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抗VGEF薬と網膜レーザー光凝固併用治療

2014年1月31日 金曜日

特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):51.56,2014特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):51.56,2014抗VEGF薬と網膜レーザー光凝固併用治療PhotocoagulationCombinedwithAnti-VascularEndothelialGrowthFactorTherapy荻野顕*辻川明孝*はじめに抗VEGF薬とレーザー治療の併用については,糖尿病網膜症,網膜中心静脈閉塞症,網膜静脈分枝閉塞症において近年多く報告されている.抗VEGF薬とレーザー治療を併用する目的としては,双方を黄斑浮腫の治療として使用することと,汎網膜光凝固(PRP)に伴う黄斑浮腫の悪化に対して抗VEGF薬を用いることの2つが考えられる.2013年8月末に網膜静脈閉塞症に対する抗VEGF薬の使用が認可され,近々,糖尿病網膜症に対しても適応が拡大することが予想されるために,従来のレーザー治療との組み合わせについて考察したい.I網膜静脈閉塞症1.格子状光凝固と抗VEGF薬〔自検例について〕筆者らは過去に網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫に対し,抗VEGF薬と網膜格子状光凝固を施行した時期があり,その経験について記載したい.黄斑浮腫は網膜静脈閉塞症に伴う視力低下のおもな原因である.静脈閉塞により末梢の血管内圧が上昇,bloodretinalbarrierが破綻し,毛細血管から血液成分が漏出,黄斑浮腫を形成する.血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)は血管透過性を亢進させるkeyplayerであり,その中和抗体の使用は現在,加齢黄斑変性をはじめ,糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症において報告されている.抗VEGF薬の効果は1週間以内に現われ,特に網膜静脈閉塞症では著明な黄斑浮腫の改善を認める.しかし,その持続効果は短く,数カ月で黄斑浮腫は再発するため,繰り返し投与しなくてはならない.格子状光凝固は網膜静脈閉塞症の黄斑浮腫に対して行われるevidenceに基づく治療である.網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)では,長期的な視力予後を改善し,中心静脈閉塞症(CRVO)では視力の改善はないものの,蛍光眼底上黄斑浮腫を軽減することがrandomizedcontrolledtrialで1980年代に示されている.これらの研究では格子状光凝固はアルゴンレーザーを用いて100μmのspotsize×0.1秒で色素上皮レベルに中程度の白色斑を形成するように凝固するとされているが,網膜浮腫や網膜.離のため,適切とされる凝固斑を得るためのレーザーパワーの調整は容易ではない.そこで筆者らは,抗VEGF薬により網膜浮腫を軽減させたうえで格子状光凝固を行うことにより,確実で効果的な治療効果が得られるのではないかと考えた.また抗VEGF薬の効果が薄れてきた際に,格子状光凝固が施行されていれば,浮腫の再発が抑制できるのではないかと仮説を立てた.筆者らは2006年から2008年にかけて倫理委員会の承認のもとベバシズマブを適応外使用でRVOの治療に使用することができた.79例79眼,視力不良のRVOに伴う黄斑浮腫(BRVO42,hemiCRVO13,CRVO24)に対しベバシズマブ1.25mg硝子体内投与を行ったところ,黄斑浮腫は有意に減少し,63眼(79.7%)で黄斑浮*KenOgino&AkitakaTsujikawa:京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学〔別刷請求先〕荻野顕:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(51)51 1.4:BRVO:CRVO治療前初回ベバシズマブ後1M併用療法前1M3M6M12M最終1,000900800700:BRVO:CRVO6M12M最終3M1M前療法1M併用治療前初回ベバシズマブ後1.2網膜厚(μm)1視力(logMAR)6005004003000.80.620010000.40.20図1b網膜厚の経過BRVO・CRVOともに最終受診時にはベバシズマブ併用格子図1a視力の経過治療前と比較するとBRVOでは最終視力が改善しているが,CRVOでは有意差なし.ベバシズマブ併用格子状光凝固投与前と最終視力にはBRVO・CRVOともに有意な改善は認めなかった.〔文献1)より一部改変〕腫の完全消失を認めた.しかし,66眼(83.5%)で数カ月内に黄斑浮腫は再発し,再治療が必要となった.再治療は中心窩に.胞様腔が出現し,網膜厚が250μmを超え,視力低下を伴った際に行った.再治療として,ベバシズマブ再投与,格子状光凝固,トリアムシノロン硝子体注射,硝子体手術,経過観察の選択肢が考えられ,28眼(BRVO19眼,CRVO9眼)に対してベバシズマブ追加投与+格子状光凝固が行われた.その症例を後ろ向きに検討してみると,BRVO,CRVOともに最終受診時(30.2カ月後)には,治療前と比較して有意に網膜厚は減少したが,視力改善はBRVO症例のみであった(図1).その間のベバシズマブの投与回数は2.8回であった.この研究では,ベバシズマブ投与12.3日後に格子状光凝固を行っているが,黄斑浮腫の軽減により561nm(yellow)の半導体レーザーを用いてspotsize100μm×0.1秒,70.140mWという非常に低い出力で凝固斑を得られている1)(図2).結論としては,ラニビズマブ投与を先行させることで確かに格子状光凝固は低出力で確実に凝固斑を得られることが確認できた.しかし,格子状光凝固を併用してもやはり黄斑浮腫の再発がBRVO12例,CRVO7例で認められ,再発の抑制は困難であることがわかった(図3,4).52あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014状光凝固投与前と比較して有意な網膜厚の減少を認めた.〔文献1)より一部改変〕〔最近の海外報告,EvidenceBasedMedicine〕RVOに対して,抗VEGF薬の一つであるラニビズマブを用いた多施設RCT(RandomizedControlledTrial)の結果が2011年に報告されており2,3),BRVOとCRVOともにsham群よりもラニビズマブ0.3mgもしくは0.5mg硝子体内投与群のほうが治療開始1カ月でETDRSチャート10文字程度視力が良くなり,6カ月まで改善が続くという結果であった.この研究では,ラニビズマブは6カ月間毎月投与を行っている.BRVO症例では3カ月の時点で視力0.5以下の症例,中心窩網膜厚250μm以上の症例,ベースラインと比較してあまり改善していない(ETDRSチャート5字以上,網膜厚50μm以上の改善が認められない)症例には格子状光凝固を施行するというプロトコールになっている.しかし,この厳格な基準に則ってもラニビズマブ投与群では18.7.19.8%(sham群では54.5%)しか格子状光凝固をしなくてよいという結果であった.この研究では格子状光凝固を行った症例の経過がどのようであったかは記されていない.2.PRPと抗VEGF薬網膜静脈閉塞症では周辺部の無灌流域と黄斑浮腫の関連が示唆される報告がいくつか出ており,PRPもしくは周辺部無灌流域へのばらまきレーザー(scatterlaser)をすることで,抗VEGF薬の注入回数を減らすことが(52) 図2格子状光凝固(左上:直前,上中央:直後,右上:5カ月後)の眼底写真と,格子状光凝固前後のmicroperimetry(左下:術前,右下:術後)ベバシズマブ投与後1週間に,半導体レーザーにてyellow561nm,100mW,100μm,100ms106発の格子状光凝固を行った.格子状光凝固を行った範囲の網膜感度は明らかな変化を認めない.硝注後1M経過最終中心窩CME消失(n=17)CME残存(n=2)再発なし(n=5)再発あり(n=12)中心窩CME消失(n=14)CME残存(n=5)CME消失(n=1)CME残存(n=1)図3aBRVOによる再発黄斑浮腫に対してベバシズマブ+格子状光凝固を施行した症例の経過ベバシズマブ硝子体注入後,11日で格子状光凝固を行った.術後1カ月で中心窩CMEが残存した症例のうち1例と再発した症例のうち9症例については追加治療を行った(ベバシズマブ8例,格子状光凝固3例).最終受診時(22M)の時点で14/19でCMEの消失を認めた.硝注後1M経過最終中心窩CME消失(n=8)再発なし(n=1)CME残存(n=1)再発あり(n=7)中心窩CME消失(n=6)CME残存(n=3)CME残存(n=1)図3bCRVOによる再発黄斑浮腫に対しベバシズマブ+格子状光凝固を施行した症例の経過ベバシズマブ硝子体注入後,14日で格子状光凝固を行った.術後1カ月で中心窩CMEが残存した症例1例と再発した症例のうち2例については追加治療を行った(ベバシズマブ2例,格子状光凝固1例).最終受診時(23M)の時点で6/9でCMEの消失を認めた.(53)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201453 治療前ベバシズマブ後1M再発併用療法後1M再発なし再発あり治療前ベバシズマブ後1M再発併用療法後1M再発なし再発あり図4ベバシズマブ併用格子状光凝固を施行し,再発した症例としなかった症例のOCT像両症例ともにBRVOであるが,術前には再発を予測できる因子はなかった.〔文献1)より一部改変〕できるかということについても検討されている.しかし,現在のところ,小数例の検討のみであり,その結果もcontroversialである.〔今後の戦略〕BRVOでは,BRAVO研究の結果から,ラニビズマブを代表とする抗VEGF薬を毎月打ち続けることで早期に80%の症例で黄斑浮腫を消失させ,0.5より良い視力が得られ,6カ月の時点で最良の視力が得られることがわかった.残りの20%については,抗VEGF薬のみでは不十分で追加治療を考慮したいところであるが,筆者らの結果も合わせると,格子状光凝固追加による視力改善や浮腫再発抑制はむずかしいと思われる.より予後の悪いCRVOにおいても,抗VEGF薬単独治療により80%の症例で視力改善が得られる.今後BRVO,CRVO治療のfirstlineは抗VEGF薬の投与となり,何らかの54あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014事情で抗VEGF薬が使用できない症例に対してのみ格子状光凝固を含めた他の治療を選択していくことになると思われる.II糖尿病網膜症〔海外の報告,EvidenceBasedMedicine〕糖尿病網膜症に関しては,自施設においてまとまったデータを持ち合わせていないため,最近の報告について紹介したい.1.局所.格子状光凝固と抗VEGF薬糖尿病網膜症に対する抗VEGF薬投与は,わが国ではおもに血管新生緑内障や重症増殖糖尿病網膜症に対し,出血予防のための術前処置として適応外使用されてきた.そして,2010年のDRCRnetworkからの報告4)では,黄斑浮腫に対する治療としてのラニビズマブ硝子体内投与が,局所/格子状光凝固やトリアムシノロン硝子体内注入よりも有効であることが明らかとなっているため,国内での承認が下りれば急速に広がるものと予想される.糖尿病黄斑浮腫においても抗VEGF薬が主役となっていくのは間違いないが,2012年の最終報告ではさらに局所/格子状光凝固を併用した群とできるだけしない群に分けて検討を行っている5).おおまかにまとめると,初回ラニビズマブ投与後3.10日で局所/格子状凝固を一度施行し,その後3年間で2回(中央値)追加した群と,できるだけ光凝固を併用せず(54%の症例で一度も施行せず)で比較すると,3年後の視力はできるだけ光凝固を併用しなかった群のほうがETDRSチャートで2.9文字良かったという結果であった.ラニビズマブの投与回数は光凝固併用群で12回,併用しなかった群で15回となっている.この報告ではinvestigatorがmaskされていないために,光凝固併用群では光凝固しているのでラニビズマブを打たなくても大丈夫であろうというbiasがかかって,ラニビズマブの投与回数が少なく,結果として3年後の視力が悪かったという考察をしている.少なくとも,糖尿病黄斑浮腫の治療においてETDRSで示された局所/格子状光凝固の有効性が隠れてしまうほどに,抗VEGF薬は強力であるということ(54) 術前1.21回後0.92回後0.53回後術前1.21回後0.92回後0.53回後であることは間違いない.抗VEGF薬の問題点は繰り返し打ち続けなければならないことであるが,この研究で特筆すべきは,2年目,3年目でラニビズマブの投与回数が減っている(2年目中央値2.3回,3年目中央値1.2回)にもかかわらず視力の維持ができていることである.このことは実際に抗VEGF薬を使用していくうえで患者にとっても,医療経済的にも大きな福音である.ちなみに,ヨーロッパで行われたRESTOREstudyにおいても,レーザー併用による効果は認められていない.2.PRPと抗VEGF薬糖尿病網膜症国際重症度分類においてsevereNPDR(非増殖糖尿病網膜症)以降でPRPを行うことが一般になっているが,PRPを行うことによる黄斑浮腫の惹起は見過ごすことのできない合併症である(図5).抗VEGF薬を使用することによって,このPRPに伴う黄斑浮腫の予防や治療が可能になるのではないかということでいくつかの研究がなされている.DRCRnetworkでは,ラニビズマブもしくはトリアムシノロンをPRPの前に行い,sham群と比較してPRP術後14週目での視力に差を認めたことを報告している6).この報告ではラニビズマブを投与し,3.10日以内に局所/格子状光凝固を行い,4週目でラニビズマブ再投与,49日以内にPRPを完成させるというものである.Sham群では術前より視力が4文字悪化したのに対し,ラニビズマブ併用群では1文字改善,トリアムシノロン群では2文字改善となっている.特にbaselineで黄斑浮腫が軽症であった症例(網膜厚が400μm未満)ではsham群は31μmの悪化,ラニビズマブ群では12μm改善,トリアムシノロン群では35μm改善となっており,抗VEGF薬を併用してPRPを行うことで,術後早期の黄斑浮腫出現による視力低下を予防できる可能性がある.〔今後の戦略〕抗VEGF薬の登場により,黄斑浮腫の治療としては局所/格子状光凝固を選択する機会が今以上に減ってくることが予想される.SevereNPDR以降の糖尿病網膜(55)0.44回後1M0.4術後6M1.0図5増殖糖尿病網膜症に対するPRP術前に黄斑浮腫を認めたため,局所/格子状光凝固から開始,PRPを行ったが途中黄斑浮腫の悪化を認めた.術後トリアムシノロン,抗VEGF薬は使用しなかったが,黄斑浮腫は自然軽快した.PRP途中には視力低下を認め,患者からの不満の声が聞かれた.症に対するPRPは重篤な視力障害のリスクを下げることができる強力な治療法であり,歴史も長い.PRPが完成されている眼では,たとえ硝子体出血が起こったり,増殖性変化が強くなってきても,硝子体手術を安全に行うことが可能であり,その恩恵は計り知れない.抗VEGF薬がPRPにとってかわる可能性は低いと考えるが,臨床の現場で黄斑浮腫の出現による患者の不満の声あたらしい眼科Vol.31,No.1,201455 を聞くことは少なくないため,PRPの術前に抗VEGF薬の硝子体内注入を併用することが一般的になるかもしれない.おわりに糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症における黄斑浮腫の治療として,今後抗VEGF薬の適応が拡大されることが予想される.その際に,従来から行ってきた格子状光凝固,硝子体手術,およびトリアムシノロンを含むその他の薬剤による治療とどのように優先順位をつけていくのか,またどのように組み合わせていくべきなのかについて臨床の現場でしばらく混乱も生じることであろう.現時点で筆者らは大規模RCTの結果を尊重し,黄斑浮腫に対する治療としては加齢黄斑変性と同じく,抗VEGF薬の投与をfirstchoiceとすることが望ましいと考える.脳梗塞などの全身リスクの高い患者,コスト面で治療継続がむずかしい患者,通院を続けることがむずかしい患者には格子状光凝固を含めた他の治療法が薦められる.また,糖尿病網膜症や網膜中心静脈閉塞症で汎網膜光凝固が必要とされる場合,汎網膜光凝固に伴う黄斑浮腫の予防のために,抗VEGF薬投与を先行させることは短期的には効果的であると考えている.文献1)OginoK,TsujikawaA,MurakamiTetal:Gridphotocoagulationcombinedwithintravitrealbevacizumabforrecurrentmacularedemaassociatedwithretinalveinocclusion.ClinOphthalmol5:1031-1036,20112)BrownDM,CampochiaroPA,SinghRPetal:Ranibizumabformacularedemafollowingcentralretinalveinocclusion:six-monthprimaryendpointresultsofaphaseIIIstudy.Ophthalmology117:1124-1133,20103)CampochiaroPA,HafizG,ChannaRetal:Antagonismofvascularendothelialgrowthfactorformacularedemacausedbyretinalveinocclusions:two-yearoutcomes.Ophthalmology117:2387-2394e2385,20104)ElmanMJ,AielloLP,BeckRWetal:Randomizedtrialevaluatingranibizumabpluspromptordeferredlaserortriamcinolonepluspromptlaserfordiabeticmacularedema.Ophthalmology117:1064-1077e1035,20105)DoDV,NguyenQD,KhwajaAAetal:Ranibizumabforedemaofthemaculaindiabetesstudy:3-yearoutcomesandtheneedforprolongedfrequenttreatment.JAMAOphthalmol131:139-145,20136)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork,GoogeJ,BruckerAJ,BresslerNMetal:Randomizedtrialevaluatingshort-termeffectsofintravitrealranibizumabortriamcinoloneacetonideonmacularedemaafterfocal/gridlaserfordiabeticmacularedemaineyesalsoreceivingpanretinalphotocoagulation.Retina31:1009-1027,201156あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(56)

Selective Retina Therapy(SRT)

