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LASIKとQOL

2016年6月30日 木曜日

特集●屈折矯正を見直す!あたらしい眼科33(6):763~769,2016特集●屈折矯正を見直す!あたらしい眼科33(6):763~769,2016LASIKとQOLLASIKandQOL井手武*ILASIKの現状LASIKという言葉は学術ジャーナルによっては稀ながら投稿規定においてlaserinsitukeratomileusisでなく,初出からLASIKと使用してもよいと指示されることがあるほど一般に認知されている.LASIK手術は角膜が屈折力に占める割合が大きく,解剖学的に眼表面にあるというアプローチのしやすさ,マイクロケラトーム,フェムトセカンドレーザーなどのフラップ作製機器,エキシマレーザーという半導体のエッチング工程にも使われる精密機器などの技術的革新と相まって1990年にギリシャで初めて手術が行われ,それ以後2008年の世界的な経済危機まで症例数が世界的にコンスタントに伸びてきた.現在,さまざまな要因(適応症例の枯渇,経済状況,LASIKに対する否定的な見解・報道など)により大幅な症例減少を経験し停滞傾向であることは否めない.日本においても,消費者庁のLASIKに対する注意喚起報道を一つのきっかけに全国的な症例数の減少を経験した.安心LASIKネットワーク加盟施設(大学病院11施設,クリニック38施設,計49施設)に対して,2013年1~6月の6カ月間の症例数と比較して2014年1~6月の症例数の回答を求めた.22施設からの回答を得て,平均55.7%の症例数の減少が確認された(最小33%,最大85%の減少).LASIKに関する論文を網羅的にまとめた論文によれば,レーザー屈折矯正手術(laservisioncorrection:LVC)の満足率は97%にものぼり1),高満足度,安全性と有効性のため米軍とNASAでは視力向上の方法として採用されている.しかし,一般の人々のなかにはLASIKは危険で,医師,とくに眼科医はLVCを受けないという認識もある.IILASIKに対する認識今回「LASIKとQOL」という非常に難しいが大切なテーマを与えていただいた.編集部からいただいた編集方針として「専門家が専門家のために書く総説ではなく,専門家が一般眼科医のために書く,啓発的なものとする方針を貫きたい」「著者の個人的見解を押し出し」とあったため,データよりも個人的な考えを多く書かせていただく.患者の治療に対する態度や認識形成過程はPDCA(plan-do-check-actcycle)サイクルを回した結果ではなく,自己の経験とそれに基づく情報検索を行うことにより行われ自分の経験を確信することになる.とくに不満患者に関しては苦しんでおられる立場から否定的な情報を発信するのは仕方のない面がある.白内障手術については大部分の眼科医が手術の経験をもち,多くの患者を日常的に診ているため,論文データと大きく変わらないリテラシーや認識をもっている.多焦点眼内レンズ(intraocularlens:IOL)のような特殊なものでない限り,患者に対する説明が全国同じような*TakeshiIde:南青山アイクリニック東京〔別刷請求先〕井手武:〒107-0061東京都港区北青山3-3-11ルネ青山ビル4階南青山アイクリニック東京0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(3)763 yyx白内障手術提供医師の知識LASIK提供医師の知識各患者の経験各患者の経験症例報告論文レビュー論文症例報告論文症例報告論文レビュー論文症例報告論文????一般眼科医の認識・知識一般眼科医の認識・知識図1白内障(a)とLASIK(b)における一般眼科医の認識LASIKにおいてはばらつきが多いと考えられる.患者のQOLや満足度が正規分布で表現されるかどうかの議論はあるが,簡便性のためにベルカーブで表現した. ートしていないことが多いのは納得されるであろう.LASIKについてはカバーすべき領域とはわかっていても,経験・リテラシーに関しては就業環境におけるソフトとハードの問題もあり,簡単に習熟することは困難である.教科書や論文でリテラシーは変えられるという意見もあるかもしれないが,経験に裏打ちされない知識は身につきにくいのと,稀にしか診察しない治療法に関して,最新の英語論文にアクセスしてレビューなどを読み込んでから判断することはまずないと思われる.一般的な治療法であれば,WEBでキーワード検索などをして眼科学会や医師のブログなどを読み,統一感のある記事を見つけることが可能で,それを元に自身の理解や患者説明が可能である.しかし,白内障以外の屈折矯正手術に関する問題点は,宣伝,悪評,好評,学術的な記載などがWEBには入り乱れており,限られた患者経験しかない医師,とくに上記③の患者を多く診る医師の場合には患者経験から血肉となる知識に偏りがでる.本来,中立的な情報や全体像を見渡すべき眼科医が,一般の人々・マスコミ・WEB情報と同じ姿勢で患者に接していることがある(図1).しかし,患者が医師に求めるものは,患者の意見を聞くことではあるが,同調することなく,プロとしての広い知識や経験を元に判断材料を提供することだと考える.これはLASIKに限ることではないが,眼科医師のなかでとくに認識に差が大きいLASIKなどの角膜屈折矯正手術については,中立的な認識形成のための対応が必要かと思われる.IIIQualityofLife(QOL)の相対性非常に一般化しているが曖昧なQOLやQOV(qualityofvision)という言葉を,筆者らは日常的に使用している.雨傘は雨天時には快適さに寄与するが,晴天時は荷物以外の何物でもないように,QOLやQOVも評価する項目,対象,時期(時代),環境,立場に応じて良いQOLにも悪いQOLにもなりうる.とくに周りの環境変化によって正負の評価が急に逆転することがある.先述した安心LASIKネットワーク加盟施設へのアンケート調査時に得られた返信コメントに「現時点では視力もよく,症状などもまったく問題ないのに,報道によって不安になって連絡してこられた」とあったように,これまでQOLの高かった患者が不安にさいなまれてドクター・ショッピングを始めるようになり,眼科医ごとに異なる意見をいわれ,さらに不安になりQOLが下がるようなことも散見されるようになった.このようにQOLの相対性については認識しておく必要がある.IVQOLの統計処理問題数値データのような量的データの解析についてはある程度確立した方法がある.しかし,QOLのような定性的・主観的な質的データについてはvalidationされているような質問票もあれば,慣例的に医療機関で使用されている回答項目をスコア化しているだけのものもある.質的データの多くは大小,順序,方向のみに意味があり計算することができない順序尺度であるが,心理学や教育学の調査・研究では,便宜上,間隔尺度とみなしてデータ解析する場合がある.したがって,質的データをそのままグラフ化したり比率を表示するだけなら問題ないが,統計解析をされたものに関しては注意を要する.V医師のLASIK経験から学ぶ医師は診察する患者から多くを学ぶ.臨床の現場では患者の訴える問題の範囲と医師の考える問題の範囲に差(ギャップゾーン)があるのを日常的に医師は経験している(図2).これは医療知識の偏り,医学的思考トレーニングの有無がある以上,完全には埋まらないものである.しかし,一般的な疾患であればそれを埋めるための説明や努力がなされている.屈折矯正トレーニングを受けていない医師は,一般患者の満足度やQOLを報告した論文に接しても「医師と患者で認識の差はあるしなー」と考え,それよりも自身の少数の症例経験とそれに一致するWEB検索結果に引っ張られる認識形成を行うことも多いと思われる.WEBでは患者体験が多く綴られているが,そのなかには満足度が高い症例や低い症例医師患者問題ない問題ない問題問題ギャップゾーン図2医師と患者の「問題と考える範囲」の違い(5)あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016765 766あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(6)ールを送付し,58%にあたる132名から回答を得た.12項目からなる質問票に対する回答の解析を行ったものである.下記にデータとコメントを記載する(Q:question,R:result).Q1:専門は何ですか?R1:外科手術を行う医師28.0%,処置を行う医師43.2%,処置も手術も行わない医師28.8%,計100%(眼科手術医師:9名6.8%).単一施設,単一術者における研究で質問票の返送率が100%ではないという問題はあるが,そのなかでも眼科手術を行う医師が9名6.8%存在している.米国で全医師に対する眼科医の割合は約2%なので,それと比べても高い比率である.さらに,InternationalSocietyofRefractiveSurgery(ISRS)の2013年における調査結果において,より屈折矯正術者が多く含まれているという母集団に偏りはあると思うが,40%の眼科医,配偶者の34%,子供の26%,そして少なくとも兄弟姉妹の72%がLASIKかPRKを受けており,このようにとくにLVCに理解のある眼科医を多く含む調査でこのような結果が出ていることは患者説明の際に利用していただきたい3).Q4:メガネやコンタクト矯正のない状態での現在の視力にどれくらい満足していますか?(図3)R4:満足が95.3%.LASIK関連論文をまとめたQOLと満足度に関するレビュー論文1)の結果でも97%の満足度を得ており,今回の論文とほぼ同等の結果である.Q5:術前の裸眼・メガネ・コンタクトレンズ矯正視力と比べて,今の視力の質はどれくらいよいですか?(図4)R5:84.3%で向上,96.8%で同等以上.この結果も術後の度数の戻りの情報や合併症の情報との紐付けができない研究デザインのなかで同等以上の視力の比率が96.8%というのは高いのではないかと考える.にかたよった患者個人の経験が溢れている.いうなればチャンピオンデータの症例報告か合併症の症例報告論文をみているようなものである(図1).執筆というと通常は,できるだけ客観性をもたせるためにPubMedなどで関連キーワードを網羅的に調べて,得られた検索結果の論文のエッセンスをまとめるという形態のものが多い.査読を経た論文のなかでも,コントロールされた多くの症例の統計処理を行ったものがインパクトファクターの高いものとして頻繁に引用される.しかし,医師のなかでも誰が読むかによって論文の評価は大きく変わる.つまり,数多くの患者を実際に診ているLASIK提供医師はそのような論文のデータに納得感を抱くであろうが,一般眼科医の場合には結果をみてもイメージさえ湧いていない可能性がある.したがって,今回の執筆の目的である一般眼科医のLASIKに関する認識を形成するためには既報のまとめだけでは意味がないと考え,従来のような執筆形態でなくこのような書き方をしている.しかし,データの裏付けも必要なため一般眼科の先生方に訴える論文を検索した.つまり,医学的思考ができる者(医師)のLASIK体験をまとめた論文である.より読者の感覚に近い医師がLASIKに関してどのように感じて評価しているのかという最近の論文を提示し認識を形成する助けになればと考えた.以下に呈示する論文(Long-termfollow-upafterlaservisioncorrectioninphysicians:qualityoflifeandpatientsatisfaction)2)はレーザー屈折矯正角膜切除術(photorefractivekeratectomy:PRK)とLASIKが混在しており,LASIKについてもマイクロケラトームとフェムトセカンドレーザーのものが混在している.つまり純粋なLASIKの結果ではないが,医師という特定の集団のレーザー屈折矯正手術結果をまとめたもののなかでは一番新しく,症例数の一番多いものであったので採用することにした.VI論文内容の紹介2000年から2012年の12年間にクリーブランドクリニックのグループが実施した医師に対するLASIKとPRKのLVCのQOLと患者満足度調査の結果である2).研究基準を満たすLVCを受けた226人の医師に電子メ図1).執筆というと通常は,できるだけ客観性をもたせるためにPubMedなどで関連キーワードを網羅的に調べて,得られた検索結果の論文のエッセンスをまとめるという形態のものが多い.査読を経た論文のなかでも,コントロールされた多くの症例の統計処理を行ったものがインパクトファクターの高いものとして頻繁に引用される.しかし,医師のなかでも誰が読むかによって論文の評価は大きく変わる.つまり,数多くの患者を実際に診ているLASIK提供医師はそのような論文のデータに納得感を抱くであろうが,一般眼科医の場合には結果をみてもイメージさえ湧いていない可能性がある.したがって,今回の執筆の目的である一般眼科医のLASIKに関する認識を形成するためには既報のまとめだけでは意味がないと考え,従来のような執筆形態でなくこのような書き方をしている.しかし,データの裏付けも必要なため一般眼科の先生方に訴える論文を検索した.つまり,医学的思考ができる者(医師)のLASIK体験をまとめた論文である.より読者の感覚に近い医師がLASIKに関してどのように感じて評価しているのかという最近の論文を提示し認識を形成する助けになればと考えた.以下に呈示する論文(Long-termfollow-upafterlaservisioncorrectioninphysicians:qualityoflifeandpatientsatisfaction)2)はレーザー屈折矯正角膜切除術(photorefractivekeratectomy:PRK)とLASIKが混在しており,LASIKについてもマイクロケラトームとフェムトセカンドレーザーのものが混在している.つまり純粋なLASIKの結果ではないが,医師という特定の集団のレーザー屈折矯正手術結果をまとめたもののなかでは一番新しく,症例数の一番多いものであったので採用することにした.VI論文内容の紹介2000年から2012年の12年間にクリーブランドクリニックのグループが実施した医師に対するLASIKとPRKのLVCのQOLと患者満足度調査の結果である2).研究基準を満たすLVCを受けた226人の医師に電子メ766あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016ールを送付し,58%にあたる132名から回答を得た.12項目からなる質問票に対する回答の解析を行ったものである.下記にデータとコメントを記載する(Q:question,R:result).Q1:専門は何ですか?R1:外科手術を行う医師28.0%,処置を行う医師43.2%,処置も手術も行わない医師28.8%,計100%(眼科手術医師:9名6.8%).単一施設,単一術者における研究で質問票の返送率が100%ではないという問題はあるが,そのなかでも眼科手術を行う医師が9名6.8%存在している.米国で全医師に対する眼科医の割合は約2%なので,それと比べても高い比率である.さらに,InternationalSocietyofRefractiveSurgery(ISRS)の2013年における調査結果において,より屈折矯正術者が多く含まれているという母集団に偏りはあると思うが,40%の眼科医,配偶者の34%,子供の26%,そして少なくとも兄弟姉妹の72%がLASIKかPRKを受けており,このようにとくにLVCに理解のある眼科医を多く含む調査でこのような結果が出ていることは患者説明の際に利用していただきたい3).Q4:メガネやコンタクト矯正のない状態での現在の視力にどれくらい満足していますか?(図3)R4:満足が95.3%.LASIK関連論文をまとめたQOLと満足度に関するレビュー論文1)の結果でも97%の満足度を得ており,今回の論文とほぼ同等の結果である.Q5:術前の裸眼・メガネ・コンタクトレンズ矯正視力と比べて,今の視力の質はどれくらいよいですか?(図4)R5:84.3%で向上,96.8%で同等以上.この結果も術後の度数の戻りの情報や合併症の情報との紐付けができない研究デザインのなかで同等以上の視力の比率が96.8%というのは高いのではないかと考える.(6) あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016767(7)限があるという医師は1人もいなかった.患者のQOLに大きな影響を与える外科手術や処置を行う医師の比率が高いなか,このような結果になったことは認識していただきたい.Q8:屈折矯正手術以来,処置の正確性はどうなりましたか?(図7)R8:同等以上は98.4%になる.Q6:視力は仕事において“concern”である(Myvisionisaconcernatmywork).(図5)R6:この回答については結果にばらつきがある.この質問で使われているconcernという単語の語義が誤解を招きやすいと論文のディスカッションでも述べられているように,この質問はvalidateされていない.「視力は仕事で大切」という意味にも取れるし,「仕事では視力が問題になっている」とも意味が取れ,どの意味で医師が答えているかが不明で解釈が難しい.Q7:屈折矯正手術後,医師としての仕事能力にどれだけ制限が出てきましたか?(図6)R7:90%以上がまったく問題ないと答え,非常に制80706050403020100%大不満不満どちらでもない満足大満足0.82.31.62570.3図3Q4の回答集計結果「メガネやコンタクトレンズ矯正のない状態での現在の視力にどれくらい満足していますか?」に対する回答.悪いわずかに悪い同等良いかなり良い03.112.527.3576050403020100%図4Q5の回答集計結果「術前の裸眼・メガネ・コンタクトレンズ矯正視力と比べて,今の視力の質はどれくらいよいですか?」に対する回答.わからない非常にある程度少々全くない3.901.63.990.6100500%図6Q7の回答集計結果「屈折矯正手術後,医師としての仕事能力にどれだけ制限が出てきましたか?」に対する回答.いつも頻繁に時々稀に決してない17.23.90.825.858.6706050403020100%図5Q6の回答集計結果「視力は仕事において“concern”である(Myvisionisaconcernatmywork).」」に対する回答.806040200%不可能に困難に同等改善大改善01.659.414.824.2図7Q8の回答集計結果「屈折矯正手術以来,処置の正確性はどうなりましたか?」に対する回答.80706050403020100%大不満不満どちらでもない満足大満足0.82.31.62570.3図3Q4の回答集計結果「メガネやコンタクトレンズ矯正のない状態での現在の視力にどれくらい満足していますか?」に対する回答.悪いわずかに悪い同等良いかなり良い03.112.527.3576050403020100%図4Q5の回答集計結果「術前の裸眼・メガネ・コンタクトレンズ矯正視力と比べて,今の視力の質はどれくらいよいですか?」に対する回答.わからない非常にある程度少々全くない3.901.63.990.6100500%図6Q7の回答集計結果「屈折矯正手術後,医師としての仕事能力にどれだけ制限が出てきましたか?」に対する回答.いつも頻繁に時々稀に決してない17.23.90.825.858.6706050403020100%図5Q6の回答集計結果「視力は仕事において“concern”である(Myvisionisaconcernatmywork).」」に対する回答.806040200%不可能に困難に同等改善大改善01.659.414.824.2図7Q8の回答集計結果「屈折矯正手術以来,処置の正確性はどうなりましたか?」に対する回答. これは医師にとってよいだけでなく患者ケアにも意味があるのではないかと思われる.しかし,1.6%は術前よりも医師としての仕事が困難になったと回答しているという事実もある.Q11:今回のあなたの手術結果の経験や知識が事前にあったとすれば,もう一度手術を受けられますか?(表1)R11:96.0%もう一度受けるが.5人の医師2回目は受けないと回答した.5人の医師の内訳は次の通りである.#1:手術や処置が困難で不満#2:メガネが必要なため不満#3:異物感と乾燥感が強いが,評価は満足でも不満足でもないニュートラル#4:満足はしているが必要ない手術だと判断#5:満足はしているがメガネで矯正不能な見え方しかし,この最後の症例は,視力の問題がLVCで起こったのか,術前からあってそれが改善しなかったのかが不明とのことである.一方で,不満があるがもう一度手術を受けるという患者も2人いた.術後の問題点についての記述もあり,中には20~30%にも上るものもある.しかし,96%もの医師が術後の経験を事前に知っていたとしてももう一度受けると答えている.満足でも受けない症例,不満足でも受けるという症例がいるということも患者説明の際に付け加えていただきたい.術後,問題をまったく感じない医師が28.3%であったが,問題として比率が高かったものを列挙すると,夜間運転時(36.2%),近見視力(22.0%),運転時の対向車のヘッドライトのグレア(21.3%).軽症から重症までを含むが目の症状で比較的頻度の高かったものはゴロ表1術後経験の知識を術前に得ることができたとしたらもう一度受けるかどうかを満足例と不満足例で集計満足と回答した人不満足と回答した人受ける1192受けない22ゴロする(50.0%),グレア(43.0%),ハロー(41.4%),薄暮時の見え方(35.2%).メガネやコンタクトレンズを術後も使用している比率21.9%,28人でこのうち8人は1日2時間以上メガネかコンタクトレンズを必要としていた.18人は状況により異なるとのことで,多くは近見時(67.9%),夜・雨・グレア時の運転時(39.2%)にメガネかコンタクトレンズを必要としていた.このメガネやコンタクトレンズを術後もしている28人のグループは満足度が低い傾向があり(28人中22人,78.6%),逆にメガネから開放された99人(99%)は満足していた.1人は中立的な意見,不満な患者は1人もいなかったとのことである.まとめ今回はLASIKを提供していない一般眼科医に「LASIKとQOL」に関する認識をもっていただく目的とした.客観的に異常を認めず数値データでは問題なくてもQOLが低いと感じたり,主観や客観データで不満な部分はあってもQOLは高いと感じたり,満足度やQOLは肉体的,精神的,経済的期待値をどれだけ満たしているかとか,どれだけ実際に効果を得ているかなどに依存する.加えて報道や周りからの意見,時代背景,患者の理解や感覚に依存し,相対的で動的に変化するという性質も有するため100%の満足度を得ることは困難であろう.これに関して,100%でない治療は提供すべきでないという意見があることも承知はしている.しかし,それによりこれまで眼科界が蓄積してきた屈折矯正のソフトやハードが失われ,職業的・美容的・医学的な理由で屈折矯正手術を必要とし利益を受けることができる患者の機会損失になったり,すでに受けた患者の不利益になるような事態になれば非常に残念である.このような満足度やQOL研究ではホーソン効果(Hawthorneeffect)を考慮にいれる必要がある.ホーソン効果とは労働者の作業能率は,客観的な職場環境よりも職場における個人の人間関係や目標意識に左右されるのではないかということを調べたホーソン実験から,治療を受ける者が信頼する治療者(医師など)に期待されていると感じることで,行動の変化を起すなどして,768あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(8) あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016769(9)結果的に病気がよくなる(よくなったように感じる,よくなったと治療者に告げる)現象をいう.たとえば膝痛の患者が信頼する医者が期待してくれている,と感じることにより,膝の運動療法を自ら率先して行うようになり,膝痛がよくなることがある.糖尿病の治療をしている患者が,あの医師があんなに親身になって心配してくれているんだからと自発的に食事療法にはげんだりなど.ホーソン効果はプラセボ効果と並び,研究するにあたっては考慮する必要がある因子である.研究においては排除すべきこのようなプラセボ効果やホーソン効果も,実際の臨床においては患者の治療満足度やQOLを上げるのに大切である.先述したように満足度やQOLは動的に変化するものなので,眼科医の意見の相違を経験したり否定的なことをいわれたりすると治療効果が下がる可能性がある.患者の不満を抱えた状態が続けば,①治療の中断やドクター・ショッピング,②継続受診に対する患者のコンプライアンス行動の低下,③医療者と患者の意思の疎通が図れないために,治療に必要な症状,経過などの患者情報を医療者が得られない,④眼科医全体への信頼の損失なども究極的には表れてくるかもしれない.したがって,屈折矯正手術に関して読者にお願いしたいのは,他の疾患や治療で患者に説明しているときと同じスタンスをとっていただきたいということである.もっと端的にいうと,図2にあるギャップゾーンを埋める努力をLASIKなどの屈折矯正手術においてもプロとして行っていただきたい.つまり,一般的なデータや知識という客観的なものと,それを踏まえた個人の主観的見解をバランスよくかつ区別して患者に伝えていただくことである.その際のデータとして高率に出てくる問題点,たとえば今回引用した論文でもグレア(43.0%),ハロー(41.4%)とあるが,これだけを抽出して4割が問題を生じているという表現をするだけでなく,同時にそれでも95%の医師は満足で96%の医師はそれがわかっていてももう一度手術をうけるといっているという情報も付加しながら判断材料を適切に伝えていただきたい.このような機会を与えていただいた不二門先生,坪田先生,編集委員会の皆さまに感謝申し上げます.この稿が明日からの診療の一助になれば非常に幸いです.文献1)SolomonKD,FernandezdeCastroLE,SandovalHPetal;theJointLASIKStudyTaskForce:LASIKworldlit-eraturereview;qualityoflifeandpatientsatisfaction.Ophthalmology116:691-701,20092)PasqualiTA,SmadjaD,SavetskyMJetal:Long-termfollow-upafterlaservisioncorrectioninphysicians:qual-ityoflifeandpatientsatisfaction.JCataractRefractSurg40:395-402,20143)DuffeyRJ,LeamingD:USTrendsinRefractiveSurgery.ISRSSurvey.ISRS,2013

