監修=坂本泰二◆シリーズ第153回◆眼科医のための先端医療山下英俊古くて新しい感染症の治療:ファージを用いた眼感染症の治療福田憲(高知大学医学部眼科学講座)はじめに現在,感染性眼疾患に対し,多くの抗微生物薬が治療に用いられていますが,迅速な診断と適切な治療がなされない場合は未だ視機能障害を残します.細菌感染による眼疾患では,治療が奏効しない原因は2つ考えられます.1つは起炎菌がわからず感受性のある適切な薬物が投与されていない場合,もう1つは起炎菌は同定されているが薬剤耐性菌であるために薬物が奏効しない場合です.現在でもメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)を代表とする薬剤耐性菌による眼感染性疾患は治療に苦慮しますが,今後他科で報告されているような多剤に対して高度の薬剤耐性を示す細菌が眼疾患をひき起こすことが予想されます.したがって,従来の抗菌薬に依存しない治療法の開発が重要です.本稿では,細菌に感染し破壊するウイルスであるバクテリオファージ(ファージ)の溶菌活性を利用する「ファージ療法」の眼感染症の治療への応用の可能性について紹介します.バクテリオファージとは「バクテリオファージ」とは「細菌を食べるもの」という意味ですが,その名のとおり細菌に感染し菌体を溶かして増殖するウイルスです.細菌への寄生に特異性があり,それぞれ特定の細菌種にのみ感染します.たとえば,緑膿菌に対するファージはブドウ球菌には寄生しません.ファージは土壌,河川,海洋,食物などの自然環境やヒトを含んだ動物の腸管など至るところに普遍に存在し,地球上最も多く存在する微生物ともいわれています.ファージは感染後の菌体内での増殖様式から,溶菌型と溶原化型の2つに大別されます.ファージは頭部と尾部からなりますが,尾を使って細菌の細胞壁や莢膜を突破し,細胞内に核酸を送り込みます.溶菌型ファージは,感染すると細菌内で増殖し,細菌を破壊(溶菌)して多数の子ファージを放出します(図1).ファージの多くはこの溶菌型です.一方,溶原化型ファージは細菌へ感染しても細菌の染色体と共存したまま細菌も生存し,DNAを複製するプロファージといわれる状態になります.ファージの発見は古く,1915年にバクテリアを溶かしてしまうウイルスとして偶然発見されました.その後ファージのもつ溶菌活性を利用して抗菌薬として用いる,いわゆるファージ療法の研究が始まりました.しかしながら,1929年に最初の抗生物質であるペニシリンが発見されてから,次々と新しい抗生物質が開発されたため,抗菌薬としての主役は完全に抗生物質に奪われることとなりました.ファージを用いた感染症の治療は,おもに旧ソ連と東欧に限って続けられていましたが,その後抗生物質の濫用により薬剤耐性菌が出現した1980年代になって西欧諸国でも米国を中心とする研究者のグループによりファージ療法の研究が再開されました1).これまでマウスなどを用いた動物実験でMRSA,バンコマイシン耐性腸球菌,多剤耐性緑膿菌などの感染症にDNA図1バクテリオファージの溶菌サイクルファージ感染は,まず宿主の細菌表面に吸着し,尾を使って細菌の細胞壁や莢膜を突破しゲノム核酸を細菌へ注入する.その後ファージは細菌内で菌の増殖の約50倍の速度で増殖し,ファージ由来の溶菌酵素により細菌の菌体が破壊され多数の子ファージが放出され,隣接する細菌に再び感染するという溶菌サイクルを繰り返す.(67)あたらしい眼科Vol.30,No.9,201312670910-1810/13/\100/頁/JCOPY43210135対照群ファージ群角膜臨床スコア3210135対照群ファージ群角膜臨床スコア感染後A対照群Bファージ点眼群C角膜スコアの日数1日3日5日図2バクテリオファージ点眼のマウス緑膿菌角膜炎への効果緑膿菌を角膜に感染させると,経時的に角膜混濁が増悪し穿孔をきたす(対照群点眼).ファージを1回点眼すると,感染後の日数角膜混濁は経時的に軽減した.対するファージ療法の有効性が報告されています2).さらに東欧から多くのファージ療法の臨床的有効性が報告されています3).眼科領域のファージ療法の報告はブドウ球菌による結膜炎の治療が報告されているのみで,ほとんどありません.