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タブレット型PCの眼科領域での応用 11.デジタルロービジョンエイドとしての全盲患者への活用-その1-

2013年4月30日 火曜日

シリーズ⑪シリーズ⑪タブレット型PCの眼科領域での応用三宅琢(TakuMiyake)永田眼科クリニック第11章デジタルロービジョンエイドとしての全盲患者への活用─その1─■全盲患者におけるスマートフォンのロービジョンエイドとして活用本章では,私が代表を務めるGiftHandsの活動や外来業務で扱っているスマートフォンの“iPhone5R(米国AppleInc.)”,ポータブルマルチプレイヤーのiPodtouchR(米国AppleInc.)のiOSバージョン6.1.2について,具体的な操作法や導入の意義について患者の言葉とともに紹介していきます.■私のロービジョンエイド活用法「音声補助機能による操作編」本章では,前章での「見きわめの問診」において液晶画面の大きさによる視認性の向上を認めない患者に対しての,4インチデバイスの活用法について説明していきます.タブレット型PCやスマートフォンはアクセシビリティ機能の一つであるvoiceover機能(音声補助機能)を起動することで,全盲の患者でも情報端末機器として活用することが可能です.Voiceover機能の起動中は通常の操作系とは操作方法が変化して,レイアウト情報の把握と項目の選択操作という大きく2つの操作系へと操作方法が変化します.①レイアウト操作:レイアウト情報に関する操作法これは液晶画面上を1本の指でなぞるように移動する操作法で,指の下にあるアイコンの名称および操作方法をデバイスが音声で読み上げるため,患者は頭の中に画面を構成するレイアウトに関するロケーションマップを構築することができます.画面を構成するアイコンの位置関係を把握した後,つぎの“プログラム操作”を導入することで,患者はアプリの選択や起動の操作法がより快適に行うことが可能となります.4インチのデバイスは,液晶画面が小さく9.7インチや7.9インチのタブ(87)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYレット型PCと比較して画面上のアイコンの構成要素が少なく,操作を視機能に依存しない患者にとっては構成要素の配置の把握や検出が比較的容易なため,全盲患者における第一選択のデバイスサイズとなります.②プログラム操作:プログラムの起動,選択操作法プログラム操作では,デバイスの液晶画面を左右にフリック(擦る)することで最後に選択された項目を順行または逆行性に移動することが可能です.また,任意の項目が読み上げられた後に画面のいずれかの部位を二度タップすることで,各選択項目が実行されるようになります.このように音声読み上げパソコンに類似した操作系に操作方法が変化することで,各アプリケーション(アプリ)のアイコンを視覚的に認識する必要はなくなり,全盲の患者でも任意のアプリの起動や操作が可能となります.実際に4インチデバイスをエイドとして活用している患者の言葉は,以下のようなものがあります.『胸ポケットに入れて操作できるから,両手が自由なのでとても安心です』4インチのデバイスでは胸ポケットに入れて,イヤフォンと併用することで生地の上から操作することも可能なため,両手の自由を確保できます(図1).■私のロービジョンエイド活用法「全盲患者への導入編」導入する際には実際に患者にまず,voiceover機能を起動して,“レイアウト操作”の意義を理解させて頭の中にロケーションマップを構築してもらいます.その後患者の手を介助して,指で手掌をスワイプする感覚を触覚的に理解してもらったうえで“プログラム操作”を体あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013515 図1胸ポケットに入れた4インチデバイスを生地越しに操作している験してもらうことにしています(図2).全盲の患者では操作説明に触覚などを利用することがより効果的です.実際の導入後の生活の変化についての質問では,つぎのような声を聞きます.『外出時に,持ち運んでいた荷物が半分以下になりました』『忘れ物をしないのは何より安心です』『ネットニュースを気軽に聞けるので,社会とのつながりを感じます』全盲の患者にとって4インチのデジタルロービジョンエイドを導入することの意義は,エイドの統合による安心感の確立です.4インチのデバイスを胸ポケットに入れているだけで多くのエイドはアプリとして,単一のデバイス内に統合して持ち運ぶことが可能であり,エイドが統合されることで必要な充電器などのグッズも減少します.また,全盲の患者は液晶の画面を表示する必要がないため,通常のデバイス使用時より長時間駆動するため利用しやすいといえます.タブレット型PCと同様にスマートフォンは極めて汎用性の高い一般機器であるため,外出中に充電をする機会を得ることは比較的容易であることも患者に安心感を与えます.全盲の患者にとっての4インチマルチメディアデバイスの導入は,電源や充電の制限および多くのエイドを持ち歩くことから解放図2自身の手掌を指でスワイプして,スワイプ操作を触覚で体験させるされることともいえます.これまでに紹介してきたようにタブレット型PCやスマートフォンなどを導入することで,すべてのロービジョンエイドの代用になるわけではありません.しかし,私は4インチデバイスをエイドとして導入することで,QOL(qualityoflife)が向上した症例を多数経験しています.全盲の患者のQOLを低下させる原因は,目的別にエイドを持ち分けることや充電などの管理の煩雑さやエイドの持ち忘れによる不安からくる外出意欲の低下,そして情報社会へのアクセス手段を確立できないことの不便さに起因するものが多いためです.本章で紹介したようなvoiceover機能による操作法やその意義を正しく説明することで,一人でも多くの視覚障害者の目に希望の光を戻せると思います.正しい“導入指導”を広めることが視覚障害者の明日を作ると私は信じています.本文中に紹介しているアプリなどはすべてGiftHandsのホームページ内の「新・活用法のページ」に掲載されていますので,ご活用いただけたら幸いです.http://www.gifthands.jp/service/appli/また,本文の内容に関する質問などはGiftHandsのホームページ「問い合わせのページ」にていつでも受けつけていますので,お気軽にご連絡ください.GiftHands:http://www.gifthands.jp/☆☆☆516あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(88)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 119.新旧網膜剥離の合併例に対する硝子体手術(初級編)

2013年4月30日 火曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載119119新旧網膜.離の合併例に対する硝子体手術(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科はじめに境界線(demarcationline)は,網膜.離の12.18%にみられ,進行が緩徐な網膜.離の辺縁にみられることが多い.境界線部位では色素上皮の増殖により感覚網膜と色素上皮の間に強固な癒着を形成する.通常,境界線形成までに3カ月以上を要するとされており,硝子体液化が少なく,裂孔が小さい扁平な網膜.離にみられる.自覚症状が軽微なため,患者がそのまま放置しているところに,急性後部硝子体.離によって生じた弁状裂孔に起因する胞状の網膜.離が合併することがまれにある(図1).●新旧網膜.離合併例の診断のポイント通常,境界線部位の色素沈着は光凝固のような癒着を形成しているので,新しい網膜.離が陳旧性網膜.離とは別の部位に生じた場合,.離範囲が境界線の影響をうけることがある.つまり,新鮮な網膜.離は境界線を超えることができないため,裂孔と網膜.離範囲の関係が理論的には合わない現象が生じうる.新鮮な網膜.離の原因裂孔を検出する際には,上記のようなことを念頭に入れたうえで,眼底検査を行う必要がある.●新旧網膜.離合併例に対する硝子体手術の注意点新旧の網膜.離が境界線を挟んで存在し,この2つの網膜下腔には交通がないことが多い.よって,硝子体切除後に内部排液を施行する際には,各々の網膜.離に対して2カ所での内部排液が必要となる.また,通常は陳旧性網膜.離のほうが網膜下液が粘稠であるため,眼内灌流液下でまず陳旧性網膜.離のほうの網膜下液をできるだけ吸引除去したうえで,気圧伸展網膜復位術を施行する必要がある.新旧網膜.離の裂孔が赤道部より周辺側に存在する症例では,強膜バックリング手術でも十分復位が可能であるが,この際にも2カ所での網膜下液排除を余儀なくされることが多い.しかし,周辺部で網膜下腔が連続している症例では,1カ所の排液で両方の網膜下液が排除できることもある.図1右眼の術前眼底写真上方の弁状裂孔に起因する新鮮な胞状網膜.離と耳側の萎縮性円孔に起因する陳旧性網膜.離が合併している.図2術中所見陳旧性網膜.離の網膜下液は粘稠なので,気圧伸展網膜復位の前に,まずこちらのほうの内部排液を十分に施行しておく必要がある.図3右眼の硝子体手術後の眼底写真網膜が復位しており,陳旧性網膜.離の境界線がよくわかる.(85)あたらしい眼科Vol.30,No.4,20135130910-1810/13/\100/頁/JCOPY

眼科医のための先端医療 148.視野の新しい統計学的解析方法

2013年4月30日 火曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第148回◆眼科医のための先端医療山下英俊視野の新しい統計学的解析方法村田博史間山千尋(東京大学医学部附属病院眼科)視野の重要性緑内障性視神経症の評価において,近年のOCT(opticalcoherencetomography)の発展と普及はめざましく,すでにOCTは緑内障の診療に必須のツールといっても過言ではありません.眼底観察や写真ではわかりにくい視神経線維層の菲薄化を検出し,従来の視野検査で異常を認めない段階で,OCTによる異常が明らかに認められるような症例はめずらしくなく,preperimetricglaucomaという用語も定着しつつあります.視野検査を待たなくても緑内障の診断ができ,その進行についてもOCTにより評価することが可能であれば,患者に対する検査の負担も少なく,より客観的な評価が可能になります.しかし,OCTなどの画像検査で評価できる網膜の構造的変化は,視野の感度で評価される機能と強く相関はしますが,あくまで別のものです.患者のQOL(qualityoflife)に直結する視機能を評価する方法としては,視野検査に代わりうる検査は現在まだ存在しません.リスクの高い緑内障手術を検討するのは,視機能が低下してQOLが大きく損なわれるのを防ぐためであり,網膜が薄くなっているから,という説明ではまだ抵抗があるでしょう.緑内障の診断においてOCTの有用性は明らかですが,ひとたび診断された緑内障の管理においては,視野検査はもっとも重要な検査の一つと考えられます.視野障害の統計学的解析Humphrey視野計ではSITA(Swedishinteractivethresholdalgorithm)プログラムが一般的となり,近年MD(meandeviation)値に代わるものとしてVFI(visualfieldindex)というあらたな指標が導入されるなどの発展がありました.しかし,患者の協力と医療者側(81)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYの労力も必要としてようやく得ることができた,長期間に繰り返し行われた視野検査の結果を,現在われわれが臨床で使っている方法で十分に利用できているのでしょうか.患者のQOLは,視野全体のMD値と相関するのはある意味当然ですので,検査点ごとのより詳細な検討が必要なのではないでしょうか.MDslopeによって進行を評価する方法の信頼性は高いですが,各点ごとの変化を詳細に見ようとしても変動が大きく解釈が難しいことがあります.視野障害の進行の評価は,緑内障の診療や研究の多くの場面においてもっとも重要なプロセスの一つになりますが,その解析方法は単純な直線回帰だけで十分なのでしょうか.視野検査結果を評価する際には,機械的な計測とは異なるいくつかの問題がでてきます.たとえば,検査点どうしの感度に強い相関があること,結果自体に感覚応答のばらつき,被検者のコンディションによる生理的変動など,避けられない誤差と経時的な変動があることを考慮しなければなりません.視野の予測における問題点従来の単回帰を用いて視野障害の進行を予測する場合,単回帰のoverfittingが問題となります.すなわち,単回帰では得られたデータに過度に適合した直線が得られ,それを用いて未来の視野を予測しようとすると誤差が非常に大きくなることがあります.進行予測はできるだけ短期間に少ない検査回数で行いたいのですが,この傾向は特に視野の測定回数が少ないときに顕著となります.また,測定点ごとに単回帰を行う場合,感度の空間的相関と進行速度の空間的相関,およびこの2者の相関は通常無視されています.たとえば,すでにある視野障害に隣接する測定点は今後悪化してくる可能性が高いなど,感度と視野障害の進行の間にも相関があると考えられますし,絶対暗点となった部分はそれ以上進行しないことは自明です.単回帰を行う場合,誤差が正規分布をすること以外に仮定をおかないため,眼科医が経験を踏まえて進行を予測する際に前提となっている,これらの考え方が反映されていません.ベイズ線形回帰を用いた予測モデル筆者らのグループでは従来の問題点を克服するため,ベイズ(Bayes)線形回帰を用いたモデルによる視野障あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013509 0510152025rootmeansquarederror単回帰Bayes線形回帰123456789図1ベイズ線形回帰と単回帰による予測誤差の比較ベイズ(Bayes)線形回帰と単回帰を用い,最初のn回の視野から10回目の視野を予測した場合の予測誤差を示す.横軸はn,縦軸は予測誤差(平均±標準偏差).nが小さいと単回帰による予測誤差はかなり大きくなるが,ベイズ線形回帰による誤差は小さい.害の進行予測を試みています.一例として,東京大学附属病院で視野検査をした2,764例4,924眼の学習データと,10回以上視野検査を行った505例856眼の検証データを利用して,感度と視野障害の進行に対し混合正規分布注1)を仮定し,誤差には混合Wishart分布注2),各個人の測定結果のばらつきには混合Gamma分布注3)を仮定,モデルのハイパーパラメータ注4)の推定にはExpectation-Maximizationalgorithm注5)を用い,期待値の計算は解析的にできないためmeanfieldapproximation注6)を用いて推定する方法を用いて,最初のn回の視野結果から予測した10回目の視野の予測精度を検討したところ,たった1回の視野からこの方法で予測した場合の誤差は,6回分の視野から従来の単回帰を適用した場合と同等であることがわかりました(図1).視野の統計学的解析の意義視野検査の結果からより多くの情報を得て患者の将来の視野を正確に予測することができれば,視野検査の臨床的意義はさらに高まり,緑内障診療と研究の発展につながると考えられます.現在,筆者らは,従来の視野検査の結果からより正確に視野の進行を予測するモデルや患者のQOLをより詳細に推定するモデル1),さらには視野計や検査プログラム自体の改良までを考え取り組んでいます.注1:混合正規分布─複数の正規分布の線形和として定義される,基本的な混合分布.注2:混合Wishart分布─複数のWishart分布の線形和として定義される分布.注3:混合Gamma分布─複数のGamma分布の線形和として定義される分布.注4:ハイパーパラメータ―ベイズ法において事前確率を制御する目的で設定されるパラメータで,学習データから推定される.注5:Expectation-Maximizationalgorithm─確率モデルのパラメータを最尤法に基づいて推定する手法の一つ.EMアルゴリズム.注6:Meanfieldapproximation─平均場近似.元々は分子場近似(Molecularfieldapproximation)とよばれ統計力学の手法であったが,確率的ネットワークに対する決定論的な近似の方法として最適化問題や学習の問題に広く適用されている.文献1)MurataH,HirasawaH,AoyamaYetal:Identifyingareasofthevisualfieldimportantforqualityoflifeinpatientswithglaucoma.PLoSOne8(3):e58695,2013■「視野の新しい統計学的解析方法」を読んで■オペレーションズリサーチ(OR)の根拠を他人に説明するためのツールです.ゲーム理論眼科診療への登場や金融工学などもORの応用として誕生したものであオペレーションズリサーチ(operationsresearch:り,ORは政府,軍隊など,さまざまな組織において,OR)というと,本文に関係ないように感じられるか意思決定のための数学的技術として使用されていまもしれませんが,今回の内容がいかに画期的であるかす.わかりやすくいえば,勘や経験に基づいて判断さをこの言葉を用いて説明します.れていた方針について,現象を徹底的に統計的,数学ORの定義は,複雑な現象分析などにおける判断の的解析を行うことで,科学的根拠に基づく方針にする510あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(82) ための学問です.的に数学を重視しますし,数学者を大切にします.先このORがきわめて有効に働いた例としてしばしば般,教室の山下高明先生が英国留学し大きな成果をああげられるのが,第2次世界大戦中の英国本土防衛作げて帰国しましたが,研究室のみならず病院中に数学戦です.英国はドイツの猛攻にさらされて一時は降伏者があふれていて驚いたと話してくれました.寸前に陥りました.たとえば,物資輸送船舶をドイツORを施行するには,現象を数理的に評価することのUボートに徹底的に沈められた際には,打つ手なが必要です.従来,眼科診察内容を数理的に表すことしという状態でしたが,国中の数学者を集めて事象解は不可能でしたが,OCT,視野など,各事象が数理析したところ,大きな船団に少数の船舶と護衛船を付的に表現可能になると,ORも可能になります.そうけて輸送をすると損耗率を減らせるという結論が導きなれば,治療を決定するのは,経験や勘ではなくOR出され,危機を脱することができました.また,爆撃による方針になるでしょう.この論文は,今後は眼科機の装甲,爆撃機の色,潜水艦攻撃法など,現象を統を理解するためには,数学を理解しないといけない時計的に解析することで最適の方針が導き出され,勝利代が確実に来るということを示した意味で,画期的なが得られたのです.この方法は,現在は軍事のみなら仕事であるといえます.ず上記のように,さまざまな分野に広く応用されてい鹿児島大学医学部眼科坂本泰二ます.この歴史的経験のためでしょうか,英国は伝統☆☆☆(83)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013511

