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屈折矯正手術:角膜クロスリンキングの中長期結果

2016年5月31日 火曜日

●連載192屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂大橋裕一坪田一男192.角膜クロスリンキングの中長期結果小島隆司岐阜赤十字病院眼科角膜クロスリンキングは進行性円錐角膜に対して進行抑制効果をもつ治療であるが,術後に角膜はフラット化し,1~2年で安定することが報告されてきている.筆者らの結果では術後半年で1D程度の平均角膜屈折力の低下を認め,それが術後3年まで維持された.中長期における合併症は報告されていないが,まれに進行する報告があり,長期の経過観察が必要である.はじめに角膜クロスリンキング(cornealcrosslinking:CXL)はドイツのSeilerらによって開始された円錐角膜に対する治療である1).これまで進行性円錐角膜に対する明確なエビデンスのある進行予防方法は確立していなかったが,CXLによって進行を抑制する効果が数多く報告されている.最近報告された無作為化比較対照試験を解析したメタアナリシスの結果においても,CXLはコントロール群と比較して,治療後に平均,最小,最大ケラト値の低下,自覚乱視の低下,矯正視力の改善をもたらすことが報告されている2).本稿ではCXLの中長期成績について,これまで報告されているエビデンスを紹介するとともに,自験例の経過を提示する.●角膜クロスリンキングの実際現在,CXLは,オリジナルのドレスデンプロトコールから派生した,角膜上皮を剝がさないEpi-On治療,短時間高エネルギーの紫外線を用いる高速クロスリンキング,角膜トポグラフィに合わせて紫外線を照射する方法(トポガイド)などがあるが,ここではドレスデンプロトコールについて説明する.まず点眼麻酔下にて角膜上皮を剝離し,リボフラビンを2分ごとに30分間点眼し,角膜全層に浸透させる.角膜全層にリボフラビンが浸透したのを確認した後,長波長紫外線(365nm)を照射する(図1).紫外線の照射強度は3mW/cm2,照射径8mm,照射時間は30分間である.●角膜クロスリンキングの中長期結果イタリアで行われたCXLのphaseII臨床治験であるSienaEyeCrossStudyでは44眼の進行性円錐角膜に対してドレスデンプロトコールを用いてCXLを施行し,4年間の経過観察を報告している3).それによると,角膜トポグラフィにて測定された術前に対する平均角膜屈折力変化は,1年目で−1.96±0.63Dとフラット化し,2年目は−2.12±0.65Dで,それ以降はほとんど変化がなかった.本稿執筆時点で,もっとも長期の経過報告はRaiskupFらによる10年である4).進行性円錐角膜24名34眼に対してドレスデンプロトコールで行われた結果で,10年で平均最大角膜屈折力は61.5Dから55.3Dへとフラット化していた.内皮細胞の減少も認めず,38.2%に視力には影響がない程度の深層角膜混濁が残るものの,総じて高い安全性が確認されている.注目すべきは2眼に途中で進行があり,5年および10年目で追加のCXLを施行している点である.筆者らは,名古屋アイクリニックおよび佐藤裕也眼科にて,進行性円錐角膜の44名56眼を対象にドレスデンプロトコールでCXLを行った結果を報告した(小島隆司ら,第30回JSCRS総会,倫理委員会承認済み).平均経過観察期間は18.5カ月で,最短で6カ月,最長で36カ月の経過観察であった.平均角膜屈折力は術後1年において有意に低下し,それ以降は屈折が安定していた(図2).上皮化混濁は術後1年の時点では全例で消失,角膜深層混濁を術後1年以降の3眼に認めた.また,術後裸眼視力,矯正視力も手術1年で有意に改善し,それが3年目まで維持されていた.角膜内皮細胞密度は術前と比較して有意な低下は認めなかった.●おわりにCXLは円錐角膜の進行予防に対して有効であり,重篤な合併症もほとんどなく,安全な治療であることがわかかってきており,欧州では円錐角膜治療のスタンダードとなりつつある.ただし中長期結果でのエビデンスレベルはまだ不十分で,今後の結果報告が待たれる.一番の懸念は,CXLで角膜コラーゲンに起こった変化が,どの程度の時間持続されるのかという点である.角膜は静的ではなく,角膜実質内のコラーゲンもゆっくりとしたリモデリングが行われている.それに加えて加齢による生理的なクロスリンキング効果も,中長期のCXLの効果に修飾を与える可能性がある.また,結果の解釈をむずかしくしているのは,CXLの方法が,Epi-On,高速,トポガイドなど多様になっている点である.異なる研究の結果を比較する際は,クロスリンキングの方法にも着目する必要がある.文献1)WollensakG,SpoerlE,SeilerT:Riboflavin/ultraviolet-ainducedcollagencrosslinkingforthetreatmentofkeratoconus.AmJOphthalmol135:620-627,20032)LiJ,JiP,LinX:Efficacyofcornealcollagencross-linkingfortreatmentofkeratoconus:ameta-analysisofrandomizedcontrolledtrials.PLoSOne.2015May18;10(5):e1270793)CaporossiA,MazzottaC,BaiocchiSetal:Long-termresultsofriboflavinultravioletacornealcollagencrosslinkingforkeratoconusinItaly:theSienaeyecrossstudy.AmJOphthalmol149:585-593,20104)RaiskupF,TheuringA,PillunatLEetal:Cornealcollagencrosslinkingwithriboflavinandultraviolet-Alightinprogressivekeratoconus:ten-yearresults.JCataractRefractSurg41:41-46,2015図1角膜クロスリンキングの実際固視が悪いと十分な効果が得られないため,集中力が切れないように適時声をかけながらUV照射を進めていく.図2自験例における角膜クロスリンキング後の平均角膜屈折力の変化角膜トポグラフィの平均角膜屈折力の推移を示す.術前から術後半年までが大きな変化があり,そこからは進行を認めない.(59)あたらしい眼科Vol.33,No.5,20166830910-1810/16/¥100/頁/JCOPY684あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(60)

眼内レンズ:3焦点眼内レンズFine Vision(PhysIOL社)

2016年5月31日 火曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋354.3焦点眼内レンズFineVision(PhysIOL社)杉田達金子務杉田眼科現在,わが国で承認されている多焦点眼内レンズは,遠方裸眼視力の良好さに近方の見やすさを加えた2焦点式である.近方加入度数が4Dならば,30cmは見やすいが卓上PCは見にくく,3Dまたは2D加入ならその逆の弱点がある.PhysIOL社のFineVision(未承認)は遠中近に光を分け,この欠点を補おうとする3焦点眼内レンズである.FineVisionの概要PhysIOL社の3焦点眼内レンズ(intraoculerlens:IOL)には,Non-Toric型のFineVision(MicroF,PodF)とToric型のFineVisionToric(PodFT)がある.表1にそれぞれのスペックを示す.Accujectというインジェクターを使用し,2mmの切開幅で挿入可能である.囊内への挿入は容易で,術後のレンズ回転も少ない.多焦点機能はAlcon社AcrySofIQReSTOR®(以下,ReSTOR)に近いアポダイズド回折型で,回析格子先端構造をよりスムーズにして,中間1.75D,近方3.5D加入の3焦点を得ている.エネルギーロスは14%で,一般の2焦点IOLでのロスより少ないという.光分布は,瞳孔3mmにて遠方42%中間15%,近方29%である.なお,3焦点IOLに関する論文は今のところきわめて少ない1).●術後成績2014年より当院で水晶体乳化吸引術(phacoemulsificationandaspiration:PEA)とともに一次移植したFineVisionは,PodF例16眼,PodFT例16眼,計22例(男性12人,女性10人)32眼であった.手術時年齢は67.76±11.3歳で,裸眼で遠方と読書とともに,デスクトップ型PCや楽譜を見たり,ゴルフなどでも不自由がない生活を希望する人が多かった.NonToricのPodFは,遠方5mのLogMAR裸眼視力−0.06±0.05,矯正−0.07±0.03の良好な視力を得られ,当院で使用したNon-Toricの2焦点IOL,TECNIS®Multifocal(AMO社),AF-1®iSii®(HOYA),LENTISMplusX(Oculentis社)と優劣はなかった.しかし,近方30cm,40cm,50cm,70cmでの裸眼視力では,他のIOLは30~70cmのどこかが見えにくいが,FineVisionはどのポイントでも平均LogMAR視力0.10以上を得た.同様に,PodFTとReSTORToric,LENTISMplusXtoricとの比較では,PodFTとLENTISMplusXtoricはほぼ同等の視力で,2焦点機能のReSTORToricに優っていた.PodFT16眼中,術後に乱視軸ずれが大きいため角度を補正したものは1眼(6%)で,これを除く角度ずれは5.33±4.73°であった.なお,PodFTのIOLパワーは,PhysIOL社のHPより求めることができる(表2).薄暮視下でのコントラスト感度視力検査(CAT-2000,メニコン)では,単焦点IOL(YA-60BBR,HOYA)に比べれば,使用したすべての多焦点IOLは感度低下がみられたが,は中間的値であった.術後早期のアンケートでは,満足と回答した人が14名中13名であった.1名は近用鏡装用希望のための不満であった.表1FineVisionのスペックMicroFPodFPodFT(Toric型)近点加入+3.5D+3.5D+3.5D中間+1.75D+1.75D+1.75D光学系BiconvexasphericBiconvexasphericBiconvexaspheric素材25%hydrophilicacrylic26%hydrophilicacrylic26%hydrophilicacrylic直径6.15mm6mm6mm全直径10.75mm11.40mm11.40mmパワー+10D~+35D(0.5D刻み)+6D~+35D(0.5D刻み)+6D~+35D(0.5D刻み)乱視度数1.00D,1.50D,2.25D,3.00D,375D,4.5D,5.25D,6.00D切開幅≧1.8mm≧2.0mm≧2.0mm表2多焦点IOLの距離別平均logMAR視力Non-toric型Toric型距離FineVision(回折)11例16眼LENTISX(屈折)6例9眼TEC.Multi.(回折)25例36眼iSii(屈折)31例42眼FineVisionToric(PodFT)11例15眼LentisXToric35例60眼ReSTORToric11例16眼30cm0.08±0.070.19±0.160.06±0.070.13±0.090.08±0.080.09±0.090.12±0.1340cm0.10±0.070.14±0.130.13±0.090.13±0.070.08±0.070.08±0.080.11±0.0950cm0.08±0.050.12±0.130.24±0.090.12±0.070.08±0.060.07±0.070.13±0.0970cm0.06±0.060.13±0.120.27±0.150.08±0.070.07±0.070.07±0.070.12±0.075m(矯正視力)−0.06±0.05(−0.07±0.03)−0.03±0.05(−0.08±0)−0.07±0.02(−0.08±0)−0.06±0.05(−0.07±0.02)−0.05±0.04(−0.06±0.03)−0.07±0.03(−0.08±0.01)−0.07±0.04(−0.07±0.02)多重検定*:p<0.05術後乱視軸ずれ補正手術症例術後乱視軸の誤差FineVisionToric群12例16眼6%(1/16)5.33±4.73°FineVisionは,Non-toric型,toric型ともに各距離で安定した視力を得た.PodFTは,1眼(6%)で回転があり,補正手術を行ったが,術後の乱視軸の誤差は平均的である.おわりにFineVisionはわが国では未承認であり,医師の責任と患者への十分な説明のもとに使用している.遠中近に光を分散するこの新しいタイプの3焦点IOLは,患者の術後の診察やアンケートで,早期から自然な見え方と答えた人が多かった.また,乱視対応があることも患者選択の制限を少なくしている.術後観察期間の短さと,症例数の少なさを考慮しなければならないが,グレアー・ハローやワクシービジョンなどの強い訴えは今のところなく,眼鏡装用者も少ない.使用しやすい多焦点IOLとの筆者らの感想であるが,長期的な観察は必須である.なお,先進医療として認可されている多焦点IOL間で,中間または近方の見え方を補うために,Mix&Matchも行われている.片眼に回折型4D加入IOL,瞭眼に屈折型3D加入IOLを使用する.これは中間または30cmの距離を左右眼のどちらかで見るモノビジョン効果2)を加えたものといえる.また,ReSTORとTECNISMultifocalには,3D~2D加入のものも開発されているが,これも回折型同士でのモノビジョン法といえそうである.FineVisionは,1眼の中で光を3分割し,網膜闘争により見たい距離の光を選択,脳内で左右の情報を融像,立体視するものであり,モノビジョン法との違いがここにある.どちらがより生理的であるか興味深い.6mm径以下の光学系の中で光を3分割し,各々の距離の視力を確保しつつ,cludyvisionが少ないと感ずるこの3焦点IOLが,どこまで多くの人に快適性を提供し普及するのか.3焦点IOLは,FineVisionのほかに,回折型としてATLISAtri839MP(Zeiss社)があり,屈折型はLENTISMplusXも3焦点をうたっている.3焦点IOLは新しい流れになるかもしれない.文献1)MarquesEF:Comparisonofvisualoutcomesof2diffractivetrifocalintraocularlenses.JCataractRefractSurg41:354-363,20152)天野理恵:眼内レンズによるモノビジョン法.IOL&RS28:162-166,2014(57)あたらしい眼科Vol.33,No.5,20166810910-1810/16/¥100/頁/JCOPY

写真:結膜アミロイドーシス

2016年5月31日 火曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦384.結膜アミロイドーシス出口英人渡辺彰英京都府立医科大学視覚機能再生外科学図1僚眼結膜アミロイドーシスを認めた症例(60歳,女性)眼球結膜から下眼瞼にかけて広がる橙赤色の腫瘤性病変を認め,組織診断でアミロイドーシスと判明した.図2図1のシェーマ①結膜充血②腫瘤性病変図3図1の症例の無治療3年後アミロイドーシスの増大を認める.図4図3の切除検体の病理所見好酸性の無構造物質が広がっている.Congored染色で橙赤色に染まり,アミロイドーシスとして矛盾しない.アミロイドーシスは,全身のさまざまな組織にアミロイド沈着を生じる疾患の総称である.眼科領域でのアミロイドーシスは,結膜,眼瞼,円蓋部,眼付属器に生じる.一般的には限局性であるが,全身性アミロイドーシスに伴うものも報告されている1).眼周囲,眼窩部のアミロイドーシスは頻度が少なく,しばしば診断が遅れがちとなり,進行してしまうことがある.初発症状としては,眼の異物感,流涙などがあり,増殖の程度によっては,反応性リンパ過形成や悪性リンパ腫と判別が困難な場合もある.アミロイドーシスの診断は,病理学的にCongored染色で橙赤色に染まり,偏光顕微鏡下で緑色の偏光を呈する物質として同定されることで行われる2).頻度は少ないものの,全身性アミロイドーシスに伴う場合があり,生命予後にかかわるため,全身検索を行う必要がある.眼周囲,眼窩部アミロイドーシスは進行が緩徐であり,まずは経過観察を行うが,増大傾向があれば外科的切除を行う.本症例は60歳,女性で,近医より悪性リンパ腫疑いということで紹介受診された.両眼球結膜に橙赤色の腫瘤を認め,生検を行ったところアミロイド沈着と判明した.全身検索では明らかな全身性アミロイドーシスを疑う所見を認めなかった.3カ月ごとの経過観察で増大傾向を認めず,1年を経過した時点で受診が途絶えていた.3年後に受診した際には,両眼とも腫瘤の増大を認め,本人が切除を希望されたため,外科的切除を行った.再度病理検査を行ったが,アミロイド沈着との診断であった.現在,再発がないか経過観察中である.眼周囲,眼窩部アミロイドーシスは報告が少なく,治療法も確立されていない.8例の眼周囲,眼窩部アミロイドーシス患者を後ろ向きに検討した報告1)では,腫瘍の部位は眼瞼が4例,結膜が2例,円蓋部と涙囊がそれぞれ1例であった.治療についてはアミロイドーシスの部位や大きさによって異なり,3例で外科的切除が選択され,減量術,涙囊形成,生検のみがそれぞれ1例であった.アミロイドーシスを疑った場合は,まず生検で確定診断を行い,部位や大きさによって治療を選択する必要がある.また内科的スクリーニングを行い,全身性アミロイドーシスを除外することが重要である.文献1)AryasitO,PreechawaiP,KayasutKetal:Clinicalpresentation,treatment,andprognosisofperiocularandorbitalamyloidosisinauniversity-basedreferralcenter.ClinicalOphthalmology7:801-805,20132)日野智之,外園千恵:結膜腫瘍.あたらしい眼科28:1555-1558,2011(55)あたらしい眼科Vol.33,No.5,20166790910-1810/16/¥100/頁/JCOPY

