した後,消失して点眼後1時間にはいずれの点眼液,個体においても定量下限未満となり,各群の濃度推移に明確な差は認められなかった.(115)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131763 10,0001,0001,000100:DE-111:チモロール:チモロールGS:チモロール+タフルプロストa:DE-111:タフルプロスト:チモロール+タフルプロストa1234房水中チモロール濃度(ng/mL)房水中タフルプロストカルボン酸濃度(ng/mL)100101010101234点眼後時間(hr)点眼後時間(hr)図3各種点眼液点眼後の房水中チモロール濃度推移図4各種点眼液点眼後の房水中タフルプロストカルボン酸各値は6眼の平均値+標準偏差.濃度推移a:チモロール点眼後5分にタフルプロストを点眼.各値は6眼の平均値+標準偏差.a:チモロール点眼後5分にタフルプロストを点眼.表1各種点眼液点眼後の房水中タフルプロストカルボン酸およびチモロールの薬物動態パラメータ測定対象点眼液Cmax(ng/mL)Tmax(hr)AUC0-4ha(ng・hr/mL)AUCinfa(ng・hr/mL)T1/2(hr)チモロールDE-111チモロールチモロールGSチモロール+タフルプロストb2,3301,3303,3501,9600.250.08330.250.252,0801,2101,8201,6602,080NCNC1,6600.494NCNC0.438タフルプロストカルボン酸DE-111タフルプロスト90.475.60.50.587.579.084.977.40.3740.311チモロール+タフルプロストb89.70.41787.9c84.90.414各パラメータは6眼(3例)の平均房水中濃度を解析して算出.NC:算出せず.a:定量下限未満の値をゼロとして計算.b:チモロール点眼後5分にタフルプロストを点眼.c:AUC0-3.92h.IV考按緑内障の治療は眼圧下降剤による治療が主体となっており,単剤で効果が不十分であるときには併用療法が行われる2)が,長期にわたり継続して点眼治療を行う必要がある患者にとって,複数の点眼剤の併用は大きな負担であり,アドヒアランスの低下により十分な眼圧下降効果が維持されない状態が続くと,視野障害の進行につながることが懸念される.タフルプロストとチモロールマレイン酸塩の配合点眼液であるDE-111点眼液は,PG関連薬とb遮断薬の両剤の併用が必要な患者にとって,利便性の向上によるアドヒアランスの改善が期待されるが,一方で,チモロールの点眼回数がチモロール点眼液の1日2回からDE-111点眼液では1日1回に減少することによる眼圧下降効果の減弱が懸念される.そこで,DE-111点眼液の処方設計においては,タフルプロストの眼内移行が減少もしくは増加して眼圧下降効果が減弱したり副作用が増強したりすることなく,チモロールによる眼圧下降作用を併用点眼並みに維持することを目指して検討1764あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013を行った.点眼液では,点眼後の薬物は速やかに鼻涙管を経て眼外へ排出されるため,点眼液への粘性の付与により眼表面での滞留性を高めることで薬物の眼内移行性を向上させることが可能である3).チモロールGS点眼液はゲル化剤を添加して粘性を増加させることによりチモロールの眼内移行性を向上させ(表1,図3),1日1回点眼の用法で承認されている.しかしながら,タフルプロストとチモロールマレイン酸塩の配合剤をゲル製剤とした場合,タフルプロストの眼局所副作用(充血,睫毛の伸長,虹彩・眼瞼色素沈着)の増大の懸念や,タフルプロストの眼内移行量の増加に伴う効果の過大増強の可能性もあることから,課題が多いと考えられる.そこで,DE-111点眼液の製剤処方としては,ゲル化などの粘性を高める手法は採用しなかった.一般に,脂溶性の薬物はその濃度勾配に従い単純受動拡散により生体膜を透過する.この場合,透過しやすいのは分子型であり,薬物の酸解離定数(pKa)とpHにより影響を受ける(pH分配仮説).チモロールは塩基性化合物でpKaは(116) 1,00010100:DE-111:チモロール:チモロールGS:チモロール+タフルプロストa:DE-111:タフルプロスト:チモロール+タフルプロストa血漿中チモロール濃度(ng/mL)血漿中タフルプロストカルボン酸濃度(ng/mL)11010.100.1012341234点眼後時間(hr)点眼後時間(hr)図5各種点眼液点眼後の血漿中チモロール濃度推移図6各種点眼液点眼後の血漿中タフルプロストカルボン酸各値は4例の平均値+標準偏差.濃度推移a:チモロール点眼後5分にタフルプロストを点眼.各値は4例の平均値+標準偏差.a:チモロール点眼後5分にタフルプロストを点眼.表2各種点眼液点眼後の血漿中タフルプロストカルボン酸およびチモロールの薬物動態パラメータ解析対象点眼液Cmax(ng/mL)Tmaxa(hr)AUC0-4hb(ng・hr/mL)AUCinf(ng・hr/mL)T1/2(hr)チモロールDE-111チモロールチモロールGSチモロール+タフルプロストc45.5±14.6294±235371±23394.2±67.00.5[0.25-0.55]0.0833[0.0833-0.217]0.0833[0.0833-0.25]0.25[0.117-0.25]46.9±10.165.9±36.0d84.7±27.639.7±15.547.7±10.667.9±39.185.6±27.240.1±15.60.675±0.09670.890±0.4480.718±0.08660.705±0.0831タフルプロストカルボン酸DE-111タフルプロストチモロール+タフルプロストc0.378±0.09810.760±0.8410.590±0.2940.0833[0.0833-0.15]0.0833[0.05-0.117]0.167[0.0333-0.167]0.113±0.05040.142±0.1180.172±0.0858NCNCNCNCNCNC各値は4例の平均値±標準偏差.NC:算出せず.a:Tmaxは中央値[最小値-最大値]を表示.b:定量下限未満の値をゼロとして計算.c:チモロール点眼後5分にタフルプロストを点眼.d:ゼロ時間から約4時間までのAUCの平均値±標準偏差.約8.8であることから,中性領域ではpHは高いほど分子型の割合が増し,膜透過性が上昇することが予想される.実際に,ウサギにおいて,pHが6.2,6.9および7.5のチモロール点眼液を点眼したとき,pHの上昇に伴って眼内移行性が向上するとの報告もある4).そこで,タフルプロスト/チモロールマレイン酸塩配合点眼液において,点眼液のpHを変動させて房水中チモロール濃度を調べたところ,点眼後30分の房水中チモロール濃度は,点眼液のpHの上昇に伴って増加することが示された(図1).一方で,タフルプロストについては,配合点眼液のpHを変動させても房水中タフルプロストカルボン酸濃度は変化がみられず,タフルプロストの眼内移行は点眼液のpHによる影響を受けないことが示された(図2).タフルプロストは解離基を有さないことから,pHにより膜透過性が変動(117)しなかったものと考えられる.以上の結果より,タフルプロスト/チモロールマレイン酸塩の配合点眼液の処方設計において,pHを適切に調整することでチモロールのみの眼内移行量をコントロールすることが可能と考えられた.ただし,タフルプロストは,活性本体であるタフルプロストカルボン酸のイソプロピルエステルであり,水溶液中では徐々にではあるが加水分解される.この加水分解速度は溶液pHの影響を受けるため,pHが弱酸性では比較的安定であるもののpHを上げるほど,加水分解を受けやすくなる.以上のことから,チモロールの眼内移行を確保しつつタフルプロストの眼内移行量は変動させず,かつ,タフルプロストの点眼液中安定性を考慮し室温保存が可能と考えられるpHとして,DE-111点眼液のpHを7.0に設定した.また,製品としての品質維持(保存中pH変動抑制)を目的に緩衝剤(リン酸あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131765 二水素ナトリウム)を配合した.DE-111点眼液をラットに点眼したときの房水中チモロールは,Cmaxはチモロール単剤に比べて高くチモロールGS点眼液に比べて若干低い値であり,AUCはチモロールGS点眼液と同程度であった(表1).一方,房水中タフルプロストカルボン酸のCmaxおよびAUCは,タフルプロスト単剤点眼およびチモロールとの併用点眼と同程度であった(表1).これらの結果は,DE-111点眼液が,タフルプロストの薬効や眼局所副作用をタフルプロスト単剤と比べて変動させることなく,チモロールの眼圧下降効果が期待できることを示唆するものと考えられた.なお,チモロール単剤に比べてDE-111点眼液点眼時の房水中チモロール濃度が高い推移を示した理由については,DE-111点眼液のpHを7.0と設定したことに加え,チモロール点眼液には含まれずDE-111点眼剤には含まれている添加剤(ポリソルベート80,濃グリセリン,エデト酸ナトリウム水和物)の影響,あるいは,タフルプロストが影響していることも可能性としては考えられるが,詳細は不明である.DE-111点眼液をラットに点眼したときのタフルプロストおよびチモロールの全身曝露については,いずれも単剤もしくは併用に比べてCmaxおよびAUCとも上回ることはなかった(表2).したがって,併用に比べてDE-111配合剤で全身の副作用が増悪する可能性は低いと予想された.以上の検討により,DE-111点眼液として最適な処方が決定できた.DE-111点眼液は,1日1回点眼で高い有用性が期待されるとともに,2剤の点眼液を5分以上間隔をあけて併用点眼する場合に比べて緑内障の患者の利便性が改善されることで,アドヒアランスの向上に寄与することが期待される.文献1)FukanoY,KawazuK:Dispositionandmetabolismofanovelprostanoidantiglaucomamedication,tafluprost,followingocularadministrationtorats.DrugMetabDispos37:1622-1634,20092)緑内障診療ガイドライン(第3版).日眼会誌116:3-46,20123)KaurIP,KanwarM:Ocularpreparations:theformulationapproach.DrugDevIndPharm28:473-493,20024)KyyronenK,UrttiA:EffectsofepinephrinepretreatmentandsolutionpHonocularandsystemicabsorptionofocularlyappliedtimololinrabbits.JPharmSci79:688-691,1990***1766あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(118)

In Vitro眼組織中濃度シミュレーションモデルにおける黄色ブドウ球菌および緑膿菌の殺菌ならびにレボフロキサシン耐性化に対する0.5%あるいは1.5%レボフロキサシンの影響

