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安全で効果的な涙点閉鎖法

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSわれている涙点プラグ挿入術と,確実な閉鎖をめざした新しい涙点閉鎖術についてその考え方と方法を紹介する.I涙点閉鎖術の適応と選択一般に普及している涙点閉鎖法には,大きく分けて,涙点プラグ挿入術と外科的涙点閉鎖術があるが,これらの涙点閉鎖術を行うと,涙液あるいは人工涙液が眼表面に最大限に貯留されるため,涙液の安定性低下というドライアイの中心メカニズムが解消されて,眼表面の上皮障害およびドライアイ症状が劇的に改善する(図1).この涙点閉鎖術の絶対適応は,重症の涙液減少型ドライアイである.一般に涙液減少型ドライアイでは,点眼治療はじめにSjogren症候群をはじめとする涙液減少型ドライアイの重症例のなかには,点眼治療ではほとんど効果のない例がある.このような例に対して涙点プラグ挿入術を上・下に行った後の角膜上皮障害の大幅な改善を目の当たりにして,大きな衝撃を受けたのは筆者らだけではないであろう.それほどまでに,涙点閉鎖の効果は絶大であり,ある意味,涙液減少型ドライアイの重症例のほうが軽症例より治療しやすいような錯覚が起きるほどである.表題にある「安全で効果的な涙点閉鎖法」を行うためには,涙点閉鎖法の種類や手技などをよく理解したうえで,適切な適応選択のもとに,適切な時期に行うことが重要である.そこで,本稿では,わが国で現在広く行(39)16476020841465特集●ドライアイ最近の考え方あたらしい眼科25(12):16471653,2008安全で効果的な涙点閉鎖法SafeandEectivePunctalOcclusion西井正和*横井則彦*図1涙点閉鎖前・後のフルオレセイン染色所見左:閉鎖前,右:閉鎖後.涙点メニスカスが高くなり,角膜上皮障害に大幅な改善がみられる.———————————————————————-Page21648あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(40)に得られた歴史があり,涙点プラグの挿入が不可能となった,巨大化した涙点,あるいは,変形した涙点がその適応となる.涙点プラグ挿入術の適応を表1にまとめた.II涙点プラグの種類と選択涙点プラグ挿入術1)は1998年より保険適用となっているが,現在わが国では,EagleVision社製のフレックスプラグ2)(以下,FP),スーパーフレックスプラグ3)(以下,SFP)および,FCI社製のパンクタルプラグ4)(以下,PP)が使用可能な涙点プラグとなっている(図2).2009年には,スーパーイーグルも発売予定になっており,その長期成績が大いに期待されるところである.現在用いることのできる各種涙点プラグの特徴をあげてみると,PPは脱落しにくいという長所があるが,その反面,涙小管内の肉芽形成(図3左)やバイオフィルムに関係した白色塊の蓄積(図3右)といった合併症がある.一方,FPは,肉芽形成がまずみられないより安全な涙点プラグであるが,PPに比べて脱落しやすいという欠点がある.SFPはFPとPPの特徴を兼ね備えたプラグであり,実際,脱落率はそれらの中間といった感があり,肉芽形成のリスクは少ない.このような涙点プラグの特徴に基づけば,Sjogren症候群をはじめとする涙液減少型ドライアイの最重症例では,いずれ観血的涙点閉鎖術が必要になると考えられるため,肉芽形成の合併症は大きな問題とならず,最初から脱落しにくいSFP,PPを選択するのが良いと思われ(人工涙液,ヒアルロン酸,低力価ステロイド)が奏効すると,上皮障害の下方シフト(角膜の下方に上皮障害が分布)が得られるが,上・下涙点プラグの絶対適応となる重症の涙液減少型ドライアイでは,そのような上皮障害の下方シフトが得られず,点眼治療を十分に行っても角膜中央部を含んで角膜全面に高度の上皮障害が認められる.一方,上・下涙点閉鎖術の相対適応といえる対象には,1)強い症状を伴う角膜糸状物やcornealmucusplaqueのみられる例,2)BUT(tearlmbreakuptime)短縮型ドライアイ,3)涙液減少を伴う上輪部角結膜炎がある.なかでも,BUT短縮型ドライアイは,比較的若年者にみられ,角膜上皮障害が軽度であるにもかかわらず(ドライアイの診断基準を満たしにくい),BUTが著明に短縮しており,乾燥感や眼精疲労などの強い眼症状を伴う.しかし,点眼では良好な症状の改善が得られず,しばしば治療に難渋する.また,涙液分泌が正常の場合が多いため,通常,上・下の涙点プラグ挿入術を選択すると流涙を訴えるが,片方の涙点閉鎖では効果がなく,乾燥感と引き換えに流涙を選ぶことが多く,プラグの抜去を希望することはほとんどない.さらに,涙点プラグ挿入術は,LASIK(laserinsitukerato-mileusis)術後のドライアイの重症例にも効果的である.涙点プラグ挿入術では,適切な適応選択のもと,まず,上・下の涙点プラグ挿入術を行う.そして,プラグの脱落をくり返したり,肉芽形成などによってプラグの再挿入が困難になった場合に限り,外科的涙点閉鎖術を選択するのが安全かつ効果的である.なお,恒久的な涙点閉鎖術は,上・下の涙点プラグの挿入術の効果が十分表1涙点プラグ挿入術の適応絶対適応・重症涙液減少型ドライアイ(点眼治療を十分に行っても角膜上皮障害が全面にある場合)相対適応・点眼治療の奏効しない角膜糸状物,cornealmucusplaqueを伴う例・BUT短縮型ドライアイ・涙液減少を伴う上輪部角結膜炎・難治性のlidwiperepitheliopathy・涙液減少+マイボーム腺機能不全・LASIK術後ドライアイ図2現在使用可能な涙点プラグ左:フレックスプラグ,中:スーパーフレックスプラグ,右:パンクタルプラグ.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081649(41)に対して行う.まず,0.04%オキシブプロカインによる点眼麻酔後,涙点の大きさを涙点ゲージ(0.5,0.6,0.7,0.8,0.9,1.0の6種類)にて計測する(筆者らは,EagleVision社製のゲージを使用).この際,涙点ゲージを無理に押し込むと涙点が拡大し,正確な涙点サイズの計測ができなくなるので注意が必要である.無理なく挿入でき,かつ,プラグの留置期間をできるだけ長く維持できるよう,筆者らは,無理なく挿入できた涙点ゲージのサイズを涙点サイズとして,PPでは,涙点サイズが0.5ならSSサイズ,0.6なら少し涙点を拡張してSサイズ,0.7ならSサイズ,0.8以上はMサイズ,肉芽ができたらそれを切開してLサイズを選択し,FP,SFPでは,涙点サイズ+0.1mmのものを選択している(表2).涙点プラグの挿入は,FPやSFPでは,涙点サイズと同じサイズを選択するのであれば,細隙灯顕微鏡下でも可能であるが,上記のサイズのプラグ選択を行った場合は,処置ベッドに寝てもらって挿入しないとむずかしる.しかし,LASIK術後などの一過性のドライアイでは,涙小管内に肉芽形成を生じると,ドライアイの解消後,流涙を生じる可能性があるため,FPを選択することが望ましい.なお,初めて涙点プラグが挿入されると,異物感を訴える場合がある.数日で慣れることもあるが,瞬目の際,プラグの鍔と球結膜の間で摩擦を生じている場合は,球結膜の充血を生じ,フルオレセインで上皮障害が確認され,強い異物感を伴うため,プラグの抜去が必要となる場合がある.したがって,このような場合のために,初めてプラグを装着する場合に,肉芽形成のないFPをまず試してみるという方法もよいかもしれない.涙点プラグの鍔は,PPに比べて,FP,SFPでは薄く,軟らかく,小さいため,一般に異物感は少なく,高齢者に多い突出した涙点に対してもよくフィットする.しかし,PPでは,眼瞼縁に沿うよう鍔に傾斜をもたせているため,このほうがフィットしやすい涙点もあり,眼瞼結膜に斜めに開口する涙点では,傾斜が利用できるPPのほうがうまくフィットする場合もある.したがって,挿入前の涙点サイズ計測に際して,涙点の形状や開口状態をみておくこともプラグ選択のうえで役立つ場合がある.III涙点プラグの挿入方法ドライアイの重症例に対する涙点閉鎖の効果は,片方の涙点のみに対するプラグ挿入ではほとんど得られないため,涙点プラグの挿入は,基本的に上・下両方の涙点表2涙点プラグサイズの選択挿入しうる最大の涙点ゲージ径(mm)FPSFPPP0.50.60.70.80.91.00.60.70.80.91.01.10.60.70.80.91.01.1SSSSMMM図3PPによる肉芽形成(左)とPPの鍔の上とシャフト部への白色塊蓄積(右)———————————————————————-Page41650あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(42)立されていない.従来からの外科的涙点閉鎖術の成功の鍵は,1)涙小管の上皮下の線維組織同士の確実な炎症性癒着,および2)涙点にすき間を生じない涙点縫合の2つが鍵を握っており,そのためにさまざまな工夫がなされてきた6).1)のために,アルゴンレーザー,ジアテルミー,熱焼灼などが用いられ,機械的な涙小管上皮除去や縫合糸に吸収糸を用いるなどの工夫も有効とされる.たとえば,Liuら7)は,角膜ドリルを用いて機械的に涙点涙小管上皮を除去する方法を,Knappら8)は,涙点だけでなくより深部にわたって熱焼灼を行う方法を報告した.一方,2)のために,涙点の十字縫合や,平行に3針縫合する方法などがある.涙点閉鎖は一般に,うまくいかないと次第に涙点が変形して閉鎖がよりむずかしくなるため,筆者らは,新たな工夫を加えながら,術式の改良を行ってきた9).ここでは,これまでの経緯を含めながら,現在の方法を紹介する.涙小管上皮の確実な除去より確実で遠隔的にも成績の良い涙点閉鎖を得るためには,閉鎖した涙点上を結膜上皮が被覆することに加えて,涙小管レベルでの完全な閉鎖を得ることが望ましい.そのためには,涙点涙小管垂直部の上皮を確実に除去する必要がある.筆者らは,上皮を除去するためのとっかかりを作るため,まず,新しく共同開発したモノポーラ針(図4左上)を用いた(田川電気研究所製)ジアテルミーを涙小管上皮に対して軽く行っている.過凝固は,かえって術後の強い炎症を招き,再開通を起こす可能性があると考え,このプロセスは非常に軽く行っている.モノポーラ針は,とっかかりを作りたい部位に先をきっちりと接地させながら,効率よくジアテルミーを行えるという特長があり,涙点サイズに合わせて3つの太さから選択している.ジアテルミーの後,ハンド式マイクロモーターチャックS-226(イナミ社製)を用いて確実な涙小管上皮除去を行っている(図4右上).これは,角膜鉄粉異物に伴う錆を除去するためのドリルであり,やや小さいきらいはあるが,涙点のサイズに合わせて大きさを選択し,内壁にあてて,機械的に上皮除去を行っている.い.その際,眼瞼を耳側に引き,涙点にある程度の張りをもたせた状態で挿入する.上涙点では,眼瞼を反転させて挿入するとより簡単である.FCI社製のプラグには鍔に傾斜があるため,挿入後に鍔を回して涙点にフィットさせる.また,挿入時に強い力で押し込むとプラグが涙小管内に迷入する危険性があるため,注意が必要である.もし,涙点プラグが迷入してしまったら,あわてず,プラグをインサーターからリリースしてしまわないように注意しながら,涙小管壁を擦り上げるようにするか,涙小管の脇から極細の鑷子を挿入してプラグごと引きずり出すと取れる場合がある.IV涙点プラグ挿入術の限界外科的涙点閉鎖術に比べて涙点プラグ挿入術は,侵襲が少なく簡単に行えるため,涙点閉鎖の第一選択肢といえる.しかし,脱落をくり返すうちに涙点が拡大し,選択できるサイズがなくなって,外科的涙点閉鎖術に移行せざるをえない場合が少なからずある5).そのため,最終的に恒久的な涙点閉鎖術が必要となると予想される涙液減少型ドライアイの最重症例では,比較的早期に涙点の拡大が少ないPPを選択するのが望ましいと思われる.それでも,実際のところは,涙点サイズが1.0mmを超えると,PPの最大直径を有するM,Lサイズを選択しても,すぐ脱落してしまうため,涙点サイズが1.0mm以上になった時点で,外科的涙点閉鎖術に移行せざるをえない.さらに,BUT短縮型ドライアイなど,涙点プラグ挿入は行っても,不可逆性と考えられる恒久的涙点閉鎖はなるべくなら避けたい例において,FPがくり返し脱落して涙点が拡大し,プラグの選択肢がなくなってしまった場合は問題となる.この問題点は未解決のため,可溶性涙点プラグの利用を含めた今後の対応策が待たれる.V外科的涙点閉鎖術涙点プラグの適応とはならない涙点を有する重症ドライアイに対して,外科的涙点閉鎖術は最終手段であり,まず,不可逆性と考えて,その適応は,慎重に考慮されるべきである.しかし,遠隔的には,再開通しやすい問題があり,100%の閉鎖を簡便に得る方法は,いまだ確———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081651(43)いる.しかし,それに拮抗するメカニズムとして,先に述べた線維輪の戻りと瞬目ごとに涙小管内に生じる圧変化が涙点に及ぶ影響が考えられる.そしてそうしたメカニズムが一旦は癒着したはずの涙点に遠隔的に再開通を生じせしめる原因になるのではないかと考えられる.そこで筆者らは,上皮を除去した涙小管内に自家の線維組織を充して閉鎖するという新しいコンセプトとそれに基づく術式を開発した.この自家製涙点プラグともいえる充組織は,瞬膜の遺残である「半月ヒダ」に含まれる線維組織を利用することから始め,現在では,涙丘下の硬い線維組織を用いている(図5左).つまり,涙小管を閉鎖するに十分な線維組織を上皮を除去した涙小管内に充し(図5右),瘢痕性に癒着させ,その上を結膜上皮が伸展被覆することによって恒久的に安定した涙点閉鎖(図6)を得ようとするものである.この際,縫合はあくまで線維組織を涙小管壁に密着させるためのアンカーとして働き,10-0ナイロン糸を用いて,2針の十字あるいは,さらにその間に2針加えた4針を涙点の大きさに応じて配置している.これまでの6カ月の経過観察においては再開通をみていない(YokoiNetal:AAO&SOEabstract,p203,2008)が,この涙点を変涙点にすき間ができない涙点縫合涙点閉鎖を阻む涙点の構造に涙点を輪状に取り巻く線維性の構造(いわゆる涙点リング)がある.筆者らは,この線維輪がもとの形状に戻ろうとする性質が,涙点の再開通につながると考え,白内障のサイドポート作製用のVランスを用いて瞼縁に平行な2カ所の涙点切開を加える(図4左下)ことにより線維輪の戻りを防ぐ方法を考えた.その後,縫合は,10-0ナイロン糸(ステロイド内服例)または8-0吸収糸を用い,まず中央に1針縫合し,創を合わせた後に両サイドに平行に2針加えることによって,確実な涙点の閉鎖を目指してきた(図4右下).VI涙点閉鎖の新しいコンセプトと手技これまでの方法の改良により,外科的涙点閉鎖の不成功例でも涙点閉鎖が得られるようになったが,術後長期に観察してみると,ピンポイントで再開通する閉鎖のむずかしい例が現れてきたため,涙点閉鎖のコンセプトを見直す必要があると考えた.これまでの方法は,いずれの術式においても,筒状の涙小管壁を寄せて炎症性に癒着させることをもくろんで図4筆者らがこれまで行ってきた外科的涙点閉鎖術左上:涙点へのジアテルミー.右上:ドリルによる涙小管の上皮除去.左下:涙点リングの切開.右下:瞼縁方向に垂直に配置した10-0ナイロン糸による涙点縫合.———————————————————————-Page61652あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(44)において,涙点プラグ挿入術が果たす役割には非常に大きいものがある.最初は,涙点閉鎖の効果を確かめる意味においても,涙点プラグ挿入術から始め,涙点拡大(1.0mm以上)や涙点変形をきたして涙点プラグの選択肢がなくなったところで,外科的涙点閉鎖術に切り替えるのが良いであろう.涙点閉鎖術を最も効果的に行うためには,症例選択,プラグの選択,外科的涙点閉鎖の術式の選択が鍵を握っている(図7).文献1)佐藤寛子,高田葉子,小室青ほか:重症ドライアイに対する涙点プラグ挿入術の検討.あたらしい眼科16:843-846,19992)西井正和,横井則彦,小室青ほか:新しい涙点プラグ(フレックスプラグR:イーグルビジョン社)の脱落についての検討.日眼会誌108:139-143,20043)那須直子,横井則彦,西井正和ほか:新しい涙点プラグ(ス形させない涙点閉鎖法では,たとえ再開通が生じても,涙点に狭窄が得られるため,涙点プラグを再挿入できる可能性がある.つまり,涙点プラグ挿入術と外科的涙点閉鎖術の無限ループが可能となる可能性があるということになる.おわりに安全で効果的な涙点閉鎖術の究極は,簡便で遠隔的にも確実な外科的涙点閉鎖の開発にあると考えられ,その術式が完成すれば,重症のSjogren症候群には大きな福音となるであろう.しかし,それがまだかなわない現状図5新しい涙点閉鎖術左:涙丘下からの線維組織切除,右:上皮を除去した涙小管への充.一時的な閉FPSFP,PP恒久的な閉PP(M,L)外科的涙点閉鎖術0.8mm未満0.81.0mm1.0mm以上涙点サイズ涙点プラグ挿入術図7涙点閉鎖法の選択図6新しい涙点閉鎖術で完全閉鎖の得られた涙点(矢頭)涙点は結膜によって完全に被覆されている.———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081653ーパーフレックスプラグR)と従来のプラグの脱落率と合併症の検討.日眼会誌112:601-606,20084)小嶋健太郎,横井則彦,高田葉子ほか:重症ドライアイに対する涙点プラグの治療成績.日眼会誌106:360-364,20025)稲垣香代子,横井則彦,西井正和ほか:涙点プラグ脱落前後における涙点サイズの変化と選択したプラグの検討.日眼会誌109:274-278,20056)MurubeJ,MurubeE:Treatmentofdryeyebyblockingthelacrimalcanaliculi.SurvOphthalmol40:463-480,19967)LiuD,SadhanY:Surgicalpunctalocclusion.BrJOph-thalmol86:1031-1034,20028)KnappME,FruehBR,NelsonCCetal:AComparisonoftwomethodsofpunctalocclusion.AmJOphthalmol108:315-318,19899)横井則彦,西井正和,小室青ほか:涙液減少型ドライアイの重症例に対する新しい涙点閉鎖術と術後成績.日眼会誌108:560-565,2004(45)