2014年1月31日 金曜日

特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):43.49,2014特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):43.49,2014SelectiveRetinaTherapy(SRT)SelectiveRetinaTherapy(SRT)山本学*はじめに眼底疾患に対するレーザー治療は,糖尿病網膜症での治療に代表されるように,もともと神経網膜の酸素需要量を減少させることが目的で,網膜の最外層に位置する網膜色素上皮(RPE)内のメラニンにレーザーのエネルギーが吸収されることによる熱凝固が主体であった.色素上皮で発生した熱はその内層の神経網膜,および外層の脈絡膜にも到達し,機能的・機械的な障害が起きる.糖尿病網膜症ではこれを利用して,網膜新生血管の発生を予防もしくは消退させるのであるが,網膜に対する破壊的な治療であることは周知の事実である.これを応用した加齢黄斑変性に対する従来のレーザー治療では,病態の主体である脈絡膜新生血管は消退するものの,視力は保てず機能的には十分な治療とは言い難かった.黄斑疾患に対するレーザー治療の場合,いかに低侵襲で安全に治療できるかが問題となる.従来の熱凝固の場合,治療する部位が黄斑部の中心に近ければ近いほど,視野に見えない場所ができる暗点という合併症が生じやすくなる.また,黄斑部の中心である中心窩に病変がある場合は,従来のレーザーで行えば,高確率で視力低下が発生し,視力も0.1以下になってしまう.これを避けるために,さまざまな工夫を凝らした治療が開発されてきた.加齢黄斑変性では光線力学的療法が臨床応用され,健常な神経網膜に障害を与えずに脈絡膜新生血管を閉塞させることができるようになった.最近,眼科領域でも活発になりつつあるマイクロパルスレーザーである図1SRTレーザーの装置が,これは神経網膜への熱の影響を可能な限り少なくする目的で行われている.マイクロ秒という短い時間で複数回照射するパルス波により,熱の拡散をRPE周囲のみに留めることができる.これにより,神経網膜を保護でき,視機能の低下をもたらすことも最小限となる1.3).SelectiveRetinaTherapy(SRT,選択的網膜色素上皮レーザー治療)は,マイクロパルスレーザーの一種であるが,従来のレーザーと根本的に違うのは,レーザー*ManabuYamamoto:大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学〔別刷請求先〕山本学:〒545-0051大阪市阿倍野区旭町1-5-7大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(43)43 の効果が熱凝固ではなく,熱機械的破砕(thermomechanicaldisruption)とよばれる特殊な機序によるところである.従来のマイクロパルスレーザーは限りなく低侵襲にできるメリットはあるものの基本的には熱凝固であるため,神経網膜への影響をゼロにはできない.SRTでは,特殊な条件を整えることにより,RPEのみを標的とし,その内層の神経網膜や外層の脈絡膜へ影響を及ぼすことなく治療できるようになった.このことから,SRT治療におけるコンセプトは,病的なRPEを破砕し,その周囲の健常なRPEの再生を促進することとされる.ISRTの特徴SRTの照射条件を表1に示す.マイクロパルスレーザーである点では他のマイクロパルスレーザーと変わりないが,この照射条件で行うと,熱エネルギーは限りなくRPE内のメラノソーム周囲のみに限局し,その部位での温度が上昇する.それによりメラノソーム周囲に微表1SRTの照射条件波長527nm(Nd:YLFレーザー)1パルスの照射時間1.7μs(1パルス分)1照射のパルス数30発1回のパルス照射エネルギー60μJ.パルス周波数100Hz1照射の時間300msスポットサイズ200μm小気泡が発生し,物理的にRPEが内部より破壊される.これを熱機械的破砕とし,熱凝固では不可能であったRPEのみをターゲットにすることを可能にした.従来の熱凝固とSRTの違いを模式図にしたものを図2に示す.熱凝固の場合では,閾値を超えた照射部位のみならず,その周囲のRPEや神経網膜,脈絡膜にまで熱の影響は及ぶが,SRTの場合は,照射した部位のRPEのみに影響し,その周囲のRPEや神経網膜・脈絡膜にはまったく影響しない4).熱機械的破砕を行う条件としては,50マイクロ秒以下のマイクロパルスレーザーで行うことが望ましいとされているが,ナノ秒までになると効果が不安定になるため,現在の照射条件となった経緯がある.ここでRPEの機能を述べる.RPEは網膜最外層で単層に並び,細胞間はtightjunctionとよばれる強固な細胞接着構造を持つ.RPEは生体内ではtightjunctionによる血液網膜関門の主体となるバリア機能として活躍する他,脱落した視細胞外節を貪食し,視細胞外節の再生を促進するという神経網膜の恒常性を維持するのに非常に重要な役割を持っている.SRTの作用機序を図3に示す.もともとRPEは増殖能が強いが,増殖するスペースがないと増殖しない.病的なRPEが存在すると,tightjunctionの破綻が発生したり,色素上皮の貪食能が低下したりすることで,神経網膜の恒常性が損なわれ,視機能低下につながる.SRT図2熱凝固とSRTの違い従来の熱凝固では,閾値を超えた照射部位の周囲にも熱の影響があり,神経網膜・脈絡膜側への熱の拡散が起こる.一方,SRTでは照射部位周囲への熱の拡散はなく,効果は網膜色素上皮のみに限局される.44あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(44) abcd図3SRTの作用機序病的な網膜色素上皮(RPE)により,網膜下へ滲出液が貯留する(a),SRTレーザーを照射すると,病的RPEが破砕される(b),破砕されたスペースへ正常なRPEが再増殖する(c),網膜下滲出液の吸収が促進される(d).abcdefgh図4SRT照射実験網膜色素上皮と脈絡膜を豚眼より取り出したorgancultureによるSRTの照射実験.a:単層に並んだ網膜色素上皮.b~g:SRTの照射エネルギーを徐々に大きくしていくと,微小気泡が大きくなる.h:SRT照射後.照射部位のRPEは破砕されている.では,この病的なRPEを破砕し,健常なRPEの再増殖に確認しながら治療ができていた.しかしながら,SRTを促す目的で照射を行う.SRTで病的RPEが破砕されでは熱凝固は発生しないため凝固斑は生じず,造影検査た後は,およそ数日から2週間程度で健常なRPEが再などで後から確認することはできても,リアルタイムに増殖し,もとの構造を取り戻すとされている.治療効果を確認することはできないため,不十分な治療SRTがRPEのみを標的にできることが判明したものに終わったり,不必要にエネルギーが大きくなったりすの,実際の治療には問題点もあった.従来の熱凝固による可能性も考えられた.不十分であった場合は追加の治るレーザーでは,神経網膜が白濁する凝固斑を見ること療が必要になる程度で済む(患者への負担が多くなるこができ,これによって臨床的にレーザー照射が適正になとは不利益ではある)が,照射エネルギーが大きくなっされていると判断していた.マイクロパルスレーザーでた場合は,周囲への熱エネルギーの拡散は生じるわけでも同様で,淡く網膜の深層が白濁するかしないかというはなく,微小気泡の発生が多く,大きくなる(図4).照ことを基準とすることが多く,熱凝固の影響を検眼鏡的射エネルギーが大きくなることで,生体内では密着して(45)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201445 表2SRTのモニターEnergyBurstSpotsizeSpotOA-Value/μJnumber/μm186743302002824203020031043,0243020041052,10530200左から順にレーザー照射番号,照射エネルギー,OA値,パルス回数(30回で固定),スポットサイズ.SRTを照射するたびにリアルタイムで表示される.50Zeit[μs]Zeit[μs]500102030Zeit[μs]図5OA値の測定4050エネルギーが弱くRPEが破砕される前は,30回のパルスの波形は一定であるが,エネルギーを強くしRPEが破砕されるほどになると,波形が乱れ始める.OA値はこの乱れを計算して測定している.いる神経網膜や脈絡膜側への物理的障害が懸念される.そこで,SRTの治療効果が一定になるように,光音響値(optoacousticvalue:OA値)が測定できるように追加で開発された(表2).RPE内で微小気泡が形成されると,RPEが膨張し,それによる振動が生じる.そ46あたらしい眼科Vol.31,No.1,201401020304050μJ2000-200-400Druck[μbar]010203040125μJ6004002000-200-400-600-500Druck[μbar]125μJ10005000-500-1000Druck[μbar]の振動をトランスジューサーで読み取り,波形として測定する.SRT照射1回におけるパルス照射回数は30回であり,微小気泡がRPEを破砕するのに十分なエネルギーでない場合は,30回のパルスの間,ほぼ常に一定の波形が得られる.エネルギーを強くしていき,RPEが破砕され始めると,30回のパルス波は均一でなくなり乱れが生じてくる.この乱れを数値に変換することで,レーザー照射の効果が十分であったかどうかが推測できる(図5).このOA値のおかげで,リアルタイムに照射エネルギーが十分かどうか判定でき,SRTの治療効果はかなり安定したものになっていると思われる.II中心性漿液性脈絡網膜症に対する治療中心性漿液性脈絡網膜症(centralserouschorioretinopathy:CSC)は,働き盛りとされる30.50代の男性に多いとされている.その症状としては,ものが歪んで見える変視症,ものが小さく見える小視症,中心が暗く見える中心暗点で,視力低下は軽度であるとされる.片眼性が多いが,両眼発症も少なからず存在する.原因は心身のストレスと言われ,重症の腎疾患患者や,副腎皮質ステロイド薬投与患者でも誘発されることがある.自然治癒の傾向が強く,通常数週間から半年で自然治癒するとされているが,最近では遷延や再発する症例も少なくない.比較的早期に自然治癒した場合は,後遺症を残すことなく終わることも多いが,遷延・再発を繰り返す場合は,視力低下や変視症などが改善できないこともある.その所見としては,黄斑部に限局した境界鮮明な漿液性網膜.離を認め,小型の漿液性網膜色素上皮.離を伴うこともある.フルオレセイン蛍光眼底造影検査を行うと,漿液性網膜.離内に通常1個,時には数個の蛍光漏出点がみられる.漏出は比較的激しく,噴水状や円形に拡大する(図6).病態生理は,原因は不明とされるが,インドシアニングリーン蛍光眼底造影で異常脈絡膜組織染がみられることから5),脈絡膜血管の異常透過性亢進にあるとされる.脈絡膜の透過性が亢進し,脈絡膜内に組織液が貯留することで,RPEが二次的に障害され,バリア機能が破綻すると,脈絡膜の組織液が神経網膜下へ漏出し,RPE(46) の網膜から脈絡膜へのポンプ機能低下も加わり,ますます網膜下に滲出液が貯留すると考えられている.CSCに対する治療としては,CSC自体に自然治癒傾向が強いことから,網膜.離吸収促進のために末梢循環改善薬や蛋白分解酵素製剤を補助的に使った経過観察をすることも多い.罹病期間の短縮,黄斑萎縮の予防,再発の予防目的で漏出点にレーザー凝固を行うが,黄斑部中心の中心窩に近いと通常のレーザー治療はできない.このような症例においては,最近では,加齢黄斑変性に使用する光線力学的療法が,中心性漿液性網脈絡膜症にも有効であるとの報告がある6).保険適用外使用であるが,効果は高いものと思われる.漏出点が中心窩付近にあっても治療することが可能であり,脈絡膜異常透過性亢進の部位に照射することで,透過性亢進が抑制さabc図6CSCの症例a:眼底写真.矢頭に漿液性網膜.離を認める.b:フルオレセイン蛍光眼底造影.旺盛な蛍光漏出がみられる(矢印).c:光干渉断層計による網膜の断層写真.中心窩下に漿液性網膜.離がみられる(矢印).ab図7SRT後のフルオレセイン蛍光眼底造影と光干渉断層計治療前にみられた蛍光漏出は,SRT3カ月後に消失している(矢印).また治療前にみられた漿液性網膜.離も消失している(下段).(47)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201447 れ,漿液性網膜.離が消失すると考えられている.光線力学的療法の問題点としては,現在保険適用外であるため高額な治療費を自己負担で行わなければならない点,脈絡膜循環への影響は大きく,長期的な視力予後は不明である点,また,光線力学的療法の治療時に使用するベルテポルフィンは光感受性物質であり,治療後5日程度は強い直射日光を避けるなどの光予防が働き盛りの患者に必要である点である.脈絡膜への影響を最小限に治療効果を高める方法としては,照射量半減などの方法が試みられ,良い結果が得られている7).SRTの過去の報告では,急性期のCSCに対しSRTを行い,無治療で経過を見たものよりも圧倒的に漿液性網膜.離の消失率が良かったとされている8).SRTも光線力学的療法と同じく,漏出点が中心窩付近にあっても理論的には治療することが可能である.当科でも2011年6月にSRTを導入した後,CSCに対し,倫理委員会承認のもと,SRTの臨床試験を開始した.3カ月以上遷延し,フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)で蛍光漏出を伴うものを対象とした.治療は漏出点をすべてカバーできるようにレーザー照射範囲決定し,OA値を参考に十分な効果が得られるように照射を行った.照射直後にFAを再検し,照射部位に間違いないことを確認した.その結果,3カ月後には約半数,6カ月後で8割程度の漿液性網膜.離の消失,FAでの蛍光漏出の消失が得られ,また3カ月後以降で術前と比較し視力改善もみられた.以上のことから,遷延したCSCの症例に対するSRTは,治療6カ月後までの短期経過では,視力維持,滲出性変化の改善に有効であったと思われた(ARVOannualmeeting,2013).III今後の展望CSCに関しては,引き続き継続した試験を行い,長期的にもSRTの有効性・安全性を検証していく必要があると思われる.また,今回は遷延したCSCのみを対象としたが,SRT自体のきわめて高い安全性を考慮すれば,発症後に可及的早期の段階でSRTを行うことは,社会復帰までの期間が短縮できる可能性などを考慮する48あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014と,自然治癒を待つよりも有効であると思われる.今後は急性期CSCに対するSRTの治療効果も検討していきたい.また,マイクロパルスレーザーの領域では,糖尿病黄斑浮腫や網膜静脈閉塞症に対する治療として有効であったという報告がある9).また過去のSRTの報告では,遷延性網膜.離に対する治療も有効とされている10).これを受けて,当科でも2012年9月に糖尿病黄斑浮腫,網膜静脈閉塞症に伴う黄斑部網膜浮腫,遷延性網膜.離,網膜.離手術後の残存網膜.離に対し,倫理委員会承認を受け,治療を開始している.最近では,糖尿病黄斑浮腫や網膜静脈閉塞症では,抗血管内皮増殖因子(VEGF)阻害剤の硝子体内注射により,網膜内の浮腫の軽減,視力改善に有効であったという報告が多い.しかしながら,抗VEGF阻害剤の単独治療では薬剤の効果の消失とともに再発も多く,治療回数が増え患者への負担も大きくなっている.これにSRTを併用することで,さらなる網膜内浮腫の軽減,視力改善が期待でき,ひいては再発を抑え,治療回数を減少させることも可能ではないかと考えている.SRTは眼科領域における他の眼底レーザー治療と比較し,低侵襲であるため,良好な視力であっても臆することなく治療を行うことができる.特に視力に関わる黄斑部近辺に病変が及ぶ場合には,神経網膜への影響を考え,なかなか治療に踏み切ることができなかった.視機能をできるだけ良く保つためには,疾患の早期発見,早期治療が基本であるが,SRTが治療適応となる場合には,早期治療の第一選択として考えていけるものと期待している.文献1)ChenSN,HwangJF,TsengLFetal:Subthresholddiodemicropulsephotocoagulationforthetreatmentofchroniccentralserouschorioretinopathywithjuxtafovealleakage.Ophthalmology115:2229-2234,20082)ParodiMB,SpasseS,IaconoPetal:Subthresholdgridlasertreatmentofmacularedemasecondarytobranchretinalveinocclusionwithmicropulseinfrared(810nanometer)diodelaser.Ophthalmology113:2237-2242,20063)稲垣圭司,伊勢田歩美,大越貴志子:糖尿病黄斑浮腫に対する直接凝固併用マイクロパルス・ダイオードレーザー閾(48) 値下凝固の治療成績の検討.日眼会誌116:568-574,20124)SchueleG,RumohrM,HuettmannGetal:RPEdamagethresholdsandmechanismsforlaserexposureinthemicrosecond-to-millisecondtimeregimen.InvestOphthalmolVisSci46:714-719,20055)HayashiK,HasegawaY,TokoroT:Indocyaninegreenangiographyofcentralserouschorioretinopathy.IntOphthalmol9:37-41,19866)YannuzziLA,SlakterJS,GrossNEetal:Indocyaninegreenangiography-guidedphotodynamictherapyfortreatmentofchroniccentralserouschorioretinopathy:apilotstudy.Retina23:288-298,20037)LaiTY,ChanWM,LiHetal:Safetyenhancedphotodynamictherapywithhalfdoseverteporfinforchroniccentralserouschorioretinopathy:ashorttermpilotstudy.BrJOphthalmol90:869-874,20068)KlattC,SaegerM,OppermannTetal:Selectiveretinatherapyforacutecentralserouschorioretinopathy.BrJOphthalmol95:83-88,20119)RoiderJ,LiewSH,KlattCetal:Selectiveretinatherapy(SRT)forclinicallysignificantdiabeticmacularedema.GraefesArchClinExpOphthalmol248:1263-1272,201010)KoinzerS,ElsnerH,KlattCetal:Selectiveretinatherapy(SRT)ofchronicsubfovealfluidaftersurgeryofrhegmatogenousretinaldetachment:threecasereports.GraefesArchClinExpOphthalmol246:1373-1378,2008(49)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201449

エンドポイントマネージメント(PASCAL®)

2014年1月31日 金曜日

特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):37.41,2014特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):37.41,2014エンドポイントマネージメント(PASCALR)EndpointManagement(PASCALR)野崎実穂*はじめにびまん性黄斑浮腫に対するレーザー治療は,過去には格子状光凝固が行われてきたが,その後瘢痕の拡大や癒合,萎縮が問題となり,凝固法などが修正されてきた.現在,わが国では局所性黄斑浮腫の原因となる毛細血管瘤に対する直接光凝固は好まれて行われるが,格子状光凝固法はあまり施行されていない.黄斑浮腫に対して,硝子体手術,局所ステロイド治療,抗血管内皮増殖因子(VEGF)薬硝子体内投与,といった治療法が誕生してきたなか,閾値下レーザー,という従来の概念とは別のレーザー治療も注目されてきている.今までは閾値下レーザーを行うには,マイクロパルスレーザーが必要であったが,パターンスキャンレーザーであるPASCALRで閾値下レーザーが施行できるエンドポイントマネージメントソフトウェアが開発され,有用性が期待されている.Iエンドポイントマネージメント開発の背景糖尿病黄斑浮腫は,働きざかりの世代の失明原因の上位であり,社会的問題でもある.局所性浮腫には,毛細血管瘤への直接光凝固が有効であるが,びまん性浮腫は,その原因が血液網膜関門破綻,硝子体内サイトカイン,硝子体の牽引などさまざまなものが関係しており,有効な治療法はまだ確立されていない.EarlyTreatmentofDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)で,びまん性浮腫に対してびまん性漏出/無灌流領域を凝固する格子状光凝固が有効とされた1)が,その後経年変化で,凝固斑の拡大融合などで,大きな輪状暗点や中心視力の悪化症例などが報告され2),現在のDRCR.netでは,modifiedETDRSテクニックが提唱されている3).この方法は,ETDRSの推奨した格子状光凝固よりも,凝固出力設定を非常に弱くし,凝固斑の拡大融合を防ぐために,できるだけ凝固間隔をあけて打つ,という方法である3).しかし,実際にはわが国では,格子状光凝固はあまり行われていない,というのが現状で4),最近は,格子状光凝固にかわり,閾値下レーザー光凝固が,網膜に不可逆性の障害を残さない治療として注目されてきている5,6).従来の閾値下レーザー光凝固では,マイクロパルスレーザーを用いて,閾値下の出力設定を計算し,できるだけ密に凝固するのが良いと推奨されているが,閾値下出力の設定・計算や,検眼鏡的に確認できない凝固斑の,凝固間隔を密にする,といった手技の難易度もあり,施設によってその治療成績にばらつきがある5,6).一方,2008年にわが国でも販売開始された,パターンスキャンレーザーであるPASCALR(株式会社トプコン)は,従来よりも短照射時間・高出力設定であること,パターンスキャンテクノロジーにより照射パターンもいろいろ選択できる,という特徴がある7).短照射時間・高出力設定であるために,従来の凝固法に比べて,瘢痕拡大が少ない,網膜内層への障害が少ない,というメリットがあり8,9),網膜色素上皮(RPE)のみをターゲッ*MihoNozaki:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学〔別刷請求先〕野崎実穂:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(37)37 トにした治療が可能になった.このPASCALRの特徴を生かし,コンピュータでエネルギーとパターンを細かく制御し,再現性のある均一な凝固斑を用いてRPEに対して閾値-閾値下凝固を可能にしたソフトウェアが,エンドポイントマネージメントである.IIエンドポイントマネージメントとは網膜光凝固の治療効果について考えるとき,凝固エネルギーは,照射出力×照射時間となり,エネルギーが強すぎれば,出血などの問題が,エネルギーが弱すぎると治療効果がまったく得られないことになる(図1).エンドポイントアルゴリズムは,その間の治療効果のあるウインドウを最大限に計算する式である10).熱拡散が,レーザー光凝固による網膜に対する障害の最も大きなファクターであるという背景から,コンピュータモデルを用い,組織の温度上昇,動物実験により得られたheatshockproteinの発現パターンなどをもとに,アレニウス(Arrhenius)積分で計算された係数が得られ,それをもとにエンドポイントアルゴリズムが作成された.つまり,100%(閾値)の照射エネルギーの50%(閾値下)のエネルギーで照射する場合に,その出力と照射時間は,単純に半分になるわけではなく,エンドポイントアルゴリズムにのっとって計算される.100%閾値の出力設定は,“barelyvisible”(見えるか見えないか)凝固に設定することが重要であり,メーカーでは照射約3秒後に,わずかに凝固斑が観察できる程度の設定を推奨して上限下限いる.エンドポイントマネージメントを用い,さまざまな閾値下設定でウサギに照射して,1時間後の眼底所見を調べた実験結果では,100%閾値設定(見えるか見えないか程度の凝固斑)で照射するとカラー眼底写真で観察可能,75%で照射するとカラー眼底写真では判定不能であるが蛍光眼底造影では観察可能,50%の設定ではかろうじて蛍光眼底造影と光干渉断層計(OCT)で観察可能,30%の設定ではどの観察系でも判定不可能であった10).閾値下凝固の浮腫への奏効機序としては,従来の凝固ではRPEが死んでしまうが,閾値下凝固ではRPEが刺激されることにより,細胞修復プロセスが活性化され,その修復プロセスの一環として浮腫が減少すると考えられている.動物実験の結果でも,エンドポイントマネージメントを用いた50%の閾値下凝固では,凝固1日目ではRPEのごく一部が障害されているが,3日目にはRPEは修復されているのが確認されている10).また実際に照射する際,PASCALRで閾値下凝固を行うと,さまざまなパターンが選択できるので,凝固斑が観察できなくても,ある程度均一に照射することは可能ではあるが,“目印”があればより正確に凝固が可能である.そのためにエンドポイントマネージメントには“ランドマーク”機能がついている.ランドマークとは,パターン隅の凝固斑のみベースライン(閾値)とした100%設定にして凝固する機能で,ランドマークを凝固出血かろうじて見える(閾値)観察不可能蛍光眼底造影で観察可能光干渉断層計で観察可能治療効果なしエンドポイントアルゴリズム照射出力照射時間図1エンドポイントマネージメントのアルゴリズム治療効果のあるウインドウを最大限に計算するのが,エンドポイントマネージメントアルゴリズムである.38あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(38) 図2実際のコントロールパネル(A,B)A(上):Titrationした後に実際の閾値下凝固を行う.右上(破線枠内)がエンドポイントマネージメント設定.通常50%とする.Maculargridパターンで凝固の場合は,”Fixationlight”Onとすると,固視標が点滅するので,固視が得られやすい.ランドマークは,円周の外周2カ所の隅(矢印)に出る.B(下):3×3などのパターンでも閾値下凝固可能.右上(破線枠内)の“Landmark”をOn/Offすることで,ランドマーク(100%)を操作できる.図はランドマークonの状態.四隅にランドマークが出る.後観察できるため,より確実な閾値下凝固が可能な便利な機能である(図2,3).IIIエンドポイントマネージメントの使用法アーケード外の浮腫のないエリアでまずtitrationを行う.照射時間は15ミリ秒,スポットサイズは200(39)50%(閾値下)50%(閾値下)100%(閾値)ランドマークOffランドマークOn図3ランドマークのシェーマ100%(閾値)出力は検眼鏡で観察可能であるが,50%設定では閾値下になるため,観察不能である.ランドマーク機能を使えば,パターンの4隅(パターンによっては2隅)が100%出力のランドマーク凝固となるので,どこの部位を凝固したかが,確認できる.μm,照射して約3秒後にわずかに凝固斑が認められる最小出力を決める.その後,エンドポイントマネージメントを50%に設定し,ランドマークをONとし,固視標が点滅するように“fixationlightOn”とする(図4A).まず,maculargridパターンで,全周照射(spacingは0.25あるいは0.5),その照射でカバーできなかったエリアを2×2などのパターンで追加凝固する(図4B,5).Maculargridパターンで凝固した円周より内側を照射する場合は,中心窩に近いため“Landmark”をOffにしておかないと,100%閾値設定の凝固が入るため,長期的にはRPE萎縮などが生じる可能性もあるため注意が必要である.凝固後,ランドマークは自発蛍光などで観察可能であるが,50%で設定した凝固斑は,検眼鏡でも自発蛍光,蛍光眼底造影検査でも検出不可能である.ランドマークも,浮腫のない領域で設定した閾値であるため,浮腫の強い症例では,実際には観察できない場合もある.しかし,パターンで凝固できるため,ある程度どの領域が凝固されたかの判定は比較的容易である.また,最初の“見えるか見えないか”(閾値)の凝固設定(100%)が非常に重要で,この設定が高出力であると,50%の閾値下凝固を行っても,凝固斑が検眼鏡で観察でき,“閾値下”凝固ではなくなってしまうので,注意が必要である.おわりにレーザーの“名人”ではなくても,誰でも再現性のある“閾値下”凝固が可能となったエンドポイントマネーあたらしい眼科Vol.31,No.1,201439 ①アーケード外でtitrationを行い100%(閾値)出力を決定する②Maculargridで,ランドマークをonにしてエンドポイントマネージメント50%設定で凝固するA①アーケード外でtitrationを行い100%(閾値)出力を決定する②Maculargridで,ランドマークをonにしてエンドポイントマネージメント50%設定で凝固するA③Maculargridで凝固(灰色丸内)できなかった部位に3×3(ランドマークon)や2×2(ランドマークoff)のパターンで追加凝固する.B図4エンドポイントマネージメントでの凝固シェーマA:まず,血管アーケード外の網膜でtitrationを行い,100%(閾値)設定を決める.つぎにmaculargridパターンで,ランドマーク機能つきで凝固する.B:Maculargridパターンで凝固(灰色丸内)できなかった部位について,3×3(ランドマークon)や2×2(ランドマークoff)パターンを用いて凝固を追加する.abcde図5エンドポイントマネージメントを用いた実際の症例74歳の女性,左眼びまん性糖尿病黄斑浮腫に対して,他院で格子状光凝固治療を受けたが,浮腫が残存するために当院受診.a,b,c:治療前.OCTで,網膜内.胞と,漿液性網膜.離を認め,中心網膜厚は531μm(a,b).蛍光眼底造影では,びまん性の蛍光漏出を認める(c).視力(0.5).d,e:治療後.出力200mW,50%でエンドポイントマネージメントレーザー施行.OCTで網膜内.胞,漿液性網膜.離が消失,中心網膜厚は315μm.視力(0.7).40あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(40) ジメントソフトウェアは,今後一般的な治療法として広く使用されると思われる.動物実験結果では,50%以下の設定であれば何度でも施行可能で,中心窩を凝固しても問題は起きない,とも言われている.また,すでに海外でも使用されており,30%でも治療効果がみられるという報告もあり,症例に応じて30.70%で使い分けているようである.一方で,欧米人と日本人ではRPEの色素量の違いなどがあり,欧米のデータをそのまま日本人に当てはめると,長期の経過ではRPEの萎縮などが出現する可能性もある.今後,われわれは,日本人に適したエンドポイントマネージメントの凝固設定を確立していく必要があると考える.文献1)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Treatmenttechniquesandclinicalguidelinesforphotocoagulationofdiabeticmacularedema.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyReportNumber2.Ophthalmology94:761-774,19872)SchatzH,MadeiraD,McDonaldHRetal:Progressiveenlargementoflaserscarsfollowinggridlaserphotocoagulationfordiffusediabeticmacularedema.ArchOphthalmol109:1549-1551,19913)WritingCommitteefortheDiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork,FongDS,StrauberSF,AielloLPetal:ComparisonofthemodifiedEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyandmildmaculargridlaserphotocoagulationstrategiesfordiabeticmacularedema.ArchOphthalmol125:469-480,20074)野崎実穂,鈴間潔,井上真ほか:日韓糖尿病網膜症治療の現状についての比較調査.日眼会誌117:735-742,20135)FigueiraJ,KhanJ,NunesSetal:Prospectiverandomisedcontrolledtrialcomparingsub-thresholdmicro-pulsediodelaserphotocoagulationandconventionalgreenlaserforclinicallysignificantdiabeticmacularoedema.BrJOphthalmol93:1341-1344,20096)OhkoshiK,YamaguchiT:SubthresholdmicropulsediodelaserphotocoagulationfordiabeticmacularedemainJapanesepatients.AmJOphthalmol149:133-139,20107)BlumenkranzMS,YellachichD,AndersenDEetal:Semiautomatedpatternedscanninglaserforretinalphoto-coagulation.Retina26:370-376,20068)PaulusYM,JainA,GarianoRFetal:Healingofretinalphotocoagulationlesions.InvestOphthalmolVisSci49:5540-5545,20089)植田次郎,野崎実穂,吉田宗徳ほか:網膜光凝固後の組織反応の光干渉断層計による評価PASCALと従来レーザーとの比較.臨眼64:1111-1115,201010)LavinskyD,SramekC,WangJetal:SubvisibleRetinalLaserTherapy:TitrationAlgorithmandTissueResponse.Retina,2013Jul18.[Epubaheadofprint](41)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201441

