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癌関連網膜症の2例

2018年6月30日 土曜日

《第51回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科35(6):820.824,2018c癌関連網膜症の2例浅見奈々子石原麻美蓮見由紀子澁谷悦子河野慈木村育子山根敬浩石戸みづほ矢吹和朗水木信久横浜市立大学医学部眼科学教室CTwoCasesofCancer-associatedRetinopathyNanakoAsami,MamiIshihara,YukikoHasumi,EtsukoShibuya,ShigeruKawano,IkukoKimura,TakahiroYamane,MizuhoIshido,KazuroYabukiandNobuhisaMizukiCDepartmentofOpthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUnivercityGraduateSchoolofMedicine目的:癌関連網膜症(cancer-associatedCretinopathy:CAR)のC2症例の報告.症例:症例1:80歳,男性.肺小細胞癌の化学療法中.視力は右眼(0.5),左眼(0.6)で,視野は高度に狭窄し,光干渉断層計(OCT)で網膜外層菲薄化,網膜電図(ERG)で波形の平坦化を認めた.血清抗リカバリン抗体陽性でCCARと診断し,ステロイドとアザチオプリンの内服を行ったが,視力・視野の悪化がみられた.症例C2:77歳,女性.子宮体癌の既往.視力は両眼(0.3)で,視野で輪状暗点を示した.OCT,ERG所見は症例C1と同様であった.血清抗リカバリン抗体陽性でCCARと診断した.ステロイドパルスを施行したが,視力・視野は悪化した.結論:2症例ともに治療に反応せず,視機能の悪化がみられた.CPurpose:ToCreportCtwoCcasesCofCcancer-associatedCretinopathy(CAR).CCase:CaseC1:AnC80-year-oldCmaleCwithsmall-celllungcancerunderchemotherapy,havingvisualacuity0.5ODand0.6OS.Visual.eldwasseverelyimpaired;opticalCcoherenceCtomography(OCT)showedCthinningCofCouterCretinalClayersCandCelectroretinography(ERG)showed.atwaveforms.HewasdiagnosedwithCARbasedonpositiveserumanti-recoverinantibodyandreceivedCoralCprednisoloneCandCazathioprine,CbutCbothCvisualCacuityCandCvisualC.eldCdeteriorated.CCaseC2:AC77-year-oldfemalewithahistoryofuterinebodycancer,havingvisualacuity0.3OU.Visual.eldlookedlikeringscotoma.OCTandERGshowed.ndingssimilartothoseinCase1.ShewasalsosimilarlydiagnosedasCARandtreatedbypulsesteroidtherapy,butneithervisualacuitynorvisual.eldimproved.Conclusion:Thesetwocasesdidnotrespondtothetreatment,whichfailedtoimprovevisualfunctions.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(6):820.824,C2018〕Keywords:癌関連網膜症,抗リカバリン抗体,肺小細胞癌,子宮体癌,cancer-associatedretinopathy,anti-re-coverinantibody,small-celllungcancer,uterinebodycancer.Cはじめに癌関連網膜症(cancer-associatedCretinopathy:CAR)は,悪性腫瘍患者において網膜視細胞に特異的な蛋白質と交叉反応を起こす抗原が腫瘍細胞に発現し,それに対する自己抗体が産生されることで網膜視細胞が傷害され,進行性の視力低下や視野狭窄をきたすまれな疾患である1).CAR患者血清中の自己抗体に対する抗原は何種類かあるが,もっとも有名なものはリカバリンであり,あらゆる癌で癌細胞に異所性に発現しており,血清リカバリン抗体が陽性であればCCARの確定診断となる2).CARの原因となる癌としては肺癌,とくに肺小細胞癌が多く,ついで消化器癌,婦人科癌が多い.また,癌の原発巣の発見以前に眼症状が自覚されることが多いといわれている1).今回筆者らは,肺小細胞癌および子宮体癌の患者に発症したCCARのC2症例を報告する.CI症例〔症例1〕80歳,男性.〔別刷請求先〕浅見奈々子:〒236-0004神奈川県横浜市金沢区福浦C3-9横浜市立大学医学部眼科学教室Reprintrequests:NanakoAsami,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversityGraduateSchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,Yokohama-shi,Kanagawa236-0004,JAPAN820(112)主訴:両眼の視野狭窄,霧視.既往歴:25歳時に副鼻腔炎,29歳時に尿路結石,79歳時に前立腺肥大症.喫煙歴:60本/日C×45年間.現病歴:2005年に両眼の加齢黄斑変性と診断されC2010年ラニビズマブ硝子体注射にて加療され,視力は右眼(1.2),左眼(0.7)で経過していた.肺小細胞癌の化学療法中のC2016年C2月,両眼の急激な視力低下と視野狭窄を自覚し,同月に横浜市立大学附属病院眼科(以下,当科)に紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼(0.5),左眼(0.6).眼圧は右眼10CmmHg,左眼C10CmmHg.両眼とも前眼部に炎症所見はなかったが,びまん性硝子体混濁を認め,眼底には網膜動脈狭細化および網膜色調不良がみられた.フルオレセイン蛍光眼底造影検査(.uoresceinCangiography:FA)では網膜色素上皮の萎縮をCwindowCdefectとして認めたが,網膜血管炎や網脈絡膜炎はみられなかった.光干渉断層計(opticalcoher-encetomography:OCT)では右眼に網膜外層の萎縮とCelip-soidzoneの消失がみられ(図1a),網膜電図(electroretno-gram:ERG)では両眼ともCa波,b波ともに著明に振幅が減弱し,平坦化していた(図1b).Goldmann視野検査では両眼とも中心視野は内でC5°以外,周辺視野が高度に障害され,abわずかな島状視野の残存を認めた(図2).血清抗リカバリン抗体は陽性であった.経過:臨床所見,眼科検査所見,肺癌加療中であること,および血清抗リカバリン抗体陽性からCCARと診断した.肺小細胞癌に対する化学療法を継続しながら,2016年C7月よりプレドニゾロン(PSL)40Cmg/日にアザチオプリンC25Cmg/日を併用したが,治療開始C1カ月後には視力は右眼(0.4),左眼(0.4)と低下し,残存していた周辺視野は消失した.左霧視の自覚症状が強かったため,同年C8月に左眼にケナコルトCTenon.下注射を行ったが,自覚症状や眼所見に改善を認めなかった.2017年C1月最終診察時,視力は右眼(0.3),左眼(0.2)であり,視野障害はさらに進行し,中心C5°のみとなった.同月に前医転院となり,永眠された.〔症例2〕77歳,女性.主訴:両眼の視力低下,視野障害.既往歴:特記すべきことなし.現病歴:2008年C2月,子宮体癌(IIb期)と診断された.同年C9月より両眼の視力低下および視野狭窄を自覚し,同月に当科に紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼(0.3),左眼(0.3).眼圧は右眼14CmmHg,左眼C14CmmHg.両眼に前房内炎症細胞および硝子体混濁を認め,眼底には網膜動脈の狭細化と白鞘化がみら図1症例1のOCT(a)とERG(b)a:OCT(右眼)で中心窩を除く網膜外層の菲薄化,elipsoidCzoneの消失を認めた.Cb:フラッシュCERG(左),フリッカーCERG(右)は両眼ともCa波,b波ともに著明に減弱し,平坦化していた.C(左)(右)図2症例1のGoldmann視野両眼とも中心と周辺にわずかな視野が残るのみであった.図3症例2の蛍光眼底造影写真両眼とも視神経乳頭の過蛍光,網膜動脈閉塞(→),網膜静脈からの蛍光漏出を認めた.(左)(右)図4症例2のGoldmann視野両眼とも上方視野が高度に障害された輪状暗点を示した.れた.FAでは両眼の視神経乳頭の過蛍光,網膜動脈閉塞,網膜静脈からの蛍光漏出を認めた(図3).OCTでは中心窩を除く網膜外層の菲薄化がみられ,ERGではCa波,b波ともに著明に低下し,平坦化していた.Goldmann視野検査では両眼の輪状暗点が認められた(図4).血清抗リカバリン抗体は陽性であった.経過:症例C1と同様,CARと診断した.2008年C9月に子宮体癌に対し子宮全摘術が施行された.同年C10月よりニルバジピン内服を開始し,ステロイドパルス療法をC1クール施行後,PSL50Cmg/日より漸減内服した.同年C11月より子宮体癌に対して化学療法が施行された.両眼の硝子体混濁は改善を認めたが,視力・視野ともに悪化し,最終視力は右眼HM/30Ccm,左眼CCF/30Ccmとなった.2009年C7月に永眠された.CII考按今回,肺小細胞癌の治療中,または子宮体癌の発見後にCARを発症し,治療に反応せず視機能が悪化したC2症例を経験した.本症は急激な霧視,羞明を伴った視力低下,視野狭窄を自覚して発症し,眼所見では網膜血管狭細化,網膜色素変性様所見,ぶどう膜炎所見などがみられる.視野は輪状暗点やさまざまな程度の視野狭窄を呈し,ERGで波形の平坦化,OCTで中心窩を除いた網膜外層の菲薄化がみられる2,3).両症例ともこれらの典型的な臨床所見,眼所見,検査所見を呈しており,CAR発症前に癌の診断がついていたので診断は容易であった.しかし,CARの臨床症状は癌の診断に先行することが多く4),眼症状をきっかけに癌が発見された報告は複数ある5.7).提示したC2症例において,CARの確定診断は患者血清中の抗リカバリン抗体が陽性になったことでつけられたが,抗リカバリン抗体自体の初回陽性率は60%程度と高いとはいえない8).今回はC2症例とも一度の測定で陽性になったが,初回の測定で陰性であった場合でも,少なくともC1カ月以上の間隔をおいてC3回採血することにより,ほとんどの症例で網膜自己抗体を確認できたという報告がある8).しかし,実際に複数回測定した報告は少なく,血清抗リカバリン抗体は陰性であっても,臨床所見や経過からCARと診断している報告も少なくない7,9).治療には原疾患の抗腫瘍療法を原則とし,それに加えて副腎皮質ステロイド薬(内服・パルス療法),免疫抑制薬,免疫グロブリン療法,血漿交換療法などが報告されているが,治療法はいまだ確立されていない10,11).抗リカバリン抗体陽性のCCARは概して治療抵抗性で,視機能予後は不良であり3),最終的に光覚なしとなる報告もある13,14).しかし一方では,視力や視野が改善した報告も散見される7,12,15).CARの治療反応性に対する確立した見解はないが,海外ではCARを含む自己免疫性網膜症(autoimmuneCretinopathy:AIR)に対してアザチオプリン,シクロスポリン,副腎皮質ステロイド薬の長期併用をすることにより,AIRのC70%に改善を認めたという報告がある11).とくにCCARでの反応が良好であり,発症早期に治療開始したほうが,進行してから開始するより治療に対する反応性がよいと報告されている.一方,癌治療が成功し抗網膜抗体が陰性になったことで,ダメージを受けた網膜構造が,正常に回復したという報告がある16).抗網膜抗体により光受容器がアポトーシスを起こす前に,抗網膜抗体が産生されなくなれば,CAR患者の視機能予後改善につながると考察がされている.このことから,CARを発症早期に治療することも重要であるが,抗網膜抗体を産生する癌を根治することがCCARの視機能予後改善には重要であると考えられる.本症例ではC2症例とも視機能予後が不良であった.症例C1はCCARの発症からC5カ月間は肺癌の化学療法中のため体調不良であり,CARに対する治療が開始できなかったこと,また原疾患の癌の治療にもかかわらず全身転移を起こしており,癌を制御できなかったことが視機能予後不良に関係したと考えられる.一方,症例C2ではCAR発症早期に治療を開始し,原疾患の手術や化学療法をしたにもかかわらず,やはり癌の制御ができなかったことが視機能予後不良につながったと考えられた.生命予後に関しては,CARを発症した癌患者と,CARを発症していない癌患者では,前者の生命予後がよいことが知られている.その理由として,癌患者に発現したリカバリンは,細胞増殖,薬物感受性などに関係するカベオリンと共役しているため,癌細胞増殖や抗癌剤に対する薬物抵抗性を抑制している可能性が考えられている1).しかし,本症例では2症例とも発症C1年以内に永眠されており,生命予後は不良であったが,その理由は明らかではない.機序は不明であるが,カベオリンの発現量低下による癌細胞増殖や治療抵抗性が生命予後不良につながったのかもしれない.CARはまれな疾患であるため,その特徴を知らないと早期診断がむずかしく,治療開始が遅れる可能性がある.急激に進行する視力低下と視野狭窄,網膜血管狭細化やCERGで消失型の所見を認めた場合は,癌の診断がついていなくてもCARを疑い,全身検索をする必要があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)大黒浩,吉田香織:悪性腫瘍関連網膜症.眼科C53:93-101,C20112)OhguroCH,CNakazawaCM:PathologicalCrolesCofCrecoverinCincancer-assiciatedretinopathy.AdvExpMedBiolC514:C109-24,C2002C3)上野真治:腫瘍関連網膜症.臨眼68:50-56,C20144)大黒浩,高谷匡雄,小川佳一ほか:悪性腫瘍随伴網膜症.日眼会誌101:283-287,C19975)齋藤良太,柳谷典子,堀池篤ほか:腫瘍関連網膜症を契機に発見された小細胞肺癌のC1例.日呼吸誌C2:123-127,C20136)井坂真由香,窪田哲也,酒井瑞ほか:癌関連網膜症を随伴した肺大細胞神経内分泌癌のC1例.日呼吸誌C2:39-43,C20137)高橋政代,平見恭彦,佐久間圭一朗ほか:早急な治療により視力改善が得られた癌関連網膜症(CAR)のC1例.日眼会誌112:806-811,C20088)横井由美子,大黒浩,大黒幾代ほか:癌関連網膜症の血清診断.あたらしい眼科21:987-990,C20049)二宮若菜,林孝彰,高田有希子ほか:原発性肺癌に合併した癌関連網膜症が疑われたC1例.眼臨紀9:664-668,C201610)大黒浩:癌関連網膜症.日本の眼科79:1559-1563,C200811)FerreyraCHA,CJayasunderaCT,CKhanCNWCetCal:Manage-mentCofCautoimmuneCretinopathiesCwithCimmunosuppres-sion.ArchOphthalmolC127:390-397,C200912)佐々木靖博,石川誠,奥山学ほか:悪性腫瘍関連網膜症を発症しステロイド療法が奏効した多発転移を伴う乳癌のC1例.乳癌の臨床28:219-224,C201213)森田大,松倉修司,中川喜博ほか:肺大細胞癌に伴うCAR症候群のC1例.臨眼60:1467-1470,C200614)尾辻太,棈松徳子,中尾久美子ほか:急速に失明に至り,特異的な対光反射を示した悪性腫瘍随伴網膜症.日眼会誌C115:924-929,C201115)今泉雅資,中塚和夫,松本惣一セルソほか:Cancer-Asso-ciatedRetinopathyのC1例.眼紀49:381-385,C199816)SuimonCY,CSaitoCW,CHirookaCKCetCal:ImprovementsCofCvisualCfunctionCandCouterCretinalCmorphologyCfollowingCspontaneousCregressionCofCcancerCinCanti-recoverinCcan-cer-associatedCretinopathy.CAmCJCOphthalmolCCaseCRepC5:137-140,C2017***

