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Navilas®

2014年1月31日 金曜日

特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):19~27,2014特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):19~27,2014NavilasRNavilasR佐藤裕之*加賀達志**はじめに糖尿病網膜症や網膜静脈分枝閉塞症による黄斑浮腫治療はETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)1)やBVOS(BranchVeinOcclusionStudy)2)の結果から,欧米では局所・格子状光凝固治療が標準的な治療である.しかしわが国においての黄斑浮腫に対する光凝固術は,たとえば糖尿病黄斑浮腫の格子状光凝固を例に挙げても,レーザーの出力範囲を「凝固斑が観察される最低の出力」とするもの3)から,100~150mWとするもの4),100~200mWとする文献5)もあり定まったコンセンサスがないことや,過剰凝固による傍中心暗点の出現・凝固斑のatrophiccreep・固視不良例での中心窩誤照射といった危険性がクローズアップされ,経験の少ない医師にとっては敷居が高い治療となってしまった.それに加えて代替治療としてのトリアムシノロンや抗VEGF(血管内皮増殖因子)製剤の硝子体注射によって比較的容易に黄斑浮腫の改善が得られたことから,黄斑浮腫に対しての光凝固があまり普及することはなかった.さらに,最近になりトリアムシノロンは糖尿病黄斑症への,また抗VEGF製剤であるラニビズマブの網膜静脈閉塞による黄斑浮腫への投与が薬事法で承認され,黄斑浮腫に対しての治療は硝子体注射という方向性が加速している.しかし,硝子体注射は数カ月以内に黄斑浮腫が再燃し反復投与を余儀なくされることが多く,患者の通院負担が大きいこと,硝子体手術施行眼では効果が減弱すること,また,トリアムシノロンの場合は,白内障や緑内障の発生や感染症のリスクが増大すること,抗VEGF製剤の場合には黄斑虚血を加速する可能性があること6,7),脳梗塞や虚血性心疾患を有する場合には慎重投与であること,薬価が高額であることなどが問題である.近年,光凝固機器の進歩によって高出力短時間照射が可能となり,前述の合併症の軽減が図られるようになったこと,EDTRSから提唱された糖尿病黄斑浮腫のClinicallysignificantmacularedemaの概念がわが国でも認知されるようになってきたこと8)から,視力低下をきたす前の根治術としての光凝固が今後普及していく可能性はある.今回紹介するNavilasR(OD-OS社)(図1)は,後極図1NavilasR本体*HiroyukiSato:飯田市立病院眼科**TatsushiKaga:社会保険中京病院眼科〔別刷請求先〕佐藤裕之:〒395-0814飯田市八幡町438飯田市立病院眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(19)19 部の光凝固に特殊な機能を備えた高出力短時間照射が可能な光凝固装置である.その機能は,あらかじめ撮影しておいた眼底写真上に光凝固の設計図(凝固する場所,凝固斑の大きさ・間隔,レーザーの出力)を作成し,それをレーザー照射中の眼底に投影して設計図どおりに光凝固を行うもので,さらにオートトラッキング機能も有しているため,患者の固視の状態に左右されることがないものである.以下に,NavilasRの概要と,飯田市立病院(以下,当院)での治療成績について述べる.なお,NavilasRは平成25年9月現在,薬事法における医療機器の承認を受けていないため,実際の治療は当院倫理委員会の承認を得たうえで,かつ,インフォームド・コンセントを行って同意を得られた患者のみに行っている.INavilasRの実際NavilasRによる光凝固は,1.眼底撮影,2.設計図作成,3.光凝固という順に段階を踏んで行う必要がある.1.眼底撮影まず,光凝固を行う際の設計図のもととなる眼底写真撮影を行う.眼底撮影は,赤外光,カラー眼底(散瞳・無散瞳),Red-Free,フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)という4つのモードからなり(図2),画角は10°,30°,50°と3種類から選択できる.赤外光撮影は,まぶしさを感じずに眼底撮影が可能なため,おもに光凝固を行う際のライブの眼底観察用である.設計図作成用に使うのはカラー眼底かFA写真ということになる.周辺部の撮影も可能ではあるが,筐体の対物レンズを周辺部用のレンズに交換し,撮影眼に接触型コンタクトレンズを装着しての撮影となる.画角110°まで撮影できる(図3).2.設計図作成撮影された眼底写真の上に,光凝固を行う設計図を作成する.光凝固は,スポット(単独),2×2~5×5の正図2眼底写真4つの撮影モードを持っている.(OD-OS社のパンフレット写真より)左上:カラー眼底,右上:フルオレセイン蛍光眼底造影,左下:Red-Free,右下:赤外光.20あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(20) 図3眼底写真左:左眼鼻側網膜,右:同患者の左眼上方網膜.対物レンズを交換し,専用の接触型コンタクトレンズを用いると上記写真のように画角110°までの眼底の画像(直像)が得られる.図4設計図作製画面単発,正方形,円,弧状(矢印枠内)を選択した後,右の眼底写真上をマウスでクリックすると,レーザー照射部位が画面上に表示される.方形,1~5列の円形,弧状の4つから選択する(図4).凝固斑の大きさ,間隔,レーザー出力,凝固時間をそれぞれ別に設定できる.撮影されたカラー眼底に造影写真を重ねて表示したり,造影早期と後期を重ねて表示したりすることで設計図を作成しやすくなっている.また,外部から取り込んだ画像〔インドシアニングリーン蛍光造影(IA)や光干渉断層計(OCT)など〕も重ねて表示することが可能である(図5).(21)3.光凝固NavilasRの光凝固装置は,半波長YAGレーザーで波長532nmのグリーンレーザーである.パターンスキャンレーザーと同じレーザー発信装置であるため,短時間凝固が可能となっている.NavilasR最大の特徴は,オートトラッキングを用いたナビゲーションレーザー機能にある.レーザー起動モードになると,赤外光(カラー眼底でもかまわないが非常に眩しい)で眼底のライブ画像が常時画面上に表示され,その画面に重ねて設計図画面が表示される(図6).あとはフットスイッチを踏み込むだけで眼底をトラッキングしながら光凝固が開始される.開瞼さえできていればコンタクトレンズは不要であるが,固視が悪かったり開瞼が悪い症例であれば,素通しの等倍率コンタクトレンズを用いるとレーザー照射がしやすい.瞬目や大きな眼球の動きによってトラッキングしきれなくなると,レーザー照射が停止する.停止した場合は,また最初と同じ手順でレーザー照射を再開すればよい.一度照射した部位は設計図上でスポットの色が変わって表示されるので,同じ場所を照射することはない.レーザーのずれの程度は,全照射数の96%が100μm以内のずれであったとする報告があり9),精度としては問題ないと考える.照射計画と実際に照射された凝固斑の比較を図7に示す.あたらしい眼科Vol.31,No.1,201421 図5FA画像とOCT画像の重ね合わせ左上:造影早期.右上:造影早期に造影後期の写真を重ねて表示したもの.毛細血管瘤からの漏出なのか,びまん性の漏出なのかがよくわかる.右下:OCT画像などのJPEG画像を取り込んで眼底写真に重ねて表示したもの.黄斑浮腫の強い部分に光凝固の計画を立てることができる.図6光凝固中の画像(トレーニングモードのためレーザーは出ない)眼底写真全体は,今現在,撮影している眼底となる.光凝固計画画面がその眼底写真に重なって表示されているが,オートトラッキングで左下にずれて表示されている.II当院での黄斑浮腫に対する治療成績当院においてNavilasRを用いて格子状・局所光凝固22あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014治療を行った,糖尿病黄斑症4例6眼,網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)2例2眼,網膜中心静脈閉塞症(CRVO)1例1眼,計7例9眼について,治療前と治療後1カ月の視力と,中心窩網膜厚,黄斑部体積をCirrus-OCTR(Carl-Zeiss社)を用いて比較した.視力は少数視力で2段階以上の向上を改善,2段階以上の低下を悪化とし,それ以外を不変とした.また,中心性漿液性網脈絡膜症1例1眼,傍中心窩毛細血管拡張症1例1眼に対してもNavilasRを用いて光凝固治療を行ったので,その結果も以下に述べる.光凝固の条件は,格子状光凝固で凝固サイズ80μm,出力50mW,凝固時間0.05秒,間隔は1凝固斑とし,局所光凝固(中心性漿液性網脈絡膜症,傍中心窩毛細血管拡張症含む)は,凝固サイズ100μm,出力100mW,凝固時間0.05秒で行った.1.糖尿病黄斑症4例6眼,内訳は男性3例4眼,女性1例2眼であった.平均年齢70.8±9.8歳.光凝固前平均視力は(0.66),(22) 図7NavilasRによる照射計画左:光凝固計画写真,右:光凝固直後の眼底写真.ほぼ計画どおりに光凝固が行えている.平均中心窩網膜厚は349±61.2μm,平均黄斑部体積は11.7±0.60mm3であった.光凝固1カ月後の平均視力は(0.63),平均中心窩網膜厚は333±75.9μm,平均黄斑部体積は11.5±0.54mm3であった(表1).視力は改善が1眼,不変が4眼,悪化が1眼であった.黄斑部体積の改善は5眼,悪化は1眼であった.糖尿病黄斑症の光凝固前後の代表症例を図8に示す.2.BRVO・CRVO症例の内訳は表2に示す.BRVO,CRVOともに視力は不変であった.黄斑部体積はBRVOで1眼が改善,1眼が悪化となった.CRVO症例の黄斑部体積は改善した.BRVOの光凝固前後の代表症例を図9に,CRVOの光凝固前後の画像を図10に示す.3.中心性漿液性網脈絡膜症,傍中心窩毛細血管拡張症中心性漿液性網脈絡膜症は,光凝固前,光凝固1カ月後とも視力(0.4)と不変であった.網膜下液に変化を認めなかったため再度蛍光眼底造影を施行したところ,光凝固をした漏出点は沈静化し漏出を認めなかったが,新たな漏出点が出現しており,光凝固は奏効したものの再燃によって網膜下液が貯留残存したと思われた.傍中心窩毛細血管拡張症では,視力は光凝固施行前(1.0)と良好であったが,歪視の訴えが強く治療の希望が強かったため今回光凝固を施行した.光凝固施行後の視力は(1.0)と不変であったが,歪視の自覚は消失し,患者本人も満足のいく結果となっている.中心性漿液性網脈絡膜症の光凝固前後の画像を図11に,傍中心窩毛表1糖尿病黄斑症の光凝固治療成績(1カ月)年齢(歳)性別術前術後視力CRT(μm)MV(mm3)視力CRT(μm)MV(mm3)症例180男(0.7)38411.7(0.9)30711.3症例261男(0.5)33812.9(0.6)26912.6症例361女(0.5)44511.4(0.5)37311.1(1.0)27511.9(0.6)29011.4症例481男(0.6)37811.4(0.5)48511.5(0.8)27411.0(0.8)27610.9CRT(centralretinathickness):中心窩網膜厚.MV(macularvolume):黄斑部体積.(23)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201423 図8糖尿病黄斑浮腫(症例3)へのNavilasRでの光凝固左上:光凝固前FA.黄斑浮腫を認める.右上:浮腫の部分へ光凝固計画.左下:光凝固前OCT.右下:光凝固1カ月後OCT.浮腫の改善を認める.表2BRVO・CRVOの光凝固治療成績(1カ月)年齢(歳)性別術前術後視力CRT(μm)MV(mm3)視力CRT(μm)MV(mm3)BRVO症例568女(0.9)37511.0(1.0)33410.8症例690女(0.09)30911.5(0.09)30714.0CRVO症例771男(0.7)70214.0(0.8)56712.5CRT(centralretinathickness:中心窩網膜厚.MV(macularvolume):黄斑部体積.細血管拡張症の光凝固前後の画像を図12に示す.おわりに糖尿病黄斑症に対しての光凝固の結果は,視力の低下および黄斑部体積が悪化したのは症例4の片眼のみであった.6眼中5眼での視力は不変~軽度改善,黄斑部体積は減少している.BRVOに対する光凝固では2眼中1眼で黄斑浮腫の悪化を認めている.糖尿病黄斑症およびBRVOで悪化を認めた症例は,新しい機械であったことから安全策として格子状光凝固をかなり弱めの固定出力で行ったため,浮腫に対して十分な光凝固の効果が得られなかった可能性がある.また,今回CRVOの黄斑浮腫1眼に対し光凝固を施行しているが,CVOS(CentralVeinOcculusionStudy)10)から視力の改善効果はないことが示されているため,今後の治療に関しては適応を慎重に考える必要があると思われる.24あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(24) 図9BRVO(症例5)へのNavilasRでの光凝固左上:光凝固前FA.黄斑浮腫を認める.右上:浮腫の部分へ光凝固計画.左下:光凝固前OCT.右下:光凝固1カ月後OCT.浮腫の改善を認める.図10CRVOへのNavilasRでの光凝固左上:光凝固前FA..胞様黄斑浮腫を認める.右上:浮腫の部分へ光凝固計画.左下:光凝固前OCT.右下:光凝固1カ月後OCT.浮腫の改善を認める.(25)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201425 図11中心性漿液性網脈絡膜症に対するNavilasRでの光凝固左上:中心窩近傍の蛍光漏出部.中上:蛍光漏出部に光凝固を行う(3発).右上:凝固1カ月.光凝固部の漏出はなくなっていたが,他部位からの漏出を認める.左下:術前のOCT.網膜下液を認める.中下:凝固1カ月.網膜下液は残存.図12傍中心窩毛細血管拡張症へのNavilasRでの光凝固左上:蛍光眼底造影.右上:毛細血管拡張部へ光凝固を行った.左下:光凝固前のOCT.右下:光凝固後のOCT.浮腫の改善を認める.26あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(26) NavilasRの一番の特徴はオートトラッキング機能であり,中心性漿液性網脈絡膜症や傍中心窩毛細血管拡張症では確実に病変からずれることなく光凝固が行え,その正確性はかなり信頼できるものであった.NavilasRでの黄斑後極部の光凝固は,従来の機器に比し熟練を要さず,しかも安全に施行できる機器であると考える.NavilasRでの短時間高出力凝固や凝固密度・凝固位置の正確性が,従来の機器に比し優位性があるかどうかは,今回の症例数が少ないため比較することはできないが,今後症例を重ねて検討していく必要があるだろう.NavilasRが薬事法で承認され,わが国でも使用できるようになる日が待たれるところである.文献1)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyresearchgroup:Photocoagulationfordiabeticmacularedema.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyreportnumber1.ArchOphthalmol103:1796-1806,19852)TheBranchVeinOcclusionStudyGroup:Argonlaserphotocoagulationformacularedemainbranchveinocclusion.AmJOphthalmol98:271-282,19843)大越貴志子:糖尿病黄斑浮腫.眼科手術学8網膜硝子体II.p268-277,文光堂,20124)辻川明孝:黄斑浮腫.眼科プラクティス26眼科レーザー治療.p50-55,文光堂,20095)村田敏規:治療手技の進歩─B.糖尿病網膜症2.糖尿病黄斑浮腫c.治療戦略:病態・病期による治療選択.あたらしい眼科29(臨増):148-154,20126)ChungEJ,RohMI,KwonOWetal:Effectsofmacularischemiaontheoutcomeofintravitrealbevacizumubtherapyfordiabeticmacularedema.Retina28:957-963,20087)中村洋介,武田憲夫,辰巳智章ほか:糖尿病黄斑浮腫に対するベバシズマブ硝子体内投与後の黄斑虚血.日眼会誌116:108-113,20128)村田敏規:日本眼科学会専門医制度生涯教育講座[総説39]糖尿病網膜症診療の欧米と我が国との比較.日眼会誌113:761-774,20099)KerntM,CheuteuRE,CserhatiSetal:Painandaccuracyoffocallasertreatmentfordiabeticmacularedemausingaretinalnavigatedlaser(NAVILASR).ClinOphthalmol6:289-296,201210)TheCentralVeinOcclusionStudyGroupMreport:Evaluationofgridpatternphotocoagulationformacularedemaincentralveinocclusion.Ophthalmology102:1425-1433,1995(27)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201427

マルチカラースキャンレーザー光凝固装置MC-500Vixi®(NIDEK)

