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緑内障:アセタゾラミドの内服・注射による重篤な副作用について

2015年7月31日 金曜日

●連載181緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也181.アセタゾラミドの内服・注射による西野和明医療法人白水会栗原眼科病院(羽生)重篤な副作用について眼科領域におけるアセタゾラミド内服・注射の使用頻度は,緑内障点眼薬の飛躍的な進歩により激減しているが,今もってなお緑内障治療薬の選択肢の一つである.他科においては,近年,同薬注射による急性心不全,肺水腫など重篤な副作用が報告されており,改めて眼科医も再認識する必要があると考えられる.●アセタゾラミド内服・注射の眼科的使用頻度の減少今日,点眼用炭酸脱水酵素阻害薬ドルゾラミド,ブリンゾラミドの開発・使用により,アセタゾラミドの内服・注射の使用は激減した.しかしながら,アセタゾラミドは「緑内障診療ガイドライン第3版」にも治療薬として記載されており1),今もってなお眼科領域における治療薬剤の一つである.とりわけ緑内障手術までの一定期間,あるいは急性緑内障への一時的な対応として,内服などで使用されることは珍しくない.●アセタゾラミド内服・注射による重篤な副作用アセタゾラミドは腎臓の近位尿細管における再吸収を抑制するため,その利尿効果により,古くから緑内障治療薬剤として利用されてきた.しかしながら,本剤の使用目的が眼科的な治療ではあっても,内服・注射である以上,薬剤の効果あるいは副作用が全身に及ぶことを常に念頭に置かなければならない.副作用としては四肢のしびれ感,低カリウム血症などが知られているが,それらは一般的に軽症である.一方,重篤な副作用を起こすことも知られている1~3).アセタゾラミドは他科においては検査用注射薬剤としても用いられているが,2014年6月2日,アセタゾラミド販売元の三和化学研究所が「脳梗塞,もやもや病等の患者に脳循環予備能の検査目的で本剤を静脈内投与した際の重篤な副作用について」を発表した.その報告によれば,1994~2014年の約20年間に急性心不全や肺水腫などの重篤副作用が8件報告され,6件が死の転帰をとったという.その発症時期は1例を除けば注射投与日あるいは翌日で,残り1例も注射後7日とかなり急性の発症であった.それらをうけ日本脳卒中学会,日本脳神(63)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY経外科学会などは「ダイアモックス注射用による重篤な副作用の発生について」という緊急メッセージをインターネット上で発表した.●アセタゾラミド内服による再生不良性貧血:自験例それら心臓・肺疾患などの副作用以外にも,重篤な副作用として再生不良性貧血が知られている.筆者らは,内科にて脊髄小脳変性症の治療のため,約10年の長期にわたりアセタゾラミドを投薬された患者で,両眼に網膜中心静脈閉塞症様の出血を発症した重症再生不良性貧血の症例を経験した(図1a,b).当初,両眼の視神経乳頭にわずかの出血と軟性白斑が認められる図1a右眼底写真網膜中心静脈閉塞症に類似する網膜出血が認められた.あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015985 図1b左眼底写真右眼とほぼ同様な所見が認められた.程度であったが,内科に精査を依頼したところ,アセタゾラミド内服による再生不良性貧血と診断された.その後の内科的な治療にもかかわらず,眼科的な異常所見が認められてから4カ月後には慢性硬膜下血腫を発症,11カ月後に急性肺炎を併発して死亡した.眼科受診前の内科的経過観察では半年に1回の血液検査を実施していたが,最終の血液検査で異常はみられなかったという.つまり本症は眼科への初診からさかのぼり,約半年以内という短い期間で比較的急性に再生不良性貧血を発症したということになる.過去の報告によれば,再生不良性貧血の発症時期は内服を開始してから平均数3カ月であるという2).したがって,少なくとも眼科領域において長期のアセタゾラミド内服が必要とされる場合には,推奨されている半年に1回の血液検査3)では異常が確認されない場合も想定されることから,数カ月に1回程度の血液検査などが妥当と考えられる.●まとめ眼科医にとって高眼圧症の患者の視機能を守るには,アセタゾラミド内服などが避けられない場合がある.しかしながら,他科において同薬注射による重篤な副作用の緊急メッセージが発信されている現在,われわれ眼科医も今一度アセタゾラミドの副作用1)を振り返る良い機会ではないかと考える.文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第3版).日眼会誌116:3-46,20122)KeisuM,WiholmBE,OstAetal:Acetazolamide-associatedaplasticanemia.JInternMed228:627-632,19903)ShapiroS,FraunfelderFT:Acetazolamideandaplasticanemia.AmJOphthalmol113:328-330,1992☆☆☆986あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(64)

屈折矯正手術:回旋予防システムによる乱視矯正手術

2015年7月31日 金曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂●連載182大橋裕一坪田一男182.回旋予防システムによる乱視矯正手術玉置正一井上眼科病院屈折度数は座位にて測定されるが,屈折矯正手術は仰臥位にて行われる.そのため,近年のエキシマレーザーには体位の変換で起きる眼球回旋を補正する機能が搭載されているものが多い.NeuroTracksystemは眼球回旋を補正するのではなく,視運動を制御することで眼球回旋を防止して乱視矯正効果を高めている.●はじめに座位から仰臥位に移行すると眼球回旋(cyclotorsion)が起きる場合がある.また,手術時には寝たときの姿勢のゆがみによる眼球回旋があり,眩しさや緊張による眼球回旋も含まれてくるので,手術中には大きな眼球回旋による軸ずれが起こる可能性がある1,2).円柱レンズによる乱視矯正では,約3°軸がずれることにより10%矯正効果が低下し,10°軸がずれることで35%矯正効率が低下する2).したがって,乱視矯正を行う場合にはなるべく軸ずれを少なくするようにしなくてはならない.ほとんどの回旋補正システムは,術前に座位にて測定した虹彩紋理,強膜あるいは輪部,瞳孔径と,手術時の仰臥位でのエキシマレーザー下でのそれとを照合させることで,眼球回旋補正を行っている.ただし現在の回旋補正システムは,術中レーザー照射前のある時点で測定・照合する1回のみの補正となっている.連続して補正しているわけではないため,いったん照射が始まれば,それ以上の調整は不可能であり,照射時間が長いほど軸ずれを起こす可能性が高くなる.●NeuroTracksystemとは視覚情報は眼球を通して網膜へと映される視覚信号より得られるが,このとき,眼球そのものが運動をすることが知られている.この運動は対象物を網膜上にとらえ続けるために起こる運動であり,その眼球運動のひとつに視運動性反応がある.NeuroTracksystemは回旋補正の代わりに空間の合図を使用し,網膜像を安定させる視覚体系の神経反応である視運動(optokinesis)を制御して,眼球回旋そのものを抑制する3)(図1).実際には,まず患者がベッドに横たわった後にクロスラインが表示される.クロスラインに沿って,左右の眼の位置と頭位を補正する.その後,緑色の固視灯を見てもらい,固視灯の周囲にある4つのオレンジ色の点滅灯を確認してもらう.4つのオレンジ色の点滅灯を結ぶと四角形が形成されるので,その中心にある緑色の固視灯を見続けるように指示する(図2).これで水平・垂直の基準線が脳に意識され,視運動がコントロールされることにより眼の位置が安定し,回旋を連続して抑制し最適な眼位を保ち続けることになる.図1視運動性反応を誘発する空間的な合図の異なる程度によるイメージ(Pensell,Sverkersten,Ygge)(文献3より引用)(61)あたらしい眼科Vol.32,No.7,20159830910-1810/15/\100/頁/JCOPY 図2クロスラインプロジェクターと患者側から見たレーザーヘッド,術者から見た顕微鏡像クロスラインで左右の眼と頭位を調整する.患者には4つのオレンジの点滅灯が形成する四角形の中心の緑色の固視灯を見るよう指示する.顕微鏡像にて患者のNeuroTrackに対する反応を確かめる.緑色の光は四角形の中心になければならない(AlconInc.提供).乱視度数D-3-2.5-2-1.5-1-0.5術前1M3M6MNeuroTrackLASIK-2.48-0.39-0.34-0.05WFLASIK-2.51-0.44-0.50-0.680NeuroTrackLASIKWFLASIK図3自覚乱視度数の経時変化両群とも良好な結果であるが,術後6カ月でNeuroTrackLASIK群の成績が有意に良かった.●臨床成績当院にてNeuroTracksystemを用いてWaveLightREX500エキシマレーザー(Alcon社)で施行したlaserinsitukeratomileusis(以下NeuroTrackLASIK)と,虹彩紋理認証システム(irisregistration)を用いてVISXS4IRRエキシマレーザー(AMO社)で施行したWavefront-guidedLASIK(以下WFLASIK)の術後成績を示す.対象はNeuroTrackLASIK群が2013年3月~2014年3月に施行した16眼,WFLASIK群が2011年11月~2012年4月までに施行した17眼で,いずれも自覚乱視が.2D以上である.術前データは,NeuroTrackLASIK群が球面屈折度数.4.72±1.20D,円柱屈折度数.2.51±0.70DでWFLASIK群が球面屈折度数.5.65±2.34D,円柱屈折度数.2.48±0.46Dであり,統計的に有意差はなかった(p>0.05,Student-t検定).術後6984あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015カ月の裸眼視力は,NeuroTrackLASIK群がlogMAR値で.0.16±0.04,WFLASIK群が.0.05±0.13で,NeuroTrackLASIK群が有意に良かった(0.01<p<0.05,Student-t検定).術後6カ月の自覚乱視度数は,NeuroTrackLASIK群が.0.05±0.04D,WFLASIK群が.0.68±0.53Dで,NeuroTrackLASIK群が有意に良かった(p<0.01,Student-t検定)(図3).●おわりに乱視矯正を施行するにあたって回旋補正を行うことは矯正効率を上げるために重要である.Wavefrontによる矯正治療では10°の軸ずれで,矯正効率が50%に低下するという報告がある4).術中,照明や瞳孔径,opaquebubblelayer(OBL),角膜実質のベッド面の状態などさまざまな理由で回旋補正機能がかからないこともあることを考えると,簡便に使えるNeuroTracksystemは乱視矯正手術に有用である.文献1)今井浩二郎,稗田牧:乱視矯正手術と眼球回旋.IOL&RS20:173-175,20062)SwamiAU,SteinertRF,OsborneWEetal:Rotationalmalpositionduringlaserinsitukeratomileusis.AmJOpthalmol133:561-562,20023)CummingsA:Approachestopreventingcyclotorsion.Cataract&RefractiveSurgeryTodayEurope:1-3,May,20084)GuiraoA,WilliamsDR,CoxIG:Effectofrotationandtranslationontheexpectedbenefitofanidealmethodtocorrecttheeye’shigher-orderaberrations.JOptSocAmAOptImageSciVis18:1003-1015,2001(62)

コンタクトレンズ:コンタクトレンズによる眼障害(その1)

