‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

フサリウムによる角膜真菌症におけるAmBisome® の使用経験

2012年3月31日 土曜日

《第48回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科29(3):391.396,2012cフサリウムによる角膜真菌症におけるAmBisomeRの使用経験佐々木香る*1樋口かおり*1加来裕康*2出田隆一*1田中住美*1*1出田眼科病院*2慶徳加来病院EffectofAmBisomeRagainstKeratomycosisCausedbyFusariumKaoruAraki-Sasaki1),KaoriHiguchi1),HiroyasuKaku2),RyuichiIdeta1)andSumiyoshiTanaka1)1)IdetaEyeHospital,2)Keitoku-KakuHospital緒言:リポソーマル化により副作用を軽減したアムホテリシンB(リポソーマル化AMPB;L-AmB)の全身・局所投与による治療を経験したので報告する.症例:74歳,女性.木の枝による左眼外傷後2日目受診.角膜後面プラーク,前房蓄膿を伴う角膜炎を認め,フサリウムが分離された.ボリコナゾール(VRCZ)の点滴,点眼,ミコナゾール(MCZ)点眼,ピマリシン軟膏にて加療開始したが,肝障害を生じ,L-AmBの点滴および点眼に変更した.投与後低カリウム血症が生じたが,肝機能は悪化しなかった.表層角膜所見は改善したが,前房蓄膿,角膜後面プラークが高度となったため,治療開始後8週間目に治療的角膜移植を施行した.結果:採取角膜の真菌培養は陰性であり,組織では断片化菌糸が観察された.感受性試験の最小発育阻止濃度(MIC)値はAMPB<VRCZ=MCZ<ミカファンギン(MCFG)であった.結論:各種検査の結果からL-AmBはフサリウムに有効であると推測された.しかし,その有効性ゆえに,破壊菌体による炎症を惹起し,角膜深層所見の悪化をきたす可能性も示唆された.また低カリウム血症への配慮も必須である.Purpose:TodescribethetreatmentofFusarium-causedkeratomycosiswithliposomalamphotericinB(AMPB;L-AmB),whichhaslesssideeffectthanamphotericinB.Case:Thepatient,a74-year-oldfemale,sufferedaninjurytohereyefromatwig.Twodaysaftertheinsult,retrocornealplaqueandhypopyonwereobservedbyslit-lampexamination.Fusariumwasisolatedfromhercornea.Voriconazole(VRCZ;eyedropsandintravenousinjection),miconazole(MCZ;eyedrops)andnatamycin(eyeointment)wereappliedasinitialtreatment.Liverdysfunction,however,soonnecessitatedachangeintreatment,fromvoriconazoletoL-AmB.Thischangecausedhypokalemia,butnotliverdysfunction.Althoughthesuperficialcornealpathogenicregionimproved,thedeepcornealregion,includingtheretrocornealplaqueandhypopyon,progressed.Ultimately,therapeuticpenetratingkeratoplasty(PKP)wasneeded,atweek8oftreatment.Result:Cultureoftheexcisedcorneawasnegative,andfractionalfilamentousfungiwereobservedbyhistologicalexamination.Theminimuminhibitoryconcentrations(MICs)ofthedrugswereinthisorder:AMPB<VRCZ=MCZ<micafungin(MCFG).Conclusion:TheresultsofseveralexaminationsindicatethatL-AmBiseffectiveforFusarium.However,thedrugmightinduceexcessiveinflammation,givenitsstrongmycocidaleffect,whichcouldbeobservedasdeepcornealinflammation.Hypokalemiamustalsobedealtwith.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(3):391.396,2012〕Keywords:フサリウム,角膜真菌症,アムホテリシンB,リポソーマル化アンホテリシンB,糸状菌.Fusarium,keratomycosis,amphotericinB,liposomalamphotericinB,filamentousfungi.〔別刷請求先〕佐々木香る:〒860-0027熊本市西唐人町39出田眼科病院Reprintrequests:KaoruAraki-SasakiM.D.,Ph.D.,IdetaEyeHospital,39Nishi-tojincho,Kumamoto,Kumamoto860-0027,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(103)391 はじめに角膜真菌症には,大きく分けて市中型といわれる酵母によるものと,農村型といわれる糸状菌によるものがある1).このうち糸状菌の起因菌の代表としてはアスペルギルスとフサリウムがあるが,いずれも予後不良であることが知られている.特にフサリウムは種々の抗真菌薬に抵抗性であるが,眼科臨床分離株を用いた検討ではアムホテリシンB(AMPB)が最小発育阻止濃度(MIC)が最も低値で効果が期待できる2).しかし,AMPBは全身投与した際,腎毒性が強く,添加されている胆汁酸による細胞毒性も強いため,眼科医には扱いにくい抗真菌薬である.したがって角膜炎の治療に対して前房内局所投与を推奨する報告もある3.6).近年この副作用を軽減するために,リポソームの脂質二重膜にAMPB分子をはめ込んだリポソーマル化AMPB(アンビゾームR,以下L-AmB)が開発された.この薬剤は真菌細胞膜であるエルゴステロールに特異性が高く,真菌と接触して初めてAMPB分子が取り込まれるため,副作用が少ないとされている7).フサリウムによる心内膜炎に対してL-AmBとボリコナゾール(VRCZ)の併用療法が有効であったという臨床報告もなされている8).角膜炎に対しては臨床使用の報告はなされているものの,症例の詳細な経過およびL-AmB投与に伴う全身状態の変化などについての報告はまだない.今回,他剤による治療中に肝障害をきたしたフサリウムによる角膜真菌症に対し,L-AmBの全身・局所投与を行ったので,詳細な経過とともに,その効果を報告する.I症例呈示患者:74歳,女性.既往歴:糖尿病を患っており,血糖降下剤にてコントロールされていた.経過:木の枝による外傷後2日目,充血および眼痛にて出田眼科を初診した.左眼角膜中央部に膿瘍を認め,角膜後面プラークが観察された(図1a).高度の毛様充血と前房蓄膿を伴っていた.視力は検査は疼痛のため施行できず,眼圧は測定不可能であった.なお,右眼には白内障を認めるのみであった.角膜擦過物のスメアを施行したところ,グラム染色およびファンギフローラY染色にて糸状菌を検出したため,同日,VRCZ400mg/日の点滴,1%VRCZ点眼1時間毎,1%ミコナゾール(MCZ)点眼1時間毎,ピマリシン(PMR)軟膏眠前塗入にて加療開始した.治療開始約1週間後,角膜膿瘍は減少し,毛様充血,前房蓄膿,角膜浸潤も改善した(図1b).そこで,局所投与は続行のうえ,VRCZの内服をイトラコナゾール(ITCZ)内服(100mg/日)に変更した.すると,治療開始2週間目に急激に前房蓄膿および膿瘍が悪化した.さらに初診時に採取した角膜擦過物の培養にてフサリウムが同定された.フサリウムはITCZに耐性であることが多いため,治療開始3週間目には治療を,1%VRCZ点眼,0.1%L-AmB点眼(各々1時間毎),PMR眼軟膏眠前塗入,VRCZ200mg内服に変更した.治療開始後4週目には角膜表層側の病変は混濁化し,上皮欠損も修復する一方で,角膜後面に花弁状の後面沈着物が出現し,病巣の内皮側への拡大が疑われた(図1c,d).この時点で原因不明の肝障害が出現し,グルタミン酸オキザロ酢酸トランスアミナーゼ(GOT)526(IU/l),グルタミン酸ピルビン酸トランスアミナーゼ(GPT)417(IU/l)となった.内科で精査したところ,夜間転倒による肝裂傷および薬剤性の肝障害の併発と診断された.この肝障害によりVRCZ内服を中止した.病巣は依然として角膜内皮側で拡大するため,治療開始6週目よりVRCZ点眼,L-AmB点眼,PMR眼軟膏に加えて,L-AmBの点滴を開始した.点滴は150mgを添付文書に従い,フィルターを通してブドウ糖500mlに溶解して,2時間かけて点滴した.L-AmB点滴開始後,臨床所見は横ばいであった(図1e)が,約1週間で低カリウム血症を生じ,カリウム製剤投与目的で近医内科に転院となった.内科入院中も上記局所治療および点滴治療を続行し,眼科は往診とした.治療開始8週目には角膜後面プラークはやや増大し,明らかに前房蓄膿も高度になった(図1f).この時点で内科的加療は断念し,保存角膜を用いた治療的角膜移植を施行した(図1g).図1症例の治療経過a:初診時所見.角膜後面プラーク,軽度前房蓄膿を伴う角膜潰瘍を認めた.b:治療開始後1週間目の細隙灯顕微鏡所見.角膜後面プラークおよび潰瘍は軽減,縮小し,前房蓄膿も消失した.VRCZ点滴を中止し,ITCZ内服へ変更した.c:治療開始後4週間目.フサリウムと同定されたため,L-AmB点眼開始1週間後には,上皮欠損は治癒し,角膜浅層は浸潤が軽減し,混濁化した.d:cと同じ時点の細隙灯顕微鏡所見.スリット幅を広く倍率を拡大し,内皮面に焦点をあてると,反輝光にて角膜後面プラークが放射状に伸展したことが確認できた.e:治療開始6週間目.L-AmB点眼に加えて,内科転科にて低カリウム血症をコントロールしながら,L-AmB点滴を開始した.角膜上皮側の病変がほぼ瘢痕化しており,病変の主座は内皮側となった.f:治療開始7週間目のscleralscattering所見.内皮側の濃プラークはL-AmB点滴開始後,プラークが厚みを増した浸潤巣となり,前房蓄膿の増大を認め,充血も高度になった.この時点で治療的角膜移植を選択した.g:治療的角膜移植施行後1週間目の細隙灯顕微鏡所見.VRCZの点滴,点眼にて再燃なく,経過した.392あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(104) abcdefabcdef図1症例の治療経過a:初診時所見.b:治療開始後1週間目の細隙灯顕微鏡所見.c:治療開始後4週間目.d:cと同じ時点の細隙灯顕微鏡所見.e:治療開始6週間目.f:治療開始7週間目のscleralscattering所見.g:治療的角膜移植施行後1週間目の細隙灯顕微鏡所見.(図説明は前頁を参照)g(105)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012393 (mEq/l)高度血清K<2.0中程度2.0<血清K<3.0軽度3.0<血清K<3.5K点滴投与(30~100mEq/日)K内服投与(30~100mEq/日)図2L.AmBによる低カリウム血症に対する対処方法一般に血清カリウム値が3.5mEq/l未満で対処を開始する.