抗VEGF治療:加齢黄斑変性に対する抗VEGF薬と光線力学的療法の併用療法

2013年4月30日 火曜日

●連載⑪抗VEGF治療セミナー─使用方法─監修=安川力髙橋寛二1.加齢黄斑変性に対する抗VEGF薬植谷留佳名古屋大学大学院医学系研究科頭頸部・感覚器外科学と光線力学的療法の併用療法加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)の治療の要となるのは抗VEGF薬の硝子体内注射であるが,視機能の改善・維持のためには頻回投与が必要であり,これが近年社会問題となっている.抗VEGF薬に光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)を併用することで,必要な抗VEGF薬の投与回数を減らし,患者・医療者双方の負担を軽減することができる.光線力学的療法からみた抗VEGF薬の利点PDT前後に黄斑部局所網膜電図を施行し,黄斑部の網膜機能の変化を検討している.PDT単独群では1週間光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)は,後に一過性の悪化がみられたのに対し(図3A),bevaci選択的に脈絡膜新生血管(choroidalneovascularizazumab(アバスチンR)硝子体内注射(IVB)併用PDT群tion:CNV)を閉塞させるといわれている.しかし,照では1週間後の悪化は抑えられ,さらに3カ月後には改射領域に一致した脈絡膜循環障害がみられたり(図1),善がみられたと報告している(図3B).PDT後に上昇中心性漿液性脈絡網膜症に対しても,脈絡膜厚を減少さするVEGFを,抗VEGF薬で抑制することが,PDTせ,漿液性網膜.離の消失効果がある(図2)ことから,後の網膜機能障害の軽減に関係していると考えられる.PDTはCNVだけでなく,既存の脈絡膜にも影響を及抗VEGF薬からみたPDTの利点ぼすと考えられる.Schmidtら1)は,PDTを施行すると脈絡膜毛細血管板の閉塞が起こり,脈絡膜が虚血におポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvascuちいることで,脈絡膜血管の内皮細胞がVEGFを産生lopathy:PCV)を対象としたEVERESTスタディ3)ですると報告している.Ishikawaら2)は,加齢黄斑変性は,ranibizumab(ルセンティスR)硝子体内注射(IVR)(age-relatedmaculardegeneration:AMD)に対する単独群よりも,IVR併用PDT群のほうがポリープ状病図1PCVに対するPDT前後のインドシアニングリーン蛍光眼底造影写真とOCT画像PDT後に滲出性変化が消失し,ポリープ状病巣の閉塞もみられたが,脈絡膜循環障害がみられた.PDT前PDT3カ月後(79)あたらしい眼科Vol.30,No.4,20135070910-1810/13/\100/頁/JCOPY PDT前μVμV2.72.72.22.21.71.71.21.20.70.70.2ベースライン***a波b波**1週1カ月3カ月0.2ベースライン**a波b波1週1カ月3カ月図3AMDに対するPDT前後の黄斑部局所網膜電図の振幅A:PDT単独群.B:Bevacizumab(アバスチンR)硝子体内注射併用PDT群.*p<0.05,**p<0.01(Wilcoxonsigned-ranktest).巣の完全閉塞率が有意に高く(28.6%vs77.8%),滲出性変化の消失率が高く,必要なIVRの回数が少なかった.この結果より,PCVを治療する際に,PDTをIVRに併用することで,必要なIVRの回数が減らせることが示唆された.PCVが日本人に多い疫学的背景を考慮すると,日本では,PDTは患者・医療者双方の負担軽減に大きな役割を果たしているといえる.抗VEGF薬併用PDTの適応抗VEGF薬併用PDTは,抗VEGF薬,PDT双方の欠点を補い合う,実際の医療現場に則した,より現実的な治療プロトコールである.しかし,必ずしもすべての病変タイプに抗VEGF薬併用PDTが良いとは限らない.PredominantlyclassicCNVに対するIVR単独療法は,occultCNVと比較し,効果(CNV収縮,随伴する浮腫・出血・滲出の軽減)が速やかに表れることが多く4),筆者はpredominantlyclassicCNVにIVR単独療法を,それ以外の典型AMD,PCVにはIVR併用PDT療法を行っている.近年AMDに対する新たな抗VEGF薬としてaflibercept(アイリーアR)が厚生労働省の認可を受けたが,afliberceptにPDTを併用するほうが良いかどうかは,今後の臨床データから慎重に判断508あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013PDT1年後図2中心性漿液性脈絡網膜症に対するPDT前後のOCT画像PDT後に漿液性網膜.離の消失と脈絡膜厚の減少がみられた.すべきと考える.抗VEGF薬の硝子体内注射とPDTの間隔Sawaら5)は,典型AMDとPCVを対象に,IVB翌日にPDTを行った群(GroupD1)と,IVB7日後にPDTを行った群(GroupD7)を比較し,治療開始3カ月後と1年後の視力改善効果はGroupD7のほうがGroupD1より大きく,1年間のIVBの回数はGroupD1で2.2±1.4回,GroupD7で1.4±0.6回であったと報告している.IVB併用PDTを行う際にはIVBとPDTの間隔は1日よりも7日のほうが良い可能性がある.しかし,IVB併用PDTの結果をそのまま他の抗VEGF薬にあてはめることはできず,それぞれの抗VEGF薬とPDTの最適な投与間隔を知るためには,各々の薬剤で比較試験を行う必要がある.文献1)Schmidt-ErfurthU,Schlotzer-SchrehardU,CursiefenCetal:Influenceofphotodynamictherapyonexpressionofvascularendothelialgrowthfactor(VEGF),VEGFreceptor3,andpigmentepithelium-derivedfactor.InvestOphthalmolVisSci44:4473-4480,20032)IshikawaK,NishiharaH,OzawaS:Focalmacularelectroretinogramsafterphotodynamictherapycombinedwithintravitrealbevacizumab.GraefesArchClinExpOphthalmol249:273-280,20113)KohA,LeeWK,ChenLJetal:EVERESTstudy:efficacyandsafetyofverteporfinphotodynamictherapyincombinationwithranibizumaboraloneversusranibizumabmonotherapyinpatientswithsymptomaticmacularpolypoidalchoroidalvasculopathy.Retina32:1453-1464,20124)鈴木三保子,五味文:典型加齢黄斑変性と抗VEGF薬.あたらしい眼科29:101-102,20125)SawaM,IwataE,IshikawaKetal:Comparisonofdifferenttreatmentintervalsbetweenbevacizumabinjectionandphotodynamictherapyincombinedtherapyforage-relatedmaculardegeneration.JpnJOphthalmol56:470475,2012(80)

