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抗VEGF治療:滲出型加齢黄斑変性に対する抗VEGF薬スイッチのポイント

2016年6月30日 木曜日

●連載抗VEGF治療セミナー監修=安川力髙橋寛二29.滲出型加齢黄斑変性に対する尾辻剛関西医科大学総合医療センター眼科抗VEGF薬スイッチのポイント滲出型加齢黄斑変性の治療は抗血管内皮増殖因子薬(抗VEGF薬)が第一選択であるが,無効例や反応不良例においては他の抗VEGF薬に切り替える(スイッチする)ことがある.本稿ではスイッチのタイミングやスイッチ後の投与法について解説する.スイッチする症例滲出型加齢黄斑変性(wetage-relatedmaculardegeneration:wetAMD)の治療の第一選択は現在のところ抗血管内皮増殖因子薬(抗VEGF薬)であるが,最初から抗VEGF薬の効果がみられない症例や,繰り返し投与をしていると徐々に効果がみられなくなってくる症例がある.一般に導入期から無反応の症例をノンレスポンダー(non-responder)とよび,導入期には一定の効果があるが維持期の比較的早期に効果が減弱する症例をタキフィラキシー症例(tachyphylaxis),さらに治療効果がゆっくり減弱していく耐性(tolerance)とよばれる症例もある.初回治療としてラニビズマブを選択した症例のうちノンレスポンダーは約10%で1),約2%の症例にタキフィラキシーを認める2)とされている.最近は,維持期に滲出の出現間隔に合わせて個別に投与間隔を変えていくtreatandextendとよばれる方法があるが,1カ月まで短縮しても滲出が続く症例がある.これらの症例では他の抗VEGF薬へのスイッチを検討することになる.スイッチのタイミング他剤への切り替えは,より効果が強い可能性があるとされている薬剤へスイッチし有効であったとの報告が多い3,4).また,ベバシズマブ(眼科未承認薬)からラニビズマブにスイッチした場合と,ラニビズマブからベバシズマブにスイッチした場合の効果に差はなかったとする報告がある5).これには薬剤耐性を獲得した可能性を考え,薬剤の強弱に関係なく他剤へスイッチすることに意味があるとの考察をされている.スイッチのタイミングについては,経過が長くなると病変の萎縮瘢痕や線維化がみられ,切り替えても視力改善は望めないので,早めのスイッチがよいという意見3)と,スイッチする前の薬剤の投与回数と予後は関係なかったとする報告4)があるが,筆者らは数回の投与で効果がない,または不十分と判断したら,早めにスイッチするようにしている.(69)また,スイッチ後にしばらく他剤を投与していると,スイッチした薬剤に対しても効果が減弱してくる場合がある.このときに元の薬剤に戻すことをスイッチバックというが,スイッチバックすることによって,いったん効果が減弱した元の薬剤が再び効果を示すことがある.ラニビズマブ→アフリベルセプト→ラニビズマブのスイッチバックで27%の患者がETDRS視力表で5文字以上の視力改善を示したとの報告がある6).また,いったん,より効果の弱い薬剤にスイッチした後に元の薬剤にスイッチバックした場合に再び効果を示すことがあるが,これは休薬し再開すること(いわゆるdrugholiday)と同じなのかもしれない.スイッチ後の投与法以下に症例を示す.図1の症例は72歳男性.矯正視力は0.9.1型の脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)を認め,ラニビズマブの硝子体内投与(intravitrealranibizumab:IVR)を4回施行後にいったん滲出は停止した.その後,大きな色素上皮.離(pigmentepithelialdetachment:PED)が出現し,IVRを3回追加したが効果はまったくみられなかった.そこでアフリベルセプトの硝子体内投与(intravitrealaflibercept:IVA)にスイッチしたところ,3回の毎月投与でPEDは平坦化した.図2の症例は73歳男性.矯正視力は0.09.1型のCNVを認め,IVAを毎月3回施行し,視力は0.4まで回復したものの,網膜下液が残存するため2回追加投与(計5回)したが,2回とも反応がみられなかった.そこでIVRにスイッチしたところ,徐々に網膜下液は減少し,効果をみながら3回投与した時点で滲出は停止した.その後IVRの必要時投与(prorenata:PRN)で維持している.実際にスイッチした場合の投与法には明確なエビデンスはない.筆者らの施設ではノンレスポンダーや図1に示した症例のような再発後に効果がまったくみられなくあたらしい眼科Vol.33,No.6,20168290910-1810/16/\100/頁/JCOPY 図1再発後IVRに無反応となったためIVAにスイッチした症例IVRを3回施行後,いったん滲出は停止しPRNで維持していたが,PEDが出現した.再発後はIVRに無反応となったためIVAにスイッチしたところ,3回でPEDは平坦化した.なった場合には,初回治療と同様の導入期治療(3回連続毎月投与)の後,維持期についてはPRNもしくはtreatandextendを臨機応変に行っている.また,タキフィラキシーやスイッチバックでは導入期を設けずに,スイッチ直後からPRNやtreatandextendで行うことが多い.文献1)OtsujiT,NagaiY,ShoKetal:Initialnon-respondersto830あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016図2IVAの効果が減弱しIVRにスイッチした症例IVAを3回施行し,いったん滲出が停止し,維持期はPRNで施行していたが,網膜下液が減らなくなってきたためIVRにスイッチしたところ,3回で徐々に網膜下液は消失した.ranibizumabinthetreatmentofage-relatedmaculardegeneration(AMD).ClinOphthalmol7:1487-1490,20132)EghojMS,SorensenTL:Tachyphylaxisduringtreatmentofexudativeage-relatedmaculardegenerationwithranibizumab.BrJOphthalmol96:21-23,20123)BatiogluF,DemirelS,OzmertEetal:Short-termoutcomesofswitchinganti-VEGFagentsineyeswithtreatment-resistantwetAMD.BMCOphthalmol15:40,20154)Fassnacht-RiederleH,BeckerM,GrafNetal:Effectofafliberceptininsufficientresponderstoprioranti-VEGFtherapyinneovascularAMD.GraefesArchClinExpOphthalmol252:1705-1709,20145)EhlkenC,JungmannS,BohringerDetal:Switchofanti-VEGFagentsisanoptionfornonrespondersinthetreatmentofAMD.Eye(Lond)28:538-545,20146)DespreauxR,CohenSY,SemounOetal:Short-termresultsofswitchbackfromaflibercepttoranibizumabinneovascularage-relatedmaculardegenerationinclinicalpractice.GraefesArchClinExpOphthalmol254:639644,2016(70)

緑内障:濾過胞漏出に対する再建術

2016年6月30日 木曜日

baba●連載192緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也192.濾過胞漏出に対する再建術臼井審一大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室濾過手術に伴う合併症の一つである濾過胞漏出は,濾過胞炎発症の危険性が高く,早急な治療が必要となる.しかし一方で,長期経過中に漏出が出現した症例の濾過胞は血管に乏しく,菲薄化した脆弱結膜であることが多く,しばしば治療に難渋する.そこで,比較的簡便に再建できる治療法を紹介する.●濾過胞漏出と濾過胞炎術後早期の縫合不全を除き,濾過胞漏出の多くは,長期に経過した脆弱な結膜が濾過胞の内圧に耐え切れず破綻し漏出したものである.すなわち,周辺組織の癒着により濾過胞の範囲が限局すると,濾過胞内圧が上昇し濾過胞壁は菲薄化する.内圧に耐えうる濾過胞壁の強度が限界に達すると,結膜は穿孔し房水は漏出する.濾過胞漏出は濾過胞炎の危険因子として報告されており,わが国における調査結果によれば,マイトマイシンCを併用した線維柱帯切除術後に濾過胞炎を発症する割合は5年間で約2.2%であり,濾過胞漏出の既往眼ではオッズ比が4.1と著しく高いことから,速やかな治療が求められる1).●濾過胞漏出の治療法脆弱な結膜が濾過胞内圧に耐え切れず破綻することが原因であるため,治療の原則は,濾過胞内圧を下げ,内圧に耐えうる結膜に戻すことである.軽症例には,自己血清点眼,薬剤による房水産生抑制,コンタクトレンズ装用など非観血的な治療が試みられるが,これらの治療で改善の見込みがない症例に対しては観血的治療が必要となる.観血的治療には,自己血や粘弾性物質の濾過胞内注入のほか,経結膜的に強膜弁を縫合し濾過量を減少させる方法,Tenon.組織で裏打ちする再建法,遊離自己結表1濾過胞漏出の有無と濾過胞感染の発症危険度濾過胞漏出オッズ比95%信頼区間p値あり4.711.827~12.1420.001なし10.536~0.9650.024Cox比例ハザード回帰分析(文献1より改変)膜弁移植,結膜前転移動,さらには羊膜を用いた再建法などがある2~7).しかし,自己血や粘弾性物質の濾過胞内注入は漏出量の多い症例には不向きであること,脆弱な結膜上から低眼圧下で強膜弁縫合を行うのはしばしば熟練を要すること,Tenon.組織や結膜を用いた再建も,加齢や手術による影響で十分に組織を確保しにくい症例に対しては困難であること,羊膜に至っては,施設によっては容易に用いることができないなど,実際にはさまざまな問題に直面する.そこで,比較的簡便で有効な外科的治療法として,三浦らが報告した濾過胞拡大を主体とした再建術について述べる8).●濾過胞拡大による再建術濾過胞の範囲を広げることで,菲薄化し脆弱な結膜にc図1限局性濾過胞からの房水漏出と前眼部光干渉断層計による観察a:周囲結膜は癒着し,限局した虚血性の濾過胞(矢印)が観察される.b:フルオレセイン蛍光色素で染色すると,濾過胞からの房水漏出点が確認できる.c:前眼部光干渉断層計(SS1000CASIA,トーメーコーポレーション)により,菲薄化した濾過胞壁が観察できる(aの矢印の断層画像).(67)あたらしい眼科Vol.33,No.6,20168270910-1810/16/\100/頁/JCOPY abab☆☆☆図2濾過胞拡大とcompressionsutureによる濾過胞再建術後a:濾過胞は後方に拡大し(矢印),限局していた濾過胞の丈は低くなっている.b:フルオレセイン蛍光色素による染色で,濾過胞漏出が止まっていることが確認できる.c:前眼部光干渉断層計により,術前より濾過胞の丈は低くびまん性に広がり,濾過胞壁も肥厚していることが確認できる(aの矢印の断層画像).かかる圧負荷を減少させることを目的とする.多くの症例は周辺結膜が癒着していることから,まず,ブレブナイフII(カイインダストリーズ)などを用いて濾過胞から少し離れた後方の周囲結膜組織を.離し,新たな濾過胞スペースを確保する.次に,.離した後方スペースに房水が流れていないことを確認した後,マイトマイシンCを3~5分間塗布し,150mlの生理食塩水で洗浄した後,既存の濾過胞と後方スペースをブレブナイフなどで交通させる.最後に,既存の濾過胞上の丈を低くし,漏出点への内圧を減少させる目的で,漏出点を囲むようにcompressionsutureを行う.漏出点を囲むことがむずかしい症例もあるが,漏出点を囲めなくても,全体に丈が抑えられることで漏出は止まることが多い.最後に術野をフルオレセインで染色し,漏出がないことを確認して手術を終了する.本法が有効な症例は,濾過胞壁も厚くなり長期的に漏出なく経過することが多いが,経過中に濾過胞の範囲が縮小して再び結膜の菲薄化が部分的に生じることもある.濾過胞壁を含めた内部構造の観察には前眼部光干渉断層計が有効で,継時的変化を行いながら抜糸のタイミングを計ったり,濾過胞拡大の追加治療を行う目安にもなる.なお,結膜内に埋没した糸については感染の危険が低いため,無理に除去しなくてもよい.このように,本法は治療が急がれるなか,比較的簡便で有効な治療法であるが,もちろんすべての症例に万全な方法というわけではなく,濾過胞の範囲を十分に拡大できない症例や結膜が大きく離開しているような症例では,他の観血的治療,もしくは本法の併用が必要である.文献1)YamamotoT,SawadaA,MayamaCetal:The5-yearincidenceofbleb-relatedinfectionanditsriskfactorsafterfilteringsurgerieswithadjunctivemitomycinC:collaborativebleb-relatedinfectionincidenceandtreatmentstudy2.Ophthalmology121:1001-1006,20142)LeenMM,MosterMR,KatzLJetal:Managementofoverfilteringandleakingblebswithautologousbloodinjection.ArchOphthalmol113:1050-1055,19953)出口香穂里,中内知子,木内良明:線維柱帯切除術後早期の濾過胞からの房水漏出に対し高分子量ヒアルロン酸ナトリウムの高濃度製剤の濾過胞内注入を行った2例.あたらしい眼科26:969-972,20094)MorganJE,DiamondJP,CookSD:Remodelingthefiltrationbleb.BrJOphthalmol86:872-875,20025)WadhwaniRA,BellowsAR,HutchinsonBT:Surgicalrepairofleakingfilteringblebs.Ophthalmology107:1681-1687,20006)PandayM,ShanthaB,GeorgeRetal:Outcomesofblebexcisionwithfreeautologousconjunctivalpatchgraftingforblebleakandhypotonyafterglaucomafilteringsurgery.JGlaucoma20:392-397,20117)MeloAB,RazeghinejadMR,PalejwalaNetal:Surgicalrepairofleakingfilteringblebsusingtwodifferenttechniques.JOphthalmicVisRes7:281-288,20128)三浦聡子,臼井審一,大鳥安正ほか:強膜弁上に漏出点がある場合の新しい濾過胞再建術を施行した2症例.眼臨紀7:174-178,2014828あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(68)

