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屈折矯正手術:フェムトセカンドレーザーによる近視矯正手術(ReLEx)

2012年6月30日 土曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂●連載145大橋裕一坪田一男145.フェムトセカンドレーザーによる神谷和孝北里大学医学部眼科近視矯正手術(ReLEx)フェムトセカンドレーザーによる近視矯正手術Refractivelenticuleextraction(ReLEx)は,フラップを作製するFemtosecondlenticuleextraction(FLEx)とフラップを作製しないSmallincisionlenticuleextraction(SMILE)に分類される.初期臨床成績では,安全性・有効性が高く,予測性にも優れており,本来のprolate角膜形状を比較的保持し,球面収差増加が少ない.術式の理論的背景から考えてもポテンシャルが高く,新たな屈折矯正手術の選択肢の一つとして期待される.●ReLExとは?マイクロケラトームを用いた角膜実質除去による近視矯正手術は,1996年にBarraquerらによって開発されたが,十分な精度が得られず,広く臨床応用されるに至らなかった.フェムトセカンドレーザーの登場によって任意の深さや方向で自由自在に角膜組織をアレンジできるようになり,これまで術者の経験や技量に負うところが大きかった眼科手術が少なからず変貌を遂げようとしている.従来LASIK(laserinsitukeratomileusis)におけるフラップ作製に使用されてきたが,現在ではさまざまな角膜移植,角膜内リング,老視矯正から白内障手術にまで適応が拡大している.屈折矯正手術分野においては,エキシマレーザーを使用せず,角膜実質の一部をレンチクルとして抜去する屈折矯正手術Refractivelenticuleextraction(ReLEx)が開発されている.ReLExは,Femtosecondlenticuleextraction(FLEx)およびその亜型であるSmallincisionlenticuleextrac-tion(SMILE)の総称として用いられており,CarlZeissMeditec社のフェムトセカンドレーザーVisuMaxTMを使用して行う.●Femtosecondlenticuleextraction(FLEx)まず,フェムトセカンドレーザーを用いてフラップとレンチクル作製のベースとなる切開を行う(図1).つぎに,フラップ辺縁からスパーテルを用いてフラップを鈍的に.離する.その後,レンチクル後面も同様にして.離し,鑷子によりレンチクルを抜去する(図2).最後に,LASIKと同様に洗浄を行いフラップの接着を確認して手術を終了する.LASIKと異なり,①エキシマレーザーを必要とせず患者の移動が不要,②手術室の室内環境に影響を受けにくい,③レーザー照射による個体差の(71)図1ReLExフェムトセカンドレーザーを用いてフラップとレンチクル作製のベースとなる角膜切開を行う.図2FLExレンチクル後面も同様に.離し,鑷子によりレンチクルを引き.がす.ある角膜創傷治癒反応の影響を受けにくい,④眼球運動の影響や周辺部レーザー照射効率の悪化がなく,眼球高次収差への影響が少ない,⑤しかもその変化が矯正量に依存しない,ことがメリットとして考えられる.2006年にBlumやSekundoらのグループにより,最初のReLExの臨床試験は弱視眼を対象として開始された.その後2008年にSekundoらは,近視および近視性乱視(術前等価球面度数.4.73±1.48D)を有する10例10眼を対象として,術後6カ月までの初期臨床成績を報告している1).その結果,達成矯正度数が予測矯正度数の±0.5D以内が40%,±1.0D以内が90%であり,2段階以上の視力低下を認めた症例はなかったとしている.つぎに,角膜形状と眼球球面収差の変化に注目したい.通常,LASIKに代表されるエキシマレーザー屈折矯正手術は,矯正量に依存して角膜がprolateからあたらしい眼科Vol.29,No.6,20127930910-1810/12/\100/頁/JCOPY oblate形状へと変化し,高次収差が増加することが知られているが,本手術では,周辺部角膜レーザー照射効率の悪化に伴うoblate化がなく,優れた眼球光学特性が維持可能と考えられる.コントラスト感度については検討されていないが,高次収差については,瞳孔径5mmにおける全収差が0.18±0.07μmから0.21±0.09μmへ,コマ収差が0.09±0.05μmから0.14±0.09μmへ,球面収差が0.08±0.08μmから0.06±0.08μmへといずれも有意な変化を認めず,矯正量にも依存しないと報告している.2010年Blumらは,近視および近視性乱視(術前等価球面度数.4.59±1.3D)を有する56例107眼を対象として,達成矯正度数が予測矯正度数の±0.5D以内が74.8%,±1.0D以内が98.1%,屈折安定性も良好であり,97.1%の患者満足度が得られたと報告している2).術後合併症としては,一過性上皮下混濁(術後1週以内)が20.3%に,Diffuselamellarkeratitis(DLK)が0.9%に,周辺部におけるmicrostriaeが15.7%に,それぞれ認められたものの全例経過とともに軽快したとしている.さらに,Blumらは,近視性乱視31例62眼を対象として,術後1年の臨床成績も報告しており,平均裸眼視力が術前0.12から術後1.10へと改善し,術後6カ月以降の屈折安定性も良好であった3).北里大学病院においても倫理委員会の承認を得て,国内初となるFLExを2010年10月から開始しており,優れた初期臨床成績が得られている(神谷ら,第65回日本臨床眼科学会発表).ただし,LASIKに比較して術後早期の裸眼視力の回復がやや遅い傾向があり,現在ではエネルギー設定や術後投薬の見直しを行って,早期回復が得られている.●Smallincisionlenticuleextraction(SMILE)SMILEはFLExをさらに改良した術式であり,フラップそのものを作製しない.したがって,角膜に対する侵襲はより少ないであろうと考えられる.まず,フラップに該当する辺縁に弧状切開を加え,FLExと同様にしてスパーテルを用いてレンチクル前面と後面を鈍的に.離する.その後,鑷子を用いて遊離したレンチクルを切開創より引き抜いて,最後に創間を洗浄して手術を終了する(図3).FLExと比較してもフラップ作製に伴う角膜生体力学特性の低下やドライアイも起こりにくいことが理論的に期待されている.2011年Sekundoらは,48例91眼に対してSMILEを施行したところ,術後6カ月の時点での達成屈折度数が予測屈折度数の±0.5D以内が80.2%,±1.0D以内が95.6%であり,FLExと794あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012図3SMILE約60°の弧状切開創より遊離したレンチクルを引き抜く.同様にして高次収差の増加は少なく,93.7%の患者満足度が得られたと報告している4).Shahらは,41例51眼に対してSMILEを施行し,術前屈折度数が.4.87±2.16Dから術後6カ月の時点で+0.03±0.30Dへと改善し,予測屈折度数の±0.5D以内が91%,±1.0D以内が100%,裸眼視力0.8以上の割合が79%であったとしている5).いずれの結果もノモグラムを使用せずに得られたものである.FLExと比較してドライアイの自覚・他覚的所見が有意に少ない点や予測性がわずかながらも良好である点に注目したい.フェムトセカンドレーザーを用いてどんなに正確にフラップを作ったとしても,フラップ作製そのものが屈折安定性やオキュラーサーフェスに何らかの影響を与えるリスクファクターとなり得るのかもしれない.自験例による検討でも,術後疼痛が有意に低下し,オキュラーサーフェスへの影響も少ないことが明らかになっている.従来の角膜屈折矯正手術と異なり,本術式はフラップレスサージェリーとしてのアドバンテージがあり,今後の普及が期待される.文献1)SekundoW,KunertK,RussmannCetal:Firstefficacyandsafetystudyoffemtosecondlenticuleextractionforthecorrectionofmyopia:six-monthresults.JCataractRefractSurg34:1513-1520,20082)BlumM,KunertK,SchroderMetal:Femtosecondlenticuleextractionforthecorrectionofmyopia:preliminary6-monthresults.GraefesArchClinExpOphthalmol248:1019-1027,20103)BlumM,KunertKS,EngelbrechtCetal:Femtosecondlenticuleextraction(FLEx)─Resultsafter12monthsinmyopicastigmatism.KlinMonblAugenheilkd227:961965,20104)SekundoW,KunertKS,BlumM:Smallincisioncornealrefractivesurgeryusingthesmallincisionlenticuleextraction(SMILE)procedureforthecorrectionofmyopiaandmyopicastigmatism:resultsofa6monthprospectivestudy.BrJOphthalmol95:335-339,20115)ShahR,ShahS,SenguptaS:Resultsofsmallincisionlenticuleextraction:All-in-onefemtosecondlaserrefractivesurgery.JCataractRefractSurg37:127-137,2011(72)

眼内レンズ:胸膜弁を作成しない眼内レンズ指示部強膜内固定法

2012年6月30日 土曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎310.強膜弁を作製しない眼内レンズ山根真門之園一明横浜市立大学附属市民総合医療センター支持部強膜内固定法眼内レンズ支持部強膜内固定法は煩雑な縫合を必要としない手術方法である.シンプルな手技で確実な眼内レンズ固定が可能であるが,従来の手術法とは大きく異なるので,事前に十分なシミュレーションを行うことが望ましい.水晶体支持組織のない無水晶体眼に対する眼内レンズ(IOL)挿入法はIOL縫着術が一般的であるが,近年IOL支持部を縫合することなく強膜内に固定する術式が報告されている1.3).この術式は,毛様溝を通して眼外へIOL支持部を誘導し,強膜に作製したトンネル内に留置するものである.最初に報告されたGaborの方法では,25ゲージ硝子体鑷子にてIOL支持部を眼外へ引き出し,24ゲージ針で作製した強膜トンネルへ挿入するという方法であった.この方法では引き出した支持部を強膜トンネルに挿入することが技術的にむずかしかった.Agarwalの方法では強膜弁を作製してIOL支持部を覆う術式であり,比較的容易に行うことができる.しかし,フィブリン糊か縫合が必要な強膜弁を作製する術式は,シンプルであるというIOL支持部強膜内固定の最大の魅力を半減させてしまう.筆者らはGaborの原法に近い方法で,より低侵襲,簡便に行えるよう術式を改良した.無水晶体眼に対する手術の手順を以下に記載する.まず25ゲージシステムを用いて硝子体を切除する.支持部固定予定部位の結膜を切開し,角膜輪部に平行な長さ1.5mm程度の強膜半層切開を行う(図1).強膜半層切開は水平に刺入したときに毛様溝へ至るよう,角膜輪部から約2mm離れた位置に作製する.4時,10時方向に強膜半層切開を作製したら1時方向の強角膜切開からインジェクターを用いてIOLを挿入する.この際前方支持部は虹彩上に置き,後方支持部は眼外に留める.続い強膜トンネル(2mm)強膜半層切開(1.5mm)1.5~2mm27ゲージ針図1強膜半層切開支持部の強膜トンネル内への挿入を容易にするために,角膜輪部に平行な長さ1.5mm程度の強膜半層切開を行う.図2眼内レンズ支持部の引き出し27ゲージ針に眼内レンズ支持部を挿入して眼外へ誘導する.図3眼内レンズ支持部の固定鑷子を用いて強膜トンネル内へ眼内レンズ支持部を挿入する.(69)あたらしい眼科Vol.29,No.6,20127910910-1810/12/\100/頁/JCOPY て27ゲージ針を強膜半層切開部から眼内に刺入し,内腔に前方支持部を挿入して眼外へ引き出す(図2).この操作にはコツが必要で,まずIOLを挿入する強角膜創と支持部を眼外へ引き出す強膜半層切開部との位置関係が重要である.支持部のカーブをイメージして,引き出しやすい位置を見つける.IOLにより多少異なるが,両者が約90°程度離れている位置が適切である.27ゲージ針の内腔に支持部を挿入する際には角膜サイドポートから挿入した前.鑷子などにて誘導する必要がある.後方支持部もいったん虹彩上に挿入し,先行支持部と同様に眼外へ誘導する.続いて30ゲージ針を用いて強膜半層切開の端から角膜輪部に平行に長さ2mm程度の強膜トンネルを作製して,IOL支持部を挿入する(図3).本術式は原法よりスモールゲージにて手術を行うため低侵襲であり,創からの房水漏出がほとんどないので,術後低眼圧の心配がないというメリットがある.また,IOL支持部を眼外へ引き出した部位と,強膜トンネルの間に強膜半層切開を作製することで,原法ではややむずかしかった強膜トンネルへの支持部挿入を容易にしている.IOL支持部は強膜トンネル内に挿入しているだけであるが,固定には問題がないと考える.鑷子などでIOL支持部を強膜トンネルに平行に引けば抜けるが,光学部をレンズフックなどで強く押しても支持部が抜けることはない.眼内レンズ支持部強膜内固定は現時点で従来の縫着術にとって代わるものではないかもしれないが,よりシンプルに行える術式として今後も発展していくと考えられる.通常のIOLは.内固定を前提に設計されているため,本術式では全長が足りず,引き伸ばした状態になってしまうという問題があり,術式の改良に加えて専用IOLの開発が望まれる.文献1)GaborSGB,PavlidisMM:Suturelessintrascleralposteriorchamberintraocularlensfixation.JCataractRefractSurg33:1851-1854,20072)AgarwalA,KumarDA,JacobSetal:Fibrineglue-assistedsuturelessposteriorchamberintraocularlensimplantationineyeswithdeficientposteriorcapsules.JCataractRefractSurg34:1433-1438,20083)小早川信一郎,松本直,権田恭広ほか:支持部を強膜内に固定する新しい眼内レンズ二次挿入術の早期成績.眼科手術23:125-130,20102012年4月作成

コンタクトレンズ:コンタクトレンズ基礎講座【ハードコンタクトレンズ編】 コンタクトレンズ装用指導の実際(2)

