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総説:硝子体と糖尿病網膜症

2015年2月28日 土曜日

あたらしい眼科32(2):219.227,2015c総説第19回日本糖尿病眼学会特別講演硝子体と糖尿病網膜症VitreousandDiabeticRetinopathy岸章治*はじめに糖尿病網膜症(DR)は,網膜微小血管障害(microangiopathy)が基本病変であるが,その病型は多岐にわたる.血管壁のバリア機能の破綻は滲出病変を起こし,血管床閉塞は軟性白斑を生じる.毛細血管床の閉塞は組織の虚血をきたし,それに呼応して血管新生が起こる.増殖網膜症の進展には硝子体が関与している.新生血管は硝子体を足場にして成長するからである.新生血管を介して網膜と硝子体に癒着ができると,硝子体収縮に伴って牽引性網膜.離が生じる(図1).糖尿病黄斑浮腫には硝子体手術が有効であるが,硝子体の黄斑への関与はよく理解されていない.本稿ではmicroangiopathyとしてのDRにふれてから,硝子体の網膜症への関与を論じる.図1糖尿病網膜症の病型左上:滲出病変(硬性白斑),右上:軟性白斑が多発,左下:網膜新生血管,右下:牽引性網膜.離.*ShojiKishi:群馬大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕岸章治:〒321-8511前橋市昭和町3-19-15群馬大学医学部眼科学教室0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(47)219 IMicroangiopathyとしての糖尿病網膜症1970.1980年代は,フルオレセイン蛍光造影(FA)によるDRの研究が全盛期であった.単純網膜症は,毛細血管瘤,網膜出血,微小毛細血管閉塞,血管透過性亢進による硬性白斑などが主体である.しかし,軟性白斑が出現すると状況は異なってくる.軟性白斑は毛細血管の閉塞による神経線維の軸索流のうっ滞により生じる.FAでは軟性白斑の遠位側に広い血管閉塞がある.軟性図2パノラマ広角蛍光造影中間周辺部に毛細血管床の閉塞が多発している.白斑は網膜症が前増殖期に至ったことを示す徴候である.毛細血管床の閉塞は組織の虚血をもたらし,増殖病変への引き金になる.パノラマ広角眼底造影により,毛細血管床の閉塞は眼底の中間周辺部に好発し,網膜新生血管(NVE)が血管閉塞野との境界に発生しやすいこと,閉塞野が広いと視神経乳頭から乳頭新生血管(NVD)が生じること,さらに閉塞野が広いと虹彩隅角にも新生血管が出現することが示された1)(図2).新生血管は硝子体を足場にして成長するが,黄斑を囲む輪状の血管線維膜が形成される傾向がある(図3).II後部硝子体.離と糖尿病網膜症新生血管が硝子体を足場に成長するのなら,後部硝子体.離(PVD)が起こっているとどうなるのであろうか.筆者らはPVDの有無がDRの病型にどう影響するかを後ろ向きに検索した2).対象はDR379例735眼で,平均観察期間は37カ月であった.初診時の症例は硝子体所見により第1群(PVD完成)64眼,第2群(部分PVD)172眼,第3群(no-PVD)495眼に分類された(表1).完全PVD群は平均年齢が10歳高く,ほとんどが単純網膜症に留まった.部分PVD群は98%が増殖網膜症になり,77%に硝子体手術が実施された.硝子体図3糖尿病網膜症における輪状増殖病変の形成過程上:初診時のカラー眼底とフルオレセイン蛍光造影.左下:汎網膜光凝固で血管拡張は収まった.右下:円錐形の不完全硝子体.離に沿って新生血管が成長し,輪状増殖膜を形成した.220あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(48) 表1硝子体と糖尿病網膜症の病型(平均37カ月の経過)完全PVD(68眼)部分PVD(172眼)PVD未発(495眼)平均年齢(歳)5554単純網膜症(%)1前増殖網膜症(%)919増殖網膜症(%)0汎網膜光凝固(%)548689硝子体手術(%)029視力経過(初診→最終)0.4→0.40.05→0.080.4→0.4最終視力0.1未満(%)93816316491986077PVDがあれば,ほとんどが単純網膜症に留まる.未.離(no-PVD)群は単純網膜症が31%,増殖網膜症が60%であった.PVDがあれば,ほとんどが単純網膜症に留まり,初診時の視力が維持されることがわかった.初診時に硝子体が未.離(no-PVD)であると,網膜症の予後はさまざまであることが予想される.大学病院を受診する症例は,ほとんどが汎網膜光凝固(PRP)を必要とする.筆者らは初診時にPVDが未発(noPVD)で,かつ未治療のDR78例104眼(平均年齢53歳)を対象に,PRP後のPVDの頻度を後ろ向きに検索した3).平均59カ月の観察期間で31眼(30%)に部分PVDが起こったが,完全PVDをきたしたのは11眼(11%)にすぎなかった(図4).DRではPRPを行っても完全PVDはなかなか起きないことがわかった.III硝子体の解剖硝子体は透明であるため,その構造を生体眼で観察することはむずかしい.Kishiらは剖検眼の硝子体をフルオレセインで染色し,水浸状態で観察することで,黄斑前には生理的な液化腔「後部硝子体皮質前ポケット」(以下,ポケットと略)が存在することを報告した4).ポケットの後壁は薄い硝子体皮質からなり,前壁はゲルからなっている(図5).ポケットは透明であるため,細隙灯顕微鏡ではその同定が困難であった.トリアムシノロンによる硝子体可視化により5),硝子体手術中にポケットが明瞭に観察されるようになった6).ポケットは光干渉断層計(OCT)の出現によって生体眼で断片的に観察できるようになった.Time-domainOCT(TD-OCT)では,網膜から薄く.離した後部硝子体膜(ポケット後壁)が観察でき,spectraldomainOCT(SD-OCT)になると,ポケットそのものが部分的(49)(%)50403020100n=104部分PVD完全PVD36122436(月)0終診図4硝子体未.離眼へのPRP後の硝子体変化に見えるようになった.2012年に上市されたsweptsourceOCT(SS-OCT)は,硝子体ポケットの全貌を鮮明に描出できるようになった7).ポケットは小児以上で常に存在する.成人では黄斑前方の舟形の液化腔であり,その横径は約4乳頭径である.後壁は薄い硝子体皮質で前壁はゲルからなる.同一個体で屈折度に左右差がない場合,ポケットの形は両眼でよく類似している(図6).SS-OCTによる観察ではポケットとCloquet管を結ぶ連絡路があることがわかった.Cloquet管は水晶体の後方の後房へ開口している.つまり房水はCloquet管を通ってポケットに流入する可能性がある.これはポケットの存在意義を考えるうえに興味深い.たとえば房水はビタミンCの濃度が血漿の26倍もある.ビタミンCは抗酸化物質で,水晶体を活性酸素から守る役割をしている.黄斑は光が収束する場所で代謝が盛んである.そのため活性酸素が大量に産生されると思われる.ここにビタミンCを大量に含んだ房水が流入することは合目的的である.ポケットは近視の度が増えると拡大する傾向がある.IV硝子体ポケットから糖尿病網膜症増殖病変を考えるポケットは透明であるが,常に存在する.眼底病変を立体的に把握するためには,黄斑に4乳頭径のポケットが乗っていることを常に意識するとよい(図7).こうすると,硝子体出血のなかには,ポケット内出血があることがわかる(図8).DRでは増殖病変は黄斑を囲むように輪状に形成される傾向にある(図3).このような状態では,硝子体は輪状増殖の部位でのみ網膜と癒着しているが,それ以外ではPVDが起こっていると考えられていた(図9)8).筆者らはポケットの存在から,黄斑ではゲルだけが分離しており,硝子体皮質は網膜に接していあたらしい眼科Vol.32,No.2,2015221 Pocket(Kishi)FoveaPocket(Kishi)Fovea図5硝子体の解剖左:RonaldG.Michels:Retinaldetachment.1990,Mosbyより改変.右:後部硝子体皮質前ポケット〔文献4)より〕.右眼左眼pcpc図6SS.OCTで観察した24歳男性の硝子体ポケット(p)右眼屈折は.3.5D,左眼は.4.5D.左右眼でポケットの形が似ている.Cloquet管(C)とポケットの間に連絡路(→)がある.〔文献5)より〕ると考えた9)(図9).DRでは硝子体は徐々に収縮する.ポケットの周辺側ではゲルの収縮に伴ってPVDが起こるが,黄斑ではポケットゆえにゲルと硝子体皮質が分離しているので,硝子体皮質は.離しにくい(図10).黄斑への牽引は硝子体皮質が接線方向に収縮したり,partialPVDを起こすことで生じる(図10).新生血管を含んだ線維膜は,円錐形のpartialPVDに沿って増殖するため,輪状増殖病変をつくる.実際には中間周辺部では新生血管が多発するため,所々でepicenterによる癒着ができている.SS-OCTで硝子体を観察すると,ポケットの周囲では,硝子体ゲル内の線維が垂直に硝子体皮質に刺入している(図11).このこともゲルの収縮が硝子体皮質の.離を引き起こす説明になる.図7硝子体ポケットと眼底ポケットの横径は約4乳頭径.222あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(50) 図8ポケット内出血上:カラー眼底,下:OCT所見.図10硝子体と糖尿病網膜症ゲルの収縮により円錐形PVDが起こる.黄斑への牽引は硝子体皮質を介して起こる.Vポケット底では何が起こっているのか加齢に伴うPVDは,液化腔内の液体成分が硝子体皮質の穴から硝子体の後方に流出することにより急性に起こると考えられていた.Uchinoらは2001年に黄斑部ではPVDが起こる前に中心窩周囲にPVD(perifovealPVD)が生じていることを報告した10).当時のtimedomainOCTでは,網膜から.離した後部硝子体膜をとらえるのがやっとで,硝子体の内部構造は描出できなかった.このため,なぜ黄斑でperifovealPVDが起こるのかは説明できなかった.筆者らは加算平均によりスペックルノイズを減少させたSD-OCTまたはSS-OCTで12.89歳の正常者306人の黄斑前硝子体を観察した11).その結果,若年者ではPVDは生じておらず,ポケットが黄斑前にある(stage0).30歳代から黄斑周囲に部分PVDが生じ(stage1),それが加齢とともに中心窩周囲PVD(perifovealPVD)に進行する(stage2).(51)従来説ポケット説図9輪状増殖病変における硝子体所見の解釈PocketPocket図11SS.OCTでみた硝子体の線維構築〔23歳,男性(左眼)〕上:水平断,下:垂直断.ポケットの外側では硝子体線維が垂直に硝子体皮質に刺入している.その後,中心窩での接着がはずれて,ポケット後壁が黄斑から.離する(stage3),その後,視神経乳頭でも接着がはずれて完全PVD(stage4)へ移行する(図12).正常人の年齢別のPVDの分布をみると,完全PVDの頻度は60歳代では半数,70歳代では8割となっている.一方,中心窩周囲の部分PVDは40.60歳代では20.40%の頻度にあり,生理的にありふれた現象であることがわかる(図13).PerifovealPVDは黄斑円孔の病因となるが(図14),perifovealPVD自体は生理的な現象であり,けっして病的なものではない.PerifovealPVDは完全PVDへの進行過程に生じるが,ほとんどの人であたらしい眼科Vol.32,No.2,2015223 bpapcppapcp図12黄斑での初発PVDa:paramacularPVD(stage1),b:perifovealPVD(stage2),c:macularPVD(stage3).p:pocket.〔文献9)より〕図14PerifovealPVDとstage1黄斑円孔は無症候性で中心窩に傷害を与えない(図15).中心窩での癒着が強い人が黄斑円孔12)や黄斑硝子体牽引症13)を生じると考えられる.VI糖尿病黄斑浮腫と硝子体ポケットDRの評価にPVDの有無は重要である.PVDがあれば単純網膜症に留まることが多く,視力も維持されるこ224あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015■stage4■stage3■stage2100806040200SubjectsbyPVDStage%■stage1■stage010~1920~2930~3940~4950~5960~6970~7980~89(n=22)(n=23)(n=25)(n=46)(n=52)(n=91)(n=69)(n=40)SubjectsAge,y図13年齢別のPVDの頻度stage0:noPVD,stage1:paramacularPVD,stage2:perifovealPVD,stage3:macularPVD,stage4:completePVD.〔文献9)より〕図15無症候性のperifovealPVD〔65歳,男性(左眼).視力1.2X.7.0D〕上:perifovealPVDがあったが自覚症状なし.下:6カ月後,macularPVDとなった.他眼(右眼)はstage1黄斑円孔が初診時にあった.とは前述した2).黄斑における硝子体の状態は細隙灯顕微鏡では観察困難であったが,SS-OCTはそれを可能にした.糖尿病黄斑浮腫への硝子体の関与は以下の3型に分類される(図16).1)ERM型:ポケットの後壁の硝子体皮質が黄斑前膜(ERM)のように肥厚し収縮する(図17).これにより黄斑浮腫が増強する.硝子体が未.離で起こる場合と,黄斑でPVDが起こり,ポケット後壁が網膜面に残存する場合がある.2)PerifovealPVD型:中心窩の周囲でポケット後壁(52) 3)トランポリン型:中心窩での牽引がはずれて,ポケット後壁が.離したもの.眼底は球面の一部であるため,硝子体皮質はトランポリン状で前方凸になる(図19).中心窩での硝子体牽引が解除された状態であり,黄斑浮腫の軽減が期待できる.ERM型PerifovealPVDトランポリン型VII糖尿病黄斑浮腫への硝子体手術図16ポケット底の変化と糖尿病黄斑浮腫糖尿病黄斑浮腫(DME)への硝子体手術は,緊張したが.離したもの(図18)..胞様黄斑浮腫(CME)を生後部硝子体膜がある例に対して始まった.わが国では硝じる例ではこの形が最も多い.子体ポケットの存在が硝子体手術のrationale(合理的根図17症例〔34歳,男性.左眼,視力(0.9)〕:ERM型ポケット後壁の硝子体皮質がERMになっている.ODOS図18症例(59歳,女性)上:右眼,視力(0.1).ERM型.ポケット後壁は.離して一部欠損している.残存または分離した硝子体皮質がERMになっている.下:左眼,視力(0.3).PerifovealPVD型.中心窩にCMEがある.(53)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015225 ODOSODOS図19症例(45歳,女性)上:右眼,視力(0.3).トランポリン型.ポケット後壁が黄斑部で.離している.小さいCMEがある.下:左眼,視力(0.5).PerifovealPVD型.CMEがある.1,2001,000硝子体牽引Finalthickness(μm)n=161800600400サイトカイン図20糖尿病黄斑浮腫への硝子体手術の目的上:ポケット底を介した硝子体牽引の解除.下:サイトカインの除去.拠)となった(図20).すなわち,①ポケットの後壁による接線方向あるいは前方への牽引の解除,②ポケット内に貯留したサイトカインの除去,③硝子体切除により,硝子体腔が酸素を含んだ房水により置換される,というものであった.その後,PVDが生じている例でもDMEへの硝子体手術が有効であることがわかった.PVDのあるDMEへ硝子体手術をしてみると,.離し226あたらしい眼科Vol.32,No.2,20152000Preoperativethickness(μm)図21糖尿病黄斑浮腫への硝子体手術―術前後の中心窩厚たゲルの後方に粘稠性液体が貯留していることに気づく.硝子体切除により,これらが硝子体腔の外へ洗い流される一方,新鮮な房水に置き換わることが有利に働くのであろう.筆者らは214眼(152人)のDMEへ硝子体手術を行い,その視力と中心窩厚を測定した.経過観察は12.140カ月(平均37カ月)である.中心窩厚はほとんどの例で薄くなった(図20).一方で視力は術後(54)02004006008001,0001,200 12カ月で,45%が2段階以上改善,46%が不変,9%が悪化という結果であった(図21).悪化の原因は血管新生緑内障,視細胞外節の喪失(図22)が主であった.おわりにDRは網膜血管病であるが,その病態は硝子体によって修飾される.PVDがあれば単純網膜症に留まることが多い.増殖網膜症では線維血管膜は黄斑を囲むように輪状になる傾向がある.これは増殖組織が,硝子体ポケットの外縁に沿って形成されるからである.硝子体ポケットの外側ではゲルの収縮により円錐型の部分PVDが起きやすく,線維血管膜はそれを足場に成長する.黄斑部では硝子体ポケットがあるため,ゲルの収縮による牽引は黄斑にかからない.黄斑への硝子体牽引は,ポケットの後壁によって生じる.ポケット後壁が黄斑前膜のように収縮すると,黄斑浮腫は増悪する.ポケット後壁がperifovealPVDを起こすと,CMEの原因になりやすい.DRの評価と手術適応の決定には硝子体ポケットの存在を念頭に置くべきである.文献1)ShimizuK,KobayashiY,MuraokaK:Midperipheralfundusinvolvementindiabeticretinopathy.Ophthalmology88:601-612,19812)大谷倫裕,飯田知弘,岸章治:糖尿病網膜症の予後決定因子としての後部硝子体.離.臨眼51:744-748,19973)大谷倫裕,丸山泰弘,豊川陽子ほか:硝子体未.離の糖尿病網膜症への汎網膜光凝固と後部硝子体.離の頻度.眼紀48:1300-1303,19974)KishiS,ShimizuK:Posteriorprecorticalvitreouspocket.ArchOphthalmol108:979-982,19905)SakamotoT,MiyazakiM,HisatomiTetal:Triamcinolone-assistedparsplanavitrectomyimprovesthesurgicalproceduresanddecreasesthepostoperativeblood-ocularbarrierbreakdown.GraefesArchClinExpOphthalmol240:423-429,20026M12MFinal404544504643109130%20%40%60%80%100%■Improved■Unchanged■Worsened図22糖尿病黄斑浮腫への硝子体手術後の視力6)FineHF,SpaideRF:Visualizationoftheposteriorprecorticalvitreouspocketinvivowithtriamcinolone.ArchOphthalmol124:1663,20067)ItakuraH,KishiS,LiDetal:Observationofposteriorprecorticalvitreouspocketusingswept-sourceopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci54:3102-3107,20138)McMeelJW:Diabeticretinopathy:fibroticproliferationandretinaldetachment.TransAmOphthalmolSoc69:440-493,19719)KishiS,ShimizuK:Clinicalmanifestationsofposteriorprecorticalvitreouspocketinproliferativediabeticretinopathy.Ophthalmology100:225-229,199310)UchinoE,UemuraA,OhbaN:Initialstagesofposteriorvitreousdetachmentinhealthyeyesofolderpersonsevaluatedbyopticalcoherencetomography.ArchOphthalmol119:1475-1479,200111)ItakuraH,KishiS:Evolutionofvitreomaculardetachmentinhealthysubjects.JAMAOphthalmol131:13481352,201312)KishiS,HagimuraN,ShimizuK:Theroleofthepremacularliquefiedpocketandpremacularvitreouscortexinidiopathicmacularholedevelopment.AmJOphthalmol122:622-628,199613)SpaideRF,WongD,FisherYetal:Correlationofvitreousattachmentandfovealdeformationinearlymacularholestates.AmJOphthalmol133:226-229,2002☆☆☆(55)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015227