2013年12月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(12):1754.1760,2013cInVitro眼組織中濃度シミュレーションモデルにおける黄色ブドウ球菌および緑膿菌の殺菌ならびにレボフロキサシン耐性化に対する0.5%あるいは1.5%レボフロキサシンの影響長野敬川上佳奈子河津剛一阪中浩二坪井貴司中村雅胤参天製薬株式会社研究開発本部Effectof0.5%or1.5%LevofloxacinOphthalmicSolutiononBactericidalActivityandEmergenceofLevofloxacinResistanceinStaphylococcusaureusandPseudomonasaeruginosainanInVitroSimulationModelTakashiNagano,KanakoKawakami,KouichiKawazu,KojiSakanaka,TakashiTsuboiandMasatsuguNakamuraResearchandDevelopmentDivision,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.Invitro眼組織中濃度シミュレーションモデルを用いて,黄色ブドウ球菌および緑膿菌に対する殺菌ならびにレボフロキサシン(LVFX)耐性化に及ぼす0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液の影響を検討した.白色ウサギに0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液を単回点眼したときの球結膜あるいは角膜中LVFX濃度推移を測定し,その濃度推移をもとに1日3回点眼のシミュレーションで24時間培地中にこれを再現した.LVFX曝露による菌株の生菌数の変化,LVFX感受性の変化を薬剤感受性ポピュレーション解析により評価した.0.5%LVFX点眼液での結膜濃度シミュレーション条件下の黄色ブドウ球菌株,角膜濃度シミュレーション条件下の緑膿菌株ともに,菌の増殖がみられ,LVFX感受性低下を認めた.一方,1.5%LVFX点眼液での結膜濃度および角膜濃度のシミュレーション条件下では,黄色ブドウ球菌株で静菌作用,緑膿菌株で殺菌作用がみられ,LVFX感受性に変化を認めなかった.1.5%LVFX点眼液は,0.5%LVFX点眼液に比較して,黄色ブドウ球菌と緑膿菌の殺菌および耐性菌出現防止に効果的であることが示唆された.Weevaluatedtheeffectoflevofloxacin(LVFX)ophthalmicsolutiononbactericidalactivityandLVFXresistancedevelopmentinStaphylococcusaureusandPseudomonasaeruginosabysimulatingrabbitoculartissueconcentrationafterinstillationof0.5%or1.5%LVFXophthalmicsolution,inaninvitrosimulationmodel.InamodelsimulatingbulbarconjunctivalorcornealtissueLVFXlevelforonedayfollowing3xdailyinstillationofLVFXophthalmicsolutionsinJapanesewhiterabbits,thechangeinviablebacterialcountorLVFXsusceptibilityofS.aureusorP.aeruginosaafterLVFXexposureintheculturebrothwasdeterminedbypopulationanalysis.The0.5%LVFXsimulationmodelsshowedbothincreasedviablebacterialcountsanddecreasedLVFXsusceptibilitiestoS.aureusinconjunctivaandtoP.aeruginosaincornea.Ontheotherhand,inthe1.5%LVFXsimulationmodel,potentbactericidalactivitieswereshownandnoLVFX-resistantsubpopulationsweredetectedineitherS.aureusorP.aeruginosa.Theseresultsshow1.5%LVFXophthalmicsolutiontobemoreeffectivethan0.5%LVFXophthalmicsolutionforsterilizationandforpreventionofLVFXresistancedevelopmentinbothS.aureusandP.aeruginosa.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(12):1754.1760,2013〕Keywords:invitroシミュレーションモデル,黄色ブドウ球菌,緑膿菌,レボフロキサシン,耐性化.invitrosimulationmodel,Staphylococcusaureus,Pseudomonasaeruginosa,levofloxacin,resistance.〔別刷請求先〕長野敬:〒630-0101奈良県生駒市高山町8916-16参天製薬株式会社研究開発本部Reprintrequests:TakashiNagano,ResearchandDevelopmentDivision,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.,8916-16Takayama-cho,Ikoma,Nara630-0101,JAPAN175417541754あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(106)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY はじめにレボフロキサシン(LVFX)は,好気性および嫌気性のグラム陽性菌ならびに陰性菌に対し,広い抗菌スペクトルと強い抗菌力を示す.そのLVFXを主成分とするクラビットR点眼液0.5%は2000年に日本で発売されて以降,その優れた抗菌力と高い安全性から,細菌性眼感染症治療薬として臨床現場で最も汎用されている.しかし近年,一部医療機関からLVFXに対する感受性低下を示唆する結果や入院患者における耐性率上昇が報告されるなど,LVFX耐性菌の出現が問題になりつつある1,2).近年,抗菌薬のPK-PD(薬物動態学-薬力学)に関する研究から,抗菌薬の有効性と薬物動態が密接に関連することが明らかとなってきた.全身薬においては,キノロン系抗菌薬の治療効果に相関する主要なPK-PDパラメータは「血中AUC(濃度-時間曲線下面積)とMIC(最小発育阻止濃度)の比」であり3.6),キノロン系抗菌薬に対する耐性化の抑制には「血中Cmax(最高濃度)とMICの比」が相関する7.10)との報告がある.したがって,安全性面で問題がない限り,血中濃度が高まる高用量で治療することが耐性菌の出現を抑制する観点から望ましい.一方眼科領域では,治療効果や耐性化抑制効果に相関するPK-PDパラメータが明らかにされていないが,細菌に対する殺菌作用や耐性化抑制作用は曝露されるキノロン系抗菌薬の濃度に依存することから,感染組織中のAUCやCmaxが治療効果や耐性化抑制効果に最も相関すると推察される.高濃度LVFX点眼液の眼への影響を検討したClarkらの報告11)によると,サルの角膜上皮創傷治癒モデルにおいて3%LVFX点眼液の1日4回点眼は角膜上皮創傷治癒を遅延させた.また,ウサギの角膜上皮創傷治癒モデルにおいては3%以上のLVFX点眼液が角膜線維芽細胞の消失および角膜浮腫をひき起こし,6%LVFX点眼液が角膜上皮創傷治癒を遅延させた12).しかし,1.5%以下のLVFX点眼液はサルやウサギでみられたそれらの副作用を生じない.したがって,クラビットR点眼液0.5%と同等の眼組織の安全性を確保しつつ,殺菌作用の向上および耐性菌の出現抑制作用が期待できるLVFXの上限濃度は1.5%であると推察された.本試験では,0.5%と1.5%のLVFX点眼液の間で殺菌効果および耐性菌出現抑制効果に差異が認められるかを明らかにする目的で,invitro眼組織中濃度シミュレーションモデルを用いて,黄色ブドウ球菌および緑膿菌に対する0.5%LVFX点眼液および1.5%LVFX点眼液の殺菌効果および耐性菌出現抑制効果を比較検討した.I実験材料および方法1.使用菌株外眼部細菌感染症のなかでも発症頻度が高い結膜炎と重篤(107)な症状を呈する角膜炎の主要起炎菌であるメチシリン感受性黄色ブドウ球菌,緑膿菌を対象菌種とし,2007年から2009年に細菌性眼感染症患者より単離された菌株から使用菌株を選択した.黄色ブドウ球菌株は,LVFXのMICが0.5μg/mLの1株(HSA201-00027株),緑膿菌株は,LVFXのMICが0.5μg/mLおよび1μg/mLの2株(HSA201-00089株およびHSA201-00094株)を使用した.2.使用動物雄性日本白色ウサギは北山ラベス株式会社より購入し,1週間馴化飼育後,試験に使用した.本研究は,「動物実験倫理規程」,「参天製薬の動物実験における倫理の原則」および「動物の苦痛に関する基準」の参天製薬株式会社社内規程を遵守し実施した.3.使用薬剤LVFXは第一三共株式会社製を使用し,ウサギ単回点眼時眼組織分布試験には参天製薬で製造した1.5%LVFX点眼液(クラビットR点眼液1.5%)および0.5%LVFX点眼液(クラビットR点眼液0.5%)を用いた.4.実験方法a.ウサギ単回点眼時の眼組織分布日本白色ウサギに0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液を50μLずつ片眼に単回点眼し,点眼0.25,0.5,1,2,4,6および8時間後にペントバルビタールナトリウムの過麻酔により安楽殺した後,眼球結膜および角膜を採取した(各時点5.6例).湿重量を秤量後,1%酢酸/メタノール=(30/70)1mLを加えビーズ式多検体細胞破砕装置(ShakeMasterAuto,BMS)で均質化後,遠心分離により上清(ホモジネート上清)を得た.内標準溶液〔250ng/mLロメフロキサシン水/アセトニトリル=(10/90)溶液〕200μLを加えた除蛋白プレート(StrataImpactProteinPrecipitationplate,Phenomenex社)に,ホモジネート上清50μLと0.2%酢酸5μLを加えて遠心分離し,濾過された溶出液を溶媒留去した.残渣に移動相75μLを加えて溶解させ,超高速液体クロマトグラフィー(UPLC,Waters)に注入してLVFX濃度を測定した.b.シミュレーションモデルの設定1日3回(8時間間隔)点眼時のウサギ眼組織中濃度シミュレーションモデルでは,日本白色ウサギに0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液を単回点眼投与したときの眼球結膜および角膜中LVFX濃度推移が,8時間おきに3回繰り返されるものとして設定した.各組織のLVFX濃度推移を培地中に再現(各組織中LVFX濃度μg/gをμg/mLに換算)し,菌株に24時間曝露させた.点眼時の眼組織中LVFX濃度推移は,経口投与時の血中LVFX濃度推移に比べ変化が著しいことから,速やかに曝露濃度を変更できるよう,種々濃度のLVFX溶液を準備し,菌株を封入した寒天ゲルを順次移しあたらしい眼科Vol.30,No.12,20131755 変える手法で検討した.なお,培養液に懸濁した菌株と寒天ゲルに封入した菌株に,LVFXを作用させたときのtime-killcurveは同一であったことから,LVFXは寒天ゲル内に速やかに浸透し,両条件の曝露量に差異はないと考えられた.c.殺菌作用の検討35℃,19時間,ミューラーヒントン(Muller-Hinton)II寒天培地で好気条件下培養した黄色ブドウ球菌株あるいは緑膿菌株をマクファーランド0.5(約1.2×108CFU/mL)で懸濁し,接種菌液とした.この菌液と固化していない2%寒天溶液を等量混合した後,滅菌シャーレ上に200μLずつ滴下し,室温に静置して固化させた.菌株を封入したこの寒天ブロックをシミュレーションモデルのサンプルとし,シミュレーション開始0,8,16および24時間LVFXを曝露した後,回収した(n=3).滅菌マイクロチューブ内で破砕後,生理食塩液を添加し十分混和させた.適宜希釈後,その一定量をミューラーヒントン寒天(MHA)平板上に塗布し,35℃,1日,好気培養した.MHA上のコロニー数を計測して生菌数を算出した.検出限界は20CFU/mLとした.d.ポピュレーション解析シミュレーション開始24時間後の寒天ブロックから調製された菌液を適宜希釈後,LVFX非含有MHA平板および1.16×MICのLVFX含有MHA平板に塗布した.35℃,1日,好気培養後,MHA平板上のコロニー数を測定した.シミュレーション開始前の菌株についても同様の操作を行い,LVFX曝露前後のLVFX感受性ポピュレーションを比較し,感受性の変化を検討した.II結果1.単回点眼投与時の眼球結膜および角膜中LVFX濃度推移0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液をウサギに50μL単回投与したときの眼球結膜および角膜中LVFX濃度推移を図1に,薬物動態パラメータを表1に示す.0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液の眼球結膜中濃度のTmax(最高血中濃度到達時間)はともに投与後0.25時間で,Cmaxはそれぞれ3.19,14.67μg/gであった.角膜中濃度のTmaxも0.25時間であり,Cmaxは9.02,32.54μg/gであった.0.5%LVFX点眼液と比較して,1.5%LVFX点眼液では,眼球結膜におけるCmaxは約5倍の増加を示し,角膜では約3.5倍の増加がみられた.眼球結膜および角膜におけるAUC0-8hrは点眼液濃度の増加に伴い,3.4倍の増加を示した.2.シミュレーションモデルにおける殺菌作用ウサギ眼組織中濃度シミュレーションモデルでは,寒天ゲルを浸漬させる各LVFX溶液の濃度と時間を,ウサギ眼組1756あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013a282420161284002468点眼後時間(時間):0.5%LVFX:1.5%LVFXb403530252015105002468点眼後時間(時間):0.5%LVFX:1.5%LVFX図1ウサギ単回点眼時の眼球結膜および角膜中LVFX濃度各値は5.6例の平均値を示す.a:眼球結膜LVFX濃度推移,b:角膜LVFX濃度推移.表10.5%あるいは1.5%LVFX点眼液点眼後の眼組織中LVFX濃度の薬物動態パラメータLVFX濃度(μg/g)LVFX濃度(μg/g)薬物動態パラメータ組織CmaxTmaxt1/2AUC0-8hr(μg/g)(hr)(hr)(μg・hr/g)0.5%LVFX眼球結膜3.190.25NC3.10点眼液角膜9.020.251.7016.311.5%LVFX眼球結膜14.670.25NC11.10点眼液角膜32.540.251.4343.26各値は5.6例の平均値を示す.T:最高濃度到達時間.t1/2:消失半減期.NC:Notcalculated,(max)消失相が特定できなかったため算出していない.織中LVFX濃度推移実測値のCmaxおよびAUCと等しくなるように,また移し変え前後のLVFX溶液の濃度変化幅が2倍以上とならないように,最小単位を10分として設定し(図2),24時間曝露後の殺菌効果,耐性菌出現抑制効果を調べた.a.黄色ブドウ球菌HSA201-00027株の生菌数変化を図3に示す.0.5%(108) 100a10108:組織中濃度推移:シミュレーション濃度推移6:0.5%LVFX:1.5%LVFX:LVFX非含有組織中LVFX濃度(μg/g)生菌数(logCFU/mL)10.142検出限界0.01024680081624時間(時間)培養時間(時間)図2ウサギ眼組織中のLVFX濃度推移を培地中に再現させ:0.5%LVFX:1.5%LVFXたときの濃度推移b10:LVFX非含有1.5%LVFX点眼液,単回点眼時のウサギ眼球結膜組織中濃度推移のシミュレーションを例に示した.組織中濃度推移(実線)生菌数(logCFU/mL)8を反映させつつ,CおよびAUCが等しくなるように,ステップワイズの濃度と曝(max)露時間を設定(点線)した.