‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

次世代のレーザー

2014年6月30日 月曜日

特集●眼科治療用レーザーの知識アップデートあたらしい眼科31(6):833.835,2014特集●眼科治療用レーザーの知識アップデートあたらしい眼科31(6):833.835,2014次世代のレーザーLasertobeAppliedtoMedicalField米谷新*はじめに1960年にルビーの結晶からレーザー光が発振して以来,多様,多種類のレーザー光が眼科臨床に導入されていている.われわれに馴染みの深い光凝固の光源だけでも今までに,アルゴンレーザーから始まって,クリプトンレーザー,色素レーザー,倍周波数YAGレーザー,半導体レーザーなど,実に多彩なレーザーの臨床応用がなされてきている.それぞれのレーザー光源の特性を最大限に活かし,組織損傷を最小限に抑え,最大の効果を上げようという臨床医の理想と意欲がそこにはあったと理解している.透明組織をもつ器官を診療対象とするという特殊性もあるが,この光凝固へのレーザー応用の歴史があり,眼科臨床医は他科の臨床に比べレーザーの臨床応用に対してより抵抗がないように思われる.この意欲は,臨床を発展させるためにはとても大切だが,一方,新しく開発されたレーザー装置を無抵抗に受け入れてしまうという反面を持ち合わせる.眼科臨床医は,物理学者でないので理論を熟知する必要はないし,それは無理な要求である.しかし,新しいレーザーをただ頭から信奉するのではなく,批評的な眼を併せ持って評価するべきである.その実例として一つの歴史的事実を紹介することにより,臨床応用されるレーザーとはどう有るべきかを検証することが未来のレーザー装置開発につながるものと考える.INd:YAGレーザーの事例から考えるNd:YAGレーザーの眼科臨床への応用は,ある意味衝撃的であった.というのは,それまでレーザー治療といえば光凝固術だけであり,レーザーの熱作用以外の可能性を初めて眼科臨床に紹介されたのがYAGレーザーなのである.YAGレーザーでは,空気中の焦点の大きさ約30μmの光をコンタクトレンズでさらに小さくして集光し,エネルギーを凝集させることにより短時間に局所温度が6,000度以上に上昇させるとプラズマを生ずる.これがオプティカルブレイクダウンという現象である(図1).プラズマの発生図1オプティカルブレイクダウンの瞬間を捉えた写真*ShinYoneya:埼玉医科大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕米谷新:〒350-0495埼玉県入間郡毛呂山町毛呂本郷38埼玉医科大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(59)833 このとき音響波が生じて,組織切開が得られる.この音響波が大き過ぎると,周囲組織への影響が大きくなる.しかし,非観血的に眼内の組織を切断する治療方法は,このレーザーが登場した1980年の中頃では画期的なものであった.IIQ.スイッチとモードロックYAGレーザー:レーザーの発振時間レーザーの物理特性として1.可干渉性2.高指向性3.単色性4.高出力を挙げることができるが,これ以外に,レーザー光の大きな特性として,発振モードの選択を挙げることができる.通常の連続発振の光は1秒間に30万キロメートルのスピードで飛んで行くのに対して,発振モードを選択することにより光を切り刻むことができるのである.YAGレーザーでも,それを発振,照射する方法として,Q-スイッチとモードロック方式があった.治療装置として,両者が過去において上梓されたことがある.現在は,Q-スイッチのみが種々の事情により臨床で使われている.この事情は後の述べることとする.Mode-lockedNd:YAGLaser媒体:水Q-スイッチでは,照射時間はナノ秒の単位であるのに対して,モードロックではピコ秒の単位であり千分の一Q-スイッチよりも短いのである.1ピコ秒に光は30μmしか飛ばないが,1ナノ秒では30mmの光が飛ぶことになる.この物理特性の違いは,臨床効果の差になって表れ,Q-スイッチでのプラズマ形成は大きく,それに伴う衝撃波もモードロックに比べ大きいものと計測される(図2).この時間差は熱伝導の差としても観察され,Q-スイッチでは周囲組織への熱作用が否定できないレベルとなる.治療レーザーとしては,モードロックヤグレーザーがより安全といえるが,臨床導入された時点での問題点は,装置が大型であり高価であったことである.III検査および治療装置の光源として期待されるレーザー光源治療,検査にはその目的にあった波長を決めなくてはいけない.そして,レーザー光は可干渉性が高いとはいっても,揺らぎがあり必ずしも安定した光ではない.その一つの例がレーザースペックルである.一方,モードロック方式ではこの揺らぎはなくなり,安定した可干渉性が得られる.そして,フェムトセカンドの発振では熱伝導はなくなり,照射された部位のみが反応することになる.Q-swichNd:YAGLaser媒体:水4.0mJ3.4mJCAL.1mmHgCAL.10mmHg2.8±0.2mmHg(N=10)6.6±0.7mmHg(N=8)図2衝撃波の圧測定結果で,Q-スイッチによる衝撃波圧はモードロックのそれに比べ3倍程大きく測定される.834あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014(60) したがって,これからの医療機器に期待される理想的なレーザー光源のキーワードは,モードロック方式でありフェムトセカンドということになる.IVレーザー応用の可能性最高レベルに調整されたレーザーであれば,レーザーの波長を選択することによりその医学・生物学的な応用だけでなくあらゆる分野での発展が期待される.その一つの例として軟X線レーザーを挙げることができる.結論だけを述べれば,このレーザー技術の完成により,細胞膜の分子構造などの解析が可能となる.まさに,ポストゲノムの技術なのである.もう一つレーザー技術の臨床応用としてわかりやすい例として,癌の治療器がある.現在,最先端癌治療法して重粒子線による治療がある.この装置は,大型であるだけでなく放射線を発生させるため,その装置の設置には広い土地と,その周囲を土塁で囲む必要がある.しかし,レーザー技術を使うことにより小型化され,しかも,この重粒子線照射による放射能の発生を最小限に抑えることが可能となる.レーザー技術の医療,生物分野への応用の未来について,一端を紹介したが,まさに近未来の臨床医学を大きく変貌させる潜在的力をもっているのがレーザーであり,その技術であることを強調しておきたい.(61)あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014835

炭酸ガスレーザー

2014年6月30日 月曜日

特集●眼科治療用レーザーの知識アップデートあたらしい眼科31(6):827.832,2014特集●眼科治療用レーザーの知識アップデートあたらしい眼科31(6):827.832,2014炭酸ガスレーザーPracticalGuidetoCO2LaserforOphthalmologist中内一揚*はじめに炭酸ガスレーザーは眼科医になじみの深いレーザーである.他に外科,形成外科,皮膚科,産婦人科領域などで使われており,小手術に多用されている.その理由は比較的安価でかつ小型であり,日常診療で多く遭遇する皮膚の上皮系小病変を無血に近い状態で手術することができるからである.本稿では,眼瞼下垂手術と眼瞼周囲の手術利用について述べる.I総論炭酸ガスレーザーは,1964年に初めて発振され,医療目的にも使用しうる高出力レーザーは1968年にPatelによって開発された.Maimanによる世界初のルビーレーザーの発振成功が1960年であるので,比較的歴史の古いレーザーであるといえる1).炭酸ガスレーザーはボンベ(現在はレーザーチューブ)の中に封入された炭酸ガスを励起して発振させる気体レーザーである.波長は10,600nmの長波長で,可視光ではないため,ガイドビームとして半導体レーザーやHe-Neレーザーなどの赤色光がつけられていることが多い.最近では偏光フィルターを利用した緑色のものもある.また,ガイドビームを同軸で出すためには,反射板を利用してレーザーをプローブ先端まで送る必要があり,アームがカニ足のような多関節となっているのが特徴的である.ファイバープローブの製品もあるが,レーザー光が無色のため眼瞼皮膚切開には向かない.炭酸ガスレーザーは,水に高い吸光度を示し組織内の水分に吸収され,温度は最大1,500℃に達するため,照射された組織は一瞬で蒸散される.また,直径0.5mm以下の血管断端を瞬時に凝固するため,理論的にはほとんど出血することなく皮膚切開が可能である.そこで外科用メスとしての使用が期待されたが,残念ながらある程度以上の太い血管は止血できず,用途は限られてしまった.現在では,外科系では皮膚小腫瘍の切除に威力を発揮している.また,産婦人科では子宮頸部の上皮切除に使用されている.眼科では眼瞼下垂手術に使用すると,とくにMuller筋タッキング手術においては,ほとんど無血に近い手術が可能であることから,広く使われている.ただし,挙筋腱膜前転術や,挙筋短縮術などに使用するには,出血や微妙な切開の深さをコントロールすることがむずかしいために炭酸ガスレーザーのみでの手術はむずかしくなる.ここで現在眼科用に販売されている炭酸ガスレーザーのおもな機種の比較表を示す(表1).効率よく皮膚切開手術を行うためには,スーパーパルス(ユニパルス)が必要である.CW(continuouswave)のみでは,凝固は可能だが切開には向かない.切開に必要なワット数は通常2.4Wで,10W以上のパワーは必要ない.電源はすべて100Vに対応している.価格帯はすこし開きがあるが,美容形成に使われるscanner(fractional)機能がついているものが600万円台,ないものは400.500万円台となっている.*KazuakiNakauchi:兵庫医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕中内一揚:〒663-8501西宮市武庫川町1-1兵庫医科大学眼科学講座0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(53)827 表1炭酸ガスレーザー比較表製品名アキュパルス30WユニパルスCOL-1015レザリー15ZレザックCo2-25製造販売元日本ルミナスニデックエムエムアンドニークレザック波長10.6μm10.6μm10.6μm10.6μm出力モード連続(CW)スーパーパルス(SP)パルサー(P)連続(CW)UNIPULSEIUNIPULSEII連続(CW)スーパーパルス(SP)連続(CW)スーパーパルス(SP)ガイド光緑出力CW:1.0.30WSP:0.5.10WP:1.0.25WCW:1.0.15WUNIPULSEI:1.0.10WUNIPULSEII:1.0.10WCW:1.0.15WSP:1.0.7WCW:0.5.25WSP:0.5.10Wスキャナーありありなしなし電源100V,50/60Hz100V,50/60Hz100V,50/60Hz100V,50/60HzII眼瞼下垂手術への利用ここでなぜMuller筋タッキングならば炭酸ガスレーザーを有効に使用できるのか,以下に手技を振り返りながら要点をまとめてみる2).1.皮膚切開(図1)この作業は,炭酸ガスレーザーの最も得意とするところである.スーパーパルスならば,2W程度の出力で出血を起こさず皮膚を1mm程度の深さまで切ることができる.眼瞼は血管の豊富な組織であるが,瞼縁の血管径は0.5mmより細いことがほとんどである.皮膚弛緩が合併しているときは,やや上方まで皮膚切除を必要とするため出血を起こすことがあるが,たいがい耳側で太めの血管からである.この場合は,モスキートなど先細のペアンで出血点をつまみ,その周囲をレーザー凝固することで止血できる.その意味でも眼瞼縁切開というのが条件に合っており,眉毛下や眉毛上の切開では,炭酸ガスレーザーのみだと止血はむずかしい.しばしば,極端に眼瞼の厚みが薄い人も存在するので,照射時は角膜上に角板あるいは保護シールドをかぶせて,レーザーが貫通しないように気をつける.2.瞼板の露出(図2)皮膚切開が終了すると眼輪筋が見える.さらに瞼板上の結合組織を瞼板が露出するまで切開する.ほとんど出828あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014血はみられない.瞼板は硬く,深目に切開が入っても,そこで止まる.3.Muller筋の露出(図3)Muller筋を探すには牽引が大切である.4-0シルクを使って,上下に眼瞼を牽引・展開する.とくに,下方(足側)へ瞼縁の牽引をすることで,瞼板に連続するMuller筋(血管が入っている赤色の組織)がきれいに確認できる.その上にある挙筋腱膜の足(結合組織)をレーザーで切開すると,真っ白な挙筋腱膜の裏側が確認できる.Muller筋にはできるだけ当たらないように,腱膜をさらにレーザーで.ぎ上がる.4.Muller筋のタッキング(図4,5)引き上げたい量の約3倍をキャリパーで計測する(軽症で6.7mm,中等度で8.9mm,重度で10mm以上が目安).瞼板とMuller筋の移行部から牽引糸で引っ張った状態で計測して,筋上にマーキングする.つぎに瞼板上に縫いつける点をマークする.6-0ポリゾーブRで3糸縫縮する.開瞼させて開き方を確認する.できれば座位にして確認するほうがよい.この方法では,挙筋腱膜の前面を見ないので,眼窩隔膜を開けることもない.よって,挙筋前転や短縮法より作業が一段階以上少なくて済む.これが,出血を苦手とする多くの眼科医に好まれている理由である.もちろん,Muller筋の菲薄化している症例や,術前(54) 図1皮膚切開および切除マーキング部分の皮膚切開が終了し,皮膚を引き上げるようにして皮膚背面の眼輪筋を切開している.ガイド光は赤色.図3Muller筋の露出切開した瞼板上組織の下端をめくり上げるようにして,瞼板に連続するMuller筋を露出する.Muller筋の前面は挙筋腱膜と接している.挙筋腱膜の白い反射を見ながら約10mm.ぎ上がる.から挙筋能が明らかに悪い症例では再発が起きたり,改善がみられないこともあるので,その場合には腱膜前転や挙筋短縮を施行するようにしている.最後に開瞼を確認し皮膚縫合をして手術を終了する(図6).ここで,最近の炭酸ガスレーザーが進歩した点につい(55)図2瞼板の露出創を4-0シルクで上下に展開したのち,眼輪筋とその下の結合組織を瞼板が露出するまで切開する.牽引することで止血効果も生まれる.て記しておく.眼科医は顕微鏡下で手術を行うことがほとんどであり,すなわち強拡大で手術をしている.その視野で見ると,炭酸ガスレーザーによる切開創というのは,組織蒸散によるギザギザの小裂創の集簇となる.また,辺縁が炭化して皮膚縫合を行った後も,メス切開に比べて上皮化が遅れることが多かった.初期のレーザーではこの点が気になり,筆者はあまり使用していなかったのだが,最近のスーパーパルス(ユニパルス)発振では,小裂創のギザギザが微分的に小さくなり,顕微鏡下でも直線のように見えるようになった.かつ辺縁の炭化も格段に少なくなったために,現状ではエルマンなどの高周波メスと変わらない切れ味を呈するようになった.また,切開時の止血作用は高周波メスよりも強いために止血に費やされる時間を短くすることができる.あとは,直線的なハンドピースの作りが問題である.もう少し柔軟な作りになると,微妙な曲線が引きやすくなり,切開の深さの微調整もできるようになると考える.III眼瞼周囲の腫瘤切除への応用世に出ている数多くの美容形成あるいはエステ美容などの宣伝を見ていると,切らずに治すという謳い文句がみられる.このなかには炭酸ガスレーザーを使用したシあたらしい眼科Vol.31,No.6,2014829 図4Muller筋のタッキング瞼板の上端より8mmのところにマーキングして瞼板とMuller筋とをマットレス縫合でタッキングする(6-0ポリゾーブR使用).図6手術終了時皮膚縫合は7-0プロリン糸で行っている.全行程を通して,止血器具を使わずにレーザープローブのみで手術を行うことができる.ミ取り・若返りなども含まれているのだが(図7),一般に効果のあるレーザーほど術後のダウンタイムが大きくなる.打ったあとを乾燥させたり,ほったらかしにしておくと,色素沈着や陥凹形成を起こして,打つ前よりも汚くなってしまうことが多い.眼科医は,この部分のケアを専門的には学んでいないので,スキャナーモード付き炭酸ガスレーザーを持ってはいても,宝の持ちぐされ830あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014図5中央,耳側,鼻側の3本のタッキング糸をかけ終わったところ牽引糸を緩めているが,ほとんど出血はない.図7おでこのリサーフェシングを行っているところ(ガイド光は緑)眼にはカバーがつけられていることに注目.1回の施行で200.300発は当てている.当てた部分はクーリングを行い,その後乾燥しないようにハイドロコロイド製剤を貼布するとよい.痂疲形成が起こったのちに,2.3週間で新しい皮膚へと生まれ変わる.となっていることが多い.しかし,母斑や老人性疣贅の切除など,切り取ってしまうという作業には,術後のケアによって左右される部分が少ないために,十分に施術医としての期待に応えることができる.炭酸ガスレーザーの教科書としては,葛西の著書3)に詳しいが,眼科医が治療すべきまぶたを含んだ眼瞼周囲の疾患についていくつか紹介をさせていただく.(56) 1.瞼周囲の粉瘤(図8)粉瘤は軟らかい皮膚に好んで発生するため,眼瞼や眉毛周囲にも時々みられる.中味は垢のつまった袋である.皮膚側の角栓が取れて中味が露出していることもある.老人の皮膚は軟らかくかつ余っているために,目立たずそのままになっていることが多い.成長するので,指摘して本人または家人が気にする場合は切除適応としてよい.1%エピネフリン添加キシロカインR溶液を粉瘤の周囲に注射して5分ほど待つ.切開は,真ん中が破れている場合はその切開を広げる方向に置く.破れていない場合は,外から触れる大きさの約8割程度の長径の紡錘形の切開を粉瘤の直上に置く.中の袋をできるだけ破らないように袋の外側を皮下と分離して取り出す.破れた場合には鋭匙などを使用してもよい.中身が明らかに垢ではない場合,病理検査に提出する切開創が大きい場合,7-0ナイロン糸で1.2針縫合する.2.母斑(ほくろ)(図9)眼瞼の母斑は目立つものである.明らかに母斑が疑われる場合(均一な色調と境界の鮮明さを強拡大で確認),切除希望があれば切除してよいと考える.切除時には角板あるいはシールドを使用する.母斑細胞は皮下にも及んでいる.眼瞼皮膚の母斑は,眼輪筋の層まで食い込むように切除する必要がある.しかし,眼瞼縁母斑は瞼板に及ぶ切除をすると眼瞼縁の変形を起こすので,全部はとれなくてもよいので浅目の切除を心がける.瞼板を含む切除が予測される場合は,かならず事前に,「術後に目の形が変わります.少し変形が残ります」と説明しておく.切除した標本はできるだけ病理検査に提出するほうがよい.3.黄色腫(図10)黄色腫は皮膚切除で取り除くと,一旦は改善する.しかし再発した場合,余分の皮膚がなくなっているので,再切除ができなくなる.これをレーザーを使用して表面の黄色腫の部分のみ削り取ることができれば,最善の治療になると考える.眼輪筋を残すように表面の黄色腫のみを削る.少し残ってもよい.削り終わった後は,湿潤環境において(タリビット眼軟膏を一日3回塗布しても(57)図8眼瞼周囲の粉瘤切除粉瘤は中の袋を破らずに取り出せたら満点.破れてしまっても,霰粒腫を取り出す要領で鋭匙などで内容物を摘出すればよい.袋を取り残すと再発することがある.〔文献3)より転載〕らうだけでよい)1週間もすればほとんど上皮化する.黄色腫が再発するまでは通常数年かかるので,その場合には再度削ってやればよい.あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014831 図9眼瞼縁の母斑黒子を完全に取りきろうとするとむずかしい.ボリュームを減らすイメージで切除する.〔文献3)より転載〕おわりに敬愛している萬井先生を筆頭に本来は眼科医が手術を施行すべき眼瞼周囲にも,形成外科医の手が及んでいるのが現状である.炭酸ガスレーザーをお持ちの先生,または購入を考えておられる先生に眼瞼下垂以外にも利用法があることを周知したいと思い執筆した.今後の参考にしていただければ幸いである.文献1)青木律,百束比古:炭酸ガスレーザー.レーザー治療:最近の進歩(波利井清紀,谷野隆三郎編),改訂第2版p30-36,克誠堂出版,20042)三村治:炭酸ガスレーザー(CO2レーザー)手術装置を用いた眼瞼手術.眼科診療のコツと落とし穴2手術─後眼部・眼窩・付属器(樋田哲夫,江口秀一郎編),p18,中山書店,20083)葛西健一郎,酒井めぐみ,山村有美:炭酸ガスレーザー治療入門─美容皮膚科医・形成外科医のために,p44-45,p82-83,p88-89,文光堂,2008832あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014(58)図10眼瞼黄色腫大きなものは皮膚ごと切除すると皮膚がよらないことがある.表面のみ切除を心がけると目立たなくなる.〔文献3)より転載〕

