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初回手術でバルベルトインプラントを挿入したAxenfeld-Rieger症候群の1例

2019年4月30日 火曜日

《第29回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科36(4):533.536,2019c初回手術でバルベルトインプラントを挿入したAxenfeld-Rieger症候群の1例松谷香菜恵*1中倉俊祐*1小林由依*1田淵仁志*1木内良明*2*1三栄会ツカザキ病院眼科*2広島大学視覚病態学講座InitialInferiorBaerveldtImplantationforAxenfeld-RiegerSyndrome:ACaseReportKanaeMatsuya1),ShunsukeNakakura1),YuiKobayashi1),CHitoshiTabuchi1)andYoshiakiKiuchi2)1)DepartmentofOphthalmology,SaneikaiTsukazakiHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,GraduateSchoolofBiomedicalSciences,HiroshimaUniversityC緒言:Axenfeld-Rieger(AR)症候群は,後部胎生環やそれに付着する虹彩の索状物ならびに発達緑内障を認め,全身的には顔面骨や歯牙の発達異常,低身長,精神発達遅滞などを合併する.症例:60歳,女性.平成C28年に両眼の角膜びらんで当院初診となった.完治後右眼視力C0.01(0.01),左眼視力C20cm/手動弁(矯正不能),右眼眼圧C26mmHg,左眼眼圧C40CmmHg(iCare)であった.後部胎生環を両眼全周に認め,特異的な顔貌,歯牙の欠損,低身長(103Ccm)からCAR症候群と診断した.抗緑内障点眼薬を両眼に開始するも眼圧は右眼C18.28CmmHg,左眼C22.40CmmHgで推移した.強い閉瞼と前頭部の突出,下方視が困難なことから上方での濾過手術は術後管理が困難と判断し,両眼ともに白内障手術とバルベルト(耳下側,毛様溝)挿入術を全身麻酔下で同日施行した.最終診察時(術後C6カ月目),右眼視力C0.01(0.01),左眼視力C20cm/手動弁(矯正不能),右眼眼圧C14mmHg,左眼眼圧C10CmmHg(iCare)となった.考察:上方からの濾過手術が困難と予想されたCAR症候群に,初回下方からのバルベルト挿入術は有効であった.Axenfeld-RiegerCsyndrome(AR)isCanCautosomalCdominantCdiseaseCwhoseCocularCcharacteristicsCareCposteriorCembryotoxonCwithCiridocornealCattachmentCanddevelopmentalCglaucoma(about50%)C.CWeCdiagnosedCaCfemaleCpatientashavinglate-onsetdevelopmentalglaucomaduetoAR,basedonposteriorembryotoxonandnon-ocularfeatures.Becauseofuniquefacialfeatures,mentalretardation,narrowpalpebral.ssureandstrongeyelidclosure,wejudgedtrabeculectomyatasuperotemporalsitetobeunwise.WethereforeconductedinitialinferiorBaerveldtimplantationCwithCcataractCsurgeryCinCbothCeyesCunderCgeneralCanesthesia.CAsCaCresult,CherCintraocularCpressureCdecreasedfrom20-30CmmHgtounder15CmmHg.WesuggestthatinferiorBaerveldtimplantationatinitialsurgeryisabetteroptionforglaucomaduetoARsyndrome.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(4):533.536,C2019〕Keywords:緑内障,バルベルトインプラント,Axenfeld-Rieger症候群,後部胎生環.glaucoma,Baerveldtim-plant,Axenfeld-Riegersyndrome,posteriorembryotoxon.CはじめにAxenfeld-Rieger(AR)症候群は神経堤細胞の遊走異常による前眼部間葉異発生の一つとされ,常染色体優性遺伝の形式をとる1.3).眼科的には角膜輪部に後部胎生環や発達緑内障を認め,虹彩低形成,瞳孔変位を認めることもある1.3).全身的には顔面骨や歯牙の発達異常,低身長,心疾患,難聴,精神発達遅滞などを合併する1.3).AR症候群に伴う緑内障の発生頻度は約C50%で,線維柱帯とCSchlemm管の発育不良が原因とされ3),流出路再建術は不向きとされている3,4).今回筆者らはCAR症候群に伴う緑内障に対し,特異な顔貌と強い閉瞼,精神遅滞により下方視が困難なことから,濾過手術は術後管理が困難と判断し,初回からバルベルトインプラ〔別刷請求先〕松谷香菜恵:〒671-1227兵庫県姫路市網干区和久C68-1三栄会ツカザキ病院眼科Reprintrequests:KanaeMatsuya,C.O.,DepartmentofOphthalmology,SaneikaiTsukazakiHospital,68-1AboshiWaku,Himeji,Hyogo671-1227,JAPANCントを両眼ともに耳下側に挿入した症例を報告する.CI症例60歳,女性.家族歴:母親がCAR症候群の疑いあり.姉妹C2人は正常であった.既往歴:2型糖尿病と精神遅滞がある.現痛歴:2016年に原因不明の両眼の角膜びらんで当院紹介となった.角膜びらん完治後右眼視力C0.01(矯正不能),左眼視力C20cm/手動弁(矯正不能),右眼眼圧C26mmHg(iCare),左眼眼圧C40CmmHg(iCare)であった.中心角膜厚は右眼C0.508mm,左眼0.487mm,角膜内皮細胞は右眼2,762個/mmC2,左眼C2,060個/mmC2でCguttataは認めなかった.細隙灯顕微鏡にて,両眼全周に後部胎生環を認め(図1a),特異な顔貌(図1b),歯牙の欠損(図1c),低身長(103Ccm)(図1d),虹彩の菲薄化(図1e)からCAR症候群と診断した.隅角検査では,全周に後部胎生環を認めたがそこに至る虹彩の索状物は認めなかった.眼底所見では,進行した緑内障性視神経症を認めた.視野検査(Goldmann視野)Cabでは湖崎分類で両眼CV-bであった(図2).CII経過トラボプロストC0.004%とブリンゾラミドC1%を両眼に開始するも,眼圧は右眼C18.28CmmHg,左眼C22.40CmmHgで数カ月推移した.Goldmann圧平式眼圧計の測定には困難を要したため,reboundtonometer(iCareCorIcarePRO)を用いた.強い閉瞼と前頭部の突出,精神遅滞から下方視が困難なことから,上方での濾過手術は術後管理が困難と判断した.全身麻酔下で両眼ともに超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術,ならびにバルベルトインプラント(BaerveldtGlau-comaImplant)(エイエムオー・ジャパン社:BG101-350)挿入術を施行した.瞼裂も狭く,術後管理も考慮し,耳上側ではなく耳下側の毛様溝にチューブを挿入した(図3).バルベルトインプラントはC8-0バイクリル糸で結紮し,完全閉塞を確認したうえで,SherwoodスリットをC3箇所作製した.チューブ内へのステント留置は行わず,8-0バイクリル糸が融解するまで眼圧下降を待つ方法をとった.チューブの被覆には強膜反転法を用いた5).図1特異な前眼部ならびに全身形態異常a:両眼全周に後部胎生環(黒矢印)を認めた.瞼裂は狭い.Cb:特異な顔貌.Cc:歯牙の欠損.Cd:低身長(103cm).Ce:虹彩の菲薄化(.).図2Goldmann視野(術前)両眼ともに湖崎分類でCV-bで,著明な視野狭窄を認めた.図3術中ならびに術後前眼部写真上段:術中前眼部写真.瞼裂は狭い.下段:術後の前眼部写真.両眼ともに耳下側から毛様溝に挿入されたバルベルトのチューブ先端が確認できる.両眼ラタノプロスト0.005%(1回/日)術翌日右眼眼圧C23.0CmmHg(icarePRO),左眼眼圧C22.2眼圧(mmHg)353025201510533mmHg(IcarePRO)であった.両眼にラタノプロストC0.005%の点眼を開始した.術後C1週間で両眼ともに眼圧はC11mmHg(IcarePRO)と安定した.術後C2週間からC1カ月で眼圧上昇がみられたが,その後眼圧は安定し最終診察時(術11後C6カ月目),右眼視力C20cm/指数弁(0.01p),左眼視力0眼前/手動弁(矯正不能),右眼眼圧C14CmmHg(iCare),左眼眼圧C10CmmHg(iCare)であった(図4).図4術後眼圧の経過III考察今回筆者らはCAR症候群と診断できた患者に,初回から耳下側にバルベルトを挿入することで良好な眼圧下降を得ることができた.隅角検査で発見できるものを含めると,眼科外来で後部胎生環はC17.9%でみられるという報告もあり6),後部胎生環のみではCARの確定診断にはならないが,家族歴,歯牙の欠損や身体的特徴からCARと診断できた.AR症候群における緑内障発症年齢はC2ピークで,小児か若い成人である4).これまでCAR症候群の小児緑内障に対しては長期間の術後経過を報告したものがあるが,成人ではない4,7).MandalらはCAR症候群C44眼に初回からCtrabeculectomy+trabecu-lotomyもしくはCtrabeculectomyを施行し,術前の眼圧はC27.0±4.8CmmHgから術後C14.8C±3.6CmmHgと有意に低下し,平均下降率はC45.14%であった4).また,Kaplan-Meier生存解析による成功確率(全身麻酔下<16CmmHgCorCGoldmann圧平式<21CmmHg)はC6,7,8,9,10年でそれぞれC88.1%,82.3%,70.5%,56.4%,42.3%で良好であったと報告している.Goniotomyで行ったCRiceら7)は11例19眼のうち,2眼のみ眼圧のコントロールができたと報告している.AR症候群は線維柱帯とCSchlemm管の発育不良が原因とされ3),trab-eculectomyが成人でも向いている可能性が高い.ただ本症例のようにCDeepCseteyeで強い閉瞼をし,下方視が困難な症例の場合,術後のレーザー切糸はかなり困難と術前に予測できる.Changら1)も隅角手術が失敗に終わった場合,下方からのインプラント挿入術がCtrabeculectomyに比べて診察の頻度も少なく,よい選択肢であると述べている.今後長期間の経過観察が必要である.CIV結論上方からの濾過手術が困難と予想されたCAR症候群に,初回下方からのバルベルト挿入術は有効であった.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ChangCTC,CSummersCCG,CSchimmentiCLACetal:Axen-feld-RiegerCsyndrome:newCperspectives.CBrCJCOphthal-molC96:318-322,C20122)尾関年則,白井正一郎,馬嶋昭生:Axenfeld-Rieger症候群の臨床像.臨眼C51:1727-1730,C19973)ShieldsMB:Axenfeld-RiegerCsyndrome:aCtheoryCofCmechanismanddistinctionsfromtheiridocornealendothe-lialCsyndrome.CTransCAmCOphthalmolCSocC81:736-784,C19834)MandalCAK,CPehereN:Early-onsetCglaucomaCinCAxen-feld-Riegeranomaly:long-termsurgicalresultsandvisu-aloutcome.Eye(Lond)C30:936-942,C20165)藤尾有希,中倉俊祐,野口明日香ほか:強膜反転法を用いたインプラントチューブ被覆術.あたらしい眼科C35:957-961,C20186)尾関年則,白井正一郎,佐野雅洋ほか:後部胎生環の臨床的検討.臨眼C48:1095-1098,C19947)RiceNSC:Thesurgicalmanagenmentofcongenitalglau-comas.AustJOphthalmolC5:174-179,C1977***

