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緑内障:緑内障と篩状板部分欠損

2016年7月31日 日曜日

●連載193緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也193.緑内障と篩状板部分欠損赤木忠道京都大学大学院医学研究科眼科学教室緑内障における網膜神経節細胞の軸索障害は篩状板で生じるとされる.緑内障眼では篩状板に部分的な欠損がまれならず生じている.乳頭出血既往眼に多くみられ,乳頭出血の出現に伴って篩状板欠損は出現あるいは拡大する.また,網膜神経線維の障害との関係も強く,緑内障進行の危険因子とされる.緑内障の診療において注目すべき所見の一つである.●緑内障と篩状板篩状板は視神経乳頭深部に存在するコラーゲンを主体とするメッシュ構造の組織で,網膜神経節細胞の軸索は,篩状板孔とよばれる篩状板の隙間を通って,眼内から頭蓋内へと続く.篩状板孔に存在する毛細血管によって網膜神経節細胞は栄養される.網膜神経節細胞が選択的に障害されるのが緑内障の特徴であるが,緑内障における網膜神経節細胞の障害は,篩状板における軸索障害が原因であるとされる1,2).摘出眼などを用いた研究により緑内障眼で篩状板に構造変化が起こることが古くから知られており,篩状板の菲薄化,後方への変位,篩状板孔の拡大などがある1,3,4).これらの変化には篩状板への眼圧による負荷が影響していると考えられている.近年の光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)を用いた研究により,眼圧変動によって篩状板の後方への変位は変化することもわかってきた5,6).眼圧上昇によって後方に変位していた篩状板は,眼圧下降治療により前方へと位置を変化させるのである.高眼圧による篩状板への負荷が篩状板に構造変化をもたらし,網膜神経節細胞の軸索障害を引き起こすのである.●篩状板の部分欠損この網膜神経節細胞の生存に欠かせない存在である篩状板に,緑内障眼では部分的な欠損が生じうることがわかってきた.緑内障眼における篩状板の後天的な部分欠損は,古くはacquiredpitoftheopticnerve(APON)という所見として1970年後半に報告されている7).APONは正常眼圧緑内障や乳頭出血の既往眼に多く認められ,その位置は視野障害と関連しており,視野進行しやすい所見として認識されていた8,9).しかし,眼底写真での確定診断は必ずしも容易でないこともあり,それほどは注目されてこなかった.Spectral-domainOCT(SD-OCT)のenhanceddepthimaging(EDI)法やswept-sourceOCT(SS-OCT)は組織の深部構造の観察に適している.これらの方法によって,生体下で篩状板をある程度明瞭に描出することが可能になった.篩状板はOCT画像上で高輝度領域として描出される.この高輝度領域の連続性がとだえる所見を「篩状板組織の部分欠損」とよび,篩状板組織の一部が完全に欠損していると考えられている10~12).筆者らの検討では,篩状板の全層欠損と考えられる部分欠損は非強度近視の緑内障眼の約7%程度にみられ,非緑内障眼ではほとんど認めなかった(図1)12).この篩状板の断裂・部分欠損は乳頭出血や網膜神経線維層欠損に関係しており,近視が強い(眼軸が長い)眼に多くみられる傾向がある.眼圧の篩状板への負荷によって篩状板に断裂が生じ,その結果乳頭出血と網膜神経節細胞の脱落をきたすのが緑内障における視神経障害の一つのパターンだと考えられる.●強度近視眼における篩状板の部分欠損非強度近視眼の緑内障眼において,篩状板の部分欠損は近視が強い眼に多くみられる傾向があったが,強度近視眼ではどうなのか.筆者らの検討では,−6Dより強い強度近視の緑内障眼の半分以上の症例において篩状板部分欠損が存在していることがわかった(図2)13).一方で,強度近視眼でも非緑内障眼にはほとんど認めなかった.篩状板部分欠損は図311)に示すような2種類に大別されるが,強度近視眼緑内障の篩状板部分欠損は,ほとんどが乳頭縁で篩状板が強膜付着部から断裂する図3bのタイプであった.強度近視眼では篩状板が薄いことが緑内障危険因子の理由の一つと考えられており,近視に伴う篩状板へのストレスが篩状板菲薄化の原因とされる.強度近視眼緑内障で篩状板部分欠損を生じるのも,近視に伴う強膜の伸展によって篩状板への物理的な負荷が増強していることが影響していると思われる.篩状板部分欠損を伴う強度近視緑内障眼では傍中心視野障害を呈することが多く,厳重な定期検査と治療が重要である.文献1)QuigleyHA,HohmanRM,AddicksEMetal:Morphologicchangesinthelaminacribrosacorrelatedwithneurallossinopen-angleglaucoma.AmJOphthalmol95:673-2)QuigleyHA:Open-angleglaucoma.NEnglJMed328:1097-1106.19933)JonasJB,JonasSB,JonasRAetal:Histologyoftheparapapillaryregioninhighmyopia.AmJOphthalmol152:1021-1029,20114)AkagiT,HangaiM,TakayamaKetal:Invivoimagingoflaminacribrosaporesbyadaptiveopticsscanninglaserophthalmoscopy.InvestOphthalmolVisSci53:4111-4119,20125)LeeEJ,KimTW,WeinrebRN:Reversaloflaminacribrosadisplacementandthicknessaftertrabeculectomyinglaucoma.Ophthalmology119:1359-1366,20126)YoshikawaM,AkagiT,HangaiMetal:Alterationsintheneuralandconnectivetissuecomponentsofglaucomatouscuppingafterglaucomasurgeryusingswept-sourceopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci55:477-484,20147)RadiusRL,MaumeneeAE,GreenWR:Pit-likechangesoftheopticnerveheadinopen-angleglaucoma.BrJOphthalmol62:389-393,19788)UgurluS,WeitzmanM,NduagubaCetal:Acquiredpitoftheopticnerve:ariskfactorforprogressionofglaucoma.AmJOphthalmol125:457-464,19989)NduagubaC,UgurluS,CaprioliJ:Acquiredpitsoftheopticnerveinglaucoma:prevalenceandassociatedvisualfieldloss.ActaOphthalmolScand76:273-277,199810)KiumehrS,ParkSC,DorairajSetal:Invivoevaluationoffocallaminacribrosadefectsinglaucoma.ArchOphthalmol130:552-559,201211)YouJY,ParkSC,SuDetal:Focallaminacribrosadefectsassociatedwithglaucomatousrimthinningandacquiredpits.JAMAOphthalmol131:314-320,201312)TakayamaK,HangaiM,KimuraYetal:Three-dimensionalimagingoflaminacribrosadefectsinglaucomausingswept-sourceopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci54:4798-4807,201313)KimuraY,AkagiT,HangaiMetal:Laminacribrosadefectsandopticdiscmorphologyinprimaryopenangleglaucomawithhighmyopia.PLoSOne9:e115313,2014図143歳女性左眼の正常眼圧緑内障(非強度近視眼)a,b:眼底写真にて耳下側の視神経乳頭縁に乳頭出血を認める.c:Humphrey視野検査24-2のパターン偏差.上方に傍中心視野障害を認める.d,e:SD-OCTで耳下側のcpRNFL厚の菲薄化を認める.f~h:SS-OCTで篩状板の全層におよぶ部分欠損(赤矢頭)を認める.(文献12を改変)図2強度近視眼緑内障の篩状板部分欠損a:眼底写真で視神経耳側乳頭縁に薄暗い色調の篩状板部分欠損(赤矢頭)が確認できる.b,d,e:SS-OCT画像で篩状板全層におよぶ欠損(赤矢頭)を認める.c:Humphrey視野検査24-2のパターン偏差.(文献13を改変)図3篩状板部分欠損のタイプa:Laminarholeとよばれ,篩状板内に欠損を生じるタイプ.b:Laminardisinsertionとよばれ,篩状板が強膜付着部から断裂するタイプ.(文献11を改変)(83)0910-1810/16/¥100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.33,No.7,201610091010あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(84)

屈折矯正手術:LASIKを行うと老視がはやくなる?

2016年7月31日 日曜日

●連載194屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂大橋裕一坪田一男194.LASIKを行うと老視がはやくなる?常吉由佳里慶應義塾大学医学部眼科学教室近視に対してLASIKや有水晶体眼内レンズ挿入などの屈折矯正手術を行った場合,頂間距離の違いから,近見に必要な調節量は眼鏡装用時より大きくなる.とくに初期の老視の患者では,強度近視の場合には,術後の必要調節量の違いが老視自覚症状の出現や増悪を生む可能性があり,該当年齢の患者に手術を施行する場合には注意が必要である.●はじめにLaserinsitukeratomileusis(LASIK)や有水晶体眼内レンズなどの観血的な屈折矯正治療は,眼鏡またはコンタクトレンズ装用から解放されたいという希望に応える治療として,国内でも広い年齢層に対して行われている.近視矯正目的にこれらの治療が行われる場合,術後は正視になるため近視矯正器具の装用は不要になるものの,将来的に老眼鏡などが早い時期から必要になることはよく知られている.しかし,角膜高次収差や頂間距離など,術後の老視症状に影響を与える因子はほかにもあり,現在の知見を概説する.●偽調節による老視症状の軽減Artolaらは近視矯正のphotorefractivekeratectomy(PRK)を受けたことのある老視患者と通常の老視患者の調節幅を比較し,PRKを施行した眼では通常と比較して調節幅が大きくなっており,調節幅の大きさは角膜高次収差と有意に相関することを報告した1).また,YeuらはPRK施行後の眼と通常の眼の焦点深度を比較し,6mm瞳孔径でのmodulationtransferfunction(MTF)のピークバリューの50%以上を保つ焦点深度が,PRK施行眼では通常の眼より0.04D有意に深く,ピークバリューの80%以上を保つ焦点深度は0.08D有意に深かったことを報告した2).これらの報告から,PRKやLASIKなどの角膜屈折矯正手術で惹起される角膜収差は,老視の近方視力障害の症状を軽減すると考えられる.●頂間距離の違いによる必要な自己調節量の違い完全矯正を目的に,Kジオプターの屈折矯正を頂間距離dmの位置で行っている場合,距離xmにある目標を見るために必要な調節量は下記の式で表される3).必要な調節量=−X(1−dK){(1−dK)−d2XK}…(1)(X=1/x)たとえば,頂間距離が12mmの−8Dの眼鏡レンズで矯正されている場合,40cmの距離を見るための必要調節量は(1)式から2.09Dと計算される.一方で,LASIKで矯正した場合には,頂間距離0mmの状態と近似できるので,必要調節量は2.5Dとなり,眼鏡装用時とくらべると0.41Dだけ余計に自分で調節する必要が出てくる.頂間距離0mmと12mmそれぞれについて,矯正度数と40cmの近方視に必要な調節量を(1)式をもとにグラフに表すと,図1のようになり,矯正する近視度数が強いほど必要調節量の差は大きくなることがわかる.こうした理論的根拠からは,日常で眼鏡矯正を用いていた老視年齢の近視患者が屈折矯正手術を受けた場合,術後に近方視に必要な調節量が増え,老視症状の増悪をもたらす可能性が考えられる.●老視年齢での近視矯正LASIKでの術前後の加入度数の変化筆者らは以前,老視年齢の高度近視患者に対してLASIKが施行された症例を後方視的に調査し,手術前後の近方視機能の変化を比較した4).対象:45歳以上で,LASIKで−6D以上の近視矯正を行った症例40人53眼.方法:術前と術後3カ月に遠方裸眼・矯正視力,近方裸眼・矯正視力[40cm少数視力表(Nitten社)を使用],角膜・全眼球高次収差〔瞳孔径4mmで測定,ARK10000(Nidek社)を使用〕を測定した.また,最良遠方矯正視力と最良近方矯正視力を得るために要した矯正レンズ度数の等価球面度数の差として加入度数を算出した.結果:対象患者の年齢は45~59歳,平均50.0±4.1歳であった.矯正量は−10.75~−6.00D,平均−7.56±1.06Dであった.加入度数は,術前は1.80±0.60D,術後は2.18±0.69Dで,術後に0.38±0.60Dの有意な増加を認めた(p<0.001).また,矯正度数が大きいほど,術後の加入度数の増加量は有意に大きくなっていた(p=0.04).図2に年齢と術後加入度数増加量の相関を示す.興味深いことに,年齢が若い層ほど術後の加入度数の増加量が有意に大きいことが明らかになった(p=0.01).術後に0.5D以上の加入度数の増加を認めた割合を年齢層ごとにみると,45~49歳では70.0%(21/30眼),50~54歳では62.5%(10/16眼),55~59歳では14.3%(1/7眼)と,若い年齢層ほど術後に大きな加入度数の増加がある割合が高かった.角膜・全眼球の高次収差の変化量と加入度数の増加量には相関はみられなかった.考察:水晶体の自己調節力は加齢に伴って減少し,50~60歳にかけて調節力が0に近づくことが知られている.今回の研究では,高齢層では術後の加入度数の増加が小さかったが,これは高齢層では進行した老視のためにすでに術前から大きな加入度数を必要としていたため,術後の加入度数増加幅が小さくなったものと考えられた.結論:老視年齢での強度近視矯正LASIKでは,術後に近方視に必要な加入度数が増大すること,そしてその増大量は初期老視年齢の患者ではとくに大きくなることが明らかになった.●おわりに近視矯正の角膜屈折矯正手術後の収差の増加は,焦点深度を増大させ近方視に有利に働くものの,術後には頂間距離の変化の影響で近方視に必要な調節量は増大する.初期老視年齢の強度近視患者に屈折矯正手術を施行する場合には,術後に老視症状が出現・増悪する可能性について注意が必要である.文献1)ArtolaA,PatelS,SchimchakPetal:Evidencefordelayedpresbyopiaafterphotorefractivekeratectomyformyopia.Ophthalmology113:735-741,20062)YeuE,WangL,KochDD:Theeffectofcornealwavefrontaberrationsoncornealpseudoaccommodation.AmJOphthalmol153:972-981,20123)RabbettsRB:BennettandRabbett’sclinicalvisualoptics.3rded,p114-116,Butterworth-Heinemann,Oxford,19984)TsuneyoshiY,NegishiK,SaikiMetal:Apparentprogressionofpresbyopiaafterlaserinsitukeratomileusisinpatientswithearlypresbyopia.AmJOphthalmol158:286-292,2014図1必要調節量図2術後の加入度数増加量(81)0910-1810/16/¥100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.33,No.7,201610071008あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(82)

