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眼トキソプラズマ症

2024年5月31日 金曜日

眼トキソプラズマ症OcularToxoplasmosis長谷敬太郎*はじめに眼トキソプラズマ症は,トキソプラズマ原虫CToxo-plasmaCgondiiによる眼内感染症である.ぶどう膜炎を引き起こす代表的な人獣共通感染症である.不顕性感染が多く,日本でも年齢を経るとともに多くなり高齢者の約C30%がトキソプラズマ抗体価陽性である1).妊婦のトキソプラズマ抗体保有率は全体でC10.3%と報告されている2).2016年度のぶどう膜炎の疫学調査では,全ぶどう膜炎のC0.9%を占める3).先天感染と後天感染に大きく分類される.先天感染は,妊婦の初感染に伴い胎盤を介して胎児に感染することで発症する.後天感染は,加熱不十分な食肉やネコの糞便で汚染された水や土壌を介して感染することで発症する.CI感染経路トキソプラズマ原虫の終宿主はネコであり,ネコの糞便中に原虫.胞体が排出される.ネコの糞便やそれに汚染された土壌中の.胞体,さらにはそれらを摂取したブタ・ニワトリなどの感染動物の生肉を食べることにより,この.胞体が経口的に摂取されるとヒトに感染する.海外では,後天感染による本疾患が多く確認されている地域がある.たとえば,ブラジルではぶどう膜炎原因疾患の第C1位(全ぶどう膜炎のC24%)4),オランダでは後部ぶどう膜炎原因疾患の第C1位(後部ぶどう膜炎の42%)5)となっている.これは生肉入りの料理や,肉そのものを生で食べる習慣があることが深くかかわっている.また,先天感染では,トキソプラズマ症に初回感染した妊娠中の母親から経胎盤的に胎児に感染する.原虫は血行性に眼に移行し,網膜に感染病巣を作ることで発症する.CII全身症状後天感染において免疫異常のない健常人では,ほとんどの場合は無症状であり,時にリンパ節腫脹を伴う発熱や感冒様症状がみられる程度である.したがって,無治療で経過することが多い.しかし,免疫不全患者に感染した場合には劇症化して中枢神経へ浸潤し,死に至ることがある.妊婦に初感染した場合は,胎児に原虫の栄養体が感染し,死産や流産だけではなく,重篤な脳脊髄炎(脳水腫・脳内石灰化・精神運動発達遅滞)を発症することがある.CIII眼所見先天感染では両眼性に病変が生じることが多く,黄斑部を主座として瘢痕性病巣(中心部に灰白色の線維性増殖組織と黒褐色の色素沈着が混在)がある(図1).一部の患者で,陳旧性病巣の近傍に滲出性網膜病巣を伴った再発を生じる(娘病巣).随伴症状として眼球振盪,小眼球,瞳孔膜遺残,硝子体動脈遺残,斜視などがみられる.後天感染では,陳旧性病巣を伴わず,眼底周辺部に限局性網脈絡膜炎(白色または灰白色の境界不鮮明な滲出*KeitaroHase:北海道大学大学院医学研究院眼科学教室〔別刷請求先〕長谷敬太郎:〒060-8638北海道札幌市北区北C15条西C7丁目北海道大学大学院医学研究院眼科学教室C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(37)C509図2眼トキソプラズマ症(後天感染)a:眼底周辺部に限局性の白色滲出性病巣を認める.b:OCT図1眼トキソプラズマ症(先天感染)では,網膜の層構造が破壊され,高反射の病巣(★)が認めらCa:黄斑部に黒褐色の網膜色素上皮細胞の増殖と灰白色のグリれる.ア細胞増殖から成る境界明瞭な陳旧性瘢痕病巣を認める.b:光干渉断層計(OCT)では,網膜の全層に及ぶ菲薄化,網膜色素上皮の菲薄化,破壊像,脈絡膜菲薄化などを認める.-眼底写真FA網膜静脈相(0分43秒)FA網膜静脈相(1分33秒)FA造影後期相(10分13秒)図3眼トキソプラズマ症(後天感染)の眼底写真(a)とフルオレセイン蛍光造影(FA)所見(b~d)FAでは初期から病巣周囲に過蛍光を認め,中央は蛍光ブロックを示すCblackcenterとよばれる所見を呈する.時間が経つとともに病巣中央部に蛍光染色がみられ,後期にはその蛍光染色が著明となる.IA脈絡膜静脈相(5分22秒)IA消退相(20分16秒)図4図3の症例のインドシアニングリーン蛍光造影(IA)所見(図3の患者)初期から後期まで低蛍光を示す.表1トキソプラズマ網膜炎の分類基準(SUNWorkingGroup)1.限局性もしくは微小な壊死性網膜炎病巣がある(*)かつ2もしくはC32.トキソプラズマ感染の証明a.前房水もしくは硝子体液でトキソプラズマのCPCR検査陽性もしくはb.血清トキソプラズマCIgM抗体陽性もしくは3.特徴的な眼所見a.高度な色素沈着かつ/もしくは萎縮性の網脈絡膜瘢痕(トキソプラズマ性瘢痕)かつ(bもしくはc)b.円形もしくは楕円形の網膜炎病巣c.急性再発性(発作性)の経過*免疫不全のない患者における「活動性のある」網膜炎病巣のことをさす.免疫不全のある患者では,多巣性の網膜炎もしくはびまん性の壊死性網膜炎であることがある.瘢痕病巣はC5個以上のこともある.除外基準C1.トキソプラズマCIgGとCIgM抗体ともに陰性(ただし,前房水もしくは硝子体液でトキソプラズマのCPCR検査陽性である場合を除く)C2.梅毒血清反応検査で陽性C3.眼内液の単純ヘルペスウイルス,水痘帯状疱疹ウイルス,サイトメガロウイルスのいずれかがCPCR検査で陽性(ただし,免疫不全,1回以上の感染を示す形態学的証拠,トキソプラズマ網膜炎の特徴的な所見,眼内液検体でトキソプラズマCPCR検査陽性,がある場合を除く)(文献C11より改変引用)図5治療後の眼底写真(図3の患者)白色の滲出性病巣は消退し,瘢痕化している.トメガロウイルス陽性であれば診断がつく.患者背景として後天性免疫不全症候群(acquiredCimmunnode.ci-encysyndrome:AIDS)や血液悪性疾患など免疫不全をきたす基礎疾患を有する場合が多い.C3.サルコイドーシスろう様網脈絡膜滲出斑や陳旧病巣である斑状の網脈絡膜萎縮がみられる.そのほかに,雪玉状硝子体混濁や網膜静脈周囲炎がみられる.鑑別のためには,採血で血清アンジオテンシン変換酵素(angiotensinCconvertingenzyme:ACE)や可溶型インターロイキン(interleu-kin:IL)-2レセプターの上昇がないか,胸部CX線や胸部CCTで縦隔肺門リンパ節腫脹がないかを確認することが有用である.C4.急性網膜壊死網膜動脈炎が急速に進行し,おもに網膜周辺部から滲出斑(壊死病巣)が生じ,顆粒状.斑状の白色病巣が経過とともに円周状に癒合拡大する.進行とともに硝子体混濁が出現する.網膜壊死部が網膜裂孔となり網膜.離を発症する頻度が高い.免疫抑制状態ではない健常人に発症する.眼内液のCPCRで,単純ヘルペスウイルスや水痘帯状疱疹ウイルスが検出される.C5.眼内リンパ腫眼底の黄白色網膜下病変やベール状硝子体混濁を認め,硝子体中の細胞はぶどう膜炎による炎症細胞より大型の細胞を認めることがある.確定診断には硝子体生検を行い,病理検査(細胞診,セルブロック法など),サイトカイン測定(IL-10/IL-6比),免疫グロブリン重鎖(immunoglobulinCheavychain:IgH)あるいはCT細胞受容体(Tcellreceptor:TCR)の遺伝子再構成,フローサイトメトリーの結果から総合的に診断する.C6.眼トキソカラ症頻度が高い周辺部腫瘤型では,周辺部網膜の白色隆起性病変を生じ,病変周囲に網膜血管炎や濃い局在性の硝子体混濁がみられる.イヌ回虫もしくはネコ回虫の幼虫や虫卵が網脈絡膜に侵入することで起きる.眼トキソプラズマ症と同様に,生肉食の既往がないか問診することが大事である.血液中の抗トキソカラ抗体の上昇,とくにCIgMの上昇がある場合に診断できる.C7.真菌性眼内炎初期には網脈絡膜の白色円形の病巣として現れ,次第に多発性となり硝子体混濁を伴ってくる.後期になると硝子体混濁は進行し,羽毛状の硝子体混濁(fungusball)を生じる.AIDS,悪性腫瘍,移植術後などの免疫抑制状態や,中心静脈カテーテル留置の患者に発症する.血清や硝子体検体中のCb-D-グルカン値,カンジダ抗原,アスペルギルス抗原の測定,また硝子体サンプルで塗抹標本を作製し,PAS染色やCGrocott染色を行って真菌の同定を行う.C8.結核性ぶどう膜炎脈絡膜結核腫や脈絡膜粟粒結核では黄白色の病変を網膜下(脈絡膜)に認めることがある.ただし,もっとも多い臨床所見は網膜静脈炎で,網膜出血や血管の白鞘化を認める.硝子体混濁や硝子体出血を認めることがある.結核性ぶどう膜炎が疑われた場合は,喀痰検査,胸部CX線検査,胸部CCT検査,結核インターフェロンCc遊離試験(T-SPOT.TBまたはCQuantiferonTBゴールドプラス)を行い,結核菌の同定とともに活動性肺結核の病変がないかを調べる.文献1)矢野明彦,青才文江,野呂瀬一美:日本におけるトキソプラズマ症(矢野明彦編).九州大学出版会,20072)SakikawaM,NodaS,HanaokaMetal:Anti-ToxoplasmaantibodyCprevalence,CprimaryCinfectionCrate,CandCriskCfac-torsinastudyoftoxoplasmosisin4,466pregnantwomeninJapan.CClinVaccineImmunol19:365-367,C20123)SonodaCKH,CHasegawaCE,CNambaCKCetal:EpidemiologyCofCuveitisCinJapan:aC2016CretrospectiveCnationwideCsur-vey.JpnJOphthalmolC65:184-190,C20214)GonzalezCFernandezCD,CNascimentoCH,CNascimentoCCCetal:UveitisCinCSaoCPaulo,Brazil:1053CnewCpatientsCinC15Cmonths.OculImmunolIn.ammC25:382-387,C20175)SmitCRL,CBaarsmaCGS,CdeCVriesCJCetal:Classi.cationCofC750CconsecutiveCuveitisCpatientsCinCtheCRotterdamCEyeCHospital.IntOphthalmolC17:71-76,C19936)SugitaCS,COgawaCM,CInoueCSCetal:DiagnosisCofCocularC514あたらしい眼科Vol.41,No.5,2024(42)-

