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視神経疾患のOCTとHumphrey静的視野検査

2012年6月30日 土曜日

特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):743.749,2012特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):743.749,2012視神経疾患のOCTとHumphrey静的視野検査OCTandVisualFieldbyHumphreyFieldAnalyzerinOpticNerveDisease藤本尚也*横山暁子*はじめに近年,網膜の層構造を近赤外光を用いて解析する光干渉断層計(OCT)が開発され,スキャンスピード,演算法の改良でより多くのスキャン数が可能となったスペクトラルドメインOCTが主流となり,網膜解像度の上昇と網膜層の分層化も細かくできるようになった.視神経乳頭周囲網膜神経線維層だけでなく,網膜神経節細胞層も検出でき,黄斑部網膜内層の解析も可能となった.CirrusOCT(CarlZeiss)は乳頭を中心に6×6mmの範囲で,200×200スキャンで,乳頭および乳頭周囲の網膜神経線維層厚を測定する.2,500(50×50)ピクセルの面で網膜神経線維層厚の分布(deviationmap)を表す.正常からの確率表示で,赤(1%未満),黄(5%未満)で示される.基本視神経周囲すべての線維をカバーするので視野は全視野となる.乳頭解析は辺縁部面積(rimarea),陥凹乳頭比(C/Dratio)などを示す.黄斑部網膜内層厚は6×6mmの範囲で200×200スキャン,512×128スキャンで,1°ごと360本の解析を車軸上に行う.GCA(ganglioncellanalysis)は網膜神経節細胞および内網状層厚を測定し,その分布(deviationmap)を表す.平均(average)の厚み,360本のなかで最小(minimum)軸の厚みを示し,黄斑部を6セクターに分け,それぞれ平均の厚みを示し,正常からの確率表示で,赤(1%未満),黄(5%未満)で示される.測定範囲は中心窩を中心に約10°となる.再現性1),緑内障性異常検出2)にすぐれている.乳頭黄斑線維部の障害が明確図1CirrusOCT黄斑部網膜内層厚解析(GCA)プリントアウトの見方A:Signalstrengthを確認(6以上).B:temporalraphesignの確認,背景の明るさのチェック.C:乳頭黄斑線維障害の有無のチェック(右眼は右,左眼は左).D:垂直線で黄斑分割される障害のチェック.E:緑内障性障害のチェック(耳側障害が多い).F:6セクターの異常チェック.G:平均(average)厚,最小(minimum)厚の異常チェック.*NaoyaFujimoto&AkikoYokoyama:井上記念病院眼科〔別刷請求先〕藤本尚也:〒260-0027千葉市中央区新田町1-16井上記念病院眼科0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(21)743 にわかり,右眼は右,左眼は左が乳頭黄斑線維部である(図1).I視神経疾患においてOCT異常と視野異常とどちらが先行するのか視神経疾患でOCT異常が視野より先行するのは,緑内障性視神経障害である.網膜神経節細胞死がある程度の割合で生ずれば,視野障害となる.緑内障で視野障害が先行するのは,眼圧が高度に上昇した虚血が関与した場合である.他の視神経疾患,視神経炎,虚血性視神経症,圧迫性視神経症,外傷性視神経症などは視野障害が先行し,網膜神経節細胞の消失が後に生じる.脱髄,虚血,圧迫が急性期の視野障害の原因となり,後に網膜神経節細胞の障害が生じ,慢性期の視野障害となりOCT所見と視野所見が一致する.視交叉部の腫瘍では,網膜神経線維層,網膜神経節細胞の障害が軽度であれば,腫瘍除去で,視野が改善しうる3).II視神経疾患のOCT所見1.緑内障性視神経障害OCTでは乳頭周囲網膜神経線維層の菲薄,黄斑部網膜神経節細胞の消失をきたす.網膜神経線維層は耳側を中心に菲薄化し,後期となると,全体に菲薄化する.OCTによる乳頭周囲網膜神経線維層厚とHumphrey視野30-2の全体的な視野指標MD(平均偏差)は相関を示す4,5)が,ごく初期例はOCTの変化のみが起こる.網膜神経線維層厚の経時変化とHumphrey視野経時変化は全体でみると必ずしも一致しない6).黄斑部網膜神経節細胞は,原則黄斑耳側から障害が始まり,網膜神経線維に沿って鼻側へ進行していく.黄斑部網膜神経節細胞の耳側の障害は上下にtemporalrapheで障害の程度差から分離すること(temporalraphesign)が特徴で(図2),CirrusOCTのGCAで緑内障眼の約7割に認められる.その他の疾患では網膜動脈分枝閉塞症,網膜静脈分枝閉塞症,虚血性視神経症などでもみられる.乳頭周囲網膜神経線維層厚と黄斑部網膜神経節細胞厚の経時変化はある程度相関する.黄斑部網膜内層厚解析で6×6mmの範囲では視野約10°(10-2)が対応する(図3).2.視神経炎,外傷性視神経症急性期,OCTでは正常所見か網膜神経線維の腫大により,乳頭周囲の網膜神経線維層厚は増加する.その図2緑内障性視神経障害左はOCT黄斑部網膜内層厚解析(GCA)で右眼の耳側に障害の上下差を示すtemporalraphesign(矢印)で緑内障性変化の特徴と考える.右上は右眼で,下方から鼻側に異常を示すが,背景が暗く,右下は散瞳して再検すると異常はほぼ消失するので,ノイズと考える.744あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(22) 30-210-10-2GCARNFL図348歳,女性,右眼正常眼圧緑内障左上段はHumphrey視野30-2サマリーで,下方視野の悪化を示す.右上段はHumphrey視野10-2でも下方視野に悪化を示し,右中段はOCT黄斑部網膜内層厚解析(GCA)でも視野に対応する上方部分が悪化(矢印),右下段はOCT乳頭周囲網膜神経線維層厚(RNFL)でも上方網膜神経線維層菲薄化(矢印)をきたしている.後,網膜神経線維層の菲薄化,網膜神経節細胞の消失をきたし(図4),障害部位に対応した視野異常の障害となる.外傷か詐病かの視神経萎縮の鑑別診断にOCT所見が最も有用となる.3.虚血性視神経症急性期は網膜神経線維の腫大により,OCTで乳頭周囲網膜神経線維層厚は増加する.その後,網膜神経線維層の菲薄化,網膜神経節細胞の消失をきたし障害部位に対応した視野異常となる(図5).4.視神経低形成視神経全体の低形成では,先天的に全体の網膜神経線(23)維層の菲薄,部分低形成は,低形成部の網膜神経線維層の菲薄をきたし,その部に対応した視野異常となる.しかし,部分低形成でもびまん性に網膜神経線維層の菲薄をきたすことが報告されている7,8).視神経低形成のうちで上方視神経低形成では経過によって緑内障性変化をきたすことがあり,OCTおよびHumphrey視野計による経過観察が必要である9).5.圧迫性障害,外傷性障害(視交叉,視索)腫瘍,外傷による視神経,視交叉,視索の障害で,逆行性変性による視神経萎縮がOCTの網膜神経線維層厚および網膜神経節細胞の障害で明確になる.両耳側半盲の乳頭周囲網膜神経線維層は鼻側と乳頭から黄斑を通るあたらしい眼科Vol.29,No.6,2012745 左30-30-2右RNFLGCA図460歳,女性,両視神経炎後視神経萎縮(右下段)視力両眼1.2,Humphrey視野30-2(左上段)正常と改善した.左下段:OCT黄斑部網膜内層厚解析(GCA),右上段:OCT乳頭周囲網膜神経線維層厚(RNFL)で高度の菲薄をきたしている.30-2GCARNFL図575歳,男性,左前部虚血性視神経症急性期左乳頭腫脹(左上段),上方視野欠損をきたし,3カ月後,視神経萎縮を呈した(右下段).中央上段:OCT黄斑部網膜内層厚解析(GCA)で下方に異常を呈し,中央2段目:OCT左乳頭周囲網膜神経線維層厚(RNFL)で上下の菲薄を呈し,右上段:Humphrey視野30-2も上を中心に狭窄を呈した.746あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(24) 左左30-2右左30-2右GCARNFL図641歳,女性,頭蓋咽頭腫上段:Humphrey視野30-2では,両耳側半盲,左上:nasalcyclingをきたし,中段:OCT黄斑部網膜内層厚解析(GCA)で黄斑を通る垂直線で分割される両鼻側の異常と左下耳側に伸びる異常,下段:OCT乳頭周囲網膜神経線維層厚(RNFL)で両乳頭黄斑線維障害と鼻側の菲薄を呈した.xx図7視交叉病変による両耳側半盲をきたす,逆行性視神経萎縮の模式図黒線が網膜神経線維の障害(乳頭黄斑線維と鼻側),水色領域が網膜神経節細胞の障害,青色円はOCT黄斑部網膜内層厚解析(GCA)領域.(25)GCARNFL図844歳,女性,左外傷性視索障害上段:Humphrey視野30-2では,右同名半盲,中段:OCT黄斑部網膜内層厚解析(GCA)で黄斑を通る垂直線で分割される右鼻側の異常,垂直線で分割される左耳側の異常,下段:OCT乳頭周囲網膜神経線維層厚(RNFL)で右乳頭黄斑線維障害と鼻側の菲薄,左上下耳側の菲薄を呈した.xx図9視索病変による右同名半盲をきたす,逆行性視神経萎縮の模式図黒線が網膜神経線維の障害(右:乳頭黄斑線維と鼻側,左:上下耳側),水色領域が網膜神経節細胞の障害,青色円はOCT黄斑部網膜内層厚解析(GCA)領域.あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012747 右右R左GCARNFL図1052歳,女性,両後頭葉梗塞MRI(磁気共鳴画像)のT2強調画像(左)で両側後頭葉の高信号(矢印)を認めた.右上段:Humphrey視野30-2では,両側同名半盲,右中段:OCT黄斑部内層厚解析(GCA)にて黄斑左側垂直線で分割される右耳側の異常,黄斑左側垂直線で分割される左鼻側の異常,右下段:OCT乳頭周囲網膜神経線維層厚(RNFL)では明らかな菲薄を認めなかった.垂直線まで乳頭黄斑部障害をきたし,黄斑部網膜内層厚では黄斑を通る垂直線で分割される両鼻側異常をきたす(図6,7).同名半盲の乳頭周囲網膜神経線維層は,耳側半盲側は両耳側半盲と同じで鼻側と乳頭黄斑部障害をきたし,鼻側半盲側は,上下の耳側網膜神経線維層の菲薄をきたす.黄斑部網膜内層厚では耳側半盲側は黄斑を通る垂直線で分割される鼻側異常,鼻側半盲側は垂直線で分割される耳側異常をきたす(図8,9).視野の両耳側半盲,同名半盲ともOCT黄斑部網膜内層厚は同じ側の障害となる.視交叉部腫瘍において術前の黄斑部網膜内層厚は,腫瘍切除術後の視野障害の程度と一致し3),術前網膜神経節細胞が保たれていれば,視野は改善する.6.脳梗塞外側膝状体梗塞は,逆行性変性により,視神経萎縮をきたし,OCTの網膜神経線維層厚,網膜神経節細胞の障害をきたす.問題は神経シナプスをかえた視放線以後の中枢での脳梗塞でも網膜神経節細胞の消失をきたすことがある(図10)10).後頭葉梗塞での網膜神経節細胞の消失は,シナプスをこえた逆行性変性なのか,後大脳動脈枝の外側後脈絡叢動脈閉塞による外側膝状体梗塞の影響なのかは今後の検討で明確となるだろう.IIIOCT所見と視野所見視神経疾患においてOCTの所見から必ずしも視野異常を読むことはできない(図4).OCT所見はあくまで,細胞や神経の厚みを測定しているだけで,機能を反映し30-2748あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(26) ていない.また,どの程度の神経線維,細胞障害で,視野障害をきたすのかは,疾患によって異なる.ただ,OCTを測定することによって,半盲性疾患を検出でき,内頸動脈瘤による視索障害も検出しうる.特に黄斑部網膜内層厚の解析は,視野の10°と限られた範囲とはいえ,緑内障,半盲,乳頭黄斑線維障害などにすぐれた異常検出することができるので,神経眼科領域でルーチン検査として用いるべきであろう.ただ,OCTの黄斑部網膜内層厚に障害がないからといって,視野の半盲性疾患を否定できるわけではないので注意を要する.中枢からの逆行性の網膜神経節細胞障害は,ある程度の障害(外傷),圧迫と時間を要する.■用語解説■Temporalraphe:耳側網膜での水平分離線を,temporalraphe(縫線)という.神経線維がtemporalrapheで上下に分かれていて,交通はない.乳頭黄斑線維:黄斑から乳頭へ向かう神経線維で,その部の障害は中心視野,視力に影響を及ぼす.逆行性変性:神経線維が,細胞体へ向かって変性していくことで,眼では外側膝状体,視索,視交叉から視神経萎縮,網膜神経節細胞死をきたす.文献1)MwanzaJC,OakleyJD,BudenzDLetal:Macularganglioncell-innerplexiformlayer:Automateddetectionandthicknessreproducibilitywithspectraldomain-opticalcoherencetomographyinglaucoma.InvestOphthalmolVisSci52:8323-8329,20112)MwanzaJC,DurbinMK,BudenzDLetal:Gangliondiagnosticaccuracyofganglioncell-innerplexiformlayerthickness:Comparisonwithnervefiberlayerandopticnervehead.InvestOphthalmolVisSci,inpress3)MoonCH,HwangSC,KimBTetal:Visualprognosticvalueofopticalcoherencetomographyandphotopicnegativeresponseinchiasmalcompression.InvestOphthalmolVisSci52:8527-8533,20114)LeungCK,ChengCY,WeinrebRNetal:Retinalnervefiberlayerimagingwithspectral-domainopticalcoherencetomography.Avariabilityanddiagnosticperformancestudy.Ophthalmology116:1257-1263,20095)横山暁子,藤本尚也:緑内障におけるspectraldomainOCTによる網膜神経線維厚と視野との相関.眼科52:1077-1082,20106)LeungCK,ChiuV,WeinrebRNetal:Evaluationofretinalnervefiberlayerprogressioninglaucoma.Acomparisonbetweenspectral-domainandtime-domainopticalcoherencetomograpghy.Ophthalmology118:1558-1562,20117)LeeHJ,KeeC:OpticalcoherencetomographyandHeidelbergretinatomographyforsuperiorsegmentaloptichypoplasia.BrJOphthalmol93:1468-1473,20098)HayashiK,TomidokoroA,KonnoSetal:Evaluationofopticnerveheadconfigurationsofsuperiorsegmentaloptichypoplasiabyspectral-domainopticalcoherencetomography.BrJOphthalmol94:768-772,20109)藤本尚也:視神経低形成と緑内障との鑑別と合併.神経眼科24:426-432,200710)YamashitaT,MikiA,IguchiYetal:Reducedretinalganglioncellcomplexthicknessinpatientswithposteriorcerebralarteryinfarctiondetectedusingspectral-domainopticalcoherencetomography.JpnJOphthalmol,inpress(27)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012749

視神経炎に抗AQP4抗体を検査すべきか? 治療法は変わるか?