眼内レンズ:残存シリコーンオイルが眼内レンズ後面に付着し視機能低下した2症例

2016年7月31日 日曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋356.残存シリコーンオイルが眼内レンズ後面に付着し視機能低下した2症例青瀬雅資獨協医科大学眼科学教室硝子体手術で注入したシリコーンオイル(SO)を抜去しても,残存したSOが眼内レンズ後面に付着し,視力低下をきたすことがある.Nd-YAGレーザーでSOを飛散させることで一時的な視力改善を得られるが,SOの付着を繰り返すため,硝子体手術によるSOの再抜去が必要である.●はじめにシリコーンオイル(siliconoil:SO)は1962年に世界で初めて網膜剝離に対する硝子体手術で使用され1),わが国でも2000年にSO使用ガイドラインが作成され2),現在,難治性網膜硝子体疾患で広く使用されている.SOによる眼合併症として,眼圧上昇(緑内障),角膜障害,網膜前増殖,白内障などはよく知られている2~5).また,後囊切開後のシリコーン製眼内レンズ(intraocularlens:IOL)に油滴の付着を生じた報告はあるが6),アクリル製IOLにSOが付着し視力低下を起こした報告はない.今回,筆者らは,SO抜去後に残存SOがアクリル製IOL後面に付着し,視力低下をきたした2症例を経験したので報告する.●症例151歳,男性.平成14年4月,外傷による右眼の眼球破裂に対し,水晶体再建術(MA60BM,Alcon)と網膜硝子体手術(SO注入)を施行し,平成15年2月,SO乳化を認めたため,硝子体手術にてSOを抜去した.術直後は経過良好であったが,徐々に視力低下を認めたため,平成26年11月に当院紹介となった.初診時,後囊はNd-YAGレーザーで切開され,IOL後面に残存SOの付着を認めた.眼底の透見性低下を認め,矯正視力は0.01まで低下していた(図1).平成27年3月に再度硝子体手術を行い,残存SOを吸引除去した.術中,IOL後面だけでなく,角膜後面にも残存SOの付着を認めた.はじめに前房内の残存SOを除去後,25ゲージ3ポートvitrectomyにて硝子体内に残存したSOを抜去し,硝子体カッターにて後囊切開を拡大し,後囊に付着しているSOも抜去した.術後,IOL後面に付着していたSOはなくなり,視力は矯正1.0まで改善した(図2).●症例241歳,男性.平成24年2月,増殖性糖尿病網膜症に対し水晶体再建術(PY-60AD,HOYA)と網膜硝子体手術(SO注入)を施行した.平成26年11月,糖尿病網膜症が沈静化していたのでSO抜去を行った.軽度の後囊混濁を認めたため,硝子体カッターで後囊切開も同時に施行した.術後4カ月後に残存SOがIOL後面に付着し,矯正視力が0.6から0.4まで低下したため,Nd-YAGレーザーでSOを飛散させた.レーザー直後はIOL後面のSOがなくなり視力改善を認めたが,徐々にIOL後面にSOの付着を認め,再度視力が低下した(図3).Nd-YAGレーザーによる処置を再度行ったが,SO付着による視力低下を繰り返した.平成27年7月,25ゲージ3ポートvitrectomyにより硝子体内に残存したSOを抜去し,後囊に付着したSOを抜去し,後囊切開を拡大した.最後に前房内のSOの除去を行い,手術を終了した.術後,IOL後面に付着していたSOは消失し,視力は矯正0.4から矯正0.6まで改善した.眼底の透見性も改善し,その後糖尿病網膜症,黄班部浮腫の悪化は認めない(図4).●おわりに網膜硝子体手術によりSOを抜去した後,IOL後面にSOが付着し視力低下を起こすことがある.術中十分に灌流し,できるかぎりSOを吸引抜去することが重要であるが,IOL後面にSOの付着を認めた場合はSOの再抜去が奏効する.SO抜去後も残存SOの有無に注意し,経過観察をしていく必要がある.文献1)CibisPA,BeckerB,OkumEetal:Theuseofliquidsiliconeinretinaldetachmentsurgery.ArchOphthalmol68:590-599,19622)三宅養三,根木昭,樋田哲夫ほか:シリコーンオイル使用ガイドライン.日眼会誌104:989-992,20003)FalknerCI,BinderS,KrugerAetal:Outcomeaftersiliconeoilremoval.BrJOphthalmol85:1324-1327,20014)坂本泰二,樋田哲夫,田野保雄ほか:眼科領域におけるシリコーンオイル使用状況全国調査.日眼会誌112:790-800,20085)大塩善幸,大島健司,蔵田善規:シリコーン・オイル注入眼の合併症とその対策.臨眼42:1083-1087,19886)杉谷篤彦,堀田順子,堀田一樹:短期シリコンーンオイルタンポナーゼの術後合併症.臨眼58:1989-1994,2004図1症例1の術前眼内レンズ(IOL)後面の後囊切開部に一致して残存シリコーンオイル(SO)が付着し(a,b),眼底の透見性低下を認めた(c).EAS-1000で残存SOによるIOL後面の散乱光強度の増加を認めた(d)図2症例1の術後眼内レンズ(IOL)後面に付着していたシリコーンオイル(SO)はなくなり(a,b),眼底の透見性は改善した(c).術前に認めていた残存SOによるIOL後面の散乱光強度の増加は,SOの抜去により改善を認めた(d).図3症例2の術前眼内レンズ(IOL)後面にシリコーンオイル(SO)の付着を認め(a),Nd-YAGレーザーでSOを飛散させた(b).レーザー直後はIOL後面のSOはなくなったが,再度IOL後面にSOの付着を認めた.図4症例2の術後眼内レンズ後面に付着していたシリコーンオイルはなくなり(a,b),眼底の透見性は改善した(c).(79)あたらしい眼科Vol.33,No.7,20161005

コンタクトレンズ:老視に対する遠近両用コンタクトレンズ処方のコツ

2016年7月31日 日曜日

コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方つぎの一歩~症例からみるCL処方~監修/下村嘉一21.老視に対する遠近両用コンタクトレンズ処方のコツ梶田雅義梶田眼科●はじめに遠近両用ソフトコンタクトレンズ(以下,遠近SCL)の処方はむずかしいと思われているのは,遠近SCLがもつ特徴を理解しておらず,装用者のニーズも十分に聴取していないことが原因である.中高齢者では,遠近SCLのほうが単焦点SCLよりも処方は容易で,満足度も高い.●適正矯正度数の決定CL処方も眼鏡処方もやることは同じである.単焦点CLでも遠近CLでも適切な矯正度数を求めることが「はじめの一歩」である.眼鏡による適正矯正度数に1Dを超える乱視がある場合には,現時点では遠近SCLの適応外と考え,1D以下の乱視がある場合には等価球面値を採用する.●遠近SCLタイプ分類とその特徴現在利用できる遠近SCLのタイプは,次の4種類だと考えるとよい(図1).しかし,このタイプ分類は筆者が臨床上の印象から分類しているもので,他から提供されているものではない.①二重焦点タイプ単焦点の遠用度数と単焦点の近用度数がしっかり提供されている.遠方と近方は比較的鮮明に見えるが,調節力が少ない眼では中間距離が不鮮明である.焦点位置か(77)らずれた距離を明視するために調節が誘発されるため,調節疲労のある場合には適さない.②二重焦点移行部累進タイプ単焦点の遠用度数と単焦点の近用度数の間に,累進的に変化する度数が存在する.二重焦点タイプよりも遠方と近方の鮮明さは劣るが,中間距離は二重焦点タイプに勝る.調節疲労症例にも適する.③累進屈折力タイプ度数が累進的に連続して変化している.距離によって鮮明さに変化が少ないので,遠方の鮮明さは単焦点SCLにわずかに劣るものの,近方視は単焦点SCLに勝る.残念ながら加入度数が大きくないため,少し進行した老視では変則モノビジョンなどの工夫が必要になる.比較的若い世代で近方視作業が多く,調節疲労を訴えるが良好な遠方視力も望む場合に適する.④累進複合タイプ遠用累進部と近方累進部があり,その間を累進的につないでいる.遠方も近方も中間距離もそれなりに鮮明に見える.中間距離も見え方がもっとも安定して見えるタイプである.遠用部と近用部の配分によって,矯正度数の効き方が異なる印象がある.調節疲労の軽減に適する.●これまでの矯正状態との整合これまでどのような矯正を行ってきているかは,遠近SCLのタイプ選択に重要である.i)遠用完全矯正遠くの視力を要求するため,遠方が完全や過矯正になっている場合には,二重焦点タイプあるいは累進屈折力タイプが奏効する.ii)中間距離に合わせた矯正近くの見え方を優先して,度数を下げ,遠くはあまり良くないが,PC作業中などの見え方を優先した低矯正になっている場合には,二重焦点移行部累進タイプや累進複合タイプが奏効する.iii)遠用完全矯正に老眼鏡の併用遠方の視力を優先し,完全あるいは過矯正にして,近方作業時には単焦点近用眼鏡を併用している場合には,二重焦点タイプあるいは累進複合タイプが奏効する.●実際の処方例[症例1]48歳の主婦.最近,手元が見づらくなったと訴えて来院した.使用中のSCL度数は右S−4.50D,左S−4.50Dであった.眼鏡による適正矯正度数を求めると,両眼視力1.2×[右S−4.25D,左S−4.50D]であった.若干過矯正であったことから,i)の矯正状態と考えて累進屈折力タイプのSCLを選択し,適正矯正度数を頂間距離補正した右S−4.00D,左S−4.25Dを試し装用した.両眼遠方視力=1.2,両眼近方視力=1.0(40cm視力表)これまでより遠くの見え方は少し劣るが不満はなく,手元は見やすくなった.以前から続いていた首のこりがなくなった.[症例2]43歳のシステムエンジニア.眼の疲労感を訴えて来院した.使用中のSCL度数は右S−7.00D,左S−8.50Dであった.眼鏡による適正矯正度数を求めると両眼視力1.2×[右S−8.25D,左S−10.25D]であった.この度数をCL度数に頂間距離補正を行うと右−7.50D,左−9.00Dである.ii)の矯正状態で,近方作業が多いため,累進複合タイプのSCLを試した.両眼遠方視力=1.2,両眼近方視力=1.2(40cm視力表)遠くもすっきり見え,眼の疲れも肩こりもなくなった.[症例3]52歳の女性.遠近SCLを試したいと来院した.常用眼鏡は使用したことがなく,近方視のために両S+1.50Dの老眼鏡を使用していた.眼鏡による適正矯正度数を求めると両眼視力1.2×[右S+0.50D,左S+0.75D]であった.SCLの経験はないが,iii)の矯正状態と考えて,累進複合タイプのSCLを試した.遠方視力を壊さないように,遠近SCLの度数は右±0.00D,左+0.25Dを採用し,加入度数はMidを装用した.両眼遠方視力=1.2,両眼近方視力=1.0(40cm視力表).遠くは裸眼に少し劣るが,眼の周囲の違和感がなくなり,肩も軽くなった.●おわりに良好な視力を提供することを目標に遠近SCLを処方すると,満足できないことが多い.自覚的屈折値を正しく測定して,適正な矯正度数を提供することを目標にすれば,容易に快適な矯正を提供できる.適正な矯正度数の遠近SCLを装用したときに,どの程度の矯正視力が得られるかは,眼の性能と遠近SCLの特性で決まる.遠近SCLの見え方に慣れていただくように指導することで,遠近SCL処方成功率は著しく向上する.①二重焦点タイプ②二重焦点移行部累進タイプ③累進屈折力タイプ④累進複合タイプ図1遠近両用SCLのタイプ別イメージ(77)0910-1810/16/¥100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.33,No.7,20161003ZS971

写真:LASIK 術後の角膜フラップ層間感染

2016年7月31日 日曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦386.LASIK術後の角膜フラップ層間感染駒井清太郎京都府立医科大学視覚機能再生外科学図2図1のシェーマ①茶褐色の沈着物②角膜フラップのずれ①②図1前眼部所見左眼角膜のフラップと実質の層間に茶褐色の沈着物を認めた.角膜フラップは,ずれて一部浮いていた.図3図1のフルオレセイン染色所見フラップが浮いている部分に,フルオレセインの貯留を認める.図4ステロイド頻回点眼中止後ステロイド点眼を中止したところ,炎症の増強および茶褐色沈着物の増大を認めた.症例は60歳の男性で,前医で左眼にLaserinsitukeratomileusis(LASIK)を施行された.手術翌日より左眼に層間炎症(diffuselamellarkeratitis:DLK)を認められたため,点滴用ステロイド薬を用いて角膜フラップ下の洗浄が施行された.しかし,改善が得られなかったため,抗菌薬点眼剤を用いて再度角膜フラップ下の洗浄が施行されたが,それでも改善を得られず,当院を受診した.受診時所見として,左眼の角膜フラップにはフラップ下洗浄の影響でずれが生じており,層間には茶褐色の沈着物が認められた.同日入院とし,前医から継続されていたステロイドの頻回点眼(ベタメタゾン2時間ごと)を中止したところ,炎症の増強および茶褐色沈着物の増大を認めた.術後の層間感染を疑い,抗真菌薬(0.1%ミコナゾール点眼液)を用いて角膜フラップ洗浄を施行し,病巣の掻爬・鏡検を施行した.鏡検では酵母様糸状菌を認め,増菌培養ではStephanoascusciferriが検出された.モキシフロキサシン点眼,0.1%ミコナゾール点眼,ピマリシン眼軟膏,ボリコナゾール400mg/日内服により,瘢痕治癒を得た.LASIKはマイクロケラトームもしくはフェムトセカンドレーザーで角膜フラップを作製し,エキシマレーザーにて角膜実質を切除する角膜屈折矯正手術である.LASIK術後の角膜感染は1990年代半ばから海外で報告されはじめ,その頻度は0.035%1)あるいは0.095%2)との報告がある.ウイルス感染ではアデノウイルスや単純ヘルペスウイルスが多く,細菌感染では黄色ブドウ球菌,メチシリン耐性ブドウ球菌,非定型抗酸菌,緑膿菌などが報告されているが,真菌感染の報告は少ない2).LASIK術後に角膜フラップと実質の層間に炎症を認めた場合は,本症例のような角膜フラップ層間感染と,DLKとの鑑別が重要である.DLKはLASIK術後数日で発症し,層間にびまん性の細胞浸潤を認める.DLKの一般的な治療はステロイドの頻回点眼であるが,重症例にはステロイドの全身投与やステロイドを用いたフラップ下の洗浄が必要になる場合がある.これに対し,層間感染でも明瞭な浸潤を伴う広範もしくは限局的な炎症所見を認めるが,著明な結膜充血や前房蓄膿などが鑑別のポイントとなる.術後1週間を越えて発症する層間炎症や,ステロイドの減量にて増悪する炎症では,層間感染を疑う必要がある3).AmericanSocietyofCataractandRefractiveSurgery(ASCRS)では,層間感染が疑われた場合には,角膜および結膜囊の鏡検・培養のみならず,すぐに角膜フラップを持ち上げて,フラップ下の洗浄と培養を行うことを推奨している3).Mittalらは,角膜フラップ層間の真菌感染において,受診後できるだけ早期に全例に対しフラップ洗浄を行い,良好な視力予後を得たと報告している4).層間感染は比較的まれであるが,LASIK後に層間に炎症を認め,ステロイド治療が奏効せず増悪する場合は,常に考慮すべき重要な疾患といえる.文献1)LlovetF,deRojasV,InterlandiEetal:Infectiouskeratitisin204586LASIKprocedures.Ophthalmology117:232-238,20102)MoshirfarM,WellingJD,FeizVetal:Infectiousandnoninfectiouskeratitisafterlaserinsitukeratomileusisoccurrence,management,andvisualoutcomes.JCataractRefractSurg33:474-483,20073)DonnenfeldED,KimT,HollandEJetal:ASCRSWhitePaper:Managementofinfectiouskeratitisfollowinglaserinsitukeratomileusis.JCataractRefractSurg31:2008-2011,20054)MittalV,JainR,MittalRetal:Post-laserinsitukeratomileusisinterfacefungalkeratitis.Cornea33:1022-1030,2014(75)0910-1810/16/¥100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.33,No.7,20161001

