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ムコイド型肺炎球菌による内因性眼内炎の1例

2016年5月31日 火曜日

《第52回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科33(5):724〜727,2016©ムコイド型肺炎球菌による内因性眼内炎の1例齊藤千真*1袖山博健*1戸所大輔*1山田教弘*2細谷隆一*3岸章治*4*1群馬大学大学院医学系研究科脳神経病態制御学講座眼科学*2埼玉医科大学病院眼科*3群馬大学医学部附属病院検査部*4前橋中央眼科ACaseofEndogenousEndophthalmitisduetoMucoidTypeStreptococcuspneumoniaeKazumaSaito1),HirotakeSodeyama1),DaisukeTodokoro1),NorihiroYamada2),RyuichiHosoya3)andShojiKishi4)1)DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,SaitamaMedicalUniversityHospital,3)DepartmentofClinicalLaboratory,GunmaUniversitySchoolofMedicine,4)MaebashiCentralEyeClinic緒言:侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)は肺炎球菌が血液または髄液に存在する病態をいう.筆者らはムコイド型肺炎球菌による内因性眼内炎を経験した.症例:70歳,男性.白内障手術,糖尿病,脳梗塞,心筋梗塞,認知症の既往歴あり.1カ月半前から離床困難,2週間前より右眼の腫脹が出現し当院眼科を紹介受診した.右眼は光覚なく,全眼球炎の所見.血液検査で白血球数およびCRPの高値を認めた.全身CTで原発巣は不明だった.前房水の塗抹検鏡でグラム陽性双球菌を認めた.全身状態不良なため,抗菌薬の全身投与および点眼・硝子体内注射による保存的加療を開始し,翌日内科へ転院した.前房水培養にてムコイド型肺炎球菌が同定され,血清型3型と判明した.血液培養は陰性だった.考察:本症例は莢膜血清3型肺炎球菌によるIPDと考えられた.今後,高齢者に対する肺炎球菌ワクチンが定期接種になったことによるIPD発症の抑制が期待される.Introduction:Invasivepneumococcaldisease(IPD)isaninfectionofbloodorcerebrospinalfluidbyStreptococcuspneumoniae.WereportacaseofendogenousendophthalmitisbymucoidtypeS.pneumoniae.CaseReport:A70-year-oldbedriddenmalewithahistoryofdiabetes,cerebralinfarction,cardiacinfarction,seniledementiaandcataractsurgerieshaddevelopedlidswellinginhisrighteyefor2weeks.Theeyewasblindduetopanophthalmitis.BloodtestshowedincreasedleukocytesandC-reactiveprotein.Whole-bodyCTscreeningdidnotdetectthefocusofinfection.AqueoushumorsmearshowedGram-positivediplococci.Westartedsystemicandintravitrealantibiotics.MucoidtypeS.pneumoniaeofserotype3waslateridentifiedfromtheaqueoushumor.Bloodcultureresultwasnegative.Conclusion:ThiscasewaslikelyIPDduetoserotype3S.pneumoniae.RoutineimmunizationwithpneumococcalvaccineislikelytoreduceIPD.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(5):724〜727,2016〕Keywords:内因性眼内炎,肺炎球菌,侵襲性肺炎球菌感染症,莢膜,ムコイド型,23価肺炎球菌莢膜多糖体ワクチン.endogenousendophthalmitis,Streptococcuspneumoniae,invasivepneumococcaldisease(IPD),capsule,mucoidtype,23-valentpneumococcalpolysaccharide(PPSV23).はじめに肺炎球菌はヒトの鼻咽頭に常在するグラム陽性球菌である.保菌率は小児で20〜40%,成人で約10%とされ1),急性気管支炎や肺炎などの呼吸器感染症や中耳炎,副鼻腔炎などの耳鼻科領域感染症における重要な起炎菌である.また,ときに髄膜や血液などの無菌的部位から肺炎球菌が検出される侵襲性肺炎球菌感染症(invasivepneumococcaldisease:IPD)を発症する.2013年4月からIPDは感染症法で定める5類感染症に指定され,本菌が髄液または血液中から検出された場合は7日以内に保健所への届け出が必要となった.眼科領域では肺炎球菌は結膜炎,涙囊炎,角膜炎の原因菌として知られるが,眼内炎の起炎菌となる頻度は多くない.1991年の秦野らの報告によると,眼内炎と診断された全症例の280眼323例中,2例のみ肺炎球菌が同定され,1例は外傷後,もう1例は手術後であった2).それ以降に国内での肺炎球菌による内因性眼内炎は矢吹らや児玉ら,豊島らからいずれも1例報告されていて,そのうち2例は失明に至っており,予後不良な疾患である3〜5).今回,筆者らは高齢者に発症した血清型3型肺炎球菌による内因性眼内炎を経験したので報告する.I症例患者:70歳,男性.主訴:右眼の腫脹.既往歴:脳梗塞後遺症(左半身麻痺),頭部外傷後脳挫傷後遺症,虚血性心疾患カテーテル治療後,脂質異常症,糖尿病〔HbA1C(NGSP値)5.9%〕,左上腕骨骨折後.肺炎球菌ワクチン接種歴:不明.内眼手術歴:5年前に両眼の白内障手術.現病歴:2014年9月頃から,体調不良で寝たきりになり,食事もできなくなった.10月上旬に右眼から膿が出現したが,本人は自覚症状を訴えなかった.10月中旬に近医眼科を受診し,右眼眼内炎の疑いにて当院へ紹介受診となった.初診時所見:初診時の視力は右眼光覚なし,左眼0.5(矯正不能).眼圧は右眼触診にて低眼圧,左眼16mmHgであった.右眼眼瞼は発赤腫脹しており,大量の膿が付着していた(図1a).涙囊部に異常なく,涙点からの膿の排出はなかった.前眼部所見は右眼の高度な結膜充血があり,前房内は前房蓄膿で満ちていた(図1b).フルオレセイン染色では,角膜全体にびらんがあったが,角膜膿瘍,潰瘍,穿孔はなかった(図1c).眼底は透見不能だった.左眼に炎症所見はなく,眼底に黄斑萎縮を認めた.右眼のBモードエコーで,硝子体混濁と網膜下膿瘍が疑われた(図1d).全身状態は酸素飽和度(SpO2)96%,体温35.7℃,血圧128/65mmHg,脈拍93回/分であり,意識レベルは傾眠傾向であった.感染源検索のため血液検査および全身の単純CT,血液培養2セットを行った.血液検査では白血球数11,700個/μl(基準値3,900〜9,700個/μl),C反応性蛋白(CRP)23.21mg/dl(基準値0.3mg/dl未満)と炎症反応が高値であった.凝固系マーカーはフィブリン/フィブリノーゲン分解産物(FDP)8.1μg/ml(基準値10μg/ml以下),Dダイマー3.2μg/ml(基準値1μg/ml以下),血小板30.5万個/μl(基準値15.3万〜34.6万個/μl)であり,播種性血管内凝固症候群(DIC)はなかった.肝胆膵系酵素としてAST,ALT,ALP,g-GTPはいずれも軽度高値を示した.全身CTでは他臓器に明らかな感染巣は認められなかった.起炎菌検索のため前房穿刺による眼内液採取を行い迅速塗抹検鏡を行ったところ,好中球に貪食されるグラム陽性双球菌を認めた(図2a).白内障術後眼内炎の可能性は否定できないが,術後眼内炎による眼局所の炎症のみでCRPが23.21mg/dlと非常に高くなるとは考えにくい.意識レベルの低下も伴っているため,何らかの全身的な感染巣からの内因性眼内炎が考えられた.すでに光覚がなく全身状態も悪いため,同日局所麻酔にて眼球内容除去術を行う方針となった.しかし,球後麻酔後も体動が激しいため眼球内容除去術は中止し,バンコマイシン1mgの硝子体内注射を行い終了した.その後,アンピシリン1gを1日4回点滴,1.5%レボフロキサシン点眼6回,セフメノキシム点眼6回,オフロキサシン眼軟膏1回眠前を行い,保存的に加療を行った.感染源不明の敗血症に対する全身精査および治療が必要と考えられたため,入院翌日にかかりつけ病院へ転院となった.後日,判明した血液培養の結果は陰性であった.