特集●屈折矯正を見直す!あたらしい眼科33(6):787.793,2016特集●屈折矯正を見直す!あたらしい眼科33(6):787.793,2016追加矯正眼内レンズを用いた白内障術後屈折矯正UseofSupplementalSulcus-FixatedIOLtoCorrectPseudophakicRefractiveErrors西恭代*根岸一乃*はじめに白内障手術後の屈折異常は,術前の生体計測および眼内レンズ度数計算式の精度の限界があるため,手術の成否と関係なくある程度避けられない.また,極度の長眼軸長眼,あるいは短眼軸長眼では,規定の眼内レンズに適合する度数が存在しないため,術前の生体計測および眼内レンズ度数決定計算式の精度とは無関係に,術後に高度の屈折異常が起きることがある.このような白内障術後の屈折異常に対するおもな治療の選択肢として,眼鏡やコンタクトレンズなどの補助具による保存的治療,レーシックや角膜切開による角膜屈折矯正手術,眼内レンズ交換や追加矯正眼内レンズ挿入などの眼内レンズを用いた屈折矯正手術がある.眼内レンズによる外科的矯正について,近年ElAwadyらは白内障術後屈折異常に対する眼内レンズ交換とピギーバック固定の術後成績の比較では,ピギーバック固定のほうが眼内レンズ交換に比べ予測屈折誤差が少なく,合併症も少ないと報告している1).本稿では,白内障術後の屈折異常および老視症状の治療を目的とした追加用矯正眼内レンズについて述べる.Iさまざまな追加矯正眼内レンズ(表1)近年,毛様溝固定専用の眼内レンズが登場してきており,海外ではHumanOptics社(ドイツ)のAdd-OnRRayner社(イギリス)のSulcoflexR,1stQ社(ドイツ)(,)のAddOnRなどが販売されている.いずれのレンズも既存のレンズとの接触を防ぐために前方は凸面,後面は凹面となっている2).これらのレンズは国内では2016年4月現在未承認である.以下にそれぞれのレンズの特徴について述べる.1.Add.OnR(HumanOptics社)(表2)白内障術後の眼内レンズ挿入眼に対し,すでに挿入されている眼内レンズは保存し,もう1枚新たに毛様溝にピギーバック固定する眼内レンズであるためAdd-Onという名前がついている(図1).光学径は瞳孔捕獲を防ぐために7mm(有効光学径6mm)のシリコーン製の3ピースレンズである.全長は,毛様溝固定用に14.0mm,支持部の素材はPMMAで角度10°のCループデザインである.毛様溝とは支持部の約半分が接触するよう作製してある(図2).白内障術後のさまざまな屈折異常に対する矯正を目的として,単焦点眼内レンズ(モデル名:Aspira3P-sPB),乱視矯正眼内レンズ(モデル名:Torica-sPB),回折型多焦点眼内レンズ(モデル名:DiffractivaDiff-sPB),乱視矯正多焦点眼内レンズ(モデル名:ToricaDiff-sPB)の4種類のモデルがあり,それぞれにクリアタイプとイエロータイプがある.なお,乱視矯正をもつレンズの足は,術後に回転しないよう細かな溝が刻んであるため,術中無理に回転すると,毛様溝から出血することがあるため注意が必要である.標準的な制作範囲は表2のとおりであるが,特注すればほぼ全域のパワーの眼内レンズを作製することが可能で*YasuyoNishi&*KazunoNegishi:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕西恭代:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(27)787表1さまざまな追加矯正眼内レンズ販売元HumanOpticsRayner1stQ販売名Add-OnRSulcoflexRAddOnR光学部材質シリコーン親水性アクリル親水性アクリル光学部直径(mm)7.06.56.0全長(mm)14.014.013.0レンズ色無着色/着色無着色無着色多焦点機構回折型屈折型回折型世界ではさまざまな追加矯正眼内レンズが販売されているが,国内では2016年4月現在未承認である.表2Add.OnR(HumanOptics社)の種類と標準的製作範囲モデル名Aspira3P-sPBTorica-sPBDiffractivaDiff-sPBToricaDiff-sPB球面度数(等価球面度数)-6D~+6D(0.5Dステップ)-30D~+6D(0.5Dステップ)-6D~+6D(0.5Dステップ)-2.5D~+1D(0.5Dステップ)円柱度数なし+1D~+30D(1.0Dステップ)なし+1D~+4D(0.5Dステップ)近方加入度数(IOL平面)なしなし+3.5D+3.5Dそれぞれにクリアタイプとイエロータイプがある.