2015年7月31日 金曜日

あたらしい眼科Vol.32,No.7,20159810910-1810/15/\100/頁/JCOPYはじめにコンタクトレンズによる眼障害の発症には多くの発症機序があり,さまざまな原因が関与している.コンタクトレンズの破損やカラーコンタクトレンズの色素露出による眼表面の機械的障害(例:角膜上皮びらん)など単独の発症機序,原因で発症することもあるが,多くの眼障害は複数の発症機序と原因が複雑に関与して発症する.発症原因としては,コンタクトレンズ(製品)自体の問題,コンタクトレンズの経時的な劣化の問題,コンタクトレンズの使用方法,装用方法の問題などの直接的な原因のほかに,定期検査を受けていない,医師の処方を受けていない,不適切な処方,不適切な装用指導,不適切なレンズケア指導などの間接的な原因がある.●発症機序表1は眼障害の発症機序とその結果として生じるおもな眼障害を示した.同じ眼障害でも発症機序は重複することもある.たとえば角膜上皮障害は,酸素不足,ドライアイ,機械的障害などの原因で発症する.それ以外でも,アレルギーによって生じた巨大乳頭結膜炎に合併して機械的障害が生じ,角膜上皮障害が発症することもある.また,角膜上皮障害が存在すると,角膜のバリア機能が破壊され,角膜感染症を誘発する頻度が高くなる.(59)●発症原因わが国では,これまでに多くのコンタクトレンズによる眼障害のアンケート調査が実施されてきた.発症原因に関しては直接的なもの,間接的なものを区別せずに同列に問う調査が多かった.間接的な発症原因にあげられる“医師の処方を受けていない”“定期検査を受けていない”“インターネットでコンタクトレンズを購入”“適切な装用指導を受けていない”などのコンタクトレンズ装用者でも,酸素透過性が高い使い捨てソフトコンタクトレンズを購入し,正しい使い方をして,これまでにまったくコンタクトレンズによる眼障害を経験していない人も中にはいる.その一方で,コンタクトレンズ(製品)自体の欠陥,コンタクトレンズの経時的な劣化,不適切な装用方法などは,コンタクトレンズによる眼障害に直結する.発症原因は直接的なもの(表2)と,間接的なもの(表3)を分けて論じる必要がある.間接的な原因にあげられる要素をもつ人は眼障害が多い傾向にある.コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方はじめの一歩監修/下村嘉一14.コンタクトレンズによる眼障害(その1)糸井素純道玄坂糸井眼科病院提供表1コンタクトレンズによる眼障害の発症機序とおもな眼障害名酸素不足角膜上皮障害,角膜血管新生,角膜内皮細胞障害,角膜浮腫,角膜菲薄化,角膜変形機械的障害角膜上皮障害,結膜上皮障害,角膜変形アレルギー乳頭結膜炎,無菌性角膜浸潤乾燥角膜上皮障害(スマイルマークパターン,点状表層角膜症),糸状角膜炎,瞼裂斑炎,結膜上皮障害感染角膜浸潤,角膜潰瘍,角膜炎,眼内炎,麦粒腫,急性結膜炎表2コンタクトレンズによる眼障害の直接的な原因コンタクトレンズ自体(製品)の問題①低酸素透過性②色素の露出③色素による表面の凹凸④レンズ径が大きい(→タイトフィッティングを招く)⑤ベースカーブがスティープ(→タイトフィッティングを招く)⑥初期破損⑦初期変形コンタクトレンズの経時的な劣化の問題①変形②破損③キズ④汚れ⑤材質劣化コンタクトレンズの使用方法・装用方法の問題①装用時間が長い②連続装用③装用サイクルを守らない④誤った洗浄方法⑤誤った消毒方法⑥誤ったレンズケースの管理あたらしい眼科Vol.32,No.7,20159810910-1810/15/\100/頁/JCOPYはじめにコンタクトレンズによる眼障害の発症には多くの発症機序があり,さまざまな原因が関与している.コンタクトレンズの破損やカラーコンタクトレンズの色素露出による眼表面の機械的障害(例:角膜上皮びらん)など単独の発症機序,原因で発症することもあるが,多くの眼障害は複数の発症機序と原因が複雑に関与して発症する.発症原因としては,コンタクトレンズ(製品)自体の問題,コンタクトレンズの経時的な劣化の問題,コンタクトレンズの使用方法,装用方法の問題などの直接的な原因のほかに,定期検査を受けていない,医師の処方を受けていない,不適切な処方,不適切な装用指導,不適切なレンズケア指導などの間接的な原因がある.●発症機序表1は眼障害の発症機序とその結果として生じるおもな眼障害を示した.同じ眼障害でも発症機序は重複することもある.たとえば角膜上皮障害は,酸素不足,ドライアイ,機械的障害などの原因で発症する.それ以外でも,アレルギーによって生じた巨大乳頭結膜炎に合併して機械的障害が生じ,角膜上皮障害が発症することもある.また,角膜上皮障害が存在すると,角膜のバリア機能が破壊され,角膜感染症を誘発する頻度が高くなる.(59)●発症原因わが国では,これまでに多くのコンタクトレンズによる眼障害のアンケート調査が実施されてきた.発症原因に関しては直接的なもの,間接的なものを区別せずに同列に問う調査が多かった.間接的な発症原因にあげられる“医師の処方を受けていない”“定期検査を受けていない”“インターネットでコンタクトレンズを購入”“適切な装用指導を受けていない”などのコンタクトレンズ装用者でも,酸素透過性が高い使い捨てソフトコンタクトレンズを購入し,正しい使い方をして,これまでにまったくコンタクトレンズによる眼障害を経験していない人も中にはいる.その一方で,コンタクトレンズ(製品)自体の欠陥,コンタクトレンズの経時的な劣化,不適切な装用方法などは,コンタクトレンズによる眼障害に直結する.発症原因は直接的なもの(表2)と,間接的なもの(表3)を分けて論じる必要がある.間接的な原因にあげられる要素をもつ人は眼障害が多い傾向にある.コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方はじめの一歩監修/下村嘉一14.コンタクトレンズによる眼障害(その1)糸井素純道玄坂糸井眼科病院提供表1コンタクトレンズによる眼障害の発症機序とおもな眼障害名酸素不足角膜上皮障害,角膜血管新生,角膜内皮細胞障害,角膜浮腫,角膜菲薄化,角膜変形機械的障害角膜上皮障害,結膜上皮障害,角膜変形アレルギー乳頭結膜炎,無菌性角膜浸潤乾燥角膜上皮障害(スマイルマークパターン,点状表層角膜症),糸状角膜炎,瞼裂斑炎,結膜上皮障害感染角膜浸潤,角膜潰瘍,角膜炎,眼内炎,麦粒腫,急性結膜炎表2コンタクトレンズによる眼障害の直接的な原因コンタクトレンズ自体(製品)の問題①低酸素透過性②色素の露出③色素による表面の凹凸④レンズ径が大きい(→タイトフィッティングを招く)⑤ベースカーブがスティープ(→タイトフィッティングを招く)⑥初期破損⑦初期変形コンタクトレンズの経時的な劣化の問題①変形②破損③キズ④汚れ⑤材質劣化コンタクトレンズの使用方法・装用方法の問題①装用時間が長い②連続装用③装用サイクルを守らない④誤った洗浄方法⑤誤った消毒方法⑥誤ったレンズケースの管理 表3コンタクトレンズによる眼障害の間接的な原因1.医師の処方を受けていない,あるいは,不適切なコンタクトレンズ処方2.定期検査を受けていない3.非対面販売によるコンタクトレンズの購入(インターネット,通信販売など)4.不適切な装用指導5.不適切なレンズケア指導図1慢性酸素不足による角膜上皮障害(カラーコンタクトレンズ装用者)●診断と対応細隙灯顕微鏡で角膜上皮障害(図1)を診断しても,それ以外に,結膜充血,結膜上皮びらん,巨大乳頭結膜炎,角膜変形(図2),角膜内皮細胞障害などの他の病変を伴っていることが少なくない.コンタクトレンズ装用者を診察するときは,上眼瞼を必ず反転して結膜の状態を確認するようにしている.コンタクトレンズによる眼障害を適確に診断し,適切な治療と指導を行うためには,主となる眼障害だけではなく,付随する眼の変化を,可能な限りの方法で把握しなければならない.また,眼の病変だけではなく,コンタクトレンズの性状,フッティング,汚れ,劣化,レンズケアの状況も確認する必要がある.そうでなければ,多くの場合,眼障害の発症機序,発症原因を正確に論じることはむずかしい.図2顕著な角膜変形と角膜の菲薄化(図1と同一症例)982あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015ZS944

写真:翼状片のStocker線

2015年7月31日 金曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦374.翼状片のStocker線新井悠介小幡博人自治医科大学眼科学講座Stocker線Stocker線図2図1のシェーマ図1典型的な翼状片のStocker線(63歳,女性)翼状片の先端部の角膜に黄褐色の鉄の沈着がみられることがあり,Stocker線とよばれる.ab図3Stocker線を伴う翼状片の術前後(77歳,女性)a:術前,先端部にStocker線を認める.b:術中,根気よく沈着物の除去を試みたが,少し残存した.(57)あたらしい眼科Vol.32,No.7,20159790910-1810/15/\100/頁/JCOPY Stocker線(Stocker’sline)は,翼状片の先端部に認められることがある黄褐色の線状の沈着物である1)(図1).金箔様にみえることもある.本態は鉄の沈着であり,組織学的にはフェリチンが角膜上皮基底細胞層の細胞内外に沈着したものといわれている1).角膜にみられる鉄の沈着線は,総称して角膜鉄線(cornealironline)とよばれ,種々のものが知られている.角膜の下方1/3の部位で水平に走る褐色の色素線であるHudson-Stahli線,円錐角膜のFleischer輪,濾過胞の角膜側にできるFerry線,角膜移植後や角膜屈折矯正手術後に発生する色素線などが,Stocker線と同様に鉄の沈着である.種々の角膜鉄線の発生率を調べた松原2)の報告によると,初診患者3,008人中,男性1,395人中4人(0.3%),女性1,613人中2人(0.1%)にStocker線の発生がみられ,翼状片患者の男性14.8%,女性7.4%にStocker線がみられたと報告している.Hansenら3)は,翼状片39眼中46%でStocker線が認められたと報告している.鉄の由来や沈着の機序については議論が多い.由来としては,涙液,前房水,細胞の破壊,血清などが考えられている1).角膜の形状が不規則になった場所に生じることが多いため,局所的な細胞障害や局所的な涙液の貯留が関係していると考えられているが,正確なメカニズムはわかっていない.Stocker線を伴う翼状片手術の際に,角膜上の翼状片組織を鈍的に.離しても,Stocker線の沈着は角膜側に残る.この沈着は角膜実質にゴルフ刀を立てて,こそぎ落とすように除去するが,なかなか除去できない.除去できた沈着物は金箔のような薄膜状をしている.このような術中所見からは,Stocker線の鉄の沈着は角膜上皮細胞内ではなく,上皮細胞外でBowman層レベルに沈着しているように推測される.完全に除去するには根気を要するが,多少取り残しても視力には影響がないようである(図2a,b).翼状片のStocker線は,進行が停止した翼状片にみられるといわれることがあるが,真偽のほどは不明である.文献1)ChangRI,ChingS:Ironlines.In:Cornea,3rded(KrachmerJH,MannisMJ,HollandEJ),p910-911,Mosby,20112)松原稔:日本人の角膜鉄線発生率.臨眼61:853-858,20073)HansenA,NornM:Astigmatismandsurfacephenomenainpterygium.ActaOphthalmol(Copenh)58:174-181,1980980

ライフスタイル介入アプローチ

2015年7月31日 金曜日

