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緑内障の新薬1:ROCK阻害薬

2015年6月30日 火曜日

特集●最新の緑内障治療あたらしい眼科32(6):775.781,2015特集●最新の緑内障治療あたらしい眼科32(6):775.781,2015緑内障の新薬1:ROCK阻害薬ROCKInhibitor,ANewDrugfortheTreatmentofGlaucoma本庄恵*はじめに近年使用可能な緑内障点眼が増え,プロスタグランジン関連薬(PG関連薬),b遮断薬,ab遮断薬,a1遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬,交感神経刺激薬,a2作動薬,およびそれらの配合剤など薬物の選択肢の幅は多岐に広がっている.しかし,1剤のみでは眼圧を目標眼圧以下にコントロールすることが困難なために多剤を併用する患者も多い.PG関連薬は強力な眼圧下降効果を有し,全身的副作用も少ないため第一選択薬であるが,緑内障では長期にわたる治療が必要であるため,眼瞼の色素沈着や睫毛変化,上眼瞼のくぼみなど局所副作用が問題となっている.セカンドラインドラッグのなかでは,b遮断薬は眼圧下降効果に優れ忍容性が高いが,循環器・呼吸器系への副作用の懸念から使用が不適当な症例も少なくなく,その他の薬剤も副作用や禁忌,慎重投与などの制約により選択肢が限られることがある.また,十分な眼圧下降を得られていても進行する症例が存在し,もともと正常眼圧である症例のなかには眼圧下降治療のみでは進行を抑制できない症例も多数存在するため,治療に苦慮することが多い.こういった眼圧以外の緑内障性視神経症の危険因子が関与している視神経障害に対しては,血流改善や直接の神経保護効果を有するような治療薬が求められている.以上から,新たな作用機序を有する薬物が求められていた.新規薬物に求められることとしては,既存の緑内障治療薬に匹敵もしくは凌ぐ眼圧下降効果を有すること,緑内障薬物治療では多剤併用することが多いため,組み合わせて合理的な眼圧下降が得られること,全身に対する安全性に加えて局所副作用が少なく忍容性が高いこと,血流改善・神経保護効果など+aの緑内障進行抑制効果が期待できることなどがあげられる.緑内障をターゲットとしたさまざまな新規薬物の研究が進められてきたなかで,筆者らのグループが中心となって長年研究してきた選択的ROCK阻害薬の研究が実を結び,昨年末に世界初の新機序によるmadeinJapanの新しい緑内障治療薬として臨床応用に至った.本稿では,ROCK阻害薬の緑内障治療薬としての可能性などについて概説する.I房水流出路と房水動態眼圧は房水の産生量と,その排出のバランスで規定されている.房水流出路には線維柱帯経路とよばれる主経路と,ぶどう膜強膜流出路とよばれる副経路があり,緑内障眼での眼圧上昇はおもに主経路の流出抵抗増大が原因だと考えられている.薬剤の眼圧下降効果作用機序としては房水産生抑制と流出路流出促進があるが,既存の緑内障薬物のおもな作用機序は房水産生抑制もしくはぶどう膜強膜流出路の流出促進であり,古典的薬物である副交感神経作動薬ピロカルピン,もしくは交感神経刺激薬のエピネフリンが副次的に主経路の流出を促すことは知られていたが,これまで主経路に直接作用するような薬物は存在しなかった(前項「緑内障の薬物治療の進め*MegumiHonjo:東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学〔別刷請求先〕本庄恵:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(11)775 776あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(12)細胞内情報伝達経路に介在して,細胞収縮,増殖,遊走など,さまざまな生理機能に深く関与している.ROCK阻害薬の眼圧下降効果については,選択的ROCK阻害薬Y-27632が家兎眼で有意な眼圧下降効果を示すこと,そして,その眼圧下降効果は房水動態のなかで主経路の流出促進であることを筆者らのグループが2001年に世界で初めて報告した6).線維柱帯細胞へのY-27632の影響を検討したところ,細胞骨格の重合脱重合,接着斑,遊走能,細胞収縮,細胞外基質との接着・相互作用などの多様な機能に影響を与えていることが明らかになった(図1)6,7).その後,Rho-ROCKシグナル伝達と房水流出メカニズムの関係,ROCK阻害薬の作用機序についてはさまざまな研究が進められた.Y-27632は前眼部灌流実験で房水流出量を増加させ,Schlemm管内皮細胞で巨大空胞が増加していることが観察され(図2),培養Schlemm管内皮細胞では細胞間バリアーを担っているタイトジャンクション構成蛋白のclaudin-5,ZO-1などの発現を抑制し,培養Schlemm管内皮細胞の透過性を亢進させることが報告された(図3)8).また,ステロイドはRhoの強力アゴニストであることが知られているが,前眼部環流実験においてステロイド添加により房水流量が低下,ROCK阻害薬がそれを抑制すること,培養線維柱帯細胞にデキサメサゾンを添加するとRho活性が上昇し,フィブロネクチン,コラーゲンtypeIVなどの産生が促進させるが,Y-27632添加により抑制されたことが報告されている9).ROCK阻害薬は主経路の房水流出路を形成している線維柱帯,傍Schlemm管結合組織・細胞外マトリックス,Schlemm管内皮細胞などそれぞれに作用し,房水流出抵抗を低下させている可能性が示されている(図4)10).房水中にはさまざまな生理活性物質が含有されており,房水流出路は常にその影響下にある.線維柱帯細胞はこれらの成分に反応して細胞外マトリックスの産生や分解,生物活性などに関与していると考えられている.リゾホスファチジン酸(LPA)やスフィンゴシン1リン酸(S1P)などのリン脂質,TGF-b2,CTGFなどの生理活性物質濃度はRhoの活性を介して房水流出に影響することが報告されている11.13).Rho-ROCKシグナル伝達の関与の有無が検討され,作用の詳細がわかりつつ方」p769,図2参照).房水は毛様体で作られ,後房,瞳孔,隅角線維柱帯を経て眼外へ排出される.開放隅角緑内障では隅角形態は正常だが,隅角線維柱帯に機能異常が存在し,流出抵抗が生じていると考えられている.主経路では,①ぶどう膜網,②角強膜網,③傍Schlemm管結合組織からなる線維柱帯をへて,房水はSchlemm管へ流出する.ぶどう膜網,角強膜網には房水が流れる孔が存在し,流出抵抗はそれほど高くないと考えられているが,傍Sch-lemm管結合組織はさまざまな細胞外マトリックスと線維柱帯細胞から形成されており,房水は細胞外マトリックスの間を通過する.正常眼における検討から,傍Schlemm管結合組織に流出抵抗の大部分が存在すること,緑内障眼では細胞外マトリックスの異常沈着とターンオーバー異常が傍Schlemm管結合組織・Schlemm管内皮の基底膜を中心にみられ,房水流出抵抗を増加させていると考えられてきた1.3).しかし,最近の報告では,年齢,性別,人種をマッチさせたヒト正常眼と緑内障眼の房水流出路の比較で,緑内障眼で傍Schlemm管結合組織・Schlemm管内皮基底膜より線維柱帯部分にコラーゲン1Aの沈着が有意に密に観察されており,緑内障における主経路の房水流出抵抗増大機序については今後より詳細な解明が期待される4).ぶどう膜強膜流出路については,房水は隅角底から毛様体実質,上毛様体腔を経て強膜外へ流出する.毛様体筋束の間隙の広さ,細胞外基質の代謝などが房水流出に関与していると指摘されている.強力な眼圧下降効果をもつプロスト系プロスタグランジン関連薬は経ぶどう膜強膜流出路からの房水流出量を増加させることが知られているが,プロスタマイド系のビマトプロストやプロストン系薬剤では主経路からの房水流出も促進しているとの報告があり,分子レベルでの詳細も明らかにされつつある5).IIROCK阻害薬の眼圧下降効果Rho-kinase(ROCK)は1990年代半ばに,低分子量GTP結合蛋白Rhoの標的蛋白質として同定されたセリン・スレオニンリン酸化酵素である.下等動物からヒトまで広く保存されており,種々のアゴニスト刺激による あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015777(13)10分後30分後60分後薬物除去2時間後薬物除去15時間後Y-27632(μM)1101001,000緑:アクチン線維赤:ビンキュリン矢印:アクチン線維束矢頭:ビンキュリン無処置図1ROCK阻害薬による線維柱帯細胞の細胞骨格変化ヒト線維柱帯細胞にY-27632(1,10,100,1,000μM)を添加し,培養した.細胞骨格の変化が観察された.(文献6より引用改変)#******#######ControlY-27632巨大空胞(Giantvacuoles)025020015010050-30306090120150180210240270300平均±標準誤差*p<0.05,#p<0.01vs.Control(Student’st-test)(分)(%)サル摘出眼での房水流出能Schlemm管内皮細胞─走査型電子顕微鏡─ControlY-27632(50μM)房水流出能の変化率図2ROCK阻害薬とSchlemm管内皮細胞カニクイザルの摘出眼を一定の眼圧(10mmHg)になるようにPBSで灌流し,ベースラインの房水流出能を測定後,評価眼にはY-27632(50μM)を5時間灌流した.Y-27632灌流により房水流出能の増加,走査型顕微鏡にてSchlemm管内皮細胞の形態学的変化が観察された.(文献8より引用改変)10分後30分後60分後薬物除去2時間後薬物除去15時間後Y-27632(μM)1101001,000緑:アクチン線維赤:ビンキュリン矢印:アクチン線維束矢頭:ビンキュリン無処置図1ROCK阻害薬による線維柱帯細胞の細胞骨格変化ヒト線維柱帯細胞にY-27632(1,10,100,1,000μM)を添加し,培養した.細胞骨格の変化が観察された.(文献6より引用改変)#******#######ControlY-27632巨大空胞(Giantvacuoles)025020015010050-30306090120150180210240270300平均±標準誤差*p<0.05,#p<0.01vs.Control(Student’st-test)(分)(%)サル摘出眼での房水流出能Schlemm管内皮細胞─走査型電子顕微鏡─ControlY-27632(50μM)房水流出能の変化率図2ROCK阻害薬とSchlemm管内皮細胞カニクイザルの摘出眼を一定の眼圧(10mmHg)になるようにPBSで灌流し,ベースラインの房水流出能を測定後,評価眼にはY-27632(50μM)を5時間灌流した.Y-27632灌流により房水流出能の増加,走査型顕微鏡にてSchlemm管内皮細胞の形態学的変化が観察された.(文献8より引用改変) ControlROCK阻害薬(Y-27632)緑:ZO-1青:細胞核ControlROCK阻害薬(Y-27632)緑:ZO-1青:細胞核ab図3培養Schlemm管内皮細胞におけるROCK阻害薬の細胞間結合への影響培養Schlemm管内皮細胞にY-27632(25μM)を添加し,30分間培養,細胞間の接着に関与するZO-1の発現変化が観察された.(文献8より引用改変)緑内障緑内障─ROCK阻害薬─細胞外マトリクス巨大空胞(GiantVacuole)Schlemm管内皮細胞線維柱帯細胞細胞-細胞外マトリクス間関係の変化細胞骨格・収縮変化細胞間隙への作用細胞外マトリクス産生抑制GiantVacuoleの増加細胞接着への作用Schlemm管傍Schlemm管結合組織図4ROCK阻害薬の主流出路に対する作用(文献6.10を参考に作成,眼科プラクティス11緑内障診療の進めかた,p401(文光堂)を参考に作成) あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015779(15)十分な原発開放隅角緑内障または高眼圧症患者を対象に行い,8週間点眼した.ラタノプロスト点眼液0.005%への追加時には点眼2時間後で,チモロールマレイン酸塩点眼液0.5%への追加時には朝点眼直前および点眼2時間後で,プラセボ群に対して本剤群で有意な眼圧下降を認めた(図6).長期投与(第III相長期投与試験)では,単独およびプロスタグランジン関連薬,b遮断薬またはそれらの配合剤に追加して52週間点眼し,単独点眼,併用点眼にかかわらず長期投与で安定した眼圧下降を認め,投与期間の延長による眼圧下降効果の減弱を認めなかった.臨床治験では,全身性の副作用はほとんど認めず,結膜充血,アレルギー性結膜炎,眼瞼炎といった眼局所の副作用がおもなものであった.承認時までに実施された臨床試験において,662例中500例(75.5%)に副作用が認められた.主な副作用は結膜充血457例(69.0%),結膜炎(アレルギー性結膜炎を含む)71例(10.7%),眼瞼炎(アレルギー性眼瞼炎を含む)68例(10.3%)などであった.血管平滑筋はROCK阻害により弛緩することが報告されており,本剤で認められる結膜充血は,この薬理作用に基づくものと考えられ,その多くが点眼毎に発現と消失を繰り返すものであった.なお,結膜充血ROCK阻害薬で必発する,薬理作用の裏返しである血管平滑筋弛緩に伴う結膜充血の副作用への懸念と,PG関連薬を超える眼圧下降効果がみられなかったことから,第II相まで臨床治験が行われたが臨床応用への取り組みは断念された.K-115(リパスジル)は,2006年より臨床治験が開始され,薬理試験および毒性試験などの非臨床試験,臨床試験成績などに基づき,緑内障・高眼圧症に対する治療剤としてグラナテックR点眼液0.4%(興和)として,2014年9月に製造販売承認が取得された15,16).既存の緑内障治療薬とは異なり,Rhoキナーゼ(ROCK)阻害作用に基づき線維柱帯.Schlemm管を介する主流出路からの房水流出を促進することにより眼圧を下降させる機序を有している17).臨床試験では,単独療法(第III相プラセボ対照二重盲検比較試験)で,原発開放隅角緑内障または高眼圧症患者を対象に,両眼に1回1滴,1日2回,8週間点眼し,朝点眼直前および点眼2時間後で,プラセボ群に対して本剤群で有意な眼圧下降を認めた(図5).併用療法(第III相ラタノプロスト点眼液併用試験,第III相チモロール点眼液併用試験)では,ラタノプロスト点眼液0.005%またはチモロールマレイン酸塩点眼液0.5%で効果不朝点眼直前~トラフ~点眼2時間後~ピーク~プラセボグラナテック(54)(53)(54)(53)(54)(52)(54)(52)(54)(52)プラセボグラナテック(54)(53)(54)(53)(54)(52)(54)(52)(54)(52)眼圧値(mmHg)眼圧値(mmHg)(週)171819202122232402468プラセボグラナテック(週)17181920212223242468プラセボグラナテック0平均値平均値図5グラナテック単剤投与時の眼圧推移(第III相プラセボ対照二重盲検比較試験)原発開放隅角緑内障または高眼圧症患者(107例)をプラセボ群またはグラナテック群に無作為割付し,試験薬を1日2回,8週間点眼した.(承認時評価資料より作成)朝点眼直前~トラフ~点眼2時間後~ピーク~プラセボグラナテック(54)(53)(54)(53)(54)(52)(54)(52)(54)(52)プラセボグラナテック(54)(53)(54)(53)(54)(52)(54)(52)(54)(52)眼圧値(mmHg)眼圧値(mmHg)(週)171819202122232402468プラセボグラナテック(週)17181920212223242468プラセボグラナテック0平均値平均値図5グラナテック単剤投与時の眼圧推移(第III相プラセボ対照二重盲検比較試験)原発開放隅角緑内障または高眼圧症患者(107例)をプラセボ群またはグラナテック群に無作為割付し,試験薬を1日2回,8週間点眼した.(承認時評価資料より作成) 780あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(16)が報告されている21).そのほか,これまでの緑内障治療薬は角膜内皮および結膜の瘢痕形成などにはマイナスの影響が懸念されているが,ROCK阻害薬は角膜内皮治療薬および瘢痕形成抑制として作用する可能性が報告されており,期待される部分である22,23).おわりに日本から新規作用機序による緑内障点眼治療薬が開発されたことは,わが国から緑内障治療・緑内障病態の知見を世界に発信していくうえでも非常に価値がある.緑内障薬物治療は効果をみながらの多剤併用療法であり,実際の臨床の場では3剤,4剤と処方を重ねている症例も少なくない.ROCK阻害薬は既存の薬物による治療で眼圧下降効果が十分にみられない,もしくは進行を十分におさえられないような症例で福音となる可能性があり,世界に先駆けて承認された新しい機序による緑内障治療薬として,今後の展開が期待される.は通常は点眼時に一過性に発現するが,持続する場合には注意が必要となる.選択的ROCK阻害薬の臨床応用自体が初めてのものであるので,安全性の検討については,今後の臨床的経験の蓄積が非常に重要になると考えられる.IVROCK阻害薬点眼薬への期待わが国では眼圧は正常範囲内だが視野障害が進行する正常眼圧緑内障の頻度が高い.こういった症例,また高眼圧を示すような症例でも,視神経・視野障害に関与する眼圧以外の因子として循環障害の重要性が指摘されている.ROCK阻害薬は血管平滑筋の弛緩効果が指摘されているが,基礎研究レベルで視神経乳頭血流改善についての報告があり,神経保護効果が期待される18).また,緑内障患者では視神経でのRho活性の上昇が報告されており19),ROCK阻害薬そのものによる直接の神経保護作用への期待も大きい.アポトーシス抑制効果や20),グラナテック点眼液の原末であるK-115の内服によりラットの視神経クラッシュモデルで神経保護効果a.単独投与試験b.ラタノプロスト併用試験c.チモロール併用試験-1-5-4-3-2-1.3-2.9プラセボグラナテック19.119.2-1.6[-2.059,-1.101]p<0.0010(104)(104)19.219.4-1.4[-1.852,-0.861]p<0.001(103)(102)プラセボグラナテック-10-5-4-3-2-1.8-3.2ベースライン(mmHg)22.722.3例数(n)(54)(53)-2.3[-3.072,-1.493]p<0.001眼圧変化量(mmHg)プラセボグラナテック-10-5-4-3-2-1.7-4.0最小二乗平均値±標準誤差群間差:最小二乗平均値の差[95%信頼区間]4週,6週,8週を繰り返し時点とした繰り返し測定型分散分析図6グラナテックの眼圧下降効果(点眼2時間後・第III相:単独および併用試験)a:原発開放隅角緑内障(POAG)または高眼圧症患者(OH)(n=107)をプラセボ群またはグラナテック群に無作為割付し,1日2回,8週間点眼した.b:ラタノプロスト点眼液0.005%で効果不十分なPOAGまたはOH(n=205)をプラセボ群またはグラナテック群に無作為割付し,1日2回,8週間点眼した.c:チモロール点眼液0.5%で効果不十分なPOAGまたはOH(n=208)をプラセボ群またはグラナテック群に無作為割付し,1日2回,8週間点眼した.(承認時評価資料より作成)a.単独投与試験b.ラタノプロスト併用試験c.チモロール併用試験プラセボグラナテックプラセボグラナテックプラセボグラナテックベースライン(mmHg)22.722.319.219.419.119.2例数(n)0-2.3-1.7-4.0(54)(53)-1.4[-1.852,-0.861]p<0.001-1.8-3.2(103)(102)0-1.3-2.9-1.6[-2.059,-1.101]p<0.001(104)(104)0-1-1-1-2-2-2-3-3-3-4-4-4-5-5[-3.072,-1.493]-5p<0.001最小二乗平均値±標準誤差群間差:最小二乗平均値の差[95%信頼区間]4週,6週,8週を繰り返し時点とした繰り返し測定型分散分析図6グラナテックの眼圧下降効果(点眼2時間後・第III相:単独および併用試験)a:原発開放隅角緑内障(POAG)または高眼圧症患者(OH)(n=107)をプラセボ群またはグラナテック群に無作為割付し,1日2回,8週間点眼した.b:ラタノプロスト点眼液0.005%で効果不十分なPOAGまたはOH(n=205)をプラセボ群またはグラナテック群に無作為割付し,1日2回,8週間点眼した.c:チモロール点眼液0.5%で効果不十分なPOAGまたはOH(n=208)をプラセボ群またはグラナテック群に無作為割付し,1日2回,8週間点眼した.(承認時評価資料より作成)は通常は点眼時に一過性に発現するが,持続する場合にが報告されている21).そのほか,これまでの緑内障治療は注意が必要となる.薬は角膜内皮および結膜の瘢痕形成などにはマイナスの選択的ROCK阻害薬の臨床応用自体が初めてのもの影響が懸念されているが,ROCK阻害薬は角膜内皮治であるので,安全性の検討については,今後の臨床的経療薬および瘢痕形成抑制として作用する可能性が報告さ験の蓄積が非常に重要になると考えられる.れており,期待される部分である22,23).IVROCK阻害薬点眼薬への期待おわりにわが国では眼圧は正常範囲内だが視野障害が進行する日本から新規作用機序による緑内障点眼治療薬が開発正常眼圧緑内障の頻度が高い.こういった症例,また高されたことは,わが国から緑内障治療・緑内障病態の知眼圧を示すような症例でも,視神経・視野障害に関与す見を世界に発信していくうえでも非常に価値がある.緑る眼圧以外の因子として循環障害の重要性が指摘されて内障薬物治療は効果をみながらの多剤併用療法であり,いる.ROCK阻害薬は血管平滑筋の弛緩効果が指摘さ実際の臨床の場では3剤,4剤と処方を重ねている症例れているが,基礎研究レベルで視神経乳頭血流改善につも少なくない.ROCK阻害薬は既存の薬物による治療いての報告があり,神経保護効果が期待される18).まで眼圧下降効果が十分にみられない,もしくは進行を十た,緑内障患者では視神経でのRho活性の上昇が報告分におさえられないような症例で福音となる可能性があされており19),ROCK阻害薬そのものによる直接の神り,世界に先駆けて承認された新しい機序による緑内障経保護作用への期待も大きい.アポトーシス抑制効果治療薬として,今後の展開が期待される.や20),グラナテック点眼液の原末であるK-115の内服によりラットの視神経クラッシュモデルで神経保護効果780あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(16) 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緑内障の薬物治療の進め方