2012年6月30日 土曜日

コンタクトレンズセミナー監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純コンタクトレンズ基礎講座【ハードコンタクトレンズ編】336.コンタクトレンズ装用指導の実際(2)塩谷浩しおや眼科●ハードコンタクトレンズの装脱練習前号で解説したハードコンタクトレンズ(HCL)の装用指導前と装脱練習前の準備が終わってから装脱練習を開始する.患者がコンタクトレンズ(CL)メーカーの取り扱い説明書を事前に読んで装脱の仕方の概略を理解してきたことを確認し,レンズの装着の仕方,レンズのはずし方,レンズのずれの直し方の順に指導する.以下に一般的に行われていることと同様ではあるが,当クリニックで行っている装脱練習の実際について解説する.●レンズの装着の仕方(1)まず,ケースから取り出したレンズを,凹面を上にして利き手の人差し指の指先の腹にのせる.ここでレンズに異常がないかどうか確認する.(2)つぎに,鏡を見ながら利き手の中指でレンズを装着する眼の下眼瞼を下方に引き気味にして支え,残りの手の人差し指で,より大きく開瞼できるように上眼瞼を真上から上方に引きながら閉瞼しないように押さえる(図1).(3)鏡を見ながら角膜が瞼裂の中央にくるようにコントロールし,レンズを角膜に近づけて,人差し指で角膜にそっと触れるような感覚で角膜の中央に装着する(図2).このとき,顔が鏡と平行になるようにすることと,顔が下向きになり上目遣いにならないよう意識することを指導する.(4)レンズが角膜に装着した状態になっていることを自覚したら,ゆっくりと人差し指を角膜から離し,続いて利き手の中指を下眼瞼から離す.最後にレンズがずれないように注意しながら上眼瞼を押さえていた残りの手の人差し指を離す.(5)静かに瞬目をして,レンズが角膜上で動いていることを鏡で確認する.さらに見え方が裸眼(またはレンズ非装着眼)と比べて異なることを利用して,レンズが角膜の中央に確実に装着した状態であることを確認する.(67)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY図1レンズの装着の仕方図2レンズの装着の仕方●レンズのはずし方HCLの装用開始後に患者がレンズをはずすことができないような事態が生ずれば,レンズの装着そのものが危険なものとなってしまう.そのため装脱練習のなかで,レンズのはずし方は特に重要であり,確実に習得しなければならない技術である.当クリニックでは患者が安心して装着できるようにレンズのはずし方についてはあたらしい眼科Vol.29,No.6,2012789 図3レンズのはずし方:方法1図4レンズのはずし方:方法2図5レンズのずれの直し方2つの方法を練習し,それぞれの患者が使いこなしやすい方法を主として用いるように指導している.<方法1>(1)顔が鏡と平行になるように注意して,鏡を見ながら角膜が瞼裂の中央にくるようにコントロールし,レンズが角膜の中央に位置していることを確認する.(2)レンズより大きく瞼裂を開くように意識しながら,レンズをはずす眼と同じ側の人差し指を目尻に当て,それと同時にレンズを受け止めるために反対側の手のひらを顔の下に添える(図3).(3)目尻に当てた人差し指で皮膚を耳側あるいは耳側のやや上方に引いて,テンションを加えたまま瞬目するとレンズがはずれる.(4)顔の下に添えた手のひらで落ちてくるレンズを受け止める.<方法2>(1)方法1の(1)と同様にしてレンズが角膜の中央に位置していることを確認する.(2)利き手の人差し指をレンズの位置の真下から下眼瞼に当て,レンズが下方にずれないように下眼瞼越しにレンズを固定する.(3)残りの手の人差し指を上眼瞼に当て,上方に引き気味にしながらいったん押さえ,つぎの動作で,そのまま押し下げて上眼瞼縁でレンズの上方のエッジを角膜からはがすようにしてレンズをはずす(図4).(4)はずしたレンズは下眼瞼に付着している場合はそのまま取り出し,落下した場合にはあらかじめ下に敷いておいたハンカチやタオルで受け止める.●レンズのずれの直し方眼部への衝撃,急な大きい目線の移動によってレンズが角膜から球結膜にずれることがある.HCLの使用者がレンズのずれへ慌てずに対処できるように,レンズの装着の仕方とはずし方を習得したら装用中のレンズのずれの直し方を指導する.(1)まず,鏡を見ながらレンズがどの位置にずれたか確認する.(2)つぎに,レンズがずれた位置と反対方向に視線を移動する.このとき,顔は正面を向いたまま,視線を移動させる方向に手鏡をかざして鏡に映った眼を見るようにすると視線を固定しやすくなる(図5).(3)ずれた位置にあるレンズを人差し指で固定し(鼻側と耳側にずれた場合はレンズを直接固定し,上方と下方にずれた場合は眼瞼越しに固定する),ゆっくりと視線をレンズの方向に戻し,レンズが角膜の中央に移動するようにする.手鏡を使う場合は,鏡に映る眼に視線を固定したまま,鏡を動かして視線をレンズの方向に戻す.どの位置にレンズがずれた場合も,基本的には同様の方法でレンズのずれに対処することができる.790あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(68)

写真:角膜前後面放射状切開術後の水疱性角膜症に対するDSAEK

2012年6月30日 土曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦337.角膜前後面放射状切開術後の水疱性角膜症中川紘子京都府立医科大学大学院医学研究科に対するDSAEK視覚機能再生外科学②①③図2図1のシェーマ①:上皮下混濁および角膜浮腫.②:角膜の前面および後面への切開創.③:角膜後面の突起物.図1症例:78歳,男性54年前に角膜前後面放射状切開術施行.矯正視力は0.05.角膜の前面および後面に全周性に放射状切開が施行されている.角膜中央部は浮腫を認め水疱性角膜症の状態となっている.角膜内皮スペキュラは測定不能である.図4術前の前眼部OCT角膜浮腫および後面の凹凸不整を認める.図3DSAEK術後1カ月目角膜中央部の浮腫は改善しグラフトの接着も良好である.矯正視力は0.2.(65)あたらしい眼科Vol.29,No.6,20127870910-1810/12/\100/頁/JCOPY 1939年に佐藤勉によって考案された,角膜の前後面療法に放射状切開を行う角膜前後面放射状切開術(佐藤氏手術)は近視の手術療法として普及した1).その後角膜内皮を切開することによって角膜内皮障害が起こり高率に水疱性角膜症が発症することが判明したため2),以後行われなくなった.佐藤の術式を改良し,1970年代にロシアのFyodorovが角膜の前面のみの切開を行うradialkeratotomy(RK)を開発した.これにより水疱性角膜症の問題は解決されたが,切開創の深さによってはmicroperforationを起こしこれによって内皮障害がひき起こされることもあった3).その後LASIK(laserinsitukeratomileusis)の普及により,現在ではRKはほとんど行われなくなった.Kawanoらの報告では佐藤式RK術後に水疱性角膜症を発症するまでの平均期間は,約27年とされ,また220眼中173眼(78.6%)で水疱性角膜症をきたしたとされている.水疱性角膜症に対しては,従来は全層角膜移植術(PKP)が施行されていたが,近年Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)が主流となっている.佐藤式RK術後の水疱性角膜症の特徴としては,内皮面の切開創のために角膜後面形状が不整である場合や,Descemet膜が瘤状に隆起した突起物が内皮面に複数みられることより,DSAEK術後のグラフトの接着不良のリスクがある.術前に,前眼部OCT(光干渉断層計)で角膜後面形状や,後面突起物の有無や位置について十分に確認し,手術では,Descemet膜の図5DSAEK術後1カ月目の前眼部OCTstripping時に,内皮面の突起物があれば前.鑷子などで除去する.グラフトサイズに関しては,通常のサイズと同じで8mmを基本として選択する.当院では現在までに佐藤式RK術後水疱性角膜症3眼に対してDSAEKを施行しているが,このうち1眼で術翌日にグラフトの接着不良を認めたため,空気再注入を行い良好な接着が得られた.佐藤式RK術後の水疱性角膜症に対しても,DSAEKは有効な術式であるといえる.文献1)SatoT:Posteriorincisionofcornea;surgicaltreatmentforconicalcorneaandastigmatism.AmJOphthalmol33:943-948,19502)KanaiA,TanakaM,IshiiRetal:Bullouskeratopathyafteranterior-posteriorradialkeratotomyformyopiaformyopicastigmatism.AmJOphthalmol93:600-606,19823)MoshirfarM,OllertonA,SemnaniRTetal:Radialkeratotomyassociatedendothelialdegeneration.ClinicalOphthalmology(Auckland,NZ)6:213-218,2012788あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(00)

難治性眼瞼痙攣に眼瞼手術療法は有効か?