特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):973.978,2015特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):973.978,2015ライフスタイル介入アプローチLifestyleInterventionforDryEye川島素子*はじめにドライアイは不安定な涙液層を特徴とする多因子性の慢性疾患であり,眼表面の損傷を伴うおそれのあるさまざまな症状および視力障害を引き起こす.ドライアイにおける自覚症状には,乾燥,不快感,異物感,痛み,視力障害などがある.ドライアイの有病率は,診断上の定義や研究対象集団によって文献間で異なるが,日本での罹患人口は少なくとも約800万人,通院せずに市販点眼薬を使用している潜在患者も含めれば約2,200万人いると見込まれている罹患率の高い疾患であり,著しくqualityoflife(QOL)を低下させる.近年,高齢化およびVDT(visualdisplayterminal)作業の増加,コンタクトレンズ装用,エアコンの使用などライフスタイルの変化に伴い,有病率は急増している.ドライアイの治療の基本にあげられるのは点眼であるが,環境因子の改善,生活習慣の改善も重要な治療や予防対策となる.たとえば,環境因子の改善として,長時間のVDT作業や運転では,適度の休みを取ることや意識的な瞬目を行うこと,眼表面の保湿を図るために加湿器を用いたり,エアコンの設定を変えたり,市販のドライアイ専用眼鏡を使用したりすることなどは,有効な方法とされている.さらに,近年の研究によりドライアイと関連するライフスタイルが少しずつわかってきており,単なる点眼治療だけではなく,ライフスタイルに対する介入など,予防医学的に介入可能な疾患へと変遷しつつあるので紹介したい(図1).Iドライアイに対するライフスタイル介入2011年にドライアイ研究会が行ったオフィスワーカーを対象としたドライアイ検診(Osakastudy)の結果,さまざまな新しい知見が得られた.たとえば,オフィスワーカーでのドライアイの有病率は65%にものぼること,年齢がリスクファクターになることがわかった1).年齢が高いほうが涙液分泌量が低く,メタボリックシンドローム群では,同年代での非メタボリックシンドローム群と比較して,有意に涙液分泌量が低いことも明らかになった(図2)2).近年,メタボリックシンドロームを含めた多くの加齢に伴う疾患には,生活習慣などの環境因子の影響があることが報告されるようになり,その背景に酸化ストレスの関与があることが認識されるようになっている.ドライアイも,複数のドライアイマウスモデルの実験結果や臨床研究結果により,酸化ストレスが発症および病態形成に大きくかかわっていることが強く支持されるようになってきた.II型糖尿病やメタボリックシンドロームに対する運動・食事療法などのライフスタイル介入アプローチは基本的な治療・予防方法として認知されており,その奏効機序のひとつとして酸化ストレスの抑制が報告されている.1.運動さらに,横断研究結果では,調査票ベースではある*MotokoKawashima:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕川島素子:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(51)973 ライフスタイル介入外科的治療プラグ涙点閉鎖術結膜弛緩症手術など○仕事中の休息・パソコン時間の短縮ブルーライトカット○コンタクトレンズ装用時間短縮○ドライアイ用眼鏡○室内加湿点眼運動食事ごきげん眼局所の改善層別治療(TFOT)環境因子の改善ライフスタイル介入外科的治療プラグ涙点閉鎖術結膜弛緩症手術など○仕事中の休息・パソコン時間の短縮ブルーライトカット○コンタクトレンズ装用時間短縮○ドライアイ用眼鏡○室内加湿点眼運動食事ごきげん眼局所の改善層別治療(TFOT)環境因子の改善図1ドライアイの治療アプローチ概念図(局所と全身)l涙液分泌量(mm)lSchirmer値(Ⅰ法).5mmの発現率(%)p=0.00025.04020.0303515.0252010.0155.01050.0MetSMetS疑非MetS0MetSlMetS疑非MetS(Tukey’sMultipleComparisonTest)(Steel-Dwasstest)図2メタボリックシンドロームにおける涙液量の減少メタボリックシンドローム群では非メタボリックシンドローム群と比較して有意に涙液分泌量がp=0.000p=0.044p=0.009低下している.が,非ドライアイでは運動習慣がドライアイ群に比べて多い(図3)3),運動習慣の多いほうが涙液分泌量が多いことがわかった4).これらのことより,運動はドライアイに対する効果があると予想できる.すでに,動物実験では,運動により全身状態のみならず,涙液分泌が向上することがわかっている5).974あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015また,オフィスワーカーのようなデスクワーク作業には,ドライアイのリスクとして有名なVDT作業以外にも,「セデンタリーライフスタイル(座位の生活)」や「交感神経優位」状態がリスクとして影響しているのではという仮説を筆者は立てている.世界保健機関(WorldHealthOrganization:WHO)では,喫煙や,肥満にな(52) あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015975(53)作業や運転では,適度の休みを取る(眼を休める)」ことは以前より行われているが,その際,休憩の間に「動く」「軽く運動する」ということも重要なポイントになるのではないかと考えている.2.腹式呼吸また,自律神経バランスが崩れて交感神経優位が持続していることがドライアイに悪影響とすると,その介入らんで健康リスクとしてセデンタリーライフスタイルをあげている.座位で長時間仕事をすることにより,交感神経が優位になり,高血圧や糖尿病,癌のリスクが上昇することが報告されている.Osakastudyのサブ解析においても,BUT(tearfilmbreakuptime)が5秒以下(異常)の群では,5秒超の群と比較して1日あたりの座っている時間が有意に長かった,という結果が出ている3).ドライアイに対する指導として「長時間のVDTab**p<0.01**自然呼吸腹式呼吸介入直前介入直後介入15分後介入30分後介入直後介入15分後介入30分後介入直後介入15分後介入30分後(mm)8765432101.61.41.210.80.60.40.20RRI(sec)1.61.41.210.80.60.40.20RRI(sec)図4腹式呼吸による副交感神経の活性化と涙液分泌増加a:R-R間隔の代表例:腹式呼吸実施により,R-R間隔の振幅の増加がみられた.b:涙液量.腹式呼吸実施15分後に,コントロール群と比較して腹式呼吸群では有意に涙液量が増加した.04,000(分/週)2,000ドライアイ確定群(n=50)ドライアイ疑い群(n=230)非ドライアイ群(n=145)p=0.025平均値±SD(Tukeyの多重検定)3,0001,000p=0.408p=0.077METスコア図3運動とドライアイ(ドライアイとMETスコアとの関係)非ドライアイ群では,ドライアイ確定群と比較してMETスコアが有意に高かった.ab**p<0.01**自然呼吸腹式呼吸介入直前介入直後介入15分後介入30分後介入直後介入15分後介入30分後介入直後介入15分後介入30分後(mm)8765432101.61.41.210.80.60.40.20RRI(sec)1.61.41.210.80.60.40.20RRI(sec)図4腹式呼吸による副交感神経の活性化と涙液分泌増加a:R-R間隔の代表例:腹式呼吸実施により,R-R間隔の振幅の増加がみられた.b:涙液量.腹式呼吸実施15分後に,コントロール群と比較して腹式呼吸群では有意に涙液量が増加した.04,000(分/週)2,000ドライアイ確定群(n=50)ドライアイ疑い群(n=230)非ドライアイ群(n=145)p=0.025平均値±SD(Tukeyの多重検定)3,0001,000p=0.408p=0.077METスコア図3運動とドライアイ(ドライアイとMETスコアとの関係)非ドライアイ群では,ドライアイ確定群と比較してMETスコアが有意に高かった. 976あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(54)いことに,うつ病患者におけるオメガ3PUFA値の低下も複数報告されている.オメガ3を豊富に含む魚やナッツ類を食生活習慣として心がけることも有効であろう.現在は,ラクトフェリン,プロバイオティクス,ケルセチンを豊富に含む玉ねぎ,アスタキサンチン含有などの機能性食品がドライアイの改善に効果があることが報告されてきており,食生活面からの介入も重要な手段となってくるであろう.IIうつ病とドライアイの関連性最近のエビデンスにより,うつ病がドライアイ疾患,とくにドライアイ症状と強い関連性があることが示されている.Kimら7)は,地域在住の高齢者を対象に,うつ病とドライアイ疾患の関連性を調べ,うつ病の尺度スコアはドライアイ症状の重症度と相関関係があるが,他覚所見(BUT・Schirmerテストスコア)とは相関関係がないことを明らかにした.Labbeら8)もBeijingEyeStudyにおいて同様の結果を報告している.最近の英国や米国でコホート研究においても,うつ病とドライアイ疾患の強い関連性が示されている9).うつとドライアイの因果関係は明らかではないが,ドライアイと気分状態は互いに影響しあうと考えられている.方法として副交感神経を優位にする,というアプローチが考えられる.副交感神経を活性化する方法としてエビデンスのあるものは,腹式呼吸である.筆者らは,腹式呼吸を3分間行うことにより,副交感神経の活性化とともに涙液分泌量が増加することを報告した(図4)6).これは,道具がいらず簡便に安全に行えるドライアイのセルフケアとして有効である可能性がある.3.喫煙以前より喫煙はドライアイのリスクファクターであることは知られている.喫煙によるドライアイは酸化ストレスと強い関連があることも明らかになっている.喫煙習慣があるドライアイ患者に対しては,禁煙をすすめることもひとつのライフスタイル介入アプローチといえる.4.食事食事習慣に関しては,オメガ3多価不飽和脂肪酸(polyunsaturatedfattyacid:PUFA)の摂取量が多いほうがドライアイが少ないこと,オメガ-6/オメガ-3比の増加はドライアイの罹患率増加に関与するファクターであることが複数報告されている12).ドライアイは一般的に炎症を伴い,オメガ3の抗炎症力はドライアイの自他覚症状の軽減に役立つことが示されている12).興味深p値A:B0.043A:C<0.001A:D0.843B:C0.029B:D0.861C:D0.04907326145A:他覚所見あり&自覚症状なし(n=121)B:他覚所見あり&自覚症状あり(n=344)D:他覚所見なし&自覚症状なし(n=41)C:他覚所見なし&自覚症状あり(n=55)平均値±SDp<0.001(ANOVA)5.15±0.944.87±1.004.47±0.945.00±1.20Tukey多重比較主観的幸福度尺度スコア図5主観的幸福度とドライアイ「ドライアイ他覚所見あり&自覚症状なし」群の主観的幸福度尺度のスコアがもっとも高く,「他覚所見なし&自覚症状あり」群の主観的幸福度尺度のスコアがもっとも低かった.p値A:B0.043A:C<0.001A:D0.843B:C0.029B:D0.861C:D0.04907326145A:他覚所見あり&自覚症状なし(n=121)B:他覚所見あり&自覚症状あり(n=344)D:他覚所見なし&自覚症状なし(n=41)C:他覚所見なし&自覚症状あり(n=55)平均値±SDp<0.001(ANOVA)5.15±0.944.87±1.004.47±0.945.00±1.20Tukey多重比較主観的幸福度尺度スコア図5主観的幸福度とドライアイ「ドライアイ他覚所見あり&自覚症状なし」群の主観的幸福度尺度のスコアがもっとも高く,「他覚所見なし&自覚症状あり」群の主観的幸福度尺度のスコアがもっとも低かった. 喫煙運動VDT作業加齢生活習慣病副交感神経↑(ヨガ・腹式呼吸など)不眠うつ交感神経優位状態の持続不安・イライラ食事(魚)運動不足食生活の乱れ禁煙ごきげん規則正しい生活(睡眠)ドライアイ喫煙運動VDT作業加齢生活習慣病副交感神経↑(ヨガ・腹式呼吸など)不眠うつ交感神経優位状態の持続不安・イライラ食事(魚)運動不足食生活の乱れ禁煙ごきげん規則正しい生活(睡眠)ドライアイ図6ドライアイに対するライフスタイル介入アプローチ -