ドライアイ活性酸素仮説

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSII涙腺支配神経研究の歴史副交感神経に関しては,聴神経腫瘍や外傷によって顔面神経が障害された場合,涙液量の減少およびそれに伴う乾性角結膜炎の発症,すなわちドライアイを呈することが,20世紀初頭頃にはすでに報告がなされていた68).その顔面神経からの分枝が,涙液分泌を支配する副交感神経の大錐体神経である.一方,交感神経については,Menerayらは家兎の頸部交感神経節を除神経術後,涙液分泌量への変化を認めなかったと報告している9).三叉神経に関しては,彼女らは同様に三叉神経節破壊による家兎除神経モデルを用い,涙液分泌量に影響なかったと報告している9)が,実際の臨床の場においては,たとえばlaserinsituker-はじめに一言でドライアイといってもその原因はさまざまで,涙液分泌量低下によるものと,涙液蒸発亢進によるものに大別される1).前者はさらに,Sjogren症候群をはじめとする涙腺の腺構造破壊によるもの,涙腺機能不全によるものなどがあげられ,後者はマイボーム腺機能不全,瞬目不全のほか,外因性のものとしてはIT(infor-mationtechnology)眼症,エアコン(空調),コンタクトレンズ(CL)装用などがあげられる2).また,近年は結膜弛緩症や翼状片,瞼裂斑などによる涙液メニスカス破綻や局所的盗涙によっても涙液の不安定性が悪化し,ドライアイ症状を呈するといわれている.その他,ムチン分泌不全によるドライアイも存在する3).本稿では,このうち涙腺機能に着目し,涙液分泌機能不全によるドライアイを主軸に,神経学的な考察を交えて解説する.I涙腺の神経支配涙腺の支配神経は,三叉神経,交感神経および副交感神経が知られている4,5).三叉神経は知覚神経であり,反射性涙液分泌の求心路を担っている.遠心路は副交感神経支配による.これら2神経に関しては,反射性涙液分泌における反射弓を思い出していただければ理解しやすいと思う(図1).理論的には,この反射弓のどこかが障害されるとドライアイを生じうると考えられる.一方,交感神経の機能的役割に関しては,いまだ明らかになっていない.(25)1633a1138421313特集●ドライアイ最近の考え方あたらしい眼科25(12):16331638,2008涙腺機能には神経がNervousSystemisNecessaryforLacrimalFunction土至田宏*神経=三叉神経)遠心路(副交感神経)翼突口蓋神経節(PPG)主涙腺眼脳幹浅大錐体神経(GSPN)涙液図1反射性涙液分泌における反射弓とそれに関係する神経求心路は知覚神経である三叉神経で,おもに各結膜上皮にある神経終末が刺激されると,その知覚が脳に伝えられる.遠心路は副交感神経支配であり,脳幹からの節前線維である浅大錐体神経は翼突口蓋神経節でシナプスを置き換え,その後は涙腺神経と合流して主涙腺に達する.———————————————————————-Page21634あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(26)みられる核の細胞周辺部への圧排像を認めた(図4).ローズベンガル染色像は,さらに眼瞼縁においても,マイボーム腺機能不全を示す所見であるMarxline12)を除神経側でのみ認めた13).結膜のPAS(過ヨウ素酸フクシン)陽性細胞密度は,除神経側のみで低下を認め,対側の対照眼では不変であった.これらの所見は,乾燥防止目的で行った瞼々縫合によって抑制されなかった.涙液が出ないために眼表面が乾燥することで乾性角結膜炎が生じているだけであれば,これらの所見は瞼々縫合にatomileusis(LASIK)術後にドライアイを発症しうることは知られており10),マイクロケラトームによってこの角膜の知覚神経である三叉神経知覚神経終末が切断されたために,反射性涙液分泌が抑制されて涙液分泌量低下がもたらされるとの説もある.こうした過去の研究結果や臨床知見から,これら3神経のうち,涙液分泌に最も関与しているのは副交感神経であるのは明らかである.近年,筆者らは,涙液分泌を制御する副交感神経の節前線維である大錐体神経を手術的に切断,術後も生存可能な動物モデルの作製に成功した11).このモデルが画期的な点は,術後にも生存可能なことである.以前から全身麻酔下で開頭し,副交感神経を切断して涙液分泌抑制を観察した報告はいくつか存在したものの,開頭手術侵襲の大きさから生存不可能なものばかりであった.次項では,このモデルを用いた研究結果を中心に,副交感神経の役割について解説する.III副交感神経除神経モデルでの研究結果家兎副交感神経除神経術施行後1週間目には,手術施行側のみで表層角膜症,フルオレセイン染色像,ローズベンガル染色像(図2)を認めた11).SchirmerⅠ法による涙液分泌量減少(図3),涙液層破壊時間短縮,瞬目回数増加を呈した.主涙腺組織の病理組織学的観察では,分泌細胞における分泌顆粒充満像,およびそれによると:正常側(n=7):副交感神経除神経側(n=7)術前術1週後***20151050Schirmer値(mm)図3涙液分泌機能検査結果(SchirmerⅠ法)正常側では術前後で統計学的な有意差を認めなかったのに対し,副交感神経除神経側では術1週後において術前に比べ,統計学的に有意な涙液分泌量減少を示した(***:p<0.005,pairedt-test)(Mean±SE).(文献11より改変)ab図2家兎の副交感神経除神経術後ローズベンガル染色像a:手術対側のコントロール側.ローズベンガルに染色せず.b:副交感神経除神経1週後の手術施行側.ローズベンガルによる染色像(矢印)を示した.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081635(27)った結果,macrophagemetalloelastase(MME=MMP-12),lysosomalacidlipase(LAL),cathepsinEといった炎症系マーカーの上昇が認められた.これは同様に上位ニューロンからの継続的な神経刺激(neuraltone)が途絶されると涙腺組織に炎症が発生し,涙腺組織に何らかの有害変化が生じる可能性を示唆する.仮に炎症が遷延すれば,腺組織はダメージを受けて腺構造と機能が維持できなくなり,永続的な涙液分泌量減少に繋がる恐れがあるのではないかと考えられる.現に既報では,腺組よって抑制されるはずであった.この結果から,副交感神経は単に涙液分泌のみを司っているだけではないことが示唆された.すなわち,オキュラーサーフェス恒常性維持には上位ニューロンからの継続的な神経刺激,すなわちneuraltoneが不可欠であることが示唆された.筆者らはラットでも同様の副交感神経除神経モデルを作製したが,ラットのほうがより重篤なドライアイ所見を呈した(図5)14,15).このラットモデルを用いて,涙腺組織における副交感神経除神経後の遺伝子発現検索を行ab図4副交感神経除神経術後の主涙腺組織a:正常側.分泌細胞内の分泌顆粒がところどころ放出され空洞化しているのがわかる.b:副交感神経除神経側.術1週後の主涙腺組織では,分泌顆粒の充満像およびそれによるとみられる核の細胞周辺部への圧排像を認めた.ab図5ラットの副交感神経除神経術後の細隙灯顕微鏡像a:手術対側のコントロール側.b:副交感神経除神経術1週後の手術施行側.家兎眼に比べラット眼のほうがより強いドライアイ所見を呈しており,生体染色を施さなくとも広範囲に角膜混濁をきたしているのがわかる.———————————————————————-Page41636あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(28)少,障害されて生じるドライアイの場合,その背景に副交感神経機能不全が存在する可能性があると思われる.4.それらの複合によるドライアイ涙腺,マイボーム腺,結膜杯細胞の分泌において,副交感神経が上位で障害された場合これら3者すべての機能不全に陥ってしまい,重篤なドライアイがひき起こされる可能性が考えられる.これら3者の分泌物はそれぞれ,涙液の水層,油層,ムチン層を形成しており,涙液全層にわたる菲薄化,脆弱化を伴う可能性がある.V副交感神経支配の観点からみた,今後のドライアイ治療薬の可能性最近,ドライアイの治療を原因別に行う試みがされはじめている.ここでは,副交感神経を主軸に述べる.1.副交感神経作働薬眼科医で最も身近な副交感神経作働薬は,塩酸ピロカルピンであり,理論的には塩酸ピロカルピン点眼液の投与で涙液分泌,マイボーム腺分泌,ならびにムチン分泌のすべてで改善効果が得られそうなものであるが,しかしながら,これがドライアイに有効であったという報告はない.一方,近年,ムスカリン受容体M3受容体作働薬の塩酸セビメリンなどの副交感神経作働薬の内服が,涙液分泌促進に有効であったとの報告がされている17).日本では残念ながら涙液分泌改善目的での保険適用はなされておらず,また,本薬剤の本来の主作用である唾液腺分泌機能改善による流涎や,縮瞳,腸管症状などの副作用が取りざたされている.しかし将来的に,仮に涙腺特有のムスカリン受容体のさらなるサブタイプが解明されれば,こうした問題は解決されるかもしれない.2.ビタミンA点眼液ビタミンA欠乏症では,夜盲のほかに角膜軟化症,乾性角結膜炎などの眼表面(オキュラーサーフェス)の疾患をひき起こすことは周知の事実である.ビタミンA欠乏症ラットモデルでは,rMuc4の発現減少が報告されている18)ことから,ビタミンAの欠乏はムチン分泌減少をもたらして涙液水層の保持ができなくなり,涙液織の破壊像,線維化像を示している14,15).近年,ドライアイの発症に炎症の関与が指摘されているが,この炎症発生の最初のトリガーがこのneuraltoneの途絶や減弱なのかもしれない.IV以上の研究結果から推察されること1.涙腺前項では,副交感神経が遮断されると涙液分泌量減少のみならず,涙腺組織における腺構造と機能が維持できなくなる可能性について触れたが,では,冒頭で述べたような外傷や聴神経腫瘍以外の理由でそのようなことは生じうるのだろうか?可能性の一つとしては,加齢による神経脆弱性があげられる.加齢に伴う自律神経系の脆弱化はその機能低下にも結びついている可能性があり,涙腺機能においても同様の可能性が考えられる16).ほかには,自律神経失調症に伴う涙液分泌機能不全なども,こうした機序により生じる可能性が考えられる.2.マイボーム腺マイボーム腺も涙腺と同様に副交感神経が最も密に分布しているが,マイボーム腺分泌における神経制御については明らかになっていないのが現状である.既報の家兎副交感神経除神経モデルでは,マイボーム腺機能不全を疑わせるような所見を示した13)ことから,マイボーム腺機能不全の病態の一つとして,副交感神経機能不全,自律神経機能不全が絡んでいる可能性が考えられる.3.結膜杯細胞結膜杯細胞にも免疫組織学的手法や分子生物学的手法から副交感神経が多く分布することが示されているが,マイボーム腺と同様にムチン分泌における神経制御に関しては明らかになっていない.ただし,上述の家兎副交感神経除神経モデルで認められた結膜のPAS陽性細胞密度の減少が,乾燥防止目的で行った瞼々縫合によって抑制されなかったことから,結膜杯細胞はその形態維持,あるいはムチン合成などにおいても,常に副交感神経上位ニューロンからの継続的なneuraltoneが不可欠である可能性が考えられる.おもにローズベンガル染色像を呈する,ムチン層が減———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081637(29)は?と思う向きも多いかもしれない.しかし,今回紹介させていただいた新しい副交感神経除神経動物モデルや,分子生物学的手法を用いた多くの研究の今後の発展により,ドライアイの世界においても不動の治療法が見つかる可能性があると信じている.何故ならば,自律神経系による器官制御はわれわれの身体にとって普遍的かつ不可欠なものであるからである.学問のなかでもこうした分野は比較的,時代や流行にあまり左右されない印象をもつ向きや,地味な印象を抱く向きも多いかもしれないが,筆者自身はこうした生体制御機構の真髄に触れる研究に携わることができたことに,望外の喜びと誇りを感ずる.このような研究の機会をお与え下さったRogerWBeuerman教授,村上晶教授,金井淳名誉教授,ならびに今回このような執筆の機会をお与え下さった木下茂編集主幹,企画・編集の坪田一男教授,横井則彦准教授に深謝いたします.文献1)LempMA:ReportoftheNationalEyeInstitute/IndustryworkshoponClinicalTrialsinDryEyes.CLAOJ21:221-232,19952)丸山邦夫,横井則彦:環境と眼の乾き.あたらしい眼科22:311-316,20053)堀裕一:ムチンと眼の乾き.あたらしい眼科22:289-294,20054)BeuermanRW,MircheA,TodaIetal:Thelacrimalfunctionalunit.DryEyeandtheOcularSurfaceDisorders(edbyPugfelderSC,BeuermanRW,SternME),chapter2.InformaHealthcare,London,20045)SternME,GaoJ,SiemaskoKFetal:Theroleofthelac-rimalfunctionalunitinthepathophysiologyofdryeye.ExpEyeRes78:409-416,20046)RuskinSL:Controloftearingbyblockingthenasalgan-glion.ArchOphthalmol4:208-211,19307)RowbothamGF:Observationsontheeectsoftrigeminaldenervation.Brain62:364-380,19398)Duke-ElderSS,WybarKC:Theperipheralparasympa-theticsystem.SystemofOphthalmology,Theanatomyofthevisualsystem(edbyDuke-ElderSS),p857-869,HenryKlimpton,London,19619)MenerayMA,BennettDJ,NguyenDHetal:Eectofsensorydenervationonthestructureandphysiologicresponsivenessofrabbitlacrimalgland.Cornea17:99-107,199810)TodaI,Asano-KatoN,Komai-HoriYetal:Dryeyeafterlaserinsitukeratomileusis.AmJOphthalmol132:1-7,層破壊時間の短縮や上皮障害の悪化をきたし,ドライアイが悪化する可能性が想像できる.一見,ビタミンAは副交感神経系と関係なさそうであるが,オキュラーサーフェスへのビタミンAの供給源は涙腺由来の涙液であることから,副交感神経機能不全による涙液分泌量減少は,オキュラーサーフェスへのビタミンA供給低下にも繋がるものと想像できる.よって,ビタミンA点眼投与によるドライアイ治療への応用も可能なのではないかと思われる.事実,筆者らのグループは家兎の角結膜障害モデルにビタミンA点眼液を投与したところ,基剤点眼と比べてPAS陽性細胞密度の回復が早まり,フルオレセイン染色スコアよりもローズベンガル染色スコアの改善のほうが先行していたことなどから,ビタミンAは角結膜の創傷治癒において,結膜杯細胞の回復やムチン層改善を介する可能性があることを報告している19).今後の研究,開発に期待したい.3.ムチン分泌促進薬副交感神経機能の角結膜上皮における最終目的の一つがムチン合成および分泌であるならば,副交感神経機能減弱によるそのムチン分泌機能低下を,ムチン分泌促進薬投与で直接補えるのではないかという発想から,ここでも紹介する.近年,胃粘膜保護剤としてすでに市販されている薬剤成分を点眼液化して,ムチン分泌不全型ドライアイに対する治療への応用の試みがくり広げられている.そのうちの一つ,ゲファルナートは筆者らのグループでも過去にリスザルの角結膜障害モデルを用いて実験を行っており,基剤点眼と比べてPAS陽性細胞密度の回復が速く,ローズベンガル染色スコアの改善の促進も認められた20).ムチン分泌促進薬は,涙液やその成分の不足分の補充を目的としたこれまでの従来の眼科用薬剤と異なり,副交感神経作働薬と並んで涙液成分の分泌促進をもたらすものとして大きな期待が寄せられている.この種類の薬剤の一刻も早い登場に期待したい.おわりに副交感神経をはじめとする自律神経系の研究の歴史は非常に古く,すでに古典的教科書にも収載されてきたため,いまさら新しい知見や情報などはさほど出ないので———————————————————————-Page61638あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(30)16)NguyenDH,MaS,KousoulasGK:Agingoftheratlacri-malglandcorrelateswithincreasedexpressionofgenesinvolvedinproteinprocessingandmodication.InvestOphthalmolVisSci48:ARVOE-Abstract1904,200717)OnoM,TakamuraE,ShinozakiKetal:TherapeuticeectofcevimelineondryeyeinpatientswithSjogren’ssyndrome:arandomized,double-blindclinicalstudy.AmJOphthalmol138:6-17,200418)TeiM,Spurr-MichaudSJ,TisdaleASetal:VitaminAdeciencyalterstheexpressionofmucingenesbytheratocularsurfaceepithelium.InvestOphthalmolVisSci41:82-88,200019)ToshidaH,OdakaA,KoikeDetal:Eectofretinolpalmitateeyedropsonexperimentalkeratoconjunctivalepithelialdamageinducedbyn-heptanolinrabbit.CurrEyeRes33:13-18,200820)ToshidaH,NakataK,HamanoTetal:Eectofgefarnateontheocularsurfaceinsquirrelmonkeys.Cornea21:292-299,2002200111)ToshidaH,NguyenDH,BeuermanRWetal:Evaluationofnoveldryeyemodel:preganglionicparasympatheticdenervationinrabbit.InvestOphthalmolVisSci48:4468-4475,200712)YamaguchiM,KutsunaM,UnoTetal:Marxline:uoresceinstaininglineontheinnerlidasindicatorofmeibomianglandfunction.AmJOphthalmol141:669-675,200613)ToshidaH,MurakamiA:ParasympatheticNervousSys-temonOcularSurface.NOVASciencepublishers,NewYork(inpress)14)NguyenDH,ToshidaH,SchurrJetal:Microarrayanaly-sisoftheratlacrimalglandfollowingthelossofparasym-patheticcontrolofsecretion.PhysiolGenomics18:108-118,200415)NguyenDH,VadlamudiV,ToshidaHetal:Lossofpara-sympatheticinnervationleadstosustainedexpressionofpro-inammatorygenesintheratlacrimalgland.AutonNeurosci124:81-89,2006

