特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):19~27,2014特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):19~27,2014NavilasRNavilasR佐藤裕之*加賀達志**はじめに糖尿病網膜症や網膜静脈分枝閉塞症による黄斑浮腫治療はETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)1)やBVOS(BranchVeinOcclusionStudy)2)の結果から,欧米では局所・格子状光凝固治療が標準的な治療である.しかしわが国においての黄斑浮腫に対する光凝固術は,たとえば糖尿病黄斑浮腫の格子状光凝固を例に挙げても,レーザーの出力範囲を「凝固斑が観察される最低の出力」とするもの3)から,100~150mWとするもの4),100~200mWとする文献5)もあり定まったコンセンサスがないことや,過剰凝固による傍中心暗点の出現・凝固斑のatrophiccreep・固視不良例での中心窩誤照射といった危険性がクローズアップされ,経験の少ない医師にとっては敷居が高い治療となってしまった.それに加えて代替治療としてのトリアムシノロンや抗VEGF(血管内皮増殖因子)製剤の硝子体注射によって比較的容易に黄斑浮腫の改善が得られたことから,黄斑浮腫に対しての光凝固があまり普及することはなかった.さらに,最近になりトリアムシノロンは糖尿病黄斑症への,また抗VEGF製剤であるラニビズマブの網膜静脈閉塞による黄斑浮腫への投与が薬事法で承認され,黄斑浮腫に対しての治療は硝子体注射という方向性が加速している.しかし,硝子体注射は数カ月以内に黄斑浮腫が再燃し反復投与を余儀なくされることが多く,患者の通院負担が大きいこと,硝子体手術施行眼では効果が減弱すること,また,トリアムシノロンの場合は,白内障や緑内障の発生や感染症のリスクが増大すること,抗VEGF製剤の場合には黄斑虚血を加速する可能性があること6,7),脳梗塞や虚血性心疾患を有する場合には慎重投与であること,薬価が高額であることなどが問題である.近年,光凝固機器の進歩によって高出力短時間照射が可能となり,前述の合併症の軽減が図られるようになったこと,EDTRSから提唱された糖尿病黄斑浮腫のClinicallysignificantmacularedemaの概念がわが国でも認知されるようになってきたこと8)から,視力低下をきたす前の根治術としての光凝固が今後普及していく可能性はある.今回紹介するNavilasR(OD-OS社)(図1)は,後極図1NavilasR本体*HiroyukiSato:飯田市立病院眼科**TatsushiKaga:社会保険中京病院眼科〔別刷請求先〕佐藤裕之:〒395-0814飯田市八幡町438飯田市立病院眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(19)19部の光凝固に特殊な機能を備えた高出力短時間照射が可能な光凝固装置である.その機能は,あらかじめ撮影しておいた眼底写真上に光凝固の設計図(凝固する場所,凝固斑の大きさ・間隔,レーザーの出力)を作成し,それをレーザー照射中の眼底に投影して設計図どおりに光凝固を行うもので,さらにオートトラッキング機能も有しているため,患者の固視の状態に左右されることがないものである.以下に,NavilasRの概要と,飯田市立病院(以下,当院)での治療成績について述べる.なお,NavilasRは平成25年9月現在,薬事法における医療機器の承認を受けていないため,実際の治療は当院倫理委員会の承認を得たうえで,かつ,インフォームド・コンセントを行って同意を得られた患者のみに行っている.INavilasRの実際NavilasRによる光凝固は,1.眼底撮影,2.設計図作成,3.光凝固という順に段階を踏んで行う必要がある.1.眼底撮影まず,光凝固を行う際の設計図のもととなる眼底写真撮影を行う.眼底撮影は,赤外光,カラー眼底(散瞳・無散瞳),Red-Free,フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)という4つのモードからなり(図2),画角は10°,30°,50°と3種類から選択できる.赤外光撮影は,まぶしさを感じずに眼底撮影が可能なため,おもに光凝固を行う際のライブの眼底観察用である.設計図作成用に使うのはカラー眼底かFA写真ということになる.