総説:第25回日本緑内障学会 須田記念講演 1人の臨床医として経験した緑内障点眼 治療薬の変遷

2016年7月31日 日曜日

総説あたらしい眼科33(7):989?999,2016c第25回日本緑内障学会須田記念講演1人の臨床医として経験した緑内障点眼治療薬の変遷TransitionofEyeDropsforGlaucomaTreatmentExperiencedasaClinician富田剛司*はじめに今回,自身のこれまでの眼科医生活のとりあえずの総まとめをしたいという思いから,35年前に筆者が眼科医になってから現在まで,わが国で保険収載され,使用されてきた緑内障点眼治療薬の変遷をまとめることにした.現在,わが国で使用されている緑内障点眼薬は,実に29種類に上る.筆者はこれまで,ほぼすべての種類の点眼薬をそれなりの数の患者に使用した経験がある.今回,その主だったものに対し,自身が治療あるいは研究に参加した報告を中心としてまとめた.I点眼薬の種類筆者が大学を卒業し,眼科医としての修業を始めたのは1980年のことである.その翌年の1981年に,それまですでに使用されていたピロカルピンとエピネフリン(エピスタR)に加え,チモロールマレイン酸塩(以下チモロール,チモプトールR)の販売が開始された.その後,カルテオロール塩酸塩(ミケランR),ジピベフリン(ピバレフリンR),また,b1の選択的遮断薬(以下b遮断薬)であるベタキソロール塩酸塩(ベトプティックR)が販売開始された.1994年になって,現在はイオンチャンネル開口薬とされているイソプロピルウノプロストン(以下ウノプロストン,レスキュラR)が販売開始された.当時は日本で開発された世界で初めてのプロスタグランジン(prostaglandin:PG)関連薬ということで注目された.また,エポックメーキングな出来事として,1999年になって,ラタノプロスト(キサラタンR)と炭酸脱水酵素阻害薬(carbonicanhydraseinhibitor:CAI)の点眼薬であるドルゾラミド塩酸塩(以下ドルゾラミド,トルソプトR)が相次いで登場し,わが国で販売開始されたことである.1999年以降,ラタノプロスト(キサラタンR)の1日1回点眼の影響か,1回点眼のb遮断薬が多数市場に出てきた.2001年には,a1ブロッカーであるブナゾシン塩酸塩(デタントールR)が販売開始された.2002年には,ドルゾラミドと同じCAIであるブリンゾラミド(エイゾプトR)が販売開始された.2007年に入り,ラタノプロスト(キサラタンR)以降しばらく途絶えていたPG関連薬が,トラボプロスト(トラバタンズR),タフルプロスト(タプロスR),ビマトプロスト(ルミガンR)の順に販売開始された.さらに,ラタノプロスト/チモロール配合剤(ザラカムR),トラボプロスト/チモロール配合剤(デュオトラバR),タフルプロスト/チモロール配合剤(タプコムR)といったPG関連薬とb遮断薬との配合剤点眼薬(以下,PG/b配合剤),ならびに,ドルゾラミド/チモロール配合剤(コソプトR),ブリンゾラミド/チモロール配合剤(アゾルガR)といった,b遮断薬とCAIとの配合剤点眼薬(以下,b/CAI配合剤)がわが国でも使用可能となり販売開始された.また,海外では永らく使用されていたa2作動薬点眼薬のブリモニジン(アイファガンR)もわが国でも販売開始使となり,2014年末には主経路に作用する日本で開発されたROCK阻害薬点眼薬,リパスジル塩酸塩(グラナテックR)が世界に先駆けてわが国で販売開始された.ごく最近ではドルゾラミド/チモロール配合剤の防腐剤非含有1回使い切り製剤(コソプトミニR)が販売開始され,以上を合わせると,29種類となる(表1).ジェネリック製品も多数あるため,緑内障点眼治療薬は35年前の2種類から飛躍的に増加したことになる.II各種点眼薬の眼圧下降効果と視野維持効果1.8年間点眼治療のみで経過観察した症例の点眼薬数の変化と眼圧変化緑内障治療の原則は,眼圧を十分に下降させることにより患者の視機能を保全することにある.それではこれほど多数の緑内障点眼薬が使用できる現在,筆者は患者の眼圧を下げることができてきたのであろうか.そこで,筆者が東邦大学大橋病院に赴任してから現在までの8年間,点眼薬だけで経過をみている101人の患者の経過観察開始時の状態と現在の状況についてまとめてみた.初診時,PG関連薬1剤のみを使用は46例,PG関連薬とb遮断薬使用は33例,これにCAI点眼を加えた3剤使用は22例であった.経過観察を開始した2007年当時は,配合剤やa2作動薬,ROCK阻害薬などはまだなかった(表2).そして,8年が経過し,現在の点眼状況は表3のごとくになる.すなわち,PG関連薬1剤のみだった46例で現在も1剤使用であるのは11例であった.他の症例では,最大4剤まで増えていた.2剤使用していた症例も状況は似ており,3剤使用症例では,点眼ボトル数は3つで変わらないが,配合剤使用が増えているのがわかる.眼圧に関してみていると,初診時と比べて3群とも有意に低下していた(表4).近年報告された,UKGTSスタディ(TheUnitedKingdomGlaucomaTreatmentStudy)では,ラタノプロストとプラセボを無作為に割り付け,2年間経過観察し,視野進行あるいは光干渉断層計で確認した緑内障性構造変化の進行が抑制されたか否かが綿密なプロトコールのもと調査された.その結果,ラタノプロスト使用群の眼圧は,脱落例も含めた最終眼圧,プロトコールを完遂した例の視野進行側眼,いずれにおいても2年間,有意に低い眼圧を示し,かつラタノプロストを使用した群は,プラセボ点眼群に比して,視野進行の割合は有意に低く,ハザード率は0.44であったと報告されている1).したがって,緑内障点眼治療は患者の眼圧をよく下降させ,視野進行抑制効果もあるものと考えてよいと思われる.次項より,おもな緑内障点眼薬の眼圧下降効果と視野維持効果を検討した結果を示す.2.チモロール(チモプトールR)の眼圧下降効果正常眼圧緑内障(normal-tensionglaucoma:NTG)患者を対象として,チモロール点眼群31例とラタノプロスト点眼群31例に無作為に割り付け3年間経過をみた2).スタディデザインは非盲検法で,ラタノプロストは朝点眼とした.投与前眼圧は,ラタノプロスト群で15.0±1.6mmHg,チモロール群で15.9±2.0mmHgであった.3年間の経過観察中,トラフでの眼圧は2群とも下降しており,3年後の時点で眼圧はラタノプロスト群で12.9±2.6mmHg,チモロール群で14.0±2.3mmHgであり,眼圧値に群間での差はなかった(図1).さらに,Humphrey視野計の視野MD値でも,群内,群間で3年間差はなく,眼底三次元画像解析法にて解析した視神経乳頭リム面積にも3年間で変動はなかった.これは,少なくとも眼圧が低めのNTG患者においては,チモロールもラタノプロストとほぼ同等に眼圧を下降させ,視野維持効果もほぼ同等である可能性を示しているように思われる.3.ウノプロストン(レスキュラR)の眼圧下降効果次に,ウノプロストン点眼薬を検討した3).投与開始時に上方のみに視野欠損を有するNTG患者20例を対象に,ウノプロストンのみの点眼で3年以上経過観察した結果である.投与前眼圧は15.1±2.1mmHgで,最終眼圧は14.2±1.9mmHgであった.投与前に比して,値にして平均で1mmHg水銀柱弱ではあるが,眼圧は3年間有意に下降していた(図2).Humphrey視野結果においても,MD値の平均では変化はなかったが,トレンド解析とイベント解析で2例ずつ,全体で20%に視野の悪化を認めた.金沢大学からの報告においても,NTGに対するウノプロストン単剤使用4年後での視野の悪化を認めない確率は約80%としており,ほぼ同等の結果である4).4.炭酸脱水阻害薬(CAI)点眼薬の眼圧下降効果a.ドルゾラミド(トルソプトR)の眼圧下降効果CAI,すなわち,アセタゾラミド(ダイアモックスR)内服が眼圧下降に効果があることを始めて報告したのは,B.Beckerである5).その当初より,アセタゾラミドの点眼薬化の研究が進められてきたが,彼の報告後,40年以上の時を経て,ようやく,CAI点眼薬の姿がみえてきた6).その後,海外での点眼薬の実用化を経て,わが国でも1999年よりドルゾラミド点眼薬が使用可能となった.ただ,わが国で用いられているドルゾラミドの濃度は0.5%と1%であり,海外が1%と2%であるのとは異なっていることに注意する必要がある.また,チモロールとの比較試験により眼圧下降効果が劣性であったことから,第一選択薬ではなく,追加投与の局面でおもに使用されることになっている.そこで,PG関連薬を単独使用していた患者にドルゾラミド点眼追加後3年間経過をみた結果を示す7).対象患者は97例で,追加前の点眼薬は,ラタノプロストが80例,トラボプロストが9例,タフルプロストが7例,ビマトプロストが1例である.追加前眼圧の平均は17.5±3.1mmHgであった.追加投与後半年で眼圧は平均15.1±3.0mmHgまで有意に下降し,3年目の時点で14.8±3.1mmHgであった(図3).眼圧下降率は,1~3年後まで,平均で13.6%と変化はなかった.b.ブリンゾラミド(エイゾプトR)の眼圧下降効果ドルゾラミドと同じCAI点眼薬であるブリンゾラミドの眼圧下降効果も示す8).症例は22例で,1年間の調査である.投与前眼圧が,17.0±2.2mmHgで,1年後は14.8±1.7mmHgであり,投与1カ月後から有意な眼圧下降がみられた(図4).眼圧下降率は平均で12%であったが,ほぼ差はないとはいえ,ドルゾラミドの13.6%に比べやや少ない感じもする.点眼回数がブリンゾラミドでは1日2回であるためかもしれない.5.PG関連薬の眼圧下降効果a.ラタノプロスト(キサラタンR)の無効例の調査ラタノプロストの眼圧下降効果と視野維持効果についてはすでにチモロール点眼薬の評価の項で触れたので,ここではラタノプロストが無効であった症例のレビューを行ってみたい9).対象は,原発開放隅角緑内障(広義)患者88例である.点眼開始6カ月後では,有意に眼圧は下降した.しかしながら,投与前眼圧別に眼圧下降率が10%未満であった例をみてみると,点眼前眼圧が21mmHgを超えていた例では無効率は約9%であったのに対し,16~20mmHgでは無効率が17%弱,15mmHg未満では37%であり,投与前眼圧が低いほど,眼圧下降率が低下することがわかる(表5).したがって,無治療時眼圧が15mmHg未満の症例では,ラタノプロストで期待できる眼圧下降量は2~2.5mmHgと考えたほうがよい.しかしながら,それでも眼圧は下降していることにも注目する必要がある.b.トラボプロスト(トラバタンズR)の眼圧下降効果76例のNTG患者を対象として,トラボプロスト点眼薬1剤で3年間経過をみた結果を示す10).図5にあるように,点眼開始前眼圧は16.8±2.6mmHgで,半年後には13.6±2.5mmHgまで有意に下降し3年間維持された.眼圧下降量は,3年後で平均2.9mmHg,下降率は平均17%であったが,1年目と3年目で眼圧下降率に有意な差はなかった.3年間で5例,うち1例は,トレンド解析とイベント解析両方で視野障害進行がみられた.一方,点眼の継続率では60.5%であった.脱落のおもな理由は未来院であった.c.タフルプロスト(タプロスR)の眼圧下降効果次にタフルプロストについて,NTG患者55例55眼を対象として単剤で3年間経過観察した結果を示す11).点眼開始前眼圧の平均は15.7±2.2mmHgで,点眼開始後から眼圧は有意に下降し,3年後の平均眼圧は12.8±2.8mmHgであった(図6).眼圧下降率は1~3年後までほぼ変化なく,平均で約15%であった.視野障害の進行はトレンド解析で4例,イベント解析で3例みられた.また途中,34.5%が脱落し,継続率は65.5%であった.d.ビマトプロスト(ルミガンR)の眼圧下降効果PG関連薬に関して最後にビマトプロストについて3年間の使用結果をまとめる.NTG患者62例を対象として,単剤で3年間経過観察した12).点眼開始前眼圧は,平均で16.8±2.4mmHgであった.点眼開始後から眼圧は3年間有意に下降し,3年目では平均13.6±3.1mmHgまで下降していた(図7).経過観察中の平均眼圧下降率は最大24.9%,最低18.6%で,3年後では19.4%であった.他のPG関連薬と比べて下降率はやや高いように思われた.途中,27例が脱落し,2例が視野の解析ができなかったため,3年まで視野の経過を解析できたのは33例であった.そのなかで,イベント解析で悪化がみられたのは4例,トレンド解析で悪化したのは1例であった.ただ,脱落例の内訳では,副作用による中止例が多い傾向にあった(17例,27.4%).点眼による充血などが原因となったのかもしれない.6.ブリモニジン(アイファガンR)の眼圧下降効果次に,海外では永らく使われているが,日本では3年前から使用されるようになった交感神経a2作動薬点眼薬のブリモニジンをみてみる.174例の原発開放隅角緑内障(広義)を対象として半年間経過を見た結果である13).すでに他剤を使用していて,そのアドオン効果を評価した.3剤以上使用していてそれにアドオンした症例が一番多く,114例であったが,追加点眼効果が有意に出ている結果となった(図8).副作用は半年間に約10%に出現した.3カ月くらい経過してからアレルギー症状の出るケースが3例あったが,使用しはじめて1カ月後の比較的早期に,血圧低下・除脈が1例,傾眠傾向が1例と全身症状が出た例もあったので,処方時には患者に注意喚起するなど,配慮が必要と思われる.7.配合剤の眼圧下降効果a.ラタノプロスト?チモロール配合剤(ザラカムR)の眼圧下降効果さてここで,2010年からやっと日本にも登場した配合薬のレビューをしてみたい.まず,ラタノプロスト/チモロール配合剤であるが,ラタノプロストとチモロールの2剤を使用していた162例を対象に,休薬期間を設けることなくそのままラタノプロスト/チモロール配合剤点眼に変更し,3年間経過をみた結果である14).変更前の眼圧は,平均15.2±3.3mmHgで3年後には14.3±3.0mmHgとなっており,有意差をもって眼圧は下がっているという結果になった(図9).ただ,3年後の時点で,約80%の症例は,眼圧変動は2mmHg以内であったが,10%で2mmHgを超える眼圧を示していた.3年間,ラタノプロスト/チモロール配合剤を使用し続けることのできた継続確率は61,7%であった.2.PG関連薬による眼瞼色素沈着と睫毛の伸長・剛毛化虹彩色素沈着と並んでPG関連薬の特徴的な副作用として,眼瞼色素沈着と睫毛の伸長や剛毛化があげられる(図14).片眼にのみPG関連薬を使用している症例を対象として,左右眼を比べて色素沈着と睫毛の変化を調査した21).この調査ではウノプロストンもPG関連薬として扱った.その結果,3人の検者による写真判定では,眼瞼色素沈着の割合はすべて10%未満で点眼薬の間でも差はなかったが,睫毛の変化については,トラボプロスト,タフルプロスト,ビマトプロストで40%を超える結果となった.一方,患者本人がアンケート形式で主観的に評価した結果において,睫毛の変化については写真判定と同程度であるが,眼瞼色素沈着に関しては,写真判定とは大きく異なり,その割合が最低でも20%と大変高くなっている(図15).外来で,筆者自身はそうは思わないのであるが,瞼が黒くなるから嫌だという患者を時々経験する.われわれ医師と患者のとらえ方に違いがあることに注意しなければならないと感じる.3.PG関連薬による上眼瞼溝深化(DUES)次に,最近話題になっている上眼瞼溝深化(deepeningofuppereyelidsulcus:DUES)に対する調査結果を示す22).片眼のみに点眼している患者の左右眼を写真判定で比較することにより判定した(図16).