この濃度推移のLVFX曝露を3回繰り返し,24時間の曝露を行った.642検出限界0培養時間(時間)生菌数(logCFU/mL)1086420:0.5%LVFX:1.5%LVFX:LVFX非含有081624図4緑膿菌HSA201.00089株およびHSA201.00094株に対する種々濃度LVFXの殺菌効果各値は3例の平均値を示す.検出限界は20CFU/mL.a:HSA201-00089株,b:HSA201-00094株081624培養時間(時間)HSA201-00089株よりもLVFX感受性の低いHSA201図3黄色ブドウ球菌HSA201.00027株に対する種々濃度LVFXの殺菌効果各値は3例の平均値を示す.CFU:colonyformingunit.LVFX点眼液の結膜濃度シミュレーションモデルでは,曝露直後から生菌数が増加し24時間後まで増加し続け,殺菌作用は認められなかった.一方,1.5%LVFX点眼液の結膜濃度シミュレーションモデルは生菌数が増加せず,静菌作用が認められた.b.緑膿菌HSA201-00089株およびHSA201-00094株の生菌数変化を図4に示す.LVFXに比較的感受性の高いHSA20100089株(LVFXMIC:0.5μg/mL)では,0.5%LVFX点眼液の角膜濃度をシミュレーションして曝露させると,8時間後に生菌数が約1/103まで減少するが,その後増殖し24時間後には初期菌数と同程度になった.一方1.5%LVFX点眼液のシミュレーションでは,8時間後に検出限界以下まで減少し,その後わずかに増殖したが,0.5%LVFX点眼液よりも強い殺菌作用が示された.(109)00094株(LVFXMIC:1μg/mL)においてもほぼ同様の結果で,0.5%LVFX点眼液では,曝露直後に生菌数は約1/102に減少するがその後増殖し,24時間後には初期菌数以上に増加した.一方1.5%LVFX点眼液のシミュレーションでは,16時間後までは検出限界以下で推移し,24時間後にわずかな増殖がみられるのみで,0.5%LVFX点眼液よりも非常に強い殺菌作用が示された.3.曝露24時間後の菌液のポピュレーション解析a.黄色ブドウ球菌HSA201-00027株のポピュレーション解析の結果を図5に示す.0.5%LVFX点眼液の結膜濃度シミュレーションモデルでは,8μg/mLLVFX含有MHA平板でコロニーを形成する株が出現し,使用菌株のLVFX感受性が曝露前に比べて顕著に低下した.一方,1.5%LVFX点眼液の結膜濃度シミュレーションモデルではLVFX感受性が低下したコロニーは観察されず,使用菌株のLVFX感受性の低下を認めなかった.b.緑膿菌HSA201-00089株およびHSA201-00094株のポピュレーあたらしい眼科Vol.30,No.12,20131757 108:0.5%LVFX:1.5%LVFX:LVFX作用前64200LVFX濃度(μg/mL)0.5124検出限界8生菌数(logCFU/mL)図5LVFX曝露24時間後の黄色ブドウ球菌HSA201.00027HSA201-00094株でも,0.5%LVFX点眼液ではLVFX感受性が低下したコロニーが出現したが,1.5%LVFX点眼液ではLVFX感受性が低下したコロニーの出現は認めなかった.III考察キノロン系抗菌薬においては,invitro血中濃度シミュレーションモデルや免疫抑制動物の局所感染モデルにおける検討ならびにヒトでの臨床試験の成績から,治療効果に相関する主要なPK-PDパラメータはAUC/MICであり3.6),耐性化の抑制にはCmax/MICが相関すると報告されている7.10).株のポピュレーション解析各値は3例の平均値を示す.検出限界は20CFU/mL.今回,LVFX濃度の違いによる殺菌効果および耐性菌出現抑制効果の差異を調べる目的で,invitroシミュレーションモデルを用いて0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液のウサギa8:0.5%LVFX:1.5%LVFX:LVFX作用前642検出限界0LVFX濃度(μg/mL)00.51248における眼組織中濃度をinvitro系に再現し,黄色ブドウ球菌および緑膿菌に対する殺菌作用ならびにLVFX曝露後の耐性菌出現の有無を検討した.その結果,1.5%LVFX点眼液のシミュレーションでは黄色ブドウ球菌に対する静菌効果およびLVFX感受性が低下したポピュレーションの出現抑制効果を示し,そのときのAUC/MIC,Cmax/MICはそれぞれ66.6,29.3であった.一方,殺菌作用がみられず,曝露後に耐性化を生じた0.5%LVFX点眼液のシミュレーションのAUC/MIC,Cmax/MICは18.6,6.4であった.また緑膿菌(LVFXMIC:1μg/mL)の検討では,高い殺菌効果およびLVFXの感受性低下ポピュレーションの出現抑制効果を生菌数(logCFU/mL)生菌数(logCFU/mL)b8642検出限界0LVFX濃度(μg/mL):0.5%LVFX:1.5%LVFX:LVFX作用前0124816図6LVFX曝露24時間後の緑膿菌HSA201.00089株およ示した1.5%LVFX点眼液のシミュレーションのAUC/MICおよびCmax/MICはそれぞれ129.8,32.5で,菌が増殖し,曝露後に耐性化を生じた0.5%LVFX点眼液のシミュレーションのAUC/MIC,Cmax/MICは48.9,9.2であった.Invitroシミュレーションモデルを用いたOonishiらの報告13)によると,黄色ブドウ球菌株のLVFX耐性菌の出現を抑制するのに必要なCmax/MICは10以上であり,今回の筆者らの結果はそれと一致する.今回検討に用いた黄色ブドウ球菌はLVFXに対する累積発育阻止率曲線14)においてMIC80株に相当し,緑膿菌はMIC50株およびMIC80株に相当する眼科新鮮臨床分離株でびHSA201.00094株のポピュレーション解析各値は3例の平均値を示す.検出限界は20CFU/mL.a:HSA201-00089株,b:HSA201-00094株.ション解析の結果を図6に示す.HSA201-00089株において,0.5%LVFX点眼液の角膜濃度シミュレーションモデルで4μg/mLLVFX含有MHA平板でコロニーを形成する株が出現し,使用菌株のLVFX感受性が曝露前に比べて顕著に低下することが示された.1.5%LVFX点眼液では,LVFX感受性が低下したコロニーの出現を認めなかった.1758あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013ある.したがって,1.5%LVFX点眼液であれば,黄色ブドウ球菌株および緑膿菌株の多くで耐性化を防止できる可能性が示唆された.他方,黄色ブドウ球菌のMIC50相当株やメチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌のMIC50およびMIC80相当株について角膜濃度あるいは結膜濃度シミュレーションモデルで検討したところ,それら菌株においては0.5%および1.5%LVFX点眼液のシミュレーションのいずれもLVFX感受性の低下を生じなかった(データ示さず).汎用されている評価系の本シミュレーションモデルでは原因細菌が存在する角膜組織や結膜組織のLVFX濃度推移に(110) 基づき曝露濃度を設定した.ヒトの角膜および結膜組織の濃度推移データを取得することは困難であるため,ウサギの角膜および結膜組織のLVFX濃度推移を代用しており,今回の結果をヒトに外挿することには議論の余地がある.しかしながら,ウサギに0.5%および1.5%LVFX点眼液を単回点眼したときの角膜LVFX濃度は,15分後にそれぞれ約9μg/gおよび33μg/gを示し,角膜摘出の約15分および約10分前に0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液を2回点眼したときのヒト角膜LVFX濃度はそれぞれ約18μg/gおよび約65μg/gであった15,16)ことから,点眼回数の違いを考慮すると角膜濃度推移にヒトとウサギで大きな種差はないと推測された.また,ウサギに0.5%LVFX点眼液を単回点眼したとき眼球結膜LVFX濃度が15分後に約3.2μg/gである一方,ヒトに0.5%LVFX点眼液を単回点眼したときの20分後の眼球結膜LVFX濃度は約2.3μg/gであった17)ことから,眼球結膜濃度についてもヒトとウサギで大きな種差はないと推測された.以上から,ウサギの角膜および結膜濃度で示された耐性化抑制の結果は,ヒトにおいても1.5%LVFX点眼液のほうが0.5%LVFX点眼液よりも耐性化抑制に貢献できることを支持するデータであると推察された.2000年から2004年に実施された薬剤感受性全国サーベイランスでは,LVFXに対する眼感染症由来臨床分離株のMICについて顕著な上昇は認められていないものの,一部の菌種では感受性低下が認められており,引き続き慎重な観察が必要とされている14,18,19).本サーベイランスデータを年齢別に解析したところ,高齢者の黄色ブドウ球菌および緑膿菌のLVFX耐性化率は非高齢者よりも高値であった.さらに,一部の医療機関ではLVFX耐性化が進み,高齢者や老人施設などの一部の患者でLVFX耐性率の上昇が報告されている1,2).したがって,抗菌点眼液の使用頻度が高く,集団生活や全身疾患の影響などにより耐性菌を保菌しやすい患者層を中心に,今後LVFX耐性菌が拡大することが危惧される.耐性菌の出現が大きな問題となっている全身領域では,クラビットR錠500mgのように高濃度製剤が上市され,「highdose,shortduration」といった抗菌薬の適正使用により,耐性菌の出現防止が進められている.LVFX耐性菌の出現および拡大が懸念される眼科領域においても耐性化防止が最重要課題である.今回の検討結果より,1.5%LVFX点眼液は,0.5%LVFX点眼液に比較して,メチシリン感受性黄色ブドウ球菌および緑膿菌の耐性菌出現防止に効果的である可能性が示唆された.新規抗菌薬の創出がむずかしい現況では,細菌性眼感染症治療薬として最も汎用されているクラビットR点眼液0.5%の高濃度製剤として2011年に発売されたクラビットR点眼液1.5%が医療現場で使用され,よりいっそう適正使用が推進されることにより,将来にわたってLVFX点眼液の有効性を維持し続けることが重要であると(111)考えられる.謝辞:本研究に対するご指導,ご助言を賜りました愛媛大学医学部眼科学教室の大橋裕一教授に深謝いたします.文献1)櫻井美晴,林康司,尾羽澤実ほか:内眼手術術前患者の結膜.細菌叢のレボフロキサシン耐性率.あたらしい眼科22:97-100,20052)村田和彦:眼脂培養による細菌検査とレボフロキサシン耐性菌の検討.臨眼61:745-749,20073)LacyMK,LuW,XuXetal:Pharmacodynamiccomparisonsoflevofloxacin,ciprofloxacin,andampicillinagainstStreptococcuspneumoniaeinaninvitromodelofinfection.AntimicrobAgentsChemother43:672-677,19994)AndesD,CraigWA:Animalmodelpharmacokineticsandpharmacodynamics:acriticalreview.IntJAntimicrobAgents19:261-268,20025)CraigWA:Pharmacokinetic/pharmacodynamicparameters:rationaleforantibacterialdosingofmiceandmen.ClinInfectDis26:1-12,19986)CraigWA:Doesthedosematter?ClinInfectDis33(Suppl3):S233-237,20017)Madaras-KellyKJ,DemastersTA:Invitrocharacterizationoffluoroquinoloneconcentration/MICantimicrobialactivityandresistancewhilesimulatingclinicalpharmacokineticsoflevofloxacin,ofloxacin,orciprofloxacinagainstStreptococcuspneumoniae.DiagnMicrobiolInfectDis37:253-260,20008)PrestonSL,DrusanoGL,BermanALetal:Pharmacodynamicsoflevofloxacin:anewparadigmforearlyclinicaltrials.JAMA279:125-129,19989)BlondeauJM,ZhaoX,HansenGetal:MutantpreventionconcentrationsoffluoroquinolonesforclinicalisolatesofStreptococcuspneumoniae.AntimicrobAgentsChemother45:433-438,200110)BlaserJ,StoneBB,GronerMCetal:ComparativestudywithenoxacinandnetilmicininapharmacodynamicmodeltodetermineimportanceofratioofantibioticpeakconcentrationtoMICforbactericidalactivityandemergenceofresistance.AntimicrobAgentsChemother31:1054-1060,198711)ClarkL,BezwadaP,HosoiKetal:Comprehensiveevaluationofoculartoxicityoftopicallevofloxacininrabbitandprimatemodels.JToxicolCutaneousOculToxicol23:1-18,200412)梶原悠,長野敬,中村雅胤:ウサギ角膜上皮.離後の角膜上皮創傷治癒および前眼部症状に及ぼすレボフロキサシン点眼液の影響.あたらしい眼科29:1003-1006,201213)OonishiY,MitsuyamaJ,YamaguchiK:EffectofGrlAmutationonthedevelopmentofquinoloneresistanceinStaphylococcusaureusinaninvitropharmacokineticmodel.JAntimicrobChemother60:1030-1037,200714)小林寅喆,松崎薫,志藤久美子ほか:細菌性眼感染症患者より分離された各種新鮮臨床分離株のLevofloxacin感受あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131759 性動向について.あたらしい眼科23:237-243,200615)HealyDP,HollandEJ,NordlundMLetal:Concentrationsoflevofloxacin,ofloxacin,andciprofloxacininhumancornealstromaltissueandaqueoushumoraftertopicaladministration.Cornea23:255-263,200416)HollandEJ,McCarthyM,HollandS:Theocularpenetrationoflevofloxacin1.5%andgatifloxacin0.3%ophthalmicsolutionsinsubjectsundergoingcornealtransplantsurgery.CurrMedResOpin23:2955-2960,200717)WagnerRS,AbelsonMB,ShapiroAetal:Evaluationofmoxifloxacin,ciprofloxacin,gatifloxacin,ofloxacin,andlevofloxacinconcentrationsinhumanconjunctivaltissue.ArchOphthalmol123:1282-1283,200518)松崎薫,小山英明,渡部恵美子ほか:眼科領域における細菌感染症起炎菌のlevofloxacin感受性について.化学療法の領域19:431-440,200319)松崎薫,渡部恵美子,鹿野美奈ほか:2002年2月から2003年6月の期間に細菌性眼感染症患者より分離された各種新鮮臨床分離株のLevofloxacin感受性.あたらしい眼科21:1539-1546,2004***1760あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(112)

