監修=坂本泰二◆シリーズ第157回◆眼科医のための先端医療山下英俊炎症性サイトカインと加齢黄斑変性に関する新知見寺崎寛人(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科感覚器病学眼科学)加齢黄斑変性と炎症性サイトカイン細血管板が消失し,感覚網膜にも異常が起こることが報告されており2),RPEの生理的なVEGF分泌の減少は脈絡膜の萎縮,つまりDryAMDの原因となる可能性が考えられます.AMDの発症には慢性炎症が関与していることは以前より知られており3,4),基礎研究においても,炎症性サイトカインがAMDの病態に重要なRPEに対してどのような影響をもたらすかが研究されています.炎症性サイトカインはRPEのみならず多くの細胞種でVEGFの分泌を増加させると考えられており,そのためAMDで加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:は炎症性サイトカインがRPEのVEGF分泌を亢進させ,AMD)は,脈絡膜新生血管(choroidalneovasculariza-血管新生を助長するとされ,WetAMDの病態との関与tion:CNV)が発生し病態を悪化させる滲出型(Wetが示唆されていましたが5),DryAMDと炎症性サイトAMD)と,CNVを生じずに網膜色素上皮細胞(retinalカインとの関与は不明でした.pigmentepithelialcells:RPE)・脈絡膜が萎縮していく萎縮型(DryAMD)に分類されます.WetAMDに対し,抗血管内皮細胞増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬が優れた治療効果をもつことからもわかるように,WetAMDの病態形成においてはVEGFが中心的な分子ですが,一方でVEGFは生理的な状態でRPEから感覚網膜と脈絡膜に向けて分泌されていて,それぞれを栄養しています1).実際にマウスでRPEのVEGF分泌を抑制するとわずか3日で脈絡膜毛腫瘍壊死因子(TNF.a)とは腫瘍壊死因子(tumornecrosisfactor-a:TNF-a)は,炎症性サイトカインの一つで,おもにマクロファージから分泌されます.AMD患者においてもドルーゼンの周囲や増殖組織にマクロファージの存在が報告されており,TNF-aがAMDの進展に関与していると考えられています6,7).過去の報告では,TNF-aはRPEのVEGF分泌を亢進させると考えられてきました.極性RPE極性細胞の紹介と実験結果非極性RPE従来,基礎研究に用いられてきたRPEは,生体内のVEGF(pg)3,0002,000--****++**p<0.05**p<0.01(Tukey-Kramertest)極性非極性RPERPE図2TNF.aが極性RPEと非極性RPEのVEGF分泌に図1極性RPEと非極性RPEの光学顕微鏡写真と電顕写真与える影響(文献10より改変引用)(文献10より改変引用)74あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(00)(74)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY1,000TNF-a極性RPETNF-aVEGF減少非極性RPEDryAMDTNF-aVEGF増加WetAMD図3TNF.aはWetAMDだけではなく,DryAMDにも関与している極性RPEではTNF-a暴露で脈絡膜の栄養に必要なVEGFが減少するためDryAMDにつながり,非極性RPEではTNF-aでVEGF分泌が増加し,新生血管の発生を促す可能性が考えられる.RPEと違い紡錘状で,細胞分裂を繰り返しています.そのような細胞を用いて得られた結果が,生体内での反応をどの程度反映しているかは不明でした.筆者らは見た目(正六角形)も性質も生体内のRPEに近い極性RPEを用いて,従来の培養系との違いを研究しており8,9)(図1),RPEのVEGF分泌量やTNF-aがVEGF分泌に与える影響が細胞極性によって異なるかを調べました.すると従来用いていた非極性RPEと比べ,極性細胞は約4倍VEGFを多く分泌し,TNF-aは従来の非極性RPEのVEGF分泌を約2倍に増加させましたが,極性RPEではVEGF分泌を約4割減少させました10)(図2).(75)今後の展望今回の研究から,RPEは生理的な状態で大量のVEGFを分泌していること,TNF-aが生理的なRPEのVEGF分泌を減少させることがわかりました.つまり,極性をもつRPEがTNF-aに暴露すると,脈絡膜の栄養に必要なVEGFの分泌が低下し,脈絡膜の萎縮につながると考えられ,TNF-aはWetAMDだけでなく,DryAMDの発症に関与している可能性が示唆されました(図3).未だ治療法がないDryAMDの病態はまだよくわかっていませんが,今回発見したTNF-aのVEGF分泌抑制作用が関与している可能性をはじめ,あたらしい眼科Vol.31,No.1,201475慢性炎症が具体的にどのようなメカニズムで病態に関与しているのか,今後の研究が期待されます.