トリアムシノロンTenon囊下注射で悪化し,眼内液を用いた PCR法が診断に有用であった眼トキソプラズマ症の1例

2018年6月30日 土曜日

《第51回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科35(6):815.819,2018cトリアムシノロンTenon.下注射で悪化し,眼内液を用いたPCR法が診断に有用であった眼トキソプラズマ症の1例丸茂有香*1水谷武史*1加藤亜紀*1野崎実穂*1吉田宗徳*1南場研一*2小椋祐一郎*1*1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学*2北海道大学大学院医学研究院眼科学教室CACaseofOcularToxoplasmosiswithExacerbationafterPosteriorSub-Tenon’sInjectionofTriamcinoloneAcetonide,inwhichPCRfromVitreousSamplewasUsefulinDiagnosisYukaMarumo1),TakeshiMizutani1),AkiKato1),MihoNozaki1),MunenoriYoshida1),KenichiNamba2)andYuichiroOgura1)1)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,2)DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicineandGraduateSchoolofMedicine,HokkaidoUniversity目的:トリアムシノロンCTenon.下注射により悪化し,硝子体液CPCRにより眼トキソプラズマ症と診断されたC1例を経験したので報告する.症例:55歳,女性.2000年に左眼のトキソプラズマ症に対しアセチルスピラマイシン内服,2008年に左眼ぶどう膜炎および視神経炎に対しステロイド内服の既往があった.2015年C7月に左眼難治性ぶどう膜炎の精査加療目的で名古屋市立大学病院を受診した.初診時,左眼に硝子体混濁,および限局性網膜滲出斑を認めた.ぶどう膜炎に対しステロイド内服を行ったが所見が改善しないため,2015年C8月およびC11月にトリアムシノロンTenon.下注射を施行したところ炎症が悪化した.翌年C3月に左眼硝子体手術を施行,硝子体液のCPCR検査でトキソプラズマCDNAが確認された.眼トキソプラズマ症と診断しクリンダマイシン内服治療開始,その後硝子体混濁,網脈絡膜炎は改善した.結論:診断確定にはCPCR法によるトキソプラズマ原虫ゲノムの検査が有用である.CPurpose:Toreportacaseofoculartoxoplasmosis,inwhichPCRfromthevitreoussamplewasusefulindiag-nosis.CCaseReport:AC55-year-oldCfemaleCwithCmedicalChistoryCofCocularCtoxoplasmosisCinCherCleftCeyeChadCbeenCtreatedCwithCacetylspiramycinCinC2000.CSheCalsoChadCpreviousChistoryCofCuveitisCandCopticCneuritisCinCherCleftCeye,CwhichChadCbeenCtreatedCwithCoralCprednisoloneCinC2008.CSheCwasCreferredCtoCNagoyaCCityCUniversityCHospitalCbecauseCofCintractableCuveitisCinCherCleftCeyeCinCJuly,C2015.CModerateCvitreousCopacityCandClocalizedCexudatesCcloseCtoCscarringlesionswereobservedinthelefteye.Althoughshewastreatedwithoraladministrationofprednisolone,theuveitiswasnotimproved.Posteriorsub-Tenon’sinjectionoftriamcinoloneacetonidewasperformedtwice,whi-chexacerbatedtheuveitisrapidly.ParsplanavitrectomywasperformedandToxoplasmagondiiCDNAwasdetectedCbyPCRfromvitreoussample.Aftertreatmentwithclindamycin,theuveitisgraduallyimproved.Conclusion:PCRdetectionofToxoplasmagondiiCDNAinvitreoussampleisconsideredusefulfordiagnosisofoculartoxoplasmosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(6):815.819,C2018〕Keywords:眼トキソプラズマ症,ポリメラーゼ連鎖反応,トリアムシノロン後部テノン.下注射,難治性ぶどう膜炎.oculartoxoplasmosis,polymerasechainreaction(PCR)C,sub-Tenon’sinjectionoftriamcinoloneacetonide,in-tractableuveitis.Cはじめにあり,ぶどう膜炎の原因疾患の一つである.眼底後極部にC1眼トキソプラズマ症はネコを終宿主とするトキソプラズマ.2乳頭径大の滲出性病変を生じ,硝子体混濁や血管炎を伴原虫(Toxoplasmagondii)により発症する人畜共通感染症でい,病変が黄斑部に及んでいる場合は重篤な視力障害の原因〔別刷請求先〕吉田宗徳:〒467-8601愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:MunenoriYoshida,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,1Kawasumi,Mizuho-cho,Mizuho-ku,Nagoya,Aichi467-8601,JAPANとなることがある.先天感染では感染した母胎から胎盤を通じて胎児に感染し,後天感染は経口感染が一般的とされるが,その区別は必ずしも容易ではない.2009.2010年に多施設で施行された大規模調査では,わが国でのぶどう膜炎全体に占める眼トキソプラズマ症の割合はC1.3%であったと報告がされているが1),確定診断は困難なことも多く,診断や治療が遅れることもしばしば経験される2).今回筆者らはトリアムシノロンCTenon.下注射で急速に増悪し,その後硝子体手術の際に採取した硝子体液のポリメラーゼ連鎖反応(porimeraseCchainCreaction:PCR)検査によって診断が確定した眼トキソプラズマ症のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:55歳,女性.主訴:左眼の歪視.既往歴:2000年,左眼の眼トキソプラズマ症と診断され,アセチルスピラマイシン内服により治癒した.2008年,左眼のぶどう膜炎および視神経炎に対してステロイド内服加療を受け治癒した.家族歴:特記すべきことなし.生活歴:九州出身,ネコ接触歴なし,生肉摂取歴なし.現病歴:2015年C5月頃から左眼のぶどう膜炎に対し近医でC0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム液の点眼治療を受けていたが改善しないため,2015年C7月に精査・加療目的で名古屋市立大学病院眼科を紹介され受診した.初診時所見:視力は右眼0.8(1.5C×sph.0.50D(cyl-0.50DAx115°),左眼C0.5(1.2C×sph.0.25D(cyl-0.50DCAx65°),眼圧は右眼C11CmmHg,左眼C13CmmHgであった.右眼の前図1初診時左眼超広角眼底写真視神経乳頭周囲に陳旧性網脈絡膜瘢痕病巣(→)を,その下鼻側に黄白色の境界不明瞭な滲出性病変(.)および硝子体混濁を認める.また周辺網膜には灰白色の網脈絡膜瘢痕がある(C.).眼部,中間透光体,眼底に特記する異常所見はなかった.左眼前眼部には炎症所見はなかったが,硝子体混濁(gradeC2+)3)を認めた.眼底は視神経乳頭周囲に陳旧性網脈絡膜瘢痕病巣,視神経乳頭の下鼻側にC1.5乳頭経大の黄白色の境界明瞭な滲出性網脈絡膜病巣があり,周辺網膜に灰白色を呈する網脈絡膜瘢痕萎縮も存在した(図1).フルオレセイン蛍光眼底造影(.uoresceinCangiography:FA)では,早期に左眼の視神経乳頭下鼻側の黄白色滲出性病巣に一致して,中心部のブロックによる低蛍光およびその周囲は色素漏出による過蛍光を呈しており(図2a),後期では漏出により病巣周囲の過蛍光領域の拡大を認めた(図2b).インドシアニングリーン蛍光眼底造影(indocyanineCgreenCangiography:IA)では硝子体混濁およびブロックによる低蛍光以外に特記すべき異常所見はなかった(図3).血清抗体価検査:抗トキソプラズマCIgM抗体C0.1CIU/ml図2初診時の左眼フルオレセイン蛍光眼底造影写真a:早期像.病巣に一致する部位で中心部はブロックによる低蛍光およびその周囲には過蛍光を認める(.).Cb:後期像.滲出性病変部の色素漏出による過蛍光領域が拡大している(.).C図3初診時左眼インドシアニングリーン蛍光眼底造影写真硝子体混濁および滲出斑のブロックによる低蛍光以外に特記すべき異常は認めない.図5左眼悪化時のフルオレセイン蛍光眼底造影写真(後期像)下方網脈絡膜病巣に一致した色素漏出による過蛍光が拡大している(.).(正常値C0.8CIU/ml未満),抗トキソプラズマCIgG抗体C64CIU/ml(正常値C6CIU/ml未満)であった.経過:前医より処方されていたC0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム液点眼を継続していたが,改善しないためC2015年C8月初旬からプレドニゾロンC30Cmg/日をC7日間内服した.