今,増えている⁉ 梅毒性ぶどう膜炎

2024年5月31日 金曜日

今,増えている!?梅毒性ぶどう膜炎NowontheRise!?SyphiliticUveitis朝蔭正樹*はじめに梅毒性ぶどう膜炎はスピロヘータ属のCTreponemapallidumの感染に伴う汎ぶどう膜炎を呈する疾患である.本病原体は体系的な感染を引き起こすため,眼を含む全身に影響を及ぼすことがある.本稿では疫学・治療法とともに多彩な臨床所見について述べる.CI疫学わが国において梅毒性ぶどう膜炎はぶどう膜炎の原因疾患のC0.5%程度と多くはない1).一方,厚生労働省の統計では梅毒自体の発生数は年々増加傾向にあり,2022年にはC1万人/年以上と報告されている.男女別にみると男性のほうが多く,年代は若年から中年層まで幅広く分布している.一方,女性ではC20代での発症が多い傾向にある(図1)2).梅毒患者自体が増加しており,2009年の統計ではぶどう膜炎の原因疾患のC0.4%3)であったが,2016年の統計ではC0.5%と増加しており,梅毒性ぶどう膜炎を診察する機会が今後増える可能性がある.CII臨床症状・検査所見1.眼所見梅毒性ぶどう膜炎で特徴的な所見としては急性梅毒後部プラコイド絨毛網膜障害(acuteCsyphiliticCplacoidchorioretinitis:ASPPC)が有名である(図2)4,5).しかし,それ以外にも硝子体混濁(図3a),視神経乳頭の発赤と腫脹(図3b),動静脈炎(図4a)など多彩な眼所見を呈することがあり,臨床所見は多岐にわたる.また,蛍光造影検査ではCBehcet病でよくみられる羊歯状の蛍光漏出(図4b)を示す例も存在するため,ASPPC以外の眼所見のみで梅毒性ぶどう膜炎と診断することは困難である.C2.眼外症状前述したように,梅毒性ぶどう膜炎は多彩な眼所見を示すため,ぶどう膜炎患者を診察する際にまずは梅毒の可能性を疑うことが重要である.梅毒を疑った場合には眼外症状にも注目する必要がある.梅毒の病期は暴露からC1カ月前後(遅くともC90日以内)に陰部などの侵入門戸に丘疹や潰瘍を形成し,硬性下疳などの典型的所見を呈する第C1期,第C1期の症状出現からC4.10週後に全身にバラ疹が出現する第C2期(図5),ゴム腫瘍や脊髄癆など臓器病変が進行した第C3期に大別される.梅毒性ぶどう膜炎は早期神経梅毒に分類され,第C1期と第C2期のいずれでも発症しうるため,受診時の病期決定のためには全身所見が重要になる.第C1期の症状は患者が自覚しにくく,発症部位が陰部に多いこともあり,発見は困難なことが多い.一方,必ず出現するわけではないが,皮疹であれば診察室でも確認することは可能である.暗室での診察が多い眼科診療だが,照明をつけて手掌などの皮疹を確認することは診断の一助になる可能性がある.*MasakiAsakage:東京医科大学臨床医学系眼科学分野〔別刷請求先〕朝蔭正樹:〒160-0023東京都新宿区西新宿C6-7-1東京医科大学臨床医学系眼科学分野C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(33)C505a(件)12,00010,0008,0006,0004,000■男性■女性b■男性■女性(件)2,5003,6582,0002,7171,5007,0852,4162,2551,9655,2611,8951,0004,5911,3864,3873,9313,9023,1895002,0000(歳)図1梅毒患者の報告数の推移(a)および年代別の報告数(b)※C2021年は第C1.52週,2022年はC10月C8日時点集計値(暫定値),2022年は第C1.44週,2022年は11月C9日時点集計値の報告を対象.(文献C1より改変引用)図2ASPPCの眼底写真とOCTa:眼底写真では黄斑部から乳頭部にかけて灰白色病変を認める.b:OCTでは灰白色病変に一致した網膜下液が存在し,elipsoidzoneは途絶し,網膜色素上皮が隆起している.図3梅毒性ぶどう膜炎の眼底写真a:アーケード血管の透見も困難なほど濃厚な硝子体混濁を伴う梅毒性ぶどう膜炎.b:視神経疾患を疑うような視神経乳頭の発赤と腫脹がみられる.図4梅毒性ぶどう膜炎の蛍光眼底造影検査a:静脈からの蛍光漏出があり,静脈炎があることがわかる.b:aとは別の症例ではあるが,一見CBehcet病を想起するような羊歯状の蛍光漏出を認める.表1STS法とTP法の結果と解釈STSCTP解釈陰性陰性梅毒陰性,もしくは初期梅毒陽性陰性生物学的偽陽性,もしくは初期梅毒陰性陽性梅毒治癒後,もしくは初期梅毒陽性陽性梅毒感染図5梅毒に伴うバラ疹前腕から手掌にかけて発疹を認める.