急性原発閉塞隅角症眼における虹彩厚の検討

2019年4月30日 火曜日

《第29回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科36(4):529.532,2019c急性原発閉塞隅角症眼における虹彩厚の検討小林由依*1中倉俊祐*1松谷香菜恵*1田淵仁志*1木内良明*2*1三栄会ツカザキ病院眼科*2広島大学視覚病態学講座CEvaluationofIrisThicknessinPatientswithAcutePrimaryAngle-closureGlaucomaYuiKobayashi1),ShunsukeNakakura1),KanaeMatsuya1),HitoshiTabuchi1)andYoshiakiKiuchi2)1)DepartmentofOphthalmology,SaneikaiTsukazakiHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,GraduateSchoolofBiomedicalSciences,HiroshimaUniversityC目的:急性原発閉塞隅角症(APAC)眼における虹彩厚を検討すること.対象および方法:APACを発症したC36例C36眼(女性C28眼,平均年齢C71.0歳).全例一期的に水晶体再建術を初診時に施行し(平均推定発症経過日数C3.1日),僚眼も数日以内に施行した.術後平均C27.4日目に施行した前眼部光干渉断層計から,虹彩厚を瞳孔縁から耳側と鼻側それぞれC1CmmとC2Cmmの部位でC2回測定した.結果:耳側虹彩厚はCAPAC眼でC0.47C±0.09Cmm(1Cmm)/0.44C±0.07mm(2Cmm),僚眼でC0.50C±0.10Cmm(1Cmm)/0.43C±0.08Cmm(2Cmm)で有意差はなかった(p=0.189,C0.488.CStudent’st-test).鼻側虹彩厚はCAPAC眼でC0.54C±0.10Cmm(1Cmm)/0.46C±0.08Cmm(2Cmm),僚眼でC0.52C±0.11Cmm(1Cmm)C/0.47±0.08Cmm(2mm)で同様に有意差はなかった(p=0.635,0.680.Student’st-test).また,虹彩厚の変化にかかわる特徴的な因子はなかった.結論:APACによる短期的な眼圧上昇や炎症は虹彩厚に影響を及ぼさないと推測された.CPurpose:WeCevaluatedCtheCiristhickness(IT)inCacuteprimaryCangle-closure(APAC)eyesCandCfellowCeyesCtoinvestigatethee.ectofhighintraocularpressure(IOP)duetoAPAC.Patientsandmethods:WemeasuredITin36APACeyesandfelloweyes(28females;meanage71.0years).Meanarrivaltimewas3.1days;theAPACeyeshadcataractsurgeryontheC.rstvisitday;thefelloweyeshadcataractsurgerywithinafewdays.ITat1and2Cmmfromthepupiledgewasmeasuredusinganteriorsegmentopticalcoherencetomographyatmean27.4daysafterinitialvisit.Results:Therewasnosigni.cantdi.erenceinITatanymeasurementpointbetweentheAPACCeyeCandCtheCfelloweye(allp>0.05byCStudent’st-test)C.Conclusion:OurCstudyCsuggestsCthatCacuteCIOPCriseinAPACdoesnota.ectIT.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(4):529.532,2019〕Keywords:緑内障,虹彩厚,急性原発閉塞隅角症,前眼部光干渉断層計.glaucoma,iristhickness,acuteprimaryangleclosureglaucoma,anteriorsegmentopticalcoherencetomography.Cはじめにぶどう膜は虹彩,毛様体,脈絡膜からなる血管豊富な組織である.このなかで脈絡膜厚に関しては,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)の開発,とくに深部強調画像CEDI(enhanceddepthCimaging)-OCTの出現により精密な脈絡膜厚を測定できるようになった1).急性原発閉塞隅角緑内障眼(acuteCprimaryCangleCclosureCglauco-ma:APAC)ではその僚眼に比べて有意に眼圧が高く,脈絡膜厚は薄い2)とする報告や,逆にCAPAC眼では厚い3)とする報告もある.また,トラベクレクトミー眼では眼圧下降に伴い有意に脈絡膜厚が増加することが判明している4,5).しかしながら,より前方のぶどう膜である毛様体や虹彩の厚みに関する報告は数少なく6.9),眼圧や病態による変化はまだ解明されていない.今回筆者らはCAPAC眼とその僚眼の虹彩厚を前眼部光干渉断層計(anteriorsegmentopticalcoher-encetomography:ASOCT)を用いて計測し,短期的な眼圧上昇や炎症が虹彩厚に影響を及ぼすかを検討した.CI対象および方法この研究はツカザキ病院倫理委員会の承認を得て行われ,〔別刷請求先〕小林由依:〒671-1227兵庫県姫路市網干区和久C68-1三栄会ツカザキ病院眼科Reprintrequests:YuiKobayashi,C.O.,DepartmentofOphthalmology,SaneikaiTsukazakiHospital,68-1AboshiWaku,Himeji,Hyogo671-1227,JAPANCヘルシンキ宣言に準じて行われた,カルテベースの後ろ向き研究である.対象はツカザキ病院眼科にCASOCT(SS-1000CASIATM,TOMEY,CNagoya,CJapan)が導入されたC2010年C4月.2017年C7月までにCAPACで来院し,両眼ともにレーザー虹彩切開や内眼手術既往歴のない患者C41名とした.APAC眼は当院初診時,発作状態で来院し,降圧薬の点滴や点眼による降圧ののち,同日,一期的に超音波乳化吸引術ならびに眼内レンズ挿入術を施行した.手術は白内障手術に熟練した医師が行った.僚眼に対しても同様に超音波乳化吸引術ならびに眼内レンズ挿入術をC1週間以内に同一術者が施行した.術後撮影したCASOCTを用いて虹彩厚の解析を行った.レンズが.内固定できなかった症例やCASOCTが術後撮影されていない症例を除いた患者C36眼を解析対象とした.患者背景を表1に提示する.女性はC28例(77%),発作眼は右眼がC13眼(36%),平均年齢はC71.0C±8.4歳(平均C±標準偏差)であった.既往歴の聴取より,発作から手術までの日数は中央値C2日(四分位範囲C1.4日),初診時から術後のASOCT撮影日までの中央値はC19.5日(四分位範囲C9.33.7日)であった.CASOCT撮影方法ASOCTはすべて高画質C2Dmodeで撮影し,もっともきれいに撮影されている水平画像を選択した.虹彩厚は,虹彩後面にある高輝度線に沿い,瞳孔縁からC1Cmm(C±0.005Cmm)表1患者背景性別(女性,%)28(77)発作眼(右眼,%)13(36)年齢(平均C±標準偏差)(範囲)C発作期間(中央値,IQR)(日)71.0±8.4(39.84)2(1.4)初診時から前眼部撮影時までの日数(中央値,IQR)19.5(C9.C33.7)IQR:四分位範囲Cinterquartilerange.とC2Cmm(C±0.005Cmm)のところで,耳側と鼻側でC2回ずつ内部キャリパーを用いて測定し(図1),そのC2回の平均を解析に用いた.眼圧はCGoldmann圧平式眼圧計を用いて測定した.統計発作眼と僚眼の比較には,StudentC’st-検定を用いてCp値がC0.05未満を有意であるとした.発作眼と僚眼の虹彩厚の差と,初診時の眼圧差,ならびに初診時眼圧C×発作期間との相関関係にはCSpearmanの順位相関係数検定を用いた.CII結果初診時ならびにCASOCT撮影時の眼圧,初診時の眼軸長や前房深度を表2に提示する.初診時の眼圧は発作眼が僚眼に比べて有意に高かったが(54.7C±12.7CmmHgCvsC15.8±5.7mmHg,p<0.001),ASOCT撮影時には差がなかった(14.0C±4.4CmmHgCvsC13.9±4.0CmmHg,p=0.932).