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後記臨床研修医日記 28.旭川医科大学眼科学講座

2014年1月31日 金曜日

●シリーズ後期臨床研修医日記旭川医科大学眼科学講座海野茂樹旭川医科大学眼科学講座では現在,後期臨床研修医2年目として大学病院で1人,関連病院で2人が研修を積んでいます.吉田晃敏学長をはじめ各分野の専門の先生方やORTなどのスタッフの皆さんに指導していただきながら,しっかりとした知識と技術を身につけ,北海道の眼科医療に貢献すべく頑張っています.当講座では初期臨床研修病院を大学選択にすると約1年間の眼科選択が可能であり,初期研修時代に眼科医としての一歩をすでに踏み出しています.基礎的な診察方法や疾患に対する知識・手術の際の外科的技術などを習得し,後期研修1年目では関連病院で一般的な外来診療や手術の経験を積み,再び大学病院に戻りさらに専門的な知識・経験を身につけていくというのが当講座の研修のおおまかな流れです.また,研究分野に興味がある場合には大学院生として大学病院に戻り,研究の道を選択することも可能です.今回は当講座の北海道ならではの特徴なども含めてご紹介したいと思います.外来編外来でのおもな仕事は初診担当,教授診の陪席などです.もちろん初めから一人で初診の患者さんの担当などできるわけもなく,はじめは上級医の先生の外来に陪席しながら問診の取り方や検査オーダーの仕方,所見の書き方などを教わっていきます.そうして一通り所見を取り検査を終えたあとに,教授に診察していただき,足りない検査の追加指示や各専門外来の先生と相談するようにとの指示をいただいたりします.当科には旭川市内はもちろん北海道各地から紹介の患者さんが集まってくるほか,当科での診察を希望されて飛び込みで受診される患者さんも数多くいらっしゃるので,てきぱきと進めていかないとすぐに外来が患者さんであふれてしまいます.当科には眼循環や糖尿病,黄斑疾患,緑内障,斜視弱視,角膜などの各種専門外来があり,前眼部OCTやSD-OCTなどの新しい検査機器も多数揃っているため,担当の患者さんに合ったそれぞれの外来の先生にご指導をいただきながら,より専門的な検査・診察を進めていくことができることは大学病院の強みであるなと感じています.また,毎週月曜日は吉田学長の外来に陪席するのですが,実習の学生も見学しており,モニターに映し出される画像の解説などもします.今でこそそれなりに説明することができるようになりましたが,初期研修のころは「自分でもわかっていないのに学生に説明するなんて…」と思いながら大嘘だけはつかないように何とか頑張っていました.病棟編旭川医科大学病院の眼科病棟は約40床ですが,基本的には予定入院の方で埋まってしまい,網膜.離や外傷などの緊急入院でベッドが足りなくなると他病棟に借りるほどで,常時ほぼ満床以上となっています.当院の眼写真1眼科医局吉田学長を中心に当講座の先生方です.(89)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014890910-1810/14/\100/頁/JCOPY 写真2診察室にて(筆者)科の手術日は原則として火曜日と木曜日となっているため,その前日の月曜と水曜に多くの患者さんが入院してきます.私たちは交代で病棟当番をすることになっていますが,院内各階に当科の患者さんが入院することもあり,入院時の指示出しや糖尿病がある方のインスリン指示など,患者さんのいるフロアを順番に訪問しながら間違いがないように進めていくのはなかなか大変です.眼科はどこもそうだと思いますが,基本的には入院期間が短い患者さんが多いので,入院時の指示出しや検査値の確認,入退院サマリーなどの書類の作成といった諸々の雑務が短期のサイクルで押し寄せます.大変な業務ですが,これをやらないと当科の業務全体が回らなくなると考えると,とても責任重大でありおろそかにはできないのが病棟係の仕事です.手術編前述のように,当院では原則的に火曜日と木曜日が眼科の手術割り当て日となっており,一般の手術室が2列と,病棟手術室が2列の計4列で手術を行っています.一般手術室では硝子体手術や角膜移植術,斜視手術などが行われており,病棟手術室では白内障手術や翼状片手術などが行われています.1日に約20件,年間で約1,600件の手術が行われていますが,件数だけでなく疾患の種類も多様であり,助手としてそれらの症例を経験できることは今後にとって大きなプラスとなると思います.そのように忙しいなかでも,翼状片手術や白内障手術の部分ごとの指導から完投までの指導,テーマごとの手術勉強会などをしていただいております.気が付けば,今までに執刀医として白内障手術150例,翼状片そのほかの手術15例もの経験を積むことができました.また,当科にはおもに道北・道東から臨時手術が必要90あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014写真3朝の手術勉強会のひとコマな患者さんが紹介されてくることもあり,非常に広い地域をカバーしているため,手術日ではない日でも何かしらの臨時手術を行っていることが多いです.遠方から来院するということもあり,到着が遅い時刻となれば手術の開始時刻も遅くなり,ときにはすべての科のなかでも最後まで手術室に残っているという日もあります.当講座ではここ数年で看護師さんやメディカルクラークさんのさらなる協力が得られ,研修医や若手医師の雑務の負担がだいぶ軽減されてきました.もちろんそれでも忙しいことに変わりはないのですが,少しでも診療技術や知識の習得に充てる時間が増えていることは,とてもありがたいことだと感じています.出張は小旅行並み後期研修医として大学病院に戻ってきてからは道内の関連病院への外来応援の出張や学校検診が当たるなど学外での勤務も増え,いろいろな環境で診療を進めていくことに対応することが求められます.普段,大学では当たり前にオーダーしているOCTやHFAなどもどこにでもあるものではありません.そういった検査機器を備えていない施設では,いつも以上に問診や眼底所見の観察をしっかりと行うことが大切であるということを実感します.また,そのような検査が必要となった場合でも,最寄りの大きな病院までは100km以上ということも珍しくはありません.患者さんもいろいろな事情がありますし,冬の北海道では移動そのものが困難であるため,なかなかすぐには受診できないということがあります.そのようなときでも,できるだけ受診を促すために検査の必要性を含めしっかりと疾患のことを説明できる(90) ように,自分自身の疾患に対する理解を深めていくことの大切さを感じています.このような環境下ですので,いわゆる一般的な外勤出張のイメージとはだいぶ様相の異なる展開となることがあります.旭川は北海道の中心に位置するのですが,道内各地への出張には鉄道や飛行機やマイカー,離島に行く際にはフェリーまで使うこととなります.私は先日まで道東の釧路に赴任していましたが,旭川.釧路間は陸路では約300km・6時間ほどであり,大学から応援に来ていただく先生方は前日の仕事を終えたあと,夕方に旭川を出発して鉄道や空路で出張に来ていただいていました.また,常任の眼科医がいない地域の学校検診などもさせてもらいますが,先日もやはり300kmの移動があり,このときは自分の車で移動しました.私はもともと本州出身ですので,入局した当初は先輩の先生方が「これから18時のJRで出張行くんだよね(目的地は200km先…)」とか「雪がひどくて飛行機もJRも怪しいから,とりあえず行けるところまで行っておくわ」などと当然のように話していることに驚いていました.本州に住んでいたころは300kmの移動となれば相当な距離と思っていましたが,北海道での生活が長くなるにつれて不思議となんでもないことのように感じてきて,今では自分も道内のあちこちに行かせていただいています.また,このような出張の際には,仕事の合間や移動の際に観光地を巡ったり,夜はその土地の美味しいものをいただいたりと,普段は忙しくてなかなか旅行などに行けない分の穴埋め以上に楽しい経験もしています.おわりに『後期臨床研修医日記』というタイトルからはやや外れてしまったような内容ですが,当講座の紹介をさせていただきました.今現在は大学病院に戻ってきましたが,戻ってからは臨床経験だけではなく学術分野での経験も積ませてもらっています.昨年は韓国プサンでのAPAOで発表をしましたし,それをもとに論文も執筆中です.また,今年東京で開かれるWOCにも演題を出しており,今から楽しみにしています.眼科医としては,まだはじめの一歩を踏み出したばかりですが,外来診療,手術,研究とそれぞれに熱い先輩方にご指導をいただきながら,多忙ながらも楽しい日々を過ごしています.〈プロフィール〉海野茂樹(かいのしげき)平成12年東北大学法学部卒業.平成22年旭川医科大学卒業.旭川医科大学病院にて初期研修修了後,平成24年4月旭川医科大学眼科学講座入局.後期研修医.指導医からのメッセージ―「高い志,深い配慮」それが,後期臨床研修医の将来を決める―現在,旭川医科大学眼科には,後期臨床研修医の2年目として3名が在籍しており,大学病院で日夜奮闘しているのが海野先生であり,大学院に進学した宋先生,関連病院で活躍している川口先生,それぞれの道でとてもよく頑張っている.初期臨床研修制度が平成16年にスタートしてから,地方の大学では眼科入局者が減少している.当教室も例外ではないが,プログラムを工夫した.すなわち,大学選択の研修にすると,初期臨床研修の2年間で約1年間の眼科選択が可能となる.これによって,本学では,6年生のときに眼科を選んでくれた初期臨床研修医は,海野先生のように,2年間ですでに眼科医としての基礎的なトレーニングを始めている.さらに,後期研修1年目では通常は関連病院で一般的な外来診療や手術の経験を積み,再び本学病院に戻りさらに専門的な眼科学を学ぶのが当科の研修方針である.「鉄は熱いうちに打て」とはよくいわれることだが,私は,この時期の1年1年は本当に大事な時期であり,「高い志,深い配慮」,それが後期臨床研修医の将来を決めると思って,海野先生をはじめこの3名に心から期待している.そして,全国から研修医が集まるようなプログラムも用意している.私の研修医の頃と比べると今の環境は,素晴らしくバージョンアップされており,多くの学生や若い医師に自信をもって眼科学を学ぶことを勧めていきたい.(旭川医科大学眼科学講座教授吉田晃敏)(91)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201491

My boom 24.