標準的な制作範囲は表のとおりであるが,特注すればほぼ全域のパワーの眼内レンズを作製が可能である.ある.図3は他院にて水晶体.外摘出術+眼内レンズ挿入術後の角膜乱視〔図4:前眼部三次元光干渉断層計(TOMEY)のRealPower(図の赤枠部分:角膜前後面の屈折力の和に角膜厚み補正を加えて算出される値)にて7.6Dの倒乱視を認める〕に対して,乱視矯正モデルのAdd-OnRレンズを挿入した写真である.既存のレンズの前にもう1枚レンズが挿入されており(赤色矢印),レンズ間のスペース(黄色矢印)は保たれていることがわかる.●①●②●③●④図1Add.OnR挿入時の模式図①膜,②虹彩,③毛様溝(Add-OnR),④水晶体.(従来の眼内レンズが挿入されているもしくは1枚目の眼内レンズが入る場所).788あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(28)45°7.014.0inmm45°7.014.0inmm図2Add.OnR眼内レンズ光学径7mm(有効光学径6mm)のシリコーン製の3ピースレンズである.支持部の素材はPMMAで角度10°のCループデザインである.毛様溝とは支持部の約半分が接触するよう作製してある.図3Add.OnR挿入例他院にてECCE+IOL後(水晶体摘出時に10時.12時の虹彩離断を認めている)の角膜乱視に対して,Add-OnR()を挿入した写真.2枚のレンズ間のスペース()は保たれていることがわかる.図4角膜形状前眼部三次元光干渉断層計(TOMEY)のRealPower(図の赤枠部分:角膜前後面の屈折力の和に角膜厚み補正を加えて算出される値)にて7.6Dの倒乱視を認める.(29)あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016789表3SulcoflexR(Rayner社)の種類と標準的製作範囲販売名(モデル名)Aspheric(653L)Toric(653T)Multifocal(653F)MultifocalToric(653Z)球面度数(等価球面度数)-5D~+5D(0.5Dステップ)-3D~+3D(0.5Dステップ)-3D~+3D(0.5Dステップ)-3D~+3D(0.5Dステップ)円柱度数なし+1D~+3D(0.5Dステップ)なし+1D~+3D(0.5Dステップ)近方加入度数(IOL平面)なしなし+3.5D+3.5D特徴的なゆるやかに波打つラウンドエッジのデザインにより回転を防ぎ,虹彩や毛様体との接触を最小限にするとされている.表4AddOnRレンズ(1stQ社)の種類と標準的製作範囲販売名refractivetoricprogressiveSMLモデル名A4SW00A4TW0TA4TW00A4FW0TA4FW00A4DW0NA4EW0NA4MW00球面度数(等価球面度数)-10.0~+10.0D0.25Dステップ0.0D-10.0~+10.0D0.25Dステップ(0.0Dを除く)0.0D-5.0~-0.5D+0.5~+5.0D0.25DステップOnrequest円柱度数1.50~4.50D0.75Dステップ5.25~8.25D0.75Dステップ1.50~4.50D0.75Dステップ5.25~8.25D0.75Dステップ9.00~11.00D1.00Dステップ9.00~11.00D1.00Dステップ近方加入度数(IOL平面)+3.0D+10D4本の弾性のある支持部で毛様溝に固定し回転を防ぐ.瞳孔捕獲を予防するためスクエアデザインとなっている.2.SulcoflexR(Rayner社)(表3)親水性アクリルの1ピースレンズで,光学径は6.5mm,全長は14mmである.支持部の角度は10°で特徴的なゆるやかに波打つラウンドエッジのデザインにより回転を防ぎ,虹彩や毛様体との接触を最小限にするとされている.単焦点眼内レンズ(モデル名:SulcoflexRAspheric),乱視矯正眼内レンズ(モデル名:SulcoflexRToric),屈折型多焦点眼内レンズ(モデル名:SulcoflexRMultifocal),乱視矯正多焦点眼内レンズ(モデル名:SulcoflexRMultifocalToric)の4種類のモデルがある.レンズ色はクリアタイプのみである.3.AddOnR(1stQ社)(表4)親水性アクリルの1ピースレンズで,光学径は6mm,全長は13mmである.4本の弾性のある支持部で毛様溝に固定し回転を防ぐ.