2015年6月30日 火曜日

特集●最新の緑内障治療あたらしい眼科32(6):767.773,2015特集●最新の緑内障治療あたらしい眼科32(6):767.773,2015緑内障の薬物治療の進め方MedicalTreatmentProceduresforGlaucoma相原一*はじめに現在,エビデンスがある緑内障治療法は眼圧下降だけである.それでも過去には,眼圧は下げることができても本当に視野の進行,とくに慢性進行性の開放隅角緑内障に対しての抑制効果があるかは,明確に証明されていなかった.2000年頃にようやく大規模多施設長期臨床試験で眼圧下降治療による視野進行抑制効果が証明された.しかし,その頃の研究での眼圧下降治療は今や第一選択薬であるプロスタグランジン(prostaglandin:PG)関連薬は使われておらず,レーザーや観血的手術治療も行われた研究が多かった.昨年ようやくPG関連薬による眼圧下降効果が視野進行抑制に有効であると証明された1).緑内障にはさまざまな病型があり,「緑内障診療ガイドライン」にあるように,まず眼圧上昇の原因があるかを追求することが重要である2).それによりどのような病型かを判断し治療を行う.とくに閉塞隅角緑内障については外科的治療が奏効する.ここでは,基本的に緑内障の8割を占める広義原発開放隅角緑内障,および落屑緑内障や原因不明の続発緑内障,一部の眼圧上昇の原因に対して治療されているかあるいは治療されたが眼圧上昇が持続している緑内障に対しての点眼薬物治療について解説する.また,ROCK阻害薬や配合剤,古典的薬物についての新知見は別項目を参照いただきたい.I治療の前に把握すること(表1)緑内障点眼薬の有効性はまず眼圧下降効果で把握することになるため,治療前の眼圧を把握する必要がある.しかし,眼圧を1回測定しただけでは眼圧下降効果を評価することはむずかしい.まず,①正確な眼圧測定をすること,②薬剤の効果に個体差があること,③眼圧自体が変動していること,④点眼をきちんとしているか,つまり点眼治療に対する患者のアドヒアランスが良好か,少なくともこの4点を把握できていないと正当な薬剤の評価はできない.このうち,治療前に重要なことは,Goldmann圧平眼圧計を用いた数回の正確な眼圧測定によるベースライン眼圧の把握である.よほど高眼圧で末期でないかぎり,ベースライン眼圧を把握するのが基本である.何回測定するかについての正確な理論はないが,筆者は3回測定することにしている.ベースライン眼圧を測定している期間に,眼圧が変動するタイプや,左右差がある症例はその理由を良く考える.隅角所見や外傷歴,炎症や落屑の存在など,手がかりを徹底して探して,病型が間違っていないか検討する期間としても有用である.ベースライン眼圧を把握するとともに,角膜厚も参考にしておく.薄い場合は眼圧を過小評価,逆に厚い場合には過大評価している可能性が高い.また,点眼前に高齢者やすでにいろいろな点眼をしている患者は,眼表面疾患を合併していることが多い.そのような患者に緑内*MakotoAihara:東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学〔別刷請求先〕相原一:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(3)767 表1眼圧下降治療の前に把握すべきこと表2目標眼圧の設定1.無治療時のベースライン眼圧を確実に把握─同じ時間帯で最低3回測る2.眼圧変動,左右差に注意3.角膜厚4.オキュラーサーフェスの状態5.生活習慣─職業,喫煙6.危険因子の把握─家族歴,呼吸器系循環器系疾患7.全身疾患─現病と既往,とくにb遮断薬使用に際して重要1.早期ならベースライン眼圧から20.30%の眼圧下降率で目標を設定するのがよい2.ベースラインが低くても1mmHgでも下げることは重要3.個々の症例により視野障害の程度,危険因子を考え,柔軟に対応する4.眼圧下降にこだわるあまり,副作用が強く出たり,QOLに影響を与えるのも良くない.常にriskbenefitのバランスを考えて治療5.数年ごとに定期的に乳頭所見,視野の進行を評価し設定し直す6.点眼治療中でも一度止めて再確認も有効リスクが高いほど,より低い目標眼圧をめざす眼圧関係危険因子病期眼圧以外の危険因子多い末期多い眼圧関係危険因子高い眼圧値大きな日内変動幅薄い角膜厚眼圧以外の危険因子家族歴低血圧乳頭出血,片頭痛,冷え性早期Lowrisk!Highrisk!少ない少ない下方傍中心暗点図1目標眼圧の設定 あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015769(5)るわけではない.薬物反応には個人差があるため,1剤目の眼圧下降反応に乏しい場合は,PG関連薬は4種類あるので副作用に注意しながら切り替えると良い.また,1剤目で下がっても目標眼圧に届かない場合は,第二選択薬を追加していく.多剤併用療法としては上記5剤が使用可能であるが,実際に患者は3剤までが十分管理して点眼間隔も開けて,点眼を忘れない限界だと考える.ただし,3剤のうち1剤を配合剤にすると,薬剤としては4剤処方可能である.しかし,単剤の眼圧下降効果がそのまま併用したときに加算されるわけではないので,4剤5剤目での眼圧下降効果はきわめて悪い.また,やみくもに多剤を併用するのは患者負担,副作用の増加,経済的負担の面からも推奨できない.IV薬剤選択基準単独点眼した場合の眼圧下降効果からみて,もっとも強いのはPG関連薬,つづいてb遮断薬とくにチモプトール,あとはCAI,a2作動薬も同様な下降効果がある(図5).正常眼圧緑内障での各薬剤の眼圧下降効果を図6示す.横軸に対象NTG患者の平均無治療時眼圧,縦軸に点眼薬の効果の平均をとってプロットした.上記の5剤が効果があることがわかる.b遮断薬とCAIは房水を下げることは重要と考える.そのためにも,ベースライン眼圧を良く把握しておくことが重要である.II点眼眼圧下降薬の種類と作用機序(図2)房水流出促進は2ルートがあり主経路とよばれる線維柱帯Schlemm管経由房水静脈へのルート,副経路とよばれるぶどう膜強膜間隙を通るルートがある.眼圧を下げるには房水産生を抑制するか,房水流出を促進すれば良い.したがって作用機序も,生理学的にはこの3点となる(図2).現在,薬理学的には8系統の異なった作用点の薬剤が存在する(図3).III薬物治療開始と主要5剤薬物治療の原則はまず単剤点眼を開始し,眼圧下降効果を確認する.最初の1本は重要で,今後生涯にわたって使用する可能性のある点眼薬であるから,確実に下がるか,副作用はないか,患者に受け入れてもらえるように,細心の注意を図る.第一選択薬はPG関連薬である.第二選択薬はb遮断薬,a2作動薬,CAIさらに最近発売されたROCK阻害薬も候補に入ってくる可能性がある(図4).これら各薬剤の特徴については別項目を参照されたい.しかし,眼圧は必ずしも初回単剤で十分下が房水流出“促進”─副流出路─PG関連薬a1遮断薬ab遮断薬a2作動薬※房水産生“抑制”b遮断薬ab遮断薬炭酸脱水酵素阻害薬a2作動薬※房水流出“促進”─主流出路─ROCK阻害薬(交感神経刺激薬)(副交感神経刺激薬)線維柱帯Shlemm管強膜ぶどう膜毛様体後房角膜虹彩前房水晶体図2緑内障治療点眼薬の作用部位緑内障診療ガイドライン第3版を参考に作表,※各添付文書を参考に作成.房水流出“促進”─副流出路─PG関連薬a1遮断薬ab遮断薬a2作動薬※房水産生“抑制”b遮断薬ab遮断薬炭酸脱水酵素阻害薬a2作動薬※房水流出“促進”─主流出路─ROCK阻害薬(交感神経刺激薬)(副交感神経刺激薬)線維柱帯Shlemm管強膜ぶどう膜毛様体後房角膜虹彩前房水晶体図2緑内障治療点眼薬の作用部位緑内障診療ガイドライン第3版を参考に作表,※各添付文書を参考に作成. 770あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(6)安全性が高いほど理想的であるが,当然一長一短がある.眼圧下降薬の場合,前述の眼圧下降効果に加え,より質の高い,つまり終日下がり日内変動に影響されないものが望ましい.その点では,PG関連薬やCAIは昼も産生抑制,PG関連薬はぶどう膜強膜路の房水流出改善,a2作動薬は房水産生抑制とぶどう膜強膜路の房水流出改善作用,ROCK阻害薬は線維柱帯路の房水流出改善作用があり,お互いに相加効果がある.薬剤は有効性とブリモニジンアプラクロニジンPGa1遮断薬a1a2受容体作動薬a2CAIb遮断薬bイオンチャネル開口型ウノプロストンBK現在の点眼眼圧下降薬ブナゾシンドルゾラミドブリンゾラミドチモロールカルテオロールニプラジロール(+a1)ぶどう膜強膜路↑副交感神経作動薬PSAピロカルピン線維柱帯路↑プロスタグランジン系ラタノプロストトラボプロストビマトプロストタフルプロストROCK阻害薬リパスジルRKI配合剤配合剤炭酸脱水酵素阻害薬房水産生↓図3現在の点眼眼圧下降薬単剤投与目標眼圧達成ー薬剤変更+薬剤継続目標眼圧達成多剤投与(単剤併用,合剤)+ー薬剤変更レーザー,手術治療=PG関連薬が基本副作用に注意2剤目はb遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬,a2作動薬から治療の目標は,眼圧下降により緑内障性視神経障害の進行を抑制すること=目標眼圧値の設定は個々の眼の緑内障の病状によって異なるため,絶対値では決定できない.図4緑内障薬物治療基本方針日本緑内障学会緑内障ガイドラインv3.を改変ブリモニジンアプラクロニジンPGa1遮断薬a1a2受容体作動薬a2CAIb遮断薬bイオンチャネル開口型ウノプロストンBK現在の点眼眼圧下降薬ブナゾシンドルゾラミドブリンゾラミドチモロールカルテオロールニプラジロール(+a1)ぶどう膜強膜路↑副交感神経作動薬PSAピロカルピン線維柱帯路↑プロスタグランジン系ラタノプロストトラボプロストビマトプロストタフルプロストROCK阻害薬リパスジルRKI配合剤配合剤炭酸脱水酵素阻害薬房水産生↓図3現在の点眼眼圧下降薬単剤投与目標眼圧達成ー薬剤変更+薬剤継続目標眼圧達成多剤投与(単剤併用,合剤)+ー薬剤変更レーザー,手術治療=PG関連薬が基本副作用に注意2剤目はb遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬,a2作動薬から治療の目標は,眼圧下降により緑内障性視神経障害の進行を抑制すること=目標眼圧値の設定は個々の眼の緑内障の病状によって異なるため,絶対値では決定できない.図4緑内障薬物治療基本方針日本緑内障学会緑内障ガイドラインv3.を改変 房水産生↓ぶどう膜強膜路↑a1遮断薬ROOK阻害薬a2作動薬CAI炭酸脱水酵素阻害薬眼圧下降効果副交感神経刺激薬PG関連薬b遮断薬a1ROCKa2pilounobTimPGイオンチャネル開口薬線維柱帯路↑図5薬剤選択基準20%30%514320眼圧下降幅(mmHg)無治療時眼圧(mmHg)121314151617181920イオンチャネル作動薬炭酸脱水酵素阻害薬a2作動薬a1遮断薬副交感神経作動薬b遮断薬プロスタグランジン関連薬ROCK阻害薬10%(白土城照先生のご厚意による)図6正常眼圧緑内障での眼圧下降効果109文献159群(1987.2014/11まで) 772あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(8)ば良い.患者のアドヒアランスにつながる重要なファクターである点眼回数は,PG関連薬と一部のb遮断薬の徐放製剤が1回であり患者には利便性が高い.ただし,点眼の種類と点眼回数は極力少なくすることが理想なので,近年認可された配合点眼剤を用いることは望ましい.これら5剤の点眼薬の特徴を把握したうえで患者に応じて使い分けることが重要である(図8).ROCK阻害薬については後述を参考にされたい.Vアドヒアランスを保つために(図9)緑内障は慢性進行性の疾患であり,きわめて治療から脱落しやすい.とくに緑内障初期は自覚症状がないたbaselinetimololdorzolamidebrimonidinelatanoprost302826242220181614IOPmmHg8101224681012246AMPMAM夜間:ラタノプロスト=ドルゾラミド>チモロール=ブリモニジンの眼圧下降図7チモロール,ラタノプロスト,ドルゾラミド,ブリモニジン点眼の眼圧日内変動(坐位)(文献3)より)夜間の眼圧下降日内変動抑制効果点眼回数が少ない全身副作用が少ない強い眼圧下降効果局所副作用が少ないPGCAIb>>PGCAIb>>>PGCAIb>PGCAIb>a2a2>a2a2PGCAIba2>重要度RKI>RKIRKIRKIRKI>最大の危険因子を減らすアドヒアランス因子図8薬物選択基準―Prost系は第一選択PG:プロスタグランジン関連薬,b:b遮断薬,CAI:炭酸脱水酵素阻害薬,a2:a2作動薬,RKI:ROCK阻害薬.baselinetimololdorzolamidebrimonidinelatanoprost302826242220181614IOPmmHg8101224681012246AMPMAM夜間:ラタノプロスト=ドルゾラミド>チモロール=ブリモニジンの眼圧下降図7チモロール,ラタノプロスト,ドルゾラミド,ブリモニジン点眼の眼圧日内変動(坐位)(文献3)より)夜間の眼圧下降日内変動抑制効果点眼回数が少ない全身副作用が少ない強い眼圧下降効果局所副作用が少ないPGCAIb>>PGCAIb>>>PGCAIb>PGCAIb>a2a2>a2a2PGCAIba2>重要度RKI>RKIRKIRKIRKI>最大の危険因子を減らすアドヒアランス因子図8薬物選択基準―Prost系は第一選択PG:プロスタグランジン関連薬,b:b遮断薬,CAI:炭酸脱水酵素阻害薬,a2:a2作動薬,RKI:ROCK阻害薬. いくら処方が優れていても,患者がきちんと点眼しなければ意味がない!医療側の努力治療薬の条件患者の努力3つ揃わないとアドヒアランスは向上しない!戦略ポイント●医療(医師,看護師,薬剤師など)と患者サイドの連携●点眼本数を少なく,点眼回数,副作用が少なくなるよう処方●患者の立場に立った点眼指導図9アドヒアランス向上への戦略

序説:最新の緑内障治療

2015年6月30日 火曜日

●序説あたらしい眼科32(6):765.766,2015●序説あたらしい眼科32(6):765.766,2015最新の緑内障治療UpdatesonGlaucomaTherapy山本哲也*本庄恵**緑内障の治療手段は刻々と姿を変えている.したがって,緑内障診療に携わる眼科医は常に最新の治療についての知識を要求される.しかしながら,業務多忙のなかでそうした理想を追い求めることは容易ではないと推察される.そこで本誌本号では,最近の緑内障治療全般の動向をまとめ,諸々の新知識を一度に提供する特集を企画した.緑内障用点眼薬は数え方にもよるが現在8系統存在する.系統で考えただけでも理論的に28.1種(=255種)の組み合わせがある.また,各系統のなかに複数の薬物が存在することが多いこと,配合薬が5種類利用可能なことを考えると恐ろしいほどの組み合わせの総数となる.しかしながら,「緑内障診療ガイドライン」に記述されているように実臨床では一定の基準に基づいて薬物が選択される.その考え方の基本について相原一先生(東京大学)にご解説いただいた.今年話題の新薬といえばなんといってもROCK阻害薬である.日本初のまったく新しい作用機序の薬物の登場は,日本の眼科学の研究水準の高さを示すものでもある.新規薬物であるがゆえに臨床における位置づけは今後の検討に委ねられる部分が大きいものの,その新しさは魅力的である.ROCK阻害薬についてはとくに一項を設け,基礎研究の時代から事情に詳しい共同編集者の本庄が解説を加えた.緑内障配合薬は2010年のザラカムR(XalacomR)の日本初登場以降,デュオトラバR(DuotravR,2010),コソプトR(CosoptR,2010),アゾルガR(AzorgaR,2013),タプコムR(TapcomR,2014)と数を増やし,現在では緑内障治療薬の中枢を占めるに至っている.本薬物については臨床経験が積み重ねられ,日本人の成績がようやく整いつつあると思われる.配合点眼薬について,とくに有用性や使用法を中心として,井上賢治先生(井上眼科病院)に述べていただいた.以前からあるプロスタグランジン関連薬,b遮断薬,a2刺激薬などの薬物も依然として臨床の中心で使用されており,その地位は当分揺らがないものと推定される.それらの薬物について川瀬和秀先生(岐阜大学)にまとめていただいた.なお,いわゆるジェネリック薬の中には防腐剤の工夫などで有用なものもあるが,本特集では大きな項目として触れることはしなかった.この点は読者諸氏のご判断に委ねたい.眼圧下降の意義が強調されるにつれ,開放隅角緑内障に対するレーザー治療の位置づけがむずかしくなっている.しかしながら,レーザー治療はいまだ*TetsuyaYamamoto:岐阜大学大学院医学系研究科眼科学**MegumiHonjo:東京大学大学院医学系研究科眼科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(1)765 766あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(2)に重要な眼圧下降手段である.とくに,重篤な合併症が皆無に近いこと,反復照射により追加的眼圧下降の可能性があることは重要である.本特集では,新田耕治先生(福井済生会病院)にselectivelasertrabeculoplastyの解説をお願いした.豊富なご経験と文献検索により,優れた論文になっていると思う.緑内障手術は近年成長著しい分野である.国内においてチューブシャント手術が認可されて約3年が経過した.次第に固まりつつある評価をいったんまとめておくことは必要なことと考えられる.石田恭子先生(東邦大学医療センター大橋病院)に現状を総括していただいた.国際的には緑内障手術の話題としてMIGSが花盛りである.MIGSとは何の略か?いくつかの原語があるようなので当該の章をお読みいただきたいが,要は,最小限の侵襲で施術可能な器具を用いた緑内障手術の総称である.どのような用い方ができるのか,効果はどのように期待できるのか,庄司信行先生(北里大学)に解説をお願いし,自験例と文献成績を丁寧にまとめていただいた.緑内障にはトラベクレクトミーとトラベクロトミーを代表とする昔ながらの手術がある.これらの手術に対しては一定の評価は定まっているが,こうした古典的な手術においても新技術の応用によって新しい知見が得られている.井上俊洋先生(熊本大学)におまとめいただいた.本企画にあたって,編集者として著者には図を多用した平易な解説をお願いするとともに,とくに当該治療法の緑内障治療体系における位置づけについて著者の主張を前面に出していただくよう依頼した.全般的にそのような内容となり,面白い特集とすることができたように思う.最後に,ご多忙中にもかかわらず快く執筆をお引き受けいただいた各著者に深謝するとともに,この企画の機会をいただいたことに対して本誌編集部に感謝いたします.