2012年6月30日 土曜日

特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):781.785,2012特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):781.785,2012難治性眼瞼痙攣に眼瞼手術療法は有効か?IsLidSurgeryEffectiveforIntractableBlepharospasm?三村治*はじめに本態性眼瞼痙攣(以下,眼瞼痙攣)は眼輪筋の過度な収縮により不随意的な閉瞼が生ずる疾患で,放置すれば次第に進行し最終的には機能的失明状態になることもあり,患者のqualityofvision,qualityoflifeを大きく損なうものである1).現在,国際的にも広く認められている第一選択の治療はボツリヌス毒素療法であり,ボツリヌス毒素のなかでも最も毒性の強いA型毒素を,眼輪筋や皺眉筋などに注射することにより約3.4カ月程度の症状の寛解をもたらすことができる1).しかし,その奏効する頻度は80.90%であり2,3),必ずしも全例に効くわけではない.このような無効例はfirstfailureとよばれている.一方,ボツリヌス毒素を長期にわたり反復投与することによって抗毒素抗体(中和抗体)の産生される可能性があり,この抗体がいったん産生されれば,対象疾患に対するボツリヌス毒素療法は無効となってしまう.これはsecondaryfailureとよばれているが,その頻度は報告によりさまざまである4,5).この抗毒素抗体産生は用量依存性であり,もともと使用量の少ない本態性眼瞼痙攣ではまれであった.しかし,A型ボツリヌス毒素製剤(BOTOXR,Allergan,USA)の初期の製剤(originalBOTOXR)では,この抗体産生による無効化がしばしば問題になったが,最近の組織結合蛋白を少なくした製剤(currentBOTOXR)では眼瞼痙攣においてはいまだ陽性例は報告されていない1).ただし,抗毒素抗体産生とまではいかなくとも,反復投与により,徐々に効果が減弱する例が多くの施設から報告されている6,7).このようにボツリヌス毒素療法が無効,あるいは効果が不十分な症例に対しては,以前から観血的眼瞼手術が行われていた1).なかでもAndersonの眼輪筋を大きく切除する方法は,ボツリヌス毒素療法とほぼ匹敵する成績をあげると報告されている8).しかし,彼らの方法はかなり大がかりなもので侵襲が大きく,われわれが日常臨床ですぐに使用できるものではない.筆者らは,これらのボツリヌス毒素療法が無効,あるいは効果が不十分な症例に対して,おもに炭酸ガス(CO2)レーザーメスを用いた上眼瞼の眼輪筋切除を行ってきた.本稿では,眼瞼痙攣に対してこれまで行われてきた各手術の概要を示すとともに,筆者らの行っている手術の結果を述べ,さらに最新の手術手技の進歩についても解説する.I眼瞼痙攣に対する手術1.眼瞼皮膚切除術老人性皮膚弛緩症に対して行うのと同様,単に余剰の上眼瞼皮膚を切除する方法である.眼瞼痙攣では強い閉瞼運動を反復するため,眼瞼の皺や皮膚のたるみが多くみられる.これを切除することにより眼瞼が軽く感じられることもあるが,効果はあくまで一時的であり,つぎに述べる眼輪筋部分切除を併用しなければ長期的には無効になる.合併症としては,術後の腫脹,皮下出血が主*OsamuMimura:兵庫医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕三村治:〒663-8501西宮市武庫川町1-1兵庫医科大学眼科学教室0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(59)781 であるが,切除範囲を広くとり過ぎると,閉瞼不全や眼瞼の外反をきたし,兎眼性角膜炎をみることもある.2.眼輪筋切除術眼瞼の眼輪筋をできるだけ広い範囲で,できるだけ多量に,瞼板近くまで切除する方法である.眼瞼の皮膚切除範囲は通常の老人性眼瞼皮膚弛緩症の際の眼瞼皮膚切除と同じか少し広い目にとる.上眼瞼挙筋短縮術(縫縮術)やMuller筋縫縮術と併用することもある.通常上眼瞼のみで行うことが多い.単純な皮膚切除より切除範囲や体積の減少が大きいので,短期的には術後の腫脹,血腫が強く,長期的には切除部位の陥凹をみることがある.また,前額部の知覚鈍麻,閉瞼機能低下,兎眼性角膜炎,眼瞼外反症などをきたすことがある.筆者らの行っている方法は次項で述べる.3.Muller筋縫縮術,上眼瞼挙筋短縮術いずれも経皮的に瞼板を露出し,瞼板上縁に付着しているMuller筋や上眼瞼挙筋を上方まで.離して縫縮あるいは短縮する方法である.ただ,通常の眼瞼下垂には効果的であるが,眼輪筋を強く収縮させ,眉毛を下降させる眼瞼痙攣には効果はあくまで限定的であり,実際に眼瞼痙攣に対してこれらの手術を受け改善しないと訴えて筆者らの外来を受診する患者が絶えない.眼瞼痙攣には他の手術との併用を要する補助手術と考えられる.4.前頭筋吊り上げ術上眼瞼挙筋の挙筋能が不良な眼瞼下垂に対する手術である.瞼板に縫着したさまざまな素材を上眼瞼皮膚と眉毛の下をくぐらせて眉毛の上方に固定する.以前は大腿筋膜や腱を使うことが多かったが,最近では人工素材を用いることも多い.合併症では,感染,兎眼性角膜炎,縫合部の肉芽腫形成などがある.手術成績は73.92%で良好とするものもあるが,無効例や増悪例もあり,術後にほとんどのケースでボツリヌス毒素注射を施行しているという報告もある1).782あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012II兵庫医科大学病院眼科での手術成績と既報の比較1.筆者らの行っている上眼瞼眼輪筋切除術通常の加齢性上眼瞼皮膚弛緩症と同様に皮膚切除部位を決め,皮膚ペンでマークする.若年者の薬剤性のものであれば最低限の皮膚切除量にとどめる.ついでエピネフリン添加1%キシロカイン液(1%キシロカインER)で麻酔を行う.その後15分程度待ってから挟瞼器で上眼瞼を挟む〔炭酸ガス(CO2)レーザーメスでは切開と止血が同時にできるので特に挟瞼器の必要はない〕.この際にはできるだけ大きな挟瞼器を使用するのがよい.その後,マークした線に沿って皮膚切開をメスで行い,皮膚を切除する.皮膚切除後の上縁皮膚および下縁皮膚に牽引糸(5-0程度のシルク糸)をかけ,上下それぞれに牽引し,その下の眼輪筋を.ぐように切除していく.できる限り多く眼輪筋を切除するために,この操作を一見瞼板が露出するように見える程度まで徹底的に行うことが重要である.皮膚縫合は7-0プロリン糸で連続ではなく結節縫合で行う.2.兵庫医科大学病院眼科での手術成績a.対象1996年4月から2011年12月までの15年8カ月間に兵庫医科大学病院眼科(以下,当科)を受診し,本態性および薬剤性眼瞼痙攣の診断を受けた患者のうち,上記眼瞼手術を受け,1年以上経過を追うことのできた患者115例を対象とした.b.方法全例に対して,後ろ向きに診療録,顔写真,顔面ビデオ,手術記録,手術ビデオなどを検討した.検討項目としては,年齢,性,手術手技,初診から手術までのボツリヌス毒素注射回数,患者の自覚症状,術後の寛解の有無,手術前後および最終注射時の平均注射間隔,などを調査した.c.結果患者の性別は男性37例,女性78例で,年齢は27.85歳までである(平均64.4歳).手術では,115例全例が炭酸ガスレーザー手術装置を用いて,挟瞼器を使用せ(60) ずに上眼瞼の眼輪筋切除術を受けていた.このうち7例では同時にMuller筋縫縮術を併用していた.ボツリヌス毒素注射を術前に他院で受けていたものは12例で,当科で受けていたものは107例(4例重複)であった.術前に注射を受けていたが,無効または効果が弱いため1回のみの注射ですぐに手術を希望したものは36例であり,複数回の注射を受けていたものは79例で,術前の最多注射回数は45回であった(図1).患者の術後(抜糸後)の自覚症状改善の有無は68例で回答があり,悪化はなくほとんどが楽になったというものであった(図2).注射後の経過では,経過良好で1年間注射を受けていないものは14例(12.2%)であるが,そのうち5例は1年以上経過してから症状の再燃のために再注射を開始されていた(術後1年2カ月が2例,1年9カ月,3年,4年が各1例).一方,無効のため通院を中止したもの,さらなる眼瞼手術を希望したもの,転院したものがそれぞれ少数あり,残る大部分(74.8%)が引き続いてボツ(例)40353025201510502345-10-15-20-25-30-35-40-45(回)図1自験例115例の術前のボツリヌス毒素注射回数図2抜糸直後の患者の自覚症状の変化数字はそれぞれ症例数,頻度の順.不変8,12%少し楽6,9%楽になった46,67%大変楽に8,12%リヌス毒素注射を継続していた(図3).術前の1回から3回までの注射が無効または効果不十分と訴えていたものは60例で,これらの症例の予後では,術後経過良好で1年以上注射不要となったものは11例(18.3%),無効と判定したものが6例(10.0%),転院したものが5例(8.3%),さらに眼瞼手術を追加したものが4例(6.7%)で,当初ボツリヌス毒素注射を希望しなかったものが継続して注射を受けるようになったものが34例(56.7%)である.術前および術後にそれぞれ5回以上の注射を受けていたものは67例と88例で,これらの注射間隔を比較すると,ピークはともに2.5カ月超から3.0カ月にみられるが,明らかに術後に延長しているものが多いことがわかる(図4).さらに,術前には注射が無効で毒素の継続無効中止追加手術6,5%4,4%転院5,4%寛解14,12%注射継続86,75%図3全115例の予後寛解は1年間追加注射を必要としなかったもの.数字はそれぞれ症例数,頻度の順.(例)05101520253035-2.5-3-3.5-4-4.5■:術前■:術後-5-5.55.75-(カ月)図4全115例の手術前後の注射間隔横軸の-2.5は2.5カ月以下,-3は2.5カ月超3カ月以下,5.75-は5.5カ月超を示す.(61)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012783 (例)-2(カ月)図5注射間隔の変化横軸の3.5は3.25カ月以上,0は-0.25カ月以上0.25カ月未満,-2は-2.25カ月超を示す.術直後,最終受診時とも注射間隔が同じ(変化が±0.5カ月以内)ものが最も多いが,全体では注射間隔が延長するものが多い.051015■:直後203.532.521.510.50-0.5-1-1.5■:最終注射を希望しなかった症例が,術後には定期的に注射を受けるようになったことも読み取れる.このことは術前と術後,さらには術前と最終5回の注射間隔の変化をみても明らかである(図5).もちろん術後も最終でも術前と注射間隔に変化のない(±0.5カ月)ものが最多ではあるが,明らかに間隔短縮例より延長例が多く認められた.さらに術前,術後,最終それぞれ注射間隔を測定できた全例の結果では,術前5.5カ月以上の注射間隔のものは2例のみしかなかったのにかかわらず術後や最終の注射間隔が5.5カ月以上であったものはそれぞれ9例に05101520253035-2.5-3-3.5-4-4.5-5-5.5-6■:術前■:術後■:最終(例)(カ月)図6全症例(術前67例,術後88例,最終68例)の注射間隔の比較横軸の-2.5は2.5カ月以下,-3は2.5カ月超3カ月以下,-6は5.5カ月超を示す.増加していた(図6).3.既報での満足度調査(表1)9.12)表1に示すように多くの報告で,ボツリヌス毒素療法が無効または効果が不十分な難治例に対して,上眼瞼手術は患者の満足度も高く,また手術後に注射を継続している場合はその持続期間を延長することがわかる.しかし,手術を行ったから毒素注射を全例終了できるものではなく,むしろかなりの頻度で継続する必要がある.しかし,本来眼瞼痙攣のなかでも比較的ボツリヌス毒素注射が奏効しにくい開瞼失行症においても有効であり,そ表1報告者による上眼瞼手術の効果の違いGeorgescuら9)上眼瞼筋切除ALO合併45例33例完全回復44例ALO半分以上改善術後BTX療法継続30例中20例で治療効果が延長ドライアイ42例12例(29%)改善羞明(+)44例18例(41%)改善37例(82%)整容的改善術前disabilityscore14.11±5.78(59%)術後5.20±8.25(22%)Wabbelsら10)前頭筋吊り上げ術132例252眼瞼73%で改善自覚的改善スケールで平均50%改善Patilら11)2段階手術*10例/14例8例で非常に満足,1例幾分良い,1例悪化全例がBTX療法継続Maurielloら12)上眼瞼手術14例自覚的改善68.75%(筋切除+形成術)58.33%(挙筋腱膜前転+形成術)注射間隔:術前122.1日術後210.5日*の2段階手術とは,上眼瞼眼輪筋切除術を行い,それから4.6カ月後に自己筋膜による眉毛吊り上げ術を行うもの.ALO:apraxiaeyelidopening(開瞼失行症),BTX:BOTOXR.784あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(62) の1/3では完全に回復したとの報告もある9).筆者らの調査では,全体での1年以上注射から離脱できる寛解率こそ12%であるが,術前3回までの注射で無効と判断された群では18%で離脱できた.このことから,いたずらに注射を反復するのではなく,患者が注射が無効と訴えてきた場合,早期に眼瞼手術を行うことが望ましいと考える.IIIインフォームド・コンセント眼瞼痙攣は局所ジストニアに分類されているが,そのなかでも心因性要素の関与の大きい疾患である.患者は羞明や違和感に長い間苦しんでおり,そのため治療に対する期待も非常に大きい.しかし,眼瞼痙攣を根治できる治療法はなく,あくまで対症療法で,患者が100%満足できるものではない.眼瞼痙攣を治療する医師はボツリヌス療法を行うにせよ手術を選択するにせよ常に患者に謙虚に接し,治療法の欠点と限界を説明しておくべきである.筆者らのところには,形成外科や眼科で眼瞼痙攣と正しく診断されることなく,眼瞼下垂の診断のもとに眼瞼手術を受けて,かえって症状が増悪したという患者が多く訪れる.これらの患者に共通することは,きわめて短時間の診察で眼瞼下垂と診断され,簡単に治りますと説明されて手術を受けていることである.筆者らも眼瞼痙攣の患者にときにはMuller筋縫縮術や前頭筋吊り上げ術を選択することがある.しかし,そのような場合にも決して簡単に良くなるなどと言うことはしない.あくまで,少しでも症状の緩和を図るのがおもな目的で,ボツリヌス療法を受けているものでは離脱できる可能性は決して高くはないと説明すべきである.特に眼瞼痙攣の患者には,治療によりすべての症状が改善することはないと明言してから手術に臨むべきである.おわりに本稿のテーマである「難治性眼瞼痙攣に手術療法は有効か?」という質問に対する回答としては,「有効であるが,その効果は限定的でありボツリヌス毒素療法を受けているものでは,離脱できる可能性は12%程度である.しかし,ボツリヌス毒素療法の効果を増強したり作用期間を延長させることがあり,患者の満足度も高い」ということになる.眼瞼痙攣にはさまざまな背景や病態をもつ患者のすべてのタイプに有効な治療法はなく,現在第一選択とされるボツリヌス療法に眼瞼手術の併用も考慮すべきではないかと考える.文献1)日本神経眼科学会眼瞼痙攣診療ガイドライン委員会:眼瞼けいれん診療ガイドライン.日眼会誌115:617-628,20112)GrandasF,ElstonJ,QuinnNetal:Blepharospasm:areviewof264patients.JNeurolNeurosurgPsychiatry51:767-772,19883)KraftSP,LangAE:Botulinumtoxininjectionsinthetreatmentofblepharospasm,hemifacialspasm,andeyelidfasciculations.CanJNeurolSci15:276-280,19884)MaurielloJAJr,DhillonS,LeoneTetal:Treatmentselectionsof239patientswithblepharospasmandMeigesyndromeover11years.BrJOphthalmol80:1073-1076,19965)HsiungGY,DasSK,RanawayaRetal:Long-termefficacyofbotulinumtoxinAintreatmentofvariousmovementdisordersovera10-yearperiod.MovDisord17:1288-1293,20026)SnirM,WeinbergerD,BouriaDetal:Quantitativechangesinbotulinumtoxinatreatmentovertimeinpatientswithessentialblepharospasmandidiopathichemifacialspasm.AmJOphthalmol136:99-105,20037)木村亜紀子,三村治:BTX治療の長期予後.三村治(編):眼科疾患のボツリヌス治療.p79-93,診断と治療社,20098)AndersonRL,PatelBCK,HoldsJBetal:Blepharospasm:past,present,andfuture.OphthalPlastReconstrSurg14:305-317,19989)GeorgescuD,VagefiMR,McMullanTFetal:Uppereyelidmyectomyinblepharospasmwithassociatedapraxiaoflidopening.AmJOphthalmol145:541-547,200810)WabbelsB,RopggenkamperP:Long-termfollow-upofpatientswithfrontalisslingoperationinthetreatmentofessentialblepharospasmunresponsivetobotulinumtoxintherapy.GraefesArchClinExpOphthalmol245:45-50,200711)PatilB,FossAJ:Upperlidorbicularisoculimusclestripandsequentialbrowsuspensionwithautologousfascialataisbeneficialforselectedpatientswithessentialblepharospasm.Eye23:1549-1553,200912)MaurielloJAJr,KeswaniR,FranklinM:Long-termenhancementofbotulinumtoxininjectionsbyupper-eyelidsurgeryin14patientswithfacialdyskinesias.ArchOtolaryngolHeadNeckSurg125:627-632,1999(63)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012785

外傷性視神経症にステロイドパルス療法は禁忌か?

