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ドライアイの評価 ResearchKit®を用いて作成したiPhone アプリケーション「ドライアイリズム」による ドライアイの啓発と新しい大規模臨床研究

2018年7月31日 火曜日

ドライアイの評価ResearchKitRを用いて作成したiPhoneアプリケーション「ドライアイリズム」によるドライアイの啓発と新しい大規模臨床研究NewLarge-ScaleDryEyeResearchbyiPhone“DryEyeRhythm”ApplicationUsingResearchKitR猪俣武範*Iドライアイ啓発の必要性ドライアイは,わが国では約2,000万人,世界では10億人以上が罹患すると推測されるもっとも多い眼疾患である1,2).ドライアイは高齢化社会,VDT(visualdisplayterminals)作業の増加,ストレス社会,環境の悪化などから今後も増加すると考えられている2,3).ドライアイに罹患すると,眼精疲労,眼痛,頭痛,自覚視力の低下,肩こりなどによる生活の質(qualityoflife:QOL)や視覚の質(qualityofvision:QOV)の低下や,仕事や学業などの生産性が低下することが問題となっている4,5).これらに対して,普段からの症状の変動について可能な限り正確な情報を集めることができれば,症状が出る前に予防することや,回復を早めたりすることができるはずである.しかしながら,多くの人が診断に至っておらず,未だ症状に苦しんでいる.このようなアンメットニーズを解決するため,筆者らは,Appleが公開した「ResearchKitR」というアプリケーション専用のフレームワークを使用し,世界初の「ドライアイや眼精疲労といった症状と生活習慣の関連性を明らかにする」ためのアプリケーション「ドライアイリズム」を2016年11月2日にリリースした(図1).IIResearchKitRとは1.ResearchKitRとはResearchKitRは,Appleが2015年3月10にAppleWatchRとともにリリースした研究者向けのオープンフレームワークである.このキットを使ったアプリケーションでは,同意項目や問診などのテンプレートを自由に組み合わせることが可能なほか,iPhoneに内蔵されている加速度センサーやジャイロスコープ,GPS(glob-alpositioningsystem)といったセンサー類の情報やHealthKitRと連携し,健康データを取得することができる.さらにAppleは収集データにアクセスができない仕様になっているため匿名性が保たれる(図2).これまでにわが国では,ResearchKitRを用いたアプリは15個リリースされている(図3,2018年3月16日調べ).ユーザーがアプリの選択を迷わないようにするために,わが国では1疾患につき1アプリケーションしかAppleによって許可されないため,同一疾患に対するアプリは存在しない.順天堂大学はこれまでに6個のアプリをリリースし,そのうち2個のアプリケーション(ドライアイリズムと花粉症アプリケーション:アレルサーチ)を眼科からリリースした.*TakenoriInomata:順天堂大学医学部眼科学教室,戦略的手術室改善マネジメント講座〔別刷請求先〕猪俣武範:〒113-8421東京都文京区本郷3-1-3順天堂大学医学部眼科学教室0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(21)871図1「ドライアイリズム」リリース同意項目・問診等のHealthKitと連携しAppleは収集データにテンプレート健康データを自動収集アクセス不能図2ResearchKitRの機能図3わが国でのResearchKitRを用いたアプリケーション表1ResearchKitRの5つの利点ドライアイ指数まばたき測定実用視力OSDI質問紙票最大開瞼時間→Tear.lmbreakupと相関自覚症状ドライアイ新診断基準図4ドライアイリズムの機能*角膜カンファランスC2018発表(順天堂大学・猪俣武範ら,ドライアイの簡易検査としての最大開瞼時間)C3.プライバシーと安全性ICTを用いた臨床研究では,プライバシーと安全性について関心が集まるところである.まず本研究で収集した情報にはCAppleは一切アクセスしない.また,研究実施に係るデータを取扱う際は,被験者の個人情報は年齢および性別以外は回収しないため,個人を特定できる情報は扱わない.また,回収した情報は個人と関係被験者コードを付して管理し,被験者の秘密保護に十分配慮している.研究で得られた研究協力者の個人的な情報および測定データは,すべてCID化が施され匿名化したうえで厳重なセキュリティーが施されたクラウドサーバー上で厳重に管理している.ID化が施された研究データは,個人の特定ができないことはもちろんであるが,学術会議などで公表する際にも,統計処理が施され,個人情報や団体名,企業名などを伴う形で公表されないことをアプリケーション上に明示し,これらの情報の保護に細心の注意を払っている.CIVドライアイリズムプロジェクトから明らかになったこと1.アプリケーションのダウンロード数ドライアイリズムはC2015年C11月.2016年C10月に18,225ダウンロードされ,これまでのわが国におけるCReserachKitRを用いたアプリケーションで最大のダウンロード数を記録した(図5).本研究では被験者であるユーザーに楽しみながら研究に参加してもらうため,問診による調査だけでなく,iPhoneのインカメラ機能を用いたC30秒間のまばたきを我慢してもらう「まばたき我慢(MBI)」の計測や,算出されたドライアイ指数をSNSでシェアできる機能を搭載した.その結果,多くの被験者にアプリケーションをダウンロードしてもらうことにつながったと考える.ダウンロードの内訳をみてみると,男性C38%,女性62%,年齢の平均はC30.8歳であった.ドライアイは女性に多い疾患のため2,8),通常の診療では男性のデータはなかなか集まらないが,本アプリケーションではたくさんの男性のデータも集めることができた.そのほかには,47都道府県すべてから被験者データを収集することができているため,ドライアイの啓発という意味では全地域に行うことができた.本データをもとに,地域別のドライアイの検討も可能である.C2.ドライアイリズムで収集した情報ドライアイリズムでは,身長・体重・年齢・性別や既往歴,コンタクトレンズ装用の有無,点眼の有無,眼科手術の有無,喫煙,花粉症の有無などの患者基本情報と,生活習慣調査として,VASスケール(visualanalogscale)を用いたストレスレベル,頭痛,目の痒みや睡眠時間,VDT作業時間,水分摂取量,便の回数などを収集した.さらにCCES-D(theCcenterCforCepidemiologicstudiesCdepressionCscale)を用いたうつ病に関する問診を実施した.ドライアイリズムでは,医学研究としての質を担保し,過去のデータと比較するために,これまで使われている代表的な質問紙票であるCOSDIやCCES-D9,10)を採用した.そうすることで,手法自体の信頼性を証明する必要がなくなるからである.しかし,質問紙票とアプリケーションでは結果に差が出る可能性があるが,その結果の信頼性は比較されていないため,今後の検討する必要性がある.本研究では選択バイアスを考慮して内部比較を検討している.たとえば,「ドライアイの自覚症状と生活習慣の関連」を調査することが可能である.OSDIはこれまでの研究から,そのスコアによってCnormal(0-12),mild(13-22),moderate(23-32),severe(33-100)に分類されている6).このスコアを使うことで,ドライアイの自覚症状が重症化している人の生活習慣と,それ以外の人の生活習慣を比較することで,ドライアイの自覚症状の重症化に関連する生活習慣を明らかにすることができる.また,ResearchKitCRを用いた研究では得られた結果をすぐにアプリケーションを通じてCFeedbackすることが可能であるため,研究結果はすぐにドライアイの啓発として使用可能である.(25)あたらしい眼科Vol.35,No.7,2018C87518,50018,00016,41716,00018,00014,00017,50012,00018,22510,00017,0008,00016,5006,00016,4174,00016,0002,00034323511810585117190131140166173515,500Nov.Dec.Jan.Feb.Mar.Apr.May.Jun.Jul.Aug.Sep.Oct.Nov.2016201620172017201720172017201720172017201720172017ダウンロード数(月別/右軸)ダウンロード数(合計/左軸)図5ダウンロード数の推移-

ドライアイの評価 質問票による自覚症状の把握

2018年7月31日 火曜日