レーベル遺伝性視神経症の最前線

2016年5月31日 火曜日

特集●視神経炎と視神経症:全身と眼の架け橋あたらしい眼科33(5):671〜677,2016レーベル遺伝性視神経症の最前線CuttingEdgeofLeberHereditaryOpticNeuropathy中村誠*はじめにレーベル遺伝性視神経症(Leberhereditaryopticneuropathy:LHON)は,母系遺伝形式をとり,若年男性に好発する視神経症である.ヒトで初めて発見されたミトコンドリア病であり,非常にユニークな遺伝学上,臨床上の特徴をもっている.昨年,わが国におけるLHON認定基準が策定された1).ほかのミトコンドリア病と同様,有病率推計が難しかったが,現在その推計作業が進んでいる.近年,薬物や遺伝子治療に関する臨床研究・治験成績が報告されており,「治療可能な遺伝病」である可能性が指摘されつつある.本稿ではこうした話題について解説する.I遺伝学的・臨床的特徴と認定基準最近,LHONの認定基準1)が策定され,厚生労働省の難病にも指定された(表1).基準は,LHONに特徴的な主徴候と検査所見を基に確定例,確実例,疑い例,保因者に区分している.主徴候にあるように,LHONは視神経炎とは異なり,眼球運動時痛がない.多くは片眼で症状が始まり,数週~数カ月の間隔を経て反対眼へ移行する.急性期には,特徴的な視神経乳頭の発赤,神経線維の腫脹,乳頭周囲の毛細血管拡張がみられる(図1a).乳頭黄斑線維束を中心に,視神経は次第に萎縮する.光干渉断層計では耳側乳頭周囲網膜神経線維層厚と黄斑部内層網膜厚の菲薄化が進行性にみられる.検査所見としては,視神経炎とは異なり,フルオレセイン蛍光眼底造影で毛細血管からの色素漏出を認めない(図1b).また,眼窩部造影MRIにおいても視神経の増強効果はみられない.LHONは,10~20歳代の男性に好発する一方,10歳未満や中高齢,女性の発症もみられる.中高齢者では,過度の飲酒・喫煙,頭部・眼窩部の鈍的外傷,糖尿病などの代謝疾患の発症などがトリガーとなることが多い.多くの場合,片眼の視力低下と中心暗点が生じ,その後,僚眼にも発症する.極期の視力は0.1以下,多くの場合0.01ないし手動弁程度まで低下する.視野障害は,乳頭黄斑線維束障害を反映して中心窩耳側の感度低下で始まり2),広範囲の深い中心暗点の形成に至る(図2).こうした視力や視野障害の程度に比べて,LHONの対光反応の障害は軽度であることが知られていた.最近,対光反応は視細胞を介さず,メラノプシンを産生する網膜神経節細胞(intrinsicallyphotosensitivemelanopsinRGC:ipRGC)(用語解説参照)が直接光を感受することがわかってきた.実はLHONでは,このipRGCが選択的に障害を免れている可能性が示されている3).LHONのもう一つの臨床的特徴として,自然回復例の存在があげられる4)(図2).発症後半年から1年かけてゆっくりと回復したり,中には発症後何年も経って突然劇的に視力が回復する例も存在する.視力は不変であっても,暗点内部にモザイク状に感度が改善する領域が現れることもある.穴あき暗点(fenestratedscotoma)とかドーナツないしベーグル暗点とよばれる.通常の視標サイズIIIでははっきりわからなくても,サイズVにすると暗点の縮小化が顕著に捉えられることがある.10歳未満での発症例は自然回復する率が高い4).確定診断にもっとも威力を発揮するのがミトコンドリア遺伝子(mtDNA)検査である.mtDNAは約16,500塩基対の長さをもつ環状DNAであり,1つの細胞内に数百~数千個存在する.ミトコンドリアは母親由来で子孫に受け継がれるため,mtDNA変異も同様に母系遺伝を取る.LHON家系の95%はmtDNAの3460,11778,14484番目の塩基のいずれかにミスセンス変異を有する.とりわけ,日本人家系は11778変異症例が90%を占める(図3).ただし,日本人家系といえども3460変異例や14484変異例が存在するので,LHONを疑えば,これら3変異の有無は調査しなければいけない.現在は,委託により検査可能である.また,少数例ではそれ以外の場所の変異も見いだされている(表2)1).これらの変異を検索するには,専門の施設に依頼する.確定例,確実例,疑い例と判定された場合,視力が良いほうの眼の矯正視力が0.3未満の重症のものは,難病認定対象となる.LHONと鑑別すべき疾患を表3に示す1).上記認定基準により,LHON患者が一定の社会保障を享受できるようになったことは朗報であろう.また,2015年には日本神経眼科学会と厚生労働省網脈絡膜・視神経萎縮症に関する調査研究班が合同で,2014年のLHON新規発症患者数と,それに基づく2014年における有病率を推計する全国調査を行った.現在論文投稿中のため詳細は伏せるが,わが国にはおおよそ5,000人のLHON患者がいると推定される.IIミトコンドリア遺伝子変異のLHON発症へのかかわり冒頭で述べたように,LHONはミトコンドリア遺伝子変異の関連がヒトで最初に示された疾患である.ミトコンドリアは,細胞のエネルギーであるATPを産生する細胞内小器官であり,内外2つの膜,膜間スペース,内膜の内側にあるマトリックス(基質)に区分される5).内膜には酸化的燐酸化によりATPを合成する呼吸鎖複合体が埋め込まれ,マトリックスにはmtDNAが多数存在している.呼吸鎖複合体は90個の蛋白質から構成されるが,このうち13個はmtDNA支配,残りは核遺伝子支配である.この90個の蛋白は4つの巨大分子を形成し,複合体I,III,IV,Vとよばれる.mtDNAがコードするものは,6個の電子伝達系酵素サブユニット,22個の転移RNA,2個のリボゾームRNAである.mtDNA変異により,酸化的リン酸化の過程で活性酸素が過剰産生され,ミトコンドリア膜透過遷移小孔が開いて,apoptosisinducingfactorやcytochromecがミトコンドリアから細胞質へ流出し,RGCのカスパーゼ非依存性アポトーシスが誘導されると考えられている6).IIILHON発症の修飾因子しかしながら,mtDNA変異だけではLHONの発症には至らない.上記の3つのmtDNA変異をもつ率は約8,000人に1人とする報告6)があるのに,実際の発症率は半分以下である.海外の報告によれば,14,000~31,000人に1人の有病率と推定されている.また,浸透率も男性ではおおむね40~50%,女性では10~20%程度である.しかもこの男女比は,3460変異家系では1.73なのに対し,11778変異家系では5.13と大きく異なる.このような低浸透率と発症の性差はmtDNA変異単独では説明できず,別の遺伝ないし環境因子がLHON発症を修飾すると考えられている.遺伝因子としては,一つにはmtDNAhaplogroupがある.mtDNAは共通の祖先をもつ家系ごとに,一定の変異モチーフを共有するhaplogroupに分けることができる.同じLHON特異的3大mtDNA変異をもっていても,背景にもつhaplogroupによって発症頻度が変わることが知られている.11778(G⇒A)変異をもつものはhaplogroupJ2を,14484(T⇒C)変異をもつものはhaplogroupJ1を,3460変異をもつものはhaplogroupKを背景にもつほうが,視機能障害のリスクが高い7).二つめはX染色体連鎖劣性遺伝子の関与である.理論上,この遺伝子異常とmtDNA異常の両方をもつ個人のみがLHONを発症することが示されている.男性好発性もこの理論であれば説明できる.つまり女性ではこの遺伝子異常がホモ接合体である場合か,ヘテロ接合体の場合,正常遺伝子を有するX染色体が不活化されなければ発症しないが,男性では1つしかないX染色体に異常遺伝子が乗っていれば発症しえるからである8).環境因子としては,喫煙が発症の明らかな危険因子であることが報告されている7).11778変異を有するブラジルのLHON大家系の調査によれば,世代を経るにつれ,LHONの浸透率は著しく低下しいていた7).わが国において2014年の喫煙率は1966年に比べ約1/3に低下している.こうした環境因子の劇的な変化は,わが国におけるLHONの発生率の変化にも寄与している可能性がある.視機能予後にも良好因子と危険因子が存在する.良好因子は,14484(T⇒C)変異型,若年(20歳未満,ことに10歳未満)発症,ならびに発症時厚い神経線維層や大きな垂直乳頭径である.一方,危険因子は,11778(G⇒A)変異型,壮年・高齢発症,ならびに喫煙と大量飲酒である.IV治療方法の開発現時点では確立された有効な治療法はない.しかしながら,上述のように,LHONには少数例ながら自然回復例が存在すること,片眼が発症してから僚眼に移行するまで一定の時差があること,環境因子が発症のトリガーになっていることなどから,適切な時期に,適切な方法で介入することができれば,少なくとも後から発症する眼については予防できるか,あるいは先に発症した眼も含めて回復させることができる可能性が考えられる.こうした考えを背景に,現在,薬物療法と遺伝子治療を中心に臨床研究や治験が行われている.イデベノンは,抗酸化作用や呼吸機能保護ないしミトコンドリア内エネルギー代謝改善作用を潜在的に有するコエンザイム(co-enzyme)Q10の誘導体である.酸化的リン酸化複合体IとIIから電子を直接複合体IIIへ運んで,呼吸機能保護とミトコンドリア内のエネルギー代謝の改善作用を発揮したり,抗酸化作用により脂質過酸化障害からミトコンドリア内膜を保護すると推定されている(図4).最近の多施設前向き研究RescueofHereditaryOpticDiseaseOutpatientStudy(RHODOS)によれば,イデベノン1日900mgを24週間投与することにより,片眼の視機能のみ低下している(すなわち発症後間もない)患者群では,治療群と対照群間で,Snellen視力表換算4~5段階の差がみられた(図5)9).しかもこの効果は投与終了後も平均30カ月に及び持続した10).EPI-743はdigitalbiochemicalinformationtransferandsensingcompounds(用語解説参照)とよばれる新しい薬剤クラスのメンバーの一つで,代謝調節と密接にカップリングしたプログラム細胞死を介して働き,抗酸化作用をもつ還元型グルタチオンプールを補充するともいわれる.LHON患者5名9眼に最初100mg,2週後から200mg1日3回投与を行った最近のパイロット研究では,2例に視力の大幅な改善,3例に視野の改善がみられた11).変異mtDNAを野生型に戻すべく遺伝子治療も試みられている12).mtDNAはミトコンドリアのマトリックスに存在するため,外来遺伝子を内膜と外膜の2つの膜を通過させる必要があること,ならびに1つの細胞内にmtDNAは多数存在することなどの理由から,変異型mtDNAを直接修復することはできない.そのため,アデノ随伴ウイルスベクターを用いて,mtDNAの遺伝子配列を基にした人工遺伝子を網膜神経節細胞に導入し,野生型の蛋白を人工的に細胞質で発現させる.異所的な発現なのでallotopicexpressionとよばれる.そして,特殊なシグナルをこの蛋白に付加しておくことでミトコンドリア内に移送されるようにする.少なくとも変異型mtDNAを導入した培養細胞や動物モデルでは有効性が示され,海外では第I相臨床試験が行われ,予備的結果の報告がなされた.5例において硝子体注射による遺伝子治療が行われ,3カ月後の時点で発症早期に注射を受けた2例で有意な視力改善を得たと報告されている13).おわりにLHONはmtDNA変異が母系遺伝と結びついた疾患であると同時に,mtDNA変異以外の因子が複雑に関連しあって発症する多因子疾患でもある.LHON患者の多くは,就職期や壮年期に突如両眼の中心視機能を奪われ,人生設計が大きく狂ってしまう.一方で,少数例とはいえ,自然治癒する症例があるということは,病態が解明されれば治療できる可能性があるということでもある.一刻も早くこの不可思議な疾患の発症メカニズムを突き止め,片眼が発症した時点で介入することにより,僚眼の発症を予防できるようにしたいものである.文献1)中村誠,三村治,若倉雅登ほか:Leber遺伝性視神経症認定基準.日眼会誌119:339-346,20152)WakakuraM,FujieW,EmotoY:InitialtemporalfielddefectinLeberhereditaryopticneuropathy.JpnJOphthalmol53:603-607,20093)MouraAL,NagyBV,LaMorgiaetal:ThepupillightreflexinLeberhereditaryopticneuropathy:evidenceforpreservationofmlanopsin-expressingretinalganglioncells.InvestOphthalmolVisSci54:4471-4477,20134)NakamuraM,YamamotoM:VariablepatternofvisualrecoveryofLeber’shereditaryopticneuropathy.BrJOphthalmol84:534-535,20005)FarrarJG,ChaddertonN,KennaPFetal:Mitochondrialdisorders:aetiologies,modelssystems,andcandidatetherapies.TrendinGenet29:488-497,20136)Yu-Wai-ManP,GriffithsPG,ChinneryPF:Mitochondrialopticneuropathies-Diseasemechanismsandtherapeuticstrategies.ProgRetinEyeRes30:81-114,20117)SadunAA,CarelliV,SalomaoSRetal:ExtensiveinvestigationofalargeBrazilianpedigreeof11778/haplogroupJLeberhereditaryopticneuropathy.AmJOphthalmol136:231-238,20038)BuXD,RotterJL:Xchromosome-linkedandmitochondrialgenecontrolofLeberhereditaryopticneuropathy:EvidencefromsegregationanalysisfordependenceonX-chromosomeinactivation.ProcNatlAcadSciUSA88:8198-8202,19919)KlopstockT,Yu-Wai-ManP,DimitriadisKetal:Arandomizedplacebo-controlledtrialofidebenoneinLeber’shereditaryopticneuropathy.Brain134:2677-2686,201110)KlopstockT,MetzG,Yu-Wai-ManPetal:PersistenceofthetreatmenteffectofidebenoneinLeber’shereditaryopticneuropathy.Brain136:e230,201311)SadunAA,ChicaniCF,Ross-CisnerosFNetal:EffectofEPI-743ontheclinicalcourseofthemitochondrialdiseaseLeberhereditaryopticneuropathy.ArchOphthalmol69:331-338,201212)KoikondaRD,YuH,ChouTHetal:SafetyandeffectsofthevectorfortheLeberhereditaryopticneuropathygenetherapyclinicaltrial.JAMAOphthalmol132:409-420,201413)FeuerWJ,SchiffmanJC,DavidJLetal:GenetherapyforLeberhereditaryopticneuropathy:initialresults.Ophthalmology123:558-570,2016■用語解説■メラノプシン産生光感受性網膜神経節細胞:従来,光を関知するのは視細胞であり,その情報が双極細胞を経て網膜神経節細胞へ伝達され,脳内へ送られると考えられてきたが,一部の網膜神経節細胞は自ら光を感知し,脳内へ直接情報を伝達することが明らかとなった.この網膜神経節細胞はメラノプシンを産生することが知られている.Digitalbiochemicalinformationtransferandsensingcompounds:微生物の感受性などを指標にスクリーニングする古典的な創薬手法ではなく,コンピューターシミュレーションによる生化学的特性情報を元に分子を人工的に合成していく新規創薬方法によって得られた薬物.表1レーベル遺伝性視神経症認定基準(1)主徴候①急性~亜急性,両眼性,無痛性の視力低下と中心暗点を認める.両眼同時発症の場合もあるが,通常は片眼に発症し,数週~数カ月を経て,対側眼も発症する.②急性期に視神経乳頭の発赤・腫脹,視神経乳頭近傍毛細血管拡張蛇行,網膜神経線維腫大,視神経乳頭近傍出血などの検眼鏡的異常所見のうち一つ以上を認める(図1a).③慢性期に乳頭黄斑線維束を中心とした,さまざまな程度の視神経萎縮を呈する.(2)検査所見①特定の塩基対におけるミトコンドリア遺伝子ミスセンス変異を認める.塩基対番号3460,11778,14484の塩基置換が大半を占め,中でもわが国では11778番のグアニンからアデニンへの置換を示す例が,同定された患者の90%にみられる.これら三大変異は委託検査が可能であるが,その他の変異については遺伝子解析を行っている専門施設に検査を依頼する必要がある.②急性期には眼窩部CT/MRIで球後視神経に異常を認めない.③急性期のフルオレセイン蛍光眼底造影検査で,拡張蛇行した視神経乳頭近傍毛細血管からの蛍光色素漏出がない(図1b).視神経乳頭腫脹を呈するほかの疾患では同検査で蛍光色素漏出を示すため,きわめて特異度の高い検査所見である.レーベル遺伝性視神経症の診断確定例(definiteLHON):(1)の①と②もしくは①と③を満たし,かつ(2)の①~③のすべてを満たすもの.確実例(probableLHON):(1)の①もしくは③を満たし,かつ(2)の①と②を満たすもの.疑い例(possibleLHON):(1)の①もしくは③と(2)の②を満たし,詳細な家族歴で母系遺伝が明らかであるが,ミトコンドリア遺伝子変異を検出できないもの.保因者(LHONcarrier):確定例,確実例,または疑い例の患者を母系血縁として有し,(2)の①に該当する視機能無徴候者.または,視神経炎や圧迫性視神経症など視機能障害を呈する他疾患で発症する患者のうち(2)の①を満たすもの.この場合,(2)の②に反してもよい.重症度分類視力がよいほうの眼の矯正視力が0.3未満のものを対象とする.ab図1急性期レーベル遺伝性視神経症の視神経乳頭写真(a)とフルオレセイン蛍光眼底造影写真(b)視神経乳頭近傍毛細血管拡張と乳頭の発赤腫脹を認める一方,拡張した毛細血管からの蛍光色素の漏出を認めない.図2右眼静的視野の推移上段:グレースケール.下段:平均偏差(MD)の推移.初診時(2006年11月1日)に比較し,2007年6月時点では視野は悪化しているが,3年後には若干の改善を認め,MDスロープは有意な右肩上がりとなっている.図3ミトコンドリア遺伝子解析例患者mtDNA11778番塩基対を含む300塩基対領域を増幅し,制限酵素MaeIIIで切断処理後,電気泳動した.レーン1は制限酵素未処理,レーン2は正常対照,レーン3はレーベル遺伝性視神経症患者.表2レーベル遺伝性視神経症患者に同定されたミトコンドリアDNA変異(文献1より引用)ミトコンドリア遺伝子塩基変異普遍的変異(〜90%)MTND1m.3460G>A*MTND4m.11778G>A*MTND6m.14484T>C*希少変異(〜10%)MTND1m.3376G>A,m.3635G>A*,m.3697G>A,m.3700G>A*,m.3733G>A*,m.4025C>T,m.4160T>C,m.4171C>A*MTND2m.4640C>A,.5244G>AMTND3m.10237T>CMTND4m.11696G>A,m.11253T>CMTND4Lm.10663T>C*MTND5m.12811T>C,m.12848C>T,m.13637A>G,,m.13730G>AMTND6m.14324T>C,m.14568C>T,m.14459G>A*,m.14729G>A,m.14482C>A*,m.14482C>G*,m.14495A>G*,m.14498C>T,m.14568C>T*,m.14596A>TMTATP6m.9101T>CMTCO3m.9804G>A*MTCYBm.14831G>AMTND:mitochondrialnicotinamideadeninedinucleotidedehydrogenasesubunit遺伝子.MTATP:mitochondrialadenosinetriphosphate遺伝子.MTCO:mitochondrialcytochromeCoxidase遺伝子.MTCYB:mitochondrialcytochromeb遺伝子.表3レーベル遺伝性視神経症の除外診断特発性視神経炎脱髄性視神経炎(多発性硬化症を含む)視神経脊髄炎(抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎を含む)虚血性視神経症圧迫性視神経症中毒性・栄養障害性視神経症外傷性視神経症他の遺伝性視神経症黄斑ジストロフィ非器質性視覚障害図4イデベノンの作用機序の模式図正常では,ミトコンドリア電子伝達系酵素複合体内でコエンザイムQ(Q)を介して,複合体IからIIIへ電子が伝達され,最終的にATPが生成される.レーベル遺伝性視神経症患者では複合体Iの蛋白をコードするmtDNAに変異があるため,電子が漏出し,酸素と反応して活性酸素(O2-)が産生される.イデベノンは自らが電子と酸化・還元反応を生じ,複合体IからIIIへの電子伝達の迂回路を形成すると考えられている.図5RescueofHereditaryOpticDiseaseOutpatientstudyのサブ解析結果(文献9より引用)*MakotoNakamura:神戸大学大学院医学研究科臨床医学領域外科系講座眼科学分野〔別刷請求先〕中村誠:〒650-0017神戸市中央区楠町7-5-1神戸大学大学院医学研究科臨床医学領域外科系講座眼科学分野0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(47)671672あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(48)(49)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016673674あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(50)(51)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016675676あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(52)(53)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016677