カリウム値の下降程度別に,カリウム製剤の内服あるいは点滴を選択する.:角膜表層の所見臨床所見:角膜深層の所見悪化改善1週2週3週4週5週6週7週8週L-AMPB点眼L-AMPB点滴VRCZ点滴/内服低カリウム血症肝機能悪化図3L.AmB点滴,点眼およびVRCZ点滴と,臨床所見の関係経過途中,最も悪化した状態と最も軽快した状態を縦軸の下限,上限として,相対的な臨床所見の変動を表した.表層の所見としては,上皮欠損,角膜表層膿瘍を参考とした.深層の所見としては,前房蓄膿,角膜後面沈着物,角膜深層膿瘍を参考とした.点線は角膜表層側の臨床所見の重度,実線は角膜内皮側の臨床所見の重度を表す.L-AmB点眼開始後,上皮側の臨床所見は軽度となり,内皮側の所見は重度となった.VRCZ点滴により肝障害が出現し,L-AmB点滴に変更したのち,角膜内皮側所見はさらに重度となった.なお,カリウム投与は図2に従って投与した.術後は1%VRCZ点眼1日5回,PMR眼軟膏塗入1日1回とし,肝障害の軽快に伴い,VRCZ点滴投与し,角膜病変の再発なく,良好な経過であった.低カリウム血症は是正されたが,肝機能は術後のVRCZ点滴再開とともに少しずつ悪化したので,術後2週間で全身投与は中止した.約半年後に光学的角膜移植を施行し,矯正視力(0.4×cyl.4.0DAx90°)を得た.L-AmB点眼,点滴およびVRCZ点滴と臨床経過の推移の関係を図3に示す.L-AmB点眼投与開始とともに,上皮側所見は改善したが,内皮所見が悪化したことを示す.また,L-AmB全身投与とともに,前房所見がいっそう悪化したことを示す.394あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012図4採取角膜の薄切切片PAS(過ヨウ素酸Schiff)染色にて断片化された真菌をわずかに認めた.しかし,この角膜の培養からは真菌は検出されなかった.II摘出角膜および分離菌の検討1.摘出角膜の組織所見摘出した角膜の半割をホルマリン固定し,薄切切片を作製し,グラム染色を施行した.図4のように,菌糸は,断片化されており,染色性も不良であった.2.摘出角膜の培養結果残りの角膜をサブロー培地にて1カ月培養したところ,真菌は陰性であった.3.初診時に分離されたフサリウムの薬剤感受性試験結果MIC値はAMPB=1,VRCZ=8,MCZ=8(μg/ml)であり,AMPBが最も低値であった.III考按今回の結果からinvivo,invitroのいずれにおいても,AMPBおよびL-AmBはフサリウムに効果的であることが推測された.まず,invitroの効果として,感受性試験の結果,今までの報告2)と同様にAMPBはVRCZやMCZに比べてMICが1μg/mlと低く,効果が期待できる結果であった.L-AmBを用いた感受性試験はできなかったが,真菌エルゴステロールに結合し,薬剤が徐放されることが明らかであり,放出されたAMPBそのものは従来のものと同様の効果を示すと推測される.ただし,実際の角膜炎の臨床の場では,どの程度真菌と結合できていているかという不測の問題は残存している.しかし,すでに動物実験では炎症眼に対する静脈内反復投与にて,最高角膜内濃度2.38μg/g,最高前房濃度0.73μg/mlという報告があり9)AMPBそのものより眼内移行が良好であり10),角膜さらには前房に薬剤が到達することは示されている.したがって,AMPBの感受性結果(106) をL-AmBの感受性結果として推測できると思われた.つぎに,invivoの効果であるが,臨床所見上はL-AmB投与後,前房蓄膿や後面プラークが増大し,悪化したように観察されたが,実際に摘出角膜を検討したところ,組織では菌糸の断片化や染色性の低下を認め,さらに培養にて陰性であった.このことから,臨床所見とは異なり,実際にはL-AmBがフサリウムに対し,効果的であったことが推測された.この臨床所見と培養あるいは組織結果の解離については,L-AmB投与後に強い炎症を生じることが原因である可能性が示唆される.既報でもL-AmB投与後にfibrinoidinflammationを生じたことが特筆されており11),AMPBそのものでも,硝子体注射した際に前房内に一過性の炎症を強く惹起することが報告されている3).これは死菌に対する炎症反応か,薬剤そのものの惹起する炎症かは不明であるが,AMPBおよびL-AmBを使用する際に知っておくべき特徴ではないかと思われた.したがって,今回の症例において,L-AmB投与後に前房所見が悪化し治療的角膜移植を選択した時点で,前房洗浄を行うことも有用であった可能性があると思われた.治療初期に投与されたVRCZ局所,全身投与によりすでに菌が死滅していた可能性もあるが,少なくともL-AmB点眼投与後に,病巣が表層から深層へ移動したことから,L-AmBそのもののフサリウムに対する効果は推測された.L-AmB投与による利点としては上記の菌そのものに対する効果以外に,肝機能の保持があげられる.今回,VRCZ全身投与中に外傷性および薬剤性と診断された肝障害を併発し,GOT,GPTの上昇を認めたが,L-AmBへの変更後は順調に肝機能の正常化を認めた.これまでにも同様に肺アスペルギルスによる眼内炎に対しVRCZで加療中に肝障害を発生し,L-AmBに変更することで肝障害が改善し効果的であった報告がある11).0.5%L-AmBは溶解後,室温あるいは2.8℃で6カ月保存しても流動力学的に維持され,高速液体クロマトグラフィー(HPLC)法にても製剤的安定性が保たれており,眼科用製剤として実現可能である12)ことや,結膜下注射として高濃度角膜へ移行することが報告されている13).さらに硝子体注射した場合,胆汁酸を含まないL-AmBは,AMPBに比して副作用が少ないとされており14),最も効果的と思われる投与方法も今後の検討項目である.今回は,L-AmB1瓶から点滴用と点眼用を調整したため,副作用も考慮して0.1%と低濃度の設定とした.角膜表層には十分効果があったが,0.5%点眼を使用した場合にはさらなる効果が認められた可能性もある.効果と副作用の面からL-AmBの至適濃度については,さらなる検討が必要と思われる.一方,L-AmBの欠点としては,低カリウム血症があげられる.本症例ではカリウム値は最低で2.3mEq/lとなった.低カリウム血症に対する対応として,毎朝K値測定を行い,その値によって図2のように,カリウム製剤を内服あるいは点滴投与するべきとされている.高カリウム血症は心機能に影響し,危険であるため,投与カリウム量は慎重に計算し,またゆっくりと点滴しなければならない.今回もアスパラK1アンプルを生理食塩水500mlに溶解して2時間かけて1日2回点滴した.さらに,L-AmBそのものも150mgを5%グルコース500mlに溶解して2時間かけて点滴する必要があるため,患者にとって1日6時間の点滴となり,留置針の設置を余儀なくされた.角膜真菌症の患者は通常,高齢の患者が多く,この留置針が心理的な負担となる可能性もあり,毎日のカリウム投与量の計算を含め,L-AmB使用の際には内科共観が望ましいと思われた.角膜真菌症のうち,フサリウムは急速に進行し,予後不良であることも多い.AMPBそのものは非常に効果的であり,そのリポソーム化製剤であるL-AmBは副作用も軽減され,ぜひとも治療に取り入れたい薬剤である.しかし,投与時に伴う全身管理や投与後の反応に関しての注意すべき点もあり,眼科医がうまくつかいこなせるためには,さらに症例報告を重ねていくべきだと思われた.文献1)石橋泰久:病原性真菌の今日的意味.眼科領域の真菌症.化学療法の領域21:5-10,20042)宇田高広,鈴木崇,宇野敏彦:真菌性角膜炎臨床分離株の薬剤感受性.あたらしい眼科23:933-936,20063)YoonKC,JeongIY,ImSKetal:TherapeuticeffectofintracameralamphotericinBinjectioninthetreatmentoffungalkeratitis.Cornea26:814-818,20074)SridharMS,SharmaS,GopinathanUetal:Anteriorchambertap:diagnosticandtherapeuticindicationinthemanagementofocularinfection.Cornea21:718-722,20025)KaushikS,RamJ,BrarGSetal:IntracameralamphotericinB:initialexperienceinseverekeratomycosis.Cornea20:715-719,20016)KuriakoseT,KothariM,PaulPetal:IntracameralamphotericinBinjectioninthemanagementofdeepkeratomycosis.Cornea21:653-656,20027)Adler-MooreJ,ProffittRT:AmBisome:liposomalformulation,structure,mechanismofactionandpre-clinicalexperience.JAntimicrobChemother49(Supple):21-30,20028)Guzman-CottrillJA,ZhengX,ChadwickEG:FusariumsolaniendocarditissuccessfullytreatedwithliposomalamphotericinBandvoriconazole.PediatricInfectDisJ23:1059-1061,20049)GoldblumD,RohereK,FruehBEetal:CornealconcentrationsfollowingsystemicadministrationofamphotericinBanditslipidpreparationsinarabbitmodel.OphthalmicRes36:172-176,2004(107)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012395 10)GoldblumD,TohrerK,FruehBEetal:OculardistributionofintravenouslyadministeredlipidformulationsofamphotericinBinarabbitmodel.AntimicrobAgentChemother46:3719-3723,200211)AydinS,ErtugrulB,GultekinBetal:Treatmentoftwopostoperativeendophthalmitiscasesduetoaspergillysflavusandscopulariopsisspp.Withlocalandsystemicantifungaltherapy.BMCInfectDis7:87,200712)MorandK,BartolettiAC,BochotAetal:LiposomalamphotericinBeyedropstotreatfungalkeratitis:physic-chemicalandformulationstability.IntJPharm344:150-153,200713)KajiY,YamamotoE,HiraokaTetal:ToxicitiesandpharmacokineticsofsubconjunctivalinjectionofliposomalamphotericinB.GraefesArchClinExpOphthalmol247:549-553,200914)BarzaM,BaumJ,TremblayCetal:OculartoxicityofintravitreallyinjectedliposomalamphotericinBinrhesusmonkeys.AmJOphthalmol100:259-263,1985***396あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(108)