しかし,改善がみられなかったためプレドニゾロン内服を中止し,さらなる原因精査のため前房水を採取して単純ヘルペスウイルス,サイトメガロウイルスに対するPCRを施行したが,ウイルスCDNAは検出されなかった.8月末に左眼に対してトリアムシノロンCTenon.下注射C20mg/0.5Cmlを施行したが硝子体混濁(Grade2+)の改善は得られなかったため,11月に左眼にC2回目のトリアムシノロンCTenon.下注射を施行したところ硝子体混濁(Grade2+)図4左眼悪化時の超広角眼底写真硝子体混濁が悪化し,滲出性病変が拡大している(.).図6左眼治療後の超広角眼底写真硝子体混濁は改善し,滲出性病変は瘢痕を残し消退した.が悪化し,滲出性病変の拡大を認めた(図4).FAでも早期像で下方網脈絡膜病巣に一致した過蛍光領域を認め,また後期像で色素漏出による過蛍光領域の拡大を認めた(図5).矯正視力はC0.3にまで低下した.2016年C3月に左)硝子体手術(白内障手術併用)を施行し,術中に採取された硝子体液のトキソプラズマ抗体価を測定した.硝子体液抗体価検査:抗トキソプラズマCIgM抗体C0.4CIU/ml(正常値C0.8IU/ml未満),抗トキソプラズマIgG抗体240CIU/ml(正常値C6CIU/ml未満)であった.硝子体液サンプルのCPCR法によるトキソプラズマ原虫ゲノムの検査を行ったところ,トキソプラズマCDNAが検出された.眼トキソプラズマ症と診断しクリンダマイシンC2,700mg/日を開始した.3週間程度経過したところで硝子体混濁は消失し,網脈絡膜炎は瘢痕を残し消退した(図6).クリンダマイシンをC3週間程使用し終了,その後再燃はなく,矯正視力はC0.5を維持している.CII考按今回筆者らは,診断に苦慮し,トリアムシノロンCTenon.下注射で悪化した眼トキソプラズマ症を経験し,診断の確定にCPCR法によるトキソプラズマ原虫ゲノムの検出が有用であったC1例を経験した.眼トキソプラズマ症には,先天性と後天性があり,先天性は両眼性でおもに黄斑部にみられる境界明瞭な壊死性瘢痕病巣が特徴とされ,その再発病巣では瘢痕病巣に隣接または離れた部位に限局性滲出性網脈絡膜炎としてみられる.一方,後天性は限局性滲出性網脈絡膜炎が片眼にみられることが多い.本症例は,片眼に瘢痕病巣に隣接した限局性滲出性病巣が存在し,血清トキソプラズマCIgG抗体価は基準値のC10倍程度,IgM抗体価は基準値以下であったが,2000年に発症したと考えられる後天性眼トキソプラズマ症の再発例として矛盾はない.しかしながら,2008年のぶどう膜炎再燃は,ステロイド内服のみで消炎を得られており,その後C7年間再燃はみられなかったことから,トキソプラズマ以外の原因の可能性も否定できず,診断に苦慮した.本症例は過去に既往があるだけでなく,FAにおいて病変中心部の低蛍光およびその周辺の過蛍光というトキソプラズマ症において特徴的な所見がみられたことから,ぶどう膜炎の経験が豊富な医師からみると眼トキソプラズマ症の比較的典型的な症例と思われるが,日本ではトキソプラズマ感染症が比較的少ないため,専門医でなければ遭遇する機会に乏しい疾患であり,念頭になければ鑑別診断にあげることがむずかしいと考える.Nobregaらは加齢黄斑変性に伴う新生血管に対して行った光線力学的療法に併用したトリアムシノロンの硝子体内注射後に発生した眼トキソプラズマ症のC1例を報告している4).また,Rushらは非感染性のぶどう膜炎だと推察されトリアムシノロンの硝子体内注射後に発症した眼トキソプラズマ症のC1例と,トキソプラズマ脈絡膜炎の再発と推察され眼トキソプラズマに対する治療を併用しつつトリアムシノロンの硝子体内注射を行ったにもかかわらず悪化したC1例を報告しており5),トリアムシノロンの使用は,局所であっても十分な注意が必要である.後天性眼トキソプラズマ症の診断には,血清抗体価の測定や臨床像の特徴のほか,血清反応,原虫の分離などがあるが,血清反応は診断までにC3週間必要で,眼トキソプラズマ症では血清の抗トキソプラズマ抗体価が上昇しないこともあり診断意義は低く,原虫の分離には眼球摘出が必要なため通常行われることない.1993年にCAouizerateらが最初にCPCR法による眼内液からのトキソプラズマ原虫ゲノムの検出について報告して以来6),眼内液のCPCRが有用であるとの報告がされている.Okharaviらは血清検査で診断がつかなかったが眼内液のCPCR法による検査で眼トキソプラズマ症の診断がついた症例を報告している7).わが国でも,杉田らは臨床的に眼トキソプラズマ症が疑われる症例の前房水および硝子体液に対して行ったmultiplexCPCR(13例中11例),real-timePCR(13例中C10例)のどちらもが診断に有用であったと報告している8).本症例においても,硝子体手術施行時に採取した硝子体液のCPCR法によるトキソプラズマ原虫ゲノムの検出により確定診断に至った.その他の検査法として,血清中または眼内液中の全CIgG量に対する抗原特異的CIgG量の抗体率を眼内液と血清で比較した値(Q値)の有用性が古くから報告されている9).わが国においても竹内らがCQ値により確定診断に至った後天性眼トキソプラズマ症のC2例を報告している10).本症例では全CIgG量を測定しておらずCQ値の計算ができないが,Fekkarらは眼トキソプラズマ症におけるCQ値の感度はC81%,特異度はC98.1%であり,PCR法の感度はC38%,特異度はC100%であると報告しており11),PCR法の比較的低い感度を,Q値の測定を併用することが補う可能性はあると考える.わが国における眼トキソプラズマ症の感染は近年減少傾向にあるといわれているが,国際化に伴い,生肉などの食文化の変化やさまざまなペットとの生活など環境の変化もあり,今後増加することも懸念される.また,臓器移植後や本症例のようなステロイド治療による免疫力の低下,または後天性免疫不全症候群や血液疾患による免疫機能低下による日和見感染や再燃などは今後も増えてくること,また初診時の病歴や病態も複雑化した症例が増えてくることが予想され,後天性眼トキソプラズマ症を疑った場合の診断にはCPCR法は有用であり,積極的に考慮すべき検査であると考える.謝辞:硝子体液のCPCR検査をしていただきました北海道大学眼科研究室廣瀬育代技術補助員に深謝申し上げます.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)OhguroCN,CSonodaCK,CTakeuchiCMCetCal:TheC2009Cpro-spectiveCmulti-centerCepidemiologicCsurveyCofCuveitisCinCJapan.JpnJOphthalmolC56:432-435,C20122)NovaisEA,CommodaroAG,SantosFetal:Patientswithdi.useCuveitisCandCinactiveCtoxoplasmicCretinitisClesionsCtestPCRpositiveforToxoplasmagondiiintheirvitreousandblood.BrJOphthalmol98:937-940,C20143)NussenblattCRB,CPalestineCAG,CChanCCCCetCal:Standard-izationCofCvitrealCin.ammatoryCactivityCinCintermediateCandposterioruveitis.OphthalmologyC92:467-471,C19854)NobregaCMJ,CRosaCEL:ToxoplasmosisCretinochoroiditisCafterphotodynamictherapyandintravitrealtriamcinoloneforCaCsupposedCchoroidalCneovascularization:aCcaseCreport.ArqBrasOftalmol,C70:157-160,C20075)RushCR,CShethCS:FulminantCtoxoplasmicCretino-choroidi-tisCfollowingCintravitrealCtriamcinoloneCadministration.CIndianJOphthalmolC60:141-143,C20126)AouizerateCF,CCazenaveCJ,CPoirierCLCetCal:DetectionCofCToxoplasmagondiiinaqueoushumourbythepolymerasechainreaction.BrJOphthalmolC77:107-109,C19937)OkharaviCN,CJonesCCD,CCarrollCNCetCal:UseCofCPCRCtoCdiagnoseCToxoplasmaCgondiiCchorioretinitisCinCeyesCwithCseverevitritis.ClinExpOphthalmolC33:184-187,C20058)SugitaCS,COgawaCM,CInoueCSCetCal:DiagnosisCofCoculartoxoplasmosisCbyCtwoCpolymeraseCchainCreaction(PCR)examinations:qualitativemultiplexandquantitativereal-time.JpnJOphthalmolC55:495-501,C20119)DesmontsG,BaronA,O.retGetal:Laproductionlocaled’anticorpsCauCcoursCdesCtoxoplasmosisCoculaires.CArchCOphthalmolRevGenOphthalmolC20:134-145,C196010)竹内正樹,澁谷悦子,飛鳥田有里ほか:Q値により確定診断された後天性眼トキソプラズマ症のC2例.あたらしい眼科27:667-670,C201011)FekkarCA,CBodaghiCB,CTouafekCFCetCal:ComparisonCofCimmunoblotting,calculationoftheGoldmann-Witmercoef-.cient,CandCreal-timeCPCRCusingCaqueousChumorCsamplesCforCdiagnosisCofCocularCtoxoplasmosis.CJCClinCMicrobiolC46:1965-1967,C2008***