その結果,ビマトプロストで60%,トラボプロストで50%,ラタノプロストで24%,タフルプロストで18%にDUESが点眼側にみられるという結果になった.左右眼の比較ではなく,点眼開始後からDUESの発生頻度そのものをみた他の報告でも,6カ月間でラタノプロスト(6%)とタフルプロスト(14%)の頻度が逆転しているが,左右眼比較とほぼ同等の結果が示されている23).まとめ緑内障点眼薬はそれぞれに眼圧下降作用を有し,一定の割合で緑内障進行を予防する効果があると結論できる.一方で,緑内障点眼薬には,それぞれの薬に特有の副作用があり,これらを熟知することはより効果的な緑内障治療に結びつくものと考える.ただ,多くの点眼薬の出現により,眼圧下降治療そのものは随分と成功するようになってきた今日,眼圧下降以外の作用においても緑内障点眼薬の効果を評価することの必要性が増すと思われ,今後の緑内障治療の課題として重要であると考える.道程は長そうであるが,薬を作る方,使う方が力を合わせ,一体となって,この緑内障という,いわば巨大な怪物に立ち向かう覚悟が必要であることを改めて感じる.これからは,若い先生方の力も多いに期待したいところである.謝辞稿を終えるにあたり,筆者に緑内障を一からお教えいただいた恩師北澤克明先生,緑内障の診療,研究面で多くの機会を与えていただいた新家眞先生,名誉ある須田記念講演の講演者に指名していただいた第26回日本緑内障学会会長でかつ筆者の敬愛する同級生である岩瀬愛子先生に深甚なる感謝の意を表します.また,講演の座長の労をお取りいただいた日本緑内障学会理事長の山本哲也先生,多くの臨床研究を主導され,そのデータの使用を快く認めていただいた井上眼科病院グループ理事長の井上賢治先生ならびに医局の先生方,緑内障臨床を共に行い研究を行ってきた東京大学眼科の相原一先生ならびに医局の先生方,東京緑内障セミナーの先生方,東邦大学大橋病院眼科医局員に心より感謝申し上げます.なお,本総説は,第26回日本緑内障学会須田記念講演での発表内容に基づいて執筆いたしましたが,現在論文作成中のデータが発表に含まれていたため,内容の一部を割愛させていただきましたことをお詫び申し上げます.文献1)Garway-HeathDF,CrabbD,BuceCetal:Latanoprostforopen-angleglaucoma(UKGTS):arandomized,multicenter,placebo-controlledtrial.Lancet385:1295-1304,20152)TomitaG,AraieM,KitazawaYetal:Athree-yearprospective,randomizedandopencomparisonbetweenlatanoprostandtimololinJapanesenormal-tensionglaucomapatients.Eye18:984-989,20043)井上賢治,澤田英子,増本美枝子ほか:正常眼圧緑内障に対するイソプロピルウノプロストン3年間点眼の眼圧およびセクター別の視野に及ぼす影響.あたらしい眼科27:1593-1597,20104)齋藤代志明,佐伯智幸,杉山和久:広義原発開放隅角緑内障に対するイソウノプロストン単独投与による眼圧および視野の長期経過.日眼会誌110:717-722,20065)BeckerB:Decreaseinintraocularpressureinmanbyacarbonicanhydraseinhibitor:Diamox:apreliminaryreport.AmJOphthalmol37:13-15,19546)PodosSM,SerleJB:Topicallyactivecarbonicanhydraseinhibitorsforglaucoma.ArchOphthalmol109:38-39,19917)井上賢治,添田尚一,鬼怒川雄一ほか:ドルゾラマイド点眼薬のプロスタグランジン関連点眼薬への追加投与の長期経過.臨眼68:287-291,20148)井上賢治,小尾明子,若倉雅登ほか:ラタノプロストへのブリンゾラミド点眼追加療法.あたらしい眼科25:1573-1576,20089)井上賢治,泉雅子,若倉雅登ほか:ラタノプロストの無効率とその関連因子.臨眼59:553-557,200510)InoueK,IwasaM,WakakuraMetal:EffectofBAK-freetravoprosttreatmentfor3yearsinpatientswithnormaltensionglaucoma.ClinOphtalmol6:1315-1319,201211)InoueK,TanakaA,TomitaG:Effectsoftafluprosttreatmentfor3yearsinpatientswithnotmal-tensionglaucoma.ClinOphthalmol7:1411-1416,201312)InoueK,ShiokawaM,FujimotoTetal:Effectoftreatmentwithbimatoprost0.03%for3tearsinpatientswithnormaltensionglaucoma.ClinOphthalmol8:1179-1183,201413)中島佑至,井上賢治,富田剛司:ブリモニジン酒石酸塩点眼薬の追加投与による眼圧下降と安全性.臨眼68:967-971,201414)InoueK,OkayamaR,HigaRetal:Efficacyandsafetyofswitchingtolatanoprost0.005%-timilol0.5%fixedcombinationeyedropsfromanunfixedcombinationfor36months.ClinOphthalmol8:1275-1279,201415)InoueK,SetogawaA,HIgaRetal:Ocularhypotensiveeffectandsafetyoftravoprost0.004%/timololmaleate0.5%fixedcombinationafterchangeoftreatmentregimenfromb-blockersandprostaglandinanalogs.ClinOphthalmol6:231-235,201216)InoueK,ShiokawaM,SugawaraMetal:Three-monthevaluationofdorzolamidehydrochloride/timololmaleatefixed-combinationeyedropsversustheseparateuseofbothdrugs.JpnJOphthalmol56:559-563,201217)InoueK,SoedaS,TomitaG:Comparisonoflatanoprost/timololwithcarbonicanhydraseinhibitoranddorzolamide/timololwithprostaglandinanaloginthetreatmentofglaucoma.JOphthalmol2014:975429,201418)AiharaM,OshimaH,AraieMetal:EffectsofSofZiapreservedtravoprostandbenzalkoniumchloride-preservedlatanoprostontheocularsurface?amulticenterrandomizedsingle-maskedstudy.ActaOphthalmol91:e7-e14,201319)NakagawaS,UsuiT,YokooSetal:Toxicityevaluationofantiglaucomadrugsusingstratifiedhumancultivatedcornealepithelialsheets.InvestOphthalmolVisSci53:5154-5160,201220)Latanoprost-InducedIrisPigmentationStudyGroup:Incidenceofalatanoprost-inducedincreaseinirispigmentationinJapaneseeyes.JpnJOphthalmol50:96-99,200621)InoueK,ShiokawaM,HigaRetal:Adverseperiocularreactionstofivetypesofprostaglandinanalogs.Eye26:1465-1472,201222)InoueK,ShiokawaM,WakakuraMetal:Deepeningoftheuppereyelidsulcuscausedby5typesofprostaglandinanalogs.JGlaucoma22:626-631,201323)SakataR,ShiratoS,MiyataKetal:Incidenceofdeepeningoftheuppereyelidsulcusinprostaglandin-associatedperiorbitopathywithalatanoprostophthalmicsolution.Eye28:1446-1451,2014表11980年以降の各点眼薬の販売開始年月販売開始年月製品名配合剤有効成分一般名198109チモプトールR点眼液0.25%/0.5%日局チモロールマレイン酸塩198411ミケランR点眼液1%/2%カルテオロール塩酸塩198812ピバレフリンR0.04%/0.1%ジピベフリン塩酸塩199408ベトプティックR点眼液0.5%日局ベタキソロール塩酸塩199410レスキュラR点眼液0.12%イソプロピルウノプロストン199905キサラタンR点眼液0.005%ラタノプロスト199905トルソプトR点眼液0.5%/1%日局ドルゾラミド塩酸塩199908ハイパジールコーワ点眼液0.25%ニプラジロール199911チモプトールRXE点眼液0.25%/0.5%日局チモロールマレイン酸塩199911リズモンRTG点眼液0.25%/0,5%日局チモロールマレイン酸塩200102ミロルR点眼液0.5%レボブノロール塩酸塩200109デタントールR0.01%点眼液ブナゾシン塩酸塩200209ベトプティックRエス懸濁性点眼液0.5%日局ベタキソロール塩酸塩200212エイソプトR懸濁性点眼液1%ブリンゾラミド200707ミケランRLA点眼液1%/2%カルテオロール塩酸塩200710トラバタンズR点眼液0.004%トラボプロスト200812タプロスR点眼液0.0015%タフルプロスト200910ルミガンR点眼液0.03%ビマトプロスト201004ザラカムR配合点眼液○ラタノプロスト日局チモロールマレイン酸塩201006デュオトラバR配合点眼液○トラボプロスト日局チモロールマレイン酸塩201006コソプトR配合点眼液○日局ドルゾラミド塩酸塩日局チモロールマレイン酸塩201205アイファガンR点眼液0.1%ブリモニジン酒石酸塩201310タプロスRミニ点眼液0.0015%タフルプロスト201311アゾルガR配合懸濁性点眼液○ブリンゾラミド日局チモロールマレイン酸塩201411タプコムR配合点眼液○タフルプロスト日局チモロールマレイン酸塩201412グラナテックR点眼液0.4%リパスジル塩酸塩水和物201506コソプトRミニ配合点眼液〇日局ドルゾラミド塩酸塩日局チモロールマレイン酸塩表2東邦大学大橋病院で7年以上点眼薬のみで加療されている患者の初診時治療薬点眼薬例数PG関連薬46PG関連薬+交感神経b遮断薬33PG関連薬+交感神経b遮断薬+炭酸脱水酵素阻害薬22PG:プロスタグランジン表4眼圧の変化(mmHg)初診時現在p値PG剤のみ(n=46)14.1±2.613.0±2.90.029PG+b(n=33)14.4±1.913.2±2.40.008PG+b+CAI(n=22)16.1±4.014.0±2.80.029PG:プロスタグランディン関連薬,b:交感神経b遮断薬,CAI:炭酸脱水酵素阻害薬点眼薬.平均値±標準偏差:対応のあるt検定表3最終観察時の使用薬剤初診時薬剤最終観察時薬剤例数PG(46)PG11PG/b4PG+b6PG+CAI5PG+b/CAI2PG+b+CAI2PG+b+a11PG+b+a21PG/b+CAI+a21PG+b/CAI+a22PG+b+CAI+a22PG+b+CAI+ROCK4PG+b(33)PG+b6PG+b/CAI5PG+b+CAI10PG+b+a22PG+b/CAI+a210PG+b+CAI(22)b+CAI1PG+b+CAI12PG+b+CAI+内服1PG+b+CAI+a22PG+b/CAI+a13PG+b/CAI+a22PG+b/CAI+ROCK1PG:プロスタグランジン関連薬,b:交感神経b遮断薬,CAI:炭酸脱水酵素阻害薬,a1:交感神経a1遮断薬,a2:交感神経a2作動薬,ROCK:ROCK阻害薬,PG/b:プロスタグランジン関連薬・b遮断薬配合薬,b/CAI:交感神経b遮断薬・炭酸脱水酵素阻害薬配合薬.図1チモプトールR,キサラタンRの点眼前後の眼圧値(トラフ値)図2レスキュラRの点眼前後の眼圧値図3トルソプトR点眼追加前後の眼圧図4エイゾプトR点眼追加前後の眼圧値図5トラバタンズR点眼前後の眼圧値図6タプロスR点眼前後の眼圧値表5ラタノプロスト投与3カ月後の投与前眼圧ごとのノンレスポンダーの頻度および眼圧下降率図7ルミガンR点眼前後の眼圧値図8アイファガンR点眼追加後の眼圧値図9ザラカムR点眼変更前後の眼圧値図10デュオトラバR点眼変更前後の眼圧値図11PG関連薬?b遮断薬配合点眼薬+CAI点眼薬とPG関連薬+コソプトRの眼圧下降効果の比較図12緑内障点眼薬多剤使用による角膜障害(東邦大学医療センター大森病院眼科堀裕一教授のご厚意による).図13PG関連薬点眼による虹彩色素沈着の一例図14PG関連薬点眼による眼瞼色素沈着と睫毛の変化図15患者の主観的評価によるPG関連薬点眼による眼瞼色素沈着と睫毛の変化図16片眼PG関連薬点眼により生じた上眼瞼溝深化(DUES)の1例(右眼)*GojiTomita:東邦大学医療センター大橋病院眼科〔別刷請求先〕富田剛司:〒153-8515東京都目黒区大橋2-17-6東邦大学医療センター大橋病院眼科0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(63)989990あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(64)(65)あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016991992あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(66)(67)あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016993994あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(68)(69)あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016995996あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(70)(71)あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016997998あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(72)(73)あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016999