序説:屈折矯正を見直す!

2016年6月30日 木曜日

●序説あたらしい眼科33(6):761.762,2016●序説あたらしい眼科33(6):761.762,2016屈折矯正を見直す!OverviewofRefractiveCorrection坪田一男*不二門尚**眼科においてこれまで,視力では矯正視力が重要であり,裸眼視力の向上はセカンダリーと考えられてきた.眼鏡やコンタクトレンズ,レーシック(LASIK)による屈折矯正は病気の治療とは一線を画して“希望者だけが行うもの”という程度にみられてきたと思う.しかしながら最近の研究により,屈折矯正の重要性が日常生活におけるQOL(qualityoflife)や,なんと矯正視力の改善という立場からも大切であることがわかってきた.世界的にも視力障害の大きな原因として“屈折異常”が再評価されつつあるのである.オルソケラトロジーや多焦点眼鏡による小児の近視進行の抑制や,屈折矯正には安定した涙液層の存在が欠かせないことなど,新しい領域が注目を集めている.そこで今回の特集では,「屈折矯正の重要性」について見直してみたい.まずは屈折矯正手術の代表選手であるLASIKについて,「LASIKとQOL」をテーマに南青山アイクリニックの井手武先生に執筆をお願いした.数年前の消費者庁による誤った報道のためにLASIKの安全性に対して疑問がもたれたため,以降手術件数は大幅に減ったが,LASIKは世界的に普及している安全性と満足度の高い手術だ.とくに日常生活におけるOQLの向上が評価されている.さらに,LASIKの進化形として出現したフェムトセカンドレーザーだけを用いた「SMILE手術」は,ドライアイの発症率が少ないなど利点も多く,注目されている.このSMILE手術について,名古屋アイクリニックの中村友昭先生に詳しく解説をお願いした.また,数年前に認可された強度近視のための「フェイキック(Phakic)IOL」は,徐々に市民権を得つつあり,視力の劇的な向上により患者満足度は非常に高い.この点について北里大学の神谷和孝先生に最近の動向について解説をお願いした.PhakicIOLに続いて,現在では白内障術後のIOLの上にさらにレンズを追加して用いる追加矯正眼内レンズが開発され,その適応が広がりつつある.この新しいレンズについて慶應義塾大学の西恭代・根岸一乃先生が詳しく述べてくれている.さて,「オルソケラトロジー」は屈折矯正のひとつの方法として受け入れられているが,すでに中国においてはむしろ近視抑制効果のほうが評価されて,学童のコンタクトレンズの半分はオルソケラトロジーという時代になっている.この分野をリードする筑波大学の平岡孝浩先生に治験例を含めて解説をお願いした.近視進行抑制にはオルソケラトロジーの他に多重焦点眼鏡によるアプローチも世界的にチャレンジされている.大阪大学眼科の神田寛行と*KazuoTsubota:慶應義塾大学医学部眼科学教室**TakashiFujikado:大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学教室0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(1)761 762あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(2)不二門尚が,多重焦点による近視抑制のサイエンスと実用化について解説した.「角膜内リング(ICRS)」はわが国ではまだ認可されていないものの,フェムトセカンドレーザーによって簡便に行える手術であり,円錐角膜などの不正乱視治療に広く使われるようになった.みなとみらいアイクリニックの荒井宏幸先生に角膜リングの適応と効果について解説いただいた.最後に“屈折矯正における涙液層の重要性”として,この領域の世界的リーダーである大阪大学の高静花先生に「涙液と屈折」について解説をお願いした.最近の検査器械の進歩により,涙液の不安定性と視機能の関係が定量的に研究できるようになり,涙液層が不安定となるドライアイにおいては視機能が大きく低下することがわかってきて,屈折矯正の点からドライアイが見直されている.光学的に光が目に入るもっとも表層面は涙液層であり,この安定性なくして安定した視覚は得られないことは容易に想像がつく.今回の特集で屈折矯正のすべてをカバーすることはできないが,少なくとも現在注目されている領域については十分な情報を提供できたと考えている.眼鏡やコンタクトレンズを使えば良いという時代から,少しでも快適にものを見たいという社会の要求が高まり,現在の屈折矯正の広がりにつながっている.これからさらに調節力をもった眼内レンズの開発など,新しい技術革新もなされている.社会のニーズに応えらえる屈折矯正サイエンスとしてさらに大きく進歩していくものと期待される.

近赤外分光法を用いた新生児の他覚的視機能検査装置の開発

2016年5月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科33(5):749〜754,2016©近赤外分光法を用いた新生児の他覚的視機能検査装置の開発岩田遥*1池田哲也*2半田知也*3石川均*2,3庄司信行*2,3清水公也*2*1北里大学大学院医療系研究科視覚情報科学*2北里大学病院眼科*3北里大学医療衛生学部視覚機能療法学DevelopmentofObjectiveVisualFunctionTestDeviceforNewborns,UsingFunctionalNear-infraredSpectroscopyYoIwata1),TetsuyaIkeda2),TomoyaHanda3),HitoshiIshikawa2,3),NobuyukiShoji2,3)andKimiyaShimizu2)1)Master’sProgramofMedicalScience,KitasatoUniversityGraduateSchool,2)DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,KitasatoUniversity,3)DepartmentofRehabilitation,OrthopticsandVisualScienceCourse,SchoolofAlliedHealthScience,KitasatoUniversity新生児用近赤外分光法(fNIRS装置)を新たに開発し,新生児8名に対し他覚的視機能検査を試みた.プローブ数は2つであり,後頭結節を基準に左右両側3cmの位置に設置した.波形安定後,光刺激を10秒間与え,光刺激1秒前から光刺激5秒後までの合計16秒間,酸素化および脱酸素化ヘモグロビン濃度変化を測定した.被験者8名中5名(被験者1~5)は安定した波形を得ることができ,光刺激を与えた際に左右両側ともに有意な酸素化ヘモグロビン濃度の上昇(平均±標準偏差:0.12120±0.00721mMol-mm)を認めた(p<0.01).また,5名のうち被験者1および3の右半球,被験者5の左右両側を除き,それぞれの被験者は光刺激を与えた際に有意な脱酸素化ヘモグロビン濃度の減少(平均±標準偏差:0.00243±0.00285mMol-mm)を認めた(p<0.01).他の3名(被験者6~8)は啼泣のため安定した波形を得られなかった.新生児用fNIRS装置は新生児の視機能評価に有用である可能性が示唆された.Wehavenewlydevelopednear-infraredspectroscopy(fNIRS)equipmentfornewborns,andtriedobjectivevisualfunctiontestingof8newborns.Weplacedtwoprobesontherightandleftsides(3cm)oftheprimaryvisualcortex,basedontheoccipitalprotuberanceofthenewborn.WemeasuredchangeinoxyanddeoxyHbconcentrationfor16seconds(beforelightstimulusfor1second,withstimulusfor10secondsandafterstimulusfor5seconds).Fiveofthe8subjects(subjects1-5)yieldedastablewaveform.SignificantriseinoxygenationHbconcentration(mean±standarddeviation:0.12120±0.00721mMol-mm)wasobservedonbothrightandleftsideswheneachofsubjects1-5receivedlightstimulation.SignificantdeclineindeoxygenationHbconcentration(mean±standarddeviation:0.00243±0.00285mMol-mm)wasobservedonbothrightandleftsideswheneachofsubjects1-5receivedlightstimulation.Theother3subjectswerecrying,sostablewavepatternscouldnotbeobtained.ItissuggestedthattheNeonatalfNIRSdeviceispotentiallyusefulforvisualfunctionevaluationinnewborns.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(5):749〜754,2016〕Keywords:他覚的視機能検査,近赤外分光法.objectivevisualfunctiontest,functionalnear-infraredspectroscopyはじめに新生児の視機能をできるだけ早期に評価することは重要である.新生児は自覚的応答ができないため,視機能を評価するにはpreferentiallooking法やoptokineticnystagmus法などの他覚的手法が用いられる.そのなかで,視覚反応を脳から直接捉える装置としてvisualevokedpotential(VEP)がある1~3).VEPは視覚刺激を与えることで大脳皮質視覚野に生じる微小な電位の変化を捉えることにより,視神経から第一次視覚野までの異常の有無を検査することができる.しかしながら,VEPはわずかな体動や静電気などのノイズの影響を受けやすく,ベッドサイドでの測定は困難な状況が多い.そのため,新生児に対してVEPを施行する際は鎮静剤を投与する必要がある.近年,大脳の非侵襲的な脳機能測定法として近赤外分光法(functionalnear-infraredspectroscopy:fNIRS)が開発され,眼科領域において用いられるようになってきた4~6).fNIRSは局所の脳活動変化に伴う脳血流の酸素化ヘモグロビンおよび脱酸素化ヘモグロビン濃度変化を,生体を透過することができる700~900nmの近赤外光を用いて捉えることにより脳機能活動を間接的に評価することができる.fNIRSはノイズの影響が少なく,また神経活動時の変化を高い時間分解能(サンプリングレート)で詳細に検討することができる7).しかしながら,現状のfNIRS装置が大型のものが多く,設置にも時間がかかるため,臨床的な検査装置としてはむずかしい.そこで今回筆者らは,新生児の視機能評価に特化した小型のfNIRS装置を新たに開発し,新生児の他覚的視機能検査を行った.I対象対象は北里大学病院新生児特定集中治療室(NeonatalIntensiveCareUnit:NICU)に入院中の新生児8名(平均胎生週数39.9±2.5週)である.本研究は北里大学病院倫理委員会の承認を受けている(B14-40).II方法新生児に対し新たに開発したfNIRS装置(ADVANTEST社,東京都)を用いて酸素化ヘモグロビンおよび脱酸素化ヘモグロビン濃度変化を測定した.本装置の外観を図1aに示す.新生児用fNIRS装置はNICUのスペースを考慮した小型仕様であり,1つの近赤外線照射用LEDと4つの光子検出用のPINフォトダイオードからなるプローブが搭載されている(図1b).PINフォトダイオードは近赤外線照射用LEDの四方に配置している(距離は2cm).プローブ数は2つである.プローブ接着部はスポンジ構造であり,被験者の体動に影響されにくく,またどの被験者の頭部にもフィットする仕様となっている(図1b).それぞれのプローブに770nmおよび840nmの2波長発光型のLEDを使用し,2つの近赤外線の照射位置はほぼ同じになるよう設定されている.PINフォトダイオードの出力(微弱電流)は直後のアンプで電圧値に変換され本体へ送信される.プローブからの信号を受けた本体では最大34dBまでの増幅ゲインをもった可変ゲインアンプで信号を増幅する.増幅された信号は分解能16bitのanalogtodigital変換器(ADコンバータ)に取り込まれ,デジタルデータに変化する.プローブから本体への接続ケーブルを減らすため,各プローブからの4つのPINフォトダイオード出力は4:1のセレクタを通してリアルタイムに切り替えながら1本の信号として本体へ送信される.ADコンバータのコントロール,変換されたデジタルデータの処理,プローブ出力セレクト制御,近赤外線照射用LEDの照射タイミングなどは組み込み型のマイクロコントローラ(以下,マイコン)で制御されている.マイコンではノイズ成分の除去のためデジタル信号処理によりローパスフィルタ演算を行っている.ローパスフィルタのカットオフ値は10Hzである.デジタル信号処理されたデータは100ms間隔でBluetooth接続されたタブレット端末へ送信される〔見かけの測定間隔は100ms(10Hz)である〕.端末ではmodifiedLanbert-Beer則8)に則り,酸素化ヘモグロビンおよび脱酸素化ヘモグロビン濃度変化を計算している.近赤外線照射用LEDは照射OFF・770nm,照射・840nmを順番に繰り返している.マイコンは4つのPINフォトダイオード,2つのプローブで測定タイミングが重ならないよう,順番を制御している.一連のシーケンス動作は約400μs(サンプリングレート2,500KHz)で実行されている.PINフォトダイオードでの光量測定の際は,近赤外線照射用LEDOFF時の背景光量を測定し,近赤外線照射用LEDON時の測定値から差し引いている(差分データ).新生児用fNIRS装置は測定開始時に自動的にCALIBRATIONを実行する.測定開始時に新生児用fNIRS装置は近赤外線照射用LEDOFF時とON時の差分データがアナログ・デジタル変換のデジタルデータで0×1,500~0×2,000(16進)=5,376~8,192(10進)になるように可変ゲインアンプのゲインを設定する.アナログ・デジタル変換のデジタル値は−32,768~32,767(10進)=0×8,000~0×7FFF(16進)が全範囲である.この値は各PINフォトダイオードにデジタルデータとして保持され,測定中は対応するPINフォトダイオードにより可変ゲインアンプのゲインデータをリアルタイムに切り替える.プローブは新生児の後頭結節を基準に左右両側3cmの位置に設置した.視覚刺激は波形の安定後,ベッドサイドで半暗室において,非鎮静下かつ閉瞼状態で行った.室内照度は20ルクス(lx)である.視覚刺激は光刺激(白色光,400lx)であり,刺激時間は前レスト(1秒間:光刺激を行わない)→タスク(10秒間:光刺激を行う)→後レスト(5秒間:光刺激を行わない)の合計16秒間である.それぞれの被験者の前レストからタスクへの酸素化ヘモグロビンおよび脱酸素化ヘモグロビン濃度変化量を左右半球に分けて解析した.測定外観を図2に示す.統計解析にはpairedt-testを用い,有意水準1%以下を有意差ありとした.III結果すべての被験者の酸素化ヘモグロビンおよび脱酸素化ヘモグロビン濃度変化の波形を図3に示す.被験者8名中5名(被験者1~5)は安定した波形を得ることができた.被験者1~5の酸素化ヘモグロビンおよび脱酸素化ヘモグロビン濃度変化量を表1に示す.被験者1~5は平均±標準偏差で0.12120±0.00721mMol-mmの酸素化ヘモグロビン濃度の上昇,0.00243±0.00285mMol-mmの脱酸素化ヘモグロビン濃度の減少を認めた.被験者1~5はそれぞれ,前レストから光刺激を与えた際に左右両側ともに有意な酸素化ヘモグロビン濃度の上昇を認めた(p<0.01).左右両側ともに酸素化ヘモグロビン濃度の上昇が認められた5名中2名(被験者2,4)はそれぞれ,前レストから光刺激を与えた際に有意な脱酸素化ヘモグロビン濃度の減少を認めた(p<0.01).しかしながら,被験者1および3の左半球はそれぞれ脱酸素化ヘモグロビン濃度の有意な減少を認める(p<0.01)が,右半球はそれぞれ脱酸素化ヘモグロビン濃度の有意な減少を認めず,また被験者5は左右半球ともに脱酸素化ヘモグロビン濃度の有意な減少を認めなかった.残りの3名の被験者(被験者6~8)は啼泣しており,測定中の体動が大きいため安定した波形を得ることができなかった.IV考按今回,新たに開発したfNIRS装置を用いてベッドサイドでの新生児の視機能を他覚的に評価できる可能性が示唆された.安定した波形が得られた症例において,視覚刺激を与えた際に酸素化ヘモグロビン濃度の上昇および脱酸素化ヘモグロビン濃度の減少が認められたが,被験者間およびプローブ間に波形の大小が観察された.これは,新生児の胎生週数の違いによる骨の厚みや毛髪の量の違いや,また国際10-20法9,10)に従わず,後頭結節を素早く確認しその位置にプローブを当てていることから,プローブ接着位置に若干の位置ずれがあったことなどが原因であると考えられる.過去の新生児の視覚野に対する先行研究においても,視覚刺激に対する第一次視覚野の酸素化ヘモグロビン濃度の上昇および脱酸素化ヘモグロビン濃度の減少が報告されており4,6,11),今回の筆者らの研究においてもプローブを接着できた症例では同様の結果が得られた.fNIRSは脳の神経活動を間接的に評価している.今回の結果における酸素化ヘモグロビン濃度の上昇および脱酸素化ヘモグロビン濃度の減少は光刺激に対する視覚野の活動を捉えることができたと推察する.従来のfNIRS装置は脳のすべての範囲を測定できるよう,プローブ数が多いため装置が大型で装着に時間がかかった.今回の試作装置は新生児の視覚反応を素早く手軽に捉えることを目的としており,プローブの設置を簡易的にし,装置も小型にしているため,NICUに持ち込んで保育器のベッドサイドで測定することができた.さらに,新生児を鎮静化させることなく,わずかな体動であればノイズを抑えることができ,安定した波形を取得することができた.しかしながら,測定前から啼泣しており体動が大きく,測定できない症例もあった.新生児はとくに授乳前に啼泣し,授乳後はおとなしい傾向がみられた.新生児は空腹や眠気,および痛みなどさまざまな原因によって啼泣することが知られている12).今後,測定時間も考慮することにより,さらに安定した結果が得られる可能性があると考えられる.今回の筆者らの研究では新生児用fNIRS装置を新生児の視機能を他覚的に測定することに用いたが,本機器は新生児のみならず,他の自覚的応答が困難な患者や,心因性視覚障害,詐病などの評価にも応用できると考えられる.今後のfNIRSのさらなる応用が期待される.文献1)McCullochDL,OrbachH,SkarfB:Maturationofthepattern-reversalVEPinhumaninfants:atheoreticalframework.Visionres39:3673-3680,19992)McDonaldCG,JoffeCL,BarnetABetal:Abnormalflashvisualevokedpotentialsinmalnourishedinfants:anevaluationusingprincipalcomponentanalysis.ClinNeurophysiol118:896-900,20073)KaraśkiewiczJ,LubińskiW,PenkalaK:Visualevokedpotentialsinadiagnosisofavisualpathwaydysfunctionofachildwithanarachnoidcyst.DocOphthalmol130:77-81,20154)WatanabeH,HomaeF,TagaG:Activationanddeactivationinresponsetovisualstimulationintheoccipitalcortexof6-month-oldhumaninfants.DevPsychobiol54:1-15,20125)MikiA,NakajimaT,TakagiMetal:Near-infraredspectroscopyofthevisualcortexinunilateralopticneuritis.AmJOphthalmol139:352-356,20056)LiaoSM,GreggNM,WhiteBRetal:Neonatalhemodynamicresponsetovisualcortexactivity:high-densitynear-infraredspectroscopystudy.JBiomedOpt15:026010,20107)福田正人:精神疾患の診断・治療のための臨床検査としてのNIRS測定.MEDIX10:4-10,20038)DelpyDT,CopeM,vanderZeePetal:Estimationofopticalpathlengththroughtissuefromdirecttimeofflightmeasurement.PhysMedBiol33:1433-1442,19889)KlemGH,LüdersHO,JasperHHetal:Theten-twentyelectrodesystemoftheInternationalFederation.TheInternationalFederationofClinicalNeurophysiology.ElectroencephalogrClinNeurophysiolSuppl52:3-6,199910)OkamotoM,DanH,SakamotoKetal:Three-dimensionalprobabilisticanatomicalcranio-cerebralcorrelationviatheinternational10-20systemorientedfortranscranialfunctionalbrainmapping.Neuroimage21:99-111,200411)ShibataM,FuchinoY,NaoiNetal:Broadcorticalactivationinresponsetotactilestimulationinnewborns.Neuroreport23:373-377,201212)荒川薫:乳幼児泣き声の定量的解析と啼泣原因推定.電子情報通信学会基礎・境界ソサイエティ.FundamentalsReview1:221-225,2007〔別刷請求先〕岩田遥:〒252-0373神奈川県相模原市南区北里1-15-1北里大学大学院医療系研究科視覚情報科学Reprintrequests:YoIwata,CO,Master’sProgramofMedicalScience,KitasatoUniversityGraduateSchool,1-15-1Kitasato,Minami-ku,Sagamihara,Kanagawa252-0373,JAPAN図1新生児用fNIRS装置外観(a)とプローブ外観(b)スポンジ構造となっている.図2測定外観便宜上,明室での撮影となっている.図3各被験者の結果実線が酸素化ヘモグロビン,点線が脱酸素化ヘモグロビン濃度変化を示す.時間軸の二重線は光刺激を与えた時間を示す.表1各被験者の酸素化および脱酸素化ヘモグロビン濃度変化量0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(125)749750あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(126)(127)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016751752あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(128)(129)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016753754あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(130)