2012年6月30日 土曜日

特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):777.780,2012特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):777.780,2012外傷性視神経症にステロイドパルス療法は禁忌か?IsSteroidPulseTherapyContraindicatedforPatientswithIndirectTraumaticOpticNeuropathy?敷島敬悟*I外傷性視神経症とは外傷性視神経症とは,広義には外傷による視神経障害はすべて外傷性視神経症といえる.開放性損傷による直達性外傷性視神経症,眼球や眼窩の鈍的外傷による介達性外傷性視神経症,続発性視神経症に分類される(表1).介達性外傷性視神経症は眼球直後に生じる視神経乳頭離断と眼窩後方の視神経管近傍に生じる狭義の外傷性視神経症からなる.このうち,本稿で取り上げるのは介達性の狭義の外傷性視神経症で,一側の眉毛部外側の鈍的打撲により介達性に同側の視神経機能が急激に障害されるものをいう.種々の発症機序が報告されている(表2)が,視神経管骨折の合併は意外に少なく,高々20.30%である.したがって,本症の原因は他に求められている.視神経管内視神経は他の部位の視神経に比べ,限られたスペース内にあり,周辺の硬膜や骨性視神経管に強固に固定されている.このために,一側の上眼窩部,特に眉毛部外側の鈍的衝撃が眼窩骨を伝わり介達性に視神経管部に到達した際,視神経管内視神経ならびに近傍視神経との移行部で浮腫や出血が生じ,視神経を圧迫することが主たる病態と考えられている.II現在の一般的治療以上の発症機序から,限局的スペースである視神経管内で圧迫による永続的な視神経障害をきたさないため表1外傷性視神経症(広義)の分類直達性介達性視神経乳頭離断外傷性視神経症(狭義)続発性頭蓋底骨折くも膜下出血うっ血乳頭(脳浮腫,血腫)表2外傷性視神経症の発症機序1)浮腫による圧迫2)視神経鞘出血・実質内出血による圧迫3)視神経管骨折4)視神経管の変形による視神経圧迫5)視神経過伸展6)視神経振盪7)視神経断裂8)視神経挫滅壊死9)循環障害10)二次性くも膜炎に,早急に減圧を図るのが外傷性視神経症に対する治療の主目的となる.減圧法には二通りの方法が考えられる.副腎皮質ステロイド薬投与(以下,ステロイド療法)と視神経管開放術である.ステロイド療法はメチルプレドニゾロンの大量点滴療法(1,000mg)が主流である.さらに大量(2,000mg以上)を投与することもある.これは,脊髄損傷に対する早期ステロイド大量療法の有効性が報告(NationalAcuteSpinalCordInjuryStudy:NASCIS)されたこ*KeigoShikishima:東京慈恵会医科大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕敷島敬悟:〒105-8461東京都港区西新橋3-25-8東京慈恵会医科大学医学部眼科学講座0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(55)777 表3外傷性視神経症と関連疾患の大規模臨床研究報告者/研究名研究デザイン対象疾患ステロイド投与法ステロイド有効性自然回復率(%)Cook2)後向きMeta-analysisTONさまざま(lowdose.megadose)不明21.5IONTS3)前向き非無作為介入TONさまざま(lowdose.megadose)不明57Entezari4)RCTTONMP(250mg×6時間毎×3日)(.)53.3NASCIS1)RCT脊髄損傷MP(30mg/kgbodyweight)(+)─CRASH8)RCT脳損傷MP(2,000mg)(.)むしろ悪化─RCT:無作為対照臨床試験,TON:外傷性視神経症,MP:メチルプレドニゾロン.とを受けている1).前述のごとく,視神経管骨折の合併は少なく診断根拠にならないので,画像検査の結果の前に早急に点滴を開始することが勧められている.一方,手術は比較的安全な経篩骨洞内視鏡下視神経管開放術が現在の主流である.特に,骨折が証明された場合やステロイド療法で回復困難な重篤症例で施行されている.IIIEvidence.basedmedicine(EBM)外傷性視神経症においてステロイド療法と手術のどちらがより有効であるかは長年議論の的となっている.有効性に関する報告はほとんどが単施設の少数例の調査報告で,EBMに値するものは少ないが,このうち,重要な報告が3編ある(表3).1.Meta.analysisCookやLevinらによって,1996年にmeta-analysisによる後ろ向き研究が報告された2).結果は無治療よりは治療したほうがよいが,ステロイド療法,手術,両者併用のどれが有効かはデータが不十分のため結論は出せなかった.ステロイド投与量は低量から超大量(4,200mg)までさまざまであった.本報告は組み入れた症例の基準が曖昧であった.2.TheInternationalOpticNerveTraumaStudy(IONTS)LevinやBeckらによって,1999年に国際多施設前向き研究が報告された3).3群(ステロイド療法,視神経管解放術,無治療)に割り振られたが,無治療でも57%に回復がみられ,ステロイド療法と手術のどちらが有用かは明確にできなかった.本報告では,ステロイド投与量をlowdose(<100mg),moderatedose(100.499mg),highdose(500.1,999mg),veryhighdose(2,000.5,399mg),megadose(≧5,400mg)に分類しているが,実際の投与量はlowdoseからmegadoseまでさまざまであった.結論として,個々の症例で治療法もしくは無治療を決定することがよいとしている.この臨床研究は当初,対照試験として考案されたが,結局,組み入れに限界があり,非無作為介入試験のcaseseriesとなった.3.Randomizedcontrolledtrial(RCT)2007年に無作為二重盲検プラセボ対照臨床試験が発表された4).この報告は現在のところ唯一のRCTである5).デザインはメチルプレドニゾロン点滴(1,000mg)と生理食塩水投与を比較したもので,視神経炎の多施設トライアルに準拠したものであった.結果は,ステロイドパルス療法群と無治療群で最高矯正視力の回復に有意差はなかった.IV今回の問題提起最近,UCLA,JulesSteinEyeInstituteのSteinsapirらが衝撃的な総説を発表した6,7).彼らは外傷性視神経症ではステロイド大量療法は無効,むしろ有害であると主張した.これが本稿の主題である.ステロイド療法を否定した根拠は以下の2つのデータからである.778あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(56) 1.TheCorticosteroidRandomisationafterSignificantHeadInjury(CRASH)trial頭部外傷におけるステロイド大量投与の有効性を検討したRCTである8).受傷2週間以内の死亡率がステロイド療法群(2,000mg)で高かったと報告された.ただし,この報告は頭部外傷が対象のため外傷性視神経症と同一視できるかは問題点である.2.外傷の実験動物モデルラットの球後視神経をcrushして作製した直達性の外傷性視神経症の実験動物モデルで,メチルプレドニゾロンは軸索損傷を増加させたという自施設からの報告である9).一方,メチルプレドニゾロンによる有効性はないが,網膜神経節細胞の生存や軸索変性の悪化はなかったという報告もある10).V自然回復率ステロイド療法の有効性がたとえ証明されずとも,障害が重篤で,自然回復が望めないのであれば単純に禁忌とまではいえない.従来,外傷性視神経症の自然回復の頻度は低いと推定されてきたが,大規模研究の無治療群のデータを参考にすると,外傷性視神経症の自然回復の頻度は約20.60%で,比較的高いものであった2.5,11).このうち,直達性や続発性の外傷性視神経症も含んでいる報告は20%と低い数字であった2,11)が,介達性に絞った報告では50%以上と高い数字であった3,4).VI今後の対応は?以上の報告を受け,われわれは外傷性神経症に遭遇したらどのように対応したらよいのか?最新のCochranereviewでは,外傷性視神経症は比較的高い自然回復率がみられ,ステロイド療法が経過観察よりも優れているという信頼性のあるエビデンスはないと結論づけた5).英国での調査では,最近の研究結果を受けて,外傷性視神経症の急性期では65%が無治療を選択していた11).JNeuroophthalmologyの誌上でも神経眼科の大家のVolpe,Levin,Lee,Biousseが討論を行っている12).上記の意見を総合すると,標準的な治療方針は明示で図1視神経管骨折のCT像右視神経管内側壁の骨折による骨片(←)がみられる.きず,case-by-caseであるが,現時点ではつぎのように考えられる.1)大量ステロイド療法は使用しない大量ステロイド療法は無効であるばかりか有害であるので使用しない.論文により多少定義が異なるが,ここで言う大量とはhighdoseやmegadoseのことで,メチルプレドニゾロン1,000mgや2,000mg以上を指す.したがって,通常のパルス療法(メチルプレドニゾロン1,000mg×1回/日)も含まれる.2)経過観察とする比較的高い自然回復率のため,informedconsentのもと無治療で経過観察とする.3)手術も考慮するCT(コンピュータ断層撮影)で骨折(図1),MRI(磁気共鳴画像)で出血が見つかったら手術を考慮する.しかし,手術の有効性のEBMは確立されていないので,効果と合併症も含めてinformedconsentを行う.4)中等度量のプレドニゾロン投与を行うEBMは日本では馴染みにくく,救急の場で患者は動揺し,不安が強く,医師は,やはり,倫理上,無治療の選択はむずかしいと考えるであろう.上述の論文では,ステロイドの大量投与が有害なので,プレドニゾロンの低量から中等量(60.100mg)7)もしくは,メチルプレドニゾロン250mgを1日4回の分割投与で1.2日間のみ12)は使用してもよいと述べている.(57)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012779 5)神経保護薬を使用する神経保護薬は理想的な薬で期待ができるが,現在,臨床応用された有効なものはない(治験中である12)).おわりに今後,さらなる多施設RCTが理想だが,疾患の特殊性から症例の蓄積がむずかしいのが現状である.ただし,大規模なRCTでは自然回復率のデータがより明らかになると期待される.また,わが国ではステロイド療法に浸透圧利尿薬(マンニトールR,グリセオールR)を併用することもあるが,浸透圧利尿薬単独での効果は不明であるので,このRCTも必要と思われる.文献1)BrackenMB,ShepardMJ,CollinsWFetal:Arandomized,controlledtrialofmethylprednisoloneornaloxoneinthetreatmentofacutespinal-cordinjury.ResultsoftheSecondNationalAcuteSpinalCordInjuryStudy.NEnglJMed322:1405-1411,19902)CookMW,LevinLA,JosephMPetal:Traumaticopticneuropathy.Ameta-analysis.ArchOtolaryngolHeadNeckSurg122:389-392,19963)LevinLA,BeckRW,JosephMPetal:Thetreatmentoftraumaticopticneuropathy:theInternationalOpticNerveTraumaStudy.Ophthalmology106:1268-1277,19994)EntezariM,RajaviZ,SedighiNetal:High-doseintravenousmethylprednisoloneinrecenttraumaticopticneuropathy;arandomizeddouble-maskedplacebo-controlledclinicaltrial.GraefesArchClinExpOphthalmol245:1267-1271,20075)Yu-Wai-ManP,GriffithsPG:Steroidsfortraumaticopticneuropathy.CochraneDatabaseSystRev2011,DOI:10.1002/14651858.CD0060326)SteinsapirKD:Treatmentoftraumaticopticneuropathywithhigh-dosecorticosteroid.JNeuroophthalmol26:65-67,20067)SteinsapirKD,GoldbergRA:Traumaticopticneuropathy:anevolvingunderstanding.AmJOphthalmol151:928-933,20118)RobertsI,YatesD,SandercockPetal:Effectofintravenouscorticosteroidsondeathwithin14daysin10008adultswithclinicallysignificantheadinjury(MRCCRASHtrial):randomisedplacebo-controlledtrial.Lancet364:1321-1328,20049)SteinsapirKD,GoldbergRA,SinhaSetal:Methylprednisoloneexacerbatesaxonallossfollowingopticnervetraumainrats.RestorNeurolNeurosci17:157-163,200010)OhlssonM,WesterlundU,LangmoenIAetal:Methylprednisolonetreatmentdoesnotinfluenceaxonalregenerationordegenerationfollowingopticnerveinjuryintheadultrat.JNeuroophthalmol24:11-18,200411)LeeV,FordRL,XingWetal:SurveillanceoftraumaticopticneuropathyintheUK.Eye(Lond)24:240-250,201012)VolpeNJ,LevinLA:Howshouldpatientswithindirecttraumaticopticneuropathybetreated?JNeuroophthalmol31:169-174,2011780あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(58)

非動脈炎性虚血性視神経症に径角膜電気刺激治療は有効か?

2012年6月30日 土曜日