クロロキンおよびヒドロキシクロロキンによる薬剤毒性

2016年7月31日 日曜日

特集●全身疾患と眼:これがホットなトピックス!あたらしい眼科33(7):981〜988,2016クロロキンおよびヒドロキシクロロキンによる薬剤毒性DrugToxicityofChloroquineandHydroxychloroquine篠田啓*はじめにクロロキン網膜症は,全身性エリテマトーデス(systemiclupuserythematosus:SLE),皮膚エリテマトーデス(cutaneouslupuserythematosus:CLE),関節リウマチ(rheumatoidarthritis:RA)に対する薬剤1~3)であるクロロキン(chloroquine:CQ)の長期投与により両眼黄斑が障害される網膜症として1959年に初めて報告された4).わが国では1962年の症例報告5)が最初である.CQはその後,視覚障害などの副作用が大量に出現したため使用が制限され,以後国内では,海外渡航者が日本でマラリアを発症した場合に治療薬として使われるか,個人輸入で使われる程度であった.このため,クロロキン網膜症はわが国では眼科医であっても経験が少ない.しかし,サノフィ(株)による,世界で初めての臨床試験が日本で行われ,第I相試験から第III相試験を経て,2015年7月にヒドロキシクロロキン硫酸塩(hydroxychloroquinesulfate:HCQ),プラケニル®錠(サノフィ)が,SLE,CLEの適応症で承認を取得したことにより,この網膜症についての知識と経験は今後非常に重要となるものと思われる.本剤はわが国で使用が禁止されていた60年余の期間にも米国をはじめとする諸外国で臨床で使用され,適正使用に関する研究が続けられてきた1~3).ここではおもに米国のガイドラインを参考にしたうえで,アジアも含めた海外データをもとにわが国においてわれわれ眼科医が現在理解しておきたい点を述べる.Iヒドロキシクロロキン網膜症,ヒドロキシクロロキン黄斑症HCQは,CQの代謝産物でCQと同様に抗炎症作用,免疫調節作用,抗マラリア作用,抗腫瘍作用など多岐にわたる作用を有する薬剤である1).もっとも留意すべき副作用である網膜障害6~9)は,CQによる網膜障害よりも頻度は少ないが病態は同じであり,適正使用をしない場合,視機能低下を生じる可能性があり,また投薬を中止しても進行することがある7,10).今後,わが国ではHCQが広く使用されるであろうことから,ここではHCQ網膜症について述べる.HCQ網膜症はおもに黄斑が障害されるため,HCQ黄斑症(HCQmaculopathy)とよばれることもある.HCQの添付文書から,実臨床でのHCQ網膜症にかかわる部分を表1に抜粋した.また,わが国で承認が得られたことに伴い,ごく最近,日本皮膚科学会,日本リウマチ学会(ヒドロキシクロロキン診療ガイドライン日本皮膚科学会・日本リウマチ学会編http://www.ryumachi-jp.com/info/guideline_hcq.pdf)9,11),そして日本眼科学会からのガイドライン12)が提唱されており,そちらもぜひ参照されたい.II発症機序CQ同様,HCQによる毒性の発生機序は不明であるが,ライソゾームの破壊,酵素や代謝機能の障害が関与しているらしい.薬剤はメラニンと結合して網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)細胞や脈絡膜メラニン含有細胞に取り込まれ,投与中止後も長期にとどまっている13,14).多数の動物種で網膜毒性が再現されており,組織学的検査では,網膜の全層にわたる神経細胞の変性,ならびにRPEの萎縮が認められる15).電子顕微鏡下では神経節細胞,視細胞およびRPE細胞に多層構造が認められる16).これらの多層構造体の蓄積は,ライソゾーム阻害や蛋白合成阻害に起因すると考えられる.III発症率用量と網膜障害の発現との関係を検討した海外の報告を表2に示す.IV発症の危険性を高める要因眼障害のリスクを高める要因を表1の「重要な基本的注意」に示した.本剤の添付文書,2011年に米国眼科学会(AmericanAcademyofOphthalmology:AAO)より発行された改訂ガイドライン「RevisedRecommendationsonScreen-ingforChloroquineandHydroxychloroquineRetinopathy11,21)」(AAO2011),および2016年の改訂ガイドライン「RecommendationsonScreeningforChloroquineandHydroxychloroquineRetinopathy(2016Revision)22)」(AAO2016)を比較すると,用量は,添付文書は「6.5mg/理想体重kgあるいは400mgを超えないように用量で規定」,AAO2011では「6.5mg/理想体重kgあるいは400mgを超える」,AAO2016では「5mg/実体重kgを超える」となっている.累積投与量は,添付文書は200g,AAO2011は1,000gとしている.用量に関しては,米国の用量規定の根拠となった論文の母集団の平均実体重は76.9kgで理想体重は57.2kgであった19,22).また,ガイドラインでは「患者のコンプライアンスや体重変化を考慮して」となっており22),処方通りよりは少な目の値と考えられる.これらのことに加えて,米国人と日本人の体格差を考慮すると,わが国では実体重が理想体重を大きく下回る患者で長期投与している場合に,投与量を1段階下げること(例えば300mg/日→200mg/日)を検討することを考慮するのが妥当と考えられる.累積投与量については米国とわが国で隔たりがあるが,米国の1,000gというのは,1錠200mgを毎日2錠ずつ投与して7年間で達する量という意味合いもある.近年の海外の副作用報告(表2の*2など)なども考慮し,わが国の場合は累積投与量200gをリスクと設定することは妥当と考えられる.網膜障害の発現率は投与開始より5~7年で1%を超えるとの報告もあることから,米国では投与開始5年超から年に1回の眼科検査を推奨している.しかし,近年の海外の副作用報告(表2の*2など)なども考慮し,わが国では「少なくとも年に1回,リスクを有する患者はより頻回にこれらの眼科検査を実施する」としていることは妥当と思われる12).また,近年遺伝的背景による網膜症への抵抗性の違いも報告されている23,24).V症状視力低下,色覚異常,視野障害があり,以下に詳しい検査所見を述べる.また,投与初期に霧視,調節障害を呈することがあるが可逆的である.VI診断診断に必要な検査とその所見を以下に述べる.1.視力検査矯正視力は0.7~1.0と比較的良好17,25)であるが,0.1以下と重篤な視力低下を生じることもある10,26).2.細隙灯検査網膜症以外の外眼部前眼部異常をとらえる.①角膜沈着物:CQよりまれであるがHCQでも投与初期に発生することがある.可逆的である.②白内障:本剤の眼毒性としての報告はあるが高齢者での発症頻度が高いため,関連性を確定することがむずかしい.3.眼底検査初期には中心窩反射消失,黄斑部の微細な顯粒状所見や脱色素斑を呈し,進行すると動脈の狭細化,視神経萎縮を生じ,とくにbull’seye(標的黄斑症)とよばれる輪状萎縮が特徴的である(図1)6~9,17).アジア人では黄斑より周辺にも病変部が出現することがあるとされており,広角眼底カメラ撮影が重要となるかもしれない.4.眼底自発蛍光検査(fundusautofluorescence:FAF)黄斑部の病巣に一致した低蛍光あるいは過蛍光により,早期のRPE障害を検出することが可能である(図2)6,7,17,21,22,27).5.フルオレセイン蛍光眼底造影検査(fluoresceinfundusangiography:FFA)6,17)検眼鏡的にごく微細な早期のRPE障害を検出することが可能であるが侵襲のないFAFやSD-OCTの普及に伴い,重要性は低下している.6.スペクトラルドメイン光干渉断層計(spectraldomainopticalcoherencetomography:SD︲OCT)傍中心窩から黄斑辺縁領域にかけて網膜層における局所的な菲薄化をとらえることにより,本剤による網膜障害の検出が可能である.Ellipsoidzone(旧称,innersegment-outersegmentline:IS/OSline)の欠損は傍中心窩障害の早期の所見である可能性がある(図2)6,7,20,21,22,25,27).7.色覚検査仮性同色表(pseudoisochromaticplates),色相配列検査,アノマロスコープ(anomaloscope)などがあるが,簡便性,汎用性の観点から,本疾患の色覚異常の検出には石原式色覚検査表,PanelD-15,SPP2色覚検査表などが推奨される28).8.中心視野検査典型的には傍中心窩領域での輪状暗点として中心10°以内(とくに中心窩から2~6°)で観察されるが(図2)6,7,9,19,21,29),アジア系人種ではより周辺(8°以遠)にも病変部が出現することがあると報告されているので,中心30°までの領域の検査も検討する(図3,4)20,27).9.網膜電図(electroretinogram:ERG)多局所ERG(multifocalERG,mfERG)では本剤使用による早期の網膜障害をERGの低下部位として客観的に記録することが可能である(図2)21,22,25,27).2011年のAAOによるガイドライン改訂の際,mfERG,SD-OCT,FAFなどの他覚的検査が加えられ,その実施が推奨されたことにより,網膜障害の早期発見が可能となった21,27).さらに2016年の改訂22)では,とくに視野検査とSD-OCTの両方を実施することの重要性が強調されている.早期に網膜障害を検出し投薬を中止することにより視機能の低下は回避できるため,定期的な眼科検査が義務付けられている.また近年,アジア人では傍中心窩のみではなくpericentral(黄斑辺縁部)での障害が他の人種に比べて高頻度に認められたとの報告がなされており,中心視野10°のみではなく,その周囲部も含めた検査(たとえば30°以内)の重要性が示されている(図4)20,24,27).VII眼科検査の実施時期本剤による眼障害を早期にとらえるために,主治医と眼科医が連携し,本剤投与開始前および投与中に定期的に眼科検査を実施することが重要である.投与開始時検査は,禁忌対象(SLE網膜症を除く網膜症,黄斑症の既往・合併)に該当しないこと,および投与前の眼の状態を正確に把握しておくことが目的である.投与開始後は少なくとも年1回の頻度で定期的に眼科検査を実施する.本剤による眼障害に対して上述のリスクを有する患者(表1)や,その他,視力障害のある患者,SLE網膜症患者,投与後に眼科検査異常を発現した患者では,年1回よりも頻回に(患者の状態に応じて,例えば半年ごとなど)検査を実施する.VIII治療法治療は投与を中止することである.中止によって改善がみられる場合もある30)ものの,体内からの排出は遅いため投薬を中止しても進行することがある10,26)ので十分な注意が必要である.AAOのガイドラインでは網膜症は非可逆性であり,いかなるRPEの消失も生じる以前に検出すべきであるとしている22).文献1)HahnBH:SystemicLupusErythematosus.In:LongoDL,FauciAS,KasperDLetal:editors.Harrison’sPrinciplesofInternalMedicine(18thed).NewYork:McGraw-HillMedicalPublishingDivi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6kg未満の場合,1日1回1錠(200mg)を経口投与する.2.理想体重が46kg以上62kg未満の場合,1日1回1錠(200mg)と1日1回2錠(400mg)を1日おきに経口投与する.3.理想体重が62kg以上の場合,1日1回2錠(400mg)を経口投与する.【用法及び用量に関連する使用上の注意】(1)本剤投与後の脂肪組織中濃度は低いことから,実体重に基づき本剤を投与した場合,特に肥満患者では過量投与となり,網膜障害等の副作用発現リスクが高まる可能性があるため,実体重ではなく,身長に基づき算出される理想体重(上記参照)に基づき投与量を決定すること.(2)本剤には網膜障害を含む眼障害の発現リスクがあり,1日平均投与量として6.5mg/kg(理想体重)を超えると網膜障害を含む眼障害の発現リスクが高くなることが報告されていることから,用法及び用量を遵守すること.本剤は,脂肪組織への分布が小さいことから,実体重に基づき本剤を投与した場合,特に肥満患者では過量投与となり,網膜障害などの副作用発現リスクが高まる可能性がある.したがって,実体重ではなく身長から算出される理想体重で投与量を決定する必要がある.また,本剤による網膜障害を含む眼障害は,理想体重あたり6.5mg/kgを超えると発現リスクが高くなることが知られているため,それを超えない形での理想体重ごとの投与量が規定されている.最近の欧米での報告では,痩せた患者での長期的な網膜障害のリスクをさらに低減するために実体重1kgあたり5mgでの投与が提言されている11).欧米人と日本人での体格差などを考慮すると,本邦において現時点では,実体重が理想体重を大きく下回る患者で長期投与している場合に,投与量を1段階下げること(たとえば,300mg/日を200mg/日に下げるなど)を検討することを考慮する.表2ヒドロキシクロロキン網膜症の発現率著者(報告年)対象症例数平均投与用量(mg/理想体重kg/日)服用期間発現率診断根拠とした検査Mavrikakis(2003)17)前向き526(RA335,SLE191)6.5以下1~6年0(0/526)視力検査,色覚検査,視野検査,眼底検査,網膜電図,フルオレセ6年超イン蛍光眼底造影検査0.5%(2/400)Wolfe(2010)18)後ろ向き3,995(RA3,407,SLE588)4.7±1.6*3(53.6%が6.5mg/kg/日超)平均6.5±6.4年0.65%眼底検査,視野検査Melles(2014)19)*1後ろ向き2,361(RA1,380,LE538,他)網膜症あり6.65年超7.5%(177/2,361)視野検査,SD-OCT*6網膜症なし5.2Lee(2015)20)後ろ向き218(RA61,SLE154,他)網膜症あり(9例)*24.2*4平均9.65年4.1%(9/218)視野検査,SD-OCT,網膜症なし(209例)3.8*5平均8.32年FAF*7*1:Kaplan-Meier法により示されたヒドロキシクロロキン網膜症発現の累積リスク.*2:この9例は379〜1,540gの累積投与(8例が黄斑辺縁部),そのうちの2例は各379g(52カ月),396g(98カ月)の累積投与.*3理想体重に換算.*4,5:用量は実体重kgあたり.*6:スペクトラルドメイン光干渉断層計.*7:眼底自発蛍光.図1クロロキン網膜症の眼底写真57歳,男性.ヒドロキシクロロキン400mg/日5年間およびクロロキン250mg/日4年間併用した,自覚症状はない.典型的なbull’seye(標的黄斑症)とよばれる輪状萎縮を認める.(文献8より引用転載)図2代表症例の経過および諸検査所見(すべて左眼)48歳,白人女性.25年間400mg/日(8mg/kg)内服.上段:自動視野検査(中心10°).2005~2008年は臨床上重要な意義はなしと判断されたが,2009年に鼻側の暗点が出現したため専門医に紹介された.中段左:眼底写真.標的黄斑症は認められない.中段右:多局所網膜電図傍中心窩(点線で囲まれた部分)の振幅低下が認められた.下段左:スペクトラルドメインOCT.傍中心窩に網膜の菲薄化と視細胞外節構造の消失が認められた(⇨).下段右:眼底自発蛍光写真.傍中心窩に過蛍光が認められた(⇨).(文献22から許可を得て引用転載)図3アジア人にみられたヒドロキシクロロキン網膜症の経過および諸検査所見(すべて左眼)42歳,中国人女性(身長157.48cm,体重49kg),8年間4mg/kg/日と2年間2mg/kg/日内服.上段左:Humphrey30-2閾値のグレースケール表示,上段中:Humphrey30-2閾値のパターン偏差表示.傍中心窩の外に部分的な輪状暗点を認めた.上段右:多局所網膜電図.黄斑外20°付近,下耳側に弓状に反応の低下が認められた.下段左:眼底自発蛍光(FAF)写真.下方アーケード近傍に過蛍光(左の⇨)とその外側に網膜色素上皮(RPE)細胞の機能低下を示唆する弓状の低蛍光所見(右の⇨)が認められた.下段右:スペクトラルドメインOCT.上記FAFで認められた過蛍光部位(左の⇨)に一致して限局性に顕著な外顆粒層消失とellipsoidzoneの欠損を,またRPEの途絶の始まりはスキャン範囲の外側端(右の⇨)に認められた.傍中心窩には異常所見は認められない.(文献22から許可を得て引用転載)図4欧州人にみられたヒドロキシクロロキン網膜症の進行性変化左から,眼底写真,スペクトラルドメインOCT(SD-OCT),中心自動視野10-2のパターン偏差,およびグレイスケール表示.a:正常眼.b:初期障害.SD-OCTで耳側に菲薄化(→)と軽度の視野障害を認める.c:中等度の障害.眼底変化や網膜色素上皮(RPE)細胞欠損は認められないがSD-OCT(→)および視野障害は重度化している.d:重篤な網膜症.明瞭なbull’seye様黄斑病巣,SD-OCTでRPE障害,視野検査で輪状暗点を呈している.(文献21から許可を得て引用転載)*KeiShinoda:帝京大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕篠田啓:〒173-8605東京都板橋区加賀2-11-1帝京大学医学部眼科学講座0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(55)981982あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(56)(57)あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016983984あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(58)(59)あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016985986あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(60)(61)あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016987988あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(62)