急性細菌性結膜炎における起炎菌ごとの臨床的特徴

2012年3月31日 土曜日

《第48回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科29(3):386.390,2012c急性細菌性結膜炎における起炎菌ごとの臨床的特徴星最智*1田中寛*2大塚斎史*3卜部公章*2*1藤枝市立総合病院眼科*2町田病院*3京都第2赤十字病院眼科ClinicalFeaturesofEachCausativeOrganisminAcuteBacterialConjunctivitisSaichiHoshi1),HiroshiTanaka2),YoshifumiOhtsuka3)andKimiakiUrabe2)1)DepartmentofOphthalmology,FujiedaMunicipalGeneralHospital,2)MachidaHospital,3)DepartmentofOphthalmology,KyotoSecondRedCrossHospital2009年1月からの2年間に,町田病院において急性細菌性結膜炎を疑った外来患者に対して結膜.と鼻前庭の培養検査を施行した.108例(男性50例,女性58例)が急性細菌性結膜炎と診断された.起炎菌は黄色ブドウ球菌が42例(38.9%),ヘモフィルス属が25例(23.1%),肺炎球菌が16例(14.9%),その他が25例(23.1%)であった.黄色ブドウ球菌性による結膜炎では感冒や小児接触との関連が少なく(各々14.3%,28.6%),片眼性が多かった(78.6%).ヘモフィルス属による結膜炎では感冒を伴いやすく(76.0%),しばしば小児接触を認め(56.0%),両眼性が多かった(56.0%).肺炎球菌による結膜炎では球結膜充血が強い傾向があり,小児接触と強く関連し(87.5%),両眼が多かった(62.5%).その他の結膜炎では,感冒や小児接触との関連は少ない(各々28.0%,28.0%)が,女性に多かった(76.0%).Bothconjunctivalsacandnasalbacterialcultureswereperformedfromoutpatientswithsuspectedacutebacterialconjunctivitis,basedonclinicalpresentationoveraperiodof2yearsfromJanuary2009atMachidaHospital.Atotalof108patients(50male,58female)werediagnosedwithacutebacterialconjunctivitis.CausativeorganismscomprisedStaphylococcusaureus(42cases,38.9%),Haemophilusspecies(25cases,23.1%),Streptococcuspneumoniae(16cases,14.9%)andother(25cases,23.1%).ConjunctivitisduetoS.aureuswasassociatedwithfewercolds(14.3%),fewercontactswithchildren(28.6%)andmanyunilateralcases(78.6%).ConjunctivitisduetoHaemophilusspecieswasassociatedwithcolds(76.0%),frequentcontactwithchildren(56.0%)andmanybilateralcases(56.0%).Pneumococcalconjunctivitistendedtoexhibitseverebulbarconjunctivalinjection,strongassociationwithcontactwithchildren(87.5%)andmanybilateralcases(62.5%).Othertypesofconjunctivitiswereassociatedwithfewercolds(28.0%),fewercontactswithchildren(28.0%)andmanyfemalecases(76.0%).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(3):386.390,2012〕Keywords:急性細菌性結膜炎,黄色ブドウ球菌,インフルエンザ菌,肺炎球菌,鼻腔保菌.acutebacterialconjunctivitis,Staphylococcusaureus,Haemophilusinfluenzae,Streptococcuspneumoniae,nasalcarriage.はじめに急性細菌性結膜炎は一般眼科診療でありふれた疾患であるが,初診時に菌種同定ができないという理由から広域抗菌点眼薬を処方する機会が多いと思われる.しかしながら感染症の診断とは,感染の誘因と臨床所見および起炎菌の同定をもって総合的になされるものである.培養検査結果が不明だからといって初期診断を諦めるのではなく,感染疫学的根拠に基づいた的確な問診を行い,特徴的な臨床所見を捉えたうえで起炎菌を推定することも必要と考えられる.急性細菌性結膜炎の検出菌についてはこれまでにも多くの報告1.5)がなされているが,最近行われた多施設共同研究ではコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(23%),アクネ菌(14%),レンサ球菌属(13%),黄色ブドウ球菌(11%),コリネバクテリウム属(10%),インフルエンザ菌(5%),モラクセラ属(3%)の順で多く検出されたと報告されている5).しかしながら,筆者らが行った急性細菌性結膜炎の調査では,結膜.と鼻前庭培養からの検出菌を総合して起炎菌診断を行ったところ,黄色ブドウ球菌,インフルエンザ菌,肺炎球菌の3〔別刷請求先〕星最智:〒426-8677藤枝市駿河台4-1-11藤枝市立総合病院眼科Reprintrequests:SaichiHoshi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,FujiedaMunicipalGeneralHospital,4-1-11Surugadai,Fujieda-shi,Shizuoka426-8677,JAPAN386386386あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(98)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY 菌種が全症例の69%を占めており,これらが主要な起炎菌と考えられた6).これら3菌種はいずれも上気道感染症の主たる起炎菌でもあり,病態の理解のためには急性細菌性結膜炎も上気道感染症の一部と捉えるほうがよいのではないかと筆者らは考えている.今回筆者らは,前回の調査をさらに1年継続して分析を行った.特に性差,罹患眼,球結膜充血の程度に関して,起炎菌ごとに特徴がないかを検討した.その結果,急性細菌性結膜炎における起炎菌ごとの臨床的特徴について有用な知見が得られたので報告する.I対象および方法1.対象患者2009年1月1日から2010年12月31日までの2年間に高知市の町田病院を外来受診した急性結膜炎患者を対象とした.対象基準は,1週間以内の発症で,球結膜充血を認め,眼脂の自覚症状または前眼部所見において眼脂を認める症例とした.初診時すでに抗菌点眼薬を使用している症例,2週間以内に抗菌薬を内服している症例,コンタクトレンズ装用者,5歳以下のいずれかに該当する場合は対象から除外した.である.4.検討項目年齢分布,検出菌の内訳,推定起炎菌の診断分布,起炎菌ごとの検出部位について調査した.つぎに,起炎菌ごとに性差,罹患眼,2週間以内の感冒症状(感冒率),2週間以内の小児接触歴(小児接触率),球結膜充血の程度を比較した.小児接触歴については,小学生以下との接触を有りと判定した.球結膜充血の程度はアレルギー性結膜疾患診療ガイドラインの臨床評価基準に従い,軽度,中等度,高度の3つに分類した.統計学的解析はFisherの直接確率検定を用い,有意水準は5%とした.II結果1.年齢分布2年間の調査期間における対象症例数は108例(男性50例,女性58例)で,平均年齢は52.2±22.2歳(範囲:6.923025■:男性■:女性202.検体採取および培養方法検体採取方法は,滅菌生理食塩水で湿らせたスワブで下眼瞼結膜.および同側の鼻前庭をそれぞれ擦過し,輸送培地(BDBBLカルチャースワブプラス)に入れた後にデルタバイオメディカルに輸送した.両眼性の場合は,症状の強いほうから検体を採取した.培養はヒツジ血液/チョコレート分画培地,BTB乳糖加寒天培地(bromothymolbluelactate151050代代代代代満症例数年齢agar),チオグリコレート増菌培地を用いた.結膜.擦過物は好気培養と増菌培養を35℃で3日間行った.鼻前庭擦過物は好気培養のみを35℃で3日間行った.ブドウ球菌属のメチシリン耐性の有無はClinicalandLaboratoryStandardsInstituteの基準(M100-S19)に従ってセフォキシチンのディスク法で判定した.3.推定起炎菌の診断方法推定起炎菌の診断は既報6)と同様の方法で行い,結膜.と鼻前庭の培養結果をもとに黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属(主としてインフルエンザ菌),肺炎球菌,その他の4つに分類した.具体的には,結膜.から黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属,肺炎球菌(以下,これらを3大起炎菌とよぶ6))のいずれかが検出された場合,その菌種を起炎菌と確定診断した.結膜.から3大起炎菌以外の菌が検出された症例や結膜.培養陰性だった症例のうち,鼻前庭から3大起炎菌のいずれかが検出された場合,その菌種を疑い例と診断した.黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属,肺炎球菌の3菌種を3大起炎菌とよぶ理由は,これら3菌種が三井ら7)が定義する細菌性結膜炎の特定起炎菌であり,さらに前回の筆者らの調査6)において,これら3菌種が特定起炎菌の上位を占めていたため図1年齢分布表1結膜.と鼻前庭における検出菌の内訳結膜.鼻前庭菌種菌株数菌種菌株数コリネバクテリウム属25コリネバクテリウム属63MS-CNS15MS-CNS59MR-CNS4MR-CNS18MSSA23MSSA38MRSA1MRSA2インフルエンザ菌15インフルエンザ菌17ヘモフィルス属1ヘモフィルス属2肺炎球菌14肺炎球菌10a溶血性レンサ球菌3a溶血性レンサ球菌9G群溶血性レンサ球菌2G群溶血性レンサ球菌1Klebsiellapneumoniae1Klebsiellapneumoniae2緑膿菌1ナイセリア属2バシラス属1バシラス属2合計106合計225MS-CNS:メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌,MRSA:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌.(99)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012387 22%17%15%8%13%23%22%17%15%8%13%23%■:黄色ブドウ球菌■:黄色ブドウ球菌(疑)■:ヘモフィルス属2%■:ヘモフィルス属(疑):肺炎球菌■:肺炎球菌(疑)■:その他図2推定起炎菌の診断分布歳)であった.年齢分布を図1に示す.発症年齢は60代が一番多かったが,30代にも小さなピークを認め二峰性を示した.2.検出菌の内訳培養陽性率は結膜.擦過物が75.9%,鼻前庭擦過物が100%であった.結膜.からは106株,鼻前庭からは225株が検出された.各部位からの検出菌の内訳を表1に示す.3.推定起炎菌の診断分布推定起炎菌の診断分布を図2に示す.疑い例も含めると,黄色ブドウ球菌が最も多く38.9%(42/108例)を占めた.つぎにヘモフィルス属が23.1%(25/108例),肺炎球菌が14.9%(16/108例)と続き,3大起炎菌が76.9%を占めた.その他の結膜炎は23.1%(25/108例)であった.その他の結膜炎症例における結膜.検出菌の内訳は,コリネバクテリウム属のみが6例,メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(methicillin-susceptiblecoagulase-negativestaphylococci:MS-CNS)のみが3例,メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(methicillin-resistantcoagulase-negativestaphylococci:MR-CNS)のみが1例,コリネバクテリウム属+MS-CNS+a溶血性レンサ球菌が1例,MR-CNS+コリネバクテリウム属が1例,緑膿菌+MR-CNSが1例,結膜.