涙腺機能には神経が必要

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSII涙腺支配神経研究の歴史副交感神経に関しては,聴神経腫瘍や外傷によって顔面神経が障害された場合,涙液量の減少およびそれに伴う乾性角結膜炎の発症,すなわちドライアイを呈することが,20世紀初頭頃にはすでに報告がなされていた68).その顔面神経からの分枝が,涙液分泌を支配する副交感神経の大錐体神経である.一方,交感神経については,Menerayらは家兎の頸部交感神経節を除神経術後,涙液分泌量への変化を認めなかったと報告している9).三叉神経に関しては,彼女らは同様に三叉神経節破壊による家兎除神経モデルを用い,涙液分泌量に影響なかったと報告している9)が,実際の臨床の場においては,たとえばlaserinsituker-はじめに一言でドライアイといってもその原因はさまざまで,涙液分泌量低下によるものと,涙液蒸発亢進によるものに大別される1).前者はさらに,Sjogren症候群をはじめとする涙腺の腺構造破壊によるもの,涙腺機能不全によるものなどがあげられ,後者はマイボーム腺機能不全,瞬目不全のほか,外因性のものとしてはIT(infor-mationtechnology)眼症,エアコン(空調),コンタクトレンズ(CL)装用などがあげられる2).また,近年は結膜弛緩症や翼状片,瞼裂斑などによる涙液メニスカス破綻や局所的盗涙によっても涙液の不安定性が悪化し,ドライアイ症状を呈するといわれている.その他,ムチン分泌不全によるドライアイも存在する3).本稿では,このうち涙腺機能に着目し,涙液分泌機能不全によるドライアイを主軸に,神経学的な考察を交えて解説する.I涙腺の神経支配涙腺の支配神経は,三叉神経,交感神経および副交感神経が知られている4,5).三叉神経は知覚神経であり,反射性涙液分泌の求心路を担っている.遠心路は副交感神経支配による.これら2神経に関しては,反射性涙液分泌における反射弓を思い出していただければ理解しやすいと思う(図1).理論的には,この反射弓のどこかが障害されるとドライアイを生じうると考えられる.一方,交感神経の機能的役割に関しては,いまだ明らかになっていない.(25)1633a1138421313特集●ドライアイ最近の考え方あたらしい眼科25(12):16331638,2008涙腺機能には神経がNervousSystemisNecessaryforLacrimalFunction土至田宏*神経=三叉神経)遠心路(副交感神経)翼突口蓋神経節(PPG)主涙腺眼脳幹浅大錐体神経(GSPN)涙液図1反射性涙液分泌における反射弓とそれに関係する神経求心路は知覚神経である三叉神経で,おもに各結膜上皮にある神経終末が刺激されると,その知覚が脳に伝えられる.遠心路は副交感神経支配であり,脳幹からの節前線維である浅大錐体神経は翼突口蓋神経節でシナプスを置き換え,その後は涙腺神経と合流して主涙腺に達する.———————————————————————-Page21634あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(26)みられる核の細胞周辺部への圧排像を認めた(図4).ローズベンガル染色像は,さらに眼瞼縁においても,マイボーム腺機能不全を示す所見であるMarxline12)を除神経側でのみ認めた13).結膜のPAS(過ヨウ素酸フクシン)陽性細胞密度は,除神経側のみで低下を認め,対側の対照眼では不変であった.これらの所見は,乾燥防止目的で行った瞼々縫合によって抑制されなかった.涙液が出ないために眼表面が乾燥することで乾性角結膜炎が生じているだけであれば,これらの所見は瞼々縫合にatomileusis(LASIK)術後にドライアイを発症しうることは知られており10),マイクロケラトームによってこの角膜の知覚神経である三叉神経知覚神経終末が切断されたために,反射性涙液分泌が抑制されて涙液分泌量低下がもたらされるとの説もある.こうした過去の研究結果や臨床知見から,これら3神経のうち,涙液分泌に最も関与しているのは副交感神経であるのは明らかである.近年,筆者らは,涙液分泌を制御する副交感神経の節前線維である大錐体神経を手術的に切断,術後も生存可能な動物モデルの作製に成功した11).このモデルが画期的な点は,術後にも生存可能なことである.以前から全身麻酔下で開頭し,副交感神経を切断して涙液分泌抑制を観察した報告はいくつか存在したものの,開頭手術侵襲の大きさから生存不可能なものばかりであった.次項では,このモデルを用いた研究結果を中心に,副交感神経の役割について解説する.III副交感神経除神経モデルでの研究結果家兎副交感神経除神経術施行後1週間目には,手術施行側のみで表層角膜症,フルオレセイン染色像,ローズベンガル染色像(図2)を認めた11).SchirmerⅠ法による涙液分泌量減少(図3),涙液層破壊時間短縮,瞬目回数増加を呈した.主涙腺組織の病理組織学的観察では,分泌細胞における分泌顆粒充満像,およびそれによると:正常側(n=7):副交感神経除神経側(n=7)術前術1週後***20151050Schirmer値(mm)図3涙液分泌機能検査結果(SchirmerⅠ法)正常側では術前後で統計学的な有意差を認めなかったのに対し,副交感神経除神経側では術1週後において術前に比べ,統計学的に有意な涙液分泌量減少を示した(***:p<0.005,pairedt-test)(Mean±SE).(文献11より改変)ab図2家兎の副交感神経除神経術後ローズベンガル染色像a:手術対側のコントロール側.ローズベンガルに染色せず.b:副交感神経除神経1週後の手術施行側.ローズベンガルによる染色像(矢印)を示した.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081635(27)った結果,macrophagemetalloelastase(MME=MMP-12),lysosomalacidlipase(LAL),cathepsinEといった炎症系マーカーの上昇が認められた.これは同様に上位ニューロンからの継続的な神経刺激(neuraltone)が途絶されると涙腺組織に炎症が発生し,涙腺組織に何らかの有害変化が生じる可能性を示唆する.仮に炎症が遷延すれば,腺組織はダメージを受けて腺構造と機能が維持できなくなり,永続的な涙液分泌量減少に繋がる恐れがあるのではないかと考えられる.現に既報では,腺組よって抑制されるはずであった.この結果から,副交感神経は単に涙液分泌のみを司っているだけではないことが示唆された.すなわち,オキュラーサーフェス恒常性維持には上位ニューロンからの継続的な神経刺激,すなわちneuraltoneが不可欠であることが示唆された.筆者らはラットでも同様の副交感神経除神経モデルを作製したが,ラットのほうがより重篤なドライアイ所見を呈した(図5)14,15).このラットモデルを用いて,涙腺組織における副交感神経除神経後の遺伝子発現検索を行ab図4副交感神経除神経術後の主涙腺組織a:正常側.分泌細胞内の分泌顆粒がところどころ放出され空洞化しているのがわかる.b:副交感神経除神経側.術1週後の主涙腺組織では,分泌顆粒の充満像およびそれによるとみられる核の細胞周辺部への圧排像を認めた.ab図5ラットの副交感神経除神経術後の細隙灯顕微鏡像a:手術対側のコントロール側.b:副交感神経除神経術1週後の手術施行側.家兎眼に比べラット眼のほうがより強いドライアイ所見を呈しており,生体染色を施さなくとも広範囲に角膜混濁をきたしているのがわかる.———————————————————————-Page41636あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(28)少,障害されて生じるドライアイの場合,その背景に副交感神経機能不全が存在する可能性があると思われる.4.それらの複合によるドライアイ涙腺,マイボーム腺,結膜杯細胞の分泌において,副交感神経が上位で障害された場合これら3者すべての機能不全に陥ってしまい,重篤なドライアイがひき起こされる可能性が考えられる.これら3者の分泌物はそれぞれ,涙液の水層,油層,ムチン層を形成しており,涙液全層にわたる菲薄化,脆弱化を伴う可能性がある.V副交感神経支配の観点からみた,今後のドライアイ治療薬の可能性最近,ドライアイの治療を原因別に行う試みがされはじめている.ここでは,副交感神経を主軸に述べる.1.副交感神経作働薬眼科医で最も身近な副交感神経作働薬は,塩酸ピロカルピンであり,理論的には塩酸ピロカルピン点眼液の投与で涙液分泌,マイボーム腺分泌,ならびにムチン分泌のすべてで改善効果が得られそうなものであるが,しかしながら,これがドライアイに有効であったという報告はない.一方,近年,ムスカリン受容体M3受容体作働薬の塩酸セビメリンなどの副交感神経作働薬の内服が,涙液分泌促進に有効であったとの報告がされている17).日本では残念ながら涙液分泌改善目的での保険適用はなされておらず,また,本薬剤の本来の主作用である唾液腺分泌機能改善による流涎や,縮瞳,腸管症状などの副作用が取りざたされている.しかし将来的に,仮に涙腺特有のムスカリン受容体のさらなるサブタイプが解明されれば,こうした問題は解決されるかもしれない.2.ビタミンA点眼液ビタミンA欠乏症では,夜盲のほかに角膜軟化症,乾性角結膜炎などの眼表面(オキュラーサーフェス)の疾患をひき起こすことは周知の事実である.ビタミンA欠乏症ラットモデルでは,rMuc4の発現減少が報告されている18)ことから,ビタミンAの欠乏はムチン分泌減少をもたらして涙液水層の保持ができなくなり,涙液織の破壊像,線維化像を示している14,15).近年,ドライアイの発症に炎症の関与が指摘されているが,この炎症発生の最初のトリガーがこのneuraltoneの途絶や減弱なのかもしれない.IV以上の研究結果から推察されること1.涙腺前項では,副交感神経が遮断されると涙液分泌量減少のみならず,涙腺組織における腺構造と機能が維持できなくなる可能性について触れたが,では,冒頭で述べたような外傷や聴神経腫瘍以外の理由でそのようなことは生じうるのだろうか?可能性の一つとしては,加齢による神経脆弱性があげられる.加齢に伴う自律神経系の脆弱化はその機能低下にも結びついている可能性があり,涙腺機能においても同様の可能性が考えられる16).ほかには,自律神経失調症に伴う涙液分泌機能不全なども,こうした機序により生じる可能性が考えられる.2.マイボーム腺マイボーム腺も涙腺と同様に副交感神経が最も密に分布しているが,マイボーム腺分泌における神経制御については明らかになっていないのが現状である.既報の家兎副交感神経除神経モデルでは,マイボーム腺機能不全を疑わせるような所見を示した13)ことから,マイボーム腺機能不全の病態の一つとして,副交感神経機能不全,自律神経機能不全が絡んでいる可能性が考えられる.3.結膜杯細胞結膜杯細胞にも免疫組織学的手法や分子生物学的手法から副交感神経が多く分布することが示されているが,マイボーム腺と同様にムチン分泌における神経制御に関しては明らかになっていない.ただし,上述の家兎副交感神経除神経モデルで認められた結膜のPAS陽性細胞密度の減少が,乾燥防止目的で行った瞼々縫合によって抑制されなかったことから,結膜杯細胞はその形態維持,あるいはムチン合成などにおいても,常に副交感神経上位ニューロンからの継続的なneuraltoneが不可欠である可能性が考えられる.おもにローズベンガル染色像を呈する,ムチン層が減———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081637(29)は?と思う向きも多いかもしれない.しかし,今回紹介させていただいた新しい副交感神経除神経動物モデルや,分子生物学的手法を用いた多くの研究の今後の発展により,ドライアイの世界においても不動の治療法が見つかる可能性があると信じている.何故ならば,自律神経系による器官制御はわれわれの身体にとって普遍的かつ不可欠なものであるからである.学問のなかでもこうした分野は比較的,時代や流行にあまり左右されない印象をもつ向きや,地味な印象を抱く向きも多いかもしれないが,筆者自身はこうした生体制御機構の真髄に触れる研究に携わることができたことに,望外の喜びと誇りを感ずる.このような研究の機会をお与え下さったRogerWBeuerman教授,村上晶教授,金井淳名誉教授,ならびに今回このような執筆の機会をお与え下さった木下茂編集主幹,企画・編集の坪田一男教授,横井則彦准教授に深謝いたします.文献1)LempMA:ReportoftheNationalEyeInstitute/IndustryworkshoponClinicalTrialsinDryEyes.CLAOJ21:221-232,19952)丸山邦夫,横井則彦:環境と眼の乾き.あたらしい眼科22:311-316,20053)堀裕一:ムチンと眼の乾き.あたらしい眼科22:289-294,20054)BeuermanRW,MircheA,TodaIetal:Thelacrimalfunctionalunit.DryEyeandtheOcularSurfaceDisorders(edbyPugfelderSC,BeuermanRW,SternME),chapter2.InformaHealthcare,London,20045)SternME,GaoJ,SiemaskoKFetal:Theroleofthelac-rimalfunctionalunitinthepathophysiologyofdryeye.ExpEyeRes78:409-416,20046)RuskinSL:Controloftearingbyblockingthenasalgan-glion.ArchOphthalmol4:208-211,19307)RowbothamGF:Observationsontheeectsoftrigeminaldenervation.Brain62:364-380,19398)Duke-ElderSS,WybarKC:Theperipheralparasympa-theticsystem.SystemofOphthalmology,Theanatomyofthevisualsystem(edbyDuke-ElderSS),p857-869,HenryKlimpton,London,19619)MenerayMA,BennettDJ,NguyenDHetal:Eectofsensorydenervationonthestructureandphysiologicresponsivenessofrabbitlacrimalgland.Cornea17:99-107,199810)TodaI,Asano-KatoN,Komai-HoriYetal:Dryeyeafterlaserinsitukeratomileusis.AmJOphthalmol132:1-7,層破壊時間の短縮や上皮障害の悪化をきたし,ドライアイが悪化する可能性が想像できる.一見,ビタミンAは副交感神経系と関係なさそうであるが,オキュラーサーフェスへのビタミンAの供給源は涙腺由来の涙液であることから,副交感神経機能不全による涙液分泌量減少は,オキュラーサーフェスへのビタミンA供給低下にも繋がるものと想像できる.よって,ビタミンA点眼投与によるドライアイ治療への応用も可能なのではないかと思われる.事実,筆者らのグループは家兎の角結膜障害モデルにビタミンA点眼液を投与したところ,基剤点眼と比べてPAS陽性細胞密度の回復が早まり,フルオレセイン染色スコアよりもローズベンガル染色スコアの改善のほうが先行していたことなどから,ビタミンAは角結膜の創傷治癒において,結膜杯細胞の回復やムチン層改善を介する可能性があることを報告している19).今後の研究,開発に期待したい.3.ムチン分泌促進薬副交感神経機能の角結膜上皮における最終目的の一つがムチン合成および分泌であるならば,副交感神経機能減弱によるそのムチン分泌機能低下を,ムチン分泌促進薬投与で直接補えるのではないかという発想から,ここでも紹介する.近年,胃粘膜保護剤としてすでに市販されている薬剤成分を点眼液化して,ムチン分泌不全型ドライアイに対する治療への応用の試みがくり広げられている.そのうちの一つ,ゲファルナートは筆者らのグループでも過去にリスザルの角結膜障害モデルを用いて実験を行っており,基剤点眼と比べてPAS陽性細胞密度の回復が速く,ローズベンガル染色スコアの改善の促進も認められた20).ムチン分泌促進薬は,涙液やその成分の不足分の補充を目的としたこれまでの従来の眼科用薬剤と異なり,副交感神経作働薬と並んで涙液成分の分泌促進をもたらすものとして大きな期待が寄せられている.この種類の薬剤の一刻も早い登場に期待したい.おわりに副交感神経をはじめとする自律神経系の研究の歴史は非常に古く,すでに古典的教科書にも収載されてきたため,いまさら新しい知見や情報などはさほど出ないので———————————————————————-Page61638あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(30)16)NguyenDH,MaS,KousoulasGK:Agingoftheratlacri-malglandcorrelateswithincreasedexpressionofgenesinvolvedinproteinprocessingandmodication.InvestOphthalmolVisSci48:ARVOE-Abstract1904,200717)OnoM,TakamuraE,ShinozakiKetal:TherapeuticeectofcevimelineondryeyeinpatientswithSjogren’ssyndrome:arandomized,double-blindclinicalstudy.AmJOphthalmol138:6-17,200418)TeiM,Spurr-MichaudSJ,TisdaleASetal:VitaminAdeciencyalterstheexpressionofmucingenesbytheratocularsurfaceepithelium.InvestOphthalmolVisSci41:82-88,200019)ToshidaH,OdakaA,KoikeDetal:Eectofretinolpalmitateeyedropsonexperimentalkeratoconjunctivalepithelialdamageinducedbyn-heptanolinrabbit.CurrEyeRes33:13-18,200820)ToshidaH,NakataK,HamanoTetal:Eectofgefarnateontheocularsurfaceinsquirrelmonkeys.Cornea21:292-299,2002200111)ToshidaH,NguyenDH,BeuermanRWetal:Evaluationofnoveldryeyemodel:preganglionicparasympatheticdenervationinrabbit.InvestOphthalmolVisSci48:4468-4475,200712)YamaguchiM,KutsunaM,UnoTetal:Marxline:uoresceinstaininglineontheinnerlidasindicatorofmeibomianglandfunction.AmJOphthalmol141:669-675,200613)ToshidaH,MurakamiA:ParasympatheticNervousSys-temonOcularSurface.NOVASciencepublishers,NewYork(inpress)14)NguyenDH,ToshidaH,SchurrJetal:Microarrayanaly-sisoftheratlacrimalglandfollowingthelossofparasym-patheticcontrolofsecretion.PhysiolGenomics18:108-118,200415)NguyenDH,VadlamudiV,ToshidaHetal:Lossofpara-sympatheticinnervationleadstosustainedexpressionofpro-inammatorygenesintheratlacrimalgland.AutonNeurosci124:81-89,2006

ドライアイ診断へのコンフォーカルマイクロスコピーの応用

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSスリット光で走査するするタイプのスリットスキャン式(ConfoScanR)が登場し,画像の解像度を向上させた2,3).最近になり,レーザー光で走査するタイプのレーザースキャン式(HeidelbergRetinaTomographⅡ─はじめに生体内の角膜の細胞の形態を直接観察するための方法として,1960年代の後半に,共焦点顕微鏡検査(コンフォーカルマイクロスコピー)が,Petranらによって初めて報告された1).コンフォーカルマイクロスコピーは,角膜内の組織や細胞の状態を,その瞬間(real-time)に,生体内の生きている状態(invivo)で,非侵襲的(non-invasive)に,観察することができるために,これまでにも数多く臨床的に応用されてきている2~5).ここでは,ドライアイに対して,コンフォーカルマイクロスコピーがどのような形で応用が可能かについて,これまでの報告をもとに若干の考察を加えながら述べさせていただくこととする.Iコンフォーカルマイクロスコピーコンフォーカルマイクロスコープは,光源から対物レンズを通過した光が角膜の焦点面を照射し,その反射光が同じ対物レンズを通り,ビームスプリッターで分かれた後に,検出部で観察されるという構造になっている.コンフォーカルマイクロスコピーは,これまで多くの改良が行われてきている.まず,最初に登場したのは,観察対象を円板上に並んだ多数のピンホール光で走査するタイプのタンデムスキャン式(Tandem[Advanced]ScanningConfocalMicroscopeR)である1).これは,生体内の角膜組織を直接観察するという点で画期的なものであったが,その解像度にやや問題があった.つぎに,(19)1627r16858235特集●ドライアイ最近の考え方あたらしい眼科25(12):1627~1631,2008ドライアイ診断のコンフォーカルマイクロスコピーの応用TheApplicationofInVivoConfocalMicroscopytotheDiagnosisofDryEye松本幸裕*図1レーザー生体共焦点顕微鏡レーザー生体共焦点顕微鏡である,HeidelbergRetinaTomographII(HeidelbergEngineering社製,ドイツ)は,角膜観察用アタッチメントであるRostockCorneaModule(同上)を装着することにより,角膜全層を観察することが可能となる.———————————————————————-Page21628あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(20)る報告が多い.まず,角膜上皮細胞に関しての検討であるが,角膜表層上皮細胞の密度はシェーグレン症候群(Sjogrensyn-drome:SS)に伴うドライアイにおいて減少するという報告が多い6~9).角膜表層上皮細胞の密度は,正常者では,833±223~1,528±341cells/mm2であるのに対して,Sjogren症候群では,741±306~993±105cells/mm2であると報告されている6~9)(図2,表1).また,角膜基底上皮細胞の密度に関しては,Sjogren症候群に伴うドライアイにおいて増加するという報告8,9)と変化しないという報告6,7)がある.角膜基底上皮細胞の密度は,正常者では,5,602±235~5,862±260cells/mm2であるのに対して,Sjogren症候群では,5,744±627~6,261±168cells/mm2であると報告されている6~9)(図RostockCorneaModuleR)が登場することになり,その解像度は飛躍的に向上した4,5)(図1).コンフォーカルマイクロスコピーにて,角膜内で観察されるものとしては,角膜上皮細胞,Bowman膜,角膜神経,角膜実質細胞,Descemet膜,角膜内皮細胞など多岐にわたる.その他,炎症細胞,血管,病原体や異物,沈着物など正常では見られないものも観察が可能である.IIドライアイへの応用1.角膜の観察コンフォーカルマイクロスコピーによるドライアイ患者の角膜の観察は,これまでにもいくつかの報告がある.角膜上皮細胞,角膜実質細胞,角膜神経などに関す表1Sjogren症候群(SS)における角膜表層上皮細胞密度報告者SS患者健常者p値Benitez-del-CastilloJMetal6)741±3061,528±341p<0.0001Benitez-del-CastilloJMetal7)971±2621,431±283p<0.002VillaniEetal8)965±961,486±134p<0.001VillaniEetal9)993±1051,512±131p<0.001(/mm2)表2Sjogren症候群(SS)における角膜基底上皮細胞密度報告者SS患者健常者p値Benitez-del-CastilloJMetal6)6,173±6345,783±841p=0.243Benitez-del-CastilloJMetal7)5,744±6275,858±702p=0.273VillaniEetal8)6,261±1685,862±260p<0.001VillaniEetal9)5,980±1935,602±235p<0.001(/mm2)ABSj?gren症候群患者健常者図2レーザー生体共焦点顕微鏡による角膜表層上皮細胞Aの健常者,BのSjogren症候群患者の画像を比較する限りにおいては,角膜表層上皮細胞の明らかな細胞密度の違いは認められないものの,Bの画像上方において,角膜表層上皮細胞の形態異常と大小不同を認める.また,Bの画像下方には,翼細胞が描出されている.ABSj?gren症候群患者健常者図3レーザー生体共焦点顕微鏡による角膜基底上皮細胞Aの健常者,BのSjogren症候群患者の画像を比較する限りにおいては,角膜基底上皮細胞の明らかな細胞密度の違いは認められない.Bの画像の右上方には,角膜神経線維が描出されている.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081629(21)3,表2).つぎに,角膜実質細胞に関しての検討であるが,表層部の角膜実質細胞の密度は,Sjogren症候群に伴うドライアイにおいて増加するという報告が多い6~9).表層部の角膜実質細胞の密度は,正常者では,970±105~1,107±210cells/mm2であるのに対して,Sjogren症候群では,1,226±70~1,348±220cells/mm2であると報告されている6~9)(図4,表3).また,深層部の角膜実質細胞の密度は,Sjogren症候群に伴うドライアイにおいて増加するという報告8,9)と変化しない6,7)という報告がある.深層部の角膜実質細胞の密度は,正常者では,702±79~798±42cells/mm2であるのに対して,Sjogr-en症候群では,808±117~854±45cells/mm2であると報告されている6~9)(図5,表4).角膜神経線維に関しては,角膜上皮下の角膜神経線維の数(または密度)は,Sjogren症候群に伴うドライア表3Sjogren症候群(SS)における角膜浅層実質細胞密度報告者SS患者健常者p値Benitez-del-CastilloJMetal6)1,348±2201,107±210p<0.05Benitez-del-CastilloJMetal7)1,322±1561,062±183p<0.01VillaniEetal8)1,275±331,098±80p<0.001VillaniEetal9)1,227±70970±105p<0.001(/mm2)表4Sjogren症候群(SS)における角膜深層実質細胞密度報告者SS患者健常者p値Benitez-del-CastilloJMetal6)808±117741±142p=0.659Benitez-del-CastilloJMetal7)815±131722±99p=0.921VillaniEetal8)854±45798±42p<0.01VillaniEetal9)836±65702±79p<0.001(/mm2)ABSj?gren症候群患者健常者図4レーザー生体共焦点顕微鏡による角膜浅層実質細胞BのSjogren症候群患者において,Aの健常者に比べて,角膜浅層実質細胞の細胞密度が多い傾向がある.ABSj?gren症候群患者健常者図5レーザー生体共焦点顕微鏡による角膜深層実質細胞Aの健常者,BのSjogren症候群患者の画像を比較する限りにおいては,角膜深層実質細胞の細胞密度の違いは明らかには認められない.Aの画像の左側には,角膜内皮細胞が描出されている.ABSj?gren症候群患者健常者図6レーザー生体共焦点顕微鏡による角膜神経線維Aの健常者,BのSjogren症候群患者の画像を比較する限りにおいては,角膜神経線維の密度の違いは明らかには認められない.ただし,BのSjogren症候群患者において,ビーズ形成が多い傾向がある.Aの画像の右下方には,角膜基底上皮細胞が描出されている———————————————————————-Page41630あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(22)3.付属器官の観察コンフォーカルマイクロスコピーによって,マイボーム腺の観察が可能であるとの報告がいくつかなされている12,13).そのなかで,マイボーム腺機能不全患者のマイボーム腺をコンフォーカルマイクロスコピーにて観察した結果,マイボーム腺の腺房密度の減少および腺房直径の拡大を認めたと報告されている13).また,それらはいずれも,マイボーム腺の腺構造の消失度および腺開口部の閉塞度に相関しているとされている.また,コンフォーカルマイクロスコピーによって,涙腺の観察が可能であるとの報告がなされている.そこでは,Sjogren症候群に伴うドライアイにおいて,涙腺の腺房密度の減少および腺房直径の拡大を認めたと報告されている(佐藤エンリケアダンほか:第32回角膜カンファランス,浦安,2008).おわりにコンフォーカルマイクロスコピーは,生体内の組織を細胞レベルまで観察することが可能な非常に有用な検査方法である.前述のとおり,組織を採取することなしに,生体内の組織の状態をそのまま観察することが可能であることより,invivobiopsyということができる.また,非侵襲的な検査であるために,くり返し検査を行うことが可能であり,疾患の診断目的に使用する以外イにおいて減少しているという報告が多い6~9)一方,変化しないという報告もある10,11).角膜上皮下の角膜神経線維の密度は,正常者では,769±88~787±105μm/mm2であるのに対して,Sjogren症候群では,508±128~511±106μm/mm2であると報告されている6,7)(図6,表5).また,角膜神経線維の形態異常については,Sjogren症候群に伴うドライアイにおいて,ビーズ形成(beadings)や蛇行(tortuosity)が多くなるという報告が多いものの6~9),輝度(reectivity)に関しては変化しないという報告が多い6~9)(表6~8).2.結膜の観察コンフォーカルマイクロスコピーによるドライアイ患者の結膜の観察は,これまでにほとんど報告されていない.Sjogren症候群に伴うドライアイにおいては,結膜上皮の基底細胞の密度は減少する一方,結膜上皮における炎症細胞数(または密度)は増加するという報告がある(若松タイスヒトミほか:第32回角膜カンファランス,浦安,2008).表7Sjogren症候群(SS)における角膜上皮下神経の輝度報告者SS患者健常者p値Benitez-del-CastilloJMetal6)2.6±0.82.6±0.8p=0.879VillaniEetal8)2.1±0.81.9±0.9p=0.083VillaniEetal9)2.0±0.72.0±1.0p=0.874(/分類)表8Sjogren症候群(SS)における角膜上皮下神経のビーズ形成報告者SS患者健常者p値Benitez-del-CastilloJMetal6)387±62198±65p<0.0001Benitez-del-CastilloJMetal7)364±64192±61p<0.001VillaniEetal9)333±64196±1p<0.001(/100μm)表6Sjogren症候群(SS)における角膜上皮下神経の蛇行報告者SS患者健常者p値Benitez-del-CastilloJMetal6)3.2±0.81.1±0.5p<0.0001VillaniEetal8)2.7±0.71.2±0.7p<0.0001VillaniEetal9)2.7±0.51.3±0.6p<0.001(/分類)表5Sjogren症候群(SS)における角膜上皮下神経数報告者SS患者健常者p値Benitez-del-CastilloJMetal6)2.8±1.24.6±0.8p<0.0001Benitez-del-CastilloJMetal7)2.7±1.24.6±0.8p<0.001VillaniEetal8)3.3±0.85.1±0.8p<0.0001VillaniEetal9)3.2±0.75.0±0.8p<0.001TuiskuISetal10)5.9±2.26.1±2.5p=0.782TuominenISJetal11)5.4±1.85.0±1.4p=0.584(/画像)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081631(23)dierencesinthenormalhumancornea:alaserscanninginvivoconfocalmicroscopystudy.BrJOphthalmol91:1165-1169,20076)BenitezdelCastilloJM,WasfyMAS,FernandezCetal:Aninvivoconfocalmaskedstudyoncornealepitheliumandsubbasalnervesinpatientswithdryeye.InvestOph-thalmolVisSci45:3030-3035,20047)BenitezdelCastilloJM,AcostaMC,WassMAetal:Relationbetweencornealinnervationwithconfocalmicroscopyandcornealsensitivitywithnoncontactesthe-siometryinpatientswithdryeye.InvestOphthalmolVisSci48:173-181,20078)VillaniE,GalimbertiD,ViolaFetal:ThecorneainSjgren’ssyndrome:aninvivoconfocalstudy.InvestOphthalmolVisSci48:2017-2022,20079)VillaniE,GalimbertiD,ViolaFetal:Cornealinvolve-mentinrheumatoidarthritis:aninvivoconfocalstudy.InvestOphthalmolVisSci49:560-564,200810)TuiskuIS,KonttinenYT,KonttinenLMetal:AlterationsincornealsensitivityandnervemorphologyinpatientswithprimarySjgren’ssyndrome.ExpEyeRes86:879-885,200811)TuominenISJ,KonttinenYT,VesaluomaMHetal:Cor-nealinnervationandmorphologyinprimarySjgren’ssyndrome.InvestOphthalmolVisSci44:2545-2549,200312)MessmerEM,TorresSuarezE,MackertMIetal:Invivoconfocalmicroscopyinblepharitis.KlinMonatsblAugenheilkd222:894-900,200513)MatsumotoY,SatoEA,IbrahimOMAetal:Theapplica-tionofinvivolaserconfocalmicroscopytothediagnosisandevaluationofmeibomianglanddysfunction.MolVis14:1263-1271,2008に,治療前後の評価を目的としても用いることが可能である.ドライアイに対するコンフォーカルマイクロスコピーの応用は以前より行われているものの,ドライアイによってひき起こされる生体組織内での反応がいまだに十分に解明されているとはいえないというのが現状である.今後,コンフォーカルマイクロスコピーを用いたドライアイの研究が進められることによって,さらにドライアイの病態が解明されることはもとより,将来的には,ドライアイの診断基準の一つとして,また,改善度の評価方法の一つとして応用されてくることを期待するものである.文献1)PetranM,HadravskiM,EggerMDetal:Tandem-scan-ningreected-lightmicroscope.JOptSocAm58:661-664,19682)MustonenRK,McDonaldMB,SrivannaboonSetal:Nor-malhumancornealcellpopulationsevaluatedbyinvivoscanningslitconfocalmicroscopy.Cornea17:485-492,19983)KaufmanSC,MuschDC,BelinMWetal:Confocalmicroscopy.AreportbytheAmericanAcademyofOph-thalmology.Ophthalmology111:396-406,20044)EckardA,StaveJ,GuthoRF:InvivoinvestigationsofthecornealepitheliumwiththeconfocalRostockLaserScanningMicroscope(RLSM).Cornea25:127-131,20065)NiedererRL,PerumalD,SherwinCetal:Age-related