また,初診時の前房深度は発作眼で有意に狭かったが(1.55C±0.35vsC1.95±0.60Cmm,p<0.001),眼軸長には差はなかった(22.5C±0.8vsC22.4±0.7Cmm,p=0.619).虹彩厚の比較では,耳側C1Cmmで発作眼がC0.47C±0.09Cmmに対して僚眼はC0.50C±0.10Cmm(p=0.189)と有意な差はなかった.同様に耳側C2Cmmで発作眼がC0.44C±0.07Cmmに対して僚眼はC0.43C±0.08Cmm(p=0.488),鼻側C1mmでは発作眼がC0.54±0.10Cmmに対して僚眼はC0.43C±0.08Cmm(p=0.635),鼻側C2Cmmでは発作眼がC0.46C±0.08Cmmに対して僚眼はC0.47C±0.08Cmm(p=0.680)とすべて有意な差はなかった.つぎに発作眼と僚眼の虹彩厚の差と,初診時の眼圧差,ならびに初診時眼圧C×発作期間との相関関係を調べた(表3).いずれもrs<0.2,p>0.3と有意な相関はみられなかった.CIII考察今回これまで報告のない,APAC眼とその僚眼の虹彩厚図1ASOCTによる虹彩厚の測定左:発作眼,右:僚眼.瞳孔縁からC1CmmとC2Cmmのところで,内部キャリパーを用いてC2回ずつ,鼻側,耳側とにも測定した.表2発作眼とその僚眼の比較発作眼僚眼Cpvalue初診時眼圧(mmHg)C54.7±12.7(C28.C78)C15.8±5.7(6.38)<C0.001前眼部撮影時眼圧(mmHg)C14.0±4.4(6.32)C13.9±4.0(6.23)C0.932初診時前房深度(mm)C1.55±0.35(C1.06.C2.51)C1.95±0.60(C1.03.C4.58)<C0.001初診時眼軸(mm)C22.5±0.8(C20.5.C24.1)C22.4±0.7(C20.9.C24.1)C0.619虹彩厚耳側1CmmC0.47±0.09(C0.27.C0.64)C0.50±0.10(C0.25.C0.74)C0.189耳側2CmmC0.44±0.07(C0.26.C0.56)C0.43±0.08(C0.20.C0.67)C0.488鼻側1CmmC0.54±0.10(C0.36.C0.78)C0.52±0.11(C0.25.C0.75)C0.635鼻側2CmmC0.46±0.08(C0.28.C0.63)C0.47±0.08(C0.17.C0.65)C0.680両側1mmC0.50±0.10(C0.27.C0.78)C0.51±0.11(C0.24.C0.75)C0.566両側2mmC0.45±0.07(C0.26.C0.63)C0.45±0.08(C0.17.C0.67)C0.869pvalue:Student’st-test.表3初診時眼圧ならびに発作期間×眼圧値との関係初診時眼圧差(発作眼C.僚眼)初診時眼圧差(発作眼C.僚眼)C×発作期間(日)虹彩厚の差(発作眼C.僚眼)両側1CmmCrs=0.07,Cp=0.531Crs=.0.05,Cp=0.638虹彩厚の差(発作眼C.僚眼)両側2CmmCrs=.0.01,Cp=0.876Crs=.0.10,Cp=0.383Crs=Spearman’srankcorrelationcoe.cient.を検討したが有意な差は認められなかった(allp>0.1).以前筆者らは,血管新生緑内障眼の虹彩厚を本研究とまったく同じ方法で計測し,病期のCstageで分類し検討した9).その結果,360°隅角閉塞した血管新生緑内障眼では,隅角開放期の血管新生緑内障眼や健常人に比べて有意にどの測定点でも薄くなっており,健常人の約C60%の厚みであった.多変量回帰分析では病期の進行により虹彩厚が薄くなること以外に,1Cmmの部位の虹彩厚に関与する因子として汎網膜光凝固術(0.23),2Cmmの部位の虹彩厚に関与する因子としては汎網膜光凝固術(0.16),抗CVEGF注射(0.05)と眼圧(C.0.001)がパラメータとして残った9).血管新生緑内障眼の場合,長期間の高眼圧が虹彩厚に影響を与えた可能性がある.したがって今回の研究目的であるCAPAC眼での数日間の眼圧上昇により,虹彩厚に変化を及ぼすのではと推測したが,結果として差はなかった.本研究では,一期的白内障手術により発作を解除されてから中央値でC19.5日空いて計測しているが,発作眼の虹彩厚の継時的な変化は今後の検討課題である.発作解除後で比べたCAPAC眼における脈絡膜厚の報告では,APAC眼のほうが僚眼に比べて有意に脈絡膜が厚いという報告3)と差がない7)という報告がある.これまでに落屑緑内障8),血管新生緑内障眼9)とCFuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎10)において虹彩厚が菲薄することが報告されているが,本研究と同じく,継時的変化を追った報告はない.また,筆者らが用いたCASOCTの内部キャリパーを用いた虹彩厚の測定方法では,水晶体により前方に弧を描く虹彩の厚みを正確に測定することはできない.したがって全例,白内障手術を完了し虹彩が平坦になった状態での虹彩厚を測定している.CIV結論APACによる短期的な眼圧上昇や炎症は虹彩厚に影響を及ぼさないと推測された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)五味文:総説C74黄斑疾患と脈絡膜.日眼会誌C122:C341-353,C20182)SongCW,CHuangCP,CDongCXCetal:ChoroidalCthicknessCdecreasedCinCacuteCprimaryCangleCclosureCattacksCwithCelevatedintraocularpressure.CurrEyeResC41:526-531,20163)WangCW,CZhouCM,CHuangCWCetal:DoesCacuteCprimaryCangle-closureCcauseCanCincreasedCchoroidalCthickness?CInvestOphthalmolVisSciC54:3538-3545,C20134)KaraN,BazO,AltanCetal:Changesinchoroidalthick-ness,axiallength,andocularperfusionpressureaccompa-nyingCsuccessfulCglaucomaC.ltrationCsurgery.Eye(Lond)C27:940-945,C20135)ChenS,WangW,GaoXetal:Changesinchoroidalthick-nessCafterCtrabeculectomyCinCprimaryCangleCclosureCglau-coma.InvestOphthalmolVisSciC55:2608-2613,C20146)InvernizziCA,CGiardiniCP,CCigadaCMCetal:Three-dimen-sionalCmorphometricCanalysisCofCtheCIrisCbyCswept-sourceCanteriorsegmentopticalcoherencetomographyinaCau-casianCpopulation.CInvestCOphthalmolCVisCSciC56:4796-4801,C20157)LiX,WangW,HuangWetal:Di.erenceofuvealparam-etersCbetweenCtheCacuteCprimaryCangleCclosureCeyesCandthefelloweyes.Eye(Lond)C32:1174-1182,C20188)BaturCM,CSevenCE,CTekinCSCetal:AnteriorClensCcapsuleCandCirisCthicknessesCinCpseudoexfoliationCsyndrome.CCurrCEyeResC42:1445-1449,C20179)NakakuraS,KobayashiY,MatsuyaKetal:IristhicknessandCseverityCofCneovascularCglaucomaCdeterminedCusingCswept-sourceCanterior-segmentCopticalCcoherenceCtomog-raphy.JGlaucomaC27:415-420,C201810)InvernizziCA,CCigadaCM,CSavoldiCLCetal:InCvivoCanalysisCoftheiristhicknessbyspectraldomainopticalcoherencetomography.BrJOphthalmolC98:1245-1249,C2014***