特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):771~776,2012特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):771~776,2012非動脈炎性虚血性視神経症に経角膜電気刺激治療は有効か?EfficacyofTranscornealElectricalStimulationTherapyforNon-ArteriticOpticNeuropathy森本壮*不二門尚*はじめに虚血性視神経症(ischemicopticneuropathy:ION)は視神経の栄養血管の血流障害によって視機能障害を起こす疾患で高齢者に発症する.非動脈炎型(non-arteritic)と動脈炎型(arteritic)があり,非動脈炎型のほうが頻度は高く,典型的には50~70歳の人が罹患する.非動脈炎性虚血性視神経症(non-arteriticischemicopticneuropathy:NION)にはおもに短後毛様動脈の閉塞により,視神経乳頭が梗塞する前部虚血性視神経症(anteriorischemicopticneuropathy:AION)と,視神経鞘軟膜毛細血管叢由来の穿通枝の閉塞により球後視神経が障害される後部虚血性視神経症(posteriorischemicopticneuropathy:PION)に分けられる.NAIONについては,血管閉塞に至る直接の原因は不明であり,これまでにステロイド内服治療1),視神経鞘開放術2)などが試みられているが,現在確立した治療法はない.これに対し,筆者らはNAIONに対し,経角膜電気刺激治療によって視機能が回復する症例が存在することを見出し3),現在,その有効性を検討するために臨床研究を行っている.本稿では,TES治療についてこれまで筆者らが行ってきた研究と得られた知見について述べ,現在行っている臨床研究の結果に触れ,TES治療の有効性について考察する.I経角膜電気刺激(transcornealelectricalstimulation:TES)TESとは網膜電図(ERG)測定用のコンタクトレンズ型電極を角膜上に置き電気刺激をする方法である(図1).ERGを測定するように電極を設置して刺激するだ図1電極と刺激装置A:ビュリアンアレン型ERG電極,B:電気刺激装置.ERG用の電極ならどのようなタイプでも電気刺激は可能.*TakeshiMorimoto&TakashiFujikado:大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学〔別刷請求先〕森本壮:〒565-0871吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(49)771 けなので簡便で侵襲が低い.これまでにさまざまな眼疾患の患者の視機能を評価する方法として研究されていた5,6).II電気刺激による網膜神経節細胞に対する神経保護効果神経細胞にとって電気的な賦活が生存に重要であることがこれまでに報告されており7,8),筆者らはラットの視神経切断モデルを用いた研究で,視神経切断後に視神経に対して電気刺激を行うとラットの網膜神経節細胞(retinalganglioncell:RGC)の細胞死が抑制され生存が促進することを見出した9).さらに,より侵襲の低い電気刺激法であるTESに着目し,TESが軸索を切断されたRGCに対して生存促進効果があるかどうか検討した結果,視神経切断7日後にRGCの細胞密度が健常網膜のRGCの細胞密度の54%にまで減少するのに対し,TESでは約85%の細胞が生存していた(図2).このようにTESでも,RGCに対して生存促進効果があることが証明された10,11).III経角膜電気刺激のRGCに対する神経保護のメカニズムつぎに筆者らは,TESによるRGCの生存促進効果のメカニズムについて検討した.これまでに,神経組織に電気刺激を行うと,神経栄養因子の一つである脳由来神経栄養因子(brainderivedneurotrophicfactor:BDNF)のmRNAやその受容体であるtyrosinekinaseB(TrkB)のmRNAの発現が上昇することが報告されている.このような事実から,網膜を電気刺激しても,同じように,網膜に神経栄養因子やその受容体の発現が上昇するのではないかと考えられた.そこで筆者らは,RGCに対してどのような神経栄養因子のmRNAの発現が上昇するかをRT-PCR(reversetranscriptionpolymerasechainreaction;逆転写ポリメラーゼ連鎖反応)を用いて検討した.その結果,insulin-likegrowthfactor-1(IGF-1)のmRNAの発現のみが,電気刺激後に網膜内で徐々に上昇した10).さらに,IGF-1が網膜のどの細胞に発現しているのか,抗IGF-1抗体を用いて,免疫組織染色を行ったと772あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012図2ラットのRGC像A:健常網膜のRGC像,B:視神経切断7日後のRGC像,C:視神経切断+TES7日後のRGC像.FluorogoldRを用いてRGCを標識している.Scalebar=50μm.ころ,通常の網膜では,IGF-1蛋白は,内境界膜付近に強く発現しているが,電気刺激後にRGC層,内網状層へとIGF-1の発現の分布が拡大し,発現量も増え,14日後まで発現が持続した(図3A~E).さらに,抗IGF-1抗体および網膜のグリア細胞であるMuller細胞(50) TimeafterTESIntact1d4d7d14dIntactTES7dIGF-1GSMergedIGF-1GSMergedILMGCLIPLINLOPLONLOLM図3TESによるIGF.1蛋白の網膜内の局在の変化A:健常網膜のIGF-1の免疫染色像,B~E:電気刺激後のIGF-1の免疫染色像.内境界膜付近に存在していたIGF-1が,時間とともにINL側に広がっていく.F~K:IGF-1とglutaminesynthetase(GS)との二重染色像.F~H:健常網膜,I~K:電気刺激7日後の網膜.電気刺激の前は,Muller細胞のエンドフットに存在していたIGF-1が,電気刺激7日後には,Muller細胞のエンドフットからプロセスまで,IGF-1の強いシグナルがみられた.特にIGF-1は,エンドフットに強く発現している.Scalebar=E:100μm,K:50μm.を標識する抗glutaminesynthetase(GS)抗体を用いて二重染色を行ったところ,通常の網膜ではIGF-1は,Muller細胞のエンドフットに存在し(図3F~H),電気刺激7日後では,Muller細胞周囲とMuller細胞のエンドフットから細胞体まで強く発現していた(図3I~K).この結果から,Muller細胞がIGF-1の合成分泌に関与し,TESによってMuller細胞からのIGF-1の産生が増強していることが強く示唆された(図4)10).IV難治性視神経疾患への臨床応用筆者らは,大阪大学医学部倫理委員会の承認のもと,視神経疾患患者に対する電気刺激治療を開始した.対象は,急性期を過ぎて,視力や視野の改善がみられなくなった,外傷性視神経症患者(TON)5例5眼(全例男性,年齢14~71歳)およびAION4例4眼(男性2例2眼,(51)電気刺激電気刺激神経保護Muller細胞Muller細胞IGF-1IGF-1の産生IGF-1receptorAxotomyRGC図4TESによるIGF.1の網膜内発現上昇のメカニズムTESによってMuller細胞からRGCに対する神経栄養因子の一つであるIGF-1の産生が亢進する.女性2例2眼,年齢53~75歳)で,これらの患者に対し,TES(電流強度600~800μA,10ms/phase,20Hz,刺激時間30分)を行った.治療前と電気刺激1カあたらしい眼科Vol.29,No.6,2012773 図5非動脈炎性前部虚血性視神経症例A:右眼眼底写真.乳頭浮腫と周囲に点状出血を認める.B:視野(Goldmann視野検査).上方視野の水平半盲を認める.C,D:蛍光造影眼底検査.早期(C),後期(D).早期では下方網膜に蛍光の欠損を認め,後期では乳頭浮腫を示す過蛍光を認める.月後から3カ月後に,視力検査とGoldmann視野検査(GP)を行い,治療前と治療後の検査結果を比較した.結果,全例で視力あるいは視野の改善がみられた.治療前と治療後の視力を比較し,0.3logMAR(logarithmicminimumangleofresolution)以上改善した症例は,TONでは5例中4例(80%)で,AIONでは4例中2例(50%)であった3).さらに筆者らは,AION例の症例数を増やして検討した.対象は2003年4月~2011年1月に大阪大学医学部附属病院眼科を受診し,AIONと診断された29例29眼(男/女比11眼/19眼)で,年齢は31~79歳(平均62歳),治療前の視力は,指数弁から0.6であり,発症から治療までの期間は,3週間から3年(中央値4カ月)774あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012で,ステロイド治療の有無については17眼ではステロイドの点滴もしくは内服を行った.すべての症例で乳頭浮腫消失後にTES治療を行った.TES治療は1~2カ月ごとに1回のペースで計3回行い,刺激条件は電流強度は0.8~1.0mA,10ms/phase,5~20Hz,30分で,TES治療開始から3,6カ月後の視力を測定し,0.2logMAR以上の変化については改善または悪化とし,TES治療の効果について検討した.図5は,62歳,男性で,2週間前から視力欠損,視力低下を自覚したため当科受診,右眼のAIONと診断した症例で,ステロイドパルス治療(ソルメドロール1,000mg,3日)を1クール行った後,乳頭浮腫が改善して視力が0.08から0.3に改善し,視野も改善したがその後,約1カ月間視力が変化(52) ステロイドパルス1クールTESTES0.30.6TES0.91.2しなかったためTES治療を行った.TES治療を3回行い,図6のように視力は最終1.2にまで改善し,図7のように視野もさらに改善した.29例の結果は,図8に示すように治療開始3カ月,6カ月ともに治療前と比較して視力は有意に上昇していた.また0.2logMAR以上の改善を示したのは図9のように治療開始3カ月後で31%(9/29),6カ月後で37.9%(11/29)であった.過去の報告と比較するとステロイド治療による視力回復は,視力20/40~20/400の患者(123眼)で乳頭浮腫消失後から6カ月後に26%が3段階の視力改善がみられた1).また自然回復例については,視力20/40~20/400の患者(100眼)で乳頭浮腫消視力0.10.01012345678開始からの経過期間(月)図6ステロイドパルス治療,TES治療後の視力経過ステロイドパルス治療により視力が改善したが,その後1カ月間視力の改善がみられなかったため,TES治療を施行した.TES治療開始から5カ月後に視力は1.2に上昇した.失後からの9カ月後に14%が3段階の視力改善がみられた12).これらの結果と比較して症例数は少なく,調査治療後の視力A:3カ月10.10.01NLPNLP0.010.11NLP0.010.1治療前の視力図8TES治療3カ月,6カ月後の視力の分布B:6カ月A:TES治療3カ月後,B:TES治療6カ月後.TES治療により治療前の視力に比べ3カ月後,6カ月後ともに有意に視力は上昇した(3カ月:p=0.007,6カ月:p=0.003,pairedt-test).:改善:不変9(31.0%)2011(37.9%)183カ月6カ月図7TES治療前後の視野の変化A:TES治療前,B:TES治療3カ月後.ステロイドパルス治療後に視野は改善し,さらにTES治療によって改善した.0%20%40%60%80%100%図9TES治療による視力改善の割合上段:TES治療3カ月後,下段:TES治療6カ月後.今回の検討では,0.2logMAR以上視力が悪化する症例はなかった.(53)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012775 方法が異なるもののTES治療のほうが成績は若干上回っていると考える.おわりに本稿では,これまでに筆者らが行ったTES治療の基礎研究および臨床研究について述べた.TES治療による患者の視力や視野の改善のメカニズムについては,不明であり,動物モデルを用いて検討しているところである.おそらく,これらの疾患では,最初の傷害による細胞死を免れたRGCで機能していない状態のRGCが存在していると考えられ,電気刺激によってMuller細胞から産生されたIGF-1などが作用した結果,それらのRGCの機能が回復したのではないかと考えている.このTES治療の有効性を判断するための臨床試験については,研究デザインを変更し,大阪大学医学部附属病院臨床研究倫理審査委員会の承認を新たに受け(承認番号10088,課題名難治性網膜視神経疾患に対する経角膜電気刺激治療,承認日平成22年12月24日)(UMIN試験ID:UMIN000005049),臨床研究を行っている段階でありTES治療の有効性についてはまだ十分に確定していない.しかしながら,TES治療は簡便でほとんど侵襲がないため,患者の負担も少ない.そのため,従来の治療に反応しないNAIONに対して,一度は試してみてもいい治療であると考える.筆者らは,今後さらに研究を進め,将来的には,一般の眼科診療で用いられるようにしたいと考えている.文献1)HayrehSS,ZimmermanMB:Non-arteriticanteriorischemicopticneuropathy:roleofsystemiccorticosteroidtherapy.GraefesArchClinExpOphthalmol246:10291046,20082)NewmanNJ,SchererR,LangenbergPetal:IschemicOpticNeuropathyDecompressionTrialResearchGroup:ThefelloweyeinNAION:reportfromtheischemicopticneuropathydecompressiontrialfollow-upstudy.AmJOphthalmol134:317-328,20023)FujikadoT,MorimotoT,MatsushitaKetal:Effectoftranscornealelectricalstimulationinpatientswithnonarteriticischemicopticneuropathyortraumaticopticneuropathy.JpnJOphthalmol50:266-273,20064)PottsAM,InoueJ,BuffumD:Theelectricallyevokedresponseofthevisualsystem(EER).InvestOphthalmol7:269-278,19685)三宅養三,柳田和夫,矢ケ崎克哉:EER(ElectricallyEvokedResponse)の臨床応用.(1)正常者のEERの解析.日眼会誌84:354-360,19806)三宅養三,柳田和夫,矢ケ崎克哉:EER(ElectricallyEvokedResponse)の臨床応用.IV.視神経疾患のEER.日眼会誌84:2047-2052,19807)Galli-RestaL,EnsiniM,FuscoEetal:Afferentspontaneouselectricalactivitypromotesthesurvivaloftargetcellsinthedevelopingretinotectalsystemoftherat.JNeurosci13:243-250,19938)LidenR:Thesurvivalofdevelopingneurons:areviewofafferentcontrol.Neuroscience58:671-682,19949)MorimotoT,MiyoshiT,FujikadoTetal:Electricalstimulationenhancesthesurvivalofaxotomizedretinalganglioncellsinvivo.Neuroreport13:227-230,200210)MorimotoT,MiyoshiT,MatsudaSetal:TranscornealelectricalstimulationrescuesaxotomizedretinalganglioncellsbyactivatingendogenousretinalIGF-1system.InvestOphthalmolVisSci46:2147-2155,200511)MorimotoT,MiyoshiT,SawaiHetal:Optimalparametersoftranscornealelectricalstimulation(TES)tobeneuroprotectiveofaxotomizedRGCsinadultrats.ExpEyeRes90:285-291,201012)HayrehSS,ZimmermanMB:Nonarteriticanteriorischemicopticneuropathy:naturalhistoryofvisualoutcome.Ophthalmology115:298-305,2008776あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(54)