ドライアイの評価質問票による自覚症状の把握AssessmentofDryEyeSymptomsUsingQuestionnaire坂根由梨*はじめにドライアイの自覚症状は,日本ではC2006年のドライアイ研究会による診断基準で,角結膜上皮障害,涙液層破壊時間(tearC.lmCbreak-upCtime:BUT)の短縮と並んで確定診断に必要な項目の一つとしてあげられるようになり,その不快な症状が視機能やChealth-relatedqualityoflife(HRQL)に及ぼす影響が注目されてきた.さらにC2016年に改訂された新診断基準では,BUT短縮と自覚症状の二項目のみが基準となり,その重要性が再確認されている.しかし,自覚症状は主観的なものであり,定量的に評価するには適切な質問票を用いる必要がある.本稿ではドライアイの自覚症状やCHRQLへの影響を評価する質問票について述べる.CIドライアイの自覚症状とHRQLへの影響ドライアイの自覚症状といえば,病名どおり“眼の乾燥感”がイメージされると思うが,症状の訴え方や内容は個人差が大きく千差万別である.異物感,灼熱感,羞明など典型的な症状を訴えることもあれば,眼の疲れやまぶたが重たいなど一見ドライアイと関係ない症状や,逆に流涙を訴える場合も日常診療では多く経験する.また,これらの自覚症状は視機能やCHRQLにも負の影響を及ぼすとされており,Miljanovicらの報告1)では,ドライアイ患者はドライアイのない人と比べ,読書,コンピュータの使用,仕事,車の運転,テレビ鑑賞などの日常的な活動で,2~4倍ぐらい負の影響を受けているとされている.日本でも,VDT(visualCdisplayCtermi-nals)作業従事者を対象に行われた大阪スタディで,ドライアイ患者では労働生産性が低下していると報告2)されている.また,精神的健康面への影響も指摘されており,うつ病とドライアイの関連を報告する論文3,4)もみられる.ドライアイ患者の多くは,これらの不快な症状やCHRQLの改善を目的に病院を受診しており,治療法の選択や治療効果を客観的に評価するには,自覚症状やHRQLへの影響を定量的に測定する必要がある.CIIドライアイ研究で使用される質問票患者の主観的な要素(patientCreportedCoutcome:PRO)である自覚症状やCHRQLへの影響の評価法としては,尺度として質問票を用いてスコア化し,定量的に解析できるようにする手法が一般的によく使われている.ドライアイ研究でも同様であり,自覚症状やHRQLに関する多数の質問票が現在使われている.しかし,臨床研究や疫学調査など質問票から得られた結果を論文化するのであれば,信頼性(正確に測定できているか),妥当性(測定したい概念が測れているか),反応性(経時的な変化をとらえているか)などが適切であると検証されている質問票を用いる必要がある.2017年のCTearCFilmCandCOcularCSurfaceCSocietyCDryCEyeWorkShopII(TFOSDEWSII)の報告5)では,ドライアイ研究に使用されている質問票としてC17の質問票が*YuriSakane:愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻器官・形態領域眼科学〔別刷請求先〕坂根由梨:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻器官・形態領域眼科学0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(15)C865表1バリデートされているドライアイ質問票一覧質問票項目評価内容特徴CNationalEyeInstituteVisualFunctionQuestionnaire-25(NEI-VFQ25)C25HRQL(全体的健康感,視機能,目の痛み,社会生活,行動,精神的健康,運転など)ドライアイ特異的ではないため,他の眼科疾患との比較が可能OcularSurfaceDiseaseIndex(OSDI)C12症状HRQL(視機能,環境因子)ドライアイ診断と重症度評価が可能CImpactofDryEyeonEverydayLife(IDEEL)C57症状HRQL(日常生活,精神面,仕事,治療満足度)項目数が多く,ドライアのCHRQLへの影響や治療満足度を網羅的に評価できるCDryEye-relatedQualityoflifeScorequestionnaire(DEQS)C15症状HRQL(日常生活,精神面,仕事)ドライアイの症状とCHRQLへの影響や,治療による変化を評価可能CUniversityofNorthCarolinaDryEyeManagementScale(UNCDEMS)C1HRQL(日常生活)過去C1週間のドライアイの症状とCHRQLの程度をC1つのスケールでC10段階評価McMonniesDryEyeQuestionnaire(MQ)C14症状全身状態,環境,年齢,性別ドライアイのスクリーニングに用いられるCDryEyeScreeningQuestionnaireforDryEyeEpidemiologyProjects(DEEP)C19症状コンタクトレンズ(CCL),口渇,アレルギードライアイのスクリーニングと診断に有用DryEyeQuestionnaire(DEQ)C21症状ドライアイ症状の有無と,もっともひどくなる時間帯を回答し,診断と重症度を評価CStandardPatientEvaluationofEyeDrynessquestionnaire(SPEED)C4症状4つの自覚症状の有無と頻度・程度を評価CSubjectiveEvaluationofSymptomsofDryness(SESoD)C3症状乾燥に関連した眼不快感を評価CSymptomAssessmentinDryEye(SANDE)C2症状症状の頻度と重症度をCVASスケールで評価CWomen’sHealthStudyQuestionnaire(WHS)C3症状ドライアイの既往簡便であり,大規模な疫学調査などで使われるHRQL:health-relatedqualityoflife④DEQS:DEQSは眼の症状に関するC6項目と日常生活への支障に関するC9項目で構成されており,日本で開発された質問票11)である.DEQSの詳細は後述する.C⑤UNCDEMS:ドライアイの症状の程度とそれが日常生活にどれぐらい影響したかを,10段階のスケール上で回答する構成の質問票である.使いやすく迅速に回答可能である.OSDIと高い相関があることが報告12)されている.C⑥MQ:おもに日常診療などでドライアイのスクリーニングに使用される質問票13)である.年齢,性別,自覚症状,全身の既往,トリガーを含むC14項目で構成されている.C⑦DEEP:ドライアイの疫学調査14)のために,スクリーニング目的で使用された.電話インタビュー形式で,自覚症状,コンタクトレンズ装用,口渇,アレルギーなどのC19項目が含まれる.C⑧DEQ:おもな自覚症状C9項目の発生率,頻度,悪化する時間帯と,年齢,性別,日常活動への影響,薬の使用,アレルギー,ドライアイの既往などC21項目で構成されている15).DEQ-5という短縮バージョンがある.C⑨SPEED:受診時,72時間以内,3カ月以内の長期間について,4つの自覚症状の有無とその頻度と程度を回答する.OSDIと比較しても有効性や一貫性が良好であることが報告16)されている.C⑩SESoD:3項目の乾燥に関連した眼不快感の頻度を評価する.OSDI,SPEED,DEQなどの質問票のスコアと有意差なく評価できることが報告17)されている.C⑪SANDE:自覚症状の頻度と重症度のC2項目をC100mmのCvisualCanalogCscale(VAS)で評価する簡便な質問票.OSDIとの良好な相関が報告18)されている.C⑫WHE:ドライアイの症状と既往のC3項目のみであり,疫学調査などの大人数のスタディ19)などで広く使用されている.これらの質問票のうち,日本のドライアイ研究でも使用されているものとしては,NEI-VFQC25,OSDI,DEQSなどがあげられる20~24).なかでもCDEQSはドライアイ研究会主導のもと日本で作成され,検証もされているため,日本国内のスタディで使用しやすいという利点がある.IIIDryEye.relatedQualityoflifeScore(DEQS)(図1)C1.DEQSの特徴DEQSは眼の症状に関するC6項目と日常生活への支障に関するC9項目で構成されており,日常診療で簡便に使用できること,自覚症状だけでなくCHRQLも評価することができること,治療による変化を評価できることをコンセプトに開発された.5分程度で回答することができるため,診療の待ち時間などを利用して使用できる.しかし,治療効果の評価に焦点を当てているため,環境因子など変動がある項目は除外されており,診断に用いるには不十分である可能性がある.C2.DEQSの使用方法DEQSはドライアイ研究会のホームページからダウンロードできる.患者自己記入方式で,各質問に対し頻度と程度を回答するが,サマリースコアの算出には,症状やCQOLへの影響をより強く反映していると考えられる程度スコアのみを用いる.頻度のスコアがC0点の場合は,程度スコアもC0点とする.どちらも記入がない,もしくは程度スコアのみ記入がない場合は無効回答となり,10項目以上の有効回答でサマリースコアを算出する(図2).サマリースコア算出には次の数式を用いる.サマリースコア=程度スコア合計C÷有効回答数C×25(0~100点)C3.DEQSの開発DEQSの開発はCFDAの基準に準拠して行われており,まずドライアイに関連すると思われる質問項目をC35項目選出して初案を作成した.その後,専門家会議や患者への面接調査で適切でない項目の削除や不足している項目の追加を行い,15項目まで絞り込んだ.ドライアイ群C203名とコントロール群C21名を対象とした最終的な検討では,十分な信頼性と妥当性が確認されている.また,涙点プラグ挿入前後の比較で,サマリースコアに有意な改善がみられ,治療に対する反応性も良好であった.C(17)Cあたらしい眼科Vol.35,No.7,2018C867図1DEQS目の症状C6項目と日常生活への支障に関するC9項目で構成されている.図2DEQSのスコアリング例サマリースコアは程度スコアを用いて算出する.頻度スコアがC0点のときは程度スコアもC0点とする.どちらも記入がない,もしくは程度スコアのみ記入がない場合は無効回答となる.10項目以上の有効回答でサマリースコアを算出する.—