2014年1月31日 金曜日

監修=大橋裕一連載MyboomMyboom第24回「山下高明」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)連載MyboomMyboom第24回「山下高明」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)自己紹介山下高明(やました・たけひろ)鹿児島大学大学院医歯学総合研究科感覚器病学眼科学私は鹿児島大学眼科に平成10年に入局して臨床研修後,網膜細胞外マトリックスの基礎研究,網膜硝子体の臨床研究を行ってきました.平成17年から緑内障を専門にして,平成21年にロンドンのモアフィールズ眼科病院で統計学を勉強しました.現在は,眼科疾患の大半は眼球の構造的なバリエーションで起こるという思い込みのもと,画像解析と統計解析を用いて,緑内障と近視を主に研究しています.最近のmyboomはブラック企業,統計,伝達力です.臨床のmyboom私が入局した当時は,多くの大学病院も同じ状況だったと思いますが,昼食もとれない激務で1日16時間を超える長時間労働,時間外給与が出ない,医師以外が行うべき業務を数多くこなさなければいけない,休みも月1回程度という状態でした.私自身は頑強であり,同僚・上司に頼もしい先生が多かったために,楽しく仕事をすることができましたが,過酷な環境に耐えられず,やめてしまった先生もいます.転帰は,数年前に研修医から,大学の眼科はブラック企業だから研修したくないといわれたことです.たしかに,上に列挙した内容はまさにブラック企業に当てはまります.そこで,入局者の多い医局を見学すると,多くの業務をこなしているにもかかわらず,時間に余裕があ(87)0910-1810/14/\100/頁/JCOPYることがわかりました.そこから鹿児島大学眼科をホワイト企業にするべく,窮状を訴える要望書作成がはじまりました.視能訓練士を含めたコメディカルスタッフを増員して医師以外でもできる業務は任せる,時間外給与は全額確保,手術室を増やして手術が早く終わるようにする,医局の雰囲気を良くするなど,教室員一丸となって改善しました.幸いだったことは当院の事務・病院長が眼科のブラックな環境に理解を示し,迅速に対応してくださったことです.その結果,手術数が年々増加しているにもかかわらず,通常業務を早く終わらせることができるようになりました.その分,研究・調査する時間がとれるようになり,学会発表・論文投稿も増加しました.今は研修医に人気=充実した仕事ができる医局になるよう,さらなる工夫を模索しています.研究のmyboomロンドン留学を機に始めた統計学ですが,今は業務改善で得た時間を利用して,医学と同程度の時間を割いて勉強しています.一見するとわからないことが,統計学によって明らかになるため,その楽しさにはまってしまい,統計学の論文にまで目を通すようになりました.統計学を用いれば,細かいですが重要な違いを発見することができます.その違いを説明できる仮説を閃くことができれば,より真実に近づけるのではないかと思っています.そのため,どこかの某刑事のように,細かいことが気になってしょうがないという悪い癖がついてしまいました.この癖がつくと,図表やデータをみると何か一言いわずにはいられなくなります.そのような眼で,昔読んだ論文を読み返すと,以前は気付かなかった新しい発見がたくさんあります.統計学を勉強することで,世間がまったく違ってみえることは統計学者の先生方が本に書いていますが,私も実感しています.本当に統計学あたらしい眼科Vol.31,No.1,201487 写真1今後の課題である雑然とした暗室写真1今後の課題である雑然とした暗室写真2国際視野学会にて鹿児島弁なまりの英語で説明中はお勧めの学問です.ただ,勉強していて感じることは,従来から用いられていた手法が必ずしも適切ではないことが判明したり,より正確な評価ができる統計手法が発表されたりと,統計学も日々進歩しているということです.私自身,統計学に関してはまだまだ未熟で,自分のいっていることが本当に良い方法なのか不安を感じます.それでも,眼科専門医でかつ統計に詳しいことの利点は強く実感していますので,今後も精進していきたいと思っています.交流のmyboomイギリス緑内障学会と国際視野学会にそれぞれ2回連続で参加しました.この2つの学会は参加人数が少なめで1会場で発表するため,すべての講演を聞くことができます.両学会とも統計解析を駆使した発表が多く,統計に興味のある先生にはお勧めの学会だと思います.プライベートのmyboom伝達力とは言葉尻に惑わされず,相手の伝えたいことを感じ取り,自分の伝えたいことを相手にわかってもらう能力とされています.伝達力が身につけば,仕事では患者の希望を感じ取り,適切なムンテラができます.プライベートでは,幼い娘と息子が伝えたいことを感じ取り,適切な言葉を選んで教育することができます.心に余裕が必要なので,昔は激務のためまったくできませんでしたが,最近は家族と過ごす時間が増え,徐々に伝達力が身についている実感があります.自身の言動を振り返ると,同じ眼科医である教授と話すときよりも,異性である妻と話すときのほうが,よほど言葉に気を使って話しています.自分の伝えたいことを相手が不快にならないように話すのは,私にとってはまだまだむずかしいことですが,結婚して十数年たち,最近,妻が私の伝達力を少し認めてくれるようになりました.今後はプライベートだけではなく,教授に対してももう少し気を使った言葉づかいを心がけたいと思います.次回のプレゼンターは,山口の鈴木克佳先生(山口大学)です.鈴木先生は留学先が同じで,昨年のイギリス緑内障学会でご一緒した仲です.よろしくお願いします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.88あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(88)