非動脈炎性虚血性視神経症にステロイド投与は有効か?

2012年6月30日 土曜日

特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):763.769,2012非動脈炎性虚血性視神経症にステロイド投与は有効か?IsSteroidTreatmentEffectiveforNon-ArteriticIschemicOpticNeuropathy?中馬秀樹*はじめに非動脈炎性虚血性視神経症(non-arteriticischemicopticneuropathy:NAION)は,乳頭浮腫を生じ(図1a),視機能の低下をきたす(図1b),難治性の疾患である.自然経過では,3分の2の症例で視力回復はなく,3分の1の症例で,わずかな視力回復がみられる1).急性期の視機能低下に関して現在までにさまざまな治療法が試みられてきた2).抗血栓療法,Tenon.下血管拡張剤注射,眼圧降下剤静脈注射,星状神経節ブロッa図1非動脈炎性虚血性視神経症の急性期の乳頭浮腫(a)と視野欠損(b)ク,アスピリン,高圧酸素療法とレボドパ投与,レボドパ単独投与,視神経鞘切開術,経硝子体視神経切開,brimonidine点眼療法,経角膜電気刺激,LDL(低密度リポ蛋白)吸着療法,視神経乳頭切開,硝子体乳頭牽引切除,トリアムシノロン硝子体内注入,抗VEGF(血管内皮増殖因子)抗体硝子体内注入,経口ステロイド内服などがある.近年,NAIONの治療として,ステロイド治療が注目を集めている.その可能性と問題点を考えたい.b*HidekiChuman:宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野〔別刷請求先〕中馬秀樹:〒889-1692宮崎県宮崎郡清武町大字木原5200宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(41)763 Iステロイド治療のスタディステロイド内服加療Floudsらは,ステロイド加療(60mg/日)により13人中11人(85%)のNAIONが視力改善し,無治療群では11人中5人(45%)で視力が改善したと報告した3).Hayrehらは,ステロイド治療〔40.60mg/日のプレドニゾロン,初期は40unitsのACTH(副腎皮質刺激ホルモン)も投与〕により8人中6人(75%)が視力改善し,2人が視力不変または悪化したと報告した4).2007年に,Hayrehらは,591人の連続して受診したNAION症例(749眼)に関して報告した.臨床記録から,237眼が発症2週間以内にステロイド加療を受け,343眼はステロイド加療を受けなかった.ステロイド加療のプロトコルは,初期は毎日80mg,2週間後から5日ごとに70mg,60mgと減量し,その後5日ごとに5mgずつ40mgまで乳頭浮腫が消失するまで減らした.そしてそこから急速に減量し中止した.多くの患者は,治療は約2カ月に及んだ.このスタディではステロイド加療を2週間以内に開始した場合,乳頭浮腫が消失するまで6.8週間かかり,無治療では8.2週かかった(p<0.0001)5).2008年に,Hayrehらは,1973年から2000年まで,613人(696眼)のNAIONのうち,312人(364眼)は全身ステロイド内服療法を受けることを自ら選択し,301人(332眼)は無治療を選択した.ステロイド療法を選択した312人のうち,236人が発症後2週間以内に治療を受けた.初診時,すべての患者は詳細な眼科的評価,視力検査,視野検査が施行された.そして,視機能の改善が評価項目であった.ステロイド投与群は,プレドニゾロン80mg/日2週間,70mg5日間,60mg5日間,その後5日ごとに5mgずつ減量した.平均経過観察期間は3.8年であった.発症時視力が20/70より悪い症例で,2週間以内に治療したものは,6カ月後,視力が少なくとも3段階以上向上したのがステロイド投与群では69.8%〔95%信頼区間(confidenceinterval:CI):57.3.79.9%〕,コントロール群では40.5%(95%CI:29.2.52.9%)であった.視力改善のオッズ比は3.39(95%CI:1.62.7.11,p=0.001)であった.同様に,Hayrehによって規定された視野基準で中等度から764あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012重度視野欠損があり,発症後2週間以内に治療したもので,治療後6カ月で視野の改善したものがステロイド投与群では40.1%(95%CI:33.1.47.5%)であった.無治療群では視野が改善したものは24.5%(95%CI:17.7.32.9%)であった.視力改善のオッズ比は2.06(95%CI:1.24.3.49,p=0.005)であった.Hayrehは,急性期のステロイド治療を行うと,無治療に比較して,有意に(p=0.001)視力改善と有意に(p=0.005)視野の改善が得られると結論づけた6).IIトリアムシノロン硝子体内注入Kaderliら7)は,NAION4例4眼に,低濃度(4mg)のtriamcinoloneacetonideを硝子体内注入した.視力低下10.22日後で,視力0.1以下の症例が選択された.コントロール群(無治療)6例と比較し,少なくとも9カ月経った時点で評価した.治療群では,最終受診時に平均6.2段階改善した.乳頭浮腫は注入後1週間で顕著に減弱し,3週間までに全例消失した.コントロール群では最終受診時に平均1.3段階改善し,乳頭浮腫は注入後2.4週間までに消失した.Kaderliらは,4mgトリアムシノロン硝子体内注入は,より良好な視力改善と乳頭浮腫のより早い改善が得られる,しかし,視野の改善は得られなかったと結論づけた.トルコから4つ,韓国から1つ4mgトリアムシノロン硝子体内注入のスタディが報告されている.すべての症例でいくらかの視力改善が得られており,これらを報告した著者らは乳頭浮腫も改善したと結論づけた.しかし,治療による効果はなしと結論づけた報告もある.Jonasら8)は,視力低下から1週間以内のNAION3症例に20mgtriamcinoloneacetonideの硝子体内注入を行った.その結果,3.5カ月後に,1人の患者で視力が0.10から0.20に,2人目は0.50から0.20に,3人目は0.16から0.20に変化した.Goldmann視野で改善はみられなかった.1眼は,術後に高眼圧を呈した.IIIこれらのスタディに対する考えこれらの臨床治療結果をみて,どのように感じるであろうか?特にHayreh先生の論文は,症例数も多く,魅力ある,説得力のある結果である.NAIONに対する(42) ステロイド治療の是非が近年問われているのは,このスタディの結果に起因するところが大きい.しかし,われわれには忘れてはならない教訓がある.それは,NAIONに対する視神経鞘減圧術の効果についてのIschemicOpticNeuropathyDecompressionTrial(IONDT)で,多施設ランダマイズ研究の結果得られた結論である1).1980年代後半,NAIONに対する視神経鞘減圧術は少数例の臨床研究では効果的であるように思われていた.発端は,1989年,Sergottらが,ArchivesofOphthalmologyにはじめてNAIONに対する視神経鞘減圧術の治療成績を報告した9)ことである.視神経鞘減圧術を行ったprogressiveIONの14例中12例が改善し,nonprogressiveION3例中1例のみが術後に改善したことを報告した.そして,nonprogressiveION15例中2例しか自然改善しなかった.彼らは,視神経鞘減圧術は,progressiveIONには有用で,nonprogressiveIONには効果がないと結論づけた.それを確認するため,多施設無作為治療トライアルが計画され,実行された.その結果,最初の登録から24カ月以内にDataandSafetyMonitoringCommitteeは,244症例をランダムに振り分けた時点で,この研究を終了させた.データは,手術は効果がなく,かえって悪い効果があることを証明した.また,手術を行わなかった症例のうち42%もの症例が6カ月後に視力改善が得られた.このスタディで,やはりランダマイズされた研究でないと,その治療効果はわからないということが判明したのである.Hayrehらが報告した多数例のスタディは影響が大きかった.しかし,多施設ランダマイズ研究ではなかったことから,その是非が賛成派と反対派に分かれ,現在も議論されている.それでは,NAIONの患者に対して米国の神経眼科医はステロイド投与をどのように考え治療を選択しているのだろうか.以下,Hayrehらのスタディへの意見が書かれた論文を参照したい.1.賛成派の意見はどのようなものか?賛成派の意見として,AndrewLee先生の意見を紹介する10).(43)Hayrehらのスタディは,信頼できる情報源から出ているので,患者がこの情報について聞く機会をもつことを無視することはできないだろう.わたし(AndrewLee先生)は,Hayrehらのスタディの結果を示し,それが現在議論になっていることを説明している.また,スタディの症例の抽出方法がランダマイズされたものではないことも説明している.わたしは,Hayrehらのスタディは,仮説を形成するのに有用であると信じている.そして,それを確認するためにはランダマイズされた臨床研究が必要であるとわかっている.しかし,最悪なことの一つは,NAIONのような治療法がない疾患に罹患した患者に“何もすることができない”と説明することである.加えて,ステロイドは高齢者や高血圧,糖尿病を悪化させる全身的副作用があることもわかっている.わたしは,患者が視機能障害の程度が小さいとき,重症な糖尿病,高血圧があるとき,感染症があるとき,消化管潰瘍の既往があるときはステロイド治療をしない方向にもっていく.一方,視力が20/70より悪く,発症から2週間以内であり,ステロイドの重症な副作用の可能性がなければ,ステロイド治療に関する情報を与えて,ステロイド療法を選択するかしないかを決める機会を与えている.必然的に,何もすることができないと言われた患者は,必死に治療に関する情報を探し,ステロイド治療などの他の選択肢が報告されている治療リストを見つけることになるだろう.わたしは,患者がインターネットで情報を見いだすよりは,患者から質問され,患者が医者から情報を受け取るほうを好む.わたしは,視力が20/70より良く,発症から2週間たっており,ステロイドの重症な副作用の可能性があれば,ステロイドは投与しない.ほかに以下の3つの状況でステロイドを投与する.1.視力低下が起こっていないがNAIONによる乳頭浮腫が起こっている場合,2.患者が片方の眼しか残っていない場合,3.両眼同時発症のNAIONの場合.最後に,わたしは,ステロイド治療が脳梗塞に効果的でないということは認識している.しかし,虚血がNAIONの原因であるかどうかというのは,まだ明らかにされていない.炎症,機械的なもの,静脈閉塞などのあたらしい眼科Vol.29,No.6,2012765 機序も推察されている.これらのどの機序にもステロイド治療はよい点がある.まとめると,ランダマイズされた臨床研究が行われるまで,ステロイド治療は,医者が決めるのではなく,個々の患者の状況に応ずるべきである.わたしの意見としては,血管危険因子を治療し,患者が決定できるように十分な情報を与え,議論の多いところから治療決定のために信頼できる情報源として行動することである.2.反対派の意見はどのようなものか?反対派の意見として,ValerieBiousse先生の意見を紹介する10).多くの医者がNAIONにステロイド治療を行っているけれども,それはClass1のエビデンスに沿っているわけでなく,重篤な副作用の可能性もある状態で行っている.効果的な治療法がなく,“何もすることができない”というのを患者に説明し,患者の納得を得るのはとても大変で,ストレスフルな作業である.したがって,10%もの医者がステロイド内服治療を行い,19%もの神経内科医がステロイド大量点滴療法を行っていることも理解できる.これらの背景には,2つのステロイド内服が有効であったというHayrehの報告とそれに続くステロイド硝子体注射の有効性を述べた報告が影響を与えている.しかし,これらにはまだ十分に議論する余地があると考える.NAIONの原因はよくわかっていない.最小血管の視神経に対する虚血が考えられているけれども,まだ確実に決定されていない.短後毛様動脈からの動脈輪への血流供給の境界が視神経乳頭の上下にあり水平半盲をきたしやすい.また,蛍光眼底造影所見より視神経乳頭とその周囲の脈絡膜低蛍光がみられることから虚血性に起因することは考えられるけれども,これらの適切な動脈の組織病理的なスタディは行われておらず,動脈硬化か血栓が原因かもわかっていない.静脈閉塞が原因であるとの報告もあるが,あくまでも推論である.多くの,よくデザインされた臨床研究で,ステロイドは中枢神経系の動脈閉塞や静脈閉塞に効果がないことが判明している.実際,ステロイドは急性脳虚血に有害であって,投与すべきでないとされている.同様な考えは766あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012NAIONにも当てはまる.高齢の,血管危険因子をもつ,虚血性が最も考えられる疾患だからである.当初は急性脳外傷の際の脳浮腫に有効であるとされ,現在でも脳腫瘍や細菌性髄膜炎に合併した脳浮腫に治療されている.しかし,ときを経て,外傷性の急性脊髄損傷に対するステロイドの効果は限界があり,外傷性脳障害や外傷性視神経症にはステロイドは投与すべきでないといわれている.一般的に,ステロイドは眼科的疾患で投与されているけれども,それらは糖尿病網膜症や静脈分枝閉塞症などの網膜レベルでの浮腫に対するものである.OCT(光干渉断層計)を用いた研究で,NAION76人中8人で発症後4週間黄斑浮腫がみられたという報告があるが,それらは改善される視機能障害の原因で,非可逆的な視機能障害は視神経に対する虚血であるようである.したがって,ステロイドで黄斑浮腫を消失させる必要はない.小乳頭がNAION発症の危険因子で,発症し浮腫が起これば軸索流を停滞させ,視神経内の血流を障害させ,神経機能が低下するというコンパートメント症候群が視機能障害を悪化させる.そのため,乳頭浮腫の期間を短縮させ,そのコンパートメント症候群を緩和させる治療法が行われてきた.NAIONの乳頭浮腫は数週間続く.最近のスタディでは自然経過での平均期間(25.75パーセンタイル)は7.9週であったと報告されている.改善するまでの期間は糖尿病患者が,有意に長かった.また,多因子解析により視野や視力が悪いほどより改善が早かった.しかし,これらの結果は,浮腫を早く改善させるほど視機能改善がよいというエビデンスではない.興味深いことにステロイドを使うことにより血管透過性を減弱させることにより乳頭浮腫を早く改善させるという機序が用いられている.これらが,上述したステロイド内服やステロイド硝子体内注射の有効性の機序とされている.Hayrehらが,多数のNAION症例を用いたスタディを行い,ステロイド内服の有効性を述べているが,ランダマイズされておらず,患者の自己選択により,ブラインドされていない.乳頭浮腫が治療群のほうが早く改善したということであるが,非治療群のほうが血管危険因子(特に糖尿病)が多い.したがって,他覚(44) 的な解析ができない.しかも著者らは糖尿病患者のほうが浮腫が長引くことを以前に報告している.NAIONは,医者にとってはフラストレーションがたまり,患者にとってはしばしば悲劇的である.その病態生理は明らかでなく,どの治療法も効果的でない.ステロイド療法も議論が分かれるところであり,ステロイドは乳頭浮腫を早く改善させるかもしれないけれども,早い乳頭浮腫の改善がよりよい視機能の改善になるかどうかは明らかなエビデンスがない.加えて,ステロイドが効果のあるとされる黄斑浮腫も,その治療がNAIONの視機能改善に与える効果は限られている.近年行われてきた研究は注意深く解析する必要があり,すぐに治療へ適用するのではなく,さらなる病態生理やより効果的な治療法への開発への研究へ広げるための議論をすべきである.わたしはステロイドをNAION治療に用いることを推奨せず,動脈炎性の虚血性視神経症のみに使うべきであると考える.3.これに対するLee先生の反論は?10)Biousse先生は,この議論の反対意見をとても素晴らしく述べた.わたしは,NAIONの治療がClass1のエビデンスに沿ったものでないことは十分承知している.しかし,有効性の証拠の欠如は,有効性の欠如の証拠にはならない.黄斑浮腫の減少がNAIONの視力改善の一つのメカニズムであることは興味深い.高解像度のOCTを用いることで網膜下液の残存がより観察されるかもしれない.結局,ゲーテが述べたように,「われわれは知っていることしか探そうとしないし,探そうとしたものしか見つけることはできない」.最後に,われわれのHoustonの患者は,証明されていようがいまいが,議論のある治療法もすべてひっくるめてあらゆる治療法に関する情報を知りたがる.わたしの役目は,情報を与え,アドバイスし,いくつかのオプションを推薦することであって,どのような治療を行うかを決定することではないと思う.わたしの意見のリトマス試験紙は「もし自分の眼だったらどうしますか」である.(45)4.これに対するBiousse先生の意見は?10)Lee先生は,NAIONを治療する際に,datafreezoneが存在することを述べた.医学の歴史はエビデンスなしの治療の例で満ちており,後で結局は効果がなく,逆に有害であることが判明している.視神経鞘切開術,外傷性視神経症や外傷性脳症に対するステロイド療法,視神経炎に対する経口ステロイド,脳梗塞に対する抗凝固薬投与,内頸動脈血管内皮.離術などはその例である.わたしは,患者に“何もすることができない”とは決して言わない.わたしは注意深く治療のオプションの重み付けを行う.でもわたしは患者のリクエストに応じて処方することはない.実際,医者の役割の一つは治療を患者に行うか行わないか決定することであって,ほとんどの患者はこのような決定をしたこともないし,トレーニングも受けていない.5.この議論に対するHayreh先生の意見は?11)上述の議論に対して,Hayreh先生が意見を述べている.Hayreh先生らのスタディへの反論があった論点として以下の3点をあげている.(1)NAIONがステロイド治療で改善する科学的根拠一次的,二次的な変化が起こり,乳頭浮腫を生ずる.一次的な変化は虚血により軸索流の停滞が起こる.そして血管変化と漏出(蛍光眼底造影検査で示される)が二次的に起こる.ステロイドは血管透過性を抑えるという確かな証拠がある.ステロイド療法がNAIONに効果的であるというシナリオは,こうである.ステロイドでより早期に乳頭浮腫が改善する→視神経乳頭の微小血管への圧迫が減弱される→視神経内の血液循環が改善される→低酸素状態の軸索の機能が改善する.おそらくステロイドにはフリーラジカルによるダメージを抑制するなどの他の効果もある.したがって,ステロイドのNAIONに対する効果には科学的な理論がある.(2)ランダマイズされていない十分な費用を準備することができなかったので,わたしはランダマイズされたスタディよりも患者が選択する,後ろ向きのコントロールスタディを行った.それは2番目によい選択である.すべてのわたしのクリニックに来る患者は自由に選択するかどうかを決められた.あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012767 このスタディでは,51%がステロイド治療を選択し,49%が無治療を選択した.したがって,治療群と無治療群の数は同等である.2つのグループ間で,視力,視野,全身状態は有意な差はみられなかった.ただし,治療群が少し若かった(59.2vs62.0歳)のと,高血圧の割合が少なかった(34%vs43%).これらの因子が視機能の転帰に影響を与えるかどうか決定するためには統計解析でlogisticregressionmodelで証明されなければならないが,それらは視機能に差を与えなかった(年齢:p=0.8;高血圧:p=0.6).Point-Counterpointで指摘された点とは異なり,糖尿病や他の危険因子は両群間で差はみられなかった.(3)データがマスクされた状態で集められていないデータ収集にバイアスがかかっていないことは,以下のことから証明される.視力:われわれの結果はIschemicOpticNeuropathyDecompressionTrial,ランダマイズ,マスクされたスタディ,の結果と鏡合わせである.そのスタディでは,無治療群で,発症後2週間以内に診察され,発症時の視力が20/70より悪く,43%の症例で視力改善がみられた.わたしのスタディでは,まったく同じ条件で,無治療群で41%改善している.どちらのスタディでも視力は6カ月まで改善している.このことは視力のデータにバイアスがかかっていないことを示す.視野:視野は,診断がわかっていない検査員が測定している.視野は3人の神経眼科医が別々にマスクされた状態で診断を知らずに評価している.以下の3つの点もNAIONのステロイド治療に重要な役割を果たしている.(1)多くの,よくデザインされた臨床研究で,ステロイドは中枢神経系の動脈閉塞や静脈閉塞に効果がないことが判明している,という議論があったが,この議論自体が基本的におかしい.脳梗塞は血栓によるものである.ステロイド治療は,そのような状況では役立たない.それに反して,NAIONは,血流不全によるものであることが証明されており,血栓によるものよりも程度が軽い.このように,脳梗塞とNAIONは関連づけるこ768あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012とができず,同等に扱うことは間違いである.(2)NAIONの治療に関して議論が生じる一つの大きな理由は,病態生理が深く理解されていないからのようである.その点に関して,わたしは,他の雑誌で詳しく述べている.さまざまなエビデンスから得られる結論は,NAIONの病態生理は複雑であるけれどもしばしば述べるように,わからないわけではない,ということだ.(3)多くの医者は患者を,特に高齢であれば高濃度のステロイドで治療したくないようである.45年間,わたしは何千という多くの眼科的疾患をもつ患者を高濃度のステロイドで治療してきた.わたしの臨床経験では,ステロイドは安全に使用でき,しかし投与された患者はきちんと観察されるべきである.わたしの見解は従来のNAIONの管理に挑戦していることはわかっている.わたしは仲間に,このスタディを,バイアスのかからない,オープンマインドで,患者を助けたいという気持ちで見てほしい.NAIONの視機能の破壊を考えると,われわれの患者は投与に値するにほかならない.まとめNAION患者のステロイド投与は有効かという命題は,多施設ランダマイズ研究の結果を得るまで明らかではないが,上述の3人の神経眼科医の意見を日々の診療の手助けとしていただきたい.なお,筆者らの研究では,ステロイド投与で乳頭浮腫の程度が軽減される結果を得て,その有効性を実験動物レベルでは証明することができている12).自分の治療の選択は,基本的にはステロイド投与は行っていない.ただし,乳頭浮腫が強く,コンパートメント症候群によりさらなる視機能の低下の可能性があり,糖尿病がなければ投与する意味があるのではないかと考えている.文献1)TheIschemicOpticNeuropathyDecompressionTrialResearchGroup:Opticnervedecompressionsurgeryfornonarteriticanteriorischemicopticneuropathy(NAION)isnoteffectiveandmaybeharmful.JAMA273:625-632,19952)AtkinsEJ,BruceBB,NewmanNJetal:Treatmentof(46) nonarteriticanteriorischemicopticneuropathy.SurvOphthalmol55:47-63,20103)FouldsWS:Visualdisturbancesinsystemicdisorders:opticneuropathyandsystemicdisease.TransOphthalmolSocUK89:125-146,19704)HayrehSS:Anteriorischaemicopticneuropathy.III.Treatment,prophylaxis,anddifferentialdiagnosis.BrJOphthalmol58:981-989,19745)HayrehSS,ZimmermanMB:Opticdiscedemainnonarteriticanteriorischemicopticneuropathy:roleofsystemiccorticosteroidtherapy.GraefesArchClinExpOphthalmol245:1107-1121,20076)HayrehSS,ZimmermanMB:Nonarteriticanteriorischemicopticneuropathy:roleofsystemiccorticosteroidtherapy.GraefesArchClinExpOphthalmol246:10291046,20087)KaderliB,AvciR,YucelAetal:Intravitrealtriamcinoloneimprovesrecoveryofvisualacuityinnonarteriticanteriorischemicopticneuropathy.JNeuroophthalmol27:164-168,20078)JonasJB,SpandauUH,HarderBetal:Intravitrealtriamcinoloneacetonidefortreatmentofacutenonarteriticanteriorischemicopticneuropathy.GraefesArchClinExpOphthalmol245:749-750,20079)SergottRC,CohenMS,BosleyTMetal:Opticnervedecompressionmayimprovetheprogressiveformofnonarteriticischemicopticneuropathy.ArchOphthalmol107:1743-1754,198910)LeeAG,BiousseV:Shouldsteroidsbeofferedtopatientswithnonarteriticanteriorischemicopticneuropathy?JNeuroophthalmol30:193-198,201011)HayrehSS:Roleofsteroidtherapyinnonarteriticanteriorischaemicopticneuropathy.JNeuroophthalmol30:386-390,201012)中馬秀樹:非動脈炎性虚血性視神経症:動物モデル作成と治療への応用.日眼会誌116(臨増):91,2012(47)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012769