2012年6月30日 土曜日

特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):736.742,2012特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):736.742,2012視神経炎に抗AQP4抗体を検査すべきか?治療法は変わるか?ShouldAnti-AQP4AntibodyBeExaminedforEveryPatientwithIsolatedOpticNeuritis?DoesPositiveAnti-AQP4AntibodyTiterChangeTreatmentProtocol?中村誠*はじめに抗アクアポリン(aquaporin:AQP)4抗体が視神経脊髄炎(neuromyelitisoptica:NMO)の病因であるという発見は,今世紀になって神経眼科分野に登場した,正にエポックメイキングな出来事である1,2).AQP4抗体の発見により,NMOの病態の理解が急速に進んだだけではなく,ちょうど,重症筋無力症(myastheniagravis:MG)の診断に抗アセチルコリン受容体(acetylcholinereceptor:Ach-R)抗体の検査が,肉芽腫性血管炎の診断に抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilcytoplasmicantibody:ANCA)の検査が,ほぼ必須なのと同様に,AQP4抗体の検査は,NMOの診断基準の一つに組み入れられるに至った.ところで,縦長横断性脊髄炎(longitudinallyextensivetransversemyelitis:LETM)に限局する患者ならびに脊髄炎を伴わない再発性孤発型視神経炎は,NMO一連疾患(NMOspectrumdisorders:NMOSDs)とも呼称される3).NMOSDsのうちLETMについては,視神経炎を伴わずNMOの確定に至らない例であっても,初回からAQP4抗体検査を行うのは妥当であるとみなされつつある3,4).しかしながら,孤発型の初発視神経炎の患者すべてにAQP4抗体の検査を行うべきか否かについては,まだ一定の見解は得られていない3,5).本稿では,孤発性視神経炎患者の診断におけるAQP4抗体検査の意義について概説していきたい.IAQP4抗体がNMOの病因であるエビデンスもともとNMOでは血管を中心に免疫グロブリンと補体が沈着し,好中球・好酸球優位に炎症細胞が浸潤することが知られていた3).これはtype2Thelper(Th2)細胞の免疫反応の典型的特徴である.その免疫グロブリンの中核が,水チャンネルAQP4に対する自己抗体であることが2004年に発見された1,2).さらにNMOSDsにおいて孤発性視神経炎ないし脊髄炎でAQP4抗体が陽性であると,典型的NMOの再発や将来NMOへ移行しやすいことが相次いで報告された.Weinshenkerらは,AQP4抗体陽性患者9例中5例において1年以内にLETM(4例)が再発したか,孤発性視神経炎(1例)を発症したのに対して,陰性患者14例では同様の例は1例もなかったと報告した4).Mateilloらは,再発性視神経炎患者のうちで脊髄炎を発症し,NMOの診断基準を満たすようになったのは,AQP4抗体陽性12例中6例であったのに対し,陰性15例のなかで皆無であったとしている6).また,後者の報告によれば,AQP4抗体陽性例のほうが視機能障害はより重篤であった.すなわち,陽性患者は全例,少なくとも一度重篤な視神経炎(視力0.1未満)を生じ,中央値8.9年を超える経過観察期間中で50%が脊髄炎を発症していた.*MakotoNakamura:神戸大学大学院医学研究科臨床医学領域外科系講座眼科学分野〔別刷請求先〕中村誠:〒650-0017神戸市中央区楠町7-5-1神戸大学大学院医学研究科臨床医学領域外科系講座眼科学分野あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(00)736736736(14)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY ABABC図1ラット眼球後極部・視神経におけるアクアポリン(AQP)4の局在―免疫染色A:AQP4.B:グリア細胞のマーカーであるglialfibrillaryacidicprotein(GFAP).C:AとBのmerge画像(青は核染色).上方が硝子体側である.AQP4は網膜内グリア細胞と球後視神経のアストロサイトが発現している.基礎的エビデンスとしては,NMO患者血清を実験的自己免疫性脳炎ラットに注射すると,マクロファージ,好中球,好酸球からなる炎症細胞浸潤とアストロサイトの喪失や免疫グロブリンと補体の沈着がみられるなどの特徴的な所見に加えて,病変部位からAQP4が完全に消失することが知られている3).必ずしも脳炎が生じていなくても血液脳関門が破綻していさえすれば,受動的にAQP4抗体がアストロサイトの終足にあるAQP4抗原に結合し,病変をひき起こすとも考えられている(図1)3).すなわち,古典的な多発性硬化症(multiplesclerosis:MS)が髄鞘を主たる標的とし,細胞性免疫を介した一次性脱髄疾患であるのに対し,NMOは中枢神経のアストロサイトを主たる標的とし,液性免疫を介した神経軸索・細胞体壊死性疾患であるとの理解が深まった3).II孤発性視神経炎に対するAQP4抗体全例調査の問題点上述のように,確定的NMOにおいては病因論的にも治療の観点からもAQP4抗体を検査するのはきわめて妥当性がある.しかしながら,初発の孤発性視神経炎に対して,医療経済学ならびに患者への個人負担を考えた場合,AQP4抗体を全例に調査するのには問題があると考える向きがある5).また,抗体が陽性であった場合,その抗体価がどこまで病勢を反映していて,治療のモニタリングとして経時的に抗体価を測定すべきかという問題もある.まず,診断時においてAQP4抗体を孤発性視神経炎患者全例に行うのは過剰医療だと主張する研究者があげる理由は,孤発性視神経炎患者におけるAQP4抗体の陽性頻度が低いことである.イタリアからの後ろ向き研究では,脱髄患者の1.5%しかNMOではなく,NMO患者の77%は脊髄病変を伴っていた.脊髄病変のある患者を除くとNMO患者の頻度は0.35%に減少した7).つぎに,抗体検査法が標準化されていないことが問題としてあげられる3,5).表1にあるように,現時点で15以上の異なる免疫学的検索方法が報告されている3).方法別に分類すると,免疫組織化学,ヒトAQP4を感染させたHEK(humanembryonickidney)293細胞ないしその他の細胞を基質とした免疫細胞化学ないしflowcytometry,単離したAQP4蛋白ないし細胞・組織抽出液を基質とした放射能ないし蛍光免疫沈降アッセイ,westernblotting,酵素結合免疫吸着法(ELISA)などが開発されている.いずれにも一長一短があり,goldstandardはない.ことに定量的測定法についてはまだ検討段階である.NMOではAQP4抗体以外の自己抗体をもつことが多いが,今のところ,AQP4抗体以外の病理的意義のある抗体を同時に検出できるのは免疫組織化学法だけである.そのため,少なくとも2つの独立した方法で調べ,うち1つは免疫組織化学法を用いるのが最(15)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012737 表1AQP4抗体の検査方法(文献5を基に作成)検査方法IHCICCFlowcytometryRIPAFIPAWBELISA基質動物脳組織切片ヒトAQP4発現HEK/HFAなどヒトAQP4発現細胞35S-methionine標識AQP4EGFP標識ヒトAQP4単離マウスAQP4M1ないし抽出液単離ラットAQP4典型像/原理好発部位aへのIgG結合発現細胞選択的IgG結合発現細胞選択的IgG結合患者IgG量に相関する放射活性患者IgG量に相関する蛍光強度想定分子量のバンド発現患者IgG量に相関する発色量感度(%)38.8742.918857708167特異度(%)90.10094.100NR98.31009787長所局在証明.他の自己抗体の同時局在証明.簡便.大量試料処理可能.非発現細胞との対比で非特異的結合の可能性排除.客観的,定量的.大量試料処理可能.非特異的結合の可能性排除.客観的.定量的.大量試料処理可能.客観的.定量的.大量試料処理可能.簡便.分子量と合わせ患者IgGの特異性を判定可.客観的.定量的.簡便.大量検査可能.短所主観的,定性的.非特異的結合排除操作が必要.主観的,半定量的.質的確認不可.他方法との直接比較報告なし.質的確認不可.他方法との直接比較報告なし.放射能使用.質的確認不可.他方法との直接比較報告なし.半定量的.抽出液使用時は非特異的結合が増加.質的確認不可.IHCと乖離する結果の報告.IHC:immunohistochemistry,ICC:immunocytochemistry,RIPA:radioimmunoprecipitationassay,FIPA:fluorescentimmunoprecipitationassay,ELISA:enzyme-linkedimmunosorbentassay,AQP:aquaporin,HEK:humanembryonickidney,HFA:humanfetalastrocyte,NR:notreported,EGFP:enhancedgreenfluorescentprotein,IgG:immunoglobulinG.a:微小血管,Virchow-Robin腔,軟膜.適とされるが,日常検査としては定着していない.ちなみにコスミックコーポレーションとSRLの2社が,現在抗体検査を委託受注しているが,いずれもELISA法(一検体25,000円)を用いている.保険適用ではないので,患者に全額自費診療を強いるか,医療機関の持ち出しで行うしか術はない.27の研究を基にした最近のreviewによれば,AQP4抗体のNMO診断の感度は33.91(中央値63)%,特異度は85.100(中央値99)%である3).要するに,AQP4抗体測定の特異度は高いものの,感度はあまり高くないといえる.MGにおいてもAch-R抗体陰性例をseronegativeMGとよぶが,NMO患者にもこのようなseronegativeNMOが存在する.そのなかには,検査方法の感度が低いことに由来する偽陰性例とAQP4抗体以外の病因が主原因の例が混在していると思われる.そのため,AQP4抗体の有無で治療方法を変える正当性はまだ確実に担保されているとはいえないのが実情である.別の視点からは,治療効果のモニタリングとして抗体価を測定するかどうかという問題がある.148名の日本人患者のうち,抗体価が高かった22名のNMO患者と13名のNMOSDs患者は,完全な盲と広範な脊髄・脳病変を伴ったという報告がある8).別の後ろ向き研究によれば,経時的にAQP4抗体を中央値5年にわたって免疫沈降法で測定したNMOSDs8名で,寛解期より再発期のほうが抗体価が高かった9).個人間でも個人内でも再発時のAQP4抗体の絶対値は変動が大きいが,臨床発作に先行して,他の自己抗体の上昇を伴わず,AQP4抗体だけが選択的に持続して上昇していた.また,急性期の疾患活動性が収まると回復期の血清レベルも個人内では低下していた9).当科でもステロイドパルスだけでは反応しなかった孤発性視神経炎患者におけるAQP4抗体価が,血漿浄化療法や免疫グロブリン大量静注療法により,大幅に下がるとともに視機能が改善した例を経験している(図2.5).逆にAQP4抗体が陽性だが,ステロイドパルス治療だけで顕著で急速な視機能回復を示した例もある(図6,7).以上のことから,AQP4抗体価と治療効果との間には明確な直線関係はないものの,病勢と抗体価には一定の相関性はあるようである.738あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(16) ABAB図2抗AQP4抗体ならびに抗SS.A抗体,SS.B抗体陽性の10歳,女児の左眼視神経炎急性期所見A:眼底所見.視神経乳頭は発赤腫脹している.この時点で視力0.01(n.c.).B:蛍光眼底造影所見.視神経乳頭からの蛍光色素漏出を認める.AB図3図2の症例のガドリニウム造影T1強調脂肪抑制MRIA:眼窩内視神経部位の冠状断.左側の球後視神経に造影効果を認める(矢印).B:頭蓋内視神経部位の冠状断.同じく左側視神経に造影効果を認める(矢印).IIIAQP4抗体検査を行うべき孤発性視神経炎患者の条件Cornblathは,つぎのような場合には,孤発性視神経炎であってもAQP4抗体検査をすべきと考えている5).①両眼同時発症視神経炎.成人の孤発性視神経炎ではまれであり,NMOをより示唆する.②最終視力が0.1未満にとどまった視神経炎の既往(17)図4図2の症例の治療後Goldmann視野2クールのステロイドパルス,2クールの免疫グロブリン大量静注療法,6回の血漿交換後.AB図564歳,女性の抗AQP4抗体陽性両眼性視神経炎の急性期眼底所見A:右眼,B:左眼.ともに視神経乳頭に特記すべき異常はない.を6カ月以上前に一度だけもつ再発患者.③再発性視神経炎.②と合わせて,OpticNeuritisTreatmentTrial(ONTT)によれば,特発性視神経炎で視力回復が不良なのは3%程度であったのに対して,NMOであれば1回の視神経炎で30%が0.1未満となり,9.5年の経過観察後不良な視力になる例は70%に及ぶ.視神経炎再発例も20%がNMO抗体陽性になり,50%が横断性脊髄炎になる可能性があるといわれているからである.④脊髄病変(とりわけ3椎体以上の病変のあるもの)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012739 図6図5の症例の治療後Goldmann視野AB図7図5の症例の視交叉前視神経部位におけるガドリニウム造影T1強調脂肪抑制MRIA:軸位断.B:冠状断.ともに両側の視神経の造影効果を認める.(矢印:左視神経,矢頭:右視神経)の既往がある場合.⑤脳脊髄液の白血球数が50個/mm3より多い患者.脳脊髄液細胞増多もまたMSでは典型的には起こらず,NMOではよく生じるからである.ただし,②.④は新規孤発性視神経炎とはいえないので,核心に迫った答えとは言いがたい.これに対して,Galettaは,成人における連続する両眼性視神経炎も抗体検査を行うべきだと主張している5).なぜなら多くのNMOは当初は片眼発症であり,両眼同時発症ではないからである.一方で,10歳未満の小児では,両眼同時発症の視神経炎が一般的であり,再発する脱髄病変となる危険性はかなりまれであるので,両眼同時発症の視神経炎であっても,AQP4抗体検査はむしろ通常行わないと述べている.最近報告された583人のAQP4抗体陽性日本人NMO患者の臨床像によれば,91.4%が女性であり,85.3%が脊髄病変を有し,16.2%が片眼もしくは両眼の矯正視力が0.1未満であったとされる10).約20%の例でSjogren症候群(SS)と関連し,SS-AないしSS-B抗体を有していた.Wingerchukらの最近のNMO診断基準〔脊髄炎と視神経炎をもち,3椎体以上の脊髄病変,脳MRI(磁気共鳴画像)所見がMSに非合致,AQP4抗体陽性という3つの検査所見のうち2つをもつ〕11)に基づき,AQP4抗体陽性NMO患者と陰性NMO患者を比較すると,陰性患者のほうがむしろ重篤な視機能障害に陥る率は高かった(陽性群32.5%vs陰性群78.9%)ものの,15歳未満で発症したNMOはすべて視神経炎で初発したのに対して,それ以降の年齢で発症する患者では740あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(18) 脊髄炎で初発するものが約半数であった10).筆者らも10歳で発症した片眼性孤発性のAQP4抗体陽性視神経炎症例を経験した(図2.5).この症例では治療に反応はしたものの,最終視力は0.1以下にとどまり,中心暗点をきたしている(図5).別の報告では,年齢を問わず,孤発性視神経炎の場合,AQP4抗体陽性となる例があり(約10%ともいわれる)12),しかも重篤な視機能予後を呈する可能性があるとされる.したがって,医療倫理の観点からは,視神経炎症例には少なくとも一度は全例にAQP4抗体の有無を調べるべきであると言わざるをえないように思われる13).実際,多発性硬化症治療ガイドライン2010の第8章「視神経脊髄炎患者・抗アクアポリン4抗体陽性患者」の項でも,「NMO診断基準を満たすclinicallyisolatedsyndrome(CIS)患者はそれほど多くはないが(以下中略),視神経炎や脊髄炎が初発のCISでもその測定が」勧められている14).IVAQP4抗体の有無が視神経炎の治療を変えるのか?孤発性視神経炎にAQP4抗体検査を行うべき最大の理由は,特発性視神経炎とNMOSDsとしての孤発性視神経炎では予後が大きく異なることにある.ONTTにより,特発性視神経炎患者においては急性期にステロイドパルス治療を行った患者と行わなかった患者間で,最終的な予後は変わらないことが報告された15).そして,10年後の最終視力が少なくとも1.0を保つ例が69%であり,両眼0.1未満にとどまった例は1%に過ぎなかった16).頭部MRI病変がある例では56%が,ない例では22%の頻度で10年後にMSに移行することから,前者に対して,免疫調節療法としてインターフェロン(interferon:IFN)b製剤を投与するか否かを検討することが問題となる程度である16).これに対して,NMOの視力予後はすでに述べたようにきわめて不良であるばかりでなく,急性期のステロイドパルスが奏効しないことも少なくない.その場合,まだエビデンスレベルは低いものの,血漿浄化療法17)や免疫グロブリン大量静注療法18)が有効であるとする症例報告が散見される19).また,寛解期においても,少量(19)の経口プレドニゾロン維持療法,アザチオプリンやミトキサントロンのような免疫抑制剤,末梢血からのB細胞駆除により抗体産生を抑制するCD20抗体(リツキシマブ)の投与を提唱する向きもある20).一方で,MSの寛解期に用いられるIFNbはNMOではむしろ有害である可能性が指摘されている.これはMSが細胞性免疫を介するのに対して,NMOでは液性免疫を介するという病因の根本的な相違による.このような背景がある以上,孤発性視神経炎でAQP4抗体が陽性のいわゆるNMOSDsでは,はじめから治療戦略をNMOに準じて立てていくことが望ましい5,13).ただし,血漿浄化療法や寛解期療法は副作用も強く,設備や専門的知識も不可欠であることから,神経内科医や小児科医との連携が必要であることは言うまでもない.今後の症例の蓄積が望まれる.おわりに以上より,検査の感度が低い,治療プロトコールの標準化には至っていない,保険適用ではないなどの問題はあるものの,検査の低侵襲性とNMOSDsであった場合の予後の不良性を勘案すれば,多発性硬化症治療ガイドライン2012に推奨されるように,孤発性視神経炎において,再発例はもちろん,初発であっても,AQP4抗体を検査することが望ましいと思われる.■用語解説■AQP水チャンネル:細胞膜に存在して,双方向性に水輸送を担うチャンネルの一群.哺乳類では0.12の13個のアイソフォームが知られている.水1分子のサイズを通過させることのできる小孔をもっている.このうち視神経に発現するものは4および9の2種類である.両者とも視神経内のアストロサイトが発現している.ONTT:プラセボ,経口ステロイド,メチルプレドニゾロンのパルス投与の3群間での視神経炎に対する有用性を比較した米国の多施設共同臨床試験.経口ステロイドは再発率を高めること,パルス療法は回復期間を短くするが,最終予後はプラセボと変わらないこと,頭部MRI病変の存在は多発性硬化症(MS)への移行の予測因子であることなどの情報を提供した.あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012741 文献1)LennonVA,WingerchukDM,KryzerTJetal:Aserumantibodymarkerofneuromyelitisoptica:distinctionfrommultiplesclerosis.Lancet364:2106-2112,20042)LennonVA,KryzerTJ,PittockSJetal:IgGmarkerofoptic-spinalmultiplesclerosisbindstotheaquaporin-4waterchannel.JExpMed202:473-477,20053)JariusS,WildemannB:AQP4antibodiesinneuromyelitisoptica:diagnosticandpathogeneticrelevance.NatRevNeurol6:383-392,20104)WeinshenkerBG,WingerchukDM,VukusicSetal:NeuromyelitisopticaIgGpredictsrelapseafterlongitudinallyextensivetransversemyelitis.AnnNeurol59:566-569,20065)GalettaSL,CornblathWT:Shouldmostpatientswithopticneuritisbetestedforneuromyelitisopticaantibodiesandshouldthisaffecttheirtreatment?JNeuroophthalmol50:376-379,20106)MatielloM,LennonVA,JacobAetal:NMO-IgGpredictstheoutcomeofrecurrentopticneuritis.Neurology70:2197-2200,20087)BizzocoE,LolliF,RepiceAMetal:Prevalenceofneuromyelitisopticaspectrumdisorderandphenotypedistribution.JNeurol256:1891-1898,20098)TakahashiT,FujiharaK,NakashimaIetal:Anti-aquaporin-4antibodyisinvolvedinthepathogenesisofNMO:astudyonantibodytitre.Brain130:1235-1243,20079)JariusS,Aboul-EneinF,WatersPetal:Antibodytoaquaporin-4inthelong-termcourseofneuromyelitisoptica.Brain131:3072-3080,200810)NagaishiA,TakagiM,UmemuraAetal:ClinicalfeaturesofneuromyelitisopticainalargeJapanesecohort:comparisonbetweenphenotypes.JNeurolNeurosurgPsyciatr82:1360-1364,201111)WingerchuckDM,LennonVA,PittockSJetal:Revisiteddiagnosiscriteriaforneuromyelitisoptica.Neurology66:1485-1489,200612)高木峰夫,植木智志:抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎.専門医のための眼科診療クオリファイ⑦視神経疾患のすべて(中馬秀樹編).p39-44,中山書店,201113)中尾雄三,山本肇,有村英子ほか:抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎の臨床的特徴.神経眼科25:327-342,200814)視神経脊髄炎患者・抗アクアポリン4抗体陽性患者.多発性硬化症治療ガイドライン2010.第8章.「多発性硬化症治療ガイドライン」作製委員会編,p92-103,医学書院,201015)BeckRW,ClearyPA:Opticneuritistreatmenttrial.Oneyearfollow-upresults.ArchOphthalmol111:773-775,199316)OpticNeuritisStudyGroup:Visualfunctionmorethan10yearsafteropticneuritis:experienceoftheOpticNeuritisTreatmentTrial.AmJOphthalmol137:77-83,200417)WatanabeS,NakashimaI,MisuTetal:TherapeuticefficacyofplasmaexchangeinNMO-IgG-positivepatientswithneuromyelitisoptica.MultScler13:128-132,200718)BakkerJ,MetzL:Devic’sneuromyelitisopticatreatedwithintravenousgammaglobulin(IVIG).CanJNeurolSci31:265-267,200419)TakagiM,TanakaK,SuzukiTetal:Anti-aquaporin-4antibody-positiveopticneuritis.ActaOphthalmol87:562566,200920)CreeBA,LambS,MorganKetal:Anopenlabelstudyoftheeffectsofrituximabinneuromyelitisoptica.Neurology64:1270-1272,2005742あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(20)