ドライアイの評価 ドライアイのサブタイプ分けに必要な検査

2018年7月31日 火曜日

ドライアイの評価ドライアイのサブタイプ分けに必要な検査ClinicalExaminationsforSub-TypesClassi.cationofDryEyeDisease内野裕一*Iドライアイの病因別分類ドライアイの病態生理の考え方については,日本を含むアジア諸国と,米国を中心とする欧米諸国で異なる点が多く,そのためにドライアイの評価および治療法にも違いがある.まずはこの考え方の違いについて簡単に解説する.2007年のInternationalDryEyeWorkshop(DEWS)reportおよび2017年のDEWSIIreportでは,ドライアイに関する定義,疫学,病因,分類方法,治療方法などについて,世界中のドライアイ研究者が分科会ごとに報告を行っている.新旧どちらのDEWSレポートでも,基本的な病因学的分類は「涙液分泌減少型ドライアイ」と「蒸発亢進型ドライアイ」の二つに分けられているが,2017年のDEWSIIレポート1)では,涙液減少型と蒸発亢進型の二つの病態が,軽症,中等度,重症のように幅のある重症度に分けられて,混在した状態である可能性が示された(図1).そして米国を中心に,眼表面涙液量減少による涙液浸透圧上昇と,それに伴う炎症の悪化が,ドライアイにおける病態生理の根幹であるという見方が主流となっている.しかしながら,涙液浸透圧の測定にはばらつきが多いこと,実際にドライアイ重症度や治療効果判定において,涙液浸透圧は有意差を示していなかったとする報告も続いており,日本ではドライアイの病態生理を考えるうえでは,涙液浸透圧はあまり重要視していないのが現状である.日本をはじめとするアジアの国々では,水分分泌やムチン発現を促進する点眼薬が広く使われるようになったことで,ドライアイ研究会が日本から発信しているtearfilmorientedtherapy(TFOT)(856頁,図6参照)の考えを重要視している.TFOTは涙液層の安定性改善に主眼を置く眼表面層別治療の概念であり,その根幹にあるのはTFOD(tearfilmorienteddiagnosis)とよばれる眼表面における層別診断となる.2016年に日本を含むAsiaDryEyeSocietyはドライアイの定義を,「さまざまな要因により涙液層の安定性が低下する疾患であり,眼不快感や視機能異常を生じ,眼表面の障害を伴うことがある」とした2).ドライアイ診断基準も,①ドライアイの自覚症状,②涙液層の不安定化〔涙液層破綻時間(tearbreakuptime:BUT)5秒以下〕,の以上2つを満たせば,ドライアイと確定診断できることになった.この流れから,涙液層の不安定化要因を鑑別するために,眼表面の層別診断であるTFODがあり,その評価に基づく層別治療としてTFOTが広く受け入れられるようになった.層別診断および層別治療では,その治療対象はおもに三つに分けられ,涙液層中の①油層,②液層,また涙液層とは別に③眼表面上皮があげられる.これらの変化を的確に評価し,その改善に向けた治療方法を選択していくことが重要である.とくに「液層」では「水分量」を評価しながら,「分泌型ムチン」をはじめとしたさまざまな蛋白濃度変化のイメージが重要であるし,「眼表面上皮」では,「水濡れ性の変化」を*YuichiUchino:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕内野裕一:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(9)859図1DEWSIIにおけるドライアイ診断の手順(DiagnosticMethodologyreportから抜粋)(症状・既往歴・生活環境などを把握)(ドライアイ質問票で自覚症状重症度を判定)↓(眼瞼の発赤や腫脹の有無)(瞬目異常や閉瞼不全の有無)(涙.腫脹などの涙道疾患の有無)↓(結膜疾患や充血などの有無)(涙液メニスカスのデブリスを評価)↓(BUT:涙液層破壊時間の計測)(角結膜上皮欠損のスコアリング)↓(染色による診察後に10分ほど時間をあけて,点眼麻酔せずに行う)図2ドライアイ診断の実臨床における基本的な流れ図3涙液層の破綻(角膜下方)図4フルオレセイン染色紙のつけ方図5Linebreak図6点状表層角膜症図7リサミングリーン染色による結膜染色図8Schirmer試験

ドライアイの評価 ドライアイ診断基準のコンセプト

2018年7月31日 火曜日

ドライアイの評価ドライアイ診断基準のコンセプトConceptofNewDe.nitionandDiagnosticCriteriaofDryEyeDiseasein2016島﨑潤*はじめにドライアイの定義と診断基準がC10年ぶりに改訂された1).本稿では,改訂のポイントとドライアイ診療に及ぼす影響について述べる.CIドライアイの定義と診断基準:その特徴2016年版のドライアイの定義と診断基準は表1,2のとおりである.これをC2006年版と比べると,以下のような特徴があることがわかる1,2).C1.涙液層の安定性の重要性が増したこの点が今回の改訂のもっとも大きな変化と思われる.涙液には表3にあげる機能があり,これが慢性的に損なわれた状態がドライアイとなる.これらの機能は,涙液が角結膜上に安定して留まることではじめて発揮される.その意味で涙液層の安定性がいかに保たれるかがもっとも重要であることは論をまたない.涙液層の安定性を維持するためには,その量が重要であることは言うまでもない.一方で近年,涙液分泌量は保たれていても,涙液が安定して角結膜上に留まらないタイプのドライアイが注目されるようになってきた.涙液安定性の指標として,フルオレセイン溶液を点眼した後に測定する涙液層破壊時間(tearC.lmCbreak-upCtime:BUT)が主として用いられていることより,このタイプのドライアイは「BUT短縮型ドライアイ」とよばれるようになった(図1).BUT短縮型ドライアイは,眼不快感,視機表12016年版ドライアイの定義と診断基準表22006年版ドライアイの定義と診断基準表3涙液の機能*JunShimazaki:東京歯科大学市川総合病院眼科〔別刷請求先〕島﨑潤:〒272-8513千葉県市川市菅野C5-11-13東京歯科大学市川総合病院眼科0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(3)C85314.7%BUT(sec)図1BUT短縮型ドライアイの一例図2ドライアイ患者におけるSchirmer値とBUTの散布図(文献C4より転載引用)図3涙液減少型ドライアイにおける上皮障害図4上輪部角結膜炎における上皮障害瞼裂部に上皮障害が生じる.上方瞼結膜と接する部位に障害がみられる.図5薬剤性障害の一例結膜上皮障害に比べて角膜上皮障害が強い.この後,点眼を防腐剤無添加のものに変更して改善した.【眼表面の層別治療】治療対象眼局所治療温罨法,眼瞼清拭油層少量眼軟膏,ある種のOTCジクアホソルナトリウム*人口涙液,涙点プラグ水分ヒアルロン酸ナトリウム液層ジクアホソルナトリウム分泌型ジクアホソルナトリウムムチンレパミピド膜型ムチンジクアホソルナトリウム上皮レパミピド上皮細胞自己血清(杯細胞)(レパミピド)ステロイド眼表面炎症レパミピド*****ジクアホソルナトリウムは,脂質分泌や水分分泌を介した油層伸展促進により涙液油層機能を高める可能性があるレパミピドは抗炎症作用によりドライアイの眼表面炎症を抑える可能性がある(監修:ドライアイ研究会)図6涙液層別に異常の部位を診断して,それに対応した治療を選択する“tear.lmorientedtherapy(TFOT)”の概念図(ドライアイ研究会ホームページChttp://www.dryeye.ne.jp/tfot/index.htmlより)–