フルオレセイン染色法の違いによる涙液メニスカス高への影響

2013年12月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(12):1750.1753,2013cフルオレセイン染色法の違いによる涙液メニスカス高への影響金谷芳明堀裕一村松理奈出口雄三柴友明前野貴俊東邦大学医療センター佐倉病院眼科ComparisonofTearMeniscusHeightafterDifferentMethodsofFluoresceinStainingYoshiakiKanaya,YuichiHori,RinaMuramatsu,YuzoDeguchi,TomoakiShibaandTakatoshiMaenoDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter緒言:オキュラーサーフェスの診察において生体染色は必要不可欠であり,さまざまな染色方法が知られているが,染色をする際は,できるだけ涙液貯留量を変化させないことが重要であるとされている.対象および方法:2006年ドライアイ診断基準に基づき,ドライアイを認めていない正常眼8例16眼に対し,フルオレセイン染色前後における,下方の涙液メニスカス高(TMH)をDR-1(興和)および涙液メニスカス解析ソフト(MeniscusProcessor,トーメーコーポレーション)を用いて測定した.染色方法は,フルオレセイン試験紙に生理食塩水を点眼後よく振って行う方法(フルオレセイン染色),1%フルオレセインをマイクロピペットにて2μl,8μl,15μl点眼する方法(マイクロピペット),硝子棒の先に1%フルオレセインを浸けて点眼する方法(硝子棒),1%に希釈したフルオレセインを点眼瓶から1滴点眼する方法(フルオレセイン点眼)の6種で行った.結果:フルオレセイン試験紙およびマイクロピペット2μlでは点眼前に比べて点眼後でTMHの有意な変化はみられなかったが(p>0.05,paired-ttest),硝子棒,マイクロピペット8μl,マイクロピペット15μlおよびフルオレセイン点眼では,有意なTMHの増加がみられた(p=0.0001,0.000002,0.003,0.00002,paired-ttest).染色前後でのTMHの差はフルオレセイン試験紙が最も小さく,以下マイクロピペット2μl,硝子棒,マイクロピペット8μl,マイクロピペット15μl,フルオレセイン点眼の順に小さく,フルオレセイン試験紙との比較において,硝子棒,マイクロピペット8μl,マイクロピペット15μlおよびフルオレセイン点眼では,有意差を認めた(p=0.0004,0.000008,0.005,0.000005,Studentのt検定).考按:フルオレセイン試験紙に生理食塩水を点眼後よく振って少量の染色を行う方法は,最もTMHを変化させない染色方法であり,本方法とマイクロピペットにて2μlを点眼する方法は,TMHを変化させにくいフルオレセイン染色方法として推奨されうると考える.Purpose:Tocomparetearmeniscusheight(TMH)afterdifferentmethodsoffluoresceinstaining.Methods:Enrolledinthisstudywere16eyesof8normalsubjects.TMHwasmeasuredbyDR-1(KOWA)beforeandafterfluoresceinstainingusingafluoresceinstrip;2μl,8μl,and15μlof1%fluoresceinsolutionusingamicropipette;eyedropsof1%fluoresceinsolution,oraglassstickdippedin1%fluoresceinsolution.Results:Therewerenosignificantdifferencesbetweenbeforeandafterfluoresceinstainingwithafluoresceinstriporwith2μlof1%fluoresceinsolutionbymicropipette(p>0.05,paired-ttest).Fluoresceinstainingwithaglassstick;8μland15μlof1%fluoresceinsolutionusingamicropipette,andeyedropsof1%fluoresceinsolutionchangedTMHsignificantly(p<0.05,paired-ttest).Conclusion:Wefoundthatminimalfluoresceinstainingwithastripandinstillationof2μlof1%fluoresceinsolutiondidnotinfluenceTMH.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(12):1750.1753,2013〕Keywords:フルオレセイン染色,涙液メニスカス高(TMH:tearmeniscusheight),DR-1,フルオレセイン試験紙,マイクロピペット.fluoresceinstaining,tearmeniscusheight(TMH),DR-1,fluoresceinstrip,micropipette.〔別刷請求先〕金谷芳明:〒285-8741千葉県佐倉市下志津564-1東邦大学医療センター佐倉病院眼科Reprintrequests:YoshiakiKanaya,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter,564-1Shimoshizu,Sakura,Chiba285-8741,JAPAN175017501750あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(102)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY はじめにオキュラーサーフェスの診察においてはフルオレセイン染色,ローズベンガル染色,リサミングリーン染色などの生体染色が必要であり,染色することにより,数多くの情報を得ることができるが,その染色方法にはさまざまな方法がある.一般には,フルオレセイン試験紙に生理食塩水を滴下し,下眼瞼結膜に触れる方法が取られており,わが国で最も広く用いられている染色方法とされている1).特に,できるだけ涙液量を変えずに最小限の量を点眼することが重要とされており,横井は,フルオレセイン試験紙に1.2滴生理食塩水を滴下し,よく振って水分を切ってから下眼瞼の端に少しふれる方法を提唱している1).他に,治験などでは1%に希釈したフルオレセイン注射液をマイクロピペットにて2μl点眼する方法があり,一定の濃度と量を滴下することにより,涙液量に影響を与えない方法として推奨されている2).その理由としては,涙液量を変化させてしまうと,涙液メニスカス高(TMH:tearmeniscusheight)や涙液層破壊時間(BUT:tearfilmbreakuptime),角結膜上皮障害の程度が変化してしまい,正確なドライアイ診断ができなくなることがあげられる.眼表面の染色をする際は,できるだけ涙液貯留量を変化させないことが重要であるとされている1,2).横井は,ドライアイ診療アンケート20111)において,フルオレセイン染色方法についての眼科医725名にアンケートを行ったところ37.9%において「フルオレセイン試験紙に点眼液を滴下し,よく振って投与」していると報告している.また,その他の染色方法としては,「フルオレセイン希釈液を点眼」や,「フルオレセイン希釈液を硝子棒にて投与」といった方法も行われている.涙液量を変化させずにフルオレセイン染色を行うことは重要であるが,実際に染色方法の違いにより,涙液量がどう変化するかを検討した報告は筆者らの知る限りない.本検討では,さまざまな染色方法を用いてフルオレセイン染色前後のTMHの変化を測定し,検討した.I対象および方法対象は2006年ドライアイ診断基準3)に基づき,ドライアイを認めていない正常眼8例16眼である.フルオレセイン染色前後における,下方のTMHをDR-1(興和)および涙液メニスカス解析ソフト(MeniscusProcessor,トーメーコーポレーション)を用いて測定した4).フルオレセイン染色方法は,以下のとおりに行った.フルオレセイン試験紙(フローレスR試験紙0.7mg,昭和薬品化工株式会社)に生理食塩水を2滴たらし,試験紙を3回振って十分に水分を切り,眼瞼縁に少し試験紙を触れる方法(フルオレセイン試験紙),生理食塩水にて1%に希釈したフルオレセイン注射液(フルオレサイトR静注500mg,日本アルコン)をマイクロピペットにて2μl,8μl,15μlを点眼する(103)方法(それぞれマイクロピペット2μl,8μl,15μl),同液に硝子棒の先端を浸けてから,下眼瞼結膜鼻側1/3の部分に触れる方法(硝子棒),ベノキシールR0.4%点眼液(5ml,参天製薬)にフルオレセイン注射液(フルオレサイトR静注500mg)を0.05ml混ぜ,1%の濃度にしたものを,1滴点眼する方法(フルオレセイン点眼)の6通りで行った.測定は各方法をすべて別の日にそれぞれ16眼について行った.すべてのフルオレセイン染色は同一検者が行い,染色後5秒以内にDR-1にて下方のTMHの撮影を行い,動画撮影を別の同一検者が行った.DR-1測定後は細隙灯顕微鏡で眼表面が染色されていることを全例確認した.DR-1で撮影した動画からビットマップファイルとして取り込み,DR-1画像のTMHを測定するために開発された涙液メニスカス解析ソフト(MeniscusProcessor,トーメーコーポレーション)4)を用いてTMHの測定を行った.TMHの測定は既報どおり,DR-1を用いて,下眼瞼縁付近の像がモニターのほぼ中央に位置するようにし,倍率12倍で明確な輝線が観察されるように焦点を合わせて撮影を行った.解析ソフトはDR-1画像の明瞭な輝線と,その下方の眼瞼縁反射像上縁を自動認識して,両者間の距離を計測するソフトである.今回の検討においては,誤って自動認識された領域は手動で除外し,残りの自動認識された領域の距離を平均化した4).統計学的検討は,各染色方法における染色前後のTMHの値(paired-ttest)および,染色前後のTMHの差について,フルオレセイン試験紙法と比較(Studentのt検定)し,p<0.05%を有意水準として検定した.II結果フルオレセイン試験紙およびマイクロピペット2μlでは点眼前(それぞれTMH0.22±0.03mm,0.24±0.05mm)に比べて点眼後(それぞれTMH0.22±0.04mm,0.25±0.05mm)でTMHの有意な変化はみられなかったが(p>0.05,paired-ttest),硝子棒,マイクロピペット8μl,マイクロピペット15μlおよびフルオレセイン点眼では,点眼前(それぞれTMH0.23±0.06mm,0.25±0.03mm,0.27±0.04mm,0.23±0.06mm)に比べて点眼後(それぞれTMH0.29±0.05mm,0.31±0.04mm,0.35±0.09mm,0.37±0.11mm)と有意なTMHの増加がみられた(p=0.0001,0.000002,0.003,0.00002,paired-ttest)(図1).染色前後でのTMHの差はフルオレセイン試験紙,マイクロピペット2μl,硝子棒,マイクロピペット8μl,マイクロピペット15μl,希釈したフルオレセイン注射液を点眼の順に小さく,フルオレセイン試験紙との比較において,硝子棒,マイクロピペット8μl,マイクロピペット15μlおよびフルオレセイン点眼では,有意差を認めた(p=0.0004,0.000008,0.005,0.000005,Studentのt検定)(図2).また,染色前後でTMHが増加した症例はフルオレセインあたらしい眼科Vol.30,No.12,20131751 せないことが重要であるとされているが1,2),その染色方法はさまざまであり,実際にそれぞれの染色方法における00.7:染色前■:染色後****フルオレセイン試験紙マイクロピペット2μl硝子棒マイクロピペット8μl15μlフルオレセイン点眼00.7:染色前■:染色後****フルオレセイン試験紙マイクロピペット2μl硝子棒マイクロピペット8μl15μlフルオレセイン点眼0.6TMHの変化を比較,検討した報告はない.本検討では,フTMH(mm)0.50.40.30.20.1ルオレセイン試験紙とマイクロピペット2μlにおいて染色前後のTMHに有意な変化は認めず,染色前後のTMHの差は,フルオレセイン試験紙に生理食塩水を2滴点眼してよく振ってから染色する方法(フルオレセイン試験紙)が最も小さかった.また,フルオレセイン試験紙とマイクロピペット2μlとの間に有意差は認めなかったが,その他の染色方法で図1各フルオレセイン染色法による染色前後のTMHの変化フルオレセイン試験紙,マイクロピペット2μlではそれぞれ点眼前に比べて点眼後でTMHの有意な変化はみられなかったが(p>0.05,paired-ttest),硝子棒,マイクロピペット8μl,マイクロピペット15μlおよびフルオレセイン点眼では,有意なTMHの増加がみられた(*p<0.05,paired-ttest).0.3は,染色前後およびフルオレセイン試験紙との差の比較において有意にTMHが増加していた.ドライアイ診療アンケート2011では,フルオレセイン染色において「フルオレセイン試験紙に点眼液を滴下し,よく振って投与」の回答が,第5報では「23.8%に留まっていたが,今回37.9%と倍増した」ことについて,「よく振って投与することで,涙液貯留量を変化させることなく,BUTやその場の涙液量の情報をより正確に評価できるという考え方が浸透しつつあることによると思われる」,と報告しており,フルオレセイン試験紙を用いて水分を十分に切ってから染色する方法が推奨されている.本検討では,実際に推奨されている染色方法とその他の染色方法での染色前後のTMHの変TMHの差(mm)0.250.20.150.10.050*化を比較することで,その有用性を検討した結果,本検討で*もフルオレセイン試験紙とマイクロピペットにて2μl点眼する方法が染色前後でのTMHに有意な変化を認めなかった**が,実際の診療の場において,マイクロピペットを用いて染色することはむずかしいと考える.フルオレセイン試験紙を用いて染色する方法は簡便であり,よく振って水分を切るこ-0.05とで,涙液貯留量に影響を与えにくくすることができると考える.また硝子棒を使用し染色する方法は簡便であり,低刺激であるが染色後のTMHを変化させてしまう傾向にあることを理解したうえで施行すべきである.今回の検討では,フルオレセイン試験紙法が染色前後でのTMHの差が最も小さく,マイクロピペットにて2μl点眼す図2各フルオレセイン染色法による染色前後のTMHの差フルオレセイン試験紙,マイクロピペット2μl,硝子棒,マイクロピペット8μl,マイクロピペット15μl,フルオレセイン点眼の順に小さく,フルオレセイン試験紙との比較において,硝子棒,マイクロピペット8μl,マイクロピペット15μlおよびフルオレセイン点眼では,有意差を認めた(*p<0.05,Studentのt検定).試験紙では16眼中9眼(56.3%),マイクロピペット2μlでは16眼中11眼(68.8%),マイクロピペット8μlでは16眼中16眼(100%),マイクロピペット15μlでは16眼中13眼(81.3%),硝子棒では16眼中14眼(87.5%),フルオレセイン点眼では16眼中16眼(100%)であった.III考按眼表面の染色をする際は,できるだけ涙液貯留量を変化さ1752あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013る方法よりもTMHの差が小さく,ばらつきも小さかった.マイクロピペットを使用すると毎回同じ量のフルオレセインが点眼できるが,この方法は,マイクロピペットが眼に近づいてくるのが被検者に見えてしまい,恐怖心を与える恐れがある.さらに,手技の慣れない検者では,マイクロピペットの先端が結膜.に当たってしまう可能性がある.今回,マイクロピペットのほうがばらつきが大きかったのは,これらの影響が関係しているように思われた.TMHの測定方法は過去にも涙液メニスカスを画像解析する方法5)やフルオレセイン染色写真を画像解析する方法6),スリットランプにスケールを装着する方法7),前眼部OCTを用いる方法8),TearscopePlusを用いる方法9),などが報告されているが,近年坂根らにより,DR-1(興和)を用いる方法4)が報告されている.DR-1はもともと,涙液の油層を観察する装置であるが,撮影時に焦点を下眼瞼縁に合わせる(104) と輝度の弱い反射像と,その上方に明瞭な輝線が現れ,輝線が涙液メニスカスからの反射像と考えられ,輝線と下眼瞼縁反射像の上縁の距離がTMHに相当すると考えられている4).DR-1によるTMHの撮影は染色せずに短時間で施行することが可能である.しかしながら,TMHの測定は画像をパソコンに取り込み,解析ソフトを使用する必要があるため,今後はDR-1にTMH解析ソフトが搭載されることが望まれる.DR-1は涙液油層やNI-BUT(non-invasiveBUT:非侵襲的涙液層破壊時間)を評価し,ドライアイのスクリーニングに用いることが可能な装置である.専用の解析ソフトを使用しなければならないが,涙液油層,NI-BUTに加え,TMHも評価することでより多くの情報を得ることができ,スクリーニングにおける感度,特異度の向上につながると考える.また,前眼部OCTも同様に非侵襲的にTMHの評価が可能であり,今後は前眼部OCTを使用したTMHの評価やDR-1との比較をしていく必要があると思われる.本研究には限界がいくつかある.まず一つは,涙液のターンオーバーについてである.涙液の涙小管への排出は瞬目を繰り返すことで行われるが,本研究では,自由瞬目下で測定を行っている.今回,フルオレセイン染色後ただちに機械に顎をのせてもらい,染色から5秒以内にDR-1にて涙液メニスカスの撮影を行ったが,それでも少なくとも1回は瞬目しており,症例によっても測定までの瞬目回数が異なっている.よってこの瞬目回数の違いで涙液メニスカス高への影響がある可能性がある.しかしながら,同一被検者で1回の瞬目で涙液メニスカス高が大きく変わっている印象はなく,今回の結果にあまり大きな影響を与えてはいないのではないかと考える.また,今回は,事前に通水検査を行っていないため,涙道通過障害が全例になかったかどうかの証明は行っていない.しかしながら今回の検討では点眼前から極端に涙液メニスカスが高かった例はなく,涙道通過状態は正常であったと考えている.二つ目は,フルオレセイン点眼において他の染色法と比較しても有意にTMHの増加が認められたが,ベノキシールR0.4%点眼液を使用しているため,BAC(塩化ベンザルコニウム)による刺激性涙液分泌が生じている可能性がある.また,点眼後,時間が経過している場合には麻痺性涙液分泌減少も生じる可能性があるが,ベノキシールR0.4%点眼液の麻酔効果発現時間は平均16秒と報告されており10),本検討では全例染色後5秒以内にTMHの測定を行っているため,麻痺性涙液分泌減少はきたしていないと考える.三つ目は本研究では,TMH解析ソフトで解析ができない症例があり,その場合はパソコンに取り込んだ動画から再度,静止画像をキャプチャーする必要がある.また,解析ソフトで解析された範囲の平均値をTMHとして表示しているが,解析範囲が狭い症例があり,その場合も再度,静止画像をキャプチャーする必要があると考える.他のTMH測定方法はTMHを1カ所で測定,評価しているのに対し,DR-1では,下眼瞼のほぼ全範囲におけるTMHを測定し,平均値として表示することが可能であり,取り込んだ画像のタイミングや写りが不鮮明であった場合に解析範囲が狭くなってしまうと考えられる.この点が,DR-1を使ったTMH測定の欠点となるわけであるが,1点だけを測定するのではなく,TMHをできる限り広範囲で解析することで,より正確にTMHを評価することができると考える.涙液貯留量やTMHの評価においては,染色の際にできるだけ涙液量に影響を与えない染色方法が望ましく,フルオレセイン試験紙を用いて少量の染色を行う方法およびマイクロピペットにて2μlを点眼する方法は,TMHを変化させにくい染色方法であることが確認できた.今回の検討は正常人で行ったが,ドライアイ症例などもともと涙液メニスカス高が異常な症例においては,染色方法による差がさらに大きくなる可能性があると考えられ,今後の検討課題にしたいと考える.謝辞:本研究において,DR-1画像のTMHを測定するための解析ソフト(MeniscusProcessor,トーメーコーポレーション)をご提供いただいた山口昌彦先生(愛媛大学医学部眼科学教室)に対し,心から感謝申し上げます.文献1)横井則彦:ドライアイ診療アンケート.FrontiersinDryEye6:90-98,20112)鎌尾知行,山口昌彦:ドライアイの生体染色.あたらしい眼科29:1607-1612,20123)島.潤:2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科24:181-184,20074)坂根由梨,山口昌彦,白石敦ほか:涙液スペキュラースコープDR-1を用いた涙液貯留量の評価.日眼会誌114:512-519,20105)MainstoneJC,BruceAS,GoldingTR:Tearmeniscusmeasurementinthediagnosisofdryeye.CurrEyeRes15:653-661,19966)KawaiM,YamadaM,KawashimaMetal:Quantitativeevaluationoftearmeniscusheightfromfluoresceinphotographs.Cornea26:403-406,20077)OguzH,YokoiN,KinoshitaS:Theheightandradiusofthetearmeniscusandmethodsforexaminingtheseparameters.Cornea19:497-500,20008)XiaodiQ,LanG,YiLuetal:ThediagnosticsignificanceofFourier-domainopticalcoherencetomographyinSjogrensyndrome,aqueousteardeficiencyandlipidteardeficiencypatients.ActaOphthalmol90:e359-e366,20129)UchidaA,UchinoM,GotoEetal:NoninvasiveinterferencetearmeniscometryindryeyepatientswithSjogrensyndrome.AmJOphthalmol144:232-237,200710)岡村治彦:新しい点眼麻酔薬Novesineの効果について.日眼会誌66:557,1962(105)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131753