レーザースペックル法の視神経疾患への応用

2012年6月30日 土曜日

特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):757.761,2012特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):757.761,2012レーザースペックル法の視神経疾患への応用EvaluationofOpticNerveDisorderUsingLaserSpeckleFlowgraphy前久保知行*はじめに近年,レーザースペックル法を用いた研究報告が多くみられる.原田病などの脈絡膜疾患1),網膜静脈閉塞症2)などの網膜疾患への評価や,抗血管内皮増殖因子薬3),光線力学的療法4)などの治療前後での血流変化を評価したものなどが報告されている.その結果は,非常に興味深いものであり,新たな知見も得られている.レーザーを生体組織に照射すると,反射散乱光が干渉し合い,ランダムな斑点模様が形成される.これをスペックルパターンとよぶ.赤血球などの散乱粒子が移動することで時間とともに変化するこのスペックルパターンを解析することで,血流動態の評価に応用されるようになった5).測定装置にも進歩がみられ,血流速度だけではなく,組織血流量を評価することができるようになり6),研究にも進歩がみられる.レーザースペックルフローグラフィーシステム(laserspeckleflowgraphysystem:LSFG)を応用した測定機器であるLSFGNAVI(ソフトケア,福岡)は,2008年に網脈絡膜循環における評価機器として承認を受け,発売された.今まで,循環評価に用いられてきた蛍光眼底造影の問題点として,薬剤性のショックやリアルタイムでの血流の定量化が困難であること,継続的なフォローアップには不向きなことなどがあげられる.それに対して,このLSFGは撮影,評価のうえでいくつかの問題点はあるものの,非接触に数秒で撮影でき,非侵襲的に評価できることから,画期的な評価法になりうる可能性がある.今までのところ,視神経への評価としての報告は,緑内障に対するものだけである.今回,このLSFGを用いた視神経への応用について,今までの報告を紹介するとともに視神経疾患に対する診断への応用として自験例も含め,検討を行い報告する.I緑内障への応用視神経乳頭の循環動態と緑内障性視神経障害との関連を示唆する報告は多く,緑内障の進行に血流が大きく関わっていることが知られている.しかし,今までの報告では,視神経乳頭局所の血流を定量的に評価することがむずかしかった.LSFGを用いることで,直接的に視神経乳頭の血流と視野との関連を検討したものや光干渉断層計(OCT)を用いた網膜神経線維層との相関を評価したものの報告がみられる.柴田らの報告7)では正常群と視野障害のないpreperimetricglaucoma群との比較と病期別の緑内障群の評価が行われ,正常眼に対し,preperimetricglaucoma群では下方の組織血流量が低下していた.これは,緑内障性の変化において,自動視野計における視野障害よりも先に乳頭に変化がみられていることと一致しており,視野障害よりも先に乳頭循環障害が存在していることを示唆した.また,視野障害の進行に一致して乳頭組織血流が低下していることからも,両者の関連性が示唆されている.Yokoyamaら8)は,近視性緑内障視神経乳頭で視神経線維層欠損と視野欠損を認めている症例における視神経乳頭循環との相関を評価し*TomoyukiMaekubo:宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野〔別刷請求先〕前久保知行:〒889-1692宮崎市清武町木原5200宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(35)757 た.Humphrey静的視野計,OCTによる網膜神経線維層厚と乳頭血流との間に相関が認められたと報告している.このように視野や網膜神経線維層と血流が相関することは,過去の報告からも示唆されていたが,低侵襲に定量化し,評価できることは非常に有用であるものと考える.正常眼圧緑内障が多い日本人において,このLSFGでの評価は,緑内障に対する新たな評価法として確立していく可能性があると考えられる.また,緑内障治療薬であるプロスタグランジン関連薬9,10),炭酸脱水酵素阻害薬11),b遮断薬の乳頭血流への影響の評価にLSFGが用いられ,報告されている.プロスタグランジン関連薬,炭酸脱水酵素阻害薬では乳頭血流増加作用が報告されている.b遮断薬の代表的薬剤であるチモロールは,眼圧下降により眼循環を増加させる可能性がある一方で,もともと末梢血管収縮作用を有するためこれまでの血流の評価はさまざまである.今後,多数例での治療による乳頭血流の変化と視野障害進行などに関する評価がなされることで,治療における血流の重要性がさらに解明されてくるものと考える.II測定条件,評価についてLSFGで視神経疾患への応用を検討するうえで重要になると考えるのが,測定条件と評価方法である.それは,評価方法など一部確立されたものがないためである.当院での方法に関して,簡単に列挙する.撮影は,暗室にて散瞳後5mm以上の瞳孔径を確認し,LSFGNAVIを用いて行う.測定の再現性については,視神経乳頭部の変動係数が9.5%と報告12)されており,同一検者が3回繰り返して撮影を行い,その平均値で評価を行う.血流の指標にはmeanblurrate(MBR)を使用し,その組織の血流を示すmeantissue(MT)の測定値で比較する.MBRは,過去の報告から実際は,血流速度を測定するものであるが,その値は血流量に相関することがわかっている6).血流測定領域の決定は眼底写真で確認し,視神経乳頭辺縁を選択し,楕円形の領域において測定した(図1).測定時の問題点としては,レーザーを照射してその反射光で評価しているため,角膜混濁や白内障,硝子体混濁などの中間透光体の混濁の影響を受け758あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012ab図1LSFG血流マップ血流が多い部位は暖色系で,少ない部位は寒色系で示される.視神経乳頭辺縁を決定し,選択的に視神経乳頭の血流量を評価する.やすい点がある.評価のうえでの留意点としては,この血流の指標であるMBRは絶対値ではなく,相対値であるということである.各個人の同一組織での再現性は良好であるが,個人や組織が変わると単純にその値で比較することはできない.そのため,筆者らはまず健常ボランティアの血流を評価し,その血流が左右眼で差がないことを確認し,各疾患で患眼と僚眼との間で比較を行い,評価することとした.III非動脈炎性虚血性視神経症と前部視神経炎との鑑別への有用性筆者らは,このLSFGが視神経疾患の診断に応用できないか検討している.成人の急激な視力障害を呈する視神経疾患の代表は,非動脈炎性虚血性視神経症(nonarteriticischemicopticneuropathy:NAION)と視神(36) 経炎(opticneurtitis:ON)である.臨床の場では,この両者の鑑別に難渋する場合をしばしば経験する.これは,視神経所見や視野所見などの眼科的検査所見だけでは,鑑別がむずかしいこと13,14)がいわれており,日本人では視神経炎に典型的な眼球運動痛が56%にしか認めず,乳頭浮腫を生じる前部視神経炎(anteriorON:AON)を呈する場合が50%に認められると報告15)されている.つまり,急性の視力障害を呈し,乳頭浮腫を認めているものをきちんと鑑別することは意外にむずかしいこととなる.NAIONの病因は,視神経乳頭の血流供給の中心となる短後毛様体動脈の急性虚血の結果であると考えられている.短後毛様体動脈は篩状板レベルの強膜内に入り,存在に関しては議論があるもののZinn-Haller動脈輪を形成するとされる.同部分は相互の血管吻合が少ないため,この分水嶺での血流低下がNAIONを生じると考えられている.LSFG-NAVIのレーザー波長は830nmであり,眼底においては脈絡膜循環が92%,網膜循環が8%に反映することが知られている.つまり,このLSFGはNAIONの虚血部位である篩状板レベルの血流を鋭敏に反映していることが考えられ,視神経乳頭の血流評価において強力な武器になりうる可能性があり,そabdれを利用することを考えた.ここで代表例を1例ずつ提示する.症例1:64歳,男性.5日前より右眼下方のかすみを自覚した.眼痛,眼球運動痛はなかった.既往歴として糖尿病がみられた.視力は右眼(0.8),左眼(1.0),対光反応は右眼遅鈍で不完全,右眼はRAPD(relativeafferentpupillarydefect)陽性であった.視神経乳頭は乳頭浮腫(図2a),視野は下方水平半盲様の視野欠損(図2b)であった.LSFGにて患眼視神経(図2c)MT値は6.2であったのに対して,僚眼(図2d)は12.1と患眼の明らかな血流低下が示唆された.その後,視機能障害の変化はなく,6カ月後の評価のうえで虚血性視神経症と診断した.症例2:70歳,女性.7日前より右眼が暗く見えるとの訴えで受診した.眼痛,眼球運動痛はなかった.視力は右眼(0.7),左眼(1.0),対光反応は右眼遅鈍で不完全,右眼はRAPD陽性であった.視神経乳頭は乳頭浮腫(図3a),視野検査(図3b)にて下方に感度低下を認めた.LSFGでの患眼視神経MT値は14.3であり,僚眼の13.2よりも高値を示し,患眼での僚眼と比較して血流増加が示唆された.ステロイドパルス治療後,最終視力は1.0,視野も改善し,前部視神経炎と考えられた.abcd図2NAION症例(症例1)図3A.ON症例(症例2)a:右眼眼底写真,b:静的視野検査,c:LSFG患眼,a:右眼眼底写真,b:静的視野検査,c:LSFG患眼,d:LSFG僚眼.d:LSFG僚眼.(37)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012759 この2症例は,急性発症で眼球運動痛を伴わず,視野障害も下方水平半盲様の視野障害を呈した症例であった.初診時に対光反応を評価したのちに,散瞳検査へと進んでいく検査のなかでLSFGの撮影を行った.明らかなNAIONの症例では血流低下を示し,A-ONの症例では血流のわずかな上昇を示す結果であった.この結果から,両者の鑑別にLSFGが有用である可能性が示唆され,さらなる検討を行っている.IV蛍光眼底造影との比較NAIONでは短後毛様体動脈の閉塞により,視神経乳頭周囲の脈絡膜循環不全を生じることが知られている.そこで,フルオレセイン蛍光眼底造影(FAG)と比較を行うと,FAGでの低蛍光を示す領域に一致してLSFG画像においても血流量の低下を示しており,結果は一致するものであった(図4).しかし,NAION症例の全例で視神経乳頭周囲の脈絡膜循環不全を生じているわけではなかった.これは,血管閉塞部位に関連するものと考えるが,以前の蛍光眼底造影での報告と一致した.V今後の課題撮影時の問題としては,角膜,水晶体の混濁の影響を受けやすいことがあげられる.白内障Emery-Little分類でgrade2程度までの白内障であれば問題ないものの,それより強い白内障があると画像が不鮮明となる.撮影時間が約4秒程度であり,固視不良の症例ではやや信頼性のある画像を得るのがむずかしい印象である.また,評価法では撮影で得られるMBRの値をどのように評価していくか検討が必要である.それは,MBRが絶対値ではなく,相対値であり,単純に他の個体・組織との比較ができないためである.今回の検討では,片眼性の症例を選び,比較対象を眼疾患のない僚眼を選択し,評価を行った.今後,健常人のデータも蓄積していき,測定値での個人間での直接比較ができるようになれば,さらに研究は進むものと考える.両眼性の乳頭浮腫を呈する疾患である両側前部視神経炎や原田病,うっ血乳頭などの症例に対しても撮影を行い,評価方法を検討していく必要があるものと考え,研究を進めている.760あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012abcd図4NAION症例におけるLSFG画像とフルオレセイン蛍光眼底造影(FAG)との比較a:眼底写真,b:FAG早期相,c:LSFG患眼,d:LSFG僚眼.おわりにこのLSFGは,検討しなければならない点はあるものの非常に手軽に,早期診断への一助となる可能性があり,非常に魅力的な評価機器であるといえる.今回示した結果からも片眼性の乳頭浮腫を認める視神経疾患であれば,まずLSFGを撮影することで乳頭血流の情報が得られ,診断に活かされる可能性がある.現在,血流量の比較のみではなく,さらに血流波形の解析なども進んできている.さまざまな疾患に対しての応用もされてきており,新たな知見が得られている.神経眼科の領域においても,今後このLSFGを用いた血流動態の解析が進むことで疾患の病態解明が進み,治療への発展がなされていくことを期待する.文献1)HiroseS,SaitoW,YoshidaKetal:ElevatedchoroidalbloodflowvelocityduringsystemiccorticosteroidtherapyinVogt-Koyanagi-Haradadisease.ActaOphthalmol86:902-907,20082)小暮朗子,田村明子,三田覚ほか:網膜静脈分枝閉塞症における静脈血流速度と黄斑浮腫.臨眼65:1609-1614,2011(38) 3)坂本理之,山本裕弥,田野良太郎ほか:レーザースペックルによる抗血管内皮増殖因子薬投与前後の血流測定.臨眼65:461-464,20114)新田文彦,國方彦志,中澤徹:レーザースペックルフローグラフィを用いた光線力学療法後の血流解析.臨眼65:863-868,20115)TamakiY,AraieM,TomitaKetal:Real-timemeasurementofhuanopticnerveheadandchoroidcirculationusingthelaserspecklephenomenon.JpnJOphthalmol41:49-51,19976)YaoedaK,ShirakashiM,FunakiSetal:MeasurmentofmicrocirculationintheopticnerveheadbylaserspeckleflowgraphyandscanninglaserDopplerflowmetry.AmJOphthalmol129:734-739,20007)柴田真帆,杉山哲也,小嶌祥太ほか:LSFG-NAVITMを用いた視神経乳頭辺縁部組織血流の領域別評価.あたらしい眼科27:1279-1285,20108)YokoyamaY,AizawaN,ChibaNetal:Significantcorrelationsbetweenopticnerveheadmicrocirculationandvisualfielddefectsandnervefiberlayerlossinglaucomapatientswithmyopicglaucomatousdisk.ClinOphthalmol5:1721-1727,20119)廣石悟朗,廣石雄二郎,藤居仁:トラボプロストとタフルプロストによる視神経乳頭循環への影響.臨眼65:471474,201110)杉山哲也,柴田真帆,小嶌祥太ほか:タフルプロスト点眼による原発開放隅角緑内障眼の視神経乳頭血流変化.臨眼65:475-479,201111)大黒幾代,片井麻貴,田中祥恵ほか:併用薬の違いによる1%ドルゾラミドの視神経乳頭の血流増加作用.あたらしい眼科28:868-873,201112)前田祥恵,今野伸介,松本奈緒美:CCDカメラを用いた新しいレーザースペックルフローグラフィーによる健常人における視神経乳頭および脈絡膜組織血流測定.眼科48:129-133,200613)WarnerJE,LessellS,RizzoJF,NewmanNJ:Doesopticnerveappearancedistinguishischemicopticneuropathyfromopticneuritis?ArchOphthalmol115:1408-1410,199714)RizzoJ,LessellS:Opticneuritisandischemicopticneuropathy.ArchOphthalmol109:1666-1673,199115)WakakuraM,Minei-HigaR,OonoSetal:BaselinefeaturesofidiopathicopticneuritisasdeterminedbyamulticentertreatmenttrialinJapan.JpnJOphthalmol43:127-133,1999(39)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012761