屈折矯正手術:LASIKとオプティカルゾーン

2016年6月30日 木曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂●連載193大橋裕一坪田一男193.LASIKとオプティカルゾーン米川達也井上眼科病院LASIKでは,エキシマレーザー照射におけるオプティカルゾーンの設定が,術後のハロー・グレアなどの不快な合併症の原因となり,術後視機能に影響を与えるとされている.そのため,オプティカルゾーンをどのように設定するかが重要となってくる.●はじめにLaserinsitukeratomileusis(LASIK)は,角膜実質層にエキシマレーザーを照射して角膜前面曲率を変更することにより屈折矯正を行う.レーザーの照射範囲は一般に,レンズで屈折度数変化部分に相当する有効光学領域(opticalzone:OZ)と,移行域(transitionzone:TZ)の2領域をもって総照射領域(ablationzone:AZ)となる(図1).元来,正常角膜はいわゆる中央部がスティープ,周辺部がフラットなprolate形状をしているが,レーザー照射後の角膜は照射により中心部がフラットのoblate形状となるため1),OZの曲率のまま元来の角膜形状に接続すると,接続部分の角膜曲面における不連続性により屈折力の差が大きくなり,光学的に好ましくないため,OZだけではなく,緩やかに連結する部分(=TZ)を設定する必要がある.●OZの影響LASIK術後の不快な合併症のおもなものにハロー・グレアがあり,その発生の一因としてOZの設定が関与している可能性が指摘されている.健常成人の瞳孔径は1.5~8.0mmであり,明所ではOZが影響することはほぼないと思われる.しかし,暗所下などで散瞳している場合,OZが瞳孔径よりも小さく設定されていると,OZ周辺域およびTZ域で異常屈折や散乱などが発生し,屈折力の差や収差(とくに球面収差)などによりハロー・グレアの発生が考えられる.そのため,OZは患者の暗所瞳孔径を精査し設定する必要がある.現在,国内・海外ともに一般的にはOZは6.0~7.0mmである.OZの設定と矯正度数から,エキシマレーザー装置の種類にもよるが,コンピュータ・アルゴリズムによって計算され,TZ,AZおよび照射深度が決定される(図1).OZを大きく設定するとハロー・グレアの低減,収差(65)0910-1810/16/\100/頁/JCOPYOZAZTZAZ(乱視なし)AZ(乱視あり)照射深度S:.1.00DOZ6.50mm7.10mm9.00mm15.53μm6.00mm6.50mm8.50mm13.23μm図1OZ,TZ,AZのイメージとEX500におけるOZとAZ,照射深度の関係(EX500マニュアルより)OZ:有効光学領域,TZ:移行域,AZ:総照射領域.の減少が見込まれ,良好な視機能(とくに夜間)を保持できる可能性が大きい.だが一方では,大径OZでは前述のようにAZも拡大されるため,フラップ直径を大きく設定する必要があり,また照射深度も増大するため,hazeの発生リスク2)や医原性角膜展張症のリスク,さらにtissuesavingの面を考慮する必要がある.そのために小径フラップと小径OZの組み合わせを選択したほうがよいという説も散見され,今後も検討が必要である.また,前述のようにOZは角膜径・角膜厚・矯正度数による制約を受けるため,角膜径が小さい,角膜厚が薄い,矯正度数が大きいなど,患者によっては小径OZを選択せざるを得ない場合も存在するため,注意を要する.●臨床成績筆者らは,OZの大小による術後視機能を調査するため,強度近視患者のコントラスト感度に注目して比較を実施した.対象は2013年4月~2014年3月に当院にて完全矯正目標でLASIKを施行(エキシマレーザー:Alcon社EX500)し,術後3カ月まで経過観察可能でああたらしい眼科Vol.33,No.6,2016825 表1術後結果対象平均裸眼視力(logMAR値)AULCSFグレアOFF(5cd/m2)AULCSFグレアON(4,000cd/m2)平均瞳孔径(mm)6.5群(n=33).0.11±0.121.571.566.416.0群(n=33).0.08±0.141.581.476.10**significantdifference(p=0.016)spatialfreq図2AULCSFと術後コントラスト感度結果AULCSFは,それぞれの周波数におけるコントラスト感度からmodulationtransferfunction(MTF)を3次関数で近似して,その関数を積分することで得られるエリアの面積としてコントラスト感度を定量する方法である3).*significantdifference(p=0.0327)**significantdifference(p=0.0061)った強度近視性乱視(球面度数.6.00~.8.00D)の患者46名66眼で,後ろ向き研究を実施した.LASIK施行にあたり,OZを6.5mmに設定したもの(以下6.5群:33眼,平均等価球面度数.6.69±0.44D)と6.0mmに設定したもの(以下6.0群:33眼,平均等価球面度数.6.91±0.57D)の2群に分け,術前と術後3カ月でのコントラスト感度をコントラストグレアテスターCGT-1000(タカギセイコー)にて測定し,areaunderthelogcontrastsensitivityfunction(AULCSF)を利用して比較を行った.なお有意差検定にはMann-WhitneyU検定を使用した.術前屈折値のデータに両群間で有意差はなかった(p=0.1220).術後のAULCSFはグレアOFFでは,6.5群1.57,6.0群1.58で有意差なし(p=0.7000)であったが,グレアONでは,6.5群1.56,6.0群1.47で,6.0群が有意に(p=0.0160)低下していた(表1).術後平均裸眼視力(logMAR値)は6.5群.0.11±0.12,6.0群.0.08±0.14で有意差はなかった(p=0.2600).6.0mm群と6.5mm群では,術後視力とグレアOFFのAULCSFに有意差を認めなかった.しかし,グレアONにおいては6.0mm826あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016群のAULCSFが有意に低下していた(p=0.0061).同様に,術前後AULCSFの比較では,6.0mm群ONのみが有意に低下していた(p=0.0327)(図2).●おわりに術後コントラスト感度においては,OZはグレア下で6.5mm設定のほうが6.0mmより良好な視機能が得られることが示唆された.だが,前述のような諸問題のため,OZの設定は患者個々のデータに基づいた慎重な検討が必要である.文献1)大鹿哲郎:LASIKにおける眼光学.あたらしい眼科17:1507-1513,20002)AnthonyC,FederRS,LawrenceGetal:Chapter7Casesection.In:TheLASIKhandbook:acasebasedapproach(edbyFederRS,RapuanoCJ),p211-212,LippincottWilliams&Wilkins,Philadelphia,20073)後藤浩也:IV視機能の評価コントラスト感度.角膜トポグラファーと波面センサー(前田直之,大鹿哲郎,不二門尚編),p220-223,メジカルビュー社,2002(66)

眼内レンズ:ハイドロダイセクションを必要としないsemi-crater sculpting and split technique(S&S法)