また,瞳孔捕獲を予防するためスクエアデザインとなっている.回折型単焦点モデル(AddOnRspherical),乱視矯正モデル(AddOnRtoric),多焦点モデル(AddOnRprogressive)に加え,黄斑症患者のためにデザインされた中央1.5mmの領域に+10Dを加入し,近方視時の拡大鏡の効果を狙ったAddOnRSML(SchariothMaculaLens)の4種類のモデルがある.レンズ色はクリアタイプのみである.790あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(30)あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016791(31)は水平に固定できないと予想される場合(例:.内の残余水晶体皮質が不均一に盛り上がっている場合など)・小眼球・浅前房・年齢18歳以下・コントロール不良の緑内障,進行性の糖尿病網膜症,活動性のぶどう膜炎,虹彩血管新生,網膜.離などの活動性眼疾患・角膜代償不全,角膜内皮損傷(多焦点モデルの禁忌)・眼疾患のため良好な術後矯正視力が得られない.・網膜レーザー治療の必要性が予想される.・術後乱視が1.5D以上が予想される(0.75D以上では最適な視機能が得られない8))・多焦点レンズの見え方に順応できそうにない.・すでにマルチフォーカル眼内レンズが挿入されている.その他,多焦点眼内レンズモデルの非適応は,病的眼,神経質な人など従来の多焦点眼内レンズに準じる.従来の多焦点眼内レンズと同様に,コントラスト感度低下が指摘されるため9,10),職業やライフスタイルを見きわめた適応が望ましい.III手術方法散瞳薬と麻酔薬の点眼後,角膜または強角膜切開創を作製する.Add-OnRレンズを縦折りにして挿入する際の切開創は約3.5mm前後であるが,HOYAのインジェクター(ISH-001)を用いて2.8mmの角膜切開創から挿入した報告がある11).SulcoflexR,AddOnRはメーカー推奨のインジェクターを用い2.5mm前後の角膜あるいは強角膜切開創から挿入することが可能である.すでに.内に挿入されている眼内レンズと虹彩の間にスペースを作るために粘弾性物質を注入し,前足を虹彩下に滑り込ませ,回転させながら両足を毛様溝に固定する.挿入後,粘弾性物質を吸引除去して終了する.IV合併症一般的な水晶体再建術と同程度の合併症は起き得るその他,本来有水晶体眼に使用されるStaarSurgical社(米国)のVisianRICL(implantablecollamerlens)は,コラーゲンとHEMA(hydroxyethylmethacry-late)の共重合体で構成され,もともと毛様溝固定用レンズであり生体適合性が高い.厚みも通常のレンズよりも薄く,レンズ形状は中央部が凸状であり,レンズとレンズの間にスペースを生じることで,レンズ間の混濁や変形が起こりにくいため,白内障術後の追加矯正眼内レンズとしての有用性を指摘されている3).通常有水晶体眼に用いるVisianRICLのパワー計算ソフトウェアは,偽水晶体眼にも応用できると報告されている4).また,乱視の症例に対してはトーリックレンズも入手可能であり,偽水晶体眼に対しても優れた乱視矯正効果を得られることが示されており5),今後も偽水晶体眼に対する追加矯正眼内レンズとしての応用が期待される.II適応6.8)従来の眼内レンズの製作範囲内を超える度数の眼内レンズが必要な白内障患者や,すでに眼内レンズ挿入術を施行され,術後の眼内レンズ挿入による追加の屈折矯正を希望し,屈折矯正により視機能改善が期待される患者が対象となる.とくに白内障術後数カ月以上が経過し,水晶体.と眼内レンズの癒着が生じている場合は,眼内レンズ摘出交換に比べ,ピギーバック挿入は短時間かつ技術的に容易である利点がある.実施に際しては患者本人あるいは代諾者に対して上記の治療内容と意義を十分に説明し,インフォームド・コンセントが得られた場合にのみ治療を行う.<適応基準>・すでに挿入されている眼内レンズが.内固定である.・毛様溝にレンズを挿入するスペースがある(偽水晶体眼の前房深度4mm以上).・医師の説明を理解している.・提供可能な眼内レンズ度数範囲内の患者.<禁忌>・挿入されている眼内レンズが.外固定である.・挿入されている眼内レンズが偏位または.内固定が不安定(例:Zinn小帯断裂,前.