網膜動静脈閉塞症に対してステロイドパルス療法が奏効したSLE網膜症の1例

2015年6月29日 月曜日

《原著》あたらしい眼科32(6):904.908,2015c《原著》あたらしい眼科32(6):904.908,2015cはじめに全身性エリテマトーデス(systemiclupuserythemato-sus:SLE)は,さまざまな眼合併症を伴うことが知られている.木村らはSLEに伴う眼合併症として涙液分泌・角結膜障害(56.5%),網膜病変(10.3%),強膜・ぶどう膜炎(4.3%),視神経障害(1.5%)に加えて,網膜動脈閉塞症や網膜静脈閉塞症などの重篤な網膜血管閉塞病変が3.6%で生じていたと報告している1).治療法として副腎皮質ステロイド(以下,ステロイド)パルス療法,抗凝固療法,血管拡張剤の投与,汎網膜光凝固術などが報告されているが,視力予後の不良な症例も少なくない.今回,内科的な全身管理は良好にもかかわらず網膜動静脈閉塞症をきたし,ステロイドパルス療法にて視力の改善を得た1例を経験したので報告する.904(140)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY〔別刷請求先〕肥留川京子:〒181-8611東京都三鷹市新川6-20-2杏林大学眼科学教室Reprintrequests:KyokoHirukawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyorinUniversitySchoolofMedicine,6-20-2Shinkawa,Mitaka,Tokyo181-8611,JAPAN網膜動静脈閉塞症に対してステロイドパルス療法が奏効したSLE網膜症の1例肥留川京子慶野博渡辺交世瀧和歌子平形明人岡田アナベルあやめ杏林大学眼科学教室ACaseofVaso-OcclusiveSystemicLupusErythematosusRetinopathyTreatedwithCorticosteroidPulseTherapyKyokoHirukawa,HiroshiKeino,TakayoWatanabe,WakakoTaki,AkitoHirakataandAnnabelleAOkadaDepartmentofOphthalmology,KyorinUniversitySchoolofMedicine41歳,女性.平成20年8月に全身性エリテマトーデス(SLE)と診断,低用量副腎皮質ステロイド薬の内服にて全身状態は安定していた.平成23年9月10日,右眼の急激な視力低下を自覚し,9月12日受診.初診時右眼(0.02),左眼(1.2).右眼底上方に網膜の白色混濁,視神経乳頭の発赤・腫脹,黄斑浮腫,網膜出血を認めた.左眼眼底は異常なし.蛍光眼底造影検査で右眼の網膜混濁部位に一致して網膜動静脈の循環遅延を認め網膜動静脈閉塞症と診断.血液検査にて抗カルジオリピン抗体,抗b2-GPI抗体は陰性であった.同日,トリアムシノロンTenon.下注射を施行,9月14日からステロイドパルス療法を3日間施行,その後プレドニゾロン内服漸減療法を開始した.視力は発症12日目で(0.4),2カ月後に(0.9)まで回復,右眼網膜動静脈閉塞も改善した.SLEの全身活動性が低い状態でも重篤な眼合併症を引き起こす可能性があり注意を要する.A41-year-oldfemalepresentedwithblurredvisioninherrighteye.Shehadbeendiagnosedassystemiclupuserythematosus(SLE)3yearsbefore.Atpresentation,hersystemicdiseaseactivitywasquiescent.Hercor-rectedvisualacuity(VA)was0.02(OD)and1.2(OS).Fluoresceinangiographyrevealedbranchretinalarterialandvenousnon-perfusionandretinalvasculitisinherrighteye.Opticalcoherencetomographyshowedseveremacularedemainherrighteye.Thepatientwastreatedwithtrans-Tenon’sretrobulbartriamcinoloneinfusionandcorticosteroidpulsetherapyfollowedbytaperingoralcorticosteroidadministration.Twomonthslater,theVAimprovedto0.9withcompleteresolutionofretinalarterialandvenousocclusionandmacularedema.Althoughitiswellrecognizedthatsevereretinalvaso-occulsivediseaseisassociatedwiththehighdiseaseactivityofSLE,itshouldbeconsideredthatSLEpatientsmaydevelopretinalvaso-occulsivedisease,evenwhenthepatienthaswell-controlledsystemicdisease.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(6):904.908,2015〕Keywords:SLE網膜症,網膜動静脈閉塞症,SLE活動性.SLEretinopathy,retinalvaso-occulsivedisease,SLEdiseaseactivity. I症例患者:41歳,女性.主訴:右眼視力低下.既往歴:17歳時,甲状腺機能亢進症に対して甲状腺一部摘出術.平成20年よりSLEに対してプレドニゾロン(プレドニンR)30mgより内服を開始し,当院受診時はプレドニン4mg内服加療中であった.現病歴:平成23年9月10日より右眼視力低下を自覚し,9月12日近医受診.右網膜動脈閉塞症の疑いにて同日当院紹介受診となった.初診時所見:右眼視力0.02(矯正不能),左眼矯正1.2,眼圧は右眼14mmHg,左眼15mmHg.右眼相対的瞳孔求心路障害(relativeafferentpupillarydefect:RAPD)陽性.図1初診時の右眼底写真網膜静脈の拡張と蛇行,視神経乳頭の発赤・浮腫,綿花様白斑の散在と上耳側の白色混濁病変および黄斑部浮腫を認める.初期前眼部・中間透光体に異常所見はなかった.右眼眼底は後極,周辺部ともに静脈の拡張と蛇行,視神経乳頭は境界不鮮明で発赤・浮腫を示し,綿花様白斑の散在と,上耳側の白色混濁病変および黄斑部浮腫を認めた(図1).左眼眼底は異常所見はなし.光干渉断層画像(opticalcoherencetomography:OCT)検査にて,右眼黄斑部に著明な浮腫を認めた(図2).初診時の蛍光眼底造影検査では,初期像にて右眼網膜上耳側の網膜動静脈血管および下耳側の網膜静脈血管の充盈遅延を認め,後期像では網膜耳側へ造影剤の流入を認めるものの,上耳側網膜動脈の著明な狭小化,視神経乳頭からの蛍光漏出がみられた(図3).また,周辺部の網膜毛細血管からの軽度の蛍光漏出を認めた.全身検査所見:貧血と白血球数低下,APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)の延長を認め,抗核抗体320倍,抗SS-A抗体陽性.抗カルジオリピン抗体・ループスアンチコアグラント・抗CL・b2GPI抗体ともに正常範囲内,心電図・胸部X線は異常なし.頭部MRI,MRAでは動脈硬化性変化はあるものの,限局的な狭窄や瘤状拡張はみられなか図2初診時のOCT画像黄斑部に著明な浮腫を認める.後期図3初診時の蛍光眼底造影写真初期像では網膜上耳側の網膜動静脈血管への充盈遅延を認め,後期像では網膜上耳側へ造影剤の流入を認めるものの,上耳側網膜動脈の著明な狭小化,および視神経乳頭からの蛍光漏出を認める.(141)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015905 った.眼底検査所見,蛍光眼底検査所見から,SLEに合併した網膜動静脈閉塞症と診断し,右眼後極部の網膜血管炎に対して治療を開始した.初診日は全身精査中であったため,右眼網膜病変に対してトリアムシノロン(20mg)Tenon.下注射を施行,2日後よりステロイドパルス療法としてソルメドロール点滴(500mg/日)3日間.その後プレドニゾロン内服(40mg/日)を開始した.治療経過を図4に示す.治療開始後1週間で右眼矯正視力(0.4p),2週間で(0.6)まで改善した.眼底所見は乳頭の発赤・腫脹,綿花様白斑は残存するも,静脈の拡張・蛇行は軽快し,黄斑浮腫も改善した(図5).治療開始2週間後の蛍光眼底造影検査では,上耳側の網膜動脈の充盈遅延はみられず,網膜静脈の拡張・蛇行も改善し,視神経乳頭からの蛍光漏出も消失した(図6).治療開始後1カ月では右眼矯正視力(0.9)まで改善,綿花様白斑や視神経乳頭の発赤・腫脹は消失し,黄斑浮腫も改善した(図7).治療開始10カ月後の時点で,プレドニンR内服継続中(7mg/日)であるが視力1.0を保っており,網膜病変の再発は認めていない.II考按SLE網膜症は両眼性に眼底出血,白斑,漿液性網膜.離,網膜血管閉塞などを呈する1.6).SLEの眼合併症についてVineらはSLE網膜症を1)綿花様白斑,網膜出血,視神経乳治療後1週間(VD=0.4p)頭浮腫など比較的軽度の病変を呈する局所性の網膜虚血型,2)網膜動静脈の急速かつ重篤な閉塞をきたす血管閉塞型,3)新生血管の発生がみられる増殖型の3つに分類している7).本症例は眼底検査,蛍光眼底造影検査より右眼の網膜動静脈閉塞症を認め,網膜新生血管がみられなかったことからVine分類の2)と考えられた.森田らはステロイド内服下でも進行するSLEの網膜血管炎に対してステロイドパルス療法を行い,著明な視力の改善,血管炎が改善され,重症血管閉塞型SLE網膜症に対する早期からのステロイドパルス療法の有効性を報告している5).一方で吉田ら,中尾らが報告ステロイド50403020101.00.10.01PSL(mg/day)視力パルス5004030201715121097Tenon.下注射週間後週間後カ月後2カ月後3カ月後4カ月後カ月後3日後図4治療経過PSL:プレドニゾロン.治療後2週間(VD=0.6)図5治療開始後の眼底写真とOCT画像視神経乳頭の発赤・腫脹,綿花様白斑は残存するも,静脈の拡張・蛇行は軽快し,黄斑部浮腫も改善している.906あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(142) 初期後期図6治療開始2週間後の蛍光眼底造影写真上耳側の網膜動脈の充盈遅延はみられず,網膜静脈の拡張・蛇行も改善し,視神経乳頭からの蛍光漏出も消失している.治療後1カ月(VD=0.9)治療後3カ月(VD=1.0)図7治療開始後の眼底写真とOCT画像綿花様白斑,視神経乳頭の発赤・腫脹は認めず,黄斑部浮腫も消失している.しているように初診時にすでに広範囲にわたって網膜血管の化が血管内腔の器質的塞栓状態まで進行していると血管の再高度な閉塞が生じているような場合では,ステロイドパルス疎通は困難になると考えられる5).本症例は発症後比較的早治療を行ってもすでに不可逆的な網膜血管障害をきたしてい期に来院されたため,網膜血管炎に対して速やかにステロイることが多く8,9),森田らも指摘しているとおり,閉塞性変ドパルス療法を施行できたことが眼底所見の早期改善,視力(143)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015907 の早期回復につながったと推測される.野間らはSLEに合併した非虚血型CRVOに伴う.胞様黄斑浮腫(cystoidmaculaedema:CME)の患者の前房水にて血管内皮細胞増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が検出され,抗VEGF薬ベバシズマムの硝子体内投与を施行したところ,視力およびCMEの改善を得たと報告している10).本症例においても抗VEGF局所治療が黄斑浮腫に対して有効であった可能性が考えられるが,本症例では前房水中のVEGF値を測定していなかったこと,また初診時に網膜動静脈閉塞をきたす著明な閉塞性網膜血管炎を認めており,著明な視力低下をきたしていたことから血管炎の早急な消炎を目的にステロイドパルス治療を選択した.SLE網膜症の頻度について過去の報告をみると,木村らは324例中34例(10.3%),Stafford-Bradyらは550例中41例(7.5%)と報告しているが,さらに網膜血管閉塞の頻度をみると,木村らは12例(3.6%),Stafford-Bradyらは2例(0.4%)に観察されたと報告している1,11).これまでの報告ではSLE網膜症の重症度とSLEの病状活動性は相関があり,ループス腎炎や中枢神経ループスを合併した症例ではSLE網膜症が進行しやすいといわれている6,12).また,SLE患者において抗リン脂質抗体陽性SLE患者のほうが陰性例よりも網膜血管病変の合併頻度が高いことが報告されている(77%vs29%)13).一方で内科的な全身管理は良好であったにもかかわらず,重篤な網膜血管閉塞を生じた症例も存在することは以前から報告されており7,14),本症例も抗カルジオリピン抗体・ループスアンチコアグラント・抗CL・b2GPI抗体ともに陰性,かつSLEの内科的管理は良好であったにもかかわらず,重篤なSLE網膜症を発症したことから,全身状態が安定していても重篤な眼合併症が生じうることを眼科医,膠原病内科医ともに十分認識しておく必要がある.SLE経過観察中のステロイド投与量について,広兼らはステロイドの内科的維持量で全身の活動性がコントロールされていても,眼底病変の進行を抑制できない症例が存在することを報告している14).今回の症例でもプレドニゾロン4mgの内服下で網膜血管閉塞が生じたことから,内科的な維持量では不十分であったといえる.重篤な眼合併症が生じた場合は,再発抑制のためのステロイド維持量,漸減速度について膠原病内科医と積極的に連携をとっていくことが重要である.今回,SLEに合併した網膜血管閉塞発症後,早期にステロイドパルス療法を施行することで網動静脈循環の改善を認め,視力予後良好な症例を経験した.内科的な全身管理が良好に保たれていても,血管閉塞を伴う重篤な網膜病変が合併する可能性があり,注意を要する.文献1)木村至,鈴木参郎助,大曽根康夫ほか:全身性エリテマトーデス患者における眼合併症とその頻度.眼紀50:293297,19992)大島由莉,蕪城俊克,藤村茂人ほか:ステロイド大量療法とワーファリンRによる厳密な抗凝固療法を行った網膜血管閉塞を伴う全身性エリテマトーデス網膜症の2例.臨眼62:399-405,20083)西野耕司,福島敦樹:全身性エリテマトーデス,抗リン脂質抗体症候群,強皮症.臨眼61:172-175,20074)沢美喜,斉藤喜博,亀田知加子ほか:全身性エリテマトーデスの眼合併症─脈絡膜・網膜色素上皮障害.日眼会誌106:474-480,20025)森田啓文,伊比健児,秋谷忍ほか:ステロイドパルス療法が奏功した血管閉塞型SLE網膜症の1例.臨眼52:497-501,19986)田宮宗久,田村喜代,竹田宗泰ほか:全身性エリテマトーデスの眼合併症.臨眼47:1533-1536,19937)VineAK,BarrCC:Proliferativelupusretinopathy.ArchOphthalmol102:852-854,19848)吉田浩一,本多貴一,石橋達朗ほか:全身性紅斑性狼瘡で重篤な網膜血管閉塞性病変を呈した3例.眼臨87:19221926,19939)中尾功,松井淑江,馬渡祐記ほか:副腎皮質ステロイド薬抵抗性の片眼網膜動脈分枝閉塞を来したSLEの1例.眼紀51:419-422,200010)NomaH,ShimizuH,MimuraT:Unilateralmacularedemawithcentralretinalveinocclusioninsystemiclupuserythematosus:acasereport.ClinOphthalmol7:865-867,201311)Stafford-BradyFJ,UrowitzMB,GladmanDDetal:Lupusretinopathy.Patterns,associations,andprognosis.ArthritisRheum31:1105-1110,198812)UshiyamaO,UshiyamaK,KoaradaSetal:Retinaldiseaseinpatientswithsystemiclupuserythematosus.AnnRheumDis59:705-708,200013)MontehermosoA,CerveraR,FontJetal:Associationofantiphospholipidantibodieswithretinalvasculardiseaseinsystemiclupuserythematosus.SeminArthritisRheum28:326-332,199914)広兼顕治,木村亘,木村徹ほか:網膜動脈閉塞を繰り返した全身性エリテマトーデス網膜症の1例.眼臨89:1681-1685,1995***(144)

インフリキシマブ中断後,神経症状が顕性化したBehçet病の1例

2015年5月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科32(5):755.758,2015cインフリキシマブ中断後,神経症状が顕性化したBehcet病の1例三橋良輔毛塚剛司臼井嘉彦鈴木潤後藤浩東京医科大学眼科学教室ACaseofBehcet’sDiseaseinwhichNeurologicalSymptomsAppearedafterDiscontinuationofInfliximabTreatmentRyosukeMitsuhashi,TakeshiKezuka,YoshihikoUsui,JyunSuzukiandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity目的:抗ヒト腫瘍壊死因子(TNF)-a抗体であるインフリキシマブ(INF)はBehcet病によるぶどう膜網膜炎に有効な治療薬であるが,INF治療の自己中断後に,重篤な神経病変をきたした1例を経験したので報告する.症例:38歳,男性.近医よりBehcet病が疑われたため当院を紹介され,INF治療を開始した.INF導入後,眼発作はほぼ抑制され,視力も0.6前後に回復した.その後,計33回にわたる治療を行い経過良好であったが,通院が途絶え,治療が中断された.4カ月後に中枢神経症状が出現し,磁気共鳴画像(MRI)で脳幹に腫瘍を思わせる病変がみられたが,臨床経過から神経Behcet病を疑い,ベタメタゾン内服治療を行った.治療2カ月後に撮像したMRIでは病変は縮小しており,INF治療も再開され,その後は中枢神経症状,眼症状ともに落ち着いている.結論:INF治療の中止に際しては眼症状のみならず,眼外症状の再燃や顕性化にも注意を払う必要がある.Purpose:Infliximab(INF),ananti-humantumornecrosisfactor(TNF)-aantibody,isahighlyeffectivetreatmentforuveoretinitisinBehcet’sdisease.WereportacaseofocularBehcet’sdiseaseinwhichanewneurallesiondevelopedafterdiscontinuationofINFtreatment.Case:A38-year-oldmalewasreferredtoTokyoMedicalUniversityHospitalbecauseofsuspectedocularBehcet’sdisease.WeconfirmedthediagnosisandstartedINFtreatment.Aftertreatmentinitiation,ocularattacksduetoBehcet’sdiseasewerealmostcontrolled,andvisualacuitywasrestoredto0.6.Afterthe33thtreatment,however,thepatientdroppedoutoftreatmentbecauseoffatigue.Fourmonthsaftertreatmentdiscontinuation,amasslesioninthebrainstemwasdetectedbymagneticresonanceimaiging(MRI)atanotherhospital;neuro-Behcet’sdiseasewassuspectedfromtheclinicalcourse.Thepatientwasthentreatedwithoralbetamethasone.Twomonthslater,anMRIscanshowedshrinkageoftheneurallesion,andINFtreatmentwasrestarted.Thereafter,withINFandsteroidtherapy,bothcentralnervousandocularsymptomsofBehcet’sdiseaseimproved.Conclusion:AfterdiscontinuingINFtreatment,itisnecessarytopayattentionnotonlytoeyesymptoms,butalsotorecurrenceormanifestationofextraocularsymptoms.arashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):755.758,2015〕Keywords:ベーチェット病,インフリキシマブ,神経ベーチェット病,ぶどう膜炎.Behcet’sdisease,infliximab,neuro-Behcet’sdisease,uveoretinitis.はじめに抗ヒト腫瘍壊死因子(TNF)-a抗体であるインフリキシマブ(INF)の使用が認可されて以来,難治性Behcet病の治療の選択肢が増えた.INFは既存の治療法に比べて,Behcet病による眼炎症発作を強力に抑制することが多数報告されている1.5).しかし,INF治療の中止に伴い症状の再燃や悪化をきたす可能性もある一方,本治療法の中止に関する基準は現在のところ確立されていない.今回筆者らは,INF治療の自己中断後に重篤な神経Behcet病と思われる症状を呈した1例を経験したので報告〔別刷請求先〕三橋良輔:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室Reprintrequests:RyosukeMitsuhashi,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,6-7-1Nishishinjyuku,Shinjyukuku,Tokyo160-0023,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(145)755 する.I症例患者:39歳,男性.主訴:左眼視力低下.現病歴:2005年に左眼の視力低下を自覚し,近医受診.網膜静脈分枝閉塞症と診断され,治療を開始されたが,右眼にも同様の症状,所見がみられた.増悪と寛解を繰り返すため,Behcet病が疑われ,2006年2月に東京医科大学眼科に紹介受診となった.初診時眼所見:視力は右眼0.1(矯正不能),左眼0.1(0.2×sph.1.50D),眼圧は右眼12mmHg,左眼14mmHgであった.前眼部所見は前房に炎症細胞は認めなかったが,角膜後面沈着物があり,隅角にはpigmentpelletがみられた.中間透光体に異常はなく,眼底は両眼に視神経乳頭の発赤,黄斑浮腫が認められた(図1).眼外症状は口腔粘膜の再発性アフタ潰瘍,関節痛,カミソリ負けなどの症状がみられた.ヒト白血球抗原(HLA)検索では,HLA-B51陰性,HLA-A26陽性であった.経過:不全型Behcet病と診断し,コルヒチン1mg/日の内服治療を開始した.その後,黄斑浮腫に対してトリアムシノロンのTenon.下注射を施行した.一時,黄斑浮腫の改善を認めたが,初診から3カ月後に右眼の視力低下(0.03),眼底に網膜静脈分枝閉塞症様出血と滲出性変化を伴った眼炎症発作を繰り返した(図2).さらに左眼にも同様の所見がみられたため,プレドニゾロン30mg/日の内服を開始した.しかし,その後も発作と寛解を繰り返すため,翌年の2007年5月よりINF点滴(5mg/kg)単独療法として治療を開始した.その後,小発作を起こすこともあったが,両眼ともに矯正視力0.6まで改善した.しかし,INFを33回施行したが,34回目(2012年2月)に来院せず,治療中断となった.INF中止4カ月後に右片麻痺,構音障害が出現したため,近医脳外科受診となった.造影磁気共鳴画像(MRI)上,T2強調で脳幹部の左側に15mm径の結節病変があり,病変に図1初診時眼底所見両眼の視神経乳頭の発赤と黄斑浮腫を認める.図2眼炎症発作時の眼底所見両眼に網膜静脈閉塞症様の出血と滲出性変化がみられる.756あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(146) 図3神経症状出現時の造影MRI所見脳幹部の左側に15mm径の結節病変(白矢印)があり,結節病図4神経症状発症から2カ月後の造影MRI所見変に沿ってリング状増強効果がみられる.病変部周辺は不規則脳幹部の腫瘤(白矢印)は縮小している.な高信号を呈している.図5神経症状消失後の眼底所見両眼とも視神経乳頭の発赤や黄斑浮腫はなく,経過は落ち着いている.沿ってリング状増強効果がみられた.また,病変周辺に不規則な高信号を呈していた(図3).脳浮腫改善のため,ベタメタゾン4mg,グリセオール200mlを静脈注射された.近医では脳腫瘍が疑われたため,腫瘤精査の目的で東京医科大学病院脳神経外科受診となった.改めて撮像したMRI上,前医受診時と比較し腫瘤の著明な縮小がみられ(図4),さらに不全型Behcet病の既往,ステロイドにより中枢神経症状改善が認められたことから神経Behcet病が疑われた.髄液検査は患者の拒否により施行できなかった.経過中の眼所見は両眼ともに矯正視力0.6であり,炎症所見はみられなかったが(図5),神経Behcet病発現のことも考え合わせ,INF治療を再開した.その後,中枢神経症状の改善を認め,現在に至るまで眼症状,中枢神経症状ともに落ち着いている.II考按神経Behcet病はBehcet病の約10%に認められ,男性が女性に比べて3.4倍多く,なかでも中枢神経症状は発症後6.7年経過して発症することが多いとされる6,7).遺伝的素因としてBehcet病はHLA-B51の保有率が高いことが知られているが,神経Behcet病ではより高いと報告されている6,7).初期症状としては頭痛,頭重感,中枢神経症状としては四肢麻痺,片麻痺,対麻痺,構音障害や複視などがあげられ,後期症状にはうつ病や統合失調症,記名障害などの精神症状がみられることが多い6,7).検査所見としては髄液検査にて髄液圧の上昇,好中球とリンパ球の増加,インターロイキン(IL)-6の上昇がみられる.MRIではT1強調で低信号から等信号,T2強調で高信号を示し,病変部位は大脳皮質,脳幹,脊髄とさまざまであるが,脳幹が多い6,7).治療としてはステロイドが有効とされているが8),近年ではINFが有効という報告もある9.11).慢性進行型神経Behcet病にはステロイド抵抗性の症例もある6).一方,少量のメトトレキサート(MTX)パルス療法が有効との報告もある12).これらの報告も踏まえ,本症例に対してはリウマチ・膠原病内科などとも相談のうえ,INF治療を再開することにした.今回,本症例の腫瘤が発生した原因として,2つの可能性があると考えられた.1つは悪性腫瘍に代表されるINFの(147)あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015757 副作用によるものである.本症例にみられたMRIで脳幹のリング状増強効果を呈する腫瘍には悪性リンパ腫や膠芽腫があげられるが,これらにはステロイドが著効することはなく,原因としては否定的であった.他にもINF治療の副作用として多発性硬化症に代表される脱髄性疾患が報告されているが13,14),そのほとんどはINF治療中に発症しており,本症例ではINF中止から4カ月後に発症したエピソードからも,脱髄性疾患は否定的であった.以上より,INFの副作用による可能性は少ないと考えた.一方で,神経Behcet病にINFが有効との報告から9.11),脳幹に腫瘤性病変が発生した原因として,INFの中断による可能性が考えられた.すなわち,本症例はINF治療中には神経Behcet病が抑制されていたが,自己中断後に顕性化した可能性が考えられた.当症例ではもともと眼外症状として頭痛があり,これが神経Behcet病の初期症状であった可能性も否定はできない.本症例では髄液検査を施行していないが,ステロイドやINF治療に反応がみられたことや,不全型Behcet病の既往より,最終的に本症例にみられた脳幹の病変は神経Behcet病によるものと考えた.現在のところ,眼症状に対するINF治療の中止に関しては明確な基準はないが,本治療法の中止に際しては,眼症状のみならず,眼外症状の再燃や顕性化の可能性にも注意を払う必要があると考えられた.本稿の要旨は第47回日本眼炎症学会(2013)にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)NakamuraS,YamakawaT,SugitaMetal:Theroleoftumornecrosisfactor-alphaintheinductionofexperimentalautoimmuneuveoretinitisinmice.InvestOphthalmolVisSci35:3884-3889,19942)河合太郎,多月芳彦:Behcetによる難治性網膜ぶどう膜炎に対する抗ヒトTNFaモノクローナル抗体レミケードRの有効性と安全性.眼薬理23:11-17,20093)SuhlerEB,SmithJR,GilesTRetal:Infliximabtherapyforrefractoryuveitis:2-yearresultsofaprospectivetrial.ArchOphthalmol127:819-822,20094)Al-RayesH,Al-SwilemR,Al-BalawiMetal:SafetyandefficacyofinfliximabthrepyinactiveBehcet’suveitis:anopen-labeltrial.RheumatolInt29:53-57,20085)OhnoS,NakamuraS,HoriSetal:Efficasy,safety,andpharmacokineticsofmultipleadministrationofinfliximabinBehcet’sdiseasewithrefractoryuveoretinitis.JRheumatol31:1362-1368,20046)菊地弘敏,廣畑俊成:神経ベーチェット.リウマチ科40:519-525,20087)KawaiM,HirohataS:CerebrospinalfluidB2-microglobluininneuro-Behcet’ssyndrome.JNeurolSci179:132139,20008)SchmolckH:Largethalamicmassduetoneuro-Behcetdisease.Neurology65:436,20059)HirohataS,SudaH,HashimotoT:Low-doseweeklymethotrexateforprogressiveneuropsychiatricmanifestationsinBehcet’sdisease.JNeurolSci159:181-185,199810)SawarH,McGrathHJr,EspinozaLR:Successfultreatmentoflong-standingneuro-Behcet’sdiseasewithinfliximab.JRheumatol32:181-183,200511)FujikawaK,IdaH,KawakamiAetal:Successfultreatmentofrefractoryneuro-Behcet’sdiseasewithinfliximab:acasereporttoshowitsefficacybymagneticresonanceprofile.AnnRheumDis66:136-137,200712)RibiC,SztajzelR,DelavelleJetal:EfficacyofTNFablockadeincyclophosphamideresistantneuro-Behcetdisease.JNeurolNeurosurgPsychiatry76:1733-1735,200513)WolfSM,SchotlandDL,PhilipsLL:InvolvementofnervoussysteminBehcet’ssyndrome.ArchNeurol12:315325,196514)HirohataS,IshikiK,OguchiHetal:Cerebrospinalfluidinterleukin-6inprogressiveneuro-Behcet’ssyndrome.ClinImmunolImmunopathol82:12-17,1997***758あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(148)