2016年6月30日 木曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋355.ハイドロダイセクションを必要としないsemi-cratersculptingandsplittechnique(S&S法)谷口重雄小沢眼科内科病院水晶体乳化吸引術における乳化方法として,ハイドロダイセクションを必要としないsemi-cratersculptingandsplittechnique(S&S法)を考案した.本法はハイドロダイセクションに伴う合併症を回避でき,また型通りの手順で手術が可能なため有用である.●スカルプト法とS&S法水晶体乳化吸引術(phacoemulsificationandaspiration:PEA)における乳化方法として現在広く用いられているdivideandconquer(D&C)法では,.内で核を回す必要があり,核をスムースに回すためにはハイドロダイセクションが必須の操作になるが,必ずしも全例で完全に行えるものではない.そこで,核処理の前半で核を回す必要のないスカルプト法1,2)を1995年に考案し,現在までに2万件以上を行ってきた.当初はハイドロダイセクションを併用していたが,併用しない場合でも手術効率や術中合併症に差がないことがわかり,これをS&S法(semi-cratersculptingandsplittechnique)3)と改称して2015年に報告した.●手術方法①Semi.cratersculptingと核分割まず核の中央前面にUSチップ径1個分の深さに閉塞吸引で溝を作製する(図1A).溝を左右に広げて扇状(semi-crater)にチップ径2個分の深さを目安に削る.垂直の壁を作り,先端部のみ後.近くまで削る(図1B).このステップでは溝掘りモードの低い吸引圧(90mmHg)を用いることで後.の誤吸引を予防する.次に,核を左右に2分割する.壁の底で,チップで核を押さえ,フック(KuglenHook,Katena社)で払うようにして分割する(図1C).1/2核の真ん中に細い溝を作製した後,1/4の大きさに核を割る(図1D).②核乳化と残り1.2核の脱臼・回転チップの先にある2つの1/4核を瞳孔領で乳化する.核片除去モードの高い吸引圧(200~350mmHg)で,核片をチップで保持して.から引き離す(図2A).このとき,チップの下にある反対側の核片はsemi-crater状に(63)0910-1810/16/\100/頁/JCOPY削られていてスペースができているため,ハイドロダイセクションを行わなくとも,吸引による保持のみで核片を.から容易に離すことができる.核片を瞳孔領で乳化する(図2B).このステップでは核を回転させることなく半分の核を除去できる.チップの真下にある残り半分の核は,フックで.から引き離す(図2C).核片の脱臼は,ハイドロダイセクションが行われていなくても,すでに半分の核が除去されているため容易に行える..赤道部から離れた核片断面の端にフックを当て,連続円形切.(continuouscurvilinearcapsulorrhexis:CCC)の形状に沿って核を180°回して反対側に移動する(図2D).③phacochop法による核乳化チップの対側に移動させた残り半分の核は,phacochop法に準じて1/4に分割しこれを除去する.核の断面中央をチップで保持して瞳孔領に移動した後(図図1Semi.cratersculptingと核分割A:チップ径1個分の溝を作る.B:扇状(semi-crater)に削る.C:チップとフックで核を半分に割る.D:さらに割って1/4片にする.あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016823 図2核乳化と残り1.2核の脱臼・回転A:核片を瞳孔領まで引き寄せる.B:核片を乳化する.C:核を.から離す.D:核を180°回して反対側に移動する.3A),赤道部に当てたフックで挟むようにして核を分割する(図3B).1/4核片を瞳孔中央に移動して後.破.に注意して乳化する(図3C).●適応S&S法は,D&C法と同様にEmery分類のgrade2~3がよい適応となる.瞳孔領で核片を処理できるため小瞳孔例にも適している.最初の1/2核を処理する段階で,.内で核を回す操作がないため,Zinn小帯へのストレスが少ない.そのため,Zinn小帯の脆弱例や断裂例にT字型.フック(capsuleexpander,はんだや)を用いたPEAの際の核乳化法としてとくに有用である.●おわりにS&S法は,ハイドロダイセクションの出来,不出来図3phacochop法による核乳化A:核をチップで保持して瞳孔領に移動する.B:核をチップとフックで挟んで分割する.C:核片を乳化する.に左右されずに型通りの手順で手術ができるため,当院における基本術式として採用している.後.破.や前部硝子体膜バリアの破壊など,ハイドロダイセクションの合併症を回避でき,D&C法に代わる標準術式になり得ると考えている.文献1)谷口重雄,朴智華:PEAの習得法①.超音波白内障手術の修得(大鹿哲郎編),ESNOWIllustratedNo.4,p102111,メジカルビュー社,19972)谷口重雄:7スカルプト法.白内障手術パーフェクトマスター,p53-58,中山書店,20133)SodaM,YaguchiS:Phacoemulsificationwithouthydrodissection:Semi-craterandsplittechnique.CataractRefractSurg41:1132-1136,2015

コンタクトレンズ:患者とのコミュニケーション

2016年6月30日 木曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方つぎの一歩~症例からみるCL処方~監修/下村嘉一20.患者とのコミュニケーション濱野孝ハマノ眼科●はじめにコンタクトレンズ(CL)装用者の老視処方には,少なからぬ煩わしさを伴うものである.なぜならそこには,老視用CL自体の問題と,患者とのコミュニケーションの問題が存在するからである.前者については,いずれの老視用CLであっても,患者の調節力を回復させるような光学系をもっているわけではない.そして,処方の方法は単焦点CLとは異なる.一方,患者とのコミュニケーションの問題にはどのようなものがあるだろうか.患者が老視についての知識を十分もっていないこと,老視矯正方法の知識不足から矯正に抵抗感をもっていること,老視矯正による遠近の見え方が理解しにくいことなどが考えられる.本稿では,患者とのコミュニケーションが円滑に運ぶ方法を提示する.●老視への気づき日常診療において,患者から発せられる「近くが見づらい」「ピントが合うまでの時間がかかる」といった日常生活における近方の見え方への不便さや不安を察知した場合に,医師は質問を通して丁寧な説明をして信頼関係を構築していくことが,その後の老視矯正を円滑に進めるうえで重要である.患者が老視を自覚していない,もしくはそれを認めたくないとする反応を示すことも多くあるが,そのような場合においては,たとえばスマートフォン使用時の見え方や肩こりの有無,眼の疲れ1)などの日常生活における状況や症状を確認し,患者自身にも老視症状を認識してもらうことが必要になる.ただし,あらかじめ種々の検査により,その症状が老視によるものかどうかを判定しておく必要がある.近視過矯正,遠視低矯正,斜位あるいはドライアイなどが原因で,老視に似た症状が現れている場合もある.●老視症状の説明老視については,表1に示すように,「誰にでも起きる症状」「近くを見るときは目の中の筋肉が緊張して働(61)表1患者へ老視症状を説明するときの表現例・誰にでも起きる症状である・近くを見るときは目の中の筋肉が緊張して働き続けている・近くを見るときはピントを合わせようと負担がかかっている・1日中ピントを合わせようと目が疲れてしまっている・ピント合わせ,見える範囲,調節力,など表2コンタクトレンズでの老視の対応策1.コンタクトレンズと眼鏡(近用または遠用)の併用2.コンタクトレンズの球面度数を中間距離に設定3.コンタクトレンズによるモノビジョン法(優位眼を遠用,非優位眼を近用に設定)4.遠近両用コンタクトレンズの使用(文献2より引用)き続けている」などの言葉を組み合わせたり,眼球模型を使ったりして,わかりやすく説明することが大切である.なお,老視を認めたくない患者に対しては,その心理に配慮し,寄り添う姿勢で,「老視」や「老眼」という言葉を持ち出さないことが良好なコミュニケーション構築につながる.●老視の矯正方法の紹介老視症状や年齢,CL,眼鏡使用歴などをもとにして,患者にとって最適な矯正方法を選択する必要がある.CLでの老視への対応方法2)は,CLと眼鏡を併用する方法,CLの球面度数を中間距離に設定する方法,CLによるモノビジョン法3),そして遠近両用CLを使用する方法の4つが考えられる(表2).CLと眼鏡を併用する方法には,遠方視用に球面度数を設定したCL装用上に近用眼鏡を処方する方法と,近方視用に球面度数を設定したCL装用上に遠用眼鏡を処方する方法がある.CLの球面度数を中間距離に設定する方法は,調節力の不足分を補うために球面度数を遠方度数よりもプラス側に設定し,遠方の見え方がやや不良となることと引き換えに,日常生活にあまり不便のない近方の見え方が得あたらしい眼科Vol.33,No.6,20168210910-1810/16/\100/頁/JCOPY 822あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(00)られるようにする方法である.モノビジョン法とは,眼の調節力が減衰したときに,片眼は遠方が,他眼は近方が見やすくなるように左右それぞれの明視域をずらして,両眼解放時の明視域を広げる方法である.通常は優位眼を遠方,非優位眼を近方用として矯正する.両眼に単焦点CLを使用する方法だけでなく,単焦点CLと遠近両用CL,あるいは両眼に遠近両用CLを使用する方法もある.遠近両用CLの使用は,調節力の不足分を補うために,近方視用に加入度数を設定した遠近両用CLを両眼に処方する方法である.屈折状態により満足度は異なる4)が,近年,利用できるCLの適応範囲が広がっている.遠近両用CLはその光学特性から,単焦点CLや眼鏡とは見え方の質が異なる.このような遠近両用CLの特性を理解して処方することが,患者満足度を高めるために必要である.●おわりに老視患者が見たい対象が何であるか,距離はどれくらいか,頻度や時間はどれくらいかなどを患者から具体的に聞き取ることは,それに続く視力矯正を円滑に進め,良好なコミュニケーションを構築するうえで大切である.文献1)井手武:老視と眼の疲れ.あたらしい眼科27:309-315,20102)塩谷浩:老視.あたらしい眼科32:1427-1428,20153)濱野孝,濱野保,濱野啓子ほか:モノビジョン法による老視対策─毎日使い捨てソフトコンタクトレンズを用いて─.日コレ誌57:24-28,20154)渡邉潔:遠近両用ソフトコンタクトレンズの処方方法(2).あたらしい眼科7:971-972,2008☆☆☆ZS970あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(00)られるようにする方法である.モノビジョン法とは,眼の調節力が減衰したときに,片眼は遠方が,他眼は近方が見やすくなるように左右それぞれの明視域をずらして,両眼解放時の明視域を広げる方法である.通常は優位眼を遠方,非優位眼を近方用として矯正する.両眼に単焦点CLを使用する方法だけでなく,単焦点CLと遠近両用CL,あるいは両眼に遠近両用CLを使用する方法もある.遠近両用CLの使用は,調節力の不足分を補うために,近方視用に加入度数を設定した遠近両用CLを両眼に処方する方法である.屈折状態により満足度は異なる4)が,近年,利用できるCLの適応範囲が広がっている.遠近両用CLはその光学特性から,単焦点CLや眼鏡とは見え方の質が異なる.このような遠近両用CLの特性を理解して処方することが,患者満足度を高めるために必要である.●おわりに老視患者が見たい対象が何であるか,距離はどれくらいか,頻度や時間はどれくらいかなどを患者から具体的に聞き取ることは,それに続く視力矯正を円滑に進め,良好なコミュニケーションを構築するうえで大切である.文献1)井手武:老視と眼の疲れ.あたらしい眼科27:309-315,20102)塩谷浩:老視.あたらしい眼科32:1427-1428,20153)濱野孝,濱野保,濱野啓子ほか:モノビジョン法による老視対策─毎日使い捨てソフトコンタクトレンズを用いて─.日コレ誌57:24-28,20154)渡邉潔:遠近両用ソフトコンタクトレンズの処方方法(2).あたらしい眼科7:971-972,2008☆☆☆ZS970