マウス緑膿菌性角膜炎への応用筆者らは高知大学医学部微生物学講座と共同で,薬剤耐性菌による角膜潰瘍や眼内炎などの眼疾患の治療にファージが応用できないか研究をしています.まず緑膿菌による角膜潰瘍に対するファージの効果を検討しました4).緑膿菌特異的ファージKPP12は高知大学の近くの河川水を,緑膿菌を生やした培地に塗抹することで分離しました.分離されたファージを増殖させた後,宿主(緑膿菌)由来の核酸を除去し,密度勾配超遠心により精製しました.マウスの緑膿菌性角膜炎は,角膜に針で傷をつけた後に高知大学医学部附属病院での臨床分離株の緑膿菌を点眼して作製し,感染後に精製したファージKPP12を点眼してその効果を対照群と比較しました.その結果,対照群では感染後角膜混濁が経時的に増悪し,3日後にはほとんどすべてのマウスで角膜穿孔がみられたのに対し,ファージを1回点眼したマウスは,経時的に角膜混濁が軽減しました(図2).また,感染5日後に角膜内の生細菌数を測定すると対照群ではすべてのマウスで105/ml以上の緑膿菌が検出されましたが,ファージ点眼群では1匹を除いて緑膿菌は検出されず,検出されたマウスでも60/mlと非常に低い細菌数でした.この結果は,細菌性角膜炎に対するファージ療法の1268あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(文献4より引用・改変)臨床応用の可能性を示唆する結果といえます.筆者らは現在MRSA特異的ファージや腸球菌特異的ファージなどが感染性眼内炎の治療に応用できないか,またファージそのものではなくファージが産生する溶菌酵素,たとえばMRSA特異的溶菌酵素などの眼感染症の治療への応用を目ざして研究しています.臨床応用に向けてアメリカの食品医薬品局は,すでに2006年にリステリア菌に対するファージを食肉の添加物として認可し,翌2007年にはすべての食品に対してこのファージを認可しています.今後,感染症の治療として用いられるようになるのもそう遠い未来ではないでしょう.ファージを用いた細菌感染の制御の利点は,1)大量に安価に調整できる(今回用いたファージは大学の近くの河川から分離),2)病原菌が存在すればファージの生体内増殖が期待でき,病原菌が死滅すればファージも死滅する(ファージの投与回数が少なくてすむ),3)ヒトの細胞には感染しない(安全性が高い),4)宿主菌に対する特異性があるので病原菌以外の常在細菌叢に影響を与えない,などの点があげられます.一方,欠点は宿主菌の特異性が高いことがあげられます.すなわち,特定の菌にしか感染しないため,原則的には起炎菌が同定されてからの投与となります.また,同じ種の細菌でも,株によって特定のファージが感染するものとしないものがあります.今回,研究に用いたファージKPP12は,眼感染症からでた緑膿菌株5株のうち4株で溶菌効果を示しました.これらの欠点を補い,感染初期の治療に用(68)いるためには,眼感染症から分離した菌株に広く感染能力を有するファージの組み合わせを準備しておくことや,眼内炎の4大起炎菌のファージのカクテルを投与する,などの工夫が今後必要となるでしょう.すでに緑膿菌を標的とするファージの混合物が開発され,薬剤耐性緑膿菌による慢性耳炎に対する臨床試験が行われ,安全性と有効性が報告されています5).角膜炎や眼内炎などの感染性眼疾患は,ファージの投与が点眼や硝子体内投与など他の臓器に比して比較的簡単であり,また効果の判定もわかりやすいので,眼球はファージ療法の臨床応用をしやすい臓器であるといえます.今後,多剤耐性菌による眼感染性疾患の増加が予想され,それに比例して抗生物質による治療が困難な症例が増加すると思われます.本稿で紹介したファージ療法は,多剤耐性菌に対する有望な代替療法の一つになると思います.人類が開発した武器である抗生物質によって生み出された薬剤耐性菌に対して,昔からある自然由来の細菌の天敵を治療に用いることになるのは皮肉な感じがします.