フェムトセカンドレーザーによる白内障手術

2014年6月30日 月曜日

特集●眼科治療用レーザーの知識アップデートあたらしい眼科31(6):819.825,2014特集●眼科治療用レーザーの知識アップデートあたらしい眼科31(6):819.825,2014フェムトセカンドレーザーによる白内障手術FemtosecondLaser-AssistedCataractSurgery平沢学*,**ビッセン宮島弘子*はじめに白内障手術は,この20年の間に水晶体.内摘出術から.外摘出術を経て超音波乳化吸引術となり,さらに縫合不要の小切開手術の普及によって,より安全で確実な手術となった.現在の白内障手術手技はほぼ完成形といっても過言ではないが,より低侵襲で優れた術式について模索されている.本稿ではそのうちの試みの一つとして,フェムトセカンドレーザーを用いた白内障手術(以下,フェムトセカンドレーザー白内障手術)の概要と将来の展望について述べる.現時点においては,わが国で導入している施設は多くはないものの先進国をはじめとする諸外国では普及しつつあり,技術の進歩と経済面での問題がクリアできればわが国でも広まっていくものと予想される.Iフェムトセカンドレーザーの原理と眼科手術への応用昨今の眼科臨床において,レーザーを用いた治療は欠かせないものとなっている.眼科で用いられるレーザーは大きく分けて3つの原理,すなわち①光凝固(photocoagulation),②光切断(photodisruption),③光切除(photoablation)のいずれかを利用している1).それぞれの原理について簡単に述べると,①光凝固の原理は,レーザー光を組織に吸収させ,発生する熱によって組織を凝固させるというものであり,アルゴンレーザー,クリプトンレーザーともに500nm前後の可視光を用いている.眼科臨床では網膜光凝固などに用いられている.②光切断の原理は,レーザーを集光・照射して集光点にプラズマを発生させ,その衝撃波による破壊作用で組織を切断するものであり,Nd:YAGレーザーは1,064nmの波長である.眼科臨床ではおもに後発白内障切開に用いられている.③光切除の原理は,紫外光を組織に吸収させ,蛋白質の分子間結合を解離させて除去するものである.眼科臨床ではおもにエキシマレーザー屈折矯正手術に用いられている.フェムトセカンドレーザー白内障手術で用いるレーザーは上記のうち,光切断の原理を用いている.フェムトセカンドレーザーは,フェムト秒(1フェムト秒は10.15秒=1,000兆分の1秒)単位の超短パルスの赤外線レーザー光を連続照射することで,照射部位を光切断する2).レーザーの強度はI(レーザー強度)=E(パルスエネルギー)/S(ビームスポットの面積)T(レーザパルスの時間幅)の数式で表すことができるが,パルス時間が超短時間であるフェムトセカンドレーザーでは高出力が得られる.狭い領域に高出力レーザーを照射すると,ほとんどの物質は蒸散する.照射部位を連続照射し,走査することによって,組織を任意の形状に切断できるため,フェムトセカンドレーザーの技術は機械の微細加工や穿孔,切削の有力な道具に用いられ,やがて眼科においては高い精度が要求される屈折矯正手術,そして白内*ManabuHirasawaandHirokoBissenMiyajima:東京歯科大学水道橋病院眼科**ManabuHirasawa:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕平沢学:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(45)819 障手術に応用されるに至った.IIフェムトセカンドレーザー機器の特徴と各社の違い1.角膜屈折矯正手術と白内障手術に用いるフェムトセカンドレーザーの比較従来の角膜屈折矯正手術に用いるレーザーと水晶体再建術に用いるレーザーの最も大きな違いは,前者ではアプラネーションコーンにて圧平することで,角膜を均一な組織と近似して扱うのに対し,後者では前房深度や水晶体厚を症例ごとに測定し,設定することである3).フェムトセカンドレーザーを用いて安全かつ正確に眼組織に照射するためには,角膜の形状を大きく変形させない接眼器具(patientinterface:PI)を装着し,前眼部画像解析装置によって形状を把握する必要がある.現在,わが国で用いられているフェムトセカンドレーザー白内障手術装置には,すべて前眼部画像解析装置が付属されている.角膜から水晶体にかけて正確な照射を行うためには,水晶体後面まで測定する必要があり,前眼部画像解析のスキャン幅は角膜屈折矯正手術での1mmに比べ,フェムトセカンドレーザー白内障手術では8mmと深くなっている.また,水晶体へのレーザー照射は角膜へのレーザーに比べてスポットサイズが大きくなってしまう.先に述べたように,レーザー強度はI=E(パルスエネルギー)/S(ビームスポットの面積)T(レーザパルスの時間幅)で表されるため,Sが大きくなるぶん,Eを大きくする必要があり,高出力となる(角膜1μJ→水晶体8.15μJ).レーザーが高出力に耐えられるように,レーザーの反復は小さく設定されている(角膜60.250kHz→水晶体33.80kHz).2.各社フェムトセカンドレーザーの特徴平成26年2月現在,フェムトセカンドレーザー白内障手術用のレーザー装置は,LenSxR(アルコン社),CatalysR(Abbott社),VICTUSR(ボシュロム社)LensARR(LensAR社)の4機種が販売されている.現(,)時点ではいずれの機器も国内未承認だが,欧米のみならずアジア太平洋地域でも急速に普及している.各機種の820あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014特徴について以下に述べる.a.Patientinterface(PI)PIはレーザー各機種によって異なるが,それぞれに独自の工夫がみられる.大きく接触型と非接触型の2つに分けられる.接触型はPIが直接眼球に触れることで,照射装置と眼球との間に空気を入れないようにしており,LenSxRとVICTUSRが採用している.LenSxRのPIは器具が1ピースなので,操作が非常に簡便という利点がある.初期型は圧迫により角膜に襞が形成され,照射不良の合併症がみられたが,SoftFitTMとよばれる眼球接触面にソフトコンタクトレンズを併用することで,その合併症はほぼ解消された.非接触型は,CatalysRとLensARRが採用している.PIの組み立てがやや煩雑ではあるが,角膜を変形させないという利点がある.各社の現行のPIは直径が大きいため,瞼裂幅が狭い日本人ではセッティングが困難となる場合があり,日本における普及には,各社ともさらなるPIの改善が不可欠であろう.b.前眼部画像解析前眼部画像についてはほとんどの機器で前眼部OCT(opticalcoherencetomography)を用いているのに対して,LensARRはOCTではなくシャインプルーフカメラを用いている.ただし,シャインプルーフの原理から被写体の歪みや誤差が生じる可能性は否めない.また,LensARRの後.像は実測値ではなく,あくまでも前.像の解析から得られたシミュレーション像であり,安全性については確実ではない.c.切開パターン各社とも前.切開および水晶体切開のパターンを考案している.当然ながら,細かい切開であるほど,その後の水晶体吸引時に超音波エネルギーが少なくて済む一方,レーザー照射時間がかかり,患眼が動いてしまうと合併症のもととなる.今後,症例の蓄積によって,新しい水晶体および角膜の切開パターンが考案されていくであろう.なお,角膜乱視軽減目的の角膜切開追加プログラムもある.従来の角膜屈折矯正手術におけるlimbalrelaxingincision(LRI)と類似した形状でやや角膜中心(46) 寄りのarcuateincisionとよばれるもので,従来のLRIやastigmatickeratotomy(AK)とは短期的および長期的効果が異なることが予想され,今後ノモグラムが改訂されていくであろう.d.設置条件その他,留意すべきは温度・湿度管理である.CatalysRは常温での管理が可能であることを強みとしているが,その他の機器については,高温多湿によるレーザー発信装置の動作不良や結露を避けるためにおおむね20℃前後,50%以下の温度・湿度管理を要する.e.承認状況承認については各機種とも米国食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)の承認もしくはEUにおいてCEマークを取得している.いずれの機器も現時点では日本国内では未承認であるため,倫理委員会での承認を経た後に患者に対して十分な説明を行い,同意を得てから手術を施行する必要がある.IIIフェムトセカンドレーザー白内障手術の適応1.適応・禁忌フェムトセカンドレーザー白内障手術を実施するためには,透明な角膜と前.切開を施行するのに十分な散瞳径が得られる必要がある.すなわち5mm以下の散瞳不良例や瞳孔偏位例,および角膜混濁例は,現在のところ不適応となる.角膜切開は,老人環や血管の影響で不完全となる症例があるため,上方切開でのprimaryincision(主切開)や右眼の耳側切開でのsecondaryincision(サイドポート切開)の際には,中心よりの透明角膜に照射部位を設定しておく必要がある.進行している緑内障例では圧平と吸引による眼圧上昇4)のために視神経障害が進行する恐れがあり,適応については慎重に判断する.また,非協力的または極度に緊張している患者は,眼球の動きによってPI固定が外れる危険性があるので,十分に注意すべきであろう.その他,現在使用されているPIの眼球接触部の直径が大きいので,瞼裂幅が小さい症例は挿入できず,外嘴切開(カントトミー)を要することがある5).(47)2.費用負担および倫理的配慮日本においては,本術式を行う場合の手術費および手術に関連する諸検査や投薬については自費診療となる.高価なレーザー購入,手術室の改修および温度・湿度管理など初期投資がかかるので医師や経営者がビジネスプランをもち,手術料と諸費用を設定することが重要であろう6).導入初期では経済面に加え,レーザーに関する操作部分で時間を要するため,手術時間にゆとりをもって臨むことが好ましい.また,品質を保つためにレーザーの保守点検は必須で,これにも費用がかかるので予算に加えておく必要がある.レーザー白内障装置は国内未承認であるため,倫理委員会での承認を経た後に患者に対して十分な説明を行い,同意を得てから手術を施行するのが望ましい.この手術を希望する患者は,割高な手術費用を払うぶん,非常に良好な視力予後を期待するのは当然であり,患者の性格や,白内障以外に視力に影響する眼疾患の鑑別・除外を従来の白内障手術以上に慎重に見きわめる必要があることを付記しておく.IV手術の実際1.術前準備とレーザー照射本項では筆者らの施設で用いているLenSxRによるフェムトセカンドレーザー白内障手術の手順を紹介する.手術を行うためには術者の他に,レーザー機器を動かすシステムオペレーターが必須である(一般的には臨床工学技士か視能訓練士ないし眼科医が対応するのが妥当であろう).まず,術前に手術患者のデータ(角膜切開位置・前.切開径)を入力しておく.なお,手術患者にPIをドッキングした後にもデータの変更は可能である.患者に点眼麻酔,洗眼を行った後に開瞼器を装着,眼球を水平に保った状態でPIをゆっくりと下げ,角膜中央とPIの中心が合うように水平にドッキングする(図1A).この際に,フェムトセカンドレーザー装置の画面には術眼のビデオマイクロスコープ画面上に目標の位置などがオーバーレイ表示される(図1B).センタリングや切開創位置などを決め,次に前眼部OCTスキャンをあたらしい眼科Vol.31,No.6,2014821 ABCDABCD図1フェムトセカンドレーザーによる切開の手術A:矢頭で示すのがLenSxRのPI.B:矢頭で示すのが切開目標位置.C:矢頭で示すのが照射幅.D:矢頭で示すのがレーザー照射にて切開された水晶体前..行う.ここで前.切開のための照射幅,角膜切開創の深さ,角度のデータを最終確認・決定する(図1C).後は術者がフットスイッチを押し続けることでレーザー照射がプログラムどおりに遂行される(図1D).前.切開→核破砕→必要に応じて乱視矯正用の角膜減張切開(arcuateincision)→角膜切開創作製をすべて完了するために20.30秒程度を要する.レーザー実施後は作製された角膜切開創からの超音波乳化吸引術となるが,現時点ではフェムトセカンドレーザー装置と超音波装置が一体化していないため,患者の移動を要する.海外では患眼を洗眼せずにフェムトセカンドレーザーを手術室の外で行ったのちに,手術室に移動して洗眼を行い,超音波乳化吸引術を施行することが多い.筆者らの施設では,手術室にレーザーが設置されており,洗眼後にレーザー,超音波乳化吸引術を実施している.822あたらしい眼科Vol.31,No.6,20142.手術の流れ現在一般的に行われている,角膜切開による水晶体再建術は,①角膜に2.2.2.4mm前後の主切開と,サイドポート切開を作製,②チストトームもしくは鑷子を用いて前.を円周状に切開,③hydrodissection,hydrodelineationを行い水晶体核・皮質を分層・分離,④超音波装置を用いて水晶体核を破砕,同時に吸引,⑤皮質吸引,⑥眼内レンズ挿入といった手順で行われるが,フェムトセカンド白内障手術では操作の順番が異なる(図2).レーザー終了後,①まず,角膜切開創(主切開,サイドポート)をスパーテルにて開き,粘弾性物質を前房内に満たす(図2A).②水晶体前.が全周切開されていることを確認する.疑いがある場合は,鑷子もしくはチストトームを用いて確認する.③続いてhydrodissectionおよびhydrodelineationを施行する.この際,.内にレーザー照射による気泡が貯留していると,注入された水圧で後.破損につながる危険性があるため留意する.④ついで水晶体吸引を超音波装置で行う.すでに核分割され(48) ABAB図2フェムトセカンドレーザー照射後の水晶体吸引ている場合には,核処理は従来の白内障手術に比べて容易となる(図2B).皮質吸引,眼内レンズ挿入は一般的な白内障手術と同様に行う.3.術中合併症a.PIセッティング不良フェムトセカンドレーザー白内障手術における合併症の多くは,PIをセッティングする際の眼球の傾きや,吸引が不十分に行われていたことに起因する.眼位が傾いていると,レーザー照射が不均一となり不完全切開になることがある.合併症については手技の習熟に伴って減少していく7).b.前.切開不全レーザー導入初期は,前.切開縁が切れ残っている場合があり,anteriorcapsulartagとよばれる,さかむけ状の前.縁が残存したり8),前.切開を続ける際に亀裂が入ることがあった.その後技術の改善が進んだことで,ほぼ全例にて完全な前.切開が可能となった.c.後.破.フェムトセカンドレーザー核破砕は後.から十分な距離をおいて行っているので,レーザーそのものによる後.破損ではなく,レーザーで生じた気泡が行き場を失って後.に回り,水圧をかけたときに後.破損を生じる症例が報告されている7).あらかじめプレチョッパーなどで,核を分割する際に前房側に気泡を逃す,気泡が後.側にある状態で勢いよく大量に眼内に水を入れないなどの工夫にて合併症を減らすことができる.海外の同一施設で実施したフェムトセカンドレーザー(49)白内障手術の合併症報告では,はじめの200症例に比べて,後の1,300症例のほうが明らかにレーザーに関連する周術期合併症が減少しており8),PI設定の習熟がラーニングカーブの向上につながると考えられる.Vフェムトセカンドレーザー白内障手術の予後これまでに報告されているフェムトセカンドレーザー白内障手術の術後成績を以下にまとめる.1.前.切開・眼内レンズ位置フェムトセカンドレーザー白内障手術の臨床成績について現時点で証明されている最も大きな利点は,水晶体前.切開が正確な場所に再現性をもって正確な大きさで作製できることである9).マニュアル白内障手術では技術に熟練した術者であっても,完全な正円に切開し眼内レンズ(intraocularlens:IOL)の辺縁を均等にカバーすることはきわめて困難である.正円で偏心が少ない前.切開は,多焦点IOLやトーリックIOLの利点をより発揮させるであろうと期待される10).また,フェムトセカンドレーザーで作製された前.切開は,マニュアルより亀裂が入りやすいのではと危惧されているが,より高い強度をもつとされている11).2.核分割破砕・超音波エネルギーフェムトセカンド白内障手術では,核破砕をある程度行った状態から水晶体を吸引するので超音波時間が短縮され12,13),累積エネルギーを削減できることが報告されている14).それらによって内皮細胞の減少率の低下につあたらしい眼科Vol.31,No.6,2014823 ながることが予想され15,16),より安全な手術が期待されている.今後,水晶体内照射パターンに関する研究が進むことが予測される.グリッド型の照射を行っておくことで超音波時間が軽減し,さらに超音波チップの形状をレーザー白内障手術用に改良,具体的には先端や吸引孔の大きさを変えることで,さらに核の吸引効率が上がり,多くの症例で超音波を用いず安全に手術ができたことが報告されている17).3.角膜切開先に述べたように,老人環の存在に留意する.従来のマニュアル白内障手術では老人環は合併症に直結しなかったが,フェムトセカンドレーザー角膜切開では老人環によって角膜切開が不十分となる症例がある.対処方法としては,予定切開創を角膜中央よりに移動させることだが,主切開部の皮質吸引が困難となり,眼内操作時にも角膜に皺が寄りやすくなるなどの欠点がある.フェムトセカンドレーザーの利点として,正確な角膜減張切開が可能であることも挙げられる.すでにいくつかのグループが角膜減張切開に関する学会報告を行っており,今後の症例の蓄積とさらなる解析が待たれる.4.視力予後これまでのいくつかの報告では,フェムトセカンドレーザー白内障手術と従来のマニュアル白内障手術との間に,術後視力において明らかな有意差は認めていない18,19).また,等価球面度数の誤差20)や高次収差21)などについても統計学的な有意差は認めなかった.従来の白内障手術がそれだけ完成されており,フェムトセカンドレーザー白内障手術がそれに劣らぬ手術成績を残している証拠ともいえる.今後,フェムトセカンドレーザーを用いた新しい切開創作製や,IOL技術の発展によって,異なる結果が生まれる可能性があり,今後も注目していきたい.5.その他術後眼内炎などの重篤な合併症については,現在のところマニュアルとの間に有意差を示した報告は認めない.接触型PIを使用する際には結膜を吸引するため,824あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014術後ほぼ全例で結膜下出血を生じるので,外見的な問題とはいえ,今後なんらかの解決策が望まれる.VI今後の課題点と展望現時点で,わが国でフェムトセカンドレーザー白内障手術が広く普及するためには2つの大きな課題があると思われる.1つ目は技術的な課題である.手術のすべてをフェムトセカンドレーザーで完遂できるわけではなく,従来の超音波水晶体吸引装置が必要であり,フェムトセカンドレーザー装置と超音波装置が一体化されていないため,それぞれの手技の際に患者の移動が必要である.これは患者用椅子の改良やレーザー装置と超音波装置の一体化によって解決可能と考えられる.つぎに,現在のPIは欧米人向けに作られており,瞼裂幅の狭い日本人に適しているとは言い難い.PIのセッティングの際に生じた位置ずれや傾き,ないしそれに伴うPIの吸引外れ(suctionbreak)によって手術の合併症が増加することを考えると,PIの改良は今後の普及に必須であり,さらなる開発が望まれる.また,レーザーによる切開は正確性・再現性は高いものの,熟練術者が従来の白内障手術を執刀するよりやや時間を要するのが現状である.照射プログラムの改善による時間短縮化や,従来の手術では作製不可能な新しい切開創デザイン,より小切開で挿入できるIOLなど,フェムトセカンドレーザーを用いてのみ実施できる真のプレミアム白内障手術のステージに進むことが今後の課題と思われ,その際には前述したフェムトセカンドレーザーによるデメリットを減らすように努めるべきであろう.2つ目は経済的な課題である.2013年現在,わが国では白内障用フェムトセカンドレーザーは承認されておらず,高額な自費診療での手術となってしまう.そのため,わが国における新技術の普及が世界に遅れる可能性が懸念される.白内障手術が.内摘出術から.外摘出術を経て,超音波乳化吸引術となり,縫合不要の小切開手術の普及によってプレミアムIOLの技術が飛躍的に進歩したように,フェムトセカンドレーザー白内障手術も今後の進歩に大きな影響を及ぼす可能性がある.とくに,術者の習熟性(50) に頼らず,手術を簡易化させる技術革新という点では大きな意義があり,新たな術式もしくはIOLをもたらすきっかけとなるかもしれない.文献1)平沢学,ビッセン宮島弘子:フェムト秒レーザーの眼科応用の現状フェムト秒レーザーを用いた屈折矯正手術.日本レーザー医学会誌34:31-36,20132)DonaldsonKE,Braga-MeleR,CabotFetal:Femtosecondlaser-assistedcataractsurgery.JCataractRefractSurg39:1753-1763,20133)TalamoJH,GoodingP,AngeleyDetal:Opticalpatientinterfaceinfemtosecondlaser-assistedcataractsurgery:contactcornealapplanationversusliquidimmersion.JCataractRefractSurg39:501-510,20134)SchultzT,Conrad-HengererI,HengererFHetal:Intraocularpressurevariationduringfemtosecondlaser-assistedcataractsurgeryusingafluid-filledinterface.JCataractRefractSurg39:22-27,20135)ビッセン宮島弘子:フェムトセカンドレーザーによる白内障手術.IOL&RS27:431-438,20136)AbellRG,VoteBJ:Cost-effectivenessoffemtosecondlaser-assistedcataractsurgeryversusphacoemulsificationcataractsurgery.Ophthalmology121:10-16,20147)BaliSJ,HodgeC,LawlessMetal:Earlyexperiencewiththefemtosecondlaserforcataractsurgery.Ophthalmology119:891-899,20128)RobertsTV,LawlessM,BaliSJetal:Surgicaloutcomesandsafetyoffemtosecondlasercataractsurgery:aprospectivestudyof1500consecutivecases.Ophthalmology120:227-233,20129)ReddyKP,KandullaJ,AuffarthGU:Effectivenessandsafetyoffemtosecondlaser-assistedlensfragmentationandanteriorcapsulotomyversusthemanualtechniqueincataractsurgery.JCataractRefractSurg39:1297-1306,201310)KranitzK,TakacsA,MihaltzKetal:Femtosecondlasercapsulotomyandmanualcontinuouscurvilinearcapsulorrhexisparametersandtheireffectsonintraocularlenscentration.JRefractSurg27:558-563,201111)FriedmanNJ,PalankerDV,SchueleGetal:Femtosecondlasercapsulotomy.JCataractRefractSurg37:1189-1198,201112)PalankerDV,BlumenkranzMS,AndersenDetal:Femtosecondlaser-assistedcataractsurgerywithintegratedopticalcoherencetomography.SciTranslMed2:58ra85,201013)Conrad-HengererI,HengererFH,SchultzTetal:Effectoffemtosecondlaserfragmentationofthenucleuswithdifferentsofteninggridsizesoneffectivephacotimeincataractsurgery.JCataractRefractSurg38:1888-1894,201214)NagyZ,TakacsA,FilkornTetal:Initialclinicalevaluationofanintraocularfemtosecondlaserincataractsurgery.JRefractSurg25:1053-1060,200915)Conrad-HengererI,AlJuburiM,SchultzTetal:Cornealendothelialcelllossandcornealthicknessinconventionalcomparedwithfemtosecondlaser-assistedcataractsurgery:three-monthfollow-up.JCataractRefractSurg39:1307-1313,201316)TakacsAI,KovacsI,MihaltzKetal:Centralcornealvolumeandendothelialcellcountfollowingfemtosecondlaser-assistedrefractivecataractsurgerycomparedtoconventionalphacoemulsification.JRefractSurg28:387391,201217)AbellRG,KerrNM,VoteBJ:Towardzeroeffectivephacoemulsificationtimeusingfemtosecondlaserpretreatment.Ophthalmology120:942-948,201318)MihaltzK,KnorzMC,AlioJLetal:Internalaberrationsandopticalqualityafterfemtosecondlaseranteriorcapsulotomyincataractsurgery.JRefractSurg27:711-716,201119)LawlessM,BaliSJ,HodgeCetal:Outcomesoffemtosecondlasercataractsurgerywithadiffractivemultifocalintraocularlens.JRefractSurg28:859-864,201220)RobertsTV,LawlessM,ChanCCetal:Femtosecondlasercataractsurgery:technologyandclinicalpractice.ClinExperimentOphthalmol41:180-186,201321)AlioJL,AbdouAA,SoriaFetal:Femtosecondlasercataractincisionmorphologyandcornealhigher-orderaberrationanalysis.JRefractSurg29:590-595,2013(51)あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014825

