分子標的治療薬により寛解状態であった関節リウマチに生じた角膜穿孔の1例奥村峻大*1,2福岡秀記*2高原彩加*2吉川大和*1,2田尻健介*1池田恒彦*1外園千恵*2*1大阪医科大学眼科学教室*2京都府立医科大学眼科学教室CACaseofCornealPerforationinaPatientwithRheumatoidArthritisinRemissionviaMolecular-targetTherapeuticAgentTakahiroOkumura1,2)C,HidekiFukuoka2),AyakaTakahara2),YamatoYoshikawa1,2)C,KensukeTajiri1),TsunehikoIkeda1)andChieSotozono2)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicineC緒言:分子標的治療薬により内科的に関節リウマチ(RA)が寛解していたにもかかわらず角膜穿孔をきたし,表層角膜移植術(LKP)を施行した症例を報告する.症例:63歳,女性.25歳頃にCRAを発症し,近年はトシリズマブ(抗IL-6レセプター抗体)点滴加療を受け内科的に寛解状態であった.経過中突然左眼に角膜穿孔を生じ,応急処置とステロイド内服で加療された.角膜穿孔の発症からC3週間後に京都府立医科大学附属病院眼科に紹介された.左眼矯正視力は(0.15)と低下しており,角膜穿孔と虹彩嵌頓,房水漏出を認め,保存的治療を開始した.内科ではCRAの再燃はないとの評価であった.その後も穿孔の閉鎖が得られなかったため,発症からC3カ月後に左眼CLKPを施行した.角膜穿孔は閉鎖し,矯正視力は(0.4)まで改善した.結論:分子標的治療薬により内科的に寛解状態であってもリウマチ性角膜穿孔を生じることがある.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCrheumatoidarthritis(RA)withCcornealCperforationCunderCmedicallyCinducedCremissionCviaCmolecular-targetCtherapeuticCagentCthatCrequiredClamellarkeratoplasty(LKP)C.CCaseReport:A63-year-oldfemalewasreceivingtocilizumab(anti-IL-6receptorantibody)tokeeptheRAinastateofremission.Cornealperforationoccurredinherlefteye;.rst-aidandcorticosteroidtreatmentwereadministered.At3weeksafterperforationonset,shepresentedattheDepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedi-cineCwithCdecreasedCvisualacuity(VA)inCherClefteye;conservativeCtreatmentCforCperforationCwasCinitiated.CRACwasCnotCexacerbated.CAsCtheCperforationCwasCnotCclosedCwithCconservativeCtreatment,CLKPCwasCperformedCatC3Cmonthspost-onset.AfterLKP,thecornealperforationclosed.Conclusion:Our.ndingsrevealedthatRA-associat-edCcornealCperforationCcanCoccurCevenCwhenCRACisCinCremissionCviaCmolecular-targetCtherapeuticCdrug,CsoCstrictCattentionisvital.