長期不明熱を併発した内因性眼内炎の1例

2018年6月30日 土曜日

《第51回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科35(6):811.814,2018c長期不明熱を併発した内因性眼内炎の1例藤井敬子馬詰和比古後藤浩東京医科大学臨床医学系眼科学分野CCaseofEndogenousEndophthalmitiswithLong-termUnidenti.edFeverKeikoFujii,KazuhikoUmazumeandHiroshiGotoCDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity長期不明熱を併発した内因性眼内炎のC1例を経験したので報告する.症例はC75歳の女性.左眼の視力低下を自覚し,当院を紹介受診となった.初診時,左眼の視力は光覚弁,左眼には毛様充血,結膜浮腫とフィブリンの析出が観察され,6時間後には前房蓄膿も出現した.内因性眼内炎を疑い,同日中に水晶体摘出術と硝子体切除術を行った.術後の病歴聴取より繰り返す発熱,原因不明の両膝関節炎の既往がわかり,齲歯を自分で削っていたことも判明した.さらに心臓超音波検査で大動脈弁に疣贅を認め,硝子体液と血液培養からグラム陽性球菌が検出された.感染性心内膜炎の診断で抗菌薬の投与を開始,術後C45日目に眼内レンズの二次挿入を,50日目に大動脈弁置換術を施行した.初診から3カ月後の矯正視力はC0.6で,全身状態と併せ経過良好である.易感染性につながる基礎疾患がなくても,内因性眼内炎が疑われた際には詳細な病歴聴取が診断の鍵となることがある.CWereportacaseofendogenousendophthalmitiswithlong-termunidenti.edfever.A75-year-oldfemalerec-ognizedblurredvisioninherlefteye.Visualacuitywaslightperceptioninthelefteye;ciliaryinjection,conjuncti-valchemosisand.brinintheanteriorchamberwereobserved.Moreover,hypopyonappeared6hourslater.Thepatientunderwentphacoemulsi.cationandvitrectomyonthatday,withsuspicionofendogenousendophthalmitis.Aftersurgery,welearnedmorepreciselyofherhistoryofrepeatedfever,unidenti.edarthritisanddentalcaries.InCaddition,CechocardiographyCrevealedCvegetationConCherCaorticCvalve.CFurthermore,Cgram-positiveCcoccusCwasCdetectedCinCherCbloodCspecimenCandCvitreousCsample.CSheCwasCtreatedCwithCsystemicCadministrationCofCantibioticsCforadiagnosisofendocarditis.Intraocularlensimplantationandaorticvalvereplacementwereperformed45daysand50dayslater,respectively.Herbest-correctedvisualacuitywasimprovedto0.6withgoodphysicalconditionafter3monthsfromtheinitialexamination.Itissuggestedthatdetailedmedicalhistorycouldleadtothediagnosisofendogenousendophthalmitiseveninnon-immunocompromisedpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(6):811.814,C2018〕Keywords:内因性眼内炎,感染性心内膜炎,問診,齲歯.endogenousendophthalmitis,endocarditis,medicalin-terview,dentalcaries.Cはじめに内因性感染性眼内炎は眼外臓器の感染巣から血行性に細菌や真菌が眼内へ移行し発症する.とくに細菌性眼内炎はいったん発症すると短時間で病態が悪化することが多く,失明率も高いため,早期診断,早期治療が良好な視機能の維持のために必要となる.一般に細菌性眼内炎は肝膿瘍や腎盂腎炎などに続発し,基礎疾患として糖尿病・悪性腫瘍を合併することが多いと報告されているが1),まれながらこれらの基礎疾患のない健常人にも発症することもある2).今回,内因性眼内炎の発症と診断を契機に,長期不明熱の原因が判明したC1例を経験したので報告する.CI症例患者:75歳,女性.主訴:左眼の視力低下.既往歴:特記すべきことはないが,遷延する微熱あり.現病歴:2016年C9月末の昼頃から左眼の飛蚊症を自覚し,その後,視力低下も出現したため,同日夕刻に近医を受診し〔別刷請求先〕藤井敬子:〒160-0023東京都新宿区西新宿C6-7-1東京医科大学臨床医学系眼科学分野Reprintrequests:KeikoFujii,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,6-7-1Nishishinjuku,Shinjuku-ku,Tokyo160-0023,JAPAN図1初診から6時間後の左眼所見a:前房内のフィブリンの析出が増加し,前房蓄膿も出現している.Cb:超音波CBモード検査では硝子体腔に高反射エコーがみられる.C図2術2日後に施行された心エコー検査大動脈弁にC7C×5Cmm大の疣贅(矢印)を認める.た.左眼矯正視力はC0.6まで低下しており,網膜出血が観察されたため,網膜静脈分枝閉塞症の疑いで,翌日,東京医科大学八王子医療センター眼科を紹介受診となった.初診時眼所見と経過:視力は右眼C0.8(0.9C×sph.0.25D(cyl.1.00DCAx95°),左眼光覚弁(矯正不能)で,眼圧は右眼C7CmmHg,左眼C21CmmHgであった.左眼には毛様充血,結膜浮腫,前房内にフィブリンの析出が観察され,眼底は透見不能であった.右眼は軽度白内障を認めるのみで,前眼部,中間透光体,眼底に異常を認めなかった.初診からC6時間後には左眼前房中のフィブリンが増加し,前房蓄膿も出現していることが確認された(図1a).超音波CBモード検査では硝子体腔に高反射エコーを認めた(図1b).眼痛と全身倦怠感も増強し,眼所見と臨床経過から内因性感染性眼内炎を疑った.なお,入院時の全身検査所見は体温C37.2℃,採血では白血球数C4,340/ml(好中球C53%),CRPC3.20Cng/dlと軽度上昇していたが,胸部CX腺,胸腹部Ccomputedtomog-raphy(CT)ではとくに異常はなかった.心電図では左軸偏位と完全左脚ブロックがみられた.内因性感染性眼内炎の診断のもと,紹介同日に白内障手術および硝子体手術を計画した.手術直前に血液培養を施行し,バンコマイシン,セフタジジムを含む灌流液の灌流前に前房水および硝子体液を採取し,培養検査に提出した.手術方法は,瞳孔領を覆っていた前眼部のフィブリンを除去し,水晶体摘出後,硝子体手術に移行した.術中の眼内所見であるが,硝子体腔に高度の混濁を認め,眼底には広範囲にフィブリンが析出し,網膜血管は白鞘化を呈しており,網膜内出血も眼底のすべての象限で確認された.術翌日は角膜浮腫が強く,眼底は透見不能であったが,前房蓄膿はみられず,感染については一定の制御が得られていると判断し,バンコマイシンとセフタジジムの頻回点眼による治療を継続した.術後に改めて病歴を聴取したところ,数年前より原因不明の熱発を認め,さらにC3年前に両膝関節炎に罹患し,他院で精査するも原因は不明であったことが判明した.全身的精査目的に当院の総合診療内科を受診したところ,聴診により心雑音が聴取されたため心臓血管外科で精査となった.後に心臓超音波検査を行ったところ,大動脈弁にC7C×5Cmm大の疣贅を認めた(図2).また,術中に採取した硝子体液と静脈血の双方からグラム陽性球菌であるCAerococcus属が検出され,菌血症と心エコーの所見から感染性心内膜炎の診断に至った.その後,再度病歴を聴取したところ,齲歯を自分自身で削り取っていたことが判明し,未治療の齲歯が原因とされる感染性心内膜炎に続発した内因性眼内炎であったことが推察された.感染性心内膜炎に対しては硝子体手術のC2日後から4週間のアンピシリンとC2週間のゲンタマイシンの点滴加療を開始した.術後の眼所見は前眼部炎症,硝子体混濁も徐々に軽快していったため,術後C16日目よりレボフロキサシンとセフメノキシムに点眼を変更し,術後C45日目に眼内レンズの二次挿図3初診から3カ月後の左眼所見a:前眼部に異常はなく,矯正視力はC0.6まで改善した.Cb:眼底には周辺部にわずかな点状出血を認めるのみである.C入を行った.初診からC3カ月後には左眼視力はC0.6(矯正不能)まで改善し,眼底には周辺部に点状出血をわずかに認めるのみとなり,良好な経過をたどっている(図3a,b).感染性心内膜炎については抗菌薬による治療後,血液培養は陰性となったものの,大動脈弁に疣贅が残存していたため,硝子体手術からC50日目に大動脈弁置換術が行われ,その後は今日に至るまで経過良好である.CII考按内因性眼内炎は体内にある何らかの感染巣から,細菌や真菌が血行性に眼内に転移して生じる.秦野らによれば,悪性腫瘍,感染症,糖尿病,膠原病などの背景因子や,大手術,intravenoushyperalimentation(IVH),ステロイド投与を契機に発症することが多いとされるが1),まれながら健常人にも発症することがある2).そのような場合にはとくに診断に苦慮することが推察され,実際,本疾患は誤診率の高い疾患としても知られている3).細菌性眼内炎の場合,グラム陰性桿菌が起炎菌となることが多く,おもな原発感染巣として尿路,消化器,呼吸器における感染が多いとされる1).また,わが国においては比較的まれではあるが,米国では感染性心内膜炎による眼内炎が40%を占めるといわれている4).感染性心内膜炎は心内膜に疣贅を形成し,塞栓症や心障害など,多彩な臨床症状を呈する全身性・敗血症性疾患である5).起炎菌はグラム陽性球菌によることがC80%以上で,何らかの基礎心疾患を有する症例がC80%を占めるが,まれに心疾患の既往がない例に発症することもあるとされる6).また,歯科治療を契機に発症した例がC30%を占め,そのほか消化管・泌尿生殖器処置後や,中心静脈カテーテル留置などの背景因子をもつことが多いといわれている6).今回の症例では,病歴の聴取と治療開始前の検体採取により,未治療の齲歯が原因で感染性心内膜炎に罹患し,遷延する微熱を経て眼内炎を発症したことが判明した.特記すべき基礎疾患がないにもかかわらず感染性心内膜炎を発症したことと,その感染性心内膜炎が感染巣となって内因性感染性眼内炎を発症した点は,比較的まれな症例であったと思われる.いずれにしても詳細な病歴聴取が診断につながったといえよう.細菌性眼内炎は初診の段階で正しく診断されるのはC50%程度との報告もあり,誤診率の高い疾患である7).発症すると進行が早く,著しく視機能を損なう可能性があるため,視力予後の改善には早期診断に加え,抗菌薬の全身・硝子体投与と硝子体手術が必要とされる7).本症例においても早期発見,診断に加え,抗菌薬の投与,硝子体手術によって視力の回復を得ることができた.明らかな既往歴や眼科受診歴などがなくても,疑わしき眼所見が観察された際には眼内炎の可能性を念頭に入れ,早期の治療介入が必要である.わが国では感染性心内膜炎が感染巣となって発症することは少ないものの,あらゆる可能性を考慮しながら全身的精査を行っていくことが肝要であろう.CIII結論長期不明熱のみられた患者が転移性内因性眼内炎を契機に感染性心内膜炎の診断に至り,治療によって視機能および全身症状の回復が得られたC1例を経験した.特記すべき基礎疾患がなくても,内因性眼内炎の原因検索として詳細な病歴聴取が重要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)秦野寛,井上克洋,的場博子ほか:日本の眼内炎の現状─発症動機と起炎菌.日眼会誌95:369-376,C19912)MatsuoCK,CNakatsukaCK,CYanoCYCetCal:GroupCBCstrepto-coccalCmetastaticCendophthalmitisCinCelderlyCmanCwithoutCpredisposingillness.JpnJOphthalmolC42:304-307,C19983)BinderCMI,CChuaCJ,CKaiserCPKCetCal:EndogenousCendop-thalmitis:An18-yearreviewofculture-positivecasesatatertiarycarecenter.MedicineC82:97-105,C20034)PringleSD,McCartney,MarshallDAetal:Infectiveendo-carditisCcausedCbyCStreptococcusCagalactiae.CIntCJCCardiolC24:179-183,C19895)宮武邦夫,赤石誠,石塚尚子ほか:感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン.JCS,20086)NakataniCS,CMitsutakeCK,COharaCTCetCal:RecentCpictureCofCinfectiveCendocarditisCinCJapan.CCircCJC77:1558-1564,C20137)OkadaAA,JohnsonRP,LilesWCetal:Endogenousbac-terialCendohthalmitis.CReportCofCten-yearCretrospectiveCstudy.OphthalmologyC101:832-838,C1994***