現在の非動脈炎性虚血性視神経症のみかた,考え方

2016年5月31日 火曜日

特集●視神経炎と視神経症:全身と眼の架け橋あたらしい眼科33(5):663〜669,2016現在の非動脈炎性虚血性視神経症のみかた,考え方CurrentManagementofNonarteriticIschemicOpticNeuropathy中馬秀樹*はじめに非動脈炎性虚血性視神経症(nonarteriticischemicopticneuropathy:NAION)は,日常診療で多くみられる視神経疾患である.臨床所見や自然経過はよくわかっているが,発症機序や有効な治療法についてはわかっていない.本稿では,NAIONについて,現時点でどこまでわかっており,どこがわかっていないのか,概説する.I疫学50歳以上に多くみられ,発症頻度は約10万人あたり2~10人とされている.性差はみられない.日本人は欧米人に比べ少ないとされる.好発年齢は57~65歳である.II臨床所見急性,無痛性(90%以上),持続性,片眼性の視力低下として発症する.無痛性では,約10%に違和感を自覚する症例もある.しかし,視神経炎に特徴的な眼球運動痛はない.視力低下は,朝起床時に気づくことが多いとされるが,IschemicOpticNeuropathyDecompressionTrial(IONDT)では確定できなかった.通常,視力は2,3日で最低となるが,多少の変動があることもある.まれに数週間かけて悪化する症例もある(進行性虚血性視神経症).視力低下以外の視覚症状,神経学的症状,発熱,全身倦怠感などの全身症状はみられない.視力は,1.2から光覚なしまでさまざまである.しかし,視力低下は動脈炎性虚血性視神経症(arteriticischemicopticneuropathy:AION)と比較すると穏やかで,半分以上の症例が0.3以上である.色覚異常の程度は,視力低下の程度と相関する(それに対して視神経炎では視力低下に比べ色覚が悪い).視野欠損は,さまざまな型がみられるが,下方の神経線維束型欠損が最もも多く,50~80%をしめる.軽症でも病眼にrelativeafferentpupillarydefect(RAPD)が陽性となる.病眼の視神経乳頭はびまん性(図1a)または分節状(図1b)に浮腫を生ずる.一般的に浮腫が分節状であれば,浮腫の局在と視野欠損は一致する.乳頭上や辺縁部に線状または火炎状出血を伴う例(図2)もある.乳頭浮腫は,“pallid”(灰色-白色)と形容されるものもあるが,動脈炎性に特徴的で,NAIONには少ない.それよりも赤-橙色(hyperemic)(図1,2)な浮腫のほうがNAIONにはよくみられる.しばしば黄斑部に浮腫が及び,経過とともに星芒状白斑(図3)を呈し,なかには視神経網膜炎と似た眼底を呈することもある.NAIONの視神経乳頭は病眼だけでなく,僚眼も小乳頭が特徴的である(図4).小さな強膜輪の中を神経線維が通っている,いわゆるcrowdeddiscで,NAIONの危険因子とされ,discatriskとよばれる.視力低下と乳頭腫脹は同時に起こるとされているが,そうではない例もみられることがある(incipientNAION).その際は,乳頭浮腫が視力低下より先行する.そのような症例では,55%に視力低下がないまま浮腫が改善し,25%が数週間後に視力低下を自覚する.III病態生理NAIONには,以下の特徴がある.①大部分の発作は急性発症で,痛みを伴わず,視機能障害は数日のうちに進行し,軽度改善するけれども,基本的には卒中型の経過をたどる.②多くの発作は,朝起床時に気づく.③発作はそれぞれの眼に1回だけ起こる.④僚眼は小乳頭で,数年にわたり発作を起こす危険がある.⑤動脈硬化が危険因子として明らかであるが,心筋梗塞や脳梗塞の発症の危険性は無視できるほど小さい.⑥急激な血圧低下や血圧の過剰治療に引き続き発症する.⑦病理で短後毛様動脈の血栓が証明されていない.これらを考えると,典型的なNAIONは,血圧の日内変動のなかの血圧低下が先天的に小さく,強膜輪で圧迫されており,眼圧にもさらされ,自己調節能に乏しい視神経乳頭周囲循環に生じた阻血性微小梗塞ではないかと推察される.また,視神経乳頭周囲循環は,短後毛様動脈の分枝で,脈絡膜循環と共有される.日常の需要が多い脈絡膜循環に血流をとられ,視神経乳頭周囲循環は比較的低環流であるともされ,そのことにも起因しているのではないかと考えられている.しかし,大規模な臨床研究はなされておらず,明確にはなっていない.NAIONの乳頭梗塞部位を血管支配と比較してみると,必ずしも一致せず,一種のコンパートメント症候群を病態と考えるものもいる.実際NAIONの病理をみると,36%にcavernousdegenerationを示し,少なくともいくつかの症例ではそれによる圧迫でコンパートメント症候群を生じているのではないかと考えられる.IV危険因子Discatriskに加えて,とくに65歳以下では同年齢と比較して,動脈硬化性因子のある,典型的には糖尿病,高血圧の人のほうが発症率が優位に高い.NAIONの患者では,喫煙している人の割合が同年齢と比較して優位に多いとの報告もある.一方,頸動脈の動脈硬化,心原性塞栓,網膜塞栓は,NAIONの患者には顕著ではない.多くの患者は朝起床時に初めて視力低下に気づくので,NAIONは,血圧低下によって発症するのではないかと考えられている.実際,NAIONでは血圧の日内変動の血圧低下の程度が大きかったとの報告がみられる.高血圧の過剰な治療のあとに発症することもある.しかし,それに賛同しない意見もある.実際,NAIONの患者を入院させて血圧をモニターすると,コントロール群と有意差をみなかったとの報告もある.しかし,筆者らは,NAIONの患者には降圧薬を夜飲むことはできるだけ控えるように指導している.睡眠時無呼吸症候群もNAIONの危険因子の一つとされる.肥満や体重増加のないNAION患者の89%に睡眠時無呼吸症候群がみられたとの報告もある.しかし,睡眠時無呼吸症候群の治療を行うことで,NAIONの1回目,2回目の発作を抑えることができるかは不明である.血清ホモシスチンの上昇が50歳未満の若い虚血性疾患(脳梗塞,心筋梗塞)と関係していることが指摘されているが,NAIONとの関連は明らかになっていない.若年発症のNAION患者に有意な血清ホモシスチンの上昇を認めたとの報告もあるが,症例数が少ない.ループスアンチコアグラント,抗リン脂質抗体,factorVLeiden,proteinC,Sの欠損,アンチトロンビンIIIなどのNAIONとの関連も研究されているが,明らかな相関は認められていない.視神経乳頭ドルーゼンの症例にNAIONが発症しやすいとの意見もある.20例24眼の合併している症例では,発症年齢が若く,動脈硬化性因子を認めた症例が50%であった.ドルーゼンがあることによりcrowdeddiscが強調される点は理解できるが,発症頻度そのものは多くないと感じている.筆者はまだ経験がない.白内障術後にNAIONを発症した例も報告されている.発症頻度は術後1年間で2,000例に1例で,10万人に換算すると51.8例となり,一般の発症頻度を超える.また,片眼にNAIONを発症した瞭眼に白内障手術を施行した場合,53%に発症し,施行しなかった例に発症した19%と比較して,3.6倍発症しやすいという報告もあるため,やはり注意が必要である.偏頭痛の症例にNAIONが発症しやすいとの報告もある.筆者らもそのような症例を経験している.ドルーゼンと同様,発症年齢が若いようである.視機能の低下は偏頭痛の視覚発作の直後に生じる.そのような症例にはb遮断薬の投与がNAION発症の予防によいとの意見もある.いくつかの薬剤がNAION発症に関与しているとの報告がみられる.インターフェロンaは,メラノーマ,白血病,リンパ腫,C型肝炎などの治療に用いられるが,通常,両眼に続けて発症し,再開すれば再発する例も報告されている.中止すれば改善する例と不可逆的なものがある.Erectiledysfunction(ED)治療薬によるNAION発症例も報告されている.おそらく服用による全身血圧低下が発症に寄与していると思われる.少なくとも10mmHgは低下するようである.アミオダロンは広く使われている不整脈の治療薬であるが,NAIONによく似た視神経症を生ずる例があるようである.ただし,問題はこれらの治療を受けている症例は,高脂血症や高血圧など動脈硬化性因子をもつ例が多いということである.いわゆるNAIONを発症してもおかしくない.したがって,明らかに関連があることを示すには,両眼発症で乳頭浮腫が長期に続き,視野欠損が下方水平半盲ではなく全体的な感度低下であるという特徴をもっていなければならない.これらの報告から,NAIONの患者からは,内服歴も慎重に聴取すべきであることがわかる.V自然経過視力回復はほとんどみられない.悪化もみられない.上述した進行性虚血性視神経症でも1~2カ月を超えて悪化することはない.3分の2の症例で視力回復はなく,3分の1の症例で,わずかな視力回復がみられる.病眼が再発する率は5%以下である.乳頭腫脹が蒼白化するのは6~11週後である.これを越えて腫脹が持続する場合,ほかの視神経疾患(圧迫性や浸潤性)を考慮すべきである.5年以内に僚眼に発症する率は19~25%である.僚眼発症までの期間は数カ月~数十年とさまざまであるが,25%が2.5年以内に発症する.片眼発症後1,2年後に僚眼に発症すると,乳頭浮腫と視神経萎縮の組み合わせになり,Pseudo-Foster-Kennedy症候群(用語解説参照)とよばれる(図5).心筋梗塞を発症する危険度は同年齢と比較してほとんど変わらず,微小脳梗塞の割合も高血圧のない同年齢層と比較しても変わりないという報告がある.一方,脳梗塞,心筋梗塞発症のリスクが高まるとの報告もあり,この点に関しては一定の見解は得られていない.VI鑑別診断AION,前部視神経炎,圧迫性視神経症,浸潤性視神経症があげられる.AIONとNAIONの鑑別点を表1に示す.前部視神経炎は,年齢,眼球運動痛の有無などで鑑別するが,近年,レーザースペックルフローグラフィーが鑑別に有用(図6)であるとの報告がある.圧迫性視神経症は慢性の経過,眼球突出,retropulsionの有無,6~11週を超える腫脹の持続などで判断する.もちろん,画像診断は有用である.浸潤性視神経症も慢性の経過,腫脹の持続,リンパ腫や白血病などの既往などで鑑別する.VII診断NAIONの診断は,あくまでも病歴聴取を含めた(睡眠時無呼吸,側頭動脈炎の症状,ED薬の既往など)神経眼科的診察で臨床的に行う.赤沈測定とCRP(Creactiveprotein)の測定は,AIONを鑑別するため,必ず行う.典型的な例では画像診断は行っていない.ただし,非典型的な例では,ほかの視神経疾患を鑑別するため,場合によっては入院させ,詳細な検査を行う.蛍光眼底造影はNAIONの診断に有用である.以前は造影初期に視神経乳頭周囲の脈絡膜の循環不全を呈するといわれていたが,近年,正常人でも視神経乳頭周囲の脈絡膜の循環不全らしき所見がみられることがわかり,現在はそれよりも乳頭部が分節状に低蛍光を長時間(動脈相より5秒以上遅れる)要することが特徴的とされている(図7).VIII治療,予防視力改善に関して近年も経角膜電気刺激,LDL(lowdensitylipoprotein)吸着療法,視神経乳頭切開,硝子体乳頭牽引切除,トリアムシノロン硝子体内注入,抗VEGF(vascularendothelialgrowthfactor)抗体硝子体内注入,経口ステロイド内服が試みられているが,明らかな効果のあるものはない.2008年にHayrehらは,1973~2000年に613人(696眼)のNAION患者を対象として実施した研究の成果を発表した.それによれば,全対象者のうち,312人(364眼)は全身ステロイド内服療法を受けることを自ら選択し,301人(332眼)は無治療を選択した.ステロイド療法を選択した312人のうち,236人が発症後2週間以内に治療を開始した.初診時,すべての患者に,詳細な眼科的評価,視力検査,視野検査が施行された.そして,視機能の改善が評価項目であった.ステロイド投与群は,プレドニソン80mg/日を2週間,70mg/日を5日間,60mg/日を5日間,その後は5日ごとに5mgずつ減量した.平均経過観察期間は3.8年であった.結果は,発症時視力が20/70より悪い症例で,6カ月後,視力が少なくとも3段階以上向上したものは,2週間以内に治療を開始したステロイド投与群では69.8%(95%信頼区間,confidenceinterval(CI):57.3~79.9%),無治療群では40.5%(95%CI:29.2~52.9%)であった.視力改善のオッズ比は,3.39(95%CI:1.62~7.11,p=0.001)であった.同様に,Hayrehによって規定された視野基準で中等度から重度視野欠損があり,発症後2週間以内に治療を開始したステロイド群では,6カ月後,視野の改善したものは40.1%(95%CI:33.1~47.5%)であった.無治療群では視野が改善したものは24.5%(95%CI:17.7~32.9%)であった.視力改善のオッズ比は,2.06(95%CI:1.24~3.49,p=0.005)であった.Hayrehは,急性期にステロイド治療を行うと,無治療に比較して,有意に視力の改善(p=0.001)と有意に視野の改善(p=0.005)が得られると結論づけた.この結果には賛否両論あり,いまだに一定の見解は得られていない.否定的な意見の根拠としては,NAIONがステロイド治療で改善する科学的根拠に乏しいこと,スタディがランダマイズされていないこと,データがマスクされた状態で集められていないことがあげられる.筆者は現時点では否定的で,原則としてステロイド加療は行っていない.また,保険適用でもない.僚眼発症予防に関しても効果的なものは明らかにされていない.アスピリン内服に対する研究が行われてきた.その結果,意見は二分している.Kupersmithらは,131例で,僚眼発症率は,アスピリン内服群は17.5%,非内服群は53.5%であった.Salomonらは,52例で,僚眼発症率は,アスピリン内服群は38%,非内服群は50%であった.しかし,Beckらの,431例の検討では,アスピリン内服群は17%,非内服群は20%で有意差を認めなかった.有効性がみられたとする報告に対する批判としては,非内服群の僚眼発症率が約50%と高すぎる点にある.また,すべての研究がランダマイズされておらず,現時点では有効であるという明らかなエビデンスはない.筆者も現時点では僚眼発症予防のためのアスピリン加療は原則として行っていない.参考文献1)ArnoldAC:IschemicOpticNeuropathy.InMillerNR,etal:editors.Walsh&Hoyt’sClinicalNeuro-Ophthalmology.6thed.p349-384,LippincottWilliams&Wilkins,Philadelphia,20052)TrobeJD:OpticNerveandChiasmI.TheNeurologyofVision,p202-236,OxfordUniversityPress,Oxford,20013)HayrehSS:IschemicOpticNeuropathy.Springer-Verlag,BerlinHeidelberg,20114)中馬秀樹:非動脈炎性虚血性視神経症の治療の可能性と問題点.神経眼科27:41-50,20105)中馬秀樹:非動脈炎性虚血性視神経症.視神経疾患のすべて,眼科クオリファイ,p72-78,中山書店,2011■用語解説■Pseudo︲Foster︲Kennedy症候群:Foster-Kennedy症候群と同じく,片眼に視神経萎縮,僚眼に乳頭浮腫を呈することから,このように呼ばれる.真のFoster-Kennedy症候群は,前頭葉の脳腫瘍で腫瘍が存在する側は圧迫性視神経症で視神経委縮を呈し,反対眼は頭蓋内圧亢進により乳頭浮腫を生じるものをいう.*HidekiChuman:宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野〔別刷請求先〕中馬秀樹:〒889-1692宮崎県宮崎市清武町木原5200宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野図1非動脈炎性虚血性視神経症の視神経乳頭写真a:びまん性の乳頭の腫脹を認める.b:分節状の乳頭の腫脹を認める.図2非動脈炎性虚血性視神経症の視神経乳頭写真乳頭上や辺縁部に線状または火炎状出血を伴っている.図3黄斑部に浮腫が及び,経過とともに星芒状白斑を呈した非動脈炎性虚血性視神経症症例の眼底写真図4右眼非動脈炎性虚血性視神経症症例の僚眼(左眼)の視神経乳頭写真垂直C/D比の小さな小乳頭である.図5Pseudo︲Foster︲Kennedy症候群の眼底写真最初に右眼発症後に視神経萎縮となり,2年後に左眼に発症した.表1動脈炎性虚血性視神経症(AION)と非動脈炎性虚血性視神経症(NAION)の鑑別臨床的特徴動脈炎性虚血性視神経症非動脈炎性虚血性視神経症年齢65歳以上45〜70リウマチ性多発筋痛症50%以上に出現なし赤沈,CRP80%以上で亢進正常動脈硬化危険因子年齢相応多い両眼発症50%にのぼり,週単位で発症する20%にのぼるが,6カ月以内はまれ視力低下の重篤度強いさまざま,しかし,動脈炎性よりは軽度検眼鏡的所見強い蒼白浮腫綿花様白斑動脈炎性よりは軽度の蒼白浮腫綿花様白斑なし瞭眼は小乳頭蛍光眼底造影検査での脈絡膜血流顕著な低下正常もしくは低下眼窩部カラードップラ像減少正常側頭動脈生検95%で陽性偽陽性はほとんどなし陰性ステロイド療法の効果リウマチ性多発筋痛症症状の迅速な改善急性期蛋白の正常化なし図6非動脈炎性虚血性視神経症のレーザースペックルフローグラフィー血流量を反映するmeanblurrate(MBR)値で比較すると,病眼(右眼)のほうが健眼(左眼)より血流が低下している図7非動脈炎性虚血性視神経症の蛍光造影眼底写真乳頭部が分節状に低蛍光となっている.0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(39)663664あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(40)(41)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016665666あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(42)(43)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016667668あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(44)(45)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016669