炎症抑制による治療法

2015年7月31日 金曜日

特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):965.971,2015特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):965.971,2015炎症抑制による治療法TreatmentofDryEyeDiseaseviatheRegulationofInflammation小川葉子*はじめに近年,ドライアイのリスクファクターとして炎症の役割が注目されている.炎症を制御する代表的な薬剤はステロイド剤であり,ついでシクロスポリン,タクロリムスがあげられる.欧米ではドライアイに対する治療の第一選択薬としてシクロスポリン点眼が用いられているが,涙液を層別に診断することが推奨されているわが国の観点からは,より詳細な涙液層別の治療法が推奨されている.近年,臨床応用となったレバミピド点眼に抗炎症効果があるとされている.ジクアホソル点眼にも別のメカニズムで抗炎症効果を担う可能性が見出されている.トラニラスト点眼は薬剤のもつ抗炎症および抗線維化効果により炎症が主体をなす移植片対宿主病(graftversushostdisease:GVHD)によるドライアイに有効であることが示されている.本稿では炎症制御の観点からドライアイの治療法を解説する.Iドライアイを引き起こすリスクファクタードライアイは不快感,視覚障害,涙液層の不安定性,眼表面障害を伴う多因子疾患であり,慢性GVHD(図1)やSjogren症候群(図2)を含む多くの自己免疫疾患に合併することが知られている.わが国では炎症はドライアイのリスクファクターとされている.炎症は広く生体に対する刺激の防御反応とされる.紫外線,酸化ストレス,老化,免疫応答の持続的な刺激から慢性炎症に至るとドライアイが惹起されると考えられる.軽症から重症まで幅広いドライアイのタイプがあるが,自己免疫疾患など全身疾患に伴うようなドライアイは,涙腺,結膜,マイボーム腺を主体とした眼表面組織の免疫応答の破綻により慢性炎症に至り重症型を呈する場合が多い.このような慢性炎症がドライアイの中心的役割をなすタイプのドライアイにはSjogren症候群,Stevens-Johnson症候群,眼類天疱瘡,慢性GVHDがあげられ,治療に苦慮しているのが現状である.本稿では炎症を主体とする重症ドライアイに対する治療のひとつとして炎症制御をとりあげ,各治療法について作用機序を中心に解説する(表1).IIステロイド剤ドライアイへの抗炎症治療のために,現在用いられている各種ドライアイ点眼治療薬に加えて,低力価ステロイド点眼による加療が日本ドライアイ研究会からTearFilmOrientedTherapy(TFOT)としてで推奨されている(http://www.dryeye.ne.jp/tfot/index.html).スロイド剤は症状に応じて短期治療とし,漸減後中止することが望ましい.Sjogren症候群,慢性GVHDなどの免疫応答の異常が関与するドライアイにはステロイド点眼治療が有効であるが1),全身治療やGVHD予防としてステロイドの全身投与をすでに受けているため,白内障,緑内障などの副作用予防のため,点眼投与量,投与期間は最小限に抑える.全身ステロイド漸減時期にドライアイが発症し*YokoOgawa:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕小川葉子:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(43)965 966あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(44)た場合,眼科的に低力価ステロイド点眼を使用し,可能な限り短期間で免疫抑制薬の点眼にスイッチする.薬剤の治療開始,漸減,中止について内科と眼科の綿密な連携が大切である2).Stevens-Johnson症候群によるドライアイはステロイド全身投与により治療するが,発症早期から眼局所にべタメサゾン眼軟膏を抗菌薬眼軟膏とともに1日4回眼表面に点入することが推奨されている.ステロイドには免疫抑制作用と抗炎症作用の二面性がある.サイトカインの産生抑制やアラキドン酸代謝にかかわる酵素の発現抑制によりプロスタグランジン(PG)産生を抑制する3).細胞膜にあるリン脂質がアラキドン酸になるときのホスホリパーゼA2に作用するため,ロ図1GVHDのドライアイの涙腺組織像ヘマトキシリンエオジン染色所見.中等度の導管周囲に浮腫状の線維化と著しい炎症細胞浸潤を認め,浮腫状線維化(B.図の中央領域)に隣接した高度な線維化部位(B.図の右側領域)が認められる.原倍率A:100倍.B:200倍.AB図2Sjogren症候群によるドライアイの涙腺組織図GreenSpan分類Grade4Sjogren症候群をはじめとした重症ドライアイでは涙腺に著しいリンパ球浸潤が生じ,導管,腺房が破壊される.T細胞,B細胞に加えてマクロファージも重要な役割を担う.原倍率100倍.表1抗炎症効果が期待される既存薬と将来の治療薬既存薬作用ステロイド炎症細胞浸潤抑制,マクロファージの機能抑制,サイトカインやケモカインの産生抑制,プロスタグランジンなどの炎症メディエーターの産生抑制,血管透過性抑制により広範囲な抗炎症作用シクロスポリンT細胞の活性化抑制レバミピドT細胞,単球の活性化抑制,免疫担当細胞,上皮細胞のサイトカイン産生抑制ジクアホソル?涙液サイトカイン,障害関連分子のwashout?タクロリムスT細胞の活性化抑制トラニラストCD4陽性T細胞におけるSTAT1-CXCL9の活性化抑制将来の治療薬作用オメガ3抗炎症効果アンギオテンシンタイプ1受容体阻害薬炎症細胞抑制,線維芽細胞活性化抑制IL-1a受容体阻害薬眼表面炎症抑制IL-6受容体阻害薬自己免疫応答カスケードの抑制DNAase非感染性炎症の抑制図1GVHDのドライアイの涙腺組織像ヘマトキシリンエオジン染色所見.中等度の導管周囲に浮腫状の線維化と著しい炎症細胞浸潤を認め,浮腫状線維化(B.図の中央領域)に隣接した高度な線維化部位(B.図の右側領域)が認められる.原倍率A:100倍.B:200倍.AB図2Sjogren症候群によるドライアイの涙腺組織図GreenSpan分類Grade4Sjogren症候群をはじめとした重症ドライアイでは涙腺に著しいリンパ球浸潤が生じ,導管,腺房が破壊される.T細胞,B細胞に加えてマクロファージも重要な役割を担う.原倍率100倍.表1抗炎症効果が期待される既存薬と将来の治療薬既存薬作用ステロイド炎症細胞浸潤抑制,マクロファージの機能抑制,サイトカインやケモカインの産生抑制,プロスタグランジンなどの炎症メディエーターの産生抑制,血管透過性抑制により広範囲な抗炎症作用シクロスポリンT細胞の活性化抑制レバミピドT細胞,単球の活性化抑制,免疫担当細胞,上皮細胞のサイトカイン産生抑制ジクアホソル?涙液サイトカイン,障害関連分子のwashout?タクロリムスT細胞の活性化抑制トラニラストCD4陽性T細胞におけるSTAT1-CXCL9の活性化抑制将来の治療薬作用オメガ3抗炎症効果アンギオテンシンタイプ1受容体阻害薬炎症細胞抑制,線維芽細胞活性化抑制IL-1a受容体阻害薬眼表面炎症抑制IL-6受容体阻害薬自己免疫応答カスケードの抑制DNAase非感染性炎症の抑制 あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015967(45)期,中止時期の判断などに精通している必要がある.きめ細かく投与量の決定と副作用のチェックが必要なので,患者には投与量と通院時期を遵守していただく.IIIシクロスポリンシクロスポリンは,欧米では抗炎症効果の有効性が認められており,広くドライアイの治療薬として使用されている.しかし,わが国ではドライアイに対しては保険適用となっていない.シクロスポリンはT細胞の細胞質内にあるカルシュニューリンに結合して,サイトカインの産生を抑制する.GVHDにおいては,T細胞による免疫応答がドライアイ発症の中心メカニズムであることが古くから知られている.慢性GVHDによるドライアイでは,T細胞が結膜基底細胞や涙腺上皮の筋上皮細胞を標的にして眼表面の障害をきたす.また,間質では導管や毛細血管の周囲にヘルパーT細胞が活性化して,多様なサイトカインが分泌される.シクロスポリン点眼でT細胞の活性化を抑制することにより,結膜基底細胞が保護され,結膜上皮およびゴブレット細胞結膜の再生をうながし,眼表面上皮障害の改善につながり,有効性が認められている.ムチンの産生の改善が認められる.また,シクロスポリンはT細胞の遊走を制御し,涙腺,眼表面に存在する抗原提示細胞との相互作用によるT細胞の活性化を阻害し,病態を制御する効果がある(図3A~D)5).しかしながら,GVHDによるドライアイに対しては免疫抑制薬治療のみでは病態制御は不十分であり,さらなる特異的な治療法の開発が望まれる.免疫抑制薬のその他の作用としてT細胞はIgEを産生するB細胞の産生を抑制し,マスト細胞が脱顆粒する上流で免疫応答を抑制することができる.線維芽細胞の活性化を抑制し,細胞外器質の産生を抑制する.好酸球の活性化を抑制して,角膜上皮障害を予防するという効果がアレルギー性結膜炎で認められている.IVトラニラストトラニラストはアントラニル酸誘導体で,必須アミノ酸のトリプトファンの免疫抑制異化代謝産物と構造的にも機能的にも相同性があり,広域な免疫抑制作用を示すイコトリエンの産生も阻害し広域の抗炎症効果が期待される.眼科では眼疾患に対してステロイド剤を局所で投与できる特徴があり,高濃度のステロイド剤を病変部に到達させることが可能である.局所で投与された場合も全身投与と同様に,肥満細胞や好酸球,リンパ球などの炎症細胞の浸潤抑制,マクロファージの機能抑制,サイトカインやケモカインなどの産生抑制,PG・ロイコトリエン・ブラジキニン・ヒスタミンなどの炎症メディエーターの産生抑制,血管透過性抑制などにより広範囲の抗炎症作用をもつ.眼科用ステロイド局所外用剤には前眼部疾患に対する点眼,眼軟膏,局所注射がある.徐放剤を含む局所注射には眼瞼結膜下,眼球結膜下,Tenon.下投与がある.眼科用ステロイド局所投与の利点は,病変部に直接届き,全身への副作用が避けられる点であり,全身療法や最新の局所外科的治療の組み合せにより,治療の相乗効果や副作用を避けることが望める.重症ドライアイでは輪部機能不全をきたしている症例の頻度が多く,ときに病態の活動化により角膜の結膜化,結膜組織の線維化,線維性血管膜の増殖が認められる.このような場合に局所注射が有効であると考えられる.前眼部疾患に対する眼科的なステロイド外用剤には点眼薬,眼軟膏,徐放剤を含む局所注射薬(眼瞼結膜下,眼球結膜下投与,Tenon.下投与)があり,疾患や重症度に応じて内服,点滴投与を組み合わせ,それぞれの薬剤を単独または併用して使用する4).ステロイド使用症例では頻繁に眼圧を測定し,眼科的な副作用をチェックする.とくに全身投与との併用時にはさらなる注意が必要である.眼局所投与された薬剤は,点眼後眼表面および鼻涙管の粘膜などから吸収され,全体量の1/10程度のみ移行するとされ,眼局所投与での全身への副作用の懸念は少ないが,長期投与,大量投与は極力さけ,眼所見が軽快した時点で漸減,中止をする.他の最新の治療法との併用で治療の相乗効果が得られた場合や,必要なときのみステロイド局所投与を併用し,角膜組織の瘢痕などの副作用を残さず治癒することがある.ステロイド剤の局所投与,全身療法の適応となる疾患に対してステロイド剤の剤型,濃度,投与開始時期,投与期間,漸減開始時 968あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(46)ている.筆者らの予備的な検討で,トラニラスト点眼は眼慢性GVHDの進行を予防した7).トラニラストは慢性GVHD抑制薬として期待される.トラニラストの作用には抗炎症作用,抗線維化作用および抗上皮間葉転換作用があることが前臨床試験で確認された.現在トラニラスト内服によるGVHD治療効果について臨床登録試験中であり,慢性GVHDドライアイおよび全身治療に対する適応拡大をめざしている.Vジクアホソル近年,わが国で開発されたジクアホソル点眼薬は,P2Y2レセプター作動薬であり,結膜上皮および杯細胞に発現している.ジクアホソルはG蛋白が惹起するホスホリパーゼCとイノシトールの活性化にかかわり,ことが知られている.動物モデルでの間接リウマチやTh1優位CD4陽性T細胞惹起性自己免疫疾患に有効性が示されている.また,トラニラストはCXCL9のリガンドであるSTAT1リン酸化を抑制することによりヒト末梢血におけるT細胞の活性化を抑制することが示されている6).同種骨髄移植では,免疫反応に基づくGVHDによるドライアイが生じ,涙腺,結膜をはじめとした多くの標的臓器に炎症・線維化を中心としたさまざまな組織障害を誘発し,患者のQOL(qualityoflife)を著しく低下させる.活性化免疫細胞から分泌されるサイトカイン,ケモカインなどの液性因子によって,宿主細胞に高度の炎症と線維化が誘発されることが原因のひとつである(図1).トラニラストはすでに抗炎症作用と抗線維化作用により,瘢痕性ケロイドとアレルギー性結膜炎に使用されABCD図3シクロスポリン点眼前後のGVHDドライアイインプレッションサイトロジー所見A,B:PAS染色所見.治療前(A).治療後(B).PAS染色陽性像(紫)を示す結膜杯細胞.C,D:MUC5AC免疫染色所見.治療前(C)治療後(D).MUC5AC陽性像(茶色),.:MUC5AC免疫染色所見..:ムチンピックアップ(ムチンが結膜上皮上に豊富に分泌された所見).シクロスポリン点眼治療開始1カ月後に著明な杯細胞密度の改善と分泌型ムチン(MUC5AC)の産生改善を認める.(Ogawa,Yetal:BoneMarrowTransplant41:293-302,2008より転載)ABCD図3シクロスポリン点眼前後のGVHDドライアイインプレッションサイトロジー所見A,B:PAS染色所見.治療前(A).治療後(B).PAS染色陽性像(紫)を示す結膜杯細胞.C,D:MUC5AC免疫染色所見.治療前(C)治療後(D).MUC5AC陽性像(茶色),.:MUC5AC免疫染色所見..:ムチンピックアップ(ムチンが結膜上皮上に豊富に分泌された所見).シクロスポリン点眼治療開始1カ月後に著明な杯細胞密度の改善と分泌型ムチン(MUC5AC)の産生改善を認める.(Ogawa,Yetal:BoneMarrowTransplant41:293-302,2008より転載) あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015969(47)受容体であるTNF受容体細胞外ドメインが受容体から遊離して涙液中に増加し,眼表面におけるTNF受容体の構造変化により受容体からのシグナル伝達を抑制し,抗炎症効果をもたらすと報告している11).眼表面炎症をきたす他のドライアイに対してもジクアホソルの抗炎症としての効果が期待される.VIレバミピドレバミピド点眼は角結膜上皮細胞のムチン遺伝子発現を亢進し,細胞内および培養上清中のムチン量を増加させる.角膜上皮細胞の増殖を促進し,結膜杯細胞を増加させる.