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コンタクトレンズ:コンタクトレンズの光学特性

2018年5月31日 木曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方さらなる一歩監修/下村嘉一43.コンタクトレンズの光学特性川守田拓志北里大学医療衛生学視覚機能療法学●コンタクトレンズによる屈折矯正の原理コンタクトレンズ(CL)の屈折矯正の基本的な原理は,角膜の前にレンズを置くことで見かけ上,形状を変化させ,屈折状態を変化させることによる.近視矯正であれば,レンズは平坦(フラット)な形状であり,遠視矯正であれば急峻(スティープ)な形状である.屈折力の変化量は,以下の面屈折力の式で計算することができる(図1).CP=(nCornea.nAir)×1,000CrConeaただし,P:面屈折力(D),r:曲率半径(m),nCorC-nea:角膜の屈折率,nAir:空気の屈折率とする.曲率半径は分母にあるので,曲率半径が大きくフラットになるほど角膜の屈折力が低下し,近視を矯正することができる.C●コンタクトレンズと眼鏡の光学的特性の比較CLは眼鏡と比べて眼に近いことから,眼鏡からCCLに矯正法を変更するときは,眼鏡の頂間距離の分,度数nAirrCornea図1コンタクトレンズによる屈折矯正の原理を補正する必要がある(表1).約C4.5Dの眼鏡レンズからその差がC0.25Dを超えるため,注意が必要である.そして,ハードコンタクトレンズ(HCL)では,レンズと角膜の間に涙液が入り込むことにより,涙液レンズとよばれる矯正効果が発生する.フラットなレンズではマイナスの矯正効果,スティープなレンズではプラスの矯正効果が発生するが,その大きさは,ベースカーブC0.05mmにつき約C0.25Dの差が生じることになる.また,式の詳細は割愛するが,Vergenceの式より,CLによる近視矯正では,眼鏡に比べて必要調節量と輻湊量が多くなり,遠視矯正ではその逆で小さくなる.したがって,老視症例や眼位異常が大きな症例では注意を要する.表1眼鏡レンズとコンタクトレンズの度数変換眼鏡(D)CL(D)眼鏡(D)CL(D)C10.00C11.36C0.00C0.00C9.50C10.72C.0.50C.0.50C9.00C10.09C.1.00C.0.99C8.50C9.47C.1.50C.1.47C8.00C8.85C.2.00C.1.95C7.50C8.24C.2.50C.2.43C7.00C7.64C.3.00C.2.90C6.50C7.05C.3.50C.3.36C6.00C6.47C.4.00C.3.82C5.50C5.89C.4.50C.4.27C5.00C5.32C.5.00C.4.72C4.50C4.76C.5.50C.5.16C4.00C4.20C.6.00C.5.60C3.50C3.65C.6.50C.6.03C3.00C3.11C.7.00C.6.46C2.50C2.58C.7.50C.6.88C2.00C2.05C.8.00C.7.30C1.50C1.53C.8.50C.7.71C1.00C1.01C.9.00C.8.12C0.50C0.50C.9.50C.8.53C0.00C0.00C.10.00C.8.93C(81)あたらしい眼科Vol.35,No.5,2018C6450910-1810/18/\100/頁/JCOPY矯正度数(D)図2眼鏡とコンタクトレンズの網膜像倍率(眼鏡倍率)CLが眼鏡よりも優れる点は,屈折矯正前後の網膜像倍率の変化の小ささである(図2).屈折矯正法は,瞳の面から離れれば離れるほど像の変化が大きくなる.そのため,眼鏡では強度の屈折異常や不同視の症例では不利となる.たとえば,C.20Dの屈折異常を眼鏡で矯正すると,眼鏡倍率はC.20%以下となり,網膜に投影されるCLandolt環も小さくなることから,理論的には矯正視力もC1段階程度,悪化する可能性がある.また,像倍率の変化には眼鏡倍率と相対眼鏡倍率がある.眼鏡倍率は,おもに矯正眼の網膜像の大きさと裸眼の網膜像の大きさの比であり,相対眼鏡倍率は矯正眼の網膜像の大きさと標準的な網膜像の大きさの比である1).相対眼鏡倍率は,軸性と屈折性の屈折異常で拡大縮小効果が大きく異なるが,あくまで標準的な網膜像との大きさとの比較であるので,眼鏡倍率のほうが自覚的な違和感や不等像に寄与しやすいと考えられる.C●コンタクトレンズの種類と光学特性涙液の状態や装用時間2),角膜とCCLのレンズ中心がずれる3)ことで,結像性に影響を与えやすい.そのため,少しでも涙液や角膜の状態,フィッティングのいいレンズを選ぶよう配慮が望まれる.また,CLは眼鏡と同様に各社さまざまな光学設計のコンセプトで作製されており,その度数と素材のバリエーションからすべての詳細な光学特性を把握することは困難である.しかし,概要として最近では,光学特性に影響を与えるCCLを非球面化することで,中心と周辺を通る光線が光軸との交点が一致しない現象である球面収差を減らすようなCCLや,遠近光学部の面積比を瞳孔径の加齢変化から最適化している斬新な設計の遠近両用CCLも登場している.C●おわりに以上,CLの光学特性の概要を述べたが,手術療法に比べて,CLによる保存療法の最大の利点は,屈折の経年変化への対応のしやすさ,そして,遠方から近方までのニーズへの対応のしやすさである.とくにディスポーサブルCCLはさまざまなレンズを試すことができ,可逆的に自分にあったレンズを選ぶことができる.これは大きな利点と思われる.一方で,バリエーションの多さにより,医療者がCCLの光学的特徴や素材の特徴をしっかりと学び,正確な情報をユーザーに提供することが求められる.また,CL装用後の光学特性を評価する方法論の確立も課題である.文献1)水流忠彦(監修),魚里博,清水公也(編):屈折矯正のプロセスと実際.金原出版,19982)Montes-MicoCR,CBelda-SalmeronCL,CFerrer-BlascoCTCetal:On-eyeopticalqualityofdailydisposablecontactlens-esCforCdi.erentCwearingCtimes.COphthalmicCPhysiolCOptC33:581-591,C20133)GuiraoCA,CWilliamsCDR,CCoxCIG:E.ectCofCrotationCandCtranslationConCtheCexpectedCbene.tCofCanCidealCmethodCtoCcorrectCtheCeye’sChigher-orderCaberrations.CJCOptCSocCAmCAOptImageSciVisC18:1003-1015,C2001CPAS105

写真:Alport症候群に伴う再発性角膜上皮びらん

2018年5月31日 木曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦408.Alport症候群に伴う再発性加藤久美子三重大学大学院医学系研究科角膜上皮びらん神経感覚医学講座眼科学図2図1のシェーマ①小水疱②角膜混濁C図1初診時の前眼部写真(強膜散乱法)角膜中央部に混濁と小水疱を認める.図3初診時の前眼部写真(フルオレセイン染色)角膜中央部に小水疱の集簇が認められた.図4初診時の前眼部OCT角膜上皮下に小水疱が多発し,角膜実質の浮腫が認められた.(79)あたらしい眼科Vol.35,No.5,2018C6430910-1810/18/\100/頁/JCOPY図5スペキュラー・マイクロスコープ写真(初診から1週間後)a:角膜中央部.内皮細胞数の減少と大小不同が著しい.Cb:角膜周辺部.内皮細胞密度はC2,457/mmC2と保たれている.Alport症候群は,IV型コラーゲンのa3鎖,a4鎖,a5鎖蛋白のいずれかの遺伝子変異に起因する進行性遺伝性腎炎である1).わが国での患者数は約1,200人で,Alport症候群の患者の30~50%に眼合併症が発生するといわれている2,3).IV型コラーゲンは基底膜の強度や接着に関与しており,眼においては角膜上皮細胞基底膜,Descemet膜,水晶体.,網膜内境界膜,そしてCBruch膜におもに発現している4).そのため,Alport症候群に合併する眼病変は,角膜,水晶体,網膜に生じる.角膜病変では再発性角膜びらんや後部多形性角膜変性症,水晶体病変では円錐水晶体,網膜病変では黄斑部斑点状病変,耳側網膜の菲薄化などがある.再発性角膜上皮びらんは,Alport症候群の患者の約C1割程度に発症すると報告されており,比較的まれな眼合併症である.好発年齢はC10代後半であり,腎症診断に先立って発症することがある4).突然発症する眼痛,羞明,流涙を特徴とし,夜間や起床時に起こることが多い.細隙灯顕微鏡では充血と角膜上皮レベルの混濁,フルオレセイン染色では小水疱が認められる.治療は,ヒアルロン酸点眼液や抗菌薬眼軟膏の点入である.二次感染予防目的で抗菌薬点眼液を適宜併用する.通常はC2~5日で治癒するが,治療に抵抗する場合には圧迫眼帯や治療用ソフトコンタクトレンズ装用を行うことがある1,4).筆者は,Alport症候群と診断され,10年前から角膜びらんを繰り返すC30代男性の症例を経験した.右眼の眼痛,羞明,流涙が出現したため近医を受診,ヒアルロン酸点眼液と抗菌薬点眼液を処方されたが,10日間が経過しても症状が軽快せず当院を受診した.細隙灯顕微鏡検査では,角膜中央部の混濁と小水疱,角膜実質の浮腫が認められ(図1~3),前眼部光干渉断層計(opticalcoherenceCtomography:OCT)でも上皮下の小水疱を確認することができた(図4).Alport症候群に起因する再発性角膜びらんに角膜実質炎が合併したものと考え,0.1%ベタメタゾン点眼液をC2回/日で開始した.角膜実質の浮腫,角膜上皮びらんはC1週間で消失したが,角膜中央部での角膜内皮密度が著しく低下しており(図5a),後部多形性角膜変性症にみられるような帯状病変は認められないものの,なんらかの角膜内皮異常を合併しているのではないかと考えた.文献1)日本小児腎臓病学会:アルポート症候群診療ガイドライン2017.診断と治療社,20172)JaisCJP,CKnebelmannCB,CGiatrasCICetCal:X-linkedCAlportsyndrome:naturalChistoryCinC195CfamiliesCandCgenotype-phenotypeCcorrelationsCinCmales.CJCAmCSocCNephrolC11:C649-657,C20003)GrossO,NetzerKO,LambrechtRetal:Meta-analysisofgenotype-phenotypeCcorrelationCinCX-linkedCAlportCsyn-drome:impactConCclinicalCcounselling.CNephrolCDialCTransplantC17:1218-1227,C20024)SavigeJ,ShethS,LeysAetal:OcularfeaturesinAlportsyndrome:pathogenesisCandCclinicalCsigni.cance.CClinCJCAmSocNephrolC10:703-709,C2015C