OCTと多発性硬化症

2016年5月31日 火曜日

特集●視神経炎と視神経症:全身と眼の架け橋あたらしい眼科33(5):653〜661,2016OCTと多発性硬化症OCTandMultipleSclerosis横山和正*服部信孝*はじめに一般眼科医にとって多発性硬化症(multiplesclerosis:MS)からイメージされるのは視神経炎と思われるが,眼科医が日常臨床で遭遇する視神経炎の多くは特発性視神経炎である.一方,われわれ神経内科医が視神経炎患者を診た場合にイメージするのはMS,視神経脊髄炎(neuromyelitisoptica:NMO)であり,視神経以外の神経障害の有無を見つけ出すために問診,神経診察の後に血液・髄液検査,頭部・脊髄MRI,誘発筋電図検査などを行う.初発の視神経炎が眼痛を伴い視力障害が著明なときには神経内科医は急性期治療としてステロイドパルス療法を可能な限り同日中に行い,反応しなかった場合は血液浄化治療やその後の再発予防治療を考える.なぜならNMOによる視神経炎では,ときにステロイドパルスの効果が乏しいことや,治療後内服ステロイドによる後療法を行わなわないと容易に再発し,1回のアタックで失明もしくは重篤な脊髄症状など患者の長期QOL(qualityoflife)を阻害するリスクが高いためである.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)は眼科医にとっては日常的に使用する検査機器となっているが,神経内科領域でその必要性が認識されたのは,2011年11月に再発寛解型のMS再発予防内服薬として保険収載されたフィンゴリモド塩酸塩の国内第3相臨床試験からである.先行して行われた欧米の試験で黄斑浮腫が報告され,日本ではOCT利用可能な施設のみが試験依託施設として選択された.本稿ではまずMS,OCTついて概説し,次にMSにおけるOCTの有用性,鑑別診断,とくにNMOとの鑑別,フィンゴリモド塩酸塩副作用評価,OCT施行上の注意点,未来への展望について脳神経内科医の立場から述べる.I多発性硬化症MSは中枢神経特異的な自己免疫疾患である.軸索をとりまく髄鞘を構成するミエリン蛋白に対しての獲得免疫が,急性期の病態に関与し脱髄が起こる.しかし,近年病早期からの神経軸索変性が重要視され,自然免疫の役割が明らかとなってきている.MSは若年女性に多く,寛解増悪を繰り返し,10~15年で半分以上が二次性進行型へと移行する(図1)1).視神経炎を含めた急性期治療としてはステロイドパルス治療や血液浄化療法などが行われるが,再発寛解型MS(relapsingremittingMS:RRMS)の再発予防のためには免疫修飾治療(diseasemodifyingtherapy:DMT)としてインターフェロンb1a(アボネックス®),インターフェロンb1b(ベタフェロン®),グラチラマーアセテート(コパキソン®),フィンゴリモド塩酸塩(イムセラ®,ジレニア®),ナタリズマブ(タイサブリ®)が国内で承認されている.しかし,進行型である一次性進行型MS(primaryprogressiveMS:PPMS),二次性進行型MS(secondaryprogressiveMS:SPMS)に対して長期効果を示すDMTはない.多くのRRMS患者は10~15年の経過とともに再発を伴わず進行する状態(SPMS)となり,認知症,ADL,QOL障害が徐々に悪化する.MS患者の神経変性の進行の指標としては,脳容積や第3脳室径,頸髄MRIの萎縮などが利用されるが,施設間MRI機種の差異に加え,位置決め,緩和時間の条件設定などの違いもあり,経時的な評価をまったく同じ条件で行うことは同一病院内であっても多忙な日常臨床では困難であることから,より簡便で再現性のある検査が必要とされてきた.II多発性硬化症と視神経炎われわれが知覚する外界からの視覚情報(光刺激)は角膜,水晶体,硝子体を通り,その後は網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)に至り,一番深層にあるphotoreceptorlayer(桿体および錐体細胞)にとらえられ,神経信号へと変換される.外網状層(outerplexiformlayer:OPL)では水平細胞がシナプス結合し,内網状層(innerplexiformlayer:IPL)で双極細胞,アマクリン細胞,網膜神経節細胞(retinalganglioncell:RGC)がシナプス形成している.その軸索は網膜表層を乳頭へ向かって走り,乳頭から視神経管の中で脳との接点である視神経となり,その後の視路を経て後頭葉に至る.外顆粒層(outernuclearlayer:ONL)には視細胞である桿体細胞,錐体細胞が存在し,内顆粒層(innernuclearlayer:INL)には双極細胞,水平細胞,アマクリン細胞が,網膜神経節細胞層(ganglioncelllayer:GCL)にはRGCの細胞体が存在している(図2)2).視神経炎では2~3日以内に視力低下,中心暗点などの視野欠損,色覚異常,対光反射異常,眼球運動時の眼球後部痛が生じる.MSでは15~20%の症例が視神経炎で初発し,経過中約50%の患者に視神経炎が認められる.そのうち2/3は球後視神経炎で,眼底所見では乳頭の急性期変化は認められないが,1/3の症例では視神経乳頭が腫脹し視神経乳頭炎をきたす(図3).視神経炎により神経軸索を包む髄鞘が炎症性細胞の浸潤や抗体その他の液性因子によって傷害されることを脱髄という.視神経の髄鞘は大脳白質と同様に中枢神経の髄鞘をつくる希突起膠細胞(オリゴデンドログリア細胞)によってつくられているため,中枢神経の脱髄性疾患であるMSでは傷害を受ける.IIIOCTによる多発性硬化症の評価MSの視神経の構造と機能の評価には,おもに視力,視野,検眼鏡的観察,眼底所見,眼窩MRI,蛍光眼底造影法,視覚誘発電位(visualevokedpotential:VEP)などの検査が利用されてきたが,視神経は脳と同様生検が容易にできないため,急性期および慢性期の神経変性を評価できるinvivoの解析装置の発明が期待されてきた.OCTは1991年に発明され,2005年から日本でも保険収載された.現在,広く眼科領域で普及し,国内外合わせて複数社から装置が販売されている.近赤外線を用いて非侵襲的に短時間で網膜断層像から黄斑部,乳頭部それぞれの定量化が可能となる.データ解析は自動的に行われ,正常眼のデータベースと比較したdeviationmapやsignificancemapがカラー表示され,誰でも簡単に評価解釈可能となる.まさに脳神経分野におけるMRIと同等の画期的な発明である3).OCTの登場により網膜神経線維層(retinalnervefiberlayer;RNFL)の萎縮を含む視神経の構造と機能が経時的に把握可能となった.視神経は先にも述べたようにGCLからの軸索から構成されているため,いずれの原因による視神経障害でも,慢性期ではRNFLや乳頭黄斑束(papillomaculabundle)が菲薄化し視神経萎縮が生じる.視神経乳頭周囲網膜神経線維層(circumpapillaryretinalnervefiberlayer;cpRNFL)には髄鞘は存在しないため神経の軸索変化を直に測定可能となる.直径0.35mmの中心窩を含む1.5〜2mmの濃い黄色部分を黄斑というが,GCLの50%が存在し,その厚さの34%がretinalganglioncellneuronであるため4),この部位の菲薄化はMSでの網膜神経節細胞死による不可逆性変化を早期に反映する.従来使用されてきた初期タイムドメインOCTではcpRNFL厚を測定することで間接的に視神経線維を定量することが可能であった5).黄斑部網膜厚(macularretinalthickness:mRT)タイムドメインOCTでは内境界膜(internallimitingmembrane:ILM)と視細胞内節外節接合部(photoreceptorinner/outersegmentjunction:IS/OS)の間を網膜厚として計測していたのが,スペクトラルドメインOCTでは従来タイムドメインOCTで十分な分離ができなかったIS/OS,外境界膜(externallimitingmembrane:ELM),RPEが分離して描出できるようになり,これに伴い機種により異なるが,ILMからRPE前縁,あるいは後縁までを計測するようになっている.健常人では網膜厚は傍中心窩,外中心窩,中心窩の順に厚く,傍中心窩,外中心窩それぞれの中では鼻側,上方,下方,耳側の順に厚い.視神経炎の既往の有無にかかわらずMSでは健常人と比較して黄斑部網膜厚は正常眼より減少する6,7).既往があるとさらに薄くなる2).その後,2006年から発売になったスペクトラルドメインOCT(spectral-domainOCT:SD-OCT)ではFourier空間を利用して周波数領域または波長領域で行う8).測定時間も短縮し,解像度も2μmと10倍に改善した.機種によってはeyetrackingによるrepositioningによる経時的比較,三次元提示やビデオ測定も可能となった.cpRNFL厚だけではなく黄斑部の網膜内層構造,すなわち網膜神経節細胞(retinalganglioncell:RGC)の細胞体と黄斑部網膜神経線維層を分離測定可能となった.図2bに提示すようにmRNFL,GCL+IPL,ないし機種によって呼称が変わるが神経節細胞複合体厚(ganglioncellcomplex:GCC)ではILMからIPL外縁まで(mRNFL+GCLIPL)を定量できる5).このようにOCTは視神経炎での脱髄,浮腫,神経変性,萎縮を経時的に比較可能で,医療費も安価,かつ正確な再現性をもっている点で優れている.今後は神経保護や修繕の指標としての利用や9),ときにはVEP同様,心因性の視神経炎などの鑑別を含め,新たな有効利用が期待される.たとえばMS患者の死亡後の解析では70%以上のRGCの消失が証明され10),剖検により患者のRNLFも薄くなっていることが明らかとなった11).一方,視神経炎の既往がなく視放線から後頭葉視覚野に脱髄病変がある群と,視神経炎の既往がある群でOCT,MRIによるvolumetryとspectroscopyで解析を行った研究で,前者ではcpRNFLの減少(逆行性径シナプス変性)がみられ後者では後頭葉視覚野の縮小(順行性シナプス変性)が報告されるなど,ほかの解析装置との組み合わせで今までは剖検で確かめることが困難であった生体での変性過程が証明されてきている12).IV多発性硬化症でのOCT知見1.視神経乳頭周囲網膜神経線維層(cpRNFL)厚視神経炎や虚血性視神経症では,急性期の乳頭腫脹により軸索障害がマスクされるため,cpRNFL厚測定より黄斑部網膜内層厚測定のほうが早期に軸索障害を検出できることに注意が必要である3).しかし,その際にはcpRNFL厚の変化はステロイドパルスなどの治療効果判定に利用可能である5).その後,急性期視神経炎後6カ月~1年でcpRNFL厚の正しい評価が可能となる.平均するとMS患者で視神経炎がない眼では年間2μm薄くなる13).MSでは患眼でのコントラスト読字感度の低下とcpRNLF厚低下は相関し,視神経炎の既往のない患者眼でも健常者の眼よりcpRNFLの減少は明らかで,慢性軸索変性の関与が推察されている14).また,患眼のcpRNFL萎縮の程度は臨床型により異なり,SPMS>PPMS>RRMSの順に障害され,黄斑部体積低下はSPMS>RRMSの順に大きい.各臨床型に共通するのは,健常者と比べると健眼でも萎縮が著明なことである15).MSではcpRNLFはとくに耳側と下方象限の萎縮が顕著となり,視神経炎既往のあるMSの患眼ではcpRNFL厚と罹病期間が相関し,既往のないMSも同様に相関したが,既往があると減少が目立った.一方,脳萎縮は健眼との相関を示した2,16).視神経炎の既往のないMS患者の健眼で耳側,下方のcpRNLFの菲薄化と黄斑部体積,厚さの減少を認めた6).MSのcpRNFL厚は,総合障害度スケールExpandedDisabilityStatusScale(EDSS)と負の相関を示す.また,脳萎縮とも相関する.ただし灰白質,白質などの実質ではなく髄液量との相関であった17).さらに最近の報告では,健眼のcpRNFL厚が87μm(CirrusOCT)ないしは88μm(SpectralisOCT)以下では,およそ2倍の進行リスクがあるため,DMT(disease-modifyingtherapy)開始および選択の参考となるが,2年より短い間隔では変化がとらえられないと述べている18).注意点としてcpRNFLの解釈の際に乳頭黄斑線維束のみ障害されているパターンが検出されたときには,過去の視神経炎,近視を伴う緑内障を考える5).2.黄斑部網膜層厚(totalmacularretinallayerthickness)SD-OCTによる報告に着目すると後に記載する黄斑部網膜内層厚がおもに反映される.つまりGCLが薄くなっている19),またGCLとIPLがうすくなっている2,20,21)との報告がある.とくにGalettaらとDaviesらの報告19,20)では,GCLの薄さについてMS患者は健常人より,またMS患者の患眼は健眼より顕著で視神経炎既往の有無にかかわらずMSでは健常眼よりも減少していると報告している3.黄斑体積(macularvolume)cpRNFL厚と相関がみられ,macularvolume0.2mm3の減少でcpRNFL厚が10μm減少する.また,macularvolumeとcpRNFL厚の相関は,視神経炎既往のあるMSでより有意で,黄斑部のRGCとその軸索も変性することが示唆されている4).4.黄斑部網膜内層厚(GCCとIPL)MSでは黄斑部網膜内層厚の減少もみられており22),Daviesらの報告20)では,正常眼よりもGCL厚が減少し,視神経炎既往があるとさらに菲薄化した.視神経炎既往のあるMSは,既往のないMSや正常眼に比べてmRNFL,GCL+IPL厚,RNFL+GCL+IPL厚が減少する2,23).MSの亜型分類別の検討では,正常眼と比較してすべてのタイプでGCL+IPL厚は菲薄化した24).視神経炎既往のあるMSのINL厚は,MS:42.9μmで正常眼:39.6μmよりも厚く,INLの肥厚はmacularRNFLやGCL+IPL厚の減少と相関した.これは,RNFLが急激に菲薄化した場合に網膜構造を維持するための,INLの代償性肥厚と考えられている23).5.MRIとの関係cpRNFL厚は,MRIのT2-lesionvolume,T2-lesionvolume,normalizedbrainvolume(NBV),normalizedgraymattervolume(NGMV),brainparenchymafraction(BPF),cerebrospinalfluid(CSF),whitemattervolume,graymattervoloumeと相関することが報告されている16,17,25,26).よってcpRNFL厚による軸索の定量は,MSにおける脳萎縮や脳機能障害を評価するための指標として有用となりうる.また,GCL+IPL厚は視神経炎の既往のない健眼のRRMSや進行型のEDSS患者において4年間の経過から,脳萎縮(wholebrain,thalamic,andgraymatter)と鏡像関係にあるという報告がある27).6.NMOとの鑑別NMOは本特集ですでに中島らによって説明されているが,抗AQP4抗体がアストロサイトにある水チャンネルAQP4を補体,好中球などとともに攻撃することでオリゴデンドログリアの傷害が起こる二次性脱髄性疾患である.AQP4は視神経をとりまくアストロサイトにも豊富に存在しており視神経のBBBはより脆弱であるため傷害を受けやすい.MSとNMOのOCTの違いについて表128)に示す.NMOの患眼は明らかにMSより悪いが,健眼はMSのほうが悪く無症候性の進行障害はめだたない.また,NMOでのcpRNLF減少部位は上下象限でありMSの耳側と異なる.またEDSSとの相関はMSほどにない30).とくに初発時視神経炎を呈した患眼で内耳側ONL厚が83μ以上で外上方のGCL+IPL厚が62μ以下である場合は,単なる視神経炎やMSに伴う視神経炎よりNMOを考えるという報告がある31).東北大学の赤石らは,上下象限のcpRNFLおよび黄斑部萎縮を防止することがNMOの視神経症状の長期予防に関与するとした.またGelfandらは,MS患者のINLにmicrocysticmacularedemaが観察され,その存在はEDSSやMSseverityscoreによる重度の障害や視力低下,cpRNFL厚の減少,視神経炎の既往と関連し,ミエリンが欠損している神経系の一部に血液網膜関門やタイトジャンクション(tightjunction)の破綻が示唆されている32).その頻度はMSでは5%程度だがNMOSDでは20~26%で,抗AQP4抗体陽性例では患眼に限ると最大40%であるが,健側にはみられない.INLにはMüller細胞がありAQP4が局在し,NMOにおいてはその関与が示唆されている.しかし,MMFはMS以外の疾患(Leber病や虚血性視神経症,圧迫性視神経症)でも認められることから網膜内の炎症や脱髄が原因ではなく視神経の逆行性変性によってMüller細胞を含めた内顆粒細胞の障害が起こるとも考えられており,今後の研究が必要である33).V多発性硬化症再発予防治療薬フィンゴリモド投与中の患者へのOCT利用1.フィンゴリモドの効果と副作用フィンゴリモド塩酸塩は,もともと漢方薬である冬虫夏草のIsariasinclairii由来の天然マイオリシン成分から合成されたスフィンゴシン1リン酸受容体調節薬であり,その特徴としてリンパ球表面に存在するS1P1受容体の競合的阻害による内在化を起こす.そのためリンパ節や胸腺,脾臓などの二次リンパ系組織にリンパ球を閉じ込める.その結果,血液中の循環リンパ球数が減少し脳血液関門を通過して脳内に侵入する数が減少することでMSの再発を抑えるが,個々のリンパ球の機能は保たれるという画期的な薬剤である.世界初の内服MS治療薬であり日本でも2016年3月までですでに4,538名の患者に使用されている.脳萎縮への臨床治験期間内での予防効果もFREEDOMS34),TRANSFORMS試験35)でそれぞれ報告されていることや,RRMSへの投与で黄斑部の体積が改善したとの報告がある36).フィンゴリモド塩酸塩の眼科関連の副作用としては,黄斑浮腫が使用後3~4カ月で発症する.なかには5日~2年後とする報告もある37).頻度は,欧米での大規模臨床試験(前述TRANSFORMS試験1,292名,FREEDOMS試験1,272名)では0.5mg投与時に0.5%(13/2,564名),FREEDOMS試験では0名で合計0.2%となる.日本での全例調査による報告では0.4%であった(全例調査報告,2016年2月29日).このようにフィンゴリモド塩酸塩治療によりMS再発に伴う視神経炎は再発予防可能となったが他の眼疾患が起こるという点においても,眼科医と神経内科医との協力が必要である.ここで注意すべき点として,黄斑浮腫は糖尿病網膜症,ぶどう膜炎,網膜血管閉塞症,加齢黄斑変性などでも単独で生じる点であり,その既往は同時に発症リスクとなる.視力にもっとも重要な黄斑部の浮腫であるため,黄斑部の破壊,変性をきたせば高度の視力障害となる.発症のメカニズムとしては,フィンゴリモドにより内皮細胞にあるS1P1受容体が内在化し,タイトジャンクションも障害を受け内血液網膜関門が破綻する.治療としては非ステロイド抗炎症薬,ステロイド,抗VEGF薬,レーザー凝固治療がある38).治験データからは発症患者は41歳以上が多く,変形視が主症状であり,眼痛や視力,視野障害,RAPD(relativeafferentpupillarydefect)は初期には障害されないのが特徴で,乳頭浮腫はない.MSで黄斑浮腫が過去にある場合,また上記リスクとなる合併症をもっている場合は,投与前の注意喚起が必要であり,頻回のOCT検査が必要である.フィンゴリモド塩酸塩治療前もしくは治療中に黄斑浮腫が出現した場合は,フィンゴリモド塩酸塩の再投与は行わない(図4).2.OCT使用上のピットフォールOCTはMSにおいて黄斑浮腫の程度を含めて急性期変化の探索にとくに優れている.同時に軸索,神経節細胞障害の現在および進行期の経過を定量的にとらえることに優れた補助機械である.ただし,各機種に搭載されている正常データベースには,通常,強度近視や強度遠視,18歳未満のデータは含まれていないため,その範囲外の対象とのsignificancemapによる比較はあくまで参考程度に留め,実測値で判断しなければならない3).視神経炎を含めて診断が確定している場合はその進行の比較に意味があるが,すでに完成した視神経萎縮のデータから各種疾患を鑑別することは不可能である.言いかえるならば,各種視神経症においての終末像はRGCの細胞体消失と軸索変性であり,そこには疾患特異性はないことを知っておくべきである.また,実践的には白内障や角膜混濁では画像が不鮮明となり,黄斑前膜などの網膜疾患があると解析不可能となる.また,とくに黄斑部では網膜角層の位置の誤認識によるsegmentationerrorも起こりうる.RNFLには個人差があり均一ではなく,網膜の部位によっても厚さが異なる.網膜に部分的に菲薄化した領域がある場合,視神経疾患による異常なのか,それともアーチファクトであるのかという解釈には注意を要する.cpRNFLは一般に上下で厚く,鼻と側頭側で薄い.また,長眼軸では視神経乳頭より離れた部位での測定になるためcpRNFLは薄くなる(magnificationerror).また黄斑部では中心窩付近のRGC層が厚いためGCCは小さく,mRNFLは厚く,GCLIPは薄く測定される.さらに近視性変化の強い場合cpRNFLは解析部位が乳頭周囲脈絡網膜萎縮(peripapillaryatrophies:PPA)にかかってしまい,判定不能になる例に注意が必要である5).また,MS患者でときにOCT検査が不可能な場合に遭遇する.座位保持困難,中心暗点を伴う場合は固視不良のため測定中心と乳頭中心を合わせることが困難ある.また,眼振や眼球偏位があると固視困難である.さらに精神症状や注意集中ができずオーダーに乗らない場合もある.おわりにOCTは格段の進歩を遂げ,今後も治療薬の評価を含めて利用度が高まることが予想される.一方,新しい世代のOCTは神経内科医の必要とする情報より多くの新しいデータを内包する.機種変更ないし新しい解析方法が次々に開発されているが,大事なことは,過去のデータとの連続性を担保し,MS分野でのOCTのもつ新たな可能性の探求のために各々の診療現場で正しい診断と治療データを積み重ね,神経内科医と眼科医の協力のもと,熟練したテクニシャンに正しい評価を依頼できる環境である.文献1)WeinerHL:Thechallengeofmultiplesclerosis:howdowecureachronicheterogeneousdisease?AnnNeurol65:239-248,20092)SycSB,SaidhaS,NewsomeSDetal:Opticalcoherencetomographys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視神経脊髄炎に対する新しい免疫療法:モノクローナル抗体など