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(2):282.285,C2019〕Keywords:関節リウマチ,角膜潰瘍,角膜穿孔,表層角膜移植術.rheumatoidarthritis,cornealulcer,cornealperforation,lamellarkeratoplasty.Cはじめにある1).RAはCtumorCnecrosisCfactor(TNF)C-aやCinterleu-関節リウマチ(rheumatoidarthritis:RA)は,免疫学的kin(IL)-6などの炎症性サイトカインが病態形成に関与する機序により引き起こされた滑膜炎により関節軟骨や関節近傍とされ,IL-6は細胞膜結合型受容体を介したクラシカルシの骨が破壊されることで関節機能が障害されていく関節炎でグナルリングと可溶性受容体を介したトランスシグナルとい〔別刷請求先〕奥村峻大:〒569-8686大阪府高槻市大学町C2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:TakahiroOkumura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machiTakatsuki-city,Osaka569-8686,JAPANC282(152)0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(152)C2820910-1810/18/\100/頁/JCOPYするCRAの病態に対して,抗CIL-6受容体抗体であるトシリズマブは,シグナル伝達を阻害し,治療薬として臨床的・機能的・構造的寛解をもたらす効果がある2).リウマチ性角膜潰瘍はCRA患者に併発し,角膜周辺部.傍中心部に潰瘍を生じる.既報によると,リウマチ性角膜潰瘍はCRA患者のC1.4.2.5%に認められた3,4).また,角膜穿孔をきたす部位としては,瞳孔辺縁部あるいは最周辺部より中間部に多いとの報告がある5).今回筆者らは,分子標的治療薬であるトシリズマブにより内科的にCRAが寛解していたにもかかわらず角膜穿孔をきたしたため,表層角膜移植術(lamellarkeratoplasty:LKP)を施行し良好な経過を得た症例を経験したので報告する.CI症例患者:63歳,女性.眼科既往歴:ドライアイにて近医通院加療中.現病歴および経過:25歳頃にCRAを発症し,近年は膠原病内科外来にてトシリズマブ(抗Cinterleukin-6レセプター抗体)静脈内注射をC6.7週間隔でなされていた.2016年C10月に血清Cmatrixmetalloproteinase(MMP)-3がC133Cng/ml(基準値:17.3.59.7Cng/ml)に上昇し(図1),トシリズマブの静脈内注射はC4週間隔に変更となった.以降もCMMP-3は高値のまま経過したが,RA症状の再燃は認めず,臨床的にCRAは寛解状態とされていた.2017年C2月末に仕事にて海外渡航中に突然の左眼の流涙を自覚し,医療機関を受診したところ,左眼角膜穿孔と診断された.DermabondCR塗布と治療用ソフトコンタクトレンズにて応急処置が行われ,プレドニゾロン内服C50Cmg/日を処方され帰国した.帰国後眼科C2施設を受診し,2017年C3月中旬に京都府立医科大学附属病院眼科に紹介された.初診時,左眼矯正視力(0.15)と低下しており,治療用ソフトコンタクトレンズ脱落,角膜穿孔,虹彩嵌頓,前房水漏出を認めた(図2).右眼の角膜に傍中心部潰瘍を認めたものの,穿孔は認めなかった.原疾患治療の強化のために膠原病内科へ照会したが,RA症状の再燃は認めず,RAは寛解状態と判断され治療は強化されなかった.治療用ソフトコンタクトレンズを再度装用し,0.1%フルオロメトロン点眼左眼C1日C4回,0.3%ガチフロキサシン点眼左眼C1日C4回,オフロキサシン眼軟膏左眼C1日C1回,バンコマイシン眼軟膏左眼C1日C2回,プレドニゾロンC30Cmg/日内服,ソフトサンティアCRとヒアレインミニR左眼適宜にて治療を開始した.プレドニゾロンは,その後漸減した.初診時に行った眼脂培養にてメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)は否定的であり,バンコマイシン眼軟膏は投薬開始C14日後に中止とした.初診後29日の診察で右眼に角膜上皮欠損を認めたため,リウマチ性角膜潰瘍の悪化を疑い,両眼C0.1%ベタメタゾン点眼C1日3回,0.3%ガチフロキサシン点眼C1日3回に変更とした.しかし,左眼はその後も点眼,軟膏による保存的加療にて改善が得られなかったため,初診後C68日に左眼にCLKPを施行した(図3).術後も治療用ソフトコンタクトレンズを連続装用とし,0.1%ベタメタゾン点眼左眼C1日C4回,0.3%ガチフロキサシン点眼左眼C1日C4回,ソフトサンティアCR点眼左眼C1日C4回に変更した.