特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1083.1088,2014特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1083.1088,2014糖尿病網膜症の光凝固の進歩EvolvingRetinalLaserTherapyforDiabeticRetinopathy平野隆雄*村田敏規*はじめに網膜光凝固で用いられるレーザー(lightamplificationbystimulatedemissionofradiation:LASER)光は固体・液体・気体・半導体などさまざまな活性物質を励起することにより発生し,使用する活性物質によって発振される波長は異なってくる1).眼科領域では早くからキセノン光凝固装置が導入され,1960年代にはMeyerらが網膜疾患の治療としての網膜レーザー光凝固の有効性について報告している2).その後,1971年にはアルゴンレーザーが登場し,DRS(DiabeticRetinopathyStudy)3)やETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)4)といった無作為化対象比較試験により糖尿病網膜症の進行抑制における汎網膜光凝固(panretinalphotocoagulation:PRP)の正当性が示された.その後もPRPを含めた網膜光凝固は糖尿病網膜症治療のスタンダードとして広く臨床の場で行われている.本稿では糖尿病網膜症に対する網膜光凝固治療の適応と実施基準,さらにはショートパルス・高出力を特徴としたパターンスキャンレーザー網膜光凝固装置や合併症を減らすため薬物療法を併用したPRPなどについてまとめてみたい.(なお,糖尿病黄斑浮腫光凝固の詳細については本特集で大越貴志子先生が解説されているので,そちらを参照されたい.)I糖尿病網膜症に対する網膜光凝固の適応と実施基準増殖糖尿病網膜症患者に対するPRPが経過観察群に比べて,重度視力低下(視力<5/200と定義)のリスクを50%減少させることを明らかにしたDRS(DiabeticRetinopathyStudy)3)や早期増殖糖尿病網膜症または重症非増殖糖尿病網膜症の患者に対するPRPがハイリスクな増殖糖尿病網膜症に進行するリスクを減少させることを明らかにしたETDRS4)といった無作為化対象比較試験のエビデンスをうけ,欧米ではDRSで示されたハイリスクな増殖糖尿病網膜症(①1/4.1/3乳頭径を超える乳頭上新生血管,②網膜前出血・硝子体出血を伴う乳頭上新生血管または1/2乳頭径を超える網膜上新生血管,③1乳頭径を超える硝子体出血または網膜前出血のいずれかを認める症例)だけではなくETDRS分類で重症非増殖網膜症以上(出血・毛細血管瘤,網膜内細小血管異常,数珠状静脈異常の所見のうち,3分の2以上を認める症例)に進行した病期でのPRPの検討が推奨されている.さらに,血糖コントロール不良例や僚眼の増殖糖尿病網膜症経過不良例といった病期進行と治療抵抗性のリスクが上昇する可能性がある要因を伴う症例では,より早期からのPRPの検討が必要とされている3).わが国では1994年に糖尿病網膜症に対する光凝固の適応と実施基準が厚生省から示されている(表1)5).わが国における光凝固の適応の標準的なものの一つと考え*TakaoHirano&ToshinoriMurata:信州大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕平野隆雄:〒390-8621長野県松本市旭3-1-1信州大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(3)1083表1糖尿病網膜症の光凝固適用および実施基準1.単純網膜症では,黄斑浮腫の予防ないし治療,および,増殖化の予防が主要な目的である.具体的には,蛍光眼底造影で網膜血管に透過性亢進があり,特に黄斑またはその近接部位に透過性亢進があり,視力に影響しているときには積極的に光凝固が勧められる.眼底中間部に無血管領域があるときには,増殖前の状態である可能性が大きいので,この部位への光凝固を加える必要がある.2.増殖網膜症では,新生血管の退縮および,新しい新生血管の発生予防が光凝固の主目的になる.新生血管そのものを直接凝固することは必要ではなく,蛍光眼底造影で発見される無血管領域を主対象とし,無血管領域が3象限以上に存在する場合などでは,汎網膜光凝固を実施する.虹彩ルベオーシスのある場合にも,増殖網膜症に準じた扱いをする.3.既に硝子体網膜間に癒着があり,牽引性網膜.離や硝子体出血が発症しているときには,光凝固のみではこれを治療しがたい.光凝固のみで糖尿病網膜症すべてを有効に治療できると過信してはならず,このような場合には,硝子体手術を前提として光凝固を実施する.(文献5より)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141085(5)0.1秒以上の長い凝固時間の場合,熱凝固作用が,またそれよりも短い照射時間の場合,衝撃波の効果が現れる.そのためパターンスキャンレーザーを用いて光凝固を行う際に,適切な凝固条件でフォーカスがあった状態で施行されれば問題ないが,この条件から外れたときには従来条件に比し衝撃波の効果がより強いパターンスキャンレーザーでは網膜前出血を合併する確率が潜在的に高くなる.