マイクロパルス閾値下凝固

2014年1月31日 金曜日

特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):29~35,2014特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):29~35,2014マイクロパルス閾値下凝固SubthresholdMicropulseLaserPhotocoagulation大越貴志子*はじめに網膜疾患のレーザー治療は長い間,破壊をもって効果を得る治療であった.しかし,近年,破壊することなしに治療効果を得るレーザーが開発されている.マイクロパルス閾値下凝固は,短い凝固時間のレーザーを連続発振することにより,選択的に網膜色素上皮に熱のエネルギーが伝わるという性質を応用して開発された凝固斑の出ないレーザー治療である.マイクロパルス閾値下凝固の登場により黄斑浮腫のレーザー治療の奏効機序に関するこれまでの概念が見直され,今日,非侵襲的に網膜疾患を治療する方向に発展しつつある.本稿では,マイクロパルス閾値下凝固の開発の歴史,治療の奏効機序,治療適応と手術手技,効果とその限界,問題点と今後の展望について述べる.I開発の歴史1990年にPankratovが初めて従来の連続波に代わって短い時間のパルス照射,すなわち“micropulses”を報告した.その後1992年にChongら1)が800nmMicroPulseダイオードレーザーにより網膜色素上皮(RPE)に限局した凝固が可能であることを動物実験で示し,この新しい方法がRPEに病態の首座がある疾患の治療にふさわしいレーザー治療法となる可能性を示唆した.臨床応用としては1997年にFribergら2)が初めて黄斑浮腫に対する810nmマイクロパルスダイオードレーザーの治療成績を報告している.その後,糖尿病黄斑浮腫3~8),網膜静脈閉塞症の黄斑浮腫9),そして中心性漿液性脈絡網膜症10)などに本治療が有効であるとの報告がなされた.わが国では2010年に筆者ら7)が初めて日本人に対する本治療が有効であることを報告した.マイクロパルス閾値下凝固は,IRIDEX社が中心となり機械の開発に当たった.初めてマイクロパルスを搭載した機械は,1991年に発売されたOcuLightSLxであり,わが国では1993年に承認され販売されている.OcuLightSLxはマイクロパルス専用機ではなく,810nmダイオードレーザーを発振する特殊なレーザー機器であった.当時810nmダイオードレーザーが脈絡膜病変の治療に適していることから,加齢黄斑変性に対する経瞳孔的温熱療法(TTT)やG-プローブを用いた毛様体破壊術などの目的で利用されていたが,マイクロパルス閾値下凝固として用いるためには,専用のスリットランプアダプターが必要であっため,使用される施設は限られていた.2000年代に入ると,マイクロパルス閾値下凝固のランダム化コントロールスタディなど,エビデンスレベルの高い臨床論文が次々に報告5,6)され,また,黄斑微小視野検査11)やスペクトラルドメイン光干渉断層計(SDOCT)による評価12)も加わり,安全性に対する評価も確立されてきた.そして,2011年11月,IRIDEX社がマイクロパルスを搭載した機械としては国内では2号機であるIQ577という新しいレーザー機器を発売し,マイクロパルス閾値下凝固が通常の網膜レーザー治療と同*KishikoOhkoshi:聖路加国際病院眼科〔別刷請求先〕大越貴志子:〒104-8560東京都中央区明石町9-1聖路加国際病院眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(29)29 TEMPERATURERISEIRRADIANCERETINARPECHOROID10-1sec10-2sec10-110-3sec10-210-4sec10-310-5sec10010-410-6sec10-5040μm20μm20μm40μm10010-110-6sec10-5sec10-4sec10-3sec10-2sec1sec10-1sec10-210-310-41000μm1000μm100μm200μmDIAMETERSPOTSIZE100μm10μm10μmTEMPERATURERISEIRRADIANCELATERALDISTANCEFROMCENTEROFLASERSPOT図1レーザーの凝固時間と組織の温度上昇〔文献18)より〕凝固時間が短いほど,網膜色素上皮に限局して温度上昇が起こり,周囲の網膜へは垂直方向,水平方向ともに温度が伝達しない.じ機械で施行できるようになった.IQ577は577nm照射時間(pureyellow)の連続波またはマイクロパルスを発信できるレーザー機器である.577nmが通常の網膜光凝固出力に適した波長であることから,810nmの欠点を補い,黄斑凝固に限らず,汎網膜光凝固など幅広いレーザー治療が同じ機械でできるようになった.また,海外ではQuantel社が同様に577nmマイクロパルスを搭載したレーザーを発売しており,今後マイクロパルス閾値下凝固がより身近に使用可能な時代になるものと期待されている.II特徴と奏効機序これまでのレーザーは熱で網膜を破壊することにより,網膜外層の酸素の消費が減少し,酸素不足が解消され,黄斑浮腫が減少するものと推定されていた.この奏効機序からすれば,網膜の破壊は浮腫を引かせるために必要かつ不可欠な条件である.しかし,マイクロパルス閾値下凝固後の網膜は細胞死をもたらすほどの障害を加えていないにもかかわらず,浮腫が引くことから,細胞死をもたらさない程度の網膜色素上皮細胞の温度上昇がさまざまなサイトカインの動態に影響することが浮腫減少のメカニズムと推定されている.レーザーの性質からすれば,凝固時間が短いほど,色素上皮に選択的温度上昇が生じる(図1).しかし十分な熱の上昇を得るためには,短い凝固時間を連続発振する必要がある.マイクロパルス閾値下凝固は,短い時間のレーザーを連続し発信することで,1回の照射とするレ30あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014時間Pulseenvelope・・・・・出力オンオフ図2連続波による凝固(上)とマイクロパルス閾値下凝固(下)上:連続波(CW:continuouswave)は照射時間中連続して発振している.下:マイクロパルスは100μsec単位でレーザーをパルス状に発振.Pulseenvelopeのなかに,多数のontimeとofftimeが繰り返される.Dutycycleとは,pulseenvelopeのなかのontimeの比率である.Ontimeが300μsec,offtimeは1,700μsecであれば15%dutycycleとなる.ーザーであり,これをpulseenvelopeとよぶ(図2).Pulseenvelopeのdutycycleすなわち,レーザー発振のオン,オフの配分はコントロールすることができ,IRIDEX社のレーザーもQuantel社のレーザーも自由に設定できるが,IRIDEX社のレーザーでは5%,10%,15%の3種類のdutycycleをプリセットから選択できる.Dutycycleは組織の温度上昇と関連しており,数(30) 値が大きいほどレーザーを発振している時間が長く,網膜の温度が上昇するものと考えられている.RPEの温度上昇は,49℃以上でヒートショック蛋白が発現し,59℃がRPEの生存限界であることが知られており13),マイクロパルス閾値下凝固でこのレベルの温度上昇が実現可能と推定されている.マイクロパルス閾値下凝固では,網膜の細胞死をもたらすことなしに,ヒートショック蛋白が発現する以上の温度まで上昇させることが可能と考えられており,浮腫減少のメカニズムに何らかの関与をしているのではないかと推定されている.IIIマイクロパルス閾値下凝固の適応黄斑浮腫をきたす疾患,たとえば糖尿病黄斑浮腫,網膜静脈分枝閉塞症の黄斑浮腫が適応となる.しかし,レーザーの性質からして,毛細血管瘤に対する直接凝固は,熱による血管の凝固が必要であるため,適応にならない.また,出血が多い静脈閉塞症や,重症なびまん性黄斑浮腫,色素上皮が隠蔽されてレーザー光が到達しないような症例も適応外である.汎網膜光凝固をマイクロパルスで行ったという論文もあるが,基本的に閾値下凝固では凝固斑が出ないことより,適切に照射できるとは考えにくく適応外と思われる.そのほか,凝固斑の拡大がないことから,中心窩付近,または乳頭黄斑線維束から漏出のある中心性漿液性脈絡網膜症も良い適応である.網膜静脈分枝閉塞症による黄斑浮腫の場合は,抗VEGF(血管内皮増殖因子)療法を行った後,浮腫の減少を待って施行するのが良い.IV治療手技閾値下凝固とは,凝固斑が出ないレーザーであるので,適切に凝固するためには,閾値を正確に把握する必要がある.このため,浮腫のない部分で,まずテスト照射をする必要がある.テスト照射はcontinuouswave,照射径200μm,0.1秒でアーケード外の浮腫の存在しない部分に行う.90mW程度から出力を次第に上げながら凝固斑が観察される最低の出力を閾値とする.閾値の出力は機種により異なるが,IRIDEX社のダイオードレーザー810nm(OcuLightSLx)では,およそ300~400mW,IQ577では,90mWから120mWで淡いフレックが出る.閾値が決定したら,マイクロパルスモードに切り替え,15%dutycycle,0.2秒で出力を閾値の200%に設定し,再度最終的なテスト照射を行ってフレックが出ないことを確認する.閾値の出力を正確にとらないと,マイクロパルスモードで淡いフレックが出ることがあるので,注意が必要である.万が一マイクロパルスモードでフレックが出た場合は再度閾値の出力を調整する.最終出力は810nmOcuLightSLxでは600~900mW,IQ577では200から300mW程度である.光凝固は基本的に従来の格子状凝固と同様に浮腫の存在する部分と蛍光漏出の強い部分に豆まき状に照射するのであるが,低出力広間隔格子状凝固14)を含め,従来の格子状凝固が広間隔にフレックを置くのに反し,マイクロパルス閾値下凝固はフレック同士が連続するように間隔をあけずに照射する(図3).照射した部位にレーザーの凝固斑はまったく観察されないので凝固部位を記憶しながら照射しかつ,終了後に必ず照射部位を記載しておくことが重要である(図4).マイクロパルス閾値下凝固では毛細血管瘤の直接凝固は基本的に行わないが,輪状硬性白斑を伴う黄斑浮腫では,白斑の中心に毛細血管瘤が存在するので,そこだけ,直接凝固をしておくのが良い.810nmダイオードレーザーでは直接凝固が困難なので,できればグリーンまたはイエローの波長の発信できるレーザーに変えて行うほうが良い.IQ577では577nm黄色であるので,オキシヘモグロビンへの吸収が良好で,毛細血管瘤の直接凝固図3低出力広間隔格子状光凝固(左)とマイクロパルス閾値下凝固(右)低出力広間隔格子状光凝固では凝固斑同士の間隔を1.5フレック以上広くとる.マイクロパルス閾値下凝固では凝固斑同士は接するように間隔はあけずに照射する.(31)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201431 acbde図4びまん性糖尿病黄斑浮腫に対しIQ577でマイクロパルス閾値下凝固を施行した1例54歳,糖尿病女性..胞様黄斑浮腫を伴うびまん性糖尿病黄斑浮腫にて視力は0.3に低下している.中心窩を除く黄斑部全体にマイクロパルス閾値下凝固を行った.a:光凝固直後.マイクロパルス閾値下凝固を行った部分に凝固斑は観察されない.凝固条件:577nm,15%dutycycle,200μm,0.2sec,200mW,543発.b:光凝固前の蛍光眼底写真.びまん性蛍光漏出を認める.c:光凝固前の光干渉断層計.中心窩を中心に.胞様浮腫を認める(中心窩網膜厚:668μm).d:光凝固後3カ月の光干渉断層計..胞様浮腫は改善し中心窩網膜厚は著明に減少した(中心窩網膜厚:407μm).e:光凝固後3カ月のカラー眼底写真.凝固斑は観察されない.視力は0.3から0.7に改善した.にはきわめてふさわしい波長であり,直接凝固とマイクロパルス閾値下凝固を同時に行うことが可能である15).中心性漿液性脈絡網膜症では,蛍光眼底撮影で確認できた漏出部位に複数回照射する(図5).閾値下凝固で行う限り,黄斑中心より200μmまで照射できる.また,基本的に神経線維層を破壊しないので,乳頭黄斑線維束の下も凝固できる.網膜中心静脈分枝閉塞症の黄斑浮腫では,陳旧性の黄32あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014斑浮腫の場合はそのまま閉塞領域の黄斑グリッドの形で治療するが,新鮮例の場合は,浮腫が厚く出血などで色素上皮が隠蔽されている.そのため抗VEGF療法にて浮腫を減少させてからリバウンドの防止目的にて行うほうが良い.V効果判定マイクロパルス閾値下凝固は術直後に凝固斑が見えな(32) acbd図5再発性中心性漿液性脈絡網膜症にマイクロパルス閾値下凝固を施行した1例46歳,男性で,2年前から中心性漿液性脈絡網膜症を繰り返している.FAでは傍中心窩からの漏出があり,通常のレーザーでは凝固できないため,漏出点(矢印)にマイクロパルス閾値下凝固を施行した.凝固条件:810nm,15%dutycycle,200μm,0.2sec,1000mW,52発.a:光凝固直後の眼底写真.凝固斑は観察されない.b:光凝固前の蛍光眼底撮影.傍中心窩からの蛍光漏出を認める(矢印).c:光凝固前の光干渉断層計.中心窩に色素上皮.離と漿液性網膜.離を認める.d:光凝固後1カ月の眼底写真.漿液性.離は完全に消失した.いレーザー治療であるため,効果判定はOCTにて浮腫がひいている症例ではそのまま行うが,急性期で出血がの変化を観察する.糖尿病黄斑浮腫の場合,自験例でまだ残存している症例では抗VEGF療法の後に施行し,は,照射後1カ月から有意に浮腫は改善しており7),効効果判定はリバウンドの程度で判断する.中心性漿液性果判定は比較的早期,3カ月頃をめどにするのが良い.脈絡網膜症では1カ月目に漿液性.離の丈が減少してい照射後3カ月経過しても浮腫の改善が得られない場合はるか否かをOCTにて確認する(図5).1カ月しても浮もう一度同一部位に同様の出力で行うか,または低出力腫が減少しない場合は,漏出点が閉鎖していないものと広間隔格子状凝固を追加する.症例によってはまったく推定され,追加凝固が必要である.効果がでない場合もあり,浮腫の進行がコントロールできない重症例では,再治療の際に薬物による治療の併用VI効果とその限界を考慮する.黄斑浮腫に対するマイクロパルス閾値下凝これまで報告された糖尿病黄斑浮腫に対する本治療の固は3カ月以降効果が減弱し浮腫が再発するケースがあ成績は,浮腫の減少率が57%から96%であり,視力のるので,その際同様にマイクロパルスで追加凝固を行改善,または維持が85%から97%と報告されている.う.網膜静脈閉塞症の黄斑浮腫の場合は,慢性期で出血筆者ら7)は36例43眼の糖尿病黄斑浮腫(clinicallysig(33)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201433 nificantmacularedema)に本治療を行い,3カ月で浮腫は有意に改善し,94.7%の症例で1年間視力が維持されたことを報告した.その他,多数の論文があるが,modifiedETDRSレーザーと比較した論文を紹介する.2009年にFigueiraら5)はmodifiedETDRSレーザーとマイクロパルスを比較し,効果に差がなかったことを報告している.一方,2011年にRavinskyら6)は,ランダム化比較試験にてmodifiedETDRS凝固と通常の密度で打ったマイクロパルス閾値下凝固,高密度のマイクロパルス閾値下凝固の3群で効果を比較し,通常の密度で打ったマイクロパルス閾値下凝固はmodifiedETDRS凝固に比較し効果は劣っていたが,高密度なマイクロパルス閾値下凝固はmodifiedETDRS凝固に比較し良好な成績であったことを報告した.この報告は,初めてマイクロパルス閾値下凝固の従来の熱凝固に比較しての優位性を証明した論文である.一般にマイクルパルスは低侵襲なので,軽症の浮腫にしか効果がないように思われているが,平均網膜厚504μmという,比較的重症な黄斑浮腫にも効果があるとの報告8)もある.また,マイクロパルス閾値下凝固と直接凝固との併用療法の結果も報告されている.稲垣ら15)は2012年にマイクロパルス閾値下凝固と直接凝固の併用が有効であったことを報告している.VII副作用と問題点―今度の展望これまでのところマイクロパルス閾値下凝固後に暗点の自覚を訴える症例はなく,従来の光凝固に比較して明らかに低侵襲で安全性が高い治療と考えられる.筆者の経験では34眼中1眼のみ凝固部位にかすかな色素上皮の色調の変化を認める症例があった.黄斑部の機能評価として星川ら11)が2011年に短期的には凝固部位の感度の低下はなかったことを報告している.また,2012年にInagakiら12)が,凝固部位をSD-OCTで観察し,変化がなかったことを報告している.このように副作用のきわめて少ない凝固と考えられるが,凝固斑が凝固直後に確認できないので治療の目標点が確認しにくいことや,閾値下凝固の条件が術者によって異なり,確定した閾値下の条件が確立されていないことなど,今後の課題である.34あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014■用語解説■ETDRS(EarlyTreatmentofDiabeticRetinopathyStudy)16):1980年代に米国で3,928人を対象とした大規模な糖尿病網膜症に対する早期治療の有効性を検証する多施設臨床研究が行われた.この研究がETDRSである.ETDRSは多数の論文を報告しており,1985年に報告されたETDRSレポート116)では,糖尿病黄斑浮腫に対してただちに黄斑局所光凝固術を施行することが,視力の低下を防ぐうえで有効であったことを証明した.それ以来,レーザー治療は糖尿病黄斑浮腫治療のゴールドスタンダードとして広く用いられている.低出力広間隔格子状光凝固14)(図3):2001年に筆者が報告した,改良版の格子状凝固.出力を閾値,すなわち凝固斑が見えるか見えないかの程度に設定し,かつ凝固斑の間隔を広めに,1.5フレック以上あけ,0.1秒の条件で行った.この方法でも十分に浮腫は改善させることができるが,基本的に凝固斑が見える凝固であり,マイクロパルス閾値下凝固と異なり,軽微な組織変化を網膜に残すことになる.ETDRSレーザーとmodifiedETDRS17)レーザー:1985年にETDRS(EarlyTreatmentofDiabeticRetinopathyStudy)15)が糖尿病黄斑浮腫に対する黄斑局所光凝固の有効性を報告したが,その際プロトコールに用いた方法が,通称“ETDRS凝固”とよばれている.ETDRS凝固は侵襲が大きかったため,凝固斑の拡大融合や線維増殖などの合併症が一部の症例でみられた.そこで,2007年に凝固条件を見直し低侵襲に改良した,いわば改良版ETDRS凝固が報告され,これがmodifiedETDRS凝固である.現在さまざまな臨床試験や日常診療にmodifiedETDRS凝固が基本的な手技として用いられている.マイクロパルス閾値下凝固は黄斑部という最も機能を温存しなければならない組織を治療するのに最も適した治療法と考えられる.マイクロパルスを用いた閾値下凝固は視機能を維持しながら浮腫をひかせる黄斑疾患の新たな黄斑疾患の治療戦略として今後の発展が期待できるものと思われる.文献1)ChongLP,KohenL,KelsoeWetal:SelectiveRPEdamagebymicropulsediodelaserphotocoagulation.InvestOphthalmolVisSci33(Suppl):s772.#150,19922)FribergTR,KaratzaEC:Thetreatmentofmaculardiseaseusingamicropulsedandcontinuouswave810-nm(34) diodelaser.Ophthalmology104:2030-2038,19973)LaursenML,MoellerF,SanderBetal:Subthresholdmicropulsediodelasertreatmentindiabeticmacularoedema.BrJOphthalmol88:1173-1179,20044)MoormanCM,HamiltonAMP:ClinicalapplicationsoftheMicroPulsediodelaser.Eye13:145-150,19995)FigueiraJ,KhanJ,NunesSetal:Prospectiverandomizedcontrolledtrialcomparingsubthresholdmicropulsediodelaserphotocoagulationandconventionalgreenlaserfordiabeticmacularedema.BrJOphthalmol93:13411344,20096)LavinskyD,CardilloJA,MeloLAetal:RandomizedclinicaltrialevaluatingmETDRSversusnormalorhigh-densitymicropulsephotocoagulationfordiabeticmacularedema.InvestOphthalmolVisSci52:4314-4323,20117)OhkoshiK,YamaguchiT:SubthresholdmicropulsediodelaserphotocoagulationfordiabeticmacularedemaforJapanese.AmJOphthalmol149:133-139,20108)TakatsunaY,YamamotoS,NakamuraYetal:Longtermtherapeuticefficacyofthesubthresholdmicropulsediodelaserphotocoagulationfordiabeticmacularedema.JpnJOphthalmol55:365-369,20119)ParodiMB,SpasseS,IaconoPetal:Subthresholdgridlasertreatmentofmacularedemasecondarytobranchretinalveinocclusionwithmicropulseinfrared(810nanometer)diodelaser.Ophthalmology113:2237-2242,200610)ChenSN,HwangJF,TsengLFetal:Subthresholddiodemicropulsephotocoagulationforthetreatmentofchroniccentralserouschorioretinopathywithjuxtafovealleakage.Ophthalmology115:2229-2234,200811)星川有子,大越貴志子,山口達夫:糖尿病黄斑浮腫に対するマイクロパルス閾値下凝固後の網膜感度の短期的検討.日眼会誌115:13-19,201112)InagakiK,OhkoshiK,OhdeS:Spectraldomainopticalcoherencetomographyimageofretinalchangesafterconventionalmulticolorlaser,subthresholdmicropulsediodelaser,orpatternscanninglasertherapyinJapanesewithmacularedema.Retina32:1592-1600,201213)SramekC,MackanosM,SpitlerRetal:Non-damagingretinalphototherapy:dynamicrangeofheatshockproteinexpression.InvestOphthalmolVisSci52:1780-1787,201114)大越貴志子:糖尿病黄斑浮腫の光凝固療法─低出力広間隔格子状光凝固.眼紀52:104-111,200115)稲垣圭司,伊勢田歩美,大越貴志子:糖尿病黄斑浮腫に対する直接凝固併用マイクロパルス・ダイオードレーザー閾値下凝固の治療成績の検討.日眼会誌116:568-574,201216)EarlyTreatmentofDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Photocoagulationfordiabeticmacularedema.ArchOphthalmol103:1796-1806,198517)WritingCommitteefortheDiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:ComparisonofthemodifiedEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyandmildmaculargridlaserphotocoagulationstrategiesfordiabeticmacularedema.ArchOphthalmol125:469-480,200718)MainsterMA:Decreasingretinalphotocoagulationdamage:principleandtechniques.SeminOphthalmol14:200-209,1999(35)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201435