眼部打撲による外傷性動眼神経麻痺の1例

2016年5月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科33(5):746〜748,2016©眼部打撲による外傷性動眼神経麻痺の1例宇田川さち子*1大久保真司*1高比良雅之*1柿﨑裕彦*2杉山和久*1*1金沢大学医薬保健学域医学系眼科学*2愛知医科大学眼形成・眼窩・涙道外科ACaseofTraumaticOculomotorNervePalsyduetoOcularContusionSachikoUdagawa1),ShinjiOhkubo1),MasayukiTakahira1),HirohikoKakizaki2)andKazuhisaSugiyama1)1)DepartmentofOphthalmology,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,2)DepartmentofOphthalmology,AichiMedicalUniversitySchoolofMedicine眼部打撲による外傷性動眼神経麻痺の1例を経験した.症例は22歳,男性.手甲部が右眼部に当たり,同日に金沢大学附属病院・救急外来を受診した.右眼球運動障害,右軽度眼瞼下垂,右眼散瞳(右眼直接・間接反射消失)がみられ,眼窩部CT(computedtomography)で右上下眼瞼皮下血腫,皮下気腫がみられたが,明らかな眼窩壁骨折はなく,眼窩部MRI(magneticresonanceimaging)で右下直筋,外直筋に血腫,腫脹がみられた.約2週間後には,眼瞼下垂は消失,眼球運動障害は徐々に改善し,約3カ月後には正面視と日常生活範囲での複視は消失した.最終受診時には眼瞼下垂や日常生活範囲内での複視はなかったが,右上転障害と右内眼筋障害が残存した.Wereportacaseoftraumaticoculomotornervepalsyduetoocularcontusion.A22-year-oldmale,whohadstruckhisrighteyewiththebackofhishand,visitedKanazawaUniversityHospitalwithmotilitydisorderandmydriasis(lossofbothdirectandindirectreflex)inhisrighteyeandmildrightuppereyelidptosis.Computedtomography(CT)scansshowedsubcutaneoushematomaandemphysemaoftherightupperandlowereyelids,butnoorbitalwallfracture.Magneticresonanceimaging(MRI)revealedhematomaandswellingintherightinferiorandlateralrecti.Theptosisdisappearedandtheoculomotordisorderimprovedin2weeks;diplopiaatprimarypositionandindailylifedisappearedin3months.Athisfinalvisit(inthe8thmonth),limitedrighteyeelevationandintraocularmuscledisorderstillremained.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(5):746〜748,2016〕Keywords:眼窩部打撲,外傷性動眼神経麻痺,上転障害,内眼筋障害.ocularcontusion,traumaticoculomotornervepalsy,limitedelevation,intraocularmuscledisorder.はじめに眼部打撲では眼窩吹き抜け骨折の報告が多数みられるが,外傷性動眼神経麻痺の報告は,トラップドア型の眼窩吹き抜け骨折に動眼神経の下斜筋枝が巻き込まれたという2例の報告のみである1).外傷性動眼神経障害の回復は,通常,眼瞼下垂,外眼筋麻痺の順に生じ,瞳孔異常の回復は遅れるとされている2).今回,眼部打撲による外傷性動眼神経麻痺の1例を経験したので報告する.I症例患者:22歳,男性.主訴:眼窩部の打撲と眼痛,眼瞼腫脹.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:特記すべきことなし.現病歴:2012年7月4日の午前4時頃,ワインのコルクを抜こうとしたときに手甲部が右眼部に当たり,同日に金沢大学附属病院救急外来を受診した.右眼球運動障害がみられ,眼窩部CTで右眼瞼皮下血腫,皮下気腫を認めたが,明らかな眼窩壁骨折はなかった.MRIでは,脳ヘルニアなど頭蓋内病変はなく,動眼神経を圧迫する占拠性病変も認められなかった.また,右眼外直筋,右眼下直筋に血腫,腫脹がみられた(図1b).同日,眼科初診となった.眼科初診時所見:視力は,VD=0.4(0.9×sph+2.00(cyl−1.50DAx160°),VS=1.2(n.c.)であり,右眼に眼瞼腫脹と軽度の眼瞼下垂がみられた.右眼の前眼部所見では,結膜下出血や散瞳がみられた.明所での瞳孔径は右眼6.5mm,左眼2.5mm,暗所でのそれは右眼7.5mm,左眼4.5mmであった.右眼の対光反射は直接・間接ともに消失していた(図1,2).右眼に1%ピロカルピン塩酸塩点眼液を点眼すると縮瞳がみられた.右眼球運動障害を認め,とくに内ひき・下ひき・上ひき制限が著明で,右動眼神経麻痺が疑われた.上方視後すぐに下方視を指示した際に右眼の内方回旋がみられたことより,右滑車神経麻痺の合併はないと思われた.全方向での複視を生じていた.治療:受傷1週間後からステロイドの内服(プレドニゾロン,30mg/日)を開始した.14日後には,眼瞼下垂は消失し,その後,眼球運動障害は徐々に改善した.受傷82日後には,正面視と日常生活範囲での複視が消失していたため,プレドニンの内服を中止とした.最終受診時所見:視力はVD=(1.2×sph+1.25(cyl−0.50DAx5°),VS=(1.2×sph+0.50D),近見視力NVD=0.25(0.9×sph+2.00(cyl−0.50DAx5°),NVS=1.0(1.0×sph+0.50)で,右眼の近見視力測定の際には,+0.75Dの近見加入を必要とした.眼瞼下垂や日常生活範囲内での複視は認められなかったが,右眼の上転障害が残存し(図3a,b),対光反射および輻湊時の縮瞳が不十分であった(図3c).II考按外傷による動眼神経麻痺は,二次性のものが多く,重症頭部外傷に伴う脳ヘルニアが原因で生じるものが大多数であり,それ以外の一次性によるものは1%程度といわれている3,4).一次性動眼神経麻痺である外傷性動眼神経単独麻痺は比較的まれであり,発生頻度は0〜15%と報告されている5,6).しかし,一次性の動眼神経麻痺は比較的よく回復するので,報告自体は少数ではあるが,実際はそれほどまれなものではないと考えられる.眼部打撲では眼窩吹き抜け骨折の報告が多数みられるが,外傷性動眼神経麻痺の報告は,トラップドア型の眼窩吹き抜け骨折に動眼神経の下斜筋枝が巻き込まれたという2例の報告のみである1).本症例では,MRIで右眼外直筋,右眼下直筋に血腫,腫脹がみられた.眼瞼下垂は眼瞼浮腫の消失とともに受傷14日後には消失したため,動眼神経麻痺による眼瞼下垂ではなく,眼瞼浮腫および皮下血腫によるものと考えられた.瞳孔は,1%ピロカルピン塩酸塩点眼液によって縮瞳がみられたことから,瞳孔括約筋の障害による外傷性散瞳ではなく,副交感神経線維の障害であることが示唆された.右眼の近見視力測定時に+0.75Dの付加が必要であり,調節力の低下が示唆されたこと,また,対光反射および輻湊時の縮瞳が左眼に比べて不十分であったことからも,上記推測が支持されるものと考える.軽微な外傷による毛様体神経節障害はよく知られているところではあるが,本症例も右眼部打撲によって,毛様体神経節障害が生じ動眼神経の副交感神経の障害が残存したと考えられる.瞳孔障害に関しては,頭部外傷による一次性動眼神経麻痺の報告では,腹側表面を走行する瞳孔線維がとくに損傷され内眼筋麻痺は難治性となる7)ことが指摘されている.上転障害の残存については,下直筋の筋内出血により,治癒過程で瘢痕化もしくは線維化が生じたためと考えられる.その結果,下直筋の伸展障害が生じ,上転障害が残存したものと推測される.また,動眼神経内においてpupillaryfiberは中脳を出た直後は背内側表面を走行し,硬膜貫通部周囲では腹側表面を走行するが8),この解剖学的特徴から,外傷の際には動眼神経下枝がもっとも影響を受けやすいと考えられる.本症例ではとくに下直筋,下斜筋,副交感神経線維の障害が生じ,それに加え,下直筋の伸展障害による上転障害が合併したと推測された.しかし,今回はfocedductiontest(牽引試験)を施行していないため,上転障害の原因が伸展障害によるものであるのか,神経麻痺によるものであるのかの鑑別は困難である.以上のことから,外傷による外眼筋の物理的損傷および動眼神経麻痺が合併した眼球運動障害である可能性が示唆された.本症例では,眼球運動障害はある程度の改善がみられたが,瞳孔運動障害,調節障害すなわち,内眼筋障害の回復は十分ではなかった.文献1)KakizakiH,ZakoM,IwakiMetal:Incarcerationoftheinferiorobliquemusclebranchoftheoculomotornerveintwocasesoforbitalfloortrapdoorfracture.JpnJOphthalmol49:246-252,20052)KaidoT,TanakaY,KanemotoYetal:Traumaticoculomotornervepalsy.JClinNeurosci13:852-855,20063)MemonMY,PaineWE:Directinjuryoftheoculomotornerveincraniocerebraltrauma.JNeurosurg35:461-464,19714)NagasekiY,ShimizuT,KakizawaTetal:Primaryinternalophthalmoplegiaduetoheadinjury.ActaNeurochir97:117-122,19895)ChenCC,PaiYM,WangRFetal:Isolatedoculomotornervepalsyfromminorheadtrauma.BrJSportsMed39:e34,20056)MuthuP,PrittyP:Mildheadinjurywithisolatedthirdnervepalsy.EmergMedJ18:310-311,20017)勝野亮,小林士郎,横田裕行ほか:一次性動眼神経麻痺をきたした軽症頭部外傷の2症例.BRAINandNERVE:神経研究の進歩60:89-91,20088)角田茂,京井喜久男,内海庄三郎ほか:一側性動眼神経単独麻痺に関する研究.奈良医学雑誌37:605-609,1986図1a初診時の9方向むき眼位写真正面視では右眼外斜視,右眼は上転,下転,内転障害が著明である.図1b初診時,MRI(冠状断面)の脂肪抑制併用T1強調画像(左),脂肪抑制併用T2強調画像(右)頭蓋内病変はなく,右外直筋,右下直筋に血腫,腫脹がみられた(矢印).図2初診時の瞳孔所見(暗室)左眼2.5mm,暗室では右眼7.5mm,左眼4.5mmで瞳孔不同がみられた.右眼は直接・間接対光反射は消失,左眼は直接および間接対光反射は迅速かつ完全であった.図3a最終受診時(受傷後252日)の9方向眼位写真右上方視時に右眼の遅動がみられる.図3b最終受診時(受傷後252日)のHess赤緑試験の結果右眼の上転制限がみられる.図3c右眼の瞳孔所見(細隙灯顕微鏡スリット光による直接対光反射)右眼に細隙灯顕微鏡の強いスリット光を当てても,直接対光反射は不十分であった.〔別刷請求先〕宇田川さち子:〒920-8641石川県金沢市宝町13-1金沢大学医薬保健学域医学系眼科学Reprintrequests:SachikoUdagawa,DepartmentofOphthalmology,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,13-1Takara-machi,Kanazawa,Ishikawa920-8641,JAPAN0794160-181あ0/た160910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(123)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016747748あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(124)