序説:これからのドライアイ診療

2018年7月31日 火曜日

これからのドライアイ診療CurrentTopicsinDryEye白石敦*山田昌和**はじめにドライアイの定義と診断基準が2016年に改訂されました.これまで検査方法のゴールドスタンダードとされていたSchirmer試験と生体染色が診断基準からはずれ,症状と涙液層破壊時間(break-uptime:BUT)で診断が行われることとなりました.本改訂により,ドライアイ診療に大きな変化がもたらされると考えられ,混乱している眼科医も多くおられることと考えられます.そこで本特集では,ドライアイの新診断基準をふまえて,ドライアイの評価方法についてスペシャリストに解説していただきました.また,さまざまな要因で生じるドライアイ症状の対処法に難渋することも多いと思われます.各背景因子とドライアイの関係についても新基準での対応を織り込みながら解説していただきました.ドライアイの評価2006年の診断基準では,Schirmer試験とBUTによる涙液の評価,生体染色による眼表面上皮障害の評価と症状の評価により,ドライアイ確定,疑いの診断がなされていました.今回の診断基準の改訂により,生体染色とSchirmer試験が診断基準からはずれ,症状とBUTで診断が行われることとなりました.また,疑い例がなくなり確定例のみとなったことで,これまで疑いであった多くの症例を確定例として治療できるようになりました.これからのドライアイ診療を行うには,新基準について理解し,ドライアイを正しく評価することが大切です.そこで,本特集の前半部分ではドライアイ評価について取りあげました.まず,診断基準改訂に携わった島﨑潤先生に,改訂に至った背景と新基準のコンセプトについて解説していただきました.内野裕一先生には日本を含むアジアと欧米におけるドライアイに対する考え方の違いを紹介していただくとともに,病態生理を考えたうえでのドライアイ検査の評価方法について解説していただきました.新基準では,自覚症状の評価がより重要になってきました.主観的な自覚症状を定量的に評価するには質問票を用いることが必要になります.坂根由梨先生には質問票による自覚症状の評価方法について解説していただきました.加速度的に進歩するIT社会では,これからのドライアイ診療においてもIT技術の導入は必須です.猪俣武範先生にはアプリケーションソフト「ドライアイリズム」を紹介していただき,これからのドライアイ診療を展望していただきました.*AtsushiShiraishi:愛媛大学大学院医学研究科医学専攻器官・形態領域眼科学**MasakazuYamada:杏林大学医学部眼科学教室0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(1)851

機能性難聴を伴う心因性視覚障害の1例

2018年6月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科35(6):841.844,2018c機能性難聴を伴う心因性視覚障害の1例清水聡太*1西岡大輔*2小鷲宏昭*2,3杉内智子*4*1関東労災病院眼科*2川崎おぐら眼科クリニック*3帝京大学医療技術学部視能矯正学科*4杉内医院CACaseofPsychogenicVisualDisturbancewithFunctionalHearingLossSotaShimizu1),DaisukeNishioka2),HiroakiKowashi2,3)CandTomokoSugiuchi4)1)DepartmentCofCOphthalmology,KantoRosaiHospital,2)KawasakiOguraEyeClinic,3)DepartmentofOrthoptics,FacultyofMedicalTechnology,TeikyoUniversity,4)SugiuchiOtolaryngologyClinic緒言:心因性疾患は器質的疾患を認めず,機能低下を示す病態である.今回,動的視野検査の結果から心因性視覚障害を発見できた機能性難聴を伴う心因性視覚障害のC1例を経験したので報告する.症例:8歳,男児.難聴のため耳鼻咽喉科より紹介.家族歴,既往歴ともに特記すべきことなし.初診時,視力は右眼C1.2(矯正不能),左眼C0.9(矯正不能).眼位・眼球運動に異常はみられず,前眼部・中間透光体・眼底にも異常はなかった.機能性難聴があることから心理的要因を考慮しCGoldmann視野計にて動的視野検査を行い,両眼ともに求心性視野狭窄を認めた.また,経過観察のなかで視力低下がみられたため,アトロピン硫酸塩による屈折検査を施行し,両眼ともに+6.0Dの遠視を認めた.経過観察のなかで視力に変動がみられた.結果:本症例は機能性難聴を罹患していること,動的視野検査にて求心性視野狭窄が認められたこと,良好な視力が確認できたことなどから,機能性難聴を伴う心因性視覚障害と診断した.CPurpose:PsychogenicCdiseaseCdoesnC’tCshowCorganicCdiseaseCandCisCclinicalCconditionCindicatingCtheCfunctionalCdecline.Wereportourexperiencewithonepatienthavingpsychogenicvisualdisturbanceswithfunctionalhearinglossthatevidencedpsychogenicvisualdisturbancesindynamicvisual.eldtestresults.Case:An8-year-oldmaleunderwentamedicalexaminationinotolaryngology.Therewasnothingofspecialnoteinhisfamilymedicalhisto-ryoranamnesis.Hisinitialvisualacuitywas1.2(R)and0.9(L)C.Noabnormal.ndingsweredetectedineyeposi-tion,eyemovement,anteriorsegments,mediaorfundus.Becausetherewasfunctionalhearingloss,weconducteddynamicvisual.eldtestswiththeGoldmannperimeterinconsiderationofpsychologicfactors;botheyesacceptedconcentriccontractionofvisual.eldtogether.Becausedecreasedvisualacuitywasfoundinfollow-up,weconduct-edanexaminationofrefractionwithatropinesulfate,whichshowedhyperopiaof+6.0Dinbotheyes.Changewasfoundinvisualacuityonfollow-up.Result:Wediagnosedpsychogenicvisualdisturbancewithfunctionalhearinglossbecausewefoundhehadfunctionalhearinglossanddynamicvisual.eldtestsshowingconcentriccontractionofvisual.eld,ascon.rmedbygoodvisualacuity.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(6):841.844,C2018〕Keywords:心因性視覚障害,機能性難聴,求心性視野狭窄.psychogenicvisualdisturbance,functionalhearingloss,concentriccontractionofvisual.eld.Cはじめに心因性視覚障害は器質的病変を認めないにもかかわらず視機能の低下がみられるものであり,その原因として精神的心理的要因を考慮せざるをえない症候群と定義されている1).とくに視力障害は多いとされ,小学生,中学生の女子に多くみられる2.4).また,機能性難聴は,器質的障害に起因するとは考えにくい難聴と定義されており,その要因としては心因性や詐聴があげられる5).心因性疾患の環境要因としては家庭環境や学校関係に多いとされるが6,7),明らかな背景がないにもかかわらず発症する場合もあるため,診断は慎重に行わなければならない.今回筆者らは,動的視野検査により心因性視覚障害を発見できた機能性難聴を伴う心因性視覚障害のC1例を経験したの〔別刷請求先〕清水聡太:〒211-8510神奈川県川崎市中原区木月住吉町C1-1関東労災病院眼科Reprintrequests:SotaShimizu,DepartmentofOphthalmology,KantoRosaiHospital,1-1Kizuki-sumiyoshicho,Nakahara-ku,Kawasaki-shi,Kanagawa211-8510,JAPANで報告する.CI症例患者:8歳,男児.主訴:難聴.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:特記すべきことなし.現病歴:機能性難聴.初診時所見:2012年C2月C1日.視力は右眼C1.2(矯正不能),左眼C0.9(矯正不能)であった.検査時,眼位・眼球運動には異常はみられず,前眼部・中間透光体・眼底にも異常はみられなかった.学校,家庭環境に問題はなかったが,左眼視力の反応が悪く,機能性難聴があることから心理的要因を考慮し,後日,Goldmann視野計にて動的視野検査を行った.動的視野検査では両眼ともに求心性視野狭窄を認めた(図1).シクロペントラート塩酸塩による調節麻痺下屈折検査を施行し,右眼(1.0×+2.0D),左眼(1.0×+4.5D(cylC.2.0DCAx5°)と軽度の屈折異常を認めたため眼鏡処方をした.また,患児は検査・診察時に集中できず,落ち着きがなかった.耳鼻咽喉科の所見にても器質的疾患はなし.標準純音聴力検査にて軽度から中等度の難聴の結果が出たが,検査中の会話には問題なかった(図2).日常会話の様子と結果の矛盾から,後日,聴性脳幹反応(ABR),聴性定常反応検査(ASSR)を予定した.経過:2012年C3月C13日,視力は右眼(1.2C×JB),左眼(0.6C×JB)と左眼の視力低下を認めた.TitmusStereoTestを施行したが,立体視の確認は困難であった.検査中は検査に対し非協力的な態度を示した.耳鼻咽喉科でのCABR,ASSRは正常範囲内の閾値を示し,標準純音聴力検査の結果でも正常範囲内となり,良好な結果を示した.2012年C4月C17日,視力は前回と変わらなかったため,アトロピン硫酸塩を処方し,再度調節麻痺下の屈折検査をすることとした.標準純音聴力検査では何回か経過観察していくなかで,正常範囲内を示し,良好な結果を示した(図3).2012年C5月C7日,アトロピン硫酸塩による調節麻痺下屈折検査では右眼(0.1×+6.0D(cyl.1.25DCAx5°),左眼図2標準純音聴力検査(初診時)(0.1×+6.25D(cyl.1.25DAx5°)と強い遠視を認め,視力も不良であった.レンズ打消し法にて視力検査を行ったが,変化はみられなかった.2012年C6月C13日,視力は右眼(0.3C×JB),左眼(0.2C×JB)と不良であったが,ひらがな視標による視力検査では右眼(1.0C×JB),左眼(1.0C×JB)と良好な結果が得られた.以後の経過でもひらがな視力にて良好な結果が続いたため,眼鏡の度数変更は行わずに経過観察とした.CII考按心因性視覚障害の症状は多種にわたり,多くは視力・視野に異常がみられるが,色覚や眼位,眼球運動に障害がみられる場合もある2,8.10).受診動機は学校あるいは就学時健診で視力低下を指摘されることが多いとされ11),心因性視覚障害の内訳として福島らは,視力と視野の障害はC51.9%,視力のみの障害はC26.2%,視野のみの障害はC6.4%であったと報告している3).また,視野障害に関して大野らは,動的視野検査施行患者のうち,正常がC22例(51.2%),らせん状がC11例(25.6%),求心性がC10例(23.3%)であったとし4),石橋らは心因性視覚障害を疑いCGoldmann視野計を施行したC39例のうち,全例で左右差のない正常視野が測定されたと報告している12).これらのことから,心因性視覚障害における視野障害のみの発症頻度は高くないことがうかがえるが,本症例は求心性視野狭窄を示した.さらに視野検査は小児にとって負担のかかる検査であり,患児の理解や集中力に依存するため,結果の信頼性が乏しい場合もある.しかし,本症では視野検査が診断に有用であった.受診時に落ち着きのない面がみられたが,患児が比較的落ち着いている際に視野検査を施行したことにより,円滑に検査を行うことができた.一方的な検査ではなく,患児のコンディションを見ながら柔軟に検査項目を決定することが重要である.経過観察中に視力の変動が大きかったが,深井らは心因性視覚障害において視力の程度に関係なく初診日から約C1カ月以内に自覚的視力がC1.0以上認められたものはC89.7%あり,再発はC11.4%にみられたと報告している2).本症で留意すべき点は,アトロピン硫酸塩による調節麻痺下屈折検査の結果である.仮に良好な視力が確認できなかった場合,診断は屈折異常弱視と誤診してしまい,場合によっては不要な視能訓練により心理的負荷が増加してしまう可能性も示唆される.過去にも兵藤らは長期間の健眼遮閉法による弱視訓練が原因で心因性視覚障害をきたした症例を報告している13).このことから弱視患者においても心因的要因を検索し配慮することが重要である.また,機能性難聴には心因性難聴と詐聴とがあるが,小児の場合は多くが心因性難聴である5).心因性難聴は,実際には音が聞こえているにもかかわらず,患者本人には音が聞こ図3標準純音聴力検査(回復後)えたと感じることができない病態とされる.佐藤らは小児における機能性難聴の罹患率は小学生のC0.08%,中学生のC0.05%であり,健診で難聴を指摘される症例のうちC5%は心因性難聴であると報告している14).また,吉田らは機能性難聴の発見契機は健診で指摘され耳鼻咽喉科を受診するケースがもっとも多く,そのなかで自覚症状がない症例がC61.9%であったと報告しており15),本症例も健診で難聴を指摘されたことを契機に受診に至っている.視力障害を併発した症例も報告されており5),眼科的にも留意しなければならない疾患である.本症では初診時視力は左眼視力が出にくく,機能性難聴による紹介受診となった背景から視野検査を施行し,診断に有用な結果を得ることができた.一過性の聴力障害後に発症した心因性視覚障害についても報告があり16),眼科と耳鼻咽喉科の連携が重要である.さらに小児の機能性難聴では不注意の問題を伴う一群が報告されており17),不注意の問題を伴う小児機能性難聴では,知的側面を一つの重要な軸として考慮しなければならず,背景に注意欠陥障害(attentiondeficitCdisorder:ADD),注意欠陥多動性障害(attentionde.cit/hyperactivityCdisorder:ADHD)のような発達的問題を抱えていることもある18).本症でも検査・診察時に落ち着きがなく,非協力的な面がみられることもあり,ADHDも疑っていたが,通院が途切れてしまい確定診断には至らずにいる.本症以外でも似たような例では小児機能性難聴に加え,さらに発達的障害が潜伏しているのではないかと考えられる.本症では,眼科所見からは動的視野検査で求心性視野狭窄がみられたこと,視力の変動があるが良好な視力が確認できたこと,分離域と可読域とで視力値に差がみられたこと,耳鼻咽喉科所見からは器質的疾患がないこと,自覚的検査と他覚的検査結果の矛盾,自覚的検査結果と会話の矛盾,聴力が回復してしばらくしてから良好な視力が確認できたことなどから,機能性難聴に伴う心因性視覚障害と診断した.初診時の動的視野検査で求心性視野狭窄がみられたことにより眼科的に経過観察としたが,心因的背景はみられず視力もおおむね良好であったため,症状を見逃してしまう可能性もあった.心因性視覚障害では器質的疾患の有無とともに,いくつかの検査結果を総合的に判断しなければならないことを改めて認識した.本症のように他科の疾患から手がかりが見つかることもあるため,心因性患者へのアプローチには多彩な検査と包括的な診療が重要である.文献1)BruceCBB,CNewmanCNJ:FunctionalCvisualCloss.CNeurolCClinC28:789-802,C20102)深井小久子,佐柳智恵美:心因性が考えられる視力低下および眼位異常の統計的研究.日視会誌15:29-31,C19873)福島孝弘,上原文行,大庭紀雄:鹿児島大学附属病院(過去C23年間)における心因性視覚障害.眼臨C96:140-144,C20024)大野智子,松村望,浅野みづ季ほか:神奈川県立こども医療センターに心因性視覚障害として紹介された患者の転帰.眼臨紀10:39-43,C20175)梅原毅,渡辺真世,袴田桂ほか:小児機能性難聴症例の検討.耳鼻臨床109:159-166,C20166)大辻順子,内海隆,有松純子ほか:心因性視覚障害児の治療経験および母子関係.眼臨89:750-754,C19957)原沢佳代子,星加明徳,本多煇男:東京医科大学病院眼科における心因性視覚障害児の視機能および環境因子についての検討.日視会誌18:152-156,C19908)原涼子,奥出祥代,林孝彰ほか:片眼の色感覚が消失した心因性視覚障害の一例.日視会誌40:107-111,C20119)小鷲宏昭,西岡大輔,林孝雄ほか:心理的動揺により上転が誘発される交代性上斜位の一例.日視会誌C45:173-177,C201610)宮崎栄一,絵野尚子,下奥仁ほか:心因外斜視のC1例.心身医学19:490-492,C197911)小口芳久:心因性視力障害.日眼会誌104:61-67,C200012)石橋一樹,大池正勝,須田和代ほか:小児の心因性視覚障害に対するゴールドマン視野検査.眼臨C93:166-169,C199913)兵藤維,臼井千惠,林孝雄ほか:長期弱視訓練により心因性視覚障害をきたしたC1例.日視会誌C35:107-112,C200614)佐藤美奈子:小児心因性難聴.耳鼻・頭頸外科C86:128-132,C201415)吉田耕,日野剛,浅野尚ほか:当科小児難聴外来における機能性難聴の統計的観察.耳展41:353-358,C199816)高田有希子,奥出祥代,林孝彰ほか:一過性の聴力障害後に発症した心因性視覚障害のC1例.日視会誌C43:153-159,C201417)工藤典代,小林由実:心理発達面からみた小児心因性難聴の臨床的検討.小児耳21:30-34,C200018)芦谷道子,土井直,友田幸一:不注意の問題を伴う小児機能性難聴の知的側面の解析.音声言語医学C54:245-250,C2013***