日米の眼研究の架け橋 Jin H. Kinoshita先生を偲んで 13.海外留学のススメ

2014年1月31日 金曜日

JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑬責任編集浜松医科大学堀田喜裕JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑬責任編集浜松医科大学堀田喜裕海外留学のススメ森和彦(KazuhikoMori)京都府立医科大学眼科学教室1988年京都府立医科大学卒業・同大学眼科研修医.1989年同大学大学院入学.1991年留学.1993年福井医科大学(現福井大学)眼科助手.1995年京都府立医科大学眼科助手.1999年同大学眼科講師.2006年日本緑内障学会評議員.2007年須田記念緑内障研究奨励基金受託.現在に至る.●Jin先生との関わり★現在,緑内障を専門としている私とJinH.Kinoshita先生との関わりは,それほど回数の多いものではありませんでした.私の留学時期は,先生がNEIを去りカリフォルニアに移られてから1年半ほど経過していたため,先生がNEIに来られたときや学会でお会いする程度でした.直接ご指導をお受けしたわけでもなく,英語もままならぬ私に対して「KyotoBoyか,元気にしているか」といつも親しくお声をかけていただいたことを覚えております.しかしながら,研究室には先生の遺された温かい雰囲気が随所に感じられ,また先生がおられた当時をよく知る日本人の研究者の方々も数多く残っておられましたので,大変に努力をされたすばらしい方であることを間接的にいつもお聞きしておりました.残念ながら帰国後に研究分野を変えざるを得なかったため,その後学会でお会いすることもできませんでしたが,ご自身で書かれた水墨画の写真に温かいメッセージを添えたクリスマスカードを何度かやり取りさせていただきました(写真1).このような間柄ではありますが,当時を知る最後の世代の1人として本稿を書かせていただきます.●留学までの経緯★私は,1988年京都府立医科大学眼科学教室に入局後,糖尿病眼合併症を研究対象とする研究グループに加入してガラクトース血症ラットを用いた研究に携わり,赤木好男講師(前福井大学教授)らのご指導を受けました.翌1989年より大学院に進学し,森本武利教授の主宰す(85)写真1Jin先生よりいただいたクリスマスカードる第2生理学教室にて西川弘恭助教授(前明治鍼灸大学教授)の指導のもと,核磁気共鳴法の基礎を学びました.当時,京都府立医科大学眼科からは米国国立衛生研究所眼研究部門(NEI/NIH)やミシガン大学など,海外へ数多くの先生方が留学しておられ,漠然といつかは自分も留学したいものだと考えていました.大学院2年目の秋が過ぎた頃,NEIでMRIを用いたプロジェクトが進行中とのことで,赤木講師の推薦により留学の打診がありました.留学前の状況はといえば,日中は研修医と同じ臨床業務をこなしつつ,定収入のない院生として当直や外勤務に精を出しながら,夜になって研究室へ戻り,夜中まで研究を行うような生活をしていました.とくに英語が得意なわけでも英会話教室に通った経験もなく,海外どころか飛行機に乗ったこともない内気な性格でしたから,単身での海外留学は非常に不安で,清水の舞台から飛び降りるかのような一大決心が必要でした.留学が決まった後も日本での研究をまとめる必要もあり,到底,留学準備の時間的余裕もなく英会話教室に通うこともできません.不安な中,2月にハワあたらしい眼科Vol.31,No.1,2014850910-1810/14/\100/頁/JCOPY 写真2Poolsvilleでのビーグル犬の前眼部撮影イの学会でPeterKador博士と面談し,いよいよ4月からの留学が確定しました.●留学時代の想い出★1991年4月からNEIのKador博士のもとでMRIを用いたイヌガラクトース白内障の定量的研究を行うことになりました.前任の狩野宏成先生(金沢医科大学非常勤講師)から仕事を引き継いだ後,2年間の留学期間中にはNHLBIのBobBaraban博士のラボとの共同研究,NIH設立当初の建物であるBuilding#1地下のNMR室ごもり,郊外のPoolsvilleにあった犬舎でビーグル犬の前眼部写真撮影(写真2),全麻下ビーグル犬のMRI解析などの仕事を行いました.幸い同じラボには佐藤佐内先生(元オクラホマ大学教授),高橋幸男先生(元福井医科大学助教授),寺田知行先生(大阪大谷大学教授)らの日本人研究者もおられたため,英語には不自由しましたが一度もホームシックになることはありませんでした.右も左もわからぬ若輩者でしたが,各国の研究者が集まり世界最高峰の研究機関で行われている研究は驚嘆の連続であり,そのNEIのScienceDirectorであったJin先生のおかげで自分がここにいることができることに常に感謝させていただいておりました.●若い頃の海外留学のススメ★1990年代初めはようやく研究所内でメールが使い始められた時代で,自宅ネット回線も個人メールアドレスもなく,日本の情報といえば数日遅れで回って来る読売新聞衛星版と1日に数時間ケーブルテレビで放映されるNHKニュースぐらいでした.海外で生活してみると,86あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014生まれてこのかたどっぷりと漬かっていた日本社会というものが絶対的なものではなく,世界標準からすれば極めて特殊なものであるというショッキングな事実を突きつけられ,世界の中の日本というものを強く意識させられます.これは海外旅行では味わえない海外在住経験者独特の感覚であり,単に国際感覚というだけでは済まされない貴重な体験でした.近年,若くして海外留学をしようとする日本の研究者が減っていると聞きます.少しでも若い時期にこのような視点,すなわち日本の常識が世界の非常識であるという多様性の認知ができれば,その後の研究生活のみならず人生においても有用であるように思います.現代は世界の情報距離がどんどん狭くなっていて,一瞬で世界中に情報が飛び回ります.ネット環境さえあれば日本の情報はいくらでも手に入れることができますから,当時のような孤独感,隔離感はなかなか味わえなくなってしまいました.以前と比べれば海外留学のメリットが少し薄れてしまいましたが,若くして日本を離れ見聞を広める意義自体は決して小さくはないと考えます.●専門分野変更のデメリット:異分野でも経験は生きる★若くして留学する場合の問題点として,帰国後に必ずしも留学中の専門分野を生かせるとは限らないことがあります.私も諸般の事情により留学時の研究を継続することができずに,新しい分野を開拓する必要に迫られました.専門分野を変更すると,折角海外で培った留学中の人脈が使えませんし,学んできた最新の技術を直接応用することができません.しかしながら当座はメリットがなくとも,どのような分野であっても何らかのつながりはありますから,全く無駄になってしまうわけではありません.長い目で見れば,その経験がプラスになるときが必ず来るといえます.●諸先生方ならびにJin先生への感謝★振り返って今の自分があるのはJin先生を始めとして諸先生方の薫陶のお陰と改めて感謝する次第です.そのような経験を少しでも若い先生方に伝えていくことこそが,恩返しに繋がるのではないかと思っております.若い皆さん,積極的に海外へ出ていきましょう.(86)

WOC2014への道

2014年1月31日 金曜日

WOC2014東京開催が目前に迫ってきました.多くの日本の眼科医にとって,日本で開催される国際眼科学会を経験することができる,生涯を通じて貴重な唯一の機会になることでしょう.私は日本眼科医会の執行部役員として,WOC各種委員会に参加させていただいております.前回はアブダビ,前々回はベルリンで開催されたWOCに委員として出席して参りました.ベルリンではドイツの伝統や歴史に触れることができ,アブダビでは場内を歩き回るだけで筋肉痛になるほど,世界で開催されるどの学会より学会場が広く,何でも世界一を目指す国の姿勢を感じることができました.WOC2014東京では,「おもてなしの心」で学会参加者をお迎えしようということになりました.日本がもっとも美しく,日本らしい春の桜の咲く時期に「おもてなしの心」と日本特有の「きめ細やかな配慮」で学会運営をさせていただき,日本の伝統を感じ取ってお帰りいただきたいというのが我々の願いです.大鹿哲郎WOC2014会長も「世界から多くの眼科医を迎え,わが国のハイテクと伝統の融合を味わっていただきたい」と述べています.さて,日本眼科医会は1978年に京都で開催された国際眼科学会にも最大限の協力をさせていただきました.会員へ学会参加の呼びかけを行い,多くの国内参加者で賑わったそうです.なお,1978年京都大会の事前登録料が7万円,当日登録料は8万円と当時としてはかなり高額で,それに比べWOC2014東京の登録費用がとても割安であることがわかります.さらに,寄付金の呼びかけや組織委員会議事録などを日本眼科医会雑誌『日本の眼科』に掲載し,その結果1億円以上のご寄付をいただいたそうです.各種委員会にも20名の日本眼科医会役員を参加させました.現在でも「予想以上の参加者に湧いた国際学会」と,当時を知る先生方からは評価されています.WOC2014東京は,前回の京都開催を大きく上回る規模になることは間違いありませんが,その成功には日本眼科学会と日本眼科医会,そして日本国内の眼科の先生方の協力が不可欠です.日本眼科医会役員として,京都大会のときと同様,今回のWOC2014東京へのご協力をお願いする次第です.WOC2010ベルリンの参加者は,参加者総数が13,100人でその約半数がドイツ国内からの登録者であったそうです.他の国で開催された場合も同様で,ほぼ半数は国内からの参加者であったようです.WOC2014東京も12,000人以上の参加者を目指していますが,そのためにも,7,000人以上の日本国内からの参加者が必要です.日常の臨床でお忙しい日本の先生方が,海外に出向く機会は少ないのが現状ではありますが,WOC2014東京の参加を今後の国際交流を深めていくうえでの足掛りにしていただきたいと願っております.WOC2014への道あとカ月小沢忠彦小沢眼科内科病院,日本眼科医会常任理事写真第23回国際眼科学会(1978年5月14~20日,京都)開会式3WOC2014東京開催が目前に迫ってきました.多くの日本の眼科医にとって,日本で開催される国際眼科学会を経験することができる,生涯を通じて貴重な唯一の機会になることでしょう.私は日本眼科医会の執行部役員として,WOC各種委員会に参加させていただいております.前回はアブダビ,前々回はベルリンで開催されたWOCに委員として出席して参りました.ベルリンではドイツの伝統や歴史に触れることができ,アブダビでは場内を歩き回るだけで筋肉痛になるほど,世界で開催されるどの学会より学会場が広く,何でも世界一を目指す国の姿勢を感じることができました.WOC2014東京では,「おもてなしの心」で学会参加者をお迎えしようということになりました.日本がもっとも美しく,日本らしい春の桜の咲く時期に「おもてなしの心」と日本特有の「きめ細やかな配慮」で学会運営をさせていただき,日本の伝統を感じ取ってお帰りいただきたいというのが我々の願いです.大鹿哲郎WOC2014会長も「世界から多くの眼科医を迎え,わが国のハイテクと伝統の融合を味わっていただきたい」と述べています.さて,日本眼科医会は1978年に京都で開催された国際眼科学会にも最大限の協力をさせていただきました.会員へ学会参加の呼びかけを行い,多くの国内参加者で賑わったそうです.なお,1978年京都大会の事前登録料が7万円,当日登録料は8万円と当時としてはかなり高額で,それに比べWOC2014東京の登録費用がとても割安であることがわかります.さらに,寄付金の呼びかけや組織委員会議事録などを日本眼科医会雑誌『日本の眼科』に掲載し,その結果1億円以上のご寄付をいただいたそうです.各種委員会にも20名の日本眼科医会役員を参加させました.現在でも「予想以上の参加者に湧いた国際学会」と,当時を知る先生方からは評価されています.WOC2014東京は,前回の京都開催を大きく上回る規模になることは間違いありませんが,その成功には日本眼科学会と日本眼科医会,そして日本国内の眼科の先生方の協力が不可欠です.日本眼科医会役員として,京都大会のときと同様,今回のWOC2014東京へのご協力をお願いする次第です.WOC2010ベルリンの参加者は,参加者総数が13,100人でその約半数がドイツ国内からの登録者であったそうです.他の国で開催された場合も同様で,ほぼ半数は国内からの参加者であったようです.WOC2014東京も12,000人以上の参加者を目指していますが,そのためにも,7,000人以上の日本国内からの参加者が必要です.日常の臨床でお忙しい日本の先生方が,海外に出向く機会は少ないのが現状ではありますが,WOC2014東京の参加を今後の国際交流を深めていくうえでの足掛りにしていただきたいと願っております.WOC2014への道あとカ月小沢忠彦小沢眼科内科病院,日本眼科医会常任理事写真第23回国際眼科学会(1978年5月14~20日,京都)開会式3(83)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014830910-1810/14/\100/頁/JCOPY