Parkinson病の瞳孔機能検査の診断的意義

2012年6月30日 土曜日

特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):731.735,2012特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):731.735,2012Parkinson病の瞳孔機能検査の診断的意義PupillaryFunctionTestforParkinson’sDisease平山正昭*はじめに瞳孔は,視覚を正常に保つために敏速な調節を行っている.瞳孔調節の最も重要な働きは,網膜への光の量の調節である.さらに,外界の明るさによる瞳孔の変化だけでなく,遠方視では,瞳孔を散大させることで視覚の情報量を増やし,同時に,水晶体の屈折率を調節している.逆に,近見時には,瞳孔を縮小させよりピントが合いやすい状態にし,水晶体の屈折率を増加させる.また,情動によっても瞳孔径は容易に変化し,興奮時には瞳孔は散瞳し,食事や睡眠によって縮瞳する.自律神経の働きとして副交感神経は,縮瞳およびレンズの膨らみを増し近いところを見やすくし,輻湊を形成する.交感神経はその逆の働きとなる.副交感神経は動眼神経核から,毛様体神経節でシナプスを変え,交感神経は,胸髄の交感神経から上頸神経節でシナプスを変え効果器に終止する.したがって,これらの瞳孔調節系に対して,さまざまな負荷を与えることで,各部位での障害の有無を診断できる.瞳孔機能検査法には,おもに機能評価としての対光反射,近見反射薬剤,薬剤負荷による末梢受容体の機能異常を検出する点眼試験による瞳孔変化をみる方法などがある.本稿では,おもに神経変性疾患での瞳孔機能の異常に注目し概説する.I対光反射対光反射とは,視野の外から瞳孔に光を用いて敏速に刺激を与えると,反射的に瞳孔が縮瞳し,光が弱まるか消失すると瞳孔が散瞳する反応をいう.網膜が光刺激されると,視細胞が興奮し,視神経から視索を通る.この対光反射に関与する線維は,外側膝状体には入らず,視蓋前域にある両側のEdinger-Westphal核に達する.ここから出る刺激は動眼神経核に伝えられ,動眼神経の一部となって瞳孔括約筋に達し瞳孔を縮小させる.網膜への刺激は,視索では視交叉で両側に分岐し,中脳でも両側に交通しているために対光反射は光を当てた側だけでなく反対側にも起こる.同側に当てた刺激に対する瞳孔の収縮を直接対光反応,反対側に当てた光刺激の反応を間接対光反応という.すなわち,視交叉前で,視神経が障害された場合でも,健常側の光刺激では,両側の対光反射が起きる.両側の対光反射を調べることで障害の部位をある程度まで推定することができる.動眼神経障害および中脳・橋部障害により対光反射は消失する.対光反射が消失し,輻湊反射が健在であればこれをArgyllRobertson徴候といい,進行麻痺,脊髄癆,脳梅毒などの中枢神経系にみられるが,脳炎脳腫瘍糖尿病慢性アルコール中毒でもみられることもある.対光反射計を用いることで,定量的に対光反射として計測されるパラメータでは,図1に示すように計算上測定できる.おもに用いられるパラメータは,光刺激から縮瞳開始までの潜時T1時間,縮瞳率・縮瞳量,安静時瞳孔径,刺激時最大縮瞳時間,縮瞳速度・加速度,縮瞳*MasaakiHirayama:名古屋大学医学部保健学科〔別刷請求先〕平山正昭:〒461-8673名古屋市東区大幸南1丁目1-20名古屋大学医学部保健学科0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(9)731 on表1健常人との対光反射の比較A1A3A2T1T20.5A30.63A3T3T5PhotostimulusAreaD2健常人(n=118)Parkinson病患者(n=49)平均標準偏差平均標準偏差D1(mm)D2(mm)CRAC(mm2/sec2)T1(msec)T3(msec)T5(msec)5.564.010.2758.04260.14943.331,647.080.870.750.0715.3523.84216.33487.865.003.540.2961.43317.16900.381,352.160.900.790.0719.5626.96207.09407.02A1:初期状態の瞳孔面積値(mm2)A2:光刺激後の最小縮瞳面積値(mm2)A3:光刺激後の変化瞳孔面積値(mm2)CR:縮瞳率A3/A1D1:初期状態での瞳孔直径(mm)D2:光刺激後の最小瞳孔直径T1:光刺激から縮瞳開始までの時間(msec)T2:変化面積の1/2まで変化するのに要した時間(msec)T3:瞳孔が最小になるまでに要した時間(msec)T5:瞳孔が最小から散瞳して,最小値の63%まで回復するのに要した時間(msec)AC:縮瞳の加速度最高値(mm2/sec2)図1対光反射の計測ファクター回復時間などである.入力障害の判定として,対光反射潜時,縮瞳量,縮瞳率が用いられる.これらの低下は白内障など,刺激光量を減弱させる疾患で異常を生じる.一方,縮瞳相に関連する縮瞳率,最大縮瞳時間,縮瞳速度などは副交感神経系の指標として用いる.一方,縮瞳から回復する散瞳相に関して,交感神経系の指標とされると考えられてきたが,散瞳筋にもコリン作動性神経が分布することから,交感神経のみの指標とは考えにくいとされている.II疾患による対光反射異常Parkinson病(PD)患者での,対光反射異常に関しては,健常人と差がないとする報告と健常人に比し低下しているとする報告がみられる.筆者らも,健常人と比較した(表1)が,有意な差はみられなかった.しかし,罹病期間や検査時年齢と縮瞳加速度とに相関がみられた.これは,Gizaらの報告と一致している1).しかし,筆者ら同様,縮瞳加速度は他の自律神経症状とは相関がみられず,副交感神経系の自律神経障害を表している可732あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(日本自律神経学会シンポジウム,2011より)能性は少ないと考えられる.Schmidtらは,進行性核上性麻痺(PSP),多系統萎縮症(MSA),PDの対光反射を評価し,暗順応下での瞳孔径がPSPでは有意に小さいが,対光反射による縮瞳率は疾患内で差がないと報告している2).したがって,対光反射を用いただけでは,縮瞳加速度を運動障害の指標として用いる可能性は残されるが,自律神経異常の指標としては適切ではない可能性が高い.また,対光反射を用いてパーキンソニズムを鑑別することはむずかしいかもしれない.III輻湊反射(convergencereflex)物体を近距離で注視すると,両眼の視軸が近寄る(輻湊).わかりやすく言い換えると「近づいてくる物を見つめると両側の内直筋が同時に収縮して寄り目になる」.このとき,縮瞳が起こる.この一連の反応を輻湊反射という.縮瞳は焦点深度を大きくする意味があると考えられる.縮瞳は内直筋の刺激が三叉神経中脳路核を経て動眼神経副核(Edinger-Westphal核)に伝わるために起こるとされている.PD患者では輻湊は38.5%が異常で,近見時の瞳孔反応は27.1%で異常がみられるとする報告がみられている7).PD患者では輻湊不全が23%でみられたが,コントロールとは有意差がなかったと報告している.また,輻湊振幅の減少が80%にみられ,コントロールに比較して,有意に多かった8)とする報告があるが,いずれも半定量的な方法で行われている.輻湊は,反射として起こり中脳の動眼神経核の機能を測定するうえで有用と考えられる,輻湊中の瞳孔反応を定量的に測定する器機はあまりない.近年,近見反応測定装置(10) 表2PD患者の輻湊・縮瞳の有無による比較輻湊+輻湊.輻湊+縮瞳+(n=23)縮瞳.(n=14)p値縮瞳.(n=4)Mean±SDMean±SDMean±SD年齢(歳)61.8±8.467.1±7.00.056625±2.9性別(男:女)10:84:71:3発症年齢(歳)56.0±9.060.1±9.70.191罹病期間(年)6.0±3.37.0±4.60.4274.9±2.3Hoehn&Yahrstages2.6±0.82.7±1.00.7192.0±1.0UPDRSPartI2.6±2.32.0±2.20.4360.5±0.5PartII10.0±4.211.0±8.20.6665.6±4.2PartIII15.4±8.116.9±10.50.6319.8±3.8におい検査(点)4.8±3.25.9±1.60.3966.3±2.1(原敬史:日本自律神経学会シンポジウム,2011より)TririsR(浜松ホトニクス社製)が開発され,VDT(visualdisplayterminal)障害などの調節異常に対して用いられるようになった.筆者らは,Parkinson病患者の輻湊障害に対し検討を行った.近見反応測定装置TririsR(浜松ホトニクス社製)は,赤外線瞳孔装置と指標の動きを一体化して解析することが可能であり,また両眼を同時に測定可能である.そこで,PD患者において近見反応のみられる群,みられない群で年齢,罹病期間,Hoen-Yahr重症度,UPDRS(UnitedParkinson’sDiseaseRatingScale),OSIT-J(TheOdorStickIdentificationTestfortheJapanese)によるにおい検査を比較した.結果は,近見反応のみられる群,みられない群でいずれの検討においても明らかな有意差はなかった(表2).例数が少ないため今後検討が必要であるが,近見には,外眼筋の協調動作も関連があるため,単なる自律神経系の反射だけでなく複雑な要素が関連している.今回輻湊がみられるPD群でも輻湊量はやや低下しており,外眼筋運動そのものがPDでは初期から障害されている可能性が考えられたIV薬剤点眼試験自律神経では,慢性の障害が前シナプスに生じると受容体にhypersensitivityが生じて,受容体はそのagonistに対して少量でも正常ではみられない過敏反応が生じる.点眼試験では,交感・副交感どちらに対して(11)も正常では反応しない程度の低濃度の刺激物質を点眼して過敏反応の有無を評価する.交感神経系の刺激薬としては,1.25%エピネフリン,1%フェニネフリン,5%チラミン,5%コカインなどが用いられていた.エピネフリン,フェニネフリンは,交感神経節後線維のa受容体に直接作用し,散瞳を起こす.自律神経障害が,節後障害である場合に過敏性がみられ,節前障害では軽度な散瞳がみられる.チラミンは神経終末に作用してノルエピネフリンを放出させることで散瞳を起こす.交感神経節後障害がある場合には終末に変性があるためにノルアドレナリンは放出されず,散瞳が起こらない.コカインは神経筋接合部に放出されたノルアドレナリンの取り込み阻害を起こすことで散瞳を起こさせる.したがって,後者の2つは正常では散瞳を起こし,節後では散瞳が起こらないことから障害部位を推定できると考えられてきたが,現実には,エピネフリンで節前障害でも散瞳がみられるなど厳密に区別できないことも多い.これらの方法は,疾患に対して特異的ではなく,判定時間も一定していなかった.V疾患における点眼試験筆者らは,PDの瞳孔障害を判定するために,検査に対して至適な濃度と検査時間を評価した.点眼後15分,30分,60分,90分,120分で瞳孔径を測定し,瞳孔変動を観察したところ,PDでは0.05%ピロカルピンで60分後に年齢をmatchさせた健常者と有意な差がみられた.また,0.02%ジピネフリンでは120分後に有意な差がみられた3).そこで筆者らは,右眼に副交感神経刺激薬のピロカルピン0.05%,左眼に交感神経刺激薬のジピネフリン0.02%を点眼し,それぞれ60分,120分後に,対光反射で使用する機械を用いて瞳孔径を測定し,PDとMSAとの比較検討や瞳孔機能と他の自律神経機能との関連を評価した3,4).PDと健常者では,交感神経,副交感神経ともに,有意に異常を認めた(表3).さらに,これらの瞳孔異常と視覚症状の関連を評価すると,ピロカルピンによる過剰縮瞳の程度と視界がぼやけるなどの臨床症状とは有意な相関が認められた(図2).視覚情報を正確に認知するためには,焦点を正確に調節する副交感神経を用あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012733 表3点眼試験の結果MSA2年以下(n=26)2年以上(n=14)2年以下(n=27)PD2年以上(n=12)Control(n=20)p値年齢(歳)59±662±8罹病期間(年)1.4±0.54.1±1.5Horn&Yahrstage(人)PL点眼に対する瞳孔径の変化率(%).10.9±11.4.14.4±11.6DPE点眼に対する瞳孔径の変化率(%)9.5±7.8*14.8±13.9*PL点眼の瞳孔過敏性陽性例数(人)2(7.7%)2(14%)DPE点眼の瞳孔過敏性陽性例数(人)6(23%)9(64%)65±81.5±0.5I(10),II(13),III(4).22.2±14.1*8.4±7.47(25%)6(21%)66±105.2±1.5II(1),III(11),IV(1).25.1±15.4*14.8±17.9*6(50%)5(42%)61±14.9.5±8.23.1±5.81(5%)2(10%)*<0.05vscontrol*<0.05vscontrolものの見にくさの程度PL:ピロカルピン,DPE:塩酸ジピベフリン.76543210r=0.417p<0.0501020304050ピロカルピンに対する瞳孔収縮度(%)図2視覚異常と副交感神経障害は相関する(文献3より)いた調節がより重要であるとされている.PDの視覚障害には,副交感神経系の異常も関与していると考えられた3).さらに,筆者らは,PD,MSAの早期からの瞳孔障害や臨床経過からの解析を行った4).2年以内の早期例とそれ以上の進行例の2群間比較を行うと,PDでは,ジピネフリンでの交感神経過敏反応は早期には有意ではなかったが,ピロカルピンでは早期から異常がみられていた.さらに,交感神経異常は罹病期間に相関し,心臓交感神経異常の指標であるMIBG(メタヨードベンジルグアニジン)と有意な相関があることが明らかとなった.一方,MSAでは,ジピネフリンに対する過敏反応は早期からみられ,ピロカルピンに対する過剰反応は明らかではなかった.この違いは,節後性の障害を主体とするPDの自律神経異常と中枢性の自律神経異常を主体とするMSAの病態進行の違いを表していると考えられた.734あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(文献4より)筆者らの検討では,ピロカルピン点眼により瞳孔縮瞳率14%をcutoffとすると感度67%,特異度65%,AUC(薬物血中濃度-時間曲線下面積)0.73で有意にMSAとPDを鑑別でき,診断の一助となると考えられる.Sawadaらの点眼試験の報告5)では,フェニネフリンとコカインを点眼し,PDでは交感神経異常がみられるが,MSAでは明らかではなかった.副交感神経遮断薬である0.01%トロピカミドを用いた検討では,瞳孔径の変動はAlzheimer病や健常人とは差がないとする検討がある6)が,遮断剤の場合にはシナプスからの放出量の違いが疾患の状態で一定ではないので中枢性末梢性の評価をすることはむずかしいと考えられる.以上,神経変性疾患を中心に瞳孔機能異常について概説した.PDでは運動障害のみと考えず,広範な神経障害疾患として考えた場合,PDなどの神経変成疾患の病態把握に瞳孔機能の検討は有用であると考える文献1)GizaE,FotiouD,BostantjopoulouSetal:PupillightreflexinParkinson’sdisease:evaluationwithpupillometry.IntJNeurosci121:37-43,20112)SchmidtC,HertingB,PrieurSetal:Pupildiameterindarknessdifferentiatesprogressivesupranuclearpalsy(PSP)fromotherextrapyramidalsyndromes.MovDisord22:2123-2126,20073)HoriN,TakamoriM,HirayamaMetal:Pupillarysuper-sensitivityandvisualdisturbanceinParkinson’sdisease.ClinAutonRes18:20-27,20084)YamashitaF,HirayamaM,NakamuraTetal:Pupillary(12) autonomicdysfunctioninmultiplesystematrophyandParkinson’sdisease:anassessmentbyeye-droptests.ClinAutonRes20:191-197,20105)SawadaH,YamakawaK,YamakadoHetal:CocaineandphenylephrineeyedroptestforParkinsondisease.JAMA293:932-934,20056)MicieliG,TassorelliC,MartignoniEetal:DisorderedpupilreactivityinParkinson’sdisease.ClinAutonRes1:55-58,19917)CorinMS,ElizanTS,BenderMB:OculomotorfunctioninpatientswithParkinson’sdisease.JNeurolSci15:251265,19728)BiousseV,SkibellBC,WattsRLetal:OphthalmologicfeaturesofParkinson’sdisease.Neurology62:177-180,2004(13)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012735