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特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):19~27,2014特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):19~27,2014NavilasRNavilasR佐藤裕之*加賀達志**はじめに糖尿病網膜症や網膜静脈分枝閉塞症による黄斑浮腫治療はETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)1)やBVOS(BranchVeinOcclusionStudy)2)の結果から,欧米では局所・格子状光凝固治療が標準的な治療である.しかしわが国においての黄斑浮腫に対する光凝固術は,たとえば糖尿病黄斑浮腫の格子状光凝固を例に挙げても,レーザーの出力範囲を「凝固斑が観察される最低の出力」とするもの3)から,100~150mWとするもの4),100~200mWとする文献5)もあり定まったコンセンサスがないことや,過剰凝固による傍中心暗点の出現・凝固斑のatrophiccreep・固視不良例での中心窩誤照射といった危険性がクローズアップされ,経験の少ない医師にとっては敷居が高い治療となってしまった.それに加えて代替治療としてのトリアムシノロンや抗VEGF(血管内皮増殖因子)製剤の硝子体注射によって比較的容易に黄斑浮腫の改善が得られたことから,黄斑浮腫に対しての光凝固があまり普及することはなかった.さらに,最近になりトリアムシノロンは糖尿病黄斑症への,また抗VEGF製剤であるラニビズマブの網膜静脈閉塞による黄斑浮腫への投与が薬事法で承認され,黄斑浮腫に対しての治療は硝子体注射という方向性が加速している.しかし,硝子体注射は数カ月以内に黄斑浮腫が再燃し反復投与を余儀なくされることが多く,患者の通院負担が大きいこと,硝子体手術施行眼では効果が減弱すること,また,トリアムシノロンの場合は,白内障や緑内障の発生や感染症のリスクが増大すること,抗VEGF製剤の場合には黄斑虚血を加速する可能性があること6,7),脳梗塞や虚血性心疾患を有する場合には慎重投与であること,薬価が高額であることなどが問題である.近年,光凝固機器の進歩によって高出力短時間照射が可能となり,前述の合併症の軽減が図られるようになったこと,EDTRSから提唱された糖尿病黄斑浮腫のClinicallysignificantmacularedemaの概念がわが国でも認知されるようになってきたこと8)から,視力低下をきたす前の根治術としての光凝固が今後普及していく可能性はある.今回紹介するNavilasR(OD-OS社)(図1)は,後極図1NavilasR本体*HiroyukiSato:飯田市立病院眼科**TatsushiKaga:社会保険中京病院眼科〔別刷請求先〕佐藤裕之:〒395-0814飯田市八幡町438飯田市立病院眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(19)19 部の光凝固に特殊な機能を備えた高出力短時間照射が可能な光凝固装置である.その機能は,あらかじめ撮影しておいた眼底写真上に光凝固の設計図(凝固する場所,凝固斑の大きさ・間隔,レーザーの出力)を作成し,それをレーザー照射中の眼底に投影して設計図どおりに光凝固を行うもので,さらにオートトラッキング機能も有しているため,患者の固視の状態に左右されることがないものである.以下に,NavilasRの概要と,飯田市立病院(以下,当院)での治療成績について述べる.なお,NavilasRは平成25年9月現在,薬事法における医療機器の承認を受けていないため,実際の治療は当院倫理委員会の承認を得たうえで,かつ,インフォームド・コンセントを行って同意を得られた患者のみに行っている.INavilasRの実際NavilasRによる光凝固は,1.眼底撮影,2.設計図作成,3.光凝固という順に段階を踏んで行う必要がある.1.眼底撮影まず,光凝固を行う際の設計図のもととなる眼底写真撮影を行う.眼底撮影は,赤外光,カラー眼底(散瞳・無散瞳),Red-Free,フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)という4つのモードからなり(図2),画角は10°,30°,50°と3種類から選択できる.赤外光撮影は,まぶしさを感じずに眼底撮影が可能なため,おもに光凝固を行う際のライブの眼底観察用である.設計図作成用に使うのはカラー眼底かFA写真ということになる.周辺部の撮影も可能ではあるが,筐体の対物レンズを周辺部用のレンズに交換し,撮影眼に接触型コンタクトレンズを装着しての撮影となる.画角110°まで撮影できる(図3).2.設計図作成撮影された眼底写真の上に,光凝固を行う設計図を作成する.光凝固は,スポット(単独),2×2~5×5の正図2眼底写真4つの撮影モードを持っている.(OD-OS社のパンフレット写真より)左上:カラー眼底,右上:フルオレセイン蛍光眼底造影,左下:Red-Free,右下:赤外光.20あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(20) 図3眼底写真左:左眼鼻側網膜,右:同患者の左眼上方網膜.対物レンズを交換し,専用の接触型コンタクトレンズを用いると上記写真のように画角110°までの眼底の画像(直像)が得られる.図4設計図作製画面単発,正方形,円,弧状(矢印枠内)を選択した後,右の眼底写真上をマウスでクリックすると,レーザー照射部位が画面上に表示される.方形,1~5列の円形,弧状の4つから選択する(図4).凝固斑の大きさ,間隔,レーザー出力,凝固時間をそれぞれ別に設定できる.撮影されたカラー眼底に造影写真を重ねて表示したり,造影早期と後期を重ねて表示したりすることで設計図を作成しやすくなっている.また,外部から取り込んだ画像〔インドシアニングリーン蛍光造影(IA)や光干渉断層計(OCT)など〕も重ねて表示することが可能である(図5).(21)3.光凝固NavilasRの光凝固装置は,半波長YAGレーザーで波長532nmのグリーンレーザーである.パターンスキャンレーザーと同じレーザー発信装置であるため,短時間凝固が可能となっている.NavilasR最大の特徴は,オートトラッキングを用いたナビゲーションレーザー機能にある.レーザー起動モードになると,赤外光(カラー眼底でもかまわないが非常に眩しい)で眼底のライブ画像が常時画面上に表示され,その画面に重ねて設計図画面が表示される(図6).あとはフットスイッチを踏み込むだけで眼底をトラッキングしながら光凝固が開始される.開瞼さえできていればコンタクトレンズは不要であるが,固視が悪かったり開瞼が悪い症例であれば,素通しの等倍率コンタクトレンズを用いるとレーザー照射がしやすい.瞬目や大きな眼球の動きによってトラッキングしきれなくなると,レーザー照射が停止する.停止した場合は,また最初と同じ手順でレーザー照射を再開すればよい.一度照射した部位は設計図上でスポットの色が変わって表示されるので,同じ場所を照射することはない.レーザーのずれの程度は,全照射数の96%が100μm以内のずれであったとする報告があり9),精度としては問題ないと考える.照射計画と実際に照射された凝固斑の比較を図7に示す.あたらしい眼科Vol.31,No.1,201421 図5FA画像とOCT画像の重ね合わせ左上:造影早期.右上:造影早期に造影後期の写真を重ねて表示したもの.毛細血管瘤からの漏出なのか,びまん性の漏出なのかがよくわかる.右下:OCT画像などのJPEG画像を取り込んで眼底写真に重ねて表示したもの.黄斑浮腫の強い部分に光凝固の計画を立てることができる.図6光凝固中の画像(トレーニングモードのためレーザーは出ない)眼底写真全体は,今現在,撮影している眼底となる.光凝固計画画面がその眼底写真に重なって表示されているが,オートトラッキングで左下にずれて表示されている.II当院での黄斑浮腫に対する治療成績当院においてNavilasRを用いて格子状・局所光凝固22あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014治療を行った,糖尿病黄斑症4例6眼,網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)2例2眼,網膜中心静脈閉塞症(CRVO)1例1眼,計7例9眼について,治療前と治療後1カ月の視力と,中心窩網膜厚,黄斑部体積をCirrus-OCTR(Carl-Zeiss社)を用いて比較した.視力は少数視力で2段階以上の向上を改善,2段階以上の低下を悪化とし,それ以外を不変とした.また,中心性漿液性網脈絡膜症1例1眼,傍中心窩毛細血管拡張症1例1眼に対してもNavilasRを用いて光凝固治療を行ったので,その結果も以下に述べる.光凝固の条件は,格子状光凝固で凝固サイズ80μm,出力50mW,凝固時間0.05秒,間隔は1凝固斑とし,局所光凝固(中心性漿液性網脈絡膜症,傍中心窩毛細血管拡張症含む)は,凝固サイズ100μm,出力100mW,凝固時間0.05秒で行った.1.糖尿病黄斑症4例6眼,内訳は男性3例4眼,女性1例2眼であった.平均年齢70.8±9.8歳.光凝固前平均視力は(0.66),(22) 図7NavilasRによる照射計画左:光凝固計画写真,右:光凝固直後の眼底写真.ほぼ計画どおりに光凝固が行えている.平均中心窩網膜厚は349±61.2μm,平均黄斑部体積は11.7±0.60mm3であった.光凝固1カ月後の平均視力は(0.63),平均中心窩網膜厚は333±75.9μm,平均黄斑部体積は11.5±0.54mm3であった(表1).視力は改善が1眼,不変が4眼,悪化が1眼であった.黄斑部体積の改善は5眼,悪化は1眼であった.糖尿病黄斑症の光凝固前後の代表症例を図8に示す.2.BRVO・CRVO症例の内訳は表2に示す.BRVO,CRVOともに視力は不変であった.黄斑部体積はBRVOで1眼が改善,1眼が悪化となった.CRVO症例の黄斑部体積は改善した.BRVOの光凝固前後の代表症例を図9に,CRVOの光凝固前後の画像を図10に示す.3.中心性漿液性網脈絡膜症,傍中心窩毛細血管拡張症中心性漿液性網脈絡膜症は,光凝固前,光凝固1カ月後とも視力(0.4)と不変であった.網膜下液に変化を認めなかったため再度蛍光眼底造影を施行したところ,光凝固をした漏出点は沈静化し漏出を認めなかったが,新たな漏出点が出現しており,光凝固は奏効したものの再燃によって網膜下液が貯留残存したと思われた.傍中心窩毛細血管拡張症では,視力は光凝固施行前(1.0)と良好であったが,歪視の訴えが強く治療の希望が強かったため今回光凝固を施行した.光凝固施行後の視力は(1.0)と不変であったが,歪視の自覚は消失し,患者本人も満足のいく結果となっている.中心性漿液性網脈絡膜症の光凝固前後の画像を図11に,傍中心窩毛表1糖尿病黄斑症の光凝固治療成績(1カ月)年齢(歳)性別術前術後視力CRT(μm)MV(mm3)視力CRT(μm)MV(mm3)症例180男(0.7)38411.7(0.9)30711.3症例261男(0.5)33812.9(0.6)26912.6症例361女(0.5)44511.4(0.5)37311.1(1.0)27511.9(0.6)29011.4症例481男(0.6)37811.4(0.5)48511.5(0.8)27411.0(0.8)27610.9CRT(centralretinathickness):中心窩網膜厚.MV(macularvolume):黄斑部体積.(23)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201423 図8糖尿病黄斑浮腫(症例3)へのNavilasRでの光凝固左上:光凝固前FA.黄斑浮腫を認める.右上:浮腫の部分へ光凝固計画.左下:光凝固前OCT.右下:光凝固1カ月後OCT.浮腫の改善を認める.表2BRVO・CRVOの光凝固治療成績(1カ月)年齢(歳)性別術前術後視力CRT(μm)MV(mm3)視力CRT(μm)MV(mm3)BRVO症例568女(0.9)37511.0(1.0)33410.8症例690女(0.09)30911.5(0.09)30714.0CRVO症例771男(0.7)70214.0(0.8)56712.5CRT(centralretinathickness:中心窩網膜厚.MV(macularvolume):黄斑部体積.細血管拡張症の光凝固前後の画像を図12に示す.おわりに糖尿病黄斑症に対しての光凝固の結果は,視力の低下および黄斑部体積が悪化したのは症例4の片眼のみであった.6眼中5眼での視力は不変~軽度改善,黄斑部体積は減少している.BRVOに対する光凝固では2眼中1眼で黄斑浮腫の悪化を認めている.糖尿病黄斑症およびBRVOで悪化を認めた症例は,新しい機械であったことから安全策として格子状光凝固をかなり弱めの固定出力で行ったため,浮腫に対して十分な光凝固の効果が得られなかった可能性がある.また,今回CRVOの黄斑浮腫1眼に対し光凝固を施行しているが,CVOS(CentralVeinOcculusionStudy)10)から視力の改善効果はないことが示されているため,今後の治療に関しては適応を慎重に考える必要があると思われる.24あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(24) 図9BRVO(症例5)へのNavilasRでの光凝固左上:光凝固前FA.黄斑浮腫を認める.右上:浮腫の部分へ光凝固計画.左下:光凝固前OCT.右下:光凝固1カ月後OCT.浮腫の改善を認める.図10CRVOへのNavilasRでの光凝固左上:光凝固前FA..胞様黄斑浮腫を認める.右上:浮腫の部分へ光凝固計画.左下:光凝固前OCT.右下:光凝固1カ月後OCT.浮腫の改善を認める.(25)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201425 図11中心性漿液性網脈絡膜症に対するNavilasRでの光凝固左上:中心窩近傍の蛍光漏出部.中上:蛍光漏出部に光凝固を行う(3発).右上:凝固1カ月.光凝固部の漏出はなくなっていたが,他部位からの漏出を認める.左下:術前のOCT.網膜下液を認める.中下:凝固1カ月.網膜下液は残存.図12傍中心窩毛細血管拡張症へのNavilasRでの光凝固左上:蛍光眼底造影.右上:毛細血管拡張部へ光凝固を行った.左下:光凝固前のOCT.右下:光凝固後のOCT.浮腫の改善を認める.26あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(26) NavilasRの一番の特徴はオートトラッキング機能であり,中心性漿液性網脈絡膜症や傍中心窩毛細血管拡張症では確実に病変からずれることなく光凝固が行え,その正確性はかなり信頼できるものであった.NavilasRでの黄斑後極部の光凝固は,従来の機器に比し熟練を要さず,しかも安全に施行できる機器であると考える.NavilasRでの短時間高出力凝固や凝固密度・凝固位置の正確性が,従来の機器に比し優位性があるかどうかは,今回の症例数が少ないため比較することはできないが,今後症例を重ねて検討していく必要があるだろう.NavilasRが薬事法で承認され,わが国でも使用できるようになる日が待たれるところである.文献1)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyresearchgroup:Photocoagulationfordiabeticmacularedema.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyreportnumber1.ArchOphthalmol103:1796-1806,19852)TheBranchVeinOcclusionStudyGroup:Argonlaserphotocoagulationformacularedemainbranchveinocclusion.AmJOphthalmol98:271-282,19843)大越貴志子:糖尿病黄斑浮腫.眼科手術学8網膜硝子体II.p268-277,文光堂,20124)辻川明孝:黄斑浮腫.眼科プラクティス26眼科レーザー治療.p50-55,文光堂,20095)村田敏規:治療手技の進歩─B.糖尿病網膜症2.糖尿病黄斑浮腫c.治療戦略:病態・病期による治療選択.あたらしい眼科29(臨増):148-154,20126)ChungEJ,RohMI,KwonOWetal:Effectsofmacularischemiaontheoutcomeofintravitrealbevacizumubtherapyfordiabeticmacularedema.Retina28:957-963,20087)中村洋介,武田憲夫,辰巳智章ほか:糖尿病黄斑浮腫に対するベバシズマブ硝子体内投与後の黄斑虚血.日眼会誌116:108-113,20128)村田敏規:日本眼科学会専門医制度生涯教育講座[総説39]糖尿病網膜症診療の欧米と我が国との比較.日眼会誌113:761-774,20099)KerntM,CheuteuRE,CserhatiSetal:Painandaccuracyoffocallasertreatmentfordiabeticmacularedemausingaretinalnavigatedlaser(NAVILASR).ClinOphthalmol6:289-296,201210)TheCentralVeinOcclusionStudyGroupMreport:Evaluationofgridpatternphotocoagulationformacularedemaincentralveinocclusion.Ophthalmology102:1425-1433,1995(27)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201427

マルチカラースキャンレーザー光凝固装置MC-500Vixi®(NIDEK)