左眼CLKP後,前房水漏出がなくなったことによりドライアイが悪化したため,ソフトサンティアRよりジクアホソルナトリウム左眼C1日C6回へ変更した.術後穿孔部は閉鎖し,房水漏出はなく,虹彩は整復された.術C1カ月後には,左眼矯正視力は(0.4)まで改善した.プレドニゾロン内服は,術C8カ月後の最終受診時にはC9Cmg/日まで漸減しており,角膜潰瘍の再発はない.CII考按リウマチ性角膜潰瘍は,RAにおける関節外病変の一つである.潰瘍部に接する結膜からのコラゲナーゼの産生6)やCIII型アレルギーによる免疫複合体が輪部血管網において血管炎を引き起こし,辺縁角膜に沈着する免疫学的機序によるものが原因と考えられている7).他の眼病変には,上強膜炎や強膜炎,虹彩炎や二次性CSjogren症候群による涙液分泌型ドライアイなどがある.とくに角膜潰瘍は角膜穿孔につながる可能性があるため,重篤な合併症である8).MMP-3(ng/ml)18016014012010080604020血清0図1血清matrixmetalloproteinase(MMP).3の推移2016年C10月に血清CMMP-3はC133.3Cng/mlと女性の基準値(59.7Cng/ml)を上回り,以降高値が継続している.(153)あたらしい眼科Vol.36,No.2,2019C283図2症例の画像所見a:左眼前眼部.傍中心部の角膜の菲薄化と穿孔(C.)を認める.また,同部位は虹彩が嵌頓している.Cb:左眼フルオレセイン染色.前房水の漏出(C.)を認める.Cc:左眼前眼部三次元光干渉断層像.虹彩嵌頓(C.)を認め,下方の前房が一部消失している.図3Lamellarkeratoplasty(LKP)1カ月後の検査所見a:左眼前眼部.穿孔部は閉鎖されている(C.).Cb:左眼フルオレセイン染色.LKPにより穿孔は閉鎖された(.).前房水の漏出を認めない.Cc:左眼前眼部三次元光干渉断層像.虹彩は整復され,前房が形成された.角膜穿孔に対する外科的治療には,今回施行したCLKPのほかに,羊膜移植,全層角膜移植,結膜被覆などがある8.11).本症例では,穿孔部位と穿孔周囲の角膜菲薄化の状態などを総合的に考慮し,円形のCLKPを選択した.RA患者における角膜潰瘍の発症および悪化の分子生物学的メカニズムについて文献的検討を行った.RAは,IL-6を介した病態機序により滑膜炎を生じ,滑膜組織の増殖によるパンヌス形成や骨びらんの形成,軟骨変性,血管新生,破骨細胞分化因子(receptorCactivatorCofCNF-kBligand:RANKL)発現,matrixmetalloproteinase(MMP)産生による関節の破壊などを起こすとされている2).ヒトのCMMPにはC20種類以上あることが知られているが,RAの病態を反映するものとして血清CMMP-3があり,正常者と比較しCRA患者で有意に上昇することが知られている.MMP-3は軟骨や基底膜を構成する軟骨プロテオグリカン,III,IV,V,VII,IX型コラーゲン,ラミニン,フィブロネクチンおよびゼラチンを分解する12).過去の動物実験での報告によると,MRL/Mp-1pr/1pr(MRL/1系)RAモデルマウスにおいては角膜上でおもにMMP-1のCmRNAが発現し,それと同期してCIL-1Cbが角膜上皮細胞から高いレベルで発現している13).このCIL-1bは,さらにCMMP-1を発現させ,そのほかにCMMP-9の発現を引き起こす13,14).MMP-9は角膜上皮基底膜に欠損を引き起こしCMMP-1が角膜実質障害に作用する.ただしMMP-1が角膜実質に作用するためには活性型に転換される必要があるが,MMP-3がその転換に必要である.MMP-3により活性化されたCMMP-1が角膜実質のコラーゲン線維に作用し,角膜潰瘍や角膜穿孔へと至ると考えられる15,16).本症例ではC20年以上前からCRAを発症し,近年ではトシリズマブ静脈内投与でコントロールされていた.しかし,臨床的に寛解状態であったにもかかわらずC2016年C10月以降,血清CMMP-3は基準値を超え高値となり,以降高値のまま経過した(図1).その後トシリズマブ治療の強化(投与期間の短縮化)がされたが,血清CMMP-3は高値のままであった.その経過中に,左眼角膜穿孔と右眼角膜潰瘍を認めたことから,血清CMMP-3の上昇が,血清CMMP-1の活性化などを介した角膜潰瘍のカスケードを進行させた可能性が考えられる.