腫瘍関連網膜症

2016年7月31日 日曜日

特集●全身疾患と眼:これがホットなトピックス!あたらしい眼科33(7):971〜979,2016腫瘍関連網膜症ParaneoplasticRetinopathy上野真治*はじめに悪性腫瘍患者において腫瘍細胞の直接の浸潤や転移などによらず,自己免疫機序の遠隔効果によって中枢神経系に異常を生じるものを腫瘍随伴症候群(paraneoplasticsyndrome)とよぶ.病因としては神経組織に発現している蛋白が腫瘍組織に異所性に発現することにより,腫瘍組織に発現した蛋白と神経組織の蛋白がともに非自己と認識され,自己抗体が発現し攻撃を受けることによると考えられている.腫瘍随伴症候群でもっとも有名なのがLanbert-Eaton症候群で,これは腫瘍中に神経終末に発現するカルシウムイオンチャネルに対し自己抗体が出現することにより神経終末のカルシウムチャンネルが傷害され,筋肉の脱力と易疲労性が生じる.同様の機序で網膜に障害を生じるものは腫瘍関連網膜症(paraneoplasticretinopathy)とよばれる.上皮由来の悪性腫瘍により視細胞を傷害するものは癌関連網膜症(cancerassoicatedretinopathy:CAR)1),また,おもにメラノーマにより双極細胞に対する自己抗体が発現し双極細胞の機能障害を生じるものはメラノーマ関連網膜症(melanomaassociatedretinopathy:MAR)2)とよばれている.メラノーマ患者の数が多くないため,MARはCARに比べてまれな疾患である.それ以外にも,上皮由来以外の悪性腫瘍であるリンパ腫や肉腫などによる視細胞の傷害も腫瘍関連網膜症の一つとして知られている.今回は自己抗体の抗原がみつかり,筆者らのグループがその病態の解明を行っているMARを中心とした双極細胞に対する自己抗体による腫瘍関連網膜症を中心に概説する.I視細胞に対する自己抗体の出現による網膜症(癌関連網膜症,cancerassociatedretinopathy:CAR)はじめに,視細胞に対する自己抗体が発現し,視細胞の細胞死を生じるCARについて説明する.CARの原因となる疾患の中でもっとも多いのは肺癌で,この中でも小細胞癌がもっとも多い,ついで婦人科系の悪性腫瘍,乳癌,消化器癌などがあげられる.癌関連網膜症の患者の血清中に存在する自己抗体の抗原として有名なものにリカバリンがある3).それ以外にもHsp70,エノラーゼなどがある.自己抗体の抗原の種類により病状の進行速度は異なるとされている.これらの蛋白はすべてが視細胞特異的に発現しているわけではないが,なぜこれらの自己抗体が視細胞の特異的な変性を起こすかは詳細には解明されていない.症状は比較的急速に進行する夜盲と視野狭窄である.視野障害は周辺の視野から障害されていき,中心の視野のみが残る求心性の視野狭窄を呈することが多く,網膜色素変性様の視野を呈する.光を眩しく感じる光視症を訴えることも多いとされている.しかしながら初期には視力低下を認めないことが多い.これは視力が網膜の中心窩の機能であり,CARでは初期には障害されないためである.血液中の自己抗体による症状という点から,両眼に発症することが多いが,発症時期に差がみられこともある.癌が診断されてから眼症状が出ることもあるが,眼症状が先行することもある.CARが進行し周辺だけでなく中心の網膜まで障害されると,視力も著しく低下し,場合によっては視力を失うこともある.CAR診断にもっとも有用なものは網膜電図(electroretinogram:ERG)である.ERGは視細胞の障害のため,著しい振幅の減弱がみられる.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)でも網膜外層の異常がみられ診断に有用である.OCTを用いた網膜の観察では,視細胞が障害されるタイプのCARでは,視細胞の変性により視細胞層と外顆粒層が消失する.1.症例1図1にCARの典型的な1例を示す.58歳の男性で2カ月前から急激に進行する夜盲を主訴に受診した.前医では診断がつかなかったが,症状が進行するため不安になり当施設を受診した.視力は両眼矯正1.0と悪化はなかったが,視野検査では求心性の視野狭窄であった.眼底は図1に示すように明らかな異常はみられなかった.OCTでは両眼の網膜外層が菲薄化しており,視細胞の変性所見がみられた.網膜電図でも両眼の著しい振幅の低下がありこれも視細胞の変性を示唆していた.両眼に急速に進行する視細胞変性を認めたため,CARを疑い全身の精査を行ったところ,胸部X線写真にて肺に陰影を認め,内科で精査により肺の小細胞癌と診断された.この患者は診断された時点で進行癌の状態であり,化学療法を行ったが眼科受診後6カ月後に亡くなった.このようにCARは眼症状が初発のことも多く,癌の早期発見のためには眼科での早期の診断が必要である.2.CARの鑑別診断鑑別としては遺伝性疾患である網膜色素変性などがあげられる.網膜色素変性も求心性の視野狭窄を認めるが,進行は緩徐であり,眼底検査では色素沈着や血管の狭細化がみられることにより鑑別される.また,癌がなくても自己免疫機序により視細胞障害が起きる場合を自己免疫網膜症(autoimmuneretinopathy;AIR)とよび,CAR同様の病態を起こすことが知られている.現在日本人は一生の間に約半数の人が癌になるともいわれており,癌を治療した患者も多く,急激な視細胞変性がCARなのかAIRなのかを判別することはむずかしい症例も多くある.また,それ以外に急性帯状潜在性網膜外層症(acutezonaloccultouterretinopathy:AZOOR)などの眼底所見に異常がみられず急激に視野障害を呈する疾患も鑑別にあげられる.AZOORの場合は求心性の視野をとることは少なく,若年女性に好発することから鑑別されるが,比較的に広範囲に視野障害を認めることもあり,鑑別を要する.II双極細胞に対する自己抗体の出現による網膜症(メラノーマ関連網膜症,melanomaassociatedretinopathy:MAR)双極細胞に対する自己抗体による双極細胞障害はMilamら2)によってメラノーマに付随する腫瘍関連網膜症(melanomaassociatedretinopathy:MAR)として報告された.この疾患は前述のCARとは異なり,とくにメラノーマの患者に多く発症することが知られており,他の癌に伴って発症することはまれとされている.症状はCARと同様に両眼の夜盲と光視症が主である.視力は保たれていることが多く,眼底所見やOCTで異常がみられないため診断がむずかしい.CARの場合とは異なり,OCTでは双極細胞の存在する内顆粒層の変化はとらえにくいため,OCTでは診断はできない.診断は網膜電図によって行われる.通常の網膜電図を記録すると,視細胞の電位が正常で双極細胞の電位が障害されているため,視細胞の電位であるa波は正常だが,双極細胞由来のb波の振幅が減弱し,陰性型ERGとよばれる特殊な波形になる(図2).CAR同様に全身のメラノーマがみつかる前からMARの症状が発症することも多い.MARはCARと異なり進行して失明することはほとんどない.MARがまれな疾患であることに加え,メラノーマ自体が欧米に比べ日本人では頻度が低いことから,日本での報告は限られている.1.MARの患者の自己抗体の抗原として報告されたtransientreceptorpotentialmelastatin1(TRPM1)MARの抗原は最近まで同定されておらず,なぜ双極細胞に対する自己抗体がメラノーマという限られた癌に伴って生じるのか謎であった.双極細胞は大きく2つに分類され,光刺激により脱分極するものをON型双極細胞,過分極するものがOFF型双極細胞とよばれている.最近MARの抗原の1つがtransientreceptorpotentialmelastatin1(TRPM1)という陽イオンチャンネルであることがわかり,病態の解明が進んできた.TRPM1は当初メラノサイトに発現する蛋白として1998年にDuncan4)らによって報告された.その後,このTRPM1が網膜のON型双極細胞の陽イオンチャンネルそのものであることが証明された5,6).さらに双極細胞の機能不全を呈する遺伝性疾患の原因遺伝子の一つであり7),TRPM1がON型双極細胞の機能に必須な蛋白であることがわかってきた.ヒトではTRPM1遺伝子に異常があっても皮膚などのメラノサイトの異常は報告されてないが,この遺伝子変異のあるウマでは夜盲と皮膚の異常があることが報告されている.このようにTRPM1がメラノサイトとON双極細胞に発現することから,MARの原因抗原であることが推察され,筆者らともう一つのグループにより,MAR患者の血清からTRPM1に対する自己抗体が検出されたという報告がなされた8,9).筆者らのグループはWesternblotを行い,患者血清中にTRPM1に対する自己抗体の有無を検討した.欧米人でMARと診断された患者26人中,2人の血清中にTRPM1に対する自己抗体があることを報告した9).IIIメラノーマ以外による双極細胞機能障害筆者らはメラノーマではなく肺の小細胞癌に付随して抗TRPM1抗体を発現し双極細胞の機能障害を引き起こす症例に遭遇した.メラノーマだけでなく未分化な癌はTRPM1を発現する可能性もあり,MAR同様の症状を呈する可能性が示唆された.1.症例2症例は69歳の男性で両眼の急激な夜盲と光視症を主訴に来院.視力は矯正右眼0.9,左眼0.6であった.視野は全体的な感度低下を示していた.眼底所見やOCTでは異常を認めなかった(図2).ERGの検査の結果は図2に示すように陰性型を示し,双極細胞の機能障害を示していた8).所見からMARを疑い全身の検索を行ったがメラノーマは検出されず,精査にて肺に小細胞癌がみつかった.図2に示すようにWesternblotでTRPM1に対する自己抗体の検索にて,この患者血清には抗TRPM1抗体が存在していた9).患者は肺癌の治療を行い3年が経過しているが,再発もなく経過良好である.しかしながら眼所見やERGに変化なく,夜盲は持続したままである.IV抗TRPM1抗体の自己抗体の作用機序腫瘍関連網膜症の作用機序は不明な点が多い.CARにおいてはOCTなどで視細胞層が菲薄化することから,視細胞に対する自己抗体が視細胞を傷害し視細胞の変性を引き起こすと考えられるが,MARにおいては結論が得られていない.MARと診断された患者の剖検眼からは,組織では内顆粒層の変性がみられたという報告と,異常がみられなかったという報告がある.現在のOCTの精度ではON型双極細胞の形態まではみることができないので,ON型双極細胞が変性を起こしているのか,それとも変性は生じていないが機能低下しているのか判定できない.1.患者血清のマウス網膜に対する作用そこで筆者らは,TRPM1に対する自己抗体をもつ患者の血清をマウスの硝子体内に投与し,患者血清中の抗TRPM1抗体のマウス網膜に対する作用機序を検討した10).実験は正常マウスと遺伝子改変TRPM1欠損マウスに,前述した患者もしくは正常者の血清を硝子体内に投与しERGと組織にて評価を行った.マウス硝子体内に血清投与後3時間では,正常者の血清を投与したものでは異常はみられなかったが,患者の血清を投与した正常マウスでは,ERGが患者自身の波形と同様に陰性型となった.これは患者と同じくこのマウスが双極細胞の機能不全を示していると考えられた.また,組織学的検討では,図3の矢印で示されるように患者の血清を投与されたマウスでは5時間後に内顆粒層の視細胞寄りに位置する部位にトルイジンブルー染色で核の濃染が多数みられた(図3b➡).これは透過型電子顕微鏡で確認すると図3hの星印に示されるように核の断片化を認め細胞死が起きていた.このような変化は正常者の血清を投与したマウスや遺伝子改変TRPM1欠損マウスの網膜組織にはみられなかった.ON型双極細胞は内顆粒層のなかでも視細胞寄りに配列していることが知られており,ERGの結果と組織の結果より抗TRPM1抗体は双極細胞の細胞死を引き起こすことが推測された.また,免疫組織染色でも患者の血清を投与したマウスでは,ON型双極細胞のマーカーであるPKCaの染色が血清投与24時間で消失していた(図3k*印).このことは患者の抗TRPM1抗体を含む血清が急激なON型双極細胞の変性を引き起こすことを示していた.患者の血清を投与された正常マウスのERGを経時的に血清投与後3カ月まで記録したが,ERGは陰性型を示したままで回復することはなかった.筆者らはこれらの実験結果から,抗TRPM1抗体をもつMAR患者に網膜双極細胞の変性が起きていると推測している10).2.症例の経過筆者らは日本人のMARを含むON型双極細胞の機能障害を呈した腫瘍関連網膜症患者10人を検討した結果,今までに,MAR患者2名,肺の小細胞癌によるCAR患者2名から抗TRPM1抗体を検出した.癌の治療が奏効し最長4年までの経過を終えている患者も含め,ERGは陰性波形が改善した患者はない.このことは,マウスの実験結果と同様に,抗TRPM1抗体がヒトでもON型双極細胞の変性を起こしために網膜機能が回復しないと筆者は考えている.3.抗TRPM1以外の自己抗体によると考えられたCARの1例MARやON型双極細胞の機能障害を呈したCAR患者のなかで抗TRPM1抗体が陽性にならない患者も多く他の抗原もあると考えられる9).ここで抗TRPM1抗体が陰性で症状が軽快した1例を紹介する.4.症例3症例は71歳の女性で,両眼の急激な夜盲の主訴にて精査目的で来院.視力は矯正両眼1.0であった.視野は全体的な感度低下を示していた.眼底所見,OCT,蛍光眼底造影では夜盲の原因となるような異常を認めなかった(図4).ERGの検査結果は図5に示すように,フラッシュERGで陰性型を示し,国際臨床視覚電気生理学科の示すプロトコールに従ったERGではON型双極細胞の機能障害を示していた11).所見からMARを疑い全身の検索を行ったがメラノーマは検出されず,positronemissiontomography(PET)検査精査にて卵巣癌がみつかった.この患者の血清をWesternblotでTRPM1に対する自己抗体の検索を行ったが陰性であった.患者は卵巣癌の手術加療ならびに抗癌剤治療を受け,癌は寛解した.癌治療後1年程度より夜盲の所見が改善したとの自覚症状があり,ERGを再検査すると左眼のERGはほぼ正常波形に,右眼もrod反応が回復しており,網膜電図は改善していた.この症例のようにMARでも機能が回復したという報告も散見され,TRPM1以外のものが抗原の場合は改善する可能性も考えられた.V腫瘍関連網膜症の治療治療に関しては,悪性腫瘍に対する治療が優先される.腫瘍関連網膜症に関しては,有効な治療法は確立されていない.視細胞や双極細胞は神経であり,現在のところそれらの細胞を再生させる治療はできない.過去の報告では,腫瘍の摘出によって症状が軽快したという報告,免疫抑制薬,免疫グロブリンの投与やステロイドの全身投与の効果があったという報告などあるが12),決定的な治療法がないのが現実である.逆に悪性腫瘍にステロイドなどを使うと腫瘍に対する免疫がなくなり生命予後が悪くなるという報告もあり,判断に迷うところである.いずれにしろ原因となる悪性腫瘍の治療が必要であり,眼科における早期の診断が重要である.おわりに腫瘍関連網膜症はまれな疾患であるが,悪性腫瘍が背景にあることから眼科医による適切な診断が重要である.また,同時に悪性腫瘍を治療している医師は,患者が光視症や夜盲などの眼症状を訴える場合,腫瘍関連網膜症を念頭に入れる必要がある.とくにON型双極細胞の機能障害をきたす腫瘍関連網膜症の場合は,OCTでは異常をとらえられず,ERGで異常をとらえることができる.夜盲を訴える患者をみた場合には,ぜひERGを記録していただきたい.また,ON型双極細胞の機能障害をきたす腫瘍関連網膜症はメラノーマに特異的に発症すると考えられていたが,筆者らの検討では肺の小細胞癌や卵巣癌でも生じることがわかり,メラノーマが少ない日本にもこのような病態を呈する患者がそれなりにいるのではと考えられる.現在抗TRPM1抗体を検索する方法は商業ベースでは行ってないので,研究を行っている施設で調べてもらうしかないのが現状である.本稿を終えるにあたり,今後このような疾患の病態が一層解明され,有効な治療法が開発されることを願う.文献1)SawyerRA,SelhorstJB,ZimmermanLEetal:Blindnesscausedbyphotoreceptordegenerationasaremoteeffectofcancer.AmJOphthalmol81:606-613,19762)MilamAH,SaariJC,JacobsonSGetal:Autoantibodiesagainstretinalbipolarcellsincutaneousmelanoma-associatedretinopathy.InvestOphthalmolVisSci34:91-100,19933)PolansAS,BuczyłkoJ,CrabbJetal:Aphotoreceptorcalciumbindingproteinisrecognizedbyautoantibodiesobtainedfrompatientswithcancer-associatedretinopathy.JCellBiolog112:981-989,19914)DuncanLM,DeedsJ,HunterJetal:Down-regulationofthenovelgenemelastatincorrelateswithpotentialformelanomametastasis.CancerRes58:1515-1520,19985)MorgansCW,ZhangJ,JeffreyBGetal:TRPM1isrequiredforthedepolarizinglightresponseinretinalONbipolarcells.ProcNatlAcadSciUSA106:19174-19178,20096)KoikeC,ObaraT,UriuYetal:TRPM1isacomponentoftheretinalONbipolarcelltransductionchannelinthemGluR6cascade.ProcNatlAcadSciUSA107:332-337,20107)NakamuraM,SanukiR,Yasumaetal:TRPM1mutationsareassociatedwiththecompleteformofcongenitalstationarynightblindness.MolVis16:425-437,20108)DhingraA,FinaME,NeinsteinAetal:Autoantibodiesinmelanoma-associatedretinopathytargetTRPM1cationchannelsofretinalONbipolarcells.JNeurosci31:3962-3967,20119)KondoM,SanukiR,UenoSetal:IdentificationofautoantibodiesagainstTRPM1inpatientswithparaneoplasticretinopathyassociatedwithONbipolarcelldysfunction.PLoSOnee19911:e19116,201110)UenoS,NishiguchiKM,Taniokaetal:DegenerationofretinalONbipolarcellsinducedbyserumincludingautoantibodyagainstTRPM1inmousemodelofparaneoplasticretinopathy.PLoSOne25:e81507,201311)UenoS,NakanishiA,NishiKetal:CaseofparaneoplasticretinopathywithretinalON-bipolarcelldysfunctionandsubsequentresolutionofERGs.DocOphthalmol130:71-76,201512)KeltnerJL,ThirkillCE,YipPT:Clinicalandimmunologiccharacteristicsofmelanoma-associatedretinopathysyndrome:Elevennewcasesandareviewof51previouslypublishedcases.JNeuroOphthalmol21:173-187,2001図1癌関連網膜症の1例a:眼底に明らかな異常はみられない.b:光干渉断層計(OCT)にて周辺部の網膜外層が正常者に比べて菲薄化している(⇨).c:暗順応下のフラッシュERG.右は消失し左は著しい振幅の低下を認める.d:患者の胸部X線写真にて肺癌による異常陰影がみられる.図2Transientreceptorpotentialmelastatin1(TRPM1)に対する自己抗体が検出された肺癌患者の眼底,ERG,Westernblotでの抗TRPM1抗体の確認a:眼底には異常はない.b:ERGは陰性波の後の陽性波が小さい特殊な波形となる.➡は光刺激のタイミング.c:患者血清では200kDa付近にバンドが検出されるが,正常者の血清ではみられない.TRPM1についているflagに対する抗体を用いると200kDa付近にバンドが検出され.これにより検出されたバンドがTRPM1であることがわかる.(文献9より改変引用)正常者血清投与眼(野生型マウス)患者血清投与眼(野生型マウス)患者血清投与眼(TRPM1欠損マウス)図3抗TRPM1抗体を含む血清をマウス硝子体に投与後のマウス網膜の組織像a,d,g:野生型マウス硝子体内にコントロール血清を投与.b,e,g,j,k:野生型マウス硝子体内に抗TRPM1抗体を含む患者血清を投与.c,f,i:遺伝子改変TRPM1欠損マウスの硝子体内に抗TRPM1抗体を含む患者血清を投与.a~c:トルイジンブルーによる染色.d~i:電子顕微鏡像.j,k:抗PKCa抗体による免疫組織染色.k以外は血清投与5時間後の組織像.k:血清投与後24時間の組織像.b:➡に示すように内顆粒層にトルイジンブルーで濃染する核がみられる.e,h:患者血清を投与した網膜の内顆粒層を電子顕微鏡で確認すると核の断片化が起こり,bでみられた核の濃染はアポトーシスであることがわかる(*).k:患者血清投与24時間後に,わずかに周辺部に染色(⇨)がみられるだけで,他の部位では染色が消えており(*),ON型双極細胞が消失していることがわかる.正常者の血清を投与したマウス,ならびに抗TRPM1抗体陽性の血清を投与したTRPM1欠損遺伝子改変マウスでは,内顆粒層にアポトーシスはみられない.(文献10より)図4TRPM1に対する自己抗体が陰性の卵巣癌患者の左眼の眼底写真,蛍光眼底造影,OCT,PET検査の結果眼底,蛍光眼底造影,OCTで夜盲の原因となるような異常はみられず,PETにて腹部に異常がみられた(➡).(文献12を改変引用)図5TRPM1に対する自己抗体が陰性の卵巣癌患者のERG国際臨床視覚電気生理学会のプロトコールに従った全視野ERGでは,治療直後の段階である2011年10月では両眼ともrodの反応がなく,brightflashではb波がa波より小さい陰性型を示していた.癌の治療を行い,夜盲の症状が改善した後の2013年5月のERGでは,左眼はほぼ正常まで回復しており,右眼のrodの反応がみられ,ON型双極細胞の機能が改善していることがわかる.*ShinjiUeno:名古屋大学大学院医学系研究科眼科学・感覚器障害制御学〔別刷請求先〕上野真治:〒466-8550名古屋市昭和区鶴舞町65名古屋大学大学院医学系研究科眼科学・感覚器障害制御学0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(45)971972あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(46)(47)あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016973974あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(48)(49)あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016975976あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(50)(51)あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016977978あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(52)(53)あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016979