涙液中の酸化ストレス物質を除去する作用があるとされ,角膜上皮バリア機能およびタイトジャンクションを保護するとされる8,12).分泌型ムチンと膜型ムP2Y2レセプターを介して結膜上皮からの水分分泌と結膜杯細胞からのムチンの分泌を促すとされる8,9).ジクアホソルの抗炎症効果を示す報告は少ない.しかし,慢性GVHDによるドライアイでは,筆者らの施設において短期臨床登録試験が行われた結果,著明な改善効果が認められた(図4A~D)(論文投稿中).この作用機序としては,GVHD症例の角膜知覚と涙液クリアランスが改善したことにより,涙液中のサイトカインがwashoutされた可能性が考えられる.また,GVHDでは涙液中に障害関連分子のひとつであるextraDNAが著明に上昇していることが報告されており10),これらがwashoutされることにより,tolllikereceptorを介する非感染性炎症が抑制された可能性もある.崎元らは,P2Y2agonist投与により可溶性tumornecrosisfactor(TNF)ABCD図4ジクアホソル点眼前後の眼表面所見A,B:ジクアホソル点眼前の慢性GVHDによるドライアイ所見.フルオレセイン染色像(A)とローズベンガル染色像(B).C,D:点眼治療後の所見.フルオレセイン染色像(C)とローズベンガル染色像(D).炎症像を示す充血も改善している.ABCD図4ジクアホソル点眼前後の眼表面所見A,B:ジクアホソル点眼前の慢性GVHDによるドライアイ所見.フルオレセイン染色像(A)とローズベンガル染色像(B).C,D:点眼治療後の所見.フルオレセイン染色像(C)とローズベンガル染色像(D).炎症像を示す充血も改善している. 970あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(48)の部位からの神経伝達物質が放出され神経原性炎症が惹起される.このような神経原性炎症はドライアイの複雑な自覚症状に関連するとされ,神経原性炎症の制御は複雑多岐なドライアイの不快感を緩和することにつながる18).有田らによりn-3系脂肪酸の代謝バランスと抗炎症作用について新しい観点から分子メカニズムの解明が進められ,今後の新規治療薬の開発が期待される19).おわりに今後疾患の病態解明がさらに進み,難治性ドライアイに対する新規治療法の開発が進むことが期待される.文献1)FoulksGN,ForstotSL,DonshikPCetal:Clinicalguide-linesformanagementofdryeyeassociatedwithSjogrendisease.OculSurf13:118-132,20152)OgawaY,OkamotoS,KuwanaMetal:Successfultreat-mentofdryeyeintwopatientswithchronicgraft-ver-sus-hostdiseasewithsystemicadministrationofFK506andcorticosteroids.Cornea20:430-434,20013)QuaxRA,ManenschijnL,KoperJWetal:Glucocorticoidsensitivityinhealthanddisease.NatRevEndocrinol9:670-686,20134)神野英生:副腎皮質ステロイド局所投与法バリエーション.ぶどう膜炎を斬る!2012(園田康平・大鹿哲郎・大橋雄一編),専門医のための眼科診療クオリファイ13,p115-118,中山書店,20125)WangY,OgawaY,DogruMetal:Ocularsurfaceandtearfunctionsaftertopicalcyclosporinetreatmentindryeyepatientswithchronicgraft-versus-hostdisease.BoneMarrowTransplant41:293-302,20086)HertensteinA,SchumacherT,LitzenburgerUetal:Sup-pressionofhumanCD4+Tcellactivationby3,4-dime-thoxycinnamonyl-anthranilicacid(tranilast)ismediatedbyCXCL9andCXCL10.Biochem.Pharmacol82:632-641,20117)OgawaY,DogruM,UchinoMetal:TopicaltranilastfortreatmentoftheearlystageofmilddryeyeassociatedwithchronicGVHD.BoneMarrowTransplant45:565-569,20108)DogruM,NakamuraM,ShimazakiJetal:Changingtrendsinthetreatmentofdry-eyedisease.ExpertOpinInvestigDrugs22:1581-1601,20139)MatsumotoY,OhashiY,WatanabeHetal;DiquafosolOphthalmicSolutionPhase2StudyGroup:Efficacyandsafetyofdiquafosolophthalmicsolutioninpatientswithdryeyesyndrome:aJapanesephase2clinicaltrial.Oph-thalmology119:1954-1960,2012チンの双方の産生を促進することが報告されている.酸化ストレス物質除去効果や抗炎症効果があるとされる.レバミピドの抗炎症効果には単球やT細胞の活性化の抑制,粘膜上皮からのIL-6の産生抑制,免疫担当細胞からのIL-2やIFN-gの産生抑制効果が報告されている13,14).ドライアイの慢性炎症に対して有効であると考えられる.とくに慢性GVHDによるドライアイには免疫応答と急性および慢性炎症が深く関与しているが,筆者らの施設における短期臨床登録試験(論文投稿準備中)および長期使用の症例において有効性が認められた15).VII羊膜移植による抗炎症効果羊膜は抗炎症効果,抗線維化効果,抗血管新生効果をもつことが報告されている.上皮成長因子,ケラチノサイト成長因子を含み,免疫抑制効果のあるIL-10を含有しているとされている.TGF-bシグナルを抑制することにより抗線維化効果が認められており,難治性眼表面炎症と線維化をきたすStevens-Johnson症候群,眼類天疱瘡,眼GVHDの高度な線維化に対する治療に用いられている16).VIII将来の治療法谷口らは涙腺に局所のレニンアンジオテンシンシステムが存在することを見出し,GVHDモデルマウスの涙腺における炎症と線維化がアンギオテンシンタイプ1受容体阻害薬で抑制されることを見出した.今後新規治療法として有望な薬剤である.生物学的製剤では小集団において抗CD20抗体のSjogren症候群に対する効果を示した報告がある17).その他欧米ではIL-1a受容体阻害薬のドライアイ治療への応用が報告されている.自己免疫疾患の免疫機序としてIL-6の上昇とそれに引き続くTh17細胞の上昇および制御性T細胞の減少が生じる.臨床ではIL-6受容体阻害薬による免疫制御の治療のほか,眼科的にも将来的に有効であると考えられる.ラパマイシンによる免疫抑制も効果的と考えられる.ドライアイによる眼表面障害により角膜上皮内に存在する神経末端が露出される.角膜にはnociceptorやcoldthermoreceptorが存在し,そ 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蒸発を防ぐドライアイ保護眼鏡

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特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):961~964,2015特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):961~964,2015蒸発を防ぐドライアイ保護眼鏡Moist-ChamberSpectaclesforRetardingTearEvaporation池田佳介*村戸ドール**はじめにわが国のドライアイ推定患者数は約800~2,200万人以上とされており,その数は年々増加している.2006年のドライアイ定義改訂後,定義は「ドライアイは不快感,視覚障害,涙液層の不安定性を有し,眼表面ダメージに至る涙液および眼表面の多因子疾患である」となった.日本のドライアイ診断基準は表1のように具体化しており,症例を確定例,疑い例と分け,さらに検査のカットオフ値も明確となっている1,2).欧米では原因やメカニズムによって疾患を涙液分泌不足型か涙液蒸発亢進型という形で分け,ドライアイの重症度に応じて(表2)治療を段階的に行う考えが普及している(表3).2007年のドライアイ国際ワークショップ報告書ではドライアイのリスクファクターが因果関係の有無によって分類されている1).そのうちドライアイと因果関係の強いものを表4に示す.ドライアイになりやすい要因としては①年齢(高齢者に多い),②性別(女性に多い),③過度のVDT(visualdisplayterminals)作業,④乾燥した環境,⑤コンタクトレンズ装用,⑥喫煙,⑦内服薬(血圧下降薬,抗鬱薬,抗コリン薬,TS-1など,⑧点眼薬(緑内障,防腐剤を含む点眼など),⑨マイボーム腺機能不全(meibomianglanddysfunction:MGD),⑩結膜弛緩症,⑪全身の病気に伴うもの〔Sjogren症候群,移植片対宿主病(graftversushostdisease:GVHD〕,スチーブンス・ジョンソン症候群〔Stevens-Johnson表1ドライアイ診断基準①自覚症状○○○②涙液検査○×○③角結膜上皮検査○○×ドライアイの診断確定疑い疑い表2ドライアイの重症度による分類重症度レベル1レベル2レベル3レベル4違和感・頻度視覚症状結膜の充血結膜上皮障害角膜上皮障害角膜所見MGDの有無涙液層破壊時間Schirmer値軽度・たまになし/軽度なし/軽度なし/軽度なし/軽度なし/軽度なし/軽度さまざまさまざま中程度・慢性気になるなし/軽度軽度~中程度軽度~中程度Debris,TMH↓なし/軽度≦10≦10重症気になる+/.中程度中央部糸状炎よくあり≦5≦5重症いつも+/++重症重症糸状炎~潰瘍角化・消耗乱生即座に乾く≦2*KeisukeIkeda:慶應義塾大学医学部眼科学教室**DogruMurat:慶應義塾大学医学部眼科学教室,東京歯科大市川総合病院眼科〔別刷請求先〕村戸ドール:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(39)961 962あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(40)使用など),②人工涙液点眼,③涙点プラグ挿入,④EyeWarmer使用,⑤加湿機能付き眼鏡装用が有用であると報告されている1,7).坪田らは1994年に坪田式の加湿機能付き眼鏡(図1)は眼周囲の湿度を52%に保つことを報告している8).今回,筆者らは,新型加湿機能付き眼鏡を装用した状態での,乾燥環境暴露前後の涙液機能の変化について検討したので,その概要を述べる.I新型加湿機能付き眼鏡坪田式モイスチャーエイドはサイドフレームに付いているスポンジを濡らすことによって,眼周囲の湿度が上昇させる仕組みであった(図1a,b)8).新型加湿機能付き眼鏡はサイドフレームに約546μlのタンクが設置してあり(図2),その1/3まで水を満syndrome:SJS)など〕があげられる.そのなかで最近注目を浴びているのは環境因子(とくに乾燥環境)とドライアイの関係である1).坪田らは乾燥環境における涙液蒸発量の亢進および瞬き回数の増加を報告している3~6).乾燥に伴う涙液蒸発亢進型ドライアイの治療としては,①患者教育と環境因子について指導(冷房/暖房の眼表面への直撃をさける,飲酒軽減,禁煙,加湿機表3ドライアイ重症度による治療方針レベル1:患者様の生活習慣・職場環境の変更について指導ドライアイの原因になる薬剤の中止人工涙液点眼眼瞼縁のマネジメント(温療法など)レベル2:レベル1の治療は不十分であればプラスで:抗炎症薬点眼薬テトラサイクリン/ミノサイクリン全身投与(マイボーム腺炎の場合)涙点プラグ涙液分泌亢進薬ドライアイ保護用カバーモイスチャーエイドレベル3:レベル2の治療は不十分であればプラスで:血清点眼ボストンスクレラルコンタクトレンズなど涙点焼灼レベル4:レベル3の治療は不十分であればプラスで:抗炎症薬・免疫用製剤の全身投与外科的治療(羊膜移植,眼瞼形成術,唾液腺移植,粘膜移植など)表4ドライアイと因果関係の強いリスクファクター高齢性別(女性に多い)閉経期後のエストロゲン治療抗ヒスタミン剤の使用LASIKおよび屈折矯正手術放射線療法骨髄移植ビタミンA欠乏症C型肝炎アンドロゲンホルモンの低下日常栄養中のw3:w6の比率CL装用乾燥環境図1坪田式モイスチャーエイドの仕組みa:オリジナルモイスチャーエイド.b:人工涙液点眼によってサイドパネルのスポンジを濡し,眼周囲の湿度を向上させる.ab表3ドライアイ重症度による治療方針レベル1:患者様の生活習慣・職場環境の変更について指導ドライアイの原因になる薬剤の中止人工涙液点眼眼瞼縁のマネジメント(温療法など)レベル2:レベル1の治療は不十分であればプラスで:抗炎症薬点眼薬テトラサイクリン/ミノサイクリン全身投与(マイボーム腺炎の場合)涙点プラグ涙液分泌亢進薬ドライアイ保護用カバーモイスチャーエイドレベル3:レベル2の治療は不十分であればプラスで:血清点眼ボストンスクレラルコンタクトレンズなど涙点焼灼レベル4:レベル3の治療は不十分であればプラスで:抗炎症薬・免疫用製剤の全身投与外科的治療(羊膜移植,眼瞼形成術,唾液腺移植,粘膜移植など)表4ドライアイと因果関係の強いリスクファクター高齢性別(女性に多い)閉経期後のエストロゲン治療抗ヒスタミン剤の使用LASIKおよび屈折矯正手術放射線療法骨髄移植ビタミンA欠乏症C型肝炎アンドロゲンホルモンの低下日常栄養中のw3:w6の比率CL装用乾燥環境図1坪田式モイスチャーエイドの仕組みa:オリジナルモイスチャーエイド.b:人工涙液点眼によってサイドパネルのスポンジを濡し,眼周囲の湿度を向上させる.ab 加湿タンクサイドフレーム調節可能なゴムバンドレンズプラスチック製フロントフレーム図2新型モイスチャーエイドの仕組み 964あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(42)20068)TsubotaK,YamadaM,UrayamaK:Spectaclesidepanelsandmoistinsertsforthetreatmentofdry-eyepatients.Cornea13:97-201,1994withallergicconjunctivitis.Ophthalmology102:302-309,19957)MatsumotoY,DogruM,GotoEetal:Efficacyofanewwarmmoistairdeviceontearfunctionsofpatientswithsimplemeibomianglanddysfunction.Cornea25:644-650,