基礎研究コラム 13.前房水の病的変化による角膜内皮細胞の減少

2018年6月30日 土曜日

前房水の病的変化による角膜内皮細胞の減少山口剛史なぜ角膜内皮細胞が減るのか?角膜内皮機能不全は,角膜移植後の移植片不全のもっとも多い原因です.角膜内皮細胞が減少することが原因ですが,その減少には個体差があります.これまでさまざまな研究がされましたが,その原因は特定されませんでした.筆者らは「虹彩がぼろぼろ」の症例で角膜内皮細胞の減少が速いことを臨床的に証明しました1).解剖学的に角膜内皮細胞と虹彩の間には「前房水」が存在します.そこで,「前房水の病的変化が角膜内皮細胞密度減少を引き起こす」と仮説を立て,前房水サイトカイン濃度を調べました.すると,興味深いことにさまざまな病態でサイトカイン濃度が上昇し,その上昇パターンが異なることがわかりました(図1)2).つまり一見同じような前房水に見えても,ずいぶん炎症特性が異なるということです.さらに,前房水サイトカイン濃度と虹彩損傷,前房水サイトカインと角膜内皮細胞密度にも強い相関があることがわかりました.角膜内皮細胞の維持相関があってもそれが原因か結果かはわかりません.そこで,角膜移植前の前房水サイトカインと術後の角膜内皮細胞の減少を前向きに調べました.すると術前に特定のサイトカイン濃度が高い症例で,術後の角膜内皮細胞密度が減ることがわかってきました(図2)3).これは,「前房水で角膜移植術後の予後が決まる」ということ,さらに,一部の「水疱性角膜症とは,虹彩損傷を原因とする前房水の病的変化による角膜内皮細胞の変性疾患」であることを示唆します.マルチオミクス関連による病態解明サイトカインは比較的測定しやすく,今後バイオマーカーになる可能性をもっていますが,これが角膜内皮細胞減少の真の病態でない可能性があります.角膜移植後の角膜内皮細胞減少による失明患者を救うためには,どうしたらいいのでしょうか?近年の基礎分野の技術革新は著しく,微量サンプルからの蛋白質や転写因子の網羅的解析が可能になってきました.このオミクス技術を駆使して,真の病態解明を通じて難治性角膜疾患を救うため,膨大な臨床データ解析と平行してトランスレーショナルな研究を地道に進めています.前房水の慢性炎症が角膜内皮細胞減少を引き起こす筆者らの一連の研究から「前房水の慢性炎症が角膜内皮細胞減少につながる」ことが示唆されました.では,研究成果図1疾患による前房水サイトカイン濃度の違い一見同じような前房水に思えても,原疾患によって前房水のサイトカイン上昇パターンが異なる.正常状態角膜内皮減少疾患図2角膜内皮細胞が減少す角膜る病態角膜内皮細胞角膜移植後の角膜内皮細胞の減少と,虹彩損傷・前房水炎症が強く関連する.前房水の慢性炎症虹彩損傷をどうしたら患者に届けられるでしょうか.いくつもの方法が考えられます.ひとつは,前房水の慢性炎症を予防すること,虹彩を損傷するような余計な手術をしないこと,手術をする際は虹彩を傷つけないように気をつけることです.次に,角膜移植前後に前房水の慢性炎症を抑制するためステロイド点眼など積極的に使用すること*.あとは,虹彩損傷が強い患者には,より元気な角膜を斡旋すること*.近い将来,角膜内皮細胞の細胞注入療法が実現するとき,より慢性炎症に強い細胞株を選別できれば,現在の角膜移植では救えない患者を救える明るい未来があると思います.*注:今後,臨床研究で検証する必要があります.文献1)IshiiN,YamaguchiT,YazuHetal:FactorsassociatedwithgraftsurvivalandendothelialcelldensityafterDes-cemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty.Scienti.cReports28:25276,20162)YamaguchiT,HigaK,SuzukiTetal:Elevatedcytokinelevelsintheaqueoushumorofeyeswithbullouskeratop-athyandlowendothelialcelldensity.InvestOphthalmolVisSci57:5954-5962,20163)YazuH,YamaguchiT,AketaNetal:Preoperativeaque-ouscytokinelevelsareassociatedwithendothelialcelllossafterDescemet’sstrippingautomatedendothelialker-atoplasty.InvestOphthalmolVisSci,inpress(93)あたらしい眼科Vol.35,No.6,20188010910-1810/18/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス 181.黄斑上膜自然剥離後に発症する黄斑円孔(初級編)

2018年6月30日 土曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載181181黄斑上膜自然.離後に発症する黄斑円孔(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめに黄斑上膜(epiretinalmembrane:ERM)は後部硝子体.離(posteriorvitreousdetachment:PVD)の進行とともに自然.離することがある.ERMの自然.離後にERMが再発したとする報告は過去に散見される1)が,黄斑円孔(macularhole:MH)が発症することもある.筆者らは過去に同様の症例を経験し報告したことがある2).●症例68歳,男性.右眼のERMが自然.離し(図1,2),矯正視力は1.0に改善した.しかし,1年後にMHをきたした(図3).硝子体手術(parsplanavitrectomy:PPV)の術中所見としてMHの鼻側に薄いERMの再発を認め(図4),このERMによる接線方向の牽引でMHが生じたと推測した.ERMおよびMH周囲の内境界膜を.離し,液空気置換を施行した.術後MHは閉鎖し,矯正視力は0.1から0.5に改善した(図5).●本症例の発症機序一般にPVDの進行に伴いERMが自然.離した後は,黄斑部への硝子体牽引が解除されていると考えられる.しかし,その後もERMが再発することから,黄斑部に細胞増殖をきたす足場が残存している可能性が考えられる.このようなERM自然.離後の増殖性変化が網膜の接線方向の牽引を引き起し,MHが発症する可能性は十分に考えられる.近年,PPV後晩期にMHが生じたとする報告3,4)も散見され,その多くが術後に形成されたERMによる網膜の接線方向の牽引が原因と推測している.以上のことから,ERMが自然.離した後も,OCTによる経過観察が必要と考えられる.文献1)森山侑子,南政宏,中泉敦子ほか:黄斑上膜自然.離後に黄斑上膜再発をきたした3症例.眼科手術24:489-493,(91)0910-1810/18/\100/頁/JCOPY図1ERM自然.離前の眼底写真ERM()を認める.後部硝子体は未.離でありWeissringは認めない.(文献3より引用)図2ERM自然.離後の眼底写真PVDに伴うERMの自然.離を認める().(文献3より引用)図3MH発症時のOCT写真ERM自然.離1年後にMHが生じた.(文献3より引用)図4硝子体手術中の所見MHの鼻側に薄いERMの再発を認めた.(文献3より引用)図5硝子体手術後のOCTMHは閉鎖している.(文献3より引用)20112)家久耒啓吾,森下清太,鈴木浩之ほか:黄斑上膜自然.離後に発症した黄斑円孔の1例.眼科手術31:113-117,20183)FabianID,MoisseievE,MoisseievJetal:Macularholeaftervitrectomyforprimaryrhegmatogenousretinaldetachment.Retina32:511-519,20124)LeeSH,ParkKH,KimJHetal:Secondarymacularholeformationaftervitrectomy.Retina30:1072-1077,2010あたらしい眼科Vol.35,No.6,2018799