緑内障:Overhanging blebに対する濾過胞再建

2013年4月30日 火曜日

●連載154緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也154.Overhangingblebに対する栂野哲哉新潟大学大学院医歯学総合研究科視覚病態学分野眼科学濾過胞再建Overhangingblebは濾過手術後に生じる晩期合併症の一つである.進行した場合には視機能や患者の日常生活に影響を及ぼす可能性があり修復を必要とする.ここでは多くの場合で有効な単純切除について解説する.●Overhangingblebの形成トラベクレクトミー(trabeculectomy,線維柱帯切除)は既存の房水流出経路を変更し,結膜下へと房水を導く術式である.理想的な濾過胞は円蓋部に向かってびまん性に広がる有血管性なものとされるが,最終的な濾過胞の形態は多岐にわたる.機能性の濾過胞が長期間にわたって維持された場合,時として濾過胞の一部が結膜角膜境界部を越え透明角膜内に侵入してくる場合がある.これはoverhangingblebあるいはencroachingblebとよばれる1).今のところ明確な発症メカニズムは明らかにされていないが,輪部組織になんらかの異常が存在し,そこへ上眼瞼による圧力が加わりBowman膜と角膜上皮との間に房水が入り込むためと考えられている.結膜切開法(輪部基底,円蓋基底),マイトマイシン使用の有無にかかわらず生じうる合併症である.●Overhangingblebの視機能への影響Overhangingblebを生じると視力障害をきたすことがある.濾過胞が瞳孔領まで達した場合には当然視力障害を生じるが,そこまで至らずとも角膜不整乱視の増加や正常涙液層の破壊から視機能障害を起こすことがある.また,物理的な刺激による異物感を訴えることもあり,これらの際は治療が必要となる.●Overhangingblebに対する外科的濾過胞再建非観血的な治療としてYAGあるいはアルゴンレーザーを使用した報告がある2,3)が,術後の房水漏出や,複数回の試行が必要となることが報告されている.そのため当科では確実に効果が得られる単純切除を行っている.角膜上に侵入した部位はBowman膜上に存在するため,翼状片手術と同様にスパーテルなどで容易に角膜か(77)らの.離が可能である.根元の処理は,通常は輪部に沿って切除しても問題とならない4).同部位は層状あるいは多房性となっており,濾過胞本体となんらかの結合組織で隔てられている場合が多いためである.術前に超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscope:UBM)や前眼部光干渉断層計(anteriorsegmentopticalcoherencetomography:AS-OCT)などで内部の情報を得ておくことが有用である5).断端からの漏出があっても軽度であれば上皮の進展に伴い自然に閉鎖するが,多ければ丸針で濾過胞壁を角膜に縫合するとよい.●自験例60歳,男性,POAG(原発開放隅角緑内障).17年前に当科で非穿孔トラベクレクトミー施行された後,近医で経過観察されていた.その後徐々にoverhangingblebを生じ,角膜乱視の増強による視力障害をきたしたため再び当科紹介となった.受診時右眼の視力は0.1(0.5×sph.6.00D(cyl.2.75DAx120°)であり,濾過胞は上耳側の結膜から角膜瞳孔領付近に達し,無血管性で壁の薄いものであったが漏出はみられなかった(図1).角膜トポグラフィーにて不正乱視を認めた(図2a).また,AS-OCTにより濾過胞内部に不均一な結合組織が存在していることが明らかとなった(図3).手術ではTenon.下麻酔の後,overhangingblebの切除に先立ち,ブレブナイフ(カイインダストリー)を使用して濾過胞壁の開放を行った.角膜に進展した部位をスパーテルで角膜表面より.離したのち,輪部に沿って切除した.断端は漏出を認めたため丸針の10-0ナイロンで縫合を行った.術翌日には既に房水の漏出は止まっており,切除部位の角膜びらんも数日で上皮に覆われた.術後4カ月の時点で再発の徴候はなく,視力は0.09(0.9×sph.8.0D(cyl.1.0DAx135°)と改善し,眼圧レベルは術前と比べて変化はなかった(図4).角膜トポグラあたらしい眼科Vol.30,No.4,20135050910-1810/13/\100/頁/JCOPY 図1術前前眼部写真無血管性の濾過胞が輪部を越え,瞳孔領近くまで達している.図3術前AS.OCT(SL-OCTTM,HeidelbergEngineeringGmbH,ドイツ)Overhangingbleb(矢頭)の内部に層状の結合組織が存在し,輪部付近には本来の濾過胞壁(矢印)と思われる隔壁を認める.C:角膜,I:虹彩.フィー上も不正乱視の改善をみた(図2b).Overhangingblebは遭遇する頻度は少ないものの,古くより知られているトラベクレクトミー後の合併症である.これよって生じる異物感や視力障害は患者の日常生活に悪影響をもたらすと考えられ,なんらかの修復を行う必要がある.角膜に突出した部位は菲薄化している場合が多いため,外科的切除には慎重になりがちである.しかし,本来の濾過胞壁は輪部付近に存在し,これを損傷せずに切除できれば術後の漏出を心配する必要はない.もし,AS-OCTや超音波生体顕微鏡を使用することができるようならば,あらかじめ内部構造を把握しておくことが可能であり,より安全に切除することができる.506あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013ab図2角膜トポグラフィーa:術前,上耳側に不正乱視と涙液層の破綻を認める.b:術後,不正乱視は改善している.図4最終受診時前眼部写真再発はなく,角膜上皮の混濁も軽度である.現在もなお緑内障に対する手術療法としてトラベクレクトミーが主流であることは変わらず,overhangingblebに対する適切な処置法についても熟知している必要がある.文献1)ScheieHG,GuehlJJ:Surgicalmanagementofoverhangingblebsafterfilteringprocedures.ArchOphthalmol97:325-326,19792)FinkAJ,Boys-SmithJW,BrearR:Managementoflargefilteringblebswiththeargonlaser.AmJOphthalmol101:695-699,19863)LynchMG,RoeschM,BrownRH:Remodelingfilteringblebswiththeneodymium:YAGlaser.Ophthalmology103:1700-1705,19964)AnisS,RitchR:Suturelessrevisionofoverhangingfilteringblebs.ArchOphthalmol124:1317-1320,20065)PrataTS,DeMoraesCGV,PalmieroP-Metal:Slitlamp-adaptedopticalcoherencetomographyforassessmentofanoverhangingfilteringbleb.ActaOphthalmol88:910-911,2010(78)

屈折矯正手術:Implantable collamer lens(ICL)挿入後の瞳孔ブロック

2013年4月30日 火曜日

●連載155屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─155.Implantablecollamerlens(ICL)挿入後の瞳孔ブロック監修=木下茂大橋裕一坪田一男小島隆司名古屋アイクリニック・岐阜赤十字病院眼科術前の虹彩切除が不十分であるとImplantablecollamerlens(ICL)挿入後に瞳孔ブロックを起こすことがある.瞳孔ブロックの鑑別診断としてはレンズサイズが大きすぎることによる隅角閉塞が重要である.治療として虹彩切開もしくは切除を行い,瞳孔ブロックを速やかに解除することが必要である.Implantablecollamerlens(ICL)は,後房の毛様溝に固定される屈折矯正手術用の有水晶体眼内レンズである.手術そのものが角膜強度に影響しないことから,角膜形状異常や角膜厚が薄い症例,高度近視などレーシック(laserinsitukeratomileusis:LASIK)が適応とならない症例を中心に施行されることが多い.わが国では2010年にICLが,2011年にトーリックICLが厚生労働省により認可され,現在屈折矯正手術の一つとして徐々に症例数が増えてきている.ICLは現在のデザインが第4世代で,レンズが水晶体と接触しないように前方にアーチ形状をしている.後房型有水晶体眼内レンズの術後早期の合併症として瞳孔ブロックがある.ICLは瞳孔領域をレンズが完全に塞ぐために,房水のバイパスがない場合には必ず瞳孔ブロックを起こす.このため術前にレーザー虹彩切開術を行い瞳孔ブロックの予防を行うのが一般的である.最近ではレーザーによる角膜内皮障害を懸念して術中に虹彩切除術を行う術者も多い.虹彩切開もしくは虹彩切除が小さすぎると瞳孔ブロックを起こすことがある.通常は手術後48時間以内に起こることがほとんどである.瞳孔ブロックが起きないように虹彩切除をしっかり行っておくことが重要である.小さすぎると穴が開いていても瞳孔ブロックを起こす可能性がある.瞳孔ブロックの診断は比較的容易である.術後早期の眼圧上昇とICLの前方移動が特徴である(図1).急性閉塞隅角緑内障で認められるような典型的なirisbombeは呈さない.これは後房圧が上昇した場合はICL全体が虹彩裏面を押し上げるように前方に移動するためと考えられる.瞳孔ブロックを疑ったら,虹彩切除の部分をレーザーで拡大する,もしくは新たに作製する必要がある.瞳孔ブロックが解除されれば眼圧は速やかに軽快する.(75)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY図1ICL挿入術後の瞳孔ブロック症例の細隙灯顕微鏡写真水晶体の位置は正常であるが,ICLの位置が前方に移動しておりvault(水晶体前面とICL後面の距離)が著しく高くなっている.術後の瞳孔ブロックを治療するうえで大切なことは早期発見である.手術2時間後に眼圧のチェックと細隙灯顕微鏡にて状態を評価することが重要である.この時点で眼圧上昇,ICLの前方移動が認められれば瞳孔ブロックを疑って治療するべきである.症例によってはこの時点で眼圧が正常の場合もあるので,その後,眼が痛くなったりした場合の早期の対応が取れるように,緊急の連絡先などを患者に指示しておくことも大切である.鑑別診断としては,術後早期に眼圧上昇をきたすような状態が鑑別の対象となりうる.図2に術後早期の眼圧上昇に対する鑑別および治療のためのフローチャートを示す.まず細隙灯顕微鏡で水晶体の位置を確認し,水晶体が前方へ移動しているようであれば悪性緑内障を疑う.しかし,ICL術後の悪性緑内障は筆者自身も経験がなく,非常に稀と思われる.水晶体の位置が正常であれば,つぎにvaultの状態を評価する.Vaultは水晶体前あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013503 水晶体も前方に移動ありなし悪性緑内障highvaultmoderateornormalvault周辺虹彩切開部は開いているか?開いている開いていない粘弾性物質残留による眼圧上昇瞳孔ブロックレンズサイズが大きすぎるために起こる隅角閉塞ダイアモックス内服,前房洗浄治療方法ICL摘出LIもしくはPIを追加図2ICL術後早期の高眼圧の鑑別と治療の流れPI:周辺虹彩切除術,LI:レーザー虹彩切開術.(文献2より改変)水晶体も前方に移動ありなし悪性緑内障highvaultmoderateornormalvault周辺虹彩切開部は開いているか?開いている開いていない粘弾性物質残留による眼圧上昇瞳孔ブロックレンズサイズが大きすぎるために起こる隅角閉塞ダイアモックス内服,前房洗浄治療方法ICL摘出LIもしくはPIを追加図2ICL術後早期の高眼圧の鑑別と治療の流れPI:周辺虹彩切除術,LI:レーザー虹彩切開術.(文献2より改変)面とICL後面の距離である.これが角膜厚みの2倍以内の距離であれば,粘弾性物質による眼圧上昇の可能性が高い.Vaultが非常に高い場合は,瞳孔ブロックもしくはICLが大きすぎる可能性がある.この場合,虹彩切除が適切に行われており,開通が確認できればサイズの問題となる.この場合はICLを摘出する必要がある.虹彩切除が不十分であれば,アルゴンもしくはYAGレーザーを使用して開通させる.虹彩切除が小さ過ぎる場合は拡大する.時に術中に虹彩切除をした症例で,虹彩切除が開いているように見えても虹彩の後葉が残存していて瞳孔ブロックを起こすことがあり,この場合もYAGレーザーで後葉を切開することで速やかに瞳孔ブロックは解除される.ICL術後の瞳孔ブロックは手術を始めたばかりの術者に起こることが多く,その多くは虹彩切開が小さすぎる,周辺部に開けすぎることが原因と考えられる.図3に適切な大きさ,場所の虹彩切開を示すが,このように図3推奨される術前虹彩切開術の場所この症例に示すように縮瞳させた状態であまり周辺になりすぎないように,90°離して2カ所,上方に行うのがよい.万が一のことを考えて保険をかけて2カ所施行することを推奨する.近年,ICLの光学部中央に穴が開いたいわゆるHoleICLがヨーロッパ中心で使用されており,光学的にも従来のICLに比較して損失がないことが示されている1).このHoleICLを用いると術前の虹彩切開術は必要なく,術中のICL後面の粘弾性物質の吸引も行いやすくなることから,より手術が安全になることが期待でき,わが国への導入が待たれる.文献1)ShimizuK,KamiyaK,IgarashiAetal:Intraindividualcomparisonofvisualperformanceafterposteriorchamberphakicintraocularlenswithandwithoutacentralholeimplantationformoderatetohighmyopia.AmJOphthalmol154:486-494,20122)BylsmaSS,ZaltaAH,FoleyEetal:Phakicposteriorchamberintraocularlenspupillaryblock.JCataractRefractSurg28:2222-2228,2002☆☆☆504あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(76)

眼内レンズ:眼内レンズ挿入後の眼内洗浄法

2013年4月30日 火曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎320.眼内レンズ挿入後の眼内洗浄法宇野敏彦白井病院眼内レンズ(IOL)挿入後の眼内洗浄は術直前の洗眼などによる消毒よりも重要と思われる.従来より指摘されてきたIOL裏面のみならずワンピース型IOLでは複雑な形状のループ周囲の洗浄にも気を配る必要がある.眼内レンズ(IOL)挿入後,すなわち白内障手術(水晶体再建術)の終了直前に前・後房および水晶体.を灌流液で十分洗浄することは眼内炎発症予防の有力な手段である.各自,各施設で独自の洗浄法がなされていると思われるが言及される機会も少なく,いまだ“日陰の存在”である.術前の消毒操作以上に重要と思われる眼内洗浄法について注目してみたい.昨今,単一の素材のワンピース型IOLの使用頻度が増えている.支持部が細いループでなく,太く断面が四角い複雑な形状のものが増えている.これは眼内,特に水晶体赤道部付近の洗浄が難しい形状とも言え,注意すべき点である(図1).これまでは眼内レンズ光学部の裏面の洗浄が重要とされてきたが,ワンピース型IOLのループ周囲にも気を配る必要があるわけである.まず,I/A(灌流/吸引)チップ周囲の水流について再認識してみよう.図2はフルオレセインで染色した灌流(a)(b)図1従来からあるスリーピース型IOL(a)とワンピース型IOL(b)の水晶体.内でのイメージ(断面)ワンピース型IOLの太いループの場合,赤道部付近に閉鎖空間ができ,洗浄する際に“死角”が生じやすい.(73)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY液で流れを可視化したものである.チップの先端方向とスリーブの穴から出ている状況が確認できるが,特定の方向にしか流れていないことに注目したい.眼内を隅々まで洗浄するにはI/Aチップを大きく動かす必要があ図2I/Aチップ先端の灌流液の流れ灌流液にフルオレセインを添加して可視化した.灌流液が流入する方向が限定されていることに注意すべきである.図3IOL裏面の洗浄ワンピース型IOLの裏面にI/Aチップをもぐり込ませて洗浄している.あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013501 図4“Tapping法”スリーピースIOLの左側のエッジをI/Aチップ先端で押さえているところ.チップを左右のIOLエッジ(矢印)に交互におき,後.側に向かってIOLを押し付けながら.内を洗浄する方法.ろう.IOLの裏面の洗浄にはI/AチップをIOL光学部エッジから裏へ回り込ませる方法(図3)が最も直接的で効率がよいと思われる.ただ,この方法は後.の誤吸引や破.に対する恐怖心から,初心者にはややハードルが高いかもしれない.筆者らは以前着色した粘弾性物質を用いた眼内洗浄実験を行ったが,このなかでの検討で“tapping法”が有用であることがわかった(図4).これはIOL光学部の周辺部を左右交互に押し,シーソーのようにIOLを揺らして裏面の粘弾性物質を洗浄除去する方法である.I/Aチップを後.に近づけることなく洗浄が行えるので,初心者でも安心して行うことができる.前述のように,ワンピース型IOLを挿入する場合にはループ周囲の洗浄に気を配る必要がある.この点での検討はほとんどなされていないが,筆者は現在つぎのよ図5IOLを“シェイク”ワンピース型IOLを6時方向に偏位させている.このとき,12時方向(手前)のループは水晶体.赤道部から離れていることに注目.このような動きを繰り返すことによるループ周囲あるいは水晶体.赤道部付近が効率的に洗浄されるものと考えられる.うな方法を試みている.1.IOLを前後左右にシェイク!(図5)ループが付着している方向に沿ってIOL光学部をI/Aチップで左右(前後)に偏位させると,ループが赤道部から離れたり,逆に押し付けられたりという動きになる.この動きのなかで灌流液を循環させれば,より効率的にループ周辺の洗浄が行えると推測できる.2.IOLを回転!IOLを回転させることにより,水晶体.内の赤道部を攪拌洗浄することが可能になると思われる.上記の方法はいずれもI/AチップをIOL光学部の表面にのみ接触させて行うことができ,初心者でも安全であろう.もちろんZinn小帯に多少の負担をかける操作であり,その断裂などが危惧される状況では控えるべきであることはいうまでもない.