写真:進行したMooren潰瘍に対する角膜上皮形成術

2016年6月30日 木曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦385.進行したMooren潰瘍に対する米田亜規子外園千恵京都府立医科大学眼科学教室角膜上皮形成術図2図1のシェーマ①輪部結膜充血および毛様充血②急峻に掘れ込む潰瘍③細胞浸潤図1術前の所見(83歳,女性,左眼)鼻側角膜周辺部に急峻に掘れ込む潰瘍を認め,輪部結膜充血と毛様充血を伴う.潰瘍底に細胞浸潤がみられる.図3術前の所見潰瘍部に一致して上皮欠損を認める.図4角膜上皮形成術施行後2週間潰瘍底を掻爬した後,7-12時方向輪部に2片のlenticuleを縫着した.鼻側の毛様充血,潰瘍部への細胞浸潤は消失した.(59)あたらしい眼科Vol.33,No.6,20168190910-1810/16/\100/頁/JCOPY 図5他のMooren潰瘍の症例で施行した前眼部光干渉断層計の所見(62歳,男性,左眼)潰瘍部に強い菲薄化を認める.潰瘍の深さや進行度合の評価には前眼部光干渉断層計が有用である.症例は83歳女性で,1カ月前からの右眼視力低下を主訴に当科を受診した.左眼には自覚症状を認めなかったものの,両眼の毛様充血および両鼻側角膜の周辺部潰瘍を認め,両Mooren潰瘍と診断された(図1,2).初診時よりベタメタゾンの内服および点眼,およびシクロスポリンの内服治療が開始されたが,所見の改善は得られなかった.内科的治療のみでは治療困難と判断して,初診から3週間後に角膜上皮形成術を施行した.Mooren潰瘍は,角膜周辺部に難治性潰瘍を生じる疾患であり,リウマチ性角膜潰瘍やカタル性角膜潰瘍といった他の周辺部角膜病変を呈する疾患との鑑別が必要となる.本疾患は眼科手術や化学外傷などが誘因となって生じることが多く,外的要因を契機に放出された角膜組織抗原に対し,自己抗体が産生されて生じると考えられている.初期は比較的浅い周辺部潰瘍を呈するためカタル性角膜潰瘍と類似するが,次第にundermining(角膜実質が表面よりもやや下で深く掘れ込んだような所見)やoverhangingedge(潰瘍縁が周辺部へ鋭角に突出する所見)といった特徴的な潰瘍像を呈するようになる.一方,リウマチ性角膜潰瘍とも潰瘍所見が類似しているが,リウマチ性ではしばしば強膜炎や強膜融解を伴うのに対して,Mooren潰瘍は強膜に病変を伴わず,毛様充血が主体となる.周辺部角膜潰瘍を認めても毛様充血が主体で結膜充血が軽微な症例では,低濃度ステロイドによる治療が漫然と行われるうちに角膜穿孔に至る場合がある.Mooren潰瘍は耳側,鼻側の順に発症頻度が高く,上方は少ないとされており,全周性に発展する例は全体の6%と少ないことが報告されている1).Mooren潰瘍の治療では,ステロイド薬や免疫抑制薬の局所および全身投与を行うが,内科的治療で十分な効果が得られない場合は外科的治療の適応となり,潰瘍底の掻爬と角膜上皮形成術(keratoepithelioplasty:KEP)が有効である2).健常な角膜実質とBowman膜を移植することで,炎症細胞の浸潤および結膜組織の強膜側からの侵入を防ぐ生物学的ブロック効果があると考えられている3).また,治療用ソフトコンタクトレンズの連続装用も潰瘍の進行予防ならびに再発予防に効果的であり,涙液中の免疫担当細胞と角膜組織の接触を減らすことがその奏効機序として考えられている.文献1)SrinivasanM,ZegansME,ZelefskyJRetal:ClinicalcharasteristicsofMooren’sulcerinSouthIndia.BrJOphthalmol91:570-575,20072)木下茂,大橋裕一:Mooren潰瘍の病態と治療.眼紀41:2055-2061,19903)KinoshitaS,OhashiY,OhjiMetal:Long-termresultsofkeratoepithelioplastyinMooren’sulcer.Ophthalmology98:438-445,1991820

屈折矯正における涙液層の重要性

2016年6月30日 木曜日

特集●屈折矯正を見直す!あたらしい眼科33(6):813.818,2016特集●屈折矯正を見直す!あたらしい眼科33(6):813.818,2016屈折矯正における涙液層の重要性ImportanceofTearFilminRefractiveCorrection高静花*はじめにまばたきを我慢したまま眼を開けているとだんだんと見づらくなってくるが,まばたきをするときれいに見えるようになった……あるいは,まばたきした直後からはっきりと見づらく,そのまま見ていても見えづらく,再度まばたきをする……といったような経験はないだろうか.眼球の最表層に位置する涙液層は,角結膜の湿潤性の維持,眼表面の感染防御,角結膜への物質の供給といった生理学的な働きに加えて,瞬目による光学面の形成といった光学的に重要な役割を果たす.しかも,常に外部環境(空気)にさらされ,風,湿度などの外部環境の変化,瞬目によってその量や質が変化し得るという特徴をもつ.近年,眼科臨床においては,視覚の質の評価の重要性が広く認識され,各種疾患および手術アウトカムの評価として,従来の視力検査だけでなく,より正確に総合的な視覚の質を評価することが求められている.また,罹患患者数が増加しつつあるドライアイにおいて,視機能異常を伴うことがドライアイの定義1)に含まれるようになり,屈折矯正における涙液層の重要性がより強く認識されるようになってきている.本稿においては,筆者らの施設がこれまでに行ってきたさまざまな涙液動態と視機能に関する研究を基に,屈折矯正における涙液層の重要性について述べる.I涙液と眼の光学的特性に影響を及ぼすものこれまで,涙液が眼の光学的特性に及ぼす影響については,コントラスト感度,角膜形状解析装置,高次収差測定,散乱測定などを用いた研究がなされてきた.今回の「屈折矯正」というテーマにおいては,眼球全体の光学的特性に影響を与えうる主たるものと考えられる収差と散乱に焦点を置く.また,涙液の影響を考える場合,涙液に接する角膜前面(おもに角膜上皮あるいは角膜表層)も考慮する必要がある.II収差1.高次収差とは収差は低次収差と高次収差に分けられる.低次収差とは従来の視力検査で検出でき,また眼鏡で矯正が可能である近視,遠視,乱視などに該当し,高次収差は従来の視力検査では検出できず,眼鏡で矯正することができない不正乱視に該当する(図1).収差の定量評価は波面センサーを用いて行うことができる.高次収差を定量的に成分解析して定性的に収差マップで表現できるため,眼科のさまざまな疾患において見え方を客観的に評価することが可能である.角膜形状解析を備えたものや,収差の連続測定機能を搭載したものなど,さまざまな種類がある.なお,高次収差はその由来により3つに分けられ,目的に応じて定量測定評価される.*ShizukaKoh:大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室〔別刷請求先〕高静花:565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(53)813 低次収差(球面,乱視)高次収差-6-5-4-3-2-10123456mnZnm0123456コマ様収差:S3+S5球面様収差:S4+S6全高次収差:S3+S4+S5+S62次収差(低次収差)3次収差(S3)4次収差(S4)5次収差(S5)高次収差6次収差(S6)低次収差(球面,乱視)高次収差-6-5-4-3-2-10123456mnZnm0123456コマ様収差:S3+S5球面様収差:S4+S6全高次収差:S3+S4+S5+S62次収差(低次収差)3次収差(S3)4次収差(S4)5次収差(S5)高次収差6次収差(S6)図1波面収差の定量解析波面収差の定量解析ではZernike多項式が用いられる.Zernike係数の値は収差の大きさを示す.右上のシェーマで,高次収差と低次収差のざっくりとした概念を示す. あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016815(55)図2涙液層破綻が高次収差に与える影響涙液層破綻後には,スポットパターンに乱れがみられ,また高次収差マップにも変化が生じている.涙液層破綻後には,高次収差が有意に増加している.(文献2より改変引用)0.6RMS(μm)高次収差*:p<0.01,pairedt-test**:p<0.05,pairedt-test■BeforeBreak-up■AfterBreak-up0.50.40.30.20.10.0********Coma-likeSpherical-likeTotalComa-likeSpherical-likeTotal(Central4mm)(Central6mm)スポットパターン高次収差マップ瞬目直後涙液層破綻後瞬目瞬目132456789瞬目後(秒)高次収差マップ132456789瞬目瞬目瞬目後(秒)高次収差マップのこぎり型安定型図3正常眼における見え方の変化:安定型とのこぎり型(文献3より引用)図2涙液層破綻が高次収差に与える影響涙液層破綻後には,スポットパターンに乱れがみられ,また高次収差マップにも変化が生じている.涙液層破綻後には,高次収差が有意に増加している.(文献2より改変引用)0.6RMS(μm)高次収差*:p<0.01,pairedt-test**:p<0.05,pairedt-test■BeforeBreak-up■AfterBreak-up0.50.40.30.20.10.0********Coma-likeSpherical-likeTotalComa-likeSpherical-likeTotal(Central4mm)(Central6mm)スポットパターン高次収差マップ瞬目直後涙液層破綻後瞬目瞬目132456789瞬目後(秒)高次収差マップ132456789瞬目瞬目瞬目後(秒)高次収差マップのこぎり型安定型図3正常眼における見え方の変化:安定型とのこぎり型(文献3より引用) 瞬目直後瞬目4秒後瞬目8秒後瞬目8秒後瞬目瞬目瞬目後123456789(秒)高次収差マップ図4BUT短縮型ドライアイにおける見え方(文献4より改変引用)瞬目瞬目123456789(秒)高次収差マップ図5角膜中央部に上皮障害がある涙液減少型ドライアイにおける見え方(文献5より改変引用) 後方散乱前方散乱入射光と反対方向に入射光の方向に散乱する光散乱する光入射光図6前方散乱と後方散乱 -