眼科病棟における糖尿病チェックシートの評価

2016年5月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科33(5):741〜745,2016©眼科病棟における糖尿病チェックシートの評価篠田歩*1兼子登志子*1菊名理恵*1武田美知子*1荒井桂子*1大音清香*2堀貞夫*1井上賢治*2*1西葛西・井上眼科病院*2井上眼科病院EvaluationoftheDiabeticCheck-sheetinanOphthalmologyWardAyumiShinoda1),ToshikoKaneko1),RieKikuna1),MichikoTakeda1),KeikoArai1),KiyokaOhne2),SadaoHori1)andKenjiInoue2)1)NishikasaiInouyeEyeHospital,2)InouyeEyeHospital目的:糖尿病チェックシート(以下チェックシート)が,入院中の糖尿病患者の看護問題を明確化して,適切な看護を行うことにつながっているかを調査した.対象および方法:2014年1~10月に糖尿病網膜症の治療のために西葛西・井上眼科病院に入院した患者のチェックシート161名分161枚の記載内容を集計した.また,チェックシートを使用した当院の病棟看護師13名にアンケートを実施した.結果:糖尿病の病型が確認できたのは1型が5名(3.1%),2型が121名(75.2%)であった.入院中に低血糖発作を起こした患者は9名(5.6%)で,このうちインスリン療法を導入していたのは6名,内服療法が3名であった.なお9名のうち2名が1型糖尿病であった.足病変があった患者は126名中42名(33.3%)であった.看護師アンケートより,チェックシートを用いて明確化された看護問題として,「コンプライアンスの状態」「足のケアに対する教育」「低血糖になる可能性」「低血糖に対する教育の必要性」があげられた.その問題に沿って看護ケアを提供したことがあるスタッフは13名(100%)であった.結論:チェックシートは,眼科単科病院で,眼科を中心とした看護ケアだけでなく,糖尿病患者の看護を行う資料として活用できる.Purpose:Toevaluatethediabeticcheck-sheet(DCS)thatwasdesignedtoclarifynursingproblemsrelatingtopatientsadmittedtooureyehospitalforophthalmicsurgery.SubjectsandMethods:Clinicalinformationondiabeticcontrol,treatment,statusofnephropathyandneuropathywasrecordedontheDCSof161consecutivepatientsadmittedforsurgery.Theresultswereanalyzedsoastobetterunderstandnursingproblemsregardingadmittedpatients.ThirteennursesrespondedtoaquestionnairesurveytodeterminewhethertheDCSwassuccessfullyutilized.Results:Patientsclassifiableastype1were5innumber(3.1%);type2patientstotaled121(75.2%).Hypoglycemicattackwasobservedin9patients(5.6%);6ofthosewereinsulintreatedand3receivedonlyoraltreatment.Informationonnephropathywasnotsufficientlycollected.Footproblemsinneuropathywerefoundin33.3%.Thequestionnairesurveyofnursesdisclosedproblemsconcerningcompliancewiththetreatmentofdiabetes,footcare,hypoglycemiaanditseducation.All13nursesengagedintheseaspectsofnursingcareduringthesurvey.Conclusion:TheDCSattheeyehospitalisausefultoolnotonlyforophthalmiccare,butforgeneraldiabeticcareofpatientsadmittedforsurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(5):741〜745,2016〕Keywords:糖尿病患者,糖尿病チェックシート,全身管理,糖尿病網膜症患者の看護.diabeticpatients,diabeticcheck-sheet,generalcare,nursingcare.はじめに筆者らは眼科単科病院での糖尿病網膜症患者の症例報告を行い,糖尿病網膜症患者への看護には全身観察が重要で,急変が起こりうることを念頭にいれた看護援助が必要であることを報告した1).その結果を踏まえて,西葛西・井上眼科病院(以下,当院)ではスタッフの意識づけとして糖尿病チェックシート(以下,チェックシート)を改訂し,2014年1月より使用している.過去の研究では入院時の患者情報収集用紙の検討や作成・評価に関した報告はされているが2,3),眼科単科病院で糖尿病だけを取り扱った情報収集用紙の報告はない.今回改訂したチェックシートが,糖尿病患者の入院中の看護問題の発見や適切な看護に役立っているか,活用状況を調査した.I対象および方法1.チェックシートによる調査内容2013年12月24日に改訂したチェックシートを図1に示す.糖尿病網膜症の治療のため,おもに硝子体手術の対象となった糖尿病患者の入院時に,看護師が患者から聴収した情報と情報提供書より収集した内容をチェックシートに記入した.内容は,「チェックI.糖尿病治療」「チェックII.障害部位の記入欄」「チェックIII.血糖測定・インスリン」「チェックIV.血糖値」の大きく4つに分かれている.「チェックI.糖尿病治療」に関しては,1.病型,2.食事療法,3.薬物療法,4.HbA1C値,5.低血糖経験,6.腎機能障害,7.神経障害の7項目に分けた.6の腎機能障害に関しては,情報提供書からの内科情報に基づき,病期を細かく設定した.このチェックシートの記載内容から活用状況を調査した.2.チェックシートを使用した看護師に対するアンケート調査チェックシートを用いることで意図したように看護問題や看護展開がされているかを当院の病棟看護師13名にアンケートを行い,活用状況を調査した.アンケート内容は,チェックシートを用いることで①糖尿病の情報を把握し,看護上の問題点をあげることができたか,また,看護上の問題点はどんな内容であったか,②低血糖が起こる可能性があると感じた患者はいたか,③脳出血・心筋梗塞などの重要な臓器の出血や梗塞が起きる可能性がある患者を把握することができたか,④糖尿病の情報を把握し,気付いた看護問題を看護ケアとして患者に提供したことはあったか,また,実際に患者に提供した看護ケア・教育はどんな内容であったかの4項目とした.II結果1.チェックシートによる調査結果2014年1~10月にチェックシートを記入した入院患者は161名であった.手術眼・僚眼の視力はLP(−)〜1.2に分布し,手術眼の平均logMAR視力は0.87(±0.67)であった(n=151).僚眼の平均logMAR視力は0.31(±0.45)であった(n=155).手術眼と僚眼の各視力が手動弁以下であったものは平均視力の算定から除外した.各チェック項目の内容は以下に記す(図2).「チェックI.糖尿病治療」:「1.病型」で聞き取りまたは情報提供書より判定できたのは126名(78.3%)で,1型が5名(3.1%),2型が121名(75.2%)であった.「2.食事療法」をしていたのは152名(94.4%)でこのうち摂取カロリーの指示があったのは123名(76.4%)であった.「3.薬物療法」について151名(93.8%)から回答が得られ,内服治療は91名(56.5%),インスリン療法は26名(16.2%),インスリン+内服療法は25名(15.5%)に行われており,薬物療法を行っていない患者は9名(5.6%)であった.「4.HbA1C値」の情報が得られたのは114名(70.8%)であり,優(5.8未満)は7名(4.4%),良(5.8以上6.5未満)は23名(14.3%),可(6.5以上8.0未満)は65名(40.3%),不可(8.0以上)は19名(11.8%)であった.「5.低血糖経験」について聴取できたのは136名(84.5%)で,経験なしが85名(52.8%),経験ありが51名(31.7%)であった.入院中に低血糖発作を起こした患者は9名(5.6%)で,このうちインスリン療法を導入していたのは6名,内服療法が3名であった.なお9名のうち2名が1型糖尿病であり,低血糖経験ありが6名であった.「6.腎機能障害」に関して記入されたのは12名(7.5%)のみで,十分な情報が得られなかった.「7.神経障害」は126名(78.3%)から情報が得られ,足病変があったのは126人中42名(33.3%),皮膚変色が26名(20.6%),乾燥が14名(11.1%),肥厚が10名(7.9%),浮腫が8名(6.3%)であり,潰瘍を伴って治療が必要な患者は5名(3.9%)であった.「チェックIII.血糖測定・インスリン」「チェックIV.血糖値」は,個々の患者の血糖測定に関する情報を記入したものであり,今回の報告では解析しなかった.2.チェックシートを使用した看護師に対するアンケート調査結果調査に参加した看護師13名の平均年齢は42.4歳(±8.6歳)で看護師経験の平均経験年数18.6年(±9.4年)であり,アンケート回収率は100%であった.「1.チェックシートを用いることで糖尿病の情報を把握し,看護上の問題点をあげたことがあるか」という質問では,全員(100%)があると回答した.「看護上の問題点はどんな内容であったか」のアンケート(複数回答)では,「コンプライアンスの状態」「入院中,低血糖になる可能性があり指導が必要」「糖尿病網膜症を含めた糖尿病の教育が必要」「足のケアに対する教育が必要」が多かった(図3).「2.低血糖が起こる可能性があると感じた患者はいたか」という質問では,全員(100%)が「いた」と回答した.「3.脳出血・心筋梗塞などの重要な臓器の出血や梗塞が起きる可能性がある患者を把握することができたか」という質問では,「できなかった」1名(8%),「どちらともいえない」12名(92%)であった.「4.糖尿病の情報を把握し,気付いた看護問題を看護ケアとして患者に提供したことはあったか」という質問では,全員が「はい」と回答した.実際に患者に実施した看護ケア・教育の内容は,「低血糖と対処方法の説明」10名,「フットケアに対する説明」「血糖コントロールができておらず,担当医に報告」「糖尿病専門医について説明する」「糖尿病に関するパンフレットの提供・説明」の回答がそれぞれ8名であった(図4).III考按1.チェックシートによる調査内容以前までのチェックシートは糖尿病患者の身体面・社会面・家族協力体制などの項目をあげていたが,改訂後は入院中の糖尿病の管理を中心に,とくに低血糖が起こる危険性の確認と神経障害の足の観察に重点を置いた項目とした.低血糖の起きる可能性とチェックできる項目は「チェックI.糖尿病治療」の6項目であった.内容は,「1.病型」では1型か2型の糖尿病かを確認するように項目を設定し,糖尿病患者の病型を把握した.「2.食事療法」では内科の指示カロリーがあるのか,また食事の回数を確認し入院生活と日常生活の相違を確認するようにした.「3.薬物療法」では,薬物利用の有無を確認し,利用している場合,内服・インスリンおよびその両方かを把握することで低血糖の危険性を確認した.「4.HbA1C」では数値を確認し血糖管理状況を把握した.「5.低血糖経験」では,経験の有無を確認し,患者に低血糖に対する知識を確認した.「6.腎機能障害」では,耐糖能を悪化させる要因と改善させる要因が同時に存在することで,血糖コントロールを不安定にさせる4)ことから,腎機能障害の病期を確認し低血糖が起こる危険性を把握した.以上の6項目が,入院中低血糖が起こる危険性を判断できるチェック項目となっている.これらの項目が入院する糖尿病患者のアセスメントに生かされているか確認し,有用性についてさらに検討した.まず,チェックシートから当院の糖尿病患者の現状を確認した.眼科単科病院である当院は聞き取りができなかった未記入分を含めた161名中では2型糖尿病が75.2%であったが,聞き取りができたなかでは96.0%と多くを占めていた.日本の糖尿病患者の約95%が2型糖尿病とされている5)ため,平均的と考える(図2).つぎに,食事療法・薬物療法を実施している患者が70%以上と高いのは,糖尿病網膜症患者は入院前に糖尿病の治療を内科で受けていることが前提となっているためと考えられる.薬物療法は88.2%の患者が行っており,インスリン療法を導入している患者は31.7%を占めていた.低血糖を起こした患者9名中6名はインスリン療法を実施していたことから,インスリン療法を実施している患者は低血糖を起こす可能性が高いといえる.また,低血糖経験を確認したところ9名中6名が経験しており,そのうち5名はインスリン療法を実施している患者であった.インスリン療法の有無と合わせて低血糖経験の有無は,入院中の低血糖出現の有無に影響を与えると考える.入院時の情報で,インスリン療法を実施している低血糖経験ありの患者に対しては,とくに注意して血糖値の変動を確認していく必要がある.また,当院の糖尿病網膜症患者の多くは視機能が低下しているため患者自身では足病変に気付きにくい.また,神経障害があると足の感覚が鈍くなるため,知らない間に足を傷つけ足病変を生じやすい.そのため入院時に看護師による足病変の有無の確認が必要である.今回の調査で足病変があった患者は42名/126名(33.3%)であり,さらに潰瘍があり軟膏治療が必要な患者は5名(3.9%)であり,足の観察により異常の早期発見を行い,足のケアにも気を配れるように患者に促すことも眼科看護においては重要であろう.2.チェックシートを使用した看護師に対するアンケート調査チェックシートを用いることで検討すべき看護問題が絞られ,適切に看護を行えているかを,アンケート調査で確認し,また実際にチェックシートを使用しているかを記載内容より調査した.入院中検討すべき看護問題があげられているかについては,13名全員が「できている」と回答していた.看護問題の内容として「コンプライアンスの状態」「低血糖になる可能性がある」「低血糖に対する教育が必要」「足のケアに対する教育が必要」が上位にあがっていた.「チェックI.糖尿病治療」の低血糖経験の有無に関しては136名(84.4%)の記載があった.低血糖が起こる可能性があると感じた患者がいるかに対しては,「いる」と13名(100%)全員が回答し,「低血糖と対処方法の説明」を13名中10名が実施していた.チェックシートを用いることで低血糖に関した看護問題をあげて看護を行えているといえる.神経障害の項目に関しては,126名(78.2%)が記載しており,「フットケアに対する説明」を13名中8名が実施していた.神経障害を把握するために足の観察項目を設けることにより,スタッフは自ずと足の観察を実施することになる.そのため,チェックシートの情報をもとに看護するため,足の観察後に異常があった患者に対しフットケアに関する説明を半分以上のスタッフが実施していた.これもチェックシートを活用した効果と考えられる.低血糖・神経障害の看護問題をチェックシートより導き出すことができていることから,看護師による観察の質を一定に保つことができていると考えられる.また,看護問題として「コンプライアンスの状態」が上位にあがっていた.これはチェックシートを作成するにあたり意図していなかった看護問題であった.意図していなかった理由として,チェックシートの項目内容だけでは情報が足りないため「コンプライアンスの状態」は判断できないと思っていた.しかし実際,患者から糖尿病の情報をスムーズに聞き出す突破口としてもチェックシートは使用されていた.「コンプライアンスの状態」が上位にあがったのは,チェックシートの回答とチェックシート項目以外の会話から得た患者情報全部を踏まえてアセスメントした結果,患者の血糖管理状況や糖尿病への理解度を評価していたからと考える.「コンプライアンスの状態」の看護問題に対して,「血糖コントロールができておらず担当医に報告」「糖尿病専門医について説明する」「糖尿病に関するパンフレットの提供・説明」の看護ケアが実施されていたため,回答が多くあがったと考えられる(図4).チェックシートはスタッフの情報収集用紙として活用され,患者個々のレベルに合ったさまざまな看護問題をとりあげていると考えられる.しかし,チェックシートを用いることで,大血管障害が起こる危険性を把握することはできるかの問いに対し,「どちらともいえない」「できない」と13名全員が回答していた.このチェックシートだけでは患者の急変の有無を予測することはむずかしいと思われる.急変した場合を想定して定期的に急変時看護の講習会を開き対応を理解しておく,また救急時対応フローチャートを作成して掲示することで急変時に対応ができるよう看護体制を整えるようにした.チェックシートの記載のなかで腎機能障害の項目だけ12名(7.5%)と記載率が悪かった(図2).腎機能障害の項目の記載率が悪かった原因として,内科から患者に腎機能障害の病期については説明されておらず,また情報提供書にも記載がないことから,患者の病状や治療内容の詳細が得られなかったことがあげられる.眼科単科病院ではチェックシートから必要な患者情報をすべて得るには限界があり,限られた情報から過不足なく看護に必要な情報を引き出し整理することが求められる.IV結論チェックシートだけでは急変の可能性は予測困難だが,糖尿病の病状,低血糖対策・フットケアの意識づけ・血糖管理の良否を明らかにするには有用である.また,チェックシートを用いることで指導する内容を一定にすることができ,眼科看護を中心とした看護ケアだけでなく,糖尿病看護を行う資料として活用できる.本稿の要旨は第20回日本糖尿病眼学会にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)篠田歩,兼子登志子,井出明美ほか:看護上問題の多い糖尿病網膜症患者の看護のあり方.あたらしい眼科32:294-298,20152)岡崎敦子:患者入院時のアセスメントシートについて検討─ニーチャムスケールの応用─.第34回老年看護,p68-70,20033)宮本和美:効果的な入院時情報収集に向けたデータベース用紙の改善─記載率・活用状況の前後の比較─.第43回日本看護学会論文集,看護総合,p3-6,20134)貴田岡正史,和田幹子:そこが知りたい糖尿病ケアQ&A─臨床現場からの質問に答えます─.p40,総合医学社,20085)日本糖尿病学会編:糖尿病治療の手びき.改訂第55版,p19,南江堂,20116)大音清香:ステージ期にみた眼科ケアの基本.眼科エキスパートナーシング第2版,p96-98,南江堂,2015〔別刷請求先〕篠田歩:〒134-0088東京都江戸川区西葛西3-12-14西葛西・井上眼科病院Reprintrequests:AyumiShinoda,NishikasaiInouyeEyeHospital,3-12-14Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPAN図1糖尿病チェックシート図2チェックシートの項目別人数(記入率)161名図3看護上の問題点はどんな内容であったか(複数回答可)図4実際に患者に提供した看護ケア・教育(複数回答可)0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(117)741742あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(118)(119)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016743744あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(120)(121)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016745