ロービジョンケアを広めるための学会の役割

2018年5月31日 木曜日

ロービジョンケアを広めるための学会の役割TheRoleofAcademicSocietyinDisseminatingLowVisionCare加藤聡*はじめに日本ロービジョン学会(TheJapaneseSocietyforLow-visionResearchandRehabilitation)は,2000年4月に当時川崎医科大学眼科教授であった田淵昭雄先生を初代理事長として創設され,そのこともあり,学会事務局は現在も岡山県倉敷市にある.現在,26ある日本眼科学会の関連学会の一つとして承認されている.日本ロービジョン学会の設立の目的として,「本邦における視覚に障害を有する児・者へのハビリテーション・リハビリテーションに関する学術的研究および臨床の向上と会員同士および諸外国との交流」をあげている.日本ロービジョン学会の2018年1月1日現在の会員数は845名で,そのおよそ3分の1ずつが眼科医と視能訓練士で,残る3分の1のなかには他科の医師,看護師を含めたその他の医療従事者,教育関係,福祉関係,その他が含まれている.注意すべき点は視覚障害の当事者というだけでは学会員にはなれず,この点が大きな特徴のひとつともなっている.本稿では,近年,日本ロービジョン学会がロービジョンケアを広めるために行ってきたことを紹介する.I公的機関への要望1.ロービジョン検査判断料の新設に対する要望と実現眼科医療にロービジョンケアを広く普及させるために「ロービジョンケアの診療報酬化」を日本ロービジョン学会の前理事長である高橋広先生が積極的に推し進めた.その結果,日本眼科学会や日本眼科医会の協力が得られ,厚生労働省の担当者に理解されるとともに,視覚障害の当事者からの大きな声が追い風となり,2012年4月にD270-2ロービジョン検査判断料(250点)の名称で実現することができた.このロービジョン検査判断料は,つなぎ目のない連携を求めており,医療がその任を果たすべきであることを示している.2.遮光眼鏡給付の補装具として適応される対象疾患の解除への要望と実現以前は補装具における遮光眼鏡の対象者として,「網膜色素変性症,白子症,先天無虹彩,錐体杆体ジストロフィであって羞明感をやわらげる必要がある者」と限られていた.それに対し,日本ロービジョン学会補助具検討委員会をはじめとする各団体からの要望により,2010年3月31日に厚生労働省から出された「補助具費支給事務取扱指針の一部改正について」により,遮光眼鏡の補装具の対象者として,「1)視覚障害により身体障害者手帳を取得していること,2)羞明をきたしていること,3)羞明の軽減に,遮光眼鏡の装用より優先される治療法がないこと,4)補装具費支給事務取扱指針に定める眼科医による選定,処方であること」と規定された.すなわち,視覚障害による身体障害者手帳を持っており,羞明をきたしているのならば,その原因疾患が問われなくなったことになった.このことは,たとえば,*SatoshiKato:東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学/日本ロービジョン学会理事長〔別刷請求先〕加藤聡:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(73)637表1日本ロービジョン学会主催の過去の講習会のタイトルと演者9:008:0010:009:0010:109:1012:1011:1013:0011:2014:0012:2014:1013:0016:1015:0016:2015:1017:2016:1017:3016:2019:3018:20図1第3回ロービジョンケア講習会プログラム図2日本ロービジョン学会発行の視覚障害者向けの災害対応リーフレット図3日本ロービジョン学会作成の補助具パンフレット

これからのロービジョンケア(NEXT VISION)