2016年5月31日 火曜日

特集●視神経炎と視神経症:全身と眼の架け橋あたらしい眼科33(5):645〜651,2016視神経脊髄炎に対する新しい免疫療法:モノクローナル抗体などEmergingImmunotherapiesinNeuromyelitisOpticaSpectrumDisorders荒木学*はじめに視神経脊髄炎(neuromyelitisopticaspectrumdisorders:NMOSD)は,単相性または再発性に中枢神経系に炎症をきたす免疫性神経疾患である.多発性硬化症(multiplesclerosis:MS)との異同について長らく議論されてきたが,疾患特異的な自己抗体であるNMO-IgGの発見により,MSとは異なる免疫病態の存在が明らかになった1).その後の研究で自己抗体の標的は水輸送チャネル蛋白であるアクアポリン4(aquaporin-4:AQP4)であることが判明した2).AQP4は脳・脊髄・視神経に多く存在し,血液脳関門(blood-brainbarrier:BBB)の構造に重要な役割を担うアストロサイトの足突起に豊富に存在する.NMOSDにおける抗AQP4抗体の役割としては,1)BBBの破綻と透過性亢進,補体の活性化,2)免疫グロブリンや補体の活性化,3)グルタミン酸トランスポーターの障害による神経細胞やオリゴデンドロサイトに対する興奮毒性などの機序があるとされている3).これらの抗AQP4抗体の働きにより,NMOSDの病巣ではアストロサイトを中心に高度の壊死性変化を伴う病理像を呈する特徴があり,炎症性脱髄を特徴とするMSとは組織病理学的に異なることが明らかになった.抗AQP4抗体の発見以降,抗体陽性症例を軸に臨床病型の整理が行われ,2006年にNMOの診断基準が提唱された4).しかし,抗AQP4抗体陰性症例の存在,視神経炎(opticneuritis:ON)や脊髄炎のみを呈する限定型,大脳や脳幹症状を呈するなどさまざまな臨床病型が存在することから,2015年に診断基準が改定され,その疾患の命名法もNMOでなくNMOspectrumdisorders(NMOSD)を使用することが併せて提唱された5).抗AQP4抗体陰性症例については,抗体検査の感度や他の自己抗体(抗myelinoligodendrocyteglycoprotein抗体:抗MOG抗体)の存在など解決すべき問題もあるが,NMOSDとして同一の免疫病態を有する疾患として治療法が確立されつつある.NMOSDにおける視神経炎(以下,NMOSD-ON)の臨床像の詳細は他項に譲るが,MSの視神経炎(MSON)に比べ,両側同時のON発症や症状進行が速く,光覚弁以下の視機能障害を示すこともまれでない.また,各種の免疫治療に対する反応性もMSに比べて不良であることが多く,NMOSD治療の解決すべき問題点になっている.NMOSD-ONの病理学的な検討では,MSに比して視神経炎の病変部位が長大であり,アストロサイトやMüller細胞のAQP4発現の低下,重度の軸索変性が認められる6).また,中心暗点が特徴であるMS-ONと比較し,NMOSD-ONの視野障害では両耳側半盲,水平半盲,非調和性同名半盲など,炎症部位によりさまざまな視野異常を示す.とくに水平半盲をきたす点については,病因的に血管障害(血管狭窄や血流障害)と重なる部分が推測され,さらなる検討が必要と思われる.なお,本稿においては視神経脊髄炎の統一疾患名NMOSD5)を用いるため,過去の文献などでNMO,NMOspectrum,NMOspectrumdisorder/disordersと定義されたものについて,すべてNMOSDと記載していることにご留意いただきたい.I新規免疫治療薬の開発現況NMOSDに対して実施中の臨床試験を表1にまとめた.第III相臨床試験の中にNMOSD-ONのみを対象とした試験はなく,一次評価項目はすべてONを含めた臨床的な再発回数や初回再発までの期間となっている.一方,現時点では前臨床段階であるがNMOSD-ONに対する有効性と安全性を評価項目とした治療薬の臨床試験も予定されている.以下,NMOSDに対する新規治療薬のそれぞれの開発状況を説明する.1.急性増悪期の新規免疫治療法一般的にはステロイドパルス療法と血液浄化療法が奏効する場合が多いものの,これらの標準治療に対する無効例も少なからず存在するため,治療選択肢が増えることが望ましい.a.免疫グロブリン静注療法免疫グロブリン療法には自己抗体の産生抑制作用などがあることから,重症筋無力症,慢性炎症性脱髄性多発神経炎,多発筋炎(多発性筋炎)など,ほかの免疫性神経疾患の急性増悪期治療として用いられている.MSなどの中枢性免疫性神経疾患においても有効例の報告があり,とくに自己抗体や補体の関与が大きいNMOSDでは,その急性増悪期の治療法として臨床試験の結果が期待された.しかしながら,現在までに実施された国内外の臨床試験では有効性が示されていない.標準治療に抵抗性を示す場合や妊娠時の安全性などを考慮した場合に選択肢の一つになることが期待されているが,開発状況としては停滞している状況にある.表1新規治療薬による臨床試験の現況(2016年3月時点)新規治療薬名作用機序臨床試験フェーズ・ID治療対象時期免疫グロブリン静注(NPB-01)Fcg受容体阻害,自己抗体中和T細胞・サイトカイン制御第II相(中止)NCT01845584*急性増悪シベレスタット好中球エラスターゼ阻害第I・II相(中止)UMIN000010094*急性増悪ベバシズマブVEGF阻害第I相(終了)NCT01777412急性増悪C1エラスターゼ阻害薬補体カスケード抑制第I相(終了)NCT01759602急性増悪アルファ1-アンチトリプシンアルファ1-プロテアーゼ阻害好中球エラスターゼ阻害第I相NCT02087813急性増悪ユブリツキシマブCD20阻害第I相NCT02276963急性増悪抗IL-6受容体抗体(SA237)IL-6シグナル伝達阻害第III相試験NCT02028884*NCT02073279再発抑制エクリズマブ補体C5活性化阻害第III相試験NCT01892345*再発抑制リツキシマブCD20阻害第III相試験UMIN000013453*再発抑制抗CD19抗体(MEDI-551)CD19阻害第III相試験NCT02200770*再発抑制トシリズマブIL-6シグナル伝達阻害該当フェーズなし(第I・II相相当)UMIN000007866*再発抑制造血幹細胞移植免疫系の再構築第I相NCT00787722再発抑制*国内にて実施図1NMOの新規治療薬の作用機序矢印は新規免疫治療薬(赤字:臨床試験中,青字:前臨床段階)b.好中球エラスターゼ阻害薬NMOSDの炎症病巣は高度の壊死性変化を伴い,免疫グロブリンや補体の沈着のほか,マクロファージ,好中球,好酸球などの集簇を認める(図1).動物実験において,好中球の過剰な活性化を抑制する好中球エラスターゼ阻害により抗AQP4抗体が誘導する細胞傷害が減少したため,急性増悪期における好中球エラスターゼ阻害薬の治療効果が期待される.シベレスタット(sivelestat)は全身性炎症反応症候群に伴う急性肺障害に対し国内承認された薬剤であり,東北大学にて第I・II相臨床試験が行われていたが,諸般の事情により2015年に試験は中止された.a1-アンチトリプシン欠損症に関連する若年性肺気腫の治療薬であるa1-アンチトリプシンも好中球エラスターゼ阻害作用があることから,現在第I相試験が行われている(表1,NCT02087813).c.ベバシズマブNMOSDの炎症に伴うBBBの破綻には血管内皮細胞から産生されるVEGF(vascularendothelialgrowthfactor)が関連するため,VEGFが急性増悪期の治療標的になる可能性がある.眼科領域では,血管新生を抑制する抗VEGF抗体フラグメントのラニビズマブ(ranibizumab)が加齢黄斑変性の治療薬で承認されている.一方,ヒト化抗VEGF抗体ベバシズマブ(bevacizumab)は,大腸癌,非小細胞癌,乳癌,悪性神経膠腫などの悪性腫瘍治療に承認されている.NMOSD急性増悪期治療としてベバシズマブをステロイドパルスに併用する第I相試験が行われ,ONを発症した4名の患者で視力,視野障害の回復を確認し,重篤な有害事象は報告されなかったことから7),今後の進展が期待される.d.その他遺伝性血管浮腫の治療薬で補体カスケードに抑制的に働くC1エステラーゼ阻害薬(表1,NCT01759602)は急性増悪期の治療薬として第I相試験が実施され重篤な有害事象は報告されていない.また,B細胞に発現するCD20を標的にしたユブリツキシマブ(ublituximab)をステロイドと併用で急性増悪期治療として用いる臨床試験も国外で行われている(表1,NCT02276963).NMOSDの病巣には好酸球浸潤を認め,炎症病巣の拡大に関与する.第2世代抗ヒスタミン薬であるセチリジン(cetirizine)はアレルギー性鼻炎や皮膚炎などに承認されている既存薬であるが,セチリジンの好酸球安定化作用により動物実験におけるNMO病巣が縮小することが示されたことから,NMOSDの再発症状の軽減に役立つ可能性がある.2.再発抑制を目的とした新規免疫治療薬再発抑制を目的とした免疫治療の第一選択薬として,国内では副腎皮質ステロイド(プレドゾロン)と免疫抑制薬(アザチオプリン,カルシニューリン阻害薬など)が推奨される.しかし,疾患活動性が高く,これらの治療薬に抵抗性を示すNMOSD症例も少なからず存在する.その場合に,シクロフォスファミドやミトキサントロンなどのより強力な免疫抑制薬を選択するほか,最近は疾患に関連したある特定の分子に対し結合能をもつモノクローナル抗体治療の有効性が報告されている.NMOSDに承認されているモノクローナル抗体は未だ存在しないが,国内外において臨床試験が進捗中のモノクローナル抗体について紹介する.a.抗IL︲6受容体抗体トシリズマブ(tocilizumab:TCZ)は免疫反応に重要なサイトカインの一つであるinterleukin(IL)-6の受容体に結合し,IL-6シグナルを阻止する作用をもつヒト化抗IL-6受容体モノクローナル抗体である.関節リウマチ,若年性特発性関節炎,Castleman病に承認されている.IL-6はNMOSD病態にも深くかかわり,MSとの比較で血清や髄液中のIL-6が有意に高値であることが報告され8),再発時により顕著となることから,鑑別診断や疾患活動性のマーカーとして有用である(ただし保険適用外検査).2011年,千原らにより,NMOSD患者の末梢血中の形質芽細胞(plasmablast:PB)が増加し,再発時により高値を示すことが報告された9).さらに,PBは抗AQP4抗体の産生細胞であること,またその生存維持にはIL-6が必要であり,invitroの実験では抗IL-6受容体抗体によるPBの増殖抑制が示された.これらの結果を背景に,筆者らのセンターではNMOSDに対する抗IL-6受容体抗体の有効性と安全性を調べる臨床研究を行っており(表1,UMIN000005889,UMIN000007866),その結果を以下に紹介する.TCZ治療を行った15名の年間再発率は治療前に比べて治療開始後は85%の著明な減少を示し(p<0.0001),TCZ治療期間中(1年4カ月~4年4カ月)の再発は4名のみであった(図2).また,慢性疼痛(眼痛を含む)や疲労の改善を認めたことが特徴的であった10).NMOSDはMSに比べて,神経障害性疼痛を高率に有し,重症であることが特徴であり,抗てんかん薬,抗痙縮薬,抗うつ薬などの対症療法の効果が乏しい場合が少なくない.神経障害性疼痛は活性化グリア細胞の産生するIL-6やTNF-aなどの炎症性サイトカインが関連することが報告されており11),これらの機序に対しTCZが効果を示した可能性が考えられた.NMOSD-ONに対する治療効果については,15名中14名にONの既往があり,TCZ治療期間中に再発した4名計9回のうちNMOSD-ONは2名計3回(症例1と13)であった.再発性ONのみのNMOSD患者は2名(症例7と13)であるが,TCZ治療開始前までは頻回にON再発を繰り返し,視力障害が進行していた疾患活動性の高い患者(症例7)の再発が完全に抑制できていることは,視力検査や視野検査などの眼科的検査で明らかな改善例は認めないものの,この治療薬の有効性を支持する結果といえる.また,小児NMOSD-ON急性増悪期におけるTCZ著効例も存在する(国立精神・神経医療研究センター山村隆医師からの私信).筆者らの報告以降,ドイツからも標準治療に抵抗性を示すNMOSD症例に対しTCZの長期の有効性を示す報告12)が続き,現在,次世代型抗IL-6受容体抗体(SA237)を用いた国際共同第III相試験が行われている(表1,NCT02028884,NCT02073279).安全性に関しては,重症肺炎や消化管穿孔などの報告があるが,IL-6シグナル阻害により臨床症状(発熱,腹痛)が抑制され,血液炎症反応(白血球増多やCRP上昇)が顕在化し難くなる特徴があり,軽微な臨床症状であっても重篤な合併症を念頭に入れて診療を行う必要がある.b.エクリズマブエクリズマブ(eculizumab)は補体C5を標的とし,終末補体系路を阻害するヒト化抗補体モノクローナル抗体である.エクリズマブは補体活性を抑制することで溶血,血栓形成に劇的な効果を示すことから,発作性夜間ヘモグロビン尿症に承認されている.一方,BBBから中枢神経系に入った抗AQP4抗体は補体を活性化し激しい炎症を引き起こすため,補体系路の阻止が治療標的となり得る(図1).NMOSDにおけるパイロット研究では,14名の患者のうち9名がエクリズマブ治療前にONの既往があったが,治療期間(1年間)中のON再発は1症例1回のみであった.脊髄炎などの他部位の再発例も1症例1回のみであったことから,エクリズマブの著明な再発抑制効果が示された13),現在,国際共同第III相試験が実施されている(表1,NCT01892345).安全性の観点では,補体は細菌感染症に対し防御的に働く作用をもつため,エクリズマブの有害事象としては細菌感染症,とくに髄膜炎菌感染(敗血症,髄膜脳炎)のリスクがあることが報告されており,治療開始前には髄膜炎菌ワクチンの予防接種が必要となっている.c.リツキシマブリツキシマブ(rituximab:RTX)はBリンパ球の表面マーカーであるCD20に対するモノクローナル抗体である(図1).RTXの作用機序は,抗原と結合したRTXがエフェクター細胞であるNK細胞やマクロファージを活性化し細胞傷害性を示す(antibody-dependentcell-mediatedcytotoxicity:ADCC),また,抗原抗体複合体が補体を活性化し細胞傷害を示す(complementdependentcytotoxicity:CDC)ことにより末梢血からCD20陽性B細胞を除去する.RTXはB細胞性非Hodgkinリンパ腫,Wegener肉芽腫症,顕微鏡的多発血管炎などに承認されている.そのほかに,関節リウマチや全身性エリテマトーデスなどのリウマチ性疾患,免疫介在性ニューロパチーや炎症性筋疾患などの免疫性神経疾患など幅広く自己免疫疾患における有効性が示されている.NMOSDにおける治療効果については,2008年に報告されたNMOSD25症例の報告で再発抑制効果が示され14),5年以上の長期治療による有効性も示されている15).現在,国内では医師主導治験(RIN-1,RIN-2試験)が実施されている.一方,RTX治療に抵抗性を示す患者の存在も報告されており16),原因としては,1)RTXは末梢血B細胞を除去するが,それらの影響しない中枢神経系内の免疫病態がある,2)B細胞を除去する一方でB細胞活性化因子(Bcellactivatingfactor:BAFF)が一過性増加する,3)RTX治療による抗AQP4抗体価の変動は一定でなく,抗AQP4抗体の産生細胞であるPBにはCD20が発現していないことによる影響,4)RTXがNK細胞やマクロファージに結合する際の受容体であるFcgRIIIA(fragmentcgammareceptor3A)遺伝子(FCGR3A)の遺伝子多型により治療効果の差がある16),などがあげられる.RTX治療に伴う有害事象としては,間質性肺炎や進行性多発性白質脳症の報告がある.また,キメラ型モノクローナル抗体であることから,ヒト化モノクローナル抗体に比べて点滴静注時の異常反応(頭痛,発疹,掻痒,アナフィラキシーなど)の発生頻度が多いとされることにも留意する必要がある.d.MEDI︲551(抗CD19抗体)CD19はCD20同様にB細胞の表面マーカーであるが,その成熟過程でより幅広い細胞に発現し,自己抗体を産生する形質芽細胞や形質細胞にも発現する.したがって,抗CD19抗体は抗AQP4抗体を産生するPBに直接的に作用する利点があり,現在,国際共同第III相試験が実施されている.e.その他国外では進行性MSに対し造血幹細胞移植(hematopoieticstemcelltransplantation)が行われることがあり,疾患を引き起こす異常免疫システムを強力な化学療法でいったん無効化し,造血幹細胞移植により免疫系を再構築する治療戦略に基づくものである.難治性NMOSDに対しても同様の治療効果が期待され,海外で臨床試験が行われている(表1,NCT00787722).II前臨床段階の新規免疫治療薬前臨床段階の治療薬の開発も進んでいる(図1).NMOSDの病態に重要である抗AQP4抗体は補体または抗体依存性に細胞傷害能をもつ.これらの作用を直接的に中和しつつ,AQP4への結合能を維持した物質として,抗体のFc部分を遺伝子変異により改変したアクアポルマブ(aquaporumab)が開発され17),動物実験においてNMOSD病巣が縮小するなどの効果が示されている.また,60,000個の低分子化合物のスクリーニングにより,抗AQP4抗体のAQP4への結合を阻止する物質(smalldrug-likemolecules)としてアルビドール(arbidol),タマリキセチン(tamarixetin),ベルバミン(berbamine)が同定され17),今後の治療薬として開発が進む可能性がある.そのほかに,バクテリア由来の糖鎖切断酵素(バクテリア由来糖鎖切断酵素S:EndoS)が抗AQP4抗体のFc部分を脱グルコシル化し補体依存性や抗体依存性の細胞傷害活性を無効化し,NMOSDの動物モデルにてその有効性が示されたことから,臨床応用が期待されている.ただし,非特異的にIgG全般を中和することから重篤な感染症などの安全性が懸念される.NMOSD患者の髄液中や血清中のTh17細胞に関連するサイトカインやケモカインの高値が報告されていることから8),これらのエフェクターT細胞やサイトカインを標的とした治療薬も期待されている.Dalazatideは電位依存性カリウムチャネルであるKv1.3チャネルに対するアゴニストであり,自己反応性T細胞や炎症性サイトカインを抑制するほか,神経前駆細胞を増加させる作用がある.乾癬などさまざまな自己免疫疾患に対する治療薬として開発が進んでおり,NMOSDに対しても臨床試験が準備されている.一方,炎症性サイトカインであるTNF-a(tumornecrosisfactor-alpha)を標的にした治療薬(TNF-a阻害薬)は,関節リウマチや炎症性腸疾患の治療薬として有名であるが,MSや末梢神経障害などの神経系合併症の報告がある.また,全身性エリテマトーデス治療に用いられる抗BAFFモノクローナル抗体もMSの合併報告がある.NMOSDに対する有効性の検討は行われていないが,現時点では免疫性神経疾患への適用は難しいと考えられる.そのほか,神経保護や髄鞘再生を目的とした治療薬の開発も進んでいる.神経栄養因子であるSGK2アゴニスト(BN201)はMSの動物モデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎(experimentalautoimmuneencephalomyelitis:EAE)において効果を示し,網膜神経節細胞層などの網膜内層厚の回復も示したことから,NMOSD-ONの急性増悪期治療薬としての開発が進んでいる.また,LINGO-1はオリゴデンドロサイトに発現し髄鞘化を阻害する分子であり,その拮抗薬として開発された抗LINGO-1抗体を用いた急性ONに対する第II相臨床試験が終了しており,偽薬群に比して有意な視力回復は認めなかったものの,視覚誘発電位における潜時の改善を認めた.MSのみならずNMOSD治療薬としても開発が進む可能性がある.おわりに抗AQP4抗体の発見以降,NMOSDの免疫病態の解明が進み,急性増悪期と再発抑制の標準的治療法はある程度確立している状況である.しかしながら,標準治療に抵抗性を示す場合があり,また重篤な副作用で標準治療が選択できない場合も少なくない.NMOSDの免疫病態に関与するBリンパ球の表面抗原,補体,サイトカインを標的にしたモノクローナル抗体薬の第III相試験が順調に進んでおり,NMOSDに対する免疫治療の選択肢が増えて行くことが予想される.一方で,NMOSD-ONは標準的な免疫治療に抵抗性を示すことが多く,重篤な視機能障害を残すことが多いため,ON病態の特異性の解明により,有効性の高い治療法の開発が望まれる.文献1)LennonVA,WingerchukDM,KryzerTJetal:Aserumautoantibodymarkerofneuromyelitisoptica:distinctionfrommultiplesclerosis.Lancet364:2106-2112,20042)LennonVA,KryzerTJ,PittockSJetal:IgGmarkerofoptic-spinalmultiplesclerosisbindstotheaquaporin-4waterchannel.JExpMed202:473-477,20053)JariusS,WildemannB:AQP4antibodiesinneuromyelitisoptica:diagnosticandpathogeneticrelevance.NatRevNeurol6:383-92,20104)WingerchukDM,LennonVA,PittockSJetal:Reviseddiagnosticcriteriaforneuromyelitisoptica.Neurology66:1485-1489,20065)WingerchukDM,BanwellB,BennettJLetal:Internationalconsensusdiagnosticcriteriaforneuromyelitisopticaspectrumdisorders.Neurology85:177-189,20156)HokariM,YokosekiA,ArakawaMetal:Clinicopathologicalfeaturesinanteriorvisualpathwayinneuromyelitisoptica.AnnNeurolFeb2.Doi:10.1002/ana.24608,20167)MealyMA,ShinK,JohnGetal:Bevacizumabissafeinacuterelapsesofneuromyelitisoptica.ClinExpN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視神経脊髄炎に関連した視神経炎(抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎)の治療の現状