2014年1月31日 金曜日

特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):11.17,2014特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):11.17,2014マルチカラースキャンレーザー光凝固装置MC-500VixiR(NIDEK)MulticolorScanLaserPhotocoagulatorMC-500VixiR(NIDEK)平野隆雄*村田敏規*はじめに糖尿病網膜症や網膜中心静脈閉塞症などでスタンダードな治療として広く用いられている汎網膜光凝固(panretinalphotocoagulation:PRP)は,酸素需要の多い視細胞や網膜色素上皮細胞を凝固によって変性壊死させることにより,網膜外層において酸素需要を低下させ網膜全体の虚血を是正することを目的としていている.重度視力低下(矯正視力<5/200,つまり0.025と定義)のリスクを50%減少させることを明らかにしたDRS(DiabeticRetinopathyStudy)1)や早期増殖糖尿病網膜症または重症非増殖糖尿病網膜症の患者に対するPRPがハイリスクな増殖糖尿病網膜症に進行するリスクを50%減少させることを明らかにしたETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)2)といった無作為化対照比較試験によってその効果については正当性が示されている.しかし,PRPの問題点として凝固時の患者の疼痛や手術時間の長さなどが残されていた.そんななか,ショートパルス*1・高出力のパターン照射を特徴としたパターンスキャンレーザーのパイオニアであるPASCALR(TOPCON)が2006年に登場した(PASCALRについては本特集で志村先生が解説されているので詳細についてはそちらを参考とされたい).この従来条件とはまった*1:短い照射時間のこと.具体的には従来条件では凝固時間は0.2秒程度に設定されることが多いが,パターンスキャンレーザーによるPRPの際には0.02秒が選択されることが多い.く異なる条件を用いることにより,先ほど述べたPRPの際の患者の疼痛や手術時間の長さといった問題は解決されつつある3,4).しかしながら,発売当初のPASCALRレーザーの波長は532nmのグリーンのみであったため〔現在はPASCALRStreamlineYellow(TOPCON)としてイエロー(577nm)を搭載した機種も販売されている〕,中間透光体の混濁で減衰しやすく,白内障や硝子体出血を伴う患者はパターンスキャンレーザーでは有効な凝固斑を得にくいことがあり,手術時の疼痛軽減・手術時間の短縮といった恩恵をうけることができなかった.そのため,より長い波長を選択可能なパターンスキャンレーザーの開発が待たれていたところ,2011年,3色の波長選択が可能なマルチカラー光凝固装置に世界で初めてパターンスキャン光凝固機能を追加したマルチカラースキャンレーザー光凝固装置MC-500VixiR(NIDEK)が発売された(図1)*2.本稿ではこのMC500VixiRの特徴や,MC-500VixiRに限らずパターンスキャンレーザーを用いて光凝固を行う際の注意点などについて解説する.Iパターンスキャンレーザーパターンスキャンレーザーは1回の照射であらかじめ設定されたパターンを用いて網膜光凝固を施行すること*2:Vixiとはあまり聞きなれない言葉だがフランス語で「速さ」を表わすVitesseとギリシャ語の「進化」を表わすExelixiを組み合わせた造語.*TakaoHirano&ToshinoriMurata:信州大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕平野隆雄:〒930-8621松本市旭3-1-1信州大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(11)11 acb図1MC-500VixiRa:MC-500VixiRの本体とZeissSL-130,b:タッチパネル画面,c:MC-500VixiRを用いたPRP.Aスクエア(4種類)トリプルアーク2×2,3×3,4×4,5×5トリプルカーブイコールスペース(4種類)2×2,3×3,4×4,5×5A長方形眼底への照射パターンを示すイメージ図黄斑グリッドトライアングルサークルアーク(3/4円)アーク(1/2円)アーク(1/4円)カーブラインシングル図2MC-500VixiRの豊富なスキャンパターンができる光凝固装置である.現在,MC-500VixiRでは照射条件による凝固も行うことが可能である.パターン図2に示したように22種類の多彩なパターンを選択すスキャンレーザーでは前述したようにショートパルス・ることができ,PRPのみならずグリッド凝固や裂孔周高出力という従来照射条件とは大きく異なる凝固条件が辺部への凝固,もちろんシングルスポットを用いた従来用いられているがこれには理由がある.パターンスキャ12あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(12) ンレーザーのパイオニアであるPASCALRは動物実験a60において同等の凝固斑を得るために必要な凝固出力と凝固時間を比較したところ,ショートパルス・高出力設定50*ーCOL-1040R(NIDEK)のスキャンハンドピースで用いられた技術を応用し,高速なガルバノミラー動作*30従来照射群パターンを用いることにより,ショートパルス・高出力設定でのスキャンレーザー群凝固を可能としている.*p<0.01(Mann-Whitney’sUtest)光凝固の際にこのショートパルス・高出力設定を用いb10のほうが結果的に総エネルギーを少なくでき,凝固時の手術時間(分)40熱拡散を抑制するという結果をもとにBlumenkranzら30によって開発された3).しかし,ショートパルス・高出20力で設定どおりにレーザーを照射することは技術的に困難を伴った.MC-500VixiRでは皮膚用炭酸ガスレーザ10ることによって多くの利点がもたらされた.ショートパ98ルスを用い連続で照射することの最大の利点はやはり,7一度の操作で複数のスポットを得られることであり,結果として手術時間が大幅に短縮される.また,脈絡膜への熱の放散が抑えられることにより,照射時の患者疼痛が軽減され,PASCALRについてはこれらの報告が欧米より多くなされている4,5).筆者らの施設ではMC500VixiRを用いてシングルスポットによる従来照射条件とパターンスキャンレーザーの特徴であるショートパルス・高出力条件でPRPを行い,手術時間・手術時の患者疼痛について比較検討を行った.図3のようにパターンスキャンレーザーを用いたPRPでは従来照射条件よりも手術時間が短く,患者の疼痛が小さいというPASCALRと同様の結果となった.上述したように多くの利点が挙げられるパターンスキャンレーザーであるが,注意点として安全閾が狭いこと6)と凝固斑の経時的縮小7)が挙げられる.安全閾とは凝固斑が形成される強さから出血を起こす強さまでの幅を表す.PASCALRによる光凝固では,連続1,301症例中17症例で網膜前出血が認められたという報告がなされている8).筆者らの施設でも詳細な統計処理は行って*3:レーザーのON/OFF制御とミラーの角度制御を連動させ,1つのスポットでレーザーを照射した後,つぎの照射スポットへ瞬時に誘導し,レーザーを再度照射する方法.この方法を用いることにより,レーザーの特性上避けられない出力の瞬間に生じるエネルギーのムラを抑えることが可能となった.(13)*210従来照射群パターンスキャンレーザー群*p<0.01(Mann-Whitney’sUtest)図3従来照射条件とパターンスキャンレーザー条件による汎網膜光凝固の手術時間と疼痛スコアの比較a:手術時間はPRP(4象限)に要した合計の時間.b:疼痛スコアは想像しうる最高の痛みを10点として術直後に患者より聴取.いないもののMC-500VixiRを用いて光凝固を行った際の網膜前出血を経験している(図4).パターンスキャンレーザーによる網膜前出血の原因としては2つ挙げられる.1つの原因としてパターンスキャンレーザーの最大の特徴であるショートパルスが考えられる.照射時間の長短により組織に対するレーザーの影響は異なることが知られている.0.1秒以上の長い凝固時間の場合熱凝固作用が,またそれよりも短い照射時間の場合,衝撃波の効果が現れる.そのためパターンスキャンレーザーを用いて光凝固を行う際に,適切な凝固条件でフォーカスがあたらしい眼科Vol.31,No.1,201413疼痛スコア6543 あった状態で施行されれば問題ないが,この条件から外れたときには従来条件に比し衝撃波の効果がより強いパターンスキャンレーザーでは網膜前出血を合併する確率が潜在的に高くなる.つぎの原因としては多くのスポット数をもつパターンで照射を行う際にすべてのスポットでフォーカスを合わせることのむずかしさが挙げられる.前述の報告でも網膜前出血を起こした症例は周辺部でスポット数の多いパターンを用いて凝固を行った症例で多かったと考察を加えている8).これらの問題は適切な出力・フォーカスで照射を行い,周辺部ではスポット数が多いパターンの使用は避けることにより解決できると考えられる.また,網膜前出血を認めた際には前置レ凝固条件前置レンズMainsterPRP165波長Green(532nm)凝固径200μm凝固時間0.02sec凝固出力300mWスペーシング0.5使用パターン2×2図4MC-500VixiRを用いたショートパルス・高出力設定での凝固の際の網膜前出血写真では確認しづらいが網膜裂孔(黒破線)を取り囲むように上記条件で凝固を行ったところ網膜前出血(赤矢印)を認めた.ンズにより圧迫を加え止血を試みる.提示した症例でも圧迫により速やかに止血可能であり,その後,網膜.離や脈絡膜新生血管などの合併は認めていない.PASCALRによるショートパルス・高出力条件での凝固斑が経時的に縮小することが報告されている7).MC500VixiRにおいても凝固斑の変化を光干渉断層計(OCT)で観察したところ凝固1週間で凝固斑は縮小傾向を認めた(図5).1つのスポット当たりのエネルギーがパターンスキャンレーザーでは従来照射条件と比較して低いためと考えられる.そのため従来照射条件によるPRPでは凝固間隔を1.2凝固斑に設定することが多いが,MC-500VixiRを含めたパターンスキャンレーザーでPRPを行う際には0.5.0.75凝固斑と凝固間隔を狭めに設定することが従来条件と同様の治療効果を得るためには重要と考えられる.IIマルチカラーレーザーMC-500VixiRの凝固波長はグリーン(532nm),イエロー(577nm),レッド(647nm)の3色から選択することが可能となっている.532nmの波長は他機種でもグリーンレーザーとして採用され,網膜光凝固に広く使用されている.577nmの波長はキサントフィルへの吸収が少なく,従来装置の561nmや568nmに比し水晶体の濁りに対する透過率,酸化ヘモグロビンに対する吸収率が優れた波長である.白内障を伴う症例や毛細血管凝固直後凝固後1週間図5MC-500VixiRによる凝固部位の経時的変化上段はMC-500VixiRによる凝固直後の所見.左より眼底写真,黒破線部を拡大した眼底写真,同部位のOCT画像(赤矢印は凝固斑の両端を示す).下段は凝固後1週間の所見.凝固斑の縮小傾向が確認できる.14あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(14) 吸収率(%)450500550600650532nm(MC-500,300)561nm(MC-300)577nm(MC-500)659nm(MC-300)647nm(MC-500,7000)568nm(MC-7000)図6MC-500VixiRで用いられているレーザーの波長と吸収率10050波長(nm)瘤直接凝固の際に有効と考えられる.647nmの波長は従来装置で採用されていた659nmに比し出血への吸収が低く,硝子体出血を伴う症例での光凝固の際に有効であると考えられる.MC-500VixiRで用いられている波長と各々の組織における吸収率の関係について図6に提示するので参考としていただきたい.より長い波長を使用することにより白内障や硝子体出血を伴う症例では出力を必要以上に上げず有効な網膜光凝固が可能となることが知られている9.11).実際に臨床の場でも,白内障を伴う症例でグリーンの波長で有効な凝固斑が得られない場合でも,イエローの波長に変更することにより同じ出力もしくはそれ以下の出力でも有効な凝固斑が得られることを経験する.しかしながら,長い波長になればなるほどより凝固の影響は脈絡膜深部へ到達することも忘れてはならない.硝子体出血部位などを長波長で凝固しそのままの条件で硝子体出血がない部分を凝固してしまうと脈絡膜出血などの合併を引き起こす可能性があるので,安易に長波長で5×5などの広いパターンで凝固し続けることは控えたほうがよいと思われる.IIIその他の特徴MC-500VixiRには上述した以外にもさまざまな場面で,より良い治療を行うために多くの機能が搭載されて(15)還元ヘモグロビン酸化ヘモグロビンキサントフィル色素上皮水晶体散乱aイコールスペーススクエアbcスペーシングローテーション図7MC-500VixiRに搭載されたさまざまな特徴a:イコールスペースパターン.b:オートフォワード(自動送り機能).c:ローテーション機能.いるのでいくつか特徴的なものを列記する.a.イコールスペースパターン(図7a)MC-500VixiRにはさまざまなスキャンパターンが搭載されているが,なかでも等間隔に凝固斑を配列できるイコールスペースパターンは斬新なパターンである.一般的なスキャンパターンとしてよく使われているスクエアーパターンは縦・横方向の距離は均等だが,斜め方向の距離が長いため,凝固斑が経時的に縮小傾向を示すパターンスキャンレーザーを用いた凝固では時間がたつとどうしても斜め方向の距離が開いた印象となる.イコーあたらしい眼科Vol.31,No.1,201415 ルスペースパターンは隣接するすべてのパターンが均等な距離に配列されるためこの問題が解決される.長期的にこのパターンを用いた凝固が実際の治療効果にどのような影響を与えるか検討が待たれる.b.オートフォワード(自動送り機能)(図7b)シングルスポットで凝固を行う際には考えられなかったことだが,4×4や5×5など広いスキャンパターンを用いて照射を行う際,一度照射を行ってつぎの照射を行おうとするとエイミングを移動させることが非常に手間として感じられる.MC-500VixiRではガルバノミラーの動きで照射パターンをつぎの照射予定位置へ自動で送るオートフォワード機能が搭載されている.この機能を用いることにより術者はフォーカス合わせに集中できる.c.ローテーション機能(図7c)パターンスキャンレーザーで網膜血管を凝固したことによる合併症の報告は現在のところなされていないが,術者としてはなるべくなら網膜大血管の凝固は避けたいところである.しかしながらあらかじめ設定されたスキャンパターンではどうしても網膜血管にかかってしまいもどかしい思いをすることがあったが,MC500VixiRではローテーション機能を用いることによりスキャンパターンを術者の望む方向へ回転させることが可能となっている.d.連続可変スポットサイズMC-500VixiRではパターンスキャンレーザーによる凝固の際にスポットサイズが100.500μm(シングルパターンは50.500μm)まで設定可能となっている.さまざまな倍率のレーザー用コンタクトレンズと組み合わせることにより網膜上の凝固径を術者の希望どおりに設定することが可能である.e.モジュール式マルチカラーレーザーMC-500VixiRはモジュール式レーザーユニット構造でグリーン(532nm),イエロー(577nm),レッド(647nm)の3色から自由に組み合わせを選択することが可能である.予算やその施設の対応している疾患などにより波長選択が可能となっている.f.多彩なデリバリーシングル凝固からパターンスキャン光凝固まで使用可16あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014能なスリットランプデリバリーとしてはSL-130(Zeiss),SL-1800(NIDEK),900BQ(Haag)の選択が可能である.また,シングル凝固のみとなるが,双眼倒像鏡デリバリーを使用すれば未熟児網膜症などの治療,エンドフォトデリバリーを使用すれば硝子体手術にも対応できる.個人的には直感的で見やすい液晶タッチパネルが採用されているため(図1),パターンスポットからシングルスポットへの切り替えが容易であることも特徴的な魅力の一つとして挙げたい.パターンスキャンレーザーの利点について述べていると,「有効な凝固斑が得られないことが多いがどうすればよいか」という質問をよく受ける.ある程度まで凝固出力を上げても有効な凝固斑を得られない場合(具体的には600mW程度)には,パターンスキャンレーザーでの凝固にこだわらずシングルスポットへ切り替え,従来どおりの条件で凝固を行うことを勧めている.目的はパターンスキャンレーザーによる網膜の凝固ではなく,適切な網膜の凝固であることを忘れてはいけない.おわりにMC-500VixiRはショートパルス・高出力という従来とは異なる凝固条件を用いることにより,網膜光凝固時の手術時間短縮・患者の疼痛軽減といった利点を持つパターンスキャンレーザーの特色と,白内障や硝子体出血を伴う症例でも有効な網膜光凝固を施行可能とするマルチカラーレーザーの両方の特色を併せ持ったマルチカラースキャンレーザー光凝固装置として発売以降わが国でも急速に普及している.これらの特色以外にも前述したような非常に細やかな特徴による使い勝手の良さが術者に受け入れられている理由と考えられる.しかしながら,多くの利点を得ると同時に注意点も増えるということを忘れてはならない.MC-500VixiRを使用して網膜光凝固を行う際にはパターンスキャンレーザーを使用する際の安全閾の狭さと凝固斑の経時的縮小,マルチカラーレーザーの長波長を使用する際の網膜深層への影響,この両面に注意しながらその利点を存分に生かしていただきたい.その際に本稿が一助となることを期待し稿を(16) 終えたい.文献1)TheDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Indicationsforphotocoagulationtreatmentofdiabeticretinopathy:DiabeticRetinopathyStudyReportno.14.IntOphthalmolClin27:239-253,19872)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyresearchgroup:Photocoagulationfordiabeticmacularedema.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyreportnumber1.ArchOphthalmol103:1796-1806,19853)BlumenkranzMS,YellachichD,AndersenDEetal:Semiautomatedpatternedscanninglaserforretinalphoto-coagulation.Retina26:370-376,20064)Al-HussainyS,DodsonPM,GibsonJM:Painresponseandfollow-upofpatientsundergoingpanretinallaserphotocoagulationwithreducedexposuretimes.Eye(Lond)22:96-99,20085)MuqitMM,MarcellinoGR,GrayJCetal:PainresponsesofPascal20msmulti-spotand100mssingle-spotpanretinalphotocoagulation:ManchesterPascalStudy,MAPASSreport2.BrJOphthalmol94:1493-1498,20106)SramekCK,LeungLS,PaulusYMetal:Therapeuticwindowofretinalphotocoagulationwithgreen(532-nm)andyellow(577-nm)lasers.OphthalmicSurgLasersImaging43:341-347,20127)JainA,BlumenkranzMS,PaulusYetal:Effectofpulsedurationonsizeandcharacterofthelesioninretinalphotocoagulation.ArchOphthalmol126:78-85,20088)Velez-MontoyaR,Guerrero-NaranjoJL,Gonzalez-MijaresCCetal:Patternscanlaserphotocoagulation:safetyandcomplications,experienceafter1301consecutivecases.BrJOphthalmol94:720-724,20109)SmiddyWE,FineSL,QuigleyHAetal:Comparisonofkryptonandargonlaserphotocoagulation.Resultsofstimulatedclinicaltreatmentofprimateretina.ArchOphthalmol102:1086-1092,198410)SmiddyWE,PatzA,QuigleyHAetal:Histopathologyoftheeffectsoftuneabledyelaseronmonkeyretina.Ophthalmology95:956-963,198811)PalankerD,BlumenkranzMS,WeiterJJ:Retinallasertherapy:biophysicalbasisandapplications.In:RyanSJ(ed),Retina.NewYork,MosbyElsevier,2006,p539-553(17)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201417

Pattern Scanning Laser(PASCAL®)

2014年1月31日 金曜日

特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):3.10,2014特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):3.10,2014PatternScanningLaser(PASCALR)PatternScanningLaser(PASCALR)志村雅彦*はじめに眼科領域においてレーザー光凝固を行う目的はさまざまであるが,その原理はレーザー光線の持つ光エネルギーを,空間的に離れた標的組織において熱エネルギーに変換させ,組織を破壊することにある.光エネルギーを熱エネルギーに効率よく変換させるためには,標的組織が光エネルギーを吸収しやすい色素を有していることが条件で,網膜においては網膜色素上皮,赤血球,黄斑がこれにあたる(図1左).光エネルギーは高校物理学で習ったように波長に比例するが,一方で波長の違いは組織侵達度の違いを生む(図1右).したがって,波長の吸収特性を理解することによって,標的組織によってレーザーの波長を選択する必要がある.さて,網膜においてレーザー光凝固を行うのは,おもに糖尿病網膜症を代表とする虚血性網膜硝子体疾患に対してであり,微小循環の障害に伴う組織虚血に対して,網膜のなかで最も酸素需要の多いとされている視細胞を選択的に破壊することで相対的に虚血を改善する目的で光の波長と組織への吸収特性アルゴン励起光(青,緑)では網膜色素上皮に強く吸収され,色素励起光(黄,橙)では赤血球にも吸収される.クリプトン励起光(赤)では網膜色素上皮に特異的に吸収される..JapaneseOphthalmologicalSociety図1レーザー光の特徴光は色素に当たると吸収され,熱を発生する.*MasahikoShimura:東京医科大学八王子医療センター眼科〔別刷請求先〕志村雅彦:〒193-0944東京都八王子市館町1163東京医科大学八王子医療センター眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(3)3 行われる.しかしながら視細胞は色素をもたないためレーザー光の吸収標的とはならないので,視細胞に隣接する網膜色素上皮を標的として,視細胞を巻き込むように熱破壊していく(図2).つまり,網膜レーザー光凝固によって直接障害を及ぼすのは網膜色素上皮細胞であり,間接的に標的組織である視細胞を破壊する目的で行っているのである.さて,酸素需要を減らす目的で光凝固を施行するのであるから,酸素需要の高い網膜外層に位置する視細胞だけを破壊すればよく,網膜内層まで破壊が起こるのは好ましくない.また,光凝固斑は均等に配置させることで炎症を最小限に抑制できるため,できるだけ均一に照射することが望まれる.実際,過剰出力や不均一なパターンで施行された網膜光凝固後に経年変化として凝固斑拡.JapaneseOphthalmologicalSociety図2レーザー光による網膜破壊過程励起光は色素上皮に吸収され(①)熱を発生(②),周囲に熱が広がり巻き込む形で光受容体を破壊する(③).大が起こり,視野感度の低下が起こることはよく知られているし1),汎網膜光凝固のような広範囲への照射は術後に黄斑浮腫をきたすことが知られている2).大事なことであるが,網膜レーザー光凝固とは保存的な治療ではなく,視機能の一部を犠牲にする破壊的な治療であることを忘れてはならない.したがって必要最小限の破壊にとどめるべきであり,“いかにして視細胞つまり網膜外層だけを限局的に破壊し,照射パターンをできるだけ均一にすることで経年性の凝固斑拡大を防げるか”が網膜レーザー光凝固治療にあたってのポイントであることを忘れてはならないI従来の光凝固装置網膜光凝固治療に使用されるレーザー装置では,さまざまな活性媒質を励起することによってレーザー光を発生させるが,励起から発生までのタイムラグの関係から立ち上がり時間を必要とするので,隣接した視細胞を破壊するだけの熱エネルギーを網膜色素上皮細胞に到達させるためには,100.200msの照射時間が必要であった.また,照射後の減衰による残存熱エネルギーによって,思いのほか過剰な凝固斑が出現してしまうことも稀ではなかったのである.したがって,網膜面状に淡い灰白色のスポットが出現する程度の出力で,1スポット間隔を開けて照射するという,曖昧な照射基準と“経験”が物をいう世界であった.実際に従来の光凝固装置での凝固斑では,熱エネルギーによる破壊が網膜外層にとどまらず,網膜全層に瘢痕が及ぶことが知られている(図[通常装置による凝固斑][PASCALRによる凝固斑]照射時間が長い(150~200ms)ため短時間照射(10~20ms)のため網膜障害は広範囲網膜障害は限局的図3通常装置による凝固斑(左),およびPASCALRによる凝固斑(右)4あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(4) 3左).IIパターンスキャンレーザー(PASCALR:PAtternSCAnLasersystem)近年,網膜外層だけを限局的に破壊し,照射パターンを均一にすることで,合併症の少ない効果的な網膜光凝固を目的とする装置が開発された.PASCALRとよばれる自動パターンによる短時間照射レーザー装置である.本体の大きさや操作性は従来の光凝固装置とほぼ変わらない(図4左).PASCALRによる短時間照射を可能にしたのはレーザー光のon-offという従来の考えから,onにしたまま反射ミラーを調整することで,少しずつ規則的にずらしていくという考え方に変えたことによる(図4右).加えて,照射をパターン化するために2枚のガルバノ(Galvano)ミラーを高速で上下・左右にステップ状に変化させている(図5).レーザー光励起の立ち上がり時間が不要なため照射時間を10.30msと非常に短くでき,短時間高出力によって,より局所での熱破壊が可能になった.これにより,従来のレーザーでは網膜全層に及んでいた熱破壊が,視細胞層に限局されることになり,より合併症の少ない光凝固が可能となった(図3右).またコンピュータ制御による照射標的の移動によって均一な照射が可能になり,従来のマニュアル操作ではむずかしかった均一なパターンの凝固斑作製が容易に可能になった(図6左).同時に網膜光凝固の所要時間が劇的に短縮され,医師,患者の双方にとって負担の少ないものとなった.PASCALRでは連続照射を行うためにYAGレーザーを用いて1,064nmの励起光を発生させ,半波長の532nmにして使用している.したがって,いわゆる緑色波長レーザーであるため,比較的組織の深部には到達しにくい.硝子体出血や黄斑浮腫に際してはやや不利であることは否めないが,現在では橙赤色レーザーも開発されており,今後のマルチカラー化によって対応されるものと思われる.1.PASCALR装置の実際パターンスキャンレーザーの注意点は,パターン照射時には照射時間が短いため,照射出力を上げないと凝固斑が出現しない点である.理論的には照射時間が1/10となるため,照射出力は10倍となるが,実際は400mW程度から開始し,600mWを超えることは稀である.したがって光凝固に要する総エネルギーは照射時間と出力の積に比例するため,従来よりも少なくてすむのである3).パターンを選択後TitrateModeにして,試験的に1発照射し,凝固斑を確認してからパターン照射を開始する.パターン照射では一度のアクション(足踏み)で自動的に均一に照射されるので,視細胞への障害図4PASCALRStreamline光凝固装置(左)とレーザーの出力パターン(PASCALRと従来方式)(右)左:本体の大きさや操作性は,従来の光凝固装置と変わりない.右:レーザー光を動かすという発想により,連続的で規則的な短時間照射が可能になった.(5)あたらしい眼科Vol.31,No.1,20145 図5ガルバノミラーを用いたPASCALR方式のレーザー照射原理レーザー光の軌跡をガルバノミラー①によって移動させることにより短時間照射が可能となる.パターン化への微調整はスリットランプ内のガルバノミラー②および③にて行う.照射(左上)→①の移動により照射中断(左下)→②および③にてパターン調整(右上)→①を再度移動させ照射(右下).通常の格子状凝固ランドマーク併用閾値下凝固閾値下格子状凝固目的に応じたさまざまな凝固パターンランドマーク凝固斑によって,視認不可能な閾値下凝固の照射部位プログラムがある.を確認できる.図6PASCALRの照射プログラム6あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(6) に偏りを少なくすることができると考えられているが,実際の臨床におけるパターン照射では周辺側が強く凝固される傾向があるので,注意を要する.なお,パターンの選択にもよるが,格子状光凝固のときなどスポットサイズを100μmとした場合は200mW程度でも凝固斑は出現するので注意が必要である.前述したようにパターンスキャンレーザーでは視細胞の限局的な破壊が可能であり,裏を返すと凝固斑拡大が起こりにくい.したがって,スポット間隔を従来よりも狭める必要がある.経験的には0.5.0.75スポット間隔が推奨される.また,総エネルギー量が低いので,一度に1,500発程度まで照射可能と思われる.さらに現在ではパターン内において出力を自動的に半減させるプログラムが開発され,格子状光凝固に際し,容易に閾値下凝固を行うことができるようになっている.閾値下凝固のプログラムでは図6右のように4点に視認可能な凝固斑をランドマークとして出力設定すると,パターン内のスポットが自動的に閾値下出力に設定される.なお,副次的な利点として施行時疼痛の緩和がある.光凝固施行時に疼痛を感じるのは網膜色素上皮細胞に発生した熱が脈絡膜の血管に伝わるためであるが,PASCALRでは瘢痕が広がりにくいため施行時疼痛が起こりにくいと考えられている4).もっとも,疼痛の閾値は個人差が非常に大きいため,参考程度に考えておいたほうがよい.2.どんなときにPASCALRが有用か?PASCALRがその性能を圧倒的に発揮できるのは,やはり大量照射である汎網膜光凝固時である.最も汎用性が高いと思われる5×5パターンを選択すると一度に25発の照射が可能であるため,汎網膜光凝固時には従来の10分の1程度の時間で完成できる.ただし,注意しないといけないのは瘢痕が広がらないため1スポット間隔ではなく1/2.3/4スポット間隔で打つ必要があり,結果として汎網膜光凝固では総照射数は5,000発程度と従来の2倍程度必要になる.それでも,2回のセッションで(1回2,500発程度まで可能)終了でき,光凝固の完成にかかる時間や期間をきわめて短縮することができる(7)ため,患者の負担軽減のみならず,われわれ術者の負担も軽減される.糖尿病網膜症に対する汎網膜光凝固では,網膜の活動性を早急に沈静化させるためにも速やかな光凝固の完成が重要であるが,黄斑浮腫による視力低下という合併症を考慮しなくてはならない.前述のごとくPASCALRは低侵襲で短時間大量照射が可能であり,従来の光凝固に比して黄斑浮腫の発症を抑制しうるという臨床研究結果もあり5),積極的に適応となると考えられる.また,網膜中心静脈閉塞(CRVO)のような血管閉塞疾患では,無理な汎網膜光凝固によって脈絡膜.離を誘発する危険性があったが,PASCALRでは網膜内層への影響が少ない分安全に施行できる.黄斑浮腫を伴うCRVOに対してベバシズマブを硝子体内投与し,PASCALRによる汎網膜光凝固を併用することで,治療成績が向上するという報告もある6).PASCALRのもう一つの利点である色素上皮細胞への限局的な刺激は,難治性の糖尿病黄斑浮腫に対する格子状光凝固に適していると思われる.ただし,黄斑浮腫への格子状光凝固は照射出力の調整がむずかしいため,あらかじめ抗VEGF(血管内皮増殖因子)薬の硝子体内投与やトリアムシノロンのTenon.下投与を施行して浮腫を抑制させたうえでPASCALRによる格子状光凝固を施行するとよい7).3.PASCALRがあまり勧められないときは?PASCALRの利点でもある網膜外層への限局的な瘢痕は,裏を返せば網膜内層の虚血に対する有効性は期待できない.したがって,広範囲の網膜虚血による新生血管緑内障に対してはPASCALRは勧められない.余談だが新生血管緑内障に対してはベバシズマブを硝子体内投与して3日以内に硝子体手術を施行し,網膜周辺部から毛様体扁平部にかけて広汎に眼内光凝固(もちろん通常凝固法である)を行うことで沈静化を得ることが多い.4.PASCALRと通常光凝固の違い糖尿病網膜症に対する汎網膜光凝固を従来の光凝固法とPASCALRによる光凝固法とで,網膜に与える影響を比較検討した自験例での結果を紹介する(図7).あたらしい眼科Vol.31,No.1,20147 図762歳,男性:未治療両眼性の糖尿病網膜症に対する従来法(右眼)およびPASCALR(左眼)による汎網膜光凝固13012011010090中心窩網膜厚の動態+0.3*+0.2+0.1±0-0.1logMAR視力の動態****0481216202404812162024*群間有意差あり(p<0.05)図8未治療の糖尿病網膜症に対するPASCALR(●)および従来法(○)による汎網膜光凝固(矢印)後の臨床経過未治療であり,両眼ともに汎網膜光凝固(PRP)適応である糖尿病網膜症を有する10名20眼に対し,1眼にはPASCALRによる光凝固法(20ms,400.500mW,f=200μm,1,500spots×3session,y=0.5spot,pattern5×5)で,対側眼には従来の光凝固法(200ms,150.200mW,f=200μm,500spots×4session)でPRPを施行し,施行前に対する中心窩網膜厚およびlogMAR視力の動態変化と,各セッションにおける施行所要時間,疼痛スケール(無痛を0,限界痛を10)を,両眼間で比較検討した.8あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014中心窩網膜厚およびlogMAR視力の動態変化(図8)PASCALR施行眼と通常PRP施行眼に施行前に有意差はなし中心窩網膜厚:PASCALR群368±92.5μm従来群359±89.6μm群間有意差なし(p=0.487)logMAR視力:PASCALR群0.61±0.21従来群0.55±0.18群間有意差なし(p=0.166)中心窩網膜厚は施行前に対する比で,logMAR視力(8) セッションごとの施行時間セッションごとの疼痛スケールPASCALRConventional***1st2nd1st2nd3rd3rd4th4th1st2nd1st2nd3rd3rd01234567(min)*群間有意差あり(p<0.05)図9未治療の糖尿病網膜症に対するPASCALR(●)および従来法(○)による汎網膜光凝固―セッPASCALRConventional*01234567(VASscore)ションごとの施行時間および疼痛スケールは施行前に対する差でプロットした.中心窩網膜厚はPRP施行後12週目においてのみPASCALR群で有意に黄斑部肥厚が抑制されたが,16週以降は有意差を認めなかった.logMAR視力は12週目以降,観察期間24週目までにおいてPASCALR群で有意に視力低下が抑制された.施行所要時間および疼痛の評価(図9)PASCALRにおけるセッションごとの所要時間は1回目:3.8±0.9min,2回目:2.7±0.9min,3回目:2.1±0.6minであり,いずれも従来法による所要時間(1回目:5.2±1.3min,2回目:4.8±1.0min,3回目:4.4±0.9min,4回目:3.6±0.6min)に対し有意に短かった.疼痛スケールに関しては,PASCALRの最終回(3.1±1.7)が従来法の最終回(3.9±2.2)に対してのみ有意に低かったが,各セッションごとの比較では有意差は認められなかった.以上のように自験例においても,PASCALRは従来法に対して,PRPの際にしばしば認められる浮腫の発症や視力の低下を抑制することが確認できたと同時に,光凝固の所要時間を著明に短縮できることが確認できた.しかしながら自験例では疼痛の緩和という点では有意な差を認めることができず,これは須藤らの報告8)と同様な結果となった.おわりにレーザー光の励起を単回ごとに行わず,レーザー光を励起させたまま照射軸をずらしていくという画期的な発想の転換によって産み出されたPASCALR装置は,網膜レーザー光凝固の所要時間を大幅に短縮し,施行医師・患者の双方に診療におけるメリットをもたらしたことは間違いない.また,限局的な熱破壊のため,術後の凝固斑の萎縮拡大を起こしにくいとされる点では,格子状光凝固のような,虚血の改善ではなく血管透過性亢進の抑制を目的に行う際に威力を発揮するものと思われる.しかしながら,虚血を改善するための破壊という点では“穏やかに破壊する”PASCALRが,本来の目的である新生血管の発症抑制という点で“激しく破壊する”従来法と比較して十分といえるのかはいまだ検証されてはいない.すでに市場に出て5年を超える現在こそ,PASCALRでの照射の有効性を検証する時期に来ていると思われる.文献1)OlkRJ:Argongreen(514nm)versuskryptonred(647nm)modifiedgridlaserphotocoagulationfordiffusediabeticmacularedema.Ophthalmology97:1101-1113,19902)ShimuraM,YasudaK,NakazawaTetal:Quantifying(9)あたらしい眼科Vol.31,No.1,20149 alterationsofmacularthicknessbeforeandafterpan-retinalphotocoagulationinpatientswithseverediabeticretinopathyandgoodvision.Ophthalmology110:23862394,20033)JainA,BlumenkranzMS,PaulusYetal:Effectofpulsedurationonsizeandcharacterofthelesioninretinalphotocoagulation.ArchOphthalmol126:78-85,20084)Al-HussainyS,DodsonPM,GibsonJM:Panresponseandfollow-upofpatientsundergoingpanretinallaserphotocoagulationwithreducedexposuretimes.Eye22:96-99,20085)TheManchesterPascalStudy:Single-sessionvsmulti-ple-sessionpatternscanninglaserpanretinalphotocoagulationinproliferativediabeticretinopathy.ArchOphthalmol128:525-533,20106)ShimuraM,YasudaK,NakazawaTetal:Combinationtherapyforretinalveinocclusion.Ophthalmology117:1858-e3,20107)ShimuraM,NakazawaT,YasudaKetal:Pretreatmentofposteriorsubtenoninjectionoftriamcinoloneacetonidehasbeneficialeffectsforgridpatternphotocoagulationagainstdiffusediabeticmacularedema.BrJOphthalmol91:449-454,20078)須藤史子,志村雅彦,石塚哲也ほか:糖尿病網膜症における汎網膜光凝固術─従来法とパターン高出力短照射時間法との比較.臨眼65:693-698,201110あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(10)