現場発,病院と患者のためのシステム 24.非専門家の登場と問題

2014年1月31日 金曜日

連載現場発,病院と患者のためのシステム連載現場発,病院と患者のためのシステムExcelのマクロが組め(作れ),Accessも使いこなせるし,インターネットを駆使して情報を入手し,適宜編集して利用することもできる…20年以上前の大型汎用コンピュータの時代に非専門家の登場と問題杉浦和史*は,専門的な教育を受けた者にしかできなかったことが,今や簡単なシステムなら,非専門家だった者が作ってしまう時代になりました.専門家ではじめに手軽に購入できるようになったパソコンを使い,試行錯誤と経験で知識を得た一家言もっている医師はじめ医療従事者はたくさんいます.これらの方々が,新しい製品や環境が発表されると直ちに製品を購入して使い勝手を確かめ,実務に応用してしまうことは,それほど珍しはない現場の者が直接システムに関与することをEUC(EndUserComputing)といいますが,医療機関でのEUCとその問題につき簡単に説明します.いことではない時代です.20年以上前の大型汎用コンピュータ時代に専門的な教育を受けた昔の技術者が,「じっくり考えて」「機能解説書を読んで」などといっているうちに,試行錯誤しながらアッという間に使いこなしてしまう非専門家は確実に増えています.EUCが進めば,欲しい機能を手に入れるまでの時間が大幅に短縮され,実務に基づいているので,使いやすい機能,操作性に優れていることは容易に想像できます.しかし,良いことばかりではなく,問題もあります.代表的なものを3つあげます.①全体を見据えていない.②信頼性,品質,性能への関心が希薄.③保守性,拡張性を考慮しない.それぞれにつき,簡単に説明します..全体を見据えていない“群盲,象を撫でる”というインドの寓話があります.目の不自由な者が何人かで象を撫で,それぞれ撫でた部分の感想を述べるというものです.牙を触った人は,堅い細長いもの,鼻を触った人はグニャグニャした長いものというでしょう.尻尾を触った人は,綱のようなものというに違いなく,結局,触ったものが象であることは誰にもわかりません.象に関する説明をし,特徴を理解してもらったうえで,牙はここ,鼻はここ,という説明を受ければ,眼が不自由でも理解できたでしょう.システムも同じです.何を作ろうとしているのかの全体像(最終形)を理解せず,牙,鼻,尻尾,足や耳に相当す(81)0910-1810/14/\100/頁/JCOPYる部門のシステムを作っても,部門間の機能の連携がわからず,情報の授受もわからず,システム全体として不整合なものができあがってしまう怖れがあります.最初に手をつけるべきは,院内業務をシステムに載せるための一環した方針を作り,最終形を描くことです.つぎに,この方針をスタッフに強制するのではなく自発的に理解してもらいます.周知された後,非専門家だがパソコンに習熟している者なら対応可能な範囲の機能を切り出せば,その部分をシステム化しても問題ないでしょう.しかし,院内全業務をカバーするシステムにチャレンジするのは止めましょう.考慮する幅と深さが違います..信頼性,品質,性能への関心が希薄1.信頼性一言でいえば,“動けば完成”と考えるのは危ない,ということです.自分の守備範囲の作業効率化(PersonalAutomation:PA)や,トラブル発生時に影響を受ける範囲が限られた業務,作業であり,代替え手段がある場合には,それほど気にしなくても良いかも知れません.しかし,対象が基幹業務だった場合には,トラブル発生で病院の業務が止まってしまいます.今や,24時間365日稼働するシステムは特別なケースではなくなって*KazushiSugiura:宮田眼科病院CIO/技術士(情報工学部門)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201481 いますが,相互に正しく動いていることを前提としているなか,おかしくなったら最初(再起動)から,という発想は危険です.立ち上げ中は,そのシステムとの間で情報授受ができなくなり,玉突き衝突的に不具合が連鎖し,システム全体が止まってしまいます.しかし,パソコン黎明期には再起動して最初からやり直せば済むという考え方が普通でした.パソコンが独立して使われるスタンドアロンの使い方なら構いませんが,相互に連携して動く規模の大きなシステムの場合には,この発想は危険です.2.品質品質を保証するためには,適当にピックアップしたいくつかのケースでテストするのではなく,処理の対象となる業務,作業で起こりえるすべてのケースでテストをしなければなりません.テスト漏れがないよう,テスト項目を洗い出し,テストの方法を含めてのレビューも必要になります.テストの方法とは,環境も含め,その方法でテストしたことになるかどうかということです.3.性能性能(レスポンス)は見落としがちな点ですが,とても重要な要素です.検査結果,所見,処方指示などのデータがあるサーバにアクセスが集中する場合を考えてみましょう.コンピュータ,記憶装置などは一度に多くの要求を処理しているようにみえるものの,顕微鏡的にみれば,瞬間的には1つの処理しかしていません.パソコンからの処理要求は,処理の順番がくるまで待ち,行列のなかで待たされます.しかし,超高速で処理されるため,あたかも一度に多くの要求が処理されているようにみえるだけです.サーバを参照したり書き込んだりするパソコンの台数が増えれば,必然的に処理要求数が増えます.その分,待ち行列の長さが長くなり,順番が回ってくるのが遅くなる=レスポンスに影響が出るということです.システム化対象業務を増やしたり,パソコンを増やしたら,レスポンスが悪くなった例はよく聞きますが,性能に関する基本的な知識を身につけ,気にする習慣をつけていれば大事には至りません..保守性,拡張性を考慮しないシステムを設計する際には,今後変わるかもしれない要素を考慮しなければなりません.例えば,保険請求,82あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014薬剤処方,用法用量の規則です.これらは変化があることを前提とした作り方になっていなければなりません.医師はじめスタッフも追加・削除・変更ができるようになっていないと,採用,退職に対応できません.消費税が8%,10%に引き上げられることが決まりました.竹下内閣のときに導入されたこの消費税,最初は3%でした.橋本内閣のときに5%に上がりましたが,この税率を固定にしたプログラムの作り方にしてしまうと,変更のあった都度,関係する個所を直さなければなりません.これを売価×aのように,消費税率をパラメタaにしておき,aの値を変えることで関係するすべての該当個所が間違いなく更新されるよう,プログラムすべきです.これはプログラミングの基礎で教えてもらうことですが,この辺の気配りが,非専門家と一連の系統だった教育を受けた者との違いになって現れます.また,眼科は検査の種類が多いことで知られていますが,新しい検査機器が増設されたときのサポート手順も決めておかなければ,検査結果をシステムに取り込めるようになるまでに時間を要してしまいます.この辺の配慮も,訓練を受け,実戦経験をした者と,そうではないパソコン操作が長じた非専門家とでは,違いがでてくるところです..その他システム化対象業務,作業はBPR(業務改革)が実施されていることが望ましいのはいうまでもありません.非専門家にとっては日常的にやっている業務を根本から見直すなどということは,なかなかできませんが,システム化の前に行うことが望ましいことはいうまでもありません.例外処理はBPRの対象として適しているというのが過去の経験です.往々にして,無理無駄の宝庫であり,トラブルの発生源になっていますが,例外処理が腕の見せ所だったベテランは,その価値を失うことを怖れるかも知れません.しかし,仕事の属人性を解消するためには必要なことと理解しなければなりません.例外処理が少なくなれば,プログラムは作りやすくなり,テストもしやすくなり,システムの品質向上が期待できます.手間を要す例外処理がなくなれば,作業の品質も上がるはずです.(82)