2014年1月31日 金曜日

特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):11.17,2014特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):11.17,2014マルチカラースキャンレーザー光凝固装置MC-500VixiR(NIDEK)MulticolorScanLaserPhotocoagulatorMC-500VixiR(NIDEK)平野隆雄*村田敏規*はじめに糖尿病網膜症や網膜中心静脈閉塞症などでスタンダードな治療として広く用いられている汎網膜光凝固(panretinalphotocoagulation:PRP)は,酸素需要の多い視細胞や網膜色素上皮細胞を凝固によって変性壊死させることにより,網膜外層において酸素需要を低下させ網膜全体の虚血を是正することを目的としていている.重度視力低下(矯正視力<5/200,つまり0.025と定義)のリスクを50%減少させることを明らかにしたDRS(DiabeticRetinopathyStudy)1)や早期増殖糖尿病網膜症または重症非増殖糖尿病網膜症の患者に対するPRPがハイリスクな増殖糖尿病網膜症に進行するリスクを50%減少させることを明らかにしたETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)2)といった無作為化対照比較試験によってその効果については正当性が示されている.しかし,PRPの問題点として凝固時の患者の疼痛や手術時間の長さなどが残されていた.そんななか,ショートパルス*1・高出力のパターン照射を特徴としたパターンスキャンレーザーのパイオニアであるPASCALR(TOPCON)が2006年に登場した(PASCALRについては本特集で志村先生が解説されているので詳細についてはそちらを参考とされたい).この従来条件とはまった*1:短い照射時間のこと.具体的には従来条件では凝固時間は0.2秒程度に設定されることが多いが,パターンスキャンレーザーによるPRPの際には0.02秒が選択されることが多い.く異なる条件を用いることにより,先ほど述べたPRPの際の患者の疼痛や手術時間の長さといった問題は解決されつつある3,4).しかしながら,発売当初のPASCALRレーザーの波長は532nmのグリーンのみであったため〔現在はPASCALRStreamlineYellow(TOPCON)としてイエロー(577nm)を搭載した機種も販売されている〕,中間透光体の混濁で減衰しやすく,白内障や硝子体出血を伴う患者はパターンスキャンレーザーでは有効な凝固斑を得にくいことがあり,手術時の疼痛軽減・手術時間の短縮といった恩恵をうけることができなかった.そのため,より長い波長を選択可能なパターンスキャンレーザーの開発が待たれていたところ,2011年,3色の波長選択が可能なマルチカラー光凝固装置に世界で初めてパターンスキャン光凝固機能を追加したマルチカラースキャンレーザー光凝固装置MC-500VixiR(NIDEK)が発売された(図1)*2.本稿ではこのMC500VixiRの特徴や,MC-500VixiRに限らずパターンスキャンレーザーを用いて光凝固を行う際の注意点などについて解説する.Iパターンスキャンレーザーパターンスキャンレーザーは1回の照射であらかじめ設定されたパターンを用いて網膜光凝固を施行すること*2:Vixiとはあまり聞きなれない言葉だがフランス語で「速さ」を表わすVitesseとギリシャ語の「進化」を表わすExelixiを組み合わせた造語.*TakaoHirano&ToshinoriMurata:信州大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕平野隆雄:〒930-8621松本市旭3-1-1信州大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(11)11 acb図1MC-500VixiRa:MC-500VixiRの本体とZeissSL-130,b:タッチパネル画面,c:MC-500VixiRを用いたPRP.Aスクエア(4種類)トリプルアーク2×2,3×3,4×4,5×5トリプルカーブイコールスペース(4種類)2×2,3×3,4×4,5×5A長方形眼底への照射パターンを示すイメージ図黄斑グリッドトライアングルサークルアーク(3/4円)アーク(1/2円)アーク(1/4円)カーブラインシングル図2MC-500VixiRの豊富なスキャンパターンができる光凝固装置である.現在,MC-500VixiRでは照射条件による凝固も行うことが可能である.パターン図2に示したように22種類の多彩なパターンを選択すスキャンレーザーでは前述したようにショートパルス・ることができ,PRPのみならずグリッド凝固や裂孔周高出力という従来照射条件とは大きく異なる凝固条件が辺部への凝固,もちろんシングルスポットを用いた従来用いられているがこれには理由がある.パターンスキャ12あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(12) ンレーザーのパイオニアであるPASCALRは動物実験a60において同等の凝固斑を得るために必要な凝固出力と凝固時間を比較したところ,ショートパルス・高出力設定50*ーCOL-1040R(NIDEK)のスキャンハンドピースで用いられた技術を応用し,高速なガルバノミラー動作*30従来照射群パターンを用いることにより,ショートパルス・高出力設定でのスキャンレーザー群凝固を可能としている.*p<0.01(Mann-Whitney’sUtest)光凝固の際にこのショートパルス・高出力設定を用いb10のほうが結果的に総エネルギーを少なくでき,凝固時の手術時間(分)40熱拡散を抑制するという結果をもとにBlumenkranzら30によって開発された3).しかし,ショートパルス・高出20力で設定どおりにレーザーを照射することは技術的に困難を伴った.MC-500VixiRでは皮膚用炭酸ガスレーザ10ることによって多くの利点がもたらされた.ショートパ98ルスを用い連続で照射することの最大の利点はやはり,7一度の操作で複数のスポットを得られることであり,結果として手術時間が大幅に短縮される.また,脈絡膜への熱の放散が抑えられることにより,照射時の患者疼痛が軽減され,PASCALRについてはこれらの報告が欧米より多くなされている4,5).筆者らの施設ではMC500VixiRを用いてシングルスポットによる従来照射条件とパターンスキャンレーザーの特徴であるショートパルス・高出力条件でPRPを行い,手術時間・手術時の患者疼痛について比較検討を行った.図3のようにパターンスキャンレーザーを用いたPRPでは従来照射条件よりも手術時間が短く,患者の疼痛が小さいというPASCALRと同様の結果となった.上述したように多くの利点が挙げられるパターンスキャンレーザーであるが,注意点として安全閾が狭いこと6)と凝固斑の経時的縮小7)が挙げられる.安全閾とは凝固斑が形成される強さから出血を起こす強さまでの幅を表す.PASCALRによる光凝固では,連続1,301症例中17症例で網膜前出血が認められたという報告がなされている8).筆者らの施設でも詳細な統計処理は行って*3:レーザーのON/OFF制御とミラーの角度制御を連動させ,1つのスポットでレーザーを照射した後,つぎの照射スポットへ瞬時に誘導し,レーザーを再度照射する方法.この方法を用いることにより,レーザーの特性上避けられない出力の瞬間に生じるエネルギーのムラを抑えることが可能となった.(13)*210従来照射群パターンスキャンレーザー群*p<0.01(Mann-Whitney’sUtest)図3従来照射条件とパターンスキャンレーザー条件による汎網膜光凝固の手術時間と疼痛スコアの比較a:手術時間はPRP(4象限)に要した合計の時間.b:疼痛スコアは想像しうる最高の痛みを10点として術直後に患者より聴取.いないもののMC-500VixiRを用いて光凝固を行った際の網膜前出血を経験している(図4).パターンスキャンレーザーによる網膜前出血の原因としては2つ挙げられる.1つの原因としてパターンスキャンレーザーの最大の特徴であるショートパルスが考えられる.照射時間の長短により組織に対するレーザーの影響は異なることが知られている.0.1秒以上の長い凝固時間の場合熱凝固作用が,またそれよりも短い照射時間の場合,衝撃波の効果が現れる.そのためパターンスキャンレーザーを用いて光凝固を行う際に,適切な凝固条件でフォーカスがあたらしい眼科Vol.31,No.1,201413疼痛スコア6543 あった状態で施行されれば問題ないが,この条件から外れたときには従来条件に比し衝撃波の効果がより強いパターンスキャンレーザーでは網膜前出血を合併する確率が潜在的に高くなる.つぎの原因としては多くのスポット数をもつパターンで照射を行う際にすべてのスポットでフォーカスを合わせることのむずかしさが挙げられる.前述の報告でも網膜前出血を起こした症例は周辺部でスポット数の多いパターンを用いて凝固を行った症例で多かったと考察を加えている8).これらの問題は適切な出力・フォーカスで照射を行い,周辺部ではスポット数が多いパターンの使用は避けることにより解決できると考えられる.また,網膜前出血を認めた際には前置レ凝固条件前置レンズMainsterPRP165波長Green(532nm)凝固径200μm凝固時間0.02sec凝固出力300mWスペーシング0.5使用パターン2×2図4MC-500VixiRを用いたショートパルス・高出力設定での凝固の際の網膜前出血写真では確認しづらいが網膜裂孔(黒破線)を取り囲むように上記条件で凝固を行ったところ網膜前出血(赤矢印)を認めた.ンズにより圧迫を加え止血を試みる.提示した症例でも圧迫により速やかに止血可能であり,その後,網膜.離や脈絡膜新生血管などの合併は認めていない.PASCALRによるショートパルス・高出力条件での凝固斑が経時的に縮小することが報告されている7).MC500VixiRにおいても凝固斑の変化を光干渉断層計(OCT)で観察したところ凝固1週間で凝固斑は縮小傾向を認めた(図5).1つのスポット当たりのエネルギーがパターンスキャンレーザーでは従来照射条件と比較して低いためと考えられる.そのため従来照射条件によるPRPでは凝固間隔を1.2凝固斑に設定することが多いが,MC-500VixiRを含めたパターンスキャンレーザーでPRPを行う際には0.5.0.75凝固斑と凝固間隔を狭めに設定することが従来条件と同様の治療効果を得るためには重要と考えられる.IIマルチカラーレーザーMC-500VixiRの凝固波長はグリーン(532nm),イエロー(577nm),レッド(647nm)の3色から選択することが可能となっている.532nmの波長は他機種でもグリーンレーザーとして採用され,網膜光凝固に広く使用されている.577nmの波長はキサントフィルへの吸収が少なく,従来装置の561nmや568nmに比し水晶体の濁りに対する透過率,酸化ヘモグロビンに対する吸収率が優れた波長である.白内障を伴う症例や毛細血管凝固直後凝固後1週間図5MC-500VixiRによる凝固部位の経時的変化上段はMC-500VixiRによる凝固直後の所見.左より眼底写真,黒破線部を拡大した眼底写真,同部位のOCT画像(赤矢印は凝固斑の両端を示す).下段は凝固後1週間の所見.凝固斑の縮小傾向が確認できる.14あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(14) 吸収率(%)450500550600650532nm(MC-500,300)561nm(MC-300)577nm(MC-500)659nm(MC-300)647nm(MC-500,7000)568nm(MC-7000)図6MC-500VixiRで用いられているレーザーの波長と吸収率10050波長(nm)瘤直接凝固の際に有効と考えられる.647nmの波長は従来装置で採用されていた659nmに比し出血への吸収が低く,硝子体出血を伴う症例での光凝固の際に有効であると考えられる.MC-500VixiRで用いられている波長と各々の組織における吸収率の関係について図6に提示するので参考としていただきたい.より長い波長を使用することにより白内障や硝子体出血を伴う症例では出力を必要以上に上げず有効な網膜光凝固が可能となることが知られている9.11).実際に臨床の場でも,白内障を伴う症例でグリーンの波長で有効な凝固斑が得られない場合でも,イエローの波長に変更することにより同じ出力もしくはそれ以下の出力でも有効な凝固斑が得られることを経験する.しかしながら,長い波長になればなるほどより凝固の影響は脈絡膜深部へ到達することも忘れてはならない.硝子体出血部位などを長波長で凝固しそのままの条件で硝子体出血がない部分を凝固してしまうと脈絡膜出血などの合併を引き起こす可能性があるので,安易に長波長で5×5などの広いパターンで凝固し続けることは控えたほうがよいと思われる.IIIその他の特徴MC-500VixiRには上述した以外にもさまざまな場面で,より良い治療を行うために多くの機能が搭載されて(15)還元ヘモグロビン酸化ヘモグロビンキサントフィル色素上皮水晶体散乱aイコールスペーススクエアbcスペーシングローテーション図7MC-500VixiRに搭載されたさまざまな特徴a:イコールスペースパターン.b:オートフォワード(自動送り機能).c:ローテーション機能.いるのでいくつか特徴的なものを列記する.a.イコールスペースパターン(図7a)MC-500VixiRにはさまざまなスキャンパターンが搭載されているが,なかでも等間隔に凝固斑を配列できるイコールスペースパターンは斬新なパターンである.一般的なスキャンパターンとしてよく使われているスクエアーパターンは縦・横方向の距離は均等だが,斜め方向の距離が長いため,凝固斑が経時的に縮小傾向を示すパターンスキャンレーザーを用いた凝固では時間がたつとどうしても斜め方向の距離が開いた印象となる.イコーあたらしい眼科Vol.31,No.1,201415 ルスペースパターンは隣接するすべてのパターンが均等な距離に配列されるためこの問題が解決される.長期的にこのパターンを用いた凝固が実際の治療効果にどのような影響を与えるか検討が待たれる.b.オートフォワード(自動送り機能)(図7b)シングルスポットで凝固を行う際には考えられなかったことだが,4×4や5×5など広いスキャンパターンを用いて照射を行う際,一度照射を行ってつぎの照射を行おうとするとエイミングを移動させることが非常に手間として感じられる.MC-500VixiRではガルバノミラーの動きで照射パターンをつぎの照射予定位置へ自動で送るオートフォワード機能が搭載されている.この機能を用いることにより術者はフォーカス合わせに集中できる.c.ローテーション機能(図7c)パターンスキャンレーザーで網膜血管を凝固したことによる合併症の報告は現在のところなされていないが,術者としてはなるべくなら網膜大血管の凝固は避けたいところである.しかしながらあらかじめ設定されたスキャンパターンではどうしても網膜血管にかかってしまいもどかしい思いをすることがあったが,MC500VixiRではローテーション機能を用いることによりスキャンパターンを術者の望む方向へ回転させることが可能となっている.d.連続可変スポットサイズMC-500VixiRではパターンスキャンレーザーによる凝固の際にスポットサイズが100.500μm(シングルパターンは50.500μm)まで設定可能となっている.さまざまな倍率のレーザー用コンタクトレンズと組み合わせることにより網膜上の凝固径を術者の希望どおりに設定することが可能である.e.モジュール式マルチカラーレーザーMC-500VixiRはモジュール式レーザーユニット構造でグリーン(532nm),イエロー(577nm),レッド(647nm)の3色から自由に組み合わせを選択することが可能である.予算やその施設の対応している疾患などにより波長選択が可能となっている.f.多彩なデリバリーシングル凝固からパターンスキャン光凝固まで使用可16あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014能なスリットランプデリバリーとしてはSL-130(Zeiss),SL-1800(NIDEK),900BQ(Haag)の選択が可能である.また,シングル凝固のみとなるが,双眼倒像鏡デリバリーを使用すれば未熟児網膜症などの治療,エンドフォトデリバリーを使用すれば硝子体手術にも対応できる.個人的には直感的で見やすい液晶タッチパネルが採用されているため(図1),パターンスポットからシングルスポットへの切り替えが容易であることも特徴的な魅力の一つとして挙げたい.パターンスキャンレーザーの利点について述べていると,「有効な凝固斑が得られないことが多いがどうすればよいか」という質問をよく受ける.ある程度まで凝固出力を上げても有効な凝固斑を得られない場合(具体的には600mW程度)には,パターンスキャンレーザーでの凝固にこだわらずシングルスポットへ切り替え,従来どおりの条件で凝固を行うことを勧めている.目的はパターンスキャンレーザーによる網膜の凝固ではなく,適切な網膜の凝固であることを忘れてはいけない.おわりにMC-500VixiRはショートパルス・高出力という従来とは異なる凝固条件を用いることにより,網膜光凝固時の手術時間短縮・患者の疼痛軽減といった利点を持つパターンスキャンレーザーの特色と,白内障や硝子体出血を伴う症例でも有効な網膜光凝固を施行可能とするマルチカラーレーザーの両方の特色を併せ持ったマルチカラースキャンレーザー光凝固装置として発売以降わが国でも急速に普及している.これらの特色以外にも前述したような非常に細やかな特徴による使い勝手の良さが術者に受け入れられている理由と考えられる.しかしながら,多くの利点を得ると同時に注意点も増えるということを忘れてはならない.MC-500VixiRを使用して網膜光凝固を行う際にはパターンスキャンレーザーを使用する際の安全閾の狭さと凝固斑の経時的縮小,マルチカラーレーザーの長波長を使用する際の網膜深層への影響,この両面に注意しながらその利点を存分に生かしていただきたい.その際に本稿が一助となることを期待し稿を(16) 終えたい.文献1)TheDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Indicationsforphotocoagulationtreatmentofdiabeticretinopathy:DiabeticRetinopathyStudyReportno.14.IntOphthalmolClin27:239-253,19872)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyresearchgroup:Photocoagulationfordiabeticmacularedema.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyreportnumber1.ArchOphthalmol103:1796-1806,19853)BlumenkranzMS,YellachichD,AndersenDEetal:Semiautomatedpatternedscanninglaserforretinalphoto-coagulation.Retina26:370-376,20064)Al-HussainyS,DodsonPM,GibsonJM:Painresponseandfollow-upofpatientsundergoingpanretinallaserphotocoagulationwithreducedexposuretimes.Eye(Lond)22:96-99,20085)MuqitMM,MarcellinoGR,GrayJCetal:PainresponsesofPascal20msmulti-spotand100mssingle-spotpanretinalphotocoagulation:ManchesterPascalStudy,MAPASSreport2.BrJOphthalmol94:1493-1498,20106)SramekCK,LeungLS,PaulusYMetal:Therapeuticwindowofretinalphotocoagulationwithgreen(532-nm)andyellow(577-nm)lasers.OphthalmicSurgLasersImaging43:341-347,20127)JainA,BlumenkranzMS,PaulusYetal:Effectofpulsedurationonsizeandcharacterofthelesioninretinalphotocoagulation.ArchOphthalmol126:78-85,20088)Velez-MontoyaR,Guerrero-NaranjoJL,Gonzalez-MijaresCCetal:Patternscanlaserphotocoagulation:safetyandcomplications,experienceafter1301consecutivecases.BrJOphthalmol94:720-724,20109)SmiddyWE,FineSL,QuigleyHAetal:Comparisonofkryptonandargonlaserphotocoagulation.Resultsofstimulatedclinicaltreatmentofprimateretina.ArchOphthalmol102:1086-1092,198410)SmiddyWE,PatzA,QuigleyHAetal:Histopathologyoftheeffectsoftuneabledyelaseronmonkeyretina.Ophthalmology95:956-963,198811)PalankerD,BlumenkranzMS,WeiterJJ:Retinallasertherapy:biophysicalbasisandapplications.In:RyanSJ(ed),Retina.NewYork,MosbyElsevier,2006,p539-553(17)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201417

Pattern Scanning Laser(PASCAL®)