ブリモニジン点眼薬とブナゾシン点眼薬の多剤併用治療における追加効果の比較

2016年5月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科33(5):735〜740,2016©ブリモニジン点眼薬とブナゾシン点眼薬の多剤併用治療における追加効果の比較中谷雄介*1杉山和久*2*1厚生連高岡病院眼科*2金沢大学眼科ComparisonofTopicalBrimonidineversusBunazosinHydrochlorideasAdjunctiveTherapyinPatientswithGlaucomaYusukeNakatani1)andKazuhisaSugiyama2)1)DepartmentofOphthalmology,KoseirenTakaokaHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience目的:多剤治療中の緑内障眼に対しブリモニジン点眼液またはブナゾシン点眼液を投与し,眼圧下降効果についてプロスペクティブに検討した.対象および方法:プロスタグランジン関連薬,b遮断薬,および炭酸脱水酵素阻害薬を単剤または多剤点眼中の60例84眼を対象に,ブリモニジン点眼液またはブナゾシン点眼液を無作為に追加投与し,1,2,3カ月後の眼圧について検討した.結果:ブリモニジン追加群(40眼),ブナゾシン追加群(44眼)とも追加前眼圧より有意に低下した(ブリモニジン:追加前14.7±3.5mmHg,3カ月後12.1±2.6mmHg,ブナゾシン:追加前14.8±4.3mmHg,3カ月後13.4±3.8mmHg).3剤併用例では,ブナゾシン群(16眼)では有意な低下はみられなかったが,ブリモニジン群(21眼)では1,3カ月で有意に低下していた.両群の比較では追加1カ月目にブリモニジンがブナゾシンより眼圧下降率が大きかった.結論:ブリモニジン点眼はブナゾシン点眼より追加効果で優れている可能性がある.Purpose:Weperformeda3-month,randomized,open-labelstudyinpatientswithglaucomatocomparetheintraocularpressure(IOP)-loweringeffectsof0.1%brimonidineversus0.01%bunazosinhydrochlorideophthalmicsolutionasanadjunctivetherapy.ObjectandMethod:Patientswererandomlyassignedtoreceivetopicalbrimonidin(n=40)ortopicalbunazosin(n=44)asadjunctivetherapy.IOPmeasurementsinthe2groupswererecordedonday0(baseline)andat1to3months.Results:BrimonidinereducedthemeanIOPby1.3-2.6mmHgat1to3months(p<0.0001forall).BunazosinreducedthemeanIOPby0.6-2.3mmHgat2and3months(p<0.01).Asfourthadjunctivetherapy,whilebrimonidinereducedIOPat1and3monthsby2.1-2.5mmHg(p<0.01),bunazosinshowednosignificantreduction.Incomparisonofthe2groups,brimonidineshowedagreaterIOPreductionratethanbunazosin,evenasfourthadjunctivetherapy.Conclusion:BrimonidinereducedIOPmorestronglythandidbunazosinasadjunctivetherapy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(5):735〜740,2016〕Keywords:ブリモニジン点眼液,ブナゾシン点眼液,追加投与.brimonidine,bunazosin,adjunctivetherapy.はじめに緑内障に対しては通常プロスタグランジン(prostaglandin:PG)関連薬を第1選択としさらに単剤での治療効果が不十分の際,2剤目あるいは3剤目としてb遮断薬(bblocker)あるいは炭酸脱水酵素阻害薬(carbonicanhydraseinhibitor:CAI)を選ぶことが多い.わが国ではこれら以外に作用機序の異なる点眼としてa2刺激薬ブリモニジン(アイファガン®)やa1遮断薬塩酸ブナゾシン(デタントール®)がある.ブリモニジンは,a2受容体を選択的に刺激することから,a1受容体刺激時に発現する散瞳や口腔内乾燥感などの副作用の頻度は低い.眼圧下降機序は,房水産生抑制に加え,ぶどう膜強膜経由の房水排出促進が関与している1).ブナゾシンはアドレナリン受容体a1,a2受容体のうちa1に対する遮断薬であり,a1作用による毛様体筋収縮を阻害することによりぶどう膜強膜流出を増加させ眼圧を下降させる2).これらの位置付けは第2,第3あるいは第4の追加点眼における選択薬とされている.そこで,今回多剤使用症例に対して,ブリモニジンまたはブナゾシン点眼薬の追加による眼圧下降効果について,オープンラベルによるプロスペクティブスタディで比較検討した.I対象および方法対象は平成25年7月〜平成26年7月に厚生連高岡病院に通院中の緑内障患者で,PG,b-blocker,CAIのいずれか,または多剤併用治療を3カ月以上行っているにもかかわらず,眼圧下降効果が不十分あるいは視野障害が進行している69例93眼を対象とした.ブリモニジン点眼液またはブナゾシン点眼液を無作為に追加投与し,1,2,3カ月後の眼圧について検討した.また,追加前に3剤併用されていた症例(4剤目としてブリモニジン点眼液またはブナゾシン点眼液を追加)をサブ解析した.両眼点眼追加した例はすべて左右同じ点眼を追加した.角膜屈折矯正手術,角膜疾患,ぶどう膜炎,6カ月以内に緑内障手術などの内眼手術の既往のある症例,心疾患,腎疾患,呼吸器疾患や副腎皮質ステロイド薬で治療中の症例は対象から除外した.点眼追加前,追加後1カ月後,2カ月,3カ月後に眼圧をGoldmann圧平式眼圧計で測定した.眼圧は午前中の外来診療における時間帯に同一検者が測定した.配合剤は2剤として分類した.点眼追加後1,2,3カ月後の眼圧下降率(%)はそれぞれ(追加前眼圧-追加1,2,3カ月後の眼圧)/追加前眼圧×100とした.本研究は厚生連高岡病院倫理委員会の承認を事前に受けた.解析方法はMedcalc®,version11.1.1.0を用いて投与前と投与1,2,3カ月後の眼圧の比較にはRepeatedANOVA,Post-hoctestとしてBonferroni法を用いた.ブリモニジン点眼群,ブナゾシン点眼群間の眼圧の比較には眼圧下降率を用いunpairedt-testで比較した.点眼前の眼圧値と追加3カ月目における眼圧下降率の相関関係をPearsonの相関係数によって検討した.追加前点眼数と追加3カ月目眼圧下降量をプロット表示した.危険率5%以下を有意な差ありとした.II結果全症例の内訳は,男性34例,女性33例,93眼であった.年齢は74.4±8.9(平均値±標準偏差)歳であった.病型は,原発開放隅角緑内障(広義)78眼,落屑緑内障10眼,続発緑内障5眼である.67例93眼中,6例9眼が脱落,理由は1例が痒みで中断(ブナナゾシン),3眼は経過観察中に緑内障手術施行で中断,5眼は点眼忘れで中断した.最終的に61例84眼を対象とした.対象の内訳はブリモニジン点眼群40眼(75.6±7.9歳,男性21眼,女性19眼,追加前点眼:1剤;9眼,2剤;15眼,3剤;16眼),ブナゾシン点眼群44眼(75.2±9.1歳,男性23眼,女性21眼,追加前点眼:1剤;17眼,2剤;6眼3剤;21眼)であった(表1).年齢,性別に有意な差はなかった.全症例を対象にした比較において眼圧値はブリモニジン群では追加前14.7±3.5mmHg(平均値±標準偏差),1カ月後12.2±2.8mmHg,2カ月後12.5±2.9mmHg,3カ月後12.1±2.6mmHgで,追加前に比較して追加後はすべて有意に低下していた(p<0.0001)(図1).ブナゾシン群では追加前14.8±4.3mmHg,1カ月後14.2±4.1mmHg,2カ月後13.4±3.4mmHg,3カ月後13.4±3.8mmHgで,追加前に比較して2,3カ月で有意に低下していた(p=0.24,0.0026,0.0013)(図2).4剤目として点眼追加した場合,ブリモニジン群では追加前14.8±4.1mmHg,1カ月後12.7±3.4mmHg,2カ月後12.7±2.9mmHg,3カ月後12.3±2.9mmHgで,追加前に比較して1,3カ月で有意に低下していた(p=0.0036,0.15,0.01)(図3).ブナゾシン群では追加前15.5±5.2mmHg,1カ月後15.5±4.8mmHg,2カ月後14.3±3.5mmHg,3カ月後14.9±4.2mmHgで追加後に有意な低下はみられなかった(p=1.0,0.16,1.0)(図4).眼圧下降率によるブリモニジン追加群とブナゾシン追加群の比較では全症例では追加1カ月目にブリモニジン群がブナゾシン群より下降率が大きかった(p=0.0003)(図5).4剤目として点眼追加した場合でも,追加1カ月目にブリモニジン群がブナゾシン群より下降率が大きかった(p=0.01)(図6).追加前眼圧値と追加3カ月目における眼圧下降率の相関では,ブリモニジン,ブナゾシン群とも追加前眼圧値と眼圧下降率の間にはほぼ同等の相関関係が認められ(ブリモニジン:r=0.4823,p=0.0016,ブナゾシン群:r=0.412,p=0.0054),追加前眼圧が高いほど眼圧下降率も大きい傾向にあった(図7).追加前点眼数と追加後眼圧下降量についてのプロット図からブリモニジン点眼で5例,ブナゾシン点眼で9例,とくに4剤併用において5例に追加後眼圧下降量が0mmHg未満の症例がみられた(図8).副作用の内訳は,ブリモニジン点眼45例中霧視1例,点状表層角膜炎の悪化2例,ブナゾシン点眼48例中点状表層角膜炎の悪化1例,眼掻痒感1例であった.III考按ブリモニジン点眼は追加効果においてブナゾシン点眼より有意な眼圧下降率を示し,4剤目の追加としても有用であった.ブリモニジン点眼は追加効果として3カ月目まで平均1.3〜2.6mmHgまで下降し,4剤目の追加処方としても1,3カ月目で2.1〜2.5mmHgの有意な低下を維持した.一方ブナゾシン点眼も2,3カ月目まで0.6〜2.3mmHgまで有意に下降したが,4剤目としては有意な下降はみられなかった.わが国においてこれらの追加効果について直接比較した検討はない.ブリモニジンについての報告は単剤ではチモロールと比較したものとしてピークで6.7mmHg,トラフで4.3mmHg低下し,ピークではチモロールより下がっていたとされる3).追加効果としては平均17.9%(4.26mmHg)の眼圧下降効果があり,追加前にラタノプロストを含む場合,15.5%から20.1%(3.63〜6.62mmHg)の眼圧低下効果があるとされ4,5),各種PGに対しては平均3mmHg前後の追加効果が得られたとされる6).海外での4剤目としての報告では4.6mmHg(20%)7)や6.62mmHg(20.1%)下がった8)などの報告がある.経時的変化をみたものでは,1週目,1カ月,3カ月の順に15.2,12.6,12.7,12.8mmHgと有意に眼圧は下降し,今回の結果と同程度の下降値であった9).また,治療前ベースライン眼圧が15mmHg以下の症例は,16mmHg以上の症例より眼圧下降効果は少なかったとあり追加前眼圧が高いと下降率が大きいという同様の結果であった.わが国で4剤目としてブリモニジンを追加した場合の報告に19.5mmHgから16.3mmHgへと下降したとあり10),眼圧下降値が本報告より大きいが,追加前眼圧が異なり単純に比較はできない.一方,ブナゾシンの報告では,単剤では2%ドルゾラミドと同等だが0.5%チモロールよりは劣るとされている11).追加効果ではラタノプロストに併用した場合1.6〜2.8mmHg降下したとする報告12,13)や,チモロールに追加した場合2.8mmHg13)降下したとする報告などがある.わが国では1.3〜2.7mmHgの追加効果を認め,投与開始時眼圧値が高いほど眼圧変化値は大きかった14,15)などや眼薬数に反比例して眼圧下降率が減少する16)などがある.これらは本報告と傾向が一致する.4剤目としてブナゾシン点眼薬を追加した報告では,3.5mmHg15)下降したとするものがあり,本報告と比べ下降しているが,本報告では追加前点眼数と追加後眼圧下降量の関係からブナゾシン点眼は4剤目で下降率0%未満の症例が多くみられ,フル点眼においてブナゾシン点眼は追加による反応が少ないことが一因かと思われた.副作用ではブリモニジン点眼,ブナゾシン点眼ともアレルギー性結膜炎,充血,点状表層角膜炎などの報告がみられるが,今回はブナゾシン点眼1例のみ掻痒感で中断したが,全体的に軽度であり,どちらも安全に使用できると思われた3,16,17).今回の報告では症例数が限られており,併用点眼薬の種類による眼圧下降効果の違いについては検討できなかった.また,緑内障病型による追加効果についても検討できなかった.また4剤目の追加として検討した場合,アドヒアランスの低下が問題となる場合があり18),今回の検討にも影響している可能性があると思われたが詳細な検討は行わなかった.以上,ブリモニジン点眼,ブナゾシン点眼は多剤併用において眼圧下降効果があり,追加点眼薬として検討する価値があると考えられた.さらにブリモニジン点眼は4剤目としての追加効果もあり,デタントールより優れている可能性があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)TorisCB,CamrasCB,YablonskiME:Acuteversuschroniceffectsofbrimonidineonaqueoushumordynamicsinocularhypertensivepatients.AmJOphthalmoll28:8-14,19992)NishimuraK,KuwayamaY,MatsugiTetal:Selectivesuppressionbybunazosinofalpha-adrenergicagonistevokedelevationofintraocularpressureinsympathectomizedrabbiteyes.lnvestOphthalmolVisSci34::1761-1766,19933)KatzLJ:Brimonidinetartrate0.2%twicedailyvstimolol0.5%twicedaily:1-yearresultsinglaucomapatients.BrimonidineStudyGroup.AmJOphthalmol127:20-26,19994)LeeDA,GornbeinJA:Effectivenessandsafetyofbrimonidineasadjunctivetherapyforpatientswithelevatedintraocularpressureinalarge,open-labelcommunitytrial.JGlaucoma10:220-226,20015)新家眞,山崎芳夫,杉山和久ほか:ブリモニジン点眼液の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした長期投与試験.あたらしい眼科29:679-686,20126)LeeDA,GornbeinJ,AbramsC:Theeffectivenessandsafetyofbrimonidineasmono,combination,orreplacementtherapyforpatientswithprimaryopenangleglaucomaorocularhypertension:aposthocanalysisofanopenlabelcommunitytrial.GlaucomaTrialStudyGroup.JOcularPharmacolTher6:3-18,20007)ThoeSchwartzenbergGW,BuysYM:Efficacyofbrimonidine0.2%asadjunctivetherapyforpatientswithglaucomainadequatelycontrolledwithotherwisemaximalmedicaltherapy.Ophthalmology106:1616-1620,19998)LeeDA,GornbeinJA:Effectivenessandsafetyofbrimonidineasadjunctivetherapyforpatientswithelevatedintraocularpressureinalarge,open-labelcommunitytrial.JGlaucoma10:220-226,20019)俣木直美,齋藤瞳,岩瀬愛子:ブリモニジン点眼液の追加による眼圧下降効果と安全性の検討.あたらしい眼科31:1063-1066,201410)松浦一貴,寺坂祐樹,佐々木慎一:プロスタグランジン薬,bブロッカー,炭酸脱水酵素阻害剤の3剤併用でコントロール不十分な症例に対するブリモニジン点眼液の追加処方.あたらしい眼科31:1059-1062,201411)vanderValkR,WebersCA,SchoutenJSetal:Intraocularpressure-loweringeffectsofallcommonlyusedglaucomadrugs:ameta-analysisofrandomizedclinicaltrials.Ophthalmology112:1177-1185,200512)TsukamotoH,JianK,TakamatsuMetal:Additiveeffectofbunazosinonintraocularpressurewhentopicallyaddedtotreatmentwithlatanoprostinpatientswithglaucoma.JpnJOphthalmol47:526-528,200313)KobayashiH,KobayashiK,OkinamiS:Efficacyofbunazosinhydrochloride0.01%asadjunctivetherapyoflatanoprostortimolol.JGlaucoma13:73-80,200414)樋口直子,宮本悦代,神田佳子ほか:ブナゾシン塩酸塩点眼液(デタントール®0.01%点眼液)使用成績調査における安全性および有効性の検討.あたらしい眼科26:405-412,200915)花輪宏美,佐藤由紀,末野利治ほか:抗緑内障点眼薬多剤併用患者に対する塩酸ブナゾシン点眼薬の短期効果.あたらしい眼科22:525-528,200516)館野泰,柏木賢治:塩酸ブナゾシン点眼薬の併用眼圧下降効果.あたらしい眼科25:99-101,200817)池田陽子,森和彦,石橋健ほか:塩酸ブナゾシン点眼の眼圧下降効果の検討.あたらしい眼科22:389-392,200518)DjafariF,LeskMR,HarasylnowyczPJetal:Determinantsofadherencetoglaucomamedicaltherapyinalong-termpatientpopulation.JGlaucoma18:238-243,2009表1対象症例の内容症例数年齢(歳)女性男性追加前点眼1剤追加前点眼2剤追加前点眼3剤ブリモニジン点眼40眼75.6±7.919眼21眼PG:6眼PG+b-blocker:6眼PG+b-blocker+CAI:16眼b-blocker:2眼PG+CAI:7眼CAI:1眼CAI+b-blocker:2眼ブナゾシン点眼44眼75.2±9.121眼23眼PG:12眼PG+b-blocker:1眼PG+b-blocker+CAI:21眼b-blocker:1眼PG+CAI:4眼CAI:4眼CAI+b-blocker:1眼平均値±標準偏差.PG:prostaglandin,CAI:carbonicanhydraseinhibitor.図1全症例を対象にブリモニジンを追加した場合の眼圧追加前に比較し追加後1,2,3カ月後で有意に低下していた.図2全症例を対象にブナゾシンを追加した場合の眼圧追加前に比較し追加後2,3カ月後で有意に低下していた.図34剤目としてブリモニジンを追加した場合の眼圧追加前に比較し追加後1,3カ月後で有意に低下していた.図44剤目としてブナゾシンを追加した場合の眼圧追加前に比較し追加後有意な眼圧低下はみられなかった.図5全症例を対象に追加した場合の眼圧下降率比較追加1カ月目に有意にブリモニジン群がブナゾシン群より下降率が大きかった.図64剤目として追加した場合の眼圧下降率比較追加1カ月目に有意にブリモニジン群がブナゾシン群より下降率が大きかった.図7追加前眼圧値と眼圧下降率の相関ブリモニジン,ブナゾシン群とも追加前眼圧値と眼圧下降率の間にはほぼ同等の相関関係が認められ,追加前眼圧が高いほど眼圧下降率も大きい傾向にあった.図8追加前点眼数と眼圧下降量についてのプロット図ブナゾシン群で追加後眼圧量が0mmHg未満の症例が多くみられた.〔別刷請求先〕中谷雄介:〒933-8555富山県高岡市永楽町5-10厚生連高岡病院眼科Reprintrequests:YusukeNakatani,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KoseirenTakaokaHospital,5-10Eirakucho,Takaoka,Toyama933-8555,JAPAN0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(111)735736あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(112)(113)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016737738あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(114)(115)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016739740あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(116)