タブレット型PCの眼科領域での応用 20.教育分野でのタブレット型PC活用の現状

2014年1月31日 金曜日

シリーズ⑳シリーズ⑳タブレット型PCの眼科領域での応用三宅琢(TakuMiyake)永田眼科クリニック第20章教育分野でのタブレット型PC活用の現状■見る喜びを育てる,弱視者教育分野での導入の意義第20章で取り上げる端末は,私が代表を務めるGiftHandsの活動や臨床業務で活用しているタブレット型PC“iPadAir(米国AppleInc)”と,iPhone5s(米国AppleInc)のiOSバージョン7.0.4です.この章ではタブレット型PCやスマートフォンの弱視者を含む教育分野での活用の現状と意義を紹介していきます.■教育とICTの関わり経済協力開発機構(OECD)が,世界65カ国・地域の15歳51万人以上が参加した2012年の学習到達度調査(PISA)の結果を発表しました.日本は数学的応用力7位(前回9位),読解力4位(前回8位),科学的応用力4位(前回5位)と順位を回復させました.これらの学力の向上の背景には,一部にゆとり教育から応用力を育てる教育への変換があるといわれています.応用力の育成に焦点を当てた教育の特徴は,これまでの国語や算数といった科による縦割りの教育ではなく,数理(算数と理科の知識を組み合わせて問題を解決する授業)やことば(コミュケーション能力の育成を行う授業)など科の枠を超えた問題解決能力とコミュケーション能力の育成を行う授業の導入にあります.また,教師と生徒が双方向性の高い授業の確立が重要と考えられるため,生徒が授業で自発的に意見を発信するツールの一つとして,近年iPadに代表される情報通信技術ICT(informationandcommunicationtechnology)の教育分野への導入が試みられています.小学校・中学校・高校・大学・専門スクール・学習塾などの指導者で結成された“iTeachers”は,各施設におけるICT導入・活用事例を共有するために,イベン(79)0910-1810/14/\100/頁/JCOPYトやメディアを通して多方面にICTの教育現場での導入の重要性についての情報発信を行っている団体です(http://www.iteachers.jp).iTeachersによる外国語学授業での活用事例では,生徒が考えたシナリオを外国語の台詞で演技して,スマートフォンで撮影した作品をタブレット型PCで編集し各自がプレゼンするなど新しい形での授業スタイルを報告しています.これまでのテキストによる教育とは異なり,これらの授業スタイルは極めて創造性と自由度が高く生徒は自発性や応用力を発揮しやすく,自ら考え表現することが可能になるといえます.タブレット型PCやスマートフォンといったICT機器の一般社会での普及に伴い,教育分野のみならず他分野において,今後このような変化は一層活性化すると考えられます.また,以前にも紹介しましたが,弱視教育の分野におけるICTの活用の可能性はとても大きく,さまざまな施設での検討が始まっています.■弱視者教育分野の活用事例広島大学大学院教育学研究科の氏間らは,国内の複数の協力施設(小学校,中学校,視覚支援特別学校など)においてタブレット型PC活用の指導を行い,理科の授業をはじめとしたさまざまなICT導入事例を報告しています(図1).また,大阪府立視覚支援学校ではタブレット型PCやスマートフォンを用いた,弱視者や全盲の児童・生徒での実習への導入事例を報告しています(図2).これらの事例報告に共通していえることは,タブレット型PCを導入したことで,視覚障害をもつ児童・生徒が視覚障害をもたない児童・生徒と同じ空間で,同時に実習を体験することができるということです.タブレット型PCやスマートフォンのアプリを通して障害による実習内容の認知の差を少しでも埋めることあたらしい眼科Vol.31,No.1,201479 図1氏間研究室のウェブサイト導入事例の報告や手引きが紹介されている.(http://home.hiroshima-u.ac.jp/ujima/src/index_j.html)が可能となります.また,視覚障害をもつ児童・生徒が一般的に普及した汎用性の高いデバイスであるがゆえに,楽しみながら自発的に使えるツールであるということが重要です.今後,弱視者や全盲者の活用事例が蓄積されることで,多くの施設が導入の際に事例を模倣することが容易となり,視覚障害児童・生徒の教育分野においてもICTの導入はより一層の活性化することが予想されます.■教育分野におけるデジタルデバイス導入の意義と課題これまで紹介してきたようにタブレット型PCやスマートフォンを用いたロービジョンケアの目的は,視覚障害者を情報障害者にすることを回避することにあります.社会で生きていくための手段を学ぶ時期,教育の現場でそれらを用いることは,障害を不便と感じることなく情報の入手や発信が行えるようになるために,とても重要な機会だと感じます.また,教育現場が視覚障害者専用のロービジョンエイドとしてのタブレット型PCやスマートフォンを導入するのではなく,すべての児童・図2大阪府立視覚支援学校のホームページiPadやiPhoneを用いた弱視児童や全盲生徒の授業事例が報告されている.(http://www.osaka-c.ed.jp/mou/)生徒が応用力を高める授業スタイルの一部として利用することで,視覚障害をもつ児童・生徒と視覚障害をもたない児童・生徒との距離を近づけることが可能だと思います.今後,諸外国で導入事例があるように,わが国においても教科書が電子書籍として配布され,生徒が教育を受けるための一つのツールとしてタブレット型PCを持参する時代は遠くないと私は考えています.そのような時代の到来に向けて,眼科医としてGiftHandsの活動を通して,タブレット型PCやスマートフォンを利用して生活の不便さを解消している視覚障害者の存在を社会に認識させ,教育の現場に導入されることの意義を伝えることが何よりも重要だと私は信じています.本文の内容や各種セミナーの詳細に関する質問などはGiftHandsのホームページ「問い合わせのページ」よりいつでも受けつけていますので,お気軽に連絡ください.GiftHands:http://www.gifthands.jp/☆☆☆80あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(80)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 128.網膜下液が粘稠な中高年者の裂孔原性網膜剥離(初級編)

2014年1月31日 金曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載128128網膜下液が粘稠な中高年者の裂孔原性網膜.離(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめに一般に中高年者に発症する裂孔原性網膜.離は,急性後部硝子体の網膜硝子体牽引に起因する裂孔が形成され,急速に網膜.離が進行する例が多い.このような症例は突然の飛蚊症と視野欠損を自覚することが多いため,発見が早く,早期に手術加療に至る.また,このような症例では一般に網膜下液の粘稠度は低く,網膜下液排除時に水性の網膜下液が多量に排出されることが多い.一方,若年の進行が緩徐な網膜.離例では,網膜下液が粘稠で,黄色調を呈していることが多い.しかし,中高年者でも,なかには進行が緩徐で網膜下液の粘稠度が非常に高い症例に遭遇することがある.●網膜下液が粘稠な中高年者の裂孔原性網膜.離の特徴筆者らが報告した7例7眼の特徴を以下にまとめる1).1)ドーム状の胞状網膜.離を呈することが多い.2).離網膜の可動性が少ない.3)原因裂孔が小さい.4)Shagreenpattern(鮫肌状の網膜浮腫)を認めないか,あっても極軽度である.5)網膜下沈着物を多数認める.6)正視眼あるいは遠視眼が多い.7)飛蚊症や光視症の自覚が少ない..離範囲が狭いと自覚症状に乏しく,眼底検査時に偶然発見されたり,患者が軽度の視野欠損を自覚して眼科を受診することが多い.8)進行は緩徐で,.離範囲が黄斑部から離れていれば手術の緊急度は高くない.このような症例では年齢に比して硝子体の液化が少なく,裂孔が小さく徐々に進行するために,このような.離の形態を呈するものと考えられる..離期間が長くなると,網膜下液の性状に変化が生じて,粘稠度が増すこ(77)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY図1眼底写真(症例1)ドーム状の胞状網膜.離を認めるが,網膜面の可動性は少なく,shagreenpatternもはっきりしない.図2眼底写真(症例2)比較的小さな原因裂孔に由来する胞状の網膜.離が特徴的で,網膜下沈着物を多数認めることが多い.とが知られている.実際に今回の症例では網膜下液中のヒアルロン酸が高濃度を呈していた.●強膜バックリング手術時の注意点このような症例に対しては,硝子体手術よりも強膜バックリング手術が適応となることが多い.術中所見として,網膜下液の粘稠度が極めて高く,硝子体ゲルのような網膜下液が排出されることが多いので,脈絡膜穿刺部位をある程度大きくしないと網膜下液排除が施行しにくい.一方で強膜を圧迫しすぎると.離網膜が脈絡膜穿刺創に嵌頓しやすいので注意が必要である.そのため下液の完全な排除は困難で,バックル斜面の網膜下液は長期にわたって残存することもあるが,バックル上の裂孔さえ閉鎖できれば,残存した下液は徐々に吸収する.文献1)石崎英介,中泉敦子,佐藤孝樹ほか:網膜下液が粘稠な中高年の裂孔原性網膜.離の特徴.眼臨紀6:890-893,2013あたらしい眼科Vol.31,No.1,201477