京都府立医科大学における日帰り硝子体手術の患者満足度調査

2015年5月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科32(5):749.754,2015c京都府立医科大学における日帰り硝子体手術の患者満足度調査村上怜永田健児米田一仁小森秀樹木下茂京都府立医科大学大学院医学研究科視機能再生外科学SatisfactionSurveybyQuestionnaireofPatientswhoUnderwent25-GaugeParsPlanaVitrectomyasOutpatientSurgeryatKyotoPrefecturalUniversityofMedicineReiMurakami,KenjiNagata,KazuhitoYoneda,HidekiKomoriandShigeruKinoshitaDepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine目的:患者満足度調査により日帰り硝子体手術の適応を再考した.対象および方法:京都府立医科大学眼科の硝子体術者3人が平成23年11月1日から平成24年12月31日の間に日帰り硝子体手術を施行した230症例にアンケートを送付し,結果をまとめた.結果:169例(73.4%)の回答を得,平均満足度は5段階中4.2であった.通院距離を3群に分類すると距離による満足度に有意差はなかった.しかし,通院時間が60分以内である患者では有意に満足度が高かった.結論:京都市という規模において日帰り硝子体手術は,患者満足度の点からは通院距離にかかわらず,通院時間60分以内の患者がよい適応である.Purpose:Toevaluatepatientsatisfactionbyadministeringaquestionnairetopatientswhounderwentvitrectomyasoutpatientsurgery.PatientsandMethods:Weadministeredasatisfactionquestionnaireto,andcollectedresponsesfrom,230patientswhounderwentparsplanavitrectomyasoutpatientsurgerybetweenNovember1,2011andDecember31,2013atKyotoPrefecturalUniversityofMedicine.Results:Themeansatisfactionindexwas4.2/5in169(73.4%)ofthe230patients.Althoughnosignificantdifferencewasfoundbetweenthedistancethatthepatienthadtotraveltoarriveatthehospital(.10km,11-20km,or.21km)andthesatisfactionindex,satisfactionwassignificantlyhigherinpatientswhoarrivedatourhospitalwithin60minutesfromtheirpreviouslocationthaninthosewhotookmorethan60minutestoarrive.Conclusions:Thefindingsofthisstudyshowthatalthoughthedistancetoourhospitalisnotextremelyimportantforpatientsundergoingoutpatientvitrectomysurgery,patientslivingwithina60-minutecommutefromthehospitalaremoresuitablecandidatesforthesurgery.arashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):749.754,2015〕Keywords:25G硝子体手術,日帰り手術,患者満足度,アンケート調査.25Gparsplanavitrectomy,daysurgery,patientsatisfaction,questionnaire.はじめに近年,極小切開硝子体手術(MIVS)システムと広角観察系の開発により,低侵襲で安全な硝子体手術を行うことが可能になってきた.諸施設で種々の疾患に対するMIVSの適応の検討がなされ,MIVSは20ゲージ硝子体手術よりも手術時間,安全性の面で優れていると報告されている1,2).これらの手術システムの進歩に伴い,諸外国では一般的に行われている日帰り硝子体手術が日本国内でも行われ始めている3.5).術後体位制限の必要な疾患についても日帰り硝子体手術を施行する施設が存在し,黄斑円孔や,増殖糖尿病網膜症といった疾患でも結果は良好であることが報告されている6,7).現在すでに日帰り手術が一般的となっている白内障手術と比較すると,硝子体手術は手術侵襲がやや大きく,術後体位が制限される場合もあり,患者側の不安あるいは不満が危惧されるところである.また,日帰り手術を選択する患者の背景はさまざまで,やむなく日帰り手術を選択した患者もいる.20ゲージ硝子体手術時代に日帰り手術を施行し,満足度が8割以上と良好な結果であったとする報告8)がある〔別刷請求先〕村上怜:〒780-0935高知県高知市旭町1-104町田病院Reprintrequests:ReiMurakami,M.D.,Machidahospital,1-104,Asahi-machiKochicity,Kochi780-0935,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(139)749 が,これまで多数の疾患に対し,通院時間,距離,年齢,性別,疾患別といったものによって,日帰り硝子体手術において十分な満足度が得られているかどうかを詳細に検討した報告はない.今回,筆者らは日帰り硝子体手術を施行した患者に対し,アンケート形式で満足度調査を行い,今後の改善点などの検討を行った.I対象および方法京都府立医科大学眼科のおもな硝子体術者3人が2011年11月1日から2012年12月31日に日帰りで施行した256件の硝子体手術を対象として日帰り手術の満足度調査を行った.日帰り手術の適応は基本的に患者の全身状態や環境を含めて術者が日帰り手術可能と判断したものであるが,疾患としては黄斑上膜や黄斑円孔,黄斑浮腫といった黄斑疾患,増殖の軽度な糖尿病網膜症,網膜.離を伴わない硝子体出血,表1日帰り硝子体手術を行った疾患の内訳疾患症例数(例)割合(%)黄斑上膜9336増殖糖尿病網膜症4016硝子体出血3815黄斑浮腫2911裂孔原性網膜.離125特発性黄斑円孔73その他3714表2年齢別満足度満足度54321平均30,40歳代222013.650歳代633114.360歳代27147214.270歳代29134314.3原因裂孔が下方にない裂孔原性網膜.離がおもな適応基準であった.調査の方法は,対象症例に対してアンケートを送付し,返信の結果をまとめた.アンケートの内容は病院までの距離,時間,手術日前後に宿泊施設を利用したか,日帰りを選択してよかったか,また,満足度,安心感,家事,仕事,入浴・トイレ,術後点眼,体位制限,翌日の通院については5段階で評価した.さらに困った点,要望を調査した.II結果2011年11月1日.2012年12月31日に日帰り手術を施行した256件の内訳は,黄斑上膜93件,増殖糖尿病網膜症40件,硝子体出血38件,黄斑浮腫29件,裂孔原性網膜.離12件,黄斑円孔7件,他37件であった(表1).裂孔原性網膜.離の初回復位率は100%,黄斑円孔の初回閉鎖率は100%であった.術後眼内炎は認めなかった.アンケート回収率は230例中169例(73.4%)であった.両眼の手術を施行した症例は1通のアンケートでまとめて調査したため,アンケートの送付数は256件よりも少なくなっている.男性は88例(52.1%),女性は77例(45.6%),名前の記載がなく性別不明が4例(2.3%),平均年齢は65.7(例)403020100~9km10~19km20~29km30~39km40~49km50~59km60~69km70~79kmm~80歳代320004.6(自宅と病院の距離)5:満足,4:やや満足,3:どちらでもない,2:やや不満,1:不満.図1自宅から病院までの距離やや不満不満3%やや不満4%満足59%やや満足24%どちらでもない14%4%満足52%やや満足28%どちらでもない12%満足48%やや満足28%どちらでもない24%~9km(37例)図2自宅から病院までの距離別満足度3群間で満足度に有意差はなかった.10~19km(21例)20km~(25例)750あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(140) ±10.2歳で,全体的な平均満足度は5段階中4.2であった.男性では平均満足度は4.3,女性では4.2で,性別による有意差はなかった(p=0.47).宿泊施設を利用したのは7例(4.1%),全体で満足,やや満足と答えたのは136例(80.5%).日帰りで手術をしてよかったと答えた患者は71%,つぎも日帰りでと答えた患者は73.4%であった.年齢別満足度は30歳代と40歳代は合わせて7例で平均満足度は3.6,50歳代では14例で4.3,60歳代では31例で4.2,70歳代では50例で4.3,80歳代では5例で4.6であった(表2).自宅から病院までの距離は平均18kmで,0.3.120kmの患不満(例)9080706050403020100~30分31~60分61分~(通院時間)図3自宅と病院までの通院時間不満不満やや不満満足58%やや満足25%やや不満満足50%やや満足30%どちらでもない14%やや不満満足27%やや満足29%どちらでもない29%4%4%5%2%9%6%どちらでもない9%~30分(75例)31~60分(64例)61分~(34例)NS***p<0.01図4自宅と病院までの通院時間別満足度通院時間60分以内でとくに満足度が高かった.者が存在し(図1),9km以内,10.19km,20km以上と距離により分類してみると,平均満足度はそれぞれ4.4,4.2,4.2で有意差はなかった.満足あるいはやや満足と答えた患者の合計数とそれ以外を答えた患者の割合に有意差はなかった(p=0.73)(図2).一方,通院時間は平均48分で,6分.3時間の患者が存在し(図3),通院時間を30分以内,31.60分,61分以上の3群に分類してみると,平均満足度はそれぞれ4.3,4.2,4.1で有意差はなかった.30分以内と31.60分以内の満足あるいはやや満足と答えた患者の合計数とそれ以外を答えた患者の割合に有意差はなく(p=0.71),30分以内と61分以上には有意差があり(p=0.003),31.60分と61分以上にも有意差があり(p=0.002),通院時間60分以内でとくに高い満足度が得られた(図4).安心感に関しては満足,やや満足を合わせると75%,以下同様に入浴・トイレに関しては49%.仕事に関しては45%,家事に関しては42%であった(図5).術後点眼は,できた,大体できた,は合わせて96%であった(図6).体位制限があった患者に関しては,できていない,ややできていないがそれぞれ1例(1%),5例(6%)と体位制限が守られていない患者が(141)安心感入浴・トイレ不満無回答不満無回答5%1%1%8%やや不満10%どちらでもない8%満足47%やや満足28%やや不満12%満足31%やや満足18%どちらでもない32%仕事家事無回答無回答不満6%不満7%6%6%満足やや27%やや満足どちら18%でもない27%不満16%満足24%やや満足18%どちらややでもない30%不満16%図5安心感,入浴・トイレ,仕事,家事についての満足度あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015751 ややできて(169例)いない1%無回答どちら2%でもない1%(169例)いない1%無回答どちら2%でもない1%図6術後点眼ができたかできたできた62%大体34%黄斑上膜(52例)不満やや不満4%8%どちらでもない13%満足46%やや満足29%増殖糖尿病網膜症(20例)ややできてできた29%大体できた60%できて(79例)いないいない6%1%満足やや30%やや満足どちら17%でもない22%不満22%不満無回答(169例)どちら6%3%でもない4%○できていない黄斑上膜1例○ややできていない黄斑上膜3例増殖糖尿病網膜症1例疾患不明1例図7術後体位制限が守れたか図8翌日外来受診について硝子体出血(20例)どちらでもない15%満足やや満足60%25%黄斑浮腫(11例)やや不満やや不満5%9%満足でもない40%やや満足35%どちら20%満足73%やや満足18%図9疾患別満足度存在したが,93%の患者では守られていた(図7).体位制限ができていないと答えたのは黄斑上膜1例,ややできていないと答えたのは黄斑上膜3例,増殖糖尿病網膜症1例,名前の記載がなく疾患不明が1例あった.翌日受診に関しては満足,やや満足と回答していた患者は47%と半数以下であった(図8).疾患別満足度では,黄斑上膜52例中では満足,やや満足を合計すると39例(75%)で,不満と答えた患者が2例(4%)いた.不満の理由として見にくい,通院が辛かったと回答していた.硝子体出血20例中では満足,やや満足を合計すると17例(85%)で,増殖糖尿病網膜症20例中では満足,やや満足を合計すると15例(75%),やや不満と回答した患者が1例(5%)存在した.黄斑浮腫11例中では,満足,やや満足を合計して10例(91%)であり,やや不満と答えた1例(9%)の患者は片眼が見にくいことを理由とし752あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015ていた(図9).不満と答えた患者の意見の多くは,予想より通院が大変,交通面での不安などで,十分に説明しているはずであるが,術後片眼が見にくいことを訴える患者もいた.その他,体位の取り方,自宅での過ごし方がわからないといった術後の生活に関するものも多かった.術後疼痛を不満の理由として回答する患者はいなかった.III考按日帰り硝子体手術の成績として,術後眼内炎は認めず,裂孔原性網膜.離の初回復位率100%,黄斑円孔の初回閉鎖率が100%と,術後の体位制限が重要な疾患でも良好な成績を得ることができた.過去にも日帰り硝子体手術の成績が良好であることは報告されているが3,4,7),患者側からの実際の意見を詳細に調査した報告はなく,患者満足が得られているか不明なまま今後日帰り手術が増加していく可能性がある.どのような患者で日帰り手術が適しているかを調査し,適応を適切に選択する必要がある.今回の検討では,日帰り硝子体手術の全体的な満足度は高く,自宅から病院までの距離は患者満足度に相関せず,通院時間60分以内でとくに満足度が高いという結果であった.60分以上の通院時間を要する患者にはよく説明し,場合によっては1泊の入院もしくはホテルなどでの宿泊を検討に入れる必要があると考えられた.通院時間は通院方法とも関係しており,今回質問事項には入れていなかったが,通院方法や家族の協力が得られるかどうかも重要であると考えられる.また,80.5%の患者が満足,やや満足と答えているものの,次も日帰りでと答えた患者は73.4%と,80.5%よりも少なかった.日帰り手術で満足はしているものの,次回があるならば入院手術を希望している患者がいることを示す.日帰り手術を選択した理由が独居で家をあけられない,仕事や家事,家族の世話があるといった患者に上記の傾向があり,このような家庭の事情以外にはやはり通院が辛かったという意見があった.片眼での生活,通院の不便さが患者の想定を超えていた可能性が考えられ,今後はより術後の生活が想像しやすい絵などを用いたパンフレッ(142) トなどの活用を検討している.安心感に関しては術後の不安が想定されるにもかかわらず良好な回答を得ており,自宅という安心感は予想以上に高いようであった.入浴・トイレに関しては普段使っている自宅の設備なので不満はないと思われたが,片眼が見えないことが日常生活に大きく影響することが示唆される.仕事,家事については日帰り手術の後,自宅に帰ってから仕事,家事をいつもどおり継続するつもりであった患者にとっては,やはり片眼が眼帯,もしくは見にくい状況では不満を感じると考えられた.術前に術後眼内炎についてはよく説明しており,術後点眼はほとんどの患者で重要性を理解されているようであった.体位制限に関しては空気注入予定のない患者でも術中所見により空気を注入して手術を終了する場合があり,その場合には数日間の体位制限を行っている.昨今は黄斑円孔の術後でも体位制限の期間を1日と短く設定しても,閉鎖率は腹臥位による体位制限をした場合と変わらないとする報告や9.11),広範囲の内境界膜.離を施行して術後は読書位で3.5日間過ごす従来よりも緩和した体位制限で閉鎖率は100%であったとする報告もある12).現在,特発性黄斑円孔の術後は一定期間腹臥位による体位制限を施行している施設が多いと思われるが,このように従来の長期間の体位制限は不要であるとする報告が増えてきており,厳格に体位制限をしなくてもよいという点では,十分に日帰り手術で対応できる可能性がある.しかし,体位制限をすることが決まっている症例や,その可能性が高い症例に関して日帰り手術を行う際は,事前に体位制限の重要性をよく説明し理解を得て,決められた時間は体位制限の遵守が重要である.筆者らは裂孔原性網膜.離については,原因裂孔が上方にあり厳格な体位制限が必要ない症例には患者の希望に沿って日帰り手術も選択可能としている.しかし,満足度の観点からみると,体位制限による不安が満足度に影響している可能性があり,体位保持用のマットの貸し出しなど,体位保持の方法がわかりやすくなる工夫も今後検討が必要である.術翌日の外来受診に関しては,多くの患者のなかで負担となっているようであり,通院時間,交通手段,家族の協力の有無が重要な因子となっていると考えられた.疾患別満足度では,黄斑上膜では不満が2例(4%),やや不満が4例(8%)存在したが,これは黄斑上膜の術後の視力改善が速やかに得られないという疾患の性質上,治療の実感がわかず,満足度に影響した可能性がある.逆に術後の視力回復が速やかな硝子体出血では満足度が高い傾向にあった.黄斑浮腫や増殖糖尿病網膜症では手術に至るまでの経過や,視力不良の期間が長く,術後の視力に関しては術前の説明でよく理解が得られており,満足度が良好であったと考えた.また,過去の報告で日帰り手術を選択したが術後疼痛があり,入院したかったと後に回答した患者が存在している8).満足度に大きく影響すると考えられる術後の疼痛が少ないことは,やはりMIVSによる大きなメリットであると考えられる.患者背景では,透析を理由に日帰り硝子体手術を選択する患者が3例存在した.透析患者にとってかかりつけ透析施設で通常どおり透析を受けられるという安心感は大きく,硝子体手術施行に際し全身状態が問題ないと判断されれば透析患者は日帰り硝子体手術の良い適応と考えられる.このように日帰り硝子体手術を希望する患者の背景はさまざまで,低侵襲手術により早期の日常生活への復帰,社会復帰が可能となっており,さらには医療費軽減の点からも日帰り手術への患者ニーズは高まってくると思われる.日帰り硝子体手術が安全で成績もよく,かつ患者満足度も高いものになるには術者が自らの力量をふまえ,適切に適応を判断しなければならない.また,合併症出現時の対応を施設ごとに明確にしておく必要があるが,筆者らの施設では,24時間365日救急対応可能な体制をとっている.硝子体手術に限らず日帰り手術を行ううえでは緊急時の対応の整備が重要である.京都市という都市の規模では,通院距離によらず,通院時間60分以内の患者でとくに高い日帰り硝子体手術の満足度が得られた.それ以上の通院時間の症例に対しては,疾患の説明と同様に,事前に十分な説明を行うことで,良好な術後成績だけでなく,高い患者満足度を得ることも重要である.文献1)GuptaOP,WeichelED,RegilloCDetal:Postoperatvecomplicationsassociatedwith25-gaugeparsplanavitrectomy.OphthalmicSurgLasersImaging38:270-275,20072)YanyaliA,CelikE,HorozogluF,etal:25-Gaugetrans-conjunctivalsuturelessparsplanavitrectomy.EurJOphthalmol16:141-147,20063)李才源,島田宏之:25ゲージシステムを用いた日帰り硝子体手術.臨眼63:1125-1129,20094)李才源,島田宏之:25ゲージシステムを用いた日帰り硝子体手術の術後合併症.臨眼66:827-830,20125)竹内忍:日帰り硝子体手術の注意点.日の眼科81:3132,20106)西村哲哉:増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術.日の眼科84:1017-21,20137)吉澤豊久,白鳥敦:特発性黄斑円孔の日帰り硝子体手術.臨眼64:695-698,20108)松坂京子,山西珠代:網膜・硝子体手術は日帰りで行えるか.当院の患者へのアンケートより考察..眼科ケア2:69-74,20009)IsomaeT,SatoY,ShimadaH:Shortningthedurationofpronepositioningaftermacularholesurgery-comparisonbetween1-weekand1-daypronepositioning.JpnJOphthalmol46:84-88,2002(143)あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015753 10)SatoY,IsomaeT:Macularholesurgerywithinternal2009limitingmembraneremoval,airtamponade,and1-day12)IezziR,KapoorKG:Noface-downpositioningandbroadpronepositioning.JpnJOphthalmol47:503-506,2003internallimitingmembranepeelinginthesurgicalrepair11)MittraRA.KimJE,HanDPetal:Sustainedpostopera-ofidiopathicmacularholes.Ophthalmology120:1998tiveface-downpositioningisunnecessaryforsuccessful2003,2013macularholesurgery.BrJOphthalmol93:664-666,***754あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(144)