フェムトセカンドレーザーによる角膜手術

2014年6月30日 月曜日

特集●眼科治療用レーザーの知識アップデートあたらしい眼科31(6):813.817,2014特集●眼科治療用レーザーの知識アップデートあたらしい眼科31(6):813.817,2014フェムトセカンドレーザーによる角膜手術CorneaSurgerywithFemtosecondLaser稗田牧*はじめにフェムトセカンドレーザーは近赤外線のレーザー(波長約1,050nm)で,超短パルス(約500.800フェムト秒パルス,フェムト秒=10.15seconds)の特性から,焦点の合った照射組織のみを光分裂(photodisruption)させて数ミクロンの空隙を作ることができる(図1).これを数多く照射することで,メスではできないような自由かつ精確な角膜切開が可能となる.このレーザーは10年間の進歩で角膜手術には必須の機器となった.レーザーを使用することで,患者の手術への抵抗感が減少するだけでなく,術後成績や術後視機能が改善され,さらには術者の手術のストレスも軽減できる.IフェムトセカンドLASIKフラップフェムトセカンドレーザーは,laserinsitukeratomileusis(LASIK)に用いるレーザーケラトームとして1999年に初めて臨床使用され,2001年に米国で販売開始,その後ほぼ2年ごとにバージョンアップされ,レーザーの繰り返し周波数が6kHzから60kHzまで速くなった.繰り返し周波数が速くなると1パルスのエネルギーが少なく,切開面は平滑になる.逆に繰り返し周波数が遅ければ1パルスのエネルギーを大きくしないとフラップ作製に長時間を要することになる.発売当初のフラップ作製では,マイクロケラトームよりも炎症が惹起されやすく,フラップのエッジが瘢痕と図1フェムトセカンドレーザーによる角膜切開数ミクロンの空隙を数多く作ることで面切開を行う.なる例が多くみられた.レーザーの繰り返し周波数が60kHzとなりレーザーパルスエネルギーが1.0μm以下となったことで,マイクロケラトームとほぼ同等の術後反応となり1),150kHzになるとマイクロケラトームよりも術後炎症反応が少なく,より平滑な切開面となった.レーザーケラトームの利点としては,マイクロケラトームに比較すると厚みが一定のフラップが作製可能で,術後収差の誘発が少ない2)(図2).また,エッジが鋭角のため術後角膜上皮イングロースが少ない.サクションがレーザー作製中に外れても,即座に再レーザー照射が可能で,手術を延期する必要がない.これらの理由によ*OsamuHieda:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕稗田牧:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(39)813 MeniscusflapPlanarflapマイクロケラトームフェムトセカンドレーザー図2Laserinsitukeratomileusis(LASIK)のフラップの違いフェムトセカンドレーザーでは厚みが均一でだが,マイクロケラトームでは中央が薄いフラップができる.り現在行われているLASIKの過半がフェムトセカンドレーザーを用いて作られている.II角膜内リングへの応用角膜内リングは角膜形状の改善のために用いられるPMMA(ポリメチルメタクリレート)製の円弧状のリング(図3)で,現在では円錐角膜,ペルーシド角膜変性症,keratectasia(角膜矯正術後の角膜拡張症)などの角膜変形疾患に対して用いられている.角膜内リングを挿入するトンネルの作製がフェムトセカンドレーザーによって行うことができるようになったため手術の煩雑さが改善され,近年角膜内リング治療は増加してきている.角膜の中間周辺分の約400μmの深さに作製するトンネルとそのトンネルにつながる垂直のエントリーカットは数秒で作製可能である.レーザーが登場する前にはブレードを用いて作製しており,作製時角膜穿孔の危険性があった.レーザーで行えば厚みはコントロールされるので穿孔の危険性はほとんどない.前房中をレーザーが照射した場合には気泡が発生するので,深さの設定が誤っていることが早期に発見できる.穿孔したことに気づかずにリングを挿入し,前房に落下するような事態は避けることができる.III表層角膜移植への応用フェムトセカンドレーザーは性能が向上したことで,切開の面精度が上がるのみならず,深く複雑な切開が可能になり,2005年ごろから角膜移植へ応用されるようになった.現在,LASIKフラップ作製用のフェムトセカンドレーザーは5社市販されているが,すべてのレーザーで角膜移植が可能である.表層角膜移植の適応はさほど多くないが,トレパンと814あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014図3角膜内リング挿入術後眼上:前眼部OCT所見.角膜の深い位置にリングがある.下:リング挿入眼の前眼部写真.図4表層角膜移植におけるデザイン垂直切開を斜めにすることでドナーとホストの接着をより高めることができる.メスで行う場合にはドナーとホストの切開サイズと厚みを同じにすることはむずかしかった.レーザートレパネーションにより切開を同一形状に作製することは比較的容易である.角膜表面に切り上げる側面切開を任意に斜めの角度をつけ,適合度を上げた移植片にもできる(図4).適応としては,角膜の表面に限局した混濁を有する疾患で,外傷後の角膜瘢痕,ヘルペス性角膜実質炎後の混濁,エキシマレーザーによる表層切除術で早期再発を起こす特殊な角膜ジストロフィ(膠様滴状角膜ジストロフィ,ホモ接合体型顆粒状角膜ジストロフィtypeII型)などになる.術前には前眼部OCT(前眼部光干渉断層計,anteriorsegmentopticalcoherencetomography)を用いて混濁の深さの情報を把握し,切除予定深度より(40) 表層に大部分の病変部が含まれることを確認しておく.無縫合での表層移植は現時点でも可能であるが,それを確実に行うために生体接着剤の応用を進めている.IV全層角膜移植への応用フェムトセカンドレーザーを使った全層角膜移植の切開形状は多彩であり,top-hat(トップハット)などいくつかの形状が提唱されている(図5).トップハットで移植すると,トレパンで垂直に角膜を切り抜く方法の数倍の創強度があることが確かめられ,臨床応用がなされるようになった.その後,角膜前面の創のスムーズさや,内圧にも外圧にも強い創構築の面からzigzag(ジグザグ)形状の全層移植(図6)が多数例に適応され,良好な術後成績が報告されている3).ジグザグ切開は接着面積が広く,生体適合性に優れ,密封度が高いのみならず,トップハットに比較すると縫合の深さが角膜のほぼ半分で一定となる(図7)ので屈折の変化がより少ないことが期待される.適応としては,角膜の全層にわたる疾患で,切開部位に虹彩観察が不可能なほど重篤な角膜混濁がないこと,TophatTongue&GrooveZigZag図5フェムトセカンドレーザーで行う全層角膜移植のプロフィール垂直,水平と斜めの切開を組み合わせることでさまざまな切開をデザインできる.(41)切開部位角膜厚が著しく厚く(1,200μm以上)ないことである.裸眼視力の改善を期待している場合,もしくは術後コンタクトレンズ装用が予想される場合はよい適応と考えられる.疾患を挙げれば角膜穿孔外傷後角膜瘢痕,円錐角膜,角膜ジストロフィなどである.全層角膜移植の再移植症例はホストグラフト接合部に角膜混濁があるので不適応となる.Vジグザグ全層移植の利点ジグザグ全層移植術後(図8)は1年以内に抜糸可能であり,早期にハードコンタクトレンズ装用が可能であるし,必要があれば角膜移植眼にLASIKを行いさらに裸眼視力を向上させることができる.この優れた創構築のため,術後矯正視力は従来のトレパン法に比較すると,とくに抜糸を行った1年以降に有意に良好である.AnteriorSideCutRingLamellarCutPosteriorSideCut30°30°8.3mm7.2mm図6Zigzag(ジグザグ)全層移植筆者らが使用している切開デザイン.ドナー,ホストともに同じサイズを多用している.図7ジグザグ全層移植時の縫合ドナーに通糸後,ホスト側の水平切開と斜切開の鋭角をなす部位を針先でさぐり通糸する.あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014815 図8ジグザグ全層移植後の前眼部所見ドナーとホストの接合部位が平滑で,術後早期からコンタクトレンズ装用ができる.ジグザグ全層移植術後の角膜後面のグラフト接合部形状を前眼部OCTで評価していくと,従来のトレパンの全層移植と比較するとドナー─ホスト接合部における屈曲の変化が少なく,より平滑なドナー─ホスト接合部であることが観察された(図9)4).ジグザグ全層移植における良好な矯正視力は,このドナー─ホストの接合部の平滑さに起因する高次収差誘発の少なさの影響である可能性がある.臨床機器であるOcularResponseAnalyzerTM(ORA)では角膜のヒステレーシスを測定できる.ジグザグ全層移植術後眼とトレパンで打ち抜いた従来法の全層角膜移植術後眼を比較すると,角膜のヒステレーシスはジグザグ全層移植が有意に高い値をとる.角膜移植を行っていない正常角膜との比較では,従来法は有意に低い値をとり,ジグザグ全層移植は正常眼と差がない.したがって,ジグザグ全層移植術後眼の粘弾性体としての性質はより正常な角膜に近いことが明らかになってきた5).この比較の角膜移植眼はすべて抜糸後の症例で検討している.したがって,ジグザグで全層角膜移植をしたほうが,より正常の角膜に近い,つまり軽度の外傷による創離解などを起こしにくいことが予想される.ジグザグ全層移植により改善した部分も多いが,乱視を劇的に減少させることはできていない.これは円錐角膜などホスト側の角膜の歪みにも原因がある.したがって,筆者らは術前に角膜熱形成などを行い,なるべく角816あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014図9トレパンとジグザグ全層移植後の前眼部OCT所見上:トレパン全層移植後,下:ジグザグ全層移植後.ジグザグ全層移植後のほうが自然な角膜形状に近い.膜の歪みを減少させてから全層移植を行う方法を試みている.VI屈折矯正そのものへの応用フェムトセカンドレーザーの応用拡大はまだまだ続いており,乱視,近視,老視などにも適応が広がっている.今までダイヤモンドメスで行われていた角膜切開による乱視矯正手術(astigmatickeratotomy:AK)もレーザーのみで可能である.角膜表面まで切開を行わない実質のみの乱視矯正であるintrastromalAKも可能になり,白内障手術などの内眼手術と同時に行いやすくなってきている.老視矯正や近視矯正は限られたメーカーのみ可能である.老視矯正は角膜中央に同心円状の垂直接切開を入れて角膜中央部をわずかに急峻化させる術式である.近視矯正は,屈折力を減少させるような角膜片の後面をレーザーで切開し,次にフラップもしくは面状のトンネル面とつながる角膜片の前面を作製し,その後角膜片をマニュアルで遊離して抜き取る術式である(図10).フェムトセカンドレーザー以外のレーザーは使用しない.術後一過性の角膜混濁をきたすこともあるが,安定すると高次収差の誘発などは少ない.現時点ではカスタム切除などのハード面は発展途上だが,角膜片を冷凍保存することで将来的に屈折や角膜厚を戻すことも可能な角膜屈折矯正手術であり,今後の発展に期待したい.(42) おわりにフェムトセカンドレーザーの登場により角膜手術は新しい時代に入った.レーザーによる精確かつ複雑な角膜創構築は,人間の手のみでコントロールしてきたものとは明らかに異なる質をもっている.このレーザー角膜手術のさらなる進歩により,角膜移植そのものが屈折矯正手術になることが究極の目標である.文献1)SalomaoMQ,WilsonSE:Cornealmolecularandcellularbiologyupdatefortherefractivesurgeon.JRefractSurg25:459-66,20092)山村陽,中井義典,足立紘子ほか:フェムトセカンドレーザーフラップによるLASIKの治療成績.臨眼63:903908,20093)FaridM,KimM,SteinertRF:Resultsofpenetratingkeratoplastyperformedwithafemtosecondlaserzigzagincisioninitialreport.Ophthalmology114:2208-2212,20074)稗田牧,脇舛耕一,川崎諭ほか:前眼部光干渉断層計によるフェムトセカンドレーザーを用いたジグザグ形状全図10Femtosecondlenticelextraction(FLEX)フェムトセカンドレーザーを用いて,フラップと屈折力をもった角膜片を作製し,角膜片を引き.がすことで屈折矯正を行う.(画像はZeiss社のご厚意による)層角膜移植とトレパン全層角膜移植における角膜後面接合部の比較.あたらしい眼科28:1197-1201,20115)脇舛耕一,稗田牧,加藤浩晃ほか:フェムトセカンドレーザーを用いた全層角膜移植における角膜生体力学特性.あたらしい眼科28:1034-1038,2011(43)あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014817

緑内障レーザー治療(レーザー線維柱帯形成術およびレーザー隅角形成術)