序説:網膜レーザー光凝固治療の進化

2014年1月31日 金曜日

●序説あたらしい眼科31(1):1,2014●序説あたらしい眼科31(1):1,2014網膜レーザー光凝固治療の進化EvolvingRetinalLaserTherapy村田敏規*小椋祐一郎**網膜レーザー光凝固の眼科治療は,従来,増殖前糖尿病網膜症から増殖糖尿病網膜症への進行を止め,患者の失明予防,視力の維持が目標であった.近年,レーザー機器は飛躍的な進歩を遂げており,黄斑浮腫の治療にも用いられ,視力を改善させる手段としてとらえるようになった.現在,黄斑浮腫の治療には抗vascularendothelialgrowthfactor(VEGF)薬の即効性とその高い治療効果が注目されているが,その効果持続期間が短く,硝子体注射を反復して長期間施行しなければいけない欠点がある.これに対して,網膜の無灌流領域をレーザー凝固することは,VEGFを産生する虚血組織を凝固することで,即効性に欠けるが永続的VEGF産生低下をもたらす.抗VEGF薬とレーザーの併用はそれぞれの,即効性と持続性を併せたVEGF低下作用をもたらし,理想の治療を実現するのではないかと期待されているが,まだ試行錯誤の段階である.この観点から,アーケード内のレーザー凝固,つまり中心窩から500μm以上離れた黄斑の凝固を安全に施行することが可能な機械が,種々の特徴を持って登場してきている.PASCALRとVixiRに代表されるパターンスキャンレーザーは,レーザー効率を高め,治療時間を短縮し,さらに痛みが従来のレーザーよりも軽度であることなどから,現在急速に普及している.EndopointmanagementRはPASCALRの機能がさらに進化したもので,閾値下凝固の要素を備えている.NAVILASRは眼底写真もしくは蛍光眼底造影の画像を使ってコンピュータ制御で,医師の職人技に頼らずに機械がアーケード内のレーザーを安全に施行するという特徴を有している.従来のレーザーが前述のようにおもに虚血の網膜神経細胞を破壊することで奏効していたのに対して,マイクロパルス閾値下凝固とSelectiveRetinaTherapyは網膜細胞の破壊を起こさず,逆にこれを活性化することで黄斑浮腫軽減効果を出そうとする治療である.今後劇的に進化することが予想される網膜レーザー光凝固治療の現状と将来の可能性について,それぞれのエキスパートから報告していただく.*ToshinoriMurata:信州大学医学部眼科学教室**YuichiroOgura:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(1)1

0.0015%タフルプロスト/0.5%チモロール配合点眼液(DE-111点眼液)の原発開放隅角緑内障および高眼圧症を対象とした0.5%チモロール点眼液との第III相二重盲検比較試験

2013年12月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(12):1773.1781,2013c0.0015%タフルプロスト/0.5%チモロール配合点眼液(DE111点眼液)の原発開放隅角緑内障および高眼圧症を対象とした0.5%チモロール点眼液との第III相二重盲検比較試験桑山泰明*:DE-111共同試験グループ*福島アイクリニックPhaseIIIDouble-MaskedStudyofFixedCombinationTafluprost0.0015%/Timolol0.5%(DE-111)versusTimolol0.5%OphthalmicSolutioninPrimaryOpen-AngleGlaucomaandOcularHypertensionYasuakiKuwayama1):DE-111CollaborativeTrialGroup1)FukushimaEyeClinic0.0015%タフルプロスト/0.5%チモロール配合点眼液(DE-111)の有効性と安全性を検討するため,原発開放隅角緑内障または高眼圧症患者166例を対象に,チモロールを対照とした多施設共同無作為化二重盲検並行群間比較試験を実施した.チモロール4週間点眼後の眼圧が20mmHg以上の被験者をDE-111群またはチモロール群に割り付け,治療期として4週間点眼した.治療期終了時の平均日中眼圧は治療期0週に比べ,DE-111群で3.2±2.1mmHg下降し,チモロール群の1.7±2.1mmHg下降と比較して統計学的に有意に大きかった.副作用発現率はDE-111群19.5%,チモロール群3.6%と,両群間に有意差を認めたが,DE-111群で発現した副作用の多くは軽度で忍容性に問題はなかった.DE-111点眼液は,緑内障治療における多剤併用療法の選択肢として,有用性の高い配合点眼液である.Theaimofthisstudywastocomparetheefficacyandsafetyofthefixedcombinationophthalmicsolutionoftafluprost0.0015%/timolol0.5%(DE-111)tothatoftimolol0.5%in166patientswithprimaryopen-angleglaucomaorocularhypertension,inarandomized,double-masked,parallel-groupandmulticenterstudy.PatientswithIOP≧20mmHgaftertimololinstillationfor4weekswererandomlyassignedtoeithertheDE-111ortimololgroup,withthedruginstilledfor4weeks.Attheendoftreatment,meandiurnalintraocularpressurereductionfrombaselinewas3.2±2.1mmHgintheDE-111groupand1.7±2.1mmHginthetimololgroup,withstatisticallysignificantdifferencebetweenthegroups.Atotalof19.5%ofthepatientswithDE-111and3.6%ofthosewithintimololreportedadversedrugreactions,butDE-111wastolerable,asmostoftheadversedrugreactionswithitweremild.TheseresultsindicatethatDE-111isclinicallyusefulinmultidrugtherapyforglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(12):1773.1781,2013〕Keywords:緑内障,配合点眼液,タフルプロスト,チモロール,DE-111.glaucoma,fixedcombination,tafluprost,timolol,DE-111.はじめにDE-111点眼液は,有効成分としてタフルプロストを0.0015%,チモロール0.5%相当量のチモロールマレイン酸塩を含有する配合点眼液である.タフルプロストは参天製薬株式会社および旭硝子株式会社で創製されたプロスタグランジン(PG)F2a誘導体で,ぶどう膜強膜流出路からの房水流出促進による眼圧下降効果が報告されている1.3).b遮断薬であるチモロールは,房水産生を抑制することによって眼圧下降効果が得られる薬剤である4,5).DE-111点眼液は,これら作用機序の異なる2成分を配合することにより各単剤より〔別刷請求先〕桑山泰明:〒553-0003大阪市福島区福島5-6-16ラグザ大阪サウスオフィス4F福島アイクリニックReprintrequests:YasuakiKuwayama,M.D.,FukushimaEyeClinic,4FLaxaOsakaSouthOffice,5-6-16Fukushima,Fukushimaku,Osaka553-0003,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(125)1773 も強い眼圧下降効果が期待されるのみならず,点眼回数が減ることにより患者の利便性やアドヒアランスさらにはQOLを改善し,緑内障の治療効果を高めることが期待される.現在,わが国において発売されているPG関連薬とb遮断薬の配合点眼液としては,ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液(ザラカムR配合点眼液)とトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液(デュオトラバR配合点眼液)がある.しかしながら,これら配合点眼液に関して,その有効性や安全性をチモロール単剤と二重盲検比較試験で検討した論文報告は,海外にはあるものの6.12)国内にはない.今回,DE-111点眼液の第III相試験として,原発開放隅角緑内障または高眼圧症患者を対象に,DE-111点眼液とDE-111点眼液の有効成分の一つである0.5%チモロール点眼液との多施設共同無作為化二重盲検並行群間比較試験を実施したので,その結果を報告する.なお,本試験はヘルシンキ宣言に基づく原則に従い,薬事法第14条第3項および第80条の2並びに「医薬品の臨床試験の実施の基準(GCP)」を遵守し実施された.I対象および方法1.実施医療機関および試験責任医師本臨床試験は全国16医療機関において各医療機関の試験責任医師のもとに実施された(表1).試験の実施に先立ち,各医療機関の臨床試験審査委員会において試験の倫理的および科学的妥当性が審査され,承認を得た.治験責任医師は,被験者選定および同意の取得,実施計画書に沿った試験の実施,データ収集の役割を担った.2.目的DE-111点眼液の0.5%チモロール点眼液に対する優越性を検証することを目的とした.3.対象対象は両眼が原発開放隅角緑内障または高眼圧症と診断され,0.5%チモロール点眼液点眼下で少なくとも片眼の眼圧が20mmHg以上であり,選択基準を満たし除外基準に抵触しない患者とした.なお,表2におもな選択基準および除外基準を示した.試験開始前に,すべての被験者に対して試験の内容および予想される副作用などを十分に説明し,理解を得たうえで,文書による同意を取得した.4.方法a.試験デザイン・投与方法本試験はDE-111第III相臨床試験であり,多施設共同無作為化二重盲検並行群間比較試験として実施した.被験者から文書による同意取得後,緑内障前治療薬の影響を洗い流し,0.5%チモロール点眼液の効果が一定となる期間として,導入期を4週間と設定した.導入期には0.5%チ1774あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013表1DE-111共同試験グループ試験実施医療機関一覧(順不同)医療機関名試験責任医師名医療法人社団山田眼科大谷地裕明渡辺眼科医院渡邉広己財団法人湯浅報恩会寿泉堂綜合病院眼科神田尚孝医療法人社団済安堂お茶の水・井上眼科クリニック井上賢治医療法人社団瞳好会京王八王子松本眼科松本純医療法人社団済安堂西葛西・井上眼科病院宮永嘉隆医療法人社団ひいらぎ会若葉台眼科佐藤功むらまつ眼科医院村松知幸医療法人社団シー・オー・アイいしだ眼科石田玲子医療法人豊潤会松浦眼科眼科松浦雅子野村眼科野村亮二医療法人庸倫会スズキ眼科服部博之宇部興産株式会社中央病院眼科湧田真紀子医療法人杏水会右田眼科右田雅義医療法人明和会宮田眼科病院宮田和典医療法人仁志会西眼科病院藤井誠一郎表2おもな選択基準および除外基準1)おもな選択基準(1)20歳以上(2)性別:不問(3)入院・外来の別:外来(4)導入期終了日(9時30分±30分)の少なくともいずれか一方の眼圧が20mmHg以上,両眼とも34mmHg以下2)おもな除外基準(1)以下①.③のいずれかに該当する〔①気管支喘息,またはその既往を有する,②気管支痙攣,重篤な慢性閉塞性肺疾患を有する,③心不全,洞性徐脈,房室ブロック(II,III度),心原性ショックを有する〕(2)角膜屈折矯正手術の既往を有する(3)緑内障手術(レーザー線維柱帯形成術,濾過手術,線維柱帯切開術など)の既往を有する(4)試験期間中にコンタクトレンズの装用を必要とする(5)安全性上不適格と判断される合併症または臨床検査値異常を有する(6)試験責任医師・試験分担医師が本試験の対象として不適当と判断モロール点眼液を1日2回朝夜両眼に治療期0週まで点眼した.治療期0週当日朝は0.5%チモロール点眼液を点眼せず来院し,点眼前の眼圧が20mmHg以上の被験者を対象として症例登録を行い,4週間の治療期に移行した.治療期では被験者はDE-111群またはチモロール群に1対1に無作為に割り付けられた.DE-111群は,DE-111点眼液を1日1回朝両眼点眼およびプラセボ点眼液を1日2回朝夜両眼点眼した.チモロール群は,0.5%チモロール点眼液を1日2回朝夜両眼点眼およびプラセボ点眼液を1日1回朝両眼点眼した.試験デザインを図1に示した.なお,点眼はいずれも1(126) 回1滴とするよう指導した.b.試験薬剤被験薬であるDE-111点眼液は,1ml中にタフルプロストを0.015mgおよびチモロールを5mg含有する無色澄明の水性点眼液である.DE-111群にはチモロール型容器のプラセボ点眼液(1日2回朝夜両眼点眼),チモロール群には同意取得登録/割付け:1日2回(朝,夜)両眼点眼:1日2回(朝,夜)両眼点眼(チモロール型容器)DE-111点眼液:1日1回(朝)両眼点眼【導入期】・0.5%チモロール点眼液【治療期】・DE-111群プラセボ点眼液導入期4週間治療期4週間チモロール点眼液0.5%DE-111群二重盲検チモロール群・チモロール群0.5%チモロール点眼液:1日2回(朝,夜)両眼点眼プラセボ点眼液:1日1回(朝)両眼点眼(DE-111型容器)図1試験デザインDE-111型容器のプラセボ点眼液(1日1回朝両眼点眼)をそれぞれ併用するダブルダミー法を用いて盲検性を確保した.試験薬の識別不能性は試験薬割付責任者が確認した.試験薬の割付は,試験薬割付責任者が置換ブロック法による無作為化により行い,キーコードは開鍵時まで封入し試験薬割付責任者が保管した.c.症例数DE-111群とチモロール群の眼圧変化量の差を2.0mmHg,標準偏差を4.0mmHg,有意水準を5%,t検定を用いた検出力を80%としたとき,1群の必要例数は64例である.脱落例を考慮し,目標症例数を1群70例と設定した.5.検査・観察項目試験期間中は検査・観察を表3のとおり行った.a.被験者背景性別,生年月日,合併症(眼および眼以外),既往歴などの被験者背景は,試験薬投与開始前に調査確認した.b.試験薬の点眼状況治療期0週以降は来院ごとに,前回の来院直後からの点眼遵守状況について問診で確認した.c.各種検査・測定血圧・脈拍数測定,細隙灯顕微鏡検査,視力検査,眼圧測定,隅角検査,視野検査,眼底検査および臨床検査(血液・尿)を表3のスケジュールで実施した.眼圧測定は,導入期開始時,治療期0週,2週および4週または中止時の眼圧をGoldmann圧平眼圧計にて測定した.眼圧測定時刻は,導入表3検査・観察スケジュール観察項目導入期治療期中止時導入期開始時(-4週)0週2週4週文書同意●被験者背景●点眼遵守状況●●●●血圧・脈拍数測定●●●●●細隙灯顕微鏡検査●●●●●視力検査●●●眼圧測定午前中(12時まで)●●9時30分±30分●●●点眼2時間後±30分●●点眼8時間後±30分●●隅角検査●視野検査●眼底検査●●●臨床検査(血液・尿)●●●有害事象●(127)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131775 期開始時は午前中,治療期0週および4週は朝点眼前の午前9.10時,朝点眼2時間後±30分および朝点眼8時間後±30分,治療期2週は朝点眼前の午前9.10時とした.中止時の眼圧測定時刻は規定しなかった.d.有害事象試験期間中に発現・悪化したすべての好ましくない,または意図しない疾病,またはその徴候を収集した.6.併用禁止薬および併用禁止療法試験期間を通じて,人工涙液,白内障治療薬およびビタミンB12製剤を除くすべての眼局所投与製剤,経口および静注投与の眼圧下降剤,すべてのb遮断薬,副腎皮質ステロイド薬および他の臨床試験薬の投与を禁止した.また,試験期間中の,眼科レーザー手術,コンタクトレンズの装用などを禁止した.7.評価方法a.有効性の評価有効性評価眼は,治療期0週(朝点眼前)の眼圧の高いほうの眼(左右が同値の場合は右眼)とした.主要評価項目は,治療期終了時(治療期4週または中止時)における治療期0週からの平均日中眼圧の変化量とした.なお平均日中眼圧は,朝点眼前,点眼2時間後および点眼8時間後の眼圧平均値と定義した.また副次評価項目は,各測定時点における治療期0週からの眼圧変化量および眼圧変化率とした.b.安全性の評価有害事象,臨床検査,血圧・脈拍数および眼科的検査をもとに安全性を評価した.8.解析方法a.有効性解析対象有効性は,最大の解析対象集団(FullAnalysisSet:FAS集団)を対象として検討した.また,試験実施計画書に適合した解析対象集団(PerProtocolSet:PPS集団)についても解析し,FAS集団との相違について考察した.b.安全性解析対象安全性は,被験薬または対照薬を少なくとも1回点眼し,安全性に関する何らかの情報が得られているすべての被験者(安全性解析対象集団)を対象とした.c.データの取り扱い検査・観察時期が許容範囲から外れた場合,検査前日の点眼をしていない場合,検査当日の朝の点眼を眼圧測定の前に行った場合,および治療期0週以降の眼圧測定時刻が許容範囲から外れた場合は,当該検査日の眼圧データをPPS集団から除外した.d.解析方法主要評価および副次評価の解析には,投与群別に対応のあるt検定を行った.群間比較には,投与群を要因,0週の眼1776あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013圧値を共変量とした共分散分析を用いた.眼圧下降率20%の症例割合はFisherの直接法により群間比較を行った.安全性の解析のうち,有害事象については,発現例数と発現率を集計し,全体の発現率についてFisherの直接法を用いて群間の比較を行った.また,臨床検査値については,各検査項目別の異常変動の発現例数と発現率を集計し,連続量データについては,対応のあるt検定を,順序尺度データに関しては符号検定を行った.血圧・脈拍数については対応のあるt検定を行った.眼科的検査(細隙灯顕微鏡検査,視力検査)については符号検定を行った.検定の有意水準は両側5%とし,区間推定の信頼係数は両側95%とした.解析ソフトはSASversion9.2(株式会社SASインスティチュートジャパン)を用いた.なお,本論文は参天製薬株式会社が行った解析データを基に筆者が執筆した.II結果1.被験者の構成被験者の内訳を図2に示した.文書同意を得て試験に組入れられた被験者は203例で,導入期が開始された被験者は188例,治療期が開始された被験者は166例であり,無作為にDE-111群82例,チモロール群84例に割り付けられた.治療期中に8例が試験を中止し(DE-111群5例,チモロール群3例),158例が試験を完了した(DE-111群77例,チモロール群81例).無作為化された166例(DE-111群82例,チモロール群84例)を安全性解析対象集団およびFAS集団とした.さらに,併用禁止薬使用などにより眼圧値が不採用となった12例を除く154例(DE-111群74例,チモロール群80例)をPPS集団とした.FAS集団における被験者背景を表4に示した.緑内障前治療薬の有無についてのみ群間に偏りが認められた(Fisherの直接法:p=0.050).2.有効性FAS集団における平均日中眼圧変化量の推移および群間比較を図3と表5に示した.治療期0週の平均日中眼圧は,DE-111群20.8±2.1mmHg,チモロール群20.7±2.1mmHgであり,治療期終了時(治療期4週または中止時)には,DE-111群17.5±2.7mmHg,チモロール群19.0±3.3mmHgであった.主要評価である治療期終了時(治療期4週または中止時)における治療期0週からの平均日中眼圧の変化量(平均値±標準偏差)は,DE-111群.3.2±2.1mmHg,チモロール群.1.7±2.1mmHgであり,両群ともに0週に比較して有意な眼圧下降を示した(p<0.001).また,変化量の群間差(DE-111群.チモロール群,平均値±標準誤差)は.1.5±(128) 文書同意を得た被験者:203例導入期の試験薬が投薬された被験者:188例導入期の試験薬未投与例:15例試験開始後に不適格が判明:13例試験継続の拒否:2例無作為割付された被験者:166例導入期中止例:22例DE-111群:82例チモロール群:84例有害事象発現:4例眼圧>34mmHg:1例試験開始後に不適格が判明:17例治療期の試験薬が投薬された被験者:166例DE-111群:82例チモロール群:84例試験を完了した症例:158例治療期に中止した被験者:8例DE-111群:77例チモロール群:81例有害事象発現:5例(DE-111群)試験開始後に不適格が判明:1例(チモロール群)転院,転居,多忙:2例(チモロール群)文書同意を得た被験者:203例導入期の試験薬が投薬された被験者:188例導入期の試験薬未投与例:15例試験開始後に不適格が判明:13例試験継続の拒否:2例無作為割付された被験者:166例導入期中止例:22例DE-111群:82例チモロール群:84例有害事象発現:4例眼圧>34mmHg:1例試験開始後に不適格が判明:17例治療期の試験薬が投薬された被験者:166例DE-111群:82例チモロール群:84例試験を完了した症例:158例治療期に中止した被験者:8例DE-111群:77例チモロール群:81例有害事象発現:5例(DE-111群)試験開始後に不適格が判明:1例(チモロール群)転院,転居,多忙:2例(チモロール群)図2被験者の内訳表4被験者背景項目分類DE-111群チモロール群合計例数8284166診断名原発開放隅角緑内障高眼圧症36(43.9)46(56.1)37(44.0)47(56.0)73(44.0)93(56.0)性別男38(46.3)38(45.2)76(45.8)女44(53.7)46(54.8)90(54.2)年齢65歳未満46(56.1)35(41.7)81(48.8)65歳以上36(43.9)49(58.3)85(51.2)最小.最大24.8126.7924.81平均値±標準偏差61.6±11.463.1±12.462.4±11.9緑内障前治療薬なし21(25.6)11(13.1)32(19.3)あり61(74.4)73(86.9)134(80.7)合併症なし9(11.0)9(10.7)18(10.8)あり73(89.0)75(89.3)148(89.2)導入期の隅角331(37.8)31(36.9)62(37.3)(Shaffer分類)451(62.2)53(63.1)104(62.7)導入期の緑内障性の異常なし56(68.3)53(63.1)109(65.7)視野異常異常あり26(31.7)31(36.9)57(34.3)導入期の緑内障性の異常なし50(61.0)47(56.0)97(58.4)眼底異常異常あり32(39.0)37(44.0)69(41.6)導入期終了時の最小.最大17.3.28.718.0.30.717.3.30.7平均眼圧(mmHg)平均値±標準偏差20.8±2.120.7±2.120.7±2.1導入期終了時の最小.最大20.0.28.020.0.29.020.0.29.0トラフ眼圧(mmHg)平均値±標準偏差21.7±1.821.6±1.721.6±1.8例数(%).(129)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131777 0.3mmHgであり,DE-111群の眼圧下降はチモロール群と比較して有意に大きかった(p<0.001).副次評価である治療期2週(朝点眼前),4週(朝点眼前,点眼2時間後,点眼8時間後)の各測定時刻における眼圧実1眼圧変化量(mmHg)測値の推移および群間比較を図4と表6に示した.DE-111群とチモロール群の群間比較では,DE-111はすべての測定時刻においてチモロール群と比較して有意な眼圧下降を示した(p<0.01).被験者背景において,緑内障前治療薬の有無について群間に偏りがみられたため,緑内障前治療薬の有無別に各群の平均日中眼圧値を比較したが,全体での結果と差異は認められなかった.PPS集団を対象とした解析でもFAS集団の有効性と相違のない結果が得られた.治療期終了時(治療期4週または中止時)において治療期0週からの平均日中眼圧の眼圧下降率が20%以上であった症例の割合は,DE-111群が32.9%であり,チモロール群の7.1%より有意に多かった(p<0.001)(図5).3.安全性a.有害事象および副作用安全性解析対象集団は,DE-111群82例,チモロール群0-1-2**-3:DE-111群:チモロール群-5-4-60週治療期終了時図3平均日中眼圧変化量(平均値±標準偏差)0週の眼圧値を共変量とした共分散分析に基づく群間比較.表5平均日中眼圧DE-111群チモロール群DE-111群.チモロール群平均日中眼圧(mmHg)変化量(mmHg)平均日中眼圧(mmHg)変化量(mmHg)群間比較(mmHg)時期Mean±SD(例数)Mean±SD(例数)p値Mean±SD(例数)Mean±SD(例数)p値Mean±SE95%信頼区間p値0週20.8±2.1(82)──20.7±2.1(84)─────治療期終了時17.5±2.7(82).3.2±2.1(82)<0.00119.0±3.3(84).1.7±2.1(84)<0.001.1.5±0.3.2.2..0.9<0.001Mean±SD:平均値±標準偏差,p値:対応のあるt検定.Mean±SE:平均値±標準誤差,0週の眼圧値を共変量とした共分散分析に基づく群間比較.眼圧(mmHg)2423222120191817161514:DE-111群:チモロール群********0週0週0週2週4週4週4週点眼前点眼2時間後点眼8時間後点眼前点眼前点眼2時間後点眼8時間後図4眼圧実測値(平均値±標準偏差)0週の眼圧値を共変量とした共分散分析に基づく群間比較.**:p<0.01.1778あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(130) 表6眼圧実測値DE-111群チモロール群DE-111群.チモロール群眼圧(mmHg)治療期0週からの変化量(mmHg)眼圧(mmHg)治療期0週からの変化量(mmHg)群間比較(mmHg)時期Mean±SD(例数)Mean±SD(例数)p値Mean±SD(例数)Mean±SD(例数)p値Mean±SE95%信頼区間p値0週朝点眼前21.7±1.8(82)──21.6±1.7(84)─────0週点眼2時間後20.4±2.5(82)──20.6±2.6(84)─────0週点眼8時間後20.0±2.8(82)──19.8±2.7(84)─────2週18.0±2.3(82).3.7±2.2(82)<0.00119.3±3.5(84).2.2±2.6(84)<0.001.1.4±0.4.2.2..0.7<0.0014週朝点眼前17.6±2.7(79).4.1±2.2(79)<0.00119.3±3.2(83).2.3±2.3(83)<0.001.1.8±0.4.2.6..1.1<0.0014週点眼2時間後17.5±3.2(77).3.0±2.5(77)<0.00118.7±3.6(82).1.9±2.4(82)<0.001.1.0±0.4.1.8..0.30.0094週点眼8時間後17.3±3.1(77).2.7±2.9(77)<0.00118.8±3.5(81).1.0±2.5(81)<0.001.1.7±0.4.2.5..0.8<0.001Mean±SD:平均値±標準偏差,p値:対応のあるt検定.Mean±SE:平均値±標準誤差,0週の眼圧値を共変量とした共分散分析に基づく群間比較.403020100図5治療期終了時に眼圧下降率20%以上であった症例の割合84例の計166例であった.治療期中に発現した有害事象と副作用の発現例数および発現率を表7に,副作用一覧を表8に示した.有害事象は,DE-111群で25.6%(21/82例),チモロール群で14.3%(12/84例)であり,そのうち,試験薬との因果関係が否定できない副作用は,DE-111群で19.5%(16/82例),チモロール群で3.6%(3/84例)であった.有害事象の発現率は群間に差は認められなかったものの,副作用の発現率はDE-111群がチモロール群と比較して有意に高かった(有害事象:p=0.081,副作用:p=0.001).DE-111群のおもな副作用は,結膜充血(6.1%,5/82例)および眼充血(7.3%,6/82例)であった.チモロール群の(131)症例割合(%)32.9%(27/82)7.1%(6/84)DE-111群チモロール群副作用は,結膜出血(1.2%,1/84例),眼充血(1.2%,1/84例)および角膜障害(1.2%,1/84例)であった.両群ともに副作用はすべて眼障害で,重症度はDE-111群において中等度と判断された虹彩炎(1.2%,1/82例)を除きすべて軽度であり,いずれも試験中あるいは試験終了後に軽快または回復した.DE-111群の副作用により試験中止に至った被験者は,虹彩炎を発現した1例,眼充血,眼刺激および眼瞼浮腫を発現した1例,眼充血を発現した1例,結膜充血および眼瞼紅斑を発現した1例の計4/82例(4.9%)であり,いずれも試験薬の投与中止後に回復した.b.臨床検査DE-111群で単球および尿糖(定性)が,チモロール群で好酸球,リンパ球,総蛋白およびアルブミンが,投与前に比し有意な変動を示したが,これらの変動に関連する有害事象は認められなかった.また,薬剤との因果関係が否定できない臨床検査値の異常変動は認められなかった.c.血圧・脈拍数収縮期血圧,拡張期血圧について,DE-111群は0週と比較して有意な変動は認められなかった.チモロール群は,収縮期血圧について,0週と比較して有意な低下が4週(平均値±標準偏差,.2.45±11.10mmHg,p=0.048)に認められた.脈拍数について,DE-111群で0週と比較して有意な上昇が2週(平均値±標準偏差,5.5±7.8拍/分,p<0.001)および4週(4.6±8.1拍/分,p<0.001)に認められた.チモあたらしい眼科Vol.30,No.12,20131779 表7治療期にみられた有害事象と副作用の発現例数および発現率DE-111群チモロール群検定(Fisherの直接法)安全性解析対象集団例数8284─有害事象発現例数(%)21(25.6)12(14.3)p=0.081副作用発現例数(%)16(19.5)3(3.6)p=0.001表8副作用一覧DE-111群チモロール群安全性解析対象集団例数8284副作用発現例数(%)16(19.5)3(3.6)結膜出血─1(1.2)眼瞼紅斑1(1.2)─眼刺激2(2.4)─眼瞼浮腫1(1.2)─虹彩炎1(1.2)─角膜炎1(1.2)─眼充血6(7.3)1(1.2)点状角膜炎2(2.4)─結膜充血5(6.1)─眼そう痒症1(1.2)─角膜障害1(1.2)1(1.2)例数(%).ロール群では,0週と比較して有意な変動は認められなかった.これらの変動は,臨床的に問題となるものではなく,関連する有害事象は認められなかった.d.眼科的検査(細隙灯顕微鏡検査,視力検査)細隙灯顕微鏡検査所見の結膜充血スコア(両眼)について,DE-111群で0週と比較して有意なスコアの上昇が2週(右眼:p=0.031,左眼:p=0.008)に認められたが,その他の項目に有意なスコアの変動は認められなかった.チモロール群では,有意なスコアの変動は認められなかった.視力検査について,両群ともに有意な変動は認められなかった.III考察緑内障では,眼圧下降治療が唯一確実な治療法であり,通常薬物療法が第一選択となる.薬物療法では,まず単剤治療で効果を確認し,効果不十分な場合に多剤併用療法が行われるが,単剤で治療されていた患者は48.4%との報告13)もあるように,多剤併用療法が必要な患者も少なくない.多剤併用療法の問題点は,点眼回数の多さからくるアドヒアランス低下や,先に点眼した薬剤が後に点眼した薬剤によって眼表面から洗い流されることによる薬剤効果の減弱などが挙げられるが,このような懸念を解消しうる薬剤として配合点眼液がある.近年国内では,PG関連薬とb遮断薬や,b遮断薬と炭酸脱水酵素阻害薬を配合した点眼液が次々と発売され臨1780あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013床で使用されている.このような現状をふまえ,日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン(第3版)14)においては,『多剤併用療法の際には配合点眼液の使用により患者のアドヒアランスやQOLの向上も考慮すべきである』と,配合点眼液の意義について述べている.本試験は,タフルプロスト・チモロールマレイン酸塩を含有するDE-111点眼液を,その配合成分の一つである0.5%チモロール点眼液と比較した国内二重盲検比較試験である.なお,DE-111点眼液をタフルプロスト単剤またはタフルプロストとチモロールの併用と比較した国内二重盲検比較試験については,すでに報告した15).主要評価である平均日中眼圧の治療期0週と比較した治療期終了時(治療期4週または中止時)での変化量は,DE-111群でチモロール群と比較して有意に大きかった.また,各測定時刻の眼圧値をみても,DE-111群の治療期4週の眼圧実測値は,朝点眼前(トラフ眼圧値)で17.6mmHg,点眼2時間後で17.5mmHg,点眼8時間後で17.3mmHgと大きな日内変動はなく,眼圧がトラフを含め1日中コントロール可能であることが確認された.さらに,眼圧下降率が20%以上であった症例の割合は,DE-111群が32.9%であり,チモロール群の7.1%を有意に上回った.これらのことから,0.5%チモロール点眼液の単剤治療で効果不十分な患者がDE-111点眼液に切り替えることで,眼圧を良好にコントロールできる可能性が示された.PG関連薬・b遮断薬の配合点眼液とチモロール点眼液を比較した国内二重盲検比較試験の論文報告はないが,海外では,ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液(ザラカムR配合点眼液)で5報6.10),トラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液(デュオトラバR配合点眼液)で2報11,12)の計7報の報告がある.これらのうち,今回のDE-111点眼液の試験と同様に,導入期に0.5%チモロール点眼液(1日2回)を使用した試験は,ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液に関する2報があった6,7).これらの試験の治療期0週時の平均日中眼圧は21.6±3.8mmHg,もう1報では23.1±3.8mmHgであり,治療期終了時の平均日中眼圧はそれぞれ19.0±3.5mmHg,19.9±3.4mmHgであった.今回のDE-111点眼液の試験では,治療期0週時の平均日中眼圧は20.8±2.1mmHgとこれらの報告と比較してベースライン眼圧が低かったにもかかわらず,(132) 治療期終了時の平均日中眼圧は17.5±2.7mmHgと,大きな眼圧下降を示した.このことから,DE-111点眼液は眼圧が低い患者でも良好な眼圧下降効果を示すことが期待される.安全性については,試験期間を通じて重篤な副作用はみられなかった.DE-111群の副作用発現率はチモロール群と比較して有意に高かったものの,副作用はすべて眼局所性であり,おもなものは結膜充血(6.1%)および眼充血(7.3%)であった.タフルプロスト(タプロスR点眼液0.0015%)の第III相比較試験2)で高頻度に発現した副作用は,結膜充血(16.4%),眼充血(10.9%),眼掻痒症(9.1%)および眼刺激(7.3%)であったことから,本試験で高頻度に認められた副作用はDE-111点眼液の有効成分であるタフルプロスト由来であると考えられたが,これらの副作用はすべて軽度であり,発現率もタフルプロスト単剤の安全性プロファイルを超えるものではなかった.よって,配合による各単剤の副作用増悪の懸念はないと考えられた.以上より,原発開放隅角緑内障または高眼圧症患者において,DE-111点眼液は,0.5%チモロール点眼液と比較して,優れた眼圧下降を示し,安全性についても問題ないことが確認された.さらに,DE-111点眼液は患者の利便性,アドヒアランスおよびQOLの改善が期待できるので,緑内障治療における多剤併用療法の選択肢として有用性の高い配合点眼液である.利益相反:井上賢治:(カテゴリーI:参天製薬)文献1)TakagiY,NakajimaT,ShimazakiAetal:PharmacologicalcharacteristicsofAFP-168(tafluprost),anewprostanoidFPreceptoragonist,asanocularhypotensivedrug.ExpEyeRes78:767-776,20042)桑山泰明,米虫節夫:0.0015%DE-085(タフルプロスト)の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした0.005%ラタノプロストとの第III相検証的試験.あたらしい眼科25:1595-1602,20083)桑山泰明,米虫節夫,タフルプロスト共同試験グループ:正常眼圧緑内障を対象とした0.0015%タフルプロストの眼圧下降効果に関するプラセボを対照とした多施設共同無作為化二重盲検第III相臨床試験.日眼会誌114:436-443,20104)新家真,高瀬正弥:交感神経作動薬及びb受容体遮断剤の人眼房水動態に及ぼす作用.日眼会誌84:1436-1446,19805)三島済一,東郁郎,相沢芙束ほか:Pilocarpineにより眼圧調整されている高眼圧症および原発開放隅角緑内障患者に対するtimololの臨床評価.臨床評価8:789-820,19806)PfeifferN:Acomparisonofthefixedcombinationoflatanoprostandtimololwithitsindividualcomponents.GraefesArchClinExpOphthalmol240:893-899,20027)HigginbothamEJ,FeldmanR,StilesMetal:Latanoprostandtimololcombinationtherapyvsmonotherapy.ArchOphthalmol120:915-922,20028)DiestelhorstM,AlmegardB:Comparisonoftwofixedcombinationsoflatanoprostandtimololinopen-angleglaucoma.GraefesArchClinExpOphthalmol236:577581,19989)PalmbergP,KimEE,KwokKKetal:A12-week,randomized,double-maskedstudyoffixedcombinationlatanoprost/timololversuslatanoprostortimololmonotherapy.EurJOphthalmol20:708-718,201010)HigginbothamEJ,OlanderKW,KimEEetal:Fixedcombinationoflatanoprostandtimololvsindividualcomponentsforprimaryopen-angleglaucomaorocularhypertension.ArchOphthalmol128:165-172,201011)BarnebeyHS,Orengo-NaniaS,FlowersBEetal:Thesafetyandefficacyoftravoprost0.004%/timolol0.5%fixedcombinationophthalmicsolution.AmJOphthalmol140:1-7,200512)SchumanJS,KatzGJ,LewisRAetal:Efficacyandsafetyofafixedcombinationoftravoprost0.004%/timolol0.5%ophthalmicsolutiononcedailyforopen-angleglaucomaorocularhypertension.AmJOphthalmol140:242-250,200513)井上賢治,塩川美菜子,増本美枝子ほか:多施設による緑内障患者の実態調査2009年度版─薬物治療─.あたらしい眼科28:874-878,201114)緑内障診療ガイドライン(第3版).日眼会誌116:3-46,201215)桑山泰明,DE-111共同試験グループ:0.0015%タフルプロスト/0.5%チモロール配合点眼液(DE-111点眼液)の原発開放隅角緑内障および高眼圧症を対象としたタフルプロスト点眼液0.0015%およびタフルプロスト点眼液0.0015%/チモロール0.5%点眼液併用との第III相二重盲検比較試験.あたらしい眼科30:1185-1194,2013***(133)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131781