2018年5月31日 木曜日

これからのロービジョンケア(NEXTVISION)LowVisionCareinFuture(NEXTVISION)仲泊聡*髙橋政代*はじめに2017年12月1日,神戸アイセンターが開設され,その玄関に位置するビジョンパークの活動が始まった(図1).筆者らは,公益社団法人NEXTVISIONとして,その運営を行うとともに,ここから次世代型のロービジョンケアを発信する.厚生労働省調べ(2011年度)によると,視覚障害の身体障害者手帳取得者は31.6万人で,そのうち1,2級の者が21.2万人(67%)を占める.一方,一般の眼科外来を受診した患者の矯正視力から割り出した1,2級相当の患者は,国立障害者リハビリテーションセンター病院眼科調べ(2014年度)では,視力障害で手帳が取得可能な人数の21%でしかなかった.この数値の乖離は,3級以下の身体障害者手帳を取得できても申請していない患者が相当数存在することを意味する.1,2級の手帳の恩恵は医療費免除を筆頭に多岐にわたっていることを眼科医も患者も理解しているため,眼科に受診していれば,これを取りこぼすことはまずない.しかし,それに満たない重度ではない視覚障害を有する者は「障害者としてのレッテルを貼られたくない」という心理や,なかには「この程度で保護を受けるのは申し訳ない」という思いから申請せずにいる.上記数字から約21万人の重度視覚障害者が視覚障害者の21%だとすれば,約100万人の「視覚障害者」がわが国には存在すると推計できる.視覚障害者支援の歴史は,この100年で目まぐるし図1神戸アイセンター・ビジョンパーク神戸アイセンターのエントランスから病院の受付までの約30mの廊下を挟み,約500平米の広さの一見図書館のような空間はビジョンパークとよばれている.病院の待合として利用されるとともに,視覚障害に関するさまざまな情報がここから発信される.(千葉正人氏提供)く変化した.戦前からの盲学校や点字図書館は,まさに全盲の視覚障害者のためにあった.戦後,傷痍軍人を社会復帰させるために身体障害者福祉法に準拠したさまざまな施設と制度が作られた.今では当たり前となった白杖の訓練が本格的に行われるようになったのは,実に1970年であり,そこからまだ50年も経っていない.失明原因もかつては白内障や感染症がほとんどであったのに対し,昨今の超高齢化による緑内障や加齢黄斑変性へと大きくシフトしてきた.おもな支援主体も盲学校から福祉施設へ,そして,今は医療機関がもっとも多くの視*SatoshiNakadomari&*MasayoTakahashi:理化学研究所・公益社団法人NEXTVISION〔別刷請求先〕仲泊聡:〒650-0047兵庫県神戸市中央区港島南町2-2-3理化学研究所・公益社団法人NEXTVISION0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(67)631覚障害者と対面することとなった.さらに今後,医療技術の進歩に加え,コンピュータ技術の進歩が,これまでの50年とはまったく異なった視覚障害者の環境変化を起こさせると予想できる.シンギュラリティ(技術開発と進化の主役が人間からコンピュータに移る特異点)は2045年に迫っている.今後の四半世紀には,視覚障害者が障害者ではなくなり,一般人と変わらずに社会で活躍するようになる変化をわれわれは目の当たりにしていくことになる.そして,筆者らNEXTVISIONは,その変化を促進し,一日も早くこれを実現するためのアプローチを今,神戸から行おうとしている.I連携のその先障害者権利条約の26条に「リハビリテーション」の項目がある.そのなかで,特筆すべきことに以下がある.1)障害者相互による支援を通じたものを含むこと2)保健,雇用,教育および社会にかかわる分野のサービスによること3)早期に始めること4)自発的なものであること5)住む地域のできるだけ近くで利用できることこれらが,これからのリハビリテーションの世界標準である.しかし,従来型の施設型リハビリテーションでは,これらを同時に実現することはできない.これを低コストで実現する鍵は,ICT(informationandcommu-nicationtechnology)による数少ない専門家の有効活用にある.視覚障害者に対するリハビリテーションにおいて,多職種が情報交換をする必要性は以前から唱えられ,各地にロービジョンネットワークという横断的組織が生まれ,そのなかでの効率よい運営を目標としたスマート・サイトというシステムが,各地の状況に合わせた形で開発・運用されてきた.2018年3月現在で全国には26のスマート・サイトが動いている.その多くは,眼科医療から,福祉や教育などの既存の視覚障害者サービスにシームレスにつなげるための仕組みである.ただ,視覚障害者は移動が困難なため,ここに行きなさいと言われてもすぐに行けるものではない.そこで,施設側から眼科外来に来ていただいて,そこで相談に乗るという中間型アウトリーチ支援が提唱されたが,この場合も,職員の移動にかかる物理的・経済的制約を度外視することができず,必ずしも大きな発展にはつながらなかった.しかしながら,ICT技術は移動なしでの相談を可能にした.さらには,NTTドコモの計画(https://www.nttdocomo.co.jp/corporate/technology/rd/tech/5g/)が実現し,2020年に移動通信システムが5Gへと更新されると,その通信速度は100倍に,通信量は1,000倍以上となり,これに伴うICTの変化は容易には想像できないほどである.筆者らは,2016年度から日本医療研究開発機構の研究資金を得て「ICTによる寡少専門家による地域・在宅ロービジョンケア」という研究事業を行っている.そこでは,タブレットやパソコンを使ったテレビ電話によって遠隔地の眼科医・福祉専門家と当事者を結び,医療相談および福祉相談を行っている.現段階では,調査員として当事者の近くにいる福祉専門家か視能訓練士がかかわることで相談支援の円滑化を図っているが,その延長線上には,眼科外来の一室のモニターに映った遠隔地にいる専門家による相談支援と眼科職員の教育が同時に可能となるシステムを想定している.神戸アイセンターでは,病院とビジョンパークをつなぐための連携カード(図2)を作成し,これにより超局所型のスマート・サイトを実現している.まだスタートしたばかりではあるが,月に約60名の患者が十数名の眼科医から紹介され,そしてビジョンパークにおいて近隣の関係施設に繋がっている.ビジョンパークには日替わりで近畿地方の福祉施設,視覚障害特別支援学校,当事者団体などの職員が中間型アウトリーチ支援要員として配備されている.連携カードを持って情報コンシェルジュとよばれるフロア担当の職員のところに来た患者は,彼らによってここに案内される.現在は,各施設からベテランの職員がビジョンパークまで足を運んでくれているが,将来的には,毎回ビジョンパークに来なくとも,ICTによる画面を介したかかわりで,その役割の多くを継承することができると考えている.IIビジョンパーク神戸アイセンター病院には,スタート時点よりロービ632あたらしい眼科Vol.35,No.5,2018(68)図2連携カード神戸アイセンター病院の眼科医師が,患者に手渡し,ビジョンパークの情報コンシェルジュが受付け,中間型アウトリーチ支援要員の地域の専門家に引き継いでいる.図3みちびクライミング光るホールドが散りばめられたボルダリングウォール.光覚レベルのロービジョン者でも,どこを掴むかがわかり,正しく掴めると音で正解を知らせてくれる.視覚障害者が健常者と対等に楽しむ空間として公益社団法人NEXTVISIONのめざすゴールを示すモニュメントである.https://www.youtube.com/watch?v=tkqCX_v1j30からのキャプチャー図4点字ブロックリレー目隠しをして点字ブロックの上をはみ出さないように白杖を頼りに歩くチーム対抗リレー.ここで一番頼りになるのは,全盲の人である.世界ゆるスポーツ協会主催のイベント「NoLookTour」にて.NEXTVISIONはisee!運動(http://isee-movement.org)と称して,視覚障害のこのイメージを変えることを目標とする.そして,その方策として,ロービジョンであることを気軽に他人に言うことができる環境をつくるということを提唱している.よくある事例として,眼の疾患が進行し,徐々に視力が低下して仕事が困難になっても,なかなかそれを職場で言い出せず,見えなくて犯してしまったミスを不注意で犯したものと周囲からみなされ,信頼をなくし,人間関係を悪くして職場にいられなくなるということがある.もし,自身の視機能が低下したことを周囲に告げていれば,それを補う方法を検討して就労を継続することができたかもしれない.見えないということがなにもできないに等しいという固定観念を日本社会全体がもちすぎている.このイメージは間違っている.これを変えることがNEXTVISIONの目標である.近視や老視であれば,誰でも気にすることなく周囲に話すことができる.それは,多くの人が当てはまる問題であるということとともに対処法が周知されているからである.ロービジョンであるとこれが言いにくいのは,その対処法が周知されていないためである.たとえ全盲であっても,その対処法があり,その方法を社会全体が認知していれば,社会は容易に彼らを受け入れられるはずである.しかし,現在,軽度のロービジョンに対する対処法すら周知されていないため,まだまだ仕事が続けられる状況にある人の多くが,つらい経験を余儀なくしている.確かに対処法が十分かと言われれば否である.しかし,障害の程度に応じて既存の用具や技術で対処できることが多数存在する.ただ知らなかったというだけで職を失うという事例はゼロにしなければならない.なにもできないというイメージは端的に暗い印象を与える.ロービジョンケアも視覚障害とともにこの暗いイメージを背負うこととなり,眼科患者ばかりか多くの眼科医が忌避する原因にもなっている.もっと「できる」を前面に出した積極的な明るいイメージに変化させる必要がある.筆者らがそれに使う方策に,三宅琢が提唱する「デジタル・ビジョン・ケア」がある.詳しくは三宅氏の稿を参照されたいが,コンピュータ技術のさらなる進歩とともに,その量質ともに今後の発展が期待できる.ICTの技術進歩は,ことさらに視覚障害者用と銘打たなくても,一般向けのツールに視覚障害者にも適しているというものを増やすこととなっている.最近テレビ広告が増えてきたスマートスピーカーは,映像を一切介さず,声だけのインターフェースで,ニュースや音楽を聞くことから買い物や他の家電の操作までを可能にしている.これは,全盲視覚障害者の生活を一変させる可能性を秘めている.ビジョンパークでは,これらも各種取り揃え,使用体験ができるようにしている.おわりに神戸アイセンターでは,診療と研究とロービジョンケアが一体となった活動をしている.そのメリットは,視覚障害の早期発見と早期支援につきる.診療と結びつくことで,可能な限り早い時期に情報提供が可能となる.そして,研究(iPSばかりではなく支援機器や技術も)によって得られた新たな支援方法といち早く紹介できるということも重要である.そして,この新しい試みは,マスコミを通じて社会啓発を促進する可能性をもつ.視覚に障害を負っても,その人の人格や生きる力,生活能力,知的能力などはなんら変わらないということを社会全体が認識すれば,視覚障害者はずっと生活しやすくなる.現在は,社会全体がそれを理解しておらず,実は視覚に障害を負った当事者自身もそれを理解していない.ここをもっと周知することが,これからの重要なアクションプランである.稿を終えるにあたり,視覚障害者と眼科医の皆様にお願いしたい.一人でも多くの方にビジョンパークに来ていただきたい.そして,その眼と肌で筆者らの理念を感じてほしい.賛同していただいた方は,その意思をぜひ発信してほしい.視覚障害関係者の総意に基づいた社会ムーブメントであるということを行政や国民全体に示していくことが,今後の視覚障害者支援にとって必ずや前進につながると信じている.そして,まねできるところがあれば大いにまねしていただいて,全国に第二第三のビジョンパークが生まれることを望んでいる.636あたらしい眼科Vol.35,No.5,2018(72)