写真:ポリープ状脈絡膜血管症(SRD型)

2013年4月30日 火曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦347.ポリープ状脈絡膜血管症(SRD型)山岸哲哉京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学①①①②③④×図2図1のシェーマ①:橙赤色隆起病変.②:漿液性網膜.離.③:網膜色素上皮.離.④:網膜色素上皮萎縮.図1ポリープ状脈絡膜血管症(PCV)黄斑内に橙赤色隆起病変,漿液性網膜.離,網膜色素上皮.離を認める.明らかな出血性変化は認められない.図3インドシアニングリーン蛍光眼底造影(ICGA)視神経乳頭近傍から延びる脈絡膜異常血管網(ネットワーク血管)と,その末端に拡張した異常血管(ポリープ状病巣)を認める.ポリープ状病巣は検眼鏡的所見での橙赤色隆起病巣に一致して確認される.網膜色素上皮.離はICGAでは低蛍光に見える.図4光干渉断層計像(OCT)垂直断検眼鏡的所見での橙赤色隆起病巣およびICGAでのポリープ状病巣はOCTでは急峻な網膜色素上皮(RPE)ラインのドーム状前方突出(矢印)を呈する.その内部には中等度反射像があり,ポリープ状病巣の異常血管本体と考えられる.周囲には網膜下液(無反射)を認める.(71)あたらしい眼科Vol.30,No.4,20134990910-1810/13/\100/頁/JCOPY ポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvas-culopathy:PCV)は1990年にYannuzziらにより報告された広義の加齢黄斑変性(AMD)の特殊型である1).異常血管は黄斑部もしくは視神経乳頭近傍に存在し,枝状の脈絡膜異常血管網(ネットワーク血管)と終末のポリープ状病巣で構成される.わが国では広義AMDの約半数を占めるとの報告がある2).検眼鏡的所見ではポリープ状病巣は橙赤色隆起病巣として確認される.そのほか,網膜下出血,滲出性網膜.離,出血性・漿液性色素上皮.離が特徴的であり,臨床所見より漿液性網膜.離(SRD)型と血腫型に分類することもある.光干渉断層計(OCT)ではポリープ状病巣は急峻な網膜色素上皮(RPE)のドーム状前方突出(図4)として,脈絡膜異常血管網(ネットワーク血管)はRPE.脈絡膜血管板.Bruch膜の反射2層化所見(doublelayersign)(図5)として捉えられる3).脈絡膜異常血管の検出にはインドシアニングリーン蛍光眼底造影(ICGA)が有用である(図3).ポリープ状病巣は網状の異常血管の末端に位置する瘤状もしくは「ブドウの房」状に集まった過蛍光病変として描出される.わが国では「検眼鏡的所見での橙赤色隆起病巣」もしくは「ICGAでのポリープ状病巣」がPCV確実例の診断基準とされている4).フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)では脈絡膜異常血管はoccultCNV(脈絡膜新生血管)の所見を呈するが,ICGAに比べて確定診断的価値は少ないと考えられる.SRD型ではこれらの所見により中心性漿液性脈絡網膜症と鑑別する必要がある.現在では光線力学的療法(PDT)や抗血管内皮増殖因子(VEGF)薬硝子体内注射により治療するが,症例により抗VEGF薬硝子体内注射に治療抵抗性を示す場合もある5).文献1)YannuzziLA,SorensonJ,SpaideRFetal:Idiopathicpolypoidalchoroidalvasculopathy(IPCV).Retina10:1-8,19902)MarukoI,IidaT,SaitoMetal:Clinicalcharacteristicsofexudativeage-relatedmaculardegenerationinJapanesepatients.AmJOphthalmol144:15-22,20073)SatoT,KishiS,WatanabeGetal:Tomographicfeaturesofbranchingvascularnetworksinpolypoidalchoroidalvasculopathy.Retina27:589-594,20074)日本ポリープ状脈絡膜血管症研究会:ポリープ状脈絡膜血管症の診断基準.日眼会誌109:417-427,20055)KoizumiH,YamagishiT,YamazakiTetal:Predictivefactorsofresolvedretinalfluidafterintravitrealranibizumabforpolypoidalchoroidalvasculopathy.BrJOphthalmol95:1555-1559,2011図5光干渉断層計像(OCT)水平断ICGAで確認された視神経乳頭近傍の脈絡膜異常血管網はOCTでは網膜色素上皮(RPE)の2層化様所見(doublelayersign)を呈する(矢印).これは正しくは異常血管網により分離したRPEとその下のBruch膜であるとされている.周囲には網膜下液を認める.500あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(00)