スペクトラルドメイン光干渉断層計による正常眼での視細胞内節外節接合部-網膜色素上皮間距離の定量

2013年12月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(12):1767.1771,2013cスペクトラルドメイン光干渉断層計による正常眼での視細胞内節外節接合部.網膜色素上皮間距離の定量後藤克聡*1,2水川憲一*1山下力*1,3今井俊裕*1渡邊一郎*1三木淳司*1,3桐生純一*1*1川崎医科大学眼科学教室*2川崎医療福祉大学大学院医療技術学研究科感覚矯正学専攻*3川崎医療福祉大学医療技術学部感覚矯正学科QuantifyingDistanceJunctionbetweenInnerandOuterSegmentsofPhotoreceptor-RetinalPigmentEpitheliuminNormalEyesUsingSpectralDomainOpticalCoherenceTomographyKatsutoshiGoto1,2),KenichiMizukawa1),TsutomuYamashita1,3),ToshihiroImai1),AtsushiMiki1,3),IchiroWatanabe1)andJunichiKiryu1)1)DepartmentofOphthalmology,KawasakiMedicalSchool,2)DoctoralPrograminSensoryScience,GraduateSchoolofHealthScienceandTechnology,KawasakiUniversityofMedicalWelfare,3)DepartmentofSensoryScience,FacultyofHealthScienceandTechnology,KawasakiUniversityofMedicalWelfare目的:スペクトラルドメイン光干渉断層計(SD-OCT)の自動セグメンテーション機能を用いて視細胞外節を含めた視細胞内節外節接合部(IS/OS)から網膜色素上皮までの厚み(TotalOS&RPE/BM)を測定し,正常眼における定量および検討を行った.対象および方法:正常眼160眼に対し,SD-OCTで中心窩網膜厚(CRT)および中心窩下のTotalOS&RPE/BMを測定し,年齢や屈折度数との相関,性差について検討した.結果:CRTは平均228.7±16.6μm,TotalOS&RPE/BMは平均81.3±4.1μmであった.TotalOS&RPE/BMは,屈折度数と正の相関を認め(r=0.2160,p=0.0061),CRTは男性が女性よりも有意に厚かった.他のパラメータに関して相関はみられなかった.結論:TotalOS&RPE/BMは屈折度数の近視化に伴い減少し,CRTは性別が関与していることがわかった.Purpose:Toquantifythedistancejunctionbetweeninnerandoutersegmentsofphotoreceptor-retinalpigmentepithelium(TotalOS&RPE/BM)innormaleyes,usingspectraldomainopticalcoherencetomography(SDOCT).CasesandMethods:Centralretinalthickness(CRT)andTotalOS&RPE/BMunderthefoveawereexaminedbySD-OCTin160normaleyes.Wealsoinvestigatedtherelationshipofage,refractionandgenderwithCRTandTotalOS&RPE/BM.Results:MeanCRTwas228.7±16.6μm;meanTotalOS&RPE/BMwas81.3±4.1μm.TotalOS&RPE/BMshowedsignificantpositivecorrelationwithrefraction(r=0.2160,p=0.0061).CRTwassignificantlygreaterinmalesthaninfemales.Therewasnocorrelationwithotherparameters.Conclusion:TotalOS&RPE/BMdecreasedwithmyopia,andCRTwasassociatedwithgender.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(12):1767.1771,2013〕Keywords:光干渉断層計,視細胞外節,網膜色素上皮,中心窩網膜厚,屈折.opticalcoherencetomography,photoreceptorofoutersegment,retinalpigmentepithelium,centralretinalthickness,refraction.はじめに視細胞外節は光を電気信号に転換する働きを持ち視力の根源をなしているため,外節の障害は視機能に鋭敏に反映される.スペクトラルドメイン光干渉断層計(spectraldomainopticalcoherencetomography:SD-OCT)の出現により視細胞内節外節接合部(junctionbetweenphotoreceptorinnerandoutersegment:IS/OS)を明瞭な高反射ラインとして観察が可能となり,IS/OSを指標に外節障害を評価できるようになった.現在,網膜疾患においてIS/OSの有無と視力の関連が数〔別刷請求先〕後藤克聡:〒701-0192倉敷市松島577川崎医科大学眼科学教室Reprintrequests:KatsutoshiGoto,DepartmentofOphthalmology,KawasakiMedicalSchool,577Matsushima,Kurashiki701-0192,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(119)1767 多く報告されている1.3).しかし,それらはIS/OSの有無による定性的な評価のみで,視細胞外節の厚みによる定量的評価の報告は少ない4,5).これまでSD-OCTで視細胞外節の厚みを定量することは,網膜層の自動セグメンテーションや解像度の問題から困難であり,正確にセグメンテーションが可能な解析ソフトを有するhigh-speedultrahigh-resolutionOCT(UHR-OCT)5)や特別な境界セグメンテーションアルゴリズム6)が必要であったが,より高性能なSD-OCTの登場により自動セグメンテーションが可能となってきた.そこで今回筆者らは,自動セグメンテーション可能なSD-OCTを用いて,IS/OSから視細胞外節の代謝に重要である網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)までの厚み(totaloutersegmentandRPE/Bruchmembrane:TotalOS&RPE/BM)5)を定量し,正常眼において検討を行ったので報告する.I対象および方法対象は研究に対してインフォームド・コンセントを行い同意が得られ,眼科疾患の既往はなく,検眼鏡や眼底写真,光干渉断層計による所見が正常で,屈折異常以外に眼科的疾患を有さない160例160眼(男性78例,女性82例),矯正視力は1.0以上で中心固視が可能であったものとした.平均年齢は50.2±20.6歳(12.89歳)で,年齢の内訳は10代3例,20代35例,30代18例,40代15例,50代30例,60代28例,70代21例,80代10例であった.平均屈折度数は.1.79D±3.13D(+3.50D..10.25D)で,白内障手術の既往のある症例は除外した.使用器機はSD-OCT(RS-3000R,NIDEK)を用い,スキャンパターンとして6.0mmの黄斑ラインスキャンで測定した.本機の仕様は,解像度7.0μm,53,000A-scan/secondの高速スキャン,highspeedaveragingによる最大50枚加算が可能である.方法はSD-OCTを用いて中心窩を通る水平断面をスキャンし,中心窩網膜厚(centralretinalthickness:CRT)および中心窩下のTotalOS&RPE/BMを測定した.検討項目は屈折度数との相関,年齢との相関および性差である.CRTは内境界膜(internallimitingmembrane:ILM)からRPE外縁とし,TotalOS&RPE/BMはIS/OS内縁からRPE外縁とした.CRTとTotalOS&RPE/BMのセグメンテーションは,内蔵ソフトの層境界検出アルゴリズムにより自動で行われた(図1).層境界の検出が不正確な場合は再測定を行い,画質を示すsignalstrengthindex(SSI)は7以上の信頼性のある結果を採用した.統計学的検討は,屈折度数や年齢との相関に対してSpearman順位相関係数,男女比に対してMann-WhitneyUtestを用いて危険率5%未満を有意とした.1768あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013図1CRTおよびTotalOS&RPE.BMのセグメンテーション上段:CRTはILM(矢印).RPE外縁(矢頭)とした.下段:TotalOS&RPE/BMはIS/OS内縁(矢印).RPE外縁(矢頭)とした.セグメンテーションは,内蔵ソフトにより自動で行われた.CRT:centralretinalthickness,ILM:internallimitingmembrane,RPE:retinalpigmentepithelium,BM:Bruchmembrane,IS/OS:junctionbetweenphotoreceptorinnerandoutersegment.なお,本研究は川崎医科大学倫理委員会の承認を得て行った.II結果CRTは平均228.7±16.6μm(195.271μm),TotalOS&RPE/BMは平均81.3±4.1μm(70.91μm)であった.屈折度数との相関では,TotalOS&RPE/BMは屈折度数の近視化に伴い減少し,遠視化に伴い増加する正の相関を認めた(r=0.2160,p=0.0061).CRTは屈折度数との相関がなかった(r=.0.0007,p=0.9930)(図2).年齢との相関では,CRTおよびTotalOS&RPE/BMともに相関はなかった(図3).性別による各パラメータでの比較では,男女間で年齢,屈折度数,TotalOS&RPE/BMに有意差はなかったが,CRTでは男性が平均231.1μm,女性が226.3μmと男性が有意に厚かった(p=0.0309)(表1).屈折度数と相関のあったTotalOS&RPE/BMに関して,さらに性別で相関をみたところ,男性では相関はなかったが(r=0.1178,p=0.3074),女性では屈折度数の近視化に伴い厚みが減少し,遠視化に伴い増加する正の相関が認められた(120) (121)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131769(r=0.3023,p=0.0058)(図4).III考按1.CRTおよびTotalOS&RPE.BM今回のSD-OCTによる検討では,CRTはILMからRPE外縁までの厚みを測定し,平均228.7±16.6μmであった.Ootoら7)は,3DOCT-1000を用いて248眼を対象に日本人の正常黄斑部網膜厚を検討し,1mm直径のCRTは221.9±18.8μm(178.3.288.0μm)であったと報告している.今回の結果は,既報と比べても大差なく,異なったSD-OCT間でも数値の比較が可能であり,日本人における正常中心窩網膜厚を定量することができたと考えられた.TotalOS&RPE/BMは,IS/OS内縁からRPE外縁までの厚みを測定し,平均81.0±4.1μm(70.91μm)であった.CRT年齢(歳)160180200220240260280300y=0.0765x+224.84r=0.0864,p=0.2772厚み(μm)102030405060708090TotalOS&RPE/BM60708090100y=-0.0038x+81.47r=-0.0476,p=0.5503年齢(歳)厚み(μm)100102030405060708090図3年齢との相関CRTおよびTotalOS&RPE/BMともに年齢との相関はなかった(r=0.0864,p=0.2772)(r=-0.0476,p=0.5503).CRT:centralretinalthickness,TotalOS&RPE/BM:視細胞内節外節接合部から網膜色素上皮外縁までの厚み.CRT160180200220240260280300y=-0.0127x+228.66r=-0.0007,p=0.9930屈折度数(D)厚み(μm)-12-10-8-6-4-2024厚み(μm)TotalOS&RPE/BM屈折度数(D)60708090100y=0.3388x+81.888r=0.2160,p=0.0061-12-10-8-6-4-2024図2屈折度数との相関CRTは屈折度数との相関がなかったが(r=-0.0007,p=0.9930),TotalOS&RPE/BMは正の相関を認めた(r=0.2160,p=0.0061).CRT:centralretinalthickness,TotalOS&RPE/BM:視細胞内節外節接合部から網膜色素上皮外縁までの厚み. 表1性別による検討男性(n=78)女性(n=82)p値年齢(歳)51.1±21.449.2±19.80.5497屈折度数(D).2.08±3.17.1.50±3.070.2455CRT(μm)231.1±15.4226.3±17.30.0309TotalOS&RPE/BM(μm)80.7±3.881.8±4.30.1957CRT:centralretinalthickness.TotalOS&RPE/BM:視細胞内節外節接合部から網膜色素上皮外縁までの厚み.男性女性1001009090y=0.171x+81.096r=0.1178,p=0.3074厚み(μm)y=0.4864x+82.498r=0.3023,p=0.0058厚み(μm)80807070-6012-10-8-6-4-2024-6012-10-8-6-4-2024屈折度数(D)屈折度数(D)図4性別における屈折度数とTotalOS&RPE.BMとの相関男性では相関はなかったが(r=0.1178,p=0.3074),女性では屈折度数と正の相関を認めた(r=0.3023,p=0.0058).TotalOS&RPE/BM:視細胞内節外節接合部から網膜色素上皮外縁までの厚み.Srinivasanら5)は,UHR-OCTを用いて網膜外層の形態を検討し,TotalOS&RPE/BMは平均72.7±1.8μmであったと報告している.Srinivasanら5)よりも厚い結果となった理由としては,OCTによる解像度やセグメンテーションの精度,人種による違いが影響していると考えられた.2.屈折度数および年齢との相関CRTは屈折度数との相関がなかったが,TotalOS&RPE/BMは屈折度数の近視化に伴い減少し,遠視化に伴い増加した.また,CRTおよびTotalOS&RPE/BMともに年齢による影響はなかった.屈折度数との関連について,timedomainOCTを用いた検討では,CRTは屈折の近視化に伴いfovealminimumは厚くなるとの報告8,9)や屈折度数と相関がなかったとの報告10,11)もあり,一定の見解はなかった.しかし,解像度やセグメンテーションの精度がより高いSD-OCTを用いた本研究では,CRTは屈折度数と相関がなく,他のSD-OCTによる報告7,12)でも同様の結果であった.一方,TotalOS&RPE/BMと屈折度数との関連についての報告はなく,今回の検討によりTotalOS&RPE/BMは屈折度数と相関することが明らかとなった.病理組織学的に強度近視の初期には,RPEが菲薄化することが報告されている13).つまり,TotalOS&RPE/BMではRPEの占める割合が大きいため近視化によるRPEの菲薄化の影響が大きく,一方,CRTではRPEの占める割合が少なくRPEの菲薄化の影響を受けにくいため,屈折度数との相関がなかったと考えられた.年齢との関連については,CRTとの相関はみられず,既報と同様の結果であった7,8,11,12,14).網膜厚減少の約80%は網膜神経線維層の減少によるものとされており15),CRTはほぼ外顆粒層で構成されているため加齢による影響を受けないと考えられる.また,TotalOS&RPE/BMについても,年齢との相関はみられなかった.Srinivasanら5)は,加齢に伴いTotalOS&RPE/BMが減少する負の相関があったと報告しているが,この検討では43例70眼という対象眼の少なさや同一被検者で両眼測定している症例も含まれていることが結果に影響している可能性がある.そのため,より多数例で片眼データのみを用いた本研究は,Srinivasanら5)よりも年齢によるTotalOS&RPE/BMの詳細な変化を捉えており,信頼性も高いと思われる.1770あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(122) 3.性差による検討CRTは男性が女性よりも有意に厚く,性差は平均4.8μmであった.CRTの性差については多数の報告7,8,10,12)があり,本研究も既報と同様の結果であった.Ootoら4)は,外網状層+外顆粒層厚は男性が女性よりも厚いことが,CRTにおける性差の理由かもしれないと報告しているが,性差の原因については今後もさらなる検討が必要と思われる.また,TotalOS&RPE/BMについては性差の報告がなされていない.今回の検討では,TotalOS&RPE/BMの性差は認められなかったが,女性で屈折度数と正の相関があったことは興味深い結果であり,今後さらなる検討を重ねていく予定である.今回筆者らは,SD-OCT(RS-3000R)を用いて日本人の正常眼におけるCRTおよびTotalOS&RPE/BMの定量を行った.CRTは男性が女性よりも厚く,性別が関与しており,TotalOS&RPE/BMは屈折度数の近視化に伴い減少し,加齢による変化はなかった.しかし,本研究では各年齢層の症例数にばらつきがあったため,さらに対象を増やして各年齢において詳細な検討が必要である.今後は視細胞外節病におけるTotalOS&RPE/BMを定量し,臨床的意義や視機能との関連を検討する予定である.文献1)MatsumotoH,SatoT,KishiS:Outernuclearlayerthicknessatthefoveadeterminesvisualoutcomesinresolvedcentralserouschorioretinopathy.AmJOphthalmol148:105-110,20092)WakabayashiT,FujiwaraM,SakaguchiHetal:Fovealmicrostructureandvisualacuityinsurgicallyclosedmacularholes:spectral-domainopticalcoherencetomographicanalysis.Ophthalmology117:1815-1824,20103)ShimodaY,SanoM,HashimotoHetal:Restorationofphotoreceptoroutersegmentaftervitrectomyforretinaldetachment.AmJOphthalmol149:284-290,20104)OotoS,HangaiM,TomidokoroAetal:Effectsofage,sex,andaxiallengthonthethree-dimensionalprofileofnormalmacularlayerstructures.InvestOphthalmolVisSci52:8769-8779,20115)SrinivasanVJ,MonsonBK,WojtkowskiMetal:Characterizationofouterretinalmorphologywithhigh-speed,ultrahigh-resolutionopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci49:1571-1579,20086)YangQ,ReismanCA,WangZetal:AutomatedlayersegmentationofmacularOCTimagesusingdual-scalegradientinformation.OptExpress18:21293-21307,20107)OotoS,HangaiM,SakamotoAetal:Three-dimensionalprofileofmacularretinalthicknessinnormalJapaneseeyes.InvestOphthalmolVisSci51:465-473,20108)LamDS,LeungKS,MohamedSetal:Regionalvariationsintherelationshipbetweenmacularthicknessmeasurementsandmyopia.InvestOphthalmolVisSci48:376382,20079)髙橋慶子,清水公也,柳田智彦ほか:光干渉断層計による黄斑部網膜厚─屈折,眼軸長の影響─.あたらしい眼科27:270-273,201010)WakitaniY,SasohM,SugimotoMetal:Macularthicknessmeasurementsinhealthysubjectswithdifferentaxiallengthsusingopticalcoherencetomography.Retina23:177-182,200311)金井要,阿部友厚,村山耕一郎ほか:正常眼における黄斑部網膜厚と加齢性変化.日眼会誌106:162-165,200212)SongWK,LeeSC,LeeESetal:Macularthicknessvariationswithsex,age,andaxiallengthinhealthysubjects:aspectraldomain-opticalcoherencetomographystudy.InvestOphthalmolVisSci51:3913-3918,201013)BlachRK,JayB,KolbH:Electricalactivityoftheeyeinhighmyopia.BrJOphthalmol50:629-641,196614)KakinokiM,SawadaO,SawadaTetal:ComparisonofmacularthicknessbetweenCirrusHD-OCTandStratusOCT.OphthalmicSurgLasersImaging40:135-140,200915)AlamoutiB,FunkJ:Retinalthicknessdecreaseswithage:anOCTstudy.BrJOphthalmol87:899-901,2003***(123)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131771

0.0015%タフルプロスト/0.5%チモロール配合点眼液(DE-111点眼液)の製剤処方設計とラット眼内移行性