結核性ぶどう膜炎

2024年5月31日 金曜日

結核性ぶどう膜炎TuberculousUveitis松宮亘*I結核の疫学1.歴史結核の歴史は古く,紀元前3000年頃の古代エジプトのミイラから結核病巣が確認され,さらにイスラエルでは9000年前の人骨から結核菌のDNAが同定されている.このように長い年月にわたり世界中で結核感染の報告がなされているが,近代ではとくに18世紀後半に始まった産業革命による社会変化に伴って結核の蔓延が生じ,欧米諸国に急速に広がっていった.日本でも明治以降の産業革命による人口集中により,結核は日本国中に蔓延した.とくに死亡率は明治末,大正,昭和初期にピークであったとされる.日本では1951年に結核予防法が制定され,結核の予防・治療・患者の保護に関する法的な枠組みが確立された.また,結核予防のためBCGワクチンの接種が1951年から開始され,乳幼児を中心に全国的な予防接種プログラムが展開された.その結果,1970年代まで結核罹患率は順調に減少を続けていた.しかし,80年代に入って減少率が鈍化し,さらに逆転増加傾向を示したことから,当時の厚生省は1999年に「結核緊急事態宣言」を発出し,再度結核対策を強化することとなった.新規結核患者は1999年には4万3,818人(対人口10万人罹患率32.4)であったが,2000年には4年ぶりに減少して3万9,384人(同31.0)となり,その後も減少を続け,2021年にはついに1万1,519人(同9.2)となって他の先進国の水準に近づき,初めて日本が「結核低蔓延国」(WHOの基準で対10万の罹患率が10.0以下)となった.最新の情報では2022年の結核罹患率(対人口10万人)は8.2であり,前年と比べ1.0の減少となっている.日本の結核罹患率は,米国など他の先進国の水準に年々近づき,近隣アジア諸国に比べても低い水準にまで改善してきている.一方で,結核患者の高齢化や罹患率の地域格差の問題には注意が必要である.また,2020年からの結核罹患率の減少については,新型コロナウイルス感染症の影響があるとも考えられており,今後の結核罹患率の推移を見守る必要がある.また,世界的にみると結核患者は増加の傾向にあり,世界保健機関(WHO)は1993年に結核非常事態宣言を発表し,全世界に結核対策の強化をよびかけた.WHOが中心となって結核感染危険率などに基づいて推定した世界の結核患者新規発生数は,1990年には753万7,000人,2006年には915万7,000人,2016年には1,040万人と増加が続いている.罹患者はインドを筆頭に,インドネシア,中国,フィリピン,パキスタン,ナイジェリア,南アフリカ共和国などで多く,とくにこれら7カ国の罹患者が世界全体の6割以上を占めている.日本でも2022年の集計では,外国生まれの新登録結核患者の割合が11.9%と前年の11.4%から0.5ポイントの増加となっており,輸入感染症としても引き続き警戒が必要である.*WataruMatsumiya:神戸大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕松宮亘:〒650-0017神戸市中央区楠町7-5-2神戸大学医学部眼科学教室0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(27)4992.疾患結核の原因菌は結核菌(Mycobacteriumtuberculosis)であり,第2類感染症に指定されている.結核感染の主要な感染様式は飛沫核感染(空気感染)であり,結核患者から生じた感染性飛沫核が接触者の口から侵入し,気道を通って肺の末梢まで到達し,肺胞マクロファージに貪食されて感染が成立する.感染成立後,さらに肺の状態が悪化するか,もしくは血行性に全身に広がって粟粒結核を発症する状態を「一次結核症」とよぶ.しかし,多くの場合に細胞性免疫の確立によっていったん菌は封じ込められ,活動性結核として発病していない状態となり,この状態を「潜在性結核感染」とよぶ.潜在性結核を有する人々の5.15%において将来的に菌が再び増殖し発病するとされており,これを「二次結核症」とよぶ.感染から二次結核症の発病までの期間はさまざまであり,数カ月から長いときは20年以上となることもある.罹患臓器については,肺結核が約77%,肺外結核が73%である.肺以外の罹患臓器でもっとも多いのは胸膜,次いでリンパ節,腸,脊椎,腹膜の順に多い.他臓器と比較すると眼の罹患率は低いが,過去に結核療養所の患者1万524人を対象とした研究では,全対象患者のうち1.4%で結核による眼合併症を発症したと報告されている1).II結核性ぶどう膜炎の診断と治療1.疾患結核性ぶどう膜炎はぶどう膜炎全体の0.9%程度と比較的まれな疾患ではある2).一方で結核性ぶどう膜炎の臨床表現型は多岐にわたり,さまざまなぶどう膜炎をよく模倣しており,ぶどう膜炎の鑑別疾患としても大変重要な疾患である.結核性ぶどう膜炎の特徴について炎症部位の分類で述べると,前部ぶどう膜炎では虹彩結節(Koeppe結節,Busacca結節)や虹彩後癒着,豚脂様角膜後面沈着を呈するような肉芽腫性ぶどう膜炎が特徴である.中間部ぶどう膜炎では,軽度.中等度の硝子体炎症を伴い,硝子体中の雪玉状混濁や周辺部網膜の血管周囲炎,網膜脈絡膜肉芽腫を認めることがある.一方,後部ぶどう膜炎および汎ぶどう膜炎はもっとも多く,結核性ぶどう膜炎の9割以上の患者が後眼部炎症を有していると報告されている.とくに日本でもっとも多い後眼部所見は網膜血管炎であり,ついで硝子体混濁,網膜滲出斑と報告されている3).結核の網膜血管炎は閉塞性網膜静脈炎が特徴で,アジア人に多いとされる(図1,2).一方,世界的には脈絡膜結核腫や匐行性脈絡膜炎が代表的な後眼部所見とされるが,日本での頻度は低い.脈絡膜結核腫は,腫瘍と見まがうような大きな脈絡膜病変(>4mm)を特徴とするが,対照的に脈絡膜粟粒結核の結節は1/6.2/3乳頭径の境界不明瞭な小黄色病変で,眼底後極に複数生じることが多い(図3).結核性ぶどう膜炎の原因は依然として明らかになっていないが,多様な病像のなかには結核菌の直接侵入によって起こる病変のほか,前述の結核菌構成蛋白質に対するアレルギー反応によって起こる病変もあると考えられ,反復し再燃する前部ぶどう膜炎や網膜血管炎などが,その機序によるとされている.鑑別診断は,肉芽腫性ぶどう膜炎を呈するサルコイドーシスがもっとも重要であるが,そのほかにもBehcet病,Vogt・小柳・原田病,トキソプラズマ性網脈絡膜炎,眼トキソカラ症,梅毒性ぶどう膜炎,眼内悪性リンパ腫,転移性脈絡膜腫瘍など多岐にわたる.2.検査と診断結核性ぶどう膜炎はさまざまな臨床表現型を呈するgreatimitatorとして知られているように,眼所見のみで確定診断を行うことは困難である.そのため,診断法としては眼科所見を基にツベルクリン反応検査,インターフェロンc遊離試験(interferon-gammareleaseassays:IGRA),X線検査などの一般検査の結果を基に総合的に判断する必要がある.ツベルクリン反応検査は結核感染の診断法として有用であり,BCGワクチン接種の評価にも用いられてきた.ツベルクリン反応検査に用いられる精製ツベルクリンは,結核菌の培養液を加熱滅菌後,菌が分泌した300種類以上の蛋白質を部分精製して得られる.患者が結核菌に感染していると,ツベルクリン蛋白質抗原の皮内注射によって,局所に発赤と硬結を伴う遅延型アレルギー反応を惹起する.実際には,精製ツベルクリン0.5μg500あたらしい眼科Vol.41,No.5,2024(28)図1閉塞性網膜血管炎を呈する結核性ぶどう膜炎a:眼底写真.視神経乳頭発赤,乳頭周囲の輪状硬性白斑,多数の網膜血管の白鞘化を認める.b:フルオレセイン蛍光造影の合成写真.血管炎を反映して,網膜血管上に多数の結節性蛍光漏出を認める.耳側周辺部は広範な無還流領域を認め,閉塞性血管炎を呈する.図2網膜静脈分枝閉塞症を伴った網膜血管炎を呈する結核性ぶどう膜炎a:眼底写真.上方の後極から赤道部にかけて刷毛状およびしみ状網膜出血を認める.一部網膜血管は白鞘化しており,上方には白色塊状の硝子体混濁を認める.b:フルオレセイン蛍光造影.血管炎を反映して,網膜血管上に複数の結節性蛍光漏出を認める.後極はびまん性の淡い蛍光漏出を伴うが,一部無還流領域を認める.図3脈絡膜粟粒結核を呈する結核性ぶどう膜炎a:後極から赤道部にかけて多発する黄白色の脈絡膜結節を認める.b:黄斑部上方の黄白色の脈絡膜病変を通るOCT水平断にて,円形の脈絡膜低輝度領域()を認める.bc図4結核性ぶどう膜炎患者のツベルクリン検査結果a:ツベルクリン溶液の皮内注射直後().b,c:ツベルクリン溶液の皮内注射後48時間時点.硬結および二重発赤を認め,発赤径は52mm×38mmで,強陽性と判断された.

HTLV-1感染による後眼部病変

2024年5月31日 金曜日

HTLV-1感染による後眼部病変PosteriorSegmentLesionsCausedbyHTLV-1Infection鴨居功樹*はじめにヒトCT細胞白血病ウイルスC1型(humanCT-cellCleu-kemiavirustype1:HTLV-1)感染症は現在,世界的に注目を集めている感染症である.世界でC3,000万人以上,日本には先進国のなかでもっとも多いC100万人前後のCHTLV-1感染者が存在すると推定されている.近年,オーストラリアの先住民族であるアボリジニの成人の約半数がCHTLV-1に感染していることが明らかになり1),世界保健機関(WorldCHealthOrganization:WHO)は,HTLV-1感染症を全世界で取り組むべき感染症として,Technicalreportを発表した.また,後述する筆者らの発見などを契機にして,WHOは,HTLV-1感染症を性感染症(sexuallyCtransmittedinfections:STI)として分類し,重点的に取り組むことを決定した.現在,各国において大規模な研究資金が本感染症に投入され,調査研究が活発になっている2).HTLV-1感染症は眼疾患を引き起こし,とくに後眼部に生じる病変は視機能に重大な影響を及ぼす.本稿では,HTLV-1感染による後眼部病変について概説するとともに,HTLV-1感染症における二つのパラダイムシフトを含めた最近のCHTLV-1感染症の重要なトピックを紹介する.CIHTLV-1とはHTLV-1はレトロウイルスで,そのウイルス粒子は遺伝情報を携えたゲノムCRNAや,感染過程で必要とされる逆転写酵素などの酵素を含んでいる.ウイルスの外側は,標的細胞に接着・侵入するために必要なエンベロープで包まれている.ウイルスが標的細胞に侵入すると,逆転写反応を介してゲノムCRNAから二本鎖のDNAが生成され,このCDNAは宿主のゲノムにプロウイルスとして組み込まれる3).おもにCCD4陽性CT細胞に感染し,一度感染が成立すると生涯にわたる持続感染となる.CIIHTLV-1感染の確認方法HTLV-1感染の確認は,「HTLV-1感染の診断指針第C2版」に準じて行う.一次検査として血清抗HTLV-1抗体〔粒子凝集(PA)法,化学発光酵素免疫測定(CLEIA)法,化学発光免疫測定(CLIA)法,電気化学発光免疫測定(ECLIA)法〕を測定する.陰性の場合は非感染と判定し,陽性の場合は確認検査としてラインブロット(LIA)法によるCHTLV-1抗体検査を実施する.かつてはウエスタンブロット(WB)法であったが,変更されている.LIA法による確認検査で陽性の場合は感染と判定し,陰性の場合は非感染と判定する.また,LIA法で判定保留になった場合は,HTLV-1核酸検出(PCR)法でさらに確認検査を行う.一次検査のみで感染を判定しないように注意を要する.CIIIHTLV-1と眼疾患HTLV-1はヒトに疾患を引き起こすことが初めて明*KojuKamoi:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学〔別刷請求先〕鴨居功樹:〒113-8510東京都文京区湯島C1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(19)C491図1HTLV-1ぶどう膜炎にみられる硝子体混濁図2HTLV-1ぶどう膜炎における網膜血管炎図3網膜面上にみられる顆粒状混濁の付着VHTLV-1関連ぶどう膜炎の後眼部病変の治療HAUの後眼部病変に対しては,ステロイド治療が中心に行われる.硝子体混濁や網膜血管炎などの後眼部病変に対しては,ステロイドCTenon.下注射,ステロイド内服を行う5).HTLV-1感染者の治療における懸念は,治療介入によって,HTLV-1関連疾患(ATL,HAM)の発症リスクを上げることである.プロウイルスロード(感染細胞率)の上昇が関連疾患のリスクを高める最大の因子であるが,これまでの研究によってステロイド治療ではプロウイルスロードは上昇しないことが明らかになっており,安全性が高いと考えられている10,11).CVIHTLV-1感染者に対するVEGF阻害薬治療HTLV-1感染者は世界にC3,000万人以上存在するため,HTLV-1感染者のなかには加齢黄斑変性,糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症などが生じ,血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)阻害薬の投与が必要となる場合も多い.しかし,VEGFはHTLV-1が細胞に感染するのを妨げることが知られており,VEGF阻害薬の眼内投与によるCVEGFの変動はHTLV-1感染者の眼内環境を悪化させる懸念があった.近年,筆者らの安全性の評価により,VEGF阻害薬の眼内投与は,HTLV-1感染者に対して,invitroの見地から安全である可能性が示唆された12).CVII眼科研究によるHTLV-1感染症のパラダイムシフトかつてCHTLV-1は垂直感染(母子感染)後に長期の潜伏感染を経て関連疾患が発症すると考えられていた.筆者らはCHAU患者の家族を含めた眼科学・血液内科学・ウイルス学的な詳細な検討によって,HTLV-1の水平感染(パートナー間感染)がCHTLV-1関連疾患を引き起こす重要な感染ルートであることをつきとめ,LancetCInfectiousDisease誌に報告し,これまでの常識が覆ることになった13).これを受けてCWHOはCHTLV-1をCSTIに位置づけ,重点感染症として取り組むことになった.また,HTLV-1関連疾患は長期の潜伏感染によってプロウイルスロードが増加することが疾患発症にもっとも重要な因子と考えられていたが,筆者らのCHAUにおける眼科学・内科学・ウイルス学を含めた多角的な検討により,Basedow病が背景にある場合は,プロウイルスロードが低値であっても発症することをつきとめ,Lancet誌に報告した7).HTLV-1感染後に,短い潜伏期間でプロウイルスロードが低値であっても疾患が発症するというメカニズムの発見は新たなパラダイムとなった.CVIIIHTLV-1による視神経炎近年,Epstein-Barrウイルスと多発性硬化症(multi-plesclerosis:MS)との関連など,ウイルス感染と神経疾患の関連性がクローズアップされている14).HTLV-1感染症においても,HTLV-1感染と視神経炎の関連性の報告がある6).HTLV-1感染と視神経炎の関連は,HAMと視神経炎の合併において最初に報告された.この病態はCMS,視神経脊髄炎(neuromyelitisCoptica:NMO),感染症,腫瘍の浸潤など他の視神経炎の原因となる疾患を除外したうえで診断される.とくに高浸淫地域において,MSとCHAMの鑑別は脳脊髄液中のオリゴクローナルCIgGバンドやCMRIにおける脳病変の検出といった類似する検査所見・画像所見があることから,むずかしい面がある.一方で,近年CNMOの特異的マーカーとして血清中の抗CAQP4抗体が同定され,NMOがMSとは異なる疾患群であることが明らかになった.この発見は,HTLV-1による視神経炎の診断と治療において重要な意味をもつ.理由として,治療薬であるインターフェロンはCHAMに対しては効果があるとされる一方で,NMOには推奨されないためである.したがって,HTLV-1感染による視神経炎を疑う際には抗CAQP4抗体の検査は必須といえる5).HTLV-1による視神経炎の治療としてはステロイドパルス療法やステロイド内服が選択されることも多いが,治療効果を示さない場合がしばしばみられ,新たな治療戦略が必要となっている.(21)あたらしい眼科Vol.41,No.5,2024C493図5ATL患者における眼浸潤のOCT画像図4ATL患者における眼浸潤の眼底写真図6ATL眼浸潤患者における硝子体生検時の術中写真術中COCTにおいても色素上皮下の細胞浸潤が明確に描出できる.図7CMV網膜炎の眼底写真図8同種造血幹細胞移植後の樹氷状網膜血管炎’C