眼瞼・結膜:コンタクトレンズとドライアイ

2018年6月30日 土曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人39.コンタクトレンズとドライアイ東原尚代ひがしはら内科眼科クリニック,京都府立医科大学眼科渡辺彰英京都府立医科大学眼科ソフトコンタクトレンズ(SCL)装用に伴う眼乾燥感には,さまざまな要因が関与する.眼瞼・結膜においては結膜上皮の病理学的変化だけでなく,SCL表面と眼瞼,SCLエッジと球結膜の摩擦や,結膜弛緩症との関連が注目されている.摩擦軽減をめざしたレンズ素材やデザインの選択が眼乾燥感の症状改善に期待できる.●はじめにコンタクトレンズ(CL)を装用すると,結膜上皮の扁平上皮化生やゴブレット細胞数の減少が生じる.近年,ソフトコンタクトレンズ(SCL)装用時の眼乾燥感は,SCL表面と眼瞼,エッジと球結膜の摩擦や,結膜弛緩症と関連することが注目されている.ここではCSCL装用時の眼乾燥感について,眼瞼と結膜に焦点をあてて概説する.C●SCL装用で生じる摩擦SCLを装用すると,涙液はCSCLの上と下に分断される.インターフェロメトリーを用いてCSCL上と下の涙液厚を計測すると,SCL上の涙液は装用直後から薄くなることが知られている1).その結果,SCL表面とClid-wiper,SCLエッジと球結膜との摩擦が増加して眼乾燥感と影響することが示されている2).一般に球結膜は角膜よりも知覚神経の密度が低いが,Cochet-Bonnet知覚計を用いた検討3)では,眼瞼結膜辺縁部の知覚は角膜に近い閾値を示すことが報告されている点は大変に興味深い.また,SCLの摩擦係数はメーカーによって大きく異なり,SCL自体に親水性をもたせた素材ほど摩擦係数は低く,摩擦係数とC1日終わりの装用感との間には相関関係があることが報告されている4).第三世代のシリコーンハイドロゲルCSCLは高い酸素透過性を有しながら,ハイドロゲル素材に近い柔らかさがある.SCL装用時の眼乾燥感の対策として,摩擦係数が低いCSCL素材を選ぶことがポイントになるだろう.C●コンタクトレンズと結膜弛緩症結膜弛緩症は高齢者に高頻度にみられ,加齢や瞬目による機械的影響を背景に結膜の弾性線維の断裂が発症に(89)0910-1810/18/\100/頁/JCOPY図1結膜弛緩症のElasticavanGieson染色所見フラグメント様に変化したコイル状の短い弾性線維所見が特徴である.関与する5,6)(図1).一方,若年でもCCL装用者では結膜弛緩症の頻度が高く7),CL装用者で眼不快感を有する人は無症状の人と比較して結膜弛緩症の重症度が有意に高いと報告されている8).C●結膜・眼瞼から考えるSCL装用時の眼乾燥感対策症例はC31歳,男性.トーリックCSCL(高含水ハイドロゲル素材,ダブルスライブオフ)装用時の眼乾燥感があり,鼻側および耳側の結膜弛緩症とその部位に一致してClid-wiperCepitheliopathy(LWE)を認めた(図2).トーリックCSCLは単焦点CSCLより直径が大きく,レンズ周辺部の厚みがあるため,球結膜への圧迫が生じやすい(図3).この症例では,低含水で摩擦係数の少ないシリコーンハイドロゲル素材(プリズムバラストデザイン)に変更したところ,LWEは軽減し自覚症状も改善した(図4).あたらしい眼科Vol.35,No.6,2018C797図2症例(31歳,男性,トーリックSCL装用)のフルオレセイン染色所見a:耳側の球結膜に結膜弛緩症を認める.b:ダブルスライブオフデザインはC3-9時方向の厚みが強く,球結膜への圧迫所見が生じやすい.結膜弛緩症の部位に一致した上下のCLWEを認めた.図3SCL装用時の球結膜への圧迫所見レンズサイズの大きなトーリックCSCL(とくにダブルスライブオフデザイン)だけでなく,強度近視でもレンズ周辺の厚みが強いために球結膜への圧迫が生じやすい.●おわりにSCL関連の眼乾燥感について眼瞼・結膜から考えてみた.SCL装用でいったん結膜弛緩症が生じると改善はむずかしいが,SCL素材やデザインを見直すことで球結膜および眼瞼結膜への摩擦が軽減され,眼乾燥感の改善が期待できる.それでもなお残る症状には,ドライアイ点眼を考慮するとよい.文献1)NicholsCJJ,CKing-SmithCPE:ThicknessCofCtheCore-andCpost-contactClensCtearC.lmCmeasuredCinCvivoCbyCinterfer-ometry.IOVSC44:68-77,C20032)横井則彦:涙液からみたコンタクトレンズ.日コレ誌C57:C222-235,C2015798あたらしい眼科Vol.35,No.6,2018図4トーリックSCLデザイン見直し後のフルオレセイン染色(図2と同一症例)低含水のシリコーンハイドロゲル素材で,かつ,6時方向に厚みのあるプリズムバラストデザインに変更したところ,LWE所見は改善した.C3)Navascues-ComagoCM,CMaldonado-CodinaCC,CMorganPB:Mechanicalsensitivityofthehumanconjunctiva.Cor-nea33:855-859,C20144)ColesCCML,CBrennanCNA:Coe.cientCofCfrictionCandCsoftCcontactClensCcomfort.COptomCVisCSciC2012:e-abstractC1256035)渡辺彰英,横井則彦,木下茂ほか:結膜弛緩症における弛緩部結膜の病理組織学的検討.あたらしい眼科C17:585-587,C20006)WatanabeA,YokoiN,KinoshitaSetal:Clinicopathologicstudyofconjunctivochalasis.CorneaC23:294-298,C20047)MimuraT,UsuiT,YamamotoHetal:Conjunctivochala-sisCandCcontactClenses.CAmCJCOphthalmolC148:20-25,C20098)PultCH,CPurslowCC,CBerryCMCetCal:ClinicalCtestsCforCsuc-cessfulCcontactClensCwear:relationshipCandCpredictiveCpotential.OptomVisSci85:E924-929,C2008(90)C

抗VEGF治療:滲出型加齢黄斑変性における個別化治療・私のこだわり

2018年6月30日 土曜日

●連載監修=安川力髙橋寛二53.滲出型加齢黄斑変性における佐々木真理子国家公務員共済組合連合会立川病院眼科個別化治療・私のこだわりVEGF阻害療法の登場により,滲出型加齢黄斑変性の視力予後は大きく改善した.しかし,治療はしばしば長期にわたるため,再燃を防ぎ,再燃時には速やかに治療し鎮静化を得る維持期の治療が重要である.理想的には,個々の症例の再発間隔に応じた“個別化治療”が望ましく,より良い治療レジメンが模索されている.C長期の視力維持には,可能なかぎり再燃を防ぎ,再燃現在までの治療レジメンの流れと問題点時に速やかに治療し鎮静化を得る維持期の治療が重要で滲出型加齢黄斑変性(age-relatedCmacularCdegenera-ある.この点,投与回数が多いことは有利だが,血管内皮tion:AMD)に対するラニビズマブの毎月投与により,増殖因子(vascularendotherialgrowthfactor:VEGF)ETDRS視力がC6~10文字改善し,2年間視力を維持し阻害薬投与は全身および局所合併症や治療費を含めた患うることが,MARINA,ANCHOR試験で示された.者負担などの問題があり,必要最小限の投与が望ましその後,PrONTO試験ではラニビズマブC3回投与(導い.このため,理想的には個々の症例の再発間隔に応じ入期)後に毎月経過観察を行い,再発時に投与するCproて治療を行う個別化治療が望まれる.PRN法は再発間renata(PRN)法が試みられ,投与回数が少なく視力成隔に応じ治療する個別化治療だが,厳密に行われないと績が毎月投与と同等なため広く行われた.しかし,実臨過少治療による視力低下を避けられない.そこで,再燃床に近い形のCPRN法で行われたCSEVEN-UP試験では,前の投与と個別化治療の両立をめざし,投与時に滲出が治療開始からC7.3年で治療開始時よりCETDRS視力でなければ次回までの投与間隔を延長し,再燃があれば短8.6文字悪化し,厳密に行われないCPRN法では長期間縮するCtreatandextend(TAE)法が考案された.の視力維持が困難なことが明らかとなった.一方,TAE法は,投与間隔を個々の再発間隔に近づけるこVIEW試験でのアフリベルセプトの連続C3回投与後のC2とができ,治療回数,受診回数は毎月投与より少なく,カ月毎投与によるC1年後の視力は,ラニビズマブの毎月視力改善維持効果は毎月投与と同等とされる.しかし,投与と同等であった.SUSTAIN試験では,ラニビズマブのC3回連続投与後,図1再発頻度の低い症例・ポリープ状脈絡膜血管症3回の連続投与後,視力は(0.03)から(1.0)に改善.以後C4年間再発していない.Ca:治療前眼底写真,Cb:フルオレセイン蛍光眼底造影,Cc:インドシアニングリーン蛍光眼底造影,Cd:OCT,Ce:OCT(3回連続投与後),f:OCT(4年後).(87)あたらしい眼科Vol.35,No.6,2018C7950910-1810/18/\100/頁/JCOPY図2再発頻度の高い症例・1型脈絡膜新生血管TAE法でC8週間隔の治療では網膜下液は消失するが,10週に延長すると再発を繰り返す.8週での固定投与とした.Ca:治療前眼底写真,Cb:フルオレセイン蛍光眼底造影,Cc:インドシアニングリーン蛍光眼底造影,d:OCT,e:OCT(8週間隔),f:OCT(10週間隔).PRN法でC1年目に追加投与を要しなかった症例はC20.5%,1~2回要したものはC33.2%で,これらC53.7%では改善した視力は維持されており,1年目に最低C4回以上の追加投与を要するCTAE法では,最低C50%以上の症例で過剰投与の可能性がある.より良い治療レジメンをめざしてこれらの点を克服するため,さまざまな治療レジメンが提案された.Observeandplan法,最初の再発時からCTAE法を開始する関西医大法1),安川らのCPRNの反応で治療方針を修正する方法2)は,いずれも連続投与後の再発間隔により,以後の治療を個々の疾患活動性に合わせ行う方法で,再発間隔が長い症例への過剰投与を抑え,本来の再発間隔に近い治療を早期に実現できる.さらに病態から最適な治療法を推測するために,Ashraf3)らは文献的考察から,3回投与後の滲出性変化の状態と,滲出の状態,色素上皮.離,後部硝子体.離などの形態学的特徴を組み合わせ,TAE法の投与間隔延長速度を調整するレジメンを提唱した.筆者らも形態学的特徴や連続投与後の反応,後述の色素上皮下病変の変化から再発頻度を推察し,連続投与終了後に患者個別にレジメンの選択肢を提示している.再発が頻繁でないと予想されれば,初期に再発間隔を確認後,PRN法もしくはその間隔からのCTAE法とする(図1).頻繁な再発や治療への抵抗が予想されれば,活動性が十分低下するまで連続投与しCTAE法とする.再発頻度が高い場合は,治療間隔の延長は急がず,延長時の増悪を避けるため,固定投与を選択する(図2).視力予後796あたらしい眼科Vol.35,No.6,2018をもっとも重視するが,患者の背景(唯一眼,通院,年齢,経済,全身状態,QOL)も勘案し,患者と納得のいく治療法を選択するよう努めている.今後は脈絡膜病態についても加味する必要があるだろう.おわりに再発間隔に応じた個別化治療を行うため,レジメンの改良とともに,活動性を反映し,再発を予測するバイオマーカーの探索も行われている.最近では,光干渉断層計(OCT)angiographyと疾患活動性の関連が検討されているが,筆者らも,導入期終了後早期の色素上皮下面積・体積を定量し,その増大がC6カ月以内の再発に関連することを報告している4).文献1)OhnakaCM,CNagaiCY,CShoCKCetCal:ACmodi.edCtreat-and-extendregimenofa.iberceptfortreatment-naivepatientsCwithneovascularage-relatedmaculardegeneration.Grae-fesArchClinExpOphthalmol255:657-664,C20172)YasukawaT:Response-basedindividualizedmedicineforneovascularage-relatedmaculardegeneration.ExpertRevOphthalmolC10:105-112,C20153)AshrafCM,CSoukaCA,CAdelmanCRA:Age-relatedCmaculardegeneration:usingCmorphologicalCpredictorsCtoCmodifycurrenttreatmentprotocols.ActaOphthalmol2017[Epubaheadofprint]4)SasakiCM,CKatoCY,CFujinamiCKCetCal:AdvancedCquantita-tiveanalysisofthesub-retinalpigmentepithelialspaceinrecurrentCneovascularCage-relatedCmacularCdegeneration.CPLoSOneC12:e0186955,C2017(88)C