乳頭周囲網膜神経線維層厚の測定

2012年6月30日 土曜日

特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):750.756,2012特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):750.756,2012乳頭周囲網膜神経線維層厚の測定MeasurementofPeripapillaryRetinalNerveFiberLayerThickness宮本和明*はじめに網膜神経線維層は,網膜神経節細胞から出た軸索で構成されている.つまり,網膜神経線維層を観察することで,間接的に網膜神経節細胞を評価することが可能である.特に視神経乳頭周囲の網膜神経線維層は,視神経乳頭縁を通過する神経線維の数を反映し,これはすなわち,網膜神経節細胞の数とほぼ同じと考えられるので,乳頭周囲網膜神経線維層の評価は視神経疾患の病態診断に有用である.網膜神経線維層は,網膜神経線維層の厚みを測定することで評価できるが,非侵襲的に網膜神経線維層厚を測定できる診断機器が開発され,技術の進歩と相まって,神経線維層厚をμm単位の正確さで簡便に評価することが可能となった.これにより,網膜神経線維層の評価が容易となったが,測定する機器ごとに測定原理が異なるため,そのことをよく理解して測定結果を検討しないと,病態によっては誤った評価をしてしまう可能性がある.本稿では,乳頭周囲網膜神経線維層厚を測定する機器について,測定原理とその特性について概説し,その機器を用いての視神経疾患の評価,特に視神経乳頭が腫れている場合の測定結果とその測定結果の差異から乳頭腫脹の原因疾患を鑑別できるかどうか,その臨床応用の可能性について述べる.I乳頭周囲網膜神経線維層厚の測定機器について乳頭周囲網膜神経線維層厚を測定する代表的な機器として,現在おもに,GDx(GarlZeissMeditecInc.,Dublin,CA)に代表される走査レーザーポラリメータ(scanninglaserpolarimeter:SLP)と光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)の2つがあげられる.1.走査レーザーポラリメータ(scanninglaserpolarimeter:SLP)SLPは,神経節細胞軸索の有する構造性複屈折を利用し,偏光レーザーの眼底照射後に返ってくる速度の異なる2つの反射光の位相差(遅延)を測定することで,網膜神経線維層厚を数値化している1).複屈折とは,光線がある物質を透過したときに,その偏光の状態によって,2つの光線に分けられる性質のことをいう.細い管状のものが同じ方向に規則正しく配列している構造は複屈折性を有し,眼底では網膜神経線維内に存在する細胞骨格(特に微小管)や細胞膜,ミトコンドリアがそれに相当する2).その規則正しい配列の方向へは光線を入射しても光線が分かれず,その方向を光学軸という.この光学軸に垂直な光線を入射した場合,その光線が直交する2つの成分をもっていると,それぞれの反射光が位相差を生じる.SLPはこの位相差の量を測定し,一定の*KazuakiMiyamoto:京都大学大学院医学研究科眼科学〔別刷請求先〕宮本和明:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54京都大学大学院医学研究科眼科学あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(00)750750750(28)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY 比率で変換して網膜神経線維層厚を評価する.ここで注意しなければならないのは,SLPによる網膜神経線維層厚の評価の対象は神経線維の「複屈折」であり,太さそのものではないということである3).2.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)OCTは,近赤外光によって眼底組織を走査し,反射光の干渉現象によって網膜神経線維層厚を測定する.具体的には,光源として波長850nmの近赤外線低干渉光を用い,これを測定光と基準光に二分して,眼組織で反射した反射測定光とリファレンスミラーで反射した反射基準光の光エコーの時間的ずれとエコー波の強度を検出する.この光学的干渉測定によって得られた眼底の二次元的組織断層像をコンピュータ処理して画像化し,この断層像から網膜神経線維層を抽出してその厚みを測定する4).すなわち,OCTによる網膜神経線維層厚の評価の対象は,神経線維の太さそのものであるといえる5).このようにSLPとOCTは,測定原理の違いにより,網膜神経線維の評価対象が異なるため,測定結果による網膜神経線維層の評価の際には,十分注意する必要がある.II網膜神経線維層が薄くなっている場合の乳頭周囲網膜神経線維層厚について緑内障や視神経萎縮など,網膜神経線維層が薄くなる疾患の乳頭周囲網膜神経線維層厚の測定については,SLPの代表的機器であるGDxとOCTはともにその威力を発揮する.図1は,緑内障症例の眼底写真であるが,矢尻で示している位置に網膜神経線維層欠損(nervefiberlayerdefect:NFLD)がみられている.この症例の乳頭周囲網膜神経線維層厚の測定をGDxを用いて行うと,図2に示すように,矢印の箇所に眼底のNFLDの存在する部位に対応して,網膜神経線維層の菲薄化がみられる.OCTでも同様に,同じ部位に網膜神経線維層の菲薄化がみられる(図3).このように,網膜神経線維層が薄くなっている場合は,GDxでの測定結果とOCTでの測定結果は非常によく似たパターンを示す.(29)図1緑内障症例の眼底写真(症例1)矢尻で示している位置に,網膜神経線維層欠損(nervefiberlayerdefect:NFLD)がみられる.RightFundusImageRightNerveFiberThicknessMapRightDeviationMap(fromNormal)RightNerveFiberLayer図2症例1のGDxで測定した乳頭周囲網膜神経線維層厚矢印で示す箇所に,眼底のNFLDの存在する部位に対応して網膜神経線維層の菲薄化がみられる.ちなみに,網膜神経線維層が正常もしくは薄くなっている症例において,GDxとOCTのそれぞれで測定した乳頭周囲網膜神経線維層厚の平均値をプロットすると,図あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012751 2001000TSNIT図3症例1のOCTで測定した乳頭周囲網膜神経線維層厚GDxでの測定結果と同様,矢印で示す箇所に,眼底のNFLDの存在する部位に対応して網膜神経線維層の菲薄化がみらTUSTSNNUNLINITTLれる.706050403020GDxによる測定値r=0.89406080100120140OCTによる測定値図4網膜神経線維層が正常もしくは薄くなっている症例におけるGDxとOCTで測定した乳頭周囲網膜神経線維層厚の平均値両者の測定値は強い正相関を示し,両者による乳頭周囲の網膜神経線維層の評価はほぼ同じと考えられる.4に示すように,両者の測定値は強い正相関を示す(自験例).III網膜神経線維層が厚くなっている場合の乳頭周囲網膜神経線維層厚について網膜神経線維層が薄くなる疾患に比べて,うっ血乳頭や虚血性視神経症,乳頭炎など,視神経乳頭が腫脹することによって網膜神経線維層が厚くなる疾患の乳頭周囲図5虚血性視神経症症例の眼底写真(症例2)視神経乳頭全体に腫脹と周囲に網膜出血を認める.網膜神経線維層厚の測定についてはあまり議論がなされていない.網膜神経線維層が薄くなる場合は,神経線維の数の減少はただちに神経線維層の厚みに反映されるため,神経線維の数の測定と神経線維層の厚みの測定はほぼ同義と考えて問題ないが,網膜神経線維層が厚くなる場合,その原因は個々の網膜神経線維の太さが太くなることであって,神経線維の数が増加するためではない.752あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(30) Microns3002001000TEMPSUPRightFundusImageRightNerveFiberThicknessMapRightDeviationMap(fromNormal)RightNerveFiberLayer図7症例2のGDxで測定した乳頭周囲網膜神経線維層厚ほぼ全周で95パーセンタイル値より小さい値を示し,視神経乳頭が腫脹しているとは言い難い結果である.すなわち,網膜神経線維層が厚くなる場合の網膜神経線維層の評価において,神経線維の「数」を測定して評価するGDxでの測定結果と神経線維の「太さ」を測定して評価するOCTでの測定結果には,乖離が生じるであろうことは容易に予想される.実際の症例を示す.図5は前部虚血性視神経症の症例で,視神経乳頭全体に腫脹と周囲に網膜出血を認める.この症例の乳頭周囲網膜神経線維層厚の測定をOCTを用いて行うと,図6に示すように,全周にわたり95パーセンタイル値を超えて神経線維層厚が厚くなっているというデータを示し,視神経乳頭の外観をよく反映している結果となる.つぎに,020406080100120140160180200220240図6症例2のOCTで測定した乳頭周囲網膜神経線維層厚全周にわたり95パーセンタイル値を超えて神経線維層厚が厚くなっているというデータを示し,視神経乳頭の外観をよく反映している.NASINFTEMP同症例の乳頭周囲網膜神経線維層厚をGDxを用いて測定すると,図7に示すように,ほぼ全周で95パーセンタイル値より小さい値を示し,到底視神経乳頭が腫脹しているとは言い難い結果となった.両測定機器の結果には明らかに乖離があり,特に乳頭の上方と下方では,GDxではむしろ薄くなっているというまったく正反対の結果となっていた.乳頭腫脹の症例をもう1例示す.図8はうっ血乳頭の症例で,両眼に頭蓋内圧亢進による乳頭腫脹がみられる.この症例の乳頭周囲網膜神経線維層厚をOCTを用いて測定すると,図5の症例と同様に,両眼ともほぼ全周にわたって95パーセンタイル値を超えて神経線維層厚が厚くなっているというデータを示し,視神経乳頭の外観をよく反映している結果となる(図9).ところが,GDxを用いて測定すると,図5の症例同様,神経線維層厚が厚くなっているという所見は得られず,両眼ともほぼ全周にわたって95パーセンタイル値より小さい値を示し,ごく普通の神経線維層厚であるかのような結果となった(図10).このように,OCTとGDxの測定結果に乖離が生じる理由は,上で述べたように両者の測定原理の違いにある.視神経乳頭が腫れるということは,軸索輸送のうっ滞による神経軸索の腫脹がその本態で,軸索は太くなるが,GDxが測定対象とする神経線維内の細胞骨格などが増えるわけではない.つまり乳頭腫脹時の乳頭周囲網膜神経線維層厚は,GDxで測定すると,評価対象が軸索の「数」なのでその値は不正確となり,OCTで測定すると,評価対象が軸索の「太さ」なので,測定値は実際の値に近いということになり,乳頭腫脹時の乳頭周囲網膜神経線維層厚の評価には,OCTを用いるべきと考えられる6).(31)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012753 右眼右眼左眼図8うっ血乳頭症例の眼底写真(症例3)両眼に頭蓋内圧亢進による乳頭腫脹がみられる.右眼左眼図9症例3のOCTで測定した乳頭周囲網膜神経線維層厚症例2と同様に,両眼ともほぼ全周にわたって95パーセンタイル値を超えて神経線維層厚が厚くなっているというデータを示し,視神経乳頭の外観をよく反映している.754あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(32) RightDeviationMap(fromNormal)90RightNerveFiberLayer90RightNerveFiberLayer80GDxによる測定値160701406012050100806040304020200501001502002503003504004500右眼OCTによる測定値LeftDeviationMap(fromNormal)図11乳頭腫脹症例(虚血性視神経症12眼,うっ血乳頭27LeftNerveFiberLayer眼)におけるGDxとOCTで測定した乳頭周囲網膜神160経線維層厚の平均値140データの分布に一定の傾向はなく,網膜神経線維層が正常もし120くは薄い症例にみられたような相関関係は弱いように見える.1008090604080GDxによる測定値7020060左眼50図10症例3のGDxで測定した乳頭周囲網膜神経線維層厚40症例2のGDxで測定した結果と同様に,神経線維層厚が厚く30なっているという所見は得られず,両眼ともほぼ全周にわたって95パーセンタイル値より小さい値を示し,ごく普通の神経線維層厚であるかのような結果である.IV乳頭腫脹症例において,GDxとOCTの測定結果の差異からその原因疾患を鑑別できるか?図11に,乳頭腫脹症例においてGDxとOCTのそれぞれで測定した乳頭周囲網膜神経線維層厚の平均値をプロットしたものを示す.乳頭腫脹症例の内訳は,虚血性視神経症12眼,うっ血乳頭27眼である.データの分布に一定の傾向はなく,図4の網膜神経線維層が正常もしくは薄い症例にみられたような相関関係は弱いように見える.このデータは,虚血性視神経症とうっ血乳頭という2つの異なる病態が一緒になっているので,それぞれを区別してプロットすると,図12のようになる.それぞれの症例ごとで回帰直線を引くと,虚血性視神経症による乳頭腫脹では,GDxとOCTによる測定結果の乖離の程度がよりひどくなる傾向が見て取れる.これは,両疾患の乳頭腫脹発症メカニズムの差や,微小管などの細胞骨格の破綻,ミトコンドリアの腫大の程度の差な(33)20050100150200250300350400450OCTによる測定値図12図11のデータを虚血性視神経症とうっ血乳頭を区別してプロットしたGDxとOCTによる乳頭周囲網膜神経線維層厚の平均値●:うっ血乳頭,△:虚血性視神経症.実線はうっ血乳頭の,破線は虚血性視神経症の回帰直線.虚血性視神経症による乳頭腫脹では,GDxとOCTによる測定結果の乖離の程度がよりひどくなる傾向が見て取れる.ど,病理学的異常の差が原因である可能性がある.いずれにしても,乳頭が腫れている場合,GDxでは乳頭周囲網膜神経線維層厚の測定値は正確ではないが,OCTでの測定値と比較することで,その測定値の乖離の程度の大きさによって,乳頭腫脹の原因疾患を鑑別できる可能性が示唆される.おわりに乳頭周囲網膜神経線維層厚の測定は,視神経の状態を客観的に評価することができ,視神経疾患の病態の理解に大きく貢献する.その測定には,おもにSLPを代表するGDxとOCTが用いられるが,それらの測定原理あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012755 とその特性を十分に理解して結果を検討しないと,誤った解釈をしてしまう可能性がある.結論として,網膜神経線維層が薄くなる疾患については,GDxとOCTのどちらを用いて評価しても問題はないが,網膜神経線維層が厚くなる疾患については,その評価にはOCTを用いるべきで,GDxは用いるべきではない.ただし,網膜神経線維層が厚くなっているときのGDxによる乳頭周囲網膜神経線維層厚の測定値をOCTで測定した値と比較することで,その原因を特定できる可能性がある.文献1)WeinrebRN,DreherAW,ColemanAetal:HistopathologicvalidationofFourier-ellipsometrymeasurementsofretinalnervefiberlayerthickness.ArchOphthalmol108:557-560,19902)HuangXR,KnightonRW:Microtubulescontributetothebirefringenceoftheretinalnervefiberlayer.InvestOphthalmolVisSci46:4588-4593,20053)BanksMC,Robe-CollignonNJ,RizzoJF3rdetal:Scanninglaserpolarimetryofedematousandatrophicopticnerveheads.ArchOphthalmol121:484-490,20034)SchumanJS,HeeMR,PuliafitoCAetal:Quantificationofnervefiberlayerthicknessinnormalandglaucomatouseyesusingopticalcoherencetomography.ArchOphthalmol113:586-596,19955)SchumanJS,Pedut-KloizmanT,PakterHetal:Opticalcoherencetomographyandhistologicmeasurementsofnervefiberlayerthicknessinnormalandglaucomatousmonkeyeyes.InvestOphthalmolVisSci48:3645-3654,20076)SaviniG,BellusciC,CarbonelliMetal:DetectionandquantificationofretinalnervefiberlayerthicknessinopticdiscedemausingstratusOCT.ArchOphthalmol124:1111-1117,2006756あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(34)