メトトレキサート硝子体注射による治療後に中枢神経播種・消化管転移した眼原発悪性リンパ腫の1例

2018年6月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科35(6):836.840,2018cメトトレキサート硝子体注射による治療後に中枢神経播種・消化管転移した眼原発悪性リンパ腫の1例熊谷泰雅澁谷悦子石原麻美西出忠之金田英蘭山根敬浩竹内正樹河野慈蓮見由紀子木村育子水木信久横浜市立大学附属病院眼科CACaseofPrimaryVitreo-retinalLymphomaMetastasizedtoCentralNervousSystemandGastrointestinalTractafterTreatmentwithIntravitrealMethotrexateInjectionTaigaKumagai,EtsukoShibuya,MamiIshihara,TadayukiNishide,EiranKaneda,TakahiroYamane,MasakiTakeuchi,ShigeruKawano,YukikoHasumi,IkukoKimuraandNobuhisaMizukiCDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversityGraduateSchoolOfMedicine眼原発悪性リンパ腫(primaryCvitreo-retinalClymphoma:PVRL)に対するCmethotrexate(MTX)硝子体注射加療後に,脳病変・消化管転移を認めた症例を報告する.症例はC72歳,男性.2012年C2月近医でステロイド抵抗性の両眼ぶどう膜炎のため,同年C8月に横浜市立大学附属病院を受診した.矯正視力は右眼(1.2)左眼(1.0),両眼びまん性硝子体混濁を認めた.両眼硝子体生検し,細胞診CclassIII,interleukin(IL)-10/IL-6>1であった.全身CPET-CTや頭部CMRIは異常なく,PIOLと診断し,ただちに両眼CMTX硝子体注射を開始し,硝子体混濁は改善した.2015年C6月,頭部CMRIで脳病変を認め,翌年C3月には胃十二指腸への転移を認めた.PVRL患者では,中枢を含めた全身精査を継続することが重要である.ThisCreportCdescribesCaCcaseCofCprimaryCvitreo-retinalClymphoma(PVRL)withCmetastasisCtoCtheCcentralCner-vousCsystem(CNS)andCgastrointestinal(GI)tractCafterCtreatmentCwithCintravitrealCinjectionsCofCmethotrexate(MTX).A72-year-oldmalepreviouslydiagnosedwithbilateralcorticosteroid-resistantuveitisinFebruary2012,wasCreferredCtoCourChospitalCinCAugustCthatCyear.CCorrectedCvisualCacuityCwasC1.2CandC1.0CforCrightCandCleftCeye,Crespectively.CDi.useCvitreousCcloudingCwasCnoted,CandCvitreousCbiopsyCwasClaterCdone.CBiopsyCcytologyCrevealedPapanicolaouCclassCIIIC.ndings;theCinterleukin(IL)-10:IL-6CratioCwasCgreaterCthanC1.CAbsenceCofCabnormalitiesintheheadmagneticresonanceimaging(MRI)orpositronemissiontomography-computedtomography(PET-CT)ledustodiagnosePVRL.Post-diagnosis,intravitreousinjectionsofMTXwereadministeredinbotheyes;subse-quently,CcloudingCimproved.CHowever,CheadCCTCrevealedCCNSCinvasionCinCJuneC2015;upperCendoscopyCshowedCmetastasistotheGItractinMarch2016.Therefore,patientswithPVRLnecessitateholisticworkups.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(6):836.840,C2018〕Keywords:眼原発悪性リンパ腫,メトトレキサート硝子体注射,全身転移,インターロイキン(IL)-10/IL-6比.primaryvitreo-retinallymphoma,intravitrealinjectionofmethotrexate,systemicmetastasis,interleukin(IL)-10:CIL-6ratio.Cはじめにnallymphoma:PVRL)は比較的まれな疾患だが,中枢神経悪性リンパ腫はリンパ球に由来し,全身のリンパ組織およ系(centralCnervousCsystem:CNS)への浸潤をC56.85%とびリンパ節外からも発生する高率にきたす1).中枢神経系悪性リンパ腫が出現した場合,悪性腫瘍の総称であり,全身のさまざまな臓器で発症する5年生存率はC30%未満とされ,生命予後が不良な疾患であ可能性がある.眼内原発悪性リンパ腫(primaryvitreo-reti-る2).〔別刷請求先〕熊谷泰雅:〒236-0004神奈川県横浜市金沢区福浦C3-9横浜市立大学附属病院眼科Reprintrequests:TaigaKumagai,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversityGraduateSchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,Yokohama,Kanagawa236-0004,JAPAN836(128)PVRLは仮面症候群の代表疾患であり3),初発症状として,視力低下,霧視,飛蚊症などの眼症状で眼科を受診することが多く,しばしばぶどう膜炎として加療される.しかし,ステロイド治療に抵抗することが多く,このようなぶどう膜炎をみた場合,悪性リンパ腫を疑い,硝子体生検による細胞診4)やCPCR(polymeraseCchainCreaction)法による遺伝子解析,フローサイトメトリー法による細胞表面マーカーの検索などにより積極的に診断を進める必要がある.今回筆者らはCPVRLに対し,methotrexate(MTX)硝子体内注射および髄腔内投与を行ったが,経過中に頭部CMRIにて中枢病変が発覚し,全脳照射および全身化学療法を施行したものの,約C6カ月後に胃十二指腸に悪性リンパ腫の転移を認めた症例を経験したので報告する.CI症例症例は,72歳,男性.2012年C2月より両眼の霧視を自覚し,近医を受診した.ブロムフェナク点眼液C0.1%を処方され経過をみていたが,4カ月後には両眼に硝子体混濁と網膜血管炎を認めたため,ぶどう膜炎と診断され,精査加療目的で同年C8月に横浜市立大学附属病院眼科(以下,当院)に紹介受診となった.既往歴は,糖尿病,椎間板ヘルニアであった.当院初診時の眼所見は,視力右眼(1.2),左眼(1.0),眼圧は右眼C10CmmHg,左眼C11CmmHgで,炎症細胞はみられず,角膜後面沈着物を認めた.両眼にはびまん性硝子体混濁がみられたが(図1),眼底には網膜滲出斑や網膜血管炎はみられなかった.蛍光眼底造影検査では両視神経乳頭が過蛍光を示すものの,明らかな網膜血管炎は認めなかった(図2).全身検査所見では血液検査にて,ACE(angiotensincon-vertingenzyme)は正常値であったが,Cb2ミクログロブリンがC1.76Cmg/dlと軽度上昇を認めた.CMV(cytomegalovi-rus)やCHSV(herpesCsimplexCvirus),VZV(varicellaCzos-図1初診時眼底写真両眼にびまん性硝子体混濁を認めた.図2初診時フルオレセイン蛍光眼底造影写真両視神経乳頭が過蛍光を認める.明らかな網膜血管炎はみられない.tervirus)のCIgM,IgGはいずれも正常範囲内であり,梅毒トレポネーマ抗体も陰性,T-spotも陰性,ツベルクリン反応も陰性であった.胸部CX線は正常,頭部CCT,MRIも異常所見はなかった.図3頭部MRI所見の推移a:初診時.異常は認めない.Cb:脳病変出現時.腫瘤を示唆する両側脳室内高信号領域がみら2013/032013/072013/12れる(→).Cc:MTX大量療法後.側脳室内高信号領域の拡大がみられる(.).Cd:全脳照射中.両側脳室高信号領域は縮小した.C右眼左眼1.51.2視力ステロイド点眼薬にて加療を継続するも効果なく,2012年C11月に右眼硝子体手術(生検)を施行した.硝子体細胞診の結果,細胞診はCclassIII,interleukin(IL)C.10/IL-6が1,380/46.7(pg/ml)=29.55と著明に上昇していた.また,2013年C2月に,左眼の硝子体手術(生検)を施行し,細胞診の結果はCclassCIII,IL-10/IL-6はC190/150(pg/ml)=1.27であった.この時点で髄液検査,全身CPETC.CTを行ったが異常はなく,眼原発悪性リンパ腫と診断した.治療は当院のCPVRL診断治療プロトコールに準じて行った.まず,MTX(15Cmg)髄腔内投与をC1クール(1週間ごとにC4回投与)施行後,2013年C3月からCMTX硝子体注射(400Cμg/0.05Cml)をC2週間ごとに右眼に計C6回,左眼に計C3回施行し,両眼の硝子体混濁は軽快した.その後はC1カ月ごとに両眼C6回ずつ,2カ月ごとに両眼CMTX硝子体注射を行い,眼所見は落ち着いていたが,2015年C6月の頭部CMRIにて,左前頭葉皮質,両側脳室角外側壁に異常信号を認め,髄液検査では細胞診CclassCIIIであったが,CNS浸潤と判断した.早急に当院脳神経外科にて大量CMTX全身化学療法を開始した.10月に頭部CMRIを再検査したところ,脳病巣の拡大がみられたため,同月より全脳照射(40CGy,照射野に眼球は含まない)を行った.これにより脳病巣は消失し(図3),その後も硝子体混濁などの眼炎症所見も再燃はみられなかった.2016年C4月に腹部違和感を自覚し,上部消化管内視鏡を施行したところ,胃十二指腸に腫瘤性病変を指摘された.生検の結果,di.useClargeCBCcellClymphoma(びまん性大細胞型リンパ腫)の診断となり,胃十二指腸への悪性リンパ腫の転移と判断した.その後,当院血液内科にてCrituximab-cyclophosphamide,hydroxydaunorubicin,oncovin,pred-nisone(R-CHOP)療法を施行し,消化管病変の経過も良好であった(図4).しかし,2017年C4月に外出中に意識消失,図4経過緊急搬送されたが心筋梗塞にて死亡した.その後剖検はされておらず,心筋梗塞と悪性リンパ腫との関係性は不明である.CII考按悪性リンパ腫は,リンパ臓器だけでなくあらゆる節外臓器に発症する.原発性中枢神経リンパ腫(primaryCcentralnervousCsystemClymphoma:PCNSL)は,リンパ腫病変が中枢神経(脳,髄液,眼,髄膜)に発生・限局し,他の臓器にはリンパ腫病変を認めないものと定義される5).眼内悪性リンパ腫はCPCNSLと全身性悪性リンパ腫の眼内転移に二別され,PVRLはCPCNSLの一部とみなされている.悪性リンパ腫はCHodgkinリンパ腫か非CHodgkinリンパ腫に大別される.眼内リンパ腫のほとんどは非CHodgkinリンパ腫のCdi.uselargeBcelllymphomaが占める6).CNS以外の非CHodgkinリンパ腫では,悪性度が高いほど中枢神経系への遠隔転移が多く予後不良である7).一方で,PCNSLも各臓器にまれに遠隔転移をきたすことがある.PCNSLの一部であるCPVRLでは,確定診断後にCCNS以外への転移を認めた症例について,山本らの脳・肺・心臓への多発転移を認めた症例報告8)がある.また,Kimuraらの報告2)では,PVRLと診断されたC217例のうち,CNS浸潤を伴うC11例(5.1%),伴わないC10例(4.6%)に全身転移を認めたとされている.また,転移した臓器の内訳については,CNS浸潤を伴うものでは副鼻腔浸潤C3例,頸部を含めた全身リンパ節転移C2例,精巣転移C2例,その他C5例(重複するものあり)であった.一方でCCNS浸潤を伴わない症例では,頸部・消化管リンパ節転移C4例,小腸転移C2例,その他C5例(重複するものあり)との報告であった2).この報告では,CNS浸潤の有無にかかわらず,21例(9.7%)の症例で遠隔転移をきたしていることから,PVRLの遠隔転移はそれほどまれではないと考えられた.本症例は,当院初診となってから約C6カ月後に硝子体生検を施行しCPVRLと診断された.その後早急にCMTX硝子体注射を開始し,眼病変に関しては寛解を得た.しかし,治療開始から約C1年C4カ月後にまずはCCNSへの浸潤を認め,大量CMTX全身化学療法を施行した.Akiyamaらは,MTX硝子体注射のみで治療したCPVRL8例はすべて寛解を得たものの,経過観察中にC2例は眼内リンパ腫の再発,7例はCCNSへの浸潤を認めたと報告している9).この報告では,MTX硝子体注射に大量CMTX全身化学療法を加えた治療を初期治療としたほうが,MTX硝子体注射単独の治療よりもCCNS浸潤の予防に効果的であるとされている.また,Kaburakiらは,MTX硝子体注射と並行して,rituximab-MTX,pro-carbazine,vincristine(R-MPV)療法,低線量全脳照射(23.4CGy),cytarabine大量療法を併用したほうがCCNSへの病巣拡大を予防でき,無増悪生存期間や全生存期間を改善できたと報告している10).したがって,本症例においても局所治療に全身化学療法や全脳照射を併用したほうが,CNS浸潤への予防となった可能性が示唆された.また,PVRLが分類されているCPCNSLの標準的治療は本症例でも行われたように,大量CMTX療法を基盤とする化学療法を先行し,引き続き全脳照射による放射線療法を行うことが望ましいとされている.一方,大量CMTX療法を行わないで全脳照射だけを行う方法と,全脳照射と全身性節外性悪性リンパ腫の標準治療であるCR-CHOP療法を併用した方法とを比較した試験では,後者は全脳照射単独の治療成績を上回ることはなかったという報告がある11).しかし,全脳照射には遅発性中枢神経障害のリスクもあり,とくに高齢者では注意が必要である12).当院ではもうC1例CPVRLの全身転移を認めた症例を経験している.その症例は,本症例と同じように硝子体生検や全身画像検査などによりCPVRLと診断され,速やかにCMTX硝子体内注射による局所療法が開始された.眼病変は寛解を得たが,治療開始から約C1年半後に左精巣に転移を認めた13).当院で経験したこのC2例では,MTX硝子体注射による局所療法は眼病変には著効したが,その後,遠隔転移を認めている.しかしながら,PVRLの遠隔転移に対する有効な予防的治療については調べた限りでは報告がない.PVRLは,中枢以外にも転移する可能性が少なからずあるため,常にそのことを念頭に置き,定期的に全身検査を怠らないことが重要である.また,転移を認めた場合,臓器ごとにその治療法は異なるため,他科との連携による早急な加療が不可欠である.文献1)FaiaCLJ,CChanCCC:PrimaryCintraocularClymphoma.CArchCPatholLabMedC133:1228-1232,C20092)KimuraK,UsuiY,GotoH:Clinicalfeaturesanddiagnos-ticCsigni.canceCofCtheCintraocularC.uidCofC217CpatientsCwithCintraocularClymphoma.CJpnCJCOphthalmolC56:383-389,C20123)木村圭介,後藤浩:眼内悪性リンパ腫C28例の臨床像と生命予後の検討.日眼会誌C122:674-678,C20084)CouplandSE,ChanCC,SmithJ:Pathophysiologyofreti-nallymphoma.OculImmunolIn.ammC17:227-237,C20095)FerreriAJM:HowItreatprimaryCNSlymphoma.BloodC18:510-522,C20116)太田浩一:眼内悪性リンパ腫の診断的治療.あたらしい眼科C21:41-45,C20047)WongCWW,CSchildCSE,CHalyardCMYCetCal:PrimaryCnon-Hodgkinlymphomaofthebreast:TheMayoClinicExpe-rience.JSurgOncolC80:19-25,C20028)山本由美子,中茎敏明,小浦裕治ほか:全身転移を認めた眼内悪性リンパ腫のC1例.眼臨101:27-30,C20079)AkiyamaCH,CTakaseCH,CKuboCFCetCal:High-doseCmetho-trexatefollowingintravitrealmethotrexateadministrationinpreventingcentralnervoussysteminvolvementofpri-maryCintraocularClymphoma.CCancerCSciC107:1458-1464,C201610)KaburakiCT,CTaokaCK,CMatsudaCJCetCal:CombinedCintra-vitrealCmethotrexateCandCimmunochemotherapyCfollowedCbyCreduced-doseCwhole-brainCradiotherapyCforCnewlyCdiagnosedCB-cellCprimaryCintraocularClymphoma.CBrJHaematolC179:246-255,C201711)SchultzCC,CScottCC,CShermanCWCetCal:PreirradiationCche-motherapyCwithCcyclophosphamide,Cdoxorubicin,Cvincris-tine,CandCdexamethasoneCforCprimaryCCNSClymphomas:Cinitialreportofradiationtherapyoncologygroupprotocol88-06.CJClinOncolC14:556-564,C199612)楠原仙太郎:治らないぶどう膜炎:仮面症候群.あたらしい眼科34:1091-1096,C201713)澁谷悦子,石原麻美,西出忠之ほか:眼原発悪性リンパ腫の治療中に精巣病変が発見されたC1例.日眼会誌C121:761-767,C2017***