培養陰性が12例であった.4.起炎菌ごとの検出部位起炎菌ごとの検出部位を図3に示す.黄色ブドウ球菌では28.5%(12/42例),ヘモフィルス属では40.0%(10/25例),肺炎球菌では50.0%(8/16例)の症例において,結膜.と鼻前庭から同一菌種を検出した.5.性差起炎菌ごとに女性の割合をみると,黄色ブドウ球菌による結膜炎では45.2%(19/42例),ヘモフィルス属による結膜炎では44.0%(11/25例),肺炎球菌による結膜炎では56.2%(9/16例),その他の結膜炎では76.0%(19/25例)であった.各群について統計学的に比較したところ,その他の結膜炎では黄色ブドウ球菌やヘモフィルス属による結膜炎に比べて有意に女性の割合が高かった(各々p=0.021,p=388あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012100%80%60%40%20%0%■鼻のみ1892■眼と鼻13108■眼のみ1166黄色ブドウ球菌ヘモフィルス属肺炎球菌図3起炎菌ごとの検出部位数字は人数を示す.0.042).6.罹患眼黄色ブドウ球菌による結膜炎では両眼性が21.4%(9/42例),右眼のみが28.6%(12/42例),左眼のみが50.0%(21/42例)であった.ヘモフィルス属による結膜炎では両眼性が56.0%(14/25例),右眼のみが28.0%(7/25例),左眼のみが16.0%(4/25例)であった.肺炎球菌による結膜炎では両眼性が62.5%(10/16例),右眼のみが31.3%(5/16例),左眼のみが6.2%(1/16例)であった.その他の結膜炎では両眼性が32.0%(8/25例),右眼のみが40.0%(10/25例),左眼のみが28.0%(7/25例)であった.各群について統計学的に比較したところ,黄色ブドウ球菌による結膜炎では肺炎球菌やヘモフィルス属による結膜炎に比べて有意に片眼性が多かった(各々p=0.004,p=0.007).7.感冒率感冒率に関しては,黄色ブドウ球菌による結膜炎では14.3%(6/42例),ヘモフィルス属による結膜炎では76.0%(19/25例),肺炎球菌による結膜炎では50.0%(8/8例)その他の結膜炎では28.0%(7/25例)であった.各群につい(,)て統計学的に比較したところ,ヘモフィルス属による結膜炎では,黄色ブドウ球菌やその他の結膜炎に比べて有意に感冒率が高かった(各々p<0.001,p=0.001).さらに,肺炎球菌による結膜炎では,黄色ブドウ球菌による結膜炎に比べて有意に感冒率が高かった(p=0.012).8.小児接触率小児接触率に関しては,黄色ブドウ球菌による結膜炎では28.6%(12/42例),ヘモフィルス属による結膜炎では56.0%(14/25例),肺炎球菌による結膜炎では87.5%(14/16例),その他の結膜炎では28.0%(7/25例)であった.各群について統計学的に比較したところ,肺炎球菌による結膜炎では,黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属およびその他の結膜炎に比べて有意に小児接触率が高かった(各々p<0.001,p=0.044,p<0.001).つぎに,ヘモフィルス属による結膜炎(100) 黄色ブドウ球菌ヘモフィルス属■高度2331■中等度189911■軽度2213413肺炎球菌その他100%80%60%40%20%0%図4球結膜充血の程度数字は人数を示す.黄色ブドウ球菌ヘモフィルス属■高度2331■中等度189911■軽度2213413肺炎球菌その他100%80%60%40%20%0%図4球結膜充血の程度数字は人数を示す.では,黄色ブドウ球菌による結膜炎に比べて有意に小児接触率が高く(p=0.038),その他の結膜炎と比べて小児接触率が高い傾向を認めた(p=0.084).9.球結膜充血の程度起炎菌ごとの球結膜充血の程度を図4に示す.中等度.高度の球結膜充血の割合をみると,黄色ブドウ球菌による結膜炎では47.6%(20/42例),ヘモフィルス属による結膜炎では48.0%(12/25例),肺炎球菌による結膜炎では75.0%(12/16例),その他の結膜炎では48.0%(12/25例)であり,肺炎球菌による結膜炎では,黄色ブドウ球菌による結膜炎に比べて中等度.高度の球結膜充血が多い傾向があった(p=0.080).III考按筆者らが2009年1月からの1年間に行った最初の調査では,対象症例数が52例ではあるものの,黄色ブドウ球菌の鼻腔感染が結膜炎発症に関与していること,ヘモフィルス属や肺炎球菌による結膜炎では小児からの飛沫感染が主たる要因であることを疫学的に示した6).本研究ではさらに調査期間を1年延長し,症例数を108例にまで増やすことで性差,罹患眼など他の項目についても検討を行った.年齢分布に関しては,60代が最も多かったが30代にも小さなピークをもつ2峰性を示した.興味深いことに,この分布は感染性角膜炎全国サーベイランス8)における非コンタクトレンズ装用者の感染性角膜炎の年齢分布に類似していた.これは,細菌性結膜炎のリスク要因である鼻腔の黄色ブドウ球菌感染や小児からの飛沫感染が,感染性角膜炎のリスク要因にもなっている可能性を示唆していると考えられる.感染性角膜炎では,コンタクトレンズ装用の他,外傷や眼表面の易感染状態が感染リスクとして重要である9.12)が,その他の要因についてもさらなる調査が必要と考えられた.推定起炎菌の診断分布に関しては,前回の調査6)と同様に3大起炎菌が約7割を占めた.1年ごとに分けてみると,(101)2009年では黄色ブドウ球菌が19人(44.2%),ヘモフィルス属が5人(11.6%),肺炎球菌が5人(11.6%),その他が14人(32.6%)であり,2010年では黄色ブドウ球菌が23人(35.4%),ヘモフィルス属が20人(30.8%),肺炎球菌が11人(16.9%),その他が11人(16.9%)であった.年ごとに分けてみても上位3菌種が変わらないこと,さらに上位3菌種が過半数を占めていることから,黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属,肺炎球菌を結膜炎の3大起炎菌とよぶことに無理はないと考えられた.2010年にヘモフィルス属が多かったのは,前回の筆者らの報告6)でヘモフィルス属と肺炎球菌はepidemicに発生すると述べているように,ヘモフィルス属感染症の流行があったためと考えられた.検出部位に関しては,結膜.と鼻前庭の両部位から同一菌種が検出されている症例が28.50%存在した.このことは,結膜炎を発症している際,結膜.と鼻腔の細菌叢が密接に関わっていることを示唆しているものと思われる.両部位からの菌株の抗菌薬感受性パターンがどの程度一致するかについては今後検討が必要と考えられた.性差に関しては,その他の結膜炎では黄色ブドウ球菌やヘモフィルス属による結膜炎に比べて女性の割合が有意に高い結果となった.理由については過去に報告がなく不明である.推測であるが,化粧などにより皮膚や鼻腔の常在細菌が眼表面に混入しやすいことが要因の一つとなっているかもしれない.罹患眼に関しては,黄色ブドウ球菌による結膜炎ではヘモフィルス属や肺炎球菌による結膜炎に比べて有意に片眼性が多かった.このことから,黄色ブドウ球菌の感染は主として汚染された手指による眼部への接触感染によって成立しているのではないかと推測された.一方,ヘモフィルス属や肺炎球菌による結膜炎で比較的両眼性が多いのは,先行する鼻咽頭感染の後に鼻をかむなどの行為により涙道を介して逆行性に感染している可能性,さらには小児の飛沫を正面から浴びたことによる直接的な飛沫感染の2つの要因が考えられた.感冒率と小児接触率に関しては,ヘモフィルス属と肺炎球菌による結膜炎では黄色ブドウ球菌による結膜炎に比べて有意に高い割合であった.前回の調査6)では対象症例数が少ないこともあり感冒率については菌種間で有意な違いが認められなかったが,本研究において有意な違いがあることが示された.球結膜充血に関しては,肺炎球菌による結膜炎では黄色ブドウ球菌による結膜炎に比べて中等度.高度の球結膜充血が多い傾向があった.肺炎球菌による結膜炎は両眼性が多いことから,球結膜充血が強い症例ではアデノウイルス結膜炎との鑑別を要する.本研究では,一部の症例においてアデノウイルス抗原検出キットを使用しているが,アデノウイルス陽性患者は認めなかった.アデノウイルス結膜炎と確定診断であたらしい眼科Vol.29,No.3,2012389 きない症例では,肺炎球菌感染症の可能性も考慮すべきである.2年間の調査結果を総合すると,主要な起炎菌ごとに典型症例が存在することがわかる.黄色ブドウ球菌による結膜炎では感冒や小児接触との関連が少なく(各々14.3%,28.6%),片眼性が多かった(78.6%).ヘモフィルス属による結膜炎では感冒を伴いやすく(76.0%),しばしば小児接触を認め(56.0%),両眼性が多かった(56.0%).肺炎球菌による結膜炎では球結膜充血が強い傾向があり,小児接触と強く関連し(87.5%),両眼性が多かった(62.5%).その他の結膜炎では,感冒や小児接触との関連は少ない(各々28.0%,28.0%)が,女性に多かった(76.0%).結膜炎患者に遭遇した際,これらの典型症例を参考にしながら起炎菌を推定し,症例に応じた抗菌点眼薬の使い分けを行うことが医学的根拠に基づいたempirictherapyであると思われる.本研究では,市中感染としての急性細菌性結膜炎を調査対象としている.したがって,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌感染症が多いといわれている長期入院患者13,14)や,眼表面の易感染患者15)の場合には注意が必要である.また本研究では嫌気培養を施行していない.したがって,アクネ菌などの嫌気性菌の関与についてはさらなる検討を要する.結論としては,市中感染としての急性細菌性結膜炎のおよそ7割は,黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属,肺炎球菌のいずれかによるものであった.これら3大起炎菌による結膜炎はそれぞれに特徴的な感染疫学的背景を有していた.したがって,初診であっても問診と臨床所見を組み合わせることで起炎菌を推定することが可能と考えられた.文献1)青木功喜:急性結膜炎の臨床疫学的ならびに細菌学的研究.あたらしい眼科1:977-980,19842)堀武志,秦野寛:急性細菌性結膜炎の疫学.あたらしい眼科6:81-84,19893)東堤稔:眼感染症起炎菌─最近の動向.あたらしい眼科17:181-190,20004)松本治恵,井上幸次,大橋裕一ほか:多施設共同による細菌性結膜炎における検出菌動向調査.あたらしい眼科24:647-654,20075)小早川信一郎,井上幸次,大橋裕一ほか:細菌性結膜炎における検出菌・薬剤感受性に関する5年間の動向調査(多施設共同研究).あたらしい眼科28:679-687,20116)星最智,卜部公章:急性細菌性結膜炎の起炎菌と疫学.あたらしい眼科28:415-420,20117)三井幸彦,北野周作,内田幸男ほか:細菌性外眼部感染症に対する汎用性抗生物質等点眼薬の評価基準,1985.日眼会誌90:511-515,19868)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス分離菌・患者背景・治療の現況.日眼会誌110:961-972,20069)木村由衣,宇野敏彦,山口昌彦ほか:愛媛大学眼科における細菌性角膜炎症例の検討.あたらしい眼科26:833-837,200910)中村行宏,松本光希,池間宏介ほか:NTT西日本九州病院眼科における感染性角膜炎.あたらしい眼科26:395-398,200911)杉田稔,門田遊,岩田健作ほか:感染性角膜炎の患者背景と起炎菌.臨眼64:225-229,201012)星最智,卜部公章:高知町田病院における細菌性角膜炎の検討.臨眼65:633-639,201113)大橋秀行,福田昌彦:高齢者の細菌性結膜炎からの起炎菌の検討.あたらしい眼科15:1727-1729,199814)大橋秀行:高齢者のMRSA結膜炎80例の臨床的検討.眼科43:403-406,200115)稲垣香代子,外園千恵,佐野洋一郎ほか:眼科領域におけるMRSA検出動向と臨床経過.あたらしい眼科20:11291132,2003***390あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(102)