先天鼻涙管閉塞の検出菌とその薬剤感受性

2013年12月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(12):1745.1749,2013c先天鼻涙管閉塞の検出菌とその薬剤感受性松山浩子*1宮崎千歌*2*1国立病院機構姫路医療センター眼科*2兵庫県立塚口病院眼科BacteriologyandSusceptibilitiesofMicrobialIsolatesinCasesofCongenitalNasolacrimalDuctObstructionHirokoMatsuyama1)andChikaMiyazaki2)1)DepartmentofOphthalmology,NationalHospitalOrganizationHimejiMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,HyogoPrefecturalTsukaguchiHospital目的:先天鼻涙管閉塞の患児からの検出菌とその薬剤感受性の報告.対象および方法:2009年1月から2010年1月までに加療した先天鼻涙管閉塞(congenitalnasolacrimalductobstruction:CNLDO)の患児55症例58側(生後6カ月から5歳11カ月,平均年齢は11.0カ月)の鼻涙管から採取した膿を検体として,細菌検査室で検出菌とその薬剤感受性検査を行った.結果:細菌検査の検出率は96.5%で,検出された80株ではStreptococcuspneumoniae,Streptococcusspp.,Haemophilusinfluenzaeの順に多かった.グラム陽性菌では60%以上にエリスロマイシン(EM)耐性,18%にレボフロキサシン(LVFX)耐性であった.グラム陰性菌では60%以上がアンピシリン(ABPC)耐性であったが,LVFX耐性は認めなかった.結論:プロービング前に菌の同定を行うことは重要であり,今回の膿を直接採取する方法は有用であった.Purpose:Todeterminethemicrobialprofileofcongenitalnasolacrimalductobstruction(CNLDO)andtheappropriateantimicrobialagents,basedonthesensitivitypatternoftheisolatedmicroorganisms.Methods:Theclinicalstudyevaluatedtheeffectivenessoflocalantibioticagentsclinicallyandinvitro.Weobtained58samplesfromthelacrimalsacsof58infantswithCNLDOintheagegroup6mos.5yrs.Results:Cultureswerepositiveforbacteriain96.5%ofthesamples.Atotalof80strainswereisolatedfrominfants.TheycomprisedStreptococcuspneumoniae,Streptococcusspp.andHaemophilusinfluenzae,indescendingorder.Gram-positivebacteriawereresistanttoerythromycin(EM)inmorethan60%,andwereresistanttolevofloxacin(LVFX)in18%.Gram-negativebacteriawereresistanttoampicillin(ABPC)inmorethan60%,although100%weresensitivetoLVFX.Conclusions:Beforeprobing,itisimportanttoidentifythepathogenicbacteria;themethodweusedtodirectlycollectpuswasindeedeffectiveinenablingsuchidentification.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(12):1745.1749,2013〕Keywords:先天鼻涙管閉塞,検出菌と薬剤感受性.congenitalnasolacrimalductobstruction(CNLDO),bacteriologyandthesusceptibilities.はじめに先天鼻涙管閉塞(congenitalnasolacrimalductobstruction:CNLDO)は生下時より鼻涙管の尾側が下鼻道に開口されずに閉塞しているもので,発症頻度は6.20%1)とされている.CNLDOの治療法としては,古くからプローブを挿入し盲目的に閉塞部分を穿破する先天鼻涙管閉塞開放術(以下,プロービング)が行われてきた.しかし,生後12カ月までに90%以上が自然治癒する1)とされており,欧米では早期のプロービングは行われていない.近年はわが国においても,まず保存的に経過を観察し,自然治癒しない場合にはプロービングを行うことが推奨されるようになってきているが,経過観察期間やプロービングを行う時期に関しては多く議論されているところである.CNLDOの涙道内を涙道内視鏡を用いて観察すると閉塞部末端には膿が貯留しており,鼻内視鏡を用いて下鼻道を観察すると閉塞部が.胞状に膨らんでいるのを確認することがで〔別刷請求先〕松山浩子:〒670-8520姫路市本町68国立病院機構姫路医療センター眼科Reprintrequests:HirokoMatsuyama,DepartmentofOphthalmology,NationalHospitalOrganizationHimejiMedicalCenter,68Honmachi,Himeji,Hyogo670-8520,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(97)1745 図1CNLDOの閉塞部の鼻内視鏡像CNLDOでは鼻内視鏡で下鼻道を観察すると閉塞部が.胞状に膨らんでいるのが確認できる.きる(図1).閉塞部に貯留している膿には細菌が含まれており,プロービングは出血を伴うことも多いため,プロービング時に細菌が血液中に侵入する可能性は否定できない.実際にプロービング後に敗血症が生じたという報告2,3)があり,プロービングをするときはそのような場合に備えて,起炎菌となりうる菌種を事前に調べておく必要がある.今回,CNLDOの患児の鼻涙管内にバンガーター針を挿入して閉塞部に貯留している膿を採取し,その膿を検体として細菌検査と薬剤感受性検査を行った.CNLDOの検出菌を調べた過去の報告4.8)では,涙.洗浄によって涙点から結膜に逆流してきた涙.貯留物を検体としているものが多い.今回,閉塞部に貯留した膿を直接採取して検出菌を調べ,一部の症例においては結膜.擦過培養検査も行い,膿と結膜.擦過物で検出菌の菌種に違いがあるのかを調べたので報告する.I対象および方法対象は,2009年1月から2010年1月までに兵庫県立塚口病院でプロービングを行う前に鼻涙管内より膿を採取したCNLDOの患児55症例58側.年齢は生後6カ月から5歳11カ月で平均年齢は11.0カ月,性別は男児38例,女児17例であった.全例の鼻涙管内に膿の貯留がみられ,涙道感染症状が認められた.そのうち結膜.擦過培養も行ったものは36症例37側であった.抗菌点眼薬の使用歴のあるものは,55症例のうち36例(65.5%)で使用抗菌薬の75%はニューキノロン系であった.膿の採取には,1.0mlシリンジにバンガーター針を取り付けたものを使用した.バンガーター針を鼻涙管内に挿入した状態でシリンジの内筒を引き,鼻涙管内の膿を吸い上げるようにして膿を採取した(図2).1746あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013図2バンガーター針の鼻涙管内への挿入による膿の採取細菌分離は細菌検査室において,血液寒天培地,チョコレート培地を用いて好気的条件下に行い,またGAM半流動寒天培地を用いて嫌気的条件下の培養を行った.薬剤感受性検査は分離された各菌種について最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)を測定し,各薬剤の判定基準に従いS(susceptible,感受性あり),I(intermediate,中間感受性),R(resistant,耐性)と判定した.検査薬剤はペニシリンG(PCG),アンピシリン(ABPC),セフォチアム(CTM),セフォタキシム(CTX),エリスロマイシン(EM),レボフロキサシン(LVFX)である.II結果採取した膿からは55症例58側中56側(96.5%)から80株,結膜.擦過物からは36症例37側中30側(81.0%)から41株の細菌が検出された.膿・結膜.擦過物それぞれからの検出菌とその株数の内訳を表1に示す.検出率は膿が96.5%,結膜.擦過物が81.0%で,膿のほうが結膜.擦過物より検出率が有意に高かった(p値=0.026Fisher検定).膿からの検出菌80株の菌種とその割合を図3に示す.グラム陽性菌は51株(63.8%),グラム陰性菌は27株(33.8%),真菌は2株(2.5%)であった.グラム陽性球菌はStreptococcuspneumoniaeが21株,Streptococcusspp.が21株,メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(methicillin-susceptibleStaphylococcusaureus:MSSA)が4株,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulasenegativestaphylococci:CNS)が2株であった.グラム陽性桿菌はCorynebacteriumspp.などが3株,グラム陰性桿菌はHaemophilusinfluenzaeが14株,Moraxellacatarrhalisが5株,Serratiamarcescensが2株,Pseudomonasaeruginosaが1株であった.グラム陰性球菌はNeisseriaspp.など5株,真菌はCandidaspp.2株であった.結膜.擦過物からの検出菌の種類とその割合を図4に示(98) 5726321831315113252137130表1膿と結膜.擦過物からの検出菌その他検体膿結膜.擦過物検出菌株数株数pneumoniaeグラム陽性菌NeisseriaStreptococcuspneumoniae2115spp.Streptococcusspp.21105%35%MSSA42Corynebacteriumspp.30CNS20計5127MSSA5%11%StreptococcusHaemophilusinfluenzae16%Moraxellacatarrhalis5%Streptococcusspp.23%(株)〕14グラム陰性菌図4結膜擦過物を検体とした場合の分離菌の割合〔n=Haemophilusinfluenzae147Neisseriaspp.52■:R■:I:SMoraxellacatarrhalis52Serratiamarcescens21PCG(38)Pseudomonasaeruginosa11ABPC(23)計2713真菌CTX(35)Candidaspp.21CTM(19)計21EM(40)総計8041LVFX(38)MSSA5%2%10%marcescensStreptococcuspneumoniaeStreptococcusHaemophilusinfluenzae17%Moraxellacatarrhalis6%■:R■:I:S0%20%40%60%80%100%SerratiaCNSその他図5グラム陽性菌の薬剤感受性検査結果(数字は株数)2%Neisseria27%spp.5%41311110718870%20%40%60%80%100%EM(8)CTX(19)CTM(13)ABPC(20)図3膿を検体とした場合の分離菌の割合〔n=80(株)〕spp.26%LVFX(10)す.グラム陽性菌は27株(65.9%),グラム陰性菌は13株(31.7%),真菌は1株(2.4%)であった.グラム陽性球菌はStreptococcuspneumoniaeが15株,Streptococcusspp.が10株,MSSAが2株であった.グラム陰性桿菌はHaemophilusinfluenzaeが7株,Moraxellacatarrhalisが2株,Serratiamarcescensが1株,Pseudomonasaeruginosaが1株であった.グラム陰性球菌はNeisseriaspp.が2株,真菌はCandidaspp.が1株であった.膿,結膜.擦過物ともに検出菌の上位を占めているのは,Streptococcuspneumoniae,Streptococcusspp.,Haemophilusinfluenzaeであった.膿を検体とした薬剤感受性検査結果を図5.9に示す.グラム陽性菌(図5)についてはEMの耐性菌が多く60%以上に耐性を認めた.LVFXに対しては18%に耐性がみられ(99)図6グラム陰性菌の薬剤感受性検査結果(数字は株数)78.9%に感受性があった.PCG,ABPC,CTMに対しては中間感受性を含めると20.30%に耐性を認めた.グラム陰性菌(図6)については,EM,LVFX,CTXに対して耐性はみられなかった.ABPCに対して60%以上,CTMに対しては30%以上に耐性を示した.検出菌の上位を占めていたStreptococcuspneumoniae,Streptococcusspp.,Haemophilusinfluenzaeの膿を検体とした場合の各検出菌別の薬剤感受性検査の結果を図7.9に示す.検出菌の割合が最も多かったStreptococcuspneumoniaeではPCG,LVFXに対して耐性菌は認めなかった.CTXにあたらしい眼科Vol.30,No.12,20131747 5121131131315141451211311313151414■:R■:I:SPCG(16)122216CTX(13)1210CTM(16)5110EM(16)LVFX(16)1150%20%40%60%80%100%StreptococcuspneumoniaeSIRPCG≦0.060.12.1≧2CTX≦12≧4CTM≦0.51≧2EM≦0.250.5≧1LVFX≦24≧8図7Streptococcuspneumoniaeの薬剤感受性検査結果(数字は株数)(上段)とStreptococcuspneumoniaeに対する各薬剤の感受性のブレイクポイント(単位はμg/ml)(下段)■:R■:I:SPCG(15)ABPC(17)CTM(16)EM(26)LVFX(18)0%20%40%60%80%100%図8Streptococcusspp.の薬剤感受性検査結果(数字は株数)対しては10%,CTMに対しては30%以上,EMに対しては70%以上に耐性を認めた.Streptococcusspp.では,LVFXに対して28%が耐性,EMに対して40%以上が耐性を認めた.Haemophilusinfluenzaeでは,LVFXに対する耐性菌は認められず,ABPC,CTMに対して20%以上に耐性を認めた.III考察今回,膿を検体とした細菌検査の検出率は96.5%であった.CNLDOの検出菌を報告している既存の文献では,検出率は72.6%7).85.5%5)である.これらの報告では,涙.洗浄によって涙点から結膜に逆流してきた涙.貯留物を検体と1748あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013■:R■:I:SABPC(10)CTX(9)CTM(10)LVFX(10)231107970%20%40%60%80%100%HaemophilusinfluenzaeSIRABPC≦12≧4CTX≦2>2CTM≦42≧8LVFX≦2>2図9Haemophilusinflの薬剤感受性検査結果(数字は株数)(上段)とHaemophilusinflに対する各薬剤の感受性のブレイクポイント(単位はμg/ml)(下段)しているものが多いが,筆者らは直接閉塞部に貯留した膿を採取し,それを検体としたため高い検出率になったと考えられる.また,検出菌の種類とその割合に関しては,膿を検体とした場合と結膜.擦過物を検体とした場合とで同じ傾向を示していた.その理由としては,閉塞部に貯留した膿が結膜側に逆流していることが予測できる.表2にCNLDOにおける検出菌とその割合に関して,過去の報告4.8)と今回の結果を示す.既存のわが国の報告6.8)にはStaphylococcusaureus,Staphylococcusepidermidis,CNSといったStaphylococcusspp.が多く検出されているのに対し,海外報告4,5)ではStaphylococcusspp.の割合が少なく,Streptococcuspneumoniae,Haemophilusinfluenzae,Streptococcusspp.の割合が多い.本報告は既存の海外の報告と同様の結果であった.薬剤感受性検査の結果については,グラム陽性菌では60%以上にEM耐性菌,18%にLVFX耐性菌であった.グラム陰性菌では60%以上がABPC耐性菌であったが,LVFX耐性菌は認めなかった.眼科領域ではスペクトラムの広いニューキノロン系抗菌薬が使用されることが多く,近年,ニューキノロン系抗菌薬の普及と汎用により,LVFX耐性菌が危惧されている.今回の結果ではStreptococcuspneumoniae,HaemophilusinfluenzaeにはLVFX耐性菌はみられなかったが,Streptococcusspp.では約20%にLVFX耐性菌が検出されている.CNLDOの検出菌におけるLVFXの薬剤感受性検査を報告した文献は,海外にはなくわが国には(100) 表2CNLDOの検出菌の比較中村ら(1997)Kuchar(2000)Ushaら(2006)後藤ら(2008)児玉ら(2010)本報告S.aureusS.pneumoniaeS.pneumoniaeStreptococcusS.epidermidisS.pneumoniae(14)(36)(33)spp.(35)(18)(27)H.influenzaeH.influenzaeH.influenzaeCNSStreptococcusStreptococcus(14)(19)(31)(17)viridans(13)spp.(26)S.pneumoniaeStreptococcusStreptococcusS.aureusS.pneumoniaeH.influenzae(11)viridans(11)viridans(15)(12)(11)(17)CNSP.aeruginosaP.aeruginosaH.influenzaeH.influenzaeMoraxella(8)(11)(7)(10)(11)catarrhalis(6)()内は検出菌全菌種に対する%を示す.2件ある.児玉ら6)はグラム陽性菌で50%,グラム陰性菌で20%にLVFX耐性菌が検出されたと報告し,後藤ら7)はグラム陽性球菌で83.3%にLVFXの感受性があり(16.7%に耐性),グラム陰性桿菌で100%にLVFXの感受性があったと報告している.本報告は,後藤らの報告と同様の結果であった.StreptococcuspneumoniaeでPCGに耐性あるいは中間感受性を示すものは,ペニシリン耐性肺炎球菌(penicillinresistantStreptococcuspneumoniae:PRSP),ペニシリン中等度耐性肺炎球菌(penicillinresistantintermediateStreptococcuspneumoniae:PISP)といわれる.2008年にCLSI(ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute)により肺炎球菌に対するペニシリン感受性のカットオフ値(ブレイクポイント)が改定され,新基準ではMIC≧8μg/mlが耐性,MIC=4μg/mlが中間感受性,MIC≦2μg/mlが感受性となった9).今回の判定は新基準を用いており,すべての株にPCGに対して感受性が認められた.CNLDOは自然治癒の報告もありプロービングを行う時期に関しては諸説あるが,経過観察を続けることが困難な場合や自然治癒しない場合にはプロービングを行うことが必要になる.膿と結膜.擦過物とでは,いずれも検出菌の菌種は同様であったが,前者で検出率が高く有用性が示唆された.これより,プロービングを行うときには事前に膿の採取を行って細菌検査を行うか,それが無理な場合には少なくとも結膜.擦過培養検査を行うとよいといえる.プロービング前に起炎菌の同定を行うことは重要であり,今回行った膿を直接採取する方法は,先天鼻涙管閉塞の起炎菌を正確に調べるための有用な方法であった.謝辞:執筆に御協力いただきました姫路医療センター呼吸器内科の水守康之先生に深謝いたします.文献1)YoungJD,MacEwenCJ:Managingcongenitallacrimalobstructioningeneralpractice.BMJ315:293-296,19972)BaskinDE,ReddyAK,ChuYUetal:Thetimingofantibioticadministrationinthemanagementofinfantdacryocystitis.JAAPOS12:456-459,20083)FergieJE,PurcellK,BishopJ:Sepsisafternasolacrimaldustprobing.PediatrInfectDisJ19:1022-1023,20004)UshaK,SmithaS,ShahNetal:Spectrumandthesusceptibilitiesofmicrobialisolatesincasesofcongenitalnasolacrimalductobstruction.JAAPOS10:469-472,20065)KucharA,LukasJ,SteinkoglerFJ:Bacteriologyandantibiotictherapyincongenitalnasolacrimalductobstruction.ActaOphthalmolScand78:694-698,20006)児玉俊夫,宇野敏彦,山西茂喜ほか:乳幼児および成人に発症した涙.炎の検出菌の比較.臨眼64:1269-1275,20107)後藤美和子,管原美香:先天性鼻涙管閉塞による起炎菌と薬剤感受性.眼臨紀1:365-367,20088)中村弘佳,末廣龍憲,川崎貴子:中国労災病院眼科おける新生児涙.炎および成人の涙.炎の比較.眼紀48:286290,19979)ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute.Performancestandardsforantimicrobialsusceptibilitytesting:eighteenthinformationalsupplement.CLSIdocumentM100S18.WaynePA:ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute;2008***(101)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131749