血清CMMP-3高値が持続した状態に対する治療強化について考察した.RAにおける生物学的製剤の薬効評価では,薬剤間で評価に差が生じない指標を用いる必要があり,血清MMP-3ではなくCClinicalCDamageCActivityIndex(CDAI)が有効であると考えられており17),治療が効いているかどうかの評価は血清CMMP-3には必ずしも依存しないと考えら(154)III結論今後さらなる検討が必要であるが,RAが寛解状態であっても,角膜潰瘍が進行する可能性があるため,内科と眼科との連携が重要となると考えられた.文献1)緒方篤:関節リウマチにおけるCIL-6阻害治療.ClinCRheumatol27:228-231,C20152)駒井俊彦,藤尾圭志,山本一彦:RAにおけるCIL-6の役割とトシリズマブの重要性.ClinCRheumatolC25:192-197,C20133)WatanabeCR,CIshiiCI,CYoshidaM:UlcerativeCkeratitisCinCpatientsCwithCrheumatoidCarthritisCinCtheCmodernCbiologicera:aCseriesCofCeightCcasesCandCliteratureCreview.CIntJRheumDisC20:225-230,C20174)BetteroCRG,CCebrianCRF,CSkareTL:PrevalanceCofCocularCmanifestationCinC198CpatientsCwithCrheumatoidarthritis:CaretrospectiveCstudy.CArqCBrasCOftalmolC71:375-369,C20085)野崎優子,福岡秀記,稲富勉ほか:リウマチ性角膜潰瘍穿孔例に対する臨床的検討.日眼会誌122:700-704,C20186)EifermanCRA,CCarothersCDJ,CYankeelovCJAJr:PeriperalCrheumatoidulcerationandevidenceforconjunctivalcolla-genaseproduction.AmJOpthalmolC87:703-709,C19797)MichelsCML,CCoboCLM,CCaldwellCDSCetal:RheumatoidarthritisCandCsterileCcornealCulceration.CAnalysisCofCtissueCimmunee.ectorcellsandocularepithelialantigensusingmonoclonalantibodies.ArthritisRheumC27:606-614,C19848)福岡秀記,外園千恵:救急疾患ごとの基本的な対処法5.角膜・結膜・強膜関節リウマチ患者の角膜が穿孔しています.どうしたらいいでしょう.あたらしい眼科C34:146-148,C20179)大路正人,切通彰,木下茂:膠原病の角膜穿孔に対する周辺部表層角膜移植.臨眼40:202-203,C198610)田村忍:辺縁に生じた角膜潰瘍の穿孔に対する手術療法.臨眼C77:1753-1756,C198311)BernauerCW,CFickerCLA,CWatsonCPGCetal:TheCmanage-mentCofCcornealCperforationsCassociatedCwithCrheumatoidCarthritis.AnnRheumDisC36:428-432,C197712)大内栄子,岩田和士,山中寿:関節リウマチにおける血清CMMP-3測定の有用性.In.ammationCandCRegenerationC24:154-160,C200413)近藤容子,岡本全泰,岡本茂樹ほか:慢性関節リウマチ患者における涙液中CIL-1Cb.眼紀C48:1363-1366,C199714)TsengHC,LeeIT,LinCCetal:IL-1CbpromotescornealepithelialCcellCmigrationCbyCincreasingCMMP-9CexpressionCthroughCNF-kB-andCAP-1-dependentCpathways.CPLoSCOne8:1-13,C210315)梁磯勇,清木元治:マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)研究の歴史と最先端.日消誌C100:144-151,C200316)崎元暢:角膜実質融解におけるCMMP.臨眼C66:342-345,C201217)鈴木康夫:関節リウマチの診断と治療.Up-to-date..日内会誌C104:519-525,C2014***(155)あたらしい眼科Vol.36,No.2,2019C285