2013年12月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(12):1761.1766,2013c0.0015%タフルプロスト/0.5%チモロール配合点眼液(DE111点眼液)の製剤処方設計とラット眼内移行性上田健治殿内麻花深野泰史浅田博之河津剛一参天製薬株式会社研究開発本部Tafluprost0.0015%/Timolol0.5%CombinationOphthalmicSolution(DE-111OphthalmicSolution)FormulationDesignandIntraocularPenetrationinRatsKenjiUeda,AsakaTonouchi,YasufumiFukano,HiroyukiAsadaandKouichiKawazuResearch&DevelopmentDivision,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.0.0015%タフルプロストと0.5%チモロールの配合点眼液(DE-111)で,チモロールが1日2回から1回点眼となっても眼圧下降効果を最大限維持するための処方設計を行い,ラットを用いて眼内移行および全身曝露を調べた.チモロールの眼内移行は点眼液のpHの上昇に伴い増加したがタフルプロストは影響されなかったことおよび点眼液の室温保存可能性の観点から,DE-111のpHを7.0に設定した.DE-111点眼時の房水中チモロールは,チモロール単剤よりも高濃度で推移し,1日1回点眼のチモロールのゲル製剤よりCmaxはやや低くAUCはほぼ同じであった.房水中タフルプロストカルボン酸濃度は,単剤と同様であった.一方,DE-111点眼後の全身曝露は,チモロールおよびタフルプロストカルボン酸とも単剤のCmaxやAUCを上回らなかった.以上より,DE-111は,1日1回点眼で高い有用性を示すことが期待される.Thetafluprost0.0015%/timolol0.5%combinationophthalmicsolution(DE-111)formulationwasdesignedtomaintainIOP-loweringeffectwhentimololinstillationischangedfromtwicetooncedaily.ThisstudyexaminedDE-111ocularpenetrationandsystemicexposure.InconsiderationofdataindicatingthatpHaffectsboththeocularpenetrationoftimolol(butnottafluprost)andthestabilityoftafluprostinophthalmicsolution,thepHofDE-111wassetat7.0.Timololconcentrationsinaqueoushumor(AH)afterDE-111instillationwerehigherthanafterinstillationoftimololalone,andCmaxandAUCwerelowandsimilar,respectively,incomparisontotimololgelformulationusedinonce-dailyinstillation.PharmacokineticparametersoftafluprostacidinAHafterDE-111instillationweresimilartothoseseenaftertafluprostinstillation.Forsystemicexposure,theCmaxandAUCoftimololandtafluprostacidinplasmaafterDE-111instillationdidnotexceedthelevelsseenafterinstillationoftafluprostandtimolol.Once-dailyinstillationofDE-111isthereforeexpectedtobeuseful.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(12):1761.1766,2013〕Keywords:緑内障,DE-111配合点眼液,タフルプロスト,チモロール,眼内移行性.glaucoma,DE-111combinationophthalmicsolution,tafluprost,timolol,ocularpenetration.はじめにDE-111点眼液は,タフルプロストを0.0015%およびチモロール0.5%相当量のチモロールマレイン酸塩を含有する1日1回点眼の配合点眼液であり,作用機序が異なり,かつ,臨床での使用頻度が最も高いプロスタグランジン(PG)関連薬とb遮断薬の組み合わせである.2剤の点眼剤を同一時間帯に併用する場合には,先に点眼した薬剤が後に点眼した薬剤によって眼表面から洗い流され(洗い流し効果),薬効が減弱することが懸念されるため,5分以上点眼間隔をあけることが推奨されている.しかし,点眼間隔をあけることは患者にとって煩雑であり,間隔をあけずに点眼したり,間隔をあけようとしたものの点眼忘れにつながったりする可能性がある.配合点眼液であるDE-111点眼液は,洗い流し効果による薬効の減弱の懸念がなく,〔別刷請求先〕上田健治:〒630-0101生駒市高山町8916-16参天製薬株式会社奈良研究開発センターReprintrequests:KenjiUeda,NaraResearch&DevelopmentCenter,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.,8916-16Takayama-cho,Ikoma630-0101,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(113)1761 PG関連薬とb遮断薬の両剤の併用が必要な患者にとって利便性が改善し,アドヒアランスの向上が期待される.一方で,b遮断薬(チモロール)点眼液の点眼回数は1日2回であることから,PG関連薬との1日1回点眼の配合点眼液では,b遮断薬の点眼回数が減少することによる効果減弱が懸念される.そこで,DE-111点眼液の処方設計においては,タフルプロストの眼内移行が減少もしくは増加して眼圧下降効果が減弱したり副作用が増強したりすることなく,チモロールによる眼圧下降作用を併用点眼並みに維持することを目指して検討を行ったので,その結果を報告する.I実験材料1.点眼液検討には,有効成分としてタフルプロストを0.0015%,チモロール0.5%相当量のチモロールマレイン酸塩を含有し,緩衝剤を含有せず,pHを6.0,7.0および7.5に調整した配合点眼液(タフルプロスト/チモロール配合点眼液),同様な有効成分含量でpHを7.0とし緩衝能を付加した点眼液(DE-111点眼液),タフルプロスト点眼液(タプロスR点眼液0.0015%,参天製薬,pH5.7.6.3),チモロール点眼液(チモプトールR点眼液0.5%,参天製薬,pH6.5.7.5)およびゲル化剤を加えたチモロール製剤であるチモロールGS点眼液(チモプトールRXE点眼液0.5%,参天製薬,pH6.5.7.5)を用いた.2.実験動物眼内移行性および全身曝露の検討には,6.7週齢の雌性SDラット(日本チャールス・リバー株式会社)を使用した.本研究は,「動物実験倫理規定」,「参天製薬の動物実験における倫理の原則」「動物の苦痛に関する基準」の参天製薬株式会社社内規定を遵(,)守し,実施した.II実験方法1.点眼ラットの両眼に,タフルプロスト/チモロール配合点眼液,DE-111点眼液,タフルプロスト点眼液,チモロール点眼液,チモロールGS点眼液を5μLずつ単独で単回点眼もしくはタフルプロスト点眼液とチモロール点眼液をそれぞれ5μLずつ単回併用点眼した.併用点眼は,チモロール点眼液を点眼後5分にタフルプロスト点眼液を点眼した.2.房水の採取眼内移行性に及ぼす点眼液pHの影響の検討では点眼後30分に,各点眼液の眼内移行性の比較検討では点眼後5,15,30分,1,2および4時間(ただし,併用点眼の場合は,チモロール点眼液点眼後7,15,30分,1,2および4時間)に,イソフルラン麻酔下でラットの大動脈より全量採血して致死させ,房水を採取した.血漿中濃度と同じ方法で定量す1762あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013るため,採取した房水1眼分ごとに薬剤未投与のラット血漿200μLを添加・混和し,房水の測定試料とした.3.血漿の採取各点眼液の全身曝露の比較検討では,眼内移行性の比較検討と同様,点眼後5,15,30分,1,2および4時間(ただし,併用点眼の場合は,チモロール点眼液点眼後7,15,30分,1,2および4時間)に,ラット頸静脈よりヘパリンナトリウム処理したシリンジで血液(約0.3mL)を採取した(各群4例).採取した血液は,遠心分離して血漿を採取し,血漿の測定試料とした.4.タフルプロストカルボン酸およびチモロールの定量タフルプロストは点眼後,活性本体であるタフルプロストカルボン酸に速やかに代謝される1)ことから,タフルプロストの眼内移行および全身曝露はタフルプロストカルボン酸を定量して評価した.血漿および房水中タフルプロストカルボン酸およびチモロールの定量は,測定対象化合物をtert-ブチルメチルエーテルを用いた液-液抽出により精製後,LCMS/MSにより分析して行った.装置は,オートサンプラにHTCPAL(CTCAnalytics),HPLCにAgilent1100(Agilent),分析カラムにYMC-PackODS-AQS-3μm,50×3.0mmI.D.(YMC),質量分析計にAPI5000(ABSciex)を用いた.移動相は,流量0.5mL/minで0.1%酢酸/メタノール(80/20)→(25/75)のグラジェントとし,カラム温度を40°C,イオン化法をelectrosprayionization(タフルプロストカルボン酸:negativemode,チモロール:positivemode),モニタリングイオンをm/z409→93(タフルプロストカルボン酸)およびm/z317→74(チモロール)とした.なお,房水中薬物濃度は,測定試料中薬物濃度を房水採取量で補正して算出した.本法の定量下限は,血漿中タフルプロストカルボン酸およびチモロール濃度でいずれも0.1ng/mL,房水中タフルプロストカルボン酸濃度で0.764.10.2ng/mL,房水中チモロール濃度で0.822.2.14ng/mLであった(房水中濃度については,定量下限未満であった房水試料における値).5.薬物動態パラメータ血漿および房水中のタフルプロストカルボン酸およびチモロールについて,血漿は個体ごとの濃度値,房水は各測定時点における平均値を用いて,薬物動態パラメータを算出した.Cmax(最高血中濃度)は観測された値の最大値,Tmax(最高血中濃度到達時間)はCmaxに到達する時間とした.消失半減期(T1/2)は,横軸が点眼後時間,縦軸が濃度の対数のグラフにプロットして観測された消失相の傾き(ke)で,2の自然対数を除することにより算出した.濃度-時間曲線下面積(AUC)は線形台形法により算出し,無限大時間までのAUC(AUCinf)は,濃度が得られた最終時点の濃度値をkeで除した値と,その時点までのAUCの和として算出した.(114) III結果1.眼内移行性に及ぼす点眼液pHの影響3,0002,000房水中チモロール濃度(ng/mL)0チモロールpH6.0pH7.0pH7.5タフルプロスト/チモロール配合点眼液(pHは6.0,7.0および7.5),タフルプロスト点眼液およびチモロール点眼液を,それぞれラットに点眼したときの点眼後30分の房水中チモロールおよびタフルプロストカルボン酸濃度をそれぞれ図1および図2に示す.配合点眼液点眼後の房水中タフルプ1,000ロストカルボン酸濃度は,点眼液のpH変動により変化せず,タフルプロスト/チモロールまた,タフルプロスト点眼液点眼時とほぼ同様の値であっ配合点眼液た.一方,チモロールに関しては,配合点眼液のpHが高くなるに従って房水中チモロール濃度が高くなる傾向が認めら図1チモロールのラット房水移行性に及ぼす点眼液pHの影響(点眼後30分)れ,pH7.5の配合点眼液では,チモロール点眼液に比べて各値は8眼の平均値+標準偏差.約2倍の値となった.2.各点眼液点眼後の眼内移行性の比較DE-111点眼液,タフルプロスト点眼液,チモロール点眼液,チモロールGS点眼液を単独点眼したとき,ならびにチモロール点眼液を点眼後5分にタフルプロスト点眼液を併用点眼したときの眼内移行性を比較するため,房水中薬物濃度推移を調べた.房水中チモロールおよびタフルプロストカルボン酸濃度推移をそれぞれ図3および図4に,房水中チモロールおよびタフルプロストカルボン酸の薬物動態パラメータ房水中タフルプロストカルボン酸濃度(ng/mL)1000タフルプロストpH6.0pH7.0pH7.580604020をそれぞれ表1に示す.房水中チモロール濃度は,各点眼液単独および併用点眼のいずれにおいても,点眼後0.25時間までにCmaxに達した後,タフルプロスト/チモロール配合点眼液速やかに消失した.DE-111点眼液点眼時の房水中チモロール濃度は,チモロール点眼液0.5%よりも高い濃度推移を示した.また,チモロールGS点眼液0.5%と比較すると,Cmaxは低く,点眼後2時間以降は高い濃度推移を示し,AUCはほぼ同じであった.さらに,タフルプロスト点眼液0.0015%およびチモロール点眼液0.5%の5分間隔での併用点眼時と同様の濃度推移を示した.房水中タフルプロストカルボン酸濃度は,各点眼液単独および併用点眼のいずれにおいても点眼後約0.5時間にCmaxに達し,その後T1/2約0.3.0.4時間で消失して,点眼後約4時間にはいずれの点眼液,個体においても定量下限未満となった.DE-111点眼液点眼時の房水中タフルプロストカルボン酸濃度は,タフルプロスト点眼液0.0015%に比べて点眼後5分では低く,点眼後2時間では高い濃度を示したが,薬物動態パラメータに差はみられなかった.また,タフルプロスト点眼液0.0015%とチモロール点眼液0.5%の5分間隔での併用点眼と同様の濃度推移を示した.3.各点眼液点眼後の全身曝露の比較DE-111点眼液,タフルプロスト点眼液,チモロール点眼液,チモロールGS点眼液を単独点眼したとき,ならびにチモロール点眼液を点眼後5分にタフルプロスト点眼液を併用図2タフルプロストの房水移行性に及ぼす点眼液pHの影響(点眼後30分)各値は8眼の平均値+標準偏差(タフルプロストは7眼).点眼したときの全身曝露を比較するため,血漿中薬物濃度推移を調べた.血漿中チモロールおよびタフルプロストカルボン酸濃度の推移をそれぞれ図5および図6に,血漿中チモロールおよびタフルプロストカルボン酸の薬物動態パラメータを表2に示す.血漿中チモロール濃度は,チモロール点眼液,チモロールGS点眼液およびチモロール点眼液とタフルプロスト点眼液の併用においては点眼後0.25時間までに,DE-111点眼液では,点眼後0.25.0.55時間にCに達し,その後T1/2約max0.7.0.9時間で消失した.CmaxおよびAUCともに個体間でバラツキがあり,点眼群間に明確な差はみられなかった.血漿中タフルプロストカルボン酸濃度は,DE-111点眼液,タフルプロスト点眼液およびチモロール点眼液とタフルプロスト点眼液の併用のいずれにおいても,点眼後0.167時間(10分)までにCmaxに達した後,消失して点眼後1時間にはいずれの点眼液,個体においても定量下限未満となり,各群の濃度推移に明確な差は認められなかった.(115)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131763 10,0001,0001,000100:DE-111:チモロール:チモロールGS:チモロール+タフルプロストa:DE-111:タフルプロスト:チモロール+タフルプロストa1234房水中チモロール濃度(ng/mL)房水中タフルプロストカルボン酸濃度(ng/mL)100101010101234点眼後時間(hr)点眼後時間(hr)図3各種点眼液点眼後の房水中チモロール濃度推移図4各種点眼液点眼後の房水中タフルプロストカルボン酸各値は6眼の平均値+標準偏差.濃度推移a:チモロール点眼後5分にタフルプロストを点眼.各値は6眼の平均値+標準偏差.a:チモロール点眼後5分にタフルプロストを点眼.表1各種点眼液点眼後の房水中タフルプロストカルボン酸およびチモロールの薬物動態パラメータ測定対象点眼液Cmax(ng/mL)Tmax(hr)AUC0-4ha(ng・hr/mL)AUCinfa(ng・hr/mL)T1/2(hr)チモロールDE-111チモロールチモロールGSチモロール+タフルプロストb2,3301,3303,3501,9600.250.08330.250.252,0801,2101,8201,6602,080NCNC1,6600.494NCNC0.438タフルプロストカルボン酸DE-111タフルプロスト90.475.60.50.587.579.084.977.40.3740.311チモロール+タフルプロストb89.70.41787.9c84.90.414各パラメータは6眼(3例)の平均房水中濃度を解析して算出.NC:算出せず.a:定量下限未満の値をゼロとして計算.b:チモロール点眼後5分にタフルプロストを点眼.c:AUC0-3.92h.IV考按緑内障の治療は眼圧下降剤による治療が主体となっており,単剤で効果が不十分であるときには併用療法が行われる2)が,長期にわたり継続して点眼治療を行う必要がある患者にとって,複数の点眼剤の併用は大きな負担であり,アドヒアランスの低下により十分な眼圧下降効果が維持されない状態が続くと,視野障害の進行につながることが懸念される.タフルプロストとチモロールマレイン酸塩の配合点眼液であるDE-111点眼液は,PG関連薬とb遮断薬の両剤の併用が必要な患者にとって,利便性の向上によるアドヒアランスの改善が期待されるが,一方で,チモロールの点眼回数がチモロール点眼液の1日2回からDE-111点眼液では1日1回に減少することによる眼圧下降効果の減弱が懸念される.そこで,DE-111点眼液の処方設計においては,タフルプロストの眼内移行が減少もしくは増加して眼圧下降効果が減弱したり副作用が増強したりすることなく,チモロールによる眼圧下降作用を併用点眼並みに維持することを目指して検討1764あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013を行った.点眼液では,点眼後の薬物は速やかに鼻涙管を経て眼外へ排出されるため,点眼液への粘性の付与により眼表面での滞留性を高めることで薬物の眼内移行性を向上させることが可能である3).チモロールGS点眼液はゲル化剤を添加して粘性を増加させることによりチモロールの眼内移行性を向上させ(表1,図3),1日1回点眼の用法で承認されている.しかしながら,タフルプロストとチモロールマレイン酸塩の配合剤をゲル製剤とした場合,タフルプロストの眼局所副作用(充血,睫毛の伸長,虹彩・眼瞼色素沈着)の増大の懸念や,タフルプロストの眼内移行量の増加に伴う効果の過大増強の可能性もあることから,課題が多いと考えられる.そこで,DE-111点眼液の製剤処方としては,ゲル化などの粘性を高める手法は採用しなかった.一般に,脂溶性の薬物はその濃度勾配に従い単純受動拡散により生体膜を透過する.この場合,透過しやすいのは分子型であり,薬物の酸解離定数(pKa)とpHにより影響を受ける(pH分配仮説).チモロールは塩基性化合物でpKaは(116) 1,00010100:DE-111:チモロール:チモロールGS:チモロール+タフルプロストa:DE-111:タフルプロスト:チモロール+タフルプロストa血漿中チモロール濃度(ng/mL)血漿中タフルプロストカルボン酸濃度(ng/mL)11010.100.1012341234点眼後時間(hr)点眼後時間(hr)図5各種点眼液点眼後の血漿中チモロール濃度推移図6各種点眼液点眼後の血漿中タフルプロストカルボン酸各値は4例の平均値+標準偏差.濃度推移a:チモロール点眼後5分にタフルプロストを点眼.各値は4例の平均値+標準偏差.a:チモロール点眼後5分にタフルプロストを点眼.表2各種点眼液点眼後の血漿中タフルプロストカルボン酸およびチモロールの薬物動態パラメータ解析対象点眼液Cmax(ng/mL)Tmaxa(hr)AUC0-4hb(ng・hr/mL)AUCinf(ng・hr/mL)T1/2(hr)チモロールDE-111チモロールチモロールGSチモロール+タフルプロストc45.5±14.6294±235371±23394.2±67.00.5[0.25-0.55]0.0833[0.0833-0.217]0.0833[0.0833-0.25]0.25[0.117-0.25]46.9±10.165.9±36.0d84.7±27.639.7±15.547.7±10.667.9±39.185.6±27.240.1±15.60.675±0.09670.890±0.4480.718±0.08660.705±0.0831タフルプロストカルボン酸DE-111タフルプロストチモロール+タフルプロストc0.378±0.09810.760±0.8410.590±0.2940.0833[0.0833-0.15]0.0833[0.05-0.117]0.167[0.0333-0.167]0.113±0.05040.142±0.1180.172±0.0858NCNCNCNCNCNC各値は4例の平均値±標準偏差.NC:算出せず.a:Tmaxは中央値[最小値-最大値]を表示.b:定量下限未満の値をゼロとして計算.c:チモロール点眼後5分にタフルプロストを点眼.d:ゼロ時間から約4時間までのAUCの平均値±標準偏差.約8.8であることから,中性領域ではpHは高いほど分子型の割合が増し,膜透過性が上昇することが予想される.実際に,ウサギにおいて,pHが6.2,6.9および7.5のチモロール点眼液を点眼したとき,pHの上昇に伴って眼内移行性が向上するとの報告もある4).そこで,タフルプロスト/チモロールマレイン酸塩配合点眼液において,点眼液のpHを変動させて房水中チモロール濃度を調べたところ,点眼後30分の房水中チモロール濃度は,点眼液のpHの上昇に伴って増加することが示された(図1).一方で,タフルプロストについては,配合点眼液のpHを変動させても房水中タフルプロストカルボン酸濃度は変化がみられず,タフルプロストの眼内移行は点眼液のpHによる影響を受けないことが示された(図2).タフルプロストは解離基を有さないことから,pHにより膜透過性が変動(117)しなかったものと考えられる.以上の結果より,タフルプロスト/チモロールマレイン酸塩の配合点眼液の処方設計において,pHを適切に調整することでチモロールのみの眼内移行量をコントロールすることが可能と考えられた.ただし,タフルプロストは,活性本体であるタフルプロストカルボン酸のイソプロピルエステルであり,水溶液中では徐々にではあるが加水分解される.この加水分解速度は溶液pHの影響を受けるため,pHが弱酸性では比較的安定であるもののpHを上げるほど,加水分解を受けやすくなる.以上のことから,チモロールの眼内移行を確保しつつタフルプロストの眼内移行量は変動させず,かつ,タフルプロストの点眼液中安定性を考慮し室温保存が可能と考えられるpHとして,DE-111点眼液のpHを7.0に設定した.また,製品としての品質維持(保存中pH変動抑制)を目的に緩衝剤(リン酸あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131765 二水素ナトリウム)を配合した.DE-111点眼液をラットに点眼したときの房水中チモロールは,Cmaxはチモロール単剤に比べて高くチモロールGS点眼液に比べて若干低い値であり,AUCはチモロールGS点眼液と同程度であった(表1).一方,房水中タフルプロストカルボン酸のCmaxおよびAUCは,タフルプロスト単剤点眼およびチモロールとの併用点眼と同程度であった(表1).これらの結果は,DE-111点眼液が,タフルプロストの薬効や眼局所副作用をタフルプロスト単剤と比べて変動させることなく,チモロールの眼圧下降効果が期待できることを示唆するものと考えられた.なお,チモロール単剤に比べてDE-111点眼液点眼時の房水中チモロール濃度が高い推移を示した理由については,DE-111点眼液のpHを7.0と設定したことに加え,チモロール点眼液には含まれずDE-111点眼剤には含まれている添加剤(ポリソルベート80,濃グリセリン,エデト酸ナトリウム水和物)の影響,あるいは,タフルプロストが影響していることも可能性としては考えられるが,詳細は不明である.DE-111点眼液をラットに点眼したときのタフルプロストおよびチモロールの全身曝露については,いずれも単剤もしくは併用に比べてCmaxおよびAUCとも上回ることはなかった(表2).したがって,併用に比べてDE-111配合剤で全身の副作用が増悪する可能性は低いと予想された.以上の検討により,DE-111点眼液として最適な処方が決定できた.DE-111点眼液は,1日1回点眼で高い有用性が期待されるとともに,2剤の点眼液を5分以上間隔をあけて併用点眼する場合に比べて緑内障の患者の利便性が改善されることで,アドヒアランスの向上に寄与することが期待される.文献1)FukanoY,KawazuK:Dispositionandmetabolismofanovelprostanoidantiglaucomamedication,tafluprost,followingocularadministrationtorats.DrugMetabDispos37:1622-1634,20092)緑内障診療ガイドライン(第3版).日眼会誌116:3-46,20123)KaurIP,KanwarM:Ocularpreparations:theformulationapproach.DrugDevIndPharm28:473-493,20024)KyyronenK,UrttiA:EffectsofepinephrinepretreatmentandsolutionpHonocularandsystemicabsorptionofocularlyappliedtimololinrabbits.JPharmSci79:688-691,1990***1766あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(118)