眼科医のための先端医療 157.炎症性サイトカインと加齢黄斑変性に関する新知見

2014年1月31日 金曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第157回◆眼科医のための先端医療山下英俊炎症性サイトカインと加齢黄斑変性に関する新知見寺崎寛人(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科感覚器病学眼科学)加齢黄斑変性と炎症性サイトカイン細血管板が消失し,感覚網膜にも異常が起こることが報告されており2),RPEの生理的なVEGF分泌の減少は脈絡膜の萎縮,つまりDryAMDの原因となる可能性が考えられます.AMDの発症には慢性炎症が関与していることは以前より知られており3,4),基礎研究においても,炎症性サイトカインがAMDの病態に重要なRPEに対してどのような影響をもたらすかが研究されています.炎症性サイトカインはRPEのみならず多くの細胞種でVEGFの分泌を増加させると考えられており,そのためAMDで加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:は炎症性サイトカインがRPEのVEGF分泌を亢進させ,AMD)は,脈絡膜新生血管(choroidalneovasculariza-血管新生を助長するとされ,WetAMDの病態との関与tion:CNV)が発生し病態を悪化させる滲出型(Wetが示唆されていましたが5),DryAMDと炎症性サイトAMD)と,CNVを生じずに網膜色素上皮細胞(retinalカインとの関与は不明でした.pigmentepithelialcells:RPE)・脈絡膜が萎縮していく萎縮型(DryAMD)に分類されます.WetAMDに対し,抗血管内皮細胞増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬が優れた治療効果をもつことからもわかるように,WetAMDの病態形成においてはVEGFが中心的な分子ですが,一方でVEGFは生理的な状態でRPEから感覚網膜と脈絡膜に向けて分泌されていて,それぞれを栄養しています1).実際にマウスでRPEのVEGF分泌を抑制するとわずか3日で脈絡膜毛腫瘍壊死因子(TNF.a)とは腫瘍壊死因子(tumornecrosisfactor-a:TNF-a)は,炎症性サイトカインの一つで,おもにマクロファージから分泌されます.AMD患者においてもドルーゼンの周囲や増殖組織にマクロファージの存在が報告されており,TNF-aがAMDの進展に関与していると考えられています6,7).過去の報告では,TNF-aはRPEのVEGF分泌を亢進させると考えられてきました.極性RPE極性細胞の紹介と実験結果非極性RPE従来,基礎研究に用いられてきたRPEは,生体内のVEGF(pg)3,0002,000--****++**p<0.05**p<0.01(Tukey-Kramertest)極性非極性RPERPE図2TNF.aが極性RPEと非極性RPEのVEGF分泌に図1極性RPEと非極性RPEの光学顕微鏡写真と電顕写真与える影響(文献10より改変引用)(文献10より改変引用)74あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(00)(74)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY1,000TNF-a 極性RPETNF-aVEGF減少非極性RPEDryAMDTNF-aVEGF増加WetAMD図3TNF.aはWetAMDだけではなく,DryAMDにも関与している極性RPEではTNF-a暴露で脈絡膜の栄養に必要なVEGFが減少するためDryAMDにつながり,非極性RPEではTNF-aでVEGF分泌が増加し,新生血管の発生を促す可能性が考えられる.RPEと違い紡錘状で,細胞分裂を繰り返しています.そのような細胞を用いて得られた結果が,生体内での反応をどの程度反映しているかは不明でした.筆者らは見た目(正六角形)も性質も生体内のRPEに近い極性RPEを用いて,従来の培養系との違いを研究しており8,9)(図1),RPEのVEGF分泌量やTNF-aがVEGF分泌に与える影響が細胞極性によって異なるかを調べました.すると従来用いていた非極性RPEと比べ,極性細胞は約4倍VEGFを多く分泌し,TNF-aは従来の非極性RPEのVEGF分泌を約2倍に増加させましたが,極性RPEではVEGF分泌を約4割減少させました10)(図2).(75)今後の展望今回の研究から,RPEは生理的な状態で大量のVEGFを分泌していること,TNF-aが生理的なRPEのVEGF分泌を減少させることがわかりました.つまり,極性をもつRPEがTNF-aに暴露すると,脈絡膜の栄養に必要なVEGFの分泌が低下し,脈絡膜の萎縮につながると考えられ,TNF-aはWetAMDだけでなく,DryAMDの発症に関与している可能性が示唆されました(図3).未だ治療法がないDryAMDの病態はまだよくわかっていませんが,今回発見したTNF-aのVEGF分泌抑制作用が関与している可能性をはじめ,あたらしい眼科Vol.31,No.1,201475 慢性炎症が具体的にどのようなメカニズムで病態に関与しているのか,今後の研究が期待されます.文献1)BlaauwgeersHG,HoltkampGM,RuttenHetal:Polarizedvascularendothelialgrowthfactorsecretionbyhumanretinalpigmentepitheliumandlocalizationofvascularendothelialgrowthfactorreceptorsontheinnerchoriocapillaris.Evidenceforatrophicparacrinerelation.AmJPathol155:421-428,19992)KuriharaT,WestenskowPD,BravoSetal:TargeteddeletionofVegfainadultmiceinducesvisionloss.JClinInvest122:4213-4217,20123)吉田茂,中尾新:加齢黄斑変性.RetinaMedicine2013年春号.特集:炎症と網膜関連疾患の関与を探る,p25-31,先端医学社,20134)PatelM,ChanCC:Immunopathologicalaspectsofage-relatedmaculardegeneration.SeminImmunopathol30:97-110,20085)NagineniCN,KommineniVK,WilliamAetal:RegulationofVEGFexpressioninhumanretinalcellsbycytokines:implicationsfortheroleofinflammationinage-relatedmaculardegeneration.JCellPhysiol227:116-126,20126)KillingsworthMC,SarksJP,SarksSHetal:Macrophagesrelatedtobruchsmembraneinage-relatedmaculardegeneration.Eye4:613-621,19907)OhH,TakagiH,TakagiCetal:Thepotentialangiogenicroleofmacrophagesintheformationofchoroidalneovascularmembranes.InvestOphthalmolVisSci40:18911898,19998)ShirasawaM,SonodaS,TerasakiHetal:TNF-alphadisruptsmorphologicandfunctionalbarrierpropertiesofpolarizedretinalpigmentepithelium.ExpEyeRes110:59-69,20139)SonodaS,SpeeC,BarronEetal:Aprotocolforthecultureanddifferentiationofhighlypolarizedhumanretinalpigmentepithelialcells.NatProtoc4:662-673,200910)TerasakiH,KaseS,ShirasawaMetal:TNF-alphadecreasesVEGFsecretioninhighlypolarizedRPEcellsbutincreasesitinnon-polarizedRPEcellsrelatedtocrosstalkbetweenJNKandNF-kappaBpathways.PLoSOne8:e69994,2013■「炎症性サイトカインと加齢黄斑変性に関する新知見」を読んで■今回は加齢黄斑変性(AMD)の分子病態についての的ですし,今後臨床への応用が大きく期待される素晴新しい考え方を寺崎寛人先生にご紹介いただきましらしい研究であると考えます.た.寺崎先生のご発見によると,網膜色素上皮細胞日本における生命科学の研究を活性化するというい(RPE)の状態(極性,非極性)でVEGFの産生やろいろな戦略が提示され,大きな枠組みでの研究推TNF-aに対する反応などが大きく異なっているとい進,それを創薬などの成果として臨床応用するといううものでした.20世紀に大発展した細胞培養の技術ビジョンが検討されています.たしかに日本でのこれを用いて細胞の動きを分子生物学的手法により解明すまでの研究体制が万全であったわけではありません.るという研究手法は,大きな成果をあげたことは確かしかし,日本からの生命科学の大きな成果として,もです.問題点は,上記の手法で解明された科学的エビともと臨床医である山中先生がiPS細胞の作製によりデンスが本当に生体内の状態を反映しているか,病気ノーベル賞に輝いたことからもわかるように,臨床医に本当に関係しているかということでした.この問題学と基礎医学を融合した研究体制の強みはこれからもに対応できるのは患者の病態をいつも観察し,問題点大切にし,それを壊す(分業態勢を作る)のではなく,を把握している臨床医です.寺崎先生の研究の発想はこのような強みを生かすような臨床医の育成,基礎医まさに臨床医の視点からの問題解決です.これまで,学に臨床医も関与できる体制を発展させる(極度の分日本が世界と伍して生命科学のなかで著しい成果をあ業体制は強みを壊しますので)ことが必要であり,日げてきた強みは,寺崎先生のような臨床研究と基礎研本でしかできない研究の推進につながると考えます.究の両方に通暁した研究者の活躍によるものでした.山形大学眼科山下英俊今回のAMDの分子病態についての理論は極めて合理76あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(76)