ロービジョンケアとしてのデジタルデバイス活用

2018年5月31日 木曜日

ロービジョンケアとしてのデジタルデバイス活用UsefulnessofDigitalDevicesinLowVisonCare三宅琢*下田百里奈**I背景ここ数年,従来型のロービジョンエイドとしてのルーペや単眼鏡などに加え,新しいロービジョンエイドとして,ICT(informationandcommunicationtechnology)端末などのデジタルデバイスの活用が進んでいる1).アップル社製のiOS端末(iPad,iPhoneなど)などには,全盲を含む視覚障害者が使用する際の補助機能であるアクセシビリティ機能が初期設定の中に存在している.ICT端末は情報の入手や発信,コミュニケーション手段として広く一般家庭に普及し,インフラストラクチャーとして定着した.大容量のデータ通信に対応したインターネット環境の整備に伴い,今後ICT端末はロービジョンケアを考えるうえでも重要なツールとなる可能性をもつ.学校教育の現場ではすでにこれらのICT端末は視覚障害児童に加えて,読み書き障害等の学習障害児童学習支援ツールとして実践されている2).さまざまな就学上の困難さを抱える児童への導入が始まり,ICT端末は教育現場での情報保障(身体的なハンディキャップにより情報を収集することができない者に対し,代替手段を用いた情報提供)を行ううえでの,実践的な合理的配慮(就学上の困難さを軽減するための環境調整の配慮)のツールとなりつつある.また,日本の障害者雇用は,障害者雇用促進法による積極的差別是正策としての障害者雇用率制度と,その法的なインセンティブとしての納付金制度によって,1970年代から推進されてきた.国連障害者権利条約の批准もあり,2013年に障害者雇用促進法が改正され,雇用率制度に加えて障害のある労働者への不当な差別的取り扱いの禁止と合理1的配慮の提供の義務化が行われることになった.それに伴い,就労環境においても合理的配慮のツールとして,ICT端末への期待が高まっている.これらの背景を踏まえて本稿では視覚障害者の代表的な五つのニーズ(見る,読む,移動,情報入手・発信,コミュニケーション)を軸に,ICT端末を中心としたデジタルデバイスがロービジョンエイドとして機能する具体例をあげ,導入意義について簡単に解説する.II見る1.個別性の高さによる閲覧意欲の低下防止iPadに代表されるタブレット端末では,端末背面のカメラなどの解像度の向上に伴い,デジタルルーペや単眼鏡のように利用することが可能になった.また,タッチパネル式の端末では,画面を指で触れることにより表示画像を任意の倍率に拡大・縮小できる.これらのデジタルデバイスは一般に普及した機器であるため,無償の体験版を含む安価なアプリケーションソフトウェア(以下,アプリ)も多数存在する.視覚特性に合わせて個別に色調やコントラスト感度を調整可能な安価な拡大鏡アプリも存在し,視覚障害者が利用するこ*TakuMiyake:東京医科大学眼科学教室**YurinaShimoda〔別刷請求先〕三宅琢:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(61)625図1拡大読書器アプリを用いてレシートを拡大して閲覧している様子アプリ名「明るく大きく」(販売元:KazunoriAsada).ab図2紙幣識別アプリにて紙幣(a),色識別アプリにて色(b)を読み上げている様子a:アプリ名「NantMobileマネーリーダー」(販売元:IPPLEXHoldingsCorporation)b:アプリ名「ColorSay-世界をカラーで聞こう!」(販売元,:WhiteMartenUG(haftungsbeschraenkt).abc図3文章構造の最適化図表の閲覧モード(a)では自由に拡大率を変更し,書き込み等を行うことが可能である.読字モード(b)では使用者に最適化なフォントも選択可能であり,文章の再構成表示が可能である.また閲覧モード(c)では任意の文章の音声読み上げも可能である.(販売元:KAGAEDUCATIONALMARKETINGCO.,LTD.).図4眼鏡型音声読み上げ読書器メガネに装備された小型カメラでメニューを撮影し,インターネットを経由してデジタルテキスト化,音声変換を行うことが可能なデバイスで読み上げている様子.眼鏡型音声読み上げ読書器「OTONGLASS」(販売元:株式会社OTONGLASS).図5スマートフォン用の移動支援アプリの例端末の長辺方向の方角を音声で案内するアプリや画像情報に依存することなく音声のみで歩行ルート案内を行うスマートフォン用アプリ.コンパスiOS標準アプリ「ViaOptaNav」(販売元:NovartisPharmaceuticalsCorporation).図6移動支援ロボットテクノロジーで身体機能をシェアする遠隔の移動支援ロボットBODYSHARINGROBOT“NIN_NIN”(開発中)図7発話解析・認識インターフェース(Siri)Siriに「Siriは何ができる?」と質問することで,最新の機能一覧と話し方例を確認することが可能である.図8レクリエーションへの活用タッチペンを使用して趣味のボーリングを体験する90代の施設入居者の様子.アプリ名「POCKETBOWLING」(販売元:DumaduGamesPvtLtd).図9操作練習用アプリiOS端末本体にアプリをダウンロードすることで,ボイスオーバー機能による操作を実機において学ぶことが可能である.アプリ名「視覚障害者向け使い方教室foriPhone」(販売元:ソフトバンク).図10障害者雇用マニュアル『コミック版1障害者雇用マニュアル視覚障害者と働く』(2013年3月).視覚障害に関する基礎知識,就労支援機器や支援制度の活用例,職場での具体的な支援方法などを盛り込みながら,雇入れと職場定着に必要な雇用管理の手法などについて,コミック形式で事例を紹介するマニュアル.