サイトメガロウイルス網膜炎:慢性網膜 壊死

2024年5月31日 金曜日

サイトメガロウイルス網膜炎:慢性網膜壊死ChronicRetinalNecrosis吉富景子*伊東崇子*はじめにサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)網膜炎は通常,日和見感染として発症し,免疫能の改善や抗ウイルス薬による適切な治療が行われなければ,予後不良である.従来のCCMV網膜炎(古典的CCMV網膜炎)はヒト免疫不全ウイルス(humanCimmunode.ciencyvirus:HIV)感染や臓器移植もしくは同種血液幹細胞移植などの高度免疫不全で発症すると考えられていたが,近年,非CHIV感染者など軽度.中等度の免疫不全患者で起こるCCMV網膜炎が報告され,慢性網膜壊死(chronicret-inalnecrosis:CRN)とよばれるようになった1).その疾患概念や病態,治療についてはいまだ不明な点が多いが,本稿ではCCRNの特徴を症例写真とともに紹介する.CI臨床所見古典的CCMV網膜炎では高度の免疫不全のために炎症反応が生じにくく,硝子体混濁や前眼部炎症をきたすことはまれである.後極部劇症型では砕けたチーズとトマトケチャップとよばれる特徴的な網膜病変(図1)を呈するが,基本的に古典的CCMV網膜炎は網膜壊死病変が主体であり網膜血管炎は生じにくく,血管炎を認めたとしても白色病変に一致した限局的なものである2).一方,CRNでは宿主の免疫能がある程度保たれているため,ウイルスによる直接的な細胞障害(古典的CCMV網膜炎)に加えて自己の免疫反応による組織障害が起こると考えられている1,3).その結果,CRNでは帯状疱疹ウイルスや単純疱疹ウイルスによる急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)でみられるような網膜血管炎が高頻度でみられ,網膜病変も古典的CCMV網膜炎と違いCARN同様に周辺部顆粒状病変が多いことが特徴である(図1)1).また,ARNと比べ軽度ではあるが前眼部炎症や硝子体混濁を認めることが多い(図2)1).このようにCRNはCARNと非常に類似した臨床所見をもっていることが特徴だがCARNと違い進行が緩徐であることから慢性網膜壊死として報告された.SchneiderらはCCRNにおいて,①網膜周辺部顆粒状病変,②汎網膜閉塞性血管炎,③比較的強い眼内炎症,④慢性の経過,⑤抗ウイルス薬への反応が緩徐,という特徴を提唱した.また,網膜血管炎が長期化した場合,高頻度で無灌流領域(nonperfusionarea:NPA)や血管白鞘化・血管途絶(図3)がみられ,網膜新生血管による硝子体出血や新生血管緑内障(図4)を呈し最終的な視力予後不良につながるケースも多い1,4,5).ARNや古典的CCMV網膜炎,CRNの臨床所見の特徴を表1にまとめた.CII診断・治療確定診断には古典的CCMV網膜炎と同様に,眼内液網羅的ポリメラーゼ連鎖反応(polymeraseCchainCreac-tion:PCR)検査が用いられるが,補助診断として蛍光*KeikoYoshitomi&TakakoIto:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕吉富景子:〒812-8582福岡市東区馬出C3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(15)C487図1CRNの典型的な眼所見(眼底写真)a:古典的CCMV網膜炎.50歳,男性.HIV,CMV血症にて内科入院中に右CCMV網膜炎を発症.後局部に刷毛状出血を伴う網膜白色病変を認める.Cb:CRN①.40歳,女性.関節リウマチに対する免疫抑制薬内服中にCCRNを発症.周辺部顆粒状病変がみられる.c:CRN②.72歳,女性.関節リウマチに対して免疫抑制薬の内服歴があり.周辺部顆粒状病変に加えて広範囲に血管白鞘化がみられる.図2CRNの典型的な眼所見(細隙灯顕微鏡写真)a:図C1の症例c.Cb:図C1の症例b.古典的CCMV網膜炎と比較してCaは前眼部炎症,bは硝子体混濁を高率に認める.図3CRNの典型的な眼所見(フルオレセイン蛍光造影)a:図C1の症例c.網膜血管炎を認める.Cb:図C1の症例b.網膜血管閉塞が広域にわたってみられる.81歳,男性.前立腺癌にてホルモン療法歴あり,そのほか既往特記事項なし.当院来院時には虹彩ルベオーシス(a),隅角新生血管を合併(Cb).Tos=(0.3).そのあと毛様体炎に伴う低眼圧症をきたし,硝子体手術を施行するも最終視力CTos=(0.02)と視力不良となった症例.表1ARN,古典的CMV網膜炎,CRNの臨床所見の特徴急性網膜壊死CARNCVZV/HSV古典的CCMV網膜炎CCMV慢性網膜壊死CCRNCCMVホスト免疫状態健常人高度免疫不全状態軽度.中等度免疫不全状態網膜炎網膜全層壊死網膜全層壊死顆粒状白色病変網膜全層壊死顆粒状白色病変眼内炎症高度.軽度軽度.高度血管炎高頻度汎網膜閉塞性血管炎(動脈炎>静脈炎)まれ局所性の血管炎(静脈炎>動脈炎)高頻度汎網膜閉塞性血管炎(動脈炎>静脈炎)(文献C1より改変引用)

サイトメガロウイルス網膜炎:典型例と免疫回復ぶどう膜炎

2024年5月31日 金曜日

サイトメガロウイルス網膜炎:典型例と免疫回復ぶどう膜炎CytomegalovirusRetinitis:TypicalFindingsandImmuneRecoveryUveitis出口英人*はじめにサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)は免疫不全状態において日和見感染を生じるウイルスとして知られている.CMV網膜炎はヒト免疫不全ウイルス(humanCimmunode.ciencyvirus:HIV)感染者の主要な合併症であるが,HIV患者におけるCCMV網膜炎の発生率は抗レトロウイルス療法により劇的に減少している.一方で臓器移植後の免疫抑制や,悪性腫瘍,加齢による免疫不全に起因するCCMV網膜炎の発症もしばしば経験する.本稿ではCCMV網膜炎の典型例と,免疫不全が改善される際に炎症が増悪する免疫回復ぶどう膜炎について解説する.CICMV網膜炎1.疫学と病態CMVは二本鎖CDNAをもつヘルペスウイルス科ウイルスに属する.一般集団ではC83%が既感染とされている1).感染経路としては,出生前の子宮内感染,母乳や性器分泌液を介した周産期感染,出生後の血液,唾液,性交渉のほか,臓器移植の際にCCMV感染が起こることが報告されている2.4).他のヘルペスウイルスと同様,いったん感染すると,CMVは末梢血白血球や骨髄細胞に潜伏し,ほとんどの場合はそのまま一生を終える.一方,HIV感染に伴う後天性免疫不全症候群(acquiredimmunode.ciencyCsyndrome:AIDS)や臓器移植後,化学療法治療中などの免疫不全状態においてはウイルスが再活性化し,さまざまな組織に感染を生じる.AIDS患者においてCCMVに対する網膜炎は主要な合併症であり,かつてはCAIDS患者の最大の失明原因であったが,高活性抗レトロウイルス療法(highlyCactiveCantiretro-viraltherapy:HAART)導入により頻度は劇的に低下した.一方で医学の進歩や高齢化に伴い,AIDS以外の原因によるCCMV網膜炎が増加していることも報告されている5).眼組織への感染においては,まず血管内皮細胞に感染し,ついで網膜色素上皮に感染し,ウイルスの細胞障害作用により網膜全層の壊死を生じる.CMVのウイルスゲノムは,感染した細胞の核に速やかに移行して,ウイルスの増幅を開始する.その後,ウイルスは感染細胞から近隣の細胞に感染し,このプロセスを繰り返すことで感染が広がる.ウイルスの複製が制御されないと,感染した網膜組織の壊死と浮腫が拡大し,視力低下をきたす.C2.典型的な臨床像ほとんどの場合,前眼部所見や硝子体の炎症所見は軽微であり,初期にみられることはまれであるが,病状の進行とともに角膜後面沈着物や虹彩炎の所見をきたし,徐々に悪化する.一方で眼底所見は特徴的であり,周辺部顆粒型,後極部劇症型,樹氷状血管炎型の三病型に大別されるが,混在していることも多い.周辺部顆粒型は網膜周辺部に出血をほとんど伴わず,白色顆粒状の病変が扇形に広がるのが特徴であり(図1~3),進行は三病*HidetoDeguchi:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕出口英人:〒602-8566京都市上京区河原町広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(9)C481図1周辺部顆粒型と樹氷状血管炎型を合併した症例網膜周辺部に扇形の白色病変と網膜血管の白鞘化が観察できる.図2周辺部顆粒型の症例周辺部の白色病変が癒合して図C1の症例よりも白色病変が広範囲に広がっている.また軽度の硝子体混濁もみられる.図3図2と同一症例の治療開始2カ月後の所見抗CCMV治療により白色病変は縮小している.-図5後極部劇症型と樹氷状血管炎型を合併した症例アーケード血管に沿って血管の白鞘化が観察される.本症例では後極部と乳頭鼻側にも白色病変がみられる.後極部の黄白色滲出斑は出血と浮腫を伴い(),網膜全層に壊死がみられる().また黄斑浮腫も伴っている.表1CMV網膜炎に対する治療薬剤名投与方法初期治療維持治療全身投与バルガンシクロビル経口内服900Cmg(4C50mg2錠)をC1日C2回900Cmg(4C50Cmg2錠)をC1日C1回ガンシクロビル静脈内注射5Cmg/kgをC1日C2回5Cmg/kgをC1日C1回ホスカルネット静脈内注射90Cmg/kgをC1日C2回90Cmg/kgをC1日C1回局所投与ガンシクロビル硝子体内注射0.4.2Cmg/0.1Cmlを週1回ホスカルネット硝子体内注射2.4Cmg/0.1Cmlを週1回図6HIV感染によりCMV網膜炎を生じた症例抗CCMV治療により網膜病変は鎮静化している.図7図6と同一症例に生じた免疫回復ぶどう膜炎と考えられる所見抗CCMV治療をいったん終了して経過観察をしている際に炎症を生じた.CMV網膜炎の所見は明らかではないものの硝子体混濁と黄斑浮腫を認め,免疫回復ぶどう膜炎と考えられた.