副鼻腔手術後の眼窩コレステリン肉芽腫に対して経眼窩アプローチにて摘出可能であった1例

2018年6月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科35(6):832.835,2018c副鼻腔手術後の眼窩コレステリン肉芽腫に対して経眼窩アプローチにて摘出可能であった1例秋野邦彦*1高橋綾*1太田優*1出田真二*1亀山香織*2國弘幸伸*3野田実香*1坪田一男*1*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2慶應義塾大学医学部病理診断科*3慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科学教室CaseReport:ResectionofCholesterolGranulomaoftheOrbitviaOrbitalApproach,afterSinusSurgeryKunihikoAkino1),AyaTakahashi1),YuOhta1),ShinjiIdeta1),KaoriKameyama2),YukinobuKunihiro3),MikaNoda1)CandKazuoTsubota1)1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofPathologicalDiagnosis,KeioUniversitySchoolofMedicine,3)DepartmentofOtorhinolaryngology,KeioUniversitySchoolofMedicine副鼻腔手術後に生じた頭蓋底と交通する眼窩コレステリン肉芽腫に対し,経眼窩アプローチにより可及的全摘可能であったC1例を報告する.症例はC55歳,男性.2000年に他院で前頭洞.胞に対し経鼻的に開放術を施行された.翌年より右眼球偏位と眼球突出を生じ,頭部CMRIで右眼窩上外側に.胞性腫瘤病変を認めた.2013年C6月に経皮的に.胞の開放および副鼻腔への開放術を行うも症状の改善は得られず,2015年C6月に当科で経皮的生検を行い,コレステリン肉芽腫の診断に至った.画像所見上,頭蓋底の骨欠損を認め,経頭蓋底アプローチによる腫瘤摘出術を検討した.術後瘢痕について患者の同意が得られず,2016年C10月経眼窩アプローチで腫瘤摘出術を行った.術後眼球突出と眼球偏位の改善を認め,術後C2年を経過し,腫瘤の再発は認めていない.CTheCpatient,CaC55-year-oldCmale,ChadCundergoneCtransnasalCopenCsurgeryCofCaCfrontalCsinusCcystCinC2000CatCanotherhospital.Thefollowingyear,hecomplainedofrightoculardisplacementandexophthalmos.MRIrevealedacysticCtumorCinCtheCupperCsideCofCtheCrightCorbit.CInCJuneC2013CheCunderwentCpercutaneousCopenCsurgeryCofCtheCtumorandparanasalsinus,buthissymptomsdidnotimprove,sowebiopsiedthetumorpercutaneouslyanddiag-noseditascholesterolgranuloma.Therewasalossofskullbase,soweplannedtotalresectionviacoronarydissec-tion.Butthepatientdidnotagreewithourplanbecauseofpostoperativescarringofhishead,sowedidresectionviaorbitalapproach.Hisrightoculardisplacementandexophthalmoswentbetter,andMRIshowednorecurrenceat2yearsaftertheoperation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(6):832.835,C2018〕Keywords:コレステリン肉芽腫,眼窩,経眼窩アプローチ.cholesterolgranuloma,orbit,orbitalapproach.Cはじめにコレステリン肉芽種は出血などの後に析出するコレステリン結晶に対する異物反応として生じる.発生部位は頭蓋骨が多く,とくに側頭骨(鼓室内,乳突洞,乳突蜂巣,錐体尖部)に多い.その他に腹膜,肺,リンパ節,精巣,耳など全身に発生しうる.今回,副鼻腔手術後に発生し,頭蓋底と交通していた眼窩コレステリン肉芽腫に対して,経眼窩アプローチにて可及的全摘可能であったC1例を報告する.CI症例患者:55歳,男性.主訴:右眼球突出と眼球偏位.現病歴:2000年に他院耳鼻科で右前頭洞.胞開放術を施行した.翌年右眼球突出と眼球偏位が出現するも,病院を受〔別刷請求先〕秋野邦彦:〒160-8582東京都新宿区信濃町C35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:KunihikoAkino,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPAN832(124)図1受診時前眼部写真右眼球突出と下方偏位を認める.ab図3単純および造影MRI(冠状断)a:単純CMRI(T2強調冠状断).眼窩上外側に.胞性腫瘤病変を認め,内部は高信号,周囲が低信号である.Cb:造影CMRI(T1強調冠状断).一部造影効果のある.胞性腫瘤病変を右眼窩上外側に認める.C診しなかった.症状の増悪を認めたため,2013年慶應義塾大学医学部附属病院(以下,当院)耳鼻科と眼科を受診した.頭部CMRIで右眼窩上外側に境界明瞭な.胞性腫瘤病変を認め,同年当院耳鼻科で経皮的経鼻的.胞切開および副鼻腔ドレナージ術を施行した.ドレナージの内容物は液体であり,眼窩内に.胞壁を残した状態で手術は終了した..胞内から副鼻腔にドレーンを留置したが術後早期に脱落し,症状改善が不十分であり,眼球突出と下方偏位の改善目的に追加治療を希望された.既往歴:副鼻腔炎.家族歴:なし.検査所見:右眼球突出および下方偏位を認めた(図1).視力眼圧正常,前眼部・中間透光体・眼底に特記すべき異常所見なし.右眼上転障害,上方視時の複視を認めた.CT所見:右眼窩上方に腫瘤性病変を認めた.眼窩上壁の骨欠損を認めた(図2).MRI所見:右眼窩上外側に一部造影効果のある腫瘤性病変を認めた(図3).手術所見:2015年C6月,腫瘤の減量と生検を目的に手術を施行した.眉毛下外側で皮膚切開をし,腫瘤にアプローチし,内容物を部分的に除去した.腫瘤の表面は平滑,黄色,弾性であり,内容物は鱗状の線維組織で満たされており,液体成分は認めなかった.被膜を切開し,腫瘤を一部摘出し,図2頭部単純CT(矢状断)右眼窩上方に腫瘤性病変を認める.また,骨の欠損を認め,頭蓋底と眼窩が交通している.図4生検病理写真コレステリン結晶の沈着と周囲の線維化,異物型巨細胞を含む炎症細胞浸潤を認める.残りはそのまま温存し閉創した.摘出した検体は病理組織学的に検査した.コレステリン結晶の沈着と周囲の線維化,異物型巨細胞を含む炎症細胞浸潤を認め,コレステリン肉芽腫の診断となった(図4).ただしヘモジデリンの沈着は認められなかった.腫瘤は頭蓋底と交通しており,冠状切開による経頭蓋底アプローチをまず検討したが,本症例の患者はスキンヘッドの舞台俳優であり,術後の整容的問題から冠状切開を拒否された.硬膜損傷の可能性について,十分なインフォームド・コンセントを得たうえで,2015年C10月,脳神経外科医,形成外科医協力のもとで経眼窩アプローチにて腫瘤の摘出術を行った.眉毛下で皮膚切開をし,眼窩上縁から腫瘤へアプローチした.骨に沿って腫瘤の.離を進めた.硬膜が露出している部位は慎重に硬膜と腫瘤を.離し,piecemealに切除し,可及的全摘を行った.骨の欠損部位に関しては,欠損の大きさから骨の補.は行わずに軟部組織の復位のみとした.腫瘤の内容物は結晶状粒子を含んだものであり,肉眼的所見からコレステリン肉芽腫に矛盾しなかった(図5a).また,病理組織学的所見上も前回手術と同様の所見でヘモジ図5全摘検体と病理写真a:全摘出検体写真.腫瘍は一部液状の内容物を認め,結晶状粒子を含むものであった.Cb:全摘検体病理写真.コレステリンの針状結晶と,それを取り囲む異物巨細胞,および泡沫細胞の集簇が認められる.C図6全摘後8カ月の単純MRI(T1強調冠状断)右眼窩上部は眼窩組織で満たされ,腫瘤の再発は認めない.ab図7全摘前後の前眼部の比較a:生検前の前眼部写真.右眼球突出と下方偏位を認める.Cb:全摘後C8カ月の前眼部写真.右眼球突出と下方偏位は若干の残存があるが,改善を認める.Cデリンの沈着を認めないコレステリン肉芽腫だった(図5b).腫瘍断端は陽性であった.II考按術後は特記すべき合併症なく経過良好で,術後C3日目に退眼窩コレステリン肉芽種の発生頻度はまれであり,好発年院となった.齢や性差は中年男性に多く,発生部位は眼窩上外側に多いと術後C8カ月の時点で,単純CMRI(図6)では右眼窩上外側報告されている1.4).複視,眼球突出,眼球偏位,視力障害に腫瘤の再発は認めない.また,眼球突出および下方偏位はなどさまざまな症状を呈し,臨床症状やCCT所見からは表皮若干の残存があるが改善を認め,術後C2年で再発の徴候なく様.腫や類皮.腫などとの鑑別が困難であり,MRIが診断現在経過観察中である(図7).Cの一助となる.成因については解明されていないが,含気腔に関しては閉鎖腔となり長期に陰圧化すること,あるいは出血が要因であるとの説がある3,5).Parkeらは自験例および過去の文献から,眼窩コレステリン肉芽腫は外傷が誘因とは考えにくく,板間層内の解剖学的な異常により出血をきたしやすく,同部位が眼窩のコレステリン肉芽腫に罹患しやすくなるという仮説を立てている3,6).またCHillらは眼窩前頭部のコレステリン肉芽腫が眼窩上外側の前頭骨の板間層のスペースに発生するものと報告しており3,7),含気腔に発生するコレステリン肉芽腫とはその成因を異にするものと考えられている.治療は完全切除が望ましいが,眼窩コレステリン肉芽種は発生部位によっては骨破壊や骨偏位を伴っていることもあるため,完全切除が困難であることもまれではない8).本症例は,副鼻腔手術後に生じた眼窩コレステリン肉芽種であった.生検時および肉眼的全摘時の病理組織学的検査ではコレステリン結晶やその周囲に異物巨細胞の集簇が認められるものの,ヘモジテリン沈着は認められなかったため,手術後の出血を契機に発生したものではなく,前頭骨の板間層内のスペースに特発性に発生したものと考えられた.腫瘤は骨破壊を伴い,頭蓋底と交通していたため,冠状切開による経頭蓋底アプローチが適切と考えられた.しかし,本症例は,手術瘢痕による整容的問題から冠状切開を拒否され,経眼窩アプローチを希望した.術中の安全性が確保されない場合および硬膜損傷などの合併症が生じた場合には冠状切開に変更する点,および脳神経外科,形成外科の協力の上で経眼窩アプローチによる手術を行う点について十分にインフォームド・コンセントを得たうえで,手術を施行した.眼窩コレステリン肉芽種の発生頻度はまれではあるものの,眼窩に発生する腫瘤性病変の鑑別として常に念頭に置かなければならない.骨破壊や骨偏位によるさまざまな症状を呈し,完全切除には経頭蓋底アプローチによる侵襲的な手術が必要となることもまれではない.筆者らが渉猟した限りでは経眼窩アプローチによる眼窩コレステリン肉芽種の摘出を行った報告は少ない2).骨破壊,骨偏位,腫瘤の進展の程度,腫瘤の発生部位などを十分に考慮したうえで,症例は限られるものの,経眼窩アプローチによる腫瘤摘出は低侵襲的でかつ術後の整容面の問題からも患者の満足度も高く,考慮されるべき有効な治療法と考えられる2).CIIIまとめ本症例は,副鼻腔手術の既往のある右眼窩上外側に発生し,頭蓋底と交通するコレステリン肉芽腫であったが,経眼窩アプローチにより可及的全摘可能であった.頭蓋底と交通がある眼窩病変は,その程度にもよるが,患者の十分な理解と脳神経外科や形成外科の協力下にて経眼窩アプローチで低侵襲的に摘出できる場合もある.文献1)YanCJ,CCaiCY,CLiuCRCetCal:CholesterolCgranulomaCofCtheCorbit.CraniofacSurgC26:124-126,C20152)ShriraoCN,CMukherjeeCB,CKrishnakumarCSCetCal:Choles-terolCgranuloma:aCcaseCseriesC&CreviewCofCliterature.CGraefesArchClinExpOphthalmolC254:185-188,C20163)金城東和,田中博紀,石田春彦:眼窩前頭部コレステリン肉芽種の一例.日鼻誌44:136-140,C20054)山本直人,中井啓裕,佐藤裕子:眼窩コレステリン肉芽腫のC1例.形成外科41:961-965,C19985)矢沢代四郎:コレステリン肉芽腫.外耳・中耳(野村恭也,中野雄一,小松崎篤ほか編),CLIENT21,p219-227,中山書店,20006)ParkeDW2nd,FrontRL,BoniukMetal:Cholesteatomaoftheorbit.ArchOphthalmolC100:612-616,C19827)HillCCA,CMoseleyCIF:ImagingCofCorbitofrontalCcholesterolCgranuloma.ClinRadiolC46:237-242,C19928)高木明:頭蓋内進展した巨大側頭骨コレステリン肉芽腫の手術.OtolJpn17:353,C2007***