角膜形状解析装置を応用した涙液層安定性の解析

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLS稿のテーマである角膜形状解析装置を応用した方法が考案されるようになった.I従来からの涙液層安定性の評価方法涙液安定性の評価には,フルオレセイン染色を用いる場合と用いない場合があり,用いない場合では,種々の機器を使用した方法が考案されている.1.FluoresceinBUT(FBUT)一般臨床において汎用されている方法である.マイクロピペットを使って一定量のフルオレセイン水溶液を結膜内に点眼して判定する方法が推奨されるが,実際,はじめに涙液層は,水層,油層,ムチン層からなるユニット構造をとっている1).水層は主涙腺と副涙腺(Krause腺,Wolfring腺)から,ムチン層は結膜のgobletcellなどからの可溶型ムチンと角結膜上皮表層に発現する膜貫通型ムチン,油層は主としてマイボーム(Meibom)腺から供給される(図1).角結膜上皮表層では,膜貫通型ムチンと可溶型ムチンによってゲル状の糖衣が形成されることによって,水層の表面張力が低下して角結膜上皮上に広がりやすくなり,また,油層が涙液最表層を覆って水層の蒸発を防ぐことによって,涙液層を安定化させている.すなわち,これら3層と角結膜上皮がそれぞれ健常な状態で存在し,さらに良好なインターラクションを保つことによって,開瞼後も破綻せずに安定した涙液層として維持される.涙液層の安定化には各層が影響を及ぼすため,涙液層安定性の評価には,各層を評価する検査が必要である.たとえば,水層ならSchirmerテスト,油層ならマイボーム腺開口部や圧出物の観察,などである.また,涙液層全体の総合評価は,tearlmbreakuptime(BUT)の測定によって行うが,測定方法としては,フルオレセイン色素を用いたFluoresceinBUT(FBUT)の測定が簡便で,日常臨床で一般に用いられる方法である.しかし,FBUTによる涙液安定性の評価にはいくつかの問題点があり,これらを改善するために,フルオレセインを用いないNon-invasiveBUT(NIBUT)の測定や,本(11)1619Masaikoamaguci7910295特集●ドライアイ最近の考え方あたらしい眼科25(12):16191626,2008角膜形状解析装置を応用した涙液層安定性の解析AnalysisofTearFilmStabilityUsingCornealTopographySystem山口昌彦*マイーム涙・涙層層膜膜ムンムンムン層角膜図1涙液層のシェーマ涙液層は3層からなるユニット構造をとり,角結膜上皮表層との良好なインターラクションを保つことによって,安定化する.———————————————————————-Page21620あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(12)させ,スリットランプで観察しながら,gridpatternの線が滲んで歪んだり太くなったりした時点までの時間を計測する.b.ティアスコープ(Tearscope)キセロスコープの小型版ともいえ,最新版はTear-scopeplusTM(Keeler社)(図3)として製品化されている.アタッチメントによってスリットランプに装着し,角膜上の涙液スペキュラー像を観察する.内筒にgridpatternの描かれたフィルムを装着し,角膜上へ投影さ臨床ではピペット操作はやや手間がかかる.一般的には,フルオレセインペーパーに1滴だけ生理食塩水を滴下し,十分に水滴を振り切り,人工的な涙液量の増加を可能なかぎり防いだ状態で,結膜の耳側に触れて染色する.被検者に数回の瞬目を促した後に,自然に開瞼してもらい,スリットランプのコバルトフィルター励起光を用いて,角膜上のフルオレセイン染色がブレークして黒く抜ける部分が生じるまでの時間を測定する(図2a).時間測定には電子メトロノームなどの使用が推奨され,3回測定して平均値をとる.1回目の測定は,フルオレセイン水溶液の影響を受けて短く計測されることが多いので,必ず3回測定して平均をとるようにする.また,ブルーフリーフィルター(BFF)をスリットランプの観察系に装着すると,通常のコバルトフィルターのみの場合よりもコントラストがつき,より変化をとらえやすくなる(図2b).2.NoninvasiveBUT(NIBUT)フルオレセインによる涙液への影響を除くことができ,より自然な状態の涙液安定性を評価できるが,測定には特別な機器を必要とする.a.キセロスコープ(Xeroscope)2,3)装置は,通常のスリットランプとその対物レンズの先に取り付けられたgridを投影させるためのドームからなる.自然な開瞼状態で,gridpatternを角膜上に投影図3TearscopeplusTM(Keeler社)本機をスリットランプに装着し,角膜上にgridpatternを投影し,パターンの乱れが生じるまでの時間をNIBUTとする.ストップウオッチが付いているので,時間測定に便利である.ab2BUTの測定a:コバルトフィルターを使用.b:ブルー・フリー・フィルター(BFF)を使用.明るい光学系をもつスリットランプとBFFの組み合わせにより,より微細なブレークアップ現象をとらえることが可能になる.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081621(13)オグラフィーとPC解析で成り立っている角膜形状解析装置を応用して,刻々と変化する涙液層のブレークアップ現象を1秒ごとにとらえてPC解析し,より客観的で定量性のある涙液安定性の評価方法を目指している.このソフトウェアは,TearStabilityAnalysisSystem(TSAS)と名づけられ,当初,角膜形状解析装置TMS-2N(図5,㈱トーメー・コーポレーション)に搭載されて開発が進められた.その後TSASは,よりオートマチックな測定を目指して,オートアライメント機能の付いたオートレフトポグラファーRT-7000(図6,㈱トーメー・コーポレーション)を搭載機とし,現在市販されせることによってNIBUTを測定する.ストップウオッチが付属しており,時間測定の際に便利である.c.涙液観察装置DR1R涙液油層の干渉色によって涙液の厚みを定性的に判定し,ドライアイのスクリーニングを行う装置であるが,低倍(×12)で観察することによって,角膜ほぼ全面のNIBUTをとらえることが可能である.ブレークアップ像(図4)が出現するまでの時間を測定する4).II角膜形状解析装置の応用涙液層安定性の評価において,FBUTの測定は日常臨床で簡便に行える利点がある.NIBUTの測定は,FBUTよりも客観性をもった検査という位置づけにはなるが,特殊な機器が必要であり,一般臨床で普及するには至っていない.また,FBUTもNIBUTも,評価基準は時間のみであるが,実際の涙液ブレークアップ現象は,角膜の一部で生じる場合もあれば,広範囲で生じる場合もあり,涙液安定性の評価は,時間軸だけではなく,ブレークアップ面積も考慮した解析を行うことによって,さらに定量的になると考えられる.また,時間の計測は,結局,肉眼で行うため,主観的な評価になってしまうのは否めない.そこで,考案されたのが角膜形状解析装置を応用した涙液ブレークアップ現象の解析である.同手法のコンセプトは,gridpatternなどを角膜上に投影して測定するNIBUTの延長線上にあるが,ビデ図6オートレフトポグラファーRT7000(トーメー・コーポレーション)図5角膜形状解析装置TMS2N(トーメー・コーポレーション)図4DR1R(興和)によるNIBUTの測定矢印のようなブレークアップ現象が出現するまでの時間を測定する.———————————————————————-Page41622あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(14)れた.角膜トポグラフィーを10秒間の連続開瞼下で毎秒撮影し,結果を開瞼直後(0秒)から連続開瞼10秒後までの11のトポグラフィック・イメージと総合評価のマップであるBreakupmap(図7)で表示する.Breakるに至っている.1.TMS2NTSASTSASは当初,TMS-2Nを基盤として開発が進めら図7開瞼直後(0秒)から連続開瞼10秒後までの11のトポグラフィック・イメージと総合評価のマップであるBreakupmap(右下およびその拡大図).図8TMSBUT毎秒測定されたトポグラフィック・イメージに明確な変化が生じた秒数をもって表す.この例では6秒となる(赤枠).———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081623(15)upmapは,ある一定の屈折度変化のカットオフ値を設定(例;0.5D)し,それぞれの測定点が何秒でカットオフ値を超えて変化したかによって,それぞれの変化が出現した秒数ごとにカラーコード化して表したものである.ちなみに測定点は1リング当たり256点で,合計28リングある.早期に変化する測定点は暖色系,晩期まで変化しない測定点は寒色系で表される.定量的解析のためにいくつかのインデックスが考案されている.毎秒測定されたトポグラフィック・イメージに明確な変化が生じた秒数で表すTMS-BUT5)(図8),TMS自体のインデックスであるsurfaceregulatoryindex(SRI)およびsurfaceasymmetricindex(SAI)の10秒間での変化6)(図9),Breakupmapの各カラーコード面積をヒストグラム化して算出されるBreakupindex(BUI)7)などがある.BUIは,Breakupmapの各カラーコードの面積をヒストグラム化し,そのヒストグラム上の10秒間ブレークアップしなかった面積比率として算出される(図10).正常眼,ドライアイ疑い眼,ドライアイ確定眼(2006年ドライアイ診断基準による)のBreakupmapとBUI値をそれぞれ示した(図11).BUI値は,正常,ドライアイ疑い,ドライアイ確定の順に有意に低下し,10秒間でブレークした面積BreakupmapBUI=51.410秒間でブレークしなかった面積図10BUIの算出方法Breakupmapの各カラーコード面積を加算してヒストグラムを作成し,グラフ全体の長方形の面積から10秒間でブレークした面積を引算し,10秒間ブレークしなかった部分の面積比率を求めてBUIとする.最高値100で,0100の間で推移する.この例では51.4である.図9SRI,SAIの経時的変化11のトポグラフィック・イメージの最後に,SRI,SAIの経時的変化のグラフを示すことができる.この例ではSRI,SAIともに時間がたつにつれて増加しているのがわかる.(文献6より許可を得て転載)———————————————————————-Page61624あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(16)できないことである.オートアライメント機能があれば,検者側の負担はかなり軽減され,より正確な連続撮影が行える.そこで,オートアライメント機能をもったオートレフトポグラファーRT-7000にTSASを組み込むことになった.RT-7000では,TMS-2Nと同様,Breakupmapの表示とBUIの算出が行われる(図13)が,RT-7000では,トポグラフィー表示の際にスムージング機能が働き,わずかな異常は正常化されてしまうため,トポグラフィーを元に算出されるBUIでは感度の低下が危惧された.そこで,トポグラフィー化する前に,マイヤーリング・イメージそのものの経時的な歪みや明暗を画像変化として処理して得られるRing-BUT(RBUT)というインデックスを考案した(図14).RBUTの算出原理を簡単に説明すると,まず,1リング当たり256測定点それぞれにおけるリングイメージの歪みや明暗の変化を波形解析によって定量化し,11リング(直径16mmまでのドーナツ円)×256測定点すべての変化量の合計を1秒ごとに計算し,さらにその秒ごとの変化量の合計を加算してヒストグラムを作成する.このヒストグラム上でのカットオフ値を設定し,その値に達したときの秒数をRBUT(秒)として表す.BUIのドライアイ診断に対する有用性が示唆されている(図12).2.RT7000TSASこのようにTMS-2N-TSASでは種々のインデックスが考案され,ドライアイ診断を含めたさまざまな涙液層安定性の解析に応用されている.しかし,TMS-2Nの弱点は,特許の関係上,オートアライメント機能を搭載正常ドライアイ疑いドライアイ確定92.451.422.2BUI図11正常,ドライアイ疑い,ドライアイ確定のBreakupmapとヒストグラム,およびBUI値順にBUI値が低下している.0102030405060708090BUI正常ドライアイ疑いドライアイ確定p<0.001(Tukey-Kramer法)図122006年ドライアイ診断基準とBUIの相関正常,ドライアイ疑い,ドライアイ確定と有意にBUI値は低下する.———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081625IIITSASの臨床への応用種々の点眼薬が涙液層に与える影響について,BreakupmapやBUIを用いた検討がなされている.また,RBUTによるドライアイ診断の可能性についても検討されている.1.ヒアルロン酸点眼後の涙液層安定化作用の持続ヒアルロン酸点眼液を正常眼およびドライアイに点眼し,経時的に涙液層の変化をBUIで見てみた.ドライアイでは,ヒアルロン酸の0.1%,0.3%ともに点眼120分後までBUI値は有意な改善を認め,ヒアルロン酸点眼の涙液層安定化作用の持続が確認された(図15a).(17)706050403020100BUI100500BUI点眼前ab15153060120(分)点眼前15153060120(分):0.1ヒアルロン酸:0.3ヒアルロン酸*;p<0.05(vs点眼前)†;p<0.05(vs点眼前):0.1ヒアルロン酸:0.3ヒアルロン酸*;p<0.05(vs点眼前)****††*図15ドライアイおよび正常眼に対する0.1%,0.3%ヒアルロン酸点眼の影響a:ドライアイに対する0.1%,0.3%ヒアルロン酸点眼後120分までのBUI値の推移.点眼前と比較して,120分後までBUI値は有意に上昇している.b:正常眼に対する0.1%,0.3%ヒアルロン酸点眼の影響を経時的にみた場合,0.3%点眼では,1分後にBUI値は有意に低下し,5分後には回復している.図14RT7000TSASのもう一つのインデックスであるRingBUT(RBUT)リングの経時的変化をイメージ化したマップと,RBUT(赤丸)が表示される.上には,リング変化量のヒストグラムも表示されている.図13RT7000TSASのBreakupmapとBUI(赤丸)の表示———————————————————————-Page81626あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008興味深いことに,0.3%ヒアルロン酸点眼を正常眼に行った場合,点眼1分後に有意なBUI値の低下を認め,5分後には回復した(図15b).0.1%の場合にはみられない現象で,ヒアルロン酸含有濃度が上昇すると,一過性に涙液層が不安定化するものと考えられる.これは,0.3%ヒアルロン酸点眼液を実際に使用した場合,ときに霧視の訴えがある事実とリンクしているものと思われる.2.抗緑内障点眼薬の涙液層への影響2種類のタイプ(熱応答型とイオン応答型)のチモロールゲル化剤点眼後8),ブリンゾラミド点眼後,longactingのカルテオロール点眼後,の視力障害(おもに霧視)の出現と涙液層の変化について,BreakupmapやBUIを用いて検討がなされている.これらの点眼直後の霧視出現とBUI値の低下は相関しており,TSASは,点眼薬の涙液層変化への影響を評価するツールとして有用であると考えられる.3.RBUTによるドライアイ診断RT-7000-TSASのインデックスの一つであるRing-BUT(RBUT)は,FBUTおよびSchirmerテストⅠ法値と良好な相関が認められた(それぞれr=0.583,r=0.603,ともにp<0.001).10秒連続開瞼下で測定し,RBUTのカットオフ値を5秒とした場合,2006年ドライアイ診断基準との比較では,感度79.4%,特異度78.6%であった(山口昌彦ほか:第61回日本臨床眼科学会,2007年で発表).おわりに涙液層安定性の評価とは,涙液の水層,油層,ムチン層,そして角結膜上皮表層を総合して評価することにほかならず,ドライアイの評価・診断においてきわめて重要である.それゆえ,第一に,客観的評価であることが望ましく,なおかつ定量的であれば,症例間や治療前後の比較に有用である.TSASは,角膜形状解析装置のソフトウェアであるため,汎用性という面ではやや劣るが,涙液層安定性の評価を時間軸のみでなく,角膜上の広範囲において客観的かつ定量的に行えるという点において,従来の評価法よりもアドバンテージがある.今後,測定時間の短縮や診断精度において,さらに洗練されたシステムになっていくものと期待される.文献1)WolE:AnatomyoftheEyeandOrbit.Ed4,p207-209,BlakistonCo,NY,19542)MengerLS,PandherKS,BronAJ:Non-invasivetearlmbreak-uptime:sensitivityandspecicity.ActaOphthal-mologica64:441-444,19863)FukudaM,WangHF:Dryeyeandclosedeyetears.Cor-nea19(Suppl.1):S44-S48,20004)MaruyamaK,YokoiN,TakamataAetal:Eectofenvi-ronmentalconditionsonteardynamicsinsoftcontactlenswearers.InvestOphthalmolVisSci45:2563-2568,20045)GotoT,ZhengX,KlyceSDetal:Anewmethodfortearlmstabilityanalysisusingvideokeratography.AmJOph-thalmol135:607-612,20036)KojimaT,IshidaR,DogruMetal:Anewnoninvasivetearstabilityanalysissystemfortheassessmentofdryeyes.InvestOphthalmolVisSci45:1369-1374,20047)山口昌彦:涙液安定性の評価法にはどのようなものがあるか教えてください.あたらしい眼科23(臨増):115-118,20068)川崎史朗,溝上志朗,山口昌彦ほか:涙液層安定性解析装置によるマレイン酸チモロールゲル化剤点眼後の涙液層への影響の検討.日眼会誌112:539-544,2008(18)