脳外科手術時にポビドンヨードの誤入により重篤な角膜内皮障害をきたした1例

2015年5月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科32(5):745.748,2015c脳外科手術時にポビドンヨードの誤入により重篤な角膜内皮障害をきたした1例吉川大和清水一弘阿部真保田尻健介出垣昌子勝村浩三池田恒彦大阪医科大学眼科学教室ACaseofCornealEndothelialDysfunctionApparentlyCausedbyPovidone-IodineUsedDuringBrainSurgeryYamatoYoshikawa,KazuhiroShimizu,MahoAbe,KensukeTajiri,MasakoIdegaki,KozoKatsumuraandTunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege目的:脳外科手術時に使用したポビドンヨードの誤入によるものと思われる角膜内皮障害をきたした症例を経験したので報告する.症例:45歳,男性.既往歴にvonHippel-Lindow病がある.2004年より網膜血管腫で経過観察していた.2011年2月3日転移性脳腫瘍の診断にて脳外科手術が施行された.術翌日に左眼の眼痛,視力障害を主訴に眼科受診となった.所見:左眼の角膜浮腫と角膜びらんがみられた.視力(0.3).消毒液として使用された原液ポビドンヨードの誤入が疑われた.ベタメタゾン0.1%点眼とオフロキサシン眼軟膏と眼帯にて加療したところ術後3週目に上皮欠損は消失した.しかしその後も角膜実質浮腫は遷延した.術後2カ月目の角膜内皮細胞密度は672cells/mm2であった.術後1年目には角膜浮腫は軽減し,視力は(0.8)に回復した.術後1年4カ月後に角膜浮腫は消失,角膜上皮下に淡い実質混濁を残し瘢痕治癒となった.角膜内皮細胞密度731cells/mm2,視力(0.9)であった.結論:ポビドンヨードが高い濃度で長時間眼表面に滞留すれば重篤な角膜障害を生じる可能性が示唆された.Purpose:Toreportacaseofcornealendothelialdisorderwhichappearedtobecausedbypovidone-iodine(PVP-I)usedduringbrainsurgery.CaseReport:A45-year-oldmalewithamedicalhistoryofvonHippel-Lindaudiseasepresentedwithretinalhemangiomathathadbeenobservedsince2004.HewasdiagnosedwithmetastaticbraintumorsandunderwentbrainsurgeryonFebruary3,2011.Hewassubsequentlyreferredtoourdepartmentduetoacomplaintofblurredvisionandocularpaininhislefteyeonthedayaftersurgery.Uponexamination,massivecornealerosionandcornealedemawereobservedinhislefteye,andthecorrectedvisualacuity(VA)inthateyewas0.3.WespeculatedthatthesecornealdisorderswerecausedbyPVP-Iintrusion,whichwasusedfordisinfectionandsterilizationduringbrainsurgery.Hewastreatedwithbetamethasone0.1%eyedrops,ofloxacineyeointment,andaneyepatch.Thecornealepithelialdefectdisappeared3weeksafterinitiatingtreatment,yetthecornealstromaledemaprolongedthereafter.At2-monthspostoperative,thecornealendothelialcell(CEC)densityinhislefteyewas672cells/mm2,thecornealedemahadreduced,andthecorrectedVAimprovedto0.8.At16-monthspostoperative,thecornealedemahadalmostdisappeared(eventhoughasmallamountofopacityremainedunderthecornealepithelium),theCECdensitywas731cells/mm2,andthecorrectedVAhadimprovedto0.9.Conclusion:ThefindingsinthisstudysuggestthatseverecorneadamagecanresultwhenahighconcentrationofPVP-Iisallowedtoremainontheocularsurfaceforanextendedperiodoftime.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):745.748,2015〕Keywords:角膜内皮細胞,ポビドンヨード,手術,消毒,合併症.cornealendothelialcell,povidone-iodine,surgery,disinfection,complication.〔別刷請求先〕吉川大和:〒569-8686大阪府高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科教室Reprintrequests:YamatoYoshikawa,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki-City,Osaka569-8686,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(135)745 はじめに眼科領域において,内眼手術における術後合併症のうち術後の感染性眼内炎はもっとも重篤なものの一つである.白内障手術後眼内炎の発症率は約0.052%であり1),決して高くはないが,術後の視機能に与える影響は大きく,発生の予防には術前の眼表面や眼瞼の無菌化が重要である.術前の感染症対策として,抗菌点眼薬の術前投与をはじめとしてさまざまな方法が取られているが2),2002年の術後感染防止法についての報告3)で結膜.内の菌を減らす効果として唯一エビデンスがあると評価されたのがこの術前のポビドンヨードの使用であり,今なお多くの周術期感染対策として活躍している.ポビドンヨードは薬剤耐性がなく,ウイルス,細菌,多剤耐性菌,真菌にも殺菌効果があり,眼科領域だけでなく外科領域全般においても手術前の皮膚消毒には原液ポビドンヨード(10%)が広く使用されている.広く使用されているポビドンヨードであるが,眼周囲に使用する場合には適正な濃度で使用しなければ角膜をはじめとする眼組織に障害をもたらす場合がある.動物実験などで高い濃度のポビドンヨードが角膜上皮および内皮障害をきたすことは数多く報告されている4.8).ヒトにおけるポビドンヨードによる角膜障害の報告もあるが,角膜内皮細胞が障害された報告は筆者らが知る限りではわが国においては有害事象として報告されている2症例のみである2).今回,筆者らは脳外科手術時に原液ポビドンヨード(10%)が眼表面に長時間誤入したことで角膜内皮障害をきたしたと考えられる症例を経験したので報告する.I症例患者:46歳,男性.既往歴:vonHippelLindou病,血管腫(小脳,網膜),腎細胞癌,転移性肺癌,転移性脳腫瘍(左後頭葉皮質下).眼外傷歴:なし.内眼部手術歴:なし.現病歴:平成16年より網膜血管腫に対して当院にて経過観察していた.角膜内皮細胞密度の測定は行っていなかったが,前眼部に明らかな異常を認めることはなかった.平成23年2月3日左後頭葉皮質下の転移性脳腫瘍に対して,全身麻酔下で開頭腫瘍摘出術が施行された.手術時間は5時間50分,麻酔時間は8時間10分であった.左後頭葉皮質下の転移性脳腫瘍に対するアプローチのため,体位は伏臥位で,左後頭葉が上向きになるよう頭部を回転させ固定された.術前消毒前にアイパッチを装着しているが,アイパッチは耳側が.がれかけており,貼りなおすことも考慮されたが,軽く抑えることで再接着したため,十分な粘着力を保っているものと判断され,術前消毒を行って手術が施行された.術前消毒はポビドンヨード原液(10%)を使746あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015用し,開創予定部より広く皮膚消毒するが,左眼の周辺までは及んでいなかった.術後確認時にはアイパッチは術前消毒前と同じ耳側が.がれかけており,術終了時にはアイパッチには乾燥したポビドンヨードが付着していた.全身麻酔覚醒後,左眼の眼痛と視力障害を訴えたため,翌4日当科紹介受診となった.受診時には左眼の角膜浮腫と全角膜上皮欠損を認めた.オフロキサシン眼軟膏の1日4回の点入と眼帯による閉瞼にて加療した.手術5日後,視力測定可能な安静度となった際の視力はVD=(1.2×sph.2.5D(cyl.3.0DAx180°),VS=(0.3×sph.3.5D(cyl.1.5DAx90°),眼圧は右眼13mmHg,左眼14mmHgであった.その際の前眼部所見は,広範囲の結膜上皮欠損,下方以外の90%の角膜上皮欠損,角膜実質浮腫,Descemet膜皺襞を認めた(図1).角膜上皮の再生が遅いため,前述の治療に加えて,ベタメタゾン0.1%点眼1日4回で加療を行った.経過とともに角膜上皮欠損は徐々に改善してゆき,手術3週間後に角膜上皮欠損は消失したが,角膜実質浮腫,Descemet膜皺襞は残存した.その際に測定された角膜内皮細胞密度は右眼が2,481/mm2に対して672/mm2と右眼に比べて左眼の明らかな角膜内皮細胞密度の減少を認めた.角膜上皮欠損の消失に伴い,フルオロメトロン0.1%点眼,ヒアルロン酸0.1%点眼,2%生理食塩水点眼に変更した.治療継続にて徐々に角膜実質浮腫,Descemet膜皺襞は改善し,それに伴い視力も徐々に改善した.平成24年6月13日(術後1年4カ月)の最終所見は,VD=0.1(1.2×sph.2.75D(cyl.2.75DAx165°),VS=0.2(0.9×sph.1.75D(cyl.2.0DAx5°),眼圧は右眼13mmHg,左眼11mmHgであった.その際の前眼部所見は,角膜実質浮腫,Descemet膜皺襞は消失し,角膜上皮下に淡い実質混濁を残して瘢痕治癒となった(図2).その際の角膜内皮細胞密度は右眼(図3)が2,590/mm2に対して,左眼(図4)は731/mm2と角膜内皮細胞密度は減少したままであった.II考按本症例の脳外科手術において,左後頭葉皮質下の転移性脳腫瘍に対するアプローチのために取られた体位は伏臥位で,左後頭葉が上向きになるよう頭部を回転されていた.そのため術前消毒に使用された原液ポビドンヨード(10%)が,開創予定部から左眼に流れ込みやすい頭位であった.また,術前消毒前と術後確認時のアイパッチの状況はともに耳側が.がれており,消毒部から乾燥していない消毒液が流れ込めば眼部に貯留しやすい状態であったと考えられる.実際に眼部に貯留していたと考えられるポビドンヨードは,術中確認するのは困難であるが,一連の状況からポビドンヨードによる(136) 図1脳外科手術5日後の左眼の前眼部写真下方以外の90%の角膜上皮欠損,角膜実質浮腫,Descemet膜皺襞を認めた.図3脳外科手術1年4カ月後の僚眼のスペキュラーマイクロスコープ所見右眼角膜内皮細胞密度は2,590/mm2であった.角膜障害と考えられた.ポビドンヨードが乾燥する前に左眼表面に誤入したと推測されるので,最低でも5時間程度は眼表面に滞留していたものと考えられる.脳外科手術以前の状況は,角膜内皮細胞密度の測定はされていなかったが,当院の眼科で両眼の網膜血管腫に対して平成16年より7年間にわたって定期的に経過観察されており,その際に角膜の異常は認めなかった.また,外傷およびコンタクトレンズ装用,内眼部手術の既往もなく,脳外科手術術前の状態において角膜内皮細胞密度の左右差が生じる可能性は考えにくいと思われた.術後の経過においてスペキュラーマイクロスコピー検査によって測定された角膜内皮細胞密度が,右眼が2,590/mm2に対して,左眼は731/mm2と著明な左右差を認めたことからポビドンヨードによる角膜内皮障害があったものと考えられた.(137)図2脳外科手術1年4カ月後の左眼の前眼部写真角膜上皮下に淡い実質混濁を残して瘢痕治癒となった.図4脳外科手術1年4カ月後の患眼のスペキュラーマイクロスコープ所見左眼角膜内皮細胞密度は731/mm2であった.高い濃度のポビドンヨードによって角膜上皮および内皮障害が生じうるという点においては,動物実験が多数報告されている.過去の報告によると家兎を用いた実験で1.0%以上の高い濃度のポビドンヨードが前房内に至ることで角膜内皮細胞を障害され4,5),また角膜上皮においても2.5%で角膜上皮障害をきたし,5%以上になると全例において重度の角膜上皮障害をきたしている6).ポビドンヨードの主成分であるヨウ素は分子量が254と小さく,角膜実質は容易に通過すると考えられる.本症例では原液ポピドンヨード(10%)が長時間付着することによって角膜上皮全欠損が生じ,上皮のバリア機能は障害され,ポビドンヨードが角膜実質を通じて前房内に至り角膜内皮障害に至ったか,あるいは実質側から直接,角膜内皮細胞を傷害したものと考えられた.本症例では脳外科の手術であるが,眼科領域においても白あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015747 内障手術を初めとする多くの手術で術前消毒が施行されている.山口らの報告でもあるように各施設によってその術前の消毒方法はさまざまであるが,多くの施設でポビドンヨードが使用されている2).また,術前の眼周囲の皮膚消毒に関しては希釈ポビドンヨードより原液ポビドンヨードのほうが減菌効果に優れていることが報告されている9)ことからも,希釈されたものだけでなく,原液のポビドンヨードを術前に使用する機会は眼科手術においても多いと考えられる.Karenらはブタを用いた実験で2%以上の濃度のポビドンヨードを角膜に1分間さらした前後において有意に角膜内皮細胞密度が減少していたと報告している7).眼科の手術においては,術中の灌流液の使用などにより,本症例のようにポビドンヨードの原液が数時間も滞留することはほとんどないが,手術操作の影響と済まされているような軽微な角膜内皮細胞密度の減少がポビドンヨードによって生じている可能性も考えられる.その点を考慮すると,眼科領域においても,ポビドンヨードによる角膜内皮障害は生じうる合併症であり,術前消毒にポビドンヨードを使用する場合,合併症を生じない適切な消毒を施行することが重要である.本症例を通じて,とくに角膜上皮が障害されているような状況では角膜内皮も傷害される可能性があることが考えられた.ポビドンヨードは高い濃度であればあるほど殺菌効果を示すものではなく,短期的な殺菌効果では,0.1%溶液がもっともヨードを遊離しやすく殺菌効果が高いとされている10,11).ただし細菌や有機物と反応した遊離ヨードは不活化されてしまうので,菌量が多い場合や殺菌効果の持続には補給できるヨード,つまり高い濃度が必要となる.ポビドンヨードは乾燥しないと十分な殺菌効果は出ないと誤解されているが,それは原液ポビドンヨード(10%)ではヨードが遊離しにくいため殺菌効果が出るまでに「時間」がかかることを意味しており,「乾燥」は重要ではない.乾燥すると遊離ヨードが供給されなくなり,むしろ殺菌効果は減少する9).そのために菌量の多い眼周囲の皮膚消毒においては原液ポビドンヨード(10%)が適正であるし,結膜.であれば,40倍希釈ポビドンヨード(0.25%)の使用が角膜内皮の障害もなく,即効性もあり望ましいとされている11,12).今回筆者らは原液ポビドンヨード(10%)が眼表面に長時間滞留することで重篤な角膜内皮障害をきたしうることを報告した.本症例を通じて,ポビドンヨードによる角膜内皮障害は,角膜上皮のバリア機能が障害されたときに生じるものであるという可能性が示唆された.眼科手術の術前消毒の際は適正な濃度のポビドンヨードを使用することが望ましいと考えられる.術前消毒後は速やかに執刀を開始できる環境を事前に整えておき,皮膚消毒に用いた高い濃度のポビドンヨードが眼表面に誤入する危険を避けることが重要であると考えられた.また,眼科としては他科手術時に眼の障害が出ないように他科の医療関係者に対する啓蒙が必要であると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)大鹿哲郎:白内障術後眼内炎発症頻度と危険因子.あたらしい眼科22:871-873,20052)山口達夫,三木大二郎,谷野富彦ほか:眼の消毒にヨード製剤は危険か?.東京都眼科医会勤務部が実施したアンケート調査の結果..眼科45:937-946,20033)CiullaTA,StarrMB,MasketS:Bacterialendophthalmitisprophylaxisforcataractsurgery:anevidence-basedupdate.Ophthalmology109:13-26,20024)NaorJ,SavionN,BlumenthalMetal:Cornealendothelialcytotoxicityofdilutedpovidone-iodine.JCataractRefractSurg27:941-947,20015)AlpBN,ElibolO,SargonMFetal:Theeffectofpovidoneiodineonthecornealendothelium.Cornea19:546550,20006)JiangJ,WuM,ShenT:Thetoxiceffectofdifferentconcentrationsofpovidoneiodineontherabbit’scornea.CutanOculToxicol28:119-124,20097)LerhauptKE,MaugerTF:Cornealendothelialchangesfromexposuretopovidoneiodinesolution.CutanOculToxicol25:63-65,20068)TrostLW,KivilcimM,PeymanGAetal:Theeffectofintravitreallyinjectedpovidone-iodineonStaphylococcusepidermidisinrabbiteyes.JOculPharmacolTher23:70-77,20079)秦野響子,秦野寛:原液と希釈ポピドンヨードの眼部皮膚消毒効果の比較.あたらしい眼科28:1473-1476,201110)岩沢篤郎,中村良子:ポビドンヨード製剤添加物の殺菌効果・細胞毒性への影響.環境感染16:179-183,200111)BerkelmanRL,HollandBW,AndersonRL:Increasedbactericidalactivityofdilutepreparationsofpovidoneiodinesolutions.JClinMicrobiol15:635-639,198212)ShimadaH,AraiS,NakashizukaH:Reductionofanteriorchambercontaminationrateaftercataractsurgerybyintraoperativesurfaceirrigationwith0.25%povidoneiodine.AmJOphthalmol151:11-17,2011***748あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(138)