2014年6月30日 月曜日

特集●眼科治療用レーザーの知識アップデートあたらしい眼科31(6):805.811,2014特集●眼科治療用レーザーの知識アップデートあたらしい眼科31(6):805.811,2014緑内障レーザー治療(レーザー線維柱帯形成術およびレーザー隅角形成術)LaserTreatmentofGlaucoma(LaserTrabeculoplastyandLaserGonioplasty)新田耕治*杉山和久**Iレーザー線維柱帯形成術選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)が原発開放隅角緑内障(POAG)や高眼圧症(OH)に対する眼圧下降治療の選択肢の一つとして定着しつつある.SLTは点眼治療やアルゴンレーザー線維柱帯形成術(ALT)と同等の効果があり,組織を凝固しないので線維柱帯を損傷させることなく再照射が可能であり,しかもALT後の症例でもSLTの効果が期待できる治療方法である.適応となる緑内障は,POAG,落屑緑内障,色素緑内障,ステロイド緑内障,正常眼圧緑内障(NTG),高眼圧症などである.さらにSLTは第一選択治療としても利用でき,将来の緑内障手術の妨げとならないことは意義深い.合併症としては一過性眼圧上昇(1.8.11%)があるが,そのリスクは低く,安全で効果的な緑内障レーザー治療であると考えられる.1.選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)の登場ALTは,1979年にPOAGに対するレーザー治療方法としてWiseが初めて報告し1),glaucomalasertrial(GLT)とGLTFollow-upstudyでPOAG患者のレーザー治療としてその有用性が報告された2).ALTの照射方法や照射条件は表1のとおりである.しかし,ALTは一過性眼圧上昇(6.3.53%),PAS(12.47%),ぶどう膜炎などを比較的高率にきたすことが報告されており,また,ALTは線維柱帯を損傷させるために再照射が不可能であるなどの欠点がある3).1983年にAndersonとParrishが短時間の照射により,色素を含んだ細胞を選択的に障害し,その周囲の組織を温存できるselectivephotothermolysis(選択的光加熱分解)を見出し4),LatinaとParkが線維柱帯の色素細胞にのみ選択的にレーザーを照射することが可能であることを報告した5).その後,波長532nmQ-swiched表1ALTとSLTの照射条件照射条件ALTSLTスポットサイズ50μm400μm時間0.1sec3nsecパワー400.800mW0.8mJ照射数1/4周あたり20.30発全周あたり80.100発範囲1/4.1/2周全周が主流部位線維柱帯色素帯中央線維柱帯全体(照射スポットが重ならない程度に詰める)ALT:アルゴンレーザー線維柱帯形成術,SLT:選択的レーザー線維柱帯形成術*KojiNitta:福井県済生会病院眼科**KazuhisaSugiyama:金沢大学医薬保健研究域視覚科学(眼科学)〔別刷請求先〕新田耕治:〒918-8503福井市和田中町舟橋7-1福井県済生会病院眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(31)805 Nd:YAGレーザー,3ns,400μmのSLT機器が1995年に世界中で導入された.2.SLTの作用機序SLTの作用機序はまだ解明されていないが,Chenら6)はレーザー照射により活性化されたフリーラジカルがマクロファージの貪食能を高めることによって,またAlvaradoら7)はレーザー照射により放出されたサイトカインがSchlemm管内皮細胞の房水透過性を向上させることによって眼圧が下降するという仮説を提唱している.選択的な色素細胞の障害による炎症反応の過程で,線維柱帯細胞や貪食細胞が活性化され,線維柱帯の機能的再構築が行われて房水流出抵抗が減弱した結果,眼圧が下降するのではないかと考えられている.3.SLTの適応SLTの適応となる緑内障病型は,NTGを含めた広義POAGおよび落屑緑内障,高眼圧症がよい適応である.これらの病型は隅角が広く線維柱帯への照射も容易である.ステロイド緑内障もSLTを試してみる価値のある病型である8).一方,SLT施行後に炎症を惹起しかえって眼圧上昇を招いてしまう恐れのあるぶどう膜炎緑内障や,隅角が狭くてレーザー照射が不可能な原発閉塞隅角緑内障はSLTの適応外と考えられる.4.SLTの施行方法SLT施行後の一過性眼圧上昇を予防するために,施図1SLT照射部位線維柱帯色素帯を中心に,照射スポットが重ならない程度に詰めて照射する.網膜光凝固のように照射斑は生じないため注意を要する.806あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014行前1時間と施行直後にアプラクロニジンを点眼しておく.Q-swichedNd:YAGレーザー,照射時間は3nsec,照射スポットは直径400μmでこれらは変更不可能な設定条件であり,術者はレーザーのパワーのみ調整可能である.照射の際には隅角鏡を要するが,筆者はLatinaの1面鏡を使用している.このレンズは隅角を拡大して観察可能なのでレーザー照射が容易である.線維柱帯色素帯を中心に照射するが,レーザーのパワーは照射部位に気泡が生じる最小のエネルギーとするのが一般的である.しかし,色素沈着が生じている部位はより小さいエネルギーでも気泡が生じ,色素沈着のない部位ではより大きいエネルギーでも気泡が生じないことが多く,その場合は2,3発に1度程度気泡が生じるエネルギーで照射する.照射スポットが重ならない程度に詰めて照射することになっているが,網膜光凝固のように照射斑は生じないため注意を要する(図1).SLT施行直後に一過性眼圧上昇をきたすことがあるので,必ず施行1時間後に眼圧を測定し眼圧上昇がないか確認すべきである.筆者は施行後数日間は霧視や結膜充血が生じることを患者に伝えるようにしている.そのうえで施行1週間後に再診するようにしている.SLT施行後に軽微な虹彩炎をきたすことが多いが,通常施行後1週間で消炎しており,SLT施行後に抗炎症点眼薬はあえて使用していない.それは,SLTの作用機序が線維柱帯での炎症を惹起することで眼圧下降を誘導するものであるから,抗炎症点眼薬を使用することでかえってSLTの効果が減弱する可能性があるからである9).5.追加治療としてのSLTの治療成績狭義POAGにおける追加治療としてのSLT治療の眼圧下降効果についての報告は多数あり,いずれの報告でも眼圧下降率は20.30%程度となっている10.22).しかし,筆者らのグループは最大耐用薬剤使用中のPOAGにSLTを施行した結果,施行前眼圧20.9±3.4mmHgが施行後18.7±4.6mmHgと下降したが,下降率は10.0%,Kaplan-Meier法による12カ月後の眼圧累積生存率は23.2%と不良であった23).3剤以上緑内障点眼薬を使用している症例では,房水産生抑制作用やぶどう膜強膜流出路促進作用は点眼薬にて図られているた(32) めと思われる.SLTには線維柱帯を介する主経路からの房水流出促進作用があるので,最大耐用薬剤使用中の症例にも理論上は効果が期待できるが,施行後の眼圧下降効果は不良であった23).NTGへの追加治療としてのSLTの報告もあり,ElMallahら24)はその成績はSLT前の眼圧14.3±2.6mmHgがSLT後に12.2±1.7mmHgへと14.7%の眼圧下降が得られたと報告している.6.第一選択治療としてのSLTの治療成績落屑緑内障や狭義POAGに対するSLT第一選択治療については,すでに海外にて報告されている9,24.28).McIlraithら9)は,SLT前眼圧26.0±4.3mmHgがSLT1年後に17.8mmHgと有意に下降し,ラタノプロスト点眼を行った場合と同等の眼圧下降であったと報告している.Nagarらは,SLT360°照射によって約60%の症例にベースライン眼圧よりも30%以上の眼圧下降が得られ,その効果はラタノプロストと同等であると報告した29).Shazlyらの報告28)によると,落屑緑内障および狭義POAGに第一選択治療としてSLTを施行し,落屑群でSLT前とSLT後30カ月の眼圧はそれぞれ25.5±3.4mmHg,18.3±4.7mmHgで28.2%の眼圧下降率が得られた.狭義POAG群でSLT前とSLT後30カ月の眼圧はそれぞれ23.2±3.0mmHg,18.9±3.9mmHgで18.5%の眼圧下降率が得られ,両群ともにSLT第一選択治療によく反応した.SLT後30カ月の生存率(追加治療なし)は落屑群で74%,狭義POAG群で77%であった.これらの報告から,追加治療としてのSLTだけでなく,SLTは第一選択治療としても安全で効果的な緑内障治療方法として位置づけられてきている.筆者らも日本人NTG40例40眼に第一選択治療としてSLTを施行し,その治療成績についてprospectiveに3年間観察し検討した結果,眼圧はSLT前15.8±1.8mmHg,1年後13.2±1.9mmHg(15.8±8.6%),2年後13.5±1.9mmHg(13.2±9.4%),3年後13.5±1.9mmHg(12.7±10.2%)で術前と比べて常に有意に下降していた.SLT1カ月後のoutflowpressure改善率(ΔOP)が20%以上の著効群は37/40(92.5%)であった.SLT3年後の眼圧下降効果の累積生存率は40.0%であった30).第一選択薬剤として選択されることが多いプロスタグラ(33)ンジン(PG)製剤の代表薬であるラタノプロスト点眼におけるNTGへの単剤での眼圧下降効果について,Kashiwagiら31)は眼圧下降率が点眼開始1年で15.5%,2年で13.0%,3年で13.4%であったと報告している.NTGに対するSLT第一選択治療の眼圧下降効果とPG単剤の眼圧下降効果については,3年間はほぼ同等であると考えられた.7.SLT照射範囲の違いによる治療比較90°に25発,180°に50発照射した32例をprospectiveに眼圧下降効果を検討したChenの報告6)では,両群に眼圧下降効果の差は認めなかったが,Chenは別のretrospectivestudyで長期間の経過をみると90°照射のほうが作用持続期間は短かったので,90°と180°では180°照射を推奨している.同様に180°と360°照射を比較した報告32,33)では,両者に有意差がないとする報告がある一方で,360°照射のほうが眼圧下降効果は優れているとする報告も多い19,29,34.36).森藤らは,半周照射と全周照射とを比較して,眼圧下降率は半周群10.9±12.6%,全周群18.3±11.8%で全周群が有意に高く,Kaplan-Meier生存分析による2年生存率は半周群44.0%,全周群58.0%と全周群のほうが高かったと述べている19).このような結果から,最近ではSLTを施行する場合には,360°全周に照射するのが主流と思われる.8.SLTの治療効果予測SLTを施行しても眼圧下降がほとんど得られないnon-responderが3割程度存在するので10),どのような症例がnon-responderになりやすいか施行前からわかっていれば有用と思われるが,SLT治療の効果と年齢,性別,内眼手術の既往,水晶体の有無に関連性を認めず,緑内障点眼治療状況や糖尿病の有無もSLTによる治療効果とは無関係と報告されている37,38).ALTでは隅角色素が多い症例が反応しやすいという報告39,40)があるので,山崎ら41)は,色素沈着の程度とSLTの眼圧下降効果に関して検討したが,隅角の色素と眼圧下降に有意差を認めなかったと報告している.また,隅角の色素沈着の程度や緑内障の病型とも関連性は認めていない38).よって施行前に眼圧下降効果が得られない可能性あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014807 があることを説明し,了承を得るようにすべきである.9.SLTの合併症SLT施行後の合併症として前房出血,虹彩炎,黄斑浮腫,角膜浮腫などの報告42.46)があるが筆者の検討対象では結膜充血,霧視,重圧感などの出現頻度は26/40(65.0%)と高率であったが,すべて数日間で消失し,重篤な合併症は経験していない30).SLT第一選択治療での合併症の報告としては,McIlraithら(下半周照射)9)はSLT1時間後にcell1+程度の前眼部炎症を48%で認めたが,次回の受診日にも炎症が持続していたものはなかったと報告した.Melamedら(鼻側半周照射)25)は,SLT照射1日以内に結膜充血や軽微な前房炎症を67%に,58%で眼痛を認めたと報告した.一過性眼圧上昇に関しては,SLT第一選択治療の場合,Melamedら25)によるとSLT後1時間以内に5mmHg以上の眼圧上昇が11%,2.5mmHgの上昇が7%であった.追加治療としてのSLT治療の場合,筆者の施設では2/113(1.8%)の頻度にてSLT照射後に5mmHg以上の眼圧上昇を認め,SLT治療後に線維柱帯切除術を施行せざるをえなかった1症例を経験した(unpublisheddata).森藤ら19)は,5mmHg以上の眼圧上昇が6.7%,上野ら21)は4.1%と報告した.いずれにしてもSLTを照射した直後には眼圧上昇をきたす可能性があるので,照射して1時間後には必ず眼圧の確認が必要であると考えられる.10.SLT再照射の有効性SLTは理論上,線維柱帯の構造には影響を与えないとされており,反復照射が可能とされている47).Hongらも初回に360°照射を施行して効果が減弱し照射前の眼圧水準に達した症例に再度360°照射を施行し安全で効果的な治療方法であると述べている48).よって,初回SLT治療による眼圧下降効果が減衰した場合に再照射が考慮されるが,SLTの場合でも細胞質内のクラック形成など軽微な器質的変化が生じるとされており,反復照射により線維柱帯における構造的変化が出現し,初回ほどの眼圧下降効果が得られなくなる可能性がある49).808あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014SLT再照射の有効性についてはまだ報告が少なく,効果や安全性についてSLT再照射前に十分説明しておく必要がある.結語緑内障は主として点眼による眼圧下降治療が行われてきたが,アドヒアランスが不良な症例・自然脱落症例を時々経験する31).一方SLTは,1度施行すればresponderの場合は数年間眼圧下降効果が持続するのでアドヒアランス不良の患者に有用であると思われる.また,複数の緑内障用点眼による薬剤アレルギー症例に点眼をすべて中止し,SLTを照射して有効だったとの報告50)もあるので,はじめからSLTを意図した症例でなくてもSLT単独治療に切り替えられる可能性もある.しかし,費用対効果という点でコストとして点眼薬1種2.3年分の費用がかかり,non-responderが約3割存在する現状においては,点眼と比較して確実性という点で劣っている.SLTの特徴をよく理解したうえで施行すれば緑内障患者の治療の一つの選択肢になりうると考える.IIレーザー隅角形成術(LGP)LGPは,虹彩根部にアルゴンレーザーを照射することにより,虹彩を収縮させ平坦にすることによって,隅角を開大したり隅角の癒着を防止するために施行するレーザー治療方法である.最近では閉塞隅角緑内障に対しては水晶体超音波乳化吸引術(PEA)+眼内レンズ(IOL)挿入術が選択されることが多くなり,LGPを必要とする症例は減少してきているが,習得しておきたい手技である.1.LGPの適応LGPは,閉塞隅角緑内障にPEA+IOL+隅角癒着解離術を施行後に再癒着を防止する場合,プラトー虹彩形状の隅角開大,レーザー虹彩切開術を施行してもなお周辺虹彩前癒着のために眼圧コントロール不良例などで行われる.2.LGPの実際LGP施行後の一過性眼圧上昇を予防するために,施(34) 表2LGPの照射条件照射条件ALTスポットサイズ200.500μm時間0.2.0.5secパワー100.400mW照射数1/4周あたり10.15発範囲半周あるいは全周部位虹彩根部LGP:レーザー隅角形成術行前後にアプラクロニジンを点眼し,虹彩根部に照射しやすくするために施行前にピロカルピンを点眼しておく.アルゴンレーザーを使用し,照射時間は0.2.1.0sec,照射スポットは直径200μm,照射出力は100.200mW.照射の際にはGoldmannの3面鏡あるいはレーザー虹彩切開術の際に使用するAbrahamレンズを使用する.照射数は1/4周あたり10.15発で半周あるいは全周に通常1列施行する(表2,図2).LGP施行直後に一過性眼圧上昇をきたすことがあるので,必ず施行1時間後に眼圧を測定し眼圧上昇がないか確認すべきである.術後に虹彩炎をきたすが術後1週間以上遷延することはほとんどなく,抗炎症点眼を施行後1週間点眼するようにしている.文献1)WiseJB,WitterSL:Argonlasertherapyforopen-angleglaucoma:Apilotstudy.ArchOphthalmol97:319-322,19792)GlaucomaLaserTrialResearchGroup:TheGlaucomaLaserTrial(GLT)andglaucomalasertrialfollow-upstudy:7.Results.AmJOphthalmol120:718-31,19953)FinkAI,JordanAJ,LaoPNetal:Therapeuticlimitationsofargonlasertrabeculoplasty.BrJOphthalmol72:263269,19884)AndersonRR,ParrishJA:Selectivephotothermolysis:precisemicrosurgerybyselectiveabsorptionofpulsedradiation.Science220(4596):524-527,19835)LatinaMA,ParkC:Selectivetargetingoftrabecularmeshworkcells:invitrostudiesofpulsedandCWlaserinteractions.ExpEyeRes60:359-71,19956)ChenC,GolchinS,BlomdahlS:Acomparisonbetween90degreesand180degreesselectivelasertrabeculoplasty.JGlaucoma13:62-65,20047)AlvaradoJA,AlvaradoRG,YehRFetal:Anewinsightintothecellularregulationofaqueousoutflow:howtra図2LGP照射部位虹彩根部に1/4周あたり10.15発で半周あるいは全周に通常1列施行する.becularmeshworkendothelialcellsdriveamechanismthatregulatesthepermeabilityofSchlemm’scanalendothelialcells.BrJOphthalmol89:1500-1505,20058)田邉祐資,菅野誠,永沢倫ほか:ステロイド緑内障に対する選択的レーザー線維柱帯形成術の術後成績.臨眼62:1535-1538,20089)McIlraithI,StrasfeldM,ColevGetal:Selectivelasertrabeculoplastyasinitialandadjunctivetreatmentforopen-angleglaucoma.JGlaucoma15:124-130,200610)LatinaMA,SibayanSA,ShinDHetal:Q-switched532nmNd:YAGlasertrabeculoplasty(selectivelasertrabeculoplasty):amulticenter,pilot,clinicalstudy.Ophthalmology105:2082-2088,199811)DamjiKF,ShahKC,RockWJetal:Selectivelasertrabeculoplastyvsargonlasertrabeculoplasty:aprospectiverandomisedclinicaltrial.BrJOphthalmol83:718-722,199912)狩野廉,桑山泰明,溝上志朗ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の術後成績.日眼会誌103:612-616,199913)加治屋志郎,早川和久,澤口昭一:選択的レーザー線維柱帯形成術の治療成績.日眼会誌104:160-164,200014)GracnerT:Intraocularpressureresponsetoselectivelasertrabeculoplastyinthetreatmentofprimaryopen-angleglaucoma.Ophthalmologica4:267-270,200115)JuzychMS,ChopraV,BanittMRetal:Comparisonoflong-termoutcomesofselectivelasertrabeculoplastyversusargonlasertrabeculoplastyinopen-angleglaucoma.Ophthalmology111:1853-1859,200416)LaiJS,ChuaJK,ThamCCetal:Five-yearfollowupofselectivelasertrabeculoplastyinChineseeyes.ClinExperimentOphthalmol32:368-372,200417)Martinez-de-la-CasaJM,Garcia-FeijooJ,CastilloAetal:Selectivevsargonlasertrabeculoplasty:hypotensive(35)あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014809 efficacy,anteriorchamberinflammation,andpostoperativepain.Eye(Lond)18:498-502,200418)真鍋伸一,網野憲太郎,高島保之ほか:SelectiveLaserTrabeculoplastyの治療成績.眼科手術12:535-538,199919)森藤寛子,狩野廉,桑山泰明ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の照射範囲による治療成績の違い.眼臨紀1:573-577,200820)望月英毅,高松倫也,木内良明:選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)の術後6カ月の有効率.あたらしい眼科25:693-696,200821)上野豊広,岩脇卓司,湯才勇ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の治療成績.あたらしい眼科25:1439-1442,200822)南野桂三,松岡雅人,安藤彰ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の治療成績.あたらしい眼科26:1249-1252,200923)齋藤代志明,東出朋巳,杉山和久:原発開放隅角緑内障症例への選択的レーザー線維柱帯形成術の追加治療成績.日眼会誌111:953-958,200724)ElMallahMK,WalshMM,StinnettSSetal:SelectivelasertrabeculoplastyreducesmeanIOPandIOPvariationinnormaltensionglaucomapatients.ClinOphthalmol4:889-893,201025)MelamedS,BenSimonGJ,Levkovitch-VerbinH:Selectivelasertrabeculoplastyasprimarytreatmentforopen-angleglaucoma:aprospective,nonrandomizedpilotstudy.ArchOphthalmol121:957-960,200326)MahdyMA:Efficacyandsafetyofselectivelasertrabeculoplastyasaprimaryprocedureforcontrollingintraocularpressureinprimaryopenangleglaucomaandocularhypertensivepatients.SultanQaboosUnivMedJ8:53-58,200827)KatzLJ,SteinmannWC,KabirAetal:Selectivelasertrabeculoplastyversusmedicaltherapyasinitialtreatmentofglaucoma:Aprospective,randomizedtrial.JGlaucoma21:460-468,201228)ShazlyTA,SmithJ,LatinaMA:Long-termsafetyandefficacyofselectivelasertrabeculoplastyasprimarytherapyforthetreatmentofpseudoexfoliationglaucomacomparedwithprimaryopen-angleglaucoma.ClinOphthalmol16:5-10,201029)NagarM,OgunyomadeA,O’BrartDPetal:Arandomised,prospectivestudycomparingselectivelasertrabeculoplastywithlatanoprostforthecontrolofintraocularpressureinocularhypertensionandopenangleglaucoma.BrJOphthalmol89:1413-1417,200530)新田耕治,杉山和久,馬渡嘉郎ほか:正常眼圧緑内障に対する第一選択治療としての選択的レーザー線維柱帯形成術の有用性.日眼会誌117:335-343,201331)KashiwagiK,TsumuraT,TsukaharaS:Long-termeffectsoflatanoprostmonotherapyonintraocularpressureinJapaneseglaucomapatients.JGlaucoma17:662-666,200832)田中祥恵,今野伸介,大黒浩:選択的レーザー線維柱帯形成術における180°照射と360°照射の比較.あたらしい眼科24:527-532,200733)GoyalS,Beltran-AgulloL,RashidSetal:Effectofprimaryselectivelasertrabeculoplastyontonographicoutflowfacility:arandomisedclinicaltrial.BrJOphthalmol94:1443-1447,201034)PrasadN,MurthyS,DagianisJJetal:Acomparisonoftheintervisitintraocularpressurefluctuationafter180and360degreesofselectivelasertrabeculoplasty(SLT)asaprimarytherapyinprimaryopenangleglaucomaandocularhypertension.JGlaucoma18:157-160,200935)ShibataM,SugiyamaT,IshidaOetal:Clinicalresultsofselectivelasertrabeculoplastyinopen-angleglaucomainJapaneseeyes:comparisonof180degreewith360degreeSLT.JGlaucoma21:17-21,201236)菅野誠,永沢倫,鈴木理郎ほか:照射範囲の違いによる選択的レーザー線維柱帯形成術の術後成績.臨眼61:1033-1037,200737)MaoAJ,PanXJ,McIlraithIetal:Developmentofapredictionruletoestimatetheprobabilityofacceptableintraocularpressurereductionafterselectivelasertrabeculoplastyinopen-angleglaucomaandocularhypertension.JGlaucoma17:449-454,200838)MartowE,HutnikCM,MaoA:SLTandadjunctivemedicaltherapy:apredictionruleanalysis.JGlaucoma20:266-270,201139)TuulonenA,AiraksinenPJ:Factorsinfluencingtheoutcomeoflasertrabeculoplasty.AmJOphthalmol99:388391,198540)竹中康雄,山本哲也:ALTの治療予後ならびに術後眼圧上昇に関与する因子の解析.日眼会誌91:430-436,198741)山崎裕子,三木篤也,大鳥安正ほか:大阪大学眼科における選択的レーザー線維柱帯形成術の成績.眼紀58:493498,200742)ReginaM,BunyaVY,OrlinSEetal:Cornealedemaandhazeafterselectivelasertrabeculoplasty.JGlaucoma20:327-329,201143)WechslerDZ,WechslerIB:Cystoidmacularoedemaafterselectivelasertrabeculoplasty.Eye(Lond)24:1113,201044)RheeDJ,KradO,PasqualeLR:Hyphemafollowingselectivelasertrabeculoplasty.OphthalmicSurgLasersImaging40:493-494,200945)KimDY,SinghA:Severeiritisandchoroidaleffusionfollowingselectivelasertrabeculoplasty.OphthalmicSurgLasersImaging39:409-411,200846)ShihadehWA,RitchR,LiebmannJM:Hyphemaoccurringduringselectivelasertrabeculoplasty.OphthalmicSurgLasersImaging37:432-433,200647)KramerTR,NoeckerRJ:Comparisonofthemorphologicchangesafterselectivelasertrabeculoplastyandargonlasertrabeculoplastyinhumaneyebankeyes.Ophthalmology108:773-779,2001810あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014(36) 48)HongBK,WinerJC,MartoneJFetal:Repeatselectivelasertrabeculoplasty.JGlaucoma18:180-183,200949)CvenkelB,HvalaA,Drnovsek-OlupBetal:Acuteultra-structuralchangesofthetrabecularmeshworkafterselectivelasertrabeculoplastyandlowpowerargonlasertrabeculoplasty.LasersSurgMed33:204-208,200350)Gavri.M,Gabri.N,DekarisIetal:Selectivelasertrabeculoplastyinthetreatmentofpsedoexfoliationglaucomainpatientsallergictoallanti-glaucomadrops.CollAntropol34(Suppl2):275-277,2010(37)あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014811