眼内液の細菌培養結果でムコイド型コロニーを形成するStreptococcuspneumoniaeが分離された(図2b).MultiplexPCR法5)を用いて分離菌株の莢膜抗原検査を行ったところ,血清型3型と判明した.後日,転院先病院に治療経過について問い合わせを行ったところ,感染源は不明であったがカルバペネム系抗菌薬全身投与を行い全身状態は回復し,眼感染症も退縮傾向であるとの報告を受けた.II考按内因性眼内炎は転移性眼内炎ともよばれ,遠隔臓器の感染原発巣から起炎菌が血行性に眼内に移行したものである.内因性は全眼内炎の2〜6%と外因性のものに比べ稀だが,視力予後はきわめて不良である6).また,患者背景として糖尿病や経静脈による薬剤使用,悪性腫瘍,自己免疫疾患などをもち,敗血症を伴っているため,内科的な評価および加療を要する6).内因性眼内炎の感染源は肝膿瘍がもっとも多く,ついで肺炎・心内膜炎が続く7).起炎菌はグラム陰性菌が55%を占め,なかでもKlebsiellapneumoniaeが27%ともっとも多く,肺炎球菌は5%であったと報告されている7).本症例では,採取した眼内液からムコイド型肺炎球菌が培養検査にて検出された.血液培養では肺炎球菌は検出されなかったが,血液検査での炎症反応の高度上昇から考えると,何らかの感染源から敗血症に発展し,眼内へ転移したと考えられる.肺炎球菌が眼内炎の原因になる場合は,外因性が多い.Millerら9)は肺炎球菌による眼内炎について調査したところ,27症例中2例のみ内因性で,その他はすべて外因性であった.外因としては内眼手術後や角膜潰瘍,ブレブ感染,眼球破裂術後などであったと報告している8).肺炎球菌性眼内炎の最終視力は0.05以上が30%,0.05以下が70%,光覚なしが37%であり,視力予後不良である8).今回の筆者らの症例でも受診時すでに光覚がなく,眼球内容除去術の適応であった.肺炎球菌の病原性因子として,おもなものに付着因子,莢膜,細胞壁成分,pneumolysin,autolysin,neuraminidase,IgA1proteaseなどがあげられる9,10).莢膜は好中球,マクロファージからの抗貪食作用があり,病原因子としてもっとも重要である.現在,肺炎球菌の血清型は93種類以上が知られており,血清型の違いにより貪食殺菌に対する抵抗性の違いが生じる10).一方,肺炎球菌は血液寒天培地の発育形式によりスムース型(S型)とムコイド型(M型)に分けられ,26%がムコイド型であり,ムコイド型の90%以上が血清型3型である11).3型は莢膜が厚いため抗貪食作用が強く強毒性を示し,死亡例が多いことが報告されている12).Sandersらはウサギ眼内炎モデルにおいて,莢膜欠損株と野生株の病原性を検討し,莢膜を有する野生株のほうが網膜障害が高度であったことを報告している13).菌血症を伴う肺炎や髄膜炎などのIPDの対策として,ワクチンが重要な位置を占める.わが国では23価肺炎球菌莢膜多糖体ワクチン(23-valentpneumococcalpolysaccharide:PPSV23)は2歳以上のハイリスク者や高齢者を対象にIPDと肺炎の予防目的で1988年に承認された.PPSV23は90種類以上の血清型のうち,IPDと肺炎で頻度の高い23種類の血清型の莢膜多糖体を含む有用なワクチンであるが,2010〜2012年の65歳以上の推定接種率は7.8%と低い9).その後,2014年10月から高齢者を対象とした肺炎球菌ワクチンの定期接種が開始されたことから,接種率の向上が期待される.IPDの発症数が減少すれば,肺炎球菌による内因性眼内炎の症例も減少することが予想される.また,Sandersらは,PPSV23とpneumolysinで受動免疫されたウサギでは眼内炎の重症度が低く,網膜の機能および組織障害が少なかったと報告しており14),眼内炎発症後の組織障害程度に対しても差が生じる可能性がある.今回の症例では,肺炎球菌接種歴は不明であったが,今後,肺炎球菌性眼内炎を経験した場合,ワクチン接種歴が眼内炎の重症度や進行度,予後を推定するのに役立つかもしれない.今後,ヒトにおける肺炎球菌性眼内炎へのワクチン効果の研究が期待される.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)Dovielmm:Streptococcuspneumoniae.In:Mandell,Douglas,andBennett’sPrinciplesandPracticeofInfectiousDiseases.7thed(MandelGL,BennettJE,DolinReds.).ChurchillLivingstone,Philadelphia,p2623-2642,20102)秦野寛,井上克洋,的場博子ほか:日本の眼内炎の現状─発症動機と起炎菌─.日眼会誌95:369-376,19913)矢吹輝,石倉宏恭,津田雅庸ほか:肺炎球菌性敗血症の経過中に多彩な合併症を来した1症例─特にpurpurafulminansおよび細菌性眼内炎の合併を中心に─.日眼救医誌:429-433,20014)児玉桂一,島田郎,清水隆之ほか:肺炎球菌による敗血症を来し化膿性脊椎炎・化膿性膝関節炎・細菌性眼内炎を合併した糖尿病の1例.糖尿病44:235-240,20015)豊島馨,岩田英嗣,中村誠:転移性眼内炎に対する硝子体手術後に交感性眼内炎を発症した1例.臨眼61:1905-1907,20076)PCRdeductionofpneumococcalserotypes.CentersforDiseaseControlandPrevention.http://www.cdc.gov/streplab/pcr.html7)喜多美穂里:転移性眼内炎.あたらしい眼科28:351-356,20118)JacksonTL,ParaskevopoulosT,GeorgalasIetal:Systematicreviewof342casesofendogenousbacterialendophthalmitis.SurvOphthalmol59:627-635,20149)MillerJJ,ScottIU,FlynnHWJretal:EndophthalmitiscausedbyStreptococcuspneumoniae.AmJOphthalmol138:231-216,200410)西順一郎:侵襲性肺炎球菌感染症とワクチンによる予防.ModMedia59:273-283,201311)土橋佳子,水谷玲子,永武毅:肺炎球菌の病原性.日胸臨63:423-429,200412)明石敏,河野緑,保科定頼ほか:小規模医療施設から分離された肺炎球菌の疫学的研究.慈恵医大誌77:743,200313)WeinbergerDM,HarboeZB,SandersEAetal:Associationofserotypewithriskofdeathduetopneumococcalpneumonia:ameta-analysis.ClinInfectDis51:692-699,201014)SandersME,NorcrossEW,RobertsonZMetal:TheStreptococcuspneumoniaecapsuleisrequiredforfullvirulenceinpneumococcalendophthalmitis.InvestOphthalmolVisSci52:865-872,201115)SandersME,TaylorS,TullosNetal:PassiveimmunizationwithPneumovax®23andpneumolysinincombinationwithvancomycinforpneumococcalendophthalmitis.BMCOphthalmol13:8,2013〔別刷請求先〕齊藤千真:〒371-8511群馬県前橋市昭和町3-39-15群馬大学医学部眼科Reprintrequests:KazumaSaito,DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversitySchoolofMedicine,3-39-15Showa-machi,Maebasi-si,Gunma371-8511,JAPAN図1初診時の右眼所見a:右眼瞼の発赤腫脹.b:高度な結膜充血があり,前房内は黄色膿で満ちていた.角膜膿瘍,潰瘍,穿孔はなかった.c:フルオレセイン染色で角膜全体に上皮びらんを認めた.d:Bモードエコーでは硝子体混濁と網膜下膿瘍が疑われた図2塗抹・培養所見a:眼内液の塗抹検査にて好中球に貪食されるグラム陽性の双球菌を認めた.b:血液寒天培地上でムコイド型コロニーを形成する肺炎球菌が同定された.0792140-181あ0/た160910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(101)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016725726あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(102)(103)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016727