総説:免疫抑制点眼薬の使用指針-春季カタル治療薬の市販後全例調査からの提言

2013年4月30日 火曜日

あたらしい眼科30(4):487.498,2013c総説免疫抑制点眼薬の使用指針─春季カタル治療薬の市販後全例調査からの提言─GuidanceonClinicalUseofImmunosuppressiveOphthalmicSolution─RecommendationsfromAll-Prescribed-PatientStudiesinTreatmentofVernalKeratoconjunctivitis─春季カタル治療薬研究会*代表;大橋裕一会員(五十音順);内尾英一,海老原伸行,岡本茂樹,熊谷直樹,庄司純,高村悦子,中川やよい,南場研一,福島敦樹,藤島浩,宮﨑大〔免疫抑制点眼薬の臨床的位置づけを確立し,春季カタル治療に貢献することを目的として,2006年4月15日付にて設立された研究会である.〕はじめに体内で過剰に起こっている免疫応答を抑制しようとする一連の薬剤は免疫抑制薬と総称され,その作用点あるいは標的細胞の違いによって,代謝阻害薬,カルシニューリン阻害薬,生物製剤,副腎皮質ホルモンに大別される.近年,免疫抑制薬の眼疾患への適用が拡大し,春季カタルを効能とするシクロスポリンおよびタクロリムス点眼薬,Behcet病による難治性網膜ぶどう膜炎を効能とするインフリキシマブ点滴静注用,加齢黄斑変性症を効能とするラニビズマブ硝子体内注射液などが上市され,眼科診療に供されている.このうち,シクロスポリンおよびタクロリムスは,その化学構造が大きく異なるにもかかわらず,ともにT細胞内のカルシニューリンを阻害することでIL(インターロイキン)-2産生を抑制し,細胞性免疫機構を制御することから,カルシニューリン阻害薬ともよばれる.眼科領域ではカルシニューリン阻害薬に属するシクロスポリン点眼液0.1%(パピロックRミニ点眼液0.1%)およびタクロリムス点眼液0.1%(タリムスR点眼液0.1%)が「抗アレルギー剤が効果不十分な春季カタル」に対する希少疾病用医薬品として市販されている.いずれも,直接の標的蛋白であるイムノフィリンとの結合後に複合体としてカルシニューリンの働きを阻害し,T細胞からのIL-2産生を抑制することにより,その免疫抑制効果を発揮する.シクロスポリンは,真菌TolypocladiuminflatumGamsの培養濾液中から分離された11個のアミノ酸からなる疎水性の環状ポリペプチドで,1978年,腎移植および骨髄移植における拒絶反応抑制薬として承認された.現在は,肝,心,肺,膵移植における拒絶反応抑制,Behcet病,乾癬,再生不良性貧血,赤芽球癆,ネフローゼ症候群,重症筋無力症,アトピー性皮膚炎などへの適応が追加されている.タクロリムスは,つくば市の土壌から分離した放線菌Streptomycestsukubaensisが産生する23員環のマクロライド系化合物で,1989年,臓器移植時の拒絶反応抑制薬として米国において緊急承認された歴史を持つ.その後は,重症筋無力症,関節リウマチ,ループス腎炎,難治性の活動期潰瘍性大腸炎への内服使用,アトピー性皮膚炎への局所塗布が認可され,広く使用されている.春季カタルは,石垣状の巨大乳頭形成,輪部腫脹,シールド潰瘍を主徴とし,学童に好発する重症,難治性のアレルギー性結膜疾患としてよく知られているが,副腎皮質ステロイド薬(ステロイド薬)を軸とした治療では十分なコントロールが困難なことが多く,新たな治療法が模索されていた.そうした背景のなかの1986年,*StudyGroupforVernalKeratoconjunctivitisTreatment〔別刷請求先〕大橋裕一:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学医学部眼科学教室0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(59)487 BenEzraらにより,オリーブ油に溶解した2%シクロスポリン点眼薬による春季カタルへの点眼治療の有効性が示された.その後もGupta,Secciらにより同様の報告が続いたが,点眼時の不快感や眼瞼炎の発症などが障害となり製品化には至らなかった.しかしながら,その後わが国において,パピロックRミニ点眼液0.1%(参天製薬株式会社),およびタリムスR点眼液0.1%(千寿製薬株式会社)の臨床試験が世界に先駆けて行われ,その臨床的有用性が実証された.いずれの点眼薬についても市販後に全例調査が行われ,1,000例を超える登録症例のなか,その有効性,安全性が再確認されるとともに薬効特性も明らかとなってきた.カルシニューリン阻害薬の全身投与時の副作用として腎毒性に注意が必要であるが,両点眼薬とも眼局所に投与するため,重篤な全身性の副作用が発現するリスクはきわめて低い.本指針は,春季カタル治療薬研究会が中心となって実施した免疫抑制点眼薬の市販後全例調査の結果に基づき,免疫抑制点眼薬の治療指針について総括するものである.I各全例調査における疫学的背景シクロスポリン点眼液0.1%の全例調査1)は2006年1月.2008年2月に実施され,安全性評価対象は2,647例,このうち春季カタル症例は2,597例であった.タクロリムス点眼液0.1%の全例調査は2008年5月.2011年9月に実施され,安全性評価対象は1,827例,このうち春季カタル症例は1,821例であった.各全例調査における春季カタル症例の患者背景を表1に示す.性,年齢,春季カタル病型およびアレルギー疾患合併症といった患者背景は両調査とも同様の傾向を示した.すなわち,男女比は7割強を男性が占め,過去の疫学調査2)と同様の結果であった.年齢は10代が最も多く4割以上を占め,10歳未満を含めると6割以上が未成年であった.春季カタル病型は眼瞼型(palpebraltype)が最も多く,ついで混合型(mixedtype),輪部型(limbaltype)の順であった.アレルギー疾患の合併割合(合併症の有無が不明の症例を除く)では,アトピー性皮膚炎を合併するものが4割以上を占めていた.各薬剤を投与する前の重症度は,他覚所見合計スコア〔他覚10所見(各所見スコア:0.3)3)の合計〕の平均値が,シクロスポリン点眼液0.1%で13.3,タクロリムス点眼液0.1%で14.2とタクロリムス点眼液0.1%投与例のほうがやや重症であった.各全例調査における春季カタルの治療状況を表2に示す.シクロスポリン点眼液0.1%もしくはタクロリムス表1患者背景シクロスポリン点眼液タクロリムス点眼液項目0.1%(2,597例)0.1%(1,821例)例数(%)例数(%)性別男性1,89573.0%1,35074.1%女性70227.0%47125.9%年齢平均値±標準偏差19.4±13.3歳19.3±14.2歳10歳未満51819.9%46125.3%10歳代1,13443.7%73940.6%20歳代47118.1%24213.3%30歳代28210.9%21912.0%40歳以上1927.4%1608.8%病型分類眼瞼型1,05640.7%81744.9%輪部型34113.1%21311.7%混合型69126.6%56631.1%その他・不明50919.6%22512.4%アレルギー疾患アトピー性皮膚炎1,10044.2%80244.1%合併症アレルギー性鼻炎44017.7%40122.1%喘息37615.1%29816.4%投与前重症度自覚症状合計スコア(18点満点)7.2±4.27.6±4.5平均値±標準偏差他覚所見合計スコア(30点満点)13.3±5.414.2±5.5488あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(60) 表2治療状況シクロスポリン点眼液タクロリムス点眼液項目0.1%(2,597例)0.1%(1,821例)例数(%)例数(%)おもな前治療薬抗アレルギー点眼薬1,44455.6%1,02657.3%ステロイド点眼薬1,54159.3%99255.4%ステロイド内服薬983.8%643.6%自家調製シクロスポリン点眼薬1676.5%60.3%シクロスポリン点眼液0.1%(.)(.)56931.8%おもな併用薬剤抗アレルギー点眼薬1,39153.6%1,11861.4%ステロイド点眼薬1,63863.1%1,00655.2%ステロイド内服薬1485.7%864.7%投与期間1カ月未満64624.9%30616.8%1カ月以上2カ月未満36013.9%24113.2%2カ月以上3カ月未満2429.3%21511.8%3カ月以上6カ月未満63024.3%59032.4%6カ月以上71427.5%46925.8%点眼液0.1%ともに前治療薬として抗アレルギー点眼薬およびステロイド点眼薬が半数以上の症例で使用されていた.シクロスポリン点眼液0.1%では,自家調製シクロスポリン点眼薬からの切り替え例が6.5%あり,一方,タクロリムス点眼液0.1%では,シクロスポリン点眼液0.1%からの切り替え例が31.8%を占めた.併用薬剤(各薬剤の投与期間中に一度でも併用した薬剤)については,抗アレルギー点眼薬の併用割合はシクロスポリン点眼液0.1%投与例の53.6%,タクロリムス点眼液0.1%投与例の61.4%とタクロリムス点眼液0.1%投与例のほうが多く,ステロイド点眼薬の併用割合はシクロスポリン点眼液0.1%投与例の63.1%,タクロリムス点眼液0.1%投与例の55.2%とシクロスポリン点眼液0.1%投与例のほうが多かった.シクロスポリン点眼液0.1%,タクロリムス点眼液0.1%それぞれの投与期間の分布は,シシクロスポリン点眼液0.1%クロスポリン点眼液0.1%で投与期間1カ月未満の症例が24.9%とやや多かったが,両薬剤とも投与期間6カ月以上の症例が25%以上を占めた.II免疫抑制点眼薬の効果と副作用本項では,全例調査により明確となったシクロスポリン点眼液0.1%およびタクロリムス点眼液0.1%の効果と副作用について概説する.1.春季カタル病型別にみた免疫抑制点眼薬の効果春季カタルの治療では病型に応じた免疫抑制点眼薬の使い方が求められることから,病型による効果の違いを知っておく必要がある.春季カタルは,臨床所見により眼瞼型,輪部型および混合型の3病型に分類される.シクロスポリン点眼液0.1%およびタクロリムス点眼タクロリムス点眼液0.1%***************036912151821242730開始時1カ月2カ月3カ月6カ月終了時:眼瞼型(n=955):輪部型(n=318):混合型(n=645)スコア***************036912151821242730開始時1カ月2カ月3カ月6カ月終了時:眼瞼型(n=796):輪部型(n=208):混合型(n=555)スコア*p<0.001,対応のあるt検定図1春季カタル病型別の他覚所見合計スコアの推移(61)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013489 液0.1%の各全例調査における,他覚所見合計スコアの推移を春季カタル病型別に検討した(図1).なお,他覚所見合計スコアは10所見(各所見スコア:0.3)3)の合計スコアであり,最小値0,最大値30となる.両免疫抑制点眼薬ともにすべての病型について投与1カ月目より有意なスコアの低下を示した.特に輪部型では投与早期より著明な低下を示したことから,輪部型春季カタルは免疫抑制点眼薬の良い適応となることが示唆された.一方,眼瞼型に対する効果は2者でやや異なり,シクロスポリン点眼液0.1%に比べるとタクロリムス点眼液0.1%の効果が強かった.2.免疫抑制点眼薬使用によるステロイド薬からの離脱春季カタル治療は長期に及ぶことも多いため,ステロイド薬の長期使用による眼圧上昇,白内障,眼感染症などの副作用が問題となることもあり,ステロイド薬から100シクロスポリン点眼液0.1%(n=676)の離脱が課題であった.シクロスポリン点眼液0.1%およびタクロリムス点眼液0.1%の各全例調査における,ステロイド点眼薬離脱率の推移を検討した(図2).なお,検討対象は免疫抑制点眼薬投与前からステロイド点眼薬を使用し,かつ,免疫抑制点眼薬を6カ月以上使用した症例である.6カ月時点の離脱率はシクロスポリン点眼液0.1%が33.6%,タクロリムス点眼液0.1%が51.8%であり,免疫抑制点眼薬の登場によりステロイド点眼薬からの離脱も可能であることが全例調査の結果から明らかとなった.3.免疫抑制点眼薬の副作用シクロスポリン点眼液0.1%およびタクロリムス点眼液0.1%の各全例調査で認められたおもな副作用を表3に示す.シクロスポリン点眼液0.1%で最も多い副作用は眼刺激(2.53%)であった.タクロリムス点眼液0.1%100タクロリムス点眼液0.1%(n=398)33.6%離脱率(%)202000投与開始時1カ月2カ月3カ月6カ月:なし■:フルオロメトロン■:プレドニゾロン■:デキサメタゾン■:ベタメタゾン■:複数使用図2ステロイド点眼薬離脱率の推移表3免疫抑制点眼薬の副作用51.8%8080離脱率(%)60604040投与開始時1カ月2カ月3カ月6カ月シクロスポリン点眼液0.1%副作用例数(%)安全性評価対象症例2,647副作用あり197(7.44%)眼障害141(5.33%)眼刺激67(2.53%)眼そう痒症17(0.64%)点状角膜炎13(0.49%)流涙増加12(0.45%)感染症および寄生虫症40(1.51%)麦粒腫10(0.38%)細菌性結膜炎9(0.34%)ヘルペス性角膜炎8(0.30%)細菌性角膜炎7(0.26%)タクロリムス点眼液0.1%副作用例数(%)安全性評価対象症例1,827副作用あり186(10.18%)眼障害157(8.59%)眼部熱感74(4.05%)眼刺激52(2.85%)結膜充血13(0.71%)眼痛11(0.60%)感染症および寄生虫症27(1.48%)麦粒腫9(0.49%)細菌性角膜炎3(0.16%)ヘルペス性角膜炎3(0.16%)眼瞼ヘルペス3(0.16%)下線部は器官別大分類.490あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(62) では眼部熱感(4.05%)と眼刺激(2.85%)が多く,適用部位での刺激症状はタクロリムス点眼液0.1%のほうが多かった.感染症に関しては,両剤とも1.5%程度の発現頻度であるが,特に角膜感染症では重症化する場合もあることから注意が必要である.III免疫抑制点眼薬の使い方1.免疫抑制点眼薬の適用とパターン治療春季カタルに対して最初に試みる点眼薬は,抗アレルギー点眼薬(メディエータ遊離抑制薬・ヒスタミンH1受容体拮抗薬)である.しかし,抗アレルギー点眼薬での単独治療に抵抗する症例では,抗アレルギー点眼薬とステロイド点眼薬または免疫抑制点眼薬との併用が必要である.ただし,免疫抑制点眼薬の適用に際してはステロイド薬との併用もしくは使い分けを十分に検討する必要がある.そこで,治療に免疫抑制点眼薬を適用する場合は,治療薬の使用方法をパターン1.4に分類し(図3),春季カタルの重症度に対応するパターンを選択して治療を行う『パターン治療』で行うと治療方針を明確化しやすい.治療などにより春季カタルの重症度に変化が生じた場合には,パターン変更して治療を行うことが,薬剤の適正使用に繋がると考えられる.ただし,薬理学的にみられる免疫抑制効果は,シクロスポリン点眼液0.1%よりもタクロリムス点眼液0.1%が強いため,パターン方式の適用を熟知し,臨床効果を十分に観察する必要がある.以下にパターン治療における各パターンの適用について述べる.2.免疫抑制点眼薬使用のためのパターン治療春季カタルのパターン治療のためのプロトコールは図3に示したとおりであり,シクロスポリン点眼液0.1%を用いた治療プロトコールとタクロリムス点眼液0.1%を用いた治療プロトコールとでは若干の相違があり,ステロイド薬の使用についても考慮の余地があるため,以下に各パターン治療の考え方について述べる.a.免疫抑制点眼薬を中心とした治療指針1)パターン1パターン1は,治療により寛解期または鎮静期に至った症例に対して,再発予防を目的とした治療の際に用いられる.また,ごく軽症例の場合に限り抗アレルギー点眼薬の単独使用による治療が有効なことがある.2)パターン2aパターン2aは軽症から中等症の症例に適用され,抗アレルギー点眼薬と免疫抑制点眼薬との2者併用療法が基本である.シクロスポリン点眼液0.1%を用いたパターン2aは,眼瞼型もしくは混合型の軽症例に対して用いる.また,輪部型はパターン2aの良い適応である.タクロリムス点眼液0.1%を用いたパターン2aは,眼瞼型,輪部型および混合型の軽症から中等症例に対して用いる.また,急性増悪例,ステロイド薬抵抗例,ステロイド薬離脱困難例,シクロスポリン抵抗例などの重症例または難治例に対しても,まずパターン2aを試みる.3)パターン3抗アレルギー点眼薬,免疫抑制点眼薬およびステロイ抗アレルギー薬(点眼)ステロイド薬(点眼)免疫抑制薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)ステロイド薬(点眼)免疫抑制薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)免疫抑制薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)ステロイド薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)パターン1パターン2aパターン2bパターン3パターン4重症※2※1※1:シクロスポリン点眼液ルート※2:タクロリムス点眼液ルートステロイド薬(内服)(瞼結膜下注射)図3春季カタルのパターン治療のためのプロトコール軽症(63)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013491 ド点眼薬によるパターン3は,シクロスポリン点眼液0.1%では中等症から重症例,タクロリムス点眼液0.1%では重症例に対して用いる.また,パターン2aによる治療中に症状が急性増悪した場合にはパターン3を行う.ステロイド点眼薬の併用は,副作用を考慮して短期間にとどめ,症状が軽快したらただちにステロイド点眼薬を漸減または中止することが望ましい.シクロスポリン点眼液0.1%を用いた治療の場合には,初期から積極的にパターン3を行い,症状が軽快するとともにパターン2aにレベルダウンする使用法が推奨され,これによりステロイド点眼薬の使用期間も短縮される.一方,タクロリムス点眼液0.1%を用いた治療の場合には,パターン2aの治療中に急性増悪した場合にパターン3にレベルアップする方法が推奨される.4)パターン4パターン4は,抗アレルギー点眼薬,免疫抑制点眼薬およびステロイド点眼薬のパターン3にステロイド薬瞼結膜下注射もしくはステロイド内服薬などの点眼薬以外のステロイド薬を併用するもので,重症例や難治例に対して用いる.