0.1%ブリモニジン酒石酸塩点眼液追加投与後の眼圧下降効果と副作用

2016年5月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科33(5):729〜734,2016©0.1%ブリモニジン酒石酸塩点眼液追加投与後の眼圧下降効果と副作用宮本純輔徳田直人三井一央宗正泰成北岡康史高木均聖マリアンナ医科大学眼科学教室Efficacyof0.1%BrimonidineTartrateOphthalmicSolutiononIntraocularPressureReductionandSideEffectJunsukeMiyamoto,NaotoTokuda,KazuhisaMitsui,YasunariMunemasa,YasushiKitaokaandHitoshiTakagiDepartmentofOphthalmology,StMariannaUniversitySchoolofMedicineプロスタグランジン(PG)関連薬使用中の患者に0.1%ブリモニジン酒石酸塩点眼液(以下,ブリモニジン)を追加し,眼圧下降効果とその持続性について検討した.PG関連薬を含む抗緑内障点眼薬使用中の緑内障患者のうち,ブリモニジン追加後12カ月以上経過観察可能であった33例50眼(平均年齢61.1±17.4歳)に対して,ブリモニジン追加前後の眼圧と眼圧下降率の推移,ブリモニジン追加後の眼圧下降効果の維持について生存分析により検討した.ブリモニジン追加前眼圧16.0±4.0mmHgが追加後12カ月で14.6±3.2mmHgと有意な眼圧下降を認めた.眼圧下降率はブリモニジン追加後12カ月で平均8.7%であった.ブリモニジン追加後12カ月の累積生存率は,単剤群46.7%,2剤併用群55.0%,3剤併用群46.7%であった.PG関連薬使用中の症例に対するブリモニジン追加はさらなる眼圧下降効果が得られる.Weexaminedtheeffectof0.1%brimonidinetartrateophthalmicsolution(brimonidine)onintraocularpressure(IOP)reductioninpatientsusingprostaglandin(PG)analogs.ThepersistenceofIOPreductionwasalsoexamined.Thisstudyincluded33glaucomapatients(50eyes,meanage=61.1±17.4years)whowereusingaPGanalogoranotherophthalmicantiglaucomaagent.Allsubjectswerefollowedforatleast12monthsaftertheadditionofbrimonidinetotheirmedicationregimen.Usingsurvivalanalysis,weexaminedIOPchangewithbrimonidineuse,IOPreductionrateandIOPreductionmaintenancefollowingbrimonidineaddition.IOPbeforebrimonidineuse(16.0±4.0mmHg)wassignificantlyhigherthanafterbrimonidineuse(14.6±3.2mmHg).MeanIOPreductionratewas8.7%after12monthsofbrimonidineuse.TheseresultsdemonstratethataddingbrimonidinecanfurtherreduceIOPinglaucomapatientsalreadyusingPGanalogs.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(5):729〜734,2016〕Keywords:緑内障,ブリモニジン,プロスタグランジン関連薬.glaucoma,brimonidine,prostaglandinanalogs.はじめにブリモニジン酒石酸塩点眼液(以下,ブリモニジン)はアドレナリンa2受容体作動薬であり,選択的にアドレナリンa2受容体を刺激することで房水産生の抑制とぶどう膜強膜流出路からの房水流出促進の2つの機序により眼圧下降効果を発揮する抗緑内障点眼薬である1,2).ブリモニジンの眼圧下降効果については交感神経b遮断薬(以下,b遮断薬)であるマレイン酸チモロール(以下,チモロール)と比較するとやや劣るものの,プロスタグランジン(prostaglandin:PG)関連薬併用下におけるブリモニジンの追加投与は有意な眼圧下降を認めたと報告されている3).ブリモニジン単剤の有効性も示されてはいるものの4),これらの報告を含めて臨床におけるブリモニジンの使用方法を振り返ると,ブリモニジンは作用機序が異なる既存の抗緑内障点眼薬との併用が選択しやすい印象が強い5,6).また,ブリモニジンを点眼した群とチモロールを点眼した群とでは,眼圧下降効果は同程度であったものの,視野異常の進行速度はブリモニジンのほうが緩やかであったという報告もあり7),ブリモニジンは臨床における神経保護効果についても期待されている.これらの報告を参考に,聖マリアンナ医科大学(以下,当院)緑内障外来におけるブリモニジンの使用法は,使用中のPG関連薬が有効であると思われる患者に,さらなる眼圧下降効果を期待してブリモニジンを追加投与することが多くなっている.実際,これにより眼圧下降が得られることは多いが,慢性疾患である緑内障においては,その状態がいつまで持続できるかが大きな問題となる.そこで今回筆者らは,PG関連薬使用中の症例に対して,ブリモニジンの追加投与後の眼圧下降効果とその持続性,また副作用についても検討したので報告する.I対象および方法当院緑内障外来にて6カ月以上PG関連薬を含む抗緑内障点眼薬使用中の緑内障患者のうち,ブリモニジンを追加投与し,その後12カ月以上経過観察可能であった33例50眼(平均年齢61.1±17.4歳)を対象とした.対象の緑内障病型は,原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)27眼,正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)14眼,原発閉塞隅角緑内障(primarycloserangleglaucoma:PACG)5眼,続発緑内障(secondaryglaucoma:SG)4眼であった.対象のブリモニジン追加前の抗緑内障点眼薬については,PG関連薬単独が15眼(以下,単独群),PG関連薬とb遮断薬の併用が20眼(以下,2剤併用群),PG関連薬とb遮断薬と炭酸脱水酵素阻害薬(carbonicanhydraseinhibitor:CAI)の併用が15眼(以下,3剤併用群)であった.なお,全症例のうち,8例13眼(26.0%)において緑内障配合点眼薬が使用されていた.2剤併用群にはラタノプロストとチモロールマレイン酸塩の配合点眼液(ザラカム®配合点眼液)が4例8眼,3剤併用群にはドルゾラミド塩酸塩とチモロールマレイン酸塩の配合点眼液(コソプト®配合点眼液)とPG関連薬の組み合わせが4例5眼存在した.ブリモニジン追加前後の眼圧と眼圧下降率の推移については,まず全症例で検討し,その後併用薬数別にも検討した.ブリモニジン追加後の眼圧下降効果の維持については,併用薬数別にKaplan-Meier生存分析法を用いて検討した.死亡の定義は,ブリモニジン追加後,ブリモニジン追加前眼圧を上回る時点が2回連続記録された時点,副作用などの理由でブリモニジンを中止した時点,緑内障手術を施行した時点とし,Logrank-testにより検定を行った.また,ブリモニジン追加後の副作用の出現頻度,種類についても検討した.II結果図1にブリモニジン追加前後の眼圧推移を示す.ブリモニジン追加前の眼圧は平均16.0±4.0mmHgであり,ブリモニジン追加後1カ月より,ブリモニジン追加後7カ月,8カ月の時点を除くすべての経過観察時点においてブリモニジン追加前よりも有意な眼圧下降を示した.図2にブリモニジン追加後の眼圧下降率の推移を示す.ブリモニジン追加後1カ月,2カ月の眼圧下降率はそれぞれ10.8±10.1%,12.3±16.6%であり,その後は10%未満で推移した.図3に併用薬数別のブリモニジン追加前後の眼圧推移を示す.ブリモニジン追加前の眼圧は,単剤群15.2±2.4mmHg,2剤併用群16.1±5.1mmHg,3剤併用群16.7±3.5mmHgであり,3群間に有意差を認めなかった(Dunn’stest).単剤群,2剤併用群ともにブリモニジン追加後2カ月まではブリモニジン追加前に比し有意な眼圧下降を維持したが,ブリモニジン追加後3カ月以降は有意差を認めず推移した.3剤併用群については,ブリモニジン追加後7カ月まではブリモニジン追加前に比し有意な眼圧下降を維持したが,ブリモニジン追加後8カ月以降は有意差を認めず推移した.図4に併用薬数別のブリモニジン追加後の眼圧下降率の推移を示す.単剤群,2剤併用群ではブリモニジン追加後2カ月までは眼圧下降率が10%以上であったが,それ以降は10%未満で推移した.3剤併用群では,ブリモニジン追加後7カ月までは眼圧下降率が10%以上で推移し,それ以降10%未満となった.図5に併用薬数別にブリモニジン追加後の眼圧下降の持続性を示す.ブリモニジン追加後12カ月の累積生存率は,単剤群で46.7%,2剤併用群で55.0%,3剤併用群で46.7%と3群間に有意差を認めなかった(Logranktestp=0.828).なお,各群の死亡理由については,単剤群では,ブリモニジン追加後にブリモニジン追加前眼圧を上回る時点が2回連続で記録された症例(以下,ブリモニジン効果不十分症例)が4例6眼,眼瞼炎が1例2眼,2剤併用群では,ブリモニジン効果不十分症例が3例4眼,選択的レーザー線維柱帯形成術(selectivelasertrabeculoplasty:SLT)施行症例が1例1眼,観血的緑内障手術となった症例が1例2眼,眼瞼炎が1例2眼,3剤併用群では,ブリモニジン効果不十分症例が1例2眼,SLTが1例2眼,観血的緑内障手術が1例2眼,肉芽腫性ぶどう膜炎を伴う眼圧上昇をきたした症例が1例1例,幻覚が1例1眼であった.図6にブリモニジン追加後の副作用とその出現頻度について示す.経過観察期間中にブリモニジン追加投与後,50眼中13眼(26.0%)に副作用が認められた.副作用の詳細は,眼瞼炎が3例6眼(46.1%),結膜蒼白が3例5眼(38.5%),幻視が1例1眼(7.7%),肉芽腫性ぶどう膜炎を伴う眼圧上昇が1例1眼(7.7%)であった.眼瞼炎が認められた2例4眼は自覚症状が強かったためブリモニジンを中止した.結膜蒼白については患者側から否定的な意見がなかったため,すべての症例においてブリモニジンを継続することができた.幻視が認められた1例と肉芽腫性ぶどう膜炎を伴う眼圧上昇をきたした1例については,ともにブリモニジン中止後,改善傾向を認めた.III考察ブリモニジンがわが国で使用可能となったのは2012年と比較的まだ日が浅いため,緑内障診療ガイドライン8)にはその使用法については明示されていないが,過去の報告3~6)を参考にすると,ブリモニジンはPG製剤を第1選択薬とした場合の第2選択薬以降の併用薬として使用されていることが多いと考える.そこで今回,ブリモニジンを第2選択薬または第3選択薬,第4選択薬とした場合の効果とその持続性について検討した.今回,ブリモニジン追加後の眼圧下降効果は全症例でみた場合,追加後7カ月,8カ月の時点を除く12カ月まで有意な眼圧下降を示しており,ブリモニジン追加の有効性が示された.しかし,眼圧下降率でみるとおおむね10%以下で推移していた.ブリモニジン追加投与後の眼圧下降率については短期投与ではLeeら9)は17.9%,長期投与では新家ら4)は15.0%と報告している.今回の結果が既報と比べて低かった理由として,まずはブリモニジン追加投与前の眼圧が既報と比べ低値であったことが考えられる.対象のなかにNTGが14眼(28.0%)含まれており,それらの平均眼圧は13.6±2.2mmHgと他の病型群(POAG群:16.7±4.0mmHg,PACG群:17.1±5.4mmHg,SG群17.5±5.3mmHg)に比較して有意差は認めないものの低値であった(Kruskal-Wallistestp=0.058).また,ブリモニジン追加後の眼圧,および眼圧下降率に注目すると,どちらも標準偏差が比較的大きく,今回の検討についてはブリモニジンの効果が症例ごとに異なるという印象を受けた.これについても,対象の緑内障病型が多岐にわたっていたことが影響している可能性があり,今後ブリモニジンの追加効果について緑内障病型別に検討することも必要かと考える.つぎに,併用薬数別のブリモニジン追加前後の眼圧推移をみると,単剤群,2剤併用群よりも3剤併用群でより長期間有意な眼圧下降を示した.眼圧下降率でみても,3剤併用群のみブリモニジン追加後7カ月まで10%以上の眼圧下降が維持されていた.多剤併用時のブリモニジン追加投与についてはさまざまな報告があるが,わが国で使用されているブリモニジンに限ると,森山ら10)の報告があり,その有効性が指摘されている.今回の筆者らの結果も多剤併用時のブリモニジン追加投与の有効性が認められたが,この結果については3剤併用群が単剤群,2剤併用群と比較し有意差を認めないものの,ブリモニジン追加前眼圧が高かったことが影響している可能性も考えられる.しかし,3剤併用時に4剤目としてブリモニジンを追加することが有効であったことは,緑内障手術が積極的に行うことができない場合などにはブリモニジン追加が選択肢の一つとなる可能性を示唆していると考える.ブリモニジン追加後の持続性については,3群ともに約半数の症例がブリモニジン追加後12カ月間眼圧下降を維持できたことを示している.単剤群,2剤併用群に関しては,目標眼圧がクリアできない場合に抗緑内障点眼薬の変更,または追加がしやすいが,3剤併用群でブリモニジン追加後しばらくしてから眼圧コントロールが悪くなるような症例は,その後多くが緑内障手術を施行されていた.しかし,この結果は約半数の症例においてブリモニジン追加により緑内障手術が回避できたという解釈も可能であり,今後緑内障手術が必要な症例に対して追加してみる価値があるのではないかと考える.ブリモニジンの副作用としては結膜炎,眼瞼炎,点状表層角膜炎,充血,結膜蒼白,虹彩炎,眩暈,血圧低下,徐脈などがあるが,頻度としてはアレルギー性結膜炎が多いとされている4~6).今回の対象において副作用が発現した13眼中,アレルギー性と思われる眼瞼炎が6眼(46.1%),結膜蒼白5眼(38.5%)と比較的多く認められた.眼瞼炎が認められた症例のうち,自覚症状が強くブリモニジンが中止となった症例が2例4眼存在した.結膜蒼白については,患者側から否定的な意見がなかったため,すべての症例においてブリモニジンを継続することができた.ブリモニジン追加後に幻視を自覚した1例については,ブリモニジンと同じくアドレナリンa2受容体作動薬であるクロニジンは,血液脳関門を通過しやすいため中枢神経症状を生じやすいことが報告されている11).ブリモニジンについては血液脳関門を通りづらいとされているが,今回生じた幻視とブリモニジンとは何らかの関係があるかもしれないため,今後さらなる検討を要する.ブリモニジン追加3日後に肉芽腫性ぶどう膜を発症し眼圧上昇が認められた症例が1例あり,一時的に視力低下をきたしたため即座にブリモニジンを中止としリン酸ベタメタゾン点眼を使用した.その後,肉芽腫性ぶどう膜炎は速やかに消退し,眼圧もブリモニジン追加前の値に戻った.本症例はもともと基礎疾患として糖尿病があり,無硝子体眼であり,肉芽腫性ぶどう膜炎を発症しやすい状態であったかもしれないが,ブリモニジン追加後3日目に肉芽腫性ぶどう膜炎が生じたことや,ブリモニジン中止後肉芽腫性ぶどう膜炎が速やかに改善したこと,加えて過去にも同様の報告12)があることなどを考えると,今回の肉芽腫性ぶどう膜炎の発症にブリモニジンは何らかの関与をしているのではないかと思われる.今後ぶどう膜炎既往のある患者に対するブリモニジン追加投与は注意が必要であると考える.以上,ブリモニジンの追加後の眼圧下降効果とその持続性について検討した.今回の検討において,ブリモニジン追加による眼圧下降効果は認められ,とくに3剤併用群においても眼圧下降効果が認められる症例が存在することが示された.また,その効果は約半数の症例でブリモニジン追加後12カ月間持続した.これらの結果からブリモニジン追加投与の有効性は示されたが,症例によってはブリモニジン特有の副作用が生じることもあるため,それを理解したうえでブリモニジン追加投与は行うべきであると考える.また,今回の対象においては,症例ごとにブリモニジン追加による効果に差があったように思われ,今後は緑内障病型,ブリモニジン追加前の眼圧値などにも配慮して検討する必要があると考える.文献1)TorisCB,GleasonML,CamrasCBetal:Effectsofbrimonidineonaqueoushumordynamicsinhumaneyes.ArchOphthalmol113:1514-1517,19952)BurkeJ1,SchwartzM:Preclinicalevaluationofbrimonidine.SurvOphthalmol41(Suppl1):S9-S18,19963)新家眞,山崎芳夫,杉山和久ほか:ブリモニジン点眼液の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした長期投与試験.あたらしい眼科29:679-686,20124)新家眞,山崎芳夫,杉山和久ほか:ブリモニジン点眼液の原発開放隅角緑内障および高眼圧症を対象とした臨床第III相試験チモロールとの比較試験またはプロスタグランジン関連薬併用下におけるプラセボとの比較試験.日眼会誌116:955-966,20125)俣木直美,齋藤瞳,岩瀬愛子:ブリモニジン点眼液の追加による眼圧下降効果と安全性の検討.あたらしい眼科31:1063-1066,20146)林泰博,林福子:プロスタグランジン関連薬へのブリモニジン点眼液追加後1年間における有効性と安全性.臨眼69:199-203,20157)KrupinT,LiebmannJM,GreenfieldDSetal:Arandomizedtrialofbrimonidineversustimololinpreservingvisualfunction:resultsfromthelowpressureglaucomatreatmentstudy.AmJOphthalmol151:671-681,20118)日本緑内障学会:緑内障診療ガイドライン(第3版).日眼会誌116:5-46,20129)LeeDA,GornbeinJA:Effectivenessandsafetyofbrimonidineasadjunctivetherapyforpatientswithelevatedintraocularpressureinalarge,open-labelcommunitytrial.JGlaucoma10:220-226,200110)森山侑子,田辺晶代,中山奈緒美ほか:臨床報告多剤併用中の原発開放隅角緑内障に対するブリモニジン酒石酸塩点眼液追加投与の短期成績.臨眼68:1749-1753,201411)MarquardtR,PillunatLE,StodtmeisterR:Ocularhemodynamicsfollowinglocaladministrationofclonidine.KlinMonblAugenheilkd193:637-641,198812)BylesDB,FrithP,SalmonJF:Anterioruveitisasasideeffectoftopicalbrimonidine.AmJOphthalmol130:287-291,2000〔別刷請求先〕宮本純輔:〒216-8511川崎市宮前区菅生2-16-1聖マリアンナ医科大学眼科学教室Reprintrequests:JunsukeMiyamoto,DepartmentofOphthalmology,StMariannaUniversitySchoolofMedicine,2-16-1Sugao,Miyamae-kuKawasaki-shi216-8511,JAPAN図1ブリモニジン追加前後の眼圧推移眼圧はブリモニジン追加後1カ月より,追加後7カ月,8カ月の時点を除くすべての経過観察時点において,ブリモニジン追加前よりも有意な下降を示した.図2ブリモニジン追加後の眼圧下降率の推移ブリモニジン追加後1カ月,2カ月の眼圧下降率はそれぞれ10.8±10.1%,12.3±16.6%であり,その後は10%未満で推移した.図3ブリモニジン追加前後の眼圧推移(併用薬数別)単剤群,2剤併用群ともにブリモニジン追加後2カ月まではブリモニジン追加前に比し有意な眼圧下降を維持した.3剤併用群は,ブリモニジン追加後7カ月まではブリモニジン追加前に比し有意な眼圧下降を維持した.図4ブリモニジン追加後の眼圧下降率の推移(併用薬数別)単剤群,2剤併用群ではブリモニジン追加後2カ月までは眼圧下降率が10%以上であった.3剤併用群では,ブリモニジン追加後7カ月までは眼圧下降率が10%以上で推移した.図5ブリモニジン追加後の眼圧下降の持続性(併用薬数別)ブリモニジン追加後12カ月の累積生存率は,単剤群で46.7%,2剤併用群で55.0%,3剤併用群で46.7%であった.図6ブリモニジン追加後の副作用ブリモニジン追加投与後の副作用は,眼瞼炎が6眼(46.1%),結膜蒼白が5眼(38.5%),幻視1眼(7.7%),肉芽腫性ぶどう膜炎を伴う眼圧上昇が1眼(7.7%)に認められた.0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(105)729730あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(106)(107)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016731732あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(108)(109)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016733734あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(110)