加齢黄斑変性に対する再生医療の実際と可能性

2015年2月28日 土曜日

特集●最先端の硝子体手術あたらしい眼科32(2):209.217,2015特集●最先端の硝子体手術あたらしい眼科32(2):209.217,2015加齢黄斑変性に対する再生医療の実際と可能性ActualandPotentialRegenerativeMedicineforAge-RelatedMacularDegeneration栗本康夫*I加齢黄斑変性治療の現況加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)は,欧米先進国において成人の中途失明原因の第1位を占める眼疾患である.以前はわが国での本疾患の頻度は比較的少ないと考えられていたが,近年,増加している.Population-basedの疫学調査である久山町スタディの報告によると50歳以上のAMDの有病率は1998年調査時の0.8%に対して2007年には1.3%とわずか9年の間に5割近くも上昇し1),これにわが国の人口構成比における高齢者人口の増加を加味すると患者数は急増しているといってよい.本疾患の原因は加齢に伴う網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)の疲弊・劣化にあり,加齢に加えて喫煙などの環境因子や遺伝的背景も発症リスクになっていることが知られている.AMDは脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)が関与する滲出型とCNVの関与なくRPEが萎縮し引き続いて視細胞も変性していく萎縮型の二型に分けられ,わが国では滲出型の頻度が高く1),視機能の障害は萎縮型よりも滲出型のほうがより急速かつ深刻である.萎縮型のAMDには今のところ有効な治療法がないが,滲出型AMDに対しては,近年,光線力学療法や抗VEGF治療などのCNVを選択的に抑制する治療法が導入され,現在では抗VEGF療法がAMDに対するファーストラインの治療法となっている(図1)2).網膜も含めて病変部を光凝固するより他に治療法がなかった10年余り昔に比べて,抗VEGF治療が標準治療として普及した現況は画期的な進歩を遂げたといって良いだろう.多くの滲出型AMD症例で視機能を維持し,部分的には視機能の改善も得られるようになった.しかしながら,抗VEGF治療が画期的な治療であるといっても,AMD発症の背景にあるRPEを治療しているわけではなく,原因治療ではない.また,多くの症例ではCNVを持続的に抑制するために延々と抗VEGF薬の硝子体内注射を行い続けなければならず,長期的な予後にも限界がある.また,抗VEGF薬への反応には個体差があり,治療への反応不良例も稀ではない.抗VEGF薬によりCNVを抑制する現行標準治療は滲出型AMDの予後を大きく改善したが,やはり対症療法ゆえの限界は免れ得ない.一方で,AMD発症の背景にある加齢により劣化したRPEそのものを治療することができれば本疾患の原因治療になり得る.II加齢黄斑変性に対する網膜色素上皮移植とiPS細胞AMDにおいて加齢により疲弊・劣化したRPEを健常なRPEをもって換えるという治療法の着想は以前から存在した.実際に健常なRPEをAMD患者の黄斑下に移植する試みはこれまでに多数なされており,胎児組織移植3,4),自家虹彩組織5),自家RPE細胞懸濁液移植6),自家RPE細胞シート7,8)などのクリニカルトライアルが*YasuoKurimoto:神戸市立医療センター中央市民病院眼科・先端医療センター病院眼科〔別刷請求先〕栗本康夫:〒650-0047神戸市中央区港島南町2丁目1-1神戸市立医療センター中央市民病院眼科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(37)209 網膜色素上皮(RPE)の加齢劣化前駆病変萎縮型AMD・経過観察・ライフスタイルと食生活の改善・AREDSに基づくサプリメント摂取加齢黄斑変性(AMD)滲出型AMD中心窩を含むCNV中心窩を含まないCNV典型AMDPCVRAP規定の間隔で経過観察(矯正視力,眼底検査,OCT)/維持期の追加治療抗VEGF薬PDTあるいは抗VEGF薬または併用療法PDT-抗VEGF薬併用療法レーザー光凝固新生血管の抑制新生血管の抑制網膜色素上皮(RPE)の加齢劣化前駆病変萎縮型AMD・経過観察・ライフスタイルと食生活の改善・AREDSに基づくサプリメント摂取加齢黄斑変性(AMD)滲出型AMD中心窩を含むCNV中心窩を含まないCNV典型AMDPCVRAP規定の間隔で経過観察(矯正視力,眼底検査,OCT)/維持期の追加治療抗VEGF薬PDTあるいは抗VEGF薬または併用療法PDT-抗VEGF薬併用療法レーザー光凝固新生血管の抑制新生血管の抑制図1加齢黄斑変性に対する現行の標準治療滲出型AMDに対しては光線力学療法や抗VEGF薬によるCNVの抑制が標準治療であるが,これは対症療法であり,AMD発症の背景になっているRPEには手がつけられていない.また,萎縮型AMDに対しては有効な治療法がない.表1滲出型加齢黄斑変性に対する過去の網膜色素上皮移植の問題点ドナー組織問題点胎児RPE倫理的問題,拒絶自家虹彩組織効果不十分自家RPE細胞懸濁液生着不良自家RPEシート過大な手術侵襲すでに報告されている.しかし,胎児組織移植は倫理的な問題をはらんでいるうえに,他家移植であるがゆえの免疫学的拒絶の問題があり,自家虹彩組織の移植では十分な効果が得られなかった.自家RPE移植については,RPE懸濁液では生着不良であったものの,自家RPEシートを移植した場合には,症例によっては良好な治療効果が報告されており8),RPEシート移植が滲出型AMDの治療パラダイムとなり得るproofofconcept(POC:概念実証)となっている.しかしながら,自家RPEシート移植についても,ドナー組織として患者本人の(文献2の図より改変)RPEを周辺部網膜下から切り出す操作の手術侵襲が大きく,合併症リスクの問題などにより,標準治療とはなり得ていない(表1).このようにAMDに対するRPE移植はドナーの供給が大きなネックとなっていたが,最近になって幹細胞研究が飛躍的に進歩し,幹細胞を実験室でRPEに分化させて移植に使用できる可能性がでてきた.哺乳類でも網膜組織幹細胞が存在することが示され,網膜幹細胞からドナー組織を得る方法が模索されたが,網膜組織幹細胞は数も少なくて採取培養がむずかしく,治療効果を得るのに必要な大量の細胞培養もむずかしいと思われた.そうしたなか,胚性幹(embryonicstem:ES)細胞より網膜色素上皮細胞を分化させることができるようになり9),多能性幹細胞をソースとするRPE移植への見通しが開けたのである.しかし,ES細胞を用いる場合でも,依然として,他家移植による拒絶の問題と,ヒト胚を用いることによる倫理的な問題はついて回っていた.210あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(38) 遺伝子導入iPS細胞ES細胞大量の細胞を準備可能受精卵多能性幹細胞内部細胞塊本人の体細胞倫理的問題免疫学的問題分化網膜細胞移植網膜神経細胞患者網膜色素上皮細胞図2ES細胞とiPS細胞による細胞治療多分化能と自己複製能を有するES細胞を用いると細胞治療に必要な大量の体細胞を比較的容易に得ることができる.ただし,ES細胞には受精卵を破壊するという倫理的問題と他家移植ゆえの免疫学的問題を有していた(図左側).これに対し,iPS細胞(図右側)はES細胞と同等の能力を有しながら,患者の体細胞から得られるので,倫理的問題と免疫学的問題をクリアできる. 212あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(40)ために,iPS細胞およびRPEの培養方法も動物実験の研究で用いた手法をそのまま臨床に用いることはできない.移植細胞の作製過程で他動物由来の細胞との接触あるいは血清などの他動物由来の成分を使用しての培養は避けるべきである.そこで,培養工程で動物細胞を使用せず,血清も使用しない方法に改良し,さらに分化誘導に使用する合成蛋白も低分子化合物で置き換えるなど,RPEの分化培養方法の全面的な見直しを行った.また,iPS細胞を移植治療に用いるうえでもっとも懸念されていたのが,移植細胞の腫瘍化の可能性である.ヒトiPS細胞の発明当初は遺伝子導入にレトロウイルスが使用されていたため12),染色体にレトロウイルスベクターが組み込まれることによりランダムな遺伝子の活性化が起こって移植細胞が腫瘍化する可能性があった.また,それとは別に,移植RPEに未分化なiPS細胞が混入することによって,未分化細胞が増殖して奇形腫を形成する可能性もある.iPS細胞の作製については,ウイルスを使用せずプラスミドベクターにより遺伝子導入を行うことで,iPS細胞にゲノムへの遺伝子導入が起こらない方法13,14)を採用し,染色体へのベクター組み込みによる腫瘍化の危険は回避された.また,RPE細胞の分化誘導においては,RPEが有する色素をマーカーとして分化RPE細胞の選別が可能で,RPE細胞だけを増殖させて細胞シートを作製することができ,なおかつRPE細胞以外の未分化の細胞が混入しても0.01%の精度で検出することができることを筆者らのグループは確認した.この方法でヒトiPS細胞から分化誘導したRPE細胞を100匹以上の免疫不全マウスに移植して,6カ月間以上観察してもRPE細胞から腫瘍は発生しなかった.こうした造腫瘍試験の結果から,iPS細胞由来RPEが移植後に腫瘍化する可能性はきわめて低いと考えている.また,iPS由来RPE細胞シートの安全性の問題とは別に,RPEシートを移植する手術の安全性も担保する必要がある.この移植手術工程の大半はCNV抜去手術の手技を用いることで遂行可能であるが,iPS細胞由来RPEシートを黄斑部網膜下に移植する手技については専用デバイスを開発し,実験動物などで移植実験を重ね,安全性と信頼性の確認を行った.上述のような「魔の川」を乗りきるための準備を整え夢の治療として現実味に乏しかった網膜の再生医療が現実のものになろうとしている.幹細胞を利用しての中枢神経系の再生医療は,大きく分けて,内在性幹細胞の賦活,組織幹細胞もしくは前駆細胞の移植,幹細胞より作製した体細胞の移植の3つのストラテジーが想定されている.ただし,前二者については生体内での細胞の分化や脱分化,あるいは増殖を制御するための知見が不十分で技術も確立していないので現時点での臨床応用はむずかしい.現在,臨床応用への期待が高まっているのは,多能性幹細胞から治療に必要な体細胞を分化させて移植するストラテジーである.体細胞移植による網膜の再生を考える場合,神経網膜においては移植細胞がホスト網膜の神経ネットワークと有機的な結合をすることが機能の再建には必須である.その点で,神経ネットワークがより複雑となる中枢側,すなわち網膜内層にいくほどホスト神経ネットワークとの有機的な結合を得ることがむずかしく,末梢側の網膜外層のほうが容易であると考えられる.したがって,細胞治療による網膜再生治療は外層から着手されるのが自然な流れといえる.とくに神経細胞ではないRPEは移植細胞がホストの神経ネットワークに組み込まれる必要がなく,移植されたRPEがinsituにてホスト組織と生理的に接着して細胞固有の機能を発揮してくれれば目的を達する.網膜再生医療の実現をめざすうえで,最初の細胞治療ターゲットにRPEが選ばれるのが必然であり,疾患の原因がRPEの加齢劣化に根ざすAMDが最初の対象疾患になるのも合理的帰結である.IV加齢黄斑変性に対するiPS細胞を用いた臨床研究多能性幹細胞からRPEを分化培養させる技術の確立と,倫理的問題と免疫学的問題をクリアできる多能性幹細胞であるiPS細胞を得て,AMDに対して多能性幹細胞を用いRPE移植を臨床応用する下地は整ったといえる.しかし,臨床応用への下地は整ったといってもラボにおける動物実験とベッドサイドでの臨床治療との間には大きな隔たりがある.俗にいう「魔の川」である.臨床応用にあたって第一に優先されるのは安全性であり,未知の感染症や予期せぬ生理的反応を可及的に除外する AMD患者RPE細胞シートの作製RPE細胞RPE細胞の分化誘導皮膚線維芽細胞遺伝子導入(リプログラミング)細胞シート移植手術iPS細胞AMD患者RPE細胞シートの作製RPE細胞RPE細胞の分化誘導皮膚線維芽細胞遺伝子導入(リプログラミング)細胞シート移植手術iPS細胞図3自家iPS細胞由来RPEシート移植治療の流れ滲出型AMD患者より直径4mmの皮膚を採取し皮膚線維芽細胞を培養.線維芽細胞よりiPS細胞を樹立し,さらにRPEへの分化を誘導.RPEは細胞シート状に培養し,患者の黄斑部網膜下に本人のiPS細胞由来のRPE培養シートを移植する.神経網膜CNVRPE自家iPS細胞由来RPEシートRPEシートの網膜下移植CNVの抜去RPEシートをレーザーでカット0.65.0.65mm1.3mm3.0mm図4自家iPS細胞由来RPEシート移植手術手順硝子体手術を行って黄斑部下のCNVを抜去.CNV抜去後に生じたホストRPEの欠損部位にiPS細胞由来のRPEシートを移植する.RPEシートは表裏が確認できるように一隅にカットをいれておく. 表2臨床研究症例選択基準と除外基準選択基準1)少なくとも一眼が滲出型AMD(特殊型を含む)と診断されている患者2)同意取得時の年齢が50歳以上の患者3)中心窩下にCNV,瘢痕形成または網膜色素上皮裂孔を認める滲出型AMDの患者4)被験眼の矯正視力が手動弁以上0.3未満の患者5)被験眼が標準治療後も,滲出性変化が残存する,もしくは再発を繰り返す患者6)マイクロペリメトリー(MP-1)による視感度測定において,中心半径4°以内の平均感度が5dB以下の患者7)本臨床研究について十分に理解したうえで,文書による同意が得られた患者除外基準1)眼感染症を合併している患者2)その他の網膜疾患(糖尿病網膜症,高血圧網膜症,血管閉塞など)を合併している患者3)視神経萎縮の確認された患者4)眼圧コントロールのできない緑内障の患者5)重度の肝障害(ASTまたはALTが100IU/L以上)の患者6)透析を要する重度の腎機能障害の患者7)B型肝炎ウイルス抗原,C型肝炎ウイルス抗体,ヒト免疫不全ウイルス抗体,成人T細胞白血病ウイルス抗体,梅毒血清反応陽性の患者8)抗生物質(ペニシリン,ストレプトマイシン),ウシ血清にアレルギーのある患者9)抗凝固薬または抗血小板薬を,移植前に中止できないと当該診療科の主治医が判断した患者10)全身麻酔に不適切と麻酔医が判断した患者11)悪性腫瘍の合併または5年以内の既往のある患者12)インドシアニングリーンおよびフルオレセインに対して薬剤アレルギーの既往を有する患者13)妊娠中もしくは授乳中の患者.妊娠している可能性のある患者(男性または閉経後2年以上経過している患者,不妊手術を受けているものを除く).患者本人もしくはパートナーが妊娠を希望している患者14)同意取得前1カ月以内に他の治験または臨床研究に参加していた患者15)その他,研究責任者または研究分担医師が不適当と判断した患者表3臨床研究の評価項目主要評価項目(1)iPS細胞由来RPEシートに起因する有害事象1.移植片の生着不全,免疫拒絶反応2.腫瘍化(2)移植手術・手技に伴う有害事象1.網膜・脈絡膜出血,硝子体出血2.網膜裂孔および網膜.離副次評価項目(1)安全性1.iPS細胞由来RPEシートに起因するその他の有害事象の重症度および発現頻度2.移植手術・手技に伴う,その他の有害事象の重症度および発現頻度その他,CTCAEv4.0-JCOGに基づき,すべてのGrade2以上の有害事象の種類,重症度および発現頻度(2)有効性1.OCTによる網膜厚2.蛍光眼底造影による新生血管の有無3.多局所ERG,MP-1による網膜感度4.視力5.QOLの変化(VFQ-25スコアによる評価) あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015215(43)シートの枚数を増やす,もしくはより大きなシートの移植を行う予定である.術後は1年間にわたって経過観察し,後述の評価項目について検討する.患者選択基準と除外基準を表2に,主要評価項目と副次評価項目を表3に示した.本臨床研究は,iPS細胞を用いた細胞治療の世界初の症例であり,安全性の確認が今回の臨床研究の主たる目的となる.したがって,主要評価項目は本プロトコール治療の安全性の検討になっている.安全性の検討は,移植したiPS細胞による有害事象の有無と手術による有害事象に分けて検討する.また,副次項目として,その他のあらゆる有害事象を検証し,治療による効果についても検討を行う.ただし,今回の対象は現行の標準治療を行っても病状が進行してすでに黄斑部の視細胞が変性してしまった症例に限定している.したがって,治療が成功しても,大幅な視機能の回復は望めない.それでも,本治療によりエンドレスに続く抗VEGF治療から離脱して視機能の低下が食い止められれば,それだけでも患者にとっては大きなメリットがあると考えられる.第1例目の症例は2013年8月よりリクルートを開始し,十分な説明を行ってインフォームド・コンセントを取得できた患者に対してスクリーニング検査を行って選択基準を満たし除外基準をクリアしていることを確認したうえで,臨床研究に登録した.皮膚採取の施行からiPS樹立とRPE細胞の培養には当初の予定どおり約10カ月間を要し,2014年の9月12日に患者iPS由来RPEシートの移植手術を施行した.術中の様子を図5に示す.特段の術中および術後合併症はなく,現在は術後1年間の経過観察中である.V今後の可能性AMDに対するRPE移植治療はまだ1例の移植手術を実施したところで,多くを語ることはできないが,本治療の安全性が確認されれば,視細胞が残存しており視力の回復が期待できるより早期の症例へと対象症例の範囲を拡大していくことになろう.視機能の維持あるいは改善の治療効果が確認できれば,当面は,抗VEGF治療への反応が不良な症例に対するセカンドラインの治療となると思われる.iPS細胞由来RPEシートがいかに安全なドナー組織であっても,移植のために必要な黄斑下手術は手術合併症のリスクを免れることはできない.本治療が加齢黄斑変性のファーストラインの治療になるためには,移植手技の安全性の向上と低侵襲化が必要であろう.移植手術が,たとえば現在の白内障手術に準じる安全性と信頼性を獲得すれば,視細胞がほとんど障害を受ける前の病初期の段階で劣化したRPEの細胞治療を行い,AMDの根治的治療を行えるようになるかもしれない.CNV移植用デバイス先端RPEシート網膜切開創図5自家iPS細胞由来RPEシート移植術中所見網膜黄斑部の耳側より網膜下ニードルを刺入し人工的網膜.離を作製したのち,CNVと網膜との癒着を慎重に.がしながらCNVを抜去(写真上).CNV抜去で生じた網膜層創を切開拡張して移植用デバイスを網膜下に挿入し,RPEシート片を黄斑下に移植(写真下).このあと,パーフルオロカーボンで網膜を復位させ,シリコーンオイルタンポナーデを行って手術を終了.シリコーンオイルは8週間後に抜去した.CNV移植用デバイス先端RPEシート網膜切開創図5自家iPS細胞由来RPEシート移植術中所見網膜黄斑部の耳側より網膜下ニードルを刺入し人工的網膜.離を作製したのち,CNVと網膜との癒着を慎重に.がしながらCNVを抜去(写真上).CNV抜去で生じた網膜層創を切開拡張して移植用デバイスを網膜下に挿入し,RPEシート片を黄斑下に移植(写真下).このあと,パーフルオロカーボンで網膜を復位させ,シリコーンオイルタンポナーデを行って手術を終了.シリコーンオイルは8週間後に抜去した. 216あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(44)ただし,本治療が標準治療となるには他の問題もある.現状は患者本人の細胞からiPS細胞を樹立しRPEを得るまでに約10カ月の月日と多額の費用を要している.今後,より高い治療効果をめざすうえで,移植細胞の培養準備に要する時間のために最適な治療タイミングを逸しかねないし,高額な費用は誰もが受けられる標準治療となるためには大きな障害となる.こうした問題を解決するために,健常ボランティアよりさまざまなタイプの主要組織適合抗原(majorhistocompatibilitycom-plex:MHC)のiPS細胞株を樹立しバンク化する構想が進んでいる.iPS細胞バンクが整備され,あらゆるMHCタイプのiPS細胞が即座に手に入るようになれば,拒絶の問題を回避しつつ,治療までの期間を短縮し費用も低く抑えることが可能となる.今後,わが国の保険診療による標準治療に向けてはこの方向性で進んでいくと予想され,自家移植は一部の患者を対象に限定的に施行される医療となるかもしれない.ただし,今後,技術的なブレークスルーにより状況が変化する可能性はある.なお,本臨床研究の当初計画では症例毎に安全性を確認するインターバルをとりながら,治療症例を逐次追加し6例を行う予定であった.しかしながら,本計画が認可された後の2014年秋に再生医療新法が施行され,現行の枠組みでの臨床研究が継続できなくなった.このため,同じプロトコロールで新たに臨床研究の申請を行うか,京都大学iPS細胞研究所で構築中のiPS細胞バンクによる他家移植に移行するかを検討中である.RPEの次に来る網膜再生医療のターゲットは前述のように神経網膜の最外層に位置し,視覚路の末梢端にあたる視細胞であろう.視細胞の移植も古くより動物実験が試みられてきたが,必要量のドナーの確保や移植細胞の生着効率などの問題により臨床応用への道は遠いと思われていた.最近,ES細胞から立体的な層構造をもった網膜を作製する方法が報告され15,16),この方法を用いれば網膜本来の立体的構造を有する大量の視細胞を細胞シートの状態で作製することができるため,移植における生着率が大幅に改善することが期待される.この方法を用いて,筆者らのグループはマウスでiPS細胞から作製した視細胞3次元シート移植を行い,ホスト網膜下に生着して形態学的にホスト網膜双極細胞とシナプスを形成することを報告した17).今後,電気生理学的にホスト網膜との情報伝達が確認され,視細胞変性モデル動物で視機能改善が認められるようであれば,視細胞移植の臨床応用の実現に向けて大きく前進すると期待される.文献1)YasudaM,KiyoharaY,HataYetal:Nine-yearincidenceandriskfactorsforage-relatedmaculardegenerationinadefinedJapanesepopulationtheHisayamastudy.Ophthal-mology116:2135-2140,20092)高橋寛二,小椋祐一郎,石橋達郎ほか:加齢黄斑変性の治療指針.日眼会誌116:1150-1156,20123)AlgverePV,BerglinL,GourasPetal:Transplantationoffetalretinalpigmentepitheliuminage-relatedmaculardegenerationwithsubfovealneovascularization.GraefesArchClinExpOphthalmol232:707-716,19944)AlgverePV,GourasP,DafgardKoppE:Long-termout-comeofRPEallograftsinnon-immunosuppressedpatientswithAMD.EurJOphthalmol9:217-230,19995)AbeT,YoshidaM,TomitaHetal:Autoirispigmentepithelialcelltransplantationinpatientswithage-relatedmaculardegeneration:short-termresults.TohokuJExpMed19:7-20,20006)vanMeursJC,terAverstE,HoflandLJetal:Autologousperipheralretinalpigmentepitheliumtranslocationinpatientswithsubfovealneovascularmembranes.BrJOphthalmol88:110-113,20047)Falkner-RadlerCI,KrebsI,GlittenbergCetal:Humanretinalpigmentepithelium(RPE)transplantation:out-comeafterautologousRPE-choroidsheetandRPEcell-suspensioninarandomisedclinicalstudy.BrJOphthal-mol95:370-375,20118)vanZeeburgEJ,MaaijweeKJ,MissottenTOetal:Afreeretinalpigmentepithelium-choroidgraftinpatientswithexudativeage-relatedmaculardegeneration:resultsupto7years.AmJOphthalmol153:120-127,20129)KawasakiH,SuemoriH,MizusekiKetal:Generationofdopaminergicneuronsandpigmentedepitheliafrompri-mateEScellsbystromalcell-derivedinducingactivity.ProcNatlAcadSciUSA99:1580-1585,200210)TakahashiK,YamanakaS:Inductionofpluripotentstemcellsfrommouseembryonicandadultfibroblastculturesbydefinedfactors.Cell126:663-676,200611)RamonyCajal,S.R.(1913-14)Estudiossobreladegener-aciondelsistemanervioso.Moya.[translratedbyMayRM,Cajal’sDegenerationandRegenerationoftheNer-vousSystem.DeFelipeJ,JonesEG(eds),OxfordUniver-sityPress,NewYork,1991.]12)TakahashiK,TanabeK,OhnukiMetal:InductionofpluripotentstemcellsfromadultHumanfibroblastsbydefinedfactors.Cell131:861-872,2007 あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015217(45)13)OkitaK,NakagawaM,HyenjongHetal:Generationofmouseinducedpluripotentstemcellswithoutviralvec-tors.Science322:949-953,200814)OkitaK,MatsumuraY,SatoYetal:Amoreefficientmethodtogenerateintegration-freehumaniPScells.NatMethods8:409-412,201115)EirakuM,TakataN,IshibashiHetal:Self-organizingoptic-cupmorphogenesisinthree-dimensionalculture.Nature472:51-56,201116)NakanoT,AndoS,TakataNetal:Self-formationofopticcupsandstorablestratifiedneuralretinafromhumanESCs.CellStemCell10:771-785,201217)AssawachananontJ,MandaiM,OkamotoSetal:Trans-plantationofembryonicandinducedpluripotentstemcell-derived3Dretinalsheetsintoretinaldegenerativemice.StemCellReports2:662-674,2014

