シリーズ─100(最終回)◆■4月の推薦図書■脳を鍛えるには運動しかない!ジョンJ・レイティwithエリック・ヘイガーマン著坪田一男野中香方子訳慶應義塾大学医学部眼科(NHK出版)少し前になるが,最近読んだ本の中で一押しなのがジョンJ・レイティ(ハーバード大学医学部臨床精神医学准教授)の『脳を鍛えるには運動しかない!』である.僕の頭の中では“脳キタ本”としてブームになっており,すでに10冊以上購入してみんなにプレゼントして歩いている.題名が示すとおり,運動によって脳が鍛えられる!いや,脳を鍛えるには運動しかない!いや,運動がもたらす健康効果は実はすべて脳へ影響するのだ!と運動効果は絶大と力説するとてつもない本なのだ.世界的にもベストセラーになっており,日本でも数十万部が読まれたといわれているほど人気の本である.ご存知のように,現在のアンチエイジング医学でもっとも重要な介入としていえることは,1にカロリーを抑えた栄養バランスの良い食事,2に運動,そして3つめにはHappypeoplelivelonger,すなわちごきげんに生きるという姿勢だ.これらはすべてが重要だが,日本人の運動習慣は欧米人に比べて遅れていると指摘されており,僕としては運動の重要性は強調しても強調しすぎることはないと考えている.─運動は肥満を防止する─運動は筋肉量を増やす─運動は気分をよくする─運動は自己免疫疾患を予防する─運動は癌を予防する─運動はアルツハイマー病などの認知症も予防するさらに,この本に書かれているように,運動は脳を介して心身にさまざまな良い効果をもたらす.本書の冒頭に出てくるイリノイ州ネーパーヴィルの高校での話はとても衝撃的である.不良も多く,成績もぱっとしない高校がなんと突然,全米の数学の試験で第2位,世界の理科の試験でトップとなったのである.これはすごい数学(83)0910-1810/12/\100/頁/JCOPYと理科の先生が着任したのかと思いきや,なんとその要因はひとりの体育の先生にあった.彼は“0時間目”の授業として,通常の授業の前に,トラックを一周させる,ランニングマシーンで走らせるなど,生徒に運動させるプログラムを始めたのだ.普段は運動嫌いな生徒たちは走るのも遅く,劣等感もあるのでやりたがらない.ところがこの先生は“心拍数が上がった生徒ほどほめる”というおもしろい方法を導入した.すると普段運動しない生徒はぜいぜいと息が上がるものだから,ちょっと走っただけで心拍数があがる.するとほめられるので,またやる気になる.という循環でたくさんの生徒が運動習慣を身につけるようになった.数学と理科で突然成績が上がったことと,運動との因果関係はもちろん完全に証明されたわけではないが,明らかに運動をしたこと以外には考えられないという.たくさんの生徒が証言しているのも衝撃的だ.“私の高校生活で一番よかったことは運動の習慣を身につけたこと.私は一生運動を続けるわ”“僕の高校生活は運動をすることによって劇的に変わったよ.それまではやる気のないぐーたら生徒だったけど,運動を始めてからなんか気分もいいんだ.勉強もがんばったのでいい大学にも受かった.すべて運動のおかげと感謝しているよ.”というような具合である.運動がもたらした衝撃的な効果に驚いた全米の教育委員会の先生たちがみんなネーパーヴィルを訪れ,現在では全米の高校に運動習慣を導入するプロジェクトが始まりつつあるという.イリノイ州でも大きな予算を計上し,ネーパーヴィル高校では今では数十台のジョギングマシーンが並んでいるそうだ.僕の趣味のひとつが,“おもしろい本を読んだらその著者に会う”ことである.そこで,本書の著者であるあたらしい眼科Vol.29,No.4,2012517▲ジョンJ・レイティ先生といっしょに(お会いできたときは本当に感激した)ジョンJ・レイティ先生にも会いたいと強く思っていたところ,昨年,学生時代からの親友の佐久間啓先生,リーボック社社長のディエターさんのおかげで,レイティ先生に講演をお願いすることができた.本当に嬉しかった.僕はレイティ先生にお会いするとすぐにうちとけて,まるで昔からの親友のように話をしたのを今でも思い出す(写真).彼はハーバード大学で学長を説得して“HarvardontheMove!(ハーバードを動かす!)”というユニークなプロジェクトを始めている.今まで運動をしてきている体育会系の学生たちはそれでいい.ただまったく運動をしていない秀才たちや,メタボリックシンドロームになりつつある教員たちに,とにかく運動をさせようというプログラムなのだ.“HarvardontheMove!”なんて素敵なプログラムなんだろう.ちょうど我々も慶應義塾大学において慶應ヘルスサイエンスプログラムを始動したところなので,“KeioontheMove(慶應を動か!す!)”プロジェクトをぜひともやってみたいと思う.文系の学生たちに運動習慣を身につけさせ,教員の肥満率を下げることができたら,こんなに素晴らしいことはない.さて,運動するとどうして脳が鍛えられるのか?その分子メカニズムも少しずつ解明されてきた.ひとつには脳の中でBDNF(脳由来成長因子)がたくさん発現するようになることである.BDNFは脳の若さを保つには大変重要と考えられており,これが増えることは脳にとって大きなプラスになる.運動することによって518あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012BDNFが増加することは確実視されており,ひとつのメカニズムとして大変重要だ.最近注目されている長寿遺伝子のサーチュインのメカニズムのひとつも脳におけるBDNFの増強が指摘され始めていることから,最重要なメカニズムといえるかも知れない.また運動することによって海馬の神経細胞の分裂能力が高まることもわかってきた.記憶の保持のためには海馬の働きが欠かせないことはよく知られているが,その海馬において神経が運動することにより分裂する.ネーパーヴィル高校において運動習慣を身につけることが成績を上げたとすると,まさにこのメカニズムが効いているのかもしれない.さらに運動することによって脳血流量が増大するとか,脳にとってマイナスに働くストレスホルモンの放出が抑制されるなど,さまざまなメカニズムが解明されつつある.とにかく運動は脳に良いのだ!運動が脳に良いとすれば,体育会系の学生のほうが成績も良いはずだ.しかし一般的には“色白で運動をしない,勉強をたくさんしている学生が優秀である”“運動ばかりしている体育会系の学生は勉強はイマイチ”というイメージが蔓延している.プラセボ効果がプラスに働くとしたら,このイメージはマイナスに働く.本当は運動している学生のほうがチャンスが大きいのに,自分で自分の能力を規定してしまっている可能性があると考えられるわけだ.そこでレイティ先生たちは,運動によって小学生の能力を開発するプログラムを開始した.運動がいかに脳を鍛えるかということを子どもばかりでなくご両親にも理解してもらい,毎日45分程度の運動を小学生の時代から始めるということである.すると,成績が格段に向上するという素晴らしい効果が確認され,全米で急激に運動ブームに火がついてきた.日本でもこのプログラムを慶應義塾大学や市川学園を中心に行いたいと考えており,レイティ先生にはまた訪日してもらう予定である.自分自身はもちろん,家族や友人,仕事仲間にも,ぜひ運動習慣を身につけてもらおう!それが脳を鍛えて幸せな人生を送るために最も大切なことなのだ!☆今回がちょうど100冊目の紹介となり,本連載は終了となります.ご執筆いただきました先生方,そして毎号お読みいただいた読者の皆様,ありがとうございました.(84)