網膜下生検を施行した眼内悪性リンパ腫3例

2015年5月31日 日曜日

738あたらしい眼科Vol.5105,22,No.3738(128)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第48回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科32(5):738.744,2015cはじめに眼内悪性リンパ腫は症状が非常に多彩であり,時として他疾患との鑑別が困難なために慢性ぶどう膜炎として治療される1).とりわけステロイド薬投与により寛解および増悪を繰り返す場合,ぶどう膜炎と誤って診断され,結果として,診断確定に至るまでに長く時間がかかる2,3).近年では,硝子体生検の際に既報4,5)にあるような補助診断〔IL(インターロイキン)-10/6比,PCR(polymerasechainreaction)による免疫グロブリンH遺伝子再構成,フローサイトメトリーによるB細胞のk/l比の変異など〕を併用して,眼内悪性リンパ腫を診断することは珍しくない.今回,全身性の悪性リンパ腫の眼内転移もしくは原発性眼内悪性リンパ腫を疑い,〔別刷請求先〕盛秀嗣:〒573-1191大阪府枚方市新町2丁目3番1号関西医科大学附属枚方病院眼科Reprintrequests:HidetsuguMori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital,2-3-1Shinmachi,Hirakata,Osaka591-8037,JAPAN網膜下生検を施行した眼内悪性リンパ腫3例盛秀嗣山田晴彦加賀郁子中道悠太髙橋寛二関西医科大学附属枚方病院眼科ThreeCasesofIntraocularMalignantLymphomaDiagnosedbySubretinalTissueBiopsyHidetsuguMori,HaruhikoYamada,IkukoKaga,YutaNakamichiandKanjiTakahashiDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital目的:眼内悪性リンパ腫に対して網膜下生検を施行した3症例について検討を行った.対象および方法:関西医科大学附属枚方病院において,眼内悪性リンパ腫を疑い,硝子体生検による診断確定ができず,網膜下生検を要した3例6眼(1例は同一眼に2回硝子体生検施行)を対象とし,生検の結果について検討を行った.結果:3例のうち,1例は精巣悪性リンパ腫の既往があり,診断が比較的容易であった.残りの2例は全身性悪性リンパ腫の既往がなかったため,診断確定に時間を要した.硝子体細胞診の陽性率は7回中3回(43%)と低く,網膜下生検の陽性率は4回中3回(75%)であった.網膜下生検を行った4眼のうち,2眼で術後に網膜.離が発生した.全例で眼内悪性リンパ腫は寛解したが,視力予後が不良な症例が多かった.結論:わが国での眼内悪性リンパ腫に対する網膜下生検の報告は少なく,リスクを伴う診断方法である.硝子体生検は陽性率が低いため,診断可確定には可能な限り補助診断を併用することが望ましい.Purpose:Toevaluatetheefficacyofsubretinaltissuebiopsyforthediagnosisofintraocularmalignantlym-phoma.SubjectsandMethods:Thisstudyinvolved3patientsdiagnosedasintraocularmalignantlymphomadur-ingtheyears2006-2013atKansaiMedicalUniversity,HirakataHospital,Osaka,Japan.Allpatientsunderwentvit-rectomyandocularbiopsy.Westudiedtheefficacyandsuccessrateofdiagnosisbyreviewingthepatients’medicalrecords.Results:Onecasehadpreviouslybeendiagnosedastesticularmalignantlymphoma.Ontheotherhand,2casesshowednoaccompanyingsystemicsymptomsformalignantlymphomaandwerethuseasytodiag-noseasintraocularmalignantlymphoma.Thepositiverateofvitreous-fluidcytologywas43%,andthepositiverateofthebiopsyofsubretinaltissuewas75%.Afterthebiopsyofsubretinaltissue,retinaldetachmentoccurredin2cases.Althoughallcasesattainedremissionofmalignantlymphoma,2ofthe3casesresultedinpoorvisualacuity.Conclusions:Therehavebeenfewreportsofasubretinaltissuebiopsybeingperformedforthediagnosisofintraocularmalignantlymphoma.Moreover,thatbiopsycansometimesleadtoseverecomplications.Thus,ourfindingssuggestthatitwouldbebettertoadministeranauxiliarydiagnosistosubretinaltissuebiopsyforthediagnosisofintraocularmalignantlymphoma.arashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):738.744,2015〕Keywords:眼内悪性リンパ腫,硝子体細胞診,網膜下生検,網膜.離,補助診断.malignantlymphoma,vitreouscystology,subretinaltissuebiopsy,retinaldetachment,auxiliarydiagnosis.738(128)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第48回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科32(5):738.744,2015cはじめに眼内悪性リンパ腫は症状が非常に多彩であり,時として他疾患との鑑別が困難なために慢性ぶどう膜炎として治療される1).とりわけステロイド薬投与により寛解および増悪を繰り返す場合,ぶどう膜炎と誤って診断され,結果として,診断確定に至るまでに長く時間がかかる2,3).近年では,硝子体生検の際に既報4,5)にあるような補助診断〔IL(インターロイキン)-10/6比,PCR(polymerasechainreaction)による免疫グロブリンH遺伝子再構成,フローサイトメトリーによるB細胞のk/l比の変異など〕を併用して,眼内悪性リンパ腫を診断することは珍しくない.今回,全身性の悪性リンパ腫の眼内転移もしくは原発性眼内悪性リンパ腫を疑い,〔別刷請求先〕盛秀嗣:〒573-1191大阪府枚方市新町2丁目3番1号関西医科大学附属枚方病院眼科Reprintrequests:HidetsuguMori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital,2-3-1Shinmachi,Hirakata,Osaka591-8037,JAPAN網膜下生検を施行した眼内悪性リンパ腫3例盛秀嗣山田晴彦加賀郁子中道悠太髙橋寛二関西医科大学附属枚方病院眼科ThreeCasesofIntraocularMalignantLymphomaDiagnosedbySubretinalTissueBiopsyHidetsuguMori,HaruhikoYamada,IkukoKaga,YutaNakamichiandKanjiTakahashiDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital目的:眼内悪性リンパ腫に対して網膜下生検を施行した3症例について検討を行った.対象および方法:関西医科大学附属枚方病院において,眼内悪性リンパ腫を疑い,硝子体生検による診断確定ができず,網膜下生検を要した3例6眼(1例は同一眼に2回硝子体生検施行)を対象とし,生検の結果について検討を行った.結果:3例のうち,1例は精巣悪性リンパ腫の既往があり,診断が比較的容易であった.残りの2例は全身性悪性リンパ腫の既往がなかったため,診断確定に時間を要した.硝子体細胞診の陽性率は7回中3回(43%)と低く,網膜下生検の陽性率は4回中3回(75%)であった.網膜下生検を行った4眼のうち,2眼で術後に網膜.離が発生した.全例で眼内悪性リンパ腫は寛解したが,視力予後が不良な症例が多かった.結論:わが国での眼内悪性リンパ腫に対する網膜下生検の報告は少なく,リスクを伴う診断方法である.硝子体生検は陽性率が低いため,診断可確定には可能な限り補助診断を併用することが望ましい.Purpose:Toevaluatetheefficacyofsubretinaltissuebiopsyforthediagnosisofintraocularmalignantlym-phoma.SubjectsandMethods:Thisstudyinvolved3patientsdiagnosedasintraocularmalignantlymphomadur-ingtheyears2006-2013atKansaiMedicalUniversity,HirakataHospital,Osaka,Japan.Allpatientsunderwentvit-rectomyandocularbiopsy.Westudiedtheefficacyandsuccessrateofdiagnosisbyreviewingthepatients’medicalrecords.Results:Onecasehadpreviouslybeendiagnosedastesticularmalignantlymphoma.Ontheotherhand,2casesshowednoaccompanyingsystemicsymptomsformalignantlymphomaandwerethuseasytodiag-noseasintraocularmalignantlymphoma.Thepositiverateofvitreous-fluidcytologywas43%,andthepositiverateofthebiopsyofsubretinaltissuewas75%.Afterthebiopsyofsubretinaltissue,retinaldetachmentoccurredin2cases.Althoughallcasesattainedremissionofmalignantlymphoma,2ofthe3casesresultedinpoorvisualacuity.Conclusions:Therehavebeenfewreportsofasubretinaltissuebiopsybeingperformedforthediagnosisofintraocularmalignantlymphoma.Moreover,thatbiopsycansometimesleadtoseverecomplications.Thus,ourfindingssuggestthatitwouldbebettertoadministeranauxiliarydiagnosistosubretinaltissuebiopsyforthediagnosisofintraocularmalignantlymphoma.arashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):738.744,2015〕Keywords:眼内悪性リンパ腫,硝子体細胞診,網膜下生検,網膜.離,補助診断.malignantlymphoma,vitreouscystology,subretinaltissuebiopsy,retinaldetachment,auxiliarydiagnosis. あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015739(129)硝子体手術・硝子体細胞診に加え,網膜下生検を施行して眼内悪性リンパ腫と確定診断ができた3例について,診療録から後ろ向きに検討を行ったので報告する.I対象および方法対象は関西医科大学附属枚方病院(以下,当院)で網膜下生検により全身性の悪性リンパ腫の眼内転移もしくは原発性眼内悪性リンパ腫と最終的に診断された3例6眼である.すべての症例で診断的治療目的のために23ゲージもしくは25ゲージ硝子体手術で硝子体混濁を除去した.その際硝子体を可能な限り集める目的で手術時の硝子体排液パック内の排液をすべて採集して細胞診を行った.病理診断はclassIV以上を陽性と判定した.また,網膜下黄白色滲出斑がみられた症例では眼内ジアテルミーで生検部位の網膜を取り囲むように焼灼したあと,20ゲージサーフロー針で網膜ならびに網膜下の細胞を吸引し,眼外に摘出したうえで組織診断を行った.【症例呈示】〔症例1〕59歳,男性.初診日:2007年9月26日.主訴:両眼の霧視.現病歴:2006年12月から両眼の霧視を認め,ぶどう膜炎を疑われ,近医眼科でステロイド点眼加療を行ったが,軽快しないために当科へ紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.6(1.2×sph+1.25D(cyl.1.00DAx80°),左眼0.7(1.2×sph+1.00D(cyl.1.00DAx95°),両眼ともに軽度の白内障があった.眼底は両眼ともに軽度の硝子体混濁を認めた.既往歴:精巣悪性リンパ腫(化学療法後,寛解状態)─日時不明.経過:前医に引き続いてステロイドの点眼加療を行ったが,硝子体混濁は軽快しなかった.2008年4月には両眼の硝子体混濁が増強し,右眼の網膜下に黄白色の滲出斑が出現した.ステロイド治療に抵抗する硝子体混濁と,特徴的な網膜下滲出斑の出現を認めたこと,精巣に悪性リンパ腫の既往があったことから,悪性リンパ腫の眼内播種を疑った.2008年4月7日に左眼硝子体切除術および硝子体細胞診を施行した.臨床所見から眼内悪性リンパ腫である可能性はきわめて高いと考えていたが,細胞診はクラスIIであった.同年,4月14日に右眼硝子体手術を施行した際に硝子体細胞診だけでなく,網膜下生検(図1a)も同時に施行した.硝子体液の細胞診ではクラスIVの結果を得た.網膜生検で採図1症例1a:右眼網膜下生検部の眼底写真(2008年4月14日).乳頭鼻上側で生検を行った(術後写真).b:右眼網膜下生検時の組織診(HE染色所見).クロマチン密度の高い大型核を有する核/細胞質比の大きい異型細胞塊を認めた.c,d:同(免疫染色所見).CD20,79陽性であった.abcdあたらしい眼科Vol.32,No.5,2015739(129)硝子体手術・硝子体細胞診に加え,網膜下生検を施行して眼内悪性リンパ腫と確定診断ができた3例について,診療録から後ろ向きに検討を行ったので報告する.I対象および方法対象は関西医科大学附属枚方病院(以下,当院)で網膜下生検により全身性の悪性リンパ腫の眼内転移もしくは原発性眼内悪性リンパ腫と最終的に診断された3例6眼である.すべての症例で診断的治療目的のために23ゲージもしくは25ゲージ硝子体手術で硝子体混濁を除去した.その際硝子体を可能な限り集める目的で手術時の硝子体排液パック内の排液をすべて採集して細胞診を行った.病理診断はclassIV以上を陽性と判定した.また,網膜下黄白色滲出斑がみられた症例では眼内ジアテルミーで生検部位の網膜を取り囲むように焼灼したあと,20ゲージサーフロー針で網膜ならびに網膜下の細胞を吸引し,眼外に摘出したうえで組織診断を行った.【症例呈示】〔症例1〕59歳,男性.初診日:2007年9月26日.主訴:両眼の霧視.現病歴:2006年12月から両眼の霧視を認め,ぶどう膜炎を疑われ,近医眼科でステロイド点眼加療を行ったが,軽快しないために当科へ紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.6(1.2×sph+1.25D(cyl.1.00DAx80°),左眼0.7(1.2×sph+1.00D(cyl.1.00DAx95°),両眼ともに軽度の白内障があった.眼底は両眼ともに軽度の硝子体混濁を認めた.既往歴:精巣悪性リンパ腫(化学療法後,寛解状態)─日時不明.経過:前医に引き続いてステロイドの点眼加療を行ったが,硝子体混濁は軽快しなかった.2008年4月には両眼の硝子体混濁が増強し,右眼の網膜下に黄白色の滲出斑が出現した.ステロイド治療に抵抗する硝子体混濁と,特徴的な網膜下滲出斑の出現を認めたこと,精巣に悪性リンパ腫の既往があったことから,悪性リンパ腫の眼内播種を疑った.2008年4月7日に左眼硝子体切除術および硝子体細胞診を施行した.臨床所見から眼内悪性リンパ腫である可能性はきわめて高いと考えていたが,細胞診はクラスIIであった.同年,4月14日に右眼硝子体手術を施行した際に硝子体細胞診だけでなく,網膜下生検(図1a)も同時に施行した.硝子体液の細胞診ではクラスIVの結果を得た.網膜生検で採図1症例1a:右眼網膜下生検部の眼底写真(2008年4月14日).乳頭鼻上側で生検を行った(術後写真).b:右眼網膜下生検時の組織診(HE染色所見).クロマチン密度の高い大型核を有する核/細胞質比の大きい異型細胞塊を認めた.c,d:同(免疫染色所見).CD20,79陽性であった.abcd 740あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(130)取した組織にHE(ヘマトキシリン・エオジン)染色を行ったところ,クロマチン密度の高い大型核を有する核/細胞質比の大きい異型細胞塊を認め(図1b),広範囲に変性壊死がみられた.さらに免疫染色を行いCD20,79aは陽性(図1c),CD3,5,10は陰性であった.病歴から精巣悪性リンパ腫の眼内転移と診断した.術後,硝子体混濁は消失し,両眼矯正視力はともに左右ともに1.0まで改善した.当院血液腫瘍内科に追加治療の相談を行ったが,眼内のみの局所病変であったために,化学療法の追加は行われなかった.手術から10カ月後の2009年2月に右眼の網膜.離を発症し,右眼の硝子体手術+メソトレキセート硝子体灌流+シリコーンオイルタンポナーデを施行し,網膜は復位した.この際,胞状の可動性のある網膜.離を認めたが,眼内に増殖性変化はなく,術前の診察でも網膜裂孔は不明であった.術中に網膜裂孔が確認できなかったため,意図的裂孔を作製して眼内排液を行って,シリコーンオイルを注入した.手術半年後に眼科通院を自己中断し,その後の経過は不明であるが,中断前までは眼内悪性リンパ腫の再発は認めず,シリコーンオイル下で網膜は復位していた.最終受診時の右眼の矯正視力は0.1,左眼の矯正視力は0.4であった.〔症例2〕78歳,女性.初診日:2006年2月15日.主訴:右眼の霧視.現病歴:2006年2月に他院で左眼の白内障手術を施行され,経過は良好であったが,数カ月前から右眼の霧視が増悪し,当院を受診した.初診時所見:視力は右眼0.6(0.9×sph+0.75D(cyl.1.25DAx75°),左眼0.7(1.2×sph+1.00D(cyl-0.75DAx70°),右眼は軽度の白内障,左眼は眼内レンズ挿入眼で,眼底は両眼ともに異常所見を認めなかった.既往歴:2006年2月左眼白内障手術.家族歴:息子─喉頭癌.経過:2010年4月に右眼の白内障による視力低下を認めたために右眼の白内障手術を施行し,術後の右眼の矯正視力は1.0と良好であった.2011年9月に両眼の硝子体混濁を認め,当初ぶどう膜炎を疑って,全身精査のため血液検査,胸部X線検査を行ったが,異常所見はなかった.2011年11月,硝子体混濁の減少を期待して,右眼にトリアムシノロンのTenon.下注射を行ったが軽快せず,その後も硝子体混濁は増強し,右眼の矯正視力は0.2,左眼の矯正視力は0.7図2症例2a:右眼眼底写真.網膜下滲出斑および硝子体混濁を認めた.b:右眼網膜下生検時の組織診(HE染色所見)(2013年9月12日).壊死を伴った核/細胞質の大きい細胞塊を認めた.c:同(免疫染色所見).リンパ球系マーカーであるCD45が陽性であった.d:右眼前眼部写真(2014年1月28日).虹彩ルベオーシス,虹彩外反,角膜浮腫を認めた.abcd(130)取した組織にHE(ヘマトキシリン・エオジン)染色を行ったところ,クロマチン密度の高い大型核を有する核/細胞質比の大きい異型細胞塊を認め(図1b),広範囲に変性壊死がみられた.さらに免疫染色を行いCD20,79aは陽性(図1c),CD3,5,10は陰性であった.病歴から精巣悪性リンパ腫の眼内転移と診断した.術後,硝子体混濁は消失し,両眼矯正視力はともに左右ともに1.0まで改善した.当院血液腫瘍内科に追加治療の相談を行ったが,眼内のみの局所病変であったために,化学療法の追加は行われなかった.手術から10カ月後の2009年2月に右眼の網膜.離を発症し,右眼の硝子体手術+メソトレキセート硝子体灌流+シリコーンオイルタンポナーデを施行し,網膜は復位した.この際,胞状の可動性のある網膜.離を認めたが,眼内に増殖性変化はなく,術前の診察でも網膜裂孔は不明であった.術中に網膜裂孔が確認できなかったため,意図的裂孔を作製して眼内排液を行って,シリコーンオイルを注入した.手術半年後に眼科通院を自己中断し,その後の経過は不明であるが,中断前までは眼内悪性リンパ腫の再発は認めず,シリコーンオイル下で網膜は復位していた.最終受診時の右眼の矯正視力は0.1,左眼の矯正視力は0.4であった.〔症例2〕78歳,女性.初診日:2006年2月15日.主訴:右眼の霧視.現病歴:2006年2月に他院で左眼の白内障手術を施行され,経過は良好であったが,数カ月前から右眼の霧視が増悪し,当院を受診した.初診時所見:視力は右眼0.6(0.9×sph+0.75D(cyl.1.25DAx75°),左眼0.7(1.2×sph+1.00D(cyl-0.75DAx70°),右眼は軽度の白内障,左眼は眼内レンズ挿入眼で,眼底は両眼ともに異常所見を認めなかった.既往歴:2006年2月左眼白内障手術.家族歴:息子─喉頭癌.経過:2010年4月に右眼の白内障による視力低下を認めたために右眼の白内障手術を施行し,術後の右眼の矯正視力は1.0と良好であった.2011年9月に両眼の硝子体混濁を認め,当初ぶどう膜炎を疑って,全身精査のため血液検査,胸部X線検査を行ったが,異常所見はなかった.2011年11月,硝子体混濁の減少を期待して,右眼にトリアムシノロンのTenon.下注射を行ったが軽快せず,その後も硝子体混濁は増強し,右眼の矯正視力は0.2,左眼の矯正視力は0.7図2症例2a:右眼眼底写真.網膜下滲出斑および硝子体混濁を認めた.b:右眼網膜下生検時の組織診(HE染色所見)(2013年9月12日).壊死を伴った核/細胞質の大きい細胞塊を認めた.c:同(免疫染色所見).リンパ球系マーカーであるCD45が陽性であった.d:右眼前眼部写真(2014年1月28日).虹彩ルベオーシス,虹彩外反,角膜浮腫を認めた.abcd と低下した.ステロイド治療に抵抗する硝子体混濁で,高齢独居のため早期に視力回復が期待されたことから,原発性眼内悪性リンパ腫の可能性を考えて,2011年12月12日に右眼,同年12月21日に左眼の硝子体切除術および硝子体細胞診を施行した.ともに細胞診はクラスIIであった.同時に,当院血液腫瘍内科に依頼して全身状態のチェックならびに頭部CT(コンピュータ断層撮影)検査,血液検査を行ったが,悪性リンパ腫を示唆する全身的所見はみつからなかった.術後,両眼ともに硝子体混濁は消失し,右眼の矯正視力は0.8,左眼の矯正視力は1.2と改善した.ところが,2013年7月に右眼の特徴的な網膜下黄白色滲出斑および硝子体混濁(図2a)を認めたため,悪性リンパ腫の再燃を疑って2013年9月に右眼硝子体手術および硝子体細胞診,網膜下生検を施行した.細胞診ではクラスIVの結果が得られた.網膜下生検で採取した組織にHE染色を行うと,凝固壊死を伴った核/細胞質比の大きい細胞塊を認め(図2b),免疫染色ではCD45(leukocytecommonantigen)陽性であった(図2c).以上の所見から,原発性眼内悪性リンパ腫と確定診断した.治療の選択肢として全身化学療法,眼局所への放射線照射,メソトレキセート硝子体腔内投与を考えたが,当院血液腫瘍内科と協議した結果,全身化学療法を施行することになり,2013年10月から関連病院において,R-CHOP(rituximab,cyclophosphamide,adriamycin,vincristine,predonisone)が開始された.関連施設に入院中に右眼に血管新生緑内障(図2d)を発症し,2014年1月の当科再診時にはすでに右眼は失明していた.この際,右眼は強い角膜浮腫と前房内にニボー形成を伴う前房出血,ぶどう膜外反,虹彩ルベオーシスを認め,眼圧は34mmHgで眼底は透見できなかった.左眼の硝子体混濁は消失し,網膜は軽度に萎縮がみられるものの滲出斑もなかった.このことから悪性リンパ腫については寛解していると判断した.左眼の矯正視力は1.2であった.〔症例3〕76歳,女性.初診日:2008年2月4日.主訴:右眼の視力低下.既往歴:副鼻腔炎.現病歴:右眼の視力低下を主訴に近医眼科を受診し,右眼の白内障を指摘されていた.2008年2月に白内障手術目的に当科へ紹介された.初診時所見:視力は右眼0.03(0.3×sph.4.50D(cyl.2.25DAx45°),左眼0.9(1.2×sph+0.75D(cyl.1.00DAx120°),右眼は後.下混濁を伴う白内障,左眼は軽度の白内障があったが,眼底は両眼ともに異常所見を認めなかった.経過:2008年5月に右眼の白内障手術を施行し,術後右眼の矯正視力は1.0に回復した.2012年4月,急に左眼の視力低下を自覚し,左眼の矯正視力は0.4に低下した.中心(131)フリッカー値の低下(22Hz),Mariotte盲点の拡大(図3a),視神経乳頭の発赤・腫脹(図3b)を認めたため,左眼特発性視神経炎と診断した.副鼻腔炎を併発していたことから,その増悪を危惧して大量ステロイド療法は回避し,トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を施行した.その後,視神経乳頭の発赤・腫脹は速やかに消失し,左眼の矯正視力は0.8に回復した.2012年7月に,右眼の硝子体混濁による視力低下(矯正視力0.5)を認めた.トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を行い,硝子体混濁は速やかに消失し,矯正視力1.0に回復した.2013年3月に右眼硝子体混濁と特徴的な網膜下黄白色滲出斑の出現を認めた.これまでにステロイドに反応する硝子体混濁がありぶどう膜炎として治療したが,典型的所見を認めたことから,原発性眼内悪性リンパ腫を強く疑った.右眼の矯正視力は0.1まで低下していたこと,息子が身体障害者で世話をみる必要があったことから,速やかな視力回復と診断確定が必要であり,2013年3月12日に右眼の硝子体切除術および硝子体細胞診,網膜下生検を施行した.細胞診,組織診ともにクラスIIであった.一方,左眼はとくに硝子体混濁や網膜病変がみられなかった.左眼の矯正視力は0.4に低下していたが,白内障によるものと考えられたため,このときには白内障手術のみを行い,症状は改善した.2013年6月,左眼の硝子体混濁による視力低下を認め,左眼硝子体切除術および硝子体細胞診,網膜下生検(図3c)を施行した.細胞診はクラスIVであった.網膜下生検で採取した組織のHE染色では,腫瘍壊死および核不整が強い大型リンパ球を認め(図3d),免疫染色では,CD10,20,79a陽性,CD3,5陰性であった(図3e).以上から,びまん性大細胞型Bリンパ球悪性リンパ腫と確定診断した.2013年7月に網膜下生検部にできた網膜欠損部の周囲に腫瘍細胞が増殖し,網膜裂孔が再開し,左眼の裂孔原性網膜.離を発症した.そのため,2013年7月25日に左眼硝子体手術+シリコーンオイルタンポナーデを施行し,網膜は復位した.血液腫瘍内科と協議した結果,局所療法は行わず,2013年8月から関連病院で全身化学療法(R-CHOP)が開始された.化学療法後,両眼とも徐々に眼底の滲出斑は消失し,強い網脈絡膜萎縮を残して,眼内悪性リンパ腫は寛解した(図3f).右眼視力は20cm指数弁,左眼視力は眼前手動弁と視力は不良となった.II考按眼内悪性リンパ腫は臨床像が非特異的なぶどう膜炎として治療されることが多い.以前までは稀な疾患として考えられてきたが,診断技術などの進歩により,近年その頻度は上昇傾向にある.2001年では眼内悪性リンパ腫はぶどう膜炎全体の1%を占めたが,2009年には全体の2.5%との報告がある6).眼内悪性リンパ腫は中枢神経で発生する全身性悪性リあたらしい眼科Vol.32,No.5,2015741 742あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(132)abcdeeeff図3症例3a:左眼Goldmann動的視野検査(2012年4月19日).Mariotte盲点の拡大を認めた.b:左眼視神経炎発症時の眼底写真(2012年4月19日).視神経乳頭の発赤腫脹を認めた.c:左眼網膜下生検部の眼底写真(2013年6月11日).眼内レーザーで囲まれた中央の組織を生検した.d:左眼網膜下生検時の組織診(HE染色所見).腫瘍壊死および核不整が強い大型リンパ球を認めた.e:同(免疫染色所見).CD10,20,79陽性であった.f:全身化学療法後半年後の両眼眼底写真.硝子体混濁,滲出斑は消失した.(132)abcdeeeff図3症例3a:左眼Goldmann動的視野検査(2012年4月19日).Mariotte盲点の拡大を認めた.b:左眼視神経炎発症時の眼底写真(2012年4月19日).視神経乳頭の発赤腫脹を認めた.c:左眼網膜下生検部の眼底写真(2013年6月11日).眼内レーザーで囲まれた中央の組織を生検した.d:左眼網膜下生検時の組織診(HE染色所見).腫瘍壊死および核不整が強い大型リンパ球を認めた.e:同(免疫染色所見).CD10,20,79陽性であった.f:全身化学療法後半年後の両眼眼底写真.硝子体混濁,滲出斑は消失した. 表1症例のまとめ悪性リンパ腫視力視力硝子体網膜下症例患眼の既往(初診時)(最終受診時)細胞診生検+右)1.2右)0.1右)クラスIV右)陽性1両眼(精巣)左)1.2左)0.4左)クラスII(術後,網膜発症)右)クラスII2両眼.右)0.9左)1.2右)光覚(.)左)1.2(2回目の手術でクラスIV右)陽性左)クラスII右)0.3右)20cm指数弁右)クラスII左)陽性3両眼.左)1.2左)眼前手動弁左)クラスIV(術後,網膜発症)ンパ腫が眼内転移したものと,眼・中枢神経系原発悪性リンパ腫の2群に大別される7).全身性悪性リンパ腫の転移の場合はほとんどが眼窩,結膜下,涙腺など眼球外組織への播種であり,眼内への転移は18%の報告があり,比較的少ない8).また,眼・中枢神経系原発悪性リンパ腫では眼先行型が多く9),眼所見もステロイド薬により寛解する非特異的慢性ぶどう膜炎所見を呈するために,早期診断が非常にむずかしい.そのため,眼内悪性リンパ腫の確定診断には病理学的検索が必須である4).しかしながら,硝子体細胞診による検出率は決して高くない.本報告でも硝子体細胞診の陽性率は43%(7回中3回)に留まった.硝子体細胞診がむずかしい要因として,硝子体内の浸潤リンパ球に占める異型リンパ球がもともと少なく腫瘍細胞が壊死しやすい性質をもっていること,すでに投与されていたステロイド薬がリンパ球系細胞を融解し,腫瘍細胞の活性を低下させること,硝子体カッターによる吸引や標本作製過程で腫瘍細胞にアーチファクトを生じることが診断率を下げていると過去の文献でも述べられている3,10,11).また,組織診には経網膜的網膜下生検や経強膜的網脈絡膜生検があり10,12),本報告のように経網膜的網膜下生検で確定診断された報告はわが国では少ない10).おそらく,手技がむずかしいことや術後に網膜.離を生じる可能性が高いこと10)が理由として考えられる.実際に筆者らの症例の4眼中2眼(50%)で生検後に網膜.離を認めた.網膜.離を生じた原因としては,生検部位に腫瘍細胞が残存,増殖して裂孔が再開し(症例3),腫瘍細胞が分泌したさまざまなサイトカインによって,滲出性網膜.離を生じた可能性(症例1)が考えられた.今回の3症例のまとめを表1に示す.6眼中5眼において,最終視力が非常に不良であった.腫瘍浸潤が黄斑部に及んだ影響ならびに術後網膜.離を発症したことによるものと考えられた.このように硝子体細胞診での陽性率が低く,網膜下生検はリスクの高い診断方法と考えられることから,近年,眼内液中のサイトカイン(IL-10,IL-6)の測定,PCRによる免疫グロブリンH遺伝子再構成,フローサイトメトリーによる(133)B細胞のk/l比の変異などなどが補助診断として使われている5,13).補助診断の感度は83.100%と非常に高く,診断に有用な検査である2,14)が,過去には補助診断で偽陽性・偽陰性に出たケース2)も報告されており,補助診断が必ずしも眼内悪性リンパ腫の確実な診断方法ではない.本症例でも補助診断を併用して確定診断を行い,中枢神経系病変の合併率が高い,8)眼内悪性リンパ腫に対して,内科による全身治療を依頼する予定であった.しかし,臨床所見から眼内悪性リンパ腫の可能性が高いと判断をしても,当院の血液腫瘍内科は補助診断の偽陽性・陰性となるリスクをおそれて,硝子体生検による細胞診が陰性の場合はあくまで生検によって組織型が可能な限り判別できなければ全身治療を開始しないという治療方針であったために,患者治療費負担も考慮して行わなかった.また,症例2では化学療法中に血管新生緑内障を認め,失明という結果を招いた.Sullivan,松井らは眼内悪性リンパ腫から血管新生緑内障を発症した症例について報告15,16)しているが,これら2症例とも全身性の悪性リンパ腫が眼内に転移した症例であり,転移した悪性腫瘍細胞が強い前眼部炎症を誘発したことによるものと述べている.本症例のように眼・中枢神経系原発悪性リンパ腫による血管新生緑内障を発症した症例は非常に稀といえる.眼・中枢神経系原発悪性リンパ腫が眼内に新生血管を誘導することは一般的ではなく,悪性リンパ腫自身に血管新生能力が有するかどうかはわかっていないことから,本症例において血管新生緑内障を生じた原因は不明だが,血管内皮細胞増殖因子(VEGF)などの血管新生因子が腫瘍細胞から産生されていた可能性がある17).今回筆者らが経験したように,生検での確定診断はときとしてむずかしい.とくに網膜下生検は生検後に網膜.離を合併するリスクを伴う.その意味で今後はあえて硝子体細胞診での陽性率が44.5%5),網膜下生検での陽性率が50%18)と陽性率の高くない生検にこだわらず,問題点はあるものの,IL-10/IL-6比が1以上である確率が91.7%5),PCRによる免疫グロブリンH遺伝子再構成の検出率が80.6%5)と眼内悪性リンパ腫と診断できる感度が高い補助診断を積極的に活あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015743 用するべきであると考える.こうした補助診断の有用性について共観する血液腫瘍内科医に働きかける一方で,細胞診・組織診そのものの確実性を高め,少しでも確実に陽性と判断して治療開始時期を早める必要がある.眼内のみの局所病変であれば,近年メソトレキセート,リツキシマブの硝子体腔内投与を行い,軽快した報告例19.21)も増えている.眼内のみの局所病変の症例では生検結果が陰性であっても,臨床経過および補助診断から眼内悪性リンパ腫がきわめて疑わしい状態で,全身の他部位に病変がないなら,積極的に局所治療を行ってみるのがよい.そうすれば,少しでも治療開始時期を早め,視力予後を改善することができると思われる.ただし,局所投与のみで軽快したとする報告例もある一方で,原発性眼内悪性リンパ腫では高頻度に中枢神経系病変を合併する9)といわれており,可能な限り予防的に全身化学療法を行って,生命予後の改善に努めていくことが重要であると思われる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)SagooMS,MehtaH,SwampillaiAJetal:Primaryintraocularlymphoma.SurvOphthalmol59:503-516,20142)平形明人,稲見達也,斉藤真希ほか:眼内悪性リンパ腫における硝子体インターロイキン-10,インターロイキン6の診断的価値.眼紀54:820-826,20033)WhitcupSM,deSmetMD,RubinBIetal:Intraocularlymphoma.Clinicalandhistopathologicdiagnosis.Ophthalmology100:1399-1406,19934)太田亜紀,海老原伸行,平塚義宗ほか:眼内悪性リンパ腫診断における硝子体生検の重要性.日眼会誌110:588593,20065)KimuraK,UsuiY,GotoH:Clinicalfeaturesanddiagnosticsignificanceoftheintraocularfluidof217patientswithintraocularlymphoma.JpnJOphthalmol56:383389,20126)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:The2009prospectivemulti-centerepidemiologicsurveyofuveitisinJapan.JpnJOphthalmol56:432-435,20127)後藤浩:眼内悪性リンパ腫─Intraocularlymphoma─.臨眼50:161-170,20088)CorriveauC,EasterbrookM,PayneD:Lymphomasimulatinguveitis(masuqueradesyndrome).CanJOphthalmol21:144-149,19869)木村圭介,後藤浩:眼内悪性リンパ腫28例の臨床像と生命予後の検討.日眼会誌112:674-678,200810)横田怜二,星和栄,堀田一樹:中枢神経系悪性リンパ腫眼内転移の確定診断に網膜下生検が有用であった1例.臨眼65:827-832,200711)CharDH,LjungBM,MillerTetal:Primaryintraocularlymphoma(ocularreticulumcellsarcoma)diagnosisandmanagement.Ophthalmology95:625-630,198812)田中麻以,後藤浩,竹内大ほか:眼内悪性リンパ腫の診断におけるサイトカイン測定の意義.眼紀52:392-397,199913)石井茂充,臼井嘉彦,松永芳径ほか:視神経乳頭炎と網膜血管炎を主徴とした眼内悪性リンパ腫の1例.日眼会誌115:910-915,201014)ChanCC,BuggageRR,NassemblattRB:Intraocularlymphoma.CurrOpinOphthalmol13:411-418,200215)松井敬子,鎌尾知行,安積淳:血管新生緑内障で初診した転移性眼内悪性リンパ腫の1例.日眼会誌109:434439,200716)SullivanSF,DallowRI:Intraocularreticulumcellsarcoma:Itsdramaticresponsetosystemicchemotherapyandangiogenicpotential.AnnOphthalmol9:401-406,197717)KimMK,SuhC,ChiHSetal:VEGFAandVEGFR2geneticpolymorphismsandsurvivalinpatientswithdiffuselargeBcelllymphoma.CancerSci103:497-503,201218)ShieldsJA,ShieldsCL,EhyaHetal:Fine-needleaspirationbiopsyofsuspectedintraoculartumors.Ophthalmology100:1677-1684,199319)FrenkelS,HendlerK,SiegalTetal:Intravitrealmethotrexatefortreatingvitreoretinallymphoma:10yearsofexperience.BrJOphthalmol92:383-388,200820)OhguroN,HashidaN,TanoY:Effectofintravitreousrituximabinjectionsinpatientswithrecurrentocularlesionsassociatedwithcentralnervoussystemlymphoma.ArchOphthalmol126:1002-1003,2008***(134)

