特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):51.56,2014特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):51.56,2014抗VEGF薬と網膜レーザー光凝固併用治療PhotocoagulationCombinedwithAnti-VascularEndothelialGrowthFactorTherapy荻野顕*辻川明孝*はじめに抗VEGF薬とレーザー治療の併用については,糖尿病網膜症,網膜中心静脈閉塞症,網膜静脈分枝閉塞症において近年多く報告されている.抗VEGF薬とレーザー治療を併用する目的としては,双方を黄斑浮腫の治療として使用することと,汎網膜光凝固(PRP)に伴う黄斑浮腫の悪化に対して抗VEGF薬を用いることの2つが考えられる.2013年8月末に網膜静脈閉塞症に対する抗VEGF薬の使用が認可され,近々,糖尿病網膜症に対しても適応が拡大することが予想されるために,従来のレーザー治療との組み合わせについて考察したい.I網膜静脈閉塞症1.格子状光凝固と抗VEGF薬〔自検例について〕筆者らは過去に網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫に対し,抗VEGF薬と網膜格子状光凝固を施行した時期があり,その経験について記載したい.黄斑浮腫は網膜静脈閉塞症に伴う視力低下のおもな原因である.静脈閉塞により末梢の血管内圧が上昇,bloodretinalbarrierが破綻し,毛細血管から血液成分が漏出,黄斑浮腫を形成する.血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)は血管透過性を亢進させるkeyplayerであり,その中和抗体の使用は現在,加齢黄斑変性をはじめ,糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症において報告されている.抗VEGF薬の効果は1週間以内に現われ,特に網膜静脈閉塞症では著明な黄斑浮腫の改善を認める.しかし,その持続効果は短く,数カ月で黄斑浮腫は再発するため,繰り返し投与しなくてはならない.格子状光凝固は網膜静脈閉塞症の黄斑浮腫に対して行われるevidenceに基づく治療である.網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)では,長期的な視力予後を改善し,中心静脈閉塞症(CRVO)では視力の改善はないものの,蛍光眼底上黄斑浮腫を軽減することがrandomizedcontrolledtrialで1980年代に示されている.これらの研究では格子状光凝固はアルゴンレーザーを用いて100μmのspotsize×0.1秒で色素上皮レベルに中程度の白色斑を形成するように凝固するとされているが,網膜浮腫や網膜.離のため,適切とされる凝固斑を得るためのレーザーパワーの調整は容易ではない.そこで筆者らは,抗VEGF薬により網膜浮腫を軽減させたうえで格子状光凝固を行うことにより,確実で効果的な治療効果が得られるのではないかと考えた.また抗VEGF薬の効果が薄れてきた際に,格子状光凝固が施行されていれば,浮腫の再発が抑制できるのではないかと仮説を立てた.筆者らは2006年から2008年にかけて倫理委員会の承認のもとベバシズマブを適応外使用でRVOの治療に使用することができた.79例79眼,視力不良のRVOに伴う黄斑浮腫(BRVO42,hemiCRVO13,CRVO24)に対しベバシズマブ1.25mg硝子体内投与を行ったところ,黄斑浮腫は有意に減少し,63眼(79.7%)で黄斑浮*KenOgino&AkitakaTsujikawa:京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学〔別刷請求先〕荻野顕:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(51)511.4:BRVO:CRVO治療前初回ベバシズマブ後1M併用療法前1M3M6M12M最終1,000900800700:BRVO:CRVO6M12M最終3M1M前療法1M併用治療前初回ベバシズマブ後1.2網膜厚(μm)1視力(logMAR)6005004003000.80.620010000.40.20図1b網膜厚の経過BRVO・CRVOともに最終受診時にはベバシズマブ併用格子図1a視力の経過治療前と比較するとBRVOでは最終視力が改善しているが,CRVOでは有意差なし.ベバシズマブ併用格子状光凝固投与前と最終視力にはBRVO・CRVOともに有意な改善は認めなかった.〔文献1)より一部改変〕腫の完全消失を認めた.しかし,66眼(83.5%)で数カ月内に黄斑浮腫は再発し,再治療が必要となった.再治療は中心窩に.胞様腔が出現し,網膜厚が250μmを超え,視力低下を伴った際に行った.