角膜内リング(ICRS)による不正乱視治療

2016年6月30日 木曜日

特集●屈折矯正を見直す!あたらしい眼科33(6):807.812,2016特集●屈折矯正を見直す!あたらしい眼科33(6):807.812,2016角膜内リング(ICRS)による不正乱視治療TreatmentofIrregularAstigmatismwithIntracornealRingSegments荒井宏幸*はじめに角膜リング治療の目的は,主として突出により高度に変形した角膜の形状を,扁平化させることにより,より正常に近い形状に戻そうとするものである.現在,主として円錐角膜およびLASIK後の角膜エクタジアに応用されている.円錐角膜は基本的に,両眼性・進行性・非炎症性であり,角膜曲率の縮小と角膜の菲薄化を特徴とする疾患である.軽度から中等度の進行例までは,HCL(hardcontactlens)の装用によって矯正視力を確保することが可能であるが,高度の進行例ではHCLの装用が困難なばかりでなく,菲薄部のDescemet膜破裂やHCLとの擦過による瘢痕形成により,矯正視力は著しく不良となる.最近までは,進行した円錐角膜に対する外科的な治療としては,角膜移植(epi-keratoplastyを含む)が唯一の方法であった.ところが2000年にColinらによって,それまで軽度近視に対する手術に用いられていたICRS(intracornealringsegments)を円錐角膜眼に応用した報告があり,それ以降多くの臨床報告がなされるようになった1,2).今回は,筆者らの自験例をもとに,手術の方法や結果なども含めて述べる.また,近年ではリボフラビン(ビタミンB6)を角膜に浸透させ,紫外線を照射することによって,角膜実質コラーゲンの架橋構造を増やす「角膜クロスリンキング法」が開発され,円錐角膜や角膜エクタジアの進行予防に応用されている.しかし,角膜クロスリンキング法では角膜形状は変化しないため,矯正視力の確保には角膜内リングとの併施が必要である.IICRSの種類(図1)1.IntacsRとIntacsRSK(Additiontechnology社)本来,軽度近視(.4.0D未満)に対する屈折矯正手術用に考案・開発された.角膜中心部に侵襲を加えないため,LASIKやPRK(photorefractivekeratectomy)におけるグレアなどの合併症が少ないことが利点として考えられていたが,マニュアル法による手術操作が煩雑なことと,乱視矯正ができないことなどにより普及することはなかった.円錐角膜や角膜屈折矯正手術後の角膜エクタジアに対しての効果が確認されて以降,少しずつ普及し,フェムトセカンドレーザーの出現により,多くの屈折矯正手術施設にて導入され始めている.IntacsRは従来からのモデルで,素材はPMMAであり,2つのリングの内径(オプティカルゾーン)は6.8mmである.2006年より進行性の円錐角膜およびエクタジアに対して使用するIntacsRSKが開発された.PMMAの断面形状を改良し,リングの内径は6.0mmであるため,より強い角膜の扁平化が期待できる.角膜のK値がおおむね55D以上であれば,IntacsRSKを使用するケースが多いが,事前に角膜形状の三次元解析データをAdditiontechnology社に送れば,適切なリングの種類と留置部位をアドバイスしてもらうことが可能である.*HiroyukiArai:みなとみらいアイクリニック〔別刷請求先〕荒井宏幸:〒220-6208神奈川県横浜市西区みなとみらい2-3-5クイーンズタワーC8Fみなとみらいアイクリニック0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(47)807 Intacs.Intacs.SKKeraRing./FerraraRing.Intacs.Intacs.SKKeraRing./FerraraRing.図1各ICRSの前眼部写真左上のIntacsRから右上のIntacsRSK,KeraRingR/FerraraRingRの順に光学部径が小さくなっているのがわかる.瞳孔径に近いほど,角膜変形作用は大きくなるが,暗所におけるグレアの起こる頻度も高くなる.2.FerraraRingR(AJL社)とKeraRingR(Mediphacos社)進行性の円錐角膜に対する角膜扁平化を目的として開発されたICRSである.2社から発売されているが,リングそのものは同じものである.リングの長さ,内径の角度にさまざまなバリエーションがある(図2).頻用されるのは,90°または120°で内径が5mmのタイプを1対使用する方法であり,強力な角膜扁平化効果が期待できる一方,リングの留置部位が瞳孔中心に近いため,センタリングや暗所時瞳孔径の判定などを慎重に行わないと,強いグレアを起こす可能性がある.FerraraRingRにおける目標点は,角膜のQ値(離心率)の改善である.Q値の改善により,良好な裸眼視力または眼鏡による矯正視力を得ることがノモグラムの基本原理となっている.808あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016210°160°150°120°90°図2FerraraRingRのバリエーション角膜の変形度に応じて1つまたは1対のリングを用いる.リングの内径は5.6mmである.II手術方法手術方法はIntacsRおよびIntacsRSKでもFerraraRingRでも手順は同じである.以下にその手術方法を述べる.フェムトセカンドレーザーが導入される以前は,マニュアル法により挿入していたが,より正確な深さと(48) 図4ICRS術中の挿入時の様子対側はすでに挿入されている.図3フェムトセカンドレーザーによるICRS挿入のためのグルーブ作製の様子紫のラインは挿入方向のマーキングである. 図5自験例の術前トポグラフィー下方に特徴的な急峻部を認める.図6図5の症例の術後1カ月のトポグラフィー図7突出度に応じて弱主径線方向に挿入されたICRS瞳孔領は扁平化しており,下方の急峻部は消失している.上下でリングのサイズは異なるものが選択されている. あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016811(51)表1解析の対象症例116例145眼(男性89例109眼,女性27例36眼)手術期間2003年1月.2013年10月観察期間1年.10.7年平均年齢35.6歳手術方法Manual法69眼,Femtosecondlaser法76眼男性の症例が女性の約3倍であった.2009年3月以降はすべてfemtosecondlaser法による.表2対象のStage別症例数Satge1Stage2Stage3Stage4合計円錐角膜11282750116ペルーシド変性321713角膜エクタジア194216合計15393259145病気分類はEdwardsetal.2001による.重傷度の高いStage4の症例数が多いことがわかる.00.511.522.5全症例S1~3S4術前術後角膜形状解析SRI(surfaceregularitiyindex)の変化*****図8角膜形状解析(SRI)の結果SRIはTMSR(トーメーコーポレション社製)による.術前に比べ有意に形状が改善していることがわかる.*p<0.0001**p<0.01t-test00.511.522.533.544.5全症例S1~3S4術前術後角膜形状解析SAI(surfaceasymmetryindex)の変化正常0.41未満異常疑い0.42~0.49異常0.50以上*****図9角膜形状解析(SAI)の結果SAIはTMSR(トーメーコーポレション社製)による.術前に比べ有意に形状が改善していることが正常域とは大きな差がある.*p<0.001**p<0.01t-test0%10%20%30%40%50%60%70%80%90%100%2段階以上改善変化なし(+1~-1)2段階以上低下1W1M3M6M1Y2Y3Y4Y5Y6Y7Y8Y9Y10Y図10術後矯正視力の変化術後安定である6カ月以降において,おおむね50%程度の症例に2段階以上の改善が認められている.症例数は各時期にて異なる.術前術後0.01(0.4×-6.0C-4.5×10)0.5(0.8×cyl-3.5DA×50)上方150/160下方250/160図11FerraraRingRによる術前後の形状変化ペンタカムR(Oculus社)による術前後の形状解析である.Q値(離心率)が.1.04から.0.31まで改善し,矯正視力の改善が得られている(Q値の正常値は.0.23付近である).表1解析の対象症例116例145眼(男性89例109眼,女性27例36眼)手術期間2003年1月.2013年10月観察期間1年.10.7年平均年齢35.6歳手術方法Manual法69眼,Femtosecondlaser法76眼男性の症例が女性の約3倍であった.2009年3月以降はすべてfemtosecondlaser法による.表2対象のStage別症例数Satge1Stage2Stage3Stage4合計円錐角膜11282750116ペルーシド変性321713角膜エクタジア194216合計15393259145病気分類はEdwardsetal.2001による.重傷度の高いStage4の症例数が多いことがわかる.00.511.522.5全症例S1~3S4術前術後角膜形状解析SRI(surfaceregularitiyindex)の変化*****図8角膜形状解析(SRI)の結果SRIはTMSR(トーメーコーポレション社製)による.術前に比べ有意に形状が改善していることがわかる.*p<0.0001**p<0.01t-test00.511.522.533.544.5全症例S1~3S4術前術後角膜形状解析SAI(surfaceasymmetryindex)の変化正常0.41未満異常疑い0.42~0.49異常0.50以上*****図9角膜形状解析(SAI)の結果SAIはTMSR(トーメーコーポレション社製)による.術前に比べ有意に形状が改善していることが正常域とは大きな差がある.*p<0.001**p<0.01t-test0%10%20%30%40%50%60%70%80%90%100%2段階以上改善変化なし(+1~-1)2段階以上低下1W1M3M6M1Y2Y3Y4Y5Y6Y7Y8Y9Y10Y図10術後矯正視力の変化術後安定である6カ月以降において,おおむね50%程度の症例に2段階以上の改善が認められている.症例数は各時期にて異なる.術前術後0.01(0.4×-6.0C-4.5×10)0.5(0.8×cyl-3.5DA×50)上方150/160下方250/160図11FerraraRingRによる術前後の形状変化ペンタカムR(Oculus社)による術前後の形状解析である.Q値(離心率)が.1.04から.0.31まで改善し,矯正視力の改善が得られている(Q値の正常値は.0.23付近である). 812あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(52)という報告もされている4,5).本来であれば,思春期において早期の段階にて診断がつけば,角膜変形による不正乱視を起こす前にクロスリンキング法にて進行を止めることがもっとも有効な手段であろう.また,屈折矯正手術を施術する者にとって,円錐角膜やエクタジアは避けて通れないものであって,ICRSは外科的なアプローチの一つとして必要な手技であると考える.文献1)ColinJ,CochenerB,SavaryGetal:Correctingkerato-cornuswithintracornealrings.JCataractRefractSurg26:1117-1122,20002)SiganosCS,KymionisGD,KartakinsNetal:ManagementofkeratocornuswithIntacs.AmJOphthalmol135:64-70,20033)HellstedtT,MakelaJ,UnsitaloRetal:Treatingkerato-conuswithintacscornealringsegments.JRefractSurg21:236-246,20054)CoskunsevenE,JankovMR2nd,HafeziFetal:Effectoftreatmentsequenceincombinedintrastromalcornealringsandcornealcollagencrosslinkingforkeratocornus.JRefractSurg35:2084-2091,20095)YeungSN,KuJY,LichtingerAetal:Efficacyofsingleorpairedintrastromalringsegmentimplantationcom-binedwithcollagencrosslinkinginkeratocornus.JCata-ractRefractSurg39:1146-1151,2013V考按と今後の展望不正乱視の治療にはHCLが用いられることが一般的であるが,その対象となるのは,円錐角膜およびその類似疾患である.これらの疾患に対してエキシマレーザーは禁忌である.HCL装用が可能であれば問題がないが,コンタクトレンズ不耐となった場合には生活に必要な視力を確保する手段がない.最終的には角膜移植という手段になるが,感染や拒絶反応などの避けられない合併症も存在する.今回紹介したICRSは,術後の視力や角膜形状などの予測性において今後の研究の結果を待たねばならない点も多くあるが,角膜強度の増加による進行予防と角膜中央部の扁平化によるコンタクトレンズ装用の容易化という大きなメリットがあることも事実である.この点はLASIK後のエクタジアにも応用されている.また,前述したように,ICRS挿入により眼鏡矯正視力が良好になれば,phakicIOLを挿入して日常生活に十分な裸眼視力を得る可能性もあり,実際に筆者らの施設ではICRS手術を受けた患者の50%以上がphakicIOLを希望する.また,最近では角膜コラーゲンのクロスリンキング法が確立されつつあり,角膜厚が適応範囲にある円錐角膜やエクタジアに対して,ICRSと組み合わせて行うことによって,より安定した術後経過が得られる