眼内浸潤と脳播種を生じた眼窩先端部原発多クローン性リンパ増殖性腫瘍の1例

2015年5月31日 日曜日

《第48回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科32(5):733.737,2015c眼内浸潤と脳播種を生じた眼窩先端部原発多クローン性リンパ増殖性腫瘍の1例久保田大紀*1國重智之*1芹澤元子*1山口文雄*2濱田泰子*3福永景子*3山口博樹*3堀純子*1*1日本医科大学眼科*2日本医科大学脳神経外科*3日本医科大学血液内科ACaseofOrbitalApexPrimaryPolyclonalLymphoproliferativeTumorwhichCausedBrainSeedingandIntraocularInfiltrationDaikiKubota1),TomoyukiKunishige1),MotokoSerisawa1),FumioYamaguchi2),YasukoHamada3),KeikoFukunaga3),HirokiYamaguchi3)andJunkoHori1)1)DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,2)3)DepartmentofHematology,NipponMedicalSchoolDepartmentofNeurologicalSurgery,NipponMedicalSchool,組織学的および遺伝子学的解析で多クローン性B細胞増殖を呈したが,眼窩から眼内浸潤と脳播種をきたし,臨床的には悪性リンパ腫を疑わせた1例を報告する.症例は43歳,男性.右眼の疼痛と視力低下を主訴に近医で特発性視神経炎と診断,ステロイドパルスで視力回復後,左眼の疼痛と視力低下が出現した.血漿交換まで施行したが,左眼は光覚消失となり日本医科大学眼科紹介受診した.MRI(磁気共鳴画像)で左眼窩先端部と海綿静脈洞に増強効果を認め,左眼網膜下黄白色病変が出現した.硝子体生検はIL-10/IL-6比1以下,B細胞遺伝子再構成PCR(polymerasechainreaction)で多クローン性B細胞増殖を認めた.デキサメタゾン全身投与と放射線療法で眼病変は沈静化したが,左側頭葉播種性病変が出現した.脳生検も多クローン性B細胞増殖組織であったが,臨床経過より悪性リンパ腫を考え,メトトレキセート全身投与ならびに全脳照射を行った.悪性リンパ腫の確定診断に至らなかった理由は,腫瘍反応リンパ球浸潤や頻回治療による浸潤細胞数減少などが考えられた.Wereportacaseofpolyclonallymphoproliferativetumorintheorbitalapexwithsubsequentdevelopmentofintraocularinfiltrationandmetastasisseedinginthebrain.A43-year-oldmanpresentedcomplainingpainandlossofvisioninhisrighteye.Hehadpreviouslybeendiagnosedwithidiopathicopticneuritisatanearbyclinic.Hewastreatedatthatfacilitywithsteroidpulsetherapy,yetheexperiencedpainandlossofvisioninhislefteyepainposttreatment.Althoughadditionalplasmaexchangewasperformed,helostlightperceptioninhislefteyeandhewassubsequentlyreferredtoourdepartment.Examinationbymagneticresonanceimagingrevealedanenhancingeffectinthecavernoussinusandleftorbitalapex.Fundusexaminationrevealedthegrowthofyellowish-whitesubretinallesions.Polymerasechainreaction-basedB-cellgenerearrangementanalysisdemonstratedpolyclonalB-cellproliferationofvitreouslymphocytes.Followingtreatmentwithradiationtherapyandadministrationofsystemicdexamethasone,disseminatedlesionsappearedonthepatientAfslefttemporallobe.HistologicalexaminationofthebraintissuerevealedpolyclonalB-cellproliferation.Wehypothesizedthatthemalignantlymphomawasthemostprobablecandidatefromtheclinicalcourse,sowetreatedthepatientwithadministrationofsystemicmethotrexateandwholebrainradiationtherapy.Thereactivelymphocyteproliferationofthetumorandfrequentsystematictreatmentinthiscasemayhaveinfluencedthemonoclonalityofthelymphocytesandcomplicatedthediagnosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):733.737,2015〕Keywords:眼窩原発悪性リンパ腫,眼内浸潤,脳内播種,多クローン性B細胞増殖性腫瘍,IL-10/IL6比.orbitalprimarymalignantlymphoma,intraocularinfiltration,brainseeding,polyclonallymphoproliferativetumor,IL-10/IL-6ratio.〔別刷請求先〕久保田大紀:〒270-1613千葉県印西市鎌刈1715日本医科大学千葉北総病院眼科Reprintrequests:DaikiKubota,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,ChibaHokusouHospital,1715Kamagari,Inzai,Chiba270-1613,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(123)733 はじめに眼窩原発悪性リンパ腫は,non-Hodgkinリンパ腫全体のなかで1%とまれな疾患であり1.5),高頻度に眼窩外病変を後に合併する6).組織学的には眼窩原発症例の約85%がB細胞リンパ腫であり,確定診断にはモノクローナルなB細胞増殖を認める必要がある.今回モノクローナルなリンパ球増殖を認めなかったが,臨床上眼窩原発悪性リンパ腫がもっとも疑わしい症例を経験したので報告する.I症例患者:43歳,男性.主訴:左眼の疼痛と視力低下.既往歴:特記事項なし.現病歴:2011年8月右眼の疼痛と視力低下を自覚し近医受診した.特発性視神経炎の診断でステロイドパルス療法を行い,矯正視力1.2まで改善したが,ついで左眼に疼痛と視力低下が出現した.多発性硬化症や視神経脊髄炎が疑われたが,MRI(磁気共鳴画像)で特異的所見はなく,抗アクアポリン4抗体も陰性であった.ステロイドパルス療法および血ab漿交換療法が行われたが,寛解と増悪を繰り返し,左眼は光覚消失し,強膜炎も出現したため,精査目的に2013年3月当科紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼1.2(n.c.),左眼は光覚消失.眼圧は右眼10mmHg,左眼18mmHgであった.左眼の前眼部はびまん性の強い結膜充血および強膜血管が拡張し(図1a),眼底は視神経乳頭蒼白であった.右眼は前眼部,中間透光体,眼底ともに正常所見であった.血液検査は,CH50(補体価):60U/ml以上と上昇したが,ほかはCRP(C反応性蛋白):0.08mg/dl,可溶性IL-2レセプター:110U/ml,LDH(乳酸脱水素酵素):155IU/l,抗リウマチ因子:40倍未満,抗核抗体:40倍未満と明らかな異常所見は認めなかった.同様にIgG4:26mg/dlは上昇しておらず,血液データ上特定の疾患を疑うものはなかった.MRI画像は,造影T1強調画像にて,左眼窩先端部から視神経鞘周囲,眼球壁にかけて増強効果を認めた(図2).初診時診断/治療:左眼窩炎症性偽腫瘍とそれに随伴する左眼のびまん性強膜炎と診断した.前医でステロイドパルス療法が低反応であったことと,患者がステロイド投与を拒否図1左眼前眼部写真a:初診時.びまん性の強膜血管の拡張を認めた.b:初期治療開始後50日目.充血および血管拡張の改善を認めた.図3左眼眼底写真a:デキサメタゾン開始前.硝子体混濁および網膜下白色病変を認めた.b:デキサメタゾン/放射線治療後15日目.網膜下図2初診時MRI(造影T1強調画像)白色病変は消失した.左眼窩先端部から眼球壁にかけて増強効果を認めた.ab734あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(124) b1b1abしたことを考慮し,シクロスポリン150mg/日(2.5mg/kg)とロキソプロフェン120mg/日の内服や0.1%タクロリムス点眼5回/日,0.1%ベタメタゾン点眼4回/日およびトリアムシノロン結膜下注射4mg/回を施行した.経過:初期治療開始後50日目にて左眼の強膜炎は著明に改善したが(図1b),一方,左眼底に硝子体混濁と網膜下白色病変が出現した(図3a).MRI画像では,造影T1強調画像で,眼球壁および視神経鞘周囲の増強効果は軽快したが,新たに海綿静脈洞領域に増強効果を認めた(図4a1,a2).さらに右眼Goldmann視野計で耳側半盲が出現し,海綿静脈洞領域の圧迫浸潤が示唆された(図5a).眼窩先端部原発の悪性リンパ腫を疑い,硝子体生検を施行した結果,細胞診はclassIIInflammatorychange,IL-6:6.70×103pg/mlと上昇したが,IL-10:検出限界以下,IL-10/IL-6比:1以下,感染性抗原はEB(Epstein-Barr)ウイルスを含め陰性であった.B細胞遺伝子再構成PCR(polymerasechainreaction)は複数のバンドを検出し,多クローン性B細胞増殖を認めた.急な増悪を示す臨床経過,MRI画像,眼底所見より左眼窩先端部原発多クローン性リンパ増殖性腫瘍と診断し,確定診断には至らなかったが悪性リンパ腫を疑った.血液内科,放射線科と連携し,デキサメタゾン120mg×3set,メトトレキサート6,100mg×2setの全身投与,眼窩および海綿静脈洞領域に対し放射線治療total5Gyを施行した.治療は奏効し,透見上左眼底の白色病変は消失(図3b),MRI上も眼窩先端部および海面静脈洞部の増強効果は減弱していった(図4b).同様に右眼Goldmann視野計で耳側半盲が著明に改善した(図5b).しかし,デキサメタゾン,メトトレキサートおよび放射線治療開始後61日目の時点で,MRI画像で左側頭葉に不均一な増強効果を認め,脳内播種病変が示唆された(図4c).そのため,脳神経外科にて開頭腫瘍摘出術施行し,病理組織診断を施行したところ,高度な壊死組織の中にCD20陽性のB細胞浸潤を認めたが(図6),浸潤細胞数が少なく悪性リンパ腫の確定診断には至らなかった.治療は,脳内播腫性病変に対して全脳照射を施行したが奏効せず,2014年7月5日現在,rituximabおよびHDAC(High-DoesAraC)療法中である.a1a2c1図4MRI画像(造影T1強調画像)a1,a2:デキサメタゾン開始前.初期治療にて眼球壁および視神経鞘周囲の増強効果は軽快したが,新たに海綿静脈洞領域に増強効果を認めた.b1:デキサメタゾン/放射線療法後49日目.海綿静脈洞部の増強効果は改善を認めた.c1:デキサメタゾン/メトトレキサート/放射線療法後61日目.左側頭葉に不均一な増強効果を認め,脳内播種病変が示唆された.図5右眼Goldmann視野計a:デキサメタゾン開始前.耳側半盲が出現し,海綿静脈洞領域の圧迫浸潤が示唆された.b:デキサメタゾン/メトトレキサート/放射線療法後190日目.耳側半盲の著明な改善を認めた.(125)あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015735 図6脳組織染色像左:HE(ヘマトキシリン・エオジン)染色,リンパ球が認められたが,大部分は高度な壊死組織像を呈していた.右:免疫組織化学染色(抗CD20抗体).CD20陽性細胞Bリンパ球を認めたが,浸潤細胞数は少なく,Tリンパ球も混在していた(20倍).II考按眼窩腫瘤のうち,リンパ増殖性病変は55%を占め7,8),組織学的には良性反応性リンパ過形成から悪性リンパ腫までが含まれる.組織学的に悪性が示唆されても,自然経過あるいはステロイド投与後経過として退縮するものもあり,良性が示唆されても数年後に悪性リンパ腫として現れるものもあり,臨床の経過はさまざまである9.11).悪性リンパ腫の場合,眼窩原発性はnon-Hodgkinリンパ腫全体のなかで1%とまれな疾患であり1),高頻度に眼窩外病変を後に合併する6).確定診断はモノクローナルなリンパ球増殖を認める必要がある.本症例では,組織学的および遺伝子学的解析にて多クローン性B細胞増殖を認め,悪性リンパ腫の確定診断には至らなかったが,眼内浸潤および脳内播種した経過から,臨床的には悪性のリンパ増殖性腫瘍であり,眼窩原発悪性リンパ腫がもっとも疑われた.眼内悪性リンパ腫が疑われる場合,硝子体のIL-10とIL-6の濃度測定を行うことは有力な補助検査の一つである12.14).IL-10は悪性リンパ腫以外では100pg/ml以下の低値であることがほとんどであり,IL-10/IL-6比が1以上の場合,とくに悪性リンパ腫を強く疑うことができる.本症例ではIL-10は検出限界以下,IL-10/IL-6比は1以下であったため,悪性リンパ腫の確定診断には至らなかった.本症例は眼窩を原発とし,眼内浸潤および脳内播種したが,組織学的および遺伝子学的解析では多クローン性B細胞増殖を認めるに留まった.しかし,臨床の経過からは,悪性のリンパ増殖性腫瘍を考え,眼窩原発悪性リンパ腫に準じた治療を行った.悪性リンパ腫の確定診断に至らなかった理由として,腫瘍への反応性リンパ球浸潤の存在やステロイド薬および血漿交換による浸潤細胞数の減少や変性を含めた影響が考えられた.このように,リンパ増殖性病変は,多様な臨床経過から確定診断に苦慮することがある.本症例は,眼窩原発性悪性リンパ腫の確定診断に至らなかった1例であった.736あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(126) 利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)FitzpatrickPJ,MackoS:Lymphoreticulartumorsoftheorbit.IntJRadiatOncolBiolPhysics10:333-340,19842)LazzarinoM,MorraE,RossoRetal:Clinicopathologicandimmunologiccharacteristicsofnon-Hodgkin’slymphomaspresentingintheorbit.Areportofeightcases.Cancer55:1907-1912,19853)LiangR,LokeSL,ChiuE:Aclinico-pathologicalanalysisofseventeencasesofnon-Hodgkin’slymphomainvolvingtheorbit.ActaOncol30:335-338,19914)BaireyO,KremerI,RakowskyEetal:Orbitalandadnexalinvolvementinsystemicnon-Hodgkin’slymphoma.Cancer73:2395-2399,19945)AhmedS,ShahidRK,SisonCPetal:Orbitallymphomas:aclinicopathologicstudyofararedisease.AmJMedSci331:79-83,20066)BolekTW,MoysesHM,MarcusRBJretal:Radiotherapyinthemanagementoforbitallymphoma.IntJRadiatOncolBiolPhys44:31-36,19997)MargoCE,MullaZD:Malignanttumorsoftheorbit.AnalysisoftheFloridaCancerRegistry.Ophthalmology105:185-190,19988)ValvassoriGE,SabnisSS,MafeeRFetal:Imagingoforbitallymphoproliferativedisorders.RadiolClinNorthAm37:135-150,19999)CouplandSE,HummelM,SteinH:Ocularadnexallymphomas:fivecasepresentationsandareviewoftheliterature.SurvOphthalmol47:470-490,200210)CockerhamGC,JakobiecFA:Lymphoproliferativedisordersoftheocularadnexa.IntOphthalmolClin37:39-59,199711)尾尻博也:悪性リンパ腫節外病変(眼窩病変)の画像所見と臨床.耳鼻咽喉科展望51:169-171,200812)ChanCC,WhitcupSM,SolomonDetal:Interleukin-10inthevitreousofpatientswithprimaryintraocularlymphoma.AmJOphthalmol120:671-673,199513)WhitcupSM,Stark-VancsV,WittesREetal:Associationofinterleukin10inthevitreousandcerebrospinalfluidandprimarycentralnervoussystemlymphoma.ArchOphthalmol115:1157-1160,199714)平形明人,稲見達也,斎藤真紀ほか:眼内悪性リンパ腫における硝子体内インターロイキン-10,インターロイキン-6の診断的価値.日眼会誌108:359-367,2004***(127)あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015737