ND:YAGレーザーによる後発白内障手術

2014年6月30日 月曜日

特集●眼科治療用レーザーの知識アップデートあたらしい眼科31(6):799.803,2014特集●眼科治療用レーザーの知識アップデートあたらしい眼科31(6):799.803,2014ND:YAGレーザーによる後発白内障手術Nd:YAGLaserCapsulotomyforPosteriorCapsularOpacification西恭代*根岸一乃*はじめに白内障手術は,.内摘出術から水晶体.を残して.内に眼内レンズを挿入する術式へ進歩することで,駆逐性出血や網膜.離などの重篤な合併症が少なく,かつ高い術後視力を期待できる手術となった.その一方で,残存する水晶体上皮細胞の遊走,増殖により後.が術後に混濁する新たな合併症が生まれた.視力低下の原因は後.混濁(posteriorcapsularopacification:PCO)に起因するため,欧米ではafter-cataractという用語よりもPCOという用語が好んで用いられる.海外のメタアナリシスによれば,後発白内障の発生率は,術後1年で11.8%,3年で20.7%,5年で28.4%と高頻度であることが報告されている1).臨床的な頻度はシャープエッジ眼内レンズ(IOL)の登場によりかなり減少したものの,依然として頻度の高い術後合併症である.I後発白内障の分類後発白内障は,線維性混濁(fibrosis),Elschnig真珠(Elschnig’spearls),Soemmerring輪(Soemmerring’sring),液状後発白内障(liquefiedafter-cataract)に分類される(図1).ただし,実際に視機能障害を起こすのは,おもに混濁が瞳孔領に及んだ場合であり,おもにElschnig真珠と線維性混濁によるもので,特殊例として液状後発白内障がある.II後発白内障の診断後.混濁が認められれば,それがどの程度視機能を障害しているかを診断する必要がある.まず細隙灯で徹照し,瞳孔領にElschnig真珠の侵入があり,その面積が大きければ視力が障害されている可能性が高い.それに対し,後.の線維性混濁は入射光を後方散乱させるので,視力障害の程度が軽い.Elschnig真珠と線維性混濁の鑑別としては,Elschnig真珠は徹照すると混濁の境界が鮮明で,小さな粒状の増殖が認められる.一方,線維性混濁は,境界が不鮮明で多数の皺状の混濁である.後.混濁により,視機能はグレア光負荷時のコントラスト感度(グレア難視度),コントラスト感度,視力の順で障害される2).液状後発白内障は,眼内レンズが完全.内固定されて.に閉鎖腔が形成された場合に,液化した細胞外基質が貯留して起こる.貯留液の白濁の程度により,視機能を障害するが,透明な場合はあまり影響がない.IIINd:YAGレーザー後.切開術の適応瞳孔領に及ぶ後発白内障が発生し,視力低下・霧視・グレアなどの視機能低下をきたした場合に治療の適応となり,通常Nd:YAGレーザー後.切開術(以下,YAG)を施行する.ただし,白内障手術後早期では.に緊張がなく,多量のエネルギーを要するとともに,後に述べる合併症のリスクが高くなるため3),通常白内障術*YasuyoNishiandKazunoNegishi:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕西恭代:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(25)799 abcdabcd図1後.混濁の種類a:線維性混濁(fibrosis).b:Elschnig真珠(Elschnig’spearls).c:Soemmerring輪(Soemmerring’sring).黒矢印部で示される白色塊状の混濁がSoemmerring輪.d:液状後発白内障(liquefiedafter-cataract).透明な眼内レンズの後方,水晶体後.との間に白色混濁が三日月状に貯留している.(写真:独協医科大学松島博之先生のご厚意による)後数カ月以降に行う.観血的な手術が必要となるのは,後.を温存すべき症例と,YAGでの切開が不可能な厚い線維性混濁を呈する例や,年齢的問題あるいは精神障害でYAG施行が困難な例などである.また,IOL二次挿入予定や,強度近視のIOL非挿入例で網膜変性または裂孔がありYAG後の網膜.離の危険性が高い症例などは後.を温存することが望まれ,後.研磨術の適応となることもある.また,ぶどう膜炎などがあり高度の線維性混濁を呈する例では,硝子体カッターによる経毛様体扁平部後発白内障切除術が適応となることもある.前.収縮の場合は,CCCに沿った白い線維性混濁(収縮輪)を分断するように放射状にYAGで切開する.ただし,前.切開創が閉鎖していてYAGで切開しても開かない場合は観血的に切除する.いずれの場合も,レーザー治療と観血的治療のリスク-ベネフィットを考慮して最終的に適応を決定する必要がある.多焦点IOLの後発白内障の発生率は,従来の単焦点IOLと同等であると考えられる.しかし,多焦点IOLの後発白内障に対するYAGの頻度は,単焦点IOLより高いとされる4).多焦点IOL挿入症例では,眼鏡に依存しない良好な裸眼遠近視力が望まれる.そのため,遠方視力のみではなく,近方視力やコントラスト感度など,複数の術後視機能が安定していることが必要である.後発白内障はこれら複数の視機能に影響を与えるため,結果として多焦点IOLの後発白内障に対するYAGの頻度が高くなるものと考えられている.したがって,遠方視力の低下がなくても,近方視力5),実用視力6),高周波領域のコントラスト感度が低下し,患者が見づらさを訴える場合は,YAG施行を検討する必要がある.なお,多焦点IOL挿入眼においては,後発白内障による見えづらさなのか,waxyvisionによる見えづらさなのかを800あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014(26) 見きわめることがしばしば困難であり,YAGの施行には慎重を要する.IVNd:YAGレーザーの原理と使い方Nd:YAGレーザーによる切開は,高エネルギーのレーザー光がある1点に収束したときに発生するopticalbreakdown(原子から電子を引き離す現象)に基づいている.実際には細隙灯を覗きながら切開を置きたい箇所に焦点を合わせ,フットスイッチを踏むか発射ボタンを押す.なるべくエネルギー量を少なく済ませるために,YAGレーザー用コンタクトレンズを用いる.すると,焦点サイズが小さくなり,より少ないエネルギーでopticalbreakdownが得られ,周囲組織への影響も少なく済む.さらに,コンタクトレンズの保持で眼球運動を抑制することができ,誤照射の危険性を減らすこともできる7).V治療の実際術前には眼底検査と眼圧測定は必須である.高眼圧の症例は,術後の眼圧上昇をきたしやすいため,注意が必要である.また眼底検査は,眼底疾患による視力低下との鑑別に重要であるばかりでなく,黄斑浮腫,網膜裂孔などの有無を検索することで,それが術後に生じたものであるかの鑑別のために有用である.術前後にはアプラクロニジン(アイオピジンR)点眼液を投与する.十分な散瞳が得られたら点眼麻酔を行い,後.切開用のコンタクトレンズを装着する.後.上に正確にピントを合わせ,照射を開始する.IOLのpit(点状の傷)やcrack(亀裂)が入る恐れのある症例では,後.よりやや後方にピントを合わせる.通常1mJ前後の低パワーから照射を開始し,必要に応じてパワーを上げていくが,後.切開で3mJ以上のパワーを必要とする症例は少ない.ただし,前.の強い線維性混濁を切開する場合は,時として3mJ前後のパワーが必要な場合もある.切開法は十字切開法と円形切開法(図2)の2法がある.標準的な症例に対しては,適切に施行すれば円形切開でも十字切開でもほぼ大差ないため,術者の好みで選択する.(27)a.十字切開b.円形切開後.混濁レーザー照射部位切開方向切開線図2YAGレーザー後発白内障切開術の方法1.十字切開法12時方向から6時方向へ縦の切開を行い,それを視軸付近から横に広げる方法である.メリットは,後.の破片が浮遊することが少ないため,飛蚊症を生じることが少ないこと,照射数が少なくて済むことである.一方,デメリットは,視軸付近にpitを生じやすいことである.線維化が進んでいる症例では切開が広がらず,多くの照射が必要となることもある.2.円形切開法この方法のメリットは,視軸にレーザーを照射しないため安全性が高いことである.12時方向から照射を開始することが多いが,他の部位から開始してもよい.通常の症例では直径4mmくらいを目安に切開を行う.眼底疾患を伴っていて,周辺部の眼底検査や網膜光凝固が必要な症例には,直径5.6mm程度まで切開を広げる.6時の部位を切開し切開片が遊離すると,飛蚊症の出現や術後炎症の遷延を招く可能性があるため,6時の部位は切開せず,切開した後.が前方または後方に倒れるようにすることが望ましい.照射部位とパワーを調整し,可能な限り少ない照射数で円形の切開を行うが,術終了時に少々ギザギザであっても術後ときを経るに従って照射数は丸く広がっていくため,問題ないことが多い.一般的に,円形切開法を選択すべき症例は,後.とレンズが近接していてpitを生じるリスクの高い症例や,多焦あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014801 点IOL挿入眼において,瞳孔領のIOL光学部の破損を避けたい症例である.なお,多焦点IOL眼のYAGレーザー後.切開術は,単焦点IOLの場合と同様に施行することができるが,瞳孔が開いた状態でも回折格子が十分に機能するように,比較的大きめの切開を行う必要がある.3.その他液状後発白内障に対しては,周辺部下方6時に1発孔を開けるだけで,貯留していた白色液が硝子体中に流出し,解消されることが多い.ただし,後.前に混濁があるため,レーザーのピントが合いにくいので,照射は慎重に行う.切開後に流出した液状後発白内障による硝子体混濁は自然吸収されるが,吸収までに数日から数週間を要することもあるため,事前に必ず患者に説明しておく必要がある.また,液状後発白内障の消失後に,通常の後.混濁が初めて明らかになる場合もあり,その場合は通常の大きさまで後.切開を広げる必要がある.VI術後合併症1.眼圧上昇眼圧上昇は,レーザー後.切開術が導入された当初からよく知られた合併症である.米国食品医薬品局(FDA)による臨床試験の報告では,28%の症例で眼圧が30mmHg以上に上昇したが,その多くが一過性であり,遷延性の眼圧上昇をきたしたものは1%程度であった8).この報告はアプラクロニジン(アイオピジンR)点眼を用いない初期の報告であるが,その後,術前後にアプラクロニジン点眼を併用することで眼圧上昇の頻度を大きく下げることができることが報告されている9).無水晶体眼や緑内障眼では眼圧上昇のリスクが高いので,できるだけ照射エネルギーを抑えるようにする.また液状後発白内障で,液中の白色混濁皮質が多く認められる場合は,YAG後に強い炎症が惹起され,眼圧上昇も起こしやすいため注意が必要である.2.黄斑浮腫レーザー後.切開術後の黄斑浮腫の発生頻度は,1%前後とするものが多いようである10).総照射エネルギー802あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014が80mJを超えるような明らかな過剰照射を避け3),糖尿病網膜症,ぶどう膜炎などのリスクを持たない症例に対して適切に照射できれば起きる頻度は低いといえる.黄斑浮腫が発生した場合には,トリアムシノロンのテノン.下投与,ステロイドの点眼,内服などの抗炎症治療を行う.3.網膜.離レーザー後.切開術後の網膜.離の発症についても多くの報告があるが,1%以下という報告が多く10),後.切開術との因果関係は不明である.後.切開時に前部硝子体膜が破綻することで網膜変性部に牽引がかかることがその原因と推測されている.術前に可能な限り眼底検査を施行して,網膜裂孔や変性の有無を確認し,裂孔があれば予防的に光凝固を施行しておくべきであり,変性がある患者に対しても,術前に十分リスクを説明しておく必要がある.また,無水晶体眼の場合,硝子体脱出をきたす可能性があるので,注意すべきである.4.YAG後の再混濁後.切開縁に沿ったドーナツ状のElschnig真珠の増殖が認められ,それによる視機能障害のためにYAG再施行を要する場合がある.また若年者の線維性混濁例では,前部硝子体膜上の線維性増殖膜発生や収縮による切開窓閉鎖が起こりやすい.また特殊例としてIOL光学部後面上の線維性増殖膜発生などがある.また液状後発白内障で,液中の白色混濁皮質が多く認められる症例では,YAG後に強い炎症が惹起され,眼圧上昇も起こしやすいので注意が必要であるPropionibacteriumacnesの.内感染例では,YAGを契機として菌が硝子体中に播種し,眼内炎を起こすことが報告されている11).5.その他の合併症IOL偏位,遷延性のぶどう膜炎,虹彩出血,角膜浮腫などが報告されているが,いずれも頻度は低い.謝辞:後発白内障の写真をご提供いただきました独協医科大学松島博之先生に深謝いたします.(28) 文献1)SchaumbergDA,DanaMR,ChristenWGetal:Asystematicoverviewoftheincidenceofposteriorcapsuleopacification.Ophthalmology105:1213-1221,19982)林研:後発白内障.臨床眼科58:142-147,20043)AriS,CinguAK,SahinAetal:TheeffectsofNd:YAGlaserposteriorcapsulotomyonmacularthickness,intraocularpressure,andvisualacuity.OphthalmicSurgLasersImagingRetina43:395-400,20124)BiberJM,SandovalHP,TrivediRHetal:Comparisonoftheincidenceandvisualsignificanceofposteriorcapsuleopacificationbetweenmultifocalspherical,monofocalspherical,andmonofocalasphericintraocularlenses.JCataractRefractSurg35:1234-1238,20095)久米千,横山連,竹村准:回折型多焦点眼内レンズ挿入眼における後発白内障による近見視力低下.あたらしい眼科15:867-868,19986)WakamatsuTH,YamaguchiT,NegishiKetal:Functionalvisualacuityafterneodymium:YAGlasercapsulotomyinpatientswithposteriorcapsuleopacificationandgoodvisualacuitypreoperatively.JCataractRefractSurg37:258-264,20117)永本敏:白内障.あたらしい眼科20:205-211,20038)StarkWJ,WorthenD,HolladayJTetal:YAGlasers.AnFDAreport.Ophthalmology92:209-212,19859)KawaiK,SugiyamaK,KitazawaY:Theeffectofalpha2agonistonIOPrisefollowingNd-YAGlaseriridotomy.TokaiJExpClinMed29:23-26,200410)SteinertRF,PuliafitoCA,KumarSRetal:Cystoidmacularedema,retinaldetachment,andglaucomaafterNd:YAGlaserposteriorcapsulotomy.AmJOphthalmol112:373-380,199111)ChaudhryM,BaisakhiyaS,BhatiaMS:ArarecomplicationofNd-YAGcapsulotomy:propionibacteriumacnesendopthalmitis.NepalJOphthalmol3:80-82,2011(29)あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014803