再生医療とロービジョンケア

2018年5月31日 木曜日

再生医療とロービジョンケアRegenerativeMedicineandLowVisionCare栗本康夫*はじめに視覚の経路は外界の光を眼表面から取り込んで網膜に達するまでの光路と網膜から視覚中枢に至る視路に分けることができるが,眼科領域における再生医療の現状は両者で大きな隔たりがある.光路を構成する角膜と水晶体では,眼以外の臓器と比べても再生医療の実用が早くから進んでいる.角膜については,献眼による角膜移植が20世紀前半に海外で開始され,わが国でも1958年に「角膜移植に関する法律」が発布し,その後の法律改定を経て,標準医療として定着してすでに久しい.さらに,他家移植に伴う免疫拒絶などのリスクやドナー不足を克服するために,自家組織幹細胞や代替細胞による細胞治療も開発され,すでに臨床実施されている1).水晶体に関しては,白内障で混濁した水晶体の摘出は紀元前にまで遡ることができる.現在では摘出された水晶体に代わって眼鏡やコンタクトレンズなどによる屈折の補正が行われている.水晶体を代替する眼内レンズの移植は20世紀の半ばに初めて臨床で実施され2),人工臓器による水晶体再生医療が確立した.その後,術式はめざましい進歩を遂げ,今日,眼内レンズを利用した水晶体再建術はあらゆる外科手術のなかでももっとも成功している治療といっても過言ではないほどの普及をみている.このように角膜や水晶体の再生医療は実臨床に定着してすでに久しいのに対して,視路を構成する網膜および視神経についてはまったく事情が異なる.百年ほど前,神経科学界の巨人であるカハール(Cajal)が「哺乳類の中枢神経系においては,いったん発達が終われば軸索や樹状突起の成長と再生の泉は枯れてしまって元に戻らない.成熟した脳では神経の経路は固定されていて変更不能である.あらゆるものは死ぬことはあっても再生することはない」3)と記載して以来,成熟した哺乳類の中枢神経はひとたび細胞死や軸索の切断をきたすと再生することはないとドグマの如くに信じられてきた.眼科領域においても,中枢神経系に属する網膜および視神経は,疾病や外傷により神経細胞がひとたび変性に陥れば再生することはないと信じられ,再生医療は夢の話であった.しかしながら,近年の基礎医学領域での研究の長足の進歩により,網膜の再生医療が実現しようとしている.そして,近い将来には実臨床に広く普及してゆくことが期待される網膜再生医療は,ロービジョンケア領域にも大きな変革をもたらすことになる可能性がある.本稿では,網膜再生医療の現状を紹介したうえで,ロービジョンケアが果たすと予測される新たな役割について述べる.I網膜と再生医療ヒトの体では,皮膚や血球をはじめ多くの組織において,外傷や疾病によって失われた細胞は再生によって補われる.細胞の再生能力は組織の種類によって大きく異*YasuoKurimoto:神戸市立神戸アイセンター病院〔別刷請求先〕栗本康夫:〒650-0047兵庫県神戸市中央区港島南町2-1-8神戸市立神戸アイセンター病院0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(53)617なり,神経細胞であっても末梢神経は条件がよければ再生することは以前から知られている.しかし,ひとたび成熟した哺乳類の中枢神経系は神経細胞が傷害を受けて脱落・変性しても再生することはない3)と長きにわたって信じられており,実際の医療現場においても,中枢神経は再生しないというのが常識であった.眼科領域でも,中枢神経系に属する網膜疾患の治療は神経細胞の変性をいかに防ぐかに尽きていたとはいえ,ひとたび失われた網膜機能は再生しないという前提のもとに治療もロービジョンケアも行われてきた.しかし,近年の幹細胞研究の進歩により哺乳類の成体でも中枢神経組織幹細胞や神経新生があることが明らかとなり,この常識は覆されつつある.さらに多分化能と自己複製能を有する胚性幹(embryC-onicCstem:ES)細胞や人工多能性幹(inducedCpluripo-tentCstem:iPS)細胞などの多能性幹細胞が樹立され,未分化な幹細胞からあらゆる網膜細胞を人工的に誘導することも可能となった4,5).眼科領域においても,かつては夢の治療として現実味に乏しかった網膜の再生医療が現実のものになろうとしている.幹細胞による再生医療は,大きく分けて内在性幹細胞の賦活,組織幹細胞もしくは前駆細胞の移植,幹細胞より誘導した体細胞の移植の三つのストラテジーが考えられるが,前者二つについては生体内での神経系細胞の分化や脱分化,あるいは増殖を制御する知識が不十分で技術も確立していないので,実臨床への応用にはなお課題が多く,医療安全上のリスクを抱えている.現状は,幹細胞から治療対象となる網膜細胞を分化させて移植するストラテジーによる臨床応用が進行している.CII網膜再生医療のターゲット網膜は,内側に位置する神経網膜とその外側を裏打ちする網膜色素上皮(retinalCpigmentCepithelium:RPE)に大別される.どちらも神経上皮に由来するが,RPEは神経細胞ではなく,隣接する視細胞の外節の貪食処理,視物質のリサイクルなどにより視細胞の生理的活動を支えると同時に,血流の豊富な脈絡膜と神経網膜の間を隔て,血液・網膜柵を構成している.細胞移植による網膜の再生を考える場合,神経網膜においては移植細胞がホスト網膜の神経ネットワークと有機的な結合をすることが機能再建に必須である.神経ネットワークがより複雑化する中枢側,すなわち網膜内層にいくほどホスト神経ネットワークとの有機的な結合を得ることがむずかしく,末梢側の網膜外層のほうが容易であると考えられる.したがって,細胞治療による網膜再生治療は外層から着手されるのが自然な流れである.一方,網膜最外層に位置するCRPEは,ホストの神経回路網に組み込まれる必要がなく,移植されたCRPEがホスト組織と生理的に接着してCRPE固有の機能を発揮してくれれば治療の目的を達する.網膜再生医療のターゲットとしてCRPEが最初に選ばれるのは必然であり,加齢黄斑変性(age-relatedCmacularCdegeneration:AMD)などCRPEの劣化に起因する網膜疾患が最初の治療対象となる.RPEの再生医療の次には,同様の方法論をもって神経網膜の外層側から順次,治療開発が進んでいくであろう.CIII網膜色素上皮の再生医療AMDは,生理的には細胞新生ないし更新が起こらないCRPEが加齢により疲弊・劣化することが発症の背景にあり,加齢に加えて喫煙などの環境因子や遺伝的背景も発症リスクとして知られている.AMDは脈絡膜新生血管(choroidalCneovascularization:CNV)が関与する滲出型と,CNVの関与がなくCRPEが萎縮し引き続いて視細胞も変性していく萎縮型の二型に分けられる.わが国では滲出型の頻度が高く6),視機能の障害は萎縮型よりも滲出型のほうが急速かつ深刻である.萎縮型のCAMDには今のところ有効な治療法がないが,滲出型CAMDに対しては,近年,光線力学療法や抗血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthCfac-tor:VEGF)治療などのCCNVを選択的に抑制する治療法が導入され,現在では抗CVEGF療法が滲出型CAMDに対する第一選択治療として定着している7).抗CVEGF治療の導入により,滲出型CAMDの予後は以前に比べて大きく改善したが,AMD発症の背景にあるCRPEの劣化を治療しているわけではなく,長期的な予後には限界がある.また,抗CVEGF薬への反応には個体差があり,618あたらしい眼科Vol.35,No.5,2018(54)ES細胞iPS細胞大量の細胞リプログラを準備可能ミング本人の受精卵内部体細胞細胞塊多能性幹細胞.倫理的問題網膜神経細胞.免疫学的問題網膜細胞移植患者網膜色素上皮細胞図1多能性幹細胞による細胞治療多分化能と自己複製能を有するCES細胞を用いると細胞治療に必要な大量の体細胞を比較的容易に得ることができる.ただし,ES細胞には受精卵を破壊するという倫理的問題と他家移植ゆえの免疫学的問題がつきまとう(左側).これに対し,iPS細胞(右側)はCES細胞と同等の能力を有しながら,倫理的問題と免疫学的問題を回避できる.図2自家iPS細胞由来RPEシート移植治療の流れ患者より直径C4Cmmの皮膚小片を採取し線維芽細胞を培養.線維芽細胞よりCiPS細胞を樹立し,さらにCRPEへの分化を誘導.現在,iPS細胞の樹立には核外プラスミドを用いるため細胞のゲノムは変更されず,格段に安全性が増している.RPEは細胞シート状に培養し,患者の黄斑部網膜下に本人のCiPS細胞由来のCRPE細胞シートを移植する.図3HLAマッチドナーによる他家iPS細胞治療HLAの主要C6座が日本人に頻度の高いハプロタイプ(HLA-A*24:02,C*12:02,B*52:01,DRB1*15:02,DQB1*06:01,DPB1*09:01)のホモ接合体ドナーを選び,iPS細胞をバンク化.この方法をとると,1人のドナーからのCiPS細胞で,日本人口の約C17%の患者をカバーすることができる.Cajalの呪縛から,今まさに解き放たれようとしているのである.CV網膜の再生医療とロービジョンケア従来,成人の中途視覚障害に対するロービジョンケアとは,著しく障害された視機能が医学生理学的に回復を見込めない患者に対して行われるケアであり,基本的には患者の生理学的視機能はよくても現状維持,しばしば低下していくことを念頭におかねばならなかった.ところが,神経網膜の再生医療が施行されれば,これまでは生理学的視機能の回復が見込めなかった患者でも,治療により視機能の改善が期待できる.残された視機能あるいは視機能以外の能力をいかに活用して生活機能を向上させるかがロービジョンケアであったのが,残された生理的視機能そのものが再び発達の途上に乗り,向上していく可能性があるわけである.これはロービジョンケアのパラダイムチェンジといえるかもしれないし,新たな視能訓練分野の創成につながるかもしれない.ただし,網膜の再生医療としてはまず初めに普及していくと思われるCRPEの移植治療では,傷害された視細胞など網膜の神経細胞そのものを再生するわけではないので,治療開始時点に較べての大幅な視機能の回復は期待できない.したがって,この治療法においてロービジョンケアの果たす役割は,加齢黄斑変性において視機能が大幅に低下した後に病状が安定した患者に行われてきたこれまでのロービジョンケアと基本的に変わりはない.しかし,RPEの次の治療として期待されている視細胞など神経網膜の再生治療においては事情が異なる.視機能の改善を得るためには,移植された視細胞などの網膜神経細胞がホスト網膜の神経細胞と有機的な神経回路網を構築することが必須であり,そのためには移植細胞とホスト細胞に双方向的な神経突起・樹状突起やシナプスの形成や伸長,あるいはシナプスの伝達効率の強化などの可塑的変化が起こらなければならない.こうした移植神経細胞とホスト神経細胞との間でのネットワークの構築は,移植細胞の生着に伴う自然経過でもある程度起こることが,iPS細胞から誘導した視細胞移植の動物実験結果からも推定できる.しかしながら,移植細胞に対して積極的に視覚刺激を与えることにより,神経突起の伸長やシナプスの形成および伝達効率の強化などが促進されるであろうことが推測できる.移植細胞とホスト細胞の間で有機的な神経ネットワークの構築を促進し,生理的視機能の獲得および向上を得るためには,視能訓練的なケアが有用であることが推測できる.実際にどのようなトレーニングが必要であり,どの程度の有用性があるのかは,実際の治療が始まってみなければわからないことも多く今後の検討課題であるが,網膜再生治療が臨床に入って来れば,ロービジョンケアは新たな役割を担うことが期待される.文献1)NishidaCK,CYamatoCM,CHayashidaCKCetCal:CornealCrecon-structionCwithCtissue-engineeredCcellCsheetsCcomposedCofCautologousoralmu-cosalepithelium.NEnglJMedC351:C1187-1196,C20042)RidleyCH:Intra-ocularCacrylicClensesCafterCcataractCextraction.CLancet19:118-121,19523)RamonCyCCajalCSR(1913.14)EstudiosCsobreClaCdegener-acionCdelCsistemaCnervioso.CMoya.[translratedCbyCMayCRM,CCajal’sCDegenerationCandCRegenerationCofCtheCNer-vousCSystem.CDeFelipeCJ,CJonesCEG(eds)C,COxfordCUniver-sityPress,NewYork,1991.]4)EirakuCM,CTakataCN,CIshibashiCHCetCal:Self-organizingCoptic-cupCmorphogenesisCinCthree-dimensionalCculture.CNatureC472:51-56,C20115)HayashiCR,CIshikawaCY,CSasamotoCYCetCal:Co-ordinatedCoculardevelopmentfromhumaniPScellsandrecoveryofcornealfunction.NatureC531:376-380,C20166)YasudaM,KiyoharaY,HataYetal:Nine-yearincidenceandriskfactorsforage-relatedmaculardegenerationinade.nedJapanesepopulationtheHisayamastudy.Ophthal-mologyC116:2135-2140,C20097)高橋寛二,小椋祐一郎,石橋達郎ほか:加齢黄斑変性の治療指針.日眼会誌116:1150-1156,C20128)AlgvereCPV,CGourasCP,CDafgardCKoppCE:Long-termCout-comeofRPEallograftsinnon-immunosuppressedpatientswithAMD.EurJOphthalmolC9:217-230,C19999)vanCZeeburgCEJ,CMaaijweeCKJ,CMissottenCTOCetCal:ACfreeCretinalCpigmentCepithelium-choroidCgraftCinCpatientswithexudativeage-relatedmaculardegeneration:resultsupto7years.AmJOphthalmol153:120-127,C201210)TakahashiK,YamanakaS:InductionofpluripotentstemcellsCfromCmouseCembryonicCandCadultC.broblastCculturesCbyde.nedfactors.CCellC126:663-676,C200611)MandaiCM,CWatanabeCA,CKurimotoCYCetCal:AutologousCinducedstem-cell-derivedretinalcellsformaculardegen-622あたらしい眼科Vol.35,No.5,2018(58)