眼瞼脂腺癌34例の臨床像と組織学的検討

2013年12月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(12):1739.1743,2013c眼瞼脂腺癌34例の臨床像と組織学的検討中山智佳渡辺彰英上田幸典木村直子川崎諭木下茂京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学ClinicalandHistopathologicAnalysisof34CasesofEyelidSebaceousGlandCarcinomaTomokaNakayama,AkihideWatanabe,KosukeUeda,NaokoKimura,SatoshiKawasakiandShigeruKinoshitaDepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine目的:当科における眼瞼脂腺癌の臨床像,組織学的所見について検討すること.対象および方法:対象は2004年1月から2012年7月までの間に切除・再建術を施行した眼瞼脂腺癌34例(平均年齢70.9±11.3歳,男性20例,女性14例).臨床像,病理組織学的所見,再発・転移の有無,生存率について欧米人の報告と比較検討した.結果:臨床像は,nodulartype32例(94%),diffusetype2例(6%)に分類され,上皮内浸潤を認めた症例は7例(21%)であった.経過観察期間が最低1年以上のものに対象症例を絞った22例のうち,局所再発4例(18%),転移3例(14%)であり,経過観察期間35.9カ月で,生存率は100%であった.結論:日本人の脂腺癌は,欧米人と比較して臨床像が大きく異なり,組織学的所見の特徴も異なると考える.しかし,組織学的所見については多様な所見を呈するため,判断が困難である.今後,更なる検討が必要である.Purpose:Toanalyzeclinicalandhistopathologicfeaturesofeyelidsebaceousglandcarcinoma.SubjectsandMethods:In34casesofsebaceousglandcarcinomaseenfromJanuary2004toJuly2012(14female,20male;averageage:70.9±11.3years),weretrospectivelyanalyzedclinicalfeaturesandhistopathologicfindings,localrecurrence,metastasisandsurvivalrate,andcomparedthemtoaCaucasianstudy.Results:Tumorswereclassifiedbyclinicaltypeasnodular(32cases,94%)anddiffuse(2cases,6%).Histopathologically,7cases(21%)showedintraepithelialinvolvement.In22casesfollowedupforaminimumof1year,localrecurrencedevelopedin4cases(18%)andmetastasisoccurredin3cases(14%).Therewasa100%survivalrateforthemedianfollow-upperiodof35.9months.Conclusion:ThereweremanydifferencesbetweenJapaneseandCaucasiansintermsofclinicalandhistopathologicfeaturesofsebaceousglandcarcinoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(12):1739.1743,2013〕Keywords:脂腺癌,上皮内浸潤,結節性病変,びまん性病変.sebaceousglandcarcinoma,pagetoidspread,nodulartype,diffusetype.はじめに眼瞼原発悪性腫瘍のなかで頻度の高い腫瘍として,基底細胞癌,脂腺癌,扁平上皮癌といった上皮性悪性腫瘍が挙げられ,過去には三大眼瞼原発悪性腫瘍とされてきた.しかし,欧米においては,基底細胞癌が最も多く眼瞼悪性腫瘍の約90%を占めると言われており,脂腺癌は全眼瞼腫瘍のなかでは1%以下,眼瞼悪性腫瘍のなかでも4.7%を占めるだけであるとされている1.4).日本では,基底細胞癌,脂腺癌,扁平上皮癌の順に多いとされていたが,近年の報告では,基底細胞癌の頻度が欧米に比べて低く,脂腺癌はアジアで頻度が高くなっている傾向にあり,基底細胞癌と脂腺癌が日本の二大眼瞼原発悪性腫瘍となってきており,脂腺癌は眼瞼悪性腫瘍のなかで30.40%を占めるとされている5.10).また,脂腺癌は基底細胞癌,扁平上皮癌と比較して局所再発やリンパ節転移・遠隔転移が多く,悪性度が高いとされている.今回筆者らは,京都府立医科大学眼科(以下,当科)における脂腺癌34例について,臨床像および組織学的所見について,欧米人における脂腺癌の報告と比較検討し,日本人における脂腺癌の特徴について若干の知見を得たので報告する.〔別刷請求先〕中山智佳:〒602-8566京都市上京区梶井町465京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学Reprintrequests:TomokaNakayama,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Kamigyo-ku,Kyoto602-8566,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(91)1739 I対象および方法対象は,2004年1月から2012年7月までの約8年半の間に,当科において切除・再建術を施行した眼瞼脂腺癌34症例である.これらの症例について,年齢,性別,部位,腫瘍の横径,腫瘍の臨床像,病理組織学的所見,再発・転移の有無,生存率について検討した.再発・転移の有無,生存率については,経過観察期間が1年以下と短期間のものも含まれているため,1年以上のものに対象症例を絞り,22症例で検討した.腫瘍の横径は初診時に測定し,他院での生検または切除術施行症例に関しては,それらの術前の画像を入手し測定した.腫瘍の臨床像については,腫瘍の横径測定と同様に初診時または術前画像から判定し,結節性病変を有する腫瘍をnodulartype,そのなかでも境界明瞭な腫瘍をnodularclearmargintype,境界不明瞭な腫瘍をnodularunclearmargintypeに分類し,眼瞼内にdiffuseに広がり,結節性病変を有しない腫瘍をdiffusetypeと分類した.病理組織学的所見については,切除術後の腫瘍標本を全例ヘマトキシリン・エオジン染色(H-E染色)にて鏡検し,pagetoidspread(腫瘍細胞の上皮内浸潤)の有無について検討した.II結果1.年齢平均年齢は70.9±11.3歳(44.92歳)であった.2.性別性別は,男性20例,女性14例であった.3.平均観察期間34症例の平均経過観察期間は25.6カ月,最短経過観察期間は1カ月,最長経過観察期間は90カ月であった.経過観察期間が最低1年以上のものに対象症例を絞った22症例の平均経過観察期間は35.9カ月,最短経過観察期間は13カ月,最長経過観察期間は90カ月であった.4.患側と部位症例の患側は右眼16例,左眼18例であった.部位については,上眼瞼22例,下眼瞼12例であった.5.腫瘍の横径腫瘍の横径は,平均9.5mmであり,最大径25mm,最小径3mmであった.6.腫瘍の臨床像(図1)方法の項で述べたように腫瘍の臨床像を分類すると,nodulartypeが32例(94%),そのうちclearmargintypeは23例,unclearmargintypeは9例であった.diffusetypeは2例(6%)のみであった.7.病理組織学的所見(図2)腫瘍細胞の上皮内浸潤を示すpagetoidspreadを認めた症1740あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013abc図1脂腺癌の臨床像a:Nodularclearmargintype.病変の境界は明瞭である.b:Nodularunclearmargintype.病変は瞼結膜から眼瞼皮膚まで浸潤し,境界は不明瞭である.c:Diffusetype.病変は眼瞼皮膚全体にびまん性に広がり,結節性病変は認めない.結膜炎様の所見を呈する.例は7例(21%)であった.眼瞼皮膚の表皮内浸潤を呈したのが1例,結膜上皮内への浸潤を呈した症例が5例,眼瞼皮膚と結膜の両方にpagetoidspreadを認めた症例が1例であった.8.再発,転移の有無経過観察期間が最低1年以上のものに対象症例を絞った22例のうち,局所再発は4例(18%)に認められ,転移は3例(14%)に認めた.転移した症例の腫瘍横径は7mm,10(92) 図2脂腺癌の病理組織像(H.E染色)上:Pagetoidspreadの症例.眼瞼皮膚の表皮内に腫瘍細胞が浸潤している.下:Pagetoidspreadを認めない症例.空胞を伴う淡明な胞体を有し,胞巣状構造を呈している.mm,14mmであった.7mmの症例は前医で切除後,半年で再発し,当科で切除・再建術を施行した14カ月後に耳前リンパ節転移を認めた.また,10mmの症例は初診時に耳前リンパ節へすでに転移していた.14mmの症例は切除・再建術後24カ月後に耳前リンパ節および深部頸部リンパ節転移を認めた.9.生存率生存率は100%であった.しかし,平均経過観察期間が最低1年以上のものに対象症例を絞っても経過観察期間は35.9カ月であり,転移した症例も3例認めることから,今後の経過観察により生存率は減少する可能性もある.III考按脂腺癌は,眼瞼悪性腫瘍のなかでは再発や遠隔転移が多く,悪性度が高いとされている.霰粒腫と誤診され診断が遅れたり,局所切除のみ施行し再発を繰り返したりすることがあるのも事実である.Shieldsらは,脂腺癌の生存率は,平均22カ月の観察期間で94%の生存率と報告している2).しかし,過去の報告には,5年生存率が79%程度であるとするものもある11).BoniukとZimmermanらは脂腺癌88例の5年生存率は70%と報告し12),Niらは脂腺癌82例の4年生存率は71%と報告している13).最近の報告では,Songらは31例の5年生存率は93.5%と報告しており14),早期診断と早期完全切除術を行えば生存率が上昇することを示している.また,わが国における5年生存率の文献上の報告は筆者らの知る限りなかった.一方,今回の当科における検討では,平均経過観察期間35.9カ月で生存率は100%であったが,22例中3例に耳前リンパ節転移,うち1例では深部頸部リンパ節転移を認めており,今後の経過観察により生存率は減少する可能性もある.今回,筆者らは腫瘍の臨床像を結節性の腫瘤を呈するnodulartypeと,びまん性に眼瞼肥厚を示し,眼瞼結膜炎,眼瞼炎様の所見を呈するdiffusetypeとに分類した結果,34例のうち2例のみがdiffusetypeであった.わが国における過去の文献には,脂腺癌13例中1例(8%)がdiffusetypeであったと報告されている15).上眼瞼に明瞭な結節形成があるにもかかわらず,他の結膜部分は充血と濾胞がみられあたかも結膜炎様を呈しており,組織学的にはpagetoidspreadを認めていたと報告されている.しかし,Shieldsらによる脂腺癌60例のうち95%がCaucasianの報告2)では,nodulartype26例(43%),diffusetype34例(57%)とdiffusetypeの割合が高く,さらに28例(47%)にpagetoidspreadを認め,筆者らの報告とは大きな差がみられた(表1).また,わが国の報告にも,脂腺癌30例中pagetoidspreadが18例(60%)に認められたとする文献もみられる16).脂腺癌の組織学的診断は,症例数が少ないこと,また腫瘍細胞が未分化増殖細胞で,脂腺に分化している所見であると判断するのが困難であり,基底細胞癌や扁平上皮癌と誤って診断してしまうことがあるため,組織学的診断が確実に施行されているわけではないとされている.筆者らは,日本人における脂腺癌の特徴として,Caucasianと比較して結節性の腫瘤を呈する腫瘍が圧倒的に多く,pagetoidspreadをきたす頻度も少ないと考えたが,組織学的診断の精度により異なってくる可能性もあるため,今後更なる検討が必要である.局所再発,転移の割合は,Shieldsらの報告2)では局所再発11例(18%),転移5例(8%)であり,筆者らの報告と同程度であった(表1).腫瘍の臨床像の2つのtypeで再発,(93)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131741 表1Shieldsらの報告(Ophthalmology2004)と当科における症例の比較Caucasian(Shields2004)日本人(当科)年齢72歳(17.90歳)70.9歳(44.92歳)性別男性16例(27%)20例(59%)女性44例(73%)14例(41%)経過観察期間22カ月25.6カ月(1.90カ月)左右右23例(38%)16例(47%)左37例(62%)18例(53%)上下眼瞼上眼瞼45例(75%)22例(65%)下眼瞼13例(22%)12例(35%)臨床像Nodulartype26例(43%)32例(94%)Diffusetype34例(57%)2例(6%)組織学的所見Pagetoidspread有28例(47%)7例(21%)局所再発11例(18%)4例(18%)*転移5例(8%)3例(14%)*臨床像,組織学的所見は両者で差を認めるが,局所再発,転移率はほぼ同程度である.*1年以上経過観察可能であった22例での結果.転移の割合に差はなかったとしている.わが国における過去の報告では,宮村らは局所再発が47.8%,同側頸部リンパ節転移が21.7%であったとしている5).田村らは10%に局所再発または転移を認め,腫瘍の大きさが予後に強く関与していると報告している17).後藤らは海外における近年の報告をまとめ,5年以内の局所再発率は6.36%,転移率は8.25%,転移部位は耳前,耳下腺,顎下,頸部の所属リンパ節が最多で,ついで肝,肺,脳,骨の順に転移が多く,腫瘍関連死亡率が以前は24.33%であったが,最近は9.15%以下と改善されてきているとしている6).また,欧米での最近の報告では,リンパ節転移が18%に及ぶとされ,腫瘍径が10mm以上のものに多い傾向があるとされている11).本検討症例の平均腫瘍横径は9.5mm,転移は3例(14%)であったが,転移の割合については,早期に診断可能であったかどうかで大きく異なると考えられるため,日本人における脂腺癌の転移について論じるためには,さらに多症例での長期の検討が必要であると考えられる.今回の検討により,日本人の脂腺癌は,欧米人と比較して,眼瞼悪性腫瘍のなかでの頻度が高く,臨床像が大きく異なり,組織学的所見の特徴も異なることがわかった.これらの違いが人種による遺伝子差,または解剖学的差異によるものかどうか,今後検討する余地があると考えられた.IV結語京都府立医科大学眼科で経験した脂腺癌34例について検討した.腫瘍の臨床像と病理組織学的所見について,欧米人と比較して結節性病変を有する腫瘍が圧倒的に多く,pagetoidspreadをきたす腫瘍が少ないことがわかった.しかし,局所再発,転移の割合は欧米人の報告と差がなく,脂腺癌に対しては早期の診断・治療が最も重要である.文献1)ShieldsJA,DemirciH,MarrBPetal:Sebaceouscarcinomaoftheocularregion:areview.SurvOphthalmol50:103-122,20052)ShieldsJA,DemirciH,MarrBPetal:Sebaceouscarcinomaoftheeyelids:personalexperiencewith60cases.Ophthalmology111:2151-2157,20043)ZurcherM,HintschichCR,GarnerAetal:Sebaceouscarcinomaoftheeyelid:aclinicopathologicalstudy.BrJOphthalmol82:1049-1055,19984)HusainA,BlumenscheinG,EsmaeliB:Treatmentandoutcomesformetastaticsebaceouscellcarcinomaoftheeyelid.IntJDermatol47:276-279,20085)宮村紀毅,三島一晃,田代順子ほか:脂腺癌の9例.眼臨87:971-975,19936)後藤豊,高村浩,山下英俊ほか:再発を繰り返した眼瞼脂腺癌の1例.あたらしい眼科23:807-811,20067)TakamuraH,YamashitaH:ClinicopathologicalanalysisofmalignanteyelidtumorcasesatYamagataUniversityHospital:StatisticalcomparisonoftumorincidenceinJapanandinothercountries.JpnJOphthalmol49:349354,20058)川名聖美,後藤浩,森秀樹ほか:眼瞼悪性腫瘍60例の臨床的検討.眼科手術16:407-410,20039)小幡博人,青木由紀,久保田俊介ほか:眼瞼・結膜の良性1742あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(94) 腫瘍と悪性腫瘍の発生頻度.日眼会誌109:573-579,200510)杉本聡子,高見淳也,林暢紹ほか:高知大学医学部眼科における過去10年間の眼瞼悪性腫瘍の検討.眼紀56:817-820,200511)EsmaeliB,NasserQJ,CruzHetal:AmericanJointCommitteeonCancerTcategoryforeyelidsebaceouscarcinomacorrelateswithnodalmetastasisandsurvival.Ophthalmology119:1078-1082,201212)BoniukM,ZimmermanLE:Sebaceouscarcinomaoftheeyelid,eyebrow,caruncle,andorbit.TransAmAcadOphthalmolOtolaryngol72:619-642,196813)NiC,SearlSS,KuoPKetal:Sebaceouscellcarcinomasoftheocularadnexa.IntOphthalmolClin22(Spring):23-61,198214)SongA,CarterKD,SyedNAetal:Sebaceouscellcarcinomaoftheocularadnexa:clinicalpresentations,histopathology,andoutcomes.OphthalPlastReconstrSurg24:194-200,200815)河野宗浩,西條正城,佐藤嘉男:眼瞼癌19例の検討.眼臨84:1439-1442,199016)IzumiM,MukaiK,NagaiTetal:Sebaceouscarcinomaoftheeyelids:ThirtycasesfromJapan.PatholInt58:483-488,200817)田村千恵,小島孚允,石井清:眼瞼脂腺癌20例の治療成績.臨眼56:475-478,2002***(95)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131743

