(83)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010655角膜の生化学印象深いキノシタ君の研究サンフランシスコ生まれのキノシタ君と私は,ハーバード大学のハウ研究所で眼の研究をすることとなった.1952年のことである.彼はハーバードの生化学教室で理学博士になったばかりの新進気鋭の学者であり,私は不自由な英語をあやつらねばならない新留学生であった.彼は大きな牛の眼玉から角膜を取り出し,この組織が,血管なしでどうやって生きているかを化学的に調べることになった.私は顕微鏡の下で,その化学変化を目に見えるようにする実験を始めた.代表的な細胞の栄養物であるブドウ糖の分解して行く過程を見極めて行くわけである.その当時,大へん貧困であった日本の大学の研究所から,つり上げられて行った私にとって,キノシタ君の研究方法に目を見張ったのである.そのころ,怖いとばかり知らされていた,放射能物質が,どんどん使われていたのである.角膜細胞がブドウ糖を次々と分解産物に変えて,エネルギーになって行くステップを,放射能の検出で,いとも簡単で正確に表していく.写真用感光材を,私の実験した標本の上にぬっておけば,放射能は小さい銀顆(か)粒となって顕微鏡で見えるから,細胞内の化学反応の位置が,はっきりとわかる.このような,毎日見せつけられる科学のうまみに魅せられてしまったのである.これが私の当地に居とどまるように決心させた一つの理由でもある.この実験で,キノシタ君は,角膜細胞のブドウ糖分解過程は,普通の臓器のそれと異なっていることを発見した.最初予期したようにうまく行かない実験に,「これはおかしい」と思った彼は,色々と分解のまわり道をチェックして行き,ついに,角膜の細胞には,別系のルートを通過してブドウ糖を,エネルギーにかえる特性のあるという説を樹立した.このペントーゼ系の分解経路はガン細胞では見当たるが,正常の組織にあることは変則である.この変則な新陳代謝を角膜が遂行して行くための,構造的な説明をするのが,私の仕事である.何とか苦労しているうちに,わかりきった事に思い当たったのである.血管のない角膜は血液から,酸素とブドウ糖の供給を受けられないということである.そうして,角膜の細胞の中には,常時,グリコーゲンをブドウ糖の原料として,大量に蓄えている事を発見した.このグリコーゲンが,傷や,病変の治癒(ゆ)の際,なくてはならない事,またグリコーゲンを化学的に取り去ると,角膜細胞に正常の力がなくなる事などがわかってきた.グリコーゲンはアミラーゼという酵素で簡単に分解されるので,私の興味はアミ0910-1810/10/\100/頁/JCOPY眼研究こぼれ話桑原登一郎元米国立眼研究所実験病理部長●連載⑤.▲コーガン教授を囲んだキノシタ博士(左),ライニック博士,それと筆者(右).ライニック博士はオーバニー大学から1年間の休暇をとって私たちの研究所で勉強するためやってきた.この4人は昔からのチームである.656あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010眼研究こぼれ話(84)ラーゼの溶液を色々と病的にした動物の角膜に与えて,治癒の速度を見る実験に発展して行った.アミラーゼは唾液の中に大量にあるので,唾液をそのまま使えば,ひとつひとつ,化学薬品を計測する手間がはぶけることがわかり,大へんに便利したものである.論文には,アミラーゼ溶液と記したことは勿(もち)論である.キノシタ君は,その後,興味を白内障へ移して行ったが,角膜の研究は私の当地で始めた最初の仕事として,今でも生々とした記憶に残っているし,興味も持ち続けている.(原文のまま.「日刊新愛媛」より転載)☆☆☆Ⅰ神経眼科における診察法・検査法Ⅱ視路の異常〔1.視神経障害/2.視交叉およびその近傍の病変/3.上位視路の病変〕Ⅲ眼球運動の異常〔1.核上性眼球運動障害/2.核および核下性眼球運動障害/3.神経筋接合部障害/4.外眼筋および周囲組織の異常/5.眼振および異常眼球運動〕Ⅳ瞳孔・調節・輻湊機能の異常〔1.瞳孔・調節機能の異常/2.輻湊・開散機能の異常〕Ⅴ眼窩・眼瞼の異常〔1.眼窩の異常/2.眼瞼の異常〕Ⅵその他〔1.心因性反応/2.全身疾患と神経眼科/3.網膜疾患の接点/4.緑内障との接点/5.各種検査〕Ⅶこれからの神経眼科〔1.視神経移植と再生/2.遺伝子診断と治療/3.実験的視神経炎/4.視神経症の新しい治療法の試み/5.膝状体外視覚系/6.固視微動の解析/7.FunctionalMRI/8.Fibertracking〕新臨床神経眼科学<増補改訂版>【編集】三村治(兵庫医科大学教授)■内容目次■A4変型総312頁写真・図・表多数収録定価21,000円(本体20,000円+税).メディカル葵出版〒113-0033東京都文京区本郷2-39-5片岡ビル5F振替口座00100-5-69315電話(03)3811-0544(代)FAX(03)3811-0637