眼瞼下垂手術前後における涙液クリアランスの変化の検討

2018年6月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科35(6):829.831,2018c眼瞼下垂手術前後における涙液クリアランスの変化の検討森本佐恵*1,2渡辺彰英*1後藤田遼介*1横井則彦*1山中行人*1中山知倫*1小泉範子*1,2外園千恵*1*1京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学*2同志社大学生命医科学CInvestigationofChangesinTearClearanceafterBlepharoptosisSurgerySaeMorimoto1,2)C,AkihideWatanabe1),RyousukeGotouda1),NorihikoYokoi1),YukitoYamanaka1),TomonoriNakayama1),NorikoKoizumi1,2)CandChieSotozono1)1)DepartmentofOphthalmologyKyotoPrefecturalUniversityofMedicine,2)GraduateSchoolofLifeMedicalSciences,DoshishaUniversity目的:眼瞼下垂に対する挙筋短縮術前後の涙液クリアランスの変化について検討する.方法:挙筋短縮術を施行したC15例C19眼(平均年齢C79.8歳)を対象に,涙液メニスカス曲率半径(R),MarginRe.exDistance-1(MRD-1)の計測と,BSS点眼後C6分まで計C6回,涙液メニスカスの曲率半径(R)を測定する涙液クリアランステストを術前および術後1,3カ月の時点で施行した.結果:術後C1カ月での点眼2,3,4,5分後,術後C3カ月での点眼2,3,4,5,6分後におけるCclearancerateは,術前より有意に減少した(p<0.05).結論:眼瞼下垂手術によって涙液クリアランスは改善することが示唆された.CPurpose:Toassesschangesintearclearanceafterblepharoptosissurgery.Methods:19eyesof15patientswithacquiredblepharoptosiswereexamined.Allthepatientsunderwentlevatoradvancement.Tearclearancetestwasconductedusing20CμlCBSSophthalmicsolutionbymeasuringtearmeniscusradius(R)everyminuteuntil10minutesatpreoperativeandpostoperative1,3months.Results:Tearclearanceratesweresigni.cantlydecreased(p<0.05)C.Conclusion:Tearclearanceimprovedafterblepharoptosissurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(6):829.831,C2018〕Keywords:眼瞼下垂,挙筋短縮術,涙液クリアランス,ビデオメニスコメトリー,涙液メニスカス.blepharopto-sis,levatoradvancement,tearclearance,videomeniscometry,tearmeniscus.Cはじめに涙液に対する眼瞼の役割には,動的役割といえる瞬目による涙液の分配・クリアランスと,静的役割といえる瞼縁の涙液メニスカスによる涙液の保持がある.涙液クリアランスは涙液の動態を反映する重要なパラメータであり,クリアランスが高い場合,涙液は速やかに涙道内に排出される.涙液クリアランスが低い状態では涙液の流れが悪く,涙液の質的異常が起こりうる.涙液クリアランスが低下するとサイトカインの炎症性メディエーターが排出されず,また点眼液に含まれる防腐剤などの上皮障害性物質の影響を強く受け,角膜上皮障害が生じる1).眼瞼下垂術後の涙液クリアランスの変化を検討した報告はこれまでないが,加齢性下眼瞼内反症手術におけるCWheeler変法久冨法併用術後にCSchirmerテストを行い,涙液クリアランスがC67%で改善したとの報告がある2).この検討ではCSchirmer試験紙の交換頻度でクリアランスを検討し,定量的な検討ではなかった.以前,筆者らは後天性眼瞼下垂における眼瞼挙筋短縮術後6カ月までの涙液貯留量の評価を行い,術後に涙液貯留量は減少し,また長期にわたってその低下が持続することを示した3,4).眼瞼下垂手術による涙液減少の効果は,術前の涙液貯留量が多いほど減少しやすいが,その原因が涙小管のポンプ機能,つまり涙液クリアランスの増強によるものかは,過去に眼瞼下垂術後の涙液クリアランスについての報告はなく,いまだ明らかではない.そこで今回筆者らは,眼瞼下垂手術施行症例に対してCBSS点眼液により一時的に涙液貯留量を増やし,点眼後の涙液量〔別刷請求先〕渡辺彰英:〒602-8566京都市上京区梶井町C465京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学Reprintrequests:AkihideWatanabe,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine.465Kajii-cho,Kamigyo-ku,Kyoto602-8566,JAPAN0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(121)C829の時間経過割合をCclearanceCrate1)とし,涙液クリアランスの評価の指標とした.点眼直後の涙液量を計測するとメニスカスが凸面になるなど計測が困難であるため,点眼後C1分後の涙液貯留量を起点とした.眼瞼下垂手術による涙液クリアランスの変化について若干の知見を得たので報告する.CI対象および方法対象は,2015年4月25日.2016年12月31日に京都府立医科大学附属病院眼科にて,後天性眼瞼下垂に対して眼瞼挙筋短縮術を施行したC15例19眼(男性C1例,女性C14例,平均年齢C79.8C±10.5歳)である.眼瞼下垂の他に眼瞼疾患がなく,涙道通過障害のない症例のみを対象とした.眼瞼挙筋短縮術は,全例で皮膚切開からの挙筋腱膜単独の短縮術または挙筋腱膜とCMuller筋の短縮術を施行した.また,対象の患者には京都府立医科大学医学倫理審査委員会の承認を得たうえでインフォームド・コンセントを行い,同意を得て測定を行った.眼瞼下垂手術前後の開瞼程度は,瞳孔中央から上眼瞼縁までの距離であるCmarginCre.exCdistance-1(MRD-1)をCOPH-THALMIC-MEASURE(Inami製)により測定した.涙液貯留量は涙液メニスカスの曲率半径(R)をビデオメニスコメトリー法により測定したものを指標とした5).Rは涙液貯留量と正の相関を示すため4),Rを涙液貯留量の指標とした.涙液クリアランスはCBSS点眼液をC20Cμl点眼し,1分ごとに計C6回,涙液メニスカスの曲率半径(R)をビデオメニスコメトリー法により測定したものを指標とした4).また,点眼後Cn分後の涙液メニスカスの曲率半径をCRCnとした.また,n分後の涙液クリアランスの指標となるCclearancerate(CRCn)を以下に示す.CR1.RnCRn=R1C×100(%)(Cn=2.6)*0.5*0.4点眼直後の涙液貯留量CRはメニスカスが凸面になり計測しづらいことから,点眼C1分後を起点として検討した.涙液クリアランスを術前および術後C1カ月,術後C3カ月の時点で計測し,術前をコントロール群としたCSteel-Dwass法を用いて検討した.また,クリアランス試験時の瞬目回数は検討しなかった.CII結果眼瞼下垂手術前後のCRはそれぞれ術前においてC0.29C±0.15mm,術後C1カ月においてC0.23C±0.07Cmm,術後C3カ月においてC0.22C±0.14mmであった.術前と術後C1カ月,術後C3カ月においてCRは有意に減少した(p<0.05)(図1).平均MRD-1はそれぞれ術前においてC.0.63±1.01Cmm,術後C1カ月においてC3.34C±1.16Cmm,術後C3カ月においてC3.84C±1.04Cmmであった.術前と術後C1カ月,術後C3カ月においてRは有意に改善した(p<0.01)(図2).術前のCCRC2の平均値はC12.0(%),CRC3の平均値はC17.4(%),CRC4の平均値は24.5(%),CRC5の平均値はC28.3(%),CRC6の平均値はC31.8(%)であった.術後C1カ月時点でのCCRC2の平均値はC25.0(%),CRC3の平均値はC33.2(%),CRC4の平均値はC35.5(%)CR5の平均値はC40.8(%),CRC6の平均値は40.8(%)であっ,た.術後C3カ月時点でのCCRC2の平均値はC32.7(%),CRC3の平均値はC38.5(%),CRC4の平均値はC42.7(%),CRC5の平均値はC44.8(%),CRC6の平均値はC47.8(%)であった.術前と術後C1カ月時点を比較して術後C1カ月でのCCRC2,CRC3,CRC4,CCR5が有意に増加した.また,術前と術後C3カ月時点と比較して術後C3カ月でのCCRC2,CR3,CR4,CR5,CR6が有意に増加した(p<0.05)(図3).****54R(mm)0.30.2MRD-1(mm)32100.1-10-2図1Rの推移図2MRD.1の推移Rは術後C1カ月,術後C3カ月時点において有意にMRDは術後C1カ月,術後C3カ月時点において有減少した(*:p<0.05,Holm法).C意に改善した(**:p<0.01,Holm法).C術前術後1カ月術後3カ月術前術後1カ月術後3カ月830あたらしい眼科Vol.35,No.6,2018(122)60**********50******403020100■術前■術後1カ月■術後3カ月図3Clearancerateの推移Clearancerateは術後C1カ月時点での点眼C2分後,3分後,4分後,5分後,術後C3カ月時点での点眼C2分後,3分後,4分後,5分後,6分後において有意に増加した(*:p<0.05,**:p<0.01,Holm法).CIII考按涙液クリアランスの測定方法には,従来,Jones法,Fluo-rophotometry法,フルオレセンクリアランス試験などがあるが6.8),偽陽性率が高い,時間がかかる,測定が半定量であり比較的侵襲性があるなどの問題点があった1).近年,前眼部COCTを用いた涙液クリアランステストが報告されており,高橋らは,生理食塩水C5Cμl点眼後からC30秒間における涙液メニスカスの変動を前眼部COCTで計測し,涙液クリアランス率を算出した9).前眼部COCTを用いた涙液クリアランステストは,ある程度定量的で客観的な測定が行える利点がある.今回筆者らは,前眼部COCTと同様に,非侵襲で客観的な測定が可能であり,眼表面の涙液量と一次相関するパラメータであるビデオメニスコメトリー法5)を用いて,涙液クリアランスを定量的に評価した.これまでの筆者らの研究から,眼瞼下垂術後に涙液量が減少する理由として,瞬目時の開閉瞼程度が大きくなることで涙液ポンプ機能が増強し,涙液クリアランスが増加すると推測していた3,4,10).涙液ポンプ作用以外の涙液クリアランスの改善の要因として,眼瞼下垂症の手術後に角膜の露出面積が大きくなるため,角膜露出面積の増加に伴う涙液分布面積の増加や涙液の蒸発が考えられるが,涙液貯留量の減少と術後のCMRD-1値,また術前後のCMRD-1の増加量に有意な相関関係はみられなかった3).今回の検討結果で,挙筋短縮術術後に有意に涙液貯留量は減少し,clearancerateが増加したことから,挙筋短縮術により涙液の蒸発亢進よりも涙液ポンプ機能のほうが涙液量の減少に関与すると考えられる.導涙のメカニズムについて考えると,涙液排出量は開瞼時の眼輪筋の弛緩により涙小管に涙液を排出し,閉瞼時には眼輪筋の収縮により「瞬目時に涙道系に発生する陰圧CΔP」と「上下の涙液メニスカスにおける陰圧CΔp」の差に比例する11).(123)CClearanrerate(%)2分後3分後4分後5分後6分後閉瞼時には眼輪筋,Horner筋が収縮し,涙.上部は膨張し,涙小管が圧平することで涙小管内の涙液が涙.へ流れ込み,開瞼時には眼輪筋,Horner筋が弛緩し涙.上部が収縮,涙小管が拡張し,涙点から涙液を吸引する.以前,筆者らは挙筋短縮術と余剰皮膚切除術が涙液量に与える影響を検討した.挙筋短縮術によって涙液貯留量が術後有意に減少したことに対して,余剰皮膚切除術では涙液貯留量が有意に減少しなかったこと4)から,挙筋短縮術後は上眼瞼挙筋の収縮および伸展が改善されるため,瞬目時の開瞼程度および閉瞼程度も大きくなり,開瞼時のCΔPの増加により涙液がより涙小管へ流れやすくなり涙液クリアランスが改善されると考えられる.今回の検討で,眼瞼下垂の治療法である挙筋短縮術によって,涙液クリアランスは改善することが示唆された.しかし,術後経過観察期間はC3カ月という短い期間であったため,長期にわたり涙液クリアランスの改善が維持されるかは不明である.今後症例数および経過観察期間を増やして検討することが必要であると考えられる.文献1)鄭暁東,小野眞史:前眼部COCT点眼負荷涙液クリアランス試験.あたらしい眼科31:1645-1646,C20142)西本浩之,向野和雄,春日井紘子ほか:加齢性下眼瞼内反症手術における視機能への影響について.眼科手術C20:C423-426,C20073)岡雄太郎,渡辺彰英,脇舛耕一ほか:眼瞼下垂手術後における涙液貯留量の変化.眼科手術28:624-628,C20154)WatanabeCA,CSelvaCD,CKakizakiCHCetCal:Long-termCtearCvolumeCchangesCafterCblepharoptosisCsurgeryCandCblepha-roplasty.InvestOphthalmolVisSciC56:54-58,C20155)横井則彦,濱野孝:メニスコメトリーとビデオメニスコメーター.あたらしい眼科17:65-66,C20006)JonesLT:Thecureofepiphoraduetocanaliculardisor-ders,traumaandsurgicalfailuresonthelacrimalpassag-es.TransAmAcadOphthalmolC66:506-524,C19627)WebberWR,JonesDP,WrightP:Fluorophotometricmea-surementsCofCtearCturnovcrCrateCinCnormalChealthyCper-sons:evidenceCforCaCcircadianCrhythm.CEye(Lond)C1:C615-620,C19878)XuKP,TsubotaK:Correlationoftearclearancerateand.uorophotometricassessmentoftearturnover.BrJOph-thalmolC79:1042-1045,C19959)高橋直巳,鄭暁東,鎌尾知行ほか:細隙灯顕微鏡による涙点関連所見と涙液クリアランスとの関係.あたらしい眼科32:876-882,C201510)WatanabeA,KakizakiH,SelvaDetal:Short-termchang-esCintearvolumeafterblepharoptosisrepair.Cornea33:C14-17,C201411)McDonaldCJE,CBrubakerCS:Meniscus-inducedCthinningCtear.lms.AmJOphthalmolC72:139-146,C1971あたらしい眼科Vol.35,No.6,2018C831