周辺部の撮影も可能ではあるが,筐体の対物レンズを周辺部用のレンズに交換し,撮影眼に接触型コンタクトレンズを装着しての撮影となる.画角110°まで撮影できる(図3).2.設計図作成撮影された眼底写真の上に,光凝固を行う設計図を作成する.光凝固は,スポット(単独),2×2~5×5の正図2眼底写真4つの撮影モードを持っている.(OD-OS社のパンフレット写真より)左上:カラー眼底,右上:フルオレセイン蛍光眼底造影,左下:Red-Free,右下:赤外光.20あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(20)図3眼底写真左:左眼鼻側網膜,右:同患者の左眼上方網膜.対物レンズを交換し,専用の接触型コンタクトレンズを用いると上記写真のように画角110°までの眼底の画像(直像)が得られる.図4設計図作製画面単発,正方形,円,弧状(矢印枠内)を選択した後,右の眼底写真上をマウスでクリックすると,レーザー照射部位が画面上に表示される.方形,1~5列の円形,弧状の4つから選択する(図4).凝固斑の大きさ,間隔,レーザー出力,凝固時間をそれぞれ別に設定できる.撮影されたカラー眼底に造影写真を重ねて表示したり,造影早期と後期を重ねて表示したりすることで設計図を作成しやすくなっている.また,外部から取り込んだ画像〔インドシアニングリーン蛍光造影(IA)や光干渉断層計(OCT)など〕も重ねて表示することが可能である(図5).(21)3.光凝固NavilasRの光凝固装置は,半波長YAGレーザーで波長532nmのグリーンレーザーである.パターンスキャンレーザーと同じレーザー発信装置であるため,短時間凝固が可能となっている.NavilasR最大の特徴は,オートトラッキングを用いたナビゲーションレーザー機能にある.レーザー起動モードになると,赤外光(カラー眼底でもかまわないが非常に眩しい)で眼底のライブ画像が常時画面上に表示され,その画面に重ねて設計図画面が表示される(図6).あとはフットスイッチを踏み込むだけで眼底をトラッキングしながら光凝固が開始される.開瞼さえできていればコンタクトレンズは不要であるが,固視が悪かったり開瞼が悪い症例であれば,素通しの等倍率コンタクトレンズを用いるとレーザー照射がしやすい.瞬目や大きな眼球の動きによってトラッキングしきれなくなると,レーザー照射が停止する.停止した場合は,また最初と同じ手順でレーザー照射を再開すればよい.一度照射した部位は設計図上でスポットの色が変わって表示されるので,同じ場所を照射することはない.レーザーのずれの程度は,全照射数の96%が100μm以内のずれであったとする報告があり9),精度としては問題ないと考える.照射計画と実際に照射された凝固斑の比較を図7に示す.あたらしい眼科Vol.31,No.1,201421図5FA画像とOCT画像の重ね合わせ左上:造影早期.右上:造影早期に造影後期の写真を重ねて表示したもの.毛細血管瘤からの漏出なのか,びまん性の漏出なのかがよくわかる.右下:OCT画像などのJPEG画像を取り込んで眼底写真に重ねて表示したもの.黄斑浮腫の強い部分に光凝固の計画を立てることができる.図6光凝固中の画像(トレーニングモードのためレーザーは出ない)眼底写真全体は,今現在,撮影している眼底となる.光凝固計画画面がその眼底写真に重なって表示されているが,オートトラッキングで左下にずれて表示されている.II当院での黄斑浮腫に対する治療成績当院においてNavilasRを用いて格子状・局所光凝固22あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014治療を行った,糖尿病黄斑症4例6眼,網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)2例2眼,網膜中心静脈閉塞症(CRVO)1例1眼,計7例9眼について,治療前と治療後1カ月の視力と,中心窩網膜厚,黄斑部体積をCirrus-OCTR(Carl-Zeiss社)を用いて比較した.視力は少数視力で2段階以上の向上を改善,2段階以上の低下を悪化とし,それ以外を不変とした.また,中心性漿液性網脈絡膜症1例1眼,傍中心窩毛細血管拡張症1例1眼に対してもNavilasRを用いて光凝固治療を行ったので,その結果も以下に述べる.光凝固の条件は,格子状光凝固で凝固サイズ80μm,出力50mW,凝固時間0.05秒,間隔は1凝固斑とし,局所光凝固(中心性漿液性網脈絡膜症,傍中心窩毛細血管拡張症含む)は,凝固サイズ100μm,出力100mW,凝固時間0.05秒で行った.1.