急性網膜壊死

2024年5月31日 金曜日

急性網膜壊死AcuteRetinalNecrosis岩橋千春*I疾患の解説急性網膜壊死(acuteCretinalnecrosis:ARN)は,わが国の浦山らにより網膜動脈周囲炎と網膜.離を伴う急性発症のぶどう膜炎としてC1971年に最初に報告された疾患である.単純ヘルペスウイルス(herpesCsimplexvirus:HSV)-1,HSV-2,水痘帯状疱疹ウイルス(vari-cella-zostervirus:VZV)を原因とするウイルス感染症であることがのちにわかっている.ARNはまれな疾患であるが,その名のとおり急速に網膜が壊死するために視力予後不良の疾患であり,初期対応が重要となる.CII診断基準本症の診断基準には従来から使われているCAmericanUveitisSociety(AUS)の定める臨床所見を用いた国際的な診断基準(表1)1)や,臨床所見に眼内液検査結果を加味したわが国から提唱された診断基準(表2)2)などがある.現在,わが国では眼内液検査としてポリメラーゼ連鎖反応(polymeraseCchainreaction:PCR)法による検査が先進医療として承認されており,前房水あるいは硝子体液より抽出したCDNAから,HSV-1,HSV-2,VZVを含むC8種類のヘルペスウイルスCDNAの同定と定量を行うことが可能である.わずかな量の検体でも検査可能で,DNAの抽出から結果の判定までC2時間前後と短いため,早期に診断して適切な治療を始めることができる.また,最近ではCDNAの抽出が不要でC20Cμl程度の検体からC1時間程度で結果がわかる網羅的CPCRキットも開発されている3).なお,ARNであればウイルス感染に伴う網膜動脈炎が急速に進行するため,臨床的にCARNが疑われる場合には,前房水を採取してウイルスCDNAの検索を行うと同時に,確定診断を待たずに速やかに治療を開始するという初期対応が非常に重要である.鑑別診断としては,ヘルペスウイルス虹彩炎,サルコイドーシスなど前眼部所見が類似している疾患や,サイトメガロウイルス網膜炎,結核,梅毒,眼トキソプラズマ症など網膜病変が類似している疾患があげられる.現在,先進医療で行われている網羅的CPCRを行うことで,サイトメガロウイルスやトキソプラズマの鑑別が可能である.また,近年,アデノウイルス感染によりCARNと同じく網膜壊死を伴うぶどう膜炎を発症したC2症例が報告されており,今後の症例の蓄積が待たれる4).臨床的にCARNがほぼ確実であると思われても,薬物治療前の全身評価を兼ねて,ぶどう膜炎のスクリーニングのための採血を行い,梅毒や結核の可能性を否定しておくことも重要である.CIII眼所見ARNは典型的には豚脂様角膜後面沈着物を伴った片眼の急性虹彩毛様体炎で発症する(図1).その後,虹彩毛様体炎の発症から数日で,閉塞性血管炎を伴う網膜の壊死病巣および網膜周辺部の黄白色の顆粒状病変が出現*ChiharuIwahashi:近畿大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕岩橋千春:〒589-8511大阪府大阪狭山市大野東C377-2近畿大学医学部眼科学教室C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(3)C475表1AmericanUveitisSocietyによる診断基準1.急性網膜壊死の診断は臨床所見とその経過で判断する臨床経過としては以下のCa.eのすべてを満たすa.周辺部網膜に境界鮮明なC1箇所以上の網膜壊死病巣がみられるb.抗ウイルス薬の未投与例では病変は急激に進行するc.病変は周囲に拡大進行するd.動脈を含む閉塞性血管炎が存在するe.硝子体および前房に高度の炎症所見を認める2.診断に必ずしも必要ではないが,参考所見として認めるものa.視神経症あるいは視神経萎縮b.強膜炎c.疼痛3.壊死の範囲は問わない4.性別,人種,個人の免疫状態は問わない5.眼組織や眼内液からのウイルスやその他の病原体の検出結果は,診断するにあたり影響されない.1の診断基準を満たさなければ,仮に水痘帯状疱疹ウイルスが眼内から検出されても急性網膜壊死とは診断されない(文献C1より改変引用)表2高瀬らによる診断基準眼内液ウイルス検査結果により2群に分類している.ARN確定診断群下記の眼所見のC1aとC1bを満たし,臨床経過C5項目のうちのC1項目を満たし,ウイルス検査結果が陽性であること.ARN臨床診断群下記の眼所見C6項目のうちのC1aとC1bを含むC4項目を満たし,臨床経過C5項目のうちのC2項目を満たすが,ウイルス検査結果が陰性であるか未施行であること.1.初期の眼所見1a.前房内細胞あるいは豚脂様角膜後面沈着物1b.網膜周辺部の黄白色病巣(初期には顆粒状あるいは斑状であり,徐々に癒合する)1c.網膜動脈の炎症1d.視神経乳頭発赤1e.炎症性の硝子体混濁1f.眼圧上昇2.臨床経過2a.円周方向に網膜病巣が急速に拡大する2b.網膜裂孔や網膜.離を発症する2c.網膜血管の閉塞がみられる2d.視神経萎縮がみられる2e.抗ウイルス治療に反応がある3.ウイルス検査結果PCRあるいはCGoldmann-Witmer係数による検査でCHSV-1,CHSV-2,VZVのいずれかが陽性(文献C2より改変引用)図1ARNの前眼部写真図2ARN発症初期の眼底写真白色の豚脂様角膜後面沈着物がみられる.白色の顆粒状病巣が特徴的である.図3図2の7日後の眼底写真図4ARN治療中に発症した網膜.離病巣が癒合拡大している.複数の網膜裂孔が観察される.図5ARN発症2週間後の前眼部写真図6図5と同日に撮影した眼底写真ヘルペス虹彩毛様体炎と似た病像である.硝子体混濁のため眼底の透見は不良であるが,散在する白色病巣がみられる.=========図7発症1カ月後の前眼部写真角膜後面沈着物が消失している.図8図7と同日の眼底写真術中に施行した網膜光凝固の瘢痕がみられる.白色病巣はなくシリコーンオイルによる反射がみられる.図9発症1年後の眼底写真シリコーンオイル抜去後.軽度の増殖性変化がみられるが網膜.離はなく経過している.視神経は蒼白である.

序説:なぜ後眼部感染症アップデートが必要か? 

2024年5月31日 金曜日

なぜ後眼部感染症アップデートが必要か?WhyDoWeNeedtoUpdateOurKnowledgeonPosteriorSegmentInfectiousUveitis?園田康平*大野京子**後眼部感染症は時代とともに変化する.近年さまざまな免疫疾患や悪性腫瘍に対する内科的治療が変化し,その副産物として後眼部感染症が多様化している.また,梅毒や結核などの再興感染症には常に注意を払う必要がある.診断技術もポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法の普及とともに向上し,同時に内科的・外科的な治療を合わせた集学的な治療が後眼部感染症には必要である.今回ウイルス性ぶどう膜炎として,急性網膜壊死,サイトメガロウイルス網膜炎,HTLV-1関連ぶどう膜炎を取り上げる.急性網膜壊死は,臨床所見に眼内液検査結果を加味した日本独自の診断基準が整備されたが,内科的・外科的治療については,未だ統一見解が得られていない.現状を岩橋千春先生にまとめていただいた.サイトメガロウイルス網膜炎は免疫不全に伴うものとされてきたが,完全な免疫不全でなくても多彩な病巣を示すことが近年報告されている.まさにウイルス感染と免疫反応のバランスでぶどう膜炎の病態が決まるが,このむずかしいテーマを出口英人先生と吉富景子先生,伊東崇子先生に解説していただいた.HTLV-1感染症は近年病態解明が進み,垂直感染だけでなく水平感染のケアも必要であり,腫瘍性病変とリンパ増殖性病変による多様な病変を念頭に置いた診療が必要である.本テーマは鴨居功樹先生にわかりやすく解説していただいた.結核・梅毒・トキソプラズマは近年のさまざまな免疫修飾を伴う状況において,改めて問題になっている.眼科画像診断の進歩により,その眼病態の解明も進んでいる.こちらは松宮亘先生,朝蔭正樹先生,長谷敬太郎先生にまとめていただいた.猫ひっかき病は視神経網膜炎を伴う代表疾患であるが,常に外来で念頭に置き,きちんと病歴をとることが求められる.画像が特徴的であるので,溝渕朋佳先生,福田憲先生に鮮明な画像を提示していただいた.内因性眼内炎には真菌性と細菌性があるが,日頃から知識を整理して,適切に処置対応するための知識を河越龍方先生にまとめていただいた.執筆者の尽力により読みごたえのあるよい特集になったと自負している.明日からの臨床に役立てば幸いである.*Koh-heiSonoda:九州大学大学院医学研究院眼科学分野**KyokoOhno:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(1)473