上斜筋ミオキミアは血管圧迫症候群なのか

2012年6月30日 土曜日

特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):727.730,2012特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):727.730,2012上斜筋ミオキミアは血管圧迫症候群なのかSuperiorObliqueMyokymia:IsItActuallyNeurovascularCompressionSyndrome?吉田正樹*敷島敬悟*井田正博**I上斜筋ミオキミアとは眼精疲労などで下眼瞼がピクピクと動く現象に日常臨床でよく遭遇するが,これを眼瞼ミオキミアという.このようにミオキミアとは,不随意に起こる不規則な筋の収縮をさすが,上斜筋ミオキミアはHoyt,Keaneらによって報告された1)現象である.実際には片側の上斜筋が不規則に収縮することで患者は不規則な回旋性の複視を自覚する.細隙灯顕微鏡で,自覚症状のあるときに片眼性の不規則な回旋運動が観察されることから,概念を理解していれば診断は容易である.一方,患者自身がこの自覚症状をうまく表現できないことも少なくなく,また診療する医療従事者にこの疾患に関する知識,経験がないと不定愁訴と判断され,正しい診断に至っていない症例も数多く存在すると思われる.II関連疾患としての片側顔面痙攣片側顔面痙攣とは,片側性に顔面神経支配領域にさまざまに起こる不随意の痙攣である.原因は顔面神経が橋を出て脳槽内を走行するいずれかの部位(おもに顔面神経根出口領域:rootexitzone)で,患側の顔面神経(VII脳神経)が前下小脳動脈(AICA),後下小脳動脈(PICA),椎骨動脈(VA)などによって圧迫されることが原因とされている.特にrootexitzoneは中枢性と末梢性の髄鞘の接合部にあたり,血管の圧迫がこの部位での脱髄を起こすことで異常な活動電位をきたすと推察されている.実際にはボツリヌスA型毒素製材(ボトックス)の注射で多く眼科領域でも治療が行われるようになってきている.その一方で,根本治療としての観血的手術によるアプローチでは,患側のVII脳神経全例に血管圧迫が観察されること,圧迫解除後には9割以上の症例に症状の改善がみられること(Campos-Benitezら2)によれば症状緩和が観察されない割合は115例中9例のみ)から,片側顔面痙攣の原因は血管圧迫であるとされる論拠になっている.上斜筋の支配神経である滑車神経(IV脳神経)は,VII脳神経と同様に脳槽内を走行し,上小脳動脈の分枝が近傍を走行する.これから上眼瞼ミオキミアは,片側顔面痙攣と同じ血管圧迫機序によって起こる不随意運動ではないかとされ,検討が行われている.IIIIV脳神経をどのように可視化できるか?―MR脳槽画影(MRcisternogram)とは―IV脳神経を可視化するには,一般的に3D脳槽画像とよばれるMRI(magneticresonanceimaging)撮像手技が使用される.図1左に通常のT2強調画像水平断を示す.通常T2強調画像はSpin-Echo系の2D画像である.2D画像とは画像データ採取のためにスライス単位でRadioFrequency(RF)パルス照射とデータサンプリングを行う.これから3T装置であっても十分な信号ノイズ比(S/N)を保つためにスライス幅は3mm弱が限界である.図1の左に示す水平断ではスライス面内の分*MasakiYoshida&KeigoShikishima:東京慈恵会医科大学眼科学講座**MasahiroIda:東京都保健医療公社荏原病院眼科〔別刷請求先〕吉田正樹:〒105-8461東京都港区西新橋3-25-8東京慈恵会医科大学眼科学講座0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(5)727 2D撮像では,スライス厚に限界があり三次元的に等しい空間分解能を確保できない冠状断水平断(水平断オリジナル再構成)面内分解能面内分解能0.43×0.43mm3×3mm図1T2強調画像(2D画像)2D撮像と比べて高いS/N比による三次元的に等しい空間分解能の実現水平断面内分解能0.6×0.6mm冠状断(再構成)面内分解能0.6×0.6mm図23D脳槽画像(CISS法)解能は0.4mm強であり十分なS/Nと空間分解能を保っているものの,スライス厚は3mm幅であるため脳槽内の微細構造描出には適さない.矢印の中脳水道はpartialvolumeeffectにより管状構造を観察することができない.Partialvolumeeffectとは,スライス厚に満たない構造が,隣接するその他の構造物の信号の迷入によりはっきりと描出できない現象である.参考までに,728あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012図1の右に冠状断で再構成した画像を示す.冠状断ではスライス面内の空間分解能は3mmになってしまうため,臨床情報として使用することはできないことがわかる.図2に脳槽画像(CISS:constructiveinterferenceinsteadystate)を示す.左が水平断,右が冠状断である.この撮像法はGradient-Echo系で髄液などの水成分を高信号に描出し,また3D撮像であることが特徴である.(6) 3D撮像は画像データ採取のためにボリューム単位でRFパルス照射とデータサンプリングを行う.2D撮像と比較し,撮像時間の延長が必要となるものの大幅なS/Nの向上が得られる.図2での空間分解能は0.6mm立方である.このため図1での2DのT2強調画像に比べて,図2右に示す冠状断においても空間分解能が保たれていることがわかる.左の水平断では矢印に示す中脳水道が,図1の2DT2強調画像とは対照的に,管状構造として描出されていることがわかる.一方,灰白質と白質のコントラスト,すなわち脳実質内のコントラストは十分でないことがわかる.この撮像法は,頭蓋内では高信号に描出される髄液のなかで,低信号としてコントラストの付く脳槽内の微細構造の描出に用いられる.IVMR脳槽画像によるIV神経の描出IV脳神経は中脳の神経核より髄内脳神経が交差して反対側の上丘へ走行し脳槽内に出る.そののち,前方へ走行して海綿静脈洞を経て眼窩内へ到達する.MR脳槽撮影では上丘を出て脳槽内を走行するIV脳神経が観察される.図3にMR脳槽画像によるIV神経を示す.左IV脳神経核と反対側の上丘まで走行する髄内神経はシェーマとして加筆している.IV脳神経は,上丘から後方へ出て上髄汎(これは第四脳室の上蓋に相当する)の側方から脳槽内を前方に走行する.脳槽内ではIV脳神経の近傍を,上小脳動脈の分枝がさまざまに走行するのが観察される.IV脳神経の解剖学的走行を考慮すれば,上小脳動脈分枝との位置関係をある程度推察することは可能であるが,図3に示すようにIV脳神経と直交して接する場合のみではなく並行して走行する症例も存在する3).脳槽画像は高信号の脳脊髄液内に神経,血管が等しく低信号で描出される.そのため神経と血管を鑑別するには,脳槽画像と併用してガドリニウム(Gd)造影剤を使用しない,ないし使用する3DTOF法(TimeofFlight)3,4)を用いて脳槽内の血管を高信号に描出する手法が用いられる.この撮像法では,造影剤なしでは速い血流,すなわち動脈が描出され,造影ありでは動脈に加え静脈までも同時に描出可能となる.(7)椎骨動脈上髄汎上小脳動脈IV神経IV神経IV神経核髄内IV神経上丘図33DCISS画像によるIV脳神経上段は下段の四角囲み部分の拡大像.V脳槽でのIV脳神経と血管の構造をMR画像で評価するまずMR脳槽画像によりIV脳神経を同定する.前述のごとく,それに加えて3DTOF法により血管を別途に描出,同定し神経との接触を評価することになる.図4に造影あり3DTOF画像を左に,脳槽画像を右に並べて示す.造影3DTOF画像では血管が高信号に描出されているのがわかる.提示する2つの画像はスライス厚が異なる(TOF:1mm;脳槽画像:0.6mm)ため同一部位であるにもかかわらず血管の描出がわずかに異なっているものの,両者の比較はIV脳神経における血管の接触の有無を評価するには十分である.さらに笹野らは両者の撮像シーケンスを工夫することで3DTOF法から血管信号のみを抽出し,脳槽画像に重ねるfusion画像〔笹野紘之ら:上斜筋ミオキミアの臨床像とMRIあたらしい眼科Vol.29,No.6,2012729 上小脳動脈IV神経上小脳動脈IV神経上小脳動脈IV神経上小脳動脈IV神経Gd造影3DTOF画像3DCISS空間分解能空間分解能0.57×0.57×10.63×0.63×0.6図4造影3DTOF画像とCISS画像―上小脳動脈とIV脳神経の位置関係―滑車神経プロトコール(3DtrueFISP+TOFMRA)による評価.第49回日本神経眼科学会にて発表〕を用いることでさらに詳細な評価が可能であると報告している.VI上斜筋ミオキミアは血管圧迫症候群なのか片側顔面痙攣は,前述のごとく脳槽内における手術的な血管圧迫除去がすでに治療法の一つとして確立されており,術中所見と臨床症状,予後などの詳細な検討3)がすでに行われている.これに対して,上斜筋ミオキミアは広く一般臨床症状として眼科領域に知られているとは言い難い.各施設の症例数も片側顔面痙攣と比べれば1桁少なく,そのため,手術的治療の効果を総括的に報告できる知見はいまだないといってよい.現時点では上斜筋ミオキミアの病態理解を深めるために,MRI画像所見と臨床症状の連関を検討しているレベルであるといえる.Yousryらは6例の上斜筋ミオキミアをMR脳槽画像とTOF法で検討し臨床所見と血管の接触が一致したと報告3)する一方で,正常者でもIV脳神経のrootexitzoneでの血管接触が14%に認められたとも報告4)している.現在のMRIの分解能では血管と神経の接触は十分に確認可能であるが,圧迫の程度評価まではむずかしいと考える.それには手術経験の蓄積が必要となるだろう.筆者らの経験では,上斜筋ミオキミアは決してまれな疾患ではなく,診断がなされずに臨床現場に埋没されている症例がほとんどであると考えている.診断は非常に容易であることから,この病態に関する知識が深まっていくためには,眼科医が的確な診断を行い1例でも多くの症例を臨床研究のステージに引き上げることが必要なのである.文献1)HoytWF,KeaneJR:Superiorobliquemyokymia:reportanddiscussiononfivecaseofbenignintermittentuniocularmicrotremor.ArchOphthalmol84:461-467,19702)Campos-BenitezM,KaufmannAM:Neurovascularcompressionfindingsinhemifacialspasm.JNeurosurg109:416-420,20083)YousryI,DieterichM,NaidichTPetal:Superiorobliquemyokymia:magneticresonanceimagingsupportfortheneurovascularcompressionhypothesis.AnnNeurol51:361-368,20024)YousryI,MorigglB,DieterichMetal:MRanatomyoftheproximalcisternalsegmentofthetrochlearnerve:neurovascularrelationshipsandlandmarks.Radiology223:31-38,2002730あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(8)

序説:神経眼科-最新の話題

2012年6月30日 土曜日

●序説あたらしい眼科29(6):723.725,2012●序説あたらしい眼科29(6):723.725,2012神経眼科─最新の話題CurrentTrendsinNeuro-Ophthalmololgy柏井聡*はじめにここ最近,神経眼科領域では,これまでにはなかった新たな観点からみた解析によって,いくつかの疾患の病態の解明の糸口が見つかりつつある.また,神経眼科領域では,比較的多用される副腎皮質ステロイド薬について,物議をかもす報告が続いている.こうした最新の話題を,診断,検査,治療の3つに分けて,それぞれの分野で先駆的な研究や難治疾患の治療を先頭に立って展開されている日本を代表する先生方に,臨床現場からの質問に答えていただくという形で,わかりやすく解説していただいた.1.診断のポイント最先端のMRI(magneticresonanceimaging)技術にユニークなプロトコールから上斜筋ミオキミアの神経血管圧迫の三次元画像解析を行っておられる東京慈恵会医科大学眼科の吉田正樹先生には,同教室の敷島敬悟先生,荏原病院の井田正博先生とのご共著にて,上斜筋ミオキミアは神経血管圧迫症候群なのか,お答えいただいた.古典的に錐体外路疾患の代表として知られたParkinson病において,希釈ピロカルピン点眼テストによる除神経性過敏症を見出された名古屋大学神経内科平山正昭先生には,そのユニークな瞳孔についての研究成果をもとに,Parkinson病の瞳孔点眼テストの診断的意義についてまとめていただいた.視神経脊髄炎患者の血清から取り出された中枢神経系の軟膜や血管周囲に反応する抗体がアストロサイトのもつアクアポリン4(AQP4)抗体であると同定された当初は,視神経脊髄炎から難治性視神経炎の病態の解明につながると注目され,大いに期待された.しかし,その後の展開からは,必ずしも,そうは簡単にいかず,むしろ,謎が深まったようにもみえる.抗AQP4抗体について先駆的な独自の研究を行っておられる神戸大学の中村誠先生に,臨床現場の素朴な疑問「視神経炎に抗AQP4抗体を検査すべきか?治療法は変わるか?」についてお聞きした.2.検査のポイントここ最近,画像診断技術の長足な進歩によって,眼科領域では種々の疾患の診断精度が飛躍的に向上してきた.井上記念病院眼科の藤本尚也先生は,長年培われたHumphrey自動視野計を用いた豊富な視野の研究に加えて,光干渉断層計(OCT)による網膜神経節細胞を含めた視神経の構造解析を精力的に展開しておられる.構造と機能の連関という,古典的な命題にどこまで最先端の技術から答えることができるのか,今回,横山暁子先生とご共著にてま*SatoshiKashii:愛知淑徳大学健康医療科学部視覚科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(1)723 とめていただいた.レーザー光線を用いた走査レーザーポラリメータ(SLP)と近赤外線によるOCTという異なる最先端の機器を同一個体で比較研究すると測定原理の違いが,思わぬ画像の違いとなって出てくることが京都大学眼科の宮本和明先生らの研究から明らかになってきた.古典的な研究方法では見ることのできなかった新たな視神経の“姿”について,その一端をご紹介いただいた.前部虚血性視神経症(AION)は視神経の血流障害によってひき起こされる代表的虚血性疾患で,これまでドップラー効果をもとにした血流速度を基にした分析が試みられてきた.最近の技術革新によって組織の血流量そのものが測定できるレーザースペックル法が開発され,視神経疾患に適応して研究されている宮崎大学眼科の前久保知行先生に,これまでわかっている研究成果についてまとめていただいた.3.治療のポイント非動脈炎性前部虚血性視神経症(NAION)は難治な疾患で,これまで外科的に視神経鞘減圧術について米国で他施設臨床治験が行われたが,結果的には,手術によってかえって憎悪させることがわかり,途中で中止となった経緯がある.そのような折り2008年SohanSinghHayrehがNAIONにステロイド内服が有効であると発表1)して以来,神経眼科領域では大きな波紋が広がった.ついこの5月,E-pubにスペインのRamonyCajal病院の眼科でプレドニゾロン80mg内服2週間施行後,漸減離脱する前向き治験(2008.9.2009.9)を10人に行い6カ月後の時点で無治療コホルト群(27人)と比べ有意差はなく,むしろ1/3に副作用が生じNAIONにステロイドの有効性は認められなかったという真っ向から対立する論文が出た2).NAIONの実験モデルを用いて基礎研究を精力的に展開されている宮崎大学眼科の中馬秀樹先生に「NAIONにステロイドは有効か?」について,どのように考えるか,お答えいただいた.有効な治療法がないNAIONにおいて,大阪大学眼科の不二門尚先生が開発された経角膜電気刺激療法は侵襲の少ない物理療法で,これまで複数の施設から良好な結果が報告されている画期的な治療法で,また,日本オリジナルの世界に発信できる治療法と考えられる.「NAIONに経角膜電気刺激療法は有効か?」について,大阪大学の森本壮・不二門尚両先生にまとめていただいた.昨年,AmericanJournalofOphthalmologyの論説にも取り上げられた外傷性視神経症にパルスステロイドは禁忌であるというカルフォルニア大学ロスアンゼルス校眼科の論文3)により,神経眼科領域に大きな衝撃が走った.昨年夏の近畿と九州の日本神経眼科学会認定講習会や昨年11月の神戸での日本神経眼科学会のシンポジウムなどで取り上げられているが,まだ,この情報は広く一般に知られていない.先の神戸のシンポジウムで薬物治療に関連して,この問題を取り上げられた東京慈恵会医科大学眼科の敷島敬悟先生に「外傷性視神経症にステロイドバルス療法は禁忌か?」についての解答をお願いした.特発性眼瞼痙攣症にボツリヌス毒素(BTx)療法が有効であることは眼科医だけでなく,広く一般にも知られるようになっている.確かに,初回BTx注射で10人中9人は改善し,患者もその劇的な効果に感激し,眼瞼痙攣症にBTxが奏効することはマスコミを通じてよく知られている.しかし,BTxを繰り返していくうちに,なかに,効果がなくなったり,当初から,それほど効果のない患者が,内服治療などあちこちの施設をわたり歩いている現実がある.こうしたなか,豊富なBTx治療の経験と,特に,眼瞼の手術療法を試みられている兵庫医科大学眼科の三村治先生に,この難治疾患の手術療法について,忌憚のないお考えをまとめていただいた.724あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(2) まとめこの特集では扱わなかったトピックに,Leber遺伝性視神経症(LHON)の欧州でのIdebenon(900mg/日)内服の前向き多施設治験の有効性の報告がある4).ミトコンドリア内膜の電子伝達体の一つユビキノンから開発されたIdebenonは脳循環代謝改善剤として一時国内でも使用されていたが,1998年に医薬品の承認を取り消された経緯がある.今回の欧州の報告以後,有効性を認めたという臨床報告が続き欧米では話題となっている.また,多発性硬化症(MS)の再発予防薬として昨年11月に国内でも承認されたFingolimod(リンパ球のスフィンゴシン1-リン酸受容体阻害薬)は,1日1回内服でよい画期的なMS治療薬として注目されているが,副作用として黄斑浮腫がある.昨年12月20日に日本眼科学会のホームページ(http://www.nichigan.or.jp/news/m_201.jsp)を通じ,会員への周知が図られているが,黄斑浮腫例の多くは無症候性でOCTでしか発見できないため,眼科医も心得ておくべき副作用である.文献1)HayrehSS,ZimmermanMB:Non-arteriticanteriorischemicopticneuropathy:roleofsystemiccorticosteroidtherapy.GraefesArchClinExpOphthalmol246:10291046,20082)RebolledaG,Perez-LopezM,Casas-LleraPetal:Visualandanatomicaloutcomesofnon-arteriticanteriorischemicopticneuropathywithhigh-dosesystemiccorticosteroids.GraefesArchClinExpOphthalmol,2012Mar24.[Epubaheadofprint,DOI:10.1007/s00417-012-19957]3)SteinsapirKD,GoldbergRA:Traumaticopticneuropathy:anevolvingunderstanding.AmJOphthalmol151:928-933,20114)KlopstockT,Yu-Wai-ManP,DimitriadisKetal:Arandomizedplacebo-controlledtrialofidebenoneinLeber’shereditaryopticneuropathy.Brain134:2677-2686,2011(3)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012725