後記臨床研修医日記 27.山口大学大学院医学系研究科眼科学

2013年12月31日 火曜日

●シリーズ後期臨床研修医日記山口大学大学院医学系研究科眼科学内翔平小林正明波多野誠畑辺なな実月曜日1週間の始まりです.後期研修医は6カ月間ずつ,角膜班・緑内障班・網膜硝子体班に割り振られ,それぞれの研修を行います.特定の指導医が一人存在するわけではなく,その班の上級医皆さんにチームとして指導していただきます.現在,網膜硝子体班に所属している僕は,月曜日には網膜硝子体外来で外来付きをします.初診の患者さんの問診や診察,検査のオーダーを出すだけでなく,再診患者の診察を任せていただくこともあります.また,蛍光造影検査を行ったり,硝子体内注射やレーザー治療を行ったりと,手技的なご指導もいただいています.初めは偽水晶体眼から眼内注射を始めましたが,最近では有水晶体眼の眼内注射も増えてきており,毎回「気をつけすぎるということはない」と思うようにして,注射をしています.慣れないうちは何をするにも時間がかかるため,僕への指導のために外来が滞ることも少なくなく,日々,心と胃を痛めています.(内翔平)火曜日火曜日は私にとって,週に一度の大学勤務の日.朝9時からは教授外来です.後期研修医それぞれが,紹介患者の初診と,再診のフォローアップを担当します.担当した新患の検査は,すべて自分で行うことになっています.上級医の先生方や視能訓練士の方々に検査方法を習いながら,どうにか得られた検査データを使って,診断と治療方針を考えていきます.視力検査から蛍光眼底造影検査まで,普段は何気なくオーダーして結果を待つだけの検査ですが,それらを一から自分たちで行うことで,検査や疾患に対する理解をより深めることができます.外来が終わると,16時から教授回診,それが終わると医局カンファランスです.医局カンファランスでは,持ち回りで抄読会や症例検討を行っています.関連病院勤務の私にとっては,大学でしか診ることができない難症例を目の当たりにできる貴重な1日です.医局カンファランスのあとは,病棟業務や書類仕事などの残務をこなします.週によって,外国人講師を招いた英会話教室が開催されており,留学や海外での学会発表など,来るべき日に備えて己の英語力を養ったりもします.そんなこんなで夜も更けて行き,大学での1日は終了です.(小林正明)水曜日私は水曜日の手術担当です.まず,担当患者さんを朝一番に診察します.その後,オペ室へ行き,器械を準備して手術開始時刻を待ちます.先輩医師の助手につきながらも,頭のなかは自分の執刀患者さんのことでいっぱいです.ついにやってきた自分の執刀.心臓はバクバ▲左から畑辺,内,小林,波多野.(81)あたらしい眼科Vol.30,No.12,201317290910-1810/13/\100/頁/JCOPY ク,指先はブルブルです.使う順番に並べた器械を何度も確認し,イメージトレーニングをします.患者さんにドレーピングをして,術者の椅子に座ると,頭の中は真っ白に….助手についてくれている先輩医師から差し出された器械と熱い指導のおかげでなんとか手術終了.最後にドレーピングを.がします.それと同時に張っていた緊張がとれ,疲れがどっと出ます.残った体力で手術記録,次週のオペ申し込み,病棟を回診して,一日が終わります.まだいろいろなことに慣れていないこともあり,水曜日は私にとって心身ともにボロボロの一日です.しかし,翌日の患者さんの「よく見える」という言葉を聞けば,また来週も頑張ろうと思えるのです.(波多野誠)木曜日木曜日は,市中病院の健診センターに出向します.健康診断の内容は視力,眼圧,診察のみで,眼底カメラコースを選択した人のみ眼底写真を撮影します.基本的に健康診断ではほとんどの受診者が無症状で,異常が見つかることは多くありません.次々に患者が押し寄せるなか,ときにはどうしても視神経乳頭が見えないこともありますが,なんとか見落としがないように悪戦苦闘しています.油断していた本日,流れ作業のように眼底カメラを撮影した際,乳頭近傍にもう一つ乳頭のようなものが写りました.なんだこれは!?「近くの眼科で詳しく調べてもらってください」と伝え,大学に帰りました.上級医に写真を見せたところ,一言.「コロボーマって知ってる?」外勤での心細さや己の無学を実感しながら,日々よい経験をさせていただいています.(内翔平)金曜日枕元で携帯電話が鳴ります.アラームかと思い止めようとして画面を見ると上級医の先生の名前.思わず時計を見ます.午前3:30.「あ,角膜でたんだけど.」やはり.初めての眼球摘出.献眼していただいた患者さんの家に,先に経験していた研修医と連れだって出かけます.「場所はどこかな」「自宅らしいですよ」「夜中なのにね」という,寝ぼけているようなかみ合わない会話をしながら,まだ夜の明けない暗闇のなかを向かいます.病1730あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013院と異なり,いざ器具が足りなかったときに困るため,小心者の私たちはしっかり2セットの道具を持参.眼球摘出が終わって外に出ると,日が昇っています.病院に戻ったら早速強角膜切片作り.慣れていないため,器具の場所探しから含めて時間がかかります.結局当直中の上級医を起こすことに.無事切片を作り終え,通常業務に入ります.今日は外勤日.外来では常勤の先生の隣で,初診および再診外来を担当します.前の担当の先生のカルテを読み解き,所見をとり,治療方針を立てる….困ったときには診察室の奥で隣の先生につながるカーテンを開けて判断を仰ぎます.ひどいときにはカーテンと診察台を行ったり来たりして完全に隣の診察を妨害してしまうこともありますが,今日は幸い2往復でした.一日の仕事が終わったかと思いきや,ふとチームの担当一覧をみると知らない名前が!これは新入院では….ちょうど検査のため外来に降りてきていたので,診察と自己紹介.とても耳の遠い患者さんで,自分の名前を5回も言いました.これで覚えてくれるでしょう.気がつくと,外がなんとなく暗くなってきました.何だかいつもよりも仕事をした気になっていると,睡魔が私を襲ってきます.今日は朝からいろんなものと戦ったので,睡魔にくらいは負けてやろうと,負け惜しみを言いながら,1週間が終わっていきます.(畑辺なな実)〈プロフィール〉(50音順)内翔平(うちしょうへい)山口大学医学部医学科卒業,山口県済生会山口総合病院にて初期臨床研修,平成25年4月より山口大学大学院医学系研究科眼科学前期専攻医.小林正明(こばやしまさあき)香川大学医学部卒業,関門医療センターにて初期臨床研修,平成25年4月より山口大学大学院医学系研究科眼科学研修登録医.波多野誠(はたのまこと)山口大学医学部医学科卒業,綜合病院社会保険徳山中央病院にて初期臨床研修,平成25年4月より山口大学大学院医学系研究科眼科学前期専攻医.畑辺なな実(はたべななみ)山口大学医学部卒業,社会保険下関厚生病院,山口大学医学部附属病院にて初期臨床研修,平成23年4月より湘南鎌倉総合病院救急総合診療科にて2年間の後期臨床研修を終了し,平成25年4月より山口大学医学系研究科眼科学前期専攻医.(82) 指導医からのメッセージ指導医からのメッセージいます.みんなが今悩んでいることは我々も悩んでいたことです.実際の症例からスタートし,次の症例に還元できるような勉強や研究を心がけてほしいと思います.大学病院から関連病院に赴任すると「なんと大学病院時代は恵まれていたことか」と初めて気付くことが多々あります.君たちも今がかけがえのない期間であることを十分認識し,我々を存分に利用して下さい!(山口大学眼科・病棟医長山田直之)指導医はとかく「枝葉」のことに興味をもち,楽しそうに話しかけてくるものです.一方,「幹」をまだ十分に知らない研修医のうちはどうしても「枝葉」のことまで頭がついていきません.指導医と「枝葉」についてしっかりdiscussionできるように,「幹」はしっかりと自分で作っていってください.幸い,大学病院には症例,個性あふれるさまざまなドクター,書物,教室の経験や蓄積など,勉強する手段が豊富にありますので,自分で工夫して活用してもらったらと思☆☆☆(83)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131731

My boom 23.

2013年12月31日 火曜日

監修=大橋裕一連載MyboomMyboom第23回「大久保真司」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)連載MyboomMyboom第23回「大久保真司」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)自己紹介大久保真司(おおくぼ・しんじ)金沢大学医薬保健研究域医学系視覚科学私は,平成3年に島根医科大学を卒業し,同年に金沢大学眼科に入局いたしました.入局当時の河崎教授は網膜電図(ERG)が専門でしたので,大学院時代はウサギのERGの研究をおもに行い,レボフロキサシン(クラビットR)の硝子体内注射後の眼毒性と眼内クリアランスを測定し,学位をいただきました.大学院時代に所属した「眼毒性ERGグループ」では私が1番下のメンバーでしたが,私の学位研究のために先輩方に助けていただき本当にお世話になりました.眼毒性ERGグループは私の学位が最後になり,先輩方にはお世話になったご恩を返すことができませんでした.しかし,その分自分もほかの分野で後輩のお手伝いをすることで恩返しできたらと思っています.杉山教授が就任されてからは,おもに緑内障の臨床および研究と神経眼科の臨床に携わらせていただいています.パック入りケーキの中身の一つがなぜモンブランなのか?とくにこれといった趣味はなく,基本的には物事にあまりこだわりのないほうだと私自身では思っています.ただ,食べることは大好きです.そこで「食べ物」を視点に自分自身を振り返ってみると,このテーマである「執着」にあてはまることがあります.子供の頃に近所にはケーキ屋さんがなく,「ケーキ屋さんのケーキ」が食べられるのは特別の日限定でした.(79)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYでも,「ちょっといいこと」があると,母親が近所の八百屋(のちに名前だけスーパーに変わる)で,パックに入った3個入りのケーキを買ってくれました.多分私の地元限定の話かもしれませんが,そのパックの中身が問題で,「イチゴショートケーキ」「チョコレートケーキ」ここまでは理解できたのですが,その3個目が「モンブラン」でした.子供ながら,ラーメンをのせたようなただ甘いケーキが,なぜイチゴショートケーキやチョコレートケーキと肩を並べてケーキの3本柱の1つとしてパックに入っているのかが毎回,理解できませんでした.いつの間にかそんなことも忘れていたのですが,働くようになって自らケーキを買う機会が増えてくると,なぜあの「パックに入った3個入りケーキの1個がラーメンをのせたようなケーキのモンブランなのか?」ということが,無性に気になりだしました.そこで,いつしか初めてのケーキ屋さんに行くときはモンブランがあれば必ずモンブランを買うようになっていました.そして,ついに4年前に私なりに納得できるモンブランに出会いました.そのケーキ屋さんは,季節のフルーツを使ったショートケーキが評判のお店です.栗の季節の秋にいつものように購入して,何気なく食べました.それは,40年前から続く「疑問」の答えとなるモンブランでした.栗の味が生かされていて,本当においしくて感動しました.これなら,ケーキの3本柱になりうると思い,それ以来,秋にモンブランを食べるのが楽しみになっています.臨床の疑問点から考える眼科医になった2年目のときに,外来で変な水晶体の症例に遭遇しました.アトラスを調べると「前円錐水晶体」であることがわかりました.アトラスには原因がいあたらしい眼科Vol.30,No.12,20131727 〔写真1〕私のお気に入りのモンブランくつか記載されていましたが,引用してある論文を読んでいくと,前円錐水晶体はAlport症候群に特有なものであることがわかりました.患者さんは数十年前から腎障害で透析を受けており,自分のなかではAlport症候群と診断しました.しかし,内科の先生には腎臓は末期状態だから何でもありだよといわれ,内科的な診断はいただけませんでした.その患者さんが,白内障手術をすることになり,その前.を光顕で観察しましたが,普段水晶体.の病理など見慣れていなかったこと,コントロールもとっておらず,異常に気づきませんでした.自分自身,消化できない部分がありましたが,病院が変わったこともあり,しばらくこのことは忘れていました.何年か後に,Alport症候群がIV型コラーゲンの異常が原因であるという総説を偶然見つけ,また前円錐水晶体の原因が気になるようになりました.2年目に所属していた病院の部長(私の臨床の恩師の一人)に,この患者さんの反対眼の白内障手術をするときには,検体をとりに行きたいので私の研究日に手術を予約していただくようにお願いしました.それと同時に電顕をみてもらうために病理の教室を紹介していただきました.患者さんからの手術の申し出を待ちながら準備を進めていくうちに,小児科,腎臓内科領域ではIV型コラーゲンの中でも,a3,4,5のいずれかが悪く,それによって遺伝様式が異なるという論文が報告されていました.私も前.のコラーゲンの染色をしたいと思いましたが,抗体が市販されていないことが判明しました.河崎教授の許可を得て,思い切って著者に手紙を書いてみました.その小児科の先生は,実際に抗体を作っていらっしゃる先生を〔写真2〕2012年シカゴのAAOにて(緑内障研究での出会い.杉山教授ご夫妻を囲んで.杉山教授に感謝.)紹介してくださり,共同研究をさせていただけることになり,無事抗体も入手でき,手術までに十分な準備が整いました.患者さんが反対眼の手術を決意されたのは片眼の手術から5年以上たっていました.そして,術後に病理の教室に遊びに行き,免疫染色をさせてもらいました.コントロールでは前.にもa3,4,5が存在しましたが,前円錐水晶体を呈したAlport症候群の前.はa3,4,5が存在しないことが明らかになり,電顕でみると基底膜が菲薄化していることがわかりました.そして,教室の東出先生と桜井さんに遺伝子検索をしてもらい,遺伝子異常もみつかりました.というわけで,約10年越しで「Alport症候群と前円錐水晶体の疑問」を解決することができました.なぜだろう?という「疑問」が生じ,「執着心」が芽生えたとき,それを解決する過程ではたくさんの経験や出会いがあります.協力していただいた方々とその出会いに本当に感謝しています.現在は,緑内障の疑問点,とくに杉山教授のメインテーマである乳頭出血の発現機序がもっとも気になります.次回のプレゼンターは,いつお会いしても色々なことに疑問をもち,大胆な視点で物事を考えておられる鹿児島大学の山下高明先生です.よろしくお願いします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.1728あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(80)