結膜炎症状で発症した眼窩蜂巣炎の1例

2016年5月31日 火曜日

《第52回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科33(5):719〜723,2016©結膜炎症状で発症した眼窩蜂巣炎の1例平木翔子岡本紀夫山雄さやか渡邊敬三橋本茂樹福田昌彦下村嘉一近畿大学医学部眼科学教室ACaseofOrbitalCellulitisfollowingConjunctivitisShokoHiraki,NorioOkamoto,SayakaYamao,KeizoWatanabe,ShigekiHashimoto,MasahikoFukudaandYoshikazuShimomuraDepartmentofOphthalmology,KindaiUniversityFacultyofMedicine目的:結膜炎症状で発症した眼窩蜂巣炎の1例を経験したので報告する.症例:66歳,女性.2014年12月末に後頭部痛を自覚.その後,眼瞼の痛みを自覚し2015年1月5日に近医を受診.左眼の結膜炎と診断され0.5%レボフロキサシン点眼,0.1%フルメトロン点眼をするも改善されないため当科受診となる.初診時矯正視力は右眼1.2,左眼1.0pで,眼圧は右眼17mmHg,左眼23mmHgであった.前眼部所見では右眼は正常であったが,左眼は全周にわたる充血と下方の結膜の浮腫を認め一部は黄色の液体であった.ただし眼脂を認めていない.眼底所見は両眼とも視神経乳頭浮腫はなかった.若干の眼球運動障害があったのでHess試験を施行したところ,左眼の眼球運動障害を認めた.眼窩蜂巣炎を疑いCT検査をしたところ,炎症波及の原因となる副鼻腔炎を認めない眼窩蜂巣炎であった.ただちにセフェピム塩酸塩1g/日の点滴を開始した.その後,自覚症状は改善し結膜所見,Hess試験の所見も改善した.結論:本症例は既往歴に高血圧があるのみで,軽度の結膜炎から眼窩蜂巣炎に至ったと推察した.軽度の結膜炎に眼球運動障害がある場合,眼窩蜂巣炎を念頭に置く必要がある.Purpose:Wereportacaseoforbitalcellulitisthatfollowedconjunctivitis.Case:Thepatient,a66-year-oldfemale,complainedofoccipitalheadachearoundtheendofDecember2014.LatershefeltthepaininherleftlidareaandvisitedanearbyeyecliniconJanuary5,2015.Herconditionwasdiagnosedasconjunctivitis(OS)andtreatedwith0.5%levofloxacinand0.1%fluorometholoneeyedrops.However,thesymptomspersisted;shethereforevisitedourclinic.Atfirstvisittous,herbest-correctedvisualacuitywas1.2(OD)and1.0p(OS).Ocularpressurewas17mmHg(OS)and23mmHg(OU).Totalrednessofthebulbarconjunctiva,withedemainthelowerpart,wasobservedinherlefteye.Insomeareaofthatedema,therewasyellowishfluid.Herrighteyelookednormal.Therewasnosignoflidswellingordischarge.Wefoundmilddisorderinhereyemovement(OS)ontheHesschartdiplopiatest.Thepatientwasdiagnosedwithorbitalcellulitis,basedonlidandconjunctivaswellingandsoftshadowintheorbitaltissueasrevealedbyCTscan.ThesinusitiswasnotapparentonCTscan.Wetreatedherwithcefepime1g/dayDIVandhersymptomsandocularsignswerewelleased.Conclusion:Wesuggestthatthisorbitalcellulitiswasinducedbymildconjunctivitis,sincehergeneralconditionwasquitenormal,despitepastmildhypertension.Weshouldbecarefulwhenseeingmildconjunctivitiscombinedwitheyemovementdisorder.Therecouldbeorbitalcellulitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(5):719〜723,2016〕Keywords:眼窩蜂巣炎,結膜炎,眼球運動.orbitalcellulitis,conjunctivitis,ocularmotility.はじめに眼窩蜂巣炎は慢性および急性の副鼻腔炎に多く発症し,副鼻腔の未発達な小児によくみられるが,成人でもまれではない.抗菌薬がなかった時代には約25%が死亡し,25%が失明していた.今日でもときに致死的であり,重要な疾患である.今回筆者らは,高血圧があるのみで,軽度の結膜炎と眼球運動障害から画像検査を行い眼窩蜂巣炎の診断に至り抗菌薬の点滴にて速やかに治癒した1例を経験した.眼窩蜂巣炎の早期診断に寄与すると考えられたので報告する.I症例患者:66歳,女性.主訴:違和感(左眼),複視.既往歴:高血圧.現病歴:2014年12月末に後頭部痛を自覚.その後,眼瞼の痛みを自覚し2015年1月5日に近医を受診.左眼の結膜炎と診断され0.5%レボフロキサシン点眼,0.1%フルメトロン点眼をするも改善されないため当科受診となる.初診時所見(2015年1月8日):矯正視力は右眼(1.2×sph+2.00D(cyl−1.00DAx80°),左眼(1.0p×sph+1.25D(cyl−1.00DAx60°).眼圧は右眼17mmHg,左眼23mmHg.前眼部所見では右眼は正常であったが,左眼は全周にわたる結膜充血と下方の結膜の浮腫を認め,一部は黄色の液体であった(図1).ただし眼瞼腫脹と眼脂を認めていない.両眼とも前房に炎症所見はなかった.眼底所見は両眼とも視神経乳頭浮腫はなかった(図2).若干の眼球運動障害があったのでHess試験を施行したところ,左眼の眼球運動障害を認めた(図3).眼窩蜂巣炎を疑いCT検査をしたところ,左眼瞼・眼球結膜は肥厚し,眼窩内に軟部影が広がっていた.涙腺の肥大,副鼻腔炎,骨破壊像は認めなかった(図4).以上の所見より眼窩蜂巣炎と診断し,近医処方の点眼薬の継続に加え,セフェピム塩酸塩1g/日の点滴をただちに開始し3日間投与した.その後はセフカペンピボキシル塩酸塩100mg3錠/日の内服を7日間投与した.II経過1月10日の再診時には自覚症状は改善し,結膜所見はやや改善していた(図5).2月26日にはHess試験の所見も改善した(図6).3月26日の視力は右眼(1.5×sph+1.75D(cyl−1.00DAx80°),左眼(1.2×sph+1.50D(cyl−1.00DAx60°).眼圧は右眼14mmHg,左眼15mmHg.結膜は正常化した.III考按眼窩蜂巣炎は眼窩内の脂肪組織の感染症で,びまん性に化膿性浸潤を生ずる急性化膿性炎症である.ときに限局性化膿巣をつくることがあるが,抵抗力が少なく,かつ静脈系の豊富なところから炎症が容易に拡大しやすく,生命に対しても視力に対しても,重大な障害を及ぼすことがある.原因として小児では副鼻腔炎の眼窩内穿破がもっとも多く,成人では糖尿病や免疫抑制状態患者に多いとされている1〜6).眼科的に救急を要する疾患の一つである.近年の抗菌薬の発達により,以前の死亡率25%前後から激減したが,なお2〜3%の死亡率がある7,8).眼窩蜂巣炎の症状は,1)眼瞼の強い腫脹,開瞼不能,2)球結膜浮腫,3)炎症性眼球突出,4)眼球運動障害,複視,5)三叉神経痛,6)視力障害,7)発熱がある1〜4).本症例は球結膜浮腫と眼球運動のみで,眼窩蜂巣炎に特徴的な眼瞼浮腫・開瞼不能,炎症性の突出を認めなかった.眼窩蜂巣炎は一般的には結膜炎から進展することはないとされているが,高橋ら9)は,ソフトコンタクトレンズ装用中に重篤な結膜炎を初発症状とした眼窩蜂巣炎の1例を報告している.本症例はコンタクトレンズ装用者ではなく,前眼部所見も比較的軽度であった.彼らの症例と同様に健常者であったので原因を究明できなかった.健常者で結膜炎様症状の時期に眼窩蜂巣炎と診断し,適切な治療をすれば有効な治療結果が得られるのではないかと考えた.木村は,眼窩蜂巣炎の一歩手前の前眼窩蜂巣炎というべき症状はまれではないと提唱している11).彼は日常の外来経験から具体例として,他院の抗菌薬の投与で反応しない症例には眼窩周囲の可能性炎症病巣を注意深く検索すべきであると報告している.本症例も近医で抗菌薬が投与されても結膜の所見が改善せず紹介された.若干の眼球運動障害があったのでCTを行ったところ眼窩蜂巣炎の診断に至ったことから,前眼窩蜂巣炎に相当すると思われる.鑑別診断は表1に提示する疾患があげられる1〜5,9).いずれの疾患もCT,MRIが鑑別診断に有用である.眼窩蜂巣炎の起因菌は黄色ブドウ球菌が多く,ついでグラム陽性球菌である肺炎球菌などが多くみられる2,10).小児の場合はHemophilusinfluenzaeが多く重篤化しやすいので注意が必要である2,10).治療法は,細菌検査の結果が待てないときは広域スペクトラムをもつ抗菌薬を投与し,起因菌が黄色ブドウ球菌や肺炎球菌であればペニシリン系,セフェム系,ニューキノロン系の抗菌薬の点滴投与を行う.メシチリン耐性ブドウ黄色ブドウ球菌であればバンコマイシンの投与を行う.その他,眼窩切開術,重篤な場合は眼球摘出術,または眼球内容除去術を行う1〜5,8).本症例は木村11)が提唱する眼窩蜂巣炎の一歩手前の前眼窩蜂巣炎であったためか,抗菌薬の点滴で速やかに治癒することができた.一般的には特徴的な眼瞼腫脹,開瞼不能,炎症性の眼球突出があれば眼窩蜂巣炎を疑うが,ごく初期もしくは前眼窩蜂巣炎であれば見逃す可能性がある.抗菌薬を投与しても改善しない結膜炎をみた場合は,結膜浮腫,眼球運動障害もチェックし,眼窩蜂巣炎が疑わしい場合は積極的にCTを施行すべきである.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)前久保知行,中馬秀樹:眼窩炎症性疾患.あたらしい眼科28:1565-1569,20012)中尾雄三:眼窩蜂巣織炎の診断と治療について教えてください.あたらしい眼科17(臨増):108-110,20003)太根節直:眼窩蜂巣炎.眼科救急ガイドブック(臼井正彦編),眼科診療プラクティス,15.p185-187,文光堂,19954)萩原正博:眼窩蜂窩織炎.眼感染症治療戦略(大橋裕一編),眼科診療プラクティス,21.p96-98,文光堂,19965)FerqusonMP,McNabAA:Currenttreatmentandoutcomeinorbitalcellulitis.AustNZJOphthalmol27:375-379,19996)MuephyC,LivingstoneI:OrbitalcellulitisinScotlandincidence,aetiology,managementandoutcomes.BrJOphthalmol98:1575-1578,20147)Duke-Elder:SystemofOphthalmology,VolXIII,PartII,p866-884,HenryKimpton,London,19748)大橋孝平:眼科臨床のために.p142-143,金原出版,19689)高橋秀徳,渋井洋文,松尾寛ほか:結膜炎症状で発症した眼窩蜂巣炎の1例.あたらしい眼科21:1245-1248,200410)木村泰朗:眼窩蜂巣炎.眼の感染・免疫疾患─正しい診断と治療の手引き─(大野重昭・大橋裕一編),p20-23,メディカルビュー社,199711)木村泰朗:前眼窩蜂巣炎症状!?眼の感染・免疫疾患─正しい診断と治療の手引き─(大野重昭,大橋裕一編),p45-46,メディカルビュー社,1997〔別刷請求先〕平木翔子:〒589-8511大阪府大阪狭山市大野東377-2近畿大学医学部眼科学教室Reprintrequests:ShokoHirakiM.D.,DepartmentofOphthalmology,KindaiUniversityFacultyofMedicine,377-2Ohnohigasi,OsakasayamaCity,Osaka589-8511,JAPAN図1結膜所見左眼で著明な結膜充血と下方に限局した黄色調滲出液を伴う結膜浮腫を認めた.図2初診時眼底所見両眼ともに特記すべき所見を認めなかった.図3初診時Hessチャート左眼の全方向性の眼球運動障害を認めた.図4初診時頭部CT眼瞼,眼球結膜は肥厚し,眼窩内に軟部影(→)が広がっていた.外眼筋,涙腺の肥大,副鼻腔炎,骨破壊像は認めなかった.図52015年1月10日自覚症状は改善し,結膜所見はやや改善を認めた.図62015年2月26日Hessチャート所見は改善している.表1鑑別診断痛み画像備考眼窩炎性偽腫瘍(−)眼瞼,涙腺,外眼筋の腫大悪性リンパ腫(−)生検し病理診断涙腺炎(+)涙腺部涙腺腫大後部強膜炎(+++)強膜の肥厚頸動脈海綿静脈洞瘻(−)上眼動脈の拡大結膜血管拡張海綿静脈洞症候群(−)海綿静脈洞内の血栓,腫瘍IgG4関連疾患(−)眼瞼,涙腺,外眼筋の腫大生検し病理診断,血清IgG4測定甲状腺眼症(−)外眼筋のコカコーラボトル様肥大0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(95)719720あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(96)(97)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016721722あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(98)(99)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016723