ムコイド型肺炎球菌による内因性眼内炎の1例

2016年5月31日 火曜日

《第52回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科33(5):724〜727,2016©ムコイド型肺炎球菌による内因性眼内炎の1例齊藤千真*1袖山博健*1戸所大輔*1山田教弘*2細谷隆一*3岸章治*4*1群馬大学大学院医学系研究科脳神経病態制御学講座眼科学*2埼玉医科大学病院眼科*3群馬大学医学部附属病院検査部*4前橋中央眼科ACaseofEndogenousEndophthalmitisduetoMucoidTypeStreptococcuspneumoniaeKazumaSaito1),HirotakeSodeyama1),DaisukeTodokoro1),NorihiroYamada2),RyuichiHosoya3)andShojiKishi4)1)DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,SaitamaMedicalUniversityHospital,3)DepartmentofClinicalLaboratory,GunmaUniversitySchoolofMedicine,4)MaebashiCentralEyeClinic緒言:侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)は肺炎球菌が血液または髄液に存在する病態をいう.筆者らはムコイド型肺炎球菌による内因性眼内炎を経験した.症例:70歳,男性.白内障手術,糖尿病,脳梗塞,心筋梗塞,認知症の既往歴あり.1カ月半前から離床困難,2週間前より右眼の腫脹が出現し当院眼科を紹介受診した.右眼は光覚なく,全眼球炎の所見.血液検査で白血球数およびCRPの高値を認めた.全身CTで原発巣は不明だった.前房水の塗抹検鏡でグラム陽性双球菌を認めた.全身状態不良なため,抗菌薬の全身投与および点眼・硝子体内注射による保存的加療を開始し,翌日内科へ転院した.前房水培養にてムコイド型肺炎球菌が同定され,血清型3型と判明した.血液培養は陰性だった.考察:本症例は莢膜血清3型肺炎球菌によるIPDと考えられた.今後,高齢者に対する肺炎球菌ワクチンが定期接種になったことによるIPD発症の抑制が期待される.Introduction:Invasivepneumococcaldisease(IPD)isaninfectionofbloodorcerebrospinalfluidbyStreptococcuspneumoniae.WereportacaseofendogenousendophthalmitisbymucoidtypeS.pneumoniae.CaseReport:A70-year-oldbedriddenmalewithahistoryofdiabetes,cerebralinfarction,cardiacinfarction,seniledementiaandcataractsurgerieshaddevelopedlidswellinginhisrighteyefor2weeks.Theeyewasblindduetopanophthalmitis.BloodtestshowedincreasedleukocytesandC-reactiveprotein.Whole-bodyCTscreeningdidnotdetectthefocusofinfection.AqueoushumorsmearshowedGram-positivediplococci.Westartedsystemicandintravitrealantibiotics.MucoidtypeS.pneumoniaeofserotype3waslateridentifiedfromtheaqueoushumor.Bloodcultureresultwasnegative.Conclusion:ThiscasewaslikelyIPDduetoserotype3S.pneumoniae.RoutineimmunizationwithpneumococcalvaccineislikelytoreduceIPD.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(5):724〜727,2016〕Keywords:内因性眼内炎,肺炎球菌,侵襲性肺炎球菌感染症,莢膜,ムコイド型,23価肺炎球菌莢膜多糖体ワクチン.endogenousendophthalmitis,Streptococcuspneumoniae,invasivepneumococcaldisease(IPD),capsule,mucoidtype,23-valentpneumococcalpolysaccharide(PPSV23).はじめに肺炎球菌はヒトの鼻咽頭に常在するグラム陽性球菌である.保菌率は小児で20〜40%,成人で約10%とされ1),急性気管支炎や肺炎などの呼吸器感染症や中耳炎,副鼻腔炎などの耳鼻科領域感染症における重要な起炎菌である.また,ときに髄膜や血液などの無菌的部位から肺炎球菌が検出される侵襲性肺炎球菌感染症(invasivepneumococcaldisease:IPD)を発症する.2013年4月からIPDは感染症法で定める5類感染症に指定され,本菌が髄液または血液中から検出された場合は7日以内に保健所への届け出が必要となった.眼科領域では肺炎球菌は結膜炎,涙囊炎,角膜炎の原因菌として知られるが,眼内炎の起炎菌となる頻度は多くない.1991年の秦野らの報告によると,眼内炎と診断された全症例の280眼323例中,2例のみ肺炎球菌が同定され,1例は外傷後,もう1例は手術後であった2).それ以降に国内での肺炎球菌による内因性眼内炎は矢吹らや児玉ら,豊島らからいずれも1例報告されていて,そのうち2例は失明に至っており,予後不良な疾患である3〜5).今回,筆者らは高齢者に発症した血清型3型肺炎球菌による内因性眼内炎を経験したので報告する.I症例患者:70歳,男性.主訴:右眼の腫脹.既往歴:脳梗塞後遺症(左半身麻痺),頭部外傷後脳挫傷後遺症,虚血性心疾患カテーテル治療後,脂質異常症,糖尿病〔HbA1C(NGSP値)5.9%〕,左上腕骨骨折後.肺炎球菌ワクチン接種歴:不明.内眼手術歴:5年前に両眼の白内障手術.現病歴:2014年9月頃から,体調不良で寝たきりになり,食事もできなくなった.10月上旬に右眼から膿が出現したが,本人は自覚症状を訴えなかった.10月中旬に近医眼科を受診し,右眼眼内炎の疑いにて当院へ紹介受診となった.初診時所見:初診時の視力は右眼光覚なし,左眼0.5(矯正不能).眼圧は右眼触診にて低眼圧,左眼16mmHgであった.右眼眼瞼は発赤腫脹しており,大量の膿が付着していた(図1a).涙囊部に異常なく,涙点からの膿の排出はなかった.前眼部所見は右眼の高度な結膜充血があり,前房内は前房蓄膿で満ちていた(図1b).フルオレセイン染色では,角膜全体にびらんがあったが,角膜膿瘍,潰瘍,穿孔はなかった(図1c).眼底は透見不能だった.左眼に炎症所見はなく,眼底に黄斑萎縮を認めた.右眼のBモードエコーで,硝子体混濁と網膜下膿瘍が疑われた(図1d).全身状態は酸素飽和度(SpO2)96%,体温35.7℃,血圧128/65mmHg,脈拍93回/分であり,意識レベルは傾眠傾向であった.感染源検索のため血液検査および全身の単純CT,血液培養2セットを行った.血液検査では白血球数11,700個/μl(基準値3,900〜9,700個/μl),C反応性蛋白(CRP)23.21mg/dl(基準値0.3mg/dl未満)と炎症反応が高値であった.凝固系マーカーはフィブリン/フィブリノーゲン分解産物(FDP)8.1μg/ml(基準値10μg/ml以下),Dダイマー3.2μg/ml(基準値1μg/ml以下),血小板30.5万個/μl(基準値15.3万〜34.6万個/μl)であり,播種性血管内凝固症候群(DIC)はなかった.肝胆膵系酵素としてAST,ALT,ALP,g-GTPはいずれも軽度高値を示した.全身CTでは他臓器に明らかな感染巣は認められなかった.起炎菌検索のため前房穿刺による眼内液採取を行い迅速塗抹検鏡を行ったところ,好中球に貪食されるグラム陽性双球菌を認めた(図2a).白内障術後眼内炎の可能性は否定できないが,術後眼内炎による眼局所の炎症のみでCRPが23.21mg/dlと非常に高くなるとは考えにくい.意識レベルの低下も伴っているため,何らかの全身的な感染巣からの内因性眼内炎が考えられた.すでに光覚がなく全身状態も悪いため,同日局所麻酔にて眼球内容除去術を行う方針となった.しかし,球後麻酔後も体動が激しいため眼球内容除去術は中止し,バンコマイシン1mgの硝子体内注射を行い終了した.その後,アンピシリン1gを1日4回点滴,1.5%レボフロキサシン点眼6回,セフメノキシム点眼6回,オフロキサシン眼軟膏1回眠前を行い,保存的に加療を行った.感染源不明の敗血症に対する全身精査および治療が必要と考えられたため,入院翌日にかかりつけ病院へ転院となった.後日,判明した血液培養の結果は陰性であった.眼内液の細菌培養結果でムコイド型コロニーを形成するStreptococcuspneumoniaeが分離された(図2b).MultiplexPCR法5)を用いて分離菌株の莢膜抗原検査を行ったところ,血清型3型と判明した.後日,転院先病院に治療経過について問い合わせを行ったところ,感染源は不明であったがカルバペネム系抗菌薬全身投与を行い全身状態は回復し,眼感染症も退縮傾向であるとの報告を受けた.II考按内因性眼内炎は転移性眼内炎ともよばれ,遠隔臓器の感染原発巣から起炎菌が血行性に眼内に移行したものである.内因性は全眼内炎の2〜6%と外因性のものに比べ稀だが,視力予後はきわめて不良である6).また,患者背景として糖尿病や経静脈による薬剤使用,悪性腫瘍,自己免疫疾患などをもち,敗血症を伴っているため,内科的な評価および加療を要する6).内因性眼内炎の感染源は肝膿瘍がもっとも多く,ついで肺炎・心内膜炎が続く7).起炎菌はグラム陰性菌が55%を占め,なかでもKlebsiellapneumoniaeが27%ともっとも多く,肺炎球菌は5%であったと報告されている7).本症例では,採取した眼内液からムコイド型肺炎球菌が培養検査にて検出された.血液培養では肺炎球菌は検出されなかったが,血液検査での炎症反応の高度上昇から考えると,何らかの感染源から敗血症に発展し,眼内へ転移したと考えられる.肺炎球菌が眼内炎の原因になる場合は,外因性が多い.Millerら9)は肺炎球菌による眼内炎について調査したところ,27症例中2例のみ内因性で,その他はすべて外因性であった.外因としては内眼手術後や角膜潰瘍,ブレブ感染,眼球破裂術後などであったと報告している8).肺炎球菌性眼内炎の最終視力は0.05以上が30%,0.05以下が70%,光覚なしが37%であり,視力予後不良である8).今回の筆者らの症例でも受診時すでに光覚がなく,眼球内容除去術の適応であった.肺炎球菌の病原性因子として,おもなものに付着因子,莢膜,細胞壁成分,pneumolysin,autolysin,neuraminidase,IgA1proteaseなどがあげられる9,10).莢膜は好中球,マクロファージからの抗貪食作用があり,病原因子としてもっとも重要である.現在,肺炎球菌の血清型は93種類以上が知られており,血清型の違いにより貪食殺菌に対する抵抗性の違いが生じる10).一方,肺炎球菌は血液寒天培地の発育形式によりスムース型(S型)とムコイド型(M型)に分けられ,26%がムコイド型であり,ムコイド型の90%以上が血清型3型である11).3型は莢膜が厚いため抗貪食作用が強く強毒性を示し,死亡例が多いことが報告されている12).Sandersらはウサギ眼内炎モデルにおいて,莢膜欠損株と野生株の病原性を検討し,莢膜を有する野生株のほうが網膜障害が高度であったことを報告している13).菌血症を伴う肺炎や髄膜炎などのIPDの対策として,ワクチンが重要な位置を占める.わが国では23価肺炎球菌莢膜多糖体ワクチン(23-valentpneumococcalpolysaccharide:PPSV23)は2歳以上のハイリスク者や高齢者を対象にIPDと肺炎の予防目的で1988年に承認された.PPSV23は90種類以上の血清型のうち,IPDと肺炎で頻度の高い23種類の血清型の莢膜多糖体を含む有用なワクチンであるが,2010〜2012年の65歳以上の推定接種率は7.8%と低い9).その後,2014年10月から高齢者を対象とした肺炎球菌ワクチンの定期接種が開始されたことから,接種率の向上が期待される.IPDの発症数が減少すれば,肺炎球菌による内因性眼内炎の症例も減少することが予想される.また,Sandersらは,PPSV23とpneumolysinで受動免疫されたウサギでは眼内炎の重症度が低く,網膜の機能および組織障害が少なかったと報告しており14),眼内炎発症後の組織障害程度に対しても差が生じる可能性がある.今回の症例では,肺炎球菌接種歴は不明であったが,今後,肺炎球菌性眼内炎を経験した場合,ワクチン接種歴が眼内炎の重症度や進行度,予後を推定するのに役立つかもしれない.今後,ヒトにおける肺炎球菌性眼内炎へのワクチン効果の研究が期待される.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)Dovielmm:Streptococcuspneumoniae.In:Mandell,Douglas,andBennett’sPrinciplesandPracticeofInfectiousDiseases.7thed(MandelGL,BennettJE,DolinReds.).ChurchillLivingstone,Philadelphia,p2623-2642,20102)秦野寛,井上克洋,的場博子ほか:日本の眼内炎の現状─発症動機と起炎菌─.日眼会誌95:369-376,19913)矢吹輝,石倉宏恭,津田雅庸ほか:肺炎球菌性敗血症の経過中に多彩な合併症を来した1症例─特にpurpurafulminansおよび細菌性眼内炎の合併を中心に─.日眼救医誌:429-433,20014)児玉桂一,島田郎,清水隆之ほか:肺炎球菌による敗血症を来し化膿性脊椎炎・化膿性膝関節炎・細菌性眼内炎を合併した糖尿病の1例.糖尿病44:235-240,20015)豊島馨,岩田英嗣,中村誠:転移性眼内炎に対する硝子体手術後に交感性眼内炎を発症した1例.臨眼61:1905-1907,20076)PCRdeductionofpneumococcalserotypes.CentersforDiseaseControlandPrevention.http://www.cdc.gov/streplab/pcr.html7)喜多美穂里:転移性眼内炎.あたらしい眼科28:351-356,20118)JacksonTL,ParaskevopoulosT,GeorgalasIetal:Systematicreviewof342casesofendogenousbacterialendophthalmitis.SurvOphthalmol59:627-635,20149)MillerJJ,ScottIU,FlynnHWJretal:EndophthalmitiscausedbyStreptococcuspneumoniae.AmJOphthalmol138:231-216,200410)西順一郎:侵襲性肺炎球菌感染症とワクチンによる予防.ModMedia59:273-283,201311)土橋佳子,水谷玲子,永武毅:肺炎球菌の病原性.日胸臨63:423-429,200412)明石敏,河野緑,保科定頼ほか:小規模医療施設から分離された肺炎球菌の疫学的研究.慈恵医大誌77:743,200313)WeinbergerDM,HarboeZB,SandersEAetal:Associationofserotypewithriskofdeathduetopneumococcalpneumonia:ameta-analysis.ClinInfectDis51:692-699,201014)SandersME,NorcrossEW,RobertsonZMetal:TheStreptococcuspneumoniaecapsuleisrequiredforfullvirulenceinpneumococcalendophthalmitis.InvestOphthalmolVisSci52:865-872,201115)SandersME,TaylorS,TullosNetal:PassiveimmunizationwithPneumovax®23andpneumolysinincombinationwithvancomycinforpneumococcalendophthalmitis.BMCOphthalmol13:8,2013〔別刷請求先〕齊藤千真:〒371-8511群馬県前橋市昭和町3-39-15群馬大学医学部眼科Reprintrequests:KazumaSaito,DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversitySchoolofMedicine,3-39-15Showa-machi,Maebasi-si,Gunma371-8511,JAPAN図1初診時の右眼所見a:右眼瞼の発赤腫脹.b:高度な結膜充血があり,前房内は黄色膿で満ちていた.角膜膿瘍,潰瘍,穿孔はなかった.c:フルオレセイン染色で角膜全体に上皮びらんを認めた.d:Bモードエコーでは硝子体混濁と網膜下膿瘍が疑われた図2塗抹・培養所見a:眼内液の塗抹検査にて好中球に貪食されるグラム陽性の双球菌を認めた.b:血液寒天培地上でムコイド型コロニーを形成する肺炎球菌が同定された.0792140-181あ0/た160910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(101)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016725726あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(102)(103)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016727

結膜炎症状で発症した眼窩蜂巣炎の1例

2016年5月31日 火曜日

《第52回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科33(5):719〜723,2016©結膜炎症状で発症した眼窩蜂巣炎の1例平木翔子岡本紀夫山雄さやか渡邊敬三橋本茂樹福田昌彦下村嘉一近畿大学医学部眼科学教室ACaseofOrbitalCellulitisfollowingConjunctivitisShokoHiraki,NorioOkamoto,SayakaYamao,KeizoWatanabe,ShigekiHashimoto,MasahikoFukudaandYoshikazuShimomuraDepartmentofOphthalmology,KindaiUniversityFacultyofMedicine目的:結膜炎症状で発症した眼窩蜂巣炎の1例を経験したので報告する.症例:66歳,女性.2014年12月末に後頭部痛を自覚.その後,眼瞼の痛みを自覚し2015年1月5日に近医を受診.左眼の結膜炎と診断され0.5%レボフロキサシン点眼,0.1%フルメトロン点眼をするも改善されないため当科受診となる.初診時矯正視力は右眼1.2,左眼1.0pで,眼圧は右眼17mmHg,左眼23mmHgであった.前眼部所見では右眼は正常であったが,左眼は全周にわたる充血と下方の結膜の浮腫を認め一部は黄色の液体であった.ただし眼脂を認めていない.眼底所見は両眼とも視神経乳頭浮腫はなかった.若干の眼球運動障害があったのでHess試験を施行したところ,左眼の眼球運動障害を認めた.眼窩蜂巣炎を疑いCT検査をしたところ,炎症波及の原因となる副鼻腔炎を認めない眼窩蜂巣炎であった.ただちにセフェピム塩酸塩1g/日の点滴を開始した.その後,自覚症状は改善し結膜所見,Hess試験の所見も改善した.結論:本症例は既往歴に高血圧があるのみで,軽度の結膜炎から眼窩蜂巣炎に至ったと推察した.軽度の結膜炎に眼球運動障害がある場合,眼窩蜂巣炎を念頭に置く必要がある.Purpose:Wereportacaseoforbitalcellulitisthatfollowedconjunctivitis.Case:Thepatient,a66-year-oldfemale,complainedofoccipitalheadachearoundtheendofDecember2014.LatershefeltthepaininherleftlidareaandvisitedanearbyeyecliniconJanuary5,2015.Herconditionwasdiagnosedasconjunctivitis(OS)andtreatedwith0.5%levofloxacinand0.1%fluorometholoneeyedrops.However,thesymptomspersisted;shethereforevisitedourclinic.Atfirstvisittous,herbest-correctedvisualacuitywas1.2(OD)and1.0p(OS).Ocularpressurewas17mmHg(OS)and23mmHg(OU).Totalrednessofthebulbarconjunctiva,withedemainthelowerpart,wasobservedinherlefteye.Insomeareaofthatedema,therewasyellowishfluid.Herrighteyelookednormal.Therewasnosignoflidswellingordischarge.Wefoundmilddisorderinhereyemovement(OS)ontheHesschartdiplopiatest.Thepatientwasdiagnosedwithorbitalcellulitis,basedonlidandconjunctivaswellingandsoftshadowintheorbitaltissueasrevealedbyCTscan.ThesinusitiswasnotapparentonCTscan.Wetreatedherwithcefepime1g/dayDIVandhersymptomsandocularsignswerewelleased.Conclusion:Wesuggestthatthisorbitalcellulitiswasinducedbymildconjunctivitis,sincehergeneralconditionwasquitenormal,despitepastmildhypertension.Weshouldbecarefulwhenseeingmildconjunctivitiscombinedwitheyemovementdisorder.Therecouldbeorbitalcellulitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(5):719〜723,2016〕Keywords:眼窩蜂巣炎,結膜炎,眼球運動.orbitalcellulitis,conjunctivitis,ocularmotility.はじめに眼窩蜂巣炎は慢性および急性の副鼻腔炎に多く発症し,副鼻腔の未発達な小児によくみられるが,成人でもまれではない.抗菌薬がなかった時代には約25%が死亡し,25%が失明していた.今日でもときに致死的であり,重要な疾患である.今回筆者らは,高血圧があるのみで,軽度の結膜炎と眼球運動障害から画像検査を行い眼窩蜂巣炎の診断に至り抗菌薬の点滴にて速やかに治癒した1例を経験した.眼窩蜂巣炎の早期診断に寄与すると考えられたので報告する.I症例患者:66歳,女性.主訴:違和感(左眼),複視.既往歴:高血圧.現病歴:2014年12月末に後頭部痛を自覚.その後,眼瞼の痛みを自覚し2015年1月5日に近医を受診.左眼の結膜炎と診断され0.5%レボフロキサシン点眼,0.1%フルメトロン点眼をするも改善されないため当科受診となる.初診時所見(2015年1月8日):矯正視力は右眼(1.2×sph+2.00D(cyl−1.00DAx80°),左眼(1.0p×sph+1.25D(cyl−1.00DAx60°).眼圧は右眼17mmHg,左眼23mmHg.前眼部所見では右眼は正常であったが,左眼は全周にわたる結膜充血と下方の結膜の浮腫を認め,一部は黄色の液体であった(図1).ただし眼瞼腫脹と眼脂を認めていない.両眼とも前房に炎症所見はなかった.眼底所見は両眼とも視神経乳頭浮腫はなかった(図2).若干の眼球運動障害があったのでHess試験を施行したところ,左眼の眼球運動障害を認めた(図3).眼窩蜂巣炎を疑いCT検査をしたところ,左眼瞼・眼球結膜は肥厚し,眼窩内に軟部影が広がっていた.涙腺の肥大,副鼻腔炎,骨破壊像は認めなかった(図4).以上の所見より眼窩蜂巣炎と診断し,近医処方の点眼薬の継続に加え,セフェピム塩酸塩1g/日の点滴をただちに開始し3日間投与した.その後はセフカペンピボキシル塩酸塩100mg3錠/日の内服を7日間投与した.II経過1月10日の再診時には自覚症状は改善し,結膜所見はやや改善していた(図5).2月26日にはHess試験の所見も改善した(図6).3月26日の視力は右眼(1.5×sph+1.75D(cyl−1.00DAx80°),左眼(1.2×sph+1.50D(cyl−1.00DAx60°).眼圧は右眼14mmHg,左眼15mmHg.結膜は正常化した.III考按眼窩蜂巣炎は眼窩内の脂肪組織の感染症で,びまん性に化膿性浸潤を生ずる急性化膿性炎症である.ときに限局性化膿巣をつくることがあるが,抵抗力が少なく,かつ静脈系の豊富なところから炎症が容易に拡大しやすく,生命に対しても視力に対しても,重大な障害を及ぼすことがある.原因として小児では副鼻腔炎の眼窩内穿破がもっとも多く,成人では糖尿病や免疫抑制状態患者に多いとされている1〜6).眼科的に救急を要する疾患の一つである.近年の抗菌薬の発達により,以前の死亡率25%前後から激減したが,なお2〜3%の死亡率がある7,8).眼窩蜂巣炎の症状は,1)眼瞼の強い腫脹,開瞼不能,2)球結膜浮腫,3)炎症性眼球突出,4)眼球運動障害,複視,5)三叉神経痛,6)視力障害,7)発熱がある1〜4).本症例は球結膜浮腫と眼球運動のみで,眼窩蜂巣炎に特徴的な眼瞼浮腫・開瞼不能,炎症性の突出を認めなかった.眼窩蜂巣炎は一般的には結膜炎から進展することはないとされているが,高橋ら9)は,ソフトコンタクトレンズ装用中に重篤な結膜炎を初発症状とした眼窩蜂巣炎の1例を報告している.本症例はコンタクトレンズ装用者ではなく,前眼部所見も比較的軽度であった.彼らの症例と同様に健常者であったので原因を究明できなかった.健常者で結膜炎様症状の時期に眼窩蜂巣炎と診断し,適切な治療をすれば有効な治療結果が得られるのではないかと考えた.木村は,眼窩蜂巣炎の一歩手前の前眼窩蜂巣炎というべき症状はまれではないと提唱している11).彼は日常の外来経験から具体例として,他院の抗菌薬の投与で反応しない症例には眼窩周囲の可能性炎症病巣を注意深く検索すべきであると報告している.本症例も近医で抗菌薬が投与されても結膜の所見が改善せず紹介された.若干の眼球運動障害があったのでCTを行ったところ眼窩蜂巣炎の診断に至ったことから,前眼窩蜂巣炎に相当すると思われる.鑑別診断は表1に提示する疾患があげられる1〜5,9).いずれの疾患もCT,MRIが鑑別診断に有用である.眼窩蜂巣炎の起因菌は黄色ブドウ球菌が多く,ついでグラム陽性球菌である肺炎球菌などが多くみられる2,10).小児の場合はHemophilusinfluenzaeが多く重篤化しやすいので注意が必要である2,10).治療法は,細菌検査の結果が待てないときは広域スペクトラムをもつ抗菌薬を投与し,起因菌が黄色ブドウ球菌や肺炎球菌であればペニシリン系,セフェム系,ニューキノロン系の抗菌薬の点滴投与を行う.メシチリン耐性ブドウ黄色ブドウ球菌であればバンコマイシンの投与を行う.その他,眼窩切開術,重篤な場合は眼球摘出術,または眼球内容除去術を行う1〜5,8).本症例は木村11)が提唱する眼窩蜂巣炎の一歩手前の前眼窩蜂巣炎であったためか,抗菌薬の点滴で速やかに治癒することができた.一般的には特徴的な眼瞼腫脹,開瞼不能,炎症性の眼球突出があれば眼窩蜂巣炎を疑うが,ごく初期もしくは前眼窩蜂巣炎であれば見逃す可能性がある.抗菌薬を投与しても改善しない結膜炎をみた場合は,結膜浮腫,眼球運動障害もチェックし,眼窩蜂巣炎が疑わしい場合は積極的にCTを施行すべきである.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)前久保知行,中馬秀樹:眼窩炎症性疾患.あたらしい眼科28:1565-1569,20012)中尾雄三:眼窩蜂巣織炎の診断と治療について教えてください.あたらしい眼科17(臨増):108-110,20003)太根節直:眼窩蜂巣炎.眼科救急ガイドブック(臼井正彦編),眼科診療プラクティス,15.p185-187,文光堂,19954)萩原正博:眼窩蜂窩織炎.眼感染症治療戦略(大橋裕一編),眼科診療プラクティス,21.p96-98,文光堂,19965)FerqusonMP,McNabAA:Currenttreatmentandoutcomeinorbitalcellulitis.AustNZJOphthalmol27:375-379,19996)MuephyC,LivingstoneI:OrbitalcellulitisinScotlandincidence,aetiology,managementandoutcomes.BrJOphthalmol98:1575-1578,20147)Duke-Elder:SystemofOphthalmology,VolXIII,PartII,p866-884,HenryKimpton,London,19748)大橋孝平:眼科臨床のために.p142-143,金原出版,19689)高橋秀徳,渋井洋文,松尾寛ほか:結膜炎症状で発症した眼窩蜂巣炎の1例.あたらしい眼科21:1245-1248,200410)木村泰朗:眼窩蜂巣炎.眼の感染・免疫疾患─正しい診断と治療の手引き─(大野重昭・大橋裕一編),p20-23,メディカルビュー社,199711)木村泰朗:前眼窩蜂巣炎症状!?眼の感染・免疫疾患─正しい診断と治療の手引き─(大野重昭,大橋裕一編),p45-46,メディカルビュー社,1997〔別刷請求先〕平木翔子:〒589-8511大阪府大阪狭山市大野東377-2近畿大学医学部眼科学教室Reprintrequests:ShokoHirakiM.D.,DepartmentofOphthalmology,KindaiUniversityFacultyofMedicine,377-2Ohnohigasi,OsakasayamaCity,Osaka589-8511,JAPAN図1結膜所見左眼で著明な結膜充血と下方に限局した黄色調滲出液を伴う結膜浮腫を認めた.図2初診時眼底所見両眼ともに特記すべき所見を認めなかった.図3初診時Hessチャート左眼の全方向性の眼球運動障害を認めた.図4初診時頭部CT眼瞼,眼球結膜は肥厚し,眼窩内に軟部影(→)が広がっていた.外眼筋,涙腺の肥大,副鼻腔炎,骨破壊像は認めなかった.図52015年1月10日自覚症状は改善し,結膜所見はやや改善を認めた.図62015年2月26日Hessチャート所見は改善している.表1鑑別診断痛み画像備考眼窩炎性偽腫瘍(−)眼瞼,涙腺,外眼筋の腫大悪性リンパ腫(−)生検し病理診断涙腺炎(+)涙腺部涙腺腫大後部強膜炎(+++)強膜の肥厚頸動脈海綿静脈洞瘻(−)上眼動脈の拡大結膜血管拡張海綿静脈洞症候群(−)海綿静脈洞内の血栓,腫瘍IgG4関連疾患(−)眼瞼,涙腺,外眼筋の腫大生検し病理診断,血清IgG4測定甲状腺眼症(−)外眼筋のコカコーラボトル様肥大0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(95)719720あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(96)(97)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016721722あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(98)(99)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016723