可視光レーザーによる網膜および毛様体光凝固

2014年6月30日 月曜日

特集●眼科治療用レーザーの知識アップデートあたらしい眼科31(6):791.798,2014特集●眼科治療用レーザーの知識アップデートあたらしい眼科31(6):791.798,2014可視光レーザーによる網膜および毛様体光凝固RetinalPhotocoagulationandCyclophotodestructionwithVisibleWavelengthLaser張野正誉*,**越智亮介**呉文蓮**上住麻由**吉永優**はじめに1960年代に発明されたレーザー光線は,人類史上画期的な発明の一つと考えられている.眼球は透明組織が多く,網膜の治療に応用されたことは,医学上の歴史の中で重要な位置を占めている.眼科学の治療の歴史においても,レーザー光の出現以前には,有効な治療方法がなかった糖尿病網膜症などの網膜疾患に対して,レーザーという光のメスを用いた外科的治療が可能となったことは大きな意味があった.当初は外科的治療であったが,硝子体手術の進歩とともに,現在では,硝子体手術や網膜.離手術はサージカルレチナ,レーザーや硝子体注射を用いた網膜治療はメディカルレチナに分類されている.ここでは可視光(波長:約400.800nm)レーザー光の適応疾患や治療方法を中心に述べる.Iレーザー網膜光凝固(photocoagulation:PC)可視光レーザーを用いる従来からの治療方法である.網膜や色素上皮層の凝固をターゲットとする.糖尿病網膜症では増殖前糖尿病網膜症でみられる無灌流領域に対してレーザー光凝固を行い,網膜新生血管の発芽を予防する.もしくは一旦出た網膜新生血管を消退させる方法である.これは,1970年代に行われた米国での大規模研究によって有効性が証明された1).増殖糖尿病網膜症になれば,眼底全体に豆まき状にレーザー斑を置く汎網膜光凝固が必要となる.また,中心窩を含む,もしくは中心窩を脅かすような進行性の牽引性網膜.離が眼底の一部にあるときには,硝子体手術の前段階としてレーザー光凝固が行われる.網膜静脈分枝閉塞症の虚血性変化である無灌流領域に対するレーザー光凝固も確立した治療法2)であるし,黄斑浮腫に対するレーザー光凝固も,コントロール群より視力が改善する率が高いことが多施設研究で証明されている3,4).現在,黄斑浮腫に対する抗VEGF薬治療が脚光を浴びているが,従来からのレーザー光凝固は新生血管の発生を抑制し,硝子体出血や牽引性網膜.離,網膜中心静脈閉塞症時のルベオーシスや血管新生緑内障など増殖性変化を予防するために大変重要である.治療の実際:未熟児や術中レーザーを除くと,いずれの手技もほぼ同様である.座位でベノキシールRで点眼麻酔をし,Haag-StreitDiagnostics社の3-mirrorcontactlens,OcularMainster社のPRP165lens,Volk社のTranSequatorlensやSuperFieldlensなどの接触型レンズをスコピゾルRでカップリングして角膜上に置く.レンズによる眼底像の拡大率と,レーザースポットが実際の眼底上でどの大きさになっているかを常に意識しておくことが重要である.レーザー発振装置をセットし,エイミングビームが網膜上の適切な位置にくるようにする.出力,出力時間,波長(青,緑,黄色,橙,赤など)を選択する.黄斑部に対する治療は,黄斑色素への吸収を避けるため,黄色や黄緑色が推奨されている.赤色は後述する半導体*SeiyoHarino:はりの眼科**SeiyoHarino,RyosukeOchi,BunrenGo,MayuUezumiandYuYoshinaga:淀川キリスト教病院眼科〔別刷請求先〕張野正誉:〒533-0023大阪市東淀川区東淡路4-28-14イーズメディテラス(E’sメディテラス)2Fはりの眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(17)791 レーザーの項で触れる.波長を選択した後,レーザーのデリバリーをONにする.治療の実際は,フットスイッチでレーザーを発振する.照射時間,パワーについては低いパワーから始め,眼底の凝固斑のつき方をみながら少しずつ出力を上げていく.適度な凝固斑が得られたら,さらに網膜の部位,浮腫の有無などに応じて出力を調整しながら必要量を発振する.治療が終了すれば患者の目からレンズを離し,抗生剤点眼やマイティアR点眼などで,目に残ったスコピゾルRを洗浄する.レンズ自体は,水洗と消毒をした後乾燥させ,次の治療に備える.治療に使用したレーザーの条件,スポット数をカルテに記録する.IIパターンスキャンレーザー網膜光凝固パターンスキャンレーザー光凝固装置は,前述したPCと凝固の理論は同じであるが,パターン化した連続照射を行うことにより,短時間で複数のレーザースポットが得られる新しい装置であり,その有用性から2010年以後普及し始めている.従来のPC装置に比べ短時間で低侵襲なレーザー治療を行うことができ,患者,術者ともに負担軽減に繋がる治療法として期待されている.1.原理と機種一般にレーザーの照射時間が長ければ出力を低く抑えても,総エネルギー量は照射時間に比例して急峻に増加する.これに対してレーザー照射時間が短くてもレーザー出力を至適条件に設定することができれば,網膜外層や網膜色素上皮を選択的に凝固でき,照射後4カ月における組織傷害が少ないことがウサギ眼を用いた動物実験で立証されている5).従来のレーザー光凝固はその照射時間の長さから,網膜内層や脈絡膜まで広範囲にわたる障害をきたす.これに対して,パターンスキャンレーザー装置は短時間,高出力のレーザーで,組織学的に低侵襲であり,余分な組織破壊を予防できると考えられる.この治療方法の特徴は,短時間,高出力照射により,従来の網膜光凝固装置に比べ,短時間で複数のレーザースポットを得ることができるようになったことである.また,他にも脈絡膜方向への低侵襲により痛みが少な792あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014い,熱傷害の低減により術後の凝固斑が拡大しにくい,総照射エネルギー量が少ないことにより術後炎症(黄斑浮腫)が少ないといったことがあげられる6).実際の治療直後および治療5カ月後の眼底所見を図1に示した.現在,国内ではTOPCON社PASCALとNIDEK社MC-500Vixiが販売されている.PASCALはスポットサイズ別に専用ファイバーを使用しているために,短時間照射でも均一な凝固が実現できる.この照射方法により,最初の立ち上がりの部分がカットされ,非常に均一なパターン光凝固が行える.一方,MC-500Vixiはガルバノミラーで制御されているが,レーザー自体の発振方法が違い,1発ずつ毎回照射している.ただ,非常に立ち上がりのいい発振方法を採用し,こちらも安定したエネルギーでの照射が可能となっている.レーザー波長はPASCALはgreenとyellowそれぞれ1つずつの選択となるが,MC-500Vixiはマルチカラーであり,green,yellowに加えてredを組み合わせて選択でき,かつ術中に変更が可能である.凝固斑はPASCALでは角膜平面上直径60,100,200,400μmからの選択となるが,MC-500Vixiでは連続可変が可能となっている.パターンの種類では基本の四角は2×2.5×5があり,両者はさほど変わりない.PASCALは患者固視灯が内蔵されており,黄斑グリッド照射の際に安心して照射できる工夫がなされている.2.治療上の注意点7)短時間高出力の設定で得られる凝固斑が小さく,従来の網膜光凝固術よりも密に凝固する必要がある(凝固数は従来の約1.5.2倍になる).また,侵襲が少ないとはいえ,術後の黄斑浮腫は起こりうるので,汎網膜光凝固術を1回で終わらせることは避け,数回に分割して行うのが望ましい.パターンスキャンレーザーは網膜内層への組織傷害が少ない反面,組織内層の虚血に対する有効性は低いと考えられる.増殖糖尿病網膜症の鎮静化という観点では,照射設定によっては不十分であったという報告もある8).糖尿病網膜症の治療効果としてパターン法は従来法と比較し,短期では遜色ないことが報告されている9)が,長期成績はいまだ不明で,今後検討が必要である.白内障,硝子体出血などの中間透光体混濁のあ(18) 図1パターンスキャンレーザー後の眼底左:パターンレーザー凝固直後(増殖前糖尿病網膜症).右上(左の拡大):スポットが当間隔で並んでいる.時間0.02sec,サイズ200μm,パワー300.450mw,間隔1.0スポット.右下:汎網膜光凝固後5カ月.色素斑を伴うレーザー瘢痕が並んでいる.上の症例とは別の症例.る症例ではパターンスキャンレーザーでは瘢痕が得にくい.また,以前のレーザー瘢痕の間にパターンスキャンレーザー治療を施行することは技術的に難しい.加えて網膜裂孔のような組織学的に接着力の強さが必要な症例では短時間高出力設定は推奨できない.パターンスキャンレーザーは,従来のレーザー装置に比べて利点も多いが,網膜光凝固の治療概念が変化したわけではなく,疾患ごとの病態を正確に把握して適切な網膜光凝固を行うことが何より重要であることに変わりはない.施行する前にはその意義と合併症について従来同様,十分なインフォームド・コンセントが必要である.III半導体レーザーによる網膜光凝固と毛様体破壊術レーザーを発振させるために半導体を用いる,波長800nm前後の暗赤色レーザー光である.器械もコンパクトで持ち運びが便利であるため,手術室での硝子体手術中の眼内光凝固や,新生児集中治療室内での双眼倒像鏡を用いた未熟児網膜症に対する光凝固にも有用である.また,この波長のレーザー光は組織の深達性が高く,毛様体破壊が可能なレーザーである.専用のプローブを用いて,難治性の緑内障に対して治療することができる.逆に欠点は,その高い深達性のため,エネルギーの一部が網膜色素上皮層を通過して脈絡膜へ到達することで,経瞳孔的光凝固では出力が強すぎると脈絡膜出血を(19)あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014793 きたすリスクが高くなる,すなわち至適の治療域が狭いこと,網膜色素上皮が破壊されて脈絡膜新生血管を生じる可能性があること,施行中に患者が痛みを感じることがある10)ことなどである.1.双眼倒像鏡レーザー未熟児網膜症に対する光凝固で最も活躍する.未熟児は呼吸状態が不良であるため,多くの場合保育器の中で診察を行わなければならない.双眼倒像鏡レーザーを用いることで,保育器の中でも光凝固が可能である.また,両手が空くので,術者が1人で+20Dもしくは+28Dの非球面レンズを通して眼底を観察し,未熟児鈎鉤を用いて強膜を圧迫しながら,眼底の最周辺部まで光凝固を行うことが可能である.前述のようにエネルギーの至適範囲が狭いので,最近では青緑色を出すことのできる半波長YAGレーザー発振装置が小型化されたので,これに取って代わられている.2.レーザー毛様体破壊術〔=毛様体光凝固術(cyclophotocoagulation:CPC,cyclophotodestruction)11)適応は,すでに視機能を喪失していて高眼圧による疼痛などの自覚症状がある眼(絶対緑内障)である.また,濾過手術などの観血的手術療法を繰り返しても,十分な図2経強膜毛様体光凝固用のGプローブ(上)と治療をしているときのレーザーのエネルギー分布(推定,下)眼圧下降が得られない症例も適応となる.その他患者側の背景として,濾過手術の術後管理が困難である場合,濾過手術を希望しない場合,全身状態などにより観血的手術の施行が困難である場合などがあげられる.実際の方法は接触式で行い,光源としてNd:YAGレーザー(波長1,064nm)とダイオードレーザー(波長810あるいは830nm)がある.先端が丸いIRIDEX社製プローブ(Gプローブ)が用いられることが多くなっている(図2).照射条件は,エネルギーが1.2W,照射時間が1.5.2.5秒である.照射範囲は3時と9時(長後毛様体動脈の走行部位)を避けて270°に17.20発とする報告が多い.球後麻酔を行い,開始前には必ず照射予定部位を確認する.レーザー照射中に生じる「ポン」というポップ音は,レーザーによって毛様体が蒸散するときに発生するとされ,過剰凝固の目安とされる.したがって,低エネルギーから照射を開始し,ポップ音が生じたら出力を下げ,ポップ音が生じる直前の出力での照射を目指す3).術後合併症は,眼球癆が最も重篤である.頻度は0.18%と報告されており,半導体レーザーによるCPCでは総エネルギー量が60J未満では低眼圧は生じなかったとされる.視力低下の頻度も高く,2段階以上の視力低下の頻度は5.55%である.また,虹彩毛様体炎は必発するので,消炎のため術後にステロイドの結膜下注射,1%アトロピン点眼,ステロイド点眼を行う.IV光線力学療法(photodynamictherapy:PDT)PDTは悪性腫瘍に対する治療法として開発され,1994年に厚生省に認可された.眼科領域では,中心窩下に脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)を有する滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)の治療法として2004年5月に厚生省に認可され,その後,加齢黄斑変性治療の中心的存在となった.PDTは,光感受性物質であるベルテポルフィン(ビスダインR)とダイオードレーザー(波長689nm)を併用し,病巣での光化学反応を利用することによって,より高選択性・低侵襲性の画期的な治療を可能にした12).794あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014(20) 従来より,AMDに対するPDTの推奨基準は50歳以上,視力0.1.0.5,中心窩下に脈絡膜新生血管を有する滲出型加齢黄斑変性でGLD5,400μm未満とされている.眼科領域のPDTは,日本眼科学会認定の眼科専門医かつPDT研究会主催の講習会を受講し,PDT認定医の資格を得ているもののみが施術可能であることが,加齢黄斑変性症に対する光線力学的療法のガイドラインに明記されている12).VEGF阻害薬が発売された今でも,加齢黄斑変性の一部であるポリープ状脈絡膜血管症や網膜血管腫状増殖(retinalangiomatousproliferation:RAP)には適応が残っている.また,後述する抗VEGF薬と同日,もしくは2.3日の間に2つの治療を行う併用療法を多用する施設もある.また,保険外適用ではあるが,その他の脈絡膜新生血管を有する疾患(特発性脈絡膜新生血管,網膜色素線条症に伴う脈絡膜新生血管,ぶどう膜炎などに伴う続発性脈絡膜新生血管),脈絡膜血管透過性亢進を示す中心性漿液性脈絡網膜症,眼内腫瘍などの治療にも応用されている.1.原理と手順ベルテポルフィンは脂溶性のため,静脈内に投与された後,低比重リポ蛋白(low-densitylipoprotein:LDL)に結合して全身を循環する.CNVや腫瘍のような増殖の速い組織の血管内皮細胞膜では,LDL受容体の発現が増加し,組織全体のLDLの取り込み量が増加している.その結果,ベルテポルフィンはCNVに集積する.薬剤投与開始15分後に689nmの非発熱ダイオードレーザー光を照射することによってベルテポルフィンが活性化され,フリーラジカルが産生される.それによって血管内皮細胞が障害され,一連の反応を経て最終的にはCNVの閉塞に至ると考えられている.具体的には,PDTは第1段階のベルテポルフィンの持続的静脈内投与と,第2段階のレーザー照射で行われる.まず暗室にて注射用蒸留水でベルテポルフィンを溶解し,症例ごとの必要量(6mg/m2体表面積.身長・体重から体表面積を計算する)を取り,5%のブドウ糖注射液で全量30mlになるように希釈する.ベルテポル(21)フィン投与開始15分後に,ダイオードレーザーを照射開始し,83秒継続.出力600mW/cm2.光照射エネルギー量50J/cm2となる.両眼同時PDTの場合や片眼2回照射の場合は20分以内に2回目の照射を終了させる12).レーザー治療スポットサイズを決定するために,PDT前1週間以内にフルオレセイン蛍光眼底造影(FA)とインドシアニングリーン蛍光眼底造影(IA)を行う.ルーラーか自動計測ソフトウエアを使ってFA後期像から病変部位の最大直径(greatestlineardimension:GLD)を計測する.FAのみではなく,カラー眼底写真,IA,OCT所見も参考にし,CNV以外,出血,漿液性網膜色素上皮.離,瘢痕,色素沈着のすべてを含むように計測する.病変部を完全にカバーできるように,GLDに1,000μmを加えて治療スポットサイズの直径とする(図3,4).網膜色素上皮.離や出血が広範囲にみられる症例では,照射範囲を可能な限り小さくするために,IAでCNV,ポリープ病巣や異常血管網をGLDとし,それに1,000μmを加えて治療スポットサイズの直径とするIA-guidedPDTも施行されている.PDT後48時間以内は直射日光や強い室内光線を避けなければならない.Photobleachingを介して皮膚に残存するベルテポルフィンを不活性化させるためには,積極的に蛍光灯などの弱い室内光を浴びることが望ましい.治療後最大5日まで遮光を心がける必要がある.2.合併症国内臨床試験および使用成績調査の合計では副作用発現率は10.63%である.その内訳は,網膜下出血(4.25%),視力低下(3.92%),硝子体出血(1.92%)などである.3.併用療法と低容量PDT(reducedfluencePDT)PDT後,CNVのみが閉塞するのではなく,レーザー照射領域に一致して脈絡膜血管の循環障害もFAで確認されている.虚血や炎症反応により局所の血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)などの炎症性サイトカイン産生が増加し,PDT後早期血管透過性亢進により網膜浮腫が悪化する.さらに,最近であたらしい眼科Vol.31,No.6,2014795 acdb図3ポリープ状脈絡膜血管症の1例小範囲の病変を呈する症例.FA(a)のみではなく,カラー眼底写真(d),IA(b),OCT(c)の所見も参考にし,GLD(greatestlineardimension)を計測する.GLD(a)に1,000μmを加えて治療スポットサイズの直径とする(a).はCNVの再活性化の誘因になるといわれている.これらのPDTの悪影響を抑制するために,VEGF阻害薬の硝子体注射併用PDT療法が一般的になりつつある.また,PDT後視力低下のリスクを減らすために照射エネルギー,照射時間やベルテポルフィン投与量を半減する低容量PDT13)も試みられている.短期的には十分の効果が得られたとの報告もあるが,長期的な予後について検討する必要がある.V眼内レーザー網膜光凝固今や硝子体手術を行うにあたって,眼内レーザーは必須のアイテムである.眼内レーザーとは,眼内レーザープローブによりレーザー光を眼内に導き,眼内に直接網膜光凝固を行う方法であり,網膜.離手術における裂孔閉鎖や,糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症などに対する病勢沈静化を目的とした術中網膜光凝固などに用いられる.眼内レーザーの進化と普及は,硝子体手術の適応拡796あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014(22)図4光線力学療法中の術者の見え方中央のオレンジ色の円形のレーザースポット(矢印のエイミングビーム,約5,000μm)が治療エリアである.その左に視神経乳頭が見える.フィルターの影響などで,通常のレーザー光凝固より観察光が暗くなる.その他の赤や白のスポットは,観察しているときの反射光. 大と治療成績向上に大きく関与してきたといえる.1.眼内レーザーの種類現在市販されている眼内レーザーには,半導体レーザー,アルゴンレーザー,倍周波数Nd:YAGレーザーがある.いずれも空冷式で,100Vの家庭用電源で対応可能なコンパクトなものに改良がなされている.最近では多くの施設で,アルゴンレーザーもしくは半波長Nd:YAGレーザー(532nm)の緑色レーザーが使用されている.眼内レーザープローブに関しても,近年の小切開硝子体手術の普及に伴い,これまで主流であった20Gに加えて23Gや25Gのレーザープローブが市販されており,ゲージ数の減少に付随する器具の剛性低下という問題点を補うべく,一般的なストレートタイプのレーザープローブに加えて,先端に角度のついているアングルレーザープローブや,網膜下液を排液しながらレーザーが行える吸引付きレーザープローブ,術者自身が強膜圧迫を行える照明付きレーザープローブなど,さまざまなレーザープローブが開発されている.また最近では,1回の照射で数発の凝固斑が得られるマルチターゲットレーザープローブが開発中である.2.眼内レーザーの実際凝固出力は装置やファイバーによって異なるため,弱い照射条件から始めて(試験凝固)徐々に出力を上げ,適正な条件を設定する.また,術後炎症を考慮して不必要な凝固や過剰凝固を避けるという点においては,他の網膜光凝固と同様である.経瞳孔的光凝固と異なり,眼内レーザーにおいては,網膜とレーザープローブとの距離やレーザープローブの角度によって凝固斑の大きさや出方は変化する.原則として,照射面に対して垂直にレーザーを照射するよう努める.凝固斑が出にくいからといって,むやみに出力を上げたり,レーザープローブを網膜に接近させすぎないよう注意が必要である.汎網膜光凝固を行う場合には,はじめにアーケード耳側を縁取るように1列凝固しておくと,黄斑部の誤凝固を予防できる.とくに網膜静脈閉塞症など,広範囲に多量の網膜出血を伴う場合は,黄斑部の判別が困難な場合(23)図5増殖糖尿病網膜症の硝子体手術顕微鏡に広角観察システムを使用し,シャンデリア照明下に術者自身が強膜を圧迫して再周辺部の光凝固を行っている.があり有用である.また,最近普及しつつある広角観察システムを用いれば,広い視野で効率よく凝固を行うことが可能である(図5).一方,.離している網膜の裂孔閉鎖を行うにあたっては,網膜と網膜色素上皮が接触していることが必要条件である.ゆえに,通常は液.空気置換を行って網膜下液を十分に排液したうえで,すなわち網膜と網膜色素上皮を接触させたうえで,裂孔周囲にレーザー照射を行う.ただし,空気灌流下では眼底の視認性が著しく低下するため,裂孔の位置を見失う可能性がある.そのため,液.空気置換を行う前に,裂孔縁にジアテルミー凝固によるマーキングを行っておくのがよい.また,非.離部の網膜格子状変性に対するレーザー凝固は,灌流液下で先に済ませておくと手術時間の短縮につながる.後極側のレーザー凝固の際に,凝固斑が出にくい場合がしばしば経験される.この場合いたずらに出力を上げるのではなく,後極側と周辺側では当然,後極側で網膜下液が貯留しやすいから,まずは網膜下液の残存を疑って排液に努めるのがよい.空気灌流下における周辺部網膜の凝固にはいくつかの方法がある.強膜圧迫下に直視下で眼内レーザーを行うことも可能であるが,視認性が悪いために誤照射や過剰凝固のリスクを伴い,ある程度の熟練を要すると思われる.各種硝子体手術用コンタクあたらしい眼科Vol.31,No.6,2014797 トレンズと眼内照明を用いて強膜圧迫下にレーザー凝固を行うほうが視認性に優れるが,両手が塞がるため,助手の介助や照明付きレーザープローブが必要である.シャンデリア照明を使用すれば術者1人で一連の凝固処置を行うことも可能であるし,広角観察システムと組み合わせれば比較的容易となる.近年主流となっている小切開硝子体手術においては基本的に結膜切開を行わないため,部位によっては強膜圧迫が困難である場合があるが,術野の確保および確実なレーザー凝固を行うためには,結膜切開を躊躇するべきではないと考える.VIマイクロパルス閾値下凝固14)まったく新しい概念の治療方法で,超短時間のレーザーを連続発振させることで,網膜色素上皮に選択的に温度上昇をもたらし,網膜視細胞を破壊することなしに治療効果をもたらすことができる凝固斑の出ないレーザー治療である.従来の光凝固に比較し,マイクロパルス閾値下凝固を施行することで暗点の自覚症状が出ることはなく,黄斑部の機能を温存するために,低侵襲で安全性が高い治療であると期待される.しかし,手技が開発されてからまだ実績が乏しいので,今後の臨床経験の集積と,多数の症例を対象とした有効性の確認や,凝固斑の拡大などの合併症が少ないことなどの成績報告が待たれる.文献1)TheDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Preliminaryreportoneffectsofphotocoagulationtherapy.AmJOphthalmol81:383-396,19762)BranchVeinOcclusionStudyGroup:Argonlaserscatterphotocoagulationforpreventionofneovascularizationandvitreoushemorrhageinbranchveinocclusion.Arandomizedclinicaltrial.ArchOphthalmol104:34-41,19863)BranchVeinOcclusionStudyGroup:Argonlaserphoto-coagulationformacularedemainbranchretinalveinocclusion.AmJOphthalmol98:271-282,19844)張野正誉:BRVO,CRVOの多施設研究.MBOCULISTA6:67-73,20135)PaulusYM,JainA,GarianoRFetal:Healingofretinalphotocoagulationlesions.InvestOphthalmolVisSci49:5540-5545,20086)若林卓,大島佑介:新しい網膜光凝固装置(PASCAL).眼科手術20:205-207,20077)加藤聡:糖尿病網膜症に対する光凝固(黄斑浮腫を除く).日本の眼科84:1360-1365,20138)ChappelowAV,TanK,WaheedNKetal:Panretinalphotocoagulationforproliferativediabeticretinopathy:patternscanlaserversusargonlaser.AmJOphthalmol153:137-142,20129)MuquitMM,MarcellinoGR,HensonDBetal:PASCALpanretinalablationandregressionanalysisinproliferativediabeticretinopathy:ManchesterPascalStudyReport4.Eye25:1447-1456,201110)山岡青女,張野正誉:種類と波長特性.眼科レーザー治療(田野保雄編),眼科プラクティス26:2-5,200911)東出朋巳:レーザー毛様体破壊術.眼科レーザー治療(田野保雄編),眼科プラクティス26:231-235,200912)眼科PDT研究会:加齢黄斑変性症に対する光線力学的療法のガイドライン,日眼会誌108:234-236,2004http://www.nichigan.or.jp/member/guideline/karei.pdf13)MichelsS,HansmannF,GeitzenauerWetal:Influenceoftreatmentparametersonselectivityofverteporfintherapy.InvestOphthalmolVisSci47:371-376,200614)大越貴志子:マイクロパルス閾値下凝固.あたらしい眼科31:29-35,2014798あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014(24)