2016年5月31日 火曜日

特集●視神経炎と視神経症:全身と眼の架け橋あたらしい眼科33(5):639〜643,2016視神経脊髄炎に関連した視神経炎(抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎)の治療の現状StrategiesforEffectiveTreatmentofAnti-Aquaporin-4Antibody-PositiveOpticNeuritis植木智志*はじめに本稿では,眼科領域では抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎として知られている視神経脊髄炎に関連した視神経炎の治療について,現在行われている治療方法および眼科の臨床からみた現在行われている治療方法の問題点についてとくに焦点を当てて述べる.まず,用語について解説する.視神経脊髄炎(neuromyelitisoptica:NMO):従来はDevic病とよばれていた炎症性中枢神経系疾患.疾患に特異的な自己抗体である抗アクアポリン4抗体の発見により2006年に診断基準が改訂された.この診断基準の必須項目は視神経炎および急性脊髄炎である.Neuromyelitisopticaspectrumdisorder(NMOSD):視神経脊髄炎の診断基準を満たさないが抗アクアポリン4抗体が陽性である視神経炎単独の症例や急性脊髄炎単独の症例などが注目されるようになり,2015年に新たな診断基準が作成された1).抗アクアポリン4抗体:MayoClinicCollegeofMedicineのLennonらが2004年にNMOにみられる自己抗体として報告し2),その後2005年に認識抗原がアクアポリン4であることを明らかにした3).アクアポリン4:アストロサイトなどに分布する中枢神経系の水チャネル.INMOSDとしての抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎2015年に新たにNMOSDの診断基準が提唱された1).この診断基準は抗アクアポリン4抗体が陽性であることをその中核に位置付けており,抗アクアポリン4抗体が陽性で視神経炎や急性脊髄炎などの主要な臨床的特徴が1つ以上あり,他疾患が除外された症例はNMOSDと診断される.抗アクアポリン4抗体が陽性であるものの視神経炎単独の症例は,この診断基準によりNMOSDと診断される.ロンドン大学のToosyらによる視神経炎の分類では,この抗アクアポリン4抗体が陽性であるものの視神経炎単独の症例は,非典型的視神経炎のなかのNMOに関連した視神経炎に分類される4).日本国内では2009年の新潟大学の高木らによる抗アクアポリン4抗体が陽性であるもののNMOの診断基準は満たさない3症例の症例報告から5),抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎とよばれている.2014年には抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎診療ガイドラインが作成された6).抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎診療ガイドラインにも記載されているように,抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎は視力予後が不良であることが知られている.新潟大学の高木らの臨床研究によると,抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎の臨床的特徴は以下のごとくである.・血清中アクアポリン4抗体陽性・圧倒的に女性に多く,比較的高齢に発症・重症で視機能予後不良(最低視力:中央値手動弁,最終視力:中央値0.1)・再発が多い.・高率の自己抗体出現海外の報告でも,視機能予後不良の傾向がみられる.Pirkoらによると,再発性視神経炎のうち,NMOに移行した症例は多発性硬化症(multiplesclerosis:MS)に移行した症例に比べて最終視力が低かった(平均経過観察期間2.3年)7).これらの臨床的特徴から抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎の治療は急性期の視力改善のための治療と,亜急性期から慢性期の再発予防のための治療の2つに区別するべきであることが示唆される.また,Matielloらの報告によると,抗アクアポリン4抗体陽性の再発性視神経炎のうち,50%の症例が経過観察期間の中央値約9年で脊髄炎を発症しており8),抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎では将来の脊髄炎の発症に注意しなければならない.II抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎の治療抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎診療ガイドラインには表1のような治療方法が記載されている.これらの治療方法の選択肢をどのように組み立てれば良いだろうか.ドイツの神経内科医を中心とするTheNeuromyelitisOpticaStudyGroup(NEMOS)はNMOおよびNMOSDの治療について以下のように推奨している9).1.急性期の視力改善のための治療・まずはステロイドパルス療法・ステロイドパルス療法で改善傾向がみられない,もしくは増悪傾向がみられたら,血漿交換療法(以前に血液浄化療法が奏効した症例ではまず血漿交換療法を行う)2.慢性期の再発予防のための治療・ファーストラインとしてアザチオプリンやリツキシマブを推奨・セカンドラインとしてMycophenolateMofetilやミトキサントロンやメトトレキサートを推奨・サードラインとしてステロイド内服に加えてシクロスポリンAもしくはメトトレキサートもしくはアザチオプリンのコンビネーション治療,免疫抑制薬内服に加えて間欠的に血漿交換療法を行うコンビネーション治療,リツキシマブに加えてメトトレキサートもしくは免疫グロブリン大量点滴静注療法を行うコンビネーション治療,トシリズマブ.JohnsHopkins大学のKimbrough,Levyら,東北大の藤原らは,NMOおよびNMOSDの治療として,急性期の治療のスタンダードはステロイドパルス療法,効果が不十分であれば血漿交換療法,それらの治療にも抵抗性であればシクロフォスファミド静注を推奨している.再発予防のための治療としては,アザチオプリン,リツキシマブ,MycophenolateMofetil,メトトレキサート,プレドニゾン,ミトキサントロンのうちの1種類の投与を推奨している10).上記を踏まえて,治療方法の組み立てについての筆者の考えを述べる.現状では,急性期の視力改善のための治療としてはやはりステロイドパルス療法が第一の選択肢となるだろう.治療前視力が不良な症例や視野障害の程度が強い症例は積極的に抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎を疑い,抗アクアポリン4抗体検査の結果が到着する前からステロイドパルス療法を行うべきである.ステロイドパルス療法を行っても視力の改善が得られない症例では血液浄化療法が選択肢となるが,自験例ではステロイドパルス療法後数週以上経過してから視力が改善してくる例もみられるため,どの時点で血液浄化療法を行うべきかについては今後の研究が必要である.血液浄化療法についての最近の報告では,KleiterらによるNMO142症例,NMOSD43症例のレトロスペクティブな解析で,脊髄炎単独のNMOSD症例は血漿交換療法もしくは免疫吸着療法にステロイドパルス療法よりも良く反応することが示されている11).急性期の視力改善のための治療方法としての免疫グロブリン大量静注療法について,現在国内で治験が進行中である.海外では,Viswanathanらが免疫グロブリン大量静注療法を行ったNMOおよびNMOSD症例をレトロスペクティブに解析し,年間再発率(annualizedrelapserates)の減少がみられたと報告している12).亜急性期から慢性期の再発予防のための治療としては,当施設ではプレドニゾロン少量内服(10mg/日~10mg/隔日程度)単独,もしくはそれに加えてのアザチオプリン内服のどちらかを行っている.急性期のステロイドパルス療法後からプレドニゾロン少量内服に至るまでは,数カ月以上かけてゆっくりとプレドニゾロン内服量を漸減するべきである.これらの治療は副作用の管理の点から,また将来の脊髄炎の発症のリスクの点からも,神経内科との連携が必須である.しかし,NEMOSの推奨する治療では,プレドニゾロン少量内服単独に加えてのアザチオプリン内服がサードラインの治療であり,プレドニゾロン少量内服単独は選択肢にあげられていない.Kimbrough,Levyら,東北大の藤原らの推奨する治療ではプレドニゾロン少量内服は選択肢にあげられている.今後はNEMOSの推奨するファーストラインの治療であるアザチオプリンやリツキシマブを積極的に取り入れていくべきだと考えられるが,現状の治療との比較など今後の研究が必要である.Shermanらによるreviewでは,リツキシマブとMycophenolateMofetilの年間再発率(annualrelapserates)の減少効果は同等だが,両者ともアザチオプリンに勝るとしている13).眼科の臨床からみた現在行われている治療方法のもっとも重要な問題点は,眼科単独では行いにくい治療方法である血漿交換療法をどのように他科と連携し速やかに行うか,また,プレドニゾロンや免疫抑制薬の長期内服における副作用の管理をどのように行うかであるといえる.眼科医が抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎の存在を知り速やかに診断し,治療開始早期から他科と連携することが現状での唯一の対処方法であろう.III抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎の治療―自験例―1.症例1:前医眼科初診時54歳,女性.X年2月8日2日前からの左眼中心暗点を主訴に前医眼科初診.初診時左眼視力=手動弁.左球後視神経炎の診断でステロイドパルス療法を1クール行われたが,ステロイドパルス療法開始から約1カ月後の左矯正視力=(0.3)と不良.同年5月14日両眼視力低下を主訴に前医眼科再診.右眼矯正視力=(1.2),左眼視力=光覚弁.3日後には右眼矯正視力=(0.08),左眼視力=光覚なしとなった.同日緊急造影MRIを行い,視交叉右側,左視神経に造影効果がみられた.同日緊急入院,ステロイドパルス療法開始(合計3クール施行).入院後の血液検査で抗アクアポリン4抗体陽性が判明(cell-basedassay法).左眼視力に改善はみられず光覚なしのままであったが,右眼矯正視力は徐々に改善し,ステロイドパルス療法1クール目開始から約2カ月後に(1.2)となった.X+1年5月12日より新潟大学医歯学総合病院眼科(当科)で経過観察開始.無治療で経過観察を行っていたが,X+3年5月16日より再発予防を目的としてプレドニゾロン10mg内服開始.現在まで視神経炎の再発および脊髄炎の発症なく経過している.本症例は,左視神経炎を2回,右視神経炎を1回発症しており,左眼視力は2回目の左視神経炎発症後に光覚なしとなったが,右視神経炎発症後の右眼視力は2カ月近く経過してから(1.2)に改善した.本症例から,抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎ではステロイドパルス療法のみで良好な視力が得られる可能性もあるが,同側視神経に再発を繰り返すと視力予後がより厳しくなることが示唆される.2.症例2:当科初診時48歳,女性.X年3月29日1週前からの左視力低下を主訴に当科初診.初診時左眼視力=光覚なし.緊急造影MRIで左視神経に造影効果あり.左球後視神経炎の診断で同日緊急入院.翌日からステロイドパルス療法開始(合計3クール施行).入院後の血液検査で抗アクアポリン4抗体陽性が判明(cell-basedassay法).ステロイド治療に対する反応は乏しく,ステロイドパルス療法3クール終了時の左眼視力=0.01であった.血液浄化療法について検討するも患者本人が希望せず退院となった.その後,プレドニゾロン内服はゆっくりと漸減し,10mg隔日内服で経過観察を行っていた.X+5年3月15日予約日に再診した際に,右眼視野検査で下方の感度低下がみられた(図1a).右眼矯正視力=(1.2)であった.緊急造影MRIで右視神経にわずかに造影効果がみられたため,右視神経炎としての再発と考え,翌日から当科入院の上ステロイドパルス療法を開始した.ステロイドパルス療法開始直前の視野検査の結果は前日と比べて増悪していた(図1b).その後,視野障害は徐々に改善した.予約日に再診した際には,本人の自覚症状はわずかな眼球運動痛以外なかった.本症例では,プレドニゾロン少量内服治療を行っていたが,左視神経炎の発症から5年後に右視神経炎としての再発がみられた.本症例から,抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎における再発予防のための治療の重要性,また速やかに再発を疑い診断することの重要性が示唆される.おわりに眼科領域では抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎として知られている視神経脊髄炎に関連した視神経炎の治療の現状について,自験例を含めて述べた.現在行うことができる抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎の治療を眼科のみでは行うことは難しい.本稿が眼科と他科の連携を進める架け橋になってほしいと願う.文献1)WingerchukDM,BanwellB,BennetJLetal:Internationalconsensusdiagnosticcriteriaforneuromyelitisopticaspectrumdisorders.Neurology85:177-189,20152)LennonVA,WingerchukDM,KryzerTJetal:Aserumautoantibodymarkerofneuromyelitisoptica:distinctionfrommultiplesclerosis.Lancet364:2106-2112,20043)LennonVA,KryzerTJ,PittockSJetal:IgGmarkerofoptic-spinalmultiplesclerosisbindstotheaquaporin-4waterchannel.JExpMed202:473-477,20054)ToosyAT,MasonDF,MillerDH:Opticneuritis.LancetNeurol13:83-99,20145)TakagiM,TanakaK,SuzukiTetal:Anti-aquaporin-4antibody-positiveopticneuritis.ActaOphthalmol70:2197-2200,20096)抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎診療ガイドライン作成委員会:抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎診療ガイドライン.日眼会誌118:446-460,20147)PirkoI,BlauwetLA,LensnickTGetal:Thenaturalhistoryofrecurrentopticneuritis.ArchNeurol61:1401-1405,20048)MatielloM,LennonVA,JacobAetal:NMO-IgGpredictstheoutcomeofrecurrentopticneuritis.Neurology70:2197-2200,20089)TrebstC,JariusS,BertheleAetal:Updateonthediagnosisandtreatmentofneuromyelitisoptica:recommendationsoftheNeuromyelitisOpticaStudyGroup(NEMOS).JNeurol261:1-16,201410)KimbroughDJ,FujiharaK,JacobAetal:Treatmentofneuromyelitisoptica:reviewandrecommendations.MultSclerRelatDisord1:180-187,201211)KleiterI,GahlenA,BorisowAetal:Neuromyelitisoptica:evaluationof871attacksand1,153treatmentcourses.AnnNeurol79:206-216,201612)ViswanathanS,WongAHY,QuekAMLetal:Intravenousimmunoglobulinmayreducerelapsefrequencyinneuromyelitisoptica.JNeuroimmunol282:92-96,201513)ShermanE,HanMH:Acuteandchronicmanagementofneuromyelitisopticaspectrumdisorder.CurrTreatOptionsNeurol17:48,2015*SatoshiUeki:新潟大学大学院医歯学総合研究科視覚病態学分野(眼科学)〔別刷請求先〕植木智志:〒951-8510新潟市旭町通一番町754新潟大学大学院医歯学総合研究科視覚病態学分野(眼科学)表1抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎の治療方法6)急性期の視力改善のための治療・ステロイドパルス療法・血液浄化療法(血漿交換療法,二重膜濾過法,免疫吸着療法)・免疫グロブリン大量静注療法・分子標的薬慢性期の再発予防のための治療・プレドニゾロン内服・免疫抑制薬(タクロリムス,アザチオプリン,シクロスポリン)・血液浄化療法・分子標的薬図1症例2のHumphrey視野計a:症例2の右視神経炎再発を疑った際のHumphrey視野計による右眼視野.下方にMariotte盲点と連続する感度低下がみられる.b:症例2の右視神経炎再発と診断しステロイドパルス療法を行う直前のHumphrey視野計による右眼視野.1日で視野障害は増悪した.0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(15)639640あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(16)(17)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016641642あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(18)(19)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016643