網膜色素変性に対する遺伝子治療の実際と可能性

2015年2月28日 土曜日

特集●最先端の硝子体手術あたらしい眼科32(2):203~208,2015特集●最先端の硝子体手術あたらしい眼科32(2):203~208,2015網膜色素変性に対する遺伝子治療の実際と可能性CurrentandFutureGeneTherapyforPatientswithRetinitisPigmentosa池田康博*はじめにわれわれが取得する外界情報の約80%を得るために必要な視覚を失うこと,すなわち「失明」は,患者のQOL(qualityoflife)を著しく低下させ,社会活動は大幅に制限される.世界の中途失明原因の上位を占める疾患のうち白内障や緑内障は,手術療法の進歩や点眼薬などの充実により治療することができる疾患となった.一方,網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP)などのように現時点で有効な治療法が確立されていない疾患も数多く存在しており,早期の治療法開発が望まれている.このような難治性疾患に対する新しい治療法として期待されている方法の一つが,遺伝子治療である.2001年には米国のジョンズ・ホプキンス大学において,加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)に対する遺伝子治療の臨床プロトコールが提出され1),眼科領域における遺伝子治療の臨床応用の幕が開けた.これまでに,網膜芽細胞腫2),AMD3),レーバー先天盲(Leber’scongenitalamaurosis:LCA)4~6)という疾患に対する遺伝子治療臨床研究が報告されている.本稿では,平成25年3月よりスタートしたアジア初となるRPに対する遺伝子治療臨床研究を中心に遺伝子治療について紹介する.I遺伝子治療という治療法RPは網膜に発現する分子の遺伝子異常によって,最終的には視細胞死(アポトーシス)が生じる疾患である.分子遺伝学の発展により,これまでに多くの原因遺伝子が同定されているが,遺伝子診断にとどまらず,病態の理解や治療にまで応用しようと考えるのは自然な発想であろう.遺伝子治療の当初の発想は「遺伝子の異常を直す」,すなわち病気を根本的に治療しようというもので,この場合,欠陥のある遺伝子を正常遺伝子と置換することができれば理想的である.しかし,そのためには遺伝子相同組換えという技術を用いる必要があるが,相同組換えの効率が非常に低いことから,現時点で実現はむずかしい.そこで,現実的には,遺伝子異常を有する細胞に単に正常遺伝子を補充する(異常な遺伝子はそのまま残る)方法が取られているが,この方法では異常な遺伝子が機能を失うタイプのもの(ロスオブファンクション異常)にしか対応できないという欠点がある.また,RPは原因遺伝子が多岐にわたるため,特定の遺伝子を対象とした場合,対象患者が限られてしまうことが考えられる.一方,遺伝子治療技術が具体化するにつれ,「遺伝子を用いて治療する」方法が考えられるようになった.RPに対しても,神経栄養因子(毛様体由来神経栄養因子:CNTF,色素上皮由来因子:PEDFなど)やアポトーシス阻害因子(Bcl-2など)を網膜色素上皮細胞(retinalpigmentepithelium:RPE)や視細胞に遺伝子導入することで,基礎研究の段階ではあるが視細胞死を抑制できることが明らかとなっている7~9).また,最近では網膜神経節細胞に光を感受する遺伝子(channelrhodop*YasuhiroIkeda:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕池田康博:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(31)203 204あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(32)期間に重篤な副作用がないこと,光に対する感度が上昇した症例があることが示されている6).このように,LCA2に対する遺伝子治療は安全性と治療効果が複数の施設で確認され,症例も着実に積み重ねられている.より若年の症例を適応とすることにより,さらに高い治療効果が期待される.III網膜色素変性(RP)に対する視細胞保護遺伝子治療のコンセプトRPは網膜に発現するさまざまな分子の遺伝子異常によって最終的には視細胞死が生じるが,その共通するメカニズムは視細胞のアポトーシスと考えられている.われわれの視細胞保護遺伝子治療のコンセプトは,眼内に神経栄養因子を過剰発現させることにより,視細胞のアポトーシスを抑制しようというものである(図1).今回の臨床研究で使用する治療遺伝子は,PEDFという神経栄養因子である.複数のRPモデル動物において,このPEDFの遺伝子導入による視細胞のアポトーシス抑制効果が認められた9,14~16).PEDF遺伝子を搭載したサル免疫不全ウイルス(SIV)ベクター(SIV-hPEDF)をRP患者の網膜下に投与し,そこから分泌されるPEDF蛋白の視細胞保護作用により視細胞の喪失を防ぎ,RP患者の視機能低下を防ぐことをめざす.臨床応用にあたり,安全性を確認するための大型動物(カニクイザル)を用いた急性毒性試験,長期安全性試験を実施し,眼局所ならびに全身に重篤な副作用を認めないことを明らかとし17),次項で紹介する臨床研究実施計画を立案した.IV臨床研究実施計画臨床研究実施計画の学内倫理委員会での審査は平成18年7月より開始され,承認までに約2年を要した.さらに,平成22年10月に厚生労働省へ実施計画を申請し,平成24年8月に厚生労働大臣より了承された.本臨床研究の主な目的は,SIVベクターの眼内投与の安全性を確認することである(第I相臨床研究).臨床研究実施計画の大まかな流れを図2に示す.まず第1ステージとして5名の被験者に低用量の臨床研究薬(SIV-hPEDF)を投与し各々4週間観察し,急性期の異常がsin-2)を遺伝子導入することで,網膜神経節細胞に光を感受する機能を賦与するという方法も開発されている10,11).このような方法の場合,遺伝子の欠陥は修正されないことから根本的な治療法にはなりえないものの,遺伝子異常の種類にかかわらずより多くの患者を対象とできる点で有利である.IIレーバー先天盲(LCA)に対する遺伝子治療LCAは,1869年Leberによって報告されたRPの類縁疾患で,生後早期(多くは生後6カ月以内)より高度に視力が障害される12).これまでに16種類の原因遺伝子が同定されており,ほとんどが常染色体劣性遺伝の形式をとる.80,000出生に1~2人の頻度で認められ,先天盲の約20%を占めるとされている.この疾患に対する臨床的に明確な効果を有する治療法は確立されておらず,予後は不良である.RPE65(LCA2)はRPEに発現し11-cis-retinalの産生にかかわるが,RPE65遺伝子に変異があると11-cis-retinalが産生されず,視細胞(桿体)が光に反応できなくなり,最終的に視細胞は死に至ってしまう.Aclandらは,このLCA2に対する遺伝子治療法として,アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いたRPEへの正常RPE65遺伝子導入という方法を試み,イヌのLCA2モデルにおいて著明な治療効果が得られることを報告した13).2007年2月より英国のグループによって,また2007年9月より米国ペンシルバニア大学のグループによって,ヒトLCA2患者に対する遺伝子治療臨床研究が開始されており,その途中経過が報告された4~6).英国での臨床研究では,17~23歳のLCA2患者3名に対して,AAVベクターが網膜下投与された.その結果,1名(症例3)では,投与部位に一致した感度の改善を認め,さらに暗所下での行動の著しい改善を認めたと報告されている4).また,米国の臨床研究でも同様に,19~26歳の3名の患者を対象に遺伝子治療が行われ,治療を受けた3名とも対光反応および視野に改善を認め,うち2名では視力の改善も認めたと報告されている5).同様に,米国フロリダ大学とペンシルバニア大学の共同研究グループからの報告でも,1年間の経過観察 神経栄養因子を使った視細胞保護療法網膜に神経栄養因子(色素上皮由来因子)を遺伝子導入し,視細胞死を抑制する視力・視野日常生活に困る視細胞発症色素上皮由来因子遺伝子導入(PEDF)(神経栄養因子)網膜色素上皮細胞病気の進行を遅らせることに臨床的意義図1視細胞保護遺伝子治療のコンセプト網膜にPEDFを遺伝子導入し,分泌されるPEDF蛋白で視細胞死を防ぐ.67低濃度群(2.5×107TU/ml)インフォームド・コンセント(第1回)および患者登録患者適応の決定(先進医療適応評価委員会)治療前検査インフォームド・コンセント(第2回)治療開始(臨床研究薬投与)患者隔離解除(予定)0日7日血液・尿中・涙液中ベクターモニタリング28日急性期観察期間終了安全性評価(先進医療適応評価委員会)遺伝子治療室における患者隔離期間安全性判定・ステージアップの許可ステージアップ厚生労働省厚生科学課へ報告試験終了先進医療適応評価委員会最終患者投与より24カ月観察厚生労働省厚生科学課へ報告20高濃度群(2.5×108TU/ml)12543図2視細胞保護遺伝子治療臨床研究のおおまかな流れ臨床研究薬投与後1週間は遺伝子治療室で隔離状態となる.(33)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015205 206あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(34)れまでに低用量群5名の被験者に臨床研究薬を投与した.平成26年6月に高用量群へのステージアップの承認を受け,高用量群への投与をスタートする予定である.図3は第1症例での手術室の様子である.手術は,23ゲージでの硝子体切除術とし,後部硝子体.離を作製したのちに41G網膜下注射針(ドルク社製)を用いて臨床研究薬を網膜下投与した(図4).この際,黄斑部への投与を避けるように,原則4カ所に分けて計200μLを行った(図5).投与された臨床研究薬は,概ね1週間以内に吸収されるが,第3症例では臨床研究薬が吸収さ認められないことを確認した後,第2ステージで15名の被験者に高用量の臨床研究薬を投与する計画となっている.それぞれの被験者は投与後2年間の経過観察を行うが,副作用の発生については終生追跡される予定である.本臨床研究は,安全性の確認が主な目的となっているので,適応基準と除外基準が厳密に決められている(表1).V臨床研究の経過と今後の可能性平成25年3月26日より臨床研究はスタートし,こ表1臨床研究の適応基準と除外基準適応基準1.40歳以上の網膜色素変性患者2.1年以上九州大学病院で定期的に経過観察中で,病状が安定していると判断された患者除外基準(一部抜粋)1.失明している患者2.黄斑部合併症(黄斑上膜,黄斑浮腫など)のある患者3.緑内障を合併している患者4.網膜や網膜下に色変以外の病変(網膜出血など)を合併している患者5.心機能障害や肝機能障害など全身状態の悪い患者6.悪性新生物の既往のある患者7.妊娠または授乳中の患者など石橋教授筆者佐賀大学眼科江内田教授図3第1症例の手術室の風景筆者が術者となり臨床研究薬を投与した.41G針臨床研究薬投与部黄斑部図4左:ドルク社製41ゲージ網膜下注射針と臨床研究薬,右:第3症例の術中写真右眼に対して臨床研究薬を投与した.表1臨床研究の適応基準と除外基準適応基準1.40歳以上の網膜色素変性患者2.1年以上九州大学病院で定期的に経過観察中で,病状が安定していると判断された患者除外基準(一部抜粋)1.失明している患者2.黄斑部合併症(黄斑上膜,黄斑浮腫など)のある患者3.緑内障を合併している患者4.網膜や網膜下に色変以外の病変(網膜出血など)を合併している患者5.心機能障害や肝機能障害など全身状態の悪い患者6.悪性新生物の既往のある患者7.妊娠または授乳中の患者など石橋教授筆者佐賀大学眼科江内田教授図3第1症例の手術室の風景筆者が術者となり臨床研究薬を投与した.41G針臨床研究薬投与部黄斑部図4左:ドルク社製41ゲージ網膜下注射針と臨床研究薬,右:第3症例の術中写真右眼に対して臨床研究薬を投与した. 右眼の場合刺入部位投与部位黄斑視神経乳頭黄斑を.離させない図5臨床研究薬投与のイメージ(右眼の場合)黄斑部を.離させないように,原則4カ所に分けて臨床研究薬と投与する.– 208あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(36)17)IkedaY,YonemitsuY,MiyazakiMetal:Acutetoxicitystudyofasimianimmunodeficiencyvirus-basedlentiviralvectorforretinalgenetransferinnonhumanprimates.HumGeneTher20:943-954,2009neuroprotectiveeffectviasimianlentiviralvector-mediat-edsimultaneousgenetransferofhumanpigmentepitheli-um-derivedfactorandhumanfibroblastgrowthfactor-2inrodentmodelsofretinitispigmentosa.JGeneMed10:1273-1281,2008