つぎの原因としては多くのスポット数をもつパターンで照射を行う際に,すべてのスポットでフォーカスを合わせることのむずかしさがあげられる.前述の報告でも網膜前出血を起こした症例は周辺部でスポット数の多いパターンを用いて凝固を行った症例で多かったと考察を加えている13).これらの問題は適切な出力・フォーカスで照射を行い,周辺部ではスポット数が多いパターンの使用は避けることにより解決できると考えられる.また,網膜前出血を認めた際には前置レンズにより圧迫を加えることで止血されることが多い.パターンスキャンでは凝固斑が経時的に縮小することが報告されている12).1つのスポット当たりのエネルギーがパターンスキャンレーザーでは従来照射条件と比較の一つであるMC-500VixiRを用いてシングルスポットによる従来照射条件とパターンスキャンレーザーの特徴であるショートパルス・高出力条件でPRPを行い,手術時間・手術時の患者疼痛について比較検討を行った.図1のようにパターンスキャンレーザーを用いたPRPでは従来照射条件よりも手術時間が短く,患者の疼痛が小さいというPASCALRと同様の結果となった10).2.注意点上述したように多くの利点があげられるパターンスキャンレーザーであるが,注意点として安全閾が狭いこと11)と凝固斑の経時的縮小12)があげられる.安全閾とは凝固斑が形成される強さから出血を起こす強さまでの幅を表わす.PASCALRによる光凝固では,連続1,301症例中17症例で網膜前出血が認められたという報告がなされている13).パターンスキャンレーザーによる網膜前出血の原因としては2つあげられる.1つ目の原因としてパターンスキャンレーザーの最大の特徴であるショートパルスが考えられる.照射時間の長短により組織に対するレーザーの影響は異なることが知られている.012345678910従来照射群パターンスキャンレーザー群**p<0.01(Mann-Whitney’sUtest)0102030405060従来照射群パターンスキャンレーザー群(分)**p<0.01(Mann-Whitney’sUtest)a:手術時間b:疼痛スコア図1従来照射条件とパターンスキャンレーザー条件による汎網膜光凝固の手術時間と疼痛スコアの比較a:手術時間はPRP(4象限)に要した合計の時間.b:疼痛スコアは想像しうる最高の痛みを10点として術直後に患者より聴取.012345678910従来照射群パターンスキャンレーザー群**p<0.01(Mann-Whitney’sUtest)0102030405060従来照射群パターンスキャンレーザー群(分)**p<0.01(Mann-Whitney’sUtest)a:手術時間b:疼痛スコア図1従来照射条件とパターンスキャンレーザー条件による汎網膜光凝固の手術時間と疼痛スコアの比較a:手術時間はPRP(4象限)に要した合計の時間.b:疼痛スコアは想像しうる最高の痛みを10点として術直後に患者より聴取.1086あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(6)による良好な結果が報告されている.1.トリアムシノロンを併用したPRP糖尿病黄斑浮腫の眼内ではIL(インターロイキン)-6やVEGFなどの炎症性サイトカインが上昇していることが知られている20).2002年にMartidisらは糖尿病黄斑浮腫に対するトリアムシノロン硝子体注射により黄斑浮腫が改善することを報告した21).以降,トリアムシノロン硝子体注射は糖尿病黄斑浮腫に対する治療法として一般的に行われるようになってきている.さらに,PRP術直後の炎症を抑制し,ひいては黄斑浮腫の合併を防ぐことを目的とした,PRP周術期におけるトリアムシノロン硝子体注射16)またはTenon.下注射17)併用による良好な治療成績が報告されている.欧米ではトリアムシノロン局所投与の方法として硝子体注射が一般的に行われているが,わが国では続発する眼圧上昇や白内障などの合併症リスクを軽減するためにTenon.下注射が選択されることが多い.そのような状況のなか,わが国でも2012年11月よりトリアムシノロンアセトニドで保険適用された製品のマキュエイドRが登場した.今後は長期間の治療効果や安全性についての報告が待たれる.して低いためと考えられる.そのため,パターンスキャンレーザーで行うPRPは従来照射条件と比較して治療効果が低いことが危惧される.しかし,パターンスキャンでPRPを行う際でもより高密度に多数の凝固(重症増殖糖尿病網膜症では平均6,924shots)を行うことにより増殖糖尿病網膜症でも最長18カ月の評価で十分に増殖糖尿病網膜症の病勢が抑制されたことが報告されている14).高密度に多数の凝固を行うためには凝固間隔を従来照射条件でよく用いられている1.2凝固斑ではなく0.5.0.75凝固斑と狭めに設定するとよい.実際にこの条件を用いてPRPを施行した自験例を図2に提示する.III薬物療法を併用した汎網膜光凝固PRPは細胞の変性壊死を目的としているため,凝固部位が瘢痕形成に至るまでに炎症が惹起されることは避けられない.そのため,PRP後の黄斑浮腫悪化による視力低下については多くの報告がなされ15),臨床の場でもPRP施行後の黄斑浮腫悪化による視力低下は少なからず見受けられる.