2014年1月31日 金曜日

特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):3.10,2014特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):3.10,2014PatternScanningLaser(PASCALR)PatternScanningLaser(PASCALR)志村雅彦*はじめに眼科領域においてレーザー光凝固を行う目的はさまざまであるが,その原理はレーザー光線の持つ光エネルギーを,空間的に離れた標的組織において熱エネルギーに変換させ,組織を破壊することにある.光エネルギーを熱エネルギーに効率よく変換させるためには,標的組織が光エネルギーを吸収しやすい色素を有していることが条件で,網膜においては網膜色素上皮,赤血球,黄斑がこれにあたる(図1左).光エネルギーは高校物理学で習ったように波長に比例するが,一方で波長の違いは組織侵達度の違いを生む(図1右).したがって,波長の吸収特性を理解することによって,標的組織によってレーザーの波長を選択する必要がある.さて,網膜においてレーザー光凝固を行うのは,おもに糖尿病網膜症を代表とする虚血性網膜硝子体疾患に対してであり,微小循環の障害に伴う組織虚血に対して,網膜のなかで最も酸素需要の多いとされている視細胞を選択的に破壊することで相対的に虚血を改善する目的で光の波長と組織への吸収特性アルゴン励起光(青,緑)では網膜色素上皮に強く吸収され,色素励起光(黄,橙)では赤血球にも吸収される.クリプトン励起光(赤)では網膜色素上皮に特異的に吸収される..JapaneseOphthalmologicalSociety図1レーザー光の特徴光は色素に当たると吸収され,熱を発生する.*MasahikoShimura:東京医科大学八王子医療センター眼科〔別刷請求先〕志村雅彦:〒193-0944東京都八王子市館町1163東京医科大学八王子医療センター眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(3)3 行われる.しかしながら視細胞は色素をもたないためレーザー光の吸収標的とはならないので,視細胞に隣接する網膜色素上皮を標的として,視細胞を巻き込むように熱破壊していく(図2).つまり,網膜レーザー光凝固によって直接障害を及ぼすのは網膜色素上皮細胞であり,間接的に標的組織である視細胞を破壊する目的で行っているのである.さて,酸素需要を減らす目的で光凝固を施行するのであるから,酸素需要の高い網膜外層に位置する視細胞だけを破壊すればよく,網膜内層まで破壊が起こるのは好ましくない.また,光凝固斑は均等に配置させることで炎症を最小限に抑制できるため,できるだけ均一に照射することが望まれる.実際,過剰出力や不均一なパターンで施行された網膜光凝固後に経年変化として凝固斑拡.JapaneseOphthalmologicalSociety図2レーザー光による網膜破壊過程励起光は色素上皮に吸収され(①)熱を発生(②),周囲に熱が広がり巻き込む形で光受容体を破壊する(③).大が起こり,視野感度の低下が起こることはよく知られているし1),汎網膜光凝固のような広範囲への照射は術後に黄斑浮腫をきたすことが知られている2).大事なことであるが,網膜レーザー光凝固とは保存的な治療ではなく,視機能の一部を犠牲にする破壊的な治療であることを忘れてはならない.したがって必要最小限の破壊にとどめるべきであり,“いかにして視細胞つまり網膜外層だけを限局的に破壊し,照射パターンをできるだけ均一にすることで経年性の凝固斑拡大を防げるか”が網膜レーザー光凝固治療にあたってのポイントであることを忘れてはならないI従来の光凝固装置網膜光凝固治療に使用されるレーザー装置では,さまざまな活性媒質を励起することによってレーザー光を発生させるが,励起から発生までのタイムラグの関係から立ち上がり時間を必要とするので,隣接した視細胞を破壊するだけの熱エネルギーを網膜色素上皮細胞に到達させるためには,100.200msの照射時間が必要であった.また,照射後の減衰による残存熱エネルギーによって,思いのほか過剰な凝固斑が出現してしまうことも稀ではなかったのである.したがって,網膜面状に淡い灰白色のスポットが出現する程度の出力で,1スポット間隔を開けて照射するという,曖昧な照射基準と“経験”が物をいう世界であった.実際に従来の光凝固装置での凝固斑では,熱エネルギーによる破壊が網膜外層にとどまらず,網膜全層に瘢痕が及ぶことが知られている(図[通常装置による凝固斑][PASCALRによる凝固斑]照射時間が長い(150~200ms)ため短時間照射(10~20ms)のため網膜障害は広範囲網膜障害は限局的図3通常装置による凝固斑(左),およびPASCALRによる凝固斑(右)4あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(4) 3左).IIパターンスキャンレーザー(PASCALR:PAtternSCAnLasersystem)近年,網膜外層だけを限局的に破壊し,照射パターンを均一にすることで,合併症の少ない効果的な網膜光凝固を目的とする装置が開発された.PASCALRとよばれる自動パターンによる短時間照射レーザー装置である.本体の大きさや操作性は従来の光凝固装置とほぼ変わらない(図4左).PASCALRによる短時間照射を可能にしたのはレーザー光のon-offという従来の考えから,onにしたまま反射ミラーを調整することで,少しずつ規則的にずらしていくという考え方に変えたことによる(図4右).加えて,照射をパターン化するために2枚のガルバノ(Galvano)ミラーを高速で上下・左右にステップ状に変化させている(図5).レーザー光励起の立ち上がり時間が不要なため照射時間を10.30msと非常に短くでき,短時間高出力によって,より局所での熱破壊が可能になった.これにより,従来のレーザーでは網膜全層に及んでいた熱破壊が,視細胞層に限局されることになり,より合併症の少ない光凝固が可能となった(図3右).またコンピュータ制御による照射標的の移動によって均一な照射が可能になり,従来のマニュアル操作ではむずかしかった均一なパターンの凝固斑作製が容易に可能になった(図6左).同時に網膜光凝固の所要時間が劇的に短縮され,医師,患者の双方にとって負担の少ないものとなった.PASCALRでは連続照射を行うためにYAGレーザーを用いて1,064nmの励起光を発生させ,半波長の532nmにして使用している.したがって,いわゆる緑色波長レーザーであるため,比較的組織の深部には到達しにくい.硝子体出血や黄斑浮腫に際してはやや不利であることは否めないが,現在では橙赤色レーザーも開発されており,今後のマルチカラー化によって対応されるものと思われる.1.PASCALR装置の実際パターンスキャンレーザーの注意点は,パターン照射時には照射時間が短いため,照射出力を上げないと凝固斑が出現しない点である.理論的には照射時間が1/10となるため,照射出力は10倍となるが,実際は400mW程度から開始し,600mWを超えることは稀である.したがって光凝固に要する総エネルギーは照射時間と出力の積に比例するため,従来よりも少なくてすむのである3).パターンを選択後TitrateModeにして,試験的に1発照射し,凝固斑を確認してからパターン照射を開始する.パターン照射では一度のアクション(足踏み)で自動的に均一に照射されるので,視細胞への障害図4PASCALRStreamline光凝固装置(左)とレーザーの出力パターン(PASCALRと従来方式)(右)左:本体の大きさや操作性は,従来の光凝固装置と変わりない.右:レーザー光を動かすという発想により,連続的で規則的な短時間照射が可能になった.(5)あたらしい眼科Vol.31,No.1,20145 図5ガルバノミラーを用いたPASCALR方式のレーザー照射原理レーザー光の軌跡をガルバノミラー①によって移動させることにより短時間照射が可能となる.パターン化への微調整はスリットランプ内のガルバノミラー②および③にて行う.照射(左上)→①の移動により照射中断(左下)→②および③にてパターン調整(右上)→①を再度移動させ照射(右下).通常の格子状凝固ランドマーク併用閾値下凝固閾値下格子状凝固目的に応じたさまざまな凝固パターンランドマーク凝固斑によって,視認不可能な閾値下凝固の照射部位プログラムがある.を確認できる.図6PASCALRの照射プログラム6あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(6) に偏りを少なくすることができると考えられているが,実際の臨床におけるパターン照射では周辺側が強く凝固される傾向があるので,注意を要する.なお,パターンの選択にもよるが,格子状光凝固のときなどスポットサイズを100μmとした場合は200mW程度でも凝固斑は出現するので注意が必要である.前述したようにパターンスキャンレーザーでは視細胞の限局的な破壊が可能であり,裏を返すと凝固斑拡大が起こりにくい.したがって,スポット間隔を従来よりも狭める必要がある.経験的には0.5.0.75スポット間隔が推奨される.また,総エネルギー量が低いので,一度に1,500発程度まで照射可能と思われる.さらに現在ではパターン内において出力を自動的に半減させるプログラムが開発され,格子状光凝固に際し,容易に閾値下凝固を行うことができるようになっている.閾値下凝固のプログラムでは図6右のように4点に視認可能な凝固斑をランドマークとして出力設定すると,パターン内のスポットが自動的に閾値下出力に設定される.なお,副次的な利点として施行時疼痛の緩和がある.光凝固施行時に疼痛を感じるのは網膜色素上皮細胞に発生した熱が脈絡膜の血管に伝わるためであるが,PASCALRでは瘢痕が広がりにくいため施行時疼痛が起こりにくいと考えられている4).もっとも,疼痛の閾値は個人差が非常に大きいため,参考程度に考えておいたほうがよい.2.どんなときにPASCALRが有用か?PASCALRがその性能を圧倒的に発揮できるのは,やはり大量照射である汎網膜光凝固時である.最も汎用性が高いと思われる5×5パターンを選択すると一度に25発の照射が可能であるため,汎網膜光凝固時には従来の10分の1程度の時間で完成できる.ただし,注意しないといけないのは瘢痕が広がらないため1スポット間隔ではなく1/2.3/4スポット間隔で打つ必要があり,結果として汎網膜光凝固では総照射数は5,000発程度と従来の2倍程度必要になる.それでも,2回のセッションで(1回2,500発程度まで可能)終了でき,光凝固の完成にかかる時間や期間をきわめて短縮することができる(7)ため,患者の負担軽減のみならず,われわれ術者の負担も軽減される.糖尿病網膜症に対する汎網膜光凝固では,網膜の活動性を早急に沈静化させるためにも速やかな光凝固の完成が重要であるが,黄斑浮腫による視力低下という合併症を考慮しなくてはならない.前述のごとくPASCALRは低侵襲で短時間大量照射が可能であり,従来の光凝固に比して黄斑浮腫の発症を抑制しうるという臨床研究結果もあり5),積極的に適応となると考えられる.また,網膜中心静脈閉塞(CRVO)のような血管閉塞疾患では,無理な汎網膜光凝固によって脈絡膜.離を誘発する危険性があったが,PASCALRでは網膜内層への影響が少ない分安全に施行できる.黄斑浮腫を伴うCRVOに対してベバシズマブを硝子体内投与し,PASCALRによる汎網膜光凝固を併用することで,治療成績が向上するという報告もある6).PASCALRのもう一つの利点である色素上皮細胞への限局的な刺激は,難治性の糖尿病黄斑浮腫に対する格子状光凝固に適していると思われる.ただし,黄斑浮腫への格子状光凝固は照射出力の調整がむずかしいため,あらかじめ抗VEGF(血管内皮増殖因子)薬の硝子体内投与やトリアムシノロンのTenon.下投与を施行して浮腫を抑制させたうえでPASCALRによる格子状光凝固を施行するとよい7).3.PASCALRがあまり勧められないときは?PASCALRの利点でもある網膜外層への限局的な瘢痕は,裏を返せば網膜内層の虚血に対する有効性は期待できない.したがって,広範囲の網膜虚血による新生血管緑内障に対してはPASCALRは勧められない.余談だが新生血管緑内障に対してはベバシズマブを硝子体内投与して3日以内に硝子体手術を施行し,網膜周辺部から毛様体扁平部にかけて広汎に眼内光凝固(もちろん通常凝固法である)を行うことで沈静化を得ることが多い.4.PASCALRと通常光凝固の違い糖尿病網膜症に対する汎網膜光凝固を従来の光凝固法とPASCALRによる光凝固法とで,網膜に与える影響を比較検討した自験例での結果を紹介する(図7).あたらしい眼科Vol.31,No.1,20147 図762歳,男性:未治療両眼性の糖尿病網膜症に対する従来法(右眼)およびPASCALR(左眼)による汎網膜光凝固13012011010090中心窩網膜厚の動態+0.3*+0.2+0.1±0-0.1logMAR視力の動態****0481216202404812162024*群間有意差あり(p<0.05)図8未治療の糖尿病網膜症に対するPASCALR(●)および従来法(○)による汎網膜光凝固(矢印)後の臨床経過未治療であり,両眼ともに汎網膜光凝固(PRP)適応である糖尿病網膜症を有する10名20眼に対し,1眼にはPASCALRによる光凝固法(20ms,400.500mW,f=200μm,1,500spots×3session,y=0.5spot,pattern5×5)で,対側眼には従来の光凝固法(200ms,150.200mW,f=200μm,500spots×4session)でPRPを施行し,施行前に対する中心窩網膜厚およびlogMAR視力の動態変化と,各セッションにおける施行所要時間,疼痛スケール(無痛を0,限界痛を10)を,両眼間で比較検討した.8あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014中心窩網膜厚およびlogMAR視力の動態変化(図8)PASCALR施行眼と通常PRP施行眼に施行前に有意差はなし中心窩網膜厚:PASCALR群368±92.5μm従来群359±89.6μm群間有意差なし(p=0.487)logMAR視力:PASCALR群0.61±0.21従来群0.55±0.18群間有意差なし(p=0.166)中心窩網膜厚は施行前に対する比で,logMAR視力(8) セッションごとの施行時間セッションごとの疼痛スケールPASCALRConventional***1st2nd1st2nd3rd3rd4th4th1st2nd1st2nd3rd3rd01234567(min)*群間有意差あり(p<0.05)図9未治療の糖尿病網膜症に対するPASCALR(●)および従来法(○)による汎網膜光凝固―セッPASCALRConventional*01234567(VASscore)ションごとの施行時間および疼痛スケールは施行前に対する差でプロットした.中心窩網膜厚はPRP施行後12週目においてのみPASCALR群で有意に黄斑部肥厚が抑制されたが,16週以降は有意差を認めなかった.logMAR視力は12週目以降,観察期間24週目までにおいてPASCALR群で有意に視力低下が抑制された.施行所要時間および疼痛の評価(図9)PASCALRにおけるセッションごとの所要時間は1回目:3.8±0.9min,2回目:2.7±0.9min,3回目:2.1±0.6minであり,いずれも従来法による所要時間(1回目:5.2±1.3min,2回目:4.8±1.0min,3回目:4.4±0.9min,4回目:3.6±0.6min)に対し有意に短かった.疼痛スケールに関しては,PASCALRの最終回(3.1±1.7)が従来法の最終回(3.9±2.2)に対してのみ有意に低かったが,各セッションごとの比較では有意差は認められなかった.以上のように自験例においても,PASCALRは従来法に対して,PRPの際にしばしば認められる浮腫の発症や視力の低下を抑制することが確認できたと同時に,光凝固の所要時間を著明に短縮できることが確認できた.しかしながら自験例では疼痛の緩和という点では有意な差を認めることができず,これは須藤らの報告8)と同様な結果となった.おわりにレーザー光の励起を単回ごとに行わず,レーザー光を励起させたまま照射軸をずらしていくという画期的な発想の転換によって産み出されたPASCALR装置は,網膜レーザー光凝固の所要時間を大幅に短縮し,施行医師・患者の双方に診療におけるメリットをもたらしたことは間違いない.また,限局的な熱破壊のため,術後の凝固斑の萎縮拡大を起こしにくいとされる点では,格子状光凝固のような,虚血の改善ではなく血管透過性亢進の抑制を目的に行う際に威力を発揮するものと思われる.しかしながら,虚血を改善するための破壊という点では“穏やかに破壊する”PASCALRが,本来の目的である新生血管の発症抑制という点で“激しく破壊する”従来法と比較して十分といえるのかはいまだ検証されてはいない.すでに市場に出て5年を超える現在こそ,PASCALRでの照射の有効性を検証する時期に来ていると思われる.文献1)OlkRJ:Argongreen(514nm)versuskryptonred(647nm)modifiedgridlaserphotocoagulationfordiffusediabeticmacularedema.Ophthalmology97:1101-1113,19902)ShimuraM,YasudaK,NakazawaTetal:Quantifying(9)あたらしい眼科Vol.31,No.1,20149 alterationsofmacularthicknessbeforeandafterpan-retinalphotocoagulationinpatientswithseverediabeticretinopathyandgoodvision.Ophthalmology110:23862394,20033)JainA,BlumenkranzMS,PaulusYetal:Effectofpulsedurationonsizeandcharacterofthelesioninretinalphotocoagulation.ArchOphthalmol126:78-85,20084)Al-HussainyS,DodsonPM,GibsonJM:Panresponseandfollow-upofpatientsundergoingpanretinallaserphotocoagulationwithreducedexposuretimes.Eye22:96-99,20085)TheManchesterPascalStudy:Single-sessionvsmulti-ple-sessionpatternscanninglaserpanretinalphotocoagulationinproliferativediabeticretinopathy.ArchOphthalmol128:525-533,20106)ShimuraM,YasudaK,NakazawaTetal:Combinationtherapyforretinalveinocclusion.Ophthalmology117:1858-e3,20107)ShimuraM,NakazawaT,YasudaKetal:Pretreatmentofposteriorsubtenoninjectionoftriamcinoloneacetonidehasbeneficialeffectsforgridpatternphotocoagulationagainstdiffusediabeticmacularedema.BrJOphthalmol91:449-454,20078)須藤史子,志村雅彦,石塚哲也ほか:糖尿病網膜症における汎網膜光凝固術─従来法とパターン高出力短照射時間法との比較.臨眼65:693-698,201110あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(10)

序説:網膜レーザー光凝固治療の進化

2014年1月31日 金曜日

●序説あたらしい眼科31(1):1,2014●序説あたらしい眼科31(1):1,2014網膜レーザー光凝固治療の進化EvolvingRetinalLaserTherapy村田敏規*小椋祐一郎**網膜レーザー光凝固の眼科治療は,従来,増殖前糖尿病網膜症から増殖糖尿病網膜症への進行を止め,患者の失明予防,視力の維持が目標であった.近年,レーザー機器は飛躍的な進歩を遂げており,黄斑浮腫の治療にも用いられ,視力を改善させる手段としてとらえるようになった.現在,黄斑浮腫の治療には抗vascularendothelialgrowthfactor(VEGF)薬の即効性とその高い治療効果が注目されているが,その効果持続期間が短く,硝子体注射を反復して長期間施行しなければいけない欠点がある.これに対して,網膜の無灌流領域をレーザー凝固することは,VEGFを産生する虚血組織を凝固することで,即効性に欠けるが永続的VEGF産生低下をもたらす.抗VEGF薬とレーザーの併用はそれぞれの,即効性と持続性を併せたVEGF低下作用をもたらし,理想の治療を実現するのではないかと期待されているが,まだ試行錯誤の段階である.この観点から,アーケード内のレーザー凝固,つまり中心窩から500μm以上離れた黄斑の凝固を安全に施行することが可能な機械が,種々の特徴を持って登場してきている.PASCALRとVixiRに代表されるパターンスキャンレーザーは,レーザー効率を高め,治療時間を短縮し,さらに痛みが従来のレーザーよりも軽度であることなどから,現在急速に普及している.EndopointmanagementRはPASCALRの機能がさらに進化したもので,閾値下凝固の要素を備えている.NAVILASRは眼底写真もしくは蛍光眼底造影の画像を使ってコンピュータ制御で,医師の職人技に頼らずに機械がアーケード内のレーザーを安全に施行するという特徴を有している.従来のレーザーが前述のようにおもに虚血の網膜神経細胞を破壊することで奏効していたのに対して,マイクロパルス閾値下凝固とSelectiveRetinaTherapyは網膜細胞の破壊を起こさず,逆にこれを活性化することで黄斑浮腫軽減効果を出そうとする治療である.今後劇的に進化することが予想される網膜レーザー光凝固治療の現状と将来の可能性について,それぞれのエキスパートから報告していただく.*ToshinoriMurata:信州大学医学部眼科学教室**YuichiroOgura:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(1)1

0.0015%タフルプロスト/0.5%チモロール配合点眼液(DE-111点眼液)の原発開放隅角緑内障および高眼圧症を対象とした0.5%チモロール点眼液との第III相二重盲検比較試験