小児のロービジョン外来症例集

2018年5月31日 木曜日

小児のロービジョン外来症例集PediatricLowVisionClinicCaseReport稲垣理佐子*はじめに小児は発達の過程にあり,なかでも視覚を通じた経験は発達にとってとくに重要である.逆に言えば重篤な視覚障害は小児の発達に悪影響を及ぼし,二次的な発達の遅れにつながる可能性がある.一人一人の視覚障害児に適した教育の機会を与えるためには,医療現場と教育現場の連携が必要である.そのために全国で視覚障害児のために早期からの院内療育相談が行われており,当院でも2005年から視力や視野に重篤な障害があると思われる0~2歳未満の小児に対しては院内学級の一室に視覚特別支援校の教員を招いて超早期療育相談を行っている1)(図1).2歳以上の小児には,眼科外来で視覚特別支援校の教員に必要に応じて同席してもらいながら教育相談を行っている.病院内で療育(教育)相談を行うことによって,養育者,教育者,医療者に信頼関係が構築される.養育者の不安が軽減されるとともに,視覚特別支援校へ気軽に相談に行ける雰囲気をつくることができる.重篤な視覚障害をもつと思われる小児および養育者に対して,このように早い段階で医療側からアプローチすることは視覚障害児の発育に重要な役割を果たすと考えている.当院での療育相談は今年で13年となり,45症例が相談に参加した.これらを振り返り,具体的な小児のロービジョンケアについて述べる.図1院内での超早期療育相談さまざまな玩具で反応を見ながら,子育て方法について相談.I当院での小児へのロービジョンケア45名の疾患の内訳を(表1)に示す.このうち,聴覚障害を合併しているものは2名,知的障害・発達遅滞を合併しているものは20名であった.低年齢の視覚障害児の多くは,先天性のために自身の視覚障害を自覚していないか,自覚があったとしても表現力が未熟のため詳細に説明ができない.また,知的障害を伴う小児も多い.そのため視機能を知るためには小児の行動観察が中心となる.たとえば,「暗いところを怖がる」「暗い所へ行きたがらない」「暗いところでは動きが緩慢になる」などの養育者からの訴えや聞き取りが*RisakoInagaki:浜松医科大学医学部附属病院眼科〔別刷請求先〕稲垣理佐子:〒431-3192静岡県浜松市東区半田山1-20-1浜松医科大学医学部附属病院眼科0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(47)611表1疾患名と人数図2卓上型拡大鏡手に持たずに使用できる.図4ロービジョン用の定規白黒反転で目盛りの数字が大きく書かれてある.図3書見台近接視する時に姿勢を楽に保つことができる.図5単眼鏡片手で操作ができ,遠くのものを拡大して見ることができる.図6スケッチブックの一ページ小児の行動特徴とその対処方法が描かれている.図8単眼鏡と拡大鏡を離さない小児図7手作りの絵本手で触ってわかるように工夫が施してある.=======

成人のロービジョン外来症例集

2018年5月31日 木曜日

成人のロービジョン外来症例集CaseReportsofAdultLowVisionPatients青島明子*はじめにロービジョン外来では,この疾患だったらこれをやればよいという決まりごとはなく,個々の患者のニーズを聞き出し,個別に対応していくことが必要である.そのため,いかにその患者のニーズを聞き出すかが重要である.たとえば,字を読みたいというニーズがあれば,近用眼鏡の処方(ハイパワープラスレンズも含めて)を考え,眼鏡で対応できなければ拡大鏡,拡大読書器といった順に試していく.また,「まぶしい」「光って見えにくい」「白んで見える」という言葉を聞けば,遮光眼鏡を試すといった大まかな道筋はある.しかしながら,「何か困っていることはありますか?」と大雑把に聞いても,本人自身が何に困っているかわからない場合も多い.そのため,当院では,ロービジョン外来の初診時に図1のような問診票を用いている.この問診票を用いることにより,自分の眼の病気についてどのように主治医から説明を聞き,どの程度理解しているか確認することができる.また,決められた時間のなかで,効率よく必要なことを聞き出すことができる.そして,趣味など聞き出し,それをきっかけにしていろいろな話をしていく中で,ニーズを聞き出すこともできる.以下に当院でのロービジョン外来で,実際に行った症例を紹介する.I症例症例1:86歳,女性.加齢黄斑変性半年前より,眼鏡をかけても見えにくいため近医を受診し,加齢黄斑変性と診断された.硝子体注射を施行されている.新聞の字が読みにくいとの訴えがあり,ロービジョン外来受診を薦められた.ロービジョン外来1回目問診アンケートより抜粋(表1)視力:右眼0.2(0.3×sph+0.50D(cyl.1.50DAx90°),左眼0.01(n.c.).視野(図2).遠近両用眼鏡を持っており,度数は,遠用:右眼(sph+0.50D(cyl.1.00DAx90°),左眼(sph+0.500D(cyl.1.00DAx90°)で近用に+2.00D加入されている.新聞の字が読みたいとのことで,レンズを使って拡大することを考えた.拡大の方法としては,大きく分けて,①ハイパワープラスレンズ(単に通常の検眼レンズのプラス度数の強いもの(通常は+5D以上))②拡大鏡,③拡大読書器がある.まず,この症例の必要な拡大率を考える.必要な拡大率=臨界文字サイズ/読みたいものの文字サイズ1)※臨界文字サイズ:最大読書速度が出せる最小の文字サイズ,つまりその人がスラスラ読める文字の一番小さいもの.簡単に説明するとその人がスラスラと読める大きさまで文字を拡大してあげればよい.ただし,大きすぎると見える範囲が小さくなってかえって読みにくくなるので,スラスラ読める範囲で一番小さな文字のサイズまで*AkikoAoshima:青島眼科,浜松医科大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕青島明子:〒438-0078静岡県磐田市中泉1363-4青島眼科0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(39)603図1問診票表1問診票より抜粋=症例1症例2症例3右眼左眼図2症例の視野図3簡易的にどの文字の大きさが読めるか作成したもの数字は文字サイズ(フォント).=図4当院で作製した見え方の確認表「す(中心)」を見てもらい(見ているつもり),どの文字が見えるか確認する.その答えを聞き,「す」を見るためにはどの文字を見たらよいか説明し,確認する.==図5日常生活の工夫図6白杖通常,外来で選定することはないが知識として知っておくとよい.a:折りたたみ式(①②),伸縮式(③④),直杖(⑤),T字杖(⑥)の4種類がある.伸縮式はシンボルとしての用途が中心であり,T字杖はバランス機能や下肢に障害がある場合に用い体重を支えることができる.b:先端部もいろいろな形がある.用途によって選ぶ.図7遮光眼鏡羞明の軽減を目的として,可視光のうちの一部の透過を抑制するものであって,分光透過率が公表されているもの.(左)東海光学CCP400の色を示す.これを前掛け式眼鏡の枠に入れてトライアルを行う.(真ん中)症例2で試したCCP400SAとFR.(右)Viewnal.眼鏡の上からかけることができる.横からの光もカットできる.レンズの色はFL.図8介助法患者が家族や支援者の肘のあたりを持ち,半歩後ろを歩く方法を「手引き」または「ガイドヘルプ」という4).患者の主体性が尊重される.スピードが速ければ手を離せばよく,また階段をあがる際には腕の角度が変わるため段差があることを確認できる.