デング熱黄斑症の1例

2016年5月31日 火曜日

《第52回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科33(5):714〜718,2016©デング熱黄斑症の1例東友馨*1保坂大輔*2常岡寛*1*1東京慈恵会医科大学眼科学講座*2町田市民病院眼科ACaseofDengueFeverMaculopathyYukaHigashi1),DaisukeHosaka2)andHiroshiTsuneoka1)1)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,MachidaMunicipalHospital国内感染にてデング熱に罹患し,黄斑症を合併した症例を経験したので報告する.20歳,男性,東京都代々木公園で蚊に刺され,その後近医内科にてデング熱と診断された.霧視も出現してきたため,町田市民病院へ紹介受診となった.初診時の矯正視力は右眼0.1,左眼0.6,硝子体内に炎症細胞を認めた.眼底は両眼ともに黄斑部の出血,軟性白斑を伴う網膜浮腫,視神経乳頭腫脹を認めた.Goldmann視野検査では両眼に中心比較暗点を認めた.0.1%ベタメタゾン点眼を開始,1週間後には矯正視力は右眼0.9,左眼1.2と改善した.眼底も両眼ともに黄斑部の出血・軟性白斑を伴う網膜浮腫,視神経乳頭腫脹は改善した.デング熱黄斑症は多くが自然軽快し,視力予後も良好である.眼合併症の発生頻度,機序は不明だが,免疫介在性の反応と推測されている.Wereportacaseofdenguefevermaculopathyinadomesticinfection.A20-year-oldmalebittenbyamosquitoinTokyo’sYoyogiParkwasdiagnosedafewdayslaterwithdenguefeverbyaninternalmedicineclinic.Sinceblurredvisionoccurred,theMachidaMunicipalHospitalDepartmentofOphthalmologywasconsulted.Atfirstconsultation,best-correctedvisualacuity(BCVA)intherighteyewas0.1,lefteyewas0.6andtherewerecellsintheposteriorvitreous.Macularretinalhemorrhages,edemawithsoftexudatesandopticdiscswellingwereobservedinbotheyes.Centralscotomawaspresent,so0.1%betamethasoneeyedropswereinitiated.BCVAimprovedafter1week,righteye0.9,lefteye1.2.Macularhemorrhages,edemawithsoftexudatesandopticdiscswellingdisappeared.Alargenumberofpatientshavehaddengue-relatedoculardiseasethatresolvedspontaneouslywithouttreatment,andwithgoodvisualprognosis.Althoughthemechanismisunclear,immunologicphenomenaareinvolved.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(5):714〜718,2016〕Keywords:デング熱,黄斑症,網膜出血,黄斑浮腫,視神経乳頭腫脹,国内感染.denguefever,maculopathy,retinalhemorrhages,macularedema,opticdiscswelling,domesticinfection.はじめにデング熱はデングウイルスが蚊を媒介して人へ感染する急性熱性感染症である.アジア,中東,アフリカ,中南米,オセアニア地域で流行しており,年間1億人近くの患者が発生していると推定される1).とくに近年では東南アジアや中南米で患者の増加が顕著となっている.こうした流行地域で,日本からの渡航者がデングウイルスに感染するケースも多い2,3).2014年の夏季には輸入症例により持ち込まれたと考えられるウイルスにより162例の国内感染が発生した3).国内感染例の大部分は東京都代々木公園周辺への訪問歴があり,同公園周辺の蚊に刺咬されたことが原因と推定された.デング熱は発熱,頭痛,発疹などが主症状であるが,まれに黄斑症,ぶどう膜炎などの眼合併症により視力低下をきたすことがある4).デング熱の眼合併症は海外での報告は多いが,国内での報告は輸入症例での報告が散見されるのみであった.今回国内感染でのデング熱に黄斑症を合併した症例を経験したので報告する.I症例患者:20歳,男性.初診日:2014年9月12日.主訴:霧視,視力低下.既往歴:特記すべき事項なし.現病歴:2014年8月30日に東京都代々木公園に行き蚊に刺咬され,その6日後に40℃の発熱,手足の発赤,咽頭痛が出現した.その後,9月12日に近医内科にてデング熱と診断された.すでに解熱していたが,肝機能障害と血小板減少を認めたため町田市民病院(以下,当院)の内科へ紹介受診となった.同時に霧視,視力低下を自覚したため眼科も受診した.初診時内科所見:体温36.7℃,血圧102/69mmHg,脈拍86回/分.血液検査所見:WBC4,300/μl,Plt6.3万/μl,CRP0.44mg/dl,T-Bil0.9mg/dl,GOT104IU/l,GPT111IU/l,ALP110IU/l,LDH532IU/l,BUN15mg/dl,Cr0.7mg/dl胸部X線撮影検査:異常所見なし.心電図検査:異常所見なし.眼科初診時所見:視力は右眼(0.1×sph−3.75D),左眼(0.6×sph−3.25D)であった.眼圧は右眼8mmHg,左眼8mmHg.結膜充血,毛様充血はなく,前房蓄膿,角膜後面沈着物や前房細胞も認めなかった.虹彩,隅角に結節は認めなかった.硝子体内には軽度の炎症細胞を認めたが,硝子体混濁はみられなかった.両眼の眼底には黄斑部の出血,軟性白斑を伴う網膜浮腫,視神経乳頭腫脹を認めた(図1).黄斑部の光干渉断層計(OCT)所見では両眼網膜外層の囊胞様浮腫,左眼では中心窩の部分にわずかに漿液性網膜剝離を伴っていた(図2).アーケード外の網膜には出血,白斑,血管炎,滲出斑はみられなかった.初診時よりデング熱の診断がされており,他の感染性,非感染性のぶどう膜炎を積極的に疑う眼所見がなかったため,また速やかに自然軽快したため,各種血清抗体測定(梅毒反応,トキソプラズマ抗体,サイトメガロウイルス抗体,HTLV-1抗体,単純ヘルペス,水痘帯状疱疹ウイルス抗体,Bartonellahenselae抗体),アンギオテンシン変換酵素,血清リゾチーム,ツベルクリン反応,髄液検査,気管支鏡検査などは施行しなかった.臨床経過:当院受診時はすでに解熱されており肝機能障害,血小板減少をきたしていた.デング熱ウイルスによる眼底の血管障害をきたしていると考えられたため,0.1%ベタメタゾン点眼液を両眼1日4回開始,治療開始4日目に矯正視力は右眼0.5,左眼1.0と改善,血小板減少も正常値に改善した.眼底所見も出血および黄斑浮腫の改善を認め(図3),OCTでも,鼻側の網膜外層に一部浮腫が残存していたが改善を認めた(図4).Goldmann視野検査では両眼に中心比較暗点を認めた(図5).治療開始1週間後には矯正視力は右眼0.9,左眼1.2とさらに改善し,網膜出血,軟性白斑も右眼はほぼ消失,左眼はわずかに残存する程度であった(図6).OCTはellipsoidzoneが不整だが,鼻側の浮腫も改善を認めた(図7).0.1%ベタメタゾン点眼は終了としたところ,その後の受診は自己中断した.II考按デング熱は蚊(ネッタイシマカAedesaegypti,ヒトスジシマカAedesalbopictus)によって媒介されるデングウイルスの感染症である.発生地域は熱帯・亜熱帯地域,とくに東南アジア,南アジア,中南米,カリブ海諸国であるが,アフリカ・オーストラリア・中国・台湾においても発生している.全世界では年間約1億人がデング熱を発症している1).日本における媒介蚊はヒトスジシマカである.日本におけるヒトスジシマカの活動はおもに5月中旬〜10月下旬にみられ,冬季に成虫は存在しない.ヒトスジシマカの発生数は国内全域で非常に多く,本州から四国,九州,沖縄,小笠原諸島まで広く分布していることが確認されている2).海外渡航で感染し国内で発症する例(輸入症例)が増加しつつあり,2014年の夏季には本症例のように輸入症例により都内の代々木公園をはじめとする公園にウイルスが持ち込まれ,国内流行が発生した.感染症法に基づく発生動向調査に報告された2014年のデング熱症例は計341例,うち国内感染例162例,国外感染例179例であった3).デングウイルスはフラビウイルス科に属し,4種の血清型が存在する.報告によりさまざまであるが,約50〜80%が不顕性感染であると考えられている5,6).感染後2〜15日の潜伏期間の後に,突然の高熱で発症し,頭痛,眼痛,顔面紅潮,結膜充血,全身の筋肉痛,骨関節痛,全身倦怠感などの症状が起こる.発熱は二峰性であることが多く,発病後2〜7日で解熱する.解熱時期に発疹が出現することが多く,胸部,体幹に始まり四肢や顔面に広がることもある.症状は1週間程度で回復するが,ごくまれに血漿漏出に伴うショックと出血傾向をおもな症状とするデング出血熱という致死的病態が出現することがある4,7,8).デング熱の眼合併症は発症から7日頃に血小板減少とともに出現し,眼症状は眼痛,視力低下,霧視,視野障害,飛蚊症,変視症,小視症などさまざまである.眼所見は結膜下出血,虹彩炎,ぶどう膜炎,網膜出血,網膜細静脈炎,黄斑浮腫,視神経浮腫などさまざまな所見を呈する6〜8).今回の症例では施行していないが,フルオレセイン蛍光眼底造影検査では網膜血管炎に一致した蛍光漏出がみられることが報告されている4,7,8).また,インドシアニングリーン蛍光眼底造影検査で脈絡膜血管の過蛍光・漏出がみられることがあるが,可逆性である4,7,8).OCTでは本症例のように網膜外層の浮腫,漿液性網膜剝離を認めることが多い4).黄斑部に網膜色素上皮から隆起する黄橙色病変が出現することもあり,その部分に一致した網膜外層の肥厚化がみられる9).また,視野検査では,中心暗点を呈する4,7).多くが自然軽快し,視力予後も良好である.治療が必要な場合はステロイドの点眼やTenon囊下注射などの局所投与,重症例ではステロイド内服やパルス療法の全身投与,さらに免疫グロブリン投与を行う報告もある8).本症例は0.1%ベタメタゾン点眼液を開始したところ,4日という短期間で眼所見の急速な改善を認めた.ステロイド点眼が著効したのではなく,自然経過で改善した可能性もあると考えられる.眼合併症の発生頻度,機序は不明だが,免疫介在性の反応と推測されている7,8).発生頻度の高いシンガポールの報告では,2005年に流行した血清1型のデングウイルスにおいて,黄斑症は10%の割合で出現したにもかかわらず,2007年に流行した血清2型では眼合併症は認めなかった8).2014年夏季に流行した国内例はすべてが血清1型であった10).このことからウイルスの血清型によって,眼合併症が出現する頻度が変わるものと予測される.2014年夏季に流行したデング熱は,約70年ぶりに確認されたデング熱の国内感染であった11).これまでデング熱による眼合併症の国内報告は輸入症例によるもののみであり,国内感染での黄斑症の報告は,本例が国内初の報告であると思われる12〜14).世界の温暖化や社会のグローバル化により今後もデング熱の国内感染は増加する可能性があり,眼合併症についての理解を深めておく必要がある.また,まれに重症化する例もあるため,診断や加療において迅速な対応が望まれる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)LohBK,BacsalK,CheeSPetal:Foveolitisassociatedwithdenguefever:acaseseries.Opthalmologica222:317-320,20082)国立感染症研究所:デング熱・チングニア熱の診療ガイドライン2015年3)国立感染症研究所:〈特集〉デング熱・デング出血熱2011〜2014年.IASR36:33-34,20154)KhairallahM,JellitiB,JenzeriS:Emergentinfectiousuveitis.MiddleEastAfrJOphthalmol16:225-238,20095)KnipeDM,HowleyPM:FieldsVirology.6thedition.WoltersKliwer,Riverwoods,20136)TienNTK,LuxemburgerC,ToanNTetal:AprospectivecohortstudyofdengueinfectionschoolchildreninLongXuyen,Vietnam.TransRSociTropMedHyg104:592-600,20107)NdAW,TeohSC:Dengueeyedisease.SurvOphthalmol60:106-114,20158)YipVC,SanjayS,KohYT:Ophthalmiccomplicationsofdenguefever:asystematicreview.OphthalmolTher1:2,20129)Gea-BanaclocheJ,JohnsonRT,BagicAetal:WestNilevirus:Pathogenesisandtherapeuticoptions.AnnInternMed140:545-553,200410)国立感染症研究所:デング熱報告例に関する記述疫学.http://www.nih.go.jp/niid/ja/id/693-disease-based/ta/dengue/idsc/iasr-news/5410-pr4211.html11)三浦邦治,川田真幹,柿本年春ほか:約70年ぶりに確認された国内感染デング熱の第1例に関する報告.IASR36:35-37,201512)永田洋一:デング熱にみられた眼病変.眼臨101:483-486,200713)鹿内真美子,八代成子,武田憲夫ほか:眼病変を合併したデング出血熱の2例.眼紀55:697-701,200414)鵜飼環栄,伊藤博隆,杉田公子ほか:眼底出血を伴うデング熱の1例.眼臨93:1285,1999〔別刷請求先〕東友馨:〒105-8461東京都港区西新橋3-25-8東京慈恵会医科大学眼科学講座Reprintrequests:YukaHigashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicine,3-25-8Nishishinbashi,Minato-ku,Tokyo105-8461,JAPAN図1初診時眼底写真両眼の眼底に黄斑部の出血,軟性白斑を伴う網膜浮腫,視神経乳頭腫脹を認める.図2初診時黄斑部の光干渉断層計(OCT)所見両眼の黄斑部に網膜外層の浮腫,左眼ではわずかに漿液性網膜剝離を認める.図3治療開始4日目の眼底写真出血および黄斑浮腫の改善を認める.図4治療開始4日目のOCT左眼鼻側の網膜外層に一部浮腫が残存していたが,改善がみられる.図5Goldmann視野検査両眼に中心比較暗点を認める.図6治療開始1週間後の眼底写真右眼の網膜出血,軟性白斑はほぼ消失,左眼はわずかに残存する程度である.図7治療開始1週間後のOCT左眼のellipsoidzoneが不整だが,鼻側の浮腫は改善を認める.791140-181あ0/0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(91)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016715716あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(92)(93)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016717718あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(94)