2013年12月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(12):1773.1781,2013c0.0015%タフルプロスト/0.5%チモロール配合点眼液(DE111点眼液)の原発開放隅角緑内障および高眼圧症を対象とした0.5%チモロール点眼液との第III相二重盲検比較試験桑山泰明*:DE-111共同試験グループ*福島アイクリニックPhaseIIIDouble-MaskedStudyofFixedCombinationTafluprost0.0015%/Timolol0.5%(DE-111)versusTimolol0.5%OphthalmicSolutioninPrimaryOpen-AngleGlaucomaandOcularHypertensionYasuakiKuwayama1):DE-111CollaborativeTrialGroup1)FukushimaEyeClinic0.0015%タフルプロスト/0.5%チモロール配合点眼液(DE-111)の有効性と安全性を検討するため,原発開放隅角緑内障または高眼圧症患者166例を対象に,チモロールを対照とした多施設共同無作為化二重盲検並行群間比較試験を実施した.チモロール4週間点眼後の眼圧が20mmHg以上の被験者をDE-111群またはチモロール群に割り付け,治療期として4週間点眼した.治療期終了時の平均日中眼圧は治療期0週に比べ,DE-111群で3.2±2.1mmHg下降し,チモロール群の1.7±2.1mmHg下降と比較して統計学的に有意に大きかった.副作用発現率はDE-111群19.5%,チモロール群3.6%と,両群間に有意差を認めたが,DE-111群で発現した副作用の多くは軽度で忍容性に問題はなかった.DE-111点眼液は,緑内障治療における多剤併用療法の選択肢として,有用性の高い配合点眼液である.Theaimofthisstudywastocomparetheefficacyandsafetyofthefixedcombinationophthalmicsolutionoftafluprost0.0015%/timolol0.5%(DE-111)tothatoftimolol0.5%in166patientswithprimaryopen-angleglaucomaorocularhypertension,inarandomized,double-masked,parallel-groupandmulticenterstudy.PatientswithIOP≧20mmHgaftertimololinstillationfor4weekswererandomlyassignedtoeithertheDE-111ortimololgroup,withthedruginstilledfor4weeks.Attheendoftreatment,meandiurnalintraocularpressurereductionfrombaselinewas3.2±2.1mmHgintheDE-111groupand1.7±2.1mmHginthetimololgroup,withstatisticallysignificantdifferencebetweenthegroups.Atotalof19.5%ofthepatientswithDE-111and3.6%ofthosewithintimololreportedadversedrugreactions,butDE-111wastolerable,asmostoftheadversedrugreactionswithitweremild.TheseresultsindicatethatDE-111isclinicallyusefulinmultidrugtherapyforglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(12):1773.1781,2013〕Keywords:緑内障,配合点眼液,タフルプロスト,チモロール,DE-111.glaucoma,fixedcombination,tafluprost,timolol,DE-111.はじめにDE-111点眼液は,有効成分としてタフルプロストを0.0015%,チモロール0.5%相当量のチモロールマレイン酸塩を含有する配合点眼液である.タフルプロストは参天製薬株式会社および旭硝子株式会社で創製されたプロスタグランジン(PG)F2a誘導体で,ぶどう膜強膜流出路からの房水流出促進による眼圧下降効果が報告されている1.3).b遮断薬であるチモロールは,房水産生を抑制することによって眼圧下降効果が得られる薬剤である4,5).DE-111点眼液は,これら作用機序の異なる2成分を配合することにより各単剤より〔別刷請求先〕桑山泰明:〒553-0003大阪市福島区福島5-6-16ラグザ大阪サウスオフィス4F福島アイクリニックReprintrequests:YasuakiKuwayama,M.D.,FukushimaEyeClinic,4FLaxaOsakaSouthOffice,5-6-16Fukushima,Fukushimaku,Osaka553-0003,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(125)1773 も強い眼圧下降効果が期待されるのみならず,点眼回数が減ることにより患者の利便性やアドヒアランスさらにはQOLを改善し,緑内障の治療効果を高めることが期待される.現在,わが国において発売されているPG関連薬とb遮断薬の配合点眼液としては,ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液(ザラカムR配合点眼液)とトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液(デュオトラバR配合点眼液)がある.しかしながら,これら配合点眼液に関して,その有効性や安全性をチモロール単剤と二重盲検比較試験で検討した論文報告は,海外にはあるものの6.12)国内にはない.今回,DE-111点眼液の第III相試験として,原発開放隅角緑内障または高眼圧症患者を対象に,DE-111点眼液とDE-111点眼液の有効成分の一つである0.5%チモロール点眼液との多施設共同無作為化二重盲検並行群間比較試験を実施したので,その結果を報告する.なお,本試験はヘルシンキ宣言に基づく原則に従い,薬事法第14条第3項および第80条の2並びに「医薬品の臨床試験の実施の基準(GCP)」を遵守し実施された.I対象および方法1.実施医療機関および試験責任医師本臨床試験は全国16医療機関において各医療機関の試験責任医師のもとに実施された(表1).試験の実施に先立ち,各医療機関の臨床試験審査委員会において試験の倫理的および科学的妥当性が審査され,承認を得た.治験責任医師は,被験者選定および同意の取得,実施計画書に沿った試験の実施,データ収集の役割を担った.2.目的DE-111点眼液の0.5%チモロール点眼液に対する優越性を検証することを目的とした.3.対象対象は両眼が原発開放隅角緑内障または高眼圧症と診断され,0.5%チモロール点眼液点眼下で少なくとも片眼の眼圧が20mmHg以上であり,選択基準を満たし除外基準に抵触しない患者とした.なお,表2におもな選択基準および除外基準を示した.試験開始前に,すべての被験者に対して試験の内容および予想される副作用などを十分に説明し,理解を得たうえで,文書による同意を取得した.4.方法a.試験デザイン・投与方法本試験はDE-111第III相臨床試験であり,多施設共同無作為化二重盲検並行群間比較試験として実施した.被験者から文書による同意取得後,緑内障前治療薬の影響を洗い流し,0.5%チモロール点眼液の効果が一定となる期間として,導入期を4週間と設定した.導入期には0.5%チ1774あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013表1DE-111共同試験グループ試験実施医療機関一覧(順不同)医療機関名試験責任医師名医療法人社団山田眼科大谷地裕明渡辺眼科医院渡邉広己財団法人湯浅報恩会寿泉堂綜合病院眼科神田尚孝医療法人社団済安堂お茶の水・井上眼科クリニック井上賢治医療法人社団瞳好会京王八王子松本眼科松本純医療法人社団済安堂西葛西・井上眼科病院宮永嘉隆医療法人社団ひいらぎ会若葉台眼科佐藤功むらまつ眼科医院村松知幸医療法人社団シー・オー・アイいしだ眼科石田玲子医療法人豊潤会松浦眼科眼科松浦雅子野村眼科野村亮二医療法人庸倫会スズキ眼科服部博之宇部興産株式会社中央病院眼科湧田真紀子医療法人杏水会右田眼科右田雅義医療法人明和会宮田眼科病院宮田和典医療法人仁志会西眼科病院藤井誠一郎表2おもな選択基準および除外基準1)おもな選択基準(1)20歳以上(2)性別:不問(3)入院・外来の別:外来(4)導入期終了日(9時30分±30分)の少なくともいずれか一方の眼圧が20mmHg以上,両眼とも34mmHg以下2)おもな除外基準(1)以下①.③のいずれかに該当する〔①気管支喘息,またはその既往を有する,②気管支痙攣,重篤な慢性閉塞性肺疾患を有する,③心不全,洞性徐脈,房室ブロック(II,III度),心原性ショックを有する〕(2)角膜屈折矯正手術の既往を有する(3)緑内障手術(レーザー線維柱帯形成術,濾過手術,線維柱帯切開術など)の既往を有する(4)試験期間中にコンタクトレンズの装用を必要とする(5)安全性上不適格と判断される合併症または臨床検査値異常を有する(6)試験責任医師・試験分担医師が本試験の対象として不適当と判断モロール点眼液を1日2回朝夜両眼に治療期0週まで点眼した.治療期0週当日朝は0.5%チモロール点眼液を点眼せず来院し,点眼前の眼圧が20mmHg以上の被験者を対象として症例登録を行い,4週間の治療期に移行した.治療期では被験者はDE-111群またはチモロール群に1対1に無作為に割り付けられた.DE-111群は,DE-111点眼液を1日1回朝両眼点眼およびプラセボ点眼液を1日2回朝夜両眼点眼した.チモロール群は,0.5%チモロール点眼液を1日2回朝夜両眼点眼およびプラセボ点眼液を1日1回朝両眼点眼した.試験デザインを図1に示した.なお,点眼はいずれも1(126) 回1滴とするよう指導した.b.試験薬剤被験薬であるDE-111点眼液は,1ml中にタフルプロストを0.015mgおよびチモロールを5mg含有する無色澄明の水性点眼液である.DE-111群にはチモロール型容器のプラセボ点眼液(1日2回朝夜両眼点眼),チモロール群には同意取得登録/割付け:1日2回(朝,夜)両眼点眼:1日2回(朝,夜)両眼点眼(チモロール型容器)DE-111点眼液:1日1回(朝)両眼点眼【導入期】・0.5%チモロール点眼液【治療期】・DE-111群プラセボ点眼液導入期4週間治療期4週間チモロール点眼液0.5%DE-111群二重盲検チモロール群・チモロール群0.5%チモロール点眼液:1日2回(朝,夜)両眼点眼プラセボ点眼液:1日1回(朝)両眼点眼(DE-111型容器)図1試験デザインDE-111型容器のプラセボ点眼液(1日1回朝両眼点眼)をそれぞれ併用するダブルダミー法を用いて盲検性を確保した.試験薬の識別不能性は試験薬割付責任者が確認した.試験薬の割付は,試験薬割付責任者が置換ブロック法による無作為化により行い,キーコードは開鍵時まで封入し試験薬割付責任者が保管した.c.症例数DE-111群とチモロール群の眼圧変化量の差を2.0mmHg,標準偏差を4.0mmHg,有意水準を5%,t検定を用いた検出力を80%としたとき,1群の必要例数は64例である.脱落例を考慮し,目標症例数を1群70例と設定した.5.検査・観察項目試験期間中は検査・観察を表3のとおり行った.a.被験者背景性別,生年月日,合併症(眼および眼以外),既往歴などの被験者背景は,試験薬投与開始前に調査確認した.b.試験薬の点眼状況治療期0週以降は来院ごとに,前回の来院直後からの点眼遵守状況について問診で確認した.c.各種検査・測定血圧・脈拍数測定,細隙灯顕微鏡検査,視力検査,眼圧測定,隅角検査,視野検査,眼底検査および臨床検査(血液・尿)を表3のスケジュールで実施した.眼圧測定は,導入期開始時,治療期0週,2週および4週または中止時の眼圧をGoldmann圧平眼圧計にて測定した.眼圧測定時刻は,導入表3検査・観察スケジュール観察項目導入期治療期中止時導入期開始時(-4週)0週2週4週文書同意●被験者背景●点眼遵守状況●●●●血圧・脈拍数測定●●●●●細隙灯顕微鏡検査●●●●●視力検査●●●眼圧測定午前中(12時まで)●●9時30分±30分●●●点眼2時間後±30分●●点眼8時間後±30分●●隅角検査●視野検査●眼底検査●●●臨床検査(血液・尿)●●●有害事象●(127)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131775 期開始時は午前中,治療期0週および4週は朝点眼前の午前9.10時,朝点眼2時間後±30分および朝点眼8時間後±30分,治療期2週は朝点眼前の午前9.10時とした.中止時の眼圧測定時刻は規定しなかった.d.有害事象試験期間中に発現・悪化したすべての好ましくない,または意図しない疾病,またはその徴候を収集した.6.併用禁止薬および併用禁止療法試験期間を通じて,人工涙液,白内障治療薬およびビタミンB12製剤を除くすべての眼局所投与製剤,経口および静注投与の眼圧下降剤,すべてのb遮断薬,副腎皮質ステロイド薬および他の臨床試験薬の投与を禁止した.また,試験期間中の,眼科レーザー手術,コンタクトレンズの装用などを禁止した.7.評価方法a.有効性の評価有効性評価眼は,治療期0週(朝点眼前)の眼圧の高いほうの眼(左右が同値の場合は右眼)とした.主要評価項目は,治療期終了時(治療期4週または中止時)における治療期0週からの平均日中眼圧の変化量とした.なお平均日中眼圧は,朝点眼前,点眼2時間後および点眼8時間後の眼圧平均値と定義した.また副次評価項目は,各測定時点における治療期0週からの眼圧変化量および眼圧変化率とした.b.安全性の評価有害事象,臨床検査,血圧・脈拍数および眼科的検査をもとに安全性を評価した.8.解析方法a.有効性解析対象有効性は,最大の解析対象集団(FullAnalysisSet:FAS集団)を対象として検討した.また,試験実施計画書に適合した解析対象集団(PerProtocolSet:PPS集団)についても解析し,FAS集団との相違について考察した.b.安全性解析対象安全性は,被験薬または対照薬を少なくとも1回点眼し,安全性に関する何らかの情報が得られているすべての被験者(安全性解析対象集団)を対象とした.c.データの取り扱い検査・観察時期が許容範囲から外れた場合,検査前日の点眼をしていない場合,検査当日の朝の点眼を眼圧測定の前に行った場合,および治療期0週以降の眼圧測定時刻が許容範囲から外れた場合は,当該検査日の眼圧データをPPS集団から除外した.d.解析方法主要評価および副次評価の解析には,投与群別に対応のあるt検定を行った.群間比較には,投与群を要因,0週の眼1776あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013圧値を共変量とした共分散分析を用いた.眼圧下降率20%の症例割合はFisherの直接法により群間比較を行った.安全性の解析のうち,有害事象については,発現例数と発現率を集計し,全体の発現率についてFisherの直接法を用いて群間の比較を行った.また,臨床検査値については,各検査項目別の異常変動の発現例数と発現率を集計し,連続量データについては,対応のあるt検定を,順序尺度データに関しては符号検定を行った.血圧・脈拍数については対応のあるt検定を行った.眼科的検査(細隙灯顕微鏡検査,視力検査)については符号検定を行った.検定の有意水準は両側5%とし,区間推定の信頼係数は両側95%とした.解析ソフトはSASversion9.2(株式会社SASインスティチュートジャパン)を用いた.なお,本論文は参天製薬株式会社が行った解析データを基に筆者が執筆した.II結果1.被験者の構成被験者の内訳を図2に示した.文書同意を得て試験に組入れられた被験者は203例で,導入期が開始された被験者は188例,治療期が開始された被験者は166例であり,無作為にDE-111群82例,チモロール群84例に割り付けられた.治療期中に8例が試験を中止し(DE-111群5例,チモロール群3例),158例が試験を完了した(DE-111群77例,チモロール群81例).無作為化された166例(DE-111群82例,チモロール群84例)を安全性解析対象集団およびFAS集団とした.さらに,併用禁止薬使用などにより眼圧値が不採用となった12例を除く154例(DE-111群74例,チモロール群80例)をPPS集団とした.FAS集団における被験者背景を表4に示した.緑内障前治療薬の有無についてのみ群間に偏りが認められた(Fisherの直接法:p=0.050).2.有効性FAS集団における平均日中眼圧変化量の推移および群間比較を図3と表5に示した.治療期0週の平均日中眼圧は,DE-111群20.8±2.1mmHg,チモロール群20.7±2.1mmHgであり,治療期終了時(治療期4週または中止時)には,DE-111群17.5±2.7mmHg,チモロール群19.0±3.3mmHgであった.主要評価である治療期終了時(治療期4週または中止時)における治療期0週からの平均日中眼圧の変化量(平均値±標準偏差)は,DE-111群.3.2±2.1mmHg,チモロール群.1.7±2.1mmHgであり,両群ともに0週に比較して有意な眼圧下降を示した(p<0.001).また,変化量の群間差(DE-111群.チモロール群,平均値±標準誤差)は.1.5±(128) 文書同意を得た被験者:203例導入期の試験薬が投薬された被験者:188例導入期の試験薬未投与例:15例試験開始後に不適格が判明:13例試験継続の拒否:2例無作為割付された被験者:166例導入期中止例:22例DE-111群:82例チモロール群:84例有害事象発現:4例眼圧>34mmHg:1例試験開始後に不適格が判明:17例治療期の試験薬が投薬された被験者:166例DE-111群:82例チモロール群:84例試験を完了した症例:158例治療期に中止した被験者:8例DE-111群:77例チモロール群:81例有害事象発現:5例(DE-111群)試験開始後に不適格が判明:1例(チモロール群)転院,転居,多忙:2例(チモロール群)文書同意を得た被験者:203例導入期の試験薬が投薬された被験者:188例導入期の試験薬未投与例:15例試験開始後に不適格が判明:13例試験継続の拒否:2例無作為割付された被験者:166例導入期中止例:22例DE-111群:82例チモロール群:84例有害事象発現:4例眼圧>34mmHg:1例試験開始後に不適格が判明:17例治療期の試験薬が投薬された被験者:166例DE-111群:82例チモロール群:84例試験を完了した症例:158例治療期に中止した被験者:8例DE-111群:77例チモロール群:81例有害事象発現:5例(DE-111群)試験開始後に不適格が判明:1例(チモロール群)転院,転居,多忙:2例(チモロール群)図2被験者の内訳表4被験者背景項目分類DE-111群チモロール群合計例数8284166診断名原発開放隅角緑内障高眼圧症36(43.9)46(56.1)37(44.0)47(56.0)73(44.0)93(56.0)性別男38(46.3)38(45.2)76(45.8)女44(53.7)46(54.8)90(54.2)年齢65歳未満46(56.1)35(41.7)81(48.8)65歳以上36(43.9)49(58.3)85(51.2)最小.最大24.8126.7924.81平均値±標準偏差61.6±11.463.1±12.462.4±11.9緑内障前治療薬なし21(25.6)11(13.1)32(19.3)あり61(74.4)73(86.9)134(80.7)合併症なし9(11.0)9(10.7)18(10.8)あり73(89.0)75(89.3)148(89.2)導入期の隅角331(37.8)31(36.9)62(37.3)(Shaffer分類)451(62.2)53(63.1)104(62.7)導入期の緑内障性の異常なし56(68.3)53(63.1)109(65.7)視野異常異常あり26(31.7)31(36.9)57(34.3)導入期の緑内障性の異常なし50(61.0)47(56.0)97(58.4)眼底異常異常あり32(39.0)37(44.0)69(41.6)導入期終了時の最小.最大17.3.28.718.0.30.717.3.30.7平均眼圧(mmHg)平均値±標準偏差20.8±2.120.7±2.120.7±2.1導入期終了時の最小.最大20.0.28.020.0.29.020.0.29.0トラフ眼圧(mmHg)平均値±標準偏差21.7±1.821.6±1.721.6±1.8例数(%).(129)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131777 0.3mmHgであり,DE-111群の眼圧下降はチモロール群と比較して有意に大きかった(p<0.001).副次評価である治療期2週(朝点眼前),4週(朝点眼前,点眼2時間後,点眼8時間後)の各測定時刻における眼圧実1眼圧変化量(mmHg)測値の推移および群間比較を図4と表6に示した.DE-111群とチモロール群の群間比較では,DE-111はすべての測定時刻においてチモロール群と比較して有意な眼圧下降を示した(p<0.01).被験者背景において,緑内障前治療薬の有無について群間に偏りがみられたため,緑内障前治療薬の有無別に各群の平均日中眼圧値を比較したが,全体での結果と差異は認められなかった.PPS集団を対象とした解析でもFAS集団の有効性と相違のない結果が得られた.治療期終了時(治療期4週または中止時)において治療期0週からの平均日中眼圧の眼圧下降率が20%以上であった症例の割合は,DE-111群が32.9%であり,チモロール群の7.1%より有意に多かった(p<0.001)(図5).3.安全性a.有害事象および副作用安全性解析対象集団は,DE-111群82例,チモロール群0-1-2**-3:DE-111群:チモロール群-5-4-60週治療期終了時図3平均日中眼圧変化量(平均値±標準偏差)0週の眼圧値を共変量とした共分散分析に基づく群間比較.表5平均日中眼圧DE-111群チモロール群DE-111群.チモロール群平均日中眼圧(mmHg)変化量(mmHg)平均日中眼圧(mmHg)変化量(mmHg)群間比較(mmHg)時期Mean±SD(例数)Mean±SD(例数)p値Mean±SD(例数)Mean±SD(例数)p値Mean±SE95%信頼区間p値0週20.8±2.1(82)──20.7±2.1(84)─────治療期終了時17.5±2.7(82).3.2±2.1(82)<0.00119.0±3.3(84).1.7±2.1(84)<0.001.1.5±0.3.2.2..0.9<0.001Mean±SD:平均値±標準偏差,p値:対応のあるt検定.Mean±SE:平均値±標準誤差,0週の眼圧値を共変量とした共分散分析に基づく群間比較.眼圧(mmHg)2423222120191817161514:DE-111群:チモロール群********0週0週0週2週4週4週4週点眼前点眼2時間後点眼8時間後点眼前点眼前点眼2時間後点眼8時間後図4眼圧実測値(平均値±標準偏差)0週の眼圧値を共変量とした共分散分析に基づく群間比較.**:p<0.01.1778あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(130) 表6眼圧実測値DE-111群チモロール群DE-111群.チモロール群眼圧(mmHg)治療期0週からの変化量(mmHg)眼圧(mmHg)治療期0週からの変化量(mmHg)群間比較(mmHg)時期Mean±SD(例数)Mean±SD(例数)p値Mean±SD(例数)Mean±SD(例数)p値Mean±SE95%信頼区間p値0週朝点眼前21.7±1.8(82)──21.6±1.7(84)─────0週点眼2時間後20.4±2.5(82)──20.6±2.6(84)─────0週点眼8時間後20.0±2.8(82)──19.8±2.7(84)─────2週18.0±2.3(82).3.7±2.2(82)<0.00119.3±3.5(84).2.2±2.6(84)<0.001.1.4±0.4.2.2..0.7<0.0014週朝点眼前17.6±2.7(79).4.1±2.2(79)<0.00119.3±3.2(83).2.3±2.3(83)<0.001.1.8±0.4.2.6..1.1<0.0014週点眼2時間後17.5±3.2(77).3.0±2.5(77)<0.00118.7±3.6(82).1.9±2.4(82)<0.001.1.0±0.4.1.8..0.30.0094週点眼8時間後17.3±3.1(77).2.7±2.9(77)<0.00118.8±3.5(81).1.0±2.5(81)<0.001.1.7±0.4.2.5..0.8<0.001Mean±SD:平均値±標準偏差,p値:対応のあるt検定.Mean±SE:平均値±標準誤差,0週の眼圧値を共変量とした共分散分析に基づく群間比較.403020100図5治療期終了時に眼圧下降率20%以上であった症例の割合84例の計166例であった.治療期中に発現した有害事象と副作用の発現例数および発現率を表7に,副作用一覧を表8に示した.有害事象は,DE-111群で25.6%(21/82例),チモロール群で14.3%(12/84例)であり,そのうち,試験薬との因果関係が否定できない副作用は,DE-111群で19.5%(16/82例),チモロール群で3.6%(3/84例)であった.有害事象の発現率は群間に差は認められなかったものの,副作用の発現率はDE-111群がチモロール群と比較して有意に高かった(有害事象:p=0.081,副作用:p=0.001).DE-111群のおもな副作用は,結膜充血(6.1%,5/82例)および眼充血(7.3%,6/82例)であった.チモロール群の(131)症例割合(%)32.9%(27/82)7.1%(6/84)DE-111群チモロール群副作用は,結膜出血(1.2%,1/84例),眼充血(1.2%,1/84例)および角膜障害(1.2%,1/84例)であった.両群ともに副作用はすべて眼障害で,重症度はDE-111群において中等度と判断された虹彩炎(1.2%,1/82例)を除きすべて軽度であり,いずれも試験中あるいは試験終了後に軽快または回復した.DE-111群の副作用により試験中止に至った被験者は,虹彩炎を発現した1例,眼充血,眼刺激および眼瞼浮腫を発現した1例,眼充血を発現した1例,結膜充血および眼瞼紅斑を発現した1例の計4/82例(4.9%)であり,いずれも試験薬の投与中止後に回復した.b.臨床検査DE-111群で単球および尿糖(定性)が,チモロール群で好酸球,リンパ球,総蛋白およびアルブミンが,投与前に比し有意な変動を示したが,これらの変動に関連する有害事象は認められなかった.また,薬剤との因果関係が否定できない臨床検査値の異常変動は認められなかった.c.血圧・脈拍数収縮期血圧,拡張期血圧について,DE-111群は0週と比較して有意な変動は認められなかった.チモロール群は,収縮期血圧について,0週と比較して有意な低下が4週(平均値±標準偏差,.2.45±11.10mmHg,p=0.048)に認められた.脈拍数について,DE-111群で0週と比較して有意な上昇が2週(平均値±標準偏差,5.5±7.8拍/分,p<0.001)および4週(4.6±8.1拍/分,p<0.001)に認められた.チモあたらしい眼科Vol.30,No.12,20131779 表7治療期にみられた有害事象と副作用の発現例数および発現率DE-111群チモロール群検定(Fisherの直接法)安全性解析対象集団例数8284─有害事象発現例数(%)21(25.6)12(14.3)p=0.081副作用発現例数(%)16(19.5)3(3.6)p=0.001表8副作用一覧DE-111群チモロール群安全性解析対象集団例数8284副作用発現例数(%)16(19.5)3(3.6)結膜出血─1(1.2)眼瞼紅斑1(1.2)─眼刺激2(2.4)─眼瞼浮腫1(1.2)─虹彩炎1(1.2)─角膜炎1(1.2)─眼充血6(7.3)1(1.2)点状角膜炎2(2.4)─結膜充血5(6.1)─眼そう痒症1(1.2)─角膜障害1(1.2)1(1.2)例数(%).ロール群では,0週と比較して有意な変動は認められなかった.これらの変動は,臨床的に問題となるものではなく,関連する有害事象は認められなかった.d.眼科的検査(細隙灯顕微鏡検査,視力検査)細隙灯顕微鏡検査所見の結膜充血スコア(両眼)について,DE-111群で0週と比較して有意なスコアの上昇が2週(右眼:p=0.031,左眼:p=0.008)に認められたが,その他の項目に有意なスコアの変動は認められなかった.チモロール群では,有意なスコアの変動は認められなかった.視力検査について,両群ともに有意な変動は認められなかった.III考察緑内障では,眼圧下降治療が唯一確実な治療法であり,通常薬物療法が第一選択となる.薬物療法では,まず単剤治療で効果を確認し,効果不十分な場合に多剤併用療法が行われるが,単剤で治療されていた患者は48.4%との報告13)もあるように,多剤併用療法が必要な患者も少なくない.多剤併用療法の問題点は,点眼回数の多さからくるアドヒアランス低下や,先に点眼した薬剤が後に点眼した薬剤によって眼表面から洗い流されることによる薬剤効果の減弱などが挙げられるが,このような懸念を解消しうる薬剤として配合点眼液がある.近年国内では,PG関連薬とb遮断薬や,b遮断薬と炭酸脱水酵素阻害薬を配合した点眼液が次々と発売され臨1780あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013床で使用されている.このような現状をふまえ,日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン(第3版)14)においては,『多剤併用療法の際には配合点眼液の使用により患者のアドヒアランスやQOLの向上も考慮すべきである』と,配合点眼液の意義について述べている.本試験は,タフルプロスト・チモロールマレイン酸塩を含有するDE-111点眼液を,その配合成分の一つである0.5%チモロール点眼液と比較した国内二重盲検比較試験である.なお,DE-111点眼液をタフルプロスト単剤またはタフルプロストとチモロールの併用と比較した国内二重盲検比較試験については,すでに報告した15).主要評価である平均日中眼圧の治療期0週と比較した治療期終了時(治療期4週または中止時)での変化量は,DE-111群でチモロール群と比較して有意に大きかった.また,各測定時刻の眼圧値をみても,DE-111群の治療期4週の眼圧実測値は,朝点眼前(トラフ眼圧値)で17.6mmHg,点眼2時間後で17.5mmHg,点眼8時間後で17.3mmHgと大きな日内変動はなく,眼圧がトラフを含め1日中コントロール可能であることが確認された.さらに,眼圧下降率が20%以上であった症例の割合は,DE-111群が32.9%であり,チモロール群の7.1%を有意に上回った.これらのことから,0.5%チモロール点眼液の単剤治療で効果不十分な患者がDE-111点眼液に切り替えることで,眼圧を良好にコントロールできる可能性が示された.PG関連薬・b遮断薬の配合点眼液とチモロール点眼液を比較した国内二重盲検比較試験の論文報告はないが,海外では,ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液(ザラカムR配合点眼液)で5報6.10),トラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液(デュオトラバR配合点眼液)で2報11,12)の計7報の報告がある.これらのうち,今回のDE-111点眼液の試験と同様に,導入期に0.5%チモロール点眼液(1日2回)を使用した試験は,ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液に関する2報があった6,7).これらの試験の治療期0週時の平均日中眼圧は21.6±3.8mmHg,もう1報では23.1±3.8mmHgであり,治療期終了時の平均日中眼圧はそれぞれ19.0±3.5mmHg,19.9±3.4mmHgであった.今回のDE-111点眼液の試験では,治療期0週時の平均日中眼圧は20.8±2.1mmHgとこれらの報告と比較してベースライン眼圧が低かったにもかかわらず,(132) 治療期終了時の平均日中眼圧は17.5±2.7mmHgと,大きな眼圧下降を示した.このことから,DE-111点眼液は眼圧が低い患者でも良好な眼圧下降効果を示すことが期待される.安全性については,試験期間を通じて重篤な副作用はみられなかった.DE-111群の副作用発現率はチモロール群と比較して有意に高かったものの,副作用はすべて眼局所性であり,おもなものは結膜充血(6.1%)および眼充血(7.3%)であった.タフルプロスト(タプロスR点眼液0.0015%)の第III相比較試験2)で高頻度に発現した副作用は,結膜充血(16.4%),眼充血(10.9%),眼掻痒症(9.1%)および眼刺激(7.3%)であったことから,本試験で高頻度に認められた副作用はDE-111点眼液の有効成分であるタフルプロスト由来であると考えられたが,これらの副作用はすべて軽度であり,発現率もタフルプロスト単剤の安全性プロファイルを超えるものではなかった.よって,配合による各単剤の副作用増悪の懸念はないと考えられた.以上より,原発開放隅角緑内障または高眼圧症患者において,DE-111点眼液は,0.5%チモロール点眼液と比較して,優れた眼圧下降を示し,安全性についても問題ないことが確認された.さらに,DE-111点眼液は患者の利便性,アドヒアランスおよびQOLの改善が期待できるので,緑内障治療における多剤併用療法の選択肢として有用性の高い配合点眼液である.利益相反:井上賢治:(カテゴリーI:参天製薬)文献1)TakagiY,NakajimaT,ShimazakiAetal:PharmacologicalcharacteristicsofAFP-168(tafluprost),anewprostanoidFPreceptoragonist,asanocularhypotensivedrug.ExpEyeRes78:767-776,20042)桑山泰明,米虫節夫:0.0015%DE-085(タフルプロスト)の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした0.005%ラタノプロストとの第III相検証的試験.あたらしい眼科25:1595-1602,20083)桑山泰明,米虫節夫,タフルプロスト共同試験グループ:正常眼圧緑内障を対象とした0.0015%タフルプロストの眼圧下降効果に関するプラセボを対照とした多施設共同無作為化二重盲検第III相臨床試験.日眼会誌114:436-443,20104)新家真,高瀬正弥:交感神経作動薬及びb受容体遮断剤の人眼房水動態に及ぼす作用.日眼会誌84:1436-1446,19805)三島済一,東郁郎,相沢芙束ほか:Pilocarpineにより眼圧調整されている高眼圧症および原発開放隅角緑内障患者に対するtimololの臨床評価.臨床評価8:789-820,19806)PfeifferN:Acomparisonofthefixedcombinationoflatanoprostandtimololwithitsindividualcomponents.GraefesArchClinExpOphthalmol240:893-899,20027)HigginbothamEJ,FeldmanR,StilesMetal:Latanoprostandtimololcombinationtherapyvsmonotherapy.ArchOphthalmol120:915-922,20028)DiestelhorstM,AlmegardB:Comparisonoftwofixedcombinationsoflatanoprostandtimololinopen-angleglaucoma.GraefesArchClinExpOphthalmol236:577581,19989)PalmbergP,KimEE,KwokKKetal:A12-week,randomized,double-maskedstudyoffixedcombinationlatanoprost/timololversuslatanoprostortimololmonotherapy.EurJOphthalmol20:708-718,201010)HigginbothamEJ,OlanderKW,KimEEetal:Fixedcombinationoflatanoprostandtimololvsindividualcomponentsforprimaryopen-angleglaucomaorocularhypertension.ArchOphthalmol128:165-172,201011)BarnebeyHS,Orengo-NaniaS,FlowersBEetal:Thesafetyandefficacyoftravoprost0.004%/timolol0.5%fixedcombinationophthalmicsolution.AmJOphthalmol140:1-7,200512)SchumanJS,KatzGJ,LewisRAetal:Efficacyandsafetyofafixedcombinationoftravoprost0.004%/timolol0.5%ophthalmicsolutiononcedailyforopen-angleglaucomaorocularhypertension.AmJOphthalmol140:242-250,200513)井上賢治,塩川美菜子,増本美枝子ほか:多施設による緑内障患者の実態調査2009年度版─薬物治療─.あたらしい眼科28:874-878,201114)緑内障診療ガイドライン(第3版).日眼会誌116:3-46,201215)桑山泰明,DE-111共同試験グループ:0.0015%タフルプロスト/0.5%チモロール配合点眼液(DE-111点眼液)の原発開放隅角緑内障および高眼圧症を対象としたタフルプロスト点眼液0.0015%およびタフルプロスト点眼液0.0015%/チモロール0.5%点眼液併用との第III相二重盲検比較試験.あたらしい眼科30:1185-1194,2013***(133)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131781