基礎研究コラム 23.遺伝情報から探る形質問の関係

2019年4月30日 火曜日

遺伝情報から探る形質間の関係多因子疾患のゲノム解析遺伝的な要因と環境的な要因が相互に発症に影響する病気は多因子疾患とよばれ,その遺伝要因を検索する方法として,ゲノムワイド関連解析(genome-wideassociationstudy:GWAS)が感受性座位を特定するために用いられます.近年のゲノム解析では,GWASで得られた情報を活用し,対象となった形質に関するさまざまな情報を抽出することが可能です.本コラムでは,ゲノム情報による形質間の関係性を探る手法について紹介します.ポリジェニックモデルゲノム解析では,数千を超える無数の遺伝的変異が病気にかかわることが示唆されており,ポリジェニックモデルとよばれています.著者らが報告した日本人の17万人規模の肥満のGWAS1)の結果を例に根拠を説明します.本研究では,bodymassindex(BMI)にかかわる85の感受性領域を同定しましたが,これらは個人間のBMIの違いの2.7%を説明できる程度の影響しか認められませんでした.一方,GWASで対象としたすべての遺伝情報を用いれば,約30%のBMIの違いについて説明可能なことがわかりました.つまり,17万人規模の解析でも遺伝要因の一部しか同定できていないのです.また,それぞれの染色体がBMIの違いをどれくらい説明可能か検証し,“染色体長”との間に正の相関を認めました.これは,長い染色体ほどBMIに対する影響が大きいということであり,BMIに影響する遺伝的変異はゲノム上に満遍なく存在していることが示唆されます.遺伝学的相関:形質で共通した遺伝要因ポリジェニックモデルに基づいて,どれくらいの遺伝要因が二つの形質で共通しているかを定量化する方法が開発され図1共通する遺伝要因ポリジェニックモデルでは,ゲノム上に疾患の原因となる遺伝的変異(☆印)が無数に存在することを想定している.ここで,疾患の発症にかかわる遺伝的変異はある疾患にだけかかわるものもあれば,複数の疾患にかかわるものも存在するはずである.遺伝統計学的手法により,GWAS統計量を用いて二つの形質に共通して影響する遺伝要因を定量的に評価することが可能となっている.秋山雅人九州大学大学院医学研究院眼科学分野ています2).詳細な統計学的な説明は割愛しますが,本手法では,個人レベルの遺伝情報を用いなくてもGWAS統計量情報だけで解析が可能です.共通した遺伝的成分の相関は,一般的な相関係数のように,-1から1までの値で示されます.つまり,正の値をとれば共通したリスクとなる遺伝要因が存在することを意味し,負の値になるときは,片方のリスクとなる遺伝要因がもう一方の形質に対し保護的な影響をもつことを意味します.最近報告した日本人の原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)のGWAS3)では,POAGとの関係が観察研究によって示唆されていた七つの形質との遺伝学的相関を,理化学研究所で実施したGWAS結果を用いて検証しました.この結果,POAGは虚血性脳卒中,心筋梗塞,2型糖尿病と遺伝要因が共通していることを明らかにしました.近年,さまざまな形質のGWAS統計量情報が入手可能であり,“病気とその危険因子”や“病気と病気”の関係性について,遺伝学的な検討を行うことにより理解がさらに深まっていくことが期待されます.文献1)AkiyamaM,OkadaY,KanaiMetal:Genome-wideasso-ciationstudyidenti.es112newlociforbodymassindexintheJapanesepopulation.NatGenet49:1458-1467,20172)FinucaneHK,Bulik-SullivanB,GusevAetal:Partition-ingheritabilitybyfunctionalannotationusinggenome-wideassociationsummarystatistics.NatGenet47:1228-1235,20153)ShigaY,AkiyamaM,NishiguchiKMetal:Genome-wideassociationstudyidenti.essevennovelsusceptibilitylociforprimaryopen-angleglaucoma.HumMolGenet27:1486-1496,2018疾患1疾患2(95)あたらしい眼科Vol.36,No.4,20195170910-1810/19/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス 191.先天白内障とPHPVの合併例に対する硝子体手術(中級編)

2019年4月30日 火曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載191191先天白内障とPHPVの合併例に対する硝子体手術(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめに先天白内障は小角膜,小眼球,無虹彩症,第一次硝子体過形成遺残(persistenthyperplasticprimaryvitre-ous:PHPV)などの眼先天異常を伴うことがあり,このような眼先天異常の合併は,生後3カ月以内に発症した先天白内障に多いとされている1).筆者らは以前に,片眼先天白内障に対して経毛様体扁平部(皺襞部)水晶体切除術(parsplanalensectomy:PPL)を施行中にPHPVを認め,硝子体切除術を併施した1例を経験し報告したことがある2).●症例11カ月女児.母親が左眼の瞳孔が白いことに気づき近医受診,左眼先天白内障の診断で当科紹介となった.左眼は成熟白内障で眼底透見不能(図1),超音波Bモード検査では目立った異常所見は検出できなかった(図2).全身麻酔下でPPLを施行中に水晶体後.直下に白色膜状組織を認め(図3),この部位から硝子体ゲル内を紐状索状物が視神経乳頭まで連続している所見が観察された.PHPVと診断し,硝子体切除と同時に索状物も切除した.術中索状物の断端から出血が生じた(図4)ので,眼内ジアテルミーで止血した.術後眼底の視認性は改善し,連続装用ソフトコンタクトレンズを装着し経過観察中である.●先天白内障に対する術前検査の重要性眼底透見可能な症例では,術前に広範囲にわたって眼底を精査する.未熟児網膜症で白内障を合併することもあるので,出生時のアナムネーゼは重要である.Down症候群,Lowe症候群などの全身疾患の有無も確認する.白内障の程度が強く,眼底の視認性が不良の症例では必ず超音波Bモード検査を施行する.とくに注意を要するのは網膜芽細胞腫などの腫瘍性疾患の有無であるが,(93)0910-1810/19/\100/頁/JCOPY図1術前の左眼前眼部写真成熟白内障で眼底透見不能であった.図2術前の超音波Bモード写真目立った異常所見は検出できなかった.図3術中所見(1)水晶体後.直下に白色膜状組織を認めた.図4術中所見(2)硝子体ゲル内を紐状索状物(PHPV)が視神経乳頭まで連続している所見が観察され,硝子体切除と同時に索状物も切除した.術中断端から出血が生じたので,眼内ジアテルミーで止血した.その他,網膜.離,網膜分離,硝子体出血などの有無も確認する.本提示例ではPHPV自体が細かったことと成熟白内障による超音波の減衰で術前のPHPVの検出は困難であった.眼底透見不能の先天白内障ではPHPVなどの後眼部疾患の合併を常に念頭においておく必要がある.文献1)仁科幸子:先天異常を伴う白内障.眼科手術20:485-489,20072)三宅優子,河本良輔,多良安紀子ほか:第一次硝子体過形成遺残(PHPV)を合併し硝子体手術を併施した先天白内障の1例.眼臨紀11:172-175,2018あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019515