再治療として,ベバシズマブ再投与,格子状光凝固,トリアムシノロン硝子体注射,硝子体手術,経過観察の選択肢が考えられ,28眼(BRVO19眼,CRVO9眼)に対してベバシズマブ追加投与+格子状光凝固が行われた.その症例を後ろ向きに検討してみると,BRVO,CRVOともに最終受診時(30.2カ月後)には,治療前と比較して有意に網膜厚は減少したが,視力改善はBRVO症例のみであった(図1).その間のベバシズマブの投与回数は2.8回であった.この研究では,ベバシズマブ投与12.3日後に格子状光凝固を行っているが,黄斑浮腫の軽減により561nm(yellow)の半導体レーザーを用いてspotsize100μm×0.1秒,70.140mWという非常に低い出力で凝固斑を得られている1)(図2).結論としては,ラニビズマブ投与を先行させることで確かに格子状光凝固は低出力で確実に凝固斑を得られることが確認できた.しかし,格子状光凝固を併用してもやはり黄斑浮腫の再発がBRVO12例,CRVO7例で認められ,再発の抑制は困難であることがわかった(図3,4).52あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014状光凝固投与前と比較して有意な網膜厚の減少を認めた.〔文献1)より一部改変〕〔最近の海外報告,EvidenceBasedMedicine〕RVOに対して,抗VEGF薬の一つであるラニビズマブを用いた多施設RCT(RandomizedControlledTrial)の結果が2011年に報告されており2,3),BRVOとCRVOともにsham群よりもラニビズマブ0.3mgもしくは0.5mg硝子体内投与群のほうが治療開始1カ月でETDRSチャート10文字程度視力が良くなり,6カ月まで改善が続くという結果であった.この研究では,ラニビズマブは6カ月間毎月投与を行っている.BRVO症例では3カ月の時点で視力0.5以下の症例,中心窩網膜厚250μm以上の症例,ベースラインと比較してあまり改善していない(ETDRSチャート5字以上,網膜厚50μm以上の改善が認められない)症例には格子状光凝固を施行するというプロトコールになっている.しかし,この厳格な基準に則ってもラニビズマブ投与群では18.7.19.8%(sham群では54.5%)しか格子状光凝固をしなくてよいという結果であった.この研究では格子状光凝固を行った症例の経過がどのようであったかは記されていない.2.PRPと抗VEGF薬網膜静脈閉塞症では周辺部の無灌流域と黄斑浮腫の関連が示唆される報告がいくつか出ており,PRPもしくは周辺部無灌流域へのばらまきレーザー(scatterlaser)をすることで,抗VEGF薬の注入回数を減らすことが(52)図2格子状光凝固(左上:直前,上中央:直後,右上:5カ月後)の眼底写真と,格子状光凝固前後のmicroperimetry(左下:術前,右下:術後)ベバシズマブ投与後1週間に,半導体レーザーにてyellow561nm,100mW,100μm,100ms106発の格子状光凝固を行った.格子状光凝固を行った範囲の網膜感度は明らかな変化を認めない.硝注後1M経過最終中心窩CME消失(n=17)CME残存(n=2)再発なし(n=5)再発あり(n=12)中心窩CME消失(n=14)CME残存(n=5)CME消失(n=1)CME残存(n=1)図3aBRVOによる再発黄斑浮腫に対してベバシズマブ+格子状光凝固を施行した症例の経過ベバシズマブ硝子体注入後,11日で格子状光凝固を行った.術後1カ月で中心窩CMEが残存した症例のうち1例と再発した症例のうち9症例については追加治療を行った(ベバシズマブ8例,格子状光凝固3例).最終受診時(22M)の時点で14/19でCMEの消失を認めた.硝注後1M経過最終中心窩CME消失(n=8)再発なし(n=1)CME残存(n=1)再発あり(n=7)中心窩CME消失(n=6)CME残存(n=3)CME残存(n=1)図3bCRVOによる再発黄斑浮腫に対しベバシズマブ+格子状光凝固を施行した症例の経過ベバシズマブ硝子体注入後,14日で格子状光凝固を行った.術後1カ月で中心窩CMEが残存した症例1例と再発した症例のうち2例については追加治療を行った(ベバシズマブ2例,格子状光凝固1例).最終受診時(23M)の時点で6/9でCMEの消失を認めた.(53)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201453治療前ベバシズマブ後1M再発併用療法後1M再発なし再発あり治療前ベバシズマブ後1M再発併用療法後1M再発なし再発あり図4ベバシズマブ併用格子状光凝固を施行し,再発した症例としなかった症例のOCT像両症例ともにBRVOであるが,術前には再発を予測できる因子はなかった.〔文献1)より一部改変〕できるかということについても検討されている.