周辺部の欠損など)・追加矯正眼内レンズが毛様溝に挿入できない,あるい792あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(32)視力の有意な改善を認め,術後の回旋も平均3°程度と良好であり,高次収差も有意な減少を認めた.また,コントラスト感度については有意差がないものの改善傾向を認めたと報告されている14).さらに,角膜移植後の角膜乱視症例に対しても,SulcoflexRの乱視矯正モデル挿入後平均12カ月の追跡で,有意な視力の改善と乱視の軽減を認めたと報告されている15).また,.2D..17Dの高度の乱視を認める症例20例21目に対し,Add-OnRの乱視矯正モデルを挿入後平均7.6カ月の追跡では,乱視の中央値が70.59%(0..5D)減少したと報告している16).3.多焦点モデルAdd-OnRの回折型多焦点眼内レンズ(21例33眼)とSulcoflexRの屈折型多焦点眼内レズ(19例35眼)の比較の報告によると,術後3カ月の視力に有意差はないが,コントラスト感度はAdd-OnRのほうが有意に良好であった.グレア・ハローはSulcoflexRの群で多く認めた一方,挿入時の操作性はSulcoflexRのほうがよいと述べている11).おわりに現在のところ追加矯正眼内レンズ挿入に伴う重篤な合併症の報告は見あたらないが,長期予後については今後の報告が待たれるため,患者への十分な説明と長期の経過観察は必須である.文献1)ElAwadyHE,GhanemAA:SecondarypiggybackimplantationversusIOLexchangeforsymptomaticpseu-dophakicresidualametropia.GraefesArchClinExpOph-thalmol251:1861-1866,20132)McIntyreJS,WernerL,FullerSRetal:Assessmentofasingle-piecehydrophilicacrylicIOLforpiggybacksulcusfixationinpseudophakiccadavereyes.JCataractRefractSurg38:155-162,20123)神谷和孝:新しい時代の白内障手術.満足度の高い眼内レンズ度数決定ピギーバックの度数決定.臨床眼科64:124-128,20104)HsuanJD,CaesarRH,RosenPHetal:CorrectionofpseudophakicanisometropiawiththeStaarCollamerimplantablecontactlens.JCataractRefractSurg28:が,眼内レンズを毛様溝固定することによる予測し得る合併症として2枚の眼内レンズ間の混濁(interlenticu-laropacification:ILO),色素性緑内障,瞳孔ブロックがあげられる.ILOは,水晶体赤道部で増殖した水晶体上皮細胞が閉ざされた2枚のIOLの間へ遊走することが原因とされ,おもに眼内レンズを2枚.内に固定した際に起きる合併症であるため,前.切開を大きくすること,眼内レンズの1枚は水晶体.内,もう1枚は毛様溝固定することで予防できる.次に,毛様溝固定された眼内レンズのエッジ部分が虹彩を慢性的に刺激するために生じる色素性緑内障の問題がある.この合併症は,とくにシングルピースのアクリル素材で,かつ後発白内障予防目的で光学部縁がシャープな眼内レンズで注意すべきとされている10).また,虹彩捕獲に伴う瞳孔ブロックによる眼圧上昇の症例報告がある12)が,これは通常の.内固定用眼内レンズを毛様溝固定した場合の報告である.本稿で述べた毛様溝固定専用の追加矯正眼内レンズは,これらの合併症を予防すべく,虹彩や毛様体との摩擦を防ぐためシャープエッジデザインではなく,光学径の大きさやデザインは瞳孔捕獲を防ぐものとなっているため,これらの合併症の発生する可能性は低いと思われるが,患者への十分な説明が必要である.V術後成績近年,毛様溝固定専用の追加矯正眼内レンズの中期成績が報告されてきている.1.単焦点モデル分節型多焦点眼内レンズ(LentisMplus;Oculentis社,ドイツ)挿入後の屈折異常に対して,SucoflexRの単焦点レンズモデルを挿入した80眼の1年間の追跡では,93.8%の症例の術後屈折は予測屈折値の±0.5D以内に収まり,近方,遠方の裸眼視力に有意な改善を認めたと報告している13).2.乱視矯正モデルSulcoflexRの乱視矯正モデル挿入症例10例10眼に対する平均7カ月の追跡では,術前と比べ裸眼視力,矯正–