眼瞼・結膜:抗がん剤と眼表面の変化

2019年4月30日 火曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人近間泰一郎49.抗がん剤と眼表面の変化広島大学大学院医歯薬保健学研究科視覚病態学抗がん剤による眼表面の変化は,涙液中の抗がん剤の濃度が上がり,ターンオーバーの速い角膜上皮細胞の増殖が抑制されることが主たる原因で生じると考えられる.適切な問診や「お薬手帳」の活用により候補薬剤が判明することが多い.主治医との円滑な連携による迅速な対応が求められる.●はじめにがん治療の現場では経口投与が可能な抗がん剤が登場し,患者のCqualityoflife(QOL)の向上に寄与している.一方で眼科医がこれまでみたことのない眼表面異常に遭遇する機会が増加している.また,分子標的薬や免疫チェックポイント薬といった新しい作用機序を有する薬剤が上市され,これらの薬剤と従来の抗がん剤の併用により,臨床治験の段階では報告されていない副作用がみられることもある.本稿では,抗がん剤による眼表面異常について,角膜上皮障害を中心に解説する.C●抗がん剤による眼表面異常の臨床像と病態自覚症状としては,視力低下,羞明,かすみ,異物感,痛み,流涙などであり,抗がん剤に特異的なものはない.抗がん剤使用開始後,比較的早期(1~2カ月後)に発症するものから長期投与後に発症するものまでさまざまである.また,点眼薬による中毒性角膜症,ドライアイ,輪部機能不全(異型上皮侵入)との鑑別が必要である.角膜上皮は,非常に速いターンオーバーにより恒常性が維持されている.したがって,抗がん剤に共通する細胞増殖抑制作用により角膜上皮細胞の増殖能に影響が及び,上皮細胞の脱落に比して供給が追いつかなくなることで点状表層角膜症(super.cialCpunctateCkeratopaC-thy:SPK)などの上皮障害が生じる.一方で結膜上皮障害はみられないことがほとんどである.結膜上皮は角膜上皮と比べてバリア機能が低いことが知られている.解剖学的な違いや,結膜の表面積から細胞数の違い,あるいは薬剤に対する反応性の違いが関与している可能性が推測されるが,現時点ではその詳細は不明である.C●代表的抗がん剤の特徴と臨床所見フルオロウラシル(5-FU)のプロドラッグであるテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合薬(S-1)は,消化器がんに対して有用性の高い経口抗がん剤であ(91)る.合併症として角膜上皮障害と涙道障害が知られており,それぞれ単独あるいは両者を合併する症例もある1).S-1服用患者の涙液中にはC5-FUが検出されており2),S-1による眼表面障害の主たる原因は涙液中のC5-FUによると考えられる.また,涙小管閉塞が生じると不可逆的であることから,涙液メニスカスの上昇や涙点の狭窄所見がみられる場合はシリコーンチューブ留置術を早急に行う必要がある3).なお,涙点狭窄,涙小管閉塞は主として涙液中のC5-FUによる慢性炎症に伴う粘膜の線維化が原因と推測している報告4)があり,粘膜炎の側面が強いと考えられる.発症時期は投与後C1~2カ月という早い症例も多いことから,主治医は流涙,羞明,異物感などの自覚症状に常に気をつけておく必要がある.S-1による眼表面異常は,とくに上下の角膜輪部から角膜中央部に向けてやや透明性の低い上皮の侵入がみられるパターン(シート状病変)が特徴的である(図1).また,角膜中央部やや下方を中心としたCSPK様パターン(SPK状病変)が主たる所見である(図2).上皮細胞の脱落がさらに亢進するとクラックラインを呈することもある(図2).これらの所見から角膜輪部機能の障害が推測される.生体共焦点顕微鏡による観察では,上皮層の創構造の破綻と軽度の炎症が観察される粘膜炎という報告もある5).エルロチニブ(商品名:タルセバ)は,上皮成長因子受容体(epidermalCgrowthCfactorreceptor:EGFR)チロシンキナーゼ活性を選択的に阻害することでがん細胞の増殖を抑制する薬剤である.角膜上皮基底細胞でより多くのCEGFRが発現していることから,エルロチニブが輪部血管あるいは涙液を介して角膜上皮細胞の増殖抑制を生じ,角膜上皮の脱落が促進することにより角膜上皮障害が生じると推測される.角膜穿孔が生じた例も報告されている6).特徴的な眼所見として,睫毛がカール状に長く伸びる異常が観察される(図3).その他,パクリタキセル7)やトラスツズマブ+エムタンシン(T-DM1)8)あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019C5130910-1810/19/\100/頁/JCOPY図1S.1投与でみられたシート状病変a:強膜散乱法では透明性の低い異型上皮が輪部を超えて角膜中央部に侵入していることが認識される.Cb:フルオレセイン染色で瞳孔領に向かって上方輪部から異型上皮の侵入がみられる.図2S.1投与でみられた点状表層角膜症(SPK)状病変とクラックラインa:SPK状病変,Cb:クラックライン.による角膜上皮障害も報告されている.C●抗がん剤による眼表面異常の治療涙液中の薬剤濃度を低下させる目的で,防腐剤を含まない人工涙液の頻回点眼を行う.粘膜炎の観点から低濃度のステロイド点眼を併用することもあるが,上皮細胞の増殖能を低下させる可能性があり,上皮障害が悪化する場合は使用を控える.症状の程度に応じて,主治医に対して薬剤の中止あるいは変更が可能かを相談することも重要である.C●おわりに内服の抗がん剤に伴う角膜障害は,発症のタイミングや特徴的な所見を呈することが比較的多いため,フルオレセイン染色を併用した細隙灯顕微鏡検査から使用薬剤の関与を疑うことが重要である.がん治療を行っている患者は,眼科の診察を受ける際にそのことを自分から申図3エルロチニブ投与中にみられた睫毛異常睫毛がカール状に長生する異常も伴っている.告することは少ない.したがって,問診や「お薬手帳」による使用薬剤の確認が重要であり,疑わしい薬剤の処方に関する対応について,薬剤を処方している主治医と直接やりとりすることが重要なポイントとなる.眼科医としてはCqualityofvision(QOV)の改善・維持が重要であるが,生命維持とともにCQOLの改善・維持の観点から,患者一人一人がおかれている状況に即した最善の方法を模索することが必要になる.文献1)末岡健太郎,近間泰一郎:TS-1による眼障害.あたらしい眼科35:1323-1328,C20182)AkuneCY,CYamadaCM,CShigeyasuC:DeterminationCofC5-.uorouracilandtegafurintear.uidofpatientstreatedwithCoralC.uoropyrimidineCanticancerCagent,CS-1.CJpnJOphthalmol62:432-437,C20183)坂井譲,井上康,柏木広哉ほか:TS-1CRによる涙道障害の多施設研究.臨床眼科66:271-274,C20124)KimN,ParkC,ParkDJetal:Lacrimaldrainageobstruc-tionCinCgastricCcancerCpatientsCreceivingCS-1Cchemothera-py.AnnOncolC23:2065-2071,C20125)ChikamaCT,CTakahashiCN,CWakutaCMCetal:NoninvasiveCdirectCdetectionCofCocularCmucositisCbyCinCvivoCconfocalCmicroscopyCinCpatientsCtreatedCwithCS-1.CMolCVisC15:C2896-2904,C20096)MorishigeN,HatabeN,MoritaYetal:Spontaneousheal-ingofcornealperforationaftertemporarydiscontinuationoferlotinibtreatment.CaseRepOphthalmol5:6-10,C20147)細谷友雅,森松孝亘,田片将士ほか:乳癌に対するCnab-paclitaxel投与が原因と考えられた角膜障害のC1例.日眼会誌120:449-453,C20168)水野優,近間泰一郎,戸田良太郎ほか:TrastuzumabEmtansine投与で角膜障害をきたしたC1例.臨床眼科71:C1051-1055,C2017C514あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019(92)