新しい治療と検査シリーズ 213.承認されたImplantable Collamer Lens

2014年1月31日 金曜日

新しい治療と検査シリーズ213.承認されたImplantableCollamerLensプレゼンテーション:小島隆司岐阜赤十字病院眼科,名古屋アイクリニック市川一夫社会保険中京病院眼科コメント:清水公也北里大学医学部眼科学教室.バックグラウンドレーザー屈折矯正手術は,photorefractivekeratectomy(PRK)からLASIKへと発展し爆発的に症例数が増えてきた.しかし,エキシマレーザーにて角膜を切除するという手術の性格上,レーザー屈折矯正手術は近視や乱視が強い場合には切除深度が安全域を超えてしまうために,適応とはならない.また,角膜が術前より薄い場合や円錐角膜など角膜形状異常を伴う場合も,術後に角膜の脆弱化をきたすために不適応となる.Qualityofvision(QOV)の観点から考えても高度近視に対してレーザー屈折矯正手術を行うと,高次収差を大きく惹起してしまうことが問題となり,コントラスト視力の低下や夜間視でのグレアやハローなどの問題を引き起こす1).このような背景があり,日本眼科学会のガイドラインでも,レーザー屈折矯正手術による近視の矯正量の限界を原則.6Dとしている.そこで注目されたのが有水晶体眼内レンズである.これは水晶体を残したまま挿入する眼内レンズで,挿入部位によって前房型,虹彩支持型,後房型の3種類に大別される.前房型はAlcon社のCachet,虹彩支持型はOphtec社のArtisan,後房型はSTAARSurgical社のimplantablecollamerlens(ICL)がある.タイプごとに合併症のタイプが異なり,一般的に前房型では角膜内皮細胞への影響が,虹彩支持型では遷延性の前房炎症,後房型では併発白内障などが懸念される.今回はわが国で承認されているICLについて紹介する..新しい治療法ICLの歴史は1986年,ロシアのFyodorov医師がポリメチルメタクリル酸塩(PMMA)製の有水晶体眼内レンズを開発したのが始まりといわれており,そのデザインとしては虹彩でレンズが挟まれるような形で前房と後(71)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY房にレンズが位置するようなものであった.その後1990年代に入ってSTAARSurgical社(米国)とFyodorov医師の共同開発が始まり,1993年に第1世代のICLが埋植され,デザインを幾度か変更して現在はバージョン4(V4)に至っている.デザインの変更によりICLは挿入後も水晶体と十分な距離を保つようになっている.日本では2010年にICLが,2011年にトーリック(Toric)ICLが厚生労働省により認可されている.執筆時点においてはわが国では生理食塩水に浸漬したV4というモデルのみが認可されているが,欧米ではBSSに浸漬したV4B,そしてICL中心部に0.36mmの貫通穴を開け,虹彩切除が必要のないKS-AP(V4C)というモデルが中心に使用されている.ICLおよびToricICLは現在までに64カ国で250,000枚以上が埋植されている.ICLの最大の特徴はコラーゲンとhydroxyethylmethacrylate(HEMA)の共重合体という素材にある.生体適合性が高い素材で,サイズ不適合などで摘出する機会に分かるが,虹彩との癒着もなく,ハプティクス部分にも色素の沈着がほとんどなく,眼内組織への刺激がほとんどないのが特徴である.ICLは毛様溝に固定され,サイズが0.5mm刻みで11.5~13.0mmまで4種類ある.光学径はレンズの球面度数によって異なり,4.65~5.50mmである.また,レンズ球面度数は.3D~.23Dの0.5D刻みで注文可能で,実際の近視矯正可能量は.1.75~.19Dと広い範囲をカバーしている.乱視度数は+1D~+6Dの0.5D刻みで注文可能で,実際の乱視矯正可能量は.0.75~.5Dである..治療の実際1.術前処置術前に瞳孔ブロック予防のためにレーザー虹彩切開術を行っておく必要がある.光学部中央に穴があいたあたらしい眼科Vol.31,No.1,201471 KS-AP(執筆時点では厚生労働省未認可)を用いる場合は必要はないが,通常のICLでは虹彩切除が行われていないと必ず瞳孔ブロックを起こすので必須の処置である.術中に周辺虹彩切除を行うこともできるが,散瞳した状態で縮瞳させ,小さな虹彩切除を確実に作製するのは,ときにむずかしい場合がある.2.手術(図1)①サイドポートを角膜輪部に作製.筆者は右利きなので右目では下方に,左眼では上方に作製している.②サイドポートより粘弾性物質を前房内に注入.粘弾性物質は低分子のものを使用したほうが,最後にICLと水晶体の間に残りにくい.筆者らはオペガンR(参天製薬)を用いている.③耳側より3mmの角膜切開を作製(白内障手術ではメインの3mm切開を先に行うこともあるが,ICL手術の場合,前房の変化を最小限にして水晶体を保護するためにこの順番で行う).④インジェクターにICLをセッティングする.この際には,ICLの表裏をポジショニングマークを頼りにして必ず確認しておく.⑤インジェクターにセットしたICLを前房に挿入し虹彩上に展開していく.⑥虹彩上にICLが乗ったら,4つのハプティクスを水晶体に接触しないように虹彩下に挿入していく.⑦トーリックICLの場合はこの時点でMendezゲージなどを使用し,メーカーの指示したオリエンテーションフォームを確認してICLの軸を合わせる.⑧I/Aにて前房内を洗浄する.ICLと水晶体の間に粘弾性物質が残りやすいので十分に灌流させる必要がある.⑨術前にレーザー虹彩切開を行わない場合は,この時点で縮瞳させ周辺虹彩切除を行う.25G硝子体カッターが使用できれば,前房側からアプローチし小さな切開を作製できる..本治療の良い点ICLは,角膜の曲率をエキシマレーザーで変化させる屈折矯正手術と異なり,角膜に対する侵襲が少ない.すなわち,レンズを摘出すれば元に戻すことが可能な手術である.このため,角膜が薄い患者や円錐角膜疑いの患者でも屈折が安定していれば手術可能である.手術そのものは,白内障手術など顕微鏡手術に精通した術者であ72あたらしい眼科Vol.31,No.1,20141.サイドポートの作製2.サイドポートより粘弾性物質の注入3.3mmの耳側角膜切開4.ICLのセッティング5.ICLの挿入6.ハプティクスを虹彩下へ挿入7.ICLの軸を調整(トーリックの場合)8.Ⅰ/Aにて前房洗浄9.25Gカッターで虹彩切除図1ICL手術の流れれば,習得はそれほどむずかしくないと思われる.現在,ICL手術はライセンス制となっている.日本眼科学会の行う屈折矯正手術講習会を受講し,その後メーカーの主催する講習会,そしてインストラクターの立ち会いの下での手術がライセンス取得のためには必要である.屈折矯正手術としての有効性,予測性,安全性が高いことが報告されており,現段階でのレーザー屈折矯正手術の最先端のWavefront-guidedLASIKと比較しても矯正精度や視機能の面で優れることが報告されている2).また,乱視矯正効果に関しても,強い乱視群ではLASIKよりもICLのほうが矯正精度が優れていることが報告されている3).(72) 文献1)VillaC,GutierrezR,JimenezJRetal:NightvisiondisturbancesaftersuccessfulLASIKsurgery.BrJOphthalmol91:1031-1037,20072)KamiyaK,IgarashiA,ShimizuKetal:Visualperformanceafterposteriorchamberphakicintraocularlensimplantationandwavefront-guidedlaserinsitukeratomileusisforlowtomoderatemyopia.AmJOphthalmol153:1178-1186,20123)HasegawaA,KojimaT,IsogaiNetal:Astigmatismcorrection:Laserinsitukeratomileusisversusposteriorchambercollagencopolymertoricphakicintraocularlensimplantation.JCataractRefractSurg38:574-581,2012.本治療法に対するコメント.LASIKは屈折矯正手術の中心であるが,その術後さのサイズが基準となっているが,生産されているレ合併症は少なくなく,施行例は近年減少傾向にある.ンズサイズは0.5mmステップであり,0.25mmス一方,有水晶体眼内レンズは絶対施行例数はLASIKテップにするなど改善が望まれる.また,レンズは発に劣るものの,毎年増加傾向にある.理由としては近注してから入手までに時間がかかるなど,発注入手の視の度数にかかわらず視機能に優れ,また,KS-AP煩わしさがある.現在,さらなる小切開を可能にする(HoleICL)に至っては術後合併症も皆無であること,preloadedinjectorの導入が予定されており,使い勝晩年白内障手術の際にもレンズパワー計算も問題がな手が改善され普及されるものと考えられる.高額な器く,基本的に可逆的手術であることがあげられる.問械購入や維持費用がないなど経済的負担が少ないこと題点としてはICLの場合,レンズサイズの決定が重も魅力である.要であり,現在はwhitetowhiteに0.5mm加えた長☆☆☆(73)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201473