基礎研究コラム:83.眼表面の炎症とドライアイ

2024年5月30日 木曜日

眼表面の炎症とドライアイドライアイと炎症日本ではドライアイは涙液の不足または適切な涙液が分泌されないためと広く知られていますが,米国では炎症による眼表面のコンディションが悪化するためと考えられています.また,ドライアイでは痛みや不快感を催すことも広く知られており1),最近の研究により,ドライアイと抗原提示細胞および制御性CT細胞(Treg)およびサブスタンスCPとの関連性が注目されています.CTregとドライアイTregは,自己免疫反応を抑制し,過剰な炎症を制御する重要な役割を果たします.眼の免疫系において,抗原提示細胞は眼表面の炎症反応や組織の免疫応答に関与することでドライアイの症状を引き起こすとされています.Tregは免疫応答を抑制しますが,ドライアイでは機能が抑制されます2)(図1).SサブスタンスCPは痛み伝達や炎症反応を惹起する神経伝達物質で,眼の表面では涙液の分泌や炎症反応に関与することが知られています.ヒト涙液中にもサブスタンスCPが含まれていることは知られていましたが,それがドライアイでどのような役割を果たしているのかは不明でした.2020年に発表されたマウスを使った実験では,ドライアイ状態になると角膜上のサブスタンスCPが上昇することが示されました.同時に,サブスタンスCPをCTregと一緒に培養すると,Tregの機能が落ちることもわかりました3).また,他の報告では,サブスタンスCP受容体拮抗薬が抗原提示細胞の成熟化を抑制し,ヘルパーCT細胞C17(Th17)の数を減らすとされています.実際に,サブスタンスCPのレセプター拮抗薬を投与すると,ドライアイマウスの角膜上皮障害が改善することも示されました.今後の展望今年に入り,ドライアイ患者の涙液でサブスタンスCPの濃度が上昇していることが報告されました.かつてドライアイは涙液の状態を改善することが治療に直結すると思われていましたが,このような研究はドライアイの病態生理に関する理解を深め,新しい治療法やアプローチの開発につながる可能性があります.たとえば,Treg細胞を活性化させたり,サブスタンスCPの拮抗薬を投与したりすることで眼の不快竹渓友佳子東京大学医学部附属病院眼科乾燥ストレス抗原提示細胞の成熟化サブスタンスP眼表面の炎症惹起Tregの機能低下図1ドライアイにおけるサブスタンスPの免疫細胞への影響乾燥ストレスがかかることにより眼表面のサブスタンスCP濃度が上昇し,乾燥ストレスとともに抗原提示細胞の成熟化を促す.また,サブスタンスCPによりCTregの機能が抑制されるため,Th17などの細胞の動きが活発になる.感も治療することが可能かもしれません.今後の研究が,この分野における新たな治療法や予防法の開発に向けてさらなる道を切り拓くことが期待されます.文献1)TsubotaCK,CPlugfelderCSC,CLiuCZCetal:De.ningCdryCeyeCfromaclinicalperspective.IntJMolSciC21:9271,C20202)BarabionCS,CChenCY,CChauhanCSCetal:OcularCsurfaceimmunity:homeostaticCmechanismsCandCtheirCdisruptionCinCdryCeyeCdisease.CProgressCRetinalCEyeCResearchC31:C271-285,C20123)TaketaniCY,CMarmalidouCA,CDanaCRCetal:RestorationCofCregulatoryCT-cellCfunctionCinCdryCeyeCdiseaseCbyCantago-nizingCsubstanceCP/Neurokinin-1Creceptor.CAmCJCPatholC190:1859-1866,C2020(87)あたらしい眼科Vol.41,No.5,2024C5590910-1810/24/\100/頁/JCOPY

多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳に対する アンケート調査−発行半年~20 年目の推移−