緑内障のロービジョンケア

2018年5月31日 木曜日

緑内障のロービジョンケアLowVisionCareinGlaucoma平澤裕代*はじめに40歳以上の日本人の20人に1人が緑内障を発症しており,そのうち9割の患者は発症に気づいていなかったこと,その多くが正常範囲内にとどまる正常眼圧緑内障であったことが示された多治見スタディ1)の発表から14年がたつ.眼圧測定のみでは緑内障のスクリーニングにならないこと,緑内障の自覚の乏しさから発見されずに潜伏している緑内障患者が多いことから,多治見スタディ以降,視野異常の有無を検出する自己チェック法の普及活動や40歳を過ぎたら眼科受診を,といった啓発活動が盛んになったのは,幸運な転換点であった.緑内障は放置すれば失明につながる進行性かつ非可逆性の視神経障害疾患であり,早期発見・早期管理が基本であることは言うまでもない.しかし,早期発見できた幸運な患者ばかりではないのもまた現実である.また,有効な治療法は眼圧を下げることしかなく,それも視野障害の進行を「緩める」に過ぎないことから,最終的に視覚障害に至る患者数は少なくない.実際,日本における中途視覚障害の原因として,2004年に糖尿病網膜症を抜いて緑内障が1位になった2).その後2014年の報告においても緑内障は1位を保っている3).かつて,眼科医にとってのロービジョンケアは失明告知後に福祉へつなぐだけのことであったといわれる.最近は,残存する視機能を最大限活用させる手段を探し,指導することで生活の質(qualityoflife:QOL)を上げることへと変化してきた.ロービジョンケアは,視機能障害が存在し,その障害を患者自身が自覚しているときからはじまる.緑内障のように緩やかに進行し続ける疾患の場合,ロービジョンケアが必要になる時期は個々の症例によって異なり,一律の基準があるわけではない.したがって,眼科医は,緑内障患者がどのような視機能障害の自覚をもつのか,どういった場面で不自由さを感じるのか,すなわち緑内障患者のQOLについて日常診療においても意識しておく必要がある.われわれが緑内障患者の日常診療においてQOLを意識しなくてはいけない理由はそれだけではない.緑内障治療の最終目標はQOLの維持である.眼科医は患者のQOL維持を目標に,患者の眼圧コントロールと視野障害の安定化をめざして眼圧下降治療を行っている.しかし,眼科医が一般診療のなかで実際にQOL維持を目標に治療方針を決定する具体的な手法はあるだろうか?治療の最終目標はQOLの維持であると誰もが知りながら,そのQOLに対しては,ただ漠然と遠巻きに眺めているのが現状ではなかろうか.本稿では眼科医が緑内障患者のQOLについて知り,QOLを保つ支援として何ができるか考える.さらに遠巻きに眺めがちなQOLについての臨床的評価をいかに日常診療に取り込むかという取り組みについて紹介する.*HiroyoHirasawa:東都文京病院眼科〔別刷請求先〕平澤裕代:〒113-0034東京都文京区湯島3-5-7東都文京病院眼科0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(31)595患者のQOLを保つ支援─眼科医ができること─1.緑内障がとのようにQOLを障害するかへの理解2.生涯にわたりQOLを守るための努力3.QOLを損なった患者の支援図1日常診療で意識すべき3カ条=図2緑内障患者と読書図3緑内障患者と外出図4外出時に重要な視野図5緑内障患者と食事図6医療もQOLを低下させる維持!」という厳しい眼圧コントロールのことをさすのではない.残存視野が十分であればあるほどCQOLが保たれるのは間違いないが,手術のみならず点眼治療でさえCQOLを低下させることがわかっている16).QOLを保つという観点に立ち,十分な治療であるよう,かつ過剰な医療にならないようバランスをとりつつ加療を続けることが大切である(図6).C3.QOLを損なった患者への支援前述したように視機能障害の自覚が生じた時点から患者のCQOLの向上をサポートするケアがロービジョンケアの一つであるというのならば,緑内障患者におけるロービジョンケアは対象者を限定する必要はないはずである.緑内障患者のCQOL低下は比較的早期から始まっていることはよく知られており,QOLを損なった患者への支援は,比較的早期の緑内障患者に対しても行われるのがよい.補装具の紹介や選定といった専門的なことでなくとも,たとえば定期的に行う視野検査のあとに患者とともに有効視野の位置を確認し,日常生活に支障がないかたずねるといったことから,ロービジョンケアは始められる.CIIQOLの臨床的評価―日常診療へ取り込む試み―従来,QOLの評価法としては紙ベースのアンケート調査が主流である.代表的な調査票としてはCVFQ-25や鷲見のCQualityCofCLife調査票14)などがある.鷲見のQualityofLife調査票は日本人の文化・生活習慣を加味して作成された日本人向けの調査票である.いずれも紙ベースの調査票に自己記入方式もしくは面接形式で質問項目に回答し,その結果をCQOLの数値結果として解釈するものである.各回答項目に応じて点数を合計する単純加算方式よりも,項目応答理論をベースとしたCRaschモデルによって算出されたスコアのほうが視野障害によりよく比例するといわれている18).近年のCQOL調査研究では,より実態に近い数値が算出されるCRaschモデルベースのものが主流である.RaschモデルによるQOL評価のメリットは,QOLの数値的評価の精度向上のみならず,QOL質問項目がもつ「問題の難易度」まで数値的に評価されるところにある.したがって,その質問項目がどの程度のCQOL保持者に適しているかの客観的評価が可能になり,ひいてはその調査票自体が,調査の手段として適切なのかどうかの評価が可能である.近年,多数のCQOL調査票が同プロセスを経て,適切な調査票であるかどうかの再評価を受けている.より客観的な定量的なCQOL評価の試みが進む一方で,実際には患者にアンケート調査を行うというのは,調査につきそう人手,アンケート調査にかかる時間,そこから得られる結果の価値を考えると,残念ながら現段階では,治療方針を検討する際に勘案するほどには有用ではない.というのも,質問数が少なければ,QOLがほとんど障害されていない症例からCQOLが高度に障害されている症例まで同一の質問票で網羅することは到底困難であるし,したがって経時的変化を評価することも困難となる.実際鷲見のCQualityCofCLife調査票はある程度QOLが低下した症例に適した質問項目が大部分であり,QOLの低下が少ない症例に適した質問項目はほとんどなかったことが報告されており19),幅広いCQOLの程度を評価できる質問票の確立には,それなりの質問数が必要である.一方で質問数が膨大になれば,回答に要する時間も長く,何よりも患者の負担が多くなる.QOL評価をもっと簡便に臨床評価に取り入れ,将来的には視野や眼圧や網膜神経線維層厚と同様に数値化したCQOLを治療方針の検討要因として取り入れるにはどうしたらよいのだろうか?最近検討され始めている手法の一つであるコンピューター適応型テスト(computC-er-adaptiveCtesting:CAT)はその解決の一助になる(図7).この手法を用いることによってCQOLに関する質問項目を多数プールしておき,回答結果に応じて次に提示する問題が回答者のCQOLレベルに応じて提示されるようになる.これにより,質問数をC75%減じることができ,おおよそC10問程度の質問でCQOLスコアを精度よく推測できるものである20).紙ベースではなく,コンピューターベースで行うのが適切で,将来的にはハンディーなタブレットに表示させてCQOL調査を行うことで,待ち時間の間に簡便に検査ができ,なおかつ時系列なデータも取得できると思われる.表示する文字の大きさも変更が容易であり,視機能が悪い患者にも使いやす600あたらしい眼科Vol.35,No.5,2018(36)図7QOL評価の今後の展望’’C-