網膜中心静脈閉塞症の治療抵抗性黄斑浮腫に対する網膜血管内治療

2015年2月28日 土曜日

特集●最先端の硝子体手術あたらしい眼科32(2):197.202,2015特集●最先端の硝子体手術あたらしい眼科32(2):197.202,2015網膜中心静脈閉塞症の治療抵抗性黄斑浮腫に対する網膜血管内治療EndovascularTreatmentforRefractoryMacularEdemaDuetoCentralRetinalVeinOcclusion門之園一明*はじめに網膜中心静脈閉塞症は,視機能に重篤な影響をあたえうる網膜血管障害である1).網膜中心静脈の閉塞に伴う黄斑浮腫が視機能の障害の主因であり,血管新生緑内障に進展する可能性もある.近年,本疾患に対する治療は急速に進歩してきている.とくに,抗VEGF(vascularendothelialgrowthfactor)抗体の投与は,その強力な抗炎症作用により黄斑部毛細血管の透過性亢進を抑制し,黄斑浮腫を良好に改善する2).しかし,本疾患では網膜血管の強い虚血が持続するために,抗VEGF抗体を多数回にわたり投与せざるを得ない症例や,そもそも抗VEGF抗体の反応不良例が存在する.このような網膜中心静脈閉塞症の遷延する黄斑浮腫に対しては,現状では,有効な治療手段はない.これまで,これらの疾患の根治治療として血栓の溶解除去治療が有望視されてきた.数年前に筆者らは,網膜血管内への直接的な組織型プラスミノゲンアクチベータ(tissueplasminogenactivator:t-PA)の投与手技を開発した3).本手技は,遷延する黄斑浮腫を改善しうる可能性がある.本稿では,網膜中心静脈閉塞症の治療抵抗性の持続する黄斑浮腫に対する網膜血管内治療の有効性および安全性について解説をする.I目的と方法網膜中心静脈閉塞症(centralretinalveinocclusion:CRVO)に伴い遷延する黄斑浮腫症例に対して網膜血管内治療を当科にて行った.対象とする疾患は,術前の視力が0.1以下,黄斑浮腫の合計の持続期間が6カ月以上の症例とした.また,過去に汎網膜光凝固,抗VEGF抗体硝子体内投与,ステロイドTenon.下注射,および硝子体手術を施行されていることは問わなかった.また,症例はすべて当院の倫理委員会の審査・承認を経た後に,文書および口頭のインフォームド・コンセントを得て行われた.本臨床研究は,平成25年1.12月までの期間に行われた.対象となった症例は,15例15眼であり,平均年齢は68.3歳,男性4眼,女性11眼であった.術前の平均視力は,少数視力にて0.16,ETDRSscorechartletterにて36文字であった.光干渉断層計(opticalcoherencetomogramphy:OCT)による中心窩網膜厚は,平均約687μmであった.視細胞内節外節接合部は全例において不明瞭であった.また,平均黄斑浮腫持続期間は,14.3カ月であり,CRVOの発症からの罹病期間は平均23カ月であった.これらの症例に対して,以下の硝子体手術を行った.小切開硝子体手術(microincisionvitreoussurgery:MIVS)を用い,25ゲージによる硝子体手術を行った.内境界膜.離の行われていない症例では,黄斑部の内境界膜.離を行い,視神経乳頭内の中心静脈を確認した.全例で,乳頭内の中心静脈は確認でき,その最大径の平均値は約110μmであった.測定には,カッターの先端の径を対照とした.その後,50μmのマイクロニードル*KazuakiKadonosono:横浜市立大学大学院医学研究科視覚再生外科学/横浜市立大学附属市民総合医療センター病院〔別刷請求先〕門之園一明:〒232-0024横浜市南区浦舟町4-57横浜市立大学大学院医学研究科視覚再生外科学/横浜市立大学附属市民総合医療センター病院0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(25)197 図1視神経乳頭内の網膜静脈血管内へマイクロニードルを穿孔するをConstellationRのVFCに接続して,10ccシリンジ内に約43.3μg/mlのt-PAを約2.0cc封入した.接触型硝子体レンズを用い,視神経乳頭内を拡大した後に,マイクロニードルを目的とする中心静脈内へ穿孔した(図1).速やかに,VFCの圧を上昇させ約30.70psiの圧力をかけて中心静脈内へt-PAを注入した.その際,左手にソフトテーパードニードルを保持して,突然の出血に備えた.血管内への薬液の注入の途中,血管内の色調が透明に変化するのを確認し,良好に血管内に薬液が投与されていることの指標とした.t-PAの静脈内への投与を約3分間継続した後に,マイクロニードルを抜針して手術を終えた.抜針後,血管からの出血のないことを確認し,また,出血のみられる場合には吸引管にて受動吸引し止血を行った.その後,眼内の液空気置換を行い手術を終了した.全身治療として,術後よりバイアスピリン錠剤の内服,浮腫の再発が著しい場合はプレドニン内服あるいはステロイドTenon.下注射を行った.すべての症例は,術前,術後1カ月,6カ月の時点にて,矯正視力,中心窩網膜厚が測定され,術前,術後1カ月,6カ月の時点にて蛍光眼底造影検査が行われた.また,硝子体出血,血管新生緑内障など手術合併症の観察が行われた.II結果15例15眼のすべての症例において術後1カ月の時点にて平均157μm(術前687μm,術後1カ月530μm)の中心窩網膜厚の軽減がみられた.その後,6カ月の時点にて平均中心窩網膜厚は442μmに減少した.平均表1本研究の症例および経過症例性/年/眼術前視力術前ETDRS*術前CRT**術後視力(1M)術後ETDRS(1M)術後CRT(1M)術後視力(6M)術後ETDRS(6M)術後CRT(6M)術前処置1F61L0.1334600.08235840.123240antiVEGF+2M72L0.07218840.08257220.0820624antiVEGF/PRP++3F69L0.1328030.15452880.247264antiVEGF/PRP4F74R0.1476140.15439440.136440antiVEGF/PRP5M69R0.3578830.15446940.1554375antiVEGF/Vit6F57R0.06217960.02106000.0511523antiVEGF/PRP7F69L0.2507660.15507920.256700antiVEGF/Vit+++8F62R0.1345780.15473400.1545341antiVEGF/PRP9F64L0.04327800.15376190.246566antiVEGF/Vit10F84R0.06158750.1321280.135160antiVEGF/PRP11M75R0.2444160.5556270.354401antiVEGF/Vit12F66L0.07146760.0692050.0610397antiVEGF/Vit13F65L0.08289410.08286410.134394antiVEGF/PRP14F66L0.9745030.03674280.980327antiVEGF/Vit15M71L0.1386400.2643490.273186antiVEGF/PRP*ETDRS:EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy,**CRT:centralretinalthickness,+antiVEGF:抗VEGF投与,++PRP:汎網膜光凝固,+++Vit:硝子体手術.198あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(26) 800807007060060500CRTμm400300ETDRSscore50403020PrePost1MPost6MCRTμm100図2血管内治療後の中心窩網膜厚(CRT)の変化PrePost1MPost6M術前と比較して術後3カ月にて有意な網膜厚の減少がみられる(p<0.001).logMAR視力は,術前0.948であり,術後1カ月で0.970,術後6カ月で0.842であった.また,平均のETDRSscorechartletterは,術前36文字であり,術後1カ月で40文字,術後6カ月で60文字であった(p=0.121).主な手術の合併症は,硝子体出血が1眼にみられたが自然に吸収された.ほかに血管新生緑内障など重篤な合併症はみられなかった(表1).黄斑浮腫の再発は平均3.5週で7眼にみられ,1眼に再手術(血管内治療)を行い,3眼はステロイド内服(プレドニゾロン30mg漸減療法)を行い,3眼はステロイドTenon.下投与を行い,すべての症例において黄斑浮腫は術前に比して軽減した.III考察今回の15眼に行われた遷延性黄斑浮腫の血栓除去治療術の成績は,比較的良好であった.黄斑浮腫に関しては,血管内治療にて有意に中心窩網膜厚の改善を得ることができた(図2).一方,視機能に関しては,術前に比して改善はみられたものの,有意な変化はみられなかった(図3).また,視機能の悪化例はみられず,重篤な合併症はなかった.今回の研究では,遷延性の黄斑浮腫に対する血管内治療は,黄斑浮腫を改善しうるが,十分な視力の向上を期待することはできないと結論することができる.網膜中心静脈閉塞症は,視神経篩板内の静脈の血栓症(27)図3血管内治療後の視力(ETDRSletterchart)の変化術前に比して術後3カ月にて有意な視機能の変化はみられない.(p=0.121)である.なぜ,網膜の中心静脈内に病理的な血栓が形成されるのであろうか.人体の静脈閉塞症は少なく,下肢静脈閉塞症,肺静脈塞栓,あるいは胸郭症候群などがあり,どの静脈閉塞症も致命的な疾患とはなり得ない.しかし,網膜の静脈は他臓器と異なり,その閉塞により終末血管である黄斑部毛細血管の閉塞をもたらし,その結果,網膜の解剖学的特徴により黄斑浮腫をきたす.さらに,静脈の閉塞は続発性の網膜動脈閉塞をもたらし,恒久的な組織障害へとつながる危険性もある.網膜中心静脈閉塞症は全身の静脈閉塞症において特殊なものと考えられる.また,篩板は非常に硬い組織であり,篩板内の網膜動脈の硬化により組織内圧が容易に上昇しやすく,さらに乳頭上で血管は急速にその走行を90°程度屈曲させるので,篩板内の網膜静脈は,血液の乱流が生じやすい非常に特殊な部位といえるであろう.すなわち,網膜中心静脈閉塞症の少なくとも虚血型に限るとできるだけ早期の血栓の除去治療が望ましく,長期例すなわち遷延性黄斑浮腫に関しては,すでに生じている網膜組織の損傷や動脈閉塞を血管内治療のみで治療するのは困難であると考えられ得る.その意味では,静脈閉塞症の血栓治療は,動脈閉塞症に準じて早期に考慮すべきと考えられる.今回の遷延性の黄斑浮腫症例はすべて,すでに治療を受けてその後再発を繰り返し無反応となったもの,あるいは治療に一切反応しなかったという治療抵抗例でああたらしい眼科Vol.32,No.2,2015199 200あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(28)ACBDEF図42年前に発症後,抗VEGFを9回,汎網膜光凝固,硝子体手術を1回受けた症例11の術前術後の眼底写真,蛍光眼底造影写真,光干渉断層計術前(A),術後(B)の眼底の出血の消失,後期黄斑部の蛍光漏出の減少が術前(C)から術後(D)にみられる.また,中心窩網膜厚の減少も術前後(E,F)にみられる.ACBDEF図42年前に発症後,抗VEGFを9回,汎網膜光凝固,硝子体手術を1回受けた症例11の術前術後の眼底写真,蛍光眼底造影写真,光干渉断層計術前(A),術後(B)の眼底の出血の消失,後期黄斑部の蛍光漏出の減少が術前(C)から術後(D)にみられる.また,中心窩網膜厚の減少も術前後(E,F)にみられる. あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015201(29)ACBDEF図51.5年前に発症後,抗VEGFを12回,汎網膜光凝固を受けた症例10の術前術後の眼底写真,蛍光眼底造影写真.光干渉断層計術前(A),術後(B)の眼底出血の消失,後期黄斑部蛍光漏出の軽減が術前(C)から術後(D)にみられる.また,中心窩網膜厚の減少も術前後(E,F)にみられる.ACBDEF図51.5年前に発症後,抗VEGFを12回,汎網膜光凝固を受けた症例10の術前術後の眼底写真,蛍光眼底造影写真.光干渉断層計術前(A),術後(B)の眼底出血の消失,後期黄斑部蛍光漏出の軽減が術前(C)から術後(D)にみられる.また,中心窩網膜厚の減少も術前後(E,F)にみられる. 202あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(30)黄斑部の蛍光漏出が術前に比較して軽減しており,中心静脈の血流の改善が黄斑部毛細血管の漏出を改善させた可能性が示唆される.しかし,色素による血流速度測定およびレーザースペックル4)を用いた血流速度測定の応用,さらには血流をより客観的に評価する血流測定方法の開発が必要である.網膜中心静脈閉塞症には治療抵抗性の症例がある.これらの疾患に対して,血管内治療は有効であるが,あくまで視機能の維持が主目的とならざるを得ない.今後この分野における治療技術および診断検査機器の進歩が期待され,視神経乳頭内の血管内治療が難症例の克服に役に立つことを祈る.文献1)GreenWR,ChanCC,HutchinsGMetal:Centralretinalveinocclusion:Aprospectivehistopathologicstudyof29eyesin28cases.Retina1:27-55,19812)FerraraDC,KoizumiH,SpaideRFetal:Earlybevaci-zumabtreatmentofcentralretinalveinocclusion.AmJOphthalmol144:864-871,20073)KadonosonoK,YamaneS,ArakawaAetal:Endovascu-larcannulationwithamicroneedleforretinalveinocclu-sion.JAMAOphthalmol131:783-786,20134)TamakiY,AraieM,KawamotoEetal:Non-contact,two-dimensionalmeasurementoftissuecirculationinchoroidandopticnerveheadusinglaserspecklephenomenon.ExpEyeRes60:373-383,1995る.長期無治療のまま受診する患者はいなかった.これらの症例の既往歴は,光凝固を受けているもの8/15眼,抗VEGF抗体治療を受けているもの15/15眼,硝子体手術を受けているもの6/15眼,ステロイドTenon.下注射を受けているもの12/15眼であった.また,抗血小板凝集抑制剤を内服しているものが10/15人にみられたが,血栓溶解療法を受けている患者はいなかった.今回の治療では,視力の有意な改善を得ることはできなかった.しかし,本治療は従来の治療と根本的に異なる治療であり,この臨床研究はいくつかの示唆を与えている.ひとつは,血管内治療の抗VEGF治療を上回る有用性である.すべての症例で黄斑浮腫の改善がみられたことは,おそらく血流改善の治療効果を意味している.ふたつには,血管内治療のタイミングの重要性である.慢性黄斑浮腫では,そのほとんどの症例で,外層網膜の損傷がみられellipsoidlineを確認することは術前には不可能であり,術後浮腫の消失した時点においても外層網膜は菲薄化し,十分な視機能の改善を得るには時間を要するであろう.牽引性の浮腫と異なり,循環障害が原因の浮腫の場合,組織の虚血細胞障害がすでに生じており形態学的な回復だけでは十分な効果を上げることはできない.3つ目には,眼血流測定の必要性である.蛍光眼底造影検査によると黄斑浮腫改善例では,すべて