日米の眼研究の架け橋 Jin H. Kinoshita先生を偲んで 12.Jin H. Kinoshita先生有り難うございました

2013年12月31日 火曜日

JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑫責任編集浜松医科大学堀田喜裕JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑫責任編集浜松医科大学堀田喜裕JinH.Kinoshita先生有り難うございました矢島保道(YasumichiYajima)矢島眼科医院1971年順天堂大学医学部卒業.眼科入局.1972年同大学眼科助手.1978年ソ連フェドロフ研究所留学.1979年NEIVisitingScientist.1982年防衛医科大学校講師.1983年同大学校助教授.1989年矢島眼科医院開院.院長.現在に至る.集合写真は(写真1),1981年6月17日のNEIに勤務していたほぼ全員です.桑原登一郎先生から記念として頂戴いたしました.この写真を撮影した少し前の1年9カ月間は,Jinさんとは研究室も違いましたので「おはようございます」「今日は」「さようなら」の挨拶以外に言葉を交わした記憶がありません.しかし,この年のARVOの最終日頃だったと思います.偶然にお会いしたJinさんが私の発表した研究を褒めてくださいました.このときを境に少しずつお会いする機会が増えて行きましたので,まずJinさんと話をするきっかけとなったNIHでの研究の話から始めて行きたいと思います.1979年8月15日,アメリカに着いた私達家族を前任者の田中稔先生(本シリーズ⑧)が迎えてくださいました.早速うかがった桑原先生に今後の仕事について相談をすると,幼若マウスの水晶体組織を研究しなさいという.ところが始めてみるとこの幼若マウスの水晶体は大変な曲者で,電子顕微鏡で見ると皮質の部分はどのような固定条件でも組織像に大差はないのですが,核部分は写真2A,Bのように全く異なった電顕像が得られてしまうのです.桑原先生との間には研究の進捗状況を1カ月に1度は報告するとの取り決めがありました.初めての報告でこの核部の電顕像の差異について説明すると,そうだろうというお顔でまあ頑張りなさいという.それが2カ月,3カ月になるとまだそんなところで停まっているのかというお顔になってしまい,さらに6カ月も過ぎた頃には,君ね!もう止めなさい!10年経ったって1編の論文も書けやしないよ,とおっしゃる.そして10カ月も経った頃にはお会いしてもくれなくなってしまいました.ところが私自身はこのartifactsを解(77)決しない限りにはもう先には進めないと思うようになっておりました.それまでただ漫然と同じことばかりを繰り返していたのではありません.固定液の種類,濃度,温度,pH,固定時間などの固定条件を変えて,またマウスの日齢の違いによる組み合わせも調べていました.これらすべてを包理,切片作製,光学顕微鏡,電子顕微鏡で調べて行くのは膨大な時間を要したものです.このような固定条件の違いによる組織像の違いはどこからくるのでしょうか.それは水晶体蛋白質のクリスタリン粒子が水晶体線維内を移動するからです.低温で固定すれば写真2Aのように水晶体線維内にクリスタリン粒子は球状の集合体を作り,結果として寒冷白内障の組織像を見ることになります.暖かい温度で固定すれば,固定液の浸透してくる方向にクリスタリン粒子が引き寄写真11981年6月17日のNEIのメンバー前列左,桑原先生,左より6番目,Kinoshita先生,2列目左より5番目,石川先生,3列目左より3番目,筆者.あたらしい眼科Vol.30,No.12,201317250910-1810/13/\100/頁/JCOPY 写真2A:幼若マウス水晶体核部電子顕微鏡写真,低温固定.B:暖かい温度固定.C:還元型グルタチオン使用の固定.せられて,写真2Bのような電顕像を作ってしまいます.この現象は何だろう.図書館にこもり論文を読みあさって見つけたのが温度の変化により蛋白質が集合,離散をするprotein-waterphaseseparation現象でした.では固定時に水晶体線維内のクリスタリン粒子を動かなくするにはどうしたら良いのだろうか.考えついたのが暖かい温度で幼若マウス水晶体をアミノ酸に浸しながら固定するという方法でした.アミノ酸は同じ時期に桑原先生のところで「アミノ酸と網膜の関係」を研究していた九州大学の石川裕二郎先生から分けてもらいました.しかし,決定的な組織像が得られません.そこに閃いたのがグルタチオンでした.しかし,グルタチオンは水晶体wholelensの水晶体.を透過ができず,やむなく水晶体を半切して,還元型グルタチオンに浸して得られた幼若マウス水晶体核部の電子顕微鏡像が写真2Cです(InvestOphthalmol24:1311,1983,あたらしい眼科4:1551,1987).早速桑原先生に電顕写真を見ていただ1726あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013くと,本当か?本当か?と半信半疑のご様子でARVOの応募に許可をくださいました.そして,これがJinさんの目に留まったのでした.1981年の夏頃だったと思います.Jinさんの部屋に呼ばれました.PaulRussell博士と組んで網膜芽細胞腫の腫瘍細胞を使って,免疫組織化学的にアルドース還元酵素(AR)の局在を調べて欲しいと依頼されました.それがほぼ終わりかけてきた頃に赤木好男先生(本シリーズ⑥)が赴任されてまいりました.何度かJinさんにお会いしていると,さらにPeterKador博士とのARの共同研究を勧められました.さらなる免疫組織化学的研究については何かとご助言をいただいておりました赤木先生も仲間に加えてくださるようにJinさんに頼み込みました.そんな1981年も暮れる頃に母校の順天堂大学から帰国の打診が入ってきたのです.そして慌ただしい帰国前のNEIで,幼若マウス水晶体の固定方法とARの免疫組織化学についての「さよなら講演」をする機会が与えられました.その講演後にJinさんから幼若マウス水晶体の固定方法の論文の投稿について尋ねられました.NEIにいるうちには投稿はできないだろうとお話しすると,桑原先生との間で話がついたから,日本に帰国してから投稿しなさいとのご許可をくださいました.JinH.Kinoshita先生有り難うございました.論文のアメリカでの投稿には時間的な制約もありましたが,桑原先生としても日本からの眼科医が水晶体形態学の難問を解いてしまったかたちで,詳細な検証をしなければ投稿に許可を与えることはできなかったと思っています.帰国のご挨拶に桑原先生にお会いすると,いつの間に用意してくださったのかNIHのdirectorを筆頭に4名のサインのある留学証明書を手渡してくださいました.そして君は実験を繰り返して行い,手順が完全に決まったら,最後に他人に同じ実験をしてもらいなさいとの忠告も頂戴しました.1982年1月27日に帰国しました.その後Jinさんからは毎年の交換クリスマスカードとアメリカの美しい風景写真のカレンダーが送られてきました.あるとき奥様からJinさんが歩行ができなくなったと悲痛な文面のご連絡をいただき,慌ててご返書いたしましたが,詳細がわからないままに訃報に接することになりました.NEIの時代は良い思い出として残っております.これも偏にJinさんとの出会いがあったからだと思っています.(78)

現場発,病院と患者のためのシステム 23.医療機関向けERP(Enterprise Resource Planning:統合情報システム)

2013年12月31日 火曜日

連載現場発,病院と患者のためのシステム連載現場発,病院と患者のためのシステム情報システムが企業の効果的な経営に寄与する医療機関向けERP(EnterpriseResourcePlanning:統合情報には,当該企業の業務全体を俯瞰し,今までの仕システム)事の仕方にこだわらずに無理無駄を廃し,作業*(機能,情報)の連続性に配慮した業務プロセス杉浦和史になっている必要があります.これを具体化したのがERP(EnterpriseResourcePlanning)はじめに効率的な企業・組織活動を支援するためには,全業務をカバーする機能,情報が有機的に連携した情報システムを整備しなければなりません.構想は大分前からありという概念と,それをソフトウェアで実現したアプリケーションシステムです.今回は医療機関にも必要になるこのERP構築に必要な事柄を簡単に解説します.ました.二昔前は,統合情報システム(IntegratedInformationSystem),一昔前は,戦略情報システム(SIS/StrategicInformationSystem)と呼ばれ,7,8年前からはERP(EnterpriseResourcePlanning)といわれています.英字3文字の呼称は変わっても,構想の基本は変わっておらず,ブームや言葉の言い換えに惑わされてはいけません.筆者は昔ながらの統合情報システムと呼んでいます.いささか古めかしい響きがありますが,本質をとらえた言い方です..ERPとはGoogleで調べると,いろいろな解説が出てきますが,“企業全体を,経営資源の有効活用の観点から統合的に管理し,経営の効率化を図るための手法・概念,およびこれを実現するITシステムやソフトウェア”(出典:http://e-words.jp/w/ERP.html)という説明が単純明快です.当院が開発中の院内業務総合電子化計画Hayabusaはこれを目指しています.当初から点眼,処置など,人間ならでは作業を除き,全業務をシステム化の対象とし,有形無形な資源(医師,看護師,ベッド,検査機器,的確な診察,手技など)を効率的に活かす機能をもっています.病院ERPと称する製品群を提供しているベンダもありますが,必要になったもの,ニーズがありそうなものをその都度開発してシリーズ化したものがほとんどです.このようにして作られたシステムは,結果的に屋上屋を重ねることになり,機能,情報の連携において難があります.業務種類ごとに,それを得意とするベンダが提供する(75)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYシステムを寄せ集めてもERPにはならないことは,いうまでもありません.それどころか,さまざまな弊害があることは,連載で述べたとおりです.しかしながら,往々にしてそれをやってしまう実態があり,注意すべきところです.ERPを企画するときは,一時の思いつきやブームに迎合したり,ポイントをはずした方針で,見切り発車することは禁物です.これらに気がついた関係者がいたとしても,それを言いだしにくい雰囲気があると,問題点を抱えたままのシステムができあがってしまいます.こうなると,一時的な効果をはるかに超える損失となることを知っておいて損はありません.小田原評定ではいけませんが,はずしてはいけない要点を抑えるための時間,議論を惜しんではならず,鶴の一声や時間切れで突っ走ってはいけません.“走りながら考える”という,現実的に思える耳障りの良い言葉があります.一見良さそうで受け入れやすいこの考え方は,目先の現実に流され,モグラ叩きのその日暮らしになってしまう危険をはらんでいることを忘れてはいけません.ERPは対象とする業務の規模が大きく,改めて業務全般を見直すと理にかなわない部分が発見されることが多々あります.これらをひとつずつ解決するには,時間も予算も必要です.発見された問題点を,その場しのぎの策で解決したり,整備方針がブレると,思いつき企画*KazushiSugiura:宮田眼科病院CIO/技術士(情報工学部門)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131723 →実行→不具合発生→思いつきの対策→不具合発生→思いつきへの対策,という負の連鎖になってしまいます.また,気を付けなければならないことは,権威を背景にした上意下達です.議論ではなく結論がでてしまい,議論がセレモニーになってしまうケースです.“手順を踏んだ”というだけで,中身がありません.ERPは,焦らず,腰を据えて取組むことが重要です..新技術は必要かシステムを企画,設計する際,最初に行うべきは,BPR(パラダイムシフトして業務を見直す)済みの業務プロセスにすることです.つぎに,権限の最適再配分を行い,それを踏まえた指揮命令系統を整備します.ここには,既得権とか,見直されずに昔から続いていた仕事の仕方を,そのまま継承する発想はありません.技術はこの作業の後の実現方法の段階で議論すべきです.とかく,耳障りよく,何となく格好良いトレンドになっている技術の話を先にしがちですが,技術は構想を実現するための手段であり,主役ではないことを理解しておくべきでしょう.早期の技術的な変化,陳腐化に気を付けながらですが,いたずらに新技術,新構想を採用することは不要です.枯れた確実な技術を忘れてはいけません.ただし,ドッグイヤーどころかマウスイヤーといわれる今,ハードルの高かった技術や,コスト的に採用を見送っていた製品が,利用可能になっている場合が少なからずあります.アンテナを高くして情報を収集するとともに,システムを構築するうえで,その技術,製品が必要か否かを検討し,採否を決める評価能力が求められます.筆者がIT業界紙と組んで過去3年にわたり,一部上場企業を含む約150社のCIO(情報システム最高責任者),情報システム責任者に取材した結果では,情報システム整備に最先端の技術が必要だった例は,わずか3社でした.ブームに踊らされることなく,落ち着いて技術,製品選択をしている賢明な判断がみてとれます..権限の最適再配分,指揮命令系統の見直しこれらはとくに重要です.これによって業務プロセス(業務を構成する作業群とその作業順)も違ってきてしまうことは,システムを企画,設計した者は,皆さん経験しているはずです.整理整頓し,無理無駄を省く過程で障害になるのは,既得権,権限,権威をもっている層の有形無形な主張です.資格に基づくもの,経験に基づくものなどいろいろありますが,一度リセットして考える必要があります.情報システム化の歴史の長い製造業,流通業でも,当初は抵抗があり,難航しました.しかし,同業他社との熾烈な競争にさらされ,既存の延長線での改善では間に合わず,パラダイムシフトを余儀なくされ,改革の必要性に迫られ,今日に至っています.医療機関での権限の再配分や,それを踏まえた指揮命令系統の整備は,対象が人間であり,QOL(qualityoflife),QOV(qualityofvision)に直接関係する業種であることから,単純に他業種と比較するのはむずかしい面があります.しかし,経営を支援する全業務対象の統合情報システム整備には,聖域なき改革が必要であることを理解しなければなりません.聖域とされているなかに,無理無駄がたくさん隠れている場合があるからです..プロジェクトリーダ一般的に規模の大きなERPを開発するプロジェクトを取り仕切るリーダの資質は,成功要因の一つです.リーダシップに名を借りた独断専横なリーダ,逆に安易に決断し,安易に変更する朝令暮改的リーダはいけません.決断できない優柔不断なリーダでは,ERPどころか単発のシステムも作れません.知識・経験が不足し,人望もないリーダの指揮下では優れたシステムの企画,開発,運用,効果の享受は望むべくもありません.プロジェクトリーダにふさわしい人材をみつけることは,ERP開発,導入を成功させる大きなポイントといえるでしょう.☆☆☆1724あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(76)

タブレット型PCの眼科領域での応用 19.人をつなぐデジタルコミュニケーションツール

2013年12月31日 火曜日

シリーズ⑲シリーズ⑲タブレット型PCの眼科領域での応用三宅琢(TakuMiyake)永田眼科クリニック第19章人をつなぐデジタルコミュニケーションツール■想いをつなぐコミュニケーションツールとしての意義第19章で取り上げる端末は,私が代表を務めるGiftHandsの活動や外来業務で扱っているタブレット型PC“iPadRetina”ディスプレイモデルと“iPadmini”“iPhone5s”(いずれも米国AppleInc)のiOSバージョン7.0.3です.この章ではタブレット型PCやスマートフォンの視覚障害者と視覚障害者の家族との間におけるデジタルコミュ二ケーションツールとしての活用法とその意義について,視覚障害者の声とともに紹介していきます.■家族間のコミュケーションツールとしての活用法タブレット型PCやスマートフォンの登場とその普及に伴い,人々のコミュケーションの形は大きく変化しつつあります.社会的ネットワークをインターネット上で構築するサービスであるソーシャル・ネットワークキングシステムの普及もあり,写真や動画を用いたインターネット上での情報共有という行為は,現代人のコミュニケーションツールとして確立されつつあります.また,タブレット型PCやスマートフォンに音声によるテキスト入力システムやテキストデータの音声読み上げシステムが標準的に搭載されるようになったことは,視覚障害者がスマートフォンやタブレット型PCを利用するうえでとても重要な要素であります.しかし,現状の音声入力・読み上げシステムには,漢字の変換ミスや音読み訓読みの誤りなど改善すべき問題が残されているのも事実です.そんななか,最近ではより機能を特化することでシンプルになったアプリケーションソフトウェア(以下アプ(73)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYリ)が多数登場してきて,視覚障害者を取り巻くソフトウェア環境は大きく変化しつつあります.以下に,実際に私の外来に通う視覚障害者が利用しているコミュケーションアプリの活用法とその意義について紹介していきます.①音声メール,音声付き画像メッセージの活用音声データで直接相手とやりとりのできる音声メールのアプリや,静止画像に音声データをつけて相手に送ることができるアプリなどを利用する患者の声はつぎのようなものです.「音声メールのほうが家族の声も聞けるし,メッセージを送るときも受けるときも,文字を目で確認する必要がないので,とても便利です.」「送られてくる写真を拡大して見ることができるし,音声での説明や雰囲気も伝わってくるから,とても嬉しいです.」簡単なメッセージを送る際のテキスト化という行程を排除することで,より自然な意志の疎通が可能となり,画像に音声の説明が補助データとして付加されることで,視覚障害者にとって受け取った情報へのアクセス性と理解度は大きく向上すると考えられます(図1).②手書きメール,手書き文字認識アプリの利用手書きの文字をテキストデータに変化させることが可能なアプリや,手書きの文字をそのまま画像データとして送ることのできるアプリを利用する視覚障害者もいます.これらのアプリは,キーボードによるテキスト入力が困難な視覚障害者にはとても便利です(図2).タッチパネル式の端末の操作における最大の難所でああたらしい眼科Vol.30,No.12,20131721 図1画面下部の大きなアイコンを押して音声を入力し,音声メールとして相手に送信することが可能(HeyTell:開発元Voxilate)るテキスト入力に,手書き入力を用いることで,文字入力に関するハードルは大きく低下します.これらの情報端末を用いて情報発信を望む視覚障害者は非常に多く,これまで最大の問題点であった文字入力を,外付けのキーボードなどを用いずに,単一の端末上で完結することができます.このことは持ち運ぶ必要のあるエイドの軽減にもつながり,これらのデバイスが実際に使い続けられるエイドとなるうえでとても重要です.③インターネットテレビ通話アプリFaceTime(AppleInc.)やSkype(MicrosoftCorp.)に代表されるインターネットテレビ通話の普及は視覚障害にとっても大きな変化の一つです.スマートフォンとタブレット型PCとの間では,携帯電話回線を利用してインターネットテレビ通話を利用することが可能です.通話頻度の高い連絡先をショートカットアイコンとしてホーム画面に作成することが可能なアプリなどを利用する視覚障害者の言葉はつぎのようなものでした.「道に迷ったらすぐに家族や友人にテレビ通話をして,道案内をしてもらっています.困ったときにテレビ通話ができる友人が,まるでポケットの中にいてくれるよう図2下段の枠内にフリーハンドで記載した文字が,リアルタイムにテキストデータへと変化するアプリ(7notesforiPad:開発元7KnowleCorporation)で,とても安心です.」デジタル端末によるロービジョンケアにおいてもっとも大切なことは,人とのつながりの構築であると私は考えます.■患者間のコミュニケーションツールとしてのデジタルデバイス導入の意義テキストを介さない音声による意志疎通や,端末のカメラが介助してくれる友人の目として機能する時代,視覚障害者が情報障害者とならないために大切なことは,各個人に合った不便さを感じることのないコミュケーション法の確立にあると私は考えます.デジタルデバイスをとおして,人と人とが障害を超えてつながることで,初めてデジタルデバイスは本当の意味でのデジタルロービジョンエイドとして機能しはじめると私は信じています.本文の内容や各種セミナーの詳細に関する質問などはGiftHandsのホームページ「問い合わせのページ」よりいつでも受けつけていますので,お気軽に連絡ください.GiftHands:http://www.gifthands.jp/1722あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(74)