TNF阻害薬が有効であった強膜ぶどう膜炎の2症例

2018年6月30日 土曜日

《第51回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科35(6):825.828,2018cTNF阻害薬が有効であった強膜ぶどう膜炎の2症例河野慈*1石原麻美*1澁谷悦子*1井田泰嗣*1竹内正樹*1山根敬浩*1蓮見由紀子*1木村育子*1,2石戸みづほ*1水木信久*1*1横浜市立大学大学院医学研究科眼科教室*2南大和病院CTwoCaseofSclerouveitisTreatedbyTNFInhibitorsShigeruKawano1),MamiIshihara1),EtsukoSibuya1),YasutsuguIda1),MasakiTakeuchi1),TakahiroYamane1),YukikoHasumi1),IkukoKimura1,2)C,MizuhoIshido1)andNobuhisaMizuki1)1)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)MinamiyamatoHospital目的:TNF阻害薬〔インフリキシマブ(IFX),アダリムマブ(ADA)〕で治療した難治性強膜ぶどう膜炎のC2症例の報告.症例:症例1)50歳,女性.右眼強膜ぶどう膜炎のため,2012年C3月当院受診.プレドニゾロン(PSL)にメトトレキサート(MTX)を併用したが消炎せず,同年C9月にCIFXを導入.その後,右眼裂孔原性網膜.離を生じ硝子体手術を施行.2015年C2月に血小板増多のためCIFXを中止後,炎症が再燃したが,再開により速やかに改善した.症例2)79歳,女性.関節リウマチに伴う強膜ぶどう膜炎のため,2016年C3月当院受診.非ステロイド系抗炎症薬を内服したが,右眼に.胞様黄斑浮腫(CME)出現.間質性肺炎の既往のためCMTXは使用できず,同年C12月にCADAを導入.6週間後にCCMEは消失した.結論:難治性強膜ぶどう膜炎に対し,TNF阻害薬による治療は有効である.CPurpose:Toreporttwopatientswithrefractorysclerouveitistreatedwithtumornecrosisfactor(TNF)inhib-itors,Cin.iximab(IFX)andCadalimumab(ADA)C.CCase:CaseC1:AC50-year-oldCfemaleCwithCright-eyeCsclerouveitiswasCreferredCtoCusCinCMarchC2012.COralCprednisolone(PSL)andCmethotrexate(MTX)treatmentCwasCine.ective.CIFXwasaddedtothetreatmentregimeninSeptember2012.Vitrectomyforrhegmatogenousretinaldetachmentwassubsequentlyperformed.InFebruary2015,thesclerouveitisrelapsedafterIFXdiscontinuationduetothrom-bocytosis.ThepatientsoonwentintoremissionafterrestartingIFXtreatment.Case2:A79-year-oldfemalewithrheumatoidCarthritis-associatedCsclerouveitisCwasCreferredCtoCusCinCMarchC2016.CCystoidCmacularCedema(CME)Cdevelopeddespitetreatmentwithnon-steroidalanti-in.ammatorydrugs.AhistoryofinterstitialpneumoniameantMTXCwasCnotCadministered.CADACtreatmentCwasCcommencedCinCDecemberC2016.CCMECdisappearedCafterCsixCweeks.Conclusions:TNFinhibitorsmaybee.ectiveintreatingrefractorysclerouveitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(6):825.828,C2018〕Keywords:強膜ぶどう膜炎,インフリキシマブ,アダリムマブ,プレドニゾロン経口投与,関節リウマチ.scler-ouveitis,in.iximab,adalimumab,oralCprednisolone,rheumatoidarthritis.Cはじめに強膜ぶどう膜炎は進行すれば失明の可能性のある炎症性眼疾患であり,感染性と非感染性に分けられる.非感染性強膜ぶどう炎の原因としては特発性がもっとも多いが,関節リウマチ(rheumatoidCarthritis:RA)をはじめとして多発血管性肉芽腫症,全身性エリテマトーデス,結節性多発動脈炎,再発性多発軟骨炎,炎症性腸疾患,強直性脊椎炎などの全身性疾患が背景として存在することもある1).治療はまず,ステロイド薬点眼・免疫抑制薬点眼,症例によってはステロイド薬結膜下注射などの局所治療を行う.全身治療としては,非ステロイド系抗炎症薬(non-steroidalCanti-inflammatorydrugs:NSAIDs)内服で消炎しなければ,プレドニゾロン(PSL)経口投与が行われる.さらにステロイド薬内服でも炎症のコントロールがつかなければ,免疫抑制薬の全身投与が行われる.非感染性ぶどう膜炎に保険適用のあるシクロスポリンのほか,RAが原疾患であればメトトレキサート(MTX)〔別刷請求先〕河野慈:〒236-0004神奈川県横浜市金沢区福浦C3-9横浜市立大学大学院医学研究科眼科学教室Reprintrequests:ShigeruKawano,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversityGraduateSchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,Yokohama-shi,Kanagawa236-0004,JAPANが使用される2).それでも炎症のコントロールが得られない場合,TNF阻害薬の導入が考慮される.原疾患のCRAに対し,インフリキシマブ(IFX)やアダリムマブ(ADA)をはじめとする種々のCTNF阻害薬が使用できる2).また,ADAに関してはC2016年C9月より既存治療抵抗性の非感染性ぶどう膜炎(中間部,後部,汎ぶどう膜炎)に保険適用となったため3),特発性の強膜ぶどう膜炎(後眼部病変を伴う場合)に対して使用可能となった.今回,筆者らは既存の治療に奏効しなかった非感染性の強膜ぶどう膜炎C2症例に対し,TNF阻害薬(IFX1例,ADA1例)を導入して炎症コントロールが得られたので報告する.CI症例〔症例1〕50歳,女性.主訴:右眼充血,眼痛既往歴:特記すべきことなし.現病歴:2010年C5月に右眼の充血と眼痛を主訴に近医眼科受診し,両強膜ぶどう膜炎と診断された.ベタメタゾン点眼に加え,PSLをC30Cmg/日より漸減内服して軽快したが,2011年C12月に右眼の炎症が再燃した.PSL30mg/日にシクロスポリンC3Cmg/kg/日を併用したが,PSL漸減中に再燃を繰り返したため,2012年C3月に横浜市立大学附属病院眼科(以下,当科)紹介受診となった.初診時眼所見:視力は,VD=(1.2C×sph+1.00D(cyl.0.75DAx10°),VS=(1.2C×sph+0.50D(cyl.1.25DCAx170°).眼圧は,右眼C20CmmHg,左眼C20CmmHg.右眼に全周性に強膜の表在性および深在性血管の充血がみられたが,眼内に炎症所見はなかった.左眼の強膜および眼内には炎症所見はみられなかった.経過:当科受診後よりCPSLをC40Cmg/日に増量し,右眼の強膜ぶどう膜炎はコントロールできていたが,2013年C5月,5mg/日まで漸減した際,両眼の強膜ぶどう膜炎が再燃した.PSLをC40Cmg/日に増量してCMTX6Cmg/週を併用したが,右眼の強膜ぶどう膜炎のコントロールは得られず,9月には漿液性網膜.離(serousCretinalCdetachment:SRD)を合併したため,ステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロンC500Cmg×3日間)を施行した.その後,網膜裂孔が見つかり,PSLとCMTX内服に加えC11月よりCIFX導入後,硝子体手術を施行した.術後,網膜は復位し,炎症の再燃もみられなかった.2015年C4月に多血症を認めたため,IFXを中止したが,約C2カ月後に右眼の強膜ぶどう膜炎が再燃した(図1a).IFXの再開後,速やかに強膜ぶどう膜炎は軽快し(図1b),同年C9月にCPSL内服を漸減中止した.現在までCIFXとCMTXを継続しており,強膜ぶどう膜炎の再燃はない.〔症例2〕79歳,女性.主訴:右眼充血,眼痛.既往歴:開放隅角緑内障,関節リウマチ,間質性肺炎.現病歴:2016年C2月に右眼の眼痛と充血を主訴に近医受診し,右眼強膜ぶどう膜炎と診断された.ベタメタゾン点眼,タクロリムス点眼に加え,デキサメタゾン結膜下注射を施行したが消炎しないため,2016年C3月当科紹介受診となった.初診時所見:視力は,VD=0.2(1.2C×sph.0.25D(cyl.2.25DAx90°),VS=0.3(1.2C×sph+1.25D(cyl.2.50DCAx85°).眼圧は,右眼C12CmmHg,左眼C11CmmHg.右眼の耳上側の強膜に表在性および深在性血管の充血がみられたが,眼内に炎症所見はなかった.左眼の強膜および眼内には炎症所見はみられなかった.経過:2016年C4月に右.胞様黄斑浮腫(cystoidmacularedama:CME)が出現したため,トリアムシノロン後部Tenon.下注射を施行した.さらにCNSAIDsの内服を開始したが,9月には右眼内炎症の増悪と,わずかにCSRDを伴図1多血症のためIFX中止後の再燃時(a)およびIFX再開後(b)の右眼前眼部写真IFX中止後,強膜の血管充血は増強したが(Ca),再開後は速やかに充血は改善し,上方に強膜の菲薄化がみられた(b).C図2増悪時の右眼前眼部写真(a)およびOCT写真(b)耳上側の強膜の血管充血が増悪し(Ca),OCTにて,わずかに漿液性網膜.離を伴った.胞様黄斑浮腫がみられた(b).C図3ADA導入後の右眼前眼部写真(a)およびOCT写真(b)強膜の血管充血は軽快し(Ca),OCTにて黄斑部は正常化が確認された(Cb).CったCCMEを認めた(図2).PSL内服を勧めたが,間質性肺炎の治療でCPSLを半年間内服した際に副作用歴があるため内服しなかった.また,間質性肺炎の既往によりCMTXも使用できないため,同年C12月にCADAを導入した.4回注射後,炎症所見は軽快するとともに,CMEは消失した(図3).現在もCADAを継続し再燃なく経過している.CII考察今回筆者らは,既存治療に抵抗した難治性強膜ぶどう膜炎2例に対し,IFXまたはCADAを導入し,消炎が得られた症例を報告した.強膜ぶどう膜炎や強膜炎に対するCTNF阻害薬の有効性を示した海外の症例報告はいくつかあり,数種類の免疫抑制薬で炎症コントロールが困難であった強膜ぶどう膜炎C2症例に対し,IFXを導入することで速やかに消炎した報告4)や,MTX単剤でコントロール不良な結節性強膜炎の症例に対し,ADAを併用することにより消炎が得られた報告5)などがある.一方,わが国では,強膜炎に対するTNF阻害薬の保険適用はないが,既存治療抵抗性の中間部,後部,汎ぶどう膜炎にCADAが使用できるようになった.IFXに関しては,強膜炎に保険適用外で使用した報告が散見される6,7)が,強膜炎,強膜ぶどう膜炎に対するCADAの使用報告はまだない.症例C1は特発性強膜ぶどう膜炎であるが,ADAが非感染性ぶどう膜炎に適応となる前であったため,倫理委員会の承認を得てCIFXを導入した.網膜.離に対する硝子体手術の前に導入し,術後炎症が予防できたが,ステロイドパルス療法も術前に施行しているために,IFX単独の効果であったかどうかは不明である.しかし,血小板増多症をきたした際にCIFXを中止したところ,強膜ぶどう膜炎が再燃し,IFX再開後に速やかに消炎したため,本症例の炎症コントロールにCIFXが有効であると考えられた.症例C2では,既往症にRAに伴う間質性肺炎があり,その治療に使用したステロイド薬の副作用歴があったため,MTXおよびCPSLを使用せずにCADAを導入し,速やかな消炎がみられた.Ragamら8)はCADA単剤で炎症コントロール可能であった強膜炎症例を報告している.TNF阻害薬はステロイド薬や免疫抑制薬などで効果不十分な場合に併用する薬剤であるが,本症例のように,既存治療薬剤が副作用などで使用できない場合に限って,ADA単剤使用を考慮してもよい可能性が示唆された.海外では難治性強膜炎に対し,TNF阻害薬を含む生物学的製剤が積極的に使用されている.deCFidelixら9)は,おもに結節性および壊死性前部強膜炎に対してC2015年までに投与された生物学的製剤の統計を報告しており,IFXはC46/81例(57%)ともっとも多く使用されていた.IFX投与群はC96%(45/46例)で有効であり,ADA投与群はC2例だけであるが,2例とも有効であった.海外でもCADAの使用頻度は他の薬剤と比べて非常に少ないが,今後適応の拡大とともに増えると考えられる.また,非感染性・非壊死性強膜炎に対し,IFXとCADAのどちらが有効かを検討した報告8)があるが,両薬剤の効果に有意差はないという結果であった.強膜ぶどう膜炎や強膜炎におけるCTNF阻害薬の中止(バイオフリー)の目安についてのコンセンサスはまだないが,4年間の治療後にCADAを中止することができた結節性強膜炎の症例報告がある10).症例C1では多血症のためCIFXを中止後に炎症が再燃したが,ステロイド薬がオフになってから現在までのC2年間では炎症の再燃はない.慎重に経過をみながら中止時期を検討していく予定である.既存治療に抵抗する,後眼部病変を合併した強膜ぶどう膜炎に対し,TNF阻害薬(IFX,ADA)は有効であると考えられた.しかし,わが国ではCADAを使用した報告がなく,その有効性の評価については,今後の症例の蓄積が待たれる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)SmithJR,MackensenF,RosenbaumJT:Therapyinsight:CscleritisCandCitsCrelationshipCtoCsystemicCautoimmuneCdis-ease.NatClinPracticeC3:219-226,C20072)日本リウマチ学会:関節リウマチ(RA)に対するCTNF阻害薬使用ガイドライン(2017年C3月C21日改訂版)httpC://www.Cryumachi-jp.com/info/guideline_TNF.html3)日本眼炎症学会CTNF阻害薬使用検討委員会:非感染性ぶどう膜炎に対するCTNF阻害薬使用指針および安全対策マニュアル(2016年版).日眼会誌121:34-41,2017http://www.Cnichgan.or.jp/menber/guidline/tfn_manual.pdf4)DoctorP,SultanA,SyedSetal:In.iximabforthetreat-mentCofCrefractoryCscleritis.CBrCJCOphthalmolC94:579-583,C20105)RestrepoCJP,CMolinaCMP:SuccessfulCtreatmentCofCsevereCnodularCscleritisCwithCadalimumab.CClinCRheumatolC29:C559-561,C20106)小溝崇史,寺田裕紀子,子島良平ほか:インフリキシマブが有効であった関節リウマチによる壊死性強膜炎のC1例.あたらしい眼科31:595-598,C20147)杉浦好美,増田綾美,松本功ほか:レミケードが奏功した難治性壊死性強膜炎のC1例.眼臨紀5:613,C20128)RagamCA,CKolomeyerCAM,CFangCCCetCal:TreatmentCofCchronic,noninfectious,nonnecrotizingscleritiswithtumornecrosisCfactorCalphaCinhibitors.COculCImmunolCIn.ammC22:469-477,C20149)deCFidelixCTS,CVieiraCLA,CdeCFreitasCD:BiologicCtherapyforCrefractoryCscleritis:aCnewCtreatmentCperspective.CIntCOphthalmol35:903-912,C201510)BawazeerCAM,CRa.aCLH:AdalimumabCinCtheCtreatmentCofCrecurrentCidiopathicCbilateralCnodularCscleritis.COmanCJCOpthalmol4:139-141,C2011***