神経内科領域疾患における視神経炎─多発性硬化症と視神経脊髄炎を中心に─

2016年5月31日 火曜日

特集●視神経炎と視神経症:全身と眼の架け橋あたらしい眼科33(5):633〜637,2016神経内科領域疾患における視神経炎─多発性硬化症と視神経脊髄炎を中心に─OpticNeuritisinNeurologicalDisorders:MultipleSclerosisandRelatedDisorders赤石哲也*中島一郎*はじめに神経内科領域疾患のうち,以下にあげる多発性硬化症(multiplesclerosis:MS)およびその類縁疾患では,しばしば視神経炎(opticneuritis:ON)が認められる.①多発性硬化症(multiplesclerosis:MS)②抗アクアポリン4(aquaporin-4:AQP4)抗体陽性の視神経脊髄炎関連疾患(neuromyelitisopticaspectrumdisorders:NMOSD)③抗myelinoligodendrocyteglycoprotein(MOG)抗体が陽性の急性炎症性脱髄疾患これらの疾患では,病型ごとに最終的な視力予後が異なる.抗MOG抗体陽性の急性炎症性脱髄疾患では発症後,数日から数週以内に視力がほぼ完全に回復するが,NMOSDではステロイドパルス療法を行ったとしても視力が回復せず,失明に至る例が少なくない1).MSでは全患者に占めるONの頻度はやや少なく,急性期の視力低下も先の2病型ほど重度ではない傾向にあるが,急性期のステロイドパルス療法や再発予防療法を適切に行わないと,高度の視力障害にいたる例もある2).急性期にはいずれの疾患もステロイドパルス療法を行うが,慢性期の再発予防治療は疾患ごとに異なるため,病初期の適切な診断が必要である.そのため患者病歴,血清中の自己抗体,眼窩MRI(STIR法,造影T1強調画像),脳MRIおよび脊髄MRIの所見などから複合的に判断することが重要となる.本稿では,上記3疾患ごとに患者背景,臨床像,治療反応性,眼窩MRI所見など,診断の手がかりとして有用と思われる事項を概説する.I多発性硬化症における視神経炎(MSON)MSはおもに50歳以下に発症する炎症性脱髄疾患で,中枢神経系の髄鞘を形成するオリゴデンドロサイトの障害が病態の中心であり,脳の白質,視神経,脊髄に多発性の炎症病巣を認める3).患者の7割前後を女性が占める4).典型的な病巣のひとつは脳室周囲に多発する卵円形の白質病変で“ovoidlesion”とよばれ,急性期にはリング状に造影されることが多い.側脳室に接する病変は,矢状断での指を伸ばしたような分布像から“Dawson’sfingers”などとよばれる.視神経病変は,眼窩内から視交叉,視索にいたる広い範囲で,さまざまな長さのものがみられるが,視神経の腫脹はあっても軽く,腫脹に伴う蛇行もほとんどない.また,視神経への造影剤の取り込みも軽度で,眼窩内脂肪織の炎症像もほとんどみられない.急性期のステロイドパルス療法や,その後の疾患修飾療法(diseasemodifyingtherapy:DMT)が適切に行われれば,後遺症なく経過する例も少なくない.しかし,それらの治療が適切に行われなかった症例を中心に,視力回復があまり得られず,月単位から年単位で視力が徐々に低下し,最終的に矯正視力0.1以下まで低下してしまう症例もみられ,長期的な視力予後は必ずしも良くはない2).また,初回のONではステロイドパルス療法が奏効しても,2回目以降のONが治療に抵抗性で重度の視力障害を残す場合もあるため,適切なDMTが必要である.II抗AQP4抗体(+)視神経脊髄炎における視神経炎(NMOSDON)NMOSDは血清中の抗AQP4抗体が陽性であることで特徴づけられる中枢神経の炎症性疾患であるが,血液脳関門を介した物質輸送に関与するアストロサイトの障害が主体であり,MSとは病態が異なる5).病巣分布は頻度順に,脊髄,視神経,延髄,大脳皮質下白質であり,MSとその特徴が異なる.脊髄炎はおもに頸髄から上位胸髄のレベルにみられ,3椎体以上にまたがる長大な病変(longitudinallyextensivespinalcordlesion:LESCL)が特徴的とされ,しばしば横断性である6).ただしONのみで発症したNMOSD症例の場合,発症当初は脳および脊髄MRIに異常がないことも多く,NMOSDを疑うのが遅れることも少なくない.ONの分布は眼窩内にやや多い傾向はあるが,2~4割の症例では視交叉の病変がみられ,NMOSDに特徴的とされる水平性半盲を呈することがある7).ONの急性期には視神経の腫脹がみられることが多いが,視神経の蛇行や眼窩脂肪織炎などはあまりみられない.急性期のステロイドパルス療法や,その後の長期にわたる少量経口ステロイド内服による再発予防は必須と考えられているが,それらの適切な治療にもかかわらず視力が回復せず,急速に失明に至る症例も少なくない.MSONでは再発エピソードと関係なく経時的に視力障害が進むことがあるが,NMOSDONではほとんどの場合において視力障害は再発エピソードのたびに進むため,長期の経口ステロイドあるいは免疫抑制薬内服による再発予防が重要である8).適切な急性期・慢性期治療が長期視力予後に大きく影響する.III抗MOG抗体(+)NMOSDにおける視神経炎(MOGON)抗MOG抗体はここ数年で注目を集めるようになってきた自己抗体であり,これまで「原因不明の特発性視神経炎」「抗AQP4抗体が陰性の非典型的MS」「急性散在性脳脊髄炎(acutedisseminatedencephalomyelitis:ADEM)」などと診断されていた症例の一部に関与している可能性が示唆されている.抗MOG抗体が病原性を有し発症原因そのものなのか,あるいは他の病態に付随して二次的に上昇しているものなのか,まだ結論は出ていない.しかし,近年になり複数の研究で,抗MOG抗体を有する中枢神経の炎症性疾患が特徴的な臨床像,病変分布,治療反応性が示され,MSおよびNMOSDとは区別すべき一群であることが徐々にわかってきた9).MSやNMOSDが圧倒的に女性に多いのに対し,MOGONはその半数以上を男性が占める.発症年齢は幅広いが,NMOSDに比べてやや若年に偏っている.MOGONの診断は,MSやNMOSDよりも困難な場合がありえる.MSやNMOSDではON以外の脳病変や脊髄病変に神経症状が伴いやすく,神経内科に紹介されるケースが多いと思われるが,MOGONはONが単独で出現する症例が大半を占めるため,原因不明の特発性視神経炎と診断され,眼科で診療されるケースが多い.MOGONは視力予後がMSやNMOSDよりも明らかに良く,従来の眼科的な対応で問題ないケースがほとんどだと思われるが,不十分な治療のために最終的に失明にいたるケースも存在する1).長期的な予後に影響する要因はまだ不明な点が多いが,抗MOG抗体に関連した炎症性脱髄疾患と病初期に診断することは,その後の治療選択を行ううえで重要である.特発性ONが疑われている患者において抗MOG抗体の関与を示唆する所見としては,しばしば両側性の発症がみられる点,眼窩MRIで視神経の腫脹・蛇行を伴った長大な視神経病変を認める点などがあげられる1).MOGONでは最終的な視力予後が良好であるのに,MS,NMOSD,特発性ONと比べて,急性期の眼窩MRIで高度の炎症を認めやすい.また,より長いONを反映してか,MSやNMOSDと比べて急性期に視野異常として中心暗点がよくみられる.診断は血清中の抗MOG抗体価の測定による.Cellbasedassay法による測定とELISA法による測定が可能であるが,現在入手可能なELISAキットは特異性が非常に低く,診断に用いることは不適当である.現在,cell-basedassay法による抗MOG抗体の測定は,東北大学などの研究機関でのみ行われている.IV疾患のまとめと比較ここまで述べた3つの疾患の臨床上および各種検査における特徴を表1にまとめた.性別・発症年齢などの患者背景はこのように疾患ごとに異なっている.図1に示した発症年齢の分布からわかかるとおり,MSONおよびMOGONは若年発症が多いのに比べ,NMOSDONの発症は中年期以降もまれではない.逆に,50歳以降の発症であればMSは考えにくい.図2には疾患ごとの,典型的な眼窩MRI(STIR法)の自検例と特徴を,また図3には眼窩MRI所見の典型像をシェーマ化した.すべての症例がこれらの特徴を満たすわけではないが,とくにMOGONの視神経腫脹と蛇行を伴う画像所見は特異性が高く,病初期に診断するうえで有用な所見である.図4では疾患ごとに,自験例における最終視力をlogMARに換算してプロットした.MOGONのみフォロー期間はやや短いものの,急性期および亜急性期にかぎってみてもMOGONの素早い良好な視力回復は明らかにMSやNMOとは異なっており,有意に良好な視力予後を示すといえる.NMOSDONとMSONでは,最終的な視力障害のレベルはさまざまであるが,NMOSDONのほうがやや悪い傾向にある.おわりに神経内科疾患でみられるONは,急性期のステロイドパルス療法および慢性期の適切な再発予防治療の選択が重要であり,病初期に脳・眼窩MRI,血清抗AQP4抗体,抗MOG抗体などから適確な診断を行うことが望まれる.とくに,特発性ONと診断される症例の多くで抗MOG抗体が陽性になることから,この抗体測定がより一般的になり,保険適用になることが望まれる.文献1)AkaishiT,SatoDK,NakashimaIetal:MRIandretinalabnormalitiesinisolatedopticneuritiswithmyelinoligodendrocyteglycoproteinandaquaporin-4antibodies:acomparativestudy.JNeurolNeurosurgPsychiatry87:446-448,20162)JasseL,VukusicS,Durand-DubiefFetal:Persistentvisualimpairmentinmultiplesclerosis:prevalence,mech-anismsandresultingdisability.MultScler19:1618-1626,20133)LucchinettiC,BrückW,ParisiJetal:Heterogeneityofmultiplesclerosislesions:implicationsforthepathogenesisofdemyelination.AnnNeurol47:707-717,20004)OrtonSM,HerreraBM,YeeIMetal:SexratioofmultiplesclerosisinCanada:alongitudinalstudy.LancetNeurol5:932-936,20065)TakanoR,MisuT,TakahashiTetal:AstrocyticdamageisfarmoreseverethandemyelinationinNMO:aclinicalCSFbiomarkerstudy.Neurology75:208-216,20106)WeinshenkerBG,WingerchukDM,VukusicSetal:NeuromyelitisopticaIgGpredictsrelapseafterlongitudinallyextensivetransversemyelitis.AnnNeurol59:566-569,20067)中尾雄三:抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎の臨床的特徴.神眼25:327-342,20088)SatoD,CallegaroD,Lana-PeixotoMAetal:Treatmentofneuromyelitisoptica:anevidencebasedreview.ArgNeuropsiquiatr70:59-66,20129)ReindlM,DiPauliF,RostásyKetal:ThespectrumofMOGautoantibody-associateddemyelinatingdiseases.NatRevNeurol9:455-461,2013表1多発性硬化症および類縁疾患における視神経炎の特徴MSNMOSD抗MOG抗体陽性脱髄疾患特異的自己抗体なし抗AQP4抗体抗MOG抗体女性の比率約70%90〜100%50%以下発症年齢10〜30代10〜70代(やや高齢)10〜70代(やや若年)視神経炎出現率3〜4割6〜8割半数以上?脊髄炎出現率7〜8割8〜9割半数以下?特徴的MRI病巣側脳室周囲小脳脊髄(側索・後索)視交叉延髄背側頸胸髄(中心部)視神経頸髄,腰仙髄急性期治療ステロイドパルス療法など免疫調節療法再発予防治療インターフェロンbフィンゴリモドナタリズマブグラチラマー酢酸塩経口ステロイド免疫抑制薬経口ステロイド急性期の視神経炎の特徴急性期視力さまざま矯正0.1以下が多い矯正0.1以下が多い病変長やや短いさまざま長い特徴的な分布眼窩(5〜7割)視神経管(4〜6割)眼窩(6〜7割)視交叉(2〜4割)視神経管(9〜10割)頭蓋内(9〜10割)視神経腫大少ない多いとても多い眼窩脂肪織炎少ない少ない多い視野障害少ないしばしば(水平性半盲)しばしば(中心暗点)急性期以降の視神経炎の特徴パルスへの反応さまざましばしば無効良い(自然回復も多い)視力の回復さまざま悪いほぼ完全に回復回復までの期間やや遅いやや早い再発リスクやや高い高いやや低い視神経の萎縮やや少ない多い少ない図1病型ごとの発症年齢MSONNMOSDONMOGONやや片側性(再発するうちに両側性へ)やや片側性(再発するうちに両側性へ)やや両側性病変長はやや短い病変長はさまざま病変長は長い眼窩後部~視神経管に多い視神経のごく軽い腫脹眼窩内に多い視神経の腫脹視交叉にも2~4割視神経管,頭蓋内はほぼ必出視神経の強い腫脹と蛇行眼窩脂肪織炎急性期の典型的MRI(STIR)図2病型ごとの典型的な眼窩MRIMSONNMOSDONMOGONさまざま萎縮改善慢性期急性期図3シェーマ(2×3表形式)図4病型ごとの最終的なlogMAR視力の比較*TetsuyaAkaishi&*IchiroNakashima:東北大学大学院医学系研究科神経感覚器病態学講座神経内科学分野〔別刷請求先〕赤石哲也:〒980-8574仙台市青葉区星陵町1-1東北大学大学院医学系研究科神経感覚器病態学講座神経内科学分野0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(9)633634あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(10)(11)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016635636あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(12)(13)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016637