杏林アイセンターのロービジョン外来

2018年5月31日 木曜日

杏林アイセンターのロービジョン外来LowVisionClinicatKyorinEyeCenter平形明人*はじめにロービジョンケアの重要性は眼科診療ではかなり浸透してきている.しかし,対象となる病態や患者背景は多様であり,眼底疾患だけでも,発生異常による先天性視力障害,腫瘍や遺伝性網脈絡膜疾患による中途失明,血管閉塞や黄斑変性などによる高齢者の視力障害などさまざまである.その中には,全身疾患を合併している患者も少なくない.また,施設によりロービジョンケアの実施方法や担当者の職種は異なる.診療形態,たとえば患者の日常生活に密接にかかわる開業医,多数の難病疾患を紹介され高度な治療後の後遺症に対処する病院,高度医療の実施と若い医師や医療者を教育指導している大学病院,再生医療などの最先端治療をしながら難病患者に対応する高度医療機関など,それぞれの環境でロービジョンケアの方法には各々の特徴がある.本稿では,わが国で最初にアイセンターの名前を冠して活動を始めた杏林大学附属病院眼科(以下,当科)で,どのようにロービジョン外来が誕生してロービジョンケアを実施しているのかを振り返った.I杏林大学附属病院ロービジョン外来の誕生杏林大学附属病院は,1999年に眼科部門にアイセンターの名前を冠したが,そのアイセンター構想を杏林学園に提出したのは1994年に遡る.当時の藤原隆明教授,樋田哲夫助教授と筆者の名前で作成した提案書のなかで,「高齢化社会に向うわが国において,生活の質(QOL)維持のために視覚医療がますます重要になる」ことを強調した.その提案書は,元日本眼科学会理事長であった植村恭夫先生が厚生省(当時)に提出した国立感覚器センター設立企画書を参考にして作られた.そのアイセンター構想の大きな柱の一つがロービジョンケアであった.その背景には,米国でロービジョンケアを学修した視能訓練士(ORT)の守田好江が約2年前から当科に勤務していたことが大きかった.守田が低視力患者に拡大鏡などの視機能補助具の使い方を日常の外来中に指導し,その有用性を医師も実感していた.守田は,もともと慶應義塾大学の植村恭夫先生の下で小児眼科,つまり斜視弱視と屈折矯正の基本を徹底的に仕込まれたORTであるが,米国に留学してロービジョンケアを学び,杏林大学にORTとして赴任した.そして,人手のないなかでORT業務の合間に少しずつロービジョンケアを行いながら,教室の眼科医たちにそのコンセプトを浸透させた.その後,守田が再び米国に戻ることになった際に,守田の推薦でORTの田中(石垣)恵津子が赴任した.田中は大学院時代に東京女子医科大学の小田浩一教授のもとで視機能評価法などを研究し,ORTとして新しく開発した視機能評価法を生かして低視力者に貢献することを切望していた.田中の患者への献身的な対応を見ながら,網膜硝子体手術症例をはじめとする難病疾患の患者の治療前後のロービジョンケアの意義を多くのスタッフが認識するようになった.そして,医師が低視力者の診察をしながら,ロービジョンケ*AkitoHirakata:杏林大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕平形明人:〒181-8611東京都三鷹市新川6-20-2杏林大学医学部眼科学教室0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(23)587アを開始させる時期などについて日常診療で常に意識するようになった.その後,ORTの西脇友紀も田中の姿勢に感化されロービジョンケア業務に加わった.つまり,杏林大学のロービジョンケアの概念はアイセンター構想を考える際に意識されたが,実際の普及は,屈折矯正に習熟したORTが,低視力者の生活拡大に少しでも自分の能力を発揮したいという情熱によるものが大きかった.そして,ロービジョングッズの整備が進み,その有用性を実感した医師がORTと共にさらに設備を充実させ,患者のニーズに合わせて日常診療のなかで自然にロービジョンケアが取り入れられるようになった.1999年の杏林大学附属病院の新外来棟建設に伴って杏林アイセンターが設立された.それを機に,田中,西脇をORTの基本業務からはずしロービジョン外来に専念してもらい,小田教授をロービジョンケアリサーチ主任として非常勤講師に迎えた.以後,彼らのロービジョンケアに関する学会発表や論文報告の数も医師のそれを凌ぐものになった.その後,田中,西脇が非常勤になり,ORTの新井千賀子と歩行訓練士の尾形真樹がロービジョンケア業務を受け継いで活動範囲はさらに広がり,外部から見学者や研修者が多く訪れ,アイセンターにはなくてはならない外来に充実した.新井は視能訓練士協会理事として大学外でもロービジョン活動の普及に尽力している.IIMachemer教授の影響樋田教授と筆者は慶應義塾大学の植村先生門下の研修時代に小児眼科,つまり視機能矯正の重要性を教えられていたが,その後Duke大学に留学し硝子体手術の父といわれるRobertMachemer教授にご指導をいただき,ロービジョンケアが難病の手術を行う施設において重要であることを実感した.Machemer先生は現在の硝子体手術の原形を開発した歴史に残る指導者であるが,研修医に毎週定期的に時間を設けて自分の経験をふまえたresidentlectureを行っていた.そのなかで,「本当の医者は,自分の手術の上達に満足するのではなく,手術を受けた患者がどのように生活を拡大するかに心を配らなければいけない.そのために,手術後の屈折矯正を基本とする視覚環境のケアに眼科医は関心をもたなければいけない」という教育をされていた.そして,DukeEyeCenterでのロービジョンケアの基本は「きちんとした屈折矯正である」ことを強調していた.当時,硝子体手術を対象とする患者は術後も低視力者が多く,硝子体手術を開発したMachemer先生が硝子体手術の意義を追究するなかで自然にロービジョンケアの重要性を意識されたのではないかと推測される.IIIロービジョンケアの手順ロービジョン外来を受診する契機は,当科の主治医からの依頼,外部施設や他科からの紹介などさまざまであるが,外来あるいは病棟の担当医が必ず病態を把握し,ロービジョン外来について患者に説明して,患者自身の了解のもとに受診させるのが基本となっている.なかには治療法がなくてほぼ失明状態の方,社会資源の情報獲得を目的とする方,視力が良好でも視野障害が重篤で日常生活に支障をきたしている方など,患者の症状や要求はさまざまである.進行した増殖糖尿病網膜症例のなかには,硝子体手術を施行してもかなり視機能予後に制限があることを術前から予測できる患者もいる.そのうち,患者がロービジョンケアの内容を理解できれば,手術前からロービジョンケアを開始することが早期の社会復帰に有用な場合もある.当科のロービジョンケア対象疾患と受診者のニーズに関して,20歳未満と20歳以上に区分して図1~4に示す1.3).ロービジョンケアの基本的な手順は,主治医による病態把握と客観的な視機能検査の結果のもとに,主治医による説明と患者からのロービジョン外来受診の同意を得たのち,ロービジョン外来で患者の要望聴取とQOL評価を行い4,5),ロービジョンケアを計画し実施する(図5).そして,定期的に経過観察する.ロービジョンケアの担当者がORTであっても,基本的には担当医がいて,ロービジョンケアの導入時期やその効果の判定を担当医師とケアの担当者が連携して経過観察している(図6).客観的な低視力検査のなかには,視力や視野検査などの通常の検査のほかに,患者のニーズによっては読書チャート(MNREAD-J,JK)を利用した読書テストを施行し,読書速度と文字サイズを検討する(図7)6).これは拡大鏡などの選定や使用法の指導に非常に有用であ588あたらしい眼科Vol.35,No.5,2018(24)図1受診者の疾患と視覚障害以外の障害の合併率図2成人受診者の疾患(20歳以上,n=253)(20歳未満,n=62)(2010年のロービジョン外来統計から)(2010年のロービジョン外来統計から)2回目以降ケア終了時図5ロービジョンケアの手順図6ロービジョン外来の介入状況a.読書チャート(MNREAD-J,JK)b.読書速度と文字サイズの関係(黄色線が読書速度の結果)図7読書テストに用いる読書チャート(a)と読書速度結果(b)図8日常生活活動の工夫の指導低視力者にとって爪切りがむずかしいこともあり,爪ヤスリの頻回使用は有用(a).現金の支払い時のコイン整理にコインの大きさに対応した財布の利用を指導(b).ボタンに凸状にシールを貼り付けることは低視力者に有用で,iphone画面の触覚サインは便利(c).ロービジョンケアが企画する余暇活動は,患者の情報交換ばかりでなく意欲亢進にも有用であり,化粧教室や料理教室(d)なども実施した.図9症例13歳時に眼位異常と眼振の精査で受診した.22歳時の右眼(a)と左眼広角眼底写真(b).両眼に広範囲の網脈絡膜コロボーマがみられる.両眼視力は0.03.受診時から成長に応じたロービジョンケアを実施した.5歳時にコンピューター操作によるマウスポインターを活発に利用することを習得し,読書などの学習が効率よく行われるようになった(c).図10症例268歳時に視野異常による読書困難を主訴に受診.両眼に輪紋状脈絡膜硬化症を認め(a:右眼眼底,b:左眼眼底),右眼視力0.7,左眼視力1.0であった.ドーナツ状の絶対暗点を認め,将来の視野異常の進行の可能性を説明し,拡大読書器で周辺視野を利用した読書訓練を施行した.その後,拡大読書器で新聞などの読書が可能となり,83歳の現在,両眼とも黄斑変性は進行し(c,d),視力は0.08に低下したが読書能力を維持している.図11症例360歳の男性.視力障害で受診した.糖尿病治療歴はなく,右眼は数年前に失明,左眼に重篤な増殖糖尿病網膜症を認めた(a).左眼視力は0.07.硝子体手術の計画とともに内科治療と看護師,栄養士およびロービジョン担当者によるロービジョンケアを同時に開始した.硝子体手術後3カ月で視力0.1に改善(b)したが,中心視野異常があること(c)を説明した.残存視機能を利用した生活活動の注意を指導したところ,両親の介護を含む生活活動範囲の拡大が可能となり,糖尿病コントロールも良好となった.