スペクトラルドメイン光干渉断層計による正常眼での視細胞内節外節接合部-網膜色素上皮間距離の定量

2013年12月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(12):1767.1771,2013cスペクトラルドメイン光干渉断層計による正常眼での視細胞内節外節接合部.網膜色素上皮間距離の定量後藤克聡*1,2水川憲一*1山下力*1,3今井俊裕*1渡邊一郎*1三木淳司*1,3桐生純一*1*1川崎医科大学眼科学教室*2川崎医療福祉大学大学院医療技術学研究科感覚矯正学専攻*3川崎医療福祉大学医療技術学部感覚矯正学科QuantifyingDistanceJunctionbetweenInnerandOuterSegmentsofPhotoreceptor-RetinalPigmentEpitheliuminNormalEyesUsingSpectralDomainOpticalCoherenceTomographyKatsutoshiGoto1,2),KenichiMizukawa1),TsutomuYamashita1,3),ToshihiroImai1),AtsushiMiki1,3),IchiroWatanabe1)andJunichiKiryu1)1)DepartmentofOphthalmology,KawasakiMedicalSchool,2)DoctoralPrograminSensoryScience,GraduateSchoolofHealthScienceandTechnology,KawasakiUniversityofMedicalWelfare,3)DepartmentofSensoryScience,FacultyofHealthScienceandTechnology,KawasakiUniversityofMedicalWelfare目的:スペクトラルドメイン光干渉断層計(SD-OCT)の自動セグメンテーション機能を用いて視細胞外節を含めた視細胞内節外節接合部(IS/OS)から網膜色素上皮までの厚み(TotalOS&RPE/BM)を測定し,正常眼における定量および検討を行った.対象および方法:正常眼160眼に対し,SD-OCTで中心窩網膜厚(CRT)および中心窩下のTotalOS&RPE/BMを測定し,年齢や屈折度数との相関,性差について検討した.結果:CRTは平均228.7±16.6μm,TotalOS&RPE/BMは平均81.3±4.1μmであった.TotalOS&RPE/BMは,屈折度数と正の相関を認め(r=0.2160,p=0.0061),CRTは男性が女性よりも有意に厚かった.他のパラメータに関して相関はみられなかった.結論:TotalOS&RPE/BMは屈折度数の近視化に伴い減少し,CRTは性別が関与していることがわかった.Purpose:Toquantifythedistancejunctionbetweeninnerandoutersegmentsofphotoreceptor-retinalpigmentepithelium(TotalOS&RPE/BM)innormaleyes,usingspectraldomainopticalcoherencetomography(SDOCT).CasesandMethods:Centralretinalthickness(CRT)andTotalOS&RPE/BMunderthefoveawereexaminedbySD-OCTin160normaleyes.Wealsoinvestigatedtherelationshipofage,refractionandgenderwithCRTandTotalOS&RPE/BM.Results:MeanCRTwas228.7±16.6μm;meanTotalOS&RPE/BMwas81.3±4.1μm.TotalOS&RPE/BMshowedsignificantpositivecorrelationwithrefraction(r=0.2160,p=0.0061).CRTwassignificantlygreaterinmalesthaninfemales.Therewasnocorrelationwithotherparameters.Conclusion:TotalOS&RPE/BMdecreasedwithmyopia,andCRTwasassociatedwithgender.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(12):1767.1771,2013〕Keywords:光干渉断層計,視細胞外節,網膜色素上皮,中心窩網膜厚,屈折.opticalcoherencetomography,photoreceptorofoutersegment,retinalpigmentepithelium,centralretinalthickness,refraction.はじめに視細胞外節は光を電気信号に転換する働きを持ち視力の根源をなしているため,外節の障害は視機能に鋭敏に反映される.スペクトラルドメイン光干渉断層計(spectraldomainopticalcoherencetomography:SD-OCT)の出現により視細胞内節外節接合部(junctionbetweenphotoreceptorinnerandoutersegment:IS/OS)を明瞭な高反射ラインとして観察が可能となり,IS/OSを指標に外節障害を評価できるようになった.現在,網膜疾患においてIS/OSの有無と視力の関連が数〔別刷請求先〕後藤克聡:〒701-0192倉敷市松島577川崎医科大学眼科学教室Reprintrequests:KatsutoshiGoto,DepartmentofOphthalmology,KawasakiMedicalSchool,577Matsushima,Kurashiki701-0192,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(119)1767 多く報告されている1.3).しかし,それらはIS/OSの有無による定性的な評価のみで,視細胞外節の厚みによる定量的評価の報告は少ない4,5).これまでSD-OCTで視細胞外節の厚みを定量することは,網膜層の自動セグメンテーションや解像度の問題から困難であり,正確にセグメンテーションが可能な解析ソフトを有するhigh-speedultrahigh-resolutionOCT(UHR-OCT)5)や特別な境界セグメンテーションアルゴリズム6)が必要であったが,より高性能なSD-OCTの登場により自動セグメンテーションが可能となってきた.そこで今回筆者らは,自動セグメンテーション可能なSD-OCTを用いて,IS/OSから視細胞外節の代謝に重要である網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)までの厚み(totaloutersegmentandRPE/Bruchmembrane:TotalOS&RPE/BM)5)を定量し,正常眼において検討を行ったので報告する.I対象および方法対象は研究に対してインフォームド・コンセントを行い同意が得られ,眼科疾患の既往はなく,検眼鏡や眼底写真,光干渉断層計による所見が正常で,屈折異常以外に眼科的疾患を有さない160例160眼(男性78例,女性82例),矯正視力は1.0以上で中心固視が可能であったものとした.平均年齢は50.2±20.6歳(12.89歳)で,年齢の内訳は10代3例,20代35例,30代18例,40代15例,50代30例,60代28例,70代21例,80代10例であった.平均屈折度数は.1.79D±3.13D(+3.50D..10.25D)で,白内障手術の既往のある症例は除外した.使用器機はSD-OCT(RS-3000R,NIDEK)を用い,スキャンパターンとして6.0mmの黄斑ラインスキャンで測定した.本機の仕様は,解像度7.0μm,53,000A-scan/secondの高速スキャン,highspeedaveragingによる最大50枚加算が可能である.方法はSD-OCTを用いて中心窩を通る水平断面をスキャンし,中心窩網膜厚(centralretinalthickness:CRT)および中心窩下のTotalOS&RPE/BMを測定した.検討項目は屈折度数との相関,年齢との相関および性差である.CRTは内境界膜(internallimitingmembrane:ILM)からRPE外縁とし,TotalOS&RPE/BMはIS/OS内縁からRPE外縁とした.CRTとTotalOS&RPE/BMのセグメンテーションは,内蔵ソフトの層境界検出アルゴリズムにより自動で行われた(図1).層境界の検出が不正確な場合は再測定を行い,画質を示すsignalstrengthindex(SSI)は7以上の信頼性のある結果を採用した.統計学的検討は,屈折度数や年齢との相関に対してSpearman順位相関係数,男女比に対してMann-WhitneyUtestを用いて危険率5%未満を有意とした.1768あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013図1CRTおよびTotalOS&RPE.BMのセグメンテーション上段:CRTはILM(矢印).RPE外縁(矢頭)とした.下段:TotalOS&RPE/BMはIS/OS内縁(矢印).RPE外縁(矢頭)とした.セグメンテーションは,内蔵ソフトにより自動で行われた.CRT:centralretinalthickness,ILM:internallimitingmembrane,RPE:retinalpigmentepithelium,BM:Bruchmembrane,IS/OS:junctionbetweenphotoreceptorinnerandoutersegment.なお,本研究は川崎医科大学倫理委員会の承認を得て行った.II結果CRTは平均228.7±16.6μm(195.271μm),TotalOS&RPE/BMは平均81.3±4.1μm(70.91μm)であった.屈折度数との相関では,TotalOS&RPE/BMは屈折度数の近視化に伴い減少し,遠視化に伴い増加する正の相関を認めた(r=0.2160,p=0.0061).CRTは屈折度数との相関がなかった(r=.0.0007,p=0.9930)(図2).年齢との相関では,CRTおよびTotalOS&RPE/BMともに相関はなかった(図3).性別による各パラメータでの比較では,男女間で年齢,屈折度数,TotalOS&RPE/BMに有意差はなかったが,CRTでは男性が平均231.1μm,女性が226.3μmと男性が有意に厚かった(p=0.0309)(表1).屈折度数と相関のあったTotalOS&RPE/BMに関して,さらに性別で相関をみたところ,男性では相関はなかったが(r=0.1178,p=0.3074),女性では屈折度数の近視化に伴い厚みが減少し,遠視化に伴い増加する正の相関が認められた(120) (121)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131769(r=0.3023,p=0.0058)(図4).III考按1.CRTおよびTotalOS&RPE.BM今回のSD-OCTによる検討では,CRTはILMからRPE外縁までの厚みを測定し,平均228.7±16.6μmであった.Ootoら7)は,3DOCT-1000を用いて248眼を対象に日本人の正常黄斑部網膜厚を検討し,1mm直径のCRTは221.9±18.8μm(178.3.288.0μm)であったと報告している.今回の結果は,既報と比べても大差なく,異なったSD-OCT間でも数値の比較が可能であり,日本人における正常中心窩網膜厚を定量することができたと考えられた.TotalOS&RPE/BMは,IS/OS内縁からRPE外縁までの厚みを測定し,平均81.0±4.1μm(70.91μm)であった.CRT年齢(歳)160180200220240260280300y=0.0765x+224.84r=0.0864,p=0.2772厚み(μm)102030405060708090TotalOS&RPE/BM60708090100y=-0.0038x+81.47r=-0.0476,p=0.5503年齢(歳)厚み(μm)100102030405060708090図3年齢との相関CRTおよびTotalOS&RPE/BMともに年齢との相関はなかった(r=0.0864,p=0.2772)(r=-0.0476,p=0.5503).CRT:centralretinalthickness,TotalOS&RPE/BM:視細胞内節外節接合部から網膜色素上皮外縁までの厚み.CRT160180200220240260280300y=-0.0127x+228.66r=-0.0007,p=0.9930屈折度数(D)厚み(μm)-12-10-8-6-4-2024厚み(μm)TotalOS&RPE/BM屈折度数(D)60708090100y=0.3388x+81.888r=0.2160,p=0.0061-12-10-8-6-4-2024図2屈折度数との相関CRTは屈折度数との相関がなかったが(r=-0.0007,p=0.9930),TotalOS&RPE/BMは正の相関を認めた(r=0.2160,p=0.0061).CRT:centralretinalthickness,TotalOS&RPE/BM:視細胞内節外節接合部から網膜色素上皮外縁までの厚み. 表1性別による検討男性(n=78)女性(n=82)p値年齢(歳)51.1±21.449.2±19.80.5497屈折度数(D).2.08±3.17.1.50±3.070.2455CRT(μm)231.1±15.4226.3±17.30.0309TotalOS&RPE/BM(μm)80.7±3.881.8±4.30.1957CRT:centralretinalthickness.TotalOS&RPE/BM:視細胞内節外節接合部から網膜色素上皮外縁までの厚み.男性女性1001009090y=0.171x+81.096r=0.1178,p=0.3074厚み(μm)y=0.4864x+82.498r=0.3023,p=0.0058厚み(μm)80807070-6012-10-8-6-4-2024-6012-10-8-6-4-2024屈折度数(D)屈折度数(D)図4性別における屈折度数とTotalOS&RPE.BMとの相関男性では相関はなかったが(r=0.1178,p=0.3074),女性では屈折度数と正の相関を認めた(r=0.3023,p=0.0058).TotalOS&RPE/BM:視細胞内節外節接合部から網膜色素上皮外縁までの厚み.Srinivasanら5)は,UHR-OCTを用いて網膜外層の形態を検討し,TotalOS&RPE/BMは平均72.7±1.8μmであったと報告している.Srinivasanら5)よりも厚い結果となった理由としては,OCTによる解像度やセグメンテーションの精度,人種による違いが影響していると考えられた.2.屈折度数および年齢との相関CRTは屈折度数との相関がなかったが,TotalOS&RPE/BMは屈折度数の近視化に伴い減少し,遠視化に伴い増加した.また,CRTおよびTotalOS&RPE/BMともに年齢による影響はなかった.屈折度数との関連について,timedomainOCTを用いた検討では,CRTは屈折の近視化に伴いfovealminimumは厚くなるとの報告8,9)や屈折度数と相関がなかったとの報告10,11)もあり,一定の見解はなかった.しかし,解像度やセグメンテーションの精度がより高いSD-OCTを用いた本研究では,CRTは屈折度数と相関がなく,他のSD-OCTによる報告7,12)でも同様の結果であった.一方,TotalOS&RPE/BMと屈折度数との関連についての報告はなく,今回の検討によりTotalOS&RPE/BMは屈折度数と相関することが明らかとなった.病理組織学的に強度近視の初期には,RPEが菲薄化することが報告されている13).つまり,TotalOS&RPE/BMではRPEの占める割合が大きいため近視化によるRPEの菲薄化の影響が大きく,一方,CRTではRPEの占める割合が少なくRPEの菲薄化の影響を受けにくいため,屈折度数との相関がなかったと考えられた.年齢との関連については,CRTとの相関はみられず,既報と同様の結果であった7,8,11,12,14).網膜厚減少の約80%は網膜神経線維層の減少によるものとされており15),CRTはほぼ外顆粒層で構成されているため加齢による影響を受けないと考えられる.また,TotalOS&RPE/BMについても,年齢との相関はみられなかった.Srinivasanら5)は,加齢に伴いTotalOS&RPE/BMが減少する負の相関があったと報告しているが,この検討では43例70眼という対象眼の少なさや同一被検者で両眼測定している症例も含まれていることが結果に影響している可能性がある.そのため,より多数例で片眼データのみを用いた本研究は,Srinivasanら5)よりも年齢によるTotalOS&RPE/BMの詳細な変化を捉えており,信頼性も高いと思われる.1770あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(122) 3.性差による検討CRTは男性が女性よりも有意に厚く,性差は平均4.8μmであった.CRTの性差については多数の報告7,8,10,12)があり,本研究も既報と同様の結果であった.Ootoら4)は,外網状層+外顆粒層厚は男性が女性よりも厚いことが,CRTにおける性差の理由かもしれないと報告しているが,性差の原因については今後もさらなる検討が必要と思われる.また,TotalOS&RPE/BMについては性差の報告がなされていない.今回の検討では,TotalOS&RPE/BMの性差は認められなかったが,女性で屈折度数と正の相関があったことは興味深い結果であり,今後さらなる検討を重ねていく予定である.今回筆者らは,SD-OCT(RS-3000R)を用いて日本人の正常眼におけるCRTおよびTotalOS&RPE/BMの定量を行った.CRTは男性が女性よりも厚く,性別が関与しており,TotalOS&RPE/BMは屈折度数の近視化に伴い減少し,加齢による変化はなかった.しかし,本研究では各年齢層の症例数にばらつきがあったため,さらに対象を増やして各年齢において詳細な検討が必要である.今後は視細胞外節病におけるTotalOS&RPE/BMを定量し,臨床的意義や視機能との関連を検討する予定である.文献1)MatsumotoH,SatoT,KishiS:Outernuclearlayerthicknessatthefoveadeterminesvisualoutcomesinresolvedcentralserouschorioretinopathy.AmJOphthalmol148:105-110,20092)WakabayashiT,FujiwaraM,SakaguchiHetal:Fovealmicrostructureandvisualacuityinsurgicallyclosedmacularholes:spectral-domainopticalcoherencetomographicanalysis.Ophthalmology117:1815-1824,20103)ShimodaY,SanoM,HashimotoHetal:Restorationofphotoreceptoroutersegmentaftervitrectomyforretinaldetachment.AmJOphthalmol149:284-290,20104)OotoS,HangaiM,TomidokoroAetal:Effectsofage,sex,andaxiallengthonthethree-dimensionalprofileofnormalmacularlayerstructures.InvestOphthalmolVisSci52:8769-8779,20115)SrinivasanVJ,MonsonBK,WojtkowskiMetal:Characterizationofouterretinalmorphologywithhigh-speed,ultrahigh-resolutionopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci49:1571-1579,20086)YangQ,ReismanCA,WangZetal:AutomatedlayersegmentationofmacularOCTimagesusingdual-scalegradientinformation.OptExpress18:21293-21307,20107)OotoS,HangaiM,SakamotoAetal:Three-dimensionalprofileofmacularretinalthicknessinnormalJapaneseeyes.InvestOphthalmolVisSci51:465-473,20108)LamDS,LeungKS,MohamedSetal:Regionalvariationsintherelationshipbetweenmacularthicknessmeasurementsandmyopia.InvestOphthalmolVisSci48:376382,20079)髙橋慶子,清水公也,柳田智彦ほか:光干渉断層計による黄斑部網膜厚─屈折,眼軸長の影響─.あたらしい眼科27:270-273,201010)WakitaniY,SasohM,SugimotoMetal:Macularthicknessmeasurementsinhealthysubjectswithdifferentaxiallengthsusingopticalcoherencetomography.Retina23:177-182,200311)金井要,阿部友厚,村山耕一郎ほか:正常眼における黄斑部網膜厚と加齢性変化.日眼会誌106:162-165,200212)SongWK,LeeSC,LeeESetal:Macularthicknessvariationswithsex,age,andaxiallengthinhealthysubjects:aspectraldomain-opticalcoherencetomographystudy.InvestOphthalmolVisSci51:3913-3918,201013)BlachRK,JayB,KolbH:Electricalactivityoftheeyeinhighmyopia.BrJOphthalmol50:629-641,196614)KakinokiM,SawadaO,SawadaTetal:ComparisonofmacularthicknessbetweenCirrusHD-OCTandStratusOCT.OphthalmicSurgLasersImaging40:135-140,200915)AlamoutiB,FunkJ:Retinalthicknessdecreaseswithage:anOCTstudy.BrJOphthalmol87:899-901,2003***(123)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131771