近年,術直後の炎症を抑制する方法としてトリアムシノロン局所投与16,17)や抗VEGF(血管内皮細胞増殖因子)抗体硝子体注射を併用したPRP18,19)ab図2パターンスキャンレーザー(MC.500VixiR)を用いたPRP凝固条件〔波長:577nm,凝固径(網膜上):400μm,凝固時間:0.02秒,凝固出力300.500mW,凝固間隔:0.5.0.75凝固斑,総凝固数4,395〕にて治療後,半年の眼底写真(a)と蛍光眼底造影検査(b).整然と並ぶ凝固斑を認める.凝固斑は設定よりもやや縮小傾向であるが,凝固間隔をつめているため増殖性変化が抑制されている.ab図2パターンスキャンレーザー(MC.500VixiR)を用いたPRP凝固条件〔波長:577nm,凝固径(網膜上):400μm,凝固時間:0.02秒,凝固出力300.500mW,凝固間隔:0.5.0.75凝固斑,総凝固数4,395〕にて治療後,半年の眼底写真(a)と蛍光眼底造影検査(b).整然と並ぶ凝固斑を認める.凝固斑は設定よりもやや縮小傾向であるが,凝固間隔をつめているため増殖性変化が抑制されている.あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141087(7)しながら,現在でも進歩をみせている治療ともいえる.本稿に述べたようにPRPの問題点であった手術時間の長さや手術時の患者疼痛はパターンスキャンレーザーの登場により軽減され,術後の黄斑浮腫や硝子体出血といった合併症はトリアムシノロンや抗VEGF抗体と併用することにより発生率が抑えられつつある.ただし,さまざまな工夫がなされている網膜光凝固治療ではあるが,いまだに難治性の症例があることは否めない.糖尿病網膜症に対する網膜光凝固のさらなる進歩が期待される.文献1)GordonJP:TheMaser─Newtypeofmicrowaveamplifier,frequencystandard,andspectrometer.PhysicalReview99:1264-1274,19552)Meyer-SchwickerathRE,SchottK:Diabeticretinopathyandphotocoagulation.AmJophthalmol66:597-603,19683)Indicationsforphotocoagulationtreatmentofdiabeticreti-nopathy:DiabeticRetinopathyStudyReportno.14.TheDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup.IntOphthal-molClin27:239-253,19874)Earlyphotocoagulationfordiabeticretinopathy.ETDRSreportnumber9.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup.Ophthalmology98:766-785,19915)清水弘一:分担研究報告書:汎網膜光凝固治療による脈絡トリアムシノロンTenon.下注射を併用したPRPの自験例を図3に示す.2.抗VEGF抗体を併用したPRP加齢黄斑変性の治療薬として日常診療で盛んに使用されている抗VEGF抗体のラニビズマブ(ルセンティスR)が平成26年2月,糖尿病黄斑浮腫まで適応拡大され,抗VEGF療法が今後,糖尿病黄斑浮腫治療において中心的な役割を担うことが予想される.抗VEGF療法は糖尿病黄斑浮に対する良好な治療効果だけではなく,PRPと併用することによる術後の硝子体出血発生率の低下18)・術後早期の黄斑浮腫発生率の低下22)が報告されている.今まで糖尿病黄斑浮腫を伴う症例ではPRPを施行するタイミングが非常にむずかしかったが,まず抗VEGF抗体硝子体注射を行い,治療効果が持続する間にPRPを完遂することができれば,より効果的に安全な糖尿病網膜症治療を行える可能性があり今後の検討が待たれる.おわりに糖尿病網膜症に対する網膜光凝固はさまざまなエビデンスがあり,日常的に外来でも行われている治療法であるが,その適応を含めいまだ不確実な要素もある.しかabc図3トリアムシノロンTenon.下注射を併用したPRP治療前のOCT所見(a)と凝固条件〔波長:532nm,凝固径(網膜上):400μm,凝固時間:0.02秒,凝固出力300.500mW,凝固間隔:0.5.0.75凝固斑,総凝固数4,286〕にてPRP治療後,3カ月のOCT所見(b)と眼底写真(c).トリアムシノロンTenon.下注射とfocal/grid凝固を併用することによりPRP後も黄斑浮腫の悪化はなく,むしろ改善傾向を認める.abc図3トリアムシノロンTenon.下注射を併用したPRP治療前のOCT所見(a)と凝固条件〔波長:532nm,凝固径(網膜上):400μm,凝固時間:0.02秒,凝固出力300.500mW,凝固間隔:0.5.0.75凝固斑,総凝固数4,286〕にてPRP治療後,3カ月のOCT所見(b)と眼底写真(c).トリアムシノロンTenon.下注射とfocal/grid凝固を併用することによりPRP後も黄斑浮腫の悪化はなく,むしろ改善傾向を認める.’—-