多重焦点眼鏡による近視進行抑制

2016年6月30日 木曜日

特集●屈折矯正を見直す!あたらしい眼科33(6):801.805,2016特集●屈折矯正を見直す!あたらしい眼科33(6):801.805,2016多重焦点眼鏡による近視進行抑制MultifocalSpectaclesforControllingMyopiaProgression神田寛行*不二門尚*I近視進行抑制の意義文部科学省の最新の調査報告によると,裸眼視力1.0未満の小学生の割合は30.97%,中学生では54.05%と報告されている(平成27年度学校保健統計調査より).この割合は,年々増加の一途をたどっている.とくに今回の小学生の結果は過去最高を記録しており,30年前と比べて約1.7倍,10年前と比べても約1.2倍多い.おそらく,この裸眼視力低下の要因は,近視によるものが大半を占めると推察される.世界的にみても近視人口の割合は増加傾向を示している.Holdenらによるメタ解析によると,2000年の時点の近視の有病率が22.9%(推定値)に対して,2050年には全世界の49.8%の人々が近視に罹患すると予測されている1).社会の環境の変化が近視人口の増加に影響しているものと推察される.近視進行に伴う生体への影響は,単に裸眼視力の低下だけに留まらない.強度近視によって眼軸長が著しく延長した場合,眼球後極部の変形に伴い脈絡膜新生血管や黄斑円孔網膜.離などの近視性網膜症を発症する2).いわゆる病的近視である.障害者手帳の新規認定者を対象とした調査によると,第一級視覚障害(失明)に認定された方々の障害原因疾患のなかで病的近視は第4位(6.5%)を占める3).近視性網膜症はある一定の近視度数を超えると必ず発生するというものではなく,近視度数が大きくなるにつれ徐々に罹患率が上昇することが報告されている4).このほかにも,近視は正常眼圧緑内障や網膜.離など失明につながるさまざまな眼疾患のリスクファクターとしても知られている4).これらの事実は,最終的な近視の程度を低く抑えることができれば,その後の重度視覚障害のリスク軽減につながる可能性を示唆している.これが近視進行抑制の意義の一つである.さらに,単純近視の状態でも視機能の低下や網膜の構造変化をきたすことが近年の研究によって明らかになりつつある.たとえば,Stoimenovaらによると近視度数が高いほどコントラスト感度が低下する5).近視に伴うコントラスト感度低下の直接的な原因は未だ不明である.しかし,北口らは補償光学眼底カメラの試作機を用いて健康な成人被験者の視細胞密度を調査したところ,「近視度数と視細胞の密度」および「眼軸長と視細胞の密度」共に負の相関関係が認められたと報告している6).つまり,単純近視の状態であっても近視の程度が強いほど視細胞密度が低下することから,眼軸長延長によって生じた視細胞密度低下が網膜機能の低下を引き起こし,その結果コントラスト感度低下を生じたのではないかと考えることもできる.いずれにしても,単純近視であっても最終的な近視の程度をできるだけ小さく抑さえることは,視機能維持の点で重要あるといえよう.II網膜像のdefocusが近視進行に与える影響これまでに近視の発生機序を解明する目的で動物モデルを用いた研究が数多く行われてきた.それらの研究結*HiroyukiKanda&*TakashiFujikado:大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学教室〔別刷請求先〕神田寛行:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学教室0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(41)801 802あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(42)付加するとヒヨコ同様に眼軸長延長が促される9).LIMの実験結果は,網膜がdefocusの方向性を検知し,とくに遠視性のdefocusによって眼軸長延長が促されることを示している.それでは日常の環境において遠視性defocusはどのような要因で生じるのであろうか.その一つは近方視時に生じる調節ラグである.調節ラグとは調節力が十分にある若年者においても,近方視時に必要調節量よりも調節反応量が小さくなる状態のことである(図2).この生理的な低調節により,焦点が網膜後方にずれて,遠視性defocusを生む.Gwaizdaらは,近視学童では調節ラグが大きいことを報告し,この調節ラグが近視進行の要因ではないかと報告している10).遠視性defocusを生むもう一つの要因は,軸外収差である.多くの場合,視力を司る網膜黄斑部に比べて網膜周辺部では相対的に屈折度が遠視側にシフトしている(図3).この現象は近視眼によくみられる.加えて,一般の眼鏡レンズやコンタクトレンズは黄斑部の屈折矯正果から,“Blurtheory”が有力な説の一つとして受け入れられるようになった.これは,ピントの合っていないぼやけた網膜像,つまりdefocusした網膜像が眼軸長延長を促すというものである.この説の根拠となる代表的な研究に,ヒヨコを使った実験近視の研究がある7,8).成長過程のヒヨコの眼前に半透明の遮蔽板を装着して網膜像をdefocusさせた状態で飼育すると,眼軸長が延長し近視が誘発される.また,遮蔽板の代わりにレンズを使って網膜像をdefocusさせても,近視が誘発される.前者の実験近視は視性刺激遮断近視(form-deprivationmyopia:FDM),後者はレンズ誘発性近視(lens-inducedmyopia:LIM)とよばれる.正視眼にマイナスレンズを装用すると平行光線束は網膜後方に焦点を結び,遠視と同じ状況となる(図1a).一方,プラスレンズを装用すると網膜前方に焦点を結び,近視と同じ状況となる(図1b).興味深いことに,ヒヨコにおけるLIMではマイナスレンズを付加すると眼軸長が延長し,プラスレンズを付加すると眼軸長が短縮する8).霊長類を用いた研究ではプラスレンズ付加に伴う眼軸長短縮はみられないものの,マイナスレンズを図1レンズで生じるdefocusa:正視眼にマイナスレンズを装用すると遠視性defocus(点線部)を生む.b:正視眼にプラスレンズを装用すると近視性defocus(点線部)を生む.遠視性defocus近視性defocusab図2調節刺激に対する調節反応の例(9歳,女児)オートレフラクトメータの内部固視標を用いて調節刺激を行い,生じた調節反応をオートレフラクトメータで計測した.図中の灰色点が調節反応を示し,黒線が調節必要量を示す.調節必要量よりも調節反応がわずかに小さくなっていることがわかる(→).この生理的な低調節を調節ラグとよぶ.NIDEK製オートレフラクトメータARK-1sを用いて測定.-9-8-7-6-5-4-3-2-10-9-8-7-6-5-4-3-2-10調節反応(D)調節刺激(D)調節ラグ図1レンズで生じるdefocusa:正視眼にマイナスレンズを装用すると遠視性defocus(点線部)を生む.b:正視眼にプラスレンズを装用すると近視性defocus(点線部)を生む.遠視性defocus近視性defocusab図2調節刺激に対する調節反応の例(9歳,女児)オートレフラクトメータの内部固視標を用いて調節刺激を行い,生じた調節反応をオートレフラクトメータで計測した.図中の灰色点が調節反応を示し,黒線が調節必要量を示す.調節必要量よりも調節反応がわずかに小さくなっていることがわかる(→).この生理的な低調節を調節ラグとよぶ.NIDEK製オートレフラクトメータARK-1sを用いて測定.-9-8-7-6-5-4-3-2-10-9-8-7-6-5-4-3-2-10調節反応(D)調節刺激(D)調節ラグ 3.00a2.00通常の単焦点レンズ遠視性defocus1.000.00-1.00右眼-2.00左眼-3.00-4.00-5.00-6.00等価球面屈折度数(D)視軸からのずれ量図3視軸からのずれ量と屈折度の関係の例(11歳,男児)青線は右眼の結果を,赤線は左眼の結果を示す.視軸から大きくずれるほど屈折度がプラス側にシフトしている様子がわかる.これはすなわちち,網膜周辺部は網膜黄斑部に比べて相対的に遠視側にシフトしていることを表している.グランドセイコー(現:シギヤ製作所GS事業部)製,両眼開放型オートレフラクトメータWR-5100Kを用いて測定.b軸外収差補正レンズ図4近視眼に対する屈折矯正時の結像状態を示す模式図a:単焦点レンズを使用した場合,網膜周辺部で遠視性defocusが生じる(点線部).b:軸外収差補正レンズでは,網膜周辺部の遠視性defocusは軽減されるように設計されている. abLensLenscontrolcontrol0.01.0MyoVisionMyoVision0.8平均眼軸長(mm)-0.5平均屈折度(D)0.6-1.00.4-1.50.2-2.0.0.5装用期間(年)エラーバー:95%信頼区間1.51.02.00.0.0.5装用期間(年)エラーバー:95%信頼区間1.51.02.0図5MyovVsionに対するの多施設共同臨床試験の結果a:屈折度の変化量の推移を示す.青線は単焦点レンズ装用群(比較対照)の結果,緑線はMyoVision装用群の結果を示す.b:眼軸長の変化量の推移を示す.こちらも同様に青線は単焦点レンズ装用群,緑線はMyoVision装用群を示す.屈折度および眼軸長共に両群の平均値に有意な差を認めなかった(エラーバーは95%信頼区間を示す).さらに18カ月の経過観察が行われた.試験の結果,PALは単焦点レンズに比べて,統計学的に有意な近視抑制効果を認めた.近視抑制効果は1年間あたり平均0.17Dだった.これは近視進行抑制率で約15%に相当する.国外でもPALを用いた臨床試験の結果は複数報告されており,それらのメタ解析の結果によるとPALの近視抑制効果は95%信頼区間で0.07.0.25D/年とのことである13).これは統計学的に有意な差ではあるが,臨床的に治療に用いるには効果はまだ十分とはいえない.2.軸外収差抑制レンズを用いた近視進行抑制の臨床研究CarlZeiss社は軸外収差抑制レンズとしてMyoVisionを開発した.MyoVisionは同心円状にプラスの加入度数が追加され,周辺部に行くほどに度数が強くなる.このレンズを使った眼鏡を装用して正面視をした場合,レンズ周囲の加入度数により網膜周辺部の焦点は前側に移動する(図4b).これにより,単焦点レンズでは解決できなかった網膜周辺部の遠視性defocusを矯正できると考えられている.PALとは使い方が異なり,MyoVi-804あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016sionでは遠方視時も近方視時もレンズ中心を使って対象物を見る.MyoVisionの臨床試験については中国人の小児(6.16歳)210名に対して前向き臨床試験が行われた14).この臨床試験では3種類のMyoVision(TypeI,II,III)について評価が実施された.TypeIとTypeIIのデザインは累進帯がレンズ中心を取り囲む回転対称となっており,それぞれの加入度数は+1Dと+2Dである.一方,TypeIIIはレンズ中央部に球面設計の部分の領域を有し,また累進帯の形状は非対称な環状となっている(加入度数は+1.9D).被験者は無作為にMyoVisionTypeI装用群(50名),TypeII装用群(60名),TypeIII装用群(50名),そして単焦点レンズ装用群(比較対照)(50名)の4群に割付けされ,12カ月間の経過観察が行われた.その結果,全体では統計学的に有意な近視抑制効果は認められなかったが,TypeIII装用群のサブグループ(50人中19人)で有意な近視抑制が認められた.このサブグループは,年齢が6.12歳で両親のうち少なくとも1人が近視であるという条件に該当する被検者群である.この群に対する近視進行抑制効果は単焦点レンズ装用群と比較して0.29D/年だった(抑制率で(44) あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016805(45)文献1)HoldenBA,FrickeTR,WilsonDAetal:Globalpreva-lenceofmyopiaandhighmyopiaandtemporaltrendsfrom2000through2050.Ophthalmology00:00-00,20162)生野恭司:強度近視に伴う眼底疾患治療の進歩.日本眼科学会雑誌117:325-327,20133)中江公裕,増田寛次郎,妹尾正ほか:わが国における視覚障害の現状.厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業網脈絡膜萎縮・視神経萎縮に関する研究,平成17年度総括分担研究報告書,20064)FlitcroftDI:Thecomplexinteractionsofretinal,opticalandenvironmentalfactorsinmyopiaaetiology.ProgRetinEyeRes31:622-660,20125)StoimenovaBD:Theeffectofmyopiaoncontrastthresh-olds.InvestOphthalmolVisSci48:2371-2374,20076)KitaguchiY,BesshoK,YamaguchiTetal:Invivomea-surementsofconephotoreceptorspacinginmyopiceyesfromimagesobtainedbyanadaptiveopticsfunduscam-era.JpnJOphthalmol51:456-461,20077)WallmanJ,TurkelJ,TrachtmanJetal:Extrememyopiaproducedbymodestchangeinearlyvisualexperience.Science201:1249-1251,19788)FujikadoT,KawasakiY,SuzukiAetal:Retinalfunctionwithlens-inducedmyopiacomparedwithform-depriva-tionmyopiainchicks.GraefesArchClinExpOphthalmol235:320-324,19979)SmithEL3rd,HungLF:Theroleofopticaldefocusinregulatingrefractivedevelopmentininfantmonkeys.VisionRes39:1415-1435,199910)GwiazdaJ,ThornF,BauerJetal:Myopicchildrenshowinsufficientaccommodativeresponsetoblur.InvestOph-thalmolVisSci34:690-694,199311)CharmanWN;RadhakrishnanH:Peripheralrefractionandthedevelopmentofrefractiveerror:Areview.Oph-thalmicPhysiolOpt30:321-338,201012)HasebeS,OhtsukiH,NonakaTetal:Effectofprogres-siveadditionlensesonmyopiaprogressioninjapanesechildren:Aprospective,randomized,double-masked,crossovertrial.InvestOphthalmolVisSci49:2781-2789,200813)WallineJJ,LindsleyK,VedulsSSetal:Interventionstoslowprogressionofmyopiainchildren.CochraneDatabaseSystRevCD004916,201114)SankaridurgP,DonovanLetal:Spectaclelensesdesignedtoreduceprogressionofmyopia:12-monthresults.OptomVisSci87:631-641,201015)FujikadoT,NinomiyaS,KobayashiTetal:Effectoflow-additionsoftcontactlenseswithdecenteredopticaldesignonmyopiaprogressioninchildren:Apilotstudy.ClinOphthalmol8:1947-1956,2014約30%に相当).この結果を受け,わが国でも,軸外収差抑制レンズの日本人児童に対する有効性を検証する多施設共同臨床試験が,旭川医科大学,慶應義塾大学,筑波大学,東京医科歯科大学,岡山大学,京都府立医科大学,大阪大学が参加して行われた.試験デザインは,前向き二重盲検比較対照試験が採用された.上記の中国人を対象とした研究結果を参考に,被験者の選択基準として,年齢が6.12歳であること,また,両親のうち少なくとも1人は近視であることを選択基準に加えられ,選択基準を満たす203名の日本人児童が参加した.評価対象のレンズはMyoVisionのTypeIIIである.MyoVision装用群と単焦点レンズ装用群(比較対照)の二群に無作為に割付けされ,6カ月ごとに2年間にわたり経過観察が行われた.その結果,屈折度の変化量について統計学的有意差は認められなかった(.1.51±0.87Dv.s..1.40±0.70D,p=0.33,t-test)(mean±SD,MioVisionv.s.Control)(図5a).眼軸長の変化量についても両群で統計学的に有意差を認めず(0.75mmv.s.0.68mm,p=0.12)(図5b),今回の臨床試験ではMyoVisionによる近視進行抑制効果を検証できなかった.一方,多焦点コンタクトレンズではわずかな軸外収差補正によって,多焦点眼鏡よりも大きな近視抑制効果が認められている15).この原因として,眼鏡はコンタクトレンズよりも眼球運動の影響を受けやすく,ゆえに軸外収差補正の効果が十分に得られなかったのではないかと考えられる.おわりに以上のように,近視進行抑制を目的とした多焦点眼鏡は一部で有意な抑制効果が認められているが,その効果は小さく臨床学的にはまだ十分とはいえない.この効果を少しでも増加させるためには,個人毎の軸外収差をカスタマイズした軸外収差補正レンズの開発や,低濃度アトロピン点眼や多焦点コンタクトレンズとの併用などが考えられる.