2024年4月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科41(4):458.464,2024c多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳に対するアンケート調査.発行半年~20年目の推移.大野敦粟根尚子佐分利益生高英嗣田中雅彦谷古宇史芳廣田悠祐小林高明松下隆哉東京医科大学八王子医療センター糖尿病・内分泌・代謝内科CQuestionnaireSurveyontheDiabeticEyeNotebookamongOphthalmologistsintheTamaArea.Changesfrom6Monthsto20YearsafterPublication.AtsushiOhno,NaokoAwane,MasuoSaburi,HidetsuguTaka,MasahikoTanaka,FumiyoshiYako,YusukeHirota,TakaakiKobayashiandTakayaMatsushitaCDepartmentofDiabetology,EndocrinologyandMetabolism,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversityC目的:糖尿病眼手帳(以下,眼手帳)に対する眼科医へのアンケート調査を発行半年.20年目に計C7回施行し,調査結果の推移を検討した.方法:多摩地域の眼科医に対し,1)眼手帳の配布状況,2)眼手帳配布に対する抵抗感,3)「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度,4)受診の記録で記入しにくい項目,5)受診の記録に追加したい項目,6)眼手帳を配布したい範囲,7)文書料が保険請求できないことが眼手帳の普及の妨げになるか,8)眼手帳は眼科医から患者に渡すほうが望ましいと考えるか,9)他院で発行された眼手帳をみる機会,10)眼手帳の広まりについて調査し,各結果をC7群間で比較した.結果・結論:眼手帳発行後C20年の間に,眼手帳を渡すこと,内科医が渡すことへの抵抗感は減少し,より早期に渡すようになった.他院発行の眼手帳を見る機会は増え,眼手帳の広まりを感じ始めてきた.CPurpose:ACquestionnaireCsurveyCofCophthalmologistsConCtheCDiabeticCEyeNotebook(DEN)wasCconductedCsevenCtimesCinCtheCperiodCfromC6CmonthsCtoC20CyearsCafterCpublication,CandCchangesCinCtheCsurveyCresultsCwereCexamined.CMethods:TheCsubjectsCwereCophthalmologistsCinCtheCTamaCarea.CTheCsurveyCitemswere:1)currentCstatusofDENdistribution,2)senseofresistancetosubmittingtheDEN,3)clinicalappropriatenessofthedescrip-tionCof“guidelinesCforCthoroughCfunduscopicCexamination”,4).eldsCinCtheCDENCthatCareCdi.cultCtoCcomplete,5)Citemsthatshouldbeaddedtotheclinical.ndings.eld,6)areainwhichtheDENshouldbedistributed,7)wheth-erCorCnotCtheCDENCcostCnotCcoveredCbyCmedicalCinsuranceCisCanCobstacleCtoCitsCpromotion,8)whetherCorCnotCtheCDENshouldbeprovidedtopatientsbyophthalmologists,9)frequencyofseeingtheDENissuedbyotherhospitals,and10)promotionoftheDEN.Wecomparedtheresultsamongthesevengroups.ResultsandConclusion:Inthe20yearssincethepublicationoftheDEN,thelevelofresistancetosubmittingtheDENandtotheinternisthand-ingitoverhasdecreased,anditisnowsubmittedearlier.TheopportunitiestoseetheDENissuedbyotherhospi-talshaveincreased,andtheyhavenoticedthespreadoftheDEN.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)41(4):458.464,C2024〕Keywords:糖尿病眼手帳,アンケート調査,糖尿病網膜症,糖尿病黄斑症,内科・眼科連携.diabeticCeyeCnote-book,questionnairesurvey,diabeticretinopathy,diabeticmaculopathy,cooperationbetweeninternistandophthal-mologist.Cはじめに一つが,内科と眼科の連携である.多摩地域では,1997年糖尿病診療の地域医療連携を考える際に重要なポイントのに設立した糖尿病治療多摩懇話会において,内科と眼科の連〔別刷請求先〕大野敦:〒193-0998東京都八王子市館町C1163東京医科大学八王子医療センター糖尿病・内分泌・代謝内科Reprintrequests:AtsushiOhno,M.D.,Ph.D.,DepartmentofDiabetology,EndocrinologyandMetabolism,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversity,1163Tate-machi,Hachioji-city,Tokyo193-0998,JAPANC458(92)携を強化するために両科の連携専用の「糖尿病診療情報提供書」を作成し,地域での普及を図った1).この活動をベースに,筆者はC2001年の第C7回日本糖尿病眼学会での教育セミナー「糖尿病網膜症の医療連携C.放置中断をなくすために」に演者として参加した2)が,ここでの協議を経て糖尿病眼手帳(以下,眼手帳)の発行に至っている3).眼手帳は,2002年C6月に日本糖尿病眼学会より発行されてからC21年が経過し,2020年には第C4版に改訂され,その利用状況についての報告が散見される4.7).多摩地域では,眼手帳に対する眼科医へのアンケート調査を発行半年.20年目までにC7回施行しているが,発行C7年目まで8)と10年目まで9)の比較結果を報告した.本稿ではC20年目までのC7回の調査結果を比較することで,眼手帳に対する眼科医の意識の変化を検討した.CI対象および方法アンケートの対象は,多摩地域の病院・診療所に勤務している眼科医で,アンケート調査は,発行半年.13年目は眼手帳の協賛企業である三和化学研究所の医薬情報担当者が各医療機関を訪問して医師にアンケートを依頼し,直接回収する方式で行ったため,回収率はほぼC100%であった.アンケートの配布と回収という労務提供を依頼したことで,協賛企業が本研究の一翼を担う倫理的問題が生じているが,アンケートを通じて眼手帳の普及啓発を同時に行いたいと考え,そのためには協力をしてもらうほうがよいと判断した.発行18年目,20年目は,三和化学研究所の諸事情と倫理的問題を考慮し,アンケート調査は郵送での送付とCFAXを利用した回収で施行し,発行C18年目はC141件,20年目はC146件に郵送を行った.なお,いずれの年もアンケート内容の決定ならびにデータの集計・解析には,三和化学研究所の関係者は関与していない.また,アンケート用紙の冒頭に,「集計結果は,今後学会などで発表し機会があれば論文化したいと考えておりますので,ご了承のほどお願い申し上げます」との文を記載し,集計結果の学会での発表ならびに論文化に対する了承を得た.回答を依頼したアンケート項目は,以下のC10項目である.問1.眼手帳の利用状況についてお聞かせ下さい問2.眼手帳を糖尿病患者に渡すことに抵抗がありますか問C3.眼手帳のC1ページの「精密眼底検査の目安」【20年目の第C4版は「推奨される眼科受診間隔」】の記載があることは,臨床上適当とお考えですか問C4.眼手帳のC4ページ目からの受診の記録で,記入しにくい項目はどれですか問C5.眼手帳のC4ページ目からの受診の記録に追加したい項目はありますか問C6.眼手帳を今後どのような糖尿病患者に渡したいですか問C7.診療情報提供書と異なり文書料が保険請求できないことは,手帳の普及の妨げになりますか問C8.眼手帳は眼科医から患者に渡すほうが望ましいとお考えですか問C9.内科主治医を含めて他院で発行された眼手帳を御覧になる機会がありますか問C10.【半年目・2年目】眼手帳は広まると思いますか【7年目以降】眼手帳は広まっていると思いますか上記の問C1.10に関するアンケート調査を行い,各問のアンケート結果の推移を検討した.7群間の回答結果の比較にはC|2検定を用い,統計学的有意水準は5%とした.CII結果回答者のプロフィール(表1)回答者数は,発行半年目C96名,2年目C71名,7年目C68名,10年目54名,13年目50名,18年目42名(回収率:29.8%),20年目C50名(回収率:34.2%)であった.年齢はC7年目まではC40歳代,10年目からはC50歳代がもっとも多く経年的に有意な上昇を認めた(C|2検定:p<0.001).勤務施設は診療所の割合がC10年目まではC70%台であったが,その後C80%以上に増加傾向を認めた(C|2検定:p=0.09).定期受診中の糖尿病患者数は,病院勤務医の割合の変動もあり,経年的に増減傾向を示した(C|2検定:p=0.05).C1.眼手帳の利用状況(図1)発行半年目の調査時は質問項目として未採用のため,発行2年目.20年目で比較した.その結果,「眼手帳を今回はじめて知った」との回答は,2.13年目はC5%未満にとどまり18,20年目は認めず,眼手帳の認知度はC95%以上であった.一方,「積極的配布」と「時々配布」を合わせて,7,10,18年目はC60%,13年目はC70%を超え,20年目は前者がC40%を超え,6群間に有意差を認めた(C|2検定:p=0.03).C2.眼手帳を糖尿病患者に渡すことへの抵抗感(図1)眼手帳配布に対する抵抗感は,「まったくない」と「ほとんどない」を合わせて,2,7,20年目はC80%,10,13,18年目はC90%を超え,7群間で有意差を認めた(C|2検定:p=0.01).C3.眼手帳に「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度(図1)目安があることおよび記載内容ともに適当との回答が,18年目まではC80%を超えていたがC20年目はC70%まで減少し,「目安の記載自体混乱の元なので不必要」や「目安はあったほうがよいが記載内容の修正が必要」の回答が増えていた(|2検定:p=0.15).表1回答者のプロフィール年齢半年目(9C6名)2年目(7C1名)7年目(6C8名)10年目(5C4名)13年目(5C0名)18年目(4C2名)20年目(5C0名)20歳代3.1%(3)5.6%(4)1.5%(1)0%(0)0%(0)0%(0)0%(0)30歳代28.1%(C27)21.1%(C15)14.7%(C10)7.4%(4)12.0%(6)2.4%(1)14.0%(7)40歳代33.3%(C32)38.0%(C27)38.2%(C26)31.5%(C17)28.0%(C14)19.0%(8)18.0%(9)50歳代17.7%(C17)16.9%(C12)29.4%(C20)37.0%(C20)42.0%(C21)42.9%(C18)36.0%(C18)60歳代11.5%(C11)9.9%(7)11.8%(8)14.8%(8)12.0%(6)21.4%(9)18.0%(9)70歳代3.1%(3)8.5%(6)2.9%(2)7.4%(4)6.0%(3)14.3%(6)14.0%(7)未回答3.1%(3)0%(0)0.1%(1)1.9%(1)0%(0)0%(0)0%(0)勤務施設半年目(9C6名)2年目(7C1名)7年目(6C8名)10年目(5C4名)13年目(5C0名)18年目(4C2名)20年目(5C0名)診療所75.0%(C72)71.8%(C51)76.5%(C52)79.6%(C43)84.0%(C42)92.9%(C39)80.0%(C40)大学病院9.4%(9)9.9%(7)10.3%(7)9.3%(5)2.0%(1)0%(0)8.0%(4)総合病院7.3%(7)11.3%(8)5.9%(4)11.1%(6)12.0%(6)0%(0)4.0%(2)一般病院7.3%(7)5.6%(4)2.9%(2)0%(0)0%(0)2.5%(1)4.0%(2)その他C─C─2.9%(2)0%(0)0%(0)2.5%(1)4.0%(2)未回答1.0%(1)1.4%(1)1.5%(1)0%(0)2.0%(1)2.5%(1)0%(0)糖尿病患者数半年目(9C6名)2年目(7C1名)7年目(6C8名)10年目(5C4名)13年目(5C0名)18年目(4C2名)20年目(5C0名)10名未満8.3%(8)11.3%(8)8.8%(6)9.3%(5)6.0%(3)0%(0)6.0%(3)10.C29名31.3%(C30)16.9%(C12)19.1%(C13)16.7%(9)26.0%(C13)21.4%(9)12.0%(6)30.C49名19.8%(C19)19.7%(C14)23.5%(C16)22.2%(C12)34.0%(C17)16.7%(7)18.0%(9)50.C99名14.6%(C14)14.1%(C10)14.7%(C10)9.3%(5)8.0%(4)26.2%(C11)24.0%(C12)100名以上10.4%(C10)29.6%(C21)23.5%(C16)11.1%(6)20.0%(C10)26.2%(C11)28.0%(C14)未回答15.6%(C15)8.5%(6)10.3%(7)31.5%(C17)6.0%(3)9.5%(4)12.0%(6)4.