緑内障:器具を留置する流出路再建術

2018年6月30日 土曜日

●連載216監修=岩田和雄山本哲也216.器具を留置する流出路再建術庄司信行北里大学医学部眼科緑内障の分野でもインプラントは広まりつつあり,2012年に認可されたC3種のチューブシャントに続き,2017年には,これらとは使用目的の異なる第C4のインプラント,iStent(Glaukos社,米国)が使用できるようになった.低侵襲緑内障手術(MIGS)の主流ともいえる「器具を留置する流出路再建術」について述べる.C●術式の淘汰最近は米国食品医薬品局(FoodandDrugAdminis-tration:FDA)の審査が厳しくなり,米国での緑内障関連学会よりもヨーロッパでの緑内障関連学会のほうが,新しい技術,製品に触れる機会が増えた.筆者は2012年にグラスゴウで開催された第C6回国際緑内障手術会議(6thCICGS)に参加したが,そのときにはこれまで見たこともないインプラントや術式が紹介されていた.それらのなかから,安全性が高く,操作性も良好で洗練された術式が導入されてきているように思われる.C●Schlemm管に留置するデバイス・iStentトラベキュラーマイクロバイパスステントシステム(iStent)1,2)米国ではC2012年C6月に,わが国ではC2016年C12月に認可を受けたチタン製の眼内ステントで,長さC1.0Cmm,高さC0.33Cmm,シュノーケルの長さC0.25Cmm,内径C120μmのヘパリンでコーティングされている.L字型をしており(図1),長い部分をCSchlemm管に挿入し,留置する.短いシュノーケルが前房側に露出し,その開口部図1iStentの外観L字型の長い部分(ハーフパイプ)をCSchlemm管に挿入する.前房内に露出した短い部分(シュノーケル)から房水がCSchlemm管に流入する.(Glaukos社提供)(85)0910-1810/18/\100/頁/JCOPYから房水がステント内を通り,Schlemm管に流入するようになっている.専用のインサーターとセットで右眼用と左眼用がある.図2は左眼に対してCiStentの挿入を行う直前の写真である.現在,日本眼科学会の指導の下で行われているCiStent講習会を受講し,その後,模擬眼へのインプラントなどのハンズオンや,手術症例の立ち会いを経て使用することができるようになる.適応に関しては,白内障手術併用眼内ドレーン使用要件等基準3)に則って選択されなければならない.海外では複数個の挿入も検討されている2)が,わが国では,水晶体再建術時にC1個だけと定められている.挿入後のCiStentの位置は隅角鏡により確認できるが,当院では前眼部COCT(CASIA2,トーメーコーポレーション)に搭載されているCblebrastermodeのCEn-face画像でも位置を確認することができた(図3).位置の経時的な観察に応用できるのではないだろうか.なお,iStentはすでに第二世代(iStentCinject,図4)が開発されていて,こちらは最初からC2個の挿入用に作図2iStent挿入左眼用のCiStentを挿入するところ.Schlemm管に挿入後,インサーターからリリースし,Schlemm管内にCiStentを留置する.あたらしい眼科Vol.35,No.6,2018C793図3iStentの前眼部OCTによるEnface画像前眼部COCT(CASIA2)に搭載されたCblebrastermodeのCEn-face画像.赤丸で囲まれた部分にCiStentが観察される.られている.・HydrusMicrostent(Hydrus)2,4)Sca.ord-likeimplant,つまり足場のような構造をし,少し弯曲した筒状のインプラントである.ニッケルとチタンの合金で全長がC8Cmmもあり,時間でいえばC3時間分の長さである.それだけCSchlemm管を拡張しても,眼圧下降効果は他のデバイスとほぼ同等のようである4).発売元のCIvantis社(米国)から,2017年C4月に進行例や単独手術(つまり白内障と併用しない)の臨床試験を開始する許可がCFDAから得られたとアナウンスされた.Schlemm管の弯曲に対してうまく収まるのか,とくに,眼圧が下がって眼球が多少歪みやすくなった状況で,ステントの先が線維柱帯や強膜を傷つけ,位置が移動することはないのか,などの懸念はある.その点,ポリイミド製の軟らかいCStegmannCCanalCExpander(OPHTHALMOS社,スイス)5)は,ファイルノートのバインダーのような形状をしており,全長C9mmでHydrusより少し長いものの,Schlemm管内に留置後の安定性はよいのではないだろうか?ヨーロッパでは2012年にCCEマークを取得している.ただし,ホームページ上の手術ビデオでは,眼外からのCcanaloplastyに続けて挿入する方法が紹介されている.C●脈絡膜下腔への流出をうながすインプラント毛様体解離後の低眼圧にヒントを得て開発された方法で,以前はCGoldCMicro-Shunt(SOLX社,米国)1)が注目を集めていたようだが,やはり最近はより小型で挿入も容易なステント類に取って代わられたようである.Cy794あたらしい眼科Vol.35,No.6,2018図4iStentinjectiStentの第二世代にあたるCiStentinjectインサーターには,最初からC2個のCiStentCinjectが装着されている.(Glaukos社提供)PassCMicro-Stent(TranscendCMedical社,米国)1,2,6),iStentSupra(Glaukos社)1,2)が注目されている.C●まとめわが国でC2010年にCTrabectome手術の認可がおりてから,徐々にCMIGSに対する関心が高まり,器具を留置する術式としてCiStentがその先陣を切った.今後,さまざまな術式(デバイス)が控えているが,本当に眼圧下降術が必要なのかどうか,適応は慎重に判断してほしい.と同時に,隅角や房水流出の主経路に関する理解とともに,これらの領域のさらなる研究の進歩を期待したい.文献1)庄司信行:緑内障の新手術C2:MIGSとこれに関連した新しい術式.あたらしい眼科32:813-820,C20152)LaviaCC,CDallortoCL,CMauleCMCetCal:Minimally-invasiveglaucomaCsurgeries(MIGS)forCopenCangleCglaucoma:ACsystematicCreviewCandCmeta-analysis.CPLoSCOneC12:Ce018314,C20173)白内障手術併用眼内ドレーン会議:白内障手術併用眼内ドレーン使用要件等基準.日眼会誌120:494-497,C20164)FeaAM,RekasM,AuL:EvaluationofaSchlemmcanalsca.oldCmicrostentCcombinedCwithCphacoemulsi.cationCinroutineCclinicalCpractice:Two-yearCmulticenterCstudy.CJCataractRefractSurgC43:886-891,C20175)GrieshaberCMC,CGrieshaberCHR,CStegmannCR:ACnewCexpanderCforCSchlemmCcanalCsurgeryCinCprimaryCopen-angleCglaucoma-interimCclinicalCresults.CJCGlaucomaC25:C657-662,C20166)VoldCS,CAhmedCII,CCravenCERCetCal;CyPassCStudyGroup:Two-yearCCOMPASSCtrialCresults:SupraciliaryCmicrostentingCwithCphacoemulsi.cationCinCpatientsCwithCopen-angleCglaucomaCandCcataracts.COphthalmologyC123:C2103-2112,C2016(86)