Good症候群に合併したサイトメガロウイルス網膜炎の1例

2015年5月31日 日曜日

《第48回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科32(5):729.732,2015cGood症候群に合併したサイトメガロウイルス網膜炎の1例林勇樹*1江川麻理子*1宮本龍郎*1三田村佳典*1木下導代*2武田美佐*2*1徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野*2徳島県立中央病院ACaseofGoodSyndromeComplicatedwithCytomegalovirusRetinitisYukiHayashi1),MarikoEgawa1),TatsuroMiyamoto1),YoshinoriMitamura1),MichiyoKinoshita2)andMisaTakeda2)1)DepartmentofOphthalmology,InstitutionofHealthBioscience,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool,2)TokushimaPrefecturalCentralHospitalGood症候群は胸腺腫に低ガンマグロブリン血症を伴い,免疫不全をきたす稀な疾患である.Good症候群にサイトメガロウイルス(CMV)網膜炎を合併した1例を報告する.症例は59歳,男性.2カ月前から右眼視力低下が進行し,汎ぶどう膜炎の精査のため紹介となった.2週間前に胸腺摘出術を施行されていた.初診時視力は右眼(0.01),左眼(1.5),右眼に前房炎症,虹彩後癒着,硝子体混濁を認め,顆粒状の網膜滲出斑が眼底後極部に及んでいた.前房水PCRでCMV陽性でありCMV網膜炎と診断した.ガンシクロビル点滴および硝子体注射により病変は改善傾向となったが,内科で免疫グロブリンを定期投与された翌日に著明な硝子体混濁の悪化を繰り返した.さらに硝子体出血も生じ改善がないため硝子体手術を施行し炎症は沈静化した.免疫グロブリン投与により免疫回復ぶどう膜炎を生じたと考えられた.Goodsyndromeisararetypeofimmunodeficiencycharacterizedbyhypogamma-globulinaemiaandthymoma.WereportacaseofGoodsyndromecomplicatedwithcytomegalovirus(CMV)retinitis.A59-year-oldmalepresentedwithvisuallossinhisrighteyefor2months.Hehadundergonethymectomy2-weekspreviously,andwasreferredtoourhospitalforadetailedexaminationofpanuveitis.Hisbest-correctedvisualacuitywas0.01ODand1.5OS.Slit-lampexaminationshowedsevereiritisandposteriorsynechia.Fundusexaminationshowedvitreousopacityandgranularretinitisspreadingintotheparafovea.SincethefindingsbypolymerasechainreactionanalysisofhisaqueoushumorwereCMVpositive,hewasdiagnosedwithCMVretinitis.Theocularfindingswereimprovedbyintravenousandintravitrealinjectionofganciclovir.However,severevitreousopacityrecurredafterintravenousadministrationofimmunoglobulin.Duetothedevelopmentofvitreoushemorrhage,avitrectomywasperformed,andtheretinitissubsided.Ourfindingssuggestthatimmunerecoverypostuveitiswasinducedbyintravenousimmunoglobulintherapy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):729.732,2015〕Keywords:サイトメガロウイルス網膜炎,Good症候群,免疫グロブリン静脈内投与,免疫回復ぶどう膜炎.cytomegalovirusretinitis,Goodsyndrome,intravenousadministrationofimmunoglobulin,immunerecoveryuveitis.はじめにGood症候群は胸腺腫に低ガンマグロブリン血症を伴い免疫不全をきたす稀な疾患であるが,Good症候群に合併したサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)網膜炎の報告は少ない1.4).近年,後天性免疫不全症候群(acquiredimmunodeficiencysyndrome:AIDS)患者に対して多剤併用療法(highlyactiveantiretroviraltherapy:HAART)導入後に眼内炎症が悪化することが知られ,免疫回復ぶどう膜炎(immunerecoveryuveitis:IRU)とよばれる5).AIDS以外においても臓器移植後や悪性腫瘍に対する抗癌剤投与中にIRUを生じた報告も散見されるが6,7),その正確な機序は不明である.今回,Good症候群に合併したCMV網膜炎において,定期的な免疫グロブリン点滴によりIRUと考えられる眼内炎症悪化を繰り返した1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕林勇樹:〒770-8503徳島市蔵本町3-18-15徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野Reprintrequests:YukiHayashi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool,3-18-15Kuramoto-cho,Tokushima770-8503,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(119)729 I症例患者:59歳,男性.主訴:右眼の視力低下,飛蚊症.既往歴:半年前より肺炎による発熱を繰り返し,近医内科にて低ガンマグロブリン血症および胸腺腫を指摘された.Good症候群と診断され,2週間前に近医外科にて拡大胸腺摘出術を施行されていた.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2カ月前より右眼視力低下を,1カ月前から飛蚊症を自覚した.近医眼科で右汎ぶどう膜炎を指摘され,精査加療のため10月23日に当科に紹介となった.初診時所見:視力は右眼0.01(矯正不能),左眼1.0(1.5×+0.5D(cyl.1.25DAx90°),眼圧は右眼12mmHg,左眼13mmHg,右眼前眼部には色素性の角膜後面沈着物と虹彩後癒着,強い虹彩炎を認めた.右眼眼底は高度の硝子体混濁を認め(図1a),顆粒状病変を伴う滲出病変が周辺網膜から黄斑部まで及んでおり,網膜出血も認めた.左眼は前眼部,中間透光体,眼底とも異常を認めなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影検査では硝子体混濁のため血管炎の有無は明らかでなかった.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では黄斑部に斑状のやや高輝度の病巣と網膜表面の不整を認め,中心窩近傍までの浸潤が疑われた(図1b).ab血液検査所見:白血球4,800/μl,CD4陽性Tリンパ球は407/μl(基準値344/μl以上),CD4/CD8比は0.6(基準値0.6.2.4)であった.IgGは613mg/dl,IgAは2mg/dl,IgMは1mg/dlと免疫グロブリンの低下を認めた.血中CMV抗原は陰性であった.経過:眼所見および免疫不全が背景にあり経過が比較的長いことからCMV網膜炎を疑い,前房水を採取しpolymerasechainreaicon(PCR)検査に提出した.病変が黄斑部まで及んでおり緊急性が高いと考え,10月24日にガンシクロビル(GCV)の硝子体注射(500μg/0.1ml)を施行した.翌日には硝子体混濁は軽減し,右眼矯正視力は(0.3)に回復した.同日よりGCV点滴(570mg/日)も開始した.しかし,10月29日に内科で免疫グロブリン15gを点滴投与された翌日に,右眼矯正視力は(0.07)と低下し硝子体混濁悪化を認めた.11月5日に前房水PCRの結果が判明し,CMVDNAが検出された.11月13日よりバルガンシクロビル(VGCV)内服(900mg/日)に変更した.11月19日には右眼矯正視力(0.5)と回復していたが,同日の免疫グロブリン点滴後に再度硝子体混濁が悪化し,11月22日には右眼矯正視力は指数弁まで低下した.さらに硝子体出血も生じ,硝子体混濁と出血が改善しないため,12月20日に25ゲージ硝子体手術+空気タンポナーデを施行,超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術も併用した.手術中に採取した硝子体液のab図1初診時の右眼所見a:初診時の右眼眼底写真.高度の硝子体混濁を認める.b:初診時の右眼OCT(垂直断).黄斑部に斑状のやや高輝度の病巣と網膜表面の不整を認める.図28カ月後の右眼所見a:8カ月後の右眼眼底写真.黄斑前膜を認める.b:8カ月後の右眼OCT(垂直断).網膜浸潤は改善している.730あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(120) PCRでもCMV-DNAが検出された.手術後は免疫グロブリン点滴後も炎症の再燃は認めていない.視神経乳頭鼻側の網膜に新生血管を認めたため,翌年の2月10日に網膜光凝固術を施行した.その後はVGCV内服を漸減し,VGCV(450mg)を3日に1回投与の少量維持療法としている.初診から8カ月後の現在,右眼の矯正視力は(0.4),眼底およびOCTにて黄斑前膜は認めるが網膜炎は沈静化している(図2a,b).II考按Good症候群は胸腺腫に低ガンマグロブリン血症を伴う疾患として1954年にGoodらにより報告された.体液性免疫および細胞性免疫が障害され,CD4陽性Tリンパ球の減少,CD4/CD8比の低下がみられる.副鼻腔や肺などの感染症を繰り返すが,胸腺摘出によっても免疫不全は解消されないため,定期的な免疫グロブリンの投与が必要である2,3).CMV網膜炎はおもにAIDSなどの免疫不全患者において,潜伏していたCMVが再活性化され日和見感染症として発症する.網膜に特徴的な顆粒状滲出斑を生じるが,前房や硝子体内の炎症所見は軽微であることが多い.一方,免疫低下が軽度な患者におけるCMV網膜炎では,典型的なCMV網膜炎の臨床像とは異なり,前房や硝子体に強い炎症がみられる場合がある8).本症例ではCD4陽性Tリンパ球は正常範囲にあり,免疫能が比較的保たれていたため,虹彩後癒着をきたすほどの強い虹彩炎と高度の硝子体混濁を生じたと考えられる.過去にGood症候群に合併したCMV網膜炎の報告は数例しかない1.4).AIDSと比較すると免疫低下が軽度なため,なかには比較的活動性のある網膜炎を認める例もあるが1,2),硝子体の炎症は軽度から中程度にとどまる報告が多い1.4).同じGood症候群のCMV網膜炎でも,免疫能の状態により硝子体の炎症には差異がある.IRUはCMV網膜炎の罹患のあるAIDS患者において,HAART導入によりCD4陽性Tリンパ球が増加し免疫機能が回復する過程に生じるぶどう膜炎として報告された5).臨床所見としては,硝子体の炎症を主体とし,黄斑前膜,黄斑浮腫,網膜新生血管を続発することがある5).IRUの詳細な機序は不明であるが,細胞性免疫の回復により,リンパ球が眼内に残存するCMV抗原に対して過剰な免疫反応を引き起こすためと考えられている9).また,AIDS以外でも臓器移植後や自己免疫疾患に対する免疫抑制剤投与,悪性腫瘍に対する抗癌剤投与中の免疫回復過程でIRUは生じうる6,7).本症例では,免疫グロブリン点滴投与により明らかに硝子体混濁が悪化しており,IRUと類似の機序によりぶどう膜炎が増悪したと考えられた.CMV網膜炎のみでは黄斑前膜を生じることは稀であり9),本症例で黄斑前膜や網膜新生血管が形成されたこともIRUの所見と一致する.過去の報告では,IRUに合併した黄斑前膜の組織学的検査において,Tリンパ球優位のリンパ球浸潤を認めることから,細胞性免疫による免疫反応がIRUの発症機序として推測されている9).しかしながら,本症例では免疫グロブリン投与により眼内炎症が悪化しており,IRU発症機序には体液性免疫も関与している可能性がある.また,IRUでは免疫回復に伴い硝子体の炎症悪化を認めるが9),今回のようにIRUによる硝子体の炎症悪化が複数回繰り返される例は稀である.CMV網膜炎の治療は抗ウイルス薬の全身投与が第一選択であり,骨髄抑制や腎障害のため全身投与が困難な場合や,病変が後極部に及ぶ場合には硝子体内投与を考慮する.萎縮網膜に裂孔を生じ網膜.離を合併した場合には硝子体手術が必要となる.IRUの治療は確立されていないが,ステロイドの全身投与や眼局所投与が報告されており10),黄斑前膜や黄斑浮腫を生じた場合には硝子体手術が施行されている7,9).今回の硝子体混濁の原因は,免疫能低下が軽度のためCMV網膜炎自体によって引き起こされた炎症に加えて,IRUによる硝子体の炎症悪化が重なったと考えられる.硝子体手術によって炎症の場である硝子体を除去することで,免疫グロブリン投与による眼内炎症の再燃を防ぐことができた.CMV網膜炎やIRUにおいて硝子体混濁が強い場合には,早期の硝子体手術が有効であると思われた.免疫グロブリン療法は,低ガンマグロブリン血症などの免疫不全疾患の標準的治療であり,多くの自己免疫疾患の治療にも使用されている11).本症例のように軽度免疫低下があるなかで免疫グロブリン療法を施行される例はそう珍しいことではない.免疫グログリン製剤は感染予防や免疫調節作用などの多くの利点があるが,免疫グロブリン投与によりIRUを発症し視力障害を生じうることは十分に認識しておく必要がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)AssiAC,LightmanS:Clinicopathologicreports,casereports,andsmallcaseseries:cytomegalovirusretinitisinpatientswithGoodsyndrome.ArchOphthalmol120:510-512,20022)SenHN,RobinsonMR,FischerSH:CMVretinitisinapatientwithgoodsyndrome.OculImmunolInflamm13:475-478,20053)PopielaM,VarikkaraM,KoshyZ:CytomegalovirusretinitisinGoodsyndrome:casereportandreviewofliterature.BMJCaseRep.bcr02.1576,20094)ParkDH,KimSY,ShinJP:BilateralcytomegalovirusretinitiswithunilateralopticneuritisinGoodsyndrome.JpnJOphthalmol54:246-248,2010(121)あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015731 5)KaravellasMP,LowderCY,MacdonaldCetal:Immunerecoveryvitritisassociatedwithinactivecytomegalovirusretinitis:anewsyndrome.ArchOphthalmol116:169175,19986)KuoIC,KempenJH,DunnJPetal:Clinicalcharacteristicsandoutcomesofcytomegalovirusretinitisinpersonswithouthumanimmunodeficiencyvirusinfection.AmJOphthalmol138:338-346,20047)BakerML,AllenP,ShorttJetal:ImmunerecoveryuveitisinanHIV-negativeindividual.ClinExperimentOphthalmol35:189-190,20078)SchneiderEW,ElnerSG,vanKuijkFJetal:Chronicretinalnecrosis:cytomegalovirusnecrotizingretinitisassociatedwithpanretinalvasculopathyinnon-HIVpatients.Retina33:1791-1799,20139)KaravellasMP,AzenSP,MacDonaldJCetal:ImmunerecoveryvitritisanduveitisinAIDS:clinicalpredictors,sequelae,andtreatmentoutcomes.Retina21:1-9,200110)MorrisonVL,KozakI,LaBreeLDetal:Intravitrealtriamcinoloneacetonideforthetreatmentofimmunerecoveryuveitismacularedema.Ophthalmology114:334-339,200711)KaveriSV,MaddurMS,HegdePetal:Intravenousimmunoglobulinsinimmunodeficiencies:morethanmerereplacementtherapy.ClinExpImmunol164(Suppl2):2-5,2011***732あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(122)