AIDS

2016年7月31日 日曜日

特集●全身疾患と眼:これがホットなトピックス!あたらしい眼科33(7):963〜969,2016AIDSAcquiredImmunodeficiencySyndrome山本裕香*八代成子*はじめに1983年に後天性免疫不全症候群(acquiredimmunodeficiencysyndrome:AIDS)の原因がヒト免疫不全ウイルス(humanimmunodeficiencyvirus:HIV)感染症であると判明してからすでに30年以上が経過しており,当時死のウイルスと謳われた衝撃的なマスコミ報道を知らない若手医師が少なくない時代に突入した.HIVはレトロウイルス科レンチウイルス属に属する一本鎖RNAウイルスで,逆転写酵素をもち,二本鎖DNAに変換され宿主のなかで増殖する.HIVがCD4陽性Tリンパ球に感染すると,細胞性免疫が低下することによりさまざまな病気を引き起こされる.HIV感染症は,わが国では第5類感染症に指定されている疾患である.AIDSはHIV陽性が判明しただけでは診断には至らず,持続感染により細胞性免疫が高度に障害された状態をさす.わが国では,HIV感染者が「サーベイランスのためのエイズ指標疾患」(表1)のいずれかを発症することをAIDS発症と定義している1).本稿ではHIV感染症に合併した眼病変における概要について,診断のポイントを中心に概説する.IHIV感染症に関連する眼疾患HIV感染による細胞性免疫の低下が発症に関与する日和見眼感染症の代表として,サイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)網膜炎があることはよく知られているが,これ以外にも実に多くの眼疾患を合併することはあまり知られていない(表1).HIV感染症で興味深い点は,これらの疾患の発症や悪化は,宿主の細胞性免疫と深く関連していることである.細胞性免疫能はCD4陽性Tリンパ球数が指標となり,正常値は700~1,000/μlとされているなか,CD4陽性Tリンパ球数が200/μl未満になると多くの日和見感染症を発症する.逆に合併した眼感染症から,患者の免疫状態を推測することもできる.主たる網脈絡膜疾患と免疫能の指標であるCD4陽性Tリンパ球数との経時的な関係を図1に示す.以下,代表的な眼疾患について説明する.1.HIV網膜症HIV感染による細胞性免疫の低下が発症に関与する日和見眼感染症が存在することは理解できる.ではHIVが直接関与する眼病変はどのような疾患があるのかと問われると,多くの眼科医は回答に困るのが現状であろう.実はHIVに対する抗原抗体反応による微小循環障害により,網膜に点状出血や綿花様白斑を生じるHIV網膜症が最多の病変なのである(図2).発症率は報告により25~92%と差があるが2),傍中心窩に病変が存在しない限り自覚症状はなく,CD4陽性Tリンパ球数が高値であっても発症するため,健康診断などで発見され,糖尿病や高血圧,膠原病の精査を勧められるケースもある.若年男性の両眼に後極部を中心に軟性白斑が多発していた場合には,HIV感染症も鑑別の一つとしてあげていただきたい.数カ月以内に消失・再燃を繰り返し,HIV治療の基本である多剤併用療法によりウイルス量が減少すると眼所見は消退する.2.CMV網膜炎ヒトヘルペスウイルス(humanherpesvirus:HHV)5,一般名CMVは二本鎖DNAをもつヘルペスウイルス科最大のウイルスで,病理組織像ではウイルスが感染した細胞に“フクロウの眼”に類似した巨細胞封入体を連想する眼科医も多いのではないかと思う.近年ではCMV角膜内皮炎やPosner-Schlossman症候群の原因ウイルスとして健常者における感染が話題となったが3),本来は日和見感染をきたすウイルスとして広く知られており,代表的なエイズ指標疾患に含まれるウイルス感染症である.わが国においてCMV網膜炎の診断基準は明確に示されていない.PCR(polymerasechainreaction)検査の普及に伴い,ルーチン検査のごとく前房水や硝子体液を採取しreal-timePCR法でCMVゲノムを病理組織学的に証明する傾向にあるが,網膜全層の浮腫と壊死を主体とする網膜病変は,一度経験すれば忘れられないほど特徴的な眼所見のため(図3)4),臨床的な診断が十分に可能な疾患である.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)を用いて病巣部を観察すると,網膜全層は浮腫と同時に早期より壊死をきたしており(図4),診断の助けになる.米国ではAIDSClinicalTrialsGoup(ACTG)criteriaにおけるCMV網膜炎の診断基準(表2)が示されているが5),眼局所におけるPCR検査結果は項目に含まれていない.急性網膜壊死との鑑別診断に苦慮する場合などを除き,不必要な検査は患者の負担や医療経済を考える面でも避けるべきであろう.治療はガンシクロビルの点滴静注が第一選択となり,病巣の発症部位や大きさ,副作用の有無に応じてバルガンシクロビル経口投与やホスカルネットの点滴静注,ガンシクロビルまたはホスカルネットの硝子体内注射を単独あるいは併用する.裂孔原性網膜剝離を合併した場合は,外科的治療の適応となる.病巣の大きさや剝離の程度に応じて,硝子体切除術,眼内光凝固術,輪状締結術,長期滞留ガスまたはシリコーンオイル注入を組み合わせる.適切な時期に治療が施行されれば予後も急性網膜壊死ほど悪くない.3.免疫回復ぶどう膜炎かつては不治の病とされていたAIDSだが,90年代後半になると非核酸系逆転写阻害薬,プロテアーゼ阻害薬,インテグラーゼ阻害薬などを用いたHIVに対する多剤併用療法が出現し,患者の生命予後は劇的に改善した.そして,これら治療薬の出現により,HIV感染症に合併する日和見感染症のコントロールも容易になった.CMV網膜炎も例にもれず,抗CMV療法を中断するとCMV網膜炎の再発を繰り返していた患者が,多剤併用療法後にCD4陽性Tリンパ球数が増加すると,自己の免疫力によりCMVを鎮静化させることが可能となり,抗CMV療法中断後にも再発をきたすことなく網膜病変を鎮静化することができるようになった.まさに夢の治療と誰もが思った矢先に,鎮静化したCMV網膜炎既存眼に,多剤併用療法導入後数日~数カ月以内に硝子体炎が生じることが判明した6).発症機序は未だ解明されていないが,多剤併用療法によりCMV特異的T細胞の反応が回復すると,すでに鎮静化したCMV網膜炎病巣辺縁の細胞内でわずかに複製される残存CMV抗原が,免疫反応によりぶどう膜炎を顕在化させるとの説が有力である.たとえていえばウイルスと闘う力をもたずただただ侵略されていた網膜が,多剤併用療法という糧を得て闘う力を回復したがために炎症という戦争状態に陥った状態といえよう.後に黄斑浮腫や白内障を代表とする続発病変も含めて免疫回復ぶどう膜炎(immunerecoveryuveitis:IRU)とよばれるようになった.未治療で自然寛解するものから重篤な視力低下をきたすものまで,さまざまな重症度の病変が存在する.治療はわずかに残存する病原体に対する抗CMV療法が主体となり,必要に応じて多剤併用療法の一時中断やステロイド薬による免疫反応の抑制が主体となるが,基本的にはCMV網膜炎の治癒過程における好ましくない炎症反応である.眼科領域以外でも多剤併用療法導入後に既存の日和見感染症の悪化や新たな病変の出現などが出現し,免疫再構築症候群(immunereconstitutioninflammatorysyndrome:IRIS)とよばれるようになった.便宜上,多剤併用療法後に新たなCMV網膜炎がみられた場合にはIRISとよんでいるが,ウイルスが存在していたにもかかわらず検眼鏡的に病変が発見されなかったと考えれば,両者は同じ病態と考えられる.近年ではHIV感染患者以外におけるIRUの報告も散見される7).4.進行性網膜外層壊死1990年にFosterらはAIDS患者において急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)に類似するものの,ARNにみられる網膜出血や血管炎や前眼部および硝子体混濁といった炎症所見を伴うことなく,きわめて急速に網膜壊死が後極に向かって進行する予後不良な疾患を発見し,進行性網膜外層壊死(progressiveouterretinalnecrosis:PORN)と名付けた8).ARNと同様に起因ウイルスは水痘・帯状疱疹ウイルスおよび単純ヘルペスウイルスだが,免疫不全患者ではマクロファージを除き炎症細胞はほとんど惹起されないため,前房内や硝子体,網膜内層で炎症反応を生じることなく,ウイルスによる直接的な障害により網膜外層から急激に壊死が進行する(図5).起因ウイルスが同じでも,宿主の免疫能の違いにより臨床像に違いが出る点は非常に興味深い.しかし,実際の臨床の場において,明確にARNとPORNを分類することは困難で,両者の中間に位置する病変も多く存在する.帯状疱疹はエイズ指標疾患に含まれていないが,AIDS患者では健常者の15倍と高い頻度で合併する.PORNの多くは帯状疱疹が先行していることが多いため,帯状疱疹の既往歴があるAIDS患者では,常にPORNを念頭におく必要がある.ARNの治療はアシクロビルが第一選択となるが,帯状疱疹が先行したPORNでは,アシクロビルの長期投与により耐性が生じている可能性が高いため,CMV網膜炎に準じた治療を選択する.5.梅毒性ぶどう膜炎スピロヘータ属の一つであるTreponemapallidumの感染による全身性の感染症で,胎盤感染により生じる先天梅毒を除き,古くから知られている性感染症の代表的疾患の一つである.わが国では第5類感染症に指定されており,1987年をピークに感染者数は減少していたが,2010年以降とくに都市部のHIV非感染患者,とくに女性において急激な増加傾向がみられ,2016年の感染症派生動向調査週報でも「注目すべき感染症」として梅毒を取り上げている.世界的にも感染者数が増加しており,古くて新しい性感染症として認識せねばならない疾患である.エイズ指標疾患ではないがHIVとの混合感染も多く,合併すると重症化することが多いとされている.梅毒性ぶどう膜炎は多彩な眼所見を呈し,CMV網膜炎のように眼底検査を行えば臨床診断ができるといった類の疾患ではないが,虹彩炎,硝子体混濁,散在性網脈絡膜炎,網膜血管炎,視神経炎などがみられることが多い.とくに網膜動脈炎をきたす疾患はまれなため,血管炎のなかでも動脈炎がみられる場合には梅毒を疑う必要がある.予後は比較的良好だが,診断が遅れると視力予後に影響を与えるため9),早期診断が望まれる.診断は梅毒血清反応が必須となる.ぶどう膜炎以外にも眼科領域では,梅毒第I期には眼瞼・結膜の硬結,第II期には結膜炎や虹彩炎,第III期には眼瞼ゴム腫やArgyllRobertson瞳孔がみられる.皮疹は特徴的で,ばら疹や丘疹性梅毒疹,梅毒性乾癬などが第II期以降に出現する.腹部の診察は眼科医にとっても患者にとっても抵抗があるが,手指の診察は容易である.軽度の虹彩炎であっても手指に皮疹がみられた場合は,梅毒を疑い結膜充血や瞳孔異常の有無を確認し精査を行うべきである.治療は海外ではペニシリンGの筋注単回投与が一般的であるが,わが国では経口合成ペニシリン剤が用いられ,先天梅毒や神経梅毒を合併した場合にはベンジルペニシリンカリウムもしくはセフトリアキソン点滴静注が行われている.梅毒性ぶどう膜炎の治療にも,わが国では経口合成ペニシリン剤が用いられることが多いが,眼梅毒の多くは神経梅毒を合併しているため,米国疾病予防管理センター(CenterforDiseaseControlandPrevention:CDC)の提唱するガイドラインでは神経梅毒に準じた治療を奨励している10).6.伝染性軟属腫伝染性軟属腫はポックスウイルス科の伝染性軟属腫ウイルス(molluscumcontagiosumvirus)による感染症で,わが国では4型に分類される.いわゆる“水いぼ”とよばれるウイルス性皮膚疾患で,一般には幼児期から学童期の子供やアトピー性皮膚炎患者にみられる疾患だが,性感染症として陰部に発症することもある.HIV感染者の1~2割に合併し,CD4陽性Tリンパ球数が100/μl未満で多く発症する.健常者ではおもに四肢に発症し自然治癒があるのに対し,HIV感染患者の場合は難治性で顔面に多発することが特徴で,ときに巨大化または疣贅化し,尋常性疣贅との鑑別が困難になることもある.眼瞼部に多発することも多いため,日常診療で眼瞼を含む顔面に多発する“水いぼ”を診たときには,HIV感染症を疑い精査を勧めることも重要である.7.カポジ肉腫AIDSといえば痩せた体に多くの腫瘤を合併しているイメージがあるのではないだろうか?カポジ肉腫はAIDS患者の5~10%に合併し,エイズ指標疾患にあげられる重要な疾患の一つである.病因はヒトヘルペスウイルス8(humanherpesvirus8:HHV-8),一般名カポジ肉腫関連ヘルペスウイルス(Kaposi’ssarcomaassociatedherpesvirus)感染により生じる感染症の一つで,皮膚や口腔内粘膜,消化管などを中心に血管内皮細胞由来の腫瘍を形成する.健常者の1%はHHV-8陽性である.通常の免疫状態では発症しないが,CD4陽性Tリンパ球数が200/μl以下になると発症する.わが国でみられるカポジ肉腫のほとんどは男性間性的接触により感染するAIDS関連カポジ肉腫で,まれに臓器移植の際の免疫抑制薬使用中に発症する医原性カポジ肉腫も存在する.眼科領域ではまれに眼瞼や結膜に暗赤色隆起性病変を生じる.眼瞼に発症すると眼瞼皮下出血や霰粒腫に類似した形を呈する.結膜のカポジ肉腫は下眼瞼結膜円蓋部に好発するため,眼瞼を反転してはじめてわかることもある(図6).初期にはアレルギー性結膜炎や結膜下出血,拡大すると血管腫と誤診されることも多い.初診時にこれらをカポジ肉腫と診断することはまず不可能に近いが,所見が治療に抵抗し,経過とともに改善しない場合は,鑑別疾患としてカポジ肉腫を頭に浮かべてほしい.鼻尖部や口腔内にも病変が同時にみられることが多いため,診断に迷った場合は口腔内を診察させていただくことにより,疑いが確信に変わるかもしれない.治療はドキソルビシンのプロドラッグであるリポソーマルドキソルビシンが著効するが,CMV網膜炎と同様に,HIVに対する多剤併用療法による免疫能の改善だけで,軽い病変は消退することもある.8.その他の疾患トキソプラズマなどの原虫や,ニューモシスチスカリニ,クリプトコッカスなど真菌症はエイズ指標疾患に含まれるものの,眼合併症はわが国においてはまれなうえ,先進国においても多剤併用療法出現後の発症率は著明に低下した.一方,わが国における結核の有病率は他の先進国と比べ高く,HIVのウイルス量増加ともに加速度的に増加するため,粟粒結核合併例ではとくに結核性ぶどう膜炎の発症に注意を要する.また,結核はIRISを発症しやすい疾患の一つであるため,多剤併用療法導入後は注意深い経過観察が必要である.結核や非結核性抗酸菌症の治療薬であるリファブチンは薬剤性ぶどう膜炎をきたすことがあるため,使用にあたっては眼科医との連携が重要なことを内科医も認識する必要がある.非ホジキンリンパ腫はエイズ指標疾患に含まれ,HIV感染患者における発症頻度は健常者の60~200倍と高頻度に発症する.段階では非感染性の腫瘍性疾患に分類されるが,EBウイルス(Epstein-Barrvirus)が関与しているという説もある.眼内悪性リンパ腫はぶどう膜炎に類似した所見(仮面症候群)を合併するため,免疫能の低下したHIV感染患者におけるぶどう膜炎では,鑑別疾患として念頭に置かねばならない.おわりに2014年末現在,世界のHIV陽性者数は3,690万人に達した.一方,わが国におけるHIV陽性患者数は2万人を超えた程度で,世界のHIV陽性者数と比較するとごく少数である.しかし,新規HIV感染者数は世界的には年間200万人と2000年と比べ35%も減少しているにもかかわらず,わが国では1,091人と,未だ過去3位の患者数を計上している.多くの先進国で新規HIV感染者数が著明に減少するなか,啓発活動にもかかわらずわが国では未だ横ばいに甘んじていることは大変遺憾である.わが国では2000年代に入り多剤併用療法(antiretroviraltherapy:ART)が治療の標準となると,生命予後が劇的に改善したことにより,慢性感染症としての問題点も浮上してきた.患者の高齢化による白内障の増加や,多剤併用療法の副作用である高血糖やリポジストロフィーによる糖尿病網膜症や網膜中心静脈閉塞症など,従来の日和見感染症とは異なる,ごく一般的な眼合併症の増加が懸念される.検診などを介して一般眼科医がHIV感染症を発見する機会も増加すると思われる.HIV関連眼疾患が実は身近な疾患となりつつある現状を,十分に認識する必要がある.文献1)厚生労働省エイズ動向委員会:サーベイランスのためのHIV感染症/AIDS診断基準.平成26年エイズ発生動向年報.20072)WhitcupSM:Acquireimmunodeficiencysyndrome.In:NussenblattRB,WhitcupSM:Uveitis-fundamentalsandclinicalpractice.3rdedition,p185-200,Mosby,Philadelphia,20043)KoizumiN,YamasakiK,KawasakiSetal:Cytomegalovirusinaqueoushumorfromaneyewithcornealendothelitis.AmJOphthalmol141:564-565,20064)八代成子:サイトメガロウイルス網膜炎.薄井紀夫,後藤浩編,眼感染症診療マニュアル.p278-285,医学書院,東京,20145)WohlDA,KendallMA,AndersenJetal:LowrateofCMVend-organdiseaseinHIV-infectedpatientsdespitelowCD4+cellcountsandCMVviremia:resultsofACTGprotocolA5030.HIVClinTrials10:143-152,20096)KaravellasMP,LowderCY,MacdonaldJCetal:Immunerecoveryvitritisassociatedwithinactivecytomegalovirusretinitis:Anewsyndrome.ArchOphthalmol116:169-175,19987)MiserocchiE,ModoratiG,BrancatoR:Immunerecoveryuveitisinaniatrogenicallyimmunosuppressedpatient.EurJOphthalmol15:510-512,20058)ForsterDJ,DugelPU,FrangiehGTetal:Rapidlyprogressiveouterretinalnecrosisintheacquiredimmunodeficiencysyndrome.AmJOphthalmol110:341-348,19909)TsuboiM,NishijimaT,YashiroSetal:PrognosisofocularsyphilisinpatientsinfectedwithHIVintheantiretroviraltherapyera.SexTransmInfect2016Apr4.〔Epubaheadofprint〕10)WorkowskiKA,BolanGA:Sexuallytransmitteddiseasestreatmentguidelines,2015.MMWRRecommRep64:1-137,2016表1エイズ指標疾患およびHIV感染症に関連する眼疾患エイズ指標疾患HIV感染症に関連する眼疾患エイズ指標疾患に関連する眼疾患その他の眼疾患A.真菌症1.カンジダ症(食道・気管・気管支・肺)2.クリプトコッカス症(肺以外)3.コクシジオイデス症4.ヒストプラズマ症5.ニューモシスチス肺炎・カンジダ性眼内炎・クリプトコッカス網脈絡膜炎・ヒストプラズマ性網脈絡膜炎・ニューモシスチス脈絡膜症B.原虫症6.トキソプラズマ脳症7.クリプトスポリジウム症8.イソスポラ症・トキソプラズマ網脈絡膜炎C.細菌感染症9.化膿性細菌感染症10.サルモネラ菌血症11.活動性肺結核12.非結核性抗酸菌症・結核性ぶどう膜炎・非結核性抗酸菌症による網脈絡膜炎・梅毒性ぶどう膜炎・強膜炎D.ウイルス感染症13.サイトメガロウイルス感染症14.単純ヘルペスウイルス感染症15.進行性巣性白質脳症・サイトメガロウイルス網膜炎・角膜ヘルペス・進行性巣性白質脳症(視野異常)・免疫回復ぶどう膜炎・進行性網膜外層壊死/急性網膜壊死/眼部帯状疱疹・眼瞼伝染性軟属腫E.腫瘍16.カポジ肉腫17.原発性脳リンパ腫18.非ホジキンリンパ腫19.浸潤性子宮頸癌・眼瞼・結膜カポジ肉腫・眼内悪性リンパ腫F.その他20.反復性肺炎21.リンパ性間質性肺炎/肺リンパ過形成22.HIV脳症23.HIV消耗性症候群・HIV網膜症・HIV関連視神経炎・薬剤性ぶどう膜炎(シドフォビル・リファブチン)CD4陽性Tリンパ球数(/μml)仮面症候群(悪性リンパ腫)進行性網膜外層壊死感染後経過時間急性網膜壊死50020050図1HIV感染に伴う代表的な網脈絡膜疾患HIV感染後の時間経過によるCD4陽性Tリンパ球数の減少と発症する網脈絡膜疾患との関係.図2HIV網膜症後極部を中心に軟性白斑が多発している.図3急性期のCMV網膜炎(後極部血管炎型)網膜出血と浮腫を伴う黄色滲出斑を形成しており,樹氷状血管炎を伴う.(文献4より引用)図4急性期のCMV網膜炎(OCT画像)網膜全層は浮腫と同時に壊死をきたしはじめ,炎症細胞が硝子体内に多数みられる.表2ACTGcriteriaにおけるCMV網膜炎の診断【ConfirmedCMVretinitis】①白斑または灰白色の網膜壊死を含む典型的な病巣が存在する.出血の有無は問わない.②病巣部には不規則な固い顆粒状ボーダーが存在する.③硝子体の炎症はないか,あっても軽度.④経験豊富な眼科医による間接鏡を用いた眼底検査がなされている.⑤別の眼科医による眼底写真の読影がなされている.【ProbableCMVretinitis】⑤を除き①から④を満たすもの.図5進行性網膜外層壊死(PORN)網膜出血や硝子体混濁などを伴わずに白色病変が急速に後極に向かって進展している.図6下眼瞼に発症した結膜カポジ肉腫結膜円蓋部に暗赤色隆起性病変がみられる.*YuukaYamamoto&*ShigekoYashiro:国立国際医療研究センター病院眼科〔別刷請求先〕八代成子:〒162-0052東京都新宿区戸山1-21-1国立国際医療研究センター病院眼科0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(37)963964あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(38)(39)あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016965966あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(40)(41)あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016967968あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(42)(43)あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016969