新ドライアイ世界診断基準

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSアイの定義が決まった.この定義をもとに日本でもドライアイ研究会からドライアイの定義が発表されていた.世界のドライアイの定義には“眼が疲れるなどの自覚症状が必須”であったにもかかわらず,日本のドライアイの定義には“自覚症状の有無は問わない”とあり,ここに大きな隔たりがあった.これはStevens-Johnson症候群などの重症ドライアイにおいては眼表面が皮膚のようになってしまい,痛みも症状もなくなってしまうので,もし自覚症状を必須とすると,これら最重症のドライアイが定義からもれてしまうので整合性がとれないという意見があったためである.このワークショップの報告書は,ドライアイの分野において10年以上,確たるリソースとして利用されたが,その間に,基礎と臨床研究の双方において情報が急増したことで,再度前述のプロセスを行う必要が生じた.坪田一男教授の提案とMichaelA.Lemp教授の支持により,そうしたタスクを実行するために,ドライアイ専門家による国際委員会を募集するという構想が提起され,2001年に予備会議が開かれた.参加者の選択は,ピアレビューによる出版物の経験,過去のドライアイ会議への参加レベル(NEI/業界のワークショップを含む),同分野の著名な専門家との協力に基づいて行われた.タスクの大きさはすぐに明らかになり,そのタスクの規模の大きいことからTearFilm&OcularSurfaceSociety(涙液と眼表面に関する臨床学会)(TFOS)に連携協力が要請された.TFOSの代表であるDavidA.はじめにわが国のドライアイ推定患者数は約800万人,アメリカでは1,000万人以上とされており,その数は年々増加している.このような状況にあるにもかかわらず,以前はドライアイの定義や診断基準が曖昧なため,不定愁訴とともに点状表層角膜炎を認めればドライアイである,というような漠然とした診断をし,人工涙液を処方するという治療が行われていたように思える.ドライアイは,一般的でありながら十分に認知されていない臨床状態であり,その病因と管理は,臨床医にとっても研究者にとってもむずかしいものとなっている.しかし,この疾患については,疫学,病原論,臨床徴候,ならびに考えられる治療法の分野において,この10年間で理解が進んでいる.I世界ドライアイワークショップの経緯1)19941995年,NationalEyeInstitute(NEI,米国国立眼科研究所)が支援者となり,業界が支持したワークショップに,ドライアイに関心のある科学者,臨床医,研究者が集まり,ドライアイの定義および特徴の明確化,ならびにドライアイ疾患に関する臨床研究の実施および臨床試験の実施について,信頼できるパラメータの提示を行った.そして1995年の世界ドライアイワークショップ(DEWS)にワシントンのMichaelA.Lemp教授を中心に,日本からは坪田一男教授と,当時ボストンに留学していた戸田郁子医師も参加して世界のドライ(3)1611ド152新35特集●ドライアイ最近の考え方あたらしい眼科25(12):16111617,2008新ドライアイ世界診断基準TheNewInternationalDryEyeDiagnosticCriteria村戸ドール*———————————————————————-Page21612あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(4)IIドライアイの定義1)ドライアイとは,“さまざまな要因による涙液および角結膜上皮の慢性疾患であり,眼不快感や視力障害を伴う”と定義される(2005年日本ドライアイ研究会).当時の世界の定義は“ドライアイは涙液の量的,質的異常,蒸発亢進,眼表面上皮障害ならびに自覚症状を有する疾患である”という定義になっていた.今回の新しい世界ドライアイワークショップの委員会は,ドライアイにおける涙液の高浸透圧性と眼表面の炎症の役割,ならびに視覚機能に対するドライアイの影響に関する新しい知識に照らし,この定義は改正可能であるという点で合意した.まず,2つの定義が作成され,ワークショップのメンバーに提示された.これらの「全般的」で「実務的な」定義は,ある程度重複するため,2007年の最終報告書では,これらのバージョンを組み合わせて,下記の定義を作成した:“ドライアイは,不快感,視覚障害,涙液層の不安定性を有し,眼表面ダメージに至る涙液および眼表面の多因子疾患である.ドライアイでは,涙液層の浸透圧が上昇し,眼表面に炎症が起こる.”IIIドライアイ疾患の分類1)Aqueous-decient(涙液欠乏性)ドライアイとevapo-rative(蒸発性)ドライアイの区別は,定義から除外されたが,原因・病理論的分類では維持されている.分科委員会により作成された病因・病理学的分類は,NEI/業界ワークショップ報告書で提示された分類の更新バージョンであり,ドライアイ疾患に関するより新しい知識を反映している(図1).図1の左側のボックスは,ドライアイを発症する個人リスクに対する環境の影響を示している.Environment(環境)という用語は,個人間の生理学的差(内部環境),ならびに各個人が遭遇する周囲条件(外部環境)を含む言葉として広く使用されている.内部環境とは,ドライアイのリスクに影響を与える各個人に特異的な生理学的条件を指す.たとえば,正常な人では,自然瞬目率が低い,あるいは行動学的または生理学的理由で瞬目率が低下することがある.瞬目率が低Sullivan,PhDは,TFOSの組織的・管理的サポートを担当し,DEWSを推進するために,国際企業から幅広い資金援助を確保した.DEWSの取り組みは,イギリス・オクスフォード大学眼科学教室のAnthonyJ.Bron教授が議長となり,許容できるエビデンスのレベルおよびそのエビデンスを裏付ける文書化の方法を決めるガイドラインを提案した運営委員会によって指揮された.第1段階として,コミュニケーション・業界連絡委員会に加え,つぎの分科委員会の結成が行われた.すなわち,定義と分類;疫学;診断;調査;臨床試験,ならびに管理と治療.科学分野の分科委員会には,ドライアイの諸相に関する最新かつエビデンスに基づいた情報の特定,ならびに文書による十分な裏づけと参考文献がある概念的な形式においてデータを要約する責任が与えられた.分科委員会の議長たちは,各作業委員会について目標を設定し,業務の調整に責任を負うことになった.第2段階では,3日間の会議が開かれ,その際にグループ全体に対して委員会の報告が行われ,公開討論会における議論では,すべての参加者に意見の発表や,報告書への追加提案が促された.最終段階として,報告書を審査し,提示された情報とコンセプトの発表内容および相互参照を調整する目的で,執筆チームが結成された.審査および検討のプロセスは,数年間かけて行われた.参加者全員が閲覧を行ったり,意見を述べたりできるように,報告書はインターネットのウェブサイトに掲載され,受理されたコメントは,評価と対応を求めて分科委員会の議長に提出された.報告書案は,最終審査と承認のため,運営委員会に提出された.参加者は全員,財源の内容と利害の衝突を開示するよう求められ,その情報はウェブサイト(www.tearlm.org)に掲載され,同報告書の巻末で発表された.TheOcularSurfaceの特別号で発表された報告書に加え,TFOSのウェブサイトではDEWSの結果を拡大版として電子形式で閲覧できるようになった(www.tearlm.org).各章は,ドライアイの理解に関する話題に対応しており,これらを組み合わせた発行により,臨床医,疫学研究者,基礎・臨床科学者,および製薬業界関係者にとって有用なものになると考えられる.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081613(5)イアイの重要なリスク因子であり,早期卵巣機能不全の女性は,涙液の生成が影響を受けていないにもかかわらず,ドライアイの症状と徴候に悩まされることになる.涙腺からの涙液分泌は,いくつかの全身薬により減少するが,こうした影響は,内部環境の障害とみなされる.加齢により,涙液量および流量の減少,浸透圧の亢進,涙液層の安定性の低下,マイボーム腺脂質の組成の変化など,ドライアイにかかりやすくなる生理学的変化が生じる.外部環境には,ドライアイ発症のリスク因子になりうる職業的および外的環境が含まれる.異なる地理的位置,あるいは空調,飛行機旅行などの人工的な環境により作られる特殊な状況下で生じる相対湿度が低い条件下では,眼からの水分蒸発量が増加する.同様に,強風に曝露した場合にも蒸発量が増加するが,この機序は,ドライアイの新しい実験モデルの一部に取り入れられてい下すると,瞬目間隔,および瞬目と瞬目の間の蒸発損失時間が延長する.ドライアイの原因論において,性ホルモンの役割を裏付けるエビデンスが多数存在し,一般的に,アンドロゲン濃度が低く,エストロゲン濃度が高いことがドライアイのリスク因子になるとされる.生物学的に活性なアンドロゲンは,涙腺およびマイボーム腺の機能を促進する.アンドロゲン欠乏症はドライアイと関連しており,局所的あるいは全身的なアンドロゲン治療により予防できると考えられる.ドライアイは,前立腺癌治療で抗アンドロゲン剤に曝露する患者に起こり,また,完全アンドロゲン不応症候群の女性では,マイボーム腺および杯細胞の機能障害のエビデンスとともに,ドライアイの徴候と症状に進行がみられる.マイボーム腺機能不全(MGD)に伴う「非自己免疫性」ドライアイでは,アンドロゲンプールの著しい枯渇が報告されている.また,女性および閉経後のエストロゲン療法もドラ図1ドライアイの原因疾患による分類(TheOcularSurface,Vol.5,No.2,2007より)Aqueous-decientDYEYESjgrenSyndromeDryEyePrimaryEectoftheEnvironmentleutereurLowblinkratebehavior,VTU,microscopyWidelidaperturegaepositionAgingLowandrogenpoolSystemicDrugs:antihistamines,beta-blockers,antispasmodics,diuretics,andsomepsychotropicdrugsleutereurLowrelativehumidityHighwindvelocityOccupationalenvironmentSecondaryNon-SjgrenDryEyeLacrimalDeciencyLacrimalGlandDuctObstructioneeBlockSystemicDrugsDrugActionAccutaneLowBlinkateDisordersofLidApertureMeibomianOilDeciencyVitaminA-DeciencyTopicalDrugsPreservativesontactLensWearOcularSurfaceDiseaseeg,AllergyEtrinsicIntrinsicEvaporative———————————————————————-Page41614あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(6)る水分喪失,そして潤滑液の喪失と表面の炎症による症状の原因になることがあげられる.ドライアイの特徴を長期的に誘発,増幅,変化させうるドライアイ・プロセスの中心として,特定の中心的機序が予見できる.それらは,tearhyperosmolarity(涙液の高浸透圧性)とtearlminstability(涙液の不安定性)である.涙液の高浸透圧性は,眼表面の炎症,損傷,症状を誘発する中心的メカニズム,ならびにドライアイにおける代償的イベントの開始とみなされている.涙液の高浸透圧性は,涙の流量が少ない場合に,露出した眼表面からの水分蒸発の結果として,または過剰な蒸発の結果として,あるいはこれらのイベントの組み合わせとして生じる.ドライアイの中心的なメカニズムとして浸透圧説は欧米では好まれているようであるが臨床上,涙液の浸透圧を簡便に測定できる器具が普及していないため,他国では浸透圧説はいまだにドライアイの診断過程に利用されていない.ドライアイの一部のタイプでは,以前の涙液の高浸透圧性とは無関係に,涙液層の不安定性が最初のイベントになることがある.早期涙液層の破壊という形での明らかな涙液層の不安定性がドライアイの要素として容認されるのに対し,より微妙な涙液層の不安定性も,眼表面のストレスに反応したドライアイ合併症の誘因と考えられる.涙液層の不安定性が,瞬目間隔内で生じる涙液層破壊の場合,露出表面の局所的乾燥および高る.職業的因子が瞬目率の低下の原因になると考えられるが,これはビデオディスプレイ端末を使って働く人のドライアイリスクの代表的なものである.瞬目率の低下,上方注視に伴うものも含めた眼瞼幅の増加に伴うその他の活動が,ドライアイ症状の発生リスクになることが報告されている.1995年のワークショップ1で示されたように,ドライアイのおもな種類は,現在もaqueous-decientdryeye(涙液欠乏性ドライアイ:ADDE)とevaporativedryeye(蒸発性ドライアイ:EDE)となっている.ADDEのカテゴリは,おもに涙腺からの分泌不足を指しており,このアプローチは維持されている.ただし,結膜からの水分分泌不全もaqueous-deciencyに寄与することを認識すべきである.EDE分類は,眼瞼および眼表面の内因性の状態,ならびに外因性の影響から生じる状態それぞれに依存する原因を区別できるよう,下位分類されてきた.ドライアイは,これらのクラスのいずれかとして発生すると考えられるが,それらは相互排他的ではない.主要な下位グループで発生した疾患が,別の主要な機序によってドライアイを誘発するイベントと共存したり,それを誘発する可能性があると考えられている.これは,ドライアイの重症度を増幅する相互反応の悪循環の一部である.その例として,どのタイプのドライアイにおいても杯細胞の喪失が起こり,これがつぎに,涙液層の安定性喪失,表面の損傷および蒸発によ表1ドライアイの重症度による分類重症度レベルレベル1レベル2レベル3レベル4違和感・頻度軽度・たまに中程度・慢性重症重症視覚症状なし/軽度気になる気になるいつも結膜の充血なし/軽度なし/軽度+/+/++結膜上皮障害なし/軽度軽度中程度中程度重症角膜上皮障害なし/軽度軽度中程度中央部重症角膜所見なし/軽度Debris,TMH↓糸状炎糸状炎潰瘍MGDの有無なし/軽度なし/軽度よくあり角化・消耗乱性涙液層破壊時間さまざま≦10≦5即座に乾くSchirmer値さまざま≦10≦5≦2MGD:マイボーム腺機能不全,Debris:涙液中の老廃物,TMH:涙液メニスカス高.(TheOcularSurface,Vol.5,No.2,2007より)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081615(7)類を採用することには,大きな臨床的有用性があると考えた(表1).本委員会はドライアイ重症度による治療方針についても提案している(表2).IVわが国では2006年よりDEWSの方向性もかなり固まってきたことでその流れを参考にしながら日本ドライアイ研究会の協力のもとでわが国の新しい定義と基準も見直して作成することになった.2006年度より日本のドライアイの定義は“ドライアイとはさまざまな要因による涙液および角結膜上皮の慢性疾患であり,眼不快感や視覚障害を伴う”という“自覚症状ならびに視覚障害”の概念が含まれるものに変わった.ここ10年間ドライアイの不定愁訴が中心となる新しいタイプのドライアイ(コンピュータ作業によるものなど)が非常に多くなってきているといわれている.DEWSで日本におけるドライアイの頻度に関する疫学調査や研究が非常に少ないことや大規模の疫学調査がほとんどなされていないことが指摘されている.新ドライアイ定義に自覚症状が含まれたことで疫学調査もアンケートのみによって行うことが十分可能となり,ドライアイの頻度やドライアイにおけるリスクファクターをより容易に評価できるようにもなったと思われる.わが国におけるドライアイ診断基準は以下のようである2)(表3).①自覚症状ドライアイ症状の根拠は完全に解明されていないが,ドライアイの原因論,機序,ドライアイ治療の反応の検討から推測できる.症状の発生は,眼表面における侵害受容を促進する感覚神経の活性化を示唆している.候補として,瞬目間の涙液層破壊,涙液量の減少による眼瞼と眼球の剪断応力,および/または眼表面でのムチン発現の低下,眼表面の炎症メディエーターの存在,ならびに侵害受容感覚神経の過敏性など,涙液および眼表面の浸透圧性,表面上皮の損傷,グリコカリックスと杯細胞ムチンの異常が誘発されると考えられる.結果的に,後者は,イベントの悪循環の一部として,涙液層不安定性を悪化させる.眼表面のムチンの異常が涙液層の不安定性の原因になっている臨床結果の2つの例として,眼球乾燥症とアレルギー性眼疾患がある.ビタミンA欠乏症における初期の涙液安定性喪失は,眼表面におけるムチン発現の減少と杯細胞の喪失が原因である.季節性アレルギー性結膜炎やvernalkeratoconjunctivitisでは,眼の表面におけるムチン発現の異常は,初期にはアレルゲン曝露への反応として炎症性メディエーターの放出を誘発する,IgE-媒介1型過敏症の機序が原因となっている.その他の例として,局所薬,特に眼表面での炎症性細胞マーカーの発現を促進し,上皮細胞の損傷,アポトーシスによる細胞死,杯細胞密度の低下を誘発する防腐剤使用点眼薬などの保存料の作用が含まれる.今回のDEWSの定義・分類委員会は重症度に基づく疾患の分表2ドライアイ重症度による治療方針レベル1:患者の生活習慣・職場環境の変更について指導ドライアイの原因になる薬剤の中止人工涙液点眼眼瞼縁のマネジメント(温罨法など)レベル2:レベル1の治療は不十分であればプラスで:抗炎症剤点眼薬テトラサイクリン/ミノサイクリン全身投与(マイボーム腺炎の場合)涙点プラグ涙液分泌亢進剤ドライアイ保護用カバーモイスチャーエイドレベル3:レベル2の治療は不十分であればプラスで:血清点眼ボストンスクレラルコンタクトレンズなど涙点焼灼レベル4:レベル3の治療は不十分であればプラスで:抗炎症剤・免疫用製剤の全身投与外科的治療(羊膜移植,眼瞼形成術,唾液腺移植,粘膜移植など)(TheOcularSurface,Vol.5,No.2,2007より)表3ドライアイの診断基準①自覚症状○○○②涙液検査○×○③角結膜上皮検査○○×ドライアイの診断確定疑い疑い———————————————————————-Page61616あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(8)研究会は世界ドライアイ診断基準の制定に合わせ,2006年に日本での定義・診断基準を改訂.診断基準に「自覚症状を有すること」を加えた.これらの診断基準の妥当性を検証するために,2つのスタディが2006年から2年間実施された.米国でのスタディとの比較・評価がしやすいように,米国での大規模疫学調査で用いた質問票で行われた.一つは日本初の大規模な自覚症状の起きる疫学調査で,大企業に勤めるVDT作業者4,393人を対象に実施された.その結果,4時間以上のVDT作業や,コンタクトレンズ使用がリスクファクターであることが判明した.また,対象症例の多くには重症のドライアイの自覚症状があることも確認された3).もう一つは若者におけるドライアイの自覚症状についてはあまりわかっていないため,世界初の「日本人高校生におけるドライアイの出現頻度」をテーマに,3,433人を対象に調べた.その結果,重症ドライアイの自覚症状を有するものは男子が20%,女子が24.4%と頻度が高かった.その大きな理由として,コンタクトレンズ使用がリスクファクターであることがわかった4).この2つのスタディで,ドライアイの起きる自覚症状が問題になっているということは一応,評価できたのではないかと思われる.日本でも自覚症状を評価できるわが国ならではの適切な問診票を試案・作成することは今後の課題である.今回のDEWSレポートと並行して,日本においてドライアイ研究会では独自のドライアイの定義と診断基準の見直しが進められ,発表された〔島﨑潤(ドライアイ研究会):2006年ドライアイ診断基準2)〕.これらの診断基準が本当に正しいかどうかについては,横井則彦先生と村戸ドールが中心になって現在前向き試験を遂行中である.細かいところでは日本とDEWSの定義や診断基準に違いがある(日本の定義には炎症という概念が含まれていないなど)が,ほぼDEWSの報告書の内容は日本においても認められるべきものと考えられており,2007年DEWSのレポートをTFOSといっしょにドライアイ研究会として発刊することになった.謝辞:今回の世界ドライアイワークショップの活動に際してのドライアイ研究会世話人の先生方のご協力に心から感謝申し上げ高浸透圧性が含まれる.ドライアイの確定診断には,自覚症状を有することが必須である.自覚症状としては,異物感などの慢性眼不快感のほか,視力障害も含まれる.自覚症状はあるが,涙液異常,角結膜上皮障害のいずれかを有しないものは,現在の検査で検出しえない異常がある可能性を考え,ドライアイ疑い例と考えるのが適当である.②涙液検査SchirmerⅠ法で5mm以下,または涙膜破壊時間(BUT)が5秒以下の場合に涙液異常と判断する.Schir-mer試験は点眼麻酔を使用せずに,自由瞬目状態で行うことを基本とする.BUT測定は,患者に自発的に開眼させた状態で行い,角膜全体のどこかに涙膜破壊が生じるまでの時間を正確に測定し,3回の平均値で判定することが望ましい.③角結膜上皮検査フルオレセイン染色検査では,鼻側・耳側球結膜,および角膜をそれぞれ3点満点でスコア化し(全体で9点満点),3点以上を陽性とする.ローズベンガルもしくはリサミングリーン染色試験も同様に,鼻側・耳側球結膜,および角膜をそれぞれ3点満点でスコア化し(全体で9点満点),3点以上を陽性とする.いずれかの試験で陽性の場合に角結膜上皮障害ありと判定する.日本のドライアイ診断基準は表3のように具体化しており,症例を確定例,疑い例と分け,さらに検査のカットオフ値も明確となっている.欧米では上述したように原因やメカニズムによって疾患をADDEかEDEという形で分け,重症度に応じて治療を段階的に行う考えが普及している.おわりに今回のDEWS報告書では,ドライアイの診断方法や臨床試験の進め方,疫学調査の方法など幅広く網羅されており,臨床医や疫学研究者,製薬業界関係者にとっても有用で力になるものであると思われる.日本での応用に関してはドライアイ研究会としてさらに検討を重ねて固めていく必要があるが,一応,ドライアイの定義と分類に関しては世界との統一性が得られたと思われる.同———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081617ます.木下茂先生,大橋裕一先生,島﨑潤先生,下村嘉一先生,高村悦子先生,田川義継先生,濱野孝先生,横井則彦先生,渡辺仁先生,本当にありがとうございました.文献1)世界ドライアイワークショップ2007年報告書:ドライアイ疾患の定義および分類.TheOcularSurface5:12-28,20072)島﨑潤(ドライアイ研究会):2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科24:181-184,20073)UchinoM,SchaumbergDA,DogruMetal:PrevalenceofdryeyediseaseamongJapanesevisualdisplayterminalusers.Ophthalmology.2008Aug15.[Epubaheadofprint]4)UchinoM,DogruM,UchinoYetal:JapanMinistryofHealthStudyonprevalenceofdryeyediseaseamongJapanesehighschoolstudents.AmJOphthalmol.2008Aug22.[Epubaheadofprint](9)お申方法:おとりつけの書,また,その便のない場合は直あてご注文ください.メディカル葵出版あたらしい眼科Vol.26月刊/毎月30日発行A4変形判総140頁定価/通常号2,415円(本体2,300円+税)(送料140円)増刊号6,300円(本体6,000円+税)(送料204円)年間予約購読料32,382円(増刊1冊含13冊)(本体30,840円+税)(送料弊社負担)最新情報を,整理された総説として提供!眼科手術Vol.22(本体2,400円+税)(送料160円)年間予約購読料10,080円(本体9,600円+税)(4冊)(送料弊社負担)日本眼科手術学会誌特集】毎号特集テーマと編集者を定め,基本的事項と境界領域についての解説記事を掲載.【原著】眼科の未来を切り開く原著論文を医学・薬学・理学・工学など多方面から募って掲載.【連載】セミナー(写真・コンタクトレンズ・眼内レンズ・屈折矯正手術・緑内障・眼感染アレルギーなど)/新しい治療と検査/眼科医のための先端医療他【その他】トピックス・ニュース他毎号の【特集】あらゆる眼科手術のそれぞれの時点における最も新しい考え方を総説の形で読者に伝達.【原著】査読に合格した質の高い原著論文を掲載.【その他】トピックス・ニューインストルメント他社〒1130033東京都文京区本郷2395片岡ビル5F振替00100569315電話(03)38110544://www.medical-aoi.co.jp