抗VEGF治療:加齢黄斑変性:長期維持における私のこだわり

2019年4月30日 火曜日

●連載監修=安川力髙橋寛二63.加齢黄斑変性:長期維持における石橋弘基梅野有美吉田茂生久留米大学医学部眼科学講座私のこだわり滲出型加齢黄斑変性は慢性進行性の疾患で,長期にわたる継続した治療や経過観察が必要である.現在,抗VEGF薬硝子体内投与が標準治療として用いられており,治療初期の目標は視力改善で,その後,改善した視力を長期に維持することが重要と考える.導入期から維持期の投与法滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegenera-tion:AMD)に対する抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)療法の維持期の投与法として,おもに必要時に投与するprorenata(PRN)法と,ドライマクラを維持できるよう投与間隔を延長しながら計画的に投与するtreatandextend(TAE)法がある.ラニビズマブを毎月1回2年間投与し,その後はPRN法で投与し,平均7.3年経過観察したSEVEN-UPstudyでは,7年後の視力はベースラインより-8.6文字となり,PRN法は長期的には視力を維持できない可能性が示された1).VIEWstudyでは,52週まではラニビズマブまたはアフリベルセプトの4週または8週の固定投与を行い,その後はmodi.edquarterlydosing期として病状悪化時もしくは最終投与から12週に1回の投与を行い,96週まで経過観察されている.このVIEWstudyのサブ解析において,modi.edquarterlydosing期の最初の12週以内に5文字以上の視力低下という再投与基準を満たした症例は,その後再投与されたが,最終的に-4.4~-5.8文字の視力低下をきたした2).これらの結果に示されるように,維持期には「一度低下した視力は戻らない」ことを念頭において治療する必要がある.PRN投与が再発を確認してから投与を行うreactive療法であるのに対し,TAE法は再発前に投与を行うproactive療法であるため,TAE法では長期的な視力維持が期待でき,筆者らの施設(以下,当院)ではTAE法を積極的に行っている.当院におけるTAE法を図1に示す.導入期は連続3回毎月投与し,3回でドライマクラが得られなければドライマクラが得られるまで4週ごとの投与を継続している.治療初期の目標は視力改善であり,そのためにはまず導入期にしっかりドライマクラが得られるまで4週ごとでの投与を継続することとしている.維持期は2週間隔での延長・短縮とし,12週間隔は少なくとも4回施行し,その後16週間隔で4回とも再発を認めなければ,患者の希望を確認し,①16週間隔を継続,②20週間隔へ延長,③いったん中止し経過観察,のいずれかとしている.当院で滲出型AMDに対し,アフリベルセプト硝子体内投与をTAE法で施行した39例39眼の4年成績を検図1当院でのTreatandExtend法導入期は連続3回毎月投与し,2週間隔の延長・短縮を基本とする.12週間4週16隔で4回は施行し,16週drydrydrydry・・・drydry・・・・・週週週4週4週4週間隔を4回施行後は,①4週8週6週4週1012に延長,③いったん中止wetwet・・・drydrydrydry・・・のいずれかとする.16週間隔を継続,②20週週週8週6週6週wetdrydry・・・(89)あたらしい眼科Vol.36,No.4,20195110910-1810/19/\100/頁/JCOPYlogMAR値Wilcoxonsigned-ranktest0.80.70.60.50.40.30.20.1001234(年)図2視力治療前と比較して1年目,2年目,3年目,4年目のいずれの時点でも有意に改善している.(μm)Wilcoxonsigned-ranktest600**5004003002001000(年)図4中心窩網膜厚治療前と比較して1年目,2年目,3年目,4年目のいずれの時点でも有意に減少している.討した(治療歴あり:18眼,治療歴なし:21眼).その結果,視力は治療前と比較して1年目で有意に改善した.1年目で改善した視力と比較すると,3年目と4年目では低下したが,4年目でも治療前より有意に改善していた(図2).治療前と治療後4年での視力変化は,改善・不変:94%,悪化:6%と,ほとんどの症例で視力の維持が可能であった(図3).中心窩網膜厚は1年目で有意に減少し,4年目まで維持可能であった(図4).平均投与回数は1年目:7.9回,2年目:6.0回,3年目:5.5回,4年目:5.4回であった.投与間隔が12週以上の症例は,1年目:46.2%,2年目:46.2%,3年目:43.6%,4年目:44.7%であり,さらに4年目では16週以上が23.7%(9/38眼)であった.TAE法では投与間隔の延長が可能なため患者の来院回数を減らすことができ,長期に治療・経過観察の継続が必要な患者の負担が軽減できる.長期管理AMDは慢性疾患であり,治療の目標は長期に視機能を維持することである.したがって,患者に病気と長くつき合っていくという気持ちをもってもらい,定期的な受診を継続してもらうことが重要となる.そのためにはまず,治療開始前に患者とその家族が十分にAMDの病態や治療を理解する必要がある.筆者は512あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019悪化6%図3治療前と治療後4年での視力変化*logMAR0.3以上の変化を有意とする治療開始の際には可能なかぎり家族とともに治療の説明を聞いていただいている.高齢な患者が一人でしか受診できない場合は,直接家族に電話で説明することもある.説明時には眼球模型やAMD患者説明用資材を利用し,患者本人のカラー眼底写真や光干渉断層計(OCT)の画像を見せながら説明することで病気への理解を深めてもらい,患者本人に積極的に治療に参加してもらうよう心がけている.抗VEGF療法については,PRN投与の場合は注射回数は必要最低限にはなるが,長期的に低下した視力が戻らない可能性があることや,厳密な管理のため通院間隔も1カ月ごとが望ましいことなどを,TAE法では不必要な投与となる可能性もあるが,投与間隔・受診間隔の延長も可能であり,長期に視力の維持が期待できる方法であることなど,それぞれのメリット・デメリットを説明している.前述のようにTAE法では長期的な視力維持が期待できるため,TAE法を積極的に行っているが,注射の費用負担が大きいことや注射すること自体を負担に思われる患者もいるため,患者の希望に応じ,個々に合わせて投与法を適時変更している.治療開始後,導入期には自覚の改善を認めるものの,維持期に再燃した際は自覚症状が悪化していないことも多い.受診時は毎回OCT画像を見せることで現状を理解してもらい,再発の際に自覚がなくても注射の必要性を理解していただいている.患者自身が病状を把握し,治療に参加していることを実感することで,長期に受診・治療を継続するモチベーションを保ち,視力を維持することにつながると考える.文献1)RofaghaS,BhisitkulRB,BoyerDSetal:Seven-yearout-comesinranibizumab-treatedpatientsinANCHOR,MARINA,andHORIZON:amulticentercohortstudy(SEVEN-UP).Ophthalmology120:2292-2299,20132)RichardG,MonesJ,WolfSetal:ScheduledversusProReNataDosingintheVIEWTrials.Ophthalmology122:2497-2503,2015(90)

緑内障:続発緑内障の原因診断のためのPCR法

2019年4月30日 火曜日

●連載226監修=山本哲也福地健郎226.続発緑内障の原因診断のための高瀬博東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学CPCR法続発緑内障はぶどう膜炎の主要な合併症であるが,ヘルペスウイルスによるぶどう膜炎には眼内液CPCR法による診断が重要である.PCR法の適応を検討すべき臨床所見には,片眼性,豚脂様角膜後面沈着物,高眼圧があげられる.Posner-Schlossman症候群と診断されている症例にも,PCR法を検討すべきものが多く含まれる.●はじめに続発緑内障はぶどう膜炎患者の予後を規定する重要な合併症であり,そのマネジメントには的確な原因診断が不可欠である.非感染性ぶどう膜炎が原則的にステロイドや免疫抑制薬によって治療されることに対して,感染性ぶどう膜炎には感染病原体特異的な治療が必要となるため,その診断には正確を期す必要がある.ポリメラーゼ鎖反応(polymeraseCchainreaction:PCR)法は,検索対象となる遺伝子を含む眼内液と,それ特異的に結合するプライマーとよばれる一対の短い核酸断片,酵素,基質などの混合液に加熱と冷却をくりかえすことで,プライマーに結合するCDNA領域を大量に複製,検出するものであり,微量な眼内液から感染病原体遺伝子を検出できる鋭敏な検査法である.しかし,眼内液の採取は侵襲を伴うものであり,すべてのぶどう膜炎で行うことはできない.本稿では,PCR法が有用なぶどう膜炎続発緑内障について述べる.C●PCR法で検出しやすい病原微生物と検出しにくい病原微生物ぶどう膜炎の原因となる微生物でCPCR法が有用なものには,単純ヘルペルウイルス(HSV),水痘帯状疱疹ウイルス(VZV),サイトメガロウイルス(CMV),トキソプラズマ,ヒトCT細胞白血病ウイルスC1型(HTLV-1)プロウイルス,細菌C16SリボソームCRNA,真菌C28SリボソームCRNAなどがあげられる1).一方,結核菌,梅毒トレポネーマ,トキソカラなどはCPCR法での検出率は一般に低い.C●PCR法を考える前にやるべきことぶどう膜炎の診断は,詳しい問診,両眼の隅角検査と(87)散瞳眼底検査,可能であれば蛍光眼底造影検査を含む徹底的な眼科的検査,そして臨床所見に応じた全身検査が必要である.サルコイドーシス,Vogt・小柳・原田病,Behcet病などは診断基準に沿った検査を漏れなく行うことで多くの場合で診断が可能であり,トキソプラズマ,HTLV-1,結核,梅毒,トキソカラなどは全身検査による診断が基本である.これらのプロセスを経ることなく,まして眼底検査を施行せずにCPCR法を検討することは通常ない.C●PCR法が有用なぶどう膜炎続発緑内障とその特徴上述のプロセスによる診断が困難であり,かつCPCR法が有用なぶどう膜炎続発緑内障は,HSV,VZV,CMVなどによる前部ぶどう膜炎(anterioruveitis:AU)である.その特徴は,片眼性,豚脂様角膜後面沈着物(keraticprecipitates:KP)(図1),ときに「びっくりするような」眼圧上昇(図2)の三つである.原則的に片眼罹患だが,CMV-AUの数パーセントと,ごくまれにCHSV-AUに両眼性病変が存在する.KPは大小さまざまで,色素沈着の程度もさまざまである.CMV-AUでは角膜内皮炎によるCcoinlesionを形成することもある(図1).眼圧はC40CmmHgを超すような場合でも激しい自覚症状は伴わず,ケロっとしていることが多い.しばしばステロイド点眼によって一時的な眼圧下降が得られるが,最終的には抗ウイルス治療なくしては眼圧下降が得られなくなる.隅角には色素の左右差がみられることが多く,強い色素沈着はCVZV-AUを,色素脱失はCCMV-AUを疑う.原則的に開放隅角であり,隅角結節やテント状周辺虹彩前癒着を多数認める場合はサルコイドーシスや結核を疑うべきである.VZV-AUでは分節状の虹彩萎縮(図1)あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019C5090910-1810/19/\100/頁/JCOPY図1ヒトヘルペスウイルスによる前部ぶどう膜炎の前眼部写真aba:水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)による前部ぶどう膜炎(AU)の豚脂様角膜後面沈着物(KP).大型で薄く色素を伴い,汚い印象である.Cb:VZV-AUに生じた軽度の分節状虹彩萎縮.Cc:サイトメガロウイルス(CMV)によるAUのCKP.色素を伴わず白色小型のものが少数みられる.Cd:CMV-AUのcoinlesion.c図2ヒトヘルペスウイルスによる前部ぶどう膜炎の最大眼圧単純ヘルペスウイルス(HSV),水痘帯状疱疹ウイルス(VZV),サイトメガロウイルス(CMV)による前部ぶどう膜炎(AU)の炎症期における最大眼圧(IOP).(文献C2より許可を得て改変,転載)を認め,CMV-AUではびまん性の虹彩萎縮を認めることがある.罹患眼の角膜内皮細胞密度の減少はCCMV-AUでしばしばみられる2).ここまで述べたぶどう膜炎像の多くは,Posner-510あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019Schlossman症候群(Posner-Schlossmansyndrome:PSS)3)と重なるものであり,PSSとして加療されているぶどう膜炎続発緑内障にはCCMV-AUや,さらには風疹ウイルス4)やサルコイドーシスの初期なども含まれている可能性がある.PSSはあくまで除外診断の果てに用いる診断名であり,PSSに合致する症例でも原因検索の努力を怠るべきではない.長年にわたり再発を繰り返すCPSSには,PCR法を含めたぶどう膜炎検査を再考すべき症例が数多く存在するものと考えられる.文献1)SugitaS,OgawaM,ShimizuNetal:Useofacomprehen-siveCpolymeraseCchainCreactionCsystemCforCdiagnosisCofCocularinfectiousdiseases.OphthalmologyC120:1761-1768,C20132)TakaseH,KubonoR,TeradaYetal:Comparisonoftheocularcharacteristicsofanterioruveitiscausedbyherpessimplexvirus,varicella-zostervirus,andcytomegalovirus.JpnJOphthalmolC58:473-482,C20143)PosnerCA,CSchlossmanA:SyndromeCofCunilateralCrecur-rentCattacksCofCglaucomaCwithCcycliticCsymptoms.CArchCOphthalmolC39:517-535,C19484)CheeCSP,CJapA:PresumedCFuchsCheterochromicCiridocy-clitisCandCPosner-Schlossmansyndrome:comparisonCofCcytomegalovirus-positiveCandCnegativeCeyes.CAmCJCOph-thalmol146:883-889,C2008(88)