内境界膜自家移植による難治性黄斑円孔の治療

2015年2月28日 土曜日

特集●最先端の硝子体手術あたらしい眼科32(2):189.195,2015特集●最先端の硝子体手術あたらしい眼科32(2):189.195,2015内境界膜自家移植による難治性黄斑円孔の治療AutologousTransplantationoftheInternalLimitingMembraneforRefractoryMacularHoles森實祐基*白神史雄*はじめに1990年代に,KellyとWendel,そしてBrooksによって,“硝子体切除+内境界膜.離+ガスタンポナーデ+術後の伏臥位”が黄斑円孔の閉鎖に有効であることが明らかにされた1,2).現在この術式は,黄斑円孔に対する標準術式として確立され,世界的に普及している.一方で,標準術式の普及とともに,この術式では閉鎖しない黄斑円孔,すなわち難治性黄斑円孔の存在も明らかになった.これまでに難治性黄斑円孔の治療を目的としてさまざまな試みがなされてきたが,有効な術式の確立には至らなかった.近年,「.離除去するものとされてきた内境界膜を意図的に残し,円孔の閉鎖に利用する」という新しい概念に基づいた術式が考案されており,本稿で取り上げる内境界膜自家移植もその一つである3).本稿では,内境界膜自家移植の術式や治療成績,今後の課題について解説する.I難治性黄斑円孔に対する従来の試み一般に難治性と考えられている黄斑円孔を表1にあげる.これらの難治性黄斑円孔に対しては,標準術式(硝子体切除+内境界膜.離+ガスタンポナーデ+術後の伏臥位)では円孔を閉鎖させることがむずかしい.また,たとえ閉鎖したとしても,黄斑円孔内の網膜色素上皮細胞(retinalpigmentepithelium:RPE)が露出した黄斑形態,いわゆる“Wタイプ,flat-openmacularhole”となることが多く,この場合,視力の大幅な改善は期待表1難治性黄斑円孔巨大黄斑円孔(円孔径>400μm)陳旧性黄斑円孔近視性黄斑円孔外傷性黄斑円孔増殖性網膜病変に合併ぶどう膜炎,網膜色素変性に合併黄斑分離症に対する硝子体術後網膜黄斑円孔UタイプVタイプWタイプFlat-openmacularhole図1黄斑円孔術後の黄斑形態の分類図に示すようにUタイプ,Vタイプ,Wタイプに分類される.Uタイプは正常な黄斑形態に近く視力改善が期待される.Wタイプは”Flat-openmacularhole”とも呼ばれる.黄斑円孔の縁は網膜色素上皮細胞と接着しているが,黄斑円孔内に網膜組織は存在せず,網膜色素上皮細胞が露出している.このような閉鎖形態を示すときは,術後視力は不良となる.できない(図1).そこで,難治性黄斑円孔の閉鎖率の改善を目的としてさまざまな方法が試みられてきた(表2).主に試みられたのは,黄斑円孔に何らかの生理活性物質をアジュバン*YukiMorizane&*FumioShiraga:岡山大学大学院医歯薬学総合研究科機能再生・再建科学専攻生体機能再生・再建学講座眼科学分野〔別刷請求先〕森實祐基:〒700-8558岡山市北区鹿田町2-5-1岡山大学大学院医歯薬学総合研究科機能再生・再建科学専攻生体機能再生・再建学講座眼科学分野0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(17)189 表2難治性黄斑円孔に対する従来の試み方法評価アジュバントTGFb-2無効自己血清無効自己血小板無効レーザーRPEのレーザー凝固無効手術黄斑円孔の辺縁を寄せる網膜や網膜色素上皮の障害確実性に乏しい強膜半層切除/強膜内陥有効,眼球の変形を伴う黄斑バックル有効,眼球の変形を伴う内境界膜翻転法有効,内境界膜を.離した症例に対しては適応なしトとして作用させ,グリア細胞の増殖を中心とした創傷治癒機転を促し,黄斑円孔を閉鎖するという方法である.アジュバントとしては,TGFb-24),自己血清5),自己血小板6)などが用いられた.また,RPEをレーザー照射することによって,RPEからのTGFb-2の産生を促す方法も試みられた7,8).これらのうち,TGFb-2と自己血小板については,通常の特発性黄斑円孔を対象に前向き無作為化臨床試験が行われ,有意な視力改善効果がみられなかった.そして,この結果を受けて特発性黄斑円孔のみならず難治性黄斑円孔に対してもこれらの方法は使用されなくなった9,10).つぎに,網膜の伸展性を高める目的で,術中にバックフラッシュニードルなどを用いて,黄斑円孔の辺縁を円孔中央に物理的に寄せる術式が試みられた11,12).この術式は,網膜やRPEに機械的損傷を与えてしまうこと,また,確実性に乏しいことが問題である.難治性黄斑円孔の中でもっとも難治といえる,近視性黄斑円孔網膜.離に対しては,強膜半層の部分切除もしくは強膜を内陥することで,強膜に対して余剰な網膜を生み出し,黄斑円孔を閉鎖させる術式や黄斑バックルが考案された.これらの術式は眼球の変形を伴う術式であり,術後視力への影響が避けられないため,最終的な手段として用いられる13,14).このような状況の中,2010年に,Nawrockiらのグループは内境界膜翻転法を考案した15).黄斑円孔を閉鎖するために,意図的に内境界膜を残し,活用した最初の術式である.近年この術式の術後成績が複数の施設から相190あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015次いで報告されている(詳細については本特集の別稿を参照していただきたい).しかし,この術式には,“過去の手術で内境界膜がすでに.離除去されている症例に対しては適応がない”,という問題がある.そのため,初回手術時に標準術式を選択し内境界膜を.離除去するか,それとも内境界膜翻転法を行うかを十分に検討する必要がある.また,内境界膜翻転法を行う予定であっても,術中の手術操作の問題などで,残すべき内境界膜を完全に.離してしまった場合には,翻転すべき内境界膜が存在しなくなるため本術式を完遂することができない.なお,実臨床においては,難治性黄斑円孔の症例は,すでに内境界膜.離が施行され,それでも円孔が閉鎖しないために紹介されてくる場合が多い.そのような場合には内境界膜翻転法の適応はない.II内境界膜自家移植の実際Michalewskaらは,難治性黄斑円孔に対する内境界膜翻転法の奏効機序について,翻転した内境界膜が網膜グリア細胞の増殖や遊走の足場となりこれらを促進したため,と考察している15).そこで筆者らは,内境界膜を翻転する代わりに,他の部位から黄斑円孔へ内境界膜を移植しても同様の結果が得られるのではないかと着想した.もし同様の結果が得られるのであれば,すでに内境界膜が.離除去された難治性黄斑円孔を治療することが可能となる.以下に内境界膜自家移植の術式を解説する.(18) ABCDEFGHIJABCDEFGHIJ図2内境界膜自家移植の術式A,B:硝子体切除後に内境界膜をブリリアントブルーGで染色する.すでに内境界膜が.離除去されている部分は染色されないため,その境界が可視化される(A,Bともに矢印).Aの矢頭:黄斑円孔.C~F:内境界膜を一部切り取り,黄斑円孔内に移植する.D:内境界膜鑷子で内境界膜を切り取っている.E:黄斑円孔内に移植.F:硝子体ピックで位置を微調整する.G~J:低分子量の0.1%ヒアルロン酸(GおよびIの矢頭,なお,Iの*は網膜)で内境界膜移植片(IおよびJの矢印)を固定する.G,H,I:低分子量の0.1%ヒアルロン酸(GおよびIの矢頭,Hの白線内)を移植片の上に塗布して固定する.J:OCT付き顕微鏡によって,移植片(矢印)が黄斑円孔内に位置していることがわかる. 術後logMAR視力~~1.401.050.700.35000.350.701.051.40術前logMAR視力図3術前後の視力変化 あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015193(21)けるOCT).そのため,内境界膜自家移植を行い,術後3日間伏臥位を保った.術後5日目の時点で,黄斑円孔はわずかに開存していた.図4Eに示すように黄斑円孔内に内境界膜移植片がみられた.その後,黄斑円孔は徐々に縮小し閉鎖した.術後3カ月におけるカラー眼底写真とOCTから,黄斑円孔が閉鎖し,ellipsoidzoneが回復していることがわかる(図4D,F).術後視力(0.7).V内境界膜自家移植の問題点1.手術手技に習熟を要する本術式のもっとももむずかしい点は,作製した内境界膜移植片の取り扱いである.内境界膜鑷子で把持した移0.36)は有意に改善した(p=0.007)(図3).術後視力が術前視力と比較して,logMAR0.2よりも大きく改善したのは8眼(80%),不変が2眼(20%)であった.なお,術中および術後経過観察中に明らかな合併症はみられなかった.IV代表症例65歳,女性.左眼巨大黄斑円孔,術前視力(0.1).OCTにて直径592μmの黄斑円孔を認めた(図4A,B).初回手術として標準術式(水晶体乳化吸引+眼内レンズ挿入+硝子体切除+内境界膜.離+20%SF6ガスタンポナーデ+伏臥位3日間)を施行した.しかし,黄斑円孔は閉鎖しなかった(図4C:初回術後1週間におEFCBDA図4代表症例A,B:65歳,女性,視力(0.1).網膜光干渉断層計(OCT)にて直径592μmの黄斑円孔を認めた.C:初回手術として標準術式(内境界膜.離)を施行したが,黄斑円孔は閉鎖しなかった.E:再手術として内境界膜自家移植を行った.内境界膜自家移植後5日のOCT.黄斑円孔はわずかに開存している.黄斑円孔内に内境界膜移植片がみられる(矢印).D,F:内境界膜自家移植後3カ月.視力(0.7).閉鎖した黄斑円孔(Dの矢印).OCTにおいて黄斑円孔は閉鎖し,視細胞内節ellipsoidzoneが回復している(F).36)は有意に改善した(p=0.007)(図3).術後視力が術前視力と比較して,logMAR0.2よりも大きく改善したのは8眼(80%),不変が2眼(20%)であった.なお,術中および術後経過観察中に明らかな合併症はみられなかった.IV代表症例65歳,女性.左眼巨大黄斑円孔,術前視力(0.1).OCTにて直径592μmの黄斑円孔を認めた(図4A,B).初回手術として標準術式(水晶体乳化吸引+眼内レンズ挿入+硝子体切除+内境界膜.離+20%SF6ガスタンポナーデ+伏臥位3日間)を施行した.しかし,黄斑円孔は閉鎖しなかった(図4C:初回術後1週間におけるOCT).そのため,内境界膜自家移植を行い,術後3日間伏臥位を保った.術後5日目の時点で,黄斑円孔はわずかに開存していた.図4Eに示すように黄斑円孔内に内境界膜移植片がみられた.その後,黄斑円孔は徐々に縮小し閉鎖した.術後3カ月におけるカラー眼底写真とOCTから,黄斑円孔が閉鎖し,ellipsoidzoneが回復していることがわかる(図4D,F).術後視力(0.7).V内境界膜自家移植の問題点1.手術手技に習熟を要する本術式のもっとももむずかしい点は,作製した内境界膜移植片の取り扱いである.内境界膜鑷子で把持した移EFCBDA図4代表症例A,B:65歳,女性,視力(0.1).網膜光干渉断層計(OCT)にて直径592μmの黄斑円孔を認めた.C:初回手術として標準術式(内境界膜.離)を施行したが,黄斑円孔は閉鎖しなかった.E:再手術として内境界膜自家移植を行った.内境界膜自家移植後5日のOCT.黄斑円孔はわずかに開存している.黄斑円孔内に内境界膜移植片がみられる(矢印).D,F:内境界膜自家移植後3カ月.視力(0.7).閉鎖した黄斑円孔(Dの矢印).OCTにおいて黄斑円孔は閉鎖し,視細胞内節ellipsoidzoneが回復している(F).(21)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015193 194あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(22)されることを考えると,極性にかかわらず機能するのではないかと考える.Q2:移植片が1枚で足りない場合は複数枚を移植しても構わないか?→複数枚を移植した経験はあるが,現在のところ問題は起こっていない.Q3:移植された内境界膜は術後にどのような経過をたどるのか?→不明である.しかし,内境界膜がⅣ型コラーゲンやラミニンから構成されることを考えると,一般的な細胞外基質と同様に組織の再構築(リモデリング)に利用,代謝されると考えられる.Q4:移植片をICGやBBGで染色することによる悪影響(網膜毒性)はないか?→不明である.本術式で内境界膜の可視化は重要である.そこで,現在のところ意図的にBBGを使用している.ICGを使用する場合は濃度に配慮が必要であると考える.おわりに:今後の課題内境界膜自家移植について概説した.本術式は考案されてからまだ時間が経過していない.今後,難治性黄斑円孔に対する治療選択肢として普及するためには,さらなる術式の改良や手術器具の開発が必要である.また同時に,移植された内境界膜による黄斑円孔の閉鎖機序を明らかにすることも重要である.閉鎖機序の詳細が明らかになれば,たとえば内境界膜に代わるアジュバントの開発のように,さらに有効かつ容易な術式の開発につながり,より安全確実に難治性黄斑円孔を治療することが可能になると期待される.文献1)KellyNE,WendelRT:Vitreoussurgeryforidiopathicmacularholes.Resultsofapilotstudy.ArchOphthalmol109:654-659,19912)ILMpeelinginfullthicknessmacularholesurgery.4:1-1,20143)MorizaneY,ShiragaF,KimuraSetal:Autologoustrans-plantationoftheinternallimitingmembraneforrefractorymacularholes.AJOPHT157:861-869.e1,20144)SmiddyWE,SjaardaRN,GlaserBMetal:Reoperation植片を内境界膜鑷子から外すこと,また,内境界膜鑷子から外した移植片を黄斑円孔内に移植することに手間取ることがある.これらに対しては,術式の項で述べたように,移植片を作製した後は眼内灌流を止めること(眼内灌流圧を下げるのではなく,灌流ルートを直接クランプで閉塞し眼内灌流を完全に止める),内境界膜鑷子から移植片を外すときは硝子体ピックなどを用いて双手法で操作すること,移植片の移動は硝子体ピックなどを用いて網膜やRPEを障害しないようにすることが解決策になる.一度移植片が黄斑円孔内に移植され,その上から粘弾性物質を塗布して移植片が固定されれば,その後の手技で移植片が移動してしまうことは稀である.移植片の固定後に眼内灌流を再開する際には,インフュージョンカニューラの方向に気をつけたい.また,液.空気置換時には粘弾性物質を完全に吸引せずに残すこと,そして,術直後から伏臥位を開始することが重要である.2.長期経過が不明本術式の奏効機序は,内境界膜翻転法と同様に,移植した内境界膜がMuller細胞を中心とした網膜グリア細胞の増殖,遊走を促進して黄斑円孔を閉鎖すると考えられる.一般に神経組織の障害時にみられるグリア細胞の増生はグリオーシスと呼ばれる16).グリオーシスは神経細胞を保護する役割を担う一方で,過剰なグリオーシスは長期的には瘢痕を形成し(グリア性瘢痕),組織の構造やその生理機能を障害する.網膜においても同様のグリオーシスが起こりうるが,内境界膜の移植後に明らかな瘢痕形成をきたした症例は現在のところみられていない.今後症例数を増やし長期的に検討する必要がある.3.その他これまでに,筆者のもとに寄せられた質問としてはつぎのようなものがある.いずれの回答も推測の域を出ないが,現時点での私見を記す.Q1:移植する際に内境界膜の表裏(硝子体側と網膜側)の極性は考慮すべきか?→検討できていない.しかし,内境界膜がMuller細胞の基底膜であり,IV型コラーゲンやラミニンから構成 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内境界膜翻転法による強度近視黄斑円孔網膜剥離の治療