縫合可能であった外傷性下直筋断裂の幼児の1例

2012年5月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科29(5):711.715,2012c縫合可能であった外傷性下直筋断裂の幼児の1例三浦瞳羽根田思音菅野彰山下英俊山形大学医学部眼科学講座InfantCaseofTraumaticLacerationofInferiorRectusMuscleHitomiMiura,ShionHaneda,AkiraSuganoandHidetoshiYamashitaDepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,YamagataUniversityFacultyofMedicine目的:外眼筋断裂は幼児では診断が困難である.また,断裂した筋の中枢側断端の同定が困難な場合も多い.今回筆者らはコンピュータ断層撮影(CT)で外眼筋断裂を疑い,術中診断し縫合可能であった外傷性下直筋断裂の幼児例を経験したので報告する.症例:1歳5カ月の男児.転倒し,フックに左眼を強打した.受傷同日の初診時左眼瞼腫脹が著明であったが,眼瞼裂傷は認めなかった.眼窩部CTでは左下直筋周囲の炎症所見および眼窩内の気泡を認めた.下直筋断裂を疑い全身麻酔下で手術を施行した.術中所見では下方円蓋部の結膜裂傷および下直筋腱の断裂を認めた.中枢側断端を同定でき,断端の中枢側と遠位側を6-0バイクリルR糸で縫合した.術後1日目は10°の左上斜視を認めた.術後1カ月では眼位は正位となり,眼球運動制限を認めなかった.結論:CTは幼児の外傷性外眼筋断裂の診断に有用であった.断裂した筋の縫合を行うことで良好な結果が得られた.Withlacerationofanextraocularmuscle,itisoftendifficulttoidentifythemuscle’sproximalend.Wereportthecaseofa17-month-oldmalewithtraumaticlacerationoftheinferiorrectusmuscleofthelefteye,duetoinjurybyahook.Nowoundwasdetectedonthelefteyelid.Computer-aidedtomographyshowedinflammatoryfindingsaroundtheinferiorrectusmuscleandfreeairintheorbitalspace.Aconjunctivaltearandlacerationoftheinferiorrectusmuscleweredetected.Weidentifiedtheproximalendofthemuscleintheintermuscularseptum.Bothendsofthemuscleweresuturedwith6-0absorbablesutures.Onedaylater,eyepositionwas10°lefthypertropia.Atonemonthlater,eyepositionhadimprovedtoorthophoriaandeyemovementhadnormalized.Inpediatriccases,itisnecessarytosuturelaceratedmuscles,soastoavoidstrabismusandamblyopia.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(5):711.715,2012〕Keywords:下直筋断裂,乳幼児,外傷.inferiorrectusmuscle,infant,trauma.はじめに外眼筋の断裂は外傷あるいは斜視,網膜.離のバックル手術の術中などにしばしば認める.外眼筋断裂では,断裂した筋肉の断端を同定し,中枢側と遠位側を縫合することが最も推奨される手術法と考えられるが,断裂した筋の中枢側が収縮して奥に入り込んでしまうため,断端を同定するのが困難な場合が多い.中枢側の断端が同定できない場合は外眼筋の移動術が必要になる.しかし,移動術はさらなる直筋への負担から前眼部虚血の可能性があり,さらに定量性に欠け,複視が残存する場合も少なくない.さらに,無治療のまま放置すると上下斜視や複視,眼球運動障害が生じうる.幼小児の症例では上下斜視や下転制限が残存すると弱視を発症する危険性も出現するため,手術による根本的な治療が不可欠であり,術後も視力や眼位に注意して経過観察を行う必要がある.また,乳幼児の外傷例では患児の協力が得られず,診察が困難であることも多く,手術の適応の有無などの臨床的な診断がむずかしい場合がある.今回筆者らは術前のコンピュータ断層撮影(computeraidedtomography:CT)にて外眼筋断裂を疑い,術中に下直筋断裂を確認し,断端を縫合した外傷性の下直筋断裂の小児の症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕三浦瞳:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学医学部眼科学講座Reprintrequests:HitomiMiura,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,YamagataUniversityFacultyofMedicine,2-2-2Iida-Nishi,Yamagata990-9585,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(131)711 I症例患者:1歳5カ月の男児.主訴:左眼痛,左眼瞼腫脹.現病歴:2010年12月9日,ショッピングセンターで転倒した際に,陳列棚のフックに左眼を強打した.出血が止まらなかったため,同日山形大学医学部附属病院の救急部を受診した.初診時所見:著明な左眼の眼瞼腫脹を認めたが,眼瞼の皮膚側に裂傷は認めなかった.細隙灯顕微鏡では両眼ともに角膜,前房および水晶体を含めた前眼部に異常所見を認めなかった.患児の協力が得られなかったため,術前の眼位,眼球運動の評価は困難であった.また,1歳5カ月のため,視力検査も施行できず,それ以上の詳細な診察や検査は困難であった.左眼以外に打撲した部位もなく,全身的に異常所見を認めなかった.眼窩部のCTでは,眼球の形態の異常および眼窩壁骨折は認めなかった.左眼下直筋の著明な腫脹および下直筋周囲の炎症所見,眼窩内の気腫を認め,これらの所見から外眼筋断裂を疑い,同日全身麻酔下で手術を予定した(図1).術中所見:開瞼器で眼瞼を開けたところ,左眼は上転しており,6時方向の結膜円蓋部に裂傷を認め,その周囲に著明な結膜下出血および結膜浮腫を認めた.結膜を展開し,血腫で腫脹したTenon.を.離したところ,断裂した下直筋の遠位端を認めた.明らかな強膜の裂傷や内直筋,外直筋の損傷は認めなかった.眼窩下壁側に沿って,腫脹したTenon.の.離を丁寧に進めると,筋鞘の袋状の端を認め,その中に下直筋の中枢側の断端を同定できた(図2).同定した下直筋の中枢側を把持鉗子で把持し,6-0バイクリルR糸を通糸して,遠位側断端と中枢側断端を縫合した(図3).結膜の裂傷は8-0バイクリルR糸で縫合した.また,術中に眼底検査を施行したところ,硝子体出血は認めず,網膜および視神経に異常所見を認めなかった.経過:手術翌日は正面視で10°の左上斜視と右側への頭位傾斜を認めた.術後1カ月では眼位は正面視で正位となり,眼球運動も制限を認めなかった.術後10カ月(2歳3カ月)図1CT所見左:冠状断(術前),右:矢状断(術前).灰色矢印:左眼の下直筋の著明な腫脹および炎症所見を認めた.白矢印:眼窩内の気腫.図2術中所見白矢印:下直筋中枢側断端.灰色矢印:下直筋遠位側断端.図3術中所見下直筋の中枢側断端と遠位側断端を縫合した(白矢印:下直筋縫合部).712あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(132) 図4術後10カ月のCT所見左:冠状断,右:矢状断.図5術後10カ月の眼位(正面視)の眼位は正位で,眼球運動制限を認めなかった(図5).視力は両眼ともに0.8(n.c.)で左右差を認めなかった.CT所見でも左下直筋の腫脹および炎症所見は改善していた(図4).術後12カ月(2歳5カ月)の視力は右眼0.8(1.0×.0.50D),左眼1.0(n.c.)と左右差を認めなかった.II考按外傷性の外眼筋損傷のなかでも下直筋の断裂は頻度が高い.HelvestonとGrossmanは,直筋のほうが斜筋と比較して角膜輪部に近く,解剖学的に外界に曝されているため外傷で損傷しやすいと報告している.彼らはさらにBell現象によって,外傷の衝撃による閉瞼および眼球が上転あるいは外転するため,直筋のなかでも特に下直筋と内直筋が断裂する頻度が高いと述べている1).今回の症例は幼児であったため,術前の詳細な診察が困難であった.CT所見で外眼筋断裂の所見は明らかでなかったが,左眼下直筋の著明な腫脹と下直筋周囲の著明な炎症所見,および眼窩内に気腫を認めたことで下直筋断裂を疑うことができた.眼窩は閉鎖空間であるため,本来眼窩内に気腫は存在しないはずである.眼窩壁骨折や頭蓋底骨折なども認めないにもかかわらず,このような所見を認めた場合,外傷による損傷が大きいことが予想でき,筋の断裂も念頭に入れて手術を検討すべきであると考えられた.今回CTで下直筋断裂の所見が明らかでなかったのは,受傷直後で筋の腫脹や炎症が著明であったためと考えられた.今回の症例のように眼位や眼球運動などの詳細な診察が困難な幼児の外傷例ではCTの所見が診断に有用であると考えられた.わが国の下直筋断裂に関しての報告は13例13眼(11報告)2.12)であった.全例外傷によるもので網膜.離や斜視の術中の症例はなかった.下直筋の中枢側断端を同定できた症例は13例中10例であった.下直筋の中枢側断端が同定できた場合には断端の縫合が施行されていた.下直筋の中枢側断端の同定が不可能であった場合には,水平筋の全幅筋移動術や下直筋の短縮前方移動術が施行されていた.わが国の報告では小児の下直筋断裂の報告はなかった.山尾らの報告では受傷当日の緊急手術では下直筋の中枢側の断端を同定できず,2日後の再手術で下直筋の断端を同定,縫合することが可能であった.術後下転障害が残存したものの,術前より眼位の改善を認めた2).鈴木らの報告では受傷後5カ月経過した例であったが,断裂した下直筋の断端を縫合し,術後良好な結果を得ている3).下直筋断裂の場合はLockwood靱帯が下直筋と下斜筋の共通の筋鞘として存在しているため,中枢側の断端が後退しにくく,他の外眼筋断裂と比較して同定しやすい場合がある.この症例では断裂の部位が眼窩深部でなく,筋付着部の近くであった.そのため,Lockwood靱帯が損傷を受けず,中枢側断端が収縮して眼窩深部に落ち込んでしまうことがなかったため,同定可能であったと述べている.術前は25Δの左上斜視および下転障害を認めていたが,術後眼位は正位となり,下転障害も改善した.下直筋断裂に対する手術では,できるだけ受傷後早期に下直筋の同定を試み,断端を同定できた場合には縫合するのが原則である.しかし,受傷後長期間経過しても,下直筋の解剖学的特性から,まず中枢側の断端の同定を試みる価値があると考えられる.今回の症例はフックによる眼外傷であり,Lockwood靱帯より前方の位置で断裂を認めた.そのためLockwood靱帯の存在により断端の同定ができた可能性が高く,その結果筋の縫合ができ,良好な結果を得られたと考えられる.(133)あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012713 下直筋の中枢側の断端を同定することができなかった症例では,下斜筋短縮前方移動術や水平筋全幅移動術などが施行されている.下斜筋短縮前方移動術は上斜筋麻痺や下斜筋過動,交代性上斜位の治療として広く行われている下斜筋前方移動術に短縮を加えた術式である.斜筋手術であることから前眼部虚血の可能性がないことが利点である.直筋の手術と比較すると定量性に欠けるが,短縮を行う量を調節することや受傷眼の上直筋後転を追加することなどにより,ある程度定量性を補うことが可能である.水平筋全幅移動術は外眼筋の完全麻痺の際に施行されることが多い術式である.筋の付着部での切腱や分割が不要で,筋の辺縁を結紮するため,前眼部虚血の危険性が少ない.これらの術式は眼位矯正に有用であると考えられるが,定量性に欠けるため,術後複視が残存する可能性も考慮して術式を選択する必要がある.上記のような術式はいずれも下直筋以外の筋の作用する方向を変えることによって,下転に作用する力を補うものである.断裂した下直筋の中枢側が同定できず縫合不可能であった場合や,断裂した筋を同定できても損傷が強く,筋の張力が低下し拘縮しているような場合にはこのような術式が有用であると考えられる.本症例のような小児の下直筋断裂の症例は非常に少なく,筆者らが調べた限りでは以下の3例であった.断裂した下直筋の断端を縫合できたのはHelvestonらの報告のみで,それ以外の症例では下斜筋前方移動術が施行されていた.Helvestonらの症例では前医から紹介されたのが受傷3カ月後であったため,手術も受傷3カ月後に施行されていた.手術まで時間が経過していたが,下直筋断端を同定し,縫合することができ,眼位および下転障害の改善を認めている.術後正面視での眼位も正位となった1).Gamioらの症例は前医で3歳時に左眼の上斜筋麻痺に対する手術を施行されている症例で,左上斜視が出現してきたため,5歳時に再手術を施行した.術中に下直筋が同定できず,外直筋が下方に偏位して付着していた.下直筋の縫合が不可能であったため,下斜筋を少量短縮し,前方移動した.下斜筋は以前に手術された形跡はなかった.偏位していた外直筋はもともとの付着部に縫合しなおした.術後眼位は正面視で10Δの内斜視と4Δの右上斜視となったが,術前と比較すると著明に改善した13).Asadiらの症例はもともと術前の眼位は正面視では正位であったが,上方視時に15Δの外斜視,下方視時に10Δの内斜視および両眼の下斜筋過動を認めた.左眼の下斜筋前転術を施行した後,右眼の下斜筋前転を施行しようとした際に下直筋断裂が生じた.下直筋の断端の同定が不可であったため,内直筋の付着部を下直筋の付着部付近に移動させた.正面視では8Δの左上斜視および30°下方視時の3Δの左上斜視,30°上方視時の25Δの左上斜視を認めた14).受傷機転や筋の損傷の程度,手術までの時期もさまざまであり,一概に比較するのはむずかしいが,下直筋を縫合可能であった例とできなかった例を比較すると,いずれも術後眼位と眼球運動は術前と比較して改善している.しかし,正面視の眼位は縫合できた症例で正位となっており,良好な結果を得ている.このことは下直筋を縫合できた症例のほうが他の筋で下方への動きを補うより,下直筋をもともとの位置に戻すほうがより生理的な眼球運動を得られたためと考えられる.今回の症例でも受傷当日に断裂した下直筋を縫合し,生理的な位置に戻すことができたため,術後の眼位および眼球運動において良好な結果を得られたと考えられる.小児の外眼筋断裂では斜視や眼球運動障害に伴う弱視の危険性があるため,受傷後早期に手術による根本的な治療を積極的に検討するべきである.特に今回の症例のような視機能の発達段階の乳幼児の症例では,術後も弱視になる可能性を常に念頭に置きながら,視力や眼位を注意深く経過観察していく必要がある.III結論CTは幼児の外傷性外眼筋断裂の診断に有用であった.外傷性下直筋断裂に対して断裂した断端を同定し縫合することは,もともとの筋の生理的な位置に近づけられるため,術後眼位の改善を認める可能性が高いと考えられる.現時点ではまだ短期の経過であるため,今後の予後については経過観察が必要である.文献1)HelvestonEM,GrossmanRD:Extraocularmusclelacerations.AmJOphthalmol81:754-760,19762)山尾信吾,菅澤淳,辻村総太ほか:縫合可能であった高齢者の外傷性下直筋断裂.臨眼56:1767-1771,20023)鈴木由美,山田昌和,井之川宗佑ほか:陳旧性下直筋断裂に下直筋縫合が有効であった1例.眼臨紀4:254-258,20114)金子敏行,花崎秀敏,田辺譲二ほか:サーフボードによる下直筋断裂の例.眼科31:89-93,19895)森田一之,佐藤浩之,伊藤陽一ほか:下直筋断裂の1例.臨眼96:104-106,20026)大島玲子,當間みゆき,植田俊彦ほか:下直筋断裂の2症例.日本災害医学会会誌42:562-566,19947)山内康照,大野淳,泉幸子ほか:下直筋完全断裂を伴った眼窩底骨折症例の検討.日本職業・災害医学会会誌50:135-140,20028)河本重次郎:外傷II(眼科小言).日眼会誌13:144-145,19099)河本重次郎:奇ナル眼外傷.眼臨26:564,1931714あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(134) 10)坂上直道:下直筋外傷の1例.診断と治療25:436,1938transposionoftheinferiorobliquemuscle[RATIO]to11)西村香澄,彦谷明子,佐藤美保ほか:外傷性下直筋断裂にtreatthreecasesoftheinferiorrectusmuscle.Binocul対する下斜筋短縮前方移動術の効果.眼臨紀2:249-255,VisStrabismusQ17:287-295,2002200914)AsadiR,FalavarjaniKG:Anteriorizationofinferior12)西川亜希子,西田保裕,村木早苗ほか:外傷性下直筋断裂obliquemuscleanddownwardtranspositionofmedialrecに用いた水平筋全幅移動術.眼臨紀3:145-148,2010tusmuscleforlostinferiorrectusmuscle.JAAPOS10:13)GamioS,TartaraA,ZelterM:Recessionandanterior592-593,2006***(135)あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012715