屈折矯正手術:EDOF眼内レンズ(Technis Symfony)

2019年4月30日 火曜日

監修=木下茂●連載227大橋裕一坪田一男227.EDOF眼内レンズ(TechnisSymfony)三木恵美子南青山アイクリニックEDOF眼内レンズのひとつであるCTechnisSymfony(テクニスシンフォニーオプティブルーとテクニスシンフォニートーリックオプティブルー)について,見え方と使い方を紹介する.従来の多焦点眼内レンズに比べて見え方の質は改善されているが,術後に得られる見え方と可能性のある不具合を理解し,それぞれの目的に合ったレンズを選ぶことが重要である.C●はじめに多焦点眼内レンズ(intraocularlens:IOL)の種類が増え,それぞれに見え方の質の改善にいろいろな工夫がなされており,白内障術後に眼鏡使用を減らし,より快適な生活が期待できるようになった.しかし,にじみ,グレア,ハローなどは避けることができず,それらを軽減しCQOVの向上がさらに望まれるところである.テクニスシンフォニーオプティブルーとテクニスシンフォニートーリックオプティブルー(いずれもジョンソン・エンド・ジョンソン,以下,Symfony)はCextend-eddepthoffocus(EDOF)IOLのひとつで,焦点深度を拡張することにより,遠方から中間まで連続して見ることができる.単焦点CIOLの遠方視力の質を落とすことなく,多焦点CIOLのように広範囲が見えるCIOLである.C●レンズの設計Symfonyは独自のエシェレット回折デザインにより,すべての透過光が相互に干渉し,焦点深度を拡張(約1.5D相当)するように設計されている.Achromatictechnologyにより色収差を低減しコントラスト感度をlogMAR視力(少数視力)(2.00)-0.3(1.60)-0.2(1.25)-0.1(1.00)0.0(0.80)0.1(0.63)0.2(0.50)0.3(0.40)0.4(0.32)0.5(0.25)0.6■TECNISSymfony.IOL2.01.51.00.50.0-0.5-1.0-1.5-2.0-2.5-3.0付加度数図1焦点深度曲線単焦点CIOLに比べて中間(1.5D)まで良好な視力が続き,その後の落ち込みも少ない.(ジョンソン・エンド・ジョンソン提供)向上させ,回折溝のない中心部も広く設定されており,光の損失率は8%と他の多焦点CIOLに比べ少なくなっている1).Symfonytoricの乱視矯正量はC4段階(角膜面で1.03/1.54/2.06/2.57D)である.C●見え方の改善焦点深度拡張に伴い,遠方から中間まで落ち込みがない自然な見え方が得られ(図1)グレア,ハローなどのdysphotopsiaが軽減される(図2).また,光の損失率が抑えられることによって,従来の加入度数が多い多焦点CIOLで問題になる夜間視も比較的良好に保たれると考えられる.色収差の低減によってコントラスト感度低下は少ないとされる2).しかし,近距離視力は不十分なので,近見時の眼鏡使用が前提となる.図2IOLの違いによる光学特性a:Symfonyでは焦点深度が延長される.Cb:単焦点ではC1カ所に焦点が結ばれる.Cc:2焦点ではC2カ所に焦点を結ぶが,周辺にCdysphotopsiaの原因になる焦点を結ばない光がみられる.(ジョンソン・エンド・ジョンソン提供)(85)あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019C5070910-1810/19/\100/頁/JCOPY図3Symfony挿入例回折溝のない中心部が広く設計されている.●Symfonyの適応2重,3重焦点の多焦点CIOLにより眼鏡使用頻度は少なくできるが,グレア,ハローが避けられず,場合によっては夜間運転に影響する可能性がある.不満例では摘出も報告されている3).SymfonyでもCdysphotopsiaは起こるが軽度であり,多焦点CIOLによる見え方の質の低下が心配な人にはいい適応である.また,従来の多焦点CIOLより収差は許容でき,LASIKやレーザー屈折矯正角膜切除術(PRK)後の眼にも使用可能である.ただし,強い収差や角膜の不正乱視などは慎重に検討するべきである.緑内障や黄斑変性症などがある場合は視力が出にくいと考えられるので,術前のCOCTなどで十分に評価を行う.読書には老眼鏡が必要(1~1.25D加入)だが,海外ではタブレットなどの端末は裸眼で問題ないとしている.また,片眼を軽い近視にして焦点深度を読書距離まで広げ,近方視力の改善も得られるとされる.Cochenerら4)はマルチセンタースタディーでCSymfonyを用いたモノビジョン(片眼を遠方,他眼を-0.5D程度に合わせる.DiscussionでCmini-monovisionとよんでいる)を報告している.両眼を遠方に合わせた症例と比べてモノビジョン群のほうが裸眼での中間と近方視力はよく,老眼鏡使用はC14%であった.満足度は両群で高かった.90%以上の症例でグレア,ハロー,スターバーストの自覚は「なし」から「軽度」であるが,モノビジョンではCdys-photopsiaのリスクが増えることとCneuroadaptできない症例もあることには注意が必要である.当院の症例で両眼遠方狙いのC13例C21眼(男性C6例,女性C7例,平均年齢C60.4歳)をみてみると(図3),術後平均視力は遠方裸眼視力C1.04(矯正C1.26,平均等価球面度数-0.20±0.22D,球面+0.07±0.29D,乱視-0.53C508あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019±0.59D),中間裸眼視力(60Ccm)0.96,近方裸眼視力(30Ccm)0.56であった.近見時の眼鏡装用については「使わない」がC30%,「ときどき使う」がC45%,「いつも使う」がC25%であった.グレアはC65%,ハローはC75%で「感じない」から「軽度」であり,気にならないようである.おおむね良好な結果であるが,1例,ハローがかなり気になるという症例がある.59歳,男性で裸眼視力は遠方右眼C1.2/左眼C1.5,中間右眼C1.2/左眼1.2,近方右眼C0.6/左眼C0.7,眼軸長は右眼C23.17/左眼22.97Cmmであった.検査結果だけをみていると問題がないように思われるが,近方がかなり見づらいと訴える.しかし眼鏡は使用していない.このように検査結果と自覚症状の乖離が起こることもあり,多焦点CIOL使用のむずかしさを感じる症例である.C●おわりにSymfonyは多焦点CIOLの選択肢として有用である.白内障治療と同時に屈折矯正も考える時代である.患者のライフスタイルと希望を伺い,十分なインフォームド・コンセントを行い,単焦点,モノビジョンを含めてふさわしいCIOLを選択してほしい.文献1)平岡孝浩:Symfony.CIOL&RSC32:120-127,C20182)Esteve-TaboadaJJ:E.ectoflargeaperturesontheopti-calCqualityCofCthreeCmultifocalClenses.CJRefCSurgeryC31:C666-672,C20153)DaviesEC:Intraocularlensexchangesurgeryatatertia-ryCreferralcenter:Indications,Ccomplications,CandCvisualCoutcomes.JCataractCRefractSurgC42:1262-1267,C20164)CochenerB:ClinicalCoutcomesCofCaCnewCextendedCrangeCofCvisionCintraocularlens:InternationalCmulticenterCCon-certostudy.JCataractRefractSurgC42:1268-1275,C2016(86)