序説:ドライアイ 最近の考え方

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSライアイの研究,臨床の流れをくみとっていただければ幸いである.もう一点,ドライアイの新たな診断基準に加えられた概念に“炎症”の重要性がある.いまだに日本においてはドライアイの原因は乾燥によるものと考えられているが,欧米では炎症が大きな要因と考えられるようになってきている.欧米の考え方には製薬会社主導のやや行きすぎの面も懸念されるところではあるが,炎症の関与は事実であり,着目すべきポイントである.炎症の関与はSjogren症候群に限らずにSjogren症候群以外のドライアイでも認められている.従来,炎症細胞を検出するには病理組織学的なアプローチが必要だったが,最近のコンフォーカルマイクロスコープの進歩により,生体において炎症細胞の評価が可能となってきた.この領域の最近の進歩について,慶應義塾大学の松本幸裕先生に論じていただいた.近年,筆者らはVDT作業に伴うドライアイは涙液の乾燥ばかりでなく,涙腺の機能不全も含んでいるという概念を提唱しているが,この概念には神経の関与が欠かせない.そこで土至田宏先生に,神経切断モデルから見えてきた涙腺機能の正常化メカニズムについて論じていただいた.また,筆者らはドライアイの発症メカニズムに,炎症ばかりでなく活性酸素が関与していると仮説をたてている.ドラドライアイは,目の表面が乾燥することで疲れ目や目の違和感などの不定愁訴を招く疾患であり,視力の低下とは無関係と考えられてきた.しかし最近の研究から,視機能にも影響を与えることがわかってきた.2003年から2007年の5年間,TearFilmandOcularSurfaceSociety(TFOS)が中心となって開かれたドライアイの新しい診断基準に対する世界ドライアイワークショップ(DEWS)においても世界的な合意を得て,“視機能の低下”がドライアイの重要な一面であることが定義として加えられた.これにより現代人のドライアイによる健康被害はさらに大きな注目を集めるようになってきている.ドライアイにおける視機能の低下は,通常の視力検査では測定できず,実用視力などのように時間的なファクターを取り入れて,より日常的な状況に即した測定が必要となる.すなわちドライアイ患者は,目を開けた瞬間には1.0以上の視力が得られるが,コンピュータや運転など日常作業によって目をあけていると涙液層が破壊されて視機能に影響が出てくる.これは涙液層の不安定化に基づく高次収差の増大からくるものと考えられている.このドライアイの新しい診断基準と涙液層の不安定化による高次収差の増大については,今回は村戸ドール先生と山口昌彦先生に執筆をお願いした.まずは新しいド(1)1609●序説あたらしい眼科25(12):16091610,2008ドライアイ最近の考え方NewConceptsinDryEye坪田一男*横井則彦**———————————————————————-Page21610あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(2)ドライアイにとってマイボーム腺機能不全(MGD)は大きなリスクファクターであり,涙液量の増大ばかりでなく炎症をひき起こし,まばたきのたびに摩擦によるストレスを増大させる.最近はマイボーム腺を簡便に観察できる方法も開発され,注目されている分野である.この問題について,東京歯科大学眼科の田聖花先生,および伊藤医院・東京大学の有田玲子先生と東京大学の天野史郎先生にレビューをお願いした.ドライアイは今日,現代病としてさらに患者数も増大し,超高齢社会,視覚情報化社会を本格的に迎えつつある日本にとっては避けて通れない疾患であり,社会的な問題といえる.幸い日本にはドライアイを専門とする医師や研究者が多数おり,その研究レベルも世界一といえる.的確な診断と安全で効果的な治療法の普及,そして両者のさらなる進歩が望まれるところである.イアイは加齢に伴い増加する一面をもっているが,加齢による多くの疾患メカニズムに活性酸素が関与することは周知のとおりである.三段論法を用いればドライアイにも活性酸素が関与する可能性が高いことになる.実際に,ドライアイのモデルマウスにおいて活性酸素が関与することが証明されており,この分野について樋口明弘先生と坪田が執筆した.現在,さまざまなドライアイの治療法が開発されつつあるが,そのなかで大きなウエートを占めるのが涙点の閉鎖だ.涙点の閉鎖は通常は涙点プラグによって行われ,これにより涙液の貯留が増大するためにドライアイの多くの問題が解決する.しかし涙点の形や肉芽によるプラグの脱落,あるいは挿入ができなくなることもあり,臨床では大きな治療のポイントとなる.この点について,西井正和先生と横井が涙点を閉鎖する考え方と具体的な方法について詳しく述べた.最後に取り上げたのは,マイボーム腺の問題だ.

0.0015% DE-085(タフルプロスト)の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした0.005%ラタノプロストとの第Ⅲ相検証的試験