エキシマレーザーによる角膜屈折治療

2014年6月30日 月曜日

特集●眼科治療用レーザーの知識アップデートあたらしい眼科31(6):783.789,2014特集●眼科治療用レーザーの知識アップデートあたらしい眼科31(6):783.789,2014エキシマレーザーによる角膜屈折治療ExcimerLaserCornealSurgery北澤世志博*Iエキシマレーザーと眼科領域への応用エキシマレーザー(excimerlaser)の名称はexciteddimmer(励起二量体)に由来するが,これは希ガス(Ar,Kr,Xe)とハロゲン(F,Cl,Br,I)の混合ガスに高圧下で高電圧をかけると形成され,その後基底状態に戻るときに放出されるレーザー光の総称である.エキシマレーザーは媒質により放出される波長が異なり,代表的なエキシマレーザーには193nmのArF(フッ化アルゴン),248nmのKrF,308nmのXeCl,351nmのXeFなどがある.このなかでArFによる波長193nmの紫外線領域のエキシマレーザーは,波長が短いために熱の発生や遺伝子の変異原性がなく,分子間結合を離断させることで組織の蒸散が可能となる.この波長193nmのエキシマレーザーを利用して1983年にTrokelらは角膜を切開することに成功し1),その後1985年にはSeilerが角膜の治療的表層切除術phototherapeutickeratectomy(PTK)を施行した.さらに1986年にMarshallが角膜の形状を変化させることで角膜屈折力を変えるphotorefractivekeratectomy(PRK)を考案し2),1988年にはMcDonaldらが正常人眼でPRKを施行して屈折矯正治療としての有効性を示し3),1995年にPTKとPRKが米国FDAから認可された.波長193nmのエキシマレーザーによる屈折矯正手術はPRKで始まり,1990年にPallikarisらがlaserinsitukeratomileusis(LASIK)4)を考案して以降,急速にLASIKという形で世界的に普及してきた.一方,わが国では1989年からPRKの臨床試験が開始され,2000年に厚生労働省からPRKが認可され,その後2006年にLASIKが認可されている.日本眼科学会は1993年にエキシマレーザー屈折矯正手術の適応についての第一次答申5)を出し,以後1995年にはPRKの臨床治験成績をもとにした第二次答申が,さらに2000年にはLASIK手術が主流になりつつあることを踏まえた第三次答申を出した.その後改定が重ねられ,現在の答申は2010年に後房型の有水晶体眼内レンズ(implantablecollamerlens)が厚労省の認可を取得したことを受け,同レンズに関する取り決めを盛り込んだ屈折矯正手術のガイドライン6)である.IIエキシマレーザーの治療的使用PTKは治療的角膜切除術であるが,その目的は主として角膜の表層から実質浅層までの混濁病変の除去であり,わが国では2012年4月の診療報酬改定から保険適用にもなっている.治療の対象は,Avellinoジストロフィに代表される角膜ジストロフィや帯状角膜変性症のほか,角膜白斑,各種角膜混濁病変である.またそのほか,再発性角膜びらんの上皮接着不良改善目的で使用されることもある.PTKは角膜表層からエキシマレーザーを照射して混濁を取り除くことで矯正視力の向上や羞明感を軽減することができるが,Avellinoジストロフィや帯状角膜変性症で白内障を伴う場合では,角膜の混濁*YoshihiroKitazawa:神戸神奈川アイクリニック〔別刷請求先〕北澤世志博:〒163-1335東京都新宿区西新宿6-5-1アイランドタワー35F神戸神奈川アイクリニック0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(9)783 図1Avellinoジストロフィに対してLASIKが施行された5年後の細隙灯顕微鏡写真LASIKのフラップ創間にすりガラス様の混濁を認める.を先に取り除くことで眼内レンズ度数計算が可能になること,また角膜の透明性の向上により白内障手術自体も容易になる.一方PTKの問題点は,術後遠視化と混濁の再発である.そのため白内障手術を先行して行う場合には,最終目標の屈折度に対して2.3D近視側に設定した眼内レンズ度数を選択しておく必要がある.また,Avellinoジストロフィでは混濁の再発が比較的多いが,その際もPTKの再手術で改善することができる.しかし,繰り返しPTKを施行することで角膜厚は減っていくので治療には限界があり,最終的には角膜移植が必要になることもある.実際の手技は,ポビドンヨードなどでの洗浄後,混濁の消失具合をみながらエキシマレーザーを照射し,バンデージコンタクトレンズを装用して終了である.混濁病巣は完全に除去することは不可能であるが,瞳孔領内の面状の混濁が取れれば矯正視力の向上が期待できるので,一般的には上皮を含めて100.150μm程度が切除深度の目安となる.また,上皮が再生するまでの期間は感染症に対する注意が必要であり,抗生物質点眼を白内障手術と同様に手術3,4日前から開始する.このほか術後は流涙や異物感に加えて軽度の疼痛も伴うので,その対策としてバンデージコンタクトレンズ装用だけでなく鎮痛薬の服用が必要である.PTKの実例を提示する.Avellinoジストロフィを有784あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014図2PTK施行後の細隙灯顕微鏡写真(図1と同症例)フラップ裏面およびベッド面にPTK施行後,層間の混濁は著明に軽減している.する近視症例に対してLASIK専門クリニックで5年前にLASIKを施行された症例で,かすみと視力低下を主訴に当院を受診した.フラップ創間にすりガラス様の混濁を認め,強い羞明感と矯正視力の低下を自覚していた(図1).混濁除去の治療として,フラップを翻転しフラップ裏面およびベッド面にPTKを施行したところ,混濁は著明に軽減し矯正視力が向上し羞明の訴えも軽減した(図2).IIIエキシマレーザーによる屈折矯正治療1.エキシマレーザーによる屈折矯正の理論エキシマレーザーによる屈折矯正は角膜の曲率半径を変えることで可能になるが,その計算式はMunnerlynらにより考案されたものである(図3)7).近視例では角膜中央部を切除して平坦化させることで角膜曲率半径が大きくなり,一方遠視例では角膜周辺部を削ることで角膜曲率半径を小さくして矯正する.エキシマレーザーによる屈折矯正治療は,PRKに代表されるレーザーを表層から当てるサーフェイスアブレーションと現在の主流であるフラップを作製し角膜実質にレーザーを照射するLASIKとに分けられる.2.サーフェイスアブレーションサーフェイスアブレーションの始まりであるPRKは,術後疼痛と視力回復の遅さ,さらには角膜上皮下混濁が(10) 問題であったので,その後1999年にCamellinがlaserepithelialkeratomileusis(LASEK)8)を考案し,2003年にはPallikarisが考案したepipolislaserinsitukeratomileusis(Epi-LASIK)9)へと移行してきた.PRKはゴルフ刃などで器械的に角膜上皮を.離してからレーザーを照射する古典的PRKと角膜上皮もレーザーで除去しすべてレーザーで行うtransepithelialPRK(T-PRK)とがある.LASEKは20%アルコールを30秒ほど角膜上皮に塗布し角膜上皮を.離してBowman膜から実質にレーザーを照射する手技であり(図4),Epi-LASIKはエピケラトームという器械で角膜上皮のみをシート状にフラップにして,またはフラップを除去してBowman膜から実質にレーザーを照射する手技である(図5).しかし,これらのいずれの手技も結果に大差はなく,現在は術者の好みで選択されることが多い.ただしAvellinoジストロフィや流行性角結膜炎後などで角膜に混濁がある場合は,手技的に安全なT-PRKが選択される.サーフェイスアブレーションの適応は,強度近視や角膜厚が薄いためにレーザー照射後のベッド,いわゆるRSB(residualstromalbed)がLASIKの安全基準とされる250μmを下回ると予想されたり,角膜形状不正でLASIKには不向きな症例,格闘技などでLASIKでは術後フラップトラブルが懸念される症例である.サーフェイスアブレーションの利点は,角膜厚に余裕があれば強度近視でも矯正ができること,また術後裸眼視力が1.0以上になる矯正精度が90%以上と良好であり,わが国でも屈折矯正手術の普及に大きく貢献した.PRKなどサーフェイスアブレーションの実際の手技はPTKとほぼ同じであり,ポビドンヨードなどでの洗浄後,レーザーやアルコールまたはエピケラトームで角膜上皮を.離後,エキシマレーザーを照射しバンデージコンタクトレンズを装用して終了する.切除深度は前述のMunnerlynの公式で計算されるが,術後全角膜厚で350μm以上残すことが安全圏であり,一般的な540μm程度の角膜厚があれば.10Dまでの近視矯正が可能である.術後は,上皮が再生するまでの期間はとくに感染症に対する注意が必要であり,このほかPTK以上に疼痛が強いので,バンデージコンタクトレンズ装用や鎮(11)AblationDepthR2R1S2S1C(OZ)MunnerlynTheoreticalExactAblationDepthR1・(n-1)OZ2R1・(n-1)2OZ2=R2-n-1+R2・D-R21-4+n-1+R1・D-4図3Munnerlynの屈折矯正モデルおよび計算式R1:術前の曲率半径,R2:術後曲率半径,C(OZ):レーザーの照射径,S1:術前角膜厚,S2:術後角膜厚,n:角膜屈折率(1.376),D:矯正量.痛薬の服用に加えて冷却なども有効である.サーフェイスアブレーションの術後もっとも大きな合併症は角膜上皮下混濁である(図6).これは若年者や強度近視眼に多く,混濁が強く生じると近視への戻り(リグレッション)や矯正視力の低下を起こすので,その予防のためにレーザー照射後に0.02%MMCの塗布や,術後のステロイド点眼やトラニラスト点眼が使用される.3.LASIK,femtosecondLASIK,wavefrontguidedLASIK1990年代のLASIK開始当初は,LASIKのフラップをマイクロケラトームで機械的に作製していたが(図7),1998年にKruegerらが波長1,053nmの赤外線領域のfemtosecondlaser(以下FSレーザー)でフラップが作れることを報告し(図8)10),現在はFSレーザーでフラップを作るfemtosecondLASIKが主流である.これは,マイクロケラトームでは角膜の大きさや形状(平坦かまたは急峻か)によってはフラップに穴が開くボタンホールやフラップが取れてしまうフリーフラップなどの術中合併症が時として起こるが,FSレーザーではこのような術中のフラップトラブルがなく,安全にフラッあたらしい眼科Vol.31,No.6,2014785 ab図4LASEKの手技a:角膜移植用トレパンの吸引を利用して吸着させ,アルコールを角膜に浸潤させる.b:LASEKの角膜上皮.離.角膜上皮を専用マイクロホーにてシート状に.離する.ab図4LASEKの手技a:角膜移植用トレパンの吸引を利用して吸着させ,アルコールを角膜に浸潤させる.b:LASEKの角膜上皮.離.角膜上皮を専用マイクロホーにてシート状に.離する.図6PRKによる角膜上皮下混濁角膜上皮下から実質浅層にかけて,すりガラス状の濃い混濁を認める.786あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014ab図5Epi.LASIKの手技a:エピケラトームEpi-KR(Moria社製).b:エピケラトームを吸着させ角膜上皮をシート状に.離する.プが作製できるためである.また,マイクロケラトームでは作製されるフラップの厚み誤差が大きいが,FSレーザーでは±10μm以下の精度で正確にフラップが作製できることも強度近視や薄い角膜で十分なRSBを残したいときに有利である.また,エキシマレーザーの性能も進化している.レーザーの照射径はPRKが開始された当初は4.5mm程度しかなく,術後のハローやグレアは必発の合併症であったが,現在は5.0.6.5mm程度と大きく,さらにその外側に移行帯が設定されて全体の照射径は8.0.9.0mmと広くなったので,ハローやグレアもかなり改善されるようになった.しかし,これらの視力の質の低下の原因は,レーザーの照射径だけでなく,非球面の角膜にレーザーを照射することにより高次収差が増加することも影(12) abab図7マイクロケラトームによるフラップ作製a:マイクロケラトームM2R(MORIA社製).b:マイクロケラトームを吸着させてフラップを作製する.響している.そこで近年のエキシマレーザーは,近視,遠視や乱視などの屈折異常を矯正するだけでなく,術後高次収差の増加も抑えることができるwavefrontguidedLASIK(WFGLASIK)が主流になっている.WFGLASIKを行うためには波面(wavefront)を測定する必要がある.波面センサーにはHartmann-Shack型のほか,Tscherning型やopticalpassdifference法などがあるが,この中で代表的なHartmann-Shack型のセンサーは,網膜に光を投影してその反射光束をマイクロレンズアレイで格子状に分割し,CCDカメラで受光することにより収差を得る方法である(図9).HartmannShack型センサーの一つであるiDesignRadvancedwavescan(AMO社製,図10)では,測定した収差をfourier変換して全高次収差のほか球面収差,コマ収差,trefoilなどの高次収差を解析し,この解析結果に基づいてエキシマレーザーを照射する.このWFGLASIKに(13)ab図8FSレーザーによるフラップ作製a.FSレーザーiFSR(AMO社製).b.専用コーンで角膜を圧平しレーザーがあたった実質間に間隙ができていく.より術後のハローやグレアの訴えはかなり減り,術後しばらくは気になっても術後3.6カ月では慣れて気にならなくなることがほとんどであるが,暗所瞳孔径が8mm以上のような大きな症例では恒久的に改善しないことも稀にある.LASIKの利点は,サーフェイスアブレーションのように上皮欠損がないので疼痛が少なく視力回復が早いことである.そして最大の利点は,矯正精度がサーフェイスアブレーション以上に優れ,強度近視でも術後裸眼視力1.0以上が95.96%の精度で得られることである.また,再手術は初回手術からかなり時間が経ってもフラップの翻転が可能なので,レーザーの追加照射が容易あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014787 CCDカメラマイクロレンズアレイCCD画像CCDカメラマイクロレンズアレイCCD画像図9Hartmann.Shack型センサーの波面測定原理図10Wavefrontanalyzer:iDesignRadvancedwavescan(AMO社製)にできることも利点である.一方LASIKの欠点は,フラップがあるために術後にフラップの創間に炎症が起こるdiffuselamellarkeratitis(DLK)やフラップのずれやしわが起こることである.DLKはその程度によりGradeI.IVに分けられるが,早期にステロイド点眼や内服,さらにはフラップ下洗浄をすれば治癒させることができる.しかし,GradeIV(図11)になると混濁とともに実質の一部融解が起こり,ステロイドの強固療法を施行しても混濁の軽減には3.6カ月を要し遠視化も起こる.また軽度のフラップのずれやしわは視力に影響しないが,明らかなずれがあ788あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014図11DLKGradeIVの細隙灯顕微鏡写真る場合は早期にフラップ整復を必要とする.このほか,LASIKではフラップ作製時に角膜の知覚神経が切断されるために,術後ドライアイが必発である.これはヒアルロン酸ナトリウム点眼や人工涙液点眼で術後3.6カ月で術前と同程度に改善するが,なかには長期にわたりドライアイが継続し涙点プラグなどの加療が必要になることもある.術後ドライアイは,マイクロケラトームで130.160μmの厚いフラップが作製されていた頃は術後不快感の主因であり視力に影響する症例もあったが,近年はFSレーザーで100.120μm程度の薄いフラップを作製できるようになったことで発症率は減少し,その程度も軽減している.このほかLASIKでは術後角膜が薄くなることにより稀に角膜が前方に突出してくるkeratectasiaを起こすことがある.Keratectaiaになる(14) と近視化と不正乱視によりハードコンタクトレンズでの矯正が必要になるが,近年keratectasiaの治療として角膜内リングやクロスリンキングが効果があることが報告されている.IV屈折矯正治療から老視矯正治療への変遷近視を中心としたエキシマレーザーによる屈折矯正治療は,LASIKを筆頭にその安全性と視力回復の確実性からすでに成熟期を迎えたといっても過言ではない.そこで,近年は屈折矯正から老視矯正に注目が集まってきている.老視の矯正手段には眼鏡やコンタクトレンズがあるが,裸眼で遠近ともに見えるようになりたいというQOL(qualityoflife)を求める人が増えたことが手術による老視矯正を後押ししている.現在最も確実な老視矯正治療は白内障手術による多焦点眼内レンズの挿入であるが,白内障を生じていない比較的若年の老視例を対象にLASIKによる老視矯正も施行されている.その一つは,LASIKの矯正精度の良さを生かして優位眼は遠方に,非優位眼は近方に度数を合わせるモノビジョンである.これは術前にモノビジョンの適応選択のための検査が重要であり,眼優位性が強くないこと,交代固視が可能であること,斜位角が大きくないことなどがポイントになる.このほか,エキシマレーザーで角膜に多焦点性ができるように削る老視LASIKも施行されているが,対象は遠視症例のみで報告も少ない.おわりにエキシマレーザーによる角膜屈折治療は,LASIKによりきわめて高い矯正精度で安全に手術が行えることからわが国でも急速に普及し,2008年には年間で40万症例を超えた.しかしその後,非眼科専門医によるLASIKで起きた集団感染症事件や経済状況などの影響で症例数は急速に減少し,2013年には年間で10万症例にまで落ち込んだ.さらに近年,FSレーザーのみで近視を矯正するrefractivelenticuleextraction(ReLEx)やその進化系であるsmallincisionlenticuleextraction(SMILE)が施行されているが,それでもなお今日の角膜屈折矯正治療においてはエキシマレーザーがその中心であることに変わりはない.文献1)TrokelSL,SrinivasanR,BrarenB:Excimerlasersurgeryofthecornea.AmJOphthalmol96:710-715,19832)MarshallJ,TrokelSL,RotherySetal:Photoablativereprofilingofthecorneausinganexcimerlaser:photorefractivekeratectomy.LasersinOphthalmol1:21-48,19863)McDonardMB,KaufmanHE,FrantzJMetal:Excimerlaserablationinahumaneye.ArchOphthalmol108:199-808,19884)PallikarisIG,PapatzanakiME,StathiEZetal:Laserinsitukeratomileusis.LasersSurgMed10:463-468,19905)屈折矯正手術適応検討委員会答申:屈折矯正手術の適応について.日眼会誌97:1087-1089,19936)日本眼科学会屈折矯正手術に関する委員会:屈折矯正手術のガイドライン.日眼会誌114:692-694,20107)MunnerlynCR,KoonsSJ,MarshallJ:Photorefractivekeratectomy:atechniqueforlaserrefractivesurgery.JCataractRefractSurg14:46-52,19888)CamellinM:LASEKmayoffertheadvantagesofbothLASIKandPRK.OcularSurgeryNews,InternationalEdition10:14-15,19999)PallikarisIG,KatsanevakiVJ,KalyvianakiMIetal:Advancesinsubepithelialexcimerrefractivesurgerytechniques:Epi-LASIK.CurrOpinOphthalmol14:207212,200310)KruegerRR,JuhaszT,GualanoAetal:Thepicosecondlaserfornonmechanicallaserinsitukeratomileusis.JRefractSurg14:467-469,1998(15)あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014789