屈折矯正手術:Epi-onクロスリンキング

2018年6月30日 土曜日

監修=木下茂●連載217大橋裕一坪田一男217.Epi.onクロスリンキング愛新覚羅維アイクリニック大井町東京大学医学部眼科学教室角膜クロスリンキング(CXL)はC2003年にドイツのCWollensak,Seilerらにより開発された治療法で,長波長紫外線(UVA)に対するリボフラビン感受性を利用し,角膜実質コラーゲン線維の架橋を強め,剛性を高める方法である.現在まで世界中でC20万眼以上施術されており,円錐角膜,LASIK後角膜拡張症,ペルーシド角膜辺縁変性などの進行性角膜拡張疾患の進行を抑制するための治療法として有効性と安全性が確立されてきた.近年,合併症がさらに少ないCEpi-on法も開発され,新たな可能性が期待されている.●角膜クロスリンキング(cornealcrosslinking:CXL)の原理370Cnmの長波長紫外線(ultravioletCA:UVA)で励起された光感受性物質であるリボフラビン(ribo.avin)が酸素分子との反応により,活性酸素の一種である一重項酸素を産生する.その結果,角膜実質コラーゲン線維の架橋(crosslink)結合が増加し,角膜全体の強度が高まる(図1).C●標準法の術式Wollensakらが提案したドレスデン法(DresdenCproto-col)は標準法として広く使われている1).手順は図2aに示す.リボフランビンを実質内に浸透させるために,バリア機能の強い角膜上皮を.離する必要があることと,UVAによる角膜内皮障害を予防するために最薄部角膜厚がC400Cμm以上であることが重要なポイントになる.C●Epi.on法の術式標準法の短所として角膜上皮掻爬に伴う疼痛,易感染図2標準法とEpi.on法の比較Epi-on法では角膜上皮を.離する代わりに,強化リボフラビンを用い,リボフラビンを実質内に浸透させる.また,最薄部角膜厚がC380Cμm以上あれば施術可能であり,術後治療用ソフトコンタクトの装用が不要である.a標準法・点眼麻酔・角膜上皮.離性などの合併症があげられ,これを改善させるためにLeccisottiらがC2010年にCEpi-on法(epithelium-onCXL:Epi-onCCXL,transepithelialCCXL:TE-CXL)を開発した.それに対して上皮を.ぐ従来法はCEpi-o.法とよばれるようになった.・等張性0.1%リボフラビン点眼30分・角膜厚測定.400μm以上の場合等張性0.1%リボフラビン点眼.400μm未満の場合低張性0.1%リボフラビン点眼を400μm以上になるまで継続・紫外線照射装置にて370nmのUVAを3mW/cm2の照射強度で30分間照射・治療用コンタクトレンズ装着(83)あたらしい眼科Vol.35,No.6,2018C7910910-1810/18/\100/頁/JCOPY筆者の施設で行っているCEpi-on法のフローチャートを図2bに示す(紫外線照射時は高速法も併用している).Epi-on法では角膜上皮を.離する代わりに,角膜上皮のバリアを破壊し,薬剤の浸透性を上げるケミカルエンハンサーを添加した強化リボフラビンを用い,リボフラビンを実質内に浸透させる.代表的な強化リボフラビン製剤としてCParaCel(Avedro,CUSA)やCRICROLINTE(SOOFT,CItaly)があげられる.筆者は通常,強化リボフラビンをC4分間点眼後,ピュアのリボフラビンを6分間点眼する.また,角膜上皮厚を含めうるため,UVA照射前の最薄部角膜厚はC380Cμm以上あれば施術が可能である.Epi-on法では角膜上皮.離を行わないため,リボフラビンの浸透性がCEpi-o.法よりやや低いが,術後治療用ソフトコンタクトの装用が不要で,低力価ステロイド点眼の短期間使用のみで管理できる.筆者は通常,フルオロメトロンC0.1%とレボフロキサシンC1.5%点眼をC1日C4回,1~2週間使用する.また,適応はC380μm以上(メーカー推奨ではC330Cμmまで可能)と拡大できるため,Epi-o.法で角膜厚がたりない進行症例も適応になる場合がある.さらに,角膜上皮.離に伴う合併症が認められず,術後疼痛も少ないため,視力が良好な初期症例や小児への応用も期待できる.近年,角膜実質へのリボフラビンの浸透性をさらに上げるためにイオン導入法(iontophoresis-assistedCCXL)も開発された.リボフラビンは水溶性の小分子で生理的PH下では陰性に荷電しており,角膜表面に陰性電極,他の部位に陽性電極を置き,弱い電流をかけることによって,リボフラビン分子を角膜実質深層へ浸透させる方法である(図3).C●Epi.on法の適応最薄部角膜厚がC380Cμm以上である必要がある.ただ792あたらしい眼科Vol.35,No.6,2018し,未満の場合は手術時に低張リボフラビンあるいは蒸留水点眼で角膜を膨潤させ,術中測定にてC380Cμm以上に達する場合は適格とする.C●Epi.on法の治療成績Epi-on法は術後回復が早く,合併症もほとんど認められないが,臨床成績は報告によってさまざまである.Epi-onとCEpi-o.を比較したC3年間の無作為比較化試験(randomizedCclinicalCtrial:RCT)では術後C1年では両群間で有意差があるものの,ともに有意な改善,術後C3年ではCEpi-o.群は進行なし,Epi-on群は角膜最大屈折力の進行を認めた2).一方,別のC2年間のCRCTでは両群間で有意差があるものの,ともに術前より有意な改善を認めた3).筆者らはCEpi-on法で治療したC30眼の成績を報告した4).術後合併症はなく,術後C1年の時点で疾患の進行が抑制されたうえに,角膜最大屈折力,角膜平均屈折力,矯正視力の有意な改善も認め,既報の標準法の治療成績に匹敵するものであった.イオン導入法に関して,術後C1年では標準法とほぼ同等な効果が得られた報告がある5).まだ歴史の浅いCEpi-on法の長期成績について,さらなる検証が必要と考えられる.C●おわりにCXLの登場により円錐角膜をはじめとする進行性角膜拡張疾患の治療概念に大きなパラダイムシフトが生まれた.Epi-on法は標準法と比べて効果がやや弱いが,術後合併症および疼痛が少なく,適応もC380Cμm以上と広いため,視力が良好な初期症例,角膜厚が薄い進行症例,小児などへの応用も期待されている.文献1)WollensakG,SpoerlE,SeilerT:Ribo.avin/ultraviolet-a-inducedcollagencrosslinkingforthetreatmentofkerato-conus.AmJOphthalmol135:620-627,C20032)AlCFayezCMF,CAlfayezCS,CAlfayezCY:TransepithelialCver-susCepithelium-o.CcornealCcollagenCcross-linkingCforCpro-gressiveCkeratoconus:ACprospectiveCrandomizedCcon-trolledtrial.CorneaC10:S53-56,C20153)RushCSW,CRushCRB:Epithelium-o.CversusCtransepithelialCcornealcollagencrosslinkingforprogressivecornealecta-sia:aCrandomisedCandCcontrolledCtrial.CBrCJCOphthalmolC101:503-508,C20174)AixinjueluoCW,CUsuiCT,CMiyaiCTCetCal:AcceleratedCtran-sepithelialCcornealCcrosslinkingCforCprogressiveCkeratoco-nus:aCprospectiveCstudyCofC12Cmonths.CBrCJCOphthalmolC101:1244-1249,C20175)VinciguerraP,RomanoV,RosettaPetal:TransepithelialiontophoresisCversusCstandardCcornealCcollagenCcross-link-ing:1-yearCresultsCofCaCprospectiveCclinicalCstudy.CJRefractSurgC32:672-678,C2016(84)

眼内レンズ:バックフローハイドロダイセクション

2018年6月30日 土曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋379.バックフローハイドロダイセクション廣田篤広田眼科カニューラを用いたハイドロダイセクション(従来のハイドロ)は,白内障手術を安全で確実に行うために,非常に重要な手技である.しかし従来のハイドロは,手動でシリンジを押すことにより灌流圧を発生させる旧態依然の方法で,それに関連した合併症の報告も多い.より安全で確実に水流.皮質,層間分離を行うバックフローハイドロダイセクションを報告する.●従来のハイドロダイセクション(以下,ハイドロ)従来のハイドロは,効率よく水流.皮質,層間分離を行うために,1992年にCFineが報告した手技である1).しかし,閉鎖空間で灌流圧を手動で発生させるため,前房圧が予想以上に高くなり2),灌流液が後方にトラップされてCcapsularCblockCsyndrome(CBS)を生じたり3),前部硝子体膜(anteriorChyaloidCmembraneCtear:AHMT)を破って前房の細菌などが後方に入り,眼内炎の原因となること4)が報告されている.また従来のハイドロでは,虹彩下に灌流水が迷入して創口から虹彩脱出が起こることがあり,術後の瞳孔不整や虹彩萎縮を引き起こすことがある.とくに術中虹彩緊張低下症候群(intraoperativeC.oppyCirisCsyndrome:IFIS)や浅前房の症例では,虹彩が脱出しやすく,水流.皮質,層間分離が不十分であったり,縮瞳が生じたり,さらなる虹彩脱出が起こり,手術自体がむずかしくなる.C●灌流ハイドロダイセクションとSleevedハイドロダイセクション従来のハイドロの欠点を補うために,いくつかの方法が考案された.2014年にCMasudaらは従来のハイドロを行わないhydrodissection-freeCphacoemulsi.cationCsurgery(灌流ハイドロ)を報告した.Divide&Conquer法で核を2分割した後に,スリーブからの灌流で水晶体後部から水流.皮質分離を行う方法で,眼圧の上昇がなく,従来のハイドロに関連した合併症を回避できる5)としている.2016年に禰津は,IAやCUSで使用するシリコンスリーブをハイドロカニューラに被せて,水流.皮質,層間分離を行うCSleevedハイドロを報告した.IAやCUS時のようにスリーブで創口を塞ぐことができ,虹彩が創(81)0910-1810/18/\100/頁/JCOPY図1バックフローハイドロダイセクションの接続方法と手術写真上:洗浄用のコネクター(.)で白内障手術装置の灌流チューブを従来のCIAハンドピースの吸引側につなぐ.従来の灌流側は開放したままとする.中:通常の接続(左)ではスリーブ先端から灌流液が排出されるが,コネクターを使った接続(右)では従来の吸引口から灌流液(.)が勢いよく排出される.下:IAハンドピースのチップ先端の吸引口を前.切開縁の内側にあて,下方から水晶体赤道部方向に灌流を行って,水流.皮質,層間分離を行う.青色の矢印まで水流分離が進んでいる.口から出にくくなり,さらにスリーブの内腔を通って眼内の余分な灌流液や粘弾性物質が排出されて自己閉鎖機序が起こらず,眼圧の上昇や従来のハイドロに関連したあたらしい眼科Vol.35,No.6,2018C789側面から見たシェーマ前面から見たシェーマ図2バックフローハイドロダイセクションの灌流のシェーマAIハンドピースの先端(従来の吸引口)からの灌流()で水流.皮質,層間分離が生じ,余分な灌流液はスリーブの側面(従来の灌流口)から排出される().合併症がなくなる6)としている.C●バックフローハイドロダイセクション筆者は,より簡便で確実な水流.皮質,層間分離法として,バックフローハイドロを考案した.IAハンドピースの後方の吸引側に,本来洗浄のときに用いるコネクター(いわゆるメス・メス)を用いて灌流チューブを接続する.IAハンドピースの従来の灌流側はフリーにして何もつながない(図1).連続円形前.切開後に,このCIAハンドピースのチップ先端の本来の吸引口を前.切開縁の内側に当てて,下方~水晶体赤道部方向に向けて灌流を行い,水流.皮質,層間分離を行う.このとき,スリーブの内腔を通って眼内の余分な灌流液や粘弾性物質はCIAハンドピース後方から排出される(図2).灌流圧は重力落下ではC100Ccm,空気加圧システムを用いる場合はC60~80CmmHg+重力落下C30Ccmで行った.バックフローハイドロには以下のような利点が考えられる.①洗浄用のコネクター以外に特別な準備は必要なく,手術の流れを変えることがない.②フットスイッチで灌流をコントロールできるため,手元が安定する.③十分な灌流であるにもかかわらずスリーブの内腔を通して余分な灌流液が排出されるため,眼内圧が上昇せず,従来のハイドロに関連した合併症は生じない.吸引口と排液するスリーブ先端の開口部の大きさを比べると,バックフローハイドロ中に眼内圧は上昇しないと考えられるが,実際に術中に前房が急に深くなったり,眼圧上昇による痛みを訴える症例はなかった.④スリーブが存在するために,創口からの虹彩脱出の危険性がない.⑤前房中の粘弾性物質を残すことができる.C●まとめバックフローハイドロは,従来のハイドロやその他の方法に比べ簡便であること,十分な灌流で確実にハイドロができること,眼内圧が上がらず安全であることなどから,有用な水流.皮質,層間分離法と考えられる.ハイドロが困難な角膜混濁の症例や小瞳孔の症例,IFISや浅前房など虹彩が脱出しやすい症例などにも有効で,手術初級者からベテランまで幅広い術者に推奨する.文献1)FineCIH:CorticalCcleavingChydrodissection.CJCCataractCRefractSurgC18:508-512,C19922)KhngCC,CPackerCM,CFineCIH:IntraocularCpressureCduringCphacoemulsi.cation.CJCCataractCRefractCSurgC32:301-308,C20063)MiyakeCK,COtaCI,CIchihashiCSCetCal:NewCclassi.cationCofCthecapsularblocksyndrome.JCataractRefractSurgC24:1230-1234,19984)KawasakiCS,CTasakaCY,CSuzukiCTCetCal:In.uenceCofCele-vatedintraocularpressureontheposteriorchamber-ante-riorhyaloidmembranebarrierduringcataractoperations.ArchOphthalmolC129:757-757,C20115)MasudaY,TsuneokaH:Hydrodissection-freephacoemul-si.cationsurgery:mechanicalcorticalcleavingdissection.JCataractRefrectSurgC40:1327-1331,C20146)禰津直久:Sleevedハイドロダイセクション.あたらしい眼科33:61-62,C2016