My boom 2.

2012年3月31日 土曜日

監修=大橋裕一連載②MyboomMyboom第2回「奥村直毅」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す連載②MyboomMyboom第2回「奥村直毅」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す自己紹介奥村直毅(おくむら・なおき)同志社大学生命医科学部医工学科ティッシュエンジニアリング研究室・助教私は2001年に京都府立医科大学を卒業し眼科学教室に入局しました.大学病院での研修医生活に続いて,高知県にある町田病院で勉強させていただきました.2006年から京都府立医科大学大学院で角膜内皮疾患に対する新規治療法の開発を目指した研究を行いました.2011年からは現職である同志社大学に助教として着任しました.現在は少し臨床のウエイトを減らして,京都府立医科大学の木下茂教授,同志社大学の小泉範子教授のご指導のもと角膜内皮疾患の研究に重きをおいた生活をしております.研究のmyboom2001年の入局当時,京都府立医科大学では重症眼表面疾患に対しての培養粘膜上皮移植を始めた直後ということもあり,日本および世界からも多くの先生方が常に見学に来られており活発なディスカッションが行われていました.大学卒業直後の私にはとても華やかで輝いて見えておりましたので,そうした空気のなかで自分も研究をしてみたいと,なんとなく感じていました.もちろん研修医当時はどこでもそうなのでしょうが労働基準法の適用外でしたので,そのうちいつかはといった程度のものでした.大学院入学後に,いよいよ木下茂教授に研究テーマを相談させていただくことになりましたが,研修医当時の培養粘膜上皮移植の華やかさの刷り込みのためか,臨床応用につながるものが良いと信じておりま(85)0910-1810/12/\100/頁/JCOPYしたので,当時サルをモデルとしての培養角膜内皮移植実験を進めておられた小泉範子先生にお願いして角膜内皮の研究を始めさせていただきました.基本的には何をやってもうまくいかない時期が続きましたが,当初は大学院の期間限定での研究かと思って,大して気にせず過ごしておりました.そんなことで大学院生として自覚に欠けた生活をしておりましたが,Rhoキナーゼ阻害薬という薬剤に出会い,それが角膜内皮に興味深い作用を幾つかもっていることを明らかにすることができました.このあたりからすっかり夢中になっております.興味深い作用のうちの一つは培地に加えると細胞が増殖するという現象でしたが,点眼したらどうだろうかというやや飛躍した思い込みのもと,ウサギ,サルの角膜内皮障害モデルに点眼してみることにしました.結果は驚くべきことに非常に良いものであり,木下教授らの強力なリーダシップのもと水疱性角膜症患者に対する臨床研究がスタートしました.現在はまだ安全性試験という位置づけですが,一部の患者さんでは視力が1.5と劇的に改善して予定していた角膜移植をキャンセルするに至りました.もちろんすべての水疱性角膜症がこの点眼薬で治るというわけではないのでしょうが,今後の展開に大いに期待しています.私たちの研究グループでは薬物療法のみならず,培養角膜内皮移植の研究開発を行っています.当初はシート状に培養した角膜内皮を移植することを想定していましたが,一つの有力なオプションとして培養細胞を懸濁液として前房内に注入することを考えています.このこと自体は東京大学の三村達哉先生など何人かの研究者がすでに提唱されていたアイデアです.問題は,普通に培養細胞を注入するだけだと前房水に流されてしまうということです.私たちはRhoキナーゼ阻害薬が角膜内皮細胞の細胞接着を促進するということを明らかにしましたが,懸濁液に混ぜて前房内に注入するとうまい具合に角あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012373 〔写真1〕京都府立医科大学眼科医局セミナーの配信サイト膜にくっつくのではないかと,ここでもやや飛躍した思いのもと動物実験を繰り返しました.結果は非常に望ましいもので,現在臨床応用を目標とした研究を行っています.現在私は,Rhoキナーゼ阻害薬点眼薬と培養角膜内皮移植の開発を目標とした研究に情熱を注いでいます.期間限定で華やかな世界に憧れて始めた研究ですが,すっかりはまってしまっておりますので,まさにmyboomかと思っています.いろいろな取り組みのmyboom京都府立医科大学の眼科学教室では医局セミナーをすべて録画して,専用のウェブサイトでいつでも見られるようにしています(写真1).もちろん医局の先生方の協力があってのことで私の仕事ではありませんが,サイトの設計に少し関係しましたので紹介させていただきます.具体的にはセミナーでの発表がすべてサイトにアップロードされYouTubeのようなイメージで端末を選ばず見ることができます.公開範囲は,現在のところ大学内と関連病院の先生方に限っていますが,今後教育的な内容や演者の許可が得られたものについては広く公開を予定しています.私自身も特に教育的な内容については374あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012〔写真2〕第10回YOBC(若手医師交流会)の集合写真電車での移動時間によくiPadで視聴しています.もちろん最新の研究に関する公開に適さないものや,講演内容の著作権に関する問題には十分な注意が必要ですが,今後の有力な情報ソースになるのではないかと感じております.ところで,せっかく「あたらしい眼科」にフリーな内容で執筆できるスペースを頂きましたのでYOBC(YoungOphthalmologists’BorderlessConference)という会について本連載第1回目の鈴木先生に続いて紹介させていただきたいと思います.YOBCは,親しい先生方と持ち回りで幹事をしながら,若い眼科医同士が知り合いを作って楽しいお酒を飲むことを目的として日本臨床眼科学会,日本眼科学会の際の年2回のペースで集まっています.前回は第10回の記念大会でしたので,木下教授が若い医師に向けて真面目な話あり,笑いありの記念講演をしてくださいました(写真2).すでに会も10回を数え,私も若い眼科医というには微妙に苦しくなってはおりますが,医局の枠を超えて仲の良い先生たちとのお酒が楽しくて参加を続けております.幹事の不備をいつも皆に叱られていますので,この場をお借りして宣伝させていただくことにいたします.次回のプレゼンターは東京医科大学の臼井嘉彦先生です.優秀かつパワフルな親しい友人であり,密かに尊敬している人物です.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.(86)

眼研究こぼれ話 27.ハローウィンのお化け 「第三眼」持つハ虫類

2012年3月31日 土曜日

●連載眼研究こぼれ話桑原登一郎元米国立眼研究所実験病理部長ハローウィンのお化け「第三眼」持つハ虫類10月31日はハローウィンである.どこの国でも,1年に一度は,化け物が出たり幽霊におどかされたりする日がある.この日は小さい子供たちにとって,とても恐ろしい日である.子供たちは,9月の終わりになるころから,この夜のことを心配し,びくびくし始めると同時に,どのようにして友達をおどかしてやろうかと計画にとりかかる.10月31日の夕刻になると,それぞれ仮装した子供たちが,冷気のする戸外に出て,「トリックオアトリート」と言いながら近所の家のドアベルを鳴らして歩く.子供たちのやって来るのを待っている隣人たちは,戸口の電気を明るくつけて,チョコレート,キャンデーをたくさん袋に入れてくれる.ちゃっかりした大きな子供たちは,本当にかせぎまくるのもいる.大型買い物袋に,キャンデーを数袋もらってくるのである.なかには子供らに負けないで,魔法使いの服装をして待っている大人もいる.また,幽霊になっておどかす大人もいる.子供にとって,忘れることのできない,楽しく,こわい夕べである.小さい子供たちは,1年に一度許される夜更かしに興奮し,疲れ果ててキャンデーの袋をかかえて寝入るのである.こんな夜,いろいろな化け物が出るのであるが,眼玉が正常でない化け物もいるに違いない.一つ目はどうだろう.いるいる.まれではあるが,眼が額の真ん中に一つしかない児(こ)が生まれることがある.このような異常な一つ目を顕微鏡で調べると,実は,二つの目が,一つに融合しているので,前眼部や,角膜は一つでも,内部は普通二つに分かれていることが多い.このような先天性異常は大変(83)▲ハローウィンの夕刻,家にやって来た近所の子供たちまれであり,生まれても数時間以内に死んでしまうので,夕闇(─やみ)に出て来ておどかすようなことはない.次は二つ目.そこらにうじゃうじゃしている二つ目と異なって,こわいのが生まれることがある.それは全く頭と脳のない子供である.ところが不思議なことに,完全に無脳の異常児の眼は,比較的よく発達しているのである.胎生学的に,眼は脳ができるより先に発生するので,この無脳症の原因は,眼ができてよりあとに起こると考えられる.このような児も全く育たない.私の研究所にはこのような一つ目,二つ目の標本がよく集まって来る.次に三つ目であるが,ホ乳類にはないようである.ところが鳥より下等の動物となると,正常で,三つ目なのである.特に,両せい類,ハ虫類でははっきりしている.これらの動物ではちょうど,頭の中心に小さな窓があって,その下に網膜と同じ細胞を持った第三の眼をつくっている.第三眼とは学用名である.この眼は食物,敵または相棒を見つける本当の眼とは別あたらしい眼科Vol.29,No.3,20123710910-1810/12/\100/頁/JCOPY 眼研究こぼれ話眼研究こぼれ話に,環境の明るさを感じているらしい.強い日光とが,光の状態で,ホルモンの調整をしていることがか,木陰などの判別をしているのである.例えば昼わかっている.白ネズミを明るい所に長くおいてお寝をしているカメ君は,第三の眼はよく開けて,家くと,松果腺の細胞がうんと増える.このような原路につかねばならない日暮れの来るのを,ちゃんと理を応用して,例えば,寝室の照明度の加減で,産知っているのである.児制限ができることをまじめに研究している学者もこの第三眼はホ乳類ではもっと分化して,松果腺いる.(─せん)となり,網膜様の構造はなくなっている(原文のまま.「日刊新愛媛」より転載)☆☆☆372あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(84)

現場発,病院と患者のためのシステム 2.紙カルテを単純に電子化したのでは,使い勝手で紙を超えられない

2012年3月31日 土曜日

連載②現場発,病院と患者のためのシステム連載②現場発,病院と患者のためのシステム杉浦和史*紙カルテを単純に電子化したのでは,使い勝手で紙を超えられない.問題提起紙カルテの時代は長く,院内諸業務すべてがこれを前提にして動いていた.この中で,作業実態を踏まえない電子カルテが登場すれば拒否反応がでてくるのは当然である.しかし,そうかといって,紙カルテの使い勝手をそのまま電子化すればよいということではない.電子化する際には新たな発想が必要である.長年使い慣れ,約束事なく何でも書け,メモ類を貼り付けられ,イレギュラーな場面にも問題なく対応できた紙のカルテに対し,習熟に時間を要し,約束事が多い電子カルテに不都合が多いと感じる医師は多い.そこを狙って,できるだけ紙カルテの感覚で使えることをアピールする電子カルテが出回っている.紙カルテはそのままに,1号,2号用紙,検査データをスキャンして保存し,参照できるというものまで現れ,ペーパーレスだし,代診の医師でも問題なく対応できるという触れ込みである.紙カルテを残しておいてペーパーレスとは驚きだが,敷居を低くして,電子カルテに二の足を踏んでいる多くの医師に,その気になってもらう苦肉の策といえる.一方,ITだからこそ可能な特長を活かそうと,一つの画面から何でもできるという,見るからに使いづらく見える煩雑な画面レイアウトのものもある.いずれも問題であるが,一般的に,システムを設計する際には,業界・業種・業務を問わず,そのシステムが対象とする業務を調査し,業務の目的に沿って,必要となる機能,情報を洗い出し,無理無駄を省いてから,仕様を決める.紙カルテの使い勝手を電子的に実現するという発想や,何でもできるという仕様は,このステップを踏んでいるか疑問である.紙と鉛筆の世界から,ディスプレイとキーボード,マウス,手書き,音声という表現手段への変化を踏まえ,根本的に見直した発想による設計が必要になると思われる..紙と画面,鉛筆と,電子的入出力,表示手段の違いを踏まえたユーザーインターフェイス手段の違いを理解すると,今までの仕事の仕方をそのままにシステムに写し取ることの問題が浮上する.1.ぺージめくり(図1)診察時には,紙カルテをパラパラとめくり,しばし見てから,戻ったり,めくったりする.この動作はどのような意味があるのか.これを考えず,単に画面上に表示されたカルテを,紙カルテのようにパラパラ感をもって見られるようにすることを競っているのが,今の電子カルテのユーザーインターフェイス.最近の電子ブックは,あたかも本物の紙をめくるような動きをするものがあるが,これと同じようにできたらよいと思う医師もいることと思われる.紙と人の手の動きをもってパラパラとめくり,少し戻って,まためく図1診療現場におけるカルテのページめくり*KazushiSugiura:宮田眼科病院CIO(81)あたらしい眼科Vol.29,No.3,20123690910-1810/12/\100/頁/JCOPY るという動作を電子的に実現することに知恵を絞るのは結構だし,技術者には興味を引くテーマといえる.しかし,どうしてめくったり戻ったりするのかの本質を考えるべきではないか.そのうえで,必要とされる場合には,できるだけ自然な感じでパラパラできる機能を開発し,実装して欲しい.では,めくったり,戻ったりするのはどうしてか.視力,眼圧などの推移であり,その時の処方,指示に関する情報を見たいからである.紙カルテは,情報と媒体が一体になっていて切り離せないが,情報を電子的に取り扱えるシステムは,それらの情報を抽出して時系列に表示することができる.数字ではなくイメージで捉えたかったら一瞬でグラフにもできるし,関連する情報を並列表示することも容易にできる.検査結果,所見,処方・指示を同時に表示し,何世代も遡って見たいという場合には,操作性よくめくる機能は必要になるが,通常の使い方では,時系列表示機能があれば,パラパラめくる機能はいらないということである.2.カルテ添付のメモ類(図2)紙のカルテには多種多様なメモが貼り付けてあり,重なっている場合も珍しくない.見落とされないよう,紙の色,字の大きさ,体裁を工夫するなどしている.当院では,カルテに添付しているメモ類を調べたが,300種類を超えていた.メモに対応するために,紙のポストイットを電子的に実現した電子ポストイットがあるが,これもぺージめくり機能同様,紙を電子に置き換えただけの単純な発想である.この機能を使って約300種類もあるメモをそのまま電子化したらどうなるか.メモの目的を明確にしてから,重複しているものを排除し,次に重要性,緊急性を調べ,誰に見て欲しいのか,見て欲しいタイミングなどを分類し,整理するところから始めなければならない.とかく,今使っているこのメモはどう電子化されるかを気にするが,このようなことに気を配らなければならない.確実にドクターに見てもらわなければならない重要なメモについては,補足的な意味合いがあるメモという位置づけではなく,正規の機能として整備すべきである.図2カルテに貼り付けられているメモ類相互に関係するメモや,同じような目的をもったメモはあちこちに点在するのではなく,ひとまとめにして入力,指定できるようにするなど,電子化に際しては,根本的な見直しを行わなければならない.紙時代の仕事の習慣をそのまま投影したシステムでは,電子化の効果は出にくい.当院では,メモを見直し,分類整理した結果,約300種類以上あったメモを4分の1以下に減らすことができた.そのうえで,電子的に処理できるようにする計画である.3.作業環境を考えた機能医師,看護師などコメディカルが,常に画面の前に座ってはいない,ということを想定した仕様になっているか.メッセージを画面に表示しても,それをタイムリーに見る人がいなければ,伝えようとした情報の価値は大幅に減少してしまう.頻繁に画面をのぞくようにするという躾もあるが,それではストレスがたまるし,見落としもある.通常の作業をしつつ,メッセージをキャッチする方法はないか.メッセージ到着を知らせる音を鳴らすことはもちろん可能だが,音声合成技術を使ってメッセージの内容を発声させれば,他の作業をしながらでも,メッセージの到着とその内容を知ることができる.単にメッセージを表示させて機能を果たしたと思わず,そのメッセージをどのような目的で表示し,どのようなアクションを期待するかを考えれば,このような処理は当然組み込まれるべきである.☆☆☆370あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(82)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 106.多発性網膜細動脈瘤を伴う特発性網膜血管炎に対する硝子体手術(中級編)