文献1)MerrilCR,SchollD,AdhyaSL:TheprospectforbacteriophagetherapyinWesternmedicine.NatRevDrugDiscov2:489-497,20032)MatsuzakiS,YasudaM,NishikawaHetal:ExperimentalprotectionofmiceagainstlethalStaphylococcusaureusinfectionbynovelbacteriophagephiMR11.JInfectDis187:613-624,20033)Weber-DabrowskaB,MulczykM,GorskiA:Bacteriophagetherapyofbacterialinfections:anupdateofourinstitute’sexperience.ArchImmunolTherExp(Warsz)48:547-551,20004)FukudaK,IshidaW,UchiyamaJetal:Pseudomonasaeruginosakeratitisinmice:effectsoftopicalbacteriophageKPP12administration.PloSOne7:e47742,20125)WrightA,HawkinsCH,AnggardEEetal:Acontrolledclinicaltrialofatherapeuticbacteriophagepreparationinchronicotitisduetoantibiotic-resistantPseudomonasaeruginosa;apreliminaryreportofefficacy.ClinOtolaryngol34:349-357,2009■「古くて新しい感染症の治療:ファージを用いた眼感染症の治療」を読んで■今回の福田憲先生(高知大学眼科)のファージをされれば,より多くの眼科医が安全で有効な治療を患用いた細菌感染症の治療は,まさにわれわれ眼科医が者に提供できるようになると考えられます.ファージ待ち望んでいる多剤耐性菌に対する治療法です.それを用いた治療法が抗生物質で一度はすたれたものを,を「昔からある自然由来の細菌の天敵を治療に用いる薬剤耐性菌が出現ののち利用するという新たな命を吹ことになる」(本文から)というきわめてユニークな方き込んだことにより再度研究が進められるというのは法での解決を明解にわかりやすく紹介していただきま大変に教訓的なことと考えます.医学,医療は,いうした.医療が高度化し種々の疾患が錯綜している現代までもなくこれまでの先人の大きな努力とその生み出の医療では,福田先生が本文中でも述べていらっしゃしてきた膨大な知識,データに基づいて行われていまるように,「今後他科で報告されているような多剤にす.生物学的に意味がきちんとある治療法も多くあり対して高度の薬剤耐性を示す細菌が眼疾患をひき起こます.人類の大きな財産としてこの先人の業績をきちす」状態に遭遇することがきわめて多くなると考えらんと保持することで新しい状態に対応することができれます.角膜感染は日常臨床でも遭遇する機会が多いる新しい治療法を手に入れることができるかもしれま疾患であり,治療に苦慮することも多々あります.抗せん.古きを訪ね新しきを知る(温故知新)をまさに生物質と細菌の耐性獲得のイタチごっこのなかで不安最高の形で提示していただいたことになります.このを感じているのはすべての眼科医といっても過言ではような発想が出てくる素地は,研究者の優秀さにあるありません.その問題に福田先生の研究は大きな光明と考えます.マニュアルではなく,医学的な知識のいを投げかけていただきました.いわれてみればなるほわば真髄,本当に意味,意義を熟知していることからど,という合理性とユニークさが痛快ですらありま新しい発想が出てくるのではないでしょうか?医学す.原因菌をそのゲノム解析により行い,原因菌が同教育においても大切なポイントになると考えます.定されれば抗生物質に加えてきわめて特異的な効能を山形大学医学部眼科山下英俊もつファージを用いた治療を行うといった方式が確立(69)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131269