オルソケラトロジーによる近視抑制

2016年6月30日 木曜日

特集●屈折矯正を見直す!あたらしい眼科33(6):795.800,2016特集●屈折矯正を見直す!あたらしい眼科33(6):795.800,2016オルソケラトロジーによる近視抑制MyopiaControlbyOrthokeratology平岡孝浩*はじめにオルソケラトロジー(orthokeratology,以下orthok)の近視進行抑制効果が学術論文として初めて報告されてから十数年が経過する.その間にさまざまな報告がなされてきたが,この効果を否定するものは皆無といっても過言ではなく,人種を問わず近視進行抑制効果が確認されている.本稿では既報をレビューし,その抑制効果と現在考えられているメカニズム,そして今後の課題について概説する.I眼軸長と近視進行成長とともに眼球は大きくなり眼軸長も伸びていくが,幼少時は角膜や水晶体の曲率が変化することにより近視化を最小限に抑えている.しかし,学童期に入ると角膜や水晶体の変化はプラトーとなり,眼軸長の伸長を代償できなくなるため近視が進行してしまう(軸性近視).つまり学童期の眼軸長伸長は近視進行を意味する.Ortho-kの近視進行抑制効果を判断するときは眼軸長の変化で議論することが一般的となっている.なぜ等価球面値などの屈折値で比較しないのかというと,orthok継続中は角膜中央がフラット化しており,屈折を測っても正視に近い状態となるため,屈折の変化で近視の進行を評価することが難しいからである.もちろん治療を一定期間中止すれば正しい屈折状態が評価できるが,患者は裸眼視力を向上させ日中の眼鏡やコンタクトレンズ(contactlens:CL)矯正から解放されたいがためにortho-k治療を継続しているので,屈折を評価したいから2週間ほど治療を中止してほしいと依頼しても簡単には受け入れてくれない.したがって,ortho-kの臨床研究においては眼軸長の評価がゴールドスタンダードとなっている.したがって,本稿では“眼軸長伸長抑制”と“近視進行抑制”の2つの用語をほぼ同義として使用することをあらかじめお断りしておく.II世界的な普及と近視進行抑制効果Ortho-kは北米や欧州でも普及しているが,中国,韓国,香港,台湾などの東アジア諸国での拡大が著しい.これらの国々では近視の有病率が著しく高く,学童の近視コントロールを目的として本治療が広く導入されている.諸外国でここまで受け入れられるようになったのは,以下に示すようにさまざまな臨床研究において有望な結果が得られたことに起因する.2004年にCheungらは,片眼だけortho-kを開始した11歳男児の2年後の眼軸長変化を調べたところ,治療眼は0.13mmしか延長しなかったのに対して,僚眼は0.34mmの延長が認められ,大きな差が生じていることを報告した1).その後,2年間のパイロットスタディが行われ2,3),Choらはortho-kを継続中の学童において眼鏡装用の対照群よりも眼軸長の伸びが有意に抑制(46%)されたことを報告し2),Wallineらはソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)装用の対照群よ*TakahiroHiraoka:筑波大学医学医療系眼科〔別刷請求先〕平岡孝浩:〒305-8575茨城県つくば市天王台1-1-1筑波大学医学医療系眼科0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(35)795 46%56%36%43%63%52%010203040506070眼軸長伸長抑制効果(%)46%56%36%43%63%52%010203040506070眼軸長伸長抑制効果(%)Choetal2)Wallineetal3)Kakitaetal4)Choetal5)Charmetal6)Chenetal7)(2005)(2009)(2011)(2012)(2013)(2013)図1オルソケラトロジー近視進行抑制効果に関する既報の比較列挙したものはすべて2年間の臨床研究であり,対照群(単焦点眼鏡もしくはSCL)との眼軸長変化を比較しているが,いずれの研究においてもオルソケラトロジー群は対照群よりも有意に眼軸長伸長が抑制されており,その抑制効果は36.63%と報告されている.りも56%抑制されていることを報告した3).2011年,筆者らは非ランダム化比較試験により2年間で36%の眼軸長伸長抑制効果が達成されていることを日本人学童において確認した4).また,2012年にはランダム化臨床試験(randomizedcontrolledtrial:RCT)が香港で施行され,2年間で43%の眼軸長伸長抑制効果が確認された5).さらに最近ではpartialreductionortho-kといって,強度近視眼に対してortho-kを用いて4Dだけ部分的に近視矯正を行い,残存した近視度数に対して眼鏡を装用させるという研究が行われ,きわめて強い眼軸長伸長抑制効果(63%)が確認されている6).また,TO-SEEstudyと命名された研究では,乱視を有する近視眼を対象としてトーリックortho-kレンズによる2年間の治療効果が検討され,やはり強い眼軸長伸長抑制効果(52%)が報告された7).このように近視進行抑制を目的としたortho-kの適応範囲が近年拡大していることも興味深い.もちろん成長期の眼軸長伸長を完全に抑制することはできないが,これらの既報に基づけば2年間で3.6割程度の抑制効果が期待できるといえる(図1).III長期効果前述した臨床研究はいずれも2年間に限局されていたため,筆者らは5年間へと観察期間を延長したプロスペ796あたらしい眼科Vol.33,No.6,201650%37%35%33%29%0102030405060眼軸長伸長抑制効果(%)1年間2年間3年間4年間5年間図2オルソケラトロジー眼軸長伸長抑制効果の経時変化眼軸長伸長抑制効果は初年度がもっとも強く(50%),期間が長くなるほど減弱する傾向があった.しかし,5年間でも約3割の抑制効果が確認された8).y=-0.166x+2.656y=-0.312x+4.5140.00.51.01.52.02.53.0789101112135年間の眼軸長伸長(mm)●Ortho-k群▲眼鏡群ベースラインの年齢(歳)図3開始時年齢と眼軸長伸長の相関オルソケラトロジー群(●),眼鏡対照群(▲)いずれもベースライン(治療開始時)年齢が若いほうが,5年間トータルでの眼軸長伸長が大きいという相関が認められた.8歳から治療を開始すると5年後には13歳になり,8.13歳の眼軸長の伸びをみていることになる.12.17歳の5年間よりも8.13歳の5年間の眼軸長変化が大きいのは当然といえるが,注目すべきは近似直線の傾きで,オルソケラトロジー群では対照群の約半分の傾きとなっている.つまり8歳で治療を開始したほうが12歳から開始するよりも抑制効果が強く得られるということを示唆している.(文献8より改変引用)クティブ研究を行った.その結果,治療期間が長くなると効果は減弱する傾向があるが,5年間の長期にわたっても約3割の眼軸長伸長抑制効果を有することが判明した(図2)8).また,治療開始が早いほど近視進行抑制効果が強く得られることもわかり(図3),この知見は他の研究でも確認されるようになっている.(36) IVエビデンスの蓄積2014年には双生児研究の結果が報告された.一卵性双生児のうち1例はortho-k,もう1例は単焦点眼鏡が処方され,前向きに2年間の変化が検討されているが,ortho-k治療を受けた児は近視進行が抑制されており9),つまり遺伝や環境要因を一致させてもortho-kは有効であることが示された.さらに2015年に入って,エビデンスレベルがもっとも高いメタアナリシス(meta-analysis)の結果が立て続けに4篇報告された.いずれの報告もortho-kは眼鏡やSCLなどの対照群と比較して有意に眼軸長の伸長を抑制し,安全性も許容できると結論付けられている10.13).治療前の近視の程度と眼軸長伸長抑制効果の関連についてもいくつかの報告があるが14),メタアナリシスの結果によれば,弱度の近視よりも中等度.強度近視のほうが抑制効果が強く得られている10).また,人種別の検討では,白人よりも中国(アジア)人のほうが効くとされている10).V近視進行抑制メカニズムOrtho-kの近視進行抑制メカニズムとしてもっとも支持されているのは軸外収差理論である.この理論はSmithらの研究結果に基づいており15),周辺網膜(軸外)-0.2-0.100.10.20.30.40.50.6-0.200.20.40.60.81年間の眼軸長の伸び(mm)コマ様収差変化量(μm)r=-0.461p=0.0003図5高次収差と眼軸長伸長の関係オルソケラトロジー開始後のコマ様収差増加量が大きいほど眼軸長の伸びが小さい.つまり高次収差は近視進行に抑制的に働いている可能性が考えられている.(文献19より改変引用)周辺部遠視性デフォーカス結像面結像面遠視性デフォーカスの改善ab眼鏡(凹レンズ)による矯正オルソケラトロジー治療後図4眼鏡とオルソケラトロジーの網膜結像面の違いa:眼鏡で近視矯正すると,周辺部に遠視性デフォーカス(焦点ぼけ)を生じ,これが眼軸を伸長(近視を進行)させるトリガーとなると考えられている.b:オルソケラトロジー後は角膜中央がフラット化し近視が軽減するが,周辺部角膜は肥厚,スティープ化するため周辺での屈折力が増し,その結果,周辺網膜像での遠視性デフォーカスが改善する.それゆえ眼軸長伸長が抑制され近視が進行しにくくなると考えられている.(37)あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016797 798あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(38)における遠視性defocusが眼軸長延長のトリガーとなると考えられている.通常の眼鏡やCLによる近視矯正では,周辺部網膜の遠視性defocusを矯正できないが,ortho-kでは角膜中央が扁平化すると同時に周辺角膜が厚くなるため,周辺部での屈折力が強くなる.それゆえ網膜周辺部での遠視性defocusが改善し,眼軸長の過伸展が抑制されると考えられている(図4).しかし,このメカニズムだけでは説明できない事象も多い.近年,多焦点SCLの近視進行抑制効果も報告されるようになってきたが16.18),これらのレンズのなかには周辺部の遠視性defocusが改善しないデザインも含まれている17,18).別のメカニズムとして高次収差と近視進行の関連が近年注目されており,ortho-k治療眼において高次収差の増加と眼軸長の伸長に有意な負の相関が認められたと報告されている(図5)19).高次収差は偽調節量を増加させたり,焦点深度を広げるため20),とくに近業時の調節負荷軽減に寄与している可能性が示唆されている(図6)19).このメカニズムに関してはさらに検証される必要があるが,近視の発生や進行のメカニズムはきわめて複雑で単一のメカニズムでは説明できない可能性が高い.多要因が複雑に絡み合っているうえに個々の眼球においてもバリエーションが多いことが,その解明を困難にしていると考えられる.VI他の抑制法との比較前述した多焦点SCLに関してはortho-kに匹敵する効果が報告されており,今後さらに有効なデザインが開発される可能性がある.