糖尿病黄斑症4例6眼,内訳は男性3例4眼,女性1例2眼であった.平均年齢70.8±9.8歳.光凝固前平均視力は(0.66),(22)図7NavilasRによる照射計画左:光凝固計画写真,右:光凝固直後の眼底写真.ほぼ計画どおりに光凝固が行えている.平均中心窩網膜厚は349±61.2μm,平均黄斑部体積は11.7±0.60mm3であった.光凝固1カ月後の平均視力は(0.63),平均中心窩網膜厚は333±75.9μm,平均黄斑部体積は11.5±0.54mm3であった(表1).視力は改善が1眼,不変が4眼,悪化が1眼であった.黄斑部体積の改善は5眼,悪化は1眼であった.糖尿病黄斑症の光凝固前後の代表症例を図8に示す.2.BRVO・CRVO症例の内訳は表2に示す.BRVO,CRVOともに視力は不変であった.黄斑部体積はBRVOで1眼が改善,1眼が悪化となった.CRVO症例の黄斑部体積は改善した.BRVOの光凝固前後の代表症例を図9に,CRVOの光凝固前後の画像を図10に示す.3.中心性漿液性網脈絡膜症,傍中心窩毛細血管拡張症中心性漿液性網脈絡膜症は,光凝固前,光凝固1カ月後とも視力(0.4)と不変であった.網膜下液に変化を認めなかったため再度蛍光眼底造影を施行したところ,光凝固をした漏出点は沈静化し漏出を認めなかったが,新たな漏出点が出現しており,光凝固は奏効したものの再燃によって網膜下液が貯留残存したと思われた.傍中心窩毛細血管拡張症では,視力は光凝固施行前(1.0)と良好であったが,歪視の訴えが強く治療の希望が強かったため今回光凝固を施行した.光凝固施行後の視力は(1.0)と不変であったが,歪視の自覚は消失し,患者本人も満足のいく結果となっている.中心性漿液性網脈絡膜症の光凝固前後の画像を図11に,傍中心窩毛表1糖尿病黄斑症の光凝固治療成績(1カ月)年齢(歳)性別術前術後視力CRT(μm)MV(mm3)視力CRT(μm)MV(mm3)症例180男(0.7)38411.7(0.9)30711.3症例261男(0.5)33812.9(0.6)26912.6症例361女(0.5)44511.4(0.5)37311.1(1.0)27511.9(0.6)29011.4症例481男(0.6)37811.4(0.5)48511.5(0.8)27411.0(0.8)27610.9CRT(centralretinathickness):中心窩網膜厚.MV(macularvolume):黄斑部体積.(23)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201423図8糖尿病黄斑浮腫(症例3)へのNavilasRでの光凝固左上:光凝固前FA.黄斑浮腫を認める.右上:浮腫の部分へ光凝固計画.左下:光凝固前OCT.右下:光凝固1カ月後OCT.浮腫の改善を認める.表2BRVO・CRVOの光凝固治療成績(1カ月)年齢(歳)性別術前術後視力CRT(μm)MV(mm3)視力CRT(μm)MV(mm3)BRVO症例568女(0.9)37511.0(1.0)33410.8症例690女(0.09)30911.5(0.09)30714.0CRVO症例771男(0.7)70214.0(0.8)56712.5CRT(centralretinathickness:中心窩網膜厚.MV(macularvolume):黄斑部体積.細血管拡張症の光凝固前後の画像を図12に示す.おわりに糖尿病黄斑症に対しての光凝固の結果は,視力の低下および黄斑部体積が悪化したのは症例4の片眼のみであった.6眼中5眼での視力は不変~軽度改善,黄斑部体積は減少している.BRVOに対する光凝固では2眼中1眼で黄斑浮腫の悪化を認めている.糖尿病黄斑症およびBRVOで悪化を認めた症例は,新しい機械であったことから安全策として格子状光凝固をかなり弱めの固定出力で行ったため,浮腫に対して十分な光凝固の効果が得られなかった可能性がある.また,今回CRVOの黄斑浮腫1眼に対し光凝固を施行しているが,CVOS(CentralVeinOcculusionStudy)10)から視力の改善効果はないことが示されているため,今後の治療に関しては適応を慎重に考える必要があると思われる.24あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(24)図9BRVO(症例5)へのNavilasRでの光凝固左上:光凝固前FA.黄斑浮腫を認める.右上:浮腫の部分へ光凝固計画.