デング熱黄斑症の1例

2016年5月31日 火曜日

《第52回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科33(5):714〜718,2016©デング熱黄斑症の1例東友馨*1保坂大輔*2常岡寛*1*1東京慈恵会医科大学眼科学講座*2町田市民病院眼科ACaseofDengueFeverMaculopathyYukaHigashi1),DaisukeHosaka2)andHiroshiTsuneoka1)1)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,MachidaMunicipalHospital国内感染にてデング熱に罹患し,黄斑症を合併した症例を経験したので報告する.20歳,男性,東京都代々木公園で蚊に刺され,その後近医内科にてデング熱と診断された.霧視も出現してきたため,町田市民病院へ紹介受診となった.初診時の矯正視力は右眼0.1,左眼0.6,硝子体内に炎症細胞を認めた.眼底は両眼ともに黄斑部の出血,軟性白斑を伴う網膜浮腫,視神経乳頭腫脹を認めた.Goldmann視野検査では両眼に中心比較暗点を認めた.0.1%ベタメタゾン点眼を開始,1週間後には矯正視力は右眼0.9,左眼1.2と改善した.眼底も両眼ともに黄斑部の出血・軟性白斑を伴う網膜浮腫,視神経乳頭腫脹は改善した.デング熱黄斑症は多くが自然軽快し,視力予後も良好である.眼合併症の発生頻度,機序は不明だが,免疫介在性の反応と推測されている.Wereportacaseofdenguefevermaculopathyinadomesticinfection.A20-year-oldmalebittenbyamosquitoinTokyo’sYoyogiParkwasdiagnosedafewdayslaterwithdenguefeverbyaninternalmedicineclinic.Sinceblurredvisionoccurred,theMachidaMunicipalHospitalDepartmentofOphthalmologywasconsulted.Atfirstconsultation,best-correctedvisualacuity(BCVA)intherighteyewas0.1,lefteyewas0.6andtherewerecellsintheposteriorvitreous.Macularretinalhemorrhages,edemawithsoftexudatesandopticdiscswellingwereobservedinbotheyes.Centralscotomawaspresent,so0.1%betamethasoneeyedropswereinitiated.BCVAimprovedafter1week,righteye0.9,lefteye1.2.Macularhemorrhages,edemawithsoftexudatesandopticdiscswellingdisappeared.Alargenumberofpatientshavehaddengue-relatedoculardiseasethatresolvedspontaneouslywithouttreatment,andwithgoodvisualprognosis.Althoughthemechanismisunclear,immunologicphenomenaareinvolved.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(5):714〜718,2016〕Keywords:デング熱,黄斑症,網膜出血,黄斑浮腫,視神経乳頭腫脹,国内感染.denguefever,maculopathy,retinalhemorrhages,macularedema,opticdiscswelling,domesticinfection.はじめにデング熱はデングウイルスが蚊を媒介して人へ感染する急性熱性感染症である.アジア,中東,アフリカ,中南米,オセアニア地域で流行しており,年間1億人近くの患者が発生していると推定される1).とくに近年では東南アジアや中南米で患者の増加が顕著となっている.こうした流行地域で,日本からの渡航者がデングウイルスに感染するケースも多い2,3).2014年の夏季には輸入症例により持ち込まれたと考えられるウイルスにより162例の国内感染が発生した3).国内感染例の大部分は東京都代々木公園周辺への訪問歴があり,同公園周辺の蚊に刺咬されたことが原因と推定された.デング熱は発熱,頭痛,発疹などが主症状であるが,まれに黄斑症,ぶどう膜炎などの眼合併症により視力低下をきたすことがある4).デング熱の眼合併症は海外での報告は多いが,国内での報告は輸入症例での報告が散見されるのみであった.今回国内感染でのデング熱に黄斑症を合併した症例を経験したので報告する.I症例患者:20歳,男性.初診日:2014年9月12日.主訴:霧視,視力低下.既往歴:特記すべき事項なし.現病歴:2014年8月30日に東京都代々木公園に行き蚊に刺咬され,その6日後に40℃の発熱,手足の発赤,咽頭痛が出現した.その後,9月12日に近医内科にてデング熱と診断された.すでに解熱していたが,肝機能障害と血小板減少を認めたため町田市民病院(以下,当院)の内科へ紹介受診となった.同時に霧視,視力低下を自覚したため眼科も受診した.初診時内科所見:体温36.7℃,血圧102/69mmHg,脈拍86回/分.血液検査所見:WBC4,300/μl,Plt6.3万/μl,CRP0.44mg/dl,T-Bil0.9mg/dl,GOT104IU/l,GPT111IU/l,ALP110IU/l,LDH532IU/l,BUN15mg/dl,Cr0.7mg/dl胸部X線撮影検査:異常所見なし.心電図検査:異常所見なし.眼科初診時所見:視力は右眼(0.1×sph−3.75D),左眼(0.6×sph−3.25D)であった.眼圧は右眼8mmHg,左眼8mmHg.結膜充血,毛様充血はなく,前房蓄膿,角膜後面沈着物や前房細胞も認めなかった.虹彩,隅角に結節は認めなかった.硝子体内には軽度の炎症細胞を認めたが,硝子体混濁はみられなかった.両眼の眼底には黄斑部の出血,軟性白斑を伴う網膜浮腫,視神経乳頭腫脹を認めた(図1).黄斑部の光干渉断層計(OCT)所見では両眼網膜外層の囊胞様浮腫,左眼では中心窩の部分にわずかに漿液性網膜剝離を伴っていた(図2).アーケード外の網膜には出血,白斑,血管炎,滲出斑はみられなかった.初診時よりデング熱の診断がされており,他の感染性,非感染性のぶどう膜炎を積極的に疑う眼所見がなかったため,また速やかに自然軽快したため,各種血清抗体測定(梅毒反応,トキソプラズマ抗体,サイトメガロウイルス抗体,HTLV-1抗体,単純ヘルペス,水痘帯状疱疹ウイルス抗体,Bartonellahenselae抗体),アンギオテンシン変換酵素,血清リゾチーム,ツベルクリン反応,髄液検査,気管支鏡検査などは施行しなかった.臨床経過:当院受診時はすでに解熱されており肝機能障害,血小板減少をきたしていた.デング熱ウイルスによる眼底の血管障害をきたしていると考えられたため,0.1%ベタメタゾン点眼液を両眼1日4回開始,治療開始4日目に矯正視力は右眼0.5,左眼1.0と改善,血小板減少も正常値に改善した.眼底所見も出血および黄斑浮腫の改善を認め(図3),OCTでも,鼻側の網膜外層に一部浮腫が残存していたが改善を認めた(図4).Goldmann視野検査では両眼に中心比較暗点を認めた(図5).治療開始1週間後には矯正視力は右眼0.9,左眼1.2とさらに改善し,網膜出血,軟性白斑も右眼はほぼ消失,左眼はわずかに残存する程度であった(図6).OCTはellipsoidzoneが不整だが,鼻側の浮腫も改善を認めた(図7).0.1%ベタメタゾン点眼は終了としたところ,その後の受診は自己中断した.II考按デング熱は蚊(ネッタイシマカAedesaegypti,ヒトスジシマカAedesalbopictus)によって媒介されるデングウイルスの感染症である.発生地域は熱帯・亜熱帯地域,とくに東南アジア,南アジア,中南米,カリブ海諸国であるが,アフリカ・オーストラリア・中国・台湾においても発生している.全世界では年間約1億人がデング熱を発症している1).日本における媒介蚊はヒトスジシマカである.日本におけるヒトスジシマカの活動はおもに5月中旬〜10月下旬にみられ,冬季に成虫は存在しない.ヒトスジシマカの発生数は国内全域で非常に多く,本州から四国,九州,沖縄,小笠原諸島まで広く分布していることが確認されている2).海外渡航で感染し国内で発症する例(輸入症例)が増加しつつあり,2014年の夏季には本症例のように輸入症例により都内の代々木公園をはじめとする公園にウイルスが持ち込まれ,国内流行が発生した.感染症法に基づく発生動向調査に報告された2014年のデング熱症例は計341例,うち国内感染例162例,国外感染例179例であった3).デングウイルスはフラビウイルス科に属し,4種の血清型が存在する.報告によりさまざまであるが,約50〜80%が不顕性感染であると考えられている5,6).感染後2〜15日の潜伏期間の後に,突然の高熱で発症し,頭痛,眼痛,顔面紅潮,結膜充血,全身の筋肉痛,骨関節痛,全身倦怠感などの症状が起こる.発熱は二峰性であることが多く,発病後2〜7日で解熱する.解熱時期に発疹が出現することが多く,胸部,体幹に始まり四肢や顔面に広がることもある.症状は1週間程度で回復するが,ごくまれに血漿漏出に伴うショックと出血傾向をおもな症状とするデング出血熱という致死的病態が出現することがある4,7,8).デング熱の眼合併症は発症から7日頃に血小板減少とともに出現し,眼症状は眼痛,視力低下,霧視,視野障害,飛蚊症,変視症,小視症などさまざまである.眼所見は結膜下出血,虹彩炎,ぶどう膜炎,網膜出血,網膜細静脈炎,黄斑浮腫,視神経浮腫などさまざまな所見を呈する6〜8).今回の症例では施行していないが,フルオレセイン蛍光眼底造影検査では網膜血管炎に一致した蛍光漏出がみられることが報告されている4,7,8).また,インドシアニングリーン蛍光眼底造影検査で脈絡膜血管の過蛍光・漏出がみられることがあるが,可逆性である4,7,8).OCTでは本症例のように網膜外層の浮腫,漿液性網膜剝離を認めることが多い4).黄斑部に網膜色素上皮から隆起する黄橙色病変が出現することもあり,その部分に一致した網膜外層の肥厚化がみられる9).また,視野検査では,中心暗点を呈する4,7).多くが自然軽快し,視力予後も良好である.治療が必要な場合はステロイドの点眼やTenon囊下注射などの局所投与,重症例ではステロイド内服やパルス療法の全身投与,さらに免疫グロブリン投与を行う報告もある8).本症例は0.1%ベタメタゾン点眼液を開始したところ,4日という短期間で眼所見の急速な改善を認めた.ステロイド点眼が著効したのではなく,自然経過で改善した可能性もあると考えられる.眼合併症の発生頻度,機序は不明だが,免疫介在性の反応と推測されている7,8).発生頻度の高いシンガポールの報告では,2005年に流行した血清1型のデングウイルスにおいて,黄斑症は10%の割合で出現したにもかかわらず,2007年に流行した血清2型では眼合併症は認めなかった8).2014年夏季に流行した国内例はすべてが血清1型であった10).このことからウイルスの血清型によって,眼合併症が出現する頻度が変わるものと予測される.2014年夏季に流行したデング熱は,約70年ぶりに確認されたデング熱の国内感染であった11).これまでデング熱による眼合併症の国内報告は輸入症例によるもののみであり,国内感染での黄斑症の報告は,本例が国内初の報告であると思われる12〜14).世界の温暖化や社会のグローバル化により今後もデング熱の国内感染は増加する可能性があり,眼合併症についての理解を深めておく必要がある.また,まれに重症化する例もあるため,診断や加療において迅速な対応が望まれる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)LohBK,BacsalK,CheeSPetal:Foveolitisassociatedwithdenguefever:acaseseries.Opthalmologica222:317-320,20082)国立感染症研究所:デング熱・チングニア熱の診療ガイドライン2015年3)国立感染症研究所:〈特集〉デング熱・デング出血熱2011〜2014年.IASR36:33-34,20154)KhairallahM,JellitiB,JenzeriS:Emergentinfectiousuveitis.MiddleEastAfrJOphthalmol16:225-238,20095)KnipeDM,HowleyPM:FieldsVirology.6thedition.WoltersKliwer,Riverwoods,20136)TienNTK,LuxemburgerC,ToanNTetal:AprospectivecohortstudyofdengueinfectionschoolchildreninLongXuyen,Vietnam.TransRSociTropMedHyg104:592-600,20107)NdAW,TeohSC:Dengueeyedisease.SurvOphthalmol60:106-114,20158)YipVC,SanjayS,KohYT:Ophthalmiccomplicationsofdenguefever:asystematicreview.OphthalmolTher1:2,20129)Gea-BanaclocheJ,JohnsonRT,BagicAetal:WestNilevirus:Pathogenesisandtherapeuticoptions.AnnInternMed140:545-553,200410)国立感染症研究所:デング熱報告例に関する記述疫学.http://www.nih.go.jp/niid/ja/id/693-disease-based/ta/dengue/idsc/iasr-news/5410-pr4211.html11)三浦邦治,川田真幹,柿本年春ほか:約70年ぶりに確認された国内感染デング熱の第1例に関する報告.IASR36:35-37,201512)永田洋一:デング熱にみられた眼病変.眼臨101:483-486,200713)鹿内真美子,八代成子,武田憲夫ほか:眼病変を合併したデング出血熱の2例.眼紀55:697-701,200414)鵜飼環栄,伊藤博隆,杉田公子ほか:眼底出血を伴うデング熱の1例.眼臨93:1285,1999〔別刷請求先〕東友馨:〒105-8461東京都港区西新橋3-25-8東京慈恵会医科大学眼科学講座Reprintrequests:YukaHigashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicine,3-25-8Nishishinbashi,Minato-ku,Tokyo105-8461,JAPAN図1初診時眼底写真両眼の眼底に黄斑部の出血,軟性白斑を伴う網膜浮腫,視神経乳頭腫脹を認める.図2初診時黄斑部の光干渉断層計(OCT)所見両眼の黄斑部に網膜外層の浮腫,左眼ではわずかに漿液性網膜剝離を認める.図3治療開始4日目の眼底写真出血および黄斑浮腫の改善を認める.図4治療開始4日目のOCT左眼鼻側の網膜外層に一部浮腫が残存していたが,改善がみられる.図5Goldmann視野検査両眼に中心比較暗点を認める.図6治療開始1週間後の眼底写真右眼の網膜出血,軟性白斑はほぼ消失,左眼はわずかに残存する程度である.図7治療開始1週間後のOCT左眼のellipsoidzoneが不整だが,鼻側の浮腫は改善を認める.791140-181あ0/0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(91)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016715716あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(92)(93)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016717718あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(94)