ステロイドの局所投与が有効であった眼窩乳児毛細血管腫の1例

2012年5月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科29(5):705.710,2012cステロイドの局所投与が有効であった眼窩乳児毛細血管腫の1例木下哲志*1鈴木康夫*2横井匡彦*1加瀬学*1*1手稲渓仁会病院眼科*2手稲渓仁会病院眼窩・神経眼科センターACaseofOrbitalInfantileCapillaryHemangiomaSuccessfullyTreatedwithIntralesionalSteroidInjectionSatoshiKinoshita1),YasuoSuzuki2),MasahikoYokoi1)andManabuKase1)1)DepartmentofOphthalmology,TeineKeijinkaiHospital,2)OrbitalDisease&Neuro-OphthalmologyCenter,TeineKeijinkaiHospital乳児毛細血管腫は5歳頃までに自然退縮する良性腫瘍だが,視力や眼球運動などに影響を及ぼす可能性がある場合は積極的な治療介入が必要とされている.ステロイドの局所投与はその主要な治療法の一つであるが,標準的な治療法は確立されてはいない.今回筆者らは,乳児毛細血管腫が下眼瞼から眼窩の筋円錐内に伸展し,著明な眼窩の変形も伴っていた症例に少量ステロイドの局所投与を行った.症例は右眼瞼腫瘍の急激な増大と眼窩内浸潤を主訴に近医眼科から当科(手稲渓仁会病院眼科)へ紹介された3カ月の男児である.乳児毛細血管腫を疑ったが,腫瘍の部位と経過,眼窩の変形から,視機能障害が危惧されたため,早期の診断,治療に踏み切った.腫瘍の部分切除を施行し,乳児毛細血管腫の病理学的診断を得たうえで,メチルプレドニゾロン20mgを腫瘍内へ投与した.投与3週後までには腫瘍に消退傾向が生じ,投与12カ月後にはほぼ消失し,視機能,美容的にも良好な結果が得られた.Infantilecapillaryhemangiomaisabenigntumorthatdevelopsrapidgrowthorregression.Ifaperiorbitaltumorissuspectedofimpairingvision,aggressivetreatmentisrequired.Althoughintralesionalcorticosteroidinjectionhasbeenreportedaseffective,thetreatmenthasnotyetbeenstandardized.Inthepresentcase,a3-montholdmalewasreferredtousbecauseofrapidgrowthofatumorinhisrightorbit,withsevereeyelidswelling.CT(computedtomography)-scanshowedthetumoroccupyingtheinferotemporalspaceoftherightorbit,withconsequentprotrusionoftheorbitalwall,extendingtotheintramuscularcone.Asthistumorwasthoughttoposeriskofvisualimpairment,4weekslaterweperformedintralesionalinjectionof20mgmethylprednisolone,basedonthepathologicaldiagnosisofcapillaryhemangioma.Thetumorbegantoregresswithin3weeksafterinjection.Thetumorandorbitalasymmetryhaddisappearedby21months,withnoopticnerveimpairment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(5):705.710,2012〕Keywords:毛細血管腫,眼窩,乳児,ステロイド局所投与.capillaryhemangioma,orbit,infant,intralesionalsteroidinjection.はじめに乳児毛細血管腫は生後間もない時期に出現し,急速に増大する腫瘍である.大部分は5歳頃までに自然退縮する1)が,視機能などに影響を及ぼす可能性がある場合は積極的な治療介入が必要とされる.これまで試みられてきている治療法としてはステロイドの全身投与,あるいは局所投与,さらには外科的切除,レーザー治療,インターフェロン投与などがあり1),特に眼周囲領域の乳児毛細血管腫に対してステロイド局所治療が奏効した症例は,わが国でも報告されている2.5).しかしながら,局所投与に用いるステロイドの種類や投与量の標準化はいまだなされていない.今回筆者らは,眼窩の筋円錐内にまで及ぶ乳児毛細血管腫に対して比較的少量のステロイドの局所投与を行い良好な結果を得ることができた.その治療経過を若干の考察を含めて〔別刷請求先〕鈴木康夫:〒006-8555札幌市手稲区前田1条12丁目1-40手稲渓仁会病院眼窩・神経眼科センターReprintrequests:YasuoSuzuki,M.D.,OrbitalDisease&Neuro-OphthalmologyCenter,TeineKeijinkaiHospital,1-40Maeda1Jou,Teine-ku,Sapporo006-8555,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(125)705 AB図1ステロイド治療前および治療後の容貌A:治療前.右上眼瞼と右下眼瞼の腫脹,眼窩の左右非対称がみられる.B:治療2年2カ月後.眼瞼の腫脹は改善し,右頬部にわずかな発赤を残すのみとなっている.眼窩の変形も改善している.報告する.I症例患者:生後3カ月,男児.主訴:右眼瞼腫脹.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.現病歴:平成19年7月出生.経腟正常分娩であり出生直後は特に症状はなかったが,平成19年9月に右眼瞼腫脹を主訴に近医眼科を受診した.血管腫疑いで経過観察されていたが,MRI(magneticresonanceimaging)で腫瘍の増大と眼窩内への伸展が認められ,精査加療目的で当科(手稲渓仁会病院眼科)を紹介され,平成19年11月19日に初診した.初診時所見:対光反応は両眼とも迅速でRAPD(relativeafferentpupillarydefect)は陰性であった.眼球に特記すべき所見はなかったが,右上眼瞼と右下眼瞼にやや青みを呈した腫脹があり,右頬部皮膚にも同様の色調の小さな病変を認めた(図1A).CT(computedtomography)では右側の頬部から下眼瞼,また眼窩深部の筋円錐内へ伸展する均一なCT値をもつ占拠性病変を認めた(図2).右眼窩の外壁と下壁はこの病変に圧排され,右眼窩は著明に拡大していた.占拠性病変は,MRIのT1強調像で均一な等信号,T2強調像でも均一な高信号を呈しており(図3),脂肪抑制T1強調造影でも占拠性病変全体に均一な造影効果が認められた.以上の画像所見から占拠性病変は充実性の腫瘍と診断した.経過:平成19年12月6日に右下眼瞼縁アプローチで腫瘍の部分切除を施行した.病理診断は,内皮細胞に裏打ちされた毛細血管の密な増生が認められる「乳児毛細血管腫」であった(図4).平成19年12月13日にメチルプレドニゾロン(デポメドロールR)20mg/1mlを26ゲージ針を用いて経右下眼瞼で腫瘍内に局所注入した.CT画像を参考に,下眼瞼中央部やや耳側で皮膚上から触知した眼窩下縁から7mm上方を刺入部位とした.投与3週後のCTでは,投与前と比べ腫瘍の増大は認めず,逆に部分的ではあるが縮小が認められた.視診における右上下眼瞼の腫脹と眼窩の左右非対称は,投与2カ月後では残存していたが徐々に改善し,上眼瞼の腫脹は投与1年後に,下眼瞼の腫脹は投与1年9カ月後に図2初診時の眼窩CT(Bar=1cm)眼窩深部の筋円錐内へ及ぶ占拠性病変がみられ,右眼窩の外壁と下壁の変形を認める.706あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(126) 図3治療前の眼窩MRI上段:T1強調画像,下段:T2強調画像,Bar=1cm.占拠性病変はT1強調像で均一な等信号,T2強調像で均一な高信号を示していた.図4病理組織所見(HE染色,×200)内皮細胞に覆われる毛細血管が密に増生している.は消失し,眼窩の左右非対称は認めなくなった.CTにおいても,腫瘍陰影は徐々に消退し,投与12カ月後には眼瞼周囲から眼窩下方の腫瘍陰影の大部分が消失していた.この腫瘍の縮小と眼窩の発育に伴う右眼窩の変形・拡大の軽減も認められた(図5).経過中,対光反応は左右差なく,前眼部・中間透光体・眼底にわたって特記すべき所見は認めなかった.視力測定と屈折検査は患児の協力が得られず苦慮したが,生後3歳7カ月時点で右眼視力(0.5×cyl(.2.5DAx150°),左眼視力(0.7×cyl(.1.0DAx40°),シクロペントラート点眼による毛様体弛緩後の屈折度数は,右眼がsph.1.5D(cyl.2.75DAx150°,左眼がsph.0.5D(cyl.1.5DAx35°であった.乱視度数と視力の左右差を軽度認めたため,眼鏡処方をして経過観察中である.II考按乳児毛細血管腫はほとんどの症例において5歳までに自然退縮するとされている1)が,症例によってさまざまである.皮下から眼窩内までに及ぶ毛細血管腫7症例の経過観察を行った報告では,4.5歳の時点までに十分な退縮が得られずに全例で手術が必要となったと述べられており6),眼窩領域の血管腫が深部に及ぶものは,表層近くに限局する場合と比較し,退縮に要する期間がより長い傾向にあるとされている7).さらに眼窩に及ぶ巨大な乳児毛細血管腫において視神経の圧迫による視力低下が生じたとの報告もある8).本症例は生後間もない発症であること,またその後当科を初診するまでの約2カ月間で持続的かつ急速な腫瘍の増大を認めたことから,自然退縮の性質をもつ乳児毛細血管腫を念頭にこれらの報告を踏まえて治療方針を検討した.当科初診時すでに腫瘍は眼窩深部の筋円錐内にまで及んでおり,乳児毛細血管腫であったとしても自然経過で腫瘍が退縮し始める見込みは少なく,経過観察を選択した場合は筋円錐内の腫瘍増大による視神経障害が生じる可能性があると考え,病理学的に診断を確定させたうえで積極的治療に踏み切ることとした.乳児毛細血管腫に対する治療法としては今回選択したステロイド投与の他に,外科的切除,レーザー照射,インター(127)あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012707 ACBDACBD図5ステロイド投与後の眼窩CT(Bar=1cm)A:投与3週後.眼窩下方に伸展する充実性の眼窩腫瘍を認める.B:投与6カ月後.腫瘍陰影の濃度が低下している.C:投与1年後.眼窩下方の腫瘍陰影の濃度はさらに低下している.D:投与1年7カ月後.腫瘍はほぼ消失し,眼窩の左右非対称は目立たなくなった.フェロン全身投与などがあり,さらに最近ではプロプラノロール全身投与が注目を浴びている.外科的切除は確実に腫瘍を小さくすることができるが,術後瘢痕や出血,眼球運動障害などを含む視機能障害の合併症のリスク1)を考慮すると,本症例のように眼窩深部の筋円錐内にまで伸展している症例で腫瘍を全摘出することは困難である.本症例で行った腫瘍切除も当初から全摘出を目標とはしておらず,先述した合併症を生じさせないことを最優先にした部分切除に留めた.つぎにレーザー治療であるが,この治療は皮膚表面の乳児毛細血管腫には効果的である一方で深部の腫瘍には効果が得られにくく9),本症例の場合は十分な治療効果は見込めないと考えられた.さらに,インターフェロン投与療法は体表面積当たり100万.300万単位の皮下注射が提唱されているが,全身的副作用として倦怠感・嘔気・白血球減少症などがあり10),本症例のような新生児期の初期治療としては選択しづらい.実際にはステロイド投与に反応しない場合に用いられることが多いようである10).プロプラノロール全身投与療法は2008年にClemensら11)が乳児の毛細血管腫に対して有効であると報告して以降,近年注目される治療法であり,Hogelingら12)は経過観察と比較した無作為割り付け試験で有意に腫瘍を縮小させたと述べている.しかし,本症例においては当時十分なデータがなかったために選択しなかった.一方,ステロイド治療は血管収縮因子の感受性増強や血管新生の阻害などの作用機序は依然推察の域を出ないものの,708あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012その有用性は広く支持されてきている13).全身投与による治療に関しては,1967年にZaremら14)が病理学的に同定された毛細血管腫を含む生後3カ月から21カ月の血管腫7症例に対し,同治療法が有効であったことを報告し,現在でも治療法の一つとして広く用いられている.投与法はプレドニゾロンを1.2mg/kg/日を毎日,あるいは2.4mg/kg/日の隔日投与から開始し,数カ月をかけて漸減することが提唱されているが,長期間の投与になるために副作用として発育遅延やCushing徴候,また易感染性のリスクを伴うことが指摘されている1).一方で,筆者らが選択したステロイド局所投与は,1979年にKushnerら15)が報告して以来広く用いられており,わが国でも報告されている2.5).治療にはおもにトリアムシノロンなどの長期間作用型のステロイドとベタメタゾンなどの短期間作用型のステロイドが使われ,投与法も単剤あるいは複数の薬剤を併用する場合が報告されている.わが国における報告でも,トリアムシノロン20.24mgの複数回投与3),メチルプレドニゾロン25mgとトリアムシノロン25mgの併用2),トリアムシノロン40.50mgとベタメタゾン6mgの併用5),トリアムシノロン45.50mgとベタメタゾン9.10mgの併用4)など,多彩な投与法が用いられており,やはり標準的な投与法は確立されていない.また,ステロイド局所投与の副作用は全身投与に比べて少ないものの,眼瞼壊死,眼窩脂肪萎縮や網膜動脈閉塞などが報告されている16).合併症としての報告は少ないが,血管組織豊富な(128) 腫瘍であることから,注射針の穿刺による出血のリスクも考えられる.Wassermanら17)はこの手技によって局所の出血や血腫を生じる頻度は3.85%と報告している.毛細血管腫は血管組織は豊富であるものの血流の多い腫瘍ではないために,重篤な出血に至ることは少ないとされる18)が,青紫色の色調変化や腫脹などの出血を示す徴候があった場合は,圧迫止血を行った後に画像診断で血腫の有無や範囲を確認する必要があると思われる.本症例では投与時期が生後5カ月と比較的早期であったことから,副作用を考慮して他の報告に比べるとやや少量であるメチルプレドニゾロン20mg(2.5mg/kg)の局所投与を選択した.初回投与後も腫瘍の増大傾向が続くようであれば追加の局所投与を行い,それでもなお効果が得られない場合は全身投与の施行を検討していたが,幸い初回の局所投与3週後には腫瘍の退縮傾向が確認されたために追加の局所投与は行わず,最終的に重篤な副作用もなく視神経障害を回避することができた.このことは,今後の同様な症例に対するステロイド治療の選択肢を広げるものと考える.視神経障害以外の眼窩部乳児毛細血管腫の合併症として,弱視と眼窩の変形に起因した容貌の変化がある.弱視は眼周囲の毛細血管腫をもつ患者の44.63%に生じると報告されており19.21),弱視となる可能性を認める場合は,積極的な治療介入の適応があるとされている19).Robbら21)は腫瘍が角膜を圧迫して乱視をもたらすことで不同視弱視になる可能性があり,さらに腫瘍の消退後も乱視は残存する傾向があると報告しているが,一方でステロイド局所注入治療によって得られた腫瘍縮小に伴い乱視率が63%軽減したとの報告22)もあり,弱視が確認されなくても疑われる症例に対して早期から積極的な治療を行うことの有効性が示唆される.本症例は不同視性弱視の発症を疑わせるような著しい屈折異常はなく,視軸遮断もなく経過した.3歳7カ月の時点で可能となった視力検査で,患側眼の矯正視力が(0.5)と健側眼の矯正視力(0.7)よりも不良であり,健側眼より強い乱視を認めたため,眼鏡を装用させて経過をみている.眼窩は,生後3歳まで急速に発育し,5歳までに成人の約90%の大きさに達するといわれている23)ことから,出生直後の眼窩内病変は眼窩の発育異常をきたしやすいと考えられる.今回の症例では腫瘍が片側眼窩内に広く伸展していたために,初診時すでに腫瘍の圧排による眼窩の非対称が顕著であった.しかしその後,眼窩が発育する期間内に腫瘍の増大が止まり,徐々に消退していった.CT(図5)で眼窩の形状を経時的に比較すると,右眼窩において腫瘍に圧排されていた部位は腫瘍が消退した後は拡大せず,右眼窩のその他の部位と左眼窩は徐々に発育拡大し,生後2歳の時点で眼窩の左右非対称はほぼ消失した.本症例は眼窩深部に至る血管腫であり,これまでの報告6)にあるように,腫瘍の自然退縮が4(129).5歳以降となり眼窩が急激に発育する期間内23)に生じなかった場合,あるいは腫瘍による眼窩の変形と拡大が成熟した眼窩の大きさを上回った場合は,腫瘍の自然退縮後にも眼窩の左右非対称が大きく残存した可能性がある.本症例のような眼窩深部に至る乳児毛細血管腫では,眼窩の変形に起因する容貌上の問題を防ぐためにも早期治療が有効であることが示唆された.文献1)HaikBG,KarciogluZA,GordonRAetal:Capillaryhemangioma(infantileperiocularhemangioma).SurvOphthalmol38:399-426,19942)大黒浩,関根伸子,小柳秀彦ほか:ステロイド局所注射で退縮をみた眼窩頭蓋内血管腫瘍の1例.臨眼50:10151017,19963)三河貴子,片山智子,田内芳仁ほか:眼瞼と眼窩に認められた苺状血管腫の1例.あたらしい眼科14:155-158,19974)玉井求宜,宗内巌,木暮鉄邦ほか:ステロイドの局所注射が著効した顔面苺状血管腫の1例.日形会誌25:30-33,20055)松本由美子,宮本義洋,宮本博子ほか:頭頸部の巨大苺状血管腫4例の報告重大な合併症を回避するために速効性のある治療を行った4例の経過.日形会誌27:809-815,20076)RootmanJ:Vascularlesions.DiseasesoftheOrbit,p525532,LippincottWilliams&Wilkins,Philadelphia,19887)TambeK,MunshiV,DewsberyCetal:Relationshipofinfantileperiocularhemangiomadepthtogrowthandregressionpattern.JAAPOS13:567-570,20098)SchwartzSR,BleiF,CeislerEetal:Riskfactorsforamblyopiainchildrenwithcapillaryhemangiomasoftheeyelidsandorbit.JAAPOS10:262-268,20069)AlBuainianH,VerhaegheE,DierckxsensLetal:Earlytreatmentofhemangiomaswithlasers.Areview.Dermatology206:370-373,200310)EzekowitzRA,MullikenJB,FolkmanJ:Interferonalfa2atherapyforlife-threateninghemangiomasofinfancy.NEnglJMed326:1456-1463,199211)SchiestlC,NeuhausK,ZollerSetal:Efficacyandsafetyofpropranololasfirst-linetreatmentforinfantilehemangiomas.EurJPediatr170:493-501,201112)HogelingM,AdamsS,WargonO:Arandomizedcontrolledtrialofpropranololforinfantilehemangiomas.Pediatrics128:e259-266,201113)BrucknerAL,FriedenIJ:Hemangiomasofinfancy.JAmAcadDermatol48:477-493,200314)ZaremHA,EdgertonMT:Inducedresolutionofcavernoushemangiomasfollowingprednisolonetherapy.PlastReconstrSurg39:76-83,196715)KushnerBJ:Localsteroidtherapyinadnexalhemangioma.AnnOphthalmol11:1005-1009,197916)DroletBA,EsterlyNB,FriedenIJ:Hemangiomasinchildren.NEnglJMed341:173-181,1999あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012709 17)WassermanBN,MedowNB,Homa-PalladinoMetal:Treatmentofperiocularcapillaryhemangiomas.JAAPOS8:175-181,200418)NeumannD,IsenbergSJ,RosenbaumALetal:Ultrasonographicallyguidedinjectionofcorticosteroidsforthetreatmentofretroseptalcapillaryhemangiomasininfants.JAAPOS1:34-40,199719)StigmarG,CrawfordJS,WardCMetal:Ophthalmicsequelaeofinfantilehemangiomasoftheeyelidsandorbit.AmJOphthalmol85:806-813,197820)HaikBG,JakobiecFA,EllsworthRMetal:Capillaryhemangiomaofthelidsandorbit:ananalysisoftheclinicalfeaturesandtherapeuticresultsin101cases.Ophthalmology86:760-792,197921)RobbRM:Refractiveerrorsassociatedwithhemangiomasoftheeyelidsandorbitininfancy.AmJOphthalmol83:52-58,197722)WeissAH,KellyJP:Reappraisalofastigmatisminducedbyperiocularcapillaryhemangiomaandtreatmentwithintralesionalcorticosteroidinjection.Ophthalmology115:390-397,200823)FarkasLG,PosnickJC,HreczkoTMetal:Growthpatternsintheorbitalregion:amorphometricstudy.CleftPalateCraniofacJ29:315-318,1992***710あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(130)