2012年3月31日 土曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載106106多発性網膜細動脈瘤を伴う特発性網膜血管炎に対する硝子体手術(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科はじめに多発性網膜細動脈瘤を伴う特発性網膜血管炎(idiopathicretinitis,vasculitis,aneurysms,andneuroretini-tis:IRVAN)は1995年Changらによって提唱された疾患で,網膜血管炎,多発性網膜細動脈瘤,神経網膜炎を特徴とする1).後極部に細動脈瘤や硬性白斑を生じ,進行すると周辺部に広範な無血管野をきたし網膜新生血管が生じる.さらに進行すると網膜前出血,硝子体出血,牽引性網膜.離をきたすこともある.本疾患は比較的まれと考えられているが,原因不明の硝子体出血例のなかに混ざっていることがある.●IRVANの鑑別疾患新生血管からの色素漏出,周辺部網膜の無血管野と動静脈吻合,多発性細動脈瘤などの眼底所見を特徴としているため,大動脈炎症候群,サルコイドーシス,抗リン脂質抗体症候群,結核などの全身疾患との鑑別が必要である.IRVANはこれらの疾患を示唆する異常所見は認めない.一方,IRVANの近似疾患としてEales病やCoats病などがある.Eales病は通常両眼性で20.30歳代の男性に多く,おもに静脈閉塞をきたす.Coats病は10歳以下の男児に好発し,血管拡張と黄白色の滲出性病変が特徴的である.●IRVANに対する治療IRVANの治療としては,網膜無血管野や新生血管に対して汎網膜光凝固術,動脈炎症状に対してステロイド全身投与などが行われている.再発性の硝子体出血や牽引性網膜.離をきたした場合に硝子体手術の適応となる(図1~3).●硝子体手術時の注意点IRVANの網膜無血管野は,中間周辺部から周辺部に図1硝子体手術前の眼底写真右眼視神経乳頭鼻側から下方に線維血管性増殖膜とその周囲に牽引性網膜.離を認める.図2蛍光眼底写真右眼の耳側周辺部網膜の広範な無血管野,血管吻合を認める.図3硝子体手術後の眼底写真硝子体手術後網膜は復位し,血管炎も鎮静化している.かけて,虫食い状の不規則な形を呈することが多く,眼底透見可能例では術前に蛍光眼底検査を行い網膜虚血範囲に光凝固を確実に施行する必要がある.牽引性網膜.離は網膜虚血に起因する線維血管性増殖膜の発育と後部硝子体.離の進行によって生じるが,増殖糖尿病網膜症と同様の手術手技で対応する2).血管炎は硝子体手術後に鎮静化することが多いが,炎症が遷延する場合にはステロイド薬の追加投与を考慮する.文献1)ChangTS,AylwardGW,DavisJLetal:Idiopathicretinalvasculitis,aneurysmsandneuro-retinitis.Ophthalmology102:1089-1097,19952)鶴原泰子,石崎英介,服部秀嗣ほか:IRVANに対して硝子体手術を施行した1例.眼科手術24:63-66,2010(79)あたらしい眼科Vol.29,No.3,20123670910-1810/12/\100/頁/JCOPY

第12回眼科DNAチップ研究会 報告書

2012年3月31日 土曜日

第65回日本臨床眼科学会専門別研究会2011年10月7日(金)東京国際フォーラム第12回眼科DNAチップ研究会報告書*1京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学*2山形大学医学部眼科学講座上田真由美*1山下英俊*2木下茂*1はじめに今年(2011年)で第12回を迎える眼科DNAチップ研究会が第65回日本臨床眼科学会の専門別研究会の一つとして2011年10月7日金曜日に行われた.今年は,専門別研究会としては最後になることもあり,シンポジウム3演題,教育講演1題,そして特別講演1題と例年になく内容豊かなプログラムとなり,ゲノムワイド関連解析を中心とした遺伝子多型解析ならびにバイオインフォマティクスに関する高度な研究内容を聞くことができた.シンポジウム3人の演者によるシンポジウムが開催された.初めの演者は,京都大学の山城健児先生で,“病的近視感受性遺伝子の同定”という演題名で,ゲノムワイド関連解析の結果をもとに,病的近視関連遺伝子多型についてお話しされた.続いて,横浜市立大学の水木信久教授が,“ゲノム研究が拓く眼科医療の未来”という演題名で,最近NatureGeneticsに掲載されたベーチェット病のGenome-WideAssociationStudy(GWAS)解析の結果について詳細にご説明いただき,かつ,今後の進行性についてもご講演された.シンポジウム最後の演者は,京都府立医科大学眼科の上田真由美で,“眼合併症を伴うStevens-Johnson症候群の遺伝子多型解析”という演題名で,候補遺伝子解析からゲノムワイド関連解析の結果,さらには,疾患関連遺伝子の機能解析についてお話しさせていただいた.シンポジウムの発表はどれも,日本のゲノム解析を代表する素晴らしい発表であった.教育講演1時間のシンポジウムの後,京都府立医科大学ゲノム医科学の中野正和助教から“これからのゲノムワイド関連解析における次世代技術の活用法”という演題名の教育講演が行われた.次世代シークエンサーを中心にゲノムワイド関連解析の次世代技術についての詳細な説明とともに今後の方向性についてわかりやすくご講演いただいた.特別講演教育講演の後は,九州大学の生体防御医学研究所附属遺伝情報実験センターの山本健准教授により,“DNAチップの可能性─相関,連鎖,エピジェエネティクス─”という演題名の特別講演をしていただいた.ゲノムワイド関連解析による遺伝子多型解析,SNP(一塩基多型)チップを用いた単一遺伝病の連鎖領域同定,DNAメチル化サイトチップを用いたエピジェエネティクス固体差解析についてご講演いただいた.☆☆☆(77)あたらしい眼科Vol.29,No.3,20123650910-1810/12/\100/頁/JCOPY