眼科臨床における視神経炎と視神経症の位置づけ

2016年5月31日 火曜日

特集●視神経炎と視神経症:全身と眼の架け橋あたらしい眼科33(5):627〜631,2016眼科臨床における視神経炎と視神経症の位置づけRelationshipbetweenOpticNeuritisandOpticNeuropathyinClinicalOphthalmology毛塚剛司*はじめに狭義の視神経疾患は比較的まれな疾患であるが,見逃すと失明につながる恐れがあるばかりか,生命の危機にもつながりかねかい注意すべき疾病でもある.眼科臨床において,広い意味では視神経炎は視神経症の一分症と考えられているが,「視神経炎」と「その他の視神経症」とのカテゴライズがあいまいである.ここでは,眼科臨床でよくみられる症候や疫学なども参考にしつつ,視神経炎とその他の視神経症との違いを明確にしていこうと思う.I全身病の一所見としての視神経症視神経は脳神経の一部であり,脳疾患をきたした場合には視機能に影響を及ぼす.脳疾患は,脱髄性疾患,ウイルスや梅毒などの感染性疾患,脳腫瘍や眼窩内腫瘍などによる圧迫性疾患,虚血性疾患でも視神経症を起こす可能性がある(表1).Leber遺伝性視神経症のように,視神経そのものに遺伝的素因があって視機能障害をきたす場合もある.視神経症の原因にもよるが,視神経症の眼症状は視力障害や視野障害をきたす.われわれ眼科医は,問診や眼所見,ときには画像診断や免疫血清学的診断を介して眼科医だけで対処して良いのか,それとも神経内科医や脳神経外科医の助けを借りなければならないのかを判断する必要がある.ここで注意が必要なのは,視神経疾患がメインではないにもかかわらず視神経腫脹をきたす疾患である.いわゆる視神経網膜炎をきたしやすい疾患としては,Vogt-小柳-原田病,サルコイドーシス,Behçet病,急性網膜壊死,高血圧眼底など枚挙にいとまがない.視神経網膜炎をきたす疾患は視神経乳頭腫脹のみならず,視神経乳頭周囲の血管炎の有無の重要な鑑別点になり得る.このため,視神経乳頭浮腫に併発する網膜血管炎の存在を検眼鏡的に疑ったなら,可能な限り蛍光眼底造影を行うべきである.II視神経炎と視神経症の線引きは?視神経炎は視神経症の一分症のために厳密な線引きは難しい.視神経炎は文字通り視神経の「炎症」のため,MRIで視神経病変に沿って強く造影されるし,中心フリッカ値(criticalflickerfrequency:CFF)の著明な低下がみられる.視神経炎は,その炎症のために眼痛がみられることが多く,脱髄疾患と関連した眼痛や霧視は,運動時や入浴などの体温上昇時にみられる傾向がある(Uhthoff徴候).虚血性視神経症のような一般的な視神経症ではこのような症候は伴わない.ただし,一般的な視神経症もある程度病状が進むと視神経炎末期と臨床的に判別がつかない.たとえば,進行した視神経症ではswinging-flashlighttestによって判定される相対的求心路瞳孔反応障害(relativeafferentpupillarydefect:RAPD)が陽性となり,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)を用いた視神経乳頭所見でも萎縮となり,視神経炎とその他の視神経症では判別がつかなくなる.このように病状が進んだ視神経萎縮期では視神経炎と視神経症との鑑別は不可能であるが,病初期にはある程度鑑別可能なため,視神経疾患では早期発見,早期診断が重要となる.III「全身病と関連する」vs「眼疾患単独」眼科臨床においては,眼科領域だけで帰結するのか,他科と連携して視神経疾患を診断・治療しなければならないのかを判断するのが難しいところである.臨床眼科医が全身をくまなく診て,診断を下すことには無理があるので,まず視神経疾患をきたす全身性疾患をいくつか念頭に置いて,診断に関連する要点だけを問診で聞き出すことが現実的な方法だと思われる.問診を行うには,性別,年齢,両眼性か,再発性かなどを考慮に入れて予想される疾患を絞り込む必要がある.視神経乳頭に腫脹をきたす全身疾患といえば,①多発性硬化症,②脳腫瘍,③梅毒やヘルペスなどの感染症(図1,2),④糖尿病,⑤高血圧眼底,⑥Vogt-小柳-原田病(図3),⑦サルコイドーシス,⑧Behçet病,⑨特発性頭蓋内圧亢進症(idiopathicintracranialhypertension:IIH)(図4),⑩白血病などがあげられる.このなかでも,多発性硬化症は脱髄性疾患であり,視神経炎の重要な原因疾患である.このため,視神経炎を疑ったときには,いつでも「多発性硬化症」をきたしていないかどうか念頭に置く必要がある.表1視神経障害が起きる原因・先天性(視神経低形成など)・遺伝性(Leber遺伝性視神経症など)・緑内障・感染性(梅毒,ヘルペスウイルス,真菌などを含む)・圧迫性(脳腫瘍などを含む)・自己免疫性(多発性視神経症などの脱髄性を含む)・虚血性図1梅毒による視神経症53歳,女性.左眼)矯正視力0.1.血清梅毒反応は,RPRは256倍,TPHAは5,160倍であった.蛍光眼底図2水痘帯状疱疹ウイルスによる視神経症74歳,男性.右眼の視神経乳頭浮腫を認める.初診時の右眼視力は0.7であったが,抗ウイルス薬に抵抗して,最終時視力は矯正0.02となった.図3Vogt︲小柳︲原田病による視神経乳頭腫脹視神経乳頭腫脹の他に漿液性網膜剝離がみられる.図4特発性頭蓋内圧亢進症と思われる症例55歳,男性.右矯正視力は1.2.頭部MRIでは異常を認めない.視野異常はMariotte盲点の拡大のみである.IV視神経障害における「性差」と「年齢」視神経炎にしても一般的な視神経症にしても,特殊な疾患においては男女の比率と年齢は重要な要素となり得る.抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎は9割の患者が女性であり,男性はまれである1).Leber遺伝性視神経症は多くは若年男性の片眼もしくは両眼でみられ,女性発症はまれとされる2).また,虚血性視神経症は視神経炎に比べて高齢者に多い.とくに動脈炎性虚血性視神経症は高齢者に強く3),急激な経過をたどるために迅速な診断が必要である.一方,Vogt-小柳-原田病やBehçet病,サルコイドーシスなどのぶどう膜炎に併発する視神経症は,若年から壮年期にかけて出現することが多く,特発性視神経炎の好発年齢によく似ている.梅毒などの感染症は全年齢にわたり視神経障害を発症する可能性があるが,重症に至るには数年から十数年かかるため,視神経萎縮例は高齢者が多い.ヘルペス感染症による視神経症は比較的高齢者に多いが,急性網膜壊死を合併する場合は若年齢でも起こりえる.また,真菌感染による視神経症は,免疫不全状態の患者は別として高齢者に多い傾向がある.繰り返しになるが,視神経炎,視神経症の患者を問わず,視神経障害の患者が来院したら,まず男性か女性か,若年か壮年か高齢者かを考慮に入れて問診を行う必要がある.V「単発性」vs「再発性」視神経炎もしくは視神経症が一度限りで落ち着くのか,もしくは再発してそのたびに視力障害や視野障害をきたすのか,事前には簡単には判別できない.視神経炎のなかでも抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎や特発性視神経炎に比べて,抗MOG(myelinoligodendrocyteglycoprotein)抗体陽性視神経炎では再発しやすい傾向にある4).このことから,抗アクアポリン4抗体や抗MOG抗体などの神経由来の血清抗体を測定することは,視神経炎の重症度判定,活動性判定のために重要な検査となり得る.一方,虚血性視神経症は単発性のことが多く,再発の可能性は低い.糖尿病による視神経症も単発性のことが多い.ヘルペスや梅毒などの感染症による視神経症は,きちんと感染源に対する治療を行わないと再発することもあり得る.多発性硬化症に関連する視神経炎の場合は,再発寛解型の場合において再発する症例もあるが,多くの例では視神経炎が落ちついた後に,脊髄炎症状など眼外の神経症状が中心になることが多い.Behçet病に併発する視神経腫脹はまれではあるが,再発することが多く,口内炎などの眼外症状と連動して起こる.しかし,再発しやすい視神経炎症例,視神経症疾患においても,適切な診断,治療を行うことにより,再発が抑えられて寛解に持ち込めることもある.VI「片眼性」vs「両眼性」視神経炎と一般的な視神経症の発症は,片眼性で始まり,経過とともに両眼性に移行する症例が多くみられる.多発性硬化症に併発する視神経炎や抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎,抗MOG抗体陽性視神経炎も両眼性のケースが多い.一方,非動脈炎性虚血性視神経症では片眼性で落ち着くことが多い.頭蓋内圧亢進に由来するうっ血乳頭は基本的に両眼性である.梅毒やヘルペスウイルスなどの感染性視神経症は,初期には片眼性に留まっているが,経過を経るにつれて両眼性に移行する.しかし一般的に,感染症に関連する視神経症は片眼性で発見されることが多い.Vogt-小柳-原田病やBehçet病,サルコイドーシスなどのぶどう膜炎に併発する視神経腫脹は,基本的に両眼性である.膠原病関連疾患による視神経症は,両眼性のケースが多い.高血圧眼底は程度の差こそあれ,両眼性である.このように全身性疾患の要素が大きい場合は経過とともに両眼性に移行することが多い.VII「視力障害をきたしている」vs「視力障害をきたしていない」視力障害の程度は,視神経炎か,その他の視神経症なのかを判別するのに有効である.基本的に,視神経炎では視力障害をきたしやすい.視神経炎は,初診時に視力障害をきたしていなくても,2~3日のうちに高度な視力障害を引き起こすことが多い.一方,他の視神経症でも経過とともに視力障害を引き起こすが,動脈炎性虚血性視神経症以外では視神経炎ほどは急激に視力障害を起こさない.IIHなどのうっ血乳頭では,初期には視力障害を引き起こさず(図4),視神経萎縮期のような晩期になってから視力が低下する.若年年齢よりみられる視神経ドルーゼンなどは,視神経乳頭浮腫をきたすこともあるが,視力低下はきたさない.視力低下をきたさない視神経症は視神経内の神経線維への侵襲が少ないが,視力低下をきたす視神経炎・視神経症は視神経内の浮腫が強い,もしくは神経線維へのダメージが大きいことが予想される.視力障害そのものでは疾患の重症度を推し量ることはできないが,視神経障害の型別を推察することができる.VIII「炎症性」vs「非炎症性」視神経炎は先ほど述べたように視神経症の一分症であるが,視神経炎をあえて他から分けるとすれば炎症性かそうでないかに尽きる.この眼炎症も全身由来のものか,視神経独自の特発性のものかを決める必要がある.このため,眼痛や視力低下,視野障害などの自覚症状に加えて,眼外症状の有無についても問診を行う必要がある.眼症状,眼外症状はどちらが先に出現したのか,症状は持続的なのか間欠的なのか,視力低下や視野障害は進行性なのか停止性なのか軽快傾向にあるのかを問診で確認する必要がある.注意が必要な炎症性の場合,症状は持続的で進行性であるといえる.炎症性視神経疾患を想定するならば,補助診断として白血球数増多の有無,CRP(C-reactiveprotein)上昇や赤血球沈降速度の亢進なども確認しておく必要がある.また,帯状疱疹ウイルスや梅毒などの感染による視神経症では,病態として炎症に主座が置かれている.これらの感染性視神経症では,MRIで視神経に沿って造影効果がみられるわけではなく,造影効果がみられるのはほとんど脱髄性に限られている.そう考えると,眼科医が一般的に考えている「視神経炎」とは「脱髄疾患」に絞られているともいえる.「脱髄疾患」には多発性硬化症や抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎,視神経脊髄炎が強く関係している.一方,動脈炎性虚血性視神経症のように,いわゆる「視神経炎」のカテゴリーではないにもかかわらず,血管炎の波及により炎症が強く関与している病態もある.非動脈炎性虚血性視神経症では,ラットモデルにおいて急性期でもほとんど炎症は関与しておらず,純粋に循環障害により視神経乳頭浮腫が起きていると考えられている5).Leber遺伝性視神経症では,まだ炎症機転が関与しているかどうかは明確ではないが,急激に視機能障害をきたす経緯により,病初期には炎症が関係している可能性がある.IX「感染」vs「非感染性」眼科臨床において,視神経疾患が「感染性」か「非感染性」なのか見きわめることは重要である.感染性か,非感染性かにより治療法に大きく影響してくるからである.感染に関連した視神経症は視神経近傍の血管に炎症が波及しやすい.感染性視神経網膜症は静脈炎のみならず,動脈炎をきたしていることもある(図1).感染による視神経症では,ステロイド治療のみ行っていると一時は消炎するが,感染そのものは治療されていないためにすぐに再発してしまう.そのうえ,将来的に治療に抵抗して不可逆的な変化をきたすために,感染症の有無は必ず検査すべき項目である.とくに梅毒性視神経症やヘルペスウイルス感染による視神経症は,ステロイド単独投与により脳にまで感染が波及する可能性がある.このため,視神経乳頭腫脹がみられたら,必ず梅毒血清反応は行うべきである(図1).また,ヘルペス感染症も注意が必要である.ヘルペスウイルス感染が原因となる急性網膜壊死では,症状として周辺網膜の黄白色滲出斑のほかに視神経乳頭腫脹をきたす場合がある(図2).ヘルペスウイルス眼感染症が疑われた場合,血清ウイルス抗体価を数回にわたり測定し(ペア血清),前房水PCR(polymerasechainreaction)検査を行ってヘルペスウイルスDNAを検出することが疾患を確定することにつながる.非感染性の視神経症で,脱髄性でもなく,虚血性,遺伝性でもない疾患に自己免疫性ぶどう膜炎関連疾患があげられる.Vogt-小柳-原田病では両眼性に視神経乳頭腫脹をきたすが(図3),視力低下は視神経炎に比べて緩徐であり,CFF低下も軽度である.Vogt-小柳-原田病では,視神乳頭腫脹に加えて漿液性網膜剝離を合併しやすいのも特徴である(図3).サルコイドーシスでも視神経乳頭腫脹はときどき出現し,その症例では前眼部炎症が乏しいことが多いので鑑別に迷うことがあるが,蛍光眼底造影を行って網膜血管炎の有無をはっきりさせれば診断につながる.おわりに眼科臨床における視神経炎とそのほかの視神経症との相違について,いくつかの症候や疫学的考察を例にとって比較した.視神経炎は視神経症の一分症であるが,中枢神経系の脱髄疾患の一型でもあるので,ほかの視神経症と臨床所見がかなり異なる.重要なことは,詳細な問診を行い,症候をきちんとつかみ取り,それに対応する検査を入念に行って視神経炎やその他の視神経症の確実な診断を心がけることかと思われる.文献1)抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎診療ガイドライン作成委員会:抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎診療ガイドライン.日眼会誌118:446-460,20142)中村誠,三村治,若倉雅登ほか:網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する調査研究班・日本神経眼科学会Leber遺伝性視神経症認定基準.日眼会誌119:339-346,20153)三村治:神経眼科学を学ぶ人のために.p62-66,医学書院,20144)KezukaT,UsuiY,YamakawaNetal:RelationshipbetweenNMO-antibodyandanti-MOGantibodyinopticneuritis.JNeuroophthalmol32:107-110,20125)中馬秀樹:非動脈炎性虚血性視神経症の動物モデルを用いた治療の試み.日眼会誌118:331-361,2014*TakeshiKezuka:東京医科大学臨床医学系眼科学分野〔別刷請求先〕毛塚剛司:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学臨床医学系眼科学分野0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(3)627628あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(4)(5)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016629630あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(6)(7)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016631