化学療法により縮小のみられた直腸原発転移性脈絡膜腫瘍の1例

2012年5月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科29(5):701.704,2012c化学療法により縮小のみられた直腸原発転移性脈絡膜腫瘍の1例三宅絵奈*1森脇光康*2砂田貴子*1竹村准*1*1大阪市立十三市民病院眼科*2大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学RegressionofChoroidalMetastasisfromRectalCancerfollowingChemotherapyEnaMiyake1),MitsuyasuMoriwaki2),TakakoSunada1)andJunTakemura1)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaCityJusoHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,Osaka-CityUniversityGraduateSchoolofMedicine転移性脈絡膜腫瘍の原発巣の大部分は乳癌と肺癌であり,直腸や結腸などの消化管が原発となる症例は少ない.今回筆者らは直腸癌のstageIVの患者で発症した転移性脈絡膜腫瘍に対して化学療法が有効であった症例を経験した.症例は74歳,男性,右眼の視力低下を訴え眼科紹介となった.初診時右眼眼底には10乳頭径に及ぶ黄白色隆起性病変を認め,矯正視力は0.06であった.原発巣の外科的治療の後,大腸癌に対する化学療法のmodifiedFOLFOX6を開始した.6クール終了時点で脈絡膜腫瘍の検眼鏡的な消失がみられ,画像所見でも消失を確認した.その後眼病変発症から約8カ月で死亡したが,生存中は脈絡膜腫瘍の再発を認めなかった.現段階では直腸原発の転移性脈絡膜腫瘍の報告例は少ないが,抗癌剤の進歩とともに症例の増加が見込まれ,眼科医の転移性脈絡膜腫瘍治療に伴う癌治療への機会が増すであろうと考えられた.Choroidalmetastasisoriginatesmainlyfrombreastandlungcancer,rarelyfromrectalorcoloncancer.Wereportacaseofmetastaticchoroidaltumorthatoriginatedfromadvancedrectalcancerandregressedwithchemotherapy.Thepatient,a74-year-oldmale,experiencedprogressivelossofvisioninhisrighteye,whichshowedawhiteandyellowchoroidalmassapproximately10discdiametersinlength.Visualacuityintheeyewas0.06.Afteranoriginalsurgery,systematicchemotherapy(modifiedFOLFOX6)wasinitiated.After6coursesofchemotherapy,fundusexaminationandCT(computedtomography)scanoftherighteyerevealedtumorregression.Thepatientdied8monthsafterthefirstophthalmologicexamination,andthetumordidnotrelapsewhilehewasalive.Metastaticchoroidaltumorfromrectalcancerisrarelyreportedatpresent,butwithadvancesinchemotherapytherewillbeincreasingopportunitiestotreatwiththisconditionwithsuitablecancermanagement.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(5):701.704,2012〕Keywords:脈絡膜転移,直腸癌,化学療法,腺癌.choroidalmetastasis,rectalcancer,chemotherapy,adenocarcinoma.はじめに以前は脈絡膜悪性腫瘍としては脈絡膜原発の悪性黒色腫が最も多く,転移性脈絡膜腫瘍は比較的まれな疾患とされてきた.しかし,近年の癌治療の進歩・多剤併用療法による抗癌剤治療により生命予後の改善がみられ,担癌患者は増加する傾向にあり,転移性脈絡膜腫瘍は脈絡膜腫瘍のなかで最も多いものとなってきている1,2).おもな原発巣としては肺癌および乳癌が70%以上を占めており,他臓器の癌や血液由来の癌の転移性脈絡膜腫瘍はまれとされている2,3).治療としては眼球への単発性の転移で,転移性脈絡膜腫瘍が小さければ光凝固,冷凍凝固,放射線療法などが転移巣に対して行われてきたが,原発巣に対する化学療法が転移巣に対しても有効であったという報告もある4,5).今回筆者らは直腸原発腺癌が脈絡膜転移したまれな1例を経験し,化学療法単独により原発巣のみならず脈絡膜転移巣の縮小・消失を認めた症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕三宅絵奈:〒532-0034大阪市淀川区野中北2-12-27大阪市立十三市民病院眼科Reprintrequests:EnaMiyake,DepartmentofOphthalmology,OsakaCityJusoHospital,2-12-27Nonakakita,Yodogawa-ku,Osaka532-0034,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(121)701 I症例患者:74歳,男性.主訴:右眼の視力低下.家族歴:特記すべき事項はない.既往歴:右眼20年前,左眼3年前に白内障手術を他院で施行されている.左眼は加齢黄斑変性のため白内障術後視力は不良であった.現病歴:1年前より下痢が持続していたが放置していた.最近血便がみられるようになったため,当院内科を受診し精査したところ,直腸癌および肝転移,肺転移を指摘された.原発巣の通過障害改善目的手術のため当院外科入院中に右眼の視力低下を自覚したので,2010年5月14日当科紹介受診となった.外科入院中の血液検査所見は白血球10,200/μl,ヘモグロビン9.3g/dl,血小板41.6万/μl,ナトリウム135mM/l,カリウム4.7mM/l,塩素101mM/l,CEA(癌胎児性抗原)4.1ng/ml,CA19.932.1U/mlであった.眼科初診時所見:視力は右眼0.02(0.06×sph.4.0D(cyl.1.5DAx70°),左眼0.03(0.07×sph.4.5D)で,眼圧は右眼14mmHg,左眼16mmHg,中心フリッカー値は右眼26Hz,左眼23Hzであった.両眼ともに前眼部の異常を認めなかった.検眼鏡的には左眼に前医より指摘されていた加齢黄斑変性によると考えられる黄斑部網膜下の線維性組織ならびに一部に網脈絡膜萎縮を認めた.右眼には視神経乳頭より上方に約10乳頭径大の網膜下黄白色隆起性病変がみられ,その下方に滲出性網膜.離を認めた(図1).初診時に撮影した眼窩部の単純コンピュータ断層撮影(CT)写真では右眼球内上方に約12mm径大の軟部腫瘤像がみられ,その下方に滲出性網膜.離によるものと考えられる三日月状の高吸収域を認めた(図2).Bモードエコー検査では高さ約10mmの隆起性病変とその下方に網膜.離を認めた(図3).図3初診時Bモードエコー写真図1初診時右眼眼底写真図2初診時眼窩部単純CT写真図4直腸原発巣の病理組織702あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(122) II経過臨床経過より直腸癌原発の転移性脈絡膜腫瘍と診断した.原発巣の通過障害に対して5月17日に開腹高位前方切除術を施行し,その切除標本の病理組織より高分化型腺癌と診断された(図4).そしてその2週間後より大腸癌に対する化学療法のmodifiedFOLFOX6(mFOLFOX6)を開始し,6クール施行後全身状態が落ち着いたため9月1日眼科再診となった.再診時の視力は右眼光覚弁,左眼0.09(矯正不能),眼圧は右眼14mmHg,左眼19mmHg,中心フリッカー値は右図56クール投与後の右眼眼底写真前後眼測定不能,左眼30Hzであった.右眼眼底は,以前認めた脈絡膜腫瘍と考えられた隆起性病変は消失していたが,広範な網脈絡膜変性を認めた(図5).化学療法8クール終了時点での10月6日に撮影した眼窩部CTでは右眼の腫瘍がほぼ消失していた(図6).同時期に行った全身のCT検査にても肝臓および肺転移巣の縮小や消失が認められた(図7).Bモードエコーでは網膜.離は残存するものの腫瘍はほぼ消失していた(図8).この時点では眼痛などの自覚症状は消失し,矯正視力は右眼0.02,左眼0.1,眼圧は右眼11mmHg,左眼15mmHgであった.この後化学療法による骨髄抑制のため全身状態の悪化をきたし化学療法を中断した.しかし,骨髄抑制による悪液質ならびに肺転移巣の再燃・増悪による呼吸不全のため眼科初診の約8カ月後の2011年1月7日に永眠した.図68クール投与後の眼窩部単純CT写真図78クール投与後の肝臓および肺転移巣のCT図88クール投与後のBモードエコー写真(123)あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012703 III考按癌治療の進歩とともに生命予後が延長して担癌患者が増加してきており,われわれ眼科医が臨床の場で転移性脈絡膜腫瘍を発見する機会が増えてきている.転移性脈絡膜腫瘍の原発巣は肺と乳房が多くを占めており,直腸や結腸などの消化管からの転移は比較的まれとされる1.3).Shieldsらは520眼,950個の転移性脈絡膜腫瘍を報告し,これらを全身検索した結果,原発巣の内訳は乳癌47%,肺癌21%,消化管癌4%であったとしている1).わが国では箕田らが117例を検討し肺癌38.5%,乳癌36.8%,直腸癌2%と報告している2,3).直腸癌や結腸癌からの脈絡膜転移はまれとされており,わが国で眼科文献として報告されたものを1980年より検索しても5例4.8)がみられるのみである.このうち転移巣の発見を契機に原発巣を指摘された症例は2例ある.生命予後は悪く1例を除いて眼病変発症から平均約半年で死亡している.他の腫瘍が原発である場合の生存期間は,肺癌の場合は本症出現から約半年,乳癌では約10カ月と報告されている2).一般的に転移性脈絡膜腫瘍の治療に関しては原発巣の治療に加えて眼球への放射線療法や光凝固・冷凍凝固が選択されることが多い.脈絡膜への転移巣の大きさが4乳頭径より小さければ光凝固や冷凍凝固が選択され,それ以上の大きさもしくはすでに漿液性網膜.離を伴っている場合や腫瘍が乳頭黄斑部にかかっている場合に放射線療法が選択される9).光凝固は効果の発現が比較的早く侵襲は少ないが,腫瘍細胞の播種をきたす危険性があり,放射線療法は原発巣が肺癌や乳癌の場合には感受性が高いとされているものの総量を照射するのに時間がかかり,照射中や照射後に角膜症や網膜症などの副作用も起こしうる9).最近では硝子体内へのベバシズマブ注射11)や光線力学療法10)などの報告もみられるがいまだ少数である.いずれにしても眼球局所への単独療法は,多臓器への転移ではなく,眼球への転移のみの場合に選択されることが多い.直腸癌からの脈絡膜転移における眼科的な治療に関しては2例では眼球摘出術を施行している.田野ら4)の症例では,眼病変発見時に原発巣である直腸以外に異常を認めなかったため,また遠藤ら5)の症例では,腫瘍の急速増大による眼痛および顔面圧迫感が出現したため,眼球摘出を選択したとしている.中村ら6)および藤原ら7)の症例では,化学療法および放射線療法を併用し前者で縮小が得られた.この縮小の得られた中村らの症例では全身の化学療法中に脈絡膜転移を発症したので放射線療法を併用したとしている.そのため化学療法は続行しながら眼球には放射線療法を開始し隆起性病変の縮小を得て,眼病変発症から1年以上の生存が確認された.2010年に報告された指山ら8)の症例では,筆者らと同じ化学療法(FOLFOX4)の投与だけで縮小効果が得られている.視力の回復までは得られなかったものの化学療法の進歩により化学療法単独で効果が期待できるようになってきているものと考える.本症例で用いたmFOLFOX6は大腸癌治療ガイドライン2009年版において標準的治療の一つとして推奨され,奏効率は高く完全および部分寛解併せて72%と報告されている12).今後の結腸・直腸癌の脈絡膜転移に関しては化学療法単独で効果が得られる可能性が考えられた.直腸や結腸癌は下部消化管癌であるため全身検索の際に頭頸部領域の画像診断を行う機会が少ないことや,眼症状出現時にはすでに全身状態が悪く十分な検査や診察が行えないことが今までまれとされてきた要因と推測される.進行癌患者の余命延長には抗癌剤の進歩が重要であり,今後も抗癌剤の改良によってわれわれ眼科医が悪性腫瘍脈絡膜転移を発見する機会が増加することが考えられた.脈絡膜転移巣は眼底観察により簡便に治療効果の判定が行いうるため,主科と協力しながら癌治療の効果判定に寄与しうるものと考えた.文献1)ShieldsCL,ShieldsJA,GrossNEetal:Surveyof520eyeswithuvealmetastases.Ophthalmology104:12651276,19972)箕田健生,小松真理,張明哲ほか:癌のブドウ膜転移.癌の臨床27:1021-1032,19813)箕田健生,小松真理:脈絡膜転移癌の病態と治療.眼科MOOK,No19,眼の腫瘍性疾患,p159-169,金原出版,19834)田野茂樹,林英之,百枝栄:直腸癌からの転移と思われる脈絡膜腫瘍の1例.眼紀40:1284-1288,19895)遠藤弘子,田近智之,竹林宏ほか:直腸癌を原発とする転移性脈絡膜腫瘍の1例.眼臨91:1141,19976)中村肇,原田明生,榊原巧ほか:上行結腸癌原発の転移性脈絡膜腫瘍の1例.日臨外会誌63:1031-1035,20027)藤原貴光,町田繁樹,村井憲一ほか:直腸癌原発の転移性脈絡膜腫瘍の1例.眼科46:1099-1103,20048)指山浩志,阿部恭久,笹川真一ほか:脈絡膜転移を初症状として再発を来した直腸癌の1例.日消外会誌43:746751,20109)矢部比呂夫:転移性脈絡膜腫瘍.眼科42:153-158,200010)HarbourJW:Photodynamictherapyforchoroidalmetastasisfromcarcinoidtumor.AmJOphthalmol137:1143-1145,200411)稲垣絵海,篠田肇,内田敦郎ほか:滲出性網膜.離に対してベバシズマブ硝子体内投与が奏効した転移性脈絡膜腫瘍の1例.あたらしい眼科28:587-592,201112)CheesemanSL,JoelSP,ChesterJDetal:A‘modifieddeGramont’regimenoffluorouracil,aloneandwithoxaliplatin,foradvancedcolorectalcancer.BrJCancer87:393-399,2002704あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(124)

激症型サイトメガロウイルス網膜炎を発症しガンシクロビル全身投与で良好な視力を得た小児の1例

2012年5月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科29(5):697.699,2012c激症型サイトメガロウイルス網膜炎を発症しガンシクロビル全身投与で良好な視力を得た小児の1例武田祐介山下英俊山形大学医学部眼科学講座ACaseofFulminantCytomegalovirusRetinitisinaChild,withGoodPrognosisfollowingSystemicGanciclovirTreatmentYusukeTakedaandHidetoshiYamashitaDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YamagataUniversitySchoolofMedicine激症型サイトメガロウイルス網膜炎を発症したが,ガンシクロビル全身投与で良好な視力を得た小児の1例について報告する.症例は11歳の女児で,左中耳炎を契機に左上咽頭部の横紋筋肉腫と診断された.山形大学医学部附属病院小児科に入院し,化学療法と放射線療法を施行.約1年後に10日前からの右眼の暗黒感を主訴に当科を受診.視力は右眼(0.5)で,眼底所見および,採血で白血球中サイトメガロウイルス抗原が陽性であったことより,右眼のサイトメガロウイルス網膜炎と診断した.ガンシクロビル静脈内投与を開始.その後,網膜炎は軽快し,約1カ月後には右眼(1.0)まで改善した.サイトメガロウイルス網膜炎において,全身状態を評価して,ただちに全身的な治療薬投与によって治療を開始することが有効と思われた.早期治療により硝子体注射などが回避できれば,特に小児の場合は,身体的・心理的負担が軽減できると考えられた.Wereportacaseoffulminantcytomegalovirusretinitisinachild,withgoodprognosisfollowingsystemicganciclovirtreatment.Thepatient,an11-year-oldfemalewithleftotitismedia,wasdiagnosedwithrhabdomyosarcomaattheleftrhinopharynx.ShewasreferredtotheDepartmentofPediatricsofYamagataUniversityHospital,andunderwentchemotherapyandradiotherapy.Oneyearlater,shevisitedourclinicwithaphoseinherrighteye;visualacuityintheeyewas(0.5).Clinicalfindingsofvoluminoushardexudate,withprominenthemorrhageandpositiveassayresultsforcytomegalovirus-antigenemiainwhitebloodcells,suggestedcytomegalovirusretinitisintherighteye.Intravenousgancicloviradministrationasinitialtherapyrelievedtheretinitisafteronemonthoftreatment.Visualacuityimprovedto1.0.Thiscaseshowsthatsystemicadministrationofganciclovircanbeeffectiveforcytomegalovirusretinitis,inlieuofintravitrealinjection.Thistreatmentmodalityisusefulinchildren.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(5):697.699,2012〕Keywords:サイトメガロウイルス網膜炎,小児,ガンシクロビル,全身投与.cytomegalovirusretinitis,child,ganciclovir,systemicadministration.はじめにサイトメガロウイルス網膜炎はおもに易感染性宿主に認められ,これまで後天性免疫不全症候群や血液疾患に関わる報告が多数なされてきた1).筆者らは悪性腫瘍治療中にサイトメガロウイルス網膜炎を発症したが,治療により改善した小児の1例を経験した.全身状態が不良な際には硝子体注射が選択されることもあるが,今回は全身治療により良好な視力を得ることができたので報告する.I症例患者:11歳,女児.主訴:右眼の眼前暗黒感.既往歴:特記事項なし.現病歴:平成22年6月下旬に近医耳鼻科で左中耳炎とし〔別刷請求先〕武田祐介:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学医学部眼科学講座Reprintrequests:YusukeTakeda,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,YamagataUniversitySchoolofMedicine,2-2-2Iidanishi,YamagataCity990-9585,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(117)697 ababて加療されたが,耳閉感と鼻閉が改善しなかった.内視鏡検査とX線検査を施行したところ,腫瘍性病変が疑われた.CT(コンピュータ断層撮影)とMRI(磁気共鳴画像)で左上咽頭部の腫瘍と,両頸部の小リンパ節を認め,生検の結果は横紋筋肉腫であった.同年8月6日に化学療法施行目的に山形大学医学部附属病院小児科に入院した.8月7日より横紋筋肉腫の中等度リスク群として化学療法(ビンクリスチン,アクチノマイシンD,シクロフォスファミドの3剤併用)を開始し,11月5日から放射線療法を併用した.化学療法は計14クール,放射線治療は計50.4Gy施行した.平成23年8月2日,治療の効果判定で小児科入院中に,10日前からの右眼の眼前暗黒感を主訴に眼科を受診した.初診時の眼所見:視力は右眼0.3(0.5×sph+0.5D),左眼1.5(矯正不能),眼圧は右眼17mmHg,左眼17mmHgで,両眼とも前眼部に炎症所見は認めなかった.眼底検査で右眼の視神経乳頭を中心として,鼻側から上方にかけて白色病変と出血を認めた(図1).黄斑部にも病変は及んでいた.中心窩・傍中心窩には漿液性網膜.離を認めたが,白色病変と出血は認めなかった.左眼の眼底には特記事項は認めなかった.初診時の全身所見:末梢血の血液検査では,白血球数1,860/μl,赤血球数331万/μl,血小板21.3万/μl,Hb(ヘモグロビン)10.9g/dlと,特に白血球数が低値であった.化学療法は,約1カ月前に終了していた.眼科受診の約2週間前に白血球数が640/μlまで低下したが,その後,増加傾向にあった.経過:特徴的な眼底所見と,化学療法による易免疫状態から,右眼のサイトメガロウイルス網膜炎を疑った.小児科入院中であったため,ただちに採血を依頼したところ,白血球中サイトメガロウイルス抗原(以下,アンチゲネミア検査)が陽性(14.19/スライド)であった.臨床経過と眼底所見から,右眼の激症型サイトメガロウイルス網膜炎と診断した.他の臓器には明らかなサイトメガロウイルス感染を示唆する所見は認めなかった.また,抗体検査では,サイトメガロウイルスIg(免疫グロブリン)Gが陽性,IgMは陰性であった.小児科での入院を継続し,初期療法として,8月3日より160mg(5mg/kg/回)1日2回の静注を施行した.その後,骨髄抑制は認めず,明らかに眼底所見が改善したため,初期投与量で継続した.治療開始30日目となる9月1日には眼底の白色病変と出血はさらに軽快し,アンチゲネミア検査の結果は陰性化した.経過良好のため,維持療法として9月6日にパラガンシクロビル900mg/日の内服に移行した.図1初診時の眼底写真と光干渉断層計像図2約2カ月後の眼底写真と光干渉断層計像a:網膜血管に沿う出血を伴った白色病変.a:網膜出血と白色病変は明らかに減少した.b:漿液性網膜.離を認める.b:漿液性網膜.離は消失した.698あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(118) その後も眼底所見で再燃を認めなかった.そもそもの治療対象であった左上咽頭部の横紋筋肉腫は画像検査上消失してリンパ節転移も認めなかったため,9月13日に退院し,以後,眼科・小児科ともに外来通院となった.9月20日の受診時には右眼の眼前暗黒感は消失して,下方視野障害を自覚するのみとなった.視力は右眼0.6(1.0×sph.0.5D)まで改善した(図2).II考按サイトメガロウイルス網膜炎の診断は,眼底所見,眼局所の感染の証明,全身における感染の証明,免疫不全状態にあることを総合的に判断するべきとされている2).本症例では,左上咽頭部横紋筋肉腫の治療のために長期にわたる化学療法が施行され,免疫不全の状態にあった.血液検査から全身におけるサイトメガロウイルス感染が証明された.アンチゲネミア検査は,眼内ではなく末梢血中における評価であり,網膜炎があっても陰性の場合があること,再燃のマーカーとなりにくいことなどの過去の報告3.5)に留意する必要がある.本症例では眼底が典型的な激症型サイトメガロウイルス網膜炎の所見を示していた.前房内に炎症所見を認めなかったため,前房穿刺で検体を採取し,polymerasechainreaction(PCR)による検査を行うことは,意義が少ないものと判断した.以上より,右眼のサイトメガロウイルス網膜炎と診断し早急に治療を開始した.ガンシクロビル点滴を開始後,眼底所見の明らかな改善を認め,治療的診断をすることもできた.サイトメガロウイルス網膜炎の治療法は,点滴治療としてはガンシクロビル,ホスカルネット,内服治療ではバルガンシクロビルがある.しかし,副作用としてガンシクロビルには骨髄抑制が,ホスカルネットには腎障害があり,全身的にこれらが投与困難な場合には,ガンシクロビルの硝子体注射が選択肢としてあげられる.ガンシクロビル硝子体注射の有効性はわが国でも報告されており6),外来通院が可能となる利点もある.本症例では,化学療法・放射線療法施行後で小児科入院中であったため,小児科管理のうえで,初期投与量であるガンシクロビル5mg/kg/回,1日2回の静注で治療を開始した.その後,明らかな骨髄抑制を認めなかったため,減量や薬剤変更などせず治療継続ができた.バルガンシクロビル内服に移行後も再燃を認めず,最小限の侵襲で治療することができた.骨髄抑制によりガンシクロビル継続が困難であった場合には,ホスカルネット静注への変更かガンシクロビル硝子体注射が必要であったと考えられる.治療の効果判定としては,眼底検査(受診ごとに眼底写真施行)と,採血によるアンチゲネミア検査をおもに用いた.初診時に病変は黄斑部まで及んでいたが,治療により右眼視力は(0.5)から(1.0)まで回復した.これは,白色病変が中心窩や傍中心窩まで及んでおらず,視力低下の主体が漿液性網膜.離であったためと考えられる.治療開始が遅れた場合や初期治療に反応しなかった場合は,視力回復は困難であったと予想される.白色病変の領域は沈静化して萎縮巣となったが,外来通院後も網膜裂孔や網膜.離は認めていない.本症例は,後天性免疫不全症候群によるものではなく,このまま免疫状態の改善が続き,化学療法再開の予定がなければ,バルガンシクロビル内服の終了も十分に期待できる.後天性免疫不全症候群や血液疾患だけでなく,悪性腫瘍の治療中に発症するサイトメガロウイルス網膜炎にも十分に注意する必要がある.サイトメガロウイルス網膜炎を疑った場合,ただちに全身状態を評価して,治療開始することが有効であると思われた.本症例では治療に反応し,ガンシクロビルの点滴が継続できたため,順調に内服・外来治療に移行することができた.結果的に,良好な視力を得ることができた.早期治療により薬剤の変更や硝子体注射などが回避できれば,特に小児の場合は,身体的・心理的負担が大きく軽減できるとも考えられた.文献1)HollandGN,PeposeJS,PettitTHetal:Acquiredimmunedeficiencysyndrome,ocularmanifestations.Ophthalmology90:859-873,19832)永田洋一:サイトメガロウイルス感染.あたらしい眼科20:321-326,20033)PannutiCS,KallasEG,MuccioliCetal:Cytomegalovirusantigenemiainacquiredimmunodeficiencysyndromepatientswithuntreatedcytomegalovirusretinitis.AmJOphthalmol122:847-852,19964)HoshinoY,NagataY,TaguchiHetal:Roleofthecytomegalovirus(CMV)-antigenemiaassayasapredictiveandfollow-updetectiontoolforCMVdiseaseinAIDSpatients.MicrobiolImmunol43:959-96519995)WattanamanoP,ClaytonJL,KopickoJJetal:ComparisonofthreeassaysforcytomegalovirusdetectioninAIDSpatientsatriskforretinitis.JClinMicrobiol38:727-732,20006)藤野雄次郎,永田洋一,三好和ほか:AIDS患者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎に対するガンシクロビル硝子体注射療法.日眼会誌100:634-640,1996***(119)あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012699