眼内レンズ:代用水晶体嚢を用いた水晶体脱臼症例に対する超音波乳化吸引術

2019年4月30日 火曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋389.代用水晶体.を用いた水晶体脱臼症例に秋元正行大阪赤十字病院眼科対する超音波乳化吸引術硝子体内に脱臼した水晶体の処理は困難であり,さまざまな工夫が行われてきた.筆者らは,テストチャンバーから切り出したシリコーン製薄膜を用いる方法を確立した.シリコーン製薄膜を眼内に挿入して脱臼水晶体を確保し,虹彩面まで挙上し代用水晶体.として使用することで,通常症例に近い超音波乳化吸引ができる.●シリコーン製薄膜の作製シリコーン製薄膜は超音波白内障手術のパッケージに必ずついてくるシリコーン製テストチャンバーを用いる(図1a).切断して帯の付いたボウル状にする(図1b).6-0ナイロン糸を通糸して,帯と合わせて三点固定できるようにする.●術中操作角膜ポートを3カ所に作製し,帯部を下方に挿入,糸部を上方に通糸する(図2a).帯部は長さが約20mmなので,眼外部分をわずかに残して眼内に挿入しておくことで,ボウル部分は脱臼水晶体のおおむね直上にくる.脱臼水晶体を硝子体カッターの吸引でボウルの上に乗せる(図2b).3本の足を引き上げ,虹彩面まで挙上する(図2c).●超音波乳化吸引シリコーン薄膜の代用水晶体.は破.する懸念がないので,通常より強めの条件で超音波乳化吸引を行うことができる(図2d).水晶体処理後,ナイロン糸を切断し,ボウルのエッジを有鈎鑷子で把持すれば,スルリと抜き抜くことができる(図2e).硝子体内には細かい皮質片が散乱していることはあるが,ボウルをしっかり引き揚げて隙間をなくしておけば,核片の落下はまずみられない(図2f).●まとめ本法は,広く行われている液体パーフルオロカーボンを使用する方法と比べると,眼内への挿入はやや煩雑ではあるが,水晶体片はボウル中央部に位置し,超音波操作は通常に近くやりやすい.破.の心配なく,強く破砕できる.抜去はボウルエッジが確認できれば比較的容易で,残留物の心配はない.テストチャンバーは付属品のため,費用対効果は圧倒的である.現在,販売元はんだや・製造元河野製作所と2019年中に製品として上市をめざして改良中である.シリコーンボウルの形状がくらげ(jelly.sh)に似ていることから本法をSilicone.sh法と名づけた1).文献1)KiritoshiS,KusakaM,AkimotoM:Elasticsiliconebowltosalvagedislocatedlensesandsubstituteforthesubsti-tutiveposteriorlenscapsuleduringphacoemulsi.cation.Retina2018Jul23.doi:10.1097/IAE.0000000000002267図1シリコーンボウル作製a:シリコーンスリーブ.先端肉薄部分を使用する.b:完成状態.(83)あたらしい眼科Vol.36,No.4,20195050910-1810/19/\100/頁/JCOPY図2手術手技a:シリコーンボウルの挿入.b:右側にシリコーンボウル,左側に脱臼水晶体.c:シリコーンボウルを虹彩面まで挙上.d:超音波乳化吸引中.e:本体を把持して抜去.f:終了直後.

コンタクトレンズ:老視用コンタクトレンズの光学特性

2019年4月30日 火曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方さらなる一歩監修/下村嘉一54.老視用コンタクトレンズの光学特性川守田拓志北里大学医療衛生学視覚機能療法学●はじめに日本における総人口に占める65歳以上の割合は27.7%であり,超高齢社会にある1).加えて,老視発現のめやすを40歳とすれば,人口に占めるその割合は約6割であり,老視改善のニーズは高い.さらには世界においても先進諸国,開発途上国ともに高齢化率は増加し,全体では2015年の8.3%から2060年には17.8%に上昇すると予測されている1).そのような中,老視矯正法の向上と確立は課題であり,多くの医療関係者や企業などが,その解決に向けて挑戦している.老視の矯正法にはさまざまなものがあるが,遠近コンタクトレンズ(CL)が注目されている.その背景として,CLを積極的に使用している世代が老視になり,そのニーズが高まっていることがある.しかし,各社各様の光学デザインのレンズが登場していることから,その光学的特徴を把握する必要が出てきた.そこで本稿では,老視矯正法のCLとその光学的特徴について述べる.●遠近CLの光学デザイン遠近両用CLには,大別して交代視型と同時視型がある.交代視型は,セグメント型で視線が通る位置によっ図1さまざまな老視用コンタクトレンズ光学デザインのイメージ図(各社ウェブサイトより引用改変)(81)Johnson&JohnsonワンデーアキュビューRモイストRマルチフォーカルて度数が異なるデザインになっており,発想としては累進屈折力眼鏡に近い.また,同時視型デザインでは,遠用光学部と近用光学部が同心円状に配列されていて,大きな瞳孔径の場合,遠用光学部と近用光学部を通過する光線が同時に入射し,網膜に結像させるが,その場合,中枢系の処理により見るものを選択させる.ただし,実際の生活では,遠近同時に物体が置かれて見るものを選択するといったシーンはみられず,注視対象が,遠方,中間,近方のいずれかに置かれ,必要なものを見るというのが大半である.遠近CLの同時視型デザインに関しても,各社さまざまであり,中心が近用光学部,周辺が遠用光学部,あるいはその逆のデザインもある(図1).レンズの設計によっては遠用光学部と近用光学部の間は移行部という形になっていて,中間距離の結像性を向上させる.●瞳孔径考慮型遠近両用コンタクトレンズ各社,優れた光学デザインを考案している中でも,とくにユニークなデザインに,同心円型で瞳孔径考慮型の遠近CL,ワンデーアキュビューRモイストRマルチフォーカル(ジョンソン・エンド・ジョンソン社)がある.一般的な同時視型のレンズ設計では,その光学特性SEEDワンデーピュアマルチステージ近・中・遠カバーを一つのレンズでカバーAlconデイリーズトータル1RMeniconプレミオ遠近両用CooperVisionプロクリアRワンデーマルチフォーカルHOYAマルチビュー(L)あたらしい眼科Vol.36,No.4,20195030910-1810/19/\100/頁/JCOPY慮型の光学設計のイメージ図一般的な設計では遠用光学部を通過する光線が虹彩により遮られる.が瞳孔径に異存し,小瞳孔の場合,虹彩により遠用光学部を通過する光線が遮られ,遠方視の結像性が低下する(図2).そのため,ぼけやにじみも出やすくなるが,この瞳孔径考慮型設計では,その影響は小さくなる.また,瞳孔は加齢変化で縮小するが,その加齢変化に対応した形で,LOW(+0.75~+1.25D),MID(+1.50~+1.75D),HIGH(+2.00~+2.50D)の3段階の設計がなされており,瞳孔を活用する設計となっている.この光学設計は,詳細がブラックボックスになっているものの,視機能に影響するさまざまな因子に加え,CL装用下にて遠方から近方までの両眼視力が最良となる視機能予測モデルから作られており,処方成功率が高まりやすい設計となっている.ただし,上述したような特徴的なレンズ設計であるため,その機能を最大限活かすためには,フィットガイドを参照し,矯正手順には注意を要する(図3).具体的には,①視力1.0のラインで屈折矯正するのではなく,ベ遠方が見えにくい場合近方が見えにくい場合図3ワンデーアキュビューRモイストRマルチフォーカルフィットガイド(ジョンソン・エンド・ジョンソン社)ストフォーカスで合わせること,②遠方の見えにくさを訴えたときは,フィットガイドに従い優位眼の結像性を高めること(LOWでは単焦点にし,MIDではLOWにする.HIGHのみ例外あり),③近方の見えにくさを訴えたときは,加入度を高めるのではなく,非優位眼に+0.25Dを加入し,マイルド・モノビジョンを作ること,があげられる.濱野,およびジョンソン・エンド・ジョンソン社のデータによると,この手順を守ることで,処方の成功率は両者ともに94%とされ,高い満足度につながるものと考えられる2).●おわりに老視矯正は,遠方矯正を行った後に行うことから,待ち時間が長く忙しい外来において患者,医療者ともに多くの時間と手間を要する.また,現時点においては,光線を遠方から近方に振り分けているため,網膜像コントラストの高さと明視域の間で,一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないというトレード・オフが発生する.そのため,もっとも効率的な手順の構築と,患者の眼球光学系の特徴から最適な光線配分の追求が必要不可欠と思われる.文献1)内閣府.平成30(2018)年版高齢社会白書.20182)濱野孝,小谷摂子:はじめてのCL処方(第15回)遠近両用ソフトコンタクトレンズ(ワンデーアキュビューモイストマルチフォーカル)(解説).日コレ誌59:116-119,2017PAS116