単純ヘルペスウイルス角膜炎が疑われた乳児例の検討

2016年5月31日 火曜日

《第52回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科33(5):711〜713,2016©単純ヘルペスウイルス角膜炎が疑われた乳児例の検討白木夕起子庄司純稲田紀子日本大学医学部視覚科学系眼科学分野CaseReportofInfantilePatientwithClinicalSuspectedHerpesSimplexKeratitisYukikoShiraki,JunSyojiandNorikoInadaDivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine目的:単純ヘルペスウイルス(HSV)角膜炎が疑われた乳児の症例報告.症例:生後4カ月,男児.当科初診時,右眼角膜下方に角膜表層の斑状浸潤性混濁を伴う角膜実質混濁がみられた.初診時の角膜病巣擦過検体による検査所見は,1.単純ヘルペスウイルスキット:陰性,2.HSV-DNAに対するreal-timePCR法:59copies/sample,3.細菌分離培養検査:Staphylococcuswarneriであった.オフロキサシン眼軟膏単独治療では病状の改善はみられなかったが,第4病日からオフロキサシン眼軟膏とアシクロビル眼軟膏の併用療法を行ったところ,第7病日から眼瞼腫脹,充血および角膜混濁が軽快した.本症例は,臨床検査結果および治療経過からHSV角膜炎と診断した.結論:生後1歳未満の乳児に発症するHSV角膜炎は,非典型的な角膜所見を呈するため,診断には十分に注意する必要があると考えられた.Purpose:Casereportofaninfantilepatientwithclinicalsuspectedherpessimplexkeratitis.Case:Thepatient,a4month-oldmale,atfirstexaminationshowedcornealstromalopacitywithmacularinfiltratingturbidityatthelowercornealsurfaceintherighteye.Laboratoryfindingsbyscrapedspecimenwereasfollows:1.herpessimplexviruskit:negative;2.real-timePCRofHSV-DNA:59copies/sample;3.bacterialisolationcultureinspection:Staphylococcuswarneri.Treatmentwithofloxacinophthalmicointmentalonedidnotprovidesymptomaticimprovement.Butcombinationtherapywithofloxacinophthalmicointmentandacyclovirophthalmicointmentfromthe4thhospitaldayyieldedimprovementoflidmarginswelling,hyperemiaandcornealopacitybythe7thhospitalday.Fromclinicalexaminationandcourseoftreatment,wediagnosedthiscaseasherpessimplexkeratitis.Conclusion:Becauseherpessimplexkeratitisininfantslessthanoneyearoldshowsatypicalcorneaviews,suchcasesmustbediagnosedcarefully.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(5):711〜713,2016〕Keywords:単純ヘルペスウイルス角膜炎,PCR,乳児.herpessimplexkeratitis,polymerasechainreaction,sucklingbaby.はじめに単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)1型感染症は,乳幼児期に初感染した後,HSVが三叉神経節に潜伏感染する1)が,ストレス,寒冷,ステロイドの使用,睡眠不足,紫外線曝露,外傷,手術などの誘因によって再活性化されると,口唇ヘルペス,単純ヘルペス眼瞼炎および単純ヘルペスウイルス角膜炎(herpessimplexkeratitis:HSK)などを発症すると考えられている.初感染時の臨床症状は,無症候性のものから,カポジ水痘様発疹症を呈する重症例まであり,前眼部病変としては,眼瞼炎,結膜炎,星状角膜炎や樹枝状角膜炎に代表される上皮型角膜炎などが知られている.HSVの再活性化により発症する角膜炎は,上皮型の樹枝状角膜炎と地図状角膜炎,実質型の円板状角膜炎と壊死性角膜炎,および内皮型の角膜内皮炎などに分類されている2〜4).乳児のHSKは,HSVの初感染を契機として発症する角膜炎が多く報告されているが,HSV再活性化によるHSKに関しての詳細は不明な点が多く残されている.今回,筆者らはpolymerasechainreaction(PCR)法を用いてHSKと臨床診断し,治療が奏効した乳児の1例を経験したので,若干の考察を加えて報告する.I症例患者:4カ月,男児.主訴:右眼瞼腫脹,充血.既往歴:正常分娩2,758g,罹患中の全身症状なし.家族歴:家族にヘルペス疾患の感染既往なし,分娩時母親に泌尿生殖器感染症なし.現病歴:2014年2月,母親が右眼の眼瞼腫脹,充血および眼脂に気づいた(第1病日).第2病日に消化器症状が出現したため,小児科を受診した.小児科では,眼症状に対しレボフロキサシン点眼薬を処方されたが,充血がさらに悪化したため,第3病日に近医眼科を受診した.近医眼科では,右眼角膜下方の混濁を指摘され,同日精査目的に当科紹介受診となった.初診時および第4病日所見:初診時(第3病日)のポータブルスリットランプ(SL-15,興和)による細隙灯顕微鏡検査では,右眼角膜下方に多発する角膜表層の白色斑状混濁,およびその周囲に角膜実質混濁がみられた(図1).また,角膜の病巣部に隣接する輪部および球結膜に充血がみられた.前房は深く,フィブリンや前房蓄膿はみられなかった.左眼角結膜には特記すべき異常はなかった.初診時に,角膜炎の原因は不明であり,感染性角膜炎の鑑別診断のため,右眼角膜病変部を輸送培地のスワブで擦過し,細菌分離培養検査に提出した.角膜擦過翌日(第4病日)には,角膜表層の白色斑状混濁は再発しており,樹枝状病変となっていた.角膜実質の浸潤性混濁および結膜充血はやや軽快傾向を示した.樹枝状角膜炎と擦過後の偽樹枝状病変との鑑別診断のため,HSKの迅速診断キットである単純ヘルペスウイルスキット(チェックメイト®ヘルペスアイ,わかもと製薬)を施行した.微生物学的検討:細菌分離培養検査ではStaphylococcuswarneriが極少量検出された.チェックメイト®ヘルペスアイは陰性であったが,その残液を用いて,HSVおよび水痘・帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)に対する定性polymerasechainreaction(PCR)法および定量PCR法であるreal-timePCR法を施行した.定性PCR法では,HSV-DNAが陽性であり,定量PCR法ではHSV-DNAが59copies/sample検出された.VZVは定性および定量PCRともに検出されなかった.この結果から,HSKと診断した.治療経過:治療はオフロキサシン眼軟膏点入3回/日で開始した.角膜擦過後に樹枝状病変を呈した第4病日目からは,樹枝状角膜炎が否定できないため,アシクロビル眼軟膏点入3回/日の追加処方をした.第5病日には結膜充血および角膜実質浸潤性混濁は縮小した.また,角膜表層の樹枝状を呈した白色混濁も軽快傾向を示した.アシクロビル眼軟膏が有効であると判断し,オフロキサシン眼軟膏は中止し,アシクロビル眼軟膏のみ3回/日を継続とした.第12病日には眼瞼腫脹も軽減し,樹枝状の白色混濁は消失した.また,角膜実質浸潤性混濁は軽快し,淡い混濁を残すのみとなった.アシクロビル眼軟膏は,就寝前点入1回/日とし,前医での経過観察となった.II考按HSVの再活性化によるHSKは,臨床所見により上皮型,実質型および内皮型に大別される5).上皮型HSKはterminalbulbやintraepithelialinfiltrationを伴った樹枝状病変や地図状角膜炎でみられるdendritictailが特徴である.また,実質型HSKは,初発時には円板状角膜炎を呈し,角膜中央に実質浮腫およびDescemet膜皺襞がみられ,その部位に一致して角膜後面沈着物を伴うとされている.実質型HSKの再発を繰り返す症例では,壊死性角膜炎となり,角膜病変部への高度の炎症細胞浸潤により,血管侵入を伴う角膜膿瘍様の壊死病巣が形成され,その後の経過により瘢痕形成や脂肪変性などの病変が加わるとされる.また,実質型HSKの病変のなかには,実質の壊死病巣は軽度であるが,細胞免疫性実質型角膜炎(immunestromalkeratitis:ISK)とよばれる病型が存在することが報告されている6).ISKは,独立した実質型HSKの病型として扱われる場合もあるが,わが国の分類では壊死性角膜炎に含まれると考えられている.本症例の角膜炎では,白色斑状上皮下混濁,角膜実質のびまん性浸潤性混濁と経過中にみられた樹枝状病変とが特徴的所見としてみられたが,HSKに特徴的な所見はみられなかった.細菌分離培養検査でSt.warneriが極少量検出されたことから細菌性角膜炎も考慮したが,薬剤感受性試験で感受性ありと判定されたオフロキサシンを使用しても角膜炎には改善傾向がみられず,経過中に樹枝状病変に変化したことから起因菌ではないと判断した.本症例の角膜炎をHSKと診断したうえで病型診断をするとすれば,本症例の臨床所見はISKの臨床所見にもっとも類似していると考えられた.HSKの成人例のなかには,上皮型病変に対するアシクロビル点眼治療の経過中に上皮型病変が実質型病変,とくにISK様病変に移行する症例がみられることがある.このような症例では,経過中に上皮型病変と実質型病変が混在し,非典型病変を呈すると考えられるが,ウイルス量と宿主の免疫学的背景により形成される病変であるとも考えることができる.したがって,乳児の実質型HSKの臨床所見では,宿主の免疫学的防御反応の未熟性による非典型的病変が出現する可能性があると考えられた.乳児のHSKに関する既報は少ない.16歳未満の小児30例を調査した報告では1歳以下の発症が30例中5例(17%)であり,病型は上皮型が4例に対し,実質型は1例であった.そのなかで7カ月の乳児は1例報告されており,病型は上皮型であった7).また,わが国における12歳以下16眼の報告では10眼が上皮型,6眼が実質型であったが8),乳児例に関する記載はなく,乳児における実質型HSKの詳細は不明である.すなわち,小児HSKの病型は上皮型の頻度が高いものの,上皮型および実質型HSKの両者が発症する可能性があると考えられる.しかし,乳児に限定した場合には,上皮型の臨床診断はその病変の特徴から診断が比較的容易であるのに対して,実質型の診断は困難で,診断にはHSVの関連を証明する補助検査法が必要であると考えられた.一方,本症例の角膜炎の診断にPCR法が有用であった.定性および定量PCR法でチェックメイト®ヘルペスアイの残液から,HSV-DNAが検出されたこと,アシクロビル眼軟膏が奏効したことから,HSKと臨床診断した.HSKの非典型例ではPCR法が補助診断法として有用であるとされている.HSKに対する定量PCR法は,検査を施行する施設の手技などにより結果に若干のばらつきがみられるものの,典型上皮型で涙液からのサンプルでは103-8copies/sample,病巣擦過のサンプルでは105-8copies/sample,非典型上皮型では涙液・病巣擦過ともに102-3copies/sample,典型実質型,非典型実質型ともに涙液からのサンプルで101-3copies/sampleと報告されている9).すなわちHSKでは,各病型により検出されるウイルスDNA量が異なるが,その反面,各病型におけるウイルスDNA量が診断に有用であり,定量PCR法の利点でもあると言える.本症例はチェックメイト®ヘルペスアイの残液を用いて定量PCR法を施行したが,HSV-DNA量が59copies/sampleとなり,非典型的HSKとする臨床診断に矛盾しない検査結果であると考えられた.また,チェックメイト®ヘルペスアイの感度は104copies/sample程度とされており,HSV-DNA量が59copies/sampleと低値であったために,本症例は陰性という結果になったと考えられた.乳児では非典型のHSKを発症することがあり,臨床診断に定性PCRによるウイルスDNAの検出が有用であり,病型の判断に定量PCRによるウイルス量の測定が有用であった1例を報告した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)檜垣史郎,下村嘉一:ヒトとヘルペスウイルス.日本の眼科84:1237-1240,20132)SimomuraY,OhashiY,MaedaNetal:Herpetickeratitistherapytoreducerecurrence.CurrEyeRes6:105-110,19873)ZamanskyGB,LeeBP,ChangRKetal:Quantitationofherpessimplexvirusinrabbitcornealepithelium.InvestOphthalmolVisSci26:873-876,19854)VarnellED,KaufmanHE,HillJMetal:ColdstressinducedrecurrencesofherpeticintheSqurrelMonkey.InvestOphthalmolVisSci36:1181-1183,19955)下村嘉一:上皮型角膜ヘルペスの新しい診断基準.眼科44:739-742,20026)HollandEJ,SchwartzGS:Classificationofherpessimplexviruskeratitis.Cornea18:144-154,19997)HsiaoCH,YeungL,YehL-Ketal:Pediatricherpessimplexviruskeratitis.Cornea28:249-253,20098)塩谷易之,前田直之,渡辺仁ほか:小児のヘルペス性角膜炎.臨眼52:101-104,19989)Kakimaru-HasegawaA,KuoCH,KomatsuNetal:Clinicalapplicationofreal-timepolymerasechainreactionfordiagnosisofherpeticdiseasesoftheanteriorsegmentoftheeye.JpnJOpthalmol52:24-31,2008〔別刷請求先〕白木夕起子:〒173-8610東京都板橋区大谷口上町30-1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野Reprintrequests:YukikoShiraki,M.D.,DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine,30-1OyaguchiKamicho,Itabashi-ku,Tokyo173-8610,JAPAN図1初診時の右眼前眼部写真角膜下方には角膜表層の白色斑状混濁が多発し,その周囲に角膜実質混濁を伴う.(87)7110910-1810/16/¥100/頁/JCOPY712あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(88)(89)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016713