In Vitro眼組織中濃度シミュレーションモデルにおける黄色ブドウ球菌および緑膿菌の殺菌ならびにレボフロキサシン耐性化に対する0.5%あるいは1.5%レボフロキサシンの影響

2013年12月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(12):1754.1760,2013cInVitro眼組織中濃度シミュレーションモデルにおける黄色ブドウ球菌および緑膿菌の殺菌ならびにレボフロキサシン耐性化に対する0.5%あるいは1.5%レボフロキサシンの影響長野敬川上佳奈子河津剛一阪中浩二坪井貴司中村雅胤参天製薬株式会社研究開発本部Effectof0.5%or1.5%LevofloxacinOphthalmicSolutiononBactericidalActivityandEmergenceofLevofloxacinResistanceinStaphylococcusaureusandPseudomonasaeruginosainanInVitroSimulationModelTakashiNagano,KanakoKawakami,KouichiKawazu,KojiSakanaka,TakashiTsuboiandMasatsuguNakamuraResearchandDevelopmentDivision,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.Invitro眼組織中濃度シミュレーションモデルを用いて,黄色ブドウ球菌および緑膿菌に対する殺菌ならびにレボフロキサシン(LVFX)耐性化に及ぼす0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液の影響を検討した.白色ウサギに0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液を単回点眼したときの球結膜あるいは角膜中LVFX濃度推移を測定し,その濃度推移をもとに1日3回点眼のシミュレーションで24時間培地中にこれを再現した.LVFX曝露による菌株の生菌数の変化,LVFX感受性の変化を薬剤感受性ポピュレーション解析により評価した.0.5%LVFX点眼液での結膜濃度シミュレーション条件下の黄色ブドウ球菌株,角膜濃度シミュレーション条件下の緑膿菌株ともに,菌の増殖がみられ,LVFX感受性低下を認めた.一方,1.5%LVFX点眼液での結膜濃度および角膜濃度のシミュレーション条件下では,黄色ブドウ球菌株で静菌作用,緑膿菌株で殺菌作用がみられ,LVFX感受性に変化を認めなかった.1.5%LVFX点眼液は,0.5%LVFX点眼液に比較して,黄色ブドウ球菌と緑膿菌の殺菌および耐性菌出現防止に効果的であることが示唆された.Weevaluatedtheeffectoflevofloxacin(LVFX)ophthalmicsolutiononbactericidalactivityandLVFXresistancedevelopmentinStaphylococcusaureusandPseudomonasaeruginosabysimulatingrabbitoculartissueconcentrationafterinstillationof0.5%or1.5%LVFXophthalmicsolution,inaninvitrosimulationmodel.InamodelsimulatingbulbarconjunctivalorcornealtissueLVFXlevelforonedayfollowing3xdailyinstillationofLVFXophthalmicsolutionsinJapanesewhiterabbits,thechangeinviablebacterialcountorLVFXsusceptibilityofS.aureusorP.aeruginosaafterLVFXexposureintheculturebrothwasdeterminedbypopulationanalysis.The0.5%LVFXsimulationmodelsshowedbothincreasedviablebacterialcountsanddecreasedLVFXsusceptibilitiestoS.aureusinconjunctivaandtoP.aeruginosaincornea.Ontheotherhand,inthe1.5%LVFXsimulationmodel,potentbactericidalactivitieswereshownandnoLVFX-resistantsubpopulationsweredetectedineitherS.aureusorP.aeruginosa.Theseresultsshow1.5%LVFXophthalmicsolutiontobemoreeffectivethan0.5%LVFXophthalmicsolutionforsterilizationandforpreventionofLVFXresistancedevelopmentinbothS.aureusandP.aeruginosa.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(12):1754.1760,2013〕Keywords:invitroシミュレーションモデル,黄色ブドウ球菌,緑膿菌,レボフロキサシン,耐性化.invitrosimulationmodel,Staphylococcusaureus,Pseudomonasaeruginosa,levofloxacin,resistance.〔別刷請求先〕長野敬:〒630-0101奈良県生駒市高山町8916-16参天製薬株式会社研究開発本部Reprintrequests:TakashiNagano,ResearchandDevelopmentDivision,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.,8916-16Takayama-cho,Ikoma,Nara630-0101,JAPAN175417541754あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(106)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY はじめにレボフロキサシン(LVFX)は,好気性および嫌気性のグラム陽性菌ならびに陰性菌に対し,広い抗菌スペクトルと強い抗菌力を示す.そのLVFXを主成分とするクラビットR点眼液0.5%は2000年に日本で発売されて以降,その優れた抗菌力と高い安全性から,細菌性眼感染症治療薬として臨床現場で最も汎用されている.しかし近年,一部医療機関からLVFXに対する感受性低下を示唆する結果や入院患者における耐性率上昇が報告されるなど,LVFX耐性菌の出現が問題になりつつある1,2).近年,抗菌薬のPK-PD(薬物動態学-薬力学)に関する研究から,抗菌薬の有効性と薬物動態が密接に関連することが明らかとなってきた.全身薬においては,キノロン系抗菌薬の治療効果に相関する主要なPK-PDパラメータは「血中AUC(濃度-時間曲線下面積)とMIC(最小発育阻止濃度)の比」であり3.6),キノロン系抗菌薬に対する耐性化の抑制には「血中Cmax(最高濃度)とMICの比」が相関する7.10)との報告がある.したがって,安全性面で問題がない限り,血中濃度が高まる高用量で治療することが耐性菌の出現を抑制する観点から望ましい.一方眼科領域では,治療効果や耐性化抑制効果に相関するPK-PDパラメータが明らかにされていないが,細菌に対する殺菌作用や耐性化抑制作用は曝露されるキノロン系抗菌薬の濃度に依存することから,感染組織中のAUCやCmaxが治療効果や耐性化抑制効果に最も相関すると推察される.高濃度LVFX点眼液の眼への影響を検討したClarkらの報告11)によると,サルの角膜上皮創傷治癒モデルにおいて3%LVFX点眼液の1日4回点眼は角膜上皮創傷治癒を遅延させた.また,ウサギの角膜上皮創傷治癒モデルにおいては3%以上のLVFX点眼液が角膜線維芽細胞の消失および角膜浮腫をひき起こし,6%LVFX点眼液が角膜上皮創傷治癒を遅延させた12).しかし,1.5%以下のLVFX点眼液はサルやウサギでみられたそれらの副作用を生じない.したがって,クラビットR点眼液0.5%と同等の眼組織の安全性を確保しつつ,殺菌作用の向上および耐性菌の出現抑制作用が期待できるLVFXの上限濃度は1.5%であると推察された.本試験では,0.5%と1.5%のLVFX点眼液の間で殺菌効果および耐性菌出現抑制効果に差異が認められるかを明らかにする目的で,invitro眼組織中濃度シミュレーションモデルを用いて,黄色ブドウ球菌および緑膿菌に対する0.5%LVFX点眼液および1.5%LVFX点眼液の殺菌効果および耐性菌出現抑制効果を比較検討した.I実験材料および方法1.使用菌株外眼部細菌感染症のなかでも発症頻度が高い結膜炎と重篤(107)な症状を呈する角膜炎の主要起炎菌であるメチシリン感受性黄色ブドウ球菌,緑膿菌を対象菌種とし,2007年から2009年に細菌性眼感染症患者より単離された菌株から使用菌株を選択した.黄色ブドウ球菌株は,LVFXのMICが0.5μg/mLの1株(HSA201-00027株),緑膿菌株は,LVFXのMICが0.5μg/mLおよび1μg/mLの2株(HSA201-00089株およびHSA201-00094株)を使用した.2.使用動物雄性日本白色ウサギは北山ラベス株式会社より購入し,1週間馴化飼育後,試験に使用した.本研究は,「動物実験倫理規程」,「参天製薬の動物実験における倫理の原則」および「動物の苦痛に関する基準」の参天製薬株式会社社内規程を遵守し実施した.3.使用薬剤LVFXは第一三共株式会社製を使用し,ウサギ単回点眼時眼組織分布試験には参天製薬で製造した1.5%LVFX点眼液(クラビットR点眼液1.5%)および0.5%LVFX点眼液(クラビットR点眼液0.5%)を用いた.4.実験方法a.ウサギ単回点眼時の眼組織分布日本白色ウサギに0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液を50μLずつ片眼に単回点眼し,点眼0.25,0.5,1,2,4,6および8時間後にペントバルビタールナトリウムの過麻酔により安楽殺した後,眼球結膜および角膜を採取した(各時点5.6例).湿重量を秤量後,1%酢酸/メタノール=(30/70)1mLを加えビーズ式多検体細胞破砕装置(ShakeMasterAuto,BMS)で均質化後,遠心分離により上清(ホモジネート上清)を得た.内標準溶液〔250ng/mLロメフロキサシン水/アセトニトリル=(10/90)溶液〕200μLを加えた除蛋白プレート(StrataImpactProteinPrecipitationplate,Phenomenex社)に,ホモジネート上清50μLと0.2%酢酸5μLを加えて遠心分離し,濾過された溶出液を溶媒留去した.残渣に移動相75μLを加えて溶解させ,超高速液体クロマトグラフィー(UPLC,Waters)に注入してLVFX濃度を測定した.b.シミュレーションモデルの設定1日3回(8時間間隔)点眼時のウサギ眼組織中濃度シミュレーションモデルでは,日本白色ウサギに0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液を単回点眼投与したときの眼球結膜および角膜中LVFX濃度推移が,8時間おきに3回繰り返されるものとして設定した.各組織のLVFX濃度推移を培地中に再現(各組織中LVFX濃度μg/gをμg/mLに換算)し,菌株に24時間曝露させた.点眼時の眼組織中LVFX濃度推移は,経口投与時の血中LVFX濃度推移に比べ変化が著しいことから,速やかに曝露濃度を変更できるよう,種々濃度のLVFX溶液を準備し,菌株を封入した寒天ゲルを順次移しあたらしい眼科Vol.30,No.12,20131755 変える手法で検討した.なお,培養液に懸濁した菌株と寒天ゲルに封入した菌株に,LVFXを作用させたときのtime-killcurveは同一であったことから,LVFXは寒天ゲル内に速やかに浸透し,両条件の曝露量に差異はないと考えられた.c.殺菌作用の検討35℃,19時間,ミューラーヒントン(Muller-Hinton)II寒天培地で好気条件下培養した黄色ブドウ球菌株あるいは緑膿菌株をマクファーランド0.5(約1.2×108CFU/mL)で懸濁し,接種菌液とした.この菌液と固化していない2%寒天溶液を等量混合した後,滅菌シャーレ上に200μLずつ滴下し,室温に静置して固化させた.菌株を封入したこの寒天ブロックをシミュレーションモデルのサンプルとし,シミュレーション開始0,8,16および24時間LVFXを曝露した後,回収した(n=3).滅菌マイクロチューブ内で破砕後,生理食塩液を添加し十分混和させた.適宜希釈後,その一定量をミューラーヒントン寒天(MHA)平板上に塗布し,35℃,1日,好気培養した.MHA上のコロニー数を計測して生菌数を算出した.検出限界は20CFU/mLとした.d.ポピュレーション解析シミュレーション開始24時間後の寒天ブロックから調製された菌液を適宜希釈後,LVFX非含有MHA平板および1.16×MICのLVFX含有MHA平板に塗布した.35℃,1日,好気培養後,MHA平板上のコロニー数を測定した.シミュレーション開始前の菌株についても同様の操作を行い,LVFX曝露前後のLVFX感受性ポピュレーションを比較し,感受性の変化を検討した.II結果1.単回点眼投与時の眼球結膜および角膜中LVFX濃度推移0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液をウサギに50μL単回投与したときの眼球結膜および角膜中LVFX濃度推移を図1に,薬物動態パラメータを表1に示す.0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液の眼球結膜中濃度のTmax(最高血中濃度到達時間)はともに投与後0.25時間で,Cmaxはそれぞれ3.19,14.67μg/gであった.角膜中濃度のTmaxも0.25時間であり,Cmaxは9.02,32.54μg/gであった.0.5%LVFX点眼液と比較して,1.5%LVFX点眼液では,眼球結膜におけるCmaxは約5倍の増加を示し,角膜では約3.5倍の増加がみられた.眼球結膜および角膜におけるAUC0-8hrは点眼液濃度の増加に伴い,3.4倍の増加を示した.2.シミュレーションモデルにおける殺菌作用ウサギ眼組織中濃度シミュレーションモデルでは,寒天ゲルを浸漬させる各LVFX溶液の濃度と時間を,ウサギ眼組1756あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013a282420161284002468点眼後時間(時間):0.5%LVFX:1.5%LVFXb403530252015105002468点眼後時間(時間):0.5%LVFX:1.5%LVFX図1ウサギ単回点眼時の眼球結膜および角膜中LVFX濃度各値は5.6例の平均値を示す.a:眼球結膜LVFX濃度推移,b:角膜LVFX濃度推移.表10.5%あるいは1.5%LVFX点眼液点眼後の眼組織中LVFX濃度の薬物動態パラメータLVFX濃度(μg/g)LVFX濃度(μg/g)薬物動態パラメータ組織CmaxTmaxt1/2AUC0-8hr(μg/g)(hr)(hr)(μg・hr/g)0.5%LVFX眼球結膜3.190.25NC3.10点眼液角膜9.020.251.7016.311.5%LVFX眼球結膜14.670.25NC11.10点眼液角膜32.540.251.4343.26各値は5.6例の平均値を示す.T:最高濃度到達時間.t1/2:消失半減期.NC:Notcalculated,(max)消失相が特定できなかったため算出していない.織中LVFX濃度推移実測値のCmaxおよびAUCと等しくなるように,また移し変え前後のLVFX溶液の濃度変化幅が2倍以上とならないように,最小単位を10分として設定し(図2),24時間曝露後の殺菌効果,耐性菌出現抑制効果を調べた.a.黄色ブドウ球菌HSA201-00027株の生菌数変化を図3に示す.0.5%(108) 100a10108:組織中濃度推移:シミュレーション濃度推移6:0.5%LVFX:1.5%LVFX:LVFX非含有組織中LVFX濃度(μg/g)生菌数(logCFU/mL)10.142検出限界0.01024680081624時間(時間)培養時間(時間)図2ウサギ眼組織中のLVFX濃度推移を培地中に再現させ:0.5%LVFX:1.5%LVFXたときの濃度推移b10:LVFX非含有1.5%LVFX点眼液,単回点眼時のウサギ眼球結膜組織中濃度推移のシミュレーションを例に示した.組織中濃度推移(実線)生菌数(logCFU/mL)8を反映させつつ,CおよびAUCが等しくなるように,ステップワイズの濃度と曝(max)露時間を設定(点線)した.この濃度推移のLVFX曝露を3回繰り返し,24時間の曝露を行った.642検出限界0培養時間(時間)生菌数(logCFU/mL)1086420:0.5%LVFX:1.5%LVFX:LVFX非含有081624図4緑膿菌HSA201.00089株およびHSA201.00094株に対する種々濃度LVFXの殺菌効果各値は3例の平均値を示す.検出限界は20CFU/mL.a:HSA201-00089株,b:HSA201-00094株081624培養時間(時間)HSA201-00089株よりもLVFX感受性の低いHSA201図3黄色ブドウ球菌HSA201.00027株に対する種々濃度LVFXの殺菌効果各値は3例の平均値を示す.CFU:colonyformingunit.LVFX点眼液の結膜濃度シミュレーションモデルでは,曝露直後から生菌数が増加し24時間後まで増加し続け,殺菌作用は認められなかった.一方,1.5%LVFX点眼液の結膜濃度シミュレーションモデルは生菌数が増加せず,静菌作用が認められた.b.緑膿菌HSA201-00089株およびHSA201-00094株の生菌数変化を図4に示す.LVFXに比較的感受性の高いHSA20100089株(LVFXMIC:0.5μg/mL)では,0.5%LVFX点眼液の角膜濃度をシミュレーションして曝露させると,8時間後に生菌数が約1/103まで減少するが,その後増殖し24時間後には初期菌数と同程度になった.一方1.5%LVFX点眼液のシミュレーションでは,8時間後に検出限界以下まで減少し,その後わずかに増殖したが,0.5%LVFX点眼液よりも強い殺菌作用が示された.(109)00094株(LVFXMIC:1μg/mL)においてもほぼ同様の結果で,0.5%LVFX点眼液では,曝露直後に生菌数は約1/102に減少するがその後増殖し,24時間後には初期菌数以上に増加した.一方1.5%LVFX点眼液のシミュレーションでは,16時間後までは検出限界以下で推移し,24時間後にわずかな増殖がみられるのみで,0.5%LVFX点眼液よりも非常に強い殺菌作用が示された.3.曝露24時間後の菌液のポピュレーション解析a.黄色ブドウ球菌HSA201-00027株のポピュレーション解析の結果を図5に示す.0.5%LVFX点眼液の結膜濃度シミュレーションモデルでは,8μg/mLLVFX含有MHA平板でコロニーを形成する株が出現し,使用菌株のLVFX感受性が曝露前に比べて顕著に低下した.一方,1.5%LVFX点眼液の結膜濃度シミュレーションモデルではLVFX感受性が低下したコロニーは観察されず,使用菌株のLVFX感受性の低下を認めなかった.b.緑膿菌HSA201-00089株およびHSA201-00094株のポピュレーあたらしい眼科Vol.30,No.12,20131757 108:0.5%LVFX:1.5%LVFX:LVFX作用前64200LVFX濃度(μg/mL)0.5124検出限界8生菌数(logCFU/mL)図5LVFX曝露24時間後の黄色ブドウ球菌HSA201.00027HSA201-00094株でも,0.5%LVFX点眼液ではLVFX感受性が低下したコロニーが出現したが,1.5%LVFX点眼液ではLVFX感受性が低下したコロニーの出現は認めなかった.III考察キノロン系抗菌薬においては,invitro血中濃度シミュレーションモデルや免疫抑制動物の局所感染モデルにおける検討ならびにヒトでの臨床試験の成績から,治療効果に相関する主要なPK-PDパラメータはAUC/MICであり3.6),耐性化の抑制にはCmax/MICが相関すると報告されている7.10).株のポピュレーション解析各値は3例の平均値を示す.検出限界は20CFU/mL.今回,LVFX濃度の違いによる殺菌効果および耐性菌出現抑制効果の差異を調べる目的で,invitroシミュレーションモデルを用いて0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液のウサギa8:0.5%LVFX:1.5%LVFX:LVFX作用前642検出限界0LVFX濃度(μg/mL)00.51248における眼組織中濃度をinvitro系に再現し,黄色ブドウ球菌および緑膿菌に対する殺菌作用ならびにLVFX曝露後の耐性菌出現の有無を検討した.その結果,1.5%LVFX点眼液のシミュレーションでは黄色ブドウ球菌に対する静菌効果およびLVFX感受性が低下したポピュレーションの出現抑制効果を示し,そのときのAUC/MIC,Cmax/MICはそれぞれ66.6,29.3であった.一方,殺菌作用がみられず,曝露後に耐性化を生じた0.5%LVFX点眼液のシミュレーションのAUC/MIC,Cmax/MICは18.6,6.4であった.また緑膿菌(LVFXMIC:1μg/mL)の検討では,高い殺菌効果およびLVFXの感受性低下ポピュレーションの出現抑制効果を生菌数(logCFU/mL)生菌数(logCFU/mL)b8642検出限界0LVFX濃度(μg/mL):0.5%LVFX:1.5%LVFX:LVFX作用前0124816図6LVFX曝露24時間後の緑膿菌HSA201.00089株およ示した1.5%LVFX点眼液のシミュレーションのAUC/MICおよびCmax/MICはそれぞれ129.8,32.5で,菌が増殖し,曝露後に耐性化を生じた0.5%LVFX点眼液のシミュレーションのAUC/MIC,Cmax/MICは48.9,9.2であった.Invitroシミュレーションモデルを用いたOonishiらの報告13)によると,黄色ブドウ球菌株のLVFX耐性菌の出現を抑制するのに必要なCmax/MICは10以上であり,今回の筆者らの結果はそれと一致する.今回検討に用いた黄色ブドウ球菌はLVFXに対する累積発育阻止率曲線14)においてMIC80株に相当し,緑膿菌はMIC50株およびMIC80株に相当する眼科新鮮臨床分離株でびHSA201.00094株のポピュレーション解析各値は3例の平均値を示す.検出限界は20CFU/mL.a:HSA201-00089株,b:HSA201-00094株.ション解析の結果を図6に示す.HSA201-00089株において,0.5%LVFX点眼液の角膜濃度シミュレーションモデルで4μg/mLLVFX含有MHA平板でコロニーを形成する株が出現し,使用菌株のLVFX感受性が曝露前に比べて顕著に低下することが示された.1.5%LVFX点眼液では,LVFX感受性が低下したコロニーの出現を認めなかった.1758あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013ある.したがって,1.5%LVFX点眼液であれば,黄色ブドウ球菌株および緑膿菌株の多くで耐性化を防止できる可能性が示唆された.他方,黄色ブドウ球菌のMIC50相当株やメチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌のMIC50およびMIC80相当株について角膜濃度あるいは結膜濃度シミュレーションモデルで検討したところ,それら菌株においては0.5%および1.5%LVFX点眼液のシミュレーションのいずれもLVFX感受性の低下を生じなかった(データ示さず).汎用されている評価系の本シミュレーションモデルでは原因細菌が存在する角膜組織や結膜組織のLVFX濃度推移に(110) 基づき曝露濃度を設定した.ヒトの角膜および結膜組織の濃度推移データを取得することは困難であるため,ウサギの角膜および結膜組織のLVFX濃度推移を代用しており,今回の結果をヒトに外挿することには議論の余地がある.しかしながら,ウサギに0.5%および1.5%LVFX点眼液を単回点眼したときの角膜LVFX濃度は,15分後にそれぞれ約9μg/gおよび33μg/gを示し,角膜摘出の約15分および約10分前に0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液を2回点眼したときのヒト角膜LVFX濃度はそれぞれ約18μg/gおよび約65μg/gであった15,16)ことから,点眼回数の違いを考慮すると角膜濃度推移にヒトとウサギで大きな種差はないと推測された.また,ウサギに0.5%LVFX点眼液を単回点眼したとき眼球結膜LVFX濃度が15分後に約3.2μg/gである一方,ヒトに0.5%LVFX点眼液を単回点眼したときの20分後の眼球結膜LVFX濃度は約2.3μg/gであった17)ことから,眼球結膜濃度についてもヒトとウサギで大きな種差はないと推測された.以上から,ウサギの角膜および結膜濃度で示された耐性化抑制の結果は,ヒトにおいても1.5%LVFX点眼液のほうが0.5%LVFX点眼液よりも耐性化抑制に貢献できることを支持するデータであると推察された.2000年から2004年に実施された薬剤感受性全国サーベイランスでは,LVFXに対する眼感染症由来臨床分離株のMICについて顕著な上昇は認められていないものの,一部の菌種では感受性低下が認められており,引き続き慎重な観察が必要とされている14,18,19).本サーベイランスデータを年齢別に解析したところ,高齢者の黄色ブドウ球菌および緑膿菌のLVFX耐性化率は非高齢者よりも高値であった.さらに,一部の医療機関ではLVFX耐性化が進み,高齢者や老人施設などの一部の患者でLVFX耐性率の上昇が報告されている1,2).したがって,抗菌点眼液の使用頻度が高く,集団生活や全身疾患の影響などにより耐性菌を保菌しやすい患者層を中心に,今後LVFX耐性菌が拡大することが危惧される.耐性菌の出現が大きな問題となっている全身領域では,クラビットR錠500mgのように高濃度製剤が上市され,「highdose,shortduration」といった抗菌薬の適正使用により,耐性菌の出現防止が進められている.LVFX耐性菌の出現および拡大が懸念される眼科領域においても耐性化防止が最重要課題である.今回の検討結果より,1.5%LVFX点眼液は,0.5%LVFX点眼液に比較して,メチシリン感受性黄色ブドウ球菌および緑膿菌の耐性菌出現防止に効果的である可能性が示唆された.新規抗菌薬の創出がむずかしい現況では,細菌性眼感染症治療薬として最も汎用されているクラビットR点眼液0.5%の高濃度製剤として2011年に発売されたクラビットR点眼液1.5%が医療現場で使用され,よりいっそう適正使用が推進されることにより,将来にわたってLVFX点眼液の有効性を維持し続けることが重要であると(111)考えられる.謝辞:本研究に対するご指導,ご助言を賜りました愛媛大学医学部眼科学教室の大橋裕一教授に深謝いたします.文献1)櫻井美晴,林康司,尾羽澤実ほか:内眼手術術前患者の結膜.細菌叢のレボフロキサシン耐性率.あたらしい眼科22:97-100,20052)村田和彦:眼脂培養による細菌検査とレボフロキサシン耐性菌の検討.臨眼61:745-749,20073)LacyMK,LuW,XuXetal:Pharmacodynamiccomparisonsoflevofloxacin,ciprofloxacin,andampicillinagainstStreptococcuspneumoniaeinaninvitromodelofinfection.AntimicrobAgentsChemother43:672-677,19994)AndesD,CraigWA:Animalmodelpharmacokineticsandpharmacodynamics:acriticalreview.IntJAntimicrobAgents19:261-268,20025)CraigWA:Pharmacokinetic/pharmacodynamicparameters:rationaleforantibacterialdosingofmiceandmen.ClinInfectDis26:1-12,19986)CraigWA:Doesthedosematter?ClinInfectDis33(Suppl3):S233-237,20017)Madaras-KellyKJ,DemastersTA:Invitrocharacterizationoffluoroquinoloneconcentration/MICantimicrobialactivityandresistancewhilesimulatingclinicalpharmacokineticsoflevofloxacin,ofloxacin,orciprofloxacinagainstStreptococcuspneumoniae.DiagnMicrobiolInfectDis37:253-260,20008)PrestonSL,DrusanoGL,BermanALetal:Pharmacodynamicsoflevofloxacin:anewparadigmforearlyclinicaltrials.JAMA279:125-129,19989)BlondeauJM,ZhaoX,HansenGetal:MutantpreventionconcentrationsoffluoroquinolonesforclinicalisolatesofStreptococcuspneumoniae.AntimicrobAgentsChemother45:433-438,200110)BlaserJ,StoneBB,GronerMCetal:ComparativestudywithenoxacinandnetilmicininapharmacodynamicmodeltodetermineimportanceofratioofantibioticpeakconcentrationtoMICforbactericidalactivityandemergenceofresistance.AntimicrobAgentsChemother31:1054-1060,198711)ClarkL,BezwadaP,HosoiKetal:Comprehensiveevaluationofoculartoxicityoftopicallevofloxacininrabbitandprimatemodels.JToxicolCutaneousOculToxicol23:1-18,200412)梶原悠,長野敬,中村雅胤:ウサギ角膜上皮.離後の角膜上皮創傷治癒および前眼部症状に及ぼすレボフロキサシン点眼液の影響.あたらしい眼科29:1003-1006,201213)OonishiY,MitsuyamaJ,YamaguchiK:EffectofGrlAmutationonthedevelopmentofquinoloneresistanceinStaphylococcusaureusinaninvitropharmacokineticmodel.JAntimicrobChemother60:1030-1037,200714)小林寅喆,松崎薫,志藤久美子ほか:細菌性眼感染症患者より分離された各種新鮮臨床分離株のLevofloxacin感受あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131759 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フルオレセイン染色法の違いによる涙液メニスカス高への影響