2015年2月28日 土曜日

特集●最先端の硝子体手術あたらしい眼科32(2):181.187,2015特集●最先端の硝子体手術あたらしい眼科32(2):181.187,2015内境界膜翻転法による強度近視黄斑円孔網膜.離の治療AnInvertedInternalLimitingMembraneFlapTechniquefortheTreatmentofMacularHoleRetinalDetachmentinHighMyopia奥田徹彦*東出朋巳*生野恭司**はじめに黄斑円孔網膜.離(macularholeretinaldetachment:MHRD)は,黄斑円孔を起因とする網膜.離であり強度近視に特有の疾患である.強度近視眼では後部ぶどう腫の形成により眼底後極部が伸展し,さらに癒着した硝子体皮質の収縮による接線方向の牽引力が加わることで黄斑円孔から網膜.離を生ずる.また,手術を行っても眼軸の延長による眼球壁の伸展に網膜が追随できず,常に再.離を起こしやすい状態であるため,非常に予後不良の疾患であった.近年になり内境界膜.離を併用した硝子体手術が行われるようになったことで復位率は向上してきたが1),その成績にはまだばらつきがある.一方,円孔閉鎖率に関しては非強度近視眼に起こる黄斑円孔と比べるとかなり低い.ごく最近になり大型の黄斑円孔や網膜.離を伴わない強度近視の黄斑円孔に対し,内境界膜翻転法により円孔閉鎖率が向上するとの報告が散見され2.4),今後の発展が期待されているが,本稿では強度近視黄斑円孔網膜.離に対する内境界膜翻転法を併用した治療について述べる.I内境界膜翻転法2010年にMichalewskaら2)により円孔径400μm以上の大型の黄斑円孔に対する内境界膜翻転法を併用した硝子体手術が報告された.彼らは本法を用いることにより98%の初回円孔閉鎖が得られ,従来どおりの内境界膜.離での閉鎖率88%に対し高い閉鎖率が得られたと報告している.また,この報告の中で彼らは,内境界膜翻転法の効果として翻転した内境界膜がグリア細胞の増殖の足場となり,円孔内が増殖した細胞で満たされ円孔閉鎖を促している可能性があると推察している.また,大型の黄斑円孔だけではなく,網膜.離を伴わない強度近視眼に対する黄斑円孔に関してもその有用性が報告されており,Kuriyamaら3)は初回閉鎖率83%,Michalewskaら4)は初回閉鎖率100%と報告している.また,Michalewskaが報告した強度近視の黄斑円孔19眼のうち3眼の術後1週目の光干渉断層計(ocularcoherencetomography:OCT)所見において,円孔は翻転した内境界膜のみで閉鎖されていたと述べており,翻転され円孔間を架橋した内境界膜が円孔閉鎖のきっかけとなっている可能性を示している.II内境界膜翻転法による強度近視黄斑円孔網膜.離の手術手技1.基本手技内境界膜.離を行うまでは通常のMHRDと同様の手術手技である.必要であれば白内障手術を行い,眼内レンズを挿入する.硝子体のコアを切除し,トリアムシノロンで網膜面に張り付いた薄い硝子体皮質を可視化する.その後ダイアモンドダストメンブレンスクレーパー*TetsuhikoOkuda&*TomomiHigashide:金沢大学医薬保健研究域視覚科学(眼科学)**YasushiIkuno:大阪大学大学院医学研究科眼科学教室〔別刷請求先〕奥田徹彦:〒920-8641金沢市宝町13-1金沢大学医薬保健研究域視覚科学(眼科学)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(9)181 abcd図1硝子体皮質の除去a:ダイアモンドダストメンブレンスクレーパーを使用して後極の網膜から硝子体皮質をゆっくりと.離する.b,c:網膜前膜や肥厚した硝子体皮質が強く癒着している場合は内境界膜鑷子を用いて.離する.d:アーケードの外まで硝子体皮質を.離し,その後カッターの吸引にて硝子体.離を進める. あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015183(11)れにくく大きい円弧を描いて.離できる(図2b~i).1回の操作で円孔全周の内境界膜を.離翻転できるわけではない..離した内境界膜と隣接し,約2乳頭径離れた位置から再び内境界膜.離を円孔縁に向かって行う.この操作を何回か繰り返し円孔全周囲の内境界膜を.離翻転させる(図2b~i).最後にまとめて円孔縁近くまで内境界膜.離を進める(図2h).あまり円孔縁ぎりぎりまでいくと,円孔縁も含んで.離してしまう可能性があり注意を要する.界膜鑷子(シャフト長37mm;ドルク社)は非常に使いやすく有効である.鑷子にて内境界膜を直接把持し,円孔縁に向かって.離するが,その際円孔縁近くまで.離しようと意識する必要はない.また,強度近視眼の内境界膜は薄くてちぎれやすいのでなるべく網膜に近い根元を把持するように意識し,網膜との距離が離れたら適宜持ち替えたほうが大きい円を描いて.離しやすい.そして網膜から離れるように.離するのではなく,網膜とぶつからない程度に網膜に沿うように.離を進めるとちぎabcdefghi図2内境界膜翻転法による内境界膜.離a:なるべく乳頭黄斑線維束から離れた位置から円孔に向かって内境界膜.離を開始する.b,c:最初から円孔縁近くまで.離する必要はない.ある程度.離を進めたあと,同じ大きさの円弧を描けるように再び内境界膜.離を開始する(図の矢頭は互いに対応した位置である).d.f:図b,cと同様である.なるべく網膜とぶつからない程度に網膜に沿うように内境界膜.離を進めると,ちぎれにくく大きい円弧を描いて.離できる.g,h:同様に.離を進めて最終的に全周の内境界膜を翻転させる.i:最後にまとめて円孔縁近くまで内境界膜.離を進める.あまり円孔縁ぎりぎりまでいくと,円孔縁も含んで.離してしまう可能性があり注意を要する.abcdefghi図2内境界膜翻転法による内境界膜.離a:なるべく乳頭黄斑線維束から離れた位置から円孔に向かって内境界膜.離を開始する.b,c:最初から円孔縁近くまで.離する必要はない.ある程度.離を進めたあと,同じ大きさの円弧を描けるように再び内境界膜.離を開始する(図の矢頭は互いに対応した位置である).d.f:図b,cと同様である.なるべく網膜とぶつからない程度に網膜に沿うように内境界膜.離を進めると,ちぎれにくく大きい円弧を描いて.離できる.g,h:同様に.離を進めて最終的に全周の内境界膜を翻転させる.i:最後にまとめて円孔縁近くまで内境界膜.離を進める.あまり円孔縁ぎりぎりまでいくと,円孔縁も含んで.離してしまう可能性があり注意を要する. 184あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(12)また,ガス下でも術翌日からOCTによる検査は可能であるが,シリコーンオイル下のほうが撮影は容易である.ただしシリコーンオイルは眼圧上昇の危険性があり,3カ月程度を目途に抜去する必要がある.III術後の円孔閉鎖および網膜復位KuriyamaらはMHRDに対し内境界膜翻転法を行った症例について,術後の初回円孔閉鎖率,初回復位率ともに75%であったと報告している.従来の報告でOCTにより円孔閉鎖を確認できた報告に限れば,円孔閉鎖率は10.55%であった5.9).単純な比較はできないが,内境界膜翻転法を用いることにより円孔閉鎖率を向上させられる可能性があると思われる.また,当院および大阪大学附属病院にてMHRDに対し内境界膜翻転法を行った症例の中で,網膜下液が残存した状態で円孔閉鎖が得られた症例を3例認めた(図3~5).これらの症例では術中に網膜下液の排除は行っておらず,網膜復位に先立ち翻転され円孔間を架橋した内境界膜により円孔閉鎖が開始している.その後架橋した内境界膜の直下からグリアと思われる細胞の増殖により網膜内層の閉鎖が完成し,徐々に網膜下液が消失して網膜復位を得ている(図5).前述したようにMichalewskaらは大型黄斑円孔の閉鎖において,翻転した内境界膜がグリア細胞の増殖の足場となり,円孔内が増殖した細胞で満たされ円孔閉鎖を促している可能性があると推察しているが,筆者らの経験したMHRDの円孔閉鎖過程とまさに一致しており,彼らの仮説を支持している可能性が示唆される.また,黄斑円孔閉鎖のプロセスそのものが,必ずしも網膜復位により惹起されるものではないという可能性が考えられる.IV今後の課題今まで述べてきたように,内境界膜翻転法はMHRDにおける黄斑円孔の閉鎖に有効である可能性が高いが,一方で翻転した内境界膜が確実に円孔を覆うように翻るとは限らない.翻転した内境界膜を円孔内に埋めるようにすれば,確実に覆うことができるかもしれないが円孔を拡大させてしまう可能性があり,手技的にはまだ発展途上といえるかもしれない.つぎにアーケード内の残りの内境界膜をできるだけ広範囲に.離し,硝子体カッターにより翻転した内境界膜を適宜トリミングするが,必ず低吸引下(50mmHg程度)で行う必要がある.少しでも吸引を上げると翻転した内境界膜全体を吸引してしまい,これまでの苦労がすべて水の泡となる.トリミングはほんのわずかでよいか,もしくは行わなくてもよいくらいである.なぜなら内境界膜はある程度勝手に翻ってくれるが,術者の意図するように円孔を覆うように翻ってくれるとは限らないので,残った内境界膜の面積が少ないと円孔を完全に覆いきれない可能性があるからである.また,翻転した内境界膜を円孔内に埋めるようにすれば,確実に覆うことができるかもしれないが,操作の過程で誤れば円孔を拡大してしまう可能性があり慎重を要すると思われる.3.周辺硝子体切除および眼内液―空気置換続いて周辺の硝子体切除を行うが,このときに後部硝子体.離を可能な限り広げておく(図1d).また,MHRDの網膜下液は粘稠であることが多いが,網膜下液を排除する必要はない.網膜下液が残っているほうが網膜までの距離が近く,粘稠な下液が固いベッドのようになるため内境界膜を.離しやすい.一方で網膜下液の排除を試みることにより色素上皮を擦過・損傷する場合があり,その場合,網膜の萎縮は拡大する可能性がある.粘稠な下液が黄斑円孔から出てくる際に円孔がかえって大きくなる場合もある.また,内境界膜を.離翻転した後に下液を吸引しようとすると内境界膜ごと吸引してしまう可能性がある.眼内液─空気置換の際も視神経乳頭の鼻側で吸引を行う.内境界膜を吸引してしまう可能性があるので円孔付近では吸引を行ってはならない.網膜下液は残っていても問題ないのでそのままにしておく.また,眼球をやや鼻側に傾けるようにして吸引を行うと後部ぶどう腫内に貯留した硝子体液を吸引しやすい.4.眼内タンポナーデその後,長期ガスかシリコーンオイルタンポナーデを行う.長期滞留ガスであれば数日のうつ伏せが必要であるが,シリコーンオイルならばうつ伏せの必要はない. あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015185(13)abcde図4内境界膜翻転法を施行した黄斑円孔網膜.離の症例2a,b:術前(a),術後(b)の眼底写真.c:術前の光干渉断層計(ocularcoherencetomography:OCT)画像.d,e:術後3日(d),術後6カ月(e)のOCT.黄斑円孔の閉鎖および網膜復位が得られている.abc図3内境界膜翻転法を施行した黄斑円孔網膜.離の症例1a:光干渉断層計(ocularcoherencetomography:OCT)により明らかに黄斑円孔網膜.離を認める.b:硝子体手術後1日目のOCT.シリコーンオイルを留置しているため鮮明な画像が得られている.黄斑円孔は閉鎖し網膜は復位している.c:術後1カ月のOCT.黄斑円孔の閉鎖および網膜復位が得られている.abcde図4内境界膜翻転法を施行した黄斑円孔網膜.離の症例2a,b:術前(a),術後(b)の眼底写真.c:術前の光干渉断層計(ocularcoherencetomography:OCT)画像.d,e:術後3日(d),術後6カ月(e)のOCT.黄斑円孔の閉鎖および網膜復位が得られている.abc図3内境界膜翻転法を施行した黄斑円孔網膜.離の症例1a:光干渉断層計(ocularcoherencetomography:OCT)により明らかに黄斑円孔網膜.離を認める.b:硝子体手術後1日目のOCT.シリコーンオイルを留置しているため鮮明な画像が得られている.黄斑円孔は閉鎖し網膜は復位している.c:術後1カ月のOCT.黄斑円孔の閉鎖および網膜復位が得られている. 186あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(14)長期経過観察の報告が待たれる.文献1)KadonosonoK,YazamaF,ItohNetal:Treatmentofretinaldetachmentresultingfrommyopicmacularholewithinternallimitingmembraneremoval.AmJOphthalmol131:203-207,20012)MichalewskaZ,MichalewskiJ,AdelmanRAetal:Invertedinternallimitingmembraneflaptechniqueforlargemacularholes.Ophthalmology117:2018-2025,20103)KuriyamaS,HayashiH,JingamiYetal:Efficacyofinvertedinternallimitingmembraneflaptechniqueforthetreatmentofmacularholeinhighmyopia.AmJOphthalまた,架橋した内境界膜の接着およびそこから閉鎖のプロセスの詳細はまだよくわかっていない.そして網膜下液上で黄斑円孔の閉鎖を得られるのであれば,網膜が過度に伸展された状態で閉鎖を得るよりも,網膜がよい形態を保持できる可能性があるかもしれない.さらに網膜下液の排除を行っていなければ,そこからゆっくりと網膜復位が進んでいくので網膜内層の形態保持にはよい可能性も考えられる.今後の研究が待たれるところである.また,本法を用いた術後に網膜色素上皮の萎縮をきたした症例があるとの報告もある10).このように翻転した内境界膜の長期的な網膜外層への影響は不明であり,cdefabgh図5網膜下液が残存した状態で黄斑円孔閉鎖が得られた黄斑円孔網膜.離の症例3a,b:術前(a),術後(b)の眼底写真.c:術前の光干渉断層計(ocularcoherencetomography:OCT)画像.d:術後1日目のOCT.残存した網膜下液の上で翻転した内境界膜が円孔上を橋渡しするように存在している(矢印).e:術後2週のOCT.円孔上を橋渡しされた内境界膜の下で円孔閉鎖が生じており,網膜下液はほんのわずかだが吸収されている.f:術後2カ月のOCT.橋渡しされた内境界膜下から円孔閉鎖は促進されている.g:術後3カ月のOCT.網膜下液は残存しているが,網膜内層の完全閉鎖が得られた.h:術後11カ月のOCT.網膜下液がわずかに残った状態で黄斑円孔は閉鎖している.cdefabgh図5網膜下液が残存した状態で黄斑円孔閉鎖が得られた黄斑円孔網膜.離の症例3a,b:術前(a),術後(b)の眼底写真.c:術前の光干渉断層計(ocularcoherencetomography:OCT)画像.d:術後1日目のOCT.残存した網膜下液の上で翻転した内境界膜が円孔上を橋渡しするように存在している(矢印).e:術後2週のOCT.円孔上を橋渡しされた内境界膜の下で円孔閉鎖が生じており,網膜下液はほんのわずかだが吸収されている.f:術後2カ月のOCT.橋渡しされた内境界膜下から円孔閉鎖は促進されている.g:術後3カ月のOCT.網膜下液は残存しているが,網膜内層の完全閉鎖が得られた.h:術後11カ月のOCT.網膜下液がわずかに残った状態で黄斑円孔は閉鎖している.

最新の硝子体手術環境

2015年2月28日 土曜日

特集●最先端の硝子体手術あたらしい眼科32(2):175.179,2015特集●最先端の硝子体手術あたらしい眼科32(2):175.179,2015最新の硝子体手術環境CurrentEnvironmentinVitreousSurgery井上真*I硝子体手術の歴史1970年代にMachemerは硝子体手術の概念を初めて報告した.その後20ゲージ(G)硝子体手術には改良が重ねられ完成された術式のようになっていた.2002年にFujiiらは25G硝子体手術を報告し,小切開硝子体手術(microincisionvitrectomysurgery:MIVS)は幕開けした1).その後に25G手術器具の脆弱性を改善するために23G手術が開発された2).23Gは器具の剛性は20G器具と同様であったが,経結膜無縫合とするには創口をかなり接線方向に作製しても創口の閉鎖に問題があった.その後,25G手術は硝子体の切除効率が改善され,器具の剛性も改良された.同時期に広角観察システム,キセノン照明,シャンデリア照明などが普及したため,眼球を回旋させずに手術が遂行できるようになった.器具の改良により剛性が20G器具ほどでなくても難治症例に対しても25G手術で対処可能になっている.さらに27G硝子体手術器具が発売され3),小切開硝子体手術はさらに進化している(図1,2).II高速硝子体カッター20G手術の時代は1,500cpm(cutperminute).2,500cpmが最速の硝子体カッターであった.多く用いられていた空気駆動式硝子体カッターは圧縮空気の圧力で内筒を閉じさせて硝子体カッターの開口部を閉じさせる.圧縮空気の圧が下がるとカッター内に内蔵したバネの力で内筒を戻して開口部を開かせる.これを繰り返して硝子体切除を行っている.バネの力で開口部を閉じさせる時間は一定であるため,カットレートを増加させて高速カットにすると硝子体カッターの開口部が開いている時間が短くなり,硝子体切除効率が低下する.硝子体カッターの開口部が開閉する割合はdutycycleと呼ばれるが,バネ式の硝子体カッターではカットレートを上げるとdutycycleが低下することが知られていた.その欠点を改善するため,アルコン社のコンステレーションでは硝子体カッターに内蔵バネの代わりに内筒の戻りの動きも圧縮空気圧でコントロールするダブル空気駆動式カッターが導入された.このときに5,000cpmの硝子体カッターが登場した.最近では,ダブル空気駆動式カッターは7,500cpmに改良されている.また従来のバネ式の硝子体カッターも改良されてあらたな機器の付加により6,000.8,000cpmが可能となり高速硝子体カッター時代となっている.DORC社のUltraspeedtransformer(図3)は,アキュラスの空気駆動圧を検出して独自にバネ式のカッターを駆動し,6,000cpmまでの高速カットが可能である.Midlab社のビトエンハンサー(図4)は同様にアキュラスの駆動圧を感知して,バネ式のカッターのカットレートを1倍,2倍,4倍と増幅し最大8,000cpmまで増幅できる.III27ゲージ硝子体手術27G手術の切除効率は現行のモデルではかなり改良*MakotoInoue:杏林大学アイセンター〔別刷請求先〕井上真:〒180-8611東京都三鷹市新川6-20-2杏林大学アイセンター0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(3)175 図1DORC社の27ゲージトロカール,硝子体カッター,鉗子漏出防止のクロージャーバルブが標準装備されている.図2アルコン社の27ゲージ硝子体カッター,ライトガイド,トロカールクロージャーバルブが装備され,剛性を増加させるように器具の接続部分が太く補強されている.図4アキュラスに接続したビトエンハンサーアキュラスの空気駆動圧を利用して,カットレートを1倍,2倍,4倍に増幅でき,最大8,000cpmまでの高速切除が可能である.20G,23G,25Gの硝子体カッターが接続可能で近日中に27Gの硝子体カッターの発売も予定されている.図3アキュラスに接続したUltraspeedtransformerアキュラスの空気駆動圧を利用して6,000cpmまでの高速切除が可能である.20G,23G,25G,27Gの硝子体カッターが接続可能である. あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015177(5)ステムとシャンデリア照明などの広角照明の普及である.広角観察システムは角膜混濁や角膜外傷の症例での視認性がよく,多焦点眼内レンズ挿入眼であっても眼底視認性が影響されない特徴をもち,とくに空気灌流下での視認性が良い4).広角観察システムは接触型と非接触型があり,角膜近くに位置するフロントレンズと顕微鏡の対物レンズ近傍にあるリダクションレンズ,倒像を翻転させるインバーターから構成される.接触型はフロントレンズを角膜にのせるため,光学的なロスが少なく,非接触型より視認性が良い(図7).眼球を回旋させての手術ができないが,回旋させなくても十分な広角視野が得られる.フロントレンズが位置ずれを起こさないように水平に保って手術を行わなくてはならないため,良好な視認性を継続して得るためにはランニングカーブが必図527ゲージカッターを用いた増殖糖尿病網膜症症例の術中画像27ゲージカッターでは容易に増殖膜の下にカッターを挿入でき,カッターのみでの増殖膜処理がしやすい.TDCカッター通常カッターCut1Cut1Cut2NoCut図6TwinDutyCycle(TDC)カッターと通常カッターの比較通常の硝子体カッターは内筒の往復で1回硝子体を切除するが,TDCカッターでは内筒にも開口部があり1回の往復で2回の切除を行う(下段は拡大写真).AB図7接触型の広角観察レンズA:Volk社のMiniQuadXLレンズ.B:HOYA社のパノラビューレンズ.視認性は非接触型に勝るが,レンズを水平に保つことが必要で操作には慣れが必要である.図527ゲージカッターを用いた増殖糖尿病網膜症症例の術中画像27ゲージカッターでは容易に増殖膜の下にカッターを挿入でき,カッターのみでの増殖膜処理がしやすい.図6TwinDutyCycle(TDC)カッターと通常カッターの比較通常の硝子体カッターは内筒の往復で1回硝子体を切除するが,TDCカッターでは内筒にも開口部があり1回の往復Aで2回の切除を行う(下段は拡大写真).ステムとシャンデリア照明などの広角照明の普及である.広角観察システムは角膜混濁や角膜外傷の症例での視認性がよく,多焦点眼内レンズ挿入眼であっても眼底視認性が影響されない特徴をもち,とくに空気灌流下での視認性が良い4).広角観察システムは接触型と非接触型があり,角膜近くに位置するフロントレンズと顕微鏡の対物レンズ近傍にあるリダクションレンズ,倒像を翻転させるインバーターから構成される.接触型はフロンBトレンズを角膜にのせるため,光学的なロスが少なく,図7接触型の広角観察レンズ非接触型より視認性が良い(図7).眼球を回旋させてのA:Volk社のMiniQuadXLレンズ.B:HOYA社のパノ手術ができないが,回旋させなくても十分な広角視野がラビューレンズ.視認性は非接触型に勝るが,レンズを水得られる.フロントレンズが位置ずれを起こさないよう平に保つことが必要で操作には慣れが必要である.に水平に保って手術を行わなくてはならないため,良好な視認性を継続して得るためにはランニングカーブが必TDCカッター通常カッターCut1Cut1Cut2NoCut(5)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015177 178あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(6)る多くの眼内照明は広角に変更されているが,双手法が必要な症例にはシャンデリア照明を設置する.シャンデリア照明が設置されていれば周辺部操作が行いやすいため,基本術式としてすべての症例で設置している術者もいる.V硝子体手術装置のポータブル化近年の硝子体手術装置はさまざまな機能が搭載されて巨大化している.しかし,一部の難治症例を除いてほとんどの症例ではこのような機能を必要としない.そこで必要最小限の機能のみを搭載して持ち運びもできる装置が開発された(図9).VersaVIT2.0TMVitrectomySystemが内蔵している機能は硝子体手術の基本機能であるバネ式硝子体カッターの駆動装置,眼内照明,空気灌流装置である.実際にこの装置でシリコーンオイル自動注入などを使用しないほとんどの症例の手術が可能である.別途に光凝固装置と手術顕微鏡が必要ではあるが,硝子体手術を専門にしていない施設で手術が必要になった際や,既存の硝子体手術装置のバックアップとして活用が期待できる.要である.片方のポートにシャンデリア照明を設置すれば,片手でフロントレンズを固定してもう片手で手術することも可能である.非接触型はフロントレンズが角膜上にあり角膜と接触していないため,ある程度眼球を回旋させての手術が可能となる(図8).Topcon社のOFFISSはもともと眼内照明を使用せず顕微鏡の照明で硝子体手術ができる手術装置として開発されたが,フロントレンズを広角用に変更することで広角観察システムとして使用できる.一番の特徴はフロントレンズが手術顕微鏡本体に固定されていることで,鏡筒を上下させることで画角が,顕微鏡本体でズーム,フォーカスが調整できる点である.Zeiss社のResightはリダクションレンズを上下してフォーカスが調整できる.また,通常フォーカスから広角システムにする際に鏡筒を持ち上げなくてもよくなり操作性が向上したことが特徴である.非接触型では角膜が乾燥したりすると視認性が低下してしまう.手術を開始する前に粘弾性物質で角膜をコーティングすることが必要である.近年この角膜の乾燥を予防するため,角膜表面に乾燥予防のコンタクトレンズを使用する試みもなされている5,6).観察野が広くなってもそれを照明する装置がなければあまり意味がない.広角照明やシャンデリア照明は最近の硝子体手術ではなくてはならない.現在使用されていAB図8非接触型の広角観察システムA:TOPCON社のOFFISS.B:Zeiss社のResight.視認性が角膜の状態に左右されやすいが,使いやすくラーニングカーブが短いことが特徴である.図9シナジェティック社のVersaVIT2.0TMVitrectomySystemポータブルながら6,000cpmが可能である.硝子体手術の基本手技が可能である.20G,23G,25G,27Gの硝子体カッターが接続可能である.AB図8非接触型の広角観察システムA:TOPCON社のOFFISS.B:Zeiss社のResight.視認性が角膜の状態に左右されやすいが,使いやすくラーニングカーブが短いことが特徴である.図9シナジェティック社のVersaVIT2.0TMVitrectomySystemポータブルながら6,000cpmが可能である.硝子体手術の基本手技が可能である.20G,23G,25G,27Gの硝子体カッターが接続可能である.