My boom 52.

2016年5月31日 火曜日

連載Myboom監修=大橋裕一第52回「森隆史」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.自己紹介森隆史(もり・たかふみ)福島県立医科大学眼科学講座私は平成10年に愛知医科大学を卒業し,福島県立医科大学眼科学講座に入局しました.福島県立医科大学附属病院と太田記念病院で研修医時代を過ごし,平成12年よりヒューストン大学オプトメトリー学部に留学しました.ヒューストン大学ではChino教授のもとで,霊長類を用いたおもに斜視モデルでの電気生理学的実験に参加し,「両眼視機能の臨界期における眼位異常が視覚中枢の発達に与える影響」についての研究に携わることができました.帰国後は,米沢市立病院と塙厚生病院を経て,平成16年より福島県立医科大学に勤務して現在に至っております.大学の診療では主として斜視・弱視および小児眼科を担当しています.子どもは絶えず成長し,視機能発達の感受性期はみるみる過ぎていきます.「検査ができるようになったら受診」や「大きくなったら受診」は禁句であるとの先輩からの教えを後輩に伝えるべく,日々の診療にあたっております.Myboom:測量私が測量と出会ったのは,大学1年生の時です.長期休暇ごとに測量会社でアルバイトを重ね,大学3年生の時には実務時間が受験資格に達したので,測量士補の国家試験を受験して合格しました.測量の3要素は水平角,水平距離と高さです.三角点か水準点を出発地に,測量士の指示にしたがって,私は赤白ポール,反射プリズム,標尺(長さの目盛りがついた大きな定規のようなもの)を携えて田畑や野山を駆け回りました.距離の測定は,光波測距儀と反射プリズムで行います.光波測距儀は,一定の光波を往復させ,波数と位相差から距離を求める器機です.高さの測定は水準儀と標尺で行います.港湾の海底面の測量では音響測深機を用いるなど,他にもいろいろな測量法を体験することができました.自分が測量にかかわった道路が今の地図に描かれ,実際に利用されているのは喜びです.先日,そこを通った時に,「ここは父ちゃんが土地を計ってできた道路だぜ」と我が子に話しかけたのですが,彼らの心にはなにも響かなかったようです.残念.眼科に入局すると,眼科で用いられる診断機器が,多くのところで測量機器と共通していることに驚きました.それからは,地球から眼球に対象を移し,測量を続けております.近年の光干渉断層計や補償光学眼底カメラなどの新たな診断機器の登場とその進歩とともに眼科の検査が発展してきたように,測量の分野もGPSや航空レーザー測量などの技術の進歩により,私が携わっていた20年ほど前とでは様変わりしているようです.さて,ただいまの測量のターゲットは弱視症例の眼球です.「弱視治療年齢の調節麻痺下屈折値を非侵襲的検査で推測するための等高線図を作成する」の題目で科研費をいただき,臨床研究を行っております.幼児でも検査が可能である光学式眼軸長測定装置で計測した角膜曲率半径を緯度,眼軸長を経度として,調節麻痺下球面屈折値を標高に等高線図を描きますと(図),実測値では年齢や個々の症例のばらつきにより,上図のような山あり谷ありの地形が浮かび上がります.これを三次元の近似式を使って地ならしをしますと,下図のようななだらかな傾斜地になります.弱視が疑われても,先天性心疾患など全身疾患の既往から,アトロピン点眼による調節麻痺下屈折検査ができない幼児がいます.そのような児のために,非侵襲的検査で弱視の要因となる屈折異常を知る方法として,体重と伸長から肥満を判定するためのBMIチャートのような等高線図を,角膜曲率半径と眼軸長から調節麻痺下屈折値を推測するチャートとして作ろうと研究を遂行しています.精度が高いものができれば健診のスクリーニングにも応用できるかもしれません.Myboom:地元観光私が留学しておりましたテキサス州は,面積がアラスカに次いでアメリカ合衆国第2位で,‘It’slikeaWHOLEOTHERCOUNTRY’と称しておりました.留学中は実験が終わると夜勤をした分の休暇がもらえるので,家内と運転を交代しながら泊りがけで広大なテキサス州の州立公園巡りをしていました.私が現在暮らしております福島県は,面積が北海道,岩手県についで第3位です.福島県もテキサスほどではありませんが広大で,豪雪地の只見から南国いわき(ハワイアンセンター)まで気候が多様で,いろいろなアトラクションが楽しめます.最近は,娘と息子が部活や行事で忙しくなったことで,休暇を県内の観光で過ごすことが多くなりました.昨夏は会津磐梯山に登りましたが,ついに膝が痛み出しました.そこで,入局以後に17Kg増えた体重を減らすべく,ジム通いをはじめました.盛夏に涼しさを味わいたい先生方には,冷たい水に膝までつかりながら進む入水鍾乳洞(写真)と裏磐梯のシャワーウォークがおすすめです.次回のプレゼンターは鳥取県の松浦一貴先生(野島病院)です.松浦先生は,ヒューストン大学での先輩で,「大船に乗ったつもりで来い」と私を導いてくれた,兄貴分の頼もしい先生です.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.図球面屈折値の等高線図写真入水鍾乳洞にて(73)あたらしい眼科Vol.33,No.5,20166970910-1810/16/¥100/頁/JCOPY698あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(74)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 156.加齢黄斑変性と後部硝子体剝離(研究編)

2016年5月31日 火曜日

●連載156硝子体手術のワンポイントアドバイス156加齢黄斑変性と後部硝子体剝離(研究編)池田恒彦大阪医科大学眼科●加齢黄斑変性症例は後部硝子体未剝離眼が多い抗VEGF療法が普及する以前には,加齢黄斑変性(AMD)に対する治療法の一つとして,硝子体手術で脈絡膜新生血管(CNV)を抜去する方法が行われていた.筆者もかつてはこの手術を盛んに行なっていた時期があったが,そのときに後部硝子体剝離(PVD)が年齢の割にきわめて少ない印象をもった.また,PVDが自然に生じたAMDでCNVがみるみる退縮していく症例に遭遇し,硝子体の牽引がAMDの病態に関与しているのではないかと推測した.このような背景があり,人工的PVD作製のみでAMDがどのように変化するかをみたところ,12眼中6眼でCNVが縮小,2眼で消失するといった結果を得た1).●種々の疾患における機械的刺激の関与心臓は拍動することで常に拡張と収縮を繰り返している.このような機械的刺激により,心筋細胞や血管内皮細胞における種々のサイトカインの発現が変化することが報告されている.Suzumaらは,シリコーン製の培養皿の上で血管周皮細胞に周期的伸展刺激を加えると,VEGFの発現が上昇したり,アポトーシスをきたすことを報告している2).このように,慢性的な機械的刺激が種々の疾患の病態に関与する可能性が考えられる.●単純硝子体切除術は加齢黄斑変性の治療となりうるか上記のように筆者らは人工的PVD作製がAMDに対する治療の一つの選択肢になりうるのではないかという印象をもっていたが,抗VEGF療法が普及したため,追試はあまり行なってこなかった.しかし,その後に硝子体牽引がAMDの病態に関与することを支持する報告が相次いでなされている.KrebsらはAMD患者では年齢に比してPVDが少ないこと3),Sakamotoらは硝子体出血を伴うAMDの硝子体手術後にCNVが退縮傾向にあること4)を報告し,いずれも硝子体牽引がAMDの病態に関与しているのではないかと推測している.明らかな硝子体黄斑牽引を認めるAMDでは,本術式がもう少し見直されていいのかもしれない.文献1)IkedaT,SawaH,KoizumiKetal:Parsplanavitrectomyforregressionofchoroidalneovascularizationwithagerelatedmaculardegeneration.ActaOphthalmolScand78:460-464,20002)SuzumaI,SuzumaK,UekiKetal:Stretch-inducedretinalvascularendothelialgrowthfactorexpressionismediatedbyphosphatidylinositol3-kinaseandproteinkinaseC(PKC)-zetabutnotbystretch-inducedERK1/2,Akt,Ras,orclassical/novelPKCpathways.JBiolChem277:1047-1057,20023)KrebsI,BrannathW,GlittenbergCetal:Posteriorvitreomacularadhesion:apotentialriskfactorforexudativeage-relatedmaculardegeneration?AmJOphthalmol144:741-746,20074)SakamotoT,SheuSJ,ArimuraNetal:Vitrectomyforexudativeage-relatedmaculardegenerationwithvitreoushemorrhage.Retina30:856-864,2010図1ポリープ状脈絡膜血管症の眼底写真とインドシアニングリーン蛍光眼底検査上:術前,下:術後.単純硝子体切除のみで滲出病巣は著明に改善している.(文献1より転載)図2加齢黄斑変性の眼底写真とインドシアニングリーン蛍光眼底検査上:術前,下:術後.単純硝子体切除のみで脈絡膜新生血管は術後に消失している.(文献1より転載)(71)0910-1810/16/¥100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.33,No.5,2016695