シクロスポリン点眼液0.1%を用いて治療を行う場合,重症のアレルギー炎症を早期に沈静化させた後,シクロスポリン点眼液0.1%を用いて維持するという観点から,パターン4から3,2aへとレベルダウンしながら,増悪したらパターン3へとレベルアップ,もしくは4へとジャンプアップしてやり直す方法が推奨される.タクロリムス点眼液0.1%を用いて治療を行う場合,急性増悪時にパターン2aから3へとレベルアップ,もしくは4へとジャンプアップして治療を行い,鎮静化したらパターン2aに戻る方法が推奨される.パターン4は,重症例,難治例または急性増悪例に対して緊急避難的に行われる治療であるため,頻用すべきではない.また,使用するステロイド薬の量も多いため,眼圧上昇(ステロイド緑内障),白内障,前眼部感染症などの副作用に十分注意すべきで,気管支喘息やアトピー性皮膚炎などの合併するアレルギー疾患の経過も含めて厳重な管理の下で行われる治療法である.b.ステロイド薬を用いた治療パターン2b軽症または中等症の春季カタルに対して,抗アレルギー点眼薬とステロイド点眼薬により治療が行われる場合がある.抗アレルギー点眼薬とステロイド点眼薬の2剤による治療を行っても十分な治療効果が得られない場合492あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013には,免疫抑制点眼薬を用いた治療が必要であるが,シクロスポリン点眼液0.1%で治療する場合とタクロリムス点眼液0.1%で治療する場合とで治療方針が異なる.シクロスポリン点眼液0.1%で治療する場合には,まず抗アレルギー点眼薬およびステロイド点眼薬にシクロスポリン点眼液0.1%を加えて,パターン3を行う(図3※1:シクロスポリン点眼液ルート).つぎに,シクロスポリン点眼液0.1%の効果が発現される時期を見きわめてステロイド点眼薬を漸減する.ステロイド点眼薬とシクロスポリン点眼液0.1%との単純切り替えは行わないようにするが,ステロイド点眼薬は,最終的には中止して抗アレルギー点眼薬とシクロスポリン点眼液0.1%とのパターン2aにすることで,ステロイド点眼薬の早期離脱が可能となる.タクロリムス点眼液0.1%で治療する場合には,ステロイド点眼薬をタクロリムス点眼液0.1%に切り替えて,抗アレルギー点眼薬とタクロリムス点眼液0.1%とのパターン2aを試みる(図3※2:タクロリムス点眼液ルート).タクロリムス点眼液0.1%は,ステロイド点眼薬との単純切り替えによる治療変更が可能であるため,ステロイド薬抵抗例やステロイド薬離脱困難例に対しても適応がある.3.春季カタルに対するパターン治療の代表例〔症例1〕輪部型春季カタルに対するシクロスポリン点眼液0.1%での治療患者:17歳,男性.主訴:両眼の充血,そう痒感.現病歴:約5年前から1年に4回程度の両眼充血が出現し,近医で治療を受けていた.2010年3月初旬から両眼の充血が再度出現し,市販の点眼薬や近医で処方された抗アレルギー点眼薬を使用していた.しかし,充血に眼脂や異物感などの症状が加わり,病状が悪化したため紹介受診となった.既往歴:スギ花粉症.初診時所見:初診時,両眼の眼瞼結膜にはビロード状乳頭増殖がみられたが,巨大乳頭はみられなかった.眼球結膜は高度に充血し,輪部には堤防状隆起とトランタス斑がみられた(図4).角膜には軽度の点状表層角膜炎がみられた.〔治療経過〕本症例は,増殖性結膜病変である輪部堤防状隆起がみ(64) 抗アレルギー薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)治療前点眼治療後1週間図4症例1の前眼部所見治療前には,輪部堤防状隆起およびトランタス斑がみられるが,シクロスポリン点眼による治療開始後1週間目で輪部病変が軽快している.ステロイド薬(点眼)免疫抑制薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)ステロイド薬(点眼)免疫抑制薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)免疫抑制薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)パターン2aパターン3パターン4重症軽症ステロイド薬(内服)(瞼結膜下注射)ステロイド薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)パターン2bパターン1図5症例1でのパターン治療られることから,輪部型春季カタルと診断することができたため,インタールR点眼液UD0.2%(1日4回)とシクロスポリン点眼液0.1%(パピロックRミニ点眼液0.1%)(1日3回)との併用療法で治療を行った.治療開始後1週間目には,両眼の眼瞼結膜および眼球結膜充血は軽減し,輪部堤防状隆起は消失した(図4).〔コメント〕本症例は,数年前から通年性に症状の発現がみられ,治療の長期化が予想された.また,スギ花粉飛散期に抗アレルギー点眼薬を使用しても増悪する臨床所見(輪部堤防状隆起)から,免疫抑制点眼薬の追加が適当と判断された症例である(図5).臨床症状が季節により増悪と寛解を繰り返す症例では,ステロイド点眼薬の長期使用による副作用(眼圧上昇)や離脱困難を考慮して,免疫抑制点眼薬が良い適用となる.春季カタルとしては軽症例と診断できるが,輪部型春季カタルに対してはシクロスポリン点眼液0.1%が有効である.〔症例2〕ステロイド薬抵抗性春季カタルに対するシクロスポリン点眼液0.1%での治療患者:21歳,男性.主訴:両眼の眼そう痒感,霧視.現病歴:約1カ月前から近医で流行性角結膜炎とアレ(65)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013493 初診時点眼治療後1カ月初診時点眼治療後1カ月ルギー性結膜炎の治療を受けていた.角膜上皮障害が軽快しないために紹介受診した.既往歴:アレルギー性鼻炎,気管支喘息,アトピー性皮膚炎.初診時所見:初診時には,両眼の眼瞼結膜は高度に充血し,部分的に巨大乳頭がみられた.また,眼球結膜には充血がみられるとともに,輪部には堤防状隆起がみられた(図6).角膜には異常所見はなかった.〔治療経過〕本症例が受診時に使用していた近医で処方された治療薬を表4に示した.本症例を混合型春季カタルの中等症例と診断し,初診時にトリアムシノロン瞼結膜下注射(初診時1回)およびインタールR点眼液UD0.2%(両眼:1日3回),シクロスポリン点眼液0.1%(パピロッ表4症例2に対する処方薬剤前医処方初診時処方・クラビットR点眼液0.5%・トリアムシノロン結膜下注射両眼:1日3回初診時:1回・フルメトロンR点眼液0.1%・パピロックRミニ点眼液0.1%両眼:1日3回両眼:1日3回・タリビッドR眼軟膏0.3%・インタールR点眼液UD0.2%右眼:1日1回就寝前両眼:1日3回・リンデロンR点眼・点耳・点鼻液0.1%両眼:1日3回図6症例2の前眼部所見初診時には,巨大乳頭増殖および輪部堤防状隆起がみられたが,点眼治療後1カ月目には巨大乳頭が軽減し,輪部堤防状隆起は消失している.クRミニ点眼液0.1%)(両眼:1日3回),リンデロンR点眼・点耳・点鼻液0.1%(両眼:1日3回)の処方を行った.治療開始後1週間目に巨大乳頭の軽快,輪部堤防状隆起の消失がみられたため,ステロイド点眼薬の使用を中止し,使用する点眼薬をインタールR点眼液UD0.2%(両眼:1日3回)とシクロスポリン点眼液0.1%(両眼:1日3回)とに変更した.その後は,寛解状態が維持されている(図6).〔コメント〕本症例は,春季カタルの急性増悪例で,パターン4からパターン2aへとレベルダウンしていく方向で治療を行った症例である.シクロスポリン点眼液0.1%を用いて春季カタルの治療を行う場合,パターン3により早期にアレルギー炎症をリセットし,パターン2aにより寛解状態を維持することが重要である.この治療方針のポイントは,早期にステロイド薬を十分量使用することであるが,本症例が急性増悪例であったことから,初診時に1回だけトリアムシノロン瞼結膜下注射を施行している(図7).また,シクロスポリン点眼液0.1%を併用することにより早期のステロイド薬離脱が可能になるとともに,アレルギー炎症のコントロールが容易になると考えられる.494あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(66) 抗アレルギー薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)ステロイド薬(点眼)免疫抑制薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)ステロイド薬(点眼)免疫抑制薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)免疫抑制薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)パターン2aパターン3パターン4重症軽症ステロイド薬(内服)(瞼結膜下注射)ステロイド薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)パターン2bパターン1図7症例2でのパターン治療初診時点眼治療後2週間点眼治療後6カ月〔症例3〕重症混合型春季カタルに対するタクロリムス点眼液0.1%での治療患者:18歳,男性.主訴:両眼の充血,眼脂.現病歴:2年前からアレルギー性結膜炎と診断され,抗アレルギー点眼薬で加療していた.6月頃から症状が急激に増悪したため受診した.既往歴:アレルギー性鼻炎,気管支喘息.初診時所見:初診時には,両眼の眼瞼結膜は高度に充血し,右眼には部分的に巨大乳頭の形成がみられた.また,右眼輪部の一部に輪部堤防状隆起とトランタス斑がみられた(図8).〔治療経過〕初診時から,インタールR点眼液UD0.2%(1日4回)図8症例3の前眼部所見初診時には,巨大乳頭および輪部のトランタス斑がみられた.点眼治療後2週間目にはトランタス斑が,点眼治療後6カ月目には巨大乳頭は消失している.(67)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013495 抗アレルギー薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)ステロイド薬(点眼)免疫抑制薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)ステロイド薬(点眼)免疫抑制薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)免疫抑制薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)パターン2aパターン3パターン4重症軽症ステロイド薬(内服)ステロイド薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)パターン2bパターン1図9症例3でのパターン治療およびタクロリムス点眼液0.1%(タリムスR点眼液0.1%)(1日2回)のパターン2aを行ったところ,タクロリムス点眼液0.1%開始後2週間目には,巨大乳頭が軽減し,輪部堤防状隆起とトランタス斑は消失した.また,パターン2aを続けることにより,タクロリムス点眼液0.1%の点眼開始後6カ月目には,巨大乳頭も消失した(図8).〔コメント〕本症例は,春季から初夏にかけて急性増悪した春季カタルである.抗アレルギー点眼薬による治療に抵抗しているため,ステロイド点眼薬または免疫抑制点眼薬の追加を検討する必要がある(図9).気管支喘息などの他臓器アレルギー疾患を合併し,治療に抵抗する可能性がある症例に対しては,免疫抑制点眼薬による治療を第一選択とする.抗アレルギー点眼薬とタクロリムス点眼液0.1%との2者併用療法を3.6カ月継続することにより増殖性結膜病変(巨大乳頭・輪部堤防状隆起)が消失し,寛解した状態に持ち込める症例がある.ステロイド点眼薬は,ステロイド緑内障などの副作用の問題から,長期使用の治療計画が立てにくい.しかし,免疫抑制点眼薬の場合には,感染症を除いて長期使用に関する安全性が確認されているため,春季カタルの長期計画的治療が容易であると考えられる.〔症例4〕ステロイド薬抵抗性春季カタルに対するタクロリムス点眼液0.1%での治療患者:10歳,女性.496あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013主訴:両眼の羞明感,眼脂.現病歴:5歳頃から春季カタルで治療を継続していたが,転居に伴い春季カタルが増悪した.最近,治療に抵抗して,症状が徐々に悪化してきているため紹介受診となった.既往歴:アレルギー性鼻炎.初診時所見:両眼の眼瞼結膜は高度に充血し,眼瞼結膜全体に巨大乳頭増殖がみられ,粘稠性眼脂を伴っていた.右眼角膜は,角膜全面に落屑状点状表層角膜炎がみられ,上方にはシールド潰瘍の形成がみられた(図10).〔治療経過〕前医の処方を表5に示した.初診時に前医で処方されていた点眼薬をすべて中止し,インタールR点眼液UD0.2%(1日4回)とタクロリムス点眼液0.1%(タリムスR点眼液0.1%)(1日2回)とのパターン2aを行った.治療開始後1.2週間目に羞明感や眼脂などの自覚症状の軽快がみられ,4週間目には巨大乳頭の縮小,シールド潰瘍および落屑状点状表層角膜炎の消失など他覚所見が明らかに軽快した(図10).〔コメント〕本症例は,重症型春季カタルでステロイド点眼薬による治療に抵抗性を示し難治化した症例である.点眼薬に使用されている,防腐剤および硫酸フラジオマイシン(眼・耳科用リンデロンRA軟膏,または点眼・点鼻用リンデロンRA液に含有)などの抗菌薬が難治化に関与していることがあるため,難治症例では極力点眼薬の悪影響を減らすために,点眼薬の種類を少なくするような(68) 初診時(右眼)点眼治療後4週間(右眼)図10症例4の前眼部所見初診時には,粘稠性眼脂を伴った巨大乳頭増殖とシールド潰瘍を伴った角膜上皮障害がみられた.点眼治療後4週間目には,巨大乳頭の所見は軽快し,角膜上皮障害は消失している.表5症例4に対する処方薬剤前医処方初診時処方・リザベンR点眼液0.5%・タリムスR点眼液0.1%両眼:1日3回両眼:1日2回・点眼・点鼻用リンデロンRA液・インタールR点眼液UD0.2%両眼:1日2回両眼:1日4回・パピロックRミニ点眼液0.1%両眼:1日3回・クラビットR点眼液0.5%両眼:1日3回・タリビッドR眼軟膏0.3%右眼:1日1回就寝前処方を目指す.ステロイド点眼薬に抵抗する難治性春季カタルの症例に対しては,一度これまでに使用した薬剤をすべて中止し,タクロリムス点眼液0.1%と抗アレルギー点眼薬によるパターン2aに変更して経過観察する(図11).タクロリムス点眼液0.1%による治療は,ステロイド薬離脱困難例に対してもステロイド点眼薬と切り替えて使用することができる.難治症例では,自覚症状(69)および他覚所見が軽快しても,3.6カ月間のタクロリムス点眼液0.1%の継続点眼が望ましい.おわりに本指針では,二つの市販後全例調査を通じて得られた貴重なエビデンスをもとに,有用性そして安全性の両面から,春季カタルの治療における免疫抑制点眼薬(immunosuppressiveophthalmicsolution)の特性を解析し,病態に応じた投与戦略を症例呈示のなかで具体的に解説した.その結果として,免疫抑制点眼薬の臨床的な位置づけが,かなり明確となったのではないかと期待している.今後は本指針に基づいて免疫抑制点眼薬が適正に使用され,多くの春季カタル患者への治療に反映されることを切に願う次第である.世界広しといえども,免疫抑制点眼薬が2種類も承認され,春季カタルに対する幅広い治療オプションをもっているのは日本だけである.この恵まれた立場を最大限に活用し,日本眼アレルギー研究会を中心として,免疫抑制点眼薬に関する新知あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013497 抗アレルギー薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)ステロイド薬(点眼)免疫抑制薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)ステロイド薬(点眼)免疫抑制薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)免疫抑制薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)パターン2aパターン3パターン4重症軽症ステロイド薬(内服)(瞼結膜下注射)ステロイド薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)パターン2bパターン1図11症例4でのパターン治療パピロックRミニ点眼液0.1%タリムスR点眼液0.1%成分シクロスポリンタクロリムス剤型ユニットドーズ製剤マルチドーズ製剤点眼薬の外観適応症春季カタル春季カタル用法・用量1日3回1日2回点眼液性状無色澄明・無菌水性点眼剤水性懸濁点眼剤pH6.5.7.54.3.5.5防腐剤なしベンザルコニウム塩化物浸透圧比1.0.1.10.9.1.1図12免疫抑制点眼薬の概要見をグローバルに発信していくべきであろう.なお,用語に関しては,ステロイド点眼薬とは区別する意味で,シクロスポリンやタクロリムスなどの薬剤を「免疫抑制点眼薬」と呼称することとしたい.ただ,懸案となっている病型分類をはじめ,アレルギー性結膜疾患の用語見直しなど,解決すべき課題は山積している.本指針がファイナルゴールへの第一歩であることを肝に銘じ,結びとする.〔補遺〕免疫抑制点眼薬の製品概要を図12に示す.498あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013文献1)高村悦子,内尾英一,海老原伸行,岡本茂樹,熊谷直樹,庄司純,中川やよい,南場研一,福島敦樹,藤島浩,宮﨑大,大橋裕一:春季カタルに対するシクロスポリン点眼液0.1%の全例調査.日眼会誌115:508-515,20112)日本眼科医会アレルギー眼疾患調査研究班:アレルギー性結膜疾患の疫学.大野重昭(編):日本眼科医会アレルギー眼疾患調査研究班業績集.日本眼科医会,p12-20,19953)アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン作成委員会:特集:アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン(第2版).日眼会誌114:829-870,2010(70)