序説:最先端の硝子体手術

2015年2月28日 土曜日

●序説あたらしい眼科32(2):173.174,2015●序説あたらしい眼科32(2):173.174,2015最先端の硝子体手術Cutting-EdgeTechnologyinCurrentVitrectomy江内田寛*石橋達朗**現在,日本で行われている硝子体手術は大部分が侵襲の少ない極小切開硝子体手術で行われるようになり,それに伴い手術器機などのハードの進歩に加え,観察系などの周辺環境も急速に整備されてきた.最近は27ゲージシステムなども投入され,より低侵襲化へ向かい,手術システム面でもさらなる進化を遂げている.本特集では先ずイントロダクションとして,井上真先生に最新の硝子体手術環境に関し,最新の手術システムや観察系なども含め,紹介と解説をしていただいた.硝子体手術の手術技術に関しても,爆発的な進化を遂げた時代を経て,現在は円熟期を迎えてきた感がある.そのような状況のなかで,これまで治療が困難と考えられたいくつかの疾患に対して,新たな外科的アプローチが試みられるようになった.たとえば円孔径が大きく,これまで閉鎖が困難と考えられていた陳旧性の黄斑円孔症例や,強度近視に伴う黄斑円孔網膜.離の治療には,内境界膜翻転法が発表されて以来,わが国でも積極的に導入が進み良好な治療成績が報告されている.本特集では黄斑円孔網膜.離に対する内境界膜翻転法の詳細を,その手術手技やポイントを中心に奥田徹彦先生,東出朋巳先生,生野恭司先生に解説をいただいた.また,日本発の内境界膜関連の新しい術式として,すでに内境界膜.離を行った黄斑円孔の再手術例に対する内境界膜の自家移植に関しての詳細な解説を,術式の開発者である森實祐貴先生と白神史雄先生にお願いした.さらに従来の治療に抵抗性の遷延した高度な黄斑浮腫を伴う網膜中心静脈閉塞症に対しての新しい術式として,自身で開発したマイクロカニューラを用いた網膜血管内治療について症例を積み重ねておられる門之園一明先生に手技や治療成績の詳細を含めた有効性に関して解説をいただいた.また,最近では医療を取り巻く環境が大きく変わり,これまでとは視点の異なった新しい医療技術も次々に開発されてきている.ここ数年,政府も医療を成長産業と位置づけ,日本再生プログラムによりGCPを改正することで,治験の迅速な実施と欧米諸国とのドラッグラグの解消を目指すと同時に,平成25年6月には日本再興戦略と称し,再生医療や遺伝子治療に加え優れた日本の医療器機技術を国際的に展開する目的で従来の薬事法を大幅に改正した.また,平成26年6月には健康医療戦略推進法が策定され,いよいよ本年日本版NIHである日本医療研究開発機構が創設される.このような激動の時期に,かねてより綿密な準備の進められてきた遺伝子治療と再生医療が眼科領域でも進行している.これらの技術の共通点はいずれも国産の技術を基盤*HiroshiEnaida:佐賀大学大学院医学系研究科眼科学**TatsuroIshibashi:九州大学大学院医学研究院眼科学分野0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(1)173 174あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(2)にするものであり,同時に硝子体手術によって直接の治療が行われる.また,これらは十分な非臨床試験の結果や医療材料の品質試験を含めた準備状況を厚生労働省により厳しく評価されたうえに行われる薬事法やGCPに準拠した厳格な臨床試験の形態をとっている.本特集では実際に行われている国産のサル免疫不全ウイルスベクターを用いた網膜色素変性の遺伝子治療の臨床試験に関する概要について,これまでの動向をふまえ池田康博先生に解説していただいた.また,眼科領域を含め現在の医学領域で最も世界が注目する話題となっている加齢黄斑変性に対するiPS細胞を用いた再生医療である網膜色素上皮細胞移植に関し,世界初の術者兼臨床試験推進の責任者の一人である視点で,栗本康夫先生にこれまでの背景と治療の実際に加え,今後の展望を含め詳細に解説をいただいた.このように日本では最先端の硝子体手術が広く行われていることに加え,日本発の新しい医療技術の世界へ向けた発信も眼科領域からは積極的に行われており,今回の特集ではそれぞれの技術の開発者や第1人者にこれら最先端の新しい技術の解説をいただくと同時に,今後の硝子体手術の展望についても議論いただいた.

携帯電話・スマートフォン使用時および書籍読書時における視距離の比較検討

2015年1月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科32(1):163.166,2015c携帯電話・スマートフォン使用時および書籍読書時における視距離の比較検討野原尚美*1松井康樹*2説田雅典*3野原貴裕*3原直人*4*1平成医療短期大学視機能療法専攻*2平成医療専門学院*3大垣市民病院眼科*4国際医療福祉大学保健医療学部視機能療法学科ComparativeStudyofVisualDistanceswhileUsingMobilePhones/SmartphonesandReadingBooksNaomiNohara1),KoukiMatui2),MasanoriSetta3),TakahiroNohara3)andNaotoHara4)1)DivisionOrthptics,HeiseiCollegeofHealthSciences,2)HeiseiCollegeofMedicalTechnology,3)4)DepartmentofOrthopticsandVisualSciences,InternationalUniversityofHealthandWelfareOgakiMunicipalHospital,携帯電話ならびにスマートフォン使用時と,書籍読書時の視距離を比較した.学生67名を対象として,常用している眼鏡やコンタクトレンズ装用下で,1)携帯電話とスマートフォンによるメール作成時と書籍読書時の視距離,2)スマートフォンでゲーム操作時,ウェブサイトを見ているとき,歩行しながらのメール作成中の視距離を測定した.視距離は,角膜頂点から画面までとし実際にメジャーで測定した.読書時の平均視距離は33.7±5.7cm,スマートフォンによるメール作成時は27.7±4.8cm,携帯電話でのメール作成時は27.8±5.0cmであり,書籍を読む場合に比べ有意に近かった(p<0.001).歩行でのメール作成時は26.5±5.0cm,文字が小さいウェブサイトを見ているときは19.3±5.0cmであった.Informationandcommunicationtechnology(ICT)環境下では,日常的に30cm以下で画像を長時間見続けることから,近見反応への負荷がかかる.Wecomparedvisualdistancesinusingmobilephonesorsmartphonesandreadingbooks.Subjectswere67students,whosevisualdistancesweremeasuredwhile1)composinganemailonamobilephoneandsmartphone,andwhilereadingabook,and2)playingagameonasmartphone,lookingatawebsite,andcomposinganemailwhilewalking,wearingtheiraccustomedcorrectivelenses.Visualdistancesweremeasuredfromthecornealapextothescreenorpage.Meandistanceswere33.7±5.7cmwhenreadingabook,27.7±4.8cmwhencomposinganemailonasmartphone,and27.8±5.0cmwhencomposinganemailonamobilephone,significantlyshorterthanwhenreadingabook(p<0.001).Meandistanceswere26.5±5.0cmwhencomposinganemailwhilewalking,and19.3±5.0cmwhenlookingatawebsitewithsmallfontsize.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(1):163.166,2015〕Keywords:ICT,デジタルディバイス,近視,近見反応,調節.ICT,digitaldevices,myopia,nearresponse,accommodation.はじめに近年,携帯電話やスマートフォンなど小型デジタル機器による,メールやゲーム,ウェブサイトを見るなど画面を見ている時間が延びていることが報告されている1).デジタル映像の場合,米国では,新聞や本・雑誌の印字を読む場合の平均視距離は約40.6cm,スマートフォンでメールを送受信した場合の平均視距離は35.6cmで,ウェブページを見るときの平均視距離は32cmであった2).このように,デジタルディバイスを使用した場合,視距離が近くなることで,近視進行のメカニズムの一つである調節負荷となることが考えられる.また,近見視力は30cmで検査をしているが,それよりもっと近づくとなると,多焦点眼鏡,コンタクトレンズ,眼内レンズの設計や処方法などにおいても影響を与えると考えられる.そこで今回筆者らは,日本人若年者の携帯電〔別刷請求先〕野原尚美:〒501-1131岐阜市黒野180平成医療短期大学Reprintrequests:NaomiNohara,HeiseiCollegeofHealthSciences,180Kurono,Gifu501-1131,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(163)163 話ならびにスマートフォン使用時の視距離を測定し,紙書籍を読んでいるときの視距離と比較したので報告する.I対象および方法平成医療専門学院視能訓練学科に在籍している67名(男性14名,女性53名)の学生で,年齢は19.31歳(平均年齢20.2歳)であった.屈折異常は,等価球面値にて+5.00Dから.2.50D,矯正視力は遠見・近見ともに1.0以上で,両眼視機能は,Titmusstereotestにてすべて60sec以上を認めている屈折異常以外の器質的眼疾患を認めない者であった.視距離は常用の眼鏡やコンタクトレンズを装用し自然な状態で角膜頂点から画面までをメジャーで測定した.今回は測定眼を決めるような精度を高めての距離測定ではなく,あくまで自然体のなかでの距離測定である.視距離測定の条件は以下のごとくとした.1.紙書籍と携帯電話ならびにスマートフォンでメール作成時の視距離条件①:通常の紙書籍(B5サイズの教科書)を読む(以下,書籍)条件②:携帯電話(画角1.7.2.1インチ)でメール作成条件③:スマートフォン(画角3.2.4.5インチ)でメールを作成2.スマートフォンでウェブサイト・ゲーム・歩行しながら操作時の視距離条件④:ウェブサイトを通常の文字サイズで読む(以下,スマートフォン通常文字)条件⑤:ウェブサイトを好みの文字サイズに拡大して読む(以下,スマートフォン拡大文字)条件⑥:好みのゲームを行う(以下,スマートフォンゲーム)条件⑦:歩きながらメール作成(以下,スマートフォン・歩き・メール)すべての条件における視距離は,日にちを変えて2回測定し,2回の平均値をもって視距離とした.統計学的検討は,対応のあるt検定・Spearman順位相関係数を用いた.さらに,瞳孔間距離をメジャーで測定し,条件①から条件⑦の視距離の輻湊角を求めた.輻湊角の求め方3)は,まず両眼の回旋点を結んだ直線から固視点までの距離を①式によって求めた.両眼の回旋点を結んだ直線から固視点までの距離をbcm,角膜頂点から画面までの視距離をLcm,瞳孔間距離をacm,角膜頂点と回旋点との距離を一般的な1.3cmとする.①式b=(L+1.3)2.a42両眼の回旋点を結んだ直線から固視点までの距離を求めた後,②式より輻湊角を求めた.②式輻湊角.(prismdiopter,以下Δ)=ba×100II結果表1に条件①.⑦における67名の視距離の平均値と標準偏差(cm),文字サイズ(mm・相当するポイント数),視距離での視角(分),輻湊角(Δ)を表す.1.携帯電話ならびにスマートフォン使用時と書籍の比較図1に条件①.⑦における67名の視距離の平均値と標準偏差を示す.左の縦軸は視距離(cm)を,右の縦軸にはその視距離での調節負荷量(D)を示す.携帯電話(条件②)ならびにスマートフォン使用時(条件③.⑦)の視距離は,書籍(条件①)を読んでいるときの視距離に比べ有意に近かった(p<0.001).特にスマートフォン通常文字(条件④)の視距離は19.3±5.0cmで,スマートフォンのウェブサイトを小さい文字のまま読んでいるときが最も近かった.2.スマートフォン通常文字・拡大文字および書籍との比較スマートフォン通常文字(条件④)の視距離が,書籍よりも10cm以上近かった者は71%であった.スマートフォン拡大文字(条件⑤)にしても37%の者は,書籍よりも10cm以上近いままであった(図2).III考按1)今回の結果は,米国に比べ書籍もスマートフォンもすべて7cmほど視距離が近くなった2).この米国との視距離表1作業別における視距離・文字サイズ・視角・輻湊角①書籍②携帯電話メール③スマホメール④スマホ通常文字⑤スマホ拡大文字⑥スマホゲーム⑦スマホ歩き・メール視距離±SD(cm)33.7±5.727.8±5.027.7±4.819.3±5.025.2±5.426.2±5.726.5±5.0文字サイズ(mm)(相当するポイント数)3(8)2.3(5.67.8)2.3(5.67.8)1.2(2.83.5.67)3.5(8.14)─2.3(5.67.8)視距離での視角(分)(文字サイズ/視距離)3025.3725.3718.3641.68─26.39輻湊角(Δ)18.0±3.021.0±4.022.0±4.031.0±7.023.0±5.023.0±5.022.0±4.0スマホ:スマートフォン.164あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(164) 3%4240-2.5383634-3.03230-3.52826-4.02422-5.02018-6.0161412-8.010*******調節(D)16%55%29%34%63%スマートフォン通常文字スマートフォン拡大文字視距離(cm)Vs.書籍Vs.書籍①②③④⑤⑥⑦図1書籍と携帯電話・スマートフォン使用時の作業別視距離①:書籍,②:携帯電話メール,③:スマートフォンメール④:スマートフォン通常文字,⑤:スマートフォン拡大文字⑥:スマートフォンゲーム,⑦:スマートフォン歩き・メール(*p<0.01).の差については,英文と日本語文の違いであると考えられた.英文は26文字のアルファベットのみで,その小文字の高さは大文字の高さの45.50%しかない文字もあり,行間が確保され読みやすい.一方,日本語はひらがな,カタカナ,漢字の3種類が混ざり,それぞれの文字の高さが揃っているために行間が詰まって読みづらくなり,視距離が近づいたと考えられた.2)携帯電話やスマートフォンを使用しているときの視距離が,従来の書籍を読んでいるときの視距離より有意に近かったことについては,山田4)はvisualdisplayterminals(VDT)作業において視距離に影響を与える因子としてcathode-ray-tube(CRT)サイズによりほぼ決められる文字の大きさと照明環境,作業者の視力を挙げている.小さな文字は,視距離を近くすることによる拡大効果から,携帯デジタル機器の小画面を近づけるのではないかと考えた.ただ今回は書籍の文字の視角が30′でスマートフォンの拡大文字の視角が41.68′と大きいにもかかわらず,スマートフォン使用時の視距離のほうが書籍よりも近かったことから,文字サイズだけでなく携帯デジタル機器と書籍の“画面の大きさ”の違いも関与していることが考えられた.今回用いた書籍はサイズが大きいため,大きな物は近方にあると感じる近接感により書籍は遠ざけ,小さな物は遠方にあると感じて保持している携帯を近づけるといった心理的な奥行き手がかりの作用5,6)も加わっているものと考える.また,大きい書籍は近づけると網膜の広範囲に投影されるため周辺視野まで眼球を大きく動かして読まなければならない.書籍とケータイ小説の眼球運動の違いは,書籍を読んでいる間はサッケードで行うのに対し,ケータイ小説では改行時にサッケードとスクロールを併用しており,文字サイズが小さくなるほどサッケー(165)差が10cm未満差が10cm以上20cm未満差が20cm以上図2スマートフォン通常文字・拡大文字と書籍の視距離の差の度数割合ド頻度が増えると報告している7).3)携帯デジタル機器を使用しているときの視距離が近いうえに,画面を見ている時間が延びていることから,現在はより近見反応を酷使しているといえる.近見反応は,1)調節-輻湊にクロスリンクがあり,お互いに影響されること,2)順応が強いシステムであるので,斜視特に内斜視などが将来的に多くなる可能性がある8.10).また,輻湊角を測定した結果,書籍を読んでいるときの輻湊角の平均は18Δで,ウェブサイトを通常文字で読んでいるときの輻湊角の平均は31Δであった.この平均値に一番近かった被検者を例に取り上げると,この被検者は瞳孔間距離が58mmである.書籍の視距離は30.6cmであり,方法で挙げた①式より両眼の回旋点を結んだ直線距離は31.7cmで,②式より輻湊角は18Δである.今回は測定していないが,この被検者のAC/A比(調節性輻湊対調節比)を下限2Δ/D(正常値4±2Δ/D)と仮定すると書籍を読む場合は6Δを調節性輻湊で補い,さらに近接性輻湊が下限1.5Δ/D(正常値ほぼ1.5.2.0Δ/D)3)と仮定すると約4Δが近接性輻湊で補われ,残り8Δを融像性輻湊で補えば良い.しかし,ウェブサイトを通常文字で読む場合,この被検者の視距離は16.2cmであった.同様に①式より両眼の回旋点を結んだ直線距離は17cmで,②式より輻湊角は34Δであった.この場合AC/A比を下限2Δ/Dと仮定すると12Δを調節性輻湊で補い,さらに近接性輻湊が下限1.5Δ/Dと仮定すると約9Δが近接性輻湊で補われ,残り13Δを融像性輻湊で補わねばならない.もし,低AC/A比であったり,基礎眼位ずれに外斜位が存在すればさらに輻湊が必要となり,その状態でウェブサイトを長時間至近距離で読めば疲労により近見外斜視になるといったことも起こるのではないかと考えられた.今後はスマートフォンの普及に伴い,携帯電話からスマートフォンに切り替える人が多くなると予想されている11).通常の使用方法としては,携帯デジタル機器は書籍に比べ視距あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015165 離が非常に近くなるため,文字を拡大して,視距離を保つことを啓発することが必要である.特に20歳代を中心に若者の使用が多く,また今後は教育現場へのデジタルIT化など,長時間見続けていることもあわせれば,今まで以上に若年者の近視化,眼精疲労を訴えるIT眼症などの眼科的問題も多くなり,今後は眼科での近見反応検査も念頭に置きながら,場合によっては30cmより近い近距離検査も行っていく必要があると思われた.文献1)総務省情報通信政策研究所:高校生のスマートフォン・アプリ利用とネット依存傾向に関する調査.報告書:7-15,平成26年7月2)BababekovaY,RosenfieldM,HueJEetal:Fontsizeandviewingdistanceofhandheldsmartphones.OptomVisSci88:795-797,20113)内海隆:輻湊・開散と調節,AC/A比.視能矯正学(丸尾敏夫ほか編),改訂第2版,p177-189,金原出版,19984)山田覚,師岡孝次:VDT作業における視距離の評価.東海大学紀要工学部26:209-216,19865)稲葉小由紀:感覚・知覚のしくみ.自分でできる心理学(宮沢秀次ほか編),p9-18,ナカニシヤ出版,20116)林部敬吉:奥行き知覚研究の動向.静岡大学教養部研究報告第III部16(1-2):57-76,19777)山田和平,萩原秀樹,恵良悠一ほか:ケータイ小説黙読時の眼球運動特性の解析.東海大学紀要情報通信学部3:19-24,20108)MilesFA:Adaptiveregulationinthevergenceandaccommodationcontrolsystems.In:AdaptiveMechanismsinGazeControl,BerthozAandMelvillJonesG(eds),Elsevier,Amsterdam,19859)高木峰男,戸田春男:眼位.視覚と眼球運動のすべて(若倉雅登ほか編),p121-155,メジカルビュー,2007年改変10)筑田昌一,村井保一:立体映画を見て顕性になった内斜視の一症例.日本視能訓練士協会誌16:69-72,198811)総務省:「スマートフォン・エコノミー」.スマートフォン等の普及がもたらすITC産業構造・利用者行動の変化..情報通信白書:116-221,平成24年版***166あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(166)