新しい治療と検査シリーズ 231. 負荷調節レフ ARK-1s

2016年5月31日 火曜日

新しい治療と検査シリーズ231.負荷調節レフARK︲1sプレゼンテーション:中島伸子中島眼科クリニックコメント:中村葉四条烏丸眼科小室クリニックバックグラウンド調節とは,見ている対象の距離に応じて焦点を合わせるために屈折度を変化させることをいい,その神経支配は自律神経系によると考えられる(図1).正常な状態では自律神経のバランスはとれており,屈折度も安定している1,2).VDT(visualdisplayterminal)症候群や頭頸部外傷症候群,最近のスマートフォンなどによる眼症状は,眼自律神経障害を主体とする症候群である.調節機能障害はその主たる症状の一つで,近年の眼科臨床の場で避けて通ることはできない.また,近視進行についても調節ラグとの関連性がいわれており3),屈折異常の経過観察においても調節検査は重要である.以前より赤外線オプトメータを用いて調節機能は他覚的に評価されてきたが1),現在非売品のため入手困難であり,それに代わる機器が切望されていた.本稿では,赤外線オプトメータの機能の一部を搭載した負荷調節レフARK-1s(ニデック)を紹介する.▪検査の原理ARK-1sは内部視標の提示位置を経時的に変化させつつ,1秒間に約12回(83msec毎)屈折度と瞳孔径を測定することが可能な機種である.視標は調節検査に適した中心のある放射線状のものを用いている(図2).ARKシリーズには,視標を種々の屈折度で一定時間ずつ提示し,その際の調節の安定性を解析するソフトウェアがすでにあり,報告されているが4),ARK-1sは,調節検査用の視標を等屈折度の速度で変化させることで,準静的特性5)を測定することが可能な新機種である.ARK-1sでは被検者の屈折度の安定性に加え,負荷調節時の調節幅や調節ラグの動態も観察可能である.使用方法負荷調節の測定モードとして図2のような測定条件が初期設定されている.まず被検者のオートレフ値をもとに2ジオプター(D)遠方の視標を用いた雲霧を30秒間行う.その後,毎秒0.2Dの速度で50秒間(10D)近方へ視標を移動させ,負荷調節検査を行う.図2は器質的疾患をもたない正常波形の模式図である.測定後には雲霧時や負荷調節時の種々のパラメータが計算され,印字される.また,測定の正確さを示す値(削除率)は異常値の場合「H」の表記がされる.実際の測定方法は以下の通りである.まず,ARK-1sで屈折度を測定する.被検者に視標のシェーマを提示しつつ検査の概要を説明する.この際,雲霧時は焦点を合わせようとしないこと,負荷時には中央部に焦点を合わせるよう頑張ることを説明することが重要である.その後,調節測定モードに切り替え,測定をスタートする.測定中は負荷調節時に調節を促すように声かけを行うが,約2分半の測定中はほとんど監視を行うのみで特別な操作は必要ない.本方法の良い点検者側の利点としては操作が簡便である点と,省スペースである点があげられる.オートレフ測定と同様に,装置が自動で被検眼に追従する.また,オートレフ本体のみで測定解析を行うため,場所も取らない.被検者側の利点としては,測定時間が短時間であるため負担が少ない点で,このため就学後は検査可能である.屈折度の安定性が評価できるため,視力検査などの自覚的屈折検査が不安定な症例に対して,調節麻痺剤点眼を用いなくても,視力検査結果の精度の評価やある程度の屈折度の予測が可能である.筆者も本検査を導入してから,重症の調節痙攣や眼精疲労のほかに,小学校低学年の+1~1.5D程度の軽度遠視や調節過緊張症を初回検査時に発見する機会が多くなった.軽度遠視は本検査で雲霧時の屈折度の最大値に注目すると,疑わしい症例が容易に発見できる.その後自覚症状を詳細に聞くと,近見視力障害の自覚があり,眼鏡処方に至った症例も多い.また,調節過緊張症例ではARK-1sによる雲霧時の屈折度の不安定所見を認めるため,眼鏡処方を段階的に行ったものも多い(図3).このように本機器は専門機関から一次医療の現場まで幅広いニーズに対応できるため,種々の施設への普及と今後の発展が期待される.文献1)木下茂:屈折・調節の基礎と臨床.日眼会誌98:1256-1268,19982)中島伸子,中村芳子:調節メカニズムのサイエンス.あたらしい眼科31:1437-1441,20143)長谷部聡:調節ラグと近視.あたらしい眼科19:1151-1156,20024)梶田雅義:調節微動による調節安静位の検出.日眼会誌101:413-416,19975)鵜飼一彦,石川哲:調節の準静的特性.日眼会誌87:1428-1343,1983「負荷調節レフARK︲1s」へのコメント本解説を読んで,オートレフ値に不安定性が出ない程度の軽度調節障害が診断できるとよいので,ぜひ使用してみたいと思った.オートレフ値に異常の出るほど明らかな調節障害であれば簡単に診断できるが,異常が出ない場合,診断をつけることがむずかしい.これまでの赤外線オプトメータでは,場所をとること,暗室検査であることの使いにくさとともに,正常と異常の鑑別がむずかしいという欠点があった.むち打ち症やVDT(visualdisplayterminal)による近見障害など,患者さんの訴えがあるが今までなかなか診断がつかなかった症例に対して,本検査によってきちんと数値で示すことができるようになるとよいと思う.波形をみることはなかなか難しいので,図3に示された例のような場合,症例が異常値を示していることについて,わかりやすい指標で示していただけることを期待する.図1調節と自律神経近方調節を行うときは副交感神経系,遠方調節を行うときは交感神経系が優位に働き,屈折度を変化させる.刺激のない状態では自律神経系は均衡を保っており,調節安静位で屈折度は安定する.眼局所あるいは全身的な原因で自律神経系は不均衡となり,屈折度も不安定となる.最大および最小屈折度は他覚検査値,調節ラグおよびリードは焦点深度と考えられる.正常眼では屈折度に焦点深度を加えた範囲で「焦点をあわせる」ことが可能となる.図2調節波形の測定条件左)測定波形.横軸:時間,縦軸:a・bは屈折度(等価球面),cは瞳孔径を表す.屈折度は上方程マイナス.a:提示視標の屈折度,b:被検者の屈折度,c:瞳孔径.+2Dの雲霧の後,10Dの近方調節負荷下で測定.右)内部視標.中心のある放射線状の視標を用いている.図3調節検査の有用症例左)軽度遠視(8歳女児).オートレフ値:s−2.25D,遠見矯正度数:s−0.5D,最大屈折度+0.9D.シクロペントレート点眼下が+1.0Dで近見障害の自覚があったため,近用眼鏡処方.右)調節過緊張(16歳男性).オートレフ値:s−0.75D,矯正度数:s−1.0D,最大屈折度+0D.屈折度が不安定であったため,初回眼鏡処方を見送った.VDT作業1日10時間以上.(67)あたらしい眼科Vol.33,No.5,20166910910-1810/16/¥100/頁/JCOPY692あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(68)(69)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016693

眼瞼・結膜:瞼板内角質囊胞(マイボーム腺囊胞)

2016年5月31日 火曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人14.瞼板内角質囊胞(マイボーム腺囊胞)吉川洋宗像眼科九州大学大学院医学研究院眼科学分野瞼板内角質囊胞は霰粒腫に似るが炎症所見のない瞼板内の囊胞である.切開掻爬では再び角質や水分が貯留して再発するので,囊胞全摘または結膜面への開放が必要である.●はじめに「霰粒腫と思って切開,すっきり内容が出たが,すぐに再発した」「霰粒腫は被膜ごと全摘しないと再発する」.このような言葉の表す疾患の正体が瞼板内角質囊胞である.マイボーム腺の貯留囊胞という,いかにもありそうな疾患であるが,かつて成書にも文献にもほとんど記載がなかった.筆者は2000年頃からこの疾患に頻繁に出会うようになり,マイボーム腺由来を確信して以来マイボーム腺囊胞と呼んで喧伝しているところである.2009年にJakobiecがintratarsalkeratinouscystという病名で報告し,訳語として瞼板内角質囊胞の名が使われている.おそらく近年増えてきた疾患である(図1~3).●疾患概念(マイボーム腺囊胞vs霰粒腫)1.マイボーム腺囊胞の存在が眼科医に教えてくれること,それは「マイボーム腺がつまると霰粒腫ができるのではない,霰粒腫は炎症である」という忘れがちな真実である.マイボーム腺が閉塞してできるのはマイボーム腺囊胞なのである.2.霰粒腫は囊胞状構造をとることがあるが,膿・肉芽・肉芽腫の混在する炎症性腫瘤であり,周囲のマイボーム腺導管上皮は破壊されている.炎症のきっかけは,瞼縁の常在菌や瞼縁のなんらかの外来刺激と考えられる.3.霰粒腫は瞼縁近くにも発生するが,マイボーム腺囊胞はマイボーム腺開口から盲端側に離れた位置に限定的に発生する.すなわち常在菌やその他の外来異物のない場所に発生するといえる.●霰粒腫との臨床的鑑別マイボーム腺囊胞は非炎症性疾患であるから①発赤がない②皮膚菲薄化がない③疼痛がないという特徴が絶対的にあてはまる.また④マイボーム腺開孔部に閉塞所見がない⑤腫瘤が瞼縁から離れているという意外な特徴も有している.④⑤は,マイボーム腺囊胞がマイボーム腺の奥のほう(盲端近く)に発生することと関係している.●マイボーム腺囊胞の治療1.切開すると容易に内容物が排出され腫瘤が消失するが,創が閉鎖するとふたたび内容が貯留し,早い場合は2~3日で再発の訴えとなる.内容物は白くさらさらのものから黒く泥状のもの,褐色水様,黄色くマヨネーズのように排出するものまでバリエーションが多いが,綿棒にからみついて剝がれないような「粘り」がないという点で霰粒腫と明確に異なる(図4).2.治療は経皮全摘が基本である.囊胞は瞼板に発しているので一部瞼板も切除する必要がある(図5).3.囊胞開放.結膜面に表れている囊胞壁の部分を切除し,囊胞を結膜囊に開放する(縫合しない)のも一法である(図6).筆者の成績は今のところ良好である.文献1)JakobiecFA,MehataM,IwamotoMetal:Intratarsalkeratinouscystsofthemeibomiangland:Distinctiveclinicopathologicandimmunohistochemicalfeaturesin6cases.AmJOphthalmol149:82-9420092)吉川洋:霰粒腫と瞼板内角質囊胞.眼科臨床エキスパート,知っておきたい眼腫瘍診療(大島浩一,後藤浩編),医学書院,2015図1マイボーム腺囊胞の皮膚側隆起型図2マイボーム腺囊胞の結膜側隆起型図3マイボーム腺囊胞の組織重層扁平上皮に覆われており角質を容れる.組織は類表皮囊胞の像で,粉瘤と同一である.図4マイボーム腺囊胞の自壊ないし切開したところ白さらさらタイプ(左)と黒どろどろタイプ(右)の内容物.いずれもこのままでは再発する.図5経皮全摘の術中写真このあと,囊胞の底面剝離の際,瞼板を一部切除することになる.図6囊胞解放結膜側の囊胞壁を大きく切除して内容を出したところ.白いのは皮膚側囊胞壁の内面である.このまま縫合しない.(65)あたらしい眼科Vol.33,No.5,20166890910-1810/16/¥100/頁/JCOPY690あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(66)