左下:光凝固前OCT.右下:光凝固1カ月後OCT.浮腫の改善を認める.図10CRVOへのNavilasRでの光凝固左上:光凝固前FA..胞様黄斑浮腫を認める.右上:浮腫の部分へ光凝固計画.左下:光凝固前OCT.右下:光凝固1カ月後OCT.浮腫の改善を認める.(25)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201425図11中心性漿液性網脈絡膜症に対するNavilasRでの光凝固左上:中心窩近傍の蛍光漏出部.中上:蛍光漏出部に光凝固を行う(3発).右上:凝固1カ月.光凝固部の漏出はなくなっていたが,他部位からの漏出を認める.左下:術前のOCT.網膜下液を認める.中下:凝固1カ月.網膜下液は残存.図12傍中心窩毛細血管拡張症へのNavilasRでの光凝固左上:蛍光眼底造影.右上:毛細血管拡張部へ光凝固を行った.左下:光凝固前のOCT.右下:光凝固後のOCT.浮腫の改善を認める.26あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(26)NavilasRの一番の特徴はオートトラッキング機能であり,中心性漿液性網脈絡膜症や傍中心窩毛細血管拡張症では確実に病変からずれることなく光凝固が行え,その正確性はかなり信頼できるものであった.NavilasRでの黄斑後極部の光凝固は,従来の機器に比し熟練を要さず,しかも安全に施行できる機器であると考える.NavilasRでの短時間高出力凝固や凝固密度・凝固位置の正確性が,従来の機器に比し優位性があるかどうかは,今回の症例数が少ないため比較することはできないが,今後症例を重ねて検討していく必要があるだろう.NavilasRが薬事法で承認され,わが国でも使用できるようになる日が待たれるところである.文献1)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyresearchgroup:Photocoagulationfordiabeticmacularedema.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyreportnumber1.ArchOphthalmol103:1796-1806,19852)TheBranchVeinOcclusionStudyGroup:Argonlaserphotocoagulationformacularedemainbranchveinocclusion.AmJOphthalmol98:271-282,19843)大越貴志子:糖尿病黄斑浮腫.眼科手術学8網膜硝子体II.p268-277,文光堂,20124)辻川明孝:黄斑浮腫.眼科プラクティス26眼科レーザー治療.p50-55,文光堂,20095)村田敏規:治療手技の進歩─B.糖尿病網膜症2.糖尿病黄斑浮腫c.治療戦略:病態・病期による治療選択.あたらしい眼科29(臨増):148-154,20126)ChungEJ,RohMI,KwonOWetal:Effectsofmacularischemiaontheoutcomeofintravitrealbevacizumubtherapyfordiabeticmacularedema.Retina28:957-963,20087)中村洋介,武田憲夫,辰巳智章ほか:糖尿病黄斑浮腫に対するベバシズマブ硝子体内投与後の黄斑虚血.日眼会誌116:108-113,20128)村田敏規:日本眼科学会専門医制度生涯教育講座[総説39]糖尿病網膜症診療の欧米と我が国との比較.日眼会誌113:761-774,20099)KerntM,CheuteuRE,CserhatiSetal:Painandaccuracyoffocallasertreatmentfordiabeticmacularedemausingaretinalnavigatedlaser(NAVILASR).ClinOphthalmol6:289-296,201210)TheCentralVeinOcclusionStudyGroupMreport:Evaluationofgridpatternphotocoagulationformacularedemaincentralveinocclusion.Ophthalmology102:1425-1433,1995(27)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201427