油層に対する治療

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特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):953.960,2015特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):953.960,2015油層に対する治療TreatmentforLipid-LayerInsufficiency戸田郁子*はじめにドライアイの概念と定義,要因に基づく分類,診断基準および治療は,最近の20年で大きく発展した.ドライアイは涙液分泌減少型と涙液蒸発亢進型に大きく分類されるが,後者がドライアイの80%を占めると推測されており,その主原因は閉塞型のマイボーム腺機能不全(meibomianglanddisfunction:MGD)である1).MGDは慢性の疾患で,加齢とともに増加し,継続的な自己ケアが必要である.さまざまな治療によっても難治性のことも少なくない.最近ではドライアイの治療は,原因が涙液のどこにあるかに基づいたターゲット治療,いわゆるtearfilmorientedtherapy(TFOT)が主流となっており,治療の有効性が上がっている.MGDに伴うドライアイも,眼瞼を詳細に観察し的確に診断するとともに,マイボーム腺をターゲットに治療することが重要である.I閉塞型MGDの治療法閉塞型MGDの治療法を表1に示す.閉塞型MGDの治療の基本は,マイボーム腺開口部の閉塞除去と感染防止を目的とした眼瞼縁の洗浄(リッドハイジーン)である2).さらに,油脂の排出を促すマッサージと温熱療法を加えた3者の組み合わせが有効である.さらに,局所や全身の薬物療法や食事療法を組み合わせることによって,眼瞼縁の状態,油脂の正常,ドライアイ症状の改善を図る.表1MGDの治療.瞼縁洗浄(リッドハイジーン).温熱療法,マッサージ.食事,薬物療法.ドライアイ治療(点眼・ドライアイ眼鏡).テトラサイクリン内服.オメガ3脂肪酸摂取.抗炎症・ホルモン療法.就寝前軟膏点入.油性点眼(ヒマシ油).内容物の圧出による脂腺の開口1.リッドハイジーン眼瞼縁のマイボーム腺開口部は,さまざまな原因で閉塞する.角質やアイラインなどの化粧品が開口部に蓄積するほか,マイボーム腺油脂の変性(常在菌や炎症の影響)によって固形化しやすくなる.また,加齢による腺萎縮により分泌低下が加わるといっそう油層不全を加速する.マイボーム腺開口部の詰まりを改善,防止するためには,眼瞼縁の物理的洗浄が有効である.既存の方法は,ジョンソンベビーシャンプー(Johnson&Johnson)を希釈して,綿棒につけて眼瞼縁をこするというものであるが,刺激が強すぎることが問題である.最近,国内で眼瞼専用の洗浄剤「アイシャンプーロング」(メディプロダクト)が発売された(図1).アイシャンプーロングは涙液に近いpHと浸透圧に調整されており,低刺激でしみない.また,ヒアルロン酸などの保湿成分,アラントインなどの抗炎症成分,ビタミンDやフコダイン*IkukoToda:南青山アイクリニック東京〔別刷請求先〕戸田郁子:〒107-0061東京都南区北青山3-3-11ルネ青山ビル4階南青山アイクリニック東京0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(31)953 954あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(32)がみられた.乾燥感などの自覚症状が改善し(図2),角膜のフルオレセイン染色が低下した.また,マイボーム腺開口部の閉塞率が減少した(図3).さらに,使用前後で睫毛の長さを比較したところ,使用後に有意に長くなっていたことから,睫毛の伸張という付加的効果も期待できる(図4).などの睫毛保護伸張成分が配合されている.筆者らはMGDの患者に,アイシャンプーで1日1.2回,歯を磨くように眼瞼洗浄を習慣化してもらうよう指導している.アイシャンプーの使用2カ月前後で,自覚症状,眼瞼所見,涙液所見を比較した結果,その一部に有意な改善クレンジング後クレンジング前図1眼瞼専用洗浄剤「アイシャンプーロング」とその使用例乾燥感病状スコア眼がショボショボする眼がゴロゴロする眼がしみる眼が熱いPre2.21.91.91.80.6Post1.81.11.20.70.201234**********p<0.01**p<0.05図2アイシャンプーロング使用前,使用後2カ月の自覚症状の変化17症状中5症状で有意に改善がみられた.クレンジング後クレンジング前図1眼瞼専用洗浄剤「アイシャンプーロング」とその使用例乾燥感病状スコア眼がショボショボする眼がゴロゴロする眼がしみる眼が熱いPre2.21.91.91.80.6Post1.81.11.20.70.201234**********p<0.01**p<0.05図2アイシャンプーロング使用前,使用後2カ月の自覚症状の変化17症状中5症状で有意に改善がみられた. あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015955(33)2.温熱療法とマッサージマイボーム腺の温度を上げて内容物の脂質をやわらかくし排出しやすくする温熱療法として,ホットタオル,加熱パッド,あるいは赤外線ゴーグルなどがある.現在広く販売されているめぐりズム(花王)という眼周囲用の加熱パッドは使い捨てで,40℃で約10分間のヒーティングとともに,蒸気による保湿が可能である.筆者らは以前,めぐりズムをLASIK後ドライアイ患者に使用する機会があった.LASIK術後3週目より2週間毎日使用した前後で,油層観察装置DR-1(興和)にて角膜前面の油層の厚みを比較したところ,使用後に有意に増加していた(図5).また,涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT)も有意に増加していた.PrePost3.42.450123456p<0.01図3アイシャンプーロング使用前,使用後2カ月のマイボーム腺閉塞率の変化下眼瞼の15の開口部を圧迫して閉塞を検査した結果,使用後に閉塞率が有意に改善した.アイシャンプー使用前使用2カ月後図4アイシャンプーロング使用前後の睫毛の変化アイシャンプーロングを2カ月間使用すると,睫毛の延長がみられた.050100150200BeforeAfterThicknessofLipidLayerμmp=3.0×10-5図5LASIK後ドライアイ患者における加熱パッド「めぐりズム」の効果使い捨ての瞼の暖めシート(メグリズム)をLASIK後ドライアイの患者に2週間使用した結果,角膜前面の油層の厚みが有意の増加した.PrePost3.42.450123456p<0.01図3アイシャンプーロング使用前,使用後2カ月のマイボーム腺閉塞率の変化下眼瞼の15の開口部を圧迫して閉塞を検査した結果,使用後に閉塞率が有意に改善した.アイシャンプー使用前使用2カ月後図4アイシャンプーロング使用前後の睫毛の変化アイシャンプーロングを2カ月間使用すると,睫毛の延長がみられた.050100150200BeforeAfterThicknessofLipidLayerμmp=3.0×10-5図5LASIK後ドライアイ患者における加熱パッド「めぐりズム」の効果使い捨ての瞼の暖めシート(メグリズム)をLASIK後ドライアイの患者に2週間使用した結果,角膜前面の油層の厚みが有意の増加した. 956あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(34)鑷子で直接眼瞼を挟み圧出する(図6).また,マイボーム腺開口部より直接ブジーを挿入するマスキンプローブは,直接腺間内の閉塞を解除できる(図7)3).しかし,これらの方法は,①強い痛みが伴う,②機械的刺激により炎症を惹起する,③手間がかかる,という欠点がある.II新しいMGD治療法~LipiFlowシステムTearScience社(Morrisville,NC)製のLipiFlowR(以下LipiFlow)は,上記に延べた従来の温熱治療とマッサージ治療の欠点を改良した新しいタイプの閉塞型MGD治療機器である.1.LipiFlowの原理と方法LipiFlowは特殊な使い捨てのPI(patientinterface)によって上下の眼瞼を直接挟みこんで,眼瞼の内側,すなわち結膜側から直接ヒーティングを行う.PI(図8)はeyecupとlidwarmerで構成されている.Lidwarmerは楕円形の強膜レンズに似た形状で,周辺で眼しかし,このような古典的な眼瞼温熱療法は,眼瞼の皮膚面から暖めるため,結膜側に存在するマイボーム腺の温度を上昇させるには効率が悪い.マイボーム腺の内容物の溶解温度は40℃前後と報告されているが,重症閉塞ではさらに高い温度が必要といわれている2).したがって,眼瞼内での熱のロスを考えると外側からの加熱は限界がある.また,患者自身での温熱療法やマッサージは毎日継続して行わないと効果が得られず,治療のコンプライアンスが問題である.3.脂腺の開口と内容物の機械的圧出油脂の閉塞を機械的に開口する方法として,診察中における医師による内容物の圧出がある.マイボーム腺用図6マイボーム腺圧迫専用鑷子図7マスキンプローブLidWarmerEyeCup図8LiliFlowのPI(patientinterface)角膜側のLidWarmerと眼瞼を挟み込みマッサージを行うeyecupより構成されている.図6マイボーム腺圧迫専用鑷子図7マスキンプローブLidWarmerEyeCup図8LiliFlowのPI(patientinterface)角膜側のLidWarmerと眼瞼を挟み込みマッサージを行うeyecupより構成されている. LidWarmerマイボーム腺EyeCupマイボーム腺EyeCupヒーター角膜マッサージ図9PIを眼瞼に装着したシェーマ図10LipiFlow治療中の状態通常は両眼同時に施行する. MeibomianGlandEvaluator(MGE)15個の腺を評価図11マイボーム腺の閉塞度をチェックするmeibomianglandeevaluator(MGE)1回の圧迫で5個の開口部の状態が観察できる.下眼瞼を内側,中央,外側に分けて観察し,油脂が排出されるか否かをみる.図12LipiViewの測定原理鏡面反射の干渉像の色をカラーテーブルと比較し,油層の厚さを決定する. 図13LipiViewの測定画面症状p<0.05腺の閉塞p<0.005625NotSignif.SPEEDscore(max=28)NotSignif.20MGEScore41510500Baseline1Month3MonthsBaseline1Month3Months2油層の厚みμmp<0.005NotSignif.BUT8125p<0.005NotSignif.0Baseline1Month3MonthsBaseline1Month3Months0図14当院で施行したLipiFlowの結果LipiViewICUvaluesTBUT(seconds)100675450225に対し,油層と涙液層の鏡面反射により発生する干渉画像の干渉色を,カラーテーブル内の基準色に比較して油層の厚みを決定する(図12).測定時間17秒間に512フレームの撮影を行い,統計処理後に油層厚みをグラフ化し,測定時間内での油層厚みの平均値と最大最小値,(37)瞬目の状態,解析可能フレーム率などの結果を表示する(図13).油層厚みの平均値(AvICU)が65μm以下だと油層分泌低下を疑い,治療の適応目安としている.これら3つの評価方法の他,細隙灯顕微鏡による眼瞼縁の所見,ドライアイの検査所見(角結膜の染色,BUTあたらしい眼科Vol.32,No.7,2015959 960あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(38)など),マイボグラフィー,涙液スペキュラー,などを参考に治療前後の評価を行う.経過観察は通常,治療後1カ月後とその後3カ月ごとに行っている.3.治療結果2009年に行われた米国での多施設前向き試験(9施設)5)や,その後の追試試験6,7)によって,LipiFlowで治療した患者の約80%が1カ月の経過観察で有意な症状および他覚所見の改善を示し,その効果は半年から1年持続するということが確認されている.これは単回治療によってマイボーム腺の機能改善が数カ月持続するという従来の治療では達成できなかったことであり,画期的であると考えられる.当院では2012年よりLipiFlowシステムを導入した.閉塞型MGD患者20人40眼に使用したところ,症状,腺の閉塞,油層の厚み,BUTのすべてにおいて,治療後1カ月または3カ月で有意な改善がみられていた(図14).まとめ閉塞型MGDは頻度の高い慢性疾患であり,ひとつの治療だけで完全緩解は困難で,表1に示した方法の併用が必要である.一方,最新型治療機器LipiFlowは単回治療で長期の効果が得られるが,やはりその効果を持続させるためには患者自身でのセルフケアの継続が重要である.すなわち,治療後の点眼(ドライアイ点眼,抗炎症薬の点眼,軟膏など),自己によるリッドハイジーン,温熱療法,マッサージ,瞬目の訓練などを患者自身で継続するよう指導することが治療成功の鍵である.文献1)Thedefinitionandclassificationofdryeyedisease:reportoftheDefinitionandClassificationSubcommitteeoftheInternationalDryEyeWorkShop.OculSurf5:75-92,20072)BronAJ,TiffanyJM:Thecontributionofmeibomiandis-easetodryeye.OculSurf2:149-65,20043)MaskinSL:Intraductalmeibomianglandprobingrelievessymptomsofobstructivemeibomianglanddysfunction.Cornea29:1145-1152,20104)天野史郎:マイボーム腺機能不全の定義と診断基準.あたらしい眼科27:627-631,20105)LaneSS,DuBinerHB,EpsteinRJetal:Anewsystem,theLipiFlow,forthetreatmentofmeibomianglanddys-function.Cornea31:396-404,20126)GreinerJV:AsingleLipiFlowRthermalpulsationsystemtreatmentimprovesmeibomianglandfunctionandreduc-esdryeyesymptomsfor9months.CurrEyeRes37:272-278,20127)GreinerJV:Long-term(12-month)improvementinmei-bomianglandfunctionandreduceddryeyesymptomswithasinglethermalpulsationtreatment.ClinExperi-mentOphthalmol41:524-530,2013