レーザー光の原理と眼への深達度

2014年6月30日 月曜日

特集●眼科治療用レーザーの知識アップデートあたらしい眼科31(6):777.782,2014特集●眼科治療用レーザーの知識アップデートあたらしい眼科31(6):777.782,2014レーザー光の原理と眼への深達度PrincipleofLASERPhysicsandInvasionDepthofLightinEye足立宗之*山田毅*上野登輝夫*はじめに人間の眼は,可視光線から近赤外線の領域の光を効率よく透過することができる.このため,古くから眼の診断・治療には光が用いられてきた.1960年のルビーレーザー発振成功の翌年には,網膜.離に対する光凝固の光源として使用された.その後も,新しいレーザー光源が開発されるとすぐにその特性を活かす応用を目指して,さまざまな研究が行われてきた.眼科用レーザー治療装置の歴史は,レーザー光源の進展によるものが大きい.たとえば光凝固装置用のレーザー光源についても,ガスレーザーが固体レーザーに置き換わって,広く用いられている.光凝固装置の発展には,レーザー光源の進歩そのものが色濃く反映されているといえる.レーザー光源の技術的進歩は急速であり,信頼性も向上し,使いやすいものとなっている.本稿では,レーザーの基本原理およびレーザー光の眼への深達度について述べた後,眼科治療に使われるレーザーについて紹介し,最後に今後の展望についても考察する.Iレーザーの基本原理LASERとはlightamplificationbystimulatedemissionofradiation(輻射の誘導放出による光増幅)の頭文字から作られた言葉である.通常,物質を構成する原子や分子は,外部からエネルギーを与える(励起状態)と,ある時間経過すると余ったエネルギーを光(光子)としE2E1信号光LASER図1誘導放出とLASERて放出する.これを自然放出とよぶ.これに対して,励起状態の物質に外部から光を加えるとその光(信号光)に刺激されて次々に光子を放出する(図1).これを誘導放出とよぶ.この誘導放出を利用して,最初に加えた信号光を増幅すること,もしくは増幅された光のことをLASERという.ただし,現在使われている一般的なレーザー発振器では,自然放出によって発生した光のなかから特定の光を選び出して信号光として利用するため,外部から信号光を入力することはほとんどない.光は,電磁波や光波ともよばれることからもわかるように,波の性質をもっている.このため,光の性質を表すのには,波長・位相・振幅が重要となる.誘導放出では,最初に加えた信号光に誘導されるため,信号光と波長と位相が揃った振幅(強度)の大きな光が同じ方向に放出される.これらがLASERの最大の特徴で他の光との違いである.一般的にレーザーの特徴は,①遠くまで伝搬してもビームが広がらない(指向性),②小さなスポットに集光できる(集光性),③波長の広がりが小さ*MuneyukiAdachi,TsuyoshiYamadaandTokioUeno:株式会社ニデック〔別刷請求先〕足立宗之:〒443-0038愛知県蒲郡市拾石町前浜34-14株式会社ニデック0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(3)777 表1代表的なレーザーと発振動作レーザー媒質形状おもな励起方法おもな発振波長(nm)発振動作Nd:YAG固体光(半導体レーザー(LD)・フラッシュランプ)1,064CW,パルスCO2気体放電10,600CW,パルスArFエキシマ気体放電193パルスHe-Ne気体放電633CW色素(Dye)液体光(レーザー・フラッシュランプ)紫外から近赤外域(色素の種類で発振波長が変わる)CW・パルスArイオン気体放電488,514CWKrイオン気体放電531,568,647CWルビー固体光(フラッシュランプ)694パルスYb:ファイバ固体光(LD)1,030.1,060付近CW,パルスEr:ファイバ固体光(LD)1,550付近CW・パルス半導体(III-V族化合物)半導体電流可視から近赤外CW・パルスい(単色性),④高エネルギー密度にできる,⑤短パルスにできるなどが挙げられるが,これらの特徴は波長・位相・方向が揃っているからこそ得られる特徴である.レーザーの波長は,レーザー媒質として使われる原子によって決まる.それぞれの原子や分子は,放出できる波長の光が決まっており,レーザーの利用目的に合わせてレーザー媒質を選ぶ必要がある.また,レーザー媒質の状態の違いによって,固体,液体,気体レーザーとよばれ,さらにレーザー出力の時間的な振る舞いの違いによって,連続波レーザー(CW),パルスレーザーに分類される.代表的なレーザーを表1に示す.光凝固装置などに使われる可視光レーザーには,第二次高調波やsecondharmonic(SH)光とよばれるレーザーが多く用いられている.これは,レーザーの特徴の一つである高エネルギー密度性を利用して,元々のレーザー波長を1/2の波長に変換しているレーザーである.物質内にレーザーを集光して高エネルギー密度状態にすると,2つの光子が合体して1つの光子になることがあり,このような高エネルギー条件下で顕著に起こる光学現象を非線形光学効果とよぶ.この光子はエネルギーが2倍に,波長は半分になっており,この光のことを第二次高調波またはsecondharmonic(SH)光とよんでいる(図2).実際には,非線形光学効果が生じやすい結晶材料を用778あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014非線形光学結晶基本波第二次高調波図2第二次高調波(SH光)いて,さらに位相整合条件とよばれる条件を最適化して,第二次高調波を高効率(高出力)に発生させている.非線形光学については,文献1)などが詳しい.IIレーザー光の眼への深達度1.前眼部眼は光を感じる器官であるため,可視光が眼底まで届いていることはすぐにわかる.透過率をみていくと図32)に示すように400nmの紫色光から1,400nmの近赤外光が眼底まで届いており,人間には感じることのない近赤外光も透過している.光が物質を透過する場合,物質を形成する原子や分子の構造によって吸収される波長が決まるが,それ以外にも物質内の屈折率変化などによって散乱や反射が生じて透過率が低下する.角膜や水晶体はともに70%程度が水からなっているため水の吸収特性に似た特性となる.散乱などについては,細胞内に余分なものをほとんど含まないために細胞(4) 内での屈折率変化が少なく,さらにそれら細胞が規則正しく並んでいるために各細胞層での散乱,反射が抑えられている.しかし,散乱は波長にも依存し,波長が短くなるほど散乱の影響を受けやすくなる.図3の眼の透過率を詳しくみていく.紫外から青色光の短波長域で,全体的に透過率が下がっているのは散乱の影響である.さらに,水晶体は波長360nmを中心とした吸収帯域があるために,400nm未満の紫外光は水晶体より深部にはほとんど届いていない.近赤外領域では,散乱が少なくなるため透過率が上がっていき,800nm付近の透過率が一番高くなる.さらに長波長になると水分子による吸収が起こるために透過率が低下する.950nm付近の落ち込みと1,100nmより長波長側の透過率低下はおもに水分子による吸収である.2.網膜網膜は,脈絡膜上に形成された,①内境界膜,②神経線維層(NFL),③神経節細胞層(GCL),④内網状層(IPL),⑤内顆粒層(INL),⑥外網状層(OPL),⑦外顆粒層(ONL),⑧外境界膜,⑨視細胞層(R/C),⑩色素上皮層(PE)の10層の組織からなる視覚を司る膜で,厚みはわずか0.1.0.5mm程度である.角膜,水晶体,硝子体,房水(眼内透過体)を透過し,網膜へ到達する光はおよそ波長400.1,400nmの光である.このうち,より短波長(青色光)の光ほど網膜表層部で反射/吸収され,中間波長の緑色光は網膜色素上皮層付近,さらに長波長(赤色光)になると脈絡膜近傍の網膜深層部で反射/吸収される.網膜にはメラニン,キサントフィル,ヘモグロビンなどの多くの色素が存在し,次のような吸光特性を示す.メラニンは網膜色素上皮層に多く存在し,非常によく光を吸収する.波長400nmでの吸収率は80%程度であり,波長が長くなるに従って吸収率は徐々に低下し,波長650nmでは25%,波長1,000nmでは2%程度まで低下する3).黄斑色素であるキサントフィルは波長400.500nmで高い吸収を示し,吸収ピークは460nm付近であり,キサントフィルは中心窩周辺に最も多く存在する3).また,ヘモグロビンの吸収特性は酸化の程度により変化するが,波長541nm,576nm付近に吸収ピ(5)PERCENTTRANSMITTANCE10080604020DIRECTTRANSMITTANCEATTHEVARIOUSANTERIORSURFACES1AQUEOUS2LENS3VITREOUS4RETINA12343004005006008001,0001,2001,6002,000WAVELENGTHMILLIMICRONS図3Transmittancethroughentireeye2)図中の1.4はそれぞれ,角膜透過後(房水表面),水晶体表面,水晶体透過後(硝子体表面),網膜表面での透過率を示す.ークが存在する4).網膜における光深達度はDyeレーザーから出力される複数の波長に対する光凝固術の臨床学的研究3,5.8)からもみてとれる.代表的な報告としてL’Esperanceの報告5)によると(図4),波長488nmの青色光は内顆粒層(INL)から脈絡膜(CHOR)までの広い範囲で吸収され,外顆粒層(ONL)での吸収が最も強い.波長532nmの緑色光は,外顆粒層(ONL)から脈絡膜(CHOR)で吸収され,視細胞層(R/C)と網膜色素上皮層(PE)で最も強く吸収される.また,波長570nm,590nmの黄色,橙色は網膜表層の神経線維層(NFL)でわずかに吸収され,ついで内顆粒層(INL),外顆粒層(ONL),網膜色素上皮層(PE),脈絡膜(CHOR)で吸収されるが,色素上皮層(PE)での吸収は570nmより590nmのほうが吸収率が高い.また,波長630nmの赤色光は,網膜のほぼ全層で吸収されるが,神経線維層(NFL)から視細胞層(R/C)における吸収はごくわずかであり,大半は色素上皮層(PE)および脈絡膜(CHOR)で吸収される.網膜は10層という多くの組織から形成されることと,眼底の部位によって光を吸収する色素の分布も異なるため,部位によって各波長の深達度は異なる.治療/診断においては,症例や診断の対象とともに,対象の部位にあたらしい眼科Vol.31,No.6,2014779 l630.0nml590.0nml570.0nml532.0nml488.0nmNFLGCLIPLINLOPLONLR/CPECHOR±±図4Dye(630,590および580),Nd:YAGの第二高調波(532nm),Ar(488nm)などさまざまなレーザー波長による光凝固において最大の吸収と損傷を生じる脈絡網膜領域5)応じてさまざまな波長のレーザー光が選択的に使用されている.III眼科手術用レーザーの特徴とその発展の歴史眼科用手術装置には,治療部位の特性や治療効果の大きさなどを考慮して,さまざまなタイプのレーザーが使われている.ここでは,光凝固手術用可視光レーザー,レーザー切開手術用レーザー,角膜屈折矯正手術用エキシマレーザー,角膜・水晶体手術用超短パルスレーザーの4種のレーザーについて,その特徴・原理・発展の歴史を述べる.1.光凝固手術用可視光レーザー光凝固術には可視光領域のWクラスの連続発振光が使用され,従来はAr(アルゴン)イオンレーザー(波長:514nm),Krイオンレーザー(波長:531,568,647nm)などのガス(気体)レーザー,Arイオンレーザーを励起光源としたdyeレーザー(波長:577.640nm)などが用いられていた.現在では半導体レーザー(LD)の高効率化,LDを用いた励起技術,さらには非線形結晶を用いた波長変換技術の進展が著しく,ほぼすべてのガス(気体)レーザーがLD励起固体レーザー(diode-pumpedsolid-state-laser:DPSSL)に置き換えられた.具体的には,単色光源としてはNd:YVO4レーザーから出力される波長1,064nm光をLBO(リチウムトリボレート)やKTP(チタンリン酸カリウム)といった非線形結晶で波長変換した波長532nm光,多波長光源としてはNd:YAGレーザーから出力される波長1,064,1,123,1,319nm光を同様に波長変換した波長532,561.5,659.5nm光がもっぱら用いられている.さらに最近では,レーザー媒体としてInGaAs系半導体を用いた光励起半導体レーザー9)によって,従来の固体レーザーでは発生が困難であった570.600nmの領域の波長が発振可能となってきた.この領域の波長は,従来のdyeレーザーで使用されていた波長帯で,とくに波長577nmは網膜色素上皮(PE)で十分な吸収をもちながら,緑色領域の波長より黄斑色素であるキサントフィルの吸収が少なく,かつ酸化ヘモグロビン(HbO2)の吸収ピークに一致するため,一定の凝固斑を得るために必要な光パワーが少なくても済むことで,より低侵襲な光凝固が期待されている.2.レーザー切開手術用レーザーレーザー切開術は波長1,064nmのナノ秒パルスレーザー光をレンズで集光することでプラズマ化し,そのときに発生する衝撃波を利用して眼組織を切開する術式で,レーザー光源としてはおもにQスイッチNd:YAGレーザーが用いられている.Qスイッチとは,最初レーザー共振器内の光損失を大きくして発振を抑え,780あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014(6) 光励起が進みレーザー媒質中の励起状態にある原子の数が十分に大きくなった時点で光損失を急峻に小さくすることで,パルス幅の短いパルスを発振させる方法である.Qスイッチ素子にはおもに過飽和吸収体の一つであるCr:YAG結晶が用いられ,得られるパルス幅は共振器構成にもよるがおおむね2.5nsec程度,パルスエネルギーは10mJ程度である.また近年,この波長1,064nmのナノ秒パルスレーザー光を非線形結晶に入射することで得られる波長532nmの可視パルス光が緑内障治療の一手法である選択的レーザー線維柱帯形成術に用いられている.パルス幅がナノ秒と短いため,用いる非線形結晶の種類にもよるが532nm光への変換効率も50%程度と高い.3.角膜屈折矯正手術用エキシマレーザーレーザーによる角膜表面切除にはArFエキシマレーザーが用いられている.ArFエキシマレーザーは,Ar(アルゴン)とF(フッ素)を含む混合ガスに数万ボルトの高電圧を印加して放電させ,そのときの電流によりArF分子が励起されて,レーザーを発振する.得られるレーザー波長は193nmと非常に短く,これは真空紫外域(波長200nm以下)とよばれる領域で,この波長域のレーザーが大気中を伝搬すると酸素分子に吸収されてしまうために,光路を真空もしくは窒素を充.してレーザーを伝送する必要がある.エキシマレーザーの特徴として,①大出力,②短パルス(パルス幅はナノ秒),③短波長の3つが挙げられる.これらの特長により非熱加工や微小集光が可能となり,角膜手術や半導体製造装置などの微細加工用レーザー光源として使われている.角膜治療においては,角膜表面で光が吸収される必要があるため,300nm以下の波長が適しており,より非熱で微細な加工を可能にする短波長のArFエキシマレーザーが用いられている.しかし,近年では加工原理の違う超短パルスレーザー(次項で紹介する)による角膜手術も可能となってきており,エキシマレーザーに取って代わる可能性も出てきている.4.角膜・水晶体手術用超短パルスレーザーパルス幅がピコ秒(10.12秒)からフェムト秒(10.15(7)図5超短パルスレーザー発生の原理秒)のレーザーを超短パルスレーザーとよび,近年では角膜治療装置や水晶体治療装置(白内障・老視)の光源として使われ始めている.このレーザーは一般的なレーザーと同様に指向性や集光性などの特徴をもっているが,単色性については当てはまらず,レーザーでありながら複数の色の光をもっている.レーザー共振器の構成を特殊な条件にすることで複数の波長で同時に誘導放出が起こり,多波長でレーザー発振が起こる.この特殊な多波長レーザーによって超短パルス化が可能となる.原理は単純で,多波長で発生したすべての光の位相(たとえば波の山)がある時間に揃うと波が重なり合ってパルス化する(図5).位相が揃っていない時間は,それぞれの波が打ち消し合って出力が0となる.したがって,超短パルスレーザーを発振させるには,①広帯域光を用意する,②各波の位相をある時間に揃える,これら2点が必要となる.実際の超短パルスレーザー装置では,モードロックとよばれる物理現象を利用して多波長での発振とその各波長の位相を揃えている.このため,超短パルスレーザーのことをモードロックレーザーとよぶこともある.超短パルスレーザー発振の原理については文献10)などが詳しい.超短パルスレーザーは,非常に短い時間にエネルギーが集中するため高ピークパワーになる.この特徴からレーザー照射した物質内では高エネルギー密度状態になあたらしい眼科Vol.31,No.6,2014781 り,前述した非線形光学効果が現れる.その一つに多光子吸収過程があり,この現象によって通常なら光が透過してしまう透明体内部(エネルギー密度が最も高くなる集光点付近)でレーザー光の吸収が起こり,加工が可能となる.この性質を利用して角膜や水晶体などの透明組織内を非接触で加工できる.IV今後の展望以上,レーザーの原理とレーザー光の眼に対する作用について,および最近の眼科におけるレーザー治療について述べてきた.今後,眼科の分野でのレーザー治療は,より効率的かつ低侵襲で安全な治療へと進むと考えられるが,レーザー光源自体にも,医療現場で使用するに耐えうるロバスト性を有し,かつ高性能,小消費電力,小型,低コストのレーザー開発が求められる.また,同時にレーザー伝送技術の最適化やレーザー照射位置を的確に追尾するトラッキング技術,リアルタイムでの照射部位を観察する画像解析技術など,治療機器の周辺技術の革新も進んでいる.とくに光干渉断層計(OCT),走査型レーザー検眼鏡(SLO)などの診断装置の技術革新により,網膜の診断,観察が簡便に精細に行えるようになってきていることから,これらの技術とレーザー治療技術の融合により,さらなる治療範囲の拡大や効率的かつ安全な治療が実現すると期待される.文献1)黒澤宏:入門まるわかり非線形光学,オプトロニクス社,20082)BoettnerEA,WolterJR:TransmissionoftheOcularMedia.InvestOphthalmolVisSci1:776-783,19623)GabelV-P,BirngruberR:波長の異なる各種レーザーによる眼底光凝固.眼紀38:1660-1669,19874)HoreckerBL:Theabsorptionspectraofhemoglobinanditsderivativesinthevisibleandnearinfra-redregions.JBiolChem148:173-183,19435)L’EsperanceFAJr:Clinicalapplicationsoftheorganicdyelaser.Ophthalmology92:11,1592-1600,19856)BorgesJM,CharlesHC,LeeCMetal:Aclinicopathologicstudyofdyelaserphotocoagulationonprimateretina.Retina7:46-57,19877)SmiddyWE,PatzA,QuigleyHAetal:Histopathologyoftheeffectsoftunabledyelaseronmonkeyretina.Ophthalmology95:956-963,19888)BrooksHLJr,EagleRCJr,SchroederRPetal:Clinicopathologicstudyoforganicdye.Laserinthehumanfundus.Ophthalmology96:822-834,19899)FallahiM,LiFan,KanedaYetal:5-Wyellowlaserbyintracavityfrequencydoublingofhigh-powerverticalexternal-cavitysurface-emittinglaser.IEEEPhotonicsTechnolLett20:1700-1702,200810)レーザー学会編:先端固体レーザー,オーム社,2011782あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014(8)

序説:眼科治療用レーザーの知識アップデート

2014年6月30日 月曜日

●序説あたらしい眼科31(6):775.776,2014●序説あたらしい眼科31(6):775.776,2014眼科治療用レーザーの知識アップデートUpdateonTherapeuticLaserUseinOphthalmology木下茂*米谷新**LightAmplificationbyStimulatedEmissionofRadiationの頭文字から名付けられたLASER(レーザー).このレーザーがさまざまな眼科疾患の治療に利用されている.われわれは,臨床の現場で,このことを至極当然のように受け止めているが,よくよく考えてみると実に奥深いものが見えてくる.20世紀半ばにルビーレーザーが開発され,眼科領域には可視光領域のアルゴンレーザーがまず導入された.このことにより,キセノン光を用いて行っていた網膜光凝固は大きく変化した.すなわち,photocoagulationが正確に,安全に,かつ短時間にレーザーで行えるようになった.つぎに近赤外線レーザーであるNd:YAGレーザーの登場である.このレーザーで行なえるphotodisruptionという現象には多くの眼科医が驚いた.非接触で混濁した後.を破砕することができたからである.それまで行っていた手術的な後.切開より,安全性,有効性,さまざまな面で格段に優れていることを示した.そのつぎに登場したのがエキシマレーザーである.この紫外線レーザーはphotoablationにより角膜組織をミクロン単位で切除する.このような微細な切除を手術者の手で行うことは不可能である.科学の進歩,そのなかでも物理学の進歩が医療にもたらした最大の恩恵はこのようなレーザー治療機器の開発であるといっても過言ではない.眼科治療用レーザーはその後も発展し,角膜移植術や白内障手術をアシストするフェムトセカンドレーザーまでも登場してきた.将来は,ほぼすべての眼科治療がレーザーで行えるようになっているように思われる.さらに,研究領域で使用されているtwophotonlaserなどの発展系として,invivoでも分子細胞機能を観察できるようなレーザー装置が開発されてくることは間違いないものと考えられる.そこで,この特集では,眼科治療用レーザーに焦点をあてて内容を組んでみた.まずはレーザー光の原理と目への深達度についての解説をニデック社の足立宗之氏,山田毅氏,上野登輝夫氏にお願いし,レーザーのもつ光の指向性,集光性,単色性などの基本原理から波長による眼組織への深達性などを要約していただいた.エキシマレーザーによる角膜屈折治療については,北澤世志博氏にお願いし,今や,常識となった感のあるエキシマレーザー屈折矯正手術の現状を要領よくご紹介いただいた.可視光レーザーによる網膜光凝固と毛様体凝固については,張野正誉氏,越智亮介氏,呉文蓮氏に*ShigeruKinoshita:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学**ShinYoneya:埼玉医科大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(1)775 解説いただいた.通常の可視光レーザーによる網膜光凝固,パターンスキャンによるユーザーフレンドリーな光凝固,半導体レーザーによる毛様体破壊術,PDT治療などを要領よくおまとめいただいた.ND:YAGレーザーによる後発白内障手術については西泰代氏,根岸一乃氏にお願いした.Posteriorcapsularopacification(PCO)に対する治療としてきわめて優れた治療方法であるYAGレーザーを多焦点IOLとの絡みも含めて解説いただいた.緑内障レーザー治療については,新田耕治氏と杉山和久氏にお願いし,アルゴンレーザー線維柱帯形成術(ALT)や選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT),さらにはレーザー隅角形成術について適切な情報を紹介していただいた.フェムトセカンドレーザーによる角膜手術については,稗田牧氏がLASIKフラップ作製,角膜内リング挿入用切開,角膜移植さらにはFLEXにも言及し,このレーザーが角膜手術に如何に有効であるかをお示しいただいた.フェムトセカンドレーザー白内障手術については,平沢学氏とビッセン宮島弘子氏に解説をお願いした.このレーザー機器は,わが国では,未だ厚生労働省未承認機器であるが,欧米諸国では承認され,多くの白内障手術に使用されつつある.数社が開発している機器のあいだの優劣は未だ明確ではないが,このようなフェムトセカンドレーザーとOCTを駆使した最新テクノロジーが眼科治療機器として登場したことに驚嘆するばかりである.炭酸ガスレーザーについては中内一揚氏にお願いした.このレーザーは眼瞼や皮膚手術に有用であり,その臨床応用についてわかりやすく解説いただいている.そして最後に,次世代のレーザー応用の可能性について米谷新氏に解説いただいた.われわれの想像を超えたレーザーが登場することを大いに期待させるものである.以上,この特集が眼科治療用レーザーを理解するうえで有用となることを願っている.776あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014(2)