2008年11月30日 日曜日

———————————————————————-Page1(125)15950910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(11):15951602,2008cはじめにDE-085(一般名:タフルプロスト)は参天製薬株式会社(参天製薬)および旭硝子株式会社で創製された図1の構造式をもつプロスタグランジン(PG)系眼圧下降薬である1).DE-085は,その活性代謝物であるタフルプロストカルボン酸体の各種プロスタノイド受容体に対する結合活性をinvitroで検討した結果,プロスタノイドFP受容体に対する高い親和性を有することを確認した2).また,正常眼圧サルを対象とした点眼試験で,眼圧下降作用を有することを確認した2).DE-085点眼液は,室温で安定な薬剤である.〔別刷請求先〕桑山泰明:〒553-0003大阪市福島区福島4-2-78大阪厚生年金病院眼科Reprintrequests:YasuakiKuwayama,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaKoseinenkinHospital,4-2-78Fukushima,Fukushima-ku,Osaka553-0003,JAPAN0.0015%DE-085(タフルプロスト)の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした0.005%ラタノプロストとの第Ⅲ相検証的試験桑山泰明*1米虫節夫*2*1大阪厚生年金病院眼科*2近畿大学農学部PhaseIIIConirmatoryStudyof0.0015%DE-085(Taluprost)OphthalmicSolutionasComparedto0.005%LatanoprostOphthalmicSolutioninPatientswithOpen-AngleGlaucomaorOcularHypertensionYasuakiKuwayama1)andSadaoKomemushi2)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaKoseinenkinHospital,2)SchoolofAgriculture,KinkiUniversity原発開放隅角緑内障または高眼圧症患者125例を対象に0.0015%タフルプロスト点眼液(DE-085群)の有効性および安全性について,0.005%ラタノプロスト点眼液(ラタノプロスト群)を対照とした多施設共同無作為化単盲検並行群間比較試験を実施した.治療期4週の眼圧は治療期0週に比べて,DE-085群で6.6±2.5mmHg,ラタノプロスト群で6.2±2.5mmHg下降した.治療期4週の治療期0週からの眼圧変化値の群間差(DE-085群─ラタノプロスト群)の95%信頼区間は,非劣性基準の上限を超えず,DE-085群はラタノプロスト群と同等(非劣性)であることが検証された.副作用発現率は,DE-085群で40.0%,ラタノプロスト群で48.1%であった.DE-085は,ラタノプロストと同様に原発開放隅角緑内障および高眼圧症患者に対して,臨床的に有用性の高い薬剤である.Tocomparetheecacyandsafetyof0.0015%tauprostophthalmicsolution(DE-085group)tothatoflatanoprostophthalmicsolution(latanoprostgroup)inprimaryopen-angleglaucoma(POAG)orocularhyperten-sion(OH)inarandomized,single-masked,parallel-groupandmulticenterstudy,125patientswithPOAGorOHwereassignedtoeitheraDE-085grouporalatanoprostgroup.Inbothgroupsthedrugwasinstilledfor4weeks.Meanintraocularpressure(IOP)reductionfrombaselinewas6.6±2.5mmHgintheDE-085groupand6.2±2.5mmHginthelatanoprostgroup.The95%condenceintervalofbetween-groupdierenceinIOPchangesat4weeksoftreatmentwaswithinthenon-inferioritymargin.TheIOP-loweringeectofDE-085fortheprimaryendpointwassimilartothatoflatanoprost.Atotalof40.0%ofpatientsintheDE-085groupand48.1%inthelatanoprostgroupreportedadversereactions.TheseresultsindicatethatbothDE-085andlatanoprostareclinical-lyusefulinthetreatmentofPOAGandOH.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(11):15951602,2008〕Keywords:原発開放隅角緑内障,タフルプロスト,DE-085,プロスタグランジン誘導体,臨床試験.primaryopen-angleglaucoma(POAG),tauprost,DE-085,prostaglandinanalogue,clinicalstudy.———————————————————————-Page21596あたらしい眼科Vol.25,No.11,2008(126)第Ⅰ相試験では,日本人および非日本人の健康成人男性を対象に,0.005%までの認容性が確認された.第Ⅱ相試験(用量反応試験)では,原発開放隅角緑内障または高眼圧症患者を対象として,プラセボ点眼液を対照に0.0003,0.0015および0.0025%DE-085点眼液(1日1回,1回1滴,4週間点眼)の眼圧下降作用の用量反応性および安全性を多施設共同無作為化二重盲検並行群間比較試験により検討した.その結果,0.0003,0.0015および0.0025%DE-085点眼液はプラセボ点眼液に比して有意な眼圧下降作用がみられ,眼圧下降作用に用量依存性がみられた.また,0.0003および0.0015%DE-085点眼液は安全性に問題はなかったが,0.0025%は副作用による中止例がみられ,安全性と効果のバランスから0.0015%が至適用量として選定された.今回,DE-085点眼液の第Ⅲ相試験,すなわちラタノプロスト点眼液(キサラタンR)を対照薬として臨床的非劣性および安全性を検証することを目的に,原発開放隅角緑内障または高眼圧症患者を対象として行われた多施設共同無作為化単盲検並行群間比較試験の結果を報告する.本試験はヘルシンキ宣言に基づく原則に従い,薬事法第14条第3項および第80条の2ならびに「医薬品の臨床試験の実施の基準(GCP)」を遵守し実施された.I対象および試験方法1.実施医療機関および試験責任医師本試験は,平成16年5月16日から平成17年5月6日の間に全国30医療機関において,各々の試験責任医師(表1)のもとに実施された.試験実施に先立ち,各医療機関の臨床試験審査委員会において試験の倫理的および科学的妥当性が審査され,承認を得た.2.対象対象は,両眼性の原発開放隅角緑内障または高眼圧症患者であり,選択基準は年齢20歳以上の性別を問わない外来患者で,観察期終了時(治療期0週)の眼圧が少なくとも片眼で22mmHg以上,かつ両眼とも35mmHg未満の症例とした(表2).除外基準は表2に示した.試験開始前に,すべての被験者に対して試験の内容および予想される副作用などを十分に説明し,理解を得たうえで,文書による同意を取得した.HOHOCO2CH(CH3)2OFF図1タフルプロストの構造式表1試験実施医療機関一覧医療機関名試験責任医師名*北海道大学病院眼科陳進輝弘前大学医学部附属病院眼科大黒浩秋田大学医学部附属病院眼科吉冨健志新潟大学医歯学総合病院眼科白柏基宏自治医科大学附属病院眼科原岳,水流忠彦山梨大学医学部附属病院眼科柏木賢治筑波大学附属病院眼科大鹿哲郎東京厚生年金病院眼科藤野雄次郎東邦大学医療センター大森病院眼科杤久保哲男順天堂大学医学部附属順天堂医院眼科平塚義宗北里大学病院眼科庄司信行岐阜大学医学部附属病院眼科山本哲也小牧市民病院眼科冨田直樹西尾市民病院眼科松崎園子京都府立医科大学附属病院眼科森和彦大阪大学医学部附属病院眼科大鳥安正関西医科大学附属病院眼科南部裕之大阪医科大学附属病院眼科杉山哲也神戸大学医学部附属病院眼科中村誠広島大学病院眼科三嶋弘山口大学医学部附属病院眼科相良健香川大学医学部附属病院眼科馬場哲也徳島大学病院感覚・皮膚・運動機能科塩田洋愛媛大学医学部附属病院眼科大橋裕一研英会林眼科病院林研産業医科大学病院眼科廣瀬直文,久保田敏昭佐賀大学医学部附属病院眼科小林博熊本大学医学部附属病院眼科有村和枝,古賀貴久熊本市立熊本市民病院眼科宮川真一慶明会宮崎中央眼科病院大浦福市*試験期間中の試験責任医師をすべて記載した.(順不同)表2選択基準および除外基準1)選択基準(1)20歳以上である(2)性別は問わない(3)入院・外来の別:外来(4)治療期0週の眼圧が少なくとも片眼で22mmHg以上であり,両眼とも35mmHg未満である2)除外基準(1)同意取得前3カ月以内に内眼手術(緑内障に対するレーザー治療を含む)の既往を有する(2)角膜屈折矯正手術の既往を有する(3)虹彩炎の既往を有する(4)試験期間中に使用する予定の薬剤および本剤の類薬に対し,薬物アレルギーの既往を有する(5)心,肝,腎,血液疾患,その他の中等度以上の合併症をもち,薬効評価上不適当と考えられる(6)コンタクトレンズの装用が必要である(7)血液検査・尿検査で臨床的に問題がある(8)試験責任医師・分担医師が本試験の対象として不適格と判断する———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.11,20081597(127)3.試験方法a.試験薬剤被験薬であるDE-085点眼液は,1ml中にタフルプロストを0.015mg含有する無色澄明の水性点眼液であり,対照薬は1ml中にラタノプロストを0.05mg含有する無色澄明の水性点眼液である.被験薬は参天製薬にて充されたもの,対照薬はファイザー株式会社にて充されたものを使用した.両薬剤は容器の外観が異なることから単盲検法とし,試験薬の包装は1本ずつを両群同一の小箱に収め,小箱の状態においては外観上識別不能にした.試験薬の割り付けは,試験薬割付責任者(米虫節夫)が置換ブロック法による無作為化により行った.キーコードは,開鍵時まで試験薬割付責任者が保管していた.b.試験デザイン・投与方法本試験は,多施設共同無作為化単盲検並行群間比較試験として実施した.被験者から文書による同意取得後,観察期(前治療薬のwashout期間)を設け,抗緑内障薬の投与を受けていた被験者については,その薬剤の投与を中止しwashoutした.Washout期間は,交感神経a遮断薬,b遮断薬,ab遮断薬,プロスタグランジン系点眼薬では4週間以上,炭酸脱水酵素阻害薬,交感神経作動薬,副交感神経作動薬では2週間以上に設定した.観察期終了後,登録センターへ症例登録し,治療期に移行した.被験者は0.0015%DE-085点眼液投与群(DE-085群)と0.005%ラタノプロスト点眼液投与群(ラタノプロスト群)のいずれかに無作為に割り付けられ,両群とも1日1回,1回1滴の点眼を朝10時(±1時間)に4週間行った.治療期には2週および4週に,表3のごとく検査,観察を行った.4.観察項目a.被験者背景性別,生年月日,合併症(眼,眼以外),既往歴などの被験者背景は,試験薬投与開始前に調査し記載した.b.自覚症状・点眼遵守状況痒感,刺激感,流涙,羞明感,異物感,眼痛などの自覚症状や点眼遵守状況については,試験期間中の来院時に問診し,その程度を記載した.c.眼圧測定治療期0週,2週および4週の眼圧を午前911時の間に測定し記載した.測定にはGoldmann圧平眼圧計を用いた.d.眼科検査角膜,前房,水晶体,結膜,眼瞼などの他覚所見は,試験期間中の来院時に細隙灯顕微鏡などを用いて観察し,その所見を「」から「3+」の4段階に程度分類し記載した.たとえば,球結膜の充血については,「:球結膜の血管が容易に観察できる.毛様充血もみられない」,「+:球結膜に限局した発赤がみられる」,「2+:球結膜に鮮赤色がみられる」,「3+:球結膜に明らかな充血がみられる」の基準に従い判定した.視力検査は,試験開始時および試験終了時に実施した.e.血圧・脈拍数,臨床検査血圧・脈拍数,血液学的検査,血液生化学検査および尿検査は,試験開始時および試験終了時に実施した.f.有害事象試験期間中に観察された自覚症状の発現・悪化および試験責任医師・分担医師が医学的に有害と判断した他覚所見の発現・悪化を有害事象(あらゆる医療上の好ましくない,あるいは意図しない疾病または徴候:被験者にとって有害・不快な症状・所見)とし,すべて収集し記載した.5.評価項目a.有効性の評価有効性評価眼は,治療期0週の眼圧の高いほうの眼(左右が同値の場合は右眼)とした.主要評価項目は,治療期4週(中止時を含む)における治療期0週からの眼圧変化値とした.また,副次的評価項目は,治療期2週の治療期0週からの眼圧変化値,および治療期2週・4週の治療期0週からの眼圧変化率とした.b.安全性の評価副作用および眼科検査結果,血圧・脈拍数,臨床検査値をもとに安全性を評価した.6.解析方法a.解析対象集団本試験の統計解析には下記の3つのデータセットを用いた.①試験実施計画書に適合した対象集団:PerProtocolSet(PPS)選択基準を満たし,除外基準に抵触しない被験者であ表3検査・観察項目観察期治療期観察期開始時0週2週4週被験者背景●点眼遵守状況●●自覚症状●●●●眼圧測定●●●●眼科検査●●●血圧・脈拍数測定●●臨床(血液・尿)検査●●有害事象●●●———————————————————————-Page41598あたらしい眼科Vol.25,No.11,2008(128)り,治療期間を通じて点眼状況が75%以上で,治療期終了時の眼圧が測定されたすべての症例.②最大の解析対象集団:FullAnalysisSet(FAS)無作為化された被験者のうち,治療期の眼圧が測定されたすべての症例.③安全性評価のための対象集団:SafetyAnalysisSet(SaAS)試験薬を1回でも点眼した症例.有効性はおもにPPSを用い,安全性はSaASを用いて解析を行った.b.データの取り扱い検査前日の点眼を適切に実施していない場合は,当該検査日の眼圧データをPPSおよびFASから除外した.c.解析方法非劣性の検証は,主要評価項目である治療期4週の眼圧変化値の群間差(DE-085群─ラタノプロスト群)の95%信頼区間を算出し,その上限が2mmHgを超えなければDE-085群の眼圧下降作用はラタノプロスト群に劣らないこととした.DE-085群とラタノプロスト群の副作用・臨床検査値異常変動の発現率の群間比較には,Fisherの直接確率法を用いた.眼科検査,血圧・脈拍数,臨床検査の変動は,DE-085群とラタノプロスト群それぞれの群内で,対応のあるt検定またはWilcoxon1標本検定を用いて比較した.有意水準は,両側5%とした.解析ソフトはStatisticalAnaly-sisSystemversion8.02(株式会社SASインスティチュートジャパン)を用いた.II試験成績1.被験者の構成被験者の構成を図2に示す.本試験には,125例が参加し,観察期中および症例登録時までに「選択基準を満たさない」,「除外基準に抵触する」,「有害事象(アレルギー性結膜炎)の発現」および「同意の撤回」などの理由で16例が中止した.登録症例は109例で,全例治療期に移行した.内訳は,DE-085群55例,ラタノプロスト群54例であった.うち4例(DE-085群4例)が試験の継続が不可能な有害事象の発現により試験を中止したため,投与完了例はDE-085群51例,ラタノプロスト群54例の計105例であった.2.被験者背景PPSは97例であり,DE-085群は46例,ラタノプロスト群は51例であった.PPSにおける被験者背景を表4に示す.性別,年齢,診断名,外来・入院,眼以外の合併症,緑内障前治療薬,治療期0週時眼圧に関して,両群間に偏りはみられなかった.眼の合併症の有無について両群間に偏りがみられた(p<0.15).3.有効性PPSにおける両群の眼圧実測値の推移を図3および表5に,眼圧変化値および眼圧変化率の推移を表6に,群間比較の結果を表7に示した.眼圧は両群とも治療期2週および4週において治療期0週と比べ有意な下降を示した(p<0.001).主要評価項目である治療期4週における治療期0週からの眼圧変化値は,DE-085群で6.6±2.5mmHg,ラタノプロスト群で6.2±2.5mmHgであった.眼圧変化値の群間差(DE-085群─ラタノプロスト群)の95%信頼区間は1.420.60mmHgであり,非劣性検証の上限とした2mmHgを超えず,DE-085群の眼圧下降作用はラタノプロスト群に劣らないものと判断できた.副次的評価項目である治療期2週の治療期0週からの眼圧変化値は,DE-085群で6.6±2.5mmHg,ラタノプロスト群で5.9±2.3mmHgであった.治療期2週の群間差(DE-085群─ラタノプロスト群)の95%信頼区間についても,1.600.33mmHgであった.試験薬投与前の被験者背景において,眼の合併症の有無にDE-085群とラタノプロスト群に偏りがみられたので,各群を合併症の有無によって細分化し,眼圧変化値を比較したが,両群間に偏りはみられなかった.また,FASにおいても同様に解析を行ったが,FASにおける結果はPPSの結果と同様であった.以上のことから,DE-085群の眼圧下降作用は,ラタノプロスト群と同等であることが検証された.治療期4週の眼圧下降率が,20%以上あるいは30%以上であった症例の割合を図4に示した.30%以上の眼圧下降が得られた症例は,DE-085群で39.1%,ラタノプロスト群で31.4%であった.また,20%以上の眼圧下降が得られた症例はDE-085群で80.4%,ラタノプロスト群で70.6%であった.なお,いずれの割合においても両群間に有意差は認められなかった.観察期中止脱例16例治療期開始例109例(症例登録)同意取得症例125例観察期終了例109例ラタノプロスト54例DE-08555例完了例51例中止例4例完了例54例中止例0例図2被験者の構成———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.11,20081599(129)4.安全性a.有害事象SaASは,DE-085群55例,ラタノプロスト群54例,計109例であった.治療期に発現した有害事象および副作用発現率を表8に示す.有害事象は,DE-085群の47.3%,ラタノプロスト群の57.4%にみられ,そのうち,試験薬との因果関係が否定できない有害事象と判断された副作用は,DE-085群の40.0%,ラタノプロスト群の48.1%であった(表8,9).両群間の有害事象および副作用発現率に有意差はみられなかった(p=0.340およびp=0.443).すべての有害事象名は,医薬品規制用語集(MedDRA/JV8.1)に準じて分類した.DE-085群のおもな副作用は,結膜充血・眼充血(16.4%および10.9%,計27.3%),眼痒症(9.1%),眼刺激(7.3表4被験者背景分類DE-085ラタノプロストp値検定症例数4651性別男性女性28(60.9)18(39.1)27(52.9)24(47.1)0.539(a)年齢(歳)202930394049505960697079802(4.3)3(6.5)5(10.9)9(19.6)15(32.6)10(21.7)2(4.3)1(2.0)4(7.8)6(11.8)15(29.4)12(23.5)9(17.6)4(7.8)0.734(b)64(非高齢者)65(高齢者)29(63.0)17(37.0)34(66.7)17(33.3)0.832(a)最小最大平均値±標準偏差228459.0±13.9228659.0±14.20.983(c)診断名原発開放隅角緑内障高眼圧症18(39.1)28(60.9)25(49.0)26(51.0)0.414(a)外来・入院外来入院46(100)0(0)51(100)0(0)眼の合併症なしあり13(28.3)33(71.7)22(43.1)29(56.9)0.144(a)眼以外の合併症なしあり12(26.1)34(73.9)19(37.3)32(62.7)0.280(a)緑内障前治療薬なしあり18(39.1)28(60.9)21(41.2)30(58.8)1.000(a)治療期0週時眼圧(評価眼)(mmHg)最小最大平均値±標準偏差223123.8±2.3223423.7±2.30.904(c)(a):Fisher直接確率法,(b):Wilcoxonの2標本検定,(c):t検定.表5眼圧実測値の推移DE-085ラタノプロスト治療期0週23.8±2.3(46)23.7±2.3(51)治療期2週17.2±2.6(45)17.7±2.8(50)治療期4週17.2±2.8(46)17.5±2.7(51)平均値±標準偏差(例数),単位mmHg.30252015100週2週治療期4週眼圧(mmHg)********:DE-085:ラタノプロスト平均値±標準偏差**:p<0.01検定:対応のある?検定(0週との比較)図3眼圧実測値の推移———————————————————————-Page61600あたらしい眼科Vol.25,No.11,2008(130)%)であった.ラタノプロスト群のおもな副作用は,眼刺激(18.5%),結膜充血・眼充血(13.0%および5.6%,計18.6%),眼痒症(11.1%)であった.副作用の程度は,DE-085群の2例(3.6%)で中等度であったが,それ以外は両群ともすべて軽度であった.この中等度の副作用は紅斑および眼瞼紅斑であり,いずれの例も試験中止に至った.また,試験中止に至った症例は,この2例を含めてDE-085群の4例(7.3%)にみられ,ラタノプロスト群ではみられなかった.他の試験中止例2例のうち1例は軽度の副作用発現例であり,試験継続に問題ない程度と判断されたが,被験者の希望により中止した.他の1例は試験薬との因果関係が否定された有害事象により中止した.いずれの症例も試験中止後,臨床的に問題ない程度に回復した.眼以外の副作用は,DE-085群に下痢,紅斑,頭痛が各1例(各1.8%),ラタノプロスト群に好酸球数増加が1例(1.9%)みられた.80.470.631.40102030405060708090症例割合(%)39.1眼圧下降率30%以上眼圧下降率20%以上DE-085ラタノプロストDE-085ラタノプロスト図4治療期4週に眼圧下降率20%以上および30%以上であった症例の割合表6眼圧変化値および眼圧変化率の推移眼圧変化値(mmHg)眼圧変化率(%)DE-085ラタノプロストDE-085ラタノプロスト治療期2週6.6±2.5**(45)5.9±2.3**(50)27.5±9.5**(45)25.9±9.7**(50)治療期4週6.6±2.5**(46)6.2±2.5**(51)27.6±9.6**(46)25.9±9.7**(51)平均値±標準偏差(例数).検定:対応のあるt検定(0週との比較)**:p<0.01.表7眼圧変化値の群間比較DE-085ラタノプロスト平均値の差(DE-085ラタノプロスト)平均値の差の95%信頼区間治療期2週6.6±2.5(45)5.9±2.3(50)0.641.600.33治療期4週6.6±2.5(46)6.2±2.5(51)0.411.420.60平均値±標準偏差(例数),単位mmHg.表8治療期にみられた有害事象発現例数および発現率DE-085ラタノプロスト検定※SaAS例数5554有害事象発現例数(%)26(47.3)31(57.4)p=0.340副作用発現例数(%)22(40.0)26(48.1)p=0.443※Fisherの直接確率法.表9副作用一覧DE-085ラタノプロストSaAS例数5522(40.0)5426(48.1)副作用発現例数(%)眼角膜上皮障害眼痒症眼の異常感眼の異物感眼刺激5(9.1)1(1.8)1(1.8)4(7.3)2(3.7)6(11.1)2(3.7)4(7.4)10(18.5)眼脂眼充血*眼精疲労眼痛眼瞼紅斑1(1.8)6(10.9)1(1.8)2(3.6)3(5.5)1(1.9)3(5.6)2(3.7)1(1.9)眼瞼浮腫結膜充血*結膜出血結膜浮腫点状角膜炎1(1.8)9(16.4)1(1.8)2(3.6)7(13.0)1(1.9)霧視羞明2(3.6)2(3.7)眼以外下痢好酸球数増加紅斑頭痛1(1.8)1(1.8)1(1.8)1(1.9)*眼充血:自覚症状のみ確認された事象,():%結膜充血:他覚所見にて確認された事象.———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.25,No.11,20081601b.眼科検査細隙灯顕微鏡検査所見の球結膜充血において,DE-085群およびラタノプロスト群の両群で治療期0週と比べ有意な変動がみられた.他の所見に問題となる変動はみられなかった.矯正視力も各群において観察期からの有意な変動はみられなかった.球結膜充血スコアの推移を図5に示す.両群とも来院時のスコアは「」から「+」の間で推移し,「2+」以上を示した症例はみられなかった.点眼後のスコアは,両群ともに治療期2週よりも4週のほうがやや低く,程度も両群に差はみられなかった.c.臨床検査DE-085群では,臨床検査値のいずれの検査項目においても,観察期に比して有意な変動はみられなかった.ラタノプロスト群では,白血球数,好酸球比,アルブミン,カリウムに観察期からの有意な変動がみられたが,変動幅は小さく臨床的に問題となるものではなかった.個々の症例で検討すると臨床検査値異常変動は,DE-085群の10.9%,ラタノプロスト群の11.1%の症例にみられた.そのうち,試験薬との因果関係が否定できない臨床検査値異常変動は,DE-085群の1.8%,ラタノプロスト群の11.1%の症例にみられた.DE-085群の1例は好酸球上昇であり,ラタノプロスト群の6例は,それぞれ単球上昇,LDH(乳酸脱水素酵素)上昇,好酸球上昇および尿糖上昇,好酸球上昇,g-GTP上昇および尿蛋白上昇,尿白血球上昇であった.これらは,いずれも他の症状を伴わず,試験終了後に臨床的に問題ない程度に回復した.d.血圧・脈拍数拡張期血圧,収縮期血圧および脈拍数のいずれも,各群において観察期からの有意な変動はみられなかった.III考察緑内障,特に原発開放隅角緑内障(広義)の治療においては,薬物治療などによる眼圧下降が第一選択である3).眼圧下降薬としての第一選択薬は,優れた眼圧下降作用からマレイン酸チモロールなどのb遮断薬が長らく主役の地位を占めており,緑内障点眼薬の臨床試験において対照薬として使用されることが多かった.しかし,近年プロスタグランジン(PG)関連薬の登場に伴い,その強力で持続的な眼圧下降作用により第一選択薬として使用される機会が増えている.現在わが国で発売されているPG関連眼圧下降薬には,イソプロピルウノプロストン(レスキュラR),ラタノプロスト,トラボプロスト(トラバタンズR)がある.そのなかでもラタノプロストは1999年からわが国にて発売され,最もよく使用されている薬剤であるので,本試験では対照薬をラタノプロスト点眼液と選定し,第Ⅲ相試験を実施することとした.本試験は,DE-085点眼液の原発開放隅角緑内障または高眼圧症患者を対象としラタノプロスト点眼液を対照とした多施設共同無作為化単盲検並行群間比較試験である.両群の治療期4週の眼圧変化値はDE-085群で6.6±2.5mmHg,ラタノプロスト群で6.2±2.5mmHgと,治療期0週と比べて有意に下降した(p<0.001).眼圧変化値の群間差(DE-085群─ラタノプロスト群)の95%信頼区間は1.420.60mmHgであり,非劣性検証の上限とした2mmHgを超えなかった.したがって,DE-085点眼液の眼圧下降作用がラタノプロスト点眼液に劣らないと結論できる.ラタノプロスト点眼液の第Ⅲ相試験において,ラタノプロスト点眼液の眼圧下降作用は点眼12週後に6.2mmHgを示した4).この値は,今回の試験結果におけるラタノプロスト群の眼圧下降作用と同等であることから,本試験で得られた眼圧下降値は過去の臨床試験結果と大きな差はなく,DE-085点眼液の眼圧下降作用はラタノプロスト点眼液と同等であると考えられる.また,眼圧変化率も治療期2週および4週において治療期0週と比べ両群とも有意な下降を示した(p<0.001).治療期4週における眼圧変化率は,DE-085群で27.6±9.6%,ラタノプロスト群で25.9±9.7%であった.日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン3)には,無治療時眼圧から20%の眼圧下降,30%の眼圧下降というように,無治療時眼圧からの眼圧下降率を目標として設定することが推奨されている.本試験において,眼圧下降率が20%以上,30%以上であった症例の各群の割合は,それぞれDE-085群で80.4%,39.1%,ラタノプロスト群で70.6%,31.4%であり,両群間に有意差はなかったが,いずれもDE-085群に高い数値であった.目標眼圧に1剤投与のみで達成できる例が多いこと(131)2.01.51.00.50.0充血スコア0週2週治療期4週:DE-085:ラタノプロスト平均値±標準偏差図5球結膜充血スコアの推移———————————————————————-Page81602あたらしい眼科Vol.25,No.11,2008は,コンプライアンスの点からも重要であると考えられる.安全性については,両群ともに試験期間を通じて,重篤な有害事象はみられなかった.眼以外の全身的副作用には,下痢,紅斑,頭痛,好酸球数増加がみられたが,いずれも1例ずつの発現であり特徴的な事象はなかった.眼における局所的副作用には,DE-085群では,40.0%に副作用がみられ,高頻度にみられた副作用は,結膜充血・眼充血(計27.3%),眼痒症(9.1%),眼刺激(7.3%)であった.ラタノプロスト群では,48.1%に副作用がみられ,高頻度にみられた副作用は,眼刺激(18.5%),結膜充血・眼充血(計18.5%),眼痒症(11.1%)であり,DE-085群と大きな差はなかった.ラタノプロスト点眼液の第Ⅲ相試験4,5)では,25.3%に副作用がみられ,高頻度にみられた副作用は,結膜充血(14.9%),眼局所刺激症状(眼痛,眼局所の違和感,痒感など)(11.5%)であった.本試験とラタノプロスト点眼液の第Ⅲ相試験におけるラタノプロスト点眼液の副作用発現率では,本試験のほうがより高かったが,副作用の種類に大きな差はないと考えられた.本試験では中止に至った副作用発現例は,DE-085群の3例にみられたが,いずれの症例も試験中止により回復した.それ以外の副作用はすべて軽度であり,両群に大きな差はないと考えられた.細隙灯顕微鏡検査所見では,DE-085群およびラタノプロスト群において,球結膜充血スコアに治療期0週と比べ有意な変動がみられたが,点眼後のスコアは両群ともに治療期2週よりも4週のほうがやや低く,程度も両群に大きな差はみられなかった.その他の細隙灯顕微鏡検査所見,臨床検査値,収縮期血圧,拡張期血圧,脈拍数,矯正視力については,両群とも,臨床的な問題はみられなかった.試験薬との因果関係が否定できない臨床検査値異常変動は,DE-085群の1.8%,ラタノプロスト群の11.1%にみられたが,いずれも他の症状を伴わず,試験薬点眼終了後に臨床的に問題ない程度に回復した.これらのことから,DE-085群およびラタノプロスト群の副作用発現率は同程度であり,両群に発現する副作用も結膜充血・眼充血,眼刺激,眼痒症が特徴的に発現し,程度も大きく違わないことから,安全性においても両群に大きな差はないと考えられた.以上より,原発開放隅角緑内障または高眼圧症患者において,DE-085点眼液の眼圧下降作用はラタノプロスト点眼液と同等(非劣性)であり,安全性についても明確な差はみられなかったことから,DE-085点眼液は,ラタノプロスト点眼液と同様に緑内障治療の第一選択薬となりうる有用性の高い薬剤である.文献1)NakajimaT,MatsugiT,GotoWetal:Newuoropro-staglandinF2aderivativeswithprostanoidFP-receptoragonisticactivityaspotentocular-hypotensiveagents.BiolPharmBull26:1691-1695,20032)TakagiY,NakajimaT,ShimazakiAetal:Pharmacologi-calcharacteristicsofAFP-168(tauprost),anewpros-tanoidFPreceptoragonist,asanocularhypotensivedrug.ExpEyeRes78:767-776,20043)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:777-814,20064)三嶋弘,増田寛次郎,新家眞ほか:原発開放隅角緑内障および高眼圧症を対象とするPhXA41点眼液の臨床第Ⅲ相試験─0.5%マレイン酸チモロールとの多施設二重盲検試験─.眼臨90:607-615,19965)MishimaHK,MasudaK,KitazawaYetal:Acomparisonoflatanoprostandtimololinprimaryopen-angleglauco-maandocularhypertension.A12-weekstudy.ArchOph-thalmol114:929-932,1996(132)***