杯細胞増加とムチン産生作用をもつムコスタ点眼液

2015年7月31日 金曜日

特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):943.951,2015特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):943.951,2015杯細胞増加とムチン産生作用をもつムコスタ点眼液FacilitationofIncreasedGobletCellsandMucinProductionbyRebamipideOphthalmicSolution横井則彦*木下茂**はじめにレバミピド[化学式:C19H15ClN2O4,分子量:370.79]は,胃炎や胃潰瘍の経口治療薬(ムコスタR)として,1990年の発売以来,長年,広く各科で使用されてきた薬物であり,ムチン産生促進作用,粘膜修復作用をもつ.そして近年,レバミピドは,ドライアイ治療薬(ムチン産生促進剤,ムコスタR点眼液UD2%,以下ムコスタ点眼液)として処方されるようになり,そのユニークな薬理作用がドライアイ治療を拡大しただけでなく,ドライアイの病態の考え方や診断にまで大きな影響を及ぼしている.本稿では,ドライアイの病態の考え方,治療,診断の新しい方向に即して,筆者の考えを交えながら,ムコスタ点眼液の現状について述べる.Iドライアイのコア・メカニズムの新しい考え方健常眼に対してドライアイに特徴的な他覚所見は,フルオレセイン破壊時間(いわゆるbreakuptimeoftearfilm:BUT)が短いことであり,これは,涙液層の安定性の低下を意味する.そして,涙液層の安定性の低下は,涙液層の破壊,ひいては上皮障害を導き,一方,上皮障害は上皮の水濡れ性低下を介して涙液層の破壊を導きうるため,涙液層の安定性の低下は,ドライアイの眼表面の悪循環(コア・メカニズム)を表現する(図1)1.4)また,涙液層の安定性の低下は,フルオレセインで可視化でき,眼乾燥感,視機能異常,眼精疲労といったドライアイの眼症状をうまく説明する.以上の理由で,わが国のドライアイの診療において,「涙液層の安定性低下」のメカニズムは非常に重視されている.一方,眼瞼結膜上皮と眼球表面上皮は,瞬目時に相互作用(涙液を介して摩擦を及ぼし合う)を有し,涙液に異常があると摩擦が増強しうる.つまり,涙液や上皮に異常のあるドライアイにおいては,「瞬目時の摩擦亢進」はもう1つの悪循環を表現し(図1)1.3),「涙液層の安定性低下」が開瞼時のドライアイのコア・メカニズムといえるのに対し,「摩擦亢進」は,瞬目時のドライアイのコア・メカニズムといえ,上流の原因.コア・メカニズム.症状からなるドライアイの階層構造に,両メカニズムを組み入れることにより,ドライアイがよりいっそう明確になるとともに,ドライアイの多彩な眼表面の表現や自覚症状が理解しやすくなる(図2)3).そして,「涙液層の安定性の低下」のメカニズムが大きく関与するドライアイとして,BUT短縮型ドライアイ(図3a)を,両メカニズムが同様に関与するドライアイとして,重症涙液減少型ドライアイ(図3b)をあげることができる.IIドライアイ治療の新しい考え方2.4)―TFOT(眼表面の層別治療)―わが国においては,2010年12月,2012年1月にそれぞれ,ムチン/水分分泌促進剤[ジクアホソルナトリウム点眼液(ジクアスR点眼液3%,以下ジクアス点眼液)],ムコスタ点眼液がドライアイ治療薬として登場*NorihikoYokoi:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学**ShigeruKinoshita:京都府立医科大学感覚器未来医療学〔別刷請求先〕横井則彦:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(21)943 表層上皮障害悪循環知覚神経眼瞼上皮の水濡れ性低下目が乾く,物が見えにくい,目が疲れる症状目がゴロゴロする,痛い症状+涙液層の安定性低下炎症悪循環瞬目時の摩擦亢進涙液層表層上皮表層上皮障害悪循環知覚神経眼瞼上皮の水濡れ性低下目が乾く,物が見えにくい,目が疲れる症状目がゴロゴロする,痛い症状+涙液層の安定性低下炎症悪循環瞬目時の摩擦亢進涙液層表層上皮図1ドライアイのコア・メカニズムドライアイにおいては,開瞼時の涙液層の安定性の低下,瞬目時の摩擦亢進の2つが最も重要なコア・メカニズムといえ,これらが上皮障害あるいは炎症を生じて知覚神経を刺激し,さまざまな症状が引き起こされる.(文献1より引用改変)内因性・外因性のさまざまなリスクファクター自覚症状(眼不快感・視機能異常)眼瞼結膜上皮障害(Lidwiperepitheliopathy)眼球表面上皮障害涙液(油層を欠く)悪循環ドライアイの眼表面の表現角膜上皮障害油層開瞼時の涙液層の安定性低下瞬目時の摩擦亢進悪循環涙液層の破壊液層図2ドライアイの階層構造開瞼時の涙液層の安定性低下と瞬目時の摩擦亢進のコア・メカニズムを階層構造として組み入れることによりドライアイが理解しやすくなる.(文献2,3より引用改変) あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015945(23)wiper(LW)と名付けられた10,11),この領域と角膜表面との摩擦が亢進すると,LWの上皮障害(lid-wiperepi-theliopathy:LWE)や,それと対面する角膜上皮障害,ひいては悪循環が形成され,慢性の眼不快感の原因となる.一方,LWから後方の眼瞼結膜とそれと対面する角結膜との間には,Kessingspaceとよばれる間隙が存在し11),瞬目時の摩擦が回避されている(図4).重症の涙液減少においても,眼瞼結膜や上方の角結膜に必ずしも上皮障害が生じていないことから,涙液がほとんど存在しない状況においてもKessingspaceは虚脱することなく確保されていると考えられる(図4左列a,c).一方,上輪部角結膜炎(superiorlimbickeratoconjunctivitis:SLK)や加齢に伴う上方の結膜弛緩(図3b)では,強膜し,日本発,世界初のドライアイ治療の考え方である,眼表面の層別治療(tearfilmorientedtherapy:TFOT)が生まれた.これは,涙液層と上皮からなる眼表面に対して,その不足成分を補充することで,涙液層の安定性を最大限に高め,ドライアイのコア・メカニズムの1つである「涙液層の安定性低下」を治療しようとするドライアイの眼局所治療の革新的な考え方である.涙液層の安定性には,涙液層からは,油層および液層の水分と分泌型ムチンが,上皮層からは膜型ムチンが大きく関与すると考えられるため,これらの異常は,涙液層の安定性低下を引き起こす要因となる.(油分),水分,分泌型ムチン,膜型ムチンを補充しうるジクアス点眼液,分泌型ムチン,膜型ムチンを補充しうるムコスタ点眼液は,52週間の長期試験に基づけば,BUTをそれぞれ約2秒5)と約1.25秒6)延長し,涙液層の安定性の改善効果が得られている.そして,このことが,臨床試験5,6),実臨床におけるドライアイの他覚所見,自覚症状の改善7.9)につながっていると考えられる.IIIドライアイ診断の新しい考え方―TFOD(眼表面の層別診断)―TFOTを活用するためには,眼表面に不足する成分を看破できるドライアイの診断法,すなわちTFOD(tearfilmorienteddiagnosis:眼表面の層別診断)が必要であり,筆者らは,涙液層のブレイクパターンに基づくTFODを開発した2).詳細は,他2)に譲るが,ブレイクパターンとして,水分量の絶対的不足によるareabreak,膜型ムチンの不足が推定されるspotbreakやdimplebreak,水分量の相対的不足によるlinebreak,水分の蒸発亢進によるrandombreakが区別され,本分類により,ドライアイの分類,眼表面の不足成分の看破,TFOTの選択肢が判定できるため,TFOTに最大活用できる方法である.IV隠れたドライアイのコア・メカニズム―瞬目時の摩擦亢進―先に述べたように,ドライアイコア・メカニズムの一つに「瞬目時の摩擦亢進」がある.瞬目時に眼球表面と摩擦を生じる眼瞼結膜部位は,Korbらによってlidab図3BUT短縮型ドライアイ(a)と重症涙液減少型ドライアイ(b)BUT短縮型ドライアイでは涙液層の安定性低下のメカニズムがおもに働き,重症涙液減少型ドライアイでは開瞼時の涙液層の安定性低下と瞬目時の摩擦亢進の両方のメカニズムがともに働きうる(眼瞼に隠れた結膜に強い上皮障害が見られることに注目).ブルーフリーフィルター下での観察.ab図3BUT短縮型ドライアイ(a)と重症涙液減少型ドライアイ(b)BUT短縮型ドライアイでは涙液層の安定性低下のメカニズムがおもに働き,重症涙液減少型ドライアイでは開瞼時の涙液層の安定性低下と瞬目時の摩擦亢進の両方のメカニズムがともに働きうる(眼瞼に隠れた結膜に強い上皮障害が見られることに注目).ブルーフリーフィルター下での観察. 946あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(24)まだない.それはこの領域の研究の歴史がまだ浅いことにもよるが,これが瞬目という動的関係に基づく眼瞼背後に隠れた悪循環であること,および上皮障害を生じる前のサブクリニカルな異常の検出方法が存在しないことによると考えられる.そのため,現在までのところ,異物感や痛みといった摩擦の亢進を想定させる症状を頼りに診断を進めるしかない.そして,このメカニズムの手がかりとして,LWE,SLK,糸状角膜炎,結膜弛緩症といった疾患群,重症涙液減少眼の球結膜の上皮障害,球結膜のコイル状の血管異常(cork-screwsign)(図5)などがある.より乖離した弛緩結膜がKessingspaceを占めることで,摩擦の亢進が生じることがある.しかし,一般には角膜との摩擦亢進の鍵を握る眼瞼結膜部位はLWに他ならない.以上のような瞬目時の摩擦亢進に基づく角結膜上皮障害は,Cherによってblink-relatedmicrotrau-ma(BRMT)と名付けられ12),LWEもこの一部として捉えることができる.V瞬目時の摩擦亢進の診断「瞬目時の摩擦亢進」のコア・メカニズムに対しては,TFODやTFOTに相当する診断や治療のコンセプトがabc角膜Lidwiper上眼瞼KessingspaceLidwiperと摩擦を生じる角膜部位d図4LidwiperおよびKessingspaceの模式図(d)および重症涙液減少眼における眼表面の上皮障害重症涙液減少眼では,上・下眼瞼のlidwiperに高度の上皮障害(lid-wiperepitheliopathy)がみられるが,Kessingspaceに相当する上方の眼瞼結膜と上方の角膜には一般に上皮障害がみられない.a,c:リサミングリーン染色所見,b:フルオレセイン染色所見,ブルーフリーフィルター下での観察.(b:文献2より引用改変)abc角膜Lidwiper上眼瞼KessingspaceLidwiperと摩擦を生じる角膜部位d図4LidwiperおよびKessingspaceの模式図(d)および重症涙液減少眼における眼表面の上皮障害重症涙液減少眼では,上・下眼瞼のlidwiperに高度の上皮障害(lid-wiperepitheliopathy)がみられるが,Kessingspaceに相当する上方の眼瞼結膜と上方の角膜には一般に上皮障害がみられない.a,c:リサミングリーン染色所見,b:フルオレセイン染色所見,ブルーフリーフィルター下での観察.(b:文献2より引用改変) あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015947(25)によるのかもしれない.VII抗摩擦点眼液としてのムコスタ点眼液ムコスタ点眼液は,その第II相臨床試験22)において,乾燥感,羞明,霧視,異物感,眼痛の症状で,プラセボと比較し,有意な効果が認められたが,第III相臨床試験23)においては,ヒアルロン酸ナトリウム点眼液(6回/日)に比べて,点眼回数が4回と少なかったにもかかわらず,異物感,眼痛で有意に効果が大きかったことは注目に値する.ここに,乾燥感,羞明,霧視といった症状が涙液層の安定性低下のメカニズムで説明しうるのに対し,異物感,眼痛(眼痛の一部は,涙液層の安定性低下に関係している可能性もある)が,瞬目時の摩擦亢進のメカニズムで説明しやすいことを考えると,ムコスタ点眼液は,すでに臨床試験の段階で瞬目時の摩擦亢進に効果があることを示していたと思われる.しかも,第II,III相の対象が,Schirmer試験5mm/5分以下の,瞬目時の摩擦が増強しやすい涙液減少型ドライアイであったことを考えると,さらにその効果は興味深く思える.また,その後,瞬目時の摩擦亢進を第一のメカニズムとする糸状角膜炎32)やLWEやSLKにおいて従来の点眼液では効果の乏しい例でムコスタ点眼液の効果が報告されている25.27)ことから,ドライアイ治療におけるムコスタ点眼液の「抗摩擦点眼液」としての役割は大きいと筆者は考えている(図6).しかし,なぜ,ムコスタ点眼液が「瞬目時の摩擦亢VIムコスタ点眼液のヒト角結膜上皮細胞に対する作用マウス,ラット,家兎といった動物の眼表面上皮に対する非臨床試験の結果を受けて,レバミピド,ムコスタ点眼液のヒトの眼表面上皮に対する薬理作用,薬効についても,近年,新知見が増えてきている.たとえば,角膜上皮細胞に対する膜型ムチンの発現促進作用13),抗炎症作用14,15),バリア機能保護作用14,15)が報告され,結膜上皮細胞に対しても,杯細胞の増加作用16),抗炎症作用17)などの報告がみられる.一方,動物のドライアイモデルにおける眼表面ムチンおよび角膜上皮障害の改善18.20),抗炎症作用21),第II相22),第III相23),長期試験6)の臨床試験の結果を受けて,発売後も,ドライアイ8,9),アレルギー性結膜疾患24),瞬目時の摩擦亢進に関連した疾患群25.27)への効果を示す報告が増えてきている.しかし,胃潰瘍に対するレバミピドの使用歴のなかで,その奏効メカニズムが未だ明確ではないのと同様,ムコスタ点眼薬がなぜドライアイあるいはそれに関連するメカニズムに有効なのかは,未だ明らかではない.その効果は,ドライアイに関係するさまざまなメカニズム,すなわち先に述べた,涙液層の安定性低下や瞬目時の摩擦亢進といったドライアイのコア・メカニズム1.4)以外に,眼表面炎症28),酸化ストレス29)といったさまざまなドライアイの病態に奏効しうる薬理作用6,8,9,13.25,27,30,31)図5摩擦の亢進に関係する血管異常眼瞼と瞬目時の摩擦亢進を生じている結膜領域には,しばしばcork-screwsignとよばれる血管の走行異常がみられ(a),結膜弛緩症でよくみられる(b).その部には,本症例のように上皮障害を伴うこともある.ab図5摩擦の亢進に関係する血管異常眼瞼と瞬目時の摩擦亢進を生じている結膜領域には,しばしばcork-screwsignとよばれる血管の走行異常がみられ(a),結膜弛緩症でよくみられる(b).その部には,本症例のように上皮障害を伴うこともある.ab 948あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(26)眼瞼の速度(v)涙液の厚み(t)涙液の粘度(h)眼瞼の速度(v)×涙液の粘度(h)涙液の厚み(t)S=図7涙液が介在する状況での眼瞼と眼球表面の間の摩擦力(S=剪断応力)の式瞬目時の摩擦(剪断応力)は,涙液の存在下においては,涙液の厚み,瞬目時の眼瞼の速度,涙液の粘度からなる式よって決まり,早い瞬目,涙液の粘度の上昇,涙液減少により,摩擦力は増強する.abcd図6糸状角膜炎およびLid.wiperepitheliopathy(LWE)に対するムコスタ点眼液の効果ムコスタ点眼液により人工涙液の頻回点眼では効果のなかった糸状角膜炎および下方のLWEは消失した.a,b:点眼前,c,d:点眼3カ月後,a,c:フルオレセイン染色(ブルーフリーフィルター下での観察),b,d:リサミングリーン染色.眼瞼の速度(v)涙液の厚み(t)涙液の粘度(h)眼瞼の速度(v)×涙液の粘度(h)涙液の厚み(t)S=図7涙液が介在する状況での眼瞼と眼球表面の間の摩擦力(S=剪断応力)の式瞬目時の摩擦(剪断応力)は,涙液の存在下においては,涙液の厚み,瞬目時の眼瞼の速度,涙液の粘度からなる式よって決まり,早い瞬目,涙液の粘度の上昇,涙液減少により,摩擦力は増強する.abcd図6糸状角膜炎およびLid.wiperepitheliopathy(LWE)に対するムコスタ点眼液の効果ムコスタ点眼液により人工涙液の頻回点眼では効果のなかった糸状角膜炎および下方のLWEは消失した.a,b:点眼前,c,d:点眼3カ月後,a,c:フルオレセイン染色(ブルーフリーフィルター下での観察),b,d:リサミングリーン染色. 眼瞼涙液角膜/球結膜高図8ストライベック曲線と瞬目時の摩擦相対運動する2面間の潤滑状態(摩擦)を説明するために1902年Stribeckによって提唱された関係図.上段には,眼瞼─涙液─角膜および球結膜の関係図を加えた.上段左図は,lid-wiperepitheliopathy(LWE)の状態が想定され,LWEが修復され,分泌型ムチンが涙液中に加わることで,潤滑状態は境界潤滑から混合潤滑にシフトし,大きな摩擦の軽減が得られることがわかかる.このグラフの横軸の速度は眼瞼の速度,潤滑油の粘度は涙液の粘度,荷重は眼瞼圧と言い変えられるため,涙液中のムチンの増加は,眼瞼と眼球表面の間に十分な涙液が存在する流体潤滑の状態では,摩擦が増強することに注意する.0荷重摩擦係数(μ)境界潤滑混合潤滑流体潤滑(速度)×(潤滑油の粘度)図9Sjogren症候群に伴う涙液減少眼の結膜上皮障害に対するムコスタ点眼液の効果人工涙液の頻回点眼(上段)やジクアホソルナトリウムの1年の点眼(中段)では,効果が得られなかったが,ムコスタ点眼液の1カ月点眼後(下段)には著明な改善がみられ,結膜上皮障害はほぼ消失した.(27)あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015949 950あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(28)進」のメカニズムの救世主となっているのであろうか.その答えはまだない.角膜が涙液層の安定性低下のメカニズムが大きく関与する組織であるのに対して,結膜は広い範囲で眼瞼に隠れ,LWで仕切られ,かつ,その中に粘液である涙液を満たしたコンパートメントを形成していることから,ムコスタが効果的な消化管粘膜と構造的に何らかの類似点があるのかも知れない.瞬目時の摩擦が閉瞼時に鼻下側方向へ作用し12),その方向に杯細胞が多いこと33)や,瞬目時の摩擦の鍵となる部位であるLWに,杯細胞がcryptを形成しながら密に分布していること11),加えて杯細胞をムコスタ点眼液が増やしうること16),ムチンが潤滑剤としての働きをもつことを考えると,ムコスタ点眼液による杯細胞の増加と瞬目時の摩擦の軽減との間には,何らかの関係があるように思える.しかし,瞬目時の摩擦力(剪断応力)は,涙液の存在下においては,涙液の厚み,瞬目時の眼瞼の速度,涙液の粘度からなる式よって決まり(図7),早い瞬目,涙液の粘度の上昇,涙液減少により摩擦力は増強する.したがって,ムチンの産生を促進し,涙液の粘度を増加しうるムコスタ点眼液の効果は,この摩擦の関係式では説明できない.しかし,ストライベック曲線(図8)に基づけば,LWと角膜は密に接しているため,両者の間には境界潤滑が関係しやすく,とくにLWEが生じているような状況では,粘膜表面の潤滑性や涙液の粘性の増加が,境界潤滑から混合潤滑へのシフトを生むことで,大きな摩擦の軽減を生む可能性が十分に考えられる.つまり,ムコスタ点眼液は,とくにLW部での粘膜障害改善作用20),杯細胞増加による分泌型ムチン増加作用16),および膜型ムチン増加作用13)により摩擦軽減を促しているのではないかと考えられる.おわりにムコスタ点眼液の登場で,瞬目時の摩擦亢進というドライアイの隠れたコア・メカニズムの重要性が明らかになってきたように思える.非臨床では,さまざまな薬理作用が報告されている本薬剤であるが,いざ臨床での効果となるとその顕著な効果をうまく説明するのがむずかしい例(図9)もあり,まだまだ興味の尽きない薬剤である.眼表面は胃粘膜に比べてアプローチのしやすい領域である.この深い謎の解答が眼表面から見出され,さらにこの点眼液の活用の道が大きく広がることを望む次第である.文献1)横井則彦:眼表面からみた眼瞼下垂手術の術前・術後対策.あたらしい眼科32:499-506,20152)横井則彦:ドライアイの治療方針:TFOT.あたらしい眼科32:9-16,20153)横井則彦:ドライアイ治療のフロンティアTFOT(TearFilmOrientedTherapy).MedicalScienceDigest40:112-115,20144)横井則彦:ドライアイの新しい治療戦略─眼表面の層別治療─.日本の眼科83:1318-1322,20125)山口昌彦,坪田一男,渡辺仁ほか:3%ジクアホソルナトリウム点眼液のドライアイを対象としたオープンラベルによる長期投与試験.あたらしい眼科29:527-535,20126)KinoshitaS,AwamuraS,OshidenKelat:Amulticenter,open-label,52-weekstudyof2%rebamipide(OPC-12759)ophthalmicsuspensioninpatientswithdryeye.AmJOphthalmol157:576-583,20147)YamaguchiM,NishijimaT,ShimazakiJetal:Clinicalusefulnessofdiquafosolforreal-worlddryeyepatients:aprospective,open-label,non-interventional,observationalstudy.AdvTher31:1169-1181,20148)KohS,InoueY,SugimotoTetal:Effectofrebamipideophthalmicsuspensiononopticalqualityintheshortbreak-uptimetypeofdryeye.Cornea32:1219-1223,20139)ArimotoA,KitagawaK,MitaNetal:Effectofrebamip-ideophthalmicsuspensiononsignsandsymptomsofkera-toconjunctivitissiccainSjogrensyndromepatientswithorwithoutpunctalocclusions.Cornea33:806-811,201410)KorbDR,GreinerJV,HermanJPetal:Lid-wiperepithe-liopathyanddry-eyesymptomsincontactlenswearers.CLAOJ28:211-216,200211)KnopN,KorbDR,BlackieCAetal:Thelidwipercon-tainsgobletcellsandgobletcellcryptsforocularsurfacelubricationduringtheblink.Cornea31:668-679,201212)CherI:Blink-relatedmicrotrauma:whentheocularsur-faceharmsitself.ClinExpOphthalmol31:183-190,200313)ItohS,ItohK,ShinoharaH:Regulationofhumancornealepithelialmucinsbyrebamipide.CurrEyeRes39:144-141,201414)TanakaH,FukudaK,IshidaWetal:Rebamipideincreas-esbarrierfunctionandattenuatesTNFa-inducedbarrierdisruptionandcytokineexpressioninhumancornealepi-thelialcells.BrJOphthalmol97:912-916,201315)KimuraK,MoritaY,OritaTetal:ProtectionofhumancornealepithelialcellsfromTNF-a-induceddisruptionofbarrierfunctionbyrebamipide.InvestOphthalmolVisSci 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ムチンと水分を供給するジクアス点眼薬