眼科医のための先端医療 135.眼内血管新生の治療標的としてのクリスタリン蛋白

2012年3月31日 土曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第135回◆眼科医のための先端医療山下英俊眼内血管新生の治療標的としてのクリスタリン蛋白加瀬諭(北海道大学大学院医学研究科眼科学分野)クリスタリン蛋白と眼疾患の関わり脊椎動物におけるクリスタリン(crystallin)蛋白は,a,b,gの3つのファミリーに分かれ,特に近年,aクリスタリンが種々の眼疾患に重要な役割を果たすことが示唆されてきました.a-クリスタリンは熱ショック蛋白(HSP)におけるaA,aBという二つの異なるファミリーより成ります.a-クリスタリンは水晶体構成蛋白として発見され,その後水晶体のみならず網膜や網膜色素上皮(RPE)にも発現されていることが確認されております.加えて,a-クリスタリンは,熱刺激のみならず虚血,低酸素や炎症など,種々のストレスでその発現が誘導され,細胞の増殖制御やアポトーシス,細胞の分化に関与しております.分子シャペロン機能を有しており,種々の蛋白質に結合して,標的蛋白の分解制御を行っています.眼疾患では,まず糖尿病眼と網膜芽細胞腫(RB)において,a-クリスタリン蛋白の関わりについて示します.網膜症の発生がみられない段階における糖尿病眼の網膜においては,正常に比較して,aA-クリスタリンが高発現していましたが,aB-クリスタリンの発現上昇はありませんでした1).同様に,最終糖化産物(AGE)の発現を調べたところ,糖尿病眼では網膜の血管に高発現していました.この結果を踏まえ,リコンビナントAGE蛋白をマウスの硝子体に注入し,網膜を摘出してa-クリスタリンの発現を調べたところ,aA-クリスタリンの発現が誘導されました1).以上より,糖尿病眼において,aA-クリスタリンの発現が網膜のアポトーシス制御に重要な役割を果たすことが示唆されました.RBにおいては,酸化ストレスに反応して培養RB細胞におけるa-クリスタリンの発現が誘導されました2).また,ヒトのRBによる摘出眼球においても,化学療法後に摘出された組織でaB-クリスタリンが残存する腫瘍細胞に高発現していることが判明しました3).(73)0910-1810/12/\100/頁/JCOPYこれは腫瘍細胞における化学療法への抵抗性の獲得に,a-クリスタリン蛋白の発現が関与していることを示唆します3).化学療法の既往のないRBの病理組織学的研究により,腫瘍細胞におけるa-クリスタリンの発現とそのアポトーシスに負の相関がありました2).a-クリスタリンは分子シャペロン機能により,アポトーシス関連蛋白と結合し,RBのアポトーシスに重要な役割を果たすことが示唆されました.以上の研究により,種々の眼疾患,病態において,aA-とaB-クリスタリンでは発現分布や発現量が異なり,各々異なる役割を果たす可能性があります.a.クリスタリンと眼内血管新生一方で,これまで眼内血管新生における分子シャペロンの役割を解析した報告はあまりみられません.Wuらは,熱ショック蛋白の一つであるHSP90の阻害薬を用いた実験を行い,HSP90を阻害することにより,低酸素に反応する血管内皮増殖因子(VEGF)の発現が抑制されたことを確認し,分子シャペロンが眼内血管新生疾患の治療標的になりうることを示しました4).筆者らは,マウス眼内血管新生の過程において,aB-クリスタリンがVEGFと結合し,VEGFの分解を抑制していることを見出しました5).さらに実際のヒトの組織について,a-クリスタリンの発現を糖尿病網膜症の増殖組織を用いて解析したところ,網膜新生血管の血管内皮細胞にaB-クリスタリンの発現がみられ,かつVEGFと共発現していることを二重染色法で確認しました6).脈絡膜新生血管(CNV)の形成において,RPE細胞におけるVEGFの発現,分泌が重要であることが知られております.aB-クリスタリンは水晶体構成蛋白の一つのみならずRPE細胞にも発現されています.加えて,aB-クリスタリンは,RPE細胞の増殖,アポトーシスの制御に重要な役割を果たすことも示されてきました.以上のことから,CNVの形成,発達においても,aBクリスタリンが関与している可能性が考えられました.実際,aB-クリスタリンノックアウト(KO)マウスと野生型(WT)マウスを使用して,レーザー誘導CNVモデルを作製したところ,aB-クリスタリンKOマウスにおいて,有意にCNVの形成が抑制されました5).Invitroの実験にてaB-クリスタリンのRNA干渉(siRNA)トランスフェクションを行い,aB-クリスタリンの発現を低下させると,VEGFの分解が促進され,血管内皮細あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012361 レーザー照射レーザー照射VEGFmRNA↑VEGFprotein産生↑aB-クリスタリン発現低下aB-クリスタリンとVEGFVEGF蛋白との結合凝集,変性↑機能的VEGF蛋白VEGF分解促進血管新生血管新生の抑制図1脈絡膜新生血管(CNV)におけるa.クリスタリンの関与虚血や炎症による刺激に対して,眼内血管内皮増殖因子(VEGF)のmRNAおよび蛋白発現が亢進する.aB-クリスタリンが正常に働く状況では,aB-クリスタリンはVEGFと結合してVEGF蛋白を保持し,VEGFのシグナル伝達をサポートする.しかし,aB-クリスタリンの発現が低下した場合には,VEGFの変性,凝集が起こり分解が促進され,眼内血管新生が結果的に抑制されることが示された.胞がアポトーシスに陥る現象を確認しました.これらのことから,眼内血管新生におけるa-クリスタリンの役割をまとめますと,虚血や炎症による刺激に対して,眼内VEGFのmRNAおよび蛋白発現が亢進します.aBクリスタリンが正常に働く状況では,aB-クリスタリンはVEGFと結合してVEGF蛋白を保持し,VEGFのシグナル伝達をサポートします.しかしaB-クリスタリンの発現が低下した場合には,VEGFの分解が促進され,眼内血管新生が結果的に抑制されることが示されました(図1).眼内新生血管の治療標的としてのa.クリスタリン加齢黄斑変性(AMD)は先進国における高齢者の主要な失明原因の一つとなっています.滲出型AMDは視力を脅かす疾患の一つであり,異常な血管漏出をきたすCNVによって黄斑部に出血や滲出性変化が起きます.CNVの発生病理に,黄斑部網膜下に浸潤したマクロファージやRPEが重要な役割を果たすと考えられています.これらはVEGFなどの血管新生因子の産生源であり,炎症部位における血管新生の発達に関与しています.CNVに対して以前は局所光凝固や手術的な治療が行われていましたが,CNVの近傍にある感覚網膜やRPEへの侵襲が強く,加療後の良好な視機能改善には限界がありました.これまでの病理学的な研究により,VEGFがCNVの血管膜において発現が上昇していることが明らかとなっています.実際,CNVに対して抗VEGF抗体の硝子体内注射が臨床応用されています.しかしながら臨床上の問題点として,CNV抑制のために抗VEGF抗体の反復投与が必要なこと,抗VEGF抗体の無効例が存在すること,抗VEGF抗体投与による網膜神経細胞の障害の可能性が報告されていることがあげられます.したがって,滲出型AMDの治療標的として,VEGFの直接的な抑制が主流ですが,課題も多く残されています.新生血管に対するa-クリスタリンの研究は,直接的なVEGF蛋白質を標的とするのではなく,その蛋白分解を制御している分子を治療標的にすることにより,抗VEGF抗体治療の効果の増強,反復投与の軽減効果が期待されます.文献1)KaseS,IshidaS,RaoNA:IncreasedexpressionofalphaA-crystallininhumandiabeticeye.IntJMolMed28:505-511,20112)KaseS,ParikhJG,RaoNA:Expressionofalpha-crystallininretinoblastoma.ArchOphthalmol127:187-192,20093)KaseS,ParikhJG,RaoNA:Expressionofheatshockprotein27andalpha-crystallinsinhumanretinoblastomaafterchemoreduction.BrJOphthalmol93:541-544,20094)WuWC,KaoYH,HuPSetal:Geldanamycin,aHSP90inhibitor,attenuatesthehypoxia-inducedvascularendothelialgrowthfactorexpressioninretinalpigmentepitheliumcellsinvitro.ExpEyeRes85:721-731,20075)KaseS,HeS,SonodaSetal:alphaB-crystallinregulationofangiogenesisbymodulationofVEGF.Blood115:33983406,20106)DongZ,KaseS,AndoRetal:AlphaB-crystallinexpressioninepiretinalmembraneofhumanproliferativediabeticretinopathy.Retina,inpress■「眼内血管新生の治療標的としてのクリスタリン蛋白」を読んで■多くの眼科医は,クリスタリンと聞くと,「あぁ,ストレスによって水晶体の透明性が低下しないように水晶体を構成している蛋白だ」と思うのではないでする能動的機能を備えています.たとえば,a-クリしょうか.しかし,クリスタリンはそれだけでなく,スタリンは,変性したb-およびg-クリスタリンを正362あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(74) 常に戻し,会合を防ぐ機能(シャペロン)をもつことがあることです.つまり,病的あるいはストレス下にが判明しており,これによりb-とg-クリスタリンはおいては,VEGFとa-クリスタリンは血管新生の正水晶体の透明性維持や,光の屈折率を高める機能を保のフィードバックを形成して爆発的に血管新生を亢進つことができています.実際,a-クリスタリン欠損している可能性があります.免疫反応においては,生マウスは軽度のストレスにより水晶体混濁を起こしま体は必要なときには必要な生体反応だけを起こす特殊す.最近このクリスタリンが血管新生にも重要な働きな仕組みがありますが,血管新生においてもこの正のをしていることがわかってきました.固形腫瘍が増大フィードバックにより,必要な部位だけに血管新生をする過程で,腫瘍内部への酸素供給が不十分になり,起こすことができるのです.しかし,逆にいえば,こ腫瘍中心部は虚血状態になりますが,それが誘因になの正のフィードバックを抑制することで,血管新生をり血管新生が誘導され,その結果虚血状態が改善さ“爆発的に”抑制することも可能です.そのことを,れ,さらなる腫瘍の増大を招く現象は広く知られてい最初に眼科領域で示した加瀬諭先生の研究は画期的ます.ところが,a-クリスタリン欠損動物ではそのなものなのです.現在の血管新生抑制薬は,抗VEGF現象が起こらないことから,a-クリスタリンが血管薬が主体となっていますが,さらに効果的な薬物はあ新生のカギとなる物質であると考えられています.特まりなさそうです.しかし,この正のフィードバックに,重要なことはa-クリスタリンは部分的に変性しを抑制する薬物があれば,現行薬よりも効果的なものた血管内皮増殖因子(VEGF)を正常に修正して,そになりうる可能性があります.このことが,早く眼科の機能を高めるだけでなく,ストレス下ではVEGF領域で実現することを祈ります.がa-クリスタリンの発現とリン酸化を亢進する作用鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆☆☆(75)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012363