多焦点SCLのメリットは角膜形状変化をもたらさないことと就寝時装用を要しないことがあげられ,通常のSCLとハンドリングやケア方法は変わらないため一般的に受け入れられやすい.しかしデメリットして,小学生の低学年には処方が難しいことがあげられる.なぜなら終日装用のCLは自分で装脱着できる人に処方するのが原則であり,装用中にトラブルが生じても最低限の対処(脱着など)は患者自身に求められるからである.一方,ortho-kは日中装用しないので,装着も脱着も親が家庭で管理できることが強みで比較的低年齢から開始できるという利点がある.小学校の低学年ではortho-kによる近視進行抑制を行い,高学年6m1m50cm33cm25cm20cm低次収差に高次収差が加わると焦点深度が拡大視標距離低次収差のみ低次+高次収差VSOTF=0.08600cmLead=-0.34DPupil=6.59VSOTF=0.12600cmLead=-0.34DPupil=5.23VSOTF=0.26100cmLag=+0.04DPupil=6.13VSOTF=0.0950cmLag=+0.45DPupil=5.93VSOTF=0.0733cmLag=+0.61DPupil=5.57VSOTF=0.0825cmLag=+0.80DPupil=5.49VSOTF=0.0920cmLag=+1.02DVSOTF=0.95100cmLag=+0.04DVSOTF=0.0650cmLag=+0.45DVSOTF=0.0333cmLag=+0.61DVSOTF=0.0225cmLag=+0.80DVSOTF=0.00920cmLag=+1.02D図6高次収差と焦点深度視標距離が変化した際の,自然瞳孔における網膜像の変化をシミュレーションした結果である.左は低次収差(デフォーカス)のみを考慮したシミュレーション像で,1mの中間距離がもっともクリアである.遠方(6m)に行くと調節リードが生じるため視標はぼける.また近方(50→20cm)に移動すると調節ラグが生じるためやはり網膜像はぼける.これに対して低次収差と高次収差の両方を加味したシミュレーションでは(右図)は,1mの視標はややぼけるものの,調節リードやラグの影響が緩和され,遠方・近方ともに網膜像が改善している.このように高次収差には焦点深度(明視域)を広げる作用がある.(文献19より改変引用)6m1m50cm33cm25cm20cm低次収差に高次収差が加わると焦点深度が拡大視標距離低次収差のみ低次+高次収差VSOTF=0.08600cmLead=-0.34DPupil=6.59VSOTF=0.12600cmLead=-0.34DPupil=5.23VSOTF=0.26100cmLag=+0.04DPupil=6.13VSOTF=0.0950cmLag=+0.45DPupil=5.93VSOTF=0.0733cmLag=+0.61DPupil=5.57VSOTF=0.0825cmLag=+0.80DPupil=5.49VSOTF=0.0920cmLag=+1.02DVSOTF=0.95100cmLag=+0.04DVSOTF=0.0650cmLag=+0.45DVSOTF=0.0333cmLag=+0.61DVSOTF=0.0225cmLag=+0.80DVSOTF=0.00920cmLag=+1.02D図6高次収差と焦点深度視標距離が変化した際の,自然瞳孔における網膜像の変化をシミュレーションした結果である.左は低次収差(デフォーカス)のみを考慮したシミュレーション像で,1mの中間距離がもっともクリアである.遠方(6m)に行くと調節リードが生じるため視標はぼける.また近方(50→20cm)に移動すると調節ラグが生じるためやはり網膜像はぼける.これに対して低次収差と高次収差の両方を加味したシミュレーションでは(右図)は,1mの視標はややぼけるものの,調節リードやラグの影響が緩和され,遠方・近方ともに網膜像が改善している.このように高次収差には焦点深度(明視域)を広げる作用がある.(文献19より改変引用) あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016799(39)axiallengthinthetwoeyesofamonocularorthokeratolo-gypatient.OptomVisSci81:653-656,20042)ChoP,CheungSW,EdwardsM:Thelongitudinalortho-keratologyresearchinchildren(LORIC)inHongKong:apilotstudyonrefractivechangesandmyopiccontrol.CurrEyeRes30:71-80,20053)WallineJJ,JonesLA,SinnottLT:Cornealreshapingandmyopiaprogression.BrJOphthalmol93:1181-1185,20094)KakitaT,HiraokaT,OshikaT:Influenceofovernightorthokeratologyonaxiallengthelongationinchildhoodmyopia.InvestOphthalmolVisSci52:2170-2174,20115)ChoP,CheungSW:RetardationofmyopiainOrthokera-tology(ROMIO)study:a2-yearrandomizedclinicaltrial.InvestOphthalmolVisSci53:7077-7085,20126)CharmJ,ChoP:Highmyopia-partialreductionortho-k:a2-yearrandomizedstudy.OptomVisSci90:530-539,20137)ChenC,CheungSW,ChoP:Myopiacontrolusingtoricorthokeratology(TO-SEEstudy).InvestOphthalmolVisSci54:6510-6517,20138)HiraokaT,KakitaT,OkamotoFetal:Long-termeffectofovernightorthokeratologyonaxiallengthelongationinchildhoodmyopia:a5-yearfollow-upstudy.InvestOph-thalmolVisSci53:3913-3919,20129)ChanKY,CheungSW,ChoP:Orthokeratologyforslow-ingmyopicprogressioninapairofidenticaltwins.ContLensAnteriorEye37:116-119,201410)LiSM,KangMT,WuSSetal:Efficacy,safetyandacceptabilityoforthokeratologyonslowingaxialelonga-tioninmyopicchildrenbymeta-analysis.CurrEyeRes41:600-608,201511)SunY,XuF,ZhangTetal:Orthokeratologytocontrolmyopiaprogression:ameta-analysis.PLoSOne10:e0124535,201512)SiJK,TangK,BiHSetal:Orthokeratologyformyopiacontrol:ameta-analysis.OptomVisSci92:252-257,201513)WenD,HuangJ,ChenHetal:Efficacyandacceptabilityoforthokeratologyforslowingmyopicprogressioninchil-dren:Asystematicreviewandmeta-analysis.JOphthal-mol2015:360806,2015.Epub2015Jun1114)FuAC,ChenXL,LvYetal:Highersphericalequivalentrefractiveerrorsisassociatedwithsloweraxialelongationwearingorthokeratology.ContLensAnteriorEye.39:62-66,201615)SmithEL3rd,KeeCS,RamamirthamRetal:Peripheralvisioncaninfluenceeyegrowthandrefractivedevelop-mentininfantmonkeys.InvestOphthalmolVisSci46:3965-3972,200516)SankaridurgP,HoldenB,SmithE3rdetal:Decreaseinrateofmyopiaprogressionwithacontactlensdesignedtoreducerelativeperipheralhyperopia:one-yearresults.になったら多焦点SCLに変更するという使い方も一つのオプションとなるかもしれない.また,既報に基づけば,1%アトロピン点眼はortho-kよりも強い近視進行抑制効果を有するが,さまざまな局所・全身副作用により学童への導入は現実的に難しい.とくに調節麻痺・散瞳に伴う羞明や近方視力低下が必発であり,視機能を犠牲にするという側面を有するが,ortho-kや多焦点SCLは視力を向上させるため,視機能の改善を図りながら,近視進行抑制効果を得るというメリットがある.近年,低濃度(0.01%)アトロピン点眼の有効性と安全性が報告された21).副作用が劇的に改善しており,今後の広い臨床応用が期待される.しかし,効果に関しても濃度依存性に低下しており,さらなる検証が必要と考えられる.VII今後の課題Ortho-kは意図的に角膜を変形させる手法であるがゆえ,角膜への侵襲は避けられない.とくに角膜上皮への影響は大きく,中央部は菲薄化しバリア機能も低下すると考えられる.したがって,感染性角膜潰瘍には他のCLよりも注意する必要があり,レンズケアを含めた患者教育は厳格に行わなければならない.また,発達期にある眼球に対して意図的に形状変化を強いる治療に対して,否定的な意見があるのも事実であり,手放しに本治療を推奨するわけにはいかない.わが国においても厚労省の承認後約7年が経過しており,さまざまな報告がなされてきたので,これらの蓄積した臨床データをもとに本治療の是非に関しては改めて議論する必要があるだろう.また,ortho-k中止後の近視進行抑制効果の戻り(リバウンド)に関してはほとんどわかっていない.さらに他の治療法へ切り替えた場合の効果維持やアトロピン点眼など薬物療法との併用効果も不明である.さらなる研究の蓄積により,最大限の効果を得るための治療期間や切り替え・併用療法の効果が今後明らかにされることを期待する.文献1)CheungSW,ChoP,FanD:Asymmetricalincreasein 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