2015年7月31日 金曜日

特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):935~942,2015特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):935~942,2015ムチンと水分を供給するジクアス点眼薬3%DiquafosolOphthalmicSolutionPromotesMucinandTearFluid山口昌彦*大橋裕一**はじめにわが国のドライアイ診断基準1)では,「ドライアイとは,さまざまな要因による涙液および角結膜上皮の慢性疾患であり,眼不快感や視機能異常を伴う」と定義されている.つまり,ドライアイは,乾燥感や異物感などの原因になるばかりでなく,かすむ,まぶしいなどの視機能異常を伴うことがあり,qualityoflife(QOL)を脅かしかねない疾患であるといえる.昨今,生活様式や社会構造の変化は著しく,パソコンやスマートフォンなどvisualdisplayterminal(VDT)にかかわる時間の増加,密閉した空間での空調設備による低湿度化,コンタクトレンズユーザーの増加,高齢化社会の到来など,ドライアイの発症に影響する環境因子は増加傾向にあり,実際,ドライアイの罹患率は上昇している2).このようにドライアイという疾患が非常に注目されるようになってきたなかで,2010年12月にジクアホソルナトリウム点眼液(ジクアスR点眼液3%,参天製薬,以下ジクアス点眼薬)が上市され,ドライアイ治療に大きな進歩をもたらしている.本稿では,ジクアスの薬理作用とその有効性,安全性について,これまでの報告をもとにレビューする.Iジクアス点眼薬の薬理作用(図1)ジクアホソルナトリウムはP2Y2受容体アゴニスト作用を有するジヌクレオチド誘導体で3),市販のジクアス点眼薬は,1ml中にジクアホソルナトリウムを30mg含有する無色澄明の水性点眼液である.剤型は5mlボトルで,pHは7.2~7.8,浸透圧比は1.0~1.1,有効点眼回数は1日6回である(図2).1.分泌型ムチン分泌促進作用P2Y2受容体アゴニストであるアデノシン三リン酸(adenosinetriphosphate:ATP)やウリジン三リン酸(uridinetriphosphate:UTP)は,ヒト結膜組織からのムチン分泌を促進することが知られており4),UTPと同程度のP2Y受容体アゴニストであるジクアホソルナトリウムも正常ウサギ5)や正常ラット6)の結膜組織から糖蛋白の分泌を促進することが報告されている.眼表面に分泌されているムチンの大部分は結膜杯細胞から分泌されるMUC5ACであり,豊富なシステイン残基をもつ4つのドメインと大量の糖鎖と結合するtandemrepeatからなる糖蛋白である.糖鎖はコア蛋白に結合してブラシ状の構造を形成し,その一つひとつがジスルフィド結合で重合しているため,MUC5ACの粘性は非常に高く,眼表面の涙液保持に重要な役割を担っていると考えられている7).実際,ドライアイを有するSjogren症候群では結膜上皮でのMUC5ACの発現が低下して涙液安定性の低下を招く可能性が指摘され8),眼表面におけるMUC5ACの維持がドライアイの治療には重要であると考えられる.ジクアホソルナトリウムは,ウサギ結膜組織からのMUC5AC分泌を濃度依存的に促進し9),その分泌は結*MasahikoYamaguchi:愛媛県立中央病院眼科**YuichiOhashi:愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学分野〔別刷請求先〕山口昌彦:〒790-0024愛媛県松山市春日町83愛媛県立中央病院眼科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(13)935 結膜上皮細胞H2OH2OCl-Ca2+Ca2+Ca2+ClチャネルジクアホソルナトリウムP2Y2lP3PLCGlP3小胞体小胞体ジクアホソルナトリウムP2Y2lP3PLCGCa2+lP3胚細胞ムチンマイボーム腺脂質分泌促進結膜上皮細胞からの水分分泌促進結膜杯細胞からのムチン分泌促進膜結合型ムチンの発現促進油層水層分泌型ムチン膜結合型ムチン上皮細胞結膜上皮細胞H2OH2OCl-Ca2+Ca2+Ca2+ClチャネルジクアホソルナトリウムP2Y2lP3PLCGlP3小胞体小胞体ジクアホソルナトリウムP2Y2lP3PLCGCa2+lP3胚細胞ムチンマイボーム腺脂質分泌促進結膜上皮細胞からの水分分泌促進結膜杯細胞からのムチン分泌促進膜結合型ムチンの発現促進油層水層分泌型ムチン膜結合型ムチン上皮細胞図1ジクアス点眼薬の薬理作用ジクアス点眼薬(アデノシン三リン酸,ATP)が結膜上皮細胞あるいは結膜杯細胞表面のP2Y2受容体を刺激すると,G蛋白(G)を介してホスホリパーゼC(PLC)によるイノシトール三リン酸(IP3)産生が刺激され,それが細胞内小胞体からのカルシウムイオン(Ca2+)放出を誘導して細胞内Ca2+濃度が上昇する.結膜上皮細胞では,細胞内Ca2+の上昇がカルシウム依存型クロライドチャネル(Clチャネル)を開口させ,Cl.が涙液側へ移動した結果生じる浸透圧差によって細胞内の水(H2O)が涙液側へ移動し,水分分泌が促進される.杯細胞においても同様の機序によって細胞内Ca2+の上昇が起こり,ムチンの分泌が亢進すると考えられている.(参天製薬株式会社製品情報概要から引用改変)膜細胞内のカルシウムイオン濃度の上昇とともに起こMUC1612),MUC2013)の存在が知られており,親水性り10),正常ヒトにおいてもジクアホソルナトリウム点眼の糖鎖による保水作用12),非接着分子機能による閉瞼時後に涙液中のムチン様物質濃度が上昇することが報告さの眼瞼結膜上皮と角膜上皮の癒着防止作用12),さらにれている11).実際には,ドライアイ罹患眼にジクアス点galectin3とともに糖衣(glycocalax)を形成して眼表面眼薬を投与した場合,どの程度のムチン分泌能が存在すバリア形成14)などが知られている.るのかは,今後の研究に委ねなければならないが,実験SV40不死化ヒト角膜上皮細胞に100μMジクアホソ的,臨床的にジクアス点眼薬に分泌型ムチンの分泌促進ルナトリウムで処理を行い,膜結合型ムチン遺伝子作用があるのは明らかである.(MUC1,4,16)の発現をRT-PCR法により検討した結果15)では,いずれの遺伝子発現量も,添加3時間後に2.膜結合型ムチン発現促進作用一過性に上昇し,その後定常レベルまで減少した.この眼表面の膜結合型ムチンとしては,MUC1,MUC4,上昇は無処置群よりも有意であり,さらに濃度依存的で936あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(14) あったことから,ジクアホソルナトリウムは,角膜上皮細胞において膜型ムチンの遺伝子発現を促進されることが明らかになった.なお,このinvitroの実験で用いられたジクアホソルナトリウムの濃度(100μM)は,invivoでは0.88~8.8%に相当する.3.水分分泌促進作用ジクアホソルナトリウムを正常ウサギに点眼すると,Schirmer試験Ⅰ法値が有意に上昇することから,ジクアホソル点眼には涙液分泌促進作用があることが報告されている16).また,正常ウサギにおいて,ジクアホソル点眼15分後に涙液分泌が最大となり,その作用は用量依存的であることがわかった17).また,ジクアホソル点眼液が結膜上皮細胞のP2Y2受容体に作用し,細胞内カルシウムイオン濃度の上昇を介してクロライド(Cl)チャネルを開くことによって,結膜上皮細胞から眼表面への水移動を促進することが示された.また,この涙液の分泌は涙腺に依存していない可能性も示唆された17).臨床的には,ヒト正常者の涙液貯留量について涙液メニスコメトリー法を用いた涙液メニスカス曲率半径測定により比較した報告がある18).ジクアホソル点眼群は人工涙液点眼群よりも点眼後30分まで有意に涙液メニスカス曲率半径を増加させることが示され,ジクアス点眼右眼ジクアス切替前ジクアス切替3週間後薬の涙液分泌促進作用が確認されている.ジクアホソルナトリウム点眼液(ジクアスR点眼液3%)構造ジヌクレオチド誘導体・P2Y2受容体アゴニストおもな薬理作用◎分泌型ムチン分泌促進(結膜杯細胞)◎水分分泌促進(結膜上皮細胞)○膜結合型ムチン発現亢進△マイボーム腺機能改善(エビデンスの高い順に◎,○,△)剤型,特性5mlボトル無色透明水性点眼液pH:7.2~7.8浸透圧比:1.0~1.11日4~6回点眼おもな副作用眼刺激感,粘液眼脂図2ジクアス点眼薬左眼図3涙液減少型ドライアイに対するジクアス点眼薬の効果70歳,女性.Sjogren症候群.人工涙液点眼薬および0.1%ヒアルロン酸点眼薬をそれぞれ両眼に6回/日点眼していたが,乾燥感スコア4(いつもある)であった.平均BUTは左右とも1秒,角結膜上皮障害スコア(9点満点)は右眼6点,左眼5点であった.ジクアス点眼薬を両眼6回/日に切り替えて3週間後,平均BUTは左右とも1秒と変化なかったが,角結膜上皮障害スコアは右眼3点,左眼3点に減少し,乾燥感スコア2(ときどきある)まで軽快した.(15)あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015937 938あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(16)涙液メニスカス高)が6カ月間に渡り有意に改善し,Schirmer試験Ⅰ法値は有意ではないものの改善傾向がみられた26).b.BUT短縮型(図4)BUTは極端に短縮しているが,角結膜上皮障害は軽微で強いドライアイ症状を訴えるタイプのドライアイが臨床上問題になっている27,28).0.1%ヒアルロン酸点眼薬(防腐剤無添加)で改善しなかったBUT短縮型ドライアイ30例にジクアス点眼薬を1日6回点眼で3カ月間継続投与したところ,BUTおよびVASで測定した自覚症状の有意な改善を認めた29).また,ほぼ同じクライテリアのBUT短縮型ドライアイに対してジクアス点眼薬を1日6回点眼で継続したところ,BUTの有意な改善とともに実用視力および眼球高次収差30),角膜後方散乱31)が有意に改善するとし,ジクアス点眼薬の涙液安定性低下に伴う視機能異常への改善効果が示唆されている.c.LASIK後LASIK術後の角膜知覚低下が原因となり,一過性のドライアイが発症することが知られている.LASIK術後1週間および1カ月後の時点で,ジクアス点眼薬と0.3%ヒアルロン酸点眼を併用した群が0.3%ヒアルロン酸点眼またはジクアス点眼薬単独群よりも,遠見,近見ともに裸眼視力および1カ月後の遠見実用視力が有意に改善し,自覚症状は1週間後で併用群において有意な改善が認められた32).また,人工涙液点眼やヒアルロン酸点眼が投与されているものの,遷延(12カ月以上)しているLASIK術後ドライアイに対して,12週間ジクアス点眼薬を投与したところ,矯正視力および涙液分泌能には変化がなかったが,BUT,角結膜上皮障害および自覚症状(眼疲労感,乾燥感,異物感,眼不快感,読書困難,乾燥空間での不快感)が有意に改善した33).d.コンタクトレンズ関連近年,ソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)ユーザーの増加に伴い,SCL装用者のドライアイ患者が急増している.ドライアイ症状を訴えるSCL常用者に対して,0.3%ヒアルロン酸点眼を3カ月以上投与したが症状が改善せず,ジクアス点眼薬を追加して4週間観察したところ,BUT,角膜上皮障害,自覚症状4.マイボーム腺機能への作用P2Y2受容体はサル19)やラット20)のマイボーム腺組織にも存在することが確認されている.臨床的には,マイボーム腺機能不全(meibomianglanddysfanction:MGD)に対するジクアス点眼薬の有効性が報告されてはいる21).ジクアホソルがマイボーム腺脂質の分泌機構にどのように関与しているか,今後の研究が待たれる.IIジクアス点眼薬の有効性1.治験の結果第II相試験におけるプラセボ点眼との比較では,1%および3%ジクアホソル点眼,1日6回,4週間投与において,角膜上皮障害(フルオレセイン染色),角結膜上皮障害(ローズベンガル染色),自覚症状が有意に改善した22).第III相試験における0.1%ヒアルロン酸点眼との比較では,3%ジクアホソル点眼,1日6回,4週間投与において,角膜上皮障害(フルオレセイン染色),角結膜上皮障害(ローズベンガル染色),自覚症状が有意に改善した23).また,同試験において,角膜中央の上皮障害の改善率を比較した場合,3%ジクアホソル点眼は0.1%ヒアルロン酸点眼よりも有意に改善を認めた.角膜中央の上皮障害は,視機能に影響を及ぼすことが報告24)されており,ドライアイによる視機能異常をジクアス点眼薬が改善する効果が期待されている.実際,角膜中央に点状表層角膜症を有する涙液減少型ドライアイに対してジクアス点眼薬を4週間投与したところ,波面センサーにより測定される眼球高次収差が有意に改善することも報告されている25).2.各種ドライアイにおける有効性a.涙液減少型(図2)涙液液層(水分+分泌型ムチン)の減少が本態である涙液減少型ドライアイ(Sjogren症候群を含む)においては,水分分泌および分泌型ムチン分泌促進作用を有するジクアス点眼薬が理論的に有効である可能性が高い.涙液減少型ドライアイ15例(Sjogren症候群13例を含む)にジクアス点眼液を1日6回点眼で6カ月間継続投与したところ,自覚症状(乾燥感,異物感および合計スコア)および他覚所見(BUT,角結膜上皮障害スコア, 右眼左眼ジクアス切替前ジクアス切替6カ月後図4BUT短縮型ドライアイに対するジクアス点眼薬の効果49歳,女性.主訴は異物感(DEQSサマリースコア:51.7点),平均BUTは左右とも0秒でスポットブレークを示し,角結膜上皮障害は認められなかった.両眼に人工涙液点眼薬を5~10回/日,0.1%ヒアルロン酸点眼薬を4~6回/日を行っていたが改善しないため,ジクアス点眼薬両眼6回/日に切り替えて経過をみたところ,切り替え1カ月目から自覚的に改善しはじめ,その後も点眼コンプライアンスは良好のまま,切り替え6カ月目において,平均BUTは右眼2.0秒,左眼3.3秒に延長し,DEQSサマリースコア:35.0点に改善した.※DEQS:DryEye-RelatedQuality-of-LifeScorequestionnaire.ドライアイ症状を目の症状6項目と日常生活に関する9項目について,それぞれの症状の頻度と程度を0~4点でスコア化し,サマリースコア(0:もっともよい~100:もっとも悪い)として算出することができる.(SakaneY,etal:JAMAOphthalmol131:1331-1338,2013) 右眼左眼ジクアス投与前ジクアスムコスタ併用6カ月後図5上輪部角結膜炎(SLK)に対するジクアス点眼薬の効果31歳,女性.主訴は異物感,ムコスタ点眼液と0.1%ベタメタゾン点眼薬を投与されていたが,SLKのgrade(1~3)は右眼3,左眼2,平均BUTは両眼とも1.0秒であった.ムコスタ点眼液を中止してジクアス点眼薬に切り替えたところ,切り替え後2カ月目までは改善していたが,3カ月目から再び悪化してきたため,ムコスタ点眼液を併用したところ,SLKは改善し始め,併用6カ月後の時点では,平均BUTは両眼とも5秒以上に延長し,SLKは消失した. あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015941(19)感,まぶたが重い,眼痛,かすみ,眼疲労感,眼不快感および合計スコア)が全経過中を通して有意に改善する一方,眼脂と流涙には有意な改善はなかった36).実臨床における多数例での検討では,ドライアイ患者3,196例に対して,ジクアス点眼薬を1日4~6回で2カ月間投与した場合,BUT,角結膜上皮障害,自覚症状(合計スコア)が投与1~2カ月後で有意に改善し,治療パターン(ジクアス点眼薬単独,ヒアルロン酸点眼薬にジクアス点眼薬を追加,ヒアルロン酸点眼薬からジクアス点眼薬への切替など)にかかわらず有効であり,ジクアス点眼薬を使用した76%の症例において自覚的な改善が得られた37).IIIジクアス点眼薬の安全性これまでの報告をまとめて安全性について検討したところ,655例中155例(23.7%)において何らかの副作用が認められた38).おもなものは,眼刺激感(6.7%),眼脂(4.7%),充血(3.7%),眼痛(2.7%),眼.痒感(2.4%),異物感(2.1%),眼不快感(1.1%)であった.重篤な副作用はなく,点眼の継続は可能であり,点眼継続中あるいは研究期間中または終了後に消失した.とくに眼刺激感と眼痛については,52%で点眼初日または翌日に発現するが,点眼を継続した状態でも47%は7日以内,79%は28日以内に消失した.また,最近公表(2015年6月)された使用成績調査(期間:2011年1月~2013年6月)によると,解析対象症例3,810例(観察期間:2カ月間)中202例(6.32%)に副作用が認められ,おもなものは,眼脂(0.94%),眼刺激感(0.94%),眼痛(0.69%),流涙増加(0.63%),眼瞼炎(0.59%),眼.痒感(0.44%),異物感(0.38%)であり,副作用出現までの日数(中央値)は,眼脂:30.5日,眼刺激感・眼痛:8.5日,流涙増加:22.0日であった.実臨床における副作用出現頻度は,前述の研究ベースの出現頻度よりも下回った結果となっているが,この理由としては,実臨床での点眼回数のばらつき,種々の併用薬使用などさまざまな要因が考えられる.おわりにジクアス点眼薬の薬理作用,有効性,安全性について述べた.P2Y2受容体アゴニストである本剤は,基礎研究では,水分分泌作用,分泌型ムチン分泌作用,膜結合型ムチン発現作用に対するエビデンスがあり,また,臨床研究では,基礎研究でのエビデンスをもとに,さまざまなタイプのドライアイへの有効性,安全性が明らかにされつつある.欧米では,ドライアイのコアメカニズムに炎症が関与しているとの説が有力であるが,わが国では,ドライアイに対する数々の臨床知見から,涙液層安定性の低下こそがドライアイのコアメカニズムである,との考え方が確立されつつある39).最近では,このコアメカニズムである涙液層の安定性を改善させる治療概念TFOT(TearFilmOrientedTherapy),いわゆる涙液層別治療が提唱され40),ジクアス点眼薬もTFOTにおける重要な構成要員となっている.ドライアイの病態に則した薬理作用をもつジクアス点眼薬はドライアイ治療に大きな進歩をもたらせた.そして,今後未知なる薬理作用が解明されることによって,新たな治療応用の可能性がさらに期待できる点眼薬であると考えられる.文献1)島崎潤ほか(ドライアイ研究会):2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科24:181-184,20072)UchinoMetal:PrevalenceofdryeyediseaseamongJapanesevisualdisplayterminalusers.Ophthalmology115:1982-1988,20083)PendergastW,YerxaBR,DouglassJG3rdetal:SynthesisandP2Yreceptoractivityofaseriesofuridinedinucleo-side5’-polyphosphates.BioorgMedChemLett11:157-160,20014)JumblattJE,JumblattMM:RegulationofocularmucinsecretionbyP2Y2nucleotidereceptorsinrabbitandhumanconjunctiva.ExpEyeRes67:341-346,19985)FujiharaT,MurakamiT,NaganoTetal:INS365sup-presseslossofcornealepithelialintegritybysecretionofmucin-likeglycoproteininarabbitshort-termdryeyemodel.JOculPharmacolTher18:363-370,20026)FujiharaT,MurakamiT,FujitaHetal:ImprovementofcornealbarrierfunctionbytheP2Y2agonistINS365inaratdryeyemodel.InvestOphthalmolVisSci42:96-100,20017)渡辺仁:ムチン層の障害とその治療.あたらしい眼科14:1647-1633,19978)ArguesoP,BalaramM,Spurr-MichaudSetal:DecreasedlevelsofthegobletcellmucinMUC5ACintearsofpatientswithSjogrensyndrome.InvestOphthal-molVisSci43:1004-1011,2002 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