結核

2016年7月31日 日曜日

特集●全身疾患と眼:これがホットなトピックス!あたらしい眼科33(7):957〜961,2016結核Tuberculosis高瀬博*はじめにわが国は,世界的には依然として結核の中蔓延国である.結核はおもには肺に,しかし全身的にも多くの病変を生じ,それは眼も例外ではない.わが国において2009年に全国の大学病院を対象に行われたぶどう膜炎原因疾患の疫学調査によると,結核性ぶどう膜炎はぶどう膜炎の1.4%と,現在においても高い頻度を示している1).そのため,眼科領域においても結核の診断と治療に関する適切な知識のアップデートが要求される.本稿では,結核に関する現在の動向と,結核性ぶどう膜炎の診断と治療について述べる.I結核の最近の疫学結核は,結核菌(Mycobacteriumtuberculosis)を原因とする感染症であり,感染症としてはヒト免疫不全ウイルス(humanimmunodeficiencyvirus:HIV)感染症についで世界で2番目に多い死因となる疾患である.病理学的には壊死性の類上皮細胞肉芽腫の形成を特徴とする.結核菌はおもに空気感染で伝播し,多くの場合で肺に不顕性感染を生じ潜在性感染者となるが,最終的にその約10%が活性化状態を生じるとされる.2012年のWHOの報告では,活動性結核の新規患者数は全世界で860万人,そのうち110万人がHIV感染を合併しており,また多剤耐性結核が45万人含まれている2).一方,わが国の統計では2012年の結核新登録患者数は21,283人,罹患率は16.7%,死亡率は1.7%となっており,未だ重大な感染症である.無治療の場合の結核感染症の死亡率は高く,HIV陰性で喀痰塗抹検査陽性の肺結核患者の約70%が,また塗抹検査は陰性だが培養検査で陽性となった患者の約20%が,10年以内に死亡する.結核の新規患者の3.6%および既存患者の20.2%が多剤耐性菌に罹患していると推定されており,とくに東欧と中央アジアで多くの割合を占めている3).II結核の全身的な病態結核は,一般的に感染から半年~2年の潜伏期間を経て発症する.全身症状としては咳嗽,疲労感,微熱,発汗,体重減少,胸痛,喀血などがあげられるが,とくに2週間以上続く咳,および咳と他の症状の組み合わせには注意が必要とされる4).結核の約7%は,肺以外の全身のさまざまな臓器にも生じ,これらは肺外結核とよばれる.肺外結核でもっとも頻度の高い臓器はリンパ節であり,ほかに腎臓,咽頭,腸,眼,皮膚,脳脊髄膜などに生じる.結核性髄膜炎は重篤な後遺症を生じ,現在でもその致死率は高い.III結核の診断法の変遷結核の診断は,胸部X線・胸部CT検査を用いた画像検査,喀痰などの体液を用いた塗抹検査,抗酸菌培養などによる結核菌の検出がある.これに加え,現在すでにポリメラーゼ鎖反応(poly-merasechainreaction:PCR)による結核菌特異的遺伝子の検出が臨床応用されている.眼科領域においても,とくにインドなどの高蔓延国で,前房水などの眼内液に対して結核菌特異的な複数の遺伝子領域(IS6100,MPB64,ProteinantigenBなど)を標的としたPCRが一般化しており,高い感度と特異度が報告されている5,6).しかし,わが国においては結核性ぶどう膜炎患者の眼内液を用いたPCR陽性例の報告はごくまれであり7),高蔓延国とわが国における結核性ぶどう膜炎の病態には,一定の差異が存在するものと考えられる.多剤耐性結核の存在は近年大きな問題となっているが,薬剤耐性の有無の判定には,培養検査では結核菌の成育の遅さから数日から数週間を要してしまう.これを迅速に診断するために,PCRの原理を応用したラインプローブアッセイとよばれる分子学的検査キットが開発され,多剤耐性結核菌に生じている遺伝子変異の検出に用いられている.これは,遺伝子の抽出,増幅,ハイブリダイゼーションなどをストリップ上に固相化したキットとして販売されており,それぞれ95%前後の感度と99%程度の特異度が報告されている3).わが国においては,リファンピシン耐性遺伝子群の同定キット(ジェスノカラー・RifTB®)が,喀痰や抗酸菌用培地で培養された菌株を検体とした体外診断用医薬品として用いられている8).結核菌への感染を免疫学的に確認する方法としては,古くよりツベルクリン反応(ツ反)が用いられる.結核菌は,その感染当初は自然免疫系を刺激し,非特異的な全身的感染症状を呈するが,数週間以内には獲得免疫系が活性化し,おもにT細胞が結核菌の排除に働くこととなる.そのため,ツ反により結核菌に特異的な獲得免疫の有無を調べることが,結核感染の有無を調べる手段となる.ツ反は精製蛋白を皮下に注射し,その48時間後に判定を行う.発赤径が10mm以上で陽性と判定され,わが国では発赤径が9mm以下を陰性,10mm以上を弱陽性,10mm以上に硬結を伴うものを中等度陽性,10mm以上に二重発赤・水疱・壊死などを伴うものを強陽性として判定する.しかし,HIV陽性やプレドニン長期内服などによる免疫抑制状態の患者では5mm以上で陽性と判定する.近年ではこのツ反に加え,患者末梢血を結核菌精製蛋白で刺激し,Tヘルパー細胞からおもに産生されるサイトカインであるインターフェロンガンマを測定する検査法であるインターフェロンガンマ放出試験(interferongammareleaseassay:IGRA)によって結核菌に対する獲得免疫の有無と活性化の程度を調べることが行われている.IGRAには,末梢血単核球を用いるQuantiFERON-TBGoldtest®(QFT)と,全血を用いるT-Spot.TB®(T-Spot)の2つの製品があり,それぞれ結核菌特異的精製蛋白を用いて刺激培養を行う.この際に用いる精製蛋白にはBCG蛋白を含まないものを用いるため,その検査結果はBCG接種の影響を受けないとされる.わが国ではQFTは2005年に,T-Spotは2012年に発売され,それぞれ広く用いられている.QFTとT-Spotはそれぞれ異なる感度と特異度を有し,全身的な結核ではQFTは感度69%,特異度52%であり,一方T-Spotは感度60%,特異度76%と報告されている9).また,結核性ぶどう膜炎についてT-Spotとツ反を比較した研究では,T-SPOTはツ反に比べて感度は劣るものの(53%vs70%),特異度は91%vs71%でT-SPOTが勝り,また,ツ反とT-Spotがともに陽性だった患者が結核性ぶどう膜炎だった確率は95%と非常に高かった10).そのため,IGRAはツ反とともに用いられることが推奨されるべきであると考えられる.IV結核性ぶどう膜炎の眼所見と診断結核性ぶどう膜炎は肺外結核の一つであり,結核流行地域はもちろん,結核非流行地域においても重要なぶどう膜炎原因疾患の一つである.結核性ぶどう膜炎の臨床所見は多岐にわたる.基本的な病態は肉芽腫性ぶどう膜炎だが,その病変の主座は前眼部から眼底までさまざまに分布する.結核性ぶどう膜炎の病態と診断分類については,2015年にインドのグループより新しい診断分類が提唱されている11).ここでは,結核性ぶどう膜炎の眼所見として,前房または硝子体中の細胞浸潤に加えて,以下の項目があげられている.①広汎な虹彩後癒着②網膜血管周囲炎(脈絡膜炎,脈絡膜瘢痕を伴う場合もある)(図1)③多巣性の地図状脈絡膜炎(図2)④脈絡膜肉芽腫⑤視神経乳頭肉芽腫⑥視神経症さらに,この眼所見を用いた結核性ぶどう膜炎(intraoculartuberculosis:IOTB)の診断分類として,以下の基準が提唱されている.ConfirmedIOTB:以下の1,2を共に満たすもの1.上記眼所見を少なくとも1項目認める2.結核菌の存在が眼内液中に検出されるProbableIOTB:以下の1,2,3をすべて満たすもの1.他のぶどう膜炎が除外され,上記眼所見を少なくとも1項目認める2.胸部X線で肺病変に矛盾しない所見を得られるか,他の眼外結核が臨床的に認められるか,微生物学的診断により眼外結核が確認されたもの3.以下のいずれかを満たすa.結核患者への曝露歴b.ツ反,IGRAによる結核感染の免疫学的証明PossibleIOTB:以下の1,2,3を満たすか,または1,4を満たすもの1.他のぶどう膜炎が除外され,上記眼所見を少なくとも1項目認める2.胸部X線その他で眼外結核所見を認めない3.以下のいずれかを満たすa.結核患者への曝露歴b.ツ反,IGRAによる結核感染の免疫学的証明4.胸部X線で肺病変に矛盾しない所見を得られるか,他の眼外結核が臨床的に認められるが,結核への曝露歴,ツ反・IGRAによる結核感染の免疫学的証明のいずれも認めないものこの診断分類を用いると,わが国の結核性ぶどう膜炎のほとんどはprobableまたはpossibleIOTBに相当すると考えられるが,この診断分類の有用性は今後検討すべき課題と考えられる.中蔓延国であるわが国はもちろんのこと,低蔓延国を含む非流行地域における結核性ぶどう膜炎の診断はしばしば困難であり,西欧諸国における結核性ぶどう膜炎は,上述のpossibleIOTBに該当する症例が多くみられる12,13).これらの症例は,後部ぶどう膜炎が多く,臨床所見では閉塞性網膜血管炎,地図状脈絡膜炎が多くみられる.その多くは抗結核薬治療に良好に反応するが,なかには最終的にサルコイドーシスも含まれるため,その鑑別診断には注意が必要である.事実,上述の診断分類にあげられた眼所見の多くは,サルコイドーシスを示唆する眼病変とも多くで一致しているため14),結核とサルコイドーシスの両者は臨床的にも,またツベルクリン反応や胸部画像検査の重要性からも,表裏をなす重要な鑑別疾患であるといえる.また,結核性ぶどう膜炎の眼所見のなかで,全眼球炎,強膜穿孔に至った眼内炎,脈絡膜結節などの病態が,眼内腫瘍に誤認される症例も報告されており,その多彩な臨床像には注意が必要である15).免疫抑制状態の患者,たとえばAIDS罹患患者や化学療法施行中などにおいては結核は激しい病態を呈することがある.AIDSに結核性ぶどう膜炎を発症した患者についてインドで行われたレトロスペクティブ研究では,HIV/AIDS患者の2%に結核性ぶどう膜炎がみられ,病態は脈絡膜肉芽腫53%,網膜下膿瘍37%,全眼球炎16%,全眼球炎に結膜腫瘤を認めたものが5%で,全例肺結核を伴っていたと報告されている16).V結核の標準治療と結核性ぶどう膜炎の治療抗結核薬治療の目標は,患者体内における結核菌の撲滅である.そのためには,患者が感染している菌に対する感受性薬剤を,少なくとも3剤以上,最短6カ月間の継続投与が必要とされる17).現在行われている結核に対する標準治療は以下の通りである.初期治療は,原則的にリファンピシン(REF),イソニアジド(INH),ピラミナジド(PZA),エタンブトール(EB)の4剤併用で初期強化期として2カ月間治療,その後は維持期としてREFとINHの2剤で4カ月間継続し,合計6カ月間の治療とする.このうちPZAは肝硬変・C型慢性肝炎患者では肝障害が重篤化しやすく,また妊娠中,80歳以上の高齢者などでは慎重な投与が求められる.その場合には,初期強化期の2カ月間はREF+INH+EBまたはストレプトマイシン(SM)の3剤で治療し,維持期はREF+INHを7カ月間継続し,合計9カ月間の治療とする17).一方,潜在性結核感染症については1剤での治療が行われ,原則としてINHを6カ月または9カ月用い,INH使用不能例ではREFを4カ月または6カ月間用いる17).しかし,わが国における結核性ぶどう膜炎患者では,眼内局所から結核菌を塗抹,培養,PCRなどで検出できる例はきわめてまれであり,多くの場合で眼内局所から直接結核菌を証明することなく治療を行わなければならない.とくに眼外病変が欠如している場合,ツ反やIGRA,眼病変などのみから結核性ぶどう膜炎を疑い治療を行うことになり,さらに抗結核薬治療の反応性そのものによって最終的な診断根拠とすることになる.このような場合での治療方針については,わが国においては一定の見解は得られていないが,潜在的な結核感染症を疑い治療する以上は,耐性菌出現を予防する意味でも,前項で述べた抗結核薬の標準治療に沿って投与を行うべきであろう.ぶどう膜炎の治療において問題となる点は,ステロイド薬の併用の必要性についてである.結核性ぶどう膜炎の病態のなかで,とくに地図状脈絡膜炎や網膜血管炎については,結核菌感染そのものよりも脈絡膜や網膜血管に残存した結核菌成分に対する過敏反応により生じる病態である可能性が考えられており18),このような病態に対しては抗結核薬治療をまずは行ったうえで,ステロイド薬の内服治療の併用を検討していく必要がある.結核性ぶどう膜炎に伴う網膜血管炎はしばしば周辺網膜に無血管領域(図1)と,それに続発する網膜新生血管を生じる.そのため,定期的な蛍光眼底造影検査を実施すべきである.無血管領域に対しては適宜網膜光凝固術の施行を検討する必要があるが,光凝固による炎症の再活性化を予防するためには,抗結核薬とステロイド薬の内服併用下で行うことが安全であると考えられる.おわりに結核性ぶどう膜炎はわが国においては未だ重要な感染性疾患ではあるが,眼内局所からの病原体の証明が困難であることから,その診断には迷う場面が多い.ステロイド薬治療に対して抵抗性を示す肉芽腫性ぶどう膜炎に対しては,結核は常に鑑別診断にあげるべきであり,そのためぶどう膜炎のスクリーニング検査として,ツ反と胸部画像検査は必ず行うべき重要な項目であると考えられる.文献1)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:The2009prospectivemulti-centerepidemiologicsurveyofuveitisinJapan.JpnJOphthalmol56:432-435,20122)Eurosurveillanceeditorialteam:WHOpublishesGlobaltuberculosisreport2013.EuroSurveill18,20133)DrobniewskiF,CookeM,JordanJetal:Systematicreview,meta-analysisandeconomicmodellingofmoleculardiagnostictestsforantibioticresistanceintuberculosis.HealthTechnolAssess19:1-188,vii-viii,20154)WorldHealghOrganization.SystematicScreeningforActiveTuberculosis:PrinciplesandRecommendations.Geneva,20135)BasuS,MoniraS,ModiRRetal:Degree,duration,andcausesofvisualimpairmentineyesaffectedwithoculartuberculosis.JOphthalmicInflammInfect4:3,20146)SharmaK,GuptaV,BansalRetal:Novelmulti-targetedpolymerasechainreactionfordiagnosisofpresumedtubercularuveitis.JOphthalmicInflammInfect3:25,20137)KotakeS,KimuraK,YoshikawaKetal:PolymerasechainreactionforthedetectionofMycobacteriumtuberculosisinoculartuberculosis.AmJOphthalmol117:805-806,19948)近松絹代,水野和重,青野昭男ほか:GenoTypeMTBDRplusによる多剤耐性結核菌同定に関する検討.結核86:697-702,20119)MetcalfeJZ,EverettCK,SteingartKRetal:Interferongammareleaseassaysforactivepulmonarytuberculosisdiagnosisinadultsinlow-andmiddle-incomecountries:systematicreviewandmeta-analysis.JInfectDis204Suppl4:S1120-S1129,201110)AngM,WongWL,LiXetal:Interferongammareleaseassayforthediagnosisofuveitisassociatedwithtuberculosis:aBayesianevaluationintheabsenceofagoldstandard.BrJOphthalmol97:1062-1067,201311)GuptaA,SharmaA,BansalBetal:Classificationofintraoculartuberculosis.OculImmunolInflamm23:7-13,201512)LaDistiaNoraR,vanVelthovenME,TenDam-vanLoonNHetal:ClinicalmanifestationsofpatientswithintraocularinflammationandpositiveQuantiFERON-TBgoldintubetestinacountrynonendemicfortuberculosis.AmJOphthalmol157:754-761,201413)ManousaridisK,OngE,StentonCetal:Clinicalpresentation,treatment,andoutcomesinpresumedintraoculartuberculosis:experiencefromNewcastleuponTyne,UK.Eye(Lond)27:480-486,201314)HerbortCP,RaoNA,MochizukiM:Internationalcriteriaforthediagnosisofocularsarcoidosis:resultsofthefirstInternationalWorkshopOnOcularSarcoidosis(IWOS).OculImmunolInflamm17:160-169,200915)DemirciH,ShieldsCL,ShieldsJAetal:Oculartuberculosismasqueradingasoculartumors.SurvOphthalmol49:78-89,200416)BabuRB,SudharshanS,KumarasamyNetal:Oculartuberculosisinacquiredimmunodeficiencysyndrome.AmJOphthalmol142:413-418,200617)重藤えり子,藤兼俊明,新妻一直ほか:「結核医療の基準」の見直し.2014年.結核89:683-690,201418)GuptaV,GuptaA,RaoNA:Intraoculartuberculosis–anupdate.SurvOphthalmol52:561-587,2007図1結核性ぶどう膜炎(38歳,男性)ツ反強陽性,QFT陽性だが,胸部X線・胸部造影CTともに異常はなかった.左眼の眼底下耳側アーケード静脈に沿って白色の結節様病変を認めるが(a),蛍光眼底造影検査ではさらに広い範囲に静脈に沿った過蛍光を認める(b).周辺部網膜には無血管領域があり,後日光凝固治療が施行された(c).図2左眼眼底の地図状脈絡膜炎(53歳,女性)ツ反強陽性,T-Spot陽性だが,胸部X線・胸部CTともに異常所見を認めなかった.*HiroshiTakase:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学〔別刷請求先〕高瀬博:113-8519東京都文京区湯島1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(31)957958あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(32)(33)あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016959960あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(34)(35)あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016961