しかし,現在のところ,小数例の検討のみであり,その結果もcontroversialである.〔今後の戦略〕BRVOでは,BRAVO研究の結果から,ラニビズマブを代表とする抗VEGF薬を毎月打ち続けることで早期に80%の症例で黄斑浮腫を消失させ,0.5より良い視力が得られ,6カ月の時点で最良の視力が得られることがわかった.残りの20%については,抗VEGF薬のみでは不十分で追加治療を考慮したいところであるが,筆者らの結果も合わせると,格子状光凝固追加による視力改善や浮腫再発抑制はむずかしいと思われる.より予後の悪いCRVOにおいても,抗VEGF薬単独治療により80%の症例で視力改善が得られる.今後BRVO,CRVO治療のfirstlineは抗VEGF薬の投与となり,何らかの54あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014事情で抗VEGF薬が使用できない症例に対してのみ格子状光凝固を含めた他の治療を選択していくことになると思われる.II糖尿病網膜症〔海外の報告,EvidenceBasedMedicine〕糖尿病網膜症に関しては,自施設においてまとまったデータを持ち合わせていないため,最近の報告について紹介したい.1.局所.格子状光凝固と抗VEGF薬糖尿病網膜症に対する抗VEGF薬投与は,わが国ではおもに血管新生緑内障や重症増殖糖尿病網膜症に対し,出血予防のための術前処置として適応外使用されてきた.そして,2010年のDRCRnetworkからの報告4)では,黄斑浮腫に対する治療としてのラニビズマブ硝子体内投与が,局所/格子状光凝固やトリアムシノロン硝子体内注入よりも有効であることが明らかとなっているため,国内での承認が下りれば急速に広がるものと予想される.糖尿病黄斑浮腫においても抗VEGF薬が主役となっていくのは間違いないが,2012年の最終報告ではさらに局所/格子状光凝固を併用した群とできるだけしない群に分けて検討を行っている5).おおまかにまとめると,初回ラニビズマブ投与後3.10日で局所/格子状凝固を一度施行し,その後3年間で2回(中央値)追加した群と,できるだけ光凝固を併用せず(54%の症例で一度も施行せず)で比較すると,3年後の視力はできるだけ光凝固を併用しなかった群のほうがETDRSチャートで2.9文字良かったという結果であった.ラニビズマブの投与回数は光凝固併用群で12回,併用しなかった群で15回となっている.この報告ではinvestigatorがmaskされていないために,光凝固併用群では光凝固しているのでラニビズマブを打たなくても大丈夫であろうというbiasがかかって,ラニビズマブの投与回数が少なく,結果として3年後の視力が悪かったという考察をしている.少なくとも,糖尿病黄斑浮腫の治療においてETDRSで示された局所/格子状光凝固の有効性が隠れてしまうほどに,抗VEGF薬は強力であるということ(54)術前1.21回後0.92回後0.53回後術前1.21回後0.92回後0.53回後であることは間違いない.抗VEGF薬の問題点は繰り返し打ち続けなければならないことであるが,この研究で特筆すべきは,2年目,3年目でラニビズマブの投与回数が減っている(2年目中央値2.3回,3年目中央値1.2回)にもかかわらず視力の維持ができていることである.このことは実際に抗VEGF薬を使用していくうえで患者にとっても,医療経済的にも大きな福音である.ちなみに,ヨーロッパで行われたRESTOREstudyにおいても,レーザー併用による効果は認められていない.2.PRPと抗VEGF薬糖尿病網膜症国際重症度分類においてsevereNPDR(非増殖糖尿病網膜症)以降でPRPを行うことが一般になっているが,PRPを行うことによる黄斑浮腫の惹起は見過ごすことのできない合併症である(図5).抗VEGF薬を使用することによって,このPRPに伴う黄斑浮腫の予防や治療が可能になるのではないかということでいくつかの研究がなされている.DRCRnetworkでは,ラニビズマブもしくはトリアムシノロンをPRPの前に行い,sham群と比較してPRP術後14週目での視力に差を認めたことを報告している6).この報告ではラニビズマブを投与し,3.10日以内に局所/格子状光凝固を行い,4週目でラニビズマブ再投与,49日以内にPRPを完成させるというものである.Sham群では術前より視力が4文字悪化したのに対し,ラニビズマブ併用群では1文字改善,トリアムシノロン群では2文字改善となっている.特にbaselineで黄斑浮腫が軽症であった症例(網膜厚が400μm未満)ではsham群は31μmの悪化,ラニビズマブ群では12μm改善,トリアムシノロン群では35μm改善となっており,抗VEGF薬を併用してPRPを行うことで,術後早期の黄斑浮腫出現による視力低下を予防できる可能性がある.