インターフェロンとリバビリンの併用療法中に網膜中心静脈閉塞症を発症した1例

2008年11月30日 日曜日

———————————————————————-Page11592あたらしい眼科Vol.25,No.11,2008(00)原著あたらしい眼科25(11):15921594,2008cはじめにインターフェロン(IFN)はウイルス性肝炎や各種の腫瘍など多くの疾患の治療に利用されている.これはINFの抗ウイルス作用や抗腫瘍作用によるものである.しかし使用例が増えるにつれ種々の副作用が報告されており,全身的には発熱や倦怠感,食欲不振,白血球の減少,抑うつなどが報告されている1).眼合併症としてはIFN網膜症があり,網膜表層の出血や軟性白斑の出現が特徴的である.このほか網膜中心静脈閉塞症(CRVO)の発症も報告されている2,3).最近ではC型慢性肝炎に対してペグインターフェロンa-2b(PEGIFN)と抗ウイルス薬であるリバビリン(ribavirin)の併用療法が認可されたが,この併用療法を行った際の眼合併症としてCRVOの発症が報告されている3).今回IFN・リバビリン併用療法中にCRVOを発症した症例で網膜無灌流域が8カ月後まで残存した症例を1例経験したので報告する.I症例60歳の男性が2005年10月初めから倦怠感,腰痛,食欲低下を訴え手稲渓仁会病院(以下,当院)消化器科を受診した.GOT(グルタミン酸オキザロ酢酸トランスアミナーゼ)95U/l,GPT(グルタミン酸ピルビン酸トランスアミナーゼ)151U/l,gGTP(gグルタミル・トランスペプチダーゼ)485U/l,HBs(B型肝炎表面)抗原陰性,HCV(C型肝炎ウイルス)抗体陽性でC型肝炎と診断された.2006年1月中旬から当院消化器科でPEGIFN週1回10mg,リバビリン〔別刷請求先〕坂口貴鋭:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究科病態制御学専攻感覚器病学講座眼科学分野Reprintrequests:TakatoshiSakaguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine,Kita15-Nishi7,Kita-ku,Sapporo-shi,Hokkaido060-8638,JAPANインターフェロンとリバビリンの併用療法中に網膜中心静脈閉塞症を発症した1例坂口貴鋭*1横井匡彦*1勝田聡*1高橋光生*1佐藤克俊*1北明大洲*1加瀬学*1大野重昭*2*1手稲渓仁会病院眼科*2北海道大学大学院医学研究科病態制御学専攻感覚器病学講座眼科学分野ACaseofCentralRetinalVeinOcclusionduringInterferonandRivabirinTreatmentTakatoshiSakaguchi1),MasahikoYokoi1),SatoshiKatsuta1),MitsuoTakahashi1),KatsutoshiSato1),HirokuniKitamei1),ManabuKase1)andShigeakiOhno2)1)DepartmentofOphthalmology,TeinekeijinkaiHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicineインターフェロン・リバビリン併用療法中の60歳の男性に発症した網膜中心静脈閉塞症を経験した.フルオレセイン蛍光眼底造影で黄斑部付近の網膜動脈や毛細血管の灌流障害が疑われた.このため併用療法を中止した.8カ月後に視力や視野は改善しなかったが,網膜出血や黄斑浮腫,軟性白斑は消失した.一部に無灌流域が残存していた.Wereporta60-year-oldmalewithcentralretinalveinocclusion(CRVO)inhisrighteyeduringinterferon(IFN)andrivabirintreatment.Fluoresceinangiography(FA)revealedthatretinalarteriolesorcapillariesaroundthemaculawereocculuded.Thetreatmentwasthereforeimmediatelyterminated.Eightmonthslater,visualacu-ityandvisualeldwerenotimproved,butretinalhemorrhage,macularedemaandwhitepatcheshaddisappeared,exceptforsomeoccludedvessels.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(11):15921594,2008〕Keywords:インターフェロン,リバビリン,網膜中心静脈閉塞症.interferon,rivabirin,centralretinalveinocclusion.1592(122)0910-1810/08/\100/頁/JCLS———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.25,No.11,20081593(123)800mg/日投与によるIFN・リバビリン併用療法を開始した.治療開始時の検査ではGOT115U/l,GPT172U/l,gGTP356U/l,白血球数5,630/μl,赤血球数526×104/μl,血小板数13.7×104/μlであり,糖尿病,高血圧,腎疾患はみられなかった.治療開始2週後に突然右眼に視蒙感が生じ,その約1週間後に眼科を初診した.視力は右眼0.01(矯正不能),左眼1.2(矯正不能)で,眼圧は右眼7.9mmHg,左眼13.8mmHgであった.白内障がみられたほかは前眼部,中間透光体には特記すべき異常はみられなかった.眼底検査では右眼に網膜静脈の拡張と蛇行,火炎状や点状,しみ状の網膜出血がみられた(図1a).乳頭周囲には多数の軟性白斑があったほか,黄斑周囲および乳頭黄斑束を含む領域の網膜が淡く白濁,腫脹していた.このほか両眼の視神経乳頭で陥凹が拡大〔C/D(陥凹乳頭比)=0.8〕し篩板孔が観察された.蛍光眼底造影検査(FA)では腕網膜循環時間が28秒と延長しており,網膜静脈に灌流遅延がみられ造影後期には色素漏出があった.視神経乳頭周囲にみられた軟性白斑に一致して造影剤の流入遅延があったほか,淡く白濁していた黄斑部周囲には限局的な無灌流領域と流入遅延領域が混在していた(図2a,b).光干渉断層計(OCT)では右眼の中心窩網膜厚は333μmと肥厚し漿液性網膜離があったほか,黄斑部周囲に高輝度反射の領域がみられた(図3a).静的視野検査では左眼の下方に弓状暗点がみられ,右眼は中心10°以内と下方領域の感度低下が著明であった(図4).右眼は相対性瞳孔求心路障害(RAPD)が陽性であった.白血球数は2,630/μl,赤血球数は480×104/μl,血小板数は6.2×104/μl,HCV核酸量は発症前後の2週間に4,500KIU/mlから2,300KIU/mlへと低下していた.以上より右眼のCRVOと両眼の正常眼圧緑内図1初診時および8カ月後の右眼眼底a:初診時.網膜血管の拡張蛇行,軟性白斑,火炎状網膜出血がみられ,黄斑部周囲の網膜に淡い白濁がみられる.視神経陥凹拡大(C/D=0.8)もみられた.b:8カ月後.網膜血管の拡張蛇行,軟性白斑,網膜出血は消失したが,nerveberbundledefect様の色調がある.abacbd2初診時および8カ月後の右眼FAa,b:初診時のFA.流入遅延,無灌流領域がみられる.網膜血管透過性亢進もみられた.a:50秒後,b:10分後.c,d:8カ月後のFA.黄斑部周囲は低蛍光であり,限局的な無灌流領域がある.c:50秒後,d:9分後.ab3初診時および3カ月後の右眼黄斑部OCT所見a:初診時.中心窩網膜厚は333μmであり,網膜内層に高輝度反射がある.b:3カ月後.中心窩網膜厚は136μmである.図4初診時の静的視野検査所見右眼は中心10°以内と下方の感度低下,左眼は下方の弓状暗点がみられる.左眼右眼———————————————————————-Page31594あたらしい眼科Vol.25,No.11,2008(124)障(NTG)と診断した.CRVOの発生はIFN・リバビリン併用療法の副作用の可能性が疑われたので同療法を中止のうえ,NTGに対し眼圧下降薬を両眼に開始し経過を観察した.3カ月後の眼底検査では網膜血管の拡張蛇行,軟性白斑,出血などが減少し,OCTでは中心窩網膜厚が136μmと改善していた(図3b).初診から8カ月後には右眼視力は0.04(矯正不能)と少し改善し,眼底所見では網膜血管の拡張蛇行,軟性白斑,出血などは消失していた.しかし視神経乳頭の耳下側にはnerveberbundledefect(NFLD)様の色調がみられた(図1b).FAでは右腕網膜循環時間はまだ延長していた.右黄斑部周囲は低蛍光であり,限局的に無灌流域がみられた(図2c,d).静的視野は,初診時に比較して右眼の上方の感度は改善していたが,下方に著明な感度低下が残っていた.右眼のRAPDは陽性のままであった.II考按今回筆者らはIFN・リバビリン併用療法中に比較的重症なCRVOを発症した症例を経験した.今回の症例はCRVO発症前から両眼にNTGがあったと考えられた.緑内障はCRVO発生の危険因子という報告もあることから4),緑内障がCRVO発症に関与した可能性はある.しかし本症例ではIFN・リバビリン併用療法開始後に発症したことから,同併用療法がCRVOを発症した誘因の一つであったことが推測される.本症例では初診時のFAで無灌流領域が10乳頭径以内であったため非虚血型CRVOと考えられる5).しかし黄斑部周囲にみられた淡い白濁領域には,FAで流入遅延と無灌流領域が混在しており,OCTでも高輝度反射がみられて中心窩網膜厚が肥厚していたこと,9カ月後のFAでも黄斑周囲は低蛍光であったことから,中心窩毛細血管床閉塞があったことが推測された.IFN網膜症の発症機序としては,血小板減少や貧血6),遊出した肝炎ウイルスに対する免疫反応の結果形成された免疫複合体の血管壁への沈着7),IFNによる血管攣縮もしくは白血球塞栓の形成8)などがあげられており,網膜動脈や毛細血管の閉塞病変もひき起こす可能性が高いと考えられる.発症時の血液検査をみると赤血球数480×104/μl,血小板数は6.2×104/μlと低下していたが,この値からは貧血や血小板減少を本例の病態を惹起した原因として積極的に支持することはできない.発症時にHCV核酸量の急激な減少がみられた点は免疫複合体の沈着の可能性を推測させるが,その後の経過中に眼底所見が改善を呈していた時期にも一過性のHCV核酸量の減少がみられたことから発症の原因としては考えにくい.さらに発症時に白血球数の低下がみられ併用療法中止後には5,000/μl以上へと改善していたことから,IFNが白血球に影響を及ぼしていたと推測され,白血球塞栓の形成が今回の症例の原因である可能性が高いと考えられた.しかしながら,本例では単に網膜中心静脈閉塞のみが起こったのではなく,IFN・リバビリン併用療法の結果,末梢の網膜動脈や毛細血管の灌流障害も発生していたことから,複数の病因が関与してひき起こされたと推測された.このために8カ月後に眼底所見は改善したが,視力や視野は改善しなかったものと考えられた.現在IFN・リバビリン併用療法はC型慢性肝炎の患者に広く行われているが,過去の報告ではIFN単独投与に比べ網膜症発症のリスクが高い可能性が示唆されている.IFN網膜症の発症機序は諸説さまざまであり,今後も検討が必要である.IFN・リバビリン併用療法時には事前の眼科受診は重要と考えられた.本併用療法はときに重症の合併症を生じ視力予後不良となる症例があるため,事前に患者によく説明のうえ,インフォームド・コンセントを得る必要があることが示唆された.文献1)三宅和彦:インターフェロン療法─副作用とその対策.肝胆膵43:915-922,20012)中島理幾,大木隆太郎,米谷新ほか:C型慢性肝炎のインターフェロン治療に合併する網膜症とその背景因子.臨眼58:1445-1448,20043)井口俊太郎,鈴木聡志,谷口重雄ほか:新しいリバビリンとシクロスポリン併用インターフェロン療法とインターフェロン網膜症.眼臨98:851-853,20045)野崎実穂,小椋祐一郎:網膜中心静脈閉塞症の治療戦略:放射状視神経切開術(2)─視力予後からの評価.あたらしい眼科22:37-43,20014)大沼郁子:網膜静脈分枝閉塞症・網膜中心静脈閉塞症の疫学─危険因子などを中心に.あたらしい眼科22:9-11,20056)池辺徹,中塚和夫,後藤正雄ほか:インターフェロン投与中に視力障害をきたした1例.眼紀41:2291-2296,19907)宮本和久,須田秩史,本倉雅信ほか:インターフェロンa投与中にみられた網膜血管障害の検討.あたらしい眼科10:497-500,19938)中柄千明,梅津秀夫,柳川俊博ほか:インターフェロン網膜症と免疫複合体.あたらしい眼科18:817-820,2001***

心因性視覚障害に発達緑内障を合併した1例

2008年11月30日 日曜日

———————————————————————-Page1(117)15870910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(11):15871591,2008cはじめに学童児の原因不明の視機能障害は,心因性視覚障害の診断で経過観察されていることが少なくなく,器質的疾患が潜在あるいは発症しても,その非特異的な視野異常ゆえ,その発見が遅れたり,見逃されたりする場合がある1).今回筆者らは,心因性視力低下および高眼圧の診断で経過観察されていた11歳児に対し,眼科学的検査を行い,発達緑内障が合併していることをつきとめた.さらに眼圧下降目的に線維柱帯切開術を施行したところ,視力および視野の改善が得られ,まれな1症例と思われたので報告する.I症例患者:11歳,男児.主訴:両眼視力低下.既往歴:なし.家族歴:いとこに心因性視力低下.〔別刷請求先〕竹森智章:〒060-8543札幌市中央区南1条西16丁目291番地札幌医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:TomoakiTakemori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversity,S-1W1-16,Chuo-ku,Sapporo060-8543,JAPAN心因性視覚障害に発達緑内障を合併した1例竹森智章*1片井麻貴*2田中祥恵*1大黒幾代*1大黒浩*1*1札幌医科大学医学部眼科学講座*2札幌逓信病院眼科ACaseofPsychogenicVisualDisturbanceComplicatingDevelopmentalGlaucomaTomoakiTakemori1),MakiKatai2),SachieTanaka1),IkuyoOhguro1)andHiroshiOhguro1)1)DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,SapporoTeishinHospital症例は11歳,男児.両心因性視力低下,高眼圧の精査目的に札幌医科大学附属病院眼科を紹介受診.初診時視力は右眼0.02(0.25×3.0D),左眼0.04(0.32×2.5D),眼圧は右眼26mmHg,左眼26mmHgであった.隅角所見は,虹彩の高位付着と多数の虹彩突起を認めた.眼底所見は,両眼とも視神経乳頭陥凹拡大あり,緑内障性変化が考えられた.静的視野検査で両眼に著明な求心性視野狭窄を認め,緑内障性変化は不明であったが,以前にも動的視野検査にて求心性視野狭窄があることから,心因性視覚障害も有しているものと思われた.両眼に対し線維柱帯切開術を行ったところ,視力,眼圧に加えて視野も改善がみられた.本症例は緑内障と心因性視力障害が合併し,緑内障の発見が遅れた可能性がある.よって,心因性視覚障害が疑われた場合にも,くり返し隅角検査や眼底検査,眼圧検査などを行い,緑内障の有無を検索することが必要と思われた.本症例が緑内障手術を契機に視力,視野が改善した詳細な機序については不明であり,今後も経過をみていきたいと考えている.An11-yearoldmalewasreferredtoourhospitalcomplainingofbothvisualdisturbanceandocularhyperten-sion.VisualacuitywasVD=0.02(0.25×3.0D),VS=0.04(0.32×2.5D).Intraocularpressurewas26mmHginbotheyes.Gonioscopydisclosedhighinsertionoftheirisandmanyirisprocessesinbotheyes,buttherewasnoperipheralanteriorsynechia.Funduscamerashowedenlargedcuppingoftheopticnerveheadinbotheyes,indi-catingglaucomatouschange.Furthermore,staticperimetryrevealedconcentriccontractioninbotheyes,indicatingpsychogenicvisualdisturbance.Weperformedtrabeculotomyinbotheyes,afterwhichvisualacuity,intraocularpressureandvisualeldimproved,whichsuggestedthatthepatienthadalsodevelopmentalglaucoma.Althoughitisrareforapatienttohavebothglaucomaandpsychogenicvisualdisturbance,sinceglaucomamaybediscoveredlateritisnecessarytorepeatedlyperformgonioscopy,funduscopy,andtonometry,soastodeterminewhetherthepatienthasglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(11):15871591,2008〕Keywords:心因性視覚障害,発達緑内障,求心性視野狭窄,トラベクロトミー.psychogenicvisualdisturbance,developmentalglaucoma,concentriccontraction,trabeculotomy.———————————————————————-Page21588あたらしい眼科Vol.25,No.11,2008(118)現病歴:2004年5月(9歳時),学校健診の際に視力低下を指摘され近医初診.視力右眼0.1(1.2×1.0D),左眼0.1(1.2×1.25D)で眼鏡処方.2005年4月(10歳時),再度学校健診の際に視力低下を指摘され前医再診.視力右眼0.02(0.06),左眼0.03(0.2)と矯正視力の低下を認め,眼圧右眼21mmHg,左眼21mmHgとやや高値であった.また,動的視野検査(図1)で右眼に著明な求心性視野狭窄,左眼にはイソプター全体の軽度の沈下が認められたため,心因性視覚障害の診断で経過観察していたところ,7月に右眼0.05(0.1),左眼0.1(1.2)と矯正視力改善するも,2006年11月(11歳時),視力右眼0.04(0.1),左眼0.04(0.1)と再び低下,眼圧も右眼24.7mmHg,左眼22.0mmHgと高値となったため,精査加療目的で2007年1月札幌医科大学附属病院(以下,当院)眼科外来を紹介受診となった.初診時所見:瞳孔は正円同大,対光反応迅速,左右差を認めなかった.視力;右眼0.02(0.25×3.0D),左眼0.04(0.32×2.5D).眼圧;右眼26mmHg,左眼26mmHg.隅角所見;虹彩の高位付着と多数の虹彩突起を認めた.前眼部,中間透光体;異常所見なし.眼底所見(図2);両眼とも乳頭径(DD)と乳頭中心から中心窩までの距離(DM)の比(DM/DD)は2.5で正常範囲であった.右眼の陥凹乳頭比(C/D比)は0.8で,上耳側にリムのnotchを認め,laminadotsign(+),血管の鼻側偏位を認めた.左眼はC/D比は0.7で,上方リムの狭細化を認め,laminadotsign(+),血管の鼻側偏位を認めた.黄斑部および周辺網膜に異常はなかった.静的視野検査(図3,当院初診時施行);両眼に著明な求図1前医で施行の動的視野検査(2005年5月)右眼に著明な求心性視野狭窄を認めた.また,左眼も軽度の求心性視野狭窄を認める.右左右左図2初診時の眼底所見両眼ともDM/DD比は2.5で正常範囲であった.右眼のC/D比は0.8で,上耳側にリムのnotchを認め,laminadotsign(+),血管の鼻側偏位を認めた.左眼はC/D比は0.7で,上方リムの狭細化を認め,laminadotsign(+),血管の鼻側偏位を認めた.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.11,20081589(119)心性視野狭窄を認めた.経過:2007年1月29日に当院眼科に入院.隅角所見,視神経乳頭所見,および高眼圧が続いていることから,以前より発達緑内障があるものと考えられた.さらに,視力の動揺がみられること,今回の視野検査で乳頭所見から想定される以上の著しい求心性の視野狭窄が認められることから,心因性視覚障害も合併していると考えられた.そこで,眼圧下降目的に1月31日,全身麻酔下にて両トラベクロトミーを施行した.手術は下耳側より行い,二重強膜弁を作製し,内方弁は後に切除するという定型的なもので,特に合併症はなか図4眼圧推移1月31日手術施行前は両眼とも20mmHg台の高眼圧であったが,施行後は1517mmHgで推移している.1月31日トラベクロトミー05101520253011月1月19日1月29日2月1日2月28日4月4日5月9日6月22日7月18日眼圧(mmHg)右眼眼圧左眼眼圧図3初診時当院で施行の静的視野検査両眼に著明な求心性視野狭窄を認めた.1月31日トラベクロトミー矯正視力00.20.40.60.811.21.42007/1/172007/1/312007/2/142007/2/282007/3/142007/3/282007/4/112007/4/252007/5/92007/5/232007/6/62007/6/202007/7/42007/7/182007/8/12007/8/152007/8/292007/9/12:右眼:左眼図5矯正視力の経過術後早期は測定ごとにばらつきがみられたが,4月頃改善傾向となり,9月には右眼1.25,左眼1.0まで回復している.図6平成19年6月22日施行の動的視野検査内部イソプターでnasalstepを示しており,緑内障性の変化があることをうかがわせるが,視野は両眼とも著明に改善している.———————————————————————-Page41590あたらしい眼科Vol.25,No.11,2008(120)った.手術施行前は両眼とも20mmHg台の高眼圧であったが,施行後は1517mmHgで推移した(図4).また,矯正視力も徐々に改善し,術後半年以上経過した9月には右眼1.25,左眼1.0であった(図5).さらに,2007年6月22日施行の動的視野検査において,右眼下耳側内部イソプターのわずかな低下を認めたほかに異常なく,両眼とも著明な改善がみられた(図6).II考按心因性視覚障害に発達緑内障を合併した症例を経験した.心因性視覚障害は,近年小児によくみられ,このなかでも視力障害が最も多いが,視野障害,色覚異常なども検査を行うと合併していることも多い1).発症は614歳の小中学校学齢期に集中し,女子が男子の34倍を占めている2).本疾患に明らかな心因を見出せることはまれで,あっても思春期によくみられる学校や家庭などの身近な問題であり,普遍的一般的で何ら特有のものではない.一方で,同胞間の葛藤や母子関係などに心因との関連を見出すことも多いとの報告もある3).一般に心因性視覚障害では,裸眼視力の大部分(75%)が0.20.7にあり矯正不能で,ほとんど(95%以上)が両眼性である.Goldmann視野検査においては,約半数が正常であるが,らせん状視野・求心狭窄・不規則反応が約半数にみられる4).また,SPP(標準色覚検査表)-Ⅱ検査で約半数に色覚のメカニズムからは説明しえない異常がみられる5).治療法としては箱庭療法に代表される芸術療法,行動療法,精神療法などがあげられおり6),予後はGoldmann視野検査所見ならびにSPP-Ⅱ所見に異常がみられた場合に視力上昇が遅れることが多いが,ほとんどが16歳までに視力を回復し,いわば学童期にみられる特異的な疾患とされている7).今回の症例は視力右眼0.02(0.25),左眼0.04(0.32)と両眼に強い視力低下および両眼の著しい求心性視野狭窄を認め,黄斑に器質的変化を認めなかったことにより心因性視覚障害と診断された.さらに,眼圧推移,隅角検査,視神経乳頭所見より発達緑内障が合併していると考えられたが,視野は非特異的であったため,緑内障の発見が遅れた可能性がある.また,本症例はトラベクロトミー施行により良好な眼圧コントロールが得られたばかりか,以降の経過において矯正視力,視野の改善もみられたことは非常に興味深い点である.もし緑内障が進行していれば視野所見は改善しないはずであり,当初の視野障害は心因性の要素も関連していると考えられた.問題点としては,視野障害のうち,何%が発達緑内障の影響で,何%が心因性視覚障害の影響なのかを定量的に測定できないこと,および前医のGoldmann視野検査と当院のGoldmann視野検査の施行者が当然ながら異なるため,アプローチの方法により得られる結果が異なっていたかもしれないという点がある.実際,他院より著明な両求心性視野狭窄にて紹介された小児の症例に対し,以下の方法によってGoldmann視野検査を行ったところ,両眼とも正常視野が得られたとの報告もある8).その方法とは,1.検者は患児に対して毅然とした態度で接する,2.測定前に30cmのところに示される視標を識別する検査であると説明する,3.両眼性であれば,低視力のほうから測定する,4.視認可能な最小の視標(可能ならⅠ/1)からⅤ/4のイソプターへと逆順に測定する,5.視標を切り替える際に,患児に視標が見やすくなることを伝える,というものである.したがって,図2のような著明な求心性視野狭窄が,はたしてどこまで正確に測定されたものであるかというところに議論の余地は残る.ただし,図6に示すように,視野が改善した後も内部イソプターでnasalstepを示しており,緑内障性の変化があったことをうかがわせる.まとめとしては,当院受診時,心因性視覚障害と発達緑内障を合併していた可能性が非常に高いと考えられ,海外の文献においても心因性視覚障害の原因,もしくは同時期の発症として発達緑内障を取り上げている文献は調べる限りにおいてなく911),非常にまれな症例であると考えられた.しかし,経過および大学初診時の所見から考えるに,発達緑内障が元々あり,それに心因性視覚障害を合併したという可能性も否定できない.特に小児においては,実際に器質的な疾患があるが,その症状を自分でうまく形容しづらいがために,その転換反応として心因性視覚障害が現れた可能性もあるからである.本症例では明らかな心因は発見できなかったが,手術を契機に視覚障害が改善しており,早期の発達緑内障が手術により進行が抑えられ,治療がうまくいったということが心身の安定にもつながったのではないかと考える.本例は11歳という就学児童であり,今後心因性視覚障害の再発もありうると思われるので,注意して経過をみていくつもりである.本症例のように,心因性視覚障害が疑われた場合でも,くり返し隅角検査や眼底検査,眼圧検査などを行い,緑内障の有無の検索をすることが必要と考えられた.本論文の要旨は第18回日本緑内障学会にて発表した.文献1)小口芳久:心因性視力障害.日眼会誌104:61-67,20022)横山尚洋:心因性視覚障害の病態と治療方針─精神医学の立場から─.眼臨92:669-673,19983)大辻順子,内海隆:心因性視覚障害児の治療経験およびその母子関係.眼臨89:750-754,19954)大辻順子,内海隆:心因性視覚障害児の病態と治療方針─母子関係に注目して─.眼臨92:658-664,1998———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.11,20081591(121)5)山出新一,黄野桃世:エゴグラムから見た心因性視覚障害.眼臨89:247-253,19956)松村香代子,中田記久子,児嶋加代ほか:心因性視力障害児の治療.眼臨94:626-630,20007)内海隆:小児の心因性視覚障害の病態と治療.神経眼科21:417-422,20048)山本節:小児の視野検査.あたらしい眼科19:1297-1301,20029)CatalanoRA,SimonJW,KrohelGBetal:Functionalvisuallossinchildren.Ophthalmology93:385-390,198610)BrodskyMC,BakerRS,HamedLM:Transient,unex-plained,andpsychogenicvisuallossinchildren.Pediatric-Neuro-Ophthalmology,p164-200,Springer-Verlag,NewYork,199611)BainKE,BeattyS,LloydC:Non-organicvisuallossinchildren.Eye14:770-772,2000***