受診の記録の中で記入しにくい項目(図2)10年目までは「福田分類」と「糖尿病網膜症の変化」の選択者が多かったが,福田分類削除後のC13年目以降は「糖尿病黄斑症」関連,20年目は「中心窩網膜厚と抗CVEGF療法」関連の選択者が多かった.C5.受診の記録の中で追加したい項目の有無(図3)追加したい項目は,「特にない」がC7群ともC80%以上を占めて有意差は認めなかった(C|2検定:p=0.15).追加したい項目のある回答者における追加希望項目は,13年目まではHbA1cがもっとも多かったが,18年目以降は他の眼底所見の記入欄,20年目はフリースぺースへの要望を認めた.C6.眼手帳を渡したい範囲(図3)配布の希望範囲は,「全ての糖尿病患者」の比率が経年的に増加してC10年目からは約C60%をキープし,「網膜症が出現してきた患者」の比率は減少し,7群間に有意差を認めた(|2検定:p=0.01).C7.情報提供書と異なり文書料が保険請求できないことが眼手帳の普及の妨げになるか(図3)文書料が保険請求できないことが眼手帳の普及の妨げに「まったくならない」と「あまりならない」を合わせると,7群ともC60%以上で有意差はなかった(C|2検定:p=0.90).C8.眼手帳は眼科医から患者に渡すほうが望ましいと考えるか(図4)眼手帳は「眼科医が渡すべき」との回答がC10年目から減少し,「内科医が渡しても良い」と「どちらでも良い」の回答の比率が有意に増加していた(C|2検定:p<0.001).C9.内科主治医を含めて他院で発行された眼手帳をみる機会(図4)半年目は質問項目として未採用のため,発行C2年目.20年目で比較した.その結果,他院で発行された眼手帳をみる機会は,「かなりある」と「多少ある」を合わせて,7年目はC60%台,10,13年目はC70%台,18年目はC80%台,20年目はC90%台を占め,有意に増加していた(C|2検定:p<0.001).C10.眼手帳の広まり(図4)この設問において,半年目とC2年目は眼手帳の広まりに対する予想を,一方,7年目以降は現在の広まりに対する評価を質問した.その結果,「眼手帳はかなり広まる・広まって問1眼手帳の利用状況\2検定p=0.032年目7年目10年目13年目18年目20年目0%20%40%60%80%100%問2眼手帳を糖尿病患者に渡すことへの抵抗感\2検定p=0.01半年目2年目7年目10年目13年目18年目20年目0%20%40%60%80%100%問3眼手帳に「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度\2検定p=0.15半年目2年目7年目10年目13年目18年目20年目0%20%40%60%80%100%図1問1~3の回答結果積極的に配布している時々配布している必要とは思うが配布していない必要性を感じず配布していない眼手帳を今回はじめて知ったその他の配布状況未回答いる」との回答は,半年目.7年目のC30%未満と比べてC10年目.20年目はC40%前後に有意に増加していた(C|2検定:p<0.001).CIII考按1.眼手帳の利用状況眼手帳の認知度はC95%以上であったが,船津らにより行われた全国C9地域,10道県の眼科医を対象にした,発行C1年目の調査5)における認知度はC88.6%,6年目の調査7)では95.3%であり,それ以降全国規模の報告は認めないが当初はほぼ同等の結果と思われる.一方,眼手帳の活用度は,積極的と時々配布を合わせてC7年目からはC60%を超えているが,先の発行C1年目5)と6年目7)の調査における活用度C60.5%,71.6%と比べるとやや低かった.必要とは思うが診療が忙しくてほとんど配布していないとの回答がC10,13年目にC25%を超え,活用度を上げるには「コメディカルによる記入の協力」などより利用しやすい方法を考える必要性を感じていたが,18,20年目にその割合がC10%台まで減少しており,今後その背景を追跡調査していきたい.C2.眼手帳を糖尿病患者に渡すことへの抵抗感眼手帳配布に対する抵抗感は,2年目以降「まったくない」(95)と「ほとんどない」を合わせてC80%を超えており,外来における時間的余裕と配布,ならびに手帳記載時のコメディカルスタッフによるサポート体制が確保されれば,配布率の上昇が期待できる結果であった.C3.眼手帳に「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度目安の記載自体混乱のもとで「不必要」との回答をC18年目までC4.10%台認めている.この結果は,糖尿病の罹病期間や血糖コントロール状況を加味せずに,検査間隔を決めるむずかしさを示唆しており,受診時期は主治医の指示に従うように十分説明してから手帳を渡すことの必要性を感じていた.20年目は「不必要」がC18%,「修正が必要」がC12%まで増えていたが,20年目のアンケート調査時には眼手帳が第4版に改訂されて,「精密眼底検査の目安」から「推奨される眼科受診間隔」に変更されている.記載された修正コメントのなかには「緑内障等でも通院している患者は網膜症としてはC6カ月後で良いが,緑内障に対してはC1カ月毎の場合に記載の仕方で誤解が生じてしまう」などの記載があり,「糖尿病網膜症管理において推奨される眼科受診間隔」であることを伝える必要性が出てきた.あたらしい眼科Vol.41,No.4,2024C461問4受診の記録の中で記入しにくい項目次回受診予定日糖尿病黄斑症HBA1c糖尿病黄斑症の変化矯正視力糖尿病黄斑浮腫眼圧中心窩網膜厚白内障本日の抗VEGF療法糖尿病網膜症抗VEGF薬総投与回数糖尿病網膜症の変化特になし福田分類その他0%10%20%30%40%50%60%0%10%20%30%40%50%60%図2問4の回答結果問5受診の記録の中で追加したい項目の有無\2検定p=0.15半年目特にない2年目7年目ある10年目13年目18年目未回答20年目0%20%40%60%80%100%問6眼手帳を渡したい範囲\2検定p=0.01半年目すべての糖尿病患者2年目網膜症が出現してきた患者7年目10年目正直あまり渡したくない13年目その他18年目未回答20年目0%20%40%60%80%100%問7文書料が保険請求できないことが眼手帳の普及の妨げになるか\2検定p=0.90半年目全くならない2年目あまりならない7年目10年目多少なる13年目かなりなる18年目20年目未回答0%20%40%60%80%100%図3問5~7の回答結果問8眼手帳は眼科医から患者に渡すほうが望ましいと考えるか半年目2年目7年目10年目13年目18年目20年目0%20%40%60%\2検定p<0.00180%100%問9内科主治医を含めて他院で発行された眼手帳をみる機会2年目7年目10年目13年目18年目20年目\2検定p<0.001眼科医が渡すべき内科医でも良いどちらでも良い未回答かなりある多少あるほとんどない全くない未回答0%20%40%60%80%100%問10眼手帳の広まり\2検定p<0.001半年目2年目7年目10年目13年目18年目20年目0%20%40%60%80%100%図4問8~10の回答結果【半年・2年目】かなり広まると思う【7年.20年目】かなり広まっていると思う【半年・2年目】なかなか広まらないと思う【7年.20年目】あまり広まっていないと思うどちらとも言えない未回答4.受診の記録の中で記入しにくい項目10年目までは「福田分類」の選択者がもっとも多かったが,眼手帳とほぼ同じ項目で作成された「内科医と眼科医の連携のための糖尿病診療情報提供書」の改良点に関する調査においても,削除希望項目として福田分類の希望が多かった1).また,筆者が以前非常勤医師として診療に携わっている病院における眼手帳の記入状況において,福田分類はもっとも記載率が低かった10).福田分類は,内科医にとっては網膜症の活動性をある程度知ることのできる分類であるため,ぜひ記入して頂きたい項目であるが,その記入のためには蛍光眼底検査が必要な症例も少なくなく,眼科医にとっては埋めにくい項目と思われる1).こうした流れもあり,2014年C6月に改訂された眼手帳の第C3版では,受診の記録から福田分類は削除された.一方,福田分類削除後のC13,18年目は眼手帳第C3版の「糖尿病黄斑症の変化」の選択者がもっとも多かったが,改善・悪化の基準が主治医に任されていたことも要因と思われる.20年目は眼手帳第C4版に替わり,「中心窩網膜厚と抗VEGF療法」の選択者が多かった.中心窩網膜厚の記載により黄斑症の変化を評価する必要性はなくなったものの,中心窩網膜厚の記載には光干渉断層計(OCT)撮影が必要であ(97)り,撮影結果を用いて忙しい外来時に黄斑浮腫関連の項目を記載する負担感が影響しているかもしれない.C5.受診の記録の中で追加したい項目の有無追加したい項目はとくにないとの回答がC80%以上を占めていたが,追加希望の項目としてはC13年目まではCHbA1cがもっとも多かった.HbAC1Cが併記されれば,血糖コントロール状況と網膜症や黄斑症の推移との関連がみやすくなる,眼底検査の間隔が決めやすくなるなどのメリットが考えられ導入が期待されていたが,眼手帳第C4版では導入された.18年目以降は他の眼底所見の記入欄,フリースぺースへの要望を認めており,今後の改訂時に検討されることを期待したい.C6.眼手帳を渡したい範囲すべての糖尿病患者との回答は,半年目でC27.1%にとどまり,船津らの発行C1年目の調査5)でのC24.8%との回答結果に近似していた.しかし,2年目C40.8%,7年目C45.6%と増加傾向を示し,6年目の調査7)でのC31.8%を上回り,10年目からは約C60%をキープしている.一方,網膜症の出現してきた患者との回答は,半年目のC60%がC2年目とC7年目はC40%強に減少傾向を認めたが,6年目の調査7)でのC39.6%と近似した結果を示した.眼手帳は,糖尿病患者全員の眼合併症あたらしい眼科Vol.41,No.4,2024C463に対する理解を向上させる目的で作成されているため,今後すべての糖尿病患者に手渡されることが望まれる5).C7.情報提供書と異なり文書料が保険請求できないことが眼手帳の普及の妨げになるか「普及の妨げにまったく・あまりならない」との回答がC7群ともC60%以上を占めた.従来連携に用いてきた情報提供書は,医師側には文書料が保険請求できるメリットがあるものの,患者側からみると記載内容を直接見ることができないデメリットもある.今回の結果は,「患者さんに糖尿病眼合併症の状態や治療内容を正しく理解してもらう」という眼手帳の目的を考えると,望ましい方向性を示している.C8.眼手帳は眼科医から患者に渡すほうが望ましいと考えるか7年目までは「眼科医が渡すべき」がC40%前後と横ばいで,「内科医でもよい」が減少気味であったが,10年目からは前者が著減し後者が有意な増加を示した.眼手帳発行C8年目にあたる平成C22年には,内科医側からの情報源である「糖尿病健康手帳」が「糖尿病連携手帳」に変わり,それに伴い眼手帳のサイズも連携手帳に合わせて大判となった.両手帳をつなげるビニールカバーも,眼手帳無料配布の協賛企業から提供されており,その結果,内科医が連携手帳発行時に眼手帳も同時に発行する機会が増えたために,今回のような回答の変化が生じた可能性が考えられる.C9.内科主治医を含めて他院で発行された眼手帳をみる機会「かなりある」と「多少ある」が増加し,「ほとんどない」と「まったくない」が減少していたが,とくに「かなりある」との回答がC10年目以降C20%を超えた背景には,前項の考察で触れたように,眼手帳発行C8年目に「糖尿病連携手帳」が登場し,内科医が連携手帳発行時に眼手帳も同時に発行する機会が増えたことが考えられる.C10.眼手帳の広まり7年目までの厳しい評価から,10年目から眼手帳の広まりに対する高評価に推移した背景には,眼手帳発行C8年目に「糖尿病連携手帳」が登場し,内科医から眼手帳を同時発行する機会が増えた直接効果のみならず,内科と眼科の連携に対する意識が高まったことも考えられる.謝辞:アンケート調査にご協力いただきました多摩地域の眼科医師の方々,眼手帳発行半年.13年目のアンケート調査時にアンケート用紙の配布・回収にご協力いただきました三和化学研究所東京支店多摩営業所の医薬情報担当者方々に厚く御礼申し上げます.追記:本論文の要旨は,第C28回日本糖尿病眼学会総会と同時開催された第C37回日本糖尿病合併症学会(2022年C10月C22日)において発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)大野敦,植木彬夫,馬詰良比古ほか:内科医と眼科医の連携のための糖尿病診療情報提供書の利用状況と改良点.日本糖尿病眼学会誌7:139-143,C20022)大野敦:糖尿病診療情報提供書作成までの経過と利用上の問題点・改善点.眼紀53:12-15,C20023)大野敦:クリニックでできる内科・眼科連携─「日本糖尿病眼学会編:糖尿病眼手帳」を活用しよう.糖尿病診療マスター1:143-149,C20034)善本三和子,加藤聡,松本俊:糖尿病眼手帳についてのアンケート調査.眼紀55:275-280,C20045)糖尿病眼手帳作成小委員会;船津英陽,福田敏雅,宮川高一ほか:糖尿病眼手帳.眼紀56:242-246,C20056)船津英陽:糖尿病眼手帳と眼科内科連携.プラクティスC23:301-305,C20067)船津英陽,堀貞夫,福田敏雅ほか:糖尿病眼手帳のC5年間推移.日眼会誌114:96-104,C20108)大野敦,梶邦成,臼井崇裕ほか:多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳に対するアンケート調査結果の推移.あたらしい眼科28:97-102,C20119)大野敦,粟根尚子,梶明乃ほか:多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳に対するアンケート調査結果の推移(第C2報).ProgMedC34:1657-1663,C201410)大野敦,林泰博,川邉祐子ほか:当院における糖尿病眼手帳の記入状況.川崎医師会医会誌22:48-53,C2005***