高次脳機能障害者のロービジョンケア-眼科臨床での注意点とケアの1例

2013年4月30日 火曜日

特集●ロービジョンケアあたらしい眼科30(4):479.486,2013特集●ロービジョンケアあたらしい眼科30(4):479.486,2013高次脳機能障害者のロービジョンケア―眼科臨床での注意点とケアの1例―LowVisionCareforHigherBrainDysfunction稲葉純子*1野崎正和*2武澤信夫*3仲泊聡*4はじめに高次脳機能障害(higherbraindysfunction,disorderofhigherbrainfunction)とは,大脳の部分的な損傷により,言語,思考,記憶,行為,学習,注意などの機能に障害が起こった状態1)である.調査方法によりばらつくが,全国の高次脳機能障害者数は,推定30万人との結果がある(2001年,厚生労働省による全国実態調査1)).高次脳機能障害はときに視機能障害と紛らわしかったり,視覚そのものの問題として患者が感じたりするため眼科外来を受診するが,通常の検査・診察方法が適さず,特別な配慮を必要とすることがある2).また,高次脳機能障害を伴う視覚障害者にロービジョンケア(以下,ケア)を行う際には,高次脳機能障害を考慮したケアを行う必要がある.高次脳機能障害の概要と,眼科臨床現場での具体的な対応法について述べ,高次脳機能障害を伴う全盲者へのケアの1例を示す.I診断基準,原因疾患高次脳機能障害の定義は,学術用語と行政用語で若干の違いがある.「学術用語としての高次脳機能障害」とは,脳損傷に起因する認知障害全般をいい,記憶障害,社会的行動障害,地誌的障害,遂行機能障害,注意障表1高次脳機能障害の診断基準(厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部国立障害者リハビリテーションセンター)Ⅰ.主要症状1.脳の器質的病変の原因となる事故による受傷や疾病の発症の事実が確認されている.2.現在,日常生活または社会生活に制約があり,その主たる原因が記憶障害,注意障害,遂行機能障害,社会的行動障害などの認知障害である.Ⅱ.検査所見MRI,CT,脳波などにより認知障害の原因と考えられる脳の器質的病変の存在が確認されているか,あるいは診断書により脳の器質的病変が存在したと確認できる.Ⅲ除外項目1.脳の器質的病変に基づく認知障害のうち,身体障害として認定可能である症状を有するが上記主症状(I-2)を欠く者は除外する.2.診断にあたり,受傷または発症以前から有する症状と検査所見は除外する.3.先天性疾患,周産期における脳損傷,発達障害,進行性疾患を原因とする者は除外する.Ⅳ.診断1.Ⅰ.Ⅲをすべて満たした場合に高次脳機能障害と診断する.2.高次脳機能障害の診断は脳の器質的病変の原因となった外傷や疾病の急性期症状を脱した後において行う.3.神経心理学的検査の所見を参考にすることができる.(文献3より)*1JunkoInaba:いなば眼科クリニック*2MasakazuNozaki:京都ライトハウス鳥居寮*3NobuoTakezawa:京都府立医科大学神経内科/京都府リハビリテーション支援センター*4SatoshiNakadomari:国立障害者リハビリテーションセンター病院〔別刷請求先〕稲葉純子:〒620-0940福知山市駅南町1-277いなば眼科クリニック0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(51)479 表2高次脳機能障害の原因となるおもな疾患脳血管障害脳内出血,くも膜下出血,脳梗塞頭部外傷硬膜外血腫,硬膜下血腫,脳挫傷,脳内出血,軽症脳震盪,古典的脳震盪,びまん性軸索損傷,頭蓋骨骨折その他脳炎,脳腫瘍,低酸素脳症,アルコール性神経障害など害,半側空間無視,半側身体失認,失語症,失行症,失認症などを指す3).「行政的高次脳機能障害」の診断基準(表1)では,記憶障害,注意障害,遂行機能障害,社会的行動障害などの症状の存在に加えて,「その時点で実際に日常生活または社会生活に制約があり,脳の器質的病変の原因となる事故による受傷や疾病の発症の事実が確認されていること」が必要で,先天性疾患,周産期における脳損傷,発達障害,進行性疾患(認知症など)を原因とするものは除外される2).原因となるおもな疾患は,脳血管障害,頭部外傷などである(表2).II3つの特徴高次脳機能障害には3つの特徴がある.①外見上は障害が目立たない点,②本人自身も障害を十分認識できていないことがある点,③障害は診察や入院生活よりも在宅での日常生活や社会活動(職場,学校,買い物,交通機関の利用や役所・銀行での手続きなど)の場面で出現しやすい点,である.したがって,高次脳機能障害は入院中に医療従事者には気づかれにくく,退院後に家族によって発見される場合がある1).III症状,原因病巣,リハビリテーション,対応法高次脳機能障害は病巣によりさまざまな症状が生じるが,それぞれの障害に対して,周囲の環境を整え,対応法を適切に行えば症状は改善することができる1,4)(表3).たとえば,易疲労性,神経疲労という症状は,日中起きていられない,ぼーっとしているというものである.対応法としては,本人が疲労に気づかないことが多いので,周囲の人が疲労のサイン(あくびなど)を早く発見480あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013し,本人に知らせること,本人は休憩時間を確保しこまめに休息をとること,疲労を感じたら姿勢を正して深呼吸して水を飲む(気分をリフレッシュさせる行為を習慣づける)こと,課題を小分けにしてチェックリストを作ること,などである.このように,高次脳機能障害の症状と対応法にはさまざまなものがあるが,症状・サインは日々変化しているため,対応法も臨機応変に行う必要がある.忍耐をもって繰り返し訓練を行い習慣化すると改善が得られることが多い.支援者は当事者を「よし,やってやろう」と思わせるところまでが勝負である4).また,介護の当事者となる家族にも,継続した訓練と支援のために障害と対応法を十分に理解してもらう必要がある.IV神経心理ピラミッド障害への対応法,優先順位を考えるときに,前頭葉の機能を理解することが助けとなる.ニューヨーク大学医療センター・リハビリテーション医学・ラスク研究所には前頭葉機能不全(日本の行政的定義における高次脳機能障害に一括される認知・遂行機能などの障害をもつ人)を対象とした機能回復訓練のための通院プログラム5)がある.ここで使われる神経心理学的機能の図である「神経心理ピラミッド」(図1)5)は,前頭葉を基盤とした神経心理学的機能の障害を,9つに分け,7つに階層化している.9つの分類は,①神経疲労,②抑制困難症,③無気力症,④注意力と集中力,⑤情報処理,⑥記憶,⑦高次遂行機能,⑧論理的思考力,⑨自己の気づき,である.これら9つの機能は,それぞれが単独に存在しているわけではなく,ピラミッドの下から上へ,常に影響を及ぼしているとされる.下位の障害がカバーされなければ,上位の障害は改善されない.障害に効果的にアプローチするためには,この認知機能の働き方や働く順序を理解し,「下位の障害からアプローチすること」が重要とされている5).V薬物療法の併用社会的行動障害に対して,作業療法や心理療法(行動療法・認知療法・集団療法)などのリハビリテーションの際に対症的な薬物投与が適切になされると,これらの(52) 表3高次脳機能障害のおもな病巣,症状,対応法の例高次脳機能障害おもな病巣おもな症状対応法の例(*は周囲の人)失語症左半球(優位半球)前頭葉(Broca:運動性)側頭葉(Wernicke:感覚性)その他,視床など皮質下の病変滑らかにしゃべれない物の名前が出てこない相手の話を理解できない字の読み書きができない*最初の文字を言って助け舟を出す*短い単語や文章で話す五感を最大限利用する*周囲の人は,書く・ジェスチャー・指差しなどをしながら話す注意障害易疲労性,神経疲労前頭葉作業にミスが多い気が散りやすい日中起きていることができない,ぼーっとする*頻繁に確認し,注意を持続させる環境刺激の少ない部屋を選ぶ簡単な課題から始める*十分な時間を与える休憩時間を設定する姿勢を正し,深呼吸して水を飲む課題を小分けにし,チェックリストをつくる*サインを早期に発見する記憶障害側頭葉海馬など物の置き場所を忘れる新しいことを覚えられない何度も同じ話や質問をする覚えるときには反復,復習する補助手段を活用(カレンダー,リスト,タイマーなど)重要なものは同じ場所に置く信用できる人に頼る行動と感情の障害脱抑制易怒性前頭葉前頭葉野,眼窩面側頭葉大脳辺縁系扁桃体など突然に興奮したり,怒りだす気持ちが沈みがちである気持ちが動揺するじっとしていられない行動する前に人に聞く次の行動の前に一時停止するイライラしたときはその場から立ち去る*リラックスできる方法を教える半側空間無視半側身体失認右半球(左半側空間無視,左半側身体失認の場合)片側を見落としやすい麻痺した側の手足がないかのように振る舞う無視のない側にものを置く,など無視側を刺激(ブラシでこすり,そこを見るなど)する無視側に一定間隔で鳴るアラームをつけるプリズム眼鏡を使用する遂行機能障害意欲,発動性の低下前頭葉行き当たりばったりの行動をとる自分で計画を立てて行動できない優先順位がつけられない間違いを修正できない自分から始められない他人に興味がない*指示は具体的にし,何でも書き出す質問する頻繁に立ち止まり確認するするべきことのチェックリストを作るタイマーなどで始める手掛かりを出す*喜怒哀楽を大げさにして話す*怠けていると言わない失行症(観念運動失行・観念失行)左半球道具が上手に使えない動作がぎごちなく上手にできない動作や手順を細かく分け,できないことを具体化する複雑な動作や行為は単純なものに置きかえる地誌的障害側頭葉,後頭葉(右側または両側)熟知しているはずの場所で迷う熟知しているはずの場所の見取り図が書けない廊下にテープを貼る名前や住所を書いた紙を持つ風景写真を貼った地図を持つ携帯電話を利用する失認症(大脳性色覚異常,視覚失認,相貌失認,聴覚失認)後頭葉,側頭葉物の色がわからない物の形がわからない人の顔がわからない何の音かわからない*本人と話し合い,どの程度まで援助するか決める*本人のプライドを傷つけないよう援助する*重度の場合には,必要時は付き添って歩く障害の無自覚病識の欠如自覚の対象となる障害により異なる障害に気をとめない・訴えがない障害について的確に答えられない,否認する誤りに気づかない,修正できない*障害に気づく機会を与える信頼できる第三者を作る*障害を認識させようとしない*できることをほめる(53)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013481 自己同一性(EgoIdentity)受容(Acceptance)論理的思考力(Reasoning)・まとめ力(Convergent)・多様な発想力(Divergent)遂行機能(ExecutiveFunctions)記憶(Memory)図1神経心理ピラミッド(文献5より)コミュニケーションと情報処理(Communications&InformationProcessing)・スピード(Speed)・正確性(Accuracy)注意力と集中力(Attention&Concentration)・抑制(Control)〔抑制困難症〕・発動性(Initiation)(Disinhibition)〔無気力症〕(Adynamia)・覚醒・警戒態勢・心的エネルギー(Arousal)(Alertness)(Energytoengage)〔神経疲労〕(Neurofatigue)神経心理学的リハビリテーションに取り組む意欲(WillingnessToEngageinNeuropsychologicalRehabilitation)気づき(Awareness)理解(Understanding)リハビリテーションの導入が容易になる.また,脳損傷では自然治癒を期待できる場合があり,対症的に症状を軽減すれば悪循環的に症状が進行することがなくなる.その結果,次第に行動範囲が広がり,自然と症状も消失していく効果が期待できる.抗うつ薬・抗精神病薬・抗不安薬などの向精神薬が使用される1).VI関係諸機関高次脳機能障害は,正しい評価と診断,適切な専門的リハビリテーションを受け,日常生活での適切な対応がなされることで大きく改善し,少しのサポートがあれば自立した生活を送ることができる人も多くいることがわかっている.そのためには,適切な時期に適切な機関につながること(医療機関としては,「つなげること」)が大切である.高次脳機能障害支援における関係諸機関(「つなげる先」)としては,高次脳機能障害支援普及事業拠点機関,自治体相談窓口,就労支援機関などがある482あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013表4高次脳機能障害支援における関係諸機関関係諸機関高次脳機能障害支援普及事業拠点機関補足拠点機関は各都道府県に配置(国立障害者リハビリテーションセンターホームページ6)に掲載).医療機関の医療ソーシャルワーカーに相談してもよい.自治体相談窓口居住地の役所もしくは福祉事務所の障害福祉の窓口就労支援機関障害者職業センター,ハローワーク(障害者のための専門の職員,相談員を配置),一部の自治体(障害者福祉サービスの一環として就労支援を行う自治体がある)最寄りの患者会・家族会も情報源として有用(ホームページ検索か,医療ソーシャルワーカーへ問い合わせを).(表4).この際に,医療機関やリハビリテーション専門病院・施設は,「次の機関」に適切な情報提供を行うことが大切である.医療機関や施設の中では「たいしたことがない」ように評価されていても,日常生活では重大な障害として現れることがあるからである.また,本人には自分の症状を正確に自覚する能力が欠けているため,「困ったら本人が相談する」ということにはつながりにくいためである.