2013年12月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(12):1750.1753,2013cフルオレセイン染色法の違いによる涙液メニスカス高への影響金谷芳明堀裕一村松理奈出口雄三柴友明前野貴俊東邦大学医療センター佐倉病院眼科ComparisonofTearMeniscusHeightafterDifferentMethodsofFluoresceinStainingYoshiakiKanaya,YuichiHori,RinaMuramatsu,YuzoDeguchi,TomoakiShibaandTakatoshiMaenoDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter緒言:オキュラーサーフェスの診察において生体染色は必要不可欠であり,さまざまな染色方法が知られているが,染色をする際は,できるだけ涙液貯留量を変化させないことが重要であるとされている.対象および方法:2006年ドライアイ診断基準に基づき,ドライアイを認めていない正常眼8例16眼に対し,フルオレセイン染色前後における,下方の涙液メニスカス高(TMH)をDR-1(興和)および涙液メニスカス解析ソフト(MeniscusProcessor,トーメーコーポレーション)を用いて測定した.染色方法は,フルオレセイン試験紙に生理食塩水を点眼後よく振って行う方法(フルオレセイン染色),1%フルオレセインをマイクロピペットにて2μl,8μl,15μl点眼する方法(マイクロピペット),硝子棒の先に1%フルオレセインを浸けて点眼する方法(硝子棒),1%に希釈したフルオレセインを点眼瓶から1滴点眼する方法(フルオレセイン点眼)の6種で行った.結果:フルオレセイン試験紙およびマイクロピペット2μlでは点眼前に比べて点眼後でTMHの有意な変化はみられなかったが(p>0.05,paired-ttest),硝子棒,マイクロピペット8μl,マイクロピペット15μlおよびフルオレセイン点眼では,有意なTMHの増加がみられた(p=0.0001,0.000002,0.003,0.00002,paired-ttest).染色前後でのTMHの差はフルオレセイン試験紙が最も小さく,以下マイクロピペット2μl,硝子棒,マイクロピペット8μl,マイクロピペット15μl,フルオレセイン点眼の順に小さく,フルオレセイン試験紙との比較において,硝子棒,マイクロピペット8μl,マイクロピペット15μlおよびフルオレセイン点眼では,有意差を認めた(p=0.0004,0.000008,0.005,0.000005,Studentのt検定).考按:フルオレセイン試験紙に生理食塩水を点眼後よく振って少量の染色を行う方法は,最もTMHを変化させない染色方法であり,本方法とマイクロピペットにて2μlを点眼する方法は,TMHを変化させにくいフルオレセイン染色方法として推奨されうると考える.Purpose:Tocomparetearmeniscusheight(TMH)afterdifferentmethodsoffluoresceinstaining.Methods:Enrolledinthisstudywere16eyesof8normalsubjects.TMHwasmeasuredbyDR-1(KOWA)beforeandafterfluoresceinstainingusingafluoresceinstrip;2μl,8μl,and15μlof1%fluoresceinsolutionusingamicropipette;eyedropsof1%fluoresceinsolution,oraglassstickdippedin1%fluoresceinsolution.Results:Therewerenosignificantdifferencesbetweenbeforeandafterfluoresceinstainingwithafluoresceinstriporwith2μlof1%fluoresceinsolutionbymicropipette(p>0.05,paired-ttest).Fluoresceinstainingwithaglassstick;8μland15μlof1%fluoresceinsolutionusingamicropipette,andeyedropsof1%fluoresceinsolutionchangedTMHsignificantly(p<0.05,paired-ttest).Conclusion:Wefoundthatminimalfluoresceinstainingwithastripandinstillationof2μlof1%fluoresceinsolutiondidnotinfluenceTMH.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(12):1750.1753,2013〕Keywords:フルオレセイン染色,涙液メニスカス高(TMH:tearmeniscusheight),DR-1,フルオレセイン試験紙,マイクロピペット.fluoresceinstaining,tearmeniscusheight(TMH),DR-1,fluoresceinstrip,micropipette.〔別刷請求先〕金谷芳明:〒285-8741千葉県佐倉市下志津564-1東邦大学医療センター佐倉病院眼科Reprintrequests:YoshiakiKanaya,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter,564-1Shimoshizu,Sakura,Chiba285-8741,JAPAN175017501750あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(102)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY はじめにオキュラーサーフェスの診察においてはフルオレセイン染色,ローズベンガル染色,リサミングリーン染色などの生体染色が必要であり,染色することにより,数多くの情報を得ることができるが,その染色方法にはさまざまな方法がある.一般には,フルオレセイン試験紙に生理食塩水を滴下し,下眼瞼結膜に触れる方法が取られており,わが国で最も広く用いられている染色方法とされている1).特に,できるだけ涙液量を変えずに最小限の量を点眼することが重要とされており,横井は,フルオレセイン試験紙に1.2滴生理食塩水を滴下し,よく振って水分を切ってから下眼瞼の端に少しふれる方法を提唱している1).他に,治験などでは1%に希釈したフルオレセイン注射液をマイクロピペットにて2μl点眼する方法があり,一定の濃度と量を滴下することにより,涙液量に影響を与えない方法として推奨されている2).その理由としては,涙液量を変化させてしまうと,涙液メニスカス高(TMH:tearmeniscusheight)や涙液層破壊時間(BUT:tearfilmbreakuptime),角結膜上皮障害の程度が変化してしまい,正確なドライアイ診断ができなくなることがあげられる.眼表面の染色をする際は,できるだけ涙液貯留量を変化させないことが重要であるとされている1,2).横井は,ドライアイ診療アンケート20111)において,フルオレセイン染色方法についての眼科医725名にアンケートを行ったところ37.9%において「フルオレセイン試験紙に点眼液を滴下し,よく振って投与」していると報告している.また,その他の染色方法としては,「フルオレセイン希釈液を点眼」や,「フルオレセイン希釈液を硝子棒にて投与」といった方法も行われている.涙液量を変化させずにフルオレセイン染色を行うことは重要であるが,実際に染色方法の違いにより,涙液量がどう変化するかを検討した報告は筆者らの知る限りない.本検討では,さまざまな染色方法を用いてフルオレセイン染色前後のTMHの変化を測定し,検討した.I対象および方法対象は2006年ドライアイ診断基準3)に基づき,ドライアイを認めていない正常眼8例16眼である.フルオレセイン染色前後における,下方のTMHをDR-1(興和)および涙液メニスカス解析ソフト(MeniscusProcessor,トーメーコーポレーション)を用いて測定した4).フルオレセイン染色方法は,以下のとおりに行った.フルオレセイン試験紙(フローレスR試験紙0.7mg,昭和薬品化工株式会社)に生理食塩水を2滴たらし,試験紙を3回振って十分に水分を切り,眼瞼縁に少し試験紙を触れる方法(フルオレセイン試験紙),生理食塩水にて1%に希釈したフルオレセイン注射液(フルオレサイトR静注500mg,日本アルコン)をマイクロピペットにて2μl,8μl,15μlを点眼する(103)方法(それぞれマイクロピペット2μl,8μl,15μl),同液に硝子棒の先端を浸けてから,下眼瞼結膜鼻側1/3の部分に触れる方法(硝子棒),ベノキシールR0.4%点眼液(5ml,参天製薬)にフルオレセイン注射液(フルオレサイトR静注500mg)を0.05ml混ぜ,1%の濃度にしたものを,1滴点眼する方法(フルオレセイン点眼)の6通りで行った.測定は各方法をすべて別の日にそれぞれ16眼について行った.すべてのフルオレセイン染色は同一検者が行い,染色後5秒以内にDR-1にて下方のTMHの撮影を行い,動画撮影を別の同一検者が行った.DR-1測定後は細隙灯顕微鏡で眼表面が染色されていることを全例確認した.DR-1で撮影した動画からビットマップファイルとして取り込み,DR-1画像のTMHを測定するために開発された涙液メニスカス解析ソフト(MeniscusProcessor,トーメーコーポレーション)4)を用いてTMHの測定を行った.TMHの測定は既報どおり,DR-1を用いて,下眼瞼縁付近の像がモニターのほぼ中央に位置するようにし,倍率12倍で明確な輝線が観察されるように焦点を合わせて撮影を行った.解析ソフトはDR-1画像の明瞭な輝線と,その下方の眼瞼縁反射像上縁を自動認識して,両者間の距離を計測するソフトである.今回の検討においては,誤って自動認識された領域は手動で除外し,残りの自動認識された領域の距離を平均化した4).統計学的検討は,各染色方法における染色前後のTMHの値(paired-ttest)および,染色前後のTMHの差について,フルオレセイン試験紙法と比較(Studentのt検定)し,p<0.05%を有意水準として検定した.II結果フルオレセイン試験紙およびマイクロピペット2μlでは点眼前(それぞれTMH0.22±0.03mm,0.24±0.05mm)に比べて点眼後(それぞれTMH0.22±0.04mm,0.25±0.05mm)でTMHの有意な変化はみられなかったが(p>0.05,paired-ttest),硝子棒,マイクロピペット8μl,マイクロピペット15μlおよびフルオレセイン点眼では,点眼前(それぞれTMH0.23±0.06mm,0.25±0.03mm,0.27±0.04mm,0.23±0.06mm)に比べて点眼後(それぞれTMH0.29±0.05mm,0.31±0.04mm,0.35±0.09mm,0.37±0.11mm)と有意なTMHの増加がみられた(p=0.0001,0.000002,0.003,0.00002,paired-ttest)(図1).染色前後でのTMHの差はフルオレセイン試験紙,マイクロピペット2μl,硝子棒,マイクロピペット8μl,マイクロピペット15μl,希釈したフルオレセイン注射液を点眼の順に小さく,フルオレセイン試験紙との比較において,硝子棒,マイクロピペット8μl,マイクロピペット15μlおよびフルオレセイン点眼では,有意差を認めた(p=0.0004,0.000008,0.005,0.000005,Studentのt検定)(図2).また,染色前後でTMHが増加した症例はフルオレセインあたらしい眼科Vol.30,No.12,20131751 せないことが重要であるとされているが1,2),その染色方法はさまざまであり,実際にそれぞれの染色方法における00.7:染色前■:染色後****フルオレセイン試験紙マイクロピペット2μl硝子棒マイクロピペット8μl15μlフルオレセイン点眼00.7:染色前■:染色後****フルオレセイン試験紙マイクロピペット2μl硝子棒マイクロピペット8μl15μlフルオレセイン点眼0.6TMHの変化を比較,検討した報告はない.本検討では,フTMH(mm)0.50.40.30.20.1ルオレセイン試験紙とマイクロピペット2μlにおいて染色前後のTMHに有意な変化は認めず,染色前後のTMHの差は,フルオレセイン試験紙に生理食塩水を2滴点眼してよく振ってから染色する方法(フルオレセイン試験紙)が最も小さかった.また,フルオレセイン試験紙とマイクロピペット2μlとの間に有意差は認めなかったが,その他の染色方法で図1各フルオレセイン染色法による染色前後のTMHの変化フルオレセイン試験紙,マイクロピペット2μlではそれぞれ点眼前に比べて点眼後でTMHの有意な変化はみられなかったが(p>0.05,paired-ttest),硝子棒,マイクロピペット8μl,マイクロピペット15μlおよびフルオレセイン点眼では,有意なTMHの増加がみられた(*p<0.05,paired-ttest).0.3は,染色前後およびフルオレセイン試験紙との差の比較において有意にTMHが増加していた.ドライアイ診療アンケート2011では,フルオレセイン染色において「フルオレセイン試験紙に点眼液を滴下し,よく振って投与」の回答が,第5報では「23.8%に留まっていたが,今回37.9%と倍増した」ことについて,「よく振って投与することで,涙液貯留量を変化させることなく,BUTやその場の涙液量の情報をより正確に評価できるという考え方が浸透しつつあることによると思われる」,と報告しており,フルオレセイン試験紙を用いて水分を十分に切ってから染色する方法が推奨されている.本検討では,実際に推奨されている染色方法とその他の染色方法での染色前後のTMHの変TMHの差(mm)0.250.20.150.10.050*化を比較することで,その有用性を検討した結果,本検討で*もフルオレセイン試験紙とマイクロピペットにて2μl点眼する方法が染色前後でのTMHに有意な変化を認めなかった**が,実際の診療の場において,マイクロピペットを用いて染色することはむずかしいと考える.フルオレセイン試験紙を用いて染色する方法は簡便であり,よく振って水分を切るこ-0.05とで,涙液貯留量に影響を与えにくくすることができると考える.また硝子棒を使用し染色する方法は簡便であり,低刺激であるが染色後のTMHを変化させてしまう傾向にあることを理解したうえで施行すべきである.今回の検討では,フルオレセイン試験紙法が染色前後でのTMHの差が最も小さく,マイクロピペットにて2μl点眼す図2各フルオレセイン染色法による染色前後のTMHの差フルオレセイン試験紙,マイクロピペット2μl,硝子棒,マイクロピペット8μl,マイクロピペット15μl,フルオレセイン点眼の順に小さく,フルオレセイン試験紙との比較において,硝子棒,マイクロピペット8μl,マイクロピペット15μlおよびフルオレセイン点眼では,有意差を認めた(*p<0.05,Studentのt検定).試験紙では16眼中9眼(56.3%),マイクロピペット2μlでは16眼中11眼(68.8%),マイクロピペット8μlでは16眼中16眼(100%),マイクロピペット15μlでは16眼中13眼(81.3%),硝子棒では16眼中14眼(87.5%),フルオレセイン点眼では16眼中16眼(100%)であった.III考按眼表面の染色をする際は,できるだけ涙液貯留量を変化さ1752あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013る方法よりもTMHの差が小さく,ばらつきも小さかった.マイクロピペットを使用すると毎回同じ量のフルオレセインが点眼できるが,この方法は,マイクロピペットが眼に近づいてくるのが被検者に見えてしまい,恐怖心を与える恐れがある.さらに,手技の慣れない検者では,マイクロピペットの先端が結膜.に当たってしまう可能性がある.今回,マイクロピペットのほうがばらつきが大きかったのは,これらの影響が関係しているように思われた.TMHの測定方法は過去にも涙液メニスカスを画像解析する方法5)やフルオレセイン染色写真を画像解析する方法6),スリットランプにスケールを装着する方法7),前眼部OCTを用いる方法8),TearscopePlusを用いる方法9),などが報告されているが,近年坂根らにより,DR-1(興和)を用いる方法4)が報告されている.DR-1はもともと,涙液の油層を観察する装置であるが,撮影時に焦点を下眼瞼縁に合わせる(104) と輝度の弱い反射像と,その上方に明瞭な輝線が現れ,輝線が涙液メニスカスからの反射像と考えられ,輝線と下眼瞼縁反射像の上縁の距離がTMHに相当すると考えられている4).DR-1によるTMHの撮影は染色せずに短時間で施行することが可能である.しかしながら,TMHの測定は画像をパソコンに取り込み,解析ソフトを使用する必要があるため,今後はDR-1にTMH解析ソフトが搭載されることが望まれる.DR-1は涙液油層やNI-BUT(non-invasiveBUT:非侵襲的涙液層破壊時間)を評価し,ドライアイのスクリーニングに用いることが可能な装置である.専用の解析ソフトを使用しなければならないが,涙液油層,NI-BUTに加え,TMHも評価することでより多くの情報を得ることができ,スクリーニングにおける感度,特異度の向上につながると考える.また,前眼部OCTも同様に非侵襲的にTMHの評価が可能であり,今後は前眼部OCTを使用したTMHの評価やDR-1との比較をしていく必要があると思われる.本研究には限界がいくつかある.まず一つは,涙液のターンオーバーについてである.涙液の涙小管への排出は瞬目を繰り返すことで行われるが,本研究では,自由瞬目下で測定を行っている.今回,フルオレセイン染色後ただちに機械に顎をのせてもらい,染色から5秒以内にDR-1にて涙液メニスカスの撮影を行ったが,それでも少なくとも1回は瞬目しており,症例によっても測定までの瞬目回数が異なっている.よってこの瞬目回数の違いで涙液メニスカス高への影響がある可能性がある.しかしながら,同一被検者で1回の瞬目で涙液メニスカス高が大きく変わっている印象はなく,今回の結果にあまり大きな影響を与えてはいないのではないかと考える.また,今回は,事前に通水検査を行っていないため,涙道通過障害が全例になかったかどうかの証明は行っていない.しかしながら今回の検討では点眼前から極端に涙液メニスカスが高かった例はなく,涙道通過状態は正常であったと考えている.二つ目は,フルオレセイン点眼において他の染色法と比較しても有意にTMHの増加が認められたが,ベノキシールR0.4%点眼液を使用しているため,BAC(塩化ベンザルコニウム)による刺激性涙液分泌が生じている可能性がある.また,点眼後,時間が経過している場合には麻痺性涙液分泌減少も生じる可能性があるが,ベノキシールR0.4%点眼液の麻酔効果発現時間は平均16秒と報告されており10),本検討では全例染色後5秒以内にTMHの測定を行っているため,麻痺性涙液分泌減少はきたしていないと考える.三つ目は本研究では,TMH解析ソフトで解析ができない症例があり,その場合はパソコンに取り込んだ動画から再度,静止画像をキャプチャーする必要がある.また,解析ソフトで解析された範囲の平均値をTMHとして表示しているが,解析範囲が狭い症例があり,その場合も再度,静止画像をキャプチャーする必要があると考える.他のTMH測定方法はTMHを1カ所で測定,評価しているのに対し,DR-1では,下眼瞼のほぼ全範囲におけるTMHを測定し,平均値として表示することが可能であり,取り込んだ画像のタイミングや写りが不鮮明であった場合に解析範囲が狭くなってしまうと考えられる.この点が,DR-1を使ったTMH測定の欠点となるわけであるが,1点だけを測定するのではなく,TMHをできる限り広範囲で解析することで,より正確にTMHを評価することができると考える.涙液貯留量やTMHの評価においては,染色の際にできるだけ涙液量に影響を与えない染色方法が望ましく,フルオレセイン試験紙を用いて少量の染色を行う方法およびマイクロピペットにて2μlを点眼する方法は,TMHを変化させにくい染色方法であることが確認できた.今回の検討は正常人で行ったが,ドライアイ症例などもともと涙液メニスカス高が異常な症例においては,染色方法による差がさらに大きくなる可能性があると考えられ,今後の検討課題にしたいと考える.謝辞:本研究において,DR-1画像のTMHを測定するための解析ソフト(MeniscusProcessor,トーメーコーポレーション)をご提供いただいた山口昌彦先生(愛媛大学医学部眼科学教室)に対し,心から感謝申し上げます.文献1)横井則彦:ドライアイ診療アンケート.FrontiersinDryEye6:90-98,20112)鎌尾知行,山口昌彦:ドライアイの生体染色.あたらしい眼科29:1607-1612,20123)島.潤:2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科24:181-184,20074)坂根由梨,山口昌彦,白石敦ほか:涙液スペキュラースコープDR-1を用いた涙液貯留量の評価.日眼会誌114:512-519,20105)MainstoneJC,BruceAS,GoldingTR:Tearmeniscusmeasurementinthediagnosisofdryeye.CurrEyeRes15:653-661,19966)KawaiM,YamadaM,KawashimaMetal:Quantitativeevaluationoftearmeniscusheightfromfluoresceinphotographs.Cornea26:403-406,20077)OguzH,YokoiN,KinoshitaS:Theheightandradiusofthetearmeniscusandmethodsforexaminingtheseparameters.Cornea19:497-500,20008)XiaodiQ,LanG,YiLuetal:ThediagnosticsignificanceofFourier-domainopticalcoherencetomographyinSjogrensyndrome,aqueousteardeficiencyandlipidteardeficiencypatients.ActaOphthalmol90:e359-e366,20129)UchidaA,UchinoM,GotoEetal:NoninvasiveinterferencetearmeniscometryindryeyepatientswithSjogrensyndrome.AmJOphthalmol144:232-237,200710)岡村治彦:新しい点眼麻酔薬Novesineの効果について.日眼会誌66:557,1962(105)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131753