CGT-2000を用いたコントラスト感度測定の再現性

2015年1月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科32(1):159.162,2015cCGT-2000を用いたコントラスト感度測定の再現性金澤正継*1,2魚里博*1,3,4川守田拓志*1,3浅川賢*1,3中山奈々美*5*1北里大学大学院医療系研究科視覚情報科学*2専門学校日本医科学大学校視能訓練士科*3北里大学医療衛生学部視覚機能療法学専攻*4新潟医療福祉大学医療技術学部視機能科学科*5東北文化学園大学医療福祉学部視覚機能学専攻ReliabilityofContrastGlareTesterCGT-2000MeasurementMasatsuguKanazawa1,2),HiroshiUozato1,3,4),TakushiKawamorita1,3),KenAsakawa1,3)andNanamiNakayama5)1)DepartmentofVisualScience,KitasatoUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,2)DepartmentofOrthoptics,NihonIkagakuCollege,3)DepartmentofOrthopticsandVisualSciences,KitasatoUniversitySchoolofAlliedHealthSciences,4)DepartmentofOrthopticsandVisualSciences,NiigataUniversityofHealthandWelfare,5)DepartmentofRehabilitation,TohokuBunkaGakuenUniversityFacultyofMedicalScienceandWelfare健常被験者22名を対象に,コントラストグレアテスターCGT-2000(タカギセイコー)を用いてコントラスト感度を測定した.背景輝度は明所および薄暮の2条件とし,明所では100,000cd/m2,薄暮では40,000cd/m2のグレアを負荷した.測定は完全屈折矯正下,自然瞳孔のまま両眼開放にて行った.再現性の解析は,Bland-Altman解析から得られた2回測定の95%一致限界(95%limitsofagreement:LoA)により評価した.その結果,LoAは低空間周波数と高空間周波数との間に差を認めたが,良好な再現性を示した.ThepurposeofthisstudywastoevaluatethereliabilityofmeasurementwiththecontrastglaretesterCGT2000(TAKAGISEIKO,Co.,Ltd.Nagano,Japan).Thesubjectswere22healthyvolunteers.Contrastsensitivity(CS)wasmeasuredunderphotopicvisionandmesopicvision,withorwithoutglare.Glareintensitywas100,000cd/m2inphotopicvisionand40,000cd/m2inmesopicvision.BinocularCSwasmeasuredwithspectaclecorrectioninnon-cycloplegiceyeswithnaturalpupils.Thestatisticalanalysisconsistedof95%limitsofagreement(LoA),usingtheBland-Altmanmethod.CGT-2000measurementwasquitereliable,butthereweredifferencesinLoAbetweenlowspatialfrequencyandhighspatialfrequency.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(1):159.162,2015〕Keywords:コントラスト感度,再現性,Bland-Altman解析.contrastsensitivity,repeatability,Bland-Altmanmethods.はじめにコントラスト感度およびグレアテストは,視力に比べてより広い範囲の形態覚を定量的に測定することにより,qualityofvision(QOV)や散乱光が生じやすい視機能の変化を評価するための指標となっている1,2).その一方で,外部視標を用いた場合,印刷面の劣化や環境照度の影響を受けやすく3),多施設でのデータ収集時には測定環境が統一しきれないという制限があった.特にグレア下におけるコントラスト感度の測定機器は外部視標に代表されるため,再現性についての問題が指摘されていた4).近年,内部視標を用いたグレアテストが可能なコントラストグレアテスターCGT-2000が登場した.そこで,本研究ではCGT-2000の再現性について検討を行ったので報告する.I対象および方法1.対象対象は屈折異常以外に眼疾患のない年齢18.32歳(24.4±4.2歳,平均±標準偏差,以下,同様)の男性11名,女性11名,計22名とした.自覚的屈折度数(等価球面値)は.2.20±2.43Dであった.被験者は片眼の小数視力が左右眼それぞれ1.0以上を有する者を対象とした.また,被験者にはヘルシンキ宣言の理念を踏まえ,事前に実験の目的を説明し,本人から自由意思による同意を得たうえで行った.〔別刷請求先〕魚里博:〒950-3198新潟市北区島見町1398番地新潟医療福祉大学医療技術学部視機能科学科Reprintrequests:HiroshiUozato,DepartmentofOrthopticsandVisualSciences,NiigataUniversityofHealthandWelfare,1398Shimami-chou,Kita-ku,Niigata-shi,950-3198,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(159)159 表1グレアなしの条件におけるBland-Altman解析の結果明所グレアなし薄暮グレアなし空間周波数(cpd)平均2標準偏差(LoA)平均2標準偏差(LoA)1.10.007±0.06(.0.06.0.07)0.007±0.06(.0.05.0.07)1.8.0.007±0.06(.0.07.0.06)0.020±0.14(.0.12.0.16)2.9.0.007±0.06(.0.07.0.06)0.030±0.18(.0.15.0.21)4.50.014±0.25(.0.24.0.26)0.000±0.36(.0.36.0.36)7.10.002±0.36(.0.36.0.36).0.042±0.45(.0.49.0.41)10.2.0.026±0.38(.0.40.0.35).0.022±0.46(.0.48.0.44)表2グレアありの条件におけるBland-Altman解析の結果明所グレアあり薄暮グレアあり空間周波数(cpd)平均2標準偏差(LoA)平均2標準偏差(LoA)1.10.000±0.00(0.00)0.000±0.00(0.00)1.80.000±0.00(0.00)0.007±0.14(.0.13.0.15)2.90.000±0.00(0.00)0.020±0.34(.0.32.0.36)4.50.034±0.23(.0.20.0.27)0.021±0.43(.0.41.0.45)7.1.0.003±0.47(.0.47.0.46)0.037±0.34(.0.30.0.37)10.2.0.034±0.44(.0.47.0.40)0.031±0.29(.0.26.0.32)2.方法測定機器には,タカギセイコー社製コントラストグレアテスターCGT-2000(図1A,以下,CGT-2000)を用いた.CGT-2000はBadal光学系で設計されており,視標は内蔵されている二重輪視標を用いる(図1B).視標サイズは6.3,4.0,2.5,1.6,1.0および0.6°の6種類からなり,空間周波数に換算するとそれぞれ1.1,1.8,2.9,4.5,7.1および10.2cycles/degree(以下,cpd)に相当する.条件は光学的距離5m,呈示時間0.8秒に設定し,背景輝度は明所(100cd/m2)および薄暮(10cd/m2)の2条件とした.また,2条件ともグレア光(高輝度白色LED)を照射した測定も行い,グレア光の強さは明所で100,000cd/m2,薄暮で40,000cd/m2とした5).薄暮の条件では,測定前に15分間の暗順応を行った.測定は被験者の応答に従って自動的に進められ,被験AB図1コントラストグレアテスターCGT-2000(A)と二重輪視標(B)者には二重輪が見えた段階でボタンを押すように指示した6).測定条件は,被験者に遠方完全屈折矯正レンズを装用させ,自然瞳孔のまま両眼開放にて,同一検者による2回のコントラスト感度測定を行った.2回の測定は,15分以上の時間を空けた.統計学的解析には,Bland-Altman解析7)から得られた2回測定の95%一致限界(95%limitsofagreement:LoA)8)により,CGT-2000の再現性を評価した.LoAは,2回の測定値の差の平均をd,2回の測定値の差の標準偏差をSDd,95%信頼区間のz値である1.96とした場合,「LoA=d±1.96×SDd」の式を用いて算出した8,9).II結果1回目と2回目の測定値を比較した結果,両者に差は認められなかった(対応のあるt検定,p>0.05).一方,Bland-Altman解析の結果,明所グレアなしのLoAは,1.1.2.9cpdが±0.06と一定であり,4.5.10.2cpdは,それぞれ±0.25,±0.36,±0.38へと増加した(表1).薄暮グレアなしでは,空間周波数が高くなるに従い,±0.06,±0.14,±0.18,±0.36,±0.45,±0.46と増加した.また,明所グレアありのLoAは,1.1.2.9cpdが±0.00と一定であり,4.5cpdが±0.23,7.1cpdと10.2cpdが±0.47および±0.44であった(表2).薄暮グレアありでは,1.1.10.2cpdまでそれぞれ±0.00,±0.14,±0.34,±0.43,±0.34,±0.29であり,中空間周波数においてLoAが大きくなる傾向にあった.各160あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(160) 条件における結果を図2に示す.III考按今回,健常若年者を対象に,CGT-2000の再現性をBland-Altman解析から得られた95%一致限界により評価した.まず,Bland-Altman解析から得られた2回測定の差の平均は±0.05logCS以内であった.この値が正あるいは負の値のどちらかに偏った場合,測定機器の設計および構造による影響や,測定時における練習効果や疲労の影響によるものとされる.今回,CGT-2000の測定が1段階を0.15logCS単位で行うことを考慮すると,上記の影響は無視できる範囲内と考えられた.つぎに,本検討で得られた2標準偏差(LoA)は最小で±0.00,最大で±0.46であった.先行研究では測定機器が異なるものの,Hongら9)が±0.16.±0.23,Pesudovsら11)が±0.22.±0.45,Kellyら4)が±0.39.±0.58,Reevesら10)が±0.59.±0.83と報告しており,CGT-2000のばらつきは小さく,再現性は良好であることが示唆された.ただし,高空間周波数になるに従いLoAは広がる傾向にあり9),logCS単位で2.3段階に相当した.そのため,高空間周波数のばらつきが大きいことに留意する必要がある.個別で比較すると,グレアなしの条件ではおおむね2段階のばらつきにおさまり,既報12)のとおり,グレアありの条件と比して再現性は良好となった.その原因については,レンズの反射率が視力に影響すると指摘されており13),再現性が低下した原因として眼鏡レンズの反射によるものと推察された.すなわち,屈折矯正のために使用した眼鏡によりグレア光の反射が変化し,結果として再現性が低下したと考えられる.ただし,明所グレアありの条件では,低空間周波数において22名の測定値が完全に一致し,高い再現性を得た.これは,測定条件および屈折矯正により被験者の視機能を統一できた結果と解釈することができる.また,明所と比して薄暮での測定では,若干ながら再現性が低下した.この傾向はHohbergerらの研究14)を支持する結果であり,暗順応の影響が考えられた.すなわち,事前に15分間の暗順応を行う条件は統一したが,実際に順応状態を測定しておらず,順応時間には個人差が認められる15)ため,両条件におけるLoAに差が生じた可能性がある.最後に,本検討で得られた測定値はBand-Pass型ではなく,Low-Pass型の傾向がみられた.一般にLow-Pass型は眼光学系を,Band-Pass型は網膜以降を含めた視覚系全体を評価することにより得られるとされている3).CGT-2000の測定における特徴は,Badal光学系を用いた字ひとつ視標であること,縞視標ではなく二重輪視標であること,視標の方向(切れ目)を問う過程が省略されていることが挙げられる.Low-Pass型を示した原因との関係は不明であるが,測(161)明所グレアなし薄暮グレアなしlogコントラスト感度logコントラスト感度2.52.01.51.00.50.01.11.82.94.57.110.21.11.82.94.57.110.2空間周波数(cpd)空間周波数(cpd)明所グレアあり薄暮グレアあり2.52.01.51.00.50.01.11.82.94.57.110.21.11.82.94.57.110.2空間周波数(cpd)空間周波数(cpd)図24条件におけるコントラスト感度の平均と2回測定の一致限界黒線は各条件における22名の被験者のコントラスト感度の平均を,網掛けは2回測定の一致限界(LoA)を示す.定方法の相違により,他機種と単純な比較ができない可能性があり,注意を要する.本検討では,タカギセイコー社製のCGT-2000を用い,Bland-Altman解析からコントラスト感度およびグレアテストの再現性を評価した.その結果,CGT-2000による測定は良好な再現性を有することが示唆された.本論文の要旨は,第49回日本眼光学学会(京都)にて発表した.文献1)ShimizuK,KamiyaK,IgarashiAetal:Intraindividualcomparisonofvisualperformanceafterposteriorchamberphakicintraocularlenswithandwithoutacentralholeimplantationformoderatetohighmyopia.AmJOphthalmol154:486-494,20122)MunozG,Belda-SalmeronL,Albarran-DiegoCetal:Contrastsensitivityandcolorperceptionwithorangeandyellowintraocularlenses.EurJOphthalmol22:769-775,20123)魚里博,中山奈々美:視力検査とコントラスト感度.あたらしい眼科26:1483-1487,20094)KellySA,PangY,KlemencicS:ReliabilityoftheCSV1000inadultsandchildren.OptomVisSci89:1172あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015161 1181,20125)KanazawaM,UozatoH:Relationshipbetweenabsorptivelensesandcontrastsensitivityinhealthyyoungsubjectswithglareunderphotopic-andmesopic-visionconditions.OpticalReview20:282-287,20136)金澤正継,魚里博:周辺視野のグレア光がコントラスト感度に与える影響.視覚の科学.視覚の科学34:86-90,7)BlandM,AltmanDG:Statisticalmethodsforassessingagreementbetweentwomethodsofclinicalmeasurement.Lancet1:307-310,19868)KawamoritaT,UozatoH,KamiyaKetal:Repeatability,reproducibility,andagreementcharacteristicsofrotatingSheimpflugphotographyandscanning-slitcornealtopographyforcornealpowermeasurement.JCataractRefractSurg35:127-133,20099)HongYT,KimSW,KimEKetal:Contrastsensitivitymeasurementwith2contrastsensitivitytestsinnormaleyesandeyeswithcataract.JCataractRefractSurg36:547-552,201010)ReevesBC,WoodJM,HillAR:VistechVCTS6500Charts-within-andbetween-sessionreliability.OptomVisSci68:728-737,199111)PesudovsK,HazelCA,DoranRMetal:TheusefulnessofVistechandFACTcontrastsensitivitychartsforcataractandrefractivesurgeryoutcomesresearch.BrJOphthalmol88:11-16,200412)ElliottDB,BullimoreMA:Assessingthereliability,discriminativeability,andvalidityofdisabilityglaretests.InvestOphthalmolVisSci34:108-119,199313)和氣典二,平野邦彦,和氣洋美ほか:種々の照明状況下の視力と眼鏡.日本眼光学学会誌11:43-53,199014)HohbergerB,LaemmerR,AdlerWetal:MeasuringcontrastsensitivityinnormalsubjectswithOPTEC6500:influenceofageandglare.GraefesArchClinExpOphthalmol245:1805-1814,200715)PatryasL,ParryNR,CardenDetal:Assessmentofagechangesandrepeatabilityforcomputer-basedroddarkadaptation.GraefesArchClinExpOphthalmol251:18211827,2013***162あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(162)