適切な機関がわからないときや地域の情報が不足しているときなどは,最寄りの患者・家族会(ホームページを検索するか,医療ソーシャルワーカーに問い合わせるとよい)に相談することが勧められる1).VII眼科臨床で出会う高次脳機能障害と,検査診察中における注意点眼科臨床で特に問題になるのは注意障害,半側空間無視,失認症である.また,障害の無自覚にも注意を要する.各障害での留意点を下記に示す.これらのなかで特に失認症は,症状が視覚にかかわるため,患者自らが眼科を受診することが少なくない.これは,視覚の高次機能障害ということができ,ロービジョンの範疇に入る2).1)注意障害,神経疲労では,視力・視野検査をはじめ,ほとんどの眼科検査では集中力が不足して,十分な検査ができないことが多い.視力検査では,短時間で検査を終え,日を変えて続きを行うのがよい.視野検査では,眼疾患が存在しなくても全体的な沈下をきたすこと(54) がある.2)半側空間無視では,自分が意識して見ている空間の片側(多くは左側)を見落とす.図形の模写をすると半側を省略する,すべての皿の上の食べ物を半側だけ残す,などが起こる.同名半盲を合併することが多い.右頭頂葉が原因病巣であるため,この病巣が後側に広がっていると左同名半盲になる.しかし,左下1/4盲を合併する場合や視野欠損が合併しない場合であっても,患者は視野計ドームの左半分で視標を無視するので結果として左同名半盲の検査結果を得ることが少なくない.この場合,視線をやや右に向けて測定しても,視線の移動に伴った視野表上のイソプターの平行移動はなく,依然としてドーム中心からの左側欠損となる点で鑑別できる.3)失認症は病巣の部位と広がりでバリエーションが生じると考えられる.視力障害,視覚失認,視覚失語,失語の鑑別が重要である1).①視覚失認:見ても対象がよくわからないが,触れればわかる.模写課題ができるかどうかで統覚型,連合型に分けられる1).皮質盲,大脳性弱視との厳密な区別が困難との考え方もある.②純粋失読:失語症のなかにも分類されるが,文字のみに限局した視覚失認.典型例では自分の書いた自分の名前が読めない.視力検査でひらがなは読めないが,Landolt環の向きを言うことはできる.③大脳性色覚異常:色が弁別できない.視力障害がなくとも,視野全体が灰色やセピア色に見えると自覚することが先天・後天性色覚異常と異なる.仮性同色表検査(石原式)ができなくなるタイプ,色相配列検査(パネルD15)ができなくなるタイプがある.④相貌失認:人の顔がわからない.自分が映っている鏡を見て,見知らぬ人が鏡の向こうにいると感じる.4)障害の無自覚:病識の欠如は,高次脳機能障害だけでなく,視覚障害への理解についてもみられる.たとえば,自分が緑内障であることが理解できず,眼科医が眼鏡をきちんと処方しないと訴える,全盲であるのに自分は見えているので運転できると主張する,など.(55)VIII高次脳機能障害を伴った視覚障害者へのケア高次脳機能障害を伴った視覚障害者へのケアでは,高次脳機能障害と視覚障害,それぞれの障害特性への理解が必要である.つまり,高次脳機能障害は適切なリハビリテーション介入により何らかの回復が期待でき,自然回復もありうる.視覚障害は感覚器の障害であり,そのリハビリテーションは基本的に代償行動の獲得であり,障害そのものの回復を望むものではない.この特性をよく理解したうえで,それが重複したときにどのような状態になるのか,受傷後の経過年数による差や個人差も考慮して,リハビリテーションに取り組む必要がある.当然視覚障害のみに対するケアとは,訓練やケアの方法が違ってくる.具体的対応としては,視覚障害のためにメモなどの記憶の代償手段が活用できないために,訓練では反復がより重要になる.特に地誌的障害があると,歩行訓練に通常よりかなり時間がかかる.神経疲労があると,集中しづらいので頻回の休憩を設定して訓練を行う,などである.高次脳機能障害を伴った全盲者へケアを施行した1例を提示する7).【症例】40歳代,男性,教員.既往歴:高血圧,糖尿病,高脂血症.訓練までの概要:2001年11月24日,左同名半盲で発症した.右側頭葉-頭頂葉-後頭葉の梗塞を認め,もやもや病と診断された.その後職場に復帰した.2006年10月31日,左後頭葉に梗塞を認め,皮質盲,記憶障害となった.回復期リハビリテーション後,自宅へ退院した.2007年8月20日,生活訓練のため視覚障害者支援施設(以下,施設)に入所した.訓練開始時の評価:入所時は常時援助と見守りを要し,身体動作と空間の関連が不良,左側への探索動作や注意集中が低下していた.大学病院高次脳機能障害外来では,全盲,記憶障害,空間認知障害,易疲労性,集中力の維持困難,遂行機能障害を指摘された.孤立感,孤独感が強く精神的に混乱していたが,真面目で前向きな性格で,知性や判断力が健在であることを感じさせる言あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013483 動があった.また,十分な家族の支援があった.訓練経過①前期(2007年8月~2008年3月):〔課題〕ADL(ActivitiesofDailyLiving;日常生活動作)の自立を目指す.〔支援の方針〕①安心できる環境とゆっくりとした時間の流れのなかで,適度で適量な刺激を提供する.②マンツーマンでさまざまな訓練技法(後述)を駆使して対応する.一部には行動療法的な技法も活用する.③易疲労性に留意し休息を多くとる.注意障害を考慮して伝えることは一度に2つまでにする.以後様子を見ながら徐々に刺激の量を増やす.④感情と結びついた記憶は残りやすいため,できれば楽しい記憶にするよう努める.⑤指導員は自分たちの指導方法にこだわらず,当事者の工夫を受け入れ,プライドを尊重する.〔訓練,ケア〕①空間認知の手がかりとして部屋の扉や廊下,トイレにスポンジや気泡入り緩衝材を配置し,触覚による代償を促進した.②自室内で迷子になるため自由空間を制限し,手がかりを増やした.③空間認知に重点をおいた訓練を行った(触ったものをイメージする,頭の中にイメージをつくり描画する,など).④1つの課題を集中して行い,手続き記憶の強化(体が覚えている状態にする)を目指した.⑤記憶の強制は避け,覚えられないことは外部記憶を活用し(家族や指導員に代わりに覚えてもらう),徐々に記憶の代償ツールを導入した.⑥感覚入力の豊かさが脳に良い刺激をもたらすことを期待し,散歩を活用した.⑦施設での人間関係や家族に対する支援なども含めて,当事者が落ち着けるように環境調整をした.〔活用した訓練技法など〕①エラーレスラーニング法:当事者が試行錯誤しないように,また間違えたときの記憶が残らないように,迷う前・間違える前に答えを提示する方法.タイミングよく,わかりやすい話し方で提示する.②構造化:日課や家具の配置などさまざまなことをわかりやすくシンプルにする方法.③スモールステップ法:行動をわかりやすい小さな単位に分けて強化する方法.④シェイピング法:段階的行動形成.スモールステップをもとに,少しずつ行動を作り上げていく方法.484あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013⑤逆シェイピング法:過程の最後から逆に少しずつ自分でできることを増やしていく方法(遂行機能障害では,行動の初めの段階では多くの選択肢があるため,行動の手順を適切に判断することがむずかしい.逆に行動の最終段階では,選択肢が絞り込まれておりシンプルになっているので,手続き記憶として獲得しやすい).⑥過剰学習:獲得した知識・技能についてさらに反復継続して学習(訓練)し,それを強固なものにすること.⑦ポジティブ・フィードバック:良いところを見つけて伝えることで自己肯定感を高める.指導員はしっかりと観察し,小さな良い変化を見逃さずに当事者に伝える.⑧般化:一定の条件反射が形成されると最初の条件刺激と類似の刺激によっても同じ反応が生じる現象.施設でできるようになったことを自宅でもできるようにすることを目指した.⑨モデリング:観察学習.モデルの動作や行動を見て同じような動作や行動をすること.指導員は,指導員が当事者に接する態度が,当事者が周りの人に接する態度に反映することを期待して行動した.〔経過〕①トイレや食堂への移動が徐々に自立し,手引き散歩から白杖操作の歩行訓練へ移行していった.②動作に集中力がついてきた.当初集中時間は10.15分くらいであったが,中期にパソコンの練習を始める頃には,上手に休憩すれば,2時間程度の集中が可能となった.③寮生活での自室整理整頓・洗濯・入浴・携帯電話などのADL・歩行が徐々に自立した.④記憶の代償ツールとしては,当初は使用経験のあるラジカセを用いていたが,その後,携帯電話で妻へ伝言,留守番電話の利用と変化し,1年後には自分で携帯メールをうちメモとして利用ができるようになった.訓練経過②中期(2008年4月~2009年9月):〔課題〕①ADLだけでなく移動とコミュニケーションを中心とする視覚リハビリテーションに取り組むこと.②さまざまな刺激(ストレス)に対する対処方法(コーピング・スキル)を獲得すること.〔支援の方針〕前期に引き続き高次脳機能障害に配慮しつつ支援する.〔経過〕施設での行動・記憶は安定し,徐々にパソコ(56) ン練習に集中するようになった.4月に施設入所者の変化もあり,対人関係の易怒性・被害妄想的な攻撃的言動がみられた.社会的行動障害や感情コントロールの低下などには,適宜,医師・心理職など他職種連携によるチーム・アプローチが必要になり支援した.しかし,これらの職種が常任ではないので緊急事態への対応は困難だった.その後,状態は改善し,2009年9月に施設を退所して自宅生活へ移行し,以後は自宅への訪問訓練(歩行・パソコン)を行った.訓練経過③後期(2009年10月~2011年3月):〔課題〕①家庭や地域のなかで自分の立場や役割に応じた働きをする(見つける)こと.②将来の希望をもつこと.③場合によっては,「支援付き自立」を目指すこと.〔支援の方針〕支援の中心が施設の指導員から地域のソーシャルワーカーに移行することになるが,地域での高次脳機能障害者への支援体制は十分ではなく家族の負担が増えるため,同行援護など公的制度を活用できるように支援する.〔経過〕妻の支援のもとでの自立した家庭生活が可能となり落ち着いた環境となった.対人関係のトラブルが表面化することはなくなり,感情コントロールも徐々に良好となる.感情爆発時に対処する技法(薬の複合作用で空腹時に怒りっぽくなるのでゼリーなどで空腹を抑えておく,怒り出したら相手をしないで部屋を出て行く,など)を妻が身につけたことも大きい.復職を希望して訓練期間中は休職していたが,帰宅後に地域での講演活動に生きがいを見つけ,2010年3月に退職した.2011年3月には施設からの訪問訓練を終了し,同年4月より地域の訪問リハビリテーション(歩行・パソコン)を利用している.また,ライフワークとして,自らの失明とリハビリテーションの経験を基にした人権啓発に関する講演活動を,小中学校の教師・生徒・保護者,地域の老人会などを対象として,年間十数回行っている.おわりに高次脳機能障害者に対するロービジョンケアは,神経心理学的な高次脳機能障害の知識をもたなければ,患者の特性に応じた対応はむずかしい.また,それぞれに大(57)きな個人差があるため,一律な対応はさらにとりにくい.多くの場合,記憶・注意・病識欠如・感情コントロールなどの障害が存在するので,それらを踏まえた対応が必要になる.記憶障害と注意障害やワーキングメモリの障害が重なると,通常の説明では,記憶も理解もできないことが多く,結果的に信頼関係も築けない.特に病識の欠如があると,自分が記憶できないことも認識できないため,「書いたものを渡す」,読むのがむずかしければ「録音する」または「信頼できる支援者が同席して必要なことを記録する」,などの方法で確実に伝えることが最低限必要である.経験的には,適切なリハビリテーションと時間の経過によって,年単位で症状が改善するように思われる.また,医療関係者やリハビリテーションスタッフは,高次脳機能障害者の置かれた社会的な状況を理解する必要がある.高次脳機能障害は「見えない障害」ともいわれ,周囲の理解や支援を得にくい.当事者の社会的行動障害の結果,社会的に疎外され,場合によっては,感情コントロールの障害と疎外感・孤立感が相まって,他者に対する攻撃的な言動がみられる.そのような場合の対応方法を知っておく必要もある.安心できる場・ゆっくり流れる時間・適度で良質な刺激が提供できれば,当事者にとって最も望ましいが,より良い対応を求めると,必然的に非常に長い時間とマンパワー,コストを要することになる.高次脳機能障害を伴う視覚障害者へのリハビリテーションを進めていくためには,当事者も含めて,多くの人たちがいろいろな経験を共有し意見を交換することができるように,この問題にかかわる人たちのネットワーク作りが必要ではないかと考える.当事者や支援者を孤立させないことが重要である.文献1)本田哲三:高次脳機能障害のリハビリテーション.医学書院,20072)仲泊聡:高次脳機能障害.眼科プラクティス14,ロービジョンケアガイド,p117-118,文光堂,20073)国立障害者リハビリテーションセンターホームページ:高次脳機能障害診断基準.http://www.rehab.go.jp/ri/brain_fukyu/handankizyun.htmlあたらしい眼科Vol.30,No.4,2013485 4)橋本圭司:高次脳機能障害がわかる本.法研,2007http://www.rehab.go.jp/ri/brain_fukyu/soudan/5)立神粧子:前頭葉機能不全その先の戦略─Rusk通院プログ7)武澤信夫,平野哲雄,高ノ原恭子ほか:全盲,高次脳機能ラムと神経心理ピラミッド.医学書院,2010障害を伴った脳損傷の2例(会).高次脳機能研究32:169,6)国立障害者リハビリテーションセンターホームページ:高2012次脳機能障害支援普及事業拠点機関一覧(都道府県分).486あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(58)