Microperimeter-1(MP-1TM)を用いた黄斑円孔術前後の 視機能評価

2012年5月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科29(5):691.695,2012cMicroperimeter-1(MP-1TM)を用いた黄斑円孔術前後の視機能評価鈴木リリ子*1,2高野雅彦*1飯田麻由佳*1大平亮*1塩谷直子*1清水公也*2*1国際医療福祉大学熱海病院眼科*2北里大学医学部眼科学教室UsingMicroperimeter-1(MP-1TM)forVisualFunctionEvaluationofMacularHolebeforeandafterSurgeryRirikoSuzuki1,2),MasahikoTakano1),MayukaIida1),RyoOhira1),NaokoShioya1)andKimiyaShimizu2)1)DivisionofOphthalmology,InternationalUniversityofHealthandWelfare,AtamiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversitySchoolofMedicine目的:黄斑円孔(MH)術前後において,視機能評価にMicroperimeter-1(MP-1TM)を用いて固視安定度と網膜感度を評価し,視力および光干渉断層計(OCT)所見との関連性についても考察した.対象および方法:MH患者に対し手術を施行し,3カ月以上経過観察が可能であった9例9眼.視力,OCTによる黄斑形態,MP-1TMによる固視安定度,中心網膜感度,傍中心8点の網膜感度について検討した.結果:4眼で術後の視力改善,内節外節接合部(IS/OS)line連続,中心および傍中心網膜感度の改善がみられた.IS/OSlineが不連続であった3眼は,黄斑形態とMP-1TMの結果が乖離していた.結論:MH術前後の視機能評価には,視力やOCT所見以外に,MP-1TMによる中心と傍中心網膜感度の解析が有用と思われる.Objective:TomeasurefixationstabilityandretinalsensitivityusingMicroperimeter-1(MP-1TM)aftermacularhole(MH)surgery,andtoevaluaterelevancetovisualacuityandopticalcoherencetomography(OCT)findings.SubjectsandMethods:Studiedwere9eyesof9patientswhounderwentMHsurgerytogetherwithcataractsurgery,andhadatleast3months’follow-up.Visualacuity,macularmorphology(OCT),fixationstability,centralandparacentralretinalsensitivitieswereexamined.Results:Visualacuityimprovedaftersurgeryin4eyes,andOCTfindingsshowedinnersegment-outersegment(IS/OS)linetobecontinuous.Bothcentralandparacentralretinalsensitivitiesimproved.DiscontinuousIS/OSlinewasnotedin3eyes.TheseOCTfindingsandtheMP-1TMresultsweredissociated.Conclusion:InadditiontovisualacuityandOCTfindings,retinalsensitivityevaluationbyMP-1TMmaybeusefulforassessingvisualfunctionafterMHsurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(5):691.695,2012〕Keywords:マイクロペリメーター,黄斑円孔,視機能評価,固視安定度,網膜感度.Microperimeter-1,macularhole,visualfunctionalevaluation,fixationstability,retinalsensitivity.はじめに1995年以降,Brooksによる内境界膜(ILM).離という手術手技の導入により,黄斑円孔(MH)の円孔閉鎖率が上昇したが,術後の評価は円孔の閉鎖率と視力が主体であった1).2006年に実用化されたspectral-domainopticalcoherencetomography(OCT)の登場によって,黄斑部網膜においての内節外節接合部(IS/OS)lineによる形態評価が可能となり,円孔閉鎖後の視力上昇は,IS/OSlineの連続性の回復に依存する可能性があるとされている2).さらに,黄斑疾患の視機能評価に,微小視野測定が可能なMicroperimeter-1(MP-1TM)が開発され,固視安定度や任意の部位における網膜感度の詳細な評価が可能となった3,4).今回,MH術前後における視機能評価にMP-1TMを用い,固視安定度と黄斑部網膜感度を評価し,視力およびOCT所見との関連性についても考察したので報告する.〔別刷請求先〕鈴木リリ子:〒252-0374相模原市南区北里1-15-1北里大学医学部眼科学教室Reprintrequests:RirikoSuzuki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversitySchoolofMedicine,1-15-1Kitasato,Minami-ku,Sagamihara,Kanagawa252-0374,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(111)691 I対象および方法国際医療福祉大学熱海病院眼科において,2009年8月.2011年5月までの22カ月間に硝子体手術を施行したMH患者14例14眼のうち,白内障手術(PEA+IOL)の同時手術を施行し,3カ月以上経過観察が可能であった9例9眼.年齢は62.73歳(平均67歳).性別は男性4例4眼,女性5例5眼.Gassの新分類によるMHの病期分類の内訳は,Stage2が3眼,Stage3が2眼,Stage4が4眼であった.白内障手術を施行後,23あるいは25ゲージシステムによる小切開硝子体手術を行った.全例トリアムシノロンアセトニド(ケナコルトTM)を使用し,内境界膜.離を施行した.20%SF6(六フッ化硫黄)あるいはroomairにてタンポナーデを行い,腹臥位とした.術後OCT(OCT-1000MARKII,トプコン社)にてMHの閉鎖を確認後,腹臥位解除とした.ab図1術後の黄斑部網膜OCT像a:IS/OSline連続例,b:IS/OSline不連続例.視力,OCTによる黄斑形態(IS/OSlineと中心窩網膜厚)MP-1TM(Microperimeter-1,NIDEK社)による固視安定度,(,)中心網膜感度および傍中心8点の網膜感度についてそれぞれ検討した.術前および術後3カ月の視力は,少数視力をlogMAR(logarithmicminimumangleofresolution)値に換算し,0.2以上の変化を改善もしくは悪化とした.中心窩網膜のIS/OSlineの連続性については,lineモードOCT白黒画像を3人の医師で判定した(図1a,b).中心窩網膜厚は,OCT画像の中心窩から色素上皮までの2点間の距離をマニュアルモードで測定した(図2).固視安定度は,測定された固視点分布をパーセンテージで表示し,MP-1TMの固視安定度判定基準(図3)に従い,安定,やや不安定,不安定のいずれかに判定した.なお,MP-1TMにおける網膜感度の表示は,0.20dBとデシベル表示であり,得られた測定値はカンデラ(cd/m2)に換算して平均し,再度デシベル表示に変換した(表1).網膜感度は,網膜中心部の感度と,中心から2°離れた8点の傍中心部の感度を用い(図4),術前後1dB以上の変化をもって,改善・不変・悪化と判定した.II結果全症例でMHは閉鎖した.腹臥位の期間は,術後4.7日(平均期間5.3日)であった.術後3カ月の視力は,7眼が改図2術後の中心窩網膜厚術後の中心窩網膜厚は,OCTのマニュアルモードを用いて,中心窩から色素上皮までの厚さを測定.図3固視安定度の判定黄斑部を中心とした,直径2°の円に75%以上の固視点がある場合は安定,直径2°の円に75%未満の固視点があり,直径4°の円に75%以上がある場合はやや不安定,直径4°の円に75%未満の固視点がある場合は不安定と判定した.安定やや不安定不安定692あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(112) 表1網膜感度の対照表HFA(dB)MP-1TM(dB)cd/m2140127.33151101.1416280.3417363.8218450.6919540.2720631.9921725.4122820.1823916.03241012.74251110.1226128.0427136.3828145.0729154.0330163.231172.5432182.0233191.6134201.28HFA(Humphreyfieldanalyzer)およびMP-1TMでの網膜感度の対照.網膜感度(dB)と網膜照度(cd)の換算表.図4網膜感度の判定黄斑中心部の感度(中心感度),および中心から2°離れた8点の傍中心部の感度(傍中心感度)を計測.…………….善,2眼が不変であり,視力の悪化例はなかった.OCTでの中心窩のIS/OSlineは,6眼が連続,3眼は不連続であった.中心窩網膜厚の平均は199.3μmであり,中心窩網膜厚と術後3カ月の視力との間に相関はみられなかった(p=0.54,r=0.24).術前・術後の固視安定度を示した(図5).術前・術後とも8眼が安定,やや不安定は1眼のみ(症例①)で,不安定と判定された症例はなかった.中心網膜感度は,術前平均6.2dB,術後平均12.2dBと有意な改善を認めた(Wilcoxonsignranktest,p=0.02).6眼で改善,3眼で不変であった(図6).中心から2°離れた8点の傍中心網膜感度は,術前平均13.2dB,術後平均16.5dB(113)(%)1009080706050:術前:術後403020100①②③④⑤⑥⑦⑧⑨症例図5術前・術後の固視点分布中心から2°以内の固視点の割合を示す(%).症例①のみ固視安定度判定(図3)からやや不安定とされた.(dB)20181614121086420図6術前・術後の中心網膜感度黄斑中心部の術前後の感度と平均値を示す.術前中心網膜感度は平均6.2dB,術後は12.2dB.(dB)平均(12.2)平均(6.2)術前術後20181614121086420図7術前・術後の傍中心8点の網膜感度黄斑中心部より2°離れた8点の網膜感度と平均値を示す.術前傍中心網膜感度は平均13.2dB,術後は16.5dB.1例のみ網膜感度の悪化がみられた.と有意な改善を認めた(Wilcoxonsignranktest,p=0.02).8眼で改善し,症例⑥の1眼のみわずかに悪化(17.5dBから15.5dB)がみられた(図7).全症例の術後視力,OCTでのIS/OSline,中心窩網膜厚,MP-1TMでの固視安定度,中心網膜感度,傍中心8点の網膜あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012693平均(16.5)平均(13.2)術前術後 表2全症例結果症例MH分類矯正視力術前→術後中心窩網膜厚(μm)IS/OSline固視安定度中心網膜感度(dB)術前→術後傍中心網膜感度(dB)術前→術後①3改善0.3→0.8248連続やや不安定不変6→6改善12.0→14.5②4改善0.3→0.9199不連続安定改善4→10改善13.5→16.5③2改善0.7→0.9224連続安定改善6→12改善8.5→13.5④2改善0.2→0.6168連続安定改善0→12改善15.0→17.0⑤2不変0.4→0.5265不連続安定改善2→14改善11.5→16.5⑥4改善0.3→1.0220連続安定不変12→12悪化17.5→15.5⑦3不変0.5→0.6166不連続安定不変10→10改善8.9→16.5⑧4改善0.5→1.0149連続安定改善6→20改善18.5→19.5⑨4改善0.5→0.9155連続安定改善10→14改善13.5→19.5感度を表2に示した.術後視力の改善がみられ,かつIS/OSlineの連続性が回復していた症例③,④,⑧および⑨の4眼では,MP-1TMでの中心網膜感度と傍中心網膜感度がいずれも改善しており,網膜外層形態の回復と視機能の改善に一致がみられた.しかし,術後3カ月においてもIS/OSlineが不連続であった3眼のうち,症例②および⑤の2眼では,中心網膜感度および傍中心網膜感度がいずれも改善しており,症例⑦では中心網膜感度は不変であったが,傍中心網膜感度の改善がみられた.III考按従来,黄斑疾患の視機能評価は,視力が主体となっており,MHの治療成績も円孔の閉鎖率と術後視力で評価されていた.Kellyらにより初めて報告された黄斑円孔に対する硝子体手術5)では,円孔閉鎖率は58%,視力改善率は42%であった.その後,内境界膜.離術の併施導入により,円孔の閉鎖率は格段に向上した6,7).さらに,spectral-domainOCTの登場によって2),IS/OSlineなど黄斑形態の詳細な描出が可能になり,術後の視力改善は,IS/OSlineの連続性回復に依存するとの報告がされている8,9).MH術後視力の予後因子には,術後中心窩網膜厚などが関与していたという報告8,9),MH術後の視力と中心窩網膜厚の間に正の相関があったとの報告10)や相関はなかったとの報告11)があるが,今回の筆者らの検討では,いずれにおい694あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012ても相関関係はみられなかった.術後の固視安定度に関して,今回の検討では,9眼中8眼で術前すでに固視点の安定がみられていた.実際,術前に固視点の多くは,中心窩もしくはその上方に集中して認められていた.このため,術後黄斑円孔が閉鎖しても固視安定度には大きな変化がみられなかったと考えられる.MP-1TMは,眼底カメラの赤外照明で眼底像を確認しながら,静的量的視野検査(網膜視感度測定)を行う.このとき,オートトラッキング機能によりあらかじめ設定した測定点を,正確に繰り返し測定することができる.その後,カラー眼底写真と赤外眼底写真を元にした網膜視感度測定結果を重ね合わせることによって,眼底写真上に網膜感度の表示が可能である.Richter-Muekschらは,MH術後3カ月の視力改善率が47.3%であったのに対し,MP-1TMでの網膜感度の改善率が68.4%であったと報告している12).今回の筆者らの検討でも,術後3カ月で視力不良であっても,MP-1TMによる解析で網膜感度の改善が認められた症例が存在した.事実,術後視力に改善がみられなくても,「見やすくなった」,「見えにくいところがなくなった」など,患者の満足度が高い症例を経験する.さらに,今回の検討では,OCTによるIS/OSlineの不連続の症例でも,MP-1TMでの網膜感度の改善がみられた症例が存在した.すなわち,術後のIS/OSlineの連続性の獲得と網膜感度上昇が必ずしも一致しておらず,黄斑形態としてのIS/OSlineが不連続であっても,黄斑機能である網膜感度が改善しているといった形態と機能の乖離(114) がみられた.MP-1TMは感度測定と同時に,初回測定時,赤外眼底写真で眼底像の特徴を記憶させ,参照エリアとすることができる.この参照エリアが症例ごとに記憶されているため,術後に固視が移動しても13),術前と同位置の網膜感度の測定ができ,さらに長期にわたり同一部位の測定が可能である(フォローアップ検査).しかし,MH術前後でのMP-1TMの最適な測定プログラムや固視目標などの検討も要するとの報告4)もあり,より精度の高い測定のためには,さらなる解析,検討が必要である.MHの術後視力が最高視力に達するには,術後10カ月から1年,場合によっては3年以上の経過を要したとの報告14.16)もある.固視安定度や網膜感度も今後さらに改善していく可能性があり,長期経過の検討も必要である.同一患者の同一部位についてフォローアップを行うことが可能なMP-1TMは,高い精度と再現性が得られるため,長期にわたる視機能評価にも有用である.文献1)BrooksHL:ILMpeelinginfullthicknessmacularholesurgery.VitreoretinalSurgTechnol7:2,19952)板谷正紀:光干渉断層計の進化がもたらす最近の眼底画像解析の進歩.臨眼61:1789-1798,20073)豊田綾子,五味文,坂口裕和ほか:MP-1における黄斑浮腫治療前後の視機能評価.眼紀57:640-645,20064)宇田川さち子,今井康雄,松本行弘ほか:MP-1とスペクトラルドメイン光干渉断層計による特発性黄斑円孔術前後の評価.眼臨紀3:483-487,20105)KellyNE,WendelRT:Vitreoussurgeryforidiopathicmacularhole.Resultofapilotstudy.ArchOphthalmol109:654-659,19916)YoonHS,BrooksHL,CaponeAetal:Ultrastructuralfeaturesoftissueremovedduringidiopathicmacularholesurgery.AmJOphthalmol122:67-75,19967)砂川尊,中村秀夫,早川和久ほか:特発性黄斑円孔の硝子体手術成績.眼臨97:629-632,20038)草野真央,宮村紀毅,前川有紀ほか:特発性黄斑円孔術前後視力と光干渉断層計所見の関連性の検討.臨眼63:539543,20099)BabaT,YamamotoS,AraiMetal:Correlationofvisualrecoveryandpresenceofphotoreceptorinner/outersegmentjunctioninopticalcoherenceimagesaftersuccessfulmacularholerepair.Retina28:453-458,200810)小松敏,伊藤良和,高橋知里ほか:光干渉断層計を用いた特発性黄斑円孔手術後の中心窩網膜厚と視力の関係.臨眼59:363-366,200511)沖田和久,荻野誠周,渥美一成ほか:特発性黄斑円孔に対する網膜内境界膜.離後の網膜厚.臨眼57:305-309,200312)Richter-MuekschS,Vecsei-MarlovitsPV,StefanGSetal:Functionalmacularmappinginpatientswithvitreomacularpathologicfeaturesbeforeandaftersurgery.AmJOphthalmol144:23-31,200713)YanagitaT,ShimizuK,FujimuraFetal:Fixationpointaftersuccessfulmacularholesurgerywithinternallimitingmembranepeeling.OphthalmicSurgLasersImaging40:109-114,200914)熊谷和之,荻野誠周,出水誠二ほか:硝子体,白内障,眼内レンズ同時手術後,最高視力に達するまでの期間.臨眼53:1775-1779,199915)高島直子,小野仁,三木大二郎ほか:特発性黄斑円孔手術の予後.眼科手術17:429-433,200416)中村宗平,熊谷和之,古川真里子ほか:黄斑円孔手術後の長期視力経過.臨眼56:765-769,2002***(115)あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012695