文献1)BlaauwgeersHG,HoltkampGM,RuttenHetal:Polarizedvascularendothelialgrowthfactorsecretionbyhumanretinalpigmentepitheliumandlocalizationofvascularendothelialgrowthfactorreceptorsontheinnerchoriocapillaris.Evidenceforatrophicparacrinerelation.AmJPathol155:421-428,19992)KuriharaT,WestenskowPD,BravoSetal:TargeteddeletionofVegfainadultmiceinducesvisionloss.JClinInvest122:4213-4217,20123)吉田茂,中尾新:加齢黄斑変性.RetinaMedicine2013年春号.特集:炎症と網膜関連疾患の関与を探る,p25-31,先端医学社,20134)PatelM,ChanCC:Immunopathologicalaspectsofage-relatedmaculardegeneration.SeminImmunopathol30:97-110,20085)NagineniCN,KommineniVK,WilliamAetal:RegulationofVEGFexpressioninhumanretinalcellsbycytokines:implicationsfortheroleofinflammationinage-relatedmaculardegeneration.JCellPhysiol227:116-126,20126)KillingsworthMC,SarksJP,SarksSHetal:Macrophagesrelatedtobruchsmembraneinage-relatedmaculardegeneration.Eye4:613-621,19907)OhH,TakagiH,TakagiCetal:Thepotentialangiogenicroleofmacrophagesintheformationofchoroidalneovascularmembranes.InvestOphthalmolVisSci40:18911898,19998)ShirasawaM,SonodaS,TerasakiHetal:TNF-alphadisruptsmorphologicandfunctionalbarrierpropertiesofpolarizedretinalpigmentepithelium.ExpEyeRes110:59-69,20139)SonodaS,SpeeC,BarronEetal:Aprotocolforthecultureanddifferentiationofhighlypolarizedhumanretinalpigmentepithelialcells.NatProtoc4:662-673,200910)TerasakiH,KaseS,ShirasawaMetal:TNF-alphadecreasesVEGFsecretioninhighlypolarizedRPEcellsbutincreasesitinnon-polarizedRPEcellsrelatedtocrosstalkbetweenJNKandNF-kappaBpathways.PLoSOne8:e69994,2013■「炎症性サイトカインと加齢黄斑変性に関する新知見」を読んで■今回は加齢黄斑変性(AMD)の分子病態についての的ですし,今後臨床への応用が大きく期待される素晴新しい考え方を寺崎寛人先生にご紹介いただきましらしい研究であると考えます.た.寺崎先生のご発見によると,網膜色素上皮細胞日本における生命科学の研究を活性化するというい(RPE)の状態(極性,非極性)でVEGFの産生やろいろな戦略が提示され,大きな枠組みでの研究推TNF-aに対する反応などが大きく異なっているとい進,それを創薬などの成果として臨床応用するといううものでした.20世紀に大発展した細胞培養の技術ビジョンが検討されています.たしかに日本でのこれを用いて細胞の動きを分子生物学的手法により解明すまでの研究体制が万全であったわけではありません.るという研究手法は,大きな成果をあげたことは確かしかし,日本からの生命科学の大きな成果として,もです.問題点は,上記の手法で解明された科学的エビともと臨床医である山中先生がiPS細胞の作製によりデンスが本当に生体内の状態を反映しているか,病気ノーベル賞に輝いたことからもわかるように,臨床医に本当に関係しているかということでした.この問題学と基礎医学を融合した研究体制の強みはこれからもに対応できるのは患者の病態をいつも観察し,問題点大切にし,それを壊す(分業態勢を作る)のではなく,を把握している臨床医です.寺崎先生の研究の発想はこのような強みを生かすような臨床医の育成,基礎医まさに臨床医の視点からの問題解決です.これまで,学に臨床医も関与できる体制を発展させる(極度の分日本が世界と伍して生命科学のなかで著しい成果をあ業体制は強みを壊しますので)ことが必要であり,日げてきた強みは,寺崎先生のような臨床研究と基礎研本でしかできない研究の推進につながると考えます.究の両方に通暁した研究者の活躍によるものでした.山形大学眼科山下英俊今回のAMDの分子病態についての理論は極めて合理76あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(76)