私の緑内障薬チョイス 8.合剤(ごうざい)の功罪(こうざい)

2014年1月31日 金曜日

連載⑧私の緑内障薬チョイス企画・監修山本哲也連載⑧私の緑内障薬チョイス企画・監修山本哲也8.合剤(ごうざい)の功罪(こうざい)森和彦京都府立医科大学眼科学教室合剤は便利である.点眼回数が少なくて済み,点眼間隔も考えなくてよい.しかし必ずしも良いことずくめではない.アドヒアランス不良患者に有効だが,忘れてしまえばまったくのゼロ.副作用が出たら両方の薬が使えなくなるし,濃度を変える「さじ加減」ができなくなってしまう.やはり症例ごとに適否を熟慮すべきであろう.合剤花盛り世は合剤が花盛り.緑内障のみならず高血圧1)などの全身疾患薬でも合剤が頻用されている(表1).最近はとくに緑内障分野において数多くの合剤が上市されており,製薬企業も盛んにプロモーションに注力している.ザラカムR(ラタノプロストとチモロールの合剤),デュオトラバR(トラボプロストとチモロールの合剤),コソプトR(ドルゾラミドとチモロールの合剤),アゾルガR(ブリンゾラミドとチモロールの合剤)の4剤が平成25年12月末現在,わが国で使用可能な緑内障関連の合剤であるが,世界的には表2に示すように,ほかにも数多くの種類の合剤が使用されており,今後さらに多くの合剤が日本でも使用可能になる可能性が高い.このように合剤がよく使われるようになってきた理由はなんであろうか.表1日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン(表3.2)1)医療者と患者が共通の理解に到達し,パートナーとして治療を行う方法・患者と高血圧のリスク及び治療の効果について話し合う.・治療計画について書面及び口頭で明確に説明.・治療計画を患者の生活習慣に合わせる.・患者の配偶者及び家族に高血圧及び治療計画に関して情報を提供.・家庭血圧測定や飲み忘れ防止法などの行動論的方法を活用.・副作用によく注意し,必要に応じて用量変更,薬剤切替えを行う.・1日の服薬錠数,回数を減らし,合剤の使用を含め,処方を簡素化.・服薬忘れとその要因について話し合う.・服薬継続,受診継続,生活習慣修正の支援システムを提供.・生涯にわたる治療の費用と効果を説明.高血圧治療ガイドラインにおいても合剤の使用を推奨している.(69)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY図1服薬指導から治療参加へコンプライアンス,アドヒアランス,コンコーダンスの違いを説明した図.合剤のメリット合剤使用の最大のメリットはアドヒアランスの改善である.従来はコンプライアンス(服薬遵守),最近ではアドヒアランス,コンコーダンス(図1)などの呼称で呼ばれることが多いが,緑内障のような自覚症状のない慢性進行性疾患においてはとくに重要とされる.実際,視野障害が進行していない群ではアドヒアランスが良好に保たれているのに対して,視野進行群ではアドヒアランス不良例が多いことが報告されている2).抗緑内障薬における合剤使用のメリットは,総服薬回数の減少,服薬間隔の考慮不要,薬剤管理の手間の減少,服薬ミス(片方忘れなど)の防止などの利便性があるとともに,本欄の記載内容は,執筆者の個人的見解であり,関連する企業とは一切関係ありません(編集部).あたらしい眼科Vol.31,No.1,201469 表2抗緑内障薬の合剤一覧(海外も含む)合剤PG製剤b遮断薬CAI*その他ザラカムR(2001.8)1/日LatTmデュオトラバR(2006.4)1/日TravTmGanfortR(2006.5)1/日BmtTmタプコムR(2013)1/日TafTmコソプトR(1998.8)2/日TmDorアゾルガR(2008.12)2/日TmBrnzCombiganR(2007.1)2/日TmBrimSimbrinzaR(2013.4)2/日BrnzBrimLat:latanoprost,Trav:travoprost,Bmt:bimatoprost,Taf:tafluprost,Tm:timolol,Dor:dorzolamide,Brnz:brinzolamide,Brim:brimonidine*炭酸脱水酵素阻害薬:carbonicanhydraseinhibitor平成25年12月末現在,わが国において使用できる抗緑内障薬合剤はザラカムRとデュオトラバR,コソプトRとアゾルガRの4剤であり,いずれもチモロールとの合剤となっている.単剤組み合わせよりも安価であることが多いために経済性に優れる点,塩化ベンザルコニウム曝露回数が減少することから角膜上皮障害などの副作用も軽減される点などがあげられる.もちろん患者側にとってのメリットだけではなく,医療機関や薬局にとってもメリットがある.複数の薬剤を処方することに比べれば,処方の手間や間違いのリスクは軽減するし,保管スペースも節約される.さらに製薬企業にとっても,新規薬剤を開発することに比べれば,未知の副作用発現による開発中止のリスクが低いため,開発コストの節約になるだけでなく,他社に対するジェネリック対策ともなる.本当に万人に対してすべて良いのかこのように合剤は患者,医療機関,製薬企業のすべてに対してメリットをもたらす,万人に対して好ましいものなのであろうか.本来ならば点眼回数の異なる点眼薬を合わせている場合(1日1回点眼と2回点眼の合剤など)には,単剤組合せをしっかりと点眼した場合と比べてどうしても効果が弱くなる.また,合剤では各薬剤の配合割合が固定されているために投薬の自由度が喪失するし,プロスタグランジン(prostaglandin:PG)製剤とb遮断薬の合剤については本来,夜に点眼するPG製剤と朝に点眼するb遮断薬を合わせているため,1日1回とした場合には点眼時間の問題が生じる.さらに副作用が生じた場合に原因の特定が困難となり,いずれの成分によるものか,もしくは成分間の相互作用によるものか判断ができない.とくに今年米国においてFDAに認可70あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014されたSimbrinzaR以外は,すべての合剤にチモロールを含んでおり,全身副作用や禁忌,眼表面麻酔作用,long-termdriftなどチモロールの特徴は以前から知られているにもかかわらず,合剤となっているがためにこれらの存在を忘れてしまいがちとなる.チモロール以外のb遮断薬が選択できないことは,薬剤選択の幅を狭めてしまうことにほかならない.アドヒアランスの改善に資するとはいえ,アドヒアランスに問題のある症例では,1日1回の投与ですら忘れてしまうリスクが常に存在し,そうなると丸々1日は無治療の時間帯が生じてしまうことになる.すなわち,合剤は服薬忘れの影響が単剤組合せの場合よりも大きいといえる.患者ごとに考えるべきb遮断薬の副作用を声高に喧伝していたメーカーが,掌を返したようにチモロールの含有されている合剤を宣伝するなど,メーカーの良識を疑うことがある.患者にとって治療法の選択肢が増えるのは喜ばしいが,複雑になりすぎて次のステップに進む時機を逸しない注意が必要である.メーカーの宣伝を鵜呑みにせず,合剤の誘惑に縛られることなく,それぞれの患者ごとに最良の治療薬の組合せを考えるようにしたい.文献1)日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会:高血圧治療ガイドライン2009.日本高血圧学会,20092)RossiGCM,PasinettiGM,ScudellerLetal:Doadherenceratesandglaucomatousvisualfieldprogressioncorrelate?EurJOphthalmol21:410-414,2011(70)