新しい治療と検査シリーズ 206.ルテインによる加齢黄斑変性予防の可能性

2012年3月31日 土曜日

新しい治療と検査シリーズ206.ルテインによる加齢黄斑変性予防の可能性プレゼンテーション:小沢洋子慶應義塾大学医学部眼科学教室コメント:尾花明聖隷浜松病院眼科.バックグラウンド加齢黄斑変性は国内の失明原因の4位を占め,高齢化社会にあっては避けて通れない疾患である.滲出型に対する治療法は普及したが,治療をうけても視機能障害を残すことは珍しくなく,また萎縮型には今のところ治療法がない.そこで,予防療法に期待が寄せられる.加齢黄斑変性発症の背景には,慢性炎症とそれに伴う酸化ストレスの遷延があると考えられており,その抑制が発症予防につながるという考え方は,受け入れやすい.この酸化ストレス抑制の観点から,米国ではビタミンC,E,b-カロテンと亜鉛からなるサプリメント(AREDSformula)の摂取により加齢黄斑変性の進行が予防できるかを検証する大規模臨床試験(Age-relatedEyeDiseaseStudy:AREDS)が行われた.米国では,その結果1)を受けて,すでに医師が患者にこれらのサプリメント摂取を勧めている2).米国では現在,さらなる予防効果を求めて新たな臨床試験AREDS2を行っている(図1).AREDS2では,AREDSformulaに加えて摂取するサプリメントとして,ドコサヘキサエン酸/エイコサペンタエン酸(DHA/EPA)とルテイン/ゼアキサンチンを取り上げた.ルテインはこれまでの小規模な介入試験から有望視され,AREDS2に組み込まれた..期待される予防療法(原理)元来,生物には,酸化ストレスを自己処理する機構がある.しかし,炎症などによりその能力を超えた酸化ストレスが発生すると,もしくは加齢によりその防衛能力が低下すると,酸化ストレスが蓄積し病態が発生すると考えられている.そこで,抗酸化作用のある物質を摂取して病態予防をもくろむ.現時点では,加齢黄斑変性予防のための認可をもつ抗酸化剤はなく,患者の選択でサプリメント(食品扱い)を摂取する方法が選択される.そのなかでもルテインに注目するには理由がある.ルテインは動物の生体内では産生できず,植物を食するこ(71)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY1.Placebo2.Lutein/Zeaxanthin10mg/2mg3.DHA/EPA*350mg/650mg4.2+3*DHA:ドコサヘキサエン酸(docosahexsaenoicacid)EPA:エイコサペンタエン酸(eicosapentaenoicacid)図1Age.RelatedEyeDiseaseStudy2(AREDS2)において検証中のサプリメントによる群わけAREDS2は50.85歳の加齢黄斑変性患者約4,000人を対象とした,米国における大規模臨床試験である.患者をAREDSformula(本文参照)に加え図のサプリメントを摂取する群に分け,5年後までに加齢黄斑変性の進行がみられるかを検証する.とで摂取される.ルテインは腸上皮から吸収され,血中を運ばれ,各臓器に蓄積されるが,そのなかでも網膜には皮膚などとともに,多く存在する.特に,黄斑には集中して存在しゼアキサンチンとともに黄斑色素を構成する.すなわち,ルテインには,元来,経口摂取したものが網膜に運搬される経路がある.サプリメントにより摂取強化を図れば,網膜に蓄積してより抗酸化能を発揮する可能性がある.また,ルテインの網膜内酸化ストレスの抑制効果については,動物実験の結果が各種報告され3),その面からも生体内の効果を期待できる抗酸化剤である..実際の勧め方まず,サプリメント摂取は,認可を受けた治療法ではないことをはっきりと説明する(表1).AREDS2は進行中でありまだ結果は出ていないこと,その結果は欧米人におけるものであり,日本人の加齢黄斑変性の予防効果に直結するかどうかは,検討の余地が残ることも,認識させることが重要である.そのうえで,AREDS2の結果を待っている間に発症してしまう可能性を少しでも減少させるためには,患者の理解のうえで,抗酸化剤の継続的摂取という選択肢があることをお話しする.まあたらしい眼科Vol.29,No.3,2012359 表1サプリメント(ルテイン)を勧める際の注意点1.サプリメント摂取は,認可を受けた治療法ではない2.AREDS2は進行中でありまだ結果は出ていない3.AREDS2の結果は欧米人における結果であり,日本人で加齢黄斑変性の予防効果があるかについては検討の余地が残る4.今後,AREDS2の結果が出ても,5年間摂取の結果に限られており,それ以上の期間の結果は出ない5.変化がなければ,予防効果を示していると考えられる6.年余にわたり継続摂取する方針が必要である7.AREDS2の結果を待っている間に発症してしまう可能性があるため,そのリスクを少しでも減少させるためには,以上のことを理解したうえで,抗酸化剤の継続的摂取をする選択肢がある=ルテインを選ぶ理由=・一般的に抗酸化作用をもつ物質である・元来動物においては,ルテインは体外から摂取されるものであり,網膜に運ばれる経路がある・動物実験から,生体網膜内での抗酸化作用が明らかになってきた患者には,加齢黄斑変性の病態や予後とともに,表の内容を伝える.た,摂取中に眼所見に変化がなければ,すなわちそれが予防効果を示していることに他ならず,年余にわたり継続摂取する方針が必要であることをお話しする.そして,ルテインを選ぶ理由(「期待される予防療法」の項参照)をお話しする.筆者らのアンケート結果からは,患者がサプリメントを摂取するかどうかの判断には,医師の言葉が大きく関与することが明らかになっており4),サプリメント摂取は(医師の処方ではなく)患者の自己選択・自己購入に任されるとはいえ,医師の言葉の重要性と責任は大きい..本方法の利点サプリメントは医師の処方なしに購入が可能であり,診断が確定していなくても摂取を開始することが可能である.また,ルテインにおいては,これまで各種小規模試験が行われたり,さらに食品として市販されたりしているが,大きな副作用が話題になったことは今のところない.ただし,世界的に公式な大規模臨床試験の結果はまだ出ておらず,効果・副作用いずれに関しても確固たるエビデンスが今のところないのは認識すべきである.文献1)Age-RelatedEyeDiseaseStudyResearchGroup:Arandomized,placebo-controlled,clinicaltrialofhigh-dosesupplementationwithvitaminsCandE,betacarotene,andzincforage-relatedmaculardegenerationandvisionloss:AREDSreportno.8.ArchOphthalmol119:14171436,20012)JagerRD,MielerWF,MillerJW:Age-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed358:2606-2617,2008.Review.Erratumin:NEnglJMed359:1736,20083)OzawaY,SasakiM,TakahashiNetal:Neuroprotectiveeffectsofluteinintheretina.CurrPharmDes18:51-56,20124)SasakiM,ShinodaH,KotoTetal:Useofmicronutrientsupplementforpreventingadvancedage-relatedmaculardegenerationinJapan.ArchofOphthalmol,130:254-255,2012■本方法に対するコメント■ルテインに関するエビデンスを一言で表すと,状況ンチンも存在します.AREDS2ではルテイン対ゼア証拠は多数あるが,決定的物証がない,というところキサンチンの比率が5:1の製剤を使用していますが,です.AREDS2試験がその物証になるものと期待さその妥当性の証明は不十分です.れています.ただ,注意すべきは,著者の指摘のよう小腸で吸収されたルテインが視細胞の神経突起に分に,AREDS2は欧米人中心の試験で,体格や食生活布するまでの経路はかなり解明され,複数の輸送蛋白の異なる日本人にそのまま当てはめてよいのかは疑問の関与が示されていますが,それら輸送系の遺伝的差です.また,AREDS2では他の抗酸化ビタミンやミ異により,網膜の蓄積量に個人差ができます.食べるネラルを併用しているので,ルテイン単独の効果はわ量は個人によって違うのに,サプリメントは一律同じからないこと,あくまでも予防効果の検討なので,す量というのも理にそぐわない話で,まだまだ,解明すでに発症した患者に対する治療効果は不明な点もあげべきことは多いと思います.られます.さらに,網膜にはルテイン以外にゼアキサ360あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(72)

緑内障:緑内障Genome-Wide Association Study最新の知見: 2.次世代シーケンサーをいかに活用するか

2012年3月31日 土曜日

●連載141緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也141.緑内障Genome.WideAssociationStudy中野正和*1池田陽子*2森和彦*2京都府立医科大学大学院医学研究科*1ゲノム医科学*2同視覚機能再生外科学最新の知見:2.次世代シーケンサーをいかに活用するか最近,緑内障に関連する塩基配列の違い(バリアント)がゲノムワイド関連解析(Genome-WideAssociationStudy:GWAS)によりつぎつぎに同定されている.統計学的に関連付けられたバリアントと緑内障の病態とをつなぐ分子機序の解明がつぎの課題であり,次世代シーケンサーの有効活用が期待される.●遺伝子砂漠の生物学的役割DNAマイクロアレイを用いたGenome-WideAssociationStudy(GWAS)によって,現在までにさまざまな多因子疾患に関連する何千ものバリアントが同定されている.当初その勢いは“goldrush”といわれた1).しかし,筆者らが報告した原発開放隅角緑内障2)をはじめ大多数の疾患では,オッズ比の低い(1.2.1.5)バリアントが近傍に遺伝子の存在しない“genedesert(遺伝子砂漠)”から発見された.すなわち,統計学的に疾患に関連付けられたバリアントがどのように疾患の病態にかかわっているのか,その分子機序を解明する難問は今もなお残されている.つい最近までヒトゲノムの3%未満しか占めていない遺伝子をコードする配列から蛋白質が翻訳されることが生命現象の根幹であるとされ,それ以外のゲノム配列は“ジャンク(がらくた)”とさえよばれていた.しかし,ゲノム全体にわたるトランスクリプトーム(ある瞬間に発現している一次転写産物の総体)解析3)によって,現在では蛋白質に翻訳されない配列も遺伝子の発現調節などの重要な役割を担っていることが知られている.したがって,GWASで報告された遺伝子砂漠にも生物学的に何らかの意味のある配列が潜在し,その配列上のバリアントが疾患の病態に関与している可能性が高い.現在,遺伝子砂漠の生物学的役割として,1)rare(まれな)バリアント,2)調節配列/マイクロRNA,3)エピジェネティックマーク,のいずれかによる遠隔遺伝子の発現調節機構の存在が示唆されている(図1).そして,いずれの仮説を検証するためにも領域全体にわたる高精度な塩基配列情報の取得が必須となる.1.rare………:common………………….>1%;…………10/200…..=5%.:rare…………0.1%<……….<1%;…………1/200…..=0.5%.100….200……..DNA……………….GWAS…………………………1%……………common…………………………………………………………………………………1%…..rare………………………………………………………………2………/……..RNA……..RNA…………………………………………A………………………………………………………RNA……………………………………………………………3…………………………..CG…………………………….CGCGAG……………………………………………………………………………………………………………………………..CG……………..C………………………………………………………………DNA………………………….DNA………………………………………………………………………図1遺伝子砂漠領域の生物学的役割1)rareバリアント,2)調節配列/マイクロRNA配列,3)エピジェネティックマーク,が潜在している可能性が高い.(67)あたらしい眼科Vol.29,No.3,20123550910-1810/12/\100/頁/JCOPY ●次世代シーケンサーの活用法次世代シーケンサー(図2)の登場により,そのデータ産生量とカバー率の高さ(=精度)から,広範囲にわたるゲノム領域をこれ以上ない解像度(塩基配列)で解析できるようになった.したがって,次世代シーケンサーを活用することで上述した仮説(図1)の検証が可能になってきている.最近,次世代シーケンサーを用いたポストGWAS研…..DNADNA………………………DNA….1..1……………………………………………………………………….DNA………………究として,冠動脈疾患に関連する遺伝子砂漠(9p21)を題材とした例が報告された4).本研究では次世代シーケンサーを用いて領域内の塩基配列を決定後,1)rareバリアントを含めた全バリアントの抽出,2)調節配列予測プログラムによるエンハンサーの推定,3)Chromosomeconformationcapture(3C)法(図3)によるエンハンサーの標的配列の同定,を行っている.興味深いことにエンハンサー配列予測の結果,9p21は全ゲノムの遺伝子砂漠のなかでエンハンサーが2番目に高密度な領2.Sequencing-by-synthesis1.BridgeAmplificationReferenceGenome………………………ReferenceGenomeDNA…………………………………………………………………..㈹図2シーケンサーの技術革新次世代シーケンサーでは,1)一度に大量のDNA断片の塩基配列を決定(詳細な原理については文献5を参照)し,2)個々のDNA断片の塩基配列をReferenceGenome(ヒトゲノムプロジェクトで決定され現在も更新され続けている標準配列)に貼り付けて“答え合わせ”をすることで,高精度なシークエンスデータを短時間で取得できる.……………….図3Chromosomeconformationcapture法頭文字にCが3つ連続するので“3C”ともよばれる.エンハンサーとプロモーターが調節蛋白質を介して物理的に会合する現象を利用して,実際に………………………………….核内で相互作用している両者の塩基配列を決定することができる.(文献6より転載,一部改変)……………………………………………………………………………………………………………………DNA……………………..DNA……………….DNA………………………………………….356あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(68) 域であることが判明し,本領域が多数の遠隔遺伝子の発現を調節する中継地点の役割を担っていることが示唆された.また,冠動脈疾患に関連するバリアントを含むエンハンサー配列の転写因子STAT1への結合能がリスクアレルの有無によって異なることを細胞レベルで示し,さらにこのエンハンサーが約950kbも離れたIFNA21領域を始め,複数の遺伝子領域と会合していることを3C法(図3)で明らかにした.以上の結果は,統計学的に疾患と関連付けられたバリアントの機能を初めて分子レベルで捉えた画期的な成果である.今後,本研究例のように次世代シーケンサーを活用しながらGWASで同定された多数の疾患の発症機序の糸口が“第2のgoldrush”としてつぎつぎに得られることが期待される.文献1)TopolEJ,MurraySS,FrazerKA:Thegenomicsgoldrush.JAMA298:218-221,20072)NakanoM,IkedaY,TaniguchiTetal:Threesusceptiblelociassociatedwithprimaryopen-angleglaucomaidentifiedbygenome-wideassociationstudyinJapanesepopulation.ProcNatlAcadSciUSA106:12838-12842,20093)CarninciP,KasukawaT,KatayamaSetal:Thetranscriptionallandscapeofmammaliangenome.Science309:1559-1563,20054)HarismendyO,NotaniD,SongXetal:9p21DNAvariantsassociatedwithcoronaryarterydiseaseimpairinterferon-gammasignallingresponse.Nature470:264-268,20115)MetzkerML:SequencingTechnologies─thenextgeneration.NatGenet11:31-46,20106)三浦尚,CrutchleyJ:3C法による核内DNAの位置関係の解析.実験医学28:1433-1440,2010☆☆☆(69)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012357