〔今後の戦略〕抗VEGF薬の登場により,黄斑浮腫の治療としては局所/格子状光凝固を選択する機会が今以上に減ってくることが予想される.SevereNPDR以降の糖尿病網膜(55)0.44回後1M0.4術後6M1.0図5増殖糖尿病網膜症に対するPRP術前に黄斑浮腫を認めたため,局所/格子状光凝固から開始,PRPを行ったが途中黄斑浮腫の悪化を認めた.術後トリアムシノロン,抗VEGF薬は使用しなかったが,黄斑浮腫は自然軽快した.PRP途中には視力低下を認め,患者からの不満の声が聞かれた.症に対するPRPは重篤な視力障害のリスクを下げることができる強力な治療法であり,歴史も長い.PRPが完成されている眼では,たとえ硝子体出血が起こったり,増殖性変化が強くなってきても,硝子体手術を安全に行うことが可能であり,その恩恵は計り知れない.抗VEGF薬がPRPにとってかわる可能性は低いと考えるが,臨床の現場で黄斑浮腫の出現による患者の不満の声あたらしい眼科Vol.31,No.1,201455を聞くことは少なくないため,PRPの術前に抗VEGF薬の硝子体内注入を併用することが一般的になるかもしれない.おわりに糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症における黄斑浮腫の治療として,今後抗VEGF薬の適応が拡大されることが予想される.その際に,従来から行ってきた格子状光凝固,硝子体手術,およびトリアムシノロンを含むその他の薬剤による治療とどのように優先順位をつけていくのか,またどのように組み合わせていくべきなのかについて臨床の現場でしばらく混乱も生じることであろう.現時点で筆者らは大規模RCTの結果を尊重し,黄斑浮腫に対する治療としては加齢黄斑変性と同じく,抗VEGF薬の投与をfirstchoiceとすることが望ましいと考える.脳梗塞などの全身リスクの高い患者,コスト面で治療継続がむずかしい患者,通院を続けることがむずかしい患者には格子状光凝固を含めた他の治療法が薦められる.また,糖尿病網膜症や網膜中心静脈閉塞症で汎網膜光凝固が必要とされる場合,汎網膜光凝固に伴う黄斑浮腫の予防のために,抗VEGF薬投与を先行させることは短期的には効果的であると考えている.文献1)OginoK,TsujikawaA,MurakamiTetal:Gridphotocoagulationcombinedwithintravitrealbevacizumabforrecurrentmacularedemaassociatedwithretinalveinocclusion.ClinOphthalmol5:1031-1036,20112)BrownDM,CampochiaroPA,SinghRPetal:Ranibizumabformacularedemafollowingcentralretinalveinocclusion:six-monthprimaryendpointresultsofaphaseIIIstudy.Ophthalmology117:1124-1133,20103)CampochiaroPA,HafizG,ChannaRetal:Antagonismofvascularendothelialgrowthfactorformacularedemacausedbyretinalveinocclusions:two-yearoutcomes.Ophthalmology117:2387-2394e2385,20104)ElmanMJ,AielloLP,BeckRWetal:Randomizedtrialevaluatingranibizumabpluspromptordeferredlaserortriamcinolonepluspromptlaserfordiabeticmacularedema.Ophthalmology117:1064-1077e1035,20105)DoDV,NguyenQD,KhwajaAAetal:Ranibizumabforedemaofthemaculaindiabetesstudy:3-yearoutcomesandtheneedforprolongedfrequenttreatment.JAMAOphthalmol131:139-145,20136)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork,GoogeJ,BruckerAJ,BresslerNMetal:Randomizedtrialevaluatingshort-termeffectsofintravitrealranibizumabortriamcinoloneacetonideonmacularedemaafterfocal/gridlaserfordiabeticmacularedemaineyesalsoreceivingpanretinalphotocoagulation.Retina31:1009-1027,201156あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(56)