先天鼻涙管閉塞の検出菌とその薬剤感受性

2013年12月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(12):1745.1749,2013c先天鼻涙管閉塞の検出菌とその薬剤感受性松山浩子*1宮崎千歌*2*1国立病院機構姫路医療センター眼科*2兵庫県立塚口病院眼科BacteriologyandSusceptibilitiesofMicrobialIsolatesinCasesofCongenitalNasolacrimalDuctObstructionHirokoMatsuyama1)andChikaMiyazaki2)1)DepartmentofOphthalmology,NationalHospitalOrganizationHimejiMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,HyogoPrefecturalTsukaguchiHospital目的:先天鼻涙管閉塞の患児からの検出菌とその薬剤感受性の報告.対象および方法:2009年1月から2010年1月までに加療した先天鼻涙管閉塞(congenitalnasolacrimalductobstruction:CNLDO)の患児55症例58側(生後6カ月から5歳11カ月,平均年齢は11.0カ月)の鼻涙管から採取した膿を検体として,細菌検査室で検出菌とその薬剤感受性検査を行った.結果:細菌検査の検出率は96.5%で,検出された80株ではStreptococcuspneumoniae,Streptococcusspp.,Haemophilusinfluenzaeの順に多かった.グラム陽性菌では60%以上にエリスロマイシン(EM)耐性,18%にレボフロキサシン(LVFX)耐性であった.グラム陰性菌では60%以上がアンピシリン(ABPC)耐性であったが,LVFX耐性は認めなかった.結論:プロービング前に菌の同定を行うことは重要であり,今回の膿を直接採取する方法は有用であった.Purpose:Todeterminethemicrobialprofileofcongenitalnasolacrimalductobstruction(CNLDO)andtheappropriateantimicrobialagents,basedonthesensitivitypatternoftheisolatedmicroorganisms.Methods:Theclinicalstudyevaluatedtheeffectivenessoflocalantibioticagentsclinicallyandinvitro.Weobtained58samplesfromthelacrimalsacsof58infantswithCNLDOintheagegroup6mos.5yrs.Results:Cultureswerepositiveforbacteriain96.5%ofthesamples.Atotalof80strainswereisolatedfrominfants.TheycomprisedStreptococcuspneumoniae,Streptococcusspp.andHaemophilusinfluenzae,indescendingorder.Gram-positivebacteriawereresistanttoerythromycin(EM)inmorethan60%,andwereresistanttolevofloxacin(LVFX)in18%.Gram-negativebacteriawereresistanttoampicillin(ABPC)inmorethan60%,although100%weresensitivetoLVFX.Conclusions:Beforeprobing,itisimportanttoidentifythepathogenicbacteria;themethodweusedtodirectlycollectpuswasindeedeffectiveinenablingsuchidentification.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(12):1745.1749,2013〕Keywords:先天鼻涙管閉塞,検出菌と薬剤感受性.congenitalnasolacrimalductobstruction(CNLDO),bacteriologyandthesusceptibilities.はじめに先天鼻涙管閉塞(congenitalnasolacrimalductobstruction:CNLDO)は生下時より鼻涙管の尾側が下鼻道に開口されずに閉塞しているもので,発症頻度は6.20%1)とされている.CNLDOの治療法としては,古くからプローブを挿入し盲目的に閉塞部分を穿破する先天鼻涙管閉塞開放術(以下,プロービング)が行われてきた.しかし,生後12カ月までに90%以上が自然治癒する1)とされており,欧米では早期のプロービングは行われていない.近年はわが国においても,まず保存的に経過を観察し,自然治癒しない場合にはプロービングを行うことが推奨されるようになってきているが,経過観察期間やプロービングを行う時期に関しては多く議論されているところである.CNLDOの涙道内を涙道内視鏡を用いて観察すると閉塞部末端には膿が貯留しており,鼻内視鏡を用いて下鼻道を観察すると閉塞部が.胞状に膨らんでいるのを確認することがで〔別刷請求先〕松山浩子:〒670-8520姫路市本町68国立病院機構姫路医療センター眼科Reprintrequests:HirokoMatsuyama,DepartmentofOphthalmology,NationalHospitalOrganizationHimejiMedicalCenter,68Honmachi,Himeji,Hyogo670-8520,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(97)1745 図1CNLDOの閉塞部の鼻内視鏡像CNLDOでは鼻内視鏡で下鼻道を観察すると閉塞部が.胞状に膨らんでいるのが確認できる.きる(図1).閉塞部に貯留している膿には細菌が含まれており,プロービングは出血を伴うことも多いため,プロービング時に細菌が血液中に侵入する可能性は否定できない.実際にプロービング後に敗血症が生じたという報告2,3)があり,プロービングをするときはそのような場合に備えて,起炎菌となりうる菌種を事前に調べておく必要がある.今回,CNLDOの患児の鼻涙管内にバンガーター針を挿入して閉塞部に貯留している膿を採取し,その膿を検体として細菌検査と薬剤感受性検査を行った.CNLDOの検出菌を調べた過去の報告4.8)では,涙.洗浄によって涙点から結膜に逆流してきた涙.貯留物を検体としているものが多い.今回,閉塞部に貯留した膿を直接採取して検出菌を調べ,一部の症例においては結膜.擦過培養検査も行い,膿と結膜.擦過物で検出菌の菌種に違いがあるのかを調べたので報告する.I対象および方法対象は,2009年1月から2010年1月までに兵庫県立塚口病院でプロービングを行う前に鼻涙管内より膿を採取したCNLDOの患児55症例58側.年齢は生後6カ月から5歳11カ月で平均年齢は11.0カ月,性別は男児38例,女児17例であった.全例の鼻涙管内に膿の貯留がみられ,涙道感染症状が認められた.そのうち結膜.擦過培養も行ったものは36症例37側であった.抗菌点眼薬の使用歴のあるものは,55症例のうち36例(65.5%)で使用抗菌薬の75%はニューキノロン系であった.膿の採取には,1.0mlシリンジにバンガーター針を取り付けたものを使用した.バンガーター針を鼻涙管内に挿入した状態でシリンジの内筒を引き,鼻涙管内の膿を吸い上げるようにして膿を採取した(図2).1746あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013図2バンガーター針の鼻涙管内への挿入による膿の採取細菌分離は細菌検査室において,血液寒天培地,チョコレート培地を用いて好気的条件下に行い,またGAM半流動寒天培地を用いて嫌気的条件下の培養を行った.薬剤感受性検査は分離された各菌種について最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)を測定し,各薬剤の判定基準に従いS(susceptible,感受性あり),I(intermediate,中間感受性),R(resistant,耐性)と判定した.検査薬剤はペニシリンG(PCG),アンピシリン(ABPC),セフォチアム(CTM),セフォタキシム(CTX),エリスロマイシン(EM),レボフロキサシン(LVFX)である.II結果採取した膿からは55症例58側中56側(96.5%)から80株,結膜.擦過物からは36症例37側中30側(81.0%)から41株の細菌が検出された.膿・結膜.擦過物それぞれからの検出菌とその株数の内訳を表1に示す.検出率は膿が96.5%,結膜.擦過物が81.0%で,膿のほうが結膜.擦過物より検出率が有意に高かった(p値=0.026Fisher検定).膿からの検出菌80株の菌種とその割合を図3に示す.グラム陽性菌は51株(63.8%),グラム陰性菌は27株(33.8%),真菌は2株(2.5%)であった.グラム陽性球菌はStreptococcuspneumoniaeが21株,Streptococcusspp.が21株,メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(methicillin-susceptibleStaphylococcusaureus:MSSA)が4株,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulasenegativestaphylococci:CNS)が2株であった.グラム陽性桿菌はCorynebacteriumspp.などが3株,グラム陰性桿菌はHaemophilusinfluenzaeが14株,Moraxellacatarrhalisが5株,Serratiamarcescensが2株,Pseudomonasaeruginosaが1株であった.グラム陰性球菌はNeisseriaspp.など5株,真菌はCandidaspp.2株であった.結膜.擦過物からの検出菌の種類とその割合を図4に示(98) 5726321831315113252137130表1膿と結膜.擦過物からの検出菌その他検体膿結膜.擦過物検出菌株数株数pneumoniaeグラム陽性菌NeisseriaStreptococcuspneumoniae2115spp.Streptococcusspp.21105%35%MSSA42Corynebacteriumspp.30CNS20計5127MSSA5%11%StreptococcusHaemophilusinfluenzae16%Moraxellacatarrhalis5%Streptococcusspp.23%(株)〕14グラム陰性菌図4結膜擦過物を検体とした場合の分離菌の割合〔n=Haemophilusinfluenzae147Neisseriaspp.52■:R■:I:SMoraxellacatarrhalis52Serratiamarcescens21PCG(38)Pseudomonasaeruginosa11ABPC(23)計2713真菌CTX(35)Candidaspp.21CTM(19)計21EM(40)総計8041LVFX(38)MSSA5%2%10%marcescensStreptococcuspneumoniaeStreptococcusHaemophilusinfluenzae17%Moraxellacatarrhalis6%■:R■:I:S0%20%40%60%80%100%SerratiaCNSその他図5グラム陽性菌の薬剤感受性検査結果(数字は株数)2%Neisseria27%spp.5%41311110718870%20%40%60%80%100%EM(8)CTX(19)CTM(13)ABPC(20)図3膿を検体とした場合の分離菌の割合〔n=80(株)〕spp.26%LVFX(10)す.グラム陽性菌は27株(65.9%),グラム陰性菌は13株(31.7%),真菌は1株(2.4%)であった.グラム陽性球菌はStreptococcuspneumoniaeが15株,Streptococcusspp.が10株,MSSAが2株であった.グラム陰性桿菌はHaemophilusinfluenzaeが7株,Moraxellacatarrhalisが2株,Serratiamarcescensが1株,Pseudomonasaeruginosaが1株であった.グラム陰性球菌はNeisseriaspp.が2株,真菌はCandidaspp.が1株であった.膿,結膜.擦過物ともに検出菌の上位を占めているのは,Streptococcuspneumoniae,Streptococcusspp.,Haemophilusinfluenzaeであった.膿を検体とした薬剤感受性検査結果を図5.9に示す.グラム陽性菌(図5)についてはEMの耐性菌が多く60%以上に耐性を認めた.LVFXに対しては18%に耐性がみられ(99)図6グラム陰性菌の薬剤感受性検査結果(数字は株数)78.9%に感受性があった.PCG,ABPC,CTMに対しては中間感受性を含めると20.30%に耐性を認めた.グラム陰性菌(図6)については,EM,LVFX,CTXに対して耐性はみられなかった.ABPCに対して60%以上,CTMに対しては30%以上に耐性を示した.検出菌の上位を占めていたStreptococcuspneumoniae,Streptococcusspp.,Haemophilusinfluenzaeの膿を検体とした場合の各検出菌別の薬剤感受性検査の結果を図7.9に示す.検出菌の割合が最も多かったStreptococcuspneumoniaeではPCG,LVFXに対して耐性菌は認めなかった.CTXにあたらしい眼科Vol.30,No.12,20131747 5121131131315141451211311313151414■:R■:I:SPCG(16)122216CTX(13)1210CTM(16)5110EM(16)LVFX(16)1150%20%40%60%80%100%StreptococcuspneumoniaeSIRPCG≦0.060.12.1≧2CTX≦12≧4CTM≦0.51≧2EM≦0.250.5≧1LVFX≦24≧8図7Streptococcuspneumoniaeの薬剤感受性検査結果(数字は株数)(上段)とStreptococcuspneumoniaeに対する各薬剤の感受性のブレイクポイント(単位はμg/ml)(下段)■:R■:I:SPCG(15)ABPC(17)CTM(16)EM(26)LVFX(18)0%20%40%60%80%100%図8Streptococcusspp.の薬剤感受性検査結果(数字は株数)対しては10%,CTMに対しては30%以上,EMに対しては70%以上に耐性を認めた.Streptococcusspp.では,LVFXに対して28%が耐性,EMに対して40%以上が耐性を認めた.Haemophilusinfluenzaeでは,LVFXに対する耐性菌は認められず,ABPC,CTMに対して20%以上に耐性を認めた.III考察今回,膿を検体とした細菌検査の検出率は96.5%であった.CNLDOの検出菌を報告している既存の文献では,検出率は72.6%7).85.5%5)である.これらの報告では,涙.洗浄によって涙点から結膜に逆流してきた涙.貯留物を検体と1748あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013■:R■:I:SABPC(10)CTX(9)CTM(10)LVFX(10)231107970%20%40%60%80%100%HaemophilusinfluenzaeSIRABPC≦12≧4CTX≦2>2CTM≦42≧8LVFX≦2>2図9Haemophilusinflの薬剤感受性検査結果(数字は株数)(上段)とHaemophilusinflに対する各薬剤の感受性のブレイクポイント(単位はμg/ml)(下段)しているものが多いが,筆者らは直接閉塞部に貯留した膿を採取し,それを検体としたため高い検出率になったと考えられる.また,検出菌の種類とその割合に関しては,膿を検体とした場合と結膜.擦過物を検体とした場合とで同じ傾向を示していた.その理由としては,閉塞部に貯留した膿が結膜側に逆流していることが予測できる.表2にCNLDOにおける検出菌とその割合に関して,過去の報告4.8)と今回の結果を示す.既存のわが国の報告6.8)にはStaphylococcusaureus,Staphylococcusepidermidis,CNSといったStaphylococcusspp.が多く検出されているのに対し,海外報告4,5)ではStaphylococcusspp.の割合が少なく,Streptococcuspneumoniae,Haemophilusinfluenzae,Streptococcusspp.の割合が多い.本報告は既存の海外の報告と同様の結果であった.薬剤感受性検査の結果については,グラム陽性菌では60%以上にEM耐性菌,18%にLVFX耐性菌であった.グラム陰性菌では60%以上がABPC耐性菌であったが,LVFX耐性菌は認めなかった.眼科領域ではスペクトラムの広いニューキノロン系抗菌薬が使用されることが多く,近年,ニューキノロン系抗菌薬の普及と汎用により,LVFX耐性菌が危惧されている.今回の結果ではStreptococcuspneumoniae,HaemophilusinfluenzaeにはLVFX耐性菌はみられなかったが,Streptococcusspp.では約20%にLVFX耐性菌が検出されている.CNLDOの検出菌におけるLVFXの薬剤感受性検査を報告した文献は,海外にはなくわが国には(100) 表2CNLDOの検出菌の比較中村ら(1997)Kuchar(2000)Ushaら(2006)後藤ら(2008)児玉ら(2010)本報告S.aureusS.pneumoniaeS.pneumoniaeStreptococcusS.epidermidisS.pneumoniae(14)(36)(33)spp.(35)(18)(27)H.influenzaeH.influenzaeH.influenzaeCNSStreptococcusStreptococcus(14)(19)(31)(17)viridans(13)spp.(26)S.pneumoniaeStreptococcusStreptococcusS.aureusS.pneumoniaeH.influenzae(11)viridans(11)viridans(15)(12)(11)(17)CNSP.aeruginosaP.aeruginosaH.influenzaeH.influenzaeMoraxella(8)(11)(7)(10)(11)catarrhalis(6)()内は検出菌全菌種に対する%を示す.2件ある.児玉ら6)はグラム陽性菌で50%,グラム陰性菌で20%にLVFX耐性菌が検出されたと報告し,後藤ら7)はグラム陽性球菌で83.3%にLVFXの感受性があり(16.7%に耐性),グラム陰性桿菌で100%にLVFXの感受性があったと報告している.本報告は,後藤らの報告と同様の結果であった.StreptococcuspneumoniaeでPCGに耐性あるいは中間感受性を示すものは,ペニシリン耐性肺炎球菌(penicillinresistantStreptococcuspneumoniae:PRSP),ペニシリン中等度耐性肺炎球菌(penicillinresistantintermediateStreptococcuspneumoniae:PISP)といわれる.2008年にCLSI(ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute)により肺炎球菌に対するペニシリン感受性のカットオフ値(ブレイクポイント)が改定され,新基準ではMIC≧8μg/mlが耐性,MIC=4μg/mlが中間感受性,MIC≦2μg/mlが感受性となった9).今回の判定は新基準を用いており,すべての株にPCGに対して感受性が認められた.CNLDOは自然治癒の報告もありプロービングを行う時期に関しては諸説あるが,経過観察を続けることが困難な場合や自然治癒しない場合にはプロービングを行うことが必要になる.膿と結膜.擦過物とでは,いずれも検出菌の菌種は同様であったが,前者で検出率が高く有用性が示唆された.これより,プロービングを行うときには事前に膿の採取を行って細菌検査を行うか,それが無理な場合には少なくとも結膜.擦過培養検査を行うとよいといえる.プロービング前に起炎菌の同定を行うことは重要であり,今回行った膿を直接採取する方法は,先天鼻涙管閉塞の起炎菌を正確に調べるための有用な方法であった.謝辞:執筆に御協力いただきました姫路医療センター呼吸器内科の水守康之先生に深謝いたします.文献1)YoungJD,MacEwenCJ:Managingcongenitallacrimalobstructioningeneralpractice.BMJ315:293-296,19972)BaskinDE,ReddyAK,ChuYUetal:Thetimingofantibioticadministrationinthemanagementofinfantdacryocystitis.JAAPOS12:456-459,20083)FergieJE,PurcellK,BishopJ:Sepsisafternasolacrimaldustprobing.PediatrInfectDisJ19:1022-1023,20004)UshaK,SmithaS,ShahNetal:Spectrumandthesusceptibilitiesofmicrobialisolatesincasesofcongenitalnasolacrimalductobstruction.JAAPOS10:469-472,20065)KucharA,LukasJ,SteinkoglerFJ:Bacteriologyandantibiotictherapyincongenitalnasolacrimalductobstruction.ActaOphthalmolScand78:694-698,20006)児玉俊夫,宇野敏彦,山西茂喜ほか:乳幼児および成人に発症した涙.炎の検出菌の比較.臨眼64:1269-1275,20107)後藤美和子,管原美香:先天性鼻涙管閉塞による起炎菌と薬剤感受性.眼臨紀1:365-367,20088)中村弘佳,末廣龍憲,川崎貴子:中国労災病院眼科おける新生児涙.炎および成人の涙.炎の比較.眼紀48:286290,19979)ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute.Performancestandardsforantimicrobialsusceptibilitytesting:eighteenthinformationalsupplement.CLSIdocumentM100S18.WaynePA:ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute;2008***(101)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131749