抗VEGF治療:近視性脈絡膜新生血管に対する抗VEGF治療後の網脈絡膜萎縮

2016年5月31日 火曜日

●連載抗VEGF治療セミナー監修=安川力髙橋寛二28.近視性脈絡膜新生血管に対する抗VEGF治療後の網脈絡膜萎縮山城健児京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学病的近視に伴う脈絡膜新生血管に対しては抗VEGF治療薬が有効である.しかし,長期的には網脈絡膜に萎縮が生じることが知られており,3年間で約70%に生じると考えられている.とくに黄斑部に生じる網脈絡膜萎縮は視力予後を悪化させる大きな要因となるため,治療後は注意深い経過観察が必要である.近視性脈絡膜新生血管に対する治療病的近視に伴う脈絡膜新生血管に対しては,レーザー光凝固や光線力学療法(photodynamictherapy:PDT)が行われていたこともあったが,2013年8月にラニビズマブ(ルセンティス®)が承認され,2014年9月にはアフリベルセプト(アイリーア®)も承認され,最近ではこれらの抗VEGF(vascularendothelialgrowthfactor)治療薬がおもに使用されるようになった.その効果は加齢黄斑変性による脈絡膜新生血管に対する効果と比べて非常に高く,数回の注射で新生血管の活動性を低下させることができる.そのため,短期的には良好な視力予後が得られるが,長期的には網脈絡膜に萎縮が生じることが知られており,とくに黄斑部に生じる網脈絡膜萎縮は視力予後を悪化させる大きな要因となっている(図1~3).抗VEGF治療後に網脈絡膜に萎縮が生じる機序としては,網脈絡膜の細胞が生存していくために必要であると考えられているVEGFが阻害されることによって,細胞が死滅していく可能性も考えられるが,物理的な機序が大きな要素を占めているのかもしれない.強度近視眼では視神経乳頭周囲に網脈絡膜萎縮をきたすことが広く知られており,これは強膜の進展・乳頭の変形によってBruch膜・網膜色素上皮が欠落した部分であると理解されている1).つまり,乳頭の辺縁部とつながっているはずのBruch膜・網膜色素上皮のシートの穴の部分である.これと同様に,強度近視眼の脈絡膜新生血管に伴う脈絡膜萎縮部位にはBruch膜の穴が76%に認められたという報告2)があり,この穴が原因となって網脈絡膜の萎縮が進行していくのかもしれない.図1治療前の眼底所見とOCT像中心窩下に強度近視に伴う脈絡膜新生血管と網膜剝離・網膜浮腫を認める.図2治療後の眼底所見とOCT像抗VEGF硝子体注射施行1カ月後,半年後,2年後の眼底所見.徐々に網脈絡膜萎縮が拡大してきている.なお,この2年の期間に再発を2度繰り返しており,そのつど,1回ずつの抗VEGF治療を施行している.図3治療4年後の眼底所見とOCT像3乳頭径大の網脈絡膜萎縮と線維化した脈絡膜新生血管を認める.治療後の網脈絡膜萎縮の頻度近視性脈絡膜新生血管に対する抗VEGF治療後に生じる網脈絡膜萎縮の頻度については複数の報告があるが,薬剤間での比較ができるほどの資料はまだない.萎縮部位の面積を定量すると,治療後5年目まで直線的に面積が拡大していくという報告があり,PDTと比較するとその進行速度は有意に遅いという報告もあるが,有意差がなかったという報告もある.治療開始後の網脈絡膜萎縮の頻度については複数の報告があり3~5),治療後1年で15~40%程度,2年で30~60%程度,3年以上で約70%程度に生じているようである.萎縮の拡大と治療前の脈絡膜新生血管のサイズや治療回数が相関しているという報告3)もあるが,これらの因子も含めて,網脈絡膜萎縮の出現を予測できる因子はないという報告5)もあり,強度近視に伴う脈絡膜新生血管に対する抗VEGF治療を施行した後には,注意深く経過観察をする必要があると考えられる.文献1)JonasJB,XuL:Histologicalchangesofhighaxialmyopia.Eye(Lond)28:113-117,20142)Ohno-MatsuiK,JonasJB,SpaideRF:MacularBruch’smembraneholesinchoroidalneovascularization-relatedmyopicmacularatrophybyswept-sourceopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol162:133-139,20163)UemotoR,Nakasato-SonnH,KawagoeTetal:Factorsassociatedwithenlargementofchorioretinalatrophyafterintravitrealbevacizumabformyopicchoroidalneovascularization.GraefesArchClinExpOphthalmol250:989-997,20124)HayashiK,ShimadaN,MoriyamaMetal:Two-yearoutcomesofintravitrealbevacizumabforchoroidalneovascularizationinJapanesepatientswithpathologicmyopia.Retina32:687-695,20125)OishiA,YamashiroK,TsujikawaAetal:Long-termeffectofintravitrealinjectionofanti-VEGFagentforvisualacuityandchorioretinalatrophyprogressioninmyopicchoroidalneovascularization.GraefesArchClinExpOphthalmol251:1-7,2013(63)あたらしい眼科Vol.33,No.5,20166870910-1810/16/¥100/頁/JCOPY688あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(64)

緑内障:OCTによる強度近視緑内障診断の際の注意点

2016年5月31日 火曜日

●連載191緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也191.OCTによる強度近視緑内障診断の際の注意点中西秀雄京都大学大学院医学研究科眼科学OCTは緑内障の補助診断として非常に有用な検査である.しかし,強度近視眼に対して緑内障補助診断を目的とするOCT検査を行う際には,光学的な問題と,強度近視眼に特有な解剖学的特徴に注意して,検査結果を評価する必要がある.はじめに――強度近視眼の緑内障強度近視眼では,近視に伴う視神経乳頭の変形が加わるため,視神経乳頭所見から緑内障を診断することがしばしば困難である1).光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)検査では,視神経乳頭周囲の網膜神経線維層(circumpapillaryretinalnervefiberlayer:cpRNFL)や黄斑部の網膜神経節細胞複合体(macularganglioncellcomplex:mGCC)の厚みを定量しうるため,強度近視眼の緑内障診断において,OCT検査の有用性が期待される.●強度近視眼のOCT検査時の問題点しかしながら,強度近視眼を対象にOCT検査を行う際には,以下の2つの問題点に留意する必要がある.1.光学的な問題(軸性近視眼における拡大率の問題)OCTは画角ベースで画像を取得するものが多い.軸性近視眼では,撮影面までの距離が遠くなるため,同一画角の画像でも,撮影範囲の実測距離は広く,長くなる(図1).OCTの機種によっては,角膜曲率や等価球面度数,眼軸長などを基にこの拡大率を計算し,撮影・解析範囲の補正を行うものもあるが,いずれにせよ測定値を個体間で比較する際には十分注意しなければならない.ニデック社のRS-3000で撮影した正常32例32眼を用いて,cpRNFL厚およびmGCC厚と眼軸長との関連に,拡大率補正の有無が与える影響を検討した結果では,どちらの層厚も,拡大率を考慮しない場合には,眼軸長が長いほど有意に薄かった.しかし,取得画像の拡大率を考慮して解析範囲を補正した場合(図2)は,いずれの層厚も眼軸長との有意な関連を認めなかった(図3).2.強度近視眼特有の眼球構造の問題すべてのOCT機器には,各機種独自の正常値データベースが搭載されており,これを基に各症例の網膜各層厚に正常範囲内・ボーダーライン・異常菲薄化の判定をする機種が多い.しかし,ほとんどの機種では,正常データベースは非強度近視眼のみから取得されている.前述のとおり,強度近視眼では,画像拡大率を考慮しないと,眼軸長が長いほど薄い計測結果が算出され,結果として正常症例に対しても異常判定がされる危険性がある2).また,強度近視の正常眼では,拡大率補正後もなお下方mGCC厚が薄い2),網膜血管やcpRNFL厚の分布が異なる3)など,非強度近視の正常眼とは異なった特徴が報告されている.このため,非強度近視眼の正常値を基にして強度近視眼の評価を行うことには注意を要する.国内ではOCT機器がおもに6社から発売されているが,現時点ではニデック社RS-3000の黄斑部解析用にのみ,強度近視眼正常データベースが搭載されている.筆者らは,強度近視眼の緑内障診療における本データベースの有用性を報告した4).しかし,各社機種ごとに解析範囲・方法が異なるため,ニデック社の強度近視正常データベースを,他機種OCTでの測定値評価に転用することはできない.図1同一画角でOCT撮影した場合の正視眼(上段)と軸性近視眼(下段)の模式図おわりに以上から,強度近視眼ではとくに,OCTで得られた測定値や異常有無判定を盲信して緑内障診断を行うと,正常眼を緑内障と誤って判定してしまう危険性が高い.これを解決するひとつの方法は,診療を担当する医師本人が,対象症例のOCT画像そのものをきちんと確認し,緑内障を示唆する所見の有無を画像内で評価することである.筆者らの施設は,OCT画像の上下対称性の評価が緑内障補助診断に有用であることを報告した1).緑内障診療に限らず,各疾患のOCT画像を常日頃から自分の眼で確認し,対象症例の画像そのものから疾患有無の評価が行えるよう,トレーニングを積む努力が大切である.文献1)NakanoN,HangaiM,NomaHetal:Macularimaginginhighlymyopiceyeswithandwithoutglaucoma.AmJOphthalmol156:511-523,e6,20132)NakanishiH,AkagiT,HangaiMetal:Effectofaxiallengthonmacularganglioncellcomplexthicknessandonearlyglaucomadiagnosisbyspectral-domainopticalcoherencetomography.JGlaucoma,inpress3)YamashitaT,AsaokaR,TanakaMetal:Relationshipbetweenpositionofpeakretinalnervefiberlayerthicknessandretinalarteriesonsectoralretinalnervefiberlayerthickness.InvestOphthalmolVisSci54:5481-5488,20134)NakanishiH,AkagiT,HangaiMetal:Sensitivityandspecificityfordetectingearlyglaucomaineyeswithhighmyopiafromnormativedatabaseofmacularganglioncellcomplexthicknessobtainedfromnormalnon-myopicorhighlymyopicAsianeyes.GraefesArchClinExpOphthalmol253:1143-1152,2015図2RS︲3000(ニデック社)を用いて同一画角で撮影した画像における拡大率補正後の乳頭中心3.45mmおよび黄斑中心6mmの円径の比較同一画角で撮影(上段:乳頭中心の画角20°平方,下段:黄斑中心の画角30°平方)した画像で,拡大率補正後の乳頭中心3.45mmおよび黄斑中心6mmの円径を比較した.左列は眼軸長24.38mm(≒Gullstrand眼),中列は眼軸長22.00mm,右列は眼軸長29.00mmとして補正した.図3cpRNFL厚およびmGCC厚と眼軸長との関連に拡大率補正の有無が与える影響b:年齢性別調整後の偏回帰係数.(61)あたらしい眼科Vol.33,No.5,20166850910-1810/16/¥100/頁/JCOPY686あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(62)